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神々の印2〜過去編〜
- 1 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月09日(日)12時17分51秒
前スレ
『神々の印』
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=sea&thp=996326124
- 2 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年09月09日(日)12時20分13秒
昔、神と人間が共に暮らしていた頃のお話。
三人の神々が『火の民』、『風の民』、『水の民』を治めていた。
『火の民』は『火の神エウマイオス』、『風の民』は『風の神メントル』、『水の民』は『水の神メネラオス』の恩恵を受けていた。
神々は互いの民を区別するために、人間に『神々の印』をつけた。
それにより、『火の民』は赤い石、『風の民』は緑の石、『水の民』は青い石をそれぞれ左の手のひらに戴くことになった。
やがて、神々が人間界を去り天上界に戻る時、神々は互いの民同士の争いを避けるために、一つの掟を定めた。
『互いの民は交わり干渉し合ってはならない』
この掟を破ったものは、『神々の印』を失い、同時に神々の恩恵を失うこととなる。
これにより、『火の民』、『風の民』、『水の民』は同じ大地に生活を共にしながら、お互いに干渉し合わない生活を送ることとなる。
- 3 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月09日(日)12時22分54秒
明日から約一ヶ月の、バックパック旅行に出かける予定です。
第二部開始は、帰国してからということになります。
無事帰国できるようにという願いを込めて、第二部のスレッドを立てて行きます。
という訳で、過去編のリクエストを受けつけます。
読んでみたいと思うエピソードなどを、前スレに書きこんで下さい。
作者としては、できるだけ努力してリクに答えていきたいと思っています。
それでは、行ってきます。
あっちゃん太郎
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月13日(木)12時16分36秒
やっぱり中澤と矢口の詳しいところが知りたい。
旅行お気をつけて・・・・
- 5 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月07日(日)23時46分48秒
- あっちゃん太郎さん、おかえりなさい!
っと来られる前にかいてみました。
- 6 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時00分48秒
――― ―――
「やーい。泣き虫。泣き虫紗耶香〜」
「何もできないくせに偉そうにすんなよっ」
クラスメイトの男の子たちが紗耶香を取り囲んではやしたてた。
男の子たちの左手には赤い石が輝いている。
「‥‥偉そうになんかしてないもん」
紗耶香は目に涙を浮かべながら、必死に言い返した。
しかし、紗耶香の涙は男の子たちの加虐心に火をつけてしまったようだ。
なおも面白がってはやしたてる。
「‥っ‥紗耶香っ」
圭織はいつものように、男の子たちに囲まれ、泣き出している紗耶香を見かけると、すぐに間に割って入った。
男の子たちは蜘蛛の子を散らすように、去って行く。
「覚えとけよ」という捨てぜりふを残して。
「おととい来やがれっ」
圭織は男の子たちに向かって怒鳴った。
これも、いつもの事だ。
何百回も繰り返してきた、決まり事だ。
- 7 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時02分12秒
家が近所であることもあり、二つ違いの紗耶香を圭織は、実の妹のように可愛がっていた。
圭織の通っている『火の民』の高校と、紗耶香の通っている『火の民』の中学校は隣接しており、部活に入っていない圭織と中学生である紗耶香の帰宅時間はさほど変わらない。
圭織が帰宅時に紗耶香を助けるのは、ほとんど決まり事のようになっていた。
いじめっこ達も、ヒーローさながらに圭織が登場すると、心得たように逃げ出す事が常だった。
「大丈夫?」
道に座り込んで泣きじゃくっている紗耶香に、圭織は手を差し伸べた。
立ちあがった紗耶香の制服のスカートについた埃を払ってやる。
「泣かないの。圭織がいるじゃん」
圭織が紗耶香の顔を覗きこむと、紗耶香は弱々しく首を振った。
圭織は困ったように顔をしかめ、いつものように、紗耶香の手を握って歩き始めた。
- 8 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時02分59秒
―――
古めかしいドアから、軋んだ音と共に店内に入ってきた圭織と紗耶香を見て、カウンター席に座って新聞を読んでいた、黒ひげのマスターは顔をほころばせた。
圭織の妹の希美はマスターの傍で、色とりどりおはじきをいじって遊んでいる。
圭織は紗耶香を促して、希美の隣の席に座らせると、自分も紗耶香の隣に座った。
紗耶香の赤くなった目を見て、マスターは苦笑した。
「‥‥どうした?」
「カラスがね、子猫をいじめてたの。‥‥だから、圭織が助けたの」
圭織は希美のおはじきを指でいじりながら言った。
「‥‥みんな、あたしを馬鹿にするんだ。あたしに『力』がないから‥‥」
紗耶香はグッと唇を噛み締めると、瞳に涙を浮かべた。
マスターは肩をすくめて立ちあがると、カウンターの中に入り、冷凍庫から大きな氷の塊を取り出すと、アイスピックで砕き始めた。
ガリッガリッとアイスピックが氷を削る音が、小気味よく、店内に響く。
- 9 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時03分48秒
マスターは砕いた氷を無言で三つのグラスに入れ、オレンジジュースを注ぎ、圭織、希美、紗耶香の前にグラスを置いた。
「マスターの特製オレンジジュースだぞっ」
マスターは冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを開け、グビッと一口飲んだ。
「‥‥特製なの?」
圭織はグラスの中身をストローでかき回しながら呟いた。
紗耶香は俯いたまま、目の前のジュースに手をつけようとしない。
「‥‥氷を砕いてる間になぁ‥色々なこと考えてるわけ。圭織は今日学校でどんなだったかなぁとか。希美はいつまでお父さんとお風呂に入ってくれるのかなぁとか。紗耶ちゃんの涙を止めるにはどうしたらいいのかなぁとか。」
そう言うと、マスターは照れたようにヘヘヘと笑った。
マスターの大きな目が細くなり、肩をすくめて笑う姿は、大きな熊を連想させた。
「マスターの想いがいっぱい詰まっている氷なわけよ。‥‥その氷を使っているから、マスター特製のオレンジジュースなわけ」
マスターはにんまりと笑うと、ビールの泡のついたひげをひと撫でした。
マスターの笑顔につられたように、紗耶香の顔にも笑みが浮かんだ。
「‥‥あっ‥‥もう、こんな時間だ。‥お父さん、圭織、希美を塾につれていくよ」
圭織は時計を見ると、慌てたように言った。
「おう、わかった」
マスターがヒラヒラと手を振った。
圭織は紗耶香に、ゆっくりしていってね、と言うと、希美をせかして慌しく出て行った。
- 10 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時04分20秒
圭織と希美のいなくなった空間に、沈黙が訪れ、紗耶香は言いようのない居心地の悪さを感じた。
マスターは、友達の父親で、人好きのする優しいおじさんだったが、同時に、両親の離婚によって、幼い頃から父親と離れてすごしてきた紗耶香にとって、中年の男性は近寄りがたい存在であった。
紗耶香は無言でオレンジジュースを飲み続けた。
「‥‥早く帰りたいな」
カウンターの中で、布巾でグラスを磨いていたマスターがいきなり言った。
「‥え?」
「顔にそうかいてある」
「え!?」
紗耶香は慌てたように、自分の顔を手のひらでこすった。
「冗談だよ」
「‥‥‥」
「もっとオレンジジュース飲むか?」
マスターは紗耶香の空っぽのグラスを指差した。
- 11 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時04分50秒
「‥‥氷たっぷりでお願いします」
マスターは一瞬目を見開くと、笑い出した。
「そんなこという客、今まで見たことないぞ」
マスターはそう言いながらも、冷凍庫から氷を取り出して、再びアイスピックで小さく砕き始めた。
「‥‥あたし‥‥落ちこぼれなんですよね」
紗耶香はアイスピックを握るマスターの姿をじっと見つめた。
「‥‥‥」
マスターは氷を砕く手を休め、黙って紗耶香を見つめた。
「‥学校の先生も、あたしのこと馬鹿にしてるし。‥‥あたしに『力』がないから」
紗耶香の瞳が再び涙がこみあげてきた。
「‥‥『力』があるからといって、幸せとはかぎらないよ。強大な『力』を持っていたばかりに不幸になった人間を、僕は知っている」
マスターはそう言うと、ふぅっと息を吐いた。
- 12 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時05分41秒
「‥‥紗耶ちゃんは、今、いくつだっけ?」
「‥十四」
「十四か。‥‥じゃあ、まだまだ、これからだよ。今の君は、『火の民』『学校』という小さな世界しか知らないでしょう?‥‥もう少し大きくなったら、もっと色々なものが見えてくるよ。『火の民』や『学校』や『力』なんてものが関係ない世界が」
マスターは言葉を区切ると、ぺロッと舌を出して唇を舐めた。
「‥‥僕は、逆に、紗耶ちゃんがうらやましいよ。『力』を持っているということは、民に縛られているということなんだよ。‥‥『力』を持ってないということは、自由であるということに繋がるんだよ‥‥」
「‥‥おじさんの言ってる意味、わかんない」
紗耶香は眉間にしわをよせた。
いつのまにか、紗耶香の涙は止まっている。
「‥‥いつか、おじさんの言った意味がわかるときがくるよ。きっとね」
マスターは困ったように笑った。
「おじさんが言いたかったのはね、こういうことなんだ。‥‥紗耶ちゃんに『力』がないのは、何かきっと特別な意味があるんじゃないのかな?」
「‥‥そんなの、わかんない」
紗耶香は拗ねたようにそう言うと、テーブルの上のグラスを指ではじいた。
- 13 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時06分12秒
「‥‥紗耶ちゃん。‥‥今は、多分、難しいと思うけど。‥‥紗耶ちゃんはいつか、自分の進むべき道を見つけて‥‥きっと、自分のことが好きになるよ」
そう言うと、マスターは一旦言葉を区切り、
「‥‥そして‥‥愛する人と巡りあうよ」
と、声をひそめて言った。
「‥‥そんなの、わかんないじゃん」
紗耶香の言葉に、マスターはふっと笑って、紗耶香の頭を撫でた。
マスターの大きな手はに触れられて、紗耶香は鼻の奥がつーんとしてきて、涙腺が緩んでいくのを感じた。
やだな。どうしてこんなに涙が出てくるんだろう。
自分で、自分が、本当に嫌いだ。
紗耶香は乱暴に鼻をすすった。
「紗耶ちゃんに、いいものをあげよう」
マスターはカウンターから出てくると、紗耶香の隣の席に座り、ズボンの後ろポケットから小さな四角形の物体を取り出した。
「‥‥何?」
紗耶香は身を乗り出して、マスターの手の中に収まっている小さな四角形の物体を覗きこんだ。
四角形の金メッキは所々はげており、それがかなり古いものである事が見てとれた。
「見るのは初めてだろう?‥‥これはライターと言ってね。火が出るんだよ」
通常、『火の民』は火を自由に操れる民族である為、ライターを使う者は皆無に等しい。
マスターは紗耶香の目の前で、ライターの蓋を開け、擦って見せた。
小さな炎が、マスターと紗耶香の目の前に姿を現わした。
紗耶香は目を丸くして、ライターの炎を見つめている。
- 14 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月11日(木)00時07分14秒
「‥‥これは、おじさんが、昔、『水の民』の友達から貰ったものでね。今まで、お守りにしてたんだけど‥‥紗耶ちゃんにあげるよ」
「本当!?」
紗耶香が目を見開いた。
「大事にしろよ」
「うんっ」
紗耶香は嬉しそうに、マスターから手渡されたライターをいじっている。
「おじさん」
紗耶香はライターをいじる手を止めると、思いついたように言った。
「ん?」
「その『水の民』友達、ここにも来たりする?」
「‥‥何で、そんなこと聞くの?」
「あたし『水の民』と話したことないからさ。話してみたいなぁって思って」
ニコニコと嬉しそうに笑う紗耶香から、さりげなく視線を外して、マスターは静かに立ちあがった。
「‥‥おじさんの友達は‥‥すごく遠くに行っちゃったから‥会えないなぁ。‥‥でも、紗耶ちゃんは、これから、『水の民』の友達も、『風の民』の友達も、もちろん『火の民』の友達も、きっとたくさんできるよ」
そう言うと、マスターはカウンターの中に戻るために、歩き出した。
「‥‥本当に、そう思う?」
マスターの背中に不安そうな紗耶香の声が向けられた。
「もちろん」
マスターが振り向いて力強く頷くと、紗耶香はほっとしたように肩の力を抜いて、ふにゃっと笑った。
カウンターの中に戻ったマスターは、紗耶香に微笑み返すと、再びアイスピックを握り締め、溶けかけた氷を砕き始めた。
- 15 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年10月11日(木)00時16分07秒
- >>5さん
ありがとうございます。ただいまです。
嬉しいモンですね。お帰りなさいと書いてもらうのは。
いよいよ、過去編スタートです。
皆さんからのリクエストは圧倒的にやぐちゅー希望が多いですね。
もちろん、やぐちゅーもたっぷりと書かせてもらいますが、その前に、圭織と希美の話、圭と矢口と紗耶香の話、などを書きたいと想っています。
できるだけ時間軸にそって書きたいと思っているので、やぐちゅーはしばしお待ち下さい。
それでは、泣き虫紗耶香の登場でした。
- 16 名前:hiro 投稿日:2001年10月11日(木)00時17分56秒
- 作者さん お帰りなさい。
…なんて言ったらいいのかわかりませんが、
スッゴイ楽しみにしている作品なので…
頑張ってください!
- 17 名前:名無し読者。 投稿日:2001年10月12日(金)01時31分08秒
- 待ってました。(w
それぞれのお話の後は・・・
やぐちゅーのお話たっぷりお願いします。(w
中澤の仕事とか・・・前のスレで前振りはみましたが・・・
中澤&矢口の生き様を・・・ぜひ
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月12日(金)12時47分31秒
- 自分は紗耶香復帰記念としてぜひいちごまを〜……って感じっす(w
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月15日(月)14時25分43秒
中澤と矢口の話・・・・気になりすぎてます。
後にたっぷり…お願いします…。
楽しみです。
- 20 名前:読んでる人 投稿日:2001年10月23日(火)19時48分47秒
- 更新まだでせうか?
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月26日(金)17時21分25秒
- 待ってますよ〜
- 22 名前:読者その256 投稿日:2001年10月26日(金)23時49分37秒
- ま・まだですか・・・?
- 23 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時32分28秒
――― ―――
黒い革張りのソファーに腰をおろして、大きなあくびをした裕子は眠そうな目を瞬かせ、軽く頭を振ると、ぬるくなってしまったコーヒーを口に運んだ。
薄くなった頭髪を横に撫でつけ、俗に言う、バーコードスタイルの男性は、裕子の目の前に座ったまま、すでに三十分近く、芸能人の何がしと何がしが破局しただの、離婚しただのといったワイドショーネタを披露している。
――この人は、いつもそうだ。
無理難題を押しつける時には、決まってワイドショーネタから始まるんやから。
時刻はもうすでに深夜の二時を回っている。
朝から働きづめの裕子は、つまらないワイドショーネタをお義理で聞き続けるには、疲れきっていた。
裕子はわざとらしくゴホンと堰をして、男性の話を中断させ、愛用のシガレットケースからタバコを取り出し、無造作に口にくわえた。
すると、『ポッ』という音と共に、何もなかった空間に小さな炎が現れた。
裕子は炎の前にタバコをかざすと、深く息を吸いこんだ。
ゆっくりと煙を吐き出しながら、軽く目の前に座っている男性に会釈する。
- 24 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時33分07秒
――― ―――
「‥‥中澤さんって‥何か‥えらそうですよね」
応接室の隅で二人の様子を伺っていた研修生が、隣に座っている秘書にコソコソと話しかけた。
「‥‥君は‥知らないんだっけ?」
秘書は書類を整理していた手を止めると、首を傾げて研修生の顔を覗きこんだ。
「え?」
「事務所の中で中澤さんが『力』を使うのは禁止なの」
「はぁ?」
「ほら、主任の机に大きな黒焦げが付いているでしょう?」
「はい」
「あれ、中澤さんが研修生の頃やったのよ。‥‥あの子も、それなりに気をつかってたんじゃないのかな。研修の打ち合わせの最中に、主任のタバコの火をつけて上げようとして、
そしたら‥‥まぁ‥‥ものすごく大きな火の玉が出てきてね。‥‥驚いたわぁ〜」
その時の事を思い出したのか、秘書は可笑しそうにクスクス笑い出した。
- 25 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時33分40秒
「主任も腰を抜かしてへたり込んでるし。‥‥まぁ、中澤さんに聞いたら、他人のタバコの火をつけてあげたのは初めてだったんだって。『特A』の『力』の持ち主とは聞いていたけど、正直あれほどとは思わなかったわね」
「‥‥‥」
研修生は秘書の話を聞くと、ゴクリと唾を飲みこんだ。
「‥‥それ以来、中澤さんが『力』を使うことは禁止。その代わり、彼女がタバコを取り出したら、傍にいる人が‥‥たとえ主任であろうが、だれであろうがタバコの火をつけることが、事務所内の暗黙の了解になったというわけ。‥‥君はもうやった?」
研修生は慌てたように、フルフルと首を横に振った。
「そう。じゃあ、次は君がつけてね」
秘書は研修生に向かってこともなげに言った。
- 26 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時34分14秒
――― ―――
「‥‥中澤‥‥お前に担当して欲しい事件があるんやけどな」
主任は裕子と目を合わせないように、裕子の吐き出したタバコの煙がゆっくりと流れていくのを、目で追いかけている。
「‥‥なんです」
よっぽど嫌な事件なんだろう。
裕子はため息をつくと、タバコの火を灰皿に擦りつけて消した。
「‥んー‥‥つまらん詐欺事件なんやけどな。‥‥どうも様子がおかしいねん。‥‥大手の飲食チェーン店が、小さなショットバーを訴えてるんやけどな。‥‥起訴されるまでに、裏で変な動きがあったみたいや」
どんな難事件かと身構えていた裕子は、詐欺事件と聞いて拍子抜けした気がしたが、それに続く主任の言葉は裕子の好奇心を刺激するには十分だった。
「変な動き?」
「‥‥政治家‥‥企業会長‥‥えらい大物が絡んでいるらしいわ」
主任は声をひそめた。
「‥‥‥」
裕子は主任の言葉に黙り込んだ。
「ホンマなら、お前に担当させるような事件やないんやけどな。‥‥事情が事情やし。他のモンに任せるのは、何や、不安でな。‥‥‥嫌な予感がするんや」
主任はそう言うと、イライラしたように爪を噛み始めた。
「‥‥‥」
裕子は顔をしかめ、不快そうに主任の爪噛みを見つめた。
- 27 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時34分47秒
―――
主任との話を切り上げ、自室に戻った裕子は机にうつぶせになって、しばらく目を閉じた。
ずっとこうしているわけにもいかない。
裕子はノロノロと上体を起こし、化粧ポーチの中からコンパクトを取り出して、自分の顔を覗き込んだ。
充血した目。
くっきりとしたクマ。
はげかけた化粧。
‥‥疲れた顔やな。
働きすぎっちゅーねん。
- 28 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年10月27日(土)23時35分19秒
幼少の頃から『特A』の『力』の持ち主として恐れられ、同時に、学生時代もスキップを繰り返した裕子は、若干二十歳にして難関の司法試験に合格し、弁護士になっていた。
それから、約四年。
二十四歳になった裕子は、弁護士としての名声を手に入れ、事務所の顔となるまでになった。
ため息をつきながら、先ほど、主任から渡された事件のファイルを読んでみる。
『PEACE』という小さな店のマスターが大手飲食チェーン店に詐欺罪で訴えられたという事件だ。
詐欺罪か‥‥。
担当するのは久しぶりやな。
刑事事件担当の裕子は、弁護士なりたての頃こそ、窃盗、詐欺などの事件を扱っていたが、弁護士としての名声が高まるにつれ、放火、殺人といった事件のほうへ、仕事の内容がシフトしていた。
- 29 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年10月27日(土)23時38分14秒
- お待たせしました。短いですが、更新しました。
旅行のつけが、今ごろ押し寄せてきて、ものすごく忙しいです。
‥‥いいわけにすぎませんね。
頑張ります。
- 30 名前:猫。 投稿日:2001年10月28日(日)03時45分36秒
- 前スレ何日前かに読ませてもらい感動の一言です。
やぐちゅーも復活されたようで・・・
更新楽しみに待っております。
- 31 名前:名無し読者。 投稿日:2001年10月28日(日)20時49分01秒
- きぃた〜!!!裕子過去編
ずーとどんな過去があるのか気になっていたんですよ。
矢口との出会い・・・弁護士退職・・・etc
楽しみだな〜!
- 32 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)02時53分58秒
- お帰りなさーい。
待ってましたよ。
今までずーと待ってた分更新を・・・(略
- 34 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年10月29日(月)15時09分08秒
- 今書いてる部分は、区切らずに一気に更新したほうがいいと思うので、もうちょっとお待ち下さい。
もう気づいている人もいると思いますが、前スレに、市井ちゃん復活記念として、短編を書きました。
次の更新まで、そちらの方で楽しんで下さい。
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月30日(火)01時03分18秒
- えー。前スレですか?
きずかなかったよー。
一気に更新楽しみに待ってます。
裕子の過去が解き明かされる(w
- 36 名前:待ち人 投稿日:2001年11月01日(木)01時17分30秒
- 待ってました。やぐちゅー。
更新楽しみに待ってはや・・・3日目?
作者さ〜ん!!(涙
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月02日(金)14時17分29秒
うう… 気になる…
でも次の更新は大量って事ですよね?
楽しみだなぁ。
裕ちゃん
かなり期待して待ってます
- 38 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時15分13秒
――― ―――
遥か昔に神々が定めた『互いの民は交わり干渉し合ってはならない』という掟がある以上、『水の民』、『火の民』、『風の民』は極力関わり合いを持たないように生活してきた。
しかし、それにも限界がある。
同じ土地に住む以上、共通のルールを設ける必要性に迫られ、その妥協案として、政治家達は共通の法律を制定した。それが、憲法をはじめとする法の数々である。
その他に、それぞれの『民』独自の法として、条例が制定された。
商法四三九条〔商人の義務〕
@ 商人ハ店ノ看板ニ、自ラガ所属スル『民』ノ印(マーク)ヲ付ケル義務ヲ負フ。
A 商人ハ客人ノ入店ノ際、客人ガ自ラノ所属ト同一ノ『民』デアルコトヲ確認スル義務ヲ負フ。
刑法ニ四六条[詐欺罪]人ヲ欺モウシテ財物ヲ騙シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス。
と記されている。
- 39 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時16分14秒
――― ―――
依頼人 飯田守
火の民 男性 五十ニ歳
ショットバー『PEACE』を経営。
商法四三九条[商人の義務]違反により、大手飲食チェーン店に詐欺罪で告訴された。
訴状には[ショットバー『PEACE』経営者飯田守は、故意に店の看板に自らが所属する『民』の印(マーク)を付ける義務を怠り、また、客人の入店する際、客人が自らの所属と同一の『民』であることを確認する義務を放棄した。その結果として、『PEACE』の店内には、『火の民』以外の、『水の民』、『風の民』が出入りするようになった。このことにより、善良な『火の民』客人は著しく不愉快な思いをし、尚且つ、飲食代と称して、財物を騙取されることとなった。これは刑法ニ四六条の詐欺罪に相当すると考えられる]と記されている。
ファイルを読めば、読むほどに、訳のわからない事件だ。
起訴までに、裏で妙な動きがあったと言う、主任の言葉も気になっていたが、それよりもまず保釈金の額の高さに驚いた。
通常の詐欺罪に対する保釈金の金額よりも一桁多い。
‥‥‥払えるわけないやんか。
保釈申請にも苦労しそうだ。
裕子はファイルを愛用の黒いエルメスのバッグに放りこみながら、苦笑した。
疑問点も多々ある。
何故、飯田は自分の店の看板に『民』の印を付けることを拒否するのか?
何故、当たり前の事を、当たり前のようにできないのか?
裕子はため息をついた。
気が進まなかったが、とりあえず依頼人に会わなければならない。
重いファイルを長年詰め込んできたおかげですっかり変形してしまい、高級品の陰も形も無くなってしまった黒いエルメスを肩に掛け、裕子は拘置所に向かった。
- 40 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時17分32秒
――― ―――
拘置所の面会室の分厚いガラスごしに、依頼人をじっと見て観察する。
大柄の体を丸めながら、拘置所の面会室の粗末な椅子に腰掛けている髭づらの男。
熊のような男だ。
裕子の飯田に対する第一印象はそんなものだった。
「あなたが‥‥看板にこだわる理由を教えて下さい」
「‥‥‥」
「何故、そんなにこだわるんですか?」
「‥‥‥」
依頼人、飯田守は裕子が何を言ってもダンマリを決めこんでいる。
しかし、その目は裕子の顔を真っ直ぐに見つめていて、裕子は、この飯田守という男に試されているような気がしてならなかった。
「‥つーか。あなた、自分の立場わかってますか?詐欺罪で起訴されてるんですよ。もう少ししたら初公判が始まりますからね。‥‥それまでに作戦を立てておかないと」
飯田守のダンマリにしびれを切らした裕子は、声を荒げた。
「‥‥悪いことはしてません」
飯田守は静かで優しい眼差しを裕子に向けた。
- 41 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時18分09秒
「‥‥は?」
予想もしていなかった答えが返ってきて、裕子は思わず聞き返した。
「悪いことは、ひとつも、してません」
飯田守は少し微笑んで、再び同じ言葉を繰り返した。
「‥‥‥」
裕子は黙り込んだ。
何と返答していいのかわからなかった。
この飯田守という男は一体何を考えているのだろう?
「その事は、刑事さんにも、検事さんにもお話しました」
飯田守は、黙り込んでいる裕子を気にする様子もなく話を続けた。
「‥‥検事は何と言ってましたか?」
「そういうことは、弁護士に話してくれと言われました」
‥‥普通そうだろうなぁ。
裕子は苦笑した。
「‥‥先生‥‥ウチの娘達の様子を見てきてもらえませんか。‥‥‥それと、保釈の手続きもお願いします」
飯田守は裕子の苦笑をどう受け取ったのか、急に話題を変えた。
「‥‥わかりました。‥‥その前にひとつだけ聞いておきたいことがあります。あなたが起訴されるまでに‥‥裏の方で‥‥色々と根回しがあったようです。身に覚えがありますか?」
「さぁ?」
飯田守はとぼけたような笑い顔を裕子に向けた。
裕子が軽く睨みつけると、飯田守は大袈裟にため息をついた。
それから、姿勢を正し、しごく真面目な口調で言った。
「‥‥僕の店には『火の民』以外のお客さんもいらっしゃいますから。‥‥そういう意味では、生粋の『火の民』主義者には、目障りなんじゃないですか?」
接見を終えた裕子の目に、飯田守の熊のような大きな外見が、何故か寂しげに見えた。
- 42 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時18分40秒
- ――― ―――
‥‥えらい、綺麗な子やな。
『PEACE』のカウンターごしに見た、飯田守の長女、飯田圭織に対する裕子の第一印象だ。
「‥‥お父さん、どんな様子ですか?」
圭織がカウンター席に座った裕子に熱い紅茶を出しながら訊ねた。
まだ時間が早いため『PEACE』の店内は裕子と圭織以外人影はなくガラーンと静まりかえっている。
父親が不在の間、圭織が父親に代わって店を切り盛りしていた。
まだ高校生のため、夜は九時には店をしめているらしい。
「元気そうです」
裕子はティーカップに鼻を近づけて、圭織がいれてくれた紅茶の匂いを楽しんだ。
「そうですか」
圭織はホッとしたように笑った。
「‥‥面会にはもう行かれましたか?」
「‥‥‥」
裕子の問いに圭織は無言で頷いた。
- 43 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時19分10秒
圭織に頷き返して、裕子が紅茶を口に含むと、カウンターの奥から階段を降りてくる音がした。
と、ヒョコっという感じで、小さな女の子が顔を覗かせた。
「希美、お父さんの弁護士さんよ。挨拶して」
圭織が希美を手招きで呼び寄せる。
希美は圭織に駆け寄ると、その背中に隠れるようにしながら顔を覗かせ、裕子に向かって笑いかけた。
クリクリと大きな瞳、八重歯が印象的な少女だ。
裕子も希美に笑い返した。
希美は、エヘヘヘと嬉しそうに笑うと、圭織の背中から移動して、裕子の隣のカウンター席に座った。
「希美、時間だよ。‥‥早く準備して」
圭織が声をかけると、希美はピクッと体を震わせて反応した。
「‥‥どこに行くんや?」
裕子は俯いてしまった希美を横目で見ながら、圭織に訊ねた。
「‥‥『特保』だよ」
「‥‥‥」
圭織の答えに裕子は黙り込んだ。
耳になじんだ響きだ。
‥‥ウチにとっては、好きな場所ではなかったけどな。
- 44 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時19分47秒
『特保』とは正式名称『特A能力保持者育成所』の俗称だ。
『特A能力保持者育成所』は一歳半検診で『特A』の『力』を持つと診断された、満二歳以上の子供達が集められ、英才教育がほどこされる施設である。
『特A能力保持者育成所』の中には学校、宿泊施設、病院、ショッピングモールなどがあり、ひとつの街のような造りになっていた。
『特A』の『力』を持つ子供を『特保』に通わせる事は親の義務となっており、それを不履行したならば(そういう親はほとんどいなかったが)、養育者不適格とみなされて、子供と引き離される事となる。
この世界において、『特A』の力を持つという事は、それだけで将来が約束されたようなものだった。
幼少の頃から英才教育を施され、政治、経済、社会の中枢に入る事を許された人種。
『特A』の『力』の系譜は血の為すものが大きいため、ほとんどの『特A』保持者は上流階級に生まれたが、ごく稀に、一般家庭に『特A』の『力』を持つ子供が誕生することがあった。
裕子もその一人であった。
上流階級の人間はこの『特A』の能力保持者をこぞって自分のファミリーに組み込もうと、競って婚姻関係を結んだため、上流階級に『特A』能力保持者が集中し、その『特A』能力保持者達が富、権力を握るという悪循環を繰り返していた。
裕子のもとにも、毎年うんざりするほどの上流階級からの見合い写真が送られてきていた。
- 45 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時20分29秒
「‥‥‥面白いか?」
裕子は首を傾げて、隣に座っている希美に訊ねた。
希美はブンブンと激しく首を横に振った。
「‥‥つまらんか?」
今度は激しく首を縦に振った。
「だって、だってね。‥‥みんな、のののこと、バカにするんだもん」
希美はそう言うと、よっぽど悔しかったのか、涙を浮かべた。
「‥‥そうか」
「‥‥びんぼう人って言うんだもん」
希美が小さな声で呟いた。
「そん時はな、クソボンボンって言ってやればいいんや」
裕子はポンッと希美の背中を軽く叩いた。
「クソボンボン?」
「そうそう」
裕子は目を細めて頷いた。
希美はクソボンボンという響きが気に入ったらしく、しきりにクソボンボンと言い続けている。
圭織は苦笑いを浮かべながら、希美を見ていたが、やがて、時間だからと、しぶる希美を『特保』へと向かわせた。
「学校は『特保』じゃないんやな」
「うん。お父さん『特保』嫌いだもん。だから、放課後、週三回、行ってるだけ。‥‥義務じゃなきゃ、多分、『特保』に行かせてない思うよ。‥‥本人も楽しそうに見えないし」
「‥‥楽しくなんかないで。あんなトコ」
裕子はポツリともらした。
「え?」
「‥‥どうしようもない、クソガキばっかりいるしな‥‥。あの年でエリート意識の塊やで。最悪やろ?」
自嘲気味に裕子が呟いた。
- 46 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時21分10秒
「‥‥先生?」
圭織が訝しげに裕子を見つめる。
「‥‥何でもない」
裕子は誤魔化すように笑い、
「‥‥そんなことより‥‥ビールでももらおうかな」
と言った。
- 47 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時22分10秒
――― ―――
翌日、裕子は法律事務所の自分の部屋で、昨夜の『PEACE』での出来事を思い出していた。
あれから、次々と客が訪れた。
みんな一様に、圭織にマスターの様子を聞いて、起訴された事を聞くと、肩を落としてうな垂れた。
そして、裕子がマスターの弁護士という事を知るや否や、「先生、俺の奢りだ。マスターを助けてくれよ」と言ってはビールを置いていく。
その中には『火の民』以外の客も数多くいた。
その客達は自分の左の手のひらに輝く石と、裕子の左の手のひらの赤い石の、色の違いを気に留める様子はまったくなかった。
『水の民』、『風の民』の客も、屈託なく裕子に話しかけ、酒を置いていく。
おかげで昨夜は予定外に酒を飲む羽目になった。
裕子はこれまで『火の民』以外の『民』と言葉を交わすという経験をしたことがなかった。
――何や。普通やんか。
ウチらと何の変わりもありはしない。
笑い、泣いて、酒を飲み――
人徳なんだろうか。
民を超えて愛されている。
あの、飯田守という男は。
- 48 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時22分48秒
――― ―――
拘置所面会室のガラスごしに飯田守を見つめながら、裕子は明らかに、昨日とは違う目で依頼人、飯田守を見ている自分に気づいていた。
‥‥熊ではなく、虎かもしれない。
この男は。
飄々とした風貌の裏に、熱い闘志を秘めている。
そんな気がする。
「弁護方針について話し合いたいんですが」
「僕は悪い事をしたとは思っていません。改める気もありません」
「‥‥‥何にそんなにこだわってるんですか?」
「先生は‥‥火の『民』以外の友達がいますか?」
飯田守は裕子の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「‥‥いません」
裕子は飯田守の眼光に圧倒されていた。
- 49 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時23分26秒
「僕には、いました。少年時代に。彼は『水の民』で。友達になったきっかけは偶然だったんです。一人で海に遊びに行った僕は‥‥溺れてしまって‥‥それを助けてくれたのが『彼』だったんです。‥‥それから、こっそり二人で遊ぶようになりました。‥‥‥いきがって二人でタバコなんか吹かしてましたよ」
そう言うと、飯田守は寂しそうに、小さく笑った。
裕子が黙っていると、飯田守はさらに言葉を続けた。
「彼は‥‥殺されました。同じ『水の民』の、同じ年頃の少年達に。‥‥裏切り者呼ばわりされて。‥‥彼は何も裏切ってなんかいない。ただ僕と友達になっただけです。‥‥彼は『A』クラスの『力』を持っていました。‥‥でも、彼はリンチを受けている間、まったく抵抗しなかったそうです。‥‥僕は何故彼が抵抗しなかったのか、長い間わからなかった。‥‥でも今はわかるような気がします。」
飯田守は静かに目を伏せ、自分の左手の赤い石を、右手の人差指でなぞった。
- 50 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時23分57秒
「‥‥先生は‥‥わかりますか?‥‥‥だから‥‥僕は‥自分の店の看板にワザと『民』の印を付けてないんです。‥‥僕は悪い事をしたとは思っていません。改める気もありません裁判でも、そう、はっきりと言うつもりです」
飯田守は口元に微かな笑みを浮かべ、姿勢を正した。
「‥‥そんなことしたら、あなたの不利になって、確実に実刑をくらいますよ」
「わかっています」
裕子の言葉に、飯田守は静かに頷いた。
「‥‥何がわかるんやっ。‥‥あんたがブタバコに入ったら、娘さんはどうなるんや。舐めたこと言うんやないっ」
「‥‥作戦があるんです。聞いてくれますか?」
激昂する裕子に向かって、飯田守はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「‥‥‥何や」
ムッとした顔で裕子は飯田守の言葉の続きを促す。
- 51 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時24分28秒
「商法は憲法違反だって裁判を起こすんです」
「は?」
「行政裁判を起こすんです。‥‥こんな詐欺裁判なんて、きっと中断しますよ」
「‥‥あんた‥‥自分が何言ってるかわかっとるんかいな?」
裕子は呆れたと言う風に肩をすくめた。
「もちろん、わかってますよ。‥‥言い方が悪かったかな。憲法では公共の福祉に反しないかぎり、利潤追求の自由が保証されていますよね。‥‥それを逆手にとって、商法四三九条は合理性に欠けるという論戦でいくんですよ」
「合理性?」
「‥‥大手企業の大部分が、自分の『民』以外の企業と取引をしてますよ。利潤追求の為にね。だから‥‥僕なんかを罰していたら、きりがないって事を、世間に知らしめるんです」
「‥‥なるほど。‥‥利潤追求の為、つまり、金銭を媒介にした付き合いは認めろという論戦でいくわけやな」
「ご名答」
飯田守は裕子に向かって、器用にウインクして見せた。
「それなら、勝ち目があるかもしれんで。‥‥マスターえらいっ」
自然と、裕子の口調も弾んできた。
「だてに、ずっと、くさい飯食ってたわけじゃないですよ。‥‥ちゃんと考えてたんです。多分‥‥こういう裁判を心待ちにしている利益追求型の企業は多いと思うんです。‥‥ライバル会社から、今の僕のように訴えられたらアウトですから。‥‥でも、矢面には立ちたくないと。‥‥‥ウチらに勝たせたいために、情報提供してくれる企業が現れるかもしれませんよ」
そう言った後、飯田守は、時には主義主張も応用を利かせないとね、と呟いた。
- 52 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時25分28秒
――― ―――
マスターの指摘通り、内心この商法四三九条が邪魔で仕方なかった企業は予想以上に多かったようで、裕子のもとにはかなりの数の有効な情報提供があった。
裕子の所属する法律事務所も、当初は行政裁判を起すのに否定的な見解だったが、裕子の「勝訴しても、敗訴しても、法律書に載るほど画期的な裁判になる」という説得に、主任は渋々ながら、ようやく首を縦に振ってくれた。
行政裁判であるため、地方裁判所からではなく、高等裁判所から始まった裁判は、最高裁判所の結審までわずか一年という、スピード決着を得た。
これは行政裁判にしては異例の早さである。
裕子の迅速な裁判を望むという再三にわたる働きかけと、素早い解決を望む多くの企業の見えない手回しの結果だった。
高等裁判所、最高裁判所ともに、商法四三九条は現実に照らし合わせると、合理性に欠ける、という判決を得た。
行政裁判の間、一時中断していた飯田守の詐欺裁判は、焦点がボケたまま結審し、執行猶予二年の判決を得た。
裕子としては、この判決に不満であったが、飯田守は大いに満足そうであった。
上告して無罪を勝ち取ろうという裕子に、飯田守は笑って、僕は自由の身になれれば、別に前科者でも気にしませんよと言った。
- 53 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月03日(土)00時26分02秒
いずれにしろ、飯田守の起こした行政裁判の結果、『金銭を媒介とした付き合いはこれを違反としない』という最高裁判例ができたこととなる。
『PEACE』では、裁判の勝利を祝って祝杯が交わされ、誰もが喜びと、自由を味わっていた。
これは、異なる『民』同士間の交流の初めの大きな一歩になる。
未来は明るいかもしれない。
『PEACE』にいる誰もが、そう思っていた。
――この時は。
- 54 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年11月03日(土)00時35分18秒
- 更新しました。
法律知識があまりにもとぼしい僕にとっては、つらかったです。
(裁判に関して)色々矛盾点も多々あると思いますが、つっこまないでやって下さい。
パラレルワールドなので、これでいいんです。(開き直ってるなぁ)
やぐちゅーには、まだまだ遠い道のりです。
まだ二人は出会ってないし。
小説の投票で本作『神々の印』、ならびに前作『月の美しや』に投票してくださった皆さん、ありがとうございました。
- 55 名前:37の読者 投稿日:2001年11月03日(土)02時33分33秒
やった〜ぃ!!更新されてる〜!!
昼間書きこんだばっかりだったのに希望通った!!(自己中心的考え。)
なんにもゆっこまないっすよ〜!!
おもろい!!
これからどう展開されていくのか・・?
矢口との出会いまでも楽しみです。
もちろん矢口との出会いはもっと楽しみです!!
- 56 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年11月03日(土)10時12分22秒
- 一晩寝て、間違いを発見しました。
上告は最高裁判所に対するものでした。
詐欺裁判の場合、地方裁判所から一審が行われるので、判決に不服がある場合には上級裁判所に控訴することができます。
よって、>>52で、上告という言葉を使っているのは間違っています。
正しくは、控訴でした。
上告して無罪を勝ち取ろうという裕子に
↓
控訴して無罪を勝ち取ろうという裕子に
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月04日(日)23時48分52秒
- こんなに更新されてる!
ラッキー〜!!
作者さん法律の事とか大変と思うけど頑張ってください。
やぐちゅー最高!
- 58 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月05日(月)21時32分40秒
- ゆうこ!
ずっと待ってた(w
いつの間に更新されてたの???
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月06日(火)01時49分57秒
- >>58
投稿日を見なさい。
- 60 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月09日(金)01時29分03秒
- そろそろ更新を・・・
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月11日(日)13時03分34秒
こ・…更新は…?
禁断症状が・…早く読みたいよ〜!!
裕ちゃ〜ん!
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月11日(日)19時09分45秒
- そろそろ更新してもよろしくてよ!(w
- 63 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月11日(日)23時00分24秒
- お・お願いだ・・・
はや・・く・・・・
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)00時29分35秒
- 1週間ちょっとしかたってないのに更新、更新って
急かすこともないでしょう・・・
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)01時29分30秒
- >>64
確かにそうだけど・・・
前のスレはほぼ毎日?2・3日に一回は更新だったから皆心配してんじゃないの?
- 66 名前:読んでる人 投稿日:2001年11月12日(月)14時59分31秒
- マータリ待とうぜ
- 67 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)00時58分43秒
――― ―――
「‥‥‥こんにちは‥‥」
「あぁ‥裕子さん、こんにちは」
ためらいがちに声をかけた裕子に、マスターは作業の手を休め、にこやかに笑いかけた。
「‥‥相変わらず‥‥みたいですね」
裕子が、壁のとても芸術的とは言えない落書きを一瞥する。
「ええ。‥‥暇な人もいるもんですね。おかげで、毎朝の日課が増えましたよ」
マスターはタワシを手に、肩をすくめた。
「‥‥‥」
裕子は何も言えず、黙り込んだ。
- 68 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)00時59分26秒
毎日のように壁にかかれる落書き。
時間を問わずかかってくる悪戯電話。
送られてくる脅迫状。
そのほとんどが、マスター――飯田守を『火の民』を裏切った者として、名指しで非難していた。
マスター――飯田守が起こした行政裁判が結審してから、『PEACE』は色々な嫌がらせを受けるようになった。
この行政裁判で『金銭を媒介とした付き合いはこれを違反としない』という最高裁判例を勝ち取る事ができた。
これは、異なる『民』同士間の交流の第一歩になると考えられている。
それだけに、極右の民族主義者にとって、ショットバー『PEACE』経営者、飯田守は、反体制側のシンボル的存在として認知されていた。
「ここで立ち話もなんですから、中へどうぞ」
マスターは壁の落書きを落とす作業を止め、タワシ、雑巾、洗剤を片付け始めた。
「‥‥どうも」
裕子はマスターに軽く会釈すると、『PEACE』の中に入った。
- 69 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時00分15秒
カウンター席に座っていた希美は、裕子の姿を見ると嬉しそうに笑い、自分の隣の席を叩いた。
隣に座れということらしい。
「‥‥‥元気そうやな」
裕子がゆっくりとした動きで希美の隣に腰を降ろした。
「エヘヘヘ」
希美が嬉しそうに笑った。
「‥‥‥『特保』はどんなや?」
「‥‥つまんない」
希美は『火の民』のエリートが集まっている『特保』に週三回通っている。
あの行政裁判が終了してから、希美がどういう扱いを受けているかが心配だった。
予想通りの答えが返ってきて、裕子は笑ってしまった。
大人の思惑とは関係なしに、希美の価値基準は、面白いか、面白くないかの二つに集約されるらしい。
「‥‥毎日、毎日、訓練ばっかりだもん」
「‥‥そうやな」
裕子は目を細め、頷いた。
- 70 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時01分19秒
清掃道具を片付けたマスターは、黙ってカウンターに入ると、裕子によく冷えたビールを出した。
裕子はマスターに会釈して、ビールを一口飲んだ。
冷たいビールが、体にじわじわとしみこんでいく。
裕子は静かに目を閉じて、その感覚を楽しんだ。
裕子が目を開けると、希美が不思議そうな顔で裕子を見つめていた。
「‥‥縫い針のイメージトレーニングって知ってるか?」
裕子は笑って、希美のほっぺたを人差指でつついた。
希美はきょとんと裕子の顔を見つめていたが、コクコクと首を縦に振った。
「‥‥やっぱ『特保』伝統の教育方法なんかいな。‥‥ウチも散々やらされたな。‥‥『力』を抑えることばっかり習っても、つまらんわな」
裕子が独り事のように呟いた。
「‥中澤さん‥‥『特保』出身なんですか?」
マスターは驚いたように目を見開いた。
「まあな」
裕子は自嘲気味に笑った。
「‥‥ホンマ‥つまらん所やったで」
裕子は吐き捨てるようにそう言うと、ビールを一気にあおった。
- 71 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時01分55秒
――― ―――
その日の真夜中、裕子はけたたましく鳴り響く電話の音に起こされた。
気だるげに腕を伸ばして、枕もとの受話器を取る。
「‥‥何や」
「‥‥‥」
受話器の向こうからは、押し殺した呼吸音とすすり泣くような声が聞えてくる。
‥‥悪戯電話か?
しばくぞ、ゴルァ!
「何やねん!」
裕子は苛立ったように声を荒げた。
「‥‥裕ちゃん」
弱々しい、囁くような声。
「あー‥‥圭織か?」
圭織の声を認知したとたん、裕子の脳細胞は覚醒した。
視線を動かして壁時計を見る。
午前二時。
- 72 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時02分25秒
「‥‥お父さんが!‥お父さんが‥‥どうしよう‥どう‥‥どうすれば‥‥何でこんなことに‥‥どうしよう‥‥ゆーちゃん‥‥」
受話器の向こうの圭織は、興奮して、何を言っているのかさっぱり要領を得ない。
「圭織、落ち着きや!‥‥深呼吸してみ」
裕子は何とか圭織を落ち着かせようと、あれこれ話しかけたが、効果はなかった。
裕子が圭織から聞き出せた情報は、マスターの身に何かが起きたらしいことと、圭織は今、『PEACE』から1キロほど離れたドラッグストアの公衆電話から、裕子に電話をかけているという二点のみであった。
- 73 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時02分56秒
――― ―――
裕子は電話を切って、パジャマを脱ぎ捨て、上着をはおり、車に飛び乗ると、ひたすら真夜中の車道をすっ飛ばした。
途中にある赤信号はすべて無視した。
電話での圭織の様子から推測するに、『PEACE』で何かが起こったことは間違いない。
執拗な壁の落書き。
悪質な悪戯電話。
名指しの脅迫状。
これらの意味するものは?
気持ちばかりが焦っていく。
裕子のイライラが頂点に達しそうな時、車はやっと、圭織が電話で話していたドラッグストアの前に到着した。
しかし、肝心の公衆電話の周りには人影が見えない。
裕子は荒々しく運転席のドアを開け、車外に出て、辺りを見渡した。
- 74 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時03分46秒
「‥‥ゆーちゃんっ」
圭織がドラッグストアの建物の影から飛び出した。
安心したのだろう。
圭織は裕子に抱きつくと、肩を震わせて泣いた。
「圭織、何があったんや」
裕子は圭織を抱きしめながら、やんわりと訊ねた。
「二階で眠ってたの。そしたら‥‥いきなりドアがものすごい勢いで叩かれて‥‥お父さんが、圭織と希美に、ここで待ってなさいって言って、一人で階段を降りて行った」
圭織は落ち着いてきたのか、先ほどの電話とは打って変わって、しっかりとした口調で話し始めた。
「‥‥大勢の人の怒鳴り声が聞こえた。‥‥詳しい話は聞き取れなかったけど。‥‥とても悪い雰囲気だった。だから‥‥警察に電話しようと思って‥‥でも、電話線が切られてるみたいで‥‥電話の向こうから何も聞えなかった」
思い出して恐ろしくなったのか、圭織はブルッと体を震わせた。
- 75 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時04分23秒
「‥希美を‥‥タンスの奥に隠して。‥‥絶対出ないように約束させて‥‥二階の窓から脱け出して‥‥ゆーちゃんに電話かけたの」
圭織は裸足で、よく見ると、手足にはたくさんの擦り傷があり、血がにじんでいた。
「警察は?」
「‥ずっと‥‥話し中だった」
「そんなアホな!」
「‥話し中だった‥」
圭織の話し方は感情が抜け落ちてしまったかのように平坦だ。
圭織の様子に、裕子はぞっと背筋が冷たくなった。
- 76 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時05分28秒
「‥‥何で、こんな家から離れたドラッグストアの公衆電話なんか使うんや?‥‥そんな騒ぎやったら、普通、隣近所が起きてくるやろ?」
「‥‥誰も、起きてこなかった」
圭織は裕子から身を離し、うつろな声で呟いた。
「あ?」
「‥‥どんなにチャイムを押しても、ドアを叩いても、起きてこなかった。‥‥どの家も、全部!」
圭織は体を激しく震わせて怒りを表現した。
ぎゅうっと両手を握り締め、声高に叫ぶ。
「‥‥‥」
裕子は圭織の話した内容にショックを受けたものの、圭織の感情が戻ってきたことにホッとしていた。
- 77 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時05分58秒
――― ―――
裕子と圭織が『PEACE』に到着した時、あたりは不気味なほど静まりかえっていた。
中に入ると、物色した跡があり、床にはモノが散乱していた。
希美が隠れていた二階のタンスは、もぬけのカラだった。
圭織は気が狂ったように、希美の名前を呼び続けている。
最悪の考えが浮かんでくる。
真夜中の訪問客。
大勢の人々の罵声。
電話のつながらない警察。
反応の無い隣近所。
これらのキーワードから導き出せる答えは‥‥。
裕子の脳裏に最悪のシナリオが浮かんだ。
- 78 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月13日(火)01時06分34秒
『ドンッ』
外から激しい爆発音が聞えた。
裕子と圭織が『PEACE』から飛び出すと、南の空に赤い炎が浮かんでいた。
「希美だ」
圭織は空に浮かぶ赤い炎に向かって走り出した。
裕子も後に続く。
何かが焼ける匂い。
人々の悲鳴。
そして、夜空に浮かぶ――巨大な火の玉。
頭の中で警報が響いている。
行かない方がいい。
見たくないものを見てしまう。
それでも、足を止める事はできなかった。
息を切らして必死に走る。
――悲劇はすでに始まっていた。
- 79 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年11月13日(火)01時10分28秒
- 更新しました。
このところ更新が遅れぎみなのは、内容が暗いからです。
書いてるこっちまで、鬱になりそうな‥‥ならなそうな‥‥。
それに加え、パクリ騒動には、本当にうんざりしました。
- 80 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月13日(火)01時28分56秒
更新お疲れ様です。
あー気になります。のの!!裕ちゃんの活躍が期待され・・
がんばってくださいね!!楽しみにして待ってますんで!!
パクリ騒動はかなりすごかったですね。自分も更新できませんでした。
- 81 名前:読んでる人 投稿日:2001年11月14日(水)12時41分23秒
- あう〜、続きが気になるぅ〜
- 82 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時51分58秒
――― ―――
巨大な火の玉の真下に小さな少女が立っていた。
その少女のまわりには、かつては人だったと思われる黒いカタマリが山積している。
少女は一種のトランス状態におちいり、激しく泣き叫び、体を震わせた。
少女の動きに同調するように、巨大な火の玉は赤く揺らめき、次々と小さな火の玉を分裂させ、人々の頭上に炎を降り注いでいた。
火の玉に包まれた人々の体は、瞬く間に炭化していく。
少女の放つ怒りのオーラが、平穏だった街を人々の悲鳴と紅蓮の炎に包み込んだ。
裕子は足がガクガクと震わせ、その惨状を見つめた。
刑事事件の弁護士という立場上、それなりの修羅場も経験してきたが、こんな惨状に遭遇した事はかつて無かった。
- 83 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時52分38秒
「希美っ」
圭織は煙と悲鳴の中、必死で声を張り上げた。
希美は圭織の声などまるで耳に入っていないかのように、泣き叫びながら、あたり一面に火の粉を撒き散らしている。
「止めや!」
裕子の声かけも空しく、希美は裕子と圭織に対しても容赦なく火の玉を浴びせてくる。
裕子はとっさに圭織の上に覆い被さると、『力』を用いてシールドを張り、希美放った火の玉を防いだ。
裕子は覆い被さったままの状態で、圭織の顔を覗きこんだ。
悲しみをたたえた瞳。
涙で濡れた頬。
叫びすぎて、ヒューヒューという音をたてる喉。
こぶしを握り締め、唇を噛み締めている。
圭織の表情には妹の『力』に対する恐怖と、希美を止める事ができない歯がゆさがにじみ出ていた。
裕子は無言のまま、ぎゅうっと圭織の体を抱きしめた。
- 84 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時53分08秒
‥‥今‥希美を止められるのは‥‥ウチしか‥‥居らんな。
正気を失っているとはいえ、あの優しい子――希美が自分のしでかした事を知ったら‥‥。
‥‥ホンマ‥‥泣く子はニガテなんや‥‥。
裕子は圭織を抱きしめたまましばらくシールドを張っていたが、希美の攻撃が弱まったのを感じると素早く立ち上がった。
圭織を引きずるように立ち上がらせると、そのまま目に付いたブロック塀の影に押しこんだ。
「‥‥ゆー‥ちゃん‥」
「ココに隠れてるんやで。‥‥後は、ゆーちゃんに任しとき」
「‥‥でも‥‥」
圭織は口をつぐみ、不安げな瞳で裕子を見つめた。
「‥任しとき」
裕子は圭織を安心させるため、白い歯を見せてニッと笑った。
圭織を建物の影に残し、希美に向かってゆっくりと歩き出す。
うまく笑えていただろうか?
笑顔が引きつってなかっただろうか?
歩きながら、裕子はそんな事を考えている自分に気づいて苦笑した。
- 85 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時53分41秒
希美と対峙すると、裕子は自分の体と心が高揚していくのがわかった。
生来的に、『特A』能力保持者は気が荒いのだ。
それが教育によって、猛獣を手なずけるように、徐々に懐柔されていく。
希美が立っている地点から、半径50メートル以内で息をしているのは、希美を除いては裕子だけだった。
『力』を使うのは久しぶりだ。
裕子は目を閉じて、精神を集中させた。
体がカッと熱くなる。
裕子は自分の持てる『力』の全てをシールドに変え、空に放った。
裕子のシールドが希美の炎を包み込もうとする。
それに負けじと、希美の炎が更に勢いを増して揺らめいた。
裕子の額にジリジリと汗が浮かんでくる。
‥‥我慢比べやな。
どっちの体力が勝つか。
『特A』能力保持者同士の戦いは、あっけなく幕を下ろした。
希美はすでに『力』の大部分を出しきってしまっており、経験豊富な裕子の敵にはなりえなかった。
やがて、裕子のシールドが希美の炎を完全に包み込んだ。
炎を包み込んだ裕子のシールドは、その大きさを徐々に小さくしていく。
そして最後には炎を消滅させてしまった。
- 86 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時54分30秒
希美は持てる『力』を全て出しきったのだろう。
炎が消えると同時に、ガクッと前のめりに倒れた。
「希美!」
ブロックの影から一部始終を見ていた圭織は慌てて駆け寄り、希美を抱き起こした。
反応しない希美の体を、半狂乱になって乱暴に揺する。
「‥‥気を失っただけや」
裕子は肩で息をつきながらそう言うと、額の汗を拭い、首を巡らして自分の周りを見渡した。
『特A』能力保持者の炎は、瞬時にして全てを炭化させる程のエネルギーを持つ。
その『力』爪あとが、夜の街に色濃く残っていた。
おびただしい炭化した死体。
焼け落ちた家屋。
裕子の視界の隅に、くすぶった煙をあげる黒焦げの死体が入ってきた。
明らかに、希美の『力』で焼けたものではない。
- 87 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時55分30秒
炭化することなく、今もくすぶった煙をあげている遺体は、喉をかきむしり体を丸めるよな体勢のままで事切れている。
「‥‥マスター‥」
裕子はかすれた声で呟くと、マスターと思しき死体の傍に崩れ落ちるように腰を降ろす。
恐らく、希美の暴走の発端はマスターの死に深く関わっているに違いない。
遠くからサイレンの音が聞えてきた。
パトカーと救急車だろう。
‥‥遅い。
全てが、遅すぎた。
裕子はこぶしを握り締め、体をワナワナと震わせた。
- 88 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時56分23秒
――― ―――
死体の数は、実に三十四体にものぼった。
その内、一体はDNA検査の結果、『PEACE』経営者 飯田守であるということが判明した。
完全に炭化してしまった、残り三十三体の死体は、身元を割り出す事ができなかった。
警察の調査で、『火の民』の過激民族主義組織『レッド』のメンバー三十三人が行方不明になっていることが判明した。
事件からニ週間後、警察は三十三体の遺体は『レッド』のメンバーであると結論付けた。
事件後目覚めた希美は、空虚な瞳を虚空に向け、誰の呼びかけにも反応を示すことはなかった。
ただひとつ、『火の民』特有の左手に輝く赤い石を恐がる事を除いては。
希美は左手に輝く赤い石を見ると、パニック状態に陥った。
希美を担当する医者、看護婦は左手に手袋をつけることを義務付けられた。
希美の恐怖の対象は、自らの左手に輝く石についても例外ではなかった。
自らの左手を窓ガラスに打ちつける、刃物で傷つけるなどの自傷行為が頻発したため、希美の左手から包帯が取れることはなかった。
希美の『力』を恐れて、収容先の病院では、万全の警戒体制が取られていたが、それは杞憂に終わった。
希美は自らあの強大な『力』を封印していた。
激しいパニック状態に陥っても、あの強大な『力』が目覚める事はなかった。
- 89 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時56分58秒
圭織の通報時に警察の電話が不通だったのは、回線の故障によるものと説明された。
不思議な事に、裕子と圭織の必死の聞き込みにも関わらず、事件の夜の目撃者は一人も存在せず、また近隣の住人全員がたまたま事件の夜に限って早めに就寝していた為、飯田守が『レッド』に連れ出された裏付けはひとつも得られなかった。
生存者が存在せず、希美に事情聴取することも不可能に近いため、圭織の証言と状況証拠から、警察は『レッド』のメンバーと口論になった飯田守を守るため、守の次女――希美が『力』を暴走させ、『レッド』のメンバー三十三人を焼死せしめたものと断定した。
裕子と圭織にとって、この警察発表は納得のいくものではなかった。
飯田守は『レッド』のメンバーに拉致され、リンチの末に殺された。それを目の当たりにした希美が『力』を暴走させたのだと主張したが、警察には証拠がないとつっぱねられた。
希美は十四歳未満であるため、その処遇は検察ではなく児童相談所の管轄下に置かれた。
児童相談所は、希美を児童自立支援施設への送致がが望ましいと結論付けた。
裕子はこの処遇に猛反発した。
ただでさえ、胡散臭い政府の支配下にある児童自立支援施設への措置など、もってのほかだった。
裕子は持てる全てのコネクションを駆使して、著明な精神科医、臨床心理士に協力を要請した。
その結果、希美の身柄は児童自立支援施設から短期児童精神ケア病院へと移されるに至った。
- 90 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月16日(金)22時57分37秒
――― ―――
事務所の自室のソファーで、裕子は部屋の明かりもつけず、じっと物思いにふけっていた。
電話のつながらない警察。
たまたま住人全員が就寝していた夜。
あの夜の出来事が綿密な計画のもとに、実行されたものだとしたら?
飯田一家の殺害を目的としたものだったら?
警察の内部に『レッド』のメンバーがいるとしたら?
あるいは近隣住人に『レッド』の協力者がいるとしたら?
飯田守が一部の権力者から煙たがれる存在だったことは、飯田守が詐欺罪で訴えられた事からも明らかだったし、何より、あの行政裁判の勝訴が飯田守の(権力者側から見れば)悪名を馳せているのは紛れもない事実だった。
彼の死によって、『民』同士の交流は、一歩前進どころか、二歩も三歩も後退してしまった。
飯田守の跡を継ぐものは、もう当分現れないだろう。
‥‥偉大な男やったな‥‥。
ウチはアンタを絶対忘れんでぇ‥‥。
裕子の口から嗚咽がもれた。
生暖かい液体が頬を流れていく。
裕子はこの夜、飯田守が死んでから、初めて泣く事ができた。
事件から約半年後、希美は無事、短期児童精神ケア病院を退院し、『PEACE』に戻ることができた。
- 91 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年11月16日(金)23時03分16秒
- 更新しました。
この小説の中では、児童自立支援施設のことを悪く書いてますが、実際は違います。
少年少女の幸せを考えて、一生懸命頑張っている職員が大勢いらっしゃる所だと思います。(多分)
はぁ、長く、暗い話やのぅ。
- 92 名前:名無し読者。 投稿日:2001年11月16日(金)23時43分47秒
- 作者さん本当に読み応えのある作品です。(w
なんかレスするの躊躇してしまう。
姐さん・カオリ・希美の過去がどんどん明らかに・・・
どうして姐さんは弁護士辞めたのか?続きが気になる気になる。
更新ありがとうです。
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月17日(土)02時10分39秒
- 別に揚げ足を取る気はないけど、
姐さんが弁護士を辞めた理由は既に書かれていると思いますが。
- 94 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時20分57秒
――― ―――
希美は約半年に渡る短期児童精神ケア病院での精神科医、臨床心理士の治療により、左手を窓ガラスに打ちつける、刃物で傷つけるなどの自傷行為は影を潜めていた。
だからといって、赤い石に対する恐怖や憎しみが完全に消えたわけではなく、自分と同じ『火の民』に対しては、依然として拒否的だった。
それは、事件前、あれほど希美が懐いていた裕子に対しても同様だった。
希美は『火の民』の中で、ただ一人、姉である圭織にのみ親愛の情を示した。
- 95 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時21分39秒
――― ―――
『PEACE』の店内に入ってきた裕子を見ると、圭織の隣に座っていた希美は、カウンター席から飛び落り、一目散に厨房横の階段から二階に駈け上がった。
裕子は希美の逃げていく様子を見て、苦笑いを浮かべた。
圭織はカウンター席で、そんな裕子を申し訳なさそうに見つめている。
「‥‥すっかり嫌われてしまったな‥」
裕子は目を伏せ、暗い口調で呟いた。
「ゆーちゃんだけじゃないよ。‥‥誰も好きじゃないみたい。あんなに愛想の良かった子なのにね」
そう言うと、圭織は立ちあがりカウンターの中に入った。
視線でカウンター席に裕子を誘導する。
- 96 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時22分10秒
「‥‥‥」
裕子は圭織に促されるまま、無言で、カウンター席に座った。
「何もないけど‥‥何か飲む?」
「‥‥何やそれ」
裕子が小さく笑う。
「お酒はないってこと」
「じゃ、お茶」
「わかった」
しばらくすると、圭織は芳しい香りの紅茶カップを裕子の前に置いた。
舌が悲鳴をあげるのを無視して、裕子は熱い紅茶を口に含む。
「‥‥すっかり寂しくなってしまったな」
裕子は首をぐるりと巡らせて、人影のない店内を見渡した。
「うん」
「‥‥圭織、これからどうするか、考えてるか?」
圭織は裕子の質問に、考え込むように首を傾げた。
- 97 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時22分39秒
「ゆーちゃん」
「ん?」
「あたし、学校やめようと思う」
「ぶっ‥‥」
思わず、裕子は口に含んでいた紅茶を吹き出した。
圭織は顔色ひとつ変えずに、裕子が吹き出した紅茶を布巾で拭き取る。
「‥‥もう、決めたんだ」
圭織は困惑顔の裕子を真っ直ぐに見つめた。
「あと1年で卒業やんか」
「‥‥‥」
「‥‥いじめか?」
「‥そんなんじゃないよ。ただ‥‥このままじゃいけないと思って」
「あ?」
裕子は持っていた紅茶カップを置くと、眉間にしわを寄せ圭織の顔を見つめた。
- 98 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時23分18秒
「‥‥‥あたし『PEACE』を再建したい」
「‥‥‥」
「あたしが父さんの意思を継ぐ」
「‥‥‥」
何やて?
このガキは、いったい何を言ってるんや?
『アタシピースヲサイケンシタイ』
『アタシガトウサンノイシヲツグ』
圭織の言葉が裕子の脳内で意味を成すまでに、数十秒の時間を要した。
「‥‥危険や‥危険すぎる。‥‥止めとき」
裕子は喉の奥から絞り出すように言葉を紡いだ。
「ゆーちゃん」
「‥‥はっきり言っとくわ。‥警察は信用できん。隣近所も頼りにならん。‥‥そのうえ、店を再開する?‥‥命を捨てるようなもんやで」
裕子の顔は赤く、憤怒の形相を浮かべている。
- 99 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時24分05秒
「‥あたしは、あの夜、死んでてもおかしくなかった。‥‥希美がいなきゃ‥多分、父さんと一緒に‥殺されてた」
圭織は裕子から視線を外し、俯いた。
「圭織」
「‥‥父さんは‥‥苦しかったと思う。熱かったと思う。悔しかったと思う。でも‥‥」
圭織はそこまで言うと、言葉を詰まらせ、テーブルの上に置いた手をぎゅうっと握り締める。
「‥‥何で?‥‥何で、あたしじゃなくて、希美なの?‥‥あの夜、希美に電話させれば良かった。‥‥そしたら‥‥希美が殺人者になることもなかった」
かすれた声で、力無く呟く。
圭織は今にも崩れ落ちそうだった。
- 100 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時24分37秒
「圭織っ」
裕子は圭織をカウンターの中から強引に引きずり出し、少し離れたテーブル席に座らせ、自分も隣に腰を降ろした。
「‥‥希美が‥‥自分から隠れていたタンスから出たのか‥‥。それとも『レッド』のメンバーに連れ出されたのかはわからないよ。‥‥どっちにしろ、死ぬほどコワイ目にあったことは確か。‥‥それでも、希美が三十三人を焼き殺したのは、まぎれもない事実なの。」
肩を落とし、顔を蒼白にしながら、圭織は話し続ける。
裕子は黙って、圭織の手を握り締めた。
「‥‥希美‥毎晩っていうくらい悪夢を見るの。ものすごい悪夢。‥あの子、声を殺して泣いて、全身汗びっしょりになって震えている。‥‥あたしは、あの子を抱きしめてやることしかできない」
そう言うと、感情が溢れ出した圭織は泣き出した。
泣き顔を見られるのが嫌なのか、裕子の手を振りほどき、両手で顔を覆う。
裕子は黙って、圭織の傍に居てやることしかできなかった。
- 101 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時25分32秒
感情の嵐が去った圭織は、涙を拭いながら、それでも尚、裕子に尋ねる。
「‥何で、希美なんだろう。‥‥ねぇ、何で?」
‥‥痛いわ。
心が痛わ。
気の利いたことが言えん、自分が嫌や。
何もできん、自分が嫌や。
「‥‥ウチにも、わからへん」
裕子は弱々しく答えた。
裕子の言葉に、圭織は頷き、ゴメン、と言った。
答なんかあるわけないよね、と呟く。
- 102 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時26分10秒
圭織がテーブル席から立ちあがると、裕子も慌てて立ちあがり、圭織のために道をあけてやった。
圭織がゆっくりとした動きで、カウンターの中に戻る。
裕子も元いたカウンター席に腰を降ろした。
「‥‥あたしは尻尾を巻いて逃げたりしない」
カウンターの中から、圭織は瞳を挑戦的に煌かせた。
「‥逃げるが勝ちってコトワザもあるで」
無駄だとわかっていながら、裕子はそれでも言わずにはいられなかった。
それが危険で険しい道のりだと知っているから。
「ゆーちゃん、本気でそう思っているの?」
圭織がわざとらしく目を見開く。
「‥‥いや」
そう言って、裕子は小さなため息をついた。
「‥‥希美は、いずれ“殺人を犯してしまった自分”と正面から向かい合わなきゃならないときがやってくる。‥‥その時に‥‥心の支えになるものは多い方がいいに決まってる。だから‥‥だから、そのためにも『PEACE』を再建したいのっ」
圭織は浮かない顔のままの裕子にまくしたてる。
- 103 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時26分44秒
‥‥止めても無駄とはわかってるんやけどな。
それでも‥‥。
アンタが心配なんや。
「‥‥しかしな‥‥」
裕子は無駄な努力を続けようとしていた。
「‥‥父さんは包丁だったの。‥‥圭織はハンマーだから、大丈夫」
「‥‥は?」
裕子は圭織の言っている意味がわからなくて、思わず聞き返した。
「物事を変えていくには鋭角じゃ駄目なの。鈍角じゃなきゃ。‥‥鈍角で少しずつ、少しずつ変えていくの。‥‥今のあたし達の状態は鉄筋コンクリートのような厚い固い壁で取り囲まれているようなものでしょう?‥‥それを切り崩すためには、包丁じゃ、刃がすぐにこぼれてしまって駄目になる。コンクリートより固いハンマーで切り崩していかなきゃ。‥‥一生かかっても無理かもしれないけどね」
- 104 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年11月21日(水)01時27分15秒
圭織はそう言うと、冷凍庫から氷を取り出し、アイスピックで砕き始めた。
ガリガリという氷を削る音が、静かな店内に響き渡る。
‥‥ハンマーね。
言い得て妙やな。
「‥‥ハンマー‥か‥」
裕子は誰ともなしに呟いた。
砕いた氷をグラスに入れ、オレンジジュースを注ぐ。
そのオレンジジュースの入ったグラスを裕子の前に置きながら、おもむろに圭織が切り出した。
「‥‥ゆーちゃんにお願いがあるんだけど」
「何や?」
裕子がグラスを掴んだ手を止める。
「あたし、未成年だから‥‥ゆーちゃん‥‥後見人になってくれないかな?‥‥本当、迷惑ばっかりかけているけど」
先ほどの勢いはどこに行ったのか、圭織は両手を握り締め、不安げな瞳で裕子を見つめている。
「乗りかかった船や。‥‥最後まで付き合うで」
オレンジジュースを一口飲んで、裕子はニッコリと笑った。
- 105 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年11月21日(水)01時29分49秒
- これでひとまず、圭織編、希美編終了。
- 106 名前:名無し読者。 投稿日:2001年11月21日(水)02時02分18秒
- 更新〜♪更新〜♪
ありがとう〜!!作者さん
圭織〜ガンバ!
希美〜ガンバ!
裕子〜ガンバ!
これから弁護士裕子の腕の見せ所&やぐちゅー出会い編ですか?
- 107 名前:読者っス。 投稿日:2001年11月21日(水)07時57分40秒
- 更新ありがとうございます。
圭織が希美を想う気持ち。
裕子が圭織を想う気持ち。
美しくて切ない…読んでて涙が出てきました。
- 108 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月23日(金)03時03分59秒
- すげーよホント作者さん。
泣いちゃったよ。マジで〜!
皆のやるせなさが・・・姐さん&カオリが特にね。
- 109 名前:大ファン 投稿日:2001年11月23日(金)14時30分34秒
- はじめてレスします。
作者さんの娘。たちに対する一人一人の感情表現があまりにもマッチしているようで、
フィクションのような気さえしてきます。
最近、本屋でもこのような奥の深い本が手に入れられない時代、
すばらしい作品に、出会えたことを感謝します。
続き、楽しみにしています。
連載をこんなにも待ち遠しく思うなんて、実際の本を含めてもはじめてです。
本当にありがとうございます。
- 110 名前:穏健派 投稿日:2001年11月25日(日)16時51分24秒
- 短編集、読ませていただきました。
あっちゃん太郎さんの作品が自分が予想したのと同じみたいでなんかうれしいっす。
「神々の印」とよりも前作の空気が強く感じられたすごくいい作品でしたよ。
こちらの続きも期待してます。
- 111 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月30日(金)03時21分23秒
- 泣いちゃいました。
どうにもならない苛立ちとはがいさが・・・
せつなさも・・・
続きが気になって・・・
- 112 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月02日(日)17時56分29秒
- 待ってまーす。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月05日(水)00時30分29秒
- まだかな?
マタ−リまってます。
- 114 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時17分19秒
――― ―――
秋も深まり、頬に感じる風を冷たく感じる季節がやって来た。
といっても、真里には冷たい風が吹こうが、熱風が吹こうが、あまり興味がなかった。
気持ちのいい風は『力』で呼びこめばいい。
嫌な風は『力』で遮断すればいいだけのこと。
ただ、それだけのことだ。
住宅街から離れた所に建てられた『風の民』の高等学校の校門のすぐ側には、見事な銀杏並木がある。
冬は枯れ木が並んでいるようで、どうも好きになれないが、真里は黄金に輝く秋の銀杏並木は大好きだった。
制服の学生の合間をぬうようにして、銀杏の葉と同じ髪の色の少女はスキップしながら銀杏並木を通過した。
- 115 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時17分50秒
――― ―――
「ジャーン!」
「‥‥何ソレ‥‥どうしたの?」
教室に入り机に座った真里に、悪友のIが笑いながら雑誌を見せた。
普段お目にかかった事もないその雑誌には、『火の民』のマークが印刷されている。
通常、おいそれと『風の民』が手に入れられる品物ではない。
「ヘヘヘ‥‥いいでしょ?」
「‥‥‥」
「拾ったんだよ」
そう言われてみれば、あちらこちら破れている。
「‥‥ふーん」
「何、その気のない返事は。‥そんな事言うなら、見せてやんない」
真里の態度が不満だったらしい。
Iは頬を膨らませた。
「えー‥‥」
真里が抗議の声をあげる。
- 116 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時18分32秒
- 真里の反応にIは満足したように笑うと、真里の隣に腰を降ろした。
二人で、普段決して見ることのできない雑誌を読む。
いわゆるファッション雑誌だった。
色とりどりの服を着た、美しい『火の民』の男女がポーズをとっている。
「何、ソレ‥‥そんなの見てていいと思っているの?」
頭の上から、不機嫌そうな声が降ってきた。
見上げると、悪友の一人、Mだ。
「‥‥そんなカタイコト言わなくてもいいじゃん」
真里はそう言うと、Mに笑いかけた。
Mは真里の言葉に、不愉快そうに眉をひそめる。
「ねー、この人、カッコイイんじゃない?」
Iはトップページの男性の写真を指差した。
短髪のスーツを着けた青年が笑いかけている写真だ。
「‥‥全然」
Iは頑なに否定する。
- 117 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時19分05秒
「左手に赤い石があると思うだけで、吐き気がする」
「‥‥変なヤツ」
「何が変なのよ。変なのはアンタでしょう!?‥‥『風の民』のくせに!アンタみたいなのをねぇ‥‥」
「まあまあ‥‥こうすりゃいいじゃん」
IとMが口論に、真里は慌ててカバンの中に手を突っ込み、筆箱を取り出した。
二人の視線を一身に受けながら、筆箱から緑色のマジックを取り出す。
言い争いの元となった、カラーグラビアを見る。
確かにいい男だ。
整った顔立ちと爽やかな笑顔。
引き締まった肉体。
柔和さと野性味が混在した雰囲気。
真里はグラビアスターの左手に輝く赤い石をマジックペンで塗りつぶした。
- 118 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時19分50秒
グラビアスターの赤い石は、真里の思惑通りの緑色になることはなかった。
赤い印刷インキの上から緑色のマジックで塗りつぶしたことにより、赤い石は黒い石へと変化していた。
「あー‥あー‥‥やっちゃった」
真里の口から落胆の声が漏れた。
「アハハハ‥‥矢口らしい。面白い〜」
Iは真里のとった行動を、その場を和ませるためのジョークだと受け取ったようだ。
ニコニコ笑いながら、自分の席に行ってしまった。
真里はホッと胸をなでおろした。
「‥‥神々の印を失った者‥‥」
Mがポツリと呟いた。
「え?」
うまく聞き取れなかった真里がMに聞き返す。
「‥‥何でもない」
Mは苦笑いを浮かべ、言葉を濁した。
と、授業開始の鐘が鳴った。
真里とMはそれぞれ自分の席に着いた。
- 119 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時20分31秒
――― ―――
学校からの帰り道。
朝は晴れていた空もどんよりと雲が立ちこめてきて、雨が降りそうな気配だったが、何となく道草がしたくて、真里は銀杏並木を通りすぎて、いつも曲がる角から一本先の角を曲がった。
一本通りを変えるだけで、普段とは違った景色を見ることができる。
その道はひなびた商店街へと続いていた。
この商店街では季節はずれの品物を平気で置かれており、湯たんぽと浮き袋と花火が店頭に隣同士で陳列されているのを見て、真里は不覚にも笑ってしまった。
‥‥そうか。
もう、夏も終わりだもんなぁ。
真里は線香花火をじっと見つめた。
- 120 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時21分18秒
「おじょーちゃん、ひとつどうだい?」
店のおじさんがにんまり笑いながら真里に声をかける。
「この線香花火ください」
「あいよっ。可愛い子にはオマケしないとね」
おじさんは袋に真里の買った線香花火とオマケの打ち上げ花火を何本か入れてくれた。
「ありがとう」
真里はニコニコ笑いながらお礼を言う。
「もう、夏も終わりだしな」
おじさんは曇り空を見上げて、寂しそうに呟いた。
‥‥もう、とっくに夏は終わってるんですけど。
という、つっこみは胸にしまって、真里はおじさんから花火の入った袋を受け取り、歩き出した。
- 121 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時21分50秒
――― ―――
雨がポトリと落ちてきた。
空を見上げると、先程より、いっそうどんとりとした雲が垂れ込めている。
真里はチラッと目の前のディスカウントショップに目を走らせた。
ビニールカサが目に入る。
一瞬、買おうかなとも思ったが、雨が止むことを信じて歩き続けた。
- 122 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時22分34秒
――― ―――
‥‥やっぱり、買えばよかったよ。
せっかく、買った花火が濡れちゃうじゃんか。
雨は止む気配は無く、逆に大降りになって、風も吹いてきた。
制服も大分湿ってきたし、風は『力』で何とか防げるが、イカンともせん雨はどうしようもない。
真里の胸は後悔でいっぱいになってきた。
一軒の廃屋が目に入ってきた。
お化け屋敷と噂されている廃屋だ。
元々は美容院だったらしいが、十数年前につぶれてしまったらしい。
一度、友達数人と肝試しに入ったことがある。
廃屋の中には、壊れた椅子やら、割れた鏡、茶色く錆びたハサミなどが散乱していた。
この廃屋で雨宿りするかどうか、迷ったが、雨に濡れて体は冷えてきたし、家にはまだほど遠いうえに、この先にカサを売っているような店はない。
背に腹は変えられぬ‥‥か。
風邪をひくよりはマシかな。
真里は覚悟を決め、廃屋に足を踏み入れた。
真里の体重で、歩くたびに床がミシミシと音を立てる。
- 123 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時23分19秒
「きゃっ」
かすかな悲鳴が聞こえた。
ギョッとした真里は恐る恐る部屋の奥に目をやった。
曇ったガラスから差し込むにごった光に目をこらすと、奥の部屋にうずくまる人影が見えた。
真里の背筋に冷たいものが走る。
「‥だ‥‥だれ‥‥?」
真里がやっとの思いで声を喉から絞り出したとたん、今度は入り口から『バリバリ』という派手な音と『痛ってー』という少女の声が聞こえた。
慌てて振り向くと、片足を床にめりこませ、黒いギターケースを肩にかけた少女が照れくさそうに笑っていた。
‥何だよ。
これはー。
あまりの情景に、一瞬言葉を失ってしまった。
- 124 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時23分54秒
「‥‥何なのさ?」
一呼吸おいて、真里が少女に尋ねる。
「いやー、勢いよく突っ込んだら、床に穴が開いちゃった」
少女はそう言って、ガハガハと笑った。
黒い短髪に縁取られた顔には、意思の強そうな、涼しげな瞳が光っていた。
少女の左手には赤い石が輝いている。
少女の着けている青いパーカーは濡れて色を濃くしていた。
「およ?奥にも人がいるの?」
少女は人懐っこく真里に話しかける。
「う、うん」
「‥‥何?」
「‥‥‥」
かける言葉が見つからなくて、真里は俯いた。
「‥‥『火の民』は初めて?」
「‥‥うん」
「大丈夫だよ。取って食ったりしないから」
そう言って、少女はまた笑った。
- 125 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時24分58秒
「‥‥あたし、市井紗耶香」
紗耶香は右手を差し出した。
握手を求めているようだ。
「‥‥‥」
真里は戸惑っていた。
目の前に現れて、人懐っこく話しかける『火の民』。
『風の民』の仲間内で聞いていた『火の民』のイメージとは大きくかけ離れている。
『火の民』のイメージは、攻撃的で、野性的というイメージだった。
この少女から、そういうものは感じない。
「雨が止むまでは、どっちにしろ、ひとつ屋根の下にいなきゃならないんだよ?‥‥仲良くやろうよ」
紗耶香は首を傾げて、真里の顔を覗きこんだ。
「‥‥矢口真里」
真里はぶっきらぼうに、そう言うと、紗耶香の手を握った。
「ヨロシクね。矢口」
紗耶香は嬉しそうに笑って、真里の手を握り返した。
「‥‥うん。‥‥ヨロシク」
真里もつられたように微笑んだ。
- 126 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時25分30秒
「奥にいるのも『風』の人?」
「‥‥わかんない。‥‥あたしより先にいたみたい」
「へー‥‥」
紗耶香はそう言いながら、奥の部屋に向かって歩きはじめる。
「ちょっと‥‥」
真里は慌てたように、紗耶香の腕を掴んで引き止めた。
「何?」
紗耶香はきょとんと真里の顔を見つめた。
「‥‥怖くないの?」
「何が?」
「‥‥奥の人」
「‥‥あの人も、こっちのこと怖がってるみたいだよ?」
「え?」
紗耶香に言われて、真里は奥の部屋に目を向けた。
奥の人影は、言われてみると、かすかに肩を強張らせているように見えないこともない。
真里の腕の力が抜けたとたん、紗耶香は再び奥の部屋に向かって歩きはじめる。
「待ってよ。矢口も行く」
真里は紗耶香のパーカーの裾を握り締め、いつでも逃げ出せるような、心づもりをしながら紗耶香の後に続いた。
- 127 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時26分08秒
奥の人影は若い女性だった。
埃の積もった奥の部屋に座りこんで、身動きひとつせず、紗耶香と真里が歩いて自分に近づいてくるのを黙って見つめていた。
「‥‥『水』のおねーさん、どうしたの?」
紗耶香はニコニコ笑いながら話しかける。
真里は紗耶香の背中に隠れながら、女性の顔をじっと見た。
大きくて印象的な目。
口もとのほくろ。
年齢は二十歳前後といったところか。
「‥‥濡れてるね」
女性は小さな声で呟いた。
「うん」
紗耶香が頷くと、『水の民』の女性は紗耶香の体に手をかざした。
『シュッ』という音と共に、紗耶香の濡れて水滴が滴っていた衣服が、乾いていく。
- 128 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時26分42秒
真里ははじめてみる『水の民』の『力』に目を見張った。
紗耶香は『水の民』の女性が服を完全に乾かしてくれるまで、じっと動かずにいた。
「サンキュ」
紗耶香は乾いた衣服を満足そうに触った。
「‥‥知り合い?」
真里は紗耶香のパーカーの袖を引っ張りながら訊ねる。
「違うよ。今日初めて会った人」
「じゃ、何で、そんなにくっついてるのさ」
「だって、くっつかないと、乾かせないじゃん」
「何でそんなに落ち着いてるんだよぉ」
「何でって‥‥矢口も乾かしてもらいなよ」
「‥‥え」
言葉に詰まる真里を尻目に、紗耶香は強引に真里の体を『水の民』の女性の前に押し出した。
女性は心得たというように頷くと、真里の体に手をかざした。
『シュッ』という音と共に、真里の湿っていた制服が乾いていく。
「‥‥ありがとう」
「どういたしまして」
女性は照れたように笑った。
- 129 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時27分15秒
「‥‥あたしは、市井紗耶香。‥‥アナタは?」
「保田圭」
「‥‥矢口真里です」
「ところで‥‥何で『水の民』が雨宿りしてるの?‥‥ウチらは助かったけどさ。服乾かしてもらえたし。でも、アナタ位の『力』の持ち主ならこの位の雨なんかへっちゃらでしょ?」
紗耶香は圭の隣に腰を降ろす。
真里も紗耶香にならって、二人に向かい合うような形で腰を降ろした。
「‥‥別に、雨宿りしてたわけじゃない。‥‥日が落ちるのを待ってたの」
圭は何故か恥かしそうに俯いて、ポツリと呟いた。
「‥‥ん?」
紗耶香は不思議そうな顔を向ける。
- 130 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時27分45秒
「‥‥スカートが破れたの」
「どの位?」
「日が出てるうちは歩けない位よっ」
「何で?」
「転んだのっ」
「へー‥‥」
そう言われてみれば、圭は不自然に姿勢を曲げて、右手でスカートを押さえている。
「‥‥縫ってあげようか?」
真里は二人のやり取りを黙って見つめていたが、おずおずと口をはさんだ。
「え?」
圭は驚いたように聞き返した。
「矢口、裁縫セット持ってるからさ」
真里はカバンを開け、ゴソゴソあさっていたが、やがて手のひらサイズの小さな裁縫セットを取り出した。
「さすが『風』の人だねぇ」
『ヒュー』っと紗耶香が口笛を吹く。
「カンケーないじゃん」
真里は裁縫セットから針と黒い糸を取りだして、針に糸を通した。
それから、黙って――圭を見た。
圭はモジモジと居心地悪そうに、体を揺らした。
紗耶香は黙って青いのパーカーを脱ぐと、圭の膝にかけた。
「ソレ、腰に巻いときゃいいよ」
「‥‥ありがとう」
- 131 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時28分16秒
矢口が圭のスカートを縫ってる間、紗耶香はギターを取り出して爪弾いていた。
静かな時間が流れる。
紗耶香の歌っている歌は真里と圭にとって聞き覚えのない『火の民』の歌だったが、紗耶香の声は優しくて、とても温かい気持ちになれた。
雨が止んだら、帰らなきゃいけない。
そしたら、終わりだ。
また、他人に戻るんだ。
道で会っても、知らん顔して通りすぎるようになるんだ。
―――違う『民』同士だから。
このまま、雨が止まないといいのに。
真里は、そう願った。
- 132 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時28分47秒
- ――― ―――
雨が小ぶりになった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「雨、止みそうだね」
紗耶香が名残おしそうにギターを弾く手を止めた。
「‥‥うん」
真里は渋々頷いた。
「帰らなきゃ‥だね」
そう言うと、圭は立ちあがった。
真里が繕ってくれたスカートを身につけている。
「花火しようか」
気がつくと、真里はそう叫んでいた。
「花火?」
圭が訝しそうな声を出す。
「うん」
「今?」
「うん」
「ココで?」
「うん」
「矢口、花火持ってるからさ」
そう言うと、真里は花火の入っている袋を取り出した。
- 133 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時29分19秒
「やろう。やろう」
紗耶香が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねた。
「っと、マッチ持ってないや」
「待て待て待て。‥‥何のための『火の民』だよ」
紗耶香はおもむろに、ジーンズの後ろポケットから古ぼけて金メッキがはがれかけているライターを取り出した。
「‥‥『火の民』って『力』で火を出せるんじゃないの?」
圭が紗耶香の手ひらにのせられたライターを見つめたまま、そう呟く。
「あたしは特別だからね。ライターを使ってるの」
「特別?」
「そっ」
紗耶香はそれ以上説明する気はないらしい。
さっさと、花火に火をつけ始めた。
「あー‥‥でも風が強いな」
ライターの火は風に吹かれて、火力が安定しない。
「このぐらいの風、止められるよ」
真里がそう言うのと同時に、吹きすさんでいた風はピタリと止まった。
「‥‥便利だね」
紗耶香が感慨深げに呟いた。
- 134 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時30分08秒
ポツリと水滴が頬に落ちた。
雨がまたまた降ってくるのか。
真里の心配をよそに、紗耶香はマイペースに花火に火をつける作業に没頭しているようだし、圭も紗耶香から渡された線香花火の火花を楽しそうに見つめている。
‥‥ま、いっか。
濡れて、花火するのも一興かな。
真里は紗耶香に火をつけてもらった花火を手に、楽しげに笑った。
- 135 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時30分38秒
――― ―――
雨は降っているのに、いつまでたっても濡れる気配がない。
一体、どういうことだろう?
真里は首を傾げた。
「サンキュー、圭ちゃん」
紗耶香が嬉しそうな声をあげる。
「‥‥圭ちゃん?」
「‥‥あたしの傍から離れないで。半径2メートル位しか効果はないわよ」
圭が濡れるのを防いでくれた。
雨の中で花火をするという、何とも貴重な体験をしているわけだ。
- 136 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月06日(木)01時31分15秒
「‥‥また会いたいな」
真里が呟いた。
「うん、会いたい」
紗耶香も頷く。
「‥‥あたしも‥いい‥よ」
圭はためらいながら、それでも、頷いた。
―――それが、三人の友情のはじまりだった。
- 137 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年12月06日(木)01時33分15秒
- ひどい風邪をこじらせまして。
大変です。今も咳が止まらない状態です。
何とか、頑張りました。
- 138 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月06日(木)01時52分35秒
- 久々に更新されているのを見て、読ませていただきました。
あ、作者さんにご挨拶するのは初めてです。
元の小説の方から読ませてもらってます。
この日に、この3人の物語が読めて幸いです。
風邪がひどいようですので無理なさらずに、
でもこの小説はとても楽しみなので、また、ゆっくりと更新して下さいませ。
- 139 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)10時16分39秒
- いよいよ3人の過去の始まりですね。
今後どのようにつながって行くのか、楽しみです。
- 140 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月11日(火)02時50分10秒
- 無理せず今は完治させてくださいな。
スレは逃げていきませんので。
もちろん読者も、ね
- 141 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月15日(土)19時08分55秒
- 毎日楽しみにして待ってます。
楽しみでしかたがありません。
いつになろうとまってますので!
- 142 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年12月20日(木)00時56分45秒
- 訂正です。
≫116
Iは頑なに否定する。
↓
Mは頑なに否定する。
が正しいです。失礼いたしました。
- 143 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)00時58分18秒
――― ―――
同じ廃屋で雨宿りをした、異なる『民』同士。
矢口真里――『風の民』。
市井紗耶香――『火の民』。
保田圭――『水の民』。
あの偶然の出会いから、三人は週に一回の割合で、例の廃屋で会うようになっていた。
本来、会うはずのない、交じり合うことのない人達と出会ったのだ。
仲のいい友人達――MとIにも言えない秘密。
真里はこの秘密の出会いを無駄にしたくなかった。
じっくり時間をかけて、真里は紗耶香という人間、圭という人間を知りたいと思った。
同じ『民』同士だって、分かり合うには時間がかかる。
ましてや、紗耶香と圭は異なる『民』だ。
それは、紗耶香と圭も同じ気持ちだったようだ。
三人は、それこそ雛鳥が卵から孵る時のように、お互いの殻を、ひとかけら、ひとかけら剥がしていった。
分かり合えるところと、分かり合えないところを探し出すために――。
- 144 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)00時59分00秒
――― ―――
廃屋での三人の密会は、他愛もない話で始まり、他愛もない話で終わる。
学校で流行っていること、テレビスターの話、家族の文句、流行歌。
その中で、真里は少しずつ、紗耶香と圭の情報を手にしていった。
紗耶香は、真里よりひとつ年下の十五歳。中学卒業後、高校には進学せず、週に五日、知り合いの飲食店でバイトしている。バイトが休みの日は、一日中ギターの練習をしている。ミュージシャンになるのが夢らしい。
圭は、真里より三つ年上の十九歳。中学、高校を飛び級で卒業して、『水の民』大学に進学。現在、教育学部の四年次。昔から教師になるのが夢らしい。
真里は紗耶香ち圭のことを知るにつれ、二人に対する羨望と自分に対する憤りという、二つの感情を持つようになった。
紗耶香も圭も努力して、夢に向かって歩き始めている。
‥‥あたしには‥‥自分の夢について考えたことがあるだろうか?
‥‥ない‥‥よな。
流されるままに過ごしているだけ‥‥だ。
真里が紗耶香にそう言うと、ギターを爪弾きながら、「ふーん、そうなんだ」という返答。
圭は「考えないといけない時が来るまで、それでいいんじゃないの?‥‥いずれ逃げられなくなるから。人間、どうやったって自分からは逃げられないもんね」と、含み笑いをしながら言った。
- 145 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)00時59分39秒
――― ―――
廃屋での密会が始まってから、約三ヶ月がすぎた頃、紗耶香がおずおずと話し出した。
「‥‥あたし‥‥」
紗耶香はもじもじと体を揺す。
「どした?」
真里は壊れて三本足になった椅子に腰掛けて、器用にバランスを取りながら、顔を紗耶香に向ける。
「‥‥あたしの‥‥バイト先の話なんだけど‥‥」
「バイト先がどうしたの?」
圭は地べたに座ったまま、面倒くさそうに髪をワシワシとかきあげた。
「‥‥うん」
紗耶香は困ったように視線を泳がせる。
「何だよ、紗耶香っ」
真里はほんの少し、目元を吊り上げてみせる。
紗耶香がその顔に弱いことを知っているからだ。
案の定、紗耶香は焦ったように話し始めた。
「毎週、こんな廃屋で会うのもなんだし‥‥あたしのバイト先で‥‥会うってのはどう?」
- 146 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時00分20秒
「「えっ!?」」
真里と圭の声が見事にハモった。
「そりゃ、嬉しいけど‥‥大丈夫なの?」
圭は心配そうに、目を瞬かせた。
「‥‥うちら、人に見られたらやばいじゃん」
真里も不満そうに口を尖らせる。
「‥‥‥大丈夫。‥‥『特殊』な店だから」
紗耶香は慎重に言葉を選んで話している。
「『特殊』って‥‥」
圭が言いよどんだ。
「色々な人が来るしさ」
紗耶香は二人を安心させるように、肩をひょいとすくめた。
「やばいじゃん」
真里が声を張り上げる。
「一応、経営者は『火の民』だけど‥‥『水の民』も来るし、『風の民』だって来るよ。‥‥『PEACE』っていうショットバーなんだけど‥‥」
- 147 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時00分54秒
「『PEACE』!?」
圭が驚いたように、大きな声で紗耶香の言った言葉を繰り返す。
真里は圭の声に驚き、座っていた三本足の椅子を倒してしまった。
床に転んだ姿勢のまま、真里は圭の顔をまじまじと見つめた。
「‥‥『PEACE』って‥‥あの『PEACE』?」
圭は真里の視線を気にする様子もなく、紗耶香に詰め寄った。
「あの『PEACE』だよ」
紗耶香はこともなげに答える。
「‥‥‥」
圭は黙り込んでしまった。
俯いて、何か考え込んでいる。
- 148 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時01分32秒
「‥‥あの‥‥圭ちゃん?」
真里は床から起きあがり、おずおずと圭に話しかける。
「‥何?」
圭が不機嫌そうに答える。
「どうしたの?」
真里は心底不思議そうな顔で訊ねた。
何で、そんなにイラついているのさ?
あたしが倒れても、つっこまないし。
紗耶香は泣きそうな顔しているし。
訳わかんないよ。
「どうしたも、こうしたも‥‥矢口、あんた、新聞読んでる?」
「一応、テレビ欄は」
「あんたね‥‥『風』と『水』じゃ、テレビ番組が違うでしょうが。‥‥あたしが言ってるのはそんなことじゃないわよ。‥‥一年前、『火』の事件にも関わらず、大騒ぎになってたじゃない。確か‥‥十歳ぐらいの女の子が、三十人あまりを焼き殺したことがあったでしょう?‥‥覚えてる?」
圭は一気にまくしたてた。
- 149 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時02分09秒
「あぁ‥‥‥そういえば、大騒ぎしたよね‥‥」
真里は思い出した、というように、手のひらをポンと叩いた。
「ったく‥‥新聞の社会面ぐらい読みなさいよ」
圭はブツブツと文句を言う。
アハハハ、今度からそうする、と真里は笑った。
紗耶香はじっと身動きせず、黙ったまま、不安そうな顔で、真里と圭のやり取りを聞いていた。
「あたしは行ってみたい。『PEACE』に。‥‥圭ちゃんは?」
「‥‥あたしは‥‥」
圭は言いよどむと、チラッと紗耶香の顔を見た。
その時、圭は今にも涙が零れ落ちそうな紗耶香の瞳を見てしまった。
- 150 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時02分40秒
「‥‥行くわよ‥‥」
深いため息をついた後、圭は、そう言った。
「今度からは『PEACE』で会うんだね」
紗耶香は圭の返事を聞くと、ほっとしたように顔をほころばせ、ニコッと笑った。
「紗耶香がおごってくれるの?」
真里は大きな瞳を煌かせて、紗耶香の顔を覗きこんだ。
「‥‥安月給で働かされてるんだよ。‥‥勘弁してください」
「‥‥吉と出るか、凶と出るか‥‥」
紗耶香と真里のじゃれ合いを横目で見ながら、圭はそっと呟いた。
- 151 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時03分10秒
――― ―――
先週、廃屋での密会の別れ際、紗耶香は圭と真里に、それぞれ一枚ずつ『PEACE』への地図を、ノートの切れ端に書いて渡してくれた。
密会は現地集合が鉄則だからだ。
しかし、今回ばかりは、真里も圭も、一人で『PEACE』に行く気にはなれなかった。
土砂降りの雨の中、予め示し合っていた通り、例の廃屋で落ち合った後、二人並んで『PEACE』へ向かう。
- 152 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時03分42秒
――― ―――
「圭ちゃんと一緒だと、雨に濡れないからいいよね」
真里が能天気な声で圭に話しかける。
「‥‥‥‥どうも」
「‥‥今日の圭ちゃん、何か、変だよ?‥‥さっきから『そう』とか『どうも』とか『わかった』とかしか言わないじゃん」
「‥‥‥嫌な予感がするのよ」
「ひとつ聞いてもいい?」
「何よ?」
「圭ちゃんの予感って‥‥信用できる?」
「‥‥‥」
「圭ちゃん?」
「‥‥‥」
圭はそれっきりむっつりと黙り込んで、『PEACE』に着くまで、真里が何を話しかけても、返事が返ってくることはなかった。
- 153 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時04分13秒
紗耶香の書いた地図通り歩いていくと、真里と圭は『PEACE』の古めかしい扉の前にたどり着いた。
真里がチラッと横目で圭を見ると、顔を強張らせている。
無理もない。
悪名高い『PEACE』へ足を踏み入れるのだ。
誰でも緊張するだろう。
しかし、真里は不思議な高揚感を覚えていた。
何か起こりそうな予感がする。
新しい、刺激的な何かに出会えるかもしれない。
ペンキのはげかけたドアの取っ手に手をかける。
覚悟を決めて、真里はドアの取っ手を握った手に力を込め、『PEACE』の古ぼけた扉を開く。
『ギイイィイ』という軋んだ音が響いた。
- 154 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2001年12月20日(木)01時04分45秒
ほんの少し開いた扉の隙間から、真里は顔をのぞかせて、店内の様子を伺った。
まだ営業時間には早いのか、客は一人だけのようだ。
カウンター席に女性の後姿が見える。
「いらっしゃい」
カウンターの中にいる、髪の長い、若い女性が真里に気づいて、笑いかける。
つられたように、カウンター席に座っていた女性も、真里に向かって振り向いた。
「‥‥えらい、ちびっこくて、可愛いお客さんやな」
黒いかっちりとしたスーツを身に着けた、金髪の女性が目を細めて、真里に笑いかけた。
―――静かに、真里の『運命』が回りはじめた。
- 155 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年12月20日(木)01時09分24秒
- 今年の風邪は本当にしつこいです。
ひどい目にあいますよ。マジで。
ちゃんと直らないうちに、動き回っていたのも、悪化した原因のひとつだとは思いますが。
いつも、レスをありがとうございます。
ちゃんと読んでます。励みにしています。
やっと、矢口の運命が動き出すかな‥‥と。
- 156 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月20日(木)01時19分22秒
- とうとう動き出しましたね……、そして繋がりましたね。
不思議な魅力でみんなを引き付ける紗耶香、
今までに無い刺激的な未来を求める真里、
自分の中の悪い予感を感じつつ逆らえない圭、
三者三様の思いが浮かび上がって来ます。
風邪をなめてるとイケマセンよ、と人に言えない立場の自分・・・
お大事に。
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月20日(木)05時20分12秒
- 更新お疲れサマです。
ついに矢口と裕ちゃん出会いましたね!
次からもますますタノシミです。
風邪ゆっくりお治しください。来年に持ち越したくないですしね。
- 158 名前:素敵っス 投稿日:2001年12月20日(木)12時43分09秒
- 待ってました!
いよいよですね。期待するっス。
あ、その前に風邪を治してくださいよ。
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月21日(金)20時00分18秒
- やっとクロスですね。
どう言う感じで触れ合うのか先が・・・(w
楽しみです。
- 160 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時30分12秒
――― ―――
真里は『PEACE』のドアに手をかけ、店内を覗きこんだまま身動ぎひとつしない。
「‥‥矢口?」
真里の様子を訝しく思った圭は真里の肩に手をかけ、ぐっと自分の元に引き寄せた。
「‥‥あ?‥‥圭ちゃん」
圭によって強引に体を反転させられた真里は、はっと我に返ったように目を見開き、瞬きを繰り返した。
「圭ちゃん、じゃないよ。‥‥どした? 気分でも悪い?」
圭は真里の顔を心配そうに見つめている。
「‥‥何で?」
「何でって‥‥アンタの様子が変だから‥‥」
「変って‥‥別に‥‥何ともないよ」
真里は圭の視線から逃れるように、顔を横にそらした。
「アンタのそういう態度が変って言ってんの」
圭は真里の両肩に手をかけてつめよった。
「‥‥何もめてんのや?」
真里は背後からかけられた声に、ピクリと体を震わせて反応する。
- 161 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時31分31秒
真里の背後には、『PEACE』の古ぼけたドアに体を預けるようにもたれかかり、黒いスーツを身に着けた、金髪の二十代女性が立っていた。左手には赤い石が輝いている。
女性の視線が自分に向けられていることから、圭は、今の女性の発言が自分達に向けられたものだと推測する。
真里は俯きかげんで、身動きひとつせずにダンマリを決めこんでいる。
「‥‥別に、もめているわけではありません」
キツイ顔立ちの自分が、小柄な真里の両肩に手を置いて、つめよっているのだ。
説得力のない発言であることはわかっていたが、圭はそういう言葉しか思い浮かばなかった。
「そうか?」
女性の口調に、圭を責めるような響きはなかった。
女性はしばらく面白そうに真里と圭を見つめていたが、やがて、大きなあくびをひとつした。
「‥‥ウチも、ガキのケンカに口を出すほど‥‥モノズキやないしな。‥‥好きにし。‥‥落ち着いたら、入ってきたらええ」
女性は涙のにじんだ瞳で誰ともなしに呟くと、きびすを返して『PEACE』の店内に戻っていった。
- 162 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時32分08秒
女性の姿が見えなくなると、真里は全身の力が抜けてしまったかのように、クタクタとその場に座りこんでしまった。
「矢口!?」
圭が慌てたように、真里の体を支える。
「ごめん、圭ちゃん。‥‥本当に何でもないよ」
「‥‥何でもないって顔じゃないよ」
「‥‥具合も悪そうだし、今日は、帰ろうか」
「ヤダ!」
真里は座りこんだまま、顔を真っ赤にしながら、首を横に振った。
「矢口」
圭は困惑して、眉間にしわをよせた。
こんなだだっ子のような真里を、圭は今まで見たことがなかった。
- 163 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時32分49秒
「二人とも早いねー」
圭の背後から、呑気な声が聞えてきた。
「‥‥紗耶香」
圭はホッとしたような表情を浮かべながら、後ろを振り向いた。
「どしたの? 何で、入らないのさ?」
両手に食料品の入った買い物袋をぶら下げて、紗耶香は不思議そうな顔で、店先に座りこんでいる真里と、その真里の傍で立ち尽くしている圭を見た。
「いや‥‥何となく」
圭の口元に苦笑いが浮かんだ。
「アハハハ‥‥緊張してんの? 大丈夫だよ。まだ時間が早いから、客も入ってないと思うけどさ」
そう言うと、紗耶香は能天気に笑った。
「‥‥‥」
圭は無言で笑い続ける紗耶香の顔を見つめた。
圭の態度に、紗耶香は笑うのを止め、訝しげな視線を向ける。
「圭ちゃん?」
「‥‥何でもない。‥‥矢口‥‥紗耶香も来たことだし‥‥入ろうか」
圭は座りこんでいる真里の手を引っ張り、強引に立ち上がらせた。
- 164 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時33分25秒
――― ―――
「‥‥結構早かったな。もっと、時間がかかると思ってたで?」
紗耶香に案内されて入った『PEACE』店内で、早速、カウンター席に腰掛けた先ほどの金髪の女性が声をかけてきた。
「ゆうちゃん、そんな意地悪言うもんじゃないよ」
カウンターの中にいる、長い黒髪の女性がたしなめるように言った。
「まっ、仲はいい方がええからな」
ビールを飲みながら、金髪の女性は歌うように抑揚を付けて言った。
「あたし達は仲良しです!」
圭がむっとしたように眉を吊り上げる。
「おっ、威勢がいいな。気に入ったで」
楽しそうに金髪の女性はクスクス笑った。
- 165 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時33分57秒
「ゆうちゃん、矢口達のこと知ってんの?」
紗耶香がカウンター奥の厨房に買い物袋を運びながら、不思議そうに、金髪の女性に尋ねた。
「‥‥アンタは1週間も前から毎日のように『矢口と圭ちゃんが来るんだー』ってわめいていたんやで。‥‥もう耳タコやわ。‥‥アンタの話通りの容姿の女の子が、二人そろって現れたんやで、普通、気づくやろ」
「‥‥紗耶香にこんないい友達ができて、圭織、嬉しい。私はこの店のマスターの飯田圭織。よろしくね」
カウンターの中の長い黒髪の女性がにこやかに笑いかける。
「‥‥オーナーの中澤裕子や」
金髪の女性は、グビリと喉をならしてビールを飲んだ。
二人の自己紹介を聞いて、圭と真里は慌てたように自分の名前を名乗った。
「‥‥あんな‥‥いつまで、立ってるつもりなんや? ウチだけ座ってて、何や居心地悪いわ」
そう言うと、裕子は自分の隣のカウンター席を後ろに引いた。
- 166 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時34分35秒
圭はしばらく考えている風だったが、やがて、裕子の二つ隣のカウンター席を自ら後ろに引いてさっさと腰を降ろした。
真里は裕子と圭の顔を見比べていたが、顔をキッ引き締めると、裕子の隣の席に腰を降ろす。
裕子は金色の髪を無造作にかきあげると、自分の隣の真里をじっと見つめた。
その視線に、真里は居心地の悪いものを感じる。
「‥‥何か?」
「いや、可愛い子やなぁと思ってな」
「‥‥‥」
裕子の言葉に、真里は赤くなって俯いた。
- 167 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時35分08秒
「オーナーから、サービスや。圭織、どんどん持ってきてや」
裕子が弾んだ声を出した。
「圭ちゃん、何飲む?」
カウンターの中から紗耶香が圭に声をかける。
「ミルク」
「‥‥牛乳でいいの?」
「うん。少し胃が痛いんだよね」
圭は服の上から、胃を押さえるような仕草を見せた。
圭の言葉に、ふーん、と紗耶香が頷くと、今度は真里に同じことを尋ねる。
「矢口は、何飲む?」
「あたしは‥‥オレンジジュース」
真里は少し顔を俯かせ、カウンターテーブルを軽く指先で叩きながら答えた。
「‥‥可愛らしいな」
裕子はそう呟くと、優しい眼差しで真里を見つめた。
たちまち真里の頬が紅潮していく。
- 168 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月07日(月)01時35分40秒
あぁ、でも、この人の顔は何て優しげで綺麗なんだろう。
この人の声は、何て心地よく響くんだろう。
この人に見つめられると、身体が動かなくなる。
初めて声をかけられた時もそうだった。
どうしよう?
あたし‥‥これから‥‥どうなるのかな?
真里は揺れる心を押さえこもうと、必死の思いで、自分で自分にいいきかせた。
この人の眼差しは、愛玩物をみるものだ。
あたしを‥‥子どもだとおもっているんだ。
この人の言うことを真に受けてはいけない。
真に受けたら、傷付くのはあたしだ。
いや、それ以前に、この人は『火の民』だ。
『風』のあたしとは、住む世界が違う。
「‥‥あたしは‥‥ガキじゃないよ。‥‥子ども扱いしないで」
真里は途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「‥‥そうか‥‥」
裕子は真里の言葉に目を丸くした後、微笑みながら、ごめんなぁ、と言った。
- 169 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年01月07日(月)01時37分57秒
- 明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
せめて週に一回は更新したいと思っています。
- 170 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月07日(月)01時47分32秒
- やったぁ!更新待ってました(喜
- 171 名前:素敵っス 投稿日:2002年01月07日(月)12時27分26秒
- 「運命」の歯車が加速していく…
あっちゃん太郎さん、風邪は治りましたか?
- 172 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月08日(火)02時14分18秒
- 久方ぶりの更新、お疲れ様です。
なかなか店の中に入れないでいた真里の様子が、
始めは何故だか分かりませんでしたけど、
なんとなく思い当たる物が見えてきました。
まさしく『運命の出会い』を肌で感じていたんですね。
>あっちゃん太郎さん
あけましておめでとうございます。
こうしてまた続きを読む事が出来きました。ありがとうございます。
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月11日(金)01時30分45秒
- 待ってました!!!
- 174 名前:らん 投稿日:2002年01月12日(土)00時20分01秒
- あっちゃん太郎さん
あけましておめでとうございます。
そして、更新ありがとうございます。
この小説が大好きで、とても楽しみにしているのです。
いよいよ、やぐちゅーの出会いですね。
あっちゃん太郎さんの描くやぐちゅーには、非常に愛情が感じられるので、
本当に楽しみです。
- 175 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月12日(土)16時48分43秒
- 大量更新今日まで・・・気が付きませんでした。
やぐちゅー出会いましたね。
これからいろんな事があって・・・姐さんが弁護士辞めたりetc
いろんな展開が楽しみです。
- 176 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時03分38秒
――― ―――
帰宅する真里と圭を途中まで送ってきた紗耶香は、鼻歌を歌いながら『PEACE』店内に戻ってきた。
「二人とも圭織によろしくって言ってたよ。絶対また来るって」
カウンター席の裕子の隣に腰を降ろしながら、満面の笑顔で、カウンターの中にいる圭織に話しかける。
「‥‥聞いた? ゆーちゃん良かったね」
小皿にナッツを移している手を休めて、圭織は裕子に笑いかけた。
「‥‥んー」
裕子は俯きかげんで、目の前の半分ほど入ったビールのジョッキの取ってをいじっている。
「あの二人、気に入ったんでしょ?」
「矢口に可愛い、可愛いって連呼してたじゃん」
「‥‥まぁなぁ」
何やら考えこんでいる様子の裕子は圭織と紗耶香が話しかけても上の空で返事をする。
ビールも先ほどから減っている気配がない。
- 177 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時04分08秒
圭織は裕子をチラッと一瞥し、肩をすくめた。
こういう時の裕子は放っておくのが一番だということを、圭織は経験上知っていた。
「いい友達ができてよかったね。紗耶香」
「うん」
紗耶香は嬉しそうに笑う。
「そうや!」
いきなり、裕子が大きな声を出した。
「何なの、ゆーちゃん。急に大きい声出して。ビックリするじゃん」
裕子の突然の大声に、驚いて背中を仰け反らせてしまった紗耶香が不満そうに口を尖らせる。
圭織は黙ってグラスを拭いていた手を止め、裕子を見つめた。
- 178 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時04分53秒
「思い出したで」
裕子の瞳は悪戯っぽく輝いている。
こんな瞳をした裕子の言い出す事はろくなもんじゃない。
そうは思いながらも、圭織は聞かずにはいられなかった。
「‥‥何を?」
「矢口を懐かしく感じる理由や」
「‥‥懐かしい?」
「初めて矢口を見た時から、どっかで見たような気がしてたんや」
裕子はグビグビと美味しそうに、ジョッキに半分ほど残っていたビールを飲み干した。
「‥‥どっか?」
「聞きたいか? 知りたいか?」
裕子は目を細め、ニーっと口の端を上げた。
「‥‥言いたいんでしょ」
「チッ‥‥可愛くないやっちゃ。‥‥まぁええわ。教えたる。‥‥あんなぁ、あの子はなぁ、ウチが子どものとき可愛がってた着せ替え人形によう似とるわ」
裕子はカラカラと笑い声をあげた。
「‥‥着せ替え‥人形?」
圭織が戸惑ったように首を傾げる。
- 179 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時05分26秒
「‥‥矢口が聞いたら怒り出しそうなカンジ」
黙って裕子と圭織の会話に耳を傾けていた紗耶香がボソッと言った。
「何でやねん。そんだけ、可愛いゆうことやないか」
「矢口、子ども扱いされるのスッゲー嫌がるもん」
紗耶香の言った事を受けて、圭織は大きく頷いた。
確かに、あの子は、子ども扱いされるのをすごく嫌がっていた。
「ゆーちゃん、さっきも矢口に何か言われてたでしょ?」
「‥‥そうやった」
紗耶香の言葉に裕子の返事は尻すぼみに小さくなる。
- 180 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時05分57秒
「‥‥じゃあ、この事は矢口には内緒にしといたげる」
「何や、その恩着せがましい言い方は」
「‥‥ゆーちゃんがそんな言い方するなら、口がすべっちゃうかもしれないなぁ‥‥」
「‥‥別に‥‥痛くも痒くもないで」
「ゆーちゃんもいいかげんにしなよ。まったく、大人気ないんだから‥‥紗耶香もゆーちゃんで遊ぶんじゃないの」
圭織は紗耶香をたしなめると、カラのビールジョッキを片付けた。
紗耶香はバツが悪そうに肩をすくめ、裕子に会釈すると、汚れた食器を洗うために厨房の中に入った。
ぼんやりと紗耶香の動きを目で追う裕子の前に、新しい冷えたビールのジョッキが置かれる。
- 181 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月13日(日)21時07分06秒
「‥‥スマン」
「‥‥今夜は珍しいゆうちゃんが見れて面白かったけどね」
圭織は思い出したようにクスクスと笑った。
「‥‥あ?」
「初対面の客に絡むなんて、滅多にないじゃない」
「絡むって‥‥人聞きの悪いこと言わんといて」
裕子はそう言うと、冷えたビールを喉に流し込んだ。
- 182 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年01月13日(日)21時09分54秒
- 短いですが、更新しました。
某所で、早く本編書いて欲しいという書きこみを見ました。
更新、遅くてすいません。
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)21時32分16秒
- 作者さんのペースでいいと思いますよ。
マターリ待ってますんで、頑張って下さい。
- 184 名前:1読者 投稿日:2002年01月13日(日)21時51分41秒
- あっちゃん太郎様、更新ありがとうございます。
私、個人の意見で申し訳無いのですが、
あっちゃん太郎様の書かれる小説、読めるだけで幸せなので、
更新スピードの方は余り気にせずに、
納得のいくものを書いて下さればいいと思っています。
他の読者のみなさまも、更新の続きが気に為るのはわかります。
でも、読まして貰ってるという立場を忘れては駄目だと思うのですが?
- 185 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月15日(火)05時16分26秒
- 中澤としては最大限の“カワイイと思ってる”表現なのでしょうけど、
それを聞いたらやはり馬鹿にされたと思ってしまうでしょうね。
圭の胃の痛み・・・彼女はこのころからすでに気づいてしまったのでしょうか?
気づかないまでも、予感めいたものは感じていたかもしれませんね。
- 186 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時16分42秒
――― ―――
ここしばらく雨が降り、気温の低い日々が続いていたが、今日は久しぶりに青空が戻り、気温も暖かい。
仕事が終了した裕子は、打ち合わせに使った喫茶店から出て、青空に向かって両手を突き出し、大きく背伸びをした。
心地よい風が吹いてきて、裕子の頬を撫でる。
このところ忙しい日々が続いて余裕がなく、『PEACE』でビールを飲むのが関の山だったが、今日の仕事は予想以上に早く片付けることができた。
幸せのあまり鼻歌でも歌いたい気分で、足取りも自然に軽やかになる。
裕子は昼下がりの街中をハイヒールをカツカツ鳴らし、赤いスーツ姿で風を肩で切りながら颯爽と歩いた。
赤信号に引っかかり、横断歩道の手前で信号待ちをしていると、視界の隅に嫌な気配を感じる。
裕子は見まいと抵抗する首を、理性の力で無理やり、そちらに向けた。
- 187 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時17分20秒
大通りから路地に入るわき道の手前で、お揃いの赤いバンダナを巻いた『レッド』とおぼしき十数人の少年達がたむろしている。
誰かに言いがかりをつけている様子だ。
通行人の多くは、少年達の行為が気になる様子で、歩きながらチラチラと視線を向けるものの、誰一人として声をかけるものはいない。
何やの‥‥
折角、仕事が早めに終わったんやで?
久しぶりに、ゆっくりウインドーショッピングか映画にでも行こうと思っていたのにな。
つくづく、ウチは『レッド』と縁があるらしい。
オマケに‥‥損な性格やわ。
見逃せんときとるしな。
裕子はため息をついて、自慢の金髪をかきむしった。
それから、両手で自分の頬を叩いて顔を引き締めると、ゆっくり少年達に向かって歩き出す。
遠目でよくわからないものの、『レッド』に囲まれているのは、どうやら制服を着けている少女のようだ。
制服のタイの色はグリーン。
『風の民』のシンボルカラーだ。
- 188 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時17分52秒
「‥‥あんたら何してるん?」
裕子は腕を組み、低い声で唸るように言った。
裕子の声に、少年達が一斉に振り向く。
「‥‥‥アンタか」
リーダー格と思われる少年が口をひらいた。
相手の吐息がかかりそうなほどの距離で、裕子と少年はしばし無言で睨み合う。
二人の睨み合いは、少年は裕子から視線を逸らし、配下の少年達に向かって一言、行くぞと声をかけるまで続いた。
リーダー格の少年を先頭にして、少年達は気にいらないというように、肩を怒らせながら足早に立ち去っていく。
- 189 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時18分24秒
- 足早に立ち去っていく。
『レッド』少年達のの立ち去った後には、怯えて身体を小刻みに振るわせ、涙を浮かべる矢口真里がいた。
裕子はリーダー格の少年と睨み合っているあたりから、少年達に絡まれている『風の民』の少女が矢口真里だということに気づいていた。
「矢口‥‥大丈夫‥か?」
裕子は真里の背中を抱きかかえるようにして声をかける。
「怪我ないか?」
裕子の問いに、真里は抱かれたまま無言で頭を振った。
「災難やったな。あいつら狂犬と一緒や。‥‥自分の気にいらんモンは見境なしに噛みついてまわるからな」
耳元で囁きながら、裕子の手が真里の頭を優しく撫でる。
「‥‥‥ぅぇえぇ」
裕子の身体のぬくもりを感じ取り、安堵した真里は裕子にしがみ付いて泣き出した。
「‥‥もう、大丈夫や。あいつらどっかに行ってもーたわ」
裕子は母親が子どもをあやす時のように、真里が落ち着くまで、その背中を軽くたたき続けた。
- 190 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時19分12秒
――― ―――
一般道路で抱き合うのもいかがなものかと思い直し、少し残念な気もしたが、真里が落ち着いたのを見計らって、裕子は真里を抱きしめていた腕の力を抜いた。
真里も同じ気持ちだったのか、名残惜しそうに抱擁を解いた裕子を見上げた後、恥かしそうに目を伏せた。
「ココは『火』の悪ガキが多くて、『風』の可愛いお嬢ちゃんにはコワイ所やで。‥‥どないしたん?」
「‥‥『PEACE』に行こうと思って」
真里は俯いて、小さな声で答える。
‥‥別に、叱ってるわけやないんやけどな。
裕子は苦笑いを浮かべた。
自分の話し方が想像以上に、相手にとって高圧的に映ることがあることを、裕子は経験上、嫌というほど知っていた。
「‥‥ココ来るのに、十字路を右に曲がったやろ?」
できる限り、真里の耳に優しく響くように注意する。
「うん」
真里はやっと顔を上げて、裕子の顔を見た。
- 191 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時19分50秒
「『PEACE』はもう一つ先の十字路を右に曲がるんや」
真里の泣き腫らした目が痛々しくて、裕子はそっと真里のまぶたを撫でた。
「‥‥‥」
真里は困ったような、それでいて嬉しそうな、何とも複雑な表情を浮かべる。
「‥‥そんな腫れた目で『PEACE』に行きたくないやろ?」
「‥‥うん」
「ウチに付き合うか?」
「‥‥へ?」
「ウチもなぁ、早く仕事が終わってなぁ、どうしようかと思ってたんよ。‥‥そやな‥‥映画でも観ようか」
「‥‥でも‥‥あたし『火』の映画館に入れないよ」
真里は困ったように、裕子を見上げた。
「そんなん心配いらんわ。ウチに任しとき」
そう言うと、裕子は制服姿の真里を上から下まで事細かにチェックすると、胸元に手を伸ばした。
「な、何?」
真里が驚いたように、制服の襟元を合わせる。
「そんなビクビクせんでも‥‥何もせんがな」
「‥‥だって、いきなり」
「タイを取ろうとしただけや」
「‥‥‥」
自分の勘違いに気づいたのか、真里は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「‥‥タイと校章を外してや」
裕子はそう言うと、唇の端を上げ、ニヤリと笑った。
- 192 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時20分25秒
――― ―――
「大人二枚」
裕子が声をかけると、映画館入り口のチケット売りは眠たげな目を二人に向けた。
左手の親指と人差し指でクレジットカードを軽く挟んだ状態で、裕子はチケット売りに、これ見よがしに自分の手のひらに輝く赤い石を見せる。
「そっちのお嬢さんは?」
チケット売りは裕子の隣で背中を丸めるようにして、小さな体をさらに小さくする真里を顎でしゃくった。
声をかけられて身を強張らせる真里を安心させるように、裕子は真里に微笑みかけると、チケット売りの前に、自分の右手とそれに絡みついた真里の左手を見せた。
この状態だと、真里の左手に輝く緑の石は、裕子の手のひらに遮られて、彼女が『風の民』だとばれることはない。
- 193 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時21分04秒
さらに見せつけるように、繋いだ真里の左手に軽く口付ける。
裕子の真っ赤な口紅が、真里の左手の甲にくっきりと赤い印を残した。
これで‥‥ウチらのことをバカップルと思うやろ。
それとも、もっと派手なことせんとアカンのかいな。
裕子は心の中で冷静に計算する。
幸いなことに、チケット売りは苦笑いを浮かべ、さっさと通り抜けろというように、手を振った。
内心冷や汗タラタラの裕子は、それでもチケット売りに作り笑顔を向け、無言で俯いている真里を引きずるように映画館の中へ入る。
「全然、平気やったやろ?」
裕子は屈託のない笑顔を真里に見せた。
真里は黙りこくって、俯いている。
表情を伺うことはできないが、垣間見える耳がほんのり赤いことと、繋いだ手をぎゅうっと握り締めてくれていることから、裕子は真里が怒っているわけではなさそうだと推測した。
- 194 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時21分45秒
「どこ、座ろうか?」
「‥‥どこでもいい」
「せやな。矢口と一緒ならどこでもええわ」
口ではそう言いながらも、裕子は一番観やすいと思われる、真ん中の席を選ぶ。
平日昼過ぎの映画館は空席がほとんどで、裕子と真里以外では、おじさんがニ、三人座っているぐらいだった。
映画はよくあるような、ラブストーリだった。
男と女が出会い、恋に落ちる。
話の見える展開には不満が残ったが、主演の二人の好演が光っていた。
裕子は映画自体よりも、映画を観る真里の反応の方が楽しかった。
席についてからも、万が一のことを考え、二人の手は繋いだままにしておいた。
ラブシーンになったり、物語が佳境に入るたびに、真里は裕子の手をぎゅうと握り締める。
初めは真里が自分に何らかの合図をしていると思い、映画を観る真里の横顔をチラチラ見ていたが、どうやら真里は無意識のうちに、裕子の手を握っているのだということに気づいた。
可愛いやっちゃ。
それが真里に対する、裕子の率直な感想だった。
- 195 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時22分15秒
――― ―――
映画終了後、裕子と真里は肩を並べて歩く。
自然と手は繋いだままだ。
「‥‥映画、どうやった?」
「面白かった」
「どんなトコが?」
裕子の質問に、真里は少し俯きながら右手人差し指を唇に当て、考え込むようなしぐさを見せる。
「‥‥やっぱり、変わらないんだなって思った。『火の民』も『風の民』も変わらないんだなって。‥‥同じように泣いたり、怒ったり、笑ったり‥‥恋に落ちたりするんだなぁって」
少しあって,、真里は言葉を選ぶように話しはじめた。
「‥‥‥思った通り、ええ子やな」
裕子の顔に微笑みが浮かぶ。
裕子の言葉に、真里がぷぅっと頬を膨らませた。
- 196 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月17日(木)16時22分47秒
「‥‥子ども扱いしてるわけやないで」
裕子は苦笑しながら、空いている右手で真里の金髪をクシャクシャとかき回した。
「‥‥してるじゃん」
唇を尖らせた真里が裕子に抗議する。
「してへん」
「してる」
「してへんって」
「してますぅ」
日が落ちて、街灯が灯りはじめた街並みに、二人の楽しげな声が響いていく。
こんな日も、たまにはいいかもな。
可愛い女の子と二人っきりで映画を見て。
くだらないことで言い合いして。
手を繋いで歩いている。
‥‥でもな、この子は、やっぱり、ウチの着せ替え人形によう似とるわ。
真里の楽しそうな横顔を見ながら、裕子はそう思った。
- 197 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年01月17日(木)16時25分16秒
- 更新しました。
少しスピードアップしないと、このままじゃ、第三部に入るのは何時になることやら。
- 198 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年01月17日(木)16時28分55秒
- 訂正です。
>>189足早に立ち去っていく。は、コピベミスです。
- 199 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月17日(木)18時46分10秒
- なんとも初々しい中澤と矢口の初デート?ですね。
例の一件以来、『レッド』の連中から一目置かれているのか、
それとも元から持ち合わせている中澤の威圧感なのか、
とっても頼り甲斐のある大人に見えます。
その分、矢口が子供っぽくてカワイイです。
元スレ、倉庫に行ってしまいましたね。
だから慌てる必要も無いので、(理由として成り立ってます?)
ゆっくりと作者さんのペースで素敵な作品に仕上げて下さい。
静かに見守っていますので。
- 200 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)20時44分30秒
- 更新こころまちにしていました。
今からですね(w
第三部まであるなんて・・・うきうきしてます。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)18時38分12秒
- 映画館・・・なんかカワイイ。
やぐちゅーが始動開始・・・期待しまくり(w
- 202 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時06分42秒
――― ―――
まだ客のいない、静かな『PEACE』のカウンター席に座り、客用の紙ナプキンを折っていた紗耶香は、ドアが開く音につられて振り向いた。
ドアの軋む音と共に『PEACE』店内に入ってきたのは、よく知っている二人の人物だった。
紗耶香はあんぐりと口を開け、二人を見る。
一人は現在『PEACE』のオーナーでもある中澤裕子。
真っ赤なスーツに赤いルージュ、金髪、ハイヒール。その姿には少々不釣合いな書類の詰まったエルメスのバッグを左手に持っている。
もう一人は紗耶香の悪友の矢口真里。
金髪の見なれた制服姿。学生カバンを右手に持っている。ただし、いつも着用しているはずの緑色のネクタイ、校章が見当たらない。
何よりも紗耶香が違和感を感じたのは、裕子の左手と真里の右手、だった。
「‥‥どうしたの? 二人そろって、手なんか繋いだりして」
「あ‥‥」
紗耶香の言葉に、真里は赤くなり、まさに今気づいたとでもいうように、自分の左手と、それに絡まった裕子の右手を見る。
「そんなん、決まってるやろ。野暮なやっちゃ。いい仲になったからに決まってるやんけ」
裕子は唇の端を上げて笑いながら、真里の手をそっと離す。
繋がれた手を見つめていた真里は、手が離された瞬間、裕子の顔を見上げた。
真里を見つめていた裕子と目が合い、二人はしばし見詰め合う形になる。
- 203 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時07分21秒
「あぁっっ‥‥。矢口の手に口紅が付いてる。ゆーちゃんの口紅の色じゃんかっ」
紗耶香が真里の左手の甲に付けられた赤い印に気づき、カウンター席から立ち上がった。
「紗耶香、うっさいわ」
裕子は真里から視線を外し、面倒くさそうに紗耶香を眺めた。
「だ、だって‥‥」
「口紅が付いてるぐらいでガタガタ騒ぐんやない」
「‥‥ゆーちゃん、何か悪さしたんじゃないでしょうね」
カウンターの中にいる圭織は頬杖をつきながらニヤニヤ笑った。
「何や、圭織まで。ウチはそんなに信用ないんか?」
「「うん」」
紗耶香と圭織が大きく頷く。
「‥‥何やて」
裕子が作った低い声を出して、圭織と紗耶香を威嚇する。
「紗耶香、違うよ。中澤さんはあたしを助けてくれたんだよ」
怪しくなってきた雲行に、今まで黙っていた真里が慌てたように口を開く。
「助ける?」
「『レッド』の連中が、矢口にコナかけてるのに偶然遭遇してな」
裕子の発した『レッド』という言葉に圭織、そして紗耶香までもが肩を大きく揺らして反応する。
「『レッド』が‥‥」
圭織はうめくように呟くと、唇を噛み締めた。
‥‥相変わらず、『レッド』に囚われとる。
ウチも、圭織も、『PEACE』も、希美も。
一体、何時になったら、解き放たれるのだろう。
「あいつら別に『力』も使ってなかったし、オンナノコをからかってただけやと思うけどな」
裕子はそう言うと、肩をすくめた。
- 204 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時08分14秒
真里が隣に立つ裕子のスーツの裾をクイクイと引っ張る。
「あの‥‥ありがとうございました」
首を傾げ、自分を見つめる裕子に、真里は深深と頭を下げた。
「‥‥改まって言われると、何や、変な感じやな」
裕子が照れたようにポリポリと鼻の頭を人差し指でかいた。
「お礼、ちゃんと言ってなかったから」
真里は舌をチラリと覗かせて笑った。
「‥‥ゆーちゃん、矢口を助けたのと、矢口の手のひらに付けられた口紅との因果関係が見えてこないんだけど」
紗耶香が横から裕子の肩を小突く。
「うっさい。これから説明するわ。二人で映画館に行ったんや」
「ほぅ」
「普通やったら、『風』の矢口は入れないと思うやろ」
「うん」
「そこで、ゆーちゃんの知恵袋の登場や」
「‥‥‥」
「映画館の入り口でな、矢口の手にぶちゅうっと熱いベーゼをやな‥‥」
腕を組んで仁王立ちになり、鼻をヒクヒクと動かし、顔をにやけさせて、裕子が得意そうに話し出す。
紗耶香はうんざりした顔になると、こんな人は放っておいて、と真里の手を引いて、自分の隣の席に座らせた。
真里は困ったような表情で、裕子と紗耶香を交互に見た。
裕子は肩をすくめ、大人しく、紗耶香と真里から少し離れたカウンター席に腰を降ろす。圭織は裕子と目が合うと、カウンターの中から微笑んだ。
- 205 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時08分47秒
「‥‥矢口、ソレ拭いたほうがいいよ。口紅の色素は沈着しやすいからね」
紗耶香が真新しい布巾を真里に手渡した。
「あっ‥‥うん」
真里は幾分残念そうに頷き、自らの左手の甲の赤い印を拭き取る。
「跡が残っちゃったね。んー‥‥でも薄いし大丈夫じゃない?」
「うん」
「‥‥ねぇ、紗耶香」
ためらいがちに真里がそっと紗耶香の耳元で囁く。
「ん?」
「この布巾もらっていいかな?」
「‥‥別にいいけど」
真里を見つめる紗耶香の瞳が、どうしてそんなことを言うの? と問いかけている。
「あたし、今日、ハンカチ忘れちゃって。‥‥‥やっぱドジだよね」
真里はぎゅうと白い布巾を握り締め、困ったように睫毛を伏せた。
紗耶香と真里が静かに話をする中、裕子は二人の席から少し離れたカウンター席で、一人静かにビールのジョッキを傾けていた。
- 206 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時09分22秒
『トン』と微かな音が二階から響いた。
裕子は反射的に圭織の顔を見た。
圭織は黙って頷き、一言、いるよ、と言った。
その音は連続した音になり、次第に大きくなって、そして止まった。
ややあって、希美が二階から姿を現わす。
白と黒のボーダーシャツ、ジーンズ生地のオーバーオールという格好。
希美は両手オーバーオールのポケットに突っ込み、能面のように無表情な顔で、『PEACE』を見渡す。
カウンター席の裕子の顔を確認したとたん、僅かに顔を強張らせた。
希美の肩に力が入り、ぐっと逸らされる。
相変わらず、ウチに怯えとるんやな。
ウチと戦った過去が潜在意識に刻み込まれているのか。
それとも、何もできなかったウチに対する罰なのか。
希美は、あの事件以来、裕子の傍に寄りつこうとしなかった。
ここでいつもの希美なら、踵を返して二階に駆け上っただろう。
しかし、今日の希美は少し違った。
裕子を見る怯えた視線はいつもと変わらなかったが、カウンター席で紗耶香の隣に座っている真里の顔を見ると、心なしか表情が和らいだ。
- 207 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時09分54秒
希美は思案するようにしばらく立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと真里へと近づいていき、真里の傍らで立ち止まった。
真里は初めて見る希美と、希美が登場してからピーンと張り詰めたような雰囲気に変わった『PEACE』に、戸惑いの表情を浮かべた。
希美を見つめながら、真里は思案するように眉をよせ、唇をきゅっと結んだ。
希美の手がゆっくりと伸ばされ、真里の左手の緑の石に触れる。
真里は希美の行動に一瞬驚いたようにピクッと体を震わせたが、すぐに希美に微笑みかけ、自分の隣のカウンター席を希実のために引いてやる。
腰を降ろした希美は、その小さい手を真里の金髪に伸ばした。
「‥‥何?」
真里は訝しげに、自らの髪に手を伸ばす。
希美の柔らかい手の感触と共に、固い小さなモノに触れた。
真里が希美を見ると、希美は真里の左手と髪を交互に指差した。
「あぁ、うん、そうだね。‥‥石の色と同じだね」
真里は頷き、自らの石と同じく緑に輝く髪留めを外した。
大分伸びた希美の前髪に触れ、軽く横に流し、自らの髪留めで止める。
「うん。よく似合う」
真里の言葉に、希美は微かに顔をほころばせた。
- 208 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年01月22日(火)00時10分36秒
「‥‥驚いた」
事の成り行きを息を潜めて見つめていた圭織は安堵のため息をつく。
「うん。一瞬、昔の希美が帰ってきたのかと思った。‥‥人懐っこい子だったもん」
紗耶香は興奮したように握ったコブシを震わせた。
「‥‥せやな」
裕子の口からかすれた声がもれる。
希美が笑った。
たしかに、微笑んだ。
その事実が裕子を打ちのめしていた。
裕子はカウンター席で希美に微笑みかけている『風』の少女を見た。
たいしたやっちゃ。
今まで、誰もがやろうとしてできなかったことを。
高名なカウンセラーや医者がさじを投げたことを。
いとも簡単にやりとげた。
カウンター席の少女は自分のやった事をまったく自覚せず、無邪気に笑っている。
‥‥ただ‥‥可愛いだけのオンナノコじゃ‥なかったぁゆうことか。
裕子はビールを一気に喉に流し込むと、熱っぽい瞳で矢口真里を見つめた。
この日―――裕子の矢口真里に対する認識がはじめて変わった。
- 209 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年01月22日(火)00時12分30秒
- 更新しました。
過去編、まだまだ先は長そうな気配です。
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)00時38分27秒
- どうぞどうぞ・・・長くなるぶんには・・・いっこうにかまいません(w
あっちゃん太郎さんの文は本当に読み応えじゅうぶんで・・・感動です。
少しずつやぐちゅーに向かってますね。
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)14時22分09秒
- 長いの全然OK!!(w
てっか期待◎で〜す!!
- 212 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月22日(火)15時16分46秒
- 真里のおかげで笑顔を取り戻した希美を見守る3人のまなざしがいいですね。
- 213 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月27日(日)02時29分30秒
- やぐちゅーはやっぱいいっすね。
これからどんどんお互いにはまって行く姿が
見れそうなんで楽しみです。
長いの余裕でOKです。
っちゅーか長くしてって感じ。
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)12時40分33秒
- やぐちゅーバンザイ!
- 215 名前:sage 投稿日:2002年02月12日(火)05時09分41秒
- 続けて…ちょ!
- 216 名前:sage 投稿日:2002年02月17日(日)02時26分40秒
- 期待してます…
- 217 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年02月21日(木)15時36分51秒
- あっちゃん太郎さん帰ってきてください〜
- 218 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)20時57分47秒
――― ―――
「ねーちゃん、ねーちゃん」
亜依は唇の端を上げてニッと笑うと、ベッドの上のモコッと丸まった薄紅色の毛布に勢いよく飛びついた。
ベッドは亜依の体重で大きく揺れ、毛布はその反動で、『ゲフッ』というくぐもった声を出す。
気にする様子もなく、亜依は馬乗りになると、全身を使って揺すりはじめた。
「ねーちゃん、起きてや。もう、お昼やで。ねぇねぇ‥‥」
「‥‥何すんだよっ‥‥痛‥‥」
「ねーちゃん、遊びに行こっ」
「あー‥‥勘弁してよ。‥‥眠い‥‥」
一旦は毛布から顔を覗かせたものの、すぐに真里はグッと力を込め、毛布を頭の上まで引き上げた。
その拍子に亜依が真里の体の上でバランスを崩しかけたが、そんなことは真里の知ったことではなかった。
高校生にとって、休みはとっても重要なんです。
日頃の学校の疲れを癒さなきゃならないんです。
だからお願い、もう少しでいいんです。
寝かしてください。
真里の心の底からの祈りも空しく、亜依は諦める気なんて毛頭ないらしい。
更に腕に力を込めると、真里の体を激しく揺すりはじめる。
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月21日(木)20時58分41秒
「ねーちゃん、ねーちゃん、遊びに行こっ」
「‥‥‥‥」
「ねーちゃん、起きてや。ねぇねぇ、ねーちゃん、ねーちゃんってば。起きてよぅ、起きてよぅ。ねーちゃん、ねーちゃん‥‥」
「うるさい。‥‥ねーちゃんは眠いの。‥‥だから、寝る」
がバッと毛布をはねのけ、カッと目を見開いて亜依を一喝すると、真里は再び毛布に包まってベッドに丸くなった。
「‥‥ッ‥‥ねーちゃんの嘘つき。‥‥今度の日曜日は一緒に遊んでくれるって約束したやんかぁ。‥‥ッ‥‥ウェッ‥‥ねーちゃんなんか‥‥ウェ‥‥」
亜依は一瞬硬直した後、目から大きな涙をポロポロとこぼして泣き出した。
亜依の涙声を聞いたとたん、真里の半分以上眠っていた脳細胞は、たちまち目を覚ました。
毛布をはねのけ、ベッドの上に正座して、泣いている亜依と対峙する。
「あー‥‥わかった、わかったよ。‥‥んー‥‥そうだった。そうだったね。‥‥約束したっけ‥‥うん、したなぁ。‥‥‥で‥‥どこに行きたいのさ」
「‥グスッ‥‥あのなぁ‥‥公園にな、でっかい滑り台ができたんやて。一緒に滑ってこ?でな、帰りにアイスクリーム食べたいんや」
「‥‥はい‥‥はい‥‥いいですよ」
「やったー。ねーちゃん大好き」
「はい、はい」
二年前、父が再婚した際、義母の連れ子として登場した当時9歳の亜依を、当時14歳だった真里は目に入れても痛くないほどに可愛がっており、亜依も『ねーちゃん、ねーちゃん』と真里のことを慕っていた。
――そうして今日までに至っているのである。
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月21日(木)20時59分26秒
――― ―――
日曜日の昼下がり、ぽかぽかと暖かい陽光が降りそそぐ中をのんびりと歩きながら、青い空に白い綿菓子のような雲が浮かんでいるのを見て、真里は、随分長い間、こんな風にまじまじと空を見たことがなかったことに気づいた。
真横を見ると、鼻歌交じりでスキップする義妹の姿が目に入ってきて、真里はそっと笑みをもらした。
家族連れで賑わう公園の中、亜依は夢中になって新しく出来たばかりだという全長200メートルの滑り台を滑降している。
当然、真里もそんな亜依に付き合うことになる。
「‥‥ちょっと疲れたね。あのベンチで休もうよ」
真里はあがった息を整えると、広場の中央に一つだけポツンと空いているベンチを指差した。
「そんなことあらへん」
亜依はまだ滑り足りない様子で、不満げに唇を尖らせた。
「‥‥アイス食べたくないの?」
「ホンマ疲れたな、ねーちゃん」
真里の言葉に、亜依はピクッと体を揺らし、ニコッと顔を崩した。
- 221 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)21時00分40秒
「ほい。‥‥あたしはストロベリーのダブルね」
真里から託されたお金を握り締め、亜依は一目散にアイスクリームの屋台に向かって走っていく。
二つ分けの黒髪がぴょんぴょんと揺れた。
切れ長の瞳、輝く笑顔。
あと数年もたつと、輝く美少女になるだろう。
真里は屋台のおじさんに注文している亜依をじっと見つめた。
と、亜依の向かったアイスの屋台のすぐ脇を、金髪のスレンダーな女性が通りすぎ、真里の心はゾワゾワとざわめき立つ。
この公園は主に『風の民』が利用する公園だ。
あの人がいるわけない。
そう思っても、真里の視線はその女性の後姿から目を離せない。
女性の後姿を目で追いかけた。
- 222 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)21時01分37秒
「‥‥ねーちゃん‥‥ねーちゃんったら」
「‥‥あ?」
耳元で叫ばれ、真里が視線を戻すと、両手にアイスを持った亜依が、不思議そうな顔で見つめていた。
「何、ボーっとしとるん?」
「‥‥何でもない」
亜依から桃色のアイスを受け取り、真里は言葉少なく返答する。
「知り合い?」
亜依はそう言うと、真里の隣に腰を下ろし、赤、白、緑からなる三段アイスを嬉しそうに舐めた。
「違う。‥‥似てると思ったけど、全然違う」
「‥‥ふーん」
そうだ。
似ても似つかない。
誰も、彼女の代わりにはならない。
そして、『民』の違う私たちは決して交わることはないだろう。
‥‥わかっているんだ。
ちゃんと、わかってる。
- 223 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)21時02分19秒
急に涙が零れ落ちそうになり、真里はそれを誤魔化すように冷たいアイスを口に押し込んだ。
「‥‥そんながっつかんでもいいやん。‥‥ねーちゃん、ちょこっと食べさせて」
「‥‥はいよ」
「なー‥‥ねーちゃん」
真里のストロベリーアイスを舐め、亜依は息を潜めて、神妙な声を出した。
「‥‥ん?」
「好きな人おる?」
「‥‥何で?」
困ったような、泣き出してしまいそうな―――そんな表情の真里がいた。
「‥‥だって‥‥最近、ねーちゃん変やもん。なんや‥‥汚い布巾見てニヤニヤしとるし。‥‥話しかけてもぼーっとしとること多いし‥‥」
「‥‥‥‥‥亜依は、いるの?」
「うちが聞いとるんや」
苛立ったように、亜依はベンチに座ったまま、バンバンと足を踏み鳴らす。
「‥‥多分、片思い」
大きなため息と長い沈黙の後、真里はやっと、そう、口にした。
アイスが半分溶けかかっている。
「‥‥誰?」
「亜依の知らない人だよ」
「‥‥ふーん」
「あー‥‥何で世の中上手くいかないんだろう」
真里は溶けたアイスを口に運んだ。
舌にストロベリー独特の酸味が強く残った。
- 224 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)21時03分24秒
「‥‥‥いいやん。ねーちゃんにはウチがおるんやから。そうやろ?」
「‥‥そうだね」
覗き込むように視線を合わせてきた亜依に、真里は微かに頷いた。
真里が頷いたのを確認すると、亜依はベンチの上にピョンと飛び乗り、「いい女ぁ〜、いい女ぁ〜」と歌いだした。
ベンチの傍を歩いていた家族連れやカップルは、何事が起こったのかといった表情で、ベンチに座っている真里と、妙な節回しでベンチに立ってクネクネと腰を振って踊りだした亜依を見ている。
義妹のとっぴな行動に、真里は目を丸くしたが、亜依のおどけて踊る姿を見ていると、思わず笑い出した。
亜依は優しい子だね。
アンタが笑っているだけで、幸せな気持ちになれるよ。
‥‥あの『火』の人を想うと、胸が、張り裂けそうに痛むけれど。
即興の歌を一曲披露すると、亜依は夕日に照らされて赤くなった頬で満足げに笑い、観衆にペコッと頭を下た。
パラパラとまばらな拍手を一身に受ける。
ベンチから飛び降り、自分に向かって拍手を続けている真里に、亜依は言った。
「‥‥ねーちゃん、晩御飯何かなぁ?」
「‥‥お母さんはコロッケ作るって言ってたよ」
「やったー。ウチ、めっちゃお腹すいたわ」
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
真里は名残惜しそうに、ベンチから立ち上がった。
- 225 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月21日(木)21時04分00秒
帰ろう?
お家に帰ろうよ。
お父さんとお母さんが待っているから。
温かな食卓の待つ家へ帰ろう。
「ねーちゃん、家まで競争や」
亜依はそう言うなり、軽やかな笑い声と共に、全速力で走り出した。
「‥‥この、待てぇー」
真里は一瞬遅れたものの、すぐに亜依の背中に向かって走り出す。
真里と亜依は、夕日を追いかけるように、我が家へと続く道を走った。
- 226 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年02月21日(木)21時07分44秒
- どうも、ご無沙汰してました。
久しぶりの更新です。
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月21日(木)23時04分56秒
- お待ちしてました。
非常に嬉しいです。
いま、矢口真里のANN−Sでの、中澤裕子ゲストを聞いてます。
なんだかんだいっても、ヤグチの方が裕ちゃんにゾッコンなような気がします。
「ヤグチ〜、愛してるっ ! 」って、叫ぶ裕ちゃんより、
「裕ちゃん ! 」って、呼ぶヤグチの方が、嬉しそう。
暴走気味の裕ちゃんを、上手に手綱引きながら、ニコニコしている雰囲気いいですよね。
この小説の中のやぐちゅーもそんな感じがします。
これからの展開、楽しみです。
- 228 名前:sage 投稿日:2002年02月22日(金)03時32分13秒
- あっちゃん太郎さん、ありがとう…。
ただただ、放棄しないでくれてありがとうございました。
今後とも宜しくです。
- 229 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月22日(金)21時17分09秒
- 復活、お待ちしてました。
続きが読めることが嬉しくて仕方ありません。
真里と亜依の姉妹の仲睦まじい様子が微笑ましいシーンです。
- 230 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時27分27秒
――― ―――
『ピンポーン』
チャイムの音で玄関に向かった裕子は、覗き窓から立っている人物を確認し、ゆっくりとした動作でチェーンを外し、扉を開いた。
「何や?‥‥おかん一人なん?」
「そうや」
裕子の問いに、おかんはニッと笑い、両手に持っていた大きな紙袋を裕子に渡した。
「どうせ、冷蔵庫にはビールしか入ってないんやろ?‥‥買ってきたから、ちゃんと食べるんやで」
「‥‥ありがとう」
ズシッと重い紙袋から、不器用なおかんの愛情が溢れてくるような気がして、裕子はニコニコと頷いた。
「みちよは?」
おかんを先導しながら、リビングに入る。
「『デートに誘われたからキャンセルやぁってねーちゃんに言うといて』って言ってたで」
「‥‥ほぉ‥‥」
中澤一家は大黒柱の父親を早くに亡くし、母親と娘二人で支えあって生きてきた。
裕子が弁護士になって一人暮しをするようになると、双方とも、日々の生活に追われ、家族が会う機会は確実に減っていったが、それでも裕子は家族の団欒をとても大切にしていた。
- 231 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時28分23秒
月に一回の家族揃っての団欒をキャンセルするとはいい度胸だ。
裕子は顔をしかめ、むぅ、と唸り声を発した。
とはいえ、出来のいい姉と常に比較され、いつも幸薄い感が否めなかった妹にも、どうやら春が巡ってきたらしい。
そう思うと、裕子の口元に自然と笑みがこぼれる。
「‥‥あの子も家族と違った、新しい世界ができたぁ、いうことやね。‥‥ちょい、寂しいけどな」
おかんが遠い目をして呟いた。
おかんの言葉に、裕子は一旦は口を開きかけたものの、結局何も言えず、ただ肩をすくめた。
部屋の照明に反射して、裕子の左手の赤い石がキラキラと輝き、おかんはまぶしそうに目を伏せた。
- 232 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時29分03秒
「それにしても‥‥相変わらず生活感のない部屋やね」
リビングの赤い皮張りのソファーに腰を下ろし、おかんはこれ見よがしにため息をつく。
「‥‥‥」
裕子は黙って紅茶の入った大き目のカップを、おかんの目の前に置いた。
熱い紅茶からうっすらと白い蒸気がのぼり、それが部屋の空気を柔らかいものにかえていった。
「‥‥この部屋から、少しは他人の匂いがしたら、ウチも安心できるんやけどな」
そう言って、向かい合わせの椅子に座って紅茶を飲む裕子を意味ありげに見る。
「またその話かい」
「どうせ、恋人も居らんのやろ?」
「‥‥今は、仕事が恋人なんや!」
「その言い訳は聞き飽きたでぇ」
「‥‥‥」
裕子は眉間に皺をよせ、黙り込んだ。
「家に送られてくる見合い写真の数考えてみ? 断るのにも一苦労なんやで。まったく人の気も知らんと‥‥」
おかんは口の中で何やらブツブツと呟き、再び深深とため息をついた。
「‥‥そんなこと言われても」
「アンタのそのキツイ性格に問題があるんかいな。‥‥顔はウチに似て、別嬪なのになぁ」
「大きなお世話ですぅ」
「なぁ、ホンマ、どうなんや。気になる人もおらんのかいな?」
おかんは目をキラキラと輝かせ、ソファーから身を乗り出すように前のめりになった。
「‥‥気になる人なんて‥‥」
おかんの真っ直ぐな視線に絶えられず、目を伏せた裕子の脳裏に一人の少女の面影が浮かんだ。
- 233 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時29分46秒
さらさらと揺れる、明るい金髪。
くりくりと愛くるしい瞳。
小さな体に溢れる生命力。
はじける笑顔。
緑の石――希美の笑顔を取り戻した――『風』の少女
最近、よく視線が絡み合うのは、あの子がウチのことを見ているのか、ウチがあの子を見ているのか。
――それとも、その両方か。
「裕子?」
「あ?‥‥‥おら‥へんよ。気になる人なんて」
おかんに声をかけられ、我に返った裕子は嫌な汗をかきながら、しどろもどろに答える。
「そうかぁ?‥‥じゃあ、今の、妙な間は何なんや?」
「‥‥そんなん、おかんに関係ないやろ」
「関係ないけど、気になるやんか」
おかんは拗ねたように唇を尖らせる。
「気にせんでええわ」
裕子は今だ白い湯気を立てている紅茶を一気に飲み干した。
舌がチリチリと悲鳴をあげる。
- 234 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時30分38秒
「だってな‥‥‥あんたはウチの子にしては珍しく出来が良くってな、『力』も特Aでな。『特保』になんか入ってもーて、ウチは宝くじに当たったようなもんやでーなんてみんなに言われてたんやで。それが‥‥アンタ‥‥医者か官僚になればよかったんや。それなのに弁護士なんかになるから、見てみい。周りにいるのはおっさんと犯罪者やろ?‥‥ホンマの話、アンタの美的感覚が心配や」
『特A能力保持者育成所』通称『特保』。
特A能力保持者が集められ、英才教育を受ける施設。
――正直言って、いい思い出はない。
同級生はみんな、自分の『力』を嵩にきた、金持ちボンボンの鼻持ちならない連中だった。
『特A』能力保持者だから、『特保』出身者だからという理由で見合いを申し込んでくる手合いにも、裕子は心底ウンザリしていた。
「‥‥今更、そんなこと言われても‥‥」
「‥‥ごめんなぁ‥‥ウチのせいやな。‥‥できの悪い子に産んでたら‥‥」
力無く、そう呟き、おかんは、よよよ、とソファーに泣き崩れた。
「‥‥いや、うん。ウチの美的感覚は大丈夫やと思うで。現に、今、お気に入りの子だって、十分可愛いと思‥‥」
焦った裕子は、おかんを慰めようと必死で言葉をつむぐ。
『ニヤリ』
おかんは裕子の言葉に、伏せていた顔を上げ、してやったりという風に、満足げに笑った。
「やっぱりそういう子が居るんやね。‥‥可愛いってことは‥‥年下かいな。案外やるやんか。さすが、ウチの子やね」
膝を叩き、嬉しそうに笑う。
- 235 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年02月26日(火)09時31分12秒
「‥‥コラ‥‥」
「いかんなぁ。弁護士が誘導尋問に引っかかっちゃあ」
裕子の鋭い睨みと低い唸り声にも動じず、おかんは不敵に微笑んだ。
「‥‥‥‥」
おかんの言葉に何も言えず、黙って俯いた裕子は、不意にあたたかく柔らかいものに包み込まれた。
いつの間にか、おかんはソファーから立ち上がって、裕子をきつく抱きしめている。
「アンタは昔から甘えるのが下手で、不器用な子やからな。‥‥誰かがこうして抱きしめてやらんとアカンのやけど、ウチもずっとこうしてやれるわけやないしな」
「‥‥‥‥」
おかんに耳元で優しく囁かれて、裕子の涙腺は緩みはじめる。
「妹と違って、アンタは小さい頃は手のかからん子やなぁ、思ってたけどな。‥‥今はアンタの方が心配や」
「‥‥おかん‥‥」
泣き顔を見られたくなくて、裕子はおかんの肩口に顔を強く押しつけた。
「‥‥大丈夫や‥‥きっと見つかるから。‥‥アンタだけを見て、抱きしめてくれる人がな」
おかんは安心させるように、裕子の背中を軽くポンポンと軽く叩いた。
「うん‥‥」
根拠のないおかんの言葉にも、今は素直に頷ける。
あたたかいなぁ、おかんは。
懐かしいおかんの匂いや。
優しい匂いや。
裕子は静かに瞳を閉じた。
――この時が続くことを祈りながら。
- 236 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年02月26日(火)09時34分59秒
- これで家族の章は一応、終わり。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月26日(火)12時27分30秒
- 復活されていたのですね。
とってもハッピー!!(石川ぽく
姐さんの家族HOTですなー。
みっちゃん妹ですか(w
これからも最後まで頑張ってください。
- 238 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月26日(火)15時05分58秒
- 更新、お疲れ様です。
敏腕弁護士として活躍する中澤ねーさんにも
そこへ到達するまでにはいろいろと葛藤があったのですね。
でも、それを家族が支えてくれていた・・・。
ねーさんが家族を思いやる心境が伝わってきます。
「過去編」もいよいよ佳境にさしかかるのかと思いますので
楽しみに続きをお待ちしております。
- 239 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)00時58分23秒
――― ―――
「矢口、恋、してるでしょう?」
帰りのホームルーム終了と同時に、IとMはニヤニヤ笑いながら真里に近づいてきた。
「へ!?‥‥な‥‥何言ってんの?」
真里はスクールバッグに教科書を詰めていた手を止め、まじまじと二人の悪友の顔を見る。
「最近、変、だもん」
「急に不機嫌になったり、かと思ったら、ニタニタ笑ったり。‥‥とにかく変だよ」
「「ねー」」
MとIは並んで真里の机の正面に立ち、まだ席に座ったままの真里を見降ろした状態で、自分達の言葉に互いの顔を合わせて賛同する。
「誰?‥‥わかった、B組のJ君でしょう? あんたにモーションかけてたじゃん」
日頃から、他のクラスの男の子をこまめにチェックしているIが、興味津々といった様子で真里に尋ねる。
B組のJ君?
‥‥ああ‥‥そういえば、そんなこともあったね。
真里は曖昧笑って、首を横に振った。
「矢口、断ったじゃん。違うよ。T君だよね。この前のクラス対抗の球技大会で、あんた、一生懸命応援してたじゃん」
Mは学年の中でも『力』の秀でているTのことが、いたくお気に入りらしい。
ことあるごとにT君はお勧めだよ、と言っている。
‥‥同じクラスだよ。
普通、応援するでしょう。
真里は首をすくめ、ふるふると首を横に振った。
- 240 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)00時58分54秒
「えぇー‥‥違うの?」
「じゃあ、誰さ?」
「‥‥教えない」
真里はそれだけ言うと、再びバッグに教科書を入れはじめた。
「何だよぉ」
Iは真里の言葉にプーっと頬を膨らませる。
「‥‥命短し、恋せよ乙女ってね」
Mが苦笑を浮かべながら呟く。
「何それ?」
「知らないの?有名な‥‥」
そんなこと、どうでもいい。
真里はIとMの会話を打ち消すように、ガタッと大きな音をたてて、椅子から立ち上がった。
「矢口?‥‥どうした?」
IとMは驚いたように真里を見つめた。
「帰る」
「え!?‥‥もう?」
「用があるんだ。‥‥じゃあね」
真里はIとMに、そう言い放つと、バッグを片手に教室を飛び出した。
- 241 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時00分32秒
――― ―――
『PEACE』で集まる時、真里は待ち合わせ時間より、少なくとも一時間は早く『PEACE』に行くことにしている。
少しの時間でいいから希美の遊び相手になってくれないか、と圭織に頼まれたのが始まりだった。
圭織は、その代わり飲食代はいらないから、という条件を付けてきた。
もちろん真里に断る理由などなかった。
飲食自由というのも大きな魅力だったが、それよりも、裕子に近づけると思ったのが大きい。
とはいえ、最初の頃は『PEACE』に行っても裕子の姿はなく、真里は、ののこと希美の遊び相手をするだけだったが、そのうちに、週一回の『PEACE』での会合がある日は、決まって、裕子も早めに『PEACE』に現れるようになった。
そのことに対し、紗耶香は、珍しいこともあるんだね、と首を傾げている。
- 242 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時01分32秒
裕子は『PEACE』のオーナーであると同時に、大手法律事務所の敏腕弁護士であり、仕事もハードだという。
通常、仕事が終わってから帰宅する前に『PEACE』で一杯飲むということが多く、来店するのは夜半過ぎのことが多い。
それにも関わらず、週一回の真里、紗耶香、圭、三人の会合の時に限って、早い時間に『PEACE』に現れるのは何故だろう。
そう、紗耶香に尋ねると、紗耶香はしばし考え込むように宙を睨んだ後、へらっと笑ってこう言った。
きっと、楽しそうな、ののの様子が見たいのかもしれないね。ほら、のの、矢口の前だと、とても楽しそうだから。
その言葉を聞いて、真里は複雑な気持ちになった。
『PEACE』で希美と遊んでいる最中も、ふと視線を上げると、裕子と目が合う。
すると、裕子は決まって、真里に優しい微笑みをくれるのだ。
――ののと一緒でなければ――裕子は、自分のことを見てはくれないのだろうか?
- 243 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時02分02秒
――― ―――
真里が『PEACE』店内に入ると、カウンター席に座っていた希美が、待ちかねたように飛びついてきた。
この半年の間に、希美はすっかり真里に懐いてしまった。
「のの、重いよ」
希美の体重にほとんど押しつぶされそうになりながら、真里がうめく。
真里は必死の思いで、体にミシミシと圧し掛かる希美の体を何とか支えた。
「今日は、いつもより、早いんとちゃう?」
カウンター席で一人、ビールを飲んでいた裕子が真里に笑いかける。
「うん。‥‥ゆーちゃんこそ早いね。仕事は大丈夫なの?」
「‥‥まあなぁ」
真里の言葉に、裕子は苦笑を浮かべ、曖昧に頷いた。
「ふーん」
希美がクイクイと真里の制服の裾を引っ張って、早く遊ぼうと催促する。
希美が持ち出してきたものは、十二色のクレヨンとスケッチブックだった。
両方とも、圭織のおさがりなのだろう。
スケッチブックの表紙とクレヨンの箱にひらがなで『いいだかおり』と書かれていた。
- 244 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時03分27秒
一緒に絵を描こうと言う真里を制し、左手をズボンのポケットに入れたまま、希美はカウンター席の隅に座って、肘でスケッチブックを押さえ、おさがりの、そのチビたクレヨンで真里の似顔絵を描きはじめた。
真剣な眼差しを自分の正面立つ真里に向ける。
十数分後、真里の絵を描きあげた希美は満足そうに微笑んだ。
「見てもいい?」
真里の問いに、希美ははにかみながらも、コクンと頷いた。
「うん、上手。嬉しいなぁ。これがあたしかぁ」
真里は似顔絵を見て、満面の笑みを浮かべる。
「ほら見て、ゆーちゃん」
真里は希美とは反対側のカウンター席に座る裕子の元に似顔絵を見せに走った。
「‥‥いい絵やな」
「ゆーちゃんもそう思う?」
「ののがアンタのこと、大好きなのがよく分かるわ」
「そっか」
裕子の言葉に、真里は嬉しそうに笑った。
赤色、だいだい色、黄色、桃色などの暖色を多用した、そのクレヨン画からは希美のあたたかな気持ちがにじんでいるようだった。
いびつに歪んだ顔の輪郭でさえ、似顔絵にいっそうの深みを出している。
- 245 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時04分04秒
「ナニナニ、あたしにも見せてよ」
厨房で皿洗いを終えた紗耶香がヒョコッと顔を覗かせる。
「うわー。すげーじゃん、ののぉ」
紗耶香は希美の髪をクシャクシャにかきあげ、ひとしきり騒ぐと、ここに飾ろうぜ、と似顔絵を壁にピンで留めた。
圭織、きっとこれ見て泣くよ、嬉しくってさ、とカラカラ笑う。
それから、紗耶香は思い出したように、カウンター脇の棚からガサガサと一枚のレコードを取り出した。
「ゆーちゃん、コレコレ」
「‥‥タンゴか」
「圭織がコレ、生で演奏しろって言うんだよ」
「おっ、ええやん」
「ヒトゴトだと思ってるでしょ」
「ヒトゴトやもん」
「ひでー」
「いいから、かけてみてや」
「ヤダよ。あたしこれから買い出しに行かなきゃ、だもん。聴きたいなら、ゆーちゃん自分でかけなよ」
「‥‥しゃーないなぁ」
希美は眠いのか、先程からあくびを繰り返している。
紗耶香の、のの、二階で眠ってきたら、という言葉に素直に頷いた。
- 246 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時04分45秒
二階に希美が登ったのを確認して、紗耶香は、後でね、矢口、と言って、買い出しに出かけてしまった。
店内には、裕子と真里だけが残された。
よっこらしょ、という掛け声と共に、裕子は立ちあがり、店の隅に置いてある古ぼけたプレイヤーにレコードをセットする。
静かな店内にタンゴのリズムが流れ出した。
「‥‥踊ろうか」
「え!?‥‥あたし、踊れないよ」
「ウチがリードするから大丈夫や」
「で、でも‥‥」
裕子は強引に真里の腕を取り、椅子から立ち上がらせた。
片手を腰に回し、体を密着させる。
真里の心臓が『ドクン』と脈打った。
裕子のタンゴの腕はなかなかのものだった。
経験のない真里を上手くリードし、『PEACE』店内を所狭しと言わんばかりに動きまわる。
- 247 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時05分35秒
「矢口、筋がいいで」
「そう?」
「‥‥上体を反らして。‥‥そうそう、上手い。上手い」
タンゴの踊りは激しい。
一曲踊るだけで息があがる。
真里は肩で息をしながら、視線を感じて、顔を上げた。
赤く上気した真里の頬をぼうっと見つめていた裕子と目が合って、そらせなくなった。
裕子と真里の視線が絡み合う。
キラキラ輝いて、きれいな瞳。
細くて、きれいな唇。
上気して、ばら色に染まった頬
全部、全部、好き。
レコードは回り続け、すでに二曲目が始まっている。
真里は裕子から視線を外すことができなかった。
それは裕子も同じだった。
- 248 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時06分06秒
先に動いたのは裕子だった。
一瞬、困ったというように眉間にしわを寄せた後、裕子はゆっくりとした動きで真里に顔を寄せる。
真里はとっさに瞳を閉じた。
一瞬、触れ合うと、裕子の唇はすぐに離れていった。
真里はそれを阻止するように、裕子の細い体にぎゅうとしがみ付く。
裕子は目を細めて真里を見ると、再び、唇を寄せていった。
唇の形を確かめるかのように、真里のしっとりして、弾力のある下唇を挟み込む。
「‥‥ん‥‥」
真里は熱い吐息を漏らした。
「‥‥矢口」
「ゆーちゃん」
唇を離すと裕子と真里は見詰め合い、お互いの名前を囁いた。
- 249 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時07分02秒
「‥‥何、してるの?」
低い、怒気のこもった声が、二人の甘い空気を切り裂いた。
「圭坊」
裕子はゆっくりとした動きで、真里の腰に回していた腕を解いた。
「矢口に何してるのよ」
圭は店のドアを乱暴に閉め、つかつかと裕子に詰め寄った。
「け、圭ちゃん‥‥何でもないよ。‥‥ただ‥‥タンゴを踊っていただけ」
真里が慌てたように、大きな瞳で裕子を睨みつける圭の腕を掴んだ。
「‥‥‥‥矢口‥‥‥アンタ‥‥口紅の色‥‥変えたの?」
圭は真里の顔を見て、一瞬顔をしかめ、悲しげに言った。
「え!?」
真里は圭の言葉に、きょとんと目を丸くした。
「‥‥ゆーちゃんも‥‥いつもと‥‥色、違うよ」
圭の口調には責めるような響きが多々含まれている。
「‥‥さっき出来た新色や」
裕子は圭から視線を外し、ポツリと呟いた。
- 250 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時07分37秒
――― ―――
「‥‥‥」
圭と真里は、いつもの指定席――二つだけあるテーブル席に移動したものの、圭が先程から黙りこくったままなので、真里は非常に居心地の悪い思いをしていた。
圭は裕子の視線を遮るつもりなのだろう。
裕子の座っているカウンター席と真里の座っているテーブル席を対角線で結ぶ中心に座っている。
しかし、圭と真里は向かい合って座っているため、真里が視線をほんの少し横にずらすと、裕子の姿が目に入ってくる。
真里が裕子に視線を向け続けていると、ふっという感じで真里を見た裕子と一瞬視線が絡まった。
しかし、すぐに裕子は悲しげに真里から目をそらす。
『ドクン』
真里の心臓が音を立てる。
―――そんな顔しないで。
もっと、あたしを見てよ。
それっきり、裕子と真里の視線が合うことはなかった。
裕子は真里の視線を意識的に避けている。
- 251 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月02日(土)01時08分13秒
紗耶香が買出しから戻ってくると、圭は普段通りに振舞い、真里もいつもと変わらず行動するように努力した。
圭織は紗耶香の言った通り、希美の描いた似顔絵を見て、大粒の涙をこぼした。
酔うと饒舌になり、普段なら放っておいても、何かと真里、紗耶香、圭の会話に入り込んでくる裕子も、むっつりと黙り込んで、一人カウンター席に座り、ビールを自棄になったように飲んでいる。
「‥‥飲みすぎだよ。ゆーちゃん」
圭織がやんわりと裕子をたしなめる。
「全然、酔えんのや。‥‥このビール、水で薄めてあるんとちゃうかぁ?」
「んなわけないでしょ」
「‥‥‥」
裕子は酔っ払い特有の、トロンとした目で、圭織を睨みつけた。
「何かあった?」
「‥‥別に」
「‥‥まあ、話したくないなら、無理には聞かないよ」
圭織はグラスに冷たい水をなみなみと入れ、裕子の前に置いた。
「‥‥圭織‥‥綺麗になったな」
「いきなり、どうしたの?」
「‥‥‥‥何でもない」
裕子は首を横に振ると、グラスの冷たい水を口に含んだ。
――苦い想いと共に。
- 252 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月02日(土)01時11分51秒
- 更新しました。
この調子でいけたら、いいな。
- 253 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)02時25分46秒
- >>――苦い想いと共に。
苦い時があるんだよな〜(シミジミ
共感が沸いた、この調子で頑張って下さい。
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)02時37分32秒
- 読んでいて、なんかすごいドキドキしちゃいました。
やっぱやぐちゅー最高。
- 255 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月02日(土)03時16分04秒
- ののと矢口のほんわかとした風景で心が和んだあと、
タンゴを踊っていた2人とそこへやってきた圭との間で
店の空気が張り詰めていく感じがヒシヒシと伝わってくる思いです。
- 256 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)11時45分54秒
- やっぱ作者さん天才ですわ〜。
凄い。引き込まれる!!!
- 257 名前:読んでる人 投稿日:2002年03月03日(日)15時52分24秒
- まだ二人とも、全てを捨ててまで一緒になりたい、と思う段階じゃないみたいですね。
特に姉さんは・・・。
続きが早く読みたい!!
- 258 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月05日(火)23時14分25秒
- 作品が凄いだけあって、なかなかレスしにくい。
でも、大好きです。
ずっと、たのしませてもらっています。
- 259 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月06日(水)01時11分47秒
――― ―――
前の晩、『PEACE』でビールを浴びるように飲んだ裕子は、ひどい二日酔いに呻き声をあげた。
頭は割れるように痛むし、胸のむかつきもおさまらない。
何とかベッドから脱け出して、這いずるような格好で台所にたどり着き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して口をつける。
口の端から飲みこみきれずにこぼれおちる水を、乱暴に上着の袖で拭った。
洗面所の鏡で自分の姿を確認して、裕子は深深とため息をついた。
生気のない顔。
化粧は見事なまでにくずれ、髪はぼさぼさに乱れている。
身に着けているスーツも皺だらけだ。
「‥‥最悪や‥‥人様には見せられんな‥‥」
額に手を当て、裕子は力なくうな垂れた。
昨夜のウチはどうにかしていた。
タンゴを踊った矢口があまりにも可愛くて、思わずキスしてしまい、それを咎めた圭坊に何も言えなくて。
そんな自分に腹が立って。
そんなわけで、久しぶりに悪酔いしてしまった。
どうやってマンションまで帰ってこれたのかまったく思い出せない。
- 260 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月06日(水)01時12分22秒
「‥‥うかつやったなぁ。‥‥まさか、キスしてまうなんてなぁ」
自分から仕掛けたことだけど。
いつものウチなら、もっと余裕のある、大人の態度が取れたはず。
職業柄自分の本心を上手く隠して、相手を丸め込むのなんかお手のもののはずだ。
圭坊の、あの冷たい、刺すような瞳。
―――『矢口に手を出さないで』
無言で裕子に語りかけていた。
「‥‥まさか‥‥ね」
裕子は鏡に写る自分に言い聞かせるように、低い声で呟いた。
鏡の中の瞳は、困ったように、自分を見つめ返している。
裕子は視線を自分の手のひらに向けた。
左手の赤い石が、今日はいっそう冷たい光を放っているような気がする。
――あの子の石はすごく綺麗な優しい緑色に輝いているけれど。
あの子は『風の民』だから。
『火の民』のウチとは違う。
全ての『民』の共存という理想を掲げながら、お前だって、自分の中でしっかりと線を引いているじゃないか。
裕子は唇の端を上げ、自嘲の微笑を浮かべた。
- 261 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月06日(水)01時12分56秒
「‥‥けどなぁ‥‥」
裕子は瞳を閉じ、苦しそうに眉間に皺を寄せると、両の拳をぎゅうと握り締めた。
こればかりは、越えることの出来ない『民族』の壁だ。
『民』を越えて愛し合い、交じり合ったものは、左手に戴く『神々の印』を失う。
『神々の印』を失った者の石は、元々の色と輝きを失い、黒々とした暗黒の色に変化して、とても荘厳な輝きをはなっているという。
その黒い石を戴く左手首は、ホルマリン漬けのビンに詰められ、闇の世界において高値で売り買いされていると聞く。
そのため、『神々の印』を失った者達は、密猟者と呼ばれる闇の殺人者達に命を狙われている。
密猟者達に見つかった、『神々の印』を失ったもの達の遺体が、年に数回発見され、新聞の片隅をにぎわしていた。
『神々の印』を失う。
それは、社会的抹殺を意味する。
とてつもなく大きな代償だ。
- 262 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月06日(水)01時13分31秒
「ふるふる、ごめんやで」
裕子は背筋が寒くなり、ぶるっと体を震わせた。
軽く首を振ると、台所に戻り、慣れた手つきでコーヒーメーカーをセットする。
しばらくすると、部屋の中にコーヒーの芳しい香りが漂いはじめ、裕子はお気に入りの黒い無骨なデザインのマグカップにコーヒーを注ぎ、そのままリビングの赤い皮張りのソファーに腰を降ろした。
気ままな一人暮しは気に入っているし、それに、ウチは何かのために全てを捨てられるほど純粋でもなければ、お人好しでもない。
仕事に関してもそうだ。
納得のいかない判決や、気に食わない同僚弁護士、許せない犯罪者。
そういうものにも、うまく折り合いをつけて生活している。
それに‥‥おかんを泣かせるようなことするわけないやろ。
裕子は熱いコーヒーを口に含んだ。
チリチリと舌が焼け、脳が目覚めていくような気がする。
- 263 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月06日(水)01時14分16秒
矢口‥‥。
矢口の唇――ウチの口紅と矢口の口紅の色が混ざり合い、何ともいえない深みのある色に濡れていた。
口付けの後の熱い吐息と潤んだ瞳。
小さな体から溢れ出す生命力。
何より、希美の頑なな心を開いた――希美に対する接し方を見ればわかる――あの少女に宿る高貴な魂。
―――すごく魅力的だ。
危険なほどに。
矢口のことを考えると、裕子の胸はキリキリと悲鳴をあげた。
胸を押さえ、ソファーにぐったりと身を沈める。
「‥‥しばらく距離を置いたほうがいいかもしれんな」
裕子は力なく呟いた。
お互いのためにも。
―――あの子に、これ以上はまらないように。
- 264 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月06日(水)01時16分21秒
- 更新しました。
レスありがとうございます。
ちゃんと読んで励みにしています。
- 265 名前:sage 投稿日:2002年03月06日(水)01時23分31秒
- あっちゃん太郎さん、更新お疲れ様でした!
たまたまリアルタイムで立ち会うことができました。
姉さんの心理描写うまいっすね。
今後も期待してます。
- 266 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月07日(木)21時15分17秒
- 作者さんの文章力ってか、描写力に脱帽です。
姐さんのせつなさが・・・めっちゃ伝わってきました。
あっちゃん太郎さんが酔っ払って最初に掲示板に登場された時から・・・づっと読ませて頂いています。(w
これからも頑張ってください。勝手に応援させていただきます。(w
- 267 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月11日(月)01時06分54秒
- ねーさんの気持ちは、この当時としては当然なのでしょうね。
大人として、揺れ動きそうな想いを押し留めているねーさんが切なくなりそうです。
- 268 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時07分36秒
――― ―――
裕子はあの夜から、約一ヶ月間『PEACE』に顔を出していない。
心配した圭織が裕子に電話をかけても、忙しい、の一点張りだった。
「おかしいよ。今まで、どんなに忙しくたって、一週間も顔を出さなかったことなんかなかったじゃんか」
紗耶香は乱暴にグラスをテーブルの上に並べる。
グラスの擦れるガチャガチャという耳障りな音に、カウンター席の圭織は顔をしかめた。
「圭織、おかしいよっ」
何も言わない圭織に、紗耶香は焦れて同じ言葉を繰り返した。
圭織はしばし目を閉じて考えていたが、長いため息を吐き出し、
「‥‥ゆーちゃんには、ゆーちゃんの事情があるんだよ。‥‥もう少し、様子を見てみる」
と、ぎこちなく笑った。
「‥‥‥」
紗耶香は圭織の言葉に不満たらたらで頬を膨らませた。
圭織は紗耶香の膨れた顔を見て、苦笑いを浮かべ、立ちあがった。
ゆっくりと腰まである長い髪を撫でつけながら、カウンターの中に移動する。
窓から差し込む光に、艶のある黒髪と左手の赤い石が綺麗に映えた。
- 269 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時08分06秒
「今日、矢口達は来るの?」
「うん」
「そう」
圭織は思案するように、眉間に人差指を当て、考え込む。
「どうかした?」
「‥‥何でもないよ。ただ、聞いただけ」
圭織は首を横に振ると、曖昧に笑った。
「ふーん‥‥まっ、いいけど」
紗耶香はチロリと圭織を意味ありげに見つめ、それから、立てかけてあったモップを手に、口笛を吹きながら床を磨き始めた。
- 270 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時08分47秒
――― ―――
「矢口、ゆーちゃんの話、聞きたい?」
圭織が突然、そう言い出したのは、真里と圭が『PEACE』に来て、会合の宴もたけなわになった頃だった。
丁度、客足も途絶え、店内にはカウンターの中の圭織と、テーブル席に座る、圭、真里、紗耶香の四人しかいない。
圭織の言葉に、真里は息を飲み、圭も真里の隣で身を強張らせた。
「ねぇ、聞きたい?」
圭織はニコニコ笑いながら、真里をじっと見つめる。
「‥‥うん」
真里は隣に座る圭を気にしながらも、頷かずには居られなかった。
「じゃあ、笑って」
「‥‥‥」
圭織の言葉に、真里は口元を歪めた。
「‥‥矢口、あんたこの世の終わりみたいな顔してるよ。最近、笑ってないでしょ。眉間に皺が寄ってるもん」
圭織は肩をすくめ、ため息をついた。
- 271 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時09分22秒
「ゆーちゃんは‥‥あたしと希美の‥‥命の恩人よ。返せないほどの恩をもらっている。‥‥あたし、ゆーちゃんのためなら、何でもする。法律に触れることでも、倫理に反することだって‥‥」
そこまで言うと、圭織はカウンターの上に置いてあった水差しにそのまま口をつける。
静まりかえった店内に、圭織の喉を通るゴクゴクという音が、やけに大きく響いた。
それから、圭織は「ふー」と大きく息をつく。
カウンターの中から出て、テーブル席――紗耶香の隣、真里の正面に座った。
「‥‥三年ほど前‥‥世間を賑わした裁判、知ってる?‥‥あれは『PEACE』が舞台の裁判だった」
圭織の言葉に、真里と圭は、ただ黙って頷いた。
「元はと言えば、先代の『PEACE』のマスター‥‥あたしの父親が、詐欺罪で捕まったの。
父さんは‥‥その当時から『民』のマークを看板に付けていなかったからね。それが目障りだったみたいで、詐欺罪で訴えられちゃったんだ。‥‥その時、ゆーちゃんが弁護してくれて。それが出会い。‥‥最初は、変な人って思ったな。だって、派手な服に、あの金髪で、とてもじゃなかったけど弁護士には見えなかったよ」
圭織は思い出したようにクスクス笑った。
- 272 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時10分12秒
「言うことも、滅茶苦茶だぁって思ったし。だって、父さんの詐欺罪の裁判の途中で、『法律がおかしいんや』って言い出して、行政裁判を起してね。‥‥勝ち目はないって言われたけどね。‥‥ゆーちゃんは凄いよ。‥‥絶対勝てないはずの裁判に勝ってみせたんだから。‥‥父さんも刑務所に入らずに済んで、あたしも希美も、嬉しかったな」
『PEACE』の薄汚い天井を見上げて、圭織は懐かしそうに昔を思い起こしている。
「希美は‥‥今じゃ信じられないかもしれないけど‥‥その頃は、すごく人懐っこい子で、お客さんにもすごく可愛がられていたんだよ。‥‥本当に、楽しかったなぁ」
瞳から涙が一筋ス−っと流れ落ち、圭織は乱暴に上着の裾で頬を拭った。
「‥‥あれは‥‥裁判が結審してまもなくだった。‥‥あの判決を良く思わない人達は大勢居て。‥‥『PEACE』は色々あったけど。‥‥それでも親子三人、仲良く暮らしていたんだ。‥‥父さんが‥‥父さんが殺されるまでは‥‥」
圭織は苦しそうに顔を歪め、それでも、懸命に話を続けようとする。
「圭織、もういいよ」
紗耶香が幾分乱暴に圭織の肩を抱き寄せた。
「‥‥話したいの。話さなきゃいけないんだ」
圭織は首を横に振り、紗耶香の腕をやんわりと振り解く。
「‥‥圭織」
紗耶香は悲しそうに圭織を見つめた。
圭織は目を閉じて、一呼吸置くと、再び口を開いた。
- 273 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時11分04秒
「希美はその現場にいて。‥‥多分、希美の目の前で、焼き殺されたんだと思う。‥‥あたしは‥‥その時‥‥希美の傍にいてやれなかった。何もしてやれなかった。‥‥‥‥希美は‥‥『力』を暴走させたの。ゆーちゃんが希美の暴走を止めた。‥‥それから‥‥希美は心を閉ざしたの」
真里と圭は目を見開き、ただ圭織の言葉に耳を傾けている。
「‥‥『PEACE』を再建するかどうか、悩んだけど‥‥あたしは再建の道を選んだ。‥‥あたしも、父さんと同じく、全ての『民』の共存を願っているから。‥‥それは、ゆーちゃんも一緒」
そう言うと、圭織は寂しげに微笑んだ。
「あたしも一緒だよ」
紗耶香がぎゅうと圭織の手を握り締める。
- 274 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時11分46秒
「‥‥全ての『民』の共存を願っているって言ったよね」
じっと黙って圭織の話を聞いていた圭が口を開いた。
「うん」
深深と圭織が頷く。
「それなら‥‥『民』を越えた、恋愛関係については、どう思っているの?」
圭は大きな瞳を挑戦的に煌かせた。
「‥‥あたしは応援する」
きっぱりと圭織が答える。
「大事な人でも?」
「‥‥大事な人だからこそ、応援したい」
「『神々の印』を失うんだよ?」
普段より低いドスのきいた声で、圭が問いかける。
「‥‥‥」
圭織はぐっと息をのんだ。
「それでも、応援できる?」
「‥‥それが‥‥その人の選んだ道なら」
圭の真っ直ぐな視線を、圭織は正面から受け止めた。
- 275 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時12分28秒
「‥‥紗耶香は?」
圭はふいっと圭織から視線をそらし、二人の問答をオロオロと困ったように見つめていた紗耶香に移した。
「あ、あたし?‥‥あたしは‥‥わからないよ。‥‥その時にならないと、わからない」
紗耶香は困ったという風にガリガリと頭をかいた。
「あたしは、絶対、反対。大事な人が密猟者に追われる生活をするなんて、考えるだけでもぞっとする。そんなこと考えたくもない。もしも‥‥」
圭はぐっと唇を噛み締めた。
「もしも?」
紗耶香が訝しげに圭の顔を覗きこむ。
「‥‥ゴメン。‥‥何でもない」
ため息をついて、圭は目を伏せた。
「変な、圭ちゃん。‥‥矢口は?」
紗耶香は邪気のない笑顔を真里に向ける。
「え‥‥」
圭織、圭、紗耶香の三人問答の間、終始俯いていた真里は、紗耶香に声をかけられ、戸惑ったように顔を上げた。
「話聞いてなかったのかぁ?‥‥『民』を越えた恋愛関係について、どう思うかって話」
紗耶香が笑いながら、テーブル越しに真里の額を軽く小突いた。
『グラリ』と揺れる、真里の体。
そのまま、テーブルの上に崩れ落ちる。
「矢口!?」
『PEACE』店内に紗耶香の大きな叫び声が響いた。
- 276 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時13分03秒
――― ―――
「‥‥気がついた?」
圭織の優しい瞳が真里を見つめている。
「‥‥‥」
真里は自分の置かれている状況がわからず、目をキョロキョロと動かし、辺りを見渡した。
見覚えのない家具の並ぶ部屋。
そして、真里自身は柔らかい布団の中だ。
「『PEACE』の二階よ。‥‥いきなり倒れたから、びっくりしたよ。圭ちゃんも紗耶香もオロオロしちゃって、全然使いものにならないの。仕方ないから、店はあの二人に任せて、圭織がココまで担いできた」
圭織がクスクス笑いながら告げる。
「‥‥ごめん」
真里はバツが悪そうにモソモソと布団から上半身を起こした。
- 277 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時13分46秒
「‥‥そんなに、つらい話だった?」
圭織がサラサラと流れる真里の金色の髪を撫でつける。
「え?」
「ゆーちゃんの話」
「‥‥っ‥‥」
思わず真里は息をのんだ。
圭織は真里に頷くと、優しく微笑みかけた。
――知っている。
圭織は知っているんだ。
あたしの、気持ちを。
- 278 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月11日(月)01時14分27秒
「‥‥あたしは‥‥そういうわけだから」
「‥‥うん」
「紗耶香のアホは、全然気づいてないみたいだし。まぁ、あのアホさかげんに救われることは多いけど」
「‥‥うん」
「圭ちゃんは、圭ちゃんで、矢口のこと、大切に思ってくれているみたいだし」
「‥‥うん」
「ゆーちゃんは‥‥ゆーちゃんは‥‥どうなんだろうね。‥‥圭織にもわからないや」
「‥‥うん」
色々、考えるんだよ。
家族のこと、とか。友達のこと、とか。
『神々の印』とか。密猟者とか。
‥‥でもね。
最後は必ず、ゆーちゃんにたどり着くんだ。
どういう思考回路をしているのか、自分でもわからないけど。
どうしよう?
どうすればいいのかな?
真里の瞳に涙が溢れる。
体を丸めるようにして、真里は泣き出した。
「‥‥矢口」
圭織は子どもをあやすように、ポンポンと真里の背中を軽く叩いた。
「‥‥グスッ‥‥本当は‥‥泣きたくなんかないんだよぅ‥‥」
真里はイヤイヤする子どものように身をよじる。
「いいよ。泣いてもいいよ」
「ン‥‥ック‥‥泣きたくないっ‥‥」
「わかってる。‥‥わかってるよ。矢口」
圭織は泣いている真里の背中をさすり続けた。
少しでも、力になりたいと願いながら。
- 279 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月11日(月)01時17分15秒
- 更新しました。
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月11日(月)01時44分41秒
- 更新、ありがとうございます。
毎日、楽しみに覗いています。
更新されていると、コーヒーを用意し、一字一句をじっくりと噛みしめて読んでいます。
さらっと読むには勿体ない、私にとっては重厚な小説なんです。
しかし、更新されていく毎回の章(?)は、どれも無駄のない、
とてもきれいな文章ですよね。
物語が進むにつれ、楽しさも膨らんでいきます。
これからも楽しませてください。
- 281 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年03月11日(月)02時42分28秒
- だめだ、読む度に涙出てくる。
なんか…切なくて、美しくて…
- 282 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月11日(月)23時32分09秒
- 彼女達それぞれの想いがぶつかり合っていて、胸が締め付けられる思いです。
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月11日(月)23時58分31秒
- 言葉がありません。プロ?って感じです(w
- 284 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時17分53秒
――― ―――
感情の嵐がおさまり、だいぶ落ち着いてきたように見える真里に、圭織は一枚の皺のよった封筒を差し出した。
封筒の表には、カラフルな人気アニメのキャラクターが踊っている。
「‥‥昨日の夜、希美が書いたんだ。今日、一日中ずっと持っていたみたいだけど‥‥いざ渡すとなったら恥ずかしいみたいでさ。‥‥渡してくれって頼まれたの」
圭織は封筒を真里に手渡し、
「もう少し、ここで寝ていたらいいよ。‥‥あたしは、あの二人組の仕事の様子を見てくるから‥‥遊ばずに、ちゃんとやってりゃいいけどね」
と、肩をすくめて、おどけてみせた。
プッと、真里が吹き出したのを見て、圭織は安心したように微笑むと、店に戻るために階段を下りていく。
封筒の表書きには、少し歪んだ文字で『だいすきな矢口さんへ』と書いてあった。
圭織の足音が聞えなくなったのを確認して、真里は封筒の丁寧に糊付けされている部分を指で破って切り取る。
封筒の中には一枚の便箋が折りたたまれて入っていた。
震える指で、便箋を開く。
- 285 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時18分31秒
矢口さんへ
ののは矢口さんがすきです。
お姉ちゃんと同じくらいすきです。
矢口さんは、やさしいです。
のののかいた絵をほめてくれました。
矢口さんは、せっけんのいい匂いがします。
いつも、笑ってくれます。
やさしい声で話しかけてくれます。
ののの頭をなでてくれます。
ののの声に耳をかたむけてくれます。
ののは矢口さんとあえてよかったです。
ありがとうございます。
矢口さん、また、ののと遊んでくださいね。
のぞみ
- 286 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時19分06秒
希美の精一杯の気持ちの表れだろう。
手紙のつたない文章、いびつな文字のひとつひとつから、希美の笑顔――かつては『PEACE』を照らす太陽だったであろう――が垣間見えるようで、真里は胸をぎゅうっと鷲掴みにされたような気がした。
真里が泣き笑いの表情を浮かべる。
「こちらこそ、ありがとう、だよ」
真里は手紙を胸に抱きしめ、隣の部屋で眠りについているであろう希美に向かって呟いた。
のの、アンタは気づいてないけど、あたしはアンタから色々なものをもらっているんだよ。
優しい気持ち、とか。
あたたかい感情、とか。
その他にも、たくさん、たくさん。
『ポフッ』と、やわらかい音をたてて、真里は布団に体を沈めると、静かに瞳を閉じた。
- 287 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月12日(火)23時20分46秒
- のの編、終了。
次は、圭ちゃん。
- 288 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時21分43秒
――― ―――
『PEACE』からまっすぐ帰宅した圭は、玄関のドアを開けるなり、靴を脱ぎ捨て、いまいましげに肩に掛けていたカバンを床に叩きつけた。
勢いあまって片方の靴がリビングの床まで転がってしまったが、圭はまったく気にもとめなかった。
家族はもうすでに眠ってしまったのだろう。
圭のたてる物音に反応する気配はない。
失敗した。
まさか、矢口をあんなに追い詰める結果になってしまうなんて。
そんなつもりじゃなかったのに。
あたしはただ、矢口にあたしの気持ちを知ってもらいたかっただけだ。
矢口が気を失った原因は、間違いなく、『PEACE』での圭織と自分との問答だろう。
あの後、『PEACE』の片付けを圭と一緒にすることになった紗耶香は、何も気づかず、「どうしよう。あたしが強く押しちゃったのかな」などとトンチンカンなことを言っていた。
紗耶香の――あの、真っ直ぐな愚直さが羨ましい。
- 289 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時22分23秒
圭は玄関の冷たい壁に額を打ち付けた。
『ゴン』という低い音と共に、鈍い痛みが額から頭部全体へとジワジワ拡がっていく。
――あの時、あたしはちょうど六歳になったばかりで。
どうして、あんなに暗い路地を一人で歩いていたのだろう?
今となっては、まったく思い出せない。
かつて一度だけ見たことのある、『神々の印』を失った者の末路。
密猟者に狩られた哀れな屍。
思い出すのは――
虚空を見つめる焦点の合わない瞳。
道に流れ出て、どす黒く変色した液体。
そして、手首から切り取られた左手。
死体は――
死体は、小柄な女性だった。
運命を共にした片割れが、その後どういう人生を送ることになったのかはわからないが、恐らく似たような末路をたどったに違いない。
六歳のあたしはただ夢中で泣き叫ぶしかなかった。
‥‥もう忘れたと思っていたのに。
忘れたいと願っていたのに。
繰り返し、繰り返し、思い出す悪夢。
- 290 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時23分05秒
――思えば、あの雨の日、初めて『PEACE』を矢口と二人で訪ねた時から、嫌な予感がつきまとっていたんだ。
矢口と裕子は、初めからお互いを意識していた。
それは確かだ。
それが、いつから恋に変わったのか、あたしは知らない。
とにかく、気が付くと、矢口は裕子の姿を追いかけ、裕子は矢口を見つめていることが多くなった。
中澤裕子にはまっていく矢口を見るのは、つらかった。
奈落の底に落ちた者の末路を知っているから。
それから、あの日。
記憶に新しい矢口と裕子の姿。
口では「何でもない」と言いながら、矢口の様子は明らかにおかしかったし、何より、二人の口紅の色が混ざり合って、不思議な色合いに濡れていた。
矢口は確実に、中澤裕子、その人に惹かれている。
矢口をこのままにしておくわけにはいかない。
危険すぎる。
- 291 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時23分57秒
『民』を越えた恋愛。
『神々の印』を失ったもの。
その結果、密猟者に追われ、命を失うもの。
その人たちの中に矢口が連なるなんて、考えたくもなかった。
矢口が死ぬなんて。
殺されるなんて。
頭の中では、六歳の時見た死体が矢口ではないことぐらいわかっている。
しかしどうしても矢口と重なってしまう。
あの死体は――
- 292 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月12日(火)23時24分28秒
違う!
違う!!
あの死体は、矢口じゃない。
両手で頭を抱え、激しく首を横にふる。
圭は自分に言い聞かせた。
今なら、まだ間に合う。
「‥‥矢口‥‥お願いだから‥‥」
左手に輝く青い石を見つめ、圭は震える声で呟いた。
矢口、お願い。
馬鹿なことはしないで。
そうでなかったら、あたしは‥‥。
圭は唇を噛み締め、瞳を閉じると、小刻みに震える体を自分で抱きしめた。
- 293 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月12日(火)23時25分26秒
- 更新しました。
- 294 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月13日(水)00時59分07秒
- 圭ちゃんが、痛いくらいにヤグチとごっちんに対して、心配していた理由がわかりました。
浅はかにも、嫉妬だと思っていたのですが、「あっちゃん太郎」さんの深さを改めて感じます。
凄いです。
- 295 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月13日(水)03時32分35秒
- 圭ちゃんがその親友を心配して、そして後にはその教え子を危惧するようになるのには
他の人が知識としてだけ持っている事を、その目で見てしまった体験によるものなのですね。
またこの小説の奥行きの深さを感じられました。
- 296 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時36分30秒
――― ―――
目前の机の上には、吸い殻てんこもりの灰皿。
部屋中が白い煙が充満しており、非常に視界が悪い。
口に咥えているタバコを右手の親指と人差指の間にちんまりと挟んで、この白い部屋の持ち主、中澤裕子は、本日、数十回目のため息をついた。
ため息をつくたびに、幸せは逃げていくというけど、それは、本当の事かもしれない。
『PEACE』に行かなくなってから、というより、矢口の顔を見なくなってから、確実にため息の回数は増えていき、それと共に幸福感というものから遠ざかっているような気がする。
法廷での集中力も途切れがちだし、何よりも、仕事にかける意欲が薄れてきていた。
今だって、ただ無気力に、タバコの先の煙の行方をじぃっと目で追っているだけだ。
そして、裕子は、気がつくとまた矢口のことを考えている自分に気づいて、ため息をつく。
思考は馬鹿の一つ覚えのように、同じ所をグルグル回り続ける。
自分で、自分の感情をもてあましている。
こんな事は初めてで、だから、裕子はすこぶる機嫌が悪かった。
- 297 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時37分07秒
ニコチンに汚染され、血の巡りが悪くなった頭で考える。
あの子は、天使の顔をした悪魔に違いない。
ウチを底の見えない暗闇に引きずりこもうとしている。
だけど――そう簡単に落ちるわけにはいかない。
大丈夫。
大丈夫だ。
――これまでだって、様々な修羅場をくぐりぬけてきたのだから。
ウチは‥‥。
ウチは――理知的で賢明な人間のはずだ。
「‥‥先生、止めて下さいよ!」
専属秘書の焦った声で、自分の思索にふけっていた裕子は、強引に現実世界に引き戻された。
「‥‥あ?‥‥」
裕子の口はアホの証明のように、だらしなく半開きになっている。
「タバコの灰はちゃんと灰皿に入れて下さい」
両手に書類の束を抱え、ひっつめ髪に、ふちなしメガネ、ピシッとしたグレーのスーツに身を包んだキャリアウーマンが目元を吊り上げる。
- 298 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時37分47秒
「ああ‥‥スマン」
裕子はシュンと肩を縮こませ、すでに満員御礼の灰皿に指先に挟んだものを押し込んだ。
「どうしちまったんです?」
秘書は机の上の不様な灰皿と、陰鬱な表情の裕子をためつすがめつする。
「‥‥どうもせんよ」
居心地の悪い視線に、裕子はさらに身を竦ませた。
――どうも、この秘書は苦手だ。
何といっても、勘が鋭すぎる。
「嘘ばっかり。私はね、もう三年もずっと先生の傍にいるんですよ。最近の先生は明らかに変、です。‥‥何を考えているんです?」
「‥‥別に‥‥何も‥‥」
「何も考えずに、タバコを1日に4箱も5箱もボケ−っと吹かしているんですか?」
「‥‥‥」
反論できるわけがない。
自分がオカシイということは、百も承知、だ。
「ここ一ヶ月で、一体全体、何箱吸っているんですか?‥‥喫煙者よりも、傍にいる人の方が発ガン率が高いんですよ。まったく‥‥」
「‥‥スマン」
裕子の頭の中には、謝罪の言葉しか浮かんでこなかった。
「先生、あたしは心配しているんですよ。‥‥最近じゃ法廷でもボーっとしているらしいじゃないですか」
「‥‥‥‥」
裕子は無言のままクルリと椅子を半回転させ、秘書に背中を向けた。
裕子の瞳は目前の窓ガラスを通した風景をを映し出している。
ガラスをすり抜けた階下では、サラリーマンや学生、OLが忙しそうに通りを早足で歩いていく。
しかし、いつもと変わらない活気に満ちた日常の景色さえ、今の裕子には何の意味も持たなかった。
- 299 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時38分19秒
「恋、ですか?」
「‥‥‥んなわけ、ないやろ。‥‥そんなにウブちゃうわ」
裕子は肩を落とし、力のこもらない言葉を呟く。
「‥‥そうですか?‥‥そうですよね。そんなわけないですよね。若い頃ならともかく‥‥」
秘書は裕子の言葉に納得いかない様子ではあったが、あえて反論するようなことはなかった。
しかし、裕子は秘書からの疑いに満ちた視線が、自分に注がれているのを背中に感じていた。
「よっこらしょ‥‥と」
掛け声と共に裕子は勢いよく椅子から立ち上がった。
背伸びをして、秘書を振り返ると、口元を歪めて、ニヤリと秘書に笑いかける。
「‥‥どうしました?」
「何やクサクサするから、早退するわ」
「え?」
「こんなトコに篭ってても良いことあらへん。パーっとハジケテ遊ぶにかぎるわ。‥‥約束は全部キャンセルな。いいわけは適当に頼むわ。‥‥明日の予定もキャンセルな。‥‥多分、二日酔いで、使い物にならんはずやから。‥‥ほな、よろしく」
足元に置いてあった、朝から手付かずのエルメスのバッグを肩にかける。
「ちょ‥‥先生」
秘書が何か言いかけようとするの待たずに、裕子は事務所の自室を飛び出した。
- 300 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時39分19秒
――― ―――
勢いに任せて事務所を飛び出したものの、矢口がいるかもしれないので、『PEACE』に向かうわけにもいかない。
ここ数年、『PEACE』一筋だったから、それ以外の店のことはよくわからなかった。
久しぶりに、繁華街のネオンの中に溺れて流されてみるのもいいかもしれない。
そう考えながら通りを闊歩する裕子の視界に、見覚えのある赤いバンダナの一団が入ってきた。
ご存知、『レッド』の青年団らしい若者が十数人たむろしている。
その中心には、少女がいるようだ。
‥‥またかい。
裕子は内心深いため息をつき、囲まれている少女をよく見ようと、『PEACE』との距離を縮める。
一団に囲まれている少女を見て、裕子の息は止まりそうになった。
‥‥嘘、やろ?
矢口‥‥だ。
小さな肩、細いうなじ。
揺れる、愛しい金髪。
『レッド』の青年の発する「中澤」という単語が耳に入る。
内容はよく聞き取れないが、以前、裕子が矢口を助けたことにより、矢口の顔が『レッド』に知れ渡っているのかもしれない。
いずれにしろ、「中澤」の名前が出てきただけで、危険信号だった。
- 301 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時39分57秒
考えるより先に体が動いて、裕子は気がつくと、『レッド』の輪の中に強引に割って入り、矢口の小さな体を自分の腕の中に引き寄せていた。
裕子の突然の登場により、『レッド』は少しばかり動揺した様子で、顔を見合し、そして――沈黙した。
裕子と『レッド』一団が無言で睨み合う。
「ウチの矢口に、何すんねん」
先に、口を開いたのは裕子だった。
「‥‥ウチの?‥‥あんたも、とことん変な女、だな。‥‥こんな『風』の小娘のどこがいいんだ?」
『レッド』青年団リーダーがズィッと前に進み出る。
裕子の腕の中の真里がピクリと体を揺らした。
安心させるように真里の体を抱きしめる腕に力を込め、裕子はギッと『レッド』青年団リーダーを睨みつけた。
「‥‥矢口を侮辱する気か」
「おっと‥‥。別にケンカを売ってるわけじゃない。‥‥俺はまだ死にたくないんでね。アンタの力は十分に知っている。‥‥あの夜、俺も現場にいたんだ。」
「‥‥‥」
「まあ、しいて言えば、好奇心かな?」
「‥‥どういう意味や」
- 302 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時40分34秒
「考えてもみなよ。あれだけ強大な『力』を持っているんだ。『特A』の『力』の持ち主で『特保』出身‥‥アンタはエリート中のエリートだろう?‥‥加えてその容姿‥‥望みさえすれば、大きな権力を握ることも可能かもしれないってのに。どうして好き好んで『PEACE』のおかしな連中や、こいつらとつるむんだ?」
「‥‥随分、詳しいんやね」
「‥‥俺は、アンタのファンだからな」
「‥‥ふ‥ん」
「さて、質問に答えてもらってないだけどな」
「答える義理はない」
裕子がそう答えることをある程度予測していたのか、青年団リーダーは口元を歪め、わざとらしく肩をすくめた。
「アンタ、コレが好きなのか?」
青年団リーダーが、裕子の腕の中の真里を指差す。
真里の体が再びピクリと揺れた。
「‥‥関係ないやろ」
低い威圧的な響きを持った言葉が裕子の薄い唇からこぼれだす。
「そりゃあ、そうだ」
裕子の返答が可笑しくてたまらないとでもいうように、青年団のリーダーは体を揺すって笑い出した。
- 303 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時41分09秒
――― ―――
真里の体を抱きしめ、四方に睨みを利かしていた裕子も、『レッド』の一団が視界に入らなくなると、ホッとしたように腕の力を緩めた。
「矢口、大丈夫か?」
「うん」
コクリと真里が裕子の腕の中で、首を縦に振る。
「そうか。‥‥学校はどうしたんや」
腕の中から真里を開放して、身を屈め、真里の顔を覗き込む。
真里は黙ったまま、ただ、じっと裕子の顔を見つめるだけだった。
無言で見つめられることに裕子が苦痛を感じ、モジモジと体を揺らし始めた頃、真里がやっと口を開いた。
「‥‥ゆーちゃん」
「‥‥何や」
「どうして、『PEACE』に来なくなったの?」
「‥‥仕事が忙しくてな」
真里の真摯な瞳から逃れるように、裕子は視線をそらす。
「あたしのせい?」
真里は視線をそらした裕子の両腕を掴み、縋りつくような体勢になった。
「‥‥そんなわけ、ない、やろ」
裕子は肩を落とし、力なく答える。
真里はグット息を飲み、それから、意を決したように、裕子にしがみついている指に力を込めた。
- 304 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時42分01秒
「‥‥ゆーちゃん‥‥あたし‥‥あたしね‥‥」
「‥‥アカン。それ以上言ったらアカン」
「何で?」
「世の中には、言わんでいいことが腐るほどあるんや」
「言いたい」
「アカン。ウチは聞きたくない」
裕子はしがみついている真里の腕を強引に振りほどき、一歩、また一歩とあとずさる。
裕子が一歩さがるたびに、真里は一歩前に出た。
二人の距離が変わることはない。
「‥‥ゆーちゃんは‥‥ズルイよ」
「‥‥大人はズルイもんや」
「どうしたらいいの?」
「そんなん‥‥知らんわ」
「大人のくせに」
「‥‥大人かて、知らんもんは知らないんや。‥‥どうしたらいいかなんて‥‥どうしたらいいかなんて、わかるわけないやろ」
裕子は一気にまくし立てると、肩で息をついて、俯いた。
――きっと、今の自分は、情けない顔をしているから。
- 305 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時42分39秒
「ゆーちゃん‥‥ゆーちゃん‥‥こっち向いてよ」
「‥‥矢口」
「ゆーちゃん‥‥泣かないで‥‥ゆーちゃん」
「‥‥あ?‥‥」
真里に言われて、裕子は自分が涙を流していることに初めて気づいた。
「‥‥ゆーちゃん‥‥会いたかった。会いたかったよ。‥‥ずっと会いたかった」
真里は裕子に抱きつき、その柔らかい胸に頬を摺り寄せる。
「‥‥矢口」
真里の金髪に鼻を埋めると、裕子の胸に真里に対する愛しさが溢れ出て、言葉を失った。
裕子の細い腕が真里の背中にまわされる。
「あたし、ゆーちゃんが好きだよ。‥‥ゆーちゃんが『火の民』で、あたしが『風の民』でも」
真里の涙が裕子の胸を静かに濡らしていく。
胸が痛む――苦しいほどの幸福感。
この子と一緒なら、地獄も楽しいかもしれない。
――そう、思っている自分がいた。
ウチはこの子に、完全に囚われている。
小さな体に宿る――美しい魂に。
ゆるぎない真っ直ぐな瞳に。
そして――いちずに愛の言葉を紡ぐ、濡れた唇に。
本当は、初めからわかっていた。
ただ、認めたくなかっただけだ。
出会ったときから、予感があった。
――全てを捨てることになるだろう、と。
- 306 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月16日(土)20時43分11秒
裕子は瞳を閉じ、深いため息をついた。
それから、自分にしがみついている真里の金髪を手で梳く。
裕子の細い指の間をサラサラと流れる髪に導かれるように、真里が顔を上げると、憑き物が落ちたように穏やかな顔で微笑む裕子がいた。
裕子はコツンと真里の額に、自分の額を合わせる。
「‥‥負けた」
「‥ゆー‥ちゃん」
「勝負にならんかったな」
「‥‥勝負?」
裕子は首を傾げる真里の唇に指を当て、その形をなぞるようにそっと撫でた。
真里の体がピクリと揺れる。
唇から頬に指先を移動さると、裕子はゆっくりと瞳を閉じ、真里の唇を塞いだ。
- 307 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月16日(土)20時44分58秒
- 更新しました。
これでひと山は越えたかな。
- 308 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月16日(土)22時46分47秒
- 止められない・・・誰にも、何にも、
そしておそらく神でさえも。
- 309 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月17日(日)02時55分15秒
- 本当の意味でやぐちゅーに辿り着きましたね(w
山は果てしなく続いて欲しいな(w
- 310 名前:読んでる人 投稿日:2002年03月17日(日)13時34分58秒
- なんかまだ、もうひと山かふた山ありそうですね。
この作品の世界では、全てを捨てる覚悟は出来ても、
全てを捨てるのは、そう簡単なコトじゃないだろうし・・・
ああ、続きが気になるっっ!!!
それにしても、『月の美しや外伝 豹と子狐の詩』といい『神々の印〜過去編〜』といい、
あっちゃん太郎さんの書くやぐちゅうは素晴らしすぎる!
- 311 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月18日(月)11時27分53秒
- ここにレスつける人たちって、他のところに比べても、
コメントの質高いよね。
これは、作者さんに対しての敬意の現れなんでしょうね。
- 312 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月19日(火)08時46分34秒
- というかここは適当なこと言えませんよ。
- 313 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月20日(水)00時32分05秒
- 確かに・・・。
- 314 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時40分54秒
――― ―――
真里をリビングのソファーに案内して、裕子は台所でコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
家族以外の人間を自分のマンションに入れるのはこれが初めてで、だから、ものすごく緊張する。
裕子は台所の冷たい床に突っ立って、コポコポと湯気をたてて落ちるコーヒーの滴をぼーっと眺めた。
――さて、これからどうしよう?
真里が同じ屋根の下にいる事実に頭がついていかない。
どこか現実感が沸いてこなかった。
できたての濃いコーヒーを、裕子はお気に入りの無骨なデザインの黒いマグカップになみなみと注いだ。
真里には黄色い花柄がデザインされたマグを選び、同じようにコーヒーを注ぐ。
「‥‥ゆーちゃんっぽい」
赤い革張りのソファーに浅く腰掛け、真里はマグカップを手渡す裕子にふわりと笑いかけた。
「どういう意味や?」
「ゆーちゃんの部屋だなぁって」
そう言って、本当に嬉しそうに笑う。
- 315 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時41分48秒
無防備に笑う真里を見ていると、裕子の背中にゾクゾクと電流が走りぬけた。
――矢口をこのまま押し倒して、自分のモノにしてしまいたい。
自分の凶暴なケモノが目を覚ますのを感じた。
――アカン。
絶対、アカン。
自分の中のケモノに言い聞かせる。
裕子はぎゅうと汗ばんだ手を握り締め、ごくりと唾を飲み込んだ。
喉を通る自分の唾液の音がやけに大きく聞こえる。
「ゆーちゃん?」
マグカップを手渡したまま、身動きひとつせず立ちつくしている裕子を、真里は不思議そうな顔で見つめた。
「‥‥何でもない」
裕子は苦笑すると、困ったというようにカリカリと頭をかいた。
それから、おもむろに、湯気の立つコーヒーができ上がるまでの間、台所でひとり考えていたことを口にする。
「‥‥矢口はベッドを使ってな。ウチはソファーで寝るから」
「あたしがソファーでいいよ。勝手に押しかけたんだもん」
「アカン。そんなにちっこいのに、ソファーから落っこちて、台所まで転がっていったらどないすんねん。風邪ひくやろ」
「そんなの、ゆーちゃんだって一緒じゃん」
「ウチはいいんや。可愛い矢口をそんな目にあわせられるかっちゅーねん」
「な、な、なに言ってんだよぉ」
裕子の茶目っ気一杯のセリフに、真里は顔を真っ赤にして、照れたように抱きついていたクッションを両手でポスポスと叩いた。
- 316 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時42分22秒
――― ―――
冷蔵庫に入っているあり合せのもので作った温かい野菜スープとくるみパンという質素な食事を、リビングの小さなテーブルで裕子と真里は向かい合って座って、目が合うと微笑み合い、優しい時間が流れるのを肌で感じながら夕食を食べた。
二人並んで狭い台所で夕食の後片付けをした後、真里はゆったりとソファーにくつろぎ、普段滅多に見ることのない『火の民』の週刊誌に目を通す。
しばらく夢中になってページをめくっていると、頭の上にあたたかいものが触れた。
顔を上げると裕子の笑顔がある。
真里の金髪を裕子の細い指先がゆっくりと梳きはじめた。
「面白いか?」
「うん」
「後で見たらええ。お風呂、入っておいで。その間にシーツ新しいのに変えておくから」
裕子はそう言うと、真里にバスタオルと新しい下着、赤いストライプのパジャマを差し出しす。
コクリと頷き、真里は名残惜しそうに雑誌のページを閉じた。
- 317 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時43分17秒
ベッドからしわの寄ったシーツを引き剥がし、パリッと糊の利いたシーツに敷き替える。
単調な作業は裕子を自己の内面を思索する作業に浸らせてくれた。
異なる『民』を愛し、愛されること――それはすなわち、『神々の印』を失うということだ。
それは同時に『神々の恩恵』と言われている特殊能力、『力』を失ってしまうことでもある。
左の手のひらに輝く『神々の印』こと、赤い石。
裕子がこの世の誕生するのと共に育った強大な『力』。
思えば、自分のこの強大な『力』――その気になればモノを一瞬で炭化させるほどのエネルギー――体の中で常に感じている。
これをコントロールする力を身につけるため、幼少の頃から『特保』の名のもとで、随分過酷な訓練をしてきたものだ。
時には、自分の強大な『力』に振り回されそうになり、この力を呪ったこともあった。
ウチは、これを、失うのだ。
おかん――その名を呟くたびに、涙が溢れそうになるのは何故なのだろうか。
ウチは、おかんを、失うのだ。
女手ひとつでウチと妹を育ててくれた。
言葉にできない苦労もあったに違いない。
欲しい言葉を、本当に必要なときにかけてくれる人だった。
ごめん。
ごめん、おかん。
ウチはホンマに親不孝モノやな。
- 318 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時44分03秒
みちよ――強大な『力』を持つ姉を持ち、ただ平凡であるがゆえに、姉に比較されて育った妹。
ウチは、家族を、失うのだ。
妹なりに、色々辛いこともあっただろう。
彼女の幸薄い感は、きっと、そこらあたりから漂ってくるに違いない。
幸せになって欲しい。
心から、そう願っている。
弁護士というやりがいのある仕事――誇りを持ってやってきた。
常に自らの良心に従い、被告人や被害者、検事、判事に接してきたつもりだ。
法律という同じ土俵の上で、しのぎを削り合ってきた同僚弁護士達。
ワイドショー好きの事務所の上司。
勘の鋭いひっつめ髪の秘書。
そして――『PEACE』で知り合った『民』を越えた友人たち。
ウチは、社会とのつながりを、失うのだ。
- 319 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時44分35秒
失うとわかったとたん、こんなにも輝いて見えるのは何故だろう?
ウチの周りには、こんなにも美しいものに満ち溢れていたというのに。
どうして、今まで、美しいその輝きに気づかなかった?
だけど、ウチはもう、わかってしまった。
その美しさの暗部に。
この社会の矛盾に。
見せかけだけの正義に。
愛し合った結果、『神々の印』を失い、社会規範からはじかれ、『密猟者』という名の殺し屋に命を狙われるという社会構造。
自分を――そして、矢口を密猟者から守りきることができるのだろうか?
『神々の印』を失った者の左手を、高値で売り買いする者。
『民』が違うというただそれだけの理由で、わかり合おうともせず、憎しみの炎を燃やす者。
- 320 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時45分40秒
‥‥『神々の印』
『神々の印』って一体何なんや?
何のためにあるんや?
何故、『火の神エウマイオス』、『風の神メントル』、『水の民メネラオス』は人々に自らの象徴たる印を載せたのだろう?
神への信仰はとっくに薄れ、神の起こした奇跡の多くは忘却の彼方に埋没してしまっているというのに。
残ったのは――形骸化された慣習――『互いの神は交わり干渉し合ってはならない』
それだけだ。
この世の中に、無意味なものなどない。
それがウチの基本理念だ。
だとしたら、ウチと矢口が出会った意味は何なのだろう?
全てを捨ててまで、惹かれあう意味は?
答えが出るときが来るのだろうか。
誰か、教えて欲しい。
そうでないと、不安で、恐ろしくて、今にも倒れてしまいそうだ。
- 321 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年03月21日(木)00時46分10秒
裕子は真新しいシーツの上に左手をつき、右手でぎゅうと胸のあたりを押さえる。
パリッと張ったシーツが、裕子の左手によってしわが描かれた。
きゅうっと心臓が痛んで、「うううぅ」と裕子は呻き声をあげる。
と、ふわりと優しい腕が裕子を包んだ。
顔を上げると、すぐ横に真里の優しい顔があった。
濡れ髪を額に張りつけたままの真里の身体からは、風呂あがりのほのかな石鹸の香りして、裕子は何故か泣きたくなった。
真里はふわりと微笑んで、裕子の額に口付ける。
「ゆーちゃん」
「‥‥矢口」
裕子は瞳をぎゅうっと閉じ、真里の身体にひしっと抱きついた。
「‥‥大丈夫だよ。ゆーちゃん‥‥矢口がずっと傍にいる。‥‥傍にいるから。‥‥だから、泣かないで」
矢口のあたたかなぬくもりが答えなのかもしれない。
沸き起こる愛おしさに、ほとんど気を失いそうになりながら、裕子はそう思った。
- 322 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年03月21日(木)00時48分43秒
- 別に、適当なこと書いてもいいと思うんだけどな。
感想なんだし。
リラックス。リラックス。
そんなこんなで、更新しました。
- 323 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月21日(木)01時05分17秒
- みちよの「幸薄い感」に、ちょっと笑ってしまいました。
みっちゃん、美人でいい娘なんだけどね。
- 324 名前:読んでる人 投稿日:2002年03月21日(木)10時02分57秒
- 「ケモノ」の心を持ってる裕ちゃんに、ちょっとワラタ。
まあ、誰でも持ち得る当たり前の感情なんだけどね。
- 325 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年03月22日(金)08時11分04秒
- ねーさんの心の葛藤がすごく伝わってきました。
矢口はどう考えているのでしょうか。
- 326 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月23日(土)08時58分01秒
- 神が与えし印にはもっと重要な意味があったろうに今はその形式が残るだけ・・・。
2人は失うだけなのだろうか、得られるものに気づかぬだけなのだろうか・・・。
- 327 名前:名無し読者で 投稿日:2002年03月24日(日)23時32分14秒
- すべてを捨てても誰かを手に入れたいという感情。
すごいね・・・・。
ここまで、読み応えのある小説は初めてです。
- 328 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時25分15秒
忘れるんじゃないよ。
捨てるんじゃないよ。
置いていくんじゃないよ。
あの人が欲しいだけ。
ただ、それだけなんだ。
- 329 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月03日(水)17時26分07秒
――― ―――
運命の歯車に導かれるように再会した後、最初の二日間は、トイレとお風呂に入る時以外、裕子と真里は片時も離れようとしなかった。
二人の間では、言葉さえも要らなかった。
ただ目を見合わして、微笑むだけで十分だった。
台所にあるわずかな食材を、二人で仲良く料理して、睡魔が訪れるとそろって眠りについた。
三日目の朝、濃いコーヒーを飲んだ裕子は、仕事に行ってくる、とスーツに着替え、出かける支度をはじめた。
前の晩、真里は裕子から、仕事を辞めるつもりであり、その残務整理のため出勤するということを聞いていた。
しかし、当日になると、何やら落ち着かない様子で、大きめのパジャマの裾を引きずりながら、ウロウロと、出かける支度にいそしむ裕子の後を追い続けている。
裕子はそんな真里を見て、苦笑いを浮かべながら、それでもどこか嬉しそうに真里のパジャマのズボンを折り曲げてやった。
- 330 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月03日(水)17時26分49秒
裕子はハイヒールを履くと、見送りのため玄関先まで出てきた真里にくるりと向き直り、バッグの中に手を突っ込んで何やらゴソゴソとあさりはじめた。
「矢口、コレ、渡しとくわ」
「何?」
「‥‥ココのスペアキーや」
「‥‥ゆーちゃん」
「ウチな、これから部長と会うつもりや。‥‥多分、これから当分、残務整理で帰りが遅くなると思うんや。‥‥矢口には、ずっとココにいて欲しいけど、そういう訳にもいかんやろ?せやからな‥‥」
「‥‥あたし、ココにいたい」
真里はきゅっと裕子のスーツの裾を握り締める。
「矢口」
真里の言葉に、裕子は驚いたように目を見開いた。
「ココにいたい」
真里は尚も同じ言葉を繰り返す。
裕子のスーツを握り締める手にも力が込められた。
「買い物に行きたくなるかもしれんやろ?‥‥せやからな、カギがないと困るかなぁ思うて、スペアキー渡すんよ」
「‥‥ゆーちゃん」
「‥‥もし、矢口が家に帰る言うても、もう帰さんで」
ゆ−ちゃん。
大好き。
ゆーちゃんに見つめられると、心が震えるよ。
そして、身体が熱くなる。
裕子は真里の顎に手をかけて、上を向かせると、静かに唇を寄せた。
「口紅ついてもーたな」
「‥‥いいよ」
「せやな」
そう呟くと、裕子は再び唇を近づけた。
- 331 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月03日(水)17時27分34秒
――― ―――
時は流れて、真里が裕子のもとに転がりこんで、もうすぐ三週間が過ぎようとしていた。
真里は裕子からきつく家に連絡を入れるようにと言われていることもあって、毎日一回は自宅に無事であるむねの連絡を入れていた。
その間、真里は裕子のベットを使わせてもらっている。
クイーンサイズの裕子のベッドは小柄な真里には大きすぎて、真里は裕子に何度か一緒に眠ろうと提案したが、裕子は頑として聞き入れようとしなかった。
先に起きているのは、決まって裕子の方だった。
真里が目を覚ますのを待っているかのように、枕もとで佇んでいることが多い。
そして、お互いに微笑み合い、口づけを交わす。
当初は口付けを交わすたびに真っ赤になっていた真里も、今ではだいぶ慣れてきた。
- 332 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月03日(水)17時28分43秒
「ゆーちゃん」
真里がベッドの中から、裕子に手を差し伸べる。
「ん?」
裕子は真里の手を軽く揉みほぐすように握った。
ゆっくりとした動きで身を起こすと、真里は裕子の顔を真剣な眼差しで見つめる。
「あのね‥‥」
「なん‥‥?」
「あたし、お父さんと会おうと思う」
「‥‥‥」
「ずっと、このままではいられないし‥‥」
「‥‥うん」
「今夜、会ってくる」
「‥‥‥」
真里の決意に満ちて引き締まった顔とは対照的に、裕子は唇を歪め、今にも泣き出してしまいそうな表情だ。
「ゆーちゃん、そんな顔しないで。‥‥必ず戻ってくるから。お父さんと会って‥‥そして、ココに帰ってくるから。‥‥そしたら、ずっと、ゆーちゃんの傍にいる」
真里はベッドの脇に立ちつくしている裕子の手を握り、自分の身体に引き寄せる。
抵抗することなく、裕子は真里の胸に顔を埋めた。
「‥‥矢口、好きやで」
裕子のくぐもった声が、真里の胸を震わせる。
「うん。矢口も‥‥大好き」
わかってる。
わかってるよ、ゆーちゃん。
ゆーちゃんの気持ちは痛いほど。
眼差しとか、言葉の端々に、あなたの気持ちが溢れ出しているから。
真里が裕子の髪を梳くと、裕子が深いため息をもらすのを感じた。
静かに、真里は裕子のその金色の髪に口付けた。
- 333 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時30分05秒
――― ―――
真里が玄関から家の中に入ると、家族が血相を変えて走り寄ってきた。
父親は仕事に行ってないのか、普段着のままだった。
両親共に、目に涙を浮かべている。
義妹の亜依は、モノも言わず、真里の身体にしがみついて泣き出した。
居間のソファーに、両脇は義母と亜依、真正面は父親という、家族に囲まれる形で座らされる。
とりあえず落ち着いて、と義母が出した熱い紅茶をいれてきたが、飲む者は誰もいなかった。
義母本人さえ、手をつけようとしない。
家族中が真里の顔をただ見つめるだけだった。
それでも、最初に口を開いたのは義母だった。
最近あまり寝ていないのか、義母の目の下には黒いくまができていた。
「‥‥ちゃんとご飯は食べていたの?」
「うん」
「ちゃんと寝てた?」
「うん」
「身体は大丈夫そうね」
「うん」
「‥‥心配したのよ」
「‥‥‥」
「今まで、どこで、何してたの?」
「‥‥‥」
言うべき言葉を何十回となく頭の中で練習してきたにも関わらず、真里の口からは凍りついてしまったかのように言葉が出てこない。
- 334 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時30分54秒
「言えないようなところに行ってたのか?」
しびれを切らしたように、父親が口を開いた。
「‥‥ごめんなさい」
絞り出すように、真里は言葉を紡いだ。
「ごめんなさいじゃ、わからない」
父親はイラついたように肩を振るわせた。
亜依はもうすでに泣き出していて、グスグスッという亜依の泣きじゃくる声が聞える。
「‥‥あたし‥‥好きな人がいます」
「その人の所にいたの?」
「‥‥うん」
「‥‥どんなロクデナシなんだ。そいつは。未成年を家にも帰さず」
父親が怒りに任せて、テーブルを拳で叩いた。
その拍子に、紅茶のカップが倒れてしまい、熱い紅茶がこぼれたが、誰もそんなことに構っている余裕はなかった。
「‥‥あたしが帰らないって言ったの」
「真里っ」
父親が再びテーブルを力任せに叩いた。
「真里ちゃん‥‥その人は‥‥どんな人なの?」
「‥‥‥」
「これから、どうしたいの?」
怒りを露にする父親とは対照的に、義母は何とか落ちつこうと努力している。
- 335 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時32分01秒
「お父さん、お義母さん、ごめんなさい。‥‥あたし‥‥あの人が好きなの」
「好きなのはわかったから‥‥」
「この家を出ます」
真里がそう言ったとたん、『ヒュッ』という風の音と共に、居間のカーテンがザックリと断ち切られた。
亜依が無意識のうちに『力』を発動させてしまった。
「嫌や。嫌や。ねーちゃんっ」
亜依は泣きじゃくり、地団駄踏みながら、そう叫んでいる。
「‥‥何言って‥‥」
義母は言葉に詰まり、真里の顔を見つめた。
「その方がいいと思うから」
「何、勝手なこと言ってるんだ。お前は、一人で大きくなったと思っているのか?‥‥お前の相手をココに連れて来い。その根性叩きなおしてやる」
「‥‥ごめんなさい」
「ごめんなさい、ばかり言うな。そいつをココに連れて来い。ココに呼べ」
「お父さん、ごめんなさい」
「あなた、少し落ち着いて。真里ちゃん、その人とお話したいんだけど」
「‥‥‥」
真里はぐっと顎を引いて、黙り込む。
「真里ちゃん、あなたはまだ高校生なのよ。学校を卒業してからでも遅くないんじゃない?まだまだ、若いんだから」
「‥‥駄目」
「ちょっと、お話したいだけよ」
「だって‥‥『火』の人だもん」
「‥‥今、何て言った?」
真里の言葉に、父親が低い唸り声を出す。
- 336 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時32分56秒
「『火の民』だって言ったの」
「‥‥何を言っているのか、わかっているのか?」
父親の両手は瘧にでも罹ったかのようにワナワナと震えている。
必死に自分を押さえているようだった。
「わかってる」
「わかっただと?‥‥何もわかっちゃいない。『火の民』だと?何を考えているんだ」
「‥‥あの人を愛してる」
「バカなことを言うんじゃない」
「愛してる」
「やめろ!」
父親の言葉と共に、『ビシッ』と居間の窓ガラスに亀裂が走った。
怒りのあまり、亜依に続いて、父親も思わず『力』を発動させてしまったようだ。
「お父さん」
「バカなことを‥‥他の『民』を愛してるだと?‥‥バカな‥‥バカな‥‥」
父親は頭を抱え、低い声でうめいた。
「どうなるのか、わかってるのか?『神々の印』を、この美しい輝きを失うんだぞ」
真里の左手を取り、手のひらに輝く緑の石を、真里に見せつける。
「わかってる」
真里も目を逸らすことなく、父親の眼光を正面から受け止めた。
- 337 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時33分34秒
「何も、わかっちゃいない。‥‥まだまだ、間に合う。お前はまだ『印』を失ってはいない」
父親は低い声で呟くと、真里の手を引っ張り、強引にソファーから立ち上がらせる。
「お父さん?」
「来い」
「痛いよ。やめて」
真里が悲鳴をあげるにも構わず、父親は二階にある真里の部屋に、小柄な真里の身体を引きずるように連れて行き、強引に部屋の中に押しこんだ。
「‥‥絶対に、外に出さないからな」
父親の目には涙が浮かんでいる。
部屋の扉を閉められ、ガチャガチャというカギのかかる音が聞えた。
今まで部屋の外ににカギは付いてなかったから、この家出の最中に取り付けられたんだろう。
「お父さん、開けてよ」
真里は無駄だとわかっていながら、扉を拳で叩いた。
「うるさい。そこで頭を冷やして、冷静に考えろ」
父親の声はかすれていて、それで真里は父親が男泣きに泣いているのがわかった。
- 338 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時34分14秒
――― ―――
静まりかえった部屋の床に座りこんで、真里はじっと、自分の左手の緑の石を見つめた。
‥‥『神々の印』
『頭を冷やして、冷静に考えろ』‥‥か。
‥‥考えたよ。
あの人に出会ってから、それこそ嫌になるくらい。
でも‥‥。
ガチャガチャとドアのカギの開けられる音がして、ややあって、亜依がサンドウィッチと紅茶のポットを盆にのせて入ってきた。
亜依が入ってくると共に、カギは再び閉められたのだろう。
ガチャガチャという音が聞えてきた。
「ねーちゃん。これ、おかんから」
亜依は盆を真里の座っている床の上に置き、真里の傍に自分も腰を降ろした。
「お父さんは?」
真里は努めて笑顔で尋ねた。
「‥‥めっちゃ怒ってる。‥‥相手の人、殺してやるって言ってるよ」
亜依は俯きかげんで、ボソボソと答える。
「‥‥‥」
「ウチも怒ってる」
「亜依」
「ねーちゃん、ウチらを捨てるん?」
顔を上げ、亜依は縋るような視線を真里に向ける。
「‥‥そんなんじゃないよ」
真里は亜依から視線を逸らし、ぐるりと自分の部屋を見渡した。
- 339 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時34分48秒
そうじゃない。
あたしは、ただ‥‥。
学習机、本棚、細々とした小物たち。
真里は壁に貼られた色とりどりのポストカードとピンナップ。
誕生日プレゼントのクマのぬいぐるみ。
落書きだらけの教科書。
友達と撮ったポラロイド写真。
お義母さんからもらったイアリング。
全て、全て、愛しいものばかり。
キラキラ輝いている。
大切な、大切な、宝物だ。
でも‥‥。
あたしは、もう、見つけてしまった。
あの人と出逢ってしまった。
- 340 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時35分24秒
ごめんなさい。
お父さん。
お母さんが死んだ時、初めて見た、お父さんの涙。
今日で、二回目だよ。
あたしが、泣かせたんだね。
ごめんなさい。
お義母さん。
お義母さんの作るコロッケ、好きだったなぁ。
お弁当も美味しかったなぁ。
初めて口紅つけてもらったとき、嬉しかったな。
亜依。
本当に、大切に想ってきたんだよ?
大切な妹、だから。
だから、泣かないで。
いつも、あなた達を想っているから。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
そして――さようなら。
- 341 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時36分38秒
真里は学習机に近寄り、愛しそうに机を撫でた。
それから、机に付属している椅子を持ち上げる。
「ねーちゃん!? 何する気なん?」
亜依が弾かれたように立ちあがった。
「ごめんね。あたし、行く」
「ねーちゃん!」
渾身の力を込めて、窓ガラスに椅子を叩きつける。
夜の闇を引き裂くような鋭い音と共に、ガラスが砕け散った。
真里は躊躇することなく、いまだ窓枠に残っているガラスの破片を、椅子の背もたれで払う。
パリパリとガラスの飛び散る硬質な音が部屋に響いた。
真里は窓から身を乗り出すと、階下へ身を投げ出した。
- 342 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時37分19秒
「ねーちゃん!」
亜依が引きつった悲鳴をあげる。
父親や義妹の亜依と違って、真里には爆発的な『力』は持っていない。
自分の好きな風を呼びこむのが関の山だった。
しかし、真里には確信があった。
『風』が守ってくれると。
その確信の通り、ふわりと、優しい『風』が落下する真里の身体を受け止めてくれた。
着地した真里が見上げると、割れた窓ガラスの隙間から、カギを開けて部屋に入ったのだろう、父親と義母が亜依と共に、真里を悲しげな表情で見つめていた。
「真里っ。行くんじゃない。‥‥行ったら、勘当だぞ。二度と家の敷居は跨がせないぞ。‥‥行くんじゃない」
「嫌や、嫌や、ねーちゃん」
「真里ちゃん、行っちゃダメ」
大きな声とガラスの割れる音で隣近所の明りがつきはじめた。
ここで目立つわけにはいかなかった。
「‥‥ごめんなさい」
真里は深深と頭を下げると、踵を返し、後を振り向かず夜の闇に向かって走り出した。
- 343 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時37分59秒
――― ―――
どのくらい走り続けたのだろう。
どこをどう走ったのか、まったくわからないうちに、気がつくと、真里は裕子のマンションの明かりが見える場所までたどり着いていた。
窓から飛び降りる時に切ってしまったのだろう、両手は血だらけだったし、飛び降りた時にガラスを踏んでしまったのだろう、素足も血まみれだった。
ホッとして、気が抜けてしまい、真里の瞳からはポロポロと涙がこぼれた。
痛む足を引きずるように、一歩、また一歩と、マンションに向かって歩みを進める。
- 344 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月03日(水)17時38分34秒
マンションの玄関先に佇む人影が、真里の姿を見て、駆け寄ってくる。
仕事から帰って、ずっと真里を待っていたのだろう。
スーツ姿の裕子だった。
「‥‥矢口」
裕子の両腕が血だらけの真里の身体を強く抱きしめる。
「‥‥ただいま」
真里の身体は裕子の腕の中で微かに震えていた。
「おかえり」
「‥‥ヒック‥‥ゆー‥ちゃん」
「おかえり、矢口」
裕子が真里の耳元で優しく囁く。
もう、離れない。
背中にまわされた裕子の腕の力を感じながら、真里は静かに瞳を閉じた。
- 345 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月03日(水)17時41分39秒
- 更新しました。
別れは、つらい、と。
- 346 名前:gattu 投稿日:2002年04月03日(水)17時44分15秒
- 感動だね
- 347 名前:名無し愛読者 投稿日:2002年04月03日(水)22時27分27秒
- 残務処理の仕事って1番イヤだな。
矢口が痛い。裕子も痛い。
障害があるほど燃えるっていうが・・・どうなのかな?
- 348 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月04日(木)10時24分21秒
- 今の生活捨てられる程魅力的なものってあるのか?
矢口…すごいよ…
- 349 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月04日(木)14時29分54秒
- 突然去っていく最愛の娘・・・、父も辛いなぁ。
- 350 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月04日(木)18時17分18秒
- ああ、読むたびに、この小説の世界に引きずり込まれる・・・。
そろそろ過去編も終わりですかね?
本編に戻っても、この2人には本当に幸せになって欲しいです。
矢口の家族、裕ちゃんの家族・・・
それぞれの家族から2人の交際が、心の底から祝福される日が来るといいなぁ〜
- 351 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時35分23秒
――― ―――
法律事務所を辞めるにあたって、裕子は理由を語ろうとはしなかった。
腕のいい弁護士が他の法律事務所から引き抜きのオファーがあることは、この業界では名誉なことだと考えられていたし、またそういうことも多かったため、事務所の仕事仲間達は強いて裕子に辞める理由を問いただそうとしなかった。
「中澤、本当に残念だ。‥‥しかし、ココより待遇のいい事務所って、他にあるのか?ココはトップクラスの条件だと思うけど‥‥まあ‥‥気が変わったらいつでも戻ってこいよ。お前みたいな腕のいい使える弁護士は大歓迎だからな」
主任は汗ばんだ額をハンカチで拭き拭き、しみじみとした口調で言葉を紡ぐ。
「‥‥ありがとうございます」
裕子は心からの尊敬の念を込めて頭を垂れた。
弁護士中澤裕子は、この人に育てられてきたようなものだ。
未熟で、そのくせ自尊心は人一倍強い、鼻持ちならない新人であっただろう自分を根気よく一人前にしてくれた。
- 352 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時35分55秒
「しかし‥‥時が経つのは早いなー。お前に、俺の机を焦がされたのが、つい昨日のことみたいだけどな。‥‥色々なことがあったな」
主任は裕子の研修生時代の失敗談を楽しそうに思い出している。
「‥‥主任」
「‥‥何だかんだ言って、お前には期待してるんだ。‥‥お前は、信念を持って行動してる。そんな弁護士は少ないからな。‥‥元気でな」
「‥‥はい」
「さてと‥‥俺がお前を独占してると、他のヤツに睨まれるからな。‥‥お前との別れを惜しんでいるヤツが腐るほどいる」
そう言うと、主任は大袈裟に肩をすくめ、主任室のドアのノブを回した。
『パンッパンッ』というクラッカーの音と共に、同じ法律事務所に働く同僚達が
どっと人が入ってくる。
クラッカーから飛び出した、色とりどりのリボンが裕子の頭上に降り注いだ。
「元気でな。中澤」
「寂しくなるな」
「俺のこと忘れるなよ」
皆それぞれ、別れの言葉を口にする。
「‥‥先生、お元気で」
裕子付きの秘書が泣き笑いの表情で、真っ白なバラの花束を裕子に差し出した。
「ありがとう。アンタも元気でな」
覚悟を決めてきたとはいえ、共に歩んだ仲間達との別れは寂しいものだ。
裕子は微笑みながら花束を受け取り、裕子に拍手を送る仲間達に万感の想いを込めて、深深と頭を下げた。
――しかも――今日は、もう一つ決着をつけなければならない。
決断の時が迫っていた。
- 353 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時36分36秒
――― ―――
「‥‥何やの?」
玄関のドアを開けたとたん、にゅっと目の前に白いバラの花束を差し出されて、みちよは呆けたように呟いた。
「いい女が花束しょって現れたんやで、他に言うことあるやろ?」
裕子はみちよの驚いた顔を見て、満足げに、にんまりと笑う。
「‥‥ねーさん」
「久しぶりやな」
裕子は花束をみちよに手渡し、ずかずかと家の中に入った。
「裕子、アンタの方から来るなんて、珍しいわな。花束なんか持って、何かあったん?」
応接間のソファーに座ったまま、おかんは皮肉げに口元を歪めて笑う。
「いいコーヒーが手に入ったんよ。‥‥おかんにも飲ましてやりたいなぁ思ってな。」
裕子は右手を持ち上げて、左手に握られた小さな紙袋を見せた。
「‥‥ふーん‥‥わざわざ、ご苦労さんやな」
おかんは大きなあくびをひとつすると、涙目で裕子を見つめた。
裕子は台所で一人、コーヒーメーカーからコーヒーの滴がポタポタ落ちるのを身動きひとつせず、黙って眺めていた。
それから、おかんとみちよ、それぞれの専用のマグカップにコーヒーを注ぐ。自分の分はは来客用のコーヒーカップに注いだ。
応接間のソファーに座り、裕子、おかん、みちよの三人は、しばし無言で裕子のいれた濃いコーヒーを飲んだ。
- 354 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時37分12秒
「おかん‥‥しわが増えたな」
裕子は向かい合って座っているおかんの顔をまじまじと見つめ、小さな声で呟く。
「失礼な子やな。ウチは年より十歳は若く見られるねんで」
おかんはぐびぐびと勢いよくコーヒーを飲み干した。
その様子をじっと裕子は見つめている。
「‥‥‥いいコーヒーやねー。アンタがわざわざ買ってくるだけのことはあるわ。‥‥で、何やの?」
おかんは小さく笑い、裕子の目を見つめ返した。
「‥‥何が?」
「何か言いたいこと、あって、来たんちゃうの?」
「‥‥‥」
裕子はぐっと息を飲み、きゅっと唇を噛む。
愛用のバッグから封筒を取り出し、おかんの目の前に差し出した。
「‥‥これ」
「何や?」
「‥‥ウチ、事務所辞めたんや。その退職金。‥‥使ってや」
「そら、おおきに‥‥なんて言うかいな。‥‥アンタの金やろ。好きに使ったらええ。ウチがもらうわけにはいかん」
おかんは一言も裕子に何故辞めたのかと問いただす事はしなかった。
しかし、裕子を見つめる視線には怒りが込められていて、それが裕子にはとても痛かった。
「‥‥半分はウチが持っとる。あと半分は‥‥おかんとみちよで使ってや」
「‥‥何度も同じこと言わせるんやない。アンタが汗水流して働いた金やろ。使うわけにはいかん」
「ウチは‥‥これぐらいしかできんから」
裕子は静かにテーブルの上に封筒を置いた。
- 355 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時37分48秒
「どういう意味や?」
おかんが低い、唸るような声で裕子を問い質す。
「‥‥‥」
「裕子。どういう意味やって、聞いてるんやで。しっかり答え!」
「おかん‥‥ウチは‥‥死んだ。‥‥そういう事にしといてや」
「‥‥言ってる意味がわからん」
「‥‥おかん‥‥ウチな‥‥見つけたんや‥‥とても大切な人を」
「‥‥‥」
「‥‥その人な‥‥その人‥‥『火の民』やなかった」
「‥っ‥‥裕子っ‥」
「その子は‥‥『風の民』やった」
裕子の言葉を聞くと、おかんはとっさに立ち上がり、裕子の両腕を掴んだ。
「ウチ‥‥その子を愛してる」
「‥‥許さん。許さんで。裕子」
「おかん」
「ウチは‥‥確かに‥‥早く恋人を作れと言った。‥‥急かしもした。‥‥けどな‥‥けど‥‥‥‥このアホたれが‥‥『火』やっていい人はぎょうさんおるやろうが!」
「ごめん。‥‥おかん」
「‥‥ごめんですんだら、警察はいらんのや。この親不孝モンが!」
おかんが『力』を発動させる。
おかんの掴んでいる裕子の腕がしだいに熱を帯びてきた。
裕子は無抵抗のまま、ただ、おかんの『力』を受け入れている。
『ジュッ』という肉の焼ける音と匂いが応接間を支配していた。
- 356 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時38分22秒
「‥っ‥おかん‥」
「‥‥あんた‥‥まだ‥‥『印』は残っとるな‥‥まだ‥‥まだ‥‥あ‥‥」
突然、おかんの口調があやしくなり、おかんは前のめりに崩れ落ちた。
「ごめん‥‥おかん」
おかんの身体を受けとめ、優しく抱きしめながら裕子が低い声で呟いた。
「‥‥ねーさんっ。おかんに何したんや」
おかんの隣に座って、硬直した状態で裕子とおかんの応酬を見つめていたみちよが、はっと我に返ったように立ち上がった。
「心配ない。コーヒーに睡眠薬を入れただけや。おかんがこういう反応することぐらい予想できたし。‥‥最後に一目会いたかったからな‥‥」
裕子はおかんの身体をソファーに横たえる。
「‥‥ねーさん‥‥火傷‥」
「‥‥こんくらい何でもないわ。‥‥おかんの方が‥‥もっと傷ついてる。‥‥」
裕子はみちよに弱々しく笑いかけた。
「みちよ」
「なん?」
「‥‥綺麗になったな」
「‥‥何言って‥‥」
「彼氏とは、上手くいってるんか?」
「‥‥うん」
「よかった。‥‥おかんをよろしく頼むわ」
「‥‥ねーさん」
「ウチは死んだんや。‥‥いいな。‥‥本当のことは誰にも言ったらアカンで。‥‥アンタの恋人にもな。‥‥わかってるな」
「‥‥‥」
みちよは俯いて、きゅっと唇を噛み締めた。
「みちよ‥‥今まで、ありがとな」
「もう‥‥会えんみたいな言いかたせんといて。‥‥また、会える。‥‥せやろ?」
「‥‥せやな」
裕子はみちよの身体を抱き寄せ、額に自分の額をコツンと合わせた。
- 357 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時39分03秒
――― ―――
「ゆーちゃん、遅かったね」
マンションのドアを開けると、真里がパタパタと足音を響かせて走ってくる。
「‥‥っ‥‥どう‥したの?」
真里は裕子の傷ついた両腕を見て、息をのんだ。
「‥‥矢口」
「誰にやられたの?」
「‥‥やぐちぃ」
裕子は真里の問いに答えず、ただ、真里の胸に顔を埋める。
真里は裕子の身体をかばうように優しく抱きとめた。
「‥‥ひどい火傷」
裕子の腕にはおかんの手形の生々しい火傷が残っている。
「‥‥こんくらい、平気や。『火の民』は皮膚が丈夫やからな。こんなん、2、3日したら治るわ」
「そんなの、わかんないじゃん。‥‥あんまり、心配かけさせないでよ」
そう言う真里の両手にも、しっかり白い包帯が巻かれていて痛々しい。
「‥‥ごめん」
裕子は真里の胸に頬を摺り寄せた。
- 358 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月08日(月)23時39分40秒
なぁ、矢口。
寂しいから、こんなに心が痛むんやろか。
悲しいから、こんなにもアンタを抱きしめたくなるんやろか。
アンタに対する、この愛しさは、一体どこから沸いてくるやろ?
なぁ、矢口。
ウチら、どこに向かってるんやろな。
ウチら、一体どこに辿り着くんやろ?
「‥‥あんなぁ‥‥」
「何?」
「考えてたんやけどな‥‥仕事も‥‥家族も‥‥」
「‥‥うん」
「‥‥一区切りついたことやし」
「‥‥うん」
「引っ越そうか」
「‥‥うん」
「家財道具全部売り払って、このマンションも引き払って‥‥どこか小さなアパートにでも二人で住もうか」
「‥‥うん。‥‥ゆーちゃんと一緒なら、どこでもいい」
真里は震える心と共に、裕子の身体をきつく抱きしめた。
- 359 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月08日(月)23時41分27秒
- 更新しました。
そろそろ過去編、終わりが見えてきました。
- 360 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月09日(火)10時37分55秒
- スレの残りの容量を考えるとレスを控えるべきかもしれないけど、一言。
ジーンと、くるね。
- 361 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月10日(水)19時19分22秒
- 泣いたよ。
- 362 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月13日(土)22時32分19秒
- 文章の訂正がひとつあります。
>>353
× 裕子は右手を持ち上げて、左手に握られた小さな紙袋を見せた。
↓
○ 裕子は右手を上げて、握られた小さな紙袋を見せた。
- 363 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時33分34秒
――― ―――
『ギギィイイ』
『PEACE』のドアが重々しく、軋んだ音をたてて開く。
テーブル席に圭と向かい合って座り、二人で何やら話しこんでいた紗耶香は、ドアのたてる大きな音とは対照的に、するりと滑りこむように店内に入ってきた人物を見て、はじかれたように立ち上がった。
「‥‥矢口‥っ‥どこ行ってたんだよー。‥‥心配させやがって。このやろう」
駆け寄り、首根っこを掴んで、小柄な真里の額にグリグリと自分の拳を押し付ける。
「‥‥‥って、ゆーちゃん!?」
真里の後ろから苦笑を浮かべながらゆっくりと登場した人物を見て、紗耶香は真里を羽交い締めにしたまま、素っ頓狂な声を出した。
「‥‥何で、二人一緒なの?‥‥それに、その包帯は何だよ。ケンカでもしたのかぁ?」
紗耶香は真里の身体を解放し、当惑したように、真里と裕子の顔を交互に見る。
真里の両手には真っ白な包帯が幾重にも巻かれていたし、一方、裕子の両腕にも十数センチにわたって白い包帯が巻かれていて、それが見る者に儚げな印象を与えていた。
「‥‥それは‥‥」
真里はためらうように目線をさまよわせた後、自分の背後に立つ裕子に救いを求めるような視線を向けた。
- 364 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時34分07秒
「矢口、アンタ、どういうつもり!?」
紗耶香には出遅れたものの、テーブル席から立ち上がっていた圭が、強引に真里の肩を掴んで身体を反転させ、自分の方に向かせる。
「‥‥圭ちゃん」
突然のことに真里は驚いたように目を丸くして、圭の顔をまじまじと見つめる。
しかし、圭がこういう行動に出るかもしれないということは、ある程度予測がついていたことも事実だった。
「‥‥まあまあ、圭ちゃんも、そんなケンカごしに話さなくても‥‥」
圭の剣幕に、紗耶香はためらいつつも、ソロソロと二人の間に分け入る。
「紗耶香は黙ってて」
圭は紗耶香を大きな瞳でギロリと睨みつけた。
「はい」
紗耶香は肩をすくめて、すごすごと退散し、少し離れた場所から圭と真里を所作なげに見つめている。
- 365 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時34分52秒
「矢口、アンタ、何も考えてないでしょう」
「‥‥考えたよ」
「どこが考えてるのよ。このバカ」
圭はイラついたように、右手の親指の爪を噛みはじめた。
「‥‥圭坊」
たまらず、真里の肩を抱くようにして、裕子が背後に立つ。
「ゆーちゃんは黙ってて。‥‥これは‥‥あたしと‥‥圭ちゃんの問題だから」
自分の肩に置かれた裕子の手をそっと振りほどき、真里はきっぱりとした口調でそう告げた。
裕子は真里の言葉を聞くと、諦めたというように、深いため息をついた。
それから、首を振りながら、カウンター席へと移動する。
カウンターの中から一部始終を黙って見つめていた圭織が、心得たというように、冷えたビールジョッキを裕子の前に置いた。
「矢口、バカな真似は止めて。‥‥家族はどうするの?‥‥学校は?‥‥もっと、自分を大切にしないと‥‥」
「学校はやめる。‥‥家族は‥‥この前、会ってきた。‥‥ちゃんと‥‥って言うか、ちゃんとでもないか‥‥さよなら、言ってきた」
「‥‥どういうこと?」
「今、ゆーちゃんのマンションに一緒に住んでいるんだ。あたし」
「‥‥矢口っ」
意識のうちに―――否、意識的か、圭が『力』を発動させた。
圭が叫ぶと同時に、『PEACE』内の全ての水分が入っている容器が吹っ飛んだ。
ビールジョッキ、酒ビン、水の入ったペットボトル、缶詰、その他もろもろ。
例外はなかった。
紗耶香はウワァと声をあげて仰け反り、圭織は弾け飛んだガラスのカケラを避けるように身を伏せた。
裕子は身動ぎひとつせず、カウンター席から、じっと真里と圭のやり取りを見つめている。
- 366 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時35分34秒
「‥‥好きなんだもん」
「このバカ。うすらトンカチ。アンポンタン。オタンコナス。‥‥アンタみたいなバカ見たことない。‥‥どうなるか知ってるの?‥‥殺されるんだよ!」
「アンタ‥‥『印』は?」
真里の左手は、白い包帯で覆われ、その手のひらに輝いているはずの『印』の姿を見ることはできない。
圭は真里の左手を掴み、その手に巻かれた包帯を解きにかかる。
「‥‥痛い、痛いよ。圭ちゃん」
圭の焦ったような乱暴な所作に真里は悲鳴をあげた。
それでも、圭が真里を掴んでいる腕の力をゆるめることはなかった。
「‥‥まだ、ある‥‥」
包帯を解いて、真里の左手に光る緑の石を確認して、圭は安堵のため息をもらす。
- 367 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時36分09秒
「‥‥仕方ないんだよ」
真里が顔を心もち俯かせながら、ポツリと呟いた。
「‥‥何が、仕方ないの?」
「‥圭‥」
「‥‥ふざけないで。何が、仕方ないの?」
「‥‥圭ちゃん」
真里は圭の目に宿る憤怒の念を見て、言葉をなくす。
「『神々の印』を失った者たちが、どんな殺され方をするか、知らないくせに!」
「‥‥圭ちゃん」
「ねえ、お願い、矢口。考え直して。‥‥あんなひどい死に方‥‥矢口の死体なんて見たくない。‥‥お願いよ。‥‥お願い‥‥お願‥い‥‥おね‥‥」
圭の両眼からは大きな涙が溢れ出し、ポタポタと真里の頬に落ちかかった。
.
「‥‥ごめん‥‥圭ちゃん‥‥矢口、もう、決めたんだ」
真里は圭の頬に両手を当て、背伸びをして、強引に、圭の視線と自分の視線とを合わせる。
―――これから辛いことを告げなければならない。
- 368 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時38分12秒
「裕子と生きるって」
真里の言葉に、圭はヒッと喉をならして押し黙り、両手で自分の身体を抱きしめるように、しゃがみこんでしまった。
「‥‥圭ちゃん」
「‥‥触らないで」
真里が圭の震える肩に触れると、圭の低い鋭い声が、二人の間の分厚い空気を切り裂いた。
「‥圭ちゃん」
「私に触れないで」
「‥‥そんな言い方って‥‥」
紗耶香がたしなめるように、おずおずと口を開く。
「‥‥会わなければ良かったのよ。‥‥あの日、会わなければ良かった。‥‥そしたら、アンタは、ただの『風の民』で‥‥あたしは‥‥アンタがどこで何をしようと、誰を好きになろうと、関係無かった。‥‥」
圭の言葉に、その場にいる全員が黙り込んだ。
「‥‥これから、あたしは‥‥毎日‥‥恐怖に戦きながら‥‥新聞を読む羽目になる。‥‥新聞に密猟者に狩られた‥‥『神々の印』を失った者の記事が載るたびに‥‥私は平穏ではいられなくなる。‥‥それが、矢口じゃないかって‥‥」
圭はゆっくりと立ち上がり、カウンターの中で静かに事の成り行きを見守っていた圭織に弱々しく微笑みかけた。
圭織も黙って微笑み返す。
「ごめん。‥‥圭織‥‥弁償する」
圭はカウンター内の無残に割れた酒ビンを指差した。
- 369 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時39分09秒
「いいよ。‥‥ゆーちゃんのせいでしょ。‥‥この人に請求するから」
圭織はカウンター席に座って、圭の姿を悲しげな目で追い続けている裕子を、顎でしゃくる。
「‥‥ありがとう‥‥ございました」
圭は深々と圭織に頭を垂れた。
「‥‥圭坊」
裕子に声をかけられ、圭は、この日はじめて、裕子とまともに視線を合わせた。
今まで意識的に、裕子の姿を視野に入れてなかったのだ。
裕子に声をかけられ、圭は何か言いたげに口を開きかけたが、結局、言葉にすることができずに、口をつぐむ。
踵を返し、早足で『PEACE』の古めかしいドアに歩み寄る。
それから圭は振り返り、目を細めて、『PEACE』店内を見渡した。
「‥‥矢口‥‥紗耶香‥‥元気でね‥‥」
身動きひとつせず、立ちつくす真里と紗耶香に、圭はぎこちなく微笑みかけた。
圭の微笑みは引きつっているように見えたが、それが今の圭にできる精一杯の笑顔だった。
「‥‥圭ちゃん」
真里は圭の名前を呼び、紗耶香は戸惑ったように口をパクパクと動かす。
「‥‥さようなら」
大きく軋んだ音をたてて、無常にもドアが閉じ、圭の後姿がドアの向こうに消えた。
- 370 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月13日(土)22時39分48秒
「‥‥またね‥‥またね、圭ちゃん」
もう姿の見えない人に向け、真里は必死に言葉を紡ぐ。
答えは返ってこなかった。
「‥‥圭ちゃん‥‥また、来るかな?」
真里が誰に問うでもなく、呟いた。
答えるものは誰もいない。
「‥‥ゆーちゃん」
真里はカウンター席の裕子に、身を投げ出すようにして抱きついた。
「わからん」
真里の金髪を撫でつけながら、裕子はポツリと呟く。
―――その場かぎりの気休めを口にできるわけがなかった。
「‥‥ヒッ‥‥ク‥‥ック‥‥」
「‥‥矢口」
肩を震わせて、嗚咽を堪える真里の髪に、裕子はそっと口付ける。
誰もが押し黙った『PEACE』店内に、真里のすすり泣く声がいつまでも響いていた。
- 371 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月13日(土)22時46分39秒
やぐちゅ−編、ここで終わり、というわけには話の展開上、イカンのだろうな‥‥やはり。
リクにもあった、詳細に描写希望‥‥ということで、書いてみたが‥‥萌えない、のですよ。これが。
このまま載せるか、修正するか、コトの後日談にすりかえるか、悩んでます。
‥‥とりあえず、次回更新予告。
『いしよし』編、『ゴトウ』編です。
※やぐちゅー編と違って、短いです。
- 372 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月13日(土)22時50分43秒
- おつかれさまです。
やぐちゅー編ここまでですか?イヤダイヤダ!!是非今あるものを載せてください。
いしよし ゴトウ も楽しみです。
やぐちゅー好きなんでやぐちゅーの再来にも期待します。
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月13日(土)23時11分05秒
- 更新お疲れさまです。後からでも良いので
矢口と裕ちゃんが印を失う瞬間を読んでみたいです。
いしよし、ゴトウ編も楽しみにしてます。
- 374 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月14日(日)16時54分35秒
- 自分も今あるヤツを希望します!
やぐちゅう編の次の展開も気になりますが、
次回のいしよし&ゴトウ編も楽しみです。
- 375 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月14日(日)23時07分51秒
- なんだか失ってばかりだ…
さらに“印”まで失うのか?
失った時…、その時をどんな思いで迎えたんだろうか…。
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月17日(水)00時44分37秒
- そう?
裕ちゃんも、ヤグチも大事なものを手に入れたんだよね。
過程は切ないけれど、ある意味、羨ましい。
- 377 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時15分47秒
――― ―――
ひとみは自分の家のソファーに座っていながら、何ともいえない居心地の悪さを感じていた。
部屋に漂う空気も何だか張り詰めている。
その理由は、隣に座っている石川梨華が、ひとみに身を寄せるように身体を預けているから。
最近、梨華ちゃんと微妙なんだよね。
学校にいる間も、帰り道も、家でくつろいでいる時でさえ‥‥。
会話が続かないというか。
彼女の視線が気になるというか。
ひとみはふぅ、と小さなため息をもらした。
「よっすぃ〜‥‥あたしと居てもつまらない?」
梨華はひとみに預けていた身体を真っ直ぐに伸ばすと、小さく震える声で尋ねる。
「な、何言ってるの梨華ちゃん、そんなわけないじゃん」
梨華の言葉に、ひとみが驚いたように目を見開いた。
「だって、さっきから、ため息ばっかりついてるし。‥‥最近、あたしのこと見てくれなくなったよね。誤魔化しても駄目だよ。‥‥あたしそんなに鈍感じゃないもの。‥‥よっすぃ〜‥‥何考えてるのかわからないよ」
俯きかげんの梨華の表情を窺い知ることはできなかったが、口調から、梨華がひどく傷ついていることがわかる。
- 378 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時16分19秒
それは‥‥何故か、わからないけど。‥‥梨華ちゃんのことをアホみたいに意識しすぎているからであって、決して、梨華ちゃんと居て、つまらないからとか、そういう理由ではないんだけど。
「‥‥梨華ちゃん、気のせいだよ」
説得力がない言葉ということは重々承知していても、時に、その他の言葉が思い浮かばないことは多々ある。
ひとみにとって、今がまさにその時だった。
「‥‥‥ごっちんとは普通に話しているくせに」
ぐっと悔しそうに息を呑み、梨華は恨めしそうな視線をひとみに向ける。
「へ!?‥‥ごっちん!?」
ひとみは素っ頓狂な声をあげ、目をパチパチと瞬かせ、梨華を見つめた。
梨華はひとみの視線に顔を赤くして、ふいっと顔をそむけた。
言葉もなく並んで座っている二人の間に、何とも気まずい空気の層ができあがった。
「の、喉渇いたねー。‥‥麦茶入れてくるね」
重たい空気に耐えきれなくなったひとみが、梨華の恨めしそうな視線を背中に感じながらも立ち上がった。
逃げるように台所に入り、冷蔵庫からよく冷えた麦茶のパックを取り出して、ガラスのコップに麦茶をなみなみと注いだ。
- 379 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時17分11秒
「梨華ちゃん」
「‥‥ありがとう」
ひとみの差し出したコップを受け取ろうとした梨華の手と、ひとみの手が微かに触れ合う。
それだけで、ひとみの心臓が『トクン』と音をたてた。
とたんに、『ピシッ』という音と共に、梨華の持つコップに亀裂が走り、チョロチョロと麦茶がこぼれだした。
「ご、ごめん。ごめんなさい」
ひとみは慌てて、タオルを取ろうと、焦ったように立ち上がる。
「よっすぃ〜、ゆっくりでいいよ」
「う、うん」
梨華はひとみの差し出したタオルを受け取らずに、そのままひとみの手首を自分の濡れてしまった箇所に導いた。
梨華の何気ない行為に、ひとみは身体を硬直させる。
梨華が掴んだままのひとみの手首もコチコチに固まって、まったく動こうとしない。
「よっすぃ〜?」
梨華は訝しげな声をあげた。
- 380 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時17分42秒
‥‥あぁ、駄目だ。
お願いだから、梨華ちゃん、あたしに触れないで。
そうじゃないと‥‥。
『ビシッ』という音と共に、テーブルの上に置いてあった、ひとみのコップにも亀裂が走り、チョロチョロと麦茶がこぼれ出す。
「よっすぃ〜、落ち着いて」
「‥‥無理だよ。梨華ちゃんがいるんだもん」
「‥‥あたし?」
戸惑ったように、梨華は首を傾げてひとみを見た。
「‥‥最近、梨華ちゃん見ると、変になるんだ」
「‥‥変、って?」
「‥‥落ち着かなくなるし。勝手に『力』が暴発するし。‥‥前から、コントロールするの苦手だったけど、特に最近、コントロールできないし」
「‥‥‥」
「梨華ちゃんのこと、見るだけで、何か、胸が息苦しいっていうか‥‥苦しくなるし。‥‥夜も眠れないし‥‥とにかく、変なんだ。変になっちゃうんだ。‥‥だから‥‥だからさ、梨華ちゃん、あたし達、少し離れてみたほうがいいんじゃないかな」
ひとみは一気にそうまくし立てると、崩れ落ちるようにして、ソファーに腰を降ろす。
- 381 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時18分15秒
「ねぇ、よっすぃ〜‥‥それってさ‥‥あたしのこと好きだって言ってるように聞こえるけど」
目を閉じてじっと考えこんでいた梨華は、目を開き、自分の両手でひとみの両手を包み込んで、静かな口調で話しはじめた。
「へ!?」
ひとみは素っ頓狂な声をあげる。
‥‥梨華ちゃんを好き?
あたしが?
「よっすぃ〜‥‥きっと、それは、慣れの問題だと思う」
梨華はひとみの耳元で優しく囁いた。
「慣れ?」
「そう‥‥試してみようか?」
「な、何を?」
- 382 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時18分46秒
梨華がゆっくりと、ひとみの顔に自分の顔を近づけていく。
ひとみは身動きひとつせず、その動きを見つめていた。
梨華のやわらかい唇が自分の唇に触れたとたん、ひとみの頭の中は真っ白になる。
「ほら、大丈夫でしょ?」
梨華の甘い声がひとみの耳元を優しくくすぐる。
「‥‥梨華ちゃん」
ひとみがかすれた声で梨華の名を呼んだ。
と、その二人のすぐ傍で『ドゴン』という鈍い大きな音がして、『ゴゴゴゴォォォ』と水が流れる音が響きはじめる。
家中が地震のように震えていた。
「ねぇ‥‥あの音ってさ‥‥」
「‥‥まさかねぇ‥‥」
ひとみと梨華は顔を見合わせた。
―――その後―――水道管を破裂させ、家中を水浸しにした、ひとみと梨華が互いの両親からこっぴどく怒られることとなったは言うまでもない。
- 383 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月20日(土)00時19分37秒
- いしよし編、終わり。
次、ゴトウ編。
- 384 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時20分42秒
――― ―――
「やっぱり、真希ちゃん、ここにいたんだ」
ゆうきは遊び場を見下ろす高台にある、大きな木の根元を覗き込んで、安心したようにため息をついた。
「帰り遅いからさ、心配したんだよ」
ゆうきは唇を尖らせて、拗ねたよな顔をして見せる。
真希はそんな弟に目もくれず、夜空に輝く真ん丸いお月様を睨みつけていた。
そんな頑なな真希の態度に、ゆうきはため息をつきつつも、真希の隣に腰を降ろす。
「何か、あった?」
「‥‥別に」
「ふーん」
ゆうきは頷くと、足元に生えている雑草をちぎって、空に投げた。
パラパラとちぎれた雑草が自分に降りかかるのを、払おうともせず、真希はひたすら夜空の月を睨みつけている。
真希の頬には幾すじか涙の流れた跡が残っていた。
- 385 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時21分29秒
真希は、何かあると、いつも決まって、この隠れ場所にこもってしまう。
きっと、また、友達に何か言われたのだろう。
気のいい友人も多いが、口の悪い輩も多い。
おおかた『力』のないことをからかわれたに違いない。
ゆうきは、そう見当をつけた。
「‥‥はぁ‥‥」
真希が深深とため息をつく。
「‥‥真希ちゃん‥‥月がきれいだね」
「‥‥ホットケーキみたい」
「真希ちゃん、お腹すいてるんだね」
「‥‥‥」
「お母さんが、クリームシチュー作ってたよ」
「‥‥‥」
「‥‥ホットケーキは、明日、僕が作ってあげるからさ。‥‥お家に帰ろう?」
「‥‥うん」
真希はゆっくりと立ちあがった。
ゆうきが差し出した手を素直に握り、肩を並べ、家路に向かって歩き出す。
- 386 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月20日(土)00時22分03秒
帰ろうか。お家に。
嫌なこといっぱい、いっぱいあるけど。
そんなこと気にしてたら、身がもたないよね。
明日は、きっと、いいことがあるかもしれないから。
繋いだ手のひらから伝わる、ゆうきの温かさを心地よく感じながら、真希は歩き続けた。
- 387 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年04月20日(土)00時24分51秒
- 短いですが、いしよし編、ゴトウ編、これにて終了です。
やぐちゅー編ですが、加筆して載せることにしました。
いい具合のトコロまで、このスレが下がってから、更新したいと思います。
- 388 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月20日(土)00時34分02秒
- やぐちゅー編、めっちゃ楽しみにまってます。
お考え直し、ありがとうございます。
- 389 名前:by 投稿日:2002年04月21日(日)11時38分34秒
- この小説いいですよ〜!
大好きですからこのまま続けてください!
- 390 名前:3105 投稿日:2002年04月21日(日)13時52分44秒
- 面白いです続きに期待しています。
- 391 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月21日(日)23時51分28秒
- つくづく自分はいしよし好きだなぁ〜。この純な感じがたまらん(w
まあ、この小説に関しては脇役で充分ですが。
やぐちゅー、たのしみにしています。
- 392 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月22日(月)19時09分06秒
- これ、楽しいです。
最近よみはじめたのですが・・・。
- 393 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月30日(火)20時45分50秒
- 更新、待ってます。
- 394 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時48分24秒
――― ―――
裕子と真里はマンションを引き払い、5階建て、築三十年のこじんまりとした、ニ間、流し、バス・トイレ付きのアパートに引っ越していた。
ニ間のうち、一つはベッドを入れて寝室に、もう一つはソファーを置いて、居間に使っている。
『PEACE』から歩いて三十分ほどのアパートは、人通りの少ない路地に面している割には治安が良く、何本かの街灯が立っており、夜中でも最上階の二人の部屋から路地裏の様子を窺うことができ、裕子が探していた条件にぴったりっだった。
圭織は裕子と真里に協力的であった。
自ら進んで、裕子と真里のアパートを借りる名義人になり、また、裕子の実家の様子を見に行ってくれたりもした。
裕子の母親は睡眠薬が切れて目覚めた後、裕子のマンションに駆けつけ、何もない部屋でただ一人、呆然と立ちつくしていたという。
実家の近所では、裕子の言いつけ通り、裕子は死んだというふれこみになっているようだ。
希美は真里が以前より頻繁に『PEACE』に顔を出すようになったことが、ただただ嬉しいといった風であった。
変わったところといえば、裕子を見る希美の目が少し優しくなってきたことであろうか。
- 395 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時49分50秒
紗耶香がこっそりと真里の近所の様子を窺ったところ、真里の両親は娘の行方を躍起になって探しているが、コトがコトだけに公に騒ぎ立てることもできずにいる様子だった。
圭は、あの夜以来、『PEACE』に顔を出すことはなかった。
『PEACE』に来る『水の民』の客からの情報によると、どうやら圭は無事に大学を卒業し、中等部の教員採用試験に合格したらしい。
それを聞いて、紗耶香は「当然だな」と腕を組んで偉そうに何度も頷き、真里は「よかった」と嬉しそうに笑った。
裕子は闇の何でも屋の仕事を見つけた。
仕事自体は弁護士時代に活用していた情報屋が紹介してくれたもので、借金の取立てから夜逃げの手助けまで、幅の広い仕事を請け負った。
単発で仕事が入り、収入は不安定であったが、その分、実入りがいい。
何より、誰も裕子の素性について聞きたがる者がいない、というのがありがたかった。
真里は裕子の前では、決して、自分の家族について触れることはなかったが、時には枕を涙で濡らす夜もあった。
- 396 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時50分31秒
裕子が仕事に出てから、1週間ほどの間、真里は引越しで散らかったアパートの整理をしていたが、ある日突然、帰宅した裕子に『占い師』になると宣言した。
その理由として、真里は元手がいらないこと、素性が問われないこと、資格が要らないことを挙げ、最後に、「矢口の勘は当たるんだよ!」と笑った。
渋る裕子をさて置き、真里は、その次の日、いかにも占い師といわんばかりの、漆黒のマントと手袋一式を購入していた。
「‥‥これ、ゆーちゃんの」
裕子に自分とお揃いの黒くツヤツヤ光る皮素材の手袋を差し出し、真里は挑戦的な瞳で裕子を見上る。
裕子は茫然自失といった表情で、その黒い革の手袋を受け取った。
- 397 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時51分05秒
――― ―――
全身黒い服で身を包んだ裕子は、完全に下ろした窓のブラインドの間に人差指を突っ込んで隙間を作り、階下の路地を睨みつけている。
アパートに引っ越してから、毎晩、裕子は神経質に窓の外を窺っていた。
まるで『密猟者』がそこに潜んでいるとでもいうように。
「‥‥どうかした?」
引っ越した折に新しく購入した黒いソファーに浅く腰掛け、大きめの緑のストライプのパジャマを身に着けた真里は、風呂あがりの濡れた髪をドライヤーで乾かす手を休め、静かな瞳で裕子を見つめる。
「‥‥いや」
裕子は曖昧に笑って、真里から視線をそらした。
「‥‥心配しなくても大丈夫だよ」
「‥‥矢口?」
妙に自信たっぷりな真里の口調に、裕子の瞳が戸惑いの色を濃くする。
訝しげな視線を真里に向けた。
「矢口が守るから」
「‥‥‥矢口は強いな」
ふー、とため息を吐き出し、裕子は真里の隣に腰をおろした。
- 398 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時51分51秒
「あたしが‥‥強くなるのは‥‥ゆーちゃんのため、だけだよ。‥‥ゆーちゃん」
「そうか。‥‥ウチのためか」
真里のまっすぐな瞳を受け、裕子は照れたように笑う。
「うん」
真里は裕子の肩に頭を乗せ、首筋に顔を埋め、甘い裕子の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「‥‥矢口」
裕子はくすぐったそうに首をすくめ、真里の未だ濡れて色を濃くしている金髪に唇を落とす。
「気持ちええなー」
真里にぴったりと寄り添い、裕子は静かに瞳を閉じた。
「ねぇ、ゆーちゃん」
「なん?」
「‥‥ん‥‥あのさ‥‥‥‥どうして‥‥矢口と一緒に寝ないの?」
ぎゅうっと拳を握り締め、ためらいながらも、真里が言葉を紡ぐ。
「‥‥あ?」
裕子は驚いたように目を見開き、真里に寄りかかっていた身体を起こした。
真里はどこか傷ついたような瞳で裕子を睨みつけている。
「毎日毎日、居間のソファーに寝てるのは何故かって聞いてんの!」
そう言うと、真里はキュッと唇をかみ締めて、俯いた。
「‥‥矢口」
裕子は小さく息を呑むと、俯いてしまった真里の身体を引き寄せ、腕の中に抱きしめる。
「矢口と寝たくない?」
真里の涙声が裕子の心に突き刺さった。
「そんなわけないやろ!」
真里を抱きしめている腕に力を込める。
- 399 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時52分43秒
「‥‥矢口、寝相いいよ? ゆーちゃんの布団取ったりしないよ?」
「‥‥そういうわけじゃないんよ‥‥」
「どーゆーわけさ?」
「‥‥っ‥‥」
裕子は言葉に詰まり、低いうなり声をあげた。
「‥‥後悔してるの?‥‥矢口と暮らしはじめたこと。家族と離れたこと。仕事を辞めたこと。それから‥‥」
「ちゃう!‥‥そやない‥‥ウチはただ‥‥」
「ただ?」
「‥‥‥‥何ちゅーか‥‥ためらいがあって。‥‥んー‥‥強いて言えば‥‥罪悪感かな‥‥」
「罪悪感?‥‥それは‥‥自分の『民』を裏切って‥いるっていう‥‥」
「ちゃう!‥‥ウチは‥‥『民』なんて区別、必要ないって思っているし、そうやってきた。‥‥そやなくて‥‥アンタに対する罪悪感や」
「あたし?」
「傍から見たらやでー‥‥いい大人がやなー‥‥10も年下のいたいけな少女をたぶらかしてやなー。‥‥自分の都合のいいようにしとるやろ?」
真里を見つめる裕子の瞳が、弱々しく瞬いた。
「‥‥矢口は、都合のいい女?」
「ちゃう!」
激しく首を振り、裕子は全身で否定の意を表現する。
「なら、いいじゃん。他の人は他の人、ゆーちゃんはゆーちゃん、でしょ?‥‥どう思われようが関係ないよ。‥‥ゆーちゃんにどう思われているかが、あたしにとっては一番大事だから」
真里はそう言うと、やわらかく笑い、裕子の背中に腕を回して、温かい胸に顔を埋めた。
裕子の体は緊張のため、小刻みに震えている。
- 400 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時53分37秒
「‥‥ゆーちゃんドキドキ‥‥いってるよ」
「当たり前やろ」
裕子は真里の身体を抱きしめる腕に力を込めた。
「‥‥嬉しい」
「‥‥矢口」
「矢口はゆーちゃんと寝たい。ゆーちゃんに抱かれたい。‥‥ゆーちゃんをもっと感じたい。‥‥ゆーちゃんは、どう思っているの?」
「‥‥ウチも‥‥ウチは‥‥矢口が欲しい」
「‥‥なら‥‥抱いてよ」
裕子はゆっくりと息を吸い込み、深呼吸を一つする。
それから、真里の耳元に口を寄せ、「ベッドに行こう」と囁いた。
- 401 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時54分20秒
――― ―――
スプリングの利いたベッドのシーツの上に、真里はゆっくりと身を沈める。
裕子は負担をかけないように気を使いながら、真里の腰の辺りをまたぐように膝をつき、
愛しい顔をじっと見つめた。
枕元のスタンドに照らされて、裕子が身動きするたびに、左手の赤い石がキラキラ輝く。
「‥‥きれい」
真里は、その輝きから目を離せずにいた。
裕子は、ふっと笑うと、真里の左手を取り、頬をすり寄せる。
そのまま、真里の緑に輝く石に口づけ、舌を這わせた。
「‥‥矢口もきれい、やで」
裕子の唾液に濡れて、石はキラキラと輝いた。
くすぐったそうに真里が目を細め、あいている右手を金髪の間に差し入れ、裕子の頭をかき抱く。
- 402 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時54分58秒
「‥‥矢口」
「‥‥キスしてよ」
裕子は真里の身体の上に覆いかぶさるように、顔を寄せ、頬に、額に、軽く口づけた。
唇を除く真里の顔のすみずみを裕子の舌が這い回る。
しかし、裕子は真里が唇を突き出すと、意地悪そうな微笑を浮かべて、すっと引いてしまった。
真里は唇で裕子の唇の感触を味わいたくてたまらない。
焦らすような裕子の動きに、真里は不満そうにうなり声をあげる。
「‥‥矢口」
なだめるように、裕子の舌が真里の唇の端をなめる。
夢中で真里が唇を突き出すと、裕子の唇が、それに応えた。
裕子は真里の唇をむさぼるように深く口づける。
二人の唇がぴったりと重なり合った。
深く舌を絡ませあい、お互いの口内を探りあう。
口づけを通して注ぎ込まれた裕子の唾液を、真里はコクコクと喉を鳴らして飲み込んだ。
- 403 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時55分34秒
パジャマの前ボタンを外しながら、裕子は真里の首筋に舌を這わせる。
反らされた首筋の筋肉の造形を楽しみながらも、ボタンを全て外し、胸元を開いた。
むき出しになった、真里の胸から目が離せない。
鎖骨に舌を這わせながら、小ぶりな胸のを手のひらで包み込む。
裕子は優しく真里の乳首を口に含んだ。
真里が未知の快感に、身体を振るわせた。
ゆっくりと円を描くように舌を動かし、口の中で乳首をころがす。
みるみるうちに薄桃色の乳首が、硬く、大きくなった。
「‥‥あっ‥‥ゆ‥‥ちゃんっ‥‥」
真里の口から快楽のうめき声が漏れ、身をよじる。
裕子はパジャマのズボンに手を入れ、真里の太ももを優しく何度も手のひらで撫でるように愛撫した。
真里の呼吸の幅が短くなり、腰を裕子の身体に押し付けるような動きを繰り返す。
裕子は真里のパジャマのズボンに手をかけ、ゆっくりと引き下ろした。
それから、自分が身に着けていた黒いTシャツとスラックスを荒々しく脱ぎ捨て、濡れた下着をベッド下に投げ捨てる。
- 404 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時56分23秒
-
「‥‥あぁ‥‥ん‥‥」
裕子が細い指を下着の薄い布の上から、そっとなぞりあげるように動かすと、真里は切ない吐息を漏らし、腰をうごめかせた。
愛しくて、愛しくて。
壊れてしまいそうだ。
いや―――もう、すでに、壊れているのかもしれない。
全ては、出会った瞬間から、始まっていた。
狂おしいほどの独占欲が、ウチの心を蝕んでいく。
アンタをこのままウチの腕の中に閉じ込めて、誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまいたい。
それでも―――アンタは笑ってくれるやろか?
濡れそぼった下着を引きずりおろし、真里の両足を掴んで、大きく開くと、裕子は跳ね上がる腰を両手で抱え込み、顔を寄せる。
その瞬間、指とは違う、柔らかな質感に、真里の背筋を、信じられないほどの心地よさが駆け抜けた。
舌の動きに合わせて、真里の腰が高々と突き上げられる。
裕子の舌が生み出す、その尋常ならぬ感覚に耐えようと、真里は両手でシーツを握り締めた。
- 405 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時56分54秒
もっと、感じて。
ウチを求めて。
しどけない身体を投げ出して。
もっと、乱れて。
可愛い喘ぎ声を聞かせて。
ウチの存在を心と身体に焼き付けて。
欲望をむき出しにして。
そしたら―――ウチも全てを見せてあげられる。
真里は頭を仰け反らせ、狂ったように左右に打ち振るっている。
きつく閉じられた瞼からは、涙が滲み出ていた。
「‥‥‥ああぁっぁぁ‥‥」
裕子が音を立てて吸いあげると、真里の腹が波打ち、激しく痙攣した。
激しくもだえていた身体から、急激に力が抜けていく。
裕子は抱えていた真里の腰をゆっくりと開放した。
「‥‥大丈夫‥‥か?」
まだ荒い息をついている真里を抱きしめて、裕子が耳元で優しく囁いた。
「‥‥うん」
真里は裕子の背中に腕を回して、抱きつくと、チロチロと舌を出して、裕子の肩を愛撫する。
- 406 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時57分26秒
「‥‥矢口‥‥ウチ‥‥限界や」
裕子は真里の耳たぶに吸い付きながらかすれた声で囁いた。
「‥‥ゆー‥‥ちゃん‥‥」
ぐったりと投げ出された真里の両足首を掴み、左右に広げ、自分の濡れた性器を真里のそれに押し付ける。
「‥‥あぁ‥‥やぐ‥ち‥‥」
「‥ゆぅ‥‥」
裕子の腰が左右にゆっくりと揺すられた瞬間、濡れて絡み合った互いの部分から、甘い痺れが沸き起こり、快楽中枢を駆け巡った。
真里は両手と両足を裕子の身体に絡みつかせ、恥骨を押し付け、すり合わせる。
「‥‥んっ‥‥‥‥」
裕子の抑えたような呼気が漏れる。
「‥‥ああぁぁ‥っあぁぁ‥‥‥‥」
「‥あ‥‥んんっ‥‥」
やがて、絶頂という名の大きな波が二人を飲み込み、絡み合った身体を激しく痙攣させ、二人は言葉もなくベッドに沈み込んだ。
- 407 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時58分04秒
――― ―――
「‥‥ん‥‥」
裕子はブラインドの隙間からもれる朝の光に、眩しそうに目を細めた。
「おはよう、ゆーちゃん」
真里はシーツを胸元まで引き上げ、上半身を起こし、いたずらっぽい目で裕子を見下ろしている。
「‥‥おはよー‥‥いつ起きたん?」
「さっき。‥‥ゆーちゃんの寝顔初めて見たよ。‥‥ほら、ゆーちゃん、いつも早起きでしょ。何か、嬉しい。得した気分」
真里はそう言うと、嬉しそうに笑った。
「‥‥ウチは、朝、苦手やねん」
裕子はすねたように唇を尖らせると、シーツの中に頭を潜りこませる。
「‥‥へ?‥‥矢口より早いじゃん」
真里はきょとんとした目で、シーツの丸まった人型を見つめた。
- 408 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時58分47秒
「朝は苦手なんや。けど、アンタが来てからは、毎日、早く目が覚めてな。アンタの寝顔が可愛かったーゆーのもあるんやけど。‥‥一番は‥‥怖かったんや。‥‥朝起きて、アンタが消えてないかって。都合のいい夢みてるだけ、ちゃうかって」
裕子は話している顔を見られたくないのか、シーツの中から出てこようとしない。
「‥‥ゆーちゃん‥‥あたしは、ここにいるよ」
真里はシーツごと裕子の細い身体をぎゅうっと抱きしめた。
「うん、うん、そやな」
くぐもった声と共に、裕子が腕の中で何度も頷くのを身体で感じる。
「もっと、矢口のこと、信用してよ」
「してるって」
「うそつき」
「ゆーちゃん、嘘はつきません」
「やっぱり、嘘つきだ」
「何やてー。そんな可愛いこと言う子には、こうしてやる!」
ガバッとシーツの中から身を起こすと、裕子は真里の上にのしかかり、脇の下をコチョコチョとくすぐった。
「ひゃぁ‥‥くすぐったいよ」
真里は身をよじって、何とか裕子の手から逃れようと、身体をばたつかせる。
- 409 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年04月30日(火)23時59分24秒
その拍子に、今まで掛布代わりに、二人の身体を覆っていたシーツがベッド下にすべり落ちてしまった。
昨夜の快楽の跡が生々しく残る全裸の身体。
今まで、甘い逢瀬の余韻を楽しんで、見ぬ振りをしていた現実が突きつけられる。
裕子の左手の石、真里の左手の石、その両方ともが、本来の色を失い、黒々と妖しい輝きをはなっていた。
「‥‥大好き」
真里は無言で石を見つめる裕子の素肌に、ぴったりと身を寄せ、その左手の石にそっと口づける。
「‥‥お揃いに‥なったな」
裕子は感慨深げに呟いた。
「‥‥うん。‥‥同じだ」
真里が神妙な顔で頷くと、裕子は小さく笑って、唇で真里の唇を塞いだ。
- 410 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年05月01日(水)00時00分01秒
「‥‥遺言状でも、書くか?」
「‥‥何、それ?」
口づけの余韻を楽しむ間もなく、無粋な言葉を口にした裕子を真里はキッと睨み付けた。
「大事なことやで。パートナーになったんやから」
真里の睨みをものともせず、至極真面目な口調で裕子は言葉を続ける。
「‥‥そう言われると、ロマンチックだけどさ‥‥」
「そうやろ?」
「でも、縁起でもないって感じ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
真里は拗ねたように、ふいっと視線を落とした。
「それってさぁ、もう、職業病だね」
ベッドから起き上がり、真里は床に落ちてしまったシーツを拾い上げる。
「‥‥きっついな‥‥矢口は」
裕子は苦笑いを浮かべ、真里を見つめた。
「‥‥ごめん」
真里は自分の不用意な一言を恥じるように、シーツをきゅっと握り締める。
「いや。‥‥多分、その通りなんやろな」
裕子は真里の腕を引っ張って、その小さな身体を引き寄せると、ベッドの上に押し倒した。
「‥‥ゆーちゃん」
真里は不安げな瞳で裕子を見つめている。
「‥‥好きや‥‥矢口」
裕子は微笑むと、何か言いたげな真里の唇を優しく塞いだ。
押し寄せてくる不安と、前途に待ち受けているであろう困難とを振り払うかのように、二人は何度も唇を重ね合わせ、きつく身体を抱き締め合った。
- 411 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年05月01日(水)00時08分11秒
- もう、本当にアホだな、自分。
せっかく下がるの待ってたのに、自分で上げちゃったよ。
これにて『神々の印〜過去編』は終了です。
当初の計画より、だいぶ長くなってしまいました。
実は、また、一ヶ月ほど、バックパック旅行に出かけます。
少し期間をあけてから、第3部のスレッドをたてたいと思います。
この暗く長い話を静かに読んでくれた方々、連載中レスしてくれた全ての人達へ。
ありがとうございました。
あなた達のおかげで、ここまで書き上げる事ができました。
それでは、また。
- 412 名前:393 投稿日:2002年05月01日(水)00時59分21秒
- 長い間お疲れさまでした。
名作、ですね。ほんとに。感動しました。
第3部も楽しみにしています。
- 413 名前:3105 投稿日:2002年05月01日(水)01時47分24秒
- お疲れ様でした。
お体に気をつけて旅を楽しんできて下さい。
一ヵ月後を楽しみに待っております。
- 414 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月01日(水)01時49分59秒
- 楽しませてくれて、どうもありがとうございました。
旅行、気をつけてくださいね。
もしものことがあったなら、
私(達)の財産がなくなってしまうようなものなんです。
自分にはない「あっちゃん太郎」さんの創造性は、
本当に大切なものです。
第3部を楽しみに待っています。
どうか、お体を大切に。
- 415 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月01日(水)22時06分49秒
- 過去編お疲れ様でした。
美しいやぐちゅ―をありがとうございます。
旅行気をつけてイッテラッサーイ!!
- 416 名前:やぐちゅー中毒者セーラム 投稿日:2002年05月02日(木)04時41分41秒
- ここのやぐちゅーを見て
感動しました。ありがとうございます
旅行、気を付けていってらっしゃい!
- 417 名前:読んでる人 投稿日:2002年05月02日(木)16時06分04秒
- 過去編、脱稿おつかれさまでした。
とても楽しく、そして感動させてもらいました。
第3部は、どのように展開していくのか・・・今からとても楽しみです。
では、旅行を充分に楽しんできてくださいね♪
- 418 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月03日(金)09時03分44秒
- このはなし好きですよ!なんか楽しいのでこれからも頑張ってください!
- 419 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年05月21日(火)14時55分09秒
- “過去編”連載お疲れ様でした。
そこに集まる一人一人の関わり方が丁寧に盛り込まれていて、
その上感動的で楽しませてもらって入ます。
第3部も期待をしてお待ち申し上げております。
- 420 名前:娘。 投稿日:2002年06月02日(日)17時38分11秒
- もうすぐ再開?
- 421 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月07日(金)19時48分28秒
- まだかなまだかな。
- 422 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月07日(金)20時31分14秒
- 一ヶ月は長いな(w
- 423 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月16日(日)20時45分03秒
- 作者がもうここの存在を忘れてるのかもしれないなぁ〜
- 424 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月28日(金)17時21分21秒
- 始まってんなら誰か誘導してくれりゃ良いのに。
今まで気付かなかったよ。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sea&thp=1024595158
- 425 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月29日(土)02時02分43秒
- >>424
さんくす。
誘導がなかったら、ずーーーーっとこのスレをチェックしてたよ(w
- 426 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年07月05日(金)22時52分48秒
- >>424
貼ってくれてありがとうございます。
本来なら私が貼るべきでした。
>>425
ごめんなさい。
反省しています。
- 427 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月08日(日)02時34分09秒
- 保全
- 428 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月08日(火)11時29分33秒
- 保全
- 429 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)23時01分30秒
- 保全
- 430 名前:nanasi 投稿日:2002年11月25日(月)05時38分00秒
- 保全する必要あるのか?
- 431 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月25日(月)21時54分32秒
- ある。
- 432 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月30日(土)14時50分39秒
- 前から気になってたんですけど
保全ってなんすか?
- 433 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時35分19秒
――― ―――
お昼休みの公園。
彩はハムサンドをぱくつきながら、流れてくる、ストリートバンドの音色に耳を傾けていた。
元々、音楽はジャンルを問わずに大好きで、この人里離れた研究所に就職が決まったとき、その寮の部屋の大きさを聞いて、そのあまりの狭さに、レコードコレクションの三分の二を、診療所を開いている伯父のもとに置いてきたものだ。
昼休みで賑わう公園の中では、穏やかな雰囲気にそぐわない、全身黒服、奇妙な化粧をした男性、『風の民』のストリートミュージシャンが5人、バンドを組んで演奏している。
ドラム、ベース、ツインギター、ボーカルで構成された、荒削りな印象を与えるロックバンドだ。
このバンド、昼間はストリート、夜はライブハウスと多忙に活躍しているらしい。
彩はこのバンドの演奏を聴くために、この公園で昼ご飯を食べるようになったといっても過言ではない。
この公園には、彼らのファンも大勢いて、お昼を食べながら耳を傾けている人の数は、なかなかの数になると、彩は踏んでいる。
- 434 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時35分59秒
広場を挟んで、丁度、彩の正面に位置するベンチに腰掛けている、あの少女だってきっとそうだ。
研究所の職員の娘さんなのか、いつも一人で、パンをかじっている。
ショートヘア、華奢な体型、黒いつぶらな瞳の可愛いらしい『火の民』の少女だ。
少女の左手のひらには赤い石が輝いている。
白い服を身に着けていることが多いので、彩は、勝手に、『こうさぎ』と名前をつけて呼んでいた。
医学部を卒業した彩の就職先は、研究所付属の病院だった。
そこで、外科医師として働いている。
研究所と隣接する病院では、研究所の臨床実験の依頼から、外来治療まで、幅広く手がけていた。
研究所は人里離れた辺鄙な場所に位置している。
研究所を中心に形作られた、この小さな街は、たった一つの下界へとつながるルートとなる出入り口で、厳しい身元チェックが行われていた。
これは、この研究所が、政府の機密機関に位置し、そのため、下界との連絡を極力避ける目的のためであった。
『火の民』、『風の民』、『水の民』合同による研究施設なため、それぞれの『民』が入り混じって研究を続けている。
研究所の周りには、研究員が退屈しないようにとの配慮から、遊戯施設、ショッピングモールも完備されていた。
家族のある研究員への配慮から、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高等学校も付属で建設されている。
彩も、初めの頃は、『風の民』以外の『民』がいる生活に慣れるまで、随分時間がかかったものだ。
とはいえ、この街では、全ての『民』が共存して、生活が営まれていた。
- 435 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時36分39秒
――― ―――
彩がそのパーティに出席することになったのは、偶然が重なってのことである。
そうでなければ、下っ端の彩に招待状など、来るわけもない。
半年に一回、開催される、研究所あげての相互交流会。
研究員だけではなく、研究室に付属している、全ての部署の相互交流会だ。
各部署から部長クラスが出席する、華々しい舞台だ。
その中では、色とりどりの名刺が行き来する。
もちろん、彩とは、何の関係もないはずの、交流会、のはずだった。
たまたま、上司の急病、同僚の冠婚葬祭が重なってしまい、その結果、彩に出席の鉢が回ってきたのだ。
黒いタイトなドレスに身を包んで、彩はパーティ会場に向かった。
出席してみると、当初の予想通り、偉そうな年配の方たちの社交所と化しており、彩は、後悔の念にとらわれた。
だから、嫌だったんだ。
場違いだよ。
あたし、鼻ピアスしてるしさ。
誰も、近づいてこないよ。
‥‥さっさと、飯を食うだけ食って、飲むだけ飲んで、退散してやる。
彩は、テーブルに移動すると、オードブルに手を伸ばした。
- 436 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時37分31秒
フォワグラ、キャビアを贅沢に使った前菜。
ローストダック。
ロブスター。
その他、色々、高級食材が惜しげもなく、ズラーっと並んでいる。
ある所には、あるもんだね。
彩は、高そうな赤ワインをグラスに注ぎ、飲み干した。
芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
ふと、バルコニーに目をやると、ぽつんと一人、オレンジジュースを飲んでいる少女を発見した。
いつも、公園で見かける『こうさぎ』だった。
「あー」
予想以上に大きな声が出た。
こうさぎは声に振り向き、そして、目を見開いた。
意を決したように唇をキュッと引き締め、こうさぎはトテトテと歩き出し、彩の真正面までやってきた。
彩と真正面から向かい合うと、こうさぎは、どういうわけか、俯いてしまった。
こうさぎが俯いているのを幸いに、まじまじと観察する。
きめの細かい色白の頬、つぶらな瞳、華奢な身体、見れば見るほど、こうさぎだった。
「こうさぎ」
彩は思わず、ぽつりと呟いてしまう。
「え?」
こうさぎは、きょとんと、彩を見上げた。
- 437 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時38分16秒
「いや、名前わからないから、勝手に『こうさぎ』って呼んでたんだ。ごめん」
「‥‥いえ、なっちも『ピアス』って呼んでましたから」
「え?」
「ごめんなさい」
こうさぎは、深々と頭を垂れた。
「いや、いいよ」
彩は照れくさそうに笑う。
「‥‥安倍なつみって言います」
なつみはニッコリ笑い、彩に右手を差し出した。
左手には、『火の民』の印である赤い石が輝いている。
「石黒彩です」
彩は差し出されたなつみの手と、かたい握手を交わした。
なつみの手は冷たく、そして、微かに震えていた。
それから、彩となつみは急速に仲良くなっていった。
お昼休みには、公園で、一緒にお昼を食べ、一緒にストリートバンドの音色に耳を傾ける。
なつみは研究所の中枢に食い込むほどのエリート研究員だった。
彩ですら、学生生活を十年近くスキップしたのだ。それを考えると、なつみは何年スキップしたのかわからない。
なつみが自分の研究内容について詳しく話を聞かせてくれることはなかったが、話の端々から推測するに、どうやら、DNA、ヒトゲノムの解析に携わっているということはわかった。
- 438 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時38分49秒
――― ―――
「急患です!」
ERから外科に運び込まれた人物を見て、彩は凍りついた。
あのストリートバンドのドラマーだった。
「どういう状況ですか?」
平静を装い、運んできたERのドクターに状況を説明してもらう。
「該者、『風の民』、男性、交通事故、左手損傷。患部を圧迫して現在は止血しています。石が完全に破壊されおり、左手切断手術が必要かと推測されます」
石が損傷されたり、あるいは破壊された場合、命を救うためには、左手を切断するのが通例となっていた。
カルテに書き込まれた文字を目で追う。
この時、初めて、自分より八つ年上のこの青年の名前を知った。
- 439 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時39分56秒
この左手を、切断するのか?
よりによって、この、あたしが?
彼のファンのこのあたしが?
「先生?」
看護婦が、ぼーっとしている彩の顔を不思議そうに見つめた。
「‥‥隣の手術室に提供者の遺体があったわよね」
「はい。心臓と腎臓を摘出されて、今は冷凍庫に寝ています」
「提供者カードを見せて」
「はい」
看護婦が戸棚からカルテを取り出し、彩に手渡す。
「『風の民』、体の部位を全て提供します、か。問題なし」
「その遺体を、手術室へ」
「‥‥石黒先生?」
看護婦は怪訝そうに、彩の顔を見つめた。
- 440 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時40分26秒
「ドナーの石を、この患者に移植します」
「な、何言ってるんですか」
「‥‥確証はないけど、多分、新しく『石』を移植したら‥‥この手を切断しなくてすむんじゃないかな」
「‥‥正気ですか?」
「確かに、左手の石‥‥『神々の印』の後部には神経線維の束が連なっていて、これが破壊された場合、重大な欠損がおきる。だから、その前に、切断するっていう考え方もわかるよ。‥‥でも‥‥」
彩はキュッ唇をかみ締めた。
「責任問題になりますよ」
「全て、私の責任よ。あなた達は、何も知らなかった。それでいいじゃない」
「‥っ‥先生‥」
看護婦の静止の声にも彩は振り向かなかった。
手術服に身を包み、手術室に向かう。
- 441 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時41分29秒
――― ―――
六時間後、手術は終わった。
術後の呼吸、心電図にも乱れは無かった。
この様子だと、あとニ、三時間もすれば、青年は麻酔から目覚めるだろう。
彩は手術服を脱ぎ捨てた。
初めて試みた手術に、疲労困憊していた。
今すぐ眠ってしまいたかった。
仮眠室のベッドに横たわると、彩は泥のように眠り込んだ。
二時間後、彩が目覚めると、上司の部屋に呼ばれた。
直接、手術内容を口頭で説明しろ、ということだった。
彩の説明を聞いた上司はから、上層部の正式な判断が決定するまで、外出禁止、寮で待機しろという厳命が下された。
彩は10日間、寮の部屋で、一人、レコードを聴いて過ごした。
上層部の決定は、退職勧告、ということだった。
この勧告には、今から、一週間以内にこの街から転出するように、という注意書きが添えられていた。
上層部は、そもそも、『石』の移植手術など存在しない、という見解を崩そうとはしなかった。
あの手術に立ち会った看護婦は、外科から他の部署に移されらしい。
ごめん、彩は、一人呟いた。
彩の処分に関する上層部の決定には、なつみが大きく関わってくれたようだ。
懲戒免職、医師免許剥奪という処分も検討されていたと聞く。
その中で、退職勧告、という決定は、かなり寛大な処分といえるだろう。
- 442 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時42分02秒
――― ―――
寮で荷物をまとめる彩をなつみが訪ねてきた。
「なっち、来てくれたんだ」
彩は衣類をダンボールに詰める作業の手を止めて、立ち上がる。
「‥‥彩っぺ」
「‥‥叔父さんがね、体調を崩しててね」
「うん」
「前から、ずっと、戻って来いって言われてたんだ」
「うん」
「叔父さんね、診療所を継がないかって言ってくれてるんだ」
「そう」
「だから‥‥ものは考えようだよ。‥‥いい機会になったと思う」
「‥‥そう」
なつみはキュッと唇をかみ締めた。
「なっち‥‥ごめん‥‥色々‥‥迷惑かけちゃって」
「迷惑なんかじゃない。なっちこそ、ごめん。力になれなかった」
「なっちは十分してくれたよ。‥‥ありがとう」
「‥‥寂しくなるべ」
なつみの瞳から涙が溢れ出した。
- 443 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時42分39秒
「うん‥‥寂しい」
「‥‥手紙書くよ。メールも出すよ」
「‥‥うん」
「なっちはここに居るから」
「‥‥うん」
「なっちね、いつか、何かわかるような気がするんだ」
「‥‥何を?」
「うーん。‥‥なっちにもよくわからないんだけど」
なつみは困ったように微笑む。
「‥‥何、それ」
彩は苦笑すると、なつみの小さな身体を抱き締めた。
いつの日か、自分と、この親友が、今日という日を懐かしい思い出として語り合う日が来ますように。
――そう願った。
研究所を追い出されるきっかけとなった、あの、手術のことを思い返す。
もし、仮に、あの時間に戻れたと仮定して、こういう結果になるとわかっていても、きっと自分は、また同じ選択をするだろう。
『民』のプライドにこだり、石に固執して、生きている手を切断するなんて真似、とてもじゃないができそうも無い。
彩は僅かな荷物と共に、研究所を後にした。
- 444 名前:神々の印〜過去編〜 投稿日:2002年12月10日(火)17時43分15秒
――― ―――
体調を崩していた叔父は、彩が研究所をやめて、半年後に亡くなった。
叔父の診療所は、彩が継いでいる。
なつみとは定期的に連絡を取っている。
相変わらず、精力的に研究を行っているみたいで、彩はほっと胸を撫で下ろしている。
診療所を引き継いで、一年後、彩の元に、小さな小包が届いた。
差出人は、真矢、と書かれていた。
あのストリートバンドのドラマーからだった。
小包には、手紙とカセットテープが同封されていた。
手紙には、手術の一件をなつみから聞いたこと、リハビリを続けていて、今では、ドラムを叩けるまで回復したことなど、自分の近況が綴られていた。
カセットテープのラベルには、手書きで『To Doctor Isiguro From Your Patient』と書かれており、自分の刻んだドラムのリズムが吹き込まれていた。
それからも、思い出したように、近況が綴られた短い手紙と、ストリートバンド演奏の録音テープが彩の元に送られてくる。
――彩は、今でも、それを大事に持っている。
- 445 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2002年12月10日(火)17時45分18秒
- しつこく保全していたのは、実は、僕です。
この話をどうしても載せたかったのです。
でも、思ったように、話が書けずに、ずるずると、今の今まで延びてしまいました。
- 446 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月11日(水)02時33分26秒
- >>432
一定の期間書き込みがないとそのスレは倉庫行きになり
書き込めなくなる。作者がそのスレで期間をあけて続けたい場合、
もしくは読者がそう願っている場合保全(別になんて書いてもいいが)する。
- 447 名前:名無し 投稿日:2003年01月04日(土)18時45分51秒
- 番外編つか、サイドストーリーに今頃気が付きました。
今年最初のプレゼントになりました。
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