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エンジェル伝説 U

1 名前:影武者 投稿日:2001年09月11日(火)15時54分47秒
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=sea&thp=995373073
からの続編です。

ジャンルはファンタジー。
主役はいろいろ変わります。
2 名前:影武者 投稿日:2001年09月11日(火)15時56分25秒
「トーナメントに参加するのは圭ちゃんに吉澤。
 後藤は私と一緒にお姫様の警護にあたる。・・・・・・いいね?」

「市井さんは参加しないんですか?
 人数多いほうが優勝する確率も高くなると思うんですけど」
「だって魔術禁止なんだもん」
吉澤はあなたなら素手でも十分いけるでしょ、という意味で質問したのだが、
どちらにしろ参加する気はないのだろう。市井が後藤を一人にするわけはない
のだから。

「吉澤とあたっても手加減しないからね。あんたも全力でやりなさいよ」
いまだに引き分け以上の決着がつかない相手、我がチームの破壊王・保田
の性格を恨みながらも、その言葉にうなずく。

「あはは、よっすぃ〜殺されちゃうかもね」



3 名前:影武者 投稿日:2001年09月11日(火)15時57分40秒
「辻ちゃん、さっき武道大会のエントリーは済ませたから。覚悟はいいね?
 圭織は加護ちゃんと一緒にターゲットを誘拐、チャンスは一度っきりだよ」
安倍は飯田にむかって念をおすが、社交辞令のようなものである。飯田に無理
なことなら誰がやっても無理なのだから。

「加護ちゃん、圭織の援護はあなた一人で全部やるのよ」
「はい」
「辻ちゃん、あなたより強いヤツなんてそうはいないんだから自信もってね」
「へい」

今回の仕事は間違いなく自分たちの歴史の中でも最大のものだろう。
自分たち四人以外には味方は、いない・・・・・・・


4 名前:影武者 投稿日:2001年09月11日(火)16時06分56秒
>>空唄さん
連続レス全くかまいませんよ。むしろ感謝します。
応援してもらえると助かります。
ROMでもかまいませんのでこれからもよろしくです。

さて、いよいよ始まった安倍・飯田・加護・辻・市井・保田・後藤・吉澤編
ですが、とりあえず今回はプロローグだけの更新です。
更新だけしてサヨウナラっていうのは寂しいので感想、待ってます。切実です。
5 名前:ポン太 投稿日:2001年09月11日(火)18時15分31秒
すごいペースで更新してらっしゃいますね〜
面白いしこちら側にしてみれば感謝感謝です(嬉
市井グループと飯田グループの絡みも楽しみですので頑張って下さい
ずっと読んでますんで
6 名前:ぐれいす 投稿日:2001年09月11日(火)18時59分40秒
更新早っ!!
かなりの山場のようですね。今回はプッチモニ対飯田チームですか…
うわ!早く見て〜〜
7 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月11日(火)19時21分18秒
お〜なんだか面白そうな対戦がありそう!
次回の更新を楽しみにしてます。
8 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月12日(水)09時37分51秒
吉澤と保田のガチンコが見たい(w
9 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時35分20秒
街は人で賑わい活気を溢れさせている。現在この街の人口は通常時の三倍
以上にまで増加し、なおも各国からさまざまな人間が流入し続けていた。
そんなお祭り騒ぎの原因は街の中心にそびえ立つ巨大な城にある。
現在部外者は誰であろうと入城は許されない。
若干15歳の新女王・松浦亜弥の即位式の準備が終わるまでは、完全に外部
との接触は断たれていた。
もっとも人々の関心は城になどなく、さらにどちらかといえば女王の即位式
にすら興味はなく、実に10年ぶりに開かれる武術の祭典のほうにもっぱら
集中している。

参加者は全員魔術師ということもあり、一般人では到底不可能なその戦闘を
観戦しながら興奮し、さらに毎回のことながら優勝者をめぐる賭けが公然と
行われるなど希望溢れる一大イベントなのだ。

すでに闘技場のまわりでは、3日前だというのに屋台を建てている者、良い
席をとろうとして行列をつくっている者、ダフ屋など百人単位の人間が
ひしめきあっている。

例年以上の規模に膨れ上がった今回の武道大会なのだが、理由があった。
新女王の即位式と見事にスケジュールが重なってしまい、国王、新女王が
ともに観戦、さらには優勝者との直接の謁見が行われるとあり、新女王を
一目見ようとする民衆までが観客に加わったためである。
10 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時35分59秒
「問題は女王の謁見だ」
出入り禁止のはずの城なのだが、城内にある広大な応接室のイスに座っている
市井・保田・後藤・吉澤たちにむかって大臣が力説した。

「そうなんですか?」
「そうだ!」
「困りましたね」

手に汗を握りながら吉澤は市井と大臣のやりとりを聞いていた。
なぜにこの雰囲気のなかで気楽な返答ばかりするのか不思議でならない。
微塵も緊張感など感じさせない市井はよほどの大物なのか、それとも
今朝早くに起こされたせいで眠いだけなのか。

(だいたい服装からしておかしいんだよね)

上下ともに真っ黒なジャージすがたで、上は長袖、下は膝までの丈のもの
を着ているのだが、昨日市井が寝る前に着ていたものそのまんまである。
さらになんと足元は宿泊した宿の玄関にあったサンダルを履いてきたらしく、
宿の名前が大きく書かれているそれが雰囲気に圧倒的になじんでいない。
11 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時36分47秒
「女王との謁見を中止させることはできないんですか?」
業を煮やした保田が市井に代わって話を進める。大臣もやっと間違いに
気づいたのか、話のできそうな保田へと視線を移して口を開いた。
「できん!」
力強い、が、どうせたいした理由はないのだろう。せいぜいが国の威信とか
軍のプライドなんていうつまらない理由に決まっている。

「で、私たちは何をすればいいんですか」
「うむ。君たちのことは事前に調べさせてもらった。
 優秀・・・・・すぎるとは思うが、とりあえず君ら以上の人材を見つける
 ことは出来なかった」

長い前置きだ、しかもこちらの実力にかなりの疑いをもっているらしい。

「君たちに優勝してほしい。
 できるだろう?市井紗耶香に保田圭ならば」
12 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時37分37秒
「あ、私は出ませんよ」
大臣の動きが止まる。
保田が目を見開いて振り返る。
後藤は明後日の方向を見ている。
吉澤は・・・・・・・市井と目が合った。

「このコが出ます。
 魔術抜きなら私よりも強いんで安心してください」
その場にいる人間全員の視線が吉澤に集中する。吉澤の眼球運動はピーク
を超えた。

「君が?」
君が市井紗耶香より強いのか?と訊きたかったのだろう。こちらに気を
使ってか後半部分は言わなかったようだが。

「私が?」
私があなたより強いんですか?と訊きたかったのだが大臣がいる手前、
全ての言葉を口に出すわけにはいかない。
市井の格闘技術については「すごい」ということしか知らないのだが、
少なくとも自分以下ということはありえないと思っていただけに興奮
を抑えきれない。混乱もやむをえない。
13 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時38分07秒
「この二人がウチの格闘最強チームです。
 この二人でもだめなら、諦めてもらうしかないですね」
何を言ってるのだろうこの人は。いきなり話に参加しちゃって、興味ない
んじゃなかったのかよ、黙って保田さんに任せてればいいのに・・・・・・・
フル回転で市井への批判を心の中で繰り返しながらも、表情だけは冷静に
戻して大臣の視線を受け止める。

「そちらがそれでいいなら、私が出ますけど・・・・・・・・」

結局、市井の一言が決め手になったようで、大臣は納得しているようには
見えなかったが文句は言ってこなかった。

「これから大会までは休まず訓練だからね」
保田のやる気に絶望する。吉澤の長い3日間が幕を開けた。



14 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時38分46秒
「どうやらこっちの計画通りにはいきそうにない。
 大臣が魔術士を雇った。相当の使い手と思ったほうがいい」
いったいこの男の情報源はどこで、それは確かな情報なのだろうかと探りたく
なるが、なにしろ自分たちはこの男についてほとんど知らない。
最大限の警戒をはらいながら安倍は男の言葉を吟味する。

「どこかから情報が漏れたとか?」
「いや、詳しいことはわかってないようだ。ただの勘か用心のためだろうな」
「それはあなたの勘ですか?」
「いや、確かな情報だ」

安倍は腕を組み、少しうつむいて考えこんだ。


とある宿の一室。少し値のはる宿だが、そこを拠点にこの街での活動を長期間
繰り広げるため、少々奮発して決めた場所である。
安倍と飯田、加護と辻がそれぞれ同室なのだが、飯田が加護と辻を連れて街に
出かけているために部屋には自分と依頼主の男しかいない。

(この人は連盟の、しかも私たち以外ほとんど知らないことも知っている。
 でたらめな事は言ってないはずだ)
15 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時39分34秒
普通であれば、この男の依頼を請けるようなことなどありえない。どう
考えてもただの誘拐の依頼なのだから。それは犯罪だ。
キーワードは「つんく」だった。目の前の男からその言葉がでてきた時に
安倍の態度は180度変わることになる。
久しぶりに聞いたその単語。ここ数ヶ月全く手がかりがなかった自分たちの
最終目標。もちろん安倍と飯田はその場で依頼を請けた。


「とにかくこの件についての作戦は全て任せる。
 誰が妨害しようと成功させられるはずだ。
 事実上の連盟ナンバー1の魔術士グループなんだろう?
 そう連盟から紹介されて君らに依頼したんだからな。期待してるよ」

たしかに書類の上では自分たちは2番目ということになっているが、少し
大げさではないか。しかし自分たちが連盟からそこまで評価されていると
いうのは初めて知った。

「とりあえず仲間と相談して作戦を練りたいと思います。
 明日また来てもらってもかまいませんか?」
「かまわん。そうしよう」

簡潔な返事で安倍の条件を承諾してくれた男は、イスから立ち上がると
振り返ることもなく部屋を出ていく。
16 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時40分19秒
「むこうも警戒してるみたい、かなり難しい仕事になりそうよ」

数十分後、宿へと戻ってきた飯田・加護・辻を同じ部屋に呼んで、さきほど
男から聞いたことと今後の作戦を考えなければならないことを伝える。

「大丈夫っしょ。こっちは連盟ナンバー2の魔術士なんだからさ〜」

気楽な言葉で、おそらく本当に気楽に考えているのだろう、飯田が加護・辻
の緊張感を取り除こうとして言い放つ。
「事実上の連盟ナンバー1の魔術士グループなんだろう?」安倍は男の言葉を
思い出した。確かに飯田がいることを考えると自分たちに勝てるグループが
いるとは想像し難い。

ふと加護と辻に視線を送ってみるが、さほど緊張している様子は伺えない。
いつものことだが、加護も辻も作戦会議中は滅多に意見を言うようなことはなく、
さりとて安倍や飯田の意見に逆らうことも不満に思うこともなく従ってくれる。
(ホント助かるよ、素直なコで)
とりあえず二人に笑顔を送っておく。
17 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時41分19秒
加護も辻も分相応というものを大切にしてきた。
作戦会議中に意見を言うのは控えてきたし、またこちらの考えていることは
既に安倍も飯田も考えているということも知っていた。なにより安倍の判断
が間違ったことがない、というのが大きな理由であるが。

とにかく自分たちのような子供がとやかく言うことが、あまりいいことだとは
思っていない。だからといって安倍が自分たちを子供扱いすることはなく、
作戦では重要な役を任されることも多かった。

(安倍さんは子供やいうだけでグループにいれてくれんかったヤツらとは違う)

加護の意見に辻も同意し、なるべくグループの負担になるようなことは
しないようにしようと最初に決めた。



「それじゃあ作戦の案を言うよ・・・・・・・・・・・・」
18 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時41分53秒
「どりゃぁっ!!」
「んわっ!!」
手加減抜きの、仲間同士だということを忘れているかのような保田の拳が
紙一重でかわした吉澤の背後にあった木に炸裂した。
普通の人間が一抱えできるギリギリの太さをもつ木が大きく揺れ、多量の
木の葉が二人に降りかかる。
慌てて吉澤が飛びのいた後も、数秒間木は揺れ続けた。

「逃げてばっかじゃ終わらないわよ!」
「んなこといっても・・・・」
深夜の公園に保田の怒号がとどろき、吉澤のつぶやきが溶け込んでいく。
保田と吉澤の闘いは一言でいうなら力と技のぶつかりあいで、保田の力任せ
の攻撃を吉澤の技が防ぐという展開が続いていた。

しかし不利なのは吉澤で、力任せとはいえ戦闘経験が多い保田の攻撃は
そこそこ以上の技量もあるため気が抜けない。しかも破壊力抜群の攻撃
を受け止めるわけにもいかず、反撃にまで至ることができない。

「これじゃ大会までに怪我しちゃいますよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
保田の動きが一瞬止まるが、再び攻撃を再開する。どうやら聞かなかった
ことにしたらしい。
19 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)20時43分01秒
「コラ〜!!そこでなにしてる!?」
「ヤバイ!警官か? 逃げるよ、吉澤」
「ハイッ!!」

警官に感謝しつつ全速力で逃げだす。その後ろ姿は警官から逃げると
いうよりは保田から逃げるようにも見えた。

(はぁ〜、明日もこんなことやるのかなぁ・・・・・・・・)









「なんか警官が追いかけてるよ」
「怖いね。早く泊まる所見つけなきゃ」
「やっぱ都会は怖いね」
「うん、早く仕事終わらせて牧場にもどりたいよ」
20 名前:まちゃ。 投稿日:2001年09月12日(水)20時45分07秒
ニ章ってまだつづいてるの?
21 名前:影武者 投稿日:2001年09月12日(水)21時05分52秒
>>ポン太さん
更新に感謝してもらって感謝してます。
市井グループと飯田グループの絡みはもうすぐです。期待に応えられたら
いいですね。
ずっと読んでもらえると安心して更新できます。

>>ぐれいすさん
おそらく今回の話には山場がいくつもあるでしょう。
現在絶好調なので次の更新も早そうです。どんどんネタが浮かんでるので
なるべくお待たせしないように頑張ります。

>>7
とりあえず今回は保田と吉澤をほんの少しだけ対戦させてみました。
他にもいろんなキャラの対戦があるので、一つ一つが面白いと思われるように
必死で頭をひねってます。

>>8
保田はいつもガチンコのつもりですが、なかなか吉澤がその気になりません。
まあ試合であたることになれば嫌でもその気になるでしょう。
しばしお待ちを!!(あたらなかったりして・・・・・・・・)

>>まちゃ。さん
あっ、書くの忘れてましたけど終わってます。
―――――――第2章・・・・・完―――――――
って今さらやることもないか。
22 名前:まちゃ。 投稿日:2001年09月13日(木)00時46分13秒
どこでおわったの?
23 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)01時33分29秒
>>まちゃ。さん
前スレの >>380 ですね。
吉澤編・加護辻編・石川編を合わせて第2章です。

24 名前:空唄 投稿日:2001年09月13日(木)02時47分40秒
しばらくROMるもりだったのに、出てきたから思わず書いちゃいましたよ(w
登場人物の紹介から見て、大筋には絡まないとは思うんですが、
せっかく試験の時の3人がいるので、なんか軽いエピソードでもあれば読みたいです。
25 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)09時12分53秒
飯田組vs市井組かなり期待です。じっくり戦わせて下さい。
26 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時17分21秒
「おじちゃん、これ」
加護が差し出したのは、サイズがSSの赤色のTシャツとハーフパンツだった。
着るのは加護ではなく辻で、別にプレゼントするためというわけではない。
「名前は?」
「辻希美です」
「う〜んと、辻希美、辻希美と・・・・あった。はい、いいですよ」
加護と辻はTシャツとハーフパンツをもってその場を離れる。

大会二日前、二人は闘技場の中にある大会運営本部が設置した選手控え室にいた。
公平な勝負のため、当日の服装は全て運営委員会によって決められた物を
着用とのことで、サイズのチェックと試合で着る物の登録のために選手が
集められていた。
サイズ以外にも色も自由に選択でき、上はTシャツしかないが、下はハーフパンツ
と長ズボンのどちらかが選べる。

大会に参加しない加護がせめて辻のために何かできないかということで、
一緒に辻の衣装を決めに来ていたのだが、一番小さいサイズのものは種類も
数も少なく、あっさりと決まってしまっていた。
27 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時18分06秒
「なんか全員強そうやな〜」

参加する辻のことを考えると不安になりながらそれぞれを観察してみる。
想像以上に困難な闘いになるだろう、この場にいる人間で見かけ倒しという
印象をもつ者は一人もいない。
辻はこの中の誰と闘うのだろう、誰とやるにしても無傷ですむとは思えない。
とにかくここにいたら悪い想像ばかりが頭をかけめぐってしまう。さっさと
こんな場所からは立ち去ってしまうに限ると判断した加護は辻の手を引いて
出口へと向かった。
誰もいない通路を手をつないで歩いていた。


「亜依ちゃん」
「ののもか・・・・・」
闘技場の出口へとむかう廊下を歩いているところで、辻が話しかけてきた。
最初は気のせいかと思っていたが、辻も気がついているということは気のせい
ではない。
加護と辻が控え室を出てから明らかに誰かがあとをつけてきている。
それどころか、はっきりと殺気を感じ、いつ不意打ちをかけられてもおかしく
ないほどの距離にまで近づいてきていた。

「誰やおまえ!」
振り向きざまに加護が叫ぶが、相手は全く驚いた様子も見せず見つめ返してきた。
28 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時18分52秒
背後にいたのは自分たちとほぼ変わらない身長の、髪の短い少女だった。
その姿を見た瞬間は人違いかとも思ったが、こちらを見つめているその姿
からは二人が感じていた殺気が今も放たれている。
不気味に微笑みながら近づいてくる姿は、加護の警戒を最大に高めた。

「安倍なつみと飯田圭織・・・・・・・・知ってるでしょ?」
「それ以上近づくなや!」

質問しながらこちらに近づきつつある少女に加護が問答無用で警告するが、
全く足を止めることなくむかってくる。あと数歩も歩けば加護に手のとどく
距離まで接近している。とっさに辻が加護の前に立った。
しかし前に立ったせいで、既に少女の間合いに入ってしまっている。

「ののっ!!」

たった一言、加護が辻の名をヒステリックに叫んだ一瞬の間に少女の手が
辻の首を掴んだ。
29 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時19分43秒
辻は油断していたわけではない。むしろこちらから先に手をだすつもりで
前に立ったはずが、指一本動かす暇もなくつかまれた。しかも尋常ではない
握力のため、呼吸ができないうえに早くも意識がかすみつつある。

「ののをはなせ!」

一刻を争う状況のため、建物内にもかかわらず加護が全力で魔術を放とう
とするが、首を掴んでいる右手だけで辻を盾のように自分の前につき出し
て加護に魔術を使わせない。

(なんでうちが魔術使うことがわかったんや!?)

既に辻の顔は真っ赤になっていて、素人目に見ても限界がすぐそこだと
いうことはわかる。
時間がない。無謀なことだとは知りつつも加護は少女に掴みかかった。
が、格闘に関しては素人同然の加護に勝機があるはずはなかった。裏拳を
モロに頭部にくらって壁に吹っ飛ばされ、強く後頭部を打ちつけた加護は
意識を失い崩れおちる。

「試合にでるのは諦めなさい」
辻の首を掴む手の力を強め、左の拳でとどめを刺そうとする。


「そこまでにしときな」
30 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時20分47秒
突如聞こえた背後からの声に、少女は初めて驚いた様子を見せた。
辻にとどめを刺そうとした瞬間だったために、周囲の気配に気を配らなく
なっていたところに突然現れた。
しかしそれを差し引いても、自分に気配を感じさせずここまで接近した
ということはただ者ではないに違いない。

動揺したのはわずかな時間で、躊躇せず声の聞こえた方向に辻を投げつけた。
それを受け止め、激しく咳き込んでいる辻をもう一人の女性にあずけて、
さきほどの声の持ち主は警戒を解かずに少女を見据える。

「後藤、油断するなよ」
「わかった」
「ちっ!」
  
少女は辻を介抱している後藤に不意打ちをしかけようとしていたのに、市井が
釘を刺したおかげで、後藤もこっちを警戒したのを見て舌打ちする。
なるほど、よく見れば相当の使い手であることは顔つきからすぐにわかった。
31 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時21分34秒
「あんた何モンよ?」
「あなた、出場するの?・・・・・・・・試合に」
「えっ、いや、しないけど」

市井と後藤は訓練中の吉澤と保田の代わりに来ただけである。

「そう・・・・・でも強そうね」

(コイツ・・・・・)

経験からか、経験からくる勘からか、理由はこの際関係ないが、とにかく
市井は少女が突進してくるのは予想していた。
そしてほぼ予想通りのタイミングで市井へと迫ってきたのだが、そのスピード
だけは完全に予想外だった。いとも簡単に懐にもぐりこまれて背筋が凍りつく。
 
防御が間に合わないと一瞬で判断すると、相打ち狙いで肘打ちをこめかみに、
膝蹴りをみぞおち付近めがけて同時に放った。
肘打ちは防がれたものの、膝蹴りは少女の体をとらえて、数歩後ろへと
さがらせる。
32 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時22分15秒
「市井ちゃん!!」
「大丈夫。自分のことだけ考えてろ!」

市井の首をつたう血を見て後藤がパニックになるのを制する。なんとか
命中した膝蹴りのおかげで少女があとずさったために、掴まれるのだけは
防げたものの、爪で首の皮膚を切り裂かれてしまった。
正直これ以上接近戦で闘うのは無理そうだ。卑怯かもしれないが、魔術を
使って攻撃するしかない。

「悪いけど、あまり手加減はできないよ」

通路の広さとほぼ同等な直径の衝撃波を放つ。壁にもたれかかって気絶して
いる加護には当たらないように、壁際に少しスペースをつくっておいた。
もし相手が魔術で防いだとしても、それならそれで魔術勝負にもちこむだけだ。
こっちには後藤がいる。魔術勝負なら有利なのはこっちだ。

「なっ!?」

信じられないことに、まるで市井の心を読んだかのごとく、壁際につくった
魔術の範囲外の部分に少女が飛びのいた。肉眼では見えない魔術にもかかわらず
避けきった。市井の体が驚きでこわばる。
33 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時22分48秒
市井は驚愕して動けなかった。理由は2つ。
1つめは自分の魔術を防御ではなく避けられたこと。
2つめは新たに現れた人間。足音もたてず猛スピードで少女の背後に接近
してきた。足音がするはずがない、空中を渡ってきたのだから。

少女の近くに着地し、いまだおさまらない勢いを利用して少女の頭部を
おもいっきり殴りつけた。市井の視線で気づいたのか、咄嗟に頭をかかえて
防御したおかげで直撃こそしなかったものの少女は派手に吹っ飛ぶ。
突然の乱入者は辻のほうを見て叫んだ。

「辻!?」
その首にくっきりと刻み込まれたアザのことを指しているのだろう。
「大丈夫です。でも亜依ちゃんが・・・・・・」

(あのコの仲間か・・・・・・・・・・)
どうやら敵ではなさそうなことに市井は安堵した。しかし油断はしない。
34 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時23分22秒
辻の言葉を聞いて、反射的に加護のほうに振り向いた飯田に、今度はこちら
からだといわんばかりに背後から少女が迫る。

「うしろっ・・・・・・・」
「明日香!!!」

市井の声をかき消すような叫び声が廊下に響き渡る。市井の声を飲み込んだ
安倍の叫びが少女の動きを止めた。

「明日香。なんで・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「今までどこにいたの? 私も裕ちゃんも探してたんだよ」
「・・・・・・・つんくのことを探るのはやめなよ。大会にも出ないで」
「つんくを知ってるの?」
「警告したよ。いうことをきかないならどうなっても知らないからね」

安倍を目の前にした途端に、ピタリと攻撃の気配をみせなくなった少女は
それまでのことを忘れたかのように、平然とその場を去ろうとする。
35 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時24分02秒
「ちょっと待ちなよ」
「ダメ! 市井ちゃん」

後藤が珍しく声を荒げて市井を止めた。市井もだしかけた足を止める。

なにか市井の様子がおかしい、いつものような余裕がなくなってしまっている。
後藤はそんな変化を敏感に感じ取っていた。
おそらく今のまま闘っては確実に市井は負けてしまう。とにかく今は
頭を冷やしてほしい。

「・・・・・・・行くぞ、後藤」

そんな後藤の考えがわかったのか、自分でもそう思ったのか、落ち着きのない
市井が足早にその場を去ろうとした。とりあえずこれ以上、あの少女にかかわる
のは諦めたようなので後藤は一安心する。
少女がむかった出口とは逆の出口へとむかって歩きだした。

「ありがとうございます」

背後から辻のお礼の言葉が聞こえ、後藤はとりあえず振り向いて笑顔を送る。
少しおくれて市井も笑顔を送った。それはいつもの市井の笑顔だった。
36 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時24分32秒
(なんなんだ、あいつ。
 魔術を使っても勝てる気がしなかった。まあ負ける気もしないけど)
冷静になったところで、素直に自分が不利だったことを認める。
ただ何かが気にかかってすっきりとはしない。さきほどの少女のことを
もう一度思い出して、何が心にひっかかっているのか懸命に考える。
が、あと少しのところでどうしても答がでてこない。

(う〜ん、ここまで出かかってるんだけどな〜)

「よっすぃ〜と圭ちゃん、まだ訓練やってるのかな〜」

市井の気をまぎらわせようと後藤が口にした一言が答を導いた。というよりも
答がその言葉の中にあった。

(吉澤だ! あいつ吉澤に似てるんだ!)

「後藤、吉澤たちどこにいるか知ってる?」
「えっ? 街から少し離れた森にいると思うけど・・・・・・」
「行こう、そこへ」
「う、うん」

ぜひ確かめたいことがある。そのためには吉澤の協力が必要だ。
37 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時25分04秒
「おらおら! あとがないよ、吉澤」
「死ぬ、死ぬ、死んじゃいますって!!」
「大丈夫、これぐらいじゃ死ねないから」

昨日に引き続いて今日も全力でぶつかっていく保田、全力で避ける吉澤。
二人の死闘は一時間以上も続いていた。今日は昨夜のように止めてくれる
警官もいない。

「お〜い、圭ちゃんと吉澤〜」
「あっ、市井さんですよ」
「ちっ、いいとこなのに」

まさに地獄に仏とはこのことだろう。保田を止めてもらおうと近づいてくる
市井に助けを求めようとする。保田を止められるのは市井しかいない。

「私もまぜてよ。 圭ちゃん、交代ね」
「ええっ!?」
「別に、いいけど」
「いいの!?」
38 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時25分45秒
「私に勝てたら、今日の訓練はおしまいにしてあげる」
「ホントですか?」
「もちろん」

保田のほうを見て確認するが、特に否定する様子もない。おそらく勝てる
わけがないと思っているからだろう。
自分も勝てるとは思えないが、市井の実力を知るいい機会なので興味は
ある。その上、まぐれでも勝てたりした場合は訓練終了、とくれば断る理由
などない。

「本気でいきますよ?」
(ごっちんには悪いけど)
「ぜひ、頼むよ」

吉澤は両足を踏ん張り、前傾姿勢になって攻撃の体勢をつくる。
市井は両手を前につきだす。

「えっ!?」

次の瞬間には猛烈な突風が吉澤をはるか後方へと吹っ飛ばした。
闘技場で会った少女に使った魔術とほぼ同じ範囲のもの。しかしさすがに
衝撃波はやばいと思い、強風にしておいたのだが、さきほどのことを思い出し
つい強めになってしまった。風は森を突き抜けていく。
39 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時26分46秒
「やっぱかわせないか・・・・・・・・」
「それはひどいよ、市井ちゃん・・・・・・・」
「あんたそんなに吉澤のことが憎かったの?」
「やっぱりあいつには秘密があるんだ!」
「よっすぃ〜を実験台にしたのね・・・・・・・・」
「なに納得してんのよ、あんた」









「あ〜!! なに?今の風!」
「逃げられちゃったね・・・・・・・」
「そうだね。せっかく木登りしたのに無駄になっちゃった」
「ごめんね柴ちゃん。私が鳥が苦手なせいで・・・・・・・」
「今のは風が悪いんだよ」
「私、なんの役にも立ってない・・・・・・・・・」
40 名前:影武者 投稿日:2001年09月13日(木)19時47分31秒
>>空唄さん
登場させました。彼女を。
果たして吉澤たちとの再会はあるのでしょうか?
なんにしろまたレスしてくれて感謝です。

>>25
飯田組vs市井組vs福田ってなりそうです。
もちろんこれらの戦いは毎回じっくり書きますので。
今から頭をフル回転させて考えてます。


さて、次回の更新も頑張ります。
41 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)21時30分22秒
お〜明日香の登場だ〜
なんだか対戦も面白くなりそうですね〜
がんばってください!
42 名前:七位 投稿日:2001年09月14日(金)01時11分09秒
更新速くて、どんどん読めて楽しいです。
武道大会での、ののの活躍に期待。あと安倍の実力が気になります。
43 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月14日(金)02時48分07秒
さすが明日香、並の強さじゃないっすね。
吉澤との関係も気になるところです。
44 名前:空唄 投稿日:2001年09月14日(金)03時18分36秒
なんか、オチに使われてる気が……(w
とりあえず、福田さんヲタなんで、楽しみがまた増えました。
それにしても、戦闘が盛り上がってきましたね。
45 名前:ぐれいす 投稿日:2001年09月14日(金)20時44分21秒
明日香さん登場ですね。
プッチや飯田チームも気になりつつ石川がどう絡むのか期待(w
46 名前:傍観者 投稿日:2001年09月15日(土)00時02分42秒
ずっとROMってるだけだったけどこれからは
感想のレスを書きます。とってもオモシロイ!
りかっち好きなんで活躍が楽しみです。
あと、りんねとあさみはどうして復活できたのかが謎のままのような気が・・・
47 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時13分44秒
「安倍さんに似てました」
「なにが?」

聞き返されてもはっきりとは答えられない。勘違いなのだろうか。
たいして長い間観察したわけではないが、あの身のこなしは確かに安倍
のそれを感じさせたのだが。

よくよく思い出してみれば、辻は安倍の闘う姿をほとんど見たことがない。
リーダーである安倍はその役柄上、自ら戦うことは少なく、司令塔として
後方からの指示にあたることが多い。
当然のこととして今までそのスタイルでやってきた、安倍の判断力は時として
飯田の特攻以上の成果をあげる、我がチームの切り札なのだから。

(でも、やっぱり安倍さんに似てたような気がするんだけどなあ)

「で? 辻、なにが似てるのよ?」
 
確証もなしに言ってもいいものか。
部屋の隅のイスに座り窓の外を眺めている安倍に目配せするが、考え事
の最中なのか反応してはこない。


とりあえず宿まで戻った辻たちは、そのまま安倍と飯田の部屋に集まって
先ほどの出来事について話していた。
48 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時14分27秒
「似てるはずだよ。おんなじ事を習ってたんだから」
「わっ! びっくりした〜。いきなり何よ、なっち」
「止めるよ、私が」
「なに? 止める?」

(おそらく圭織でも明日香には勝てない。
 今からじゃ裕ちゃんを呼んでも間に合わない。私しかいない)

もちろん自分とて勝てるとは思えない。しかし少なくともむこうの手の内
を知っているのは自分だけだ。中澤に学んだ者だけだ。

(なんでつんくのことを知ってたの? なんで私たちに警告したの?)

謎のセリフを残したまま、自分の殻に閉じこもってしまった安倍に追求は
しない。誰にだって言いたくないことの一つや二つはあるものだと納得
した飯田はこの話題を終わらせることにした。

「まっ、辻も加護も無事でよかったよ」




49 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時15分18秒
「私に似てる人ですか・・・・・心当たりないですね。
 っていうかそれだけの理由であんなことしたんですか?」
「よ〜く思い出してみてよ。
 おんなじ学校だったとか、一緒の師匠に教えてもらったとか」

「さ〜、私のときは一人っきりで教えてもらってましたから。
 それよりも私を吹っ飛ばしたことの説明を訊いてないんですけど」
「まあまあ、訓練も終わったんだからいいじゃん」

「それとこれとは話が別です」
「後藤〜、吉澤がいじめるよ〜」
「市井ちゃんを許してあげてよっすぃ〜」
「!!?」

「そいつも大会には出るのね?」
後藤まで市井の味方をしてしまっては吉澤に勝ち目はないと分析した
保田は、いつまでも続きそうな押し問答を終わらせるために質問した。

「たぶんね。気をつけたほうがいい、マジで危険なヤツだよ」
こればかりは冗談ではすまないことなので、真剣な顔になって二人に
忠告しておく。さすがに雰囲気から事の重大さを察したのか、吉澤は
それ以上吹っ飛ばされたことについては追求してこない。

「市井さんより危険なんですか?」

と思ったらやはり根に持っているようだ。
50 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時15分52秒
「もうその話はいいから。明日は完全休養日にするからちゃんと疲れを
 とりなさいよ。
 後藤も吉澤連れまわしたりしちゃダメだからね」

外見とは裏腹に意外としつこい吉澤を新発見しつつ、これでお開きと
ばかりに話をまとめた。

(おもしろいじゃない。紗耶香がそこまでいう人間なんて)

おもしろい大会になりそうな予感に胸が躍る。保田にしてみれば、久しく
吉澤以外の自分に匹敵する使い手とは闘っていないこともあり、少々勘が
鈍ってきているところだった。
紗耶香には悪いが今回は仕事のつもりでやる気はない。


51 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時17分01秒
吉澤がどんなに嫌がっても時間は流れ、保田がどれほど待ち望んでも
時間の流れは一定以上のスピードにはならない。

「うぅ・・・・・出たくないよ〜」
「やれやれ、待ちくたびれたわよ」

それぞれ感じた長さは違うだろうが、ついにその時がやってきた。
黒の上下に身を包み、吉澤と保田はそれぞれの胸中を語った。


「圭ちゃん、吉澤、頑張ってね」
「あんたも護衛のほう、油断するんじゃないよ」

「よっすぃ〜、圭ちゃんとあたらなかったらいいね」
「くじ運悪いんだよね、私」

気合を入れ合い、または励まし合い、その場で別れる。
保田と吉澤は選手控え室へ。
市井と後藤は女王のもとへ。
52 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時17分37秒
「選手の皆さんはクジを引いてください。
 トーナメントの組み合わせを決めますので」

係員の言葉で控え室にいる選手たちはいっせいにクジの入った箱の前へ集まる。
総勢36名で争われるこの大会。一試合に10分かかったとして全試合
終わるまでに5時間近くかかる。間の休憩などを入れると6時間を越える
ことになるだろう。
今が午前10時、終わるのは夕方の4時ごろになる。

(この際優勝は保田さんにしてもらうとして、市井さんとごっちんが6時間
 女王を守りきれば仕事は成功か・・・・・・・長いな・・・・・・・・・・)

「次の人、引いてください」
「あんたよ、吉澤」
「はい」

「・」
「・はやく引きなさいよ」

クジの入った箱に腕をつっこんでから、なかなか腕を抜こうとしない吉澤に
後ろにいる保田からつっこみが入る。
53 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時18分09秒
「これだ!!」

気合一閃、声にだしながら一枚の紙を握り締めて、箱から手を引っこ抜いた。

「2枚しかないのにいつまでかかってんのよ」

保田のつっこみに箱の前に立っている係員も心の中で同意しただろう。
列の最後尾に並んだ吉澤と保田に残されたのは、たった2枚のクジしか
残ってないのだから。

「はい、32番ですね」

係員は吉澤のつかんだ紙に書いてある番号を読むと、トーナメント表に
吉澤の名前を書き込む。

(よかった。一回戦の最終試合だ)

ほっとするのもつかの間、当然トーナメント表の最後に残った部分に保田が
いくわけだが、それが結構近い。

「25番です」

順当に勝ち残っていったとすれば、吉澤の3回戦の相手が保田になってしまう。
54 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時19分33秒
「よっすぃ〜!」
「んっ?」
 
後藤以外で自分のことをそう呼ぶ人間がこの場にいるとは。いったい誰かと
周りを見渡すが、見知らぬ人間ばかりでそれらしい人物は見当たらない。
と思っていたら、人の間をすり抜けて小柄な少女が駆け寄ってきた。
どう見ても、迷子になった吉澤の妹という感じの印象を受ける背格好だ。

「お〜! 辻ちゃ〜ん」

久しぶりの、およそ1年ぶりの対面だった。

「誰よ、あんたの妹?」
「卒業試験で一緒だったんです。言っときますけど相当強いですよ」
「辻希美です」
「どしたの、一人で来たの?」
「安倍さんと一緒だよ」
「安倍さん?」
「あの人・・・・・・・・あっ!!?」
「んっ? どっちが安倍さん?」

指差した先には二人の人間がいる。どちらが安倍なのかはわからないが、
それよりも、なぜか動揺した辻の様子が気にかかる。
55 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時20分05秒
「やっぱり来たんだね。予想通りだよ」
「明日香・・・・・・・・・」
「私には勝てないよ。裕ちゃんから全てを教えてもらったのは私だけなんだから」
「・・・・・・・・・・」
「優勝はさせない、それが私の仕事」

最後の一言に安倍は反応した。仕事ということは誰かに依頼されたということか。
依頼主はやはりつんくなのだろうか。いったい魔術士学校を飛び出して依頼、
どのような道のりを歩んできたのか見当もつかない。




「一回戦第一試合の選手はこちらへどうぞ!」

係員の声で選手たちがざわめく。安倍は辻が近づいてくるのを見て、それ以上
話すのをやめた。

「じゃあね、なっち」
56 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時20分40秒
「安倍さん!」

以前、加護と自分を襲った少女が立ち去ったのを見て、安倍に駆け寄る。
今までに見たこともないような表情で立ち尽くしているのを見て、どんな
言葉をかければいいのかわからないが、それでも安倍が危害を加えられたわけ
ではなさそうなのを知ると安心した。

「辻ちゃん。あれ? 誰? その人たち」
「友達のよっすぃ〜です。その知り合いの保田さんです」
 
簡潔に要点だけを、というよりは要点だけしか説明していなかったが、
そこは温和な性格が幸いして、安倍は怪しむ様子も見せず二人に笑顔を送った。
その笑顔をむけられると誰であろうと嫌な気分になることなどない。
例によって吉澤も保田も安倍に好感をもつ。

「あなたたちも出場するんだね。どこ?」

「どこ?」というのはトーナメントの組み合わせ表のことを指して言ったの
だろう。壁に貼ってある、大きな紙を見て自分の場所を探す。

「32番です。一番最後の」
「私は25番ね」
「そうか〜。私は20番だから準決勝まではあたらないね」
57 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時21分12秒
「それじゃ、私は用があるから。二人とも頑張ってね」

どこかこの後の試合のことなどうわの空といった感じで保田と吉澤を激励
して、その場を去っていく。

「よっすぃ〜、さっき安倍さんと話してた人、気をつけたほうがいいよ」
「なんで? なんかあったの?」
「この前、亜依ちゃんと私を襲ってきた・・・・・・・・」

既に飯田に治してもらったはずの首に再び締め付けられるような感覚が
蘇り、思わず首を押さえながら言う。
58 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時22分18秒
  ・
  ・
  ・ 
  ・
  ・
  ・
一回戦は完全に吉澤の予想通りの展開を見せた。
拍子抜けするほど、実際に拍子抜けしたのだが、吉澤・保田・安倍・辻
の実力は群を抜き、はるかに突出していた。
考えてみれば自分や保田は強さを認められて国から依頼されているわけで、
ただの腕自慢などとは比べるべくもない。
ともあれ、吉澤・保田・安倍・辻は順調に一回戦を勝ち上がった。

「どう思う、吉澤」
「そうですね、保田さんはやりすぎだと思います」

そう、やりすぎである。一回戦中で最も大きなダメージを与えて勝ったのは
間違いなく保田だろう。

「そんなこと聞いてないわよ。あの福田明日香ってコのことよ。
 本当に知らないの? どうみてもあんたの闘い方そのものなんだけど」
(レベルは数段上だけど・・・・・・)
「え〜、私あんなふうに見えます?
 どっちかっていうと安倍さんに似てませんか?」
59 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時22分50秒
(自覚なしか・・・・・・まあ自分のことはわかりにくいからね)

「私のことより自分はどうなんですか。
 次に福田って人とやるのは保田さんなんですよ」
「そうね・・・・・・・・・・・」

「負ける」ということは考えないようにしているが、「勝てる」と考える
ことがどうしてもできない。
認めたくはないが、本当は勝てそうにない。
そしてもう一つ認めたくない事実も見つけた。

(可能性があるとしたら吉澤か・・・・・・・・・・)

要するに福田に勝つには、攻撃力よりも防御力が優先される。
攻撃においては破壊力なら自分だが、技術では圧倒的に福田が上なために、
攻め合いになった場合、競り勝つことは不可能だろう。
そして自分は攻める以外の闘い方は苦手だ。福田とは完全に相性が悪い。

一方の吉澤の防御の上手さは、これまでの訓練で証明済みである。なにしろ
これまで一度も自分の攻撃がクリーンヒットしたことがないのだから。
60 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時23分21秒




「圭ちゃん、大丈夫かな〜」
「・・・・・・・・・・・・」
「聞いてる? 市井ちゃん」
「・・・・・・!? ああ、聞いてるよ。
 正直、かなりやばいと思う。相手が悪すぎる」

おそらく保田もそのことには気づいているはずだろう。だが、気づいた
からといって、今から対策が練れるほど相手は甘くはない。

できれば控え室まで行きたいのだが、持ち場を離れるわけにはいかない、
自分のすぐ後ろには国王と新女王がいる。

闘技場の中でも、民衆たちが観戦している場所よりもかなり高い場所に
国王たち専用の席がある。
そこで市井と後藤は、いつどんな外敵が襲撃してきても瞬時に対応しなければ
ならない。あまり保田のことを心配する余裕もない。
61 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時24分00秒
  ・
  ・
  ・ 
  ・
  ・
  ・
「2回戦第7試合の選手、こちらへ」

「気をつけて」
既に2回戦を勝ち残った安倍が忠告する。隣には同じく勝ち残った辻もいる。

「ありがと」

さすがの保田も緊張している様子を隠せず、言葉にも覇気が感じられない。
吉澤ですら始めて見るほどに気負った姿にかける言葉がみつからない。

「吉澤、しっかり見てなさいよ」
「・・・・・はい」

保田は闘場へと続く通路にむかう。
吉澤・安倍・辻は選手用の観戦席へむかう
62 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時24分50秒
通路を抜けた先は、およそ20メートル四方の木の柵で囲まれている。
場外はない、柵の中の地面全てがリングだ。戦闘不能と判断されるまでは
試合は終わらない。

既に福田明日香はそこにいた。
保田は深呼吸を2・3度してみるが緊張は全く消えない。

(私もまだまだ未熟だっていうことか)

あと数秒後に試合開始の鐘がなるだろう。
勝負はその数分後にはついているはずだ。







「この中に逃げ込んだみたい」
「時間がないよ、これが最後のチャンスだね」
「絶対ここで捕まえなきゃ」
「でも人が多いね」
「とりあえず中にはいろう」
「お嬢ちゃんたち、チケットないと入れないよ」
「「・・・・・・・・・・」」
63 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時49分32秒
>>41
登場させました、福田。
対戦を書くのは好きなんで、次の更新では頑張ります。
面白く書ければいいな〜。

>>七位さん
辻、なんと決勝まで娘。メンバーの誰ともあたりません。
それゆえほぼ出番が・・・・・・
活躍はしますので、もちろんのことですが。

>>43
メール欄の言葉、しかと胸に刻んでおきます。
市井も後藤も、大会終わるまであんまり出番はありませんけど。
前回の分まで市井には目立ってもらわないと・・・・・・

>>空唄さん
毎回最後の数行だけの登場ですが、彼女は確実に接近しつつあります。
いましばらくお待ちを。
実は石川じゃなかった、なんてオチはありませんので。
活躍の場はすぐそこまで迫ってるかも?
64 名前:影武者 投稿日:2001年09月15日(土)03時50分08秒
>>ぐれいすさん
飯田チーム、なんと今回は飯田と加護の出番が0という暴挙をかまして
しまいました。
少しずつですが、石川の魔の手も迫りつつあるのでお楽しみに。

>>傍観者さん
レスどうも。感想があると燃えます。
石川、登場する予定はなかったのに気がつくとこんな所まで・・・・
りんねとあさみはつんくが生き返らせました。
これはいずれ詳しく書くことになります。


今回の更新はつらかった・・・・・。
戦闘シーン以外の、設定の説明とかは苦手なもんで。多少の読みにくさは
ありますがご勘弁を。
次回はバリバリ闘わせます。はりきってます。頑張ります。
65 名前:空唄 投稿日:2001年09月15日(土)05時16分50秒
いきなり、安田さんと福田さんですか。
かなり、ドキドキしますね。
今のところ、石川さんなしでも楽しめてます。
66 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月19日(水)23時26分39秒
最初から読ませていただきました。
かなり面白いっす! 続きが楽しみっす!
作者さん頑張って下さいね!
67 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時24分46秒
鐘は鳴った。戦闘開始を告げる音が響き渡る。

心の準備もなにもあったものではない。
鳴らした人間からすれば当然だろう、それが仕事なのだから。
だがこちらは対策すらたてられない相手とこれから闘うのだから、もう少し
のんびりしても罰はあたるまい。
といっても自分と福田の実力の程度を知る者など、この場には何人もいない
だろうが。

保田の頭には目の前の福田明日香との戦闘以外のことばかりがかけめぐって
いた。
しかしそのおかげで妙に冷静でいられるのはありがたい。


「紗耶香が世話になったそうね」
「紗耶香?・・・・・・!!」

不意打ちなど今まで一度も使ったことはないが、上出来ではなかろうか。
もちろん運によるところも大きい、福田がこちらの問いに反応するとは
正直期待していなかった。
ともあれ、質問をいぶかった瞬間に発動した保田のロケットダッシュは
一気に間合いをつめ、それは福田が回避不可能な距離までに至った。
68 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時25分30秒
(罠? それとも成功したの?)

成功しすぎるというのも、時に考えものかもしれない。
保田の理想をはるかにこえて成功した奇襲のせいで、心に迷いが生じた。
しかし、体は迷わない。瞬間の判断よりも先に、経験が次の動作を決める。
数々の格闘家・魔術士・盗賊と闘ってきたが、こういう状況で自分のする
ことは決まっている。
・・・・・・・殴りつけるのだ、全力で。

防御力もたいしたものである。福田は即座に頭部を両手で覆い、前かがみ
に丸まって保田から急所を隠す。
もっとも、そんなことは関係ない。殴ったところが急所である。

なぜなら、破壊力なら圧倒的に・・・・・・・

「私だっての!!」
69 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時26分01秒
福田の左斜め上から振り下ろされた保田の右拳は、ガードしている腕の
上から殴りつけ、福田を盛大に地面へと叩きつけた。そしてあまりの勢い
にバウンドし、2・3メートル後方へと滑走させる。

静まりかえった闘技場の雰囲気が不気味だった。



(さすがにこれだけじゃ倒せなかったか・・・・・・)

ゆっくりと片手だけで体を支えて福田が立ち上がりつつある。
あと数秒立ち上がるのが遅れていたなら、戦闘不能とみなされ勝負はついて
いただろう。
そしてそれほどの一撃をくらったのだ。無事なわけがない。
誰がみても福田の左腕は使い物にならないことは見てとれる。

(どうしよ・・・・・・勝っちゃうかも)

戦闘中にこんなことを考えていては隙ができることは知っている。しかし
保田の体は、もはや心とは無関係に動きだす。
70 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時26分38秒
福田の左側に回りこんでから攻撃する。
左手の使えない福田はガードできない、反撃もできない、回避に専念する
しかない。



一方的な攻撃は続く。終わらない。終わらせてくれない。

(とっととくらいなさいよ!)

先ほどから1分以上も保田が攻め、福田がかわすといった状況の連続で、
完全に膠着状態になっていた。既に何十発の鉄拳を打ちこんだことか。
常に相手の左側に回り込んで攻撃を繰り出しているため、通常の数倍の
運動量である。当然スタミナの消費も数倍になっていた。

対して、福田は体を少し回転させる。それだけの動作で保田が自分の周り
を移動し体力を消費する。その後、攻撃をかわしてさらに体力を削る。
いずれ疲れて相手の攻撃の手が緩まるまで、今の作業を続けていればよい。
左腕をへし折られたのは大誤算ではあったが。

とりあえず、観客が気づき始めるにはまだ早いかもしれないが、少しずつ
戦況はバランスを崩しつつあった。

保田の攻撃のスピードは確実に落ち始めている。
71 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時27分12秒
(・・・・・・こんなに頭を使ったのって初めてだろうな・・・・・)

最初の不意打ちに始まり、現在の相手に反撃させないための戦法、そして
次に作戦でとりあえず思いついた策は使い果たすことになる。打ち止めだ。
もっとも次の作戦というよりは、単なる賭けと言ったほうが適切なのだが。



保田の動きが鈍っていることに、観客の多くも気づき始めたころか。
そのころには既に、福田が反撃のタイミングを完全に読み終わったところだった。
それまでかわすだけだった福田の動きにもう一つの動作が追加される、顔面へ
迫る拳を上半身を右に反らしてかわして同時に右手を保田の首へのばす。

しかし、さらに同時に保田も福田の右手に自分の左手をのばす。
最後の作戦。その一呼吸の瞬間、再び戦闘開始時の動きをとりもどした
保田の最後の賭け。
市井の話から首を狙ってくるであろうことは事前に察しがつく。しかも相手は
右手しか使えない。さらに反撃してくるタイミングもこちらが創ったものだ。
十分の勝算がある賭け、失敗の可能性は限りなく0に近い。
72 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時30分20秒
保田の左手が福田の右手の手首を握っていた。
こうなれば、そこらの雑魚も福田も関係ない。

保田は判断した。
一度標的を外した拳をもどす、再び打ちこむ。
狙いは特にない。外れたらもう一度打ち込めばいい。どうせ逃げられはしない。
73 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時31分01秒
福田は判断した。
どうせ逃げる気はない。せっかく削った相手の体力を回復させるマネなど
するものか。

だが、掴まれた右手はどうにかしたほうがよさそうだ。
しかし保田の手からは「絶対に離さない」という気迫が存分に伝わってきている。
絶対に離さないというなら、利用するまでだ。自分が相手の腕を掴んでいる
ものとして考える。

とりあえず、チャンスとばかりに放たれてきたパンチはあっさりかわした。
そこから保田の腕に跳びついて足をからめ、関節を極める。
さすがに焦ったようで、握っていたこっちの腕を一瞬の判断で放棄して
腕を引き抜こうとするが、逆に今度はこっちから保田の左手を掴んでやる。
74 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時31分37秒
「痛っっ!!・・・・・いわね、このタコ」

保田が激痛に我を失いかけたのは一瞬で、次の一瞬には福田の体を力任せ
に地面に叩きつけていた。
しかし福田も地面に激突させられる一瞬前に腕を放して反転し、上手く着地した。

一瞬どうしの判断と行動の後には、同じ様子の二人が立っていた。
どちらも左腕だけが戦闘不能、しかしそれぐらいで闘いを止めるつもりなど
全くない二人。

結局、ダメージの差は決定的には開いていない。
そのわりには相当の神経をすり減らしてきたきがする。
一言で言ってしまえば「割に合わない」
これが決勝戦だというなら、まだ納得もできようものなのだが。
75 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時32分29秒
保田の闘いっぷりには感服させられっぱなしだ、それは認めよう。
そして自分には真似などできない、それも認めよう。
ようは気持ちいいほど何から何まで対極の相手と闘っているわけだ。

福田は思う。
自分の闘いは、その半分がコンプレックスとの闘いであると。
今でこそ中澤ゆずりの格闘技術で天才的な戦闘を繰り広げているものの、
数年前は落ちこぼれだった。自分は魔術が使えない。
もともとは魔導士だった。
残念ながら、そっちの才能は限りなく0に近かったために断念したが。
おかげで魔術の使える人間は嫌いだ。

しかし得したこともある。
中澤の技を継承できたこと。
これは自分でないと無理だった。安倍にすら無理だった。



「あなたの闘い方、うらやましいよ・・・・・・・・」
「はあ?」

素手で魔術に匹敵する破壊力をだす保田が素直にうらやましい。
魔術なしでも、これだけの攻撃力を持っている保田がいてくれたことが
自分の心を少し救ってくれた気がする。
76 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時33分28秒
「あなた魔術は使える?」
「使えない」
「悔しいと思ったことない? どんなに努力しても、魔術士学校も卒業
 できないような人間の魔術に勝てないんだよ」
「言っとくけど、私は勝つ自信あるわよ」
「・・・・・・・・・・・」


「今度は作戦なしできてよ。いつものあなたの闘いを見せてちょうだい」
「言われなくてもさっきので全部使っちゃったわよ」
「全力できて・・・・・・・・お願い」


保田がむかってくる。
この試合、勝敗は別として自分の中では決着はついた。
あとは全力の勝負を保田と楽しむだけ・・・・・

・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
77 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時34分13秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※

「圭ちゃんの容態は?」
「わかりません。医務室は立ち入り禁止なんで。
 それよりも、いいんですか? こんな所にいても」
「ホントはよくないんだけどね。
 とりあえず後藤だけ残して来たんだけど・・・・もう戻らないと」

ほんの数分前に試合を終え、保田が運び込まれた医務室の前にきた吉澤と、
少し遅れて同じくやってきた市井が不安そうに話していた。
おそらく医務室の中では治癒魔術による治療が急ピッチで施されている
はずなのだが。
なんの情報もないため、ただの雑談にしかならないため、市井としても
長居は無用とばかりにしぶしぶ持ち場へと引き上げていく。
78 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時34分44秒
(いったいどうなるんだろう・・・・・
 打ち所が悪いような怪我はないと思うけど。
 後遺症は残らないだろうけど、でもそうなると次の試合の相手って・・・・)

そのとき、勢いよく医務室の扉が開いた。

「あっ!! 吉澤、あんた試合はどうしたのよ?」
「えっ!? いや、今、終わって・・・・・・・」
「ふ〜ん、もちろん勝ったのよね?  
 ふっ、これで次はいよいよあんたとやれるってことね」

「・・・・・そうですね。全力で」
「なに急にものわかりがよくなってんのよ。気味が悪いな〜」
「なんですか〜! 心配してたんですからね〜」
「ごめん、ごめん。それよりも、あのコも無事だといいけど・・・・・・・」

保田の言葉はどうやら嘘ではないらしい。医務室をみつめる瞳からは福田に
対する敵意は感じられなかった。
79 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時35分28秒
目覚めて初めて目に入ったものは白い天井、次に目に入ったものは白い壁。
およそ現実とは思えない。

(まだ夢の中にいるのかな・・・・・・・・)

慣れない闘い方をしたため体が重い、疲労が抜けきっていない。
もう少し寝ていたい。
再び目を閉じようとしたとき足音が耳に入ってきた。

「あっ、ちょっと寝るの待って。
 どこか、痛むところがあったら言って。
 あなた全身怪我だらけだったから、まだ治せてない所があるかも」

小さすぎて気がつかなかったのか。第一印象はそんな感じの少女だった。
この少女に言ったところで、どうにかなるものなのか。第二印象は直後に間違い
だったことに気づくことになる。
そこまで考えたところでやっと気づいた。

(このコ、なっちと仲が良かった・・・・・・・矢口だっけ?)

いずれにしてもこの少女の評判を知らないわけではない。
遠慮することはない、言えばどんな怪我でも治してくれるはずだ。このあとの
自分がやらねばならない事を思うと、体調を万全にしておいても決して安心は
できないのだから。
80 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時36分12秒
「まだ少し左腕が痛い、右の脇腹も、あと右手の人差し指を突き指してる」
「ん、わかった」

少し無愛想に言い過ぎたかもしれない。
しかし嫌な顔一つせず軽く返事をした矢口は、さっそく魔術の光を浴びせてきた。
数分もせず、まるで保田との戦闘などなかったかのように、体が癒える。

(こういう魔術もあるんだよな)

いままで魔術に対して、その破壊力だけに注目してきていたが、矢口の使う
癒しの魔術を見て考えさせられてしまう。
保田との闘い以来、自分の中で何かが変わりつつある。

あまりこの場にいるのは良くない。変わってはいけない、少なくとも今回の
目的を遂げるまでは。

「それじゃ、もう行くから」

「・・・・・・・裕ちゃん、来てるよ。心配してた」

心臓が激しく動きだす。まさかこんなところでその名を聞くことになろうとは
思いもしなかった。
81 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時36分46秒
「そう・・・・・・・でも会う気はないよ、今はね」
「裕ちゃんを許してあげて」
「元々、恨んでるわけじゃないから。許すもなにもないよ」

言い残すとベッドから降りて入り口へと歩きだす。
あまり部外者が口だしするのは悪いと思ったのか、矢口がそれ以上話し
かけてくることはなかった。

気にかかるのは中澤がここに来ているということ。 
疑問なのは、中澤は事情を知っているのか、それとも偶然なのか
もし事情を知っているならば、どこから仕入れたのか。と、これは考える
までもない疑問だった。

(みっちゃんの仕業ね)

全くもってやっかいな二人組だ。できれば遭遇しないうちに目的を
遂げてしまいたい。

福田は急ぎ足で女王と国王のもとへとむかった。
82 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時37分16秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
既に3回戦。
辻の相手は特に屈強な人間というわけではない。体格も顔もいたって平均的
な人間。年は20代前半といったところか。
どうやら相手はどこかの道場の師範代クラスといったところか。というのは
事前に安倍が教えてくれたことなのだが、なるほど対峙してみるとなんとなく
辻にもわかる。
今までとは違い、構えからして無駄がない。ついでに今のところ隙もない。
少し緊張してきた。きちんとした格闘の訓練など卒業以来全くしていない。
おまけに武器もない。

既に試合が始まって数十秒がすぎているにもかかわらず、相手が動く気配は全く
なく、様子を伺う一方である。

(いいのかな、このままで。お客さんが退屈しちゃうんじゃないかな・・・・・)

訓練の数では負けているだろうが、実戦の数となると辻も負けてはいない。
おそらくこの闘技場のどこかで自分を見ている加護に格好悪いところは見せられない。

気づけば相手はすぐそこまで迫っていた。どうやら待ちきれなかったのはむこう
らしい。
83 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時37分55秒
その動きは飯田よりも数段遅く、その拳の突きは安倍ほどの技を感じさせない
ものだった。すなわち、それほどすごくはなかった。

右手で攻撃してきた相手に対して、左に跳んで避ける。すかさず隙だらけの
側面から攻撃を仕掛けようとするが、相手の放った裏拳に気づいて背後に跳んで
逃れる。
勘だけで放ったらしく、避けるまでもなかった一撃だったが。

さすがに今の攻防から辻の実力を読み取ったらしく、慌てて男が距離をとった。
そして、右手を前に伸ばした構えで静止する。
作戦変更してきたらしい、リーチの差を利用するつもりか。
さすがにそこまで露骨に構えられると攻めにくい。
なんとなく正面にいるのは嫌なので辻が横に移動すると、男も向きを変えて
辻を正面にとらえる。

(安倍さんならこんな時どうするか考えてみよう・・・・・・・)

相手からは攻めてこないのを逆手にとって考え込む。
しかしなにしろほとんど闘わない安倍のことだ、データがなさすぎる。
84 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時38分45秒
辻の頭に福田のことが浮かぶ。しかし戦闘中に思い出したくはない。
次に飯田のことを考えるが、参考にはならない。
あと一人。誰か忘れている気がする。
福田の闘いを見て安倍を連想し、安倍からさらに連想できそうな人物。

(・・・・・・!! よっすぃ〜!)

都合のいいタイミングで思いついたのは偶然ではない。観戦している
吉澤が相手の男の背後に見えたからだった。

こちらを見ていた吉澤が、自分の腕をポンと叩いてみせる。
それが答だった。

八重歯をのぞかせて吉澤に微笑む。加護にむけるものと同じ笑顔。
全ての人間を癒す天使の笑顔が吉澤に炸裂した。






「何にやけてんのよ、吉澤。不気味よ、はっきり言って」
「・・・・・!!!」
85 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時39分58秒
意を決する。今回の場合はわざと相手の術中にはまるのだ。
まともにいきすぎて相手に警戒されては面倒なので、左右に小刻みにフェイント
をかけながら接近していく。
十歩を超えた時点で既に男の間合いに入った。
さらに一歩進んだところで、突き出された腕にTシャツの襟首を掴まれて突進
を止められた。そのまま勢いで2〜3メートル相手を地すべりさせる。

完全に止まったところで作戦開始。
ここからは相手の動きと自分の動きの早さ比べになる。
速さが一緒でも辻のほうが有利になる。狙う場所は数センチ先にある男の右腕、
力だけに任せて自分の左手を下から叩きつける。
Tシャツの襟を少し破って、男の右手が吹っ飛ぶ。それに連動して男自身も
右方向に半回転した。

膝の後ろに軽い蹴りをいれて膝をつかせる。ちょうどいい高さになったところ
で回し蹴りを側頭部に命中させた。
辻の中では飯田をイメージして放った回し蹴りなのだが、いかんせん手足の
長さが全く違うため誰も気づいてはくれないだろう。

(いいもん、私が勝手に思ってるだけなんだから・・・・・)
86 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時40分31秒
完全な決着により試合を終わらせた辻は速やかに控え室へとむかう。
帰り道で次の試合へとむかう安倍に遭遇した。

「計画変更よ。私の試合が終わったら行動開始」

小さな声で最低限を伝えてきた。
繰り上げられた予定に、一気に緊張感が溢れだす。
87 名前:影武者 投稿日:2001年09月21日(金)17時48分09秒
>>空唄さん
石川なしでも楽しんでもらえてよかった。
本望です。必ずどこかに石川はでるので。

>>66
読んでもらってありがたいです。
続き、やる気がでました。レス感謝します。

88 名前:七位 投稿日:2001年09月22日(土)02時04分47秒
女王がらみの先の読めない展開に、わくわくします。
ののが色々考えながらやってるところがよかった
回りから色々吸収してもっと強くなれ
89 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月22日(土)04時04分19秒
保田は勝ったのか?
だとしたら“侮れんな圭ちゃん”って感じかな(w
それにしてもみんな強いな〜。本気でやったら誰が1番なんだろう?
90 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月24日(月)00時16分52秒
戦闘シーン書くの上手いですねぇ・・・
でもたまに誰が喋ってるのか分からなくなるのは僕だけ?
生意気言ってすいません、でも全然面白いんで頑張って下さい
91 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月24日(月)03時04分28秒
>90
あんただけでは無い。話してるのが誰か迷うと萎えてしまうので
読者に優しくして欲しいものだ。本筋が良いので耐えられる。
作者も書いていくうちに上達してくれるだろう
92 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時54分28秒
闘技場が舞台の演劇か。
悪く言えば八百長試合か。
安倍と相手の男とのレベルは桁が違った。別次元だった。

「どうよ、強化版吉澤って感じするでしょ?」
「まあ・・・・・私よりは強そうですけど・・・・・・」
「あんたと闘うとこも見てみたい気もするけどね」

安倍の闘いを観察してみてわかったのだが、今保田が言ったとおり、自分と似て
いると感じる部分がいくつもある。

(いったい何手先まで読んでるんだろう・・・・・・・)

相手のくりだす打撃のコンビネーションをことごとくかわす。というよりは
相手がわざと外しているように見える。なぜなら安倍のスピードはお世辞にも
速い動きとは言えない。
もちろんそれが全力というわけではなく、わざと手加減しているのだが。
完全に相手の攻撃を予想しているために流れるような動作で打撃をかわし続けて
いる。

「じれったいな〜。さっさと決めりゃいいのよ」

まあ保田のつぶやきもわからないでもないが。

(保田さんには絶対できない闘い方だな・・・・・)
93 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時55分34秒
できればもっと安倍の華麗な試合を見ていたい気もするが、いつまでも
決着をつけないままでは大会が成り立たない。
そろそろ吉澤も勝負を決めてもいいころだと思い始めてきた。

(ここだ!)

相手の男が放った大振りな蹴りをかわした瞬間、自分ならここで決める
と思った瞬間、安倍が初めて攻勢へと移った。
顔面へ迫りくる蹴りを身をかがめて避け、相手の軸足に軽く足払いをかける。
とても人間一人を転ばせることなど不可能に見える一撃だが、男はほぼ半回転
するのではないかというほど派手に転倒した。全く力をいれずにここまでの
効果を発揮するのは完璧なタイミングの成せる業だろう。

後頭部を地面に叩きつけられ、苦しむ相手の腕を踏みつけ、さらに喉をもう
一方の足で軽く踏みつける。力をこめればとどめを刺せるが、そうはしない。
踏みつけられた相手は審判にむかって手を振る。降参の合図だ。

圧倒的としか言いようのない試合内容だった。実力の半分もださずに
準々決勝を勝ってしまった。
完全に残った選手のなかでは頭一つ分抜きんでている存在にちがいない。
94 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時56分35秒
「どうよ、あんたの予想じゃ誰が一番強そうよ?」
「パワーなら保田さん、スピードなら辻ちゃん、技の練度なら安倍さん
 ってところですかね。
 もっとも安倍さんはまだ全力じゃないから、よくはわかりませんけど」
「あんたの名前がなかったけど?」
「技とスピードなら2番目ぐらいなんじゃないかと・・・・・・・」

もしかしたら成長してないのかもしれない。
数ヶ月で見違えるほどに腕を上げた辻に比べると、自信がない。

「ふふふ、自信なさそうなツラしてるから一ついいこと教えてあげる。
 あんたのいいところは誰にも負けないとこ。
 紗耶香や私がどうしても勝てないときは任せるからね」
「それは・・・・まあ、どうも」
「さっ、次は私たちの番だね。手加減なんてしたら許さないからね」

闘場へむかう足取りは軽い、保田との闘いは間違いなく死闘になる。
負けるわけにはいかない、勝てる気など微塵もしない、引き分けでは終わるまい。

昔聞いた、なんでも貫く槍とどんな武器も防ぐ盾の話を思い出した。

(この話ってどんなオチだったっけ?)
95 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時57分27秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
試合場から遠ざかっていく二つの影、安倍と辻である。

「よっすぃ〜と保田さんがですか?」
「そう、確かな情報だから。
 次は彼女たちの試合だから、邪魔者がいないうちに行動するよ」

関係者以外立ち入り禁止の通路、王族の観戦している席へと続く通路を
歩きながら安倍と辻は打ち合わせをしている。

「あと二人、こっちは女王の護衛役のようね。
 この二人は圭織と加護ちゃんがおさえてくれるから」
「私たちは何をすればいいんですか?」
「誘拐はしない、その場で目標をねじ伏せるの。
 時間との勝負よ、いくら圭織たちでも長くはもたないだろうから」

それにしても随分な距離を歩いているはずなのに、全く警備にあたっている
人間の姿が見えない。不思議だ。

「!!?・・・安倍さん!」
「急ごう」

どうやら只事ではない、何度目かの通路の曲がり角を曲がったところで異変に
気づいた。床や壁に付着した血痕、間違いなく自分たちより先に侵入した人間
がいることを物語っていた。
96 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時58分16秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
新女王、言うまでもなく今回の任務の中心、命をかけて守らねばならない
人間・・・・なのだが、どうやら任務は二人だけで遂行せねばならない。
市井は悩んでいた。現在行われている試合に頭を痛めていた。

「やばいんじゃないの? 市井ちゃん」
「そうだね、まあ圭ちゃんの性格を考えるとある程度は予想できたけど」

保田と吉澤、両者の繰り広げている闘いはもはや試合の域を超えている。
女王の即位式も兼ねているというのに、このような凄惨な闘いを繰り広げて
いいのだろうか。

保田の必殺の一撃と吉澤の必殺の技とのぶつかりあいで、戦闘不能と再起不能
の一歩手前をさまよう闘いは、まさに殺し合いと言いきってよい。

「まったく、圭ちゃんも吉澤もなにやってんだよ」

いくらなんでも限度がある。真剣にやるのに文句を言うつもりはなかったが、
あまりにも異常な闘いぶりに不安が増していく。
97 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時58分56秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「安心して・・・・ゴホッ・・・・・倒されなさい。
 医務室の・・・・・魔術士・・・・・・・腕は良かったから・・・・」

なんとか言いきった保田はさらに咳き込む。その一回ごとに血の霧を吐き出し、
苦痛にゆがむ顔からは「もうやめたい」などという感情は微塵も読み取れない。

吉澤の所見では・・・・・・どちらかといえば危険なのは保田のほうだ。
一見同じだけダメージを負っているように見えるが、自分は重傷、保田は重体と
怪我の質が違う。
以上のことから考えるに、保田が闘うのを止めねばならない、しかし本人は
止める気などない、ならば自分が止めるしかない。

(一撃だ、次で決めないと保田さんの体がもたない)

無論、自分とてそう余裕があるわけではなく、右腕は既に死んでいる。
かわしきれなかった打撃は全て右腕で受け止めてきた。数発はガードした
だろうか、2発ガードした時点でもはや感覚がなくなってしまったが。
98 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)00時59分46秒
福田の気持ちが理解できた。自分のスタイルを崩してまで保田相手に正面から
ぶつかっていった気持ち、覚悟。

格闘魔術士の究極。一撃必殺を体現しつつある魔術士。
訓練の差を才能でカバーし、技術の差を破壊力で打ち消す。

あの中澤に対してさえ、瞬時にこれだけの褒め言葉は浮かんでこない。
一生に一度出会えることすら奇跡である。小細工なしでぶつかっていきたい
と、自分は考えている。ということは福田も似たようなことを思ったはずだ。
99 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時00分25秒
戦闘の主導権、攻撃からしかそれは握れない。
防御主体の自分だが、攻撃は最大の防御とも言う。決して攻撃技が苦手
というわけではない。

柔らかく、スピードよりもタイミングを重視して保田に接近する。
独特の歩法で距離をつめていく。視線で一つフェイントをいれ、左肩で
もう一つフェイントをいれる。
反射的に防御しようとしたため、保田に手を出させることなく間合いの一歩
内側に入ることができた。
長く危険な一瞬が始まる。中途半端な攻撃をしては反撃されて終わる。
時間をかけてはやられてしまう、時間をかけなければ倒せない。
様々な事情により、かれこれ20分以上も同じことの繰り返しだった。

まずは突進した勢いのままに、保田の顎に頭突きを一発、左のボディーブロー、
追撃防止のローキック。

最後のローキックの時点で後ろにさがることを考えていないと掴まれてしまう。
保田にとどめを刺すことを考えるならば、あと2〜3動作必要なのだが
そんな余裕などない。急いで後ろに一足飛びに逃れる。

脳を揺らされ、呼吸を邪魔され、足を止められた保田は根性なのか本能による
ものか、決してダウンはしなかった。
100 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時01分08秒
甘くみていた、と保田は認めざるをえなかった。
福田に勝てたことで、似たようなタイプの吉澤にも勝てるものだと心のどこかに
油断が生まれていた。

(そういや福田ってのに勝ったのも最初の不意打ちのおかげみたいなもんだし)

これ以上考えても、きっと悪い事しか思いつかない。

(もう何も考えない、思わない。あとのことなんて知らない・・・・・・)

仕事を放棄することを決意した。反撃のチャンスは吉澤がとどめを刺そうと
してきた時。あと数秒後。
再び吉澤が迫る。残像があとをひきそうな流れるような歩法、思わず距離感
を失いそうな接近法。これにかかるとほぼ確実に攻撃をもれってしまう。
事実、今のところ攻略法が見つけられず、初撃から喰らいっ放しだ。

短い一瞬が訪れた。短すぎて反撃の機会すらない。
今回はとんでもなく速い左のジャブが顔面を襲う。
しかしこれは最初からかわす気はない。わざと喰らい、といってもそれしか
選択肢はないが、二撃目に狙いをしぼる。
顔面を両手でおおう。これは賭けだ。
腹か? 足か? 吉澤がどちらを攻撃してくるかで勝敗の決まる、確率が
2分の1の賭けだ。
101 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時01分41秒
(腹かっ!!)

口に出したわけではないが、体内に貯めていた酸素を一気に吐き出してしまった。
それほどまでに強烈すぎるボディーブローだった。
ともあれ、賭けには勝った。
苦痛に耐え切れずうずくまるふりをして身をかがめると、次の瞬間に反動で
おもいっきりタックルする。

足の筋肉が何本かちぎれたかもしれない、自分の足から聞こえた不気味な
音をあえて無視して吉澤に抱きつく。
あれだけ吉澤の攻撃を受けてなお、このタックルを成功させてくれた自分の足に
感謝した。
失敗したらそのまま倒れてしまっていた。そうなるともはや立ち上がることなど
できない。試合は終わっていただろう。そのほうが良かったのかもしれない。

転倒し、数秒間のもみ合いののちに、保田の待ち望んでいた瞬間が訪れた。
吉澤の上に馬乗りになり、その左腕を押さえつける。右腕の使えない吉澤の
反撃を完全に封じた。最後の作業にはいる、決めゼリフを言う。

「降参しなさい、吉澤」
「・・・・・・・・」
102 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時02分15秒
「吉澤!! あんたならわかるでしょ!」

降参の意思を見せない吉澤に、つい声を荒げてしまった。
しかしこれ以上は本当に意味がない、ただとどめを刺すためだけに続行する
ことなど無意味の極みだ。
いったい何をそんなにムキになっているのか、吉澤らしくない。

保田は威嚇のつもりで腕を振り上げた。
吉澤は動くはずのない右腕を振り上げた。

「お!? グッ!」
103 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時02分59秒
ガードのしようがなかった。吉澤はまるでバットのように腕を振ってきた。
こめかみに拳の部分をくらい、激痛に涙が出そうになる。
ほんのわずかに出来た隙を見逃さず、吉澤は回転して保田の体の下から
抜け出ていった。

「てっきり動かないもんだと思ってたよ、あんたの右腕」

座ったままの体勢で、単にもう立てないだけなのだが、余裕のある素振りで
吉澤に尋ねる。

「これでもう完全に使い物にならなくなりました」

こちらは立ち上がって十分な間合いをとった吉澤が言い返してくる。

ふりだしに戻った、というのは言いすぎにしても、手の届くところまできていた
決着は再び遠ざかった。
保田も無理をして立ち上がった。

限界を超えてなお増えていくダメージに反して、全く決着のつかない闘いに
いらだつ保田。
かたくななまでに闘い続けようとする吉澤。
間違いなく今回最大級の闘いに興奮する観客。
誰一人として上空の異常に気づく者はいなかった。
104 名前:影武者 投稿日:2001年09月25日(火)01時28分18秒
>>七位さん
女王がらみのわりには、いまだセリフしかない松浦です。
他のメンバーが成長の余地のないほど強いぶん、辻には成長する様子など
のエピソードが書けていければと思ってます。

>>89
保田は勝ちました。この小説での保田は滅法強いです。
本気でやったら一番強いのは・・・・・もはや一人が一番ということには
ならなさそうです。う〜む・・・・・

>>90
生意気ではありませんよ。貴重な意見ですよ。
戦闘シーン、褒めていただいて感謝します。
これからも読みやすくなるよう努力するので、読み続けてやってください。

>>91
どうも意見をありがとうございます。
以後は読者にやさしい「エンジェル伝説」になれるように頑張ります。
メール欄のフォローも見ましたよ。喜んでます。
105 名前:空唄 投稿日:2001年09月25日(火)02時38分51秒
なんかもう、大会どころじゃなくなってますね。
そんな中二人の戦いが盛り上がってる……。
それにしても、女王に関する件の真実が未だ見えてこないですね。
106 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月25日(火)19時12分37秒
刹那に一生をかける保田の生き様がかっこいい
107 名前:90 投稿日:2001年09月28日(金)01時16分01秒
だいぶ読み易いです!また一回り大きくなりましたね(笑
これからの展開も期待です
108 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時34分12秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「ストップ、辻ちゃん」

通路を走っている安倍、その2〜3メートル前方を走っている辻にむかって
慌てて指令をだす。
が、既に遅かった。辻が通路の曲がり角を曲がった瞬間

「そこで何をしてる!!」

警備の男の声が通路に響いた。
てっきり見張りの兵士は全て倒されているものだと思っていたが、その場を
境になにごともなかったかのように兵士たちが配置されていた。
逃げるのは論外だ、ただ相手を警戒させてしまうだけになる。
むかうのだ、ざっと見たところ女王たちのいる場所までには十数人程度の
兵士しかいない。そう判断し、安倍はさらに加速する。辻も再び走りだす。

「強行突破よ」
「はい」

既に辻の腕には鉄甲が装着されている。
安倍は走る。辻はその一歩前を走る。
109 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時34分47秒
通路をふさぐ兵士たち、その先頭にいた人間が辻に警棒を振るう。
鉄製の警棒と辻の鉄甲がぶつかり、お互いをはじいた。
辻は勢いを殺さず、兵士たちの群れの中にとびこんで行ってしまった。

さすがに安倍も焦る、あっという間に兵士は辻へと殺到し、警棒を振り
下ろしていくのが見えた。
とにかく群れを分散させる、自分に注意をむけさせる必要がある。
安倍は手前にいた兵士をおもいっきり蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた兵士は
数人を巻き込んで倒れこむ。

半分近くを一蹴りでなぎ倒した安倍が辻を見ると、意外なことに全くの
無傷で、その足元には既に3人ほどの兵士が倒れていた。

(あの状態から・・・・・・・?)

安倍の疑問をよそに、辻は360度からくる攻撃の全てを、鉄甲で受け、
あるいは体をずらしてよけ、確実に一人ずつ反撃で倒していく。


気づいてみれば・・・・・・・倒れている兵士のうちのほぼ全員を辻一人
で倒してしまっていた。
110 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時35分22秒
「安倍さん?」

兵士との戦闘の後半はほとんど辻だけが戦っていたために、ついみとれていた
安倍が辻の声で我にかえった。

(この大会中に相当成長したんだね・・・・・・辻ちゃん)

既に辻と同じ年齢だった頃の安倍を超えている。安部がたいした事を教えた
わけでもないのに驚異的なスピードで成長しつつある。
考えてみれば辻ほどの年齢で実戦を経験していること自体異常なことなのだ。
辻の異常な成長も認めざるをえない。

感心しつつ、警戒しつつ、走りはじめる。
数メートル先に扉はある。蹴破る、そう決心して歩幅を調節する。

本来ならば押して開くはずの扉なのだが、侵入者である自分たちに礼儀もなにも
関係ない。安倍は蹴りで、辻は鉄拳でこじ開けた、というよりも破壊した。
111 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時36分03秒
破壊し、とび込む。開いて入っていてはやられていた。
とび込んだ瞬間に安倍と辻を襲った電撃、つっ込んだ勢いを利用してなんなく
かわす二人。

おそらく先ほどの兵士との戦闘の気配を察知したのだろう、明らかにこちらが
とび込んでくるタイミングにあわせての魔術だった。

扉の手前の安倍と辻、背後に女王たちをかばうような状態の市井と後藤。
怪しい人物は見当たらなかった、安倍と辻以外には。

(てっきり誰かが先に来てると思ったんだけど・・・・・誘導された?)

少し不用意だったかもしれない、後悔する安倍に後藤の放った数発の光弾が
迫るが、取り乱したりはしない。
反射的に横に跳んで逃げようとするのをこらえ、光弾の間隔を見極めると
その隙間を通り抜けて前へと走り後藤に迫る。
紙一重で通り過ぎていく魔術をものともしない度胸がないと成功しない。
魔術を相手に素手の人間がカウンターをとる。
中澤の教えを基に実戦であみだした必殺の技術、驚愕に顔をゆがませる後藤
にあと一歩の距離まで詰めた。
112 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時36分42秒
慌てて放たれた市井の拳を、慌てて安倍も回避した。

(速い、それに上手い。魔術だけが武器ってわけじゃないのか)

市井の一撃から瞬時に安倍は読み取った。ただの魔導士ならば今のカウンター
で決着はついていただろうが、接近戦もこなせる市井のせいで阻止された。
安倍の頭に飯田のことが浮かぶ。非常に似たタイプの魔術士だ。

「動くな」

市井に言われるまでもなく安倍は動けなかった。市井の攻撃をかわしたせいで
距離が開いた。魔術には有利で素手には圧倒的に不利な距離。
後藤は辻に視線を送り、牽制する。辻も動けない。



「あなたが真実を知っているのかわからないけど・・・・・・・・・」
「・・・?」

突然話し始めた安倍にも警戒を怠らず、しかしいぶかしげな表情をうかべて
市井は耳をかたむける。
その様子を確認して再び安倍は口を開いた。

「私がこれから言う事は嘘じゃない。そこにいる男は大臣なんかじゃない」
113 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時37分25秒
不気味なほどの説得力がある。安倍の言葉はまるで魔術のような威力を発揮した。

「こんなこと言ってますけど、どうします?」

市井は思ったことを口にだす、無礼だろうが口にだす。
大臣が相手だろうと遠慮はしない。
安倍の言ったことを信用したわけではないが、これを機にどうしても確認
しておきたい。

「なっちの言ったことは概ね真実だよ」

答えたのは大臣ではない、そもそも女の声である。
市井の首のひっかき傷がうずいた。
福田はいつの間にか扉にもたれていた。少なくとも安倍が話している時には
既にいたのだろう。

「もっとも、私が用があるのは女王様のほうだけどね」

市井も後藤も、安倍ですら理解できない独り言をつぶやきながら福田が動きだした。
114 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時38分10秒
「ここは任せてください」

大臣の一言で女王・国王ともに福田とは逆の方向にある出口から去っていく。
勝手に事態が進行していく、おそらくはこの場で最も事情を把握できていない
と感じた市井は焦る。

「待ちなさい、松浦亜弥!」

福田は追いかけようとしている。

「止めろ! そいつを通すな」

大臣の命令が響き渡る。
安倍と辻の方はともかくとしても、福田を信用はできない。市井はとりあえず
目先のことから片付けることにする。

圧縮した空気の塊を福田にむかって撃ちだす、威力は人間が体当たりするほどの
ものだが、目には見えないという利点がある。
まずは福田の動きを止めるために、最も確実性の高い魔術を使った、のだが。
先ほどの安倍を思わせる動きであっさりとそれをかわしてしまう福田。

「んな馬鹿な!」

理不尽すぎる。市井は心の底から叫んだ。
115 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時38分52秒
風のように速い。福田のスピードを例えるならば、そう言ったとしても
決して大袈裟ではない。
市井に2発目の魔術を使わせる暇など与えず、松浦の出て行った扉を抜けて
行ってしまった。

「明日香!!」

福田の後を追いかけようとする安倍の足元を、後藤の放った電流が直撃した。
そのまま後藤と睨み合う。
うかつに動いては魔術の餌食になる、安倍は動かない。
うかつに魔術を使ってはカウンターをとられる、後藤は動けない。

「後藤、先にあのコを狙うんだ」

短時間で安倍を制圧するのは無理だと判断した市井がターゲットの変更を
指示する。
悪くない判断だと安倍は思った、しかし致命的なタイミングだとも思った。
116 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時39分50秒
よりにもよって今。最悪のタイミングで辻を狙ってしまった。
親友を狙われた怒り、妹分を攻撃された怒り。
絶対に怒らせてはならない二人を市井と後藤は怒らせた。

辻へと放たれた光球の弾幕は、着弾する一歩手前で消滅する。
明らかに魔術による所業に、市井と後藤はあたりを見回すが、おそらく
視界にそれらしき人物は見当たらなかったはずだ。
それでも次の瞬間の攻撃が防御できたのは、市井の読みと後藤の反応の速さ
のおかげだった。

「上だっ!!」

市井の声が響いた一瞬後、疑いも迷いもなく展開された後藤の防御壁が
上空から降ってきた炎の滝から二人を遮断した。
一瞬でも市井の読みが遅れていれば、一瞬でも後藤が躊躇していたら二人とも
焼け死んでいるところだった。

上空には一つの影。加護を抱きかかえた飯田が空中に浮かんでいた。
117 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時40分43秒
「やっちゃいな、加護!」

珍しく凶暴な指示を出す飯田。そして全く躊躇することなく実行する加護。
再び空中から放たれる炎の滝、をさらにパワーアップさせた炎の竜巻が襲い
かかる。
辺りの物を滅茶苦茶に破壊し、周囲に熱風を撒き散らして暴れ狂う魔術。

(観客たちも気づきはじめてる。急ごう、ケリをつけよう)

安倍はそう判断せざるをえなかった。
何人かの人間は既にこちらの異常に気づいている。
隠密行動をするには加護の魔術はいささか激しすぎる威力をもっていた。

魔術の効果が切れた跡には別段変わった様子もなく市井と後藤が立っていた。
あの威力を完全に防いだのは驚嘆させられるが、効果がなかったはずがない。
相当の威嚇にはなったはずだ。

「辻ちゃん、出口を!」

事態は急変、流れはこちらにあり。そう判断した安倍は、今度はこちらが
追い詰める番だとばかりに退路をふさぐ。
出口、松浦・福田が出て行った扉の前へ立つ辻。
118 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時41分42秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
無言の殴り合いがいったいどれだけの時間続いたのだろう。保田は麻痺
しはじめた思考をつなぎとめようと、必死で自分に問いかけていた。

何かに憑かれたように突進を繰り返してくる吉澤、あの華麗な技はどこへ
いったのか不思議なほどの無謀な特攻。
できれば早急に決着をつけたいが、全く言う事を聞かない両足が保田の
攻撃力を半分以下に削ぎ落とす。単発では倒せない。
即ち攻撃では決着がつかない。

保田は決意した。といってもかわいい後輩のためだ、2・3発殴られるぐらい
耐えるのに抵抗はない。

無謀な、無意味な突撃を敢行してくる吉澤。
蹴りを足に受けた、倒れず我慢するのはこれが最後にしたい。
一生懸命我慢しているところへボディーブロー、嫌なタイミングのそれも
覚悟の上なれば耐えられる。

吉澤との勝負、終わらせるのに必要なのは拳ではなく言葉。
保田はわざと受けた吉澤の左腕を掴んだ。

「どうした、吉澤。らしくないんじゃないの?」
119 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時42分39秒
戦闘中とは思えないほどの、穏やかな表情を浮かべる保田。
戦士の仮面は脱ぎ捨てた、後輩を心配する先輩の顔をさらす。観客たちには
悪いが、こっちの事情を優先させてもらう。

「今のあんた、冷静じゃなさすぎる。
 そんな状態で闘っても実力は出し切れないよ」

諦めたのか、無駄だと判ったのか、吉澤は掴まれた腕を振りほどこうとは
しなかった。

動きの止まった吉澤を見て、至近距離で吉澤の顔を見て気づいたことがある。
泣いていた。汗だけではなかった。
なぜ気づいてやれなかったのか、激しい後悔が保田を襲った。

「・・・・・吉澤・・・・・・・」
「私は絶対負けないって、そう言ったのは保田さんですよ。
 せっかく、辻ちゃんのように、私も成長したんだと思った。
 私だけ、何もないと思ってたのに、せっかく保田さんが、教えてくれたのに」

いくらか錯乱しているのか、混乱した話し方ではあるが、言いたいことは
これ以上ないほどに理解できた。
120 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時43分27秒
「・・・・・馬鹿だね」
「・・・・・・・・・・・」

保田の一言に吉澤が体を震わせた。あきれられたと思ったのか、保田が怒って
いると思ったのか、どちらかだろう。

「馬鹿だったね、私。
 ちゃんと説明しなかったせいで苦しめちゃったみたいだね」
「・・・・・・・・!?」

いつの間にか、保田は吉澤の腕を放していた。
次の言葉で決着はつく。だからもう必要ない。

「もしあんたが冷静だったら、確かに私に負けるなんてことはない。
 そもそも闘わないんだよ。
 潔く退却できる勇気と逃げるタイミングを間違わない判断力。
 それがあんたが絶対負けない理由」
「・・・・・・そうなんですか?」
「そうよ! あんたもしかして真正面から私とやりあって勝てるとでも
 思ってたの?
 自惚れんじゃないわよ、吉澤のクセに」

物理的には、目が点になるはずなどないが、吉澤の心情を表現するならば
目が点になっているというのも間違いではない。
121 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時44分20秒
「ひど〜い!! こんなになるまで頑張ったのに〜!!」
「知るかい! 
 だいたい私に勝とうとすることが間違いなのよ」


保田としてはこのまま吉澤と言い争いを続けるのも悪くはないと思うのだが、
最後のボディーブローが致命的だった。

「保田さん!!」

膝をつき、血を吐く保田に悲鳴をあげる吉澤。
122 名前:影武者 投稿日:2001年09月29日(土)18時59分05秒
>>空唄さん
女王編は長いです。このスレを使い切るかもしれないほどに。
今、やっと前編が終わったぐらい。前・中・後編ぐらいで第3章は語ります。
それにしても女王のことを覚えてくれていてよかったです。
もちろん語ります、しっかりと。

>>106
保田、かなりかっこいいキャラに仕上がっています。
吉澤との勝負がはっきりしないままになりそうなので言っておくと、
吉澤より強いです。

>>107(90)
いや〜、よかった、よかった。
とりあえず気にして書くようにはしていたんで。
これからもさらに大きくなっていくため精進します。

今回の更新、少し前回から時間がかかりましたが、皆さんの感想に毎日
励まされてます。感謝します。
123 名前:ぐれいす 投稿日:2001年09月29日(土)19時06分51秒
最近見てなかったんですがとうとう決着がつきましたね(保vs吉)
保田さんを殺さないで上げてください。おねがいします
124 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)14時58分15秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
飯田が降りてきた。さすがに疲れたのだろう。
かなり前から加護を抱えて上空で待機していたのだから当然だ。
しっかりと辻の間近に着地し、市井と後藤からかばうように前に立つ。
背の低い辻は完全に飯田の体の影に隠れ、さらに隣でその身を案じてくる
加護により、鉄壁の空間へと隔離される。安倍は少し妬けた。

(圭織も辻ちゃんをかわいがりすぎなんだよ・・・・・
 二人とも辻ちゃんのとこにいたら、誰が私をあの二人の魔術から守るのよ)

安倍とて飯田と加護の気持ちはわからないでもないが。
ともかく、市井と後藤も現状況で自分たちの方が不利だということぐらいは
理解できているだろう。迂闊に手は出してこないはずだ。

安倍の目的を果たすには、十分なシチュエーションになった。
大臣にむかって、さらに市井と後藤にも聞こえるように伝える。

「よく聞きなさい。本物の大臣は既に連盟が保護してる。
 あんたが偽者だってことはいずれバレる・・・・・捕まりなさい、おとなしく」

我ながらおかしなことを言ったと安倍は思った。
「捕まりなさい」と言った割には、「おとなしく」と言った割には、自分には
そうする気など全くない。
125 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)14時58分57秒
「どういうこと?」

そう質問した市井の口調には、もはや大臣に対する気遣いなど跡形もなかった。

「どういうこととは?」
「今言われたことは本当かどうか。
 もし本当なら、これ以上は協力できませんよ」

市井はもはや大臣のことを味方とは思っていない、しかし安倍たちのことも
味方だとは思っていない。
味方は後藤だけ、いざとなれば魔術の2・3発も放ってこの場を離脱すること
も頭の片隅で考えていた。

(とにかく情報が少なすぎる。状況が読めないうちはどちらにもつけない)

今までにもどちらが正しいか判断できないことがあった。そんな時の市井の
行動、それは第三者になること。
一度、一切の関係を断ち、客観性を高める。
126 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)14時59分48秒
永くない沈黙が続き、沈黙はあっさりと破られた。
大臣は特に答えに困っていた様子はなかった。あと数秒も待てば、市井の
質問に答えていたかもしれない。

唐突だったとはいえ、起こった事といえば一人の男がやって来ただけ。
安倍と辻が入ってきた扉から歩いて入ってきただけのことだった。
たいして驚くようなことではない。
事実、市井も後藤も一瞬視線を送っただけで大臣への警戒を最優先させた。

あからさまに驚いた様子を見せたのは安倍と飯田だった。
体を一瞬震わせて驚く飯田に、背後にいた辻も只事ではないことを察知する。
一言、誰に言うでもなく漏らした飯田の言葉。

「・・・・・・・つんく」
127 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時00分52秒
「おっ! 懐かしいヤツがおるな〜」

飯田の敵意のこもった言葉とは対称に、つんくの口調は軽快だった。
その場の状況などまるでおかまいなしといった様子のつんくは、次にいきなり
核心をつく発言を繰り出す。

「たいせ〜、もう変身解いてええで」

即座に、あっさりと、大臣だった人物が変形する。
まるで体の表面が液体化したかのように、流動的な動きで姿を変えていく。
そしてその姿に安倍たちは見覚えがあった。

「あっ! あいつ!」

加護も覚えていたらしい。
むしろ加護や辻の方がより印象に残っているかもしれない。
あの日、加護と辻が安倍と飯田の仲間になった日に追いかけまわした男。
128 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時01分40秒
暴かなければならない秘密は相手の方から晒してしまった。
それなのに任務はより困難なものへと変化していく。
誰もが動けずにいるなか、つんくの話し声だけが流れていく。

「おう、そいつら新しい仲間か?」

飯田の後ろにいる辻と、その横にいる加護を見たつんくが言う。
咄嗟に飯田は二人をかばうように前にでる。
市井と後藤は、その姿を完全に変えたたいせーへの警戒を強めるとともに、
つんくにも新たに警戒の視線をむける。
辻と加護はたいせーの見せた変身に驚いている様子で固まっている。
安倍だけが、動揺を押し殺して口を開いた。

「女王と国王はどうしたの!?
 あなたが殺そうとした大臣から全て聞いてるのよ!」

「国王は殺した。今おるんはただの操り人形や。
 女王は生きとる。今おるんが本物や。
 あぁ、ついでにな、大臣は今しがた殺してきたところや」

今度は市井と後藤の表情が凍りつく。疑惑が一気に証明された。
129 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時02分38秒
「そんな事言っちゃっていいの?
 そのコたちには秘密にしといたほうが良かったんじゃないの」

疑問に思った安倍が訊いた。
下手すれば市井や後藤がこちらの味方になることも考えられるのに、なぜ
そんなことを言うのか。

「ぜひ協力して欲しいんや。
 あいつは強くなりすぎたみたいや。福田一人だけじゃ訓練にならん」
「明日香のこと? 明日香はいったい何をしようとしてるの?」

あいつというのが誰なのかも気になるが、福田のことも気になる。

「闘いたいらしいわ、俺の創った魔人と。新女王、松浦亜弥と」

「魔人」安倍の知らない単語が出てきたことで考え込む。
どうやら福田が松浦亜弥と闘いたいというのは理解できた。
かねてより強い相手と闘いたがっていた福田のことだけに、なんとなく
理解できる話ではある。

「ちょっといいかな?」

よく透る、混乱しかけた状況を整える、そんな市井の声だった。
130 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時03分43秒
「そいつが何したいかはわかんないけどさ、こんな事聞いちゃった以上は
 見過ごすわけにはいかないよ。
 今ならそいつら捕まえるのに協力するけど、どう?」

市井は安倍に訴えかけてくる。
たしかに市井にしてみれば、これ以上の話を聞くまでもなくつんく達を
取り押さえるのが当然である。
そして安倍にしても協力してくれるならば、頼もしいかぎりである。
安倍の答えは決まっていた。

「そうね、手伝ってもらえると助かるよ」
「OK」

安倍と市井のやりとりを合図に、全員が戦闘体勢になる。
2対6、数の上では圧倒的に有利なものの、不安はぬぐえない。
不敵に笑っているつんくが不気味なことこの上ない。
一度負けたことがある故の不安感か、それとも直感が危機を知らせているのか。
安倍の緊張は高まっていった。

「ええやろ。敵になるんやな? 
 そんなら、たいせ〜、まずはあいつら殺して来い」
 
そう言ってつんくが指し示したのは、闘場にいる吉澤と保田だった。
131 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時04分38秒
頷きもせず、姿が変わった途端に無口になったたいせーは標的に向きなおる。
その瞳は獣のようであり、その足は獣のそれだった。
足だけをまるで獣のように変化させ、たいせーは跳んだ。
およそ30メートルはあろうかという距離を、たった一回の跳躍で跳びきった。

「よっすぃ〜!!!」

叫んだのは後藤、しかし動いたのは2つの小さな影。
後藤が叫び終わるよりも早く、安倍の判断よりも早く、つんくが魔術を放つ
よりも早く、誰よりも早いとびだしでたいせーを追う。
さすがに一息で追いつくことなどできないが。

加護と辻はとびだした。
吉澤を救出するべくとびだした。
観客席の中、観客達の真っ只中に飛び込んだため、なかなか前には進めないが
とりあえず間違ってはいない。
なぜなら、一瞬送れた市井と後藤が同じくとびだそうとした瞬間、つんくの
創り出した炎の壁に阻まれた。
132 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時05分27秒
「壁ごと消し飛ばすのよ!」

辻・加護、つんくに続く早さで動いたのは安倍だった。
今、その場にいる魔術を使える者たち全員につんくへの攻撃を命じた。
連盟の中でもトップクラスの魔導士三人による魔術の集中砲火がつんくに
突き刺さる。

この程度でやられる相手だとは安倍も思っていない、案の定つんくには傷
一つついてはいない。さらに背後の炎の壁に至っては、軽く揺らいだ程度
の変化しかなかった。
もとより一撃でケリはつかないはずだった。
本命は自分の突撃。安倍は辻と加護のとびだしを見習って勇気を振り絞る。
安倍は未だおさまらない魔術の余波をものともせずつんくに向かって駆けだした。

気づけば、つんくの腕から数本の触手のようなものが伸びていた。
突進してくる安倍にむかって、それらが槍のように突き進み、あるいは鞭の
ように振り払う動きで襲いかかる。
133 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時10分07秒
先ほどの後藤の魔術をかわした時よりも、はるかに難易度が高い試み。
全く規則的でない動きの、高速で迫る魔術をかわす。
反射的に閉じそうになる瞼を必死でこじ開け続け、神業そのものの動きで
全てをかわした安倍。

「ぐっ!!」

安倍の拳を腹に受け、苦痛に膝をつきかけるつんく。
とどめの肘をその後頭部に打ちつけようとするが、見えない防御の魔術に
はじかれる。
今度はつんくがはじかれた反動でのけぞる安倍に反撃を仕掛けようとする
ものの、市井・後藤・飯田の魔術に阻まれる。やむなく魔術で防御する。

「なっち、こっちに!」

いささか慌てすぎな飯田の声に、とりあえず避難する安倍。
近寄って魔術をかける飯田。
どうやら、かわしたと思っていた魔術がかすめていたらしい、安倍の脇腹
からは無視できないほどの出血がみられた。
緊張感のおかげで痛みを感じなかった安倍も、さすがに気づいた瞬間は
ショックに気が遠くなった。
いつ死んでもおかしくない。その様子を見た誰もが覚悟した。
134 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時10分44秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「保田さん! ちょっと、しっかりしてくださいよ!」

いくらなんでも尋常ではない。血を吐いているのに無事なわけがない。
しかも最初は激しく咳き込むようだった保田だが、どんどん弱々しい呼吸
になり、今では気をつけなければ息が止まっているようにも見える。

「医者は? みんな何してんのよ!」

この状況を見ればただ事ではないことぐらいわかるだろうに、いったい
審判は何をしているのだ。吉澤は苛立った。
よく周囲に気をつけてみると、観客たちのほとんどがある一点を見つめている
ことに吉澤は気づいた。
どうやら女王たちのいる席で何かが起こっているらしい。
135 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時11分28秒
吉澤が、飛び出してきたそれに気づいたのは全くの偶然だった。
ただ観客たちが見ていたから自分も同じ方向を見ていただけ。それだけ
だったが、目に入ったのは信じられない光景だった。
人間、それらしき物体がいきなり飛び、そして数瞬後には自分の目の前に
着地する。独り言をつぶやいてしまう。

「何者? どうなってんのよ?」

夢ならば納得もできる光景だが、現実の今では納得して判断することなど
不可能だった。

吉澤の目の前にいる男、たいせーの姿。
その姿は一見全てが人間のようであり、しかしその足は獣のようであり、
その両腕は銀色の刃物へと変化しつつあった。

そこまで見れば考えるまでもない。
自分たちが狙いであることに気づいた吉澤は、保田を置いて逃げるわけにも
いかず、保田を守ることもできそうになく、ただ立ち尽くしていた。
136 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時12分20秒
「あんた何者? なんで私たちを狙うの?」
「・・・・・・・・・」

納得できない怒りだけが、かろうじて吉澤の口を開かせた。
しかし質問は答えられることなく、あたりの空気に溶けこんだ。
 
保田との戦闘中にも、はっきりと感じてはいなかったが。
今は感じていた。吉澤は自分が死ぬことを感じていた。
破れかぶれで突っ込むことすらできないほどに、目の前にいる男の殺意に
飲み込まれてしまっていた。

一歩ずつ接近してくるたいせーに吉澤は抵抗の手段が考えつかないままに、
とりあえずの構えをとる。無駄だと判っていても。

ふと吉澤の視界の空に、青い鳥が飛んでいるのが見えた。
こんな時に、どうでもいいことなのだが。
「幸せを運ぶ青い鳥」そんな言葉を思い浮かべた瞬間、現実逃避に近い感覚で
無関係のことを吉澤が思った瞬間だった。
既にあと2・3歩でたいせーが攻撃可能な間合いになる瞬間だった。

突如、魔術は発動した。
地面を軋ませるほどの重力がたいせーに炸裂した。
137 名前:影武者 投稿日:2001年10月02日(火)15時20分07秒
>>ぐれいすさん
お久しぶりですね。再び読んでくれてありがとうございます。
保田、今回更新分ではまだ生きています。
心配なら、次の更新もぜひ読むことをおすすめします。
138 名前:ぐれいす 投稿日:2001年10月02日(火)20時22分27秒
重力…って事はやはり彼女が……
今回はかなり総力戦な感じですね。
いいままで以上に続きが気になります!!
139 名前:22号 投稿日:2001年10月03日(水)04時43分43秒
七位改め22号です。
みんなそろい盛り上がってきましたね、青い鳥と共に登場するのはやはり
あの娘?ちょっとレス間開いてしまいましたが、楽しく読ませて頂いてます。
続きも頑張ってください
140 名前:空唄 投稿日:2001年10月04日(木)11時03分19秒
いよいよ登場ですか?
まあ、当然レスするわけですが(w
それにしても、女王はそういう使い方だったんですね。
想像してませんでした。
141 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時37分11秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
闘技場の通路。人の気配はほとんどない。
魔人・死人・魔術士、3つの気配だけがその場の全て。
その気配のそれぞれを、女王・国王・福田明日香が生み、溶け合う。

「出会うのが遅かったんですよ。
 あと1ヶ月早ければ、こんな闘いにはならなかったと思います」

松浦亜弥の言葉は、丁寧な口調の、新女王としての面影を残したものだった。
福田明日香の姿は、死に行きつつある者のそれだった。

「これなら、わざわざあなたと1対1でやることもなかったな。
 中澤裕子って人はあなたより強いんですよね?
 ・・・・・・・もしかして死んじゃいました?」

壁にもたれたまま、自力で立てなくなっている福田に、返答の気配がない
のを察して、松浦亜弥は問いかける。
142 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時38分47秒
「残念だけど生きてるよ。
 ・・・・・・ちなみに裕ちゃんは強いよ、誰よりも、あんたよりも」

福田は、貴重な酸素を言葉とともに吐き出す。
口を開くのはつらかった。いくら空気を吸い込んでも、背中の傷から抜けていく。
そんな錯覚を覚えるほどに、呼吸は困難だった。
福田自身、今言った言葉を信じられなくなってきていたが、それでも松浦を
いい気にさせておくのは我慢ならないために口走ってしまった。
正直、絶対に中澤が勝つとは言いきれない。
そして、それ以上に確実なのは、自分にはそれを確認するだけの時間が残されて
いないこと。
残された時間、福田は質問をすることにした。

「私が死んだら、次は裕ちゃんと、闘うの?」
「う〜ん・・・・・つんくさんには〜、とりあえずあなたと安倍って人と
 もう一人、中澤さんの弟子の人を倒してからって言われてますけど・・・・・」

そこまで言って、松浦は考え事をするように視線を上に向ける。
しかし、数秒考え込むと、いつの間にかそこにいた彼女のほうにむかって言う。

「めんどくさいから、このまま中澤さんとやっちゃいたいかな?」
「ほなやろか」
143 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時40分18秒
失いかけた意識が再び覚醒した。眠りかけた福田を起こしたのは、懐かしい声。
もう二度と聞くことはないだろうと思っていた声。

「明日香〜、すぐ終わらせるから休んどき」

あくまでも気楽な口調で、考えてみれば中澤が真剣に闘っている場面など
見たことがないが、福田を安心させようと言ってきた。
休めることが嬉しくもあり、不安でもあった。
座り込んだら、二度と立てない気がする。
しかし、福田は体の命ずるがままに座り込んだ。

座り込んだ福田を見て、ではなく、福田のもたれていた壁を見て中澤は驚く。
まるで影だけがそこに取り残されたかのように、福田の背中と同じ大きさに壁
を染めている血液――――

そして中澤の表情から余裕は消えた。松浦にも福田の時ほどの余裕はなくなった。
144 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時42分31秒
松浦の姿は、ドレスを纏った女王の姿だった。ようするに、松浦亜弥そのもの
をであり、新女王そのものであった。
要は闘う者の服装ではない。
それを見て、どうしても中澤には疑問なことがある。

「あんた本当にこいつにやられたんか?」

訊かずにはいられなかったために中澤は訊いた。これから闘う相手にこのような
疑問を持ってはいけないのだろうが。
しかしながら、福田の強さをよく知っているだけに持った疑いだった。

「そう思うでしょ? 油断してるとマジでやばいよ・・・・・・」

その言葉を聞いて、そしてそう言った福田を見て、中澤は気を引き締めた。
いよいよ福田の状態が危険になっている。
いつ、もしかして次の瞬間にでも意識を失うかもしれない。そしてそうなると
もう二度と目覚めることはないだろう。
145 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時43分35秒
待ちくたびれた様子の松浦が呼びかける。

「中澤さ〜ん、早くしないと死んじゃいますよ〜」
「わかっとるわ!」

福田は微笑んだ。
中澤の口調、とても元生徒の前で使う言葉遣いではない。
ヤクザにだってこのような迫力はだせないだろう。
しかも言葉のむかう先は仮にも女王だというのに。

(どっちが悪者なんだか・・・・・・)

が、今はその悪人ぶりが頼もしいのも事実。
とりあえずは安心、気を抜きすぎて眠らないように注意しながら、後のことは
中澤に任せることにした。
146 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時44分46秒
どんな闘い方をするのか?
唯一の疑問が、中澤のもつ疑問の全て―――――

「はじめに言っておきますけど・・・・・
 私は攻撃の魔術を使えませんから。まああなたに魔術は無意味でしょうけど」
「知らんで、そんなこと教えて負けても」
「かまいません。私はあなたのこと全部知ってるから」

松浦の手に黒い輝きが集まっていった。小さな虫かとも思ったが、明らかに
輝くそれは魔術だった。
「巨大な鎌」未だ形の定まらない、松浦の手に集まりつつある黒い輝きを
そう認識できたのは、それが中澤の使える唯一の魔術だから。
普通の魔導士にはできない、考えつきもしないだろう魔術の応用。
落ちこぼれの魔導士だからこそ考えついた、防御の魔術が使えないからこそ
完成した魔術。
魔術の通る軌道、魔術の形態を事前に知る。ひらたく言えば魔術の一瞬先を
見る魔術。対象は魔術限定だが。

ともあれ、それが武器だと判った以上はおとなしくしているわけにはいかない。
147 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時46分00秒
松浦の手に中澤が予知したものと同じ、大鎌が具現化した。
あまりにも巨大な、自身の身長よりも長く、刃渡りは1メートルを余裕で超える
武器。
例えるならば「死神の鎌」

そしてもう一つわかった。
こっちは些細なことだが、福田の大量の出血の原因は、その大鎌で切り裂かれた
ことによるものだということ。

「・・・・・!!」

「死神」が跳ぶ、「殺し屋」は静かにかまえた。
148 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時48分04秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
防戦一方だった。
視界を埋め尽くす魔術の大乱舞。
本気になったつんくはもはや人間の手に負える存在ではない。
飯田が防ぎ、市井が防ぎ、後藤が防ぐ。
一瞬の遅れが、一回の失敗が死につながる状況。

つんくから放たれた火線を市井が受け止める、しかし威力に負けて魔術の壁
を貫通する手前で後藤の魔術が加わり相殺する。
とにかく、つんくの魔術を防ぐには最低でも二人の魔術が必要だった。
加えて今では背後の炎の壁も消え、つんくは2つの魔術を同時に使う技を
フルに駆使してくるため、防御にすら手が回らなくなりつつある。

「ねえ! なにか手はないの?」

市井は口早に、防御と質問を同時に行う。
問われた安倍は、市井が防御し終わるタイミングを見計らって。
おそらくはただ一つの、しかし恐ろしく危険な提案を口にした。

「魔術の撃ちあいはよしたほうがいい。
 5・・・・・3秒でいい、私をかんぺきに守ることができる?」

「無理だ」とは言えない。安倍は既に決意を固めている。
149 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時49分32秒
「後藤、今の聞いた?」
「・・・・・うん」

後藤に確認をとるが、成功率の低さにやはり気づいているのか、返事の声
は重い。

「・・・・・・圭織」
「大丈夫、絶対守ってあげるから」

こんな会話を交えることができるのも、つんくの魔術がいつの間にか止んでいた
ためだった。
気づかれたのかもしれない。決意は揺るぐことはないが、安部は焦った。
そしてつんくは気づいていた。
ゆっくりと、言ってきた。

「できればお前は俺が殺しとうない。待てんか? もう少しだけ」

安倍に言ってきた。
安倍は作戦がばれているのを悟り、覚悟する。
 
「待つって、何を? どれだけ待つの?」
「もうすぐ松浦亜弥が福田を殺してくる。それを待ってくれんか?」

その言葉を聞いた瞬間、安倍は足を前に出した――――――
150 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時50分36秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
いったい誰が何を?
隠すことのできない驚きが、吉澤の顔をよぎる。
抵抗を許さないパワーがたいせーを押し潰す。
ターゲットを中心に巻き上がっていく土煙、わずかにめり込む地面。

市井や後藤の魔術とは明らかに違う印象の魔術。吉澤は混乱しかける頭を
制し、周囲に注意をめぐらせる。
術者を特定しないことには敵か味方か判断はできない。

しかし時間がすぎた。
魔術の効果が切れたのか、突然立ち上がるたいせー。
だがどうやら今の魔術を放ったのが吉澤だと勘違いしているのか、距離を
つめてこようとはしない。
151 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時52分36秒
―――――ふと、笑ってしまうほど唐突に、吉澤の目にとびこんできた彼女。
観客席の一番前、かなり離れた場所にもかかわらず緊張した顔をしている彼女。
不思議なほどに驚きはなかった。
以前にもこんな状況があったような気がしたから。

これで二度、彼女にピンチを救われた。
一度目は平家の魔術から救い。
二度目は今。

(梨華ちゃん・・・・・・・)

後のことを考えず放った一撃だったらしく、固まったまま次の行動を起こせずに
いる。
吉澤の視線をたどったのか、遠く離れた場所にいる石川が放った魔術だということ
に気づいたたいせーが吉澤にむかって動きだした。

「やばっ!」

一瞬遅れて焦る吉澤。
さらに一瞬遅れて再び地面へと押し潰されるたいせー。

ようやく決心がついたのか、石川は柵を乗り越え吉澤の元へ行こうとする。
が、警備員に止められる。
152 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時53分58秒
結局、柴田の魔術で警備員を散らせてから、ようやく石川は闘場へと降り立った。

「よっすぃ〜!!」

呼びかけながら駆け寄ってくる。
石川と、誰かは知らないが同じ年頃の少女、そしてこちらは見覚えがある、たしか
矢口。
三人が乱入し、吉澤を囲む。

まずは石川が、

「ごめんね、助けるのが遅れて。ホントは最初から見てたんだけど」

そして次に矢口が、

「後ろの怪我人はどうなの、いつから意識がないの?」

しかし、最後は柴田が、

「来る!!」

全員に注意し、自らはその手から生み出された光の槍をたいせーに撃ちこむ。
しかし、直撃した部分が液体状に変化し、ことごとく柴田の魔術はダメージを
与える様子もなく体を通り抜けていった。
既に魔術の効果から逃れたたいせーは再度吉澤へと接近しつつあった。
153 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時55分40秒
次に吉澤たちを襲ったのは、爆風だった。
しかしその爆風を生んだ威力の中心にいたたいせーは無事には済みそうにない。

遠距離、いや中距離からの破壊光線がたいせーの足元を吹き飛ばした。
このようなでたらめな威力の魔術を使える人間は、吉澤の知る限りでは二人。
一人目は後藤。
二人目は・・・・・・

「ごめんな〜。ちょっと強すぎたわ」

爆煙のむこうから聞こえる声の持ち主こそが、吉澤の知る限り天性の破壊力を持つ
もう一人の魔導士。
加護亜依だった。

加護が助けに来てくれたということは、助っ人は二人のはず。
吉澤の期待は確信にちかいものがある。
加護がいるなら、忘れてはならない人物。

未だに止まない爆煙をかきわけて跳び出してきたたいせー。
それを追いかけ、馬鹿馬鹿しいほどのスピードで体当たりをぶちかます。
運動神経の塊のような少女、辻希美はそういう少女だった。

「やったんか? のの」
「ぶつかっただけだから、全然効いてないよ」
154 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時57分24秒
「「よっすぃ〜、梨華ちゃん」」
「「加護ちゃん、辻ちゃん」」

加護と辻が、吉澤と石川が同時に言った。
煙の向こうから姿を現した加護は、吉澤にとびついた。
受け止めた吉澤は衝撃に体のふしぶしが悲鳴をあげるが、それでも嬉しかった。

そうこうしている間にも、再び腹に響く重低音。
石川の三度目の重力魔術がたいせーを地面に叩きつける。
再開を喜ぶ間など与えてくれるはずもない。

「よっすぃ〜、ここはうちらに任せて逃げて」

加護の判断はおそらくは正しい。
たいせーは中途半端な状態で太刀打ちできる相手ではない、保田と闘った
ばかりの、片腕が使用不可能な状態の吉澤では足手まといになる。
しかし―――――

「そういうわけにはいかないよ。私だけ逃げられるわけないじゃん」

四人でいたい。同じく卒業したこの四人でいたいという思いが強い。
つまらないこだわりだが、最優先だった。
155 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)14時58分59秒
「でも・・・・・・・」

加護も、辻も、石川も、同じく「無理だ」という目をしていた。

「大丈夫だって、片手だけでも十分だって・・・・・・あれ?」

右腕は、吉澤の動かないはずの片手は元気に動いていた。

「治ってる!?」
「治してあげたのよ、私が」

吉澤の背後からつっこみを入れたのは矢口。
吉澤に気づかせないほどに巧妙に、素早く癒したのも矢口。

「治したのは腕だけだからね。
 それだけでも十分でしょ。
 それじゃ、私たちがここを離れるまでの時間稼ぎ、よろしくね」

そう言って保田をかかえて行く。つもりだったのだろうが、体格差がありすぎて
一人では無理だった。
そばにいた柴田に強制的に保田をかつがせて離れていく。
156 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)15時00分18秒
反則技でも使ったかのように、数分前とは何もかもが変わっていた。
格闘・魔術・医術、それぞれのトップクラスが集まったが故に達成された奇跡。
奇跡は、吉澤を追いつめられた者から、追いつめる者へと変貌させる。

すなわちたいせーは、吉澤・石川・辻・加護を前にしていた。


逃げ場も攻め場もない状況に、たいせーは視線を前方にむける。

その視線がわずかに石川にほうに傾いたのを吉澤は見極めた。
読みと判断力で闘う格闘家、吉澤の踏み出した第一歩は誰よりも早かった。
たいせーよりも早かった。
攻めよりも早い踏み出しで石川の前に立った吉澤。

既に近い、吉澤に密接しているたいせーに魔術攻撃を行うと吉澤も巻き込んで
しまうほどに両者は急接近していた。
157 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)15時01分36秒
焦り、とまどい、躊躇したのは自分の行動を読まれたたいせー。

冷静に、流れるような動きで、吉澤はたいせーの出足を払う。
半回転して地面に転ぶたいせーを目で追いながらも、自身は前を向いたまま
身をかがめて後ろに軽くさがる。
背後にいた石川をその勢いで背負い、おんぶして今度は大きく後ろに跳躍。
背中の石川にむかって一言。

「梨華ちゃん!」

その、吉澤の一声に瞬時に反応した石川が魔術を放つ。

「亜依ちゃん!」

次に発せられた辻の声に促され、石川の魔術で地面にはりつけられたたいせーに
放たれた加護の魔術。
たいせーの全身を完全に効果の範疇に収める、極大の火柱。
数十メートル以上も燃え上がり、荒れ狂う熱波。

たっぷりと十秒間ほど猛威を揮った魔術の焼け跡には、銀色の液体が残っている
だけだった。
158 名前:影武者 投稿日:2001年10月09日(火)15時15分28秒
>>ぐれいすさん
総力戦になりました。
気づいてみれば、出ないと言っていた石川や中澤や矢口まで出ている始末。
いったいどうなるのか、もはや自分でも半分ぐらいはわかってません。


>>22号さん
とうとう四人が久しぶりに揃いました。
やっとこさ盛り上がってきました。こうなるまでが長かった。
これからの四人のチームワークにも力を入れて書いていこうと思います。


>>空唄さん
そうです、女王はこう使う気でした。
やっと登場させました、彼女を。活躍してます彼女。
これから、彼女には大きな出来事があります。このまま終わるわけがありません。
159 名前:ぐれいす 投稿日:2001年10月09日(火)22時13分14秒
四人がそろっちゃいなしたね。
あまり目立ってなかった市井さんたちの活躍に期待!!
160 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時29分24秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
松浦の一閃した大鎌は、人体を両断するには十分なスピードをもっていた。
もしかすると見た目ほどの重さはないのかもしれない。
そう思いながらも、中澤は軽々とよける。
牽制もフェイントもない、ただの大振りの一撃なのだから当然の結果だった。

松浦もそのことは判っているらしく、特に気にした様子も見せず追撃してくる。
武器自体が大きいにもかかわらず、コンパクトに、正確な攻撃。
さらに上下の打ち分けも上手く、福田が苦戦するのにも納得がいく。
しかし中澤にとってはたいした問題でもない。
大鎌ではなく、松浦の手元を見ていればだいたいどこを攻撃してくるのか
見当はつく。
上下の打ち分けにも全く迷うことなく、中澤は攻撃をかわし続ける。

「・・・・・こんなもんかい」

激しい動きの最中にもかかわらず発せられた中澤の一言。
挑発にのったのか、松浦の攻撃が大振りになる。
大鎌の刃の軌道の内側に、最大速度の一歩で中澤が踏み込む。

松浦の脳裏に、全く同じ行動をとった福田の姿が浮かび上がった。
もう一歩、さらに踏み込んでくる中澤にあわせて、自分もさがる。
そして、さらに大鎌を引き寄せる。
重さのない、魔術で造られた武器だからこそできる芸当。
福田の背中はこうして切り裂いた。
161 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時30分05秒
福田には通用して、中澤には通用しなかったのは、単純にスピード不足だった。
あと一歩、後ろにさがれれば中澤は倒せる。
しかし、その一歩をさがる前に、中澤の両手が松浦のドレスの襟をつかむ。
動きを止められた松浦の顔面に、中澤の頭突きが命中する。
一瞬視界がぼやけるものの、松浦は短く大鎌を持ち直して、襟を掴んだままの
中澤の両手にむかって振り下ろした。

両手を放し、後退する中澤。
その中澤からさらに離れるために後ろに跳ぶ松浦。
数メートルの距離を開け、松浦は武器を消した。

「やめときます。勝てそうにありませんから」
「・・・・・・かまわんで。うちは」

松浦はそう言うと、後ろ向きに歩きながら中澤を警戒し、その場を離れていく。
中澤も追おうとはしない。
松浦よりも今は福田のことが気になる。
松浦の姿が、曲がり角を曲がって見えなくなった。
中澤は福田のもとへ駆け寄る。

「もうちょっとの辛抱や、今矢口んとこにつれてったるからな」

そして福田をかつぐと、松浦とは反対の方向へと走りだした。
162 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時30分53秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
いつの間にか、観客たちの歓声が闘技場を揺るがせていた。
吉澤たちの戦いぶりを観て興奮し、歓喜する。
一般人には滅多に目にすることのない魔術士の戦闘、しかも相手が人外の者
とあれば一生に一度も出会えるものではない。
既に警備員も動く気はないらしい。事態を収拾できるのは闘場にいる四人の
魔術士だけだということを悟っているらしい。
そして―――――――


おそらくは終わらない予感。
それを感じとったのは辻だった。
その場にいる四人の中では、最も第六感の働きの強い辻ゆえに気づくことが
できた、そのことに。

「よっすぃ〜、見て」

吉澤にまず教えたのは、最良の策を、ベストな判断を授けてくれると思ったから。
それも辻の第六感が報せたこと。

「!?」

辻が教えたモノは、銀の液体が立ち上がる様子。
地面に広がっていた液体が一点に集まり、積み重なり高くなっていく。
その様子を見て誰もが予想した。復活しつつあることに。
163 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時31分38秒
不安に任せて攻撃するのは得策ではない、と吉澤は判断した。
敵は未知の能力を持っている。よく観察してからでないと倒せない。

今にも魔術を使いそうな加護を手で制し、背中に背負ったままだった石川を
地面に降ろす。
そのころには既にたいせーの復活は終わりかけていた。
以前と変わらぬ体型。
しかし服装は大きく変わり、今は黒いボディスーツのようなものを纏っている。
どうやら服もたいせーの体の一部らしい。

必要に応じて自身の体を液体状に変化させることができ、さらに硬くもできる。
魔術によるものかは判らないが、それがたいせーの能力だと吉澤は知った。
が、今のところ対策は考えつかない。
さきほどの加護の魔術ですら倒せなかったことを考えると、力押しでは決着は
つきそうにない。

考える時間は十分ある。こちらには魔導士が二人もいるのだ。
足止めならいくらでも可能なはず。
とりあえず、吉澤のくだした判断は―――――

「足止めだけでいいから、攻撃を続けて!」
164 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時32分36秒
本日何度目かの、石川の重力魔術。
切り札のはずの魔術を連発し続けるのは、不思議となぜか苦にはならなかった。
というのも、加護の魔術の威力以上に、自分の魔術の特殊性が効果を発揮して
いたから。
それと、さっきの吉澤とのコンビネーションが上手くいったから。

「もっと重くできる」ほとんど催眠状態と言ってもいいほどに、心の中で
その言葉を繰り返す。
そんな石川の放った魔術は、大地を揺るがし、ひび割れさせる。

「なんや、これ!」

加護ですら驚き。
加護ですら出せない威力を引き出した石川の魔術は、たいせーを押し潰して
完全に地面の中に、地中へとめりこませた。
165 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時33分23秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
振動に驚き、尻餅をついている加護。
なんとか踏ん張り、それでも震源からの近さゆえに片膝をついた状態の
吉澤と辻。
力の使いすぎのせいで両手をついている石川。
その四人を見つめているのは、背後に立っている市井・後藤・飯田を
意にも介せず立っている男、つんく。
その傍らには、松浦の大鎌にその身を貫かれた安倍が息絶えつつあった。
166 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時34分26秒
「もう一人の魔人も調子ええみたいやで」

つんくのセリフは、そばにいる松浦にむけたものだが、返事はない。
不意打ちで安倍を仕留めたとはいえ、残った三人は手強い。
つんくの独り言に返事をするほどの余裕はなかった。

一方のつんくも、話す度に痛む脇腹をおさえて苦しい表情を浮かべる。
もしもこの脇腹に攻撃を加えたのが中澤だったならば、死んでいた。
もっとも、松浦が駆けつけて来るのが一瞬遅れていたならば、やはり死んで
いただろう。
つまり安倍の特攻は成功した。
もう一度同じ戦法をとることが可能だったなら、確実につんくを倒していた。
だが――――――

「・・・・・・もう、お前らの切り札はおらん」

その問いかけに、ただ一人応えたのは飯田。
言葉ではなく、魔術で。
167 名前:影武者 投稿日:2001年10月11日(木)00時45分28秒
>>ぐれいすさん
いまだにあまり目立たない市井たちですが、後半からが見せ場になります。
どうか末永く、といってももう2・3回更新する間ぐらいですが、お待ちを。
早いレス感謝します。


今回の更新は少ないし、中途半端で終わるしということでsageました。
次回は頑張ります。
168 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月11日(木)12時44分42秒
なっちが危ない〜〜っ。
カオリすごいのお見舞いしてやっつけちゃえ。
169 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時16分11秒
飯田の殺気は、その場にいる誰もが感じとった。
殺気を向けられた松浦は、大鎌に貫かれたままの安倍を目の前にかかげ、
飯田の魔術からの盾にする。

その行為が逆に冷静にさせる。
飯田の瞳から光が失せた。
安倍を助ける前にやることができた。松浦を殺す、その後に安倍を救う。
冷徹な瞳で標的だけを見据え、走りだした。

まさか接近戦を飯田が選択するとは思わなかった松浦は焦った。
安倍を貫いたままの大鎌は武器としては使えない。
安倍ごと大鎌を飯田へと投げつけた。

「なっち!!」

受け止めた飯田の瞳が輝きを取り戻す。
松浦の手元から離れた大鎌は既に消滅していた。
今度は松浦を無視し、急いで安倍に魔術の治療を施す。
170 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時16分56秒
松浦は動けない、市井も後藤も明らかに自分を狙っている。
そして今の自分には盾も武器もない。
つんくは未だに石川梨華のことを見つめている。
おかしな動きを、例えば新たに大鎌を生み出そうとした瞬間、市井と後藤の
魔術が襲いかかってくるのは間違いない。

安倍の傷は完璧にふさいだ。
しかし、冷えきった安倍の体は呼吸のための動きすらない。
見た目には眠っているだけの安倍だが、実際に触れた飯田には理解できた。

「・・・・・・死んじゃった・・・・・」

つぶやきは飯田自身にしか聞こえないほどの大きさだった。
言葉どおり、疑いようもないほどに安倍は死んでいた。
心臓の鼓動も呼吸も、全てが停止している。
閉じられた瞼はもう開かない。
171 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時18分49秒
安倍の死を悟った瞬間に生まれた、新たな、そして最後の目的。
それが飯田を立ち上がらせる。
安倍をこんな目に遭わせた相手に、同じ目に遭ってもらう。
残酷なイメージが飯田の脳裏にいくつも浮かぶ。
心の中で、ありとあらゆる手段で松浦を殺す。

自制心よりも本能が松浦をつき動かせる。
松浦は絶叫した。

「つんくさん!!」

飯田の姿に激しく取り乱す松浦を見ても、それがどんなにチャンスであろうと
市井は攻撃を加えない。
決着をつけるのは飯田自身であるべきだし、飯田の迫力に気圧された松浦に
勝機はない。
172 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時19分55秒
「つんくさ・・・・!!」

なおも助けを求める松浦に、獣の俊敏さで迫る飯田。
パニックに陥りつつも大鎌を生み出そうと右手に黒い輝きを集める松浦。
しかし間に合うはずもなく顔面に拳を叩きつけられる。
その手に集まりつつあった輝きは一瞬で霧散した。
衝撃に倒れこみそうになりながらも2・3歩で踏みとどまる。
が、なんとか踏みとどまった瞬間には、再び繰り出された飯田の回し蹴りを
今度はモロに側頭部に受け倒れこむ。

仰向けに倒れた松浦に馬乗りになった飯田は、松浦の顔面の手前数センチの
位置に手をかざした。
魔術の光が飯田の手に収束していく。

「待っ・・・・・・」

松浦が最後の言葉を発しようとした時、つんくの魔術に飯田は吹っ飛ばされた。
市井と後藤にも同時に魔術が撃ちこまれていたために、飯田を守れなかった。
背中に光弾を受けた飯田は、呼吸困難に苦しみながら床に倒れこんでいる。
松浦はその飯田の首をつかみ、持ち上げる。
市井と後藤の魔術からの新たな盾とするため。

あえて抵抗はせず、飯田は安倍を見た。
最後の魔術、おそらくは生涯で最後となるであろう魔術を使う前に。
何もかもを終わらせる前に。
173 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時21分03秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「何?・・・・・・・あれ」

吉澤の声に、視線に反応して辻と加護は空を見上げた。
観客たちもいつの間にか出現したそれを不思議そうに見ている。
疲労でつらそうな石川も少し遅れて空を仰ぐ。

「あれって飯田さんの・・・・・・・」
「そうや、飯田さんや!」

辻と加護の言ったことのほとんどが理解できない吉澤だったが、おそらく
辻と加護の知り合いの魔術だろうという予想はつく。

恐ろしい数の光球が闘技場の上空を覆い尽くしていた。
夕方にかなり近いとはいえ、まだ十分に明るい周囲を照らす光。

「!!!?」

突如現れた星々のようなそれらは、その全てが意志を持ち、女王たちのいる
はずの観覧席へと降り注いだ。
流れ星のような魔術が標的を爆砕し、粉々に分解していく。
誰もが魅入った魔術が去った跡は、瓦礫すら残さず全てが消し飛ばされていた。

「いいだ・・・・・さん?」

辻のつぶやきが、なぜか吉澤の耳によく響いた
174 名前:影武者 投稿日:2001年10月12日(金)14時26分03秒
>>168
sageで更新したにもかかわらず気づいてもらえて、さらにレスもつけて
もらって大変感謝します。
今回の更新も少ないけどよろしくです。
175 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月13日(土)04時48分29秒
うわぁ、この後どうなったんだろう続きが楽しみです。
飯田の魔術は効いたのか?!
176 名前:ぐれいす 投稿日:2001年10月13日(土)18時56分57秒
安倍さん…飯田さんも死なないで(涙
177 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時39分02秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※

「圭ちゃんの処刑が決まった、城門前の広場で明日だって。
 ・・・・・後藤、私は行くけど、あんたは無理につきあわなくていいよ」
「行くよ。仲間はずれにしないでよ」

果てしなく、限りなく罠にちがいないことを確信しながらも、市井は決心した。
飯田の大魔術の破壊から辛くも逃げ延びて数日後、市井と後藤は同国内の宿屋に
身を潜めていた。
今では二人とも指名手配の身である。
二人だけでなく、吉澤も国王・女王暗殺を企てたグループの一味として指名手配
されていた。
全員、混乱に乗じて逃げ延びたが、保田だけは運悪く一人きりだったために捕まった。
そして、自分たちをおびきだすための囮にされていた。

「よっすぃ〜・・・・・来るかな?」
「たぶんね、あいつもこの話は耳に入ってるはずだし」

後藤のつぶやきに曖昧な答を返したものの、正直吉澤たちの力が必要なのは
明らかである。
なんとか吉澤たちと接触したいが、今日まで全く連絡がとれない。
おそらく自分たちと同じように、この街のどこかにいるのであろうが。
178 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時39分57秒
「とにかく、今夜から広場に張り込んどくよ。
 明日になってからじゃ見張りだらけで近づけないからね」
「わかった」

後藤の返事には疲労の色が濃い。
無理もない、これまで連盟トップの魔術士集団だったのが、数日前をきっかけに
突然指名手配犯である。そのストレスや不安は計り知れない。
考えようによれば、明日決着がつけられるのはありがたいことかもしれない。

「また・・・・・・四人にもどれるよね」
「もどれるさ」
「よっすぃ〜も圭ちゃんも無事だよね?」
「もちろんだよ。
 圭ちゃんも吉澤もそんなにヤワじゃないよ」



179 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時40分43秒
―――――処刑日当日。
市井たちにはありがたいことに、城門前の広場は大混雑だった。
警備の兵士たちは、集まった群衆の中から市井たちを探そうとして、その
周囲にはほとんど気を配っていない。
群衆たちの渦の中心には、首を吊るための高台がそびえ立っている。
あそこで保田が殺されるかもしれないことを考えると、市井に今すぐにでも
破壊してしまいたい衝動が湧き上がる。

広場に二番目に近い建物の屋根の上から、観察できる限りのことはした。
市井は一息つく。

「後藤、もし圭ちゃんらしい人間が来ても、しばらくは様子を見るよ。
 十中八九、それ以上の確率で偽者だと思ったほうがいい。
 この前の大臣みたいに他の誰かが変装してる可能性が高いと思うんだ」
「わかった、市井ちゃんが言うまで何もしない」

素直な返事が返ってきたことに市井は満足した。
従順に命令をこなすだけではない、いざとなれば自分なしでも一人前の仕事
ができる後藤。
今回も過酷な状況下で冷静に指令に対応してくれる。
連盟でも中位グループだった自分たちを爆発的な勢いでナンバー1にまで導いた
のは、まぎれもなく後藤の功績だった。




「・・・・・来た」
180 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時41分40秒
ざわめく群衆たちの、静まる市井と後藤の、全ての視線を一身に受け、保田らしき
人物はやってきた。
服装も体格も、とりあえずは保田のものだった。
合計十二人の兵士たちに囲まれ、両腕を鎖で縛られている。
体には6つの鎖が巻きつけられ、その各々は周りにいる兵士たちが握っていた。
おそらく囲んでいる兵士たちの中の何人かは魔導士にちがいない。

だが、一番やっかいな問題は―――――

「邪魔だな、あの覆面・・・・・」

保田らしき人間だが、黒い袋を頭にかぶせられている。
たいせーが変身しているのであれば、そのようなマネをする必要はないはず
なのだが。
もしかすると本物の保田なのか、それともやはり偽者なのか。
一瞬、混乱しかける頭をリセットする。

(・・・・・・関係ない。
 圭ちゃんかもしれない可能性が少しでもあるんだったら、やることは一つ)

保田らしき人物に注意をはらいながら、市井は拳を握り締める。
今回は、保田も吉澤もいない。
近距離戦になったら自分が格闘も担当しなければならない。
改めて市井は感じた、保田と吉澤の重要さを。
181 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時42分29秒
保田らしき人物が絞首台に登ったところで、群衆にむかって兵士が何かを
言っている。
距離がありすぎて何を言っているかは聞こえないが、おそらく保田の罪状
についての説明でもしているのだろう。

ふと、隣にいる後藤が落ち着かない様子なのに気づく。

「もう少し、少しだけ待つんだ」

震える後藤の腕をつかんで落ち着かせる。
しばらくすると震えていた後藤の腕から、力が抜けていく。
冷静になりさえすれば、自分たちは誰にも負けない。
自己に暗示をかけるかのように、胸中で繰り返す。

―――――保田の首にロープがかかる

タイミングは今。
結局、吉澤は来なかった。
保田は偽者なのかわからないままだ。
頭の中にたくさんのことが渦巻く。
しかし、行動するのは今。

市井は屋根の上で立ち上がると、あらん限りの集中力で魔術を放った。
182 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時43分12秒
輝く薄い円盤がロープを切断する。
市井の撃ちこんだ魔術の効果は抜群だった。
次に放たれた後藤の魔術の効果は絶大だった。

後藤の手から発生した膨大な電流。
枝分かれした稲妻が、保田の周囲を囲む人間全てに命中した。
その魔術は、触れた者を確実に行動不能に陥らせる。
防げる魔術士はいない、稲妻より速く反応できる人間などいない。
そしてそんな魔術を正確に、確実にコントロールできるのも後藤しかいなかった。

他にもいくつかある切り札のうち、現状に最もふさわしい魔術。
市井は既に屋根の上にはいない。
速度こそ違えど、タイミングでは後藤の魔術に負けじととび出す。
パニックを起こしかけている群衆をかきわけ、保田のもとへと疾走する。

「止まれ!!」

目の前に警棒を構えた兵士が立ちふさがった。
市井は左右への小刻みなステップでフェイントをかける、反応した兵士は逃すまい
として体勢を崩し体を泳がせる。
すかさず叩き込まれる市井の右ストレートに、吹っ飛ばされた兵士。
横手では、警告もなしに市井に魔術を撃ち込もうとする魔術士。
183 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時43分53秒
咄嗟に、しかし冷静に、市井も魔術で防ぐ。
防御の壁を叩く衝撃は1つではなかった。
おそらく今気づいた人間以外にも、複数から狙われていたらしい。
恐れることはなかった。どうせ彼らは二撃目を放つことはできない。

後藤の稲妻が視界の端をかすめる。
おそらく今ので市井を狙った魔導士の全ては無力化されたはずだ。

突破力のある市井が突っ込み、群衆の中にいる魔導士を見つける。
狙撃力のある後藤がその魔導士を攻撃する。
大雑把な作戦にもかかわらず、二人のコンビネーションは抜群の精度で成果を
あげていった。

とんでもない速さで前進していく市井のせいで、後藤を先に狙うこともできず、
完全に後手にまわる魔術士たち。
統制を取り戻すころには、既に市井は保田の頭にかぶせられた袋に手をかけていた。
184 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時44分29秒
一瞬の緊張。
瞬時の判断で市井は覆面に手をかけたまま飛びのいた。そして生き延びた。
予想の範疇を超えた事態に驚きおののく。
後ろに跳んだ市井の鼻先を、大鎌が猛烈に切り裂いた。

「まさかね・・・・・・・女王のくせにこんなとこにいていいの?」

心中に渦巻く言葉をそのまま口にする。
当の松浦は、両腕の鎖をいとも簡単にとりはずし、不敵に問いかけてくる。

「吉澤さんは来てないんですか?  あと一人で全員制覇なんだけどな〜」
「・・・・・制覇? なんのこと?」

問い返しながらも、体を半歩だけ横へずらす。
このような事態でも、作戦行動は終わったわけではない。
市井の創った空間を、後藤の撃った稲妻が音もたてず通り過ぎた。

タイミングなど関係ない。
不意打ちで放たれたならば防御する術などない魔術を、大鎌の一振りで霧散させる。

「どうなってんのよ、あんた」

もはや慣れたものだった、たいして驚かず訊く。
松浦は今の攻撃を完全に読んでいた。
それだけならばまだ納得できるものの、読んだからといって防御できるものではない
はずだ。
単なる予測ではない、何か予知能力のようなもののおかげとしか思えない。
185 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時45分15秒
「放たれる魔術の軌道は、あらかじめのイメージで決まります。
 そのイメージを察知する魔術が中澤裕子の使う、使える唯一の魔術」
「ん? なんだって?」

松浦が急に講義を始めた。
突然のことに、最初の部分を少し聞き逃してしまった。

「種明かしです。さっきの。
 あなたの仲間の吉澤さんから、聞いたことないですか?」
「その中澤って人がそうだからって、あんたとどう関係あるのよ」
「私もその魔術が使えるってことです。
 そしていずれは、中澤裕子を倒せるようになるはず・・・・・・」

松浦の言葉、しだいに強くなっていく語気に攻撃の気配を感じた。
市井は距離をとり、かまえる。

後藤からの援護射撃はない。
いつ動きだすとも判らない二人なだけに、下手に手を出せば市井を攻撃する
ことになりかねない。

「素手で、私と戦う気ですか?」

無謀だ、と言わんばかりに口元に笑みを浮かべる。
186 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時46分00秒
「残念だけど、今じゃうちのグループ内では格闘戦は私の専門外なんだよね」
「・・・・・・?」

突然喋り始めた市井に、今度は松浦が疑問な表情を浮かべる。

「昔は殴り合いも魔術戦も、両方こなしてたのに」
「何が言いたいんですか?」
「活きのいい新人が入ってくるのも寂しいもんだよ」
「・・・・・時間稼ぎならさせません」

市井の独り言に耳を傾けることをやめ、松浦は大鎌を構える。

「この場は専門家に任せよう」
「・・・・・・!!!」

市井の目が、焦点が自分ではなく、その後方にあることに気づいた松浦が
振り返った。
そう遠くはないが、決して今すぐ警戒しなければならないほどの距離ではない。
二つの人影が見える。
たった一瞬、注意を市井からそらした間に、松浦が再び向き直った時には
眼前に迫る市井が拳を突き出していた。

「クッ!!」

大鎌の柄の部分でなんとか受け止め、勢いを利用して後ろにさがる。
187 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時46分34秒
後ろにさがったせいで、市井との距離が大きく開いた松浦を間髪いれず
後藤の放った閃光が襲いかかる。
事前に察知していたため、大鎌の一振りで松浦はその魔術を無効化した。
さらに松浦が察知する次の魔術。
その魔術のイメージに絶望する。

木で造られた絞首台に圧倒的な負荷がかかった。
いくら魔術の正体が判っていても、防ぎようがない。
松浦はどうすることもできず、体にかかる重さを大鎌と足で支える。

次の事態を予想した市井は絞首台から飛び降りた。
二つの人影も同じく飛び降りる。
松浦だけが、身動きのとれないまま木造の絞首台の崩壊と運命を共にする。

「後藤!!!」

後藤がかざした両手の前方、崩れ落ちた絞首台にむかって津波のような突風が
発生した。
効果の範囲内のもの全て、砂粒の一つまで残すまいとする威力の風が吹き荒れる。
魔術の去った跡には、松浦らしき姿はない。
どこまで吹っ飛ばしたかはわからないが、かなりの距離を開けることはできた。
188 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時47分12秒
「いつ来たの?」

あまりにもできすぎたタイミングで現れた吉澤に質問をあびせる。
つもる話はいくらでもある。吉澤の隣にいる少女のことも気になる。

「・・・・・城へ、行ってください。 市井さんに会ってほしい人がいます」

真剣な瞳の吉澤の、まっすぐな視線が市井を射抜く。
市井の質問の答にはなっていないが、ただごとでない雰囲気は感じ取れた。
保田もおそらく城で監禁されているはず。決心するまでもなく行き先は決まった。
だが、吉澤の言いたいことの全てが理解できたわけではない。

「言ってみなよ、私にどうしてほしいの?」
「二人の女の子に、あの日起こったことを話してあげてください。
 あの破壊された場所にいたはずの、あのコたちの仲間がどうなったのかを」
「それは・・・・・・」

誰の事を言っているのかがわかった。
しかし、躊躇する。
まだそこまで大人ではない少女たちに、あの時に自分が見たことを伝えても
いいものか。

「どんな内容でもいいんです。
 何も知らないままじゃ、あのコたちがかわいそうです」
「・・・・・・・わかった」
「お願いします」
189 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時47分56秒
事情は全てが終わってから聞けばいい。
気づいてみれば、あまりにも当然のことなので気にもしなかったが、傍には
後藤が静かに佇んでいる。
おもえば今まで、考え事の最中に後藤に邪魔されたことなどあっただろうか。
おそらく二度とは現れない最高のパートナー。
もしも後藤がいなくなったら・・・・・・そう考えると、少しはこれから会おう
としている少女たちに親身になることができるだろうか。

(そんな悲しいこと考えたくもない。
 でも、あのコたちはその悲しみを背負わなきゃいけない・・・・・・)

おそらくは、まだ生きているはずだと信じて戦っている少女たちに、仲間の死を
伝える。
これまでで最も困難な仕事、魔術の力など全く役に立たない。

だが、しかし、それでもしかし、自分はやらねばならない。
あのとき、最後の魔術を使う直前に、震える飯田の唇を見たからには。
――――「逃げて」
そう動いた飯田の唇を見たからには。
上手くいけば、松浦を倒せたかもしれない魔術を、市井と後藤が逃げるために
使ってくれたのだから。
190 名前:影武者 投稿日:2001年10月20日(土)23時48分58秒
衝動的に、市井は走り始めた。
体が燃えるように熱い。
罪悪感と懺悔の気持ちが心を燃やす。
辻と加護になにもかもを話したあとは、自分の身が砕け散るまで戦い抜く
ことを誓った。
たとえ間接的であろうと、あのような事態を招いた人間全てに報いは受けさせる。
それが終わるまで、自分は戦うことを止めない。


市井のあとを、吉澤・後藤・石川が追う。
たった数秒スタートが遅れただけで、既に何メートルも離されてしまっていた。
しかも―――――

「ごっちん、市井さんをお願い!!」

下手すれば何倍も強い市井の殺気にかき消されそうだが、やっかいな気配が
あとをつけてきているのを察知する。
このまま走り続けては、城の中にいる敵と挟み撃ちにされる危険がある。
吉澤はスピードをおとして後藤の後ろにさがり、急ブレーキをかけて止まった。
石川も続いて吉澤の隣で止まった。
さらに後方を走る殺気も動かなくなる。

ほんの一瞬、後藤が心配そうな視線を投げかけてくるが、それを受け止める
力強い視線。
再び後藤は前をむいて走りだした。
191 名前:影武者 投稿日:2001年10月21日(日)00時01分11秒
>>175さん
続きを楽しみにしてもらって感謝します。
これからも楽しみにしてもらえるようなストーリーになればいいなと思い
ながら更新に励んでいきます。

>>ぐれいすさん
毎度どうも。今回もレスしてくれてありがとうございます。
安倍も飯田も・・・・・・・
つらいことになるかもしれませんが、更新は頑張っていきます。
192 名前:ポン太 投稿日:2001年10月21日(日)00時12分45秒
初めてリアルタイムで読ませていただきました!
読んでて緊張感があります
迷惑じゃなければこれからもレスさせてもらいます(笑
・・・自分の作品も更新してない分際で・・・(宣伝ではないです、気を悪くしたらごめんなさい)
193 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月21日(日)07時13分09秒
影武者さん更新お疲れさまです。毎日待ってました(えへへ)

194 名前:傍観者 投稿日:2001年10月24日(水)21時08分46秒
あげときますね。更新がんばってください
195 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時50分46秒
後藤が走り去る姿を見送り、迫りくる松浦を見据える。
腰に携帯していた短剣を鞘から抜き放つ。
流れるような、一瞬の動きで完全に戦闘態勢を完了させた吉澤は一歩前に
出て石川を背にした。
松浦に訊きたいことが2・3あったが、とても会話を交える余裕などない。

突進してくる松浦にむかって既に何度か放たれた石川の魔術を、松浦は加速と
減速を上手く使ってかわし、いきなり大鎌で切りつけてきた。
短剣で大鎌を受け止める気にはなれない、なにより武器など使う必要はない。
魔術に勝る防御などない、石川の魔術が松浦の大鎌をはじく。
が、一瞬壁にあたり止まりかけたかに思えた大鎌が、多少勢いは衰えながらも
壁を切り裂いて吉澤たちに襲い掛かった。

「んなっ!!?」

動揺したのは吉澤も石川もだが、なんとか反射的に行動を起こした吉澤は
石川を後ろに突き飛ばし、自分はその反動で前方の地面に跳びこむ。
寸前まで吉澤たちのいた場所を大鎌が貫いた。

「なぜそんなことができるのか?」ということは、今は考えないでおく。
問題は松浦が滅法魔術の効きにくい相手だということだった。
196 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時51分36秒
おかしな避け方をしたせいで、松浦を石川と吉澤が前後からはさむ形に
なっていた。
前方に石川、背後には吉澤のいる松浦。
それは厄介な状況だった。

松浦からすれば、石川を攻撃すればほぼ確実に致命傷を与えることはできる。
しかし、次の瞬間には後ろの吉澤に自分もやられる。

吉澤からすれば、自分が攻撃を仕掛けたならば、高い確率で松浦は前方に
逃げる。そこで石川に攻撃を加えられれば助ける術はない。

石川にしてみれば、何もできない。
魔術を使おうとしたならば、おそらく発動する前に大鎌に切り裂かれるのは
明白だった。
防御しようにも、松浦の大鎌に防御の魔術が通じないことは先刻承知である。


「・・・・・失敗でした。
 ついカッとなって・・・・・・・面倒なことになっちゃいましたね」

何か解決策があるなら言ってみろ、といった様子で松浦が口を開いた。
197 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時52分17秒
「なぜ、私たちを、中澤さんに関係のある人間を狙うのか訊きたいね」

意外なところで質問する機会をもつことができた。
松浦自身、どうしていいかわからないでいることがチャンスだとばかりに
吉澤は疑問をあびせる。

「その様子だと中澤さんに会ったみたいですね。
 だったら福田さんにも会いました? 彼女まだ生きてますか?」

松浦も会話にのってきた。
おそらく話しつつも、背後の吉澤のスキをうかがっているはずだった。

吉澤の脳裏に瀕死の状態の福田がうかぶ。
どうやら中澤が目当ての魔術士を探し出せなかったようで、傷は癒えることなく
今も昏睡状態に近い。
福田をそのようにしたのは松浦だということも聞いているため、背後をとっている
今でも吉澤に油断は全くない。
―――――「矢口を探す」
おそらく福田を救うことのできる魔術士だろう、その人物を探すために一人で
飛び出してしまった中澤。
ちなみに彼女については全く心配はしていない。

「福田さんは生きてる。それよりも質問に答えな」

こちらに油断はないことを伝えるために語気を強める。
198 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時53分40秒
「・・・・・そんなの、単に中澤さんが強いからですよ」
「他にも強い魔術士はいるはずだよ、なんでそうこだわるのか不思議なんだけど」

やっと答が得られるかと思ったところに、あまりにも意味不明な返答だった。
笑う気にもなれない。
この状況で不謹慎だ。

「魔術の時代は終わるんですよ。
 私を見ればわかるでしょうけど、魔術なんて必要なくなります」
「それでも、魔術が使えるほうが有利でしょ?」
「・・・・・それは敵によります」
 
「敵」とは誰のことなのか。
いったい何と戦う気なのか。
ただの訓練のつもりで中澤裕子に縁のある者と戦っているのか。
よほど余裕のある時でないと、考えても納得できそうにない。
一通りの情報は手に入れた気がする。
松浦の口調から察するに、それ以上のことは話すつもりはなさそうだった。

「柴ちゃんは? 柴ちゃんはどこにいるの?」

突然、石川がはじけるようにまくしたてる。
199 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時55分27秒
緊張の糸が切れる寸前だった。
刃をむけられるという経験などない石川にとって、眼前で大鎌をかまえる
松浦のプレッシャーに長時間耐えることは困難だった。
額に汗を浮かべた石川は立っているのもやっとといった状態で松浦と対峙
している。

「動くな!!」

突如、一歩踏み出した松浦に吉澤が警告する。
明らかにさっきまでとは松浦の放つ殺気のレベルが違っていた。
いったい石川のセリフの何がそこまで癇に障ったのかはわからないが、危険な
状況になりつつある。
いつ暴発してもおかしくない。

「そんなことだから、あなたは不完全なままなんです」
「何言ってるのかわからないけど、それ以上動くとマジで攻撃するよ!」

先ほどの警告から、場所こそ変わらないものの、体勢は変わりつつあった。
松浦の手に力が入る。
握られた大鎌は、今にも石川を切りつけようとしていた。

「中澤さんに及ばない吉澤さんと、私に及ばないアナタ。
 ・・・・・・・出来損ないの二人でちょうどいい組み合わせですね」
200 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時57分33秒
考えがあまかったかもしれないと後悔し始めてきた。
石川を攻撃すれば自分も無事では済まないと知って、松浦が切りかかることは
ないと思っていた。
が、あまかったかもしれない。

松浦は、石川にむかって口を開く。

「もし、そこにいるのが私なら、こんなじれったい状態にはならなかった」

今度は背後の吉澤に、

「もし、私の後ろにいるのが中澤さんなら、私は殺されてます。
 しかも私が石川さんに手出しするよりも早く」


認めたくはないが、その通りになるだろう。
中澤ならば、石川に危害を加えられることなく決着をつけることは可能だ。
それは技術や訓練の問題ではなく、中澤ならではのでたらめな運動神経だけが
可能にする。
永遠に、自分が自分である限り、石川が無事なまま助けることはできない。
自分の力のなさに腹が立つ。

既に松浦は覚悟を決めたようだった。
201 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)22時58分36秒




「・・・・・殺してあげます。 
 永遠に完成することのない、憐れなアナタたちを」



嵐の前の静けさで、松浦は突撃のための呼吸を整える。
自分の死だけは避けられないことを、本能から悟った石川はそれでも最後の
瞬間まで取り乱すまいと自制する。

それぞれが、それぞれの判断をくだした今。
今でも、吉澤は待っていた。
逆転の瞬間が訪れることを。



202 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時01分38秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
実は市井の本気の魔術を、後藤は見たことがない。

後藤が仲間になって以来、活躍することのなかった市井の魔術。
先天的に威力のある後藤の魔術とは違い、実戦の中で磨かれていった市井の
魔術は用途が限定されるものの、時に後藤を凌駕する。

鉄でできた、閉じられている城門。
男たちが十人がかりでやっと片方を動かせるほどの城門に、あっさりと
2・3人が通れるほどの大穴が穿たれる。
城門を貫通したエネルギー波は、全く衰えることなく突き進んで城の壁をも
貫通し、内部深くにまで猛威を振るった。

いつしか、市井が特攻隊長だった頃。
ひたすらに前線での突破力を追求していた頃。
実戦は、そのころ市井が最も使っていた魔術に必殺以上の威力を与えた。

「まだ、衰えてはいないみたいだな」

自らの放った魔術の威力を確認した市井はつぶやいた。
貫通力、市井が自分の魔術に求めたものは、一切の障害物を排除する力。
対人用の魔術とは異なり、撃ち出すまでにかなりの時間を要するものの、威力
だけなら決して後藤の追随を許さない。

今の一撃を目の当たりにした兵士たちには、もはや戦意などない。
狙われれば、市井の標的になれば間違いなく死ぬ。
203 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時02分47秒
少しスピードをおとして市井は走り続けた。
城門に開いた穴をくぐり抜けると、ざっと辺りを見回す。
残念ながら城に関する知識などないために、保田のいそうな場所など判らない。
さらには、吉澤に頼まれた二人の居場所などそれ以上に見当もつかない。

遅れてきた後藤が自分に並ぶのを感じた。
走りながらも振り返ると、やはり当然のように数歩後ろを後藤が走っている。

「後藤、圭ちゃんの居そうな所わかるか?」
「わからない。けど、知ってそうな人に訊いてみたらいいんじゃない?」
「そのとおり」

自分の質問に満点の返答をしてきた後藤に同意する。
どのみち城には侵入するしかない。
市井の放った魔術で開いた穴は、幸いにも城の内部にまで達している。

さらに足を速めて、後藤がついてこれるギリギリの速度で走る。
眼前に迫った大穴に、市井は躊躇せず飛び込んだ。
204 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時04分21秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「紗耶香かな?」

地下にある牢獄。
突然の振動を、保田は市井たちが救出に来たのだと感じた。
どちらにしても、今のでかなり兵士たちは混乱している様子だった。
行動を起こすなら今しかない。

両足にはそれぞれ鎖でつながれた鉄球、おそらく保田の体重の数倍はあろうか
という代物。
両手も極太の鎖で手錠がなされている。
さらに壁とをつなぐ鎖が首輪につながれ、ただでさえ動きの取りにくい保田の
行動範囲をさらに狭めていた。

最初の振動から数十秒後、新たに振動が起こった。
牢獄の兵士たちの動きがあわただしいものになっていく。
とにかく、保田は脱出のチャンスと判断した。

両手をそれぞれ逆方向へ伸ばす。
カチカチと音をたてる鎖、細かく震える鎖。

「・・・・・ぐぬ、ぬヌぬ・・・・・・」

噛み締めた歯の間から声が漏れる。
パキンッという音とともに両腕を拘束する鎖が引きちぎれた。
205 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時05分15秒
次は首輪についた鎖だ。
自由になった両手で鎖を掴むと、一気にねじ切る。

最後に、両足の鉄球を鎖からもぎ取る。

「さて、もう後戻りはできないな・・・・・」



巨大な鉄球を頭上に持ち上げる。
潔く、迷いなく、市井たちが救出に来てくれたことを信じて、自分の行く手
を阻む鉄の柵にむかってそれを投げつけた。



206 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時06分50秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「・・・・・誰かが侵入したみたいやな」
「・・・・・飯田さん・・・・かな?」

足元には気絶した兵士たち。
城の内部でもかなりの中枢、がむしゃらに、ただひたすらに二人は騒ぎを
起こしていた。



もう数日間、飯田からも安倍からも連絡がない。
この数日間というもの、吉澤や石川にも手伝ってもらい、ありとあらゆる場所
を探した。
希望は捨てないでいた、しかし希望はどんどん小さくなっていく。

あの場にいた誰かならば、事情を知っている人間に訊けばマシな情報が
手に入るかもしれない。
そう考え、飛び出した辻と加護だった。

危険で無謀なことだというのは承知の上だが、
「もしかすれば、ひょっとすれば自分たちがピンチになれば、いつものように
 安倍と飯田が助けに来てくれるのではないか」
そんな想いが、加護と辻をつき動かした。
207 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時08分28秒
ひたすら城内を駆け回り、目に止まった人間を片っ端から倒していく。
並みの、もしくは少々の使い手の魔術士では加護も辻も止めることはできない。
つんく、または松浦のどちらかが現れるのを待ち続ける。

辻も加護も、一様にキレのない動きだった。
考えたくはないが、もし安倍とも飯田とも二度と出会えないことになったならば
自分たちはどうなるのか?
また二人だけの旅生活にもどるのだろうか、もう安倍や飯田のような人間とは
出会える自信がない。
もしそうなら、いっそのこと魔術士稼業などやめてしまうのもいいかもしれない。

(そうなったら・・・・・ののは家に帰るんやろな。
 ウチは結局盗賊にでもなるんやろか。それがお似合いなんやろな・・・・・)


加護の魔術の威力が目に見えて落ちている。加護の迷いには底がない。
底なしの迷いが魔術の威力を極端に落としていた。
こんなことでは魔術士として仕事をこなすことなど困難だ。

(終わりかな・・・・・もう)

加護が絶望に飲み込まれるのは時間の問題だった。
208 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時10分09秒
できれば、このまま辻と二人でいつまでも城内を駆け回っていたい。
真実を聞くことが、今の加護にはとてつもなく恐ろしい。
考えないだけで、本当は心の中では思っている。
もし、飯田も安倍も死んだと言われたならば、言葉では信じないと言って
いても、心の中では納得してしまうだろう。



「・・・・・これが最後かもしれんな」
「えっ!?」

終点への扉になるかもしれない、走り回っているうちに辿りついた大きな扉。
それに辿りついた加護は、ふと言葉を漏らした。
これを開けば何かが終わる、何もかもが終わるかもしれない。

見るも無残なほどに、威力の落ちた魔術で扉を吹っ飛ばす。
妙な胸騒ぎに耐えられない、加護はとまどう辻を追い越し扉のむこうへと
走りこんだ。
209 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時12分32秒
待ち伏せされていたかのように、部屋の中にいる人物たちには驚きの色が
見えなかった。
逆に、驚愕の表情で固まったのは辻と加護だった。

「安倍さん!!!」

待ち伏せしていたのは二人。
つんくがいて、安倍がいた。
先に乗り込んだ安倍がつんくと戦闘中、というようには見えない。

目の前の状況は、絶望的に最悪な展開だった。

「安倍さんに何したんや!」

まだ間に合う、つんくからの返答を聞く前にこの場から去れば、まだ希望を
失うことなく生きていける。
聞くべきではない、辻も加護も判ってはいるが体が勝手に動かない。

「安倍ほどの魔術士がおらんようになるのは惜しかったんでな。
 俺の操り人形になってもらった。
 言っとくけど、もうこいつにはお前らの記憶とかはないで。期待すんなや」

気がつかないうちに、膝が震えていた。
加護は立っているのがやっとなほどに、全身の力が抜けていく。
つんくの言った事があまりにも実感できた。
安倍の、ガラスのような瞳が無機質にこちらをみつめていることが全て真実だと
物語っている。
210 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時14分42秒
「飯田さんは・・・・・?」

つんくが聞き逃してくれればいい。
これ以上の絶望は許さない。
辻の質問につんくが口を開きかけた瞬間、加護は全力の閃光を撃ち込んだ。
何もかもをかき消そうと、その魔術で悪夢をぬぐおうと。

普段の全力すら通用しないつんくに、今の加護の魔術など効くはずもない。
あっさりと、微動だにせずつんくは防ぐ。

「・・・・・・みっともない魔術やな」

憐れむように加護に言い放つ。
それでも、現時点で出せうる力の限りをつくした加護は膝から崩れ落ちた。
呼吸を続けることすら危うい状態だが、加護はつんくの言葉を止めようと
必死で叫ぶ。

「言うな! 言ったら・・・・・」
「飯田はだめやった。体の破損がひどすぎた、使いモンにならん」
「!!!」

途端に、辻は動悸が激しくなっていくのを感じた。
喉がカラカラに渇いていく。
涙もでない、悲しみは麻痺した、だが体は動く、今はもう何もしたくないのだが。
211 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時16分10秒
とりあえず動く体で、辻に可能な選択肢は二つ。
逃げるか、それとも戦って死ぬか。

「逃がさん。敵討ちに来られても困るからな」

自分で選ぶ事もできない。
心の準備もままならないうちに戦闘が開始される。
体は精一杯危機を報せるものの、辻には戦う気力が全くない。
今さら、加護も戦える状態ではないこの状況で、自分一人がどうあがいても
勝てるわけがない。
両手に装着している鉄甲も、普段の何倍の重さを持っているように感じる。
しかし戦わねばならない。
自分にはまだ加護がいる。
自分よりも先に加護が死ぬのは許せない。

「立って!! 亜依ちゃん!」
「う、うん」

よく立ち上がってくれたと思う、辻は心中で加護を誉めた。

加護もまた、辻だけを戦わせるのは許せなかった。
絶望だらけのこの部屋の中で、唯一の希望は辻がいてくれることだけだった。
泣く暇など与えてくれるはずもない、つんくの放った閃光を魔術で防ぐ。
だが、防げるはずもない。
防御の壁を突き破った閃光は加護と辻の間の床に着弾し、二人を別々に吹き飛ばした。
212 名前:影武者 投稿日:2001年10月25日(木)23時23分59秒
>>ポン太さん
レスありがとうございます。
迷惑なレスなどありません、読んでくれているだけでも感謝です。
これからもよろしくお願いしますよ。

>>193
長い間待たせてすいませんでした。
最近更新のペースが落ち始めて焦ってますが、納得できる更新になるように
これからも頑張ります。

>>傍観者さん
あげてもらって感謝です。
かなり下のほうにあったので不安になってました。
更新、頑張りました。ちょっと長めにできました。感謝してます。
213 名前:ポン太 投稿日:2001年10月26日(金)01時27分48秒
多目の更新ご苦労様です!
話は急展開で考えるのも難しいかも知れませんがご自分の
ペースで頑張って下さい
次回も更新待ってます
214 名前:傍観者 投稿日:2001年11月09日(金)21時46分08秒
更新がんばってください
215 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時38分50秒
吹き飛ばされ慣れているのが幸いした。
勢いに逆らわず数回転、スムーズに立ち上がる二人。
起き上がりざまに辻は加護へとむかい、加護はつんくへ魔術の一撃。
が、加護が一撃を解き放つ瞬間、安倍がつんくの前に立つ。

「なんで!? そんなヤツのことかばうん・・・・・」

加護の訴えも意に介さず、魔術を中断した加護の言葉すら待たず、安倍は
まっすぐに突進してくる。
信じられない安倍の行動を見せられた加護は固まる。
近づく安倍の前に、かけつけた辻が立ちはだかった。

「ダメです、安倍さん!!」

辻が呼びかけるものの、その動きに迷いが生まれた様子はない。

一方の辻にも迷いはない。
恩人の安倍に拳をむけることなど出来ない。
216 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時39分27秒
子供だからといって恩を感じていないわけなどない。
むしろ子供だからこそ、自分たちを子供扱いしなかった安倍に恩以上のものを
感じている。

辻希美の人生を、「魔術士としての辻希美」の人生に導いてくれた人間。
おそらく正気の安倍ならば、迷わず自分を攻撃しろと言うだろう。

辻に迷いはなかった。
恩人の安倍に拳はむけられない。が、加護を守るために拳を振るう。
罪の十字架を背負うのは自分ひとりでいい。

安倍の前進は止まらない。
辻の覚悟は揺るがない。

一撃で決める。
こんな拳を振るうのは一度きり。
217 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時40分06秒
安倍なつみの実力を、最も間近で見てきたのはおそらく辻だろう。
普段の組手、実戦での戦いぶり、それら全てを見てきた辻が判断する。
勝てない、自分は負ける。

決死の覚悟だけが安倍を止める条件。
すなわち相打ちの覚悟。

打撃の間合いへとつめてきた安倍が辻の腹部に拳を突き出す。
攻撃を喰らう覚悟だけでは安倍が相手では不十分。
カウンターをとろうとすれば、さらにカウンターをとられる。
攻撃を喰らった後に攻撃を繰り出す、つまりは安倍の初撃に耐える。

軽い衝撃が辻の体を突き抜けた。

「のの!!!」

甲高い声で悲鳴をあげる加護。
しかしこうなることを予知していた辻は、加護の悲鳴に反応せず動く。

地面をしっかりと両足で噛む。
足からの力が膝を伝わり、さらに腰を回転させることで力を倍増させる。
爆発力で撃ちだした拳は安倍の体の中心を狙っていた。
218 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時40分53秒
同年代の魔術士中では、おそらくトップクラスの破壊力を持つであろう
辻希美の拳。

二撃目を放つ気などない覚悟を乗せた拳が安倍を貫いた。

辻の右腕がめりこむ。
肘までめりこんだ右腕に辻自身が驚いた。
安倍の背中から現れた辻の右拳、握り締めていた拳から力が抜ける。

「のの!!!」

再び響き渡る加護の悲鳴。

安倍を殺したというショックからなのか、辻の体から急激に力が抜けていった。
もはや立ってなどいられないほどに、震える膝を止められない。
もう立っている必要などないにもかかわらず、震える膝は曲がらない。
219 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時41分32秒
もう倒れてしまいたい、その想いが偶然辻の視線を地面にむけた。
そして決定的な違和感の原因を目にした、安倍の腕以外の何かが、自分を
貫いているのを。
だがしかし、確実にそれは安倍の攻撃によるもののはずだった。
倒れらない理由は、それが自分を支えているからだった。

銀の刃が辻を串刺しにしていた。
見覚えのある刃、それは闘技場で見た男のそれだった。
やっと辻はわかった、安倍は本当にいないことを、心ばかりかその肉体までも
この場にはいないことを。

辻を貫いていないもう片方の腕が鋭利な刃へと形状を変える。
とどめを刺そうとしている。

そこからの全ての動きが、辻には恐ろしく遅く感じた。

加護が安倍に、といってもそのころにはたいせーへと姿を変えていたが、
素手で殴りかかった。
とどめを刺そうとした腕を加護へ振るうたいせー。
渾身の力で、腹部を貫通している刃が邪魔でまともには動けないながらも
辻は加護を突き飛ばす。
尻餅をついて床に転んだ加護、その首からは血が流れているものの、致命傷は
回避できたようだった。
220 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時42分10秒
そこからは、さらに何もかもがスローモーションだった。
いよいよ死が近づいてきているらしい。
昔の記憶が走馬灯のように駆け巡るかわりに、たいせーの腕の動きがひどく
のんびりと感じられる。


「市井ちゃん!!!」

誰かのあげた叫び声と同時に、たいせーの後方が爆発した。
次には顔面に拳を受け、吹っ飛ぶたいせー。
そのままたいせーと一緒に吹っ飛びそうになりかけたが、勢いに負けて
辻の腹部から刃が抜ける。


「あんたたち、ずいぶんやってくれたね・・・・・」

静かな口調ではあるが、怒りのこもった声。
圧倒的に険悪な雰囲気が空間を支配する。

「後藤、あんたはこのコたちを護るのに集中しな」

優しい口ぶりだが、有無を言わせない迫力も含んでいた。
221 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時42分45秒
「無理しないで」

精一杯考えて言ったセリフだった。
無理をすることは承知なのだが、そんなことしか言えなかった。

「ここは市井ちゃんにまかせて」

辻を抱えると、加護をうながし市井から距離をとる。
加護も素直に従い、辻へ駆け寄った。

辻の傷口からかなりの勢いで流れ出る血液を見て、顔をゆがませる。
後藤はとりあえずハンカチを取り出して腹部の傷にあてるが、背中からも
出血しているため、適当な布をもう一枚探す。

「これを・・・・」

加護が差し出したハンカチを背中にあてる。
加護の膝に辻の頭を乗せて寝かせると、自分は市井からの言いつけどおりに
二人の前に立った。
222 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時43分17秒
とりあえず意識だけはある辻だったが、予断は許さない。
弱々しい呼吸を繰り返しながら、閉じかけの瞳で自分を見ている辻に
胸を引き裂かれる想いの加護。
手を握ってやり、励ますことしかできない。
飯田のように治癒の魔術が使えないことが悔やまれる。

「ごめんな、ウチが飯田さんみたいに治してやれたら」
「・・・・・気に・・・・しないで」

落ち込む加護を必死にしぼりだした声で励ますが、とたんに咳き込んで
血を吐き出す。


「のの!!」

(くっ、ウチはなにしてんねん! ののに心配かけてどうすうんのや)

傷口にあてたハンカチは早くも真っ赤に染まりつつある。

(誰でもええからののを助けて・・・・・・)

加護の指の間からは、ハンカチが吸いきれなかった血液がこぼれ始めていた。
223 名前:影武者 投稿日:2001年11月10日(土)15時57分03秒
>>ポン太さん
自分のペースで頑張ろうとしたんですが、遅くなっちゃいました。
励まされたにもかかわらず、自分のペースを守れず申し訳ないです。
次回は頑張ります。

>>傍観者さん
このレスに救われました。
久しぶりに更新意欲に火がつきました。
せっかくageてもらったので下がらないうちに更新させてもらいます。


遅くなりましたが、更新をうながすレスがついてて安心しました。
どうやらまだ読者はいるようですね。
最後の一人に見放されるまでは意地でも書き続けます。

224 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月10日(土)21時48分31秒
更新待ってたよー
読んでいるので頑張ってね
225 名前:ポン太 投稿日:2001年11月11日(日)18時10分39秒
市井と後藤の登場で期待大
さらなる更新期待〜
226 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)16時51分46秒
「今さらお前らが何の用や?」

爆煙の中から出てきたつんくが市井に問いかける。
出会い頭の後藤の魔術を受けたにもかかわらず、さしたる効果は見られない。

質問に答える気など毛頭ない。
これ以上はつんくの声を聞くのも許せない。
手の平を前方にむけると、気合いと同時につんくの周囲が爆発した。
つんくの視界が爆煙でさえぎられる、ほとんど瞬間的ではあるがたいせーと市井の
1対1の状況が出来上がる。

たいせーとの距離はたったの2〜3メートル、1歩目は大きく息を吸い、2歩目は
吸いこんだ空気を止めたまま踏み込む。
たいせーの両腕は硬質化され、剣のような形状へと変化していた。
227 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)16時55分19秒
市井紗耶香が強いのは、魔術士には不可能とされてきたことを可能にしたこと
が大きな要因となっていた。
つんくのような例外はいるものの、2つの魔術を同時には使えないことと同様に、
格闘しながらの魔術の使用は不可能とされている。
だがしかし、市井紗耶香もまた例外だった。

当然のように、肉弾戦を挑んできたものと判断したたいせーは、刃を市井にむけて
構えをとった。
受けることを許さない切れ味の斬撃が市井に襲いかかる。
市井にむかって突進しながらの十字斬り、頭上と側面からの攻撃は避けられない。

桁外れの市井の身体能力を考慮しても、到底かわせない。

が、縦の斬撃は白刃取りで、横の斬撃は無視する。
まるでもう一つの攻撃が存在しないかのように振舞う市井。
事実、二撃目はなかった。

市井にヒットする直前で吹っ飛んだ自分の腕を、不思議な表情で眺めるたいせー。
何が起こったのかを知っているのは市井しかいない。
228 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)16時59分29秒
白刃取りと魔術攻撃を寸分違わぬタイミングで実行する。
格闘の際の間合いで魔術など使えば、間違いなく受けた人間は重傷を負う。
よほどの敵でないと使わない禁じ手だった。

いまだ状況をつかめないたいせーに蹴りを喰らわせ後退させる。

市井自らはたいせーからさらに距離をとり、右の掌を上に向けて集中。
拳ほどの炎が掌の上に発生する。
さらに今度は右の手首を左手で掴んで、極限まで意識を炎に集めた。
最初は真っ赤だった炎が徐々に青白く変色していく。

少しでもコントロールを誤れば市井自身が発火しかねないほどの超高熱の炎。
吹っ飛んだたいせーの腕にむかって放つと、着弾した瞬間に数十倍の大きさに
膨れあがった。

溶ける間もなく蒸発するたいせーの腕。

やや動揺の表情を浮かべながらも、たいせーは失った腕をすぐに復活させる。
が、今のでたいせーの体の何分の1かは失われたことになる。
同じ事を繰り返せばいずれ完全に消滅させることは可能だった。
そして――――――

「この世から完全に消してやる」

病的な眼差しでたいせーを見据え、死の宣告を下す市井。
229 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時01分12秒
市井紗耶香の戦闘には、大きな前提がある。
要は全力で戦えない、ということなのだが。
全力で戦えば、恐ろしく高確率で相手が死ぬ。
近距離での格闘プラス魔術を最大の戦力とする市井、相手の防御能力を
ほぼ0にして繰り広げられる戦闘。
そんな状況で市井の攻撃を喰らった相手は戦闘不能だけではすまない。

吉澤や保田のように、相手を無力化させるだけの戦闘は、全力の市井には著しく
困難だった。
そんな市井が久しぶりに全力を出すことを心に誓う。

死刑宣告を受けたたいせーに、今度は激しい動揺が全身から溢れる。
消滅させられた自分の腕を見たことが、余計に市井の言葉に現実味を持たせる。

「来ないんなら、勝手にやらせてもらうよ」

すっかり警戒して自分からむかって来ようとしないたいせーに、市井は再度
大魔術の準備を始める。
230 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時02分17秒
市井の目の前の空気が歪み始める。
まるで水に混ざった油のような空間が出来上がる。

制しきれないエネルギーが生み出す波動が市井の肌を刺激する。
城門を破壊した魔術を、今度は標的をたいせーとその直線上にいるつんくに
むかって解き放った。

圧倒的すぎる破壊力に足がすくみかけたたいせーは、一瞬跳ぶのが遅れた。
左肩の先からを魔術に飲み込まれてしまう。
やや距離の離れていたつんくは防御するものの、魔術が足元に直撃したせいで、
足場を失くして浮遊の魔術を使わざるを得ない。
防御に浮遊、と2つの魔術を使ったつんくに反撃の手段はなかった。
231 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時04分34秒
たいせーが体を再生する間を与えずラッシュを仕掛ける。
ろくにバランスのとれない動きのたいせーは、受けるにもかわすにも
不十分な力しかだせない。

危機を感じたつんくが援護の魔術を市井に放つが、気配だけで察した市井は
簡単に防御する。

近くにたいせーがいるせいで威力の出せないつんく。
つんくの援護があってもバランスが悪く、反撃までは不可能なたいせー。
2対1にもかかわらず、効果的な攻撃で1対1の状況をつくりだす市井。

「おのれ・・・・・」

唸るつんく。
足場を破壊されてから十秒ほどたって、ようやく深刻な事態だと気づいたつんくは
破壊されてない床まで飛び、着地すると市井を攻撃しやすい場所まで移動する。

「さがっとれ、たいせー!」

ピンチのたいせーをかばうべく、たいせーをさがらせ自分が戦うことを決意した。

しかし今度はつんくへと標的を変えた市井が、再びつんくに閃光を撃ちこんで
突っ込んでいく。
232 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時05分41秒
「効くか! こんなもん!」

威勢良く叫んだつんくの声に反応したかのように、市井の魔術が消え去る。
すぐさま反撃の閃光を撃つつんく。
なんなく跳んでかわす市井。
つんくは一瞬ずらしてもう一発、今度は特大の閃光を撃ちこむ。
口元に笑みを浮かべながら、さらによける市井。
その瞬間つんくの表情が驚愕に崩れた。

「よけろ、たいせー!」

叫んだときには、ほぼ同時にたいせーはバラバラに吹っ飛んでいた。
わざと自分の後ろにたいせーがいるようなポジションに跳んだ市井、そして
その市井を狙ったつんくの閃光を受けたたいせー。
市井の術中に完全にはまってしまった。
233 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時07分20秒
市井の攻撃の切り替えは、完全につんくを後手にまわす。
バラバラに吹っ飛びはしたものの、たいせーは液体状に変化し、再び1ヶ所
に集まると復活をはじめる。
が、はっきりいって隙だらけの状態のたいせーを市井が放っておくはずがない。

右手の掌を上にむけ、その手首を左手で掴む。そして集中。

事の重大さに気づいたつんく。
市井の背中にむかってありったけの集中力で創りだした、数十発を超える光球を
瞬時に撃ちこむ。
しかし、それら全てが市井に命中する前に、水をかけられた火の玉のごとく
消えていった。
後藤の魔術によるものだった。

つんくが止める時間は既に残されていない。
先ほどよりも数倍大きい炎が、たいせーを形作ろうとしている液体の塊を包む。

炎が消えた跡には、存在の痕跡すら残さずたいせーは消滅していた――――――
234 名前:影武者 投稿日:2001年11月12日(月)17時14分21秒
>>224
待たせてすいませんでした。
とりあえず復活した勢いのままに更新しました。
こんなに早いのは今回だけだと思いますが、これからは待たせないよう頑張ります。


>>ポン太さん
期待してもらってありがたいことです。
おかげで筆がすすむのが速かったです。
やっとこさ市井も実は強いんだよってことを書けた更新でした。
235 名前:ポン太 投稿日:2001年11月12日(月)20時01分28秒
>>234
今回だけと言わずにこれからもこのペースで更新を・・・
とにかく早めの更新お疲れ様です
(´Д`)<市井ちゃん・・・
236 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)21時33分22秒
待ってました。市井、強い!っすね!
さすがプッチのリーダー!!
初めて強さを確認できました。
これからも頑張って。
237 名前:ぐれいす 投稿日:2001年11月12日(月)21時41分10秒
どうもひさしぶりです。
とりあえず今までチェックはしていたんですがレスはしませんでした。

今回は市井さん大活躍ですね。
やっぱりかっこいい市井さんは好きです(w
正直強すぎだろうと言う感じはありつつもそんなところも市井さんだなあ
と、勝手に納得しています(w

上でポン太さんも言ってましたがこれからもこのペースで…
まあとりあえず今回の更新お疲れ様でした。
238 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時43分15秒
流れるような市井の攻撃が、止まる。
2対1で戦っているように見えて、実は1対1、さらにはつんくの攻撃をも
逆手にとった攻防でたいせーを葬り去った。
正しく分析するならば、魔術の使えないたいせーを相手に魔術と格闘、さらには
コンビネーションの粗をついて戦ったことになる。

しかし、次の相手、つんくにはそれらのうちの魔術だけを駆使した戦いになる
だろうと予想する。

真っ向勝負で挑むには、つんくは危険すぎる相手だった。

さらに―――――――

「とんでもない戦い方をしたもんや。
 ・・・・・しかしな、そろそろ限界みたいやで、あのガキ」

既に市井も気づいていたことだが、背後の様子があわただしくなっている。
辻の容態がいよいよ危ないようだった。
239 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時44分19秒
「のの! のの!」

辻の耳元で必死に呼びかける加護の声。
傷口を押さえている加護の手は、辻の血で真っ赤になっている。


動揺を顔に出せばつんくのペースになってしまう。
必死で平静を取り繕い、市井はつんくをにらみつけた。

「あいつを死なせんためには、俺の魔術しか手段はない」
「・・・・・だからなんだっていうの?」

もったいぶるつんくに市井の苛立ちが爆発しかける。
交渉をもちかけてきているということは知っていた。

「俺としては、このままお前と戦うのもかまわん。
 そやけどな、勝つにしても確実に俺も五体満足では済まんやろ・・・・・」
「・・・・・・さっさと言いなよ!」

叫び声をあげてから、失敗だったと後悔する。
しかし、交渉の余地は、ある。
240 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時45分14秒
最初に駆けつけた時に見た光景のためかもしれない。
たいせーの刃に貫かれた辻を見て、松浦の大鎌に貫かれて死んだ安倍を
思い出していた。

繰り返してはならない悲劇が、再び目の前で繰り返されつつある。
止める手段は、ある。
辻の命と敵討ち、どちらをとるかは、決まっているはずだった。

泣き声の混じった加護の声を背中に感じる。
もし、つんくと戦えば加護は一人きりになってしまう。

「俺が治してやる。
 その代わり・・・・・・・判るな?
 言っとくけど、俺はどっちでもかまわんのやで」

加護が泣いている。
辻が死にかけている。
市井の決断が二人の運命を握っていた。
241 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時47分18秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
逆上した者の振るう刃は、時に熟練の格闘家をも凍りつかせる。
それほどの威圧感をもつ。

松浦の視線に縛られた石川は身動きのとれないまま棒立ちになっていた。
狂気の殺意に圧倒されている。

「魔術を。 梨華ちゃん!!」

その声が引き金になるのを承知で、吉澤は呼びかける。
棒立ちのまま攻撃を受けるよりは、よっぽどいい。
吉澤の声に反応し、体を震わせた石川が魔術に集中する様子を見せる。

松浦も動いた。
恐ろしく速い踏み出しで石川に迫りながら、大鎌を振るう。
242 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時49分32秒
「よっすぃ〜!!」

通常よりもさらに甲高い、石川の叫び声が鼓膜を震わせる。
松浦の攻撃は石川ではなく、背後の吉澤にむけてだった。

体は前進しつつも、後方から追いかけてくる吉澤に大鎌を振るった松浦。
ろくに見もせず振られた大鎌にもかかわらず、吉澤の顔面を直撃する軌道で
空気を切り裂いた。

間一髪、身をかがめてかわしたものの、髪の毛を何本か切られる。
不安から自分の頭を触って、怪我がないことを確認する吉澤。

一方の松浦は、てっきり石川が重力の魔術を使ってくると思っていたところに
突然襲いかかって来た閃光を見て驚いた。
意外にも攻撃的な魔術を使ってきたことに動揺はしたものの、事前に察知できた
ことにより、回避する。
距離が距離なだけに、多少の火傷は負ったものの、ダメージはない。

一瞬動きの止まった三人。

次の瞬間、同時に動き出すが、体勢を崩した吉澤がやや遅れる。
魔術を使った直後の石川に、次の魔術を放つだけの時間は残っていない。

「やめっ・・・・!!」

吉澤の叫びもむなしく、松浦の大鎌は攻撃のモーションにはいった。
243 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時52分03秒



魔術で生んだ大鎌が、松浦の唯一の、絶対の武器。
人間を切り裂き、魔術を切り裂く。
自分の身長よりも大きなそれを振り回せるのは、全くその大鎌が重さを
もたないから。




横薙ぎに、石川の胴体を両断するつもりで、大きく水平に大鎌を振りかぶる。
体のほぼ真後ろまで振りかぶった大鎌を、全力で石川にぶつける。
そこで信じられないことが起こった。

真後ろに振りかぶった大鎌が前方の石川を切り裂くまで、松浦の力ならば
一瞬で終わる作業だった。
しかし動き始める寸前、突然大鎌が動かなくなる。

(・・・・重い?)

石川の重力かと思った松浦だが、自分の周囲で展開される魔術なら確実に
予知できるはずだった。

(魔術じゃない!?)
244 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時52分49秒
魔導士の石川に対して、背中をむけるのは危険なことなのだが、疑問は解かねば
ならない。
松浦は背後の様子をうかがうために、振り向いた。

「――――――!!?」

大鎌の柄の部分に彼女が立っている。
どこから現れたのか、どうやってそこに立ったのか、どうやって蘇ったのか、
まるで解けない。

亡霊ならば、重さなど感じないはずだった。
しかし、目の前の人間は、確かな存在感でもって松浦をみつめている。

大鎌の細い柄に立ちながらも、体はバランスを保ち揺れもしない。
なおかつ、いつでも松浦に攻撃できる体勢でいる。

こんな芸当ができるということは、目の前の魔術士は偽者ではない。
そう松浦は判断した。
245 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時56分53秒
松浦の後ろから、全ての状況を見ていた吉澤でも理解に苦しんだ。
吉澤とて、それに気づいたのは松浦が振り向く一瞬前である。

視界の外から飛び込んできた人影。
高速で動く大鎌に着地し、なおかつバランスも保っている。

それは緊張感のある光景だった。
その緊張に耐えきれる人間は、その場にはいなかった。
最初に動こうとしたのは、異変を最も近くで体感している松浦だった。

押しても、引いても、手放しても、それらいずれかを選択したとしても、
防御の間もなく攻撃される。

松浦は大鎌を消滅させた。
魔術で構成された大鎌だからこそ可能な、通常ではありえない回避法をとる。

結果として、最初に動き始めたのは大鎌の上の魔術士。
松浦の意志で大鎌が消滅する一瞬前、軽く大鎌の柄を蹴って飛び上がると、
右足を松浦の側頭部に叩きつけた。

見事な回し蹴りだった。
吉澤以上の技量を確実に感じさせる、安倍にしかだせないタイミングと
鋭さをもった一撃だった。
246 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)02時59分09秒
「辻ちゃんと加護ちゃんは城にいます!」

待ちに待った瞬間なのかもしれない。
吉澤は安倍にむかって、その言葉をぶつけた。
たった一言のセリフを安倍に伝えたことが、吉澤に不思議な達成感をもたらす。


「城へ!!」

と安倍は指差し、澄んだ声で指示をだした。
自分たちに行けということなのか、と勘ぐる吉澤。

しかし、しばらくして安倍は再び標的の松浦に視線を移し、かまえる。
その場にいる誰もが動いていないにもかかわらず。

蹴りを受けた松浦はかろうじて立っている。
今なら攻めきれると吉澤は判断したが、安倍が攻めない以上は自分が動くのも
ためらわれる。

ふと、吉澤は高速で城へと飛行する人影を目にした。
長い黒髪をなびかせている女性だった。
飛んでいる姿がよく似合う、空を飛ぶ彼女は美しかった。

安倍が指示をだしたのは、誰に対してなのかがようやく判った。
247 名前:影武者 投稿日:2001年11月14日(水)03時16分10秒
>>ポン太さん
と、いうわけで、今回も早期の更新にさせてもらいました。
長い間休んでたせいか、今のところ疲れを感じずやってます。
このまま行けるところまで突っ走りたいものですが。

>>236
やっと結果のだせた市井ですが。
このまま強いという評判だけで続いていかないで、自分でも安心です。
次回の更新もやりがいがありそうで、頑張ろうと思います。

>>ぐれいすさん
当初に最強という設定だったにもかかわらず不振の続いていた市井です。
まあ今回の勝利は市井の作戦がよかったということで。
それにしても、1対1で娘。メンバーの中での戦闘なら1番なのは彼女ですから。
248 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月14日(水)05時08分49秒
久しぶりに一気読みしたんですが・・・おおお!
安倍と、あの人?の登場に心臓バクバクす。
次回が待ち遠しい。一体どーなるんですかー。
249 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月14日(水)22時33分27秒
おお〜、大量更新、待ってました!
市井かっこいい〜、安倍最高!早く続き読みたいっす
250 名前:ポン太 投稿日:2001年11月14日(水)23時04分24秒
( "O")どきどき・・・

从#~∀~#从<ついに私の出番か!?
( ´ Д `)<多分っていうか絶対違うよ裕ちゃん・・・
251 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月15日(木)08時14分09秒
影武者さん、更新お疲れさまです。
久しぶりに楽しみました。
空飛ぶ美しい人の正体はもう少し判らないようにして
次の更新へ期待出来るように盛り上げて欲しかった
裕ちゃんか矢口って匂わせたりして…。
252 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時06分39秒
「吉澤さんは手出ししないで。 一人で戦わせてちょうだい」

安倍以外の人間が言ったならば、とても聞ける願いではなかった。
今のようなセリフがでてくるということは、多少なりとも自信があるはず。
安倍が間違った選択をするとは思えない。
この場は従うことに決めた吉澤は、一歩下がって戦闘体勢を解く。


「死んだと思ってました・・・・・・」

松浦の質問に驚いたのは吉澤。
表情一つ変えず、安倍は――――――

「死んでたよ。生き返ったの、ただし・・・・・・」
「ただし?」

聞き返す松浦には応えない。
253 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時09分45秒
「偽者ってことはありませんよね?」
「もちろん。
 言っとくけど、あんたにやられた傷跡も残ってるんだから」

「・・・・・だったら安心です。
 本物なら、私に勝てるはずありませんもんね」

余裕の言葉を言い放つ松浦だが、明らかに安倍を警戒している。
安倍の存在感は圧倒的だった。
無言のまま、安倍が戦闘体勢にはいると、慌てて松浦も一度消した大鎌を
その手に生みだす。
しかし、完全に安倍に気圧されていた。



(安倍さん、ものすごい威圧感だ。 ここまですごい人だったなんて・・・・)

敵ではない人間の、しかも背後に立っているだけなのに、それでも緊張感から
かまえをとらずにはいられない。
吉澤は何もせず立っているのが、これ以上ないほどにつらかった。

額から流れてきた汗が吉澤の瞼を濡らす。
手でその汗を拭った瞬間、一瞬目を閉じて開けたときには、安倍は松浦に
手のとどく距離まで移動していた。
254 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時11分09秒
目を閉じていたとはいえ、格闘家としては一流の吉澤である。
だが、安倍の移動は一切の物音・殺気を感じさせないものだった。

戦闘は不気味な静けさで始まり、今でもなお静かだった。

お互いの呼吸さえも聞こえてこない。
どちらの攻撃も相手を捕らえることはない、繰り出される打撃・斬撃を
ひたすらかわし続ける。

吉澤の感じたところでは、松浦の運動能力と安倍の読みとの勝負に見えた。
そして、予想が当たっているならば、安倍が有利だった。

運動量は疲れで衰えても、読みや勘は衰えない。
戦闘中に運動能力が成長することなどないが、戦えば戦うほど相手の動きを
知るほどに、行動は読みやすくなる。

「・・・・・安倍さんの勝ちだ」
「えっ?」

吉澤の口からこぼれた言葉を、石川は不思議がる。
石川には、二人は対等の勝負をしているようにしか見えなかった。
255 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時12分01秒
しばらくは互角の打ち合いが続く。
さすがに大鎌の扱いに慣れている松浦は、安倍を懐にいれることなく、
安倍の間合いの外からの斬撃に終始していた。

素人が見れば有利なのは松浦だったが、焦っているのは松浦だった。
―――――――安倍に観察されている―――――――
安倍が懐に飛び込んでこようとしないのは、本人にその気がないからだった。

疲労しているのは自分、攻撃を読まれているのも自分。
松浦が平静でいられるはずがなかった。
256 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時12分45秒
「このっ!!」

攻撃に変化を求めた一撃だった。
大鎌の柄で安倍の足に突きを放つ。
刃にばかり気をとられているならば、その一撃で足の甲の骨は砕かれたはずだった。

安倍が跳ぶ。
初めてにして、おそらく最後のチャンスが松浦に訪れた。
空中の安倍にむかって斜め上から斬りつける。
257 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時14分15秒
安倍の戦術の核は、カウンター。
ありとあらゆるパターンの攻撃をさばく訓練を受けてきた。

その戦法上、カウンター使いの攻撃は相手の先手から始まる。
一般の魔術士のさらに上をいく安部、稀代のカウンター使いは相手の
先手をコントロールすることから攻撃は始まる。

安倍をよく知る中澤・福田ならば、跳んでいる安倍に攻撃など加えない。
そんなスキを安倍が作るはずがないことはよく熟知している。

すなわち、松浦は安倍の術中にはまった。

「うぐっ!!?」

大鎌を振るう松浦の指を砕いたのは、安倍の蹴りだった。
本体ではなく武器をもつ手に攻撃を加える。
型にとらわれない戦法は、唯一中澤から受け継いだものだった。
258 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時16分08秒
指の関節から噴き出す血を、必死で無視しながら松浦は立っている。
かなりの激痛が襲っているらしく、苦悶の表情は隠せないようだった。
かろうじて手放さなかった大鎌を、片手で持つ。

安倍と松浦の距離は1メートルもない。
素手の間合いだった、すなわち安倍の距離だった。
双方が動かない、松浦が動けないのはわかるが、圧倒的に有利な安倍までもが
動かないのが吉澤には疑問だった。
唐突に、安倍が松浦に話しかけた。

「油断したね」
「―――――!!」

一瞬で頭に血が上った松浦が、およそ無理な体勢で大鎌を振る。
かるく前に踏み込むだけで刃の内側に入った安倍が、大鎌の柄を握った。
武器を盗られまいと力一杯大鎌を引く松浦、柄を握ったままその勢いを利用
して前に踏み込む安倍。
後ろにバランスを崩した松浦の、大鎌を握る手に安倍の手刀がめり込む。
親指の骨を砕かれた松浦が、耐えきれず大鎌を取り落とした。

今度こそ、松浦は終わりだった。
もはや大鎌は使えない。
たとえ安倍が相手でなくても、石川の魔術を相手に松浦は対抗する手段を失った。
259 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時16分51秒
「吉澤さん」
「へ? は、はい」

突然の安倍の呼びかけだった。
ほとんどの戦力を奪ったとはいえ、まだ松浦は立っている、戦闘中に話しかけて
くるなど安倍らしくない。

「・・・・・・・・・」
「あの、安倍さん?」
「あのコたちの、加護ちゃんと辻ちゃんのコトさ、頼んでいいかな?」
「はあ・・・・・。
 ―――――――!? どういうことですか?」
「あのコたちさ、吉澤さんのことスキそうだしさ・・・・・
 せめてね、一人前になるまででいいからさ、頼めないかな?」

嫌な予感が止まらない。
胸が波打つのが自分でも判る。
吉澤は急に寒気を覚えるほどに、体が震えだすほどに悪い予感を覚えた。
260 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時17分41秒
「そんなの! ・・・・・・そんなの、自分でしてくださいよ・・・・・」
「・・・・・」
「それに、まだ勝負はついてませんよ」

ふと気づけば、安倍は既に戦闘態勢を解いている。

「私の、最後の仕事はこれで終わり・・・・・」

「よっすぃ〜!!」

石川に服の裾をつかまれて教えられた。
松浦も既に気づいていたのか、視線は安倍でなく周囲にむけられていた。
吉澤は、胸騒ぎの原因にやっと気づいた。
261 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時18分31秒
吉澤たちを囲む人間は四人。
ただ囲んでいるだけではなく、吉澤たちを包囲するようなポジションだった。
いずれの人間も、その立ち方を見ただけで判るほどに、ただの人間ではない。

「なにモンよ? あんたたち!」

明らかに敵意をもった吉澤の言葉に、無反応ながらも警戒した雰囲気を出してくる。
今はまだわからないが、いずれ敵になる。
根拠こそないが、吉澤は迷わずそう判断した。


よく見ると、少女たちだった。
こちらにむかって歩いてくる少女たちに、吉澤は最大級の警戒態勢をとる。

等間隔で距離をつめてくる四人の少女。
そのうちの一人、少年のような顔つきにも見える少女が話し始めた。

「さすが安倍さん、連盟が特別扱いしただけのことはありますね。
 それだけダメージを負わせてくれたなら、後は私たちに任せてください」
「・・・・・・」

安倍は返事をしない。
何が起こっているのか知っているのは安倍だけに、何か言ってくれないうちは
吉澤も対応に迷う。
262 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時20分22秒
「あんたたち、それ以上近づいたらどうなっても知らないよ」
「いいんだよ」
「――――!?」

「・・・・・・私はね、いるはずのない人間なんだから」
「そんなこと言わないでください!!」

諦めているというわけではないが、安倍の覚悟はそれに近いものがある。
安倍に檄を飛ばすとともに、吉澤は両足に力をこめた。
間合いに入った人間には容赦なく襲いかかる気でいた。


「吉澤ひとみさん、連盟はあなたたちにかけられた国王・女王暗殺未遂の
 容疑を解きます。
 だけど、こっちの邪魔をするなら考え直しますよ」
「子供がでしゃばるんじゃないよ。
 あたしはそれ以上近づくなって言ったんだ、聞こえなかった?」

先ほど話しかけた少女の警告を、挑発的な返事で一蹴する。
263 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時22分21秒
「安倍さん、あなたから説明してあげてください。
 どうもこっちから話しても冷静に聞いてくれそうにないんで」

多少怒りの表情を浮かべたものの、少女は冷静に対処した。
かなり近づいてきていた少女たちだったが、狂犬のような吉澤の殺気に
圧されて歩みを止める。

こんな時に松浦が暴れてでもくれれば、この状況を壊すことができるかもしれない。
吉澤は心の中で舌打ちする。

意外にもおとなしい松浦、大きな理由があった。
四人の少女の狙いは間違いなく松浦だった。
下手に動けば、未知の力を持つ者たちがいっせいに攻撃を加えてくる。
加えて今の自分では、ロクな抵抗ができないことも理解していた。
ただ隙ができるのを待つことしか、今の松浦に選択肢はない。



「よかったんだよ、やり残した仕事はかたづけられたし・・・・・」

静かに、吉澤をなだめるように、安倍は話し始めた。
264 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)22時44分43秒
>>248
久しぶりですか、そうですか・・・・
これからも、暇なときにでも読んでください。
と言いつつも、どうやってつなぎ止めておこうかと思案中なわけですが。

>>249
今回はまるごと安倍が主役で更新しました。
とても嬉しいレスをどうも。
とりあえず量も早さも、そこそこの質での更新にすることができました。

>>ポン太さん
出番を期待していた人がいたようですが、見事に空回りでしたね。
ええ、もちろんこのまま出番なしってことはありません。
ところでポン太さんはそのような顔をしていたんですね。

>>251
すんません。正体判っちゃた上に今回出番なしとは。
期待も予想も裏切ったわけですが、次回は、次回こそ。
とりあえず、いい意見でしたよ。胸を張ってこれからも読んでください。


すいません、あやまります。
気づいた人がいるかもしれませんが、出さないと言ってたくせに出しちゃいました。
265 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月15日(木)23時12分33秒
更新お疲れ様です。&はじめまして。
先日この小説を発見して読ませてもらってます。
とても面白くて、是非始めから読みたいのですが>>1のURLでは表示されません。
もう始めから読む事は不可能なんでしょうか?
266 名前:影武者 投稿日:2001年11月15日(木)23時21分22秒
>>265

http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/995373073.html

ここからいけると思います。

即行のレスありがとうございます。
かなり長いですが、ボチボチ読んでください。
面白いと思ったならば、これからもよろしくお願いします。
267 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月15日(木)23時55分32秒
影武者さん本当にありがとうございます。
今から読ませてもらおうと思います。
これからも更新頑張ってください。
それでは。
268 名前:ポン太 投稿日:2001年11月16日(金)00時39分50秒
新展開(?)期待モリモリ

( ´Д`)<毎日更新ご苦労さん〜
( `.∀´)<ちょっと!私の出番がないわよ!?死んじゃったんじゃないでしょうね?

とこんな小ネタも挟みつつ・・・楽しみですぅ〜
269 名前:傍観者 投稿日:2001年11月17日(土)17時10分27秒
たくさん更新されてますね!
自分も受験生なので週に1度か2度しかこれませんが必ずレスはしますので
これからもがんばってください。
270 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時26分22秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
『究極の魔術とは何か?』

キリのない議論を呼びそうな議題だが、魔術士連盟はいくつかの結論を持っていた。
『究極の攻撃』『究極の防御』これらの魔術の頂点は理論の上ではいくつかの
例が挙げられている。
実際に使いこなした人間は、今のところ存在はしないが。

『究極の癒し』もまた、究極の魔術の一つの体系である。
この、医術を超越した奇跡の魔術を使いこなす人間が連盟にはただ一人いた。

矢口真里がそうだった。

安倍と飯田が死んだ日、連盟からの指令で彼女たちの遺体は保護された。
次の日に、連盟は矢口に指令をだした。

『蘇生の魔術』の使用を。

死者の蘇生――――――本来存在してはならない邪術。
連盟でもその魔術を知る者は長老以下、数名しかいない。

禁術指定された魔術を用い、安倍と飯田の蘇生を矢口に命じた。
271 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時28分00秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「条件つきで生き返らせてもらったの、私たち」

悲壮感はない、納得している口調で安倍は言って聞かせる。
なにしろ情報がゼロに等しい吉澤は、黙って耳を傾けるしかなかった。
しかし、あまりに信じがたい言葉に、つい口をはさむ。

「生き返らせるって―――――」
「知らなかったでしょ?
 連盟が必死になって隠してる魔術だからね。
 それだけに、絶対に外部に漏れるのは防がなくちゃいけない・・・・・」

そこまで聞いて、さすがに吉澤にも続きが予想でき始めた。
つまり―――――

「つまり、松浦亜弥とつんくを倒すまでの期間限定ってことですよ」

先ほどの少女が会話に割って入ってきた。
吉澤が一睨みすると、肩をすくめて再び黙り込む。
272 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時29分12秒
「あのコが言ったとおりだよ。
 松浦を追いつめたから、まずは仕事の一つは終了―――――」
「とどめは私たちが刺します。
 安倍さんがわざと松浦を生かしたりしないように」

今度は許すつもりはなかった。
吉澤は再び口をはさんできた少女にむかって歩いていく。

「なんですか?
 言っときますけど、これ以上邪魔するならこちらも―――」
「あんた名前は?」
「・・・・・・小川、ですけど」
「・・・・・」

憮然とした表情で少女が応えた名は、聞いたこともない名前だった。
先ほどから偉そうな態度をとっているので何者かと思って訊いてみれば。
安倍がなぜこんな少女相手に、素直にしているのか判らない。
余計に腹がたった、どちらにしろ安倍にとって好ましい存在ではない時点で
放っておく気はない。

小川と吉澤の距離がつまる。
どちらも素手のまま、しかし臨戦態勢で接近は続いた。
273 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時31分23秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
魔術士連盟の本部、長老室。
許可もとらず、矢口真里はその扉を開ける。

あらかじめ予知されていたかのように、長老をはじめ数名の幹部たちが
部屋の中にいた。

「なんで安倍なつみと飯田圭織に見張りの魔術士をつけたんですか!?」

重役たちを相手に一歩も引かず、その言葉を吐き出す。

「君の思ったとおりだよ。
 安倍と飯田の二人には任務が終わり次第、本来の存在へともどってもらう」
「それは殺すってことですか?」
「・・・・・そういうことになる」
「――――――っ!!!」

あまりのセリフに、言葉が喉につまってしまう。
長老に飛びかかりそうになるのを、懸命にこらえて言葉を捜す。

「蘇生させるときには、そんなこと聞きませんでしたよ!」
「言う必要はない」

息がつまる、喉がつまる、呼吸ももコントロールできないほどに取り乱しかける。
274 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時33分26秒
「なんで生き返らせたんです? なんでまた殺すんですか!?」
「今のところ、松浦・つんくに対抗できるのは彼女たちだけだ」

長老の言葉は冷淡すぎた。
議論にすらならない相手に、矢口の我慢も限界を超える。

最短距離にいる、自分の正面にいた長老につかみかかった。
が、脇を固める幹部たちに、長老の服に手がかかる寸前で取り押さえられる。
腕をひねられ、地面に押さえつけられる。
激痛が矢口の肩を襲うが、顔をもちあげて長老を睨みつける。

「なっちも圭織も死んだのよ。
 わざわざ自分の都合で無理やり生き返らせておいて・・・・・・
 なんで死なせてあげなかったの? なんで2度も殺されなきゃならないの!?」

ギリギリ言えるのはそこまでだった。
体内の空気を全て吐き出して叫び終わると、押さえつけられる圧迫感で
再び叫ぶだけの空気を吸い込むのは無理だった。
275 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時34分38秒




「それでも、蘇生の魔術は許されない。
 前例を創ってしまうと秩序が乱れる、今回は特例で一時的に認めただけだ」

無機質な声が無常にひびく。
押さえつけられた矢口は祈るしかなかった。




(裕ちゃん、なんとかして・・・・・お願い・・・・・)

276 名前:影武者 投稿日:2001年11月17日(土)18時46分13秒
>>267
結構長いと思いますが無事読めたでしょうか?
最初らへんと今では少し書き方が変わってると思うんで、不安ですが。
これからもどうぞよろしく。

>>ポン太さん
おそらく城の中を駆け回っているころでしょう、保田は。
このまま存在しなかったキャラになる、なんてことはないので。
今回の小ネタ、少し動揺しました。そういや保田のこと書いてないな〜と
気づきました。

>>傍観者さん
受験のほう頑張ってください。
たまに気分転換のつもりでこれからも読んでください。
レスしてもらえると嬉しいです。受験生に気を使わせるのは悪い気がしますが。
277 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月17日(土)22時07分47秒
>>影武者さん
おかげで無事読み終えました。
やっぱりこの小説は面白いです。
ますますハマりました。
これからも更新頑張ってください!
278 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月21日(水)17時19分33秒
>>276
一気読みしました。
面白いです。
物語は佳境になってきたのかな?
更新楽しみにしてます。
279 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月23日(金)00時15分54秒
矢口に同意!
裕ちゃん、なんとかして・・・お願い・・・
280 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時22分00秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※

吉澤と小川の二人の間には、接近だけが続いていた。
吉澤は小川にむかう足を止めることなく、小川はむかって来る吉澤から
遠ざかろうとはしない。

どうやら小川は素手で戦う魔術士らしく、動きらしい動きもなく吉澤を
近づけていた。

(魔導士? だったらあと2〜3歩で攻撃がくる・・・・・)

余裕の表情ながらも、小川の実力には警戒している吉澤が考える。
そして吉澤は歩くのをやめた。
そこが限界だった、これ以上近づけば魔術の使えない自分では、もしも
小川が魔術を放ってきた場合、回避しようがない。

「なんで止まるんですか?」

不敵な笑みを浮かべて小川が質問してくる。
挑発しているということは百も承知の吉澤は、迂闊に返答もせず立ちつくしていた。
281 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時23分54秒
「来ないなら―――――」
「吉澤さん、逃げて!」
「こっちから行きますよ―――――」
「よっすぃ〜!」

安倍の忠告、石川の悲鳴を聞きながら、前へでることも、後ろへ下がることも
できない。
原因はいまだに何もしてこない小川だった。
魔術を使う気配もなく、ただ吉澤へ近づいてくるだけの小川。
片手には抜き身の長剣が握られていた。

(――――剣!!?)

武器など持っていなかったはずの小川が、いつの間にか握っているそれを見て、
瞬時に防御の体勢をとる。

防御の姿勢をとるのと、小川が手にした剣で吉澤の膝を貫こうとしたのは
ほぼ同時だった。
剣が吉澤の膝に接触したのと、吉澤が短剣でそれを打ち払うのも同時だった。

怪我こそなかったものの、膝に残る嫌な感触が吉澤の背筋をざわつかせる。
282 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時25分37秒
短剣ならまだしも、小川が手にしているのは隠しようがない長さをもつ
長剣である。
考えられることは、可能だとすれば方法は一つしか思いつかない。

「魔術?」
「そうです、松浦亜弥の得意技と同じです」

得意気な表情で種明かしをしてくる小川。

「『究極の魔術』って聞いたことがありますか?」
「・・・・・・それが、その魔術だって言いたいの?」
 
おそらく、そう言いたいのだろう。
小川の顔が全てを物語っている。

「そんな大層な魔術が使えるんなら、あんたが戦えばいいじゃん」
「・・・・・現時点では、実戦経験・戦闘技能については、私たちよりも
 安倍さんが上回ってます。
 まあ、それは実際に見たんで認めますけど・・・・・」
283 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時27分07秒
議論は苦手な吉澤が、頭を働かせるまでもなく感じた疑問がある。
吉澤が気づいたということは、もちろん連盟も気づいているはずだが、
それでも、今は喉から手が出るほど時間が欲しい。
迷うことなく吉澤は疑問を口にだす。

「実戦だの戦闘だの言うんならさ、もっと適任がいるんじゃない?」
「中澤裕子さんのことですか?
 確かにそうですが、連盟が目をつけたのは安倍さんと飯田さんの実績です」
「は?」
「つんくの仲間を倒したことがあるんですよ、安倍さんたちが。
 ・・・・・ところで、時間稼ぎにつきあうのはここまでです」
「・・・・・」

もはや戦闘を再開する気にはなれない。
これ以上、小川を引き止めておくのは、今の吉澤には無理だった。

小川は松浦へと歩み寄る。
他の三人も、同じく隙のない動きで松浦の包囲を狭めていく。

「安倍さん、ご苦労さまです」
 
安倍の横を通り過ぎた小川が、声をかけた。
284 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時28分47秒
四人の少女が、松浦を囲む。
魔女狩りのようにも見える光景だった。

性格は別として、容姿は決して悪くない松浦を、多数で囲み、そのうち
一人は手に剣を握っている。
どう見ても、悪人に見えるのは小川たち四人だった。

もはや松浦には、この場から逃れる手段はない。
四方を囲まれた状況で、抵抗する様子もない。
正確には、抵抗しようとはしているのだが、身動きがとれないでいた。

「ここまでです、松浦亜弥」

殺す気でいるのは誰もが判っていた。
たいした度胸も認める、おそらく吉澤よりも年下の少女がためらう様子も
見せず、敵を殺そうとしている。

「どんな教育すればこんなふうになるんだよ」

吉澤の独り言は誰も聞くことはなかった。
285 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時29分52秒
「待って。殺すのは待ってよ」

安倍が止める、小川は動きを止める。

「戦ってもないのに、弱った相手にとどめだけ刺すなんて・・・・・」
「・・・・安倍さん、あなたが生き返ったのはこのためなんですよ」

諭すような小川の言葉も、吉澤には説得力がない。
だから、言葉がこぼれた。

「全部あんたたちの都合だよ。
 安倍さんはなんにも背負う必要なんてない。
 生き返ったんなら、また辻ちゃんと加護ちゃんと一緒にいてあげればいいんだ」
「・・・・あなたの意見は聞いていません」
「あんたたちが何をしたってのさ。
 安倍さんを生き返らせたのが誰かは知らないけど、そいつが決めたの? 
 安倍さんの運命を。
 あたしからすれば、あんたの意見の方がきけないよ」
「・・・・・」
286 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時31分01秒
黙り込む小川。
予想はしていたことだった。
おそらく、連盟からの命令に従っているだけの少女たちであろうことは。
考えたことなどなかったのだろう、自分たちの任務のことを。


そのとき、風が吹いた。
地面から土埃が舞い上がり、視界が狭まる。

松浦の大鎌が周囲の四人を弾き飛ばす。

大鎌を抱きしめるようにして持つ。
両手を負傷し、握れない状態であるためにそのような持ち方になっていた。
おかげで、小川たちは刃に触れることなく、はじかれるだけですんだ。

両手以外は無傷に近い状態の松浦は、一足飛びに4人の少女たちの包囲から
抜け出す。


魔術をもってしても、魔術士4人を相手に同時に隙を創るのは困難だった。
しかし、吉澤の言葉が小川たちに隙を創った。
287 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時31分49秒
なんとか小川たちの包囲から逃れたものの、背後を見せて走り去るわけには
いかず、距離をとっての睨みあいになる。

膠着と沈黙が訪れる寸前だった。



「ええ言葉や、さすが裕ちゃんの弟子や。
 うちの弟子にも見習わせたいわ、なあ柴田」
「・・・・・・」
「まあな、口答えすんのは巧かったからな、吉澤は」


声に反応したのは安倍と吉澤だった。
舞い上がった土埃がおさまった後、現れたその姿に反応したのは、その場にいる
全員だった。

劇的に事態は変わる、そう吉澤は予感した。

中澤と平家、その後ろにいる柴田。
彼女たちの登場は予想外ではあるが、ありがたい。
288 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時33分26秒
「ところで、なっち」
「え? はい」

中澤が呼んだのは、やけに緊張した様子の安倍だった。

「いつまで立ち止まっとる気や?
 あんたはさっさと圭織んとこに行ってあげんかい」
「でも・・・・」
「あとのことは任せとき。 吉澤に」
「私ですか!?」

最後のセリフは吉澤のものだったが、中澤の言葉はやけに力強く、安倍の
心に突き刺さった。

「中澤さん、困ります、そんなこと勝手にされたら」

小川の言葉遣いは、明らかに中澤に気を使ったものになっていた。
289 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時35分07秒
安倍は迷っていた。
連盟の使いである小川を無視していいものか、かといって中澤の言う事を
きかなければ別の意味で只事ではすまない。

「迷っとる暇はないで。
 圭織とあんた、力を合わせんとつんくは倒せん」
「・・・・・」
「もし、あんたらが負けたら、次はあんたの仲間の番やで」
「――――!? どういうこと?」

安倍の心臓がはねる。
なぜか、小川に動揺が走るのを吉澤は見た。

「つんくの仲間を倒したから、あんたらが選ばれた――――」
「中澤さん!」
「あんたは黙っとれ」

必死に中澤の話を止めようとするが、一喝されて黙り込む小川。

「あのコらもつんくの仲間を倒した時におったんやろ?
 もしあんたらでダメなら、次はあのコらが挑まされることになる」
290 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時36分28秒
中澤の話が終わった瞬間に、安倍は走り始めた。
その背中にむかって中澤は微笑む。
 
「勝手な行動は――――」
「いいじゃん、安倍さんはつんくを倒しに行ったんだ」

吉澤の言葉に反応し、足を止めた。
小川は、突然現れた中澤たちと、安倍の独断での行動で、既にパニックに
なりかけている。

「吉澤、あんたも行くんや。
 なっちが邪魔されずにつんくんとこに行けるように助けたり」
「はい!」

後のことは、全て中澤に任せてもいいと思った。
中澤ならば、きっと上手くやってくれる。
自分たちにとっても、小川たちにとっても、松浦にとっても、きっと上手く
やってくれるはずだった。
吉澤は安倍のあとを追う、石川は吉澤のあとを追う。
291 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時38分48秒
「待ちなさい!!」

ヒステリックな叫び声とともに吉澤たちを追いかけようとする小川。

「柴田!!」

平家の命令で小川の前に立ちはだかる。
本当は、石川のあとを追いかけたかったが、小川を止めることが石川の
助けになる、と柴田は考える。

「どいてください!!」
「どくな柴田!」

小川の形相に負けそうになりながらも、その場に踏みとどまった。
このまま小川との戦闘になるよりも、平家のお仕置きの方が恐ろしい。


「どうや、うちの弟子は。 
 あんなガキの脅しぐらいじゃ退かへんで」
「・・・・・・」

そこには、得意気な様子で中澤に弟子自慢をする平家と、柴田を憐れむ中澤がいた。
292 名前:影武者 投稿日:2001年11月23日(金)16時55分48秒
>>277
新たに読者が増えるのは嬉しいことです。
日頃からこの小説を読んでいるのは何人いるんだろうと考えています。
更新は頑張ります。もっと、もっとはやく更新するように・・・・

>>278
一気読み、ご苦労様です。
物語は、結構かなり佳境にはいりました。
更新を楽しみにしてくれて、ありがとうございます。そして遅れてすいません。

>>279
とりあえず裕ちゃんは出ました。
しかし、なんとかするのは柴田次第のような気もしますが。
一気にキャラが登場しはじめてますので、混乱なさらぬようご注意を。
293 名前:読者 投稿日:2001年11月23日(金)20時00分02秒
小川達に負けるな柴田!頑張れ柴田!(新人なんかに負けてないし)
中澤平家がいてもこの場は、柴田が頑張るはず!
っていうか、中澤平家は何もしない?
頑張れ柴田!頑張れ影武者さん!
294 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月24日(土)02時06分38秒
おお、更新されてる。
小川たちはどれぐらい強いのだろう?
がんばれナッチ。
295 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時04分46秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
迷いのない走りだった。
ただひたすらに前進だけを心がけ、誰かのために走る姿は力強い。
吉澤は、そんな走りをする安倍に追いつける気がしなかった。

おそらくは、市井か後藤の魔術によって造られた、城内へと続く大穴を
走り抜けていく。

少し焦りを感じ始める吉澤。
安倍が誰の妨害をも受けないようにするのが自分の役割にもかかわらず、
安倍の後ろを走っていては話にならない。
自分のあとを追いかけている石川との距離は開いていく。
安倍との距離は縮まらない。

奇跡的に、今のところは安倍の進路を妨害する者はいない。

(おかしいな・・・・ここまで誰もいないなんて・・・・)

ありがたいが、吉澤は不気味に感じる。
296 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時05分58秒
安倍の走りが、大きな扉の前で止まった。
扉の向こうからは戦闘の音が聞こえる。
少し慎重な仕草で扉を開ける。

安倍には何も言わず、吉澤がまず最初に部屋に飛び込んだ。
何かしらの罠があるならば、とりあえず自分で受けるつもりで。
しかし―――――

「・・・・安倍さん。ココ、違います・・・」
「吉澤ァ〜、手伝え!!」

吉澤のひきつった声にかぶさるように、保田の怒号が響く。
そして次の瞬間、保田に槍の雨が降り注ぐ。

室内は総勢4〜50人余りの兵士たちでごった返していた。
おそらく城内の兵士たちのほとんどが、室内にいると思われる。
正確には、戦っているのは2〜30人程度で、そのほかは保田に倒されたの
であろう、床に這いつくばっていた。

「任せて!」

遅れて吉澤に追いついた石川が、声とともに発動させる魔術。
297 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時08分17秒
石川の魔術は、保田に襲いかかる多数の兵士たちを押し潰す。

「今のうちに!!」
「・・・助かった」

保田がホッとして吉澤たちのもとへ駆け寄ろうとする。
重力魔術に潰されている兵士たちを踏み越えて。

「あっ!? ダメ!!」

石川の声が保田の耳に入った時には、既に遅い。

「んがっ!!」

重力魔術の効果範囲に侵入した保田が床に押し潰される。



「・・・・」

298 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時09分19秒
「安倍さんは先に行ってください!」
「わかった」

「梨華ちゃんも安倍さんと一緒に!」
「・・・うん」

安倍が再び走り始める。
石川も遅れないように、全力で追いかける。
石川が動いた直後、魔術の効果が切れたのだろう、保田が勢いよく立ち上がると
周囲にいた兵士たち数人を蹴り飛ばす。

「行きなさい、あんたも」
「えっ!?」

保田は笑顔で吉澤に喋りかける。
おそらく判ったのだろう、吉澤たちの状況を。
判ったから、この場を一人でなんとかする決意を固めたのだろう。

「急ぎな!」
「・・・・助かります、保田さん」

保田にむかって感謝の言葉をかける。
保田は既にこちらに背を向けていたため、表情まではわからなかったが。

「頑張んのよ」

保田の言葉に後押しされて、吉澤は安倍の後を追う。
299 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時10分44秒
兵士たちは動かない。
既に半数近くを、目の前にいる魔術士一人に倒されているのだから、迂闊に
攻め込む者などいない。

保田は扉に向かって歩く。
逃げようとしているのだと勘違いした兵士の一人が襲いかかった。
殴りかかってくる警棒を素手でキャッチしもぎ取ると、軽く頭に振り下ろす。
鉄で出来た警棒を、軽くとはいえ保田の怪力で叩き込まれた兵士は、その場に
うずくまる。

保田は吉澤が飛び込んできた扉まで歩くと、再びそれを閉める。
そして扉の前に立ち――――

「怪我したいヤツはかかって来なさい・・・・ってちょっと!!」

一斉に残った兵士たちが襲いかかる。
バラバラに攻めては全滅することを悟ったのだろう。

もはや保田に後戻りはできない。
逃げ道は今しがた自らの手で閉じてしまった。
300 名前:影武者 投稿日:2001年11月25日(日)16時23分50秒
>>読者さん
柴田を応援する読者さん、ネタばれではありませんが、柴田は一人で戦います。
中澤・平家は手助けしません!
この話で柴田はレギュラーの座を勝ち取るのか、非常に気になるところです。
応援ありがとうございます。頑張ります。

>>294
無論のことながら、小川がどんだけ強いのかは書きます。
そして安倍も頑張ります。
レスをどうも、更新のペースがどんどん落ちてきている現在ですが、やはり
やる気がでます。非常に助かります。


とりあえず今回の更新で保田の生存は確定したわけですが。
次の更新は柴田か飯田かどっちかです。
301 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)23時25分17秒
保田かっこいいぞ!!!

石川予想どうりだぞ!!
302 名前:傍観者 投稿日:2001年11月26日(月)18時41分46秒
ダーヤスかっけー!!
更新がんばってください
303 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月27日(火)23時26分07秒
初めてつんくと戦ったときに2つの魔術を同時に使ったことや、
つんくに「魔人」と言われていることなど、梨華ちゃんには謎が多い。
304 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時21分32秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
震えながらの儚い声を、加護は聞いた。
理解してやれるのは加護だけだった。

「や・・つけて」

近づいてくるつんくを見た辻が、弱々しい口調で加護に伝える。

「わかっとる、のの」
「・・・・依・・ちゃん」

後藤には二人の会話が理解できないでいた。
自分には途切れ途切れで聞き取りにくい辻の言葉を、加護はうなづきながら
聞いている。

ふと気づけば、加護は既に涙を流してはいない。
辻は笑顔で、死を覚悟している。
305 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時22分30秒
「行ってくるで、のの」

加護はつんくの方へと向き直る。
後藤は辻の頭を膝から落とさないようにして手を伸ばすと、加護の手を
掴んで止める。

「待って、まだこのコは死んだわけじゃないのよ」
「・・・・・」
「そうやで、俺が傷を治したるって言うとんのや」

いつの間にか、すぐそこまで来たつんくが言う。
その言葉を聞いて、加護の動きが一瞬止まる。
市井と同じくして、加護の中にも辻の命と敵討ちとの板ばさみによる迷い
が発生した。

つんくは一瞬たりとも待ってはくれない。
既に辻の前に立っている。

「ん? なんや?」

辻の口が、何か言葉を発するような動きを見せていた。
後藤も加護もつんくも、辻の口元に注目して、その言葉を聞き取ろうとする。

「・・・・・ばか・・・」
306 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時23分20秒
辻の言葉はかろうじてではあるが、その場にいた者に聞こえた。
わずかに表情を歪めるつんく。

「口の悪いガキや」

かすかに怒りを含んだ口調で言い放つと、辻にむかって手をかざす。
おそらく辻を癒すための魔術であろうことは、辻自身にも判ったはずだが、
必死で体をずらして逃げようとする。

「我慢して、このままじゃ死んじゃうよ」

後藤が辻を押さえつけて説得する。
嫌がる辻を目の前にして、それでも助かるためには手出しのできない加護は
目を背けるしかない。
307 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時26分11秒
――――数瞬後

そのときつんくは気づいた。
誰も自分を見ていないことに、あれほど自分から逃れようとしていた辻が
その動きを止めていることに。
加護の視線をたどってみる。
そして理解する。



おそらく市井の魔術で破壊された壁の穴から侵入したのだろう。
たしかその魔術士は空が飛べたはずだった。
遅くもないが、ややゆっくりめなスピードで飛んでいるその魔術士は、市井の
頭上を通り過ぎ、こちらに接近している。
いまだ、誰も口を開かないのは、その光景がこの世のものとは思えず、
その姿がこの場に似合わぬほど美しいからに違いない。

結局、誰もが動かないままに、彼女は辻のそばへと舞い降りた。

やっと口を開いたのは、大きく目を見開いたつんくだった。

「蘇生の魔術か! 連盟に使い手がおるなんて――――」
「――――加護、やっちゃいな」

つんくがみなまで言うのを許さず、舞い降りた彼女はあまりにも物騒な
命令を、しかし普段通りに加護にくだした。
308 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時29分47秒
もはや条件反射で、既に加護の魔術の一部でさえある飯田の命令により
発動する魔術。


発動までの時間はこれまでの人生で最速だった。
なぜ飯田が生きているのか、という疑いなど排除されたスピード。
その魔術が生みだす光は太陽のように力強く輝いている。
完璧にコントロールされた魔術は、効果の範囲以外には一切の熱も風も
感じさせない。

150%の威力を取り戻した熱閃が、つんくを荒々しく包み込んだ。
余波など全く生じない、魔術が終わった瞬間元通りの空間が再生される。
嵐が通り過ぎたというよりは、嵐など存在しなかったかのような清々しさ。
加護の不調を完全に消滅させて、熱閃は消え去った。

数秒前と違うのは、数メートルを強制的に後退させられたつんく。
そして自信を取り戻した加護。

「2〜3分稼いで」

飯田の声は背中越しに。
加護は前を向きつんくを牽制する。
不安は全くない。
既に背後からは淡い光がまたたき、床に薄く加護の影を落としていた。
2〜3分で辻は回復する。
309 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時31分12秒
自らの出せる限界の威力を心がける。


―――――室内の温度が一瞬で上昇した。
どのような魔術が発動するかは誰でも予想ができるほどに、はっきりと
した変化が空間を支配する。

球状に炎が渦巻く。
本来ならば円筒状に巻き上がる竜巻が、無理やり圧縮させられたように見える。
そんな加護の魔術だった。

おそらく、つんくの視界は全て炎で埋め尽くされているはずだった。
310 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時32分05秒
加護一人で稼げる時間はせいぜいが、あと数秒ほど。
おそらく魔術の効果が切れた瞬間に、つんくの反撃を受けてしまう。
もしくは今、防御しながらも、視界を失っている今でも、見当だけでこちらに
反撃の魔術を撃ちこんでくることもありうる。

しかし、この戦闘は3対1。
炎の嵐が消え去ろうとする間際、市井の放った魔術が、嵐に突き刺さった。

さんざん城の壁を破壊した市井の魔術が、それでも妥協のない貫通力で
炎の嵐ごとつんくを飲み込んだ。

「やったんちゃうか?」

そう加護に言わしめるほどに、とてつもない威力を市井の魔術に感じた。

「まだよ」

後藤の声に再び緊張を取り戻す。
妙に説得力のある口調から、あっさりと納得できた。
311 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時34分22秒
煙が晴れる前に、つんくの魔術は市井と加護たちにむかって放たれた。

熱閃が襲いかかる。
市井は自分自身で、加護たちは後藤の創りだした壁で魔術の侵攻を防いだ。


今度は先ほどの加護を思わせる市井の魔術。
たいせーを葬り去った炎がつんくを抱きしめる。

「―――――!!?」

そうこうしている間にも、加護の頭上で瞬く大量の光球。
飯田の魔術を感じさせるものの、いまだ加護の背後では辻を癒す飯田の
姿があった。

「防御お願いね」

後藤だった、その魔術の使い手は。
光球の数こそ無数とまではいかないが、一つ一つの大きさは飯田のものよりも
格段に大きい。

光球の全てがつんくに、というよりも市井の生み出した青白い炎にむかって
収束し、弾ける。
爆風が加護を襲い、もはや目を開けてはいられない。
312 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時36分21秒
加護が目を開いたとき、既に部屋の半分近くが、使いものにならないほどに
破壊しつくされていた。

戦闘に用いる魔術の規模が大きすぎる。
魔導士の中でも、威力だけなら5本の指に入る人間が、それぞれの秘儀を
駆使しての戦闘に耐えられる建物などない。

(これじゃ建てもんの方がもたんで・・・・)

加護の心配は概ね正しい。
だが、事態はそれほど加護にとって悪い方向へはむかっていない。

驚異的な魔術の強さで、いまだ傷一つ負っていないつんく。
精神的には相当の疲労を感じているはずだが、肉体的なダメージを与えない
限り、こちらの勝ちはない。
しかし、その絶好のチャンスが訪れていた。

部屋の真ん中、つまりつんくをはさんで向こう側にいる市井と、加護たちのいる
場所以外の床が、後藤の魔術で破壊されて抜け落ちていた。

仕方なく浮遊しているつんく。
ということはつんくの今使える魔術は一つだけ。
313 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時38分18秒
魔術の障壁を破るには、とにかく強い衝撃を与えることが最良だった。
魔術を学んだ者なら、ほぼ全員が基礎の段階で学ぶことである。

例に漏れず、加護・市井・後藤の放った魔術は衝撃波。
シンプルではあるが、高密度に圧縮された破壊力が撃ち込まれる。

不安定な空中で、3人の魔術を受けたつんく。
正面から加護・後藤の、背後から市井の魔術を受け、威力にはじかれる形で
吹っ飛び、壁に激突した。

もしも同じ威力の魔術に挟まれていたら、無事ではすまなかった。
この場合は、後藤・加護の魔術の威力が市井よりも大きかったおかげで
はじかれるだけですんだ。
314 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時39分11秒
3人の魔術士たちの実力に、つんくは戦慄した。

プライドなどのために死ぬ気は毛頭ない。

(ここは退く以外に生き延びられる手はないな・・・・)

出口、といっても扉のことではない。
市井の魔術によって穿たれた大穴を見る。
最も脱出口に近いのは市井。
市井にむかって光球を放つ、着弾したそれは爆煙を巻き上げて視界を失わせた。
315 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時40分25秒
「逃げる気だ!!」

いち早くつんくの作戦に気づいた市井が、大声で報せる。
しかし、加護たちからは視界が悪く、つんくの動向は確認できない。

「卑怯やで!!」
「大丈夫」

加護の叫び声が響き渡る。
飯田の声が柔らかく加護をなだめた。

振り向くと、無事に癒された辻が飯田の腰に抱きついている。
その辻の頭に手を置いて、飯田は魔術を完成させていた――――
316 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時41分53秒
一方、無事に市井たちの目をくらませたつんくは、壁にあいた大穴から
無事飛び出た。

(完敗や。こっちの戦力はほとんど潰されてもうたし・・・)

急いでこの場を離れる必要がある。
だが、飛行の魔術に最大の集中を行う寸前、つんくの顔が絶望にひきつった。

「――――クソッ!!!」

つんくはたった今脱出した穴の向こうにむかって叫んだ。
飯田にむかって声をはりあげた。
今度は逃げ場も防ぎようもない。
正真正銘の絶望の来訪に成すすべもない。



やけに明るい空だった。
飯田の魔術で光り輝いている空だった。

無数の小さな太陽がつんくに襲いかかる。
気の遠くなるほどの輝きに包まれて、つんくの意識は失踪した。
317 名前:影武者 投稿日:2001年11月30日(金)06時53分05秒
>>名無し読者(sageとこう!!)さん
保田にも活躍の場はあったのです。
見えない所での活躍のため、あんまりおいしくはないでしょうけど。
石川のは、もはや彼女の運命ですので。


>>傍観者さん
保田のやってることはカッコいいんですが。
いかんせん、話にはでてこないのが残念です。
つんくたちが戦っている間にも、保田はそれ以上の激しい戦いをしているはずです。


>>303
松浦の大鎌のような切れ味の突っ込みをどうも。
それらの伏線に関してはばっちり解答を用意してますんで安心を。
かなりドキッとさせられるレスでした。
318 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月30日(金)10時56分13秒
攻撃していたのは市井・後藤・加護の三人でしたが、
オイラの頭の中はカオリンでいっぱいでした。
嗚呼カオリン、なぜあなたはそんなに美しいんだ!?
319 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月01日(土)01時37分43秒
「・・・・・・・・やっぱりお前は失敗作や」
「もう一人の魔人も調子ええみたいやで」
「そんなことだから、あなたは不完全なままなんです」
「もし、そこにいるのが私なら、こんなじれったい状態にはならなかった」
この発言は・・・。
つんくと松浦亜弥と石川梨華の関係が気になって眠れない・・・。
320 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月01日(土)05時35分44秒
待ってました飯田お姉さん!
待っていたので登場がかなり嬉しい。
辻の治療してるときも加護を通して攻撃に参加しているかのような
存在感があって良かった。
321 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月02日(日)09時42分09秒
行進がんばれ!
いますごくいいとこだから!!
322 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時16分58秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「今、誰かがとんでもない魔術使いよったで・・・・」

城の上空から降り注いだ光球を見た平家の言葉だった。

ぼんやりと、返事こそしなかったものの、中澤もその方向を見ている。
あまりにも現実離れした光景を生み出した飯田の魔術。
その美しさに、そのような魔術の使えない中澤は、少しばかりの悔しさを
覚え、無言になる。



城内部での戦闘が一応の決着を漂わせるなか、柴田と小川の戦闘も終結しつつ
あった。
323 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時18分33秒

ただの一度も、小川の刃は柴田に触れることはなかった。
なぜなら、その戦闘は圧倒的に柴田に有利で小川に不利だった。

魔導士の放つ魔術は、本来遠距離戦での切り札でしかない。
格闘中に魔術を放とうとすれば隙ができる。
そんな隙を見逃す魔術士などいない。
よって、おのずと距離をとっての撃ちあいでしか、魔術が用いられることなどない。

例外としては市井のように、格闘のスピードで魔術を撃てる者。
そして柴田のように、近距離用の魔術を駆使する者の二通りである。

手から発生させた魔術の槍で攻撃する。
松浦や小川のように完全に物質化させてはいないため、己の意のままに操る
ことが可能な武器。
ただ放つだけの魔術とは違い、いろいろと融通が利くぶん、応用力が豊富な
魔術。
師である平家ですら使いこなせない高等魔術を、なぜか柴田は使いこなす。
324 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時20分03秒
対峙している小川と柴田。
小川の手には長剣が握られている。
柴田の手からは、その数倍の数の刃が発生していた。

単純に、手数だけで小川の数倍上をいく柴田。
だが小川の剣は魔術を断ち切る効果を持っている。
互角の条件に思えるものの、平家譲りの体術のぶんだけ、柴田が上回っていた。



「柴田、あんまり時間かけられんで」

平家の忠告に動いたのは小川だった。
あるいはその呼びかけに柴田が隙を見せるのではないか、そう考え剣を
構えて突進する。

柴田に隙はなかった。
憎らしいほどに冷静な表情で迎え撃つ。
325 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時24分22秒
体の右側に剣を構えて突っ込んでくる小川に、柴田はその左側から魔術の
槍を回り込ませた。
幾度となくその方法で突進を阻まれた小川は意を決する。

多少の負傷は覚悟の上で、突進を止めない。
柴田の魔術をかいくぐるしか、攻撃の手段はない。
恐怖に足がすくみそうになるが、選ばれし魔術士としての意地が小川の
足を動かせる。


(――――罠!!?)

体にかすりもせず、魔術の槍をくぐり抜けたことが気づかせた。
残念ながら、自分の力量だけでは無傷で柴田の魔術から逃れられないことは判る。

小川の勘は正しかった。
カウンターへの誘導だった。
スピードを上げた小川にむかって柴田自らも突進し、斬撃のタイミングを狂わせ
ようとしていた。
気づいた小川はタイミングを繰り上げて、すぐさま柴田に斬りかかる。
326 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時26分15秒
腰溜めに振りかぶった剣が柴田を切り裂く。
いくら任務の邪魔をされたからといって、やりすぎな行為ではある。
しかし、仮にも師である平家が黙って成り行きを見ているだけなのだから、
仕方のない結果だったと申し開きはたつ。

どんな結果になるかは、少なくとも覚悟できているはずだ。
柴田が死ぬ可能性が、わずかであれ存在することは平家も知っていたはずだ。

今後のいいわけと、柴田の死をイメージしながら、小川は剣を振ろうとした。
―――――が、

「―――――!!?」

柴田を切り裂くはずの剣が動かない。
小川の手元のあたりからは、液体の蒸発するような音が聞こえる。
ただ、それぐらいしか変化はなかった。
327 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時28分03秒
今さら間に合わない。
どう動こうが、柴田は武器の使えない自分に拳を突き刺そうとしている。

小川は残された時間を、何事が起こったのかを確認するのに使う。

――――音の正体は、魔術が消滅する音だった。
かいくぐったと思っていた柴田の魔術の槍が、小川の剣にからみついている。
魔術を断ち切る小川の剣は、柴田の魔術を消滅させつつあるが、なにしろ
数が多いために実現には時間がかかる。

なんとか敗北までの一部始終を理解できた。
今度戦うときは負けないことを誓いつつ、衝撃に身を任せる。

くの字を超えて、90度以上折れ曲がる小川の身体。
柴田の拳は、小川の腹部を貫通したのではないかと思わせるほどの勢いだった。

おそらく小川の意識がなくなったのだろう、手にしていた長剣が消滅する。

完全決着といっても差し支えない、柴田の勝利だった――――
328 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時32分30秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
ゆっくりと、扉は開かれた。
満身創痍、といっても怪我よりも疲労の色が濃い。
重い足取りは、引きずるといった表現がふさわしい。
殴りすぎで痛めかけた両拳をさすりながら、保田はその部屋から出ていく。
保田は生還した。

(この仕事終わったらしばらく休まないと・・・・・死にそう・・・)

いったいどこにむかえばいいのか。
本当は1歩も歩きたくはないのだが。
とにかくこれ以上戦うことは不可能だった。
一刻も早く市井たちと合流して保護してもらわなければ、やばい。

壁にもたれながら1歩ずつ進んでいく。

ゆっくりではあるが、保田は確実に市井たちのもとへと近づいていく。
329 名前:影武者 投稿日:2001年12月03日(月)22時51分42秒
>>318
飯田の活躍はたぶんまだまだ続きます。
ええ終わるわけがありません、もちろんのこと。
なるべく優雅な飯田の活躍になればいいなとは思っています。

>>読書の秋さん
う〜む、意味深なセリフばかりですな。
とりあえず、わざとらしい説明とかではなく、自然に話の中でそれらの事は
明らかにしていくつもりです。

>>320
待たせてしまったぶん、飯田の出番は多いです。
とりあえず今のところは影のMVP的な活躍ですが、次からはもっともっと
目立ったらいいなあと思います。

>>321
いや〜、いい言葉をもらっちゃいました。
そうです、今すごく燃える展開を書いています。
更新のたびにすごく頭を使ってるので大変ですが頑張ります。


330 名前:ぐれいす 投稿日:2001年12月03日(月)22時55分50秒
リアルタイムでした。
やっぱり柴田も良いけど平家さんの活躍も気になる…
331 名前:副会長 投稿日:2001年12月03日(月)23時06分42秒
この作品面白いです!
この作品をNovel Directoryに登録してもよろしいですか?
詳しい事はhttp://mseek.obi.ne.jp/imp/index.html#1007364839参照です
スレ汚しスイマセン、でも皆さんの力で普及させていって下さい!
332 名前:名無し男 投稿日:2001年12月04日(火)02時53分25秒
いやぁ〜、ホントにおもしろいですね。今、1番はまってるノベルです。
ところで、こうもたくさん登場してくると気になるのが『実力番付』!
中澤>飯田? 飯田>中澤? 石川は? 加護は? 柴田は? 
333 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月05日(水)02時49分22秒
そろそろ中澤の活躍みせてーや〜!
お願いします作者さん。
やぐちゅーも入れて欲しいな?(w
334 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時08分42秒
※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※―――※
「・・・・倒したんですか?」

どう考えても、つんくは飯田の魔術に直撃されたはずだった。
魔術を使った本人に手ごたえがあったかどうかを、辻は訊いた。

「たぶん、無事じゃないとは思う・・・・」

一方の飯田は、手ごたえこそあったものの、倒したかと訊かれると
どうなのか判らない。
確認するには、城の外に出て行かなければならない。

幸いにも、壁には大穴が開いていて、自分は空を飛べる。
確認するのは、さほど困難なことではない。
335 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時12分46秒
「どうなったか見てくるよ」

飯田がそう言うと、腰に抱きついている辻が一層強い力でしがみついた。
相当に今まで寂しい想いをさせてしまたのだろう。
離れたくない気持ちが全身からにじみ出ている。

辻の気持ちがなんとなくだが、飯田に伝わった。
そして、このままこの件が終われば、おそらく辻とは別れることになるであろう
ことを思い出す。

「一緒に来る? あんたたちも」

飯田の提案に、加護も辻も黙って首を縦に振った。



――――二人を抱えて飛ぶのは想像以上にきつかったが、顔には出さず
壁の大穴から飛びたつ。


――――そして下を見下ろした瞬間、驚愕した。
336 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時14分46秒
一瞬、魔術への集中が途切れかけた。
危うく急降下しかけながらも、もちなおした。

飯田の背中にいる辻が震えていた。
飯田の首につかまっている加護も同じく震えている。


――――つんくが死んでいようが、生きていようが、今さら驚くほどのことではない。
生きているなら戦うまで。死んでいるならそこで終わり。

だが―――

「何モンですか、アレ!?」

加護の悲鳴、または絶叫ともいえる質問に飯田は答えられない。
というよりも答がない。
見えたものをそのまま伝えるならば、人間でも動物でもない獣が、城の壁を
猛スピードで登っていた。


「ちょっと! どうなってんのか教えてよ!」

壁に開いた穴から市井が問いかける。
長く説明している時間がないことが、あるいは良かったのかもしれない。
おかげで現時点での最優先事項だけを市井に伝えることができる。

「そこから離れて!」
337 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時15分59秒
言葉が短すぎたかもしれない。
それでも信じてくれたのか、それとも自分自身で危機を感じ取ったのか、
市井は数歩後ろにさがる。

次の瞬間、壁を登ってきた生物が首をだす。

恐怖に体をこわばらせながらも、市井の足は勝手に後ずさった。
2〜3歩さがった時点で、膝から力が抜け、倒れかけた。



市井の目の前には獣の顔があった。
次の瞬間、壁にしがみついていたそれが、首だけしか姿を現していなかった
それが一気に姿を現す。
338 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時17分34秒
獣とすら呼ぶのにも抵抗がある。
本でしか見たことがないような生き物。

最も近い例でその姿を例えると、熊が2本足で立っているようなものだった。
ただ各部分の大きさの比、細部の造りなどは違う。

身長は2メートルを裕に超える。
顔は人間らしい表情をしている山羊のよう。
頭からは太い角が2本生えている。
背中には体と同じ大きさの翼も生えていた。
腕は熊の腕そのもので、鋭利な爪が指先に光っている。


「―――――悪魔」

市井の口をついて出た言葉だった。

いくつか、その生物の名に心当たりはある。

(魔獣? でも魔獣は外見はただの動物のはず・・・・・
 こいつはどっちかっていうと人間っぽい仕草だし・・・・魔人?)

ふと、つんくが口にしたことがある言葉が脳裏をよぎった。
339 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時19分26秒
恐怖にとらわれた心で、やっと分析できたのはそこまでだった。
状況から考えて、目の前の悪魔はつんくだろう。

「市井ちゃん、逃げて!」

後藤の声のおかげで、呪縛が解けたかのように体が反応した。
その場に根付いたかのように動かなかった足も、なんとか動く。
逃げるにしても戦うにしても、距離をとらねば危険なことに変わりはない。
いきなり素手で戦う必要はない、自分には魔術がある。

1歩にも満たない、半歩もさがったわけではない。
市井は重心を後ろにずらしただけだった。

人間のとる戦闘体勢とは大きく違うが、一目でそうとわかる。
悪魔は、両手を地面んに軽くつけ、下半身に力を溜める。
市井に突進してくるつもりなのだろう。

おそらく並みの魔術士ならば、魔術を放つ前に捕まってしまう。
だが魔術の早撃ちならば絶対の自信をもつ市井である。

(迷えば迷うほど不利になる。
 私なら、あいつが届く前に、動き出す前に魔術を当てられる)

その覚悟が表情に表れたのだろうか。
何かを感じ取ったつんくが、とんでもないスピードで市井に襲いかかった。
340 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時21分10秒
人間ではなく獣の動きだった。
異様な迫力で突っ込んでくる姿に、並みの精神では抵抗力を奪われて
いただろう。

反応はすばらしく速かった。
人間以外の相手にも動じず、最大速度で練った魔術をつんくに撃ち込んだ。
直径にして、ちょうどつんくの体を飲み込むような大きさの熱閃だった。
そのため市井の視界から一時つんくの姿は見えなくなる。

(なんだこの手ごたえ!?)

直撃したことは、こちらに伝わってくる反動でわかった。
しかし、明らかに閃光に包まれたつんくがこちらに近づいているのを感じる。
防御しながら、進むことなど不可能なはずにもかかわらず。

魔術の効果が途切れたとき、姿を現したつんく。
全くの無傷、というよりは魔術など受けていないような状態で現れた。
すなわち、既に市井の手前2〜3メートルまで近づいていた。
341 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時22分39秒
魔術の早撃ちが得意な市井でも、魔術の使用後にできる隙はどうしようもない。

(この一撃さえ耐え切れば反撃できる)

身長にして市井の倍、質量は数倍を超えるつんくの一撃が、果たしてどれほどの
威力をもっているのか予想もできない。
しかし見事それに耐えたならば、今度は市井に反撃のチャンスが訪れる。

両腕で頭部を覆うと、体を丸めて防御の姿勢をとった。
視界が閉ざされる瞬間、鋭利な爪をたずさえた極太の腕が振り下ろされるのを見た。

鈍く重い衝撃が市井の体を突き抜ける。
痛みは全く感じない。
殴りつけられた瞬間、市井の体は半回転して床に叩きつけられ吹っ飛んだ。
脳を激しく揺らされたせいで意識までもが飛びかける。
上も下もわからないが、自分が床の上を転げ回っていることは判った。
342 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時24分04秒
「危ない! 市井ちゃん!!」

(後藤の声? 危ない? 2発目がくる?)

朦朧とする意識で考える。
次の瞬間、浮遊感が市井を襲った。
自分がまるで体から抜け出た魂のような気分になる。

(死んだの? ・・・・・いや、違う!)

ギリギリで市井の意識が覚醒する。 
衝撃で吹っ飛んでいる自分が、床に開いた穴に落ちつつあることに気づいた。
咄嗟に、動いた手で穴の淵をつかんで落下を免れる。
市井のいる階の床と下の階の部屋とは、そう高さがあるわけではないが、
意識のはっきりしないまま落ちていたら重傷になる可能性は十分すぎるほど
あった。


ホッとする間もなく、急いで這い上がろうとするが、片方の腕が動かない。
まさかちぎれてしまったのではないかと思い確認する。
なんとかくっついてはいるが、安心はできない。
肘のあたりから噴水のように噴出す血を見て、再び意識を失いかけた。
343 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時25分57秒
一度にいろいろなことが起こりすぎた。
短時間で状況が変わりすぎた。

つんくは死んではいない。
それどころか、死の危機に直面しているのは自分の方だ。

片手で崩れた床をつかみ、やっとのことで落下を免れている市井。
それを見下ろす悪魔の形相に変化したつんく。

現実離れした現実を受け入れるしかない。
傷口を見てから、重傷を確認した途端に、市井の腕はズキズキと痛み始めた。

(まだとどめは刺せない)

一瞬、手を離して落下してでもその場から逃げようとした市井が踏みとどまる。

認めるまでもなく、今の状況はピンチ以外の何物でもない。
だからこそ、市井には次の展開が読める。
それにこの状態では待つしかない。
ピンチの時には必ずあるはずの、後藤からの援護を。
344 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時28分52秒
さほどの時間を待ったわけではないが、それでもとどめを刺そうとしてくる敵を
前に落ち着いてはいられない。
後藤からの魔術がつんくに直撃する。

しかし威力がない、制限がありすぎる。
そばにいる市井を巻き込むような魔術は使えない。
おのずと小規模の閃光で上半身だけに標的をしぼった魔術が放たれた。
が、やはりつんくは動じない。
全く圧力を受けていないかのように、棒立ちのままだった。

(――――防御してない!!?)

今度は角度がよかったせいで、つんくの様子がよく見えた。

魔術で防御して威力を無効化しているわけではない。
むしろ魔術が破壊されている。


不意に、それを市井が連想したのは全くの偶然だが、その姿は松浦の魔術を切り裂く
大鎌に似てもいる。

(今のこいつが魔術を使わないのもそのせい?
 魔術を破壊する体じゃあ、魔術を発動させることはできない?)
345 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時30分06秒
事態は好転するどころか悪くなった。
市井の額からは氷のような汗が流れ落ちる。

後藤の閃光をものともせず受けきったつんくが、後藤の方を見ている。

「後藤! 気をつけろ!!」

ろくに大声も出せない状態だが、警告すると同時につんくの注意も引こうとする。
もちろん魔術も放つ。
衝撃と熱がダメならばと、常人ならばショック死確実の電撃を撃ち込んだ。

だが通じない。
吸収されたかのように、反動すらなく無効果される。

(やばい・・・・やばすぎるコイツ!)


つんくの体が沈む。
一瞬、攻撃されると思った市井が顔をこわばらせる。
だが次の瞬間、勘違いに気づく。

「逃げ――――」

おそかった、跳躍したつんくが市井の真上を通り過ぎる。
つんくがいた場所を市井の放った魔術が通り過ぎる。
そして、つんくの後を飯田が追いかける。
346 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時31分31秒
獣を超えた跳躍力は、天井に衝突しながらも後藤の元へとつんくを到達させる。
悪魔の体は、その間に放たれた後藤の光弾を消滅させる。

飯田のタックルと、つんくの振り下ろした腕が後藤をとらえたのは、ほぼ同時
だった。

後藤は倒れて動かない。
無傷というわけにはいかないだろうが、そこまで強く殴られたようにも
見えなかった。
市井には確認するすべはない。

飯田も無事ではすまなかったはずだ。
なにしろ数倍の体重をもつ相手に全力でぶつかったのだから。

そこまで見て、市井は後藤たちからいったん視線を切る。
辻と加護が自分を引き上げにきてくれた。
辻の怪力のおかげであっさりと引き上げられる。
市井の傷口を見た加護は小さく悲鳴を漏らした。

焦りだけが市井の中で募っていく。
自分には後藤たちの元へ行くことができない。
行ったところで足手まといになる可能性が高いが、それでもいまだに起き上がらない
後藤が気にかかる。
347 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時34分09秒
自分は果たして正気なのか、冷静に目の前の相手と戦えるのだろうか。
つんくを前に、飯田の考えることはそれだけだった。

これだけのことを見せつけられても、信じられない。
どこからか、自分は夢を見ているのではないか。

何もわからず、自分は戦おうとしている。
本当に目の前の相手がつんくかどうかも確信をもてぬまま。
ただ危害を加えようとする相手に立ち向かっているだけ。
この戦いの目的など理解できぬまま、相手の正体も曖昧なまま。

(なっちならどうするの?)

すがる者は安倍だけだった。
こんな場合は自分で考えるべきではない、安倍の気持ちになって考えようと
努める。
最良の戦略でないと、自分は負ける。
348 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時36分57秒
まずは分析する。
今のつんくは魔術を使わない。
今のつんくに不利で自分に有利な要素が一つだけある。

そして最速で実行する。
おそらく魔術を恐れていないのだろう、飯田の集中を見てもこれといった
反応をしめさず、つんくは飯田に突っ込んでくる。

飯田の魔術は、飯田を中心に数メートルの範囲の床を破壊した。

落下する飯田とつんく。
下の階の床に達する前に、飯田は魔術で飛行して後藤の元へ急ぐ。
後藤のそばに降り立つと、下の階にいるつんくにむかって全力で衝撃波を叩き込んだ。
つんく自身には何の効果もないが、床には致命的な負担がかかる。
床が崩れるとつんくはさらに下の階へと落下した。

飛ぶことの出来ないつんく相手ならば、少しばかりの時間稼ぎにはなるはずだった。

急いで後藤を背負うと全速力で市井たちの元へと飛ぶ。
349 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)00時39分46秒
「後藤・・・・しっかりしろ」

飯田が背中から降ろした後藤を、抱きかかえる市井。
正直、いつつんくが現れるか気が気でないのだが、飯田は後藤の治療を優先させる。

「みせて」

手短に言うと、後藤の全身を確認した。
意識がないのだろう、全身からはすっかり力が抜けてしまっている。
出血は頭部からだった。
やっかいな部分を怪我している。
ただの脳震盪であることを祈って、とりあえず止血しておくだけにとどめる。


「今度はあなた」

後藤の治療を終えると、今度は市井に言う。
はっきり言って、市井の方が見た目は重傷だった。
出血量からみてかなり深刻なはずだが、取り乱しているぶん痛みを忘れているのだろう。

治療中の市井の腕は震えている。
傷口にかざした飯田の手も同様に震えていた。
辻も加護も呼吸を荒くして緊張している。

いつ再び姿を現すともわからないつんくに、全員が恐怖を感じていた。
350 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)01時10分22秒
>>ぐれいすさん
平家が戦ったのは最初だけなわけですが、最初で最後ってことにだけは
しないので、いつくるともわからない平家の活躍シーンに乞うご期待。
必ず来るとだけは言っておきます。


>>副会長さん
Novel Directoryへの登録お願いします。
案内板の方は見ていたので知ってました。
コツコツと議論していたのが実を結びそうで、なぜか自分まで嬉しい気分です。

>>名無し男さん
じゃ、いっときますか。
≦ばっかりで逃げるなというつっこみが聞こえそうですが・・・・

『超人番付』

魔術なし 中澤≦安倍≦平家=松浦=飯田=保田≦吉澤=辻≦柴田=市井 (圏外 後藤<加護≦石川)
           
魔術あり 中澤=平家=市井≦飯田≦安倍≦松浦=柴田=後藤≦加護≦石川≦保田≦吉澤=辻


>>333
かなり困難な要求ですが、わざとらしくなく実現させるように努力はします。
いつになるかはわかりませんが、確実にどこかであるでしょう。
やぐちゅーですか・・・・番外編になるかな・・・
351 名前:名無し男 投稿日:2001年12月06日(木)02時35分17秒
『超人番付』ありがとうございます。
…ただ、本編から考えると『≦』じゃなくて『≧』だと思うんですけど、違いますか?

まさか、つんくが魔人だなんて・・・。
先が読めない展開で、ホントにおもしろいです。
これからもガンバってください。
352 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月06日(木)03時00分22秒
不等号逆じゃないですか・・・?
中澤がものすごく弱いのですが・・・。
今の石川はまだそんなものなんですね。
つんくこえー!自分も魔人なんですか。まさか・・・い・し・・か・・・ぐふっ(吐血
353 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)03時32分59秒
>>351-352
ナイスつっこみです。

『超人番付』

魔術なし 中澤≧安倍≧平家=松浦=飯田=保田≧吉澤=辻≧柴田=市井(後藤<加護≦石川)
           
魔術あり 中澤=平家=市井≧飯田≧安倍≧松浦=柴田=後藤≧加護≧石川≧保田≧吉澤=辻
354 名前:影武者 投稿日:2001年12月06日(木)03時35分13秒
>>353
また間違えた。

『超人番付』

魔術なし 中澤≧安倍≧平家=松浦=飯田=保田≧吉澤=辻≧柴田=市井(後藤>加護≧石川)
           
魔術あり 中澤=平家=市井≧飯田≧安倍≧松浦=柴田=後藤≧加護≧石川≧保田≧吉澤=辻
355 名前:副会長 投稿日:2001年12月06日(木)18時42分40秒
Novel Directoryへの登録完了いたしました
了解を得ずに倉庫のもやっちゃいましたけど・・・よかったですよね?
ここで読んでる皆さんもどんどん参加していただければ幸いです
ではこれからも頑張って下さい
356 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時00分50秒
「戦って、勝てると思う?」

飯田の質問は、その場にいる全員に投げかけられたものだった。
縦にも横にも、首を振るものはいない。
だが答はでている。
自分たちの仲間内では、最強を誇る飯田と市井が倒せると言えないならば、
おそらく誰がどう考えようと無理に決まっている。

「・・・・どうにかしてこの場は逃げるしかない・・・と思う」

誰も言葉を発しないのは仕方がない、しかしその場でじっとしているのは
危険すぎる。
言いにくかったが、はっきりと飯田は結論を出した。

「私が外まで連れてくから。
 でもね、一度に二人が限界だから、誰が先に行くか決めなきゃ――――」
「だったらそのコたちから先にして」

これだけは譲れないといった様子で、市井が主張する。

「私たちなら大丈夫。いいよな? 後藤」
「うん」
「ってことでよろしく頼むよ」

確かに、市井の気持ちは飯田にもわかる。
逆の立場ならば、飯田でも自分を後回しにして欲しいと思うだろう。
357 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時02分57秒
「んじゃ、あんたたち行くよ」

市井たちには悪いと思いつつも、先にこの危険な状況から辻と加護を
脱出させられることには安堵する。
が、辻と加護は近寄ってこない。

「飯田さんと一緒に逃げるから後でいいです」
「うちもです」
「は? そんなこと言ってる暇ないよ。
 それにこの二人を外まで送ったらその後は一緒でしょ」

何事かはわからないが、まさか断ってくるとは思わなかっただけに驚いた。
一緒がいいというのはわかるが、そんなことを言っている場合ではないこと
ぐらいは判るはずの二人なのに。

辻と加護は、それでも従うことなく立ち尽くしている。
珍しく、本当に珍しく駄々をこねていた。

「早くしないと――――」
「飯田さん、本当にこれが終わったらまた一緒にいられるんですか?」
「――――!!」

辻の一言に、あっけなく飯田の表情は崩された。
隠し事はあっさりと暴かれた。
358 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時04分15秒
「とにかく、うちらは後でいいです」

飯田の表情を見て、それ以上の追求が恐ろしくなった加護。
沈黙している暇はない。
絶え間なく動き続けなければ破滅する。

「わかった。私たちからたのむよ」

市井から提案する。
時間がないというのもあるが、それ以上に辻と加護の決意は変わらない
ことは判りすぎるほどにわかった。
しかしそれでも飯田の動きは鈍い。

「早くして!
 あんたわかるでしょ? このコたちの決心ぐらい!」

発せられた市井の恫喝のおかげで、ようやく飯田の瞳に光が宿った。
動きも速い。
後藤を背負うと、早くもその体は宙に浮きはじめる。

慌てて近寄る市井を強引に抱き寄せ、力強く飛ぶ。

「すぐ戻るから・・・」
「・・・待ってます」

飛行の魔術の限界まで高速をだす。
飯田の決意が、通常以上の速度で後藤と市井を外へと運んだ。
359 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時07分18秒



――――飯田が飛び立ってから30秒ほどしかたっていない。

つんくの様子をうかがうため、大穴から下の階を見ようとした加護と辻。

つんくは、恐ろしく静かに登場した。
現れるタイミングも、まるでこちらのことを見ていたのではないかと疑う
ぐらい、最悪のタイミングだった。
二つ下の階から跳躍したにもかかわらず、一気に二人のいる部屋まで到達する。
幸いなことに、つんくは大穴をはさんだ向こう側に着地した。
つんくとの間にあるのは、部屋の中央に開いた大穴だけ。


「のの」
「大丈夫、時間稼ぎぐらいなら・・・・」

それほどの悲壮感はない。
今度は確実に飯田は戻ってくる。
待てば、必ず――――
360 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時10分06秒
「くるよ!! 亜依ちゃん」

つんくが腰を落として力を溜めている。
跳ぶ気なのを察して辻が注意をうながす。

効かないことはわかっているが、それでも魔導士としての習性からか、
加護は強烈な閃光で対抗した。

滝の中を無理やり昇る魚のように、閃光を掻き分けながらむかってくる。
上手くいけばこちらに到達するのを防げるかとも思ったが、つんくは魔術の
干渉などなかったかのような飛距離で着地しようとする。

が、加護と辻のコンビネーションは終わらない。
着地の寸前、辻のスライディングで足元をすくわれる。
閃光で目隠しをされていた状態のつんくはあっさりと転倒した。

追い討ちはかけられない。
今の奇襲が最後の抵抗といっても過言ではない。

立ち上がったつんくは、二人が思っていた以上に巨大だった。
辻の打撃では有効なダメージは望めない。
加護の魔術は目隠し程度の役にしか立たない。
361 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時11分21秒
獰猛な視線を受けるだけで体がすくみそうになる。
関節が強張りロクに動ける気がしない辻、それでも両腕に装着された鉄甲
を頼りに戦うしかない。

つんくの打撃をいちいち受けながら戦うことは不可能だった。
かといって自分の戦法は、どんな攻撃をも受けきる鉄甲で相手の攻撃を防御しながら
戦うものである。

戦いにくい相手だった。
どんな構えをとればいいのかさえわからない。

先ほどまでとはうってかわって、つんくはゆっくりと間合いをつめてきている。
いつどこから俊敏な一撃がくるかわからない。
つんくの五体の動き全てに警戒を高め、自らもジリジリと後ろにさがる。


辻を襲ったのは、およそ拳法と呼べる代物ではない一撃だった。
力任せだが、十分スピードのある恐るべき豪腕。
小回りのきく辻でさえ、かわしきれず鉄甲で受け止め、はじかれてしまった。
おそらく鉄甲がなければ、一撃で腕が吹っ飛んでいたはずだった。
362 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時13分19秒
壁に叩きつけられた辻に追い討ちをかける。
振り下ろされた腕は、壁の一部を削ぎ落として辻のいた場所を通り過ぎた。

風圧と破壊力のプレッシャーに気圧され、辻の体勢が崩れる。
それは今のつんく相手には、致命的ともいえる隙だった。

「させるかい!!」

声と同時、加護の魔術が発動した。
つんくの顔面が炎に覆われる。
視覚を奪われたつんくの攻撃は、狙いが定まらないために力不足となる。
力不足の一撃を、辻はなんとか両手の鉄甲にぶつけて防御する。

なんの抵抗も受けなかったかのように腕を振り切ったつんく。
紙切れのように簡単に吹っ飛ぶ辻。

そして、なにより危険なのは――――

「のの!!」
「亜依ちゃ――――」

なによりも辻を殺そうとしているのは、吹っ飛ばされた辻を城外に放り出そう
とする大穴だった。

加護の伸ばした手をつかむ寸前に、急激に離れていく。
つんくの振った腕が加護をかすめる。
直撃ではなかったものの、爪が服に引っかかって床に倒された。
急いで加護が飛び起きたときには、既に辻の姿はなかった。
363 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時15分29秒
加護が発動させた炎がつんくの全身を包む。
怒り任せの魔術が空気を熱し、空間を歪ませた。

炎は燃え続けた、つんくがそこから飛び出してからも数秒の間。
つんくの攻撃はただ腕を一振りしただけだった。
辻ならば、受け止めて吹っ飛ばされようと、きちんと着地してダメージを受けない。
だが加護は違う、格闘訓練など受けていない。
その結果、衝撃をモロに受けた加護の意識は暗転した。

そして加護も落下する。
辻とは反対側、床に開いた大穴に吸い込まれるように、導かれるように――――――





364 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時16分34秒
「――――護ちゃん。 加護ちゃん」

(どこやろ、ここ)

床に寝ているわけではないことに気づく。

「加護ちゃん一人だったのかな?」
「でも辻ちゃんは?」
「あなたたち、上を警戒してて――――」

(――――そうや、飯田さんも生きとったんやから・・・・・)

おぼろげだった意識が鮮明になっていく。
自分がいるのは、暖かい安部の腕の中だということにも気づいた。

「圭織、どこにいるの・・・・」
「・・・・・安倍さん・・・・」

思ったように声が出せなかった。
聞こえなかったかもしれないと思いながら、抱かれた状態で安倍の顔を見上げる。
365 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時17分34秒




――――思い返してみれば、この魔術士が笑顔を絶やしたことなどあっただろうか。

いつも間近で見ていた笑顔だった。
だからこそ、支えられていたということに気づかずにいたのかもしれない。

加護は、自分にむけられた笑顔が眩しかった。
魔術士の最高峰に君臨しながら、誰よりも暖かい笑顔をも持つ人間。

「おかえりなさい、安倍さん」
「・・・・・ただいま」


どうしても、涙が出るのをこらえきれない。
勝手に出てくるものはコントロールのしようがない。

安倍は加護を床に立たせると、頭を抱えて自分の肩に押し付ける。


366 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時19分12秒
「辻ちゃんも無事でよかった」

一瞬辻のことを忘れていた。
そして気づくと同時に、今度は安倍の言葉を理解しかねる。
もっとも、安倍の視線をたどればそれはすぐに解決したが。

上階からこちらを見下ろすつんくがいる。
しかしその加護が目にしたその光景は、こちらに勇気を与えてくれる。

つんくの背後の上空には、飯田がいる。
背中に乗せているのは辻、彼女もまた飯田の肩に顔をうずめ泣いている。

(泣き虫やな〜、ののは。 うちは一瞬で立ち直ったで)

自分も泣きはしたが、これからの戦闘に支障がでるほどではない。
それは小さな差だが、少し優越感を感じながら辻の無事を喜ぶ。


そして微笑む。
実に数日ぶりのグループ全員集合を実感した加護は。
367 名前:影武者 投稿日:2001年12月12日(水)04時33分13秒
>>名無し男さん
あまりにも先が読めすぎない、なんてことにはならないよう頑張ります。
とりあえず収集がつくようには努めていきます。
これからの終盤は特に頑張っていきます。

>>読書の秋さん
命まで賭けたつっこみ、ありがとうございます。
いつの間にか中澤が最弱になってしまうところでした。
そしてお体には気をつけてください。

>>副会長さん
登録どうもありがとうございます。
倉庫のもやってくれてかまいません、むしろ余計に感謝です。
最近の仕事っぷりには頭が下がります。活動頑張ってください。
368 名前:副会長 投稿日:2001年12月12日(水)04時38分01秒
いえいえ、こちらこそこんな作品を読ませて頂いてw
これからもちょくちょくレスつけますが、このコテハンではつけませんので宜しくです
これからも頑張って下さい
369 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月12日(水)04時50分52秒
やった!更新されてる!
全員無事でよかった。
さて、逆襲ですね。できるのかな・・・
370 名前:ぐれいす 投稿日:2001年12月12日(水)09時18分28秒
そういえば中澤さんと平家さんや矢口さんはどこにもグループに入ってないんですか?
371 名前:素敵っス 投稿日:2001年12月13日(木)18時31分33秒
カオもなっちも美しい…
372 名前:名無し男 投稿日:2001年12月14日(金)03時27分34秒
反撃か?逃走か?
影武者さん、ガンバってください。
373 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)11時54分22秒
「あれがつんくなの?」

まずは妥当な質問が、安倍から繰り出された。
なにしろこちらを睨んでいるつんくには以前の面影など全く残っていない。

「そうです。飯田さんの魔術で倒しかけたんですけど・・・・
 それと今あいつには魔術が効きません。それで逃げようとしてたんです」

加護の言葉は特に石川に衝撃を与えた。
攻撃の手段がない、というよりは自らの身を守る手段がないことに焦る。

「そう・・・・魔術が通じないのか・・・・
 とりあえず加護ちゃん、よく頑張ったね。
 吉澤さん、戦うのは私とあなた―――――来るよ、集中して!」

つんくの行動を予想していたかのように、安倍の予言は的中する。
まさしく直後、上の階から飛び降りてきたつんくが獰猛な動作で襲いかかってくる。
吉澤は、腰に携帯している短剣を抜いた。
そして叫ぶ。

「もっとさがって、梨華ちゃん!」

恐ろしいほどの質量になったつんくが突進してくる。
誰であろうと止めることなどできない。
誰かを狙っているわけではなく、こちらにいる全員をなぎ倒すような突進だった。
374 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)11時57分09秒
両腕を目一杯広げて迫り来る。
石川と加護はなんとかその範囲外まで逃げる。
だが、安倍と吉澤はその場から動かない。
自分たちがつんくの標的となることで石川と加護を逃がす。

人間よりも圧倒的に大きな歩幅のつんくが、攻撃の間合いに達するまで
2・3歩となった。
つんくに対して横に並んでいた安倍と吉澤だったが、その瞬間安倍が1歩前に出る。
なんとなく、吉澤は安倍の作戦らしきものを理解する。
そこは同じ師に学んだということが幸いしたのかもしれない。

安倍が前に出たのはたった1歩。
つんくの現在のリーチならば、吉澤もろとも攻撃することは十分可能な距離。
獣の頭脳でもそれが判るのか、それとも頭脳だけはつんくのままなのか、
つんくの振った腕は二人を間合いに入れていた。

振られた瞬間、今度は吉澤が1歩さがる。

さらに次の瞬間、安倍は豪快に振りぬかれたつんくの右腕に、軽やかについていく。
当たっていないのではないか、と思うほどに抵抗なく吹っ飛ばされる。
もちろん、自ら跳んで威力を殺している安倍にダメージはない。
つんくとしても、攻撃が当たっている以上は中途半端に終わらせるわけにはいかない。
結果、限界まで右腕を振り抜いたつんくの右半身に隙を見つける吉澤。
375 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)11時58分25秒
短剣を逆手に持つと、つんくの腰に全力で突き刺す。

攻撃は一度に一回、そして命中した後はすぐに離れなければならない。
つんく相手に一撃で行動不能にさせるような攻撃手段はない。
対してこちらは、一度でも反撃をもらえば即戦闘不能である。
一刻も早い離脱が反撃をもらわない必須条件。
だが――――

(――――抜けない!!)

根元まで埋め込まれた短剣は、つんくの筋肉に絡めとられて微動だにしない。
そうこうしている今も、つんくの体は突進の勢いのままに前進している。
短剣を掴んでいる手を離さなければ、手首を脱臼してしまう恐れもある。
いさぎよく諦め、手を離した。

(やばい、武器がないと・・・・)

安倍と違い、素手の格闘は得意ではない。
得意な技で、全力を出して戦わなければ、つんくとは戦えない。

とっさに素手での戦闘に備えて構えをとる。
今一番つんくに接近しているのは吉澤だった。

つんくと対峙してる吉澤に、押し潰されそうなほどのプレッシャーがかかる。
つんくからの殺気を一人で受けることは、想像もできないほどの精神力を必要とした。
376 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)11時59分13秒
吉澤よりも気が動転している魔術士がいる。
均衡を崩さないように指先一つ動かさずにいた吉澤の眼前で、つんくの
周囲の床がきしむ。
同時に、つんくの腰に突き刺さったままの短剣が下に引っ張られていく。
おそらくはつんくの体以外の物体のため、石川の魔術の影響をモロに受けている
ためだろう。

すれていく短剣に体を切り裂かれていくことなど意にも介さず、再開される攻撃。
超重力の影響などないのだろう、巨体に似合わぬスピードで吉澤に迫る。

体格は吉澤の数倍、しかしスピードは吉澤並。
一人では手に負えない相手だった。
377 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時01分28秒
その場にいる全員がフォローにまわる。
それはつんくが吉澤を攻撃の間合いにおさめるまでの2歩の間、約1・2秒
の出来事だった。

例によって、加護の魔術の閃光がつんくの頭部を完全に覆いつくす。

駆けるつんくの足元、つんくが2歩目を踏み出し、その足が地面につく瞬間に
安倍の蹴りが襲う。
膝のやや下あたりを蹴り抜かれ、バランスを崩したつんくが倒れかける。

倒れまいと両手をつくつんく。
その手のうち片方を吉澤が蹴り、倒れるのを防ぐことを許さない。

腕力だけで体を支えようとしたつんくの頭部に空中からの辻の蹴り。
というよりも踏みつけたという方が正しい。
そのまま完全にうつぶせになったつんくの体の上を走る。
腰に刺さった短剣を辻が掴むと同時、飯田が辻を抱えて飛ぶ。



つんくが起き上がったとき。
その前方に安倍、左右に吉澤と加護・石川が立ち、空中に飯田と辻が浮遊していた。
変則的な包囲だが、さまにはなっている。
そして初めてつんくが、迷いからその動きを止めた。
378 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時02分50秒
「よっすぃ〜」

辻が短剣を空中から放り投げる。
難なく吉澤は飛んでくる短剣をキャッチし、刀身を確認する。

つんくの血らしきものが刀身に浮かんでいた。
刃こぼれ一つない、折れ曲がったりもしていない。
この短剣を造った鼻ピアスの女性に心から感謝する。
自らの生命線であるその武器をひとしきり眺めると、軽く一振りして
血をはじき飛ばす。

(魔術は効かなくてもこれは効く。
 でも、これだけじゃ倒せない。安倍さんもそれは判ってると思うけど・・・)

何か、自分では思いつかないような秘策が必要だった。
残念ながら、早くも吉澤の脳裏にはつんくは倒せないという判断が下されつつある。
379 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時04分03秒
「どう倒すか、あなたが考えるのよ、吉澤さん!」

吉澤の心を覗いたかのように、吉澤の心中の問いに返事を返してくる安倍。
自分の弱気を見透かされた気がした吉澤は、驚いて小さく体を震わせる。

「どんな手段でもいいの。
 考えつくまでは私たちがいくらでも時間は創るから」

つくづく、安倍にはかなわないと思わされた。
吉澤の緊張すらも払う優しい言葉遣い。
先ほどまでとは一転して、つんく打倒の策を練るために吉澤は静かなる
脳内の戦いへと没頭する―――――
380 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時05分08秒



―――――この戦いには命を懸けている。

安倍と飯田は同じ覚悟でこの場にいた。

どうせ一度は死んだ身だから、というわけではない。

魔術士になってからの労力の半分以上は、つんくに割いてきた。
他の魔術士たちとは明らかに違う任務履歴だろう。
最初は、それこそ途方もなく終点の見えない任務だと思っていた。
だが今、決着をむかえようとしている。
今でないと、永遠に終わらせることが不可能に思える。
終わらせるためには命も懸ける。
だが、死ぬ気もない。
安倍は、加護と辻を交互に見た。
自分たちのわがままな任務をサポートしてくれた二人を目に焼き付ける。
381 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時08分28秒
つんくが、我慢しきれなくなって動き出す。
標的に選択したのは、目の前でただ立っていただけの安倍。
今度は走らない、歩いて安倍に近づいていく。

安倍は極端に膝を曲げて、前傾姿勢をとる。
前に出した右腕の指先が床につくと、膝を曲げるのを止めた。
獣相手には獣相手の戦い方がある。
中澤に教えてもらったことだが、まさか実際に使うことになるとは考えた
こともなかった。

(魔術とも戦えるよう訓練されたのが明日香。
 ・・・・だとしたら裕ちゃん、吉澤さんには何を教えたの?)

疑問に答えてくれる師はこの場にはいない。
疑問に思う時間もそれまでだった。
ゆっくりとした動作だが、既につんくの腕はこちらに届くほどまでに接近している。

動くのはつんくが攻撃を繰り出してから。
身動き一つせず、つんくの接近をこれほど許すことなど、並の人間では
精神がおかしくなるような所業ではある。
しかし安倍は、眉一つ動かさず構えを崩さない。
382 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時10分35秒
つんくは攻撃もせず、なおも接近していく。
やっと止まったときには、既に安倍からも手が届くほどの距離にいた。
一同の視線が安倍とつんくに釘付けになる。

大きく安倍の体が揺れた。
瞬間、つんくが小さく動く。
隙ができたのは両者、しかし隙を見つけたのは安部。
もっとも、吉澤をはじめとして、その場にいる誰もそれが隙だとは
気づかなかったが。

安倍に掴みかかってくる巨大な手。
体格差に加えて、体をかがめて極限まで的を小さくした安倍は楽にそれを
かいくぐる。

つんくの上半身への攻撃は無理だった。
単純に手が届かない。
全力で、異形の形態へと変化したつんくの足の甲へと拳を突き刺す。
が、分厚い皮膚の弾力で拳がはじかれる。

(――――素手じゃ全然効果がない・・・・)

急いでつんくから離れると同時、吉澤の短剣に視線を移す。

(ダメだ、私じゃ上手く使いこなせない)

視線を外しながら、判断する。
先ほどつんくの体に短剣を打ち込めたのも、吉澤だからだった。
武器の扱いにかけては吉澤の方が自分よりも長けている。
仕方なく、防戦一方となることを覚悟するしかなかった。
383 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時13分08秒
下手に攻撃したのはまずかった。
今の攻防で、安倍の攻撃が自分に通じないことを悟ったつんくの士気が上がる。

もはや安倍だけの戦いではない。
混戦が展開されていく。

辻がつんくの後ろに着地する。
飯田が空中からつんくの後頭部に蹴りをいれる。
前のめりにつんうの体勢が崩れると、辻は吉澤が短剣を突き刺した部分に
全力で拳を打ち込む。
安倍は下がった頭部に回し蹴りを加える。
が、それらの攻撃のどれもが、つんくの持つ分厚い皮膚に衝撃を吸収され、
ダメージらしいものは与えられない。

それどころか、逃げ遅れた辻がつんくの振り回した腕に当たり、吹っ飛ばされる。
床に激しく打ち付けられ、数メートル滑るとヨロヨロと立ち上がる。
辻の額には血が流れていた。

辻がターゲットにされる前に、安倍はつんくに再度攻撃をしかける。
辻に突っ込みかけるつんくの腰、短剣の刺し傷の跡を殴りつけた。
効かないとわかっていても、とりあえず狙ってしまう。

一方の辻は、駆け寄ってくる飯田に大丈夫だという仕草を見せるが、
飯田は許さない。
頭部に手をかざしてしっかりと癒す。
384 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時14分44秒
時間は、吉澤につんくの打倒の策を任せてから1分ほどしかたっていない。
しかし早くもピンチの連続が続いている。
さすがの安倍もくじけそうになった。



「撤退です、安倍さん。撤退の後反撃します」

割と近く、安倍のすぐ背後から吉澤の声は聞こえた。
そしてそれは、概ね安倍の予想通りの結論ではあった。
いくら粘っても、つんくを倒す術などない。

「武器が必要です。
 つんくに効きそうな武器がある場所まで退きましょう」

そこが、安倍の考えとは少し違うところだった。

薄々考え始めていた事だが、つんく相手に対抗できそうなのは中澤ぐらいしか
思いつかない。
それゆえに、どうしても自分以外の人間に決着をつけられるを拒否していた。
それが、安倍が撤退を言い出さなかった理由だった。

だが、吉澤はあくまでも自分たちでケリをつける方法を提案してきた。
同じことだが、安倍は素直に退く気になった。
吉澤に任せたのは間違いではなかった。
385 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時16分12秒
安倍の表情に迷いはない。
吉澤の意見に反論などない。

「わかった。
 で、退き方はどうするの?」
「二つに分かれて距離と時間を稼ぎながら、でどうですか?」
「いいね、賛成。それでいこう」

話ははずむ、テンションも上がっていく。
決着の糸口が見え始めてきた。

「圭織!!」

空中はつんくでもカバーできない自由な空間。
辻を抱えると楽々移動して、安倍のそばまで来る。
作戦を飯田に伝える安倍は、とてもいい気分だった



「え〜と・・・・逃げます」
「・・・・フフフ」
「何? 何かおかしいこと言った?」
「ううん、いい作戦だなって・・・・」

笑う飯田たちと、睨むつんく。

「いい、圭織? 作戦はね―――――」
386 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時17分12秒




安倍と飯田の会話は短かった。
それでも理解できるのは、二人の相性の良さとつきあいの長さゆえだろう。

「あんたたち来なさい!」

鋭い声で、飯田は石川・加護を呼びつける。
二人が追いつく間もなく、部屋の出口へと駆けていく飯田と辻。
躊躇して走るのを止めかける加護と石川に安倍が後押しの言葉を送る。

「行って! 圭織の言う通りに動いて!」

安倍の口調から、何かしらの作戦があることを読み取った加護と石川は走る。
その背後を守るように、吉澤と安倍がつんくの前に立ちはだかる。

「まずは10秒以上を目標に頑張ってみよう」
「はい」

つんく相手に稼ぐには恐ろしく長い時間だが、安倍と一緒ならやれそうな気がする。
つんくの放つ威圧感よりも、安倍が隣にいる心強さを多く感じながら、吉澤は
短剣を強く握りしめた。
387 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時19分03秒
「相手は獣よ。拳法を使う人間じゃない
 注意するのはあの腕だけ、蹴りやフェイントは一切ないと思って――――」

話は途中だが、つんくが殴りかかってきたために中断する。
それでも最低限のヒントは吉澤に与えた。
それだけでも、吉澤ならば十分に戦えるはずだ。

つんくを後ろに抜かせるのが、今一番防がなければならないこと。
目的がはっきりとしていれば、戦い方もおのずと決まってくる。
より安倍との連携も上手くいく。
なにより戦闘に関して安倍以上に頼りになる人間はいない。

つんくが狙っているのは吉澤、わずかだが吉澤の方へむかっている。
388 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時20分13秒
安倍が吉澤の前を横切ってつんくの横に回りこむ。
それに反応して横を向くつんく。
今度は短剣を奪われるわけにはいかない。
腕の末端の指先、さらにその先の爪を狙って切りつける。
動いているうえに最も小さな的だが、短剣での攻撃ならどんな的にでも命中させる
自信がある。

ガキッとキレの悪い音をたてて衝突した。
予想以上に硬い爪をしている。
驚いたつんくがこちらに振り向く。
そのときには吉澤は数メートルさがって短剣を眺める。

(あの衝撃で刃こぼれ一つないなんて・・・・ほんとあの人何者?)

つくづくこの短剣を造った人間には驚かされる。
顔はよく思い出せないが、鼻のピアスだけは戦闘中の吉澤の脳裏に強く蘇っていた。
389 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時22分12秒
「退却よ!」

安倍の合図が出た。
ギリギリ10秒ほど戦ったところか、潔い引き際だと吉澤も思う。

攻撃から逃走へ、間髪入れぬ切り替えだった。
つんくの方も早い、追走へと何の迷いもなく切り替える。

安倍と吉澤の素早さは魔術士の中でも1流の部類に入る。
つんくの巨体と、それに不釣合いな俊敏さをもってしてもそう簡単には追いつけない。

部屋の出口、扉をくぐると絶妙の体重移動で減速することなく右折する。
いくら安倍と吉澤でも長い間は逃げられない。

全速力で走り続けること10数秒、追いつかれるまであと数秒。
曲がり角を曲がった瞬間――――

「つかまって!!」

飯田が手を伸ばして待ちかまえていた。
よく見れば飯田のいる場所には、床がない。

吉澤と安倍が跳んで飯田の両腕につかまる。
飯田は二人を抱えて飛ぶどころか急降下していく。
つまり浮遊の魔術を中断した。
390 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時24分18秒
穴は2つ下の階まで続いていた。
落下も2つ下の階まで続く。
地面に到達する寸前、飯田の魔術が発動してブレーキがかかった。

「これぐらいでいい?」
「上出来。急いで次もお願い」

謎の会話のようにも聞こえるが、しっかりと本人たちには通じている。

作戦の概要をシンプルに表すと、安倍と吉澤が時間稼ぎをしている間に
飯田たちが城外への近道を造る、というもの。

安倍たちの稼げる時間と飯田たちの道を造る時間、この二つに大きな差が
あると失敗する危険な作戦ではある。
だが賭けるだけの価値はある作戦だった。
391 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時24分49秒
安倍たちのいる廊下のさらに先、曲がり角のむこうでは爆発音。
加護か石川かはわからないが、また魔術で床に穴を開けたのだろう。

安倍たちの目の前には天井の穴から降りてきたつんく。
おそらくはこちらの計画はばれたと考えた方がよい。
今度は先ほどのようにいかない、作戦の遂行は困難になることを覚悟する。

「圭織、先に行って!」

急がせる理由は、飯田には加護と石川と辻を先に逃がしといてもらわなければ
ならないから。
当然ながら、稼げる時間も少ないこともある。
392 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時25分57秒
対峙する時間は長いほどいい。
戦わずに時間が経過していくのならば、これほどありがたいことはない。
そんな安倍の考えを見透かしたかのようなつんくの動作だった。

長大な両手を廊下の幅一杯に広げる。
それを見ただけで安倍と吉澤は凍りつく。

(やばい! 今度は止められない!)

そんな状態で突っ込んでこられたら、こちらには成すすべがない。
自分たちが抜かれてしまえば、負けだ。

「くっ!!」

安倍の短いうめき声が、どうしようもないことを痛感させる。
あと2・3回で城外へ出られる計算なのだが、まさかつんくがこんなに早く
対応してくるとは予想外だった。
393 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時27分08秒




「絶対に行かせちゃダメ!
 少しぐらいの怪我なら圭織が治せる、なんとしてでも止めるのよ!」

脳をフル回転させて考えるものの、そのなんとしてがおもいつかない。

つんくが走り始める。
二人が考えついたのは、せいぜい捨て身で体当たりして止めることぐらいだった。
やぶれかぶれで安倍と吉澤はつんくにタックルをしかける。



394 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時29分44秒
無謀なタックルを敢行した安倍と吉澤。
数瞬後、二人は何も掴むことなく数メートルを駆け抜けていた。

(やられた!!)

吉澤の脳裏はその言葉で埋め尽くされた。
安倍の顔にもはっきりと絶望の色が浮かぶ。

つんくが走っているのは二人のはるか後方。

つんくが越えたのは二人の頭上。
突進してきて強行突破してくると思わせておいて、止めようとしてきた二人
を飛び越えて突破する。
完全に吉澤と安倍のお株を奪うような攻略をされてしまった。
それだけに二人のショックは大きい。
まさかつんくがこちらの予想の裏をかくような行動をとるとは思わなかった。

「圭織! つんくが行った!!」

果たして伝わるのかどうか、廊下の曲がり角のむこうに全力で叫ぶ。
直後、つんくが曲がり角のむこうに姿を消した。

安倍が叫び声をあげている間にも、吉澤はつんくにむかって疾走する。
395 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時31分45秒
吉澤が曲がり角にさしかかる。
巨大な物体が吉澤の目の前を飛んでゆく。

「―――――わっ!!?」

飛んでいったのはつんく。
魔術の効かない体を、どうすればあれほどの勢いで吹っ飛ばせるのかいぶかる。
可能性としては、つんくが自分で吹っ飛んだというのが最も高い。

しかし事実はちがった。
角を曲がった吉澤が目にした光景は、吉澤を納得させるに足る光景だった。

「いったいな〜・・・・・
 ・・・・おっ! 吉澤! なによあいつ、敵? とりあえず殴っちゃったけど」

拳をさすりながら、こともなげに言い放つ人物。
その背後には、突然のつんくの襲撃に驚いたのだろう、尻餅をついている石川。
加護と辻は、おそらく床に開いた穴から飯田に下の階へ運んでもらっているのだろう。

そこまで視線と考えをめぐらせた吉澤は、もう一度つんくを吹っ飛ばした人物
に視線を戻す。

事態も知らずに、安倍ですら手こずる相手を殴り飛ばす。
保田圭は、そんな格闘家であるとともに、頼りになる吉澤の先輩でもある。

(あのつんくをぶっ飛ばすほどのパンチ力って・・・・
 私とやった時は全然本気じゃなかったってことじゃん・・・・・)
396 名前:影武者 投稿日:2001年12月18日(火)12時51分31秒
>>副会長さん
これからも読んでください。
案内板を見てすぐチェックしてくれたようで、とても早いレスですね。
既に頑張っているのは承知ですが、活動頑張ってください。

>>読書の秋さん
レスが早い・・・・
といことは案内板を見てからチェックされたようですね。
逆襲は次ですかね、まあ保田が1発だけ逆襲したような気がしますけど。

>>ぐれいすさん
矢口さんは保健室の先生みたいなものです。
平家さんは女スパイのような職業を一人でやってます。
中澤さんはグラップラーです、っていうか今はソロでプーです。

>>素敵っスさん
そうなんです。
この作品ではほとんど主役のようなポジションの二人です。
この小説の題名はこの二人のことなのでしょうか。

>>名無し男さん
逃走でしたが、反撃もした更新になりました。
応援の言葉、どうもありがとうございます。
そろそろこの章も終わりそうなのでより頑張っていきます。
397 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月18日(火)13時57分47秒
打撃力最高は保田か!
色んなタイプがあって面白いッス!
398 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2001年12月18日(火)16時40分28秒
圭ちゃんおもしろかっこよすぎ(w
399 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月18日(火)16時45分01秒
グラップラーでソロでプー…
中澤早く活躍しないかなぁ?
がんばってください。
400 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月18日(火)23時49分29秒
保田かっこいーーーーーー
単純な攻撃なとこが好き
401 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月26日(水)14時06分42秒
続きまってますね。
年末は忙しいから無理かな…
402 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月26日(水)16時38分33秒
「何が起こってんのかさっぱりわかんなんだけど・・・・」
「すいません、今は説明するよりも逃げるのが先です」
「何? 一人増えたの?」

保田・吉澤・飯田のやりとりが響く中、安倍もその場に駆けつける。
場は混乱していた。
つんくを止められなかったことから、飯田が石川を逃がすまで時間を
稼げなかったこと、そして保田が加わったことと、計画は大きく崩れ始めていた。

「私とよっすぃ〜はいいから先に行ってください!」

意外にも、混乱の中でリーダーシップを発揮した石川。
だが、あまりにも意外すぎる人物の唐突すぎる提案に、誰一人として行動を
起こせない。

「だったら先に行かせてもらいます!」
「えっ!? ちょっと、梨華ちゃん?」

強引にコトを進めていく石川。
だが、もしきちんとした計画があってのことならば、石川の行動と判断は
その場で最も正しい。

吉澤の手をつかむ石川と、石川につかまれて無理やり床の穴に引きずり込まれる吉澤。
誰もが止める暇もないほどの勢いで落下していく石川と吉澤。
時間がないとわかっていても、安倍たちはその一部始終を眺めて動けずにいた。

先ほどは石川の魔術で床に穴を開けたために2階分だったが、今度はフルパワーの
加護の魔術である。
その穴は5階分の床を貫通して一気に城の1階にまで到達している。
吉澤の運動神経をもってしても無事ではすまない。
ましてや石川の細い足など着地の衝撃に耐えられるはずもない。
403 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時41分16秒
落下の浮遊感と加速に吉澤は混乱しかける。
無類の身体能力を持つ吉澤ですら、あまりにも長い落下時間に体のバランスを
崩し、着地の姿勢を保てない。

「よっすぃ〜!!!」

名前だけを石川が叫んだのは、短い落下時間ではそれが限界だからだろう。
吉澤の体の末端の神経までもが一気に覚醒する。
一瞬でバランスを取り戻すと、閉じようとする瞼を開き地面との距離を冷静に計り
着地にそなえる。

(できる! これぐらいの高さに負けるもんか!)

自らに暗示をかけ、心の底から無事に着地することを信じる。

足が床につく寸前、言い表しようのない違和感が吉澤を襲った。
次の瞬間、足の裏と床が接触する。
が、驚くほどに反動はなかった。
衝撃を吸収するために曲げようとした膝だが、ほぼ限界の半分ほどしか
曲げないうちに着地は完成した。

「―――――!!? 梨華ちゃん!」

奇跡のような着地成功を疑問に思い考え込む吉澤の視界の端に、床に倒れ伏した
石川がうつる。

「大丈夫、慣れない魔術を使ったせいで疲れちゃっただけだから・・・・」

慌てて体を揺さぶると、石川はすぐに起き上がる。
衝撃で怪我をしたのではなく、疲労で倒れているのを悟り、吉澤はひとまず
安心した。
404 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時43分19秒
石川のやったことは重力魔術の応用だった。
要はいつもと逆のことをすればいいだけ、さらに一度つんくが使うのを見た
ことがあるのが幸いしたのかもしれない。
練習する時間などなかったが、不可能だとは思わなかった。

(よかった・・・失敗しなくて・・・・よかった・・・)

一瞬のうちに、複雑でさらに慣れてないイメージを強行しすぎたせいで、
満足に考えがまとまらない。
やっと自分が何に安心しているのかを理解し、石川は心の中で反芻する。

肉体的な変調はほとんどないが、立ち上がって逃げようという意思が全く
こみあげてこない。
どうしようもない無気力感が石川を支配していた。
頭の中が混乱して、現在の事態すらも忘れかけている石川を吉澤は素早く背負って
走り始める。

「梨華ちゃんのおかげで助かったんだよ。ありがとう」
「私の・・・おかげ・・・・」

精神疲労の激しい石川からは満足な返事が返ってこないが、とりあえず
これ以上の贅沢は望めない。
自分たちは無傷で危機から脱出できたのだから。

(それにしても梨華ちゃんっていざって時は度胸あるんだな・・・・)
405 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時46分19秒
吉澤が石川とともに走り去る姿を、床の穴から見える範囲ギリギリまで
眺めていた安倍・飯田・保田。
石川の判断と行動は単発にとどまらず、その後の安倍たちの行動をもうながす。
人数は飯田を入れて3人、つまり脱出のために必要な条件は揃った。
人数オーバーという邪魔な因子は取り払われた。

(もしかしたらこの3人なら・・・・・)

保田の加入に、安倍の心中につんく打倒の可能性が芽生え始める。
先ほど見せつけられた保田の破壊力は無視できないものがある。

(ダメだな・・・・まだこんなこと考えてる)

思わず自らの邪念をあざ笑う。

起き上がり、駆け抜け、そして殴りかかろうとするつんくを目の前にしても
動揺しない。
それほどのメンツが揃っていることを自覚する。

つんくの攻撃はあまりにも単調すぎる。
仮にも格闘の、しかも技を極めた安倍にしてみれば繰り出す前にほぼ予想がつく。
そんな安倍は十分に相手の攻撃をひきつける。

つんくの攻撃はあきれるほどの力任せ。
自称暴力王、拳だけを頼りに戦い抜いてきた魔術士の保田にはスタイルが
噛み合いすぎる。
叩き潰すしか保田に選択肢はない、待ちきれず前に出る。

動かない安倍と、突っ込む保田。
極端すぎるうえ、相反する二人の行動に飯田は取り残される。
406 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時48分26秒
保田の力は実際のところつんくにせまっていた。
これまでの経験と最近の激戦は、元々備わっていた保田の天性を大きく
成長させた。
攻撃力だけなら既に人間を凌駕しつつある。

とはいえ、やはりまだ人間レベルを抜け出ない。
保田の拳がつんくの掌打とぶつかり合う。
力比べをしかけようとして、意図的に保田がその部分を狙ったために衝突した。
衝突の衝撃で腕ごと体が半回転するつんくと、立ったまま体ごと床の上を
滑っていく保田。

「あだだだ、なんて硬い体してんのよ!」

あれほどの衝突で、そんな口が叩けることが信じられない事なのだが、
衝撃でひねったと思われる手首をさする保田は無傷と言ってもよい。
保田とならば本当につんくを倒せそうな気がしてきた安倍。
普段は表に出さない凶暴な部分が顔を見せ始める。

「馬鹿な事してないでいくよ!」
「ば、馬鹿な事って・・・・」

滅多にないことではあるが、その場で最も正常な判断をくだした飯田の一言に
保田は閉口する。
ともすれば飛び出しかねないほどの戦意を放出している安倍の襟首を掴み、
さらに保田の腕を掴むと、つんくの立っている場所に閃光を撃ち込んだ。
さらにそれと同時進行で、安倍と保田を床の穴に引きずり込む。
407 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時49分47秒
床を失ったつんくと、自ら床の穴に飛び込んだ飯田たち。
どちらも同じく落下することになるが、飯田たちに有利な点が1つある。
空中ではつんくは攻撃できないということ。

そして、つんくは着地する。
しかし飯田たちはなおも落下し続ける。
1階分を落下したつんく、もとより飯田が床に穿った穴はその階の床だけなのだから
当然である。
対して飯田たちの方は加護の魔術で造られた、城の1階までつながっている穴だった。

頃合いを見て飯田が魔術を発動させる。
落下していた飯田たちの体に急激に上向きの加速度がかかった。

「ぐえっ!!?」
「いたいって〜!!」

襟を急に引っ張り上げられた安倍が奇妙な声を絞り出す。
先ほどつんくを殴りつけて痛めた手首を引っ張られた保田が悲鳴をあげる。
が、途中のハプニングなども上手く味方につけ、ここに作戦は成功しつつあった。
周囲につんくはいない、城の出口を目の前に、いるのは自分たちだけ。

「ついたよ、なっち」

恐ろしく長い時間走った気がする、数え切れないほどのピンチをくぐり抜けてきた
気がする。
飯田の短い一言が、長い逃走の終わりを実感させた。

最初に走り出したのは安倍だった。
それについていく飯田。

「え? 逃げんの? ・・・・ったく誰か説明しろっての・・・・・」

不平をもらしながらも、一人でその場に残る気にはなれず、保田もその後を追う。
408 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時54分49秒
後ろからは軽い振動、つんくが降りてきた。
それを安倍が認識した瞬間、城の出口を体が通過する。

つんくの姿を確認するため振り返り、その瞬間に走っていた体を止める。
最終決戦には、そのとき既に突入していた。

もはや慣れてしまったのか、突撃してくるつんくに安倍の体は全く抵抗を見せない。
どのみちこちらに到達することはないことを知っているからかもしれないが。

「もうすぐ!」

高らかに宣言した安倍の言葉にうなずく人影は、ざっと10人以上はいた。

その1秒後、保田が城の出口をくぐり、飛び出してくる。
立ち止まっている安倍を見て、さらに周囲を見回すと一言。
さらに安倍がその一言に大声をかぶせる。

「あんたたち!!?」
「出てくるよ!」

警告であるとともに、攻撃開始の合図でもある。
ざわめきはじめる空気と、それに反して動き出す2つの影。
保田を目の前に、突っ込んでくるつんくの減速をも計算にいれた安倍の読みは
的中し、見事なタイミングでつんくは出口をくぐる。

「ご苦労やった、なっち!」

中澤の声は必要以上に大きい、というよりは必要ない大声だった。
せっかくの奇襲が台無しになるような真似をなぜするのか、ただ目立ちたい
だけ、ではないということを祈りたい。
その場にいたほぼ全員、出口の外に隠れていた小川たち、辻と加護、吉澤と石川、
がその声で凍りついた。
409 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時55分56秒
つんくにその気配を気づかせたのは、中澤の声だった。
だがつんくには中澤の居場所をつきとめることはできない。

代わりに気づいたのは、左右から殴りかかってくる平家と柴田の姿。
あまりにも咄嗟の出来事につんくはどちらにも反応できない。
柴田は左足で、平家は右足で、体をかがめてつんくの両腕をかいくぐると
強烈な足払いをくらわせる。
すねをへし折るような蹴りをもらい、高速で前方に転倒するつんく。

予想外の中澤の大声にも動じず仕事をやってのけたのは、さすがと言える。

中澤が待機していた場所は城の2階部分の高さに相当する。
勢いよくそこから上空に跳躍すると、その高さは城の3階にまで匹敵するほどの
高さに達した。
落下ポイントはつんくの上、正確にそこに向かって中澤は降下する。

固唾を呑んで安倍はその光景を見つめる。
その攻撃は目安になる、中澤が繰り出しつつある攻撃はこの場で最大の
攻撃力と考えてよい。
少なくともそれが通じないならば、自分たちがいかに策を練ろうと無駄である。
410 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)16時58分40秒
着地と同時、中澤は全体重を乗せて拳を突き降ろした。
全力で戦うことなど最近では滅多にない、というよりもおそらく全くない。
全力を出し切れるかどうか不安を抱えながらも、インパクトのタイミングは
自分でも満足のいくものだった。

つんくの体が、中澤の拳がめり込んだ腰を中心に不自然な格好に折れ曲がる。
90度近く折れ曲がったところで、大きく開かれた口から奇妙な色の体液を
吐き出した。
中澤が拳を引き抜いて飛びのくと同時、折れ曲がっていた体がもどっていく。

(やったんか? とりあえず、これ以上の力は出せんで・・・・)

うつぶせの状態で動きを見せないつんくに視線を釘付けにしたまま、中澤は
祈るように経過を見守る。

「・・・・・裕ちゃん?」
「わからん・・・・手ごたえはあったけど・・・・」

悪いとは思ったが、安倍の疑問に正確な答を返す事はできそうになかった。
曖昧な返事で応答しながら、注意はそらさずつんくを見やる。

つんくに最も近づいているのは中澤、さらに2・3メートルほど離れた場所に
平家と柴田が待機している。
ほぼ完璧と言っていい包囲だった。
この3人に囲まれては他の人間に脅威が及ぶことなど、まずないと断言できる。
つんくの反撃を封じるために、全力で神経を注ぐ3人はいずれも緊張の面持ちで
倒れたままのつんくと対峙していた。
411 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)17時00分44秒
あらためて安倍が周囲に目配せすると、まさにいろんな人間が集結している。
小川たち4人もいる、さらには松浦までもがその4人に囲まれてその場にいた。
味方になってくれれば正直心強さを感じるのだが、そこまで期待するのはあまい
と自重する。

「なっち! どうやら・・・・まだみたいやで!」

いまだ起き上がらないつんくを警戒していた中澤が突然叫ぶ。
やや過剰気味に焦っているようにも感じる。
めずらしく余裕をなくしている中澤に、安倍の緊張も否応なく高まっていく。

「見てみ。うちが今さっき殴ったとこや・・・・」
「・・・・!?」

安倍にもようやく中澤の焦りの意味が理解でき始めた。
中澤の一撃はつんくに瀕死の重傷を負わせていた。

驚くべきは、殴られた部分が回復しつつある事実ともう1つ。
皮膚の下を虫が這うように不気味な動きを見せているつんくの体、衝撃に陥没
していた部分が元通りにせりあがる。
さらに、完全に復元した後も回復は続いた。
元よりも回復した部分、以前よりも筋肉の多くなったその部分に合わせるように
体の他の部分までもが肥大していく。

「まいったわ、こりゃ・・・・
 どうやったらこいつを倒せるんか見当もつかん・・・・」

苦笑いとともに言葉を吐き出す。
その言葉を言い終わる頃には、すっかり以前よりも一回り大きくなったつんくが
地面から起き上がりつつあった。 
412 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)17時02分37秒
「武器がいるんやってな・・・・ 
 お前ら! そいつみたいになんか出せるんやろ? 全員出してみ」

小川たち4人にむけて放たれた言葉にも、もはや余裕はない。
十分それをわかっている小川たちも命令に逆らう素振りを見せず、それぞれが
自らの魔術を発動させる。
小川の長剣をはじめに、グローブ・長針・盾など一人一様の武器・防具を
次々と具現化させていった。
  
(あかん・・・・クセの強いのが多すぎるで・・・・・)

そのほとんどが普段からの訓練なしには使いこなせないような物ばかりなことに、
中澤の思考が一瞬止まる。
なにより攻撃力についてはあまり頼りになりそうにないものばかりだった。

(中途半端な威力じゃ余計にパワーアップさせるだけやしな・・・・・)

悩む間にも、幾通りものパターンで安倍とそれらの武器の組み合わせを
頭の中で組み立てる。
自分に合った武器、十分な威力をもった武器、安倍に使いこなせる武器、
それら全てを満たすものを必死で考え込む。
吉澤とて短剣で戦わせるわけにはいかない。

次の瞬間つんくの復活が完成し、勢いよく立ち上がる。

(くっ!? まだ考えがまとまらんっちゅうに・・・・・)
413 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)17時05分00秒
「みっちゃん、任せた」
「オッケー。
 ちょっとの間の辛抱や、やれるな? 柴田」

柴田は黙って師の言葉にうなずく。
なぜなら、それは自分以外にはこなせない役割。

強烈なタレントを持つ平家、その魔術士を真にサポートできる者は同等の力を持つ
中澤と、全てを教えられた柴田しかいない。
そして今回の戦闘では、呼吸をあわせる以上のことを要求されることを予想する。

「全力でいくで!」

その言葉の裏に隠された意味を察する。
平家は本気でいくつもりだった、そして柴田にそれに合わせろと言ってきている。
つまりは、無理をしろと言ってきている。


イメージに限界はない――――
身のこなしについては、どんなに無理をしても平家にはついていけない。
どこで無理をして平家についていくかといえば、精神力で平家に近づいていく
しかない。

戦いに集中させる意識と、魔術に集中させる意識の2つを究極に高める。

頭痛を覚えるほどに脳をフル回転させることで発現する柴田の魔術。
光の槍はまだ発動させない、だがどんな瞬間だろうと発動できる。
爆発的な力を自らの両手に蓄えながら、戦闘へと思考を集中させる。
414 名前:影武者 投稿日:2001年12月26日(水)17時25分58秒
>>397
殴りつける力はほぼ1番ですね、保田は。
以前行われた対吉澤戦でも本気で殴っていたわけではないので、これから
もし本気で人間を殴る機会があったらとんでもないことになるでしょう。

>>梨華っちさいこ〜さん
やっと保田にも光があたってきた感じです。
長かった下積み時代を終え、ようやく第一線で活躍するチャンスが与えられました。
保田には苦労人というイメージがどうしてもありますね。

>>399
おもいっきりこれからやってくれそうな中澤です。
今回いきなりおもいっきりやっちゃった中澤、一層の活躍を見込んでもらって
結構です。

>>読書の秋
完全に花山薫キャラになってしまっている保田ですが、まだまだそれだけじゃない
ことを書けていけたらいいと思ってます。
このまま人類ではなくなる、という事態にならないよう注意が必要な保田です。

>>401
実は年末は滅茶苦茶暇です。
よってもう最低でも1回ぐらいは更新できるような気がしないでもありません。
まああくまで予定なんで、未定ですが。
415 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月26日(水)23時37分53秒
なんか読んでて緊張してきました。
今後の展開が気になる年末です。
保田が人類じゃなくなるのも悪くないですよ(w
416 名前:399 投稿日:2001年12月27日(木)00時00分48秒
本当ですか??やった〜!!
ますます続きが楽しみになりました!
がんばってください!
保田も最高!中澤最高!!影武者様最高!!!
417 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月28日(金)03時21分13秒
最強の中澤やっと登場!!!
待ってました(w
楽しみだー!
418 名前:影武者 投稿日:2001年12月29日(土)03時58分31秒
思えば初作品ながらも続けてこれたのは皆さんのおかげです。
いい人ばかりに読んでもらって自分はラッキーな人間でした。

更新を楽しみにしている読者の人がいるならば、本当に申し訳ありません。
不完全ながら、この作品は終了させてもらいます。
419 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月29日(土)05時11分33秒
え、何で?そんないきなり…

420 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月29日(土)11時17分29秒
まずは、お疲れ様でした。
読者としては、非常に残念です。
他の場所でも良いので、気が向いたら完結させて頂きたいです。

とりあえず、良い作品を有難うございました。
421 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月29日(土)18時27分06秒
あー、これでまた海板の名作がひとつなくなってしまう・・・。
影武者さん、もう一度考え直してくれませんか?
422 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2001年12月29日(土)21時00分57秒
なんてこったい! しかし作者さんがそういうのなら…
気が向いたらまた書いてくださいよ。
お疲れさまでした。よいお年を。
423 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月29日(土)21時21分59秒
作者さま、お願いですから、削除願いは撤回してください。
424 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月29日(土)23時18分18秒
えええええええええええ?
なんで??????????
年内にもう一回からこんなことに…
なんでですかーーーーーーーーー
425 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月30日(日)03時24分18秒
削除依頼のトコ見たら更新は続けるみたいなこと書いてた・・・
何だったんだ?・・・ここで話す事じゃないか、スマソ
426 名前:読書の秋 投稿日:2001年12月30日(日)04時06分24秒
何が起きてるのかわかりませんがとりあえず更新は続くみたいですね(w
氏ぬほど驚きましたよ(w
今一番好きな小説なので続けてもらえて嬉しいです。
427 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月30日(日)18時44分23秒
交信が続くとわかって一安心。
しかし…一度放棄しようとした理由、まさか「つんくが倒せないから」
ってことはないでしょうね(w
428 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月30日(日)19時51分09秒
>>427 ありえる(w
429 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月14日(月)17時13分57秒
ded行きを防ぐ・・・
>>427
オチとして考えられるのは、
そして娘たちの戦いは続く・・・
430 名前:影武者 投稿日:2002年01月15日(火)01時37分40秒
待ってくれている人、とても感謝しています。
本当に感謝しています。
続きは必ず書きます。


ただ一度放棄を考えた作品を継続させるのは、困難を極めています。
さらに気分転換に始めた作品が調子がいいのも重なり、ほとんどこっちには
手をつけていない毎日です。

よって最低でも1ヶ月以上、次回更新までにかかりそうです。
放棄ではありませんので。
はっきりさせずに放置して、本当にすいませんでした。
罵倒の言葉も、受ける覚悟はあります。

ちなみに、おぼろげながら続きは考えついてます。
431 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年01月15日(火)02時05分15秒
おお! 頑張ってくれますか!
いや、ゆっくりでいいですから落ち着いたら書いてください。
それまでみんな待ちますよ。
432 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月18日(金)00時02分00秒
こっちも面白い作品だけど
あっちは書き方も上手くなっていて期待大きい
とりあえず放棄しないと聞けて安心したところでアッチ頑張って。
433 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月18日(金)22時22分00秒
影武者さんのもうひとつの作品はどこで読めるのでしょうか
434 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月18日(金)22時44分57秒
>433
430のメール欄に載ってるよ。
435 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)01時10分54秒
どこにあんの?
436 名前:399 投稿日:2002年01月19日(土)03時05分31秒
いやぁ、一瞬終わりと聞いて心臓がとまるかとおもいました。
でも放棄じゃないのなら待ちます。
中澤の活躍もすぐですし♪
影武者さんのペースでやってください。
全然まちますので。
437 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月21日(月)14時42分19秒
白の問題に影武者様が絡んでると聞きましたが
この作品ももどうかなっちゃうのでしょうか…
できればつづけていただきたい……
438 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月22日(火)02時05分29秒
伝説となった男・影武者マンセー
439 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)09時06分18秒
ttp://www.metroports.com/test/read.cgi/morning/1011546284/719

凄過ぎる・・・、さらにほとんど全員が許してるってのがまた凄い。
伝説たっせーーーー!!
440 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月23日(水)04時11分10秒
1のリンクがエラーになるんですが、俺だけ?
441 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月23日(水)08時05分19秒
>440
倉庫に行ってるみたいですよ。
442 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月27日(日)03時33分05秒
どこかで続きやってるらしいが、場所がわからん。
443 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月27日(日)04時44分42秒
>>442
続きじゃないよ。プッチモニの外伝。
このスレの続きは今のところ全く手をつけてないみたい。
(ちなみにこんなの ↓ )

88 名前: 影武者 投稿日: 2002/01/27(日) 00:49

「これを使って!!」

叫んだのは、数日前に露店でたくさんの刃物を売っていた女性だった。
抜き身の短剣を、吉澤めがけて全力で投げつけてくる。

本人は渡したつもりなのだろうが、吉澤からしてみれば攻撃されたのと変わらない。
それでも、飛んできた短剣の20センチほどしかない柄の部分を正確に掴む。

「これは!?」
「自信作よ!  
 あんたがそれでそこにいる化けモンを倒せば私の名が一気に広まる。
 遠慮せずに使いなさい!!」

右手に収まっている短剣を一通り眺めてみる。
宝石のように輝く銀色の刀身、握りやすいよう微妙に調節された柄。
それは、手にしただけで吉澤に強くなったという錯覚を起こさせた。
444 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月27日(日)19時25分20秒
>>443
どこの板でやってるの?
445 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月28日(月)07時12分50秒
>>444
ageんなよ!!
446 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月28日(月)19時51分11秒
>>442
だから、どこでやってるんだっつーの!!
447 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月13日(水)11時27分00秒
やっぱりここには帰ってこないのかな……

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