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風来音(ふきね)
- 1 名前:プロローグ 投稿日:2001年09月12日(水)02時17分48秒
- いつもと変わらない楽屋。
みんな、くだらない話をしたりしながら、本番を待っている。
かくいうあたしも、よっすぃーと昨日のテレビ話に花を咲かせていた。
そんな中、さっきまで一人読書に耽っていた少女が、こちらに向かってくる。
「ちょっと、すごいんです。すごいんですよ!」
あたかもスピーカーのように、大きな声を周囲にばら撒く彼女。
「……でさあ、よっすぃー」
とりあえず、放置。
「聞いてくださいよう!」
しかし彼女は、それにもめげずに必死にあたしの衣装を引っ張る。
どうせまたくだらないことに決まってるのに。
「矢口さん、梨華ちゃんの話、聞いてあげましょうよ」
気の毒に思ったのか、よっすぃーが助け舟を出す。
まったく、よっすぃーは梨華ちゃんに甘いんだから。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2001年09月12日(水)02時18分18秒
- 「ああ、もう、わかったわかった。で、何?」
「えっとですねえ……」
途端、梨華ちゃんは嬉しそうに読んでいた本をテーブルの上に出す。
ページの頭には、「丸わかり前世!」と言う見出しが躍っていた。
「すごいことがわかったんですよ! 実はですね、娘。の何人かは、前世でも一緒にいたんです!」
大発見とでも言うように、あたしを見て満面の笑み。
「そうなんだ。すごーい。じゃ」
そう言って、よっすぃーのほうへ向き直る。
「え、え、え?」
あまりの反応のなさに、梨華ちゃんの顔が曇る。
「だ…誰と誰が一緒なの?」
それを見たよっすぃーが、慌てて会話を繋ぐ。
「えっとね……、私と、矢口さんと……」
まだ梨華ちゃんが話していたけど、私は黙ってその場から離れる。
「あ、矢口さん! どこ行くんですか!?」
「寝る」
もう、付き合ってらんないよ。
まだ、本番までしばらく時間はある。
あたしは、心地よい眠りへと吸い込まれていった。
深く、深く。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月12日(水)02時36分06秒
- 矢口の、石川放置っぷりがいいですね(w
- 4 名前:こいつの作者 投稿日:2001年09月13日(木)01時30分02秒
- 他の板でもやってるので、人が少ない雪板でゆっくり行きます。
>>3 さん
初レスありがとです。
これからは作者が放置するかも(w
- 5 名前:1 出会い 投稿日:2001年09月13日(木)01時31分53秒
- 目が覚めたとき、ずいぶん長い間寝ていたような脱力感に襲われた。
慌てて時計を確認する。
「あれ? あれ?」
左手にしていたはずの時計は、どこにも見当たらない。
どこかに置き忘れたのかと、辺りを見回したとき、あたしを違和感が襲った。
「……どこよ、ここ〜?」
真っ白な壁紙が張り尽くされた殺風景な部屋。
よく見ると、そこには、必要最低限な物しかおいていない。
夢かと思った。
だから、自分のほっぺたをおもいきり抓ってみる。
……メチャクチャ痛い。
「もう、何だよ!」
叫んだけど、誰も来てくれない。
状況が掴めないのと、ほっぺたが痛いのとで、何だか泣きたくなった。
- 6 名前:1 出会い 投稿日:2001年09月13日(木)01時32分38秒
- 「あ、そうだ」
あたしは、一つの重大なことに気付いた。
この部屋には、扉がある。
ということは、別な部屋があるということだ。
よっし! ここにいてもどうしようもないし、部屋を出てみるか。
扉を開けると、そこには廊下があった。
しかし、人がいるような気配はない。
辺り一体は、静寂に包まれていた。
「誰か〜! 矢口だよ〜!」
必死に叫ぶ。
そう言えば、夢じゃないならあたしは何でこんなところにいるんだろう。
もしかして、誘拐!?
そう考えると、人に会うのが怖くなってきた。
もしかして、大声を出したのは矢口の大失敗だったのでは……。
そんなことを考えていると、近くのドアが急に開いた。
思わず、身構える。
- 7 名前:1 出会い 投稿日:2001年09月13日(木)01時33分12秒
- 「……誰?」
出てきたのは、私のよく知っている人物だった。
「梨華ちゃんっ!」
あたしは、そこまで必死に掛けて言って抱きつく。
よかったよかった。
例えそれが梨華ちゃんでも、誰もいないよりはマシだ。
「だから、誰なの?」
「え?」
その言葉に動揺した隙に、梨華ちゃんはあたしを振りほどいた。
床に叩きつけられたあたしは、目の前にいる梨華ちゃんを見上げる。
梨華ちゃんの目は、氷のように冷たかった。
- 8 名前:2 『風来音』 投稿日:2001年09月14日(金)02時04分18秒
- 「風来音ちゃんっ!!」
同じ部屋からまた女の子が出てくる。
「よっすぃーじゃん!」
しかし、あたしの呼びかけに何の反応もない。
「風来音ちゃん、部屋の外に出たら危ないよ!」
「別にいいじゃない」
なんか、本格的に寂しくなってきた。
……これって、いつもの仕返し?
「もう! よっすぃーまで無視しないでよ!」
「……あれ、どなたですか?」
突然、よっすぃーは困ったような顔になる。
「もう、よっすぃー、ふざけないでよ!」
「よっすぃー……さん?」
会話が上手く絡まない。
どうしたんだろう。梨華ちゃんでもあるまいし。
そんな時、助け舟を出してくれてのは意外な人物だった。
- 9 名前:2 『風来音』 投稿日:2001年09月14日(金)02時04分50秒
- 「多分、よっすぃーってひとみちゃんのことだよ。そうでしょ?」
「あ、うん……」
嬉しいけど、梨華ちゃんに会話をまとめられるのって変な感じ。
「あ、そうなんですか。で、どちらさま……?」
一瞬安心した顔になったよっすぃーだけど、またすぐ顔を強張らせる。
「矢口だけど……わかんない?」
今まで、ただふざけているだけだと思っていたけど、さすがに心配になってきた。
まさか、本当に知らないなんてこと、……ないよね?
「風来音ちゃんの知り合い?」
「まさか」
どういうことだろう。
そう言えば、梨華ちゃんにしてはやけに落ち着いてるな。
「吉澤ひとみに、石川梨華だよね?」
念のため、聞いてみる。
「私は吉澤ひとみですけど……」
「矢口……だったっけ? 私の名前は風来音。石川梨華なんて人は、どこにもいない」
二人が嘘付いてる気もするし、まだ確信はない。
確信はないけど……。
あたし、なんか違う世界に来ちゃったみたい。
- 10 名前:2 『風来音』 投稿日:2001年09月18日(火)03時46分13秒
- それにしても、違う世界だって言うのなら、なんで梨華ちゃん(そっくりさん)や、よっすいーがいるんだろう?
その時、梨華ちゃんの言葉か頭をかすめた。
――娘。の何人かは、前世でも一緒にいたんです!
まさか。あたしは、必死で頭からその考えを振り払った。
そんなことあるわけがない。
確かにここにいるのは、私が知っている二人じゃないみたいだけど……。
前世なんて。
大体、梨華ちゃんの言ったことが正しかったなんてムカツク。
そもそも、梨華ちゃんが何も言わなきゃこんなことにはならなかったのかもしれないし。
- 11 名前:2 『風来音』 投稿日:2001年09月18日(火)16時44分40秒
- そんなことを考えていると、さらにもう一人人影が現れた。
とは言っても、さすがにもう驚かない。
また、メンバーの誰かなのかな。
「風来音様! いないと思ったらこんなところに……」
圭ちゃんだ。
「圭ちゃんもやっぱり私のこと……」 「だ…誰よ、あんた!」
だよね。
でも、改めて言葉で聞くと、ちょっと落ち込む。
「曲者、曲物なのよ! あんたたち、出てきなさいよ!」
その言葉と共に、大勢の男が目の前に現れる。
うわ。圭ちゃんひどい……。
前の二人だってここまでしなかったのに。
- 12 名前:2 『風来音』 投稿日:2001年09月18日(火)17時31分12秒
- 道はわからないけど、必死に逃げた。
野生の勘とは恐ろしいもので、特に迷うこともなく、建物から出ることができた。
今までいた建物を振り返ってみる。
それにしても……、デカイ。
逃げているときも、なかなか出口に着かなくて焦ったけど、これなら納得が出来る。
その時、重大なことに気付いた。
あたし、どこで寝ればいいわけ!?
目の前が真っ暗になった。
あまりにショックで、外が暗いせいだということに、気付かなかった。
- 13 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月19日(水)08時21分54秒
- 今日のあたしは本当に、運がいいのか悪いのかわからない。
人は住んでいないだろうと思った山奥で、明かりの点いた家を発見した。
でも……、あからさまに怪しいな。
こういうのって、怪談の定番じゃん。
あたし、怖い話とかはホンット勘弁なんだよね。
でも、ほかに選択肢もないしな……。
あたしは、微かに残っていた勇気で、扉を叩いた。
- 14 名前:矢口@放浪中 投稿日:2001年09月21日(金)03時36分58秒
- 「どちら様ですか……?」
中から大人しそうな少女が出てくる。
……なっち。
「あの……」
メンバーが聞いたら笑うかもしれないけど、その時のあたしは、メチャクチャ弱気になっていた。
だって、自分が一方的に思ってる関係って、泣きたくなるほど寂しいから。
「はい?」
「泊めて……いただけませんか?」
それでも、必死に声を出す。
最初は驚いていたなっちだったけど、突然ニコリと笑って口を開いた。
「うちでよければ」
一瞬ぼぅっとしたけど、落ち着くと嬉しさがこみ上げてきた。
「……ありがとう!」
そう言って抱きつく。
- 15 名前:あっべ 投稿日:2001年09月23日(日)12時20分00秒
- おぉ、なんか惹かれますな!
矢口の石川嫌いっぷりがウケる!
この先、矢口と石川の仲が変わってくるのかな・・・?
期待してます!
- 16 名前:やぐいし好き作者 投稿日:2001年09月24日(月)22時03分31秒
- >>15 あっべさん
ちょっと矢口さんが石川さんに厳しすぎますね(w
まあ、作者がやぐいし好きなので、何とかしたいですけど。
パソコンが壊れてi-modeからなので遅いですが、よろしくお願いします。
- 17 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月25日(火)14時46分19秒
- 「な……何?」
突然抱きついたあたしに、なっちは目を丸くする。
か…かわい〜!
真っ赤になってうつむいている姿なんて……、写真に撮って部屋に飾りたいくらい。
「あの……どうぞ」
「あ、はい」
なっちに家の中へ促されて、ようやく我に帰る。
なっちの様子を見ると、少し引いてるみたい。
あぶないあぶない。危うく、気味悪がられて追い出される所だったよ。
- 18 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月25日(火)14時58分13秒
- 「そう言えば、名前聞いてなかった」
家の中に入るなり、なっちが突然そんなことを聞いてきた。
そっか。
いくらあたしに優しくしてくれたからって言っても、あたしを知らないことには変わりないんだもんね。
そして、知らないはずのあたしを助けてくれた、なっちの優しさが心にしみた。
「あたしは、矢口真里。よろしくね、なっち!」
そのお礼と言う訳じゃないけど、矢口自慢のとびっきりの笑顔で答えた。
「あれ、なっち、矢口さんに名前教えたっけ?」
あ、やば。
初対面だってこと、忘れてた。
- 19 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月25日(火)16時54分28秒
- 「いや、ほら、自分のことなっちって呼んでたじゃん!」
とっさに思いついた言い訳を言う。
ホントかどうかなんて、私にもわからない。
「あれ、そうだったっけ?」
途端、警戒を解いたように、なっちが舌を出して笑った。
よかった。信じてくれたみたいだ。
自分のことをなっちって呼ぶのは昔からの癖だもんね。
でも……。
あたしは、このまま素性を隠してかくまってもらうだけでいいんだろうか。
正直言って、今は一人でも多くの理解者が欲しい。
- 20 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月25日(火)23時41分30秒
- あたし達は、しばらくたわいもないおしゃべりを楽しんだ。
なんだか、初対面だって気がしなかった。
それは、あたしが別な世界のなっちを知っているせいもあるかもしれない。
けど、楽屋での時間をそのまま持ってきたかのように、自然体の会話だった。
「そういえばさ」
それは、会話の自然な流れだった。
「矢口って何処の人?」
だから、何の警戒もしていなかった。
「神奈川だよ。って何当たり前のこと……」
「え?」
あ……。
神奈川って、この世界にあるわけ……ないよね。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)13時49分07秒
- 「んと……」
やばい、どうしよう。
さっきからなっちは、不思議そうな目でこっちを見つめてる。
えっと、えっと……。
「ちょっと遠い所だから、やっぱりわかんないよねえ」
愛想笑い。
すると、なっちは急に申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんね。なっち、この辺りからでたことないから」
なんか、落ち込んでる。
もしかして、あたしのことを傷付けたと思ったのかな。
「いやいやいや、そんなことないって! あたしも、ここの事良く知らないし」
慌てて否定する。
あたしがやってること、ほとんど裏目に出ちゃってない?
その時、あたしはいいことを思いついた。
「あの屋敷って何?」
「あの屋敷?」
「うん、あのでっかい屋敷」
われながら名案だと思う。
いくらなっちがここから出たことが無くたって、あの屋敷はさすがに知っているだろう。
これで、話の流れが変わってくれれば……。
- 22 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)01時15分01秒
- 「ああ、風来音様の屋敷のことか」
風来音様?
何処かで聞いたような……。
記憶の糸を必死でたどる。
「……石川!?」
確か、梨華ちゃんのことを風来音様って呼んでた。
「あ、よく知ってるね。あそこには石川家の人たちが住んでるんだ」
そこで、一つのことが気にかかった。
何故、梨華ちゃんだけ名前が違うの?
少なくとも、私が知る限り、他のメンバーは名前が変わったりしてない。
「そういえば、なんで風来音様って、『様』を付けてるの」
これは、前から気になってたことだ。
はっきり言って、圭ちゃんが言った時はビビッた。
- 23 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)01時35分15秒
- 「石川家はね、この地域の守神なの」
なっちは遠い目をしながら、それでいてスラスラと言った。
「守神?」
「そ。正確に言うと、風来音様が守神なんだけどね。」
なるほど。
だから、敬われてたってわけか。
これで、疑問が一個解決。
後もう一つだな。
けど、それもなっちの次の言葉であっさり解決した。
「風来音様は代々石川家から生まれるんだ」
なるほど。
日本で言えば天皇家みたいなものか。
ちょっと納得。
満足気になっちの方を向く。
すると、今まで笑っていた表情が、スッと真面目な顔に変わった。
……なんだろ?
- 24 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)01時48分17秒
- 「私たちは、血塗られた血統って呼んでる」
「え?」
あたしが聞き返すと、なっちは悲しげに微笑んだ。
「矢口の所には、イケニエって儀式、なかった」
イケニエっていう言葉を聞いた瞬間、背筋を冷たいものが伝った。
なんだろう、この嫌な感じ。
「その顔は知ってるみたいだね。もう予想付いてるかもしれないけど、風来音様がその役割を担ってるんだ」
頭を金槌か何かで叩かれたような衝撃だった。
梨華ちゃんがイケニエ?
- 25 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)02時19分03秒
- 「いつ……?」
かすれた声でなんとかそれだけを言う。
「基本的には、子供を産んでしばらくしつからだから、三十歳を過ぎた辺りかな」
そりゃそうだ。子孫を残さなきゃ駄目だもんね。
あたしはそれを聞いて不謹慎にも、安心してしまった。
結局、いつかは死ぬというのに。
あれ?
そこまで考えたとき、一つの言葉が頭に引っかかった。
「基本的にはって、どういうこと?」
そんな質問になっちは、ただでさえ真剣な顔をさらに険しくする。
「って言うか、石川家も血筋を絶やすわけにはいかないからそういう決まりだったの。ただ……」
- 26 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)02時44分55秒
- そこでなっちは口を閉じた。
「ただ、なによ!?」
思わず、荒々しい口調になる。
なんだか、嫌な予感がした。
「今回だけが特別なの」
なっちは、言い淀んでいたのが嘘みたいに、はっきりした口調で話した。
それは、勢いに乗せて何とか話したようにも感じた。
「ここに来る前に広い荒れ地がなかった?」
そう言われてみると、ずいぶん家が少ないなと感じた記憶がある。
「あれ、全部畑なの。」
それがどうしたの? と言いかけて、口をつぐむ。
あたしの頭の中で、何かがつながった。
- 27 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)09時28分48秒
- まさか……。
あたしは、頭に浮かぶ考えにぞっとする。
「ずっと変な天気が続いてて。このままじゃ、みんな死んじゃう。だから……」
「だから……?」「石川家は、早急にイケニエの儀式が必要だと判断した」
二人だけの室内に、なっちの声が冷たく響き渡った。
「そのこと、梨…風来音ちゃんは知ってるの?」
「そりゃ、私が知ってるくらいだからね」
残酷だ。それはあまりに残酷なことだと思った。
いい年をした大人だって、自分の死期を宣告されたら取り乱す。
梨華ちゃんは、まだ十六なんだ。
自分のせいでない死に耐えられるだろうか?
- 28 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)10時26分33秒
- 「あたしは認めらんない」
精一杯のきつい言葉で言い放つ。
こんなこと、なっちに言うのはお門違いだってわかってた。
じゃあ、この感情は何処へ向ければいい?
「なっちだって、これでいいなんて思ってない。」
なっちは、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
「でもね、それが石川家の判断だって言うのなら、私たちは何も口出しする権利はないんだよ」
そして、自嘲気味に笑う。
なっちの言いたいことはわかる。
でも、あたしは、やっぱりそんなこと許せない。
そんなこと、許しちゃいけないはずだ。
- 29 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)10時59分56秒
- 「あたし、風来音ちゃんに会ってくる」
根拠はないけど、そうしなきゃ駄目な気がした。
「無理だよ」
けど、あたしの気持ちとは裏腹に、なっちは言葉を返した。
「儀式の日取りが決まってから、風来音様は屋敷の外に出してもらえなくなったらしいの」
そう言えば、あのとき、梨華ちゃんが部屋から出ただけで、みんな慌ててた。
「本当は私たちだって会いたいよ。でも、迷惑だから。ひとみちゃんが心配しないでって言うから」
「ひとみちゃん?」
「ああ、ごめん。友達の名前。昔よく、一緒に遊んでたんだ。今は風来音様に付きっきりだけど」
- 30 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)20時36分19秒
- 「風来音ちゃんとも遊んでたの?」
「うん。よく笑ういい子だった」
あれ?
なんか違う。
私が見た梨華ちゃんは無愛想で、
「それでね、優しい子でね、」
冷たい目をしていて、
「友達想いなの」
よっすぃーを何処か突き放したような雰囲気すらあった。
あたしが知っている梨華ちゃんと違いすぎる。
なっちを見ると、懐かしそうに目を細めている。
とても嘘を言っているようには見えない。
……ということは、梨華ちゃんが変わったって考えるのが適当だろう。
いったい何で?
そんなの、わかりきってる。
- 31 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)21時32分20秒
- 「やっぱり、あたし行くよ」
自分でも驚くくらい穏やかな声が出た。
なっちは少し驚いた顔をしたけど、今度は止めなかった。
「本当はここに泊まって、もっとなっちと話したかったけど、もう行くね」
なっちはそれに黙ってうなずく。
グスッ。
なんか、すごく寂しくなってきた。
なっち、もし元の世界に戻れたら、今日の分まで思いっきり話そうね。
そんな言葉を胸にしまって、あたしはなっちの家を後にした。
- 32 名前:3 矢口@放浪中 投稿日:2001年09月27日(木)22時03分03秒
- 「あ、ちょっと待って!」
……なっちぃ。
せっかく、かっこいい別れのシーンだったのに。
「何?」
心持ち不機嫌な声で答える。
「あの抜け道を使えば、もしかしたら風来音様に会えるかも」
「抜け道?」
そう言えば、どうやって屋敷の中に入るか考えてなかった。
入る方法があるって言うのなら非常に助かる。
「そう。昔使ってたやつだから、今もあるかはわからないけど」
「お願い。教えて」
真剣な表情で、頭を下げる。
「わかった。今地図書くから待ってて」
そう言うと、なっちは思い出すように、ゆっくりと、丁寧に筆を進めた。
- 33 名前:4 いざ、石川の屋敷へ! 投稿日:2001年09月28日(金)02時34分42秒
- 確かになっちの言ったとおりだった。
視界一面に広がる荒れ地。
しかし、そこには明らかに作物が植えられている形跡があった。
これのせいで梨華ちゃんは……。
しかも、あたしにはどうすることもできない。
ううん、違う。
何か出来ることを探すために梨華ちゃんの元へ行くんだ。
あたしはぐっと右手を握りしめる。
その中には丸められた地図。
あたしはあたしが出来ることをやるしかない。
なっちの想いだって背負っているのだから。
- 34 名前:4 いざ、石川の屋敷へ 投稿日:2001年09月28日(金)15時13分01秒
- 「ここか……」
間違いない。
地図に書かれてある簡単な地形とぴったり一致していた。
とりあえず、辺りを見回してみる。
やっぱり、警備が厳しいな。
これは、なっちに頼るしかなさそうだ。
意を決して、一二の三で穴に飛び込む。
「……ちっちゃくてよかった」
その穴は、子供一人がやっと通れるような広さだった。
矢口が大きかったらすっぽりとはまるところだった。
それにしても……。
辺りをざっと見回してみると、暗い中にも広い部屋だと言うことがわかった。
- 35 名前:4 いざ、石川の屋敷へ 投稿日:2001年09月28日(金)16時03分25秒
- そして、壁一面に書かれた子供のらくがき。
それは見覚えのある形。
そう、梨華ちゃんの言葉が真実なら、遠い未来であたしが見たはずのもの。
これは梨華ちゃんかな、あれはなっちかな、なんて本来の目的も忘れ絵に見入る。
一通り見終わった後、あたしの目に止まった文字があった。
他の絵や文字が、明らかに幼い子供が書いたものであるのに対し、これは違った。
明らかにしっかりとした筆跡で書かれていて、よく見るとこれだけマジックの色が濃い。
そして、こう書かれていた。
『なっち、久しぶり。こっちにおいでよ。』
- 36 名前:4 いざ、石川の屋敷へ! 投稿日:2001年09月28日(金)16時56分52秒
- そのすぐ隣に設置されているドア。
多分ここに入れってことだろう。
あの字は、間違いなく梨華ちゃんの字。
恐らく、梨華ちゃんはこの奥にいる。
迷う必要はない。
あたしは、ゆっくりとドアを開ける。
「なっち!?」
見知らぬ部屋であたしを迎えたのは、そんな高い声だった。
その声の主は、相手があたしだとわかった瞬間眉を潜める。
「ごめん、違うよ」
一応、申し訳程度に謝っておく。
「多分来ると思ってた」
それには応えず、新しい言葉を紡ぐ。
余りに自然でそのまま聞き流してしまいそうになる。
- 37 名前:4 いざ、石川の屋敷へ 投稿日:2001年09月29日(土)01時04分36秒
- 「多分来ると思ってたって……どういうこと?」
聞き流しそうになるほど自然に、彼女はそう言った。
「なっちに会ったの?」
相変わらず、つながりのない言葉。
あたしと会話する気が、あるのかないのか。
「なっちから、抜け道の場所を聞いた」
だからあたしも、彼女の言葉には応えない。もっとも、肯定の意味は含まれているが。
「『なっち』って、ホント自然に呼ぶのね」
彼女は驚いた風でもなくそう言う。「まるで、最初から知っていたみたいに」
「……梨華ちゃん?」
正直、驚いた。
梨華ちゃんの洞察力の凄さに。
- 38 名前:4 いざ、石川の屋敷へ 投稿日:2001年09月29日(土)09時24分58秒
- 「その梨華ちゃんって呼び方にしてもそう。私しか知らないはずだったのに」
そう言った梨華ちゃんの表情は、少しも悔しそうじゃなかった。
「矢口はね、未来から来たんだ」
気が付いたら、自然と口から出ていた。
なんとなく、今言わなきゃ駄目な気がした。
「そこではね、あたしとか、梨華ちゃんとか、なっちとか……みんなで楽しくやってる」
「それで、私たちのことを知ってたの?」
「うん」
「にわかには、信じられないけど」
そう言いながら、長い黒髪をかきあげる。
こういう仕草を見るとやっぱり別人なんじゃないかと思う。
- 39 名前:4 投稿日:2001年09月30日(日)17時16分28秒
- 「夢が叶ったって所かもね」
「え?」
思わず聞き返す。
梨華ちゃんは何も答えず、わずかに微笑むだけ。
まあ、いまさら答えは期待してないけど。
「それよりさ、あなたがいた世界の事を教えてよ」
「……それって、あたしの話を信じたってこと?」
「ただの興味よ」
とりあえず、あたしは自分の世界のことを話した。
現在「モーニング娘。」というグループにいること。その中に、梨華ちゃんというそっくりな女の子がいること。似ているのは見た目だけで、性格はぜんぜん違うこと。
あたしの想像とは裏腹に、梨華ちゃんは時に笑い声を上げながら耳も傾ける。
「なんか、意外」
「え?」
「いや、梨華ちゃんがそんなに楽しそうに笑う人だとは思わなかったから」
「……失礼ね」
ふてぶてしいところは相変わらずだけど、梨華ちゃんは本当に良く笑った。
年相応っていう表現があっているのだろうか。
なっちの言葉に今なら頷ける。
- 40 名前:4 投稿日:2001年09月30日(日)17時17分10秒
- 「後、梨華ちゃんって呼び方はやめてよね。羨ましくなるから」
そう言って、苦笑い。
「羨ましい……? って、さっきからあたし、聞いてばっかりじゃん。一個くらい答えてよ」
自然と口から文句が出る。
あたし、梨華……風来音ちゃんの前だと、子供っぽくなってるかも。
「しょうがないな」
「答えてくれるの!?」
大きな声が出た。
それを見た風来音ちゃんに笑われる。
「私の夢。その主人公が、梨華って言う名前なの」
「夢……?」
話を聞きたげな私を見た風来音ちゃんは、人指し指を口元に当てる。
「今日はここまで。そろそろ帰らないと、また圭ちゃんに見つかっちゃうよ?」
「え〜〜」
風来音ちゃんは、子犬みたいなあたしの頭を撫でる。
「だって、ここから出れない……」
「あ……」
風来音ちゃんは右手で口元をふさいだ。
これは、梨華ちゃんに凄く似てる。
- 41 名前:4 投稿日:2001年09月30日(日)17時17分41秒
- 「わかった、じゃあ、さっき来た部屋に隠れてて」
「え……、だってあそこ暗いじゃん! 幽霊出るよ。前あたしがいた部屋は?」
「何処、それ?」
「あたしが、初めて風来音ちゃんと会ったところ」
眉をしかめ考えるが、思い当たったのか頭を横に振った。
「そこ、圭ちゃんの部屋」
駄目じゃん。
しぶしぶながら、最初の部屋に向かう。
うっわ、暗!
ちょっと待ってよ、幽霊出るってば!
こんな不平不満の中、あたしの最初の一日が過ぎていった。
- 42 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月01日(月)10時54分32秒
- 目が覚めると、そこは見覚えのない景色。
何処だっけ、と必死に頭を巡らせる。
あ、そうか。
あたし、よくわかんない世界に来ちゃったんだっけ。
そこで、目的をようやく思い出す。
そうだ、風来音ちゃん!
あたしは慌ててドアの方へ駆け寄る。
あと一歩でドアノブに手が届きそうだというとき、中からの話し声に気付いた。
- 43 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月01日(月)15時24分56秒
- 「風来音ちゃん、なんかいいことあった?」
「え、どうして?」
「表情が穏やかになった気がする。言葉遣いも優しくなったし」
「そうかなあ?」
「うん、昔の風来音ちゃんに戻ったみたい。私は、こっちの方が好きだよ」
風来音ちゃんに、よっすぃー?
そっか、よっすぃー付きっきりだって言ってたっけ。
「でも、後一週間っていう事実には変わりないんだけどね」
「風来音ちゃん!」
隣の部屋にまではっきりと聞こえてくる、よっすぃーの怒声。
いや、そんなことよりも、後一週間ってナンダ?
次の瞬間あたしはドアを開けていた。
- 44 名前:5 投稿日:2001年10月01日(月)17時30分47秒
「矢口?」
それに気づいた風来音ちゃんが振り返る。
「後一週間って、何?」
「ん、なっちから聞いてなかったんだ」
風来音ちゃんは軽くため息をつく。
けど、すぐにやさしく微笑んだ。
「別に、矢口が気にすることじゃないよ」
「嘘!」
思わず声を荒げる。
あたしだって、勘が悪いわけじゃない。
何となくは気付いているんだ。
- 45 名前:5 投稿日:2001年10月01日(月)17時34分32秒
「……誰?」
あたし達の会話に、よっすぃーが割り込む。
なんだか、怪訝な表情をしていた。
「前にあったでしょ? ひとみちゃんのことをよっすぃーって呼んでた」
「ああ」
その答えに、あまり興味のなさそうな返事をする。
あれ? 何処かおかしい。
このよっすぃーは、あたしが知っているよっすぃーじゃない。
それは当たり前のことなのかもしれないけど、さっき風来音ちゃんと話していたよっすぃーとも違う気がする。
「なんで、そんな親しげに喋ってるの?」
「別に、親しげでもないけど」
少しきつめのよっすぃーの言い方に、風来音ちゃんも少し戸惑った表情を見せる。
- 46 名前:5 投稿日:2001年10月01日(月)17時35分11秒
- 「ともかく、圭ちゃんには内緒にしておいて」
お願い、と風来音ちゃんが両手を合わせる。
よっすぃーはそれを憮然とした表情で見つめていたけど、大きく息を吐くと、
「ま、いいけど。じゃあ、私ちょっと出かけてくるね」
と言って部屋から出て行く。
彼女の姿が消えた後、少しきつめにドアが閉まった。
「ん〜、今日はちょっと機嫌が悪いみたいだね」
本当にそうなんだろうか。
現に、風来音ちゃんと話している時の口調は、もっと優しいものだった気がする。
「本当は、もっと優しい子なんだよ。あ、矢口の世界にも居るんだっけ?」
「うん。いい子だよ」
そう、本当にいい子なんだ。
きっと、この世界でも。
もしかしたら、矢口が出てきたせいで、少しずつバランスが狂い始めているのかもしれない。
- 47 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月01日(月)18時55分32秒
- よっすぃーがいなくなって、あたしは元の話題を思い出した。
「そう言えば、さっきの一週間って、何?」
「あ、やっぱり覚えてたんだ」
真剣なあたしとは対照的に、クスクス笑う。
「矢口は真面目に聞いて……」
「なっちから聞いてるよね」
「え……?」
突然言葉を遮られる。
「儀式の話」
あ……。
イケニエの儀式。
あたしが、この屋敷に戻ってきた一番の理由。
あたしの表情をイエスと解釈したのか、話を続ける。
「あれの日にち。まあ、予想付いてたと思うけど」
予想は……付いていた。
ただそれを信じたくなかっただけ。
- 48 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月02日(火)08時57分16秒
- 「もう、そんな暗い顔しないでよ。私はその梨華ちゃんって子と似てるだけなんだから」
泣きそうなあたしをなだめるように、優しい口調で言う。
あたしだって別人だってことくらいわかってる。
でも、割り切ることはできなかった。
胸の中に重いものがずっと渦巻いてる。
これは、身内が死んだときのそれとも少し違った。
「はい、暗い話はもうおしまい」
パンパンと手を叩き、明るい声で言う。
「気分転換って言うことで、今日も矢口の世界のことを聞こうかな」
あたしが悩んでいてもしかたない。
「あ、うん。何が聞きたい?」
- 49 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月02日(火)10時18分18秒
- 「梨華ちゃんのこと」
あたしは、思わず指さしてから、間違いに気付いた。
「違うって。あなたの世界の梨華ちゃん」
「あはは……だよね」
たぶんあたしの顔は真っ赤。
でも、話の材料が梨華ちゃんだったので、何とか復活。
「あいつはね〜、場の空気は読めないし、でしゃばりだし……」
その後も似たような言葉を並べ立てる。
気が付くと、目の前の風来音ちゃんが苦笑いをしていた。
「なんか、私が言われてるみたいで複雑」
「あ、違うって! 顔は同じだけど性格は全然違うから!」
やばい、似てることすっかり忘れてた。
- 50 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月02日(火)18時47分19秒
- 「そんなに焦らなくてもわかってるってば」
あたしがアタフタしている傍で、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
そこで初めて、自分がからかわれていることに気付いた。
「ちょっと! 本気で焦ったんだから」
からかわれたとわかると、無性に恥ずかしくなってくる。
「ごめんごめん。でもさ、本当に好きなんだね」 「え?」 「だから、梨華ちゃんのこと」
その瞬間、頭の中に色々な感情があふれる。
「そそそそ……そんなわけないじゃん!」
うわっ、どもっちゃった!
これじゃ、本当っぽいじゃん。
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月02日(火)19時38分56秒
- 今日はじめて読みましたが、独特の雰囲気とかすごく新鮮で面白いですね。
- 52 名前:こいつの作者 投稿日:2001年10月03日(水)00時10分36秒
- >>51 さん
ありがとうございます。
この雰囲気を気に入ってもらえて嬉しいです。
僕が書いてる他の作品とは違う雰囲気で、不安だったもので。
- 53 名前:5 芽生え 投稿日:2001年10月03日(水)01時30分04秒
- 「だってさ、矢口、梨華ちゃんのこと、すごいよく知ってるじゃない」
「いや、それは目に余るほどムカツクから……」
あたしは、必死に弁解する。
「嫌いだったらそんなに見つけられないもの。少し嫉妬しちゃうな……」
「え?」
何故か、胸の奥の方でドクンって鳴った。
今までにも、何度か経験したことのあるこの感じ。
でも、あたしは上手く認められなかった。
だって、女の子相手に感じたことは、初めてだったから。
「私もそんな風に理解してくれる人が欲しいなあ」
でも、やっぱり、間違いじゃないみたい。
- 54 名前:5 投稿日:2001年10月03日(水)16時03分42秒
- 「あたしが理解してあげる!」
「矢口がぁ?」
いちいち躊躇するなんて、あたしらしくない!
人を好きになったら、男か女かなんて関係ないよね。
でも、そんな意地悪に言われたら、矢口だってちょっとへこんじゃうよ。
あらためて……梨華ちゃん今までゴメン。
「うそうそ、ありがと。嬉しいよ」
でも、その後にそうやってにっこり微笑まれると、あたしは何も言うことができない。
ますます、理解してあげなきゃって気持ちになる。
「だから、もっと、色々話してよ。あたしと出会うまでの、色々なこと」
そう、色々なこと。
あたしは、この世界に住んでるよっすぃーとか、圭ちゃんとかと違って、風来音ちゃんのことは何も知らない。
そんなこと言うと、嫉妬に聞こえちゃうかもしれないけど、きっとこの世界の「矢口真里」が居なくて、あたしがいることにはきっと意味があるから。
「気が向いたらね」
うん、それでもいいよ。
いつまでだって、待つから。
時間が、許す限り……。
- 55 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月03日(水)17時03分21秒
- 「でさ、カオリったらさ……」
あたしは毎日通って、風来音ちゃんに自分の世界のことを話していた。
風来音ちゃんが、自分だけ話すのは嫌だ、と言った為だ。
まあ、通ってるっていうのは、おかしいかもしれないな。
隣の部屋(幽霊が出そう)に居候してるわけだし。
後、最近わかったんだけど、あたしが会っていないだけで、娘。とメンバーはほぼいるらしかった。
カオリがリーダーをやってるよ、って言ったら風来音ちゃんはおかしそうに笑った。
なんか、色々上手く回ってた。
圭ちゃんに見つからないように隠れたりするのも楽しかった。
- 56 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月04日(木)08時56分47秒
- 「そろそろ風来音ちゃんの話も聞かせてよ」
いったん話を打ち切り、風来音ちゃんの話を促す。
約束をしていても、催促しないと話してくれないことが多い。
「ん〜、何の話がいい?」
今まで、子供の頃のこととか、色々なことを聞いた。
でも、聞きたいことはまだ一杯ある。
それこそ、何を聞けばいいかわからないほどに。
「ん〜と、そうだなあ。じゃあ、風来音っていう、名前についてはどう」
「え?」
風来音という名前について。
今まで、彼女はそういう名前なんだ、と受け止めてきたから深く考えてはいなかった。
- 57 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月04日(木)11時31分52秒
- 「……嫌だったら、別の話にしようか?」
心配そうな目であたしの顔をのぞき込む。
「そんなことない! 聞きたいってば」
「あ、うん、じゃあ話す」
あたしの勢いに、少し押されたような感じで話し始めた。
「最初に言っておくけど、風来音は私の本当の名前じゃない。まあ、みんなこの名前しか知らないけど」
そう言えば、なっちもそんなこと言ってたな。
「でも、風来音になる人は、風来音っていう名前しか持たないんじゃないの?」
「普通はね」
つまり、風来音ちゃんは普通じゃないってことだよね。
- 58 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月04日(木)13時50分11秒
- 「本来は、石川家の長女が風来音になるの」
確か、梨華ちゃんは次女だよね。
まあ、あたしの世界と一緒って保証はないけど。
「私は、産まれてから風来音になった」
そう言うと、おもむろに上着を脱ぎ出す。
「うわっ! 風来音ちゃん!?」
同性の下着姿に恥ずかしがるのは変かもしれないけど、たぶんあたしの顔は真っ赤になってる。
「この、痣のせいで」
「あ……」
彼女の右胸の上側には、赤い痣が見えていた。
「この位置にある痣はね、守り神を表しているんだって」
風来音ちゃんは吐き捨てるように言う。
- 59 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月04日(木)20時48分11秒
- 「私の名前は、石川梨華」
「え、でも……夢の主人公だって……」
あの時、確かに自分は石川梨華ではなく、風来音だと言い切ったはずだ。
「そう、夢だよ。私は普通の女の子として生きたかった」
風来音ちゃん……。
もしかしたら、これは、あたしが初めて聞いた、彼女の弱音かもしれない。
「な〜んてね」
「!?」
「ただの冗談だから聞き流してよ」
不自然なほど明るく彼女は言う。
「でも……」
「まあ、矢口の言うその未来で暮らしてみたいって夢はあるけどね」
そして、笑った。
あたしには、どうすることもできないの?
- 60 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月04日(木)21時01分54秒
- 「風来音ちゃん?」
その声に、あたしと風来音ちゃんは慌てて振り返る。
「よっすぃー」
風来音ちゃんが、あからさまに安心した声を出す。
それにしても、圭ちゃんじゃなくて本当によかった。
「矢口さんと話してたの?」
唐突によっすぃーが言葉を発する。
「あ……うん」
「ずいぶんと楽しそうだったね」
その言葉の端には、確実に刺があった。
ははは、完全に嫌われちゃったみたいだな。
「じゃ、もう行くわ」
チラリとあたしの方を見る。
あたしは、とっさに目を反らした。
それを鼻で笑うと、よっすぃーは部屋を出て行った。
- 61 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月05日(金)12時58分17秒
- ……よっすぃー。
こっちの世界じゃ、仲良くなることなんてむりなのかな。
あたしはよっすぃーのこと好きなのに。
そんなとき、あたしは一つのことを思い出した。
よっすぃーが前に言ってた言葉。
後、一週間。
再び背筋がぞっとした。
後、何日ある?
「矢口、どうしたの? ひとみちゃんが言ったことだったら、あまり気に……」
「後、三日だ!」「え?」
そうだ、後たったの三日しかない。
三日後には風来音ちゃんは……。
「後、たったの三日しかないよ!?」
「あ、そうだね……」
けど、風来音ちゃんは笑ってた。
- 62 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月05日(金)14時07分56秒
- 「……なんで笑っていられるの?」
「何でって?」
「だって、後三日たったら……」
そこであたしは、我に返る。
あたしは今、何を言おうとしてた?
本人を目の前にして。
けど、彼女は気にした風でもなく言った。
「もう、慣れたから」
声をふるわせることもなく、彼女は言う。
でも、その瞳が揺れるのを見た瞬間、あたしはあることを決意した。
「風来音ちゃん」
「ん?」
大きく深呼吸をする。
軽々しく口に出せる言葉なんかじゃない。
「もう、どうしたの?」
あたしは、真剣な顔で彼女を見据える。
「一緒に、逃げよう」
- 63 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月05日(金)15時36分37秒
- 「ちょ……ちょっとまってよ」
途端に風来音ちゃんが慌て出す。
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
こう言われるのはわかってた。
外から来たあたしと違って、この家への愛着は、大きいはずだから。
「死んじゃうんだよ」
だけど、イケニエなんかで、みすみす殺させるわけにはいかない。
「矢口と一緒じゃ、嫌……?」
「そんなことない!」
自分でもずるい言い方だと思った。けど、風来音ちゃんが死んじゃうよりはましだ。
「じゃあ、明日出発しよう」
「そんなに早く!?」
「儀式の準備に入る前にいかないと、ね」
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月06日(土)11時56分23秒
- いしやぐ?ではないのかな。すごいおもしろいです。
きらいきらいは好きのうちっていう感じの矢口がこのあとどうなっていくのか。
- 65 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月06日(土)13時59分48秒
- あたしは、祈るような気持ちで彼女を見ていた。
できることなら、一刻も早くここから逃げだしたい。
少なくとも、風来音ちゃんが自由に動けるうちに。
「わかった」
彼女は、真剣な表情を崩さずに言った。
「矢口が付いていてくれるんだもんね」
「当たり前じゃん!」
大きな声で答える。
矢口がいるからって言葉が嬉しかった。
- 66 名前:6 21世紀 投稿日:2001年10月06日(土)14時10分46秒
- 「そうだ、矢口」
「うん?」
「矢口の夢って何?」
「え?」
夢、あたしの夢?「ちょっと、急だったかな? じゃあ、今度また聞くから、宿題ね」
その話はそこで終わったけど、頭の中にはずっとのこってた。
あたしの夢、歌手になること。
でも、ホントにそれだけなんだろうか?
- 67 名前:LVR 投稿日:2001年10月06日(土)14時30分50秒
- >>66
また、改行忘れた……。
もえi-modeからの書き込みやめたい。
>>64 さん
ありがとうございます。
名前がほとんど出てきてないのに、いしやぐって言ってくれただけで感動です(w
石川さんの出番がなかなかないですが、よろしくお願いします。
- 68 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月06日(土)16時39分40秒
- 「矢口、矢口」
遠くから、声が聞こえる。
なんだろ、聞き覚えのある高い声。
「ん……」
「おはよ、矢口」
風来音ちゃん……。
そっか、ここはあたしのいた世界じゃないんだ。
なんか、未だに慣れないな。
旅行とかに言ったときの目覚めみたいに変な感じ。
「いよいよ、だね」
その言葉に、あたしの頭が覚醒する。
いよいよ、今日。
風来音ちゃんが、自由になる日。
- 69 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月06日(土)17時05分12秒
- 「好きじゃなかった場所のはずなのに、いざ離れるとなると辛いね」
少し、寂しげな表情。
きっと、あたしが思っている以上に辛いんだろう。
「じゃあ、準備始めよっか」
でも、あたしに出来るのは、ただ前へ前へ導くだけ。
彼女の気持ちが変わらないように。
「なんかさ」
あたしの口が、自然と開いた。
荷造りをしていた風来音ちゃんが、後ろを振り返る。
「これって、愛の逃避行って感じがしない?」
なんだってこんな恥ずかしい台詞が出たのかわからないけど、案の定風来音ちゃんの顔は真っ赤になっている。
彼女にしては珍しい表情。
- 70 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月06日(土)17時44分23秒
- 「風来音ちゃん、顔赤いよ」
茶化すような口調で言う。
「うるさいな。矢口だって人のこと言えないじゃない」
言われて初めて気付いた。
あたしの顔が火照ってることに。
まあ、自分の顔なんて、鏡にでも写さなきゃわからないわけだし……。
「まあ……お互い様ってことで」
その言葉に、風来音ちゃんははにかんだ笑みで答える。
なんか……本当に幸せだな。
こんな切羽詰まった状況のときに幸せを感じるなんて変かもしれないけど。
そうだ……。
せっかくこんないい雰囲気なんだし。
- 71 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月06日(土)20時30分28秒
- 「風来音ちゃん」
そう呼びかけ、指からゆっくり指輪を外す。
「この指輪、あげる」
「え……、どうして?」
彼女は不思議そうな表情を浮かべる。
「これ、あたしの宝物なんだ。だから、風来音ちゃんに付けて欲しい」
風来音ちゃんは指輪を受け取ったままのポーズで、何もしゃべらない。
……やっぱり、女の子同士だし、ひかれたかな。
- 72 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月06日(土)20時37分02秒
- 「……りがと」
「え?」
「ありがとう。嬉しいよ……。一生の宝物になった」
涙声で風来音ちゃんが囁く。
「バカ。これからたくさん宝物を作るんだから」
そう、あたしたちは逃げるんじゃない。
前へ進むために、ここを出るんだ。
- 73 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月07日(日)07時48分26秒
- 「さて、どうやってこの家を出よう?」
それが一番の問題だった。
まだ多少監視の目が厳しくないとはいえ、警備の人間は多々いる。
外出が許されていない風来音ちゃんは、すぐに捕まるだろう。
「大丈夫。私についてきて」
「あれ……ここ」言われるままに連れて行かれた場所は、あたしが寝泊まりしていたあの部屋だった。
「確か、ここからは出れないんじゃ……」
はっきりと言われたかどうかは忘れたけど、帰る方法がないから泊めてもらっていたはずだ。
「ああ、あれは矢口を引き留める口実」
……なんか、照れ臭いけど嬉しいな。
- 74 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月07日(日)08時06分04秒
- 感慨に浸っているあたしの目に、気になるものが飛び込んできた。
「そういえば、この落書きって?」
特に深い意味はないけど、何となく気になっていた。
それは、その落書きに微かな見覚えがあったからかもしれない。
「ああ、私となっちとよっすぃーで描いたやつだ」
そう言うと、目を細めた。
風来音ちゃんにとってきっと、大切な思い出。
そこにあたしがいないのはちょっと悔しいけど。
- 75 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月07日(日)08時13分58秒
- 「……いいなあ」
「え?」
風来音ちゃんの独り言のようなつぶやきに、思わず反応する。
「いや、あの頃はよかったなあって。みんなで笑って、それがずっと続くと思って」
風来音ちゃんは微かに笑っていた。
それはとても優しくて、あたしの胸をギュッて締め付けた。
「考えてみると、それが一番の夢かもしれない。昔みたいにいられることが」
あたしには、何も言えない。
誰だって昔を懐かしむことはある。
けど、風来音ちゃんのそれは、あまりに悲しく感じられた。
- 76 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月07日(日)08時49分08秒
- 「あ、もちろん、矢口も一緒だよ」
あたしの沈黙をそういう意味に受け取ったのか、フォローを加える。
……まあ、嫉妬も確かにしたけどさ。
「でも」
風来音ちゃんの表情が、再び真剣になる。
「とりあえず今は、矢口といれればそれでいい」
真剣な表情のまま言われたから、茶化すことも出来ず、ただ照れる。
「そう言えば、どうやってここから出るの?」
どうしようもなくなったので、慌てて話題を変えた。
あたしの方が年上なのに、情けない……。
「ほら、あれ見て」
風来音ちゃんが指さした先には、あたしが降りてきたトンネル。
- 77 名前:7 サヨナラ、石川家 投稿日:2001年10月07日(日)09時03分10秒
- 「ちょっと疲れるけど、ね」
トンネルには、手や足をかける穴が、いくつもあった。
それに、思ったより傾斜も緩やかだ。
「うん、これならあたしでも」
その言葉を合図に、二人でトンネルの方へ進む。
「これって、なっちとかよっすぃーも知ってるの?」
以外とトンネルは長く、会話をしながら進む。
「うん。なっちとひとみちゃんはいつも遊びに来たからね」
「……だよね」
なんでだろう。
胸の中に黒いもやもやがかかってた。
嫌な予感が、した。
- 78 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月07日(日)11時20分43秒
- しばらくトンネルを進むと、次第に光が差し込んできた。
「そろそろだよ」
「うん」
「ちょっと話聞いてくれるかな」
「いいよ」
その返事を聞いて、風来音ちゃんは一つ咳払いをした。
「もう、何回も言ってるけどさ、私の夢はみんな一緒に楽しく暮らすことなんだ」
「うん、知ってる」
「そこには当然矢口もいて、もしかしたら恋人同士かもしれなくて……」
相変わらずのストレートな表現。
これにはいつまで経っても、慣れることはないんだろうな。
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月07日(日)13時02分13秒
- ここのやぐいしすきなんです。どっちも惹かれあってるように見えるけど。
二人が対等なのがすごく新鮮ですね。矢口って呼び捨てしてるのとか。
- 80 名前:LVR 投稿日:2001年10月07日(日)14時49分05秒
- >>79さん
ありがとうございます。
マイナーな配役、そして名前が出てこない(w
ということで、読者も少ないと思って好き勝手やらせてもらっています。
そう割り切っていても、好きと言ってもらえると、やっぱり嬉しいです。
- 81 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)00時54分36秒
- 「でもそれはもうこの世界じゃ無理みたい」
え?
それは、二人でここを逃げ出すからって意味?
「どういう……こと?」
「できたら、矢口の言う世界でもう一度会いたいな」
あたしの話なんてまるで聞いていないかのように、次の話をする。
それは、出会った頃のことを思い出させた。
ばかばかしい。
まるで一生の終わりみたいじゃない。
「そんな、別れみたいな話は止してよ」
嫌な考えを振り払うように、努めて明るく言う。
あたしは、ごめんね、なんて笑って言われるのを期待してた。
なのに返事はない。
そして、視界が開けた。
- 82 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)16時33分13秒
- 「風来音様、何をやっておられるのですか?」
な……。
出口から出たあたし達が見たのは、十数人の警備員達。
確かに逃げ出すならここからの可能性が高い。
けど、ここは限られた人間しか知らない場所のはずだ。
だから、あたしもこの屋敷に易々と潜り込むことが出来た。
第一、周りの警備を手薄にしてまでこれだけの人数をつぎ込むからには、何か確信めいたものがあったからとしか考えられない。
まさか……!?
あたしは囲んでいる人間の中から、目的の人物を必死で探した。
そして、見つけた。
- 83 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)16時53分50秒
- 「よっすぃー……」
見間違いなんかじゃない。
確かに彼女はそこにいた。
「矢口さんに、風来音ちゃんは渡しません」
うかつだった。
あたしが逃亡の計画を話したのは、よっすぃーが部屋を出てすぐのことだ。
聞かれていたとしても、何の不思議もない。
「吉澤、あんた何したのかわかってんの!」
「矢口さんが悪いんだ……。風来音ちゃんとあたしはずっと一緒にいるはずだったのに」
くそ……、今更に何を言っても解決しない。
それに、よっすぃーの気持ちも少しわかる。
あたしも、同じ境遇になったら何をするかわからないから。
- 83 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)16時53分50秒
- 「よっすぃー……」
見間違いなんかじゃない。
確かに彼女はそこにいた。
「矢口さんに、風来音ちゃんは渡しません」
うかつだった。
あたしが逃亡の計画を話したのは、よっすぃーが部屋を出てすぐのことだ。
聞かれていたとしても、何の不思議もない。
「吉澤、あんた何したのかわかってんの!」
「矢口さんが悪いんだ……。風来音ちゃんとあたしはずっと一緒にいるはずだったのに」
くそ……、今更に何を言っても解決しない。
それに、よっすぃーの気持ちも少しわかる。
あたしも、同じ境遇になったら何をするかわからないから。
- 83 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)16時53分53秒
- 「よっすぃー……」
見間違いなんかじゃない。
確かに彼女はそこにいた。
「矢口さんに、風来音ちゃんは渡しません」
うかつだった。
あたしが逃亡の計画を話したのは、よっすぃーが部屋を出てすぐのことだ。
聞かれていたとしても、何の不思議もない。
「吉澤、あんた何したのかわかってんの!」
「矢口さんが悪いんだ……。風来音ちゃんとあたしはずっと一緒にいるはずだったのに」
くそ……、今更に何を言っても解決しない。
それに、よっすぃーの気持ちも少しわかる。
あたしも、同じ境遇になったら何をするかわからないから。
- 84 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月08日(月)22時54分00秒
- 「よっすぃー……」
見間違いなんかじゃない。
確かに彼女はそこにいた。
「矢口さんに、風来音ちゃんは渡しません」
うかつだった。
あたしが逃亡の計画を話したのは、よっすぃーが部屋を出てすぐのことだ。
聞かれていたとしても、何の不思議もない。
「吉澤、あんた何したのかわかってんの!」
「矢口さんが悪いんだ……。風来音ちゃんとあたしはずっと一緒にいるはずだったのに」
くそ……、今更に何を言っても解決しない。
それに、よっすぃーの気持ちも少しわかる。
あたしも、同じ境遇になったら何をするかわからないから。
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月08日(月)23時08分55秒
- 連続投稿申し訳ない。
- 86 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時07分57秒
- ただ、よっすぃーは一つ大事なことを忘れてる。
ここで、風来音ちゃんを取り戻したところで何日いれる? 何を出来る?
所詮、後二日、死へのカウントダウンを二人で唱える程度しか出来ないんだ。
逃げることすら出来ない。
今日が……、風来音ちゃんを生かす、最後のチャンスだった。
「よそもの、今この場を離れるなら、命は助けてやる」
会話が止まったのを確認して、警備の男が声を掛けてくる。
……はあ?
こいつはいったい何を言ってるんだろう。
- 87 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時14分25秒
- 「風来音ちゃんを手放すなら、生きてる意味無いじゃん」
そう言って、矢口とびっきりの笑顔を見せてやる。
「仕方無いが、決まりだな。もう儀式の時間になる。こんなことで、予定を崩すわけにはいかん」
男が、刃物に手を掛ける。
あたしは、自分の死を覚悟した。
けど。
……あれ、何か引っかかる。
あたし達の予定外のことが起こってる。
- 88 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時25分02秒
- 「ちょっ……ちょっと、儀式は二日後のはずじゃ……!」
よっすぃーが驚いた表情で叫ぶ。
「予定が早まったんだ。危ないから離れてなさい」
その言葉を聞き、よっすぃーの顔が真っ青になっていく。
……今日逃げ出すってのは、本当に正解だったみたいだな。
最も、今ではどっちでも関係ないけど。
男が少しずつ近づいてくる。
まさか、見知らぬ世界で死ぬことになるとは思わなかったけど、風来音ちゃんとも会えたし、ね。
案外幸せだったのかもしれない。
そして、男との距離が限りなくゼロに近づいたとき、本日三度目の予定外が起きた。
- 89 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時34分44秒
- 刃物を持った男は、目の前で横倒れになっていた。
「逃げて、早く逃げて!」
あたしと風来音ちゃんを見て、よっすぃーが叫ぶ。
今確かに、よっすぃーが男を突き飛ばしていた。
「あたし、まさか、今日が儀式なんて知らなくて、死んじゃうなんて知らなくて」
よっすぃーはうつろな目でつぶやく。
「風来音ちゃん、いくよ!」
あたしは、風来音ちゃんの手を取り、走りだした……つもりだった。
逆方向への力に、あたしは足を止める。
「……風来音ちゃん?」
彼女は笑顔のまま、ただ黙って首を横に振った。
- 90 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時51分51秒
- そう言えば、風来音ちゃんは外に出てから一度も口を開いていない。
そして、あのトンネルを出る前に言った言葉。
まさか、こうなることを最初からわかってた?
「私が逃げたら、多分お姉ちゃんが私の代わりになる。もしかしたらよっすぃーも殺されるかもしれない。この国の人全員死ぬかもしれない」
……たぶん、風来音ちゃんの言う通りだ。
かのじょが、経った十六歳の女の子が、あまりに多くの人々の命を背負ってる。
- 91 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)00時59分38秒
- 「矢口も知ってるよね。みんなで笑い合う明るい未来が私の夢だってこと。その為なら、命だって惜しくない」
彼女は、優しいほほ笑みを絶やさない。
でも……でも、そんなの絶対におかしいよ。
「風来音ちゃんが描いてるパズルは、風来音ちゃんがいなきゃ完成しない!」
パズルの真ん中にぽっかりと空いた穴。
風来音ちゃんがいなければ、その穴は埋まることがない。
最後のピースは、風来音ちゃん自身なのだから。
- 92 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)01時06分10秒
- 「ありがとう……」
彼女の笑顔を一滴の雫が汚した。
その雫の数が増え、瞬く間に川となる。
その表情のまま、そっと指輪を外した。
そして、あたしに手渡す。
「え……? どういうこと?」
彼女の意図する所がわからなかった。
もし、死ぬつもりだというのなら、かえってその指にあたしの想いを宿していて欲しかった。
- 93 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)01時14分29秒
- 「これで、また一つ夢が増えちゃった」
涙声のまま、優しく言葉を紡ぐ。
「矢口のいる世界に行って、もう一度その指輪をもらわないとね」
それは、確かな再会の約束。
死も、時間の壁すらも超えた、堅い誓い。
言葉を返そうとしたとき、両脇を抱えられ、風来音ちゃんから引き離される。
「もういいだろう。風来音様、お時間です」
それを聞いて、風来音ちゃんは悲しい笑顔を見せる。
あくまで、笑顔を絶やさない。
- 94 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)01時23分00秒
- そんな中、風来音ちゃんが思いついたように口を開く。
「そういえば、結局矢口の夢、聞けなかったね」
あたしの夢。
あの時は、何も言えなかった。
でも、今なら自身を持って言える。
「風来音ちゃん!」
あたしの呼びかけに、歩きだしていた風来音ちゃんが振り返る。
「あたしの夢は……」
言い掛けたその瞬間、目の前が、真っ白な光に包まれる。
- 95 名前:8 21世紀2 投稿日:2001年10月09日(火)01時27分49秒
- 何となく、これが別れを意味するってわかった。
けど、それはほんの少しの間の別れ。
必ずまた会えるんだから。
そしたら、今度こそちゃんと聞いてよね、あたしの夢。
せっかく、必死で考えたんだからさ。
あたしの夢は……、
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月09日(火)14時13分48秒
- エピローグ 『石川梨華』
- 97 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月09日(火)17時11分13秒
- 眩しさに思わず閉じてしまっていたまぶたを、ゆっくりと開ける。
あれ? ここは、どこだ?
「矢口さん、矢口さん、起きてください」
その声で、一気に頭が冴える。
独特の高い声、か細い声、そして、今一番愛しいあの人の声。
「風来音ちゃ……」
そう、言い掛けて、止めた。
そこが、いつもの楽屋だと言うことに気付いたから。
- 98 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月09日(火)17時31分21秒
- 「どうしたんですか?」
「いや……、なんでもない」
「そうですか……。あ、そうだ、忘れてた!」
突然梨華ちゃんが大きな声を出す。
「もうすぐ本番ですから着替えてください」
「はあ?」
「いや、だから……」
「そんな大事なこと、忘れんなよ!」
まったく、こいつは……。
風来音ちゃんはこんなことなかったのに。
あれは、やっぱり夢だったのかな……。
そんなの、やっぱり寂しすぎるよ。
でも、梨華ちゃんに直接聞くわけにはいかない。
そのとき、いつかの光景が頭に蘇った。
そうだ、胸の上にある痣……。
- 99 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月09日(火)20時34分17秒
- 慌てて梨華ちゃんの方を見る。
ちょうど今は衣装への着替え中。
このときだったら、怪しまれずに見れるはずだ。
そのすぐ後、梨華ちゃんと目が合った。
「矢口さん、あまりジロジロ見ないで下さいよぅ」
少し頬を赤らめながら言う。
うわ、メチャクチャ怪しまれてるじゃん。
「ああ、ごめん」
なんて言いながら、こっそり胸元を盗み見る。
あれ?
おかしいな、ないや。
きっとどこかにあるはずだと思い、何度も目を凝らす。
けど、何処にもない。
この時、あたしの周りで、再び日常が動きだした。
- 100 名前:読者。 投稿日:2001年10月10日(水)12時52分53秒
- あう〜。
風来音ちゃんのとどまろうとした気持ちに、涙が出てきちゃったよー。
現世で、梨華ちゃんと矢口が幸せになれますように・・・。
- 101 名前:エピローグ 投稿日:2001年10月10日(水)16時37分09秒
- あの不思議な体験から、一ヶ月近くが経った。
今日はオソロの収録日。
カオリも加護ちゃんもドラマの収録でいないから、あたしと梨華ちゃんが二人でやることになった。
こいつ、場の空気読めないこと口走るから怖いんだよな……。
そんなことを思っていると、いつのまにか収録の時間になっていた。
「矢口はねえ、ホントずっと歌手になりたくて……」
今日のフリートークの話題は、昔の夢。
あたしは、少し遠い目で夢を語る。
ずっと憧れていた歌手、なった時の喜び。そして、芸能界という世界の辛さ。
さまざまな感情が頭の中に溢れて、ぼうっとしてしまう。
やばいやばい、あたしが番組進行させなきゃ駄目なのに。
- 102 名前:エピローグ 投稿日:2001年10月10日(水)16時38分31秒
「梨華ちゃんは何?」
「私ですかぁ?」
ん〜、と人指し指をあごに当てながら、物思いにふける。
こいつ……、テレビでもないのに芸が細かいな。
あ、素ってことか。
「石川は、ずっとモーニング娘。に入って、皆さんと一緒に過ごしたかった」
「石川ぁ! お前何調子いいこと言ってんだよ!」
「ホントですよぅ……」
あたしがちょっと突っ込むと、途端に情けない表情になる。
いつもの梨華ちゃん。
大体、そんなこと言われたら、あたしが照れて何言ったらいいかわからなくなるよ。
- 103 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月10日(水)16時39分32秒
- 「じゃあさ、今は夢とかないわけ?」
「え……? ありますけど……」
少し遠慮がちに呟く。
呟くってあんた、ラジオだってこと、ちゃんと意識してんの!?
「え、ホント!? 聞きたい聞きたい!」
無闇に高いテンションで、あたしが詰め寄る。
はあ……。二人だけって、ホント大変。
「えっと……」
なんか、言いよどんでる。
まったく、早く言いなよ。
余計な誤解をされちゃうじゃんか。
「内緒です」
「はあ!?」
内緒です、って……。
何か適当なことでも言ってればいいのに。
この後の収録は、あたしの必死のフォローで終始した。
- 104 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月10日(水)16時41分07秒
- 「ちょっと、石川!」
終わってすぐ、あたしは梨華ちゃんのもとへ行く。
「さっきのやつ、内緒です、はないだろ! 大体、あんたはいっつも……」
頭の中を彼女が言った色々な言動が駆け巡る。
腹立たしいほど一字一句蘇ってくる。
それらの怒りが喉元まで出かかった所で、あたしは声に出すのをやめた。
「矢口さん……?」
風来音ちゃんに以前指摘されたこと。
今まで自覚症状はなかったけど、現実に見せ付けられると焦る。
まさか、ここまで梨華ちゃんの事を細かく見てるなんてね。
そう気付いたら、もう怒る気力がなくなってた。
そして、もう一つのことに気付く。
「梨華ちゃん」
「はい!」
あたしの呼びかけに、怒られると勘違いした梨華ちゃんが身をすくめる。
- 105 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月10日(水)16時41分57秒
- 「これあげる」
あたしの指についていた、宝物の指輪。
それを梨華ちゃんに無理やり持たせる。
「え、え?」
戸惑う梨華ちゃんに、あたしは笑って声をかけた。
「別にとって食おうってわけじゃないんだから。いらなかったら、捨ててもいいよ」
実際、何の前触れもなく貰ったわけだから、本人としては気持ち悪いかもしれない。
「ひっく……」
「……梨華ちゃん?」
しゃくりあげる声が聞こえてきて、あたしは思わず息を飲む。
いくらなんでも、泣き出すほどのことじゃないと思ったんだけど。
- 106 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月10日(水)16時42分32秒
- でも、慌ててみた梨華ちゃんの顔は、声とは裏腹に微笑んでいた。
「やっと……」
掠れた声。
「やっと、もう一つの夢が叶ったよ、矢口」
そして、愛しい声。
多くの人間の命を背負っている、守り神でもない。
国民を熱狂させる、アイドルでもない。
十六歳の、等身大の石川梨華がそこにいた。
「あ…あ…」
声が出ない。体が動かない。
本当なら、今すぐにでも抱きしめて、大好きって言いたいのに。
- 107 名前:エピローグ 『石川梨華』 投稿日:2001年10月10日(水)16時43分28秒
- 「な〜んちゃって」
「え?」
その言葉に、あたしの目は丸くなる。
「ちょっと偉そうでしたね。これからもお願いします、『矢口さん』」
「おい!!」
なんだよもう!
ぜんぜんわかんねーよ。
……ま、いっか。
とりあえず今は、この子があたしのそばにいるっていう事実があれば。
だってね、あたしは自分の夢が叶ったって、そう思ってるんだからさ。
◇
◇
◇
あたしの夢は……風来音ちゃんの夢が、叶うこと。
FIN
- 108 名前:LVR 投稿日:2001年10月10日(水)17時06分31秒
- そんなこんなで終わりました。
i-mode想像以上に文字数がきつかった。
>>100さん
ありがとうございます。
もしかしたら期待したエンドとは違うかもしれませんが。
少しでも喜んで頂けたら、書いた意味があります。
- 109 名前:名無し男 投稿日:2001年10月11日(木)00時49分15秒
- ・・・ええ話や(TДT)
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月11日(木)00時59分13秒
- 矢口をリードし呼び捨てる梨華ちゃん(風来音)が新鮮だった。
おもしろかった。終わったのが残念なような。
- 111 名前:LVR 投稿日:2001年10月12日(金)11時19分08秒
- ラストに関するレスがあってよかったです。
たまに来るレスを励みに書きました。
管理人様、このスレは過去ログに移して頂いて結構です。
>>109さん
ありがとうございます。
ストレートに言われると照れますね。
>>110さん
ありがとうございます。
自分が書く矢口はどうしても何処か情けなくなってしまって。
後、終わって欲しくないというのは作者冥利に尽きます。
- 112 名前:華守 投稿日:2001年10月15日(月)21時48分24秒
- 新鮮。
良かったです。
- 113 名前:LVR 投稿日:2001年10月17日(水)12時25分59秒
- 消してもらおうと思ったけど、
まだ容量があまってるからここで書いた方がいいのかな……。
>>11 華守さん
ありがとうございます。
今回はネタで勝負した部分が強いので、新鮮っていうのは嬉しいです。
- 114 名前:goru 投稿日:2001年10月19日(金)03時55分41秒
- めちゃくちゃいい話ですね!まじで感動しました!!
風来音を思わせる最期の石川の言葉にはくるものがありましたよ!
ほんと傑作です。
また次回作(書いていただけるのなら)に期待してます!本当にお疲れ様でした!
- 115 名前:LVR 投稿日:2001年10月20日(土)21時18分30秒
- >>114 goruさん
ありがとうございます。
最後に矢口と話していた人物が、果たして誰なのかはわかりませんが……(w
あえて、どちらにでも取れるように書いたつもりです。
もちろん、自分の中に、自分なりの正解はありますが。
あと、次回作を期待されるというのは非常に嬉しいことなので、一言。
銀板で「ドラマ」という作品をやってます。
- 116 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時07分51秒
- 彼女の意識が戻らないことを、なつみは風の噂で聞いていた。
本来なら、一度は見舞いに行かなければならない関係にあるのだが、そんな
気にはなれずにいた。かつての仲間から、それとなく催促の電話やらメールや
らが来ていたが、それも今では久しい。
部屋の中が少し暑苦しい気がして、なつみは窓を開けた。視界一面に広がる、
青。吸い込まれそうになりながら、記憶は過去をさまよう。
自分の中で、最も輝いていた過去。そして、最も嫌いな自分がいた過去。
それを振り払うように、視線を部屋の中に戻す。
化粧台の鏡に、自分の姿が映った。かつて、アイドルと呼ばれていた頃の自
分に比べ、その容貌は衰えている。だが、あの頃の自分より劣っているとは、
どうしても思えなかった。
思えば、あの頃の自分は、その姿以上に心が幼かったと思う。無邪気な子供
の心を持っていた。笑いたい時に笑って、怒りたい時に怒って、そして、時に
は悪魔となる。
- 117 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時09分52秒
- なつみは、寝ぼけ眼のまま、あの子のことを思った。いつからか築かれてい
たなつみの日常。朝、自分の意識の覚醒と共に、彼女との思い出も起こす。
あの時。自分が最も多くの視線を浴びていた日々。歪んだ心に気付くことも
なく、自分の安らぎの場を彼女に見た。
罵倒、いやみ、仕事道具への細工。彼女が嫌がりそうなことならほぼ、何で
もやった。ただ、手だけは出さなかった。どこへ向かうか分からない心の中で、
その理性だけはしっかりと残っていた。
今、過去を思い出して最も吐き気を感じるのは、その部分だ。目から入った
その光景に、脳を直接揺すられているような錯覚に陥る。
- 118 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時11分29秒
- 彼女が事故に遭ったと聞いたのは、なつみがそのような行為をするようにな
ってから、およそ半年後のことだった。
始め、なつみは自殺未遂の間違いではないかと思った。それだけの事をして
きた自覚があったから。そして同時に、体中に冷や汗が流れるのが分かった。
「あれから二年か」
その事故のすぐ後、なつみが所属していたアイドルグループ――モーニング
娘。――は解散が決定した。
もう、活動できる状況ではなかったのだ。それは、人気の面などではなく、
メンバーそれぞれの精神的なダメージという意味で。
それぞれがそれぞれに大きな葛藤を抱え、一つの固体として繋がり続けるこ
とが出来なくなってしまった。となれば、残された道は一つ。液体となり、そ
れぞれの道へ流れていくだけ。
- 119 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時13分39秒
- いや、もしかしたらその表現は、適切ではないのかもしれない。少なくとも
なつみは、自分の道を歩き出せたと胸を張れはしない。未だに、鎖につながれ
たように、その場で佇んでいる。
軽い化粧を施し、必要最低限の身だしなみだけを整える。今では、外出をし
ても周り目が気になるようなことはほとんどない。ソファーにおいてあるバッ
クを手に取り、リビングを出た。意外と時間は差し迫っている。
- 120 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時16分10秒
- 「え……?」
玄関の扉を開けた後、なつみは不意に足を止めた。
聞こえてくるのだ。どこか遠くから、懐かしい唄が。
それは、なつみがずっと心の奥底に閉まっていたメロディー。そして、声。
取り出すことも、捨てることも出来ずに、この二年間ずっと目を逸らしてきた。
そんなわけない、となつみはかぶりを振る。
あるわけがないのだ。彼女は今、目を開けることも、声を出すことも出来ず、
病院のベッドで生き長らえているに過ぎないのだから。
それでも、なつみの胸には、熱いものがこみ上げてきていた。ありえるはず
のないことだが、この二年間彼女の声を忘れたことなんてない。
そこまで考えて、なつみは苦笑した。
(一番嫌いなやつだったはずなのにね)
一番嫌いだったはずの彼女が、一番深く心に刻み込まれている。その矛盾が、
何故だかおかしくもあった。
- 121 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月24日(水)12時19分12秒
- その時、着信を知らせるメロディーが、なつみの携帯から流れる。画面には、
待ち合わせの相手の名前。
「今すぐ行くから、ちょっと待ってて」
そう言って電話を切る。気付けば、唄はもう聞こえなくなっていた。
なつみは、駆け足でアパートの階段を下りる。屋根の影から一歩踏み出すと、
まぶしい光が目を覆った。目を細め、空を見上げる。空は、あくまで青。未来
へと続く青。
「行かなきゃ」
敢えて口に出し、一歩踏み出す。足は思ったよりスムーズに動いた。そのま
ま待ち合わせの場所へと駆け出す。
腕時計が、待ち合わせの時刻より随分先を指しているのを眺めながら、帰り
に病院に寄ってみようかな、などと考えていた。
- 122 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時29分15秒
- 私は唄う。
それは、後悔の唄。
私は唄う。
過去へと続く空を見ながら。
未来へと続く空を見ながら。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが自らを責めませんように
- 123 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時30分51秒
- 今朝はいつにも増して頭痛がひどい。
いや、正確に言うとこの文は少し間違っている。正しくは、「昨日から続い
てる頭痛が、いつにも増してひどい」だ。
昨晩、珍しい人から電話があった。安倍なつみ、久しく聞くことのなかった
名前。
その電話で、彼女ははっきりとこう言った。来週病院に行こうと思っている、
と。すがすがしい声だった。真理が初めてなつみと出会ったときのような。も
し電話ではなく、目の前に彼女がいたのなら、きっとまぶしい笑顔をなつみに
向けたことだろう。
それがひどく腹立たしかった
- 124 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時34分45秒
- 大体、真里はなつみを許したつもりはない。他のメンバーは何度かなつみと
連絡を取っていたようだが、真里はいっさい自分から接触を持たなかった。当
然なつみから連絡があるわけもないから、昨晩の電話で二年ぶりに話したこと
になる。
二年。あまりに長い年月だ。それは真里にとって、ひどく閉鎖的な日々。な
つみを呪い過ごしてきた日々。
しかし、真里にもわかっているのだ。心の奥底で真に呪っていたのが、自分
自身だということに。彼女に危害を加えたなつみより、それを止めなかった自
分自身を嫌悪した。
- 125 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時39分07秒
- その時、インターホンの音が室内に響く。
真里はカーディガンをはおり、覗き口から外を伺う。例え、九割方誰が来た
のかわかっていても、やらずにはいられない。職業柄なおのことだ。
「圭ちゃん」
とりあえず一息つき、ドアを開ける。彼女は約束通りの時間に来た。その生
真面目さは、昔と何ら変わっていない。
「久しぶり、かしらね」
上にはおっていたコートを脱ぎながら言う。それを受け取ろうとした真里を
片手で制する
- 126 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時54分10秒
- 「来てくれてありがとね」
「別にいいわよ。矢口みたいに忙しい仕事じゃないから」
そう言って、フワリと笑った。その言葉には刺々しさを感じない。
いつからなのだろう。少なくとも、以前はこんな風には笑えなかった、と真
里は思う。その笑顔に、二年の歳月を感じた。
間違いなく圭は、前へと進んでいるのだ。自分のように、いつまでもその場
に止まったりしていない。
「で、どうしたの?」
前置きはせず、単刀直入に聞く。こう言う所は以前と変わっていない。
「大した用事じゃないんだけどね」
嘘だ。こんな嘘、圭にだってすぐにわかる。
「なっちのこと? それとも……」
それでも、圭は否定することはせず、真里の次の言葉を待つ。そう、重要な
ことではないのだ。真里が嘘をつくかどうかなど
- 127 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時55分29秒
- 「なっちがね、来週病院に行くって」
それを聞いたとき、初めて圭が表情を変えた。しかし、すぐに元の顔に戻り、
軽く髪をかきあげる。肩にかかる長い髪。以前とは違うその髪型を、見たとき
も、不思議と違和感はなかった。
「矢口はどうするの?」
「……どうするのって?」
「なっちと会わないのかってこと」
真っ直ぐだ、と真里は思った。この人は、ただ真っ直ぐ、真里の進むべき道
を指してくれる
- 128 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時56分22秒
- まあ、強制はしないけどね」
そう言って、チラリと時計に目をやった。
「矢口、今日収録あるって言ってなかったっけ?」
「あ……」
真里も時計を見上げる。そろそろ出ないとまずい。
「圭ちゃん、今日はホントにありがとね」
「別にいいよ。何だったら、今度焼き肉でも奢ってよ」
少し照れながらぶっきらぼうにそう言うと、ソファーから立ち上がった。
「ウン、約束する」
それを聞き、圭は再び笑った。今の真里にはできない、前へ進む者だけがで
きる微笑み。
「やっぱり圭ちゃんはすごいね」
ドアに手をかけていた圭が振り返る。しかし、すぐにまた前を向いて部屋を
出る
- 129 名前:終わらない唄 投稿日:2001年10月29日(月)15時58分07秒
- 自分は、いつまでこの場に止まり続けているつもりだろう。いつまで、唄を
唄い続けるのだろう。自分が唄う唄に込められているのは、所詮過去でしか
ないのだ。
唄いたい、唄いたい。
以前のようにまたみんなで唄えたなら。せめて、それを可能にする一つのピ
ースが戻ってきたなら、自分は未来を唄えるのだろうか。
その思考は、突然中断させられた。何か、何か聞こえるのだ。
「嘘でしょ……?」
真里の耳に届いたのは、懐かしい唄。過去から未来へつながる唄。
信じられなかった。また、あの子の声が聞けるなんて。
「……二年も経ったんだから、少しはうまくなれよ」
真里がそう呟いたときには、唄は空気に溶け込み、消え去っていた。
声の出所を探そうと辺りを見回すが、誰もいない。錯覚だったのだろうか。
だけど、真里はそれでもいいと思った。
気付けば、頭痛は消えていた。病院に行くいい口実だったのになあ、などと
思い苦笑する。
来週、病院に行ってみよう。過去と、なつみと向き合うのだ。
今の自分には、もう口実など要らないような気がしていた。
- 130 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 131 名前:trooper 投稿日:2001年11月27日(火)19時02分03秒
- 気になる…。
- 132 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時20分47秒
- 私は唄う。
それは、自責の唄。
私は唄う。
懐かしい世界で。
夢を紡ぐその場所で。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが少しでも前に進めますように
- 133 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時21分49秒
- 予想以上に、家路をたどる圭の足取りは重かった。
――圭ちゃんは、やっぱりすごいね。
そう言った真里の言葉が、いつまでも頭の中に木霊し続ける。
すごい? どこがすごいと言うのだろう。こんな私のどこが。
「モーニング娘。」が解散した日、圭は即座に芸能界からの引退を決意した。
自分の唄に自信がなくなったわけではない。現に、今でも唄で生きていきたい
気持ちを持ちつづけている。
ポップミュージックのボイストレーナー。それが、今の圭の肩書きだ。引退
後、圭はすぐにこの仕事を旗揚げした。幸いなことに、元モーニング娘。ナン
バーワンボーカリストと言う看板は、最大限プラスに働いた。
これで私の夢がかなった。圭はメンバーに笑顔で報告した。
たいした時間も掛からず、マスコミにも報道された。誰の目にも、最高の出
発に映った。そう、たった一人、圭本人を除いては。
- 134 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時23分00秒
- 真里の家から自宅までは、かなりの距離がある。すでに冷え切った両手に白
い息を吹きかける。そう言えば、あの日もこんな風に寒い日だった。
初めて事故の事を聞いたとき、圭は耳を疑った。「意識が戻らない。もしか
したら一生そのままかもしれない」そんなことをいきなり言われて、受け止め
ろと言うこと自体が無茶だったのかもしれない。
その後のメンバーの反応はまちまちだった。呆然とする者、他人を非難する
者、泣き叫ぶ者、――そして、逃げる者。
真里は、圭のことをすごいと言った。しかし、圭は逆に、真里をうらやまし
いと思う。確かに彼女は前に進むことが出来ずにもがいている。しかし、それ
はあの子ときっちり向き合っているから。今も、向き合い続けているからこそ
なのだ。自分は、ただ逃げただけ。所詮それは、目を逸らしているに過ぎない。
本来ならば、真っ先に駆けつけてやらなければいけなかったのに。
- 135 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時24分28秒
- こんな想いを抱えたとき、圭は唄った。道端で、溢れる喧騒も、時間も忘れ
て。
寒くても構わなかった。喉が痛くても構わなかった。むしろその方が、全て
を忘れられそうな気がして、楽だった。
今日も、圭はそのつもりだった。荷物を足元に置き、そっと目を閉じる。こ
こは、つい最近偶然見つけた場所だ。人家から外れていて、長時間唄ったとし
ても、誰も咎める者はいない。好きなだけ唄うことが出来る。
圭は息を吐くような自然さで、音を紡ぎだした。低くしっかりとしている、
それでいて伸びやかな声。そのまま一曲唄い終える。
その時、圭の耳に手を叩く音が響いた。目を開けると、いつのまにか圭の周
りに人が集まっていた。
この場所で唄うようになってから、回数を重ねるごとに、周りを取り囲む人
は増えていった。その人々が、「元モーニング娘。の保田圭」として見ている
のかどうかわからなかったが、そんなことはどうでもいい。この唄は、自分の
ために唄っているのだから。
- 136 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時25分04秒
- もう一曲唄い終える。再び鳴る拍手。先程よりも人数は増えている。
違う、と思った。
何が違うのかはわからない。ただ漠然に、違う、と思った。
もう一曲唄う。やはり違った。
何が違うと言うのだろう。圭は唄いながら、顔にも出さず途方にくれる。振
り返ってみれば、昔からこの感覚はあった。もしかすると、モーニング娘。を
辞めたときから既に。
気が付けばもう、唄う気分ではなかった。その旨を伝えようと、客に向かい
口を開く。
しかし、その口から言葉が出ることはなかった。あんぐりと口をあけたまま、
呆然となる。
- 137 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時25分48秒
- 柔らかなメロディー。
周りを囲んでいる連中にはこの唄が聞こえないのだろうか? たどたどしく
はかない声。それでいて、確かな意思を持つ声。圭に欠けていたものが、そこ
にはあった。
圭の顔に、自然と笑みがこぼれてくる。我慢しきれず、声に出して笑った。
こうやって笑うのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
――あんた、私が教えたこと、ちっとも理解してないじゃない。
圭は声を出さずに、そう心で呟くと、空を見上げた。圭の口からこぼれるよ
うに流れ出すメロディ。それは空に溶け込み、風となり、聞く者の耳にゆっく
りと染み渡っていく。
――仕方ないから、後一回だけ教えてあげるわよ。光栄に思いなさい。誰かの
ために唄うなんて、二年振りなんだから。
この声がどこまでも届けばいいと思った。せめて、彼女の元には届いて欲し
いと思った。だから、精一杯言葉を紡ぐ。紡ぐことを楽しむ。そして、わかっ
た。こうやっていることが、最も彼女を感じていられる方法なのだと。ごめん
ね。今まで気付かなかった。
唄い終えたとき、耳元で「おばちゃん」と呼ぶ声が聞こえた気がした。
- 138 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月03日(月)12時27分00秒
- 私は唄う。
それは、逃避の唄。
私は唄う。
たくさんの拍手の前で。
たくさんの拍手に背を向けて。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが唄うことの意味を忘れませんように
- 139 名前:こいつの作者 投稿日:2001年12月03日(月)12時29分28秒
- >>131 trooperさん
ごめん。更新するの忘れてた。
- 140 名前:trooper 投稿日:2001年12月14日(金)19時34分09秒
- やばい、やっぱしこれ好きだなー。
138で終わったんでしょうか?
- 141 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時28分34秒
- 今朝、圭から手紙が届いた。彼女らしいそっけない文章と共に、カセットテ
ープが一つ。圭織は訝しげに思いながらも、デッキにセットした。
懐かしい声だった。いつも圭織たちを引っ張ってくれた彼女の声。以前と変
わらない雰囲気の、そして以前より少しだけ上手くなった彼女の唄が、そこに
はあった。
圭織の頬に、自然と笑みがこぼれる。圭は今でも、あの日の圭のままだ。
しばらくそのメロディーに身を任せた後、デッキから取り出す。そして、来
たときのように封筒の中にしまった。
圭がどういうつもりで、これを送ってきたのかはわからないけれど。
圭織は現在、絵を描いていた。元々絵を描くのは好きで、以前から描いてい
たのだけれど、そういう意味ではない。今は、仕事として描いている。
モーニング娘。が解散した数日後、圭織のもとに一本の電話があった。「絵
を描いてみませんか?」という短い用件の電話だったが、圭織は二つ返事で承
諾した。
もちろんそれ以上に、ソロシンガーとしてやってみないか、という申し出も
何度か受けた。しかし、圭織の首が縦に振られることはなかった。
- 142 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時29分08秒
- 彼女の意識が断ち切られた日、圭織は自宅でその報を聞いた。頭の中が真っ
白になった。このときほど、自分がリーダーに向いていないと思ったことはな
い。自分はただわめくだけで、もし圭がいなかったら、モーニング娘。の解散
は、もっとドロドロとしたものになっていたかもしれない。
他人の心配をするどころではなかったのだ。だから、圭織は絵の仕事を受け
た。唄を唄うのをやめた。
ほんの少しでも、前に進むために。
- 143 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時30分37秒
- 突然、机の上から振動音が発せられる。出版社からの連絡かとも思ったが、
ディスプレイには違う文字が躍っていた。圭織は慌てて通話ボタンを押す。
「どうしたの、辻?」
なんでもないんですけど〜、という舌っ足らずな声が受話器に溢れる。
あの日を境に、辻は以前より幼くなった気がする。以前から、年齢以上に幼
く見えた彼女だったが、十七歳になった今、以前よりさらに幼く見えるという
のは、病の気も見て取れた。
「うちに来る? この間、出版社の人に、おいしいお菓子をもらったの」
それでも、圭織は辻を可愛がった。大切な、圭織の弟子だから。今ではもう、
たった一人の……。
「行きたいんですけど、今日はあいぼんの家に行く約束でぇ。だから今日は会
えないから、いーださんの声だけでも聞いておこうかなって」
こうして慕ってくれるのは、まんざらでもない。孫を見るように、目を細め
る。
- 144 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時31分07秒
- 「そっか、加護のところに行くんだ。よろしく言っておいてね」
「わかりましたぁ。あいぼんきっと喜びますよ」
今の言葉は、希美のために言った。こう言えば、希美は決まって嬉しそうな
声で、今の言葉を言うから。
この後、本当に今のことを、希美が亜依に言うのかどうかはわからない。仮
に言ったとしても、亜依が喜ぶわけがないことも、圭織は知っている。
じゃあ、どうすればいいと言うのだろう。
自分は、今でもモーニング娘。のリーダーだと思っている。だからメンバー
のみんなには幸せになってもらいたい。
でも、結果はどうだろう?
それぞれに重い傷を抱え、もがいている。
だから、圭織は前に進まなければならない。みんながまた笑って会えるよう
に、少しでも、前へ、前へ、前へ……。
- 145 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時32分12秒
- その時、圭織の髪がふわりとゆれる。
閉め切った部屋に、一筋の風が吹いた。
「あ……」
どこからか聞こえるメロディー。その音は映像を伴って、圭織を包んだ。
圭織と似た、少し癖のある唄声。たまにイライラするけど、どこか憎めない
その笑顔。今はもう話すことも出来ない、圭織の一番弟子。
なんで?
空耳ではなく、目の錯覚でもない。確かに彼女は、私を優しく包んでいた。
不覚にも、泣きそうになった。彼女の前では弱いところは見せられないとい
うのに。
- 146 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時32分42秒
- その唄は優しい音色で圭織を過去へといざなった。そしたらもう、涙を止め
ることは出来なくなっていた。
どうして? どうして圭ちゃんもあんたも、私に過去を見せようとするの?
私は、前に進まなきゃいけないんだよ……?
「いーださん?」
いつまでも話さない圭織に痺れを切らしたのか、希美が呼びかける。
「ああ、ごめん。ちょっと、懐かしい人から連絡があって」
「切りますか?」
「んー、いいの」
- 147 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時33分36秒
- いつのまにか消えた声。先ほどの風で、圭織の髪がほんの少し乱れていた。
きっとこれからも自分は、前を見ていくのだろう。絵を描くということに、
新しい価値も見出したわけだし。
でも、そろそろ、後ろを振り返る時期にきているのかもしれない。自分が正
しかったって知るために。前へ進むスピードを上げるために。
だって、あの日の私達を思い出すことは、決してネガテブなことじゃなくて、
ポジテブなことなんだから。
「それよりさ、唄を唄ってあげるよ」
「唄ですか?」
「そう、久しぶりに、唄いたくなっちゃった」
希美の返事を待たず、大きく息を吸う。受話器の向こうにまで聞こえるくら
いに、大きく息を吸う。
圭織は二年ぶりに、大好きな唄を唄った。
- 148 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月16日(日)01時34分17秒
- 私は唄う。
それは、盲目の唄。
私は唄う。
過去は振り返らずに。
前だけを見て。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが疲れたとき、私たちを思い出しますように
- 149 名前:こいつの作者 投稿日:2001年12月16日(日)01時37分53秒
- 需要があるようなので、続けます。
>>140 trooperさん
ありがとう。励みになりました。
- 150 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月16日(日)02時33分01秒
- 久しぶりにここを覗いたら大量に更新されていてとてもラッキーです。
ここの話は、モーニング娘。だった彼女たちのそれぞれの視点で書かれており、
少し不思議な雰囲気で読ませていただいてます。
多少の謎の部分があり、それが一人一人の会話や独り言を通じで輪郭が見えて来ました。
少しずつで結構ですので、これからの更新も期待してます。
- 151 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時54分49秒
- 「じゃあ、切りますね」
携帯電話の電源を切ると、希美は深く息を吐いた。心地よい開放感に身を包
まれる。
圭織との電話。いつのまにか日課となってしまった電話。希美がかけると、
圭織はいつも優しい声で迎えてくれる。だから、希美も甘えたような声を出し
て、彼女を満足させる。
いつからだろう。それが、本心として出来なくなってしまったのは。
いつのまにかそれは義務となり、彼女を喜ばせるために電話をかけるように
なった。そうすれば喜んでくれることを、希美は知っていたから。
それをたまらなく嫌に思うこともあるけど、誰も自分を責めることは出来な
いと、希美は思う。この方法以外に、何をすればよかった?
希美の価値観は、あの日を境に変わってしまったのだ。
人を喜ばせるということ。無邪気な彼女が、自虐的な結論を出すまでに、た
いした時間は掛からなかった。
- 152 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時56分09秒
- そもそもの引き金となったのは、亜依の変化だった。
希美のいたモーニング娘。のメンバーだったあの子が事故に遭った日、希美
は亜依と共に楽屋にいた。
希美は、亜依の笑顔が大好きだった。二人で馬鹿をやっていられる時間は、
スケジュールに追われ、ともすれば脱退ということまで考えてしまうような過
酷な状況の中での、数少ない安らぎだった。
あの日も、二人でくだらない話に花を咲かせていた。そこに飛び込んできた、
事故という情報。そして、意識が戻らないという事実。
希美は、彼らが何を言っているのかわからなかった。ただ、隣で亜依が泣き
叫ぶのを聞いて、大変な事態なんだなってことは、理解した。
- 153 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時56分44秒
- 夜、時間が経つにつれ、事態を飲み込んできた希美は、震えてくる体を抑え
ることに苦労した。意識が戻らない、なら、その後に残っている道は?
そこまで考えたとき、亜依のことが気に掛かった。
楽屋で泣き叫んでいた亜依。
彼女が事態を完全に把握したとき、どのような行動に出るだろう。今ごろ、
部屋で泣いているのだろうか。それとも、病院に向かっているのだろうか。
すぐ後、希美は、事務所の人間に明日のスケジュールを告げられた。明日、
詳しいことを教えてくれるらしい。
- 154 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時58分14秒
- 集合場所には、既に亜依がいた。泣いているかな、と思ったが、意外と普通
な様子なので安心した。
あたりを見回すと、ほぼ全員が、笑顔も見せずに俯いていた。それを見ると、
亜依を心配することで忘れていた自分の悲しみも戻ってくる。
涙がこぼれた。歪んだ視界の先で、真里がなつみに何事かを叫んでいる。み
んなが、それを止めに入る。
ああ、そういえば、亜依は何処だろう。自分のように、悲しみを思い出した
りはしていないだろうか。
辺りを見回し、亜依を探す。見つけた。表情が変わらぬままの亜依。
あれ? なんだろう、この違和感は?
希美が知る亜依は、喜怒哀楽が激しくて、自分の気持ちに凄く素直で。
気のせいかとも思った。でも、希美の不安は数日後、さらに確信に変わった。
そのころには、他のメンバーも気付いていたのだけれど。
亜依は、泣かなかった。ただ、笑顔も見せなくなっていた。
- 155 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時58分52秒
- 以前の無邪気さは失われ、無表情になり、言動も日に日に大人っぽくなって
いく。希美の知る亜依とはまったく逆の人間。
だから、希美は自分で自分の成長を止めた。亜依がいつでも戻ってこれるよ
うに。いつでもまた、あの無邪気な笑みを見せれるように。
でも、幼いままでいようとすることは、かえって大人の世界を希美に知らし
めた。幼いままに見せようとする外面とは裏腹に、確かな成長をする内面。
そして、人を喜ばせることと、自分を偽ることは同義となる。
それでもいいのだ。
希美はジャンバーを羽織り、外に出る。今日は、亜依の家に行く約束をして
いた。
思ったより風は冷たく、耳当てをつけてこなかったことを後悔した。
- 156 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)03時59分24秒
- その時、暖かな風が体を包み込む。
柔らかな唄。希美もよく知っている声。
「え……?」
辺りを見回す……が、誰もいない。どういうことなのだろう。
ただ、居心地は悪くなかった。懐かしい唄に包まれ、全てを委ねてしまいそ
うになる。自分の苦しみ、不安、悩み。そんなものを投げ出して、本当の自分
を出してしまいそうになる。
ああ、そうか。
圭織の言葉を、そしてとつぜん唄った唄のことを思い出す。
きっと、いーださんのところにも、あなたが来たんだね。
希美は穏やかに笑うと、歩みを速めた。そして、走り出す。声は徐々に遠く
なっていって、ついに途絶えた。
ごめんなさい。私はまだ、あなたの唄に身を委ねることは出来ない。でも、
もう少しだから。もう少ししたら、きっと笑って、あなたを迎えられるから……
遠くで、葉っぱがゆれた。私を見送るように、カサカサとゆれた。ずっとずっ
とゆれていた。
- 157 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月18日(火)04時00分16秒
- 私は唄う。
それは、仮面の唄。
私は唄う。
自らの血を衣装にして。
他人の喜びを糧として。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが笑って私の唄を聴ける日が来ますように
- 158 名前:こいつの作者 投稿日:2001年12月18日(火)04時04分22秒
- 読んでくれてる人、一人じゃなかったんだね。
>>150 M.ANZAIさん
少しでも楽しみにしてくれているようなので、現金だけど早い更新。
- 159 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月20日(木)01時28分40秒
- 更新、お疲れ様です。
今回の辻、すごい大人です。驚きました。
薄皮を丁寧にはがすように少しずつですが解らなかった事が見えてくるようです。
まだ完全には見えてないのですが。
なんだか急かしてしまっていたら、ごめんなさい。
作者さんの書けるペースでの更新をお待ちしてます。
- 160 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時46分07秒
- 部屋には二人。どこかぎこちない雰囲気を伴って、時間だけが流れる。早く
時間が過ぎればいい、そう亜依は思っていた。
「あ、もうこんな時間……」
希美が残念そうに、時計に視線を向ける。
「じゃあ、また来るから」
そう無邪気な笑顔でいうと、部屋を出る。
一人暮らしのアパートは、希美がいなくなると不自然な静けさに包まれた。
飲みかけのコーヒーカップが、所在なげに佇む。それを手にとると、流しに捨
て、水道の蛇口をひねった。
- 161 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時46分45秒
- 無邪気な希美。彼女を見ていると、亜依の胸はチクリと痛む。いつのまにか、
自分と希美の距離は開いてしまっていた。いや、自分が離れていってしまった
のだ。
いつまでも幼くて、誰からも愛される少女。亜依の目から見て、希美はそん
な子だった。
自分はもう、ずいぶんと年をとった。純粋な心を持ったあの少女は、既に自
分の帰るべき場所ではないのだと思う。亜依にとって希美は、眩しすぎる。
昔はこうじゃなかった。自分たちは、対等な立場で笑いあえた。
そこまで考え、かぶりをふる。バカバカしい。自分はもう、子供であること
を捨てたのだ。
あの日の、あの唄を聴いたときに。
- 162 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時47分33秒
- 彼女は、亜依のよき理解者だった。大切な友達だった。ずっと憧れていた。
姉のような存在だった。もしかしたら、愛していたのかもしれない。
だから、彼女が事故に遭ったと聞いたとき、亜依は自分でも想像しないほど
に取り乱した。というのは、正確なことではない。あのときに自分がとった行
動を、まったく覚えていないのだから。
ともかく、亜依の癇癪は自宅に戻ってからも続いた。祖母の慰めも、事務所
の人間の気休めにも耳を貸さず、部屋で一人泣いた。涙がかれることはないと
実感したのは、あの日が初めてだった。
- 163 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時49分05秒
- そんな時、遠くから唄が聞こえた。亜依はハッとして、すぐに泣き止んだ。
それが、彼女の声だったから。大好きな、彼女の声だったから。
とっさに辺りを見回すが、誰もいない。当然だ。彼女は、事故に遭って病院
に入っているはずなのだ。
しかし、空耳でないことは確信できた。聞き間違いということもない。自分
が彼女の声を間違うわけがなかった。
考えるのを止め、唄に聴き入った。ひたすらに優しい唄だった。彼女がいな
くなった悲しみを、その唄は埋めてくれた。
- 164 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時49分36秒
- でも、終わりの時間はやってくる。
徐々に遠ざかっていくその声に怯え、亜依は再び泣いた。この唄が消えれば、
また一人になる。彼女は、自分のもとから遠ざかってしまう。
その時、目の前に一瞬だけ、彼女が見えた気がした。スローモーションのよ
うに動いた唇。
それは、泣かないで、と言っているように見えた。
だから、泣くのをやめた。彼女が望むなら、絶対に泣かないでいようと思っ
た。せめて、もう一度彼女に会うまでは。
その日から、亜依は自分の感情を消した。
- 165 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時50分14秒
- ずいぶんと昔のことを思い出した。
私はまだ、あの日の約束を守っている。けど、もしかしたらそれは、ただの
口実になってしまっているのかもしれない。とうの昔に、笑い方は忘れてしま
った。
不意に、手元にある携帯のことを思い出した。真希からメールが入っていた
はずだ。
あの事件以来、真希は何かと亜依のことを気にかけてくれるようになった。
定期的にメールを入れてくる。亜依も事務的ながら、毎回返事は返すように心
がけていた。
何も書くことがないときは、日々の生活を書く。そう言えば、今日は家に希
美が来た。
- 166 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時50分54秒
- 真希にメールを送ってから数分後、突然鳴った音によってうとうとしていた
自分に気付いた。慌てて携帯を手にとる。
「あれ……?」
目に映ったのは見慣れた待ち受け画面。メールはまだ届いていない。
その瞬間、亜依は自分の心拍数が上がったのに気付いた。いつまでも鳴り止
まないメロディー。
彼女は確かに、そこにいた。
気付けば、一滴のしずくが頬を伝っていた。二年間の間に涙の流し方を忘れ
た亜依の体は、涙の止め方も忘れていた。
「ごめん、約束守れなかった」
亜依は涙を止められぬまま、目の前にいる人物に笑顔を見せる。
- 167 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時51分26秒
- 亜依の周りを、暖かな風が包んだ。彼女は、亜依を見て優しく微笑む。亜依
も笑顔で頷いた。
わかってる。もう泣かないから。
彼女は亜依の顔を見てもう一度温かに微笑むと、メロディーと共に霞んでい
く。
「また、会えるのかなあ?」
そんな亜依の言葉に、答えはない。ただ亜依の脳裏に、彼女の笑顔だけが映
る。
それにしても、また変な約束をしてしまった。でも、それでもいいと思う。
いつか、彼女に仕返しをしてやればいいだけのことだ。もし彼女が目を開けた
ら、精一杯の泣き顔で出迎えてやろう。
だから、泣くのはもう少しだけ、我慢するのだ。もう少しだけ……。
- 168 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時51分57秒
- でも。
亜依はゆっくりと鏡の方を向く。気付けば、あの日から二年経った。彼女の
ために過ごした日々のうちに、自分はここまで大きくなった。
乾き始めた涙の後が、再び潤いを取り戻す。亜依はそれを、無言のままじっ
と見詰めた。その口元に、笑みがこぼれる。
涙は、しばらく止まりそうになかった。
ねえ、もう少しだけ時間をくれないかなあ。
閉め切った部屋で、窓ガラスだけがカタカタと揺れる。
亜依は、ずいぶんと久しぶりに、自分のために泣けた気がした。
- 169 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月21日(金)09時52分28秒
- 私は唄う。
それは、約束の唄。
私は唄う。
涙は見せずに。
笑顔は見せずに。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたがまた無邪気に笑えますように
- 170 名前:こいつの作者 投稿日:2001年12月21日(金)10時01分07秒
- 人称の転換が上手くいかない。読みにくいことをお詫びします。
>>159 M.ANZAIさん
ありがとう。急かされているうちが花なので、急かしてもらって結構です。
- 171 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月21日(金)14時53分50秒
- 静かな、淡々とした語り口調ながらしっかりと伝わって来ます。
他のメンバーには歌声だけなのに、亜依には笑顔が見えたんですね。
それだけ“彼女”と亜依との繋がりが伺われます。
ではお言葉に甘えて、急かさせていただきます(笑)。
次の更新、楽しみにしてますよ。
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)06時18分18秒
- ここと
>だから、希美は自分で自分の成長を止めた。亜依がいつでも戻ってこれるよ
>うに。いつでもまた、あの無邪気な笑みを見せれるように。
ここの
>自分はもう、ずいぶんと年をとった。純粋な心を持ったあの少女は、既に自
>分の帰るべき場所ではないのだと思う。亜依にとって希美は、眩しすぎる。
対比と表現が、なんとも・・・こう・・・せつないというか・・・もどかしいというか・・・
うわぁああぁぁ・・・! って叫びたくなるぐらい好き(w
スレ汚し失礼しやした。
- 173 名前:明治 投稿日:2001年12月30日(日)21時30分25秒
- うあー。すごい。
だれかが唄ううた。
毎回、「私は唄う」のところで目頭が。
早く読みたい。
- 174 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時21分38秒
- 人通りの多い道。病院までの道のりを、真希はゆっくりと歩く。既に、何度
この道を歩いたかはわからない。この道を歩きながら、数多くの季節を見てき
た。
病院に近づくにつれ、引き返したい衝動に駆られる。それを必死にとどめ、
気分を変えようと亜依にメールを打った。
真希がこうして亜依にメールを打ち始めて、二年近くが経つ。きっとこれか
らも続くのだろう。亜依が笑うようになるまでは。
だって、自分のせいで、亜依は笑えなくなってしまったのだから。
- 175 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時22分31秒
- 気付くと、病院の前まで来ていた。
冬特有の乾いた風が、真希の前髪を揺らす。嫌な風だなと思った。一瞬、中
に入ることを躊躇してしまう。
でも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
真希は意を決し、病院に中に足を踏み入れた。
途端に立ち込める特有の匂い。慣れることのない匂いに思わず顔をしかめる。
慣れることが出来たなら、どれほどに楽だろうと思う。
それでも、これは仕方のないことだ。きっと、神様が自分に与えた罰なのだ
ろう。
そんなことを考えながら廊下を進み、階段に差し掛かった。
- 176 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時23分07秒
- 階段を一段一段上るたびに、カツンカツンという音が辺りに響き渡る。その
音が心臓の音と同調して、真希の耳の奥で嫌なハーモニーを奏でる。
カツンカツン。ドクンドクン。カツンドクン。カツンドクン。
カッカッカッ…ドッドッドッ…カッ…ドッ……。
真希は目を閉じ必死に目をふさいだ。叫びは声にならずに、すんでのところ
で飲み込まれる。飲み込まれた声は、体中を駆け巡った。
ヤメテ、ヤメテ!
耳鳴りはひどくなり、世界が歪む。涙が溢れそうになるが、それすら、すん
でのところでせき止められた。
次第に、意識が遠のいていく。
もしこのまま死ねたら、どれだけ楽なのだろう。
- 177 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時23分38秒
- 「ごっちん、ごっちん?」
遠くで、声が聞こえる。誰?
「ねえ、ごっちんってば!」
「よっすぃー?」
そうだ、よっすぃーだ。
真希は慌てて笑顔を作る。ひとみもそれを見て、ほっとしたように微笑んだ。
「会いに来たんでしょ、行こ」
そう言って、真希の腕を引っ張る。
会いにいく。ひとみの言葉が真希の耳に残った。
ひとみは決して、お見舞いに行く、という言葉を使わなかった。きっとひと
みは、彼女の世話をしに行っているわけではないのだ。ただ、会うためにこの
場所にいる。
- 178 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時24分09秒
- 「入るね」
優しくそう言うと、ひとみはドアに手をかけた。真希の目の前に病室が広が
る。
そこには、彼女が横たわっていた。
「今日はごっちんが来たよ。最近は賑やかでいいねえ」
ひとみはいすに腰掛け、ベッドに横たわる少女の頬についたほこりをほろう。
少しだけ開いた窓から冷ややかな風が吹き込み、そのほこりをひとみの指先か
ら放った。
「あっ……」
二人はその行方を目で追う。その途中で目が合って、顔を見合わせ笑った。
「ごめんねぇ、また無駄なことしちゃった」
ひとみは少女に向けそう言うと、ひどく明るく笑う。真希の目には、それが
無性に悲しく映った。
- 179 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時24分39秒
- 「あっ、あのっ!」
「ん? どうしたの?」
真希は持ってきた荷物をひとみに押し付け、勢いよく椅子から立ち上がった。
静かな病室に、金属のこすれ合う音が響く。
「私、これ渡しに来ただけだから!」
着替え、タオル、お菓子など。おばさんに頼まれて持ってきたバッグには、
そんなものが一杯に詰められていた。二年前はひとみを心配していたおばさん
も、最近は何も言わなくなっていた。
「あ、そうなんだ……」
今度は、傍目にもわかるほどに寂しげな笑みを浮かべた。
「あんまり無理しないでね」
何とはなしに声を掛ける。そのまま退室しようとする真希の後ろから、大丈
夫だよという声が聞こえてきた。
それに真希は笑顔を返した。いつもと変わらない、ひどくわざとじみた笑顔
だった。
- 180 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時26分15秒
- 外の風は相変わらず冷たい。真希はマフラーに埋めていた顔をいったん上げ、
病院を見上げた。
真希の胸が、小さな悲鳴をあげる。
私は、罪を犯した。
亜依に対してもそう。ひとみに対してもそう。
だから、罪を償わなくちゃいけない。
- 181 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時26分49秒
- 彼女が事故に遭ったことをはじめて聞いたとき、真希は部屋でベッドに包ま
っていた。外界からの音を遮断し、ただ震える。
母親は、そんな様子の真希を心配しながらも、さらに追い討ちをかけるよう
にその事実を伝えた。
真希は、驚かなかった。
だって、知っていたことだったから。彼女が車に轢かれたとき、あの場所に
いたのだから。
- 182 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時27分19秒
- 冬特有のにごりのない晴れ空。吹き抜けるから風。溢れる街の喧騒。いつも
と何も変わらないその日、ことは起こった。
信号を確認して、道路を横断しようとした彼女。渡る直前、彼女は真希に笑
顔で手を振った。真希もつられて手を振る。その視界の隅に、スピードを緩め
ようとしない車が映った。
その後は、全てがスローモーションに見えた。
一瞬で目の前に来た車。はじき飛ばされる彼女。とどまることなく地面に溢
れる深紅の液体。
呆然としたまま、まぶたを越えて入り込んでくる陽の光を、右手で遮った。
今でも真希は思う。
なぜあの時、一言声を掛けられなかった? なぜ、その場から立ち去った?
なぜ――。
- 183 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時28分04秒
- 不意に、真希は頬に冷たさを感じた。あの日と変わらぬ晴れ空を見上げる。
「雪、か。……あれ?」
真希は小さく流れるメロディーに気付いた。雪のように透き通った音色。あ
の日になくした音色。
「嘘……」
信じられなくて耳をふさいだ。それにも関わらず、心に染み渡ってくる音。
ごめんなさい。ごめ…んなさい。ごめ……
気付けば、真希の頬は雪のせいかぼろぼろに濡れていた。それでも構わずに
言葉を漏らす。
「ごめ……。でも、仕方なくて……、止めようとしたんだよ? だけど…だっ
て、いきなりセンター取られて、わけわかんなくって……。好きなんだよ……
でも、嫌いになったりも……」
そのまま、雪に濡れた地面に座り込む。街は、気にもとめずに流れつづける。
- 184 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時28分42秒
- その時、メールを知らせる着信音が響く。その瞬間、ピタリと彼女の唄は鳴
り止んだ。焦点の合わない目で、文章を映す。
亜依からだった。どうやら希美が来たらしい。相変わらずに無機質な文章で、
そう綴られていた。
真希は思わず苦笑した。きっと今ひどい表情だろうと思った。
真希がいなくても、亜依には希美がいてくれる。希美には圭織がいてくれる。
そこまで考えて、ふと真希は気付く。
私には、誰がいてくれる……?
- 185 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時29分18秒
- その瞬間に、再び鳴り出すメロディー。先程より強く、そして優しく。
「あなたが、いてくれるの……?」
それには何も答えず、ゆっくりと音は消えた。でも、どこかに行ってしまった
わけではなくて、確かに、彼女の胸の奥へと消えていった。
もう一度、病院を見上げる。
まだ帰るわけには行かない。もう一度まっすぐ、あなたと向き合わなきゃ。
歩き出す真希のポケットから、再びメールの着信音が響いた。この音は確か、
亜依からのメールだ。少し気になったが、構わずに歩みを進める。
病院の匂いはもう、気にならなかった。
――後藤さん、私、やっと笑えました。だから、後藤さんも、そろそろ心から
笑ってみませんか?
- 186 名前:終わらない唄 投稿日:2001年12月31日(月)16時29分49秒
- 私は唄う。
それは、孤独の唄。
私は唄う。
独りで真実を抱えて。
独りで痛みを抱えて。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが独りじゃないことに気付きますように
- 187 名前:こいつの作者 投稿日:2001年12月31日(月)16時38分28秒
- 燃え尽きた……。けど、後少しなんで頑張ります。
>>171 M.ANZAIさん
最初の一行が出てこず遅れました。申し訳ない。亜依は特別です。
>>172 さん
すれ違いですね。内面では、希美のほうが亜依より大人なのかもしれません。
>>173 明治さん
誰かが唄う唄。その唄は、いつまで続くのでしょうか?
- 188 名前:修正 投稿日:2001年12月31日(月)23時13分52秒
- >>185
四行目。彼女→真希、でした。すみません。
あと、>>172さんへのレスが微妙なので一言。
スレッド違いという意味ではありません(w
- 189 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時46分04秒
- いつのまにか、窓の外では雪が舞っていた。雪と太陽の共存に首をかしげる。
ああ、そう言えば、昔スキーに行ったときもこんな風な天気だった。
と、くだらないことで頭を悩ませていたことに気付き、慌てて立ち上がった。
わずかに開いていた窓を閉める。
「ごめんね、寒かったでしょ」
ひとみの言葉には、当然のように返事が返ってこない。ひとみも特に気にし
た風もなく、先ほど真希が持ってきたバッグを開けた。
衣服やら、お菓子やらさまざまな物が出てくる。ひとみは真っ先に緑色のタ
ッパに手を伸ばした。
「欲しい? でも、こればっかりはあげられないな〜」
既に皮のむいてあるゆで卵を、パクリと一口。満面の笑顔で口一杯にほおば
る。
「どうしてもっていうなら、一個くらいは考えるけど?」
口をモグモグと動かしながら、答えを待つ。でも、彼女の端正な顔は、まつ
げ一本揺れることすらない。
- 190 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時47分29秒
- 「もう、そんなに怒んないでよ」
ひとみは苦笑すると、彼女の髪をゆっくりなでた。
「あれ? 髪の毛ぼうぼうだよ。年頃の女の子がみっともない。後で切ってあ
げるね」
長さの割に厚みの増した髪を優しくとかす。指の隙間から、髪の毛がこぼれ
るように滑り落ちていった。
「それにしても、最近お客様が多いよね」
なつみ、真里、真希。ひとみ自身ずいぶんご無沙汰だったこともあって、と
びっきりの笑顔で歓迎した。そう言えば、圭からもカセットテープが届いた。
その中でもひとみの記憶に一番残っている顔。真希は、ずいぶんと寂しげな
顔をしていた。これは、いつも行動を共にしていた、自分達にしか気付かない
ような些細な変化なのかもしれないけど。
- 191 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時49分06秒
- 「みんな、大事に思ってくれてるんだねぇ」
言葉に出すと、いろいろな思いが去来してくる。
あの日を境に、みんな変わってしまった。ひとみが大事にしていた「モーニ
ング娘。」も、解散をすることになった。
大事なものが次々に失われていく。あまりに現実味がなくて、あのころのひ
とみはどこかふわふわした状態だった。
はじめて彼女の事故を聞いた日。
すぐには本当だと信じられなくなって、彼女の家に電話をかけた。かからな
くて、一日中かけ続けた。一回ダイヤルを押すごとに、彼女の事故が現実にな
っていく気がした。
その事実を全員が受け止めたとき、ひとみの周りにあったものが全て音を立
てて崩れ落ちていったのだ。
- 192 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時49分39秒
- 「よっすぃー?」
ぼうっとしているときにいきなり声を掛けられ、ひとみは慌てて後ろを振り
向く。
「矢口さん!」
ずいぶん派手な格好をしている。きっと、収録場所からそのまま来たのだろ
う。
「どうしたんですか? 一週間に二回も来るなんて」
「なっちが今日来るらしいからさ。前回は会えなかったしね」
その言葉に、ひとみは思わず息を飲む。なつみと真里が仲違いをしていると
いうのは、元メンバーの間で有名なことだった。
そんな空気を察したのか、真里は小さな体をめい一杯に広げ、違う違う、と
ジェスチャーしてみせる。
「別にケンカしようってわけじゃないよ」
三人の病室はひどく重い空気だった。
ケンカしないという割には、真里は張り詰めた面持ちで沈黙を保っている。
普段なら、ひとみ相手に愛想よく笑顔をふりまくのに。
そんなひとみに差し伸べられたのは神の手か悪魔の手か、ゆっくりとドアが
開いた。
- 193 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時50分18秒
- 「よっすぃーに、……やぐっつぁん?」
「あ、ごっちん!」
思わず大きな声をあげる。真希の表情がほぐれているのに気付き、先ほどの
自分の心配が杞憂だったのだとほっとする。
しかし、ひとみの少し緩んだ頬は、次の瞬間に再び引きつった。
「実は、もう一人いるんだよね……」
ドアの影からゆっくりと人影が一つ。
「なっち」
最初に声を出したのは真里だった。風で窓がカタカタと揺れる。なつみは真
里と目を合わせることはせず、そのまま視線を落とした。
「ごめん」
「私に謝っても仕方ないでしょ?」
「やぐっつぁん!」
真希が二人の間に入ろうと慌てて声を出す。真里はそれを手で制した。
「あんたはあの子に謝らなきゃ駄目なんでしょ? 私たちのことなんて気にし
なくていいから、元気になるように祈ってなさい」
「矢口さん……」
ひとみの言葉に、矢口は苦笑いで頷いた。なつみは、無言で少女を見詰める。
その瞳は少し、揺れているようにも見えた。
- 194 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時50分54秒
- その後も、ひとみが驚くことは続いた。圭、亜依に希美、そして圭織と、次
々に元メンバーが集まってくる。
「な〜に辛気臭い顔してるのよ?」
圭はいつのまにか、以前と同じく朗らかに笑うようになっていた。
「よっすぃー、今度どこか遊びに行かない?」
相変わらず大人びた口調の亜依。でも、ひとみにはその笑顔がとても眩しく
映った。
「ねえねえ、あいぼん!」
希美はずっと亜依にくっついている。最近の希美の幼さにはどこか違和感を
感じていたひとみだったが、今日は不思議と感じなかった。やっぱり、希美は
可愛い妹だ。
「なんだ、矢口となっち仲直りしたんだ。心配して損した」
圭織のこのストレートな発言には驚いた。驚いたけど、ひとみはやはり圭織
が自分達のリーダーなんだと感じた。
- 195 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時51分43秒
- 「でも、どうして?」
ひとみの発言に、一同首をかしげる。
「だって、みんな揃うなんてことないから」
「な〜に言ってんの、よっすぃー?」
真里が不思議そうに言う。みな同じような表情をしているのにひとみは慌て
た。
「え? え?」
「本当に忘れちゃったの?」
真里が微笑む。少し目を細めて、ベッドに横たわる少女を見た。
「今日は、あの子の誕生日じゃない」
「あ……」
みんなで祝わなきゃ、と付け足す。
ひとみは、不覚にも視界がにじんでいくのを感じた。
「なんで、よっすぃーが泣くのさ」
「だって……」
だってまさかみんなが覚えてるなんて思わなくて。彼女のことを大切に思っ
てるなんて気付かなくて……。
- 196 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時52分29秒
- ひとみはゆっくりと少女の横たわるベッドに近づく。そして、その瞳を覗き
込んだ。
「みんな、お祝いに来てくれたよ?」
声が震える。駄目だ、こんなことじゃ。聞き取りにくいに決まってる。
「またみんなで騒ごうよ……」
でも、もう限界だった。もう…止まらないよ……。
「目を開けてよ、梨華ちゃん!」
その時、病室を包む優しい音色。
「え?」
ひとみは自分の耳を疑う。だって、その声は、間違いなく梨華の声だったか
ら。
みんなを見たら、それぞれに優しい表情を浮かべている。
慌てて梨華を見る。
そして、梨華はゆっくりとまぶたを開いた。
- 197 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月02日(水)20時53分15秒
- 私は唄う。
それは、友達の唄。
私は唄う。
友達の側で。
いつまでも友達を見つめながら。
私は唄う。
あなたへの唄。
どうか、あなたが再び友達と出会えますように
- 198 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月03日(木)10時18分07秒
- あけまして、おめでとうございます。
後藤は自分だけで罪の意識を抱え込んでしまっていたんですね。
でもようやくそれと向き合えるようになった・・・
吉澤は自分しか彼女のことを思っていない気がして
実は他のメンバーが形は違うものの彼女を忘れられずにいたことに
驚きと喜びを感じたんでしょうね。
そしてそこに奇跡が!?
>作者さん
急かせておきながら今ごろ読んでます。
- 199 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時40分42秒
- 目を開けたとき、そこは誰もいない世界だった。
お父さんも、お母さんも、よっすぃーも、あいぼんも、ごっちんも、誰一人
としていない世界。
暗闇に覆われたその世界で、しばらくの間私は一人で耐えた。ブルブルと震
えながらも、いつかくる朝に思いをはせてひたすらに耐えた。
ある時、私は一つのことを思い出した。それは、恐らく以前に私がやってい
たこと。
私は唄を唄った。
そこはまるで防音室のようになっていて、他人が唄っているかのように、声
は私の耳まで戻ってきた。思わず唄うのを止め、火照って赤くなった頬を隠す。
それでも、私は再び唄った。
いつしか自分の声にもなれ、身を委ねられるようになった。メロディーに溶
け込み、自分が自分でなくなるような感覚。
その時、私の身に変化が起こった。世界が開けていく感覚。久しぶりに見た
光はまぶしくて、目を覆った。
次第に目がなれ、まぶたを開いたとき、そこには安倍さんがいた。
- 200 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時41分14秒
- 「あ…安倍さんっ!」
必死に叫ぶが届かないらしい。なにやら慌てた様子で、家から出ようとして
いる。
どうしよう…どうしよう……。
何とはなしに、これが最後のチャンスな気がした。彼女達とつながっている
ための最後のチャンス。
もう一度叫ぶ。
でもやはり、声は届かない。
だから、私は唄った。
唄うことによってこの場所まで来たのだから、唄うことによって安倍さんに
声が届くと思った。
その瞬間、私は安倍さんの意識に引き込まれた。
- 201 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時41分49秒
- その中で、全てがわかった。彼女の苦しみ、後悔、私があの時受けた、仕打
ちの理由。
許せないはずなのに、涙が溢れていた。彼女の痛みは、私の痛みになった。
だから、私は唄った。
唄うことによって安倍さんの気持ちがわかったのだから、唄うことによって
私の気持ちも伝えられると思った。
次第に軽くなっていく心。それと同時に、私の心は、重力に逆らって空高く
舞い上がっていく。
安倍さん、また会いましょうね。
私は、次の人のところへ行かなければならない。そんな気がした。
- 202 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時42分20秒
- 矢口さんに会うのは、正直怖かった。強い彼女のことだから、もしかしたら
私を忘れているのかもしれない。
でも、意外なことに、逆だった。
彼女は自分を責め、私の存在を欲した。
そして、私の存在が彼女を助けた。
不思議な感覚。
もしかして私は、自分以外の人のために生きられるのだろうか?
- 203 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時42分53秒
- 保田さんは、前に進んでいた。彼女らしく、かっこいい自分の生き方を貫い
ていた。
だから、見逃すところだったのだ。
保田さんが、誰よりも弱い心の持ち主だったということを。
そうでなければ、彼女が唄うことの意味を忘れるわけがない。
そして彼女は、以前の彼女を取り戻した。
- 204 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時43分37秒
- 飯田さんには、どれほど心配をかけたのだろう。
彼女の大好きな唄を、私は奪ってしまった。
大切な過去を奪ってしまった。
それでも前に進もうとする彼女をみて、私は決意した。
私にしか出来ないことがあるのなら、最後までやってみよう。それが飯田さ
んの痛みを和らげることになるのだから。
私は、辻のもとに行くことにした。
- 205 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時44分07秒
- 辻は、驚くほどに大人になっていた。
全てに対して気を配って、自分は傷ついて。それを他人に感ずかせないため
に、幼さを装う。
私のせいでごめんね……。
今、はっきりとわかった。
今までちっぽけに思っていた自分自身が、どれだけ他人に迷惑を与える存在
だったかということが。
でも、きっとその逆だって出来ると思うから。
私は、あなたの力になりたい。
- 206 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時44分45秒
- あいぼんの前で唄を唄ったとき、不思議な既知感を感じた。
以前にもこの場所で唄ったような感覚。
そして私は初めて、彼女達の目の前に降りた。
まさか降りられるとは思っていなかったから驚いたけど、彼女は笑顔で迎え
てくれた。
あいぼんは、ずっと私の唄を望んできたようだった。
もしかして、彼女達に望まれたとき、私はこの世界に降りられるのではない
か?
- 207 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月03日(木)22時45分15秒
- そう言えば、私が最後に見た人物はごっちんだった。
平たく言えば、彼女の目の前で事故にあった。
一番嫌な部分を、ごっちんは見たんだ。
そして今でも、その痛みを抱えて生きている。
私はいたたまれなくなって、彼女の中に入った。
よっすぃーのことも気にかかったけど、私はごっちんに対して罪を犯した。
罪は償わなければいけない。
ごめんね、よっすぃー。
また、会えるかなあ……?
- 208 名前:こいつの作者 投稿日:2002年01月03日(木)22時51分42秒
- 後一回で終了。しょぼい更新でスマソ。
>>198 M.ANZAI
待たせてすいません。明日中で終わらせます。じゃないともうテンションが……。
- 209 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月04日(金)23時09分49秒
石川が浮遊していた世界からこちらの世界に降りてこられるのには
各メンバー達との繋がりを見付ける事が必要だったんですね。
そしてそれぞれのメンバーも彼女との繋がりを再認識している・・・。
ようやく石川が戻ってきた時、彼女たちは元の場所を取り戻せるんでしょうか?
- 210 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月05日(土)02時29分07秒
- ごっちんの中は温かかった。不思議な温もりがあった。
外部の音から遮断された真っ暗闇の中、私の心は自然と安らぐ。なぜか、こ
こにいれば孤独を感じなかった。
なんとなく、動いている気配を感じる。
誰かと会っているのだろうか。ごっちんの緊張が私にまで伝わってきた。
けど、それも長くは続かなかった。再び温かな気持ちに包まれる。彼女の心
の温かさが、私をも温める。
このまま眠ってしまいたい。ひどく甘美な誘惑。そうして私はごっちんと一
体になる。全ての苦痛から逃れ、永遠の温かさのもとで生きる。
その時、声が聞こえた。
遠い昔に聞いた声。
ごっちんじゃない別な人の声。
私を呼ぶのは、誰?
- 211 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月05日(土)02時30分29秒
- 闇が、光に浸食され、徐々にその形を変える。それは私を傷つけ、体中に痛
みが走った。
嫌だよ、こんなの。ごっちんに包まれて痛い。ずっと温かなままで暮らした
い。
でも声は止まない。痛みは続く。それはどこかで感じた痛み。その痛み
が私に何かを伝えてくれる。
ああ、そうか。
「目を開けてよ、梨華ちゃん!」
私は生きているんだ。
まだ、唄っていない唄がある。聞かせていない想いがある。
私は、ゆっくりとまぶたを開いた。
- 212 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月05日(土)02時31分02秒
- 「梨…華ちゃん……」
目の前には光の世界。眩しいな。
「梨華ちゃん!」
よっすぃーの声に反応して、各々が私の名前を呼び出す。あまりにうるさく
て、耳をふさぎたい衝動に駆られた。
「イッ……」
けど、二年ぶりに動かした筋肉は、それを許してはくれなくて。
「ああっ、無理しちゃだめっ!」
慌ててよっすぃーが腕を抑える。そのままの流れで、私の瞳を覗き込んだ。
彼女の瞳からぽろぽろと大粒の雫がこぼれ落ちていく。
「泣……な…ぃで」
先ほどと同じような激痛が走る。どうやら今の私は喋ることもおぼつかない
らしい。
むせび泣く彼女。それを真っ赤な目のままあやす友人達。
私は暗闇のなかでの記憶を手繰り寄せる。順風満帆とは言えない彼女達の暮
らし。それぞれに、違う暮らし。
私が戻ってきたところで、何も変わらないのではないか?
- 213 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月05日(土)02時31分58秒
- 私はかろうじて動くまぶたを一杯に広げ、窓の外を見た。すっかり貧相にな
った木に、小鳥がとまっている。冬には見ない類の鳥だ。
すっかり動きの鈍ったあの鳥は、このまま死んでいくように思われた。
すぐ後、救急車がけたたましいサイレンの音と共に、この建物の敷地と思わ
れる場所に入ってくる。
その音にはじかれるように、小鳥が空へ羽ばたいた。瞬く間に視界から消え
て行った後、果たしてどうなったのだろうか。
もし、あの小鳥が死ぬことなく冬を越せたのなら。
再び私の視界に彼女達が映る。少なくとも今の私は、彼女達を視界に捕らえ
ることが出来た。
そして、再び共に唄うための可能性を持った。
瞬く間に視界から消えていったあの鳥は、果たしてどうなるのだろうか。
- 214 名前:終わらない唄 投稿日:2002年01月05日(土)02時32分42秒
- 私たちは唄う。
それは、終わらない唄。
私たちは唄う。
みんなと同じ場所で。
それぞれに別の未来を見据えながら
私はたちは唄う。
未来への唄。
どうか、この唄がいつまでも途切れることがありませんように
終わらない唄……FIN
- 215 名前:LVR 投稿日:2002年01月05日(土)02時42分37秒
- ありがとうございました。
文体が二転三転してしまいましたが、この作品を書いてよかったとは思います。
とりあえず、放置にならなかったことだけが救いです。
>>209 M.ANZAIさん
最後までお付き合い頂きありがとうございました。全員の繋がりを読み取ってくたんですね。
最後もやはりグダグダですが、つながっていない部分というのも書きたくてこうなってしまいました
- 216 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月06日(日)00時22分19秒
- ようやくみんなの所へ帰ってきましたね。良かった・・・
本来、皆別々の暮しがあり、未来を持っている。
しかしそれをひとつの物として縛り付けていた事で
いつしか生じていた軋轢。彼女の事故はそんな仲間達に
その事を重い知らすきっかけだったのでしょうか。
そして、ここへ戻って来る途中の彼女を感じる事で
再び繋ぎあおうとする仲間達。
願う事なら再び唄い出した彼女たちの歌声を聞いてみたいものですが、
それはまた別の機会に。
>作者さん
最終章までの更新、お疲れ様でした。
またいつかどこかでこのような素敵な作品に出会わせて下さい。
良い作品を、ありがとうございました。
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月07日(月)14時16分36秒
- お疲れ様です。
ずっと読んでいましたが、完結するまでレスを控えさせてもらいました。
とても感動しました。
名作をどうもありがとう。
銀の方も期待してます。
- 218 名前:LVR 投稿日:2002年01月10日(木)01時59分39秒
- 最後まで誤字があって情けない……。
>>216 M.ANZAIさん
最後まで本当にありがとうございました。
この物語の雰囲気により、短いレスしかつけれなかったことをお詫びします。
この物語の後の彼女達に明るい運命は待っているものなのか。
それはまた、別な機会に、ですね。
>>217 さん
ありがとうございました。
言葉よりも、ずっと読んでいてくれたことが嬉しいです。
銀。こっそりやってたのにばれてるんですね(w
あちらは更新がかなり遅いとは思いますが、放棄しないように頑張ります。
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