まごころを君に〜flower for you〜(2)

1 名前:SHURA 投稿日:2001年10月14日(日)11時09分58秒
2スレ目です。宜しくお願いします。
前スレ
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=985853565

各話毎は>>2参照
2 名前:SHURA 投稿日:2001年10月14日(日)11時11分50秒
プロローグ
君を想う時
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=985853565&st=3&to3&nofirst=yes

第1部
始まりの季節
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=985853565&st=6&to56&nofirst=yes

第2部
悲しい少女に微笑みを
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=985853565&st=66&to144&nofirst=yes

第3部(未完)
伝えたい想い、伝わらない気持ち
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=985853565&st=147&to349&nofirst=yes
3 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月14日(日)11時31分07秒
部活が終わると速攻で後片付けをして、一年生の中でも1人だけ早く体育館を後にした。
生ぬるい空気が漂う体育館を抜け、入り口に立ち止まると柔らかく吹き抜けた風が僅かに頬をくすぐった。
真っ昼間の熱を残した風がやっと涼しく感じられる。
息を吸い込むと新鮮な空気が喉を通って肺から全身に行き渡り、熱かった体が段々と冷やされていく。
見上げた今日の空はなんとなく自分に似ているような気がした。
白と灰色の混ざった白濁色、今のあたしの心象風景を絵に描くとすればこんなもんなんだろうなぁ。って。
4 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月14日(日)11時31分41秒
校舎の隅に見える木造の格技場に目をやる。
竹刀を打ち合う小気味いい音が遠く離れたこの位置まで届く。
剣道部はまだ部活をやってる。
途端に緊張が解れて、溜まってた息を吐き出した。
さっきまであんなに怖かったのに、いざとなってみると、そんなに心配していた自分がバカみたいだった。
別に鉢合わせたってどうってことないじゃん、って。
そう自分に言い聞かせると、体育館の入り口に置きっ放しだった足を静かに持ち上げて歩みを進める。
校庭を囲む青く茂った木々は風に流され、
葉と葉がぶつかる音がどこか懐かしいメロディを奏でているようだった。
校門を抜け、その角を曲がる。
夏休みで人の姿がないこと以外は何も変わらないいつもの日常そのもの。
ただ、次の瞬間目に映ったものはあたしの心を大きく揺さぶらせた。
靴とアスファルトが擦れあう音に気付いて手許の携帯から顔を上げる。
目が合うと彼女はいつものようにケラッと笑顔を浮かべた。
「おっそ〜い」

ごっちん…。
5 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月14日(日)11時32分48秒
ごっちんは携帯を雑にバッグに突っ込むと、2、3歩近づいてあたしの顔をジロジロ眺める。
「何、どしたの? 目ぇ腫れちゃってるよ」
その言葉に思わず、そっぽを向いて目を隠してしまう。
今朝起きて鏡を見た時には自分の姿を疑った。
昨日の涙のせいで、目の周りが普段とは段違いに膨れ上がっていて、自分が自分じゃないみたいだった。
ごっちんに指摘されたせいで、急にその事と昨日の梨華ちゃんとのことが思い浮かんできて、
涙が出そうになったけど、必死に堪えた。
「ああ、昨日あんまり寝てないから…」
「ふ〜ん」
6 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月14日(日)11時33分18秒
前言撤回。やっぱりどうってことはある。
まず直視できないっていうか、ジッと見つめるあの目に視線を合わせられない。
梨華ちゃんのことがあってからはいつもだったけど、今のはそれとはなんとなく違う。
前はごっちんに対する後ろめたさがほとんどだったけど、
今はそれよりも、自分の気持ちが悟られそうで怖かった。
“梨華ちゃんが好き”
このことを悟られてしまったら、考えただけでもゾッとする。
7 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月14日(日)11時34分08秒
「ん〜どしたの?」
いつの間にか足元を見ていたあたしはごっちんの言葉で引き戻された。
いつもはボーっとしてるごっちんなのにこういう時だけは鋭い反応をする。
「あ、あぁ、剣道部まだやってるのになぁ…って思って…」
慌てて言葉を紡ぐ。心なしか声のトーンがおかしい。
「途中で『お腹痛い』って言って抜けてきた」
校舎の影で半分以上見えない格技場を見てから、あっさり口にする。
気だるそうな口調はいつもと変わらない。
「抜けてきたって…」
「あ〜ウチの先生、そーいうのあんまり厳しくないから。
なんていうの、放任主義?って言うの。勝手にやってろ。って感じなんだよねぇ。
ま、その分先輩が厳しかったりするんだけどぉ」
最後に「あはっ」とつけくわえて表情に笑顔が浮かべた。
いつもと何一つ変わらないごっちんに、なんだか拍子抜けしてしまった。
なんでだろ、あんなに気持ちを見透かされるのがイヤだったのに…、
どこかで言いたいとでも思ってたのかな。
8 名前:SHURA 投稿日:2001年10月14日(日)11時36分23秒
今回の更新分
>>3-7

>前スレの352
頑張ったつもりです。
9 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月15日(月)06時36分11秒
新スレごくろうさまです。
吉澤と後藤、二人の対決が気になりますね。。
10 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月19日(金)23時03分56秒
まだかな・・・
11 名前:SHURA 投稿日:2001年10月21日(日)23時54分16秒
「どしたの? 行くんじゃないの、バイトぉ〜」
ごっちんはほんの少し前、あたしが気付かないうちに数歩先まで進んでた。
普通、そういうのって行く前に呼び掛けない?
普段の自分なら絶好のタイミングで言えるはずのそんな言葉も今は喉の奥で止まってしまう。
「何〜? 後藤がずっとサボるとでも思ってた?」
怪訝そうな表情を浮かべるごっちん。
表情だけは何か言いたそうでも、口が動かない。
あたしはそんな感じの、不思議な顔をしていたのかもしれない。
「ンなこと…無いよ…」
「ふ〜ん、マジぃ? 何か怪し〜」
やっと出た言葉でさえものれんみたいに潜り抜けられた。
あたしの気持ちも知らないくせに…。
「ま、いいや。早く行こ」
そう言ったごっちんの後ろ、言えるはずもない台詞を押し殺して歩き出した。
12 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月21日(日)23時55分49秒
学校からバイト先までの道のりがこんなに長いなんて、
他愛もない話に何気ない顔で相槌を打つことがこんなに難しいなんて、思ってもみなかった。
いつも通りのごっちんの口から出る言葉を聞いてると、
昨日、その隣にいたはずの梨華ちゃんの姿が浮かんでくるから、
なんであたし、昨日あんなこと…
って、思ってしまう。
だから、できるだけ何も考えないように、可能な限り心をからっぽにしようとしてた。

「そーいえばさぁ…」
ごっちんは突然何かを思い出したように、視線を空に。
空の白を移したその瞳と一緒に届いた言葉は再び心を震わせた。
13 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月21日(日)23時56分19秒
「昨日よっすぃ〜んトコに梨華ちゃん来た?」
え…。
「昨日さぁ、梨華ちゃんと約束してたんだけど、珍しく来るの遅かったんだよね。
で、家庭教師って夏休みもやってるって聞いたから…。だからそうなのかな〜って」
昨日の出来事がフラッシュバックで蘇る。
俯いてる梨華ちゃん、それに言葉をぶつけた自分、一瞬だけ見えた悲しい瞳、遠ざかってく足音。
一瞬の間に浮かんだものを振り払おうとして、半ば強引に言葉を押し出した。
「…昨日…訊かなかったの?」
微かに震えてた声、ごっちんは気付く素振りは見せなかった、と思う。
「あ〜、忘れてた」
本当に今思い出したみたいに、その答えはあっさりしていて、
そんな言葉が複雑に絡まったあたしの心に入り込んで、余計に絡ませては逃げていく。
それを表情に出さないように、言葉を選んだ。
「来たよ…。で、普通にいつもの時間になったら帰ってったけど…」
なんでこんな嘘をついたのか、自分でもよく分かんなかった。
でも、本当に嘘をつきたかったのは自分自身にだったんじゃないかな、って思う。
昨日の出来事を全部無かったことにしたくて…、そう思い込もうとしてたんだって…。
14 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月21日(日)23時57分15秒
「ふぅ〜ん…」
ごっちんはさも興味無さ気に肩にかかる髪を摘む仕草を見せる。
茶色の髪の毛が指の間を滑り落ちると、視線をゆっくり向けた。
「よっすぃ〜ってさ〜…」
その唇の動きはやけにゆっくり見えて、訳の分からないもどかしさを覚えた。
「…梨華ちゃんのこと、どー思ってるの?」
2、3歩あたしより前に出て、振り返る。
CMでよく見るような草原でのアイドルの華麗なターンみたい。
どー思ってる…? あたしが…?
始めはよく伝わらなかった言葉の意味が次第に手に馴染んでいく、
ジワリジワリって自分の中に染み込むような感じ。
「え…、それってどういう意味?」
「あ〜、その…さ、自分の好きな人が周りからどー見られてるのか。みたいなのって気になるじゃん。だからさ…」
手を後ろ手組んで、後ろ向きに歩く。
いつもと変わらない表情、でもその目は真っ直ぐあたしを見据えてる。
15 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月21日(日)23時57分45秒
あたし…、梨華ちゃんのこと…、どう思ってる…?
好き…、大好き…、でも…
「ぇ…っと、別に何とも思ってないよ…、しいて言えば…」
「言えば?」
「…優等生で頭いいし、いい人だとは思うけど…」
嘘じゃないと思う。そう思ってたのは事実だから。
でも、違うんだ。あたしがホントに思ってることは…そんなことじゃない。
分かってる、分かってるけど…、しょうがないよ、こんなの。

「そっか…、そんなもんかぁ…」
ごっちんは背中を向けて空を仰いだ。表情は何も見えない。
我ながらこういうだけは演技が巧いと思った。
無意識のうちにそういう自分を演じられる。
なんて、都合のいい特技なんだろ…。
嘲笑う、っていうのはこういうことを言うんだろうな。
自分がおかしくてたまらない。
でも、それと同時にものすごく悲しくて、悔しくて…。
だから、その後ごっちんが何も喋らなかったのは、ほんの少しだけあり難かった。
16 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月21日(日)23時58分31秒
ふたり無言のまま、中澤さんの店が近づいて来た時、
「あ〜」
ごっちんは何かを思い出して立ち止まった。
「んあ、そーだ後藤予定あったんだ、忘れてた。やっぱ今日もバイト休むから。」
「え、予定って?」
「デート」
あ…。
「じゃ、今度こそバイト行くから、裕ちゃんとやぐっつぁんには何とか言っといて」
一方的に言い残して、ごっちんはあっという間にいなくなった。
去り際のごっちんの後ろ姿から声が聞こえた。
違うのかもしれない。でも、あたしにはそう聞こえた気がしたんだ。
「…うそつき…」
って。
17 名前:SHURA 投稿日:2001年10月22日(月)00時07分47秒
今回の更新分
>>11-16

>9さん 
対決ですか。
互いに石川の気持ちは相手にあると思ってるので、
そういう気持ちのくい違いが出せればとは思ってたんですけど、どうですかね。
>11さん
スミマセン…、コンスタントに更新しようとはしてるんですけど。

前スレに保存庫のリンクが貼ってあるんで暇だったらどうぞ。
18 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月22日(月)06時07分38秒
う〜ん、よしごまの鍔迫り合いがタマラム…
新曲は男前班・よしごまが女の子・梨華を奪い合う設定だったら萌えれたかも(w
19 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月23日(火)19時36分04秒
外界と比べて空調のガンガン効いた室内。
この日は普段より涼しい日だったから、少し肌寒く感じて思わず腕の辺りを摩った。
「おっす、よっすぃ〜」
「矢口さん…」
店の準備中に付ける真っ白な蛍光灯の中、やや中央寄りのテーブルに矢口さんがいた。
フロアにはふたりだけ、中澤さんはまだ奥で寝てるのかな。
矢口さんは半分程まで読んだファッション誌から顔を上げて、軽く顔色を伺う。
「何か元気ないんじゃない、何かあった?」
矢口さんは鋭い、あたしなんかのことすぐに見抜いてしまう。
あたしがほとんど繕ってなかったこともあったけど、そんなことしなくてもこの人にはかなわない。
「あ、はぁ…」
「ふーん、まー言いたくないこともあると思うし、矢口は何にも聞かないよ」
と、再び視線を手もとに戻す。
こういうことが矢口さんの優しさなんだろうな。
何気ない顔でいつも気にかけてくれる。
でも、強引に詮索しようともしないから、話さない限り聞いてこようとはしない。
さり気ない優しさ、こういうところに昔の自分は憧れてたんだと今更ながら思った。
20 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月23日(火)19時36分39秒
「矢口さん」
「ん、何?」
めんどくさそうにまた視線を向ける。
「…つーか、聞いてくれますか?」
「は?」
微かに差し出された救いの手、知らず知らずの内にあたしはそれにしがみ付いていた。
自分1人じゃ重すぎる、こんなこと。
そう考えてたから、誰かに話せば少しは楽になれるのかな、って思った。
「いーよ、じゃ座んなよ」
矢口さんの就いていたテーブルの正面に座り、バッグをすぐそばに置くと、深く息を吸った。
ある程度頭の中を整理して、ゆっくり口を開いた。
昨日の出来事、梨華ちゃんを好きな自分に気付いたこと、さっきのごっちんのこと。
何一つ包み隠さず、ありのままの自分の言葉で話した。
一言一言自分の口から言葉が出る度、「ふーん」って、矢口さんは頷いてくれるし、真剣に聞いてくれる。
正確には違うんだろうけど、この苦しみを共有して貰えてる気がして、心なしか余裕ができたように感じた。
21 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月23日(火)19時37分09秒
「で…?」
全部話し終えた後、頬杖の恰好の矢口さんはまるで続きを促すみたいに訊いてきた。
「え…?」
「だからぁ、今後よっすぃ〜はどうしようと思ってるわけ?」
「どう…って、あたしは別に…」
今後…、考えたこともなかった。
ただ自分の気持ちを整理することだけでいっぱいだったから。
でも…、それだけじゃないってことも…、どこかで分かってはいたんだと思う。
「別にって…、せめて気持ち伝えたりとかさ、しようと思わないの?」
気持ちを伝える…。
そんなこと…、できるわけないよ…。
「だって、梨華ちゃんはごっちんと付き合ってるんですよ。
梨華ちゃん、ごっちんのこと好きらしいし…。
だから、あたしがそんなことしたって、無駄じゃないですか。
それに、梨華ちゃんだってあたしのことなんか、
ただの家庭教師に行ってる高校の後輩ぐらいにしか考えてないんですよ」
22 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月23日(火)19時38分34秒
梨華ちゃんがごっちんのこと好き。
梨華ちゃんの口から梨華ちゃんの言葉で聞いたことじゃない。
でも、この時点でのあたしにはそれは梨華ちゃんが言ったのとも同然だったんだ。
小さな不安がまた大きな不安を生んでって、そうして自分がますます惨めに思えてきて…。
「はぁ? なに決めつけちゃってんの」
突然、もやもやを蹴散らすように降りかかってきた低い声。
「そのさ…矢口だってうまく言えないけどさ。
相手が誰を好きだとか、自分をどー思ってるのかとかさ、そんなのは相手が決めることじゃん。
絶対に自分で決めることじゃないじゃん。少なくとも矢口はそう思う」
一気にまくしたてられた言葉たちは、全て真っ直ぐにあたしまで届いた。
「でも…」
どこかでそれを受け止められない自分がいる。
23 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月23日(火)19時40分09秒
「でもじゃないよ。もしかして結果が怖いの? 結果なんて怖がってたら一生振り向いてもらえないよ」
「そんなんじゃ…」
「何うじうじしちゃってんの、ンなのよっすぃ〜らしくない。
少なくとも矢口の知ってるよっすぃ〜はそんなんじゃなかった。
あー、矢口何言ってんだろ、悪い…、ちょっと考えさせてくんない?」
立ち上がった矢口さんは店の奥へと消えてった。
矢口さん…、ごめんなさい。
24 名前:SHURA 投稿日:2001年10月23日(火)19時42分25秒
今回の更新分
>>19-23

>18さん
そうだったらどれだけイイことか…。
25 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月25日(木)03時29分54秒
へたれてるヨッスも(・∀・)イイ!
26 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時16分04秒
ひとり残されたあたしは静かな空間の中、記憶の隅に張り付いた矢口さんの言葉を思い出してた。
「決め付けてる…か…」
だって…、しょうがないじゃん…。
矢口さんの言う通りだよ。怖いんだ、きっと。
先のこと考える度、悪いビジョンばっかり浮かんでくる。
そんなことになったら…。
そんなの…、考えたくないよ。
27 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時16分34秒
「あれ、吉澤来てたん?」
関西弁独特のイントネーション、
その方向を向けばひどく眩しい金色と、それと比較できないほど真っ白なシャツ。
白という色に似つかないほど色気丸出しのルーズな着こなしが見事にはまってた。
袖のボタンを器用に留めながら現れた中澤さんはそのままカウンターへと入ってった。
「何かあったん? 矢口、なんかいつもと違ってたけど」
「はぁ、まぁ…」
「なになに、どないしたんよ?」
興味津々丸出しで、カウンターから身を乗り出してくる。
矢口さんとは反対に、人のことに首を突っ込みたがるこの人のこと。
必然的に中澤さんにも話すことになったことは言うまでもない。

28 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時17分10秒
「な〜るほど、遂によっさんも気付いたっちゅうわけか、へぇ〜」
「からかわないでくださいよ」
「あ〜、ごめんごめん」
子供みたいだ、この人は。
人が真剣に悩んでるっていうのに、変にからかったり…これじゃ矢口さんの方が全然大人じゃん。
「まぁ、そんなんじゃ矢口が怒るのも無理ないで」
「そーですか」
自然と言葉も荒くなる。
「でもな、矢口もあれで結構吉澤のこと気に入ってんねんで」
「え…そうなんですか?」
「あんたとごっちんが初めてココに来た時な、
『もうええ』っちゅうてんのに昔のあんたらの話ばっかり、あーだったこーだったって。
それが珍しく感情剥き出しでえらい嬉しそうなんよ、
見とって裕ちゃんちっとばかしジェラシーやったで〜、ホンマ」
知らなかった…、そんなこと。
29 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時17分40秒
「自慢の後輩っちゅうか、ええね、そうゆうんて。なんか青春って感じやわ。
でも、アンタが石川のこと好きやなかったら張っ倒してたと思うけど、この鉄拳で」
って、指輪のついた右手をブンブン振りまわす。
殺す気ですか…。
「ま、せやから、そういうアンタは見たないんやろ。
大事なものの形は崩したくないっちゅうんか。
なんか、子供みたいやけど、らしいっちゃらしいわな、そんなん」
それを聞いてなんだか矢口さんに申し訳なくなった。
そんな風に考えててくれたのに、あたしは自分の考えばっかりで…。
30 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時21分04秒
「話は戻るけど、ま、ウチは『告れ、告れ』とは言わんよ。
なんだかんだ言っても、最後に決めんのは自分やからな。
ウチがなんぼ言ったって影響はゼロやないんやろうけど、
そーゆーもんって、やっぱ自分の意思っちゅうもんが大切なんとちゃう?
せやないと、伝わるもんも伝わらんと思うで、うん。
あ、もしかして今、ウチええこと言った? そう思わへん? あ、思わない」
淡々と、でも重みのある中澤さんの言葉は真っ直ぐ伝わる矢口さんのと違って、するすると滑り込むみたいに届く。
どこかコメディタッチだけど説得力のある意見はやっぱりこの人も大人な証拠なんだろな。
早くこんな考え方が出来る大人になりたいと思った。
31 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時21分42秒
「なぁ、よっさん」
「はい」
その時の中澤さんに思わず、息を呑んだ。
真っ直ぐ見据える目は真剣そのもの。
普段も威嚇するみたいな視線は飛ばすけど、それとは違ってた。
「アンタ、ほんまに石川のことが好きなん?」
あたし…梨華ちゃんのコト…好き。
心の中、小さな呟きは自分自身に言い聞かせる言葉。
「…はい」
「錯覚とか幻覚なんとちゃう、心の底から好きやって、自信もって言えるか?」
錯覚…幻覚…例えあたしが見てきたものが全てそんな名前のものでも、
この気持ちだけは違う、これだけは確かなホントの気持ち。
「…はい」
そう言うと、途端、中澤さんは顔を緩ませた。
「ほんまや、やっぱりその熱視線は恋してる目ぇやね。なんだかんだゆーても石川のことしか映ってへん」
いつの間にか中澤さんをジッと見つめてた自分に気付く。
急に恥ずかしくなって横を向いた。
32 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時22分22秒
「お、何恥ずかしがっとんねん。今更隠すことちゃうやろ」
「そ、そんなんじゃないですよ」
目を逸らすあたしをニヤニヤしながら目で追いかける。
うぅ…なんかムカツク。
「まぁええわ。でな、そんなに自分の気持ちに素直になれることって、人生そんなあるもんとちゃうと思うで。
今やっとかんと次はいつくるか分からんよ、そんな機会。
何が正解、不正解とかちゃうけど、どの方法が一番後悔しないかなんて、自分でも分かるやろ。
それはとっくに誰かさんが言ったみたいやけど…」
あたしは何も言わなかった。
中澤さんはそれを無言の肯定と受け取ったみたい。
「うん、ええ子や」
わしわしって髪の毛をかき混ぜる。
乱暴な手つきだけど、不思議と不愉快さは全然なかった。
33 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時25分19秒
一通り頭をごちゃ混ぜにされた頃、心の中、気持ちはひとつに固まった。
立ち上がって中澤さんと向き合った。
「あたし、やっぱり大好きです」
「な、なんやの…ウチに告白してどないすんねんな。惚れたらどないすんねん」
あたふたする。さっきまでの大人ぶった余裕な表情は嘘だったかのように消えた。
「何言ってんスか、梨華ちゃんがですよ、梨華ちゃんが。今のは心の準備ってヤツです」
「そ、そんなん分かっとるっちゅうねんな、バ、バカにすんなや。
そうやぁ心の準備は大切やで〜マジで。よっさんも分かっとるやないの、いや〜ホンマに…」
中澤さんは苦し紛れの言い訳を残して開店準備へと入った。
仕返しが出来て心の中で小さくガッツポーズ。
34 名前:伝いたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年10月29日(月)04時25分56秒
あたしは傍のスツールに身を預け、天井を見上げた。
そこには光の束、あまりの眩しさにまぶたが下りる。
まぶたを通して届く光の向こうに一瞬だけ笑顔の梨華ちゃんが見えた気がした。
あの笑顔がもう一度見たいから、誰よりも近くであの声が聞きたいから。
だから、もうちょっとだけ頑張ってみたい。
気付けば、さっきまでの恐怖心はどこか薄くなっていたように思う。
ふたりには後で「ありがとう」って言わなきゃな。
教えてもらった。先のこと考えるより、今の自分の想いを大事にすること。
そう、ずっと伝えかったんだ、この想い。
だから、あとは勇気だけ…。
ほんのちょっとだけの勇気。
35 名前:SHURA 投稿日:2001年10月29日(月)04時30分08秒
今回の更新分
>>26-34

>25さん
ココのよすぃは基本的にヘタレな方向です。
36 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月29日(月)06時05分47秒
ああ、いよいよ・・・
永かったなぁ
37 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月29日(月)17時13分25秒

ガムバレ!!よっすぃ〜!!(T△T)
38 名前:Charmy Blue 投稿日:2001年10月29日(月)20時57分23秒
ついに、よっすぃー告白ですか。がんがれ!T_T
39 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月10日(土)16時37分32秒
まだかなぁ・・
40 名前:ちび 投稿日:2001年11月11日(日)01時25分27秒
待ってますよ〜
ヘタレよっすぃーいいかんじ
41 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時13分54秒
「…うそつき…」
背中に感じるよっすぃーの視線。
目の前に映る狭い路地に向かって呟いた言葉…よっすぃーは聞こえたかな。

みんなヒキョウだよ、あたしにウソばっかりついてさ。
あたしは何にも悪いコトなんかしてないのに…、
ただ人を好きになって、その人のこと一生懸命に想ってるだけじゃん。
それだけなのに、どうしてあたしだけこんな想いしなくちゃなんないの。
デートなんてウソに決まってんじゃん。よっすぃ〜もあからさまに「しまった」って顔してさ。
あたしの気持ちなんか分かりゃしないくせに…。
42 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時17分29秒
電車を待つホーム、いろんな人が流れていく中、ただ何も考えないように、何も思い浮かばないようにしてた。
何か考えてると、それが全部梨華ちゃんに繋がって、すぐに悲しい想いが蘇ってくるから。
何度か目の前に電車が止まっては流れていったけど、何でか分かんないけど乗る気にはなれなかった。
ただホームの中、なんかあたしだけ時間が止まったみたい。
何かに縋るみたいに近くに立つ鉄柱に寄りかかると、不意にコツンと頭をぶつけた。
虚しさが急に入り込んできて、なんだか世界にはあたしひとりしかいないみたいに感じた。
43 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時18分29秒
これで何度目だろ、電車の到着を知らせるアナウンスが響いて、周りを行き交う人達が一層動きを激しくする。
騒音の中、ぶら下げたバッグから伝わるメロディは小さな思い出。
梨華ちゃんとアドレス交換した時、梨華ちゃんだけ特別に設定した着メロ。聞き間違えるわけない。
あの時はこんなちっちゃなことにも照れて笑ってる自分がいたっけ。
その時のことを思い出したら、自然と笑っちゃってた。何でだろ。
『今から会えないかな?』
きっと色々悩んだ挙句の結果なんだろな、懸命に言葉を選んだ跡が何となく見える。
携帯を片手に頭を抱えてる梨華ちゃんの姿が思い浮かんだ。
『いいよ、ドコで?』
手早く返事を返信すると、一分と待たずに同じメロディがまた、
『あの公園はどうかな?』
あの公園…って、あたしが告ったトコかな…。
自然と浮かんでくるいろんな想い。それを振り払おうと携帯に指を走らせた。
『分かった、今から行く』
目の前の扉がプシューと音をたてて閉じるのを見届けると、それに背を向けた。
44 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時19分51秒
『後藤さ…、梨華ちゃんのこと、好き…になっちゃったみたいなんだよね…』

『あたしも真希ちゃんのこと、そういう風に好きだよ』

いつだっけ、そんなことあったっけ。
すんごい濃い記憶。思い出すのに1秒とかからないくらい鮮明なヤツ…。
あ、そっか…それってつい最近じゃん。
なんだか…遠い昔の話みたい。
45 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時21分56秒
公園の仕切りを跨いだ瞬間、胸がドキッとした。
ベンチの上で手元を見つめてる、頼りなさそうに膝の上で組まれた手は何だか寂しげな感じ。
曇り空の下、佇む小さな姿に吸い寄せられるように近づいていった。

「梨華ちゃん…」
近づいて声をかけるとビクッとする。なんだか猫みたいだ。
「真希…ちゃん…」
「何かあった? 急に呼び出しちゃってさ」
隣に座る。自然とふたりの間は広がってた。
声の感じはできるだけ明るく、視線は何もない正面を向いて、前回のことは忘れた振り。
あの時のコトとか、自分にとってイヤなコトとか、できるだけそういう言葉は聞きたくなかった。
46 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月11日(日)05時22分41秒
「真希ちゃん」
ほんの少し間が開いて、急に声が聞こえた。ゆっくりだけど重い響き。
その方向を向いて映ったのは深い真っ黒な瞳、見つめられると動けなくなる。
「あたし…真希ちゃんのこと…好きだよ」
予想とは違ってた。それでも、梨華ちゃんの心の中はなんとなく分かる。
「だから…大丈夫だよ。その…キ、キス…とか、どんなことしても…あたしは大丈夫…だから。
あの時はいきなりでほんの少し驚いちゃっただけ…」

少しブルブルしてる声が心に痛かった。
いつからあたし、こんなコトしか言わせるコトできなくなくなったんだろ。
このまま梨華ちゃんを奪うコトは簡単なんだと思う。
でも、でもあたしがホントにしたいのは…して欲しいのはこんなコトじゃないのに…。
47 名前:SHURA 投稿日:2001年11月11日(日)05時38分17秒
今回の更新分>>41-46

>46さん
ゴメンナサイ…まだです。
>47さん
きっと頑張ることでしょう。応援しててください。
>Charmy Blueさん
早くそこに辿り着きたい気持ちはあるんですけど、
何分とゴチャゴチャしてます。
>49さん
間隔が開いたのは、諸事情というか…書けなかっただけです。スミマセン。
>ちびさん
自分もこのよっすぃ〜は気に入ってる所があるので、
そう言ってもらえれば嬉しいです。
48 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)15時09分44秒
後藤視線も切ない・・・
49 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月18日(日)08時53分01秒
待ってま〜す
50 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月21日(水)03時15分14秒
いたい。。
続きが読みたいです。
51 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時13分08秒
「あのさぁ…」
喉からやっと出た声は少し掠れてた。
別に絞り出したってワケじゃないから、心ン中のぐるぐるがそのまんま出たんだと思う。
「え、な…何?」
あたしの言葉を待ってた梨華ちゃんは、恐る恐る返事をしたみたいに感じた。
だけどあたしは気付かない振り。
「じゃあさ、ひとつ訊いていい?」
「…うん」
細い髪の毛を揺らせてコクンって小さく頷いた梨華ちゃんが横目に見えた。
その向こうで周りの木々が緩い風にカサカサ音を立てて、小さな空間にその音だけが広がってく。
「梨華ちゃんってさぁ…よっすぃ〜のコト…、どー思ってんの?」
案外あっさり言えた。
ずっと触れるのが怖かったけど、
こんなハンパな関係も、そっと与えられるハンパな気持ちもどっちも我慢できなかった。
正直、辛かった。
52 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時13分54秒
「……」
俯いた梨華ちゃんは言葉に詰まってる感じ。
それだけで何となく答えは分かるけど、あたしは梨華ちゃんの口から聞きたかった。
どーせなら確かな言葉が欲しい。全部バラバラに砕けちゃうくらいに強烈な一言が。

あたしはただ、好きになるだけじゃなくて好きになってほしかった。
好きになるだけじゃ物足りない…。
それだったらいっそのコト終わっちゃったって…。
53 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時14分24秒
でも、梨華ちゃんの口は開かないまま時間は過ぎてって、
いつの間にか変に重い空気がこの辺りを埋め尽くしてた。
「答えられない…か、じゃ質問変えるよ…」
その言葉にまたコクンって梨華ちゃんは頷いた。

「梨華ちゃんの一番好きな人って誰?」
梨華ちゃんがウソつけないのは知ってたけど、例えウソでも信じるつもりだった。
辛い想いするのははイヤだけど、
ウソでもそーゆー言葉が聞ければ、あともうちょっとだけ頑張れそうな気がしてた。
54 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時15分35秒
…だけど気付いちゃったんだ。
気持ちが通じ合ってるとか、そんなんじゃない。
少し前だったらそんなの『運命』と勘違いしてたかもしんない。
でも、今のあたしにそんな幸せな考え方って足跡しか残ってないから。
梨華ちゃんの心の中、ほとんど占めてるのが誰なのか。
でも、梨華ちゃんはあたしを傷つけるような言葉は言わないコト。
そんで、それが余計にあたしを傷つけるコトも。
今ここで、梨華ちゃんの隣でいっぱい気付いた。
ううん、ホントは最初っから頭ン中にあったのかもしんない。
でも認めたくなくって、だから見えない振りをして、なかったことにして…。
…うん、たぶんそうなんだ。
55 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時16分09秒
「言えない…よね…」
さっきと同じ、何か言おうとするんだけどドコかためらってる、
そんな梨華ちゃんを横目で見てから立ち上がった。
梨華ちゃんは俯いたまま、下唇を噛み締めていた。
「逃げてばっかじゃん…」
ふたりとも、って言葉は喉の奥で止まった。
分かんないけど、最後の抵抗だったのかもしれない。
「後藤と梨華ちゃんってまだ付き合ってるよね」
最後の質問に微かに動いた口元から聞こえたのは、ホントに小さくて振るえた声だった。
「ごめんね…」
それを聞いて、何も言わないまま薄い灰色の空気の中を踏み出した。
56 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年11月24日(土)14時16分50秒
「伝わんないのかな…」
曇り空に呟いた言葉は誰も答えてくれなかった。
返ってきたのは夕暮れ時のひんやりした風。
身体ン中まで入ってきて心をブルッて震えさせた。
そん中、ひとつ決心した。
57 名前:SHURA 投稿日:2001年11月24日(土)14時21分55秒
今回の更新分
>>51-56

>48さん
切なくさせるだけがとりえなんで、そういうお言葉嬉しいです。
>49さん
待たせてスミマセンでした。色々ありまして(言い訳…。
>50さん
ホントに遅くてスミマセン。
もうちょっとスピードアップするよう心がけます。
58 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)15時25分11秒
この後藤、なかなか大人やなぁ・・・
59 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月27日(火)05時47分16秒
ゴッチン…
60 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月01日(土)19時37分47秒
好き…。

薄いブルーの天井へそっと投げた言葉はエアコンの音で真っ白にかき消された。
それを見届けると少し時間をかけた瞬きをしてため息をつく。
あの日からもう3日が経とうとしていた、その3日間何をしたのかは殆ど覚えていない。
たぶん、今と同じ様に幻想の人影に向かっていたんだと思う。
61 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月01日(土)19時38分17秒
言葉はもう心の中にある。それこそ暗記してしまうほど暗唱もした。
だけど、
携帯の液晶に梨華ちゃんの番号を浮かべて、じっと見つめる。
こんな動作さえ何度繰り返したか分からない。
あと一歩がどうしても踏み出せない。
行き場を失った指を一気に畳んで携帯を投げ捨てた。
…今更なんて言えばいいんだよ…。
苛立ち任せな一言をぶつけてしまったから、最低な態度をとったから、
だからきっと梨華ちゃんもあたしのこと、よく思ってないから。

…違う。まただ。矢口さんが言ってたのに…、問題はあたしなんだ。
62 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月01日(土)19時38分47秒
髪の毛を掻き毟ってベッドから起き上がるのと同時に、少し遠くに投げた携帯が音を立てた。
手を伸ばして裏側から掴む。表を反した時、液晶に浮かぶ文字は鼓動を少し早めさせた。
ジッと見つめた後、一息置いて電話に出た。
『もしもし、よっすぃー』
「何、ごっちん?」
真剣な声にごっちんは少し驚いた反応を表したけど、
すぐに自分のペースを取り戻して、話を切り出した。
『あのさぁ、急で悪いんだけど今から出てこれる?』
「別にいいけど、何で?」
『…梨華ちゃんのコトなんだけど…』
63 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月01日(土)19時39分18秒
それに対し続く言葉が出ない。
「うそつき」あの時のごっちんの言葉がどこからか聞こえて、
どうしようもないあの時の気持ちがチクリと胸を指した。
通り過ぎていく沈黙、携帯の向こうから小さな吐息が聞こえた。
『大丈夫だよね』
ごっちんは何も言わないあたしに対し、
勝手に都合を決めつけると細かな場所の指示だけをして電話は途切れた。
『じゃ待ってるから』
そう最後に聞こえた言葉はいつものごっちんとは違う、
何となく悲しそうな響きがして、それがやけに胸の中に引っかかっていた。

理解できない疑問と膨れ上がる怖さ、小さい期待を抱えたまま外に出る準備をして、玄関を出た。
見上げた空は灰色の濃い雲が一面を埋め尽くしていて、
心を押し潰すような、息苦しい感じがした。
迷った挙句少しだけ引き返すと、玄関にあった青い折り畳み傘を片手に持ち、待ち合わせ場所へ向かった。
64 名前:SHURA 投稿日:2001年12月01日(土)19時46分37秒
今回の更新分
>>60-63

>58さん
いつの間にか大人になっちゃいました(;^^)
>59さん
後藤さんには辛い思いさせちゃいましたね。
65 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月03日(月)04時00分18秒
対決の時が・・?!
あ〜これ自分がもし吉澤の立場だったらすごい怖いなぁ(w
66 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)21時58分31秒
待ち合わせ場所に着いて、ひとり空を見上げてみた。
もうすっかり空は雲が覆ってて、光の刺す隙間なんか見当たらない。
雨の予感に、天気予報を信じてれば良かったと遅い後悔が浮かんだ。
それでも雨はキライじゃない。
イヤなコトがあった時は晴れより雨の方が落ち着く。
悲しいコトとかイヤなコトとか全部、雨がどっか遠くまで流していってくれるような気がするから。

右左に大きく延びた川縁の道には2色のレンガが交互に敷き詰められてて、
幅の広い河の向こう側には周りの建物より一際大きい観覧車が静かに回ってる。
その中ではカップル達が愛の言葉を交わしたりとか、手を取り合って笑顔を浮かべてたりとか、
ちょっとだけHなこともしちゃったりしてるんだろうな。
67 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)21時59分26秒
なんであんな風にうまく出来なかったんだろ。
自分ではちゃんと出来てたつもりだったのに。
何が悪かった、何が足りなかった。
考え出したらきりが無いよ。
あの時、ああすれば。だなんて何回思ったんだろ。

でも、もう後悔しても遅い。決めたんだ、最後にするって。
梨華ちゃんの傍にいる方が傷ついてくことが分かったから。
もうこれ以上傷つく勇気なんて、きっとないにきまってる。
だからもう戻らない。
68 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時00分13秒
「そろそろ来ると思ってた」
ジャリって地面を踏みつけるそんな音が視界の外から聞こえた。
振り向くとそこには今でも夢にも出てくる愛しい人の影。
「真希、ちゃん」
きっと不安でいっぱいな心とは違って、その表情はいつもの穏やかな笑顔が浮かんでた。
あたしはその姿に笑顔で手を上げて応える。
作り笑いなんかじゃない。梨華ちゃんは悲しい想いだって嬉しい想いだって掻きたてるんだ。
だから例え心が寂しくても顔は笑顔になる。

ふたりで並んで河の向こうの観覧車に目を向けた。
初めて見る光景に梨華ちゃんは少し驚きの顔を見せてた。
だけどあたしだけは、これから来るだろう悲しみの予感に胸打たれてたんだけど。
69 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時00分55秒
「この場所ね、お姉ちゃんとふたりで来たことあってさぁ、そん時から好きなんだよね。
夜になるとね、観覧車のイルミネーションが水面に映ってすんごいキレーになるんだ」
「へー、きっと綺麗なんだろうね」
不安の裏、誰かのために作られた笑顔が胸にチクリ。

平静を保ってたあたしにも嫌な想いが通り過ぎる。
ほんの数日前あんなことがあったのに、なんでこんななんだろう。
そんな自分が許せなくて、苛立って、あっと言う間に乾いた心の中は水を欲しがってる。
「あのね…」
予定は少し早まった。
「ん?」と顔を向けた梨華ちゃんの顔は心なしか自然な笑顔だったようにも思えたけど、
走り出した想いはもう止まらない。衝動的。
70 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時01分42秒
「後藤さ…疲れちゃったかもしんない」
トーンの落ちた声に梨華ちゃんは途端表情を濁す。
「だからこれで最後にする。もうハッキリさせたいんだよね」
あたしの視線は真っ直ぐ何もなかったように回る観覧車に注いでた。
「もう1回だけ訊く…、梨華ちゃんの一番好きなのは誰?」
横目で見えた梨華ちゃんの顔はあの日と同じ感情を浮かんでた。
そんな顔に自分の言ったことに後悔が生まれる。
あのままだったらもしかしたら…、って。
そんな気持ちを振り払うみたいに「これでいいんだ」自分に言い聞かせて言葉を続けた。
「もしそれ後藤だったんなら一緒にどっか行こ。
どっか遠い、だれにも邪魔されないようなトコがいいな。
で…、もし後藤じゃなかったら後藤はひとりで帰る、人ココに呼んでるから。
誰かってのは梨華ちゃんが一番分かってんじゃないのかな」
梨華ちゃんは初めて反応らしい反応を見せた。やっぱり…。
言わなくとも誰なのか梨華ちゃんが一番知ってる。
71 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時03分06秒
きっと梨華ちゃんの中、いろんな想いが巡ってる。
ほんの少しでもその中に自分がいられたら嬉しいかな。
大部分はあたしじゃない誰かと見た景色が流れてる。
それを塞き止めるのはきっとあたしへの感情。愛情…じゃないよね。
…やっぱり悲しいよ、そんなのって。

「逃げないでよ」
終わりをはやし立てる言葉。誰に向けられてる? きっと自分じゃない。
カウントダウンはゆっくり進んでいく。止める手立てなんて誰も持ってない。
「後藤は大丈夫だよ」
ウソ。ホントは自分が一番怖がってる。
今から投げかけられる言葉にも、形だけだったとしても向けられなくなる視線にも。
もう何も失いたくないのに、大事なものはずっと傍に置いておきたいのに。


目の前の河にポツンと雨が落ちた、それはあっという間に斑模様を作ってく。
ポツリ、ポツリと地面に水滴が落ちて、レンガを別の色に染める。
「あ、たしは…、」
梨華ちゃんが口を開いたとき、全ての雑音は聞こえなくなった。
72 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時04分50秒
傘持ってきてよかった。
数分前に降り出した雨はあっという間に勢いを激しくし、
その滴に、折り畳みにしては大き目な傘は頭上でパラパラと音をたてていた。

側を流れる河にも雨は降り注ぎ、数時間後にはそれなりに水嵩が上がりそうに思える。
パシャパシャと水を弾かせながら足を前に運ぶスニーカーは既に半分以上色が変わっていた。

梨華ちゃんのことって…。
ごっちんはきっともう知っている。あたしの梨華ちゃんへの気持ち。
『ウソつき』
あの時、あたしは嘘をついた。
知られてくなかった。恥ずかしかった。
それでも、今だったら言える気がする。
「あたしだって梨華ちゃんのこと好きだよ」
言えなくてもいい、でも否定はしない、絶対。
せめて、ごっちんからは逃げない。
裏切りと思われたって構わないから。
73 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時05分32秒
雨の壁の向こうに人影が見えた。
茶色のロングは雨に濡れて頬に張り付き
Tシャツは殆ど水分を吸い尽くしている。
それは最後に見たごっちんの姿とは違って、ずいぶん小さく、儚げに見えた。

「あ、よっすぃ〜…」
数メートル前に来てやっとあたしの存在に気付いたごっちんはいつもと同じ、あっけらかんと笑う。
それでも何か抜けている。ごっちんを作る何か、その要素がぽっかり消えていた。
74 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時06分40秒
「ごっちん、傘入りなよ」
柄を握る右手を前に差し出す、傘の下からはみ出た背中に雨が落ちる。
「あぁ、もぉいいや、とっくにずぶ濡れ」
「でも…」
言いかけたあたしに重ねるようにごっちんは口を開いた。
「雨ってさぁ〜」
俯き表情は見ることはできない。
軽いトーン、だけどその中には悲しみが垣間見えた。
「なんかイイよね」
僅かに見える頬を滴が伝っていく。顎に辿り着き滴は地面に落ちた。
「悲しい涙とかさぁ、流してても気付かれないじゃん」
「ごっちん…」
さっきまで言おうと思ってた言葉は、喉の奥まで来てたのに出ることはなかった。
かける言葉は見つからない。
こんな時は自分の浅はかさが嫌になる。

「あっち、梨華ちゃんいるよ」
「え…」
「行ってみたら、よっすぃーも正直になった方がいいよ」
パシャパシャと水溜りを叩きながらすぐ傍を通り過ぎていく。
その時、ごっちんの頬を濡らしていたのは雨か、それとも涙なのか…。
振り向くとその背中は痛々しいほどに切なさが溢れていた。
あたしは雨の壁の向こう側にその姿が消えるまで、傘の下その姿を見ていた。
75 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時07分16秒
梨華ちゃんがいる。
その言葉に、知らず知らすのうちに走り出していた。
会いたい…。
気持ちを伝える伝えないの前にただその姿を傍で見たかった。
76 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時07分58秒
その姿はすぐに見つかった。
「梨華ちゃん」
眩く光る街灯の下、小さな身体はずぶ濡れで、着ていた白いシャツは肌に張り付いていた。
「ひとみちゃん…」
久しぶりのその響きにあの日悲しみを浮かべた梨華ちゃんの表情が思い出される。
苛立ちで罵ってしまった自分、何よりもバカだった。
心の中で首を横に振った。
もうあの事実は消せない、でもその後悔の分だけ想いは強くなっているはず。

「傘…」
さっきと同じように差し出す。
「え…、あたしもうずぶ濡れだから、それよりひとみちゃんの方が使ったほうがいいよ」
そう言う梨華ちゃんに傘を押し付けて無理やり握らせた。
一歩下がり傘の下から出るとみるみる内に身体は濡れていく。
更に一歩下がる、背中には街灯を支える白い鉄柱。
目の前には目を向けられない程眩しい梨華ちゃん、その後ろには光で彩られた観覧車。

「あ…あのさ、言いたいことあるんだ」
「え…あっ…な、何?」
「あのね…」
77 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時08分49秒
あたし、ずっと梨華ちゃんのこと好きだった。

でも、そういう気持ち自分でもよく分かんなかったんだ。

だってあたしも梨華ちゃんも女の子だし、それに梨華ちゃんはあたしの先生で、

しかも、ごっちんは梨華ちゃんのこと好きになっちゃうし。

相談されてさ、そんなことされたってどうしていいか分かんないじゃん。

結局応援するなんて言っちゃってさ、バカだよねホントはきっとごっちんよりも好きなのにさ。

やっと自分の気持ち気付いてもさ、その時はもうふたり付き合ってて…諦めようともしたんだよ。

でもダメなんだ、後姿の似てる人とか街で見ちゃうと急に会いたくなるし。

寝る前とか考えちゃうと、もうどうしようもなくなっちゃうんだ。

はは、何か可笑しいね、こんなのって。

…好き、です。

もう遅いって自分でも分かってるけど、これだけ言いたかったんだ。

大好きです。

梨華ちゃんのこと、ホントにホントに好きなんです。
78 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時09分26秒
「あ…その…」
言葉が出ない。
ずっと考えていた言葉、口に慣れるくらい暗唱した言葉、
目の前を通り過ぎていくだけで、言葉にはなってくれない。

なんで、こんなはずじゃなかった。
最後の最後まで何やってんだろう…あたし。
違うんだ、やりたいことは…、
だから…、だから…、伝えたかったんだ。
せめて、ホントの気持ち、とか。
…だから、好きっていう想い。
79 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時10分11秒
「好き…」

やっとの思いで出た言葉は梨華ちゃんには聞こえただろうか。
掠れた声はあっという間に雨に呑まれ、きっと聞こえなかっただろう。
それでもそれを合図に、喉の奥から次々と想いが込み上げていく。
制御は効かない。貯め込んだ想いは中身を残さないくらい一気に流れ出していった。

「好き…好き好き好き! もーどうしようもないくらいに大好き!
好きだよ! 梨華ちゃんが大好きだよ。
あーあたし何言ってんだろ、分かんないよ。
でもダメなんだ、梨華ちゃんのこと好きでたまんないよ!
こんなに好きになったことなんて初めて、自分でも自分がどうなってんのか分かんないんだ。
そんぐらい…、訳分かんないくらい…梨華ちゃんが好きだよ!」

言い放った声に再び雨の音が被さり、残ったのは沈黙という闇の音。
真っ白だった視界は色を取り戻し、少しずつものを映していく。
その真ん中には愛しい姿、表情は…もう読み取れない。混乱してて自制が効かなくなっていた。
80 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時11分05秒
ダメだ…、考えてたことの少しも言えてない。
急に力が抜けて、どっと疲れが襲ってきた。ここまで走ってきたんだ、無理もない。
街灯の鉄柱に寄りかかると、そのまま座り込んだ、お尻が濡れるのも気にならなかった、
カッコ悪過ぎるよ、こんなのじゃ…。
すぐ側の水溜りに輪郭が映っていた、でもそれは雨がぐちゃぐちゃに歪ませていたまがい物。
雨に濡れる身体が急に寒くなる。想いの抜けた身体は寒がりなのかもしれない。
最後の最後まで何やってんだろう、あたし。こんなんじゃダメだよ…。
81 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時11分39秒
その時見たものは幻。蜃気楼、夏の夢。

歪んだ顔を映してた水溜りに手が沈んでいく、自分のじゃない、誰か違う人。
視界の隅にはあたしの青い傘が倒れていて、水の粒が滑り落ちていく。
空気を暖かい温度が伝わる、肌を流れる雨を通り越してダイレクトに温もりは入り込んでいく。

そっと唇が重なって息が拭き込まれた。
冷たい…でも気持ちは穏やかになる。
ああ、なんて安らぐんだろう。
一瞬だった触れるだけのキスはすぐに手元を離れる。
見上げると優しく微笑む誰かの顔。焦点が合わずその顔はよく見えない。
「ずっとこうできたら、って思ってたの」
ぼやける幾つもの顔はその声に収束し、次第にすぐ傍にある梨華ちゃんの笑顔を中央に映した。

「あたしも、ひとみちゃんのこと大好きだよ」
82 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時12分51秒
観覧車の光を受けて雨が彩られる、
七色の滴がふたりを囲んで、魔法の世界へと誘う。
頬に当たる雨がなかったらきっと熱すぎて蒸発していたかもしれない。
それほど、気分は勢いを増し高まっていく。
胸を打つ鼓動は身体が震えてるんじゃないか、と思わせるほど。
怖いくらい、どんどん好きになる。
もう一度、ふたりの唇は重なる。どちらからでもなく、ふたり引き寄せられるように。
その世界、すぐ傍に落ちた青い傘だけが見ていた。
83 名前:伝えたい想い、伝わらない気持ち 投稿日:2001年12月08日(土)22時13分41秒
あの夏、蝉時雨が永延と通り過ぎていく暑い夏。
恋をした。
他人から見れば小さなことかもしれない。
だけどあたしには最近起きたトップニュースなんかどうでもいいくらいの大きなこと。
始めてあった時から何気なく抱えていた感情は、いつの間にかこの世界で一番大切な感情になった。
どんなものより守らなきゃならない大事な想い。
この気持ちを侵す者は誰だって許さない。

いつか聞かれたことがある。
「どこを好きになったの?」
あたしはそれに答えられなかった。
正確には答えが浮かばなかった。
自分でも分からないぐらいその梨華ちゃんのことが好きです。
だから、今日も、明日も、そのずっと向こうまだ誰も知らない時間もふたりで共有できたらいいな、って思います。

…もう絶対に離れたくないです。
何があったって…。
84 名前:To be continued 投稿日:2001年12月08日(土)22時15分46秒
第4部『君を忘れるために』に続く
85 名前:SHURA 投稿日:2001年12月08日(土)22時24分08秒
今回の更新分
>>66-83
消化不良ですけど、一応第3部-了-です。

>65さん
考えると、確かに怖いかもしれないですね。呼び出しって。

>いしごま派の皆さん、
まだ見ていらっしゃったらゴメンナサイ、と。m(_ω_)m
作者はいしごまも好きですので、ご勘弁を。
86 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)00時53分58秒
3部完結ごくろうさまでした。
雨の情景の取り入れ方がとても綺麗。
両想いになった2人が第4部でどう描かれていくのか、これからも期待してます
ヤバめなタイトルが甚だ不安ですが…
87 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月11日(火)05時53分41秒
痛めのあとだから甘めであってほしいけど。。
88 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月16日(日)20時36分06秒
ちょっと中澤&矢口の関係も知りたいなぁ〜。
89 名前:吉胡麻系 投稿日:2001年12月19日(水)17時46分44秒
どうも、某所ではお世話になってます、吉胡麻系です。

すごいですね、描写がとても上手いです。
かなりうらやましいです!
文章力、少し分けてください。(w
まだ全部読んでないので、今度読んでみようかと思います。
それでは、頑張って下さい!
90 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月28日(金)08時47分28秒
そろそろ続き読みたいな〜とか言ってみたり。。
91 名前:SHURA 投稿日:2001年12月29日(土)01時58分38秒
>86さん
雨は急に取り入れたくなりました。
話の流れには無関係なんですけど、
なんとか良い方向にいったようでホッとしてます。

>87さん
どちらにするか言ってしまうと、どうしようもなくてって仕舞うので
ノーコメントにさせて頂きます。

>88さん
2人に関してもいずれ描く予定です。既に決定事項と化してます。
内容は辻の時みたいなものになるかな、と。

>吉胡麻系さん
ども、こちらこそお世話になってます。
描写に関しては、突出した文章力があるわけではないので、
そこだけでも、ハッキリさせようと心掛けてます。
もう全部読みましたかね…
最初の頃とは別の文章だったのではないか、と思われ(w

>90さん
スミマセン、自分の個人的都合上しばらく書くことから離れていました。
今日から再開します。
92 名前:第4部「君を忘れるために」 投稿日:2001年12月29日(土)02時01分43秒

初めての空間、初めての心境。
それは夢の中で見た不思議な色に胸が騒ぐのに似ていた。

ずっと前から部屋に飾ってあった初めての制服はまだ少し大きくて、
袖を通すと、何故だかくすぐったさを誘ったのを覚えている。
中学校の入学式、抜けるような青空、刺すような光の束に包まれ、1つ大人の階段を上った気になる。
憧れの世界が目の前に広がり、その中に自分がいることが凄く嬉しく思い、
恥ずかしさの中に抑えられない笑みが絶えず浮かんでいた。

93 名前:君を忘れるために 投稿日:2001年12月29日(土)02時02分26秒
窓際の席、外を見つめる少女に気付いたのはそんな時だった。
その頃まだ黒かった髪は身体の中に眠る悲しみを覆い隠して、
僅かに見える瞳は虚空の中に闇を映していたんだと思う。
一見近寄りがたくも見える姿。だけど、それは何故か心の中の何かを惹きつけた。

「ねぇ…」
無意識のうちにその声は彼女に向けられていた。
少し気だるそうに振り向いたその表情は笑顔とも泣き顔とも何とも言えない、例え難いもの。
只、確かだったのは、その時点では気付きはしなかったけれど、
自分の中に不思議な胸騒ぎの根源が結晶を作り始めていたことだった。


「名前、何ていうの」


「…後藤真希」


もう1つの運命の出会い。
94 名前:SHURA 投稿日:2001年12月29日(土)02時03分28秒
今回の更新分
>>92-93

95 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月01日(火)21時24分34秒
あけましておめでとうございます。
始まりましたね!!
期待しております。
96 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月03日(木)00時19分52秒
誰の語りなんだろう・・
楽しみです
97 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月11日(金)06時28分31秒
そろそろかな〜
98 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年01月16日(水)03時28分38秒
……。

目を瞑り、深く息を吸い込む。
闇の中ににぶい光の粒が浮かんで宙をくるくる宙を舞い、軌跡だけを残し突然消えてなくなる。
まぶたを持ち上げるとお店の中の柔い間接照明が網膜を刺激し、思わずかるい眩暈を覚えた。
眩暈の理由はもう一つ、その視線の向こうに彼女のあまりにも眩しい姿があったからかもしれない。…なんて。
99 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年01月16日(水)03時29分20秒
「ゴメン、待たせちゃったよね?」
小さく手を振るあたしに掛け寄って来るなり、梨華ちゃんはその細い身体を綺麗に60度程傾けた。
思いもかけない変にかしこまったお辞儀に、心臓がドキリ音をたてる。
「あ、いーってば、呼んだのはこっちなんだし」
そう言葉にしても「でも…」と、申し訳なさそうに眉を八の字にしている姿は出会った頃の印象とはまるで違っていた。
ただそれは出会った時に目測を誤ったわけじゃなく、
始めに存在していた一定な距離が時間が経つにつれ徐々に緩んでいただけ。
そして、鈍感なあたしがそのことを感じていなかっただけと判断した。
あの無意味だと思ってた時間がちゃんと意味を持ってたことが、今は不思議と嬉しかった。
「それに待ち合わせの時間まだ経ってないし、どっちも来るの早過ぎだよ」
未だにくすぶっているドキドキとも言い換えられる緊張を胸の奥に押し込んで、なんとかニカッと笑顔を作った。
もしかしたら引きつってるようにも見えたかもしれない。
けれど、梨華ちゃんはそれを見て、
「うん、そだね」
柔らかい笑顔を浮かべた。
100 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年01月16日(水)03時29分57秒
テーブルを挟んだ2人それぞれの前に汗をかいたグラスが並ぶ。中身はよく冷えたアイスティー。
照明の光を受けて、角の丸い氷がいびつに光を帯びている。
氷を押しのけるようにストローを差し込むと、カランと気持ちのいい音が2人の間をふんわり通り過ぎた。
「………」
「………」
何でこうなってしまうんだろう。
あの日はどういう形だったにしても、言いたいことちゃんと伝えれたのに。
今は、間を繋ごうと、何かいい言葉を探す度に頭の中は白く染まってって、
言いたかったことも何もかも…、ますます言葉が出なくなってしまう。
何て言うか、こんな自分にすごくイライラする。
自分がここまで恋愛に不器用だなんて思いもしなかった。
だから、もし恋愛に簡単レシピかなんかがあればすぐにでも頼りたいと思った。
それでも、どうでもいい邪まな疑問は生意気にも浮かんできて、
うまく恋人できてるだろうか、とか、
梨華ちゃんはあたしといて楽しいのかな、なんてこととか…
101 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年01月16日(水)03時30分32秒
「あぁぁ〜〜、まだるっこしぃなぁ! アン…っタらはホンマに」
「らぁぁ〜〜、まらるっこしぃのれす!」
「ホンマやなぁ、なんでこんな奥手なん? 2人とも子供や思わへんかぁ? なぁ、ののぉ?」
思考を遮る3つの声色。
何も知らないくせに…。

「ええかウチが手本見したる、よう見とき! 辻、いくで!」
「ふぇ? んん〜〜! な、ナカザーひゃん…」
「おい、ののに何すんねんな! おばちゃん、コラァ! 手ぇ離さんかい!」
辻ちゃんを強引に引き寄せ、まだ幼いその唇を奪おうとする中澤さん、
貞操を守り抜こうと、必死に抵抗する辻ちゃん、
悪の手から親友を助け出すため、懸命に腕を振り回す加護ちゃん…。
なんかどうでもいいって感じ。
ついでって言ったら何だけれど、遠くで今朝の新聞に目を通す矢口さんもいる。
こっちの動向にはまったくもって興味も示さないない様子。

いつもと変わらない光景。なのに、何かが足りない。
102 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年01月16日(水)03時31分18秒
「ひとみちゃん」
振り向くとそこには神妙な面持ちの梨華ちゃんがいて、いつも透明な瞳が今日は少しだけ揺らいでいた。
「あたし…ずっと考えてたの」
その言葉の先にあるものが何なのか容易に気付いていた。何故なら…
「真希ちゃんのことなんだけど…」
何故なら、考えていたことはあたしだって同じだったから。
「あたし、真希ちゃんにひどいことしちゃったから…」
「大丈夫だよ。ごっちんのことは梨華ちゃんが心配することじゃないって」
「でも…」
と、梨華ちゃんはテーブルの上、緩く組まれた手を見つめる
慈愛と言うか本当に心配してるんだなぁって…、そう思わせた。
「っていうか…悪いのはあたしだから。だって…」
どんな理由があったにせよ、結果的にあたしがごっちんの大切なものを奪ったことに変わりは無いから。
ごっちんにあの時と同じ想いをさせた罪は、きっと重い。
103 名前:SHURA 投稿日:2002年01月16日(水)03時34分56秒
更新分
>98-102

>95さん
遅れましたがおめでとうございます。
期待に応えられるよう頑張ります。
>96さん
誰なのかは深く考える必要はないです。答えは単純です。
>97さん
遅れて申し訳ないです。
104 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月16日(水)05時46分26秒
更新待ってましたよー
まだまだ恋に不器用な2人が良い。
105 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月18日(金)03時54分17秒
後藤への葛藤がどう絡んでくるんでしょう・・
106 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)06時26分57秒
気長に待ってます
107 名前:SHURA 投稿日:2002年02月10日(日)23時13分21秒
「あ、たしは…、ひとみちゃん…が好きなの」
「そっか…」
ほんの少しの間、涙堪えるだけで精一杯だった。
梨華ちゃんは優し過ぎるから、泣いてるトコなんて見たらきっと思い留るに決まってる。
せっかく勇気を出して言ってくれた。だから、泣かない。
でも、背中を向けるとそんな想いでも涙はいとも簡単に乗り越えてく。
分かってたはずなのに、自分で選んだのに、こんなに涙が止まんないなんて思いもしなかった。
悲しくてたまらない。胸が痛い、きつく締め付けられてる。
強くなった雨が身体を濡らして、身体ごと心を冷やしてく。
熱と一緒にいろんな物が無くなってくのが分かる。
削られてってあたしがどんどんいなくなってく。
…寒い、怖い。
108 名前:SHURA 投稿日:2002年02月10日(日)23時13分53秒
ほんの少し前、さっきまであったはずの幸せの形、だけど今この手には何もない。
そう、いつもあたしの望みだけは叶わないし手に入らない。
だけど、どんな時だって誰か傍にいて欲しい。いつだって愛されてたい。
もうひとりは嫌。寂しさなんていらない。

「梨華ちゃん、ドコにも行っちゃイヤだよぉ」
気付いたらそう繰り返してた。掠れてる声で何度も、何度も。
まだ…好き。
まだ惹かれてる、心の淵を置き忘れてきちゃってる。
違うね、ダメだよこんなままじゃ。
このままでも傷つくだけ、それじゃ何も変わらない。
忘れなきゃ全部。梨華ちゃんを好きになる前の自分に戻んなきゃダメ。
109 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月10日(日)23時14分42秒
そうだ…、心と体、バラバラにしちゃえばいい。いっそ何も手に入らないなら…。
感情も心もずっとずっと奥に仕舞っちゃえばいいんだ。
遠くから見れば、どんな深い傷だって小さな粒にしか見えないから。
そうすればきっと痛みも疲れも、何かを無くす怖さだって、きっと感じないでいいんだ。
そうすれば、忘れられる。つらかったこと、何もかも全部。
こんな涙だって流さないで済む。

忘れよう全部、忘れちゃおう。
悲しみの元凶なんて、無くなってしまえばいい。
「おねぇ…ちゃん」
悲しみしか与えてくれないんなら、
この人のことも。
110 名前:SHURA 投稿日:2002年02月10日(日)23時21分07秒
>>107-109
今回あげたのはHPにあげたのとたいして変わりません。

>104さん
おそらく今回もそうとう待たせてしまったと思われます。申し訳ないです。
次回は早い予定です。

>105さん
第4部はそれがテーマになってます。
前部の流れも組みつつです。

>106さん
待ってくださる方には本当にすまない、というのと、
感謝の気持ちで一杯です。これからもよろしくお願いします。
111 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月11日(月)04時53分40秒
後藤、つらいですねぇ…
救いがあるといいけど
112 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月11日(月)20時18分28秒
復活おめ!!
しかし痛い予感が・・・
113 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時21分30秒
目を背けることなんて出来なかった。
見えないところでごっちんを傷つけたこと、その裏で望んでいた幸せの形を手にした自分の卑劣さを。
分かっていた、結局エゴでしかないことくらい。
後味が悪いから、居心地が悪いから、そんな想いが無かったと言えば嘘になる。
でも、ごっちんも梨華ちゃんも同じくらい大事だったことも事実、思い違いなんかじゃない。
ただ向かうベクトルの先の、それだけの違いだけ。
こんなこと聞いたら梨華ちゃんは気悪くするかな。
それでも、どっちも欠かしたくない。わがままと言われてもおかしくないくらいに。
梨華ちゃん、ずっとずっと傍にいたい。大好き。
どんな言葉も当てはまらないくらい、大切な人。
ごっちん、そりゃたまには憎たらしく思う時もあるし、苛立ちを覚えることだってある。
でも、なんか居なくちゃ物足りない。
なんとなく大切。それくらいがちょうどいい。
そんな感じが、もの凄く大事ってことだから。
114 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時22分37秒
体育館の出口、僅かに傾きかけた太陽が作ってくれた影の中にひとりいた。
夏の空はわがままで、人1人分の気持ちも理解してくれない。
こんなセンチメンタルな気分の時に限って絶好の日和を空に映し出す。
青天で彩られた夏の1日はここ最近の曇り空とは打って変って、夏を象徴する光景そのもの。
照りつけるという表現では足りない正に刺すような日差しは、
誰彼構わずその光の束を浴びせ、じわりじわりと生気を奪っていく。
終わりなんて見たことのない、これからも見ることはできないだろう広く高過ぎる空。
よくは分からなかったけど、夏の匂いってこんな感じだったかな。
こんなにゆっくり空を見るのは久しぶりだったから、急にそう思った。

115 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時23分11秒
ごっちん、来てるかな…。 
視線を向けた方向に映る格技場、小さく音が聞こえるだけで、目に映る変化はない。
いつだったか、少し昔もこうやって遠くからごっちんのいる道場を眺めていた。
中学時代に見たあの日のごっちん、道場の表で黙々と竹刀を振るう、何かを追いかけるその姿。
あの時、いつもはよく掴めないその瞳に映っていたのは、きっとお姉さんだったんだ。
追いかけても届かない姉の姿を必死に、懸命に手を伸ばしていたのかもしれない。あの時のごっちんは。
116 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時23分45秒
その姿がやけに当たり前に見えたのはどうしてだったのだろう。
日に焼かれいびつに光を放つ髪。
意思の読めない薄茶色の瞳。
何もかもがいつも通り、ごっちんを作り出していた。
あの雨の日に感じた抜け落ちていた物が何もなかったようにいつの間にか満たされている。
この時のごっちんの影にそんな感じを覚えた。
117 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時24分15秒
「あ、よっすぃ〜」
声を掛けることを躊躇っていたあたしの元に聞き慣れたはずの声が届き、
不自然にもその声に胸はドキリと不恰好な音をたてた。
「もしかして後藤のこと待ってた?」
「あ、あぁ…うん」
また…、思っていた気持ちは言葉にはならなくて、意味も持たない音の羅列に変わるだけ。
「あー、後藤にこんなんしちったら梨華ちゃんに悪いんじゃないのぉ?」
図らずも、再び胸は大きな音を立てる。
ごっちんの口からその名前が出るだけで、背負う罪の重さが増すのを感じていた。
ただ、その重さを受け止めた時、一瞬だけごっちんのその口調に違和感が垣間見えた気がした。 
あは、と悪戯な笑みを浮かべる姿の後ろに、身を隠すような影。
武装した心の壁が僅かに綻び、その隙間から垣間見える一瞬の歪みと押し込められた本音。
いつもと同じに見えていた姿は、空いた穴にいびつな塊を強引に詰め込んだだけにしか見えなかった。
無理やり押し込めた気持ちが丸見え。
…らしくない。
118 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月15日(金)22時24分46秒
「じゃ、行こっか」
まだ白い光を放つ太陽の方角、
淡々と歩み進む背中に拭いきれない想いの影を感じつつ、
ゆっくりその後ろを歩き出した。
119 名前:SHURA 投稿日:2002年02月15日(金)22時52分30秒
今回の更新分
>>113-118

>111さん
作者的にこういう役はごっちんしかいない。って、思ってます。

>112さん
長いこと空けてしまって申し訳ないです。
何でもかんでも痛い方向にもっていきたがる質なんで。
120 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月16日(土)11時50分04秒
2人のやりづらそうな感じがひしひしと伝わってくる…
121 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時29分34秒
ごっちんの向かう先がいつもと違うことにはすぐに気が付いた。
声をかけよう、思うけどまたあの違和感を見るのが恐くてそれは出来ずにいた。
出来たのは、ただその揺れる肩と背中を見ながら他愛もない想いを巡らせることぐらい。
情けないぐらいに何も出来なかった。
122 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時31分25秒
「あー悪いね付き合わしちゃって、ちっとここ寄って行きたかったんだ」
行きついた先は、観覧車の見える河の淵、
あたしにとっては、初めて誰かに想いを打ち明けた記念の場所。
先日の雨の形跡は跡形も無く、夕日に映える水面は穏やかで、
足元には赤茶色と灰色の正方形が整列し、
赤い光で溢れた空間は、あの日とは違う一面を見せていた。

あの日、ごっちんと梨華ちゃんの間にどんなやり取りがあったのか、あたしは知らない。
でも、ごっちんがこうなったのも、梨華ちゃんがあたしの傍にいてくれているのも、
原因は何なのか、痛いほど思い知らされてはいた。
訊こうとしても、梨華ちゃんにはうまく聞き出すことが出来ないし、
無論、ごっちんに訊くのは、酷なことに思えてならなかった。
そう考えることは、もっと酷いことだけれど。
123 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時31分58秒
「ここさぁ、思い出の場所って感じなんだよね、お姉ちゃんとの」
手擦りに肘を乗せ身を乗り出す、波打つ水に乱反射された光に照らされごっちんの顔の影が消えた。
「昔さぁ、すごく飼いたい動物がいてさぁ、お母さんにお願いしたんだぁ。
でも、うちのお母さんってさ、動物ダメなんだよね、よっすぃーも知ってんじゃん。
で、猛反対されちって、後藤泣き出して家出てきちゃったんだ」
思い出し一つ一つ確認するように紡がれる言葉達は叙情的なものには程遠く、
それでいてごっちんは物静かだったから、
それがかえって痛々しく、胸の中を荒涼たる風が通り抜けていくのを感じていた。
124 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時32分36秒
「でさぁ、出てきたはいいんだけど、まだ小さかったし、どこ行っていいのか分かんなくって、
そしたら、お姉ちゃんが追っかけててくれてさぁ、見つけられた後何も言わずにここに連れてきてくれた。
手ぇ繋いで来たんだぁ、そんなに大きさ変わんないのに何でか温かかったの覚えてる。
ちょうど今ぐらいの時間で、空も半分くらい暗くなっちゃってて、
ここから見える夕日がさぁ、すっごくでかくって、嫌なこと全部どうでもよくなちゃったんだぁ。
『ここお気に入りの場所だから、2人だけの秘密だぞ』って、それだけ言ってくれた。
それから嫌なこととかあると、2人だけでここに来た、何回来たかも分かんないくらいいっぱい」
顔しかしらないはずの人なのにその声の調子が分かった。
そっけない男言葉。でも何でか柔らかくて、居心地の良い。
彼女もごっちんのことが大好きだったんだ。
確かなものは何もない。でもそれだけは事実。
同じ人を大切に想う時、人は繋がれることができるのかもしれない。
125 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時33分21秒
「あーあ、人に言っちゃった…。
…でもいっかぁ、いないもんね、もう」
誰に言うでもなく、赤い色に吸い込まれていく言葉は聞き間違いだと思った。
「お姉ちゃん、死んじゃったもんね」
風が、止んだ。
126 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時34分14秒
「あのさ、ごっちん…」
「梨華ちゃんと仲良くやってる?」
遮るように流れる声。調子はひたすら軽い。
「あ…、あぁうん。まぁね」
曖昧な答え。そんな話振られたら…。
「梨華ちゃんってさぁ、結構気遣うトコあるってゆーかぁ、
そんなんだからさぁ、よっすぃーが巧くリードしてやんなきゃダメだよ」
「そ…っかなぁ」
なんでそんなこと言うんだよ。悲しいんじゃないの?
127 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時34分53秒
「よっすぃー、これあげる」
と、ごっちんの差し出した手の平には小さな光が乗っていた。
横から差す夕日に照らされたそれはピアス、シンプルなクロスがデザインされた銀色のピアスだった。
「それ…」
いつか見たことがあった。
無垢な笑顔を浮かべていたごっちんの耳に輝くそのピアス。
「前に梨華ちゃんに買ってもらったやつ、結構高っけ〜の」
「でも、それ…」
「いいんだって、後藤にはもう必要ないじゃん」
深くまっすぐ目を見つめられるから、答えは出ないんだ。
「でも、思い出…とかは」
「忘れるって決めたから、だからここに来たんだって」
「貰えるわけないじゃん、そんなの」
思わず目を逸らした。
128 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年02月18日(月)22時35分26秒
「…じゃあ、いらないね。こんなの」
手の平の光を少しだけ見ると、その顔を夕日に映える河に向けた。
オレンジ色に輝く横顔はどこか美しく、いつか見た名前も思い出せない絵画を思い出させた。
美しく誰もが見とれるけれど、胸に抱えた想いはどんなものよりも脆く誰にも隠しきれない。そんな横顔。
ゆっくり右手を肩まで持ち上げると、その右手は残像を残しつつ綺麗な曲線を描いた。
夕日を浴び、琥珀の輝きを帯びた光の粒は、緩い曲線と共に静かに宙を流れ、
あっという間、小さな音をたててオレンジ色の水の中に消えていった。
「ごっちん!?」
「こうした方がよかったんだよ、きっと」
一瞥すると、光に背を向け、手擦りに体重を預けた。
「ここに来るのも最後だね」
「なんで…?」
「後藤はもう大人になったから、誰にも頼らなくても生きてける。これからは1人で大丈夫」



…なんで、そんなに優しい顔できるの。
129 名前:SHURA 投稿日:2002年02月18日(月)22時37分24秒
今回の更新分
>>121-128

>120さん
自分は会話の場面が苦手な傾向があるんで、
そういうお言葉は嬉しいです。励みして頑張ります。
130 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月19日(火)01時41分05秒
悟り切った感じが逆に痛々しいですね…
131 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時29分58秒
「よっすぃ〜、これそこのテーブル頼むわ」
緩いリズムの洋楽の音に混じり、柔らかなトーンの声が薄い灰色に似た空気の中を泳ぐ。
それが自分に向けられていると知るのに数秒の時間を要した。
円形のトレーを支えにしてその上で腕を組んでいたあたしは、
1テンポ遅れて声に反応すると共にバランスを誤りカウンターに顎を落とした。
「何やってんの?」
矢口さんは今日は不在。
時間限定の辻ちゃんはカウンターの隅で黙々と下げられたグラスにスポンジを擦りつけている。
フロアの仕事は全てこの身に委ねられていた。
が、気分が乗らないのは当然で、その時はそれが顔に出ていたらしい。
132 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時30分35秒
「なんやの、浮かん顔したって…。
そんなんやったらこっちまでテンション下がるやないの。ちゃんとやってや〜」
と、中澤さんはカウンター中のスツールに腰を下ろし、取り出した煙草に火をつけた。
「何でもないですよ」
「どうせ、ごっちんのこと考えとったんやろ」
「顔に出てます?」
「いんや、あてずっぽう」
あんたの場合は2分の1やからな。と得意げにほくそ笑む中澤さんを半ば無視して、
すぐ側に置かれたカクテルをトレーに乗せた。

目的のテーブルにグラスを置き、カウンターに戻る途中見慣れた光景に足が止まった。
空席のテーブルに置かれたキャンドルの炎。
揺らめきその向こうの情景を歪ませるオレンジ色を見つめていると、
その陽炎の中にほんの数時間前の情景が浮かび上がる。
133 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時31分45秒

134 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時32分35秒
空の赤はもう半分以上が飲み込まれて、
そこには残された赤と混ざりゆく紫色の天井しかなかった。
「後藤はもう大人になったから、誰に頼らなくても生きてける。これからは1人で大丈夫」
空を仰ぎ、笑みを浮かべながら言葉を残したごっちんの顔は安らかで、
その予想に反する見たこともない表情にあたしは内心動揺していた。
…ごっちんってそんなんじゃないじゃん。

それと同時に、自分がその立場だったらどうしていただろうか、
と想いを巡らせてみたけれど、次のごっちんの言葉までに答えは導き出せなかった。
「なーんてね、ンなマジな顔すんなよー。後藤ちょっとカッコつけ過ぎたぁ?」
と、ごっちんはいつもの掴めない笑顔を作ったけれど、
それは先程の虚空を映した表情と重なり、掠れて見えた。
135 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時33分07秒
「よっすぃ今日も裕ちゃんとこ行くの?」
と、手擦りを離れ地面に投げ出していたバッグを肩に担ぐ。
「あ、うん、夏休みの間は出来るだけ行こって思ってる」
「じゃさ言っといてくんない、もうそろ復帰するって。あと減給は勘弁して、ってね」

そう言い残し、「じゃーねー」と、後ろ手に手を振りながらごっちんは暮れゆく街に消えていった。
闇に紛れ姿が見えなくなるまで、その背中を眺めながらさっきの問いの答えを見つけようとしたけれど、
巡る想いは1つにならず、結局ひとりその場を後にした。
136 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時33分37秒


137 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時34分20秒
「ちょっとぉ〜」
思い浮かべたごっちんの姿の奥から聞こえる聴き覚えのない声で現実に連れ戻された。
声の方角を向くと、艶のあるロングヘアの女性に苛立ちの表情を向けられていた。
そうして初めて注文を受けていることに気付いた。
マズった…。
138 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時34分53秒
手早く作られた注文のグラスを持っていき、カウンターに戻ると予想通りの台詞が。
「ホンマにしっかりしたってや〜」
「…すみません」
「ったく、あの人らもう来んようになったらどないすんねんな」
目は合わせられなかったけれど、その声から多少の苛立ちが伝わってくる。
「だって…」
「だってもやってもあらへんよ。
ええか、ウチかてごっちんのことはよう分かっとる。せやけど今は仕事に集中せなアカンよ」

カチンときた。
「中澤さんにはあたしの気持ちだってごっちんの気持ちだって分かんないんですよ」
簡単に分かられたくなんかなかった。
自分でもよく分からないのに、そんな簡単に口にされるのは許せなかった。
139 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時36分17秒
すると、中澤さんは一歩引き、間を開けてから口を開いた。
すぐに言い返されると思っていただけにあたしは拍子抜けし、
噴き上がり始めていた想いは何処かへ行ってしまった。
「まぁアンタが言うんやったらそうなんやろな。
ウチは矢口やアンタとは違って付き合いも浅いし、反論せんよ」
と、今しがた吸い込んだ煙を吐き出す。目前だった為に思わず目を細めた。
その仕草を読み取ったのかどうなのか、
中澤さんはまだ半分ほど残っている煙草を鈍く光るアルミの灰皿に押し付けた。

「でもな、アンタかて本当にごっちんのこと分かってる言えるんか?
さっきは『らしくない』とか『変わった』みたいなことゆうてたけど、
じゃあ聞くけど、ごっちんらしいってどんなんよ?」
「…らしいって…そんなの…、あの何考えてか分かんないような…
なんてゆーか、ボーっとしてる感じですよ」
140 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時37分01秒
「っちゅうことは、よっすぃーにとって大事なんは前までのごっちんなんやな。
今のごっちんは別にそうは思わんってことなんやろ」
「そんなこと言ってないじゃないですか」
「ウチにはそう聞こえた」
視線を上げた中澤さんの目は真っ直ぐ向けられていて、
青い瞳は見つめられるだけで動けなくなる魔力を秘めているようにも見えた。

「ウチが思うんは、大切なんは否定するんやなくて受け入れるっちゅうか、
『大切な人間やったらどんなんなってもええやん』ってことやねん」
「………」
「これが正しいかゆうたらそうでもないけど、
ま、幾多の試練を潜り抜けて来たウチやから言えることやね、うん。
あ、そんなん聞いてへんかった?」
そう言って中澤さんは再び煙草を咥えた。
141 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時37分36秒
何も言えなかった。
ずっとこの目で見てきたものだけが正しいと思っていた。
だから自分の中のごっちんが本当のごっちんだって、
今のごっちんは本当のごっちんじゃないって、疑いもせずにそう思い込んでいたから。
142 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時38分12秒
「辻ぃー、もう帰った方がええんちゃう? 親に怒られんでー」
いつの間にか時計の針は6時を過ぎていて、
門限が7時の辻ちゃんがいつも帰路に着く時間となっていた。
「寄り道せんと真っ直ぐ帰るんやで」
「へい」

あたしは店の入口まで彼女を送っていく。
たいして意味なんかないけれど、もう癖のようになっていた。
「じゃあね、また明日」
と、店の中に戻ろうとした時、
「よっすぃー」
「ん、何?」
振り向く動作もそのままに眼下の彼女を見下ろした。
看板の光がその顔を照らしていた。
143 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月01日(金)21時38分55秒
「そのぉ、ののは最近後藤さんと会ってないし、
よっすぃーとか矢口さんみたいに後藤さんとうまく話せないですけど、
辻にとっては、どんなに変わっても後藤さんは後藤さんですよ」

舌ったらずな声で辻ちゃんが言った言葉は、
上手く表現出来ないけれど、直接染み込むように伝わる。
そんな、なんだか不思議な力を持っていた。
その言葉に何も返さずにその幼い表情を見つめていると、
辻ちゃんは、てへ、と照れ笑いを浮かべた後、恥ずかしそうに俯いた。


見上げると、普段は何も映さないはずの夜空に星が浮かんでいた。



144 名前:SHURA 投稿日:2002年03月01日(金)21時43分38秒
今回の更新分>>131-143
途中の"="はもっと横に長いはずだったのですが、
何故か書き込んだらああなってました。

>130さん
中途半端にして、傷心ぐあいがあやふやになるよりは、
はっきりした方がいいと思ったので、こうなりました。
145 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)01時26分47秒
辻ちゃん、ええ娘やねぇ・・・。
146 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)01時53分16秒
吉澤もだけど、同時に石川も悩んでそうですね…
そろそろ出てくるのかな?
147 名前:SHURA 投稿日:2002年03月11日(月)22時08分01秒
その翌々日、ごっちんがバイトに戻ってきた。
部活の帰り、いつもと同じようにそのドアを開けると、
最近は見慣れなくなったごっちんの制服姿が視界の隅に捉えられた。
予測していたはずなのに、その姿に不自然さを覚えたのは、
あの夕陽がまぶたに焼きついていたからか…。

淡々と仕事をこなしていく虚勢の後姿。
あたしは中澤さんの助言を自分なりに理解し、
変に意識せずにいつも通りに接するよう自分に言い聞かせた。
たまに見かける陰りにも目を瞑り、言葉を選び、見なきゃならない全てから目を逸らし…。

“受け入れる”
ちゃんと出来ていたのか…。
それはどこか怪しい。
148 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時08分49秒
あれ以来、梨華ちゃんも頻繁に店に顔を出す。
名目の上では、「ひとみちゃんに会いに」とは言ってくれていたけれど、
あたし以上に責任を感じてた梨華ちゃんのことだから、
きっとごっちんのことが心配でたまらなかったんだ。
傷に触れるように恐る恐る声をかける姿も何度か見た。
その度にくだらない嫉妬で胸が焼かれたけれど、
すり抜けるような笑顔でそれを受け流すごっちんを見たら、何も考えられなくなった。

輪郭だけはぼやけて見えるのに、
いつまで経っても先の見えない朧気な時の流れと、その中で右往左往する日々。
そして、「これでいいの」と自分自身に問い掛けるあたし。
そんな透明な時間がいつの間にかたくさん流れた。
149 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時09分23秒
次第に短く変わっていく陽の長さ。
際立つ夕陽の赤さと高くなっていく夜の空。次第に忙しさを取り戻していく街の流れ。
その中でも「何か」の終わりを恐れる人々。
スクロールしていく暑い日々と、振り返れば姿を見せそうな次の季節を感じていた1日。
開店までまだ時間の余る6人のフロアの中、
退屈を持て余しボーっと宙を眺めていた中澤さんの言葉が
この先のあたし達の運命をほんの少しだけ動かす。
150 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時09分58秒
「なぁ、矢口ぃ」
「ん〜?」
矢口さんは宿題の1つと思われるノートを広げ、そこにペンを走らせていた。
「矢口んとこって休みいつまでやの?」
「今月で終わりだから、もう終わる」
手元に集中しているのか矢口さんは視線も上げず、端的に答えた。
中澤さんはそれに「ふうん」と頷くと、
今度は矢口さんとイス1つ分開けた所に座っていた梨華ちゃんに目を向けた。
「石川んとこはどないなん?」
「えっと…、矢口さんと同じだったと思います」

夏の終わりと共に、夏休みの終わりも間近に迫っていた。
思えば物凄く長かった気がする、あの夏は。
きっと色々あったから、本当に色々。
151 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時10分40秒
「なぁ、明日にでもどっか行かへん?」
「どっかって何処だよ」
今度は視線を上げ矢口さんが答える、ペンは指の間を華麗に舞っていた。
中澤さんは「そやなぁ」と考え込むと、思い出したように手を叩き合わせた。
「やっぱ夏は海やろ。海と焼きイカとビール、サイッコーやん」
「矢口暑いのだめ」
「何でやねんな。矢口前ゆうてたやないの『超穴場知ってる』て、そこ連れてってや」
「矢口は行ったことないの、先輩が教えてくれたんだって」
「そんなん関係あるかい」

あーだこーだと言葉をぶつけ合う2人の姿は
木の蜜に群がり争うカブトムシとクワガタを連想させて、
盗み見ていたあたしは奥の方から込み上げる笑いを何とか喉もとで堪えていた。
152 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時11分21秒
「石川は行きたいやろ?」
味方を求め、すぐ側の梨華ちゃんに詰め寄る。そんな中澤さんは卑怯です。
梨華ちゃんの姿は位置的に背中しか見えなかったけれど、
それだけでも中澤さんの威圧に引けるのが分かったから。
「え、わたしは……、大丈夫ですけど」
「よっしゃ」
と、その視線の先はぐるりと室内を回り、今度はフロア中央にいたあたしに。

「よっすぃーはどないなん?」
目を合わせて初めて分かったけれど、
その目に宿る光はあの日とはまた違った異彩な力を放っていた。
目は口ほどに物を言う、とは良く言ったもので、
開かれた瞳孔の奥からは『分かってんやろな…、よっすぃー』的な意志が痛いくらいに伝わってきた。
それは別として、あたし自身は実際本当に行きたいかと聞かれたらそうでもなかったけれど、
梨華ちゃんが大丈夫と言った時点で、ほぼ心中は決していた。
「別に大丈夫ですよ、吉澤はいつでもOKです」
海。場所柄、変な下心がなかったと言えば、それは嘘になることは明白だったけれど。
153 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時11分53秒
「よし、ええ子やな〜」
と、更に壁際を伝い、視線は入口付近の照明の下で止まった。
「な、ごっちんも行くやろぉ?」
わざとらしい明るい声はあたしにとってはあざと過ぎるくらいで、
本当にごっちんの気持ちを理解してるのか、とさえ思わせた。
「後藤はパスでいいや」
言葉と共に屈託のない笑顔を浮かべる。
そんな笑顔を見る度にこの胸には鋭いナイフが突きたてられる。
どれだけ時間は経ち、意識が薄れることはあっても、その感触だけは取り除かれることはなかった。
梨華ちゃんも同じ気持ちなのかな、と横目で視線を向けてみると、
予想通りその優しい横顔はごっちんへと密かに注がれていて、
その光景が違う意味でも心の傷を広げていくのをひしひしと感じていた。
154 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月11日(月)22時12分29秒
「なんでやねん」
そんなあたし達の胸中を知ってか知らずか、中澤さんは声を荒立てる。
「後藤は宿題が溜まってるから、それやんなきゃなんないの」
中澤さんとは対照的に緩い声。
「ンなもん矢口にやらせればええねん」
「は? 何でそうなんの?」
間髪入れずに矢口さん。
「人数は多い方が楽しいやろ。他に予定入ってへんならとにかく行くで、ええな」
押し切られた形になったのか、しぶしぶごっちんは首を縦に振った。

「辻は!?」
と中澤さんの目は最後に辻ちゃんに向かったけれど、
「…って決まりやな」
梨華ちゃんの隣で感想文か何かの原稿用紙を広げてた辻ちゃんは
訊く必要もなく既に円らな瞳をウルウル輝かせていた。
きっとその目には『透き通る海』『白い砂浜』『青い空』が広がっていたんだと思う。

「マジかよ…」
「矢口ぃ、これで決まりやな…」
愉快犯的に口許を吊り上げ、中澤さんは勝ち誇ったように矢口さんに向き直し、
その矢口さんはため息をつき顔を覆った。
155 名前:SHURA 投稿日:2002年03月11日(月)22時28分35秒
更新分
>>147-154

>145さん
つんく氏も言ってましたが、辻はいるだけで場のムードを変えられる。
そんな風に書いてるつもりです。イメージは加入当初でお願いします(w

>146
出してみました。
一応ヒロイン扱いなのに石川さんは出番が少ないので。
156 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月12日(火)02時11分37秒
次は何かが起りそうなステージですね
157 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月25日(月)01時57分09秒
海待ってまーす
158 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時46分23秒
「海ぃー!!」
静かな波音以外何も聞こえない潮風の中に辻ちゃんの声が吸い込まれてく。

中澤さんの運転する車に乗り、4時間ほど。
誰も知らない目的地に着く頃にはもう太陽は真上を過ぎていた。
ワゴンのドアから抜け出ると、長時間乗っていたから腰がじんわり痛い。
夏の焼けるような暑さと、刺さる熱光線。
でも、広がる光景を目の前に、そんなことはどうでもよく頭の隅にはけられた。
水平線まで延びる空はムラなく青く、
悲しいくらいに澄んだ海は白い光を一面に帯びていた。
目を閉じると、風に運ばれる穏やかな海の匂い。
熱く真っ白な砂は踏みしめる度にサラリと柔らかく素足を包み込む。
まぶたを開けると、そこには見たこともない、
夢の中だけだったはずの光景が広がっていた。
159 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時47分04秒
「すっげぇー」
呆然とした意識の中でやっと言えたのはそんな間の抜けたもの。
「ここ、日本…?」
矢口さんがそう口にするのも無理はないように思った。
何処を見渡しても誰もいない。外界から隔離された小さな別世界。
それはあたしが持ち得ていたどのイメージにも結びつかないものだったから。

「海ぃー!!」
暫くの間呆けていたあたし達の先陣を切り、辻ちゃんが駈け出す。
その後を追いように砂が舞った。
乾いた空気の中から深い藍の中に飛び込み白い水しぶきをあげる。
その宙を舞う光の粒々が潮風に縛り付けられていたあたし達を解き放った。
160 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時48分57秒
「ウチ、喉渇いたからそこら行って何か買うてくるわ」
と、ため息混じりに中澤さんは防波堤の階段へと向かい、車から最後に降りたごっちんは、
「何か疲れたから、後藤、車で寝てるね」
あっかなく海に背を向け車へと戻って行った。

『あ、ごっちん…』
残念ながらそれは音に変わる前に矢口さんの声に遮られる。
「よっすぃー、パラソル立てんの手伝ってくんない? 石川さぁ力無くて使えねぇんだよ」
「あ、はぁい」
矢口さんの元に駆け寄る途中身を翻した時には、ごっちんの姿は車のスモークの中に消えていた。
そして、その時ごっちんに対し抱いていた感情も意識の中核に在りながらも、
海風を浴びる度次第にその風の中に霞んでいった。
161 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時49分27秒
「あ〜、涼しい〜」
矢口さんが家から持ってきたパラソルは真っ青な無地のもので、
細かい繊維の間から漏れる光があたしの足元の砂をセルリアンブルーに彩る。
その日陰の中に身を置き、体の中の余熱を外に逃がしてた。

あたしの隣で同じように涼んでいた梨華ちゃんが、
気付くと自分のバッグをガサゴソやっていた。
「どうしよう…」
傍から聞こえた声に身を起こす。梨華ちゃんの眉が八の字を描いていた。
「水着忘れてきちゃった…」
「え…」
162 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時50分15秒
「ごめんね…」
「別に梨華ちゃん謝ること…じゃないじゃん」
内心、かなりショックだった。
水着姿、見たかったんです…。
この服の下に着てるのかな…? どんなのかな?
なんて、ここへ来る途中、不埒な妄想に掻きたてられていたあたしの淡い期待は、
実にあっけなく浜風と共に何処か遠くへ旅立った。
163 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時51分03秒
海から上がった辻ちゃんはさっきまでここにいた矢口さんを引っ張り出し、
彼女の半径50センチから砂をかき集め棒倒しを始める。
円を書きながら大量の砂をかっさらった辻ちゃんの膝元に、棒は頼りなく横たわった。

「せっかく海に来たんだから、みんなと遊んできたらいいのに」
広い砂浜にポツンとパラソル。その下に佇むふたり。
ビニールシートに覆われた砂は既に熱を失い、腰を下ろすとだらしなく形を変える。
梨華ちゃんは膝丈の白いワンピースから伸びた足に手をつき、
その10メートル程前方で納得のいかない表情で山を作り直す辻ちゃんを眺めていた。
164 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時51分37秒
「それを言うんだったらぁ…」
あたしは後ろに延びていた体制をあぐらに変えながら、
「せっかく梨華ちゃんと一緒に海来たんだから、砂浜に並んで一緒に海見なきゃ。じゃない?」
と、顔を真横に向けた。
「…もぉ…、バカ…」
「へへ…」
浅黒い肌の下で赤く染まる梨華ちゃんの心にあたしは思わずニマッと笑った。
水着に対し、まだ心残りはあったけど、目の前の眺めを見ていたらそんなことは小さく思えた。
今ここに一緒にいる。それだけで十分。
そう思った。

「あのさぁ…」
「ん?」
「膝枕してもらってもいい?」
いつになく積極的なのは、あたし達の手には有り余る程の大自然の中にいるからか、
気持ちを塞き止める物もなにも無く、言葉はするする喉を通る。
なんかいい感じ。
自分の成長を感じ、心の中で頷いた。
すると、梨華ちゃんは、
「うん、いいけど」
小さく頷いた。
165 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時52分16秒
「おじゃましま〜す」
意味もなく髪を整えた後、頭を彼女に預ける。
その太ももは肉薄なはずなのに柔らかく、フワッと頭を受け止める。
なんか通販で売ってる枕みたい…。
例えるならそんな、気を抜けば深い世界に吸い込まれちゃいそうな感じ。

「あー、何かすっげ〜幸せ…」
パラソルの青いビニールを透過して差す光と頬を優しく撫でる海風。
何よりも後頭部にふんわりと感じる好きな人の体温。
今までの生涯でこんなに幸せな瞬間を感じたことがあっただろうか…。
とまで思うほど、心は安らぎ胸は数多の思いでいっぱいになる。
166 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時52分46秒
「ひとみちゃん、あのさ…」
「梨華ちゃん」
そんな気持ち、今だけは失いたくなかったから続きは言わせなかった。
「ごっちんのことはさ、大丈夫だから。
あたしが何とかするって言い方変だけど…、とにかく頑張るからさ。
梨華ちゃんはいっつも通りにしてればいいよ」
「でもさ…」
けど、実際のところ本心は。
「梨華ちゃんさ、ごっちんのことばっか心配してるから、
その…結構…妬いたりとか…してんだよ、あたし。気付いてないかもしんないけど」
遠く、パラソルの向こうのずっと先。見えないはずの空を瞳に映して。

「あ…ごめん…」
俯く。影が出来ても分かるくらい、さっきとは比べものにならないほど頬は紅潮してた。
「………」
だからあたしも次の言葉に迷い、結局前と何も変わらなかった。
167 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時53分22秒
そんな時、
「キャッ」
小さく悲鳴を上げる梨華ちゃんに咄嗟に目を向ける。
「!?」
開眼。
白のワンピースの胸元がしっとりと濡れ、薄っすら中が透けていて――。
「ヤだ、見ないで!」
叫び、両手を胸の上で十字にする梨華ちゃんから反射的に目を背けると、
砂の上に頬杖をつきニヤニヤする白に限りなく近い金髪と、
地に伏せ、でっかい水鉄砲を前後にシャコシャコしているお子様がこっちを眺めていた。
「ラブラブしてんじゃねーぞぉ」
低い声で煽る矢口さん。
「くらうのれす、よっすぃー」
そう言い残した辻ちゃんが引き金を引く。
瞬間、鼻の脇あたりに強い衝撃がぶち当てられた。
しかも、当然ながらしょっぱい。
168 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年03月25日(月)02時53分52秒
いろんな想いが、というか邪魔された為の怒の感情だけが逆流し、
矛先はてへてへと笑う少女に向けられた。我ながら大人気ないけれど。
「コラァ、お前なぁー!!」
日陰の中から飛び出す。が、
「あっつ!」
ビーチサンダルをパラソルの下におきっ放しにしてたの為、砂の上で飛び跳ねた。
カッコわる…。

それでも、意地で熱を耐え足跡を追いかけた。
止めません、勝つまでは…。
海に逃げるツインテールを追って海に飛び込んだ。
水の中で動きの鈍くなったところを傍まで詰め寄ると、
突然振り向き、水に突っ込んだ両手をかき上げる。
「バカ、止めろって、冷たい!」
そう言ってもその手が休まるはずもなく、どんどんTシャツは濡れていった。
ボルテージは更に高まり、まもなく決して低くない臨界点を迎える。
足元にののほーんと転がっていたナマコを意のまま掴むと思い切り振りかぶった。
169 名前:SHURA 投稿日:2002年03月25日(月)02時57分57秒
更新分
>>158-168

>156さん
ひとつの場所を舞台に留めることに限界を感じたから海にしました。
しかしながら、うまく海を書けてません…。

>157さん
作者の個人的都合により、長いこと執筆停止してました。
今は大分落ち着いたので、
ペースを上げてくつもりなんで宜しくお願いします。
170 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月25日(月)03時24分44秒
いや、海の雰囲気でてますよ
透けた胸元見たい(;´Д`)
171 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月25日(月)16時34分21秒
ののたんグッジョブ(w
そして、ナマコ女王が……
172 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月08日(月)03時27分20秒
こちらも期待してます
173 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月29日(月)01時50分06秒
待ってます
174 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月12日(日)03時21分14秒
お忙しいんでしょうか
175 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時04分32秒
あっという間に日は落ちきって、空も海も青から藍へと色を変えた。
潮の香る空間に張り付いた闇。
その向こうから聞こえる波に乗せ、昼間とは違う潤んだ風が空気を程よく震わせる。
心地よい、夜を迎えた浜辺。

隠れてビールを口にしていた中澤さんが矢口さんに大目玉をくらい、
そのアルコールが抜けるまでの間、帰れなくなったあたし達は黄昏の中に浮かぶ車の中で佇んでいた。
辻ちゃんのせいでヘロヘロだったあたしは車に戻るとそのままシートに凭れかかり、
その感触にうっとりしていると間もなく眠りについた。
176 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時05分44秒
数時間が経ち、目が覚めると同時に照明の光に目を細めた。
カーラジオからは聞き覚えのある少し前の洋楽が流れていた。
名前の思い出せないバンドの夏をテーマにしたそのバンドの代表作。
夏の男女の淡く儚い恋物語、歌詞は聞き取れないけどそんなメロディと声。

何も考えずボーっと狭い車内を見渡すと、ワゴン車の最後部にいた姿が居なくなっていた。
「あ、ごっちん…は?」
隣の梨華ちゃんは窓の向こうの景色をスモーク越しに眺めていた。
その膝の上では数時間前、ナマコ女に撃退されたはずの少女が口を開け幸せそうに眠っている。
「あ、外…」
と、私達の輪郭をぼんやり映す窓を指差す。
その向こうに目を向けると人の面影が確認できた。
砂の上で膝を抱える後姿、海の彼方にあるなにかを探してる。そんな感じがしたんだ。
ポケットの中に手を入れその感触を確かめた。

「ひとみちゃん…」
車の照明の薄暗いオレンジ色に照らされた梨華ちゃんに、
「大・丈・夫」と口の動きだけで告げ、ドアを横に引いた。
177 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時06分33秒
車を降り砂の上にビーチサンダルの足を乗せると、
白く生ぬるい砂は星と月に照らされて、そこは車の中よりも明るいようなそんな錯覚を覚えた。
見上げると星の1つ1つが青赤白と鮮やかに、互いに負けないように我こそと光を発してる。
夜空は明日を求めて広がっているのかもしれない。

「よっと」
そっと砂の上に腰を降ろす。心地よい疲れと肌にぬるい風。
明かりを映す白い砂は幻想を思わせるようにぼんやり光を灯していたけど、
その光がごっちんの顔に映ることはなかった。
「………」
「あのさぁ…今アンケートとってんだけどさ、聞いてもいい?」
「ん〜」

「後藤さん、人はたった1人でも生きていけると思いますか?」
その音は藍色の海に吸い込まれ、瞬く間に静かな波音へと変わった。
「生きてけるに決まってんじゃん」
ごっちんは表情をさほど変えなかった。
それを聞き、あたしの口元はニヤリと吊り上がる。
「あたしもそう思う」
海を見据えたまま、風に言葉を乗せた。
178 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時07分22秒
重くない沈黙、穏やかに漂う波の音、最小限のものしか存在しない海岸沿いはこの上なく静か。
天球の中心に居座り、呆れ声混じりにごっちんが言った。
「…フツーそういうのって『1人じゃ生きてけない』とかって言わない?」
予想していた答えに気をよくして、ドサっと後ろに身を横たえた。
砂に身を任せ、その上には一気に降らせたら気持ちいいだろうなぁ…ってくらいの星。
賑やかに華々しく、ふたりを中心に回ってる。
「いつの時代だよそれー」
「………」
「だってさぁ、今はそれなりにお金持ってれば外出て少し歩けばコンビニはあるし、
暇になったらビデオだって借りれるし、プレステ2はスっゲーおもしろいしさ、携帯もあるし、
退屈なことなんて見つけるほうが難しいって」
額に浮かんでた汗が風に震えた。
光の粒が海にちらついて、時折波の影を水面に浮かび上がらせる。
海と星、優しく触れ合って1つになっていく。
「でも…さ、やっぱ1人って、つまんないじゃん」
ザザーン、相槌みたく遠くで波が崩れた。
179 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時08分04秒
「友達とか仲間とか…みんなで一緒に笑って泣いてふざけて、時には怒ってケンカしたり…さ。
そういうのって、なんか楽しいじゃん。で、後で思い出すと思わず笑っちゃたりするよね」
「………」
ごっちんは何の反応も言葉も出さずに、ただ目の前の光景を瞳に映していた。
そこには同じ景色が見えていたのかな…。
「一度無くしたもんてさ、もっかい手に入れるのって難しいと思うし、
もしかしたら一生戻らないかもしんない。
あたし…そういうの経験ないから説得力全然ないかもしんないけどさ…。
だからさ…、せめて自分の中で愛したい、って…うん、そう…思うんだよね」
「………」
180 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時08分46秒
反応がないのを一度確認して、それから言葉を続けた。
不思議と心は穏やかだった。あんなに怖がっていたはずなのに。
触れるだけで壊しちゃいそう、って思ってたのに、
ギュウって抱きしめることも躊躇わないような気さえしている。
「心の中に生きる人って傷つかないし、消えないし…永遠なんじゃないかな。
思い出ってすごく優しいから、それにつかまってたって別にいいじゃん」
似合わないこと言ってるな、って思ってたし、
そもそも言いたいことは、何となくこんなことじゃなかったのに。
けど、言いたいことは伝わるって…そんな確信はあったんだ。少し変だけど。
181 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時09分29秒
「なにくっさーいこと言ってんだかなぁ」
「あ、やっぱり」
思ってたことを言い当てられ、気恥ずかしくてむず痒くて頭を掻いた。
素肌の表面をしなやかに舞う潮風をくすぐったく感じると同時に、次第に高揚してく気持ちに気付いた。

身を起こして、ポケットからその欠片を取り出した。
握った手をごっちんに向けて差し出し、ゆっくり開いた。
クロスデザインのピアス、月明かりにキラリと輝きが2つ揺らめく。
「それ……買ってきたの?」
「うん…ホントは梨華ちゃんが買ったやつ見つけようって思ったんだけど、
区役所行っても無理だって言われたからさ…」
この日の前日。このことは梨華ちゃんにも内緒だったから、
相当な距離を走り回った挙句、やっとの想いで見つけることが出来た。

「あげる、持ってなよ。思い出、大事にしなきゃ駄目じゃん」
そう言って笑った。
不格好に大げさに、クシャって顔をくずして。
「よっすぃー…」
ごっちんはその手のひらをボーっと眺めていた。
陰の中で表情は上手く掴めなかったけど、その顔は微笑み、そんな気がしたんだ。
182 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時10分43秒
「ん〜っと、あのさー、気持ちは嬉しいんだけどー、
なんつーのかなぁ、同じ物いっぱい持ってても意味なくない?」
「は?」
それが何を指すのか分からなくて、思わず間の抜けた声が口から漏れた。
ごっちんが耳を覆い隠す髪をおもむろに片手で持ち上げた時、
その意味を掴み、そして唖然とした。
そこには今あたしの手のひらにあるのと同じ物が弱い光と共に風に揺れていたから。
「うそ、あの時…だって」
「あーあれは途中まで『マジで投げよう』って思ってたけど、
やっぱ土壇場で無理だったんだよね、高かったしな〜って思っちってー」
「………」
言葉なんて出るはずがなかった。
「あれね、そこらにあった小石。本物は左手に持ち替えてたんだぁ、後藤上手いでしょ。
よっすぃー騙され過ぎ。『持ってなよ』だって、最高ー」
お腹を抱えて笑う。鼻にかかる特徴のある笑い方。
それは随分見てなかったはずなのに、
久しぶりのような懐かしいようなそんな気はしなかった。
183 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時11分14秒
「ねぇ、ピアス片方とっかえない?」
呆れるほど笑った後で、上機嫌にごっちんが言った。
緩んだ表情のそれは、憎たらしいほどいつものごっちんでしかなかった。
「いいの、大事なんじゃないの?」
多少ぶっきらぼうに答えると、ごっちんはフニャッと歯を見せて笑った。
「いいんだってば、ほら」
と、半ば強引に手のひらをこじ開けて、ピアスの片方を自分のそれと取り替えた。
そして、「付けて付けて」とせがむ。
そうして、ふたりの両耳にはおそろいのピアスが同じ風に揺れる。
ごっちんのそれのように、あたしのも同じ光りを灯してたんだと思う。
十字の光を放つそれは、頭上の星と重なって見えた。
184 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時12分20秒
「梨華ちゃん泣かしらたら許さないかんねー」
結果が余りにも腑に落ちなくて、何だかどうでもよくなって。でも、ぬるい風は心地よくて。
変な気分だったけど、逆にいつもの自分もこうだったかなぁって、思ったんだ。
「オッケー牧場ー」
「何それー」
潤んだ空気の中を乾いた笑い声が響く。
いつも思い描いてた、夏の一夜。
世界中のたくさんの人の中で、この感覚に身を寄せているのはふたりだけ。
何だか世界の覇者になった気分。
どうだ。こんなあたしにだって世界は手に入れらるんだぜ。って感じ。
悪くない、こんなのも。
185 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時13分02秒
「そうだ、後藤のお陰で梨華ちゃんと結ばれたわけだからぁ、ちゃんと借りは返してよね〜」
そう言って、ごっちんは微笑みを浮かべた表情を向けた。
「別れたら」
「別れない」
「………」
「………」
ほぼ同時に言葉を交わし、顔を見合わせた。
ごっちんの笑うと目の細くなる顔がみるみる不快に歪んでいく。
「恩を仇で返すんだー、そんな人だったんだね、『ひとみちゃん』は〜」
「ごっちんだって、最初ごっちんと梨華ちゃんが付き合うことになった時、
あたしがどんだけ辛い思いしたか分かんないくせにさー」
「そんなの遠ーい昔の話だよーん」
頬を膨らませて減らず口を言うごっちんに、負けじと応戦する。
186 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時14分09秒
「そうだ、後藤さぁ宿題まだだから、
分かんないとこ梨華ちゃんに教えてもらおーっと」
突然、ごっちんは立ち上がると、
あたしを1人残し砂の上を車に向かって駆け出した。
「あー! ちょっ、待てッ!」
砂に足を取られてつまづいたけど、構わず砂を蹴って走り出した。
後姿を追いかけながら、不意に緩んでた顔に首を傾げた。
まだまだ夜はこれから。
朝日が昇るまでこの夜は終わらない。
187 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時14分54秒
風が教えてくれた夏の終わり。
あたしは大切なものをいっぺんに2つも手に入れた。
恋人と親友。
わがままなあたしにも、神様は時に寛大だ。

ケンカしたっていいさ、泣いたっていいさ。
不格好に転がっても、また起き上がって並んで走ろっか。
ループしてループして、風化し色褪せても消えない思い出。
バッグいっぱいに詰めて、入りきらなかったら手に抱えて。
いつまでもいつまでも、一番の友達の君と、
この日の夜空のように明日を追いかけていたいんだ。
188 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時15分29秒
紫に色づき始めた靄に包まれて、緑の中を長い一直線の国道が走る。
その上では前にも後ろにも邪魔するものなんていない。
車は程よいスピードで風を切っていく。
陰っていく月明かり浴びたままで、その分だけ逆にあたし達の光は鮮やかに浮かび上がるから。
また夜の風を感じたままで、うかれながら夜を越えていこう。
いっそみんなで、行ける所までどこまでも行こう。
潮の香りも風に飛ばされ、あたし達は光の夜に埋もれていく。
189 名前:君を忘れるために 投稿日:2002年05月14日(火)03時16分34秒
「ここ気にいったし、もっかい来ようね」
あたしと梨華ちゃんの間に陣取るごっちんが何気なく言った言葉になんとなく頷いた。
他のみんなもあの時、同感していたんだと思う。

ただ、いつの日かあの海に戻って来た時、
もしも歯車なんて物があれば、それは誰の手にも止められなくなっていた。
運命は日々巡り廻っていく。



190 名前:To bo continued 投稿日:2002年05月14日(火)03時18分31秒



第5部「幸せの輪郭」に続く




191 名前:SHURA 投稿日:2002年05月14日(火)03時21分24秒
今回の更新分
>>175-190

まず報告。今回の更新分の中に、
某同人小説(娘。じゃないです)の一部分を引用させて頂きました。
その作者さんには話は通してあるので、
お気付きになった方は、ご了承ください。
もちろん自分なりにデフォルメは加えてあります。

もしも問題がありましたら、このスレ、またはHPの方にご意見下さい。

>170
一応夏の曲を幾つも聴きながら書いたので、
成果はあったようですね。(ホッ…
胸元はご想像にお任せ(略

>171
最近の流れにののたんを出しにくいので、
ここぞとばかりに出してみました(w
ナマコは懐かしいですね。

>172
浮気がばれましたか…
一応、それとは書き分けてます。

>173
本当にすみません。
こうなってみて、毎日更新してる作者方の凄さが分かります。

>174
お仕事をしてる方々よりは時間があるとは思うんですが、
中々まとまった時間が作れないのが現状です。
とりあえず、前のペースに戻れるよう切磋します。
192 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月14日(火)03時59分29秒
待ってました〜
全てのわだかまりが浄化されて、こっちも清々しい気分です
第5部の展開も期待してますよ
193 名前:SHURA 投稿日:2002年05月14日(火)09時09分01秒
うわっ、スペルミス…(カコワル
194 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月20日(月)01時30分35秒
キタ━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━!!
5部も期待して待っております。がんばってください
195 名前:nanasi 投稿日:2002年06月05日(水)21時21分51秒
初レスです。SHURAさんの作品、いくつか読んでました!
ホムペの方も、お気に入りに登録させてもらってます。
5部も楽しみにしてますよ〜! 今は文の方、練っておられるのでしょうか...
更新待ってます!
196 名前:nanasi 投稿日:2002年06月06日(木)01時04分52秒
ちなみに5部の方はこのスレでされるのでしょうか?
続きが楽しみでマメにチェックしております。
マイペースで頑張ってくださいね!
197 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月02日(火)03時01分32秒
待ってます・・・
198 名前:なっつぁん 投稿日:2002年07月03日(水)14時33分33秒
第5部って、もう始まってるんでしょうか。
まさか、知らないの私だけ?(涙
199 名前:けーたー 投稿日:2002年07月08日(月)06時43分20秒
SHURAさんの作品読みました。
切ないのがさいこうです。
今月の誕生日おめでとう。
5部楽しみにまってます。
200 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時28分24秒
窓の外の景色、緑に赤寄りの黄色が混じってて綺麗に思う。思わず見とれてしまっていた。
爽やかな青もいいけど、こんな落ち着いた緑もいいな、って…。

「去年のテストではここが結構重点的に出されたから、ここは要チェックだよ」
「…うん。オッケー…」

夏休みが幕を閉じ、夏が足早に去って秋が訪れた。あっという間だった。
深い空と共に暖色に染め上げられた街の景色は、瞳に収めるだけでフワッと心を和ませていく。

「それで、次の問題は前の問題と繋がってるから2つ一緒に覚えておいてね」
「…うん。オッケー…」

そして、それは違った意味で、あの夏は幻想だったんだって、耳元で思い知らせる日々の連続。
だから、ペンを握る手もきっと重く感じるんだ。心の病、加えて重症。
201 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時28分58秒
「ひとみちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「…うん。オッケー…」
「………」
「………」
「もう、全然聞いてないでしょ。さっきからボーっと外ばっか見てる。
夏バテは勉強に良くないんだから。集中してやらなきゃダメなんだよ」
その細い手を机に叩きつけて、にわかに潤んだ眼を向けた。
…ゴメン梨華ちゃん、そればっかりは聞けない。
あと、ついでと言ってはなんだけど、夏にバテるんだから夏バテなんじゃないの、今は…。
202 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時30分09秒
「疲れた〜。ねぇ梨華ちゃん、休憩にしよっか〜」
薄い灰色のラインと交互に並ぶ公式が何だか嫌になって、
思わずノート全体をグチャグチャな線で掻き乱したくなるような衝動に駆られた。
「もう、さっき取ったばっかじゃない」
綺麗に受け流して、手早く次の問題に取り掛かろうとする梨華ちゃん。
そんな彼女の行動を唐突な言葉で遮る。
「『勉強には適度な休憩が大事』って誰かが言ってたんだってばぁ〜」
「聞いたことないよ、誰の話?」
「誰だっけ〜? 悪い、思い出せない。…ってかさぁ〜、
休んだら梨華ちゃんが思ってる以上に超勉強が出来そうな気がするんだってば〜」
思いもしないとこをベラベラ並べて、我ながら酷いことをしてるな、と思った。
203 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時30分42秒
「ほ…ホント…?」
「梨華ちゃんに嘘つけると思う?」
普段使わない瞼付近の筋肉を強引に張って、瞳を従来よりも2割増に見せる。
こめかみ辺りの血管がキリキリと音を立てそう。
他人からすれば懇願しているようにでも見えていたのかな。
梨華ちゃんは戸惑いに沈んだ表情で目を背けては、また視線を向けそれを更に曇らせていく。
「…じゅ、10分だけだよ」
「ったぁ! じゃあ下から何か持ってくる」
ハッとして「しまった」なんて顔をしている梨華ちゃんに背を向けて、あたしは部屋の扉を勢い良く開けた。
開いたドアの向こうに部屋の中と胸の中、両方に充満してた緊迫的な空気が逃げていく。
部屋を出る際、「もう〜」なんて、緊張の抜けた声を背中で感じた。
気にはかけるも、立ち止まらずに階段に足を落とす。
204 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時32分29秒
こっからが重要。どんな手段でこの10分を20分、30分へと変えるか。
短い階段を右上がりなテンションに反しゆっくり下りる間、あたしの頭はめったに無いほどの回転をする。
でも、さほどの物でもないあたしのが、ずばりな案を打ち出すことはなくて、
トレイにお菓子と不安とを半々乗せた帰りの階段は、いつも以上に体力を浪費した。

腹を括る寸前に、開かれたままのドアから赤い横陽を廊下に延ばすその中に影を見つけた。
不用意に本棚に並べられてたベージュの厚紙の表紙を机の上に広げて、そこに視線を落とす。
傍らには同じ厚紙のカバーが置かれている。
それと向かい合う表情はさっきとは違う、嬉々とした高揚の笑み。
「あ、見ちゃダメ!」
頭で考えるより、体が先に動いた。直感的に手がその卒業アルバムに向かう。
ただ、何も考えず強引だったその直進的な動作はひらりと交わされた。さながらトムとジェリー。

「へへ〜んだ。渡さないよーだ」
悔しく歯を噛み締めていただろうあたしの顔に向かって、気をよくして得意気に舌を突き出した。
力無く机に突っ伏した格好で、無残にも惨めな気持ちを味わう。
「もぉ…いいよ、別に見たって…」
この際、どうでもよくなった。
205 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時33分48秒
「ねぇねぇ、これひとみちゃんでしょ?」
「ああ…うん、そーだよ」
見開き一杯の中学の入学式の写真。真っ黒な髪の毛のあたしが、無難な無表情、
多少の期待の他に、緊張と不安、戸惑い、そんな感情が入り混じって右も左も掴めないような、
そんな顔をカメラに向け直視していた。
ごっちんもその列の中にいたけど、その顔は至って普通で、あたしもものとはまったく違う。
それはある意味余裕な感さえ感じさせた。緊張が表に出ないタイプって前に聞いた。
206 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時34分18秒
「あ、矢口さんだ。ウソー、今と全然違う」
ページは進み3年間を振り返るパート、そこには当時学校のヒロインだった矢口さんの写真もあった。
改めて当時の矢口さんを見て、その写真の矢口さんの方がお嬢様のような気もした。
若くして成功を収めた優秀な議員の、父親1人で育てた清楚で礼儀正しい一人娘。
頭脳明晰、スポーツ万能。全てを兼ね備えた、ずばり「あの父にこの娘あり」な感じ。
梨華ちゃんは、さも嬉しそうにその写真を眺めては、勝手に考えたり頷いたり。
「昔の矢口さんってどんな人だったの?」
好奇心に満ちた目で見つめ、どこか遠くに響いているような声で訊く。
どんな……。そう考えるあたしの顔を梨華ちゃんは楽しそうに眺め、
そして、自分でも答えを予測しようと想いを巡らせる。

「今と同じ、強い人」
昔も今も、矢口さんを表現する言葉はあれがベストだと思っていた。
優しくて明るくて人を惹きつける、非の打ち所のない人。誰も叶わないくらいに。
そして、みんなの憧れ、あたしだってそうだった。
どうしたらああなれるのか、何で矢口さんはああなのか、ずっと考えてたことを不意に思い出した。
「強い…?」
「……うん」
207 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時34分51秒
再会して半年が過ぎようとしてたあの頃、時折疑問に思っていた。
あたし、昔も今も本当に矢口さんのこと知ってるのかな? 本当の矢口さんをこの目で見れてるのかな? って。
…いや、今だから分かるんだ。あの時、本当の矢口さんを実際に知らなかった。
だから、いつも何処かで矢口さんを怖がっていたんだ。



208 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時35分25秒
見慣れた門を抜けると誰がいつやってるのか、
いつ見ても同じ、つまらないくらい単調に整えられた庭が意味もなく続く。
綺麗な木製のドアは見た目よりも軽くて、音を立てずに地味に開いた。
吹き向けの玄関は光に溢れ、天窓からは血を思わせるような赤い光が差し込む。
見慣れた光景は、もしも一般人が見たら見上げ羨むような代物。
それが逆にこの家から気の休まる場所を溶かし消し去っていってるように考える。
私には窮屈な一個の積み木小屋にしか見えない。
所詮私にとっての価値は同じものだから。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
家政婦の小湊さんは今年からこの家入ったここでは一番の新米。
有名な民謡歌手の母を持ってるらしいけど、それは継がずに働いてる、家の子供の為に。そう聞いた。
変に真面目で、そして不器用な人だと思う。
見てて疲れる。
209 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時36分12秒
「親父まだなんだ」
立ちふさがるように目前に佇んでる彼女が何か言葉を欲してるようで、思いつくままに口を動かした。
ただ、言った後で後悔した。
「はい。今日は寺田建設の新建築についての…」
「いいよ、言わなくて。知りたくないし。聞いてみただけだからさ」
思い出す仕草も見せない彼女の通った声が借になって途中で会話を打ち消した。
知りたくなんかないのは、紛れも無い真実。アイツ中心に回るこの空間が嫌い。

「も、申し訳ございませんっ!」
突然に彼女は慌てふためいて頭を下げる。
あ〜あ、やっちゃったよ…。
こんな事は今まで何度だってある、その度に「この家の人間にどう思われてるんだろ」なんて思う。
210 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時36分45秒
「あ、あの…わたし…」
床を瞳に映して、彼女はそわそわと落ち着かないそぶりで口を開く。
「ああ、ごめん。そんなんじゃないから。気にしないで」
「は、はい…。申し訳ありませんでした」
無意識のうちに溜め息が出る。
「着替えたらすぐに夕食に行くから、準備しててくれないかな」
「は、はい…かしこまりました」
小湊さんは、丁寧に必要以上に深く頭を下げた。
「………」
身体の前で重ねられた手の、バンドエイドの下は軽く荒れているように見えた。
211 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時37分26秒
静か。数キロ先の水滴の落ちる音さえ耳に届きそうな食卓。
大きなテーブルに1人で着いて。
真っ白なテーブルクロスに、真っ白な皿に、可も無く不可も無い整えられた料理。
そこにはフォークと皿が擦れる僅かな音しか存在することを許されない。
…イライラする。

時々、無性に胸を掻き乱すような欲求を心の底から感じる。
なにもかも黒に染めてしまえたら、なんて。
このテーブルから空を中心から照らす太陽まで、存在するもの全て。
明かりを無くした、微塵な光さえ届かない世界、それなら目を開ける必要も無い。
見なくていいもの、見たくないもの、目を背けることは簡単だから。
そうすれば、悲しみに沈むことなんて無い。

長方形のテーブルの、誰が決めたのか知らない私の席から見える、
上品に頬を緩ませた、もういないママの写真さえも見えないんだから。

もう泣くことだって無いし、在りえない。
そう、私は強い。強くなった。
誰にも頼らなくていい程までに。
もう誰にも弱いなんて言わせない。
212 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年07月15日(月)03時37分57秒


もう私は、矢口真里は1人でも生きていけるんだから。
だから、誰にだって頼らないで生きていく。
そして、私のみがそうすることを許されている。





213 名前:SHURA 投稿日:2002年07月15日(月)03時52分16秒
今回の更新>>200-212
まったくもって申し訳ありません。
過去最低の更新間隔でした…。心より謝罪を。
その割にはあまりにも低いクオリティです(w

5部については一言。
「この小説は何処に向かっているのだろう?」
な感じですが、マターリお付き合い頂けたら嬉しいです。

>192さん
5部の展開は自分でも予想できないものですが、
自分の構想が実現できたら、期待に応えられるのではないかと思います。

>194さん
まさかその顔文字がこのスレに出るとは…。
5部はマターリ待っててください。

>nanasiさん
HPの方はめったに動きがないので、お気に入りに入れる程でもないです。
マイペースになり過ぎない程度にがんがります。

>197さん
待たせて申し訳ないです。
これも何も浮気が原因です。
これからは一筋です。

>なっつぁんさん
5部は只今からスタートです。
期待せずに待っててください。
あと、泣かないで(w

>けーたさん
切なくするしか能のない作者です(w
誕生日祝って頂きどーもです。まさかここで祝って頂けるとは…。
5部は楽しんで頂けるよう頑張りますぞ。

214 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月15日(月)06時02分58秒
新章おめでとうです。今度は矢口がクローズアップ?
楽しみです
215 名前:なっつぁん 投稿日:2002年07月15日(月)17時50分12秒
おおっ! ついに第5部がスタートしましたね!!(嬉泣
良かった・・・マメにチェックしてて。
実は195で「nanasi」は私なんです(w
あの頃は自分の名前で書き込む勇気なかったんで・・・
SHURAさんのHPの雰囲気、私は好きですよ!
しかし、またこの作品の続きが読めるの嬉しいです。
お忙しいでしょうが、更新がんばってくださいね!
216 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)09時33分38秒
待ってます
217 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時49分43秒
私の朝は早い。
街が本格的に動き始めるそれよりも前、もうじき鳴る目覚ましを自ら止めることが習慣づいている。
備え付けのシャワールームで寝汗を流し、そのまま制服に袖を通す。
髪を整え、メイクする。ものの40分と掛からない。
「おはようございます。お嬢様」
階段を降りて、ドアを開けたダイニングには朝来てくれる家政婦さん、
と、新聞を広げるアイツがいて、思わず目を背け舌打ちした。
それでも、響くのは胸の中のみ。
218 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時50分15秒
「おはよ」
「ああ、おはよう」
滅多に聞くことのないその台詞は耳を通る時、胸の中をザラザラと擦れ、
言葉通りに私の不快感を呼び起こした。
「久しぶりじゃない。父さんがこんな時間にご飯食べてるなんてさ」
「まったくな、秘書の手違いでタイムラグができてな」
そう、まったくやってられない。こんな朝早くからこの面を見なくちゃならないなんて。

「勉強の方は大丈夫なのか?」
「珍しいね。そんなこと聞くなんて」
思わず吹き出しそうな衝動を堪えて、なんてことはなく応える。
「もうすぐ中間テストなんだろう。私も仕事でそこまで気が回らないからな…」
「うん、大丈夫だから。いつも通りにやってる」
そうして、広いダイニングの中に静寂が流れ、時折箸と食器が重なる音が耳に届く。
ただ、それは気分を害したりはしない。
その状況こそ、同じ空間を共有する中で私が最も望むものだった。
聞きたくないものを無理して聞きたくない。何よりも自然的。
219 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時50分46秒
「それじゃ私は先に行くから、遅れないように行きなさい」
「分かってるって。心配しないで」
彼は残りのコーヒーを流し込み立ち上がった。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
隣の椅子に掛けてある背広を拾い上げると、振り向いてドアの外に姿を消した。
刷りガラスのはめられたドアの向こう、玄関先で秘書と今日の予定を確認する背中がある。
「バーカ…」
あわよくば聞こえないか。そんな願いを込め呟いた一言は朝の光に溶けてなくなった。
何にも知らないくせに…、えらそうに。
心配…? 冗談にも程がある。心にもないくせに…。

優しさなんて、何もかも上辺。アイツから教わったのはそれくらい。
でも、在り難いと思ってる。この生きてく力はそこから生まれているから。
それだけは「感謝してる」そう言ってあげるよ。
220 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時51分20秒
ウィンドウの外には、ガラス越しに3次元の世界が広がっていた。
目の前だけを見つめ、歩みを進める人の流れ。誰も周囲を気にはしない。
そうして、狭められた空を見つめることさえも忘れている。
小さな頃憧れた大人の世界は、その視線から見るとでは随分違う、
モノクローム色の乾いた世界でしかなかった。

時計の針はもうすぐ、11の前で重なろうとしている。
小さなカフェの中は乾いた空気と、
別にメニューも内装も好みじゃない。
ただ、BGMもないこの雰囲気が、ガラスを境に世界を分けてくれる気がするから。
空から地上を見下ろすような、この感覚が好きだ。
221 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時52分05秒
規則的に目の前の流れる人の波を見ながら、それに重ねて思い出した。
本気で愛に向かう人間なんているわけがない。
心から涙を流す人間なんているわけがない。
愛は自分を美しく飾る詭弁。
涙は哀れみを買う為の道具。
それだけ。その為だけに存在し、小さな目的の為に失われる。
生きるということさえも大して変わらない。
何をしようとも、定められた道筋はたった数センチも変えられない。

最初で最後の万引きをしたのは、小学生の時だった。
ママが死んで、アイツは前よりも仕事にばかり目を向けるようになった。
222 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時52分37秒

     ◇     ◇     ◇     ◇


223 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時53分15秒
「君」
振り向くと、緑のエプロンを身に付けた男がいた。
「今ポケットにいれた物を見せてくれないかい?」
すぐに自分の行為を見られたと分かった。そして、逃げようとは思わなかった。
むしろ「もし見つからなかったら…」そんなことを幼いなりにずっと考えていた。
黙って右手に掴んだそのラメのボールペンを差し出すと、
彼は「いい子だね」なんてマニュアル通りに私を事務所に誘導した。
書店の中で、他の客の目が異物を見るように集中していた。それを良く覚えている。

男は事務所内で、ボード片手に私の前に座った。
「名前は?」
「矢口真里です」
「矢…ぐち…?」
「父は議員をやってます」
その時既にアイツは議会でも支持を得られる程多くの支持を獲得していた。
度々新聞に小さく載るようになったその名前は、ただの店員でも知っていたんだろう。
小学生の私から見ても、面白いくらい表情が強張っていくのが分かった。
「…ぇ…っと…お家の人の連絡先は分かるかな…?」
「父の事務所の番号は03…」
224 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時54分02秒
それからはあっという間だった。
「お嬢様!」
ドアを開き、入ってきたのは当時の家政婦の1人だった。
遠くに座る男に一礼してから、私に駆け寄り膝を折り、
「なんてことをなさったんですか!? ご主人様に何て申し上げたら…」
延々続きそうな言葉を多々並べる。
哀れな目で見つめられるのは、その頃から嫌いだった。
「違う…」
「え…」
求めていたものは、欲しかったものはこんなものじゃない。
…こんなの、いらない。
誰も、私の気持ちを分かってくれなかった。
欲しいものは手に入ったことなんて、一度もなかった。

「パパ…こんな時でも…」
225 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時54分38秒

     ◇     ◇     ◇     ◇


226 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年08月23日(金)01時55分18秒
「……な時でも来てくれないんだね…」

自分のその声で我に返った。
口にした言葉が信じられなかった。無意識の内に唇を摩る。
手元のアップルティーはもう温くなっている。
体温より少し低いそれを一気に流し込んだ。
くせのない味と香りが喉を通り、心地よく弱い刺激をくれる。
ただ、気持ちの後味の悪さはずっと離れない。

ただ、ごまかしたかったのかもしれない。
それでも、何としてでもその胸の引っかかりを薄めたかった。
4限には間に合うか…。
テーブルの隅の伝票を拾い上げた。
227 名前:SHURA 投稿日:2002年08月23日(金)02時06分06秒
>>217-226

申し訳、トラブルの為、少しばかり更新が遅れました。

>214さん
 実は自分が書く娘。で矢口が一番自信が無いんですけど、
 どうかよろしくお願いします
>なっつぁんさん
 5部からはちょっと今までと質が異なりますが
 お付き合い頂けたら嬉しいです。涙は在り難く頂戴します(w
>216さん
 毎度ですけど、待たせてしまって申し訳ないです。
 取り敢えず、週1を目指します。 
228 名前:なっつぁん 投稿日:2002年08月23日(金)22時39分18秒
お帰りなさいSHURAさん!
いつか更新してくれると信じて毎日チェックしてたんですよ。
やっと願いが叶った気分です。
矢口さん編、何となくしっかり者だけどクールな感じが
わたし的にはイメージ通りな気がします。

>5部からはちょっと今までと質が異なりますが
わたしはこんな感じの小説好きですよ。
トコトンお付き合いさせて下さいませ!(笑) 
楽しみにしてますので頑張ってくださいね。引続き待ってます

229 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時31分27秒
「え…っと、吉澤ひとみです。ポジションは一応レフトですけど、セッター以外なら何処でもできます」
正面に並ぶ2・3年の間から「おぉー」と唸りのような声の束が上がった。
広い体育館、窓の外はガラスを撫でる南風、西日の光が窓から照らし床には窓枠の影がぼんやりと浮かんでいた。
女子バレー部は壁際に2・3年、その正面に新入部員が並び、互いに自己紹介を続けていた。
矢口さんは部長らしく上手く場を仕切り、緊張を顔にする1年生に優しく声を掛ける。

「おー、スッゲーじゃん。じゃあ前からやってたってコト?」
「はい、そうですけど…」
「お、じゃあ期待してるからねー。ヨロシクー♪」
「は…はい」
嬉しかった。初めて見学に来た時から部の中ではひときわ異彩を放っていた矢口さんに「期待してる」と言われたことが。
淡々と続く進入部員の挨拶の中でも、その言葉と、そう言われた自分に酔いしれっていたのを覚えている。
230 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時31分57秒
まただ…。今度は初めて矢口さんと会った頃のことを思い出していた。
あの日、梨華ちゃんにアルバムを見せた日から、いつの間にか矢口さんのことも考えている自分を見つける。
別に悪いことしている訳でもないのに、その度に罪悪感に苛まされる。
目が合いそうになると、咄嗟にあらぬ方向に目をやり、知らない振りをして。
あれもこれも何もかも梨華ちゃんのせい。突拍子もなく変なこと訊くから。
そんな想いが胸の中でノイズになり、全ての思考を現実から遠ざけていく。
それを掻き消すことの出来ない自分に堪らなくイライラする。
いったいあたしって何…?
いつもそんな具合に。
231 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時32分27秒
「おーい」
「あ、はい」
身体を支える手中のモップのバランスが崩れ一瞬よろけたけれど、片足を踏ん張ってなんとか持ちこたえた。
前屈みの体制のまま顔を上げると、目前に矢口さんの照明を浴び白にも見える金髪が捕らえられた。
「あ…」
あの頃とは違い過ぎる情景に、あれから3年も経ったんだと改めて思う。
「なーに、手ぇ休めてんだっつの」
「あ…すみません」
矢口さんに言われて、初めてバイトだったんだと思い出した。
くるりと見渡すと、開店前の薄暗く申し訳ない程度に香水の残り香の残る部屋。
奥では辻が腕を組んで何かを必死に考えていた。辻のそういう仕草はいつも分かり易い。
232 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時33分02秒
「はは〜ん、また石川のこと考えてた?」
「え?」
唇を歪ませ上目遣いで覗き込む矢口さんに、咄嗟に身を引いた。
まさか「実は矢口さんのことを…(赤面)」なんて本人を目の前に言えるわけなかった。
「幸せボケもいいけど、しっかりしろよー」
矢口さんは冗談半分で言ってるはずなのに、あたしはすぐに間に受けてしまうから、
急に気恥ずかしくなって言い訳を口にしようとした時だ。

「矢口さーん、これが『のろけ』なんですかー?」
辻の声はいつどんな時だって、のほほんと変わらないトーンで響く。
ただ、時に確信犯的にあたしにイタズラをしようとする。
覗いて見える八重歯を見て、喉元から急に頭に向け上っていくものがあった。
「辻ぃ…」
獲物を狩る狼のような目で、そこに視線を合わせると
辻の体が臨戦態勢を取るようにビクッと奮えた。
「いいぞ辻ー、もっと言うたれー」
「え、矢口さんまで!?」
期待を裏切る矢口さんの言葉に、ドンと胸に当たる衝撃と、
しおれていく花を見るように萎えていく気持ちを感じた。
「てへへ…」
233 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時33分38秒
「はぁ…」
下げてきたグラスをトレーごとカウンターに置き、スツールに腰を降ろした。
落ち気味の表情を悟られたのだろうか、客に不振な顔をされたけれど余り気にならなかった。
動き出した空間はあっという間に空気が膨れ上がり、特有の蒸し暑さと煙っぽさを与える。
数秒で数えられる程しかないテーブルは既に半分が客で埋まり、
あちこちで他愛もないだろう、言葉と感情の投げ合いが行われている。
夜の空気に身を埋め、また過ぎ行く時間を想えば、
誰もが感情で溢れるこの螺旋状の空間に心を落ち着けるのだろう。
中澤さんは珍しくせっせとカウンターの中をあちこち動き回っていた。
234 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時34分30秒
キャッシャーの仕事が落ち着いたのだろうか。
矢口さんがカウンターの位置まで来て隣に座った。
片手にはメロンジュースだろうか、半分緑色に染まったグラスを持っていた。
「よっすぃー、まだヘコんでんの〜? あんなの冗談じゃん」
「別にヘコんでませんよ」
ペン回しの無限ループを続ける矢口さんの表情が心なしか愉快そうに見えた。
きっとあたしのこの状況を楽しんでるからだろう、悟られないように他所を向いた。
「だってどう見ても怒ってるしさー」
「怒ってもいませんってば」
自然とトゲトゲしい口調になってしまう。
ムキになってるのが見え見えなのが自分でも分かる、だから悔しい。
235 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時35分06秒
真横から「くくく」と小さく笑う声が聞こえた。
「何が可笑しいんですか?」
「よっすぃーはいいな、って思って」
言い終わると、珍しく矢口さんの指の上のペンが床に落ちた。
ピンクのラメ入りのペンは床を転がり、テーブルの足に当たって動きを止めた。
矢口さんは身を屈め「よっ」と、それを拾い上げ、カウンターの上にそれを置いた。
「何も考えないで生活してるから」
「え…? もしかして、それって悪口ですか?」
矢口さんはそれを聞いて、軽く笑いながら、
「違うってば。ヤグチからすればそれくらい羨ましいことはないんだって」
「…はぁ。よく分かんないっス」
「羨ましい」そんなのはこっちの台詞だった。
いったいどうして何が羨ましいのか、予想もつかないし、まだ冗談だとさえ思っていた。
そんな表情をしてたのか、また矢口さんは「クスッ」て笑って、
「よっすぃーはさ、今幸せでしょ」
幸せ…、つい先日の梨華ちゃんとの時間を思い出した。
くだらない話にお腹を抱えて笑う梨華ちゃんを思い浮かべたら、自然と頬を緩めてしまう。
あたしって本当にのろけてるのかも…。
236 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時35分39秒
「そりゃまぁ、そうですけど」
「望んでたものが手に入れるってのは、本当に難しいんだよ。
そうやって幸福を手に出来る人ってのは限られてるんだってさ……」
無表情で真正面を向く矢口さんの瞳には光が差していた。
オレンジ色の照明の暖かさがその時だけは怪しく表情を飾り付けていて、
その中に、矢口さんは心の中が見えない人なんだと、確認も含め改めて思った。
そして、何かが背中を這い上がっていくような感覚。身体を真ん中からゾクッと震わせる何か。

「矢口はその正反対。そういうことなの」
顔を向けて、肩をポンと叩いた。
「さぁ仕事、ほら持ち場戻んなさい」
言い残し背中を立ち上がり背中を向ける。
正反対…。やっぱりよく分からなかった。
端から見れば、望むべきものの殆どを手中にしている矢口さんなのに、って。
237 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年09月10日(火)19時36分09秒
あの時感じたのは恐怖だと、今は分かる。その理由も。
ただ、それでも純粋に矢口さんを尊敬していた。あんな風になれたら、そんな憧れのままに。
だから、あの時矢口さんからあんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

本当に信じられなかった。
238 名前:SHURA 投稿日:2002年09月10日(火)19時39分12秒
>228-237

>なっつぁんさん
自分が書く矢口さんはどうしてもこう笑顔の少ない人になってしまうので、
少なからず、イメージ通りなようでホッとしました。
239 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月03日(木)12時42分04秒
続きが気になるのですが、更新されないのでしょうか?
240 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時31分12秒
「羨ましい…ね」
僅かな隙間を残した窓に映る自分に囁いた。風が止んだ景色の中に偏光によって光の波が映る。
窓辺の席、微かに流れる空気の流れを左頬に感じ、瞳には狭い世界を映していた。
あの時よっすぃーに言ったのは本当のことだろうか。
確かに、よっすぃーを見てると不思議と飽きない気持ちになる。
楽しいことがあったら笑って、嫌なことがあれば頬を膨らませて、悲しければ泣いて隈をつくる。
悪く言えば単純、良く言ったら素直、そんな風に感情を
ダイレクトに顔に出せる、隠せないよっすぃーが羨ましかったのか。
今一度、答えを量りにかけるとしたら、昇るのは「NO」だろう。

感情の出入り口に蓋をして、僅かに漏れる光しか外には出さない。
いつだって、心にアイマスクをかけているようなもの。それが私、矢口真里だから。
もう疲れることもなくなった。人間、慣れが大切とは良く言ったものだ。
241 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時31分42秒
視線を教卓に戻すと、世界史の教師が黒板を背に教科書を読み上げている。
円滑さを欠く彼の舌遣いは、教室内の生暖かい空気と同調し絡みつくように空間内を満たす。
40台後半で小太りな彼は額に浮いた汗を拭い、黒板に書かれた年表を見るよう促した。
彼に限らず、歴史の授業というのはどうも違和感が抜けない。
数えるには長すぎる世界を独占した人の時間。
それでも、紙の上に著されたそれはただの出来の良い小説のよう。リアルを無くしたフィクション。
『登場する人物並びに団体は全て架空のものです』
そこからは、感嘆に満たない半端な感動しか得ることはできない。

そして、今進むこの時間もいつか紙の一部にされる。これまでと一寸違わずに。
時間は何処の誰にも平等に同時に流れる。それは何て悲しいことだろう。
人はその早さに追われ焦燥し、時に流れを塞いでしまいたいとさえ願う。
そこまでして、刻一刻と時を刻むことに意味などあるのか。
私がいなくなっても時は飛び続け、物事は同じ早さ・ペースで流れ変わるのに。

……アホくさ。
こんなの柄じゃない、と卑屈に口元を緩めたその数秒後、終了のチャイムが鳴った。
242 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時32分12秒
教室を出る際に鉢会った隣のクラスの友達に、
「次の土曜、クラブに行くけど、どうする?」と誘われたけど考える間もなく断った。
音楽はいいけれど、ただうるさくて、忙しなく人が動く空間は生が合わない。
魅力が分からないわけではないけど、この長い退屈を埋めれる道楽だとは思えない。
私の性格を知ってるからか、彼女も気にしないといった表情で先に進む私を見送った。
243 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時32分55秒
屋内にいたから気付かなかったけど、外に出てみて初めて気温の低さに気付いた。
秋は天候、気温の変化が激しいけど、夏の面影を思い浮かべると幾分か移り変わりが早いように感じた。
自然とポケットに手を入れながら校庭の傍を通り、校門に向う。
校門を目前に、他校の制服を来た奴が3人いるのが見えた。
その横を通る生徒は俯き加減に、目を逸らし気配を消そうとしている。
私みたいに捻くれた人間も多少いるけど、
基本的にお嬢校を建前にしているこの学校ではその面持ちは当然目立つ。

その姿を正面に確認した瞬間、胃にこみ上げる気持ちの悪さ。
いつも通りの道を進もうとすると、3人が目の前に立ち塞がった。
「何、コイツなの? マジ小っちゃくない?」
見るからに低能な人間に付き合う気はしない。もちろん関わりたくなんかない。
興味もない、それでいて面倒なことは昔から人一倍嫌いだった。
244 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時33分40秒
そばを通り過ぎようとした瞬間、喉に掛かるように掠れ気味の声が真後ろから叩きつけられた。
「おい、待てよ」
相手せずにそのまま通り過ぎようとも思ったけど、
その声は足を絡め取って、半ば強引に動きを止めた。
「……誰?」
渋々といった感じで溜め息混じりに振り返り、改めて彼女達を眺めた。
この辺りでは見かけない制服に、明るい髪にエクステンションを含ませた浅黒い肌、とそして同じく金髪にケバい顔。
2人とも、最近見たギャル系雑誌のモデルをそのまま現したようだ。そもそも当然見劣りしまくってるけれど。
その後ろに、2人とは対照的で大人し目に佇む小柄で色白の女の姿。見た感じ、会ったことのある人間はいない。
245 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時34分16秒
「忘れたとは言わせないからね。このコがアンタにやられた」
後ろにいた女が上目で睨みつける。多少頬を膨らませたそれは子供同然で威圧も何もない。
私がそれに気付くと前の女の後ろに身を隠し、ウェーブがかった髪しか見えなくなった。
思い出した。ああ…、よっすぃーに会った時のヤツだ…。
あの時は再開の印象が強すぎてすっかり忘れてた。

「そっか…あん時のギャル系か。あれはお前が悪いんじゃないの。人の男に手ぇ出しちゃマズいって。
ってか、前は黒かったよね。何、顔白くしちゃって、気付かなかったんだけど。
もしかして新しく男でも出来た? なんか感じメス面って感じしてるよ。バカな男が好きそーな顔」
皮肉を込めて吐き捨てると、見るからに短気そうなケバい女が距離を詰めてくる。
「てめぇー、今なんつった?」
目を細めて、低音を喉から響かせる。
そんなんで怯えるとでも思ったのか。だとしたらどうしようもなく哀れな奴。
お前が今まで見てきたような人間と私を一緒にされちゃ困る。
246 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時35分14秒
「いかにも『男誘ってる顔してる』って言ったの聞こえなかった?
つーかさぁ、アンタはそれ以前に男寄って来ないでしょ? いかにもモテなそーだもん」
「………!」
小さなプライドを傷つけられたのか、厚い化粧の下が怒りに染まる。
浅黒の肌が気味の悪いオレンジになって、出ない言葉の代わりに瞳がカッと見開いた。
睨むというより、瞳に捕らえた獲物を見逃さないようなそれは、迷うことなくただの野犬を思わせた。
最初の印象で単細胞だって分かったけど、ここまでなんて。溜め息が出るのを抑えられない。
ま、こっちとしてはこの方が話が早くて好都合だ。

その目と眼光が交錯した刹那、平手が頬を目掛けて飛んできた。
その弧の延長線上に捕らえた私の顔を弾き、空気を響き渡らせた。
吊り上る歪む口元と、痛みを覆い包んでしまう程に湧き上がる衝動を感じていた。
247 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時35分58秒


   ◇   ◇   ◇



248 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時36分53秒
「…痛ぅー」
息が漏れた。左頬のビリビリとした痺れが治まらない。
口元を押さえると、瞬間的に痛みが身体を突き抜けた。
その手を顔の前に掲げると、指先に赤い点が出来ている。
舌を患部に伸ばすと、錆びた赤色の鉄の味が味覚を通して伝わってくる。

「マジで殴んじゃねっつの。バーカ」
転がって腹部を押さえてるケバ女に吐き捨てた。
ガングロは離れた所の壁に身を凭れている、ヒューヒューと息を掠れさせている。
なるべく顔は狙わないようにしてたけど、あまり意味は成さなかったようだった。元々酷い顔。
249 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時37分47秒
「おい…、死んでんじゃねーよ」
ケバ女の真正面に立ち屈んで、頬を軽く叩く。
何度かくり返すと、汚く低い呻き声が人気のない路地に反響する。
「寝る前に言うことがあんだろ?」
ブラウスの襟を掴んで目を合わさせた。
「悪かったよ…」
最初とは消極的に、視線から逃れ聞こえるか聞こえないか、くらいの声を漏らした。
その態度は気に触るけれど、もうどうでもよかった。面倒くさい。
「合格。ギリギリ65点だね」
250 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時38分39秒
さて…と、
忘れちゃいなかった。背中側、ちょうど真後ろに最後の1人はいた。
街灯の柱に凭れ座り込んでいる。正しくは驚きでそこから動けないようだ。
見つめると、膝を抱え込む両腕に力が加わるのが分かった。
髪の毛を掴み持ち上げ、強引に視線を会わせる。
痛んだ髪の毛が指の間でパサパサと乾いた感触が踊る。
近くで見ると、その顔は涙でマスカラが剥がれ、時間が掛かった化粧は台無しだ。
「もっと泣いてみますか?」
勢いよく頭を振る想像通りの彼女の行動に、気を良くし思わず顔が綻ぶ。
あっけなくそのまとわりつく髪を開放し、その場所を後にした。
251 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年10月03日(木)23時40分07秒
街を歩くとやけに人のが集まるけれど、何も気にはしなかった。
随分と時間を使ってしまった。青から赤へ、空の色がすっかり変わってしまっている。
昼から夜にかけて、空は青から藍に変わるのに、夕焼けはなんで赤なんだろう、小さな頃の疑問を思い出した。
『夜は寒くて凍えてしまうから、その前にお日様が少しでも暖めてあげようとしてるのよ』
そう教えてくれたのは…、ママだっけ…。
本当は光の散乱が原因と知ったら、急に冷めてしまった。
空は、7色の光の中の青を吸い込んで自分だけ独占しようとしている。

歩道橋の上から見る明かりが灯りだす日暮れの街並みは、
アドバルーン広告が大きな影を街の上に引いていた。
そして襲う疎外感。
…どうしてこんなに苛立つんだろう。
心の中は、いつも何か足りない。

もう一度眺めた景色は、不安定に傾く風音と共に、いつかの画用紙の上の景色とダブって見えた。
252 名前:SHURA 投稿日:2002年10月03日(木)23時44分34秒
>>240-251

また空けてしまいました…スマソ。
でも、今回のは結構上手く書けたと思う。

>239
( ^▽^)<するよ

冗談です。でも、あまり待たせないように切磋します。
253 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月05日(土)18時04分13秒
(0^〜^)<梨華ちゃん、この頃ね矢口さんのことも気になるんだよね。

( `▽´)<ひとみ!(呼び捨て) 今なんてった?

(0^〜^)<だからね、矢口さんが・・

( `▽´)<ごっちん、お願い!

     *ぼか*!  *どす*!

( ´ Д `)<梨華ちゃん、こんな奴ほっといて、どっか行こう


SHURAさん、メール有り難うございました。
あちこちで別HDだと混乱するので、HN統一しました。

えっ! 何を言ってるんだって?
それはSHURAさんと、私だけの、ひ・み・つ (わっ! キショ)
254 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月08日(火)18時37分02秒
情景描写がしっかりしてて入り易い
矢口の乾いた心情もよく伝わってきます
255 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時27分33秒
「うっそー、梨華ちゃんって以外。そうだったんだ〜」とごっちん。
「う、うん、そう…だよ」と梨華ちゃん。
2人のぎこちない会話が続く。
中澤さんは夕方を過ぎたのに、今更テーブルにスポーツ誌の朝刊を広げていた。
矢口さんは普段なら来てる時間なのにその姿はここにない。連絡もないし携帯も繋がらない。
矢口さんのことだから大丈夫だ。思っていたけれど、
何かあったらちゃんと連絡してくれる、そんな抜け目のない人だから余計に気にかかる。

そんな心配も寄せ付けないで、ごっちんは梨華ちゃんにべっとり。こっちには後頭部しか見せてない。
2人はあの一件以来、その関係を友達と置き換えていた。
お互いに通じるところもあるようで、今は昨日のドラマの話をしてる。
一方的にごっちんが盛り上がってるというのが正しいかもしれないけれど。
でも、ごっちんの顔は2人が付き合ってた頃よりも生き生きして見えた。
湧き上がってくる抑えられない衝動で笑顔が現れてる、そんな感じ。
それは単純かつシンプル、普通のことなんだろうけど、本当に楽しそうだった。
そんな風に思った時、軽い音をたてて店のドアが開いたんだ。
256 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時28分16秒
「おはよー」
「おはようござ…」
聞きなれた声に振り向くと、その言いかけの声は不自然な沈黙の始まりに変わる。
硬直しかけていたあたしの顔を矢口さんが「どうした?」とでも言いたげに見ていた。
目尻の斜め下に出来た青い痣。矢口さんの白く綺麗な顔には似合わない口元の印、赤いそれは血の跡。
「あれぇ、やぐっつぁん。どうしたの、その顔?」
「少しコケた」
「はは、そーとーハデにコケたねー」
ごっちんと会話する声、響きは何も変わらないのに、いつもの乾いた笑みが痛々しくて、
和やかなはずの雰囲気を遠くに追い払い、手には負えない別のものを連れてくる。
257 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時28分59秒
「それどないしたん?」
柔らかい声はいつもより硬度を増して、空気を響かせた。
中澤さんは手元の新聞をテーブルに投げ、4人が集まるカウンターに視線を傾けていた。
「………」
腕を低めの位置で組み、無言で目を瞑ると浅い溜め息をつく。
そして、中澤さんの顔が静かに染まる。
「誰や…?」
ゆっくりとした言葉は時としてどんな台詞より威圧感を持つ。
立ち上がり近づいてくる中澤さんに対し、片手を延ばして制した矢口さんは近くのテーブルに片手を付いて、
「は? 何言ってんの、意味分かんない。
コケたって言ってんじゃん。変に心配しないでよ、気持ち悪い」
「アホか。何処でどう風にコケたらそうなんねん」
中澤さんは間髪入れずに問い詰める。
その傷は、あたしにも転んだだけには見えなかった。
小学校の頃、近くに住んでた同級生の男の子がよくそんな傷を作ってたのを思い出した。
活発で負けず嫌い、隣のクラスの男子と事ある毎に喧嘩をしていた男の子。
中学校は別々でその後は知らない。
258 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時30分15秒
「別にどうだっていいじゃん、どうせ裕ちゃんには関係ないし」
吐き捨てるように言って矢口さんはハンカチで口元の傷を押さえる。
触れた瞬間に痛みが走ったのか体を少し震わせ息を漏らした。
「誰や?」
矢口さんは口を閉じ、宙を見上げたまま。
「誰にやられたか聞いとんねん? 答えろや」
表情1つ変えない中澤さんの顔はいつになく真剣味を帯びて、
鋭利な言葉の波は固い口をこじ開けようとしていた。
「だから、別に何だって誰だっていいじゃん。
返り討ちにしてやったしさ、別に言う必要なんてなくない?」
259 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時30分58秒
ひんやりしたものが背中に触れた。
それがブラウスに染み込んだ自分の汗だと気付いたのはほんの少し後。
感情の無い顔がオレンジと黒のツートンに分かれ、口の端は曲線を描く。
矢口さんのそれは笑みじゃない、温度の無い笑みは存在しないから。
「どうせ裕ちゃんに言ったって分かるわけないじゃん。
そこら中にいっぱい居る頭悪そうな女が3人。ホント逆恨みもいいとこ。
そうだ、よっすぃーは見たことある奴だよ。あの時、久々に会った時に居たギャル。覚えてる?」
鼻に掛かる笑い声を交えて語りかけてくる。白く霞んだ景色にあの日の光景が蘇った。
影の中から見た狂気を量りにかけた矢口さんと、追い詰められる女性の姿。
純粋に恐怖を覚えた記憶。

「多勢に無勢ってやつだから、何発か殴られたけどさ」
ポケットから取り出した直方体の真っ黒な物体は一瞬小さめのペンケースにも見えたけれど、
テーブルに落ちた瞬間聞こえた重苦しい音で、そんな生易しいものではないと知った。
「ね、負けるわけないよ」
黒い表面から金属特有の重くグラデーションがかった光を発する。
それは例えるなら、焼くような痛みの塊。
260 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時32分05秒
「お、スタンガンじゃん」
ごっちんは簡単にそれを拾い上げ両手で弄び。瞬間的に空気を引き裂く音と共に光が震えた。
「おぉ、すげー」
その音で近くにいた梨華ちゃんが大げさに肩を振るわせる。
恐怖かそれとも密閉されたこの部屋が暑いのか、顔の表面には汗が浮いているように見えた。
「矢口さぁ、こんなナリじゃん。1人ならいいけど複数だと苦戦すること多くってさぁ。
でもお陰で無敵ってヤツ? 負けたことなんてないよ」
得意気とも自嘲的とも取れる浅い笑いを振りまき、周囲の反応を窺うように周りを見渡す。
愉快そうにスタンガンをテーブルに置いたごっちん、俯く梨華ちゃん、
目が合った瞬間、あたしはきっと戸惑い泳がせるように視線を外したかもしれない。
261 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時32分48秒
ただ、中澤さんだけは表情を一切変えず真顔のまま矢口さんの目を見つめていた。
「お前、いっつもこんなん持っとったんか?」
「何なんだよ、さっきから。矢口のことに無意味に首突っ込まないでくれない?
今日の裕ちゃん、なんか可笑しいよ」
「オマエのことが心配やからやろ。そんなカッコで来て心配せえへん方がおかしいってお前なら分かるやろ」
矢口さんは視線を外して、面倒臭そうに髪の毛をかき上げた。
中澤さんのものより明度で勝る金髪が光を従えて踊る。その動作を挟んでから中澤さんに向き直った。
「心配…? いらないよそんなの。矢口の気持ちも知らないで余計なことしないでくれる」
「分からんのはお前が心ン中見せへんからやろ!」
262 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時34分07秒
ただの曇り空から突然大雨が降るように、中澤さんはあたし達に待つことを許さず、
平静を装っていた部屋を揺るがし反響するほどに声を荒げた。
突然の声に驚いたのはあたしだけじゃないらしく、
そばで空気が喉を通り抜ける生々しい音が耳に届いた。

「見せたら分かるっつーのかよ…」
その剣幕にたじろぎ後退する周囲を他所に、
矢口さんは目前の青い瞳を正面から見つめ、聞き取れない程に小さく口を開いた。
「あ、何や? はっきり言いや」

「見せたって矢口の気持ちなんか誰にも分からない!!」
263 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時34分51秒
その時が初めてだった。絶対に忘れられそうにない。
矢口さんの、ここまで感情をぶつけるような言葉を聴いたのは。
怒って、大声を出すことがあってもそれは自身の意思を示したものじゃなかったから。
責任感。矢口さんは他の人よりも需要量が多い。

矢口さんの言葉は、この部屋から音を消し小さな世界を閉じた。
口を固く閉じると、聞こえるか聞こえないくらいの舌打ちをして首を横に向ける。
その方向には店の一角、光の当らない闇そのものが存在していた。
何も見えない。あるのだろうけど目に捉えられないのは、あたしが見る矢口さんの心の輪郭そのもの。

「………」
中澤さんは押し黙るように、反対側の椅子に崩れるように座り片手で両目を閉じた顔の半分を覆う。
「そやな、そうゆうんやったらそうなんやろな」
先ほどの斬りつけるような目の光は無くなって、青い烈火の光を放つ花は静かに花びらを閉じていた。
264 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時35分29秒
「出てってくれない?」
矢口さんは闇に向かい言った。壁にはね返った声が聞こえる。
「知ってると思うけど、ここは矢口の居場所なんだよ…。だから、みんな出てってくれないかな…」
誰も返事をしなかった。

「行こか」
中澤さんがそう促すと、入り口一番近くにいた梨華ちゃん、次いでごっちんが背を向けた。
あたしは動かなかった。動こうとしなかった。
今は何をするべきかなんて分かったいたけど、足が床に貼り付けてしまっていた。
「よっすぃーさ…出てってくれないかな…」
矢口さんは目を合わせてはくれない。
265 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時36分12秒
「あ、あたしずっと矢口さんのこと尊敬してましたから…」
何考えてたんだろう、って思う。
助けを求めるみたいに、何でもいいからすぐ近くにあるものを掴んでただ口走っていた。
それはいつも矢口さんに対し思っていた言葉。
もしかして、どこかでまた優しい言葉が返ってくるのを期待していたのかもしれない。
今まで見たものが夢じゃないのを願うみたいに。小さな願い。
「っそ…、じゃあ今から止めたほうがいいよ。為にならないから」
「え…、あ…」
耳に届いた鼓動、それが自分のものと確認する間もなく、次の言葉は降りかかる。
「いちいちウザいんだよ。出てけっつったろ!!」
心臓を直に鈍器で叩かれたような感覚と、向けられた瞳に映る狂気。
射抜かれたあたしは萎縮を通り越し、心が悪魔に切り裂かれたようにバラバラになった。
266 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時37分03秒
「行くで、よっすぃー」
焦れた口調で、制服の肩を掴まれた。
引きずられるように仕切りを跨いだ瞬間、振り返ってみたけれど、
矢口さんの目はあたしに向くことはなくて、
最後の瞬間の、射抜くような視線が瞼に焼きついたまま上書きされることはなかった。
267 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時37分33秒
既に店から出ていたごっちんと梨華ちゃんは、店の外で待っていた。
中澤さんは、ドアを閉めるとそのすぐ傍の壁に背中を落ち着けタバコを取り出し火をつけた。
あたしは誰に言われるでもなくその逆側の壁に寄りかかった。
冷たいコンクリの壁がバラバラにされた心を1つずつ芯から冷やしていく。
横目で見ると中澤さんはタバコを加えたまま煙を吐き出し、
ビルの向かいにある古着屋の看板のイルミネーションを見ていた。
青と黄色の光で白い顔が装飾されている。光に邪魔されて何を考えてるのかは分からなかった。
268 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時38分20秒
「何でみんなそんな風に深く考えんのか、後藤は分かんないんだけどさ」
隣にいたごっちんの雰囲気ぶち壊しな言葉に、
人がこんなに傷心なのに、何も分かってないと正直ムカついた。
「はぁ、ごっちんはどうも思わないわけ?」
「うん」
「なんで?」
「別にやぐっつぁんが死んだわけじゃないから」
聞く相手を間違った。
そもそもごっちんのこういう性格を知ってただけに聞いた自分を責めた。
「だって後藤はやぐっつぁんのことが好きだからさ。別に気にしないし」
「………」
「それにさぁ、一個でもすっごい好きなとこがあったら、嫌な部分なんてどうでもよくない?
後藤はそうなんだけど。『キラメキあれば闇も見えない♪』なんつって」
1フレーズを歌い終わった後で、ピースと両目を閉じるウインクをしてみせた。
半分呆れて、半分悔しくなって、あと少しだけ恥ずかしくなった。
269 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時38分57秒
そして、ほんの少しだけ時間が過ぎて、中澤さんが身を起こした。
「ちょっと用事思い出したから行くわ。何かあったら携帯に電話してな」
半分より少し進んだ辺りで燻ってるタバコを道路の傍の排水溝の隙間に
投げ込んでから背中を向けると、思い出したようにすぐ振り向いた。
「そうそう、よっすぃー、ちょっと聞いてもええ?」
「何ですか?」
別にそんな深い理由があったなんて知らなかったから、
ただ、気になったから聞いただけ、それくらいに考えていたから、
たいした気にもしないで知ってることを全部話した。
270 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月08日(金)01時39分29秒
その翌日、休日で暇を持て余していた。
父さんは居間でゴロゴロ。母さんは休み関係なく家の中を忙しなく動いている。
あたしは何をすることも思いず、床に座布団を引いて寝転がる父さんの横で、
思うままにテレビのチャンネルを変えていた。
興味のない再放送の2時間ドラマや、やらせ臭い通信販売の番組。
そんなものばかり、半端な時間の番組は何も面白くない。
外へ出れば面白いこともあるんだろうけど、そんな気力なかった。
やっぱり、矢口さんの言葉と顔が忘れられないでいたから。
見た記憶のあるバラエティ番組に落ち着くと、すぐに家の電話が鳴った。

母さんは忙しそうだったし、面倒だなと思いながら立ち上がって、そばにある子機を手に取った。
「もしもし、吉澤です」
極力明るく取った受話器からは、ふてぶてしいくらいに重い声が返ってきた。
「こちら朝比奈署ですが…」
271 名前:SHURA 投稿日:2002年11月08日(金)01時54分57秒
今更ながらタイトルには関係ない内容に気付いた次第。
バイト辞めて、前より時間は出来たんで早くなる予定です(あくまで)。

>ひとみんこさん
どうもです、メールはあまり来ないのであり難かったです。

 そ の よ っ す ぃ ー は 私 の こ と で す か ?

えーと、よっさんねる見ました。

>254さん
情景描写はあまり書かないでぼやかせた方がいいと
思ってるんでけど、どうも書きすぎてしまうようです。
矢口さんは登場人物の中では異色のキャラなんで、
性格だけは際立たせようと思ってます。
272 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時47分34秒
「おー、よっすぃー、待っとったでー」
刑事課強行係の稲葉と名乗った女性に案内された先で、中澤さんはその姿を現した。
初めて入った警察署の中は、想像していた重苦しい雰囲気とは反対に、
やかましい騒音で溢れ、途切れることなく人が行き来する場所だった。
中澤さんは前の日会ったそのまんまの格好で、何列か机を挟んだ向こうから手を振っている。
大げさに、それこそ横断歩道の反対側の人に手を振ってるみたいに。
言われようのない恥ずかしさに、あたしとお母さんはそろって下を向いた。
273 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時48分10秒
稲葉さんの物だという書類の山が出来上がった机で、今回の件に関して簡単に説明を受けた。
稲葉さんは薄く削がれた茶色のボブカットで、物腰柔らかく刑事にしては親しみやすい印象を受けた。
ただ、度を過ぎた饒舌。調書片手に確認を取るにも、本題に入る前に関係無い話を挟む。
我に返り「ゴメンナサイ」と背中を丸めて謝る姿も、どこかの新聞の勧誘みたい。
きっと警察よりも、訪問販売みたいな口で人を丸め込む仕事のほうが適職だと思った。

話によれば、昨日あの後で、中澤さんはあたしから聞いたあのギャル達の情報を元に、
離れた繁華街まで出て、多少強引な方法で彼女達を見つけようとしたらしい。
結局のところ、彼女達は見つけ出せなかったらしく、逆にその強引さが災いし警察に通報されてしまった。
考えてみればそうだ。あの時、教えたことはあたしが見たギャルの特徴と会った場所だけなのに、
それで巡り合えたら天運の持ち主か名探偵だ。中澤さんはただのバーテンでしかない。
274 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時48分56秒
それで、一夜明けたこの日、公務執行妨害で警察に連行された中澤さんは、
誰にも危害を加えなかったことが分かり、書類送検というのを免れた。
そして、信用のある身元引き取り人として、会ったこともないあたしの母親を選んだ。
店のバイトの母親で、親と子それぞれに親交が深い。そんなハッタリまで作りたてて。
その嘘を信用させたのは中澤さんの口の滑らかさが功を奏したというところか。

それから、お母さんに本籍や氏名なんかの簡単な質問をした後、中澤さんは解放された。
署の門を潜ると中澤さんは一声。
「善良な市民に向かって、これやからマッポは…」
門の警官に向かって見えないように舌を出した。
275 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時49分38秒
普段何気なくそばを通り過ぎていた警察署の塀添いの道路。
しばらくは後ろから中澤さんとお母さんの会話を聞いていた。
人見知りのかけらもないウチの主婦と誰でもすぐに引き込んでしまう中澤さん。
初対面のはずなのに噛み合った会話は、2人が盟友であってもおかしくなかった。
間から見えるお母さんの顔は、こっちが恥ずかしくなるくらい笑顔。

「じゃあお願いします」
「あー、是非任せといてください」
夕飯の買出し、と言ってからお母さんは近くにあったスーパーに消えていった。
いくらなんでも、警察沙汰起こした人なのに平気なのかよ、と本気で疑問に思った。
のん気かつ放任主義、手抜きな子育てにも程がある。
中澤さんは「じゃあまた」とまた大げさに手を振っていた。
276 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時50分30秒
2人になって、ただ真っ直ぐ続く道を並んで歩く。
ただ、ごっちんとかと歩く時とは違って、周りの建物がいつもと違って目に映った。
こんな所にラーメン屋なんてあったっけ、とか、見たことのない看板を発見したり。
同じ道でも一緒にいる人が違うと、別物に変わるんだろうか。

思えば昼間に、しかも外で中澤さんと会うことはこの時が初めてだった。
いつも店の中、しかも昼と夜の区別はつかないも閉鎖的な空間だから、気付かなかった。
それだからか、昼の町の背景をバックにした中澤さんに違和感を感じる。
でも時間が経つにつれ、明るい中で改めて見る中澤さんは普通の人とは違って見えてきた。
上手く表現は出来ないけれど、すれ違った小奇麗な格好をした人よりも圧倒的に目を引く。
個人的観測だけれど、それは鏡の前で着飾っただけじゃ得られない。
277 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時51分13秒
そもそも、警察に捕まっていたのに、何も変わった様子はないし動じない。
『さっき見たのは全部現実じゃないんじゃないか』
かかってきた電話も初めて訪れた警察署も、
紛れもない事実だと分かっていても、そう思わずにはいられない。
きっと、あたしなんかとは目に映るものが根本から違ってるに違いない。

こういうところが、矢口さんと中澤さんの共通点だと思う。
矢口さんだけじゃなく、何考えてるか分からないのは中澤さんも同じだから。
違うのは、矢口さんが心を真っ黒なベールで覆い尽くし何も見せないのに対し、
中澤さんのは模様がついてること。はっきり見えるけど本物じゃない。
要は、見せない矢口さんと、見えない中澤さん。
278 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時51分45秒
どれくらい横顔を見ていたか分からないけど、ふいに中澤さんと視線が交錯した。
何でもない道路の隅っこが気まずい空気に変わって、打開しようと息を吸った。
「何であんな事やったんですか?」
それは自分の言葉じゃなく、出掛かってた言葉を中澤さんに先取られた。
喉元で言葉を殺され、何も言えず押し黙ってしまった。
「いやいや、よっすぃーは単純やから」
そう言って、バカにしたように笑うから、
「悪かったですね、単純で」
ただ、伝わる声は負け惜しみ色十分だった。

愉快そうに笑った中澤さんは、表情を保ったままで、
「まぁそのな…、矢口にやって理由はあるやろ。そんなんも考えんであーゆうてしもたしな。
せめて、アイツがどない気持ちやったか考えようとした。っちゅうことやね。
こんな中澤姐さんでも、ちったぁ考えとるんやで。えらい? え、えらない? そう」
今度は子供みたいに人懐っこく顔を寄せる。
「そうそう、アイツ携帯も電源切ってんねんで。ホンマに怒ってんで、アイツ」
怒ったと思えば澄まして、その合間にはさっきみたいに笑って、
コロコロと表情の変わりは普通の人の5割り増し。
279 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時52分54秒
「あとは、ちゃんと筋は通さんとアカンと思ったから、
オトシマエとかそういうのとはちゃうで。ホンマやから、許してくれる?」
目を閉じた顔を閉じるように手のひらを合わせて、首だけをコクンと下げた、というより落とした。
「…別にいいですよ。お母さんも気にしてない感じだったし」
本気かどうか分からないから、逆に返答につまる。
考えたら、許さないなんて言えるわけないし。
「ホンマに? ええの?」
「いいですよ」
片目だけ瞼を上げて、小学生みたいに何度も念を押す。だからついムキになった。
からかってると分かったのは、中澤さんが不意に吹き出した後。
280 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時53分26秒
「はは、理解のあるお母さんを持って幸せやね、よっすぃーは」
「それが悩みの種なんです」
突拍子もない答えだったのか、狐に摘まれた顔をしながらも中澤さんは続けた。
「ええお母さんやないの、なんか不安なん?」
「あまりにも呑気過ぎて、同じ血が流れてると思うと怖いです」
「………」
中澤さんは、空気を漏らすみたいにごく自然に笑って、そして何も何も言わなくなった。
真顔になると、道路の反対側に何か見つけたのか、ずっとその方角を観察していた。
なんかマズイこと言ったのか、と思ったけれど心当たりはない。
281 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時54分01秒
「矢口やけど、もうちょいしたらアイツも落ち着くやろ。
それまでは人生の先輩らしく待っとらんと」
急に口を開いたのは数分してから。唐突な台詞につまりながら受け応えた。
「…引くってヤツですか?」
「そう、分かってるやん、人生引き際が大切ゆうてな」
いきなり振り向くと人差し指を真っ直ぐ上に伸ばした。

使い方が違う、と思いながらも悪い気はしなかった。
中澤さんと話してみると、心が軽くなる。
頭の中にあるマイナスな感情も、本当にマイナスなのかと疑ってしまう。
今の悩みも半分どころか3割程度に減ったような気分になった。
282 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年11月22日(金)06時54分39秒
「そう言えば、これからドコ行くんですか? あたし帰りますけど」
「どこって、よっすぃーんちに決まってるやん」
なんかの呪文のように、当たり前に中澤さんは言った。
だから、疑問に思った自分が何故だか悪いことをしたような気分になる。
「…え、何で?」
どう考えたって、こう言うのは当然だと思う。
なのに中澤さんは変なものを見るような目であたしを見た。
「アホ。今、店に戻れんから家無しや。身元引き取り人なら最後まで面倒見んかい」
次々と放られるほぼ暴言をいっていい言葉に、なす術がなかった。
「別にお母さんがイイって言えばいいですけど」
「ホンマ? ええの? いやー、よっすぃーはええコやね」
「あ…はぁ」
283 名前:SHURA 投稿日:2002年11月22日(金)06時55分31秒
>>272-282

更新しました。
284 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月23日(土)08時24分35秒

更新、お疲れさまです。
時間の余裕が出来たのですか? 今後が楽しみです。
居候の姐さん、色々やらかしそうですね。

そうです! あのよっちぃはSHURAさんです。(w

今、あちらで書いているのが完結したら
例の物に取りかかります。
285 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時44分25秒
地に埋まった不格好な部屋に上界の音は何一つ届かない。
道路を横切る車の音も、絶えずけたたましい人の話し声も。
そこが気に入って手に入れた物件だった。内装や他はどうにでも出来たから。
ただ、違うものが見たかった。あんな親父も腐った家も忘れたい。
嫌味なくらい白い壁と天井も、仕事しか見ない親父だって、見渡したところでここにはないから。
あるのは煙と、湿った空気で織り上げられた音。あとの残りは自在に汚せる空間だけ。
全部、望んだものじゃないか。

みんなが出て行って、追い出してから10分も経ってない。
何も耳に届かない、静寂だけが通り過ぎていく。
店を開けることは出来なくなったけど、家に帰る気にはならなかった。
むしろ、ここから動く気がなかった。動きたくなかった。
みんな…全部が億劫で、見る、聞く、考えることも。なにもかも面倒くさい。
その全て、この部屋は身体から切り離してくれるような気がする。
1人になりたかった。
286 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時44分58秒
テーブルに横んなって、天井を仰いだ。
間隔をあけてオレンジの光源が並んでる黒い天井。
思ったよりも高かった天井は、鉄板を頭から被せたような曇り空と似ていた。
お約束のように手を伸ばしてみる。届かない指先が行き場を失い宙を泳いだ。
「だっさ…」

いつだってこうだった。
人間って生き物は自分達とは違うものを、異分子を排除しようする。
その癖、利用できる時は思う存分利用して、要らなくなったらゴミ同然。
『矢口先輩』
馴れ馴れしく擦り寄ってくるくせに、去るときは一目散。
ついでに、置き土産まで残してくれる。
『矢口先輩ってさー』
指をさす行為に気付かないでやっていた。
才能を妬まれるのはあの頃から慣れっこだった。
287 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時45分35秒
携帯の電源をオフに入れ、全ての力を抜いた。
テーブルから伝わるその冷たさが背中から昇り、身体を無で満たしていく。
それが指先まで届いたとき、研ぎ澄まされた神経は
小さな空気の揺れさえも頬撫でるように嗅ぎ取れるようになる。
そうして耳を澄ますと、雑然とする空間の奥に聞こえた。それは聞こえるはずもない風の音色。
流れて流れて、何処までも行ける。世界でただ1つ自由に行きたい場所へ羽ばたけるもの。
ただ、わたし自身が描く自由は、一番自由じゃないことを元から知ってる。
288 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時46分28秒
夢を見たことがあった、一度だけ。
私達一家はワンルームの部屋に3人で暮らしていて、朝も夜もご飯はいつも一緒で。
狭い部屋だから寝る時はみんなで布団を横一列に引いて寝る。
不便な暮らしだけれど、全然イヤじゃなかった。ずっとこれでもいいと思っていた。
月末の父さんの給料日の日はいつもみんなで焼き肉食べに行くのが恒例だった。
私の食べ切れなかったビビンバをパパが無理して腹に詰め込んで苦しんでる。
わたしはそれを見て大笑いしてる。ママはお父さんの背中をさすっていた。

その後で、街を見渡せる高いビルの屋上に行って、夜景を眺める。
消えることの無い街の光は、満天の星空を鏡で地上に映し出したような気さえした。
そして、本来主役であるはずの月さえもただ夜を形作る一部にしてしまう。
街の上を横切る夜風は、火照った体を表面から染み込むように冷やしていき、
胸の中を透明な、それでいて穏やかで優しい空気が面積を広げていく。
わたしは柵に寄りかかり、動き続ける夜を飽きることなく見つめていた。
289 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時47分26秒
3人で、手を繋ぎ未来のことを話した。流れる言葉を夜空に並べていく、それは順不同で。
いつか、もっと大きな家に住んで、部屋も1人1人持っていて。
たまにじゃなく、いつだって食べたいものが食べれた。
そして、集めたお金で目の前にある景色を全部独り占めしてみせる。
「幸せな未来」そう繰り返す2人の笑顔が、私の顔も笑顔に変える。
そう、私は遊園地より学校よりも何よりも、月1回のその場所が好きだった。
そんな、夢。何故だか忘れられない。
290 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時48分21秒
星の夜景が真っ黒な天井に変わる。目を閉じると、空想の父親の顔がアイツの顔とダブった。
体裁だけの父親。「父親をしてる」世間様からそうさえ思われていれば構わないアイツの顔。
魅せられる夢も、どす黒い霧で溺れ染まっていく。

バッカじゃないの…。
なにが「幸せな未来」。
欲しいなんて思ったことない。
あっとして、もう随分後ろに置き去りにしてしまってる。
見えない未来よりも、それよりも「強さ」が欲しい。
心を許さない、そんな強さが欲しい。
自分以外の誰にも甘えることのない、そんな「強さ」。
あの日からずっとそれだけ願っていた。
砂のように手のひらから流れ落ちる日の中、いつも強くなりたいと思っていた。
ママがいなくなってからは、甘えることができないから。だから、強くなきゃ、って。
291 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時49分05秒
ただ、いつの間にか傷つかないことに慣れきってしまっていた。
誰にも頼らなくてもいいように。他人を知らなくてもいいように。
そうすれば傷つくことはない、裏切られることもない。
もう涙を流すこともないだろう。
それは、心を見失うことのない強さ。周りの誰の手も寄せ付けない鎧。
だから、何を犠牲にしたとしても、強くありたい。
結果、人間らしさをなくしたとしても。

鎧をまとった私は誰にも負けない。
心に傷はつけさせない。触れさせない。
292 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月02日(月)23時49分57秒
寒い…。
コートと制服の上から入り込む寒気に、
鳥肌が立つのが分かって、袖に収めた手で腕をこすった。
吐く息は無色透明。体温が室温に近い証拠。
広がるは、辿り着けない程深く開いた闇。

慣れた。慣れてるけど、ほんの少し疲れた。
そう、少し眠ったらまだいけるさ。
終わりまではまだ遠いから。だから少しだけ。

世界を閉じて、意識を胸の中の夜空に傾ける。
そして、安息の向こう、まどろみの波に背中を委ねた。
293 名前:SHURA 投稿日:2002年12月03日(火)00時00分51秒
>>285-292

話の都合上、短い更新です。恐縮ながら次も短いです。
あと、これからしばらく矢口視点になります。

>ひとみんこさん
 時間については諸々あるんですけど、
 ちゃんと時間を作ってPCに向かってます。
 主人公もヒロインも何処かに行ってる展開ですけど、
 どうか、宜しくお願いします。
294 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月03日(火)02時12分23秒
矢口・・・幸せの未来手に入れて欲しい
中澤さんの影も明らかにされていくんでしょうか?
更新ありがとうございました。
295 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月07日(土)04時37分23秒
耳に届いた音で目が覚めた。どうでもいいような夢を見たけど覚えていない。
どれくらいの時間が経ったのだろう。気にはなったけど、確かめはしなかった。
昼も夜も朝もないこの灰色の空間には時間は存在しない。
ここだけは日付が変わることもなく、時間の経過を忘れていく。

テーブルに対し半身で寝ていたから、押し付ける形だった左肩が痛い。
腕を廻すと、痺れにも似た感覚が指先まで伸びていった。

まだ焦点を合わさない頭で音を辿ると、音は入り口付近から反響して聞こえてきていた。
木製のドアを叩く音。壁を揺らして低く体に響く、気に障る音。
しばらく様子を窺ってていたけれど、ドアを叩く誰かは去る様子はなかった。
小さく舌打ちして息を吸い込むと、足をそこに向けた。
296 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月07日(土)04時38分56秒
ドアノブは冷たく、握るともうそれっきり離れないような気さえした。
ノブを握った上の鍵を左手で、静かに倒す。
カコン、と気味のいい音が響き、空間を外の世界と結びつけた。
外にも聞こえたんだろう、叩く音は途中で止んだ。

ドアを開くと、闇の中に見覚えのない男がいた。ネクタイのないスーツ姿の男だった。
短髪を真っ直ぐに立ち上げ、顎にからもみ上げの辺りまでヒゲを生やしていた。
ただ、特徴のない顔を無理やり特徴付ける為に生やしたような、そんな印象を受ける。
見た感じ、年は20台後半、若く見ても半ばくらいに見えた。
酔っ払いかと思ってたけれどシラフ。アルコール臭はしない。
その変わり、過剰な香水の匂いが鼻をつく。しかめそうになるのをの堪えた。
297 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2002年12月07日(土)04時39分49秒
相手をするのも億劫だったけど、最低限の責任は果たす。
扉にかかる「closed」の札を指さした。
「今日は営業してないんですけど」

男はもとから知っているとでも言いたげに口元を吊り上げて「そう」と言った。
馬鹿にしたような表情が気に障る。気を遣うのも嫌になる。
「じゃあ何?」
面倒くささ全開の言葉に、男の顔から歯が覗く。
さっきとは違う。待ってた言葉が聞けた。
その嬉しさを情けない程度に現した気色の悪い笑み。

「アンタの親父さんの知り合いの、こういう者なんだけど」
スーツの内ポケットに右手を移す。
始めは名刺だと思っていた。受け取る気もなくて、ただ見るつもりだけでいた。
入り口近くの白い照明が2人の間に差し、反射した光は私を射抜く。

そして、白いその物体は私の顔を映す。
丁寧に磨かれたナイフの先が向けられていた。
298 名前:SHURA 投稿日:2002年12月07日(土)04時56分09秒
>>295-297
予告通り短い更新です。

>294 名無し読者さん
中澤さんについては、実は多少書き過ぎた感があるんですが…。
それは別にして、矢口さんと中澤さんの関係なんかも少しずつ書
いていけたら、と思ってます。
299 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月24日(火)01時00分58秒
続きが待ち遠しいです…。
300 名前:a 投稿日:2003年01月12日(日)18時55分14秒
ほぜん。。。
301 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時15分37秒
艶やかな光を放つ鋭利な切っ先は、肌を裂くだけなら滑らせるだけで十分だろう。
指先は上からかぶせるように威圧的、かつ自信に満ちている。
男は浅く握ったそのナイフを私に向けたまま、店の状況を確認すると、「入れ」と顎で促した。
黙って男から背を向けると、ドアに鍵をかける金属音。
振り返ると男はノブを回し錠を確かめていた。軟派な外見に似合わず用心深い男だ。

改めて今だけは広く感じるフロアの中央のイスに深く座ると、
男は入り口近くのテーブルのイスに腰を降ろすとテーブルの上で足を重ねた。
「ケータイ持ってんだろ、よこせ」
ちょろいとでも言いたげに余裕の笑みで手を差し出す。
言われるがまま、テーブルの上に投げ出されたままの携帯を放った。
男は電源が切ってあるのを確かめてからポケットに入れると、
すれ違いに自分の携帯を出しては耳に寄せた。
打って変わった敬語。「うまくいってます」「そちらお願いします」
会話の流れで何となく男の目的が見えた。
302 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時20分44秒
「ねえオジサン。公共事業に圧力掛けるなんて、今時流行んないんじゃない?」
携帯を切った男に言った。今頃、アイツの事務所に電話が入ってる。
目的はおそらく、うちの家政婦が決まったと言っていた新建設の受注。
新聞でも取り上げられる程の大きな仕事だったのを記憶していた。
受注できた業者の利益の大きさは目に見えている。

「何が言いたい?」
そう吐き捨てて、握られたナイフを何気にちらつかせる。
「やるだけ無駄。今さらどうにかなるなんて思ってんの?」
もう決定した発注を今さら、しかも強引に動かすなんて馬鹿げてる。
子供のゲームじゃない。ルール無視もいいところだ。
303 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時21分42秒
「こっちは上の人間にも黙ってんだ、もう引き下がれるかよ」
「じゃやんなきゃいいじゃん」
分からない。何がこの人をここまでやらせるのか。こんな意味のないことに、リスク以外の何が見える。
「いちいちうるせぇんだよ。何も知らないくせにごちゃごちゃ言ってっと
俺の気が変わっても知らねえぞ。まだまだ夜は長いんだからな」
気が変わったらどうだって言うのか。
自信に満ちたすすら笑いの顔に言ってやりたくなったが、今は得策じゃない。
言葉を深い息に変え、男を視界の端に捕らえながら無地の壁を見つめた。

「親父は、ゴミ同然だった俺に手を伸ばしてくれたお人なんだよ。
育ててくれた、力もくれた。だから、今度は俺達が親父に恩を返す番なんだよ」
その人のためだったら何でも出来る、ってか。くだらない。
そんなのは青臭いドラマだけで十分だ。これ以上不快な思いをさせないでくれ。
304 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時23分01秒
「知らないのはどっちだよ」
私は十分に知ってる。
「アンタ達は知らないんだよ。アイツは娘のことなんかより自分のことの方が大事なんだよ。
せっかくの仕事をこんな娘1人の為に遅らせるようなこと、アイツがするわけない」
アイツは世間が思ってるような、善意と正義で作られたような奴じゃない。
「実例だってある」
だから、だからママは…。
一番大事だった人は目の前からいなくなった。
それさえあれば、何もいらないとさえ思えてたのに…。
「………」
嫌なことが頭をよぎったけれど、すぐに追い出した。
305 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時23分31秒
「…アンタ等だってそうだ。アンタの上にいる人だって、アンタのことなんてどうも思ってないんだよ。
駒だよ。どんな勘違いしてるか知んないけど、所詮は目的を果たす為の駒の1個。
もしもアンタが捕まったとしても、痛くも痒くもない。次の駒はいるからさ。もしかして気付いてなかった?」
5メートルほど向こうで、まっすぐに見つめ返す男の顔に
今まで浮かんでいた余裕の笑みが消えるのにさほど時間はなかった。
行き先を見失った右手のナイフが強く握られた。
「この状況、どう考えたってアンタは捕まる。まず間違いなく。
目的が果たせなくても上はしらを切る。『そんな奴等知らない』って。
作戦はまた立てればいい。矢口が組の人間だったらそう考えるけど」

別にこの男が憎かったわけじゃない。その上にいる人間もまた。
男が血の繋がりもないだろう人間を心の底から慕うのが心底苛立たしかった。
いちいち気に障る。無知だと呆れる。そして――、
306 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時26分23秒
「バカじゃないの。何もかも上手くいくと思ったら大間違いだよ」
その一言が、男の顔から自信を消した。
「…気が変わっても知らなねぇ、っつったろ」
ストライド大きく、歩み寄る男がすぐに視界の大部分を占めた。

男の大きな手のひらが何も言わず向かってきた。
かわそうとしたのが悪かったのかもしれない。椅子から飛び出た体は法則通り地に落ちた。
無理な体勢で床に叩きつけられたせいで、後頭部と背中を強打してしまった。
背中全体に熱い衝撃がきて、逃げ場の無いそれは爆発的な息の塊となって抜けた。
肺への衝撃が大きすぎてむせかえる。声がうまく出せない。
「…つぅ…」
頭の中で何かがグルグル廻ってる。
目に映るもの全てダブって見える。…気持ち悪い。
後頭部に硬く触る冷たい床だけが妙に生々しかった。
307 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年01月29日(水)03時27分16秒
見るものすべてが曖昧な形をしていた。
たまに焦点が合うと、男の肩越しに高い天井が見つめていた。
真っ黒な空、星もない、月もない、雲もない。
闇に等しい天球が馬鹿にしたように見下している。

「ちっ、ビデオ持ってくりゃあ良かった。その方が上手くいったかもしんねえしな」
荒い息と共に落ちる男の言葉がただ不快だった。
308 名前:SHURA 投稿日:2003年01月29日(水)03時35分45秒
>>301-307
度々期間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
ちなみに、内容がよく分からない方は>>208-212辺りを読んで頂ければ分かるかと。

>299さん
一ヶ月も待たせてしまい、本当に反省してます。
次の分は大体できているんで、近日中には挙げられると思います。

>aさん
保全ありがとうございます。板整理後は毎回一番下なんで、
上げてもらえると、結構助かったりしました。
以後、保全の必要がないように頑張ります。
309 名前:a 投稿日:2003年02月05日(水)22時52分07秒
わ〜お!更新だ〜
待ってよかった。
310 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)00時02分36秒
ホントだぁ!!更新だ。待っててよかった(^o^)
これからも頑張って下さい!
311 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時54分27秒
押さえつけられた肩が痛い。関節に指がめり込んでる。
際立った抵抗はしなかった。表情そのまま目の前の顔を見つめていた。
始めの自信に満ちたにやけ笑いは消え、狂気に飲まれてる。
血走ったように見開かれた瞳、何度も往復する息、額から顔のラインに沿って滑っていく汗。
「………」
ただその中でも、良心の呵責か只の間抜けか、両手は肩を押さえつけたまま次の行き場を探してる。
見開かれた目の奥を見据えたままで、頭の中を廻ってた言葉をようやく言った。
「…ふん、らしくない。何躊躇ってんの? …ヤってみろよ。ナイフでひん剥けばいいじゃん」
「………」
「どうせ警察なんか怖くないんだろ。心配すんなって、警察なんか行かない。でも…」

節を痺らせるように痛む間接を強引に動かして両手を男の首に置いた。
生暖かい頚動脈が手の中で波打つ。
「…死ぬ前にどんな手使ってでも殺す」
ただで地獄には落ちない。襟元掴んで引きずり堕としてやる。
「殺してやるから…」
312 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時55分13秒
あの日、ママは帰ってこなかった。
小学校に行っていた数時間の出来事だった。
私を送り出すいつもの光景。片手を振る笑顔。撒き散らかした朝の光。
それが最後に見たママの姿。

学校から帰ってきた私にかかったきた名前を名乗らない男の電話。
大人は何も教えてくれない。
都議会選挙での出来事、初立候補にして優勢と言われていた頃だった。

何度もかかってきた電話の奥で、ママの聞いたこともない声を聞いた。
泣き声に等しい悲鳴。頭に残って離れない。
何も一向に解決せずに、2週間後、「もうママは帰ってこない」とだけ伝えられた。
見つかったのは、ボロボロになるまで汚された人の形をしたもの。
ママはどこにもいなかった。
ただ、涙だけが止まらなかった。
理由も分からないまま、泣いていた。
313 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時55分51秒
選挙で不正行為をした彼らがママを壊した。
そして、アイツは何もしなかった。フィルターを介して伝わる情報を見ていただけだった。
優勢と言われていた選挙を辞退したら、ママは助かったかもしれない。
でも、それをしなかった。

マスコミはアイツのことを「悲劇の――」とはやし立てた。
『私は彼らのした暴挙、罪のない妻への暴力を絶対に許さない!』
選挙の演説はそれ一色に染まり、それは逆に同情票を集める結果となった。
妻の死さえも選挙の票集めに持ち出す偽善面。どこに正義があるって?

マスコミは家の周囲に張り付き、幼い私でもマイクで取り囲んだ。
夢と現実の境目の付かない私に向かい、紛れもない現実を突きつけ、何が真実かを問う。
平穏だった日々の連続は、そこで道を絶たれた。光の差す隙間も無い程に。
314 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時56分22秒
これを思い出す度に蟠りは大きくなっていく。
決して縮まることはなく、気泡のように浮かんだ怒りと憎しみを吸い込んでいく。
だから時間は嫌いなんだ。
時間を重ねれば重ねる程、目の前は濁り霞み見えなくなっていくから。
明度の高い色を混ぜる度に色が淀んでいくように、私も濁っていく。

あの日、矢口真里の人生は終わった。
今の私は矢口真里という人物の負の部分を生きる人間。
この道の延長に"幸せ"なんて存在しない。
あの日から、いつだって望んだものが手に入ったことなんて無い。
315 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時57分10秒
色褪せたような記憶から場面が変わった。
目の前には制服の襟元に手をかけようとする男の姿が見える。
息の荒い声は、あの時の電話の声に似ていた。
…うるさい。
右手を男の脇腹に突き立てると「バチッ」と空気が震えた。
最大の電圧を喰らって、男は陸に上がった魚のように不自然に跳ねる。
男に触れていた私にも、爪先から頭の頂点まで鋭い波が走った。

室内は静かさを取り戻した。鼓動と呼吸の音が交互に聞こえる。
全身が熱い。電流の残りが指先を痺らせ感覚をなくしてる。
男は私の上で放心したように遠くを見つめていた。
僅かな隙間で股間を蹴り上げると、大した反応も見せないで顔から床に落ちた。
そのまま動かなかった。時折肩のあたりが痙攣するだけで、もう意識はないように見える。
体を起こして、息を吐き出した。傷口を舐めるような錆の味。
呼吸の間隔の短さにもう何時間も息を止めていたように錯覚してしまう。
316 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時57分55秒
「なんでこんな時に…」
思い出したくもないのに…。
ずっと胸の奥に押し込もうとしているのに、こんな時にどうして…。

手の中のスタンガンを床に放り投げた。
何個かテーブルの下を滑って、イスの足で止まった。
立ち上がろうと、痺れの残る手で床を押した。
…こんな所で負けてるわけにはいかない。
退屈を覚えるほど果てしない明日の連続、先はまだまだ残っているから。
317 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年02月16日(日)17時58分27秒
膝を起こし、テーブルの縁に手をかけようとした。
ただ、そこにあったはずのテーブルが手を避けた。
存在するはずの物を手がすり抜けた。そんな感じだった。
再び床に手をつくと頭が揺れた。見るもの全てが歪む。
ぎこちないスローモーションで渦巻く床の幾何学模様。
頭が痛い。目が霞む。寒くて気持ち悪い。
「………!」
朦朧とした意識で、行方知れない声を聞いた気がした。
丸みを帯びた優しい響きは何処か懐かしい。
318 名前:shura 投稿日:2003年02月16日(日)18時03分07秒
注:作者はヤグ推しです(w
>>311-317

>aさん
近日って宣言したのに、20日間近くもかかって
「近日じゃねーよ」な感じですが、

319 名前:shura 投稿日:2003年02月16日(日)18時08分50秒
上のは無しの方向で、途中で投稿してしまいました(恥
>>311-317

>aさん
近日って宣言したのに、20日間近くもかかって
「近日じゃねーよ」な感じですが、春までには終わらせる気でやってます。

>310さん
待ってくれてありがとうございます。
「頑張ってください」と言われるとすっげーやる気がでます。
これからも頑張ります。
320 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月04日(火)01時46分21秒
誰の声なんだ?気になるぅー!!楽しみにしてますよ〜☆
321 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時32分47秒
矢口さんに連絡がつかなくなって2日目の昼がもうすぐ終わろうとしていた。
携帯を握り締めたまま想いを巡らせていると液晶のライトがパッと消えて、
それを見つめたまま長い溜め息をついた。
暗い液晶には矢口さんの名前が浮かんでいたけれど、指先はボタンの上をうろついたままだった。
怖かった。だから、矢口さんが今どうしているのか気になっているのにあれから一度も電話をしていない。
『いちいちウザイんだよ』
矢口さんのその一言が憑き物みたいに耳元に取り付いていた。右から左へ、左から右へ飽きるくらいに往復する。
振り払おうとする度、殴りつけるような波となって襲ってきては、考えたくないことを頭の中から引っ張り挙げてくる。
矢口さんも私のことを友達だと思ってくれてるって考えてのに、それは一方的なものだったんだろうか…。
体に力が入らなくなって重力に引っ張られて顔が下を向いた。視界が滲む。
そんなこと、知りたくなかった。
322 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時33分28秒
学校の帰りに矢口さんの学校に寄ってみた。
もしかしたら何もなかったみたいに、「オッス」とか声をかけてくれるかも。そんな淡い期待を抱いていた。
大理石の門柱と赤レンガが隙間なく埋め尽くされた高い塀、その中に静かにそびえる真新しい校舎。
お嬢様校の象徴そのものだけれど、不思議と威圧するような風格も嫌味はしない。
矢口さんの学校は私達のトコよりも偏差値がプラス20くらいは違う。
別に私の学校が低いわけじゃなくて、矢口さんの所が高すぎるだけだ。
それだけで、見た目何も違わないそこの生徒が別世界の人間のように見えてしまう。
彼女達の中だと、色を抜いた髪もルーズも時代錯誤の格好に感じる。
すれ違う人の珍しげに私を見つめる視線が何を思ってるのか考えるだけで、これ以上ないくらい恥ずかしくなる。
323 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時34分01秒
矢口さんが彼女達に混じって下校する姿が想像できないのに、矢口さんはここで一番の有名人だった。
何人かに矢口さんのことを聞いてみたけど、誰に聞いても「今日は来てないらしいです」の答えが、
マニュアル本に載ってるかのように返ってくる。
矢口さんが2日間学校に来てないことを学年問わずほとんどの生徒が知っていたるようだった。
その内何人かは、矢口さんの姿を見てないというだけで残念そうな表情を浮かべている。

思い出した。中学の時の私も憧れの矢口さんのことで一喜一憂していた。それこそ彼女達みたいに。
他の人だったら見向きもしないようなことでも、矢口さんだったらトップニュースになった。
誰よりも早くその名前に反応していたし、部活の時はそのプレイしか見てなかった。
部活で初めて声をかけてもらった時は、友達にしつこいくらいに何度も自慢したのも、今思うと幼く思う。
そんな矢口さんの周りの環境は今も変わってはいなかった。
324 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時35分13秒
そうやって目の前にいる彼女に自分を重ねて気付いた。
きっと変わったのは矢口さんじゃなく、私だったのだと思う。
矢口さんと仲良くなって、いつの間にか嫌われたくない欲が出てきてしまっていたんだ。
自分でも気付かなかったその一面が矢口さんの顔色を窺っていたり、
ご機嫌取りをするような言動となり、私はそれに気付かずにこれまで矢口さんに接していた。
ごっちんは別に矢口さんに憧れてるわけでもなかったし、いつでも同じ視線でものを見ていた点で私とは違っていた。
私は常に一歩離れ、「どうすれば――」なんてことをいつも考えていた。
愚かでいてそれ以上に残酷な自分に、矢口さんは気付いていただろうか。
それを考えると体から気力が失せていく。その代わりにやるせない自虐心が心を埋めていく。
325 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時36分27秒
家に向かって歩き出したと思ったら、すぐに家の輪郭が視界に捉えられた。
何を想い帰路に着いたのかは覚えていない。それでもその中身の予想はついた。

心中を気付かれないように、と自分自身に念を押した。
誰かといれば気も和らぐだろうし、今は中澤さんも家にいるから考える暇もくれないだろう。
はじめから予想できたことだけど、毎日中澤さんは家の中でごろごろしてばかりいた。
たまに起きてると思ったら、冷蔵庫からビールを拝借してたり。勝手に台所で魚を焼いてたり。
父親がもう1人増えているのと、大して変わらない。
正直言うといい迷惑でしかなかったけど、親2人とは昔から知ってる友人みたいに打ち解けてしまってる。
当の本人も今の状況を楽しんでるように思えるし、今現在抱えてる問題なんか少しも気にしていない。
矢口さんのことを訊いてみても曖昧というか今思いついたような答えではぐらかすばかりで、
ちっとも心配してる様子が見えないし、怒りを覚える間もなく呆れてしまっていた。
326 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時36分59秒
「おかえり」
玄関で鉢合わせた中澤さんの姿に呆然となり、慌てて「ただいま」と言った。
靴を履いたままで玄関に座り込み、膝に頬杖をついて退屈を持て余した子供のように私の顔を見つめている。
中澤さんが出迎えるなんて私の家に来てから初めての出来事だった。
「何処か行くんですか?」当たり前のような問い掛けはすぐに遮られた。
「遅っそいで、何処で寄り道してきたん?」
「いや、ちょっと…」
と口篭ると、それを聞いたのか聞いてないのか分からないくらい、
立ち上がった中澤さんは自分勝手なタイミングで続けた。
「何してん? 行くで。はよカバン置いてきいな」
普段なら答えの予想もついただろうけど、突然の出来事に回らない頭は何も答えを導き出さない。
「行くって、何処に?」
「何処て…決まってんやろ。ウチらのわがまま娘を迎えに行くで」
その後で、「もう頭も冷えた頃やろ」と付け加えた。
327 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時37分31秒
一瞬で鼓動の1つ1つの音が大きく変わったのが分かった。
本心は行きたくなかった。矢口さんに対する本当の自分を知ってしまった以上、
どんな顔で向き合えというのか。幾つもの選択肢の中にひとつも正解はないように思えたから。

中澤さんは立ち尽くす私のカバンを剥ぎ取るように奪って居間の方に放り投げると、
「ほら、ボサっとすんな」
そう言って、強引に家から連れ出した。
「行きたくない」とは言えないままだった。
328 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時38分07秒
家から真っ直ぐにお店に向かった。
当然だけれど、店の前の光景は赤い太陽に照らされた裏通りといい、
その中で微かに映える表の店のイルミネーションといい、あの時と何も変わらなかった。
「おーい、矢口ぃー」
ドアを叩く音は遠くに聞こえる車の騒音に虚しく掻き消された。まるで反応がない。
今度は多少力を込めて拳をドアに叩きつけるけど、同じように中から返ってくるものは何もなかった。
痺れを切らした中澤さんは懐から鍵を取り出し、手際よく鍵を開けた。

部屋に足を踏み入れた際、異質な空気に呑まれた。
私の心境の変化からくる先入観ではなく、それは確かなものだった。ひどくザラザラした質感だった。
それを感じ取ったのかそうでないのか、つかつかと中に入っていく中澤さんの後を歩く私は
まもなくその背中にぶつかった。
「矢口!」
329 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時38分40秒
理解できなかった、私より少し背の低い中澤さんの肩越しに飛び込んできた光景に何も考えられなくなった。
綺麗に整頓されてるテーブルとストールの中で、その中心だけがバランス悪く荒れ、テーブルもイスも倒れている。
あお向けに寝ている矢口さんを中澤さんが抱き起こすとその腕がだらんと床に落ちた。
そのすぐ近くで見たこともない男性が青い顔で倒れている。大きく開いた口から涎が流れる。
足元には、矢口さんが前に見せたスタンガンが放り投げられたように転がってた。

「矢口! 矢口! しっかりせい!」
さっき家で見たのとは別人のような顔で中澤さんが叫ぶ。
薄暗く、街の白熱灯に照らされた外に比べれば真っ暗に等しい部屋に、喉が破れそうな声で何度も矢口さんを呼んだ。
「目ぇ覚まさんかい!」
それでも矢口さんの意識は戻らなかった。
多少ではあるけど乱れていた衣服を見て、最悪の状況が頭に浮かんだ。
330 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年03月09日(日)01時39分12秒
「よっすぃー!」
同じように今度は私の名前を呼んだ。同じ、張り裂くような声だった。
それだけで何をすべきか理解し、慌しい手つきで携帯から119に電話をした。
動転しきっていたから、場所を伝えるのに時間が掛かってしまった。
「おいッ! 矢口ッ!」
電話の間中、ずっと後ろで中澤さんの声が響いていた。
331 名前:shura 投稿日:2003年03月09日(日)01時44分06秒
>>321-330
展開急いでるのが見え見えです。

>320名無し読者さん
 レスありがとうございます。一番下だったのによく気付かれましたね(w
 というわけで声の正体は彼女でした。
332 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月09日(日)07時07分03秒
やっぱり、裕ちゃんだったんですね(~o~) 
矢口を助けるのは、裕ちゃんと自分の中で勝手に決めていました。すみません…
続き待ってますね☆これからも頑張ってください!!
333 名前:a 投稿日:2003年03月18日(火)19時24分29秒
久しぶりに見ました!
更新に期待。
334 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月10日(木)14時41分14秒
応援してますよ
335 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月07日(水)16時15分59秒
保全
336 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月31日(土)04時06分25秒
保全


337 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時06分31秒
あっという間だったんだと思う。よくは覚えていない。
初めて乗った救急車は車の波を掻き分け次から次に追い抜いていった。
白い内装と窓を隠す水色のカーテンの中で、慌しく冷静に、どっちとも言えるような救命士の処置が行われていた。
声をかけながら脈を取り、心拍数を計り、その中でも矢口さんの意識は戻ることはなかった。
中澤さんはその様子を落ち着き無い顔で眺めていた。
そして私も、周りから見れば同じような顔をしていたのだと思う。

処置室に消えた後も、実際には私が思ったよりは短い時間だったのだけれど、
どれ程走ってもまったく進まない、そんなとてつもなく長い時間に感じていた。
長すぎて長すぎて、目を閉じ世界を塞ぐと時間が消えてしまいそうな、そんな恐怖感にさえ囚われた。

用意してもらった個室に落ち着く頃には、電話を受けて集まったごっちんや梨華ちゃんと辻、
矢口さんの家の家政婦さんらしき人が1人、来ていて、
それからほんの少し後で、矢口さんのまぶたがゆっくり開いた。
338 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時07分05秒
静かに起き上がった矢口さんは、違和感があるのか後頭部に手をやりその感触を確かめるように擦った。
先生の話によると、こぶができているらしい。ただ、髪の毛が覆っていて確認はできない。
そうしてから、矢口さんは周りを見渡した。ドアのそばから、家政婦さん、ごっちん、
梨華ちゃんとぴったりくっつくように肩を抱かれた辻、私、そして、
窓際でイスに座っていた中澤さんの姿を感じ取ると、目を逸らし、吸い込まれそうな白い掛け布団に目をやった。

「…センセが言うには『おそらく自律神経失調症』やて。あとストレスと疲労から風邪もこじらしとるて。
そりゃあ、あんなトコで寝とったらそら風邪ひくわな。まぁ、大丈夫らしいから、すぐに帰れるゆうとったで」
中澤さん矢口さんの態度に半ば無視に近い感じで目を瞑った。
「……っそ」
「矢口、お前なんでもかんでも自分で溜め込むん悪い癖やで」
「………」
矢口さんは聞いているのか聞いていないのか、恐らく耳には入っていたんだと思う。無言で答えた。
中澤さんはそれについては何も言わなかった。無関心に自分の手もとに視線を落とした。
硬質な空気に、2人以外の誰もが気付かれないように一歩後ろに身を引いた。
339 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時07分45秒
「あとな、店にいた男、警察が持ってったで。
矢口が無事ってことが分かったんならもうじき事情でも聞きに来るやろ」
「……話すことなんてないよ」
久々に聞いた矢口さんの声は、どこか掠れているような、
強い風でも吹けばすぐにさらわれてしまいそうな弱々しい声だった。もちろん今まで聞いたことのない響き。
「被害者なんや。言うこともあるやろ」
「……ウチの奴にでも聞いた方が早えんじゃねーの」
私も薄々そうなんじゃないか、と思っていた。矢口さんのお母さんのことは本人から聞いたことはなかったけど、
中学の頃に誰かが言っているのを聞いたことがあって、もしかしたら…って、そう思っていた。
原因はお父さん。その為に矢口さんが犠牲になった。

「そうもいかへんやろ」
さっきまでとは違う落ち着いた表情で、滑らかに笑いながら中澤さんは話す。
ただ、恐らく隣にいる私だけが見えていた。下にぶらさげた中澤さんの手がきつく握られているのを。
そして気付いた、誰よりも悔しくて歯がゆくて、
誰よりも犯人に報復をしたいのは中澤さんなんだ、ということを。
340 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時08分30秒
「あと、みんなに電話ついでやったんやけど、親父さんトコにも連絡しといたで」
付け加て言った瞬間、スイッチを入れたように矢口さんの表情が変わり、中澤さんに喰らいついた。
「フザけんなよ!」
突然の剣幕はあの日の矢口さんを思い出されるような、一言で全ての音を消す矢口さんの声。
心を震わせ、喉をつまらせ、声も呼吸さえも飲み込ませてしまう。あの声。

「『ふざけんな』て…、救急車で運ばれたんやで、連絡せん方がおかしいやろ」
「何言ってんの? 勝手なことしてくれてさ、裕ちゃんには矢口の考えてることなんか分かるはずないじゃん」
宥める中澤さんの言葉でさえも矢口さんは押し込んだ。
「……うん、せやな…」

窓際のカーテンが風を捕まえて、バタバタと揺れる。
「でも、ウチ、いっつも矢口のこと分かろうとしとったんやで」
そう、その声は静かに、
「勝手かもしれへんけど、ウチの考えも分かって欲しかった」
穏やかで緩やかで、身を任せてしまいたくなるような…。
「………」
目を背けたまま、矢口さんはそれ以上中澤さんを責めなかった。
341 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時09分01秒
「……で、何だって?」
「電話で、秘書が伝えとく、ゆうとったわ」
「そっか…、ま、どうせ来ないけどね」
矢口さんの視線は個室の大きな窓に向かっていた。
外はもう暗く、病院の中庭は照明で照らされ、赤い葉が芝の緑に浮き出ている。
「自分を守るためなら、自分の妻だって娘だって犠牲にする奴だよ。
今頃、どうやって揉み消すかとか、マスコミ対策でも練ってんじゃないの?」
侵入する冷えた風に抗うように小さい手で腕を擦って、
それは自分の体が存在するのを確かめるようでもあった。

「すぐに帰れるって言ってたよね…。
もうあんな家帰らない。帰りたいとも思わない。ホントはさ…毎日毎日ずっとずっとそう思ってたんだ。
自分ちなのに居場所がない気がして、いつも上手く眠れない。ヤな思い出ばっかしかない」
潤んだ声だった。
「学校も、ヤグチを知ってる奴はみんな決まった見方しかしない。
えらい議員の娘だって、みんな言わなくたって分かんだよ。気付かないどでも思ってた?」
コンプレックス感じてたんだ。そんなことあったなんて思わなかった。
コンプレックスさえも力にするのが矢口さんだって思ってた。
342 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時10分04秒
「やぐっつぁんさ、今のやぐっつぁん何かカッコ悪いよ」
ごっちんだった。少し唇を尖らせ、少し俯き加減で。
「別に後藤、そんな思いしながらやぐっつぁんと遊んでたわけじゃないよ、それにさ…」
言葉が見つからなくて言いたいことが言えないもどかしさ、ごっちんは必死に言葉を探していた。
「第一さ、やぐっつぁんは後藤より偉いわけじゃないじゃん、もち後藤だってやぐっつぁんより偉くないし…」
本人は自分の言葉に納得してない素振りだったけど、何を伝えたいのかは分かった。
それは、わたしにだって言葉には出来なかったけど。
343 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時10分36秒
何かを耐えてるような、そんな感じに見えた。矢口さんは口を閉じてシーツの裾を握って。
伸ばされた手を掴まないでずっと1人で戦ってきた矢口さんだから、耐えられないのかもしれない。
「ヤグチ…お前がそんなにアホやなんて思わんかった。オマエ…ダサダサやで」
中澤さんの言う通り、今の矢口さんはひどく小さい。
あんなに大きく見えていたはずの矢口さんが、俯き両手で自分を抱きしめている。
儚げで弱く、誰かに守ってもらえなきゃ何もままならないような、姿形だった。それでも…
「はは…ホントだ。矢口…だっさいよね…」
「ハハハ」と笑う矢口さんはいつも見ていた矢口さんよりも色が濃い。
白でもなく黒でもなくて、赤でも青でもない、偶然生まれたような名前のない、それでもキレイな色。
何かを否定するわけじゃないけれど、今の矢口さんのほうが人間っぽい。
鎧を脱ぎ捨てればみんな同じ、もとから強い人なんていない、ってこの時知ったんだ。教わったんだ。
344 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003年06月03日(火)02時11分07秒
乾いた笑い声が潤んだ声に変わってく。
「はは…、もう…居たくないんだよ…。苦しいから、自分でいるのが…」
涙声にはなっても、瞳に涙が浮かぶことはなかった。

窓の隙間を風が擦りながら流れる音に混じって、廊下から床を皮が叩く音が聞こえる。
「………」
慌しい靴音で登場したのは、数回しか見たことのない。
新聞なんかでの方がよっぽど見たことのある、矢口さんのお父さんだった。
345 名前:shura 投稿日:2003年06月03日(火)02時11分42秒
というワケで、こっそり再開。約束の期日には間に合いませんでしたが…。
今までの音信不通は作者の一身上の理由により、ネットから離れてました。
これからは、従来のペースに戻すつもりで頑張ろうと、思ってます。

>332さん ありがとうございます。今までの分を取り返していこうと思います。
>333さん 期待に応えれるよう、日々頑張ります。
>334さん 応援ありがとうございます。
>335-336さん 保全ありがとうございます。お陰で過去ログ逝きを免れました。
346 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月03日(火)10時17分01秒
待ちわびてたよ
この先も期待します
347 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月27日(金)16時43分07秒
待っとるよ
348 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月28日(月)00時47分14秒
保全
349 名前:名無し 投稿日:2003年08月25日(月)21時00分04秒
保全
350 名前:アフォ 投稿日:2003年09月04日(木)20時50分41秒
ねえよ
351 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月05日(金)10時28分44秒
 
352 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 15:36
人間っぽい矢口さんもいいですね〜。
中澤さんの報復はあるのでしょうか?

今日読破させていただきました(w
読み応えありありで・・・更新再開楽しみにさせていただきます。
353 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/09/25(木) 02:29
喉をハーハーと響かせ、息をきらせた矢口さんのお父さん。
今にも流れ落ちそうな汗をかいたそれは、それでもドラマのようにさっそうとはいかない。
額に張り付いた前髪、蛍光灯の光に鈍い光を放つ頬、不格好に歪んだネクタイ。

「…な……」
ハッと我に返った矢口さんは言葉を止めて、静かに、
「…どうして、来たの?」
瞳に力を込めず、口もとは優しく微笑んでいる。隙のない笑顔。
ただ、上品なお嬢様。というよりは無表情に近かったんじゃないだろうか。
それでも…、
「父さん、もうすぐ選挙じゃん」
「すまなかった…、ただ心配で…」
「私なら大丈夫だから、先生もすぐ帰れるって言ってるから…」
「すまなかった…」
「…いいから、大丈夫」
「………」
「………」
今の矢口さんは、鎧をまとってはいないから。

「………だよ」
「真里……?」
「もうたくさん……だよ…」
354 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/09/25(木) 02:29
目を凝らせば、その姿はグラスの縁で揺れる水そのもの。
溢れてしまうのは簡単で、倒れてしまえばあっという間になくなってしまう。
「何なんだよ矢口、なんなんだよみんな、なんなんだよアンタ!!」
声が膨張している。個室だけれど、決して狭いわけではない病室が響いた声を受け、一層緊迫感を増す。

疲労の色は見られても、終始冷静であの政治家の顔を崩さなかった矢口さんのお父さんも、
矢口さんの極端な変わりように驚いているようだった。
多分、この姿の矢口さんを見たことなんてないんだと思う。
「心配? 馬鹿じゃないの。慣れないことすんなよ…。どうせ表に車止まってんだろ…。
自分から目立つようなことしてどうすんだよ。何も分かってない。いつだってそうだよ」

本当は止めなければならなかった。
小さな矢口さんが消えてしまいそうな気がして。何もかも壊れてしまう気がして。
それでもわたしは自分に向けられる矢口さんの目が怖くて、成り行きを見守るだけだった。

「何だよ…。こんな時だけ娘ンとこ来てさ。父親顔してるつもり?
今まで、…母さんにも私にも何もしてこなかったくせに」
「今はそんな話は…」
「こっちはしてる!」
「………」
「何もしてこなかったくせに、今さらって感じ」
そう言って、矢口さんは自虐的に笑った、ただ哀しく。
355 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/09/25(木) 02:30
「どれだけさ…、私たちが傷ついてきたかさ…分かってないなんて言わないでよ。
母さんの分も言ってあげるよ…。アンタのせいでめちゃくちゃなんだよ」
最後の一節だけ、投げ捨てられたような感情のない言葉だった。
「だから、もうたくさんなんだって…」
真っ直ぐ手もとを見つめる矢口さんに、もうわたしが憧れていたあの姿はない。
「分かった?もう出てってよ」

何も言わず踵を返し、矢口さんのお父さんが病室を出て行くまで数十秒。
足音は遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。
本当の緊張で満たされた部屋は静かすぎて、
耳よりずっと下にある腕時計の秒針の音が耳元で聞こえたような気さえした。

開けっぱなしだった引き戸のドアが閉じて、急に息苦しくなった。
こんな場面でどうすればいいのかなんて、そんなの分からない。
間違ってると否定する。これでいいと肯定する。曖昧に話を濁す。どれもわたしには荷が重過ぎて。
無責任なようだけど、こんな時に頼りになる中澤さんも言葉を見つけられないように思えた。
乱れた髪もそのままの矢口さんを見ていた。
356 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/09/25(木) 02:30
「…見ないで」
ハッとした。
「矢口を…見ないで…よ」
自分が哀れんでいると気付いたのはその姿を目の当たりにして暫く経ってからだった。
顔にかかる髪の奥で、人形のように虚ろな視線を落とし、
震える肩の下で握られた手はシーツに喰い込む寸前にようにも感じた。

耐えられなかったのかもしれない。
ずっと続けてきてたんだ、あの迫真の演技を。何もかも押し黙って。
メッキの剥がれた本当の自分を誰かに見られることに耐えれなかったのかもしれない、矢口さんは。
357 名前:shura 投稿日:2003/09/25(木) 02:32
更新しました。遅れてしまって申し訳ありません。
>>353-356
358 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/26(金) 01:37
更新乙です。この小説が始まってから2年半…時が経つのは早い
359 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 13:11
保全
360 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:04
「なんでやねん…?」
もしかしたら中澤さんはすべて見なかった振りをしていたのかもしれない。
「なんでもっと周りを頼らへんの?」
何も変わらない。すぐにでも逃げ出したい程に動揺してしまっている私とは違い、
中澤さんは数分前の表情のまま。いつものすました顔だった。
「いつものヤグチは強いかもしれへんけど、今のヤグチは誰よりもよわ見える」

「お前、自分はひとりやて。そう思ってんやろ?」
「………」
矢口さんは何も言わない。ただ、それは肯定とも受け取れる。
「自分以外誰も知らんかったら、裏切られることも傷つくこともあらへん。
そうやって、のうのう生きてけたらええんやろうけど。寂しさっちゅうか、孤独からも逃げられんで。
それだけ無くすことができたら越したこないんやろけど、誰やってそんなんでけへんよ。
人っちゅーのは、どんなん足掻いたって1人やから、誰やって寂しいんよ。
せやけど、人は誰かを頼って、手を繋いで生きていける。
心は痛がりやけど、そうやって誰だって生きていけるんよ」
361 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:05
「分かってるよ…」
中澤さんの言葉に矢口さんはコクンと頷いた。
矢口さんと同様にそれは私にも突き刺さるようだった。
矢口さんを怖がり、特別な目で見ていた自分を恥じた。

「真里」
声、窓の外の闇から聞こえてきた。窓のそばの中澤さんが微かに開いていた窓を解き放つ。
病室は3階だから張り上げているだろう声も風にさらわれ、やっと届くくらい。
ただ、間違いなくさっきまで目の前で聞いていた声。
ベッドから降りた矢口さんがその前に立った。
「もう二度と目を合わせてくれんでもいい。口も聞いてくれなくていい。
だから、これだけは聞いてくれないか」
中庭の緑の上に影を描いた矢口さんのお父さんがいた。
広い敷地の中にたった1人立つ、その姿は些細なことでさえニュースになる議会の
偉い人の姿には遠く及ばない。ただの1人の大人にしか見えなかった。
362 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:05
「私はお前にも母さんにも何もできなかった。これはお前の言う通りだ…。
でも、私は世界中の誰よりもお前たちのことを大事に思っている」
立ち尽くす矢口さんの表情は固まったまま、何を思うのだろう。
「ただ、どう形にしていいか分からない…
ずっとお前が無理をしているのも知っていた。それでも、何も出来なかったんだ。
許してもらおうなんて、思ってない。それでも私はお前達を、あ…」

「ゴメン、なんかよく聞こえないんだけど」
冷たい響きを帯びた言葉はあっという間に闇に溶けて消えた。
言いかけた言葉を飲み込んだ矢口さんのお父さん。
「眠いから終わったんなら早く帰ってよ」
そのまま彼は背中を向けその場所を後にした。ゆっくりと冷たい風が中庭の木々を揺らす。

勢いよく窓を閉めて、矢口さんはベッドに体を預け、乱暴に布団で顔まで被った。
「もう就寝時間なんだけど。みんなも帰んないと注意されるよ」
布団の小さい膨らみの中から鋭い口調で言い放つ。
これじゃあの時と何も変わらない。どうしてこうなってしまうんだろう…。
「……………」
363 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:05
「泣くな、矢口」
ふっと表情をくずした中澤さんの言葉は場の空気には似合わないのに、どうしてか自然と思えた。
「ば、バカ! 矢口が泣くわけないじゃん」
強い口調の割りに、布団の中のもぞもぞという動きがやけに滑稽に見えた。
「ほんまカンニンしてや〜。もらい泣きしてしまうやないの」
スッと空気が変わる。緩やかで柔らかい、居心地のいい場所。
そう、これがいつもの感じ。求めていたもの。
「ふざけんなよ。泣いてないって言ってんだろ」
「ほんまカワイイな、アンタは。大好きやで〜」
「へ、変なこと言うなよな、人前なのに!誤解されちったらどうすんだよ」
布団の上から抱きく中澤さんから逃れようと矢口さんは身を起こし布団から顔を出した。
隠そうとしていたけれど、わたしには見えたんだ。少しだけ赤い目。
そして、笑っているみんなにつられて矢口さんも小さく笑った。

後で矢口さんが言った。
「聞こえたんだ。裕ちゃんの声が…。助けてくれた時に。………嬉しかった」
「その声が一番聞きたかった」
あたし達はいかなる時も小さな存在で、何の力も持たない。
強くあることは誰かを想うこと、信頼すること。そう知った。
364 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:06
愛するということと、憎むということは似て否成るものだと思った。
どんなになっても相手を異常なまでに思い続けるという点は、どちらも等しいから。
矢口さんはその2つの間で、父親を憎むということを選んだんだ。

ええ親父さんやないの。強がりで不器用なトコはそっくりやけど。
「バカ。あんな奴、大っ嫌いだっつってんじゃん」
「アンタって奴はホンマに…」
ただ、中澤さんはサラリと微笑み、矢口さんの金色の頭を撫でた。
その手を払いもしない矢口さんは、強くもない只の普通の女の子だった。

次の日、テレビでは都議会議員の矢口氏が無断で議会を欠席のニュースが報じられた。
そして矢口さんも学校を休んで、店にも顔を出さなかった。
私達が知っているのはそれだけだ。
その家族に何かあったかもしれない。何もなかったかもしれない。

ただ、その後で会った矢口さんの姿を忘れない。
「おはよー」そう言ってぎこちなく笑いかけてくれたその顔を。
その後で、恥ずかしそうに顔を背けてなんでもないことを装うその後姿を。
憧れだった、追いかけてた背中じゃなくて、同じ場所に立っているあの人を。
わたしの友達。矢口さん。
わたしも大好きです。
365 名前:第5部「幸せの輪郭」 投稿日:2003/10/22(水) 00:07
第6部「常盤の夢」に続く
366 名前:shura 投稿日:2003/10/22(水) 00:14
更新しました。
>346-351さん 待たせてしまって申し訳ないです。
>352さん   読破お疲れさまでした。報復も考えていましたけど、
       長くなるので今回ははぶきました。
       第6部の構想はできているので、サクサクいけたらいいな
       と思ってます。
>358さん   ホントそうですね。当時17だった自分ももう二十才です。
       新しい芽もでてきてますし。完結が見えるようにがんばります。
367 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/06(火) 15:01
あけおめ
ことよろ
368 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:39
気付くとポケットに手を入れて、新しい手袋買おうかなんて考えてる。
マフラーをかいくぐり襟元から入り込む風が身体を冷やしては、秋がジワジワと終わりを告げる。
テレビでは初雪の話題、例年よりも早く観測されたって言っていた。
誰かの手の温度が欲しくなる、そんな季節。

その少し前、わたしは中間テストに躍起になっていた。
梨華ちゃんが自分の勉強の合間にしっかりとわたしに教えてくれて、
そのおかげでどうにかなったみたいなものだった。
梨華ちゃんには感謝してもしきれない。

テストを終え帰り道、わたしは梨華ちゃんと別れ、1人中澤さんのもとへと向かう。
「今日はそんなに客は入らないと思う」って矢口さんが言ってたから、
今日は中澤さんとわたしで店をやりくりすることになっている。
Pコートのポケットに手を入れ、急ぎ足で店へ向かう。この時期に生足はこの上なく厳しい。

どうしてこの日だったのだろう。
この日じゃなかったら、まだ未来は変わったかもしれないのに。
少なくともあの事態だけは…、最悪なケースは免れたかもしれなかったのに。
わたしはその運命をどうしようもなく憎む。これからもずっと…。
369 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:39
モップをせっせと動かし、黒い床を磨く。開店前の最後の仕事。
腕時計を見ると、腕時計は既に開店時刻を過ぎていて、
看板をまだ点灯させていないことに気付いた。
踵を返してスイッチに向かうと、ドアが開く音とともに、冷えた空気が足元をすくった。
何気なく入り口を見やり、わたしはその人影を瞳に収めた。

紫のコート、その長い足をいやらしく見せないくらいの細身のパンツ。
綺麗にウェーブがかった長い髪。
最初の印象は、不思議な雰囲気を持った人だった。
容姿の綺麗さなんかは後からで、凡人にはどれほどの努力をしても
決して持つことの出来ない空気を彼女は身の回りに従えていた。
それはもちろん初めて見るもので、無駄のないスレンダーな体系、
派手過ぎない色味の服。例えるならファッション誌を飾るような。
仕事を思い出すまでのほんの少しの間だけ、わたしの神経は彼女に釘付けになっていた。

遅れ気味に「いらっしゃいませ」と声を張ると、
わたしは自然と中澤さんを見やり、そしてその表情に驚く。
370 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:40
固まっていた。
わたしなど見えていない、いない物のようにいち客である彼女を凝視している。
愕然とした、白い肌が暗い部屋の中でも青くなっているのが分かる。
それは人が絶望に面した時に表に出現するものにも思えた。

「久しぶりだね、裕ちゃん」

「なんでや……?」

「見すぎ。圭織の顔になんかついてる?」

カオリと名乗ったその女性は、中澤さんとは正反対に口もとに上品な笑みを浮かべている。
余裕さえ窺わせるように。わたしを挟み中澤さんに向かい笑みを送っていた。

「裕ちゃん、最近警察のお世話になってるでしょ?」
矢口さんの件のオトシマエ…。結局何もなかったけれど、中澤さんは警察に拘束されていたから。
……じゃあこの人は警察? でもそうは見えない…。
「それでもしかしたら、って思ったんだ」
口を閉じたまま頬を緩ませる笑い方は、彼女にはすごく似合う。
371 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:40
磨いたばかりのスツールに腰を降ろした。薄暗いままの店内を見渡す。
「ふ〜ん、いいトコロじゃん。センスいいね裕ちゃん」
1メートルもない距離に近づいて、やっと中澤さんは表情を緩ませる。
ただ、それは心を読まれないように取り繕ったものだとわたしはすぐに気がついた。
中澤さんに限ってそれは初めてのことで、わたしを多少ながら戸惑わせた。
……目の前の彼女は気がついただろうか。ううん、そんなワケないか…。

「ねぇ、お酒作ってよ。圭織、お酒飲めるようになったんだ」
そばに置かれたメニューの文字を指でなぞりながら彼女は言った。
「イヤやね、アンタはウチの客やない」
「つれないなぁ〜、久しぶりなのにそれはないよ」
「………」
「ねぇ、ブラッディー・メアリーって作れる?」
ブラッディー・メアリー。聞き覚えの無いその名前は彼女の手の中のメニューには無い。
「何やそれ? 知らんよ」
「ウソツキ。裕ちゃん」
「………」
偽りだった中澤さんの表情が無くなった。それを確認したのか彼女は饒舌に喋りだした。
「いつも見てたよね圭織覚えてるんだ。よくジュース奢ってくれたよね。
いつも帰りに同じ小さなバーに寄ってさ、飲みもしないでずっと見てたよね、
BGMも無いし、凝った内装も無い店でさ。そうだ、ちょうどこの店と同じ感じだったと思うんだけど」
「………」
372 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:41
表情の無い顔のまま、中澤さんは背を向けボトルを棚から取り出した。
タンブラーにウオッカを注ぎ、縦方向に8等分した三日月形のレモンを飾る。
氷を入れトマトジュースで満たすと、タンブラーはあっという間に血のような赤で染められた。

目の前に差し出された真紅にタンブラーに彼女は指を伸ばす。
水面の氷に触れるとカランと氷の塔が崩れて赤に沈んだ。
笑みを消し暫くその情景を眺めた後、彼女は中澤さんに向かい口を開く。
「さて、気になってるんじゃないの?」
「何がや?」
「なんで圭織がはるばるココに来たのか、って」
「聞くことなんかない」
聞く耳を持たない。そんな感じに中澤さんが冷たく言い放った時だった。
373 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/01/09(金) 00:41
わたしは忘れない。

「しょーがないなぁ…」
そう言って、彼女はめんどくさそうにコートの中に手を入れた。
「………」
初めて見るその冷たい塊にわたしは息を飲んだ。
心臓が鳴るのではなく、止まるかのように。

「なんのつもりや、圭織」
「圭織言いたいの。圭織が来た時点で裕ちゃんに決定権はない、って」
カウンターを挟んで向かい合う笑みと怒り。
硬質な拳銃の口がわたしに向けられている。

わたしはあの真紅を生涯忘れない。
374 名前:shura 投稿日:2004/01/09(金) 00:42
>>368-373
更新しました。
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 00:42
乙です。
376 名前:名無し 投稿日:2004/03/22(月) 15:55
そろそろ更新されることを期待してます
377 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:44
ベッドの上でごっちんがマンガを読んでる。
帰宅帰りにごっちんをうちに呼んだ。正確には、強引に連れてきたといったところ。
暇だから店に行こうとしていたごっちんを家に連れてきた。
あまり物事を気にしないごっちんだから、余計なことを聞いてこなかったのは気が楽だった。
この日だけは店に誰も入れてはいけなかった。中澤さんに何度も念を押されたことだ。
気になることがあった。矢口さんはどうしただろうか…。
中澤さんが何か連絡したんだろうけど、矢口さんに半端な嘘は通じない。
たぶん、店には中澤さんと飯田さんだけ……。
あの瞬間を思い出すと、すぐに体が凍きそうだった。
378 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:44
指を少し動かすだけでいとも簡単に私の命を奪うそれは、鈍く黒光りして私の目を睨む。
針金に留められたように体が動かない。鳥肌が全身にたってる。
全身が何かに支配されて「逃げろ」と言う。
ただ、足はホチキスで止められたみたいに床から離れようとはしなかった。

「圭織、ええかげんにせえや」
無表情かつ感情を表に出さない仕草で、中澤さんは言う。
「何が? 圭織は本気なんだけど」
「冗談やったら、はよ終わりにしよや」
「言っとくけど冗談じゃないよ…」
意味深に言葉を切った後、
「これは脅迫なんだよ」
決して崩れない完璧な微笑みが、それを向けられていない私をも威圧する。
「今度から、断ればその度に裕ちゃんの周りの人間を1人ずつ殺す」
その瞬間、わたしを支配したものが底知れぬ恐怖だと悟った。
この人は私が生きてきた中で見てきたものの範疇を超えている。
379 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:45
「中澤さん、この人いったい何なんですか…?」
「………」
その空白の中身が私が知ってはいけないことだと、すぐに気付いた。
誰も知らない中澤さんの過去が直結している…。

「裕ちゃん、もしかして喋ってないの?」
私の心を見透かしたのだろうか。彼女の言葉に私の愚かな好奇心が反応した。
誰も知らないものを知りたい、それは誰しも持ちうる欲求の1つ。
「言えるわけないか、じゃなきゃこんなコが裕ちゃんの傍にいるわけないもんね」
「………」

「じゃあ圭織が代わりに教えてあげよっか」
「…圭織、ホンマええかげんにせえや」
「それは裕ちゃんの返答しだいだよ」
紛れもない脅迫。命を天秤にかけられたら誰だって答えは同じ。
「分かった…。とりあえず話は聞く、答えはそれからや」
「ふふ、そう言ってくれると思っていた」
そう言って、ずっと手の中にあった拳銃をしまい、その代わりにタンブラーを手にとり口をつけた。
380 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:45
飯田さんが店を出る直前、
「吉澤ひとみちゃん」
振り返った私の顔は驚愕が広がっていただろうか。
彼女がきてから私は名前どころか「よっすぃー」とさえ呼ばれてはいない。
「分かってると思うけど、逃げることはできないよ」
始めからうすうす気付いていたんだ。逃げることは無駄って。
でもそれを直接見せ付けられたことで、不安は絶対的な恐怖に変わった。

たぶん調べてあるのはわたし1人じゃない。
矢口さん、ごっちん、辻ちゃん。そしておそらく梨華ちゃんも…。
ただ、なにがあっても梨華ちゃんだけは傷つけさせない。胸の中で誓った。
381 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:46
「ねぇー」
表紙の向こうからごっちんの顔が覗く。
「んー?」
気付かれちゃいけない。ただそれだけ、何気ないいつもの自分で答えたつもり。
気付いたのか気付かなかったのか単に興味が無く流しただけか、変わらぬ口調で続けた。
「よっすぃーたちってもう3ヶ月過ぎてるんだよねー」
「うん、そだけどぉ」
「もうヤったの?」

昨日とは違った意味で息が止まった。
「……」
ナニを言ってるの?
やった? え……?
「…………」

自分の顔に何が書いてあるのか分かる。
ごっちんの目が珍種の動物を見るような目だ。
「……え、マジ?」
悔しくてまばたきのような速さでほんの少し頷いた。
382 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:46
Hどころかキスさえままならない。
最初は気にしなくても、なるようになるって思ってた。
でも、時間が経てば経つほどきっかけが掴めなくなっていく。
本当はいつでも触れたくて仕方がないのに…。
もしかしたら梨華ちゃんも待ってるのかも。そう思ったりもした。
でも、そうじゃなかったら……。絶対嫌われちゃうだろうな…、なんて。
そう考えたら、手が出せなかった。

「うん、でも梨華ちゃんだからね〜」
慰められると泣きたくなる。喉の奥からこみ上げる嗚咽を堪えた。
「なんか、すぐ壊れちゃいそうな感じだしね。手出せない気持ち分かるかも」
私が思っていることとはかなり違ったけど、心配してくれる気持ちは嬉しかった。ただ、
「このことは誰にも言わないから」
帰り際に笑顔混じりに言ったその言葉が凄く心配だった。
「大丈夫だよね…ごっちん?」
闇の中に溶けていくごっちんの背中にのその言葉はきっと届かなかっただろう。
383 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:47
昨日、圭織がウチの前に現れた。もう捨てた思っていた過去を持って。
なんとなく、どうなるんかは分かってた。
そして、またウチは汚れてくんやろか…。
でも、しゃあない…。しゃあないことなんやって言い聞かせた。
これは掟を破ったウチに対する鉄槌なんやから…。

今日は客足が少ない。ただ、今日に限っては助かった。
よっすぃーは事情を知ってるし、強引な言い訳で矢口には来んように言っておいた。
頑ななに言ったから変に疑われたかもしれんな…。いつか本当のことを言わなあかんのやろか…。
384 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:47
カウンターを挟み、ウチの目の前に真っ白なメモ用紙が差し出された。
これを裏返したらウチの運命は決まるやろう。
「圭織の役目はこの場所に裕ちゃんを連れてくことだけ」
「だけ?」
「その先のことは何も知らないよ。圭織は頼まれただけだし」
「誰に?」
「行けば分かるんじゃない? たぶん裕ちゃんもうすうす分かってると思う」
1人だけ思い当たるヤツがいる。
でも一番会いたくない。もう顔見ることなんて無い思ってたのに…。
それでも、行かなしゃあない…。
「分かった。ならはよ行こや、待ってるんやろ」
「あ、ごめん。圭織の仕事もう1つあった。
裕ちゃんが留守の間、ここの世話しなきゃなんないんだ。
だからそこには1人で行ってね。圭織行けないからさ」
「ふーん、人質を見張るっちゅうワケか…」
相変わらずエゲツナイな、アイツは…。
「人聞きの悪いコト言わないでよ。裕ちゃんがいない間ここを切り盛りしようってんだから」
「そんなら心配いらんよ。従業員はしっかりしてるし」
別に矢口ならウチがおらんようになってもどうにか出来るやろ…。
「だからダメなんだって。裕ちゃんだけ連れていくように言われてるから。
それに圭織がいたって裕ちゃんの仕事のジャマになるだけじゃん」
「仕方あらへんな…」
これが命令ならどうにもならんこと。
385 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:47
圭織以外の客がいなくなったのを見計らい、いつもより早く店を閉めた。
服をスーツに着替え、圭織のいるフロアに戻った。
「これが合鍵や」
「うん、ありがと」
そんな短く会話をしてから一緒に外に出た。
こんな時期やから冷気がコートの上から肌を刺す。真っ白な息が空へ昇る。
夜空は雲が全部一つ残らず隠してしまって、まるで真っ暗な天井みたいやった。
でも好都合。今の自分は誰にも見られたなかった。
386 名前:第6部「常盤の夢」 投稿日:2004/04/20(火) 15:48
「じゃあ行ってくるわ」
急ぎ気味に背を向けると、
「ねぇ裕ちゃん」
「何や?」
面倒やったから背中だけで答えた。
「そんなにここの人達のことが大事なんだ…?」
…不思議やった。声だけだからやろか…、懐かしかった。
あの頃、邪険にしか思ってなかった周りの全部てから逃げる為に捨てた1つだけ大事やったもの。
「…んなことあらへんよ」
「圭織ちょっとだけジェラシーしちゃうよ」
寂しさを含ませたその言葉の響きは冬の闇に紛れ溶けてった。
圭織はウチの言葉を待ってるんやろか…。
でも、何て言ったらええか分からんて…。

言葉を見つけられんかったことを誤魔化す為に歩き出した。
「じゃあ行ってくるわ」
「………」
圭織は何も言わんかった。
387 名前:shura 投稿日:2004/04/20(火) 15:49
更新しました
>>377-386
388 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/21(水) 23:53
待ってました(w
復活ありがとうございます。
389 名前:名無しさん 投稿日:2005/01/12(水) 00:20
待ち保全。

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