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秘密

1 名前:(∵) 投稿日:2001年10月25日(木)01時19分42秒
秘密って沢山ある。

それは人に言わない事であったり、言えない事であったり。
でも大概は『秘密』と云う響きに憧れてそう呼ばれているのが常だ。
私はそう思う。

物事に表と裏があるように、事実にも両側からの事実がある。
私はそれに拘り過ぎたのかもしれない。
考えるとキリがない。
それから逃げられない。


――そしてまたひとつ私は秘密を手に入れ、そして笑った。
2 名前:2 投稿日:2001年10月25日(木)01時30分32秒
「ねぇ彼氏、出来た?」

それは毎週水曜日、律儀にかかって来る真希からの電話に
必ず混ざっている文句だった。そしていつも私はううん、
出来る訳ないじゃん、と答えて、彼女はそれを聞き終わる
前にそうだよね、と返す。所謂挨拶みたいな物なのかも
しれない。

「いつ戻って来れるの?」

――これもそう。
否定されるのを分かっていながら彼女は同じ質問を繰り返す。
私はさぁ、と軽くそれを聞き流すだけ。
縋る様な彼女の精一杯押し出した声をはねつけるのは本当に
辛かった。

それから先週あった事を彼女が喋って私はただそれを聞いて
それで水曜日の電話は終わる。私は頑張れ、の一言も口に
しなかった。


『頑張れ』

この言葉で私は崩れたのだから。
3 名前:3 投稿日:2001年10月25日(木)01時44分37秒
木曜日の朝、私はいつも嘔吐する。

何故だか分からない、水曜の夜寝て朝起きると、まるでそれが
当然だと主張する様に胃の底から昨日食べた物が逆流して来る。
一気に押し寄せる為かこの兆候が始まったばかりの頃はトイレ
まで間に合わず廊下で吐いてしまった事もあったが、今はきち
んと間に合わなかった時の為に、部屋の中にも小さな袋が置い
てある。

そして吐いてもちっとも楽にならないのが木曜朝の法則だった。

私は入浴剤がたっぷり入った風呂に入り、朝食のオレンジジュース
を飲みメールをチェックして、足早に玄関から飛び出した。

もう今や誰も住んでいないこの家、『市井』の表札が情けなかった。
4 名前:4 投稿日:2001年10月25日(木)01時55分26秒
家族がたった私一人だけになったのは、私が娘。を卒業して
2ヶ月かそこら経った頃だった。

その日私は疲れていて、夕方になってもずっとベッドから
起き上がらなかった。まるで瞼は本来閉じたままの存在で
あるかの様に、私は睡眠を貪った。
卒業してから好きなだけ休息を取れる事に驚きと喜びを
感じていた私は、その日までずっとその様に過ごしていた。
夕方起きて一人どこかへ出掛ける、それは買い物だったり
ただの散歩だったり。その頃は今の様な虚無感を感じる事
は無かった。
5 名前:5 投稿日:2001年10月25日(木)02時00分35秒
確かその日は空が赤らみ始める5時過ぎだったかと思う。
漸く自分の部屋を出て、台所に顔を出すと母親は居なかった。
冷蔵庫から牛乳を取り出しコップ一杯飲み干すと、寝癖の酷い
頭をボリボリ掻き毟りながら私は風呂場へ向かう。

珍しく誰かがそこを使った跡があった。

母親か、と何となく思った私は濡れたタイルの上を注意深く摺り足で
歩き蛇口を捻る。身を切る様な冷水はじきに暖かいお湯に変わっていった。
入浴剤をドサッと入れてそのままリビングに戻る。

妙な既視感があったが、ここが自分の家だという事に気が付いた私は
可笑しくなって軽く噴出してしまった。
6 名前:6 投稿日:2001年10月25日(木)02時06分10秒
テレビをつけると馬鹿らしいバラエティー番組ばかりだった。

『10000円でどこまで行けるかゲーム!?』だの『懐かしのアイドル
フルマラソンに挑戦!!』だの鼻で笑うしかない様な下らない企画、
これで数字を取ろうとしてる事実を即座に馬鹿にしている自分が居た。
部屋の中は気付くと真っ赤になっていた。

リモコンを弄り、取りあえずチャンネルを一周させてみる。
時間が悪いのか、何かのドラマの再放送か下らないバラエティー、
地元放送局のローカル番組、等しかやっておらず仕方無くさっきの
バラエティー番組に戻したが、CM中だった為NHKニュースに
切り替えた。
7 名前:7 投稿日:2001年10月25日(木)02時35分23秒
そこにはいかにも真面目そうな、紺のスーツを着た女性アナウンサー
が居た。彼女はただ淡々と与えられた原稿を読み、彼女の口から
出て来るニュースはまるでベルトコンベアーの上の缶詰めの
様だった。目には表情は無い。まるで脱退前の私のようだ、と
ふと思った。

ソファーに身を沈めて彼女を観察する。
薄い化粧、地味な服装、良いように言えば落ち着いた目、そして声。
その全てが調和してNHKニュースという存在を作り出しているか
の様に思えた。ただ早く正確に、そのルールだけを守っている、
彼女は幸せなんだろうか、と少し考えたが「余計なお世話か」と
軽く背伸びをする。
8 名前:8 投稿日:2001年10月25日(木)02時40分04秒
チャンネルを変えようとしたその時、彼女の口から出た単語に
ピクッと体が反応する。

「今日未明、千葉県船橋市――」

つい身を乗り出して彼女の言葉を待つ。
良く聞いた単語だ。

「刃物を持った男が押し入り、市井めぐみさん、17歳が腹部を刺され
 県内の病院でまもなく死亡しました」

「え?」
素っ頓狂な声が出た。
彼女は私の隣に住んでいる。

「なお、その男は今も逃走中です。」

風呂場では白濁色の湯が溢れていた。
9 名前:9 投稿日:2001年10月26日(金)02時04分34秒
気付くと掌にはじっとりと汗が浮き出ていた。

国営のニュースに自分の幼馴染の名前が出たのだ、当然だろう。
彼女は死んだとこのアナウンサーは言った。誰かに刺されて。
そう言えば家の前が騒々しい。

ソファーかた飛び起き、玄関を開け外に出ると息が白んだ。
パトカーの赤い灯が目に入り、慌ててドアを閉めて鍵をかけた。
ドアを背中に暫く放心する――殺人事件だ、それも被害者は幼馴染のめぐみ。
小さい頃からよく遊んでいた。偶然苗字も一緒で、幼い頃は年が一つ違いな事
もあってか、自分達は姉妹だと信じて疑わなかった。
10 名前:9 投稿日:2001年10月26日(金)02時08分20秒
その彼女が死んだ――殺された?
そしてその犯人はまだ捕まっていない、その辺をうろついているのかも
しれない。私は急に膝の辺りがガクガクするのを必死で堪える。

錘がついた様に重い体を引き摺ってリビングに戻りソファーに体を鎮める。
だがすぐに跳ね起きて家中の全ての鍵をかけた。まだ人殺しはこの辺りに
いるのかもしれない。到底これは入って来れないだろうという大きさの
トイレの小窓の鍵まできちんとかけた。私は怖かった。
11 名前:11(10がとびました) 投稿日:2001年10月26日(金)02時21分28秒
「あっ」ふいに風呂の湯をためていた事に気付く。


――コン、コンコン、コン


ガラスを叩く音がする。
外からだ、いや、中から?
気のせいか、と踵を返そうとしたが音は鳴り止まない。不規則で弱い音が
どこからか響いている。何だろう、急速に高鳴る胸を抑えつつもうすっかり
暗いリビングに立ちその発信源を探す。

「・・・ちーちゃ・・」

か細い声が聞こえる。今にも消えそうな声。
そしてそれは目の前の窓の辺りから聞こえていた。
12 名前:12 投稿日:2001年10月26日(金)02時26分20秒
遠くからは水の溢れる音が聞こえている。
そして目の前からは、何かの声。誰かの音。

「け、警察…」

さっきの悲惨なニュースを聞いたからかもしれない、何台ものパトカーを
見たからかもしれない、私は必要以上に臆病になっていたのかもしれない。
リビングの隅にある電話に駆け寄り受話器を取る。

――無音。

何も聞こえない。
電話が繋がらない。そして窓の外からは依然不審者の声が聞こえていた。

「いちー・・」

どうしよう。最早限界だった。
13 名前:13 投稿日:2001年10月26日(金)02時34分10秒
その場にへたり込む。

その時の私は、防御する事も攻撃する事も出来なかった。
ただそこに在るだけの存在、それだけに過ぎなかった。
電話が通じず慌てていたのかもしれない。

――私は、叫んだ。

「何よ!誰よアンタ!」

これが今出来る内の全てだった。私はそんなに強くなかった。
途端、窓の外からの声はぴたりと止んだ。同時に私はほっと一瞬
息をついた。負かしたのかもしれない、そう思いたかった。
14 名前:14 投稿日:2001年10月26日(金)02時40分23秒
カーテンの向こうからは何の音もしない。

私は湯気一杯の浴室へ急ぎ蛇口を捻った。最初に入れた入浴剤の色は
もうすっかり薄くなっていて、私はまた新しく振り入れた。リビング
に戻り冷蔵庫から水を取り出すと、すぐ風呂場に戻った。

だがどうしても気になって仕方が無い。
果たしてさっきの声の主はもう他所へ行ってしまったのだろうか?
万が一まだこの辺りに、家の庭に立っていたとしたら?もしさっき
ので腹を立てて、その辺に落ちている石で窓を破り押し入ってきた
としたら?考えるとキリが無く、私は急に恐ろしくなった。いや、
さっきからもう暗闇の中の兎の様に怯えていたのかもしれない。
15 名前:15 投稿日:2001年10月26日(金)02時50分41秒
誰も居ない家の中、上半身裸の私はバスタオル片手にリビングに戻った。

相変わらず何の気配も感じられなかった。
窓の向こうは真っ暗でこちら側が水滴で曇っている所を見ると、外は
かなり冷え込むのだろう。軽く身震いして訝しげに外を伺う。

――気配が、ある。

音はしない、だが気配を第六感で感じた。
誰かいる、それは絶対だと私の中で誰かが吼えた。
16 名前:16 投稿日:2001年10月26日(金)02時51分11秒
もっとその窓に近付いてみる。
いつでも逃げられる様に引き腰で少しずつにじり寄った。
カーテンの端を掴み、少しだけ横にずらして外を睨むが暗いせいか
何も見えない。だが目が慣れてすぐに、目の前に大きな黒い輪郭を捕らえた。

ブワッと目の前が白くなる。

そいつの息だ、そう思った時相手は行動を再開した。
17 名前:17 投稿日:2001年10月26日(金)02時57分03秒
バン、バンバン、バンバン!

ガラスが割れるんじゃないかという程そいつは窓を平手で引っ叩く。
窓ガラスはバンバン振動して割れんばかりの大きな音を立てる。
私は面食らいながらもそいつの顔を確認しようと必死で目を凝らす。
輪郭だけで何も見えない、誰、誰だ、さっきの殺人犯か!

声も出せずにただそいつの顔を睨んでいると、そいつが絞り出す様に
叫んだ。掠れた声で鼓膜を撫でたその声はよく知った声だった。

「市井ちゃん・・」

後藤だった、その声はいつも水曜日に聞こえてくるその声だった。

――そして後藤は血に濡れていた。
18 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月27日(土)12時19分48秒
楽しみにしてます。
19 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)13時31分52秒
衝撃の展開?! 後藤に何が? 続きが待ち遠しいです。

>>18
これ読んで。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=986141452&st=2&to=2&nofirst=yes
20 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)13時37分07秒
>>18
ごめん、もともと上がってたみたいだね。はやとちりしてすいません。
21 名前:18 投稿日:2001年10月28日(日)10時33分41秒
最初、何かの人形かと思った。
どう考えてもおかしかったから。
血だらけの人形、表情の無いそれはとても恐ろしい。

幾分か冷めた唇を微かに震わせながら、私は目の前の窓をゆっくり開けた。
肩が外気に晒され、夜の息に私は体を縮ませる。

「・・後藤、入ったら?」

自分でも驚く程の覚めた声で彼女を中に導く。
最初は暗くて良く見えなかったが、彼女の着ていた服は黒い血がこびり付いていて
もうその誰かの、多分私の知っている誰かの血液は凝固し始めていた。
でもその墓標は動かない。
22 名前:19 投稿日:2001年10月28日(日)10時36分59秒
「後藤」少しだけ緊張した手で彼女に触ろうとする、とその血塗れの人形は呟いた。


「私――…分からない」

どこを見ているのか分からない焦点の定まらないその眼、それは私が覚えていた
あの若い力が漲った光り輝くあの眼とは全く違っていた。

「あ、のさ、入りな」

そう言って私はバスタオルを片手で押さえ、彼女を強く中に引きずり込んだ。
以前にも確かこんな事があった。でもあれはこんな血の匂いがする想い出じゃない。
私は何かぼんやりと考えながら、後藤を溜めて置いた暖かいお湯に無理矢理つけた。
23 名前:(∵) 投稿日:2001年10月28日(日)10時47分21秒
>>18
ありがとうございます
お暇な時に読んで頂ければ嬉しいです。
>>19-20
気にして頂いてありがとうございます
上がってても下がってても大丈夫ですよ。
24 名前:20 投稿日:2001年10月28日(日)13時26分46秒
「じゃあリビングで待ってるからしっかりあったまって」

そう言って振り返っても後藤は反応しない。
全く自発的に動かず、どこかを見ている様な、何かを強く疑っている様な顔で
ずっとぶつぶつと唇を動かせている。私は急に不安になった。

「・・・後藤、ね、後藤」

明るい茶の前髪が湯気で濡れてこげ茶に変わっている。
始め会った頃は金髪だったっけ――そんな事をふと思い出した。
仕方無く白濁色の湯につかる後藤の卵肌を私専用のボディータオルで軽く擦る。
彼女の肩にはまだ赤黒い血が残っていたから。
それをどこで付けて来たのか分からない、訊けない。
草の実を体中にくっ付けて帰って来た仔犬の様な、その姿はそう見えた。
25 名前:21 投稿日:2001年10月28日(日)13時40分40秒
濡れた睫、伏せた目…生気の無いそれは彼女が見た、体験した何かを私に告げようと
しているように感じた。私は何故だかそれを聞き出さなければならない、理由の無い
妙な使命感に駆られた。肩から、いつも彼女が触られたがらない首の辺りを擦っても
何の反応も見られなかった。

「ねぇ、頭洗おっか」

風呂桶で湯をすくい、頭の上からゆっくりザバーッとかけた。
長い髪の毛は浴槽の中で風の中揺れるすすきの様に踊った。湯の外に引き上げるのも
かわいそうだと思ったのでそのままシャンプーを手に取り、後藤の頭に撫で付けた。
腕が痺れてもただ懸命に地肌を優しく擦った。
26 名前:22 投稿日:2001年10月28日(日)13時56分01秒
そしてコンディショナーを掌に取っていた時、彼女がやっと口を開いた。

「いちーちゃん、あたしねぇ・・・人・・・殺しちった」
「あ゛!?」

「殺したの、人」そう言って後藤はへへっとはにかんだ。
私は呆然としてしまって眉間に皺を寄せたまま彼女の顔を睨むしか出来なかった。
後藤は湯船に浮かぶアヒルのおもちゃを指先で突付いている。でも神経はこっちに
向かっているのは痛い程感じた。状況が状況だっただけに何も言えない。

私が押し黙っていると後藤はぽつりと言った。

「・・・ごめんね、いちーちゃん」
27 名前:23 投稿日:2001年11月02日(金)07時09分08秒
何を言ったらいいのか分からなかった。

手から滑り落ちたコンディショナーを見つめながら、私はそこにただしゃがんでいた。
後藤はアヒルの嘴に自分の尖らせた唇でキスの真似をしていたけど、その時は『遊んでいる』
というより『必死で平静を装っている』様に見えた。普段の後藤ならそんな事絶対しないもの。

「ねェ、見ていちーちゃん、このアヒルちゃん目が青いんだよ」
「・・・・・」
28 名前:24 投稿日:2001年11月02日(金)07時15分07秒
「いちーちゃん、あのさ、今日見たいテレビあんだよね、見てってもいい?」
「え・・・」何だかいつの間にかぼんやりしていた私は、ハッとなり彼女の存在を再確認する。

「髪、ありがと、ごめんねェ、いきなり押しかけてさぁ」
そう言うと彼女は湯船に潜りシャンプーの泡をガシガシと落とすと、そこから離れようとした。
何か彼女は酷く怯えているように見えて、私はどうしようもなく荒れた気持ちになった。

「あ、タオルあるよね、外・・った!」

気付くと私は彼女の細い腕をきつく掴んでいた。
29 名前:25 投稿日:2001年11月02日(金)07時19分27秒
「あんた何つった」

多分私の目は据わってたと思う。プラスかなりの低い声だったから
後藤に取ってそれは恐ろしい物だったのかもしれない。そのせいか
そうでは無いのか、彼女は俯いたまま何も口にはしなかった。
濡れた髪の向こうでの顔はここからは見えない。

泣いてるのかな――ふとそう思った。
30 名前:(∵) 投稿日:2001年11月02日(金)07時21分27秒
上げてしまいました、すいません。
31 名前:26 投稿日:2001年11月08日(木)05時34分26秒
「・・・いちーちゃ・・ねが・・」

今にも消えてしまいそうな声で後藤が呟く。
それは彼女に取って必死の抵抗だったに違いない。腕力もある彼女が
私を跳ね飛ばすのなんて容易い事だ――が、その時の後藤はまるで羽根
を失った小鳥のようだった。私は言うなればそれを手で地面に押さえつけている
狐の様な心境だった。たとえ私の心がそれを意味してなくとも第三者はそう
喩えた事だろう。

「ねぇ、何なのよ」

苛立ちを彼女にそのままぶつけた。
つい指先に力が入り、彼女の柔らかい腕は私の掌の形に歪んだ。
32 名前:27 投稿日:2001年11月08日(木)05時40分39秒
一度堰を切ったダムはもう元には戻らない。

「人殺したとか言わなかった?アンタね、冗談も度を過ぎると・・」
そう言いつつ私はハッと口を噤んだ。

じゃああの血だらけの後藤は?
何で玄関から入らずに庭に立っていた?
それにあの時の後藤、尋常じゃなかった…。

考え始めると切りが無い、ただ私は今与えられた情報と後藤の奇妙な行動を
うまくリンクさせようと四苦八苦していた。
でも何通り可能性を予想しても同じ、『後藤が人を殺した可能性がある』
――そうとしか結論を出せなかった。
33 名前:28 投稿日:2001年11月08日(木)05時45分48秒
「誰を殺したのよ?」

暫く経って私は後藤にそう訊ねていた。
えらく冷静な声で、平たい、温度を感じられない声、自分でもそう感じた。
俯いていた後藤は空いた片手で顔をゴシゴシ数回擦ると、前髪をかき上げて
こっちに向き直り言った。

「わかんない。」

彼女の目は真っ赤だった。
髪から流れ落ちる水に混ざって彼女の涙がゆっくりと頬を伝う。

後藤は続けた。

「いちーちゃん、お風呂出たら話すから先上がっててよ。」
34 名前:29 投稿日:2001年11月08日(木)05時55分12秒
いくら手の震えを止めようとしても止まらない。
右手を覆えば左手が震え、逆もまた同じだった。

後藤は嘘をついている目じゃなかった。
短かったとはいえかなり親しくしていた仲だった相手の事は理解出来ると自負
していた。彼女は嘘をついていない、単純にそう思った。
でも何かが胸に引っ掛かる、それが何かを考える度にさっきの後藤の顔が目の前
に浮かび全てがうやむやになってしまう。

沸騰した湯をティーポットに注ぐとゆっくりと蓋を閉めた。
卒業後、後藤が来た時に二人で飲もうと思って買っておいたアールグレイ、とても
いい匂いが辺りを漂っていたが、市井はそれに気付く余裕が無かった。
35 名前:30 投稿日:2001年11月08日(木)05時58分31秒
風呂場から聞こえる水の音、ドライヤーの音、蛇口を捻る音、全てが今の市井を
苛つかせ、また試しに食べてみた母親が昼に焼いたクッキーの出来が悪かった事も
彼女の苛立ちを助長していた。

「まだかよ・・」市井は壁時計をギッと睨んだ。

6時15分、いつもなら買い物から帰って来た母親と夕食を食べている時間だ。
のろのろしている後藤をそのままリビングで待っている訳にもいかないので市井は
取り敢えず玄関のサンダルをチェックして母親が居ない事を確かめた。
どこかで寄り道しているのだろう、単純にそう考えた。
36 名前:31 投稿日:2001年11月08日(木)06時04分23秒
玄関の靴置き場を背にしてリビングに戻ろうかとした時ドアの向こうに
気配を感じた――瞬間にインターホンがけたたましく鳴り響いた。

市井の家は団地の建売住宅である。
ドアは掠りガラスで、玄関の向こうに立つ人物の大体の背格好は言い当てる
事が出来る。その時の客は異様だった。

濃い紺色の上下、しかもそれは一人では無い。
全員同じ服装をしている、まるで制服――そう思いハッとした。

「すみません、千葉県警ですが――」

曇ったガラスの向こうからはそう聞こえた。
37 名前:32 投稿日:2001年11月08日(木)06時14分52秒
ドアの向こうの人物はガンガンと軽くガラスを叩き始めた。
その手は白く、手袋をしているようだった。

「いらっしゃいますか?」

正直足が竦んだ。
でもどうしようもない、相手は警察だ。
さっきのニュースを思い出しながら、めぐみの顔を思い浮かべながら市井はゆっくりと
ドアを開けた。身を切るような冬風が市井の頬を叩き、つい顔をしかめた。
38 名前:33 投稿日:2001年11月08日(木)06時16分44秒
「申し訳ありません、夕食時に。あのもうご存知だとは思いますがお宅の隣の市井さんの
 家お宅でですね、殺人事件がありまして」

捜査官だと思われる四名の男はそう言いながら防止の唾を軽く触って挨拶する。
市井は平静を装い、軽く彼らに会釈した。

「参考の為にですね、いくつか質問させて頂いても構いませんか?」

捜査官がそう言いつつ家の中に押し入ってきた瞬間、風呂場からガタン、と音がした。
39 名前:34 投稿日:2001年11月08日(木)06時24分37秒
「あ、誰かご家族の方もいらっしゃいますか?」

テレビの殺人事件のシーンなどで良く見る帽子から白髪の混ざった髪を覗かせている
その捜査官は市井と同じ位の背丈のせいか、ひょいと右肩越しに音のした方向に
目をやった。

「あ、友達が来てるんです今!」

自分でも白々しい演技だったとは思う。でもその時の私には、笑顔で彼らに接する方法しか
考えつかなかった。彼らが眉をしかめて私の顔をまじまじと見つめている事に気付いた時は
もう遅かった。
40 名前:35 投稿日:2001年11月08日(木)06時29分01秒
「それで事件については本当にお気の毒なんですが・・」

責任者であろうその白髪混ざりの男は場の空気を変える様にそう言って
軽く目頭を押さえる振りをした。彼の後ろにただ佇んでいる部下達は
ペンを走らせている。何を書いているのだろう、と市井は思った。

「はい、めぐみは小さい頃からずっと一緒の幼馴染で…」
そう言っている時に市井はもっとめぐみと話しておくんだった、と何とも
いえない気持ちになった。そう言えば彼女に借りたアニメのCDはまだ自分の
部屋の中にある。返せず終いだったそのCDがめぐみの置き土産のような気が
した。市井は続けた。
41 名前:36 投稿日:2001年11月08日(木)06時38分21秒
「めぐみはほんといい子で何か恨みを買ったり憎まれたりするような子じゃないんです。」

ワイドショーの近所のオバサンのコメントそのまんまだ、そう思いながら市井は
めぐみがどれだけいい子だったか、そしてどれだけ死ぬべき人間ではなかったかを
丁寧に捜査官達に話した。必要以上に大きな声で話している自分に気付いたのは
もうネタが無くなって来た10分程経った頃であった。

本当は背中の後ろに感じる後藤の気配を隠すのに必死だった。
後藤は血だらけでここに来た、しかも玄関ではなく庭の窓から。
あの時見た後藤は服も顔も靴も、体全体に血を浴びていてはじめそれをペンキだと
思った程だ。恐ろしく、そして斬新で綺麗な風景、そう感じたのを思い出した。
42 名前:37 投稿日:2001年11月08日(木)06時45分00秒
「あの……市井さん?」

捜査官が話を遮った。
捜査官は4人とも眉を顰めて私の顔を怪訝そうに見ている。
メモを取っていた後ろの3人のペンも何時の間にか止まっていた。

「市井さん、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

捜査官はゆっくりと、言い聞かせる様にそう言った。
彼らはもう私の後ろに感じる気配より私自身に興味を持っていると思える。
その点では私の下手糞な演技も役に立ったと言える。

「沙耶香、ですけど…。」

聞いたと同時に彼らはお互いの顔を見合わせ目配せをした。
43 名前:38 投稿日:2001年11月08日(木)06時54分08秒
「市井…沙耶香という事ですか?」

的を射ない質問に、私はつい拍子が狂ってしまうのを抑えられなかった。

「な、何か?」

どもりつつも何とか質問すると彼らは何と言えばいいのか分からないと
いった表情を浮かべる。私はただじっと彼らからの返答を待った。
自分の名前、もとい自分自身を『物』のように言われ、少なからず私は
腹を立てていたのも事実だった。彼らは手の中にある書類を数枚取り
それを纏めるとそれを私の膝下にスッと差し出した。

私はそれを見ると同時に血も凍る恐怖に襲われた。

その書類に貼られた写真の中……

――ワタシが血の海の中死んでいのだ。
44 名前:39 投稿日:2001年11月09日(金)07時55分00秒
「え・・」冷たい吐息が私の口から漏れた。

書類を掴んだまま捜査官の顔を驚愕の眼差しで見る――と、それは明らかに
こちらに同情しているような表情だった。写真は何枚かあった。全て事件現場で
撮られた物だろう。場所はどうやらキッチン、蛍光灯の明かりの下に女性が
不自然に横たわっている。彼女の顔は私の顔とそっくり、いやそのものだった。

白いシャツは赤黒く染まっている。
何箇所も刺されているのかと思う程の出血量だったが、よく見ると刺された箇所
はただひとつ――左の胸の真上――心臓の上だけだった。そこから広がった彼女
の体液は脇の下まで流れ落ち、床の上に広がっている。
45 名前:40 投稿日:2001年11月09日(金)07時59分45秒
その現場に凶器らしき物は見当たらない。
ただその女性の顔を見るとただ見てはならない物を見てしまった恐怖が
伝わってきた。見開かれた目、投げ出された四肢、そして乱れた髪、
そして私と同じ顔――もう何が何だか分からなくなった。

写真を手早に捲るがそれに集中出来ない。
だが最後の写真を見て私の意識ははっきりとした。
46 名前:41 投稿日:2001年11月09日(金)08時59分29秒
『私の死体』の横に転がっていたのは私の母親だった。

昼前にクッキーを焼き、そのまま友達と買い物に出掛けるから、と言って彼女は
家を出た。買い物と言っても一緒にスーパーへ食料品の買い出しに行く事は知っていた。
そしてその友達はめぐみの母親の美恵子さんだという事も。玄関から遠ざかる楽しげな
声を覚えている。
47 名前:42 投稿日:2001年11月09日(金)09時00分00秒
分からない、ただそれだけが私の今出せる結論だった。
写真はそのまま捜査官に返され、私はいくつかの質問を受ける事になった。
親友の『沙耶香』が殺されたという事で、私は『めぐみ』として彼らに対応した。
さっきのニュースではめぐみの死亡を伝えていたがいつの間にかそれは私の名前に
変わっていて、それを訂正する謝罪の文句も無かった。

混乱している私を気遣ってか、質問を途中に彼ら四人は20分程で家を後にした。
48 名前:43 投稿日:2001年11月09日(金)09時01分20秒

リビングに戻ると後藤がテレビに夢中になっていた――そう見せかけている事は明らかだったが。
彼女の手の中にはいつの間にか戸棚の中にあったであろう菓子の袋があり、その中に
乱暴に手を突っ込んでは中身を口の中に運んでいる。バリバリという音が部屋の中で
寂しく響く。私は体制を崩した彼女の隣にゆっくりと座り、テレビの画面を見つめる。
彼女が不自然に体制を変えようとした瞬間私はキッと向き直った。
49 名前:44 投稿日:2001年11月09日(金)09時02分16秒
「私ねぇ、ワッケわかんないわ」
「ごとーだって分かんないよ!」驚くべき事に彼女はそれに何の疑問も持たずにごく自然に反応した。
「何アンタ、何、何フッツーに答えてんの!」
「ふつーじゃないってば!」彼女は菓子の袋を私の体に投げつけた。
「うるっさーい!黙んな!あんた人ん家で!ずーずーしいにも程がある!」私は潰れた菓子袋を床に叩き付ける。
「いちーちゃん家じゃないじゃんここ!」
「ハァ!?何言って……」

私はそこでようやく気が付いた。
薄い黄色だったリビングのソファーはいつのまにかブルーに変わっていた。
そう、めぐみの家のソファーの色に。
50 名前:45 投稿日:2001年11月09日(金)09時03分39秒
ハァッ はぁっ ハァハァ…

二つの息が良く知っている空間で混ざり合う。
ひとつは後藤、ひとつはあたし。
見回すとまったく同じ構造のリビングの中は全く違う方法で装飾されていた。
ソファーの位置も、テーブルも、全てが家とは違う恵美子さんの趣味のそれだった。
ただ遊びに来ている訳じゃない、つま先に引っ掛かっているめぐみのスリッパがそれを物語っていた。
51 名前:46 投稿日:2001年11月09日(金)09時04分39秒
「後藤、とにかく話そうよ」
そう言ってテレビを消すと、後藤は無言で座りなおした。
私はどこから何について話せばいいのか分からなかったので、取り敢えず溜め息をひとつだけついた。
それが何に作用するのか分からなかったけど、でも何かするべきだと思った。

これから始まる信じられない生活を覚悟する為にも――

「ねぇ後藤、あのさ」

思えばそれはここから始まったんだ。
52 名前:第一章:「異世界」 投稿日:2001年11月09日(金)10時05分29秒
次の日、捜査官は2名しか来なかった。
ありきたりの質問をして、私はそれに当り障りなく答えた。
後藤はあれから暫く話した後仕事に戻り、私は母親の帰りを待った。
結局、夜通し待っても彼女は帰って来なかった。
53 名前:48 投稿日:2001年11月09日(金)10時06分01秒
殺された女性、市井沙耶香はモーニング娘。というアイドルグループに属していた。
しかしそのグループを脱退後、彼女はボイストレーニングを重ね続け、再デビューを目指して頑張っていた。
近所でも行儀の良いよく出来た娘で評判も良かった。苛めはされた事もした事も無い筈。彼氏などの存在も
最近は聞いていない。母親同士の交流はあったが、沙耶香が芸能界に入った後は子供同士の交流は余り無く、
道端ですれ違えば手を振る程度だった。つまり最近の沙耶香については全く知らない。

そう答えた。
54 名前:49 投稿日:2001年11月09日(金)10時07分11秒
朝、食卓でトーストを齧りながら私は昨日と一昨日の事を思い出していた。
自分で作った目玉焼き、いい香りのするコーヒー、でもコーヒーをあまり飲まない私はついそれをくせで
淹れてしまったのだろう。いつもは目の前には母親が座っているから。

あれからずっと目の前は煩い。
市井沙耶香がたとえもう一般人だとしても注目度はある。テレビでは幾度となくモーニング娘。現メンバーの
顔が映り、彼女らは目に涙を浮かべながら別れの文句だの犯人への恨みだのを訴えている。だがただ一人
無表情で「かなしいです」と一言だけコメントしていた後藤が印象的だった。
私は食べ終わると皿を片付け、クローゼットの中の制服を身に纏い玄関を飛び出した。
55 名前:50 投稿日:2001年11月09日(金)10時07分52秒
「めぐ!」
駅の改札口で見知らぬ声がした。
私はそれを無視して改札口の向こうへ抜け、足早に歩く。
満員電車に揺られた後、履き慣れない革靴に紺のハイソックス、短いスカートの裾を気にしながら学校への道を急ぐ。
腕時計は8時前を指している、8時半始業だからまだまだ余裕がある。
だが校門をくぐった後私は愕然とした。

自分がどのクラスなのか分からないのだ。
それもその筈、まだ私は市井めぐみになってたったの2日なのだから。
56 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)18時08分56秒
とりあえず、しょーもないつっこみ入れとく
紗耶香ね
57 名前:51 投稿日:2001年11月13日(火)11時30分39秒
日常が非日常に変化するのはこれで2回目。

でも前の変化の方が自分の中でそれが受け入れられる余裕があった。
誰が信じるだろう。私より長い髪、縦に健やかに伸びる身体、大きな手の平、
それに整った顔。この容姿は今まで私が幼馴染として、友人として見てきた
市井めぐみの姿――もう一度頬を撫で、柔らかい前髪を触る。
めぐみの柔らかい栗毛、ひとつため息をついて一人昇降口の前、誰かが声を
かけてくれるのを待った。
58 名前:52 投稿日:2001年11月13日(火)11時31分19秒
目の前では忙しそうに紺の制服に身を包んだ生徒が通りすぎて行く。
今朝、鏡の前で腰の辺りまで垂れ下がっている髪をどうしようか迷ったが
無難にめぐみがよくしていたポニーテールにしてみた。歩く時も歩幅を
小さく……めぐみはいつも女らしくて、棒切れを振り回しながらいつも
男の子と喧嘩をしてた私の背中の後ろにいたから。

懐かしいなぁ――目を細めた。
59 名前:53 投稿日:2001年11月13日(火)11時31分51秒
延々とそんな昔の事を考えている内に、自分の目の前には小柄な女の子が三人
立っている事に気がついた。彼女達は三人とも並んで私の目を見つめている、
いや、睨んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。まるで敵を見る様な
眼差しそのものだったから。背丈は私、長身なめぐみの胸の下位、決して高い
とは言えない目線だったけれど怒りを伝えるのには十分だった。そんな彼女ら
の前で私は何も出来ないでただ突っ立っているだけだった。

「先輩がさやりんを殺したんです!」
「え?」

彼女達はそのまま私の胸をひとり一発ずつゲンコツで殴ると走り去って行って
しまった。決して痛くは無かったけれどそれは忘れられない衝撃だった。
60 名前:54 投稿日:2001年11月13日(火)11時33分21秒
「ねぇめぐみ、朝の事だけどさ、気にする事ないよぉ、ね?」
目の前の小柄な彼女、竹内愛美(まなみ)は押し黙って昼食の菓子パンを口に
突っ込んでいる私の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。気が付いたらもう時計の針は
食べ始めてから20分も進んでいた。
「大丈夫」ぎこちない笑顔を愛美に向ける。
「市井さん亡くなったのがめぐみのせいだなんてあの子達どうかしてるよね」
「………。」彼女の事をよく知らないせいか、朝から私はずっと口数が少なかった。
61 名前:55 投稿日:2001年11月13日(火)11時34分10秒
朝、立ち尽す私を教室まで連れて行って以来、彼女が私の傍を離れなかった所を
見ると彼女とめぐみはかなり近い友達らしい。彼女はティーカップを集めるのが
趣味で昨日可愛いのを見つけただとか母親のイビキがうるさくて眠れないだとか
話は全て他愛も無い事だった。そして私はただ彼女の話を相槌を打ちながら聞く
だけだった。
62 名前:56 投稿日:2001年11月13日(火)11時38分21秒
「あ、まな今日当番だから実験の準備してるね」
「待って、一緒に行くから!」
昼食の後、そう言いながら机の中を探る。今日来たばっかりの学校の中で迷子に
なるのだけはゴメンだ。朝、めぐみの部屋に教科書があまり無かった所を見ると
学校に置いて来ているのだろうと思った。まるで高校に通っていた頃の私の様に。
「今日生物って実験じゃないでしょ?」
63 名前:57 投稿日:2001年11月13日(火)11時44分03秒
机から顔を上げると愛美が不思議そうな顔をして首をかしげている。
机の中からは目当ての教科書は見つからなかった。全て現代国語だの政治経済だの
予習復習の必要の無いものばかり。そこで私はめぐみの真面目さを思い出した。
「そ、そうだよね、生物は実験無かったよ」
頭をポリポリ掻きながら膝を上げると愛美の心配げな顔が目に入った。
「めぐみ……」
「ご、ごめん、忘れててさぁ、ほんと馬鹿だよね、ハハ……」
「ちょっと来て」
真剣な顔でそう言うと愛美は私の手を引いて教室を出た。
チャイムが鳴り響く10分前だった。
64 名前:(∵) 投稿日:2001年11月13日(火)11時46分22秒
>>56
素で間違えてました。
すんません。
65 名前:58 投稿日:2001年11月13日(火)11時51分53秒
連れて行かれた所は人気の無い非常階段だった。
広い校舎、一人でも元の場所に戻れる様に記憶しながら走った。
暫く手摺の向こうを見ていた愛美だったが、息が落ち着いたと同時にこちらに向き直る。
私はただ彼女が何か言うのを待っていた。

「ねぇ、私みんなが言ってる事信じてないよ…」

愛美はそう言うとひとつ、深呼吸をした。
66 名前:59 投稿日:2001年11月13日(火)11時57分31秒
愛美の目は涙で濡れていた。
目尻には水滴が見える――涙だ。彼女は、泣いている。

「まな…」
「どうしちゃったの?」

搾り出す様な掠れた声と共に彼女が私の腕をガシッと掴む。
彼女は私、市井めぐみに何かをぶつけたいのだろう、でも生憎私はめぐみじゃない。
でもそんな事、私自身まだ信じ切れてなかったし増してや彼女にそれを伝える事は
酷過ぎた。私はただ黙って彼女の話に耳を傾けようと思った。

「めぐみ、市井さんとその…付き合ってたってホントなの?」
67 名前:60 投稿日:2001年11月13日(火)12時02分47秒
「な、なに、ハァ?」私は目を見開いて彼女の顔を見た。
「そりゃ分かるよ、めぐみも市井さんも美男美女じゃないや美女美女で見ててお似合いだと
 思うよ、でもね、女の子同士でしょ?」
「………。」何も言葉を発する気力が出ない。
「それにね、良くないと思うんだぁ、その、まなは信じてないけど市井さんとの痴話喧嘩か
 何かでめぐみが市井さん殺したとか何とかいう噂も早く否定しないと」
「何つった?」もうその時私はめぐみらしく反応する事を忘れていた。
68 名前:61 投稿日:2001年11月13日(火)12時10分31秒
「だからたとえ市井さんとめぐみが付き合ってたって私は大丈夫めぐみの親友じゃん?
 だけどね、このまんま変な噂が学校に流れてたらめぐみだって学校来にくいしさ」
「ちょ、何言って…」彼女は私の必死の制止を振り切る。
「私は気にしないけどでもほら人の目ってあるでしょ?それにいくら隣の家で殺人事件とか
 あったって言ってもめぐみが犯人ってそりゃ短絡的過ぎるじゃん!」
「………。」私は黙って非常階段の手摺に体重をかけて倒れ込んだ。


「……信じてないけど。」

付け足された愛美の言葉が空しく響いた。
69 名前:62 投稿日:2001年11月13日(火)17時04分19秒
家路に差し掛かった所で見知らぬ車が目に入る。
私はそれを横目に自分の、めぐみの家に入る。めぐみの両親は共働きだから家には誰も居ない筈だ。
鞄から鍵を取り出そうとした所で背中の後ろに停めてあるバンのドアが勢い良く開いた。

「いちーちゃん!」

そこから出てきたのは後藤だった。
一応サングラスで変装らしきものはしていたが、派手なピンクのセーターのせいか、それとも
抜群にいいスタイルのせいか彼女はとても目立っていた。彼女がこっちに駆け寄っている間に
そのバンはそのまま走り去った。
70 名前:63 投稿日:2001年11月13日(火)17時05分51秒
「いちーちゃん元気だった?ごとーすっごい心配したんだからぁ!」
笑顔で後藤は私に飛びついて来る。もう私は今日学校であった事なんかどうでもよくなりかけ
ていた。私はとりあえず彼女を家の中に招き入れそしてドアを閉め鍵を掛けた。

外の空気を遮断すると同時に、今まで冷えていた紅い頬が温度差に驚く。
後藤は履いて来た革靴の紐を丁寧に解くと、それをさも嬉しそうに私の靴の隣に並べた。
「ねぇ、前いちーちゃんがさぁ、あたしン家来た時の事思い出すよねぇ」
そう言うと彼女はリビングに駆けて行った。一度来た家の間取りと全く同じだから戸惑う事は
無いだろう。まぁいつからか彼女は私に遠慮を全くしなくなっていたが。
71 名前:64 投稿日:2001年11月13日(火)17時06分23秒
「ねぇ後藤…」
「お茶!にほんちゃお願い!」

「ずーずーしいなもう」

小声で呟くと私はそのままキッチンに向かった。
72 名前:65 投稿日:2001年11月13日(火)17時06分58秒
やかんを目の前に私は愛美の顔を思い出した。
昼、わたし、非常階段、市井紗耶香、雲、全ての要素が今現在の私の頭を混乱させる。
「ねぇめぐみ、一体どうしちゃったの!?」悲痛な彼女の叫びが胸を刺す。
(こっちが聞きたいよ)
「市井さんと付き合ってたんでしょ?」
(めぐみとは何年もまともに話してないってば)
「市井さんを殺したって噂すぐ撤回しなよ!」
(大体何で自分を殺したって言われなきゃいけないのよ)
「大体最近のめぐみおかしいよ?全然私に何も言ってくれなくなったし・・・」
(そんなのめぐみに言ってよ、殺された私に訊かないで!)
73 名前:66 投稿日:2001年11月13日(火)17時07分42秒
「めぐみ昨日も一昨日もその前もずっとずっと私の電話に出てくれないじゃない!」
(めぐみの携帯なんて持ってないっつーの!)
「市井さんの事そんな風に想うのはやめてよ」
(だから知らないって)
「ねぇやっぱり紅茶がいーなぁ」
(うるさい!)
「ねぇいちーちゃんきーてる?」

「うるさい!」

「ごめん……」

そこには零れそうな大粒の涙を目に溜めた後藤が居た。
74 名前:67 投稿日:2001年11月13日(火)17時08分15秒
「あっごめ・・・後藤の事じゃないから」
「……」彼女は今にも大声をあげて泣き出しそうな雰囲気だ。
「ほんとごめん、考え事してたから」
「・・・考え事ってなに」
唇を震わせながら彼女はそこに突っ立って動かない。両手にはいつの間にか握り拳、これは
彼女が怒りを表している証拠だ。
「高校3年にもなると色々あるんだよ」
「…そんなの辞めたくせに」
「うるさいなーもう」戸棚から茶葉を取り出す。
「そやってさーいちーちゃんいっつも・・・」
「ハイハイ紅茶ね、ミルクティー?何がいいのアンタ」
「・・・レモンティー」
「レモンないからストレートねはいどーぞ」
「なんだよぉそれぇ」

後藤は鼻水で汚れた泣き顔でカップを受け取りそれをすすった。
75 名前:68 投稿日:2001年11月13日(火)17時09分00秒
「今日いちーちゃんに会いにきたのは・・・」
「これの事でしょ?」そう言って私は自分を指差すとこくん、と後藤が頷いた。
「ごとー何でか知ってんの、これは後藤のせいなの、たぶん。」
「何言ってんの」そう言いながら私はティーカップの隣に置いたビスコッティーを口に運ぶ。
耳元でサクッという軽快な音がした。
「言い出したのは後藤なの」彼女はそのまま続ける。私は話半分で彼女の話を聞いていた。
76 名前:69 投稿日:2001年11月13日(火)17時09分39秒
「この前ねぇ、変な本をユウキの部屋から見付けたの。こう何か赤っぽい皮の表紙でさ、
 黒だったかな、まぁいいや、そんで後藤最初エッチぃビデオ探そうと思ってたから
 放っとこうと思ったのね。」
「なぁにそれ」ついついプッと噴き出してしまう。
「そんでさ、探してたんだけどあんまいいの見つからなくってそんで棚転がってるその本
 開いて見てみたの、そしたら」
「やめてよ、私オカルトとか信じてないから」
「そしたらね、何だか中全然読めないの、日本語じゃないから」
彼女の話がさほど重要でも無さそうだと感付き私はテレビのリモコンを目で探す。
後藤はかまわず続けた。
77 名前:70 投稿日:2001年11月13日(火)17時10分21秒
「で紐みたいのしてあったけどハサミで切っちゃったのね、チョキーンって。そしたら」
「あんたそれユウキ怒んじゃないの?」ティーソーサー片手にテレビをスイッチをつける。
「いーんだって、そしたらさ、中真っ白なの、まぁ黄色くなってたけどさ、なーんも書いてないの」
「あんたさーそんなの話しに来たんだったら」
「きーて?」
「・・・いーけど」
「それからごとーわからない」

「は?」

「ごとー、わけ分かんなくなっちゃった」
そう言うと彼女は満足そうにテレビの画面へ視線を移した。
逆に私はそこから後藤の横顔に視線を戻した。

何を言ってるんだって気持ちより、彼女の言葉奥深くに何か意味があるんじゃないかって
気持ちの方が大きかったからだ。
78 名前:71 投稿日:2001年11月13日(火)17時20分47秒
後藤は時々意味の分からない事を言う。
でもそれはちょっと考えれば意味がぼんやり浮かんで来る程度で、これ程
いくら考えても進歩がなさそうな事は未だ彼女の口から聞いた事が無い。
そして彼女は冗談を言っている様にも見えなかった。

7時前の番組はどれもつまらないらしく、後藤は口を尖らせてチャンネルを
変え続けている。ふとピタ、とその動きが止まった。見るとモー娘。のCMで
彼女は新発売の菓子を片手に笑顔で映っていた。
後藤は自分の顔を見ているのか、メンバーの誰かを見ているのか、その次の
CMに移るまでそれをずっと見つめ続けていた。
79 名前:(∵) 投稿日:2001年11月13日(火)17時24分35秒
訳の分からない所で切れてすいません
また明日来ます
80 名前:72 投稿日:2001年11月14日(水)15時37分52秒
私は後藤の動向よりついさっきの彼女の不可解な話の方が気になった。
その本には紐がかけられてあって彼女はそれをハサミで切った。
最初は日本語じゃない文字が読めなかったと言っておきながらすぐ後には
中には何も書いてなかったと訂正――いや、付け足した。
話の順序も狂っていたし勿論辻褄も合っていなくて、目の前に座っている
後藤が最初この前の事で未だ混乱しているのかと無理矢理自分を納得させよう
と試みた。

「・・・・・・なきゃ・・」突如後藤が声を漏らした。
「え?」

彼女はテレビの画面からまだ目線を逸らさない。確実に何かを見ている。

「いちーちゃん、今日は迎えにきたんだ」

後藤はそう言って笑顔で立ち上がった。

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