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マネキン。
- 1 名前:str 投稿日:2001年11月11日(日)00時39分34秒
- パラレル物です。
更新速度はきわめて遅くなると思いますが、
気長におつきあいいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
- 2 名前:prologue 投稿日:2001年11月11日(日)00時40分19秒
- 月が見える。満月でも三日月でもない、中途半端に欠けた月。空に浮かぶその姿は、まるで優雅な船のよう。
微かな光であたしを照らしてくれる月は、あたしの唯一の友だち。満ちたり欠けたりを繰り返して、いつも違う表情をあたしに見せてくれる。どこまでもあたしを追ってついてきてくれる。
- 3 名前:prologue 投稿日:2001年11月11日(日)00時41分44秒
- レンガが敷き詰められた、人通りのない商店街を歩く。心地良い靴の音が響く。両側の店に挟まれた空へと音はまっすぐのぼっていき、月にあたしの居場所を知らせる。それを聞いて安心しているのだろうか、相変わらず月は息を潜めたままだ。
彼女を浮かべている漆黒の海は、これから青い光に支えられた色へと染まり、徐々に白みを帯びていくのだろう。まるで深海の底を蹴り上げて水面を目指すように、周りの世界は徐々に色を獲得していくのだろう。
でも、あたしはその光景を見たことがない。あたしが知っているのは、月の光に照らされた白と黒だけの世界。ところどころでコンビニの人工的な光だけが色を教えてくれる。
- 4 名前:prologue 投稿日:2001年11月11日(日)00時42分41秒
- ───そろそろ眠りにつく時間だ。いつもの場所に戻らなければ。
束の間の自由を楽しんだあたしは、足早に来た道を戻る。その間も、月はずっとあたしを眺めてくれている。
そして、いつもの場所に着いたあたしは、
「おやすみ。」
そう小さくつぶやくと目を閉じる。月は最後まであたしを見守っていてくれた。
- 5 名前:str 投稿日:2001年11月11日(日)00時43分24秒
- プロローグはここまで。明日から第1話をスタートする予定です。
- 6 名前:第1話「デアイ」 1 投稿日:2001年11月12日(月)00時25分10秒
- ●第1話「デアイ」
- 7 名前:第1話「デアイ」 2 投稿日:2001年11月12日(月)00時26分23秒
- もっとほかに有意義な休みの過ごし方を考えるべきだったのかもしれない。マジメに勉強するなり、バイトするなり、彼氏をつくってイチャつくなり、いろいろできただろうに。でも、一度決めたことは曲げたくないのだ。そんな性格が災いして、今こうして汗びっしょりになりながら歩いている。
同じように旅に出るなら、海外やテーマパークという選択肢もあっただろう。だが、夏休みということでどこへ行っても人でいっぱいのはず。それならもっと手軽で疲れない方がいいんでないの?ということで、デイパックを物置から引っ張り出したのだ。
- 8 名前:第1話「デアイ」 3 投稿日:2001年11月12日(月)00時26分53秒
- 私はこの休みを利用して、「探検」をしている。自分の住んでいる街を、くまなく歩いてみるという探検。ふだんなら家と学校の往復で終わってしまうところを、時間をかけてのんびり歩く。
すると、今まで気がつかなかったいろんなものが見えてくる。垣根越しに聞こえる風鈴の音色は、そこに住む人々の暮らしを伝えてくれる。公園から聞こえる子どもたちの歓声は、忘れていた昔の記憶を導いてくれる。通学路より一歩奥の道では白い花が太陽の光をはじいていた。鬱蒼と茂った並木の木陰はひんやりとした空気で身体を包み込んでくれた。私が知っていたと思い込んでいた、私の知らない風景。この街は、こんなに新鮮なものだったのだろうか。
- 9 名前:第1話「デアイ」 4 投稿日:2001年11月12日(月)00時27分38秒
- 街はずれの高台に着いた。足を休めて背中から2リットルのウーロン茶を取り出す。腰に手を当ててラッパ飲み。ぷはあっ。
容赦なく降りそそぐ日差しに目を細めて向かい合う。そして、視線を下ろして街並みを見る。太陽光線は世界の輪郭を鮮やかに描き出していた。色とりどりの屋根、あちこちに広がる緑、格子状に規則正しく走る道路たち。私の育った街は、こういう表情をしていたのか。ステキな再発見に思わず笑みがこぼれてしまう。
- 10 名前:第1話「デアイ」 5 投稿日:2001年11月12日(月)00時28分38秒
- ───そういえば。この高台にはしばらく来ていなかった。確か、小学校の頃にたまに遊んでそれ以来だ。最近は「幽霊が出る」なんて噂が立っていて、あまり人が寄りつかなくなってしまったみたい。今日も見事なまでの快晴だというのに、お弁当を広げている家族連れがひと組だけ。
「よし!」
私はこの高台を見て回ることに決めた。さびれてしまったこの場所だって、きっとステキなものがあるはずだ。それを見つけてあげなくては、この探検の価値が半減してしまうように思えたのだ。
- 11 名前:第1話「デアイ」 6 投稿日:2001年11月12日(月)00時29分46秒
- 今いる展望台から林の方へと入ってみる。最初のうちこそ木漏れ日で明るかったものの、密集した背の高い木々は地面にほとんど光を漏らそうとしない。奥の方へと分け入っていくと、徐々に周囲は暗さを増していく。特にこれといってめぼしいものもない林の中。───なんだ、やっぱりただの裏山なのか。そう思って帰ろうかと回れ右をしたとき、視界の隅に何かが映った気がした。
「?」
突如、好奇心が湧いてきた。足元に注意しながら、気になった方向へと歩を進めていく。
- 12 名前:第1話「デアイ」 7 投稿日:2001年11月12日(月)00時30分28秒
- 木立を抜けたそこはちょっとした竹やぶになっていて、その端っこには机、タンス、冷蔵庫、テレビやらがいっぱいに積み上げられた粗大ゴミの山があった。腐りかけた合板や錆びた鉄パイプが剥き出しになっており、その醜さは捨てた人間の悪意をそのまま映したようだ。
「ひっどいなあ。」
思わず声が出た。さっきまでの清々しい気持ちが一気に吹き飛んだ。
こんなゴミの山、見ているだけで不快だ。しかしこのままあっさり帰ってしまうのも、不法投棄に加担しているような気がして癪だ。かといってなんとかできるはずもない。とりあえず、腕を組んで粗大ゴミの山を睨みつけてみる。───と、旧型の大きなエアコンの陰に白いものが見えた。目を凝らすと、それは女性のものと思われる生白い脚だった。
- 13 名前:第1話「デアイ」 8 投稿日:2001年11月12日(月)00時31分19秒
- 「まじ?」
一瞬、背筋が凍った。こんな林の中で死体を発見だなんて最悪。逃げ出したい衝動にかられたが、目はそこに釘づけ。そういえば、「出る」って噂があったっけ…。
「でも、本物とは限らないし。」
恐怖を少しでもやわらげるため、声に出してみる。声に出してみると、少し落ち着いてきたような気がする。
「と、とりあえず、そっちへ…」
抜き足、差し足。そーっと近づいてみる。もちろん、ギアを逆に入れる準備は万端だ。そして、おそるおそる白い脚の見える向こう側へと視線を移していく。
- 14 名前:第1話「デアイ」 9 投稿日:2001年11月12日(月)00時32分06秒
- 「……なんだよお! びっくりしたなあっ!」
そこには壊れたパソコンにつぶされ、斜めに倒れているマネキンが1体。どうやら上からパソコンが落ちてきたせいで、てこの原理で片脚がにょっきり露出していたというわけだ。
事実がわかれば怖くもなんともない。私は驚かされた腹いせに、そのマネキンをゴミの山から少々乱暴にひっこぬいてやった。
- 15 名前:第1話「デアイ」 10 投稿日:2001年11月12日(月)00時33分02秒
- 出てきたマネキンはやけに鼻筋の目立った女の子だった。身長は私よりわずかに低い。髪は鎖骨の辺りまで伸びたサラサラのストレート、少し茶色がかっている。だいたい私と同じくらいの年代をイメージしてつくられたのだろう。ダークグリーンのキャミソールに、ところどころ花柄があしらわれた青いフリルのスカートを着せられている。…それにしても胸が大きい。
私はしばらくそのマネキンを見つめていた。本当に無表情なマネキンだったが、いつ動き出してもおかしくないほど精巧にできていた。少し汚れてしまってはいるものの壊れている箇所はひとつもなく、なぜこんなところに捨てられているのか不思議に思えた。
- 16 名前:第1話「デアイ」 11 投稿日:2001年11月12日(月)00時34分02秒
- 「ふーん。」
こんなによくできているのにもったいない。私はジーンズのポケットからハンカチを取り出して、汚れている部分をふいてあげた。心なしか、マネキンは微笑みかけてくれたような気がした。
「まるで『かさじぞう』みたい。」
あらかた汚れをふき終えてハンカチをしまうと、私はマネキンを持ち上げた。そして、おそらくもとあったであろう場所に立たせてあげた。
- 17 名前:第1話「デアイ」 12 投稿日:2001年11月12日(月)00時34分43秒
- もう一度、マネキンをしげしげと見つめる。これだけちゃんとしたマネキンなら、さぞかし立派なショーウィンドウにでも飾られていたことだろう。しかし今はこのゴミの山の中に埋もれてしまっている。捨てられて時間の止まってしまったマネキンと、それを見つめている今を生きてる私。なんだかお互いがひどく対照的な存在のように思えた。
- 18 名前:第1話「デアイ」 13 投稿日:2001年11月12日(月)00時35分31秒
- そんなことを考えているうちに、どこからか夕刻を告げるチャイムが風に乗って聞こえてきた。
「じゃあね。」
気ままな探検を続けるべく、私はゴミ捨て場に背を向けると、展望台の方へと歩き出した。
- 19 名前:str 投稿日:2001年11月12日(月)00時36分18秒
- とりあえず今日はここまでです。
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)09時58分57秒
- 面白そうな話で期待です。(映画「マネキン」はわたしのベスト3にはいります)
ただ、もっと改行を入れた方が読みやすいと思います。
がんばってください。
- 21 名前:第1話「デアイ」 14 投稿日:2001年11月17日(土)01時52分11秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 22 名前:第1話「デアイ」 15 投稿日:2001年11月17日(土)01時53分06秒
- 両親が仲良く旅行に出かけてしまったため、私と弟ふたりは置いてけぼりをくった。なんとか晩ご飯にチャーハンをつくってあげたのだが、食べ盛りの弟たちを甘く見ていたせいか、自分の食べる分が少なくなってしまった。それで結局、コンビニで夜食を買いこむべく、こうして自転車を走らせている。
ふと思った。───あの高台で夜景を見ながら大好物のベーグルサンドを食べるというのはなかなかオツなんじゃないか。うるさい弟たちからも解放されるし、一石二鳥だ。夜のひとり歩きは危険なんだけど、いざとなったらこの自転車で猛ダッシュすればいい。
そう考えた私は、計画を一刻も早く実行に移すべくコンビニへと急いだ。
- 23 名前:第1話「デアイ」 16 投稿日:2001年11月17日(土)01時53分48秒
- 果たして夜景は美しかった。数日前に眺めた昼の街とはまったく異なった姿を目の当たりにして、私は息を飲んだ。街の向こうには銀色の満月が輝いている。柔らかな月光と無数の光の粒が溶け合ったその中に、思わず吸い込まれてしまいそうになる。
おっと、当初の目的を忘れるところだった。慌ててビニール袋からベーグルサンドと紙パックのミルクティーを取り出し、ベンチに陣取る。一応、自転車をそばに置いているが、別に怪しい気配はない。レタスのシャキシャキとした食感を楽しみながら、私は眼下に広がる幻想的な光景を眺めていた。
- 24 名前:第1話「デアイ」 17 投稿日:2001年11月17日(土)01時54分38秒
- ベーグルサンドを食べ終え、もう少しでミルクティーを飲み干そうというとき、突然雨が降り出した。最初のうちは霧雨程度だったので多少の余裕をもって自転車にまたがったのだが、すぐに雨脚は強まり大きな粒へと変わっていった。こんな状況の坂道を自転車で下っていくのは危ない。そう判断した私は自転車を降りるとハンドルをつかんで走り出した。
こんなことになるんだったらうるさい弟たちの相手をしていた方が良かったかもしれない。そんなことを考えながら坂道を注意深く、そして勢いよく下っていくと、街灯に照らされた行く先に小さな人影を見つけた。
- 25 名前:第1話「デアイ」 18 投稿日:2001年11月17日(土)01時55分16秒
- それは自分とだいたい同じ年頃の女の子のものだった。骨が折れてところどころが破れている、ひどくボロボロの傘をさして、うつむいたままこちらに向かってきている。
こんな時間にこの雨の中、ひとりで展望台に行くの? 当然の疑問が頭の中に浮かんでくる。と同時に、「幽霊が出る」という噂を思い出してしまい、私の足はピタリと止まってしまった。
そんな、まさかね…。深呼吸を小さくひとつ。私はできるだけ平静を装ってすれ違うことにした。
- 26 名前:第1話「デアイ」 19 投稿日:2001年11月17日(土)01時55分56秒
- あと30m…………20m…………10m………5m………ゼロ。
ふたりとも、何事もなかったようにそれぞれ歩き続ける。
…そうだよ、考えすぎだよ。そう思ったそのとき、私の足は再び止まった。
彼女の着ていた服。ダークグリーンのキャミソールに、ところどころ花柄があしらわれた青いフリルのスカート。見覚えが……ある。まさか……まさかまさか…。
- 27 名前:第1話「デアイ」 20 投稿日:2001年11月17日(土)01時56分47秒
- 立ち止まったままの私に気がついたのか、すれ違った彼女がこちらを振り向く気配がした。
「かぜ。」
雨粒がアスファルトを激しくたたく音の中、微かに聞こえた。
「かぜ、ひいちゃうよ? あたしの傘、貸してあげよっか。ボロボロだけど。」
彼女ははっきりとそう口にした。そして───ぴちゃ、ぴちゃ。水を踏みつける足音。私に近づいている。
いきなり降り出した雨のせいもあってか、どこか現実感がない。そして濡れた身体に絶え間なく当たる雨粒のリズムは、さらに私の感覚をゆっくりと鈍らせていった。
- 28 名前:第1話「デアイ」 21 投稿日:2001年11月17日(土)01時57分31秒
- 「どしたの? どこか痛いの?」
恐ろしくはなかった。ただ事実を確かめたかった。
「あなた……誰? 何者なの?」
振り向いて尋ねる。傘が邪魔してその顔はよく見えない。しかし、服装は確かにあのときのマネキンが着ていたのと同じものだった。
「どーでもいいよ、そんなの。それより、かぜ…」
「これからひとりで展望台に行くつもりなの? 雨が降ってるのに?」
「……関係ないでしょ。」
「私、竹やぶであなたの服を着た人形を見た。」
沈黙。雨音だけがどんどん大きくなっていく錯覚。ノイズだけの世界が私を包みこみ、時間の感覚を狂わせる。
- 29 名前:第1話「デアイ」 22 投稿日:2001年11月17日(土)01時58分14秒
- そしてついに、彼女は観念するかのように口を開いた。
「あーあ、見つかったかあ。」
───見つかった。私はその言葉を一瞬するりと受け流したが、すぐにその意味するところを直感的に悟った。
「見つかったって…。あなた、もしかして…」
彼女は傘を捨てた。べっとりと濡れた髪が頬に貼りついているその少女の顔は、私が竹やぶで出会ったマネキンの顔、まさしくそのものだった。
- 30 名前:str 投稿日:2001年11月17日(土)02時04分10秒
- 明日の更新で第1話は終了の予定です。
>>20さん
書き込みを見て映画の存在を初めて知り、慌ててビデオを借りて見ました。
まったく別のストーリーで安心しました。期待に応られるようがんばります。
改行については第2話以降で改善していきます。申し訳ありません。
- 31 名前:ARENA 投稿日:2001年11月17日(土)05時54分34秒
- 面白そう・・・ ワクワク
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月17日(土)22時21分54秒
- 期待度大!
- 33 名前:第1話「デアイ」 23 投稿日:2001年11月18日(日)01時13分56秒
- 「お風呂、もうすぐ沸くから。」
「いらない。必要ないもん。」
私の家の玄関、タオルでそれぞれ身体をふきながら交わされる会話。その短いやりとりの中にも“非日常的事態”がしみこんできている。
そう、彼女はマネキン。歩き、しゃべるマネキン人形。でも、どんな動作も人間のそれとまったくかわらない。無表情のまま退屈そうに受け応えするその姿は、人形というよりむしろ、いかにも現代っ子って印象がするくらいだ。
- 34 名前:第1話「デアイ」 24 投稿日:2001年11月18日(日)01時14分39秒
- わしわしと頭をふいている私に向かって彼女は訊いてきた。
「ねえ、どーしてあたしを連れてきたの?」
「……どうしてだろ。直感かな。」
「なにそれ」
「だって、あなたは竹やぶのゴミの山に帰るつもりだったんでしょ? それが…かわいそうだったの。」
「かわいそう? そんなことないよ。今までずっとそうしてきたし。」
抑揚のない声で発せられたその言葉は冷たい感触がした。───拒絶?
- 35 名前:第1話「デアイ」 25 投稿日:2001年11月18日(日)01時15分23秒
- 私は慌てて彼女に話しかける。
「そ…そうだ、まだ自己紹介してなかったね。…私はひとみ。吉澤ひとみ。」
彼女の興味を引くため、私はできる限りにこやかな笑顔を浮かべる。
しかし、対照的に彼女の顔は曇った。それは彼女が私に対して初めて感情を表に出した瞬間でもあった。
「あたしは……名前なんてない。誰もつけてくれる人いなかったし、つけてもらう必要もなかった。」
私は戸惑った。名前がないって、どういうこと? どういう気持ち?
───それは“私”しかいない世界。自分を呼んでくれる存在がない世界。それはとても孤独な世界。彼女はずっとひとりぼっち。
- 36 名前:第1話「デアイ」 26 投稿日:2001年11月18日(日)01時16分05秒
- 次の瞬間、私は口走っていた。
「じゃあ私が名前つけてあげる!」
「…あなたが?」
うつむいていた彼女が視線だけをこちらに向ける。冷めた瞳の中に淡い期待の色が浮かんだのは、私の気のせいだったのだろうか。
私はあごに手をやり、少々大袈裟に悩むポーズをとって考える。彼女は黙って私を見つめ続けている。………。よし、決めた。
- 37 名前:第1話「デアイ」 27 投稿日:2001年11月18日(日)01時16分53秒
- 「“マキ”ってどうかな?」
「マキ?」
「そう。マネキンからとったの。マキ。いいでしょ。」
彼女は一瞬だけ、目を見開いた。そして胸に手を当ててつぶやく。
「マキ…。あたしは、マキ。」
彼女は相変わらず感情を見せなかったが、ふにゃりとわずかに曲げられたその唇は“それ、悪くないね”という雰囲気を漂わせているように私は受け止めた。
「よろしくね、マキ。」
「…よろしく、ひとみ。」
彼女はやっぱり無表情で、でも照れをわずかに感じさせる小声で、はっきりと言った。
- 38 名前:第1話「デアイ」 28 投稿日:2001年11月18日(日)01時18分07秒
- こうして、止まってしまった永遠の時間を生きるマキと二度と還らない今を生きる私の新しい日常が始まった。何気ないようで、いつもと変わらない、でも少しずつ変わっていく毎日を、私は彼女と紡いでいくことになる。
- 39 名前:マネキン。 投稿日:2001年11月18日(日)01時18分47秒
- 第1話「デアイ」 終
→第2話「ミライ」に続く。
- 40 名前:str 投稿日:2001年11月18日(日)01時22分45秒
- ということで第1話終了です。
…なんですが、第2話はまだプロットの状態で、いつ更新できるかわかりません。
絶対に放棄はしませんので、気長にお待ちください。本当にすいません。
>>31 ARENAさん
なるべく早く更新できるようにがんばりますです。
>>32さん
期待に沿えるようがんばりますので気長にお待ちくださいね。
- 41 名前:ARENA 投稿日:2001年11月18日(日)08時01分40秒
- マネキンだからマキ。なるほど、うまいっす(w
まだ全然感情をださないマキがこれからどう変わるかが楽しみです。
がんばってください。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月18日(日)19時15分42秒
- おもしろいっす!
- 43 名前:第2話「ミライ」 1 投稿日:2001年11月26日(月)00時58分37秒
- ●第2話「ミライ」
- 44 名前:第2話「ミライ」 2 投稿日:2001年11月26日(月)00時59分30秒
- いつもの朝。いつもの道。いつもの声。
「おはよっ、ひとみちゃん。」
近くに住んでいる幼馴染みの梨華ちゃんと一緒に登校するのが私の日課。早めに起きて朝練習に間に合う時間に登校する習慣は、今も変わらない。
「それでね、ひとみちゃん。」
ふたりで並んで歩き、学校へ向かう。話題は昨日のテレビ番組だったり、学校の噂話だったり、流行りのファッションだったり。とりとめもない会話。梨華ちゃんはいかにも女の子らしい高い声で、あのね、あのね、としゃべり続ける。
- 45 名前:第2話「ミライ」 3 投稿日:2001年11月26日(月)01時01分08秒
- そのうち学校に着いて、昇降口で別れる。
「じゃあね、ひとみちゃん。」
ひとつ年上の梨華ちゃんは隣の校舎へ荷物を取りに行く。私はひとり、3階の教室へと階段をのぼる。
階段には誰もいない。廊下にも誰もいない。教室に入っても誰もいない。
窓際の自分の席に座る。南向きにとられた窓はゆるやかに朝の光を受け入れる。清々しさと気だるさを併せ持つ朝の空気。それは、私の心の中と同じ浸透圧。
カバンから文庫本を取り出すと、頬杖をついて読み始める。私は授業が始まるまで、今の自分と違う世界を冒険して過ごす。
- 46 名前:第2話「ミライ」 4 投稿日:2001年11月26日(月)01時02分03秒
- そうしているうちに、徐々にクラスメイトが教室に集まってくる。
「よっすぃー、おはよー。」
「おはよう」
交わされる挨拶。でもそれ以上の会話はない。毎朝同じセリフが何度も繰り返される。
別にクラスで浮いているわけじゃない。ただ、微妙な距離を私が一方的に感じているだけ…。
- 47 名前:第2話「ミライ」 5 投稿日:2001年11月26日(月)01時02分59秒
- 昼休み。屋上でひとり、お弁当を食べる。
食べながら、ぼんやりとマキのことを考えてみる。
───初めて彼女を家に連れてきた夜。私はマネキン人形の彼女に“マキ”と名前をつけてあげた。
その後すぐにマキは「眠い」と言い出した。なんでも月が出ている間しか動けないのだそうだ。
- 48 名前:第2話「ミライ」 6 投稿日:2001年11月26日(月)01時03分52秒
- 「それって太陽電池みたいなもの?」
「タイヨーデンチ? んー、人間でいうとごはんかな。月が出てると、なんか動けるんだよね。」
「でも今は雨で月が隠れてるけど…」
「今夜は満月だから、少し自由がきくんだ。」
「充電もできるんだ。」
「ジュウデン? …うー、もう限界だー。おやすみー。」
「あ、ちょっとマキ、待ってよ。」
「……」
そのまま、マキは固まって動かなくなってしまった。初めて竹やぶで出会ったときとまったく同じ状態。
放っておくわけにもいかないので、私はマキを2階の私の部屋まで運んだ。そして隅っこに立てかける。もし家族に文句を言われたら、家庭科の授業で使うことになったから、と弁解することに決めた。
- 49 名前:第2話「ミライ」 7 投稿日:2001年11月26日(月)01時04分40秒
- ───それから毎晩、マキが月の光を浴びて目を覚ますたび、私は彼女と話をした。
「あなたはどこから来たの?」
「んー、わかんないや。ひとつの街にあきたら次の街へ…ずっとそうしてる。」
「いつからそうしているの?」
「覚えてないなー。月の満ち欠けの順番ならわかるけど。何回ぐるぐるしたかなー。かぞえきれないや。」
「マキ、あなたはいったい何者なの?」
「なんなんだろー。自分でもわかんないよ。」
いつもこんな具合。確かなのは、動く人形である彼女が目の前に存在している、その事実だけだった。
- 50 名前:第2話「ミライ」 8 投稿日:2001年11月26日(月)01時05分20秒
- 私はなんでマキを連れてきたのだろう。かわいそうだったから? ───確かにそういう気持ちはあった。実際、マキにもそう言った。
でも、それだけじゃない。彼女は私の知らない世界を知っているのではないか。そしてそのことが今の平凡な日常を変えてくれるのではないか、という期待。バレーをやめてから、これといってすることがない退屈な毎日を過ごす私を、マキが救ってくれるのではないかという期待───。
そこまで考えたところでふと時計を見る。…もうすぐ午後の授業が始まる。
私は慌てて食べ終わったお弁当を片付け、教室へと急いだ。
- 51 名前:第2話「ミライ」 9 投稿日:2001年11月26日(月)01時06分57秒
- 放課後、帰ろうとしたら校門で梨華ちゃんとばったり会った。
「あ…ひとみちゃん。」
無意識にだろう、ラケットの入ったバッグを背中へと押しやり、梨華ちゃんは私の名をつぶやいた。
「これから部活?」
「うん…」
笑顔で話しかける私とは対照的に、梨華ちゃんの表情は微かに沈んでいる。
「3年生が引退しちゃったから、梨華ちゃん、がんばらないとね。」
「そうだね…。わたし、一生けんめいやるから。」
「うん」
「ひとみちゃんも……ううん、じゃあね。」
「じゃあね。」
今朝とは別人のようによそよそしい梨華ちゃん。私に対する遠慮があるのだろう。
- 52 名前:第2話「ミライ」 10 投稿日:2001年11月26日(月)01時07分45秒
- 私は小学校からバレーボールをやっていた。大きな大会にもいくつか出場することができ、中学を卒業する頃には、私は地元じゃ少し名の知れた選手になっていた。そして高校に進学して、迷わずバレー部に入部した。
入部するとすぐにレギュラーに選ばれた。自分で言うのもなんだが、私は責任感が強い方だ。1年生でレギュラーとなったからにはみっともないところは見せられない。練習に明け暮れた中学のときよりも、もっともっと練習した。放課後の部活が終わっても、夜遅くなるまで自主的に練習をした。来る日も来る日も、私は練習を続けた。
- 53 名前:第2話「ミライ」 11 投稿日:2001年11月26日(月)01時08分30秒
- オーバーワーク。そして、ケガ。
“故障”という表現は実に的を得たものだ。本来うまくいくはずの機能がうまくいかなくなること。狂った歯車は全体に影響を及ぼす。私の故障をきっかけに、チームは徐々に調子を落としていった。
ヒザ、肩、足首…あちこちにケガが広がっていく。無理にもがけばもがくほど、私は暗くて深い闇へと落ちていった。もう何をしても私はみんなの足を引っ張るだけ…。もう役に立てない…。
───1学期が終わる前に、私はバレー部を去った。
- 54 名前:第2話「ミライ」 12 投稿日:2001年11月26日(月)01時09分20秒
- それまで生活の中心を占めていたバレーが消え去ってしまうと、私には特にこれといってすることがなくなってしまった。何のとりえもない自分。のびのびとテニスを続けている梨華ちゃんとは対照的に、何か埋め合わせるものを探しているくせに何もできずブラブラしているだけの自分。
夏休み、自分の暮らす街を「探検」して過ごしたが、それはただ時間を消費して傷を癒そうとする行為にすぎなかったのかもしれない。自分ひとり、有意義だったと思い込んでごまかしているのかもしれない。自分ひとりの世界をつくって、その中に閉じこもっているだけなのかもしれない。
- 55 名前:第2話「ミライ」 13 投稿日:2001年11月26日(月)01時09分58秒
- クラスメイトとの間に感じる距離。憐れみの視線。あるいは、腫れ物に触るような。
───ううん、それは私が一方的にそう受け止めているだけ。壁をつくっているのは私の方。でも……壊せない。
私は校門をあとにする。放課後の歓声に背中を押されて。
- 56 名前:第2話「ミライ」 14 投稿日:2001年11月26日(月)01時10分47秒
- 夜。今夜もマキを相手に禅問答が繰り広げられる。
「私、どうすればいいのかなあ。」
「んあ?」
目を覚ましたばかりのマキは生返事。
「このままずっとつまらない3年間を過ごすのはイヤ。今の状態をどうにかしたいの。」
「つまらない? そうかなあ?」
いくぶん切迫した口調の私とは対照的に、あくびをかみ殺しながらマキは言う。
「今がつまらないとか、そんなにあせらなくてもいいじゃん。」
- 57 名前:第2話「ミライ」 15 投稿日:2001年11月26日(月)01時11分41秒
- 「だって、バレーをやめちゃった私にはもう何もないんだよ? 早く新しい生きがいを見つけたいの。充実した毎日を過ごしたいの。」
「……ひとみはあたしより自由に動けるよね。」
「え?」
「あたしは月の出てる夜しか動けないもん。きっとつまんなくないよ、昼の世界。」
「……。」
「もっとのんびりしてても大丈夫だよ? もっとじっくり熱中できるものを探せばいいじゃん。」
「マキ…」
「果報は寝て待て? いいコトバだよねー。ま、そのうちなんとかなるって。」
私は不自由な時間を生きるマキにはっとさせられる。しかしその一方で、あなたは人間じゃないからこういう焦りを感じないんでしょ、とツッコミを入れたくなる気持ちもある。
釈然としないまま、夜は更けていく。
- 58 名前:第2話「ミライ」 16 投稿日:2001年11月26日(月)01時12分30秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 59 名前:str 投稿日:2001年11月26日(月)01時15分36秒
- とりあえず、今回はここまでです。
改行についてはいろいろ考えたのですが、縦の幅をとりたくないのと、
文章を途中で切りたくないのとで従来通りにさせていただきました。
読みづらいと感じている方、大変申し訳ありません。
- 60 名前:str 投稿日:2001年11月26日(月)01時19分03秒
- >>41 ARENAさん
序盤ではマキは影響を与える側ですね。
その分、後半でマキの変化を描いていきたいと考えています。
>>42さん
ありがとうございまっす!
少し重めの展開ですが、楽しんでいただければ幸いです。
- 61 名前:ARENA 投稿日:2001年11月26日(月)03時18分45秒
- うーむ。さすがマキ、いいこと言うな〜(w
二人共に良い影響を与えあってほしいですね。
- 62 名前:第2話「ミライ」 17 投稿日:2001年12月01日(土)01時42分16秒
- その日もいつもと同じ、平凡な一日のはずだった。…けれど、ちがった。
放課後。帰ろうとカバンに荷物を入れているときだった。
騒々しく廊下を走る足音。そして、ガラッ……バタン! 教室の扉が思いっきり乱暴に開かれた。
「ひとみちゃん、ちょっと来て!!」
「早く! 急いで!」
教室に駆け込んで来たのは梨華ちゃんと福田さんだった。ふたりはカバンを持つ私の腕をムリヤリ引っ張ると、そのまま素早く教室から引きずり出す。
「ど…どうしたの、いったい?」
「いいから、早く早く!」
そう言うとふたりは勢いよく走り出した。私も訳もわからないまま走ってついて行く。
- 63 名前:第2話「ミライ」 18 投稿日:2001年12月01日(土)01時43分18秒
- 走りながらもう一度訊いてみる。
「なんなんですか、いきなり教室に飛び込んできて。」
すると梨華ちゃん、いつも以上に甲高い声で、
「ひとみちゃんの力が必要なのよ!」
もう一方の福田さんは落ち着いた口調で、
「吉澤じゃないとダメなんだ。ひとつ頼まれてよ。」
「は…はあ。」
- 64 名前:第2話「ミライ」 19 投稿日:2001年12月01日(土)01時44分01秒
- 3人一丸となって走る。私たちのあまりの迫力に、廊下でしゃべっている生徒たちがあわてて飛びのく。
「あ、そこ左ね。」
そういえばついて来るように言われたけれど、肝心の行き先を聞いていない。
「どこ行くんですか?」
「「音楽室!!」」
梨華ちゃんと福田さんがハモって答える。はて、私と音楽室にどういうつながりがあるというのだ?
- 65 名前:第2話「ミライ」 20 投稿日:2001年12月01日(土)01時44分42秒
- 音楽室に近づくにつれ、何やら言い争ってる声が聞こえてきた。なんとなく聞き覚えのある声。
「飯田さんですか?」
全力疾走しながら黙ってうなずくふたり。
「なんで私が…」
「吉澤、ガタイがいいから。ワタシたちじゃカオリを止めらんないよ。」
「えっ? 暴走してるんですか?」
「ひとみちゃん、お願い! ひとみちゃんしか頼れないの!」
飯田さんが暴走してる…。マズイ、早く止めないと!
- 66 名前:第2話「ミライ」 21 投稿日:2001年12月01日(土)01時45分36秒
- 「がんばれ、吉澤!」
「ひとみちゃん、ファイト!」
ふたりの声援を背に受けて、音楽室の扉を開ける。すると、今まさに保田さんをひっぱたこうとする飯田さんの姿が目に入った。
「飯田さん、よしてぇぇぇっ!!」
思いきり床を蹴って飯田さん目がけタックル。
「ギャ――――!!」
その端整なルックスからは想像もつかない派手な叫び声をあげる飯田さん。組んづほぐれつ、まるで地獄車のように転がって、私たちは壁に激突した。
- 67 名前:第2話「ミライ」 22 投稿日:2001年12月01日(土)01時46分26秒
- 「いててて…」
強打してしまった腰をさすりながら立ち上がると、いつも以上に大きく目を見開いている保田さんが口を開けたままこっちを見ている。他の合唱部員たちも唖然とした表情で私たちを見つめている。
「あっ、あはっ、どーもー…。」
気まずい雰囲気の中、はにかみ笑い。
- 68 名前:第2話「ミライ」 23 投稿日:2001年12月01日(土)01時47分20秒
- すると、福田さんが冷静な口調でしゃべり出した。
「圭ちゃん、無事?」
「えっ? ああ、うん…。」
「カオリは一度こうだ!って考えると止まんないからね。ほら、吉澤にお礼言って。」
「あ、ありがと…。」
「どう…いたしまして…。」
いいのかなあ…と思いつつ、条件反射的に返事をする。と、飯田さんが頭をぶんぶん振って起き上がろうとしている。どうやら気がついたようだ。
- 69 名前:第2話「ミライ」 24 投稿日:2001年12月01日(土)01時49分32秒
- 「あれ? カオリ…。あ、吉澤…。あれ?」
状況が飲みこめていないようだ。飯田さんはぐるりと辺りを見回すと、保田さんを正面に見据えたところでピタッと首の回転を止めた。
「あっ、圭ちゃん…。そうだ、圭ちゃん!」
飯田さんはすっくと立ち上がると、ずかずかと大股歩きで保田さんに近づいていく。慌てて止めに入る私と梨華ちゃんと福田さん。
「ちょっと、なんでカオリだけ止めるの!? 圭ちゃんだってひどいんだよ!? ずるいよ!」
再び興奮する飯田さん。私たちはさらに力を入れて飯田さんを押さえつける。
- 70 名前:第2話「ミライ」 25 投稿日:2001年12月01日(土)01時52分07秒
- 3分ほど均衡状態が続いた後、ふっと飯田さんの力が弱まった。
「もうヤダぁ…。もう…いいよぉ…。」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、膝から崩れる飯田さん。
それを見てどうすればいいのか相談しているのだろう、合唱部員たちは目配せし合っている。
「圭ちゃん、今日はもうおひらきにしよ。練習はまたあしたってことで。」
福田さんが保田さんに提案する。
「……わかった…。みんな、今日はもう解散。」
保田さんがため息をつきながら解散を宣言すると、この気まずい空気から一刻も早く抜け出したいと言わんばかりに、合唱部員たちはそそくさと音楽室から去っていく。
「圭ちゃんも…早く帰りなよ。」
福田さんに言われた保田さんは「うん…」と小さく返事をすると、後ろを振り返ることなく、背中を丸めてゆっくりと部屋を出て行った。
- 71 名前:第2話「ミライ」 26 投稿日:2001年12月01日(土)01時53分05秒
- 部屋の中には私、梨華ちゃん、福田さん、そして飯田さんが取り残された。合唱部と何の関係もない自分がここにいることに、大きな違和感がある。梨華ちゃんも同じことを考えているようで、不意に目が合うと、眉間にシワを寄せて子犬のようなまなざしを私に向けてきた。
- 72 名前:第2話「ミライ」 27 投稿日:2001年12月01日(土)01時54分13秒
- 「カオリ、今日はもう帰ろう。こうしててもしょうがないよ。」
優しい口調で福田さんが声をかける。しかし飯田さんは体育座りのまま動こうとしない。
「カオリっ!」
諭すように福田さんが名前を呼ぶ。飯田さんはぶんぶんと頭を横に振ると、
「カオリ、もうちょっとこのままでいる。落ち着いたらちゃんと帰るから…。」
と、力なくつぶやいた。
「そう…。梨華ちゃん、吉澤、行こっか…。」
福田さんに促されて私と梨華ちゃんは一緒に音楽室を出る。去り際、
「どうしてこんなことになっちゃったの…。きのうに帰りたい…。」
飯田さんのかすれた声が耳の奥に響いた。
- 73 名前:第2話「ミライ」 28 投稿日:2001年12月01日(土)01時55分29秒
- トボトボと3人で並んで歩く帰り道。
「梨華ちゃん、吉澤、今日はありがとね。」
「うん…」
「梨華ちゃん、テニス部の方は?」
「あ、飯田さんを止めに行ってたって言ったらみんなわかってくれて…」
「そう…。」
なんとなく、会話が途切れてしまう。私は思いきって訊いてみることにした。
「福田さん、今日のこと……詳しく教えてくれませんか?」
「…そうだね、まだ説明してなかったね。いいよ、話したげる。」
そう言うと福田さんは、ふうっと軽く深呼吸してからしゃべり出した。
- 74 名前:第2話「ミライ」 29 投稿日:2001年12月01日(土)01時56分24秒
- 「カオリと圭ちゃん、同じ大学に行こうって約束をしてたみたいなんだ…。」
───飯田さんと保田さんは合唱部の部長と副部長。ふたりとも高校3年生で、受験を控えている。福田さんは合唱部員の2年生。梨華ちゃんと同じクラスで、学級委員もやってる優等生だ。
飯田さん・保田さん・福田さん・梨華ちゃん・私は全員同じ中学校の出身で、そのころからのつきあい。なんとなく頼りない梨華ちゃんはともかく、先輩たちはみんな私の面倒をよく見てくれた。その一方で、体格のいい飯田さんが暴走するたび、私はその対応に呼び出されていたような気がする…。
- 75 名前:第2話「ミライ」 30 投稿日:2001年12月01日(土)01時57分41秒
- 「だけどね、カオリが大学へ行くのをやめるって言い出したの。」
───飯田さんは歌手になるという夢を持っている。昔っからことあるごとに、「カオリ、松田聖子みたいになる!」って言ってたっけ。そして今日、ついに飯田さんは高校を卒業したらバイトしながら歌手を目指す、と宣言したのだ。
しかし堅実な保田さんにしてみれば、飯田さんの考えは現実を直視していない甘いもの、として映ったのだろう。また、自分との約束を一方的に破られたわけだから、“裏切られた”と思ってしまったのかもしれない。
そして飯田さんは保田さんに反対されて、自分を一番理解してくれているはずの親友に夢を壊された、と感じた。
反論。また反論。それがだんだんエスカレートしていって、互いに止まらなくなっちゃって……。そして、そこに私が登場してムリヤリ収拾をつけたというわけだ。
- 76 名前:第2話「ミライ」 31 投稿日:2001年12月01日(土)01時58分43秒
- 「まったく…。文化祭が近づいてるってのに、部長と副部長がこんなんじゃ先が思いやられるよ…。」
ため息をつく福田さん。
「でも…わたし、飯田さんの気持ちも保田さんの気持ちもわかるな…。」
梨華ちゃんのセリフ。
「少しでも早く夢に向かって走り出したい飯田さん。努力家でずっと約束を守ろうとしてきた保田さん。ふたりとも、一生けんめいなんだよね…。」
「そうだね…。ふたりとも真剣だから、譲れないんだ。」
どっちが正しいとか、そういうことじゃなくて。自分の未来をちゃんと考えようとしているからこそ、起きてしまうすれちがい。
……私には、そういうものがない。自分の未来のために譲れないものなんて、持っていない。
- 77 名前:第2話「ミライ」 32 投稿日:2001年12月01日(土)01時59分58秒
- 電気を消してベッドに入ったが、昼間のことが気になってなかなか眠れない。
「ねえ、マキ。」
背中を向けたまま、声をかけてみる。
「どしたの?」
「私ね、未来が見えないんだ。」
「あたりまえじゃん、そんなの。」
「そうじゃなくって、将来こうなりたいっていうビジョンが見えないの。」
「現在のつぎは未来に不満があんの。ひとみも大変だあね。」
- 78 名前:第2話「ミライ」 33 投稿日:2001年12月01日(土)02時01分52秒
- 「……マキは私みたいに悩んだりしないの?」
「悩む? うーん、“悩む”ねえ。」
「私は毎日不安だらけ。でもどうしたらいいかわかんなくて、結局何もできないでいるんだ。」
「…あたしは……同じ毎日をくりかえしてるからさ。あしたもあさっても、たぶん今日といっしょ。」
「じゃあマキは…」
「べつに悩む必要はないよねー、これといって。うん。」
ずっと同じ毎日を過ごすマキは、現在についても未来についても悩まないで済む。それは、幸せなことなの…?
たぶん、ちがう。…でも、悩んでいる今の私が幸せかっていうと、決してそうじゃない。
- 79 名前:第2話「ミライ」 34 投稿日:2001年12月01日(土)02時03分07秒
- 「あー、もうわかんないっ!」
少し乱暴に寝返りをうつと、真っ暗な部屋の中にすっと立って月の光を浴びているマキが目に入る。
「ひとみ、そういうときはさっさと寝るにかぎるよ。おやすみ。」
目を閉じるマキ。その顔は、去年修学旅行で見た観音様に少し似ていた。
- 80 名前:str 投稿日:2001年12月01日(土)02時07分08秒
- 今回の更新はここまでです。
>>61 ARENAさん
毎回丁寧にレスしていただいてありがとうございます。
人間でないマキの視点には結構気をつかってるんですよ。難しいですね…。
- 81 名前:すなふきん 投稿日:2001年12月03日(月)00時11分04秒
- 文章がすごく綺麗ではまってしまいました!
期待しています。
- 82 名前:ARENA 投稿日:2001年12月05日(水)02時11分56秒
- それぞれがそれぞれの悩みを持ってる、青春って感じですね〜。
それに比べてマキは・・・(w
- 83 名前:第2話「ミライ」 35 投稿日:2001年12月08日(土)00時59分07秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 84 名前:第2話「ミライ」 36 投稿日:2001年12月08日(土)00時59分53秒
- 翌日の放課後、私は合唱部が練習している音楽室を訪れた。飯田さんと保田さんの様子を、福田さんに尋ねてみる。
「あー、ダメダメ。一応ふたりとも来てるけど目を合わせようともしないよ。」
こっそりと指差す福田さん。見ると、保田さんが「早くしなさいよっ!」と大声で下級生に指示を出している。そしてそのすぐ近くでは仏頂面の飯田さんが腕組みをしたまま直立不動。いつもと変わらない光景…なのかもしれないが、ふたりともいつも通りに振る舞おうと意識している分、かえってとげとげしさが漂ってしまっている。
「これからパート別練習。文化祭本番までには仲直りしてくれるといいんだけど…。」
福田さんはふたりの方をちらっと見て、苦笑いを浮かべた。
- 85 名前:第2話「ミライ」 37 投稿日:2001年12月08日(土)01時00分32秒
- 「吉澤、悪いけどこれから練習だから。部外者は出てってくんない?」
こちらに気がついた飯田さんが声をかけてくる。調子は穏やかだけど、なんとなく冷たい響き。すると保田さんが飯田さんの方を見ないままで、
「見学なら歓迎するわよ。こっちにいらっしゃいよ。」
少し強めに呼びかけてくる。困って福田さんを見ると、肩をすくめて“ダメだこりゃ”という目で返してきた。
「…とりあえず、今日はさっさと帰った方が良さそうですね。」
「そうしてくれる? 悪いね、吉澤。」
何もできないまま、何も事態は良くならないまま、私は音楽室を出た。
- 86 名前:第2話「ミライ」 38 投稿日:2001年12月08日(土)01時01分18秒
- どうすればいいんだろう……私はぼんやりと考えながら帰り道を歩いていた。
私に責任があるわけではないが、飯田さんと保田さんがケンカしたままでいるのは辛いことだ。中学の頃、そしてつい最近まであれだけ仲が良かったのに、それがこうも簡単に崩れてしまうものなのか。なんとか役に立ちたい。ふたりの関係を、元に戻したい。
ふと、交差点の向こう側に立っている少女を凝視している自分に気がついた。真っ白なワンピースを着た、少し丸っこい印象のショートボブの少女。彼女は私と目が合うと、人なつっこい笑顔を浮かべた。しまった、考え事をするときにぼーっと一点を見つめる癖が出た。気まずくなって、慌てて彼女から視線をそらす。
- 87 名前:第2話「ミライ」 39 投稿日:2001年12月08日(土)01時01分54秒
- 信号が青になった。横断歩道に踏み出す。あからさまに避けるのは不自然なので、それとなく人ごみの中を斜めに進んでその少女から遠ざかるように歩く。が、彼女は私の思惑をまったく無視してどんどんこちらに近づいてくる。避けるベクトル、迫るベクトル。遠慮がある分、私の方が不利だ。
そしてついに逃げられなくなって、交差点の真ん中で私たちは向かい合い立ち止まった。
───その瞬間、周囲の喧騒が消えた。
- 88 名前:第2話「ミライ」 40 投稿日:2001年12月08日(土)01時02分57秒
- 彼女はまっすぐ私を見つめると、さっきと同じ笑みを顔いっぱいに浮かべて、
「あのコを世話してくれてるんだね。ありがとね。」
そう、話しかけてきた。
「あのコ…?」
いきなり訳のわからないことを言われて戸惑う。すると彼女は、
「あ、ごめん……“マキ”って名前をつけたんだっけ。」
「!」
───彼女は、マキのことを知っている…。何者? マキの仲間? でもまだ日は沈んでいない。…いったい誰なの?
思わず、私は彼女の顔をまじまじと見つめる。そして、なぜ…と発音しようとしたところで、
「なっち、お礼するよ。」
それだけ言うと彼女は私の横をすり抜けて行った。
状況が飲みこめない私はしばし茫然とする。そして気がついて振り返ったときには、すでに白いワンピースは雑踏の中に消えてしまっていた。
- 89 名前:第2話「ミライ」 41 投稿日:2001年12月08日(土)01時03分29秒
- すると急に喧騒が戻ってきた。目の前の車にクラクションを鳴らされる。信号はいつの間にか赤に変わっていたのだ。私は慌てて横断歩道を渡った。
───何なの、いったい…?
渡りきったところでもう一度振り返る。しかし、やはり彼女は見つからなかった。
- 90 名前:第2話「ミライ」 42 投稿日:2001年12月08日(土)01時04分04秒
- いくら考えてもわからない、ワンピースの彼女とマキの関係。
そもそも、私が人形を拾ってきて“マキ”という名前をつけたことはまだ誰にも言ってないのだ。それなりに居心地が良いのか私の部屋の中が面白いのか、家に来てからマキは一度も外へ出ていないから、マキがこのことを他人に知らせたということはありえない。したがってワンピースの彼女とマキの接点は、私の家に来る以前にあったとしか考えられないのだ。が、それでは彼女がマキの名前を知っていることの説明がつかない。前にどこかで見ただまし絵の滝みたいな感じ。話が始まらないのだ。
…もうこれは直接マキに訊いてみるしかない。
- 91 名前:第2話「ミライ」 43 投稿日:2001年12月08日(土)01時04分46秒
- 晩ご飯を食べ終えた私は、月の光が部屋に差し込むのをじっと待っていた。───と、突然携帯の着メロが鳴り出した。見ると梨華ちゃんからだ。
「もしもし? 梨華ちゃん?」
〈あ、ひとみちゃん…今日、飯田さんたち、どうだった?〉
「うん…なんか全然ダメ。お互いに無視しあってるみたいで…。」
〈そう…。ねえ、今からそっちにおじゃましてもいいかなあ?〉
「え…?」
〈いっしょに作戦を考えようよ、ふたりを仲直りさせる。ねっ、ねっ!〉
「いい…けど……」
〈ほんとう? じゃ、きまり! すぐ行くから待っててね、ひとみちゃん。〉
- 92 名前:第2話「ミライ」 44 投稿日:2001年12月08日(土)01時05分26秒
- 5分ほど経って、玄関のベルが鳴った。ドアを開けるとニコニコと微笑みながら立っている梨華ちゃんがいた。
「おじゃましまーす。」
ふたりで階段をのぼり、2階の私の部屋へ。
「ひとみちゃんの部屋って、いつ来てもドキドキしちゃうよー。」
無邪気に笑う梨華ちゃん。だが私はドアノブに手をかけた瞬間、大事なことを思い出した。
───しまった、部屋の中にはマキが置きっぱなしだ!
- 93 名前:第2話「ミライ」 45 投稿日:2001年12月08日(土)01時06分06秒
- 「ん? どうしたの、ひとみちゃん。」
私の様子がおかしいのに気がついたのか、梨華ちゃんが声をかけてくる。
「あ…あのさ、梨華ちゃんの部屋にしない? 今、私の部屋散らかってて…」
「大丈夫だよ、自慢じゃないけどぜったいわたしの部屋の方が汚いもん。ね、早く入ろっ」
鈍い梨華ちゃんには何を言ってもダメなのか…。おまけにけっこう強情だし…。
「ひとみちゃん、早く! 早くっ!」
「……わかったよ…。」
覚悟を決めてドアを開ける。神様、どうか梨華ちゃんがマキに気づきませんように…
- 94 名前:第2話「ミライ」 46 投稿日:2001年12月08日(土)01時06分47秒
- 「あれ? なに、あの人形?」
───サイアクっ!
「ひとみちゃん……ちっちゃいころ『わたしにはほんもののりかちゃんがいるからリカちゃんにんぎょうはいらないの』って言ってくれたのに、今じゃマネキンで着せ替えごっこを…」
「ちがうよっ!」
願いもむなしく、すぐにマキは見つかってしまったうえに、あらぬ誤解を招いている……まずい!
- 95 名前:第2話「ミライ」 47 投稿日:2001年12月08日(土)01時07分39秒
- 「んーっ、よく寝たぁ…ふあー」
───超サイアクっ!!
「えっ!? なんなのいったい!? あなた…えっ!?」
突然人形が動き出したのでパニックになる梨華ちゃん。しかし当のマキはまったく気にすることなく、
「あれ? ひとみ、だれこの人?」
「ちょっと待って! 今ひとみちゃんのこと呼び捨てにしなかった!? あんたなんなの? なんなのよっ!?」
超音波を出しながらマキに迫る梨華ちゃん。
「り…梨華ちゃん、落ち着いて…」
「あたしはねー、ひとみに拾われたんだ。」
「なっ…!」
マキの一言に、梨華ちゃんは絶句してのけぞる。そして、
「ひとみちゃん……。そうなの……、そうだったの……。家出少女を部屋に連れこんでお人形さんごっこさせて…」
「ちっが――う!!」
これ以上誤解を広げるわけにはいかない。この人には正直に言ってしまうしかないようだ…。
- 96 名前:第2話「ミライ」 48 投稿日:2001年12月08日(土)01時08分15秒
- 「……で、マキは月の出ている夜にしか動けないの。」
学習机の椅子に座ってこれまでの経緯を説明する。梨華ちゃんとマキはベッドに並んで座って私の話を聞いている。その間、梨華ちゃんはずっといぶかしげな目でマキを見つめているのに対し、マキは相変わらず眠たげな目をしながらもこくりこくりと私の話にあいづちを入れている。なんか落ち着かない雰囲気。
- 97 名前:第2話「ミライ」 49 投稿日:2001年12月08日(土)01時09分02秒
- 「なるほど…よぉ〜っくわかったわ!」
説明が終わると梨華ちゃんは私の方に向き直る。何を言われるんだろうと思って内心ビクビクしていると、すっくと立ち上がった梨華ちゃんはニコッと笑顔を浮かべて、
「つまり、マキちゃんは人間じゃなくて特別なお人形さんなのね。」
どうやら正確に状況を理解してくれたみたい。安心してうなずく。
「そして騒ぎになるといけないから、このことはなるべく秘密にしておきたい。」
そうだ、マキは見せ物じゃないんだ。マキは私の大切な友だちだ。再びうなずく。
「そんな秘密をわたしたちは共有することになるのね! ひとみちゃんとふたりだけの秘密……きゃっ!」
照れて顔を真っ赤にする梨華ちゃん。…話題、ズレてません?
- 98 名前:第2話「ミライ」 50 投稿日:2001年12月08日(土)01時09分52秒
- 「あのー、梨華ちゃん…。そんな興奮されても…」
「まかせて、ひとみちゃん! わたし、誰にもこのことしゃべらないから!」
梨華ちゃんは胸の前で両手を組み、上目づかいで私を見つめる。…なんか、目がトロンとしているような…?
「ひとみちゃん…」
「り、梨華ちゃん…?」
ゆっくりと顔を近づけてくる梨華ちゃん。じっと見つめてくるその目から…視線をそらせない。逃れられない。
「わたしはひとみちゃんとふたりだけの秘密……もっとほしいな…」
「ちょ…ちょっと待って…梨華…ちゃん…」
なんだか私まで顔が熱い。ぼーっとなって、近づいてくる梨華ちゃんしか見えなくなって…
- 99 名前:第2話「ミライ」 51 投稿日:2001年12月08日(土)01時10分32秒
- 「ねーひとみ、あたし、外に出てよーか?」
「うん……え? あっ? おっ? マキっ?」
───そうだ、マキがいたんだ!
「い…いやっ、いいよマキっ! ははっ、ごめんごめん!」
私は椅子から立ち上がってオーバーアクション気味にマキに謝る。マキはベッドに腰かけたまま、あまり興味なさそうにこっちを見ていた。
…危ないところだった。ちらっと梨華ちゃんの方に目をやると、口をへの字に曲げて恨めしそうにマキを見ている。…なんか変な雰囲気。話題を変えなくちゃ!
- 100 名前:第2話「ミライ」 52 投稿日:2001年12月08日(土)01時11分19秒
- 「そっ、そうだ! 梨華ちゃん、飯田さんと保田さんなんだけど…」
「えっ? ん、あっ、そうだったね…ひとみちゃん。」
パッと笑顔に戻ってこっちを向く梨華ちゃん。…なんだかコワイ。
「今日、様子を見てきたけど、なんか冷戦状態って感じ。いつもどおりにしようとしている分、不自然っていうか…。」
「そっか、そうなんだ…。いつもならすぐ仲直りできるのにね…。」
「何か私たちにできることってないのかなあ…。」
何もできなくて逃げるように音楽室を出てきた私。悔しさがこみ上げてくる。
「ねーねー、誰かケンカしてんの?」
マキの声。あ、そっか。マキはケンカどころか飯田さんも保田さんも知らないんだ。
…もしかしたら、マキがヒントをくれるかもしれない。私たちじゃ近すぎて見えないことが、マキには見えるかもしれない。
- 101 名前:第2話「ミライ」 53 投稿日:2001年12月08日(土)01時12分09秒
- 「えっとね、飯田さんと保田さんって先輩が合唱部にいるんだけど…」
机の引き出しからごそごそとアルバムを引っぱり出して、マキに見せる。
「そのふたりがね、今まで仲良かったのに急にケンカしちゃって…。」
「原因は?」
「飯田さんと保田さんは一緒に大学に行く約束をしてたの。でも飯田さんには歌手になりたいって夢があって、それは保田さんとの約束を破ることになるわけで……それでふたりはケンカしちゃったってわけ。」
「ふーん、そっか。…ん? あーなるほど、それできのうの夜…」
「昨日の夜っ!?」
梨華ちゃんが即座に反応する。
「ち…ちがうよ! 昨日の夜、『私には将来こうなりたいってものがない』って相談をマキにしただけだよ!」
「ほんとーだよ」
「…そうなの? ふぅん。」
梨華ちゃんは面白くなさそうだ。なんとなく疑いのまなざし。
- 102 名前:第2話「ミライ」 54 投稿日:2001年12月08日(土)01時13分04秒
- 「ねえ、マキ。私たちに何ができることはないかなあ?」
「できることねえ…。うーん」
目を閉じて考えこむマキ。そのままじっと動かないので寝てしまったのかと思ったそのとき、
「ふたりとも合唱部で、“いーださん”は歌手になりたいんでしょ。歌のことは歌で解決したいよね。」
「それってどういうこと? 何かいいアイデアがあるの?」
「アイデアはないよ。ただ…」
「ただ?」
「ふたりの『本当はケンカしたくない』って気持ちを結ぶのは、歌なんじゃないかって気がするねー。」
「歌かぁ…。なるほど…。」
「ちょっとちょっと、なにふたりで盛り上がってるの? ひどいよ、ひとみちゃん!」
「ええっ!? も、盛り上がってなんてないよ。ねえ、マキ。」
「へえー、梨華ちゃん、妬いてるの?」
「や…妬いてなんかないよっ! それにわたしのこと気やすくちゃん付けで呼ばないで!」
「いーじゃん、梨華ちゃん。」
「そーだよ、梨華ちゃん。」
「もおっ! 知らないっ!」
───この日は最後までこんな具合で、結局どうすればいいのか結論は出なかった…。
- 103 名前:第2話「ミライ」 55 投稿日:2001年12月08日(土)01時13分49秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 104 名前:第2話「ミライ」 56 投稿日:2001年12月08日(土)01時14分32秒
- 次の日。いつものように屋上でひなたぼっこをしながらひとりでお弁当を食べていると、
「よっ」
「あ…福田さん、どうしたんですか?」
「ん…ちょっとね、吉澤にぜひ考えてほしいことがあるんだ。」
「私に…? なんですか?」
- 105 名前:第2話「ミライ」 57 投稿日:2001年12月08日(土)01時15分17秒
- 福田さんはしゃがんで私と同じ目線の高さになると、横にあるフェンスの方を見ながら少し早口でしゃべり出す。
「ワタシは夢のお告げとかそういうのは信じない方なんだけど───、昨日の夜…夢を見てね、思いついたんだ。」
「はあ」
福田さんが夢という話題から入ってきたことに少し驚く。私の知っている福田さんはいつも落ち着いていて、夢なんて非合理的なことにはあまり興味がないと思っていたから。
- 106 名前:第2話「ミライ」 58 投稿日:2001年12月08日(土)01時16分11秒
- 「カオリと圭ちゃんを仲直りさせる方法…」
「見つかったんですか?」
福田さんは私の方に向き直る。そしていつもどおり、相手の目をじっと見て話しかけてくる。
「うん。文化祭でね、カオリや圭ちゃんたちとみんなでアカペラで歌ってみるのはどうだろうって思ったんだ。」
「アカペラ…ですか」
「最近流行ってるでしょ。それで合唱部とはまた別でできないかなって。ほら、合唱にはピアノの伴奏が入るでしょ。」
「はあ…なるほど」
「それで吉澤にも歌ってほしいんだな。」
「はい……って、私も歌うのぉ!?」
他人事だと思って聞いていたらいきなり私の名前。思わず素っ頓狂な声が出てしまう。しかし福田さんは気にすることなく続ける。
- 107 名前:第2話「ミライ」 59 投稿日:2001年12月08日(土)01時17分15秒
- 「そう。アカペラはハーモニー…声のバランスが重要だからね。吉澤のアルト、すごくいいと思う。」
「私、今までずっと運動しかしてこなかったからムリですよ! それに高い方の声はどうするんですか?」
「そう言うだろうと思って、もう梨華ちゃんに話は通してある。幼馴染みが一緒ならやりやすいでしょ。」
「え……でもっ…」
「どうせ帰宅部でヒマでしょ。いっちょ、考えてみてよ。」
「……。」
さすがは学級委員、抜かりがまったくない。その手際の良さに私は絶句するのみ。
- 108 名前:第2話「ミライ」 60 投稿日:2001年12月08日(土)01時18分02秒
- 「それじゃ、よろしくね。」
そう言うと福田さんはくるっと回れ右して階段の方に戻って行った。お弁当を抱えたまま、ひとりぽつんとたたずむ私。
「……やられた。」
まだ夏の鋭さを残す日差しの中、心地良いと感じる余裕もないまま、風が軽やかに踊って私の周りを吹き抜けて行った。
- 109 名前:第2話「ミライ」 61 投稿日:2001年12月08日(土)01時18分56秒
- 「いいんじゃない。おもしろそうじゃん。」
マキの口調は無責任に明るい。
「マキは関係ないからそう思えるかもしれないけど、当事者にはたまんないよ。」
こっちはむくれた口調で返しつつ、バフッとベッドにダイビング。
「んー…でもさ、やってみればいいと思うよ。たしかにどうせヒマなんだし。」
「ヒマで悪かったね…。」
うつ伏せになったままつぶれた声で答える。
- 110 名前:第2話「ミライ」 62 投稿日:2001年12月08日(土)01時20分08秒
- 「いーださんとやすださんだっけ? その仲直りにひとみもちゃんと協力できるってわけだ。」
「そりゃそうだけど…。」
「……もしかしたら、ひとみが前に言ってた“熱中できるもの”も見つかるかもね。」
「マキ」
「なにごともやってみなくちゃはじまらないよ。やってみようよ。」
マキは少しだけ口の端を曲げて、私を見つめた。優しいまなざし。
───そうだ、やってみよう。飯田さんと保田さんのために。そして、自分のために。
「…なんだかうまくのせられてるだけって気がしないでもないけど……私、やってみるよ、マキ。」
- 111 名前:第2話「ミライ」 63 投稿日:2001年12月08日(土)01時20分43秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 112 名前:str 投稿日:2001年12月08日(土)01時28分12秒
- 今日はここまで。えらく大量に更新しました。
…が、完全にストックが尽きてしまったので来週の更新は難しい状況です。
というかここまで週1ペースでやってこれたのが奇跡。目指せ、第2話年内完結。
>>81 すなふきんさん
ありがとうございます。登場人物が増えると表現が雑になりがちなので…。
根気よくがんばりますので今後ともよろしくお願いします。
>>82 ARENAさん
青春って感じなだけに、説教くさくならないか心配してます。
さっぱりあっさり書けるといいんですけどねえ。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)00時38分35秒
- 石川のアカペラ・・・
- 114 名前:ARENA 投稿日:2001年12月09日(日)15時47分35秒
- 大量更新お疲れ様です。
いや〜、もしやと期待してた展開にまさかなるとは・・・
吉澤の家に石川が来てちょっと3人で一騒動っていう展開は最高(w
この3人の絡みはホント面白かったです。
- 115 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月15日(土)20時18分36秒
- 続き待ってます
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月20日(木)20時59分09秒
- 続き気になるyo!!
待ってます
- 117 名前:第2話「ミライ」 64 投稿日:2001年12月22日(土)04時35分12秒
- 日曜日。福田さん率いるアカペラ部(仮)、第1回打ち合わせの日だ。飯田さんは福田さん、保田さんは梨華ちゃんがそれぞれ誘い出して、学校近くのファミレスでさりげなく合流する手はずになっている。
私は約束の時間より少し早めに着くように、余裕をもって家を出た。
- 118 名前:第2話「ミライ」 65 投稿日:2001年12月22日(土)04時35分53秒
- 休日の昼前ということで、街は多くの人で賑わっている。駅前のデパートには“autumn sall”と書かれた垂れ幕が下がっていて、世間でさかんに言われる不景気をあまり感じさせない華やかさを漂わせていた。それにつられて私も少し浮かれた気持ちになる。
ちょっとだけなら、時間、大丈夫だよね? …そう思ってデパートの入り口にするすると近づいていく。
そのとき、目に留まったもの。───マネキン。
マネキン人形たちが、ショーウィンドウに並べられている。秋物の服を着て、それぞれポーズをとっている。
それを見て、そういえばマキはキャミソール1枚とスカートしか自分の服を持ってないな、と思い出す。
新しい服、買ってあげたら喜んでくれるかなあ…。そうだ、そうしよう。マキに服を買ってあげよう。
- 119 名前:第2話「ミライ」 66 投稿日:2001年12月22日(土)04時36分29秒
- 紙袋をさげてデパートから出ると、少し早足で待ち合わせ場所へ向かう。
歩きながら、突然のプレゼントにマキはどんな顔をするだろう、と思いをめぐらせてみる。いつもボーッとしているマキだけど、ちゃんと笑ってくれるだろうか。
「あ、いっけない」
赤信号に気がついて立ち止まる。マキの喜んだ顔をあれこれ想像していたら、思わず信号無視をしそうになった。この辺は交通量が多いから気をつけないといけない。
- 120 名前:第2話「ミライ」 67 投稿日:2001年12月22日(土)04時37分14秒
- じっと信号待ちをしていると、なんだか交差点の向こう側がチラチラする。気になって目を凝らしてみると、白い服を着た女の子の背中だった。
「あ…」
思い出した。マキのことを知っている、真っ白なワンピースの少女のことを。そして今、その少女らしき人物が交差点を挟んでどんどん私から遠ざかっていく。
───訊かなきゃ。マキのことを訊かなきゃ!
いてもたってもいられなくなる。初めて彼女に会った日の夜、梨華ちゃんが押しかけてきて結局マキから何も聞くことができなかった。そしてそのまま、完全に彼女のことを忘れていたのだ。不自然なくらいすっかりと。朝起きて、ついさっきまで見ていた夢がもう思い出せなくなってしまうように。
- 121 名前:第2話「ミライ」 68 投稿日:2001年12月22日(土)04時37分54秒
- 「待って!」
反対側の信号が赤に変わった瞬間、私は駆け出して彼女を追う。しかし人ごみの波は思うように進ませてくれず、なかなか彼女との距離は縮まらない。
「待ってよ!」
私の声が届いたのか、白いワンピースが振り向く。───あのときと同じ、すべてを包みこむような笑顔。…まちがいない、あの人だ!
そう思った瞬間、彼女は何か言葉を発した。遠くて聞こえなかった。でも、なぜか口の動きだけではっきりとわかった。
「マ・キ・ヲ・ヨ・ロ・シ・ク・ネ」
- 122 名前:第2話「ミライ」 69 投稿日:2001年12月22日(土)04時38分29秒
- 彼女は再び私に背を向けて歩き出す。私はなおも追いかける。
彼女は左に曲がり路地に入る。私もそれを追って左に曲がる。
───いない!?
追いついたはずなのに。ビルとビルの間の狭い路地、そこには誰もいなかった。彼女の姿は跡形もなく消えていた。
- 123 名前:第2話「ミライ」 70 投稿日:2001年12月22日(土)04時39分16秒
- ドアの取っ手を思いっきり引っぱり、中にすべりこむ。約束の時間ギリギリセーフで間に合った。
ファミレスの店内を見渡すと、窓際の奥の席に飯田さんと福田さんがいた。ふたりの方へと歩いていく。
「あれえ、吉澤ぁ?」
こっちを向いていた飯田さんが私に気づいて声をあげる。福田さんも振り向いてこちらを見る。
「どうしたのさ、いったい?」
大きな目をさらに大きくして飯田さんが尋ねてくる。が、その疑問には福田さんが答える。
「ワタシが呼んだんだよ、カオリ。」
「明日香が?」
飯田さんが福田さんの方に向き直る。
「うん。…実はね、カオリに協力してもらいたいことがあるんだ。」
「カオリに? なに?」
「みんなそろってから話すよ。吉澤、とりあえず座りなよ。」
「あ、はい。」
福田さんに促され、飯田さんの隣に座ることに。…なるほど、“対策”か。
- 124 名前:第2話「ミライ」 71 投稿日:2001年12月22日(土)04時40分01秒
- 私が荷物を置いて腰を下ろすと、飯田さんが福田さんに話しかける。
「明日香、“みんなそろってから”ってことは、吉澤の他にも誰か来るんだ。」
「そうだよ」
「誰?」
「それは来てのお楽しみだよ。吉澤、何か注文する?」
「オムライス! …お昼、まだなんですよ。」
- 125 名前:第2話「ミライ」 72 投稿日:2001年12月22日(土)04時40分54秒
- 3人でしばらく雑談をしていたら、オムライスがやってきた。いただきまーす、とさっそくかぶりつく。そんな私を見て、
「吉澤、あんたって本当においしそうに食べるよね。」
福田さんの言葉。飯田さんはズズッとアイスティーをすすって、
「カオリ、最近は部活でストレスがたまってるから牛乳と胃薬を飲んでるんだよ。吉澤がうらやましいよ…。」
弱々しくつぶやく。私は元気づけるつもりで言う。
「しっかりとご飯を食べないとパワーが出ませんよ、いざってとき。」
「でも試合前ってバナナ1本だけとか、そんな感じなんでしょ?」
その瞬間、福田さんが私からは見えないように飯田さんをつついた。飯田さんはすぐにしまった、という表情になる。
「ごめん…吉澤…。」
「い…いいんですよ飯田さん。私、気にしてませんから。それより…遅いですね…。」
- 126 名前:第2話「ミライ」 73 投稿日:2001年12月22日(土)04時41分41秒
- そのとき、入り口の方でいらっしゃいませーという声がした。見ると、少し緊張した面持ちの梨華ちゃんがキョロキョロと店の中を見回している。その後ろには保田さん。
「梨華ちゃん、こっち!」
福田さんの呼びかけで私たちに気づいたようだ。梨華ちゃんは保田さんの手を引いて、硬い表情のまま私たちの前に立った。
「明日香…。吉澤も…。」
保田さんが少し驚いた様子で私たちのテーブルを見つめる。
「さ、ふたりとも座って。」
福田さんが声をかける。梨華ちゃんは迷わず私の隣に陣取った。保田さんは奥にいる飯田さんに気づいたようで、目を素早くそらすとゆっくりとした動作で福田さんの隣に腰を下ろした。
この5人が揃うのはあの音楽室以来だ。そのときの緊張感を思い出しているのか、みんな表情がこわばっている。すぐにテーブル全体が重苦しい雰囲気に包まれる。
- 127 名前:第2話「ミライ」 74 投稿日:2001年12月22日(土)04時42分29秒
- 「どういうこと?」
沈黙を破ったのは保田さんだった。いかにも納得がいかない、といった気持ちがこもった声色。
「石川がしつこく誘うから来てみれば…どういうこと?」
「ワタシがお願いしたんだよ。」
ケロリとそれを受け流す福田さん。梨華ちゃんは心配そうに成り行きを見つめている。
「本題に入ろうか。ワタシから、みんなに提案。…このメンツで、アカペラをやってみない?」
「「アカペラ?」」
飯田さんと保田さんの声が重なる。とたんに、ふたりともそっぽを向く。しかし福田さんは続ける。
- 128 名前:第2話「ミライ」 75 投稿日:2001年12月22日(土)04時43分20秒
- 「文化祭で発表するの。どう?」
福田さんはふたりを交互に見る。すると保田さんが口を開いた。
「明日香、合唱部はどうするのよ?」
「それとはまた別でやるの。こっちのアカペラには、梨華ちゃんと吉澤も参加するから。」
飯田さんと保田さんがこちらを見る。私はオムライスを食べる手を止めて梨華ちゃんと一緒にニコニコと笑ってみせる。保田さんはため息をひとつつくと、
「明日香、あんたアカペラって気軽に言うけどねえ…素人混ぜていきなりハイやってみましょうなんてそんなの無理よ。それに合唱部だけでもいっぱいいっぱいなのよ。困ったことに。」
ちらっと飯田さんを一瞥する保田さん。それに飯田さんが反応する。
「ちょっと、それってどういうこと? 合唱部がまとまんないのはカオリのせいだっていうの?」
慌てて梨華ちゃんが止めに入る。
「まあまあ、ふたりとも落ち着いてくださいよ…」
「「うるさいっ!」」
梨華ちゃんが仲裁に入るとよけいにヒートアップするのは気のせいだろうか。
「とにかく! アタシはやらないからね。これ以上厄介ごとを増やさないでちょうだい。」
保田さんは立ち上がると、早足でスタスタ歩いて店から出て行ってしまった。あっという間のできごと。
- 129 名前:第2話「ミライ」 76 投稿日:2001年12月22日(土)04時44分15秒
- 残された私たちは一斉に福田さんを見る。
「カオリはどうする?」
福田さんはそれでも落ち着いた口調で飯田さんに尋ねる。
「カオリは歌が好きだから、そりゃあ歌ってみたいよ? でも…」
「でも?」
「時間が足りないよ。文化祭には間に合わないと思う。…それにカオリ、部長だもん。部長としての責任があるからかけもちみたいな中途半端なことはできないよ。」
「カオリ…」
「悪いけど…カオリ、パスするね。ごめんね。」
そう言うと飯田さんは立ち上がる。
「吉澤、石川、ごめんね。…あ、これアイスティー代。」
飯田さんはお金をテーブルの上に置いて、私と梨華ちゃんの前を通って通路に出ると、もう一度「ごめんね」と言い残して店を出た。
- 130 名前:第2話「ミライ」 77 投稿日:2001年12月22日(土)04時45分01秒
- 「明日香ちゃん、どうしよう…」
梨華ちゃんが眉間にシワを寄せて訊く。
「ふたりは……歌いたい?」
逆に福田さんは私たちに尋ねてくる。
「カオリも圭ちゃんも、自分の将来の夢を持ってるけど、それと同時に不安も感じてる。そしてその不安をかき消すために、合唱部の活動に打ちこんでるようにワタシには見えるんだ。だからふたりとも余裕がなくてギクシャクして……ワタシはそれがイヤ。」
「明日香ちゃん…。」
「歌うことが好きで合唱部に集まったのに…。こんな状態で歌っても、全然楽しくなんかない。つきあいの長い仲間と歌うことで、ワタシはカオリと圭ちゃんに歌うことの楽しさをもう一度見つけてほしかったんだ…。」
下を向いてぽつりぽつりとしゃべる福田さん。いつも堂々として大人びて見えるのに、なんだか別人みたいだ。そんな福田さんを見て、私は……
- 131 名前:第2話「ミライ」 78 投稿日:2001年12月22日(土)04時45分52秒
- 「…福田さん、私は歌いたいです。」
自然と、言葉が出た。
「飯田さんと保田さんに仲直りしてほしい。そのために今、自分ができることをしたい。私はふたりのために、自分のために、歌いたいです。」
すると梨華ちゃんも、
「ひとみちゃんがやるんなら、わたしもやる! 明日香ちゃん、わたしも歌うよ。」
私たちの言葉を聞いて、うつむいていた福田さんの顔が上がる。真剣な目。
「でもカオリも圭ちゃんもワタシたちがうまく歌えないって思ってるみたいだよ。ふたりが納得するまで、練習がんばれる?」
迷わず即答する。
「私、やります!」
「わたしも、がんばる!」
福田さんは破顔一笑、
「そう。じゃ、決まりだね。とりあえず3人だけのスタートになっちゃったけど…がんばろうね!」
「「はいっ!」」
- 132 名前:第2話「ミライ」 79 投稿日:2001年12月22日(土)04時46分40秒
- それから3人でカラオケで盛り上がって、家に帰ったときには月がだいぶ高いところまで昇っていた。
食べてきたから晩ご飯はいらないよ、と台所の母親に言い残して階段を駆け上がる。自分の部屋のドアを開けると、マキがベッドに座ってぼんやり月を眺めていた。
「ただいま」
「おかえり、ひとみ。今日は遅かったね。」
「うん。マキ、もう起きてたんだ。」
「どうだった、アカペラ?」
「……飯田さんも保田さんも、やらないって。」
「ありゃ」
「でも福田さんと梨華ちゃんと、3人だけでもやることにしたよ。」
「へー。…そだね、もしかしたらふたりとも途中から協力してくれるかもしれないもんね。」
「そういうこと。私はがんばるよー。」
ガッツポーズをつくってみせる。
- 133 名前:第2話「ミライ」 80 投稿日:2001年12月22日(土)04時47分47秒
- 「ところでさ、マキ。渡したいものがあるんだけど。」
「へ? あたしに?」
「いつも話し相手になってもらってるからさ、そのお礼。はい。」
紙袋を渡す。きょとんとした表情で受け取るマキ。
「開けてみてよ。」
「うん…」
マキは慎重に紙袋から中身を取り出す。
「…これ……服…。」
出てきたのは黒い半袖のセーターと、赤地に黒のチェックのスカート。セーターの袖にはあずき色・白・ピンクのストライプがあしらわれていて、シックな全体の中でかわいらしい印象を与えている。
「マキってずっとその格好でしょ。あとは私のTシャツを適当に貸したり。だから私、新しい服をプレゼントしようと思って。ほら、おしゃれしてないマネキンっておかしいもんね。」
私が言うと、マキはゆっくりとしゃべり出した。
「……ひとみにはもらってばっかりだね。マキって名前、落ち着いていられる場所、そしてこんなきれいな服…。ごめんね、あたし、うれしいけど、こういうときにどうすればいいのかわかんないよ…」
───マキには感情がないんじゃない。感情をうまく表現できないだけなんだ。
- 134 名前:第2話「ミライ」 81 投稿日:2001年12月22日(土)04時48分40秒
- 「ねえ、マキ。…笑えばいいと思うよ。うれしいときには、笑えばいい。」
「笑う…?」
「そう。こうやってさ!」
私はニッと思いっきり歯を見せてマキに笑いかける。
「…すごいね、ひとみのほっぺたの肉。」
マキは冷静に言い放つ。私はその言葉に少々オーバーにずっこける。
「そうじゃなくって! マキも笑って、ほら!」
もう一度笑ってみせる。マキは私の顔をまじまじと見つめると、しばらく顔をひくひくとけいれんさせてから、にへっ…と緩みきっただらしない笑みを浮かべてみせた。
「はっはっは! なにそれ、マキ!」
思わず手をたたいて大笑いしてしまう。
「しょーがないじゃん、なれてないんだから。」
すぐにマキはいつもの無表情に戻ってしまった。それでもこっちはまだ笑いが止まらない。必死でこらえながらしゃべる。
- 135 名前:第2話「ミライ」 82 投稿日:2001年12月22日(土)04時49分30秒
- 「マキ、こうだよ。」
ニッ。
「こう?」
にへっ。
「そうじゃなくて、こう。」
二ッ。
「こうかな?」
にへっ。
「……っぶはははは!」
「……あはっ。あはははっ。」
ふたりで笑い合う。窓から見える月に届きそうなくらいの大声で。近所迷惑かもしれないけど、私たちは心の底から大きく大きく笑った。
───マキの笑顔は、赤ちゃんが無意識に見せるような笑顔ともちがうし、仕方なく浮かべる愛想笑いともちがう。確かに不自然な笑いだったんだけど、彼女なりの精一杯の気持ちがこめられているのが伝わってきて、私はその笑顔をもっとたくさん見られるように、と強く思った。
- 136 名前:第2話「ミライ」 83 投稿日:2001年12月22日(土)04時50分09秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 137 名前:str 投稿日:2001年12月22日(土)05時07分08秒
- 今日はここまでです。
>>113さん
ええ…まあ…。
>>114 ARENAさん
最初はもっとおとなしいやりとりになる予定だったんですが、
書いているうちに頭の中で石川が暴走してしまいまして。
楽しんでいただけたようでほっとしてます。
>>115さん
年末年始は忙しくなりそうなので、更新のペースを上げられそうにありません。
なるべく早く書き上げるようにがんばりますのでご了承ください…。
>>116さん
レスが4つも…。読んでくださってる方がいるってわかると安心しますね。
ゆっくりですが着実に更新していきたいと思っていますのでよろしくお願いします。
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月22日(土)22時00分15秒
- マジでここの小説好きです。
よしごまがイイ♪
- 139 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月24日(月)21時44分53秒
- すげ〜イイよ!
ごまかわええの〜
- 140 名前:str 投稿日:2002年01月07日(月)23時41分39秒
- 更新が大幅に遅れてしまって大変申し訳ありません。
現在、ゆっくりとではありますが、続きの準備を進めております。
今週中には必ず更新しますので、もうしばらくお待ちください。すいません。
- 141 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月08日(火)21時29分00秒
- 放置でなければ全然かまいませんよ
作者さんのペースで頑張ってください。
- 142 名前:第2話「ミライ」 84 投稿日:2002年01月09日(水)11時14分46秒
- さっそくその次の日から練習が始まった。昼休みに屋上に集まって、発声練習。
時間が昼休みなのは、朝は梨華ちゃんのテニス部の練習があり、放課後はテニス部に加えて福田さんの合唱部の練習があるから。空いている時間はここしかない、というわけだ。場所が屋上なのは、お弁当を食べに来る人は私くらいしかいなくて周りに迷惑がかからない、あと音楽室に近くて何かと便利という理由による。
- 143 名前:第2話「ミライ」 85 投稿日:2002年01月09日(水)11時15分28秒
- 軽くストレッチをしてから、腹式呼吸のやり方を教わる。最初は全然わからなかったが、何度も繰り返しているうちにコツがつかめてきたような気がした。梨華ちゃんはずいぶん苦労していたが。
そして福田さんが音楽室から借りてきたキーボードを弾き、それに合わせて梨華ちゃんとふたりで声を出す。
「「あ〜〜〜」」
「もっとハッキリと! 口を大きく開けてお腹から声を出す!」
容赦なく福田さんの声が飛んでくる。予想通りの厳しい指導。でも、これについていかなければ飯田さんと保田さんを説得することなど絶対にできない。夢中で言われた通りに声を出す。
「「あ〜〜〜〜〜」」
- 144 名前:第2話「ミライ」 86 投稿日:2002年01月09日(水)11時16分28秒
- 私と梨華ちゃんの声が空いっぱいに広がって、校舎全体へと降りそそいでいく。自分たちの声が周りに聞こえているのはすごく恥ずかしいんだけど、思いっきり声を出すこの開放感はクセになりそうだ。
「梨華ちゃん、のどで声出してるよ! おなか! おなか!」
「「あ〜〜〜〜〜〜」」
「もっと大きく!」
「「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!」」
「もっと!」
「「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」
頭の中が真っ白になっていく。声を出していると、だんだん足元が浮き上がっていくように感じる。そのうち私の身体まで声になって、そのまま空に溶けて散らばってしまいそうになる。不思議な感覚だ。
- 145 名前:第2話「ミライ」 87 投稿日:2002年01月09日(水)11時17分17秒
- 家では福田さんが出した宿題をこなす。腹式呼吸の訓練と筋力トレーニング。
床に寝転がって足を上げて腹筋を鍛えていると、マキにからかわれる。
「ひとみ、ずいぶん大きな声で歌ってたねえー。」
「あ、聞こえてた?」
「そりゃ聞こえるって。よくひびいてたよ。」
「お風呂で歌うのって気持ちいいんだね。…なんだか新鮮な感じがするよ。」
「なんかすごいやる気じゃん。いいことだ。」
「うん。いいことだ。」
「じゃあほら次、背筋やんなきゃ。」
「うっし! マキも手伝えー!」
「いいよー」
- 146 名前:第2話「ミライ」 88 投稿日:2002年01月09日(水)11時18分03秒
- 休みの日も学校に集まって、空いている教室を勝手に占領して練習。
誰もいない静かな教室は寂しい。その寂しい隙間を、私たちの声で埋めていく。声を出している自分が言うのも変だが、ふだんの騒がしさとはあまりに対照的で、教室の白い壁に反射を繰り返す声に包まれた空間には何か神聖さを感じてしまう。
「「あ〜〜〜〜!」」
「梨華ちゃん、まだのどで声出してる! お腹の奥から!」
「「あ〜〜〜〜〜〜!!」」
- 147 名前:第2話「ミライ」 89 投稿日:2002年01月09日(水)11時18分55秒
- そして夕方になると近所のカラオケの店に移動。受付で一応マイクとリモコンを受け取るのだが、部屋の中では福田さんがいつも持ち歩いてるピッチパイプを吹いて、それに合わせて声を出す。
「「あ〜〜〜〜〜〜!」」
「梨華ちゃん、音が下がってきてるよ!」
「「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」
学校とは正反対の、狭くて暗い部屋に私たちの声が満ちていく。隣の部屋から伝わってくる重低音をかき消すように、声がエネルギーのかたまりになってあふれ出す。この狭い空間を私たちの声で広げてやる、この暗い空間を私たちの声で明るくしてやる。───そんな力がお腹の底から飛び出していくのだ。
- 148 名前:第2話「ミライ」 90 投稿日:2002年01月09日(水)11時19分47秒
- こうして私たちは毎日練習を続けた。ひたすら基礎の繰り返しだが、意外と退屈じゃない。日に日に大きくムラのない声になっていくのがわかって、私はそんな自分の声に少し感動していた。この調子で練習を続けていけば、私はどんな声を出せるようになるのだろう。どんな歌を歌えるようになるのだろう。
───新しい自分が、少しだけ見つかったような気がした。
- 149 名前:第2話「ミライ」 91 投稿日:2002年01月09日(水)11時20分30秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 150 名前:str 投稿日:2002年01月09日(水)11時34分28秒
- 短いですが、今日はここまで。やっと終わりが見えてきたかな…。
>>138さん
ありがとうございます。励みになります。
書いてるとどうしてもよしごまになっちゃいますね。不思議。
>>139さん
マネキン後藤、気に入っていただけているようでなによりです。
個人的にはまだまだ魅力を描ききれていないと思ってます。精進あるのみです。
>>141さん
放棄はしない、と>>1でタンカ切っちゃってますからね。
読者さんに見捨てられないようにがんばりますですよ。
- 151 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月09日(水)23時09分59秒
- おお、更新されてる。期待しております。
- 152 名前:第2話「ミライ」 92 投稿日:2002年01月12日(土)00時39分29秒
- その日の昼休み、梨華ちゃんとふたりで屋上で待っていると、福田さんが息を切らせて階段を駆けあがってきた。
「遅いよ、明日香ちゃん。」
「ごめんごめん、本番のスケジュールのことでちょっとね。」
「出番、決まったんですか?」
福田さんは呼吸を軽く整えてから、
「うん。ちゃんとした部活動じゃないわりにはかなりいい枠をもらったよ。」
と、満足そうに答える。
「いつなの、明日香ちゃん?」
「前夜祭。しかもオープニングアクトだ!」
「「えっ…」」
絶句。サーッと血の気がひいていく私と梨華ちゃん。
「ま、時間の都合で1曲しか歌えないんだけどね。」
その言葉にちょっと安堵。ふたりそろって、ふえー…と息を漏らす。
- 153 名前:第2話「ミライ」 93 投稿日:2002年01月12日(土)00時40分45秒
- 「それにしてもよくこんないい枠もらえましたね。」
「日ごろ学級委員で顔を売ってるからね、いろいろとコネができてるんだ。」
「でもわたしたち、まだ練習始めたばっかの素人だよ。オープニングなんていいのかなあ…」
「ん? なにビビってんのよ。これぐらい良い条件ってめったにないから気合い入れてかないとね!」
そう言うと福田さんは私と梨華ちゃんの背中をバシッとたたいた。
「いやあ、それにしてもやっぱりカオリと圭ちゃんの名前は効くねえ。さすが合唱部のツートップだ。」
福田さんが愉快そうに言うのを聞いてもしやと思い、私はおそるおそる尋ねてみる。
「福田さん…、飯田さんと保田さんの名前、勝手にメンバーのところに書いちゃったんですか?」
「まあね。大丈夫だよ、ふたりともきっと来てくれる。今ごろ『今日は声が聞こえないな』なんて言いながら教室か音楽室の中でうずうずしてるって。」
「「……。」」
- 154 名前:第2話「ミライ」 94 投稿日:2002年01月12日(土)00時41分31秒
- 呆れて黙りこんでいる私たちをよそに、福田さんはさらに
「そうだ! 今週の土曜日に合宿しようよ、曲決めも兼ねてさ。」
「合宿…?」
「そう。どこかいい場所ないかなあ?」
「いい場所っていっても…。私の家か梨華ちゃんのところか福田さんチのどこかしかないですよ。」
と言ったところでハッと気がつく。───マキのことを知られるとマズイ! なんとしてもウチだけは避けなければ!
- 155 名前:第2話「ミライ」 95 投稿日:2002年01月12日(土)00時42分10秒
- 福田さんは言う。
「言い出しっぺで悪いけど、ワタシの家は客商売だからちょっとパスね。」
もはや選択の余地はない。私はおそるおそる、
「…じゃあ梨華ちゃんとこはどうですか?」
しかし福田さん、
「梨華ちゃんの部屋はねえ…ピンク一色だからクラクラするんだよ。散らかってるし。なんかトイレの匂いもするし。」
「明日香ちゃん……ヒドイ…。」
頬をぷうっとふくらませる梨華ちゃん。
- 156 名前:第2話「ミライ」 96 投稿日:2002年01月12日(土)00時43分15秒
- そしてついに福田さんは私の顔を見て言った。
「ってことで、消去法で…吉澤、お願いできるかな。」
「えっ!?」
最悪のパターン。なんとか断らないと!
「…その、ウチは…ちょっと都合が…」
「どんな都合?」
「う…うー、おばあちゃんが…おいなりさんを…」
「なにそれ。どうしてもダメって言うんならしょうがないけどさ。頼むよ、吉澤。このとおり!」
じっと私の目を見て頼んでくる福田さん。そんなまっすぐな目で見られると…うう…逃げられない…。
「……わかりました…。」
「うん、よろしくね。…さて、と。じゃ、練習始めよっか。」
そう言うと福田さんはキーボードの電源を入れて準備を始める。
- 157 名前:第2話「ミライ」 97 投稿日:2002年01月12日(土)00時44分02秒
- どうしようか途方に暮れていると、ススッと梨華ちゃんが寄ってきて、私の耳元でこっそりささやく。
「だいじょうぶ、ひとみちゃん。わたし、いい考えを思いついたの。」
「いい考え?」
「わたしとひとみちゃんのふたりだけの秘密、ぜったいに守ってみせるからね!」
両手をグーにして力強く言う梨華ちゃん。でもそんな自信満々の梨華ちゃんに、私はかえってなんとなく不安を感じてしまった…。
- 158 名前:第2話「ミライ」 98 投稿日:2002年01月12日(土)00時45分02秒
- 放課後、帰ろうと昇降口に向かって廊下を歩いていたら、保田さんにばったり出会った。
瞬間、ドキリとしたが表情には出さず、できるだけ自然な笑みを浮かべて挨拶する。保田さんも一瞬戸惑ったような遅れの後で、声をかけてきた。
「吉澤、帰るところ?」
「はい。保田さんはこれから…」
「部活よ。」
「そう…ですよね…。」
そして沈黙。気まずさに耐えられなくなって、たまらず自分の方から切り出す。
- 159 名前:第2話「ミライ」 99 投稿日:2002年01月12日(土)00時45分59秒
- 「あの…保田さん、私たち、出番決まったんですよ。」
「前夜祭だってね。知ってるわ、クラスの委員から聞いた。」
「…それで、保田さんの名前も私たちと一緒に登録してあるんです。アカペラ、歌ってくれませんか?」
「アタシの名前? …明日香の考えそうなことね。」
「…ええ…まあ…。」
「よけいなことしないで。言ったでしょ、これ以上厄介ごとを増やさないでちょうだいって。」
「……。」
- 160 名前:第2話「ミライ」 100 投稿日:2002年01月12日(土)00時57分05秒
- 何も言えずに黙りこんでいると、保田さんはふっと軽く息を吐いて、
「じゃあね、吉澤。ま、やるからにはがんばんなさいよ。」
そう言い残して私とすれちがって去っていく。
───言わなくちゃ! ここで言わなくちゃ、何も変わらない!
私は振り向いてその背中に呼びかける。
「私たちは保田さんを…飯田さんを…ふたりとも待ってます! 一緒に歌ってくれるって信じてますから!」
しかし保田さんは立ち止まることなく遠ざかっていく。
「今度の土曜の夜、私の家で合宿するんです! 私たち、待ってますから!」
保田さんは自分の足元を見つめたまま、何も言わずに廊下を曲がって行った。
そして、辺りに広がった自分の声の余韻はひどく自虐的な感触がして、私はガマンできずに急いでその場を離れた。
- 161 名前:第2話「ミライ」 101 投稿日:2002年01月12日(土)00時57分59秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 162 名前:第2話「ミライ」 102 投稿日:2002年01月12日(土)00時59分04秒
- そして約束の土曜日の夜。梨華ちゃんは集合時間より1時間も早く私の家に来た。なんでも、
「わたしとひとみちゃん、ふたりだけの秘密を守る作戦を考えてきたの!」
とのこと。確かに私としてもマキの秘密はできるだけ知られたくないわけで、梨華ちゃんの妙なやる気に不安になったりもしたんだけど、結局ここは梨華ちゃんの話に乗ることにした。
梨華ちゃんの作戦は、マキを私の親戚の子ということにしておく、というものだ。こんなの誰でも思いつくことじゃないか、と思ったのだが、梨華ちゃんは非常に細かいところまで設定を用意していたのだ。ノートにびっしりと書かれたそれを読みあげてみる。
- 163 名前:第2話「ミライ」 103 投稿日:2002年01月12日(土)01時00分06秒
- 「東京都出身の16歳…。」
「うん、東京なら無難だと思って。ひとみちゃんとは同い年で仲がいいからしょっちゅう行き来してるってわけ。」
「血液型O型、星座はおとめ座…。」
「そう。ひとみちゃんと同じO型で、星座はほら、おとめ座ってなんかステキでしょ?」
「趣味は買い物、料理、肌のお手入れ…。」
「買い物と料理っていかにもふつうの女の子っぽいし、お人形さんだけあって肌、すべすべだもんね。」
「特技は…これ『どこでも寝れる』って。」
「これなら途中で動けなくなっちゃってもごまかせるかなあって思ったの。」
「好きな科目は体育、嫌いな科目が数学(特に図形)…。」
「どう? 活発なイメージがしない?」
「将来の夢は『10代で結婚すること』か…。」
「お嫁さんになりたいっ!って感じかな。」
- 164 名前:第2話「ミライ」 104 投稿日:2002年01月12日(土)01時01分11秒
- 「…それにしても梨華ちゃん、よくこんなの考えるね。」
「考えはじめたら止まらなくなっちゃって…。でもこれくらいきちんと決めておけば、困ることもないでしょ?」
「そうかなあ」
「そうだよう。…マキちゃん、しっかり覚えてね。」
「あい」
起きたばかりのマキは眠そうな目をこすりながら間の抜けた返事をする。
「なんだか頼りないなあ」
「だいじょうぶよ、ひとみちゃん。わたしぜんぶ暗記してるから、危なくなったらフォロー入れるもん。」
「はは…」
梨華ちゃんの気合いに私は苦笑するしかなかった。
- 165 名前:第2話「ミライ」 105 投稿日:2002年01月12日(土)01時01分55秒
- マキの暗記もそろそろ終わろうというころ、玄関のベルが鳴った。
「「こんばんわー」」
福田さんの声。…なんだけど、他にも聞きなれた声が混じっているような気がする。
「「おじゃましまーす」」
玄関で母親と軽く話でもしていたのだろう。少ししてから階段をのぼる足音が聞こえてきた。が、やはり福田さんひとり分の足音ではない。誰かもうひとり、いる。
「ひとみちゃん、来るよっ!」
「マキ、ぜんぶ覚えた?」
「んー、たぶんオッケー。」
そしてドアが開く。私たち3人は軽く身構える。
- 166 名前:第2話「ミライ」 106 投稿日:2002年01月12日(土)01時02分47秒
- 「こんばんわー」
まず部屋に入ってきたのは福田さん。そして、それに続いて現れたのは…
「…来ちゃった。」
照れくさそうに長い髪に手をやって顔を赤らめる飯田さんだった。
「飯田さん…!」
「カオリがね、梨華ちゃんと吉澤がマジメに練習するのを聞いてたら一緒に歌いたくなったって。」
福田さんが説明する間、飯田さんはバツが悪そうに頭をかいている。
- 167 名前:第2話「ミライ」 107 投稿日:2002年01月12日(土)01時03分39秒
- 「なんかねー、石川と吉澤ががんばってる声を聞いてさ、ふたりともすごく楽しそうでいいなーって。カオリ部長だから、合唱部の方にもその楽しさを分けてあげたいなーって思ったんだよ。今さらムシのいい話だとは思うけどさ、カオリも一緒に歌わせてくんないかな?」
───私たちは、ずっとその言葉を待っていた。
「大歓迎ですよ、飯田さん!」
「飯田さん…うれしい…。」
「だってさ、カオリ。よかったね。」
「うん…みんな、ありがと…。」
飯田さんは少し涙ぐんでいる。感性が豊かというか、ちょっとオーバーというか…。
でも頼りになる先輩がひとり仲間に加わったことで、…これなら、いける。そんな自信が私たちに湧いてきた。
- 168 名前:第2話「ミライ」 108 投稿日:2002年01月12日(土)01時04分47秒
- 「ところで、彼女は?」
飯田さんの合流で盛り上がるムードの中、福田さんがちらりとマキを見て、私と梨華ちゃんに訊いてくる。飯田さんもその大きな瞳でじっとマキを見つめる。
少しドキッとしたが、準備は万全のはずだ。私はつとめて平静に答える。
「ええっと、私の親戚の子で…」
「はじめまして、マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
私の心配とはちがってマキの自己紹介は堂々としたものだったが、そのいつになくはきはきとした感じがかえって何かのオーディションのような、不自然な印象をもたらしているようにも思えた。
- 169 名前:第2話「ミライ」 109 投稿日:2002年01月12日(土)01時06分27秒
- しかし飯田さんはにっこりとマキに微笑みかけて、
「マキちゃん…へえ、なんかお人形さんみたいでかわいいねー。カオリもよくそう言われるんだよ。」
内心ドキリとする私と梨華ちゃん。冷や汗が背中にじわりとにじむ。が、
「カオリは人形っていうよりロボットだよね。」
「明日香、ひどーい。」
福田さんの素早いツッコミのおかげでなんとかごまかせた。
「うーん、参ったな…今日は泊り込みで話し合うつもりなんだけど…」
「あ、大丈夫です。ひとみから話は聞いてます。ジャマしませんから気にしないでください。」
「そう…?」
福田さんはちらっとマキの方を見ると、ふぅん、と軽く息を吐いて、
「よし、わかった。じゃ、マキちゃんには外からの意見を聞くってことで、何か気がついたことがあったらなんでも遠慮なく言ってね。」
優しく笑いかけた。マキは相変わらずの無表情でうなずく。
- 170 名前:第2話「ミライ」 110 投稿日:2002年01月12日(土)01時08分13秒
- そのやりとりを見ていた飯田さん、
「だめだよー、マキちゃん。そんな顔してるといっつも怒ってる人みたいに思われるよ。…カオリもよく言われるんだけどさ。」
「はあ…」
イマイチ冴えないマキの返事。飯田さんはマキの目の前に移動して話しかける。
「マキちゃん、笑ってみてよ。」
「……。」
「ねえ笑って」
───にへっ。
- 171 名前:第2話「ミライ」 111 投稿日:2002年01月12日(土)01時10分59秒
- 「わはははっ! かわいー! かわいーよっ!」
マキが笑った瞬間、飯田さんは大爆笑。福田さんも梨華ちゃんも、つられて一緒に笑っている。
飯田さんは、
「マキちゃんってさ、なんか笑顔がかわいいね。」
涙を浮かべて笑いながらマキに言う。すると、
「……ありがと。」
マキは顔を赤らめてうつむき、小さな声で返事した。
部屋の中は、一気に和やかなムードになっていた。
- 172 名前:str 投稿日:2002年01月12日(土)01時16分43秒
- 更新しました。やっとこさヤマ場に突入、って感じです。
>>151さん
レスありがとうございます。正月休みを一気に取り返すべく書いております。
早く第3話にとりかかりたい…。がんばりますです。
あと、どうでもいいんですが「放棄しない宣言」は>>40でした。失礼しました。
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月16日(水)21時00分07秒
- ああ〜更新されてる
面白いっす。頑張って!!
- 174 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月16日(水)21時18分33秒
- 顔を赤らめるマキかわいい!!
- 175 名前:ARENA 投稿日:2002年01月17日(木)04時10分27秒
- ヲタをニヤリとさせる部分が所々ありますね〜。
マキのプロフィールもモロだし(w
微妙なマキの変化もすごい(・∀・)イイ!
- 176 名前:第2話「ミライ」 112 投稿日:2002年01月18日(金)13時56分14秒
- 「じゃ、さっそく曲を決めよっか!」
現役学級委員の福田さんが進行する。最初に反応したのは飯田さん。
「まずさー、どんな感じでいくか決めた方がよくない?」
「たとえば?」
「いかにもゴスペルですって感じのをやるのか、それともJ−POPのアレンジにするのか、とか。」
「そっか、なるほど。」
「石川も吉澤も慣れてないし、前夜祭のオープニングなんでしょ? カオリはみんなが知ってる曲がいいと思う。」
「じゃ、J−POPのとっつきやすい曲がいいかな。」
「でもアカペラでやる面白さがないとダメだよ。」
合唱部のふたりで話が進んでいく。私も梨華ちゃんも、話に入るきっかけがどうもつかめないでいると、
「どうだろ、梨華ちゃん、吉澤。あ、あとマキちゃんも何かアイデアあったら教えてね。」
福田さんが私たちに訊いてきた。
「…みんなが知ってる曲がいいんですよね。」
「そう。文化祭なんだ、じっくり聴かせるよりは思わずみんなで歌いたくなる感じのやつがいいかな。」
言われて考えてみる。みんなが知ってて、みんなで歌えて…。───あ、あの曲。
- 177 名前:第2話「ミライ」 113 投稿日:2002年01月18日(金)13時57分27秒
- 思いついたのでとりあえずこそっと手を挙げると、「はい、吉澤」と福田さんに指名される。
「あのー…、ひとりーぼーぉっちーですこしー、たいくーつーなーよーるぅー…ってやつは?」
「あ、なんだっけ、それ。」
飯田さんが訊いてくる。すると梨華ちゃんが代わりに答える。
「ちょっと前に流行った歌だよね。10人ぐらいの女の子が歌ってた。」
「うん。アイドルグループの曲なんだけどね。」
「わたしそれがいいなあ。むずかしい曲はちょっと…」
梨華ちゃんは毎日の練習で福田さんにしぼられまくっているせいか、私の提案にあっさりと賛成。それを受けて福田さん、
「なるほどね。合唱部部長、どうでしょう?」
「…いいと思うけど、ユニゾンばっか目立ってるからコーラスをもうちょっと凝りたいね。」
福田さんは腕を組んでウーンとうなると、
「ピアノのスコアなら売ってると思うから、そこからアレンジしよっか。よし、じゃあこれで決まりかな?」
- 178 名前:第2話「ミライ」 114 投稿日:2002年01月18日(金)13時59分33秒
- 意外にもすんなりと話が進んでしまったので私が少し呆気にとられていると、梨華ちゃんが手を挙げて大きな声で、
「さんせいっ!」
そして梨華ちゃんは私の方を向くと、
「ほら、ひとみちゃんの意見なんだから!」
そう言って私の手をつかんで挙げさせる。
「カオリは? これでいい?」
飯田さんはあっさり、
「うん。」
「マキちゃん…どうだろう?」
福田さんがマキを見る。マキは黙ったままうなずいてみせる。
「よし、じゃあ曲はこれでいきましょう。」
ぱちぱちぱち、議長の言葉にみんな拍手で応える。
いよいよはじまるんだ、期待と不安が絡まりあってだんだんドキドキしてきた。そっと胸に手を当てる。…よし、やるぞ。
- 179 名前:第2話「ミライ」 115 投稿日:2002年01月18日(金)14時00分37秒
- 「決まったところでなんかのど渇いたね。」
「夜食でも買いに行きますか。」
先輩ふたりの会話を聞いて、元・体育会系の私はすっと立ち上がる。
「それなら私が行ってきますよ。」
「あ、ひとみちゃん、わたしも…」
ついてこようとする梨華ちゃん。私はふと思う。
───ここで梨華ちゃんとふたりで出かけるとマキだけを置いていくことになる。それはマズいんじゃないか。マキも久々に外の空気を吸いたいだろうし、ここはマキを連れて行くのがいいだろう。うん、そうだ。そうしよう。
「いや、いいよ梨華ちゃん。マキと行くから。」
「えっ…」
その瞬間、梨華ちゃんはこの世の終わりとでもいった表情に早変わり。慌てて耳元で、
「ほら、ヒミツヒミツ。」
と小さな声でささやく。するとすぐにいつもの笑顔に戻って、
「わかった。早く帰ってきてね、ひとみちゃん。」
納得したご様子。
- 180 名前:第2話「ミライ」 116 投稿日:2002年01月18日(金)14時01分21秒
- 「それじゃあ何か希望ありますか?」
「…うーん、テキトーにスナック菓子見つくろってよ。あとはジュースね。」
「カオリ、牛乳がいい。」
「わたし、なるべく太らないお菓子がいいなあ…」
「わかりました。じゃ、行こっかマキ。…いってきまーす。」
「いってきまーす。」
「「「いってらっしゃーい。」」」
- 181 名前:第2話「ミライ」 117 投稿日:2002年01月18日(金)14時02分07秒
- 「ひさしぶりだな、外に出るの。」
マキがぽつりと言う。マキが私の家に来てから、外出するのはこれが初めてだ。
コンビニ目指してマキと私は並んで歩く。道を照らす街灯、そしてその先には静かにたたずむ月。
「寒くないの、マキ。」
「へーきだよ。」
マキが着ているのはいつものキャミソール1枚だけ。こないだ私があげたセーターを着ればいいのに、マキは「もったいないからまだやめとく」と言って着ようとしないのだ。
- 182 名前:第2話「ミライ」 118 投稿日:2002年01月18日(金)14時02分54秒
- ふと気になって尋ねる。
「ねえ、マキ。」
「なに、ひとみ?」
「…私のとこに来てさ、本当によかったって思ってる?」
「なんで?」
「家の中にずっと閉じこめてるみたいで。マキを束縛しているっていうか、そんな気がして。」
「…そんなことないよ。あたし、楽しいんだよ、ひとみといっしょにいると。」
「ほんとに?」
「ひとみがいて、こうして話をしているだけでもあたしは幸せなんだよね。」
「マキ…」
「あ、もうそこだね、コンビニ。明かりが見える。」
「うん」
「…あたしね……ずっと友だちって呼べる相手がいなかった。お月さまだけだよ、あたしのこと見ててくれたのは。」
マキは私の方を向く。目が合うと、ゆっくりとした口調で続ける。
- 183 名前:第2話「ミライ」 119 投稿日:2002年01月18日(金)14時03分41秒
- 「ひとりでいる間、コンビニの光がすごく印象的で。知ってる、ひとみ? 月の光ってモノクロームの世界なんだ。白と黒しか映し出さないんだよ。」
今夜のマキは珍しく、よくしゃべる。
「でもね、コンビニの光はカラフルなんだ。色が、ついてる。赤、緑、青、紫、オレンジ…。すごくキレイで。」
私は何も言えず、ただマキの目を見つめ返す。するとマキは、
「ねえ、ひとみ。さっきの歌の歌詞のつづき、おしえてくれる? 気になるんだ。」
「…うん。えっと……ひとりぼっちで少し退屈な夜 私だけが淋しいの? Ah Uh…」
私は歌詞をひとつひとつ思い出しながらメロディーを口ずさむ。マキはじっと私の歌に耳を傾けている。
- 184 名前:第2話「ミライ」 120 投稿日:2002年01月18日(金)14時05分19秒
- 「……人生ってすばらしい ほら誰かと出会ったり恋をしてみたり Ah すばらしい Ah 夢中で 笑ったり泣いたりできる…」
私が1番を歌い終わったところで、マキは空に浮かぶ月を見上げた。そして、つぶやいた。
「あたしはね…人間にあこがれているのかもしれない。コンビニの人工的な光がね、うらやましくて。」
それを聞いた私は、反射的に尋ねていた。
「マキは…人間に…なりたいの…?」
どうしようもない問い。残酷な問いなのかもしれない。人間になれる方法なんてあるかどうかもわからないのに。
「あはっ。どーだろーね。」
マキは明るい声を返してくる。店から漏れてくる明かりを受けたその表情は浮世離れしたはかなさにあふれていて、女の私が言うのも変だけど、なんだかすごく色っぽかった。
「ひとみ、早くしよっ。みんなが待ってるよ!」
そう言うとマキはコンビニの中へと入っていった。
- 185 名前:第2話「ミライ」 121 投稿日:2002年01月18日(金)14時06分12秒
- 私はひとり、店の前でしばらく突っ立っていた。
───そうだ、彼女は悩まない存在。ただ自分が置かれた状況をありのままに受け入れる存在。
「…ひとりぼっちで少し退屈な夜、私だけが淋しいの?……か…。」
さっきの歌をもう一度口ずさむ。そうしている間にもマキはガラスの向こうで、商品が陳列された棚を眺めて歩き回ったり、しゃがんで商品を手にとって真剣にそれを見つめたりしている。さっき垣間見せた色気はどこへやら、その姿は初めて動物園に来た子どもを連想させた。
「マキは、もう、ひとりじゃないんだよね。…それで、いいんだよね。」
そして、私もコンビニの中に飛びこんだ。
- 186 名前:str 投稿日:2002年01月18日(金)14時16分08秒
- 今日はここまでです。やっとプロローグとつながった…。
調子が良ければ来週半ばには続きを更新できると思います。
>>173さん
前回なかなかレスがつかなかったので、やっぱつまんないのかな〜
なんて思いながら体育座りで「ハモネプ」見てました。
レスがあると救われますね。本当に励みになります。
>>174さん
ありがとうございます。描写が甘いわりにはマキ、人気ありますね。
もっとかわいいと思っていただけるようがんばります。
>>175 ARENAさん
やはりネタを仕込んでおいた方が楽しみが増しますからね。
今回はネタではなく、歌詞を話の筋とリンクさせてみました。
わりとがんばった箇所なので、楽しんでいただければ幸いです。
- 187 名前:ARENA 投稿日:2002年01月18日(金)20時12分02秒
- 石川、「世の終わりとでもいった表情に早変わり」って、ホイッ泥棒にあった時みたいな顔なんだろうな〜(w
吉澤といるとよくしゃべり、無邪気な面もみせるマキ。萌える・・・
幸せなのかぁ〜・・・(´ー`)y ─┛~~
- 188 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月21日(月)00時12分30秒
- この話好きなので、更新期待しています!
ぼーっとしたマキが可愛い…
- 189 名前:さるさる。 投稿日:2002年01月21日(月)23時33分11秒
- 今日初めて読みましたが文章がうまくて引き込まれます!
特に、特技どこでも寝れる、と、かおりのねぇ笑っての
とこで、おかしいくらいお腹抱えて笑ってしまいました。
実際の後藤真希もマネキンか・・・<どこでも寝れる
続き待ってます。
- 190 名前:第2話「ミライ」 122 投稿日:2002年01月24日(木)00時12分54秒
- 「けっこーいっぱい買ったね。」
ふたりともスナック菓子とジュースでパンパンにふくらんだビニール袋をさげてコンビニを出る。マキは初めてのコンビニでの買い物が楽しかったのか、私に話しかけるとその口元をふにゃりと緩める。
「そうだね。あまったら弟たちのおやつにすればいいんだし、こういうのは多い方がいいんだよ。」
「なるほどね」
「さて、早く帰らないと梨華ちゃんがうるさいからね。行こっ。」
言うと同時に私は歩き出す。が、マキはその場から動こうとしない。不審に思って声をかける。
「マキ、行くよ!」
「待って、ひとみ。あれ……保田さんじゃないの?」
「えっ?」
マキの指差した先には、迷彩模様のTシャツにジーンズ、サンダルとラフな格好の保田さんが確かにいた。
- 191 名前:第2話「ミライ」 123 投稿日:2002年01月24日(木)00時13分40秒
- 「やすださーん!」
手を振って呼びかける。すると保田さんはこちらに気がついたようで、少し早歩きになって私たちの前で立ち止まった。
「どうしたの? 買い出し?」
保田さんは私たちのさげているビニール袋を見て言う。
「はい。…保田さんは?」
「しょう油が切れちゃったから頼まれて買いにきたのよ。」
そう言われてふと思う。保田さんの家はここから少し距離がある。もっと近いコンビニがあるはずだ。それなのにわざわざここまで来るとは…。
私は少しの期待をこめて、口に出してみる。
「もしかして、私たちの合宿の様子を見に行く途中…とか。」
「そんなんじゃないわよ。」
保田さんはぴしゃり、と言い放つ。
「ここのコンビニが気に入ってるだけよ。散歩のついで。」
「そう…ですか…。」
- 192 名前:第2話「ミライ」 124 投稿日:2002年01月24日(木)00時14分29秒
- 歯切れの悪い私の言葉。お互い、こないだ廊下で会ったときの後味の悪さを意識してしまう。
それをかき消すように、保田さんはマキの方を見て明るい口調で言った。
「ところで、そのコは? 学校じゃ見かけないけど…」
「あ、私の親戚の子で…」
「マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
さっきと同じように、マキは堂々と自己紹介。
「ふーん。あんまり似てないわね。」
「まあ…そうなんですけど…。」
笑ってごまかす。曖昧な私の笑いに保田さんはひとつため息をつくと、
「じゃあね、アタシは買い物をするから。早く帰った方がいいんじゃない? みんな待ってるんでしょ。」
コンビニの入り口へと歩き出した。
「あ…」
今ここで出会ったということは、おそらく偶然ではない。保田さんは私たちに出会う可能性があるのを承知でここまで来たにちがいない。私はそう確信していた。
───そして私たちは現実に出会った。だから、きっと、保田さんは…───行かないで!
保田さんは入り口のマットを踏んで、今まさに店の中へ入ろうとしている。そのとき。
- 193 名前:第2話「ミライ」 125 投稿日:2002年01月24日(木)00時15分23秒
- 「みんなが待ってるのはひとみの帰りだけじゃないよ。」
響きわたる声。…私とはちがう声。マキの声。
「みんな保田さんのことも待っているんだよ。───福田さんも、梨華ちゃんも、飯田さんも。」
ピタリと保田さんの足が止まった。マキはさらに続ける。
「保田さん、本当は歌いたいんだよね。飯田さんみたいに正直に言えばいいのにね。」
その言葉を聞いて保田さんは目をいっぱいに開いて振り返る。
「どういうことなの? まさか、カオリも?」
「…ええ。飯田さんは私たちと歌うことになったんです。今、合宿にも参加してて…あとは保田さんだけです。」
「そうなんだ…。」
私の説明を聞いて、保田さんは視線を私たちから通りの方へと移してつぶやく。
- 194 名前:第2話「ミライ」 126 投稿日:2002年01月24日(木)00時16分27秒
- どうしても気になって、私はおそるおそる訊いてみる。
「保田さん…どうして、そんなにいやがるんですか?」
すると一瞬ためらったような間をおいて、保田さんは穏やかにしゃべり出した。
「…正直に言うわ……アタシだって本当は歌ってみたいのよ。かわいい後輩たちが一生懸命やってるんだからアタシだって本当は協力したい。」
「じゃあ、なぜ?」
「合唱部の方を放っておけないじゃない。アカペラをやったら、きっとアタシは石川と吉澤につきっきりになっちゃう。」
責任感の強い保田さん。私たちがきちんと歌えるようになるまで、ずっと丁寧に教えてくれる姿が思い浮かぶ。だがそうなったら文化祭で忙しい副部長の仕事に大きな負担をかけることになるのは明白だ。
「だからアタシはやらない、って決めたのよ。でもそれで意地になってイヤな思いをさせたかもしれないけど。」
苦笑を浮かべ、保田さんは言う。
- 195 名前:第2話「ミライ」 127 投稿日:2002年01月24日(木)00時17分15秒
- 「そんなことないですよ。…今からでも遅くはないです、一緒に歌いましょうよ。」
しかし保田さんは首を横に振る。
「やらないって決めた理由はもうひとつあるのよ。遅かれ早かれ、カオリが歌うってわかってたから。歌が大好きなカオリがガマンできるわけないもんね。」
「保田さん、そんなに飯田さんとケンカしたことが…」
私の言葉にううん、ともう一度首を横に振る。
「ケンカはあくまできっかけ。カオリの歌手になりたいって気持ちが本物なのは知ってる。もうアタシがどうこう言う問題じゃない。わかってるわよ。」
「それじゃあどうして?」
- 196 名前:第2話「ミライ」 128 投稿日:2002年01月24日(木)00時18分24秒
- 保田さんは一呼吸おいてから答える。
「合唱部にしても、大学に行く約束にしても、アタシはいつもカオリに振り回されっぱなし。ずっとそうだった。」
「え…」
「地味なアタシは…目立つカオリにいつもくっついてばっかりで。…自分はそれでいいのか、って思ったのよ。」
言葉を選びながら保田さんは続ける。
「だからアタシは…カオリと距離をおきたかった。部活は副部長だからしょうがないけど、…でもアカペラまで一緒にやるのはイヤだった。」
ふうっと肩の力を抜く保田さん。とうとう言ってしまった、って感じ。
しかし。
- 197 名前:第2話「ミライ」 129 投稿日:2002年01月24日(木)00時19分18秒
- 「───そっかなあ。意外ともちつもたれつなんじゃないの?」
そのとき聞こえてきたのはマキの声。
「…どういうことよ。」
キッ、とマキを睨む保田さん。緊張が、走る。
「あなたがいつもそばにいたから飯田さんは自分らしく自由にふるまえた。そんな飯田さんを見るの、けっこう好きだったんじゃないの?」
「なっ…!」
マキの言葉に保田さんは顔をしかめる。
「ホントは飯田さんが自分の近くからいなくなっちゃうのがさびしいんじゃないのかな。そんな感じがするね。」
「……。」
保田さんは無言のままマキを睨み続ける。
「どっちみち、いつか別れのときはくるんだよね。それならギリギリまで近くにいて、いっしょに楽しく過ごしたほうがいいとあたしは思うんだけどな。」
辺りに響くマキの声。私も保田さんも何も言うことができない。まるでこのコンビニの周辺だけ時間が止まってしまったよう。
- 198 名前:第2話「ミライ」 130 投稿日:2002年01月24日(木)00時20分12秒
- 「まあいいや。ひとみ、行こっか。」
「えっ…でも…。」
「いいから。あとは保田さんが決めることだから。」
マキはそう言うと私の腕をつかんで歩き出す。
「それじゃ、あたしたちはしつれーします。」
のん気な口調でマキは挨拶する。
「ちょっと、マキ! …あ、保田さん……失礼しますっ!」
ずるずると引きずられながら私も挨拶。そんな私たちの様子を、保田さんは黙ったままずっと見つめ続けていた。
- 199 名前:第2話「ミライ」 131 投稿日:2002年01月24日(木)00時21分08秒
- 「「ただいまー!」」
私とマキの声がハモる。
「「おっそーい!」」
負けじと、飯田さんと福田さんの声もハモる。
「なんでこんなに遅かったの? …まさか、マキちゃんとふたりでヘンなこと…」
上目づかいで近づいてくる梨華ちゃん。この人はこういう発想しかしないのだろうか。私は全力で否定、かつ事情を説明する。
「してないってば! コンビニで保田さんに偶然会ったの!」
「圭ちゃんに?」
飯田さんがくわっと目を見開いて訊いてくる。その迫力に気おされて、私の返事は曖昧なものに。
「え…ええ…。」
「それで?」
「いや…その…どうしてアカペラを歌ってくれないのか理由を教えてもらってたんですよ。」
「なんて言ってた?」
なおも訊いてくる飯田さん。エジプトの遺跡の壁画で見かけそうなその大きな目は、まるで催眠術のような威力をもって私に迫ってくる。思わず口から言葉がこぼれ出す。
- 200 名前:第2話「ミライ」 132 投稿日:2002年01月24日(木)00時22分20秒
- 「ふたつあって…ひとつは、合唱部を放っておけないって…。」
「なるほど。もうひとつは?」
すると今度は福田さん。私はふたりに挟まれる格好に。
「ええと…その…」
言いあぐんでいると飯田さんが首をのばしてさらに迫ってくる。
「カオリとのケンカ?」
「なんですけど…ええと…保田さんは…その…」
苦しくなってマキを見る。強い視線。はっきりと言っちゃったほうがいいよ、とその目は主張していた。
───ああそうだ、逃げたってしょうがない。
私は息を大きく吸いこむと、目を閉じて早口で言った。
「保田さんは…いつも飯田さんに振り回されてるから、距離をおきたいって。」
飯田さんはまばたきひとつせず、目をいっぱいに開いて食い入るように私を見つめる。梨華ちゃんと福田さんも、目を丸くして私をじっと見つめている。
- 201 名前:第2話「ミライ」 133 投稿日:2002年01月24日(木)00時23分16秒
- 「カオリ……そうだったんだ。」
しばらくしてから飯田さんはぽつりとつぶやいた。
「飯田さん…。」
「カオリ、人の気持ちにあんまり敏感じゃないから…。圭ちゃんをずっと傷つけてたんだ…。」
「うーん、まあこれは性格だからある程度はしょうがないとは思うけど…。」
福田さんの冷静なフォローが入る。しかし、
「気配りができないカオリは部長に向いてないんだ…。部員を傷つけて嫌われるなんてリーダー失格だもんね…。ぐすっ」
大粒の涙を流し、どんどん沈んでいく飯田さん。
「でも保田さんは飯田さんのことを嫌ってはいないよ。」
みんな声のした方を向く。その先には───マキ。
「自分らしく自由にふるまう飯田さんを見るの、好きなんじゃないの?ってきいてみたけど、ちがうとは言わなかったよ。」
- 202 名前:第2話「ミライ」 134 投稿日:2002年01月24日(木)00時24分10秒
- 驚いた様子で聞いていた福田さんが、納得した表情を浮かべてそれに続く。
「…そうだね。だーっと突っ走るカオリと、それをあとからフォローしていく圭ちゃん…。それってすごくいいコンビだと思うな。お互い支えあってる感じで。」
飯田さんはしゃくりあげながらふたりを見つめる。福田さんは優しく話しかける。
「ふたりとも、自分たちの気づかないところで深く信頼しあってるってことだよ。ま、今回のケンカはカオリと圭ちゃんの関係を見つめ直すいいきっかけになったと思えば。ね。」
「そうだね。おかげで今まで見えなかったふたりのつながりがハッキリ見えたみたい。」
梨華ちゃんのまとめ。そして福田さんはお菓子の袋を手にとり、
「ほら、食べよ。せっかく吉澤とマキちゃんが買ってきてくれたんだから。」
- 203 名前:第2話「ミライ」 135 投稿日:2002年01月24日(木)00時25分24秒
- 広げたスナック菓子とジュースを囲んで車座になっておしゃべり。まったりムードの中、話題は自然とさっきの続きになる。
「歌手になるっていう飯田さんの夢、どうしてもゆずれないんですね。」
「うん。カオリ、少しも時間をムダにしたくない……だから圭ちゃんとの約束は、守れない…。」
「…まあその気持ちはわかるけど、でもやっぱりワタシは圭ちゃんと同じ立場だな。勉強を優先させたい。」
福田さんの意見はいかにも優等生らしい。梨華ちゃんはそれを聞いてため息をつく。
「わたしたち、もう将来のことを考えなくちゃいけない時期なんだね…。」
「石川には何か将来の夢とか目標とかあんの?」
「わたしですか…? 好きな人とずっと一緒にいること…かな…。」
私の方をちらっと見て答える梨華ちゃん。少しズレた回答に苦笑しながら福田さんは私に訊いてくる。
- 204 名前:第2話「ミライ」 136 投稿日:2002年01月24日(木)00時26分32秒
- 「吉澤はどうなの?」
「私は…まだ1年生だから、もうちょっとゆっくり考えたいなって…そう思ってます。」
「やっぱり、バレーやめちゃったのって…大きい?」
飯田さんが心配そうな顔つきで尋ねてくる。私はマキとの会話を思い出しながら答える。
「そうですね…やめてから何もすることなくなっちゃって…。私、どうすればいいんだろうって悩んだりもしたけど…」
みんな真剣な表情で話を聞いている。私は続ける。
「…だけど今は、すごく充実していますよ。歌うの、本当に楽しいんです!」
「でも文化祭が終わったらどうするのさ? ぼーっとしているとすぐに3年生になっちゃうよ。ただ漠然と学校に行くのって、カオリ、よくないと思う。」
- 205 名前:第2話「ミライ」 137 投稿日:2002年01月24日(木)00時27分18秒
- それを聞いてマキが言う。
「学校って、なんなんだろーね。ある人には時間をつぶすだけだったり、ある人には必要なものだったり。時間をつぶすことが必要なときもあるし。…行ってないあたしにはよくわかんないや。」
「えっ? マキちゃん、学校行ってないの?」
「行ってないよ」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。梨華ちゃんを見ると、予想外の展開に青くなっている。
「働いたりしてるの?」
「いや…毎日てきとーに過ごしてる。」
さすがにこのままじゃマズイ。慌てて、話題を変えるべく口を挟む。
「じゃあさ、マキから見て学校ってどんなふうに見えるのかな?」
- 206 名前:第2話「ミライ」 138 投稿日:2002年01月24日(木)00時28分17秒
- マキは少し考えて、答える。
「あたしは…こうしてみんなと話すの、とても楽しい。学校に行けばもっと人がいっぱいいて、いろんな話ができるんだよね。それだけでも、すごくうらやましいよ。」
飯田さんは腕を組んでウンウンうなずきながら、
「そだね。みんなが出会うため、それだけでも十分な理由になるね。」
それを聞いた福田さん、
「なるほど。ワタシたちは学校があったから出会った。だからこうして集まって歌うことができる。」
「…でも、それにはひとり足りないよ。保田さんがいないのはやっぱり…わたし、イヤだな…。」
梨華ちゃんの言葉にみんな黙りこんでしまう。
すると、飯田さんがすっくと立ち上がった。
「カオリ、圭ちゃんにあやまる! あやまって、一緒に歌ってもらう!」
「そうですよ、保田さんがいないと歌う意味ないですよ! 福田さん、なんとかしましょう!」
私もそれに同調する。福田さんは静かに笑みを浮かべて、言った。
「よし、圭ちゃんを仲間にする段取りを考えよう。作戦決行は月曜の昼休みだ!」
- 207 名前:第2話「ミライ」 139 投稿日:2002年01月24日(木)00時29分01秒
- ───作戦会議が終わったころには夜中の2時を回っていた。
いざ布団を敷こうとして気がついたが、6人だとさすがに寝るには狭い。するとマキは「あたし、ドラえもん好きだから」と言って押し入れに入ろうとする。なんだか彼女を邪険に扱っているみたいで私は止めたのだが、マキは聞かなかった。きっと、起きたときに正体がバレないように、という彼女なりの配慮だろう。
梨華ちゃんは風邪でもないのにマスクをつけて布団に入る。のどを傷めないようにするための工夫なんだそうで、アカペラに対する梨華ちゃんらしい真剣さが伝わってきた。
月明かりがカーテン越しに部屋の中をぼんやりと照らす。優しい気持ちに包まれて、私は瞼を閉じた。
- 208 名前:第2話「ミライ」 140 投稿日:2002年01月24日(木)00時29分33秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 209 名前:第2話「ミライ」 141 投稿日:2002年01月24日(木)00時30分24秒
- 「梨華ちゃん、準備はいい?」
「オッケー。ひとみちゃん、いくよっ!」
ふたりでうなずきあうと、思いっきり扉を開ける。
「失礼します! 保田先輩はいますかっ!?」
「大変なんです、急いで来てください!」
教室の中、今まさにお弁当を食べようとしていた保田さんは目を丸くしてこちらを見る。私と梨華ちゃんはずかずかと中に入っていくと、
「一緒に来てください!」
ふたりで保田さんの腕をつかみ、ムリヤリ廊下へと連れ出す。そして、そのまま勢いよく走り出す。
「ちょっと、どこ行くのよっ!」
「「音楽室!!」」
私と梨華ちゃんの声がハモる。保田さんは「はぁ?」と顔をしかめつつも並んで走る。3人一丸となって走る私たちのあまりの迫力に、廊下でしゃべっている生徒たちがあわてて飛びのく。
- 210 名前:第2話「ミライ」 142 投稿日:2002年01月24日(木)00時31分27秒
- 「いったい何だってのよ?」
音楽室に着くと同時に保田さんは訊いてくる。が、それを無視して梨華ちゃんはその扉を開ける。そして私は保田さんの背中を押してそのまま音楽室の中に突入する。
「それじゃ、ごゆっくり。チャオ〜」
梨華ちゃんはとびきりのスマイルで手を振ると、素早く扉を閉めてしまう。
「ちょっと、開けなさいよっ!」
かたく閉じられた扉をドンドンたたく保田さん。───その背中に、声がかかる。
「…圭ちゃん。」
振り向いたそこにいたのは飯田さん。そう、音楽室の中には飯田さんが待っていたのだ。
「カオリ…。」
保田さんの口からこぼれる飯田さんの名前。ふたりともそのまま黙りこんで、動こうとしない。そして…
「ごめんなさいっ!」
いきなりその長身をぐっと折り曲げて謝る飯田さん。保田さんはびくっと反応する。
「カオリ、ずっと圭ちゃんのこと傷つけてた! そのことに気がつかなくて…いくら謝っても足りないかもしんないけど、カオリ、何度でも謝るから! ごめんなさいっ!」
もう一度身体を深く折り曲げる飯田さん。じっとりと、重苦しい時間が流れる。
- 211 名前:第2話「ミライ」 143 投稿日:2002年01月24日(木)00時32分55秒
- 「……いいわよ、もう。」
保田さんの口から発せられた言葉。飯田さんは顔を上げ、保田さんを正面に見据える。
「カオリに悪気がないのは知ってるから。それに、アタシだって意地を張りすぎたし。」
その様子を横で見ていた私は思わず声をあげてしまう。
「それじゃ、保田さん…」
保田さんはふうっ、とひとつ大きく肩で息をすると、
「アタシも…悪かったよ。カオリ、ごめんね。」
その言葉をきっかけに、飯田さんの目から涙があふれ出す。
「圭ちゃん…ごめんね、ごめんね…。」
「カオリ、いいからさ、涙ふきなよ…。」
スカートからハンカチを取り出す保田さん。それを受け取り、涙をふく飯田さん。そして私は叫ぶ。
「…仲直りしましたね! よし、梨華ちゃーん!」
私の合図を聞いて、梨華ちゃんが外から音楽室の扉を開ける。
「さ、行きましょう!」
今度は飯田さんと私で保田さんの腕を引っぱる。
「ちょ…ちょっと、どこ行くのよ!」
「「屋上っ!」」
- 212 名前:第2話「ミライ」 144 投稿日:2002年01月24日(木)00時33分46秒
- 屋上に着くと、福田さんがキーボードの準備を終えて待っていた。
「どう、吉澤、仲直りした?」
私はパッと手を放す。これで、飯田さんと保田さんが手をつないだ格好になる。
「見てのとおりです。バッチリですよ!」
福田さんは大きくうなずくと、保田さんに話しかける。
「圭ちゃん、一緒にアカペラ歌おうよ。ワタシたちは圭ちゃん抜きで歌いたくない。…大丈夫、合唱部だって心配いらないよ。頼りになる部長と二人三脚でやっていけばいいんだからさ。」
保田さんは視線を足元に落とし、軽く深呼吸すると、空を見上げた。そして、
「……しょうがないわね。毎日練習を聞いてたけど、石川がいつも音をはずすから安心してお弁当を食べられなかったわ。アタシが教育係になってビシバシ鍛えてあげるからね、覚悟しなさい!」
保田さんは目を細めて、私たちに笑ってみせた。
───今日は一段と太陽がまぶしい。この日差しなら、飯田さんの涙もすぐに乾くだろう。保田さんの心もすぐに暖まるだろう。
秋の空はどこまでもどこまでも高い。その空に届くように、私たちは歌う。
- 213 名前:第2話「ミライ」 145 投稿日:2002年01月24日(木)00時34分27秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 214 名前:str 投稿日:2002年01月24日(木)00時44分01秒
- 今日はここまでです。第2話はあと2回の更新で終わる予定です。
>>187 ARENAさん
>ホイッ泥棒にあった時みたいな顔
おっしゃる通りです。が、文章力がないためにあのような表現に…。
まだまだ修行が足りません。がんばりますです。
>>188さん
この話を好きと言ってくださって、本当にうれしいです。
毎日チマチマ考えてるんですが、救われますね。ありがとうございます。
>>189 さるさる。さん
いえいえ、他の方の作品を読んでは自分の文章力に嫌気がさす毎日です。
ネタについてもそんなに詳しく知ってるわけではないので四苦八苦してます。
- 215 名前:訂正 投稿日:2002年01月24日(木)00時53分09秒
- >>207
× 6人だとさすがに寝るには狭い。 → ○ 5人だとさすがに寝るには狭い。
足し算まちがってました。恥ずかしい…。
- 216 名前:ARENA 投稿日:2002年01月24日(木)07時47分07秒
- おお、大量更新だ〜!ヽ( ´ー`)ノ
またしてもよく喋るマキが良いですね〜。
しかも思ったことをはっきりストレート(w
保田と飯田の仲直りのきっかけにもなってるし。
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月25日(金)22時04分43秒
- マキが可愛すぎ
青春って感じでいいな〜
- 218 名前:第2話「ミライ」 146 投稿日:2002年01月28日(月)04時58分16秒
- 「よし、今日はここまで!」
福田さんの声。いつもより力がこもっているのは、明日が本番だから。
私たちの出番は前夜祭。合唱部の発表会は文化祭2日目にあるので、今日は辺りが暗くなるまで全員揃って練習することができた。
「いよいよ…明日だね。」
帰り支度をしながら梨華ちゃんが話しかけてくる。
「うん…なんか今からもうドキドキしてるよ。」
「みんなの前で歌うの初めてだから…緊張しちゃうね。」
梨華ちゃんははにかみ笑いを浮かべる。なんとなく照れくさくなって、私はそれをごまかそうと、福田さんの方に向き直ってお礼を言う。
「飯田さんと保田さんも無事仲直りできたし、毎日がすごく充実してるし……これもぜんぶ、福田さんのおかげです!」
「…ワタシのおかげ───か。」
福田さんは微かな笑みを浮かべてつぶやく。
- 219 名前:第2話「ミライ」 147 投稿日:2002年01月28日(月)04時59分04秒
- 「吉澤には言ったよね、アカペラを思いついたときの話。」
「え…ええ。確か…」
「自分でもらしくないとは思うんだけど…夢を見たんだ。」
その言葉に、帰り支度を終えた飯田さんが反応する。
「え? 明日香が夢? どんなの? カオリ、気になるんだけど。」
福田さんは少しうつむいて、抑えた口調でしゃべる。
「恥ずかしいから、あんまり言いたくないんだけどね…その…天使と一緒に歌う夢…。」
「テンシ?」
「そう、天使。…ふたりで空の上で歌ってる夢。」
「どんな天使だった?」
飯田さんは興味津々といった感じでまっすぐ福田さんを見つめて尋ねる。その視線から逃げるように横を向いて、福田さんはぼそっと言う。
- 220 名前:第2話「ミライ」 148 投稿日:2002年01月28日(月)04時59分58秒
- 「どんなって…女の子だよ、ワタシたちと同じくらいの。羽はえてて、輪っかもちゃんとあって。」
「ふーん。」
「ま、とにかく。その夢を見て、みんなとアカペラを歌うのを思いついたってわけ。吉澤、お礼ならその天使に言うんだね。」
そう言って福田さんは笑った。
「いいなー。カオリも見たかったな、その夢。で、その天使の絵を描くの。」
「それなら交信して天使を呼び出してみたら?」
「うわっ、ヒドいなー圭ちゃん。」
「お互いさま…なんてね。」
からかいあう先輩たち。
- 221 名前:第2話「ミライ」 149 投稿日:2002年01月28日(月)05時00分45秒
- 私はひとり、屋上に張りめぐらされたフェンス越しに街を眺める。
───天使、か。
駅の近くには全身に光をまとった高層ビルの群れ。それぞれのてっぺんで深海の生き物のように赤いランプがいくつも点滅している。住宅街では一軒家やアパートの屋根が連なり複雑な幾何学模様の波を形づくっていて、あちらこちらで小さな光を灯している。ところどころ植えられた緑はまるで眠ってしまったように息をひそめており、輝き出した明かりによって人間の活動している様子が強調されはじめる時間。
この夕闇に包まれた空の下には無数の人々が暮らしていて、みんなそれぞれの日常を生きている。もし福田さんの見た天使が本当にいるのなら、この空のどこかから今の私と同じようにこの街を見下ろしているのかもしれない。そうして、みんなを見守ってくれているのかもしれない。歌を歌いながら。
- 222 名前:第2話「ミライ」 150 投稿日:2002年01月28日(月)05時01分54秒
- 「どうしたの、ひとみちゃん?」
梨華ちゃんの声。いつの間にか隣に並んで、不思議そうに私を見つめている。
「…いや、福田さんの言うとおり、天使が私たちを助けてくれたのかなって。で、今もこうして空から私たちのこと見ててくれてるのかな、ってね。」
「ひとみちゃん……ロマンチックだね。…ステキ。」
梨華ちゃんはキラキラと目を輝かせると、そのまま私に寄りかかってくる。肩に梨華ちゃんのほっぺたの感触。すっかり梨華ちゃんのペースにのせられてしまっていると、声がかかる。
「おーい、そこ、イチャイチャしてんなー!」
飯田さんにからかわれて、梨華ちゃんは名残惜しそうに私から離れた。
「モタモタしてると置いてくわよ!」
今度は保田さんの声。見ると、先輩3人はとっくに帰り支度を済ませて待っている。
「今いきまーす!」
「あ、待ってよ、ひとみちゃん!」
私たちは慌ててカバンを拾うと階段へと急いだ。
- 223 名前:第2話「ミライ」 151 投稿日:2002年01月28日(月)05時02分46秒
- 「ひとみ、いよいよあしただね。」
口の端をむにっと曲げて、私の返事を待つマキ。
「そうだね。…練習、する?」
「うん!」
威勢よく答えると、マキは私の隣に並んで立つ。
「それじゃ、いくよ。ワン、ツー、んっ、」
「ひとりーぼーぉっちーですこしー、たいくーつーなーよーるぅー」
歌い出すマキ。私はそれに自分の担当するコーラスをあわせる。
合宿の終わった夜からずっと、マキのリードヴォーカルにあわせて歌うのが私の日課になっていた。マキがこの歌を気に入ってよく口ずさむので、それならいっそ、と練習につきあってもらうことにしたのだ。
マキの声は魅力に満ちた声。伸びのある鋭い高音と、力強くひねり出す低音。大人っぽさと子どもっぽさが微妙に混じりあった声。一緒に歌っていても、思わず聴き入ってしまう。
- 224 名前:第2話「ミライ」 152 投稿日:2002年01月28日(月)05時03分32秒
- 歌い終わると、マキと見つめあう。さっきとはまるで別人のような、甘えてくる声。
「ひとみ…あした、楽しみだね。」
「楽しみって…そんな余裕ないよ。もう今からカチコチ。」
「だいじょーぶ。ひとみは毎日がんばったもん。自信もって。」
マキは無邪気に言う。それにつられて、ついついこっちの口元も緩んでしまう。
「そうだね。うん、練習を思い出していつもどおり歌うよ。」
「…がんばってね、あたし……ううん、なんでもないや。」
「え、なに? どうかしたの?」
「へへっ…ヒミツだよっ」
そう言うとマキはもう一度、いたずらっぽく唇を曲げてみせた。
- 225 名前:第2話「ミライ」 153 投稿日:2002年01月28日(月)05時04分13秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 226 名前:str 投稿日:2002年01月28日(月)05時16分43秒
- 今日はここまで。次回の更新で第2話は完結です。
できれば、『I WISH』をご用意ください。
>>216 ARENAさん
マキならではの考え方、という点をもっと強調したかったんですけど。
どうも中途半端でいけませんね。がんばらねば。
次回はもっと大量更新になります。ご期待ください。
>>217さん
青春ピグマリオンストーリーとでも申しましょうか。
第3話以降、うまくマキの魅力を表現できるといいのですが。
小説保存庫の管理人さん、本作品を収録していただきまして本当にありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。
…が、できればタイトルを「マネキン。」と、マル付きで表記していただきたいと思います。
ゼータク言って申し訳ありません…。
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)20時54分47秒
- あたし……なんだろう、気になる…
I WISH用意してお待ちしております。
- 228 名前:ARENA 投稿日:2002年01月30日(水)17時17分47秒
- マキ、何する気なんだ〜!?(w
気になる〜!ヽ( ´ー`)ノ
- 229 名前:第2話「ミライ」 154 投稿日:2002年02月12日(火)00時38分42秒
- 日も落ちてすっかり夜の空気になってしまった。一番星のほかにも星がいくつかまたたきはじめている。
───本番20分前。体育館の裏で私たちは出番を待っている。
合唱部の先輩3人はさすがに慣れているようで、余裕の表情でリラックスモード。だが私と梨華ちゃんは落ち着かない。
梨華ちゃんはさっきから何度も「人」という字を手のひらに書いては飲みこんで、保田さんに「そんなに飲みこんだらおなかこわすわよ」とからかわれている。私は緊張をほぐそうと辺りをウロウロと歩き回って、飯田さんに「動物園のクマみたいだね」と笑われる。でも私たちはひきつった愛想笑いを返すのが精一杯。
- 230 名前:第2話「ミライ」 155 投稿日:2002年02月12日(火)00時39分41秒
- この雰囲気から逃れるのに一番いい方法は大声を出すこと。かつてバレーの試合前にはよく叫んだのだが、そのたびにいつも「大声出さないでよ、恥ずかしい」と言われてしまっていた。
みんなに迷惑をかけないように渡り廊下の陰に移動して、さあ深呼吸して、わーっと叫ぼうとしたそのとき、
「あ、いたいた。ここにいたんだ。」
聞き慣れた声がして、振り向いてみる。と、そこにはマキがいた。
「あ――――っ!?」
思わぬカタチで大声が出た。
「そんなにおどろかなくてもいいじゃん。」
そう言って東の空を指差すマキ。見ると、今まさに月が昇ってきたところ。
「月…。」
「そゆこと。ひとみたちの出番が前夜祭でよかったよ。昼間だったら動けなかったもんね。」
「歌、聴きに来てくれたの?」
「…うん。」
- 231 名前:第2話「ミライ」 156 投稿日:2002年02月12日(火)00時40分33秒
- だいぶ落ち着いてきて、あらためてマキを見つめる。と、気がついた。
「あ…その服…。」
マキが着ているのは───私がプレゼントしたセーターとスカート。
「うん。今日着てこようって、決めてたんだよね。」
静かに笑みを浮かべるマキ。
長い睫毛、サラサラの髪、鮮やかな朱に染まった唇。冷淡な瞳の奥に隠した情熱。───コドモでもオトナでもない少女の一瞬を封じ込めた人形。
月の光を浴びて立つ彼女は、全身が柔らかく白い光を放っているよう。触ったら消えてしまいそうなはかなさ、しかし何者にも近づくことを許さない気品にあふれている。私は、息を飲んだ。
「どしたの、ひとみ?」
少し首をかしげてマキが訊いてくる。ふと、我にかえる。
「…なんでもない。」
彼女は何者なのだろう? ───いや、そんなことはどうだっていい。大事なのは、マキがここにいること。私のために服を着て、歌を聴きに来てくれたこと。
- 232 名前:第2話「ミライ」 157 投稿日:2002年02月12日(火)00時41分24秒
- 「ありがとね、来てくれてすごくうれしいよ。もうすぐ本番だから…」
「あ、マキちゃん!」
飯田さんの声。私とマキが話しているのを見つけて、こちらに走ってくる。
「え? マキちゃん来てるの?」
続いて保田さんがやって来た。
「吉澤がまた叫んでるなーと思ったら、マキちゃん来てたんだ。」
福田さん。すると梨華ちゃんも猛スピードで駆け寄ってくる。みんながマキの周りに集まった。
「ちょっと、なんでここにいるのよっ! しかもこんな新しい服なんか着ちゃって!」
「せっかくのひとみの晴れ舞台だから。…あ、梨華ちゃんもそうだったね。がんばってね。」
唇をタコさんみたいに突き出してむくれる梨華ちゃんと、それを気にすることなくあしらうマキ。なんだかこのふたりのやりとりは見ていてほほえましい。
- 233 名前:第2話「ミライ」 158 投稿日:2002年02月12日(火)00時42分12秒
- 「じゃ、リハーサル始めよっか。」
福田さんの言葉を合図に、全員元の場所に戻って半円形に並ぶ。本番と同じ位置についてスタンバイ。マキはそんな私たちの様子をじっと見つめている。
ピッチパイプの音。全員自分の最初の音を確認して、そして歌い出す……が。
───何かちがう。調子がおかしい。
今までの練習では青い空に響いていた声が、今日は黒い空に吸いこまれていく。まるでブラックホール。どんなに声を出しても足りなくなる錯覚。そのうちみんなの集中力が切れてきて、ハーモニーが崩れ出す。
「ストップ。」
福田さんが止める。
「どうしたの? みんないつもの調子出てないよ。」
心なしか、福田さんの顔に焦りの色が見える。
本番までもう時間がない。しかしこのままの状態でステージに上がるわけにはいかない。どうすればいいのだろう…。
- 234 名前:第2話「ミライ」 159 投稿日:2002年02月12日(火)00時43分05秒
- 「あたしも、声出してみていい?」
───マキ。集まる視線を浴びながら、落ち着いた声で彼女は言う。
「あたしも毎晩ひとみと練習してたんだ。コーラスとかはわかんないけど、メロディならわかるよ。」
みんなが黙っている中、保田さんが口を開いた。
「歌って、マキちゃん。…いいでしょ、みんな?」
「…でも……」
不安げな声をあげる梨華ちゃん。しかし保田さんはそれを遮って続ける。
「きっかけがほしいのよ。ひとりでも多く歌えばそれだけ声に厚みが出て安定するわ。そうでしょ、明日香。」
保田さんは、鋭い視線で福田さんを見つめる。
「……そうね。じゃあマキちゃんはリードヴォーカル…主旋律をやってくれる? 堂々と歌ってね。」
マキは真剣な表情でうなずく。
「それじゃもう1回やってみよう。マキちゃんが入るけど、みんなのパート変更はないから。そのままやってみて。」
もう一度音を確認して、そして歌い出す。
- 235 名前:第2話「ミライ」 160 投稿日:2002年02月12日(火)00時43分52秒
- 全員が交互に担当するリードヴォーカルに、マキの声が重なる。ひとつの芯が通って、まとまるコーラス。
───歌が、変わった。
厚みの増したハーモニー。いつもの練習と同じ…いやそれ以上に力強い声の束が、体育館裏という閉じられた空間から無限に広がる空へと突き抜けていく。
私たちの周りだけに歌声の薄い膜ができて、それが微かに光って夜の闇から守ってくれるような、今までにない感覚。ひとつの新しい世界を、私たちは今、自分たちの声だけでつくり出している。
- 236 名前:第2話「ミライ」 161 投稿日:2002年02月12日(火)00時44分33秒
- 歌い終わっても余韻に浸ったまま、私たちはしばらく何も言えないでいた。あと5分です、と文化祭実行委員から声がかかって、ようやく我にかえる。
「…できたね。」
「うん、できた。」
飯田さんと福田さんがつぶやいた。
「こうなったらもう、マキちゃんにも出てもらうしかないね。」
保田さんが言う。
「あたし生徒じゃないんだけど…」
「そうだね。こりゃもう欠かせない存在だね。お願い、出てちょうだい。」
マキの声を遮るような福田さんのセリフ。飯田さんも続く。
「カオリもお願い。生徒どーこーの問題じゃないよ。マキちゃんは仲間なんだよ。ね?」
- 237 名前:第2話「ミライ」 162 投稿日:2002年02月12日(火)00時45分15秒
- 私は梨華ちゃんの方を見る。と、
「わたしも…。音はずしちゃってもごまかせそうだし…。」
「なに言ってんのよ。正直に一緒に歌いたいって言いなさいよ。」
素早い保田さんのツッコミ。
「ま、とにかく。ワタシたちにはマキちゃんの力が必要ってわかったんだ。お願い!」
福田さんに迫られたマキは私の方を見る。私は、できる限りの優しい口調で答える。
「マキ、前に『なにごともやってみなくちゃはじまらないよ』って私に言ってくれたよね。」
「うん…」
「今度は私がマキに言う番。…一緒に歌おっ。」
すると、マキはゆっくりとうなずいた。それを合図に、みんなマキの周りに集まって歓声をあげた。
- 238 名前:第2話「ミライ」 163 投稿日:2002年02月12日(火)00時46分06秒
- 「あの…ありがとう。」
マキは保田さんにお礼を言う。
「…いいって。アタシはあんたに借りがあったから。」
「借り?」
「…気づいてないんならいいわ。ま、とにかくお礼を言わなきゃいけないのはアタシも同じだから。…ありがとね。」
保田さんはマキにウインクする。
「オエ――――!!」
その様子を見ていた私たちは一斉に気持ち悪がってみせる。
「なによっ、ヒドいわね!」
そしてみんなで笑いあう。マキも一緒になっていつもの笑みを浮かべている。
- 239 名前:第2話「ミライ」 164 投稿日:2002年02月12日(火)00時46分39秒
- 笑い声がおさまると、体育館裏に静寂が戻ってくる。私たちは互いの顔を見つめあう。みんな、真剣な表情に変わる。
───時間だ。
「よっし、それじゃ本番だ! そうだ、カオリ、号令かけてよ。」
福田さんが飯田さんに言う。
「え、カオリが? 明日香じゃないの?」
「ここからカオリは歌手を目指すんだから、カオリやりなよ。」
保田さんが優しく声をかける。
飯田さんはうなずくと、みんなに円陣を組ませる。もちろんマキも一緒。そして大きく息を吸いこむと、
「がんばっていきま――っ…」
「しょい!」
- 240 名前:第2話「ミライ」 165 投稿日:2002年02月12日(火)00時47分34秒
- 照明がすべて落とされた体育館。そのステージの中央に、私たちは静かに立った。
いつものピッチパイプの音。音程の確認。深呼吸。
「……『I WISH』。」
まっすぐなスポットライトが私たち6人を照らし出す。
「ひとりぼっちで少し退屈な夜 私だけが淋しいの? Ah Uh」
その光のように鋭く闇を切り裂くマキの声。それを飯田さんと保田さんのコーラスが包みこむ。ハーモニーが体育館の中にゆっくりと広がっていく。
「くだらなくて笑えるメール届いた なぜか涙止まらない Ah ありがとう」
続いて私と梨華ちゃんが交互に歌う。客席から手拍子が起きる。そして私たちのコーラスは少しずつ厚みを増していく。
「誰よりも私が私を知ってるから 誰よりも信じてあげなくちゃ!」
福田さんがアドリブでヴォイスパーカッションを入れる。そして全員で声を重ねて…叫ぶ!
「yeah!!」
その瞬間、体育館のすべての照明がONになった。私たちはコーラスでホーンセクションを再現しながらステージ全体に散らばると、再び集まって客席を指差す。すると、体育館全体に歓声が沸き起こった。
- 241 名前:第2話「ミライ」 166 投稿日:2002年02月12日(火)00時48分24秒
- 「人生ってすばらしい ほら誰かと 出会ったり恋をしてみたり Ah すらばしい Ah 夢中で 笑ったり泣いたりできる yeah」
マキの声、みんなのハーモニー。客席との一体感がうれしくて、思わず曲にあわせて手をあげ、飛び跳ねる。
「誰かと話するの怖い日もある でも勇気を持って話すわ私の事」
すると飯田さんもガマンできなくなったのか、長い手足を振り回して踊り出す。カクカクウネウネと踊る姿は、確かにちょっとロボットみたい。
「晴れの日があるからそのうち雨も降る 全ていつか納得できるさ!」
福田さんはそれを見て微笑みながら、しかし艶やかな声で歌う。そして、それにあわせて全員でコーラスを重ねていく。
「人生ってすばらしい ほらいつもと 同じ道だってなんか見つけよう!」
みんないっしょにー!と客席を煽る保田さん。汗が飛んできて、ちょっとだけ…汚いかも。
「Ah すばらしい Ah 誰かと めぐり会う道となれ!」
私、梨華ちゃん、マキの順にリードヴォーカルをとる。梨華ちゃんはちょっとだけ音をはずしたけど、勢いは止まらない。
- 242 名前:第2話「ミライ」 167 投稿日:2002年02月12日(火)00時49分06秒
- 間奏部分は主に合唱部の先輩3人がメロディーを歌い、私たちはかけ声を担当。客席もそれに応えて一緒に盛り上がっていく。
そして、全員がステージの中央に集まってコーラス。照明が暗くなる。
「晴れの日があるからそのうち雨も降る 全ていつか納得できるさ!」
向かいあって笑う飯田さんと保田さん。
───そうだ、ふたりの仲直りのためにはじめたアカペラは、いつしかふたりの最高の思い出づくりになっていたんだ。みんなで歌った記憶は、離ればなれになってしまっても、いつまでも残る。
そして、キーが上がる。照明も元に戻り、盛り上がりも最高潮に達する。
- 243 名前:第2話「ミライ」 168 投稿日:2002年02月12日(火)00時49分45秒
- 「人生ってすばらしい」
一列に並んで互いの顔を見つめあう。この一瞬一瞬をずっと心の中に焼きつけておくんだ!
「ほら誰かと 出会ったり恋をしてみたり」
───そう、私はマキと出会った。
「Ah すばらしい Ah 夢中で 笑ったり泣いたりできる」
───どんどん感情が豊かになっていくマキ。
「人生ってすばらしい ほらいつもと 同じ道だってなんか見つけよう!」
───そして退屈だった毎日は少しずつ変わっていった。
「Ah すばらしい Ah 誰かと めぐり会う道となれ!」
───これからもいろんな人と出会いを繰り返して、私は大人になるのだろう。
「でも笑顔は大切にしたい」
少し抑えめのコーラスの中、マキは強く、そして丁寧に歌う。
「愛する人の為に…」
客席が静かに見つめる中、私たちは厳かにハモって、そして曲を終えた。
- 244 名前:第2話「ミライ」 169 投稿日:2002年02月12日(火)00時50分19秒
- 歌い終えて、6人で手をつないでステージの一番手前に立つ。すると、客席から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「どーもありがと――っ!」
私たちはそのまま手をあげて応える。そして、鳴りやまない拍手に包まれたまま、ステージを下りた。
───こうして最高のテンションの中、前夜祭は幕を開けた。
- 245 名前:第2話「ミライ」 170 投稿日:2002年02月12日(火)00時51分58秒
- 「終わったね。」
「終わっちゃったね…。」
最高のアカペラを歌えたという満足感と大きなことが終わったという虚脱感が、私たちの身体を包みこんでいる。
出番を終えた私たちは、体育館裏に戻ってふたりきりでぼんやりと夜空を眺めていた。
「もうこれで練習することもなくなっちゃうんだね…。」
私がつぶやくと、マキはきょとんとした表情で見つめてくる。
「またあしたからも歌えばいいじゃん。」
「え…?」
「なにも本番が終わったからってやめちゃうことはないよ。またいっしょに歌お?」
そう言って、マキはアヒルさんみたく唇を突き出してみせる。
「そっか…そうだよね。」
「そーゆーこと。」
───毎日が少しずつ変わっていく。マキがいなかったら、私は今も同じところをぐるぐる回って苦しんでいたかもしれない。マキは私に、変わる勇気をくれた。
- 246 名前:第2話「ミライ」 171 投稿日:2002年02月12日(火)00時52分36秒
- 「マキ…ありがとね。」
「へ? いきなりどーしたの?」
「…今ね、すごくマキに感謝したい気分なんだ。」
「なんかキモチワルイなあ。……でも、あたしもひとみには感謝してるんだよ。…ありがと。」
そう言って、赤くなってうつむくマキ。
───そうだ、毎日が変わったのはマキも同じなんだ。
私とマキは、互いに支えあっている。これからも、ふたりで新しい毎日をつくっていくんだ。そして、その先にある未来は───
- 247 名前:第2話「ミライ」 172 投稿日:2002年02月12日(火)00時53分21秒
- 「これからも…よろしくね。」
「あたしも…よろしく。」
今さらかしこまって向きあうのが、すごく照れくさい。お互い、思わず笑いがこみあげてきたそのとき、
「吉澤ぁ―っ! マキちゃーん!」
「打ち上げに行くよー! 出てこーい!」
「モタモタしてると置いてくわよ!」
「ひとみちゃーん、どこ行っちゃったのー? まさかマキちゃんとヘンなことしてないよねーっ?」
みんなの声が聞こえてきた。
「ひとみ、行こっ!」
「うんっ!」
私たちは手をつないで走り出す。最初冷たかったマキの手は、私の体温が伝わって、すぐにあたたかくなった。
- 248 名前:マネキン。 投稿日:2002年02月12日(火)00時54分37秒
- 第2話「ミライ」 終
→第3話「キズナ」に続く。
- 249 名前:str 投稿日:2002年02月12日(火)01時03分51秒
- 以上で第2話は終了です。こんなに長くなるとは思わなかった…。
第3話はミニモニ。の3名が登場します。
開始時期はまったくもって未定ですので、申し訳ないのですがしばらくお待ちください。
>>227さん
いかがでしたでしょうか?
書いてる間ずっと『I WISH』聴いてました。
本物もアカペラでやってくれたら面白いと思うのですが。
>>228 ARENAさん
マキ、大した動きじゃなくてすいません。
6人全員で歌わせるためにこのような展開にしました。
■もしよろしければ、ご意見・ご感想をよろしくお願いします。■
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月12日(火)20時46分34秒
- マキとひとみの関係が好きです。お互いの影響で二人とも少しずつ変わっていく所が
すごくいいです。マキかわいい。これからも期待してます!
- 251 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 252 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 253 名前:ARENA 投稿日:2002年02月13日(水)03時16分56秒
- おお、また大量更新お疲れっす。
いやいや、「マキ、大した動きじゃなくて・・・」どころか、かなりの動きしてたじゃないですか(w
おもいっきりステージで歌ってるし。
やっぱり、というか、むしろ望んでた展開だったのですごく良かったです・・・。
この日にあの服を着てくるっていう所もまたニクい(w
保田のキャラもよかった。
そして、本当にリンクしてますね。「I WISH」に。
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月13日(水)21時18分00秒
- なんつーか、、、感動しました。
「I WISH」ヨカタ・・・・・・
第3話期待しております。
- 255 名前:第3話「キズナ」 1 投稿日:2002年03月04日(月)22時32分27秒
- ●第3話「キズナ」
- 256 名前:第3話「キズナ」 2 投稿日:2002年03月04日(月)22時33分23秒
- 目の前に座っている少女は、腕を組んでずっと考えこんでいる。うつむいたり、天井を見上げたり。そのたびに左右でふたつに分けて縛ってある髪の毛がぴょこんと揺れる。
テーブルに置かれた水に浮かぶ氷が解け、カランと音が鳴った。
「早く決めちゃってよ、辻。」
さっきから催促しているのだが、辻は相変わらず考え中。
「どっちだっていいよ。オレンジジュースでもリンゴジュースでも大して変わんないって。」
「…むずかしいんですよ。」
ぽつりと辻は言葉を漏らす。本当、食欲に関することについては妥協しない。
ファミレスでメニューとにらめっこし続けて15分。氷が再び、カランと音を立てた。
- 257 名前:第3話「キズナ」 3 投稿日:2002年03月04日(月)22時34分58秒
- きっかけはおととい。学校から帰る途中、矢口さんに呼び止められたのがはじまり。
「よっすぃー、中学生ぐらいの知り合いっていない?」
矢口さんは私の先輩で高校3年生。“よっすぃー”という私のニックネームの名付け親だ。誰とでも仲良くつきあう気さくな人で、バレーをやめて落ちこんでいる私を随分励ましてくれた。
「中学生…ですか? いますけど…どうして?」
「ヤグチさぁ、来年から大学生じゃん。今のうちからバイトを確保しちゃおうと思って。家庭教師の。」
「あれ? 矢口さん、大学受かったんですか? まだ12月ですよ?」
「スイセン。まあちょろいもんよ。ヤグチ要領いいからさ、ちょっと髪黒くしておとなしくしてりゃ受かるもん。」
自慢げに金髪をいじりながら話す矢口さん。白い歯を見せて笑いかける。
「それでよっすぃー、生徒を紹介してほしいってワケ。」
「…わかりました。ちょっとあたってみますね。」
「ありがと! 恩にきるよぉ〜。いつかお礼するからね。」
───こんなやりとりがあって、私は中学のバレー部で後輩だった辻を紹介することにしたのだ。それで、こうしてふたりで矢口さんを待っているというわけ。
- 258 名前:第3話「キズナ」 4 投稿日:2002年03月04日(月)22時36分10秒
- 「あ、来ました。」
辻が入り口を見て言う。私もその方向に目をやるが、矢口さんの姿はない。辻と同じくらいの年格好の女の子がキョロキョロしてるだけ。
と、ここで気がつく。辻は矢口さんに会ったことないはずだよな…。じゃあ、あの女の子のことを言ったのかな?
「あいぼーん!」
辻は席から乗り出して手を振る。それを見つけた女の子は小走りでこっちにやって来た。
「ののーっ!」
女の子は前髪を片方に寄せていて、おだんごを左右にふたつ乗せたようなヘアスタイル。私たちの前に立つと、ペコリとおじぎして人なつっこく笑った。
- 259 名前:第3話「キズナ」 5 投稿日:2002年03月04日(月)22時37分03秒
- 「はじめまして。加護亜依っていいます。」
「あ…吉澤ひとみ、です。」
その無邪気な仕草に見とれてしまい、少々間の抜けた自己紹介。すると、辻が説明する。
「あいぼんはつじのしんせきなんです。いっしょに勉強をみてもらおうと思ってよんだんですよ。」
「へえ…」
言われてみれば確かに似ているかもしれない。…そんなことをぼんやり考えているうちに、加護は辻の隣に座って、ふたりともお互いのほっぺたをつっつきあってじゃれあい出した。
「おーいふたりとも、何頼むか決めてくんない?」
「…じゃあつじはリンゴジュースにするから、あいぼんはオレンジジュースにしてください。」
「うんっ。半分飲んだらコーカンしような。」
辻の壮大な迷いは、加護が来たとたんにずいぶんあっさり解決したみたいだ。
- 260 名前:第3話「キズナ」 6 投稿日:2002年03月04日(月)22時38分25秒
- 注文したジュースがやってきたのとほぼ同時に、矢口さんも到着。
「よっすぃー、遅れてごめーん!」
矢口さんは走ってきたようで息を切らせている。マフラーをジャマそうに取ると、辻と加護の方に視線を移す。
「えと…矢口真里っていいます。来年から大学生になるんだけど…。とりあえずヨロシクっ!」
「辻希美です。吉澤センパイにはバレー部でおせわになりました。」
「加護亜依です。のの…辻さんの親戚なんですけどぉ、一緒に勉強を教えてもらおうと思ってきちゃいました。」
「よっすぃー、ひとりだけって聞いてたんだけど…」
矢口さんが私にこっそり耳打ちしてくる。それを見た加護は、
「あ、カゴはいま、辻さんのおうちにお世話になっているからふたり一緒でもだいじょうぶです。」
と付け加えた。なんだ、それなら好都合だ。
- 261 名前:第3話「キズナ」 7 投稿日:2002年03月04日(月)22時39分50秒
- 「じゃあふたりとも見てあげればいいじゃないですか。かわいいし、お金は2倍もらえるし。言うことないですよ。」
「そりゃまあね…。」
矢口さんはあごに人差し指をあてて少し考えこむ。そしてポンッと手をたたくと、
「うん、オッケー。ふたりとも見てあげるよ。」
そう言って辻と加護に笑いかけた。緊張してモジモジしていたふたりはパッと明るい表情に変わる。そして互いの顔を見合わせて呼吸をあわせると、
「よろしくおねがいしますっ!」
ピッタリ同じタイミングでおじぎした。
- 262 名前:第3話「キズナ」 8 投稿日:2002年03月04日(月)22時40分46秒
- 「あのー、矢口さんの得意科目って何なんですかぁ?」
「数学。わかんないところあったらジャンジャン訊いてくれて大丈夫だから。」
「にがてな科目は…?」
「国語かなあ。漢字はわかるんだけど選択肢を選ぶやつがね…。」
「つじ、漢字がにがてなんです。おしえてください。」
だいぶ打ち解けてきた3人はすっかり雑談モード。勉強の話をあれこれとしている。
と、突然加護が言い出す。
「あのー、矢口さんってぇ…」
「なに?」
「ちっちゃくってかわいいですねえ。」
「つじよりもちいさいです。」
「なっ…」
まさか自分より若い中学生にかわいいと言われるとは。矢口さんは顔をひくひくとケイレンさせながら「ありがとう…」とつぶやいた。
- 263 名前:第3話「キズナ」 9 投稿日:2002年03月04日(月)22時42分26秒
- 「矢口さん、かわいいって! よかったですね!」
「うるさいよ、よっすぃー…」
それを聞いたふたりは、今度は私に話しかけてくる。
「吉澤さん、“よっすぃー”って呼ばれてるんですか?」
「うん。矢口さんがつけてくれたニックネームなんだ。いいでしょ。」
「つじたちも“よっすぃー”ってよんでいいですか?」
「うん、いいよ。」
そう答えた瞬間、
「よっすぃ――――っ!!」
ふたりが大声をあげて抱きついてきて、テーブルが大きく揺れた。それを見た矢口さんは思わず、
「あんたたち…本当に中学生?」
「へいっ」
「来年で3年生になります。」
矢口さんはバタンと机に突っ伏す。
「そっか、受験なんだ…。ヤグチ…なんか、自信なくなってきたかも…。」
そんな矢口さんの頭をなでたり肩をたたいたり、辻と加護はその後も元気にはしゃぎ続けた。
- 264 名前:第3話「キズナ」 10 投稿日:2002年03月04日(月)22時43分30秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 265 名前:str 投稿日:2002年03月04日(月)22時56分22秒
- お待たせしました。第3話、ようやくスタートです。
案内板の方で「割と更新が早め」と書いてくださった方がいたのに、
再開が遅くなってしまい大変申し訳ないです。
>>250さん
マキとひとみの変化は、かなり気を遣って書いたところです。
その点を評価していただけて本当にうれしいです。
期待に応えられるよう、これからもがんばります。
>>251-252さん
お気をつけください…。
>>253 ARENAさん
皆さん予想したとおりの展開だろう、という意味で、
「大した動きじゃない」と書いたのですが…。
『I WISH』歌詞とのリンクはホントに苦労しました。
楽しんでいただけたようで安心してます。
>>254さん
ありがとうございます。「感動」と言われると照れちゃいますね。
第3話、少々ショッキングな展開があるかもしれませんが、
よろしくお願いします。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月05日(火)21時21分13秒
- マキを人間に・・・
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月06日(水)15時45分06秒
- 待ってました!第3話楽しみです。
少々ショッキングな展開>なんだろ・・・メチャ気になる・・・
- 268 名前:第3話「キズナ」 11 投稿日:2002年03月10日(日)05時31分53秒
- 「よっすぃ――っ!!」
玄関のドアを開けると同時に辻と加護が抱きついてきた。妹のいない私には新鮮な感動。いたずら好きだけど、こんなかわいいふたりに甘えられてうれしくないはずがない。
「おじゃましまーっす!」
矢口さんも含め4人でファミレスで会ってから数日。辻と加護から『これから遊びに行ってもいいですか?』とメールが届いた。『いいよ』と返事を送ったところ、10分もしないうちにふたりはやってきた。
自分の部屋にふたりを案内する。と、まるでドアに体当たりするかのように、ふたりは勢いよく中に飛びこんだ。
「おおーっ」
「きれいにかたづいてますね。」
「まあね。片付け、得意だから。」
そのうちふたりは私の部屋のあちこちを物色しはじめた。壁に貼ってあるポスター、本棚の中身、果てはタンスや引き出しの中まで。やりたい放題のふたりに対し、こっちはひとりで相手をしなければならないので大変だ。
「おとなしくしてるって約束したら、お菓子とジュースを持ってきてあげるから。」
私がそう言うと、ふたりともサッとその場に正座する。食べ物で釣る作戦はどうやら成功したようだ。
- 269 名前:第3話「キズナ」 12 投稿日:2002年03月10日(日)05時33分02秒
- それからはお菓子を食べるのに夢中で、ふたりともだいぶおとなしくなってくれた。マンガや好きな芸能人の話題、学校で流行ってることなんかをとりとめもなくしゃべって過ごす。それでも「腕を使って数字の『2』を書いてください」と言われてその通りにすると「へーんしん!」と声をかけられ仮面ライダーの変身ポーズにさせられたり、10回10回クイズでからかわれたり、私はすっかり辻と加護のおもちゃになってしまった。
それにしてもふたりは本当に仲が良い。何をするにも必ずお互いに見つめあって息を合わせるクセがある。私の話を聞いているときには、無意識に手をつないでいたり。一心同体とは、まさにこのこと。
ふたりのそばにいる、それだけで私の気持ちもどんどん明るくなっていく。自然と笑みがこぼれ出す。ふたりが一緒にいることはアタリマエ。そのアタリマエが醸し出す幸せな空気が、周囲を柔らかく包んでいく。
- 270 名前:第3話「キズナ」 13 投稿日:2002年03月10日(日)05時34分17秒
- 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。そろそろ晩ご飯の時間になって、あいぼん帰りましょう、と辻が加護に声をかける。ところが加護は、
「帰りとうない…」
急にその場に座りこんでしまった。
「あいぼん、みんなしんぱいするから帰ろうよ。」
辻がドアを開けて加護を促すが、加護は下を向いて首を横に振るばかり。
「ほら、加護。辻の言うとおりだよ。帰った方がいいよ。」
そう言った私に、加護は黒目がちな目を潤ませて訊いてきた。
「よっすぃー、泊めてくれる?」
「え…」
いきなりそんなことを言われても…母さんだって困るだろうし、だいいちこの部屋には彼女がいるわけで…。
「どうしても帰りたくないんです…。よっすぃー、おねがい。」
眉間にシワを寄せて迫ってくる加護。今にも泣き出しそう。
「う……わかった…。」
私って甘いなあと思う瞬間。なんかいつもこんな感じで、いろいろ押しつけられているような気がする…。
「…じゃあちょっと母さんに話してみるから。」
そう言って、階段を下りようと回れ右をする。そのとき、初めて見たふたりの元気のない姿が、視界の端に焼きついてしばらく消えなかった。
- 271 名前:第3話「キズナ」 14 投稿日:2002年03月10日(日)05時35分14秒
- 母親は加護が泊まるのをあっさりOKしてくれた。
ひとりさびしそうに帰る辻を、玄関で加護と一緒に見送る。
「辻、気をつけて帰ってね。」
「うん。……あいぼん…」
辻は心配そうに加護を見つめていたが、やがて「おじゃましました」と言い残して歩き出した。
「ごめんな、のの…」
さびしそうに帰る辻の背中を、加護はいつまでも眺めていた。
───そして私は、そんな加護の姿を見て考える。遊んでいる間はずっと楽しそうだったのに、帰るときになっていきなり元気がなくなってしまった。いったいどうしたのだろう? 何があったのだろう?
- 272 名前:第3話「キズナ」 15 投稿日:2002年03月10日(日)05時36分31秒
- お風呂からあがって、部屋に加護とふたりきり。加護は私が小学生のときに使っていたパジャマを着て、うつむいてベッドに腰かけている。
「加護、何かあったの? 私になんでも話してみてよ。」
できるだけ優しく声をかける。加護は視線を床に落としたままうなずくと、小声でぽつりぽつりと話し出した。
「カゴはぁ、帰らないほうがいいんですよ。」
「え? どうして?」
「ののの家族にメーワクかかるから…」
「迷惑? なんで?」
「それは……、期末テストができなかったんです…。」
それを聞いて、私は言う。
「なんだ、テストぐらいどーってことないじゃん。家に帰りたくないなんて、そんな大ゲサな…」
すると加護は顔を上げて、私の目をキッと見据えて言い放った。
「カゴは、ぜったいにメーワクかけらんないんです! いつもがんばってなくちゃいけないんです!」
「かご…?」
「…なんでもきっちりできんとあかんねん! テストかてできんとあかんのや!」
───関西弁? 今まで、標準語をしゃべっていたのに…。
甘えるような口調から一変して、まくしたてるようにしゃべる加護。だんだん加護は興奮してきて、声も大きくなっていく。───と、そのとき。
- 273 名前:第3話「キズナ」 16 投稿日:2002年03月10日(日)05時39分59秒
- ガタンッ!
押入れの中で大きな音が鳴った。そしてしばらくガサゴソと物音がして、ガラッと戸が開く。
「いてててて…あたまぶつけちった…。やっぱ押入れはきゅーくつでいけないね。」
中から出てきたのは、マキ。マキは私に笑いかけると、加護の存在に気がついたようでそっちを見る。
「あっれー、お客さんきてたんだ。」
「……。」
突然押入れから出てきた少女に目を丸くする加護。なんて言い訳をすればいいのだろう…。
冷や汗タラタラの私をよそに、マキはいつものように、
「はじめまして。マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
それにつられて加護も自己紹介。
「あ…加護亜依、奈良県出身の13歳です。」
「奈良? あ、それでさっき関西弁を…」
すると加護は私の言葉を遮るように言った。
「よっすぃー、その話はせんといて…」
「え?」
「昔の話、あんまりしとうないんや…ないんです…。」
さっきまでの強い口調からはあまりにかけ離れた弱々しい声。
- 274 名前:第3話「キズナ」 17 投稿日:2002年03月10日(日)05時41分19秒
- 私は、とりあえず話題を変えようとしゃべる。
「あ、マキはね、私の親戚でさ、この部屋で私と暮らしてるんだ。」
それを聞いた加護は驚いたように私とマキの顔を交互に見つめる。
「それって、カゴとののみたい…。どうして一緒に暮らしてるんですか?」
「ええっと…ほら、私たちすごく仲がいいから。ねえ、マキ。」
「うん」
マキは私の話に合わせてうなずく。
「…だけど母さんにはマキのことナイショにしといてね。」
「なんで? …あ、もしかして今ハヤリの“プチ家出”ってやつですか?」
「う…うん、それ。ね、マキ。」
「そうだね。そう、プッチ家出。」
「そうなんや…。あのぉ、どれくらいよっすぃーの家にいるんですか?」
「んー、ここに来たとき夏だったから…」
「半年もいるんですか!」
- 275 名前:第3話「キズナ」 18 投稿日:2002年03月10日(日)05時42分15秒
- そして加護はしばらく考えこむと、突然、マキに尋ねた。
「マキさん、“師匠”って呼んでもいいですかぁ?」
「ほぇ?」
「カゴはぁ、しばらくよっすぃーのお世話になるカクゴを決めました。つきましてはぁ、マキさんに弟子入りしてプッチ家出の道をきわめたいと…」
「うん、いーよー。」
「ちょっとマキ、何言ってんのよ! 一晩泊めるだけだよ! だいいち、ここは、私の部屋だぁー!」
しかし私の抗議を無視してふたりの会話は続く。
「師匠、プッチ家出でいちばん大切なのはなんですかぁ?」
「んーとね、“自然体”かな?」
「なるほど…」
「ヒトの話聞けよっ!」
- 276 名前:第3話「キズナ」 19 投稿日:2002年03月10日(日)05時43分13秒
- 午前0時をまわって、加護は私のベッドでスースー寝息をたてている。私は座布団に座って、マキに今日のことについて説明する。
「…そっか、なんかフクザツなカテーカンキョーでくらしてるんだね。」
「そうみたい。なにもテストができなかったくらいで家出しなくてもって思うんだけど…。」
「みんないろんな悩みがあるんだねえ。」
マキはウンウンとうなずいてみせる。自分は悩むことがないから、気楽なものだ。
「加護、ホントに家出を続けるつもりなのかな…?」
「いいじゃん、ひとみ。ずっと置いてあげれば?」
平然と言ってのけるマキ。
「そりゃマキにとってはかわいい弟子だからそう思うかもしれないけど…」
「あはっ。なんかねー、なつかれて悪い気しないねー。」
そう言って、マキは寝ている加護の頭をなでてやる。加護は気持ち良さそうに、んんっ、と小さく声をあげた。
- 277 名前:第3話「キズナ」 20 投稿日:2002年03月10日(日)05時44分06秒
- 「ほら見て、ひとみ。かわいい寝顔だよ。」
「…ほんとだね。安心しきってる、そんな感じ。」
「なにを悩んでるのか知んないけどさ、いつもこんなふうにおだやかにいられるといいね。」
「そうだね…。」
私はゆっくり立ち上がると、そろそろ寝ようかな、と部屋の電気を消す。すると厚めのカーテンの隙間から差しこむひとすじの月の光が、スポットライトのようにマキと加護の姿を照らし出した。
枕元で加護を優しく見つめるマキ。それはまるで現実にあらわれた聖母像のようで、私はただずっと無言で、その絵を眺め続けることしかできなかった。
- 278 名前:第3話「キズナ」 21 投稿日:2002年03月10日(日)05時44分42秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 279 名前:str 投稿日:2002年03月10日(日)05時51分48秒
- 今日はここまでです。読みづらかったらすみません。
>>266さん
まあ、それについては第4話以降で…。
>>267さん
待ってくれる方がいるというのはありがたいことです。
ショッキングというのはストーリー自体ではなく、むしろ設定面ですね。
なんとか読者の皆さんを不快にさせないように、できる限り心がけます。
- 280 名前:亜依LOVE ◆AILOVEjs 投稿日:2002年03月10日(日)14時17分42秒
- やったー!更新されてる!
これからも頑張ってくださいね。
- 281 名前:パム 投稿日:2002年03月11日(月)00時56分37秒
- 今日、一気に読ませていただいたっす。
なんていうか、、なんか不思議な良い雰囲気の小説だなって思ったっす。
これからもちょくちょく更新チェックさせていただくっす。
作者さん、がんばってくださいっす!!。
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月11日(月)16時52分34秒
- ただただ、更新されているだけで嬉しくなる作品です(爆
あいごまいいっすね〜
続き楽しみに待ってます!!
- 283 名前:第3話「キズナ」 22 投稿日:2002年03月14日(木)23時48分56秒
- 次の日の朝。いつものように早めに起きて学校へ行く準備をしていると、加護が目を覚ました。
「よっすぃー、おはよう…」
「あ、加護起きた? おはよう。」
私が挨拶を返すと、加護は目をこすりながら訊いてくる。
「…あれ? 師匠は?」
「出かけちゃったよ。夜になるまで戻らないって。」
…というのはもちろんウソで、本当はマキは押入れの中。
「加護、学校はどうするの?」
「…今日は休みます。制服もカバンもないもん。」
「そう。…今日だけだよ。」
そう言うと加護はこくんとうなずく。やっぱり、まだなんとなく元気がないように見える。
私は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、声を出す。
「それじゃ、私、行ってくるから。」
「まって、よっすぃー」
足早に部屋から出ようとすると加護に呼び止められた。
「…どうしたの?」
「ひとりぼっちはイヤやねん。…カゴも、つれていってください。」
- 284 名前:第3話「キズナ」 23 投稿日:2002年03月14日(木)23時50分00秒
- 「ビックリしたよ、よっすぃー。学校に加護を連れてきてるんだもん。」
昼休み。矢口さんを呼び出して、学校近くの店でスープパスタを食べながら事情を説明することにした。
料理を待ちながら話す私たちの隣では、加護も足をブラブラさせながらやりとりを聞いている。
「昨日、私の家に辻と遊びに来て、帰りたくないって、そのまま加護だけ泊まったんです。」
「へえー、やるじゃん。」
家庭教師のクセにけしかけるようなことを言う矢口さん。私は不安げな調子を少しだけ強めて続ける。
「それで今朝学校に行こうとしたら、ひとりぼっちはイヤだって言われて…。それもそうかなって思って連れてきたんですよ。」
「よっすぃー授業に出てたんでしょ? その間加護は何してたのさ。」
「たんけんしてました。」
無邪気に答える加護。よく見ると加護の着ている服にはあちらこちらにホコリがついている。
「倉庫とかぁ、資料室とかぁ、カゴの中学校よりもいろいろありました。」
それを聞いた矢口さんは、コドモだねーと言わんばかりに薄い笑みを浮かべる。が、すぐにイタズラっぽい口調で尋ねる。
- 285 名前:第3話「キズナ」 24 投稿日:2002年03月14日(木)23時50分43秒
- 「加護はさぁ、なんで帰りたくないの? そんなによっすぃーの家が気に入ったの?」
「あのですねぇ、カゴはいま、プッチ家出してるんです。」
「はぁ? プッチ家出ぇ?」
「はいっ」
「ふぅん。なんでまたそんな…」
矢口さんは不思議そうにつぶやく。私は、昨日の夜を思い出して答える。
「…それが、テストができなかったからだって。」
「はぁ? なんだよそれ。」
「いや…なんか、のっぴきならない事情があるみたいで…。」
「ん? どした加護、急に暗くなって。勉強はヤグチがしっかり教えてやるから心配すんなって。」
見ると、加護はうつむいて唇をキュッと噛んでいる。
───この、翳り。加護が見せる、別人のような表情。辻とふたりではしゃいでいたときの顔と、帰りたくないと泣き出しそうだった顔。そして、関西弁でまくしたてたときの顔。この感情の起伏は、なぜ…?
- 286 名前:第3話「キズナ」 25 投稿日:2002年03月14日(木)23時51分48秒
- 「…なるほどね。問題はそうカンタンじゃないってわけか。」
つくづく、このヒトは人の気持ちを察することに長けているヒト。それまでのおちゃらけた雰囲気も、冷静に周囲を眺める一歩ひいた態度もそこにはなく、真剣な目を加護に向ける矢口さんがいた。
「加護、大丈夫だからね。…よっすぃー、辻に連絡とってくれる?」
その鋭い視線をそのまま私の方に移し、矢口さんは訊いてきた。
「え…?」
「今日の放課後から矢口のカテキョ、はじめるから。場所はとりあえず、よっすぃーの家でお願い。いいよね?」
「…あっ、はい。」
さっきまでとはうってかわった緊張感に少し呆気にとられていると、矢口さんは素早くいつもの笑顔に戻る。そして、
「ほら、こういう沈んだ気持ちのときには、みんなでワーッと集まった方がいいんだよ。」
そう言うと、舌を出しておどけた。
- 287 名前:第3話「キズナ」 26 投稿日:2002年03月14日(木)23時52分43秒
- お昼が終わって学校に戻る。私は体調が悪いとウソをついて授業を抜け出し、加護とふたりで校舎の周りを散歩して午後を過ごした。
澄み切った空の真ん中からは細々とした日差しが届く。動物も植物もみんなエネルギーをじっと蓄えるのに必死なようで、生気があまり感じられない。それでも人間だけは相変わらずせわしなく動き回っており、時折それをあざ笑うかのように冷たい風が吹き抜けていく。そんな中で過ごす時間は、さびしさだけがよけいに募る気がした。
放課後になって、校門に集合してから3人並んで私の家に向かう。途中、矢口さんはずっと加護にしゃべりかけていたが、加護はうつむき加減で小さく返事をするだけだった。
そして家に着くと玄関先で制服姿の辻が待っていた。辻は私たちと一緒にいる加護を見て、てへてへとはにかみ笑いを浮かべる。するとようやく加護も明るい表情を見せたので、私と矢口さんは向かい合って安堵のため息をついた。
- 288 名前:第3話「キズナ」 27 投稿日:2002年03月14日(木)23時54分22秒
- 「よっし、それじゃあ、お勉強をはーじめーましょー!!」
小さい身体から元気いっぱいの高い声が飛び出す。辻と加護はぱちぱちと拍手してそれに応える。
「教科書をひらいて! ここの練習問題をやってみよー! わかんなかったら遠慮なく訊いてね。」
こくり、とうなずくとふたりはノートに向かう。そして、昨日の騒ぎが信じられないくらい静かに問題を解いていく。
そんなふたりの姿をボーッと眺めていると、
「ほら、よっすぃーも教科書ひらいたひらいた。」
矢口さんが私にも声をかけてきた。
「え、私もやるんですか?」
「サービスで見てあげるよ。今日だって午後サボってたでしょ。授業中わかんなくなることないの?」
「…たまに。」
───それからは3人でおとなしく勉強の時間。意外にも矢口さんの教え方は丁寧で、やる気にさせるのもすごく上手。辻と加護はもちろん、私も今までにないくらいはかどった。
- 289 名前:第3話「キズナ」 28 投稿日:2002年03月14日(木)23時55分18秒
- 「それじゃ、ちょっと休憩しよっか。」
そう矢口さんが言った瞬間、辻と加護はうなり声をあげて大きくのびをした。私も大きく深呼吸。
「やぐちさんやぐちさーん!」
「…なに?」
「10回10回クイズ〜〜〜!!」
今日のターゲットはどうやら矢口さんみたい。私は一旦部屋を出て、お茶をいれるために台所へ行く。
そして部屋に戻ってくると、矢口さんは床に座りこんで苦笑いを浮かべていた。ちょうど、辻と加護のオンステージが終わったところのようだ。お盆を持った私の姿を見つけると、ふたりとも満足げにVサインをしてみせた。
- 290 名前:第3話「キズナ」 29 投稿日:2002年03月14日(木)23時56分15秒
- 一服しながらまったりムードになったところで、矢口さんが尋ねる。
「あのさ、加護。こないだのテスト、そんなにできなかったの?」
と、それまで元気だった加護はとたんに顔をしかめてうつむいてしまった。
「別に1回くらいテストのデキが良くなかったからって誰も怒りゃしないよ。だいじょーぶだって。」
「でもぉ…」
「そりゃたまには友だちの家に泊まるのもいいけどさ、ちゃんと家には帰らないとダメだよ。」
「……。」
黙りこんでしまう加護。それを見て辻はオロオロしている。矢口さんはため息をひとつつくと、
「…まあいいよ。加護、何かあったら気軽にヤグチに相談してね。じゃ、勉強のつづきやろっか!」
「はいぃ…。」
か細いで返事する加護。
その後の勉強は調子は悪くなかったんだけど、なんとなく居心地の悪い空気がそのまま漂っていて、変に疲れてしまった。
- 291 名前:第3話「キズナ」 30 投稿日:2002年03月14日(木)23時57分20秒
- もうすぐ晩ご飯という時間、玄関のベルが鳴った。それに鋭く反応したのは、辻。
「つじのおかあさんです。むかえにきたんです。」
それを聞いて加護が泣き出しそうな顔をする。
「カゴはぁ…帰りません。」
ただごとではない雰囲気を察知した矢口さんは勢いよく立ち上がると、部屋を出て階段を下りていった。
「どうしても帰りたくないの?」
私が訊くと、加護はこくんとうなずく。
「うーん…どうしたもんかな…。」
「辻ちゃん、加護ちゃん、ちょっと来てくれるー!?」
矢口さんの声。それを聞いて「あいぼん、行きましょう」と辻が半ば強引に加護の手を引いて部屋を出た。その間も、加護はずっとうつむいたままだった。
ふたりが下りていった後も、玄関からは矢口さんが辻のお母さんを相手に話している声ばかりが聞こえる。加護のために一生懸命にしゃべるその声はよく通って、2階まで筒抜けだ。5分、10分と時間が過ぎていくが、矢口さんの声は途切れることなく響き続ける。
- 292 名前:第3話「キズナ」 31 投稿日:2002年03月14日(木)23時58分46秒
- 部屋の中にひとりぽつんと取り残された私も玄関の方に行ってみようかと思ったちょうどそのとき、スッと押入れの戸が開いた。
「マキ。」
「…今日もお客さんきてるんだ。あ、加護ちんは?」
「今、玄関にいる。辻のお母さんが迎えに来てて…。でも本人はどうしても帰りたくないみたい。」
「ふーん、なるほどね。」
しばらく、沈黙。その間も相変わらず、甲高くてエネルギッシュな声がひっきりなしに聞こえてくる。
「だれの声?」
緊張感の走るこの状況とは対照的に、マキはのんびりとした口調で訊いてきた。
「矢口さんだよ。」
「ヤグチ…? あ、きのう話してくれたキンパツの人か。」
「うん。さっきまでここで私たちの勉強を見てくれてたんだ。」
「へえ。なんだかアツくしゃべってるねえ。」
冷めた口調で言うマキ。だがそれは決して矢口さんに対する揶揄ではない。内に秘めた情熱をまだ素直に出せない自分自身に向けられた、自虐的なものだ。───最近わかってきたことだけど。
- 293 名前:第3話「キズナ」 32 投稿日:2002年03月14日(木)23時59分38秒
- 玄関が急に静かになった。それからしばらくして、3人分の階段をのぼる足音が聞こえてくる。
「あっ、師匠!」
部屋に入ってきた加護が、大きな声を出してマキに飛びついた。それまでふさぎこんでいた加護のいきなりの行動に、呆気にとられる矢口さんと辻。
「あれ? よっすぃー、誰?…ってか、いつのまに?」
「えっ、えーと、玄関がたてこんでたから窓から入ってきたんだよね、マキ!」
「うん」
首から加護をぶらさげたまま答えるマキ。しかし矢口さんはいぶかしげな目でマキを見つめている。辻はぽかんと口を開けたまま。
- 294 名前:第3話「キズナ」 33 投稿日:2002年03月15日(金)00時00分50秒
- そんな矢口さんたちに、マキはお決まりの自己紹介。
「はじめまして。マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
「マキは私の親戚なんですよ。」
「カゴのプッチ家出の先生なんです。」
私に続いて加護も付け加える。と、それを聞いた矢口さんは、険のある表情になってマキに尋ねる。
「まさか、あんたが加護をそそのかしたんじゃないよね?」
慌てて、加護がふたりの間に入る。
「ちがうんです、矢口さん。カゴが勝手に弟子入りしたんです。」
「ふぅん…そうなんだ…。」
睨み合う、というほどではないにせよ、明らかに友好的ではない雰囲気。私は少し焦って矢口さんに訊く。
「そうだ、加護は結局どうするんですか?」
矢口さんは私の方に向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「うん。ここは本人の意志を尊重して、しばらく泊めてあげてほしいんだ。」
「え…」
「無理に帰してこじれるより、このまましばらく様子を見た方が絶対いい。辻のお母さんもどうにか納得してくれたよ。」
はあ、そいつはよかった…って、吉澤家の立場は? 私は慌てて尋ねる。
- 295 名前:第3話「キズナ」 34 投稿日:2002年03月15日(金)00時02分11秒
- 「…あの、矢口さん…うちの母親はなんと…?」
「えっとね、ひとりぐらい子どもが増えても同じだからいいですよって。いやー、いいお母さんだ。」
「え…えー?」
「そんなわけでたのむよ、よっすぃー。あ、今後もここでカテキョをすることになるから。ヨロシク。」
矢口さんは事もなげにそう言うと、今度は加護に話しかける。
「辻のお母さんは辻と同じように加護のことも大切に思ってくれてる。だからこんな無理な注文をOKしてくれたんだ。そこんとこ、ちゃんと肝に銘じとけよ。」
「…はい。」
加護はまっすぐ矢口さんを見つめて返事する。
「さて、と。今、辻のお母さんが加護の着替えと勉強道具を取りに戻ってくれてるから。それが済んだら今日は解散ね。」
ひと仕事終えて満足そうに笑う矢口さん。対照的に私はこれからの生活を思って、長い長いため息をこっそりとついた。
- 296 名前:第3話「キズナ」 35 投稿日:2002年03月15日(金)00時03分32秒
- 辻のお母さんが加護の荷物を持ってきてくれたのを見届けて、辻と矢口さんは帰っていった。
加護とは一日交代でベッドを使う約束をした。加護は床に敷いた布団に入ると、疲れたのだろう、すぐに眠りについてしまった。
その姿を眺めながらマキとふたり、ベッドに並んで腰かけて話をする。
「マキ、ホントにこれでよかったのかなあ…?」
私は胸の中の疑問をマキにぶつける。
「…いいんじゃない? みんなナットクしてるんだから。あたしはこのコといられるの、うれしいよ。」
「うーん…。まあこの際、妹が増えたと思えばいいのかもしれないけどね…」
私がそう言うと、マキはじっと私を見つめて訊いてきた。
「ねえ、ひとみ。加護が妹なら、あたしはひとみの何?」
「え…?」
言われて、戸惑う。
トモダチ? …そうなんだけど、でもちょっとちがう。お互い必要で、支えあっていて。
じゃあまさか、コイビト? …いや、それはいくらなんでもちがう。そんなんじゃないよ。
───私にとってマキって、なんなんだろう?
- 297 名前:第3話「キズナ」 36 投稿日:2002年03月15日(金)00時04分34秒
- 「あたしはね、ひとみのことをすごく大切に思っているよ。…でもね、一言じゃ言えないんだ。見えない何かでつながっている…みたいな。そんな感じなんだよね。」
マキに先を越された感じがして、慌てて私も口を開く。
「私だって、そう思ってるよ! でも、うまく言葉にできなくて…」
するとマキはふにゃっと口元を緩めて、
「知ってるよ。」
「へ?」
「ひとみがあたしのこと大切にしてくれてるの、知ってるよ。…いいじゃん、コトバにできなくたって。」
そっか、言葉で縛り付けることのできない関係。お互いに特別な存在。それでいいんだよね。……でも。
「なんかそれってイジワルだよね。マキの方から訊いてきたのにさ。」
「そうかなぁ〜」
「そうだよっ」
へへっ、とごまかすように笑いかけてくるマキ。私もしょうがないなあ、と笑顔を返す。目の前では、加護が静かに眠っている。
昨日と同じ。だけど、少しずつ変わっていく、新しくなっていく私たちの毎日。
───こうして私とマキと加護、3人の奇妙な共同生活は正式にスタートした。
- 298 名前:第3話「キズナ」 37 投稿日:2002年03月15日(金)00時05分16秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 299 名前:str 投稿日:2002年03月15日(金)00時15分31秒
- 今日はここまでです。
「書けない」のではなく「書けるが粗い」スランプなので、展開がいいかげんです。
次回みっちり書きますので勘弁してください。すいません。
>>280 亜依LOVEさん
加護にはけっこうキツイ役柄を演じてもらうことになります。
読み終わって納得していただけるようがんばります。
>>281 パムさん
不思議な雰囲気、ですか。まあちょっと毛色が違うかもしれませんね。
調子が悪いなりに書いていきますので今後ともよろしくです。
>>282さん
うーん、第3話のキャストはカップリング組みたい放題ですからねえ。
意識しないとすぐによしごまに落ち着いてしまうので大変です。
- 300 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月16日(土)13時14分40秒
- 更新ありがとうございます!
最初からずっと読ませてもらってますが、毎回ホント楽しませてもらってます。
それぞれのキャラの使い方が秀逸で、ハマッてます。
マキとひとみの関係、良いですね…
マキを師匠と慕う加護ちゃんも可愛いです〜
とても楽しみにしてますので、ゆっくりこれからも頑張ってください。
- 301 名前:ARENA 投稿日:2002年03月18日(月)02時56分37秒
- つーか、最後の布団に入ってからの会話がいいわ〜。
当り障りのない所が、これぞよしごま!って感じで・・・(w
- 302 名前:第3話「キズナ」 38 投稿日:2002年03月19日(火)14時27分01秒
- 私にとってはつい最近までいた場所。でも矢口さんはほぼ3年ぶりに来たわけで、懐かしそうに辺りをさかんに見回している。───ここは、辻と加護が通う中学校。そして、私と矢口さんの母校。
加護のことについて、私たちは担任の先生に相談することにしたのだ。一応、今回のドタバタについてはすでに辻のお母さんから先生に連絡がいっているそうだ。しかし当事者として事の顛末を直接報告した方がいいだろう、そして事態を少しでも改善させるヒントがもらえるかもしれない、という矢口さんの判断により、私たちはここに来た。
加護が“プッチ家出”をはじめて4日目。慣れない来賓用の昇降口でスリッパに履きかえ、放課後の校舎に入る。
- 303 名前:第3話「キズナ」 39 投稿日:2002年03月19日(火)14時28分50秒
- 校内を歩いていると、私のことを知っている後輩が何人か挨拶してきた。その様子を見た矢口さんは、
「よっすぃー、有名人じゃん。」
そう言って肘でつついてくる。
「ええまあ…バレーやってたからかな…。」
正直、いまだに“憧れのセンパイ”という目で見られるのは苦しい。あなたたちが思っているほど私は立派な人間じゃないんだよ。あっさりと夢をあきらめてしまった、弱い人間なんだよ。───そう言ってしまいたい。
そんなことを思いながらぼんやりと廊下を歩く私の視界に、強い意志を持った瞳が突然飛びこんできた。ちっちゃい身体をいっぱいに広げて、通せんぼ。
「ストップ! よっすぃー、ストップ!」
矢口さんは人目をはばからず、叫んだ。
「今、悲しいことを考えてたでしょ。バレーをやめちゃった私にかまわないで、みたいな。」
「……。」
彼女はなんでもお見通しだ。バツが悪くなって私が視線をずらそうとすると、すかさず、力をこめて言う。
- 304 名前:第3話「キズナ」 40 投稿日:2002年03月19日(火)14時30分06秒
- 「みんなが慕ってくるのは、吉澤ひとみって人間が好きだからだよ。確かにバレーはきっかけだろうけど、それがすべてじゃない!」
「矢口さん…。」
「もっと自分のこと、好きになってあげて。」
その言葉に、何も言えず立ちすくむ私。矢口さんはボソッと
「アカペラ歌ってるよっすぃー、カッコよかったよ。」
そう付け加えると、私に背を向けて早足で歩き出した。
「あ、待ってください!」
慌てて後を追う。すると矢口さんは走って逃げ出した。負けじとスピードを上げる私。そして、追いかけっこがはじまる。
廊下の端まで行ったところで理科の先生に見つかってしまい、OGのクセして騒ぐんじゃないよ、と怒られる。ふたり並んで注意されている間、矢口さんは私と目が合うと一瞬ほっぺたを赤くして、それからウエーンと今にも泣きそうなヘンガオになっておどけてみせた。
- 305 名前:第3話「キズナ」 41 投稿日:2002年03月19日(火)14時31分26秒
- 「失礼します。」
職員室の戸を開けると、そこには10人ほどの先生方がいた。私たちの姿を見ると一斉に「おっ」と、珍しいものでも発見したような顔つきに変わる。それがたまらなく照れくさい。
私たちはなるべくおしとやかに会釈を返しつつ、目的の人物を探して部屋の中を見回す。と、
「矢口さんと吉澤さん?」
奥の方から女の人の声がした。そちらの方を向くと、ウェーブのかかった髪をかき上げて、気だるそうにこっちを見ている女性がひとり。一瞬ここが中学校、それも職員室であることを忘れてしまうようなオトナの妖艶さをたたえたそのヒトは、茫然と突っ立っている私たちの目の前までツカツカと歩み寄って来る。そして涼しげな表情を崩し、柔らかく笑った。
「はじめまして。加護さんのクラス担任の、石黒彩と申します。」
- 306 名前:第3話「キズナ」 42 投稿日:2002年03月19日(火)14時33分25秒
- 職員室じゃ落ち着かないでしょ、と連れてこられたのは6畳ほどの広さしかない家庭科準備室。石黒先生はふだんはここで仕事をしているようだ。狭い部屋のあちこちにはつくりかけの洋服が掛かっていて、そのカラフルなデザインに思わず見とれてしまう。
3人とも椅子に座ると、あらためてお互いに自己紹介。石黒先生は今年から入った新任の先生とのこと。どうりで、知らないはずだ。
ひととおり今回の騒動について説明が終わったところで、さっそく矢口さんが切り出す。
「ズバリお聞きしますけど、加護さんの期末テストの成績、そんなに悪かったんですか?」
石黒先生は「イキナリ何?」と呆気にとられた表情になる。クールにきめてる服装とのギャップに、私はちょっとだけ笑ってしまった。
「加護さんが家出の理由にテストのことを挙げていたんです。それで訊いてみたんですけど。」
「うーん…いくら家庭教師だからって、具体的な数字は教えられないけど…」
- 307 名前:第3話「キズナ」 43 投稿日:2002年03月19日(火)14時34分31秒
- 机の引き出しからプリントの束を取り出すと、先生はそれをパラパラとめくりながら言う。
「特別ひどい点数ってことはないわね。確かに、いつもよりは調子悪かったみたいだけど。」
「でも実際に加護は、テストの話になると泣きそうな表情になるんですよ。」
そんな私の言葉に、先生は首を傾げる。
そしてしばらく考えこんでから、尋ねてきた。
「加護さんが吉澤さんのお宅に最初に泊まったのはいつ?」
「えっと…火曜日です。」
「うちのクラスはその日にすべてのテストが返却されているわね。家に帰りづらかったのかしら?」
「でも!」
矢口さんが口を挟む。
「辻さんのお母さんはきちんと話せばわかってくれる人だと思います。ヤグチ、実際に話してそう感じました。」
その言葉を聞いて、先生は続ける。
「…そうよねえ。辻さんのお宅は加護さんのことを優しく見守ってくれてるわよねえ。なんで帰りたくないのかしら?」
- 308 名前:第3話「キズナ」 44 投稿日:2002年03月19日(火)14時35分49秒
- 私は、初めて加護が泊まった夜のことを思い返す。
「あの、加護は『ののの家族にメーワクかかるから…』って言ってました。ハッキリと、“迷惑”って。」
それは、加護の抱える悩みの原因が彼女自身にあることを断定する言葉だった。言ってからその重みに気づく。不意に背中に冷たいものを感じた。
身体に絡まった糸をほぐすために、やむを得ず身体を傷つけてしまうように。その痛みがわかるからこそ、誰も言葉を続けられなくなる。
でも、このまま立ち止まっていても問題は解決しないのだ。私はあのときの加護の関西弁を思い出しながら、勇気を出して尋ねた。
「…そもそも加護はなんでこの街に来たんですか? 奈良県出身って聞いたんですけど…。」
石黒先生の返事はない。私たちをじっと見つめたまま、微動だにしない。
おそらく校庭や体育館からだろう、部活動のかけ声がこの部屋まで届いてくる。同じ学校、同じ放課後のはずなのに、まるでちがう時間が流れている別世界のことのように思えた。
- 309 名前:第3話「キズナ」 45 投稿日:2002年03月19日(火)14時37分04秒
- やがて石黒先生は「絶対に他の人には言わないでね」と前置きしてから、ゆっくりとしゃべり出した。
「あなたたちが信頼できる人だと信じてるから言うけど……。…加護さんのお父さんは……警察に…」
そこまで聞いた瞬間、矢口さんが、
「あ、いいです。わかりました。」
早口で先生の言葉を遮って途中で終わらせた。
小さな部屋の中は、一瞬のうちに深海の底に沈んだ。突然押し寄せてきた圧力につぶされそうになる。
加護に絡みついた糸。事実の重さは私から言葉を奪う。さっきの勇気はいとも簡単に散らばって消えた。
重苦しい雰囲気の中、矢口さんが小さな声で尋ねる。
「加護さんは、いつから辻さんのお宅に…」
「…今年の4月から。それまでは別の親戚の方に預けられていたそうよ。」
「そうですか…。」
また、沈黙。聞こえてくる部活の声が、さっきよりもいやに大きく聞こえる。小さな窓に切り取られた冬の空が、汚れを知らないかのように晴れ渡っているのがひどくしらじらしく感じられて、私は何もないその青を思いきり睨みつけた。
- 310 名前:str 投稿日:2002年03月19日(火)14時50分10秒
- 少ないですが、今日はここまで。前半のヤマ場に突入です。
>>300さん
レスありがとうございます!
正直、加護とマキのところはもっとつっこんで描きたいんですけどね。今後の課題です。
キャラは使い方どーのこーのというより、勝手に動き出す感じで。書いててキツイけど楽しいです。
>>301 ARENAさん
今のうちから当り障りがあると後半大変なので、抑えめです。
ゆっくり、そして確実にふたりが近づいていけばいいかな、なんて考えてます。
- 311 名前:第3話「キズナ」 46 投稿日:2002年03月23日(土)03時40分05秒
- 「加護さんは、優しいから…」
石黒先生が口を開いた。
「加護さんは優しい子だから、周りの人を傷つけないように…ただそのことだけを考えるの。」
「でも、家出するとよけいみんなに迷惑かけちゃうじゃないですか?」
優しさがなぜ家出につながるのだろう? 私は尋ねる。
「ま、そうなんだけどね。…でも、加護は加護なりに真剣に考えたんだよ。」
そう答えたのは矢口さん。私はまだ加護の考えがわからず首をひねっていると、
「加護はね…“自分がいなくなること”よりも“自分がいること”の方が迷惑がかかる、って考えたんだよ。」
その言葉を聞いて、さっき感じた背中の冷たさが再び蘇る。
「それって…」
「つまり、自分がジャマな存在ってこと。加護は、自分のことを疫病神みたいに思ってるんじゃないかな。」
「優しい子ほど、周りの人を傷つけないように、自分を傷つけて済ませようとするのよ。」
矢口さん、そして石黒先生のセリフ。私は何も言えず、ふたりを交互に見つめる。
- 312 名前:第3話「キズナ」 47 投稿日:2002年03月23日(土)03時41分23秒
- すると、矢口さんは私の目をまっすぐ見据えて抑揚なく言い放った。
「だって加護は、“ハンザイシャ”の娘だから。」
「───!!」
自分自身を、一番最初のところで否定してしまっている加護。
『カゴはぁ、帰らないほうがいいんですよ。』
『昔の話、あんまりしとうないんや…ないんです…。』
───頭の中で、加護の発した言葉がエコーする。ぐるぐる回る。
「そんな! じゃあ加護はどうしたらいいんですか!?」
私は矢口さんに詰め寄る。矢口さんは表情を変えることなく、答える。
「だから加護は考えた。迷惑をかけない存在になるには…欠点のない人間になればいいって。」
───再び、私の頭の中に加護の言葉が響く。
『カゴは、ぜったいにメーワクかけらんないんです! いつもがんばってなくちゃいけないんです!』
『なんでもきっちりできんとあかんねん! テストかてできんとあかんのや!』
- 313 名前:第3話「キズナ」 48 投稿日:2002年03月23日(土)03時43分01秒
- 矢口さんは淡々と続ける。
「少しでも欠点があると、それが増殖して自分のすべてを食い尽くす。…ガン細胞みたいにね。」
「じゃあ、テストができなかったってのも…」
「ふつうの人にしてみれば小さなことかもしれないわ。でも、加護さんにとってはそうじゃなかった。」
「だけど欠点なんて誰にもある。そんなの無視して、ヤグチたちは加護の居場所をつくらなくちゃいけない。」
先生と矢口さんの顔がゆがんで見える。声がだんだん遠くに聞こえる。
私は加護のことを少しもわかろうとしなかった。ただかわいそうとか、マキのことがバレると困るとか、そんなことばかり考えていた…。
「私…、加護が自分の部屋に泊まるのを、ジャマだって思って…」
「そりゃ実際、迷惑なことだよ。…でも、加護はよっすぃーを頼ったんだ。応えてあげて。」
矢口さんは涙でぐしゃぐしゃの私をぎゅっと包んでくれた。矢口さんの身体は小さいけど優しい心がいっぱいに詰まっているから、抱きしめられてすごくあったかかった。
- 314 名前:第3話「キズナ」 49 投稿日:2002年03月23日(土)03時44分30秒
- 「こんなこと言うのは教師失格かもしれないけど、加護さんのこと、よろしくお願いします。」
石黒先生はそう言って見送ってくれた。私たちはその言葉に力強くうなずいて、学校をあとにした。
───夕方、中学校からの帰り道。去年まで見慣れていた風景がやけに懐かしく思えた。そんな当たり前の日々を良き思い出として味わうことができるのが、どれだけ幸せなことか。私は夕暮れの空を眺めながら、加護のことを思った。
「よっすぃーは、5人家族だったよね。」
私の少し後ろを歩いていた矢口さんが訊いてきた。
「そうです。父親、母親、私、弟ふたり。あ、でも今は加護が…あとマキもいます。」
「そっか。…幸せ?」
「…ええ。加護の話を聞くまで気がつかなかったくらい、幸せです。」
「うん」
振り向くと、カバンを後ろにさげて斜め下を見ながらゆっくり歩く矢口さん。陰影が強調されたその物憂げな表情は、今まで誰にも見せなかった彼女の一面を予感させた。
- 315 名前:第3話「キズナ」 50 投稿日:2002年03月23日(土)03時45分39秒
- 「矢口さんは、幸せですか?」
逆に尋ねてみる。すると矢口さんは一旦私を見てから、視線を下に戻して、そして答えた。
「ヤグチはね…幸せなはずなのに、そうじゃない。」
「へ?」
何を言ってるのかわからないでいると、矢口さんは乾いた笑みを浮かべてしゃべり出した。
「ヤグチには父親も母親もいる。だけど、家族がいつも一緒にいるのが当然になっててさ、それがキショイ。」
「別に、それがふつうじゃないんですか?」
「…うちの家族、どんなときでもベッタリしてないと気が済まないんだよ。運命共同体ってカンジ。」
「はぁ。」
「スイセンで大学受かったのも、早くひとりで暮らしたかったから。カテキョのバイト決めたのも、なるべく親の金に頼りたくなかったから。」
矢口さんは私を一瞥してから、
「ヤグチが金髪にしてるのは、おカタい両親とはちがうんだっていう主張なんだよ。親とはちがうタイプの人間になりたかった。」
吐き捨てるように言う。
- 316 名前:第3話「キズナ」 51 投稿日:2002年03月23日(土)03時47分43秒
- 「…よっすぃーは幸せなんだからそれでいいよ。でもヤグチの場合、親が自分をマヒさせてるみたいでさ。」
そしてため息をひとつついて、ゆっくりと続ける。
「家族って制度が重苦しいんだ。いつまでも親の所有物みたいに扱われて。真綿で首を締められてるっていうかね。」
「矢口さん…。」
「……ゴメン。しゃべりすぎたよ。」
矢口さんは申し訳なさそうに微笑んでみせた。私は、思ったことを素直に口にする。
「矢口さんは…、オトナですね。」
「ガキだよ。オトナになりたいただのガキ。」
「でも、私から見たら矢口さんはステキなオトナです。」
今にも沈もうとしている夕日が最後のきらめきを見せたのか、矢口さんの顔がさらに赤みを増した。
「…アリガト。…よっすぃーだってステキだよ。加護のことを思って涙を流せるんだから。」
「……。」
照れくさくて何も言えなくなってしまう。と、
「…とりあえず、あの夕日に向かって走っとくか!」
そう言って駆け出す矢口さん。私は慌ててその背中を追いかける。すると突然カバンが前から飛んできた。
- 317 名前:第3話「キズナ」 52 投稿日:2002年03月23日(土)03時49分05秒
- 「よっすぃー、パス!」
「わっ!」
どうにかキャッチ。
「よし! 今度はよっすぃーがパスする番。自分より前にパスを出すと反則だぞ!」
矢口さんは走るスピードを緩める。
「…はいっ!」
私は思いっきりダッシュして矢口さんを追い抜くと、自分のカバンを後ろへ放り投げた。
「ナイスパス!」
高い声が辺りに響く。そして、矢口さんはまた勢いよく走り出す。
ちょっとしたふざけ合い。でも、少しだけ本気だった。TVの青春ドラマみたいに、きっとハッピーエンドになりますようにって、そう思いながら私たちはパスを出しあって走った。
- 318 名前:第3話「キズナ」 53 投稿日:2002年03月23日(土)03時50分21秒
- 家に着くと、玄関のドアにもたれかかって加護が待っていた。私を見つけると満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきて、そのまま体当たりしてくる。
「ただいま。」
そう言って私は彼女を受け止める。その瞬間、不意に石黒先生・矢口さんとの会話が頭の中をよぎった。───ヤバイ。なんか、泣いちゃいそうだ。
「おかえりなさぁい。」
くぐもった声が胸の辺りから聞こえてきた。私は涙がこぼれそうになっているのを見つからないように、ぎゅっと加護のことを抱きしめる。
「うー…よっすぃー、くるしいぃー。」
慌てて身体を離す。加護はあらためて私と向き合うと、首をちょっと曲げ右手を斜めに小さく上げて、エレベーターガールのような口調で、
「本日のお夕食はあったかいナベでございまぁす。」
わざとらしく語尾を吊り上げて言った。
───ナベ。いろんな食材がひとつの器の中に入っていて、それを家族みんなでつっつく。なんとなく、それは今の加護にとって最高の晩ご飯であるように思えた。
私は加護の手をとると、一緒に玄関のドアを開ける。そして声を揃えて、
「ただいまぁ!」
ふたりで、家の中へと入った。
- 319 名前:str 投稿日:2002年03月23日(土)03時52分38秒
- 今日はここまでです。話が重くってすいません。
さすがにこの場面でかごぱち先生やつじぱち先生は出せない…。
- 320 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月24日(日)18時33分40秒
- >さすがにこの場面でかごぱち先生やつじぱち先生は出せない…。
出てきたらさすがに「びっくり」では済まないような(w
- 321 名前:第3話「キズナ」 54 投稿日:2002年03月25日(月)21時11分05秒
- ───眠れない。
昼間の加護の話が気になってしまい、どうしても眠れない。ベッドに入ったままで、布団で寝ている加護の方を見る。加護は明かりをつけていないと眠れないそうで、枕元には小さなライトがついたままになっている。
私は無邪気な寝顔を見つめながら、今日あったできごとをゆっくりと思い返す。英語で「無邪気」はイノセント。この言葉には、「無罪」って意味もあったはずだ…。
すると突然、スッと押入れの戸が30cmほど開いて、マキがにょきっと顔だけ外に出した。その姿が滑稽で笑いがこみ上げてきたのだが、加護を起こさないようになんとかガマンする。
「眠れないの?」
マキが声をかけてきた。私は黙ってうなずく。すると、マキはよいしょっと本格的に押入れから出てきた。
「加護のこと、気になるの?」
もう一度、黙ってうなずく。
いつものように、加護が寝静まってから一日の報告を済ませたマキと私。マキは加護の話を聞いて、そうなんだ、とただ一言だけ口にした。人間でない彼女には話のリアリティがつかみづらかったのだろうか、マキの反応は予想したよりも素っ気なかった。まあ結局、ふたりで力を合わせて加護の居場所を守ろう、という話にはなったのだけれど。
- 322 名前:第3話「キズナ」 55 投稿日:2002年03月25日(月)21時12分26秒
- 「ねえ、ひとみ。コンビニ行かない?」
突然のマキの提案。時計を見ると、午前2時半を少し回ったところ。
「なに言い出すのよ、いきなり。こんな時間なんだよ。」
しかしマキはそっと加護をまたいで私の目の前まで歩み寄ると、
「コンビニは24時間やってるよ。ねえ、行こうよ。」
そう言って、腕を組んできた。駄々をこねて甘えてくるコドモと大して変わらないはずなのに、マキの仕草はすごく色っぽい。思わず意識してしまう。
私は平静を装って、できる限り自然にその腕をほどいて言う。
「親にバレたらどうすんの。ヤバイよ。」
「バレないようにすればいーの。」
マキは窓を指差すと、唇を曲げた。
- 323 名前:第3話「キズナ」 56 投稿日:2002年03月25日(月)21時13分37秒
- 月が見える。世界は時間が止まってしまって、私とマキ、そして月だけが動くことを許されている───そんな錯覚に陥るほど静かな夜の街。
こんな夜中に家を抜け出すのは初めて。バレたらヤバイという後ろめたい気持ちと、未知の荒野を冒険するような高揚した気分とが入り混じっている。それでもやはり危ない目に遭ったらどうしようという不安感が募り、マキの手の感触を確かめるようにつないだ手を握り直す。マキはそれに応えるように、黙ったまま私の手を強く握り返してきた。
孤独な宇宙空間に放り投げられてしまったみたい。重力のある地球とはちがって宇宙には確かなものなんてない。今の私はそんな場所でフワフワと浮いているだけ。このまま帰れなくなってしまうのでは、という恐怖がじわじわ迫ってくる。
───でも。つないだ手は命綱のように。この闇の中で唯一の確かなもの。
「ひとみは、真夜中の街を歩くのははじめて?」
マキが楽しそうに尋ねてくる。───そう、マキはずっとひとりで月の夜をさまよっていた。ここは、マキの世界。私は、彼女の生きる世界に連れてこられたのだ。
- 324 名前:第3話「キズナ」 57 投稿日:2002年03月25日(月)21時14分49秒
- 「うん。…あのさ、マキは『ピーターパン』って知ってる?」
「ぴーたーぱん?」
「そう。ウェンディって女の子とふたりの弟がいてね…」
「あはっ、ひとみのうちとおんなじだね。」
笑いかけてくるマキ。私は、ちょっとドキッとしながらも続ける。
「…うん。それで、いつまでも歳をとらないピーターパンって男の子が、みんなをネバーランドへ連れて行くの。」
「ねばーらんど。」
「ピーターパンが暮らしてる夢の国。そこで人魚やインディアンに出会ったり、海賊のフック船長と戦ったりするんだ。」
「へー、そんな話があるんだ。」
そう言うとマキはふっと月を仰ぐ。私も一緒になって、月を見上げる。
「…なんかね、今の私たちに似てるかなって。マキがピーターパンで、私がウェンディ。そしてこの月の夜の世界が、ネバーランド。」
「それなら加護もつれてくればよかったかなあ。妹みたいなもんだからね。」
マキの言葉を聞いて、ウェンディの弟のようにシルクハットをかぶって傘を持った加護の姿を想像する。ちょっとおませなイギリスのお人形さんって感じで、きっとよく似合うだろう。
- 325 名前:第3話「キズナ」 58 投稿日:2002年03月25日(月)21時16分24秒
- 「…加護は、なんにも悪くないのにね。」
マキがぽつりとつぶやいた。
「加護はちっとも悪くないのに、どうして苦しまなくちゃいけないのかな?」
「マキ…。」
「家族が悪いことしたら、加護も悪いの? 人間ってそういうしくみなの?」
「それは…」
「りっぱなお父さんとお母さんがいないと、しあわせになっちゃいけないのかな?」
そのセリフを聞いて、夕方のことを思い出す。
「矢口さんが言ってた、『家族って制度が重苦しいんだ』って。矢口さんにはお父さんもお母さんもいてちゃんとした家族なんだけど、逆にそれが自分を縛り付けてるって…。」
マキは言う。
「ふしぎだね。人間って、わざとしあわせになりたがらないみたい。なんのために家族をつくるのか、あたしにはわかんないや。」
思わず私は口走る。
「でも私には家族が必要だよ。家族がいないってことは、私の居場所がないってことだもん。」
「…ひとみ、人間は悩まずにはいられないんだね。家族がいなくても悩んで、いても悩んで。…人間は悩むんだ。悩むから、人間なんだ。」
私たちは黙ったまま歩き続ける。すると目の前にカラフルな光が見えてきた。コンビニは、すぐそこだ。
- 326 名前:第3話「キズナ」 59 投稿日:2002年03月25日(月)21時17分32秒
- 突然、マキが走り出した。つないだ手を離して。光に向かって駆け出す。そしてコンビニの前に立つと、くるっと振り返って大声で私にしゃべりかけてきた。
「前、ここでひとみはあたしに訊いたよね、『マキは人間になりたいの?』って!」
ゆっくり歩いてコンビニに、マキに近づく私。マキは続ける。
「ひとみと出会う前、あたしはさびしいってことを知らなかった。ひとりぼっちがアタリマエだったから。…でも今はちがう! ひとりぼっちはタイクツで、さびしい!」
コンビニの照明を全身に受け、店の前に敷かれたマットに立つマキは、まるで舞台の上の女優さんみたいだった。マキは胸に手を当てて、少し前かがみになって、私に向かって言う。
「あたしは悩まない。でも、悩んでみたい。悩むってことは、それだけほかの人とかかわりあってるってことだから。」
そして、ネバーランドの中心でピーターパンは叫んだ。
「あたしも昼の世界を生きてみたいんだ!」
- 327 名前:第3話「キズナ」 60 投稿日:2002年03月25日(月)21時18分47秒
- 私は、マキの前に立った。彼女はじっと私の目を見つめてくる。無言のまま時間は流れていく。
───コンビニ。眠らない店。まぶしい明かりは昼間の続き。人間の生活がキレイにパックされて、わかりやすく陳列されて。
攻守交替。今度は、私がマキを人間の世界に連れて行く番だ───。
私は店の中に入ると、数歩進んだところで振り返る。マキは身動きひとつせず、視線だけを私に向ける。
瞬間、ふたりを隔てようと自動ドアが閉じかけた。私は背中に風を感じ、弾かれたように勢いよく右足を踏み出してその動きを止める。
「ひとみ!」
マネキンの少女が叫んだ。私は入り口に刻まれた自動ドアの溝を指して言う。
「この線を飛び越して来い! こっち側に、おいで!」
少女は唇を曲げた。まぶしい店の明かりをいっぱいに浴びながら、彼女はためらうことなく私の懐に飛びこんできた。
- 328 名前:str 投稿日:2002年03月25日(月)21時20分32秒
- 今日はここまでです。今回更新分は久々に納得がいくデキになりました。
なんか小説というよりも当て書きのレーゼドラマの様相を呈してますが。
>>320さん
レスありがとうございます。話が重すぎて皆さんに見放されたかと思った…。
設定そのままでシリアス抜きの『マネキソ。』、いつか書いてみたいですね。
コメディ書いてる作者さんがうらやましい今日このごろです。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月27日(水)01時07分27秒
- いつも楽しみに読んでますよ!
よしごま好きの中では、かなり注目されてる作品です。これは絶対。
マキとひとみの淡々としたやりとりが、段々濃いものになっていく過程が
とても好きです。
- 330 名前:車地雷AM 投稿日:2002年03月27日(水)03時35分06秒
- 重い話もよしごまも好きなんで気にせずに続けてください。
いつも楽しみにして読んでますので。
- 331 名前:3105 投稿日:2002年03月31日(日)12時43分08秒
- 最初からいっきに読ませて頂きました。
よしごまはやっぱりイイですね。
マキが可愛すぎです。
続きを期待しております。
- 332 名前:第3話「キズナ」 61 投稿日:2002年04月07日(日)22時59分02秒
- コンビニからの帰り、ひと気のない公園の横を通る。敷地の真ん中には丸い明かりがひょろっと立っていて、弱々しい光ですべり台やブランコを照らし出している。すっかり夜に溶けこんで、見慣れているはずの公園はまるで別の場所のように見えた。
この公園を飲みこんで、この街を飲みこんで、この国を、この地球を飲みこんで。夜の闇の強さを、あらためて思い知らされる。
そして夜はマキをきつく縛り付けて離さない。マキがどんなに人間になりたいと願っても、その方法なんてあるかどうかもわからないのだ。
───それでも。
私は、つないでいるマキの手をしっかりと握り直す。
───私は、マキが人間になれるように祈り続ける。ずっと、ずっと…。
「…どしたの?」
首を傾げ、マキが不思議そうに声をかけてきた。私はなんでもないよっ、と首を横に振ると、
「行こっ」
そう言って歩くペースを少し速める。
- 333 名前:第3話「キズナ」 62 投稿日:2002年04月07日(日)23時02分01秒
- 並んで歩くマキをちらっと見る。つやのある髪は月を映してマキの頭に白い輪をつくっている。まるで、天使の輪のように見えた。
その横顔に見とれていると、視線に気づいたマキが「んー?」といたずらっぽく私の顔をのぞきこんでくる。ぷいっと顔をそむけても、マキは私をじっと見つめたまま正面に回りこんでくる。そしてにらめっこになって、ガマンできなくなってふたりで笑いあって。
「───なんや、こんな時間にデートかいな。」
後ろから、女の人の声。
慌てて振り向いたそこには、黒いコートに身を包んだ金髪の女性が立っていた。歳のころは20代後半くらい、オトナの落ち着きを漂わせている。瞳が青いのはカラーコンタクトを入れているからだろう、その視線は細く描かれた眉のせいもあって強い意志を感じさせる。重く沈殿した空気の中に凛としてたたずむ女性は、まるで周囲の闇を従えた気高い女王のように見えた。
「きれい…」
私は思わず声にならないつぶやきを漏らす。女の人はニヒルな笑みを薄く浮かべて言った。
「珍しいこともあるもんやね、人間と人形のカップルなんて。」
- 334 名前:第3話「キズナ」 63 投稿日:2002年04月07日(日)23時03分21秒
- 柔らかい関西弁の響き。しかし、その言葉の意味は鋭い切っ先になって私たちに突き刺さった。
「しかも、こんな天才的にカワイイ女の子とあらゆる人の心を惹きつける人形。絵になるわあ。」
女の人は私とマキを舐め回すように眺めると、微かに口元を歪めて笑った。
───悪寒。背中に汗がにじみ、じっとりと熱を奪っていく。
マキはいつもの無表情で、興味なさそうにじっと女の人を見つめたままだ。しかし私は直感的に危険な匂いを感じ、つないだマキの手をぎゅっと握り締めると女の人に向かって叫ぶ。
「あなた誰っ!? どうしてマキのことを知ってるのっ!?」
「…そやね、ウチばっか知っとるのは不公平やね。自己紹介しとこか。…ウチの名前はユウコ。ユウちゃん、って呼んでくれてええよ。」
女の人───ユウコさんは穏やかな口調で言う。しかしその視線は相変わらずの鋭さで私たちを射抜いていた。
「ユウコさん…わっ、私たちに何か用でもあるんですかっ? 何が目的ですかっ?」
少し声が上ずってしまう。そんな私を見てユウコさんは「ホンマ、カワイイわ…」と苦笑まじりにつぶやくと、咳払いをひとつしてから私をじっと見つめてしゃべり出した。
- 335 名前:第3話「キズナ」 64 投稿日:2002年04月07日(日)23時05分25秒
- 「なっちがあんたに接触したって話を聞いたんやけど…」
一旦そこで切って私たちの様子をうかがうユウコさん。
「なっち?」
はて、聞いたことがあるようなないような…。
「覚えてへんか? …まあムリもないわな、3ヶ月くらい前のことらしいから。忘れとるんやろな。」
3ヶ月前…。ちょうど、アカペラの練習をはじめようとしていた時期だ。
「白いワンピースを着た女の子、知らへん?」
なっち───3ヶ月前───白い───ワンピース───女の子。
───あの交差点で、出会った少女。真っ白なワンピースを着た、少し丸っこい印象のショートボブの少女。人なつっこい笑みを顔いっぱいに浮かべて私にお礼を言った少女。そして───あの狭いビルの間の路地に消えた少女。
ぼやけた視界から、ゆっくりと目の前のユウコさんに焦点が合っていく。と、月の光でその青い瞳がきらめいた。
「…思い出したようやな。」
突如呼び覚まされた、記憶の奥底に閉じこめられていた疑問───。
- 336 名前:第3話「キズナ」 65 投稿日:2002年04月07日(日)23時08分03秒
- 慌てて、隣のマキを見る。マキは大きなクエスチョン・マークを浮かべて私を見つめ返す。
「マキ、どういうこと!?」
「んー、なにがぁ?」
のんびりとしたマキの返事。私は反射的にマキの両肩をつかんで、軽く揺すって尋ねる。
「白いワンピースの女の子! マキのこと知ってた! そのコ、自分のこと“なっち”って!」
「なっち? だれそれ? あたし知らないよ。」
「でもそのコ、『マキをよろしくね』って言ってたんだ!」
「知らないってばぁ、ホントだよぉっ!」
肩を揺する私の勢いに押されて、マキは高い声をあげる。
「でもっ!」
「はいはい、もうそのぐらいにしとき。マキはホントに知らんのやなぁ。」
パンパンと手をたたいて私たちを止めるユウコさん。私はようやく熱くなっていた自分に気づき、マキから手を離した。マキは何事もなかったように、いつもの無表情に戻ってユウコさんを見つめる。
- 337 名前:第3話「キズナ」 66 投稿日:2002年04月07日(日)23時10分00秒
- 「何がどうなってるんです? いったいマキは…?」
ユウコさんに尋ねる。すると彼女は眉間にシワを寄せ、目を細めて言う。
「うーん、ユウちゃん困ったわ。今はまだ準備もできてへんし、もともと今日はアイサツだけのつもりやったし。」
「準備? アイサツ? …どういうことです? だいたいあなた、何者なんですか!?」
「…また近いうちに会えるやろ。そんときぜんぶ教えたるわ。…そんじゃな。」
私の質問にそれだけ答えると、ユウコさんは私たちに背を向けて歩き出す。
「待ってください! ちょっと!」
しかし彼女は振り返らない。右手を振って、
「お楽しみのところジャマしたな。」
そう言い残して、夜の闇の中に消えていった。
- 338 名前:第3話「キズナ」 67 投稿日:2002年04月07日(日)23時13分42秒
- 家に着き、マキとふたりで塀をよじのぼり、壁をつたって窓から自分の部屋に戻る。寝ている加護を起こさないようにこっそりと中に入ると、服を脱いで素早く寝間着に着替える。
落ち着いたところでさっきのやりとりを思い出す。
マネキン人形のマキ、そして彼女を拾って連れ帰った私───このことを知っていたヒトがふたり。純真無垢な白いワンピースの少女“なっち”と、容姿端麗な黒いコートの女の人“ユウコ”さん。…いったい何者なんだろう? マキとどんな関係があるのだろう?
しつこいかな、とも思ったが、どうしても気になる。私は思いきってマキに声をかけてみる。
「マキ、もう一度訊くけど…なっちとユウコさん、本当に知らないんだね?」
ようやく着替え終わったマキは、私をじっと見つめたまま無言でうなずいた。
「そう…。」
マキの目は真剣だった。きっと彼女は本当に何も知らないのだろう。…でもそうすると、私たちの日常は知らないうちに監視されているということ?
私は“見られている”という得体の知れない気持ち悪さを感じ、身震いした。
- 339 名前:第3話「キズナ」 68 投稿日:2002年04月07日(日)23時15分32秒
- 「ひとみ、寒いの? 早くベッドに入りなよ。」
そんな私を見てマキが心配そうに声をかけてくる。
「あ…大丈夫だよ。」
「…なら、いいけど…。」
マキはしばらくじっと私を見つめていたが、やがて押入れの方へと歩き出した。
不安。そして、さびしさ。ひとりだけ取り残されてしまう格好になるのがイヤで、私は声をあげる。
「……そうだ! マキ、一緒に寝よっ!」
「え…? でも加護が…」
「先にマキが寝たら、私がマキを押入れに入れるから。先に私が寝たら、マキはベッドから出ればいい。ね、いいでしょ?」
「……うん。」
一瞬の沈黙の後、マキはうなずくと、一歩一歩踏みしめるように歩いてゆっくり私に近づいてきた。私は一足先にベッドに身体を横たえる。マキは静かに布団をめくると、おずおずと中に入ってきた。
- 340 名前:第3話「キズナ」 69 投稿日:2002年04月07日(日)23時17分22秒
- 加護のライトにぼんやりと照らされた天井を、ふたりで並んで見つめる。
微かな加護の寝息と時計の秒針の音だけが規則正しく部屋の中に響いている。模様も何もない天井が見せる虚空。真空な時間と空間が風船のように膨らんで、少しずつ迫ってくるような感覚。それに耐えられなくなって、声を絞り出した。
「…ふたりだと…ベッド、狭いね。」
「…うん。」
「……。」
「……。」
───会話が続かない。時間だけがただ通り過ぎていく。
「……。」
「……。」
「…もう寝ちゃった?」
「…まだ。」
「……。」
「……。」
───話したいことはいっぱいあるはずなのに。言葉になって出るのはどうでもいいことばかり。
「……。」
「……。」
「…マキ、寒くない?」
「…だいじょーぶだよ。」
「……。」
「……。」
───今思っていることを声に出せば、人間になりたくてもなれないマキという事実だけが重くのしかかってくるような気がして。それが怖くて、別のことを口に出してしまう。
こうして核心に触れないでいる間は、私たちは少しのちがいもない純粋な存在として一緒にいられる。マネキン人形と人間、本来なら重なることのない私たちの日常。でも、今、私たちは確かに隣りあって同じ時間を過ごしている。
- 341 名前:第3話「キズナ」 70 投稿日:2002年04月07日(日)23時19分42秒
- ふと、部屋の中が浮き上がったような違和感を覚えた───ちがう、夜が明けようとしているのだ。カーテンの向こう、黒い闇はゆっくりと光をその中に溶かし、世界に色彩を与えていく。今はまさにそのはじまり。
「…ひとみ、あたし、眠くなってきちゃった…。」
くぐもった、か細い声。慌てて横を見る。それに応えてふにゃっと弱々しく笑みを浮かべるマキ。
「マキ…。そうだ、ガマンしたらそのままいられるかもしれない! 起きててよ! ねえ起きててよ、マキ!」
「…ん……ダメだぁ。もう目をあけてるのもつらいや。…ほら、口もまわんなくなってきた…。」
それでもマキは笑顔を崩さない。不安そうに見つめる私に、優しくしゃべりかけてくる。
「…だいじょーぶ。夜になったらまたひとみに会えるもん。…今のあたしは…それで…いいんだ。」
───嘘だ。優しい、嘘。それがよけいに心を締めつける。
本当は、私とずっと一緒にいたいと思ってるんだ。昼の世界を眺めたいと思ってるんだ。…でも、それが叶わない願いだから。叶わない願いならば、捨ててしまった方がいい───そんなふうに、ホントの気持ちをごまかして。
- 342 名前:第3話「キズナ」 71 投稿日:2002年04月07日(日)23時21分15秒
- 「あ…もうゲンカイかも…。…ごめんね、ひとみ。」
「マキっ!」
「………おやすみ…。」
マキは静かに目を閉じた。そしてそれきり、動かなかった。いくら声をかけても。いくら身体を揺すっても。
彼女の艶やかな唇が目に入った。息のかかる距離まで近づいた。でも、触れなかった。目を覚まさなかったとき、悲しすぎるから。
白雪姫のようにただ眠るピーターパン。ごっちゃになったファンタジーと、突きつけられるリアル。───私は、王子様じゃない。ただの無力な女の子なんだ。
彼女を抱き上げると、私は約束どおり、押入れの中にその身体をそっと寝かせた。
そして私は泣いた。生まれたばかりの太陽の光は、涙を乾かすにはあまりに弱く、そして冷たかった。
- 343 名前:第3話「キズナ」 72 投稿日:2002年04月07日(日)23時22分17秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 344 名前:str 投稿日:2002年04月07日(日)23時24分28秒
- 今日はここまでです。
実家で中学生相手に勉強を教えてまして、更新が遅れました。すいません。
今回更新分で、この物語はほぼ半分を消化しました。残り半分、がんばります。
>>329さん
注目されてるんですか。いや、お恥ずかしい。
2話と3話はメッセージ性が強いので、よしごまで中和してる感じですね。
どんどん近づいていく後半のよしごま、うまく書けるか今からドキドキしてます。
>>330 車地雷AMさん
現役よしごま作家さんからもレスをいただけるとは。大変うれしいです。
第3話が重い話なのは、昨年末にプロットをつくったからなんです。
これからも楽しんでいただけるようにがんばりますのでよろしくお願いします。
>>331 3105さん
書き手としては何もしてないのにマキの評判いいんですよね。
設定だけで人気をもたせてる感じがして、ちょっと恥ずかしいなあ、と。
読み手の皆さんに納得してもらえる文章を書けるよう努力しますです。
- 345 名前:aki 投稿日:2002年04月08日(月)00時27分12秒
- すごくいいです。もうたまらないほどいいです。
マキがかわいい!これからも大期待です。
- 346 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月09日(火)21時28分46秒
- おっ、これはなかなかの急展開!?
続き楽しみに待ってます。
- 347 名前:第3話「キズナ」 73 投稿日:2002年04月13日(土)19時27分47秒
- 「んー、ちがうぞ辻。そこはそうじゃなくってさ……」
静かだった部屋に矢口さんの声が広がる。
「へいっ」
辻は言われたとおりにノートに計算をやり直す。
───あれから数日が経った。しかし、何ひとつ変わったことはなかった。加護はイタズラをしたり抱きついてきたりとひっきりなしに甘えてきたし、マキは目を覚ますと私の報告を相変わらず淡々と聞いた。“ごくふつうの毎日”がすっかりできあがってきて、私たちはそこからはみ出すことなく暮らしていた。
今、私の部屋でやっている矢口さんのカテキョも、日常的なこととして完全に溶けこんでいた。加護のドサクサで始まったこのスタイルも、もはや当たり前のものとして定着しているのだ。
言ってみれば、毎日が小康状態。可もなく不可もないまま、時間だけがのんびりと過ぎていく。
- 348 名前:第3話「キズナ」 74 投稿日:2002年04月13日(土)19時29分14秒
- 「そういえば、もうすぐクリスマスだね。」
休憩時間、矢口さんがぼんやりとつぶやく。それを聞いた辻は八重歯をのぞかせて満面の笑顔になる。
「クリスマスはケーキがたべられますねえ。」
「辻ぃ、おまえは食べることばっかりだなあ。」
矢口さんが呆れてツッコミを入れる。が、辻はあどけない笑みを浮かべたまま続ける。
「それから、サンタさんからプレゼントがもらえるんです。」
「プレゼントかぁ…。いいねえ、何をお願いするの?」
「ディズニーランドに行きたいです。つじ、チップとデールにあいたいんですよ。」
「なるほどね。加護は何か欲しいものあんの?」
話を振る矢口さん。だが加護は口を真一文字に閉じたまま、何も言わない。
「加護?」
「そうだ! あいぼんもクリスマスイブには家にかえりましょう。ケーキもプレゼントも、きっともらえるよ。」
笑顔で辻が話しかける。しかし加護はうつむいたまま、
「───おらへん。」
「へ?」
「サンタなんておらへん! サンタなんておらへんのや!」
- 349 名前:第3話「キズナ」 75 投稿日:2002年04月13日(土)19時30分44秒
- 「ちょっと加護、どうしたのさ!」
突然のことに矢口さんが驚いて声をあげる。加護は辻をキッと睨むと、
「サンタなんておらへん!」
もう一度、そう叫んだ。
辻は一瞬何が起きたのかわからないようで、口をぽかんと開けたまま加護を見ていたが、やがて、
「サンタさんはいるもん!」
そう怒鳴って加護の目の前に立ちはだかった。至近距離で睨みあうふたり。
「いるもん!」
「おらへん!」
「いるもん!」
「おらへん!」
「いるったらいるもん!」
「おらへんったらおらへん!」
いつ終わるとも知れない応酬。少しずつ声は大きくなっていって、どんどんヒートアップしていくのがわかる。慌てて止めに入る矢口さんと私。
「おいおい、もうそれくらいにしとけって!」
「そうだよ、ふたりともケンカしないの!」
しかしふたりはおさまらない。
「だって…だってあいぼんが…つじがたのしみにしてるクリスマスを…」
「ののが子どもみたいなこと言うからや! サンタなんておらへん!」
- 350 名前:第3話「キズナ」 76 投稿日:2002年04月13日(土)19時32分06秒
- 「お前らさあ……中学生にもなってこんなことでケンカしてどーすんだよ。」
ほとほと呆れ果てた、と言わんばかりの矢口さん。
「でもぉ…」
「あー、もう休み時間おしまい! ケンカもおしまいにしてさっさと勉強はじめるよっ!」
部屋じゅうに怒気のこもった声が響き渡った。
「へい…」
「はいぃ…」
いつもに比べキレの悪い返事。ふたりとも重い足どりで元いた位置に戻ると、お互いを無視するかのようにノートを広げてにらめっこを再開した。
加護の関西弁───私は加護が初めてここに泊まった日のことを思い返した。過去をひとりで背負っている加護。激しい口調で自分を追いつめていた加護。
もしかしたら、加護は辻の家族が優しく接してくれるだけにかえってつらかったのかもしれない。自分なんかに関わってこないで───そんなふうに考えてしまって。
そして、今のサンタクロースの話。毎年楽しいクリスマスを優しい家族と過ごす辻と、恵まれない環境に育ってきた加護。その差が見事なまでに浮き彫りになってしまったのだ。
- 351 名前:第3話「キズナ」 77 投稿日:2002年04月13日(土)19時34分00秒
- でも、わかっている。辻も加護もお互いを傷つけようとして言ったわけじゃないってこと。辻は、加護を家族の一員と思っているからこそ何も気にせずしゃべった。だけど加護は、今までもそしてこれからも自分にサンタなんて関係ない───そういう思いが暴発してしまった。
ちらっと矢口さんを見る。矢口さんは私の視線に気がつくと、“頼むよ、よっすぃー”と目で訴えてきた。
“わかってます”───私はできるだけ凛々しい表情で返す。
矢口さんは小さくうなずくと、辻と加護の方に向き直って「どう? わかんないとこある?」とふたりのノートをチェックしはじめた。
まだ張りつめた空気が微妙に漂ってはいるものの、部屋の中はゆっくりといつもの風景に戻っていった。
- 352 名前:第3話「キズナ」 78 投稿日:2002年04月13日(土)19時36分21秒
- お風呂からあがって部屋に戻ると、加護は目を覚ましたマキとじゃれあっていた。カテキョのときとは別人のように安心しきった表情を見せる加護、そしてそれをいとおしそうに見つめるマキ。一瞬ためらったが、勇気を出して声をかける。
「加護、ちょっといいかな?」
「なんでしょー?」
ふざけた口調で返す加護。私はごくっと唾を飲みこみ、尋ねる。
「今日の辻とのケンカについて訊きたいんだけど…。」
「……。」
とたんに目を伏せる加護。───翳り。
「いや、別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、辻に悪気はなかったし、加護だって辻をバカにするつもりはなかった。…そうだよね?」
私の問いかけからしばらく経って、加護は重い口を開いた。
「……ののには…サンタになってくれる家族がおるから…。だからカゴはくやしくて、つい…。……ごめんなさい。」
ポタッ、と床に敷いてある絨毯に涙がこぼれ落ち、じわりと染みて広がる。
- 353 名前:第3話「キズナ」 79 投稿日:2002年04月13日(土)19時37分35秒
- 「もういいよ、加護。わかったから…。」
「…でも…ええもん。カゴにはよっすぃーと師匠がおるもん。」
「え…」
「よっすぃーと師匠とカゴだってちっちゃな家族やもん。さびしくなんかないもん。」
そう言って加護は顔を上げる。そして私とマキをまじまじと見つめると、その潤んだ目を細めてみせた。
「あはっ。じゃあさー、あたしとひとみ、どっちがお父さんでどっちがお母さん?」
マキが笑顔を返し、尋ねる。加護は腕組みをしてしばらく考えこんでから、
「どっちもお母さんでぇ、どっちもお父さん…かな? それでぇ、どっちもお姉ちゃん。」
「…なるほどね。」
───そうかもしれない。いろんなカタチの家族があって。こうして同じ部屋で寝ている私たちも、もうすでに家族と言えるのかもしれない。私とマキ、そして加護。見えない絆がつながって、広がって。
- 354 名前:第3話「キズナ」 80 投稿日:2002年04月13日(土)19時38分51秒
- 「師匠ぉー、よっすぃー。」
加護が私とマキの腕をつかんで引っぱる。子どもっぽくて恥ずかしいから口では言わないけど、遊んでほしい、という合図。
「よぉーし、じゃあ何する?」
「…歌がいい。よっすぃー、師匠、一緒に歌って。」
いいよ、と返事してリズムをとる。ワン、ツー、んっ、
「ひとりーぼーぉっちーですこしー、たいくーつーなーよーるぅー」
───『I WISH』。前に文化祭で6人で歌った思い出の曲。毎晩マキとふたりで練習した曲。そして今、マキと加護と3人で歌っている。
重なって支えあう私たちの声。部屋の中に満ちていく、すべてを癒してくれるハーモニー。
そして、私は歌いながら目を閉じる。
ずっとひとりぼっちだったマキと加護。どうかふたりが報われる日が、いつか来ますように。───そう願った。
- 355 名前:第3話「キズナ」 81 投稿日:2002年04月13日(土)19時39分37秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 356 名前:str 投稿日:2002年04月13日(土)19時41分03秒
- 今日はここまでです。ネタが中途半端に古いんですが、昨年末に考えたので許してください。
>>345 akiさん
どうもありがとうございます。光栄です。
作家さんに読んでいただいてる、ってのはうれしいと同時に緊張しますね。
今回更新分なんか特にそうですが、好不調のムラが激しくってホントに恥ずかしい…。
>>346さん
ユウコも出てきて話もだいぶ進んできました。これで第3話のキャストは全員登場です。
正直、これからしばらく急展開はないのですが、地道に進めていきたいと思います。
外部スレ・案内板でオススメに挙げていただき本当にありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。今後もがんばりますのでよろしくお願いします。
- 357 名前:ブル 投稿日:2002年04月13日(土)19時50分47秒
- うおぉぉっ!初リアルタイム!
サンタ論争、去年のクリスマススペシャルを思い出して思わず笑っちゃいました(w
かごよしごまの家族風景も、ほのぼのしてていいっす!
陰ながら応援してますんで、これからも頑張って下さい!!
- 358 名前:ブル 投稿日:2002年04月13日(土)19時51分00秒
- うおぉぉっ!初リアルタイム!
サンタ論争、去年のクリスマススペシャルを思い出して思わず笑っちゃいました(w
かごよしごまの家族風景も、ほのぼのしてていいっす!
陰ながら応援してますんで、これからも頑張って下さい!!
- 359 名前:ブル 投稿日:2002年04月13日(土)19時52分54秒
- 二重…ごめんなさい…。
逝ってきます……
- 360 名前:第3話「キズナ」 82 投稿日:2002年04月18日(木)00時06分07秒
- ケータイにメールが届いたのは晩ご飯を食べ終えてのんびりとTVを見ているときだった。石黒先生からだった。
『渡したいものがあるので至急いらしてください。駅の改札前で待ってます。』
こりゃまたずいぶんと急な話だ。もしかしたら、と思い矢口さんに電話してみる。すると、石黒先生のメールは矢口さんにも同じように届いたとのこと。とりあえず、ふたりで現地集合して先生に会うことにした。
加護はちょうどお風呂に入っているところ。───石黒先生と会って話したことはまだ加護には伝えていない。加護の過去について知っていることを隠すのは、はっきり言って後ろめたい。しかし正直に話すことは加護の居場所を奪うことにもつながりかねない。今の落ち着いた状態を維持するためには仕方ないことだ───そんな事情もあるわけで、出かけるならなるべく早くした方がよさそうだ。
- 361 名前:第3話「キズナ」 83 投稿日:2002年04月18日(木)00時08分02秒
- ちょっとそこまで買い物に行ってくる、とリビングの家族に言い残し、家の門を出ようとしたところで頭上から声が降ってきた。
「ひとみ!」
空耳かなとも思ったが、一応声のした方を見上げる。と、そこにはひょこっと窓から顔を出しているマキ。
「どうしたの、マキ?」
「月を見てた。そしたらひとみが出かけるのが見えたんだよね。…どこいくの?」
「…駅。石黒先生に呼ばれたんだ。」
「ふーん。…ねえ、あたしもいっしょに行っていい?」
「え?」
「会ってみたいんだ、いろんな人に。歩いてみたいんだ、人ごみの中を。…ちょっとまっててね。」
そう言うとマキは私の返事を待たずに一旦カーテンの奥に消える。そして着替えを済ませると、今度は窓から全身を乗り出した。マキは器用に壁と塀をつたうと、音をたてずに地面に降り立った。
「おまたせ。」
月の光が、マキの笑みを浮かび上がらせる。
「…じゃ、行こっか。」
私たちは、手をつないで駅へと歩き出す。
- 362 名前:第3話「キズナ」 84 投稿日:2002年04月18日(木)00時09分01秒
- 少しも人の気配がしなかったこないだの夜とはちがい、この時間の街はまだまだ人でいっぱい。駅に近づくにつれてすれちがう人の数は増えていく。そしてマキは、行く先に見える人の波を憧れのまなざしで眺めている。
こうして歩いていても、人形のマキのことを誰も気にも留めない。外見上のちがいはまったくない。なのに、彼女だけが人間じゃない。
私はマキの手を握り締めた。この手を離してはいけない───この手を離せば、マキが人間になるのを諦めてしまうように思えたから。
「おーい、よっすぃーっ!」
甲高い声。見ると、手を振りながらこっちに走ってくる矢口さん。
「矢口さん、こんばんは。」
「…こんばんは。」
矢口さんは私の隣にマキがいるのに気がつくと一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに白い歯を見せて話しかけてくる。
「このコも連れてきたんだ。」
「ええ、マキも一応関係者ですし。それに、石黒先生にも会ってみたいって。」
「ふぅん…。ま、いっか。行こ! 先生たぶん待ってるよ。」
そう言うと矢口さんは早足で歩き出した。私たちは並んでその後をついていく。
- 363 名前:第3話「キズナ」 85 投稿日:2002年04月18日(木)00時10分17秒
- 改札前に立っていた石黒先生は、私たちを見つけるとふわっと微笑んだ。黙っているとクールでキツそうな印象だけど、本当は優しい───そんな笑顔。
先生は、私と矢口さんのほかにもうひとり、マキがいるのを見て訊いてくる。
「…あら? あなたは?」
「はじめまして。マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
「私の親戚で、一緒に加護の面倒を見てるんです。」
すると先生は眉間にシワを寄せ、少し困ったような表情になる。
「どうかしましたか?」
「…え? あ、いや、ちょっとね。…じゃ、本題に入りましょう。」
そう言うと先生は持っていたバッグの中から紙切れを何枚か取り出した。
「これ、ディズニーランドのチケットなんだけど、加護さんと辻さんにあげてちょうだい。ふたりで一緒に行くようにって。」
先生はチケットを私たちに差し出す。いいのかな?と思い、私は矢口さんを見る。こくっとうなずく矢口さん。おそるおそるそれを受け取ると、先生は安心したように微笑んだ。
「担任が直接あげるのはマズイからね、あなたたちから渡してほしかったの。」
「あれ…? でもこれぜんぶで4枚ありますよ?」
「矢口さんと吉澤さんの分も用意したんだけど…。1枚足りなくなっちゃったわね。」
- 364 名前:第3話「キズナ」 86 投稿日:2002年04月18日(木)00時11分28秒
- 申し訳なさそうにマキを見る石黒先生。しかしマキは表情を変えず、淡々としゃべる。
「いいです。あたし、みんなといっしょに出かけることはできないから。」
───ああ、まただ。マキが人間とのちがいを見せつけられる場面。まるでこのチケットが人間であることの証明書のように思えた。
悔しくて、私は手にした紙切れをじっと見つめる。と、それに気づいた石黒先生が口を開いた。
「あ、ゴメン、言い忘れてた。これ、平日の夜にしか入れないチケットなの。もともと彼氏と行く予定だったんだけどね、年末だし平日は忙しいからってダメになっちゃったのよ。お金がないから一番安いやつで揃えちゃったけど、カンベンしてちょうだいね。」
先生は胸の前で両手を小さく合わせてゴメンね、のポーズ。
私は慌ててマキを見る。
「マキ! 行けるよ! マキもディズニーランド、行けるよ!」
「え…? でも4枚しかないし…。」
チケットがあれば人間になれる───そんなこと、あるはずがない。でも、私はどうしてもマキにチケットを渡したかった。
「私がお金出してあげる! だから一緒に行こうよ!」
- 365 名前:第3話「キズナ」 87 投稿日:2002年04月18日(木)00時13分10秒
- 「待って、よっすぃー。このコも連れて行くの…?」
矢口さんの声。私は大きくうなずく。と、
「…あのさ…それならヤグチにもお金を出させてくんないかな? こないだ、初対面なのに…加護をそそのかしたって、ひどいこと言っちゃったからさ…。お詫びってわけじゃないけど…その、気持ちっていうか…。」
それを聞いた石黒先生が続く。
「チケットあげるって言い出した自分も出すわ。マキさんの分については3人でお金を出し合いましょう。」
「これって、今ハヤリの三方一両損ってやつですか?」
「よっすぃー、それちょっとちがう。」
すかさず矢口さんのツッコミが入る。そして、笑いあう私たち。
「…マキ、いいよね? 一緒に行こっ。」
私たち3人は、固唾を飲んでマキの返事を待つ。するとマキは顔を赤らめて、ぼそっと、しかしはっきりと言った。
「……みんな…ありがと…。」
それを聞いて、私は声をあげる。
「よし、決まりだね!」
マキは、にへっ、と笑顔で応えた。
- 366 名前:第3話「キズナ」 88 投稿日:2002年04月18日(木)00時14分26秒
- 「石黒先生、本当にありがとうございました。」
そういえば、まだちゃんとお礼を言ってなかった。3人で慌てて頭を下げる。
「いいのよ、お礼なんて。……そうね、お礼なら夢に出てきた女の子に言うべきだわ。」
「夢…?」
「いい歳した大人がこんな話するのも恥ずかしいんだけど、夢を見てね…」
石黒先生は照れた様子で、人であふれている改札口の方に視線を移してしゃべる。
「子どもの頃に戻って、遊園地で女の子とふたりで遊んでる夢。その相手は見たことない女の子だったけど、笑った顔がすごくかわいかったわ。」
はにかみ笑いを浮かべる石黒先生。いつものオトナの雰囲気とは正反対の、いたずらっぽい笑みだった。
「…ま、とにかくそれで、辻さんと加護さんにいらなくなったチケットをあげることを思いついたのよ。」
「へえ…。」
- 367 名前:第3話「キズナ」 89 投稿日:2002年04月18日(木)00時15分33秒
- 「で、せっかくだから矢口さんと吉澤さんに連れて行ってもらうのがいいかなって2枚足して、マキさんでもう1枚。」
そう言って先生はマキの方を向く。そして、しばらくマキをまじまじと見つめてから、ふっと口を開いた。
「…なんか、あなたを見てるとその女の子のことをぼんやりと思い出すわ。不思議な雰囲気…こう、何にも染まらない白のイメージっていうか…そんな感じがなんとなく似てるわね。」
「マキが…ですか?」
「…なんとなくね。まあでも夢の中の話だもん、どうだっていいわよね。…あー恥ずかしい。」
先生は照れ隠しに長い髪をかきあげると、私たちの方に向き直る。
「ま、とにかく5人でしっかり楽しんでらっしゃい。それじゃ、そろそろ帰るわね。」
「あ…本当に今日はどうもありがとうございました!」
「ふふふ、面白い土産話、聞かせてね。」
手をヒラヒラさせながら、石黒先生はコンコースの人ごみの中に消えていった。
- 368 名前:第3話「キズナ」 90 投稿日:2002年04月18日(木)00時17分28秒
- 先生の姿が見えなくなって、私たち3人も帰ることに。私は並んで歩くマキに話しかける。
「よかったね、マキ。」
「うん…。ひとみも…矢口さんも…ありがとう。」
「ディズニーランドにはピーターパンのアトラクションがあるよ。一緒に乗ろっか。」
「そうなの…? うん、乗ってみたいな。」
「…ふたりは…仲がいいね。」
後ろを歩いて私たちの会話を聞いていた矢口さんが、ぽつりと漏らした。私たちは立ち止まり、振り返る。
「矢口さん?」
マキを見つめて、ゆっくりとしゃべり出す矢口さん。
「…ごめんね、マキちゃん。ヤグチ、ちょっと嫉妬してたかも。」
「え?」
「ヤグチはよっすぃーをずっとかっこいいなーって思っててさ、正直、憧れてたところがあったんだ。」
矢口さんは私に向けて一瞬微笑んだが、すぐにそれは乾いたものへと変わる。
「そしたら知らない女の子がイキナリ出てきて親しげにしてるからさ、ヤグチ悔しかったんだと思う。つい、いいかげんなヒドイこと、言っちゃった…。」
そしてマキに視線を戻す。
- 369 名前:第3話「キズナ」 91 投稿日:2002年04月18日(木)00時19分10秒
- 「でもね、カテキョで加護の話を聞いてるとね、加護がマキちゃんに心を開いてるのがわかるんだ。ああ、本当に信頼してるんだなって。」
少しうつむき加減になる。が、はっきりと言葉を続ける。
「マキちゃんはそれだけ真剣に加護のことを考えてくれてるのに、相手のことをよく知りもしないでおとなげない態度をとった自分が情けなくって…。」
そこまで言うと、矢口さんはマキの真正面に立つ。そして、
「…ごめんなさいっ!」
頭を下げて謝る。
マキはしばらく無言でその姿を見つめていたが、やがて口を開いた。
「あのー、それじゃ、“やぐっつぁん”って呼んでもいいですかぁ?」
「へ?」
目が点になる矢口さん。マキは続ける。
「“矢口さん”だと今までといっしょだから。もっとあなたと親しくなりたいから。…あたし、うらやましいんだ。自分の気持ちを素直に出せるあなたのこと。」
そう言って、むにっと唇を曲げるマキ。矢口さんは大きく息を吐くと、まっすぐマキを見て、
「…わかった。うん、“やぐっつぁん”って、呼んで。」
その言葉を聞いて、マキは無邪気に笑う。
「あはっ。…やぐっつぁん、あたしたち、もう友だちだね。」
「…おうっ!」
───ここに、もうひとつ、絆ができた。
- 370 名前:第3話「キズナ」 92 投稿日:2002年04月18日(木)00時20分45秒
- 「…それにしてもさ、チケット、ちょうどいいクリスマスプレゼントだね。」
「そうですね。…あ、そうだ! それならイヴの日にカテキョをやって、そのときふたりに渡しましょうよ!」
「ナイスアイデア! よっすぃー、さえてんじゃん!」
盛り上がる私と矢口さん。だがマキは不思議そうに、黙って私たちを眺めている。
私はまさかと思い、訊いてみる。
「…もしかして…マキ…クリスマスを知らないとか…?」
「ウソ!? マジで!?」
マキは遠い昔の記憶を手繰り寄せるかのように、ゆっくりと答える。
「…キリストの…うまれた日…。」
「なんだ、知ってんじゃん。」
しかしマキは納得がいかない、という口調で尋ねる。
「…それがどうしてプレゼントになるの?」
「ジョーダンよしてよ、サンタさんが来るからに決まってんじゃん。」
「サンタさん?」
マキの言葉に、矢口さんは苦笑いしながら答える。
「サンタクロースっていってね、白いヒゲのおじいちゃん。いい子にしてるとプレゼントをくれるんだよ。やだなあ、もう。」
- 371 名前:第3話「キズナ」 93 投稿日:2002年04月18日(木)00時22分40秒
- それを聞いて、マキは言う。
「ふーん…。じゃあ辻と加護のところにも来るのかなぁ?」
なにげないマキのセリフ。私は、ケンカをしていたふたりの姿を思い浮かべた。そして、加護の言葉。
『……ののには…サンタになってくれる家族がおるから…。』
───瞬間、ひらめいた。
「…それだ!」
「…ど、どうしたの、よっすぃー?」
心配そうに私の顔をのぞきこんでくる矢口さん。私はニタ〜ッと笑みを返す。
「…矢口さん、約束、覚えてますか?」
「え? ヤクソク?」
「忘れたとは言わせませんよぉ。…ほら、カテキョで辻を紹介したお礼、まだですよねぇ?」
ずいっと前に出る私、怯えてあとずさる矢口さん。
「な…なに企んでんだよ、よっすぃー。キショイぞ、その笑い…。」
- 372 名前:第3話「キズナ」 94 投稿日:2002年04月18日(木)00時23分27秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 373 名前:str 投稿日:2002年04月18日(木)00時25分22秒
- 今日はここまでです。
第3話はあと2回の更新で終わる予定です。4月中に仕上がればいいなあ…。
>>357-359 ブルさん
サンタ論争、気に入っていただけましたでしょうか。
こういうネタのひとつひとつが、話の展開を組みやすくしてくれるんですよね。
第3話、残りはたぶんネタ全開になるかと。
- 374 名前:名無しごまファン 投稿日:2002年04月18日(木)02時38分49秒
- 更新お疲れ様です。
いつもいつも楽しませてもらってます。
毎回心温まるエピソードがちりばめられていて、読んでいてほんわかした気分になります。
そんななかでもマキのことを想う吉澤の切なさが入ってたり、マキの切なさが入っていたり…
読むたびにぐいぐい引き込まれて、すっかりファンです。
最後までついていきますので、これからも頑張ってください
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月19日(金)23時28分59秒
- ネタ全開ですか、メチャ楽しみです(w
- 376 名前:第3話「キズナ」 95 投稿日:2002年04月22日(月)20時59分30秒
- クリスマス・イヴ。いつもより少し遅めにはじまったカテキョは、終わるのもいつもより遅めにしてある。───すべては、このイベントのため。
ちらりと時計を見る。作戦決行まで、あと5分。
矢口さんと目が合う。小さくうなずくと、矢口さんは立ち上がる。
「ゴメン、ちょっとトイレ。よっすぃー、代わりに見ててくれる?」
そう言い残して、静かに部屋を出て行った。
辻と加護と私、3人だけの時間。いつも矢口さんがいなくなると必ずちょっかいを出しあう辻と加護なのに、今日は黙ったままシャーペンを走らせている。
どうも居心地の良くない雰囲気。いや、マジメに勉強をしているという点ではいいことにはちがいないのだが、ふたりは仲良くしているのが当たり前で、こうしてお互いを無視しあっている冷戦状態のような姿には違和感がある。
ふうっ、とため息をついて時計に目をやる。───あと2分。
もう矢口さんは準備を終えただろうか。マキは目を覚ましているだろうか。内心ドキドキしながらも、決してそれを表情に出さないようにじっと待つ。
あと1分…………30秒………15秒……10秒……5秒…。
息を大きく吸いこんで、大声で叫ぶ。
「サンタさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
- 377 名前:第3話「キズナ」 96 投稿日:2002年04月22日(月)21時01分00秒
- その瞬間、ドアが開いて紅白のカタマリが部屋の中に飛びこんでくる。それと同時に押入れの戸がガラッと開き、派手にクラッカーの音が鳴り響いた。
「メリークリスマス!!」
何が起きたのかわからず、茫然としている辻と加護。その視線の先には、なぜか赤いミニスカートをはいている白いヒゲのサンタさんと、クラッカーを手に持ったマキ。私はふたりに声をかける。
「ほら、辻、加護、サンタさんだよ!」
「ふたりとも、いい子にしてたかな? どうだい加護ちゃん、サンタさんは本当にいるだろ〜?」
サンタさんが話しかける。…が。
「…矢口さんじゃないですか。」
「ちがうぞっ! オイラは断じてヤグチさんではないっ! サンタさんを信じない加護ちゃんのために来たのさっ!」
「どっからどう見ても矢口さんですよぉ。ほら。」
そう言って加護はサンタさんの隣に並ぶと、背を比べる。
「ううっ…」
- 378 名前:第3話「キズナ」 97 投稿日:2002年04月22日(月)21時02分12秒
- 「矢口さん、このかっこう、なんかぬいぐるみみたいですねぇ。」
その言葉を聞いた矢口さん、勢いよくヒゲを取ると、しなをつくってポーズをとりながら言う。
「なにおっ! ヤグチはセクシー隊長だぞ! こぉんな色っぽいミニスカサンタ、男がほっとかないぞ!」
「じゃあなんで今日デートしてないんですか?」
伏兵・辻の意外な一発。言葉に詰まる矢口さん。
「うう…それはだな、よっすぃーに頼まれたから、男の子からの誘いを泣く泣く断って…」
「ウソだぁ〜!」
「ね〜!」
あっさりとふたりに否定されてしまった矢口さんは、半ばヤケ気味に両腕をぶんぶん振り回して叫ぶ。
「うっさいやい! 生意気言ってるとプレゼントあげないぞ!」
「ぷれぜんとぉ?」
急に色めきたつ辻と加護。慌てて、元いた位置に正座する。
「ふっふっふ、じゃ――ん! ディズニーランドのチケットぉ〜!」
胸元からチケットを取り出す矢口サンタ。胸の谷間に物を挟んでセクシーさを強調するつもりだったのかもしれないが、いかんせん相手が辻と加護では意味がないような…。
- 379 名前:第3話「キズナ」 98 投稿日:2002年04月22日(月)21時03分44秒
- 「じゃあまず加護からね。はい、これ。」
「え…いいんですか…?」
上目づかいになる加護。私たちはにっこり笑ってうなずく。
「…やった、やったぁ!」
チケットを受け取ると、加護は大声ではしゃぎ出す。
「ほら、のの見てみい! プレゼントや! ディズニーランドのチケットや!」
すると、それを見ていた辻がみるみる涙ぐむ。
「…ん? どうしたの、辻?」
「……らってじまんするんらもぉ〜〜〜ん!!」
「わっ、落ち着けって! 辻の分もあるから、ほら!」
矢口さんが大慌てでチケットを渡すと、雨がやんで虹がかかったように辻は満面に笑みを浮かべる。
「へへっ…あいぼん、これでつじもいっしょに行けますね。」
「うんっ! ……でもぉ、カゴとののだけじゃ、ちゃんと行けるか不安なんですけどぉ…」
加護が心配そうに視線を向けてくる。私たちを代表してマキがそれに答える。
「だいじょーぶだよ、ふたりとも。ひとみ、やぐっつぁん、それにあたしもいっしょに行くから。みんなで行くのが、クリスマスプレゼントだよ。」
そう言うと、優しくふたりを見つめるマキ。
- 380 名前:第3話「キズナ」 99 投稿日:2002年04月22日(月)21時05分01秒
- 「…よっすぃー、矢口さぁん、師匠ぉー!」
加護は並んでいる私たちにタックルしてくるかのように、勢いよく抱きついてきた。
「あ、あいぼんいいなあ。…つじもするもん!」
負けじと体当たりしてくる辻。
5人でぴったりとくっついて過ごすクリスマス。ケンカしてたはずの辻と加護もすっかり仲直りして、お互いの顔を見て笑いあっている。
そんな中、矢口さんが加護に声をかける。
「ねえ、加護。ヤグチやよっすぃーやマキちゃんが加護のサンタさんになるからさ、もう悲しい思いはさせないよ。」
それを聞いた加護は一瞬、目を丸くする。そして、私たちの胸元に顔をうずめると、抱きつく力をさらに強めた。
辻のお腹が鳴って晩ご飯のことを思い出すまで、私たちはそのままぎゅっと抱きしめあっていた。
- 381 名前:第3話「キズナ」 100 投稿日:2002年04月22日(月)21時05分49秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 382 名前:str 投稿日:2002年04月22日(月)21時07分47秒
- 少ないですが、今回はここまでです。
次回で第3話は終了です。かなり量があるので更新には時間がかかるかもしれません。
>>374 名無しごまファンさん
こんな説教臭い話にお付き合いいただいてありがとうございますです。
まあ単純に後味の悪いモノを書きたくないだけでして。
毎回終わるときにはなんとかうまくまとめたいな、と思ってやってます。
全5話、意地でも書き切りますのでよろしくお願いします。
>>375さん
うーん、いろいろがんばってはみたのですが、今回はこれが限界でした。
一応毎回できるだけネタは入れてるんですけど、地味すぎてわかりにくいですね。
第4話以降も楽しんでいただけるよう、ネタの方もがんばります。
- 383 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月24日(水)21時38分35秒
- よいです!!
予告どうりネタ満載ありがとう!!
第3話、ラスト期待してます
- 384 名前:名無し娘。 投稿日:2002年04月27日(土)01時58分10秒
- ネタに走らなくても充分おもしろいような・・・
無理は禁物(生意気(><;))
- 385 名前:◆str44mAg 投稿日:2002年05月07日(火)21時17分19秒
- 作者取材のため、今週の『マネキン。』はお休みです。ご了承ください。
- 386 名前:第3話「キズナ」 101 投稿日:2002年05月12日(日)21時05分53秒
- 横たわっているマキが、ゆっくりと目を開けた。天井から枕元にいる私に視線を移す。
「おはよう。」
空が真っ黒に染まってから聞く朝の挨拶。もう当たり前になってしまっている習慣。私も、「おはよう」と返す。
「───加護は?」
「辻が迎えに来て先に行ったよ。私たちも急がなきゃ間に合わんでぃ。」
私がふざけて言うと、マキは「なにそれ」と唇を曲げてみせた。
今日はみんなでディズニーランドに行く約束の日。加護が出発したのを見届けると、私は押入れからマキを出してよそ行きの格好に着せ替え、ベッドに寝かせた。そして、目を覚ますのをじっと待っていたのだ。
「それじゃ私は玄関から行くからさ。バレないようにね。」
「まかせて。だいじょーぶだよ。」
そう返事してマキは窓を開けると、身を乗り出す。そしてそのまま器用に外壁に貼りついて、静かに窓を閉めた。
それを確認して、私は部屋をあとにする。リビングの家族に「いってきます」と言って、家を出た。
- 387 名前:第3話「キズナ」 102 投稿日:2002年05月12日(日)21時07分06秒
- 小走りと早歩きを繰り返して駅に着いたときには、約束の時間を2〜3分ほどオーバーしていた。待ち合わせ場所へと急ぐ。
「…あれ? いないじゃん。」
矢口さんは時間に正確な人だし、辻と加護はもうとっくに着いているはずだ。でも、いくら辺りを見回してみても、それらしい人はいない。
「おっかしいなあ。」
「へんだね。いないね。」
コンコースを歩く人たちを眺めながら、マキと言葉を交わす。と、ケータイにメールが届いた。
『後ろにいます』
振り返るとあの人…はいなくて、そこにあったのはコインロッカー。
「ロッカーじゃん。」
何気なく近づいていくと、そのロッカーのひとつが突然開いた。
「やっほ――――い!!」
「うわっ! なんだあ!?」
ロッカーの中から飛び出してきたのは矢口さんだった。マキは何が起きたのかわからず目をぱちくりさせている。
「やったー! ひっかかったひっかかったー!」
大はしゃぎする矢口さん。するとロッカーの陰から辻と加護が出てきて、お腹を抱えて大笑い。
「なにやってんですか! びっくりしたぁ〜。」
「イヴのときに押入れから出てきたマキちゃんを見てさ、思いついたんだよ。入れるかなーと思って試したら、もうバッチリ。」
- 388 名前:第3話「キズナ」 103 投稿日:2002年05月12日(日)21時07分59秒
- してやったり、と笑う矢口さんに呆れた私は黙ってジト目を向ける。するとマキ、
「あはっ、おもしろいねー。あたしもやってみよっと。」
言うやいなや、ロッカーの扉を開けて中に入ろうとする。
「えー、マキちゃんはムリでしょ。やめといた方がいいって。」
しかしマキは矢口さんの言葉を聞かず、うんしょ、うんしょと奥に入っていく。
「うーん、ちょっときついかな…」
「ほら、言わんこっちゃない。」
「あ、でもはいれそうだよ。…よっ…んっ、よし、あともうほんのちょこっとだ…」
そんな具合にマキはしばらくロッカーと格闘する。結果、なんとかギリギリでその扉を閉めることに成功。
「うー…、くるしいー。この中にすんなり入れるなんてすごいね、やぐっつぁん。」
「いいから早く出なって。」
「うん、そーする…。よいしょっ…」
矢口さんに促され、ロッカーから抜け出そうとするマキ。───しかし。
「…あれ?」
「どうしたの?」
「なんか…出られない…。」
「ええっ!?」
「ほら、つっかえちゃってて…。んー…、えいっ!」
無理な体勢のままでマキが思いっきり力をかけたそのとき、
- 389 名前:第3話「キズナ」 104 投稿日:2002年05月12日(日)21時09分04秒
- ───ガツンッ!!
すべった手がロッカーの端に激しくぶつかり、大きな音がした。青ざめる私たち。
「ちょっと、大丈夫ッ!?」
慌ててぶつけたマキの手を見る。が、当たった部分が少し赤くなっているぐらいでケガはしていない様子だった。
「いてて…あ、だいじょーぶだよ。なんかすごい音させちゃったね。ごめんね。」
なんでもない、といったマキの口調にみんなほっと一安心。
「…こうなったらしょうがない、みんなで引っぱるよ! よっすぃー、そっちの足を持って。」
「あっ、はい。」
「辻と加護は腕ね。やさしく引っぱるんだよ。」
「はいっ」
「へいっ」
「いくよ! せーの、よいしょぉ!」
4人がかりでゆっくり引っぱっていく。何度か悲鳴をあげた後、マキはようやくロッカーから脱出することができた。
「みんな、ありがとう…。」
「まったく、ムチャしちゃって…。ま、無事ならいいや。よっし、気を取り直してディズニーランドに出発だ!」
矢口さんの言葉を合図に、私たちは切符売り場へと移動した。
- 390 名前:第3話「キズナ」 105 投稿日:2002年05月12日(日)21時10分15秒
- 何本か電車を乗り継いでようやくたどり着いたディズニーランド。
ワールドバザールのアーケードを抜けると、シンデレラ城が照明を浴びて浮かび上がっていた。空は分厚い雲で覆われていたが、月の出ている部分だけ、狙ったようにぽっかりと穴があいている。ウサギさんがわかるくらいにくっきりと見えるその姿は、辺りに幻想的な雰囲気をもたらしていた。
「すごぉい…」
加護が思わずつぶやいたのが聞こえた。するとマキが私に話しかけてくる。
「前にひとみが言ってたネバーランドって、ここなんじゃないかな。まるで夢の国みたいだね。」
never land───存在しないユートピアのこと。確かにマキの言うとおりかもしれない。人間は、おとぎ話の世界を現実につくりあげてしまった。
「…そうかもしれないね。ここは、ただ楽しむことだけを目的につくられた場所だもんね。」
周りにいる人たちに目を向ける。手をつないだカップル、はしゃいでいる制服のグループ、笑顔の家族連れ…。───ここには、絵に描いたような“幸せな人たち”が集まってきている。
「ここは理想の世界、そのものなのかもしれない。幸せな人たちが、こんなきれいな場所で思いきり楽しく時間を過ごすことができる…。」
- 391 名前:第3話「キズナ」 106 投稿日:2002年05月12日(日)21時11分11秒
- 「…でもね、よっすぃー。幸せだからここに来るんじゃなくて、ここに来たから幸せそうにふるまってるのかもしれないよ。」
矢口さんが家族連れを見つめたまま、言う。その視線はどこか悲しげだ。
私は、矢口さんと歩いた中学校からの帰り道を思い出した。「家族って制度が重苦しいんだ」と漏らしたその姿を。
「みんな家族ごっこをしているんだ。ここにいる人たちは、幸せな家族を演じることで、現実を忘れて楽しんでる。」
その矢口さんの言葉を聞いた瞬間、私は舞台の上に立っている自分の姿を想像した。シンデレラ城を背景にした人工的な空間で踊っている私たち。そしてふと横を見れば、頼れるお父さんと優しいお母さん、やんちゃな子どもたち、かわいい犬を飼っていて、休みの日にはドライブに出かける───そんな理想的な家族のホームドラマが展開されている。
ここにいる人たちからは、それぞれの家庭の事情は見えてこない。みんなドラマに出てくる家族の一員のように笑っている。でも、ここを離れればそれぞれの現実に引き戻される。それは確かに、マキの言うネバーランド。
- 392 名前:第3話「キズナ」 107 投稿日:2002年05月12日(日)21時11分57秒
- 「───それじゃあさ、今ここにいるあたしたち5人も、しあわせな家族なんだね。」
マキの声。
「家族ごっこでもいーんだよ。自分たちがここで感じたしあわせを、家に持って帰ればいいんだよね。」
そしてマキは、加護に向かって話しかける。
「ねえ、加護。あたしたちといっしょにここに来て、しあわせ?」
加護は戸惑って一瞬言葉を飲みこんだが、じっとマキの目を見て、
「はいっ。」
首を大きく縦に振った。
「…ひとみ、ほんとうのこと、言ったほうがいいよ。」
マキは私の方に向き直る。
「えっ? …ここで?」
「今、ここだから、言えると思う。」
マキの強い視線。不安そうに私たちを眺めていた矢口さんも、マキの目を見て納得したのか、私に大きくうなずいてみせた。
私は、ゆっくりと口を開く。
- 393 名前:第3話「キズナ」 108 投稿日:2002年05月12日(日)21時12分54秒
- 「───今日のこのチケット、実は、石黒先生からもらったものなんだ。……私と矢口さん、先生に会って、加護のことを相談したんだ。」
とたんに加護は眉間にシワを寄せ、黒目がちなその目を少し潤ませて訊いてくる。
「カゴのこと…聞いたんですか?」
「…うん。加護が奈良を離れた理由も、ぜんぶ。」
私の返事を、加護はただ黙って聞いた。その長い睫毛からこぼれ落ちた雫に、月の光がきらめいた。
「だけど…。だけどね。私たちは一緒に暮らした。ちっちゃな家族として、同じ時間を過ごした。できる限りで加護のこと、受け入れたつもり。」
そっと肩に触れると、加護はびくっと身体を震わせた。私は、言葉を続ける。
「いつか、矢口さんが私に言ってくれた言葉があるんだ。『もっと自分のこと、好きになってあげて』って。…この言葉、今度は私から加護に贈るよ。」
- 394 名前:第3話「キズナ」 109 投稿日:2002年05月12日(日)21時13分44秒
- 矢口さんが加護の前に立った。そのまましゃがみこんで、優しく話しかける。
「いつも加護はがんばっててえらいな、って思うよ。でも、がんばってばかりじゃいつかパンクしちゃうぞ。」
「矢口さん…。」
「加護は、ヤグチたちが加護のことを知らないと思ったから甘えることができたんだよね。でもね、加護がどんなコだってカンケーない。…甘えたっていいんだ。ヤグチたちは、加護に甘えてほしい。そして、辻の家族もきっとそう思ってる。何があってもぜんぶ受け入れられるのが、ホンモノの家族だと思うんだ。」
「ホンモノの家族…。」
「ヤグチはね、今まで自分の家族がキライだった。でもね、今、マキちゃんの話を聞いて思ったんだ。幸せな家族になるんじゃない。幸せになるために家族をはじめよう、って。」
- 395 名前:第3話「キズナ」 110 投稿日:2002年05月12日(日)21時14分36秒
- 矢口さんの言葉に、私とマキも続く。
「そうだよ。私は加護と暮らすことができて、楽しかった。」
「加護はあたしたちのたいせつな妹だよ。」
そして矢口さんは加護を抱きしめて言う。
「…ほら。みんな、加護のことが大好きなんだよ。…だから、逃げないで。自分を、信じて。」
「矢口さん…よっすぃー…師匠ぉ…。───ありがとう…。」
さっきとはちがう涙を流す加護に、矢口さんが笑顔で声をかける。
「さ、アトラクションに行こうよ。時間、なくなっちゃうぞ。」
すると、今まで黙って私たちのやりとりを見ていた辻が、口を開いた。
「あの…矢口さん、つじ、どうしても行きたいところがあるんです。」
「どこ?」
「へへっ…あいぼん、行きましょう!」
辻は加護の手を引いて走り出した。
「あっ、待って!」
私たちは慌ててふたりの後を追う。
- 396 名前:第3話「キズナ」 111 投稿日:2002年05月12日(日)21時15分33秒
- 「ここです!」
辻が連れてきたのは、“チップとデールのツリーハウス”だった。
「つじはどうしても、あいぼんとここに来たかったんです。」
「え…、なんで?」
得意そうに辻は言う。
「チップとデールって、いっしょにくらしてるイタズラずきのリスなんです。…これって、つじとあいぼんににてませんか?」
「どっちがどっちなのさ?」
矢口さんの問いに、辻は照れ笑いを浮かべて答える。
「しっかりもののチップがあいぼんで、のんびり屋さんのデールがつじ!」
「ふぅん、ツッコミとボケってわけか。」
「そっか。辻はひとりだとリンゴジュースかオレンジジュースか決められないけど、加護がいれば迷わないもんね。なるほど、確かに似てるよ。」
私が言うと、辻は大きくうなずく。
「だから、つじはチップとデールがだいすきなんです。」
「のの…」
- 397 名前:第3話「キズナ」 112 投稿日:2002年05月12日(日)21時16分37秒
- すると、奥の方にいたチップとデールの着ぐるみが、こっちにやってきた。
「あいぼん!」
手を伸ばす辻。加護がその手をとると、ふたりで一緒にチップとデールに近づいていく。
「あくしゅしてください!」
握手、そして記念撮影とお決まりのコース。
ひととおり終わって「ばいばーい」と手を振って別れると、辻は加護にそっとささやいた。
「つじたちはチップとデールみたいにいっしょだから。…つじはあいぼんをまってるよ! 」
- 398 名前:第3話「キズナ」 113 投稿日:2002年05月12日(日)21時17分40秒
- 次はどこへ行こうかとみんなで考えていたら、矢口さんがプーさんプーさんと騒ぎ出した。ファンタジーランドに移動して、“プーさんのハニーハント”の列に並ぶ。
「雪がふれば、人がへるんですけどね…」
空を眺めて辻が無邪気に言う。
「ジョーダンやめてよ。こんな寒いのに、雪なんて降ったらヤグチ死んじゃうよ。」
矢口さんは両手をこすり合わせ、息を吹きかけながら返事。
私はマキを見つめる。空に浮かぶ月の光と、地上の無数のイルミネーション。その狭間で、彼女は静かにたたずんでいる。
月は厚い雲をかきわけるように輝いているが、いつその圧倒的な流れに屈してしまってもおかしくない。月が隠れてしまえば人間のつくり出した明かりだけが残る。そして、マキは眠ってしまう。
- 399 名前:第3話「キズナ」 114 投稿日:2002年05月12日(日)21時18分33秒
- 「…だいじょーぶだよ、きっと。」
そっと私の手を握り締めてマキはつぶやく。思わず息をのんだ私に、柔らかく微笑みかけてきた。私は声をひそめて尋ねる。
「マキ、人間のつくったネバーランド、どう思う?」
「すごいよね…。きれいで、楽しくて。こんなふうに、夢の国をつくれるんなら……」
マキはそこで言葉を濁した。
「…どうしたの?」
「───なんでもない。」
それだけ言うとマキは、にへっ、と笑った。なんとなく、ぎこちない感じがした。
- 400 名前:第3話「キズナ」 115 投稿日:2002年05月12日(日)21時21分13秒
- アトラクションを乗り終えると、矢口さんは隣にあるプーさんグッズの店に勢いよく飛びこんだ。そして一番大きな5万円のぬいぐるみに抱きつくと、
「あ〜〜〜、落ち着くぅ〜〜〜。」
うっとりとした表情を浮かべる。
「やぐっつぁん、これじゃどっちがぬいぐるみだかぜんぜんわかんないね。」
マキの言葉に矢口さんは大袈裟にずっこけてみせた。
そのうち、ボンッ、ボンッ、と轟音が辺りに響き出した。なんだろう、と思って店を出ると、空を覆っている雲を照らし出すように鮮やかな光の粒が弾けているのが見えた。
「花火だよ!」
私の声に反応して、辻と加護が飛んでくる。やや遅れてマキ。矢口さんはまだプーさんに夢中のようだ。
手をつないで花火を見つめる辻と加護。そっと訊いてみる。
「どう? 楽しい?」
ふたりは声を揃えて、満面の笑みで答えた。
「われわれは完全に楽しんでいるぅ!」
- 401 名前:第3話「キズナ」 116 投稿日:2002年05月12日(日)21時22分15秒
- マキとの約束だったピーターパンのアトラクションに乗る。
私たちを乗せたゴンドラは、物語の順を追って動いていく。
「窓から出発するなんて、ほんとにあたしたちにそっくりだね。」
無邪気にマキは言う。そして月の模型に描かれたピーターパンたちの影を指差し、あれがあたしとひとみだね、と微笑んだ。
ゴンドラは右に左に大きく揺れる。乗り出すようにして周りを眺めているマキはそのたびに、わっ、わっ、と驚いて声をあげる。今まで感じていたどんなことにも動じないイメージとのギャップがおかしくて、私はちょっと笑ってしまった。
冒険がすべて終わってゴンドラを降りると、マキは一言だけ、
「空を飛べると、きっときもちいいんだろうね。」
と言った。
───そして、私たちはできるだけたくさん、アトラクションを乗りつぶした。できるだけたくさん、ポップコーンを食べた。できるだけたくさん話して、できるだけたくさん笑った。
- 402 名前:第3話「キズナ」 117 投稿日:2002年05月12日(日)21時23分22秒
- 日付もそろそろ変わろうという時間。駅の改札を出ると、帰ってきたんだという実感が湧いてきた。電車の中じゃ疲れてぐったりしていた辻と加護も、すっかり元気を取り戻してちょっかいを出しあいながら歩いている。
帰り道を歩く私たち5人を、月が照らし出す。ディズニーランドの上空に浮かんでいたのと同じ月。あれから少し傾いていて、相変わらず雲に囲まれてはいたけれど、その光は決して衰えていない。
商店街を抜けると、周りは静かな住宅街へと変化する。私たちのほかに人通りはほとんどない。5人でワイワイ騒ぎながら歩いているから気づかないけど、もうきっと“マキの時間”なのだろう。人間の支配する時間から、人間でない者の支配する時間へ。変わらず空から世界を眺めている月は、いったい何を思っているのだろう。
- 403 名前:第3話「キズナ」 118 投稿日:2002年05月12日(日)21時24分30秒
- 「今日はどうもありがとうございました!」
辻の声で現実に引き戻される。私たちは、辻の家の前に立っていた。
「辻、楽しかった?」
「はいっ!」
矢口さんの問いに元気よく答える辻。
「そう? よかった。それじゃ辻、おやす───」
「まってください!」
「…どうしたの、辻?」
突然大声をあげた辻を不思議そうに矢口さんが見つめる。その辻は加護をじっと見つめている。辻の強い視線に加護は目を閉じ、大きく深呼吸して、口を開いた。
「……カゴ…、おうちに帰ります。」
「え…?」
「ののの家族が、カゴを待ってるから。…ううん、カゴの家族が待ってるから。」
「加護…。」
驚いて見つめる私たちに、加護は照れ笑いを返す。月の光が鮮やかに映し出したその顔に、もう迷いはなかった。
「あいぼん!」
辻が加護に飛びつく。加護は少しよろけるが、どうにかもちこたえると、辻にささやいた。
「のの、あぶないよぉ。」
「ごめんなさい、あいぼん…。でも、うれしいんです。」
八重歯を見せる辻。黒い目を細める加護。ふたりは、最高の笑顔をこれ以上ない近い距離で見せあう。
- 404 名前:第3話「キズナ」 119 投稿日:2002年05月12日(日)21時25分26秒
- 「あのぉ…矢口さん、よっすぃー、師匠…。ほんとうに、ありがとうございました。」
加護は精一杯のまじめな口調で私たちに礼を言う。
「お礼なんていいって。加護がうれしいのが、私たちにも一番うれしいんだ。ねっ、矢口さん、マキ。」
「…そうだよ。加護、今すごくいい顔してる。今までで一番いい顔。…ねえ、加護。これからもその笑顔、大切にしてね。」
「…はいっ!」
矢口さんの言葉に明るく返事する加護。マキは何も言わず、ただ優しく微笑んでいる。今夜の月のように。
「それじゃさ、帰ってきたんだからちゃんとアイサツしないとね。」
加護はうなずくと、玄関前に立っている辻の方に向き直る。そして、大きく息を吸って、はっきりと言った。
「ただいまぁ!」
辻は、笑った。
「…おかえりなさい、あいぼん!」
- 405 名前:第3話「キズナ」 120 投稿日:2002年05月12日(日)21時26分12秒
- ふたりが家の中に入っていったのを見届けると、矢口さんが大きくのびをして言う。
「ふうっ。無事に解決してよかったよ。」
「そうですね。…あ、うちにある荷物、どうしよう…。」
「明日届ければいいよ。いつでも会えるんだからさ。」
「そっか…。」
「……。」
「……。」
なんとなく、間があいてしまう。すると、それを埋めるように矢口さんが声を出す。
「あのさ! カテキョ…これからもよっすぃーの部屋でやってもいいよね!」
「へ…?」
「ほら、ヤグチたちは幸せな家族なんだからさ、その幸せを本当の家にも持って帰りたいんだ。」
「矢口さん…。もちろん、オッケーですよ! OK牧場!」
私の言葉を聞いてハァ?と顔をしかめる矢口さん。ポカンとしてるマキ。
- 406 名前:第3話「キズナ」 121 投稿日:2002年05月12日(日)21時27分04秒
- 再びあいてしまった間。矢口さんはコホン、とひとつ咳払いをすると、
「…ま、とにかく! よっすぃー、マキちゃん、これからもヨロシクっ!」
元気よくアイサツ。
「はいっ! よろしくお願いします!」
「あはっ、やぐっつぁんもね。」
あったかい気持ちに包まれて。私たちは笑顔でお互いを見つめあう。
やがて矢口さんは名残惜しそうに、
「…それじゃ、ヤグチはこっちだから。」
「…おやすみなさい。」
「うん、おやすみなさい。」
それぞれの方向に歩き出す私たち。20mほど離れたところで、突然、矢口さんの声が響いた。
「ねえ!」
振り向くと、ぴょん、とジャンプして叫ぶ。
「またみんなで行こうね!」
「───はいっ!」
そして、私たちは手を振って別れた。
- 407 名前:第3話「キズナ」 122 投稿日:2002年05月12日(日)21時27分51秒
- ふたりだけになって歩く“マキの世界”に飲みこまれた街。どんどん冷えこんでくる夜の空気にさらされて、さっきまで高揚していた心の熱までも急激に冷めていくような気がした。
公園にさしかかって、私は思わず奥歯を噛み締める。───あの夜。私は、絶対にマキを人間にしてやると心に決めた。だが、夜が明けて私の甘い期待は打ち砕かれた。
そのときの苦い記憶。加護の“プッチ家出”が終わったという安堵感、さびしさ。楽しかった今日という日の思い出。少しずつ変わっていく毎日、今日より素晴らしい明日への希望…。
すべてが入り混じり、思考は溶けてこぼれ出し、名前のつけられない感情が全身を支配する。胸の奥からこみ上げてくる吐き気にも似た衝動。わかっている、いくら叫んでもどうにもならない事実の履歴。私はただ、現実と向き合って自分にできることをやるしかないのだ。たとえそれが、その場しのぎの慰めにしかならなくても。
- 408 名前:第3話「キズナ」 123 投稿日:2002年05月12日(日)21時28分48秒
- 「…ひとみ。」
私を呼ぶ声。ハッとして隣を見ると、今にも雲に飲みこまれそうな月を仰いでいるマキ。
「ひとみはあたしのことをピーターパンって言ったけど、ひとみのほうがずっとピーターパンだよね。」
「えっ…?」
胸に手を当て、マキは目を閉じる。
「ひとみはあたしにいろんなものを見せてくれる。いろんなことをおしえてくれる。…電車の乗りかた。…ディズニーランド。…そして、友だちどうしのあったかいつながり。」
淡々としゃべる彼女は、まるで触れられない蜃気楼のようにはかなく、美しかった。
「…ひとみ、やぐっつぁん、石黒先生。みんながチケットのお金を出してくれたの、ほんとうにうれしかったんだよ。あたしがここにいてもいいんだって、みんなの仲間でいいんだって言ってもらった気がして。」
「マキ…。」
そして、ゆっくりと目を開けるマキ。しかし、その瞳は悲しい色に満ちていた。
- 409 名前:第3話「キズナ」 124 投稿日:2002年05月12日(日)21時29分33秒
- 「……でもね。人間になりたいって思えば思うほど、自分が人間じゃないことがすごく悲しくなるんだよね。」
「……!」
───マキの瞳の色が悲しいのは、そこに私との絶対的なちがいを映しているから。ふたりの間の見えない壁を映しているから。
言葉を失う私に、マキは言う。
「ひとみ、今日行ったアトラクションで、すごく心に残ってるのがひとつあるんだ…。あたしにそっくりなお話。ピーターパンよりも、あたしにぴったりなお話。」
「それって……」
マキはうなずくと、その名を告げた。
「……『ピノキオ』。」
- 410 名前:第3話「キズナ」 125 投稿日:2002年05月12日(日)21時30分44秒
- 凍りつく身体。鳩尾に一撃を食らったように、呼吸が止まる。
「───見て、ひとみ。」
そう言うとマキは大きく息を吐き出した。
「ディズニーランドで並んでるときに気がついたんだけど……あたしだけ、吐く息が白くならないんだ。…それに、駅のロッカーで手をぶつけたけど、はれたりしないし血だってぜんぜん出なかった。」
そしてマキは、声を発することすらできないでいる私に、尋ねてくる。
「ねえ、ひとみ。ピノキオって、最後、人間になれたんだよね? だからあたしも、きっと人間になれるんだよね?」
じっと私を見つめるマキ。目をそらせない。そらしたら、その瞬間、答えが決まってしまう。
時間よ、止まれ。何も解決しない時間など、止まってしまえ。そして、私とマキに同じ意味づけを与えてくれ。
もうマキは叶わぬ望みを捨てようとしない。その真摯な思いを、誰がムダなことだと貶めることができるだろう?
それでも時間は流れる。すべてを嘲笑うように。それでも私たちは目をそらさない。すべてに抗うように。
- 411 名前:第3話「キズナ」 126 投稿日:2002年05月12日(日)21時32分01秒
- 「…その願い、ウチが叶えてもいいんやで。」
突然辺りに響いた、聞き覚えのある声。
「よっ、おふたりさん。相変わらずおアツいなあ。」
いつのまにか月は雲に隠れてしまっていた。月があったはずの空、その下にいるのは───ユウコさん。
「……どういうことです? 願いを叶えるって…?」
ふん、と彼女は鼻を鳴らす。
「言葉通りの意味や。ウチがマキを人間にするっちゅーことや。」
ウチガマキヲニンゲンニスル───?
ぐるぐると頭の中を回る言葉の意味をつかまえた瞬間、疑問文が私の口からこぼれた。
「…あなたは、いったい…?」
半分掠れた私の声をきっかけに、ガマンできなくなったように、白い粒子は降りてきた。雪。
そしてユウコさんは私を見つめたまま、スッと右手の甲を自らの顔の前にかざす。
「わっ、すっごい爪」
彼女は口元に薄く笑みを浮かべ、答えた。
「ウチは───魔女や」
- 412 名前:マネキン。 投稿日:2002年05月12日(日)21時33分36秒
- 第3話「キズナ」 終
→第4話「キボウ」に続く。
- 413 名前:str 投稿日:2002年05月12日(日)21時36分53秒
- 以上で第3話、終了です。
更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
遅れた理由はGWが終わってようやくTDLに行けたからです。
オフピーク取材してました。
>>383さん
ありがとうございます。ラスト、こうなりました。
今回はネタの量、けっこう多く盛り込むことができて満足してます。
新スレ引越し後もよろしくお願いします。
>>384さん
ネタはプロットの段階で混ぜてるので、むしろ話の展開のヒントになってます。
全然生意気じゃないですよ。最近パワーダウン気味なのは自覚してたので。
今後もおもしろいという感想をいただけるよう精進あるのみです。
- 414 名前:str 投稿日:2002年05月12日(日)21時38分05秒
- さて、第4話はまた3ヶ月経って3月が舞台になります。
残りのレス数から考え、新スレでスタートする予定でいます。
“空の「マネキン。」”という響きが気に入ったので、
おそらく今と同じ空板に立てると思います。長編だし。
始まるまではこちらのスレにいろいろ感想をいただけたら嬉しいです。
(レスがつけづらいそうで申し訳ありません…。)
あと、残念ながらこの話に5期メンは登場しませんのでご了承くださいね。
- 415 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月13日(月)07時24分36秒
- むしろ、五期メンが登場したら話の雰囲気が崩れそうなので、
今のままでいって欲しいです。
ほのぼの良作って意外と難しそうですね。ここ以外で見たい
作品ってないですから。頑張ってください。
- 416 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月14日(火)23時54分47秒
- やっぱり空板といったら「マネキン」でしょう!
最初から通して読むと、ひとみとマキの打ち解け具合が微笑ましいです。
- 417 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)01時37分08秒
- 3話終了お疲れ様でした。
これから裕ちゃん登場でどうなる!?
期待してます。
- 418 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)10時29分01秒
- 大量更新お疲れ様でした。
ディズニーランドが舞台で、予告通りのネタ全開っぷり
お祭り気分でかなり楽しませてもらいました。
ホントに、いい話です。
マキとひとみの今後の展開にも期待してます。
頑張ってください。
- 419 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月17日(金)21時34分52秒
- よしごまのマターリ感が最高
- 420 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月18日(土)01時01分26秒
- ついつい面白くて一気に読ませていただきました。ありがとうございます。
ネタ満載なのに話の流れが崩れないのが凄いですね。
『後ろにいます』 → ロッカーから登場には爆笑しました。うまいっ!
- 421 名前:str 投稿日:2002年05月25日(土)00時19分10秒
- 正直こんなにレスがいただけるとは思ってませんでした。
本当にありがとうございます。新スレ移行後もよろしくお願いします。
>>415さん
登場するキャストは4期までです。5期が出ると年齢層が下がっちゃうので。
そんなわけでまだ登場していない人が1名います。どう出るか、お楽しみに。
良作はいっぱいあると思いますが、そう言っていただけるとうれしいです。
第4話以降はちょっとドタバタして、ほのぼのと言えなくなるかも…。
>>416さん
最初はオープニングの描写もあって月板に立てようかと思ってまして。
でも当時は制限がかかってて、それで第2希望だった空板にしたんです。
どうやら空板の一角として認知されてるようで、ほっと一安心しています。
今後も、空のイメージにふさわしい内容になるようにがんばります。
>>417さん
そうですね、いよいよマキをめぐる動きが本格化してきました。
ユウコやなっちといった謎の多い面々の正体も徐々に明かされていきます。
期待に応えられるように努力しますです。
- 422 名前:str 投稿日:2002年05月25日(土)00時20分29秒
- >>418さん
さすがにネタ、出しすぎました。今後は少し量が減るかもしれません。
ディズニーランドはネタを含め、すべての辻褄が合う場所だったんですよね。
楽しんでもらえたようでなによりです。実際に行った甲斐がありました。
いい話と言っていただけてホントにうれしいです。それだけが取り柄なので。
>>419さん
どうもよしごまは、マターリしすぎてなかなかムチを入れられません。
お互いに落ち着いていられる関係、ってのが重要だと思いますので、
今後もムリしない程度にゆっくりゆっくり近づけていきたいです、はい。
>>420さん
この話はネタと伏線でほとんどができてますので。ええ。
『後ろにいます』→ロッカー、無事ウケたようでほっとしてます。
今後はネタの量が減るとは思いますが(ある程度は用意してますけど)、
それでも面白いと言っていただけるようにがんばります。
しばらくしたら新スレを立てます。変わらぬご愛顧をよろしくお願いします。
なお、このスレは他の小説のジャマになるといけませんのでageないでください。
- 423 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月27日(月)11時46分55秒
- 空板は長編用ゆえまだ容量に余裕はあるのでは、と。
あ、でも500に近いからレス数が足りないか。
- 424 名前:str 投稿日:2002年06月01日(土)00時58分23秒
- >>423さん
そうですね、レス数が足りないので。書き方悪いせいかもしれません。
256K超えたから空板で書いた意味あったし、いいかな、と勝手に思ってます。
- 425 名前:str 投稿日:2002年06月01日(土)00時59分34秒
- 今までありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
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