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黒い風船に白い針

1 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月15日(木)20時48分39秒
警察官僚としての組織に挑む吉澤ひとみと石川梨華の話です。
2 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時49分40秒

『まずは刑事局から報告をお願いします』
官房長のそんな声でこの会議は始まった。

月例庁内監察報告会議。
警察庁内の不正などを取り締まる監察官が一堂に会する会議だ。
私も警備局付監察官の一員として列席していた。
3 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時50分18秒

いわゆる警察官僚といわれる私たち。
まだ入庁して3年しか経っていないが官僚への道を着々と進んでいた。
日本で一番難しいといわれる大学を卒業してから、
すぐに警察庁に入庁する道を選んだ。
4 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時50分52秒

警察に入ることを決めるのはものすごく単純な理由だった。
中学校の時に見たドラマ。
警察官僚と第1線の警察官が対立しながらも最後には組織変革の為に立ち向かうというものだった。

私の心を決めるキッカケとなったのは定年間近の刑事が若い刑事に言ったセリフだった。
『何かを変えたかったら偉くなれ』
その言葉が今でも心のなかで響いている。
5 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時51分24秒

警察庁に同期入庁したのは13人だった。
その中で女性は2人だけ。
私ともう1人。
石川梨華という人だった。
6 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時51分57秒

入庁後、私たちは全く別の方向へ進んだ。
彼女は警備畑と言われる、いわば警備公安を担当する警備局へすすんだ。

警備局というのは機動隊を運営する警備、極右や極左暴力集団などの情報を収集する公安、
そして海外情報を担当する外事を担当する部門だ。
彼女は今、警備局の公安一課にいるはずだった。
7 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時52分38秒

私は彼女とは正反対に刑事畑を進んだ。
だが今は違う。

ちょうど構造改革を謳う与党有力者が首相になって以来、
中央官庁にも改革のメスが入りかけていた。

その先駆けとして庁内監察報告会議が組織され、
私はその監察官として長官官房に配属された。
そして警備局付監察官としての仕事を受け持った。
8 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時53分10秒

監察官というのは実に嫌われる職業だ。
いわば人のアラ探しをする仕事である。
誰でも自分のアラ探しをされるのはイヤなものだ。
しかも警備公安というのは情報警察であるが故に、
ひどく情報を隠したがる部門だった。
9 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時53分43秒

『吉澤さん、報告書を』
いつのまにか刑事局に関する報告は終わり、
警備局の番となっていた。
上席監察官が私の渡した報告書の説明を行っている。
10 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時54分52秒

私は3週間前、警備局が裏の部分で明らかに法令に違反する行為をしていたことを裏付ける資料を見つけた。
警察が脅迫や金銭を使った工作行為をしていることは以前からウワサされていた。
公安警察が過激派内部などからの協力者に金銭を渡すことは暗黙の了解で許されているし、
犯罪捜査のために盗聴などを行うことも一応法律的には許されていた。

だがその資料はそれどころではなく、協力金の横流しから使い込み、プール金など、
税金の行きつく果てというか、まさに税金のブラックホールここにありっていうか、
警備局の本性というべき凄まじい内容が克明に記されていた。
11 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時55分25秒

私は警備局の人員にばれないように調査を進め、
今回の報告までこぎつけた。
警備局付監察チームのトップである上席監察官は刑事畑出身で、
警備局とは犬猿の仲であることは明白だった。
上席監察官は会議での報告を許可し、
彼自らが報告の先頭に立つことを約束した。
その報告は警察内部の腐食を洗い出し、組織変革を進める第1歩となるはずだった。
12 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時56分01秒

だがこの報告会議はすぐさま警備局の反発を買った。
今の長官は警備局長などを歴任した警備畑出身だった。
調査不足と情報漏洩防止を理由に調査の即時中断が言い渡された。

私は監察官を外され、人事課に押し込められた。
そして私の元には警備局からの刺客とも言える人物が派遣された。
ウワサによるとその刺客は自ら希望して監視役を買って出たらしい。
まさに継続調査をしようとする私を潰すためとしか言いようのない人事だった。
13 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時57分07秒

『あなたも何もしなければ、昇進にも影響するようなことはなかったのに』
私の目の前にいる刺客。
石川梨華だった。
頭を突くアニメ声。
官僚というイメージには程遠いイメージの女性だった。
だが中身は違った。
仕事はあくまで冷徹にこなし、未来は初の女性長官候補として名前が挙がっていた。

『石川さん』
『なんですか?』
『何故、警察に入ったんですか?』
14 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時57分43秒

私はずっと気になっていた。
彼女は私のような官僚の異端児ではなく、
バリバリの警察官僚として組織の為に働いているように思っていた。
でも一緒に仕事をするようになって気づいたことがあった。
どこか警察官僚としての行動ではなく、もっと別の何かを彼女の内側から感じた。
もっともそれが何であるのかは全く感じ取ることは出来なかったけど。

『あなたが知るような理由はありません』
彼女は冷静に答えた。
『教えてください。 何故警察なんですか?』
私は執拗に食い下がった。

結局、彼女は何も言おうとしなかった。
私の理由を話しても『そんなのただの理想論で終わっちゃいますよ』と一笑に付された。
彼女は私に何も語ろうとはしなかった。
15 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時58分14秒

一緒に仕事部屋に押し込まれて2週間が経とうとしていた。
私は彼女の行動に疑問を持つようになってきた。
16 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時58分48秒

退庁時間を過ぎた後、彼女はすぐに出て行く。
だが家に帰っているわけではないことが分かった。
どこへ行っているんだろう?
私は密かに彼女を追いかけた。

彼女はエレベーターに乗った。
エレベーターは何と上へ向かっていく。
そして止まった階は警備局のある階だった。

『・・・?』
彼女は今でも警備局にも籍はある。
だが今は警備局には何の用も無かったはずだ。
では何故警備局へ行く?
私は彼女の行った警備局へ入った。
17 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)20時59分21秒

警備局資料保管室。
彼女はそこへ入ったようだ。
私はそこで彼女の行動を目撃した。
何と私が発見した資料の裏づけ部分となるものを全てフロッピーに納めていた。

私は全てを悟った。
彼女自身、警備局から送り込まれた刺客のフリをしながらも、
警察の組織変革を可能とし、警備局も抵抗できないような資料集めをしていたのだ。

『石川さん・・・』
私は部屋に入り、声を掛けた。
彼女は驚いた表情で振り返り、そしてパソコンを隠そうとした。
私は続けた。
『それ・・・、例の警備局の資料ですね・・・』
彼女は『フッ・・・』というような表情を見せた。
全てを話す覚悟をしたようだった。
18 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)21時00分45秒

『吉澤さん、あなた、いつか聞いたわよね。 私が警察庁を選んだ理由ってやつ』
『ええ』
『あなたと全く同じ理由よ。 組織を変えてみたかった。 警察という黒い組織に立ち向かってみたかった。
 あなたが警備局の資料を暴露した時、私はその資料を調べている途中だったの』
私は正直言って驚いた。
私の集めた情報を調査しなおしているだけだと予想していたのに、
実際は彼女は私よりも早くから資料に気付き、調査を始めていたようだった。
19 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)21時01分15秒

『でもあなたは調査を始めたみたいだった。 私が内部告発で警備局長から長官までを一気に潰そうと思ってたのに、
 あなたは調査の裏づけが完全でないまま公表しようとしてしまった。 このままでは局長どもに揉み消されてしまう。
 だからあなたをちょっと利用させてもらった。 あなたが公表しようとしたのを局長どもに匂わせ、
 長官から中止を指示させるように仕向けたの。 そしてあなたのもとに監視という名目で私を派遣させてもらった。
 あなたは監察官という名を外されたけど、それは格好の隠れ蓑となった。 あなたの監視をしているように見せて、
 私は資料の裏づけを急いだの』
彼女は一気に話した。
20 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)21時04分11秒

『でもあなたは組織側の人間のように装っていたじゃないの?』
『それも装っていただけ。 偉くなれば組織の変革もしやすくなる。 この資料もただのオトリになる可能性だってあったの』
私は黙り込んでいた。
21 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)21時04分48秒

彼女は続けた。
『私はもっと偉くなる。 それまでは組織を利用する。 あなたのやろうとしたことは間違ってはいなかった。
 正しいことをしようとした。 でも時期が早すぎただけ。 あの資料が黒い官僚も抵抗できないような力を持ったとき、
 あなたはまた白い官僚として警察組織の先頭に戻ることができる。 それまで私があなたと同じ理想を持っているってことを覚えてて』
彼女はフロッピーを持って部屋を出て行った。
彼女が通り過ぎるときに彼女の眼を合った。
その眼は仕事をしている時の眼とは異なり、強い信念が垣間見えた。

私は彼女に言った。
『石川さん、偉くなってくださいね』
彼女は振り返ろうとはしなかった。
22 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年11月15日(木)21時05分59秒
国家の影に存在する組織の黒い部分に対する私たちの戦争は始まったばかりだった。
23 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月15日(木)21時12分00秒
お粗末さまでした。
まだまだ初心者なもので。

警察内部での問題がどんどん噴出してきています。
中央官庁の要としての警察庁。
治安維持と危機管理官庁としての警察庁。
国家の維持に欠かせない警察権力の黒い部分がバレてきています。

でも絶対に警察の中でも組織変革をしようとしている者がいる筈です。
小説のなかのような官僚も絶対にいます。
吉澤ひとみと石川梨華。
2人の警察官僚がその後どのような改革をもたらしたかは分かりません。
でも必ず組織変革も成功していることを祈りたいです。
24 名前:クール梨華っち 投稿日:2001年11月19日(月)00時47分36秒
うわっ、なんか難しいな。
こりゃ〜気合が入れて読まなきゃな〜。
頑張ってください!
25 名前:名無しさん80 投稿日:2001年12月02日(日)19時52分47秒
あのドラマのヒントを得て?
いいっすね〜。こいうのも好きですよ。
主役が何かに向かって立ち向かう様がイイ!
もしかして、これで終わりなんでしょうか?
続ききぼんぬ。
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月03日(月)15時52分42秒
あ、あのう・・・、一応終了のつもりなんですが・・・。
終わり方が余りにも中途半端でしたか?
次は国土交通省と公正取引委員会をネタに
建設談合のお話でも考えてたんですが・・・?
27 名前:名無しさん80 投稿日:2001年12月03日(月)20時16分01秒
いや、もし続きがあるなら見たいって事です。
紛らわしい事を言ってすいません。もう言うまい。
次の話し、期待してます。申し訳!
28 名前:全権特使 投稿日:2001年12月11日(火)20時38分46秒
こっちもコテハンにしました。

10以降まで沈んだので、明日には更新します。
国土交通省を公正取引委員会をネタにするといいましたが、
検察庁と厚生労働省とのネタになっちゃいました。
ごめんなさい。
29 名前:携帯から全権特使 投稿日:2001年12月12日(水)20時27分48秒
PCと日程の都合で今日中の更新が無理っぽいです。 ごめんなさい。
30 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時06分27秒
検察官である保田圭。
厚生労働官僚である中澤裕子。
2人は同じ大学の同窓生だった。
31 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時07分05秒
『圭ちゃん・・・』

『いいよ、分かってるから』
32 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時07分37秒
あの事件は私にとって忘れられない事件だった。
それは栄転という名の転属を初めて経験してから
半年が経ったときに起きた。
33 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時10分27秒
傍らにいる検察事務官、後藤真希。
私が転任してきた今年の4月より以前から
東京地検で事務官をやっていたらしい。
検察官の私に対しても敬語は使わないし、
仕事中に机に突っ伏して何してるのかと思えば寝てるし、
ピリピリとした検察庁の中に、のほほんとした空気を流しているが、
検察官を補佐する検察事務官としての仕事はキッチリこなす。
34 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時11分40秒
私は4月までは大阪地検の刑事部に在籍した。
刑事部は警察から送検された刑事事件の捜査などを担当し、
事件に関して警察など司法警察職員による捜査の指揮を執る部署だった。
昨年に発生した連続殺人事件での事件指揮が評価されて、
4月に東京地検特捜部に栄転した。
35 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時12分17秒
東京地検特捜部。
正式名称は東京地方検察庁特別捜査部という。
政治汚職事件などの警察が捜査するには支障があると思われる案件に
検察庁が直接捜査する時によく登場する部署で、
検察官にとっては花形の部署だった。
36 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時13分39秒
その特捜部に私が栄転してきてから6ヶ月。
特捜部が動くような事件が発覚した。
厚生労働省の官僚が民間製薬会社の開発した新薬の承認について、
多額の賄賂などを受け取った疑惑が浮上した。
しかもこれを嗅ぎ付けたのが警察では無く、
報道機関がすっぱ抜いた形でスクープしたので、
厚生労働省は大混乱に陥った。
37 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時14分11秒
普通、製薬会社などが医薬品を製造承認申請した場合は、
厚生労働省傘下の薬事食品衛生審議会が審議し、
厚生労働大臣が承認するのだが、
その審議段階で厚生労働官僚が審議会の審議員に働きかけたという内容だった。
38 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時15分07秒
検察庁は警察と共にすぐに捜査を開始した。
だが警察は厚生労働省の麻薬捜査に関連して、
厚生労働省との関係が中立でない、という論議が出て、
警察は捜査から手を引くことになった。
私にとっての事件はそこから始まった。
39 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時15分41秒
特捜部はすぐに疑惑のあった薬事局の家宅捜索執行準備に取り掛かった。
そこで私は驚愕の事実を眼にした。
後藤の用意した報告書に目を通した私は思わず後藤を疑った。
40 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時16分16秒
『後藤、ちゃんと調査した?』

『なんでよぉ〜。 ごと〜の調査を疑う気〜?』
41 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時17分06秒
そこには私の知っている名前が書かれていた。
しかもかなり親交のある友人。
京都大学にいた時に同じ歌のサークルにいた、中澤裕子。
42 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時18分07秒
『とりあえずもう一度調査しなおしなさい』

『え〜、なんでぇ?』
43 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時18分40秒
後藤は不満そうな顔をしながら大部屋を出て行った。
たぶん、あんなことを言いながらも調査をし直しに行ったのだろう。
私は自室に戻って考え込んだ。
44 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時19分11秒

裕ちゃん・・・、そんなことするはず無いよね・・・?

皆のリーダー格としてサークル仲間をまとめ上げて
みんなの信頼を集めていたのに・・・。
45 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月13日(木)02時19分43秒
小さなグループだったが、実力は上々だった。
コーラスサークルとして大学公認でコンテストに出場し、
かなり上位まで食い込むこともあった。
46 名前:全権特使 投稿日:2001年12月13日(木)02時20分38秒
あ・・・、上げちゃった・・・。
だから今日はココまで。
47 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月17日(月)21時17分26秒
姐さん・・・
48 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時24分58秒
私は自室に置いてあるアルバムを開いた。
大きい写真に10人ほどが写っている。
みんなドレスを着て、思いっきり喜びの表情を表している。
コンテストで優勝を勝ち取った時の写真だ。
私は端っこ、裕ちゃんは真ん中で笑っている。
その表情からは収賄を受けるようなことは全く予想できる者はいなかっただろう。
49 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時25分30秒
3日後
50 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時26分00秒
後藤は再調査報告書を提出した。
相変わらず調査してるのか分からなかったが、
報告書の内容は濃くなっていた。
だがそこにあった名前に代わりは見られなかった。
51 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時26分34秒
『ちょっと突っ込んで調査したけど、前の結果には変わりはなかったよ』

『調査しなおした部分は?』

『ん〜、被疑者の経歴と案件内容の確認かな? その他、全部の補強調査ぐらい』
52 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時27分10秒
確かに前回からは補強されていた。
しかも被疑内容はかなり濃密になっていた。
53 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時27分46秒
『圭ちゃん・・・、気になったんだけど・・・』

『何よ?』

『この・・・、中澤裕子? この人、圭ちゃんと同じ京大出身だよね?』
54 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時28分20秒
後藤は勘付いたのかもしれない。
でも今、全てを話すわけにはいかない。
捜査に私情を挟んではいけないというのは検察官も同じだ。
55 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時28分52秒
『もしかして圭ちゃん、知ってる人じゃないの?』

『んなことあるわけないでしょ。 京大って言っても広いんだから』
56 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月18日(火)19時29分23秒
後藤はそこで引き下がった。
何も言わなかったが、確かに勘付いている。
そのうち話さなければ、そうしないといけない気がした。
そして・・・、裕ちゃんにも・・・。
57 名前:全権特使 投稿日:2001年12月18日(火)19時36分55秒
うあぁ・・・。
58 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月18日(火)22時47分56秒
更新おつかれさまです。
気になって…
裕ちゃんどう言う風にでてくんだろ?
59 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時47分28秒

厚生労働省への家宅捜索の日取りが決まった。
それは被疑者の容疑が大体固まったことも意味していた。
私に残された時間はもうほんの僅かだった。
すでに時間は無い。
1週間後には裕ちゃんが検察庁に召喚され、逮捕されるだろう。
それまでに何とか裕ちゃんの真意を聞き出すことはできるだろうか?
60 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時48分14秒
私は決断した。
61 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時48分46秒
サークルの仲間からOB会名簿を見せてもらい、
裕ちゃんへ連絡をつける手筈をつけた。
まだ裕ちゃんの名前の実名報道には至っていない。
その仲間もスンナリと見せてくれた。
62 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時49分23秒
家に帰り、手帳に書かれた住所と電話番号を眺めた。
何度、受話器を手に取っただろう?
そのまま夜は更け、朝が来た。
63 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時49分54秒
眠らないまま登庁の時間が来て、
後藤が運転する車に乗り込んだ。
64 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時50分30秒
横で運転する後藤は珍しく何も話さなかった。
それとも私がそのような雰囲気を出していたのかもしれない。
そのまま地検庁舎の前まで来た。
65 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時51分01秒
『後藤、ちょっと遅刻しよう』

『何言ってんの、圭ちゃん。 今日は・・・』

『いいから!!』
66 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時51分36秒
何かを感じ取ったか、私の声に気圧されしただけか、
後藤は静かにアクセルを踏み、庁舎の前を通り過ごした。
67 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時52分11秒
『どこに行くの?』
68 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時52分55秒
後藤のその言葉にも答えることは無かった。
私は思案に耽った。
だがそれでさえ、何を考えていたのか分からなかった。
69 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時53分26秒
そのまま10分ぐらいもグルグルと廻っただろうか。
いい加減、後藤が辛抱の限界を迎えているようだった。
70 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時53分56秒
『後藤、日比谷公園の前で止まってくれる?』
71 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時54分26秒
後藤は何も言わずに公園の前で車を止めた。
私は車から降りた。
手には手帳と携帯がある。
公園のベンチに座ると、後ろから後藤が来た。
72 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時54分59秒
『車で待ってていいよ』
73 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時55分30秒
後藤はその言葉を無視し、
そして決然とした表情で言った。
74 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時56分05秒
『圭ちゃん、中澤裕子に連絡を取る気でしょ』
75 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時56分38秒
図星。
だがどうしてだろう?
後藤にはまだ話していないのに。
76 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時57分12秒
『あのね、圭ちゃん。 圭ちゃんには悪いと思ったんだけど、どうも気になったから調べさせてもらったよ』
77 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時57分56秒
やはり。
後藤は私と裕ちゃんの関係に付いて調べたんだ。
78 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時58分34秒
『どこまで調べたの?』

『圭ちゃんが入ってたサークルの周辺を全部』

ここでも皮肉なことに後藤の調査能力が凄いことを思い知らされた。
私は全てを後藤に話すことにした。

『後藤、今からココに裕ちゃんを呼ぼうと思う』

『言うと思ったよ』

後藤が分かっていたようなことを言った。
その表情は呆れて物が言えないといった表情だ。
そして後藤は続けた。
79 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)03時59分59秒
『でも呼んでどうする気? 中澤が犯罪を犯したのはもう紛れもない事実なんだよ? それとも逮捕を免れる方法でも伝授する気?
 だいたい特捜部の検察官が被疑者を呼ぼうって言う時点でおかしいよ?』

そう、後藤の言うことは当たっている。
裕ちゃんが犯罪を犯したことは既に事実だろう。
特捜部の検察官が被疑者に会おうっていうのも常識では考えられない。
でも・・・。
80 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時00分36秒
『でも・・・、でも裕ちゃんに会って、どうしても確かめたいことがあるの!』

『じゃあその確かめたいことって何なの?』

『・・・裕ちゃんは収賄なんてするような人間じゃない』

『犯罪者なんて皆そうだよ。 「そんなことするはずない」って思われてた人間が突然犯罪を犯すことだっていっぱいある』

『でも裕ちゃんに限っては!』
81 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時01分43秒
『検察官は社会正義を全うするためにいるんだよ? 犯罪者に情をかけることは許されないんだよ?』

『私は! 別に情をかけるつもりは無いし、裕ちゃんの犯罪は既に事実だと思ってる!
 確かめたいことっていうのはその真意。 裕ちゃんが犯罪に走ったような真意を問いただしたいの!!』
82 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時02分14秒
最後は懇願するように後藤に言った。
後藤は検察事務官としての立場から私に忠告している。
一方、私は大学時代の同級生として裕ちゃんと向き合おうとしている。
官職に就いている自分よりも昔の同級生を優先しようとしているのだ。
しばらくの時が経った。
そして口火を切ったのは後藤だった。

『分かったよ・・・』

後藤はそう言うと、車に戻っていった。
ありがとう、後藤。
私は後藤とのやり取りで何かが吹っ切れた。
そして手帳に書いてある11桁の数字をダイヤルした。
相手はすぐに出た。
83 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時02分47秒
『もしもし?』

関西弁のイントネーションが今でも変わっていない。
そして大学時代に高音のパートを歌っていたその声も。

『もしもし・・・、裕ちゃん・・・。 わたし・・・、保田だよ・・・』

『あぁ、圭ちゃん? ひさしぶりやねぇ、元気してた?』

『うん。 いきなりなんだけど、今から会える?』

『何やぁ、突然やなぁ。 あ、金なら無いで♪』

そう言いながらカラカラと笑う。
昔から変わらないその性格が心を痛める。
84 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時03分17秒
『まぁ、ええよ。 今、どこなん?』

『日比谷公園・・・』

『あ、近いんやね。 今、本省におるからすぐに出るわ』

裕ちゃんは電話を切った。
彼女は私の職業を知っているはずだ。
そして自分のしたことも。
だが彼女はすぐにOKした。
何故だろう?
私はもう逃げ出したくなった。
85 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時03分53秒
10分ほど経ち、裕ちゃんは顔を見せた。
1年程前に会った時と変わりは無く、
屈託の無い笑顔を見せていた。

『ひさしぶり、裕ちゃん』

『ひさしぶりやねぇ、元気してんの?』

『元気だよぉ』

私も精一杯の笑顔を作り、応じた。
心の中は散り散りに乱れているのに。

『どないしたん、急に呼び出したりなんかして』

『ん〜、急に顔が見たくなったというか』

とっさに誤魔化してしまった。
この笑顔からは、やはり犯罪を犯す人間とは思えない。
だが実際は・・・。
86 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時04分23秒
『あのことやな・・・?』

やはり分かっていた。
それはそうだ、当事者なんだから。

『うん・・・』

『何が聞きたいんや? そろそろ逮捕されんのは分かってんのに、いちいち呼び出したのは何か理由があるんやろ?』』

『うん・・・』

『もうこんな風に話せることは無くなるんやから。 今のうちに聞いといたほうがええんちゃう?』

『うん・・・』

話せない。
あれほど吹っ切れたと思ったのに。
私は逡巡していた。
87 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時05分01秒
『大学時代にもあったなぁ、こんなこと』

裕ちゃんが思い出すように言った。

『覚えてるか? コンクールの直前に圭ちゃんとあたしが練習のことで大喧嘩したやろ?』

『覚えてるよ・・・』

『その日の真夜中やったなぁ、いきなり遠いのに鴨川のほとりまで呼び出されて。
 その時の圭ちゃんは泥酔してて。 あたしが思わず駆け寄った瞬間に大声で泣き出したやろ』

『そうだったっけ・・・?』

『ちょうど今もそんな感じ。 迷わんと話してみ?』

裕ちゃんは優しい目を向けて言った。
私は話し始めた。
88 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時06分21秒
『裕ちゃん・・・、製薬会社から賄賂をもらって、審議会に働きかけたって本当なの・・・?』

『あぁ、ホンマや』

『どうして・・・? 厚生労働の官僚なんだったら、お金なんていくらでも・・・』

『違うねん。 確かに金はある。 でもそれもつぎこまなアカンほどのことがあってん』

『何・・・? それって・・・?』

89 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時06分51秒
『今回、申請が出された薬品がどんなもんか、調べてるやろ?』

『うん・・・、確か何かのガンの特効薬か何かで・・・』

『そう、ガンの特効薬や』

『でもガンの特効薬だったらキチンとした手続を通せば承認はもらえるんじゃないの?』

『そこやねん、そこ』

『そこ?』

『そのキチンとした正規の手続。 あの審議会はな、手続に時間がかかる』

『でもそれは・・・』

『そう、ちゃんとした薬品の検査のため。 でもあたしには待ってられへんかった』

『待ってられなかった・・・?』

裕ちゃんはそこで一息ついた。

『あたしにはな、妹のように可愛がってる子がおるんや・・・』

初耳だ。
裕ちゃんは写真を取り出し、続けた。
90 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時08分08秒
『この子、今、病気で入院してる』

裕ちゃんと並んで映っているその少女は、
金髪で背が小さく、とても快活そうに見える。

『もしかして・・・、ガン・・・?』

『そう、死ぬのを待ってたも同然なんや』

『それで・・・?』
91 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時08分42秒

『手術をして、そしてその特効薬を併用すれば、
 助かる見込みがあることをその製薬会社の研究者に聞いたんや。
 そこであたしは考えた。
 その子には手術費を出すことはでけへん。
 手術をしとうてもできへんねん。
 あたしは密かに医者に聞いてんな。
 手術費をあたしが出すことはできるかどうか。
 でも莫大な金額で、あたしの年収を全て投げ打っても太刀打ちでけへん。
 そこであたしは製薬会社に話を持ちかけたんや』

『それが・・・、収賄・・・?』
92 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時09分46秒
『新薬の承認はすぐに会社のメリットに繋がる。
 特にガンの特効薬ともなって独占販売権を獲得したら、
 莫大な利益を生むやろ?
 そこで収賄のように見せかけて、働きかけをしてやるように言うてみたら
 見事に食いつきよった。
 金と新薬が同時にあれば、この子は救われる。
 収賄でもらった金と新薬で、この子のガンは治るはずなんや』

裕ちゃんは目に涙を浮かべながら続けた。
93 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時10分32秒
『確かに新薬の承認には安全性を重視せなあかん。
 それは薬事局に在籍するあたしが一番知ってることや。

 でもこの子は死ぬのを待ってる。
 製薬会社の新薬が効き目があるかもしれん。
 そのちょっとの可能性で、この子が救われるかもしれんかったんや』

『救われるかも・・・、しれなかった・・・?』
94 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時11分09秒
『あたしは手術費を立て替えた。
 もちろん製薬会社からもらった金で。
 それであの子は手術室へ入ることが出来た。
 その時のあの子は気持ち的には救われたんやけど・・・』

そこで裕ちゃんの声は、途絶えた。

『もしかして・・・、助からなかった・・・?』

『手術が失敗したわけではなかったんや。
 医者の人らもようやってくれたと思ってる。

 でももう手遅れやったんや。
 あの子にもう抵抗力、免疫っていうものはもう無かった。
 手術後の感染症で・・・』

『裕ちゃん・・・』
95 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時12分37秒
『あたしは確かに悪いことをした。
 たったひとり、あの子の為だけに安全確認がされてない新薬の承認を早めようとしたりした。
 
 それがもしかして恐ろしい副作用を持ってたら?
 そんなことを一番よく分かってなあかん薬事局の人間がな』

裕ちゃんはそこまで言うと立ち上がった。

『あの新薬はもう一回、審議に掛けられるやろ。
 それが承認されたら、あの子と同じ病気で苦しんでる人が助かるかも知れん』

『裕ちゃん・・・』

『圭ちゃん、次に会う時は地検の庁舎やな』
96 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時13分36秒
裕ちゃんは私に背を向け、秋の日比谷公園の中を去っていった。
私は何も言うことは出来なかった。
97 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時14分52秒
1週間後、裕ちゃんは逮捕された。
聴取は私の担当ではなかったのでよく分からなかったが、
裕ちゃんは収賄の事実と働きかけの事実とを素直に話したらしい。
98 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時15分49秒
しかしその金髪の少女のことは特捜部の中でも話題に出なかった。
検察庁でその金髪の少女を知っているのは私と後藤だけだった。
99 名前:黒い風船に白い針 投稿日:2001年12月19日(水)04時16分25秒
あの話は官僚としてのタブーを破ってまで少女を救おうとした
裕ちゃんの逮捕前にしておきたかった懺悔だったのだろうか・・・?
100 名前:全権特使 投稿日:2001年12月19日(水)04時17分48秒
終了。

>>58
裕ちゃん、こんな風に出てきましたね。

明日からは白板の方を頑張ろうっと♪
それでは♪

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