インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

トウモロコシと空と風

1 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時05分44秒
第4回短編集に投稿しようと思ったら締め切られていた(w
他に使う予定もないので、ここに載せさせてください。
「食べ物」を扱った吉澤が主役のちょっと重めの話です。
一話完結です。
2 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時08分41秒
――昭和42年秋――

吉澤ひとみがその記事を目にしたのは職業安定所の待ち時間でのことだった。
世は高度成長真っ盛りだというのに、大学を出てすぐに勤めた会社は不渡りを出して
倒産してしまった。
それでも随分とのんびり職探しができたのは、探せば仕事などいくらでもあるという
安心感からだろうか。

普段なら読むこともない時事ネタを扱う男性向け週刊誌。
ロビーに置いてある女性誌はすべて読んでしまい、退屈凌ぎにと、たまたま手にしたのが
その雑誌だった。
3 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時09分23秒
「『地上の楽園』はこの世の地獄だった!北朝鮮帰国家族の悲惨!」

ひとみは扇動的なこの記事のタイトルに惹かれた。
記事は北朝鮮籍の在日朝鮮人の帰国が悲惨な末路を辿っていることを示すもののようだった。
最近になってこの手の記事が増えてきた。
やはり高度成長による資本主義の享楽を肯定する雰囲気が醸成されてきたからだろうか...
4 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時10分07秒
ひとみは最近の論調からうすうすとは理解している。
北朝鮮が地上の楽園なんかではないことを。
だが、マルクス主義の理想がまだ知識人の間で信じられていたこの時代、
大手の新聞社はこぞって北朝鮮の美化に努めていた。
それに騙されて北へと渡った多くの在日朝鮮人家族がいる。
そうこの雑誌は伝えていた。
5 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時10分49秒
記事はたまたま新潟の海岸に打ち上げられた小瓶に入っていたという、(日本から北朝鮮への)
帰国者の手紙を転載している。
北朝鮮政府が手紙の検閲を行い、また帰国者の日本への再渡航を事実上認めていないため、
北の現実を知ることができる資料は当時、皆無と言って良かった。
その意味で、この手の情報は貴重だった。
ひとみは読むともなしに記事中の手紙に目を通した。
6 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時11分24秒

『xx様

私はもう死ぬでしょう。
このまま朽ち果てる前に、思いを伝えたくて筆を取ります。
もし、この瓶が運よく日本に届くことがあれば、どうかあなたに届きますように...

(中略)

私たちは二年前の春にこちらへ渡ってきました。
もちろん「この世の楽園」という言葉を信じたせいもありますが、何といっても私たちの祖国です。
私たちは祖国に帰る喜びと戦争で荒廃した地に新しい国をつくるのだという希望に満ちていました。

最初のうち、私たちの未来は希望にあふれているかのように思われました。
しかし、その幻想はすぐに破られたのです。
7 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時12分36秒
日本で小さな工場を営んでいた父は労働者として一から始めなければなりませんでした。
父は工場の運営に自信を持っていましたので、すぐに工場長くらいにはなれると楽観視していたようです。
そのような考えが甘かったことはすぐにわかりました。
8 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時13分08秒
帰国者である父は労働党の党員になれませんでしたが、北では党に入れなければ出世はおろか、
自分の望む仕事にもつけないありさまでした。
父は鉄鋼工場の労働者として働きましたが、もともと力仕事など慣れていないところに
日本での生活が長く、言葉によるコミュニケーションがうまく取れず、大きな事故を起こしてしまいました。

党員であれば、あるいは党の幹部に知り合いが入ればまた事情は変わっていたのかもしれません。
ですが、帰国者である父には、党はおろか知り合いと呼べる人などいないのでした。
9 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時13分53秒
弁解のひとつもできないまま父は北の方の炭坑へと職場を移されました。
もちろん私たちも一緒です。
その山奥の村で私たちを待っていたのはまさに地獄でした。

まず、妹が学校でいじめられました。
日本で育った妹は他の子よりも色が白く、同級生の女の子に妬まれたのです。
女の子とはいえ、いじめかたは激しく、泥を顔に塗られたり、蛙を背中に入れられたりと
散々な目に合わされ、その時分は毎日、泣いて帰ってきました。
ただ今思うと、学校に行けていただけ、幸せだったと思います。
10 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時14分28秒
でもなんと言ってもつらかったのは食事が満足に取れなくなったことでした。
父の鉄鋼工場でのミスが響いたのでしょう、炭坑に移ってから食料の配給量が目に見えて減っていました。

もともと米の配給が望むべくもないことは帰国早々にわかっていましたが、
主食であるトウモロコシの配給さえ滞りがちになりました。
年を越えると、さらにその量は減っていきます。
その年はあいにくなことに冷害による凶作だったのです。
周りの家でも食料の調達に四苦八苦していたくらいです。
帰国者である私たちの苦労は並大抵ではありませんでした。
11 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時15分08秒
母は自分はお腹いっぱいだからと言って、私と妹に時分の分のトウモロコシをわけてくれました。
妹は無邪気にも全部平らげた上で、まだ足りないと言っては母を困らせます。
私は、ふくよかだった母の頬が痩けていくのを見るのが辛く、母からもらった分を
妹に見つからぬよう、そっと返しました。
12 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時15分43秒
悲劇は突然襲ってきました。
炭坑で崩落事故があり、父が岩盤や梁の下敷きになって圧死したのです。
ひもじいながらもなんとか暮らしていた私たちが本当の地獄を見ることになったのは、
それからでした。

今まで不定期ながら続いていたトウモロコシの配給がついに打ちきられました。
もともとの栄養失調と父の死による精神的負担から倒れた母は働きに出ることもままならず、
家で寝たきりになってしまいました。
13 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時16分28秒
当初は日本から持参した洋服などを食べものと交換していましたが、それさえも尽きると
家財道具まで売りに出しました。
そして、そんな生活が長く続くわけもなく、とうとう家の中には売れるものと言えば自分の着ている服
くらいしかなくなりました。

いじめられていたこともあり、学校へ通うことはほとんどなくなっていましたが、妹と私で山に入り、
一日中、食べられそうなきのこや山菜を探して過ごしました。
それを貯えている少量のトウモロコシと混ぜておかゆにするのです。
14 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時16分58秒
そしてトウモロコシがなくなってからは、草だけのおかゆになりました。
寝たきりの母の上では既に蝿が何匹か飛びかっています。
それらを振り払う気力もなく、へたり込む日が続きました。
ある日、あまりの蝿の煩わしさに、振り払ったところ母は既に息をしていないのでした。
15 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時17分44秒
私はただただ呆然としました。
泣きじゃくる妹が羨しくさえありました。
もう私には泣く気力さえ残っていなかったのです。
私ももうじき死ぬのだと覚悟しました。
16 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時18分14秒
でも死ぬ前にもう一度お米のご飯をお腹いっぱい、いえトウモロコシでもいいから
お腹いっぱい母に食べさせてあげたかたった。
そう思うと出るはずのない涙がこぼれてきました。

私と妹はもうすぐ死ぬでしょう。
もう筆をとるのもやっとです。
これを裏の小川に流すことさえできるかどうか。

ああ、もう一回、トウモロコシをお腹一杯食べてみたかった...

(後略) 』
17 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時18分44秒
(編集部注)
北朝鮮帰国事業:
1959年から北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政府が行った、在日朝鮮人の帰国奨励策。
朝鮮総聯を中心に帰国支援が行われ、59年から67年の8年間で約90万人が帰国したと
言われている。
18 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時19分24秒

ひとみは暗澹たる思いにとらわれた。
世は高度成長を謳歌し、消費は美徳だと言われ、もののあふれる飽食の時代。
その日本から海を隔てた隣国ではこんな悲惨な日常が繰り返されているとは...
19 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時19分55秒
「吉澤さん、お入りください。」

ひとみは自分を呼ぶ声に思考を中断させた。
就職斡旋の面談が始まるとさっきの記事のことなどもう既にひとみの頭の中に残っていなかった。
次の就職先の確保に頭はいっぱいで、北の理不尽な行為に対して感じたはずの憤りは
いつしか忘れられた。
20 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時20分51秒
――

某大手新聞社の新潟支局記者と名乗る女から連絡があったのは、
それから大分たってからだった。

「吉澤ひとみさんですか?」
「はぁ...そうっすけど...」
「石川梨華さんという方をご存じですか?」
21 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時21分34秒
ひとみはすぐに思い出せなかった。
そう言えば2〜3年前にバイトで勤めた小さな工場の社長が石川さんという人で、
娘さんがいたことを思い出した。

(あの娘さんがたしか「りか」と呼ばれていたかなぁ...)

「あなた宛てに手紙が届いてましてね...」

電話の相手は返事を待たずに要件を切り出してきた。
しかし、ひとみには手紙をもらうような心辺りはない。
22 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時22分45秒
「はぁ、しかしですね...」
「これからそちらに持参しますんで、話しはそのときに...」
23 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時23分19秒
せっかちそうな相手は、ひとみの都合を確認することなく、電話を切ると、
ものの5分もしないうちに現れた。

「毎朝新聞の矢口と言います。」

名刺を渡すが早いか、矢口は早速要件である手紙を取り出した。

「この手紙がたまたまうちに持ち込まれましてね。」

見るとかなりな分量がある。
少し濡れた形跡が窺え、文字がにじんでいる。
24 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時23分51秒
「うちではこういうのは扱えないんで懇意の週刊誌に抜いてもらったというわけで...」
「すいません...さっきからどうも話しが見えないんですが...」
「ああっ、これは失礼。」

矢口はようやく気が付いたというように鞄から見覚えのある雑誌を取り出した。
この間、職安で読んだものだ。

「この記事...この手紙ですね、これが実はあなた宛ての手紙だったのです。」
「えっ!...」
25 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時24分46秒
見ると確かに冒頭の宛名は『吉澤ひとみ様』となっている...
あの家族が北に渡っていたとは...
しかし何でまた自分に...

困惑するひとみの様子に頓着することなく、矢口は仕事は終わったと言わんばかりに
帰りかけた。
26 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時25分18秒
「じゃ、私はこれで...」
「あっ、あの、ちょっと...」
「ん、何か?」
「こ、これは...私が預かるんでしょうか...?」

矢口は当然というように、うなずく。

「ええ、もちろん。それでは。」

帰ろうとして、車のドアを空けたところで思い出したように振り向いた。

「ええっと...一応、プライバシーは尊重してますんで、そこんとこは、ひとつよろしく...」
27 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時25分54秒
矢口を乗せた車のテールランプを呆然と見送りながら、ひとみにはなお、現実感が湧かない。
部屋の中でひとりで読むにはあまりに重い内容であるような気がして、ひとみは歩きがてら、
気持ちの整理をつけるためにも近所の公園に行くことにした。
秋は深まり、既に肌寒い日々が続いていたものの、今日は穏やかな陽光が早春のように心地よかった。

公園では、子ども達が歓声を上げて走り回っている。
ひとみは日当たりの良いベンチを見つけて腰をかけ、手紙を開いた。
28 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時26分48秒
『吉澤ひとみ様

私はもう死ぬでしょう。
このまま朽ち果てる前に、思いを伝えたくて筆を取ります。
もし、この瓶が運よく日本に届くことがあれば、どうかあなたに届きますように...
29 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時28分30秒
あなたは驚いているかもしれませんね。
だって、お話したことさえほとんどなかったんだもの。
でも、私はあなたが好きでした。
いえ、今でも好きです。大好きです。

あなたが父のところで働き始めてから、あなたのことしか目にはいりませんでした。
真剣な目で機会に向かうあなたの眼差しはきっとして素敵で、
私はあんな目で見つめられたらどうしようとひとりで取り止めもない想像に浸る毎日でした。
30 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時29分11秒
初めてアルバイトのお給料が出た日、あなたが私にと買ってくれたプローチ、嬉しかった。
あなたにとってはなんでもないことだったのでしょう。
でも私には天にも昇るくらい嬉しい贈り物でした。
これだけは今でも手放しません。
他のものは食べ物と換えるためにほとんど売ってしまったけれど...
31 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時29分53秒
私はもうじき死にます。
でもそれほど悔いてはいません。
だってあなたに会えたから...
あなたとの思い出が私にはあるから...

いけない。
いきなり死ぬなんていったらぴっくりしちゃいますね。
これから私がこちらに来てからのことを書きます。
少し長くなるかもしれません。

私たちは二年前の春に...』

32 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時30分29秒
今やひとみはすっかり思い出していた。
あのプローチ...
そうだ、たしかにあの子にあげたのだった...

あの当時、ひとみが思いを寄せていたのは真希という別の女の子だった。
そもそもバイトを始めたのも彼女にプレゼントを贈るためだ。
だが、彼女は紗耶香という別の女の子に執心で、ひとみの想いが受け入れられることはなかった。
33 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時31分19秒
真希に受け取ることを拒まれたブローチはあの子に渡したのだった...
そうか、そうだったのか...
あまりの喜びようにこちらが申し訳なく思えるくらいはしゃいでいたあの女の子が...

ひとみは胸が締め付けられるような深い悲しみを覚えた。
今やもう取り返しのつかないことだけれども、でもあの子の思いだけはしっかり受け取らねば...
ひとみは再び手紙に視線を落とした。
しばらく、雑誌に記載された文章が続き、そして最後の部分...
34 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時32分34秒
『...ああ、もう一回、トウモロコシをお腹一杯食べてみたかった...

最後に、あなたにもう一度会いたかった...
好きです。大好きです。
本当に...
あなたとの思い出を支えに今日まで生きてきました。
でも、もうだめみたいです。

梨華は頑張ったから...
頑張ったからいいですよね...
35 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時33分12秒
せめてお別れの言葉を言わせてください。
さようなら...
そして、ありがとう...
あなたに会えて良かった...


北の国から
石川梨華より』

36 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時34分26秒

一筋の涙が頬を伝わり、手紙に落ちた。
それは既に滲んでいた文字のインクをさらに拡散させ、何か染織細工のようなきれいな
意匠へと形を変えた。
手紙から顔を上げると、正面の売店の手前では少年がアイスクリームをちろりちろりと舐めていた。
その足元では、鳩が人間の落としたお菓子などのこぼれものをついばんでいる。
37 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時35分35秒
ひとみは立ち上がるとまっすぐに売店へと向かった。
10円で鳩の餌を買うと袋を空けて右手いっぱいに掴み、空に向けて大きく投げる。
トウモロコシの粒は千々に舞って青い空に映え、陽の光を受けて黄金色に輝いた。
パラパラと落ちる餌に向かって、鳩が寄ってきては一生懸命についばむ。
38 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時36分18秒


お食べ...

お腹いっぱいお食べ...

39 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時37分11秒

風にさらわれて飛んでいくトウモロコシの粒を追って鳩がパタパタと駆けていく。
傍らでは泣きながら鳩の餌を撒く大人を少年が不思議そうな顔で見上げていた。


40 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月18日(日)03時37分57秒



――終わり――

41 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月24日(土)02時14分19秒
一話で終わらせるつもりでしたが、もうひとつ似たようなものを思いついたので、
あげておきます。
42 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時15分24秒
初七日を過ぎてカオリの母親はようやく娘の死を
現実として実感できるようになった。
それまで、ただひたすら娘の遺影を眺めては一日をぼうっとして過ごしていたが、
遅まきながら娘の遺品の整理に手をつけ始めることにした。

それにしても、あまり気が進む作業ではない。
仕事にかこつけて気の滅入る細々(こまごま)とした雑事を
自分におしつける夫が恨めしかった。
43 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時16分35秒
手紙や文書の類はあらかた整理したつもりでいたのだが、
携帯電話やパソコンのメールなどにも
処理すべきものが残っているかもしれない。
そう気づいたのは、
カオリの部屋に西日が薄く差し込む夕方近くになってからだった。

長い入院生活の退屈を紛らわす為にと買い与えたノートパソコンは
NECの”La Vie”という製品だった。
フランス語で「人生」を意味するその言葉通り、
今となっては娘の20年の人生がこのノートパソコンに
凝縮されているような気がして、手放す気にはなれない。
44 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時17分23秒
そして、その中身を調べることは、
まさに娘の最後の心の動きを垣間見ることになるような気がして、
一層、気が進まなかった。

しかし、メールをもらったまま、返事を返せないでいる相手がいるかもしれない。
娘が既にこの世にはいないということを知らずにいる相手が...
そう思うと、やはり娘のパソコンの中身を調べずに済ますことはできない気がした。
45 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時18分01秒
電源を入れるとブーンというファンが回る音に続き、
ピコっという電子音とともに画面が明るくなる。
窓をかたどった有名な意匠の画面を眺めていると、
ようやく壁紙にしている写真が浮かび上がった。

これはまだカオリが入院生活に入る前に、友達と行った旅行で撮ったものだ。
友人二人に挟まれて真ん中でピースサインを掲げ、
満面に笑みを湛えた娘の表情は明るい。
46 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時18分43秒
入院して以降、決して笑わなかったというわけではないものの、
このように無心で楽しげな表情を捉えた最後の写真であることを
本人も自覚していたのだろうか。
娘が努めて明るく振る舞おうとする様子が思い浮かんだ。

病状が急激に悪化したのは夏場を過ぎてからだった。
それまでは何とか通院で凌いでいたものの入院は避けられなくなった。
その時点で娘が死を覚悟していたかどうかは知らない。
47 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時19分31秒
ただ、娘の態度が終始、淡々とした静かなものであったことを考えると、
あるいは自分の運命を受け入れていたのかと思わせる節がないでもなかった。

入院してから一回も外に出ることのなかった娘は、
携帯電話やパソコンにより外部と繋がることで気を紛らわせていた。
48 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時20分13秒
病室での携帯電話使用は禁止されていたから、
よく屋上に出ては友達と長話をしたり、
天気のいい日にはやはり屋上でパソコンを抱え、
何やらキーを叩いては打ち込んでいた。

詩を作るのが好きだったという。
家族には話したこともなかったが、友達には伝えていたらしい。
通夜に来てくれた小さな茶髪の女の子から涙ながらに、
そういうものがあるはずだから、ぜひ送ってくれと言われていた。
49 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時20分52秒
そのための作業でもある。
感慨に耽っていては作業が進まない。
メールソフトを立ち上げ、受信ファイルと送信ファイルを順に照合し、
届いたメールに対し、返信していないものを探していく。

ほとんどが、自分も知っている友人達とのやりとりだった。
この子達なら娘のことを今更伝えることもない...
フォルダを閉じて別のファイルを探そうとしたところ、
送信予約フォルダというところに、
いくつか未送信のファイルがあることに気づいた。
50 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時21分56秒
それぞれにサブジェクトの欄には用件らしからぬタイトルが入っている。
日付が一番新しいものは「年末年始の大計画」というタイトルだった。
娘が昏睡状態に入る前日の日付。

あの子、年を越すつもりだったのかしら...
何を計画していたものか...
とりあえずファイルを開けてみる。
51 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時23分00秒
『ひと夏の恋かもね
そう思っていたけど、クリスマスが来るわ

去年なら友達と騒いで過ごしたけど
今年はどうなるかな
なんかドキドキ

お買い物に行ってプレゼント探したり
美容室に行って髪型を変えたりして
すべてあなたのことばかり
好きよ
あなた 好き

昨日見た星占い 本当なら嬉しい
相性がいいらしい
52 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時23分45秒
明日行く映画ってかなり泣けるらしいけど
泣き顔見られたら、なんか恥ずかしい

お食事とかしてお話をいっぱいしたい
お正月の予定 計画も立てたいな

すべてあなたのことばかり
好きよ
あなた 好き

好きよ...

あなた 好き... 』
53 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時24分29秒
思わず頬を暖かいものが伝わった。
そう...
あなたは、こんな計画立ててたのね...

娘がせめてもこんなにも人を好きになれたことを、
好きな人のことを考えつつこの世を去れたことに救われた気がした。
54 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時25分04秒
それにしてもメールのアドレスは母親の知っている友達のものではなかったし、
このアドレスから送られたメールもない。

このメールを送信したものかどうか迷ったが、結局そのままにしておくことにした。
恐らく、相手は娘のことを知らないのだろう。
送って混乱するだけならば、そっとしておいた方がいい。
恐らく娘の本意も同様だろう。
55 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時25分41秒
母親はメールフォルダを閉じようとしたところで、何かが光ったのを感じた。
見ると通信の状態を示すLEDが点滅している。
そして、送信予約フォルダからはメールがすべてなくなっていた。

まさか...
母親はモデムが差し込まれていないことを確認して、
もう一度フォルダを注視するが、
やはり、先ほどのメールは跡形もなかった。
56 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時26分13秒
キラリ...
再び視界を横切る光の気配に顔をあげると、外はすっかり闇に包まれ、
向かいの家が毎年飾るクリスマスのイルミネーションが点灯していた。

そういえば、あと一週間ほどでクリスマスだわ...
娘の死でそのようなことを考える余裕は一切なかったが、
生きていれば我が家にもクリスマスツリーが飾られていていい時期だった。
57 名前:年末年始の大計画 投稿日:2001年11月24日(土)02時28分22秒
母親はパソコンを閉じて、娘の部屋の押し入れから小さなツリーを取り出した。
電飾のコードを差し込むと、色とりどりの光が点滅し、ほの暗い部屋を彩る。

メリークリスマス、カオリ...

母親はツリーを点滅させたまま、静かに部屋の扉を閉じた。



−−おわり−−
58 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月24日(土)11時00分13秒
なんか・・・すごくいいわ、これ。
こんな小説に会えてよかった。
59 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月26日(月)18時05分31秒
>58
ありがとうございます。
小説を書いているものにとってそんな嬉しい言葉はありません。
お礼と言ってはなんですが、もうひとつ書いて見ました。
60 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時06分24秒
「あれ、梨華ちゃん、それ...」

深紅のワンピースに身を包んで現れた梨華を前にして
吉澤の発した言葉は、
少々間抜けな印象を与えた。

「似合わない...?」

泣きそうになる梨華に慌てた吉澤は慌てて取り繕う。
61 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時07分00秒
「ち、違うよ...み、見とれてただけだよ...」
「まぁ、よっすいったら...」

吉澤の言葉に気をよくし、今度はポッと顔を赤らめる梨華の
めまぐるしく変わる表情がおかしい。
吉澤はちょっとからかってみたくなった。
62 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時07分31秒
「でも梨華ちゃん、顔の色まで服にコーディネートしなくても
いいと思うけど?」
「やっ、やだっ...そんなに赤くなってる? わたし?」
「まさに『りんごちゃん』って感じだよねぇ。」

なんにでも「ちゃん」付ける梨華の口癖を揶揄したものだ。
梨華はもう、それこそ気の毒なくらい真っ赤になっていた。
63 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時08分10秒
可愛いな...
同じ赤でもやっぱり大分イメージが変わるな...

吉澤は、はにかみつつも嬉しそうに表情を緩める梨華の無邪気な様子に
少しばかり心苦しさを感じた。
64 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時09分00秒
可愛いな...
同じ赤でもやっぱり大分イメージが変わるな...

吉澤は、はにかみつつも嬉しそうに表情を緩める梨華の無邪気な様子に
少しばかり心苦しさを感じた。
65 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時10分11秒
クリスマスも押し迫った12月の週末。
吉澤と梨華は重苦しい気分を吹き払うために、久しぶりに街へと出ていた。
いつもの年なら心を浮き立たせるようなクリスマスソングのメロディも
今年は心なしか物悲しく聴こえる。
66 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時11分01秒
梨華が努めて朗らかに振舞おうとしているのは明らかだった。
吉澤にはその気持ちが痛いほど伝わっている。
その優しさに応えなければ...
67 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時11分26秒
「よし、じゃ、まずはお昼にしよっか? 梨華ちゃん、何がいい?」
「何でもいいよ...あっ!」
「なに!?」

梨華が急に大声を出したため、吉澤はびっくりした。

「わたし、よっすぃの好きなベーグルサンドのあるお店みつけたんだ...」
「へぇ、知らなかったな...そこにしよっか。」
68 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時11分59秒
アメリカンスタイルのその店は客の要求に応じて
ベーグルの間に挟むトマトの枚数や
マスタードの分量などを変えてくれた。
69 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時12分32秒
「でさぁ、友達のお姉ちゃんがおもしろい人でね、おばちゃんみたいな
ルックスのくせにクリスマスは恋人とぴったりしたいとか言うわけよ。」
「えっ、わたし、なんかその人知ってるかも...」
「マジ?」

吉澤は梨華を楽しませようと笑えそうな話題を切り出したが、
互いの知り合いであるかもしれないと知って大いに驚いた。
70 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時12分55秒
「うん...私のバイト先の店長さんがやっぱりおばちゃんでね、
なんかしょっちゅう、ぴったりとかまったりとか言ってるの。」
「その人、バイトで付き合ってる子たちの勤務、わざとずらしたりしない?」
「うん、するする!」
「その人って...」

間違いない...
そんなことをする人は...
71 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時13分34秒
「保田さん!」

声を揃えて同じ名前を口にした二人は、大声で笑った。
あんまり笑いすぎて周りの客から非難の目で見られるほどだったが、
吉澤は気にならなかった。
これだけ腹の底から笑ったのは随分久しぶりのような気がした。
72 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時14分34秒
映画を見て、買い物を楽しみ、
ちょっぴり大人びた雰囲気のレストランで食事を終えると
9時を少し回っていた。

梨華を自宅まで送るため、車に乗り込んだ頃には
気を張っていたせいか、
疲労感はピークに達していた。
それでも、梨華に悟られないよう努めて明るく振舞う。
73 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時15分46秒
吉澤が異変を感じたのは、
郊外に出てようやく車が走り出した頃だった。

「梨華ちゃん...疲れた?」
「...」

優しく話し掛ける吉澤に対し、梨華は声が出ない。
車内にはラジオから流れる流行の音楽だけが聴こえた。
74 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時16分08秒
「よっすぃ...」

心なしか声の調子が湿り気を帯びている。

泣いているのか...?

「よっすぃ...そんなに私といるの、楽しくない...?」
「そ、そんなことは...」
「よっすぃ...ずっと考え事してた...」
「...」
75 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時16分36秒
吉澤ははっとした。
ラジオから流れてくる曲は聞き覚えのある
しかし、今は一番聴きたくないビートルズの曲に変わっていた。
76 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時17分27秒
"If you wear red tonight,
Remember what I said tonight.
For red is the color that my baby wore,
And what is more, it's true,
Yes it is."
77 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時17分54秒
「よっすぃ...まだ飯田さんのこと...」

赤だ...
あの日も赤だった...

吉澤の脳裏に鮮やかな緋い色のドレスに身を包んだ
カオリの姿が浮かんだ。
あの日以来、封印していたはずの記憶がよみがえる。
78 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時18分31秒
“I could be happy with you by my side
If I could forget her, but it's my pride.
Yes it is, yes it is.
Oh, yes it is, yeah.”

「ごめんよ...梨華ちゃん...ごめん...」

吉澤は車を脇に停めた。
とめどなく流れる涙で運転できる状態ではなかった。
79 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時19分01秒
「ずるいよ...よっすぃ...ずるいよ...」

梨華のか細い声がかろうじて聞き取れた。

「死んじゃった人にかないっこないよ...」
80 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時19分29秒
パタンと音がして、梨華が車を降りたことを悟ったが、
吉澤には追いかける気力も無かった。
ただ、ただ悲しかった。
81 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時19分54秒
吉澤は泣いた。
失ってしまったものの大きさに。
そして、自分の身勝手さから傷つけてしまった梨華のために。

ラジオは悲しい歌を繰り返していた。
82 名前:Yes It Is 投稿日:2001年11月26日(月)18時20分47秒
"Please don't wear red tonight.
This is what I said tonight.
For red is the color that will make me blue,
In spite of you, it's true,
Yes it is, it's true.
Yes it is, it's true. "



――終わり――
83 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月28日(水)18時46分38秒
またつくっちゃいました。
今度はちょっと明るいお話です。
84 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時47分31秒
「なぁ、ノノエル聞いてくれや。」
「なんれすか?今、ののはひじょうにいそがしいのれす。」

下級天使のあいぼんは同僚のノノエルに話しかけた。
天界への郵便物の仕分けという仕事はいつ来るかわからない
人間界からの手紙を扱うだけに暇をもてあましている。
85 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時48分14秒
「お菓子食うのがかい。
しかも、それ、おまえ、天使長ヤスダニエルのやないか。
あいつ、怒らしたら恐いで。」
「ひぇぇぇぇ、ののはしらなかったのれす。」
「まぁええ。黙っといたるから協力せえ。話しっちゅうのわな...」

あいぼんは先日届いた奇妙なメールのことを説明し始めた。
86 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時48分44秒
もともと人間界からの手紙は人間が真摯に祈りを捧げたときだけ
特殊な信号経路により天界に届く仕組みになっていたが、
不信心な人間が増えたせいか最近はめっきり少なくなっていた。
87 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時49分05秒
久しぶりに届いた人間界からの便りにあいぼんの職場は沸きたったが、
よくよく宛先を見てみると天界ではなく、なんと人間界のアドレスだった。
さらにおかしなことに送り主は既に昇天し天界にいることがわかっている。

ただし、人間界の記憶は一切捨ててくるために、当の本人はそのような
メールを出したことなど覚えていない。
88 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時51分22秒
「そんでなぁ、うち、人間界に降りて転送せぇ言われてん。」
「はぁ、にんげんかいはおいしいものがいっぱいれすね...じゅる。」
「こら、グルメツアーちゃうで、まじめなお仕事や。そいでな...」

あいぼんは車輌係のノノエルに人間界行きのための車の手配を依頼した。
自力で降臨できる能力は智天使や力天使など大天使級の大物に限られていたからだ。
89 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時51分55秒
悪いことにクリスマスシーズンたけなわということで、
配車待ちのあげく回ってきたのは
人気のない老いぼれトナカイ二頭のそりだった。
90 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時53分27秒
「アサミエルの犬ぞり希望したのになんでこんなロートルやねん。」
「なんや、えらい柄の悪い天使やな、みっちゃん。」
「今日びの若いやつは礼儀っちゅうもんを知らんから困りますわ、あつこねえさん。」

年はいってるが、口だけは達者である。
91 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時53分53秒
「ゴルァ!誰にものいうとんねん!わしゃ可愛いと評判の天使あいぼんやぞ!」
「ハァ...めったに名作集には登場せえへんっちゅうに、たまに出たらこんな役かいな...」
「まぁまぁ、姉さん、私らそういう役回りですよってに...」

そう、名作集でみちよはともかく、
あつこの名前を見ることはほとんどない。
92 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時54分31秒
「やかましい!ごちゃごちゃゆうてんと、はよ行かんかい!」
「へえへえ。ほんま、可愛げのないガキやこと...」
「まぁまぁ、姉さん、私らそういう役回りですよってに...」

何はともあれ天使を乗せたそりは天界を飛びたった。
地上へと滑るように降りたつとあいぼんは一軒の家を見上げた。
93 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時55分06秒
「これが送り主の家かいな。」
「喪中でんな...」

ほう...と天使は感心した。

「トナカイ、おまえ人間界のしきたり、わかるんかい?」
「だてに年とってまへんで。」
94 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時55分47秒
「それにしちゃ、クリスマスツリーなんぞたてておかしいんとちゃいますのん?」

みっちゃんと呼ばれている方のトナカイが異議を唱える。

「まぁ、若い娘さんを亡くした親ごさんの気持ちっちゅうのは複雑やねんて。」

さすが、年の功である。
95 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時56分22秒
「しかし、転送先の住所がわからんちゅうのは不便なもんですな。」
「あの電子メールっちゅうやつはどうもあきませんわ。」
「まぁ。早い話しが住所不定っちっゅうこっちゃ。さ、行くで。」

あいぼんはそういうと家の外壁に溶け込むようにして
亡くなった娘の部屋へと入り込んだ。
96 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時56分50秒
両手を広げ、手を翳して娘の残留思念の発する微弱な電磁波から
過去の記憶を辿る。
メールの宛先らしい相手の映像が見えた。

ほう...
男前やんか...
97 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時57分21秒
相手が特定できればあとは早い。
人間の脳が発する波長はひとりひとり違う。
人間界の機械ではとても計測できない微弱な電波だが、
天使にかかれば探知するのは朝飯前だった。

「行くで!」

あいぼんはトナカイに飛ぶよう告げた。
そりは再び滑るように飛び立ち、天高く舞い上がる。
98 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時57分57秒
「あそこや!」

すぐに見つけた。
地上に降り立つと天使は仕事に取り掛かった。
メールの内容をイメージで脳内に転送すれば終わりだった。
それほど難しい技術ではない。

するりと部屋を抜けると若者がひとり机に向かっていた。
天使の姿は見えないはずだ。
99 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時58分44秒
あいぼんが宛先の相手の波長とうまくシンクロする周波数を探し、
一気にイメージ転送を行おうとしたその瞬間、
強烈なノイズが発生した。

(な、なんや...!)

どうやら自分の他に宛先の相手へ
強力な思念波を送信しているものがいる。
あいぼんは送信元の映像を捉えた。

(なんや暗そうな女やな...こいつに懸想しとるんか...)
100 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)18時59分20秒
(!!)

ハっと天使はひらめいた。
転送しようとしているメールはどうせ死者のものだ。
生きているものの思いを大切にしたいではないか...
101 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時00分02秒
女の思念はかなり強力だったが、
目の前の若者はそうとうに鈍感らしく
それを受信できるようには見えなかった。

(ほな、このメッセージを女の波長に合わせて増幅すれば一発やな...)

あいぼんは真剣な顔つきで女の波長にシンクロさせる帯域を探す。
指先の一点に集中しないと十分な出力を得られない。

(3,2,1...発射!)
102 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時00分28秒
うまく乗ったと見える。
目の前の相手が目を瞬いた。
メッセージがよほど強烈だったのか、
何やら慌てて外に飛び出そうとしている。

(ふ〜ん...そうかいな...)

天使は若者がどこへ行こうとしているのか察した。
これは功徳を積むチャンスだ。
懐を探って携帯電話を取り出す。
103 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時00分54秒
「へぇ、GSMだっか?ヨーロッパ仕様でんな。」
「おう、よう知っとるやないか。世界標準っちゅうこっちゃ。」

ダイアルしながらトナカイに一声掛けると、
電話に出た相手に畳み掛けた。
104 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時01分21秒
「おう、ノノエルかい。すまんが、ちっと頼まれてんか。」
「――?」
「天使長のやつに頼んで雪、降らしてもうてくれ。」
「――!?」
「おまえ、あいつのお菓子食べたやろ!ばらすで、ほんまに...」
「――;」
「人間界の土産にホルモン買うたるから言うとけ。
ついでにナンコツもつけたるわ!」
「――♪」
「わかった、わかった。お前の分も買うたるから...ほな頼んだで。」
105 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時02分13秒
電話を切ると今度はトナカイに向かって切出した。

「こっちの年いった方のお前、王冠になれ。」
「はぁっ?」

トナカイはきょとんとしている。

「うちが力かしたるさかい大丈夫や。んで、お前。」

天使は若い方のトナカイに向かって言う。

「お前は白馬や。」
「はくばぁ?」
「そうや、白婆ぁちゃうからな。ええやろ。」

二頭のトナカイは顔を見合わせている。
106 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時02分41秒
「ええか、これからこいつは女のとこに行く。」
「はあ...それでなんで王冠と白馬ですねん?」

年かさのトナカイの方が尋ねる

「相手の女がな...王子様を待っとんねん...ムフっ♪」
「おうじさまぁ!?」

二頭は口を揃えて聞き返す。

「そうや...ここで女の希望通りのかっこで行かしてみぃ、
功徳を積んだっちゅうことで上級天使に昇格や♪」
「はあぁぁぁ...」
107 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時03分13秒
二頭はもうどうでもいいとばかりに形を変えると、
若者に取り付いた。
立派な王子様のできあがりである。

一行が女の家の前に到着すると、
二階の部屋に明かりが灯っているのが見えた。
すでに雪がちらちらと降り始めている。

「相変わらずあの店長、もとい、天使長はええ仕事するのぅ。」

天使が感心するくらい、よい雰囲気になってきた。
若人の恋を彩る舞台は整った。
108 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時03分40秒
今や王子と化した若者が積もり始めた雪をすくって小玉にする。
窓に向かって投げると、コン、と軽い音がして、
窓が開いた。

「よっすぃ...どうしたの?」
「なんだかわからないけど、無性に君に会いたくなったのさ...梨華ちゃん。」
「そのかっこう...すてき...♪ 今降りるね、待ってて♪」
109 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時04分17秒
天使は親指を立てた。

「よっしゃぁ、これで昇格間違いなしや。」
「しかし...あれが素敵とは...あの女もそうとうやな...」
「まぁ、はっぴいえんどで、ええんちゃいますか。
わたしらも何や貢献できたみたいやし...」
「それもそうやな...」

トナカイたちもなんだか嬉しい。
110 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時04分50秒
「ほな、ぼちぼち帰んでぇ!」
「はいなぁ!」

トナカイは擬装をといたが、
天使の放った電波を受けた人間のこと。
しばらくはこの若者が王子様の格好に見えているだろう。
111 名前:王子様と雪の夜 投稿日:2001年11月28日(水)19時05分14秒
天使を乗せたそりは、若い二人を置いて
再び天に舞い上がる。

しんしんと雪の降る静かな夜。
天使の気まぐれで芽生えた恋ひとつ。



――終わり――
112 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月28日(水)23時43分58秒
こういうほのぼのとした話もいいですね。
113 名前:名無し娘。 投稿日:2001年11月30日(金)10時44分49秒
>112
ありがとうございます。
今回はちょっと短めです。
114 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)10時45分45秒
そのお姉ちゃんに気付いたのは、夏ももう終わりに近付いた頃だ。
僕がいつものように散歩に出ると、中庭のベンチで本を広げていた。
初めて見る人だった。
きれいな人だった。
僕はお姉ちゃんの前に立って光線を遮った。

顔を上げると大きな瞳がきらきらと光ってきれいだった。
お姉ちゃんはにっこりと笑って言った。

「なぁに?」

僕はびっくりした。
知らないうちにお姉ちゃんの前に立っていたからだ。

「...」

僕は恥ずかしくて何も言えなかった。
くるっと回って病室に帰ってしまった。
115 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時13分16秒
次の週もお姉ちゃんはまた中庭にいた。
だいぶ涼しくはなっていたけど、蝉が最後とばかりに鳴いていた。
お姉ちゃんは麦わら帽子を被り、ベンチに座ってまた本を読んでいた。

今度はちゃんとしゃべるぞ...

近づくとお姉ちゃんが顔を上げた。
大きな瞳がくるっと回ってこちらを向く。

「あら、また会ったわね。」

にっこりと微笑んで言葉をかけてくれた。
覚えていてくれてたんだ。
僕は嬉しくなった。
116 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時14分01秒
「あの...なに読んでるの?」

お姉ちゃんはちょっと上を向いて考えた後、こう応えた。

「恋の本よ。」

恋?恋って大人の人が好きになったりするあの恋?

僕が不思議そうな顔をしてたから、わかんないと思ったんだろう。
お姉ちゃんは説明してくれた。
117 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時14分35秒
「恋ってね、男の人が女の人を、女の人が男の人を好きになることよ。」

「ふぅん。友達が好きなのとは違うの?」

「そうね...ちょっと違うわね。」

お姉ちゃんは笑って言う。

「お父さんやお母さんが好きなのとも違うの?」

「そうね、それとも違うかな。」

お姉ちゃんは相変わらずニコニコしている。
118 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時15分00秒
「お姉ちゃんは恋をしているの?」

お姉ちゃんは、ちょっとだけ悲しそうな目になったけど、
でもすぐにさっきの笑顔に戻って言った。

「そうね...カオリは恋をしているわ...」

僕はちょっとだけ胸がいたくなった。
なんでだろう?

「恋って胸がいたくなることもあるの?」

「あるわよ。恋をするとね、好きな人のことを考えると
心がポカポカして嬉しくなったり、胸が痛くなることもあるわ...」

僕は...恋をしてるのかなぁ...
119 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時15分37秒
また次の週も中庭に出たけど、お姉ちゃんはいなかった。
なぁんだ、つまんないな。

病室に帰ろうとしたら、
ベッドで運ばれている人がいた。
お姉ちゃんだった。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫よ...検査してきただけだから...」

お姉ちゃんの顔は青くなっていた。
とても大丈夫そうには見えないよ。
ほんとうに大丈夫なの?
120 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時16分01秒
「お姉ちゃん、頑張ってね...僕も頑張るから...」

お姉ちゃんはニッコリと笑って、うん、と言ってくれた。

「早く元気になってね...また、中庭でお話...ゴホッ...」

何だかまわりがくるくる回る。
ゆっくりと ゆっくりと
天上が見えて
それから...
121 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時16分28秒
気がつくと僕は病室のテントの中に寝かされていた。
僕の嫌いなきゅうにゅうきという機械を口につけられていた。
テントの外ではお医者さんの先生や看護婦さんがいっぱいいて
忙しそうに働いていた。

「なんで無菌室から出したんだ!」
「金曜日の午後だけは外気にあたる時間でしたので...」
「これだけ菌が増えているのに気付かなかったのか!」

先生が大声で看護婦さんを叱っている。
おこらないで。
看護婦さんは悪くないよ...
122 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時16分53秒
看護婦さんたちの間にお母さんが見えた。
大丈夫だよ。
僕はニッコリ笑ってみせる。

あれっ?
お姉ちゃんもいる。
お姉ちゃん大丈夫かな?
でも嬉しいな。
123 名前:金曜日、僕は恋をする 投稿日:2001年11月30日(金)11時17分19秒
なんだか胸がポカポカして気持ちがいい。
これって恋なのかな?
また来週の金曜日に会えるかな...
だから...お姉ちゃんも...がんばって...

なんでかな...
なんで...みんな...泣いてんのかな...
ぼくは...こんなに...うれしい...のに...

バイ...バイ...おねぇ...ちゃん...
ま...た...ら......ぃ.......



――おわり――
124 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)01時59分27秒
下級天使のあいぼんは何か忘れたような気がして落ち着かない。

(なんやったっけなぁ...)

天使長ヤスダニエルへのお礼と同僚たちへの土産は買った。
食いしん坊のノノエルのために食料は山ほど積んである。
必要なものは全部揃えたはずだ。

そりはもうすぐ、天界の門に近づきつつある。
あいぼんはトナカイにそりを停めるよう告げた。

「ちょっと、停まってんか。」
「どないしはりました?」

としかさの方のトナカイが訊ねる。

「なんか忘れたような気がすんねん...」
「忘れもんだっか?」
「いや、用事はすべて済ましたはずや。」

そう...すべて済ませたはずだが...
何か引っかかる...
125 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時00分56秒
あいぼんがくっつけたあのカップル...
あの女の方の思念波動を探ったときのことだ。
何か気になるものを垣間見たような...

あいぼんは記憶を探った。
あの女...
どこかで働いているらしい...

(!!)

「マクドかっ!」
「へっ?」

トナカイたちは不思議そうに顔を見合わせる。

「マクドや、マクドやってん!!」
「なんでっか、それ?」
「自分ら、知らんやろけどな。ごっつ、うまいねん。」

あいぼんの涎をたらしそうな表情でトナカイたちも納得した。
126 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時02分16秒
「行くでぇ!!」

トナカイたちがきびすを返すと、そりは再び地上へ向かって駆け下りていった。
一番最寄と思しき店舗の前でそりは停まった。
座席から降りるとあいぼんはトナカイたちに告げる。

「ちょっと待っててな♪」

「さぁ、行くでぇ♪」

元気よく店に入りかけた瞬間、あいぼんは張り詰めた空気の存在を感じて身構えた。
何かいる...
天使の姿は人間に見えないはずだが...

じりじりと間合いを詰めると、徐々にカウンターへと近づいていく。
周囲を見渡しながら移動し、ようやくたどり着いたカウンターで
正面の店員に顔を向けたあいぼんは絶句した。
127 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時04分11秒
「あっ、あわっあなっ...たは...」
「いらっしゃいませ...」
「て...てんちょう、もとい、天使長!!」

店員は天界にいるはずの天使長ヤスダニエルだった。

「こちらでお召し上がりですか? おもちかえりですか...?」

天使長の迫力ある顔が近づいてくる。

「あわっ、あわっ、あわっ...」
「スマイルはいかがですか...?」

ほとんどおでこをつき合わせそうになるほど迫力ある顔面が接近したところで、
あいぼんはもんどりうって、しりもちをついた。
128 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時04分53秒
「て、てんしちょう!何してはるんですか!?」

ようやく天使は訊ねることができたが、尚も緊張は解けない。

「店長とお呼び...」
「そない言うても...天使長...」

ヤスダニエルがさらにかっと目を見開いき、顔を近付けて言う。

「店長とお呼び...」
「は、はいっ、てんしちょう、もといてんちょう!(ああ、ややこし...)」

気がつくと、周りの人間は動きを止めている。
天使長級でないとできない技だ。

「ところで、こないなとこで何をしてはるんですか?」

ヤスダニエルはふっとため息をついた。

「人間ってさびしいのよねぇ...」
「はぁっ?」
129 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時05分31秒
天使長の話はこうだ。
天界の最上級の地位にいるとはいえ、その資格を維持するために、
定期的に人間界で功徳を積まなければならない。
そのため、200年ぶりに地上へ降りて人間に成りすまし、
功徳を施すチャンスを窺っていたという。

ところが、なかなか成果が得られない。
こないだなどは、あせって店のバイト同士を無理やり
カップルに仕立て上げようとしたところ、
逆に進展しつつあるカップルの仲を妨害してしまい、
降格の危機に陥ってさえいるという。

(根が不器用やからなぁ...)

だが、それよりも深刻な問題が芽生えつつあった。
130 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時06分21秒
「こう、人間の姿でずっと地上にいるじゃない?」

あいぼんは相槌をうちながら閉口している。

(この人、話長いねんなぁ...どないしよ...)

「だんだんものの考え方とか感じ方が人間に近づいてくるのよねぇ...」

(それで、どういう落ちやねん...)

「あたしも彼氏ほしい!!」

ズコっとあいぼんはひっくり返った。

「クリスマスには彼氏とぴったりしたり、まったりしたり
あんなこともこんなこともしたいのぉっ♪」

ヤスダニエルの目は遠くを見つめ、瞳には星が煌いていた。
あいぼんは空中で平泳ぎして弧を描くと、ようやく元の場所へ戻ってきた。

「な、なっ、何ですとぉっ!!??」
131 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時07分10秒
天界での厳しい態度からはおよそ想像もつかない天使長の態度に、
あいぼんもどう対処してよいかわからない。
どうやら人間界に長く居過ぎると感情などすべての面で
精神汚染の危険に晒されるようだ。

「天使長...もとい店長、天使が恋するとろくなことになりまへんで...」
「わかってるわ...」
「いや、わかってまへんて。大体、ベルリン天使の詩でも
シティ・オブ・エンジェルでも恋した天使はろくな末路ちゃいまっせ。」
132 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時07分47秒
そう、人間を愛した天使は人間として生きることができるが、その時間は短い。
その運命を受け入れたいくつかの天使が過去にいたが、
あいぼんにはなぜそのような無意味な行動に走ったかわからなかった。
感情を持たない天使から見ると人間の行動は実に非合理的であり不可解だ。
133 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時10分02秒
ヤスダニエルは大きな目を細めて、笑って見せる。

「あなたにはまだわからないでしょうね...」

(だから、あんたは笑うと怖いねんから...)

あいぼんはふと気になった。

「で、好きな人間がいてはるんですか?」

「いるわ。」

(!!)

これはいけるかもしれない。

「あの...店長さんと...そのどなたかを幸せにした場合ですねぇ...えっとですねぇ...」

天使長はあいぼんに顔を向けると、さびしそうに言った。

「ああ、一応、功徳の査定対象にはなるのよ。」

(よっしゃ!)

「そういうことなら、このあいぼん、ひと肌ぬぎまっせ!」

天使長は静かな笑みで応えた。

「お願いね。」
134 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時10分46秒
気づくと再び周りの喧騒が戻っていた。
店は夜だというのに、若い人でごった返している。

その中で比較的、小柄でとしかさの男性を見つけたあいぼんは、
その視線が天使長に向けられていることに気づいた。
人間の姿をしているヤスダニエルはなかなか気づかない。

波動を探ると、明らかに店長に想いを寄せていることが感じられる。

(ほな増幅して天使長にぶつけたら一発やな...)

だが、それでいいのだろうか...
あいぼんは少しだけ悩んだ...

(天使長...あの人間とうまいこといったら、もう...)

すでに人間の姿に形をかえて大分時間がたっているとを考えれば、
体が消滅してしまうまでの時間は、もって数週間というところか...
135 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時11分26秒
あいぼんは迷いを振り切るように頭を切り替えた。
ヤスダニエルのポストが空けば、おそらく力天使のゴマエルあたりが昇格するだろう。
であれば、自分はこの功徳をもとに2階級特進で力天使まで狙えるかもしれない...

(ほな、いくで...3,2,1...発射!)

男性の思いは見事に天使長に通じたようだ。
ヤスダニエルの顔が見る見るばら色に染まっていく。

男性がカウンターに近づいていく。
手にはなぜかバラの花束が...

「矢口真里男、36才、あなたに惚れたぁっ!」

二人の見詰め合う視線が、もはや何も必要としないことを物語っていた。
そして、天使としてのヤスダニエルもまた...
136 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時12分07秒
あいぼんは釈然としない思いを残しつつも、
天界へと戻るためにそりへ乗り込んだ。

「帰んで...」
「なんや、元気あれしまへんなぁ?」
「...」
「ほな、行きまっか...」

トナカイたちは不思議に思ったようだが、あえて詮索はしなかった...
そりは静かに雪の積もった地表を滑り出す。

黙りこくったあいぼんを乗せて空高く舞い上がったそりは、
しゃんしゃんと鈴の音を響かせて夜の闇に溶けていく。
137 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月03日(月)02時13分01秒
気づくとあいぼんの目から何か液体のようなものが湧き出してくる。

(な、なんや、これ?)

天使にあるはずのない「涙」だということはもちろん知らない。
あいぼんのほほを伝って落ちる液体の粒は、
極寒の空で結晶となってに舞いキラキラ光った。

(てんしちょう...幸せにな...)

その夜、天使のそりが滑ったあとに残った涙の結晶は、一筋の道となり、
天の川のようにキラキラと光り真冬の夜を彩った。



――おわり――
138 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時26分46秒
目が覚めるとひまわりの花弁のように
人の顔の輪が私を見下ろしていた。

輪の間から覗く蛍光灯の明かりが眩しくて、
はっきりと見えない...

けど...
泣いている...

お母さん。
看護婦さん。
そして私の仲間たち...
139 名前:ぴったりしたいX’mas 投稿日:2001年12月04日(火)00時27分51秒
お母さんにメールを覗かれたり、
生意気だけどなんだか憎めない天使が出てきたり、
よっすぃと梨華ちゃんが喧嘩してたり...

みんなみんな夢で良かったけど...
けど...
あれだけは夢じゃなかった。

あの子だけは...
夢じゃなかった...

思い出したら、悲しくて、
涙が出てきた。
140 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時28分51秒
大丈夫...
きっと大丈夫だから...

でも今だけは...
今だけは、ごめん...

一人にさせてね...

だって私も...
私もあと少し...
あと少ししか時間がないの...
141 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時29分48秒
「ああ、よかったぁ。カオリ死んじゃうかと思ったよ。」

その声は矢口ね。

「あほなこと言わんとき。縁起でもない。」

あ、裕ちゃん、来てくれたんだ。

「カオリは丈夫っしょ。こんくらいで死なないべさ。」

あはっ、なっちも。

「いっく...いいらさん...また、目をつむってるのれす...いっく...」

辻ぃ...泣くなよ...
142 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時30分44秒
あれ...これだけ...

圭ちゃんは?
後藤は?
加護は...?
143 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時31分22秒
「しっかし、びっくりしたよねぇ...」

えっ、何が...?

「ああ。圭ちゃんがまさかなぁ...」

えっ、圭ちゃん、どうしたの?

「したって、ごっつぁんもさぁ...」

えっ、てことは...?

「いっく...あいぼんも...いっく...」

えっ?みんなどうしちゃったっていうの?
144 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時32分03秒
「まさか天使だったとはねぇ...」

えっ?まさか...

「圭ちゃんが天使っちゅうのは普通ないわなぁ...」

えっ、夢じゃ...

「言われてみれば、加護には前から天使の輪が...」

えっ、それってただのは○じゃなかったの?

「ご、ごっちんの美しさは天使らかららったのれすね...」

ちょっ、ちょっと...みんな何言ってんの...?
あれは夢で...夢の中で...
145 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時32分42秒
えっ?
これってひょっとしてまだ、夢の中なの?

でも、このベッドの冷たい感触とか...
聞こえてくる仲間たちの声とか...
妙にリアルだわ...

あっ、そういえば、よっすぃは...
よっすぃはどうしたんだろう?
ここにはいないみたいだし...
話にも出てこなかったし...

ま、石川はどうでもいいけど...
146 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時35分30秒
「あっ、天使が降りてきた!」

「えっ?ちょっと...」

きぃーよしぃー...こーのよーるー...
ほーしぃわぁー...ひぃーかぁりー...

すーくぅいぃーのぉ みぃーこぉわぁ...
みぃーははぁーのぉ むぅーねぇにぃー...

ねぇーむぅりぃーたぁもぉーぉー...
いぃーとぉやぁーすぅくぅー...
147 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時36分07秒
「おおっ!」
「うわぁっ!」
「やったぁ!」
「きれいれすぅ!」

保田、後藤、加護。
三人の天使がろうそくを持って厳かに歌い終わると、
歓声が飛び交い、
パチパチパチと拍手の音がが鳴り響いた。
148 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時36分40秒
さらには、半身を起こして呆然としているカオリの目に、
部屋の扉が開いて何かが飛び込んでくるのが見えた。

「メリィクリスマス!ベィベ!」
「はっぴぃくりすます♪うふっ♪」

吉澤と石川のサンタクロースだった。

「メリィクリスマス!! カオリ!!」
「メリィクリスマス!! リーダー!!」

全員が声を揃えて大合唱してカオリを迎えると
カオリはもう半べそをかいている。
149 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時37分25秒
「泣くなよ、リーダー...イブに病院じゃ寂しいと思ったんだよ...なぁ。」
「そうっすよ。どうっすか、これ?いけてるっすか?」
「それより、はよそのプレゼント出したりぃや、苦しがってんで。」

えらく大きい袋を持って現れた二人だが、中からやはり天使の格好をした
小川、高橋、新垣、紺野が順に現れ、グラスベルの音を綺麗に奏でた。

「ハァハァ...めりぃ...ハァハァ...くりすます!!...ハァハァ」

よっぽど息苦しかったのだろう。
肩で息をする四人に対し、カオリはくしゃくしゃの顔で礼を言った。

「あ、あでぃがどぉ...ぐすっ...」
150 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時38分00秒
「やっぱリーダーがいないとねぇ...なっみんな!」

矢口の号令でみんなが一斉に応えた。

「メリィクリスマス!リーダー!」

クリスマスイブの病棟に響き渡る明るい声。
夢の続きそのままに。
集うは楽しい仲間たち。




――完――
151 名前:名無し娘。 投稿日:2001年12月04日(火)00時53分50秒
これでシリーズが完結しました。

終わってからやるのもなんですが、それぞれの繋がりについて説明しときます。
もう、お気づきでしょうが、いろんな曲のタイトルを題名にした作品集です。
中には歌詞をそのまま、あるいは一部引用したりした、かなり曲のイメージに
したがって作られたものもありますが、たいていはタイトルの引用にとどまっています。

1.トウモロコシと空と風

 スレタイトルの作品です。これだけ、独立しています。
 もちろんなっちのあの曲ですね。


 次の2〜7はカオリを巡る緩やかな繋がりの連作となっています。
152 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時55分20秒
2.年末年始の大計画
 王子様〜のc/wです。最初はこの歌にこんな背景があったらなぁ...という
 素朴な想像からつくりました。

3.Yes It Is
 ご存知、ビートルズの名曲。パストマスターズ収録です。
 色彩感と悲しさに溢れたコーラスも秀逸な名曲です。

4.王子様と雪の夜
 そういうわけです。タイトルだけですね(w

5.金曜日、僕は恋をする
 キュアの91年のヒット”It's Friday I'm in love”からタイトルだけ引用しました。
 これまた名曲です。
153 名前:夢の続き 投稿日:2001年12月04日(火)00時56分22秒
6.ぴったりしたいX’mas
7.夢の続き
 まっそういうことです(w これもタイトルだけですね。

 というわけで、とりあえずの連作が終わりましたのでしばらくお休みします。
 読んでいただいた方、ありがとうございました。
 それでは、また。
154 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月04日(火)02時47分16秒
純粋によかった。
読み終えてホッとする心の温もりを
感じさせる繋がりをアリガトウ、そして御疲れ様。
155 名前:作者 投稿日:2001年12月07日(金)18時55分38秒
>154
ありがとう。
こちらこそ、心温まるレスに励まされました。
いずれまた書くつもりです。
そのときには、また読んでいただければ。

Converted by dat2html.pl 1.0