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We Love Baseball
- 1 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)21時48分42秒
- 初小説です。
高校野球をテーマに少し書いてみたいと思います。
御感想、御指摘大歓迎。
いたらない点も多いとは思いますが、よろしくお願いします。
- 2 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)21時52分38秒
- 「矢口さ〜ん、そろそろチャイム鳴っちゃいますよ〜」
「うるさい、いいからボールよこしなさい」
朝日女子学院高校、略して朝女の野球部に所属する矢口真里は、
朝からトスバッティングに精を出していた。
1年下の後輩石川梨華を道連れにして、
始業時間ぎりぎりまで朝練をするのが矢口の日課だった。
「もう勘弁して下さい〜・・・あっ」
石川が泣きそうになりながら訴えると同時に、チャイムの音が鳴り響いた。
「鳴っちゃった・・・今日は始業式なんですから、早く行きましょうよ〜」
「あ〜もうわかったよ」
矢口はとりあえず片づけを石川に押しつけると足早に校舎へと向かった。
- 3 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)21時57分29秒
- 今日から矢口は高校3年生。
掲示板で自分の新しいクラスを確認する。矢口の名前は1組にあった。
「1組か・・・担任はっと、げ、また裕ちゃんかあ」
裕ちゃんとは矢口の2年の時の担任でもあった中澤裕子のことだ。
なかなかの容姿と個性的な関西弁で生徒にも人気がある。
野球部の顧問も務めており、矢口にとってはかなり関係の深い教師だといえる。
「とにかく急がなきゃ」
最高学年となることに自覚がないことは、
思わず2年生の教室へ向かいそうになったことが証明している。
あわてて3年生の教室へと方向を変える矢口だった。
- 4 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時02分39秒
- (あ、裕ちゃんだ、まずいな)
矢口は前方に廊下を歩く中澤を見つけた。
そしてその横には一人の生徒が一緒に歩いていた。
少し気になったが、とにかく矢口はジャージの襟で顔を隠しながら足早に追い越そうとする。
「こら矢口!」
あっさりばれた。仕方なく振り返る。
「おはようございま〜す」
努めて明るい挨拶でごまかそうとする矢口。
「またこんな時間まで朝練か?いい加減にせーよ」
「えへへ」
「えへへとちゃうわ、もうほんまにあんたは・・・」
中澤の長い説教が始まりそうになったのを察知した矢口はあわてて話題を変える。
「それより、その子は?」
矢口は中澤と一緒に歩いていた生徒に話を振る。見たことのない顔だ。
「ああ、この子は転校生や。あんたと同じ1組にはいるから仲良うしたりや」
「そうなんだ。あたし矢口真里、よろしくね」
「あ、よろしく」
その転校生は少しはにかみながら挨拶した。
「ほら、はよ教室行って着替えてき。すぐ始業式はじまんねんから」
「は〜い」
中澤の言葉に矢口は駆け出した。
「こら、廊下は走んな!」
後ろからの中澤の声に、
走らずにどうやって急いだらいいんだよ、と心の中で突っ込む矢口だった。
- 5 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時04分33秒
- 「あの、朝練って?」
残されたその転校生が中澤に尋ねた。
「ああ、あいつな、野球部やねん。ちなみにあたしがその顧問やっててな・・・」
とたんにその転校生の表情が見る見る暗くなった。中澤がそれに気付く。
「と、野球の話は禁句やったな」
「いえ、いいんです」
その転校生は静かに答えた。
- 6 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時11分38秒
- 教室に到着した矢口はとりあえず自分の席を探す。
どうやら出席番号順のようだ。
「よっ矢口、相変わらず朝練?」
「圭ちゃん」
声をかけてきたのは同じ野球部員の保田圭だった。
ポジションはキャッチャーで、
今年度から副キャプテンを務めることが決まっている。
朝女野球部の影のまとめ役ともいわれていて、
後輩から慕われ、そして恐れられている。
「クラス同じなんだ」
「ああ、席も矢口の後ろだからね。いろいろ可愛がってあげるよ」
「勘弁して」
矢口は苦笑いを浮かべる。なぜか体が震えた。
- 7 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時18分42秒
- 「ところでさ、このクラスに転校生来るんだって」
「そうなんだ。どんな子かな」
「あたしさっき見たんだけど・・・そういやどっかで見たことがあるような気がする」
矢口は先ほどのことを思い出していた。
「矢口の知り合いなの?」
「そうじゃないけど、良く知ってるような気がするの」
「わけわかんない」
そうこうしているうちに中澤が教室にやってきた。
もちろん例の転校生と一緒に。
中澤は自分の紹介はそこそこに、転校生の紹介を始めた。
- 8 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時22分34秒
- 「えっとな、進級早々やけど、転校生、っちゅうか編入生や。ほら自己紹介し」
中澤に促され、前に出る少女。
「えと、後藤真希です。よろしくお願いします」
「あっ!」
その名前を聞いて矢口は思わず声を上げた。
じろりとにらむ中澤を笑顔で取り繕いながら、矢口は保田の方へと向く。
「思い出した、後藤だよ」
「なに?有名人?」
「有名も何も、中学野球で日本一になったエースピッチャーじゃんか」
「ああ」
保田もぽんと手を叩く。
そう、後藤は中学野球の全国大会で優勝したチームのエースだったのである。
その完成度の高さは群を抜き、プロのスカウトにも目を付けられていたほど。
将来を非常に嘱望されていた選手なのだ。
「でも何でそんな子がうちに?」
保田が疑問を抱くのも当然だ。
なんせ朝女の野球部といえば、
地区予選でひとつ勝つことさえままならないほどの弱小チームなのである。
「さあ。でも確か怪我して高校入ってからは全然試合には出てないって聞いたことあるけど」
話はそこでストップし、矢口たちは始業式の行われる講堂へと向かった。
あとで後藤にいろいろ話を聞いてみよう、と思いながら。
- 9 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時26分21秒
- 始業式が終わり、矢口は早速保田と共に後藤の元へ向かった。
「後藤さん」
「あ、矢口さん」
答えた後藤の表情が一瞬曇ったのは気のせいだろうか。
しかし、すぐに笑顔を見せた後藤と矢口たちは他愛もない話をした。
血液型は何だとか誕生日はいつだとか。
ある程度うち解けたところで矢口は一番言いたかった質問をぶつける。
「あの、後藤さん野球部入らない?」
「え・・・」
先ほどまでの笑顔は消え、一気に後藤の表情が硬くなった。
「他のみんなは野球音痴だから分かってないみたいだけどさ、
後藤さん中学野球で日本一になった人でしょ?」
黙る後藤。しかし矢口は構わず続ける。
「うちの野球部は弱小なんだけどね、後藤さん入ったらかなり変わると思うんだ」
「悪いけど」
後藤は首を横に振った。
「・・・どうして?」
「野球は、もうやめたから」
「やめたって、なんで?」
「もうあたし、野球できないから」
そう言ってうつむく後藤。
さらに追及しようとする矢口を保田が止めた。
- 10 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時29分01秒
- 「なんで止めんの?ちゃんと理由聞かなきゃ納得できないじゃん。
あんな逸材なのに・・・」
廊下に出た矢口が保田につめよる。
「あの子の気持ちも考えてあげなって」
保田が落ち着かせるように言う。
「あの子言ってたじゃん、もう野球できないって。
理由は怪我かなんかわかんないけどさ、これ以上追及したらあの子つらいと思うんだ」
矢口は押し黙る。
もしかしたら噂の怪我が相当ひどいのかも知れない。
もし自分が野球ができないほどの怪我をしたら、と矢口は考えてみた。
野球命の矢口にとってそれは地獄だ。
なるべく野球のことを考えないように生きていくしかなくなるだろう。
もし目の前で野球の話をされようものなら、そいつを殴り倒してるかも知れない。
とにかく、矢口は後藤の前で野球の話は避けることにした。
- 11 名前:るみね 投稿日:2001年11月25日(日)22時33分57秒
- とりあえず今日はここまでです。
レスしてくれるとうれしいです。
どんな感想でもいいんで。
- 12 名前:るみね 投稿日:2001年11月27日(火)23時25分24秒
- ホームルームでのつまらない中澤の話も終わり、
生徒達は家路につく。
今日は部活もないので矢口も下駄箱までやってきた。
そしてお目当ての人物を見つける。
「後藤さん、一緒に帰ろ」
「あ、うん」
矢口はそれでも後藤とは仲良くしておきたかったのだ。
元々友達作りは得意だし、
そして内心では少しでも例の話について聞き出せたら、という思いもあった。
どうして野球をやめたのかというあの話。
- 13 名前:るみね 投稿日:2001年11月27日(火)23時28分33秒
- 「矢口さ〜ん!」
靴を履き替えていると少し離れたところから声をかけられた。
見るといたのは後輩の吉澤ひとみだった。彼女も野球部員だ。
「あ、あの子吉澤っていってさ、一コ下の後輩で・・・」
駆け寄ってくる吉澤を横目で見ながら、矢口が後藤に説明する。
しかし、後藤は何かに驚いたような表情で、
矢口の声も耳に入っていない様子だった。
「どしたの?」
「あ、あたし、用事思いだしたから先帰るね」
「へ?あ、ちょっと、後藤さん!」
矢口の呼びかけも聞かず後藤は行ってしまった。
- 14 名前:るみね 投稿日:2001年11月27日(火)23時31分31秒
- ひとり残された矢口の元に吉澤がやってくる。
「矢口さん、今のってもしかして」
「ん?ああ、今日転校してきた後藤っていう子なんだけどさ」
「後藤!?」
びっくりしたような声をあげる吉澤。
「あの、下の名前はもしかしたら真希っていうんじゃ・・・」
「ああ、確かそうだよ」
「まさか、何でここに」
信じられないような表情をする吉澤。
「吉澤も知ってたんだ。この道じゃ結構有名人だもんね」
「知ってるも何も、あたしの先輩だったんですから」
「ええ!?」
今度は矢口が驚きの声を上げた。
- 15 名前:るみね 投稿日:2001年11月27日(火)23時32分30秒
- 「ちょっと詳しく聞かせて。そんな話聞いたことないよ」
場所を近くのファミレスに変え、矢口が問いただす。
「あのですね・・・」
吉澤はゆっくりと話し始めた。
- 16 名前:るみね 投稿日:2001年11月27日(火)23時40分41秒
- 作者です。今回はこの辺で。
やっぱり純粋なカップリング小説じゃないと、
需要は少ないですかね。
とりあえず次回は吉澤の中学時代の話になります。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月28日(水)02時06分38秒
今日初めて読みました!!
もちろん続きも読んでいきます!!
カップリングじゃなくても読みますんでがんばってくださいよ!
从#~∀~#从<うちの話がつまらんやて〜!!
- 18 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時00分18秒
- 小さな頃から体格の恵まれていた吉澤は、どんなスポーツも得意だった。
小学校時代は背の高さを一番いかすことのできるバレーボールに打ち込んだ。
そんな吉澤がたまたま進学した中学校は、都内でも有名な野球の名門校だった。
とはいっても、吉澤は最初は別に野球をするつもりなど無かった。
正直バレーボールには飽きていた頃だったが、
他のスポーツをするにしても、野球は数多くある選択肢のひとつに過ぎなかったのだ。
後藤に出会う前までは。
- 19 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時01分37秒
- 第一印象はそんなに良くはなかった。
1年の時から野球部でエースをつとめていた後藤はすでに学校のアイドル。
よって、後藤が行く先々で黄色い歓声が起こる。
それをクールに受け流す後藤を見て、吉澤は無愛想な人だなと思った。
- 20 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時03分16秒
- 吉澤がどのクラブに入ろうか決めかねていたとき、野球部の練習試合があった。
そんなに興味の無かった吉澤だが、友達に強引に誘われて見に行くことに。
そこで見た後藤の姿に吉澤の目は釘付けになった。
無駄のない、美しい投球フォーム。
そこから繰り出される素晴らしい速球。
そして次々と相手バッターを打ち取っていく。
格好良かった。
同性ながら惚れてしまいそうになるぐらいに。
次の日、吉澤は迷うことなく野球部に入部した。
- 21 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時05分04秒
- 野球経験の無かった吉澤は当然のごとく補欠。
試合になど出してもらえるはずもなく、基礎練習に明け暮れる日々が続いた。
それでもくじけなかったのはやはり後藤の存在のおかげだった。
あこがれの後藤とはしゃべることはおろか、近づくことさえままならない。
しかし、遠くから見ることしかできないものの、
練習に取り組む後藤の真剣な姿は刺激になったし、励みにもなった。
- 22 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時09分08秒
- そんな吉澤が後藤に初めて声をかけられたのが、
吉澤が2年に進級したての頃だった。
「君さあ、センスあるね」
「えっ」
バッティング練習をしていた吉澤は突然後藤に声をかけられ、本当に驚いた。
「あっ、はい、ありがとうございます」
後藤の言葉は監督に言われるより何倍も嬉しかった。
それと同時に吉澤は、どうして後藤が自分なんかに声をかけてくれたのか不思議に思った。
野球部での後藤は誰かと話をしたりすることはほとんどない。
いつも自分の練習に打ち込んでいるばかりで、
他人のことは全く気にかけていない様子なのだ。
それなのにどうして。
- 23 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時10分53秒
- それから少したったある日のこと。
野球部の練習が終わり、いつものように吉澤は帰る仕度をしていた。
と、そこに後藤がやってきた。
「ねえ、一緒に帰ろっか」
吉澤は後藤の言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「吉澤?」
後藤が怪訝そうに吉澤の顔を覗き込む。
「あ、は、はい、是非!」
吉澤はあわてて承知した。
- 24 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時17分29秒
- 吉澤の胸は異常なまでに高鳴っていた。
少し前までは遠くから眺めるだけしかできなかったあこがれの先輩。
それなのに今は自分の真横にいる。
しかも二人だけで一緒に帰っているというまさに独り占めの状態。
周りからの視線が本当に心地いい。
これ以上ない優越感だった。
「あ、あの、先輩」
「ん?なに?」
「なんで、あたしなんかと一緒に帰ろうなんて思ったんですか?」
後藤とこうやって肩を並べられているだけでも幸せ一杯の吉澤だったが、
この質問だけはどうしても聞かずにはいられなかった。
というのも、最近になって後藤はやたらと吉澤に絡もうとしてくるからだ。
初めて声をかけられて以来、後藤は吉澤のところにことあるごとにやってきては、
アドバイスを送るようになったし、そして今日に至っては一緒に帰る始末。
後輩はおろか、同学年の生徒にまでクールな態度を崩さない普段の後藤の様子を考えると、
意外としか言えなかったのである。
- 25 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時21分09秒
- 「なんでって・・・う〜ん、何て言ったらいいのか」
吉澤の質問に後藤は少し考えるそぶりを見せた。と、後藤がふと立ち止まる。
「そうだ、ちょっと寄り道していい?」
そこは本屋の前だった。吉澤の答えを聞く前に後藤は中へと入っていく。
あわてて追いかける吉澤。
「ほい」
吉澤は後藤にある一冊の雑誌を見せられた。
「なんですかこれ、心理ゲーム特集?」
「そ。ちょっとやってみて」
吉澤はわけも分からずその雑誌に載っていた心理テストをやらされた。
後藤が指し示す問題に吉澤が順々に答えていく。
その答えを聞くごとに後藤はなぜか満足そうにうなずいていた。
- 26 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時25分27秒
- 「・・・やっぱり」
吉澤が一通り解き終わると、後藤は納得したかのようにつぶやいた。
「あの〜、いったい何なんですか?」
吉澤はいまだわけが分からない。
「うんとね、今の吉澤の答えさ、ほとんどあたしと一緒だったんだ。
一応予想はしてたけどまさかここまでとはねえ」
「それって・・・」
「つまり、あたしと吉澤が似たもの同士だって事」
「まさか」
吉澤は後藤の言葉を一笑に付した。
方や名門野球部を引っ張るエース。方やそのチームの一補欠選手。
こんなにも身分の違う二人の一体どこに共通点があるというのか。
- 27 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時27分17秒
- しかし、それでも構わず後藤は続けた。
「実はね、最初に野球部に入ってきたときから吉澤のこと気になってたんだ。
確か野球未経験って吉澤だけだったじゃん。
そんなやつが一体どこまでやれるようになるんだろうってね。
だから、練習してるとことか結構見てたんだ。遠くからだったけど」
吉澤は驚きを隠せなかった。
後藤もずっと自分のことを見ていたなんて。
- 28 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時30分08秒
- 「で、ある日ふと思った。こいつ、なんかあたしに似てるなって。
練習への取り組み方とか、ちょっとしたことなんだけどね、
何ていうか、自分と同じにおいを感じたっていうのかな。そうだ、吉澤の座右の銘は?」
「は?」
いきなりの話題転換に戸惑う吉澤。
「だから、座右の銘だよ。自分の生き方を表した言葉」
「えっと・・・ありのまま、かな」
「ほらやっぱり」
後藤が大きくうなずく。
「あたしの座右の銘が『自然体』でね、やっぱり一緒だった」
後藤が嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。
それを見て吉澤はどきりとした。
こんな表情の後藤を見るのは初めてだった。
- 29 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時32分26秒
- 「あたしと吉澤さ、すごく気が合うと思うんだ。
だからね、仲良くなれるんじゃないかなあって・・・」
後藤は少し恥ずかしそうに目をそらしながら言った。
吉澤は後藤の意外な一面を見た気がした。
いつもはクールな一匹狼の先輩。
でも今目の前にいる後藤はどこにでもいるような一人の少女。
そして後藤がそんな姿を自分に見せてくれたことが吉澤は素直に嬉しかった。
あこがれの先輩から無二の親友へ。
吉澤の中での後藤の位置づけが変わった日だった。
- 30 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時35分09秒
- 作者です。
よしごまっぽいのを書いてはみましたが、
やっぱ難しいっす。
ちなみに吉澤中学時代はまだ続く予定です。
- 31 名前:るみね 投稿日:2001年11月30日(金)23時39分59秒
- >>17さん
レスありがとうございます。
読んでくれている人がいてほっと一安心です。
中澤姉さんは思いつきで登場させてみたものの、
出番は少なそうです(汗
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)23時41分43秒
- よしごま良いですね〜。期待してるんで頑張ってください
- 33 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時11分39秒
- 「おめでとう、ごっちん」
その年の全国中学野球大会はエース後藤の活躍で
チームは見事に優勝を飾った。
吉澤は補欠のままだったが、誰よりも後藤を祝福し、
自分のことのように喜んでいた。
この時点で後藤が先輩であるにも関わらず、
敬語を使わないまでに吉澤は後藤と仲良くなっていた。
後藤自身が敬語を使われるのを嫌ったのだ。
- 34 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時14分07秒
- 「ありがと。でもよっすぃ〜試合出れなくて残念だったね。
あたし、監督に散々使えって言ったんだけど」
「変化球の打てないバッターなんて誰も使いたがらないでしょ」
吉澤はそう言って笑った。
仲良くなってから行われた後藤との特訓の成果もあり、
吉澤の実力は飛躍的に向上していた。
後藤のアドバイスで始めた筋トレの効果も如実に現れ、
飛距離も相当出るようになっていた。
しかし、まだまだ荒削りのバッティングが目に付き、
少しカーブをかけられると全く打てなくなる。
「まあ、あたしはこれで終わりだけどよっすぃ〜は来年もあるしさ。後は任せた」
「オッケー」
- 35 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時17分13秒
- 後藤よりも吉澤が泣いた卒業式も終わり、
3年になった吉澤はチームのレギュラーとなった。
しかし、後藤をはじめとした昨年の優勝メンバーの主力が軒並みいなくなり、
チームとしてのレベル自体は大きくダウンした。
一方で都内の強豪高校に進学した後藤は、
甲子園を目指す傍らしばしば中学を訪れては吉澤らを応援、指導した。
しかしそれも実らず、吉澤のチームは結局地区予選で敗退してしまった。
- 36 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時19分21秒
- 「残念だったね」
「まあ、こんなもんでしょ。ごっちんみたいなしっかりとしたエースもいなかったし」
大会後、久々に後藤と会った吉澤はさばさばとした表情で言った。
「それよりも、明日の試合絶対応援行くからね」
「うん、ありがと」
試合とは甲子園出場をかけた東東京地区予選の決勝戦。
後藤は1年ながらすでにチームのエースとなっており、
順調に勝ち進んできたのだ。
「それじゃ、明日球場で」
そう言って二人は別れた。
- 37 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時21分12秒
- 「へえ〜、よっすぃ〜がそこまで後藤と仲良かったなんて知らなかったな〜」
そこまで話を聞いて矢口はパフェをほおばりながら言った。
「それに補欠とはいえ、中学日本一になってたなんて。一言も言わなかったじゃん」
「だってその時は試合に出たこともなかったんですから。
レギュラーで出たときは地区予選であっさり敗退だったんですし」
「そういや、後藤って高校入ってからも野球やってたんだな。
もう野球はやめたって言ってたけど」
「そう、この後の話が大事なんです。
その地区予選決勝で大変なことが起きちゃって・・・」
- 38 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時26分49秒
- 少し間隔あいたわりに更新少なめで申し訳ないです。
これからも更新努力するので読んでいただけると嬉しいです。
- 39 名前:るみね 投稿日:2001年12月10日(月)19時30分37秒
- >>32さん
レス感謝です。
レス見るとやっぱやる気になります。
- 40 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時27分30秒
- 東東京地区予選決勝の日。
雲一つないほどに晴れ上がり、絶好の試合日和。
後藤自身も連投を続けてきた割には思いのほか肩の調子が良く、
最高の空模様と相まってとても晴れやかな気持ちで試合を迎えていた。
そして実際、後藤は立ち上がりから快投を見せた。
スタンドで大声を張り上げて応援する吉澤に応えるかのように、
さしたるピンチも迎えぬまま各回を無失点で切り抜けていく。
しかし敵もさるもの、相手エースの調子も良く、
途中で何とか1点をもぎ取ったものの試合は白熱した投手戦となった。
- 41 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時31分48秒
- そして1対0でリードしたままいよいよ迎えた9回の裏。
マウンド上の後藤はさすがに若干の疲労は否めない。
しかし、それでも気迫の投球で一人目、二人目を続けて三振に取る。
そして迎えた最後のバッターも追い込んだ。
後藤が勝負球を投げる。が、珍しくコースが甘い。
それを見逃さなかった相手が真芯でとらえたボールは
ライナー性の当たりとなって真正面に飛んだ。
その瞬間、太陽の光が目に入った後藤はボールをよけられなかった。
- 42 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時34分04秒
- 「ごっちん!!」
吉澤が叫ぶ。
後藤はその場で崩れ落ちるように倒れた。
直撃したと思われる左こめかみ付近からは血がどくどくと流れ出ていた。
気を失った後藤は即座に病院へと運ばれた。
- 43 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時37分00秒
- 幸い後藤の命に別状はなかった。
次の日、面会可能になるといの一番に、吉澤は後藤の元を訪れた。
頭にぐるぐる巻きにされた包帯が痛々しい。
吉澤は、あの後に緊急で登板した投手が打ち込まれて、
チームが負けてしまったことを話した。
とたんに後藤は泣き崩れた。
吉澤がいくら慰めの言葉をかけても後藤の涙は止まらなかった。
- 44 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時40分43秒
- それからというものの、後藤の落ち込みようは尋常ではないほどだった。
吉澤は毎日のように後藤の見舞いに病室を訪れたが、
後藤は生気のない表情を見せるだけ。
吉澤は何とか元気を取り戻してもらおうとあらゆることをした。
それでも、後藤が今まで吉澤に見せていた明るい表情は戻ってこない。
それどころか後藤は逆に吉澤に対して冷たい態度をとるようになった。
吉澤が学校であった下らない話をしても笑ってくれないし、
慣れない手つきで皮をむいたリンゴも食べてくれなかった。
- 45 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時44分02秒
- それでも根気よく後藤の元に通い続けていたある日、吉澤は言われた。
もう来ないで、と。
吉澤はショックだった。
後藤が退院してからも、二人は連絡を取ることさえなくなってしまった。
- 46 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)21時48分31秒
- 「でも、私はごっちんの気持ちも分かる気がするんです。
人伝いにごっちんが野球をやめたことを聞いて納得しました。
あたしの顔見ると野球のこと思い出すから、
それであたしを避けるようになったんだろうって・・・」
そう矢口に言う吉澤の表情は凄く寂しそうだった。
それを見て矢口もいたたまれなくなる。
吉澤に、そして後藤にこんな過去があったなんて。
- 47 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)22時01分20秒
- 「てことはさ、怪我で野球をやめたんじゃないってことなんだよね」
「はい。顔の怪我は傷跡も残らないくらい完治しましたし、他は何ともなかったですから」
何とか後藤を説得できないものかと矢口は思った。
別に自分たちの野球部のためにという訳ではない。
後藤はそれまで順風満帆な野球人生を歩んできたのに、
たったひとつの出来事がそれを狂わせた。
野球を完全にやめてしまい、最大の親友とも関係を断ち切ってしまった後藤。
それじゃあつらすぎると矢口は思ったのだ。
後藤本人のためにも、もう一度野球をやらせてあげたい。
そして吉澤との仲も元通りにしてあげたい。
空になったパフェのグラスをじっと見つめながら矢口は思い詰めた。
- 48 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)22時02分38秒
- 別れ際、吉澤が振り返って矢口に言った。
「矢口さん、ごっちんは人見知りするんで、仲良くしてあげて下さいね」
「任せて」
矢口は笑顔で答えた。
- 49 名前:るみね 投稿日:2001年12月13日(木)22時10分24秒
- 今日の更新は以上です。
今後は他のメンバーも少しずつ登場させていく予定です。
- 50 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時06分13秒
- 次の日から矢口は吉澤に言われたとおりに、
後藤と仲良くするようにつとめた。
休み時間は一緒に過ごし、昼御飯も一緒に食べた。
しかし、放課後だけは一緒にいるわけにはいかない。
今日からは野球部の練習が始まるのだ。
下駄箱で二人は別れを告げて、後藤は家路につき、矢口は部室へと向かう。
矢口はどうにももどかしかった。
- 51 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時11分55秒
- ユニフォームに着替え、グラウンドに出る。
部員が全員そろったところで顧問の中澤がみんなを集めた。
「さてと、今日から新しい学年で始まるわけやけども、
とりあえず前から決めてたとおり、キャプテンは飯田、
副キャプテンは保田にやってもらう。じゃ、かおり、後は任せた」
そう言われて、今名前のあがった飯田圭織がみんなの前に出てきた。
彼女は矢口と同じ3年生だが、身長は矢口より20センチ以上も高い。
スタイルの良さや奇麗なロングヘアを見れば一体誰が野球部員などと思うだろう。
- 52 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時15分27秒
- 「えっと、とりあえずあたしがキャプテンになったわけだけど、
これからも今までと変わらず、楽しく野球しましょう。
それと、せめて地区予選で1勝できるように頑張ろうね」
少し照れくさそうに飯田が言う。
「・・・にしても、少ないね」
そう言って飯田がため息をつくのも無理はない。
今ここには現在の野球部員が全員そろってはいるのだが、
その数はわずかに8人だけ。
3年生はキャプテンの飯田に副キャプテンの保田、
そして矢口に、もう一人が朝女のエースピッチャーである安倍なつみ。
ひとつ下の2年生には吉澤と石川、そして仲の良い加護亜依と辻希美がいる。
前の3年がいなくなり、新入生の勧誘もまだこれからとはいえ、
一チーム作ることさえできないのだ。
- 53 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時18分08秒
- 「かお・・・いや、キャプテン」
矢口が手をあげる。
「かおりでいいよ、矢口。で、なに?」
「ひとり、面白いのがいるんだけど」
そう言って、矢口は後藤のことを話した。
「・・・う〜ん」
その話を聞いて全員黙りこくってしまった。
「確かに入ってくれれば凄い戦力だとは思うけど」
ようやく飯田が口を開く。
「でしょ?何とかして説得できないかなあ」
「簡単じゃないやろな」
中澤が横から口を挟んだ。
- 54 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時23分57秒
- 「私も後藤の両親とかといろいろ話してんけどな、
専門家とかにも相談してみたけどあかんかったそうや。
本人はもう絶対野球はやらんってきかんらしい。
野球に関することは全部遠ざけてるみたいや」
「でも・・・」
矢口はそれでもあきらめきれなかった。
「まあ、やれるだけやってみてもいいけどな。ただ、神経つかうで」
「わかってます」
「よし、じゃあとりあえずこの問題は矢口に任せよ。
部員が少ないんは新入生必死で勧誘したら何とかなるやろうし。さ、練習開始!」
一学期最初の朝女野球部の練習がスタートした。
- 55 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時29分33秒
- 朝女野球部の方針は良く言えば自由、悪く言えば勝手気儘。
きちんとした練習メニューはなく、個々人がそれぞれやりたいことをする。
そして、このことこそが朝女が弱小と言われるゆえんでもある。
何しろみんな本当に好きなことしかしないからだ。
エースの安倍はキャッチャーの保田相手にひたすらピッチング練習。
打つのが好きな吉澤と飯田はマシン相手にひたすらバッティング練習。
それぞれセカンドとショートを主に担当する加護と辻にいたっては
ダブルプレーの練習で二遊間のコンビ成熟に精を出し、
それにつきあわされている石川は延々とノックを打ち続けている。
この偏った練習風景は今日に限ったことではない。
バランスの取れた練習ができているのはチーム一の練習量を誇る矢口ぐらいなのだ。
- 56 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時33分48秒
- 「いたっ」
中澤の指導の元トスバッティングをしていた矢口が声を上げた。
バットに当たり損ねた自打球が自分の足に直撃してしまったのだ。
「大丈夫か矢口?」
中澤が声をかける。見てみるとすねのあたりが少し青くなっていた。
「一応保健室行ってき」
「別にこれぐらい」
「ええから」
「・・・は〜い」
中澤の剣幕におされてしぶしぶ矢口はグラウンドを後にした。
- 57 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時36分56秒
- 矢口は下駄箱へとやってくる。
だいぶ日は傾いており、誰もいない踊り場に射し込む夕日が眩しい。
上履きに履き替えた矢口はなにげなく他の人の下駄箱を見ながら通り過ぎようとする。
まだ始業式の次の日ということもあり、活動しているクラブも少ないせいか、
学校に残っている生徒はあまりいないようだった。
- 58 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時45分12秒
- 「あれ?」
矢口は下駄箱の一番端に目が止まった。
そこには後藤の名前がある。
生徒の下駄箱は名前順に並んでいるのだが、
後藤は転校生なので一番最後のところにあるのだ。
そんなことはともかく、矢口の目がそこに止まった理由は、
そこにあるはずの上履きがなく、代わりに後藤の靴があったからだ。
これは後藤がまだ学校内にいるということを意味する。
後藤は確か家に帰ったはずなのに、なんでだろう。
矢口は気になったがとりあえず保健室へと向かった。
結局のところ、怪我の方は別にたいしたことはなかったようだ。
- 59 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時50分50秒
- あくる日の朝、矢口は昨日のことを後藤にそれとなく聞いてみた。
「ねえごっつぁん、昨日の夕方ぐらい何してたの?」
「え?な、なんで?」
一瞬後藤があわてたように矢口は感じた。
「いやさ、あんな早い時間に一人で帰って何してんのかなあって思って」
「別になんにもしてないよ。昨日は家でテレビ見てたかな」
「ふ〜ん」
何で嘘をつくんだろう、と矢口は思った。
確かに昨日の夕方頃、後藤は学校にいたはずなのに。
- 60 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)00時53分51秒
- 問いつめてみようか、と矢口は少し思ったが、やめることにした。
わざわざ嘘をつくということは、
昨日学校にいた理由を知られたくないからだろう。
ここでもし後藤を問いつめでもしたら、
その後藤の気持ちを踏みにじってしまうような気がしたのだ。
ただ、そうはいっても気になるものは気になる。
嘘をついてまで隠したいことっていったい何なのだ。
確かめなきゃ、と矢口は思った。
- 61 名前:るみね 投稿日:2001年12月23日(日)01時02分29秒
- 作者です。
結構久々の更新になってしまいました。
読んで下さってる方がいましたら、これからもよろしくお付き合い願います。
- 62 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)21時52分54秒
- 放課後。
矢口は昨日と同じように後藤と下駄箱で別れた。後藤は確かに靴に履き替えて校門の方へと歩いていった。
矢口は部室へ向かうふりをして、そっと死角になる場所に隠れた。
ものの5分もしないうちに、矢口は予想通りの光景に出くわした。帰ったはずの後藤が戻ってきたのだ。その様子は辺りをうかがっているようにも見える。
上履きに履き替えた後藤の後を矢口はそっと追いかけた。
(どこ行くんだろ)
どんどん先を行く後藤の後を矢口は追いかける。途中何度か気付かれそうになりながらも、その小さな体を駆使して物陰に隠れたりしながら後をつけていった。
そして、柱の陰から矢口は後藤がある部屋に入るのを見届けた。
- 63 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)21時55分47秒
- (ここは・・・)
図書室だった。野球漬けの毎日を送る矢口にはおよそ縁のない場所である。
矢口はガラスの扉越しにそっと中を覗いてみた。人はほとんどいない。ほんの数人の生徒と、カウンターにいる司書の人ぐらいだ。
だから、窓際の席にいる後藤の姿を見つけるのにそれほど時間はかからなかった。
(何してんのかな)
後藤は別に本を読むわけでもなく、勉強をするわけでもなく、ただ外の方だけをぼーっと眺めている。
中に入ってもう少し近づきたかったが、あまりに人が少ないために扉を開けると確実に見つかってしまいそうだった。
矢口はあきらめて部室へと向かった。
- 64 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)21時58分09秒
- その日の練習中、矢口は後藤のことが気になってしょうがなかった。後藤はあんなところで一体何をやってるんだろうか。嘘をつかなくちゃいけないような何かやましいことでもしているのだろうか。
矢口はあまり身が入らないままその日の練習を終えることとなった。
「というわけで、後片付け矢口よろしくね」
着替えるために部室に向かおうとする矢口に飯田が言った。
「え〜なんでよ〜」
「練習に遅れてきたんだからそれぐらい当然でしょ」
後藤の後をつけたりしていたために、矢口は今日の練習に遅刻していたのだった。
- 65 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時00分41秒
- 「はあ〜あ、わかったよ」
そうはいっても一人で後片付けをするのは大変すぎる。
矢口はまわりを見渡した。他の部員達はそそくさと部室に向かっている。
矢口はそのうちの一人に白羽の矢を立てた。
「いしかわぁ〜」
矢口が甘ったるい声をかける。
石川はびくっと肩をふるわせた。
「な、なんでしょう」
振り返った石川の顔はひきつっている。矢口がそのとびきりの笑顔とは裏腹に思いっきり石川の右腕をつかんでいるので無理もない。
「もちろん手伝ってくれるよね」
「・・・はい(涙)」
泣く泣く矢口に従う石川。しかし、石川にとって道連れにされるのはいつものことである。
- 66 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時03分09秒
- とりあえず球拾いをする矢口達。遠くの方に転がっていたボールを矢口は拾い、石川に向かって投げた。
「あっ」
しかし、ボールは石川の頭上を遙かに越えていった。その先にあるのは校舎。
「やばっ」
矢口が声を上げると同時にボールは校舎の壁に跳ね返った。なんとか窓ガラスを割るという惨事は免れたようだ。
「何やってんですか矢口さ〜ん! もう少しで図書室の窓割るところでしたよ〜!」
「図書室?」
石川の言葉で矢口は校舎のボールが当たったあたりを見やった。
- 67 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時04分48秒
- (そっか、あそこ図書室なんだ)
何か思い立ったように矢口は急に走り出した。
「ちょ、どこ行くんですか矢口さ〜ん!」
「悪い、後片付け任せた!」
「そ、そんなあ〜」
石川の泣きそうな声も聞かず、矢口は校舎へと急いだ。
- 68 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時08分13秒
- 矢口の向かった先は再び図書室。
廊下から中の様子をうかがう。閉館間近ということもあり、生徒の姿はないようだ。
もちろん、後藤の姿もないことを確認し、矢口は中へと入った。そして窓際へ向かう。
(やっぱり)
矢口の思った通り、そこからはグラウンドが一望できた。あたりはすっかり暗くなっていたが、押しつけられた後片付けを一人で必死にやっている石川の姿もよく見える。
ここに後藤がいたということは、それはつまり後藤が野球部の練習を見ていたということなのではないだろうか。
(でも、なんでだろう)
ここで矢口はひとつの疑問が浮かんできた。後藤はもう野球をやめたはずだし、中澤の話によると野球に関することは全部遠ざけているらしいはず。それなのになんで野球部の練習を見ていたのだろうか。
- 69 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時09分54秒
- 次の日も、その次の日も、家に帰るふりをして図書館に向かう後藤の姿を矢口は目撃した。後藤にそれとなく話を聞いてみても、家でテレビ見てただとか商店街で寄り道してただとかで本当のことを言ってくれない。
矢口はもう我慢の限界だった。いつまでもこんな調子じゃ何も解決しない。
矢口は後藤と二人だけでじっくり話し合おうと決意した。なんせ聞きたいことが多すぎるのだ。そして、そのために矢口は後藤を自分の家に呼ぶことにした。矢口の努力の甲斐あって、二人の仲は相当深まっていた。家に呼ぶのは不自然なことではない。
- 70 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時11分34秒
- 週末の土曜日。
矢口は野球部の練習を途中で切り上げて早めに家に帰った。今日は後藤が家に泊まりに来る日。後藤は矢口の提案を快く受け入れていたのだ。
程なくした夕暮れ時に後藤が訪ねてきた。
二人は矢口の部屋に行き、音楽を聴いたり、テレビゲームをしたり、ビデオを見たり、他愛もないことをして過ごした。もちろん、六甲おろしのCDだとか、大量にある野球ゲームだとか、過去の名勝負を録画した野球ビデオなどは押入の奥に隠してある。
- 71 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時15分44秒
- 後藤と二人でテレビを見ていた矢口はふと時計に目をやった。後藤が家にやってきて結構な時間がたっていたが、矢口はまだ何も肝心な話をできずにいた。
「・・・ごっつぁん、そろそろお風呂入ろっか」
「そうだね。やぐっつぁん先入る?」
「ううん、一緒に入ろうよ。うちのお風呂広いんだよ」
矢口の言葉に後藤は黙った。
「・・・いや?」
矢口はおそるおそる後藤に尋ねた。
「いやじゃないけど・・・やぐっつぁん変なことしないでしょうね」
「するかよ!」
矢口ツッコミが炸裂した。
- 72 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時17分33秒
- まず先に中に入る矢口。続いて後藤も入ってくる。
「もう、何じろじろ見てんの?」
矢口の視線を感じて後藤が恥ずかしそうに言う。
「いやさ、ごっつぁんいい体してんな〜って」
「やぐっつぁんのえっち」
後藤が冗談ぽく笑う。
しかし、矢口は別にそんな意味で言ったわけではなかった。実際後藤はとてもいい体をしていたのである。細身ではあるが締まった筋肉が見てとれるその体は、維持するだけでも大変そうだ。
野球をやめて以来、他のスポーツも一切やっていないというのになぜ。
- 73 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時20分40秒
- 「あ、あのさ、ごっつぁん」
二人で湯船につかりながら、矢口は口を開いた。
「何で野球やめたのか教えて欲しいんだけど」
ついに本題を切り出した矢口。二人が出会った始業式の日以来、矢口が野球のことを口にしたのはこれが初めてだった。
しかし、後藤は押し黙る。
長い沈黙で、重たい空気が狭い密室を支配した。
- 74 名前:るみね 投稿日:2001年12月25日(火)22時27分27秒
- 作者です。
書き方について結構試行錯誤してるんですが、
某スレの影響で書式とか改行とかに気を遣ってみました。
見た目が著しく変わってしまって申し訳ありません。
- 75 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月25日(火)22時42分31秒
- なにげに矢口と石川コンビが好きだったりするんですよね。
- 76 名前:はいめんて 投稿日:2001年12月28日(金)18時51分24秒
- 全部、読まさせて頂きました。
おもしろいです。
俺は、どちらかというと人間関係書くの苦手なんで、
そういうのがうまいなあ、などと思いながら読んでました。
あと、タイトルがいいです。
やっぱり、俺ももっとタイトル考えるべきだった……。
カップリングものじゃないと需要が少ないのは、共通の悩みですね(笑)
お互いがんばりましょう。
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月03日(木)12時13分27秒
- 影響を受ける前の改行のほうがおれはすき(w
>>76
ここでいうのもなんだが読んでるからガムバレ
- 78 名前:るみね 投稿日:2002年01月04日(金)23時09分12秒
- 「あのさ」
耐えられなくなった矢口は自ら沈黙を破った。
「もしかして、ボールをぶつけた試合が原因なの?」
うつむいていた後藤が、はっと矢口の方を見る。その表情は、どうしてそのことを知っているのかとでも言いたげだ。
「よっすぃ〜から話はだいたい聞いたんだ」
矢口は後藤の気持ちを見透かしたかのように答える。
「・・・そっか、しょうがないな」
後藤がようやく重たい口を開いた。
- 79 名前:るみね 投稿日:2002年01月04日(金)23時12分30秒
- 「初めてだったんだ、野球やっててあんなにつらい経験したの。あたし一人のせいで、みんなの夢をつぶしちゃったんだから」
「そんな、別にごっつぁん自身が打たれて負けちゃったんじゃないんでしょ?」
「そうだけど、あそこであたしが失投してなけりゃ、抑えられてたんだから。あと一球だったのに、なんであんな甘い球投げたんだろう。本当に、なんで・・・」
その時のことを思い出したのだろうか、肩がわずかながら震えている。目にたまった涙をごまかすように、後藤はお湯をすくって自分の顔にかけた。
- 80 名前:るみね 投稿日:2002年01月04日(金)23時15分22秒
- 「みんな気にするなって言ってはくれた、無理して笑顔作ってさ。でもそれ見てたら逆にもっと悲しくなっちゃって。本当につらかった」
さらに後藤は続ける。
「野球があんなにつらいものだなんて、それまで思ってもみなかったんだ。それで、またあんなつらいことがあったらと思うと本当に怖くって。だから、野球はやめたの。やぐっつぁんには悪いけどさ、あたしはもう野球とは関わりたくないんだ」
矢口は後藤の苦しみが少し分かったような気がした。確かに後藤と同じ立場に自分が置かれたとしたら、同じようにつらく感じるだろう。それでも野球をやめてしまうまではいかないと思う。でも、後藤の場合は違うのだ。後藤はずっとエリート街道を歩んできた。野球に関する思い出といえば、中学で日本一に輝いたことを初めとして、華々しいものばかり。だから、あの地区予選決勝での出来事は人生で初めてとも言える挫折だったのだろう。そして、そのことが必要以上に後藤に重くのしかかってしまったのではないか。
- 81 名前:るみね 投稿日:2002年01月04日(金)23時22分28秒
- 新年初更新です。ちょっと少なすぎですが。
多忙のため、なかなか筆を進めることができません。
どうか根気よくお付き合い下さることを願っています。
- 82 名前:るみね 投稿日:2002年01月04日(金)23時28分45秒
- それと、レスしてくれた方ありがとうございます。
>>75
そのコンビ実は作者も気に入ってたりして。
なんか梨華ちゃんいつも泣かされておりますが。
>>76
無理矢理読ませたみたいな感じになってしまってすみません。
タイトルはかなり適当なんですけどね(w
>>77
ガーン(w
まあころころ変えるのも節操ないんで、新しい方でしばらくやらせて下さい。
- 83 名前:ハン 投稿日:2002年01月06日(日)16時02分30秒
- 今日はじめて読んだけどおもしろい
よしごまがかなり好き
がんばれ>作者
- 84 名前:傍観者 投稿日:2002年01月12日(土)14時25分27秒
- 全部読ませていただきました。がんばってください!
(〜^◇^)===○)T▽T) ヤグいしマンセー!
- 85 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)22時49分00秒
- でも――
「嘘だね」
矢口が突然言う。後藤は少し驚いた表情を見せる。
「野球と関わりたくないなんて嘘だ。もしそうなんだったら、何であたしらが練習してるとこ見てたの?」
「・・・な、なんのこと?」
白を切る後藤。
「実は知ってるんだ、ごっつぁんが毎日帰るふりして本当は図書室に行ってること。あそこの窓からは野球部が練習やってるグラウンドがよく見えるんだよね」
矢口の言葉に後藤の視線は宙を泳いだ。明らかに動揺を隠せないでいる。
- 86 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)22時51分45秒
- 「あたしに嘘までついちゃってさ・・・ま、それはしょうがないか。口では野球やめたなんて言ってるのに、実は未練ありまくりだなんて気付かれたくないだろうし」
「あ、あたし、別に未練なんてないもん。図書室に行ってたのは勉強してただけだし・・・」
矢口の皮肉めいた言葉に後藤はおもわず反論する。だがその口調はしどろもどろだ。
「ごっつぁんまた嘘ついた」
わざとらしくため息をついた矢口は冷静に切り返す。
「未練ないんだったら、この体はどうやって説明するの?」
矢口は後藤の二の腕をつかんだ。
「全身にしっかり筋肉ついてるしさ、これだけの体簡単に作りあげられるもんじゃないよ」
後藤は黙り込んでしまった。
「ごっつぁんさあ、本当は野球がやりたくてしょうがないんじゃないの。それで、もしまた野球をやれるようになったときのために、この体を維持してるんじゃないの」
- 87 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)22時55分17秒
- 図星だった。
後藤は確かにあの出来事以来、いったんは野球とは決別しようと心に決めたはずだった。それでも、今まで続けてきた日々のトレーニングを欠かすことはなかった。
野球のためなんかじゃないと自分に嘘をつきながら。
そして周囲には単なる体調管理だと嘘をつきながら。
でも本当は、精神的な面だけでなく、肉体的な面でも野球ができなくなってしまうことが怖かったのだ。
- 88 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)22時59分32秒
- 「・・・何であたしが朝女に来たかわかる?」
長い沈黙を破って後藤が口を開いた。
「あの怪我のあとさ、あたしは野球部やめたけど、一年ちょっとくらいはあの学校通ってたんだ。でもあの学校って野球の強豪校だからさ、嫌でも野球の話題が耳に入ってくんの。そのたびに、心のどこかでこう思ってる自分がいるんだ。ああ、野球がしたいって」
さらに後藤は続ける。
「自分ではあんなにもつらい野球はもうやらないって決めたんだけど、まだ野球をやりたがっている自分がいる。もうどっちが本当の自分だかわかんなくて、頭ん中ぐしゃぐしゃになっちゃってさ。とにかく野球のことを考えたくなくて、朝女に転校したんだ」
矢口は後藤の心の中が垣間見えた気がした。
「正直さ、朝女って野球はそんなに盛んじゃないじゃん。だから選んだんだけど、一番仲良くなったやぐっつぁんは野球部員だし、担任はその顧問やってるし、それによっすぃ〜までいたし。私はつくづく野球から離れられないのかなあって思ったよ」
後藤は少し寂しそうに笑った。
- 89 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)23時01分35秒
- 「あ、でも勘違いしないで。私はやぐっつぁんと仲良くなれたことは後悔してないから」
「それはいいんだけど・・・ひとつ聞き捨てならない」
「え?」
「野球はつらいってごっつぁん言ったけどさ、それは違う」
矢口は真っ直ぐ後藤を見つめて言った。
「野球が本当はとても楽しいってことぐらいごっつぁんもわかってるでしょ? だから野球をやりたくなるんだし」
後藤は黙りこむ。
「野球がつらいことなんだったら、毎日野球やってるあたしは一体何なのさ。必死に、そして楽しくやってんのに、横でそんな醒めた目で見られたらあたしが馬鹿みたいじゃん」
つい語気を強めてしまう矢口。後藤がうつむく。
「と、ごめん、言い過ぎ。病気だわ」
立ち上がり、湯船から出る矢口。
「あがろ。のぼせちゃう」
黙ったまま、後藤もそれに続いた。
- 90 名前:るみね 投稿日:2002年01月15日(火)23時09分38秒
- 今回の更新は以上です。レスをくれた方に感謝します。
>>83
よしごまっすか・・・この二人を今後どう絡ませるか悩んでます。
>>84
おお、やぐいし大人気(w
因みにこの小説はカップリングものではありません(w
- 91 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 92 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 93 名前:しーちゃん 投稿日:2002年01月21日(月)14時45分53秒
- 圭ちゃん何ダメって言っているの?
続きが見たいです。
がんばって!
- 94 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時24分16秒
- 風呂からあがり、二人は矢口の部屋に戻った。しかし、お互い口数は少なく、気まずい空気が流れていた。
まだ寝るには少し早い時間だったが、二人は並べられた二つの布団にもぐりこんだ。
電気を消し、真っ暗になった部屋の天井を眺めながら、布団の中で矢口は先ほどのことを少し後悔していた。せっかく後藤の心の内に触れることができたのに、最後はこっちが少し熱くなってしまい、説得する機会を失ってしまったのだ。
もう一度話し合いたかった矢口だったが、一体どういう言葉をかければいいのかわからない。
躊躇しているうちに時間は過ぎ、夜はどんどん更けていった。
- 95 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時26分41秒
- 布団に入ってからかなりの時間がたったはずだったが、矢口はまだ眠れないでいた。やはり頭の中は後藤のこと。いろいろなことが頭を駆けめぐっていた。
ふと、後藤の方を見る。
後藤は矢口に背を向ける格好で布団をかぶっていた。はあ、と矢口がため息をつく。
「やぐっつぁん」
突然、後藤が声を出した。
「な、なに?」
完全に寝ていると思っていたので矢口は少し驚き、声をうわずらせながら返事をした。
「ずっと起きてた?」
後藤は矢口に背を向けたままで続けた。
「え、ああ、うん。いろいろ考え事してたから」
「そっか」
- 96 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時28分55秒
- 少しの間。
また後藤と話し合えるチャンスかもしれない。とにかく何か話さなきゃと矢口はとりあえず口を開く。
「・・・さっきはごめんね」
「なにが?」
「いやさ、お風呂場であたしちょっときついこと言っちゃったじゃん」
「ああ、別に気にしてないよ。ていうか、逆に感謝しなきゃいけないかも」
「・・・なんで?」
後藤の少し予想外の言葉に矢口は聞き返す。
「あたしね、あんなに強く言われたこと無かったんだ。今まではみんなただ励ましてくれたりするだけで」
矢口はじっと後藤の背中を見つめながら話を聞いている。
「でもやぐっつぁんにきつく言われてさ、思ったんだ」
後藤はゆっくりと、そしてしっかりと自分の思いを吐露し始めた。
- 97 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時38分20秒
- 「あたしは結局自分に甘えてただけだったのかもしれない。野球はつらいもんだと決めつけて、それ以上考えることをやめちゃって。本当はちゃんと考えなくちゃいけなかったんだろうけど、そこから逃げ出して、ただ可哀相な自分に酔ってただけでさ。悲劇のヒロイン演じて満足してた、みたいな。ホント、馬鹿みたい」
一呼吸おいて後藤は続ける。
「それから、自分をもう一回見つめ直したらさ、やっぱり自分の中に野球がやりたいって気持ちがあるってことも改めて気付いた。まだ怖がってる気持ちがあるのも確かだけど。でも、やぐっつぁんとか、他の部員のみんなが練習やってるとこ見てるとさ、本当に楽しそうに見えたんだ」
- 98 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時39分42秒
- 「楽しそうなんじゃないよ」
それまで黙って話を聞いていてた矢口が口を挟む。
「みんな本当に野球を楽しんでるんだよ。確かにうちのチームは弱小かもしんない。試合をやれば負けてばっかりだし。それでも、みんな楽しいから野球をやってるんだ」
ここぞとばかりに矢口がまくしあげる。
そうだ。後藤にどういう言葉をかければいいのかずっと悩んでいたが、結局言いたかったのはこういうことだったのだ。野球がどれだけ楽しいことなのかを後藤に伝えたかっただけなのだ。
後藤に話しかけながら矢口はそう思った。
- 99 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時41分59秒
- ふいに後藤が矢口の方に向き直った。そして、
「あたしも、野球を楽しめるのかな」
「あったりまえじゃん」
矢口は上半身を起こし、後藤の方を見る。
「野球、やろうよ。絶対、楽しいから」
後藤も矢口を見つめる。
この人は本当に心から野球を愛しているように思える。野球部の他の部員達もおそらくそうなのだろう。そんな人達の中で一緒に野球ができたら、ものすごく楽しいかもしれない。つらいことなんて全くないのかもしれない。
「うん」
後藤は力強くうなずいた。
- 100 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時45分40秒
- 今回はここまで。
>>93
レスありがとうございます。
因みに「( `.∀´)ダメよ」は削除された跡です(マジレス
- 101 名前:るみね 投稿日:2002年01月24日(木)22時50分19秒
- それと、ここでひとつお知らせがあります。
実は少しの間家を離れなければならなくなりまして、更新不可能になります。
帰ってくるのは2月末で次回更新はそれからということになりそうです。
読者の皆様には大変申し訳ないのですが、ご了承下さい。
ストーリー的には一応区切りがついたのでそれがせめてもの救いです。
- 102 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)15時52分49秒
- 週明けの月曜日。
授業が終わった放課後、矢口と一緒に野球部の部室に現れた後藤の姿に、誰もが驚きの表情を見せていた。
そんななかでも一番驚いていたのが、なんといっても吉澤である。かつては唯一無二といってもいいぐらいの親友同士だった後藤と吉澤だったが、こうやってまともに顔を合わせるのは実に二年ぶり近くにもなるのだ。
「ご、ごっちん・・・」
戸惑いのあまり、うまく後藤に話しかけられない吉澤。
「ごめんなさい」
対する後藤はいきなり吉澤に深々と頭を下げた。
- 103 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)15時55分30秒
- 後藤自身、吉澤には本当に悪いことをしたと思っていたのだ。野球部入部を決意して、まず最初にしなければならないと後藤が思っていたのが、吉澤への謝罪だった。
「謝ることなんかないよ」
吉澤が言う。そして続ける。
「ごっちんの気持ちは痛いほどわかってたし。なんたってあたしらは『似たものも同士』なんだから」
二人がお互いを親友として意識し出した頃、後藤が使った表現を持ち出して吉澤は言った。
「そっか、ありがとう」
後藤と吉澤は笑顔を見せ合った。
そんな二人を見て矢口は心底嬉しかった。後藤にもう一度野球ができるようになってもらうこと。そして後藤と吉澤の仲が元通りになること。この二つこそ、矢口が抱き続けてきた願いだったのだから。
- 104 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)15時56分39秒
- 部員達がグラウンドに出る。とりあえず全員でのランニングを終えたあと、吉澤が後藤に話しかけた。
「ごっちん、ちょっと投げて欲しいんだけど」
吉澤は後藤と対戦したいというのだ。後藤は躊躇した。なんせ二年近くもまともにボールを投げていない。しかし、ここで矢口が口を開いた。
「い〜じゃんそれ。あたしもごっつぁんがどんな球投げんのか見てみたいし」
「あ、あたしも」
矢口の言葉に他の部員達も追随したため、後藤は承知することにした。
- 105 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)15時58分33秒
- とりあえずキャッチャーをやる保田とキャッチボールをする後藤。こうやって軽くボールを投げるだけでも胸が高鳴ってくる。果たしてうまく投げられるだろうか。しかし、そんな緊張や不安はマウンドに上がった瞬間、無くなってしまった。これも天性の投手の性というやつなのだろうか。保田を座らせて投球練習をする。トレーニングだけは続けてきたので、フィジカル的には何ら問題はない。そして、二球、三球と投げるうちに、忘れていた感覚も徐々に戻ってきたような気がした。
「ごっちん」
バッターボックスから吉澤が後藤に声をかける。
「ん?」
「打たれても気にしないでね。ごっちんずっと投げてなかったんだから」
吉澤の言葉に後藤は少しカチンときた。野球素人の吉澤をあれだけ指導してあげたってのに、一体いつからこんな大口を叩くようになったんだか。それにこれでもあたしはプロから注目されてたピッチャーなんだぞ。
- 106 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)15時59分48秒
- マウンドで後藤が振りかぶる。部員達が固唾をのんで注目するなか、初球から全力のストレートを放り込んだ。速い。低めに決まったボールに、少し油断していた吉澤はバットを出せなかった。
「すげー」
矢口が思わずつぶやく。
「これが二年近く休んでたやつの投げる球? 140ぐらい出てんじゃないの」
矢口達の驚きとは対照的に、バッターボックスの吉澤は妙に納得したような気持ちだった。吉澤は今対戦している相手があの後藤真希だということをすっかり忘れていたのだ。休み明けだろうがなんだろうが、これぐらいの球は余裕で投げてくるようなやつだということを。吉澤は気合いを入れ直した。
- 107 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時00分47秒
- 「いくよ」
後藤が二球目を投げる。またストレート。しかし一球目よりもさらに球威は増した気がする。吉澤はまたも見送り、ツーストライク。追い込まれた状態になった。
後藤の三球目。今までで一番速いストレート。吉澤が初めてバットを振りにいく。真芯でとらえる。
(よし)
これ以上ない手応えを感じる吉澤。事実、ボールは遥か彼方へと飛んでいった。
- 108 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時02分37秒
- 「三球続けて同じボールなんだからそりゃ打てるよ」
マウンドをおりた後藤に吉澤が近づいて言った。
「そうそう、ストレートはよっすぃ〜の大好物だもんねえ」
横から矢口が言う。それを聞いて、後藤は投げる前に言われた吉澤の言葉で自分が少し熱くなっていたことに気がついた。吉澤といえば変化球が駄目だということを完全に忘れていたのだ。
(それでも・・・)
後藤は少し悔しかった。確かに、ブランクの長さが影響したのか球のキレ自体は全盛期のそれとは程遠く感じた。しかし、最後のボールは投げた瞬間自分でも結構手応えがあった。球速もそこそこ出ていたし、コースも良かった。打ち取ったという確信はあったのに、吉澤は完全にとらえてしまったのだ。吉澤の得意なストレートが続いたということを差し引いて考えても、後藤は吉澤の想像以上の成長を感じ、驚いていた。
- 109 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時03分23秒
- しかし、後藤を驚かせたのは吉澤だけではなかった。その日の練習以後、後藤はあまり無理をしたくないとの理由で練習時間を短くして、他の部員達の練習に見入っていた。図書室から見ていたときはその雰囲気を味わったぐらいで、あまり詳しく見ることはできなかったのだ。これから一緒にやっていく以上、それぞれの選手の特徴ぐらいは把握しておきたい、と思ったのである。
- 110 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時04分58秒
- まず後藤は各選手の打撃面に注目した。
やはり長打力でいけば群を抜くのは吉澤だろう。そのことを以前から見抜いていた後藤ではあったが、これほどまでの飛距離が出るようになるとは思いもよらなかった。ただ、変化球への弱さは相変わらず。その意味では吉澤と同じく長打力を武器とする飯田の方が変化球に対応する能力は高い。
パワーで勝負する吉澤や飯田とは逆に、ミートの巧さで勝負するのがピッチャーでもある安倍。アベレージではチームトップクラスだし、ここぞというときの勝負強さも目を引く。朝女野球部の切り込み隊長である一番バッターの矢口もなかなかシュアなバッティングを見せる。
そして残る選手は、というとあまり打撃面では特筆するところがない。辻と加護は守備練習に時間を割くことが多いし、石川はいつもそれにつきあわされている。キャッチャーの保田は端から打撃は捨てているようだ。
- 111 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時06分09秒
- 次は守備面である。
辻と加護で形成される二遊間は鉄壁と言っても過言ではないだろう。グラブさばきひとつを取ってみてもなかなかうまいし、二人でいつもやっているダブルプレーの練習は伊達ではないようだ。チーム一の練習量を誇るサードの矢口も結構うまい。矢口自身がセクシービームと名付けている、ボールを捕ってからの一塁へのスローイングの美しさには不覚にも惚れ惚れしてしまうほどである。
しかし、他の選手達の守備はお世辞にもうまいとは言えない。よって飯田はファーストを、吉澤と石川は外野を主に担当する。飯田にしても吉澤にしても、いつも打撃練習ばかりしているからだ。石川についてはもう言うまい。
- 112 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時07分54秒
- バッテリーの方に目を移してみると、キャッチャーの保田はなかなかの知性派だ。打つのはさっぱり、肩もそんなに強くない代わりに、リード面ではかなりの信頼を置かれている。投手の力をうまく引き出すことのできる選手といえるだろう。
そしてピッチャーの安倍。もしかしたら後藤が一番驚いたのは安倍だったかもしれない。確かに後藤のような威力のある剛速球が投げられるわけでもないし、制球力も普通で、変化球はカーブだけ。しかし、内角にずばずばと投げ込んでくる思い切りの良い投球は相手にとれば結構な脅威となるだろう。しかも、球筋に独特のクセがあって、切れ味も良い。一見平凡な投手に見えるが、後藤とはタイプが大きく異なるとはいえ、どんな強打のチームであっても打ち崩すのは簡単ではない、と後藤は感じた。ただ、聞くところによると安倍にはスタミナ不足という致命的な欠点があるらしい。かといって安倍以外にまともな球を投げられる選手もおらず、試合でも序盤は抑えてもバテた終盤に打ち込まれるというのが敗戦パターンのようだ。
- 113 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時08分38秒
- 弱点を持つ選手は多い。しかし、それ以上にみんな魅力的な長所を持っている。これほどの個性的な選手達がこんな小さな野球部に集まったことに後藤は信じられなかった。奇跡的とさえ思った。そしてここに自分が加われば。後藤の夢は膨らんだ。
- 114 名前:るみね 投稿日:2002年03月02日(土)16時11分24秒
- ようやく復活です。
少し見ていない間に色々なことがあったようですが、
なんにせよ存続という道を選んでくれた顎さん、もとい(w、サザエさんに感謝します。
というわけでこれからもよろしくお願いします。
- 115 名前:ZIG 投稿日:2002年03月03日(日)00時31分53秒
- 初めて読ませていただきました。
面白いっすね。私が野球マニアという事もありますが(w
改行とかのスペース作りは、私も悩んでますねー。
掲示板は行毎のスペースが狭いから難しいんすよね。
私の場合は、(今のところ)ネット小説と実際の小説は全くの別物として考えて
出来るだけスペースを空けるように改行や段落空けを多めに使うようにしてます。
そうすると、文字が詰まっている印象を受けづらいですからね。
参考になれば…。
- 116 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時36分06秒
- 五月。
朝日女子学院高校の周りにも緑が目立ちはじめ、汗ばむほどの陽気の日も多くなってくる。
月日の流れというものは本当に速いもので、あっという間に新学期が始まって一月が過ぎてしまった。その一月を後藤の問題で費やした矢口は、とりわけそのように感じていた。
- 117 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時37分56秒
- 放課後、いつものように部員達が練習に汗を流すなか、その矢口は野球部の部室にいた。他にいるのが後藤。壁には誰が書いたのか知らないが仰々しい文字で「第一回朝女野球部作戦会議」と書かれた紙が貼り付けられている。何をするのかというと、その文字通り朝女野球部の今後について話し合うのだ。キャプテンの飯田はこういう場には当然出席してしかるべき存在なのだが、他の部員達との練習の方が大切でしょと矢口が言いくるめたので今ここにはいない。実際は飯田がいると余計に話がややこしくなるからというのが本音なのだが。ただこういうことを飯田が矢口に任せられるということは二人の信頼関係の証とも言える。
- 118 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時38分59秒
- 因みにこのいわゆる作戦会議の発案者は後藤である。他の部員達の想像以上の能力の高さを目の当たりにした後藤は、これからの練習次第で相当なチーム力アップが見込めるのではと考えていたのだ。
このことを後藤から聞かされた矢口は最初は半信半疑だった。なにしろ今まで試合をやれば負けてばっかりの弱小野球部なのだ。しかし、かつての天才ピッチャーの説得力のある言葉に矢口は少しずつ引き込まれていく。
- 119 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時41分29秒
- 「とりあえず、守備面はほとんど問題ないと思う。やぐっつぁんはうまいし、他の内野陣もなかなかだし」
「それはそうかも。辻と加護もいつも守備の練習ばっかやってるだけあってうまいもんなあ」
矢口が後藤の言葉に同意する。
「外野は少し不安だけど内野がこれだけしっかりしてたら十分だよ。あたしも外野まで運ばせない自信はあるし」
「頼もしいお言葉」
実際、矢口は後藤の加入は本当に大きいと感じていた。相当なブランクがあるとはいえ、後藤は休み明けでもうすでに140ぐらいの速さを出せるほどのピッチャーなのである。これから投げ込んで勘を取り戻していけば、後藤の外野まで運ばせないという言葉もあながち大袈裟なものとも思えない。相手からなんとか点をもぎ取ることができれば、勝利もそう難しいことではないのではないか。
- 120 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時43分07秒
- 「となると、問題は攻撃面か」
矢口は今の朝女の打撃陣を頭に描いてみた。
とりあえずある程度計算できるのは、飯田、吉澤、安倍、そして矢口の4人。ただ、飯田は好不調の波が大きすぎるし、吉澤は変化球がからきし駄目。安倍と矢口は比較的コンスタントに打てるがパワーがない。他の部員達の打撃が目も当てられないほどであることを考えると、得点をあげるには相当貧弱な打線と言えるだろう。
「でもごっつぁんが入るから少しはましになるかも」
天才的なピッチングセンスを持つ後藤ではあるが、なかなかどうしてバッティングも悪くない。吉澤ほどではないがパワーもあるし、当てる技術もしっかりしたものを持っている。朝女野球部のなかでは十分中心的な存在となれるだろう。
- 121 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時45分00秒
- 「でもあたしはね、辻と加護に注目してるんだ」
「はあ?」
後藤の発言に矢口は思わず聞き返した。しかし構わず後藤は続ける。
「特に加護なんかはね、打つ方も結構才能があると思う。ちょっと時期的に遅いかもしれないけど、今から練習すれば面白いと思うよ」
一笑に付そうとした矢口だったが、野球素人だった吉澤が後藤に見出されたことを思い出し、少し真剣にその言葉を受け止めてみた。
「ま、まあ・・・仮に二人に才能があったとしてもね、あいつらは打撃練習なんかやんないよ。あたしがいくら言っても全然聞く耳持たないんだから。ホント、あの二人はいつまで馬鹿やってんだか」
「あたしが言ってみるよ」
そう言って部室を出てグラウンドに向かう後藤。その後をどうせムダムダとぼやきながら矢口はついていった。
- 122 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時46分49秒
- 「ばってぃんぐぅ?」
後藤から打撃練習をやってみないかと言われた辻と加護はお互いの顔を見合わせた。
「でもなあ、のの」
「うん、守備やってる方が面白いしねえ、あいぼん」
明らかに乗り気ではない二人。それを見た矢口はやっぱりなという表情を見せる。それでも後藤はあきらめずに食い下がった。
「・・・じゃあさ、あたしが投げるからそれを打ってみてよ。もし打てたらもう何も言わないから」
「え?」
辻と加護の表情が少し変わった。
「どうしよっか、のの。あの凄い球打てんねんて」
「そうだね、なんか面白そうだからやってみよっか」
後藤自身の球が打てるということに二人は興味を示し始めたのだ。その様子を後藤は満足げな表情で見つめていた。
- 123 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時47分48秒
- 後藤対辻と加護の対決。気合い入りまくりの辻と加護だったが、結果は当然のごとく二人とも三振に終わり、惨敗だった。
「くっそ〜、なんで打てへんねん」
「ののなんてかすりもしなかったよ」
悔しさを露わにする二人。そりゃそうだろと思った矢口だったが、この後の二人の意外な言葉に耳を疑った。
「・・・今日からバッティング練習して絶対あの球打ったんねん」
「ののも練習してバットに当ててやる」
「よっしゃ、早速今からマシンで練習や。いくで、のの!」
「あい!」
- 124 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時48分40秒
- 大張り切りでバッティングマシンにダッシュで向かっていく辻と加護。それを矢口は呆然と見送っていた。
「まさかあいつらが自分から打撃練習するって言い出すなんて・・・」
驚きを隠せないまま呟いた矢口だったが、同時に二人の気持ちも少し分かる気がした。後藤という名のある存在が現れたことによって、二人なりに刺激を受けていたのだろう。後藤の加入が着実にチームを変えていることを実感する矢口だった。
- 125 名前:るみね 投稿日:2002年03月16日(土)23時55分49秒
- 間隔あきましたが更新です。
>>115
レス感謝します。
野球マニアっすか。作者の野球に対する知識不足がばれそうで怖い(w
というのも当方サッカーの方が好きだったりするので。
だったらなぜサッカー小説を書かなかったのかと言われそうですがそれは推して知るべし。
- 126 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時07分25秒
- 翌日の放課後。
昨日と同じように野球部の部室に矢口と後藤がいた。
壁には「第二回朝女野球部作戦会議」の文字。朝女野球部の今後を考えるという目的は昨日と一緒なのだが、空気は若干重たい。その原因は今議論している内容のせいだ。矢口と後藤は安倍の処遇について話し合っているのである。
- 127 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時11分07秒
- 安倍なつみ。
彼女は1年の時から朝女のエースだった。それは他にたいした投手がいなかったこともあったし、安倍自身の素質を考えても当然のことだ。確かに球速も普通で、これといった決め球もない。しかし安倍には思い切りの良さと独特のクセのある球筋という大きな武器がある。もし野球の強豪校に進学して徹底的に鍛え上げられれば、相当な投手になっていたかもしれない。しかし、朝女という自由な、悪く言えばいい加減な環境では、その芽が順調に育たなかったのも無理はない。結果、苦手な走り込みをあまりしなかったために、安倍は持久力不足という大きな欠点を抱えることになってしまったのだ。
- 128 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時12分50秒
- 安倍の実力は後藤も認めていた。しかし、今の朝女に安倍と後藤という二人の投手を競わせているほどの余裕はない。なんせ後藤を入れて朝女野球部員の数はようやく9人ちょうど。たとえこれから部員が増えたとしても、二人ともスタメンからは外せない程の打撃力を持っているということを考えると、どちらかを投手以外のポジションに固定することが必要になってくる。
「やっぱ、なっちに外野やってもらうしかないかなあ」
矢口の言葉に後藤は黙ったまま。自分が関係していることなので、後藤も口を挟みにくいのだろう。
- 129 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時14分54秒
- ただ、矢口の言うとおり、投手としての安倍と後藤を比べた場合、どうしても後藤の方に軍配は上がってしまう。後藤の実力の高さは疑いようもないし、なんといっても安倍の持久力不足は大きなハンディとなるからだ。しかし安倍を他のポジションに移す場合、空いているのは外野しかない。今まで投手一本でやってきた安倍が外野というポジションを甘んじて受け入れられるだろうか。
「なっちああ見えて結構プライド高いからなあ」
そう言って矢口は後藤の方を見やる。後藤は相変わらず何も喋らない。
「・・・しょうがない、あたしが話つけてくるよ」
「待って」
重い腰を上げ、グラウンドに向かおうとする矢口を後藤が不意に呼び止めた。
「あたしも行く」
後藤の意外な言葉に矢口は驚いた。後藤の意図がつかめないまま、矢口は後藤と共に安倍の元へと向かった。
- 130 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時16分30秒
- 「外野、か」
矢口から事の次第を告げられて、安倍はぽつりと呟いた。ふと、後藤と目があう。しかしお互い視線は逸らさない。火花でも飛んでいるように矢口は感じた。
「あの」
口を開いたのは後藤だった。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
後藤は安倍と二人きりで話がしたいというのだ。それを聞いて心配そうな視線を送る矢口に後藤が気付く。
「大丈夫、心配しないで」
そう言い残すと、矢口を置いて後藤と安倍は部室へと消えていった。
- 131 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時18分15秒
- そうはいっても残された矢口は心配しないわけにはいかなかった。時間が経ってもなかなか帰ってこない二人に、矢口の不安はさらに増していく。
(まさか中で殴り合ってたりしないよね)
矢口が少々過激な想像を頭に描いていたとき、ようやく部室のドアが開いて後藤と安倍が出てきた。二人はなにやら言葉を交わしながら矢口の元へと戻ってくる。
「矢口、あたし外野やるよ」
安倍が開口一番そう言った。
「え、いいの? ホントに」
矢口は安倍があっさりと態度を軟化させたことが意外だった。一体あの部室の中で何があったのだろう。
- 132 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時19分04秒
- 「あのさ、二人で一体何話してたの?」
矢口は当然の疑問を二人にぶつける。
「内緒だよ、ねえ」
安倍は後藤と顔を合わせ、笑いながら答えた。その笑顔で矢口はますます混乱した。
(まあ・・・円満解決ってことなのかな)
矢口は自分を無理矢理納得させるしかなかった。
- 133 名前:るみね 投稿日:2002年03月22日(金)21時20分09秒
- 今回の更新はここまで。まあ気長にお付き合い下さい。
- 134 名前:野球娘。 投稿日:2002年03月28日(木)13時42分13秒
- センバツも始まり、今週末にはプロ野球も開幕、一気に球春到来という感じになってきました。
いつも楽しく読ませて戴いています。野球モノは大好きなので、こまめにチェックしているのですが、
個性派が集まってのチーム作りから、というアマ野球モノの王道?のお話に、心ときめくものがあったりして(W。
自分も短編(板小説ではないです)で娘。の野球モノを書いたことがありますが、ひとりひとりの持つ個性を
各ポジションや打順に当てはめて行くのはとても楽しいですね。
これからも楽しみに読ませていただきますので、どうか、マイペースでがんばって下さい。
- 135 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年03月28日(木)19時19分09秒
- 作中の情報を元に、守備位置と打順を予想してみました。
作者さんのお考えと違う部分もあると思いますので、あくまでもいち読者が勝手に描いたものとしてお見逃し下さい。
6 加 護(打撃開眼してトップ打者に。攻撃でも辻−加護のコンビネーションを)
5 矢 口(切り込み隊長からチャンスを広げる攻撃的二番に転身)
8 安 倍(高打率を生かして三番/投手兼任)
3 飯 田(長打力、変化球への適応力で四番。前後の二人の調子がカギ)
1 後 藤(安定した打力。力任せの飯田と吉澤の脆さをカバーするための五番)
9 吉 澤(直球ならチーム随一の長打力。相手投手に脅威を与える最強の六番)
7 石 川(今のところ特徴不明。粘り強さで繋ぎ役?)
2 保 田(打力が弱く守備を主体にしているため)
4 辻 (意外性ある打撃と足で加護−矢口の上位打線に繋げる)
明訓のように六番以降が全く打てない「竜頭蛇尾」打線にならないために、一〜三番がチャンスを作り、四〜六番で返すオーダーになりました。
でも、石川って結構キー・パーソンですね。守備もダメ、打力も特筆すべき点なし…今後、彼女の成長・活躍の場はあるのでしょうか(苦笑)?
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月29日(金)20時21分31秒
- いよいよ明日から春コンか・・・
更新楽しみにしています。あと上げ足を取るようで申し訳ないんですが
後藤が入って9人じゃあいままでは試合できなかったのでは・・・(汗
- 137 名前:野球娘。 投稿日:2002年03月29日(金)22時49分13秒
- >>136
いや。>>52を見てみ。
「前の3年がいなくなり、新入生の勧誘もまだこれからとはいえ、一チーム作ることさえできないのだ」
ってあるから、前年の夏までは試合が出来たんでしょう。
- 138 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月04日(木)11時29分58秒
- 自分はこういう「カップリング」なしの純粋なスポーツ物だからこそ
面白い!という側の人間なので、毎回楽しみに読んでいます。
それにしても、後藤は起爆剤役がはまるなあ〜。
- 139 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時32分12秒
- 「あ〜、緊張する」
「ホント、どこと当たるんだろ」
部室に集まった野球部の部員達が口をそろえる。
(緊張、か)
今までのことから考えると信じられないや、と矢口は思った。地区予選の組み合わせ抽選会に部員達がこれほど興味を示したことなど今まで無かったからだ。
後藤が加わってからの二ヶ月あまりで、朝女野球部は本当に大きく変わった。
- 140 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時36分34秒
- とりあえずの具体的な変化としてあげられるのは部員の増加である。
後藤の問題もあり、なおざりになっていた新入生の勧誘を5月に入ってからようやく行い、何とか4人捕まえることに成功した。名前をあげると、高橋愛、小川麻琴、新垣里沙、そして紺野あさ美。しかし、悪く言えば残り物である4人だけに、戦力としては到底期待できるものではない。後藤曰く、将来性の感じられる人物もいるとのことだが、まだレギュラーを狙えるような域には達していない。ただ、これまでの朝女野球部員が9人しかいなかったことを考えると、控え要員としてはいずれも貴重な存在だといえるだろう。
- 141 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時38分14秒
- 部員の増加は確かに喜ばしいことではあるのだが、朝女野球部にとって何よりも大きな変化というのがレギュラーメンバー達の変わりようである。
まず最初に触れておかなければならないのが辻と加護の打撃面での成長ぶりだ。それまで守備練習しかやってこなかった二人だったが、後藤の球を打つという目標ができてからというものの、まるで別人のように打撃練習に取り組んできた。興味のないものにはとことん無関心を決め込むくせに、いったん熱中し始めるとどこまでも没頭していくのがこの二人である。それでも、朝練の場に二人が姿を現したときは矢口も唖然としたものだった。
- 142 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時39分42秒
- ただ、さらに矢口にとって驚きだったのは二人の成長するスピードである。矢口や後藤のアドバイスをどんどん吸収し、みるみるうちに二人の打撃力は向上していった。特に後藤がセンスがあると言っていた加護に至っては、打撃練習を始めてからわずか一週間で後藤の球を打ち返してしまった。その頻度も時が経つにつれどんどん増えている。辻も加護ほどではないにしろなかなかの上達ぶりだ。それに辻にはかなりの長打力があることも判明した。実際、後藤の球にバットを当てる回数は加護よりも少ないものの、当たったときは確実に加護よりも遠くに飛ばすのだ。これには後藤も意外な発見だったと唸った。
- 143 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時42分23秒
- さらに、辻と加護が打撃練習に夢中になったことで、ある一人の人物が救われることになる。朝練では毎日矢口のトスバッティングに付き合わされ、放課後の練習では辻と加護にひたすらノックを打つことを強要されていた同情されるべき人、石川梨華である。
連日のノック打ちからついに解放された石川は嬉々として自らの練習に取り組むようになった。しかも、辻と加護に負けないぐらいの勢いで上達していく。毎日矢口のトスバッティングを間近で見ていたせいなのか、はたまた毎日ノックをうち続けていたせいなのか、当てる技術、そしてバットコントロールの巧さは矢口も舌を巻くほどになった。今まで地味な役回りを散々こなしてきた石川の性格的な面も考慮すると、繋ぎ役である二番バッターとしてこれ以上ない適役が現れたといえるだろう。朝女には我の強い部員が多いので、これは結構重要なことである。
- 144 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時44分39秒
- 辻、加護、石川の飛躍的な成長ぶりに驚かされっぱなしだった矢口だったが、それ以外に驚きだったことがある。いや、驚きというよりも不思議、あるいは理解不能と言った方が正確かもしれない。そしてそのように感じていたのは矢口だけではない。他の部員達にとってもそれは奇異な光景だったに違いない、ひたすらに外野の守備練習に取り組む安倍の姿は。
- 145 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時45分51秒
- それでも皆の思惑はよそに、安倍の外野における守備力はどんどんと向上していった。
守備の苦手な石川はレフト、鉄砲肩を持つ吉澤はライトを担当しているため、安倍のポジションはセンターに落ち着きそうである。安倍にとってはもちろん生まれて初めて経験するポジションではあるが、天性の野球センスのなせるわざなのだろうか、今現在となっては、石川はもとより吉澤よりも外野らしい守備を披露するようになった。投手経験を生かした肩の強さももちろん大きな武器である。
- 146 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時46分53秒
- そうは言っても矢口は安倍の気持ちが理解できなかった。
安倍は練習のほとんどを外野の守備練習に費やし、残った時間はバッティング練習をするだけ。矢口は安倍がピッチング練習をする姿を一切見なくなったのだ。矢口が安倍と初めて出会って、お互いの趣味を聞き合ったとき、矢口が「野球」と言った一方で、「投げること!」と満面の笑みで答えた安倍の姿からは、どうしても想像できないことなのである。
- 147 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時48分44秒
- (まあ・・・横であんな剛速球投げられちゃ、しょうがないかもしれないけど)
その剛速球の持ち主はもちろん後藤である。
安倍とは正反対に、後藤はこの二ヶ月間ピッチング練習だけしかしなかったと言っても過言ではない。その投げ込む球の数は半端ではなく、他の部員達が思わず心配になってしまうほど。しかし、後藤は有無を言わさず延々と球を投げ続けた。もちろんオーバーペースなのは後藤自身も重々承知している。それでも、長いブランクによって失われた勘を取り戻すために投げることをやめるわけにはいかなかった。それに何よりも、再び野球のできる二、三ヶ月というこの短い期間を完全燃焼したかったのである。たとえ、体が壊れてしまったとしても。
- 148 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時50分01秒
- 後藤という大きな柱が加わったこと、そして打撃面で計算できる選手が増えてきたこと。
こういった変化は、部員達にある種の期待感を抱かせる結果となる。つまり、もしかしたら夏の地区予選で勝利を挙げることができるかもしれない、という期待である。
今まではどのチームと当たったところで勝てる見込みが薄いことに変わりはないという思いがあったために、対戦相手を決める抽選会などに興味を持つ者などいなかった。しかし今回は違う。組み合わせ抽選会の当日、部員達は部室に集合し、抽選会に出席したキャプテンの飯田からの連絡を固唾をのんで待っていたのだ。
- 149 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)16時53分03秒
- 作者です。今回の更新は以上までです。
多忙のためなかなか筆が・・・って、前も同じこと言ってましたが。
絶対に完結させるつもりなので最後までよろしくお願いします。
- 150 名前:るみね 投稿日:2002年04月04日(木)17時06分26秒
- それと気付いたら沢山のレスが。大感謝です。
>>134
野球好きの方に読んでもらえて何よりです。当方野球素人なんでお手柔らかに。
>>135
詳しい予想で、プレッシャー感じそうです。細かく読んで下さっているようで嬉しいんですが。
石川は一応成長させてみました。活躍の場があるかどうかは分かりませんが(w
>>136
>>137の通りです。去年の夏以降の試合は助っ人よんでやってたことにしといて下さい。
>>138
自分もどっちかというとそういう側の人間っす。
- 151 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年04月04日(木)17時54分13秒
- >>150
久々の更新で嬉しいです^^。
>>135の私の勝手な予想など気にせず、気楽にガンガン進めちゃってください(笑)。
石川のこの段階での成長はちょっと考えていませんでした(最初の雰囲気が、先輩の飯田・矢口あたりに勧誘されて、
人数合せでなし崩しに入部しちゃった?みたいな雰囲気でしたので(笑))が、彼女が2番を打てるようになるとかなり厚みの増した打線になりそうですね。
- 152 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月05日(金)02時26分37秒
- なっちは投手をあきらめたわけじゃなさそう?
後藤と話したことが関係してるのかな???
- 153 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月05日(金)11時13分34秒
- 新チームになり、他校との練習試合もせずに、もしかして、いきなり地区予選!?
少し無謀のような・・・。
それから顧問(監督?)である中澤は登場しないんでしょうか・・・
- 154 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年04月06日(土)16時15分43秒
- 中澤監督(部長?)は完全な放任主義のようですね(W。というか、そもそも名前だけの顧問かも・・・野球をちゃんと知ってるのかすら不明だったりして。
- 155 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時32分31秒
- チャ〜〜ラ〜ラ〜ラ〜ララ〜、チャ〜ラ〜ラ〜ラ〜ララ〜
部屋に六甲おろしの着メロが鳴り響いた。矢口の携帯だ。
「かおりだ」
皆の視線が一斉に矢口に集中する。矢口が電話に出る。
「あ、かおり、どうだった? ・・・え? もう、もったいぶらないでよ」
矢口の一言一言に耳を集中させる部員達。
「うん、うん・・・そっか、わかった。みんなに伝えとく。じゃね」
- 156 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時33分31秒
- 矢口が電話を切ると、間髪おかず他の部員達が口を開く。
「ね、ねえ、相手どこだって?」
「いやあ、さすがかおりだよ。こんな運のいいやつ見たことないね」
「で、どこなの?」
皆は唾を飲み込み、矢口の言葉を待つ。
「・・・十文字」
矢口が答えた瞬間、部屋は一瞬沈黙に包まれた。
- 157 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時34分59秒
- 「や、矢口、今なんて言ったの? なんかちょっと聞き間違えた気がするんだけど」
「あ、あたしも、なんかジュウモンジって聞こえた気がするんだけど、そんなわけないよね」
保田や安倍が動揺を隠せないようにしながら矢口に聞き返す。しかし矢口はあっさりと切り返した。
「聞き間違えじゃないよ。あたしは今確かに十文字って言った。ジュ・ウ・モ・ン・ジ」
とたんに部室は大騒ぎとなった。無理もない。十文字高校とは、東東京地区予選における甲子園出場権獲得の最右翼といわれているチームなのだ。それどころか、甲子園でさえも優勝をねらえると言われている前評判の非常に高いチームである。プロに目を付けられている選手も何人かいるとの話だ。
- 158 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時35分57秒
- 「うわ〜どうしよ、十文字だって」
「よりによってこんなチームと当たるなんてね〜」
しかし、不安の声とは裏腹に部員達の表情は明るいようだった。公式戦での一勝という目標が現実味を帯びてきたとはいえ、元々朝女野球部は勝利に対するプレッシャーなどないチームである。だから十文字という強豪チームと試合ができるという事実が何よりもまず部員達を興奮させていたのだ。
- 159 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時37分55秒
- 部員達がはしゃぐ中、浮かない顔をしている人物がいた。後藤と、それを心配そうに見つめる吉澤だった。矢口がそれに気づき、後藤に声をかける。
「どしたの、ごっつぁん。そんな顔しちゃってさ」
さらに矢口の横から安倍も顔を出す。
「そうだよ〜、確かに相手は強いけどまだ負けるって決まったわけじゃないんだから」
- 160 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時39分07秒
- 「そうそう」
矢口が安倍の言葉に相づちを打つ。そしてさらに矢口は続ける。
「ごっつぁんならさ、十文字相手でも抑えられるでしょ。投手戦に持ち込めるんじゃないかな、確か十文字にも凄いピッチャーいるって話だし。名前なんつったっけな〜」
「あ〜、あのプロも注目してるってやつでしょ。確か市井とかいう・・・」
安倍が言い終わらないうちに後藤は急に立ち上がった。驚いた他の部員達が一斉に後藤の方を見る。その視線から逃げるかのように後藤は部室から出ていった。
- 161 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時40分33秒
- 「どうしたんだろ、ごっつぁん」
残された部員達は一様に首を傾げていた。
「・・・あの」
そんな中、口を開いたのは吉澤だった。
「十文字高校って、実はごっちんが前に通ってた高校なんです」
「ええ!?」
矢口をはじめ、部員達は全員吉澤の言葉に驚きを隠せなかった。
- 162 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時41分14秒
- 「ほ、ホントに?」
「はい」
そう言えば矢口は後藤が前に通っていた高校の名前を聞いていなかった。野球の強豪校だとは聞いていたが、まさかそれが十文字だったなんて。
「あたし、ちょっとごっつぁんとこ行ってくる」
矢口はそう言い残して部室を出た。
- 163 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時42分53秒
- 後藤はすぐに見つかった。部室の裏の壁にもたれかかりながら、吸い込まれそうなぐらいに青い空を見つめていた。
「ごっつぁん」
矢口が声をかける。
「うん?」
後藤は目線はそのままで返事をした。
「十文字ってさ、ごっつぁんの行ってたとこだったんだね。あたし知らなかった」
「まあ、言ってなかったからね」
後藤は口元に少し笑みを浮かべながら答えた。それを見て少し安心した矢口は後藤の横に並んだ。同じように壁にもたれかかり、口を開く。
- 164 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時44分19秒
- 「やっぱ、嫌なもん?」
「・・・まあね。特にピッチャーが」
「ピッチャー? あの噂のなんとかっていう・・・」
「市井だよ。市井紗耶香。あたしの十文字時代の数少ない友達」
「そうなんだ。やっぱり友達が相手だとやりにくいよね」
「それもあるけど、市井とは・・・あたしはいちーちゃんって呼んでたんだけど、いろいろあったし」
- 165 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時45分30秒
- 後藤の表情が少しずつ暗くなっていくのを矢口は感じた。矢口はこれ以上突っ込むのを少し躊躇う。しかし、切り出したのは後藤の方だった。
「二年前の地区予選決勝の話、覚えてるよね」
「ああ、ごっつぁんの頭にボールがぶつかって、病院に運ばれたってやつでしょ」
「そう。その後試合どうなったか知ってるでしょ」
「確か・・・ごっつぁんの後に緊急で登板したピッチャーが打ち込まれて、逆転負けしたって」
「実はそのピッチャーってのがいちーちゃんなんだ」
- 166 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時47分17秒
- 「そう・・・なんだ」
矢口は軽く驚いた。何か因縁めいたものを感じる。
「あの試合の後さ、いちーちゃんは落ち込んでるあたしを必死に励まそうとしてくれた。本当はいちーちゃん自身が一番つらかったはずなのに」
さらに後藤は続ける。
「あたしが野球やめるって言ったときも、他の人たちは反対してたのに、いちーちゃんだけは好きなようにしたらいいって言ってくれた。後藤の分まであたしが野球で頑張るから、後藤は別の道で頑張ればいいって」
「強い人なんだね、その市井ってのは」
「うん、本当に強いよ。あたしはあの出来事以来野球から離れていったってのに、いちーちゃんは逆にどんどん野球にのめりこんでったんだもん。今じゃあたしの控えピッチャーだったのが嘘みたいに凄い選手になったし」
- 167 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時49分42秒
- 一呼吸おいて、後藤は空を眺めた。はあ、とため息をつく。
「実は、いちーちゃんにはあたしがまた野球始めたってことは言ってないんだ。できることならずっと黙っておくつもりだった。そうじゃないと、あたしが野球をやめることを許してくれたいちーちゃんを裏切るみたいだから」
物事をいつも深く考え込んでしまうのは後藤の悪い癖である。しかし、そんな後藤に対して、矢口は的確なアドバイスを思いつくことができなかった。結果、矢口が口にできたのは月並みな慰めの言葉だけ。なんとか部室へ連れ戻すことはできたものの、後藤の表情は憂鬱なままだった。
- 168 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)22時52分13秒
- というわけで今回の更新は終了です。
マターリお付き合いお願いします。
- 169 名前:るみね 投稿日:2002年04月10日(水)23時01分44秒
- あと、皆さんレスありがとうございます。
>>151
対戦相手も決まりもうすぐ試合なんですがいまだにオーダーには頭を悩ましております。
>>152
さあどうでしょうか。実は作者もまだ考えてなかったりして(w
>>153
やはり普通は練習試合とかするもんなんでしょうねえ。色々と諸事情もあるのですが。
中澤(一応監督です)については>>31を参照のこと。矢口あたりが主人公格ということもあり、
どうしても脇役になってしまうのです(にしても出番少なすぎっすねw)。
>>154
というわけでご勘弁を。
- 170 名前:野球娘。 投稿日:2002年04月10日(水)23時41分29秒
- 更新お疲れ様です。いつも楽しく読ませて戴いています。
朝女って、「東東京地区」の学校だったんですね。私の高校があった地区だわ・・・(苦笑)。
こりゃまた学校の多い激戦区を・・・1回戦からだと、昨年夏の大会をノーシードで
勝ち進んで甲子園に出場した城東高校を例に取ると、甲子園に出るためには8勝が必要ですね。
でも、ピッチャーは2人・・・^^;ま、まあ、きっとなんとかなるさ(笑)。
あと、細かい話で恐縮なんですが、いつも初戦負けという朝女のようなチームでは
1回戦から優勝最右翼のチームと当たることは普通はまずありえません(強いチームは
シード校にされて大抵2ないし3回戦からの出場になる)。1回戦にこういう強いチームが
残っていたとしたら、何かしらシードを外れた(意外に春の公式試合で他のチームにころっと
負けていたり、そこでエース市井がなぜか一度も登板していないとか)理由があるはずです。
それが朝女にとっての十文字攻略に繋がる・・・みたいな感じになるとよいかなと・・・。
生意気いってすみません。
- 171 名前:ヤグヤグ 投稿日:2002年04月11日(木)18時20分41秒
- 初めてカキコします。
スポーツものが好きなので楽しませていただいてます。
ここでちゃむが登場ですか。
期待してます。
最後に質問させてください。
他のハロプロメンバーは登場しますか?(例えば十文字の部員などで)
- 172 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時40分20秒
- (いよいよ、か)
試合開始直前のベンチ裏で矢口はスパイクのひもを結び直し、頬を軽く叩いて気合いを入れた。周りを見渡すと、どの部員達の表情も少し硬いようだった。無理もない、いよいよ目標としてきた地区予選大会が始まるのである。さすがに緊張しているのだろう。
「みんな、落ち着いていこう。きっと勝てるよ」
ムードメーカーを自負する矢口は皆に声をかける。しかし、部員達は曖昧な笑顔を見せたあと、すぐに元の緊張した表情に戻ってしまった。
(あちゃ〜、逆効果だったかな)
矢口は自分の言葉を少し後悔した。
- 173 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時41分50秒
- 「何言うてんねん」
その時、声を出したのは中澤だった。
「普通に考えたら勝てへんやろ。あんたらが十文字に勝つ姿なんて想像もできへんわ」
中澤の言葉に矢口は失笑する。そりゃそうだ。地区予選でろくに一勝も挙げられないようなチームが優勝候補のチームに勝てると考える方がおかしい。ただ、こういう毒のある言葉を嫌味に聞こえないように言えるのは中澤だけである。実際、他の部員達も一様に頬を緩めていた。どうやら緊張もほぐれてきたようである。
(やっぱこういう時には頼りになるんだよな)
中澤を頼もしげに見つめながら矢口はそう思った。野球のことは全然知らないけど、と心の中で付け足すのも忘れはしなかったが。
- 174 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時43分18秒
- 「あれ?」
皆かベンチへと向かう一方で、一人ぐずぐずしている後藤に気づいたのは安倍だった。
「どうしたの、ごっつぁん。もう行くよ」
「なっち・・・」
後藤が悲痛な顔をして安倍の方に顔を向ける。それを見て安倍が少し心配する。
「もしかしてさ、まだ相手のことが気になってる?」
とたんに後藤の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「ちょっ・・・ごっつぁん!?」
突然のことに安倍は驚く。後藤は大丈夫、と言うと涙を拭い、口を開いた。
「ごめん、やっぱりあたし、投げられない」
どうして、と聞き返そうとした安倍だったが、涙をこらえ、嗚咽する後藤の姿を見ると何も言えなかった。それに、どうせ聞かなくても理由はだいたい想像できる。
- 175 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時44分14秒
- 「・・・わかったよ。あたしが投げる」
まるで赤ん坊をあやすかのように優しく安倍が後藤に言った。
「いい・・・の?」
「こういうときのためにあたしがいるんだから。部室で話したこと、もう忘れた?」
後藤は安倍を見つめる。いつも絶やさない笑顔が今日は一段と眩しく見えた。
「・・・ありがとう」
「よしっ、行こう」
後藤は安倍に手を引かれ、ベンチへと向かった。
- 176 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時46分13秒
- 試合直前に至急変更された朝日女子学院高校のスターティングメンバーは以下の通りである。
1(三)矢口
2(左)石川
3(投)安倍
4(中)飯田
5(二)加護
6(右)吉澤
7(一)後藤
8(捕)保田
9(遊)辻
- 177 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時49分34秒
- 投げることこそやめたものの、安倍の説得もあって試合には出場することになった後藤は、ピッチャー以外のポジションの守備経験が全くないためにファーストに入ることになった。その代わりに飯田がセンターへと移動し、それ以外は予定通りのオーダーである。
打順に関して言及すると、こういったオーダーが組めるようになったことは朝女にとって本当に大きいと言えるだろう。二番バッターとして名乗りを上げた石川の存在は貴重だし、クリーンアップに組み込まれるまでに成長した加護の存在も大きい。当初は後藤がつとめるはずだった五番の位置だが、投手に専念したいという後藤の意向と加護の想像以上の打撃力の向上が相まって、加護が抜擢されたのである。さらに、上位打線への繋ぎ役として、九番に入った辻がある程度計算できるようになってきたのも一つのポイントである。
多少の不安を抱えてはいるものの、これまでとは明らかに違う、朝女野球部の挑戦が今始まる。
- 178 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時51分15秒
- ホームベースを境にして、両チームの選手達が一列に並ぶ。矢口は一通り相手の顔を見渡した。どれも精悍な顔つきである。厳しい練習をこなしてきたということが見て取れた。
(こいつが市井か)
矢口は一番端に立つ市井のところで視線を止めた。大物高校生という噂の割にはそれほどの迫力は感じられないが、さすがに余裕の表情である。市井も矢口と同様、こちらの選手達の顔に目をやっていた。
- 179 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時52分10秒
- その時、市井の視線があるところで止まった。そしてその表情が驚きに満ちたものへと変わっていく。それに気付いた矢口は市井の視線の先を見る。
(やっぱり)
市井の目を釘付けにしていたのは矢口の予想通り、後藤であった。やはり、後藤は市井には何も伝えてなかったのだろう。二年も前に野球をやめたはずの友人がこんな形で自分の目の前に姿を現すなんて、さすがの市井も想像できるはずがない。
- 180 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時53分42秒
- (大丈夫かな、ごっつぁん)
市井のことはともかく、矢口はとりあえず後藤のことを心配した。とはいっても、後藤が大丈夫ではないということは矢口もとっくに察している。なんせ、この直前にまできて安倍との投手交代をせざるを得ないほどの精神状態なのである。
(うちらが頑張るしかないか)
誰とも視線を合わさないように下を向いたままの後藤を見ながら、矢口は自らの志気を奮い立たせた。そして、もう一度市井の方へと視線を戻す。市井はまだ後藤の方へと視線を向けている。そのとき、市井の口元が微妙に動いた。
- 181 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時54分40秒
- (え?)
矢口がそれを察すると同時に、審判からの合図がかかり、両チームの挨拶が行われた。あわてて、矢口も帽子を取って一礼する。各々が散らばっていく中、矢口は先ほどの市井の表情が気になっていた。気のせいの様な気もする。しかし、後藤を見ていた市井が確かに笑ったように矢口には見えたのである。
- 182 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)21時56分57秒
- ようやくの更新です。
多忙のためなかな(以下略
これからもごゆるりとお付き合い下さい。
- 183 名前:るみね 投稿日:2002年04月26日(金)22時06分50秒
- そして、レス感謝です。
>>170
確かに激戦区ですよね。とはいえ、まだ勝ち上がるかどうかさえも未定なんですが。
シードの件に関しては見逃して下さい(w
是非とも>>125のメール欄に目を通していただけると幸いです。
>>171
他のハロプロメンバーの登場に関しては、こちらも未定と言っておきましょう。
ただ、この作品における必要性、そして作者の知識量を考えると可能性は低いと思われます。
- 184 名前:野球娘。 投稿日:2002年04月27日(土)01時34分15秒
- わ〜、更新されてますね(嬉)。お疲れ様です。
>>183
はいはい、いくらでも見逃しましょう(w。< >>125
加護の5番はちょっと考えなかったです。安倍同様、確実な打撃を取った感じですね。
ある意味、6番吉澤と9番辻にも一発があって怖い下位打線かも。
- 185 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年04月27日(土)12時24分30秒
- 加護ってちょっと曲者(元木かよ^^;)っぽいイメージがあるから、
普通の5番じゃない働きをしそうですね。
ほぼ「ザル」状態の外野3人の守備の頑張りにも期待(?)・・・するしかない(苦笑)。
- 186 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)16時59分59秒
- 一回の表。
後攻の朝女ナインはそれぞれの守備位置に散らばった。急遽ピッチャーをやることになった安倍も、マウンドへと上がる。保田を相手にまずは投球練習。なかなか走った球を投げ、コントロールも悪くないようなので、十文字相手とはいえ安倍は落ち着いているようである。どんな場面でもひるまない、強いハートこそが安倍の最大の持ち味なのだ。
- 187 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時01分50秒
- 十文字の先頭バッターを迎える。情報によると足が速く、出塁率の非常に高い典型的な一番バッターのようだ。しかし、安倍はそういう情報をあまり気にしたことはない。相手が誰であろうと安倍はただ自分の投球をするだけなのだ。
その意識は十文字という強豪校相手でも変わることはない。プレイボールの声がかかると同時に、安倍はインコースに全力のストレートを投げ込んだ。
- 188 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時02分47秒
- 「ストラーイク!」
内角ぎりぎりに決まったボールに相手バッターは手を出せなかった。決して球速は速くはないが、キレもあるし、コース的にも簡単に打てるような球ではない。バッターは少しの驚きを持った表情で安倍を見ると、やがて真剣な顔へと戻した。どうやら気合いを入れ直したようである。
- 189 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時04分17秒
- 初球こそあっさりと見逃したバッターだったが、なんといっても優勝候補十文字高校のレギュラーである。巧みな保田のリードでストレート、カーブ、チェンジアップを投げ分ける安倍の投球にも決して戸惑うことはない。ボール球には決して手を出さず、厳しいコースの球に対してはファールで粘ってくるのだ。
一人目のバッターにして十球目となるボールを安倍が投げる。低めへのストレートだ。安倍にとっては手応えのあるボールだったがバッターがとらえる。つまった感じでレフト方向へ飛んだ打球は、ちょうど矢口と石川の間にぽとりと落ちた。完全に打ち取ったあたりではあったが、不運にも先頭バッターに出塁を許してしまう結果となった。
- 190 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時05分55秒
- 百戦錬磨の十文字は朝女相手でもぬかることはない。続く二番バッターが見事に送りバントを決め、ワンアウトランナー二塁となった。
スコアリングポジションにランナーを置き、そして迎えるのが三番、市井紗耶香。
その打順が示すとおり、市井は打撃面でも卓越した能力を有している。ちょうど二回、素振りをしてからゆっくりとバッターボックスに入る市井。その姿からは風格すら感じられる。そんな余裕の市井に対し、逆に安倍は負けるもんか、と心の中を熱く燃え上がらせた。
- 191 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時07分44秒
- それは初球だった。安倍渾身のストレートを簡単にセンター前へはじき返された。俊足の二塁ランナーが一気にホームへと還ってくる。
十文字高校、1点先制。
- 192 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時09分24秒
- マウンド上で唇をかみしめる安倍。十文字のピッチャー、市井から得点を奪うことは非常に難しいことが分かっている以上、安倍はぎりぎりまで無失点で抑えたかったのだ。それなのに、どうしても与えたくなかったその先制点をあっさり許してしまった。ただ、安倍は点を取られたこと以上に、自身の最高のボールを簡単に打たれてしまったことがたまらなく悔しかった。たとえ相手が市井という好打者であったとしても。
- 193 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時10分18秒
- 一方、打った市井は一塁を少し回ったところで歩みを止めた。そしてランナーがホームへ還ったことを確認すると、ゆっくりと一塁ベースへと戻った。そこにいるのは、もちろん後藤。
- 194 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時12分50秒
- 短いですけど今回の更新終了です。
- 195 名前:るみね 投稿日:2002年05月06日(月)17時22分43秒
- あと、毎度レス有り難う御座います。
>>184
確かに怖そうな下位打線ですが保田がネックなんですよね(w
>>185
おっしゃるとおり外野陣は最悪です。どうなることやら。
- 196 名前:野球娘。 投稿日:2002年05月08日(水)01時08分48秒
- GW終了早々、更新お疲れ様です。
いよいよ始まりましたね。不安のほうが多い守備陣ですが、反撃に期待。
>>195
保田捕手はリードが巧い選手ですので、相手の攻めてくるコースの読みも巧いと思います。
振り回さずに当てて行けば、石川同様?意外な活躍を見せるかも・・・と期待してみる(w。
- 197 名前:るみね 投稿日:2002年05月12日(日)23時57分23秒
- 後藤の胸は張り裂けそうだった。ランナーを牽制するためにも、後藤は一塁ベースを離れるわけにはいかない。つまり、少なくとも次のバッターがその打席を終えるまで、市井の間近にいなくてはならないのだ。どうにか無言で切り抜けられないかと後藤は祈る。しかしそんな後藤の思いを市井はあっさりとうち砕いた。
- 198 名前:るみね 投稿日:2002年05月12日(日)23時58分37秒
- 「何してんの、こんなところで」
後藤はびくっと肩をふるわせ、おそるおそる市井の方に目をやる。市井は一塁ベースに片足を乗せ、マウンドの方を見ていた。とっさに後藤は怒られる、と思った。野球をやめるって言ったくせに、こんなところでどうしてまた野球をしているんだ。しかもあたし達十文字の敵になるなんて一体どういうことなんだ、と。しかし、次に市井の口をついて出た言葉は後藤にとって意外なものだった。
- 199 名前:るみね 投稿日:2002年05月12日(日)23時59分38秒
- 「何でファーストなんかやってんの」
「え?」
予想外の市井の言葉に後藤は戸惑った。こちらに顔を向けた市井を後藤はぽかんと見つめる。それに対して市井は苦笑しながら再び口を開いた。
「だから、どうしてピッチャーが後藤じゃないの」
「どうしてって・・・」
後藤は言い淀む。投げられない原因は目の前にいるのだ。
- 200 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時00分39秒
- 「いちーちゃん相手に投げられるわけないじゃん」
「なんでさ」
「だって・・・どうせ本気になれないし」
後藤の言葉に、市井はぴくっと反応した。
「本気になれないってどういうこと?」
表情を堅くしながら市井は言った。
「いや、あたしが本気になって投げたらさ、十文字負かしちゃうかもしれないから。そんなことできるわけないじゃん」
- 201 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時02分23秒
- 後藤は過去に自らのミスで十文字のチームメイトの夢をつぶしている。そんなことを繰り返すなんてもう嫌だ、と後藤は思っていたのだ。しかし、
「後藤、それは間違ってる」
市井は真剣な表情で言った。後藤ははっと市井の方を見る。そして市井が続ける。
「それだとさ、後藤は自分のチームが負けてもいいって思ってるってことじゃん。それは今の後藤のチームメイトに対して凄く失礼だよ」
- 202 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時03分47秒
- 「それは・・・」
「はっきり言うけど、後藤が投げなきゃ確実にこの試合は十文字が勝つよ。後藤が投げないってことは、それは後藤が自分のチームを裏切るってことなんだよ」
そう言うと、市井はベースを離れてリードを取った。マウンドでは安倍が十文字の四番バッターに対してポジションを構えている。
一方で後藤は、市井の裏切る、という言葉に胸を締め付けられていた。後藤は、自分がこの試合で投げるということは、市井をはじめとする十文字の選手達を裏切ることになると思っていたのだ。しかし、今市井は後藤の行為を朝女に対する裏切りだと言った。一体真実はどちらなのだろうか。
- 203 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時05分27秒
- 後藤が思案に暮れる中、安倍はセットポジションからこのバッターに対する第一球目を投げ込んだ。内角ぎりぎりにストレートが決まった。
市井が一塁ベースへと戻ってくる。そしてまた後藤に話しかけた。
「うちの先頭バッターとの対戦を見ていて感じたんだけど、今投げているやつは確かにいいピッチャーだ。今の球にしてもあの度胸の良さは本当に凄いと思う。ただ、あのクセのある球筋にしても慣れれば対応できるだろうし、何よりも彼女には決め球がない。十文字の打線だったら点を取ることはそう難しくないだろうね」
後藤は無言のまま。そして市井は再びリードを取る。安倍が二球目を投げる。連続となるストレートだったが、今度はバッターがとらえた。が、打球はつまり気味。外野へは飛んだが飛距離は出ず、ライトの吉澤が難なくキャッチした。これでツーアウト。
- 204 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時07分20秒
- 後藤の元に再び戻ってきた市井は当然のように口を開いた。
「後藤、投げなよ。今のバッターにしても、次の打席じゃ確実に大きいの打つよ。このまま指くわえて見てて、自分のチームを負かしちゃってもいいの?」
後藤はうつむいたまま何も答えない。後藤の頭の中ではいろんなことが駆けめぐっていた。そんな後藤に対して市井は大きくため息をつく。
「あたし自身もね、後藤と一緒に思いっきり野球がやれたらこれ以上の幸せはないんだから。今日初めて後藤見たときもさ、正直凄く驚いたけど、同時に凄く嬉しかったんだよ」
市井の言葉に、後藤は思わず顔を上げた。市井はリードを取るためにすでにベースを離れていた。安倍が投球動作にはいる。と、同時に市井がスタートを切った。足の速さは自体はそれほどでもない市井だが、スタートが抜群のタイミングだったこともあり、難なく盗塁を成功させた。
- 205 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時09分55秒
- その一連の鮮やかな動きに目を奪われていた後藤だったが、ふと我に返る。そして先ほどの市井の言葉を頭の中で繰り返した。市井は自分と野球がやれたら幸せだと言った。ということは、自分が今ここで投げたとしても市井を裏切ることにはならないということなのか。
さらに後藤はマウンド上の安倍を見やる。安倍はすでに投球を再開していた。外角に投げた球が大きく外れ、初球もボールだったために、これでボールが二つ先行することになった。元々安倍はコントロールが良いわけではない。先制点を許した上に、二塁にランナーを置いている状況ということもあって、少し力が入りすぎているようだ。
そんな安倍を見ていて、後藤は胸が高鳴ってくるのを感じる。このままだと安倍はいつか打たれてしまう。それでチームが負けてしまったら、自分は朝女を裏切ったことになるのか。果たして今自分はここで安倍と交代すべきなのだろうか。
安倍が三球目を投げる。今度は高めに浮いて、これでノーストライク、スリーボール。
- 206 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時10分45秒
- 後藤の胸はさらに高鳴る。後藤は市井の方へと視線を移す。市井はじっと後藤を見つめていた。
「タ、タイム」
市井の視線に突き動かされるかのように、後藤は自然と口を開いていた。
- 207 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時13分21秒
- さて、今回の更新はここまでです。
更新速度遅くて申し訳ないです。
- 208 名前:るみね 投稿日:2002年05月13日(月)00時17分07秒
- >>196
レスどうも有り難う御座います。
どうやって市井から点を取らせようか悩んでおります。
このまま無得点、という選択肢もないわけではないのですが。
- 209 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年05月14日(火)03時55分49秒
- >>208
まあ、せっかくなんで適当に点入れて行ってください(w。
名将、予想もしなかった伏兵の一突きに沈む・・・というのもありなんで。
- 210 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年05月15日(水)02時15分51秒
- 更新お疲れ様です。野球が好きですし、面白いので楽しく読ませて戴いています。私も打線の「予想以上の」反撃に期待する派です(w。
ただ、ちょっと気になるのが、試合が始まってから、視点が主人公だったはずの矢口から
ずっと後藤に変わっちゃってるんですよね。これはマンガやTVドラマなら画があるんで多少は
ありだけど、小説では主役視点の移動はタブーとされています。あくまでも第三者で主役である矢口から見た
後藤と市井の心の葛藤の描写という形に統一された方がいいと思います。
せっかく面白いお話なので、そのあたりを気をつけてがんばってください。
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)03時02分16秒
- じゃあ、私は市井の快投に一票(笑)
210さんが視点移動の話をされてますが、私はアリだと思いますよ。
タブーというよりは、「読みづらいので辞めましょう」って感じなないっすかね?
実際、三人称の文章で視点が変わるのは当たり前ですし。
あんま、コロコロ変わると読みづらいことこの上なしですけど(w
ここも、どう文章を描いていこうと思ってるか次第じゃないですか?
横ヤリスマソ。
- 212 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時13分51秒
- 「なっち」
マウンドへと駆け寄った後藤が安倍に声をかける。
「どしたの?」
安倍はいつもと変わらぬ笑顔を見せる。
「あたし、やっぱり投げたい」
後藤の言葉に、安倍は表情を少し真剣なものにして後藤の方を見る。
「わがままなこと言ってるのは自分でも分かってるんだけど、でもさ、でも・・・」
- 213 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時17分03秒
- 「いいよ」
安倍はもう一度笑顔を見せてあっさりと言った。それに対して後藤は少し意外な思いで安倍を見る。
「やっぱりごっつぁんが投げるのが一番いいよ。うん、それがいい」
安倍は自分に言い聞かせるような感じでそう言った。やはり安倍も投げたいという気持ちがないわけではないのだろう。それでもなお、自分のわがままを聞いてくれる安倍を見て、後藤はまた涙が出そうになった。
「ほら、こんなところで泣いたらみっともないよ。ごっつぁんにはこのピンチを抑えてもらわなきゃいけないんだし、しっかりして」
それを聞いて後藤はさらに涙腺をゆるめた。安倍のためにも、みんなのためにも、そして自分のためにも、いいピッチングをしなくちゃいけない。後藤はそう思った。
- 214 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時18分19秒
- 後藤の目の色が変わった。もう何も迷わない。全力で投げることが朝女のためにも市井のためにもなることが分かったからだ。ツーアウト、ランナー二塁。カウントはノーストライク、スリーボール。ただ、そんな状況を意に介さないほど後藤は落ち着き払い、ひたすらに集中力を高めている。
後藤の初球。スパン! と鋭い音が球場全体に鳴り響いた。強烈なスピードのストレートに、バッターはまさに一歩も動くことができなかった。
- 215 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時20分08秒
- 二塁ランナーの市井は驚いていた。市井は後藤の凄さというものを一番よく分かっているつもりである。ただ後藤には二年近いブランクがある。その間も後藤が筋力トレーニングや走り込みを続けていたのを知っている市井ではあったが、さすがにそのブランクでは後藤の投手力も落ちていると考えていた。しかし今の球はどうだ。すでに怪物といわれていた1年の頃よりもさらに球威が増していように思える。
(後藤のやつ、相当投げ込んだな)
しかもこれはまだ後藤の初球なのだ。この後のことを考えると市井はぞっとした。ただその半面、嬉しくもあった。あの頃の、本当に凄かった後藤真希が戻ってきたのだから。
- 216 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時20分51秒
- 続く二球目もストレート。バッターはまたも手が出せない。次第に球場内がざわついてくる。遠い観客席からもわかるほどの球速なのだ。それを気にする風もなく後藤は三球目を投げる。続けざまのストレートにも関わらずバッターは完全に振り遅れた。
後藤にとっては実質的に三球三振。しかもその全てが直球勝負。それは、後藤がもうふっきれたことを証明しているかのようだった。
- 217 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時22分47秒
- 一回の表の十文字の攻撃は市井のタイムリーによる1点のみで終了した。そして続く一回の裏、後藤の気迫溢れる好投で意気上がる朝女ナインの攻撃。マウンドには十文字のエース、市井紗耶香があがる。
- 218 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時23分49秒
- 中学時代、市井は小さな野球部のエースピッチャーだった。なかなかの速球を武器としていた市井だったが、チーム自体は弱かったために、脚光を浴びることはなかった。しかし、十文字高校が市井の噂を聞きつけ、市井は推薦で進学することとなった。
いくら十文字高校の野球部が名門だといっても、市井は全く臆していなかった。練習で初めてピッチングを披露することになったときも、自慢の速球で皆を驚かせてやろうと思っていた。だが、すぐに自分が井の中の蛙だったと理解させられることになる。
- 219 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時25分44秒
- 市井の隣では同じく推薦で入ってきた新入部員がピッチング練習を始めようとしていた。まるでやる気のなさそうなその態度に市井は猜疑的な気持ちで見つめる。しかし、その投球数が増えるにつれ、市井の顔はどんどんと強ばっていった。とにかく球が速いのだ。自分なんかとは比べ物にならないぐらい。その後、市井はその新入部員が中学野球で日本一になったエースピッチャーの後藤真希であると聞かされる。ストレートでは勝てないと判断した市井が変化球の練習を始めるまでそう時間はかからなかった。
そうはいっても、市井の能力自体が素晴らしいものであることに疑いの余地はない。それは、1年生にもかかわらずすぐさま二番手ピッチャーとしての位置を確保したことからも明らかである。だが、覚えたての変化球はなかなか思い通りのところに決まってくれず、結局夏の大会が始まったときには、エースの座は完全に後藤のものとなっていた。
- 220 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時27分13秒
- 夏の地区予選、市井はベンチで後藤の快進撃を見守っていた。その素晴らしい速球やキレのあるスライダーは冴えに冴え渡っており、市井の出る幕は全くなかった。チームは順調に勝ち進んでいったが、全く出場機会のない市井は複雑な思いだった。
しかし、決勝の舞台でアクシデントが起こった。あと一人で甲子園出場決定という場面で、打球を顔面にぶつけた後藤が気を失ったのだ。そして市井が急遽マウンドへあがることに。肉体的にも精神的にもなんの準備もしていなかった市井は完全に舞い上がっていた。変化球はいくら投げてもストライクゾーンにいかず、苦し紛れに投げたストレートを狙い打ちされた。市井は連打を浴び、十文字高校は逆転サヨナラ負けを喫した。
- 221 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時28分09秒
- 試合後、市井は落ち込んでいた。その日の食事はのども通らなかったほどだ。数日がたち、ようやく落ち着いてきた頃、市井は入院する後藤の元へと向かった。
後藤の病室を前にして市井はやや緊張していた。実は市井はそれまで後藤とほとんど喋ったことがなかったのだ。というより、後藤は練習中は誰とも喋らなかった。自然、後藤には不愛想でクールなキャラクターが定着していた。それでも、市井は後藤に会わないわけにはいかなかった。とにかく、市井は後藤に謝ろうと思っていた。
- 222 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時30分20秒
- 「ごめんね、チーム負かしちゃってさ」
市井は開口一番そう言った。それを聞いて、後藤は首を横に振る。
「違うよ、市井さんのせいじゃない。だって、あたしがあそこでまともな球投げてたら・・・チームはちゃんと・・・」
嗚咽のせいで後藤は途中で言葉を詰まらせた。そしてついにはその目から涙が溢れてきた。
「あたしのせいだよ、あたしの・・・」
泣きじゃくりながらそう言う後藤の姿を市井は意外な思いで見つめていた。市井は後藤のことを何事にも完璧でクールなエリートだとずっと思っていた。しかし、本当はこんな弱い面を持っている、自分と全く変わることのない普通の女の子なのだ。試合が終わった夜、一人ベッドで枕に顔を押しつけて泣いた自分の姿を今の後藤の姿にだぶらせて、市井はそう思った。
- 223 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時31分29秒
- それからしばらくたち、後藤の退院も間近に迫った頃、市井は後藤から野球をやめたいと聞かされた。市井はもちろんそんなことは駄目だと説得しようとした。確かに辛い経験をしたけども、二人で一緒に頑張っていこうと思ってたから。しかし、それでも市井は後藤に対してなんの説得の言葉も発することができなかった。後藤の心の中は痛いほど分かっていたからだ。あの経験の苦しさがどれほど辛いものなのか市井も良く理解している。ただ、立ち直ることのできた市井に比べて、後藤の心の方が弱かったというだけだ。それに、後藤がここまで苦しんでいるのには自分にも責任がある。だからこそ、市井は後藤の意思を尊重してあげたかった。
- 224 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時32分19秒
- 「わかった。後藤の好きなようにしたらいいさ」
後藤は涙目で市井を見つめる。
「後藤の分まであたしが野球で頑張るから、後藤は別の道で頑張ればいい。なにも野球だけが人生じゃないんだから」
「ありがとう・・・市井さん」
市井はふるふると首を横に振った。
「いちーちゃんでいいよ」
二人の間にはいつの間にか固い絆ができたようだった。
- 225 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時35分38秒
- それからの市井はまるで別人のようだった。毎日毎日鬼のように練習に明け暮れた。後藤のためにも、凄いピッチャーにならなくちゃいけない。その思いで必死に練習をした。当初は修得に手間取っていた変化球だが、様々な球種を瞬く間にマスターしていった。さらに徹底的に走り込んだ効果も、飛躍的なコントロールの向上と抜群のスタミナという形になって現れた。気がつけば、プロも注目する大物高校生ということになっていた。
それでも自分の心が完全に満たされてはいないということに市井は気付いていた。後藤が野球をやめることをあっさり許してしまった市井だったが、それでもやはり後藤と一緒に野球がしたかった。野球の楽しさを再び後藤と分かち合いたかった。しかし、そんな市井の思いもむなしく、3年に進級すると同時に後藤は別の高校へと転校してしまった。心に空いた大きな穴は、野球に没頭することでしか埋めることができなかった。
- 226 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時36分43秒
- そんな中迎えた夏の大会。市井にとっては最後となる甲子園を目指す大会だ。その初戦、マウンドに上がった市井はうれしさを隠すことができなかった。無理もない、なんと後藤が対戦相手として自分の前に戻ってきたのだ。しかも自分と投げ合っている。後藤と一緒に思いっきり野球がしたいという市井の夢がまさに今実現しているのだ。
高揚した気持ちの中、朝女の一番バッター矢口に対し、市井は第一球目を投げ込んだ。
- 227 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時38分23秒
- 今回の更新は以上で終了です。
これからも引き続き宜しくお願いします。
- 228 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時39分41秒
- >>209
レス感謝します。
予想もしなかった伏兵・・・誰にしよ(w
- 229 名前:るみね 投稿日:2002年05月21日(火)20時42分41秒
- >>210-211
御指摘有り難う御座います。
まず最初に、私は三人称の文章における視点移動はアリという姿勢で書いています。
そもそもこの小説は様々な人物の心情を絡めたかったために、「視点変更がアリ」である三人称を選択しました。
ただ、最初からずっと矢口視点だったために突然の視点変更は違和感を与えてしまったかもしれません。
私自身としては現在行われているこの試合は市井と後藤の関係をテーマに描きたかったので、どうしても矢口視点では無理があると判断した次第です。
全ては作者の力不足が原因ではありますが、これに懲りず今後もお付き合いいただけることを願っています。
- 230 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時19分47秒
- ボールの魔術師。あるマスコミが市井につけた名前である。そもそも身体的にも技術的にも未熟な高校生のなかで、幾種類もの変化球を多投するピッチャーは少ない。だからこそ、市井はいろんな意味で注目されている。もっとも、最初に変化球投手と聞いたときには誰もが多少の疑いを持って市井を見ることは多い。変化球を投げるとはいっても所詮は高校生。一体いかほどの球を投げられるのかと。しかし、実際の投球を見ると、あまりの完成度の高さに誰もがその実力を認めないわけにはいかなくなるのだ。
- 231 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時21分00秒
- 朝女ナインにしてもそれは同じ。ここ数ヶ月で急激に打撃への自信をつけた彼女たちも、勢いに任せてある程度は打てるのではないかと考えていた。だが、それが甘すぎる考えだったということにすぐ気付かされることになる。
ストレートから始まった市井の投球はカーブ、スライダー、シュートと続き、挙げ句の果てにフォークボールまで。しかもその全てが見事なコースへと決まる。本気の市井相手に為すすべなどあるはずもない。矢口、石川、安倍というミート技術には自信を持っているはずのこの三人は、ただの一球でさえバットに当てることができなかった。一回の裏、朝女の攻撃は三者凡退。
- 232 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時22分25秒
- 後藤、市井の両投手とも最高の立ち上がりとなったこの試合。だが、二人の真価が発揮されるのはこれからだった。後藤は目にも留まらぬ剛速球を武器に、市井は魔球のような変化球を武器に、次々と相手バッターを打ち取っていく。
ただの投手戦、という言葉ではすまされないような雰囲気がこの試合にはあった。地区予選の一回戦ということを忘れそうになるほどの緊迫感が支配している。本気で投げ合う後藤と市井はただの一球でさえ甘い球を投げることはなかった。そして、ただの一球でさえヒット性の当たりを打たれることはなかった。本当に、だ。次々と積み上げられていく三振と凡打の山。この試合は完全に後藤と市井だけで行われていた。
- 233 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時23分44秒
- 後藤は少し焦っていた。試合は早くも八回まで進んでいる。表の十文字の攻撃を後藤はまたも3人で抑え込んだ。ここまで後藤はランナーを一人も出していない、まさにパーフェクトピッチング。しかし、それは対する市井も同じなのだ。この試合を通じて朝女ナインは誰一人として一塁ベースさえも踏んでいなかった。マウンドからベンチへと戻り、皆のねぎらいを受けながら後藤は思案に暮れていた。何とかして市井から点をもぎ取れないものか、と。朝女にとって初回に奪われた一失点は非常に重くのしかかっていた。
- 234 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時25分04秒
- 試合は八回の裏の朝女の攻撃。打席には四番の飯田が入っている。その初球、打ち気にはやる飯田は市井のスライダーを豪快に空振りした。
「はあ、打てないね」
「ホントに」
後藤の横で矢口がぼやき、それに安倍が相づちを打っている。
「一体どう曲がってくるのかがわかんないんだもん、お手上げだよ」
矢口はオーバーに両手を挙げて言った。
「そうだよね、ごっつぁんみたいな速球派ならまだ何とかなったかもしれないけど」
安倍も頬杖をつきながら言う。そんな安倍の言葉に後藤は心の中で同意していた。
- 235 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時27分48秒
- 朝女の部員達は後藤相手にもある程度のバッティング練習を行っていた。よって、速球に対する適応力は皆一様に向上している。実際、後藤以上の速球を持つ投手など今の高校野球界には存在しない。
「市井もたまにストレートは投げてくるけどさ、あの変化球の中で投げられちゃ打てないよね」
矢口の言うとおり、市井も球種の一つとしてストレートを持っている。もともと速球に自信を持っていた市井なだけに、ストレートにもある程度の威力はあるのだ。
「うん、ストレートだけならあたしも何とかなるとは思うんだけど・・・あ、今のストレートだ」
安倍がグラウンドの方に目を移して言う。バッターボックスの飯田は高めのストレートを見送ってしまった。これで飯田は見逃し三振。変化球が頭にあるため、どうしても対応できないのである。確かに後藤の速球に慣れている朝女ナインにとっては市井のストレートだけなら打つのは難しくないだろう。しかし、変化球の中に織り交ぜられてはどうしようもなくなるのだ。
- 236 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時29分08秒
- 「もう! またストレートにやられた」
悔しさを露わにして帰ってくる飯田。飯田はこの試合の三打席、全てストレートを見逃し三振に終わっていたのだ。飯田は初球から立て続けに変化球で勝負され、完全に変化球で頭がいっぱいになった頃にストレートでやられていた。
「まあまあ、落ち着けかおり」
矢口になだめられる飯田。その光景を見ながら、後藤は飯田が発した言葉に何か違和感のようなものを感じていた。その違和感が何であるのかは後藤自身もまだ気付かない。すっきりしない気持ちのまま、後藤は五番の加護の打席に注目する。
- 237 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時30分33秒
- 初球、外角へ逃げるスライダー。加護はぎりぎりでバットを止め、ボール。
二球目、外角から今度は逆にストライクゾーンへと入ってくるシュート。加護は手を出せず、ストライク。
三球目、内角低めにストレート。加護はまたもバットを振れず、ストライク。
四球目、三球目とほとんど同じコースへのボール。加護がバットを振りにいくがその刹那、ボールはすとんと見事に落ちた。市井の最高のフォークボールで加護は空振り三振に終わった。
- 238 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時31分27秒
- それを思いついた瞬間、後藤は思わず声が出そうになった。無理もない、後藤は分かってしまったかもしれないのだ、市井の弱点を。いや、市井本人にとっては弱点でもなんでもないのかもしれない。しかし、後藤が見つけた市井のその特徴は、市井から点を取るための重要な鍵を握っていると後藤は確信した。そして、後藤はあわててバッターボックスに向かう吉澤を呼び止めた。
- 239 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時33分03秒
- 「・・・ホントに?」
後藤からことの次第を聞かされた吉澤は半信半疑だった。
「うん、だって思い出してみてよ、今までのよっすぃ〜の打席」
「う〜ん、確かに全部そうだったけどさ、偶然じゃない? あたしもみんなの打席を覚えてるわけじゃないし」
「偶然なんかじゃない。それに根拠だってある。あたしはいちーちゃんのこと良く知ってるからわかるんだ。今それを説明してる時間はないけど」
「まあ、ごっちんがそこまで言うんならやってみるけどさ。どうせ打てなくてもともとだしね」
吉澤はそう言い残し、バッターボックスへと向かう。ネクストバッターズサークルで後藤は祈るような気持ちで吉澤を見つめていた。
- 240 名前:るみね 投稿日:2002年05月24日(金)22時37分12秒
- 今回の更新は以上までです。
いきなり八回まで進んでしまって、すっ飛ばしすぎでしょうか(汗
- 241 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年05月24日(金)23時44分32秒
- >>229
あっ、更新お疲れ様です。しばらくこれなかったうちにレス&進まれていたのですね(^^;。ありがとうございます。
視点の移動の点は、ご自分のご判断でそうされてるのでしたらかまいません。あまりお気になさらないで下さい^^。
確かに矢口視点が長かったところ、急に後藤に変化してそのまま続いたのでちょっと慣れるのに時間がかかっただけだと思います。
で、いきなり8回…はやっ(笑)!いや、まあ、必要なら延長戦もあることですし。ここからの展開にさらに期待します。
- 242 名前:るみね 投稿日:2002年05月27日(月)01時19分37秒
- 一球見送った後の二球目だった。吉澤の打球は三遊間への痛烈な当たり。速いゴロに十文字のショートが捕り損なう。あわてて拾い直し、反転してスローイング。しかし、そのボールがファーストへ届くよりも一瞬早く、ヘッドスライディングした吉澤の手が一塁ベースに触れた。
ユニフォームを真っ黒にした吉澤が立ち上がり、ベンチに向けてガッツポーズを見せる。記録こそショートのエラーだったが、朝女にとっては初めてのランナーが出たことになった。そして、続くバッターは七番、後藤真希。
- 243 名前:るみね 投稿日:2002年05月27日(月)01時20分46秒
- バッターボックスへ向かいながら吉澤の方を見る後藤。吉澤は笑顔で大きくうなずく。それに対して後藤も軽く首を縦に振った。そして今度はマウンド上の市井に集中する。
一球目、二球目と立て続けに見送り、ワンストライク、ワンボールとなった三球目。後藤がこの打席で初めてバットを振りにいく。そして、見事にとらえた。市井が即座に振り返る。打球はセンター方向に高々と舞い上がった。
- 244 名前:るみね 投稿日:2002年05月27日(月)01時22分04秒
- ゆっくりと舞い上がるボール。真っ青な空を背景に、白いボールが高く高く飛んでいる。
・・・キレイ。
後藤は一歩も走り出すことなく、ただその光景に見とれていた。ふと、市井の方を見る。市井も打球の行方を目で追っている。しかしその表情には先ほどまでの緊迫感もなく、この光景の美しさに目を奪われているだけのように後藤は感じた。その瞬間、二人にとって試合は関係なくなっていた。青空を白球が飛ぶというその光景に、野球の素晴らしさが凝縮されているような気がしていた。野球やってて良かったな、と今更ながらに後藤は思った。
- 245 名前:るみね 投稿日:2002年05月27日(月)01時24分52秒
- わずかな量ですが今回の更新とさせて下さい。
>>241
レスどうもです。
ランナーを一人も出さない投手戦というものをイニングごとに詳細に描写することのできない作者の力不足をお許し下さい。
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月27日(月)21時27分15秒
- ( ´Д`)<ぼくにはわかる…
・・・ごっつぁん何がわかったのだ!?
さっぱりわからない自分が情けないのですが次の更新まで泣いて待ってます。
- 247 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時46分15秒
- ボールがバックスクリーンに飛び込み、朝女の部員達がベンチを飛び出して大喜びする声が耳に入ってきてようやく現実に引き戻された後藤は、ゆっくりとダイヤモンドを走り出した。マウンドでは市井が天を仰いでいる。その表情は凄く爽やかで、多少は複雑な思いもあった後藤の気持ちを晴れやかにしてくれた。ようやく一周を走りきり、後藤は皆から手痛い祝福を受ける。これでついに逆転。
- 248 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時48分32秒
- 「ごっちんの言った通りだったね」
ベンチ横で肩慣らしのためのキャッチボールをしながら吉澤が後藤に声をかけた。
「うん」
後藤はうなずく。
「でもびっくりしたよ。ストレートで勝負しろ、なんて言うもんだからさ」
後藤が吉澤に対して行ったアドバイス、それは変化球は捨てて、ストレートだけに狙いを絞れ、というものだった。これを聞いたとき、吉澤が戸惑ったのも無理はない。なんせ市井は変化球投手。そんなピッチャー相手にストレートで勝負しろだなんて、そもそも矛盾しているように思えるからだ。
しかし、後藤は気付いていたのだ。市井が各打者に対し、必ず一球はストレートを投げるということを。
- 249 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時50分44秒
- 気付いたきっかけはあの飯田の言葉だった。飯田が三打席連続の見逃し三振となった打席を終えて帰ってきたときに言った「またストレートにやられた」という言葉。そういえば、その前の矢口と安倍の会話も市井のストレートに関することだった。市井は変化球投手であるはずなのに、どうしてストレートばかりが話題になるのか。そんな違和感の中、加護の打席で投げられた市井のストレート。それを見た瞬間、後藤はぴんときた。市井は、思ったよりもストレートを多投している。
変化球投手という世間での評判、そして何種類もある変化球のせいで惑わされていたが、そういえば自分の打席でも市井は必ずストレートを一球は投げていた。吉澤に聞いてもそれは同じ。自分の考えに確信を抱いた後藤は吉澤にアドバイスする。ストレートだけを狙え、と。
- 250 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時52分52秒
- 同時に、後藤は市井がなぜストレートを投げるのかという理由もだいたい想像できていた。かつて、後藤は市井にこう聞いたことがあった。「どうしてそんなに変化球ばかり練習するの?」と。そうすると市井は「だってストレートじゃ一番にはなれないのはわかったし。それなら変化球で一番になってやるんだ」と答えた。そして最後にこう付け加えた。「それに変化球を投げられたらその分ストレートも活きてくるしね」
その時は何気なく聞いていた後藤だったが、今になって市井の言葉の意図がつかめた気がした。もしかしたら市井はストレートのために変化球を投げているのではないか。市井は中学までストレート一本でならしてきた投手である。市井のストレートに対する思い入れは想像以上に強かったのかもしれない。後藤はそう思い、その考えが正しかったことは後藤のホームランという形で証明されたのだった。
- 251 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時54分00秒
- とにもかくにも朝女は後藤の一振りで逆転した。保田が凡退したのを見届けると、後藤はキャッチボールの手を止める。これを絶対に最後のイニングにしてやる。気合いを新たにして、後藤は九回の表のマウンドへ向かった。
- 252 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時55分19秒
- というわけで今日はこの辺で。
- 253 名前:るみね 投稿日:2002年05月30日(木)17時59分43秒
- >>246
レスどうも有り難う御座います。
この程度の話しか書けませんがお許しを。
- 254 名前: 投稿日:2002年06月01日(土)07時34分15秒
- 初めて読ませていただきましたが、ムッチャおもろいですね。
すぐにハマってしまいました。
頑張って下さい。影ながら応援しております。
- 255 名前:るみね 投稿日:2002年06月01日(土)10時55分22秒
- 十文字の攻撃陣は確かに素晴らしい。一流の選手ばかりがそろった多士済々の面々は、どんな投手にとっても脅威となる攻撃力を誇る。
しかし、そんな相手に対して後藤はここまで一人もランナーを許してはいない。後藤の、球速だけではなくキレや重さも兼ね備えた速球や、時折投げる切れ味鋭いスライダーは、十文字打線を上回るレベルにあったということだ。
- 256 名前:るみね 投稿日:2002年06月01日(土)10時56分30秒
- 最終回、九番バッターから始まった十文字の攻撃に対する後藤の投球は、まるで疲れを知らなかった。投げるごとに球威を増しているかのような速球を主体に、後藤は先頭バッター、そして次のバッターから続けざまに三振を奪い取った。
そして、ついにあと一人となるバッターを迎える。
- 257 名前:るみね 投稿日:2002年06月01日(土)10時57分34秒
- 十文字高校は次の打席に入るはずの二番バッターに対して、代打を起用してきた。優勝候補の最右翼と目されていた十文字高校にとっては、初戦敗退など許されるはずがない。何とかして追いつくために、必死に策を講じてくる。
それでも後藤は落ち着き払っていた。代打に起用されるぐらいだからそれなりのバッターであることは確かである。それでも、自分が打たれない自信はあったし、普通に投げれば絶対に抑えられると信じていた。あと一球まで追い込み、最後の勝負球を投げる、その瞬間までは。
- 258 名前:るみね 投稿日:2002年06月01日(土)11時00分22秒
- ツーストライクと追い込んで、勝負球を投げようとしたまさにその瞬間、後藤は以前にも同じ様なことがあったことを思い出した。既視感、というやつである。そう、後藤にとってどうしても忘れられないあの経験。あと一球まで追い込んで、投げた勝負球がなぜか甘いコースへと入っていく光景。そして、自分に向かって飛んでくる打球。不意によみがえる恐怖感。それが後藤の手元をわずかに狂わせた。
投げられたボールはまさにあの時と同じように、甘いコースへと向かっていく。果たして、相手バッターにとらえられた打球は後藤めがけて飛んできた。
マウンドに転がるボール。その横でうずくまる後藤。その光景は、まるであの時の悲劇を再現しているかのようだった。
- 259 名前:るみね 投稿日:2002年06月01日(土)11時03分25秒
- 今回の更新は以上です。
>>254
レスわざわざ有り難う御座います。
そう言っていただけて光栄っす。
- 260 名前:俵屋宗達 投稿日:2002年06月01日(土)18時57分15秒
- えぇー?!ここで切るんですかー!続き見たいです!(`´)
- 261 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時23分44秒
- 悠々一塁にたどり着くバッター。しかし、今はそれどころではない。後藤の元に誰よりも早く駆け寄ってきたのは吉澤だった。
「ごっちん!」
「・・・った〜」
すぐに起きあがった後藤は右手を押さえていた。
「手に当たったの?」
「うん」
前回と同じように後藤の顔面めがけて飛んできた打球。しかし、ボールが当たったのは無意識のうちに顔をかばった右手だった。
- 262 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時24分28秒
- 「よかった・・・あたしあの時のこと思い出しちゃったよ」
とりあえず安心したのか、吉澤が笑顔を見せて言う。そして続けて、
「それで、手は大丈夫? 投げられそう?」
「うん、問題ない」
後藤は指を鳴らしながら言った。
「よし、ランナーは出ちゃったけどさ、あと一人なんだし。気合い入れていこ!」
肩をぽんと叩いた吉澤に対し、後藤は大きくうなずいて答えた。
- 263 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時25分53秒
- かつてのボールを顔にぶつけた試合。それは少なからず後藤にとってのトラウマとなっている。だから、今回もまた同じ様な状況にあい、以前の後藤なら精神的に大きなダメージを受けていたかもしれない。しかし、今の後藤は違った。この土壇場でランナーが出てしまったことを、むしろ感謝さえしていた。その理由は、バッターボックスに向かってゆっくりと歩いてくる人物。あと一人で試合が終わるという状況で、まさかこんな舞台が用意されているなんて。もしかしたら神様がわざわざ取り計らってくれたのかもしれない。十文字の三番バッター、市井との対決を。
- 264 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時26分58秒
- マウンドで後藤は静かに目を閉じた。後藤は集中を高めるとき、必ず目を閉じる。瞼をおろし、暗闇に自身が包まれると、なぜか周囲の雑音はどんどん小さくなっていく。ただ聞こえるのは己の息づかいと胸の鼓動のみ。その二つの音に耳を傾けていると、後藤は心が落ち着いていくのを実感するのだ。そうすると、後藤はたとえどんな状況であろうと冷静なピッチングをすることができる。
しかし今回は違った。目を閉じていくら時間が経っても心は落ち着かない。それどころかますます胸が高鳴ってくる。そりゃそうだ。こんな状況で高揚しない方がどうかしている。精神を集中させることをあきらめた後藤は目を開いた。そしてバッターボックスの市井を見据える。
- 265 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時28分43秒
- ツーアウト、ランナー一塁。長打が出れば同点、一発出れば逆転の場面。
しかし、そんなことは後藤にとってどうでも良かった。ただ市井と一対一の勝負ができるこの状況を心底楽しんでいた。こんなにも高揚した気持ちで投げるのは後藤にとって初めてのことだった。
後藤は投げる前に一つの決断をした。それは、この打席を全てストレートだけで勝負しようということ。自分が最も好きな球、そして最も自信を持っている球。そのストレートこそがこの舞台に最もふさわしいと思ったのだ。
- 266 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時29分36秒
- 第一球目を後藤が大きく振りかぶる。後藤にはもはやランナーなど眼中にない。走りたきゃ勝手に走ればいい。そんな気持ちだった。ただ、ランナーの方も走る気配はなさそうだ。後藤と市井が作り出しているこの緊迫した雰囲気に飲まれてしまっているかのようである。
初球、後藤はど真ん中にストレートを投げ込んだ。市井はバットを振らず、とりあえず様子を見たようだ。そして、後藤の方を見てにっと笑った。市井も後藤のストレート勝負という魂胆に気付いたのかもしれない。
- 267 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時31分09秒
- 市井はいったん打席を外すと数度素振りをした。まるで今更に自らのスイングを確かめるかのようにゆっくりと。そしてヘルメットをかぶり直すとバッターボックスに戻り、後藤に対し鋭い視線を送る。その視線に後藤も自らの視線を合わせた。いつまでたっても互いに逸らすことはない。そして後藤がポジションを構える。
二球目、後藤は初球と全く同じコース、つまりど真ん中へのストレート。相変わらずの強烈なスピードのボールがキャッチャーミットめがけて突き進む。その時、それまで飄々と立っていただけに見えた市井がバットを振り抜いた。快音が鳴り、鋭い打球が飛ぶ。やられた、と後藤は咄嗟に思った。
- 268 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時32分10秒
- 打球の行方を追いながら走り出す市井。しかし、すぐに歩を止めた。レフト方向に飛んだ打球はポールの左側ぎりぎりを通り、スタンドへ。惜しくもファールだった。
後藤は胸をなで下ろすと同時に、市井に対して驚きを隠せなかった。後藤の渾身のストレートをあそこまで引っ張ったのは、今の市井が初めてだったのだ。気持ちのこもった市井のスイングは、いつも以上の力を発揮しているのだろう。今の二人は完全に互角だと後藤は悟った。
- 269 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時33分10秒
- しかし、後藤はひるんではいなかった。再びバッターボックスに戻った市井に対し、後藤は笑みを投げかける。それでもストレートを投げる、という後藤の意志表示だ。それを汲み取ったのだろう、市井も口元をゆるませる。自らの手の内をさらけ出しながらの勝負で、抑えられるか打たれるかはまさに紙一重。それでも後藤はストレートを投げることに全く躊躇をしていなかった。何も考えることなく、自身最高の球を投げる。それが市井に対する最高の敬意であると後藤は確信していた。そして何よりも、この完全なる真っ向勝負は後藤にとって楽しくて仕様がなかったのである。
- 270 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時33分52秒
- 三球目。後藤の投げたストレートはこの試合で最も速いボールだった。
顔を上げた後藤の目に飛び込んできた光景は、バットを振り抜いた市井と、キャッチャーミットに納まったボールだった。
- 271 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時35分37秒
- 今回の更新は以上です。間隔が空いてしまい申し訳ないです。
- 272 名前:るみね 投稿日:2002年06月13日(木)19時39分36秒
- >>260
レスどうも有り難う御座います。
ここでもったいぶらなくていつもったいぶるというんでしょうか。
いや、本当は単にストックが切れただけなんですけど(w
- 273 名前:野球娘。 投稿日:2002年06月14日(金)00時12分24秒
- 更新お疲れ様です。
後藤や市井たちが「野球を楽しむ」という
原点にもどって試合が出来てよかったです。
- 274 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月14日(金)07時44分57秒
- どんな速い球でもストレート一辺倒じゃ打たれる
ストレート投げてくるって分かってるし
相手は十文字の最強バッターなんでしょ?
それに対して変化球投手の投げる一打席中の
数少ないストレートを狙い打つなんて
そんなバクチ打法が二人続けて成功するでしょうか。
- 275 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月15日(土)05時03分30秒
- >274 結局そこが紗耶香と後藤の差だったのでは?
かつて村田兆治が「来ると解っていても打てない球」として、速いストレート
とフォークを挙げていました。
この時おそらく後藤の3球目は、そういう領域に達していたのではないかと・・・。
そして博打の成功は打ったのが吉澤と後藤だったからでしょう。
他の打者では打てなかったかもしれません(打ちそうではある(w )
- 276 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月17日(月)18時20分31秒
- WCの勢いがスッゲェスッゲェですが、
野球も頑張って欲しいです。
特に、この小説、オキニのひとつなので、作者さん・・・期待しております。
- 277 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)10時59分34秒
- (終わった・・・)
後藤に急激に襲いかかる疲労感と脱力感。後藤は勝利を喜ぶよりも先に、それらと戦っていた。ほぼ完全なパーフェクトピッチングだったので球数自体はそれほど多くはない。ただ全ての投球を全力で投げきった後藤は、今まで経験したどの試合よりも疲れていた。そして何よりも、最後の市井との鬼気迫る勝負。あのたった一打席の投球は後藤の疲れを倍増させていたと言っても過言ではない。
この試合で後藤はまさに己の持つ全精力を使い切っていたのだ。
- 278 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時00分14秒
- 駆け寄ってくる皆の声もまるで耳に入ってこなかった。自分を散々もみくちゃにした後、グラウンドではしゃぎ回る他の部員達を、後藤は半ば呆然として面もちで眺めていた。そんななか、ふと後藤はバックスクリーンのスコアボードに目をやる。
十文字 100 000 000 1
朝 女 000 000 02× 2
- 279 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時01分22秒
- (本当に勝っちゃったなあ・・・)
後藤はいまだに自分たちの勝利が信じられない思いだった。朝女の打ったヒットは後藤のホームランたった一本だけ。まさにワンチャンスをものにした形である。確かに市井攻略のポイントがストレートだと気付いたとはいえ、それがすぐさま得点に直結するなんて。もっとも朝女ナインは後藤との練習で速球に対する耐性ができてはいる。かといって市井の速球も並大抵のものではないし、たとえストレートに的を絞ったとしても数多く投げられる変化球のせいでそのスピードはさらに速く感じられることだろう。それでも点を取ることができたのは、その時の打順が吉澤、後藤と続いていたからこそである。ただストレートに対しては絶対的な自信を持つ吉澤にしても、痛烈なゴロを打つのが精一杯だったし、実際後藤の後に打席に入った保田に至ってはあっさり凡退している。それだけ今日の市井の投球は凄かったということであり、そんな市井から点を取ることができたのはまさに奇跡的なことだったのだ。
- 280 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時02分19秒
- そう、奇跡。最後の最後に後藤が市井を抑えられたのも奇跡といえるかもしれない。お互いが普段以上の力を発揮していたあの土壇場で、自分のもとに勝利が転がり込んできたのは、ただ運が良かっただけなのかもしれない、と後藤は感じていた。
「ホント、奇跡だな・・・」
「奇跡なんかじゃないよ」
突然の横からの声に、後藤はびくっと肩をふるわせた。見るといたのは市井だった。
- 281 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時03分05秒
- 「あたしより後藤のほうが上だったってこと。それだけだよ」
あまりに爽やかな笑顔を見せる市井に対し、後藤は何を言っていいのかわからなかった。というより、どういう感情を抱いていいのかもわからなかった。確かに勝利は嬉しい。喜び回る朝女の皆の様子を見ていると本当に勝てて良かったと思う。しかしその横では十文字のナインがうなだれているのだ。涙を流している者も少なくない。
「後藤」
後藤の複雑な心境を見抜いたかのように、市井が後藤の肩に手を置いて口を開く。
- 282 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時03分48秒
- 「確かにあたしは負けて悔しい。もちろん他のみんなもそれはおんなじ。でも、あたしらは実力で負けたんだ。誰も後悔なんてしていない」
市井は後藤の目をじっと見て言う。
「だから後藤は他のみんなと思いっきり喜んだらいい。あたしらのことなんて気にしなくていいから。そのかわり、この後の試合負けたら承知しないからね」
そう冗談ぽく笑顔を見せると市井は後藤から離れた。ホームベースのところでは両チームの選手達が最後の挨拶をするために集まりだしている。市井はそこへと向かう途中、もう一度後藤のほうへ振り返った。
- 283 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時04分20秒
- 「投げてくれてありがとうね、後藤」
そう言って駆けていく市井。その後を追うように皆のところへ歩いていきながら、後藤は胸がいっぱいになっていた。自分が投げるきっかけを作ってくれた市井。本当に感謝しなきゃいけないのは自分のほうなのだ。
両チームの選手達が向き合って並ぶ。そして、帽子を取って挨拶。
「ありがとうございました!」
本当にありがとう、いちーちゃん。
- 284 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時05分56秒
- ようやく更新できました。
思いっきり間隔空いてしまって申し訳ありません。
- 285 名前:るみね 投稿日:2002年07月14日(日)11時11分55秒
- あと、皆さんレス有り難う御座います。
>>273
それこそがこの小説のテーマです。
>>274
成功するからこそ小説なんです、と言ってしまえばそれまでなんですが。
一応はご都合主義にならないように努力してみたつもりなんですよね。
>>275
まさにそのような感じです。
>>276
WCがこの小説の更新を遅らせたと言っても過言ではありません(w
- 286 名前:276 投稿日:2002年07月14日(日)20時06分26秒
- 待ってました!!
作者さんのペースでマターリ書いて下さいね♪
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)13時39分36秒
- 保全sage
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月27日(火)22時35分01秒
- 保全sage
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