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Fly Over Me

1 名前:瑞希 投稿日:2001年12月01日(土)00時23分34秒
花板・雪板でも書いてます(雪のほうは完結しました)。

保田さん主役で、パラレル物を書きたいと思います。
雪板の時のように更新は早くないと思いますし、かなり見切り発進ではありますが、
おヒマでしたら、読んでってください。
2 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時26分36秒
おいで。
早くおいで。
あたしはずっと、信じて、待ってるから。
3 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時28分02秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
4 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時32分11秒
もう3日も雨が止まない。
それはまるで、圭の心をそのまま表しているようだった。

真っ白で、清潔感が溢れる静かな個室。
窓から見える風景は、降り続く雨のせいでどんより曇っていて、
ますます圭の気持ちを沈ませていく。

吐き出した溜め息とほぼ同時に、不愉快でない音色でドアをノックされ、
圭はゆっくりと顔だけでそちらに向き直り、返事した。

「はい?」

開いたドアから現れたのはよく知る顔。
でも、相手のほうがもっと圭を知っている。

少なくとも、今は。
5 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時39分25秒
「やっほー、調子どお?」
金色に染められた髪を揺らしながら、彼女は笑顔で圭に近付いてきた。

「いいよ。来週には退院出来るってさ」
「ホント? よかったじゃん!」
圭が上体を起こして座っているベッドにそのまま腰掛け、
笑顔で小柄な彼女、矢口真里は言った。

小柄、といえば聞こえは可愛いが、真里はとても小さい。
初対面のときから身長は少しも変わらず、
出会った時点で既に真里の成長期は止まっていたようだ。

でも、圭の記憶にある真里の容姿は金髪ではない。
もっと黒い髪で、今のように厚底のブーツを履いてても、
もっと落ち着きのある雰囲気だった。
6 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時45分07秒
「えーっと、裕ちゃんから伝言」
「え、何?」

真里の口から不意に出た名前に圭の胸が鳴った。

「『店のことは心配せんでええから』、だってさ。あと、
『なかなか見舞いに行けんでゴメン』って」
「…そっか」

裕ちゃん、の本名は中澤裕子。
早くに亡くなった圭の両親から、圭自身が遺産として譲り受けた喫茶店の、
共同経営者の名前だ。

書類上は圭が所有者だが、
店を譲り受けたときは圭がまだ高校生だったこともあり、
当時その店で働いていた裕子がオーナーを引き継いだのである。
7 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時49分42秒
「……早く帰りたいな」

裕子の顔が浮かんで、圭は自嘲気味に笑って呟いた。

真里と同じように、裕子の容姿も圭の記憶とは多少違っていたけれど、
それでもあまり違和感を感じなかったのは、
今の圭が、恐らく誰より心の拠り所としている人物が裕子だったからだろう。

「…家に帰りたい」
圭の呟きに真里は苦笑する。

「もうちょっとのガマンだよ。それよりケーキ買ってきたから、食べよ?」
差し出されたピンクの箱を見て、圭は微笑んで頷いた。
8 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時51分12秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
9 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)00時58分23秒
圭がこの病院に入院したのは2週間ほど前。

その日、裕子に頼まれた食材の買い出し帰り、
交差点で信号待ちしていた圭のもとに1台の乗用車が突っ込んできた。

制限スピードを大幅にオーバーしていたその車の運転手は、
どうやら居眠りもしていたらしく、
不規則に進行向きを変えながらも交差点に突進してきた。

その車に気付き、交差点は俄然、騒がしくなる。

けれど圭はヘッドフォンをしていて、騒がしくなる人の声にはすぐ気付かなかった。

自分の周りにあった人波がザッと引き、そこでやっと事態の異様さに気付いたので、
人の群れの視線の行方を追うのも少し遅れた。

圭が視界に車を映したとき、最悪の事態は目前だった。
10 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月01日(土)01時01分58秒
しかし、圭は寸前でその車から逃れた。

いや、逃れられた。

誰かに、腕を、引っ張られたから。

けれどその圭を受け止めたのはその『誰か』ではなく、近くの電柱だった。

後頭部と背中を強打し、抱えていた荷物が散らばる。
激しい痛みだけが圭を襲い、そしてそのまま、圭は気を失った。

圭が意識を取り戻したとき、事故当日から過去半年間の記憶を、
圭は、すべて失っていた。
11 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月01日(土)20時36分36秒
雪板の作品見てました。
期待してるんで頑張ってください!!!!
12 名前:瑞希 投稿日:2001年12月02日(日)02時44分33秒
>11さん
早速のレス、ありがとうございます。
頑張ります!


では、続きです。
13 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)02時48分47秒
事故後、病院に運ばれた圭はすぐに意識を取り戻したけれど、
若い医師との問診の最中、話に食い違いが出てきて、
圭の記憶の欠落が明らかになった。

緊急で精密検査が行われたものの、身体にも脳波にも異常は見られず、
一時的な記憶の部分喪失、という、結論に至った。

事故当日から半年前の同時刻まで、圭には、空白の時間になった。
14 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)02時52分57秒
しかし、既に成人している圭の半年間の記憶の欠落は、
生活に支障をきたすとは考えられにくく、
外傷も少なかったため、思いがけず退院は早急なものになった。

むしろ、普段の生活に戻ったほうが、
記憶も早く戻るかも知れないという意見のほうが多かったので。

無論、退院後も、記憶が戻るまでは通院して欲しいと、
医師から申し入れはあったけれど。
15 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)02時58分30秒
確かに、生活にはさほど支障はなかったけれど、
対人面にはその支障の傾向は幾つか見られた。

今年の冬で圭も21歳になるけれど、
記憶が抜けている圭はまだ20歳の誕生日を迎えてない。

だから、裕子から飲酒年齢に達していると言われ、
退院祝いの席上でビールを差し出されてもさすがにピンとこなくて、
断ったら苦笑いされた。

圭と七つ違いの裕子は、圭にとっては、今は親代わりに等しいぐらいの身近な存在で、
圭が中学に入学した頃からの付き合いだった。

圭が両親を亡くしてからは、喫茶店の二階で一緒に暮らしている。
16 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時04分17秒
真里のことも知っている。
ちゃんと覚えている。

二つ年下の真里と初めて会ったのは、真里がまだ高校1年生のときで、
彼女が学校からの帰り道に友人と立ち寄った店が、裕子と圭の店だった。

人懐こい真里は裕子ともすぐに打ち解け、頻繁に店に顔を出すようになり、
真里がバイトを始めるようになるまでも、そんなに多くの時間はかからなかった。

でも、圭の知る真里はまだ高校生だった。
高校生のはずだった。

だから金髪になった真里が圭の見舞いに現れたときは、ホントに驚いたのだ。

「だってもう、卒業したもん」
先月に、と続けられて、圭は返す言葉に詰まる。

たった1ヶ月ほど前の出来事でも、圭には、その記憶がなかったから。
17 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時09分52秒
真里が連れてきた後輩も、圭には覚えがなかった。

「保田さん、ホントに覚えてないんですかぁ?」
いやに頭に残るカン高い声に、圭は思わず苦笑する。

石川梨華と名乗った彼女は、年明けから圭達の店で働いている、というのだが。

「ゴメン」
謝った圭に梨華が目を見開く。

「…何か、保田さんじゃないみたいです」
「……あたし、どんなふうにアンタに接してたワケ?」

梨華の驚き顔に何だかムッときて圭が膨れっ面で返すと、
逆に梨華は満足そうに笑った。

「あ、そう、そんなカンジです。あたし、いつも保田さんに怒られてたから」
「怒られて喜ぶなよぉ」
真里のツッコミに、その場にいた全員が笑った。
18 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時14分25秒
退院祝いは圭達の喫茶店で、店の従業員だけで行われた。

裕子と、真里と、梨華、そしてもうひとり、後藤真希とで。

真希は、真里や梨華の後輩にあたり、この店の裏手に住んでいる、
いわば圭の幼馴染みだった。

店の正式な従業員ではなく、小遣い稼ぎにたまに手伝う程度だけれど。

だから圭は、真希のことも勿論覚えてはいたのだけれど、
記憶にある真希はまだどこか幼くて無邪気なカンジもあったのに、
今、圭の目の前にいる真希は、少し、落ち着いて見える。
19 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時19分16秒
「あっ、もうこんな時間だ。明日も学校だし、あたし、帰ります」
「じゃあ、ゴトー、梨華ちゃん、駅まで送ってく」
「えー、いいよぉ、大丈夫」
「ダメ。心配だもん、送ってく」
「……うん」
頬を少し赤くしながらも、梨華は嬉しそうに頷いた。

「というワケで、圭ちゃん、裕ちゃん、やぐっちゃん、おやすみー」
満足そうな微笑みでひらひらと手を振る真希と、
その真希にがっしりと手をつながれた梨華が、ぺこん、と頭を下げて店を出て行った。

その光景に、圭はしばしポカンと口を開けてしまう。
「……何、アレ?」
20 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時23分40秒
圭を挟むように座っていた裕子と真里を交互に見て尋ねると、
裕子が困ったように笑って真里を見た。

「…付き合ってるんだよ、あのふたり」
裕子に助けを求められた真里が簡潔に告げる。

「ええっ? い、いつから? ってか、それもあたし、覚えてないってワケ?」
真希の相手が圭の記憶にない梨華なのだから、それは納得も出来るが。

「あ、それは違う。付き合い始めたのって、ホント最近なんだって。
圭ちゃんが入院した直後ぐらいらしいよ」
「…あたしらも、昨日知ったトコ」

腕組みして続けた裕子の苦笑いに気付き、圭は裕子に向き直る。
21 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時30分31秒
「ビックリしたわ。いきなり、好きなひとがいるの! って、あたしらに宣言して…、
そんでその相手が石川っちゅーからまたビックリしてなあ」
「そうそう。ごっつぁん、ボーッとしてそうで、キメるとこはキメてんだもん、
矢口もビックリした」
「へえ……」

あの、ちっさかった真希がねぇ……。

「…さーて、そろそろ片付けて、矢口もとっとと帰り」

何となく、感傷に浸ってしまっていた圭を引き戻すかのように裕子が言って立ち上がる。

「な、何だよぉ、その言い方ぁ! 矢口、邪魔モノみたいじゃん!」
「みたい、やのうて、邪魔ですぅ」
立ち上がった裕子が再び圭の隣に座り、圭を挟んだ向こう側の真里に意地悪く告げる。

裕子の腕がするりと圭の肩にのばされ、そのまま抱き寄せられた。

「あたしと圭坊の邪魔せんとってよ」
22 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時35分38秒
裕子の言葉に圭はぎょっとなった。

思わず肩に乗せられている裕子の腕から逃げるようにして身をかわすと、
裕子は少し驚いたように目を見開き、圭を見つめた。

「……な、何ヘンなこと言ってんの」
「ヘンなことって……。…ウソ、それも覚えてへんの?」

裕子の眉が悲しそうに歪む。

「……ああ、そっか。そうやんな。アレ、確か去年のクリスマス前やったわ」
頭をかきながらゆっくり立ち上がり、苦笑いでテーブルの上を片付け始める。

「……何でもない、気にせんといて」
重ねた皿をそのまま洗い場へと運ぶ裕子の後ろ姿を、
圭はただ、見つめることしか出来ない。
23 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)03時41分17秒
「……あたし、もしかしなくても、メチャクチャ大事なこと、忘れてる?」
「うん…」
圭の隣で、真里は小さな声と一緒に頷いた。

「……どうしよう。裕ちゃんに、あんな顔させるなんて……」

苦笑いした目元は、とても切なげだった。

「でも、覚えてないなら…、仕方ないよ」

圭の記憶にない半年に、いったい、何が起こったのだろう。
それは、その半年間の記憶がない今の圭が期待して、
夢見ている事態と考えてもいいんだろうか。

「……矢口ももう帰るね。…あんまり、気にしないほうがいいよ」
「…うん。今日はありがとね」

立ち上がった真里の目線が座る圭より高くなり、
その真里を見上げる圭の頭をぽんぽん、と撫でてから、
真里は奥に引っ込んだ裕子に減らず口の挨拶をして、帰って行った。
24 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月02日(日)11時04分27秒
連絡(?)を見て探してましたがやっとみつけました。
今回のお話も良い感じですね。
更新楽しみにまってます。マターリと頑張ってください。
25 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月02日(日)14時58分29秒
おぉおおぉ!!瑞希さんハケーン!!(w
ワタクシは瑞希さんのやすよしにハマリまくり毎日雪に通った瑞希さん信望者です(w
ヤス推しのワタクシとしましてはUKも捨てがたく、
今回の裕ちゃんも切なめで初っ端から萌へさせて貰ってます。
また楽しみにさせて貰います♪頑張って下さい!!勿論マターリとで宜しいです!(w
26 名前:瑞希 投稿日:2001年12月02日(日)23時46分26秒
>24さん
>連絡(?)…(w
言い出した方が、まだ見つけてないかも知れません(w

>25さん
うわぉっ、ハケーンされてしまった(w
か、隠れてたワケじゃないんですが…(汗
ワタシもUK大好きなんですが、何故かいつも中澤さん、切なくなっちゃう…。

↑ お二人のお言葉に甘えて、マターリと頑張ります!


では、続きです。
27 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)23時52分50秒
カウンターの奥の洗い場から、水音が聞こえてくるだけの急に静まり返った店内。

圭は居心地の悪さを紛らわせるかのようにテーブルの上のグラスを集め、
それを裕子のもとへと運んだ。

「…手伝うよ」
「うん? あ、ええよ、ひとりで充分や。圭坊は先に風呂入っといで」
「でも」
「ええって、ホンマ。圭坊、一応病み上がりやしな」

振り返らない裕子の背中に圭の胸が痛みを訴える。
優しい声が切なかった。

「……裕ちゃん」
「うん?」
「あたし、すごく大事なこと、忘れてるよね?」
「……うーん、どうやろ。忘れるってことは、
圭坊にはそれほど大事なことでもなかったんかも知れんなあ」

背を向けたまま、裕子は小さく笑って言った。
28 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月02日(日)23時58分02秒
「……さっきのは、気にせんでええから。ホンマ、何でもないよ」

圭は、そう言ってもまだ振り返らない裕子にそっと近付いた。

流れ出る水の音が圭の足音を消したのか、裕子は近付く圭に気付かない。

静かに裕子の背後に立つと、ゆっくり手をのばして流れる水の元を閉めた。

不意に現れた手に驚いた裕子がカラダを揺らして振り向こうとしたけれど、
圭はその裕子に背中から抱きついて行動の続きを阻む。

「…圭坊?」
裕子の腰に回した手が前で掴まれる。

「どしたん?」
「……き…」
「え?」
「好き…、だよ」
29 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月03日(月)00時04分26秒
「圭……」
「こ…、この気持ちは、たぶん、変わらない。変わってない、と思う。
今のあたしは半年も記憶が足りないけど、でも、裕ちゃんのこと、好……」

圭の言葉が途中で途切れたのは、裕子が掴んだ手に力を込めて振り向いたからだ。

「…好きや」
圭の言葉を奪うように裕子が告げ、そのまま抱きしめる。

「好きやで、圭坊」
言いながら圭を抱きしめる裕子は少し震えていた。

「あたしの気持ちも変わらへん」
耳元で聞こえる声に圭も思わずカラダを震わせる。

「今までも、これからも、あたしには圭坊だけやで」
繰り返される告白の言葉とともに、圭の唇が裕子と同じもので塞がれた。
30 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月03日(月)00時10分50秒
恐らく、記憶にはなくても、何度となく触れ合わせたのだろう。

裕子の唇が慣れたように圭の口のカタチをなぞり、舌は歯列を辿る。
そのまま歯を割られて中へと進入され、
慣れないその感触に圭のカラダは大きく揺らいだ。

「…あっ、ゴメン、つい」

揺れた圭に気付いた裕子が慌てて離れる。
裕子の熱が逃げ、圭は口元を覆いながら俯いた。

「……ゴメンやで。今の圭坊には、キスかて初めてやのにな」
その言葉に対して、圭は微かに、
けれどちゃんと裕子に伝わるような強さで首を振った。

裕子はそんな圭の頭を撫でるだけで、
何も言わないことが気になって圭が頭を上げたそこには、
苦笑いを浮かべる裕子がいた。

少し、淋しそうな瞳で。
31 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月03日(月)00時16分32秒
さっきとは違うその瞳の色にまた胸が切なくなる。

「ゴメン……」
「アホゥ、何で圭坊が謝んねん」
撫でる手が圭の頬に滑る。

「ここはあたしが片付けとくから、圭坊はもう休み? いろいろ、疲れたやろ?」
「でも……」
「ええから。…無理せんと、ゆっくりやってこ?」

裕子の柔らかな微笑みと言葉が、
切なさを訴えて昂ぶる圭の心もやんわりと鎮めていく。

「…うん」
「おやすみ」
「…おやすみ、裕ちゃん」

再び圭に背を向けて洗い物を始めた裕子の言葉に従い、圭はゆっくり二階へと上がった。
32 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月03日(月)00時21分39秒
自室に入り、扉を閉めてからゆっくり自分の唇に触れる。

裕子が、触れた、その唇に。

まだはっきり残る感触に、圭は自分のカラダが熱くなっていくのを感じていた。

裕子の口振りではキス以上のこともしていたようで、
ますますカラダは火照っていく。

それでも、裕子に求められれば、
圭はそれを受け入れることに何のためらいも持ってなかった。

裕子が好きだった。

両親を亡くし、一緒にやっていこうと言ってくれたときから、ずっと。

たとえ記憶がなくてもその気持ちは変わってない。
自分の気持ちなのだ、そのことに間違いはない。

周囲の雰囲気や面影が変わっても、この気持ちは変わらないものだと、
圭は信じて疑わなかった。
33 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月03日(月)23時27分51秒
おおっ、こんなところに瑞希さんが!
雪でも花でも…ファンです。
こちらも、応援してます!
34 名前:瑞希 投稿日:2001年12月04日(火)00時15分27秒
>33さん
ふ、ファンだなんて、恐れ多い言葉です…(照
頑張りますっ。


では、続きです。
35 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時16分36秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
36 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時22分36秒
季節は足早に過ぎ、夏ももう終わりになろうとしていた。

幸いなことに、圭の記憶は毎日少しずつではあったが確実に戻り始め、
退院直後はさすがに戸惑い気味だった接客も、
10日もたたないうちに、常連客の顔と名前を思い出すことが出来ていた。

梨華が初めてこの店に来たときのことも、
真里が卒業式を終えたその足で美容院に行き、
金髪に染めてから店に卒業報告に来て裕子と圭を驚かせたことも、
真希が高校の入学式当日に寝坊して遅刻しかけ、
裕子がくるまで学校まで送って行ったことも、
この店で起きたほとんどのことを、大きな混乱もなく、圭は徐々に思いだしていった。

勿論、裕子に対する気持ちも薄らぐことなく、
ゆっくりと育むような穏やかな気持ちで、圭の心に染み渡っていた。
37 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時25分32秒
けれど、圭はどうしても、
まだ何か大切なことを忘れているような気がしてならなかった。

小さな、とても小さな空洞みたいなものなのに、
でもとても大切で、『忘れている』、という確信さえ起こる何かが、
圭の記憶にはあった。

なのにそれはいつまでたっても思い出すことが出来ず、
最初は躍起になって思い出そうとしていた圭も、
次第に思い出す、という行為自体を諦め始めていた。
38 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時28分18秒
そして、もうひとつの疑問。

圭が記憶を失くした日、交差点で事故に巻き込まれそうになったあの日、
いったい誰が、圭の腕を引っ張ったのか。

それを目撃した者はひとりもいない。

確かに腕を引っ張られた。
圭はそれを強く自覚しているのに。

圭にとって命の恩人でもあるその『誰か』は、
事故から3ヶ月近く過ぎた今になっても、まだ、不明のままだった。
39 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時32分48秒
「いらっしゃいませ」

隣で、愛想のいい真里の応答の声がして、圭はハッとして頭を上げて真里に続けた。
「…いらっしゃいませ」

若い男女のカップルが入口で店内を見回している。
「窓際、いい?」
男が言い、真里が笑顔で頷く。

ふたりを誘導する真里を見ながら、圭は小さく息を吐き出した。

いくら昼食時の人波が引いた直後で客が少ないからと言っても、今は勤務中である。

圭はそんな自分に叱咤して、きゅっ、と口を結んだ。
40 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時37分04秒
その圭の肩を、カウンターの奥にいたはずの裕子がそっと撫でる。
「……しんどいんか?」

見逃してもおかしくないほんの僅かな違いにも気付く、
裕子の思いやりが圭には嬉しい。

「ううん、ちょっと考えごとしてただけ。大丈夫」
「そうか? ならええけど」

裕子の言葉と笑顔を視界に入れてすぐ、来客を知らせるドアベルが鳴る。

「いらっしゃ……って、なんだ、真希か」
「なんだとはなんだよー」

下校途中なのだろう、制服姿の真希がぷうっと頬を膨らませた。
41 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時40分42秒
「どしたん? 今日は石川、入ってへんで?」
圭の肩に手を置き、更にそこに顎を乗せながら、裕子がニヤニヤ笑う。

「知ってるよぉ。今日のゴトーは純粋にお客様なんですぅ」
唇も尖らせて話しながらドアを抜けて入ってくる真希の背後には、
彼女と同じ制服を着た少女がいた。

「友達も一緒だよー」

真希に促されて入って来たのは、彼女よりは幾らか背は高いのに、
表情にはまだまだ幼さを残している少女だった。
42 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時44分38秒
「はじめまして、吉澤ひとみです」

ぺこりと頭を下げ、にっこり微笑んだその顔を見た瞬間、
圭は自分のカラダが凍り付いたような気分になった。

持っていたトレイを落とし、それが耳障りな不快音となって店内に響く。

圭の様子が変わったことに、
オーダーを取り終えてカウンターの近くまで戻ってきた真里だけでなく、
そこにいる誰もが眉をひそめた。

「……ウソ」

震え始める手で口元を覆った圭の口からそれだけが声になる。
43 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時48分44秒
圭が忘れていた、『何か』。

まるで、それまで不揃いに欠けて未完成だったパズルが、
ふとしたことで一気に揃ったような勢いで、それは圭の脳裏に蘇ってきた。

あの微笑みを知っている。

でもそれは、もうずっと昔のものだ。
圭がまだ、子供の頃に見たものだ。

そんなはずはない。
有り得ない。

でも、あの微笑みを忘れていた、ということが、罪悪感にも似た感情をもたらす。

圭と目が合ったひとみが少し困ったように眉尻を下げた。

周囲の空気が薄くなったような気がして、呼吸さえもしづらくなる。
44 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月04日(火)00時53分01秒
「…圭坊?」
裕子の声が遠い。

「圭ちゃん?」
真希の声も。

「どしたの? 真っ青だよ?」
真里の声も。

なのに。

「……大丈夫ですか?」

はっきり残るような明確さで、それは圭の頭に直接響いてきた。

ひとみの声が。
あのときと同じ響きを持つ、その声だけが。

プツリ、と何か切れたような感覚に襲われ、そのまま、圭は膝から力を失くし、
背後の裕子に抱きとめられたあと、気を失った。
45 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月06日(木)02時31分59秒
瑞希さん見っけ!!

って、カナリ発見遅いですね…

今回もやすよしのようで…瑞希さんのやすよし推しの私としては楽しみでたまりません!

でも、よっすぃ〜やっと登場なのね…
裕ちゃんもまた切ない役どころになるのでしょうか…

続きが楽しみです。
46 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月06日(木)11時39分19秒
僕も今見つけた所(遅)
今回は、よっすぃー出ないのかぁ…と思ってたら。
出てきましたねぇ…。
しかも、なんか重要っぽい役どころ?みたいで…(本当にそうかは不明ですが(笑))
瑞希さんの書く、やっすーは…なんか好きですねぇ…。
前作も話にのめり込んでったんですが…今回も最初からすでにはまってます
続きが楽しみです…無理せず…頑張ってください。
47 名前:瑞希 投稿日:2001年12月07日(金)23時59分59秒
>45さん
あうっ、見つかった(w
>よっすぃ〜やっと登場…
ハイ、自分で書いてても遅すぎと思ってます…(w

>46さん
はうっ、見つかっちゃった(w
重要っぽい…かどうかは、読んでのお楽しみ、ってコトで… <何か偉そう(汗


えっと、以前のような更新の早さは無理そうなんで、
今後は更新のたびにageようと思います。
ので、レスは、sageで、お願いいたします。


では続きです。
48 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時01分29秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
49 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時05分49秒
それは、圭が小学生になって初めて迎えた冬。

近所の友達と、学校の近くにある公園で遊んでいた圭は、
辺りが夕暮れになり、視界があやしくなる前に友達の母親が迎えに来たので、
途中まで一緒に帰った。

家の近くでその友達と別れた途端、自宅まではすぐなのに、
辺りの薄暗闇に淋しさが込み上げてきて、
その心細さを紛らわせるように、ひとりで歌を歌いながら家路を急いだ。

角を曲がり、あとはその先の道路を渡れば、すぐ前に喫茶店の看板を掲げた自宅が見える。
50 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時09分48秒
そのときの圭は、生まれながらの慣れた土地に油断していた、と言える。

道路を横切る前、圭は左右の安全確認を怠ってしまった。

相手も、まさか子供が飛び出して来るとは思わなかったようで、
急ブレーキの音が響き渡る。

けれど、その事態にカラダを竦ませて身動き出来なかった圭を、
横から飛び出してきた誰かが抱きしめ、そのまま向こう側へと転がって、惨事は免れた。

小さい圭のカラダは、守られるようにすっぽりとその誰かの腕の中におさまり、
怪我ひとつない。
51 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時14分37秒
「……圭、ちゃん?」

ためらい気味に圭の名前を呼んだ命の恩人は、見知らぬひとだった。

事故を免れたことを幸いと、
急ブレーキを踏んだ人間は慌しく車を発進させて走り去る。

「……怪我、してない?」

圭に向かって心配そうに尋ねたそのひとは、圭の頷きを見てにっこり微笑んだ。

柔らかそうなウェーブがかった茶色の髪と、ふわりとした優しいその微笑みは、
夕闇なのに、ひどく鮮やかで。

綺麗なひとだと、ぼんやり考えながら見とれていた圭を、
急ブレーキの音を聞きつけて玄関を開けた近所の住人の声が引き戻す。
52 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時18分01秒
「……何で、あたしの名前、知ってるの?」

圭の問いかけに、そのひとは困ったように首を傾げて言った。

「……秘密」

それだけ言うと、そのひとは、圭の前から去った。

いや、正確には、『消えた』。
すうっと、はっきり目に見えていたその影を次第に薄くさせて。

「あの…?」
圭が声を出したとき、もうその姿は完全に消え失せていた。

圭の肩に守るようにあった、ぬくもりだけを残して。
53 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時22分17秒
圭の話は、勿論誰も信じなかった。

実際に体験した圭自身でさえ夢のような出来事に思えていたので、
信用されなかったことに傷つきはしても、
子供ながらに、仕方ないことかも知れないと、信じてくれる人を探すのは諦めた。

でも、誰が信じなくても、自分だけは絶対に忘れない、と圭は誓った。

次に会えたら、お礼を言わなくてはいけない。
だから、絶対に忘れない、と。

何故か圭は、そのひとにもう一度会えるような気がしたのだ。
約束も、根拠も何もなかったのに、確信だけが圭のその気持ちを強めていた。
54 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時26分26秒
けれど、圭がそのひとに再び会うことはなく、年月だけがどんどん過ぎ去り、
例の事故で半年間の記憶を失った圭は、
その恩人の顔もそのとき同時に忘れてしまっていた。

絶対に忘れないと誓った、そのひとの笑顔だけでなく、
助けてもらったという、そのこと自体も。

なのに、真希が連れてきたひとみは、その恩人と同じ姿をしていた。
外見だけでなく、声も同じ響きをしていた。

十年以上も前の出来事なのに、圭の前に現れたひとみは、
圭の記憶の恩人と、まったく同じ容姿だったのだ。
55 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)00時29分21秒
色褪せはじめていた記憶の中で、ひとみとその恩人の姿が重なり、
鮮やかに浮かび上がって圭のカラダを震わせる。

そんなはずはない。
有り得ない。

なのに、圭のカラダの震えは、なかなかおさまらなかった。
56 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時31分43秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
57 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時35分32秒
圭が目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。
傍らには心配そうに自分を覗き込む裕子がいる。

「……あ、れ? あたし…?」
「倒れたんや。大丈夫か? あ、ええから、寝とき」
起き上がろうとした圭のカラダを裕子がベッドに押し戻す。

「病院、行くか?」
「いいよ、大丈夫。…それより店は」
「矢口と真希がやってくれてるよ」

真希の名前が出て、圭の脳裏にひとみのことが思い出される。
58 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時39分45秒
「……真希の、友達、は?」
「吉澤さんやったら帰ったよ。学生寮に住んでるねんて」
「…ふうん」

他人の空似だ。

圭が心の奥で自身に呟いたとき、
「圭坊、吉澤さんと知り合いなん?」
裕子が、さっきよりも心配そうな顔で尋ねた。

「ううん、全然。…ちょっと、知ってるひとに似てただけ」
「別人なん?」
「うん。だってそのひと、あたしよりもずっと年上のはずだもん」

成人した大人には見えなかったから、少なくとも高校生ぐらいだろう。
だとしたら、今の裕子より年上のはずだ。
59 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時42分58秒
「…あんまり似すぎてて、びっくりしてさ。忘れてたんだよね、そのひとのこと」

絶対に忘れないと、あんなに強く誓ったのに、
助けてもらったということすら、忘れていた。

「…どんなひと?」

裕子の問いかけに、圭は思わず苦笑した。
信じてもらえないと判りきってることを話すのは、少しためらいがある。

「あ、別に言いたくないんやったらええねんで?」

圭の体験を、恐らく裕子は笑ったりしないだろうけれど。
60 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時46分48秒
「……今度、ゆっくり話すよ」

圭自身、まだ、心の整理が行き届いていない。

ひとみは、あまりにも似すぎているから。

「あんまり、無理せんときや? しんどかったらそう言うて」
「大丈夫だよ」

圭が微笑んでそう言うと、
裕子はそっと圭の髪を撫で、ゆるりとその額に唇を落とした。

「……圭坊に何かあったら、あたし、どないしてええか判らんよ」
「大丈夫だってば」

顔中に降らされてくるキスに、圭のカラダも熱を帯びてくる。
61 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時50分35秒
「…ん、ダメだよ…、裕ちゃ…」
「何で?」

裕子の唇が圭の耳元に滑り、吐息が触れる。

「…矢口達が……」
「仕事しよる」
「余計、ダメだって…」
「ここまでは上がって来んよ」
「…でも」
「ほんなら、キスだけ」

圭が頷くよりも早く、唇が塞がれる。
息さえ飲み込まれるような深いキスに、圭も応えるように裕子の背に腕をまわした。
62 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時54分46秒
圭の口の中に何の躊躇もなく裕子の舌が差し込まれてくる。

歯の裏を舐められる感触に、圭の背筋がゾクリと震えた。

それを感じ取ったように圭から離れ、裕子が耳元で囁く。

「…なあ、圭坊。やっぱり…、アカン?」

拒めというのか。
カラダに火をつけておいて。

「イヤやったら、やめとく」

「……ズルイ」
短く告げて、圭から裕子に口付ける。

「……判ってる、くせに」
63 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月08日(土)23時59分30秒
呟きのような承諾の声に裕子がニヤリと笑う。

「じゃ、遠慮なく…」

と、裕子が再び圭の唇を塞ごうとしたとき、裕子のポケットにあるケータイが鳴った。

「…っ、誰やっ」

面倒くさそうに上体を起こしてケータイを取り出し、
ディスプレイを見た裕子の眉が歪む。

「…もしもし? どないしてん?」

何となく気恥ずかしくなって目線を変えた圭の耳には、
ケータイを通した真里の声が聞こえた。

内容までは聞き取れなかったけれど、
何だか少し急いている様子なのは伝わってきた。
64 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月09日(日)00時03分57秒
「……うん、判った。降りるわ」
終話ボタンを押して深く息を吐き出す。

「…忙しいって?」
「うん。えらい混んできたらしい。そろそろ夕飯時やしな」

「じゃああたしも…」
「いや、圭坊はまだ寝とってええよ」
「でも、矢口と真希に悪いし…。
それに、真希はともかく、ホントなら矢口はもう上がっててもいい時間じゃん」

「…せやけど、大丈夫か?」
「うん、もう平気。…行こ?」
ゆっくり起き上がってベッドを下り、身なりを整えてから裕子より先に部屋を出る。
65 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月09日(日)00時08分47秒
そんな圭の腕を背後から裕子が捕まえた。

「? 裕ちゃ……」

圭の声は、裕子の唇によって奪われる。

「……夜までおあずけ喰らうんやもん、ちょっとぐらいええやろ?」

離れてニヤリと笑い、もう一度圭の口を塞ぐ。

下へと降りる階段の手前で、柱に押し付けるように抱きしめながら、
裕子は何度も何度も自分の舌と圭のそれとを絡ませた。

裕子からのキスを本心からは抗えない圭の思考が次第に白濁していき、
膝からも力が抜けてズルズルとしゃがみ込む。

「……ほな、先に降りてるわ。圭坊はゆっくりおいで」
66 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月09日(日)00時12分45秒
ニヤニヤした笑顔で言って、裕子が圭の頭を撫でてから降りていく。

圭は、自分の唇に手で触れながら、大きく溜め息を吐き出した。

結局、相手が裕子では、自分はいつまでたっても子供のような気がした。

遊ばれているとは思わなかったが、
それでも裕子にはいつも余裕があるように見えて、適わないと思う。

七つの歳の差を、思い知らされたりもする。

恐らくそれも、先に好きになった人間の弱みなのだろうけれど。

まだ少し力の入らない膝を撫でながら、それでもゆっくり、圭は立ち上がった。
67 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月09日(日)00時16分03秒
そしてふと、階段を降りている途中でひとみの顔が浮かんだ。

眉尻を下げて、困ったように圭を見たひとみの顔は、
幼い頃の記憶のあのひとと酷似していて、胸の奥に不快な靄がかかる。

けれど、同一人物であるはずがない。

圭の命の恩人が、今、
当時とまったく同じ姿で存在するなんて有り得ないのだから。

圭は大きく息を吐き出すと、軽く頭を振ってから店に戻った。
68 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月09日(日)13時05分47秒
あのー今見つけたんですけど・・・逮捕されますか?(w
いつの間に、おかしいな・・・新作を探し回ってたのに。ふむ。
またもや話しにグイグイ引き込まれていきます。
UKかと思いきや、ムフフで作者さんの話しはいつもほんと面白いです。
これまた、最後までお付き合いさせていただきますよ〜。
69 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月12日(水)01時34分56秒
又姐さんは・・・
せつないのか?
70 名前: 投稿日:2001年12月12日(水)05時49分26秒
んあ゛ぁっ! 今頃になって発見致しましたっ!! 遅くなりましたっ!!!

瑞希さん&KU(よしやすも)大好っき〜なので、ただ今、萌え萌え中でございます。
>・・・・・・夜までおあずけ喰うんやもん
・・・自分も『おあずけ』されてる気分です。(^^;

更新、楽しみにしております。 マイペースにがんばってくださいね。
71 名前:瑞希 投稿日:2001年12月12日(水)23時40分28秒
>68:名無し殺生さん
では、逮捕しましょう(w
やっと見つけてくれましたか〜、ageた甲斐がありました〜。

>69さん
うーん、どうでしょう… <ヒトゴトみたいに言うなって…
あ、次回からレスはsageでお願いします(^^;

>70:Nさん
全然遅くないですよ〜、まだ始まったばっかなんで <え?
よし、また近々Nさんに萌死んでいただこう… <ヲイ


では、続きです。
72 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月12日(水)23時41分22秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
73 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月12日(水)23時45分30秒
ひとみとの再会は、意外に早く訪れた。

世間では日曜日という休日の午後、圭は裕子に頼まれた食材などの買い出しのため、
駅前の商店街まで来ていた。

この通りは、圭が記憶を失くした例の交差点にも近く、
事故から半年近くたった今でも、
そこに近付くたびに圭のカラダは自然と強張ってしまう。

勿論、今はもうヘッドフォンをしながら歩いたりはしないけれど、
それでも、いつも通りに買い物袋を抱え、
問題の交差点で信号待ちをするときは緊張感があった。
74 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月12日(水)23時49分19秒
人波を避けるように少し離れて立とうとして一歩退いた圭に、
走ってきた小学生ぐらいの子供がぶつかる。

「ごめんなさーい」

無邪気に謝って駆け出して行くけれど、
圭の抱えていた荷物の中から缶詰がひとつ転げ落ちた。

拾おうとしゃがみかけた圭より先に、
すっと横から手がのびてきてそれを拾われる。

「…あ、ありが……」
「あれっ?」

拾った缶詰を差し出した相手に、圭のカラダが凍りつく。

ひとみだった。
75 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月12日(水)23時52分27秒
「…えーと、保田さん、でしたっけ?」

柔らかく微笑む、自分より背丈のある幼い少女に、
圭は何故かドキドキしながら頷いた。

「偶然ですね」
「……う、ん」

答える声が震えてしまうのは、どうしてだろう。

「もう大丈夫なんですか?」
「え? 何が?」
「だって、この前いきなり倒れちゃったから」

あ、と思い出してカラダを揺らした圭のもとからまたひとつ缶詰が落ちる。
76 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月12日(水)23時57分29秒
「おっと」
しかし、それが地面に落ちる前に、ひとみは上手にそれを受け止めた。

「すごい荷物ですね。半分持ちますよ」
「えっ、でも…」
「いいですよ、どうせ通り道だし」

圭の答えを聞くより先に、ひとみは圭の左手にあった荷物を取った。

裕子が、ひとみが学校の寮で暮らしていると言っていたのを思い出す。

真希やひとみ、そして梨華も通う高校は、圭達の店の前が通学ルートになっていて、
更に寮への道も、一度圭達の店の前を通らねばならないから、
ひとみの好意を断る理由はない。
77 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時00分47秒
それに正直、圭は助かった、と思っていた。
実際にはかなり困っていたから。

裕子から指示された食材の他にも、
安売りしていたものを幾つか買い込んでしまった圭の荷物は、
最終的には両手が塞がるほどになってしまっていて、
ついさっきまで、タクシーで帰ろうかとさえ思っていたのだ。

けれど駅前から店までは歩いても15分程度。
結局、節約と運動不足解消を思って徒歩を選んだのだが。
78 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時04分51秒
「……ありがと」

圭の言葉にひとみは柔らかく微笑む。
邪気の見えないその笑顔は、やはり圭の記憶に残る恩人と、とてもよく似ていた。

恩人の彼女にはあっても、ひとみに対しては何も疚しいことなどないのに、
圭はひとみから目を逸らし、
右腕だけで抱えていた買い物袋を自由になった左手とで抱え直した。

「……保田さんって、どっかカラダ、弱いんですか?」

並んで歩き出しても、何となく会話しづらくて黙っていると、
ひとみのほうから切り出してきた。
79 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時08分35秒
「え? 何、急に」
「急って言うか…、やっぱ初対面でいきなり倒れられちゃうと、
さすがに気になっちゃいますよ」

見上げた先の苦笑いに、圭も少し苦笑する。

「ああ、アレか。……別に、カラダは弱くないんだけど」
「…けど?」

「……吉澤さん、だっけ」
「はい」
「アンタさ、あたしの知ってるひとにすっごい似てるの。
見た目だけじゃなくて、声も」
80 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時12分01秒
「えっ? そうなんですか?」
「うん。だからビックリしてさ。だって、ホントだったらそのひと、
あたしよりずっと年上のはずなのに、昔のまんまの顔なんだもん」

時間にすれば3分程度の出来事なのに、
今でもハッキリ思い出せるくらいの鮮やかな記憶。

一度忘れたせいなのか、
その記憶は今、圭にとって何より鮮明な、過去の記憶だった。

「まあ、世間には自分と同じ顔が3つあるっていうから、
他人の空似だってわかってるんだけどさ」

「……でも、それぐらいで倒れちゃったりするもんなんですか?」
81 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時15分45秒
確かに、今思えば、あの程度で気絶した自分もどうかとは思うが。

「……ちょっと、いろいろあったからさ、あたし」
「いろいろって?」
「……真希から聞いてないの?」

圭が眉をひそめて見返すと、ひとみは、きょとん、と首を傾げて頷いた。

話すのは別に構わなかったけれど、
まだ会って2度目の少女に話して聞かせるような内容でもないと、圭は思った。

「……話すと長くなるのよ」

曖昧に返したとき、ふたりは店に帰り着いた。
82 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月13日(木)00時21分31秒
「ありがとう、助かった」
「いえ」
にっこり笑ったひとみに、圭の心も和む。

「よかったら寄ってって。ジュースくらいならご馳走するよ」
「いいんですか?」

遠慮がちな口調でも、目元には圭の申し出を喜んでいるのが窺えて、
思わず圭も微笑んだ。

「いいよ。もう知らない仲でもないし」
「…はいっ」

頷いたひとみの笑顔は、歳相応の、幼くて無邪気なものだったが、
それは記憶の中のひとと酷似していて、やはり、圭を少し戸惑わせたけれど。
83 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月13日(木)00時54分17秒
うう〜…吉澤と保田の関係が気になります。
中澤姐さん・・・
更新お疲れサマです。またがんばってください。
84 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月13日(木)01時04分10秒
逮捕は全部読破してからで(w
よっすぃ〜なんかぁゃιぃなぁ。そのステキ過ぎる笑顔の裏は?
裏も笑顔?オヨヨ・・・。
圭ちゃん、ほんとに少しだがよっすぃ〜サイドに流れてるなぁ。
これからどうなる。三角関係大すっきー!
85 名前:P 投稿日:2001年12月13日(木)13時11分50秒
瑞希さんハケーン!今回もやすよしのようで…
前回とちがって、今回はちょっと穏やかな感じがしますね。
(始まりだからかもしれないですが)
これからどうなるのか、非常に楽しみに待ってます〜。

86 名前:瑞希 投稿日:2001年12月14日(金)23時18分02秒
>83さん
メインは一応中澤さんも含めた3人なんですが…(汗
このままだと、雪板以上に切ない中澤さんになりそうです… <何

>84:名無し殺生さん
仕方ないですね、それまでは泳がせてあげます。
ENDマークつけたら、覚悟しててくださいね(w
ちなみに、今回のよっすぃーは、黒くないです、ハイ。

>85:Pさん
あうちっ、また見つかった(w
確かに、雪は始まりから既にイタかったから、こっちは穏やかですな〜 <またヒトゴト?


では、続きです。
87 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時22分54秒
次に圭がひとみと会ったのは、その週の木曜。
真希と一緒に、再び店にやってきた。

「梨華ちゃーん、1時間ぶりだねー」

店に入るなり、ゴロゴロと喉を鳴らせる猫みたいに梨華に擦り寄って抱きつく真希を、
ひとみはニコニコ笑いながら眺めている。

それを見て、カウンターの奥にいる裕子に圭が目をやると、
呆れたように、けれど決して非難めいた意味を含まず、裕子は肩を竦ませた。

「真希、補習やってんて?」
「え? やだ、裕ちゃん、何で知ってんのぉ?」
88 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時27分26秒
「石川が教えてくれた」
圭が続けると、真希は少し頬を膨らませて梨華を見る。

「梨華ちゃん、バラすなんてヒドイよぉ」
「ゴメーン」
ちっとも気持ちが入ってないような梨華の声に、真希はますます拗ねて唇を尖らせる。

そんなふたりを笑って見ていた圭とひとみの視線がかち合い、
ペコリ、と一礼してから、ひとみは圭のもとへとやってきた。

少し迷ってから、圭が立つすぐそばのカウンター席に座る。

「何か飲むか?」
座った途端、奥から裕子に声を掛けられ、ひとみの視線がそちらに向く。
89 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時30分24秒
「えーと…、ミルクティーください」
「オッケー。真希は? 何飲む?」
「裕ちゃんのおごりー?」
「…石川のバイト代から引いとくわ」
「えー、そんなぁ」

自分以外の人間のやりとりを聞いていただけの圭が、
笑い出しそうになる自分の口元を手で隠そうとして、またひとみと目が合った。

何度も目が合う、というのは、
どちかが意識的に相手を見ているからだ、と知っている圭は、
ひとみのその視線を不快に感じた。
90 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時33分54秒
「…何よ?」
答える声も、つい乱暴になる。

圭の声色に心情を察したのか、ひとみの表情が曇った。

「……ごっちんから、聞きました」
目線を落として、ぽつりと告げる。

「何を?」
「……いろいろあったって、言ってたじゃないですか」

ひとみの台詞は、数日前の自身の台詞だった。

「……ああ、そう」
「大変だったんですね」
91 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時37分16秒
「…別に。もうほとんど思い出せてるし。
あとは普通に、誰でも忘れてるようなことぐらいなだけ」

たとえば、昨日の同時刻、自分が何を喋っていたか、とか、
1週間前は何を考えていたか、とか、1ヶ月前はどんな服を着ていたか、とか。

「そうなんですか?」
「…うん」

たったひとつ、判らないことがあるだけだ。

それを飲み込んで圭が頷いたとき、
「どーぞ」
カウンターから、裕子が湯気の立ち昇るミルクティーを差し出した。
92 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時40分35秒
「あ…、どーも」
そのとき、確かに微笑んでいるのに、
何故か圭には裕子が笑っているようには見えなかった、

「ゆう…」
呼ぼうとした声は、店の電話が鳴って遮られる。

「はい、もしもし。…あ、うん、どしたん?」
応対に出た裕子の様子で、相手は親しい人間なのが判る。

「えっ? 大丈夫なんか?」
しかし、急に声だけでなく顔付きまでが険しくなって、
圭の胸の奥がザワつき始める。
93 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時45分18秒
「うん…。うん、ええよ。こっちは大丈夫やし、気にせんと」
裕子の様子は、圭だけでなく、梨華も、真希も、そしてひとみをも黙らせた。

「うん、判った。…うん。ほな、また何かあったら電話しといで」
ゆっくり受話器を置いて、裕子は深く息を吐き出す。

「誰から?」
圭が問うと、裕子が神妙な顔付きのまま振り返った。

「…矢口、家の階段から落ちて、足、捻挫しよったらしい」
「ええっ?」
「たいしたことはないらしいんやけど、でもさすがに動かれへんから、
しばらく店には来られへんて」
94 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時50分21秒
口調から、言葉通りに真里の怪我がひどくなさそうなのは伝わったけれど、
裕子の顔付きが意味する本当の理由も判って、圭も眉をしかめた。

「…問題は、明日からの3連休やな」
「……だね」

「…石川と真希、明日から旅行行くんやったよな」
裕子の言葉に、梨華と真希は揃って頷いた。

「…ごっちんの誕生日に合わせて日程組んだから…」
「困ったなあ…。あたしはあたしで友達の結婚式あるから実家に戻らなアカンし…」

ついでに里帰りもしたいと言ってたのを圭も覚えている。
95 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時55分34秒
「で、でも、圭ちゃんひとりで店やるの、大変でしょ?
だったら旅行中止にしてもいいよ?」

真希の申し出は、圭にはとても有り難いものだったけれど。

「バーカ。アンタだってこの日のために頑張ってお小遣い貯めてたんでしょ?
大丈夫よ、ひとりでも」
「いや、ひとりでなんて無理や。…ええよ、あたしが残る。結婚式、欠席するわ」
「裕ちゃんまで何言ってんの! 里帰りだって久々でしょ!
裕ちゃんのお母さん、あんなに会いたがってたじゃないの!」

先日、裕子の母親から新幹線の到着時刻を尋ねる電話が掛かってきたとき、
彼女の母親は、久しぶりに娘に会えると、とても喜んでいたのだ。
96 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月14日(金)23時58分19秒
「……あたしのために、今までほとんど帰ってなかったんじゃん。
たまには親孝行してあげなよ」
「けど…」
「ホントにひとりで大丈夫だって。無理そうなら早めに閉めるし」

まだ心配気な裕子を見て、圭は小さく笑って見せる。

「…あのー」

すると、それまで傍観者だったひとみが軽く手を挙げて言った。

「あたしでよかったら、手伝いましょうか?」
「えっ?」
97 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月15日(土)00時02分25秒
「ほら、あたし、寮だし、
他のみんなみたいに連休だからって行くトコも帰るトコもないし…。
それに、ごっちんも梨華ちゃんもいないんなら、遊んでくれるひといないし」

「……いいの?」

正直、ひとりで店を開けることに少なからず不安めいたものがあった圭は、
ひとみの申し出に、素直にそう切り返していた。

「役に立てるかどうか、自信はないですけど」
「でも」

それに対して異論を唱えたのは裕子だった。
98 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月15日(土)00時06分26秒
「吉澤さん、今までこういう仕事したことあるん?
初めてやったら、結構キツイで?」

「それなら大丈夫だよ! よっすぃー、体力だけは自信あるひとだから」
「体力だけって何だよ、ごっちん!」
「あ、ゴメンゴメン、言い直す。運動神経だけはいいから」
「だから、だけって言うなっ」

ひとみが振り上げた手から逃げるように梨華のうしろに隠れる真希。

そのやりとりを笑って見ていた圭は、
まだ少し不満そうにしている裕子に気付いて、そっとその腕に触れた。

「何が気に入らないの?」
「気に入らんっていうか……」
99 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月15日(土)00時10分11秒
裕子の声を聞いたひとみが不安そうに振り向いたけれど、
裕子はひとみからは目を逸らし、圭を見た。

「圭坊はええの?」
「あたし? あたしは別に…、助かるって思ったけど」
でも、裕ちゃんがイヤなら断るよ?

圭の心の声が聞こえたのか、裕子の眉尻が下がる。

「……圭坊がええんやったらええわ。
ほな、吉澤さん、明日の昼から日曜の夕方まで頼んでええか?」

嬉しそうに頷いたひとみを手招き、カウンターの奥へ誘う。
100 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月15日(土)00時14分31秒
「今のうちに一応簡単に手順とか教えとくわ」
「はい」

ひとみが頷き返したとき、ちょうど来客を知らせるドアベルが鳴り、
圭も梨華もそちらに目を向けた。

何となく、
それまでは裕子のひとみに対する接し方があまり好意的に思えなかった圭も、
真剣に手順を教えている裕子の横顔に、それ以上深く考えることはしなかった。


ただ、その夜の裕子は、
何故か少し不安そうな目をして、圭を抱きしめて眠ったのだけれど。
101 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月15日(土)00時46分53秒
ここでも姐さんは・・・(涙
いつか一回だけでいいのでKUで姐さんを幸せにしてください(w

ここでも・・・どっかで誰かと救出を・・・
102 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月15日(土)02時46分54秒
3連休が楽しみですな〜。ふふふ・・・よしやすを推す身としては。
よっすぃ〜がバイトを手伝うのを機に二人の間が
もっと近づいてくれれば、これ以上にない喜びですな。
既に逃亡の準備は出来ています。ニヤリ

103 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月16日(日)16時54分45秒
連休中にヤられちゃうのかな…

( `.∀´)<ヤられる言うな!
104 名前:瑞希 投稿日:2001年12月16日(日)23時23分17秒
>101さん
うう、ごめんなさひ…(汗
が、頑張ってみます…(滝汗

>102:名無し殺生さん
一応、「よしやす」(「やすよし」?)がメインなんで、
この二人を絡ませないとね〜、話がね〜、進まないってゆうか〜(^^;

>103さん
こ、こっちのよしこはあっち(雪)と違うんで、
それは大丈夫だと…(w


では、続きです。
105 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時26分46秒
翌朝、裕子は朝の仕込みをしてから少し大きめの荷物で店を出た。

店を出てすぐ現れたひとみに、
裕子が何か話しているのがドアのガラス越しに見えて、
圭はグラスを磨きながらぼんやりとそれを見ていた。

ひとみは苦笑いして頷いたけれど、
裕子は何故かまだ納得いかなさそうにひとみを眺めている。

けれど腕時計で時間を確認すると、
店の中の圭に手を振ってから、慌ただしく駆け出して行った。
106 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時29分02秒
「おはようございます」
「おはよう。でも早いじゃない。昼からでよかったのに」
「…寮にいても、することないから」

似合わない苦笑いの理由をあえて深く追及しないで、
磨き終えたグラスを棚に戻し、圭は自分のエプロンをひとみに差し出した。

「これ使って」
「はい」
107 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時31分33秒
「…えーと、じゃあとりあえず、掃除から頼もうかな」
「はい」

嬉しそうに頷いたひとみの笑顔はやはりとても柔らかく、
ふと、その笑顔に心を和ませている自分に気付く。

心のどこかで裕子のいない3日間を不安に思っていた圭も、
不思議と、ひとみがそう思わせないでいてくれるような気がした。
108 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時34分28秒
滞りなく1日目を終え、入口の看板を下げたときに裕子から電話が掛かってきた。

「どうやった?」
「うん、全然大丈夫。吉澤も頑張ってくれたよ」

丁寧に椅子を拭いているひとみを見ながら言うと、
自分の名前が出たことでひとみも頭を上げた。

そのひとみに判るように口の動きだけで裕子の名前を告げると、
納得したように頷いて、再び椅子の汚れを拭っていく。
109 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時37分31秒
「…何や、呼び捨てしてんの?」
「だって、石川のことは呼び捨てしてるのに、
あの子より年下の子にさん付けって、何かヘンな感じしてさ」

「…ふうん」
「? 何? 何か言いたそうだね?」
「いや、別に」
「ホントに? 何か裕ちゃん、昨日からヘンだよ?」

「ちょっと気にしすぎてたみたいや。ホンマ、何でもないよ。
でも、何とかやれたみたいで安心したわ」
110 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時41分22秒
「うん。このまま無事に明後日までやれそうだし、
裕ちゃんもお母さんとか友達に会うの久しぶりでしょ? ゆっくりしてきて?」

「ありがと。でも、なるべく早よ帰るし、戸締まりと火の元にだけは気ぃ付けや?
知らんオッサンに欲しいもん買うたる言われても、ついてったらアカンで?」

「もう! 何年一緒にいるのよっ。そこまで子供じゃないよ!」
「あはは。…ほな切るわ。何かあったらすぐ電話しといでや?」
「うん、判った。じゃあね」
111 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時44分40秒
圭が受話器を置いたのとほぼ同時に、ひとみも椅子の汚れを拭い取れたようだった。

「終わりました」
「あ、お疲れ様。今日はもうあがってくれていいよ」

思いがけず裕子の声が聞けたことが嬉しくて、知らずに圭は口笛を吹いていた。

「……ご機嫌ですね?」
「そう?」

グラスや皿を数える圭の背後で、エプロンを外す衣擦れの音がする。
112 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時47分47秒
「…ひとつ、聞いていいですか?」
「うん?」

ひとみに背を向けたまま答えた圭のうなじに、ちょん、と指が触れる。

冷たかったそれに焦って振り向くと、少し困ったように笑うひとみがいた。

「な、何? 何かついてた?」

触れられたところを撫でながら聞くと、ますます苦笑いになる。

「……もしかして保田さんと中澤さんって、付き合ってます?」
「えっ?」
113 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時50分36秒
「今朝からちょっと、気になってて」
「…何が?」
「中澤さんに言われたんですよ」

苦笑いを崩さず、ひとみは続けた。
「保田さんに何かしたら、タダじゃ済まさないからって」

出掛ける前の、店の前での裕子とひとみのやりとりが圭の脳裏に浮かんできた。

「最初、言われた意味が判んなかったんですけど、
それ見て、気付いたっていうか……」
114 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時53分28秒
それ、と言って、ひとみが圭のうなじを指差した。

「保田さん、気付いてないでしょ?」

ひとみの指が触れた場所。
すぐには理解出来ずにいた圭も、ひとみの苦笑いにだんだん判ってきた。

事態を思って、圭のカラダを一気に熱が走り抜ける。

「ちょっと、赤くなってます」

昨夜、そこに残された、裕子の跡。
115 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月16日(日)23時57分21秒
「…い、いつ気付いたの」
もう遅いと判ってても、圭は手のひらでそれを覆い隠した。

「朝です。でもたぶん、あたしが保田さんより背があるから気付いただけで、
お客さんは気付いてないと思いますよ」

知らなかったとはいえ、
ひとみの目にずっとそれを晒していた、ということが圭を羞恥の塊にさせた。
それを今の今まで黙っていたひとみに、どんな言葉を返せばいいのかも判らなくなる。

顔を見るのも恥ずかしくて、俯くことしか出来ない圭の耳に、
溜め息混じりのひとみの声が聞こえた。
116 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)00時02分12秒
「……あれって、たぶん、クギ刺されたんだろうなあ」

意味が判らず、恐る恐る顔を上げると、まだ少し困ったようにひとみは笑っていた。

「……クギって?」
「……いえ、何でもないです」
苦笑いのまま言って、外したエプロンを圭に差し出す。

「じゃあ、今日はもう帰りますね。また明日来ます」
「あ…、うん、…ありがとう」
「お疲れ様でした」

ペコリと会釈してから、ひとみは店のドアを抜けて行った。
117 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)00時05分14秒
途端、緊張と羞恥が解けて、圭はそのまま床にへたり込んだ。

ひとみが見続けていたであろう、裕子の痕跡部分にそっと手をやり、
また体温が上がる。

裕子が跡を残したのは、恐らくわざとだろう、と、圭は考える。

圭には気付かせず、でもひとみは気付くように、
圭が簡単には見つけられない場所に跡を残した裕子の真意は、
よく判らなかったけれど。
118 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)00時07分50秒
一番不安だった今日が何事もなく終えたぶん、
明日からのことを思って圭の気分が滅入る。

それでも、裕子との関係をひとみにも隠す必要がなくなったことは、
幾らかラクにも思えた。

圭は大きく息を吐き出すと、ゆっくり立ち上がって、店の電源を落とした。
119 名前:P 投稿日:2001年12月17日(月)00時19分15秒
リアルタイムで読ませていただきました。
1日目は何事もなかったようで…
>「……あれって、たぶん、クギ刺されたんだろうなあ」
このへんから考えたら、なんかありそうなんですけどね…

次回の更新も楽しみに待ってます〜
120 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月17日(月)00時50分08秒
姐さんが帰って来てからが楽しみだな〜。
ひと波瀾、ふた波瀾・・・百波瀾とあるんだろうと考えると・・・
もてもてですな、やっすーは。
よっすぃ〜の苦笑いの真意に気付くかやっすー?
121 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月17日(月)01時34分01秒
やっぱり姐さんは・・・そうなるのね(w
作者さん救済求む!!
122 名前:瑞希 投稿日:2001年12月17日(月)23時34分01秒
>119:Pさん
さて、何かあるのかな…? <出た、ヒトゴト発言(w

>120:名無し殺生さん
ひと波乱、ふた波乱…ぐらいはあっても、
まさか百はないと…(ってか、ワタシにはそこまで無理ですよ〜(^^;

>121さん
中澤さん、やっぱり人気あるよなぁ…。
でもまあ、もうしばらくは、本編の展開で楽しんでいただけたらな、と(^^;


では、続きです。
123 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時37分50秒
その日の夜。
早めに眠りに落ちていた圭は、何故かイヤな感じを覚えて目を覚ました。

時計を見ると、まだ日付が変わったばかりなのに、
奇妙なくらいの忘失感が纏わりつく。

ふと、家の戸締まりの確認をしようという気持ちが生まれた。
よく考えれば、店のドアのカギを閉め忘れたような気がする。

「…裕ちゃんに怒られちゃうな」
ぽつりと呟き、そばに置いてあったカーディガンを羽織って階下へと下りた。
124 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時40分46秒
店の電源を上げて、火の元の点検をする。

元栓がちゃんと締められているのを確認して、
今度はカウンターの外側を通り、入口のドアへと向かう。

そこで圭もギクリとした。
ドアのカギが開いていたのだ。

「…あちゃー」
と、圭が声を出したときだった。
125 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時44分56秒
背後に、ビリッと鳥肌が起つような異様な気配がして振り向くと、
そこにはジャックナイフを握り締めて立つ、黒い物体があった。

「!」

真っ黒いライダースーツに目出し帽という、
一見しただけで明らかに不審人物と判る風貌。
体格から、男であるのも判った。

「どろ…!」

圭が大声を出そうとしたその口は、黒い革手袋をした男の手に塞がれる。
126 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時48分18秒
「……喋るな」
ヒヤリ、と、ナイフの不快な冷たさが圭の頬に触れる。

「騒いだら刺すぞ」
低く唸るような声が、今のこの事態が夢でないことを圭に教える。

「…金はどこだ」
口は塞がれているため、答えられない。

圭はガタガタとカラダを震わせながらカウンターの奥を指差した。

圭が指差した先に男が視線を走らせる。
127 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時52分08秒
「…動くなよ。騒いだり、逃げようとしたらブッ殺すからな」

事態の深刻さと、突然目の前に突きつけられた死への恐怖に、
カチカチと歯を震わせながらも圭は頷いた。

それを見てから男は床へと圭を座らせる。
圭が抵抗せずにいるのを満足そうに見遣って、
右手にナイフを持ったまま、カウンターの奥へと向かう。

と、それとぼ同時に荒々しく見せのドアが開き、
来客を知らせるドアベルが小さく鳴った。
128 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時56分21秒
「保田さん!」

恐怖で涙が浮かび、ただ震えるしかなかった圭の目に、見覚えのある顔が映った。

「よし……」

吉澤、と圭の唇が動く前に、ひとみは近くにあったモップを掴んで圭に駆け寄り、
カウンターの奥にいる男に振り返った。

「出てけ、泥棒!」

掴んだモップを振り上げて、ナイフを突きつける男に向かっていく。

ブンッ、と音が鳴るくらい勢いよく振り回した柄の部分が、男の肩に命中した。
129 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月17日(月)23時59分48秒
「…ンのガキ」

しかし、その痛みによろめきながらも、
男の右手に握られていたナイフが鈍い光を放ちながらひとみに向けられる。

それにはひとみも躊躇したように一歩後退った。

「なめてんじゃねえぞ!」

男がひとみに襲い掛かろうとするのを見て、
圭は咄嗟に自分の足元にあった灰皿を投げ付けた。

そしてそれもまた、見事に男の額部分にヒットする。
130 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)00時02分12秒
たとえ軽いものでも命中した痛さは相当なものだったのか、
男は唸りながら顔を押さえた。

そのスキに、ひとみはもう一度モップの柄を振り上げ、
さっきと同じ場所を思い切り殴った。

さすがに同じ箇所への打撃は致命的になったようで、
男は殴られた肩を押さえながら膝をつく。
131 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)00時05分19秒
「さっさと出てけっ、このヤロー!」
「うわあっ」

更にひとみが振り上げたモップの影に気付いた男が、
さっきまで漂わせていた雰囲気を吹き飛ばすくらいの情けない声を出して、
もつれる足取りでそそくさと店を出て行った。

ドアの前に立ち、肩で息をしながら男の走り去る姿を見ていたひとみは、
ハッとしたようにモップを投げ捨てて圭に振り向いた。
132 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)00時08分47秒
「保田さん!」
駆け寄ってきたひとみの、心配そうな顔に圭のカラダが再び震え出す。

「よ…、よしざ、わ…」
「怪我してませんか? 大丈夫? 何もされてません?」

「あ、あたし…っ」
「大丈夫! もうヘンなヤツはいませんから!」
「こ…、怖かっ…」

ひとみの腕が、震える圭をそっと抱きしめる。

「大丈夫ですよ」
133 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)00時13分33秒
耳元に響くひとみの柔らかな声と、抱きしめてくる腕の優しさに、
それまで圭に纏わりついていた不愉快なだけの緊張もゆっくり解けていく。

「…っ、吉澤ぁ…」

圭の背中に回っていたひとみの手が優しく髪を撫でる。

「もう大丈夫ですからね」

恐怖は過ぎ去ったのに、圭のカラダの震えはまだおさまらない。

怯えて震えながら、それでもぎゅっと強くしがみついてくる圭を、
ひとみは、震えがおさまるまでずっと、抱きしめていた。
134 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月18日(火)01時47分41秒
ってこんなとこで止めるんかいっ!ひどいのれす〜(w
こんな目に遭って、王子様が出てきたら、あーたそりゃ〜モゴモゴ・・・だしょ。
よくぞ、王子よ出てきてくれた。やっすーに何もなくてえがった。
ふ〜。さて、どうなるやら・・・ニヤ
135 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月18日(火)17時27分29秒
う〜ん、吉君…良い所で現れたのぉ…。
圭ちゃんが無事で何より。
BUT……。
何故か吉が悪く(怪しく)見えてしまう…。
(↑僕の心は素直じゃないらしい(爆))
136 名前:P 投稿日:2001年12月18日(火)23時08分10秒
うお!なんか面白い展開ですね。やっすぅに何事もなくてよかった…。
でも…こういう恐怖体験の後って、そういう展開に(どういう展開だ)
なりやすいんですよね…人間の心理って不思議ですね(w

つーか、よっすぃカコ(・∀・)イイ!!
137 名前:瑞希 投稿日:2001年12月18日(火)23時14分38秒
>134:名無し殺生さん
きゃっ、そのツッコミ、だいすっき〜(w

>135さん
>吉が悪く…
ゆ、雪板のよしこがあまりにも黒すぎたからかしら…(^^;
でも、タイミングの良さは確かに怪しいですよねえ… <またヒトゴトなのか…


では、続きです。ちなみに次回更新、未定です…(涙
138 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時20分55秒
「…落ち着きました?」

カウンターの椅子に座る圭に、そう言ってひとみがホットミルクを差し出した。

湯気の向こうに、まだ心配そうに自分を見ているひとみがいて、圭は小さく頷く。

牛乳自体、あまり好きなほうではなかったけれど、
慣れない手付きで一生懸命コンロを温めて注いでくれたそれを無下に断ることもできず、
差し出された温かなカップを包み込むように持ち上げ、ゆっくり口の中に含む。

慣れない味でも、程よい熱さが喉の奥へと流れる。
139 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時23分54秒
「…怪我なくて、よかったです」

さっきの事態を思い浮かべるだけでカラダが少し震え、
頬に触れたナイフの冷たさまで蘇ってくる。

「…ありがと。ホント、助かった」
「いえ…」

「……でも、何でこんな時間にこんなトコにいるの?」
「えっ?」
「だってもう夜中よ?」
140 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時27分52秒
「…それは、えーと」
当然とも言える圭の質問に、ひとみは答えに困ったように頭をかく。

「…さ、散歩です。なかなか眠れなくて…、その、ジョギングがてら」
明らかに誤魔化すような苦笑いは、ひとみの言葉の真実味を薄くさせる。

「…ふうん」

けれど圭はそれ以上深く追及しなかった。
事情はどうあれ、助けてもらったことは違いないから。
141 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時30分53秒
「……そろそろ帰ります」

「えっ?」
もう? と続けそうになって、圭は慌てて口を閉ざす。

そんな圭の表情から何を読み取ったのか、
ひとみが小さく微笑んで圭の顔を覗き込んできた。

「……なんなら朝まで一緒にいましょうか?」
「バ…ッ」
「なーんて。…バレたら中澤さんに怒られちゃいますね」

へらっ、と笑って、ひとみは圭から離れた。
142 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時34分16秒
「な、何で裕ちゃんが怒るワケ?」
「…さあ?」

幼い顔には似合わない、どこか曖昧な笑顔が圭を不愉快にさせる。

「…それじゃ。…戸締まり、ちゃんとしてくださいね」
言って、ひとみが圭に背を向ける。

そのひとみが着ているグレーのトレーナーの裾を、圭は無意識に掴んでいた。

うしろへ軽く引っ張られたひとみが少し驚いたように振り返る。
143 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時37分09秒
「…保田さん?」

圭自身、自分の行動に驚いていたけれど、
それでも、俯きながら、呟くように、今思ったことを声にした。

「…ひ、ひとりだと怖いから…、泊まってって」

言ってしまってから、
恥ずかしくて顔から火が出そうな気持ちにもなったけれど、
その圭の耳には、嬉しそうなひとみの快諾の声が聞こえた。
144 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月18日(火)23時40分55秒
そしてその夜、圭は自分のベッドの下で、
ひとみが話す、彼女の学校生活や、真希と梨華とのこと、
そのふたりと知り合ったきっかけや、
実はひとみ自身も幼い頃に母親と死別し、最初は祖父母のもとで実父と暮らしたものの、
その後再婚した義母との折り合いが悪く、入寮を決意したことなどを聞きながら、
いつのまにか、ひとみより先に、眠りに落ちていた。


しかし、朝になって圭が目覚めたとき、ひとみの姿は、そこになかった。
145 名前:瑞希 投稿日:2001年12月18日(火)23時46分20秒
ゴメンナサイ、投稿後にレスに気付きました。
あとまわしになって、申し訳ないです。

>136:Pさん
想像どおりの展開には…、きっとなってないですよね(^^;


次回の更新、できれば、ク、クリスマスまでには…。
(うう、実は構想の半分にもまだ到達してません…。年内完結、諦めました…)
146 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月19日(水)00時23分50秒
っておいっ!よっすぃ〜は何処へ???
ううっ、お忙しいんですね。待ちましょう!
ってか待たせて下さい。年内完結と言わず一生やってくださっても(w
時にはじっくりもいいんじゃないですか。毎日更新がすごいっすよ、ほんと。
147 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月19日(水)02時56分59秒
消えちゃうよっすぃー… やっぱり怪しい(w
148 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月19日(水)18時00分16秒
吉澤は、これまでに何回保田を助けて…消えてるんでしょう。。
てゆーか保田。自分、ヤバい目に遭いすぎやろ!(爆
助けが入らなきゃ軽く2,3回は死んでそうな気配ですな〜。
なんとも並の不運ちゃう感じやけど…生まれつき?(w
149 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月20日(木)00時36分31秒
きっと よっすぃは 天使サン なんだよ! (w
150 名前:135 投稿日:2001年12月20日(木)18時18分38秒
やっす〜が、主役のはずなのに…断然!吉が気になってしまう(爆)
そして、普通…だと…朝起きていないつ〜事は…
まぁ、帰ったわけで…という事は結局戸締りして寝てても…
どこかしら開いてるのでは?!(笑)(天使説ならOKですが(149参照)笑)
151 名前:名無し 投稿日:2001年12月20日(木)22時14分23秒
ベーグルさんだったのか……
152 名前:149です…。 投稿日:2001年12月20日(木)22時58分04秒
…私の不用意な発言のために
なんか申し訳ないです。
良い人=○○サン…のつもりでした。
スミマセン……
153 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月21日(金)02時06分28秒
もしや…

よしこは時をかける少(略

やっすが色々な時にピンチのときに駆けつけることができる!?
今回のお話は不思議な雰囲気につつまれております。

では、次回の更新楽しみに待ってます。
154 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時38分58秒
圭が朝の仕込みをしていた最中に、ひとみはとてもスッキリした顔で現れた。

「おはようございます」
「…おはよ」

爽やかとしか形容出来ない無邪気な笑顔に、
圭は少し恥ずかしくなって目を逸らしながら返す。

「? 元気ないですね? 何かありました?」
「べ、別に」
155 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時43分01秒
ぶっきらぼうに答えながら、昨日、ひとみが付けていたエプロンを差し出す。

「……ゆ、昨夜は…、ありがと」

改めて言う言葉に恥ずかしさはなくもなかったけれど、
今言っておかないと、今日も明日も、
微妙な緊張感に包まれながらの勤務になりそうで、精一杯強がって、
圭は言ったのだけれど。

「は?」

圭の心情を知ってか知らずか、
きょとん、とした声が、ますます恥ずかしさに加速をつけさせた。
156 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時46分12秒
「……っ、わざとなの?」
「何がですか?」
「いい加減に……っ」

からかわれているような気分になって、
それまで俯き加減にしていた頭を勢いよく上げると、
ひとみは真剣に判らない、と言いたげに圭を見つめていた。

そしてそこで、奇妙な感覚が圭の視覚に訴えを起こした。
157 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時48分51秒
「……アンタ、何で昨夜と同じ服なの?」

ゆったり感のある少し濃いグレーのフード付きトレーナーに、
程好く色落ちしたジーパン。

目の前のひとみは、昨夜、圭を助けに現れたときと、まったく同じ服装だった。

目覚めたときにひとみの姿がなかったのは、
着替えのために寮に帰ったのだとばかり思っていたのに。
158 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時51分57秒
「……あの、昨夜って?」
眉をひそめ、ひとみが真剣に圭を見つめる。

「昨夜、何かあったんですか?」
「……ふざけてるの? アンタ昨夜、あたしのこと助けてくれたじゃない。
店に泥棒が入って、そいつのこと、追い払ってくれたじゃないの」

圭の言葉を聞いた途端、ひとみの顔色がサッと青くなった。

「保田さん!」
いきなり圭の二の腕を掴み、ひどく青ざめた表情で見つめてくる。
159 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時54分35秒
「な、何?」

その様子は、見たこともないくらい、とても焦っていて。

「それ、何時頃ですか?」
「え?」
「泥棒に入られた時間です。時間、覚えてますか?」

「…な、何? 何で? 警察にでも行くの?」
「何時頃ですか」

圭の問いには答えず、強い眼差しでひとみは同じ質問を繰り返す。
160 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月21日(金)23時57分49秒
その目の強さは、今まで見てきたような幼くて無邪気な表情とはまるで違い、
胸を鳴らせるくらいの、有無を言わせぬ強さで。

その勢いに押されたまま、圭は昨夜、目覚めた時間をひとみに告げた。

「…すいません。ちょっとだけ失礼します。すぐ戻りますから!」

圭の答えを聞くなり、ひとみは店を駆け出していく。

「な、何なのよ、いったい…」

圭の腕に、痛いくらいの強さで掴んだひとみの手の感触だけが、残っていた。
161 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月22日(土)00時00分39秒
開店準備を終えた頃、少し顔色を悪くさせたひとみが戻ってきた。

「……遅くなりました」
「どこ行ってたの?」
「えーと…、ちょっと、用事思い出しちゃって…」

苦笑いを浮かべるひとみの曖昧な言葉は、
昨夜の言い訳じみた言葉以上に真実味が薄い。

「…警察にでも行ったのかと思った」

圭がそう言うと、ひとみの笑顔はますます曇る。
162 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月22日(土)00時04分01秒
「ホントなら行ったほうがいいと思いますけど」
「……でも別に、怪我させられたワケでも、何か盗られたワケでもないし、
いろいろ面倒だから」

そんなことより、ひとみの顔色の悪さのほうが圭には気掛かりだった。

朝の挨拶を交わしたときは、
言われたほうが恥ずかしくなるくらいのスッキリした笑顔だったのに、
今のひとみは明らかに何か堪えている。

「……ねえ、顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」
163 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月22日(土)00時07分50秒
「大丈夫ですよ。ちょっと走ってきたから、疲れちゃったみたいです」

見ている側の力が抜けるような笑顔にも、確かに疲れの色は見えたけれど。

「バーカ、現役高校生が何言ってんのよ。
運動不足のじーさんばーさんじゃないんだから」

それでもあえて圭はそんなふうに言った。
それに対してひとみも笑う。

「そうですね、保田さんよりは体力あると思います」
「どういう意味よ、それ。…あたしに対する挑戦?」
「さあ?」

悪戯好きする、いつも通りの幼い笑顔でひとみは肩を竦めた。
164 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月22日(土)00時10分48秒
「……あっそ。じゃあアンタ、
すぐ戻るって言ったくせに開店準備にも間に合わなかったんだから、
罰として、昼ご飯はナシだからね」
「そ、そんなあ…。育ち盛りにそれは拷問ですよぉ」

「知るか」
「保田さぁん」

べー、と舌を出し、ふいっと顔を背けた圭にひとみが情けない声で縋ったとき、
今日ひとり目となる常連客が店のドアを開けた。
165 名前:瑞希 投稿日:2001年12月22日(土)00時22分12秒
>146:名無し殺生さん
うう、待ってていただけますか…。
ありがとうございます。
じゃあ逮捕の件はナシという方向で…(w

>147さん
さて、その怪しさの謎は解けましたかな…?(w

>148さん
>ヤバい目に遭いすぎやろ!
こんなツッコミ、くるとは思いませんでした(w
御祓い、行っとけ、圭ちゃん(w

>149、152さん
お気になさらないでください(^^)

>150さん
>結局戸締まりして寝てても…
ああっ、絶対ツッこまれると思ってました〜(滝汗
み、見逃してくだされ〜〜〜

>151さん
ン? どういう意味でしょう?(^^;

>153さん
略になってないでーす(w
>今回のお話…
あ、他のも読んで下さってた方なんですね。
他のとは、完全に路線が違いますからねー。
166 名前:瑞希 投稿日:2001年12月22日(土)00時26分54秒
今回の更新前のレス、正直、自分の文才のなさを痛感いたしました。

やはり、読まれている方々に先の展開が読める書き方、というのは、
書き手の文才の甘さでしょうか。

このまま書き続けていってもよいのかしら…(^^;

いや! 放棄も放置も絶対しないです!!

次回はうまくいけば、明日か明後日にでも…。
167 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)03時20分04秒
更新前のレスとは?難しい事は良く解りませんが、(お馬鹿ですみません
私は瑞希さんの書く世界観とか・・表現力とか
カッケー保田さんとか可愛いよっすぃーとかトコトン不幸な中澤さんとか(w
雪板の作品を初めて見つけて以来大ファンになってしまってます!
書き続けていって貰えないと日々の生き甲斐を失う事になり激しく鬱です。(ホントゥ

読み手も責任を持ったレスをしなくては・・と思います。
雪板で「自分の都合なよしこ頑張れ!」的なレスをしてしまい、反省してます(ニガ
本当に頑張ってのは作者さんであり。応援すべくは作者さんなんですよ!うん!(w
要約すると瑞希さんマンセー!マターリで良いので是非続きを書いて下さい!で。ひとつ・・w

長く、それもなんだか偉そうなレス。大変失礼致しました(汗
168 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月22日(土)04時10分02秒
>>167
更新する前の読者のレスって事では?

う〜ん、自分は全然先が読めないんですが・・・
そりゃーお前だからだろ!ってつっこみはなしで。
読み手としては、いつも作者さんの話しにひきこまれて、
更新が楽しみなので、才能がないってのは違うと思いまふ。
まーこれは書き手と読み手の視点の違いでしょうが・・・
ってか、このまま放棄or放置したなら・・・ふふふ
明日はないと思って下さいな。ニヤ
いつも楽しみにして、読んでる人がいるって事をわかって下さい。
どんどん続きを書いて下さい。待ってます!
169 名前: 投稿日:2001年12月22日(土)07時06分31秒
自分は、読み手としても、(一応)書き手としても
瑞希さんの更新を毎回、ドキドキ・ワクワクしながら読ませて頂いてます。
なので、がんばってください! 更新を楽しみにお待ちしております。
170 名前:瑞希 投稿日:2001年12月23日(日)00時25分02秒
>167さん
>168:名無し殺生さん
>169:Nさん

あたたかいレス、本当にありがとうございます。
ちょっと、弱気になってました、申し訳ありません。

それがどんなものであれ、
読者の方々の感想が、書き手にとって糧である、ということを忘れてはいけませんよね。
ですからレスも、思ったことをどんどん書いて下さっていいですよ。
遠慮なさらずに(^^)

自分の書きたいものを楽しんで書く、ということを前提に(おいおい…)
これからも書き続けていきたいと思いますので、
改めて、お付き合いのほど、お願いいたします。


では、続きです。
171 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時28分06秒
昼食時の人波が落ち着き、
カウンターから一度も出られなかった圭が一息ついたとき、
テーブルを拭いていたひとみが眩暈を起こしたように急にふらついて、椅子に座った。

「吉澤?」

慌てて駆け寄った圭の目に、朝よりも顔色を悪くしているひとみが映る。

「…真っ青よ、大丈夫?」
「……すいません」

額にはうっすら汗も浮かんでいた。
172 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時30分39秒
「辛いんならあたしの部屋で休んでていいよ?」
「大丈夫です」

心配させまいと笑って見せるひとみの表情にはかなりの無理が窺えて、
圭は深く息を吐き出す。

「いいから、休んできな」
「でもお店が…」
「そんなの気にしないでいいから。ほら、立って」

ひとみの腕を掴んで立たせようとしても、ひとみは動かなかった。
173 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時34分17秒
「…ホントに平気です。ちょっと疲れてるだけですから」
頑くなに、ひとみは拒絶する。

「……少しだけ、こうしてれば大丈夫ですから」
言って、ひとみの腕を掴んでいた圭の手をやんわりと解き、
テーブルに両肘をついて、手で顔を覆った。

「…具合悪いのに、来てくれたの?」

朝は元気だったのに、今のひとみにその元気さは微塵も見られない。

疲れたように深く吐き出される溜め息が、
昨日までのひとみの無邪気さを奪っていくようにも思えた。
174 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時39分15秒
「……結構、逆らっちゃったからな」
「え?」

独り言のように呟かれた言葉。
それが声という音になっていたことを、ひとみ自身も最初は気付かなかったようだった。

けれど、圭の声に反応して、慌てて口を隠す。

「いえ、何でもないです」

言い訳がましい苦笑いが圭の眉をひそめさせる。

「具合が悪いワケじゃないんです。ただちょっと、ホントにちょっと、疲れてるだけで」
175 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時43分42秒
申し訳なさそうに圭を見上げ、
立ち上がろうとするひとみの肩を、圭は撫でるように軽く叩く。

「…休んできな」
「でも」

「店のことなら心配ない。ひとりで無理そうなら早めに閉めるし、
それに、ちょっと休むだけでいいんでしょ?」
「はあ…」
「なら素直に休んできなさい。アンタみたいなデカイヤツに倒れられても困るだけよ」

さっきより強く腕を掴んで引っ張り、椅子から立たせる。
176 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時46分34秒
「……すいません」
謝りながらも、ひとみは少しホッとしたようだった。

「あたしの部屋、判るわよね」
「はい」

「…朝起きたままで、ちょっと散らかってるけど」
「そんなの、全然構わないです」

ひとみの腰に腕をまわしてエプロンを解き、その背中を押し出す。

「1時間たったら起こしに行く。それまで寝てな」

圭の言葉に小さく頷いて、ひとみは二階へと上がって行った。
177 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時48分55秒
2時間後。

起きてくる気配のないひとみに、
圭はそのとき店にいた客が出て行くのを見てから、少し思案に暮れた。

それから大きく息を吐き出してエプロンを外し、
入口の外に掲げている営業中の札を下げ、ドアにもカギを掛けた。

まだ夕刻にもなっていないけれど、それでも店の電源を落として二階に向かう。
178 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時53分34秒
圭のベッドで、ひとみはぐっすり眠っていた。

足音を忍ばせて近付き、その寝顔を見るためにベッド脇に座る。

まだ起きる気配は見られないが、
顔色の悪さはずいぶん薄れていて、圭をホッとさせた。

もう少し寝かせておこう、と圭が立ち上がったとき、唐突にひとみが目を開けた。

「あ、ゴメン。起こした?」

がばっ、と勢いよく起き上がったものの、圭を見上げて眉をしかめる。

「…寝ぼけてる?」
首を傾げて圭を見つめるひとみに、圭も苦笑するしかない。
179 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)00時56分58秒
「あれ…? ……あっ、お店!」

思い出したようにベッドを下りようとしたひとみに、圭はますます苦笑する。

「もう閉めた」
「え?」

「…アンタが起きてこないってのもあったけど、
明日の食材の買い出しもしたかったしね」

半分は嘘だが、相手が裕子ならともかく、
知り合って間もない年下相手に、
それが嘘だと見抜かれたりしない自信が圭にはあった。
180 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)01時01分02秒
「…何ならまだ寝てていいよ」
「いえっ、もう大丈夫です!」

言葉どおり、ひとみは元気よくベッドから立ち上がった。

「じゃあ一緒に来て。荷物持ちさせてあげる」

同じことを真希に言えば、文句を並べられそうな圭のその扱いにも、
ひとみは不満そうな顔ひとつしないで頷く。

お人好しだなあ、と圭は思ったけれど、
ひとみの表情には無理も迷いも見られないので、圭も何となく、甘えてしまう。
181 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月23日(日)01時05分53秒
実際、知り合ってまだ日も浅いのに、
真希や真里、梨華に対するときと同じくらい普段通りの自分でいられた。

それはきっと、ひとみの笑顔のせいだろう。
見ていると、ホントに邪気が見えなくて、ホッとするのだ。

それに、圭の記憶にある恩人とまったく同じ顔である、というのも、
その要因のひとつかも知れない。

昨夜のことを思い出して、
同じ顔の人間が別のことでまた恩人になる、というのも、
また不思議な感覚ではあったけれど。

そしてその日は、買い出しを終えたあとひとみも寮に戻り、
翌日の午後に裕子が帰宅するまで、何事もなく時間は過ぎていった。
182 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月23日(日)14時55分26秒
ついに裕ちゃん帰ってくるんですね?
吉澤…ちょっと謎のかけらがでてきましたね?
気になり、楽しみです。
183 名前:名無し読者@148 投稿日:2001年12月23日(日)18時10分11秒
>>ヤバい目に遭いすぎやろ!
>こんなツッコミ、くるとは思いませんでした(w
自分のツッコミどころはヒトと少しズレてるらしいので。。(^^;
というか、ですね…考えたら、圭ちゃんがぼんやりしてるせいで
ヤバい目に遭いまくってんですよねぇ。両親の死以外の不幸に関しては。
って実は両親のも圭ちゃんに起因してたら笑うしかないですが。
などと、しょーもないことをつらつら考えて、裕ちゃんに痛くなりそうな
現状から意識を逸らそうとしてるなんてぇコトは、内緒です。えぇ(笑
184 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月24日(月)01時41分46秒
やっすーよ、知らぬ間に吉澤マジックにかかっている!
自身の気持ちに気付くのも時間の問題かな。
さてと、姉さんが帰って来て何があるんでしょ?
いろんな意味でワクワクするな〜。
185 名前:瑞希 投稿日:2001年12月24日(月)23時35分09秒
>182さん
ハイ、中澤さん、帰ってきます。
よしこの謎は…、確かに、まだカケラぐらいっすかね(w

>183(148)さん
>自分のツッコミどころはヒトと少しズレてるらしいので…
でもワタシ、ツッコミもらって喜ぶ人間なんで(w

>184:名無し殺生さん
>吉澤マジック…
はっ、そうかも…!?(w


では、続きです。
186 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月24日(月)23時40分18秒
連休の最終日となった日曜の午後、裕子は帰宅早々、着替えて店に下りてきた。

「今日ぐらい休んでていいのに」
「ええやん。圭坊とおりたいねん」

ぎゅうっ、と、背中から圭を抱きしめる。

「もう…」

そんなふうに言いながらも、
裕子の腕の中は圭が一番安心する場所でもあるので、大きな反抗はしない。

けれど、目の前で苦笑するひとみを見て、途端に居心地が悪くなった。

うなじに残された裕子の跡を見つけ、それを圭に教えたときのような、
困惑している表情でひとみは圭と裕子を見ていた。
187 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月24日(月)23時44分22秒
「…ゆ、裕ちゃん」
「うん?」
「吉澤が、見てるから…」

圭は、自分でもどうしてそんな言葉が出たのかよく判らなかった。

ただ、ひとみの視線をとても不快に感じた、それだけだった。

「…ええやん、別に。吉澤さん、あたしらのこと知ってるみたいやし」

声がいつもと違っていて、圭は眉をひそめながら裕子の腕を解く。

「…裕ちゃん?」

圭の頭に、裕子が何故、ひとみにだけ気付かせるようにして跡を残したのか、
その疑問が湧き起こる。

「…やらんで」
188 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月24日(月)23時49分22秒
解かれた腕を再び圭の腰に回し、強く言い放つ。
声の矛先は圭ではなく、ひとみだった。

裕子の視線を追うように圭もひとみを見ると、
ひとみはますます苦笑いしていた。

「…保田さんはモノじゃないですよ」

なのに、声は裕子と同じくらい強い響きに感じられた。

幸い、というべきか、
そのとき店に客はひとりもいなかったが、たとえば誰がいても、
裕子とひとみとの間に流れる不穏な空気は感じ取れただろう。

間に挟まれた圭は言葉が出ないが、
目には見えない火花の散る音が聞こえたような気がした。
189 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月24日(月)23時53分08秒
「…な、何ヘンなこと言ってんのよ、ふたりとも」

それだけ言うのが精一杯だった。

しかし、ふたりの間の空気は少しも和らぐことがなく、
対処に困った圭が途方に暮れ始めたとき、
店のドアが、明るい声と一緒に勢いよく開かれた。

「たっだいまー!」

真希だった。
その後ろには梨華もいる。

そのふたりの帰宅に、圭はホッと胸を撫で下ろした。

少なくとも、真希や梨華の前では、
裕子も大人げない発言をするとは考えられなかったからだ。
190 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月24日(月)23時59分36秒
圭の予測通り、裕子はゆっくり圭から腕を離し、真希に振り向いた。

「お帰り。あたしもさっき帰って来たトコやねん。……おみやげは?」
「えー、裕ちゃんにはナイよー」
「何ぃ? そんなん言うんやったら、あたしも真希にはやらん」
「あーっ、ウソウソ、ちゃんとあるよぅ」

カウンターを挟んでじゃれ合うように話す裕子と真希を取り巻くようにして、
梨華と圭、そしてひとみが笑いながらそれを眺める。

いつも通りの風景に和みつつ、圭が何気なくひとみに目を向けると、
彼女は圭を見ていた。

確かに笑っているのに、
その目には幼さや、ゆとりが微塵も見られなくて、圭の心音が跳ね上がる。

見ていられなくて思わず視線を外したけれど、
うまく説明出来ない鼓動の早さが圭を焦らせ、戸惑わせた。

そしてそのあと閉店まで、圭はひとみの顔を、見ることが出来なかった。
191 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時03分03秒

「お疲れさん。3日間、助かったわ」

最後の客が店をあとにして、
営業中の札を下げたひとみにカウンターの中から裕子が告げる。

数時間前の不穏な空気がまた流れるのか、と、圭は身構えたが、
裕子の声色は、圭のよく知る優しいものだった。

「いえ」
答えたひとみも笑顔で、圭も少し安心する。

「いろいろ、楽しかったです」
言いながらエプロンを外し、圭に振り向いた。
192 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時06分02秒
「コレ、洗濯してきます」
「いいよ、そんなの」

差し出した圭の手を避けるように、ひとみは素早くそれを背に隠す

「じゃあ、あたしはこれで」

裕子に向かってペコリと頭を下げ、
くるくるとエプロンを丸めながら、ひとみは出て行った。

ドアのガラス越しに見えるひとみの背中に、
圭は少しためらいながらも、ドアを開けてひとみを追いかけた。
193 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時09分25秒
「吉澤」
呼ばれて振り向いたひとみは、少し驚いたように圭を見た。

「…どうしました? あれ? 忘れ物でもしたかな?」
「違う、一昨日のこと」
「…あ、はい」
「裕ちゃんには…、黙ってて」

それまで僅かに嬉しそうに綻んでいたひとみの口元が、小さく歪んだ。
不服そうに眉尻も下がる。

「……別に何もなかったし、余計な心配、かけたくないから」

ひとみの顔は見ないで、俯きながら圭は言った。
194 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時12分42秒
「……泊まったことも?」
「うん」
「あたしと保田さんだけの秘密ってことですか?」
「そう…、なるかな」

裕子に心配かけたくない、という気持ちが、そういう意味にも繋がるとは考えなかった。

「……何か、疚しいことした気分」

ひとみの呟きは、圭の心の声をそのまま代弁したようで、
一気に心音と体温が上がった。

「バカ! ヘンな言い方しないでよ!」

俯かせていた顔を上げてやや強めの口調で言い返すと、
ひとみは小さく声を起てて笑った。
195 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時16分05秒
「判りました。ふたりだけの秘密ですね」
嬉しそうに笑うひとみが圭には理解出来ない。

「……それと、ホントに洗濯なんていいよ」

ひとみの左手にあるエプロンを取ろうとして、身をかわされる。

「ダメですよ。ここに来る口実、なくなっちゃうじゃないですか」
「は?」

「…おやすみなさい」

疑問符を浮かべた圭に構わず、ひとみはにっこり微笑んで、くるりと踵を返した。

去って行くひとみを、圭は眉をひそめつつ見送り、
知らずに溜め息が出たあと、慌てて店に戻った。
196 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時19分30秒
「圭坊?」

ドアを閉めてカギを掛ける圭の背中に裕子の声が届く。

「何、喋ってたん?」
「別に。…お礼言っただけ」

カンのいい裕子に嘘をつくのはかなり至難のワザだが、
それでも知らんフリで圭は答えた。

「ふうん」
うまく誤魔化せたのか、それ以上の追及はされなかった。

「…あ、せや。圭坊も明日ヒマやんな?」
「? うん」
197 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時23分56秒
実際には店の仕事があるが、同じ屋根の下で暮らす裕子と圭の間では、
忙しいとかヒマだとか、それぞれの都合によって、それは曖昧な言葉になる。

洗い終えた皿を丁寧に磨くその手は止めず、裕子が柔らかく微笑んだ。

「ほな、店も休みにして、矢口の見舞い行かんか?」
「あ、そうだね、そうしよっか」
「ついでにデートもしよ」
「えっ?」

磨き終えた皿を棚に戻し、枚数を数えてから圭に向き直ってまた微笑む。

「何や、いらんか?」
「い、イヤじゃない、イヤじゃないよ!」
198 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時28分00秒
裕子の口から出た単語は、圭にはあまり聞き慣れないものでもあった。

嬉しくて、でも、その気持ちはうまく言葉にならなくて。

「最近、デートらしいこと全然してへんかったもんなあ。どこ行こか?
……なんて、どっちがついでやねんって、矢口にバレたら怒られそうやな」

軽く笑い飛ばした裕子がニヤニヤしながら圭を見る。

「どっちがついでになるんかなあ?」

尋ねる声は答えを求めているけれど、恐らく圭の気持ちを裕子は知っている。
知っていて、それでも言わせようとしているのだ。

「……そんな言い方、矢口に悪いよ」
199 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時30分54秒
エプロンを外しながら裕子に歩み寄る。

腕組みして圭を見つめる裕子に俯きながらも腕をのばすと、
ゆっくり、捕まえられる。

「黙ってたら判らんやん」

その言葉に思わず揺れてしまった圭の肩が、そっと、抱き寄せられる。

「……外から見えるよ」

耳元に近付いた吐息に思わず反論すると、
裕子は微かに笑って、背後にある、店の電源を落とした。
200 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月25日(火)00時34分23秒
暗闇に沈む店内で、裕子に抱きしめられながら、
圭の脳裏に、圭の肩を揺らしたひとみの笑顔と台詞が蘇ってくる。

『ふたりだけの秘密ですね』

それは、圭が初めて裕子にした、隠しごとだった。
201 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月25日(火)18時47分31秒
おお〜…吉澤が…
中澤と保田のデート楽しみ。
なんか中澤さんが少しかわいそうな気がしてきました。
何故でしょう??
202 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月26日(水)00時45分28秒
ううっ・・・・・・うおー!!!!ダーーーーー!
やっすー半分ぐらいよっすぃ〜にいってるだろ!おいっ!くわ〜。
もう擬音しか出てこいないですわ(w
やっすーの気持ちが段々と揺らぎ始めてる・・・気になる吉澤。
でも、裕ちゃんが側にいて、大好きなはずの裕ちゃん・・・でも・・
みたいなね〜。は〜、ドキドキしますわ、ほんと。毎回やってくれますね〜。
203 名前:瑞希 投稿日:2001年12月26日(水)23時42分10秒
>201さん
>中澤さんが少しかわいそうな気がしてきました
>何故でしょう??
それはですね、恐らくワタシの書き方のせいです(w
書きはじめたときから、中澤さんに待ってるのは……(略 <ヲイ

>202:名無し殺生さん
>やっすーの気持ちが段々と…
う〜ん、どうでしょう?
確かに揺らいではいると思いますが… <出た、ヒトゴト発言(w


では、続きです。
204 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時42分50秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
205 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時47分50秒
「矢口、思ってたより元気そうでよかったね」

真里の家へ見舞いに行った帰りに立ち寄ったデパートで、
真新しい食器を見繕っていた裕子の背中に圭は告げた。

「うん。あれやったらすぐに復活してくるやろうな。
学校もそんなに休まんで済むみたいやし」

高校を卒業したあと、真里は栄養士になるための専門学校に通っている。

圭達の店での永久就職を目指すから、栄養士の資格取得は重要だと真里は言うのだが、
圭には、笑い話のようにそう宣言した真里がどこまで本気なのか判らない。
206 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時50分38秒
「資格なんかなくても、一生雇ったるで?」

返す裕子の言葉も冗談じみていたが、
圭はそれには異論がなかった。

将来なんて先の読めないことでも、
裕子や真里がいる生活は、きっと楽しいだろうから。

望んでいいなら、真希や梨華、そしてひとみも、
みんなとずっと、一緒にいられたらいいと、圭は思っている。
207 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時53分29秒
「コレなんかどうやろ?」

振り向いた裕子が圭に見せたのは、
淡いオレンジで縁取りされただけのシンプルなスープ皿。

「うん、いいんじゃない?」

ほんのりとあたたかなイメージを伝えてくるそれに圭が納得して答えると、
裕子も嬉しそうに笑って頷く。

こんな、何でもない穏やかな日常が、
繰り返し繰り返し、続いていけばいいと思う。
208 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時56分42秒
「ほな、コレにしよ」

同じ型、同じ色の皿をふたつ。
それは、店で使う食器ではなく、圭と裕子が普段に使うもの。

「何か、新婚さんみたいやなあ」

ニコニコ笑ってレジへと向かう裕子に、圭はテレながらもついて歩く。

そのとき、背中に視線を感じて、圭は何も考えずにそちらに振り向いた。

別に変わったものは何もない、平日の、食器売り場。

気のせいか、と、圭が視線を戻そうとしたその端に、見知った顔が映った。
209 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月26日(水)23時59分54秒
柔らかそうな茶色の髪。
そこに立っているだけで目を引く、幼いくせに派手な容姿。

ばちん、と、目も合った。

「…吉澤?」
思わず口をついて名前が出る。

「え? 何?」
圭の声に裕子が振り返り、その声で圭も裕子に向き直った。

「うん…、そこに吉澤が…」
いる、と、続け、指差そうと背後にもう一度振り返ったけれど、
そこにひとみの姿はなかった。
210 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)00時02分54秒
「あれ? 今、確かにそこにいたのに」
「吉澤さんが? …まさか。今頃は学校やん」

連休明けの平日の午後。
裕子の言う通り、まだ学生のひとみがこの場にいるワケがない。

「…そう、だよね。…見間違いか」
目が合ったりして、かなりリアリティのある幻覚だったけれど。

「…何やの。横にあたしがおるのに、よそに目移りかいな」
「ちっがうよ、バカ。ホントに吉澤がいるように見えたの」
211 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)00時07分08秒
「関西人にバカ言うな。アホって言われるより傷つくねんから」
「バカ、バカ、バーカ」
「うぉいっ」

裕子の声のあと、丁寧に皿を包装する店員の口元が綻んだのが見えて、
圭は焦りながら口を閉ざす。

いつも通りの、裕子との他愛ない会話。
それが楽しくて、嬉しくて、圭もそのときはそれ以上何も考えなかった。

目が合ったようにも思えたあれは、ひとみに見えたあの人影は、
ただの、見間違いだと。
212 名前: 投稿日:2001年12月27日(木)03時28分39秒
甘ぁ〜いふたりっきりのデートのはずなのに・・・アレレ!?
甘々onlyに浸りきれず、僅かに感じるこの胸の奥の痛みが
毎日、自分をこのスレへと引き寄せるてるのかもしれません。(^^;

徐々に裕ちゃん的には痛くなりそうですが、更新、楽しみにしております。
213 名前:瑞希 投稿日:2001年12月27日(木)23時37分45秒
>212:Nさん
>徐々に裕ちゃん的には…
うう、自分でもどーして中澤さんを幸せにしてあげられないんだろうか不思議です。
ワタシにとってのハロプロメンバーの2押しが中澤さんって言っても、
誰も信じてくれないだろうな……(T_T)


では、年内最後の更新です。
214 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時38分35秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
215 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時41分18秒
圭が、確実に何かおかしい、と感じるようになったのは、
10月も半ばになった頃。

圭の視界に、しょっちゅうひとみが入るようになった。

でもそれは、圭が自ら意識して視界に入れているのではなく、
気が付くと視界の端にひとみがいる、といった感じで、
なのにそちらに意識を向けると、ひとみの姿は影すらもないのだ。
216 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時45分16秒
そしてその日も、いつものように圭が買い出しに出かけたとき、
またしても視界の端にひとみが映った。

けれど、わざと気付かず買い物に集中しているフリを装う。

食材の良し悪しを見ながら進む圭を、ひとみはゆっくり追いかけてくる。

それでも圭はまだ気付いていないフリを続けた。

店内をぐるっと回っても、一定の距離を溜まったまま追いかけてくるだけで、
話しかけて来る気配はない。

とうとう痺れを切らして、圭は迷わず振り返った。

そして今度こそ、間違いなくひとみと目が合う。
217 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時48分26秒
すると、ひとみは気まずそうに顎を引き、眉を歪め、
くるりと圭に背を向けて走り去った。

「…何なのよ」

追いかけようという気持ちにはならなかった。

誰がどう見ても、今のひとみの行動は、『逃げた』としか言えない。

これではストーカーと一緒だ。

そのくせ、下校途中に真希と一緒に店に現れるときは、
何もなかったみたいに平然としているのだ。
218 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時51分43秒
どうせ今日もまた、素知らぬ顔で店に現れるに違いない。

圭も、そろそろ忍耐に限界がきていた。

もともと、コソコソされるのが嫌いな圭には、
ひとみの行動は癪に障るもの以外のなにものでもなかった。

今日こそ文句を言ってやる、と、圭が決意を固めたとき、
奇妙な感覚が圭に纏わりついてきた。

慌てて、今いる店の奥の壁に掛けられた時計を見る。
腕時計も見た。

そして、時刻を確認して、ゾクリと背筋に悪寒が走った。
219 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時53分49秒
午前11時35分、水曜日。
平日の、昼前。

有り得ないと言ってもいい。

学生のひとみが、私服で、こんな時間に、こんな場所にいるなんて。

あれはひとみの容姿をした、別人なのか?
他人の空似とはよく言ったものだが、あれは空似というより、本人そのものだ。
220 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時57分47秒
いや、あれがひとみじゃないと決め付けるにはまだ早い。

ひょっとしたら学校をズル休みして、ここまで出て来ていたのかも知れない。
そしてそれが圭に見つかって、
学校を休んだことを咎められると思って逃げたのだとも考えられる。
追いかけてきたように思えていたのも、もしかしたら思い違いかも知れない。

圭は、可能性としては確率の低い自分のその考えに無理矢理納得する。

整然とした説明の出来ない事態は、
混乱しか招かないことを幼いときの体験ですでに承知していたからだ。
221 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月27日(木)23時59分58秒
今日は、夕方から梨華がバイトに入るはずだった。

梨華の入る日はオマケのように真希も来るし、
更にそのついでのように、最近ではひとみまでやって来る。

自分の考えがどこまで正しいか、どこまで現実離れしているか、
それは夕方になれば判る。

半ば言い聞かせるようにして、圭はその場をあとにした。
222 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時00分53秒
そして夕刻、圭は、自分の願いにも似た考えが間違いであったことを思い知らされる。
223 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時04分51秒
真希と一緒に、ひとみは制服姿で現れた。

ひとみを見た瞬間、圭の全身を不愉快でしかない感覚が駆け巡っていく。

非難めいた圭の視線に気付いたひとみが、困惑をその表情に乗せた。

「今日さー、よっすぃー、授業中に居眠りしてて怒られたんだよー」
「やだ、ごっちん! バラすことないじゃん!」

真希の何気ない言葉も、午前中、圭が見た人物が、ひとみではなかったと教える。
224 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時08分38秒
けれど、何の根拠もなく、自信めいた確信を持ったりもしない。

視線が合ったときに歪められた眉は、
真希に連れられて初めてこの店にきたときから、何度も見ている困惑顔。

裕子がいなかった3連休、ほとんどの時間を一緒に過ごして、
くるくる変わっていくひとみの表情も見た。

そしてそれは、圭の脳裏に、灼きつくかのように残っているのだ。
見間違えたりしない
225 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時11分44秒
第一、そう何度も何度も見間違えたり、幻を見たりするのもおかしい。

デパートでひとみの幻覚だと思ったあの人影も、
今ならひとみ自身だったと言い切れる、

けれど、誰が圭のその言葉を信じるだろう。
有り得ないはずの、その事態を。
圭以外、誰も、ひとみの姿を見ていないのに。

「圭ちゃん? どしたの、真っ青だよ?」

真希の心配そうな声に苦笑いして応え、口元を覆ってカウンターの奥へ引っ込む。
226 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時14分53秒
吐き気がした。
ひとみの顔を見ていられなかった。
ひとみを近くに感じることが恐ろしかった。

「……ゴメン、ちょっと、気分悪い。上で休んでていい?」
「そら構わんけど……。でも、大丈夫なんか? 昼頃から調子悪そうやったけど」

労わるような優しさで、ゆっくり背中を撫でた裕子にも苦笑いで応えて、
圭は二階へと上がった。

視界の端には不安そうなひとみも映ったけれど、圭は振り向かなかった。
227 名前:Fly Over Me 投稿日:2001年12月28日(金)00時18分38秒
そして圭は、次にひとみが店に来たときも、その次も、そのまた次の機会も、
顔も見ず、声もかけず、自分から遠ざけるように、ひとみを避けた。

自分にだけ関わるひとみは、
圭には、不審感を煽るだけの存在でしかなかった。

それでも、普段の生活の中で、
圭の視界の端にひとみが映るという状況は、変わらなかった。
228 名前:名無し殺生 投稿日:2001年12月31日(月)02時58分51秒
でたっ!吉澤マジック!!
まんまとやっすーはかかってるわけですが、何か?
というか気味がられてどうすんねんっよっすぃ〜!?
それさえもマジックなのか??と今回の感想は!?の多い事多い事。

今年一年、楽しませていだだきありがとうやんしたっ!
来年もよろしこって事で、新年1発目の更新楽しみにしてます。
229 名前:瑞希 投稿日:2002年01月05日(土)23時16分03秒
>228:名無し殺生さん
こちらこそ、本年もどーぞ、ご贔屓に(w

いやいや、他の読者の皆様も、まだまだ未熟なワタシではありますが、
どーぞよろしくお願いいたします。


では、本年度最初の更新です。
230 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時17分10秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
231 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時20分49秒
圭がひとみを避け始めてから2週間ほど過ぎた。

真希と一緒に現れるひとみは、
いつも圭に何か話したそうにタイミングを見計らっていたが、
圭自身が見えないバリアを張るようにひとみに近付かないため、
結局目も合わず、一言も、何の言葉も交わせないままだった。

そんな圭のひとみに対する態度に、
最初は黙って様子を見ていた裕子も怪訝そうな表情を隠さなくなる。
232 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時24分52秒
「吉澤さんと何かあったん?」

その日の営業時間を終え、二階で遅い夕飯を済ませたあと、
使った食器を洗う圭の背中に向かって裕子は言った。

いつか聞かれるであろうと予測していた圭は、
用意していた答えと態度で切り返した。

「別に」

即答で返した圭に、裕子は深々と溜め息を吐き出す。

「…相変わらず、嘘つくの下手やねんから」

静かでも、どこか怒っているような口調に、
圭は肩を揺らして洗っていた皿を手元から滑らせた。
233 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時28分40秒
ガチャン、と、陶器の擦れる耳障りな音が、
裕子の言葉を肯定するように圭の耳に残る。

「…嘘じゃないよ」

再び、手元から逃げた皿に手をのばす。

裕子がまた溜め息をついた。

「……あのな、圭坊。あたしだけがそう感じてこんなん言うてるんと違うねんで?
矢口も、石川も、真希かて心配しよる。
あんなあからさまに吉澤さんのこと避けといて何もないなんて、
そんなんおかしいやん」
234 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時31分45秒
蛇口を捻り、流水に晒して泡を落とす。
食器乾燥機に洗った茶碗や皿、湯飲みを置き、圭はゆっくり振り向いた。

「何もないよ」

裕子の眉が歪むのを見て、圭の肩が震える。

けれど、圭も言い換えようとは思わなかった。
実際、圭とひとみとの間には何もないのだ。

ただひとつの、秘密を除いて。
235 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時35分09秒
「……そう言われて、ハイ、そうですかって、納得出来るワケないやろ」

言いながら、立ち上がった裕子が圭に近付く。
圭の腰辺りに流し台の縁が当たり、逃げ場を失う。

「……最近の圭坊、ヘンやで? 何があってん?」
「だから何もないって…」
「ええ加減にしいや。あたしにまで嘘つく気か」

ギクリ、と、圭の胸が鳴る。
いつのまにか、裕子は圭のすぐ目の前に立っていた。
236 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時39分57秒
「……最初は、吉澤さんが圭坊に何かしたんかと思てたんや。
けど、あの子からは罪悪感なんか、これっぽっちも感じられん。
むしろ構ってほしそうにいつでも圭坊のこと見とる。
せやのに圭坊が避けとる。喋らへんどころか、ここんとこ目も合わせてへんやろ?」

裕子の腕が圭を挟むようにして流し台の縁を掴む。

ますます逃げられなくなった圭のカラダが瞬時に竦み、強張っていく。

「何でや? 何があったんや?」

いっそのこと、言ってしまおうかと圭は考えた。

ひとみに怯える、その本当の理由を。

あまりにも突飛すぎる、自分の考えを。
237 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時43分02秒
「……怖いのよ」
「え?」
「あたし、あの子が怖いの」
「怖いって、何で……」

息をひそめるように問い返してきた裕子に、圭は目を閉じる。

「……気付いたら、あの子があたしの視界にいるの」
「圭坊の…?」
「そう。いつもいる。気が付いたら、いつでもいるの…」
なのに、振り向くといない。

圭がそう続けようとしたとき、圭の前の影が揺らいで、空気が流れた。
238 名前:Fly 投稿日:2002年01月05日(土)23時46分18秒
閉じていた目を開けて裕子を見ると、
ひどく驚いたように圭を見つめている。

「…裕ちゃん?」
「……何や、そういうことかいな」

くしゃ、と、自分の前髪をかきあげ、困ったように、自嘲気味に笑う。

口元で笑いながら目は笑ってない裕子に、圭は自分の言葉を反芻した。
そこでハッとなって裕子を見上げたけれど、
裕子はもう圭を見ていなかった。

「待って、勘違いしないで」
「勘違い? どんな?」
239 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時50分41秒
抑揚の薄い返事。
腕を組み、圭から少し離れ、答えを待っている。

付き合いの短い人間ならば、
その声色は蔑んでいるような声に聞こえたかも知れない。

でも圭には、今の裕子が傷ついているのだと判る。

「…気が付いたら視界におる…、ね。まさかそんな告白、圭坊の口から聞くとはな」
「だからそうじゃなくて…!」
「あたしには、圭坊が今言うたんは、
吉澤さんが圭坊の視界に『おる』んやなくて、
圭坊が『いれとる』んやって、そういう意味にしかとられへん」
240 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時54分09秒
圭は、自分の言葉の選び方の軽率さに後悔しか浮かばなかった。

もっと上手に、違う言葉で、
裕子の理解を得ることは可能だったはずなのに。

「待ってよ。ちゃんとあたしの話を聞いて」
「話? どんなふうに吉澤さんが好きかって、そういうこと?」

感情的でしかない、乱暴な口調。
普段からは計り知れないくらい、そのときの裕子はいつもと違っていた。

「だから違うって!」
「どう違うねん!」
241 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月05日(土)23時58分36秒
圭よりも大きな声で裕子が怒鳴る。

声の大きさに思わずビクッと肩を揺らした圭を見て、
裕子もハッとしたように口を閉ざした。

「…すまん」
手で目を覆い、また一歩、圭から離れる。

「……このままここにおっても、冷静にはなれんわ。
ちょっと、外でアタマ冷やしてくる」

圭の答えを聞く前に、裕子は階段を下りていく。

明らかに誤解だと判っているのに、
圭は、裕子をすぐに追いかけることが、出来なかった。
242 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月06日(日)04時46分42秒
あけおめです。
やっぱり・・・姐さんは・・・ここのスレでは幸せはやってこないんですね。(W&涙
作者様・・・いつか・・・幸せになるKUを作者様の作品で読みたいでです。
一回でいいのでお願いします。
243 名前:名無し殺生 投稿日:2002年01月06日(日)23時30分15秒
おけましておめでとうです!ことよろってことで。
あう〜、姐さんそうじゃないんだよ、そうじゃ・・
ちょっと悲しくなってしまった。よしけい派なのに、今回は姐さんを応援。
あまり相手の事を思いやるのも考えもんですな。
244 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月07日(月)18時17分43秒
裕ちゃんは、なんでこんなに自分に自信がないんだ…。
っていうかさっさと追いかけろよ!>やっすー。(w
視界に入ってくるよすぃこは、いつのよすぃこなんだべな〜?
本当に気になることだらけ。謎はいつ解けるんだろう。
でも、一番気になるのは…ここの姐さんに救いは訪れるのか。。。
245 名前:瑞希 投稿日:2002年01月08日(火)23時27分58秒
>242さん
>ここのスレでは幸せは…
…そっすね、「ここのスレ」に限っては、む、難しいかも…(w &(涙)<ヲイ

>243:名無し殺生さん
姐さん支持率、高まってますな…。…ふふふ、よしよし… <何?

>244さん
>ここの姐さんに救いは訪れるのか…
さてさて、掬われますかね、姐さん… <またヒトゴトかいっ!
あ、あと、大変失礼いたしました、今後は気をつけますm(_ _)m <6号館の一角


では、続きです。
246 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時31分30秒
自分の部屋のベッドに座りながら、圭は裕子の帰宅を待った。

待っている間の時間の経過は、実際のそれより長く、永く感じられた。

圭の脳裏には、傷ついた裕子の表情ばかりが浮かんで、
何度も何度も、自分への罵倒の言葉が過ぎる。

そして、これ以上待つことにも限界を感じて、
圭も裕子のあとを追うように家を出た。
247 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時34分45秒
裕子の行き先は見当もつかなかったけれど、
それでも、立ち寄りそうな場所へと足を運ぶ。

車はガレージにあったから、
そんなに遠くへは行ってないという自信はあった。

けれど圭が向かったどこにも裕子の姿はなく、
裕子を見たという人間もいなかった。

もしやと思ってケータイにかけても、電源を切っているようで繋がらない。

入れ違いになってやしないかと、
僅かに期待しながら自宅のほうへかけても、応答はなかった。
248 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時38分04秒
思い当たる場所をひとつ残し、そこにももしいなかったら、と、
圭が途方に暮れ始めて歩いていると、
前方から見知った顔が近付いてきた。

ゆっくりした歩調が圭を見つけて軽やかになり、
それとは逆に圭のカラダが強張っていく。

「こんなところで会うなんて奇遇ですね」

白い上下のジャージに、黒のジャンパーという、
なんてことない服装なのに、夜目でも目立つ容姿をした子供。
249 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時41分45秒
「吉澤…」

嬉しそうに笑う幼い表情が、逆に圭を脅かす。

「……こんなところで、何してんの」

またか、と思った。
また、視界に入ってくるのか、と。

「駅前の本屋に行ってたんです。
欲しかった本の在庫が届いたって連絡があって」

答えたひとみの脇には、
確かにその本屋の店名が印刷された紙袋が挟まれていて、
言葉に嘘のないことが判り、圭もほんの少しだけ警戒を解く。
250 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時44分38秒
「こんな夜に?」

腕時計を見遣ると、針はちょうど真横に直線を引いていた。

「すごく欲しかった本だから」

紙袋を両手で抱え直し、口元まで綻ばせて喜びを表現する。
放っておいたらスキップまでやりかねない様子に、
圭の緊張も薄らいでいく。

「保田さんは、どうして?」

不意に切り返され、自分の現状を思い出した。
251 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時48分18秒
「…裕ちゃん、見なかった?」
「中澤さん? …いいえ」

確率の低い可能性に縋って尋ねたが、
ひとみは不思議そうに首を傾げてそう答えた。

「そう…」
溜め息を吐き出し、圭は思い当たる最後の場所に向かうことにした。

「中澤さんがどうかしたんですか?」
「……何でもない」

目的地が、ひとみの住む学生寮と途中まで同じ方向だと気付き、
気まずさも伴って、知らずに早足になる。

当然、ひとみもそんな圭を追いかけるように歩調を早めてきた。
252 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時50分43秒
「何かあったんですか?」
「別に」
「別に…って、そんな顔してませんよ?」

ひとみの疑問はもっともだったけれど、
今の圭にはひとみのその存在自体が煩わしかった。

「…何でもないから」
「ホントに?」

言いながら圭の前に回って顔を覗き込んでくる。

足止めを食らわせて自分を見つめる大きな瞳に、
圭は顎を引くしかない。
253 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時53分53秒
「保田さん?」
問い詰めるような瞳の威力。

そこに濁りが見えず、
圭はぎゅっと目を閉じてひとみの肩を強く押した。

「……元はと言えば、アンタのせいなんだから!」
「えっ?」

圭の声の大きさに今度はひとみのほうが顎を引いた。

「あの、あたしのせいって……」

口調の弱さが戸惑いを孕んでいることを伝えてくる。

それに構わず、圭はひとみを押し退けるようにして歩き出した。
254 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月08日(火)23時58分38秒
「待ってください、保田さん」
「何よ」

追いかけてくるひとみの顔は見ないで、ぶっきらぼうに言い放つ。
そんな圭に怯むことなく、ひとみも強く聞き返してきた。

「あたしのせいって、どういう意味ですか」

どうして、不快な気分にさせられている側の人間が、
その原因を作った人間にそれを説明しなければならないのだ。

理不尽でしかないその状況に、圭は唇を噛んだ。

「保田さん?」

少し強くなったひとみの口調に圭も足を止める。

「……アンタ、何でいつもあたしの目のつくところにいるのよ」
「は?」

俯きながら言った圭の顔を、ひとみがまた下から覗き込んでくる。
255 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月09日(水)00時03分13秒
「何であたしのこと、コソコソ付け回すのかって聞いてるのよ!」

そしてまた、圭の声の強さにひとみが顎を引く。

「……気付いてないとでも思ってるの?
隠れてコソコソ付け回しといて、目が合ったら合ったで逃げるじゃないの。
あんなことされたら誰だっていい気しないわ。
言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

顎を引いたまま圭の言葉を聞いていたひとみの顔色が青くなる。

何も言えない様子のひとみに、
圭は図星を指されて声も出ないのだと解釈する。

「……いつ…?」
いつ気付いたのか、それを聞かれたのだと圭は思った。
256 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月09日(水)00時07分09秒
「……最初に気付いたのは9月の終わり頃よ。
アンタがウチの手伝いに来てくれた次の日。
裕ちゃんとふたりで矢口の見舞いに行った帰りに、デパートにいた」

「……次、は?」

「そんなのいちいち覚えてない。でも気付いたらいる。
いつもあたしの視界にいたわよ」

青ざめていくひとみに圭も不審感が募り、居心地も悪くなる。

「……それを裕ちゃんに話そうとして誤解された。
あたしがアンタを好きで、無意識に見てるんじゃないかって。
目で追いかけてるんじゃないかって」
257 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月09日(水)00時12分47秒
圭から目を背けていたひとみの視線が戻ってきた。

「冗談じゃないわ。あたしは迷惑してるのに」

切なげに歪められる眉に胸が痛む。

「…そう、ですよ、ね」

曖昧な声と何かを堪えたようなひとみの笑顔に、
圭も自分の言葉の辛辣さを悟る。
けれど、謝ろうという気持ちはなかった。

「……だから最近の保田さん、様子がおかしかったんだ…」

今の今までその理由が判らなかったと言いたげな口調に、
今度は怒りが込み上げてきた。

「…今更」

吐き捨てるように言った圭の目に苦笑するひとみが映る。

たったそれだけで、込み上げてきた怒りが鎮められ、圭も困惑する。

不愉快な思いをさせてきたほうが、
どうしてそんなふうに、傷ついた顔をするのだ。
258 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月09日(水)00時17分36秒
「……それで、中澤さんは何て?」

まだ少し顔色は青くさせたまま、ひとみは言った。

「……今探してるところよ。誤解したまま出てって、まだ帰ってない」
「心当たりは?」
「…これから行く」

再びひとみを押し退け、裕子がいるかも知れないと思える、
最後の場所に向けて歩き出した圭を、ひとみも追いかけてくる。

「あたしも行きます」
「来なくていい」
「行きます。行って、ちゃんとあたしの口から、誤解だって、言いますから」

強い意志の窺える言葉。
顔色の悪さは薄れ、まっすぐに圭を見つめている。

そんなひとみに軽く視線を向けただけで、
圭は何も答えず、目的地に向けて歩き出した。
259 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月09日(水)03時24分41秒
修羅場だ!修羅場だ・・・ワ〜イ!ワ〜イ!!
ドキドキしてきた(w
260 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月10日(木)00時11分19秒
よ・よっすぃ〜〜。どうしたんだ???
よっすぃの謎・・・。気になる。
261 名前:瑞希 投稿日:2002年01月12日(土)23時50分40秒
>259さん
修羅場になるのを楽しみにされるとは…(w
でも、ご期待には添えられないかも…(^^;

>260さん
よしこの謎は…、えと、もうちょっと謎のままになりそうです(^^;


では、続きです。
262 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月12日(土)23時56分43秒
圭が向かったのは、圭の母校でもある小学校だった。
ひとみ達が通う高校の、更に奥の裏側にある。


校舎が見えてきて、圭の足取りは自然と早くなる。

校内を囲むフェンス。
当時は広く思えた校庭も、大人になった今の圭には、
驚くぐらい小さな箱庭のように見えた。

ここに裕子がいなければ、
もう思い当たる場所なんて圭にはなかった。

ここは、この場所は、圭と裕子にとっては特別な場所でもあるから。

しかし、正門の鍵は当然のことながら閉じられている。

「…ここですか?」

うしろでひとみの意外そうな声が聞こえたけれど、
圭は構わずフェンスをよじ登った。

あのときと、同じように。
263 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時03分57秒
内側の地面に降り立って、くるりと周囲を見回す。
暗闇の中、校舎から仄かに漏れている非常灯と月明かりだけを頼りに。

校庭の端には、小さなブランコやジャングルジムが、
圭が通っていた頃と変わらず遊具として設置されている。

圭に続いてひとみもフェンスを乗り越えてきたのを音で悟ったとき、
圭が目を向けたそこに、裕子は、いた。

遊具のひとつである、今の圭達の膝ほどまでしかない平均台に、
裕子はぼんやりと座っていた。

「裕ちゃん!」

暗闇でも、裕子の金に近い髪の色は映えていた。
秋の終わりの澄んだ夜の空気が、
裕子を更に際立たせているようだった。

呼ばれた裕子が弾かれたように振り返る。
表情までははっきり読み取れなかったけれど、
困惑しているのはカラダの動きで判った。
264 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時07分25秒
「…圭坊」

駆け寄る圭に裕子が立ち上がり、その細いカラダに圭は抱きついた。

「裕ちゃんっ」
「…よう、ここが判ったな」

圭を抱き返しながら、裕子が苦笑気味に尋ねる。

「……だってここは」

あなたがあたしを好きだと言ってくれた、
ふたりにとって大切で、特別な場所だから。

そう続けようとしたとき、
圭のカラダを抱きしめる裕子の腕に力がこもった。

圭の肩越しに、ひとみを見たのが判る。
265 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時12分39秒
「…何や、一緒やったんか」
「ちが…っ」
「違いますよ」

自分を離そうとする裕子に圭が反論の声を出す前に、
ひとみの、静かでも強い声が響いた。

裕子の背に腕をまわしながら、圭も顔だけで振り向く。

「駅前で偶然会ったんです。…中澤さん、
あたしと保田さんのこと誤解してるみたいだから、
それ解こうと思って、ついてきただけです」

「…誤解?」

冷たいけれど柔らかく風が流れ、
厚い雲に半分覆われていた月がその姿を見せる。

思ったよりも明るい月に照らされて、
ひとみの姿がくっきりと圭と裕子の目前に現れる。
266 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時16分57秒
「……保田さんが好きなのは、中澤さんだけですよ」

月光のもと、微笑むひとみがあまりにも綺麗で、圭は息を飲んだ。

綺麗なのに、ひどく、儚げにも見えた。

「あたしが勝手に保田さんのこと追いかけてただけで、
あたしと保田さんの間には何にもないです」

今にも消えてしまいそうで、圭のカラダが震える。
それに気付いたのか、それとも違う何かを裕子も感じ取ったのか、
圭を抱く裕子の腕にも力が入る。

「それに、さっきフラれちゃいました。迷惑だって」
そう言って、自嘲気味に笑ったひとみが肩を竦ませた。

「あたしの一方的な片思いです。保田さんはホントに関係ないんです」
267 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時20分40秒
粗方の予想はしていても、面と向かっては言われてなかったせいで、
突然ともとれるひとみの告白は、少なからず圭を戸惑わせた。

「だから、誤解しないであげてください」

圭の背中にまわされていた裕子の手の力がまた少し強まった。

「…信じて、ええんやな?」

耳の近くで呟くような声がして、
圭はカラダを揺らしながらも裕子を見た。

「あたしから、圭坊とらんよな?」
「とるも何も、保田さんが好きなのは中澤さんなんですから、
あたしが入り込む隙間なんかないじゃないですか」
268 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時24分31秒
聞き慣れているはずなのに、
ひとみの声がいつもと違うように感じられて、
何故だか圭は振り向けなかった。

「……じゃあ、お邪魔ムシは退散します。おやすみなさい」

じゃり、と、砂を蹴る音がして、その音に圭が振り返ると、
ひとみはもうフェンスを乗り越えていた。

言葉にしがたい、濁ったような感情が圭の中に渦巻く。

迷惑していたはずなのに、
少なからず、行動の読めないひとみに怯えすらしていたのに、
傷ついたような抑揚のないひとみの声色が、
居心地の悪さを伴って引っ掛かった。
269 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時28分17秒
「…圭坊」
囁き声に弾かれたように裕子に向き直ると、
すぐさま唇を塞がれた。

「…ゴメン」
唇を離した裕子が圭の額に自分の額を押し付ける。

「……吉澤さんにとられると思て、怖かってん」
「バカなこと言わないでよ。何であたしがあんな子供に」
「うん…、ゴメン」

たとえ些細なことでも、裕子との諍いは、これが初めてだったと圭も気付く。

長い間一緒に暮らしていながら、
裕子に怒鳴られたのも、今日か初めてだったと。
270 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月13日(日)00時31分52秒
「……あたしが好きなのは裕ちゃんだけだよ」

そう答えた圭を、裕子は再び、ゆっくりと抱きしめた。

その腕の中に甘えるように圭もうっとりと目を閉じる。

けれど裕子は、圭の目が届かない彼女の肩先で、
何かを堪えるように、唇を噛み締めていた。


そして、その日を境に、
ひとみが圭の視界に現れることも、なくなった。
271 名前:名無し殺生 投稿日:2002年01月13日(日)02時41分56秒
うわ〜ん、よっすぃ〜・・・
ちょっと前まで姐さん可愛そうって思っていたのに
今はよっすぃ〜が・・押すだけ押して、いきなり引くなんて卑怯だ!
変に心に残るでしょーが。どうなるんでしょ?
272 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)04時00分34秒
裕ちゃん!まだまだなんだか不幸そうで…
謎が解き明かされるのを待つばかり。
更新おつかれさまです。
273 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)04時57分17秒
作者さんまだ姐さんをいじめるのですか?(涙&w
虐待反対(w
博愛主義でいきましょう!!
274 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)13時49分46秒
ありゃ?保田は中澤にコクられた時の記憶はまだ
もどってないんじゃなかったっけ?
275 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)21時59分19秒
>>274
ヤッスーのセリフで、「もうほとんど戻ってる」ってなかったっけ?
もう思い出せてるんじゃないの?
自分はそう思ってたけど…、違うんだろか…
276 名前:瑞希 投稿日:2002年01月19日(土)00時07分24秒
>271:名無し殺生さん
よしこが可哀相なのは、雪のときの反動かと思われ… <違

>272さん
よしこの謎解きは…、すいません、まだ少し先です(^^;

>273さん
すっ、すいませんっ、イジめたくてイジめてるワケではないのですが、
どうやらワタシ、好きな子ほどイジめたくなる性分みたいです(w

>274さん
えと、自分としては、もう戻ってるというふうに書いてきたつもりでした。
伝わらなかったのでしたら、私の文章力不足です。
以後、もっと判りやすく伝えられるように頑張ります。

>275さん
違わないです。ワタシはその台詞で、記憶は戻ってる、と表現したつもりだったので。
フォローどうもですm(_ _)m


では、続きです。
277 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時09分22秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
278 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時14分58秒
11月も終わりに近付き、早朝の屋外では吐く息も白くなり始めていた。

「あ、おはようございます」

圭が店の前の道に散らばる枯れ葉を竹ボウキで掃き集めていると、
背後から聞き覚えのある声がした。

振り向くと、制服姿のひとみが立っていた。

「…おはよう」

学校からの帰り道、真希と梨華と一緒になってひとみも店に寄る、という状況は
相変わらず続いていたけれど、以前に比べると、
その回数が少しずつ減り始めていることに、圭も勿論気付いている。

そしてその原因が、自分にあることも。
279 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時21分08秒
「…何? ずいぶん早いのね?」

腕時計を見ながらいつも通りの口調で返すと、ひとみは小さく苦笑した。

「…実家に、帰るんで」

ハの字に眉を下げて答えたひとみ持っていたバッグは、
確かに学校指定の通学鞄ではなかった。

「実家に? どうして?」

純粋に生じた疑問にそう聞き返したけれど、
ますます眉尻を下げ、哀しげに苦笑するひとみに、
これ以上追及してはいけないのだという無言のシグナルを受け取る。

「……別に、あたしにはどうでもいいことだけど」

興味なさげに言い放ち、止めていた手を動かす。
280 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時26分19秒
よく考えればふたりきりで話すのも久しぶりなことを思い出して、
知らずに緊張が走る。

「もうすぐ期末テストがあるから、それまでには戻りますけど」
「……ふうん」

「じゃあ…」
「あ、うん。行ってらっしゃい、気をつけてね」

そのとき圭が口にしたそれは、
はっきり言ってしまえば社交辞令のようなものだった。

あまり他意を含まず、挨拶みたいに出た言葉。

なのに、ひとみはひどく嬉しそうに笑った。

見る者から、恐らく、その笑顔ひとつで言葉を失わせるくらいの、
幼さをも匂わせるくらい、綺麗に、無邪気に。
281 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時30分55秒
「はい、行ってきます」

ぺこりと頭を下げ、駅の方向へ向かっていくひとみの背中を見送りながら、
圭は自分の髪を、ぐしゃぐしゃとかき混ぜるようにして乱暴に撫でた。

応えるつもりがないなら、
僅かな期待も抱かせてはいけないのだと、誰かが言っていた。

その言葉が、ひとみから向けられた笑顔によって痛烈に圭の中に響いてきた。

それが判っていても、
振り解けない手や、逸らせない視線があることも、
同時に教えられる。
282 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時35分42秒
「……どうしろっていうのよ」

裕子が好きで、
もうこれ以上は誰のことも好きになれる余裕なんてないくらいで。

「……何で、あたしなのよ」

あれほどの容姿をしていたならば、
それこそ、男女問わずに選り取見取りであろうに。

「けーいぼーう?」

店の中から自分を呼ぶ裕子の声が聞こえて、圭はハッとして返事する。

そしてゆっくり、
ひとみの残像を振り払うかのように頭を振ると、店の中に戻った。


ひとみの帰省の理由が実父の告別式であると知ったのは、その日の夕方だった。
283 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時38分24秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
284 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時44分00秒
「…ムズカシイよねぇ」
ぽつん、と呟いて、真希がグラスの中の溶けた氷をストローで突付く。

「何が?」

カウンター席の一番端、裕子達が控えて立つ一番近い場所に座り、
テーブルに寝そべるように顔をつけて言った真希に裕子が尋ねる。

「よっすぃーだよ。…お父さんが死んじゃったってことはさ、
実家に帰ってももう他人の家みたいなもんじゃん」
「…あー、せやなあ」

真希からひとみの家庭環境を聞いた裕子が、腕組みしながらも神妙に頷いた。

それより前に、既にひとみ本人から聞いて知っていた圭も応えに詰まる。
285 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時48分26秒
「お母さんとあんまり仲良くないみたいなんだよね。
だから寮に入ったんだって言ってたし」

ちくり、と、圭の胸の奥が小さく痛みを訴えた。

圭も知っていることは、
ひとみとクラスメートであり親友でもある真希が知ってても当然のことなのに、
何故だか引っ掛かる。

「弟とは仲良いらしいんだけど」

そして、圭の知らなかったことが真希の口から出て、不快になる。

「……弟、いたんだ?」
「うん、母親違いのね」

自分の知らないことを真希が知っていただけだ。

それなのに、圭の胸の奥では、
何故か不愉快極まりないギスギスしたものが生まれてくる。
286 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時51分57秒
「コーヒーふたつです」

オーダーを取った梨華が裕子に告げ、頷いた裕子がカップを取る。

「よくよく考えたら、よっすぃーの生い立ちって、重いよね」
「…そんなふうには全然見えへんかったからなあ」

戻ってきた梨華に微笑みながら言った真希。
それに呟くように裕子が続けて、コーヒーを注ぐ。

その手元を、話には加わらずにただ眺めていただけの圭は、
裕子の手の動きが止まって我に返った。

裕子の顔に視線を向けると、困ったように圭を見ている。
287 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)00時56分36秒
「どしたん?」
「な、何が?」
「……しわ」

トン、と眉間を突付かれ、
圭は焦りながら裕子の手から逃げるように顎を引いた。

「メッチャしわ寄って怖い顔してんで?」

苦笑いで説明されて、裕子に突かれた額を撫でる。

「…何考えとったん?」
「べ、つに、何も…」

曖昧に答える圭を見ながら、
裕子は止めた手を再び進めてカップに注ぎ、
ゆっくりとそれを梨華に差し出した。

ソーサーやスプーンを既に用意して待っていた梨華が、
慣れた手付きでそれを受け取ってトレイに乗せ、
テーブル席で待つ客のもとへと運んでいく。
288 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)01時01分23秒
それを見送りながら、圭は裕子の言葉を頭の中で繰り返す。

『何考えとったん?』

まるで合図だったようにひとみの顔が浮かんだ。

―――ひとみのことを、考えていた。

それを自覚して、頭に血が昇る。

知らずに生まれてきた居心地の悪い感情の意味も判って、
自己嫌悪すら覚えた。

あの日、あの夜に起きたことは、ふたりだけの秘密だとひとみは言った。

嬉しそうに、笑いながら。

あのときは理解出来なかった笑顔の理由も今なら判る。

他の誰も知らない、圭とひとみのふたりだけが共有しているもの。

ひとみにとって、
それがどれくらい重要な意味を持つのかも、もう判る。
289 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)01時06分20秒
どれくらい重要で、どれくらい嬉しいと思わせたのかということも。

そして、圭の中に生まれた不快感の理由も、少しずつ、判ってきた。

秘密だと思っていた。

ひとみがそう言葉にしたときから、
泥棒に襲われかけたことも、ひとみが家に泊まったことも、
あの夜に起きたことは秘密になったと思っていた。

夜、圭が寝入るまでひとみが話して聞かせてくれたことも、
何もかも、起きた出来事のすべてが。

真希が話すまで、
自分しか、ひとみの複雑な家庭環境を知らないと、自惚れてさえいたのだ。

自分は、ひとみにとって、特別な存在なのだ、と。
290 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月19日(土)01時11分32秒
圭の中に生まれた不快感の名前。

それを認めてしまうには強い反抗と迷いがあったけれど、
それ以外にあてはまる言葉などないことも、圭は知っていた。

―――嫉妬。

それも、圭の恋人である裕子を想う誰かにではなく、
圭を想っているひとみの親友、真希への嫉妬。

答えが出て、けれど頭のどこかで、心の表面で、
それを否定して認めようとしない自分に困惑した圭は口を閉ざした。

そんな圭に、梨華と真希は気付かないまま、いつものように話し掛ける。

ただ、裕子だけは何も言わず、
真希達の言葉に曖昧な返事を返している圭を、
静かな眼差しで見つめていた。
291 名前:名無し殺生 投稿日:2002年01月19日(土)01時49分15秒
う〜ん、作者のバカバカッ。お父さんを殺すなんてしどいよー。
ってか急にやっすーの気持ちが急展開で。
いや、前からあったけど気付かないフリをしてたというか。
ごっつぁんのせいでダムが決壊してしまいましたな。
さてさて、この気持ちをどうするんでしょ、やっすー?
今すぐよっすぃ〜の所へ行ってやってくれ、やっすー!
292 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)03時00分49秒
裕ちゃん(涙)291さん!だめですよ!裕ちゃんがコレ以上…
かわいそすぎです!やっすー行くんじゃないよ!
裕ちゃんが好きなんでしょ??
裕ちゃんを幸せに〜!
293 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)03時10分14秒
俺も作者さんのファンなんでけど・・・一度ぐらいは・・・
中澤を幸せに〜して・・・やって・・・欲しいかも(w
それがムリなら・・・せめて誰かに救済を(w
このスレまで・・・切ないのかよ(w
294 名前:中澤裕子 投稿日:2002年01月19日(土)04時42分34秒
圭坊が幸せが、うちの幸せやで・・・・・・
295 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)14時27分40秒
先が気になって眠れません!!!
この先どうなっていくのでしょうか??
KUなのか?やすよしなのか?・・・どっちにしろ楽しみ(w
でも・・・圭ちゃんに想われなかったほうにも救済措置を〜!!
これは、どっちにも思い入れをさせた作者様の罰です(w
ほんとうに上手いです>作者様
296 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月24日(木)00時26分06秒
う〜ん。よっすぃの謎が気になる・・・・。
なんだか、自分の行動を知らなかったような・・・・。なんだなんだ。
続きに大期待!!です。がんばってくださいな。
297 名前:瑞希 投稿日:2002年01月25日(金)23時48分55秒
>291:名無し殺生さん
ま、また怒られてしまった…(^^;

>292さん
裕ちゃん派(UK派?)の方々には、イタイ展開ばかりで申し訳!<古

>293さん
>一度くらいは・・・
ワタシもホントはメチャメチャ好きなんですけどね、UK… <嘘くせえよ(w

>294:中澤裕子さん(w
このスレの裕ちゃんなら、マジでそう言いそうですね(^^)

>295:さん
>罰です
はうっ。…そうか、罰なのか…。救済措置…(遠い目)<おーい

>296さん
>よしこの謎
この件に関しては話の最大のキーポイントなので、まだまだ明かせられないのですが…。
ありがとうございます、頑張りまっス(^^)


では、続きです。
298 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月25日(金)23時50分15秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
299 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月25日(金)23時56分52秒
寝苦しさに、圭は深夜唐突に目を覚ました。

12月になった途端、深夜の気温はぐっと下がり、
ベッドから起き上がろうという気も自然と失せさせる。

しかし、何度か寝返りを打ってはみたものの、
急に冴えた眠気は圭から睡魔をも奪っていったようで、少しも眠くならない。

深く息を吐き出し、圭はゆっくり身を起こした。

枕元に置かれた眼鏡に手をやり、掛けてから目覚し時計を見る。

そして、ベッドを下りて何気なく部屋の窓を覆うカーテンを開けた。

澄んだ空気の中、くっきりと浮かび上がる月明かりが部屋の中に差し込み、
室内をぼんやりと、明るく染めていく。

その次の瞬間、ギクリ、と圭の胸が鳴った。
300 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時01分49秒
窓の下、淡い白のダッフルコートに身を包んだひとみが、
圭の部屋の窓を見上げていたのだ。

目が合って、ひとみは驚いたようにカラダを揺らす。
それを見て、圭は咄嗟にカーテンを閉めていた。

1週間ぶりに見る顔だった。
真希が店に来て、ひとみの帰省の理由を知らせた、あの朝以来だった。

次の日から、テスト前だからという理由で梨華がバイトに来なくなり、
それに倣うように真希も姿を見せなかったので、
圭がひとみの現状を知る方法はなかった。

テスト前には戻ると言ったきり、いつ戻ってくるのか判らずにいるのが、
圭はとても不愉快だった。
301 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時06分19秒
そしてそれに気付くたび、戸惑ってもいた。

何故不愉快になるのか、居心地が悪いのか、よく判らなかった。

恐る恐る、引いたカーテンをゆっくり開ける。
夢かも知れないと思いながら。

しかし、ひとみはまだそこに立っていて、まっすぐに圭を見上げていた。
ポケットに手を突っ込みながら、寒そうに肩を竦めて。

そして、小さく、微笑んだ。

口元が動き、何か言葉を発したのか、白い息が舞う。

何を言ったのか読めなくて眉をひそめた圭に、ひとみが更に微笑む。

ドキッと胸が高鳴り、圭の中に、ストン、と、ひとつの気持ちが落ちてきた。
302 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時09分45秒
『会いたかった』

それは、ひとみが言った言葉のようにも思えたし、
圭自身の気持ちのようにも思えた。

ドキドキと、高鳴る鼓動を抑えられなくなる。

窓から離れ、部屋を見回してコートを引っ掴む。

袖を通しながら、
隣の部屋で寝ているであろう裕子を起こさないように、と、
圭は静かに階段を下りて裏口から外に出た。
303 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時13分18秒
「吉澤」

店のドアではなく、裏口から出てきて呼んだ圭に、
ひとみは意外そうに振り返って目を見開いた。

けれど、次の瞬間には嬉しそうに笑った。

「こんばんは、ストーカーです」
シャレにならない台詞に圭は眉をしかめる。

いつも通りに笑っているはずなのに、
圭にはひとみの表情が強張って見えた。

ひとみが父親を亡くした直後であるのを思い出し、
表情のカタさの理由を圭は自分なりに解釈する。
304 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時18分41秒
「……いつ帰ってきたの」
「昨日です。明日からテストだし…って、もう今日か」

いつも通りに振る舞うひとみが逆に痛々しくて、言葉が見つからない。

「……聞きました?」

黙り込んで俯く圭にひとみも察したようで、声のトーンが少し下がった。

何を、と聞かなくても言葉の差す意味が判って、圭は俯いたままで頷く。

「……だから、聞かないんですね」
「え?」

顔を上げた圭の目に、切なそうに微笑むひとみが映る。

「『こんな夜中にこんなトコで何してるのよ』…って」

自分に会いに来たのだろう、と思ったけれど、言わなかった。
会えないと判ってても、ここに来たかったんだろう、とは……。
305 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時21分09秒
「優しいな、保田さん」

呟いたひとみは、いつか見た、儚いイメージがあった。

あのときと同じように、月明かりに照らされて、
今にも消え入りそうだった。

「吉澤」

思わずひとみの腕を掴んだ圭に、
ひとみが弾かれたようにカラダを揺らす。

自分の行動に戸惑いながらも、
圭はその手を離そうとは思わなかった。
306 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時25分05秒
「……保田さん」

掴まれた腕をポケットから出し、そのまま圭のほうへとのばす。

冷えたひとみの指先が圭の頬に触れ、
痛みにも似た感覚を圭に伝える。

「……帰るトコ、なくなっちゃった」
言うなり、ひとみは圭を抱き寄せた。

そうなることを頭のどこかで予測していた圭は、
驚いたりせず、ひとみの腕の中に静かにおさまる。

「もうどこにもあたしの居場所なんてない。…なくなっちゃった」

抱きしめられている、というより、抱きつかれているような気分だった。

圭の背中にまわるひとみの腕の力も、
思っていたより弱々しくさえ感じられる。
307 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月26日(土)00時31分54秒
「……あるよ」
ゆっくりとひとみの背中に腕をまわし、そっと呟く。

ひとみのカラダが小刻みだけれど確かに震えていて、
泣いているのが判った。

「なくなってない。ちゃんとある。あるから……」
だから、泣かないで、いつもみたいに笑ってよ。

声にはならなかった圭の言葉を感じ取ったように、
ひとみが腕に力を込める。

「……あたしだけじゃなくて、真希だって石川だっているじゃん。
矢口も裕ちゃんもいる。居場所なんて、いくらでもあるよ」

泣き続けるひとみの背を撫でながら、
何度も何度も、圭は同じ言葉を繰り返した。

「…だからもう、泣かないでよ」

だからもう、お願いだから、これ以上あたしの心を、揺らさないで。


それでも、その言葉は、最後まで言えなかった。
308 名前:名無し殺生 投稿日:2002年01月26日(土)00時46分53秒
!?
うわっ!切ねぇ〜!!!!!よっすぃ〜・・・・・
つーか途中でぐぐってきて、泣きそうになった。
もう十分、やっすーの心の中に入ってるね、よしこさん。
この先どうなるのか、かなり気になる。
作者さんのペースでマターリいきまっしょい!
309 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月26日(土)18時45分58秒
お疲れサマです。
どんどん痛くなってきたぁ・・・
裕ちゃん派としてはつらいけど、のめりこんじゃう文章。
ゆっくりでも全然オッケーなのでがんばってください!
310 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月27日(日)07時11分57秒
とみけい、いいです。
ここのお話すっごく楽しみにしてるんです。
ここが大好き。作者さんの大好き。
つづき楽しみにしとります!
311 名前:瑞希 投稿日:2002年01月28日(月)00時27分12秒
>308:名無し殺生さん
>もう十分、やっすーの心の中に…
そうですね、これがいわゆる吉澤マジック?(w <違

>309さん
>裕ちゃん派としてはつらいけど
うう、申し訳ありません。裕ちゃんはこれから…<自粛

>310さん
ワタシみたいな奴の文章を好きって言ってくださって、ありがとうございます(照


では、続きです。
312 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時28分37秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
313 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時32分55秒
真希、ひとみ、梨華の3人が通う高校の2学期の期末考査終了日は、
圭の誕生日の1週間後だった。

その日に圭の誕生日パーティをする予定で、
店はあらかじめ休業すると知らせていたので客も勿論来ない。

朝から、裕子と真里、そして主賓でもある圭自身も、
その準備をしながら真希達の帰りを待っていた。
314 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時38分45秒
「ただいまー!」

正午を少し過ぎた頃、真希が元気よく店のドアを開けた。

圭の心音が、その瞬間で一気に跳ね上がる。

振り返ろうとしてもカラダが強張ってうまくいかず、
平静を装いながらテーブルにグラスを置いた手もぎこちない。

「お帰り。もう準備出来てんで」

言いながら裕子が圭の肩を抱く。
それに少したじろぎながらも、圭はゆっくり振り向いた。

「…お帰り」

真希の隣に梨華がいて、そのうしろにひとみが立っていた。

傍目には穏やかに笑っているように見えても、
ひとみの表情は圭には少しカタく見えた。

恐らく、圭自身の表情はそれ以上に強張っていたかも知れないが。
315 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時44分18秒
ひとみに会うのは、深夜に会った、あのとき以来だった。

目が合った途端にあの夜のことが思い出されて、
圭の全身を熱い痺れが駆け抜ける。

「こんにちは」
「…う、ん」

ひとみの言葉に曖昧に返した圭は、
自分の肩にある裕子の手を不自然に重く感じた。

ぺこり、と、恐縮気味に会釈したひとみを見てすぐ裕子に振り向くと、
裕子の表情は手の感触よりもひどく重々しくて、圭から言葉を奪う。

「…裕ちゃん?」
きゅ、と、肩から力が伝わる。

しかし、いつもと違うと感じた直後、裕子は小さく笑って圭から手を離した。
316 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時50分27秒
「テストどうやった? 出来たん?」
ゆっくりとひとみから真希へと視線を変える。

「うーん、何とか」
愛想笑いする真希に微笑み返す裕子はもういつも通りで、
圭は何も言えなくなる。

「裕ちゃーん、これ、もう運んでいーい?」
「ん? あ、あたしがやるわ」

カウンターの奥から叫ぶ真里に振り返った裕子が圭から離れる。

それを見送る圭の背後にひとみが立ったのが判り、無意識に肩が揺れた。

「……この前は、すいませんでした」
ひっそりと、圭だけにしか聞こえない小さな声でひとみは言った。

「……アレも秘密、ですよね」

裕子に対して複数の秘密が出来たことに罪悪感が募る。
なのに、同じくらい、優越感にも似た何かも生まれていた。
317 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)00時55分31秒
「…当然でしょ」

それに戸惑いながらも、
ひとみよりも小さな声で呟き、逃げるように裕子を追う。

跳ね上がったままの心音が息苦しいくらいだった。

「ほな、始めよか」

綺麗に飾り付けられた円卓のテーブルに、
圭の年齢分のロウソクが並ぶケーキか置かれた。

「うわあ、おいしそー!」
「まだアカンで。圭坊が主役やねんからな」

椅子に座るなり前屈みにケーキを見つめる真希を軽く嗜めて、
裕子がニヤニヤと笑って言った。

「判ってるよぉ」
頬を膨らませた真希に笑いながら隣に梨華が座る。
318 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時00分31秒
誰がどの椅子、と指定したワケでもないのに、
主賓である圭の隣が真希で、反対側の隣には裕子が座り、
その隣を真里が陣取ったことで、自然と圭の正面にひとみが座ることになった。

一番遠い場所に座っているはずなのに、
顔を上げただけでひとみと目が合う。

そのたびに緊張してしまう自分を、
その場の雰囲気を壊さないようにと取り繕い、作り笑いになる。

そんな圭の揺れる心情に気付いていたのか、
ひとみが見せる表情は、圭にはいつもより柔らかく見えた。

圭とひとみとの間にある秘密がもたらす罪悪感を隠すように、
時間は、穏やかに過ぎていった。
319 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時06分19秒



「ねえねえ、よっすぃー。冬休みはどうするの?」
「どうって?」
「実家、帰るの?」

使った食器を集めるひとみを見ながら問うた真希に、
そのふたり以外の人間の顔付きがサッと凍った。

父親を亡くしたばかりのひとみの前では、
あえて家族関係の話題は避けていたというのに。

「…ああ、そのことか」

流し台でグラスを洗っていた裕子のもとに、ひとみが集めた皿を持っていく。

それを受け取る裕子や、その隣で裕子から渡されたグラスの水滴を
乾布で拭い取っている真里の強張った顔に、ひとみは小さく苦笑いした。
320 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時11分37秒
「帰らないよ、寮に残る」
答えて、椅子に座ったままの圭と真希、梨華に振り向いた。

「他にも残る生徒、何人かいるみたいだし」
別にたいしたことじゃない、と語る口元。

「でも、何で?」

わざとなのか、それとも本気で無意識なのか、
真希の発する言葉に濁りが感じられないぶん、
聞き返すひとみの声色も普段通りだった。

「うん。もしよっすぃーさえよかったらさ、初詣、一緒に行かない?」
「え?」

「毎年、このメンバーで行ってるの。梨華ちゃんは今年からだけど」
ね、と唐突に隣から微笑みながら振られて戸惑いつつも、梨華は頷いた。
321 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時16分27秒
「…どう?」

それが真希なりのひとみへの気遣いだと気付かない者はいない。
ひとみ自身もそれを理解したようで、少し困ったように眉尻を下げた。

「……いい、の?」
「勿論だよぉ。ね? いいよね?」

おいおい、事後承諾かよ、とは思っても、当然誰もそれを口にはしない。
というより、言えない。

真希の頼みは、何故か誰も断れないのだ。
幼馴染みである圭が、その筆頭だった。

「ええよ。みんなで行くほうが楽しいやろうし」

真希の提案に真っ先に同意したのが裕子だったからか、
ひとみは驚いたように目を見開いた。
322 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時19分13秒
勿論圭も同様である。

数ヶ月前、人手が足りず、
ひとみが店の手伝いをしてもいいと言ってくれたときは、
少なくともここまで好意的ではなかった。

そのあとも、あからさまではないにしても、
裕子がひとみに対して好意的だったことはあまりない。

その理由は、圭も判っているつもりだった。

だからこそ、裕子の前ではひとみに近付かないようにしていたし、
避けるような態度もとっていた。

裕子に対して持っている秘密を、悟られないようにするためにも。
323 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)01時23分33秒
それなのに、圭や真希に向けるときと少しも代わらない表情で、
裕子はひとみに向かって微笑んでいた。

思わず凝視してしまった圭に気付いた裕子がチラリと目を向けてくる。

けれど、目が合って咄嗟に顎を引いた圭を淋しそうな目で見遣ってすぐ、
裕子は視線を手元に落とした。

そしてそのまま、何事もなかったように洗った食器を真里に渡していく。

ツキン、と小さな痛みが圭の胸に響く。

今、確かに裕子は圭から目を背けた。

なのに、そうだと判っても、そのときの圭には、
それを咎めることも問い返すことも、出来なかった。
324 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時14分41秒



「…圭坊?」

パーティを終え、自室のベッドに座ってぼんやりしていた圭を裕子が呼び、
半開きだったドアをノックしながら部屋の中に入ってきた。

「あ、お風呂沸いた?」

顎を少し引き気味に頷いた裕子が、そのまま圭を見つめる。

さっきは逸らされたのに、何故か今度は圭のほうが裕子を直視出来ず、
ゆっくり床へと視線を落としながら、圭はベッドから立ち上がった。

「……圭坊」

裕子とドアの間を擦り抜けようとした圭のカラダが裕子の腕に捕まる。
圭よりも細いその腕に腰を抱かれたと気付いてすぐ、顔が近付いてきた。

「ゆう…」
呼ぶ前に塞がれる唇。

らしくない裕子の行動に思わず肩を押し返した圭の目に映る、淋しげな瞳の色。
325 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時19分39秒
最近の裕子は、ふたりきりでいてもこんな目をすることが多くて、
圭はいつも言葉に詰まる。

「…しようや」

言葉の意味が判って、圭のカラダが一瞬だけピクリと揺らいだ。

裕子の肩を押し返した腕が掴み返され、
そのまま引き寄せられてベッドへと倒される。

「裕ちゃん…?」

ふたり分の体重で沈んだベッドのスプリングが軋んだ音を起て、
それが耳障りに圭の耳の奥に響く。

圭に覆い被さる裕子の顔が圭の首筋に埋まり、
直後に喉の下に噛み付かれたような派の感触を受ける。

手首をとられ、頭の横へと広げてベッドへ押し付けられたとき、
圭が見上げたそこには、まるで、
見えない何かに追い立てられるように眉をしかめて圭を見下ろす、裕子がいた。
326 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時23分24秒
「…圭坊」

声色が違っていた。
いつもの、柔らかな響きは持っていなかった。

そして何より、圭自身が、顔を近づけてくる裕子に恐怖を感じた。

「…や、…裕ちゃん……っ」

顔を背けて拒んだ圭の顎に裕子の唇が触れる。

裕子と圭の体力差はそんなにない。

むしろ華奢な裕子のほうが圭よりも腕力は劣る。

けれど、上から押さえつけられるという態勢は、
本来あるはずの抵抗力を少なからず薄れさせていた。
327 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時26分49秒
「…何でイヤやねん」

耳元で低く響く裕子の声に、背筋を不快感が滑り落ちる。

振り解けない裕子の手の熱が気持ち悪かった。

「こ…、こんなの…、違う…っ」
いつもの裕子ではない、と、圭は顔を背けながら続けた。

「じゃあ…、いつものあたしって、どんなん?」

優しい声で問い返すくせに、哀しい色をしたその瞳の奥で、
静かに怒っているのも伝わってくる。

怒りの理由には見当がつきすぎて、
圭は反論する言葉に迷っていた。
328 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時31分29秒
「圭坊?」

裕子から呼ばれる自分の名前を、初めて不快に感じた。

耳の淵を滑る裕子の唇の感触も。
カラダが覚えている吐息の熱も。

そのときの裕子が自分に向けている感情のすべてが、不愉快だった。

「……こんなの、あて付けみたいで、イヤだ!」

圭の手首を押さえつけていた強さが不意にその言葉で弱くなる。
圧迫感が薄れ、圭は裕子を避けるように起き上がった。

しかし、ベッドを下りようとして再び手首を掴まれる。

「ゆう…っ!」
反抗しようとカラダを揺らす圭に、裕子は縋るようにしがみ着いてきた。
329 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時35分34秒
「イヤや! ひとりにせんとって!」

明らかに怯えていると判る裕子の様子に、
圭の肩に重苦しいくらいでのしかかっていた気負いが、ストン、と落ちた。

立っている圭の腰に、ベッドに腰掛けたまま裕子が抱きつく。

「……ひとりに、せんとって」

更に弱々しく裕子が続けた言葉に、圭の胸の奥では小さな波が起こる。

「……何でそんなこと言うの」

圭の問いかけには答えず、抱きつく腕の力だけを強める。

なのに、腕の強さよりも、
感情の強さのほうが圭には痛いくらい伝わってきた。
330 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時39分56秒
裕子は、きっと、圭の心の揺れに気付いているのだ。

だからこんなふうに、怯えて縋るのだ、と。

腹の辺りでサラリと揺れた裕子の明るい色の髪の中に、
絡めるようにそっと指を差し込む。

上体を屈め、その髪に唇を寄せる。

唇で感じた裕子の髪の感触に、
圭のカラダも、誘われるように甘い痺れを思い起こす。

―――けれど。
331 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年01月28日(月)23時44分02秒
「……圭坊」
自分を呼ぶ裕子の声に、カラダは熱くならない。

そのとき、圭の脳裏を掠めたひとつの影に、
その熱を奪われたような気さえした。

ひとみの、笑顔に。

「……しないよ」

それでも、それを振り切るように、圭は告げた。

「ひとりになんか、しないから」

自分自身にも言い聞かせるように圭は言った。

その圭に、裕子はまた、腕の力を強めながらしがみ着いたけれど、
圭はもう、それ以上何も言えなかった。
332 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)02時14分45秒
裕ちゃん切ね〜!!
圭坊!!裕ちゃんを手放すなよ!!
裕ちゃんも自分から引くなよ!!
作者さんたのんます(w
333 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)05時10分15秒
ど、どわ〜!!な、ないちゃいそう〜!!
実は自分、ゆうけい?それはちょっと...とか煙たがっていたんです。個々は好きですよ。でも2人共大人ですし...
でもあの一言「ひとりにせんといて!」で、KOです。(単純w
手放しで、とみけいっていいなぁ〜。とかいってた自分がはずかち〜!!
でも、どうなっちゃうの!?
今や自分はどちらかを応援するなんてできないです。
せつなさばかりがましていく3人の恋の行き先は!?
つづく...
やっぱ作者さんの大好き!はまりまくりです!
334 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月29日(火)16時36分05秒
最近、更新のペースが速くなってるようで、読んでる身としてはうれしい限りです。
これからも楽しみにしています。
がんばって下さい。
335 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)18時31分02秒
うわぁ…裕ちゃんも…くるねぇ(何がだ)
しかし、吉も…。
なんか、それぞれが圭ちゃんとからむたんびに
そっちへフラフラこっちへフラフラな僕。(オイ)
今後、どうなっちゃうのか…次の更新に期待。
作者さん無理せず頑張ってください。
336 名前:名無し殺生 投稿日:2002年01月29日(火)21時57分11秒
やっすー、無駄な悪あがきはするな。
もう心にヒビが入ってるのはわかってるはず。誰が一番なのかも・・・
とか言いつつ、うおー胸が痛いどーーーー!
この三角関係に心を痛めてる人、多数続出って感じですな。上手過ぎ!
続きがめっちゃ気になります。更新楽しみにしてます!
337 名前:瑞希 投稿日:2002年02月11日(月)23時31分19秒
>332さん
うわ〜、どうするんだろう、圭ちゃん… <ヒトゴトかよっ

>333さん
きゃっ、また好きって言われた♪<オマエのことぢゃじゃねえよ(w
なんか、次回予告みたいな面白いレス、どうもです(^^)


>334さん
更新はぼちぼち、マターリとなるとは思いますが…(^^;
頑張りまっす!

>335さん
>そっちへフラフラこっちへフラフラ…
……ふふふ、( ̄ー ̄)ニヤリ

>336:名無し殺生さん
>上手過ぎ!
ホメ過ぎですっ(w



移転とかで、サザエさんも大変だったみたいですが、
復活してくれて、ホントに嬉しいです。ヨカタヨカタ
(書いてる側のワタシも、もう、ココなしじゃ毎日がつまんないんだもん…)

お話自体は、もう、かなり時期ハズレなお話になってしまいましたが、
出来れば、呆れずにお付き合い願います……。


ではでは、続きです。
338 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時33分07秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
339 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時37分34秒
大晦日の夜。
圭達の店の前でひとみと真希と待ち合わせ、
電車で目的地の神社に向かった。

真里と梨華は元々その電車に乗っていて、
指定したドア付近で圭達を迎える。

「この前はどうも」

ドアが閉まり、適度に混み合う車内でそれぞれが立つ位置を確保した頃、
真里を見ながらひとみが言った。
それに対して真里は破顔一笑して首を振る。

「んーん! 楽しかったから!」
340 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時42分39秒
「ん…? どしたん?」
「先週のイブの日さ、よっすぃーに遊んでもらったんだ。
ひとりで過ごすの、やっぱ淋しかったからさ」
「こっちが遊んでもらったんですよー」

コートのポケットに手を突っ込んだまま、肩を竦めてひとみが続ける。

圭は、興味なさげを装って、ひとみから視線を外すように窓の外を見た。

車内が明るいせいで外の景色は見えないけれど、
その窓には、真希と梨華が、
ひとみと真里との会話に楽しそうに加わっている様子が映っていた。

その窓越しにひとみを見ている自分に気付き、
そのまま下へと視線を落とす。
341 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時46分30秒
言葉には出来ない真里への羨望が芽吹いている自分に戸惑っていると、
トン、と、圭のすぐ隣に立っていた裕子の肘が圭の腰に当たった。

呼ばれた気がして振り返ると、
裕子の腕がゆっくりと圭の腰にまわされてきた。

思わずカラダが揺れた圭に構わず、その腕に次第に力が込められていく。

「そおか、ひとりもん同士ってヤツやな」

圭のほうは見ないままで、
まるで隠れるように抱き寄せる裕子の腕を、圭は振り払えない。

「残りもんみたいな言い方すんなっ」

聞いてる側が笑ってしまうような反論をした真里に、
圭は口元だけで笑って見せる。
342 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時50分56秒
裕子は気付いているのだ。
圭の、心の揺れの原因に。

なのにそれを問い詰めようとしない裕子が圭には判らなかった。

あの夜以来、触れてくるくせに抱かなくなった裕子の本心も判らない。

そして圭自身も、自分の気持ちのやり場に困惑していた。

いつまでもこのままでいられないことは、恐らく、裕子も感づいている。
でも、圭から行動を起こすことは出来ない。

ひとみに惹かれていることを否めないと同時に、
裕子を失うことも、圭には考えたくないことだったから。

気付かないフリで優しいままの裕子に甘えている自覚はあっても、
そのときの圭には、その手を振り払える勇気なんてなかった。
343 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時55分43秒



カウントダウンを終え、それにつれてどっと人波も押し寄せてきた。

歩いているだけで白い砂利が靴の先を白くして、
その白さが、新年の年明けをぼんやりと頭にやき付けてくる。

「はぐれんなやー」

下を向いて、
自分の靴先の白い埃を見ていた圭が裕子のその声にハッとして頭を上げたとき、
見慣れた裕子の明るい髪の色は視界になかった。

「…え、まさか」

思わず足早になるけれど、人の波を掻き分けて先に進むのは至難の技で、
長身で一番目印になりやすかったはずのひとみも見当たらなかった。
344 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月11日(月)23時59分31秒
咄嗟にポケットのケータイを取り出すが、
混雑する神社だからか、それとも新年が明けて間もないからか、
ディスプレイには、通話できる状態ではないことが示されていた。

「…うわ、ヤッバイなあ」
溜め息と一緒に呟き、それでも人波には逆らわないように歩く。

なのに、こういうときほど人の流れはゆっくりで、
圭は流れの遅さに内心舌打ちする。

参拝はこれからだったので、
とりあえず前へ向かえば裕子達はいるのだろうけれど、
この遅い流れに乗っている自分が、
彼女たちを見つけられる自信はさすがに薄かった。
345 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時04分08秒
気付けば待っていてくれるだろうけれど、
下手にこの人混みから横に外れて待機されていたとしたら、
流れのほぼ中央にいる圭が、
裕子達に気付かないで逆に彼女たちを追い抜かしてしまいかねない。

だからと言って立ち止まるわけにもいかないのがまた難関だ、と、
もう一度圭がため息をついたとき、

「保田さん」

呼ばれるのと同時に背後から肩を掴まれた。

驚いて振り向くとひとみがいて、知らずに心臓が跳ね上がる。

「こっちです」

圭が抜けられなかった人波を器用に泳いで圭のもとに辿り着いたひとみは、
そのまま、掴んだ圭の肩を守るように背後に立って、ゆっくり歩き出す。
346 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時07分46秒
「…探しに来てくれたの?」
「はい」

変だな、と咄嗟に圭は思った。


圭がいなくなったことに気付いて、
探しに行く、と、ひとみは言ったかも知れない。
それは納得できる。

けれど裕子が、果たしてひとみのその提案を素直に受け入れるだろうか。
自分が行くとは言わなかったのだろうか。

「もう少し歩いた先の大きな木の下にみんないますよ」

けれど、圭の肩に置かれたひとみの手の感触に、
圭の思考はそれ以上進まなくなった。
347 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時11分22秒
「……すごい人混みですよね。これじゃ迷子になっても仕方ないですよ」

自分のすぐうしろから聞こえるひとみの声が圭の体温を上げていく。

意識しないようにと思えば思うほど、
ひとみの触れている場所に熱が集中する。

「…あ、見えてきましたよ」
「え? どこ? 見えないよ」

思わず背伸びしたけれど、圭の視界には見慣れた顔はひとつもない。

「…あたしに言ってくださいね」

不意に真剣味を帯びた声でそう言うと、ひとみは唐突に圭から手を離した。
348 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時14分46秒
「え?」
「……あたしが、探しに来たって」

意味不明な言葉が耳に届いたとき、前を見ていた圭の目に、
自分のすぐ真うしろにいるはずの人影が映った。

ざわっ、と、全身に鳥肌が起つ。

声も、出なくなった。

「……もう隠しません。ちゃんと、説明しますから」

どんな顔付きでそう言ったか判るくらいの神妙な声色でひとみは言った。

そして、震えを抑えきれないまま圭が振り返ったとき、
思ったとおり、ひとみはもう、そこにはいなかった。
349 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時19分39秒



「あっ、来た来たっ、圭ちゃーん!」
真希が少し背伸びしながら圭を手招く。

その隣に、ひとみが、いる。
つい数秒前まで、自分の背後にいたはずのひとみが、そこに。

圭の心臓が、喉から飛び出してきそうなぐらい大きく跳ね上がっていく。

「ちょっと焦ったよ、振り向いたら圭ちゃんがいないんだもん」
「はぐれんなって言うてたのに…」

溜め息混じりの言葉のあと、
裕子がホッとしたような顔付きで言って、ポンポン、と、圭の頭を撫でる。

「…ゴメン」
苦笑しながら告げても、鼓動の早さで生まれる息苦しさは薄れない。
350 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月12日(火)00時20分51秒
あ〜姐さん・・・望みは・・・(w・涙
351 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時22分46秒
「ほな、行こか」
「ねー、もうちょっとゆっくり歩かない? また誰か迷子になっちゃうかも」

真希の言葉に笑いつつ、それに同意したように歩調が緩やかになった。

圭は、歩き出す裕子達からはぐれないようなしながら、
そっとひとみに近付いた。

顔を見るのが怖かった。
けれど、もうそんなことも言ってられなくなる。

「…し…ざわ」
「はい?」

聞き逃してしまいそうなくらいの小さな声でも、
ひとみにはちゃんと届いたようだった。
352 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時27分06秒
自分達の前を真希と梨華が手を繋いで歩いていて、
裕子と真里はその前をじゃれ合いながら歩いている。

そんな彼女たちには聞こえないように更に声をひそめて、
圭はもう一度ひとみを呼んだ。

「…吉澤」
「何ですか?」

不思議そうに、圭の顔を覗き込んできた幼い瞳。
思わず圭はぎゅっ、と目を閉じた。

一度は打ち消した突飛な仮説が、また圭の思考に浮かび上がってくる。

そして、もうその仮説は仮説ではないと、ひとみ自身が証明する。

圭の、次の言葉で。
353 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時30分48秒
「……アンタが、探しに、来た」
「え?」
「アンタにそう言えって、アンタが、言った」

途端、ピリッ、と空気が震えたような感覚が圭とひとみの間に流れた。

「……そう、ですか」

曖昧な、けれどすべてを悟ったような返答の声に、圭はもう何も言えなかった。

「…すいませーん、ちょっと、お手洗いに行って来ていいですかー?」

圭から離れ、前を歩く裕子達にひとみが声を掛ける。

「うん? ええよ、ほな、あたしらはこの辺で待ってるわ」
「すぐ戻りますんで」

言うなり、ひとみは人波の流れに紛れていく。
354 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時34分15秒
姿が見えなくなって、圭のカラダの震えは一層増す。

それでも、誰にも気付かれないように、圭は必死になってそれを隠した。

もう認めるしかない。
もう、そうなのだと、決め付けてもいい。

ひとみの本当の行き先は、圭しか、知らないのだ。
圭だけが、知っているのだ。

ずっと、圭の中に割れない氷のようにあったひとみへの違和感が、
すべて溶けきり、蒸発したような気分だった。

―――ひとみは、時間を、飛んでいるのだと。
355 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時39分04秒



10分ほどで、ひとみは戻ってきた。
実際の、裕子達とはぐれてしまった圭とひとみとの接触時間は10分にも満たないが。

圭と目が合い、ひとみは圭が思ったとおりの苦笑いを見せて、小さく会釈した。

そしてそのあと、圭はひとみに敢えて近付いたりしなかったので、
会話を交わすようなこともなかった。

突拍子のない自分の仮説が、自分とひとみとの間でだけ証明された今、
それまで合わなかったパズルのピースがひとつずつ、埋まっていく。

わざわざ考えをめぐらせなくても、
ひとつの謎が解けただけで、辻褄の合う出来事だらけだった。
356 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時41分50秒
恐らく、誰に言っても信じてもらえない現実離れした状況。

けれどもう、圭はそれを空想だとは言い切れなくなった。

ひとみが、ひとみの存在自体が、
その非現実的な世界が実際にあることを証明しているのだから。

ただ、以前感じた恐怖にも近い感情とは、
今はまるで違う感情がひとみに対して生まれていた。

ひとみを怖いとは思わなかった。
吐き気だってしない。

その理由も、圭には勿論判っていた。
357 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時45分13秒
参拝を終えて帰路につき、
電車で真里と梨華に別れを告げて家へ向かう途中でも、
圭はまだひとみと目も合わせられなかった。

「…靴紐、解けてますよ」
そう、声を掛けられるまで。

「えっ?」

呼ばれて振り向いてひとみと目が合い、
思わず顎を引いた圭に、ひとみは圭の足元を指差した。

「…あ、うん」

曖昧に答えてしゃがもうとした圭より早く、ひとみが圭の足元に屈み込む。
358 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時48分38秒
流れた空気が鼻先を掠め、それに従うように圭がひとみの行動を見守る中で、
大きな手と長い指が圭の履いていたスニーカーの靴紐を丁寧に結ぶ。
そして、ゆっくり立ち上がった。

「ハイ、いいですよ」
「何か、子供みたい、圭ちゃん」

真希にケラケラと笑われ、裕子にも微笑まれ、
圭は返す言葉に困って苦笑いしか浮かべられなかった。

続ける答えに迷って言い淀んでいると、
圭にだけ届くような密やかな声で、ひとみは小さく告げた。
359 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時51分19秒
「…公園で、待ってます」

思わず肩は震えたけれど、振り返れなかった。

「じゃあ、あたしはここで」
圭の返事も聞かず、何事もなかったように離れて真希に微笑みかける。

「うん、また新学期に会おうね、よっすぃー」
「うん。…じゃあまた」
裕子に向き直り、ペコリと頭を下げてひとみが歩き出す。

そこでやっと圭もひとみの姿を見ることが出来た。

去り行くひとみの、背中を。
360 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)00時55分03秒
「あたし、やっぱりちょっと寝るわ。人混みに酔うたみたいや」

家に戻り、二階への階段を昇りながら裕子が言った。

「圭坊は?」
「……あたしも、そうしよっかな」

頷いた裕子が欠伸を噛みつつ部屋に入って行くのを見届け、
圭も自分の部屋に入る。

コートを脱ごうとしてその手を止め、ベッドに腰を下ろす。

枕もとの目覚し時計に目をやり、
それからドア横の柱に掛けられた時計を見て時間を確認し、
溜め息を吐き出した。
361 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月12日(火)01時00分23秒
ひどく高鳴っていく圭の鼓動とは裏腹な、
まるでからかうように規則的に動く秒針。

それを見つめながら、圭は時間の経過をもどかしく思っていた。

裕子が寝入るまで下手に物音は起てられない。
けれど、ひとみを寒空の下で待たせている、という気持ちが圭を焦らせていく。

深夜の室内で、やけにうるさく耳に響いてくる秒針の進む音に耐え切れず、
圭はベッドから立ち上がった。

音を起てないように息をひそめて階段を下り、
家を出てからは無意識に走っていた。

ひとみが待つ、その場所へと。
362 名前:瑞希 投稿日:2002年02月12日(火)01時02分00秒
>350さん
姐さん、やっぱり……<自粛(w
363 名前:名無し殺生 投稿日:2002年02月12日(火)01時27分42秒
ぬぉー!!!物語もそろそろ核心ですかぁ?
とてもスマートで優しいよっすぃ〜が頭から離れない。
そして、そんなよっすぃ〜にとても強く惹かれるやっすーも。
もう姐さんは痛々しくて見てられないっす。
答えはもう出てるんだよ、やっすー。素直に飛び込め。
周りは気にするな。なんとかなる!無責任(w
>>337
またまた〜、ご謙遜も上手いですなー(w
364 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月12日(火)02時02分46秒
よっすぃ〜の謎が・・・。時間を飛んでたのか・・・。って時間とんでたの!?
じゃぁ、やっす〜の昔あった人もよっすぃ〜だったのか。。。納得。
365 名前:瑞希 投稿日:2002年02月16日(土)00時30分20秒
>363:名無し殺生さん
>物語もそろそろ核心ですかぁ?
はい、やっと終わりが見えてきました…(°Å)
姐さんの痛々しさは……<自粛 <おい
でも、やっぱりホメ過ぎっすよ(w

>364さん
ね、やっとよしこの謎が見えてきましたね〜。<相変わらずヒトゴトのよう…
今回で更に…<自ら煽ってみる(w


では、続きです。
366 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時35分40秒



ひとみが曖昧な言葉で指定した公園が、
圭達の家からさほど離れていない場所だということは、
言われたときにすぐ判った。

住宅街によくある、
未就学児童や小学校の低学年の生徒あたりが適度に遊べる遊具が幾つかと、
どう見てもカップル向けのベンチが4つだけある、ごくごく普通の公園。

遊具はどれも古くさい造りをしているが、
その錆び加減が何ともいい味を思わせて、
父兄からも馴染みやすいと好評の場所であり、
圭も小さいときはよくここで遊んだりしていた、思い深い場所だ。

そこのベンチに、ひとみはいた。
367 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時40分55秒
昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返った深夜の公園で、
限られた街灯の中でも目を見張るくらいに鮮やかに浮かぶ、
白いダッフルコートに身を包んでいるひとみの姿に、圭の心音が早くなる。

寒さに肩を竦ませ、
ポケットに手を突っ込みながら夜空を見上げるひとみの吐く息が白い。

走ってきた圭の吐き出す息のほうが、もっと白かったけれど。

公園の入口でその姿に見惚れていた圭に気付いたひとみが立ち上がる。

いつものように微笑まれるのだと思ったけれど、
圭の目に映るひとみの表情は険しかった。

ぺこりと会釈され、圭はハッとして立ち止まらせていて足を進ませた。

ひとみのすぐそばまで近付いても、顔を見ることは、ためらわれたけれど。
368 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時45分35秒
「早かったですね。……中澤さんには何て?」
「……黙って、出てきた」

もしかしたら、家を出たことに気付かれているかも知れない。

けれど、今の圭には、
裕子に隠れてひとみと会ったことを咎められるかも知れないという恐れより、
ひとみの真実を知ることのほうがずっと重要だった。

それを感じ取ったように、ひとみもそれ以上は何も言わず、
今まで座っていたベンチに再び座った。

誘われるように、その隣に圭も腰を下ろす。

「……何から話せばいいのかな」
ぽつりと呟いた声には覇気がなく、圭も思わずくっと息を飲んだ。
369 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時49分46秒
「でも、もうだいたいの予想はついてますよね」
「………超、能力?」

恐る恐る、圭は隣を見た。
そこには、圭がよく知る苦笑いがあって、目が合うと、そっと頷かれた。

「稀に、いるみたいですよ。あたしのは単純な時間移動ですけど、
モノを動かしたり、予知夢を見たりするひとって、テレビとかでも見ますよね」

「…ホント、に……?」
「そう考えたら、いろいろ、思い当たること、あるでしょ?」

まだ信じられなくてそう言ったワケではなかった。
何か言わなければ、息苦しくなりそうだったのだ。
370 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時54分42秒
「今まで…、ううん、保田さんに会うまで、
この能力(チカラ)はいつも自分のために使ってました。
勿論時間に歪みが出ない程度に、ですけど…。
時間移動って言っても行きたい時間に行けるだけで、
場所は自分の今いる場所からは動けないんですけど」

「…だけって、普通の人間には、それだけでも信じられないことよ」

「……そう、ですね」

いつもは柔らかささえ感じられる目元が、圭には辛そうに見えた。

「普通じゃ、ないですよね」

言われてから言葉の重みを悟る。

他の誰でもなく、ひとみ自身がそれを痛感して、その事実に傷ついているのだと。
371 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)00時59分21秒
けれど、謝るのも何だか違うような気がして、圭はひとみから目を逸らした、

「……思った時間に、行けるってことなのね」

「はい。………でも、たとえば昨日の今の時間に行ったとしても、
現在のこの時間には戻りづらいんです」
「…? どういう意味?」
行った意味が判らなくて再びひとみに視線を向けると、
やっぱりひとみは困ったように圭を見ていた。

「たとえば過去に行ったとして、
そこで過ごした時間分、現在の時間も進行するんです。
つまり、もし過去で2時間過ごしたとしたら、
現在の時間に戻ってきたときも、2時間進行してるってことです」
372 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時03分24秒
「…え? でも、それじゃ、あのときは……」

泥棒に入られた夜、
そのまま明け方近くまでひとみが圭のそばにいてくれた時間は、
少なくとも3時間以上あった。

けれど、その翌朝、前日の圭を助けに時間を逆行したひとみが不在だった時間は、
1時間にも満たなかった。

「戻れないことはないんです。戻りづらいだけで」
言おうとした言葉が先に伝わったようにひとみが答える。

「逆らった時間が長ければ長いほど、ものすっごく、疲れるんですけどね」

そう言われて納得する。
目に見えてあからさまだったひとみの疲労の色に、
圭のほうから休憩を言い渡したのだから。
373 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時07分30秒
それでも返す言葉が見つけられず、圭は黙ったままひとみを見上げた。

「……でも、それからです、自分でも知らずに時間を飛ぶようになったの」
「えっ?」
「保田さん、言ったでしょ? あたしがいつでも保田さんの視界に入ってくるって」

以前は、気が付くといつも視界にひとみがいた。
でも今はもうそんなこともなくなっていたので、
忘れたワケではなかったけれど、思考からは離れてしまっていた。

「……知らずにって」
「知らなかったんです。…っていうか、言われるまで夢だと思ってました。
……保田さんのこと好きすぎて、夢見てんだなって」
374 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時12分05秒
言葉にされて、鼓動が跳ね上がる。
こんなときに不謹慎だとは思いつつ、気持ちも体温も上昇していく。

「実際、寝てるときだったから、自分でも無意識に飛んでたみたいで、
保田さんに言われなかったら、今でも……」

圭から逃げるように立ち上がり、軽く叩くように靴先で地面を蹴る。

「………実は、前に何度か、戻れなくなりかけたこと、あるんです」

座ったままひとみの背中を見つめていた圭は、
だんだん弱くなっていく声の抑揚に、自分自身の戸惑いを隠せなくなる。

「初めてのときは今よりまだ子供で、能力の限度とか判ってなくて、
戻りたい時間に戻れなくて、怖くて怖くて、一晩中泣きました。
帰れなかったらどうしようって」
375 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時16分11秒
何でもないことのように話すひとみが逆に痛々しくなる。

自分が意識しない、『自分の知らない時間』がどれほどの不安をもたらすか、
ぼんやりとでも、圭には判るから。

「戻りたいとか思っても全然違う、いろんな時間に飛ばされて、
未来の自分に会ったりもしました。
…そのときは未来の自分だって判らなかったけど、この前実家に帰ったとき、
今のあたしが昔のあたしに偶然会って、判ったんですけどね」

背を向けられているせいで表情は見えないけれど、
軽い口調の裏のひとみの感情が、圭には見え隠れする。

怯えている、と。
376 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時19分41秒
「……結果的には戻って来れたんですけど、
そういうときってタイミング悪いんですよね。
自分の家の前で、今の母親と鉢合わせたんですよ」
「え?」

くるりと振り返ったひとみが小さく笑った。
見ているだけで痛々しい、そんな微笑みで。

「……部屋でまだ寝てるはずの娘が、朝早くに家の前で立ってる。
しかも泣いてるし、急に目の前に現れたんだから、驚かないほうがおかしいですよね。
腰抜かされて、悲鳴まで上げられました」
377 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時24分03秒
今より子供だったと告げたからには、
そのときのひとみは小学生くらいだったのだろう。

自分の能力が面白くてたまらない時期で、同時に、まだ親への親愛度も高い頃だ。

戻れないかも知れないという恐怖が去り、不意に訪れた安堵の中で、
ひとみは母親に縋り付いて、安心を噛み締めるように泣き出したかったはずだ。

けれど、恐らく母親はそんなひとみを敬遠し、畏怖の目で見るようになったのだろう。

純粋に血の繋がりがあっても信じ難いその能力を、
本来は赤の他人である人間が容易く認め、受け容れるとは考えにくい。
378 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時28分33秒
いや、肉親であっても、理解するには難しい能力だ。

圭にしても、やはり信じられない能力であるし、
もしもひとみが泥棒から救ってくれたりしていなければ、
こんなにもひとみに対して好意的にはなれないとも思う。

義弟との仲は円満でありながら、
義母との折り合いが悪いと言った理由が圭にもようやく理解出来た。

「……それからも何度か無理な飛び方をして、
そのたびに疲れたり戻れなくなったりして、
あんまりよくないんだって気付いてからは、出来るだけ使わないようにしてました。
それに、今度無理な使い方をしたら、たぶんもう、戻れないと思ったし、
それほど必要でもなかったし」
379 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時31分36秒
圭の胸がギクリと鳴る。

必要性のない能力を、自分が再び使わせてしまったのだ。
使用頻度によって、本来の意思とは逆方向へ向かいかねない、
考え方によっては危険なその能力を。

「ごめん……」
「え? …あっ、違います、保田さんは何も悪くないですよ!
あたしが勝手にやったことなんですから」

「でも…」
「保田さん」

ひとみを見ていられず俯いた圭に歩み寄り、その前でそっと地面に跪く。
380 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時35分33秒
俯いていた圭の目に、跪いたひとみの膝とコートの裾が映り、
ほんの少しだけ顔を上げると、小さく微笑むひとみと目が合った。

そのやわらかさに、圭の鼓動が違う高鳴りを呼び起こす。

「大丈夫です。今はここにちゃんといられるし、
さっきだって戻って来れたでしょ?
それに…、この能力がなかったら、保田さんのこと、助けられなかったんですよ?」

膝の上で組んだ手に、ひとみがそっと触れてきた。

「保田さんが無事で、よかったです」

冷たいはずの指先が何故か熱く感じられる。
その熱の意味が判りそうで、けれど認めてしまうのは、まだ怖くて。
381 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時39分37秒
「それにあたし…、保田さんに謝らなきゃいけないことがあるんです」
「え…?」

ゆっくりと立ち上がったひとみを見上げる圭の目に、
今度はひとみの背後の月が映る、

指先から伝わってきていた熱が、離れたことで一気に逃げ出した。

「謝るって…?」
「最初は夢だと思ってたから、まさかとは思ってたんですけど、
でも、ごっちんに効いた状況と似過ぎてるから」

「……何のこと?」

月明かりが逆光となって、ひとみの無表情が見えにくい。
それでも、漂う雰囲気で、今のひとみがどんな表情をしているのか判る。
382 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時43分00秒
「……あの日の保田さん、薄い黄色のパーカーを着てました」

いきなり的外れなことを言われて、圭は眉をしかめた。

「買い物帰りだったのかな、両手に荷物抱えてて」
「……何?」

圭の怪訝そうな声に怯むことなく、ひとみは言葉を続けていく。

「交差点で、信号待ちしてた」

そこまで言われてギクリとする。
ひとみの言おうとしていることが圭にも判った。

「ヘッドフォンしてたみたいで、周りのひとの声とか音にも、全然反応しなかった」
383 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時46分55秒
心臓の音が次第に早くなる。

「そこに、ものすごいスピードで車が突っ込んできて」
「ちょ、ちょっと待って。まさか…、アレ、も?
アレもアンタなの? …でも、見たひとなんてひとりも……」

「……ホントに一瞬、でしたからね。腕を掴んで引っ張った途端、
あたしもまた別の時間に飛ばされたんです。
だから保田さんに言われるまでホントに夢だと思ってました。
どんなに飛ばされてても、目が覚めたら、寮の、ベッドの上にいたから」

いったい、圭は何度、ひとみに助けられているのだろう。
危険な目に遭いそうになったときに助けてくれたのは、
いつだってひとみだったなんて。
384 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時50分22秒
「あ…」
ありがとう、と、気持ちは生まれるのに、言葉にならない。

目前の、小さく微笑むひとみが何故だかひどく危うく見えて、
簡単な一言さえ、圭から奪っていく。

「ごめんなさい」
「え…?」

謝罪の理由が判らず見上げた圭の目に映るのは、
すまなさそうに見下ろす、幼いくせに大人びた派手な顔で。

「怪我させちゃったし、それに、記憶だって、失くしちゃったんでしょ?」

事故のとき圭が電信柱にぶつけた後頭部に、おずおずと手がのびてくる。
385 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時53分37秒
くしゃ、と髪の中に長い指が差し込まれたのが判って、
思わず圭のカラダが強張った。

「……ごめんなさい」

謝られる筋合いはない、と思ったけれど、声にはならなかった。

ひとみの指先に優しく髪を撫でられて、
強張っていたカラダから緊張が解けていく。

その優しさに酔いながら、圭はそっと目を閉じた。

髪を撫でていたひとみの指先が、困惑したように震えて離れる。

その甘さを逃がしたくなくて、圭は咄嗟にその手を捕まえていた。
386 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時57分14秒
けれど、そのまま、圭は俯くことしか出来なくなる。
ひとみを直視するだけでも、罪深いことのように思えた。

「……謝らなくて、いい」
「保田さん?」

「記憶はもう戻ってるし、怪我ももうとっくに治ってる。
…アンタが謝る必要は、ないよ」

言って、ひとみの手を捕まえたまま、圭も立ち上がる。

けれど顔を見る勇気はなくて、俯き加減のまま、
自分の額をひとみの肩に押し当てた。

「……ありがと」

意外な答えが返ってきたと言いたげに、ひとみのカラダが小さく揺らぐ。
387 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)01時59分55秒
「……あたしのこと…、気持ち悪く、ないんですか?」
「ないよ」

呟くように、けれどキッパリと声を出した途端、
圭のカラダがひとみの腕の中に抱きこまれる。

心のどこかでそれを望んでいた自分を軽蔑しながら、
それでも少しの抵抗もしないで、ひとみの背にゆっくり腕をまわす。

「怖く、ない?」
「…生意気だとは思うけどね」

額を押し付けていた方に頬をすり寄せ、圭は再び目を閉じた。
388 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時03分38秒
ひとみが発したふたつの疑問の言葉は、
恐らく、義母に投げ付けられた言葉だろう。

そしてそれを否定して欲しがっているのだということも、圭には判った。

何も言わず、圭を抱きしめるひとみの腕の強さだけが増す。

圭の胸の高鳴りも加速度を強める。
言葉にならないくらいの充足感も生まれる。

………これは、裕子に対しての裏切りだ。

それを、痛感しながら。
389 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時08分28秒



それ以上は何事もないまま、圭はひとみと判れ、家に戻った。


コートを脱いで自室のベッドに横たわっても、
まだ、ひとみの腕の強さが圭を包んでいて、知らずに頬が熱くなる。

少し冷えた手のひらで火照る頬を冷やしながら、もう引き返せないと圭は思った。

このまま、裕子に黙ったままではいられない、と。

これ以上隠しごとばかり増やして、
それでも何も知らないフリで裕子とは過ごせない。

ひとみに惹かれていると、打ち明けなくてはいけない。
一度は否定した、まだ高校生相手に心が揺らいでしまったと。
390 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時11分38秒
裕子のことは好きだ。
それは勿論今でも変わらない気持ちだけれど、今思えば、
裕子に対する愛情と、ひとみに対する感情はまったくの別物だった。

最初から、圭はひとみに惹かれてやまなかったのだ。

柔らかそうに揺れる茶色の髪も。
困ったように笑う口元も。
圭を抱きとめた、あの、腕のぬくもりも。

目を閉じてひとみの姿を思い浮かべていた圭は、
不意に自分の思考の底に沈んで忘れかけていた事実に思い至って、
弾かれたように飛び起きた。
391 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時15分07秒
ひとみの能力を知った今、過去の、
幼いときに事故に遭いかけた自分を助けたのもひとみだったと確信する。

けれど、さっき、ひとみはそれを言わなかった。

隠しておく必要などないはずなのに言わなかったのは、
ひとみ自身が、それを、まだ、知らないからではないだろうか。

ゾクリ、と、圭の背筋を居心地の悪い、冷たい電流が走り抜ける。

まだ幼かった圭を助けたひとみは、圭の見ている前で、その姿を消した。
何のためらいも、迷いも見せず、ひとみは圭の目の前から消え去った。
392 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時18分43秒
ごくごく平凡な日常を過ごす人間の前で、
たとえそれが好奇心旺盛な年頃の子供相手でも、
その能力がどれほど非現実的なものであるかを痛感しているはずのひとみが、
自分の意志で時間を戻ったとは考えられない。

つまり、ひとみの言葉を借りて言うなら、
ひとみの意思とは無関係に、違う時間にひとみは飛ばされたのだ。

そしてその事態を、ひとみはまだ、知らない。

その考えに、圭のカラダが一気に震えだす。
393 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時21分28秒
言ってはいけない。
知られてはいけない。

それを知ったときのひとみの行動が、もう、判りすぎるくらい判るから。

今度その能力を使ったとき、現在に戻れる保証が、
ひとみ自身にももうないのだ。

ひとみがいなくなるなんて考えられない。
考えたくない。

ならば、絶対に言ってはいけない。
絶対に知られてはいけない。

震えのおさまらない自分のカラダに、圭は強く言い聞かせる。
394 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月16日(土)02時24分13秒
けれど、どんなに隠しても、
その事実はいずれひとみに知られてしまうのだということを、
圭もよく判っていた。


―――自分自身の現在の存在が、その、確固たる翔子なのだから。
395 名前:名無し殺生 投稿日:2002年02月16日(土)03時04分26秒
キタ━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━ !!!!!
徐々に吉澤ワールドに入るやっすー。
この先読むのを躊躇われる・・・どうなるんだろう?よっすぃ〜。
でも、読みたい。ドキドキしやす。
いやーほんと胸キュンになるわ(w
396 名前:瑞希 投稿日:2002年02月16日(土)03時32分59秒
うう、自分で自分が超っ、恥ずかしい…
投稿後、1時間たった今頃になって気付くなんて…(鬱

>394の最後の一文、「翔子」は、言うまでもなく「証拠」です。
もともと誤字も多くて、でも気付いても、いつも開き直って訂正なんてしなかったけど、
今回ばかりは自分で自分が許せないんで、訂正させていただきます…。
…焦ってたのね、ワタシ…… <言い訳すんなっ


>395:名無し殺生さん
ありがとうございます。
お言葉に甘えて、自分のペースで、ゆっくり書いていきます。
とか言っても、そろそろ…<自粛 <すんなっ(w
397 名前:瑞希 投稿日:2002年02月18日(月)23時56分45秒
と、いうわけで(どういうわけよ)
このスレの容量も200KBを越えたので、新スレ立てました。

こちら ↓

http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=gold&thp=1014042366



今後とも、よろしくです。

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