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あなたの声が聞こえる 2
- 1 名前:G3HP 投稿日:2001年12月09日(日)02時41分53秒
- 風板で書いていたものの続きです。
”いちごま”ベースですが、”いちかご” だったりもします。
甘い話では無いですが、よろしかったら読んでください。
- 2 名前:24.横浜・中澤裕子 投稿日:2001年12月09日(日)02時44分11秒
その夜、あたしは何時ものように、自分の部屋でひとり寂しく飲んでいた。
そう、もう夜の2時を過ぎたころやったろうか、
テーブルの下に転がっていたあたしの携帯が鳴った。
(なんや?こんな時間に。どうせ、みっちゃんやろう。)
そう思いながら電話に出ると、硬く、事務的な声が聞こえてきた。
「警察ですが・・・」
その言葉で始まったその日の出来事は、死んでも忘れることはないやろ。
- 3 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時44分59秒
後藤が撃たれた。
その瞬間、あたしの脳みそが仮死状態に陥っていった。
覚悟はしていたつもりやった。
こんな仕事をしていれば、仲間が怪我をしたり・・・
いや、覚悟していたつもりだけやった。
涙と鼻水がとめどなく流れ、あたしは、その場に崩れ落ちた。
喉が止めどなく痙攣を繰り返し、叫び声とも泣き声とも違う
乾いた音を漏らしている自分がいた。
あかん!こんな時こそ、うちがしっかりせなあかんのや。
うちが、みんなを導かな、みんながボロボロになっていくんや。
そう自分自身に言い聞かせても、体の震えは止まらへんかった。
そんなものは、何の役にも立たへん。
崩れ落ちそうになる体を、壁で支えるてのが精一杯やった。
- 4 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時46分07秒
後藤の病室の前で、泣き崩れる矢口やなっち。
壊れたように、独り言を続けている圭織。
壁を殴り続ける吉澤。
あたしは、彼女らに何もしてやれへんかった。
何の言葉もかけることができへんかった。
ましてや、後藤にあたしがしてやれることなんて・・・。
なんて、無力なんや。
また涙が、溢れ出してきた。
泣くことしか、できてへんやんか。
あたしの本質は、昔から変わっちゃいない。
泣き虫で、気の弱い自分。
それを隠すために、自分の中に有りもしない勇気と力を
誇大表示し続けてきただけやん。
『あほ裕子!』
矢口は、そんなあたしの全てを知っても、あたしから離れていかなかった。
矢口だけじゃない。
なっちや圭織や紗耶香や圭ちゃんも、そして後藤も、
こんなちんけなあたしを受け入れてくれた。
しかも、組織のリーダーとして、あたしの存在を認めてくれた・・
- 5 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時46分49秒
仲間。
それが、仲間なんや。
その仲間のひとりが、欠けようとしている。
あたしができることってなんやろ。
あたしがしなくちゃいけないことって・・・。
うち、リーダーやねん・・・。
- 6 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時47分23秒
それから間もなく、あたしは、今までやっていた仕事を全て圭織に譲った。
UFAのヘッドとしての仕事を辞め、後藤を撃ったやつを、そして、
事件の真相を見つけ出すために。
- 7 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時49分14秒
警察は、後藤の事件を広域暴力団の内部抗争と発表した。
後藤は、たまたま通りがかりに撃たれたことになっていた。
和田のほうは、和田の政策に反対する非政治団体によるものとされた。
そして、和田の襲撃事件と、後藤が撃たれた事件は、
場所も発生時間も近いのに、無関係と警察は発表した。
そんなものが、全くの嘘であることは明白だった。
なんで、あの二つの事件が無関係やねん。
それに、あんな場所に、誰がたまたま通りがかるかっちゅうねん。
この事件の関係者として、テレビに映し出されたおっさんらの面を見ても、
あたしは、信じへんかった。
でも、それらが全て作り上げられた“嘘”だというならば、
それは、裏で動いている力が、それだけ大きいことを意味していた。
警察をも抱き込み、世間を欺くだけの力を持っている者って・・・。
そんな連中を相手に、真相なんてほんまに見つけられるんやろうか?
あたしなんかが、太刀打ちできるんやろか?
でも、分かっていることから、少しずつ手を広げていくしかなかった。
- 8 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時50分03秒
あたしが、知ってること・・・
紗耶香の受けた依頼が、和田を暗殺するということ。
その際に、フロッピーを一枚持ち出していること。
そんだけやった。
依頼者が誰なのか、ターゲットが何人だったのかすら分かってへんかった。
他に分かったことといえば、フロッピーの中身が裏帳簿だったこと。
これは、矢口がしっていた。
矢口が、パスワードの解読を手伝っていたのだ。
でも、それを見た紗耶香はがっかりしていたらしい。
紗耶香の気づかへん何かが、そこにあったのかもしれへん。
それが何だったのかは、フロッピーがない今となっては、
調べようが無かった。
なあ紗耶香、あんた何に巻き込まれたんや?
紗耶香が、未だに逃げていなきゃならへん相手って誰やねん。
- 9 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時50分58秒
あの日、後藤は矢口を誘って、紗耶香の後を追っていた。
紗耶香に突然罵倒された後藤が、そこから紗耶香の異変を嗅ぎだして
後を追ったらしい。
後藤が撃たれた倉庫。
あれはUFAの表の商売に使用していたもんや。
矢口と一緒に、その倉庫に行った後、矢口は後藤と別れた。
そして、その2時間後には、後藤は病院にいたんや。
紗耶香、あんたは後藤が、どうなってるか知ってるンか?
・・・しらへんやろな。
知ってたら、どんなことがあろうと後藤の元に駆けつけてたやろな。
- 10 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時51分58秒
和田が、自分自身の暗殺を知って紗耶香を討つために、
護衛を用意していたが、紗耶香に殺されてしまった。
そして、その護衛していたもの達が、和田の依頼どおり、
あの倉庫に逃げ込んだ紗耶香を追って、銃撃戦。
そして、紗耶香を追っていった後藤も巻き込まてもうた。
警察の発表を信じないとして、容易に推測できることは、
こんなところなんやろうけど、あたしは、この回答も納得いかへんかった。
紗耶香が、和田を計画通り撃ったのなら、何故傍にいた秘書まで
撃ったんや?しかも、流れ弾が当たったというより、明らかに
ターゲットとして、狙われて撃たれたという証言があった。
料亭の前で和田が車を降りたときに、黒い車に乗った女性(紗耶香)が
突然、和田に向けて2発発砲をし、その後、秘書に向け一発発砲した。
警察の発表した目撃証言は、そうなってた。
紗耶香の性格からして、和田を撃っても秘書まで撃つとは考えられへん。
しかも、その秘書が、突然病院から消えてしまっとる。
なんでや?
いったい、どうなっとんのや。
その秘書は、殺されたんやろか?
自ら姿を消したとも考えられるけど、
それも、理由がわからへん。
何から何まで、わからないこと尽くめや。
なにが真実で、なにが嘘なんやろか?
それとも全てが、作られた嘘なんやろか?
・・・一体誰が?
・・・なんのために?
- 11 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時53分13秒
あたしは、銃撃戦の有った倉庫へ何度も足を運び、痕跡を必死に探した。
壁や床などで見つかった弾痕は37個、その大きさの種類は4つに分かれた。
紗耶香が使用していた口径と同じものと思われる跡は6個、
一番小さい口径だ。
その他のものは、明らかにそれより大きな口径のものだった。
「紗耶香、こんなんのと戦ってたんや。」
当時、倉庫の中に置かれてあった荷物に残っていた弾痕の数を考えると、
改めて、銃撃戦の凄まじさを感じた。
暴力団が使う銃ではない。
もっと、銃の扱いになれた者ら、例えば・・・
「Jr.かな?」
傍らに居た矢口が、弾痕を触りながら呟いた。
「なんで?」
「なんでっていわれても。」
「なんで、紗耶香がJr.に狙われないかんのや?」
「そんなん、矢口が知ってるわけないじゃんかよ。」
矢口が少しおこった口調になり、立ち上がった。
たしかに、Jr.とも考えられた。
この時勢に、これだけの銃を取り扱えるほどの訓練を受けているものなんて、
警察か自衛隊か、Jr.やあたしらみたいな集団しか考えれへんかった。
「もし、Jr.だったとして、誰が、Jr.を動かしたかなんや。
――― うちがほしい答えは。」
自分に言い聞かせるように言う。
その人物が、全ての鍵を握っているだろう。
- 12 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時54分00秒
「あたしが、ずっとごっつぁんと一緒にいればよかったんだ・・・。」
矢口が、力なく呟いた。
小さな体を、一層小さくして俯いていた。
・・・矢口。
矢口には、そんな姿、似合わへん。
「なにゆうとるんや。この弾痕みいや。あんたが居たかて、
どうなるもんやあらへん。
なあ、やぐち、自分責めんでええって。
あたしは、矢口がここにおらへんかったことを、感謝したいぐらいや。
・・・たぶん、後藤もそう思ぉとるで、きっと・・・。」
あたしは、ずるい女なんやろうか?
矢口が、自分を責めていることは気づいていた。
でも、ずっと矢口に言葉をかけへんかった。
どんな言葉も、矢口の気持ちを癒すことができないことを知っていた。
だから、あたしは、ありきたりな、こんなチープな言葉を使える時を
待っていたんや。
- 13 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時55分05秒
「なあ、矢口。うちらが、今やれることは、こんなことしかあらへんのや。」
「でも、そんなことしたって、ごっつぁんのためになんてなってないよ。」
「そうや。後藤のためじゃないかもしれへん。
自分が納得するためだけかもしれへん・・・。
でもな、矢口。
それでも、くよくよ悩んでいるより、もしやと思わへんか?
後藤は、うちらが後藤のことで不幸になることを、今一番望んでへんのやないか?」
まだ、あたしは何をするべきなのか、本当は分かっていなかった。
後藤のため。
仲間のため
自分のために、あたしがしないといけないこととは・・・。
ベストとは、思わへんけど、自分が信じることを、
自分がやりたいことをやるしかあらへんのや。
- 14 名前:23.シュルナク・市井沙耶 投稿日:2001年12月09日(日)02時55分55秒
遅々として、進まない調査に苛立っていたあたしの元に
つんくさんから、ある日、レポートを手渡された。
和田に撃ちこまれた弾と、後藤に撃ちこまれた弾のライフルマークの情報を、
警察から入手してくれたのだ。
糸口をなかなか掴めないでいたあたしには、願っても無いもんやった。
しかし、それは、あたしらに衝撃を与えた。
和田を撃ったものと、後藤への2発。
全てのライフルマークが、あたしらの支店の地下にある
射撃場から採取した紗耶香の銃のものと、一致したのだ。
紗耶香が撃った?
また、泣き出しそうになってた。
ちゃうよな?
ちゃうやろ?紗耶香。
歯を食いしばり、息さえも止め、涙をこらえた。
あたしが、今動揺して、どないすんねん。
でも、それは、みんなに確実に伝わってしもうてた。
あほや。
うちは、リーダー失格や。
- 15 名前:24.横浜・中澤裕子 投稿日:2001年12月09日(日)02時57分40秒
空回りを続けていた吉澤が、紗耶香を追って海外へと行ってしまった。
このまま、あたしらは、崩壊していくしかないんやろか。
このままでは・・・・・
・・・紗耶香。
ごめん。
ごっつぁん。
ごめん。
あたしは、泣くことを止めて、いままでにわかったことを、
一つのレポートにまとめた。
それには・・・、
- 16 名前:25.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月09日(日)02時59分02秒
「・・・それには、紗耶香。
あんたが、やはり後藤を撃ったことになっていたんだよ。」
あたしは、何も言えなかった。
――― 裕ちゃんらしいや。
「あたしら、そんなレポート信じていなかったし・・・
でも・・・裕ちゃんの気持ち、分かっていたから、
あたしらは、それ以上何も言えなかったんだ。
事実、それ以降、だれも紗耶香のことは口にしなかったし、
それまで通りに、あたしらは淡々と仕事をこなしてくしかなかったんだよ。」
裕ちゃんが、あたしに“すまん”といっている姿が目に浮かんできた。
「・・・わかってるって。
馬鹿だよね、裕ちゃん。
なんで、もっと器用にできないんだろう。」
あたしの方が、裕ちゃんに謝りたいのに・・・。
ありがとう。
それが、正解なんだよ。裕ちゃん。
だから、泣いてもいいんだよ。
泣き虫裕子が泣かないと、周りは辛いんだぞ。
「なに、あたしらみんな馬鹿の集まりだよ。」
幸せそうに微笑む圭ちゃんの顔を見た途端、
あたしの頬を涙が伝っていった。
- 17 名前:作者 投稿日:2001年12月09日(日)03時01分51秒
- やってしもうた!
レスの3〜14までは、”24.横浜・中澤裕子”の間違いです。
鬱だ・・・
新レス移動後、どしょっぱなからやってもうた・・・
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)09時49分51秒
- 待ってました!!
これからにも超期待!!
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月11日(火)02時57分23秒
- 同じく超期待!
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月11日(火)06時53分34秒
- パート1から初めて読みましたが引き込まれるように一気に読んでしまいました。
この独特な雰囲気、最高です。
ただ、いちかごを否定している訳ではありませんが、加護がいちーちゃんって
呼ぶのだけは、どうしても違和感を感じてしまいます。
作者さん、づづき期待しております。
もうこの小説の完全に虜、続きが気になってしょうがありません。
- 21 名前:27.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時47分12秒
看護婦さんがやって来て、後藤さんのパジャマを脱がした。
上半身を裸にされた後藤さんが、目の前に横たわっている。
看護婦さんが、熱いタオルで彼女の体を拭こうとしていた。
毎日、繰り返されている見慣れた光景。
私は、彼女の横を離れるも無く、ただ、その光景を見ていた。
- 22 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時48分20秒
看護婦さんに体を抱え上げられると、後藤さんの腕がだらしなく垂れ下がった。
腕は痩せ細り、皮膚は透けて血管を流れる血液までが見えるようだった。
その棒切れのような腕に刺された点滴の針は、一時も外されることは無い。
この針を通して、栄養を取り、生き長らえていく・・・。
点滴の針だけでじゃなく、呼吸だって機械なしではできない。
彼女に繋がれたこれらの機械は、いまでは彼女の一部となり、
生きていくために必要な、彼女の臓器の一つと化していた。
- 23 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時49分14秒
看護婦さんに体の向きを変えられたため、彼女の背中が私の目の前に現われた。
皮膚が所々赤黒く壊死している。
長い間眠ったままの姿勢のため、床ずれをおこしている背中。
私もタオルを手に取り、彼女の身体を拭く。
「後藤さん。痛いですか?背中・・・」
その赤黒くなっている皮膚に、私は震える指で触れた。
硬くてつるつるしたその部分は、むかし彼女が本来持っていたであろう
“ぷにゅんぷにゅんの肌”という状態から程遠いものだった。
- 24 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時50分19秒
あたしは、一体何をしているんだろう?
よっしぃーが出て行ってしまって、もう一年以上が経っている。
その間、私は毎日こうやって後藤さんの世話をしてきた。
なんのため?
後藤さんのため?
よっしぃーのため?
それとも、自分のため?
よっしぃーに、頼まれたわけでもないのに・・・。
- 25 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時51分26秒
私は後藤さんと一緒に、この一年以上の間、転々と病院を移っていった。
初めは、国立大学の付属病院だった。施設も整っていて、お部屋もきれいな個室。
そこから、都立の病院に移り、小さな病院を点々とするのにそれほど時間は要らなかった。この病院も、治る見込みの無い彼女を、そういつまでも置いてはくれない。
また、飯田さんに連絡をして、病院を探してもらわなきゃ。
この病院の支払いも、お願いしないといけないし・・・
生活費も・・・。
ゆうつな気分が増していく。
私は、後藤さんの世話をすることで、生活をしている。
結局、私はよっしぃーに寄生して生きてきたのを、後藤さんに乗り換えて
こうして生きているんだよね。
ハハハ・・・
いやなおんな。
看護婦さんが、後藤さんの身体を拭き終えて出て行くと、
後藤さんを生かすための機械音だけが、大きく私の耳に響いた。
- 26 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時52分29秒
私は、何も言わない後藤さんを揺すった。
「・・・ねえ。」
「ねえ。」
帰ってくるはずの無い返事を待つ。
「どうして生きてるの?」
後藤さんは、死んでしまいたいと思っているのだろうか?
自殺したくても、指一本動かせない彼女は、いま何を考えているんだろう。
神様は彼女を、何のために生かしているんだろう。
そして、この先いつまで私はこんな生活をしていくんだろう。
「ねえ、後藤さん。」
この部屋に、明るい光は似合わない。
「殺してあげようか?」
寂しい言葉が私の心をえぐっていく。
- 27 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時53分16秒
何度、後藤さんを恨んだろう。
何度、機械を止めようとしたんだろう。
機械のスイッチに手をおき、後藤さんを睨む。
でも、結局できない。
それは、人を殺してしまうという戸惑いのためじゃなかった。
後藤さんを殺してしまうと、よっしぃーに嫌われてしまうからだった。
よっしぃーに嫌われたら、私、死んじゃう。
好きになってもらうつもりなんて無いけど、
嫌われたくないから・・・・。
私は、結局後藤さんを、よっしぃーと私を繋げておくための道具としか
見ていないんだよね。
なんて、いやな女なんだろう。
後藤さんを思う気持ちなんか本当は無いんだ。
後藤さんなんか、どうなったっていいんだ。
こんな私だから、
こんなんだから、よっしぃーは私を愛してくれないんだ。
だから・・・
- 28 名前:26.横浜・石川梨華 投稿日:2001年12月13日(木)02時53分59秒
・・・でも、
会いたいよ。
よっしぃーに会いたいよ。
このままじゃ、私壊れちゃう。
よっしぃーの顔、見たいよ。
よっしぃーと、お話したいよ。
よっしぃーに、ぎゅっと抱きしめられたいよ。
壊れた私の精神と、壊れた後藤さんの身体のうえを
無意味な時間が、今日も刻まれていく。
- 29 名前:作者 投稿日:2001年12月13日(木)03時17分16秒
- ネガティブ石川全開でした。石川さんには、申し訳ありませんですが、
どうしても、ここでネガティブ全開にしてもらわないと・・・。
次回登場時には、チャーミ―で・・・
なわけないか。
>>18 >>19 さん ”超”だなんて、うれしいやら、はずかしいやら・・・。
頑張ります。
>>20 さん 読んで頂いて有難うございます。
”いちいちゃん”は、やはり違和感ありますか・・・。
初めに、この台詞を出したのは、加護が市井に対して悪戯っぽく
じゃれる感覚が出れば、と思い出しました。
そのあと、それを定着させたのは、やはり、この話の中での加護
の位置付けを(後藤の代わり・・)、明確にしておきたかったから
なので、”いちいちゃん”と無理やり呼ばせている次第であります。
やはり、”いちいちゃん”は、いちごまの間で交わされる台詞で
いちかごには、無理があるのでしょう・・・。
”さやりん”に変更しましょうか?
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月13日(木)08時17分21秒
- 作者さんの書きたい様にするのが一番
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月13日(木)13時22分12秒
- 別に今のままでいいと思う。
緊迫した場面でさやりんは合わないと思うし(藁、
それに自分的には違和感は感じないから。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月13日(木)18時34分31秒
- 確かに、さやりんではもっと違和感が・・(w
やはり、作者さんの思うがままに書いて下さい。
いちファンとして、更新を楽しみに、ついて行くだけです。
- 33 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)02時53分57秒
あたしは、寒さで目を覚ました。部屋のあちこちから吹き込んでくる隙間風に、
息が白く凍った。
起き上がり、窓の外を見ると、景色は白く変わっていた。
標高は2000mを優に超えているから仕方ないとはいえ、
2週間前には、日中は30度を越えるような場所に居たのだ。
このあまりの気温の変化に、体中が不平を言っている。
「ついに降ったか。」
こらえていた物を一気に吐き出すかのように、雪はどかどか降っていた。
「寒いわけだ。」
圭ちゃんが毛布に包まったまま、窓の傍まで来ていた。
曇る窓ガラスを指で拭くと、指が凍てつくようだ。
拭いた窓ガラスは直ぐに曇り始め、外の景色を覆い隠した。
- 34 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)02時55分46秒
ミカに連れてこられたこの小屋は、あたしが昔利用した部屋だ。
あたしが居たころ使わなかった暖炉が、昨晩から活躍をしていた。
あのころのあたしは、今よりは安定していたかもしれない。
もっとも、あのころはそれなりに落ち込んではいたのだが、
それでも、今の状態に比べると何てことはない気がする。
「紗耶香、火が消えそうなんだけど、何とかしてよ。」
圭ちゃんが、暖炉の中を無造作に掻き回している。
暖炉から、黒い煙がもうもうと溢れ出してきた。
「圭ちゃん、そんなことしたら、火が消えちゃうよ。」
寝る前に暖炉にくべた薪は炭となり、その炭から顔を覗かせているわずかな
朱色さえも消えかかっていた。
- 35 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)02時57分05秒
薪は暖炉の横に山のように積まれていた。
あたしはそこから束を一つ取り、細い枝を選んで暖炉の中へ放った。
しばらくすると、小枝に炎が立ち上がった。
それから、徐々に太い薪をくべていく。
炎のご機嫌を損ねないように、ゆっくり炎を大きく育てていくと
赤く照らされているあたしの顔も徐々に熱くなってきた。
時々パキッと音を立てながら燃える炎が、安定したころ、
加護が目を覚ました。
「市井ちゃん、おはよう。」
寝袋の上に毛布を巻きつけた格好で寝ていた加護は、
そこから動こうとはせず、ジッとあたしを見ていた。
「加護、雪降ってるよ。」
「えっ!ほんと?」
加護が寝袋から飛び出して、窓へと駆け寄った。
「さぶっ!」
何も言わず、しばらく外の景色に見とれていた加護だったが、
思い出したかのように体を震わせ、暖炉の前に滑り込んだ。
- 36 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)02時58分42秒
「加護、朝食食べたら、雪合戦しよう。」
「やった〜。」
体を暖炉に向けたまま振り返る加護の顔は、うれしさに溢れていた。
「あほ!遊んでる暇なんか無いんだぞ。早く着替えて、朝のトレーニング
始めるぞ。」
加護の顔が一気に曇り、愚痴をこぼし始める。
この地に来てから、2週間、あたしは、加護にもトレーニングを課していた。
あたしらは、この地でJr.と決戦を挑むことに決めたのだ。
このまま、イスタンブールから飛行機で帰国するのは、危険と考えた。
関係ない人を何人巻き込んでも、かまわないと考えてる連中だ。
とてもじゃないが、この状況下では飛行機なんぞ乗れない。
まして、ユーラシア大陸を横断するのは、体力的にも精神的にも不可能だ。
こちらは、3人しか居ないのだ。
何時襲ってくるのか分からないJr.のゲリラ戦に、3人で立ち向かうのは
無謀以外の何者でもない。
この地に来ているJr.を完全に叩き、Jr.が態勢を立て直している隙をついて、
帰国をするのが一番賢明とあたしらは考えた。
- 37 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)02時59分35秒
そのために、加護にも体力増強から銃火器の取り扱いまで、
教え込んでいた。
最低限、自分の身は自分で守ってもらわなければ・・・
加護は、素人だ。
本当なら、一生本物の銃など見ないで済んだはずの人生を、
あたしが狂わせてしまったのだ。
責任は、あたしにある。
それでも、万に一つのために、加護にトレーニングをさせていた。
自分しか、最後まで自分を守れる人はいないのだから。
- 38 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時00分41秒
加護に持たせた銃は、加護の手でも簡単に取り扱える、小さな銃を選んだ。
散弾銃の銃身をカットした方が、初心者の至近戦では、殺傷能力と命中率が良いのだが、
ここのクルド人が使用している銃は、中国やロシアから流れてきたAKなどの
銃が主で、既に10年以上使用されているものがほとんどだった。
取り扱いや暴発の恐れを考えると、このぐらいしか残されていなかった。
- 39 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時01分29秒
「加護!もう一回。」
10メートルほど離れた場所に置いてある、ダンボールの的をめがけ、
加護が引き金を引く。
タンタンタン
短く小気味良い音と共に発射された弾は、辛うじて全弾的には当たったものの
安定性に欠けていた。
加護の近くに固まって座っていたクルドの子供らが、大声で加護を囃し立てている。
加護より遥かに幼い子供らも、ここでは列記としたクルドゲリラなのだ。
肩から吊り下げているカービン銃は、本物であり、彼らの生活の中では、
無くてはならないものとなっていた。
生まれたときから、銃と共に生きてきた彼らには、銃なしの生活をすることは
考えられないだろう。
それは悲しい現実であった。
でも逆に、日本なんかの先進国の子供らをここから見れば、
経済的発展によって得られた、ある特別な環境の中でしか生きられない、
ひ弱な異端児であった。
- 40 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時02分19秒
「笑われてるぞ、加護。もっと腋しめて、腰で撃つんだよ。」
そういって、加護の両肩を下に押し、重心を下げる。
「そんなん言われても、できへんもんは、できへんねん!」
まだまだ、ひ弱な異端児が叫んだ。
無理も無いことだとは、わかっている。
でも、時は待ってくれてない。
幸運にも、今のところJr.の襲撃は受けていない。
でも、あたしらはホテルや国境など色んなところに、痕跡を残してきた。
それを、丹念に追って行けば、いずれここへ辿り着く。
それまでに、少しでも加護に上達してもらいたかった。
それが、そのまま加護の生存確率を上げることになるからだ。
- 41 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時03分44秒
あたしは、拗ねる加護を後からやさしく抱きしめた。
「なぁ加護、ごめんな。あたしが、あんたを巻き込んじまったから、
加護が、こんなことせなあかんようになってしもぉた。」
加護は俯き、じっとあたしの言葉を聞いていた。
「うちが、ちゃんと責任もって加護をまもったるさかい、
心配あらへん。」
あたしは関西弁で、ゆっくりと話し掛ける。
「でもな加護、うちが撃たれてしもうたら・・・
そんとき、加護、うちを守ってくれへんか?」
あたしは、地面に落ちた加護の銃を拾い上げ、
加護の手に平の上に置く。
そして、そのまま加護の手を両手で包んだ。
「なっ。お願いや。」
加護の手は、この寒さのために冷たくなっていた。
「なっ。」
少し屈んで、加護のおでこをあたしのおでこで、チョコンと突付く。
- 42 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時04分44秒
「痛いやんか。」
小さな小さな声で、加護が呟いた。
「えっ?」
「市井ちゃん、いった〜い。」
突然、天を向き、大声でそういう加護の顔には、笑顔が戻っていた。
もう一度、笑顔で、おでこで突付く。
「お願いやで、加護。」
「そやな〜、市井ちゃんが、変な関西弁使わへん誓うんなら、
考えたってもええで。」
「つかわへん。つかわへん。奈良弁しかつかわへん。」
「よけいあかんわ!」
「まあ、そない言わんと、たのむで〜あいぼん。」
そういって、加護の頬にキスをした。
目と口を真ん丸に開いて、加護がぴょんぴょん跳ね回る。
「さあ、もう一回やるよ。」
「うん!」
なんちゅう笑顔だ。見ているあたしまでも、幸せになる。
加護から銃を取りあげて、解け始めた雪で雪合戦でもしていたくなりそうだ。
「ほら、何踊ってんだよ。まじめにやれ!」
にやけ始める顔を誤魔化すために、声を張り上げた。
- 43 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時05分45秒
「市井ちゃん、な〜に大声だしてんのかな?」
圭ちゃんが、あたしの照れ隠しに気づいて、近づいてきた。
「うっさいな〜。」
後から、抱き付いてきた圭ちゃんの腕を払いのけながら、
ムッとした表情を作るが、どこかにやけている自分に気づいていた。
- 44 名前:27.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月16日(日)03時06分23秒
「ねえ、いいの?」
圭ちゃんが、あたしに再び抱き、耳元であたしに囁く。
「なにが?」
「加護に銃を持たせることだよ。
・・・後戻りはできないんだよ。」
「分かってる。
・・・でもね、ここを切り抜けるには、これしかないんだ。」
「あのこ、才能有るよ。生憎ね。
それが、どういう結果になるか分かってるんだね。」
「わかってるよ。
――― でも、今はここを切り抜けなくちゃ、いけないんだ。
あたし・・・加護を殺したくないんだ。
・・・こんな、あたしのために・・・
だから・・・だから、分かってても・・・・」
あたしは、加護を振り返った。
加護が、凍える手を時々擦りながら射撃訓練をしている。
銃声が短く、リズミカルに発せられた。
その音は、山々へ何処までも、こだましていった。
- 45 名前:作者 投稿日:2001年12月16日(日)03時11分15秒
- お騒がせいたしました。
”市井ちゃん”と加護、久しぶりの登場です。
何とか、年末までには、二人を帰国させたいです。
っと祈りつつ、やっぱり、マイペースの作者でした。
- 46 名前:素敵っス 投稿日:2001年12月17日(月)07時29分19秒
- 帰国か…他のメンバーとの再会になるんですよね…。
どんな風になるか楽しみです。
- 47 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時10分03秒
「加護!どうした?」
道の向こう側で、加護がホテルの前にボ〜ッと立ち、中を覗いていた。
シュルナクで、買い物をしている最中、はしゃいでいた加護が、
今はなぜか肩を落とし、寂しげに立っている。
左手には、スークで買ったピンクのマフラーを握りしめたままだ。
「加護?」
傍まで駆け寄り、声をかけるが、反応が無い。
加護の顔を覗き込む。
硬く強張った顔は暗く、目は焦点が合わないまま固まっていた。
「加護・・・・」
加護の肩に手を置くと、ピクンと反応した後、
ゆっくりとあたしを振り返った。
「市井ちゃ・・・ん。」
加護の頬を突然、涙が一筋こぼれ落ちた。
「加護・・・どうした?」
「・・あんな・・・あんな、加護な・・・」
はらはらと、加護の頬を涙がこぼれ落ちる。
「あれ?・・・うち・・なんで泣いてるんやろ?
・・・へんやな。」
加護が、笑いながら右手で涙を拭く。
「加護・・・」
あたしは、加護が握り締めていたマフラーを手に取り、加護の首に巻いた。
「あはっ。」
八重歯を覗かせながら笑うその笑顔には、まだ、涙がしがみついていた。
あたしは、その笑顔ごと加護を抱きしめる。
あたしの腕の中で、加護が再び小さく震え始めた。
怯え。
そして、不安。
こんな状況下の中、加護はよく絶えている。
あたしだって不安で一杯なんだ。
あたしの胸の中で、しゃくり上げている加護を強く抱きしめた。
加護の震える体が落ち着くまで、加護の気持ちが落ち着くまで、
あたしは加護の温もりを感じながら、加護を強く抱きしめた。
- 48 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時10分50秒
ホテルの中から出てきた人が、迷惑そうにあたし達の横をすり抜けていった。
ドアが、軽やかなベルの音と共に閉まる。
加護は、何を見ていたのだろうか。
ドア越しに中を覗く。
あたしは、ホテルの中にある、あるものが目に入った。
そうか。
そうだよな。
両親と死に別れ、父親の臭いを求めてやってきた旅先で、
あたしなんかと出会ったために、こんな酷い目にあってるのだ。
日本には、親戚の人も待っているのだろうし、
友達だって一杯いるだろう。
「加護、日本に電話かけたかったのか?」
「・・・・うん。」
「なんだよ。遠慮しないでかけてこいよ。」
あたしは、加護の背中を押しながらホテルへ入っていった。
この街で一番のホテルは、安っぽい紅の絨毯が敷かれた小さなホテルだ。
小さなフロントには、三ツ星のプレートが掲げられ、その前には、スーツを着た
フロントが、忙しそうにお客の応対をしていた。
- 49 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時11分19秒
ロビーを見渡すと、所々穴があいたソファーが二つ目に入った。
赤茶けた皮が、手垢で黒光りしており、そこに置かれてからの年月を物語っていた。
そして、そのソファーの奥に、赤い木枠の電話ボックスがあった。
この街で、海外へ電話をかけられる公衆電話は、こういったホテルぐらいしかない。
「ほら。」
なかなか、電話ボックスまで進んでいかない加護の背中を押した。
「あんな、市井ちゃん。」
まだ、涙の跡が見える顔を振り向かせながら、何か物言いたげにしている。
「どうしたん?」
「うん。」
「・・・ほら。」
顎で、電話ボックスを指す。
指された電話ボックスを、加護の目が追い、
・・・俯く。
- 50 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時11分51秒
「うちな・・・」
「・・・大丈夫か?・・加護。」
「うん。なんでもない。
なんでもあらへん。
―― 電話ええわ。 大丈夫やから。」
引きつるような笑顔で、あたしを覗き込む。
「いいから、電話しなよ。」
あたしが言うと、加護は、俯きながら小さな声で返事をし、
電話ボックスに入っていった。
加護は、受話器を取った後もしばらく、電話をするのを躊躇し、
時々、あたしのほうを振り返った。
- 51 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時12分29秒
どうしたんだろうか?
たしか、前にもこんな様なことがあった。
パルミラのホテルで、あたしがシャワーから出てきたときに、
加護は電話をかけていた。
あのとき、加護は、あたしの顔を見るなり、慌てて電話を切っていた。
電話かけたくなのだろうか?
それとも・・・
それとも?
不安が、あたしの中に膨らんでいく。
厭らしい考えが、あたしを支配する。
この仕事は、常に最悪の状況を考えておく必要がある。
でも・・・
―― 最悪か。
現実は、ときに人の思考能力を遥かに超えた形で訪れる。
- 52 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時13分50秒
「加護、もういいのか?」
「うん。」
顔を伏せたまま、加護が返事した。
あまりにも短い時間で、加護は電話ボックスから出てきた。
「ちゃんと、話したのか?」
「・・・留守電・・・やった。」
「そうか・・・
元気出せよ。また、明日にでも電話しに来よう。」
あたしは、加護の頭を鷲づかみして揺すった。
「・・・・」
加護の頭が揺れる。
少し遅れて、左右で編んだ髪が揺れる。
何も言わずに揺れている加護に、あたしまでが揺れていた。
- 53 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時14分34秒
加護は小屋に戻っても、元気が無かった。
いつも笑っている加護。
うるさいほど、ハシャギ捲る加護。
関西弁で、ギャグを言っては、自分で笑いころげている加護。
でも、今の加護は、絨毯すら敷いていないコンクリートの床に、
膝を抱えて、小さく丸くなってるだけ・・・
「加護、ご飯だよ。」
いつもなら、すっ飛んでくるはずの加護。
命の次に大事なご飯も、
大の親友のおやつも、今の加護には、意味を持っていなかった。
- 54 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時15分10秒
加護、どうしたんだよ。
なんで、何にも言ってくれないんだよ。
何か言ってくれないと、あたしも不安になるじゃんかよ。
加護の不安を、あたしにも分けてくれよ。
あんたを守るって、約束したのに、こんなんじゃ
あたし何にもできないじゃんかよ。
- 55 名前:28.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月18日(火)21時16分21秒
圭ちゃんが、加護の目の前にフランスパンを差し出した。
一瞥して、直ぐに俯く加護。
圭ちゃんが、そのパンで加護の頭を軽く叩き、
加護の腕の中にパンを押し込める。
それでも加護は、パンを抱きかかえた形のまま、黙って座っていた。
- 56 名前:作者 投稿日:2001年12月18日(火)21時17分42秒
- クリスマスに向けて、少し、ペースアップ!
ということで、更新です。
- 57 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時07分34秒
加護は、子猫のように小さく丸くなり、眠っていた。
何も言わずに、じっとあたしらを見ていた加護だが、
いつのまにか、眠ってしまったらしい。
ランプの暗い明かりの元で、圭ちゃんが銃の手入れをしている。
あたしは、加護の眠るベッドの端に座り、加護の髪を撫でていた。
暖炉の中で燃える薪の音が、この部屋を支配していた。
外では、また雪が降り始めていた。
寒くて、静かな夜。
何も起こらず、
何も起こさず、
何もできずに、
時だけが、静かに流れていた。
- 58 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時08分10秒
パン! パパパパパン。
うとうとし始めたころ、銃声が轟いた。
あたしと圭ちゃんは、飛び起き、銃を確認する。
部屋の温度と同化した銃は冷たく、まるで氷の塊を握っているようだった。
銃声は、今回が初めてではない。
今までに、何度か夜中の銃声に目を覚ましていた。
ここは、ゲリラの最前線なのだ。
銃声ぐらい日常茶飯事のことで、取り分けて騒ぐほどのことではなかった。
銃声の主は、トルコ軍だったり、対立するクルド人だったり、
酔った勢いでの、憂さ晴らしだったりした。
- 59 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時08分53秒
でも、この日の銃声は違っていた。
あたしと圭ちゃんは、その銃声に、緊迫感を感じていた。
「加護!」
あたしは、加護を揺すり起こした。
「うん。」
返事だけで、なかなか加護は目が覚めない。
「起きろ!加護!」
寝ぼけ眼だった加護が、あたしの切迫した雰囲気に気づき、
顔色を変えた。
誰かが、クルド語で叫んでいる。
何人かが、小屋から飛び出して、銃撃を始める。
その騒ぎは、見る見るうちに大きくなっていった。
- 60 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時09分38秒
「圭ちゃん。」
あたしは、圭ちゃんを見た。
あたしの顔を見た圭ちゃんが、あたしの考えを瞬時に読み取った。
あきれた顔をした後に、圭ちゃんが、ゆっくり頭を横に振る。
「いや、あたしが行く。 紗耶香は加護の傍にいな。」
そういうが早いか、圭ちゃんは腰にコルトパイソンを刺し、
ドカドカとドアへと向かった。
「圭ちゃん。これ。」
あたしが、圭ちゃんにAK74を手渡した。
「気をつけて。」
「・・あんたらもな。」
大理石のように堅くなった表情が、圭ちゃんの緊迫感を伝えていた。
「や・・保田さん・・・。」
加護が、震える唇を開いた。
寝袋から這い出し、圭ちゃんの元へ裸足で駆け寄る。
圭ちゃんは、加護の頭に手を置き、優しく頷いた。
「加護、紗耶香を頼んだぞ。」
圭ちゃんが、加護の両頬を両手で包み、顔を上に向かせた。
上を向いた加護の瞳には、既に涙が溜まっていた。
- 61 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時10分18秒
「あかん。
いっちゃあかんて。」
加護が、圭ちゃんの袖を取り、引っ張る。
「加護・・・」
その腕を、あたしが押さえた。
「市井ちゃん、あかんて、
保田さん、いかせたらあかんて。
はよ〜逃げな。
みんなで、はよ〜逃げな。
なっ?
・・・・なっ? 」
銃声は、ますます多くなり、
ロケット弾の着弾音すら、混ざり始めた。
「加護、確認に行くだけだよ。」
圭ちゃんが、加護の腕をゆっくり解く。
「紗耶香、加護を。」
解いた加護の腕を、あたしに託した。
あたしは、加護の腕をしっかりと握り締めた。
「じゃあ。」
圭ちゃんが、ドアを明け、銃声のする暗闇の中へ消えていった。
「いややゃぁ〜!」
加護の叫び声が、圭ちゃんを追って、闇へと吸い込まれていった。
- 62 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時11分03秒
雪は、未だ降っている。
「なんでや。市井ちゃん、なんで、止めへんねん。
保田さん、死んでまうかもしれへんのやで。」
「大丈夫、圭ちゃんはプロだよ。一流の。
それより、加護、あんた自身がしっかりせんと、
あたしら、みんな死んじゃうんだぞ。
あたしが欠けても、圭ちゃんが欠けても、加護が欠けても、
あたしらは、生き残れないんだよ。
なっ。
あたしら三人、ひとりもかけることなく、日本に帰ろうな。」
そう言って、加護を抱きしめた。
つい先ほどまで、寝袋で暖められていた体は暖かく、
幸せな、抱きごこちを感じた。
「さあ、早く準備をして!」
裸足の加護の肩をポンッと叩き、準備を急かせた。
- 63 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時11分47秒
銃声は、止むことなく、続いている。
Jr.なのか、トルコ軍なのか、未だ分からない。
ただ、どちらにしろ、相手は本腰を入れて、あたしら?を
叩きに来たことには、間違いなかった。
あたしと加護は、ドアの横の壁にへばりつき、外の状況を伺っていた。
石の壁は冷たく、あたし達の背中をゆっくりと凍えさせた。
「保田さん・・・おそい。」
「大丈夫、この状況では、相手を確認するのに、時間がかかるんだよ。
まだ、相手との距離は遠いはずだから・・・」
「じゃあどうやって、相手を確認してんねん?」
「それは・・・」
相手に接触してるんだよ。
多分、何人かを引き連れて、相手の懐深くまで、確認に行ってるんだ。
相手と、相手の人数がわからなきゃ、無駄死にが増えるだけだから・・・。
- 64 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月20日(木)00時12分42秒
そんなことを、加護に説明できるわけ無い。
誰が聞いても、危険な任務だということは直ぐに分かる。
「大丈夫。大丈夫だから。加護は自分のことだけ考えてな。」
横に座る加護の頭を、左手で抱きしめた。
左のわきの下で、加護の小さな頭が震えている。
「寒いな。」
暖炉の火は、とっくに消していた。
ランプの火さえ消していた。
真っ暗の中、触れることのできるものだけが、現実だった。
左半身全部で感じている加護。
ポケットの中で握り締めているベレッタのM92F。
あとは、この底冷えする寒さと、今は遠くで聞こえている銃声。
それだけだ。
高鳴る胸の鼓動が、加護にばれていないか、
そればかりが、気になっていた。
- 65 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月22日(土)14時05分47秒
ザッザク、ザッザクッ・・・
降り積もった雪を踏みしめて、誰かがこの小屋に近づいてくる。
圭ちゃんの足音と異なるリズムに、加護を抱きしめているあたしの腕に、
力が入った。
右手のベレッタの安全装置を外す。
左手で、加護を押さえつけたまま、立ち上がった。
「市井さん。」
ミカの声だった。
いつもの優しい声ではなく、緊迫感のある声だった。
あたしは、壁に背中を押し付けたまま、ドアノブを慎重に開けた。
ゆっくり開かれたドアから、ミカの顔が現われた。
- 66 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月22日(土)14時07分05秒
あたしは、素早くミカを引き入れ、ミカの背後に銃を向けた。
風の無い暗闇に、銃声が響いていた。
一つの銃声が聞こえると、その銃声を追いかけるように幾つ物銃声が聞こえた。
それは、銃声たちによる演奏会のようだった。
あたしは、誰もいない空間に、あたしの神経を放出させて、
辺りを見渡した。
「大丈夫です。」
ミカが、落ち着いた静かな声で、答えた。
「―― 市井さん、加護ちゃん、大丈夫ですか?」
「うん。」
「今、保田さんから連絡がありました。
―― 相手は、Jr.だそうです。」
その言葉を待っており、恐れていた。
「で、圭ちゃんは?」
「こちらに向かっています。」
「無事やねんな?」
加護が、堪らずミカに問いただす。
「大丈夫です・・・保田さんは・・・」
その言葉の意味を、加護も理解できたのだろう、
圭ちゃんの無事にも、表情が固い。
- 67 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月22日(土)14時08分10秒
「状況は?」
「良くないです。相手の人数は、多く見積もっても20人だそうです。
でも、弾薬の数と組織力の差が大きいらしいです。」
「ミカちゃん、銃の数は?」
「確認できたのは、16。中に、ナイトスコープ付のスナイパーも
あるみたい。」
「他には?」
「ロケットランチャーが4つ。
谷を挟んだ正面10時の方向に主力部隊がいて、そこに3つ、
こちら側3時の方向で1つ確認できました。
―― 市井さん。あたし達は、撤退を決めました。
既に、子供と女性は移動を開始しています。
市井さんたちも、早く逃げてください。
ここは、あたし達が食い止めますから。」
ズッドーンンン!!
近くの小屋に、砲弾が飛び込んだ。
コンクリートの破片が、壁にあたり、熱帯地方のスコールのような音を立てた。
- 68 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月22日(土)14時08分43秒
「ごめん。ミカ・・・
あたしらのために。」
「何言っているんですか!お客さんを守るのは当然のことです。
それに、市井さんには、恩義があります。」
「そんなこと。」
「いえ、恩義を忘れることは、あたし達クルド人の信念に反します。」
心の中で、クルドの人々に深い感謝とお詫びをした。
笑い顔のたえなかった子供たち、よく働く女性たち、
何時もいつも飲んだくれてる愛すべき男たち。
今、彼らは銃弾の雨の中にいる。
あたしは、壁によりかけてあったAK47を手にとった。
「加護、あんたはここにいな。ミカちゃん、加護を頼む。」
何かを言おうと立ち上がる加護を、ひと睨みする。
「加護、一緒に日本に帰ろうな、絶対!」
あたしは、加護にウィンクをして、ドアを出て行った。
- 69 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時16分35秒
後ろ髪を引かれたまま、ドアから出たあたしを、
雲の隙間からのぞく満月が、照らした。
まずいな。
暗闇に紛れて、近づこうとしたのに。
あたしは、空を仰いだ。
雪は、止んでいた。
雲は流れ、月の光は広がり、
辺り一面を、見る見る明るくしていった。
- 70 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時17分27秒
銃声が、そこ彼処から響いてくる。
谷を挟んで、正面からの銃撃の数が、一番多く見られた。
弾が発っせられるたびに光る火花を数える。
「7つか。」
主力は、健在か・・・。
多分、別働隊が左右から、
もしかすると、山頂からも、襲ってくる手筈になっているのだろう。
あたしは、振り向き山頂に目を凝らした。
岩。
岩。岩。岩。
動くものは、見当たらない。
でも、隠し切れない殺気が伝わってくる。
絶対に居る。
あたしは、岩陰を選びながら、慎重に山を登っていった。
- 71 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時18分09秒
腰を屈め、這うような格好をしながら、
石の一つも転がり落とさないように、慎重に足を運ぶ。
岩陰まで辿り着いては、下を振り返った。
ロケット弾が、また、着弾していた。
いったい、幾つロケット弾を持ってきたんだろう?
距離の離れた戦闘の場合、
銃撃戦より、ロケット弾一発の威力の方が、
数百倍、意味があった。
加護のいる小屋を見る。
明かりの消えているその小屋は、何事も無くそこに鎮座していた。
少しはなれたところを、クルドの人々だろう、
非難している人影が、連なっていた。
「加護、頑張れ。今は、そこでじっと耐えるのが、お前の仕事なんだ。」
祈るように、小屋に向けて話し掛けた。
谷の向こうには、多分、圭ちゃんがいるだろう。
お互いの無事を祈りつつ、今、自分がすべきことをするしかなかった。
あたしは、再び山頂に向かって歩き出した。
- 72 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時18分46秒
岩陰を幾つたどっただろう。
眼下に見える小屋の識別が、つかなくなってきた。
あたしが目を凝らして、加護の小屋を探しているとき、
石ころが、転がる音がした。
あたしの斜め下。
距離にして20メートルのところに、Jr.がいた。
岩陰に隠れながら、ロケットランチャーで、小屋に向かって狙いを定めていた。
あたしは、Jr.から陰になるように、岩の上方へと回りこんだ。
AK47の安全装置をはずし、狙いを定める。
ダダダダダダッ。
銃を横に振り、連射して、直ぐに岩へと隠れる。
キューン。
反撃は、単発だ。
生き残ったのは、ひとりだけのようだ。
あたしは、岩陰で息を整える。
それから、5つ数を数えて、半身だけ乗り出し、AK47を再び連射させた。
ダダダダダッ!
キューン、キューン
発砲と同時に、Jr.からの反撃もあった。
あたしの近くの地面で、石が幾つも弾けとんだ。
- 73 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時19分38秒
あたしは、岩の左側へ移動して、
再び、引き金を引いた。
ダダダダッ
相手の経験が豊富ではなかったのだろう。
岩の左右の違いだけなのに、戸惑いを見せ、反撃が遅れた。
戦いの中で、それは命取りだった。
あたしが、放った弾丸の何発が彼の体を捉えていた。
立ち上がって、こちらに向かって、それでも反撃を試みていた影が、
ゆっくりと倒れこみ、そのまま、斜面を転がり落ちていく。
周りの岩が、彼の体と一緒に転がり落ちていった。
- 74 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時20分54秒
あたしは、岩から飛び出し、Jr.のいた岩へと滑り降りた。
地面に転がる二つの死体は、どちらも十代半ばの日本人のものだった。
整った容姿と、どこか幼さを残したその顔は、
もし、日本で出会ったなら、間違いなく逆ナンしそうだった。
その動かなくなった死体の近くには、AT-4ロケット砲ひとつと、
手榴弾が数個転がっていた。
「こいつら、こんなもの、どっからてにいれたんだ?」
圭ちゃんの連絡で、弾薬の量が多いのは分かっていたが、
聞くと見るとでは、大きな差だ。
日本では、到底お目にかかれないであろうAT-4を手に取り担ぎ上げた。
重い砲身と、冷たく光るロケット弾が、あたしに熨しかかる。
あたしは、谷向こうに照準を絞った。
- 75 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時21分43秒
ダン!
衝撃の大きさに仰け反りながらも、ロケットを発射した。
月光りを浴びながら、突き進むロケット弾が、僅かの間見えていた。
「あたれ!」
こんな重機、使うのは初めてだ。
当たれば、ラッキーってところだ。
突然、谷向こうで、閃光が見えた。
どん!!
数秒の間をおいて、爆発音が聞こえた。
「やった。」
ラッキーだった。
あたしの一撃は、形勢を大きく逆転してしまった。
手榴弾か何かを誘発したのだろうか、
爆発は、4〜5度続いた。
でも、全滅したわけではない。
あたしは、滑り落ちるように、斜面を下った。
- 76 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)01時22分33秒
小屋の近くまで来ると、辺りで至近戦が始まっていた。
まずい。
あたしは、加護の隠れる小屋へと急いだ。
心臓が、必要以上に高鳴る。
無事でいてくれ。
既にいくつかの民家に、火が放たれており、
逃げ惑うクルド人らの姿が、炎に照らされていた。
そのうちのひとりが、倒れた。
ゆっくりと、背中を弓なりにして倒れていく。
その体越しに見えるはずのJr.に向けて発砲をした。
あと何人だ?
あと何人Jr.は残っているんだ。
気持ちだけがあせり、足がもつれ、何度も転びそうになった。
「加護!」
勢いよく、ドアを開けた。
- 77 名前:作者 投稿日:2001年12月23日(日)01時24分37秒
ageてしまったところで、今日の更新終了です。
怒涛の更新は、明日もつづく・・・か?
- 78 名前:更新おつかれさまです。 投稿日:2001年12月23日(日)07時55分34秒
- 読者としてはつづいてもらえると嬉しい(w
- 79 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時18分15秒
床にしゃがみこんで、銃を構えている加護がいた。
そして、その直ぐ前に、Jr.の死体が一つ。
それから・・・
それから、その死体の足首にしがみついたまま動かないミカが、
横たわっていた。
「み・・か・・・。」
その声に、加護が反応して、銃を撃ってきた。
素早く、横ッ跳びして、弾をかわす。
弾は、あたしの耳元をすり抜けていった。
- 80 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時19分19秒
床を転がりながら、加護の横へと移動する。
加護は、あたしがいた場所を凝視したまま、固まっていた。
銃を両手で、硬く握り締めたまま、激しく息をしていた。
呼吸過多になっている加護に、ゆっくり近づく。
加護の傍まで来ても、まだあたしに気づかなかった。
あいかわらず、前方を見たまま、固まっていた。
ヒューヒューと息を吸う音が響いている。
あたしは、そっと、腕を伸ばし、安全装置を掛けた。
- 81 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時19分50秒
「加護・・。」
まだ、反応が無い。
あたしは、銃に張り付いた加護の指を、一本ずつ剥がしていった。
指は、錆びついた機械のように、ぎこちない動きをして、
銃から剥がれていった。
「加護。」
全ての指を銃から剥がし終えたあたしは、加護を強く抱きしめた。
加護の首が、壊れかけのロボットのようにカクカクと動き、
あたしの顔を探し出していた。
少しずつ焦点が合っていくと同時に、加護の感情も戻ってきた。
「イチイちゃ・・・・・」
「良かった。良かったよ無事で。」
あたしは、加護の頭を両手で強く撫で回した。
安堵感から、あたしの緊張も緩んでいく。
- 82 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時20分33秒
「てっ・・・てめぇ〜!」
死んだと思っていたJr.が突然動き出して、あたしの足首を掴んだ。
口元から、赤い血まじりの泡を吹きながら、あたしの足首を強く掴んだ。
あたしは、腰に手をまわし、ベレッタを引き抜く。
ぱん!バン!
あたしにわずかに遅れて銃声が響き、Jr.の背中から正確に心臓を貫いた。
「圭ちゃん。」
入り口で、パイソンを構える圭ちゃんは、
右胸から顔面にかけて、返り血を浴びていた。
乱れた髪が血で固まり、元々大きな釣り目と相まって、
見るものに恐怖すら与えていた。
「くそ〜、紗耶香に遅れを取ったか!」
軽口を叩く圭ちゃんが、ミカの姿を見つけるなり、
表情が曇った。
- 83 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時21分24秒
「ミカちゃん・・・」
圭ちゃんが駆け寄り、ミカを抱き起こす。
「ミカちゃん!」
「う・・・。」
微かだが、反応を示した。
圭ちゃんが、ミカを抱え起こす。
「やすだ・・・・さん・・・・。」
虚ろな目つきのままだが、その声に、安堵を覚えた。
「ミカ、大丈夫か?」
「ハイ、大丈夫です。」
ミカが、あたしを見て微笑んだ。
「ミカちゃ・・・ん・・・
ほんま大丈夫か?」
「加護ちゃん、良かった無事で。」
「なにゆうてんねん。ミカちゃんおらへんかったら、
うち・・・ うち・・・。」
加護が、ミカに抱きついて号泣する。
あたしは、ふたりの背中を抱きしめた。
- 84 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時22分27秒
「紗耶香、あまりのんびりしてられないよ。」
圭ちゃんが、あたしの肩に手を乗せた。
「紗耶香、どうだったの?首尾は。」
「4人。あと谷向こうにロケット弾打ち込んだから、
プラス2,3人ってところ。」
「あれ、あんただったなの!
危うく、あたしまで巻き込まれるところだったんだよ!」
「ごめん。」
「まあ、しょうがないけど。
で、あたしは6人だよ。
結構タイプのもいたんだけどね。」
そう言うと、圭ちゃんの口元が、半分だけ笑った。
「じゃあ残りは・・・」
「4,5人ってところかな?」
「じゃあ・・」
「そうだね。」
あたしと圭ちゃんは顔を見合わせた。
「「逃げますか。」」
形勢は完全に逆転をしていた。
耳を済ませても、銃声は殆ど聞こえてこなかった。
時々聞こえてくる銃声も、クルドの人の勝鬨と一緒だった。
- 85 名前:29.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時23分00秒
「ミカ、あたしら、この隙に逃げるから、あなたたちも逃げて。」
今度は、あたしがミカに逃亡をお願いした。
「あたしも、ついていきます。」
「有難う。でも、残りの人数を考えると、あたしらだけで充分よ。」
「でも・・・。」
ミカが、心配そうにあたしを見た。
「大丈夫だよ。無敵の圭ちゃんがついてんだから!」
圭ちゃんが、パイソンを片手にポーズを決めていた。
- 86 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時24分09秒
ヘッドライトに照らされる道は、ところどころ未だ雪が残っており、
未舗装のでこぼこ道を一層走り難くしていた。
両脇に広がる続く岩山からは、今にもJr.が飛び出してきそうな気がしていた。
ミカやクルドの人々に別れを告げて、1時間。
ミカに譲ってもらったピックアップのハンドルを握るあたしは、
バックミラーを何度も見やり、緊張の糸が切れることは無かった。
Jr.たちの放つ殺気が、あたしと圭ちゃんの眠気を吹き飛ばしているなか、
あたしの横で、加護が何事も無く眠っていた。
- 87 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時24分50秒
「紗耶香、日本に帰ろうな。
後藤が、みんながまってるよ。」
圭ちゃんが後の席から、静かな口調で言った。
「・・・うん。」
あたしは、圭ちゃんのバックミラー越しの視線を感じながら、
小さく頷いた。
後藤は、待っていてくれるのだろうか?
あたしは、この2年の間、後藤のことを忘れたことは無かった。
でも、後藤の気持ちどころか、後藤の今の状況すら分かっていなかった。
すまなかったな、後藤・・・
前方の景色が滲んでしまう。
あたし泣き虫になったな。
目を大きく見開いて、滲んだ瞳を乾燥させる。
- 88 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時25分38秒
「紗耶香。」
圭ちゃんの緊張した声が、あたしを現実へと戻した。
「来るよ。」
バックミラー越しに、ヘッドライトがひとつ見え隠れする。
コーナーの多い山道では、もとっと近づかない限り、
攻撃はしてこないだろう。
それでも、あたしはアクセルを踏み込んだ。
「加護、加護、起きろ!!」
右手で加護を揺する。
加護は、さすがに直ぐに起き上がり、後方を確認した。
「紗耶香、あたし後の荷台に移るよ。」
そう言うと、でこぼこ道を走る車のドアを開けて、荷台へと消えていった。
- 89 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時27分30秒
「加護!そこの銃と予備の弾お願い。」
圭ちゃんが荷台から、うしろの窓を開けて叫ぶ。
どん!!!
ロケット弾が、クルマの左後方直ぐのところに着弾した。
爆風で、クルマが横に流れる。
「圭ちゃん!!!」
ハンドルに必死にしがみつきながら叫んだ。
ダダダダダダダッ!
返事の代わりに、荷台から銃声が響く。
- 90 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時32分18秒
「加護、頭低くしてな!」
震えながらも、加護は歯を食いしばって耐えている。
どん!!
ロケット弾が、何発も飛んでくる。
あたしは、必死にハンドルを切り、それをかわしていた。
「紗耶香、銃を貸して!」
あたしは、足元にあるAK47を荷台の圭ちゃんに渡した。
圭ちゃんは、それを受け取ると、にっこり笑って、
荷台に仁王立ちした。
- 91 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時35分45秒
「圭ちゃん!」
前方を見たまま、あたしは叫んだ。
「なんだよ〜。忙しいのに。」
圭ちゃんがめんどくさそうに答えた。
「気をつけて・・・。」
「そっちこそ、あたしを振り落とさないように気をつけてね。」
そう言うと、圭ちゃんは、また後を向き、銃撃を始めた。
- 92 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時36分39秒
「紗耶香、弾!」
一分も経たないうちに、圭ちゃんが叫ぶ。
「加護!足元の箱!後これも。」
ダウンジャケットに入っている、手榴弾を二つ加護に手渡す。
「保田さん、これ。」
加護が、シートを乗り換え、圭ちゃんに予備の弾と手榴弾を渡す。
その間も、Jr.からの銃撃と砲撃は続いていた。
「圭ちゃん、予備はそれだけだよ。」
「最低だね。」
圭ちゃんの頭が、バックミラーから突然消えた。
ハッとして、ハンドルを持つ手がぶれた。
しばらくして、後部座席から、再び、勢い良い銃声が響く。
その銃声に、安堵した。
銃声が、圭ちゃんの無事を知らせてくれる。
「加護、あんたの銃とあたしの銃も、圭ちゃんに渡して。」
加護が、後部座席から、圭ちゃんに銃を手渡した。
- 93 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時37分40秒
「紗耶香、一瞬でいいから、クルマ停めてくれないか?」
「無茶だよ。」
「このまんまじゃ、ちゃんと狙えないよ。」
「分かった。直線が有ったらそこの先で停めるから。」
山道に続くコーナーをまわりながら直線を探すが、
直線が見つからない。
既に、10発以上のロケット弾が放たれていた。
「いったい何発ロケット弾を持ってるんだ!」
クルマが道のでこぼこに弾かれて大きくジャンプする。
「いてーぞ!紗耶香。」
「ごめん。」
「まだ直線はないの?」
「もうちょっと待って。もう直ぐ山をおりるはず。」
「OK。頼むよ、紗耶香。」
「圭ちゃん、飛ばすから、しっかりつかまってて!」
「あいよ。」
アクセルを強く踏み込み、後輪を滑らせながらコーナーを曲がる。
ギヤを激しくシフトしながら、ブレーキとアクセルを踏む。
- 94 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時38分35秒
コーナーを幾つもまわると、突然視界が広がった。
遥か前方に町の明かりが見える。
「圭ちゃん!止めるよ!」
叫ぶと同時にフルブレーキをかけた。
横滑りしそうなクルマの態勢をなんとか保ちながら、クルマは止まった。
「ライト消して!」
圭ちゃんが、ゆっくりと立ち上がり後方に狙いを定める。
あたしも、窓を開けて後方を見やる。
- 95 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時39分46秒
コーナーが、灯りで照らされた。
「来るよ。」
緊張が走る。
弱弱しく照らされた光りは、はっきりした光りと変わり、
エンジン音が響いてきた。
Jr.のクルマが見えると同時に、圭ちゃんが両手に持つAKの引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダダダッ
後方で、クルマのフロントガラスが割れて、クルマの挙動がふらついた。
クルマはスピードが落ち、岩に激突して止まった。
- 96 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時40分58秒
「やった!」
「まだ!」
喜ぶ加護に、圭ちゃんが叫ぶ。
「これでもくらえ!」
圭ちゃんが、手榴弾を投げた。
手榴弾は、Jr.のクルマめがけて飛んでいった。
突然、Jr.のクルマがバックして、手榴弾をかわした。
だーん!
クルマの居なくなった空間で砂煙が上がる。
その煙りの中から、クルマが猛然と突進してきた。
「もういっちょ!」
圭ちゃんが投げた手榴弾をJr.がかわした。
- 97 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時42分09秒
「圭ちゃん掴まって!!!」
アクセルを目一杯踏むと、タイヤが砂煙をあげて回転し始めた。
ぴしっぴしっ!
突然フロントガラス全面にひびが入った。
「くそ!」
拳で、割れたフロントガラスを叩くが、全くびくともしない。
白くひびだらけのフロントガラスの合間から前方を見ながら、
走ることを止めるわけには、いかなかった。
「市井ちゃん、これ!」
加護が、ダッシュボードからモンキーを出してきた。
それで、フロントガラスを割る。
50センチ大の穴をあけると、そこから、身を切るような凍てつく風が
流れ込んだ。
あたしは目を細め、その風に耐えながら、必死で前方を見る。
- 98 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月23日(日)14時43分39秒
Jr.からの銃撃が続けられている。
「紗耶香、やばいぞ。弾が無くなってきた。」
既に、AKの銃声はやみ、あたしのベレッタの銃声が聞こえていた。
このままでは、先は見えている。
「市井ちゃん、うち負けへんで。」
絶望感が支配し始める中で、加護に励まされる。
「市井ちゃん、あれ!」
加護が突然前方を指差した。
道脇に転がる大きな岩の上に、人影が一つ確認できた。
ゆっくりと、立ち上がるその影の手には、ロケットランチャーが
握られていた。
「くそーー!!!」
叫びながら、アクセルを踏み込んだ。
岩上の人物が、ロケットランチャーを担ぎ上げて、狙いを定めた。
「いやぁ〜!」
加護が叫んだ。
- 99 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月24日(月)23時57分57秒
発射されたロケットが、あたしらの上空を抜け、
後方のJr.へと向かっていった。
「あっ!」
岩の横を通り抜けたとき、岩上の人物と目が合った。
づどぉーん!!
後方でJr.のクルマが大破した。
あたしは急ブレーキをかけると、クルマが横にスライドして
止まった。
ごん!
加護が、窓に頭を打って気絶した。
「加護!」
加護の肩を押すが、反応が無い。
あたしは、加護に怪我が無いか確認してから、クルマの外に出た。
- 100 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月24日(月)23時58分33秒
岩から、その人物が降り立ち、あたしに向けて銃を構えた。
「吉澤・・・。」
月の光りで陰になり、顔の表情までは確認できなかったが、
間違いなく、吉澤だった。
「別に、あんたを助けたわけじゃないんだ。」
吉澤は、銃の狙いをあたしにつけたまま、近づいてきた。
あたしは、もう銃を持って無い。
先の銃撃戦で、圭ちゃんに渡してしまっていた。
狙われるがままに、吉澤を見つめた。
「よせよ、吉澤。」
圭ちゃんが、荷台から降り立った。
「よせや、よしざ・・・」
圭ちゃんの体が、突然崩れ落ちた。
「圭ちゃん!」「保田さん!」
同時に叫んだ。
- 101 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月24日(月)23時59分16秒
崩れ落ちた圭ちゃんのお腹から、血が滲み出していた。
血は、見る見る間に圭ちゃんの下半身を赤く染めていった。
あたしは、圭ちゃんの服をめくり、怪我の確認をする。
―― お腹には、2発の穴が開いており、そこから、血が溢れ出していた。
右端の穴は貫通していた。出血も少ない。
でも、もう一方の弾は、多分・・・
多分、腎臓を貫いていた。
「さやか・・・あたし大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから黙ってて。」
そういったものの、この出血を止めないことには、
助かるものも助からない。
「吉澤!クルマに救急セットがあるからもってきて。
それと、あんた何か持ってないの?」
「も・・モルヒネがありま」「はやくして!」
吉澤は、弾かれたようにクルマの中へと消えていった。
- 102 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時00分45秒
「圭ちゃん、絶対助けるから。
安心して、あたし伊達に、海外をうろついてないわよ。
このぐらい・・・・。
なんなら、盲腸の手術もついでにしてあげるわよ。」
「・・・へへ、たのんますよ、先生。」
圭ちゃんの声に力が無かった。
圭ちゃんのシャツを引き裂き、傷口を押さえる。
そのシャツは、直ぐに赤く染まり、
あたしの手をも、暖かく染めていった。
「市井・・さん。」
吉澤が、救急箱を持ってきた。
「モルヒネ取ってきます。」
「よしざわ・・・」
圭ちゃんが囁くような声で、吉澤を止める。
「保田さん。」
吉澤が、圭ちゃんのもとに駆け寄り、手を握った。
「紗耶香を狙うなよ。」
あたしは、救急箱からガーゼを取り出し、圭ちゃんの傷口に当てながらも、
溢れてくる涙を押さえることができなかった。
「紗耶香をやったって、後藤は喜んじゃくれないよ。
あんたの気持ちだって、ゴホッ それで、救われりゃしないよ。」
吉澤が大粒の涙を流しながら、何度も頷く。
「紗耶香、あんたも・・・」
「圭ちゃん、しゃべらないで!」
圭ちゃんの体を抱きおこして、包帯を体に強く巻きつける。
血が、あたしの服や手や顔にへばりついていく。
圭ちゃんの血とあたしの涙が交わり、涙が、血の味に変わっていった。
「ゴボッ。
・・・いて〜よ〜紗耶香。」
「圭ちゃんちょっとだけ、我慢して。
吉澤!モルヒネ!!」
絶叫する。
「はい。」
勢いよく走っていく吉澤の足音が聞こえる。
- 103 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時02分08秒
「圭ちゃん。町は近いんだ。
直ぐに、病院に連れて行くから。」
圭ちゃんの大きな瞳が細くなり、しょぼしょぼと瞬きを繰り返していた。
顔に血の気が無くなり、表情が乏しくなる。
「やすだ・・・・さん?」
振り返ると、加護がそこにいた。
「おう!」
圭ちゃんの右手が、僅かに上がって加護に優しく答えた。
加護が、その場にしゃがみこみ、よつんばになったまま這ってきた。
「うそやろ?」
加護が、震えながら右手で圭ちゃんの頬をなでる。
「へへっ、おばちゃん、しくじっちゃった。」
「なんでや・・・こんなん・・・嘘やろ?・・なんでや。
話、ちゃうで・・・こんな・・・・こんな・・・・
なんでやー!!」
加護が、圭ちゃんの体に覆い被さるように、抱きついた。
「加護。」
加護の体を引き離す。
「保田さん。ごめんなさい!うちが、わるいんや!うちがわるいんや!」
加護が、狂ったように叫び続ける。
「加護・・・おまえ・・・・。」
圭ちゃんが、加護の手を握った。
「うちが電話したから・・・うちが・・・
どないしよう。市井ちゃん、うちどないしよう。
うちな・・・うちな、スパイやねん。
うちな、Jr.にたのまれてん。
ああぁ、なんで、うち・・・なんで
やすださ〜ん
ごめんなさい!!!!
ああぁ・・・うち・・・。」
衝撃があたしの中に走った。
どこかで、それは感じていたのだが、それでも、加護の口から
その言葉が発せられると、衝撃だった。
- 104 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時02分54秒
「知ってたよ。そんなのとっくに気づいてたよ。」
圭ちゃんが、伸ばしていた右手で、加護の涙を拭う。
「やすださん!!」
その手を両手で握り締めて、加護は地面に伏した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
号泣する加護を、あたしはただ背中に手を当てて
見ていることしかできなかった。
「加護、そんなこと、どうでもいいんだよ。」
「でも、でも、・・・でも!!」
「わけあるんだろ? 加護。」
加護が顔を上げ、圭ちゃんを見つめる。
しゃくり上げる嗚咽を修まるのを待ち、加護が口を開いた。
「うちな、和田のな、代議士だった和田のな、隠し子だってん。
そいでな、10年ぶりに合う約束したんのにな、死んでもぉたん。
おとーさん・・・。
したらな・・・ジャニさんゆう人が来てな、いろいろ・・・・。」
「加護、もういいんだよ。」
「だって・・・」
「いいんだよ・・・加護、
だって、あたしら・・・
“仲間” なんだもん。」
「うわぁぁぁ〜。」
- 105 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時03分29秒
再び、圭ちゃんにしがみつく加護を、あたしは後から抱きしめて、引き離した。
あたしの腕の中で、狂ったように暴れる加護を、キツク抱きしめて押さえた。
それでも、声を限りに加護は叫んでいた。
あたしも、号泣していた。
圭ちゃんが愛しかった。
“仲間”であり、ずっとあたしのライバルだった圭ちゃんが、
なによりも愛しく、あたしの中に広がっていた。
- 106 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時04分11秒
「加護、圭ちゃんを病院に運ぶぞ。
手伝って!」
圭ちゃんを失いたくない。
あたしは、崩れそうになるあたしの弱い意思に鞭を打って立ち上がり、
圭ちゃんの両脇に腕を伸ばした。
「ブッフォッ!」
圭ちゃんが血を吐いた。
その血が、あたしの顔面にも飛び散った。
「紗耶香・・いいよ。」
「何がいいんだよ。」
「いや、もうちょっと此処に・・・。」
「何言ってんだよ。圭ちゃん、町はそこに見えてるじゃんかよ。
何がいいんだよ!!」
「いて〜よ。紗耶香。そんなにゆするなよ〜。」
あたしは、圭ちゃんの言葉を無視して、圭ちゃんを抱き上げた。
「なあ、ちょっとあんたらに渡したいもんが有るんだよ。
ちょっと、降ろしてくれよ、紗耶香・・・。」
あたしは圭ちゃんを抱きかかえたまま立ち尽くし、
延々と涙を流し続けた。
「なっ?紗耶香。」
あたしは、うなずき、圭ちゃんをゆっくりと降ろした。
力なく、座ることさえできない圭ちゃんは、
冷たい地面に横たわった。
あたしは、着ていたダウンを脱ぎ、圭ちゃんの下に敷いた。
圭ちゃんは、有難うとお礼を言って、ポケットから小さな袋を
二つ取り出した。
- 107 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時07分35秒
「メリークリスマス。
紗耶香。
加護。」
そういって、その袋をあたしらに差し出した。
「保田さん・・・。」
モルヒネを持ってきた吉澤が立っていた。
「吉澤、ごめん。あんたの分は用意してないんだ。」
「やすださん・・・。」
「来るんだったら、先に言っといてくれれば、準備したのに。」
吉澤が、崩れるように圭ちゃんの横に跪いた。
「ほら、開けてよ。」
震える手で、あたしと加護は、圭ちゃんの血のついた袋を開けた。
中からは、トルコのお守りが出てきた。
メドゥーサの目をモチーフにした、青いガラス玉に目玉模様が
描かれた小さなキーホルダーだった。
- 108 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時08分32秒
「圭ちゃん、ありがとう。」
「やすださ〜ん。あああ〜ん。」
加護がキーホルダーを右手で掲げ上げたまま、さらに声をあげて泣き始めた。
「へへへ、あんたら、今日何の日か忘れてただろ。
圭ちゃん、余裕だかんね・・・。」
吉澤が、泣きながら圭ちゃんの腕にモルヒネを打った。
「いたたたっ。 吉澤、あたし注射嫌いなんだよ〜。」
圭ちゃんは、あくまでも、軽口を止めようとしなかった。
それが、逆に痛々しさを強調していた。
「でも、失敗だったよな〜。」
「何?」
「自分の分のお守り買わなかったんだよな。ははは。
だもんで、撃たれちゃてんの。」
「保田さん、うちのあげます。」
加護が、圭ちゃんの手にキーホルダーを握らす。
「なんだよ〜、加護、気に入らないのかよ〜。」
「ぢがいまず。やずだざんに〜」
「ははっ、いいから。加護、あんたに持っててほしいんだよ。」
「あい、じんでもはなじません。」
「あほ、死なないように守ってくれるんだよ。」
「あい、あい。」
加護が、何度も何度も頷いた。
- 109 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時09分14秒
「圭ちゃん、早く!」
「いや、あと少しだけ・・・」
そう言うと、圭ちゃんは吉澤の顔を見た。
「吉澤、あんた、もっと周りを良く見なよ。
あんたの周りを、そして、あんた自身をもっとよく見なよ。
あんたの人生を、もっとあんたのために使いなよ。」
吉澤は俯いたまま、歯を食いしばりながら、涙を溢していた。
- 110 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時09分54秒
「加護。」
圭ちゃんが手を伸ばし、加護の頭を優しく撫でた。
「紗耶香をよろしくな。
あんたは、こんなことで、へこんじゃだめだ。
紗耶香は、あんたを必要としてるんだから・・・
だから、何時もの笑顔を早く取り戻してくれよな。
あんたの笑顔は、まわりのみんなを救う力があるんだから。」
加護は、震える唇を必死に噛みしめて、零れる嗚咽を飲み込んでいた。
見開かれた瞳からは、滝のように涙が流れ出していた。
それでも、真剣に圭ちゃんの言葉を一言も漏らさずに聞き入っていた。
- 111 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時10分39秒
「紗耶香・・・」
圭ちゃんが、あたしを見て笑った。
あたしも、無理やり笑顔を作って答えた。
「紗耶香、あんた、もっとみんなを頼ってくれよ。
みんな、あんたが好きなんだから、
みんな、迷惑だなんて思っちゃいないんだから、
うちら、仲間なんだぞ。」
圭ちゃんが、大きく伸びをして空を仰いだ。
空にはきれいな満月が、浮かんでいた。
冷たく凍った月から届く青白い光りが、
あたし達に、優しい影を作り出していた。
- 112 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時11分57秒
「なあ、紗耶香。
早く、日本に帰ろう。
日本でさ、
いい男見つけようぜ。
なっ。
ぐふぉっ・・
あぁ・・・・ちくしょう。
―― 結婚・・
・・・結婚したかっ・・・・・・・た・・・
。」
- 113 名前:30.シュルナク・市井紗耶香 投稿日:2001年12月25日(火)00時15分05秒
2002年の冬。
この年、あたしはトルコの山奥で、
クリスマスを迎えた。
そこは、見渡す限り岩山が続き、
凍てつく寒さが、体の奥まで凍えさせていた。
朝方から降り続いていた雪は、今は止んでいる。
そして、雲ひとつ無く晴れ渡った夜空には、
眩しいほど明るく輝く満月が、浮かんでいた。
降り積もった雪が、その月の光を受けて、薄い藍色に染まり、
辺りをほのかに照らし出していた。
幻想的だった。
何もかもが、幻想的だった。
あたしは、その幻想の中で、風を受けながら立ち上がり、
・・・・天を仰いだ。
この日、あたしは、
もう、クリスマスなんて二度と祝わないと
・・・誓った。
- 114 名前:作者 投稿日:2001年12月25日(火)00時16分24秒
―― 第一章 ――
完
- 115 名前:作者 投稿日:2001年12月25日(火)00時18分31秒
ここまでを、第一章とさせていただきます。
”中東篇” といったところです。
ここまで、読んでいただいた方に、深く感謝致します。
引き続き、第二章をよろしくお願いいたします。
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月25日(火)22時47分37秒
- 大量更新おつかれさまでした。
つづきを楽しみにしています。
- 117 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月25日(火)22時50分07秒
- 圭ちゃん……(泣
第二章も、引き続き、作者さんをいちかごを応援します…
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月26日(水)15時10分55秒
- すごい胸が詰まりました。
でもとてもすっきりした読後感です。
第二章もがんばって下さい。
- 119 名前:第二章 投稿日:2002年01月01日(火)00時10分06秒
- 1.奈良・市井紗耶香
古びた窓を開けると、爽やかな風が部屋に流れ込んできた。
六月のこの時期には珍しく、空は晴れ渡っていた。
「んん〜ん。」
あたしは、大きく背伸びをした。
あたしは、この季節のこの時間が好きだ。
梅雨の合間の晴れ間ほど、清々しい時期が有るのだろうか。
この部屋の窓に立ち、深呼吸をするだけで、
しあわせを感じることができた。
「さてと、」
あたしは、自分に勢いをつけて、台所へと降りていった。
急な階段を手摺に掴まりながら下りて、右手奥の突き当たりにいくと台所だ。
昭和50年代に作られたこの家の台所は、どこか垢抜けていなく、
飾りタイルの模様が、時代を感じさせていた。
- 120 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時11分42秒
あたしは、冷蔵庫を開け、昨日の晩御飯の残り物をひとつひとつ
指差していく。
そこから佃煮ときんぴらごぼう、
それと、だいこんの切れ端を選んだ。
大根を刻む音が、台所に響く。
その横で、炊飯器から勢いよく蒸気が立ち上がっていた。
朝ごはんの仕度が、今日も何事も無く進んでいた。
「市井ちゃん、おはよう。」
ピンクのパジャマを着た加護が、大きな口を開けて欠伸をする。
「加護〜、人前で、そんなでかく口開けるんじゃない。」
「ええやん、市井ちゃんしか、おらへんのやし。」
加護が、カチュウシャを何度も付け直しながら、口を尖らす。
「市井ちゃん、ほんまお母さんみたいや。」
「うっさいな〜。あんたがちゃんとしてれば、
あたしがうるさく言う必要なんてないんだぞ。」
「はいはい。」
からかうような、挑発するような口調で、加護が返事をする。
「早く着替えて、ご飯食べな。あたしも、今日はバイト早いんだから。」
「は〜い。」
加護が、自分の部屋に戻っていった。
- 121 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時12分25秒
この春、加護は無事に中学を卒業し、奈良の進学校へ入学した。
加護の合格を聞いたとき、あたしは、椅子から転げ落ちるほど衝撃を受けた。
加護が、中学を無事に卒業しただけでも、あたしにとっては驚きに値することなのに、
高校の、しかも、進学校に入学するなんて信じられなかった。
「うち、あたまええやろ〜。」
いつも、へらへら笑って、食べ物と悪戯のことしか考えていない加護しか
見ていなかったあたしには、驚愕の出来事だった。
おかげで、あたしは、加護との賭けに負けてしまい、
加護に、最新の携帯電話を買う羽目になってしまった。
もっとも、加護は、最近でた新機種に、もう目移りしていた。
- 122 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時13分21秒
「市井ちゃん、ごはんおかわりしてもええ?」
「いいけど、帰りにマクドよるなよ。」
「え〜、じゃあ、やめようかな・・・」
お茶碗をもったまま、真剣に悩む加護に笑いがこみ上げてきた。
「いいから、早く食って、さっさと学校に行け!もうすぐ8時たぞ。」
「あ〜、今日の占い見な。」
そう言うと、箸を咥えたままTVのスイッチを入れた。
「こら、箸を咥えるな!」
「市井ちゃん、今日12位やからって、うちに当たらんといて。」
「あほ!レディーの嗜みだ。」
「市井ちゃん、いつもそればっかやん。うちは、ちゃんとれでーやちゅうねん。」
「ごちゃごちゃ言ってないで、はよ食え!」
「へい!」
「だから、加護・・・・。」
―― 立って食うなよ。
その言葉を飲み込んで、あたしは苦々しく笑った。
呼ばれた加護は、箸を咥えたまま、“ほげっ?”って顔で
こちらを見ていた。
- 123 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時14分00秒
この家に来て、もう6か月が過ぎた。
その間、毎朝、この加護とのドタバタは続けられていた。
加護も、もう15歳だ。
何時までも、お子様をやっていられる歳でもないのだ。
8月には、東京にいる加護のおばあちゃんと、この家で一緒に暮らすことになっている。
あたしは、それまでに、加護にちゃんとした女性にしておきたかった。
ちゃんとした女性か・・・。
あたし自身が、その得体の知れない“ちゃんとした女性”でもなければ、
理解すらしていなかった。
なんだかな。
あたしは、母親を知らない。
でも、もし母親と一緒に暮らしていたら、
あたしは、その母親相手に、加護と同じようなことを
やっていたのかもしれない。
そして、その人も、あたしを“ちゃんとした娘”に育てるために、
躍起になっていたのかもしれない。
- 124 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時14分44秒
平凡で、退屈な毎日。
でも、それこそが、本当のしあわせだった。
あたしは、いま、しあわせの真っ只中にいる。
「市井ちゃん、お弁当、お弁当。」
「ほら、ニンジン残すなよ!」
「え〜、なんで、そんなん入れるん。」
「好き嫌いしてたら・・」「ええもん、ののに食べてもらうから。」
「だから・・」「んじゃ、市井ちゃん、いってきまーす。」
「加護、こら、加護。」
あたしは、ひとり笑っていた。
- 125 名前:2−1.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月01日(火)00時15分38秒
テーブルの上には、加護の茶碗とあたしの茶碗が並んでいた。
白くて小さいのが、あたしの、
ピンクにウサギの絵が描かれているでかいのが、
加護の茶碗。
あたしは、テーブルに頬杖をつき、その二つの茶碗を眺めていた。
「ひゃ〜、わすれてもーた。」
加護が、勢いよく玄関を開け、なだれ込んできた。
「これ持ってかな、学校行く意味あらへん。」
そう言って、加護は茶箪笥の淵に置かれていた携帯を手に取った。
一体、学校に何しに行ってんだか・・・。
あたしは、頭を抱えた。
「ほんま、歳は取りたないな。最近忘れっぽくって・・・。」
「それは、あたしに対する厭味?」
「なはは、ほな、市井ちゃん、いってきまーす。」
「おう。気ぃつけてな。」
加護が、携帯を持った手を振る。
それに付けられているストラップの束が、ジャラジャラと揺れていた。
そのストラップの束の中で、
メドゥーサのお守りも、揺れていた。
- 126 名前:作者 投稿日:2002年01月01日(火)00時21分27秒
- >>116 >>117 >>118 さん レス有難うございます。
そして、明けましておめでとうございます。
未熟ながら、今年も頑張っていきたいと思っております。
第二章、初めのころ考えていたストーリとかなり変わってきました。
いま、最終話を含め、大幅な方向修正を行っておりますが、
なんとか、頑張りますので、よろしくお願いいたします。
- 127 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年01月06日(日)10時46分24秒
- 二人がどんな6ヶ月を過ごしたのかも気になるな…
まだ他のメンバー達と再会していないのでしょうか?
- 128 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時52分50秒
あたしの目の前には、薄汚い扉が固く閉ざされていた。
どうしたんだろう、体が動かない。
あたしは、生麦の駅から、自分の足でここまで歩いてきたのだ。
駅前の商店街は一段と寂れて、プラスチックの花飾りが虚しく揺れていたし、
国道15号線は、相変わらず交通量が多くて、空気がまずかった。
あたしは、そこを抜けて、ここまで歩いてきたのだ。
でも、さっきからあたしの足は、動かし方すら忘れてしまった様に、
動こうとしなかった。
覚悟は、できていた。…はずだった。
なのに、この扉の前に立った途端、あたしの肢体は、
あたしの意思に逆らって、動くことを拒絶していた。
その扉は、あたしが最後に見た時より、2年分くすみが増していた。
雨風に曝され、酔っ払いの蹴りに絶えてきた小汚い扉の向こうに、
あたしの仲間がいる。
…でも、
あたしは、此処に戻ってきていいのだろうか?
後藤や、圭ちゃんを、そして、仲間全員を巻き込んだ原因は、
明らかにあたしにある。
そんな不安が、あたしの動きを止めていた。
- 129 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時54分12秒
ああっ、ちくしょう!
考えても始まらない。
あたしは、右足に渾身の力を入れた。
オイルの切れたロボットの如く、ぎこちない動きで右足が動きだした。
それから、鉛の様に、いやもっと重い物質のように豹変してしまった右手が
何度か、虚しく空を彷徨った後、扉を押し開けた。
- 130 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時55分29秒
そこに、“仲間”の姿が目に入ってきた。
圭織、矢口、なっち、そして、裕ちゃん。
楽しそうに団欒をする姿は、2年前の彼女らと変わりなかった。
カウンターの中で、珈琲を煎れている圭織、
矢口の頭を小脇に抱えて、豪快に笑う裕ちゃん。
その矢口を取り返そうと、裕ちゃんの腕をパシパシ叩いているなっち。
全てが、懐かしかった。
そのみんなの顔が、扉を開けたあたしを向く。
「紗耶香・・・」
あたしの姿に、みんなの笑顔がそのまま凍りついた。
固まった笑顔が、ゆっくりと困惑の表情へと変化していく。
あたしは、そのまま走って逃げ出したかった。
ああ、やはり此処に来るべきではなかったのだ。
彼女らの表情が、全てを物語っていた。
「紗耶香・・・おかえり・・・・・。」
矢口が椅子から降りて、あたしの目の前までやってきた。
強張った笑顔に、あたしも強張った笑顔を返す。
何を言ったらいいのだろう。
あたしは頭をフル回転させ、次の台詞を探していた。
- 131 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時56分28秒
「すんません。まだ、営業始まってへんのですわ。」
裕ちゃんの固い口調が響く。
顔は、真っ直ぐ前を向いたままだ。
「裕ちゃん!」「矢口、そのお客さんに帰ってもらいー。」
「でも、紗耶香は、」「誰や?サヤカって。」
「裕ちゃん、そんな」「矢口!!」
矢口の台詞を押しつぶすかのように、裕ちゃんの強い口調が飛ぶ。
裕ちゃんは、決してこちらを見ようとしなかった。
その横顔は、綺麗だった。
固く閉じられた口元、まっすぐ正面を見据えた力強い瞳、
守るべきものを持つものだけが放つ強いオーラが彼女を包み込み、
美しく輝いていた。
- 132 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時57分10秒
「矢口…。」
あたしは、矢口の肩に手をかけて、ゆっくりと頭を横に振った。
引きつった顔が、更に引きつるのがわかる。
あたしは、振り返り、閉めたばかりの扉に手をかけた。
「圭織、塩もっといで!」
閉まりゆく扉から、裕ちゃんの声が響いてきた。
- 133 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時58分21秒
横浜は風も無く、穏やかな小春日和だった。
それでも、いまのあたしには、身に凍みる寒さに感じられた。
「さむいな。」
あたしはポケットに両手を突っ込み、歩き始めた。
来るときの数倍は、足取りが重い。
嘗てあたしの居場所であったその場所を、あたしは、背中で感じていた。
もう、此処に来ることは無いだろう。
- 134 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)16時59分44秒
あたしは、支店に初めてきたときのことを思い出していた。
街で、かつあげを営みとして生活をしていたあたしに声をかけ、
半ば強制的に支店に引きずってきたのは、裕ちゃんだった。
横浜では名の知れたあたしをひと睨みし、
片腕であたしの自由を奪ったのは、裕ちゃんが初めてだった。
そのころのあたしは、全てに投げやりだった。
生きることにすら、不真面目だった。
そう、嘗ての後藤の姿は、あたし自信だったのだ。
自分の身を危険に曝し、自分の身体を汚すことでしか、
生きているという実感が、湧いてこなかった。
でも、そんなことが、何の慰みにもならないことを、、
あたしは、あの場所で学んだ。
社会の裏側をずっと見続けていたあの数年は、貴重な経験ばかりだった。
あたしは、そこで少なからず悩み、いろんなことを考え、あたしを成長させてくれた。
そして、なによりも、あの場所は、
あたしが初めて、本当の仲間を得た場所だった。
裕ちゃんと出会い、なっちや圭ちゃんや圭織、矢口、
そして、後藤と出会った場所だった。
あの場所は、あたしの人生の一部だった。
その場所を、あたしは今、失ってしまった。
裕ちゃんが、組織を守ろうとする気持ちも理解できた。
あたしが逃げ出した日本で、孤軍奮闘して組織を守ってきたのだ。
今のあたしには、矢口のぎこちない笑顔だけで充分だ。
- 135 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)17時00分38秒
「紗耶香。」
50メートルほど歩いたとき、背後から矢口の声が聞こえてきた。
眉間にしわを寄せたまま、矢口が走ってくる。
「これ。」
矢口が、握り締めた右手を突き出した。
「えっ?」
戸惑うあたしに、矢口が再度右手を突き出す。
あたしが、ポケットから右手をだして、矢口のまえに広げると、
矢口は、無言であたしの手に紙切れを渡して、支店の中へと走り去っていた。
- 136 名前:2-2.生麦・市井紗耶香 投稿日:2002年01月13日(日)17時01分31秒
扉が閉じるのを見つめていた。
相変わらず、子供っぽい走り方が抜けない矢口の走り方が、
昔から、あたしのお気に入りだった。
あたしは、手のひらに残された紙切れを広げた。
そこには、後藤の入院先がなぐり書きされていた。
あたしが、扉を閉めた後の、彼女らの攻防が目に浮かんだ。
裕ちゃんも災難だっただろうな。
あたしは、もう一度、支店の扉を見つめた。
そのくすんだ重い扉をあたしが、再び開けることは無いだろう。
でも、その中にいるやつらは、間違いなくあたしの仲間だった。
いや、いまもきっと・・・。
- 137 名前:作者です。 投稿日:2002年01月13日(日)17時09分14秒
- 更新しました。なんとか…
>>127 梨華っちさいこ〜 さんレス有難うございます。
本格的な再開は、徐々に…ってことになるでしょう。
しばらくお待ちを…。
- 138 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)17時19分25秒
- 覚悟はしてたけど痛いな〜
いよいよ後藤と対面かな?
- 139 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)21時39分46秒
- 痛いですねぇ。辛いなぁ。
続き、期待してます。
- 140 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年01月14日(月)18時03分51秒
- 姐さん厳しいな。
やはり市井のせいで圭ちゃんが死んでしまったことになっているのでしょうか。
- 141 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時32分57秒
あたしは立ち上がり、ペダルを踏む足に力を入れた。
自転車が、木漏れ日の射す街路樹のトンネルのなかを、
どんどん加速していく。
この坂を駆け上がれば、あとは下り坂だ。
未だに、毎日のトレーニングを欠かしていないあたしにとって、
この坂は、それほど体力を奪う坂ではない。
坂を下り始めると、あたしの息は直ぐに整っていった。
両足をペダルから外し、加速するがままに、自転車を滑らしていと、
風は、頬を震わせ、髪をなびかせて後へと流れていった。
- 142 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時34分12秒
坂を下りきって、交差点を右に回ると、あたしのバイト先だ。
あたしは、そこでウエイトレスをしていた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?おタバコはお吸いになられますか?」
ヨーロッパ調のちょっと洒落たファミレスで、
シックなスカートなんか穿いて、お客さんを接待する。
昔のあたしからは考えられない。
あの格好も、あの営業スマイルも。
後藤には見られたくないな。
加護にも…
あたしが此処で働き始めて、もう、3ヶ月になる。
同じようにウェートレスをしている娘や、コック、それに、店長とも
仲良くやっているし、結構楽しんでいた。
時給830円。
むかしであれば、目もくれない値段だ。
そんな金額では、指一本動かすことも無かった。
- 143 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時35分17秒
「ねえねえ、紗耶香、聞いてくれる。」
「なに?」
一緒にバイトしている娘が、声をかけてきた。
あたしなんかと比べると、おしゃれで、きれいに化粧なんかもして、
持っているものも殆どがブランド品の彼女は、いつも明るく、いわゆる
いまどきの女子大生のひとりだ。
「店長さ、最近あたしを狙ってるみたいなんだよ。」
「へえ、良かったじゃない。店長のこと好きなんでしょ?」
「えぇ〜、でも、紗耶香のこと諦めて、あたしのところに来たんだよ。」
「別に、あたしは関係ないよ。」
「んなことないって、店長ホントは紗耶香の方がいいんだよ。」
「そんなこと気にしてんなよ。自分の人生だろ。やりたいことをやんなよ。」
「んん〜。」
いつも、こんな話ばかりだった。
誰と誰が付き合っているとか、別れたとか…。
くだらない話?
いや、くだらなくなんか無い。
昔のあたしなら、一笑にした話も、最近は楽しむ余裕さえできてきた。
人には、それぞれ重要なことが違っているんだ。
それを、馬鹿にする気はなくなっていた。
それだけ、大人になったってことなのだろうか?
トルコでの出来事が、未だ解決していない一連の出来事が、
あたしを、そんな小さなことに拘らなくしていた。
- 144 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時36分12秒
「ねえ、聞いてる?」
「えっ。」
「あ〜、もう、だからさ、紗耶香がバシッとふってほしいの。」
「あ〜、はいはい。」
「もう、またいいかげんな返事ばかりして。」
「了解いたしました。・・・・ってこれでええか?」
「もう、中途半端な関西弁使わんといてや。」
「ねえ、それより、3番で呼んでるよ。コーヒーおかわりなんじゃないの?」
「あっほんとだ〜。」
コーヒーを持って、彼女が去っていく。
甘い香りの香水が、あたしの鼻をくすぐっていった。
あーそうか、これって、矢口のにおいだ。
突然、矢口の強張った笑顔がフラッシュバックした。
後藤の入院先を書いた紙切れを私に来た矢口。
何も言わず、硬い表情のまま背中を向けて走っていった矢口。
そのときの、においだった。
「紗耶香、コーヒー次作っといてね。」
「はいよ。」
業務用のコーヒーの缶を取り出して、フィルターの中に入れる。
それをセットしてスイッチを入れると、しばらくしてコーヒーの
においが広がった。
- 145 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時37分07秒
早朝のファミレスには、モーニングサービスを求めるサラリーマンと
徹夜明けの疲れた若者たちが、ゆったりとした一時を過していた。
窓から、差し込む陽射しの中を、ゆっくりと埃が舞うのが見える。
未だ覚めきらない彼らの耳元にも、コーヒーを入れるぽこぽこという音が、
心地良く響き、束の間の眠りへと誘っていた。
「――今日はいい天気ですよ。雲なんか一つも無いし、
朝なんか、素敵な霜柱なんか見つけちゃったんですよ。」
聞き覚えのある、キーの高い声が聞こえてきた。
コーヒーのにおいは、いつのまにか消え、病院特有の消毒くさい
臭いがする。
病室のドアは、開けはなれたままになっていた。
カーテンの向こうに、横浜線の銀色に緑色のラインの入った車体が、
わずかな振動と、わずかな通過音を残し、通過していくのが見えた。
電車が通過していくと、部屋には、囁くよなテレビの音と、規則正しい
電子音が残された。
四人部屋の左奥だけが、カーテンを締め切っていた。
先ほどの声は、そこから聞こえていた。
「今日ね、横浜駅んところのクッキー屋さんで、クッキーを買ってきたんですよ。
横浜駅通ると、いつも甘い匂いがしてて、ずっと気になってたんですよ。
だから、思い切って買っちゃいまいました。
後藤さん食べますか?って食べるわけないか。」
“後藤”という言葉にあたしの全身が、激しく反応をした。
鼓動が激しくなり、喉が渇いて、張りついた。
- 146 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時38分04秒
「紗耶香、お客さんだよ。」
「んん?・・・あっ、はい。」
「紗耶香、いま、立ったまま寝てたやろ?」
「ばれた?」
「疲れてんの?」
「まあね。」
あたしは、入り口で待っているお客さんの元へと急いだ。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
メニューを片手にお客を席へと案内をする。
眠っていた。
後藤の夢を見ていた。
あの、病院の夢を。
「こちらの席で、よろしいでしょうか。」
大口駅から、歩いて直ぐにある後藤の病院は、こじんまりとした病院だった。
リフォームしたタイル張りの概観と、所々古いままの内装が、
この病院の暖かさを演出していた。
あたしは、駅前の花屋で買った花束を抱えたまま、部屋に入れずにいた。
部屋の奥から聞こえてくる電子音と、機械的な呼吸音は、今の後藤の様態を物語っていた。
後藤に話し掛けている声の主は、確か、石川という娘だったと思う。
その声に、後藤の返事はなかった。
石川が、ただ、後藤に一方的に話し掛けているだけだ。
老人たちのテレビから、笑い声が鳴り響いていた。
「あんた、何してんだね。」
入り口のベッドに腰掛けていた老婆が、
突っ立ったままのあたしを慰ぶしがって、尋ねてきた。
「あっ…いや、部屋間違えたみたいで…。」
あたしは、弾かれたようにその場から立ち去った。
気がつくと、大口駅を通り過ぎ、通り沿いのコンビニの前に立っていた。
既に、手に花束はなかった。
- 147 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時39分09秒
「あっ、すんません。Aセット2つ。で、アイスコーヒーと、えっとなんやっけ。」
「紅茶を。」
あたしは、逃げ出したのだ。
正直な話、怖かった。
後藤に会えば、そこで、あたし達の人生が終わると思った。
あたしは、迷わず後藤と一緒に死を選んだだろう。
死ぬのが怖かった。
死ぬこと自体ではない、何も解決してないで、
そして、誰一人助けることなく、あたしだけ勝手にゲームから
降りてしまいそうなことが、怖かった。
それでは、圭ちゃんになんて言い訳すればいいんだろう。
いや、違うな。
あの時、あたしは逃げ出したのだ。
全てが怖くて、ただ、逃げ出しただけだ。
事件の解決なんて、どうでも良かったんだ。
自分の弱さに負けただけだ。
- 148 名前:2-3.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年01月19日(土)17時40分03秒
「ねえ、紗耶香。」
「えっ?」
「ほんま、自分、今日へんやで〜。」
「うん、ごめん。」
「ほんま、大丈夫?」
「うん。」
確かに今日のあたしは、どうかしていた。
何故これほど、昔のことを思い出すのだろう。
思い出す?
そうなんだろうか?
わざわざ思い出さなくてはいけないほど、昔の思い出にしてしまっていたのだろうか?
別に、忘れていたわけではない。忘れようとしたことも無い。
でも、加護との穏やかな時間が、記憶に霧をかけていたのは確かだった。
加護のストラップが、今朝、やけに印象的だった。
ただ、それだけのことなのかもしれない。
「ねえ。」
「ん?」
「あそこの人、さっきから店にも入らんで、ずっと居るんやけど、
なんか気味悪いよね。」
そう言って、彼女は外を見つめた。
窓の外には、派手な金髪をした矢口が、背を向けて立っていた。
ああ、そうか…
あたしは、懐かしいその小さな背中を見て、なぜか納得をしていた。
- 149 名前:作者 投稿日:2002年01月19日(土)17時49分45秒
- >>138 >>139 梨華っちさいこ〜 さん レス有難うございます。
やはり、姐さんは、まとめる側の人間として、ここは厳しく…っと
その辺も話に盛り込めればと思っております。
- 150 名前:作者 投稿日:2002年01月19日(土)18時05分42秒
- あれ?ちょっと違うな。
姐さんの本当の気持ちが盛り込めれば。
が正解です。
- 151 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年01月19日(土)23時41分07秒
- 市井ちゃんは抱え込んでいるものが大きすぎるな〜。
こんな時ほど「仲間」が必要なんですが。
矢口はそのきっかけになれるでしょうか。
- 152 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月21日(月)02時07分35秒
- 最初から読んだのですが、こんな面白い作品は久しぶりです。
2章もがんばってください。
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月21日(月)13時52分49秒
- 矢口は市井の内心を理解してくれるか・・・
- 154 名前:作者 投稿日:2002年02月11日(月)01時37分25秒
- 書き込めるのかな?
- 155 名前:作者 投稿日:2002年02月11日(月)01時43分30秒
- お〜書き込めたぞ。
とりあえず、サザエ氏に感謝致します。
お疲れ様でした。
更新は、もうしばらくお待ちください。
ほとんど、書けていません。
っていうか、今回のことで、このまま続けていいのか悩んでしまった。
風邪も引いてたし。
でも、とりあえず、続けますので、よろしくお願いします。
以上挨拶だけでした。
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月11日(月)03時28分58秒
- >作者さん
続けてくださるのですね。うれしいです。
閉鎖中もずっとこれが気になってました。
作者さんがんばってください!
- 157 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時09分07秒
今、あたしの手の中に、一枚のフロッピーがある。
何の表記もされていない、黒いままのそっけないフロッピーだ。
電気屋やコンビニに行けば、同じものを幾らでも手に入れることができる代物だ。
でも、このフロッピーは特別だ。
この一枚のために、多くの血が流れた。
後藤が、圭ちゃんが、そしてそれに関わる多くの仲間が、血と涙を流し、苦しんだのだ。
あのとき、あたしが何気なく手にさえしなければ、
何ら変わることない日々が、今も流れ続けていただろう。
手のなかのフロッピーは、軽い。
でも、それが持つ意味は、重い。
あまりにも、重い過ぎるのだ。
あたしは、未だ燃えている内なる炎に封印をし、
全てを終わらすために、銃に弾を込めた。
- 158 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時10分33秒
日本に戻ったあたし達は、新宿駅東口近くのホテルに加護を残し、
新宿のとあるビルへと向かった。
雑居ビルが乱立する街並みの一角に、周りと何ら変わりのないビルが建っている。
そこにあたしは、フロッピーを預けていた。
経営者である禿げ親父に、大量の賄賂と5年分の料金を前払いしたロッカーには、
封筒にも入れずに、無造作に投げ込んだままの状態で、フロッピーが眠っていた。
そして、その横には、油紙に包まれた、黒光りするあたしの取っておきの相棒があった。
あたしは、フロッピーとS&WM19を上着のポケットに押し込むと、
禿げ親父に数枚の万札を握らせて、雑居ビルを後にした。
- 159 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時11分20秒
ビルを出るとすぐに、あたしは新宿の人ごみに飲み込まれていった。
道に溢れ出した人々の流れは、意志を持つひとつの生き物のように蠢いていた。
あたしは、その中の一つの細胞となり、流れていった。
流れに身を負かすことで、こころを落ち着かせ、
そして、ゆっくりと神経を研ぎ澄ませていった。
歩き始めて、20分近くの時間が流れるころになると、人々の流れは途絶え、
周りは静寂すら漂い始めた。
目的のビルは、やはり、どこにでもあるありふれた雑居ビルだ。
都会の空気を吸い込んだ壁は、くすみ始めてはいるが、建てられてから間もないビルだ。
4階建ての一階は、貸し店舗になっているが、シャッターが閉まっていた。
繁華街から、これほど離れていると、借りる人は少ないのだろう。
同じように周りのビルの殆どで、シャッターが下ろされていた。
2階から上は、町金融になっていた。場所柄から考えて、
飛び込みの客なんぞ見込めないのに、経営が続けられているのには、
それなりのからくりがあった。
ガラスの扉を開けると、奥に小さなエレベータが見える。
あたしは、そのエレベータで2階へと向かった。
- 160 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時12分44秒
あたしはポケットの中で、ずっと握り続けていたM19を取り出した。
次元大介が愛用していたこの銃は、あたしのコレクションの中で最大のものだ。
巧くターゲットにあてられるかどうかは、二の次として、威圧感は充分あった。
それを腰に差し込むと、背筋が真っ直ぐ伸びるのを感じた。
快適な到着音と共に、エレベータの扉が開かれると、
明るい雰囲気の受付が、直ぐに目に入った。
受付には、白いブラウスに紺のリボンを結んだ女性が2人、カウンターに座っている。
その後には、忙しく動き回る堅実そうなサラリーマン。
よくある町金融ってところだ。
あたしは、カウンターに座り、女性に微笑みかけた。
背中のM19が、腰にあたっている。
「いらっしゃいませ、本日は、どのようなご用件でしょうか?」
至ってマニュアル的な問いかけだった。
「社長さん、今日、居るよね。会いたいんだけど。」
「申し訳ございません。社長は、本日、こちらには出所しておりませんが。」
「あのさ、市井が来たって伝えてくれない?市井紗耶香が来たって。」
「ですが。」
「ほら、とりあえず、そこの上司に話してよ。」
受付の女性が、困惑しながらも、笑顔をのこし、上司へ問い合わせをする。
上司が、あたしを一瞥した。
- 161 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時13分33秒
「お客様、失礼ですが、アポイントはございますか?」
「ないよ。」
言葉こそ丁寧だが、その節々に見え隠れする、人を見下したような
目つきに、反吐が出そうになる。この品のない営業スマイルもだ。
「上の階に、問い合わせてくれるだけで良いんだ。
社長さんに…いや、ジャニさんにな。」
あたしは、わざと周りに聞こえるように、大きな声をだした。
「じゃにさん…ですか?」
困惑する反吐おやじの後で、店長らしきおやじが、顔色を変えて飛んできた。
「お客様、今すぐ問い合わせをいたしますので、別室でお待ちください。」
反吐おやじの2倍は、臭そうな息の持ち主が、口を横に広げて歯を見せた。
これが、笑顔だというなら、あたしは間違いなくM19を引き抜くだろう。
「さあ、こちらへ。」
「ばん!」
「えっ?」
目玉が飛び出るほど、大きく見開いた顔が、振り返った。
「べつに。」
異様な雰囲気が支配し始めた店舗の中を、あたしは、ゆっくりと立ち上がった。
- 162 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時14分38秒
4階に通されると、そこには、Jr.らしき顔が、幾つか並んでいた。
全部で、6人だ。ひとり一発ずつしか、弾がない。
あたしを、市井紗耶香と認識したとたんに、撃ってくる可能性だって否定できない。
緊迫する中、Jr.の間を通ると、初めは、厭らしい目つきで見ていたものが、
徐々に、驚きと同時に殺意が広がっていく。
銃は、抜かれなかった。
そのかわり、微動だしないせずに、無言で、あたしを視殺してきた。
「申し訳ありません。ボディーチェックをお願いします。」
奥の部屋の前まで来ると、店長があたしの身体を触ろうとしていた。
あたしは、無言で腰に刺したM19を引き抜き、店長の額に、銃口を押し付けた。
「ひっ!」
一瞬の間が空いたあと、無様な声を上げて、その汚物がへたり込んだ。
- 163 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時15分21秒
周りで、Jr.が一斉に動いた。
引き金こそ引かれなかったが、全ての銃口が、あたしに向いているのがわかる。
あたしの背後で、殺気が急激に増大していく。
あたしは、両手を広げ、銃を手から落とした。
鼻ッから今回は撃ちあうつもりは無かった。
銃は、此処まで辿り着けなかったときのお守りだったのだ。
銃が、大きな音を立てて床に落ちた瞬間、
床に転がっていた汚物が悲鳴をあげて、気を失った。
「やばいものは、こいつだけだ。何なら裸になったって良いんだぜ。」
そう言ってJr.を振り返ると、直ぐ後に最年長らしき男が立っていた。
整った顔立ちに、吸い込まれるような黒い双眸。
この男からだけ、殺気が放たれていなかった。
「脱げや。」
甘く、そして冷たい声が、投げかけられた。
「高くつくぞ。」
そう言って、着ていたコートを脱いで、放る。
その瞬間、その男に、右胸を鷲づかみされた。
見下ろす黒目は、光りをすべて吸収してしまったように、何処までも暗い色を
していた。あたしも、感情の無い瞳で、見つめ返す。
後で、厭らしい含み笑いが静かに広がっていた。
- 164 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時16分22秒
胸を掴んでいた手が、無造作にあたしの身体を弄って、右のポケットに入れてあった
フロッピーを探し当てた。
男は、フロッピーとあたしを交互に見た後に、顎で奥の扉を指した。
部屋の中に入ると、ひとりの男が、ソファーに座っていた。
確か、田原という男だ。
田原は、灰色のスーツに、深紅のネクタイをきっちりと締め、
明るい笑顔で、あたしを向かい入れた。
「やあ、市井さんじゃないですか。僕に会いに来たのかな?」
軽く、薄っぺらな口調だ。
「ジャニは?」
「ジャニさんだろ?」
満面の笑顔だったその顔が、突然色をなくした。
「あんたじゃ、話にならない。」
途端に大きな音がした。
田原が、机を蹴ったのだ。
「フロッピーを持ってきた。取引をしたい。」
あたしは、声を張り上げ、居るはずのジャニに話し掛けた。
- 165 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時17分28秒
「あんた、馬鹿か?
取引ができると思ってるのか?」
田原の声を無視して、また声を張り上げた。
「あたしは、フロッピーの中身の解読できていない。
あたしは、ジャニさんと取引がしたいんだ。
あたしの言うことを信じろとはいわない。
でも、もうあたしは、いやなんだ。
もう、だれも傷ついてほしくないんだ。
あたしの仲間や、あんたらJr.も傷ついてほしくないんだ。
・・・・ジャニさん、聞いてるんだろ?
このまま、お互いに消耗戦を続けたいのかよ。
なあ、たのむよ。
あんたの依頼者に頼んでくれよ。
フロッピーは返した。中身がなんであるか、もう詮索しない。
だから、依頼は取り下げてくれ。
あんたが、ジャニさんが必要だと言うなら、
あ、あたしを差し出してくれたって良い。
だから…。」
沈黙が流れた。
こんなことで、説得できたと思っていない。
でも、再びあたしたち皆が、幸せに生活するためには、
どうしても、この問題は、終わらせておかなければ、ならなかったのだ。
- 166 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時18分27秒
「田原。」
突然、インターホーンから、ジャニの声が流れてきた。
「はい。」
「まかした。」
「はい。」
そう言うと、インターホーンは切れた。
「田原さん。」
「市井さん、この件で、Jr.が何人亡くなったか知ってるのか?」
田原は、ソファーに深く座りなおし、ゆっくり落ち着いた口調で、
語りかけてきた。
「・・・。」
「24人だぞ。」
「申し訳ありません。」
Jr.が弱いだけじゃないのか?
「納得すると思うか?」
「その全部が、あたしと保田が殺ったんです。」
圭ちゃん、ごめん。でも、本当だよね。
「覚悟はできているんだな。」
「ええ。」
「じゃあ、決まりだな。東山!」
「はい。」
東山と呼ばれた男が、返事をした。
「始末しろ。」
東山と呼ばれた男は、あたしを見定めた。
「田原さん。」
「なんだ。」
「良いんですか?」
「おう。」
あたしは、本当にこの事件を終わらせたかった。
そのために、あたしが最後の犠牲者になることに、なんら迷いは無かった。
- 167 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時19分54秒
「撃てよ。」
加護に手紙を託してあった。裕ちゃんや矢口ら、ひとりひとりに宛てた手紙だ。
そして、読むことは無いだろう後藤にも。
「市井、お前んところに、うちらが送り込んだ加護が居るんだろ。」
「あいつは、関係ない。」
「関係ないわけないだろう。俺が送り込んだんだから。」
「キサマッ!」
あたしは、田原に飛びかかろうとした。
しかし、その瞬間、東山に後頭部を銃のグリップで叩かれた。
あたしは、両膝を落とした。消えかかりそうになる意識を、
必死に引き戻していた。
「なんで、加護を巻き込んだ。あいつは、関係ないだろう。」
「あいつが、和田の娘だからさ。親の敵であるお前を加護が討つ。
泣けるね〜。」
「ふざけるな。」
「ゲームは楽しまなくっちゃ。」
「この野郎!!」
立ち上がろうとするあたしを、東山が片手で押さえつけた。
やはり、いくら鍛えても、そう簡単に男の力には適うものではない。
あたしは虚しく、首だけを前に突き出した。
- 168 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時20分38秒
「加護の件は、我々じゃない。もっと上の世界からの命令だよ。」
「上の世界?」
「そうだよ。この一件は初めから、そういった人たちの手のひらの中で
動いていた。」
「じゃあ。」
「我々は、その人らの駒に過ぎない。」
「でも、そのために多くのものが死んでるんだぞ。」
「国会レベルで考えれば、我々みたいなゴミ集団が何人死んでも
全く関係ないんだよ。」
田原は、不気味に笑っていた。
その笑みには、“諦め”という文字が滲んでいた。
- 169 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時21分42秒
「田原さん、それぐらいで。」
「おう。」
田原の笑みが消え、真剣な顔つきに変わった。
「この件は、こっちにとっても、被害が大きすぎた。
君に、責任とってほしいし、恨んでいる連中が多いのも事実だ。
でも、我々はプロだ。金にもならない殺しをいくらやっても、互いの
体力を消耗させるだけだ。
政治家の中の多くは、我々の存在を認めていない。
まあ、知っている連中も極僅かだが、良く思っていない連中が大半だ。
そいつらにとって、今回は我々を潰す絶好のチャンスだ。
そういう連中の思うとおりには、させない。
それが、結論だ。」
田原があたしに、ソファーを勧めてくれた。それと、東山に殴られた後頭部を
冷やすタオルとコーヒーを用意するように、命令をした。
「これは、われわれが受けた仕事だが、いつのまにかUFAとJr.の潰し合いに
なっている。ここは、お互いに傷み分けにしたほうが、賢明だろう。」
「だったら。」
「ああ、そのフロッピーを渡してくれれば、後はジャニさんとつんくさんが
上と掛け合ってくれる事になるだろう。」
- 170 名前:2-4.新宿・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時22分52秒
なんだよ・・・。
だったら、早くやってそうしてくれれば、良かったじゃんかよ。
何のために、圭ちゃんや後藤は、犠牲になったんだよ。
「もう忘れることだ。」
忘れられるはずが無い。
「もう、お互いに動かないことだ。これ以上の詮索は止めることだ。」
そうなのかも知れない。
でも、結局、なんだったんだよ。
この事件は、なんだったんだよ。
多くのものを巻き込み、あっけなく終わりを告げる。
何のために、この事件は始まったのだろう?
そして、なぜ今終わりを告げたのだろう?
いや、終わったのではない。ただ、真実がなくなってしまっただけなのかも。
「なあ、一体誰の命令なんだよ。」
「詮索はするなと言ったはずだ。」
「今回のことで、一番得したやつは誰なんだ。」
「ひがし。」
東山が、あたしを引きずってドアへと向かう。
「これでいいのかよ。いくら駒だって、生きてるんだぞ。」
あたしは、入り口の縁に掴まり、背中を向けている田原へ向かって叫んだ。
「俺たちは、言われたことをやっていればいい。
何も考えずに、詮索などせずに、言われたことだけを・・・。
それが、我々が生き残っていくための知識だよ。」
その声と共に、扉が閉まっていった。
固く、
重く、
扉があたしの目の前で、閉じていった。
そして、おそらく真実も・・・。
- 171 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時25分30秒
矢口を待たせていたマックは、その日も、近所の学生で賑わっていた。
学生たちは、個々に固まり、自分たち以外のものを排除しているかの様に、
大きな声で、自分たちにしかわからない世界を繰り広げていた。
矢口は、通りを見下ろす窓際の席を陣取り、ファッション雑誌を読むでもなく、
眺めていた。
「おまたせ。」
矢口が振り返り、冷ややかな目で、あたしを見た。
「おせーよ。」
「なにいってんだよ。突然来る方が悪い。」
矢口のポテトを一つ摘まんで、向かいの席に座る。
「なんだよ、おいらが、わざわざこんなところまで来てやったのに。」
「わるかったな、こんなところで。」
「あははは、ごめん。でも、探したんだぞ、紗耶香のこと。」
「別に探してもらわなくても良かったのに…。」
つい、単調な口調になってしまう。
あたしは、矢口から目線を外し、ポテトをまたひとつ摘み上げた。
とっくに冷めてしまったポテトは、べちゃべちゃして塩っ辛いだけだった。
- 172 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時26分14秒
「ずいぶんじゃんかよ。みんな心配してたんだぞ。」
「みんなって?」
「みんなだよ。」
そこに裕ちゃんと吉澤が含まれていないのを、あたしは知っている。
「元気だった?」
矢口が、少し上目遣いで、あたしに尋ねた。
その姿は、どこか遠慮がちと言うか、あたしに探りを入れている感じがした。
「まあね。」
「あのちっちゃい娘も?」
「矢口よりは、大きいぞ。」
「あ〜 うっさい、うっさい!」
「元気だよ、加護も。」
矢口が、加護のことを知っているのは、意外だった。
多分、吉澤に聞いたのだろうか。
その吉澤が、何時日本に戻ったのか、今何をしているのかは、
あたしの知る由ではなかった。
矢口は、ひとり納得したかのように、何度も頷き、よかったよかったと
繰り返した。
- 173 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時27分02秒
「ウェイトレスしてるんだ。」
「悪かったな。」
「ちょっと笑えるよ。」
「あ〜 うっさい、うっさい!」
矢口が、笑顔の仮面を被る。
あたしも、懐から仮面を取り出して被った。
- 174 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時28分04秒
会話は、直ぐに止まってしまった。
お互いに、話したい事は山ほどあるはずなのに・・・
今は、昔のように他愛も無い馬鹿話をできる関係ではなくなってしまっていた。
長い沈黙が、流れた。
二人の間を、賑わいを衰えない学生達の会話が流れていく。
矢口が、あたしに会いに来た理由は、容易に想像できた。
後藤のことだ。
あたしが、後藤と会っていないことは、あたしが此処に居ることで明白であった。
それは、矢口も分かっているはずだ。
「紗耶香、あんたさ・・・後藤に会わなかったんだろ?」
「会わないほうが、良いんだよ。」
「なんでだよ。」
「…うん…。」
「なんでだよ。」
「そ・・・」
あたしは、一度開きかけた口を閉じ、唇を噛みしめた。
「用はそれだけ?」
「なっ。」
「じゃあ、あたし帰るわ。」
「紗耶香」「終わったんだよ。」「なにが。」
「これ以上、関わっちゃいけないんだよ。」
「あの事件と?」
「ああ。」
「あたしと?」
「ああ。」
「ごっぁんと?」「そうだよ!」
あたしは、声を荒げ、矢口を睨んだ。
周りに居た高校生のグループが、こちらを物珍しそうに眺めているのを
感じていた。
- 175 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時29分17秒
「後藤は、そう思ってないんだよ。」
「えっ?」
「後藤は、あんたに会いたがっているよ。」
「でも、後藤は…。」
「石川がさ、ずっと後藤のことを看病してたんだよ。
あのこ、後藤と面識なかったんだぜ。
それなのに、ずっと看てたんだぜ。」
後藤に、会いたかった。
その先、どうなっても、かまわない。
後藤に、会いたかった。
「なのに、なんで紗耶香が会いに行ってあげないんだよ。」
でも、後藤にかける言葉が見つからなかった。
あたしのことを、後藤が許してくれるとは思えなかった。
全てが、あたしが原因なのだ。
後藤があたしに会ったところで、お互いに苦しむだけなのだ。
- 176 名前:2-5.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年02月13日(水)22時30分56秒
「紗耶香が、後藤に会えないという気持ち、分からないでもないけど。
後藤の気持ちは考えたことあるのかよ。」
「あるよ。でも、会わない方が良いんだよ。」
「後藤は、会いたがってるよ。」
「会いたがっちゃいないよ。」
「後藤が、会いたいって、“市井ちゃん”に会いたいって言ってるんだよ。」
「えっ?だって…。」
「後藤は、自分の失敗で、紗耶香を苦しめていると思ってんだよ。」
「だって…。
…えっ?」
「後藤が、紗耶香に会って、謝りたいって言ってるんだよ。」
「意識、戻ったんだ!!!!」
心臓のなかの血液が、いきなり沸騰をした。
その熱くなった血液を、心臓が大量に送り出している。
体中を駆け巡る熱い血液が、頭を痺れさせていた。
「意識は、一年ぐらい前から、戻ってたらしい。」
「じゃじゃじゃじゃじゃあ・・・。」
ああ、神様。
あたしは、生まれて初めて、神に感謝した。
生きてさえいれば、それでよかった。
でも・・・ああ、話ができるんだ。
頬を、幾つものの涙がこぼれていた。
「でも、まだしゃべるどころか、瞬きすらできないんだ。」
- 177 名前:作者 投稿日:2002年02月13日(水)22時34分02秒
- 毎度ながら、時間軸がぽんぽん前後に飛んで、読み難いかもしれませんが、
ご了承くださいませ。
- 178 名前:作者 投稿日:2002年02月13日(水)22時36分39秒
- いまいち中途半端なところで終わってますが、今日はここまでということで…。
- 179 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月13日(水)23時13分39秒
- お待ちしてましたよ!
続き楽しみにしてますんで、頑張って下さい。
- 180 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年02月14日(木)20時36分10秒
- 長かったですけどまた読めてうれしいです。
続き頑張ってください。
- 181 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時52分49秒
後藤の顔を見るのは、実に3年ぶりだった。
薬の影響なのか、顔は少し腫れ、黄だんが出ていた。
右の鼻から、チューブが入れられ、目と口は僅かに開いたままだ。
目に入ってくるもの全てが、あたしを刺していく。
ベッドの周りには、あたしと後藤のツーショットの写真が幾つも貼られていた。
後藤の笑顔。
あたしの笑顔。
過去の一瞬を捕らえたその写真が、今の現実をより、酷なものにさせていた。
ベッドで横たわる後藤。
動けない。
身体だけでない、感情すら動くことを拒んでいた。
“後藤、ごめん。”
そんな言葉すら、出てこない。
あたしは、無感情で、後藤を凝視していた。
- 182 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時54分03秒
「後藤さん、市井さんが来ましたよ。」
後藤の横に立っていた石川が、後藤に明るい声で呼びかける。
「いいですか?後藤さん。落ちついて頑張りましょう。
この日のために、頑張ってきたんだもん。」
そう言うと、石川は、スケッチブックを取り出した。
あたしは、ただ、二人を眺めていた。
「あ・・・。」
「ピー。」
ベッドの傍らに置かれていた機械が、信号音を発した。
その機械から伸びているケーブルが、後藤の額へと繋がれていた。
「あ・・・い・・・。」
「ピー。」
また、信号音だ。
すると、石川が、スケッチブックに“い”と一文字書き入れた。
「あ・・・か・・・さ・・・た・・・。」
「ピー。」
今、目の前で繰り広げられている奇妙な出来事の意味が、
少しずつ分かり始めていた。それと同時に、石川が書き込んでいく文字から、
目が離せなくなった。
いつのまにか、大量の涙が頬を伝わっていた。
『市井ちゃん、お帰りなさい。』
それが、後藤の言葉だった。
- 183 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時54分45秒
あたしは、後藤に駆け寄り、彼女を抱きしめた。
後藤のからだは、やせ細り、腕の中で砕けてしまうかのようだった。
チューブが繋がれた腕は、全ての血管が透けるほど白くなっていた。
そのもろい身体で、力いっぱい生きている後藤を、
あたしは、両手で抱きしめ、大声で泣いた。
「ピーーーーーー。」
「後藤さん、落ちついて。」
後藤が発する機械音が、鳴りっぱなしになっていた。
後藤の顔を見ると、涙が流れていた。
瞼を閉じ、黙ったまま、静かに涙を流していた。
「後藤、ごめんよ。ひとりぼっちにして、ごめん。」
「ピー−。」
「ごとう、ごとう、ごとう、ごとう、後藤!!」
- 184 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時55分18秒
後藤、本当にごめん。
なんで、直ぐに来てあげなかったんだろう。
後藤は、こんなにも…
こんなにも、生きてるじゃないか!
ひとりで、苦しんでいたのに、あたしは何も気づいてあげれなかった。
『市井ちゃん、いいんだよ。』
彼女の声が聞こえてくる。
ゆっくりとした、一文字ずつの彼女の言葉が、あたしの心に響いてくる。
動かない後藤の頬の筋肉が動き、笑顔を見せてくれている気がした。
『市井ちゃん、後藤は、けっこー待ったぞ。』
「ごめん。」
『でも、まあ、戻ってくれたからいいか。』
「寂しかった?」
『梨華ちゃんや皆がいたから大丈夫だった。でも・・・やっぱ
少し寂しかったな。』
「後藤、頑張ったな。」
『でしょ?』
「えらいぞ。」
『やった。ほめられちゃった。』
ああ、後藤が生きている。
生きて、
あたしと、話をしている。
震えるからだと魂が、この瞬間を掛替えの無いものへと変わる。
- 185 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時56分00秒
『市井ちゃん、見せたいものがあるんだ。』
「なんだよ。」
「市井さん、これです。」
石川が、一つの封筒を差し出した。
封筒は、中身によって大きく膨れていた。
そして、表には“市井ちゃんへ”と後藤が書いた文字があった。
中身は、カセットテープだった。
ケースは、後藤が自分で取ったであろう笑顔の写真と、
カラフルな絵文字で飾られていた。
『後藤が作った、後藤のファーストシングルだぞ。』
「後藤が作ったのか。」
『市井ちゃんのためだけに作ったんだぞ。』
「ありがとう。・・・聞いてもいい?」
「うん。」
あたしは、震える手でテープをカセットにセットした。
- 186 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時57分28秒
―― え〜と、後藤で〜す。えっと、このテープは、アイドル後藤真希が
市井ちゃんに贈る、ファーストシングルで〜す。――
3年近く前の後藤の声が、病室に流れる。
後藤の声は、元気で、明るくて、そして…
それは、今の後藤が無くしてしまった声だった。
「ピ―ッ。」
突然、激しく後藤の脳波音が発せられた。
「後藤!大丈夫?」
「ピ―――――。」
「後藤さん。落ち着いて。落ち着いて下さい。」
石川が、オロオロしながらも、賢明に後藤をなだめていた。
そして、あたしは…
あたしは、テープを止めた。
- 187 名前:2-6.横浜・市井紗耶香 投稿日:2002年02月16日(土)21時58分17秒
『市井ちゃん、ごめん。』
後藤の目から、涙が溢れ出していた。
「いいんだよ。」
いまの後藤には、このテープは、辛すぎた。
『テープかけて。』
「いいの?」
『うん。市井ちゃんに聞いてほしいの。そのために、3年も待ったんだもん。』
「じゃあ、かけるよ。」
―― え〜と、前置きが長くなりましたが、アイドル後藤真希の
デビュー曲をお届けします。
♪ひとりぼっちで少し退屈な夜、私だけが淋しいの?―――
後藤が、また泣いていた。
石川も、泣いていた。
そして、あたしも泣いていた。
――― ♪誰よりも私が、私を知ってるから、
誰よりも信じてあげなくちゃ!―――
後藤の歌声が、こころに染みてくる。
一年以上前に意識を戻していながら、身体を全く動かすこともできず、
自分の意思を伝える手段を全く持たず、後藤は、ひとりで孤独に耐えたのだ。
その長い時間に起きたであろう自分との葛藤の末、後藤は、精神を病むことなく、
自分に打ち勝ったのだ。
――― ♪人生って、すばらしい。ほら、誰かと出会ったり、恋をしてみたり―――
本当だよな。
人生って、すばらしいよ。
後藤、あたしは、あんたに会えてよかったよ。
『市井ちゃん、ありがとう。』
「後藤、ありがとう。」
――― ♪ Ah 夢中で、笑ったり、泣いたり出来る。―――
- 188 名前:作者 投稿日:2002年02月16日(土)22時06分33秒
- >>179 >>180 さん、いつも有難うございます。
>>180 梨華っちさいこ〜さん
長らくお待たせしました。
今後もよろしくです。
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月18日(月)02時32分28秒
- お待ちしてました!
2人が逢えてほんとに良かったです。
これからも頑張って下さい。
- 190 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年02月20日(水)11時51分03秒
- こんな状態なのにいつもどおりの話し方のごっちんが…(涙
これを機に回復してくれればいいな〜。
- 191 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時20分34秒
ぽこぽこと音を立てるなべのふたを開けると、湯気と一緒にビーフシチューの
においが一気に立ち上がる。
私が、スープの味を確かめてOKサインを出すと、
加護ちゃんが、待ちかねたように、おたもを横取りして、味見をする。
「どう?」
「まあまあやな。」
不服そうな言葉とは裏腹に、加護ちゃんからは、満面の笑みがこぼれていた。
「上達したでしょ。」
私は、腰に両手を当てて、自慢げに、加護ちゃんを振り返った。
「うん、食べても、死なん程度にね。」
「も〜、意地悪なんだから〜。」
「昔は、ホンマ死ぬか思ったで。」
「そんなこと無いよ〜。ちょっと変なだけだったよ。」
「おえ〜って感じだったで、ホンマ。
それより、みんな呼んで来るで。」
「うん、お願い。」
加護ちゃんが、廊下まで走っていった。
「ご飯、でけたで〜。」
私は、テーブルにお箸とスプーンを並べた。
加護ちゃんのお箸。
おばあちゃんのお箸。
市井さんのお箸。
私のお箸。
そして、
そして、後藤さんのスプーンを置いた。
- 192 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時21分17秒
よっしぃー、
今、何処にいるんですか?
元気にしていますか?
ちゃんと、ご飯食べてますか?
私は、今、奈良の加護ちゃんの家にいます。
後藤さんを病院から引き取り、みんなで、交代で看病しながら、
楽しく生活しています。
よっしぃー、会いたいです。
また、昔のように、よっしぃーとお話がしたいです。
でも、会えなくても、あなたが、私のことを忘れてしまっても、
あたしは、ここで生きていきます。
あたしは、よっしぃーの腕の中でしか、生きていけないと思ってました。
でも、それでは、いけないんだと気づいたんです。
動かない後藤さんを、ずっと看病している中で、
あたしは、後藤さんから学んだんです。
- 193 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時22分06秒
初めに、それに気がついたのは、もう、1年も前のことです。
何時ものように、後藤さんを看病していると、後藤さんが、涙を流していました。
その涙は、3日間の間止まることなく、ずっと、流れ続けていたんです。
その涙を見ていると、私の胸は、激しく締め付けられたの。
ねえ、よっしぃー、悲しい色って、どんな色だと思う?
拭いても拭いても、溢れてくる後藤さんの涙は、とっても悲しい色をしていました。
私は、あの涙を忘れることは無いと思います。
私は、後藤さんと共に泣き続けました。
後藤さんが、その日、意識が戻ったということを知ったのは、
それから、随分経ったころです。
でも、そのとき、私にも、なんとなく、後藤さんが意識を取り戻したような
気がしたんです。
お医者さんが、言うには、その涙は、自然現象だということでした。
でも、それは、良い兆候だということでした。
- 194 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時23分19秒
「後藤さん、聞こえますか?」
その日から、あたしは、後藤さんに話し掛けました。
毎日毎日、ずっと呼びかけたんです。
だって、意識が戻ってるのに、だれも気づかないなんて、
そんなの、悲しすぎる。
それは、後藤さんのためでも、私のためでも、よっしぃーのためでも無く、
ただ、意識の戻った後藤さんとお話がしたかっただけ。
よっしぃーが夢中になった後藤さんと、お話がしたかった。
ただそれだけ。
私は、色んなことを後藤さんに話し掛けました。
私のこと。
よっしぃーのこと。
流行っている歌のことや、芸能人のことを、毎日話し掛けたんです。
そして、いっぱい、いっぱい後藤さんに質問をしました。
- 195 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時24分00秒
「後藤さんは、のど、渇いてませんか? お水、飲みます?」
そんな、平凡な質問をしたのは、声を掛けるようになってから、
半年が過ぎた頃でした。
突然、後藤さんが、一筋の涙を流したんです。
後藤さんは、よく涙を流していたけど、
そのときの涙に、私は、何か違うものを感じたんです。
あたしは、その涙を拭いてあげて、もう一度質問をしました。
「後藤さん、お水ほしいですか?」
すると、後藤さんは、また、涙を一筋流しました。
私は、また、涙を拭いてあげて、質問をしたんです。
「やっぱり、お水いりませんよね?」
今度は、何時までたっても、涙は流れなかったんです。
そう、それが、後藤さんの答えだったんです。
後藤さんは、だいぶ前から、そうやって、あたしの質問に答えていたんです。
それを、私がその日偶然、気がついたんです。
後藤さんの言葉が、あたしに届いたんです。
- 196 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時24分50秒
よっしぃー。
よっしぃーが、後藤さんを好きになった理由が、わかった気がします。
だって、後藤さんは、こんなに強くて、素敵なんですもの。
後藤さんは、私が気づくまで、ずっと諦めずに涙を流し続けて、答えていたんです。
目の前にいるのに、誰も気づいてくれなくて、
誰も慰めてくれなくて、
誰にも相談できない中で、独りで戦っていたんです。
独りでだよ。
後藤さんの、そのときの気持ちを考えると、涙が止めどなく流れ落ちてきました。
- 197 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時25分42秒
それから、いろいろと後藤さんと話をしました。
矢口さんが、見つけてきた、脳波でON、OFFする装置を着けてから、
後藤さんの話もいっぱい聞きました。
意識が戻っても声一つ出せない、指一本も動かない状態。
真っ暗で、孤独で、気が狂いそうなほど悲しいのに、
誰も、その孤独をわかってくれない。
苦しくて、死にたいのに、それすらも、許せない状態で、
後藤さんは、生きることを選んだのです。
後藤さんは、強い人です。
自分を奮い立たせ、ポジティブに生きていこうと、
ただ、息をして日々を過していくのではなく、
本当の意味で、生きていこうとしたんです。
唯一残された、涙を流すという、自分の意思を伝える方法を思いつき。
私が、気づくまでずっと続けたんです。
- 198 名前:2-7.奈良・石川梨華 投稿日:2002年02月24日(日)00時26分31秒
加護ちゃんの家に来ても、後藤さんは、まだ声を出すことはできません。
でも、頭につけられた、わずか1ビットに過ぎない信号をもとに、
ここで、私たちと生活しています。
よっしぃー、
この装置を初めてつけたときの後藤さんの言葉、何だか分かりますか?
「ありがとう。」
私に“ありがとう”って言ってくれたんです。
ずっと、ずっと、よっしぃーの背中に隠れて生きていた私に
後藤さんは、ありがとうって言ってくれたんです。
「は〜い、ごっつぁんの登場で〜す。」
車椅子に乗った後藤さんが、市井さんに押されながら、
夕食の食卓座に、姿をあらわしました。
この数ヶ月で、後藤さんは、流動食を食べれるようにまで回復しました。
瞼も、動かすことが出来るようになりました。
それによって、顔の表情も、豊かになっています。
よっしぃー、
後藤さんは、此処で生きてます。
よっしぃーに、会いたがってます。
私たちは、あなたの元気な声が聞けることを信じて、
此処で、待ってます。
もし、私たちの前に、現われることが出来なくても、
そして、あなたが何処にいても、あなたの幸せを祈っています。
- 199 名前:作者 投稿日:2002年02月24日(日)00時29分13秒
- 第二章 〜あなたの声が聞こえる〜
完
- 200 名前:作者 投稿日:2002年02月24日(日)00時32分12秒
- えっと、第二章を終わりました。
当初の予定では、このあたりが最後の予定でしたが、
第三章へと続きます。
でも、全く書いてないんですが…。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月25日(月)01時42分52秒
- ごゆっくり頑張ってください。
- 202 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年02月25日(月)19時25分43秒
- このまま平穏な日々が続くといいなぁ
- 203 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月27日(水)18時50分07秒
- 第三章、期待してます。
作者さんのペースで頑張って下さい。
- 204 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月11日(月)01時25分59秒
- まったり待っています。
作者さん頑張ってください。
- 205 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時16分46秒
ようやく、すれ違った。
大きなエンジン音は、トラックやろう。
対向車の数が、めっきり減っても、車は一度も止まることはなかった。
うちの横には、うちの腕にしがみつきながら眠っているののがいた。
散々泣いていたののは、泣きつかれたのか、今はすーすーと寝息を立てている。
この状況で眠れるののが、ちょっとうらやましかった。
学校の帰り道、ふっと意識が跳び、気がついたときには、すでに車の中やった。
そして、うちの横には、大暴れしているののがいた。
うちは目隠しされたまま、めちゃくちゃにパンチを繰り出すののに殴られて
目が覚めた。
いつも一緒に帰っているののやけど、この日ののは掃除当番で、
うち一人で帰っていたはずやったのに、ののは、掃除をサボって、
うちの後を追っかけてきたらしい。
うちが、目を覚ましてからもしばらくののは泣き止まなかった。
いくら、うちが宥めても無理やった。
本当は、うちも泣きたい。怖くて怖くて、しょうがなかった。
でも、なぜかののの前で涙を流すことは、せえへんかった。
それが、うちとののの関係やった。
ののの前で、うちは市井ちゃんを演じてた。
少しだけ年上のののの前では、うちがお姉さんやった。
ののと同じぐらい震えてても、目に涙が溜まっていても、
涙を溢すことはせえへんかった。
- 206 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時17分56秒
「吉澤さん、何処まで行くんですか?」
うちの問いに、返事は無かった。
「吉澤さんですよね?」
うちの左側で、ずっと押し黙ったまま、うちらを監視しているのが、
吉澤さんなのは、確かや。
でも、目隠しをされたままでは、確認が出来へん。
せやけど、一度だけ発せられた殺気と、左腕の感触から想像できる体格は、
うちが記憶している吉澤さんと一致した。
市井ちゃん、どないしてんやろ?
うちのこと、探してくれてんかな?
拉致された瞬間、ポケットのケータイで、一度だけ市井ちゃんにメール
したんやけど、分かってくれたやろか。
そのケータイも、すでに取り上げられてしもーた。
いったいどこ向かってんやろ?
コーナーが続いてるから、山ん中なんやろか?
曲がるたんびに目隠しされたうちとののは大きく揺れた。
少し気持ち悪い。
目隠しされているのがいかんのやけど、
この車の臭いが、うちの中から胃液と苦しい思い出を込上げせていた。
こうやって拉致されるのは、今回が初めてやなかった。
あの夜、そう、後藤さんが撃たれた夜、うちは同じように拉致されて、
車の後部座席へ座らされていた。
ん?ちょっとちゃうか。あんときは自分から乗りこんだんやから。
その時乗せられた車も、今と同じような匂いがしていた。
今と違うのは、目隠しをされへんかったことと、
目の前に銃があらへんことと、ののが隣におらへんことや。
- 207 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時18分58秒
「加護さん、先ほど、あなたのお父上の和田代議士が、射殺されました。」
「・・・えっ?」
男たちに囲まれたとき、その中で一番派手な格好をした男が、そううちに告げた。
「あなたのお父上の」「そう。」
お父上といわれても、物心ついてから一度も顔を見たことあらへん人の死は、
他人事のようやった。
「私たちが、お父様を護衛していたのですが・・・
申し訳ありません。」
「・・・・」
「でも、我々は犯人を追い詰めました。
加護さん、あなたをそこへ、ご案内します。」
うちにとって、それは、どうでもええことやった。
それより、はよ帰ってテレビが見たかった。
おばあちゃんの待つ家で、ポテチを食べながら何時もと変わらない時間を
過したかった。
バシッっと股間を蹴り上げて、帰れば良かった。
でも、男たちの有無を言わさへん雰囲気に、うちは怖くなり、
ただ、黙って頷くことしかできへんかった。
- 208 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時19分43秒
ジャニと名乗った男が、倉庫が並ぶ小さな運河まで連れて来た頃には、
さすがに震えんようなってたけど、眠くてたまらへんかった。
「あれが、お父上を撃った奴等の一人です。」
そう言って、指差す先には、ボートに横たわっている女の子がいた。
それが、後藤さんだった。
微動だしない彼女の肩から流れ出した血が、上半身を赤く染めていた。
こんなに、いっぱい血が流れているのを見るのは初めてやった。
「死ん・・で・・るん?」
声が震えた。
「いえ。まだ生きています。
どうですか?加護さん。」
「早よ、助けな。」
「お父上を撃ったやつらですよ。」
ジャニの声は、うちとは逆に弾んでいる。
「ジャニさん。」
一緒に来ていたジャニの部下が、ジャニに何かを手渡した。
それは、銃やった。
生まれた初めて見る銃は、後藤さんの血を吸ったかのように
黒く、冷たく、輝いていた。
- 209 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時21分16秒
「どうです。加護さん、お父上の仇を取りませんか?」
「そんなん、せえへん。うち関係あらへん。
おとーさんゆうても、会ったこと無いんや。」
「まあ、そう言わずに。」
ジャニが、うちの腕をとり、後からうちを抱きしめる。
「なにするんや!」
威勢の良い大きな声とは反対に、腰が抜けようとしていた。
ジャニは、うちの手を上から覆うように銃を握らせ、その銃身をボートの中へと向けた。
「なっ、いっ・・・いや、いやぁぁぁ〜。」
全身の力を込めて、銃から手を離そうとするが、大人の男性の力にはかなわへんかった。
「うちは、仇なんてうちとうない。」
そう言って、ジャニの腕に噛み付いた。
ジャニは、うちに噛まれても苦痛の一つもあげへんかった。
「あかん!」
うちは全身の力を込めて、背中のジャニを押した。
と同時に軽い発射音が発せられ、弾が発射された。
慌ててボートを覗き込むと、彼女の頭の右側から大量の血が流れ出していた。
うちの喉からは、風が通るときみたいなヒューヒューという音が鳴っていた。
- 210 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時22分14秒
「あ〜あ、加護さんのおかげで、この女は、苦しみながら死んでいくことでしょう。」
「ちがう〜。うちなんもぁぁあああー。」
漸く、泣き声を出すことが出来た。
「あなたが彼女を撃ったんですよ。」
「しら〜ん、うち〜。」
弾が発射されたときの反動は、うちの手の中に残っていた。
うちが、握っていた銃が、目の前の人間を撃ったのは、紛れも無い事実やった。
「なんでや。なんでこんなん・・・。」
「この女は、此処で死んでいくでしょう。弱い者は死んでも仕方ないんです。
弱いことは、悪いことなんですよ。
加護さん。
加護さんには、まだ、理解できないでしょうけど、
現実の社会は、力の強いものが正義なんですよ。」
うちは、よつんばになり、川岸の縁にしがみつき、
下にあるボートを覗き込みながら、ジャニの言葉を聞いているしかなかった。
気が遠くなっていった。
身体を支えている両手は、小刻みに震え、涙と鼻水が止めどなく流れ出していた。
目の前の少女の頭から、新たな血が次々と流れ出していた。
そこから、目が離せない。
- 211 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時22分53秒
「加護さん、おばあさん、癌の手術するんだそうですね。」
「!」
ジャニを振り返ることすら、でけへんかった。
恐かった。
うちも、撃たれるんおもった。
振り向くと、目の前に銃口があるおもった。
「お金がいる。手術するにも、あなたが生活していくにも。
だから、あなたは、会いたくも無いお父上に会おうとしたんではないのですか?」
その通りやった。おかあはんの生命保険のお金も、すでに底をつき、
おばあちゃんのパート代と、うちのバイトでなんとか生活していたものの、
この先、おばあちゃんが入院をしてしもうたら、
あとは、奈良にある家を手放すしかなかった。
おかあはんとの思い出の詰まった家を手放したくなかった。
手放しても、それさえも直ぐに底をつくのは、分かりきったことだった。
- 212 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時23分45秒
「どうです。私が資金援助しましょうか?
いい話だと思うのですが?」
「・・・・」
「我々は、あなたをこの少女を撃った犯人として、差し出すように、
依頼されてもいるんです。」
「なっななっなんで・・・。」
「理由までは、我々の知る由ではないのですが、世の中には、それにより
利益を得るものもいるのですよ。
あなたには、それだけの価値があるということです。」
「カチ?」
「和田代議士の御子息としての価値です。」
「・・・会ったことも・・ないのに・・・。」
「それは、関係ないです。会っていようが、いまいが、あなたがどう思おうが、
あなたに価値を見出し、利用しようとするものがいる限り、
そして、それを良しとしないものがいる限り、あなたは、あなたの意思と関係なく、
それらの大きな波に飲み込まれていく運命なのです。」
「そんなん・・・いやや。」
「だったら、力を付けなさい。波に負けないくらいの大きな力を。
…あなたには、大きな力を持つ資格があるんです。
私に任せて頂ければ、あなたをビックにしてあげますよ。」
- 213 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時26分26秒
漸く、ボートから目をはなすことが出来た。
でも、顔を上げることは出来へん。
目に映るのは、全ての色を混ぜたような深い黒色をした川。
そして、そこに映し出された倉庫の明かり。
川面に浮かぶその明かりは、そこに浮かぶ小さなボートが揺れるたびに割れて、
そこから、暗闇が顔をのぞかせていた。
その闇は、周りの黒色より更に暗く、うちを吸い込もうとしていた。
「いやや・・・。」
うちは、ぎこちなく首を振った。
ひょっとしたら、うちはそのとき、その闇に吸い込まれてもうたのかもしれへん。
暗闇に飲み込まれたうちは、市井ちゃんたちをも巻き込んでいったんや。
全部、うちのせいや。
なあ、おかあはん、なんで、うちのこと産んだんや?
うち生まれてこんかった方が、良かったんちゃうんか。
なあ、なんでおかあはん死んでもうたん?
なんでうち、あんなんの子供なん?
なんで・・・
「名刺をお渡ししておきますから、困ったことがあったら、
いつでも、私に連絡してください。
悪いようにはしません。」
よつんばで、まだ川面を見つめているうちの目の前に、ジャニの名刺が置かれた。
うちは、それを握りつぶして・・・
握りつぶした手を見つめたまま、大声で泣いた。
- 214 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時27分10秒
うちを残して、黒塗りのベンツが去って行く。
その先には、何の変哲も無い日常が流れている。
でも、うちは、もうその日常には戻れない気がしていた。
「加護さんには、力を持つ資格があるんですよ。
そういう、運命の下に生まれてきたんです。
そこの女とは、違うんです。
見てみなさい。そこの女を。
あれが、あなたの未来にならないとは、限らないんですよ。
まあ、よく考えてみてください。」
ジャニの言葉が今でも耳に残っていた。
うちが握っていた銃が、後藤さんを撃った。
そして、後藤さんの頭と、うちの人生から、止めどなく血が流れ始めた。
その血は、今もまだ流れ続けている。
市井ちゃんと奈良に戻ってから、しばらく止まっていたんやけど、
薄く張ったかさぶたは剥がれ落ち、また、血を流し始めていた。
- 215 名前:3-1.奈良・加護亜衣 投稿日:2002年03月13日(水)23時28分31秒
車は、街の中に入いったらしい。
街の喧騒と信号機の数が、そう教えてくれてた。
「あいぼん・・・。」
「のの、起きたんか?」
「うん。」
「ごめんな、こんなんなってもうて。うちのせいや。」
「ううん、あいぼんのせいじゃないです。」
「ほんま、ののごめん。」
「ううん。
・・・ねえ、あいぼん。
ずっと、傍にいてくれるですか。」
「あたりまえや。」
ののの頭が、うちの肩に寄りかかる。
目隠しされたまま、うちらは互いの手を捜していた。
「あいぼん。」
「なに?」
ののの指が、うちの指と絡み合う。
「ののは、もう泣かないです。
だから、今度は、あいぼんが泣く番です。」
うちは、ののの胸の中に泣き崩れていった。
うち、市井ちゃんにはなれへん。
- 216 名前:作者 投稿日:2002年03月13日(水)23時33分36秒
- ようやく更新できました。
いろいろと忙しくて・・・事故っちゃたし・・・廃車だし・・・
まあ、それはともかく、お待たせしました。
でも、再びまったりとお待ちくださいませ。
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月14日(木)22時28分33秒
- 事故とは大変でしたね。
復活してほっとしました。
まったり待ち続けます〜。
- 218 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月21日(木)03時43分26秒
- いつまでもまたーりとおまちしまっせ
- 219 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時24分18秒
“へるぷ”
加護からのメールを受け取ったとき、あたしは後藤と加護の話をしていた。
石川は、加護のおばあさんと一緒に夕飯の仕度をしていた。
いちいち、おばあさんのやる事に関心をし、甲高い声を発している。
昨日と変わらない今日を刻んでいた。
加護のメールに異変を感じたのは、後藤だった。
あたしは、いつもの悪戯だろうと言ったのだが、後藤は小さく首を振っていた。
加護は、後藤とあまり話したがらなかった。
いつも部屋の外で様子を伺うばかりで、いくら呼んでも部屋には入ろうとしなかった。
それは、後藤の姿に恐れをなしているからだと思っていた。
この家に来た頃に比べれば、遥かにふくよかになったとはいえ、未だ頬はこけ、
目だけをギョロつかせている姿は、加護には酷だろう。
彼女が後藤の姿を、気持ち悪いと思っているわけではないことは分かっている。
夜中、加護がこの部屋の前で跪き、嗚咽を漏らしているのを何度か目撃している。
加護は、後藤にかける言葉をもっていないだけなのだ。
そう思っていた。
- 220 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時25分51秒
後藤の目の前に、PCが置かれている。
そこに映し出された50音に、後藤が焦点をあわして口を開けると、
カメラがその表情を捕らえ、その文字が選ばれる。
初めのON・OFFしかない機械に比べると、会話の速度は数段上がった。
後藤が持つ言葉の数が増えるにつれ、彼女の体の機能の回復が早まっていった。
とはいえ、漸く右手の指が僅かに動くに過ぎない。
「絶対変だよ」
スピーカーから、後藤の言葉が流れてきた。
抑揚のない平坦な音声だ。
「そぉか?いつもの悪戯だろ?」
「違うと思う」
「なんで?」
「なんとなく」
音声モードが切れて、メールが開かれた。
後藤は、加護に向けてメールを打ち始めた。
素早く焦点を移動し、口を“ぽん”と開く、次々と文字が打ちこまれていく。
その速度は、あたしがキーボードを打つ速さを抜いていた。
「送ったよ」
「えっ?あっ…うん、有難う。
でも、心配ないって」
「市井ちゃん」
「なに?」
「加護ちゃんの友達の…」
「辻さん?」
「アドレス知ってる?」
「あっ、ちょっと待って」
前に辻さんの携帯から、加護がイタズラメールを送ってきたことがあった。
あたしは携帯を取り出し、後藤にアドレスを教えた。
「あのふたり、いつも一緒だから」
そう言うと、後藤はまたメールを打ち出した。
それが、夕方のことだった。
- 221 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時26分30秒
後藤の打ったメールに返事は来なかった。
それでも、あたしは後藤ほど心配していなかった。
でも、夜の12時を過ぎ、辻の両親の電話が来てからは、
そうも言っていられなくなった。
あたしは自転車に乗り、加護の学校へと向かった。
加護の学校までは、自転車で30分だ。
途中でマックに寄るとしても、その距離はそう遠くは無い。
まだ夜も半ばの時間帯にも関わらず、その日、街には人影はまばらだった。
あたしは、誰もいない交差点で青信号を待っていた。
街灯の無い交差点で、信号機の赤色があたしを照らしていた。
間もなくして対向車が赤信号で止まった。
白の軽自動車は、若い女性の持ち物の様だ。
ダッシュボードには、ピンクの敷物が引かれ、バックミラーにはぬいぐるみが
ぶら下っていた。
- 222 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時27分55秒
突然、ケータイが鳴った。
携帯を手に取ると“あいぼん”の表示が目に入ってきた。
「加護?」
返事は無かった。
「えっ?だれ…?」
「お久しぶり」
女性の声に、僅かに聞き覚えがあった。
「覚えているかしら?市井さん」
「えっ?」
この声の持ち主が、加護たちの行方を知っていることを
あたしは直感していた。
- 223 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時29分03秒
「加護…
・・・あんた!加護をどうしたの!」
「そんなに焦らないで」
「加護を返して!」
静かな交差点に、あたしの声が響き渡った。
「…確かに、加護は預かっているわ」
「なっ!」
「あなたとちょっと取引したいの」「殺す!」
全身に鳥肌が立ち、怒りにまかせ握った携帯のボタンが、幾つも無意味に押された。
「そう!残念ね。加護さんとその友達がどうなっても知らないわよ」
「くっ!
あんたいったい…」
「あやかよ」
「えっ?」
「木村絢香」
「アヤカ?・・・アヤカって、あの…」
横浜のファミレスでケーキを頬張るあやかの笑顔が蘇った。
あのファミレスで、真剣な目つきで暑く語っていたあやかの眼差しを
思い出していた。
「そうよ。お久しぶり」「テメェ何処にいるんだ!」
「あら、ちょっとお願いが…」「ぶっ殺す!!!」
信号が青に変わり、そしてまた赤に変わった。
その間、あたしは携帯を睨み続けていた。
- 224 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時29分50秒
「あなた、あたしを撃ったでしょ。」
どのぐらい待った後だろう、あやかの声が携帯から流れてきた。
「ちっ、違う!あれは…」
「じゃあ誰が撃ったのかしら?」
「それは…」
「いいわ、信じてあげる。」
あやかの声が妙に弾んでいるのが、気にいらなかった。
まるで、あたしを自分の手のひらの上で遊ばせているかのような余裕が、
声質から滲み出ていた。
「加護は無事なのか?」
「あなたが、あたしのお願い聞いてくれたらね」
「おねがいって?」
「フロッピー」
「えっ?」
「あなたが盗んだフロッピーがほしいのわ」
「あれは…」
忌々しい黒い板が、脳裏に浮かんできた。
ジャニの事務所の扉が閉じられたときに封印をしたあの出来事が
また、動き出すのを感じていた。
- 225 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時30分46秒
「返したって言うんでしょ」
「知っているなら…」
「でも、あたしはほしいのよ」
「もう焼却されているんじゃ…」
「違うわ」
「どうして?何でそういえるの?」
「それだけ価値があるものだからよ」
「いったい…あのフロッピーって…」「それは、あなたには関係ないわ」
「そのフロッピーと加護を交換っていうこと?」
「そうよ」
「どこにあるのか、本当にあるのかどうかすら分からないものと
交換しろって言うの?」
「そうよ。期限は一週間。一週間後にまた連絡するわ」
「まって、本当に二人とも無事なの?」
「今のところね」
「声を聞かせて」
「考えておくわ。じゃあ」
「まって、辻さんだけでも返してあげて」
「そうね。それも考えておくわ。」
「加護はともかく、辻さんの両親が、もう警察に連絡してるわ」
「大丈夫よ。辻さんの携帯から、ご両親に“ののは家出しました。”
ってメール打っといたから。
便利よね、他人が打ってもメールじゃわかんないもんね」
- 226 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時31分41秒
「じゃあ、また電話するわ」
「待って!」
電話はそこで切れた。
信号機が青になり、車が一斉に動き出した。
「!」
あたしは自転車の向きを180度変えると、全速力で来た道を引き返した。
目の前に軽自動車の後姿が見えた。
あたしがあの交差点に来たとき、あやかからの電話が鳴ったときに
交差点に止まっていた軽自動車だった。
間違いなく、その軽の持ち主はあやかだった。
軽がどんどん加速していき、ついにはその姿が視界から消えてしまった。
あたしは自転車を止めた。
息は上がり、全身から汗が噴出してきた。
目に汗がしみこんできた。
あたしは痛む目をこすりながら、車が消えていった方向を見つめていた。
枯れ葉が、ヘッドライトに照らされながら散っていた。
一枚ずつ、衣を剥がされた街路樹は、自らの身を曝し、物寂しげに立っていた。
その足元で、道に落ちた己の破片が、車が起こした風で舞い、小さな渦巻きを作っていた。
その小さな渦巻きが、あたしの体の中でもゆっくりと渦を巻き始めていた。
- 227 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時32分55秒
携帯が、メールの着信を知らせていた。
後藤からだった。
“加護ちゃんからメール有り。
『メドゥーサの瞳は、ちゃんと一緒だよ。』
と来たけど、なに?メドゥーサの瞳って、
圭ちゃんの形見のやつだよね?”
メールを打ったのが、加護ではないのは明らかだ。
でも、その言葉は加護の物と思われた。
吉澤ひとみ
彼女が、加護たちを攫った実行犯であることを
加護が教えてくれていた。
- 228 名前:3−2.奈良・市井紗耶香 投稿日:2002年03月25日(月)00時33分33秒
吉澤は圭ちゃんをトルコの病院に運んだ後、あたし達の前から姿を消してしまった。
一度、横浜の支店に圭ちゃんの死を知らせに寄ったのは、あたしが支店に訪れるより
前だったのは確かだが、その後の消息は誰も知らなかった。
加護の傍に吉澤がいる。
それは、あたしにとっては吉報だった。
何処の誰か分からない連中に攫われるより、対処がし易い。
まして、相手が吉澤なら尚更だ。吉澤が加護に手を出すとは考えられなかった。
圭ちゃんの形見のお守りを持つ加護に、吉澤が手出しできるはず無かった。
まさに、メドゥーサのお守りの本領発揮といったところだ。
「フロッピーか・・・」
また、始まってしまった。
そして、今度こそ終わらせなければならなかった。
逃れられないのだ。
この運命から逃れないのだ。
だったら、戦うしかない。
相手が誰であろうと、あたしがどうなろうと、これを終わらせないことには、
あたしの平和は、
いや、
あたしと関わってしまった者達の平和は、訪れることは無いだろう。
全身から流れ出た汗が、秋の風に曝されて体が震えた。
それは、寒いからではないのかもしれない。
でも、あたしは歯を喰いしばり、この震えを押さえる力を、
あたしは体の中から搾り出していた。
「圭ちゃん、最後まで見届けていてね」
あたしの…あたしらの本当の戦いが、この日静かに始まった。
- 229 名前:作者 投稿日:2002年03月25日(月)00時44分29秒
- >>217 >>218 さん 毎度ながらお待たせしており、申し訳ないです。
今回はちょっと台詞多めでした。
まあ、半分ぐらい削ったんだけどね。
漸く、あやかちゃん再登場できました。
ココナッツ娘。どうなるんでしょうか?
増員なんでしょうか?と言いつつ、
まだ話がこんなところかいと、何でこんなに長い話になったんだと嘆きながら、
それでも、読んでくださる方々に感謝しつつUP終了。寝ます。
- 230 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年03月26日(火)10時59分43秒
- 更新お疲れ様です。トラブルは無事解決したのでしょうか?
めげずに頑張ってください。
- 231 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時24分15秒
正直、銃を持つのは久しぶりなんだよね。
紗耶香には見栄を張ったんだけど、あんまり自信なかったりして…。
そりゃ矢口だって、新人の頃は銃を持ち歩いたよ。
でも、あの頃から、こんなもの使う気は無かったんだよな。
だから、おいらはとっとと実行犯から抜けちゃたんだ。
それでも、あのころは、裕子が持てってうるさいから…
まあ、お守りってとこかな。
でも、今回はお守りにすらならないよ。
相手が“よっしー”じゃあ、おいらが敵うわけないってんだよ。
ホント紗耶香も無茶なことを頼んでくれるよな。
うん、
でも、しゃぁーないか。
紗耶香の頼み事だもんな。
へへへっ。
紗耶香がおいらを頼ってくれるなんて!
もう、デレデレだぜ!ってか。
おかげで、初めて50Hz地域からの脱出だぜ!
- 232 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時25分27秒
新神戸駅から、このなんだ?六甲か?…に登り、頂上についた頃は
すっかり日も暮れていた。
目の前に広がる夜景に、あたしはしばし見とれた。
レンタスクーターのエンジンを切り、自販機で缶コーヒーを買ってきた。
さすがに、夜になると寒いや。
手袋を脱いで缶コーヒーで暖を取ると、悴んでいた指が少しだけ柔んできた。
この辺、観光名所のルートになってるから、街灯はそれなりにあるんだけど、
その奥に広がる森が作り出す暗闇が、いや〜な感じを出してた。
今更、帰るわけにもいかないしな。
- 233 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時26分20秒
電話の紗耶香の声は、痛々しいほど固い声をしていた。
言葉を短く切り、カタカタと動くブリキのロボットのような話方だった。
聞いてるあたしの鼓動まで、紗耶香の話方に同調して、ぎこちなく動き出しそうだった。
紗耶香にとって、加護も後藤も彼女には無くてはならない大事な人。
くやしいけど、あたしなんかよりね。
「矢口…お願い…」
その言葉に誰が反論できるだろうか?
「ん〜、ほないきましょうか!」
あたしは自分に気合を入れた。
それから、大きく振りかぶって、空き缶をゴミ箱の方に放り投げると、
再びスクーターのエンジンをかけた。
- 234 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時27分08秒
更に山の奥へと向かうと、あたりはすんごい淋しくなっていった。
その淋しい森の中に、ぽつんぽつんと別荘が点在していた。
何が悲しゅうて、こんな淋しいところに家を建てるんだ。
あたしなら絶対に賑やかな街ん中に家建てるぞ。
先に小さな明かりが見えてきた。
あたしの情報によると、綾香の従兄弟の別荘が、この先にあった。
そこに加護ちゃんがいる確率は五分だけど、綾香と関係のある建物で
奈良から3時間以内でいける範囲は、この一点しかなかった。
もちろん、どっかのホテルってことも考えられえるけど…。
- 235 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時28分00秒
あたしは、離れた場所でスクーターを停めて、スクーターを森の中に隠した。
別荘は赤い屋根をした二階建ての小さな家だ。
垣根のない庭には、少し色あせた芝生が敷き詰められていて、
その芝生の中央には、大きな一本のレモンの木が植えられていた。
緑の葉の中に、幾つものレモンの実がいっぱいなっていて、
そのコントラストが、あたしの心を引きつけた。
その木の奥に、明かりが見える。
もちろん、カーテンは閉められたままで、部屋の中は見えない。
そのカーテンに、人の影が映っていた。
よっしぃ〜?
人影の背丈は、よっしぃーと一致している。
あたしは、そっと足音を忍ばせて、窓の下までやって来たが、
部屋のなかからは、何の声もしない。
間もなく、1階の電気が消えた。
あと電気がついているのは2階しかない。
当然と言えば当然か。
1階に人質を置く訳が無い。
2階を見上げると、一つの部屋に明かりが灯っていた。
- 236 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時30分00秒
あたしは、ゆっくりと家を一回りして侵入口を探した。
勝手口
ピッキングにはもってこいの鍵穴をしていた。
あたしは、鼻歌交じりに勝手口の鍵を空け侵入に成功した。
勝手口を入ると、台所だった。
大きな赤い冷蔵庫と綺麗に並んだ鍋に、黒いタイル張りの台所は、
海外のホームドラマにでも出てきそうだった。
台所を抜けると、あまり広くないリビングを通り抜けて、
2階に続く階段へと、素早く移動。
腰に挿していたお守り代わりの銃を引き抜き、
両手で抱えて、軋む階段を慎重に足を運ぶ。
部屋の前まで行くと、わずかに人の気配がした。
セオリー通り、一瞬だけ部屋の中を覗きこむと、
そこには、加護とその友達の辻さんとよっしぃーがいた。
あたしには幸いの事に、よっしぃーは入り口に背を向けてしゃがんでいた。
どうしよう…。
セオリーだと、この場合よっしぃーを一発で仕留めるべきなんだけど…。
よっしぃーだもんな。
まさか、よっしぃーもあたしを撃ったりしないよ…多分。
このまま、帰っちゃいたくなりながらも銃を構える。
ん〜どうにでもなれ!
あたしは、セオリーを無視して、部屋に飛び込み、よっしぃーの銃を突きつけた。
「銃を放して!」
「矢口さん…」
よっしぃーの銃がゆっくりとあたしに向けられていく。
- 237 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時30分59秒
「動かないで!撃つよ!」
「矢口さん、撃ったことあるんですか?」
「あ…あるわよ!
は…入った頃は、紗耶香や圭ちゃんよりずっと優秀だったんだから」
そういうあたしの手が汗で濡れていた。
「矢口さん帰ってくださいよ」
「帰るわけ無いじゃんかよ」
「邪魔しないで下さい。…撃ちますよ」
「加護を返して」
「今は出来ないっす」
「ほんとに…ほんとに撃つよ!」
「いいですよ。あたしも撃たせてもらいますから」
よっしぃーの眼差しは真剣だった。
彼女の手にあるワルサーPPKは、あたしの額を正確に撃ち抜く準備を終えていた。
- 238 名前:3-3.神戸・矢口真里 投稿日:2002年04月05日(金)23時32分43秒
やはり、実戦の差だよなぁ。
彼女の銃からは、静かではあるけど、殺気が溢れていた。
それに比べて、あたしの弱弱しい銃先は、宙を踊っていた。
「ねえ、なんで?…なんでよっしぃーが…」
あたしは汗で滑る銃を何度も握りなおし、
それでもよっしぃーを狙うことを止めなかった。
「あたし、頭悪いから…
納得できないんっすよ」
笑っていた。
爽やかな笑顔が彼女の顔を覆っていた。
何が、彼女をこれほど穏やかな笑顔にしているのだろう?
圭ちゃんの遺骨を抱えて、支店に現われたときから、まだ一年も経っていない。
遺骨を抱えたまま、瞬きをすることさえ拒絶するかのように、
大きく見開いた瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
歯を食いしばり、震えるかのように左右に揺れている焦点が
彼女の悲しみを表していた。
もう、笑うことさえ忘れたのではないのかと思うほどの悲しい顔をしていた
よっしぃーが、今、微笑んでいた。
「ごっつぁんや保田さんのこと、なっとくできないんっすよ」
「よっしぃー、あれは…」「終わったんですよね」
「ああ・・・」
「でも、納得いかないんっすよ」
「だから加護を攫ったの?」「はい」
「紗耶香を…この事件の張本人を巻き込むために?」
「矢口さん、このまま帰ってください。」
紗耶香、ねえ、いったい何が正しいんだよ。
微笑む、よっしぃー。
苦しそうな、紗耶香。
揺れる銃の先が、行き先を求めてさまよっていた。
- 239 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時01分51秒
雨が降っている。
雨に洗われた街は、街灯に照らされて艶やかに輝いている。
その中を傘も差さずに歩くあたしは、すでに下着まで濡れていた。
駅から10分も歩くと、流石に人通りは、ほとんど無い。
昔からの狭い道を抜け、東京大仏のある小高い丘を右手に
少し行くと目的の家が見えてきた。
茶色の瓦屋根の大きな屋敷は、高い塀に囲まれ、
その茶色の屋根の一部が見えるだけだった。
正面の門には、多分“喜多川”という立派な表札が、掲げられていることだろう。
フロッピーを持っているとしたら、このジャニかつんくさんだろう。
今の時点で、直接つんくさんを敵にまわすのは、得策とは考えられない。
あたしらは、意外とつんさんについて情報をもっていなかった。
いつも、あたしらの側にいてくれている人。
困ったとき、最後に出てきてあたしらを助けてくれる人。
そう思っていた。
でも、あやかのつんくさんに気をつけろというメールが、
今回の件を、つんくには知られないようにしていた。
- 240 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時02分51秒
つんくの情報は、後藤が調べていた。
後藤の行動範囲は、あの装置が来てから大幅に広がった。
行動範囲といっても、まだ自ら動けるわけではないのだが、
彼女の意識の行動範囲は、昔に比べても遥かに広がっていた。
もっとも、その分、後藤は話そうとしなくなってしまっていた。
前は、少しでも声を出そうと、唸り声を上げていたのだが、
あの装置が来てからは、全く声を発しようとしなくなってしまった。
後藤は、自分が発する唸り声に怯えていた。
後藤にとっては、自分が発する音は、そのまま後藤を切り刻むナイフ
だったのかもしれない。
でも、あたしにとっては、それは後藤の声だった。
あたしの魂を震わすほど、感動的な声だった。
勇気を出して、自らの声で話し掛けてほしかった。
でも、それは結局後藤が決めることで、あたしが強制することは出来なかった。
- 241 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時03分54秒
携帯の振動と共に、後藤のメールが送られてきた。
“市井ちゃん元気?そちらはどうですか?
BADニュースです。やぐっさん加護ちゃんたちの救出に失敗!
とりあえず、張り込み続けるって。”
痛いな。
場所の確認だけで、よかったんだけど。
こればかりは、仕方ない。
実戦をほとんど経験していない矢口にとって、
現場での判断ミスは、考えられることだった。
それでも、相手が吉澤とあやかだけであるうちは、
対処のしようがある。
吉澤がこの半年で、どの程度の成長を遂げたのかは
分からないが、基本的な吉澤の行動は変わっていないだろうから。
- 242 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時05分12秒
あたしは、なるべく人目に付かない場所を選んで、塀を越えた。
芝生敷き詰められた庭は、足音を消すには都合の良いものだ。
ゆっくりと歩き出すと、音もなく歩みを進めることが出来た。
あたしはそのまま風呂場の真下まで行くと、ガラス切りでガラスを切り取り、
侵入をした。
そこからあたしは、濡れたまま廊下を渡り、2階の一室の前に立った。
後藤の情報によると、この部屋が唯一この家で使用されている部屋だった。
その情報は、多分正しいだろう。
先ほど通ったリビングや台所にも、生活感は全く見られなかった。
扉の隙間から明かりが洩れている。
ジャニはそこにいるのだろう。
耳を扉に押し当てると、僅かながら物音が聞こえる。
部屋の見取り図は、頭に入っていた。
これも、後藤の情報からだった。
部屋には、大きな机が入り口に向けて一つ置かれているだけだ。
すなわち、この扉を開ければ、ジャニは正面に座っている確率が高いのだ。
大きな机は、そのまま弾除けにもなる。
扉を開けてからの、一瞬が勝負だ。
あたしはM19を取り出すと、再度弾奏を確認した。
おっし!
気合を入れると同時に、扉を開けた。
- 243 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時05分54秒
正面にジャニが座っていた。
あたしは、ジャニの机に向かって発砲した。
その弾は正確にジャニの目の前に広げていたPCを破壊した。
顔色一つ変えずに、ジャニが顔を上げた。
再度撃つ。
二発目はジャニの左頬に一筋の傷を残して、後ろの壁にめり込んでいった。
「動くな!!」
頬から垂れてくる血を左手で拭うと、殺気の満ちた目であたしを射抜いた。
あたしは大股で机の前まで歩いていき、ジャニと机を挟んで対峙した。
三発目。
もう一度、PCを狙った。
近距離から狙ったため、PCは勢いよく弾んで机から落下した。
それでも、ジャニは瞬きすらしようとしなかった。
- 244 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時06分48秒
「悪いんだけど、あのフロッピー返してもらいたいんだけど」
「人に物を頼む態度じゃないな」
「くだらねえ台詞だな。
悪いけど、あんたの事は調べてあるんだよ」
「素敵なおじ様だって?」
「食えない野郎だって」
再度、発砲をした。
ジャニの右腕が動いたからだ。
「たのむぜ。鼻ぐらい掻かせろよ」
「それを許して、死んでいったやつも多いと聞くが」
「昔とは違うよ」
ジャニは、不気味な笑みを浮かべていた。余裕さえ感じられる。
あたしらが住む裏社会を作り上げた人物だけあって、
修羅場の場数を踏んでいる。あたしなんか、それに比べると、
赤ん坊も同じなのかもしれない。
「フロッピーを出せ!」
ジャニの雰囲気に、飲み込まれそうになるのを振り切るために、
必要以上に大きな声をだす。
- 245 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時07分27秒
「此処には無いよ」
「じゃあ何処にやったんだ!」
不意に、ジャニは声を上げて笑い出した。
「なにが・・・」「ガキだな」
「なっ」「ガキだよ、あんたは」
ここで、ジャニの挑発に乗ったらおしまいだ。
あくまでこちらのペースを保たないと、あたしはここから生きては帰れないだろう。
込上げてくる感情を、強引に押さえつける。
「あんた、フロッピーの出所知ってるのか?」
「まだ…そこまでは…」
「なんだよ。つんくのところは、敵の大きさも分からいうちに
戦いを挑んでもいいって、教育してるのかよ」
「うっせーんだよ!」「吠えるな糞ガキ!!!!」
ジャニがあたしの胸倉を掴み、自分の方へ引き寄せた。
なんて力だ。あたしはそのまま机の上に正座する格好になってしまった。
銃口が完全に、明後日の方向を向いてしまっている。
- 246 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時08分16秒
「いいか糞ガキ、あのフロッピーは、この世に存在しちゃいけねえんだよ。
あんなもんが、和田のあほんだらの手に渡ったこと自体、
あっちゃいけねえことなんだよ。
いいか、そんなものをテメエが何に使うってんだ!」
「人の命が掛かってるんだ」
それは嘘だった。吉澤が加護の命まで取るとは考えられない。
それでも、此処で何か言わないと、このまま子供のおつかいよろしく、
放り出されるのは目に見えていた。
「人の命だ? くだらねえ、そんなもん何になるんだ?
どぉせくだらない友情とか愛情とかいうんだろ?ええっ?」
「な・・・なんだと?」
「ふっ 図星か」
ジャニは掴んでいた胸倉を離し、椅子に深く座りなおした。
あたしも、机の上から降りた。
途惑ったが、再度銃をジャニに向けた。
その行動にジャニが苦笑いした。
- 247 名前:3-4.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月07日(日)22時09分38秒
「いいか、あのフロッピー一枚で、日本の政治家は壊滅する。
そうすれば、てめえのそのくだらねえ仲間とやらも、普通に生活
できるかどうか分からなくなるんだぞ」
「あのフロッピーって…」
「知るか! 兎に角あれに関わらない事だな」
「でも、それじゃあ…」
「あったま悪り―な…
お前ら…全滅するぞ。 それでもいいならつんくに聞きな。
教えてくれるとは思えんがな」
確かにつんくさんが、教えてくれるとは考えられなかった。
それを教えることが、UFAの壊滅に繋がらないとは限らない。
まして、実質上実行部隊不在のUFAは、それでなくても崩壊寸前である今、
新たに爆弾を抱えることが得策とは考えられなかった。
「わかったよ」
あたしは、落胆の色を隠せなかった。
それが、致命的な失敗だった。
- 248 名前:作者 投稿日:2002年04月07日(日)22時13分55秒
- >>230 梨華っちさいこ〜さん 毎度です。
トラブルは解決しました。これで小説に…と思ったのですが、
完結しないのにスレッドをたくさん立てる人になってしまいました。
ただでさえ、遅い更新がどうなることやら…
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月08日(月)01時24分54秒
- 何書き始めたかすごい気になるんですけど・・・。
教えてくれませんかぁ?(懇願
- 250 名前:作者 投稿日:2002年04月08日(月)06時14分10秒
- >>249 さん ここのサイドストーリー書いていたのですが、
ラストがこことリンクしなくなってしまったので、スレたてました。
まあ、探してください。文体同じなので、直ぐ分かると思います。
- 251 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月08日(月)07時30分23秒
- なぜ成増?とつっこんでみる。
- 252 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月13日(土)15時02分59秒
- >>250
いぢわるしないで教えてくださいよぉ〜
- 253 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月13日(土)18時06分35秒
- あ、スンマセンわかりました。
- 254 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時22分21秒
軽い発射音と共に、あたしの左胸に激痛が走った。
一発…二発…三発…
銃弾は、安物の防弾チョッキを貫通したらしい。
暖かい液体が、身体を流れ落ちるのを感じていた。
ジャニは机の上に登り、あたしを見下すように睨み付けていた。
あたしは、薄れゆく意識を賢明に戻そうとしていた。
すでに、防弾チョッキを着ていることは、気づかれているだろう。
次は、かならず頭を狙われる。
…ダメだ。
あたしは膝をつき、そのまま前へ崩れていく。
- 255 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時22分55秒
終わり…?
後藤…
加護…
「「市井ちゃん」」
あたしの頭の中に、声が広がった。
その声は、後藤の声の様でもあり、加護の声の様でもあり、
圭ちゃんの声だったかもしれない。
でも、それであたしの意識と全身の力が戻ってきた。
- 256 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時23分39秒
「クソ!」
あたしは足に力を入れ、机まで横っ飛びした。
机を背にすると、ジャニから僅かだが、死角になった。
銃を上に向けて、ジャニが覗くのを待つ。
でも、覗いたのは、ジャニではなく、ジャニの手にあった
ワルサーPPKだけだった。
「くっ」
再び横っ飛びしながら、ジャニに向けて発砲する。
ジャニも、こちらに向けて、連射する。
そのうちの何発が、再び防弾チョッキを捉えた。
その度にあたしの体は、床に叩きつけられた。
あたしは、床を這いずり回りながら、一縷の望みに賭けて引鉄を引き続ける。
すでに、M19の弾は底をつき、予備で持ってきた BERETTA M84をも、
底をつこうとしていた。
カチッ、カチッ。
先に弾が切れたのは、ジャニの方だった。
- 257 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時25分16秒
あたしは、即座に立ち上がりジャニに銃を向けるが、
それより早く、ジャニの蹴りが飛んできた。
「がっ!」
その蹴りが、あたしの腕を直撃した。
銃が落ちそうになる。
態勢を立て直そうとするが、ジャニの蹴りが容赦なく、飛んでくる。
あたしは、それを避けるので、背いっぱいだった。
このままでは、いつか銃を落としてしまうだろう。
これを落としたときが、あたしが終わるときだ。
態勢を立て直すのに、ほんの一秒、いやその半分あれば十分なのだが、
それすら、ジャニは与えてくれなかった。
「ぐへっ!」
何度目かの蹴りを、鳩尾に食らってしまった。
苦痛に顔を歪める間もなく、顔面へ拳が飛んでくる。
それは、見事にあたしの顎を捕らえ、意識を完全に飛ばしてしまった。
- 258 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時25分58秒
ドン!
耳を劈くような大きな音がして、ドアが破壊された。
バズーカかロケットランチャーでも、ぶっ放したような衝撃は、
ドアから真っ直ぐ壁に向かい、壁に穴を開けた。
その一瞬に、あたしは全てを賭けた。
敵か見方かわからないが、その一撃でジャニの動きが一瞬止まった。
パンパンパン
あたしが放った弾は正確にジャニの頭を貫いた。
ジャニは白目を向いたまま、そこへ崩れ落ちていった。
部屋は、埃が舞い上がり、薄く靄が掛かった様になっていた。
あたしは、入り口に向かい銃を持ち上げた。
- 259 名前:3-5.成増・市井紗耶香 投稿日:2002年04月15日(月)00時26分43秒
「紗耶香、そりゃないで。命の恩人に銃向けんなや」
千切れかかったドアを、左手で押し上げて現われたのは、裕ちゃんだった。
「ゆう・・・ちゃん?」
「そやで」
「なんで」
「なんでや、あらへんがな。そんなことより、あんた大丈夫なんか?」
「な…なんで…」
あたしの意識は、そこで途絶えてしまった。
- 260 名前:作者 投稿日:2002年04月15日(月)00時33分56秒
- ほんの少しだけ、更新です。
>>249 >>252さん 向こう、分かったみたいですね。
あっちは、まあ、あれで…人知れずコッソリとやってきます。
>>251 さん いや、単に知ってる街なので、なんとなくです。
一応、行ったことのある場所、もしくは住んでいた場所が舞台になってます。
トルコの山奥以外は…。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月18日(木)21時36分49秒
- み、見つかりませ〜ん!何かヒントくれませんか…?
- 262 名前:作者 投稿日:2002年04月19日(金)22時11分17秒
- >>261 さん 探してまで読むほどのものではないかも…。
自分の中で勝手に盛り上がって、書いたんだけど、なんか話が淡々としています。
盛り上がりに欠けてるんですよね。
このまま、淡々と物語が進んで、終わる予定です。あっちは。
それでも。というのであれば、暇つぶしにどうぞ。
とりあえず、ヒント↓
13 名前 : ( `.∀´)ダメよ 投稿日 : ( `.∀´)ダメよ
( `.∀´)ダメよ
- 263 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時08分50秒
あたしは、港の見える小高い丘の上で、潮の香りを満喫していた。
湾には、ガラタ橋をくぐり抜けていく大小の船が行き交い、
その橋の向こうには、幾つものモスクが立ち並んでいるのが見える。
あの橋より向こう側がヨーロッパ。そして、あたしが立っている側がアジアだ。
あたしは、アジアの最果てに立ち、その先にある文明社会を見つめていた。
この街は、この国を象徴している。
アジアに所属していながら、その身の一部をヨーロッパに置くこの街の人々は、
やはり同じように、アジア人としての誇りと、先進国の見栄を持ち合わせていた。
「紗耶香」
振り向くと、何時もと変わりない圭ちゃんの笑顔が現われた。
顔に纏わりつく髪を何度も、手で払いのけながら、
やさしくあたしに微笑みかけていた。
- 264 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時09分41秒
「どうだった?後藤は」
「うん、生きていたよ、あいつ。
…力いっぱいね」
「そう」
「圭ちゃんは、元気だった?」
圭ちゃんは無言のまま、何度も何度も頷いた。
「紗耶香、覚えてる?後藤が入ってきた頃のこと」
「うん。あいつ、めちゃくちゃ尖がっててさ。
今では、全然考えられないぐらい無口でさ」
「そうそう、“うっさいんだよ。”“邪魔すんなよ。”
しか言わなくってさぁ、うちら結構手を焼いたよね、あいつには」
圭ちゃんが、声を出して笑い始めた。
あたしは、その笑顔に笑顔で答えた。
でも、なぜかすぐにその笑顔は引きつり、大粒の涙が止めどなく流れ出してきた。
- 265 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時10分48秒
「あれっ?」
「そういえば、3人の結束を高めるため、合宿なんかしちゃってたよね」
あたしの泣き顔に、全く気づかないかのように、圭ちゃんは笑顔のまま
話し続けている。
「うん、あ…あの時、あたし熱出しちゃって…」
「そうそう、大騒動だったよね。
でもさ、なんか楽しかったな」
「うん」
あたしは、流れる涙を左右の手の甲で交互に拭きながらも、
賢明に、圭ちゃんに答えていた。
- 266 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時11分50秒
「もう、随分昔のような気がするね」
「うん」
「紗耶香、あたし達、あの頃より幸せになれたのかな」
「なれたよ。だって、こんなにいっぱい大事な仲間が出来たんだもん」
「そうだよね。
…紗耶香、あたし、幸せだったよ。
みんなに…紗耶香と出会えて。
紗耶香…
あたしさ、 あたしの人生正解だった。って胸張れるよね?」
あたしは、圭ちゃんを抱きしめ、嗚咽を漏らしながらも、
何度も何度も頷いた。
「みんな、幸せになれるといいね」
そういうと、圭ちゃんはあたしの両肩を ぽんっ と叩いた。
- 267 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時13分06秒
圭ちゃんの姿が涙にかすんで、ぼやけている。
あたしは目を大きく開けて、ぼやけていく圭ちゃんの姿を
必死で凝視し続けていた。
「紗耶香」
ぼやけた輪郭が、徐々に小さくなっていく。
「圭ちゃん!」
走り出そうとするが、足が全く前に出ようとしなかった。
あたしは、両手で右足を持ち上げようとしたが、全く持ち上がらなかった。
「待って!圭ちゃん!」
「紗耶香、頑張って…」
その声は小さく、微かにしか聞こえなかった。
でも、その言葉は、あたしの体中に響き渡っていた。
- 268 名前:3-6.市井紗耶香・『イスタンブール』 投稿日:2002年04月21日(日)14時14分28秒
涙でぼやけていた視界が、徐々にクリアになってきた。
体に伝わる振動と、安っぽいエンジン音が、そこが車の中であることを教えてくれていた。
「紗耶香!
ねぇねえ、裕ちゃん、紗耶香気がついたよ」
懐かしい声が聞こえてきた。
あたしは、まだ夢から覚めきらない、ぼやけた意識の中で、
その声の持ち主に、必死に焦点を合わせようとしていた。
「なっち…裕ちゃん…」
「よっ!紗耶香、おはよ!」
なっちの眩しいぐらい愛くるしい笑顔が、飛び込んできた。
頬には、幾筋もの涙の跡が残っている。
「な〜んだ、もう目を覚ましたんかい」
裕ちゃんも笑っていた。
「えっ?紗耶香、目覚ましたの?」
「あほ!お前は、ちゃんと前向いて運転しぃ」
裕ちゃんに怒られて、ぶりぶり文句を言いながら、
圭織が運転に戻っていった。
圭ちゃん。
あたし幸せだよ。
こいつらとなら、何処だっていける。
何でも、やれる気がするよ。
うん、頑張るよ…
あたし頑張るから、そこであたしらを見守っていてね。
右手をポケットの中に入れると、メドゥーサのお守りが手に触れた。
それは小さく、土産屋に行けば、大量に置いてあるものの一つに過ぎなかった。
でも、あたしにとって、このお守りは、何よりも大事なものであり、
あたしの大事な仲間が残していった、彼女の大事な言葉だった。
- 269 名前:作者 投稿日:2002年04月21日(日)14時19分27秒
- 特に意味はないですが、久しぶりにageてみました。
- 270 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月22日(月)00時05分32秒
- >>262
ヤパーリな…自信が確信に変わったっス。( `.∀´)<ニヤリ
市井ちゃん、またみんなと一緒になれてよかったよぉ…(涙
- 271 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月24日(水)00時18分13秒
- 姐さんが・・・(w
良かった!!
- 272 名前:名無し 投稿日:2002年04月29日(月)11時42分04秒
- おもしろいです。
続き期待してます。
- 273 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時18分57秒
車は、東名を下っていた。
長いトンネルを抜け、浜名湖を通過する頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
麻酔がまだ効いているらしい。
あたしはワゴン車の後部座席で、なっちの膝枕でうつろうつろしていた。
なっちが頻りに、あたしの髪を梳かしてくれている。
そのなっちの頬につく一筋の血は、あたしの血だった。
防弾チョッキを貫き、あたしの体に少しだけめり込んで止まった弾丸を、
なっちが取り出して、手当てをしてくれたのだ。
彼女は目を細め、まるで自分の子供をあやすかのように、暖かい眼差しで、
何度も何度も、あたしの髪を撫でていた。
前の席では、裕ちゃんが、やたら周りの車に勝負を挑みかけるように、
圭織に嗾けていた。圭織が苦笑いをしながら、それを嗜めている。
圭織の呆れたような溜息と、「裕ちゃんには、絶対ハンドル握らせない」
という台詞が、もう何度も繰り返されていた。
- 274 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時20分01秒
あたしたちは、神戸に向かっていた。
加護たちが拉致されている、あやかの隠れ家へ行くつもりだ。
そこを乗っ取り、あたしらの本拠地にしようとしていた。
ジャニを殺ってしまった今となっては、彼らの本拠地から離れた方が得策だろう。
今、Jr.たちと全面戦争に突入するには、あまりにも形勢が不利だった。
それに、あたし達が戦わなければいけない相手は、他にいた。
あたしが、いや、あたしらが、フロッピーを探していることは、
既に幾つもの情報網に引っかかっているだろう。
- 275 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時21分23秒
戦う相手・・・
それは、この国自身なのかもしれない。
あのフロッピーは、この国の政治家の半数に相当なダメージを与えるものらしい。
あたしらは、所謂国賊なのだろう。
国の利益を脅かす存在なのだろう。
国…国民…
その言葉の実態は、いつもほんの一握りの人間の利益へと、置き換えられてしまっている。
権力と言う力は、真の国民にボディーブローを打ち込み続けているのにも関わらず、
ものを言わぬこの国の国民は、打たれている事すら気づかずに、どんどん病んでいき、
未曾有の不景気と失業率を産み出していた。
まあ、そのために、あたしらのような仕事の需要が生まれているわけで、
文句はいえないのだが…。
でも、見えない大きな力は、今度はあたし達に牙を向けてこようとしていた。
- 276 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時22分34秒
あたしの後部の座席には、箱の中に積み込められた銃器が、
積み上げられていた。
支店にあるやばいものは、全て持ち出してきているはずだ。
そこにある弾が全て尽きるとき、あたし達は、立っていることが出来るのだろうか?
あたし達は、戦わなければいけないのだろうか?
みんなで、いや、散り散りなってでも、逃げ出した方がいいのではないのだろうか?
車は名神を抜けて、神戸の街へと近づいていた。
- 277 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時23分20秒
「よっしゃ。圭織、なっち、あんたら矢口を探してき」
「でも裕ちゃん…」
「いいから、行きぃ!」
三宮の駅前に着くと、裕ちゃんは車から圭織となっちを追い出していた。
なっちが助手席の窓を叩き、裕ちゃんに窓越しに何かを言っている。
「アホ!とっとと行き!」
そう言って、窓ガラスを強く叩いた。
- 278 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時24分08秒
車の中は、直ぐに静寂に包まれてしまった。
裕ちゃんは少し窓を開け、タバコに火をつけた。
途端に車の中にはたばこの匂いが染み渡る。
ゴホン…
体が弱っているためか、柄にもなくあたしは咳き込んでしまった。
「なんや、起こしてもうたな」
タバコをもみ消しながら、裕ちゃんが助手席から身を乗り出して、こちらを振り向いた。
ストレートにあたしを見つめる裕ちゃんの視線に、あたしは身の置き場をなくし、
ただオロオロと視線を彷徨らせていた。
- 279 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時25分26秒
「なあ、紗耶香。怪我しているところ悪いんだけど、歯
喰いしばってんか?」
後の席へ移動してきた裕ちゃんは、そう言うといきなりあたしの頬を叩いた。
「わりいな、紗耶香。あたしゃ組織の頭として、あんたの一連の行動を許せへんねん。
あんたの一人のおかげで、どれだけうちらが危ない橋を渡ってたか、知ってるか?」
俯くあたしのおでこを、裕ちゃんが手のひらで押して、顔を上げさせる。
あたしは、なすがままに顔を上げるも、視線は裕ちゃんを捕らえることなく、
運転席を見つめていた。
裕ちゃんに叩かれた頬が熱い。
- 280 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時26分29秒
「まあええわ、ごちゃごちゃゆうてても始まらへん」
彼女は怒っているわけではないことは、表情を見れば一目瞭然だった。
ただ、これまでに見たことないほど、真剣な眼差しだった。
「そやっ、忘れるところやった。さっきのは、組織の頭としての内の分や。
そしてこれが…」
そう言うと、今度は拳が顔面を襲った。
それは、あたしの左の頬骨から奥歯に見事なほど綺麗に入り、
その衝撃で、あたしの後頭部は、窓ガラスを激しく叩いた。
「これは、うちの個人的なぶんや。圭坊を無事に連れて帰ってこうへんかった、
紗耶香への恨みや」
口の中を切ったのだろう。血の味が口の中に広がった。
- 281 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時28分15秒
「紗耶香、今度はあんたの番や」
「えっ?」
言葉を発しようと口を広げるが、左頬の痛みがその動きを妨げていた。
「うちは、組織を守るため、あんたを裏切ったンや」
「…いいよ」
「何ゆうてんねん。うちが納得せえへん ゆうとんのや。
はよ殴りぃ」
彼女は目を瞑り、あたしの前に顔を突き出してきた。
「でも…」
「何してんねん。なっちらが帰ってくるやろが!」
あたしは、裕ちゃんの顔を眺めていた。
これほどじっくり裕ちゃんの顔を見るのは、何年ぶりだろうか?
目尻と眉間の皺の数は、確実に昔より深くなり、その表情に人間の深みを与えていた。
「いくよ」
手加減したら、彼女は許さないだろう。
あたしは体に力を入れるため、左手で傷口を押さえながら、
右手を振りぬいた。
- 282 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時29分18秒
「いた〜!!」
あたしの拳も彼女の奥歯を見事に捉えていた。
「なにすんねん!ちょっとは手加減してもええやん」
「何いってんの。手加減なんかしたら怒るくせに」
「当たり前や。せやけどな、あんた…いった〜
大体あんたなぁ…」
そこで言葉は終わり、車の中を僅かな沈黙が支配した。
「お帰り…お帰り、紗耶香」
辺りを包んでいた固い空気は、いっきに春を向かえ、
あたし達に、微笑を運んできた。
「裕ちゃん…ごめんね」
「あほ、それは、圭坊に言ってやンな」
そう言うと彼女は両手を大きく広げた。
- 283 名前:3-7.市井紗耶香・神戸へ 投稿日:2002年05月06日(月)21時30分39秒
「えっ?」
「えってあんた…なにしてんのや、早よ…」
そう言うと、もう一度両手を広げた。
「えっ?だから何?」
「ああ〜もう、なんやねん。こういう場合、ゆうちゃ〜んゆうて、
腕の中に飛び込んでくるのが普通やろが!」
「何でそんなことしないといけないのよ」
「何でって…ああ、もう腹たつわ〜。普通そうやろが」
「ごめんなさい。どうせ、あたしは普通じゃないで」
「あ〜うっさい、うっさい!」
次の瞬間、あたしは裕ちゃんの腕に抱かれていた。
きつい香水の匂いが鼻の奥を刺激し、あたしに涙を流させた。
「ただいま、裕ちゃん」
あたしは彼女の腕の中で、ずっとずっと昔に、記憶の奥に埋もれてしまった
母を思い出させてくれていた。
- 284 名前:作者 投稿日:2002年05月06日(月)21時35分10秒
- 更新です。少し間が空いてしまいました。
ごめんなさい。サボってました。
今後まじめに…できるかどうかは分かりませんが、
見放さないで、お付き合い下さい。
- 285 名前:ファン 投稿日:2002年05月09日(木)00時16分22秒
- 応援してるよ
- 286 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月09日(木)01時06分38秒
- ホントに姐さんは素敵だな〜。
一緒に笑ってくれて泣いてくれる大人の人って信頼できますよね。
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月09日(木)11時05分58秒
- 裕ちゃん最高〜。
紗耶香最高〜。
いいね。マジで!!
- 288 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時10分01秒
つんくさんを初めて見たのは、今から6年以上も前のことだ。
そのころのつんくさんは、UFAを売りにして政界へ潜り込もうと躍起になっていた。
キーになっているあたし達の成功の有無が、そのままつんくさんの成功の有無に
繋がっていたあのころ、つんくさんはあたし達の様子を探りに、よく顔を出していた。
あたしはというと、まだUFAに入って間もない頃で、何をやっても巧くいかず、
サングラスの奥で、あたしらを値踏みするつんくさんを嫌い、つんくさんが来る度に
こそこそと隠れていた。
見るたびに変わる髪の毛の色とサングラスの色が、あたしの印象を一層悪くしていた。
そのサングラスのコレクションのひとつが、いまあたしの手の中にあった。
「紗耶香・・・」
裕ちゃんが、あたしの肩に手を置いた。
振り返ると、悲痛な顔をしている裕ちゃんがいた。
あたしは目を瞑り、ゆっくりと首を横に振った。
「そっか・・・」
あたしの肩に置かれていた手のひらが、拳へと変わり、
小刻みに震え出した。
- 289 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時10分58秒
あたしらは、あやかの別荘を乗っ取り・・・いや違うか。
正確に言えば、あたしらが踏み込んだときには、既にあやかも吉澤も
加護と辻さんを人質に取ることを放棄し、彼女らの言いなりになっていた。
彼女らのパワーというか食欲は、銃を凌ぐほどの威力を持って、あやかの支配
を放棄させていた。
そこであたしらは、そこを本拠地とし、いくつかのグループに別れ、行動に移った。
吉澤と圭織は、後藤を連れ出すため、奈良へ。
矢口となっちは、情報収集のため、大阪へ。
そして、裕ちゃんとあたしは、つんくさんが居る京都の別荘へと向かったのだ。
- 290 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時12分45秒
でも、来るのが少し遅かった。
別荘に一歩踏み入れると、家の中は生臭い血の匂いが蔓延していた。
そして床には、Jr.達の死体がいくつも転がっていた。
死の匂い。
文字で書くと、哀愁すら漂ってきそうだが、現実の死臭は単にあたしの胃液を
沸騰させるだけだった。
つんくさんの側近には、銃を常備した猛者が何人もいる。だから、そいつらとJr.の
銃撃戦だと考えられなくはない。
でも、その考えを、死体に開く殺傷跡が否定をしていた。銃撃戦の最中に、ナイフで
相手に向かうやつは、まずいない。ナイフは、その性質上、相手の懐深くまで近寄らなけ
れば、相手を傷つけることが出来ない。もちろん、投げれば、離れている相手を殺傷する
ことは出来る。でも、それは、相手が少ない場合だけだ。これだけの人数を相手に
ナイフを投げていたとは考えられない。
そう考えると、この傷を作ったやつは、並外れた技術と場数を踏んでいる。
銃撃戦を掻い潜り、相手に気づかれないように近づき、相手を刺し殺すことは、並大抵のことではない。
そして、その傷はJr.のみならず、つんくさんのボディーガードにも残っていた。
つまり、第三者が居たということだった。
- 291 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時14分55秒
「そっちは…」
「あかんな」
裕ちゃんの後には、田原が白目を向いて倒れていた。
田原の右手に握られたグロッグ19は、派手好きな田原にしては、小さな銃だ。
つんくさんは、その銃で撃たれていた。つんくさんの体に開いた傷跡が、
その口径と一致していた。
でも、果たして田原が撃ったものだろうか?
田原の左背には、ナイフで刺された跡があった。その傷が心臓に達していたのは
間違いない。それは田原が即死に近い状態であったことを物語っている。
多分、この部屋に飛び込んできた田原は、つんくさんを打つ前に、後からナイフで
刺され、死んでいたのではないだろうか。 そして、その田原を盾に、何者かが田原
の銃で、つんくさんを撃った。 多分、それが、真相だろう。
田原の顔や胸には、つんくさんが撃ったであろうガバメントの銃跡が、必要以上に
残されていた。
- 292 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時15分41秒
「裕ちゃん、フロッピーは…」
「わからんけど、もう此処にはあらへんかもしれんな」
あやかと後藤の情報は、一致していた。
フロッピーは、つんくさんが持っている。
既につんくさんは、代議士の一部に揺さぶりをかけていた。その情報が、
後藤とあやかの情報網に引っ掛ったのだ。
あたしらは、つんくさんから、フロッピーを強奪しようとしていたのだが、
遅かった。
「裕ちゃん、足元」
大理石を敷き詰めた床に、田原から流れ出した血の池が広がっていた。
「ちっ」
その池に右足を踏み込んでしまった裕ちゃんは、靴を脱ぎ、
田原の服で、靴の裏を拭った。
「此処から早よ逃げた方がええな。
せやないと、うちらが犯人にされてしまうで。たぶん」
田原をやったやつが、あたしらが此処に来ることを知っているなら、
その可能性は大きかった。でも、それは、あたしらの行動が、そいつらに
筒抜けになっていることを示していた。
- 293 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時16分23秒
パン。
突然、乾いた銃声が廊下から聞こえた。あたしは、裕ちゃんに目で合図して、
入り口へと急いだ。
ベレッタ クーガーFのカートリッジを確認する。
まだ、発射されていない弾丸が、鈍く光りながらその順番を待っていた。
廊下を覗くと、再度銃声が聞こえてきた。
階段横の部屋だ。
裕ちゃんとアイコンタクトを取ると、中腰になり、廊下へと出た。
- 294 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時17分03秒
廊下にも、何人かのJr.が倒れている。銃で撃たれたもの、ナイフで刺されたもの、
違いは有れど、その傷を負った者たちには、既に生の営みは行われていない。
あたしらは、そいつらを跨ぎながら、ゆっくりと部屋に近づいていった。
部屋の前に立ち中を覗くと、そこには東山がいた。
東山は、ふらつきながらも、膝をつくことなく立っていた。
それは、彼のプライドなのだろうか。大きく口を開け、肩で激しく息をしているにも
かかわらず、その表情は凛としていた。
そして、窓から差日込む光が、彼の背中の一部を光らせていた。
ナイフだった。
背中にはナイフが刺さったままだった。
そこから、流れる血が彼の白いシャツを赤く染めていた。
(うん)
あたしは、裕ちゃんとタイミングを計り、部屋へと飛び込んでいった。
- 295 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時18分16秒
「動くな!」
あたしと裕ちゃんの銃が東山を狙う。
東山も、その傷にもかかわらず、素早い動きで銃をあたしに向けた。
東山の足元にはJr.が倒れている。
「あんた、何してん?」
銃を構えたまま、裕ちゃんが少しずつ東山に近づく。
「留めを刺してるんだ」
「ハッ?…なんで?あんたの部下やろ」
「部下でも、ガキだからな。
余計なことをしゃべられちゃ迷惑だしな」
「あんた!それが上に立つもんのやることか!」
東山のあくまでも冷静な声に、あたしのみならず、裕ちゃんもが憤慨していた。
「元はといえば、田原の馬鹿な判断のために、こんな状態になったんだ。
田原を止められなかった俺のミスだよ。
…だから、俺が始末をつけてるんだ」
「だからって、まだ、生きてるやつを殺すなんて酷いやないの!
…Jr.は、お終りや。
あんたが何しても、もう終わりなんやで」
「言われなくても、分かってるよ」
「なら…ならなんで、ひとりでも多くのものを助けようとしないんや!」
「あんたには、わからんだろうな」「分かりたくもないわ!」
裕ちゃんが東山の胸倉を掴む。その勢いで東山の膝が折れ、
右ひざを床についた。裕ちゃんは倒れこんだ東山の額に銃を突きつける。
「分かりたくもないわ!!!」
その声が、部屋を抜け出し、大理石が引き詰められたホールまで響いた。
- 296 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時19分29秒
「裕ちゃん…待って。だめ!」
あたしは、東山の額にグリグリ銃を押し付ける裕ちゃんの腕をとった。
「ねえ、なにがあったの?此処で何があったの?」
膝をつく東山の目線までしゃがみ、ゆっくりと尋ねた。
「Jr.とつんくさん達の銃撃戦だけじゃないよね?」
「そや、誰にやられたんや?あんたらを壊滅させたんのは、つんくさんの
ボディーガードやないやろ?」
「ふっ…」
「何が可笑しいんや」「裕ちゃん」
「誰なんだろうな」「なんやと!」
「あなたが分からないはずないでしょ」
あたし達の世界は、それぞれのメンバーの顔は知らなくとも、
そのものが持つ殺気と、殺し方で、おおよその所属が、見当ついた。
人を殺すことは、精神的に大きな負担を強いられる。いつ自分も殺されるか
分からない状態で、暗殺を繰り返していると、人は殺し方に工夫をするのではなく、
ある成功例(それが自分のものでなくとも)を踏まえてしまうものだ。
だから、組織の中の殺し方は、似通った形をとり、それが組織の顔にもなるのだ。
- 297 名前:3−8.舞鶴・市井紗耶香 投稿日:2002年05月17日(金)20時20分37秒
「あの動き、あの殺気…。
あれは、今までに感じたことのないものだ」
「組織に属していないってこと?」
「いや…匂いの違う者達が集まっている集団ということだ」
「集団?」
「まあ、集団といっても2人だけどな」
「たったふたり?」
「ああ」
「たった2人にやられたの?」
東山は床にぺしゃんと胡坐をかき、苦笑いを浮かべた。
裕ちゃんが、左手で銃を突きつけたまま、右手で背中のナイフに手を添えた。
ナイフに手が触れた瞬間、東山が短いうめき声をあげた。慌てて、裕ちゃんが手を
引っ込め、ごめんと謝った。
「…まあ、そう言うな」
相変わらず、ポーカーフェイスを装う東山だったが、顔色は益々血の気を失っていた。
「相手が悪すぎただけだ。あんたらでも簡単には、勝たしてはくれない…だろう…」
「でも、そんな組織… そんな強い組織なんて…」
「聞いたことがない…」
「うん」
「…バーニングだよ」
「えっ?バーニング…?」
バーニングのうわさを聞いたことがないわけではない。
そのうわさによれば、バーニングは内閣諜報部の実行部隊ということだが、
そのメンバーや、人数、関わった仕事のどれも、うわさの領域を出ていなかった。
「あんたらも、全滅だよ…
このフロッピーの所為で」
弱々しく掲げた東山の右手に、見覚えのある黒いフロッピーが、
東山の血を吸って、赤黒く光っていた。
- 298 名前:作者 投稿日:2002年05月17日(金)20時25分25秒
- >>285 >>286 (梨華っちさいこ〜さん) >>287 さん 有難うございます。
書く励みになります。ほんとに。
前回、前々回のタイトル名前と場所が逆でしたね。さっき気づきました。
まあ、初めてのことではないので、誰も気にしてないと思いますが(泣
- 299 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月18日(土)22時47分35秒
- うお〜すごいハラハラ。まさかJr.がつぶれるとは思ってなかったっス。
- 300 名前:通りすがり 投稿日:2002年06月01日(土)00時55分33秒
- 絶対完結してね。マジで。
- 301 名前:作者 投稿日:2002年06月02日(日)01時11分31秒
- すみません。最近更新速度がめっきり落ちてしまいました。
ちょっと忙しすぎて…イイワケヲチョックラ
必ず完結させるべく、努力しますです。
ということで、さらしage
- 302 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時11分36秒
夕方の大阪は渋滞が酷く、遅々として進まない。
あたしたちは、もう一時間近くも同じビルを眺めていた。
あたしの隣では、飯田さんがハンドルを握り締めている。
「話し掛けないで」
そう言った飯田さんが、もう一時間近く話し続けていた。
自動車学校で習ったままの正しい姿勢を保ったまま、ずっと話をしていた。
あたしはというと、飯田さんの話を瞬きもせずに聞き入っていた。
- 303 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時12分42秒
ごっつぁんを迎えにいってくれ。
そう中澤さんに言われたとき、あたしは瞬間冷凍されたかのように、
一瞬にして体を硬直させた。
あたしはごっつぁんのために、結局何もしてあげられなかった。
市井さんを探して世界中をうろつき、手にしたものは結局あたしの敗北と
保田さんの死しかなかった。
あまりにも大きい代償と、自分の間抜けさに、彼女に会わせる顔がなかった。
それでも、車は刻一刻と加護ちゃんの家へと近づいている。
憂鬱だ。
あの場所に近づきたくない理由は、もう一つあった。
梨華ちゃんだ。
- 304 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時13分27秒
相変わらず飯田さんが、梨華ちゃんが如何にごっつぁんを救ったのかを熱弁していた。
彼女はずっとごっつぁんの傍を離れることなく、看病を続けた。
看病だけじゃない。彼女はごっつぁんに言葉をもプレゼントしたのだ。
ごっつぁんの意識が健全であることに気づき、彼女の言葉となるものを探し出して
来たのだ。そのバイタリティー溢れる行動が、彼女の本当の力だ。
梨華ちゃんは、昔から強い人間だった。
すぐ泣いて、すぐあたしに助けを求める梨華ちゃんの本質を、
あたしは子供のころから知っていた。
あたしを頼って、あたしの後に逃げてくる原因は何時も同じだった。
頑固で、自分の意見を曲げようとしない梨華ちゃんは、時に暴力によって
ねじ伏せられることがあった。彼女はそんな時、いち早くあたしの背中に隠れ、
それでも、自分の意見を変えようとはしなかった。
でも、彼女は自分の強さに気づいていなかった。だから、彼女はあたしに
どんどん依存してきた…。そして、それを助長させたのは、あたしの意地だった
のかもしれない。
梨華ちゃんは弱い人で、あたしは守る人。
そう、梨華ちゃんの意識に刷り込ませることで、あたしの存在価値を
生み出そうとしたのだった。
- 305 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時14分06秒
でも、彼女の本質は強い人間だ。
彼女にはほんの少しの自信とほんの少しの勇気がたらなかった。
そして、あたしの本質は、弱い人間だ。
だから、目一杯見栄を張って自分を大きく見せようとした。
でもそれは所詮見栄であって、強い人間になれたわけではなかった。
あたしは背中の梨華ちゃんを、徐々に憎み始めた。
強いくせに、あたしの背中でウジウジしている梨華ちゃんに苛立ち、
事あるごとに彼女に辛く当たった。彼女はそれをも受け入れてしまい
あたしを余計苛立た。
そんなネガティブ スパイラルが何処までも続いたそんなとき、
市井さんとごっつぁんに出逢ったんだ。
- 306 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時14分43秒
あたしにとって、彼女らは理想の関係だった。お互いが陰になり日向になり、
支え合っている様が羨ましかった。そんなふたりを傍で見ていと感じた。
だから、何の躊躇もなくUFAに入っていった。
UFAに入ってから、益々梨華ちゃんとは粗縁になっていった。
毎日のように同じ部屋で過し、毎日同じベッドで時を過しながらも、
あたしは梨華ちゃんという人格を無視し続けていた。
そして、壊れ行くあたしと梨華ちゃんの関係に替わるものを探ししたあたしは、
市井さんとごっつぁんの関係を破壊し、市井さんの替わりを演じることを願った。
あたしはひとつも前向きじゃなかった。ネガティブだと批判していた梨華ちゃんより
遥かにネガティブで、自分勝手だった。
- 307 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時15分41秒
「人のために、働いてみませんか?」
日本に帰って来たあたしに声をかけてきたのは、あやかだった。
日本の政治を変える。その手助けする。
魅力的な言葉だった。
今まで、自分勝手な人生だった自分に誇れる仕事だ。
・・・そう思った。
そうすれば、ごっつぁんにも梨華ちゃんにも保田さんにも胸を張って逢えると考えた。
でも、それは浅はかな考えだった。結局あたしがやったのは誘拐で、
それは、決して胸を張れることではなかった。
そんな状態で彼女らに逢わなきゃならない自分が、情けなかった。
- 308 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時16分39秒
「吉澤、着いたわよ」
飯田さんの声で、顔を上げるとそこに一軒の家が視界に入った。
年季の入った小さな二階建ての古い家の中には、梨華ちゃんとごっつぁんがいる。
そう考えただけで、この場から逃げ出したくなる。
いや、実際あたしの左手は、車のドアを開けかけていた。
このまま、飛び降りて逃げ出してしまいたかった。
「よっしぃ〜」
「はい」
飯田さんの左目の片隅が、あたしを強く捉えた。
「逃げちゃダメだよ」
「えっ?」
あたしの心の中を見透かしたような台詞に、心臓が飛び跳ねた。
「裕ちゃんが、吉澤が逃げんようにちゃんと見張れって言ってたの」
恥ずかしかった。
中澤さんにまで、いや、あたしの行動は皆に見透かされていたんだ。
あたしは、まだ止まらない車のドアを開けて飛び降りようとした。
飛び降りようと・・・
- 309 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時17分24秒
「だはははは」
飯田さんの馬鹿笑いが、あたしの頬を赤色に染めた。
あたしのベルトには、いつの間につけられたのか手錠がかけられていた。
「よっしぃ〜て、わかりやすいよね」
「・・・飯田さん、手錠・・・外してください」
車から半分だけ身を乗り出したあたしの視界の中に、
突然、女性の細い足が入ってきた。
梨華ちゃんだった。
- 310 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時18分15秒
最悪だ。
2年ぶりに逢うのに、一番見せたくない格好を曝してしまった。
あたしはうろたえ、ただ、目の前に見える彼女の足だけを見つめていた。
「飯田さん。よっしぃーの手錠を早く外してあげてください」
「おっ、わりぃーわりー」
飯田さんが手錠を外すと、あたしの体はそのまま車の外へ飛び出した。
車から出ても、あたしは彼女の足を見たまま顔を上げることができなかった。
「お帰り、よっしぃー」
「う…うん」
下を向いたまま、ぼそりと返事をした。
「後藤さん、中で待ってるよ」
情けないあたしの返事に、彼女の優しい言葉が続けられた。
その声は昔とは比べ物にならないほど張りがあり、力強かった。
「お〜ごっつぁんにひさぶりに会えるぜ〜」
飯田さんが梨華ちゃんと一緒に家の中へと消えていく。
- 311 名前:3-9.奈良・吉澤ひとみ 投稿日:2002年06月03日(月)23時18分57秒
言わなきゃ、
梨華ちゃんにちゃんと謝らなきゃ…
あたしは、強張る口元を無理やりこじ開けた。
「り・・梨華ちゃん」
「えっ?」
彼女が振り返った。
やさしい微笑だった。
昔どこかで見たアリア様か菩薩様の微笑みより
あたしに激しい衝撃を与えてくる。
「あっあの…」
「なに?」
「梨華ちゃん…」
「どうしたの、よっしぃー。後藤さんが待ってるわよ」
「うん」
そう言うと、彼女は家の中に入っていった。
「ごめんね…梨華ちゃん」
あたしは、玄関へと消えていく彼女の背中に向かって、呟くように謝るのが精一杯だった。
「よっしぃー・・・」
閉じかけた扉から、細い声と共に梨華ちゃんが再び現われた。
彼女は俯いたままふらふらとあたしの元へとたどり着くと、
その小さな顔をあたしの胸の中に埋めた。
彼女の肩が細かく震え出した。あたしはどうすることもできず、
ただ彼女の肩に腕をまわした。
「ばか・・・」
「あたし…自分勝手で…梨華ちゃんやごっつぁんの事なんて全然…」
「ばか・・・」
「ごめんね」
梨華ちゃん、少し太ったかな・・・
丸みを帯びた肩は、あたしの知っている少女の肩から、
女性のそれへと変化を遂げていた。
やっぱ、梨華ちゃんには敵わないや。
あたしはこの日初めて、素直に敗北を認めた。
頬を伝う涙が、やけにしょっぱい日だった。
- 312 名前:作者 投稿日:2002年06月03日(月)23時23分08秒
- どんどん更新速度遅くなっていますが、完結させる・・・ぞ!!
月の残業120超えると辛いですね。
さぁ・・・続き書くぞ・・・zzz
- 313 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年06月04日(火)07時52分52秒
- うん、カッケーよ。ヨシコはやっぱりそうでなくちゃ。
敗北を認められるということはすごくカッケーことですよね。
これから必ず強くなれるよ。その時は胸をはって梨華ちゃんを守ってやってくれ。
月の残業120…死んでません?
- 314 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年06月05日(水)18時54分07秒
- お初レスさせていただきます。
本日この作品を見つけて、夢中で読ませていただきました!
流れるようなストーリーに、個人の心理描写・・・お見事です!
今後も是非、楽しみに読ませていただきますね。
読んでて一つ思ったのですが・・・もしやあなたは「導かれし娘たち」を書かれた
作者さんでは? 誤りならたいへん申し訳ありません!
今まで私が読んだストーリーの中で、「シアター」「導かれし娘」が
一番好きだったのですが、あなたの作品はその2つに勝るとも劣らない素敵なストーリー
でしたので・・・。 ウザイ長文すみません!
- 315 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月10日(月)22時42分11秒
- この話も、いしよしになっちゃうのかなぁ?
でも、お忙しい中、こんなに質の高い小説読ませて
もらって、有難いかぎりです。
- 316 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時17分38秒
シャワーを浴びて部屋に戻る。
加護が辻さんとテレビゲームに夢中になっている。
「逝けっ」とか「死ね」という言葉を時々発しているが、
その言葉の意味もその重さも、今は誰も気にしていない。
ゲームならリセットできる。死んじゃったら、リセットボタンを押すだけ。
リビングの奥には、矢口特製の車椅子に座ってパソコンに向かう後藤がいた。
東山が持っていたフロッピーの解読を、矢口と交代でもう丸二日以上続けていた。
その東山は、リビング横の和室でまだ意識が戻らないまま眠り続けていた。
あたし達は東山を連れて戻ってきた。
どうしても、裕ちゃんは東山を見捨てることができなかった。
「怪我人に敵も味方もない」という台詞は、ナイチンゲールになるのが夢だったという
裕ちゃんらしい台詞だった。もちろん、それだけであたしが納得したわけではない。
フロッピーの解読について何か知っている可能性のある人物を、このまま死なせる程
あたし達には余裕がないというところが本音だ。東山が持っていたフロッピー自身
真偽が分からない状態で、打てる手は打っておきたかった。
東山の腕には点滴が打たれている。その点滴と大量の血液は、情報収集にでていた
なっちと矢口によって掻き集められたものだ。
もちろん、皆が皆納得しているわけではなかった。現になっちは東山の手当てを完全に
拒否したし、吉澤や加護までが、東山の存在自体を否定し続けていた。
- 317 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時19分23秒
「みんな、ちょっと集まって」
圭織の号令で、皆がリビングのテーブルを囲む。
考えてみれば、このメンバーが集まるのは初めてであり、
考えたくはないが、これが最後なのかもしれない。
誰も失いたくはなかった。
でも・・・
テーブルについたその顔は、どの顔も不思議に微笑んでいた。
本来なら怯えていても可笑しくない辻さんや梨華ちゃんでさえ、
優しい笑顔をしていた。
「これ、なんだか分かるよね」
圭織がフロッピーをテーブルの中央に置いた。
東山の血を吸ったフロッピーは一段と黒味を増し、その存在感を自ら
アピールしていた。
- 318 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時20分04秒
「ねえ、あやかさんも聞いてほしいんだけど」
あやかは庭へと続く窓ガラスに凭れ掛かり、見るでもなく外を見つめていた。
彼女はあたし達がここを乗っ取って以来、そうやってぼんやり外を見ているだけだった。いまも、圭織の声に全く何の反応も示さず 外を見つめるだけだった。
自分の描いた未来が尽く崩れていく今、彼女の瞳には嘗て持っていた輝きはなかった。
「ちょっと、あやかさん」
「ええやん、はよ始めよ」
「でも、裕ちゃん・・・」
「ええか、あんたらよー聞きーや」
裕ちゃんが加護と辻さんへキツイ視線を投げかけると、
2人とも体を硬直させていた。
- 319 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時20分50秒
「よう見とき、これがあたしらを追い込めてきたフロッピーや」
裕ちゃんがフロッピーを指で突付いた。
「こんなもんのために・・・」
こんなもののために圭ちゃんの命が奪われ、後藤が、加護が、
仲間のみんなが苦しんできた。
「一体なにが・・・」
「まだ解読中や。そやからこうやって集まってもろうたんや。
ええか、今ならまだ間に合うかも知れへんのや」
「間に合うって?」
裕ちゃんは無言で立ち上がり、部屋の隅に置かれた黒い鞄をテーブルの上に置いた。
ガシャという金属がぶつかり合う音がした。その鞄の中には、銃が入っている。
支店から持ち出した銃の一部だ。裕ちゃんが鞄の中から銃を取り出し、辻さんに手渡した。
生まれて初めて本物の銃を手にしたのだろう、目を見開いたまま銃と隣に座っている加護
を交互に見つめていた。
- 320 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時21分49秒
「ええか、この先銃なしでは生きていくことはできへん。
いつ何処から相手が襲ってくるかわからへんし、誰が敵なのかもわからへん。
場合によっては、警察が相手かも知れへんのや。
ええか、うちらは警察に歯向かう犯罪者になるんやで」
「うちら、前から犯罪者じゃんかよ」
「矢口、そうやない。今までは裏家業だったやけど、今度はホンマもんの
犯罪者や。」
「どう違うの?」
「今までは暗黙のルールがあって、よほどへましない限り掴まることはなかったんや。
まあ、バックがいたっちゅ〜ことや」
「それってつんくさんのこと?」
「まあそんなところやな。でも、今度はうちらを守ってくれるバックはおれへんのや。
みんな真剣に考えてほしんや。誰かがやるからとか誰かのためとかでなく、
自分がどうしたいのかよう考えてほしいんや」
裕ちゃんはそこまで言うと台所へと消えていった。
残されたあたし達は誰も口を開こうとしなかった。
俯きかげんの視線は互いに絡むことを避け、それでいて、互いの一挙手一投足を
観察していた。
- 321 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時23分13秒
しばらくすると、裕ちゃんは一本のワインを持って戻ってきた。
「ええか、考える時間は明日の朝食の時間までや。
朝食の時間にこのテーブルに着いたら、もう後戻りできへんで。
明日テーブルにつかへんかったからっていって誰も責めへん。
いや、うちが責めさせん」
「逃げ出す人なんて…」「なっち!・・・みんな自分で考えてほしいんや。特に辻ちゃんと
石川さん、あんたらはうちらが巻き込んでしまった被害者や。できれば、早くここから
離れて、本来の自分の人生を歩んでいってほしい。
ええか?決めるんのは自分や。
見栄とか、面子なんか関係あらへん。自分の本当の気持ちに従ってほしいんや」
裕ちゃんはみんなの顔をゆっくりと見渡した。
裕ちゃんとの視線を避けるもの、挑む様に睨みつけるもの、
それぞれが、それぞれの反応を示しているが、共通して言えることは
みんな不安だった。
相手すらわからない状態で、一体誰に挑みかかればいいのかすら見えない状態で
ただ、不安だけしか見当たらなかった。
だから、本当にこの時点で即決できるわけはなかった。
言いかけ出していたなっちでさえ、迷っているんだろう。
死ぬのは怖い。
でも、仲間を見捨てるわけにはいかない。
でも・・・
- 322 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時24分19秒
「兎に角、この面子がそろって晩飯食うのはこれが最後や」
「裕ちゃん、最後ってそんな…」
「あほ、この一件が終わったら、あたしは完全に引退や。
南の島にでもいってのんびり暮らすつもりやから、
あんたらとは会えへんねん」
「あ〜矢口もついて行く」
「おう、一緒やで、矢口。
・・・さあ、乾杯や。圭織、もって来たんやろ?とっておきのグラス」
「うん」
「それ出して〜や、裕ちゃんの最高級ワインでみんな乾杯や」
「まだ、ほとんどが未成年だよ」
「ええねん、あたしが許す。今夜はあたしが許したる。ほら、なっちも手伝って」
なっちと圭織がワイングラスを配る。
加護と辻さんが既に空のグラスで乾杯を繰り返している。
加護はおどけながら千鳥足で酔っ払いを演じていた。
- 323 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時24分58秒
「ねえ、みんなで逃げちゃうってのは?・・・ダメ?」
ワインを次いで廻っていたなっちが、良い案を思いついたと言わんが
ごときの笑顔で裕ちゃんに尋ねた。
「無理やな。うちらその方面では有面人やしな」
「そう…そうだよね」
「全員ばらばらで逃げれば、逃げ切れるかもしれへんな」
「じゃあさ、そうしようよ」
「なっち…自分で決めるんや。みんなの答えがそうなったら、
その時考えよう」
「うん…」
あたしは後藤の顔を見た。何も言わず、あたしの顔を見つめていた。
彼女の目には迷いはなかった。どっちにしても、あたしについてくる。
その目はそう言っていた。
“バ〜カ”
声を出さずに後藤に言葉を投げかかると、後藤は口を尖らした後笑った。
- 324 名前:3‐10.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年06月23日(日)23時26分05秒
「じゃあみんなワイン持ったね。じゃあ乾杯しよ。
裕ちゃん何に乾杯する?」
「みんなのこれからの幸せにやな」
「うん。そうだね」
圭織はそう言うと立ち上がった。それにつられあたし達も立ち上がった。
「じゃあ、これからのみんなの幸せに・・・
がんばって〜いきま〜」
「「「「「「「「「 ショイ!!!! 」」」」」」」」」
- 325 名前:作者 投稿日:2002年06月23日(日)23時38分25秒
- 2週間に1回のペースになってしまってますが、更新は続けます。
>>313 梨華っちさいこ〜さん、石川の努力も吉澤の悩みも漸く
報われて、石川いちおしの作者としても肩の荷が下りたかな?
この後ふたりは…
>>314 さん
いえいえ、とんでもありません。「導かれし〜」はA24さん(様)
の作品で、おいらは違いますよ〜。
あれほどの作品を書かれている方々と間違えられるとは光栄というか、
顔が真っ赤になっちゃいます。
>>315 さん
いしよしをもっと入れるつもりだったんですが、サイドストーリーどまりに
なってしまってます。いつか機会があったら、いしよしで萌え!を書いてみたいですね。
- 326 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年06月26日(水)01時43分22秒
- おおお!! 更新されてるじゃないですか!!
作者さん、お帰りなさ〜い♪
コマメにチェックしてた甲斐がございました。
さぁ、面白くなってきやがったってな感じですね!
これが最後のバトルになるのでしょうか・・・
次回の更新が楽しみです♪
お待ちしてますからね〜
- 327 名前: 3‐10.神戸・加護亜依 投稿日:2002年06月26日(水)23時57分09秒
もう、夜中の一時を過ぎてる。
ずっとゲームをしている。
何も考えずに、ただただゲームをしてる。
隣には・・・ののがいる。
のの どうすんねん。
なんで家 帰らへんねん。
それとも、明日の朝一で帰るンやろか?
・・・本当は、ののの答えは知っていた。
うちと一緒にいる。
うちがどんな答えを出そうと、ずっとそばにいる。
だから、うちは今、何も考えずにゲームをしているんや。
今、夜の11時を過ぎた。
あと一時間・・・。
あと一時間は何も考えずに、ののとこうしてゲームをしていたい。
- 328 名前:3‐11.神戸・加護亜依 投稿日:2002年06月26日(水)23時58分07秒
「あ〜 あ〜、あいぼんずるい!」
「ほっほっほっ、またうちの勝ち〜」
「だってあいぼんずるしたもん」
「ずるしてへんわ」
「だってのの勝ってたもん」
「最後に勝ったもんが勝ち!」
「だってのの勝ってたもん」
ののが口を尖らして拗ねてる。
頬が赤いのは、今日飲んだワインのせいや。
初めて飲んだワインは、ちっともおいしくなかった。
ののはな〜んも考えずジュース飲むみたいに、一気飲みしたもんやから
うちより酔うとるんや。
「じゃあ、じゃあ今の無しな」
「うん、もいっかいしよ!」
「はいぃ〜」
- 329 名前:3‐11.神戸・加護亜依 投稿日:2002年06月26日(水)23時58分55秒
ののと一緒におると不思議なことがいっぱい起きる。
いままで一回もできへんかった鉄棒がすんなりでけたり、
ルールも良くしれへん将棋やトランプゲームに勝ち続けたりするん。
ののはちぃ〜ともかわらへんみたいやけど、うちはののからいつも不思議な
パワーをもろうとるんや。
うちもののと一緒にいたい。
でも、うちは・・・
うちはここに残る。
何処にも行けへんねん。
和田の隠し子という うちのもって生まれた傷跡は
そう簡単には消えへんねん。
一緒に逃げ出しても、結局うちは狙われるんや。
したら、うちひとりでののを守らないかん。
そんなん無理や。
だから、ここに残るしかあらへん。
でも…ののだけは巻き込みたくない。
ののが巻き込まれる理由は、全くあらへんもんな。
- 330 名前:3‐11.神戸・加護亜依 投稿日:2002年06月27日(木)00時00分06秒
「のの…」
「ん?」
「・・・なんでもない・・・」
のののキャラがTVの中で派手な音と共に消し飛んだ。
その後を追うようにうちのキャラがゲームオーバーを迎えた。
「あいぼん・・・・」
「ん?」
ののは“Continue”の文字が踊る画面を見つめたまま、うちを呼んだ。
「ののなぁ・・・」
そこまで言うとののはうちの方に振り向いた。
目にいっぱい不安の色に染まる涙を溜めた笑顔が、儚く揺れた。
「のの、あいぼんのそばにいても・・・いいの?」
すぐに頷くことはできへん。
ののを巻き込むことは・・・
寂しさのはうちも同じや。
びびってるんのはうちのほうや。
助けてほしいのはうちのほうや。
でも、ののを・・・
「あいぼん・・・のの・・・」
ぎこちなく軋む音が聞こえてくるほどぎこちなく
うちの首は縦にひとつ折れた。
のの・・・ごめんな・・・
- 331 名前:作者 投稿日:2002年06月27日(木)00時05分16秒
- 風邪引いて会社早引けしたんで、ちょっとだけ更新できました。
あっ例によって>>327 3-10.じゃなくて 3-11.です。
>>326 さん お待たせしてホントすみません。バトルはもう少し先です。
夜が明けるには、まだ時間がかかりそうです。
- 332 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年06月27日(木)03時17分29秒
- なんと!! 昨日カキコしたらもう更新されとる!!
作者さん、お疲れです♪ もうマジで嬉しい・・・
私はこの話の続きが読めるだけでも幸せです。
風邪ひかれたんですか? お大事になさってくださいね・・・
更新の方、また楽しみに待ってます!
- 333 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年07月01日(月)08時09分09秒
- これからキツイ展開になるのかな…
みんな生き延びてほしいです。
- 334 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時06分58秒
ののが横で寝返りをした。
うちのうえにかかっていた蒲団が引っ張られて、上半身があらわになってしもうた。
うちはののに気づかれんよう、そっと起き上がりののを寝顔を覗き込む。
のの…ほんまに…
ののの寝顔はいつもと同じように穏やかで、とても可愛いかった。
うちはそっとののの柔らかなほっぺたにキスをした。
やわらかいののの頬の感触が、うちの唇に伝わってくる。
その感触が、うちの頬を紅く染めていく。
ののがまた寝返りを打ちながら、うちがキスした頬を左手で拭った。
なんかその姿がすんご〜く可愛かったんで、
もう一回、ののの頬にキスをした。
- 335 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時08分33秒
うちはそっとベッドを降りて廊下へ出る。
電気の点いていない廊下には、青白い月の光が
静かに降りていた。
耳を澄ますと、僅かに話し声が聞こえた。
中澤さんやろか?
だれもが眠れない夜をまんじりともせず過してるんやろか。
うちもそのひとりや。
明日の朝、何人が残ってるんやろ?
うちらこの先、どうなるんやろ?
やっぱり…死んじゃうんやろか?
窓の外には、たわわに実をつけてるレモンの木が一本見えた。
黄色い実は暗闇の中でも輝きを放ち、その存在を自らアピールしていた。
花は毎年毎年同じように咲き、実をつけていく。
それを見るうちらには、来年は無いのかもしれへん。
来年、あの実を見るのは、うちらではないのかもしれん。
誰が死のうと誰に見られようと、来年の今ごろにはあのレモンの木は
今年と同じように実をつけてるんや。
それは、当たり前のことだけど、今のうちにはあのレモンの木がちょっぴり
羨ましかった。
- 336 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時10分20秒
廊下の突き当りには、市井ちゃんと後藤さんの部屋がある。
市井ちゃんに会いたい。
うちの判断は正しかったのか聞きたい。
そして、もし違っているなら叱ってほしい。
市井ちゃん・・・
その出会いは、仕組まれたものだった。
その幕が上がったのは、中東のダマスカスの雑踏の中だった。
うちの案内をしていたムハンマドが、うちの元を一度離れる。
それがうちと市井ちゃんの仕組まれた物語の始まりだった。
- 337 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時11分17秒
地面にしゃがみこみ泣き出す。
すぐにあたりは人だかりになり、アラビア語が頭上を飛び交う。
優しく声を掛けてくれるアラブの人たち。
そして、
そこに市井ちゃんが現われたんや。
ボーイッシュな髪は、すこし埃でくすんだような色やった。
- 338 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時12分21秒
ののと出逢ったときは、全くな〜んの違和感も無かった。
例えば、家に帰ると家族がいる。まあ、うちの場合長いこと一人やったんけどな。
でもまあ大抵の場合、玄関を開けて“ただいま〜”ゆうと、
そこにお母さんがいて、妹がいて、髪の毛を染めた弟なんかいたりして、
見飽きた何時もと変わりの無い顔がある。
あ〜なんか代わり映えせ〜へんなと思いながらも安堵感が沸いてくる。
ののは初めっからそんな感じだった。
ずっと、一緒に暮らしている家族のような…。
- 339 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時13分36秒
でも、市井ちゃんの第一印象は違った。
衝撃…そうというのが一番ぴったりするんかもしれん。
全ての人から、全てのものから浮き上がっていた。
それはダマスカスていう異国に居るからやなく、
市井ちゃんがうちのターゲットだからやなく、
憂いに満ちた表情だった市井ちゃんの姿が、うちの視野の中に入った瞬間、
うちを取り巻いていた人達もざわめきも全てが消え、
市井ちゃんの鼓動すら聞こえてきそうやった。
市井ちゃんは強かった。
市井ちゃんは優しかった。
包み込まれるような暖かさに、死んだお母さんが重ね合った。
だから、すぐに市井ちゃんの虜になってしもうた。
ターゲットである市井ちゃんを裏切る自分が嫌いやった。
でも、市井ちゃんはうちの裏切りが分かっても、なにも変わらへんかった。
- 340 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時14分27秒
市井ちゃん・・・
市井ちゃん・・・
うちどないしたらええん?
ののはうちに此処に居て良い聞いた。
うちは力なく頷いた。
それは、ののにそばにいて欲しいていう、うちのわがままや。
でも、うちはなにもでけへん。
ののを守るどころか、みんなの邪魔になるんやないやろか?
「市井ちゃん、うちここにいてええんの?」
- 341 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時16分09秒
廊下の向こうの部屋に市井ちゃんが居る。
うちはその部屋の前に行き、そっとドアを開けた。
部屋に市井ちゃんはいなかった。
暗い部屋の中で、後藤さんのコンピューターが彼女の寝顔を照らしていた。
うちは後藤さんに気づかれないように、そっとドアを閉めようとした。
「待って」
コンピューターから後藤さんの言葉が流れてきた。
一瞬動きが止まった。
「待って」
うちは、その言葉に弾かれたように部屋から飛び出した。
背後で閉まったドアに凭れ掛かって、息を整えた。
- 342 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時17分11秒
あかん…逃げたらあかんねん。
これが最後のチャンスかも知れへんねん。
後藤さんに謝らなきゃ。
今、後藤さんに謝らへんかったら、うちは一生後悔する。
黙っていれば、誰にも気づかれへん。
後藤さんだってあの時意識は無かったはずや。
だから、うちが黙ってれば…。
でも、自分自身を騙すことは出来んかった。
何度後藤さんの部屋の前にきたんやろう。
後藤さんがうちの家に来てから、後藤さんの部屋の前で何度
泣き崩れたんやろう。
でも・・・でも、でも。
本当にこれが最後のチャンスかもしれへんねん。
例え生き残っても、この先もう二度と後藤さんに話し掛ける
勇気が出ぇへん気がした。
うちは振り返り、再びドアを開けた。
- 343 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時18分29秒
「ご…後藤さん…」
「加護ちゃん…よかった。戻ってきてくれたんだ」
「…あ、あのですね。ご…ごめんなさい」
青白い光に照らされている後藤さんの顔が、少しゆがんだ。
「なに?」
「えっとですね。うちな…後藤さんな…頭撃ったん…」
頭がぐちゃぐちゃだった。何を言ってるんか自分自身分からんかった。
「後藤さんの頭撃ったのあたしなんです。
ごめんなさい!」
ものすごい早口で喋った後、深く頭を下げた。
体中の血液が頭に集まっている気がした。
手足が冷たく感じる。
耳元で血液が流れる音がガンガンしていた。
- 344 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時20分24秒
「なんだ。そんなことか」
「えっ?」
「知ってるよ」
「知ってるって、うちが撃ったん知って…」
「あれは加護ちゃんが撃ったんじゃないよ」
「でも、うち銃握ってたんや」
「そうね…
ねえ、加護ちゃん。その記憶は一生消えないかもしれない。
でも、加護ちゃんには、そんなことで悩んで欲しくない。
あたしが許すって言ってるんだから…」
聞こえているのは、コンピューターが作り出している機械的な声や。
抑揚感もなく平坦な口調のその音は、後藤さんの意思を乗せる事により、
うちの心に暖かく響き渡った。
- 345 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時21分39秒
「あのさ、もし責任感じてるんなら、後藤のお願いを聞いて欲しいんだけど」
「…なんですか?」
「市井ちゃんをね。
市井ちゃんを守って欲しいの」
「う…うん」
「約束してね」
「うん…」
自分自身を守れへんうちが、市井ちゃんを守れるわけあれへんかった。
でも、後藤さんの笑顔を見ていると断れへんかった。
「ごめんね」
「へっ?」
「無理なこと頼んじゃって」
「そんなこと無いです」
「あのさ…」
そいうと後藤さんの右腕が持ち上がり、あたしのほうに伸びてきた。
伸ばした腕が小刻みに震えている。
指を動かせるようになったんのは知ってた。でも、腕が動くまで回復してるのは
知らへんかった。
「握手」
そう言うと、後藤さんが微笑んだ。
「はい」
うちは後藤さんの手を握った。力を入れると砕けてしまうんやないか
思うほど指は細かった。でも、いまのうちにはその指が力強く感じられた。
- 346 名前:3-12.神戸・加護亜依 投稿日:2002年07月07日(日)07時22分44秒
「後藤、加護ちゃんが銃で市井ちゃんを守れるなんて思ってないよ」
「…だ、大丈夫です。練習はしたし、上手いって保田さんも誉めてくれたんです」
「加護ちゃんは、どんなことがあっても生き延びてね。あなたが生きていることが
市井ちゃんを守ることなんだから」
「それは、後藤さんも同じです」
そう言うと、後藤さんが笑った。
微かだけど、コンピューターじゃなく、後藤さんの笑い声がした。
窓を見ると、もう随分明るくなっていた。
- 347 名前:3-12.神戸・加護亜依&市井紗耶香 投稿日:2002年07月07日(日)07時23分42秒
朝がやって来た。
運命の朝が…。
- 348 名前:3-12.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年07月07日(日)07時24分48秒
何人が残るんだろう。
こんな馬鹿げた戦いのために、何人が残るんだろうか
人生には色んな選択がある。
此処に残る者、去る者。
どちらが正しいなんて答えは無い。
どちらを選んでも、待っているのは地獄なのかもしれない。
でも、自分の道は自分の意思で道を選びたかった。
- 349 名前:3-12.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年07月07日(日)07時25分56秒
加護はどうすんだろう?
加護には生き延びて欲しかった。
辻ちゃんと一緒に逃げて欲しかった。
加護なら、あたしらと違い追っ手も油断するだろうし、
万が一…
加護にはやはり銃を使って欲しくは無かった。
たしかにトルコで彼女に銃を渡したのはあたしだ。
でも、やはり人を撃って欲しくなかった。
人を撃つという事は、自分の人生をその分削っていくということだ。
加護の人生には必要のないことだ。
あたしが加護を…。
何人が残るのか分からないが、余裕は無かった。
後藤ですら、自分の身は自分で守らなければならないだろう。
生き残るか死ぬかは、その人の運命なのかもしれない。
- 350 名前:3-12.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年07月07日(日)07時30分24秒
圭ちゃん。
見てますか?
みんなを守ってね。
もし、誰かの運命が悪い方向に向かったら、
圭ちゃん、神様と話しつけてあたしらを守ってね。
でも、それでもそっちに行くような事があったら、
また、仲良くしてよね。
先輩面なんかするなよ!
- 351 名前:3-12.神戸・市井紗耶香 投稿日:2002年07月07日(日)07時38分11秒
日は昇り、朝を迎えた。
窓の外には、昨日と変わらない朝の風景が広がっていた。
- 352 名前:書いてる人 投稿日:2002年07月07日(日)07時51分28秒
- ようやく、撒き散らしていた伏せんをほぼ拾い終わりました。
ラストに向けて、後は突き進むだけなんですが…
相変わらず更新遅そうです。すみません。
>>332さん 風邪は大したこと無いです。どちらかといえば、さぼりに近かったですね。
たまにはサボらないとやってられないですから!
>>333 梨華っちさいこ〜さん そうですね。まだ、書いてないんで(オイオイ!)
なんとも言えないけど、なるべく…とは思ってます。
- 353 名前:作者 投稿日:2002年07月08日(月)02時39分02秒
- すみません。やっぱり此処で第三章終わりにします。
- 354 名前:作者 投稿日:2002年07月08日(月)02時46分04秒
- 第三章 〜Destiny〜
完
- 355 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年07月08日(月)19時18分56秒
- 作者さん、更新お疲れでした。
いよいよ決断の朝がきてしまいましたね!
次章も目が離せません!!
この作品、名作として某HPで紹介されてましたよ!
やっぱ、この作品はすごい・・・
第4章も、楽しみに待っております。
- 356 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時09分23秒
前方の黒い車は、青山通りを離れ外堀通りへと移っていった。
この先は国会議事堂を初め多くの省庁が犇いている。
行き先は何処だ?
議事堂か?いや、それならこの道を使うはずが無い。
それとも、総理官邸か?
「後藤、今外堀通りを虎ノ門方面へ向かった」
あたしの報告で、神戸に居る後藤と加護が地図の上をトレースしているだろう。
大きな地図の上で、ハシャギながら辻さんと加護があたしの駒を動かしているのが
目に浮かぶ。
神戸に残ったのは、後藤と加護と辻さん。それと、アヤカに未だ意識を戻さない
東山だった。
- 357 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時10分41秒
あたしは加護に一丁の銃を持たせた。
もちろん、それが意味するものが何なのか、加護も理解しているだろう。
加護に全員が守れるとは思っていない。せめて辻ちゃんだけでも逃げてくれれば…、
僅かな時間稼ぎに過ぎないことは、十分すぎるほど理解していた。
そして、犠牲になるのは…
「吉澤がいないのは痛いな…」
今更嘆いてみても始まらない。
それは、吉澤が選択した道であり、批難すべきことではなかった。
今吉澤に何か言えるとしたら、何処までも逃げて欲しいということだけだ。
石川さんを連れて逃げ切って欲しい。
ただそれだけだ。
- 358 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時13分16秒
でも、それにより戦える人数が減ったのは確かだった。
実行犯組だったのは、あたしと引退してからもう随分経つ裕ちゃんだけだ。
なっちはもちろんその昔実行犯のエースだった。でも、もう人を撃つことは出来ないだろう。
圭織や矢口だってそうだ。人を撃つなんて事が出来るんだろうか?
まして、相手はバーニングだ。一瞬の判断が生死を分けるこの戦いをどうやって…。
こんなんじゃ…。
いや、それを考えるのは止そう。
悪い考えは、悪い結果を生み出す。
あたしらは、もう来るとこまで来てしまったんだ。
もう、進むしか道は残されちゃいないんだ。
其処に、どんな未来であろうと。
- 359 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時14分33秒
前方の黒い車の後部座席に鎮座するのは渡辺だ。大手新聞社のドンであると同時に
数々の会長や顧問をこなす老体は、80を迎えようという歳を迎えても衰えることを
忘れたかの如く、エネルギーの放出を止めようとしなかった。
こやつの政財界での顔の広さは一般にも知れ渡っている。でも、その影響力の大きさは
マスコミの派手な記事に比べると、小物に属するというところが正直なところらしい。
それは、今のあたしらにとっては、うってつけの存在だった。
渡辺の場合、バーニングを直接動かすだけの力は無い。
何かあれば、あたしらに対抗しようとバーニングを動かせる人物に
接触をしようとするだろう。
バーニングを牛耳っている者が誰か分からない今、渡辺の顔の広さと、
マスコミに人気がある…それは厭味か、それ故に渡辺が持つプライドが
あたしらをバーニングへと導いてくれるだろう。
- 360 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時17分28秒
この計画の立案者は、以外なことに辻さんだった。
あたしたちの戦うべき相手、裏の裏で絵を描いているものを引きずり出すことは、
不可能に近いということは分かっていた。どこまでいっても、その人物の名前の
断片すらでてくることは無いだろう。
バーニングを牛耳っている人物が大元ではない。
万が一、大元まで辿りついて正義を唱えたって、あたしらへの攻撃が止むわけではない。
そう指摘したのが、辻さんだった。
- 361 名前:4-1.永田町・市井紗耶香 投稿日:2002年07月21日(日)00時19分10秒
あたし達の目的は、一人でも多くあたしらが生き残って、平穏な日々を手に入れることだ。
そのついでに、世間にこいつらの悪事を暴露してやれればいい。
それだけだ。
どうせ、いくらあのフロッピーの中身をぶちあけても、何も変わらないものは
目に見えている。週刊誌のネタ以上のものになるのは、困難かもしれない。
フロッピーの中身はまだ分からないが、Jr.全滅させ、ジャニが言うように
政治家が壊滅状態になるほどの情報を、まともに受け答えするはずは無い。
情報源は、あのフロッピー一枚しかないのだ。知らぬ存ぜぬで時間稼ぎをすれば、
飽きっぽいこの国の国民のことだ、時間がたてばすぐ忘れてしまうだろう。
万が一、事が大きくなっても、“原因は然るべき手段を持って早急に対処する”
という政治家の常套手段が横行するだけだ。
真相はいつも闇の中のままだ。
「17:30 総理官邸に入った」
あたしは官邸を通り過ぎ、六本木通りを右折したところでバイクを止めた。
- 362 名前:書いてる人 投稿日:2002年07月22日(月)23時45分40秒
- 第四章始まりです。
少ないけど、更新です。もう少しうPしようとしたけど、
やはりしばらくお待ちください。
ホントナサケナイデス。ごめんなさい。
- 363 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時40分29秒
渡辺が再び官邸を後にしたのは23時を廻ったころだ。
偉い人たちのやることは理解できないことが多い。
この日、官邸に総理はいないのだ。誰と何のために会っていたのだろうか?
こんな長い時間…。
待っているこちらも堪ったもんじゃない。
いくらなんでも、こんな場所に5時間も6時間も立っているわけには行かない。
あたしは何度もなっちや圭織と交代しながら渡辺らが出てくるのを待った。
あたしの周辺をなっちが監視している。そして、その2人を圭織が監視している。
監視しているものは得てして自分が監視されている事に気づかないものだ。
あたしらは既にバーニングのターゲットになっている身だ。
そのための二重三重に安全を図らなければ、あたしらは簡単に全滅するだろう。
- 364 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時41分06秒
「市井ちゃん、なっちのバックアップに廻って」
後藤からのメールが届く。
「りょ〜かい」
あたしは携帯に向かって返事をした。
“なっち気をつけてね”
そうメールを打つと、いきなりなっちから電話が掛かってきた。
「うっさいな〜紗耶香は。んなことなっち、言われなくても分かってるって!」
思いっきり不機嫌そうな声で、あたしに文句を言うと一方的に電話は切れた。
- 365 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時42分03秒
前方になっちの赤いローバーミニが見える。なっちの荒っぽいというか、
周りを見ていない運転があたしの肝を冷やす。
あたしは、なっちの車を見送るとバイクを走らせた。
車は案の定、赤坂の料亭へと向かっていた。
黒塗りのリムジンは、小さな路地へと消えていく。
そのすぐ後をなっちが付いていく。
馬鹿なっち!そんなんじゃ尾行していることがすぐにばれるじゃんかよ。
その考えは、圭織も同じだったようだ。
あたしの後方に居るはずの圭織の車が、いつのまにか渡辺のリムジンとなっちの間に
割り込んでいた。
「なっち、一度下がって」
「なんでよ〜」
「なんでも」
あたしの電話に不服そうに答えながらも、あたしの後へと下がっていく。
擦違い様になっちの車を覗き込むと、案の定、思いっきり舌を出していた。
- 366 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時43分37秒
渡辺の車が、赤坂の料亭が点在する界隈へと進んでいった。
道は細くなり、行き交う車の数もめっきり減ってきた。
先頭を行く圭織から、渡辺の入った料亭の名前が告げられた。
それはあたしたちが予定していた料亭だった。
バイクで、ゆっくり道を横切る。
少しだけ、脇道の方へ顔を向ける。
料亭の前の道は、車が何とか通り過ぎることが出来るぐらいの幅だ。
その狭い道を、料亭の質素な裸電球が照らし出していた。
光の片隅にリムジンが停まっている。その車には、もう渡辺は居ない。
見えるのは、タバコの赤い火を燈している秘書の後姿だ。
「なっち、準備良い?」
「あいよ」
携帯から、なっちの意味も無く明るい返事が聞こえた。
あたしは後を振り返り、圭織に目で合図を送った。
ライトを消した圭織の車のなかで、彼女の目がゆっくりと一度閉じた。
あたしは、左手にすっぽり納まるほど小さな銃を取り出す。
「いくよ」
なっちの車が狭い路地を、こちらに向かって走ってくる。
「3…2…1」
距離を見計らって、バイクを路地へと進めた。
- 367 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時44分19秒
なっちの車が、あたしの真正面へ向かってくる。
なっちの笑顔があたしを捕らえている。
まるで、悪戯をしようとしている子供のような笑顔だ。
リムジンとなっちが擦違おうとしていた。
そのわずか1mにも満たない隙間を、あたしは駆け抜けた。
火花が散る。
キィイイーという短いブレーキ音の後、なっちの車が斜めを向いたまま
リムジンの左前方へとめり込むのが、サイドミラーで確認できた。
衝撃音は小さかった。それでも、大通りから道を幾つか隔てたこの場所では
驚くに十分な音が響いた。
あたしは、バイクに跨ったまま周りを注意深く観察した。
窓を開ける音はするものの、人が現われる気配はなかった。
- 368 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時45分13秒
路地では、リムジンから降りた秘書が、ハンドルに覆い被さったまま動かない
なっちに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけているのだろう。男が運転席を覗き込んだ。
その瞬間、男が弾き飛ばされた。
なっちがスタンガンを男に突きつけたのだ。
- 369 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時46分04秒
あたしは再びクラッチを繋ぎ、なっちの元へと急いだ。
「大丈夫?」
男の体が、なっちの車の横に転がっていた。
「この人、重すぎ!」
男の身長は180cmはあるだろう。痩せているとはいえ、その体重を
なっち一人で担ぎ上げるのには無理があった。賢明に男の体を持ち上げよう
としているが、所詮なっちでは無理だ。
「なっち足を持って」
「うん」
あたしは運転席を倒して、後部座席へ男を押し込んだ。
「なっち、もっと大きな車用意するって言ったじゃん」
「でも、なっちこの車しか運転したことないし」
「あ〜はいはい。とりあえず注射打つの忘れないでね」
そう言い残してまた、あたしはその場を離れた。
- 370 名前:4-2.赤坂・市井紗耶香 投稿日:2002年07月24日(水)23時46分49秒
角を曲がると、圭織が立っていた。
「どうだった?」
「う〜ん、なんも…」
周りにはバーニングが居ないのだろうか?
それとも、今は何もせずに傍観するだけなのだろうか?
どこかに居る。
あたしたちは、今日ずっとその感覚を感じていた。
気のせいかと思えるほどわずかな感覚ではあるが、
修羅場を潜り抜けたものだけが感じることの出来るこの感じは、
間違いなくあたしたちに一日中纏わり付いていた。
あたしらの横をなっちの車が軽快に通り抜けた。
擦れ違い様に、なっちがウィンクを投げてきた。
「紗耶香、行って。あたし連絡取ったら追いかけるから」
「うん」
なっちの車が、大通りへと向かう。
あたしは少し間を置いて、その後を追いかける。
やはり、何処かに居る。
濃厚な気配が、一瞬あたしの体を強張らせた。
- 371 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年07月28日(日)23時57分59秒
- おおっ! なんだか緊迫した展開ですね。
果たして作戦どおり旨くいくのでしょうか・・・
次回も楽しみです。
作者さん、忙しい中更新ありがとうございます!
代表して私が言わせて戴きました(w
- 372 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時08分20秒
「そう
…分かった。
うん
そっちも気ぃーつけーや」
携帯を切って振り返ると、矢口とみっちゃんが覗き込むように
あたしを見つめていた。
「もう終わったようや。一歩遅れてもうたな」
髪を掻き揚げながらそう言うと、二人は大きなため息を吐いた後、
東京に着くのが遅れた原因を、お互いに擦り付け合っていた。
「はいはいはい、そんなことしてる暇あったら、さっさとこっちも始めな」
「でも、みっちゃんがごねてなきゃこんなに…」
「なにゆうてんねん。うちは単にあんたらに、やばいものを卸していただけなんやで。
なんでこんな危ない橋を!」
「だから!あんたらいいかげんにしぃ!」
「「はい…」」
- 373 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時09分00秒
「でも、よっしぃーが居てくれれば…」
矢口が寂しそうに呟いた。
「矢口…」
矢口の肩に手を置くと、矢口は下を向いたまま、その手の上に自分の手のひらを
重ね合わせた。
「わかってる…」
沈黙
矢口は唇を軽く噛みしめたまま俯いていた。
- 374 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時10分50秒
既に0時を廻っていた。
八重洲口を通り過ぎる人は、誰も足早だ。
この場所は、他の駅に比べるとドラマが少ない。
誰もが押し黙ったまま、足早に通り過ぎていくだけだ。
あたしらはその片隅に立ち止まっていた。
ここでこうやって立ち止まっていると、人々に世間に置いてかれていく気がする。
いや、とっくに置いてかれているか…
俯いていた矢口が顔を上げた。
矢口は、何時もの矢口の顔をあたしに見せた。
「矢口…」
あたしは矢口の頭をクシャクシャと撫でた。
「さぁ、いくよ。うちらも負けてらへんで」
「みっちゃん、それはうちの台詞や。
自分、おしいとこ持ってかんといて」
僅かな間だけの笑顔。
でも、その笑顔が今は貴重に思えた。
- 375 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時11分54秒
紗耶香が誘拐したのは、渡辺の第三秘書だ。
ただの秘書なら、わざわざ第三秘書を狙う必要はない。
彼は渡辺の秘蔵っ子や。
渡辺の甥に当たる彼は、その血縁関係に頼らず自分の力で這い上がってきた男だ。
渡辺は誰よりも彼のことを気に入っており、
だから、39歳という若さで第三秘書に抜擢したのだ。
- 376 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時12分39秒
さあ、これからが問題や。
このままでは、ただの誘拐で終わってまう。
渡辺に、警察ではなくバーニングを動かさざるを得ない状況にせないかんかった。
そのためには、渡辺のプライドに傷のつくようなことを要求すればええんや。
警察やマスコミには知られたくないことで、秘書と交換するのだけの価値のあること。
渡辺にはそれがあった。
いや、この国の政治家を初めとする財政界に巣食う餓鬼どもは、
多かれ少なかれそういったものを持っている。
それを表に出すか裏で処理するかは、ほんの一握りの人間の胸の内次第や。
ほんま、けったクソ悪いたらあらへん。
どんな情報をもそいつらの駒のひとつになり、この国を動かす際の駆け引きに
利用されているんや。
- 377 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時13分45秒
まあ、うちらが掴んだ情報も、裏取引に関する良くあるといえば良くある
情報や。政治的に利用するだけの価値はそんなにないやろ。
でも、そこに未成年の愛人が絡んでくると、マスコミの格好の餌食になるのは
目に見えていた。
渡辺は政界には出ないという替わりに、その勢力を広げることを黙認されてるらしい。
渡辺が与えるマスコミや国民に与えるインパクトは大きい。
もし彼が政界へ入った場合、彼のコントロールは極めて難しい問題になることは
目に見えていた。彼の感情の起伏の激しさは、時には暴言へと繋がっていたが、
それは財政人としては許されるやろうが、政治家としては問題に成ることが多々ある。
渡辺の最終目的は、それでもやはりこの国を動かすことや。
渡辺は、甥の松本人志を政界へ送り込み、自分の手足として国を動かすことを
企んでいた。
その企みが、上手くいこうが失敗に終わろうがどうでもええ。
肝心なのは、確実にバーニングへ依頼をするように仕向けるっちゅうことや。
- 378 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時14分21秒
通常、そんな仕事はJr.かUFAが受けていた。
アンテナを張り巡らし、問題が起きてそうな人へつんくさんや田原が擦り寄っていく。
そうやって、闇に葬っていたシステムは崩壊している。
残るのは、信頼の置けない小さな集団か暴力団、そしてバーニングしかなかった。
今更、実績も秘密保持も危うい集団に頼むより、渡辺ならバーニングを動かそうと
するやろう。それだけの表向きの地位と金を渡辺は持っている。
- 379 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年07月30日(火)22時15分36秒
ひとつ気になるのは、紗耶香の言ってた気配や。
あたしらを見張る理由があるのは、バーニングしかおれへん。
今この時点で、あたしらの企みがバーニングにばれるのは、ちょっと痛い。
紗耶香たちも東京に来る間にかなり遠回りをしてきたはずや、
それでも、感じる気配か…。
ううっ、寒気がする。
「祐ちゃん、どうしたん?ふるえてるやんか」
みっちゃんが覗き込む。
「何でもあらへん。単なる武者震いや」
「え〜、裕ちゃんそれ絶対ビビッて震えてんだよ〜」
「矢口うっさい!あんたは早く車用意してきぃ!」
矢口が小走りで、表へ走っていった。
「やぐち、やっぱかわいいな〜」
あたしの独り言に、みっちゃんがそればっかりやと突っ込む。
ハムスターが走ってるみたいや。
矢口、
あんただけは、守ったるで。
あたしは、ひとり矢口の背中に誓った。
- 380 名前:書いとる人 投稿日:2002年07月30日(火)22時20分13秒
- >371さん いつも有難うございます。ホント励みになっております。
忙しい方が何故か筆が進む…ときもあるのが不思議です。
今後もよろしくお願いします。
- 381 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年08月04日(日)20時04分30秒
- 作者さん大量の更新お疲れ様でした。
いいですよね!こういう緊迫感のある、ドラマチックな展開。
いつも楽しみにしてますよ!
お忙しいでしょうが、暇を見つけて更新していただけると嬉しいです。
しかし現実の娘。さん達も大変な事態になりましたよね。
ここの娘たちの様に、チームを組んでUFAと戦ってくれると
嬉しい・・・なんて思ったりて(笑)
- 382 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月06日(火)04時28分59秒
- 久しぶりに見てみたら一杯更新が。
いよいよ佳境みたいですね。
がんばってください。
- 383 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年08月09日(金)00時53分47秒
- 姐さん素敵です。かっこいいです。
- 384 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時29分07秒
赤坂に着いたときには、既に日付は替わっていた。
「圭織、状況は?」
携帯で圭織に連絡をする。
圭織の車は、料亭の路地の反対側出口に居るはずや。
「う〜ん、まだ全く気づいてないみたい」
よかった。
まだ間に合った。
間に合わなければ、次のプランに移行するだけのことなのだが、
渡辺には、直接顔を見せておきたかった。
聞きたいこともある。
- 385 名前:4-3.東京・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時30分03秒
「裕ちゃん、準備でけたで」
みっちゃんの声がイヤホーンから流れてきた。
「なっち」
「…聞こえるよ」
「そっちはどう?」
「ああ〜と、どこだ?此処」
「今横浜新道に入ったところ。
あっちょっと待って今トンネル入るから」
紗耶香の声が割り込んできた直後、ザザザッと言う音と共に通信が切れた。
- 386 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時31分31秒
紗耶香たちは松本を連れて、閉園となった横浜の遊園地に向かっていた。
その遊園地の跡地は、中古車のセリ市にするべく売買されたのだが、
周辺住民の反対と遊園地の親会社との間で行われた不透明な取引が報じられると、
遊園地は、取り壊し半ばで放置されたままになっていた。
「裕ちゃん、聞こえる」
「聞こえるよ。なっち」
「松本はまだ眠ってるよ。こっちは予定通り。そっちは?」
「今から潜入するところやけど、
そっち、起こしてもらわんと始まらんのやけど」
「だって、車ン中だよ」
「あ〜わかった、わかった。で、あと何分くらいで着くん?」
「え〜とね…」
「後30分ほしいんだけど」
紗耶香の声が割り込んできた。
「了解、準備できたら連絡して」
「OK!」
なっちが勢い良く返事をする。
非常時になればなるほど、なっちの声は弾む。
「なっち、たのんだよ」
「あいよ」
(ほんとうに、たのんだよ)
あたしは銃を握れなくなってしまった嘗てのエースに願いをかけた。
- 387 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時32分43秒
「矢口」
「あいよ」
「いくで」
「おうよ」
乗ってきた車の屋根に乗り、そこから塀へ飛び移る。
慎重に監視カメラを跨ぎながら後ろを振り返ると、
矢口が懸命に腕を伸ばしていた。
この手の政治家ご用達の料亭は、セキュリティーが厳重や。
この塀の彼方此方にも、カメラや赤外線センサーが仕掛けられとる。
でも、このカメラの真上だけが盲点やった。
わずか数センチの隙間に足を乗せ、矢口を引っ張り上げると同時に
塀の中へと飛び降りた。
カサッという必要最小限の音と共に着地をすると、すぐに矢口が降って来た。
「うっ」
矢口を両手で受け止める。
「矢口、少し太ったんちゃう?」
「うっさいなぁ」
そう言いながらも、素早く身をかがめて辺りを見回す。
形のいい松に、白い砂利。
ちょろちょろと流れる水の音が僅かに聞こえる。
料亭の庭なんて、そう何度も見たわけやないけど、
静寂を形に変えた日本庭園は、中で行われている魑魅魍魎の空気を
浄化させているかのように穏やかやった。
- 388 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時33分27秒
廊下の奥のどの部屋からも明かりが洩れている。
時折、どっと沸く声が聞こえてくる。
気づかれた様子は無い。
目で合図をすると、矢口は一度頷いた後、すべるように廊下の下へと潜り込んだ。
数人のおやじと着物を着た女性が、楽しげに廊下を歩いている。
女性の腰に腕をまわしているおやじは、テレビでおなじみの政治家だ。
その集団が矢口の直ぐ上を通り過ぎる。
矢口の目の前に彼らの影が映し出されていた。
その影が消え、話し声が遠ざかると、矢口は廊下の下にはめ込まれた板を外した。
- 389 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時34分31秒
この料亭は、毎朝のように盗聴器の捜索を行っている。
そして、ほぼ毎日のように盗聴器は発見されていた。
それを防ぐための厳重なセキュリティーも、必ずどこかに抜け道があった。
そして、盗聴より確実で昔からの手法として、あの穴が作られたんや。
床下のことは、うちらの家業の中では公然の秘密やった。
そして、そこには暗黙のルールがひとつだけあった。
“そこに盗聴器を仕掛けない”
無線の盗聴器は、その性質上どうしても発見されてしまう。
最後の砦として、その暗黙のルールは今日まで破られること無く存在していた。
いつから使われているのだろうか。
そして、幾つのドラマを此処で目撃したのだろうか?
何年も何十年の間使われた此処の場所には、ゴザまで敷いてあった。
- 390 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時37分10秒
「矢口聞こえる?」
「聞こえるよ。今…楓の間にいる」
「ちょっまちぃ〜や。…みっちゃん、渡辺が何時も使ってる部屋ってどこ?」
「ん〜松の間かな?」
「はぁ?なんやそれ。何でも一等賞が好きやって?あほらし。
矢口聞いた?」
「うん、あほらしいね」
「ちゃう、松の間はそこから2つ奥の部屋や」
「分かってるって、うっさいな〜」
矢口が床下を這う音と彼女の息づかいが聞こえてくる。
「みっちゃん」
「なに?」
「表の渡辺のリムジン。移動させといてや」
「そんなん、とっくに移動したわ」
「そうか、ならええんやけど…」
「圭織」
「何?」
「そっちは?」
「一般の客が何組か入ったけど、異常なしだよ」
「そう…
…なっち」
「なによ?」
「遊園地には着いた?」
「まだだよ。裕ちゃんそんなに焦んないでよ」
「あ〜」
何を焦っているんやろ?
あたしは、早口で誰彼かまわず話しかけていた。
嫌な予感はずっとついて廻っていた。
この話はやばい。
体中が、あたしに警告を発し続けている。
でも、もう後には引けへんねん。
分かりきったことを、もう一度自分に言い聞かせた。
- 391 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時38分02秒
「裕ちゃん、渡辺居たよ」
矢口の囁く声が、緊張のためか擦れていた。
「動きは?」
「…まだ、宴も酣ってところかな?」
「そう、じゃあなっちのほう準備できるまで、まっててや」
「なっち早くしてよ。あたしこんな所長く居たくないから」
「わかってるって。あ〜もぉ〜ゴチャゴチャ言ってないで、そこで待ってなさい」
「なっち、後どのくらいかかりそうなんや」
「今原宿の交差点を曲がったところだから、もうすぐだよ」
「じゃあ、10分後…1時に始めるから準備しとき、ええな」
「「了解」」
- 392 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時38分45秒
矢口のマイクから、その宴の音が聞こえてくる。
渡辺の宴会の相手は、外務大臣の田辺だった。
悪名だけが世間に知れ渡り、外務省全体が自分のみを守ることしか考えなくなり、
小さくなりながら、この時代をやり過ごそうと言う雰囲気が蔓延する中、
田辺は彼の信じる選眼力で、彼が信じる者を大胆に抜擢をし、
外務省の活気を取り戻した功労者だった。
それでも、そのために流された血とお金は、数え切れないほどの数に及んでいた。
新聞に載ることなく命を失ったもの、薬漬けになり病院送られたもの…。
この国の国民は、そんなこととは無縁かのような顔で、呑気に暮らしている。
その恩恵だけを貪り食って…。
- 393 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月17日(土)23時39分29秒
「準備できたよ。松本も起きたよ」
紗耶香からの連絡が入ったのは、1時直前だった。
紗耶香の後で、なっちの悲鳴と松本らしき男の怒鳴り声が聞こえていた。
「大丈夫なんか?そっち」
「まかして、初めていいよ」
「矢口」
「はいよ」
「圭織」
「ん?」
「みっちゃん」
「なんやねん」
「始めるよ」
時間は、1時を廻ったところだった。
- 394 名前:作者やで〜 投稿日:2002年08月17日(土)23時50分10秒
- >381さん 此処数週間、現実の娘。の方がドラマティックで衝撃の連続でしたね。
なかでも、石川のドラマの棒(ry ならびに(違
>382さん なんとか此処までたどり着きました。書き始めてもう一年近くも経ってしまった。
反省です。 m(_ _)m
>383 梨華っちさいこ〜さん お久しぶりです。現実の姐さんの方が素敵です。
24Hテレビ見ながら、書いてみました。
- 395 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時32分53秒
いつのまにか雨が降ってきた。
霧雨や。
細かい霧雨は、ゆっくりと街を濡らし、あたしを濡らしていった。
雨に濡れた庭園は色を増し、静かに部屋から洩れる明かりに照らされていた。
あたしは濡れそぼちながら、圭織が鳴らす手筈の火災報知器の音を待っていた。
庭園の木々の葉先に雨水がたまり、しずくとなり地面へと落ちていく。
- 396 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時33分47秒
けたたましいサイレンが、突然鳴り響いた。
サイレンと共に各部屋から廊下へお客が飛び出してくる。
その間を従業員が縫うように走っている。
「渡辺、まだ部屋にいるよ」
渡辺がこれぐらいのことで部屋を飛び出してくるはずは無かった。
たぶん田辺もそうやろう。
廊下をこの料亭の女将が走ってくるのが見える。
多分、今居る客の中で一番格付けの上の者の部屋へいくんやろう。
案の定、矢口から女性が入ってきたという報告が入った。
- 397 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時34分48秒
あたしは立ち上がり、頭部をスッポリと覆ってた黒いフードを脱いだ。
素早く建物の壁までたどり着き、廊下の様子を伺う。
所詮、誤報程度の期待しか出来ない。
タイミングを逃すと建物の中にすら入れなくなる。
廊下のサッシは開いたままだ。
タイミングを計って、廊下へと上がる。
誰も気づいてへん。
あたしは何事も無かったように、ゆっくりと廊下を歩き
渡辺のいる松の間へ向かった。
矢口…。
「裕ちゃん、こっち準備OKだよ」
紗耶香…。
「こっちもOKだよ」
圭織…。
「いつでも良いよ」
みんな…
「いくで!」
- 398 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時35分47秒
「失礼します」
「ん〜」
渡辺の声を合図に、膝をつき襖を開ける。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をして部屋に入り襖を閉めた。
「どうなったんだ」
「やはり誤報のようです」
そう言うと同時に走り出し、渡辺の顎に一発拳を叩きつける。
渡辺は座椅子ごと後にひっくり返った。
何がおきたのか理解できてない田辺は、ただ唖然とした顔で
あたしを見ていることしか出来ないようだった。
「動くな」
銃を取り出し田辺に向けると、田辺の口が大きく開かれようとしていた。
プスッという発射音とほぼ同時に田辺が倒れた。
撃ったのは麻酔弾だ。
即効性は無いが、予想通り銃で撃たれたという事実が
田辺の意識を飛ばした。
- 399 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時36分52秒
倒れている渡辺は、まだ意識が回復していない。
その間に渡辺を縛り上げ、猿轡をする。
この男は、他人に自分の自由を束縛されることを嫌う。
例え銃を突きつけられようが、大人しく黙っているはずは無かった。
それが、あたしみたいなか弱い女性となればなおさらや。
「渡辺、捕獲
脱出の準備を」
「OK」
「圭織」
「仕掛けは済んでる。もう、首都高に乗ってるよ」
「矢口」
「真下に居るよ」
「みっちゃん」
「後4分20秒で片してな」
「まかしとき」
準備は整ったのを確認してから、渡辺を起こした。
- 400 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時37分40秒
「ううっ〜」
意識が戻るとすぐさま暴れよ始めた。
「申し訳ないけど、しばらくジッとしてくれませんか?」
「うううっ!」
それでも暴れようとする渡辺の左目に、銃口を押し付けた。
右目が異常なほど瞳孔が開き、あたしを睨みつける。
その目に映るあたしの顔と渡辺の記憶が一致した途端、
驚きの色が、一瞬瞳を支配した。
「覚えててくれたやなんて、光栄やわ」
目は口ほどにものを言うというが、渡辺の目には先ほどの怒りの色の中に
軽蔑の色が浮かんできた。
「単刀直入に言わせてもらうけど、
あんたの秘書の松本人志…。
こっちで預からせてもらってますわ」
銃を突きつけているにもかかわらず、また渡辺が暴れ出した。
「交換条件は、UFAの存続の保証。
出来へんなら、松本の命。
それと、あんたの一番若い愛人の公表や」
あたしは、心底この男の冷酷さと自分勝手さに辟易していた。
渡辺は、交換条件で松本の命と言ったとき、こともあろうことか
鼻で笑いやがったんや。
そして、愛人の話が出た瞬間に顔色を失った。
- 401 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時38分20秒
「そうや、もうひとつ条件があった」
その失った顔色が、また怒りに震えだした。
でも、何を言われるのかを恐れているのか、
視線はあたしの顔を見ているものの、視線が合うことは無かった。
「つんくさんが死んだんのは知ってるやろ?
ジャニが死んで、Jr.も全滅したやろ」
渡辺の視線は完全に外れてしまった。
それは、明らかにYesを意味する行動だった。
「なんで、報道せえへんねん。
だれが圧力かけたんや」
渡辺は、身動きすることすら止めてしまった。
こいつは、完全に知っている。
- 402 名前:4-4.赤坂・中澤裕子 投稿日:2002年08月18日(日)17時39分16秒
「小泉か?」
反応は無い。
「野中か?」
違う。
「宮澤…」
コメカミが微かに動いた。
「…おおきに」
その言葉が渡辺の脳に届く前に、あたしは渡辺の意識を奪った。
- 403 名前:書き人 投稿日:2002年08月18日(日)17時43分00秒
- 久しぶりののんびりした休日なんで、書いてみました。
”4-4.赤坂・中澤裕子” 先日の続きということで。
- 404 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年08月20日(火)20時17分33秒
- なんと!2日続けて更新してくれてたんですね。すごく嬉しいです!
エロ小説とかはどうも苦手でして(笑
作者さんが書いてくださるような、こういう正統派・娘。小説大好きなんです!
舞台は中近東から始まり、そして日本へ・・・
きっと作者さん自身が行かれた事があるんでしょうね。
すごくリアル感があり、ストーリーの流れも見事だったんで
初めて見つけた時 時間も忘れて夢中で読ませてもらったものでした。
ずっと応援してますからね〜 時間が出来たら更新してくださいね!
24時間TV見てました。
金と視聴率の為に娘。が利用されてる様で正直嫌でしたが
ついつい見てしまいました・・・はい。(^^;)
- 405 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時07分28秒
窓の外は、ひとつの明かりすら見えなかった。
この先には、ジャングルを模した木々が植えられ、
その先にこの島をぐるりと囲むように川が流れていた。
そこをボートに乗ってジャングル探検をするというアトラクションになっていたのだ。
しかし、そのボートは撤去され、川の流れは堰きとめられ、
流れを失った川は悪臭を放ち始めていた。
あたしたちは、松本を連れてこの横浜夢らんどの跡地にもぐりこんでいた。
この跡地は、本来ならすでに更地にされ、中古車の競市場か何かになっているはずだった。
でも、その工事は途中で中断され、ジェットコースターや観覧車が中途半端な形で
残されていた。
そのなんとも排他的で空虚な空間が、映画やテレビの撮影には持ってこいのシチュエー
ションをつくっていた。
現に昨日まで、ここで子供向けの変身もののテレビ番組の撮影をしていたようだ。
だから、多少ここで騒ごうが銃声や爆発音が聞こえようが、隣接する民家に怪しまれることはなかった。
- 406 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時09分36秒
だが、この倉庫の中で騒ぐのは、いいかげん止めてほしかった。
振り向くと、後ろではまだ松本が騒いでいた。
身動きひとつできない彼は、唯一自由になる口を休めることはなかった。
汚い言葉を羅列し、横にいるなっちに唾を吐きかけようとさえしていた。
また、それを受け流しもしないで、まともに受け答えしていたなっちもついに
切れてしまい、騒がしさに輪を掛けていた。
「ねえ、いいかげん黙っててくないかなあ」
「な、なんやねん。もうひとりの方かいな」
目隠しをされたままの松本は、明らかに怯えていた。
「さっきの渡辺とのやり取り聞いたでしょ?」
「ああ…だけどなあ、おやっさんはおまえらなんかと取引せえへんで」
「そりゃあ残念。あんたの命も、もう永くないってことだね」
「なななななななぁ、そんなこと言わんで助けてくれんかぁ?なあ〜ほんまたのんますわ
ほんま何でもする。裸で渋谷歩け言うならしたるでぇ〜、ほんま」
「ばかじゃないの?
そんなん、誰も見たくないし、そんなんで、助けるわけ無いじゃん。
まあ、どっちにしても、あんたの運命は渡辺が握ってるってことだよ。
それより、渡辺があんたのことをどう思ってるか、そこでゆっくり待ってな」
- 407 名前: 4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時11分10秒
裕ちゃんが料亭を派手に消えていったのも、作戦のうちだった。
床下の矢口に気を回らせないためのものだ。
裕ちゃん一人脱出するなら、なにも派手な演出は要らない。
何人かで逃げるために必要だった演出。…そう思わせるためのものだ。
はじめに目が覚めたのは、渡辺だった。
もっとも、田辺の方は裕ちゃんが打った薬の所為で、そう簡単におきるはずもないのだが。
渡辺は目が覚めると、店の女将を呼びつけて、とりあえず怒鳴るだけ怒鳴りつけていた。
確かに警備の隙を付かれた店側にも非はあるのだが、ここまで人のプライドを傷つける
ような言葉が出てくるものかと感心する。
渡辺は、女将に盗聴器の捜索を命じた。これも計画のうちであり、渡辺を満足させるべく、床の間の花瓶と田辺の襟元の裏に取り付けてあった。
案の定、その2つは簡単に見つけ出されたようだ。
まあそれでも、盗聴器の捜索が始まると同時に矢口が通信を切っていたため、
床下に潜伏する矢口までは発見できなかったようだ。
- 408 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時12分16秒
「人志も、恩をあだで返すとは…
あいつのために、このわしが何故こんな目にあわなならんのだ」
回線が繋がると、渡辺の声の後に多くの人間が行き来する気配が聞き取れた。
渡辺の部屋に、今何人の者がいるのだろう。
対応策に追われる秘書達の声に、部屋は騒然としていた。
それでも、その中で一番声が通るのは渡辺だった。
渡辺は、松本が誘拐されたことと暴漢が部屋に侵入したことのみを
秘書に話していた。あくまで、愛人とあたしらUFAのことは黙っていた。
(やはり自分ひとりで解決をしようとしている)
作戦は成功したといえよう。
でも、打てる手は打っておきたかった。
- 409 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時12分54秒
「聞いてた?今の」
あたしは身動きひとつ取れないまま床に寝転ぶ松本の顔の前に椅子を無造作に置き、
背もたれを前にして座った。松本の顔があたしの真下にあった。
目隠しを外すと、エリート特有の人を見下した目つきがあたしを捕らえた。
なんとも生臭い眼つきだ。
短く刈り込んだ髪には少し白いものが混じり始めている。それは顎に生えている
無精髭も同じだった。精悍といえば言える顔立ちなのだが、あたしにとっては
ただのおっさんだ。
- 410 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時13分53秒
「あんたボロカスだったな」
「なんや、俺もう帰るとこあれへんやん」
渡辺が打ち出した対応策は、どれも自分の身を守るものばかりだった。
誘拐された松本を罵り、誰彼かまわず怒鳴り散らす姿は、
渡辺の本来の器の小ささを物語っていた。
「残念だったね」
「ははははっ!お前はあほか?」
「はぁ?」
「お前はあほかゆうてんねん
こんなことでくたばる様じゃ、この世界じゃ生きてけへんねん」
松本はなおもわざとらしい声で笑い続けていた。
- 411 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時14分36秒
「よかった」
「なにがやねん」
「取引…してくれるんでしょ?」
「なんで、お前なんかと取引せないかんのや!」
松本が睨んでいる。
笑ってしまう。
いくらあたしを睨んでも、迫力も何もあったもんじゃない。
松本の荒々しい怒鳴り声と態度とは裏腹に、目は完全に怯えていた。
「ねえ、やっちゃっていい?」
なっちが笑顔で、あたしを覗き込んだ。
もう、なんて顔するんだろう。
「悪魔」
あたしがそう言うと、なっちは松本の靴を脱がし、右足の小指を万力に挟み込んだ。
- 412 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時16分30秒
「なっなにすんねん」
「何って、小指をちょっと潰そうと思って」
なっちの笑顔に、松本の血の気が引いていった。
「なななななななななんやねん、なんやねん自分。
おおお俺は取引せえへんゆうとらんがな」
声が裏返っている。
「お願い聞いてもらえそうね」
「お…おう」
「さっき、うちの中澤も言っていたけど、
つんくさんやJr.のこと、誰が報道規制かけてるの?
宮澤なの?」
「それは…」
「言えない?」
松本が視線を外した。
「えっと…」
「エンジェル」
「エンジェル、やっていいよ」
“エンジェル”というコードネームのなっちが、万力を楽しそうに回し始めると、
松本の悲鳴が響き渡った。
- 413 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時18分09秒
この件で、コードネームなんか使う必要があるとは思えなかった。
勝ち残れば、例え名前がばれようが、誰もあたし達に手出しできるはずはないし、
失敗すれば、死んでしまうからだ。
松本は気絶寸前の状態で絶えていたが、なっちが小指を潰し終えて
薬指への準備に取り掛かると、松本はズボンを濡らし声を上げてなき始めた。
「宮澤や」
「ホント?」
「ほほほんまや〜!ほんまや、ほんまや、ほんまや〜!!」
「じゃあ、バーニングを操ってるのも宮澤なの?」
「それは…知らん。
わっちょちょちょちょっとまて〜や
ほんまや、ほんまにしらんのや」
涙と鼻水まみれの汚い松本の顔が、ひっしになっちに嘆願している。
でも、それは本当のことだろう。報道規制かけるように命令したのは
宮澤だろう。でも、バーニングは多分別の人間だ。
仮にも宮澤は表の人間だ。裏の世界との繋がりは、時に自分の首を絞めかねない。
だから、表に出てこない人物の指揮による全くの別行動と考えるの妥当だろう。
でも、それさえも単に歯車のひとつに過ぎない。全体を司っている人物は、
そこから遥か上のところで、影すら見せることなく指示を出しているのだ。
- 414 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時19分12秒
「ねえ、あんたなら渡辺よりうわさ話を聞いてるんじゃない?
バーニングの」
松本は怯えた視線を、なっちとあたしの間でウロウロさせていた。
「な…なんやしらんけど、若い兄ちゃんが今仕切ってるて話は
聞いたことあるけど…けどな、俺が知ってるのはバーニングの
末端のやつだけや。そんなトップのやつなのことなんか俺が知るわけ
ないやろ。」
「で、あんたが知ってるやつって誰?」
「それは…」
「な…エンジェル」
「OK、まかしといて」
なっちが動き出すと、松本は甲高い声を上げて騒ぎ始めた。
- 415 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月02日(月)06時20分25秒
「天野や!天野ってやつや」
「ふ〜ん、じゃあ、渡辺の知ってるやつと、あんたが知ってるやつじゃあ
どっちが上なの…」
「多分、渡辺…いや多分やで。俺もおやっさんの知ってるやつってしらへんから」
多分、これ以上締め上げても、松本から情報は得られないだろう。
「裕ちゃん、聞いた?」
「おう」
「やっぱ、渡辺のほうが本命みたいだけど」
「みたいやな〜
うちら今渡辺を追ってるところや。
まあもっとも渡辺は自宅へご帰還やから、電話の盗聴と張り込みが
主体なんやけどな」
「何か手伝える?」
「大丈夫や。盗聴は後藤たちも手伝ってくれるゆうてんし」
便利なもんだ。東京の盗聴を神戸で監視する時代なんて、
さぞかし、スパイらも楽になったんだろうな。
この先、アメリカのスパイがアメリカを一歩も出ることなく日本の情報を
スパイし、操作する時代が来るんだろうな。
そんな考えがふと浮かんだ。
「気をつけてね。裕ちゃん」
「おう、そっちもな」
本当に
本当に気をつけてね。
バーニングなんだよ。
相手は。
- 416 名前:書き人 投稿日:2002年09月02日(月)06時30分33秒
- 更新です。
>404 さん 何時も有難うございます。
書き始めて1年経っちゃいました。
書き始めたのは、ベイルートのホテルだったのですが、
それをここにUPするのに2ヶ月かかり、
UPし始めてから1年経って漸く佳境に…
もっと文才があれば…
せめて時間があれば…
といいわけです。
もうしばらくお付き合いください。
- 417 名前:4-6.神戸・加護亜依 投稿日:2002年09月04日(水)23時34分27秒
東山が目を覚ました。
ちょうど中澤さんが、渡辺の家に到着したときやった。
突然あわただしく動き出すアヤカに、ののが目を覚ましてもうた。
リビングの片隅に作られた簡易ベッドの上で、東山が上半身を起こそうとしていた。
それをアヤカが支えようとしていた。
「どうしたの?」
寝ぼけ眼のののが、目をこすりながらソファーから起き上がった。
「東山が目覚ましたんや。
それより、ののは今寝てなあかんのやで」
「うん…すぐ寝る…」
うちの横で、またののがソファーに横になった。
「あいぼん。 なんか動き出したって感じだね」
「せやな。ののもしっかりてつどぉーてや」
「うん。
…みんな大丈夫かなあ」
その言葉に答える事は、でけへんかった。
- 418 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月04日(水)23時35分33秒
「後藤さん」
「なに?」
リビングに接する部屋に後藤さんがいた。
後藤さんは、ベッドの横で車椅子に座りながら、例のフロッピーの解読をしていた。
うちは後藤さんの車椅子の横に跪き、膝掛けに両手を乗せた。
「東山、目覚ましたみたいなんやけど…」
うちが声をかけると、パソコンの画面がWordに替わった。
「加護ちゃん、気をつけてね」
パソコンの画面に、そう文字が綴られる。
「うん」
「銃は確認した?」
「うん」
後藤さんが左手で、うちの左頬を包み込んだ。
震える手が冷たかった。
うちはその手の上から、手のひらを重ねた。
「加護ちゃん?」
「ん?」
「ごめんね」
「ううん」
- 419 名前:4-5.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月04日(水)23時36分41秒
気がつくと、東山がアヤカに支えられて部屋の入り口に立っていた。
「例のフロッピーの解読を手伝わせてもらえないかな」
「そんなん信じられへん。すき見て後藤さん人質に取る気やろ」
「そいつ、何かわかったか?」
東山はうちを無視して、後藤さんに問い掛けた。
後藤さんは、しばらく黙って東山を見てた。
「何か知ってるの?」
「心当たりがある」
「後藤さん、ダメ」
「大丈夫」
後藤さんの唇がそう動いていた。
信じられへん。
信じられへん。
「お願い」
「後藤さん!」
腰に刺していた銃を取り出し、東山に突きつけた。
- 420 名前:4-6.神戸・加護亜依 投稿日:2002年09月04日(水)23時38分30秒
「こいつは、専用のソフトをインストールすれば、簡単に解読できるんだがな」
東山はうちのことを完全に無視をして、後藤さんへと近づこうとしていた。
「動くな!動くと撃つよ」
「まあ、そのソフトがなくても何とかなるだろう」
「後藤さんに近づくなって言ってるやろ」
東山がゆっくりこちらを向いた。
「いいフォームしているな」
「なんやて?」
「いいフォームしている。
教え方が良かったんだろうな」
指を少しだけ動かせば、東山を確実に倒すことが出来るはずや。
わずか3メートルしかないんや。
外すはず無かった。
そのために、トルコの山ん中で訓練したんや。
なのに…
- 421 名前:4-6.神戸・加護亜依 投稿日:2002年09月04日(水)23時39分34秒
「人を撃ったことはあるのか?」
撃てへんかった。
トルコの山ん中でJr.が小屋に飛び込んできたときも、
結局、撃うてへんかったんや。
だから、ミカちゃんが怪我をしたんや。
ミカちゃんおらへんかったら、うちは死んでたんや。
だから、次は…
そう誓ったはずやったのに…。
「躊躇するぐらいなら、銃を持つな。
お前の持っている物は、人を殺す道具だ。
それを持つことは、殺される側にもなるということを理解しているのか」
怒鳴ったわけでもなく重く静かな口調が、うちのことを硬直させた。
後藤さんが東山の影からあたしを覗き込み、ゆっくり頷いた。
銃を下ろしても大丈夫だよ。
後藤さんはそう言っているんや。
でも、うちは銃を下げるわけにはいかんかった。
歯を食いしばり、ひょっとしたら本当に引けないかもしれん引鉄に
指を置いたまま、仁王立ちをしていた。
- 422 名前:書いた人 投稿日:2002年09月04日(水)23時42分40秒
- またやってしまいました。
>>418 >>419 タイトル ”4-6.神戸・加護亜依 ” です。
- 423 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時42分12秒
圭織がやって来たのは、裕ちゃんから連絡があった後だった。
降り始めた雨を、圭織のワゴンが照らし出していた。
雨は、光に照らし出されなければ降っていることすら気づかないほど、
静々と辺りを濡らしていた。
- 424 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時43分08秒
到着した車を建物の中に入れ、トランクから次々と銃器類を運び出す。
やはり、なっちは見ているだけだった。
銃を運ぶことすら出来ないほど、銃アレルギーになっていた。
この場所で銃撃戦をやるつもりは無かった。
でも、万が一襲撃された場合、なっちを守りきれる自信は無かった。
せめて、ナイフだけでも持って欲しいのだが、あまり器用な娘じゃないから、
それがお守り程度にしかならないのは明白だった。
- 425 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時45分03秒
見る間に、床に銃器が山のように詰まれた。
予備の弾丸やマガジンを含めると、一体どのぐらいの重量があるのだろうか。
どうりで圭織のワゴンが沈んでいたわけだ。
並べられた銃は、ワルサーPPKにベレッタM92Fなんかの、
あたしに馴染みのあるものから、MP5SD6やG3のSD−1やM3A1
グリースガンといった日本国内では、使用することはまず無いようなものまで多彩だ。
これだけの数の銃と銃弾を、この短期間に良く掻き集められたものだ。
「でも、もっと、こうデカイの無いの?」
「あるよ。96式40mm自動てき弾銃」
そういうと、圭織は車の傍らに置かれた木箱を指差した。
「ってどうして96式なんかあるのよ」
「さあ?みっちゃんだからねぇ、なんでもアリじゃないの?」
「だってこれ自衛隊の…日本製だよ!?
…平家さん、マッコイじいさんを超えたね」
「誰?そのおじさん?」
96式40mm自動てき弾銃は、フル・オートで40mmグレネード弾を発射する、
いわゆる『オートマチック・グレネード・ランチャー』だ。
通常は装甲車なんかに付いているのだが、三脚を使用する事によって地上での使用も
可能なものだが、しかし、これは日本製…
闇でも、絶対といっていいほど出てこない代物だ。
- 426 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時45分43秒
「あとM203もあるよ。こっちなら一人で持ち運べるし、M4もついてるし」
「戦争でも始めるみたいだね」
なっちが、床に置かれたM203を足先で突付きながら呟いた。
「っていうか戦争なんだよ、なっち」
「そうだね…。うちらの戦争だよね」
「歴史には残らないけどね」
歴史なんかに残らなくてもいい。
正義なんかどうでもいい。
真実なんかいらない。
うちらは、ただ何時までも仲間と一緒に、笑っていたいだけなんだ。
- 427 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時47分12秒
「でいくらなの?これ全部、後でみっちゃんに代金払わなきゃいけないんでしょ?」
なっちがうんざりした顔で、圭織に尋ねた。
目が恐い。
「さあ?いくらなんだろうね」
「いくらなんだろうって、圭織みっちゃんから聞いてこなかったの?」
「大丈夫、きっとまけてくれるよ」
「まけてくれるって…もう、ほんとなっちが目を離すとみんな馬鹿みたいにお金使って…。
全然経済観念が無いんだから!もうどうやって払うのよ」
「ん〜そんときは、こいつで銀行でも襲ちゃおっか」
圭織がM3を持ち上げ、振り回す。
「だだだだだだ〜ん。カ・イ・カ・ン …てね」
圭織、年いくつなの…
- 428 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時48分29秒
「さあ、馬鹿やってないで、弾詰めやるよ。
なっち、弾詰めできる?」
「うん…なっちやってみる」
「なっち、やってみるんじゃなくって、やるの!」
圭織がきつい言葉をなっちに投げかけた。
「そっ…だって…なっちだって分かってるよ」
「分かってないじゃない。一人でも戦力が欲しいのに、弾すら触れないなんて!」
「圭織、もういいよ」
「良くないよ。じゃあなっちは誰が守るのよ」
「そりゃあ…みんなで」
「そんなんじゃ」「銃ぐらい何よ!」
- 429 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時49分08秒
なっちが手近にあったベレッタを握り立ち上がった。
途端に、なっちの額から脂汗が大量に溢れ出した。
「持ったって撃てなきゃ意味無いんだけど」
圭織のあおりに、なっちは全身を震わせながらも銃を構えた。
「撃ちなよ」
銃はいりぐちをの鉄の大きな扉を向いていた。
「なっち、撃って」
あたしも祈るようになっちを見つめた。
「だ…だめ…撃てない…」
なっちが泣き崩れた。
- 430 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時51分01秒
「情けないわね。嘗てのナンバー1が」
聞き覚えのある声に視線を上げると、
大きな扉の隙間から、小さな人影が現われた。
あたしと圭織は、反射的に銃を構えた。
「明日香!」
「久しぶり」
あの頃に比べたら、髪は伸び、痩せた分大人びた顔つきになっていたが、
そっけないあの態度は、明日香だ。
- 431 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時51分52秒
「みんなの一大事に、なんで連絡してこないかなぁ」
「だって、明日香足洗ったから…」
「でも、仲間だったのよ」
「そうだけど…」
「今も仲間?」
「そうだよ。当たり前じゃん」
なっちの涙は、悲しみの涙から、懐かしい友人との再会の涙に変わっていた。
「だから連絡しなかったのに…明日香の馬鹿」
なっちは銃を放り出し、明日香に抱きついた。
「相変わらずだね」
「なにが?」
「なっちが」
「どうせなっちは成長してないよ」
「明日香…」
「圭織…」
「明日香、有難う。
助かるよ」
- 432 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時52分37秒
「ちょっと待って、ねえ、明日香なんであたしらのこと分かったの?」
この一件は、あたしらの世界に身を置いているものにとっては大事件だけど、
一般人には何一つ情報は流れてないはずだ。
まして、足を洗って一介の受験生をやってる明日香が、
あたしらの動きを知る由が無い。
まして…
「どうして、この場所がわかったの?」
「そうだよ。なんでわかったのよ」
「企業秘密」
さらっと言い逃れようとするところも、昔と変わってなかった。
- 433 名前:4-7.横浜夢らんど跡地 ・市井紗耶香 投稿日:2002年09月05日(木)00時53分37秒
「裕ちゃん?裕ちゃんでしょう」
「う〜〜ん、ちょっと違うかなぁ〜。
まあいいじゃん。人手足らないんでしょ?」
「そうだけど…」
「そうだよ、いいっしょ、そんなこと。
それより、明日香受験生なんでしょ?」
「う〜ん、まだ時間あるし」
「いつもなにやってたの?」
「友達とカラオケとか…」
なっちが、はしゃぐ。
嘗て、なっちが明日香に、これほどの笑顔を見せたことは有っただろうか?
2人とも、決して仲が悪かったわけではなかった。
表面上は仲のいい姉妹のようにも見えた。
でも、2人にしか分からないわだかまりは、2人の笑顔に陰りをつくり、
二人の進む道を大きく変えていった。
時が過ぎ、今二人は心からの笑顔で再会した。
でも、それは袂を分け大きく離れたはずの運命を、
また元に戻すことを意味していた。
「圭ちゃん…馬鹿がまた一人増えちゃったよ」
雨粒は大きくなり、この小屋を囲む樹木を激しく叩き始めていた。
- 434 名前:作者ふたたび 投稿日:2002年09月05日(木)00時57分35秒
- そろそろ次スレ。でも、う〜ん悩む。
ドぎゃんしよう。
しばらくお待ちを。
- 435 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年09月08日(日)23時05分15秒
- 更新されてるのを見つけて夢中で読みました!
やっぱりこの話 内容が格好いいしマジで面白いです。
最終決戦に向けて、また凄いメンバーが来ましたね。
嘗てのエースコンビが揃った訳ですな!
あれこれ続きの展開を想像しちゃいますが、またジッと楽しみに待ってます。
もし新スレの方で続き書かれるなら、スレ先教えてくださいね
- 436 名前:作者 投稿日:2002年09月18日(水)23時57分43秒
- お引越しをしました。
移転先は、赤板です。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/red/1032359826/l50
此処のスレで収まるか微妙なところなので、思い切って引越しを決意しました。
此処まで読んで下さった方に感謝致します。
今後もよろしくお願いします。
- 437 名前:作者ふたたび 投稿日:2002年09月19日(木)00時05分41秒
- 海板の方々、お邪魔致しました。
海板は、好きな作品の多いところです。
自分の作品をうpするより、他の方々の作品のチェックをすることが多い所でした。
今後も、皆様の更なる発展をお祈りいたします。
有難うございました。
最後に、お引越しの連絡を兼ねて、一度ageさしていただきます。
最後まで、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
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