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デス・ゲーム 〜それぞれの理由〜

1 名前:flow 投稿日:2001年12月24日(月)18時28分32秒
 
 使い古しのネタ、バトロワものを、書かせていただきます。
 娘。新旧メンバー総出演+αで…。

 ちなみに、設定は現実と違います(年齢以外)。




2 名前:〜私立朝比奈女子園(孤児院)生徒名簿〜 投稿日:2001年12月24日(月)18時52分17秒

〈園長〉中澤裕子… 死んだ父に代わり、園長を勤める。関西出身で気が短い。

〈大学4年生〉平家みちよ… 生徒の中で最年長。しっかり者で、中澤のよき相談相手。
〈大学3年生〉保田圭…   表面は明るいが、自分に対するコンプレックスが強い。
〈大学2年生〉飯田圭織…  美人だが、自分の世界が強いひきこもりタイプ。
〈大学2年生〉安倍なつみ… 政府の役人の隠し子で、特別待遇を受けている。
〈短大1年生〉矢口真里…  遊ぶこと命の明るい少女。ムードメーカー的存在。

〈高校3年生〉市井紗耶香… 1年前からアメリカに留学中。銃器関係に詳しい。
〈高校2年生〉福田明日香… 有名な高校生小説作家で、プライドが高い。   
〈高校2年生〉石川梨華…  ごく女の子らしい性格で、密かに吉澤を想っている。
〈高校1年生〉吉澤ひとみ… 文武両道の優等生だが、実は二面性のある性格。
〈高校1年生〉後藤真希…  IQ200の天才児だが、無愛想で何事にもやる気がない。

3 名前:〜私立朝比奈女子園(孤児院)生徒名簿〜 投稿日:2001年12月24日(月)18時53分51秒

〈中学3年生〉松浦亜弥…  芸能界売り出し中のアイドル。加護を強くライバル視。
〈中学3年生〉高橋愛…   市井に密かに想いを寄せる、平凡な少女。
〈中学2年生〉加護亜依…  松浦とセットで売り出し中の同じくアイドル。
〈中学2年生〉紺野あさ美… 気が弱く、劣等性でいじめられっ子。後藤に憧れている。
〈中学2年生〉辻希美…   加護の親友で、食欲旺盛な幼い性格。
〈中学2年生〉小川麻琴…  気が強く、好き嫌いがはっきりしている。
〈中学1年生〉新垣里沙…  表面上はいい子だが、実は紺野や辻を見下している。

〈卒園生〉  石黒彩…   結婚して、園を出ていたが……。


 以上、主要メンバーは19人で。
 皆家族がおらず、孤児院に入っているという設定です。
 主役は、高校生メンバーのある2人で(一応)。


4 名前:プロローグ 投稿日:2001年12月24日(月)19時01分55秒


 200X年、日本。
 戦争のない、それは平和な国であった…が、しかし。
 政府の一角から、自国への危機感が、次第に意見されるようになってくる。
 「あまりに武器を持たない自国は、近未来に向けて、あまりに危険ではないか」、と。

 そこで、とある案が挙がった。
 『個能力開発プロジェクト』―――

 個人の戦闘能力向上を目的とした、戦闘シミュレーション――――平たく言えばそれは、
 所謂「殺し合い」それに他ならない。 
 政府が注目したのは、世間一般に『火事場の馬鹿力』と呼ばれる、人間の隠された能力、
 それである。


 つまり、極限状態における人間の戦闘能力の限界。
 つまり、個人個人を極限状態に追い込み、戦わせること。


 無論、それは――――最後の1人になるまで、あるいは全滅するまで。




5 名前:プロローグ 投稿日:2001年12月24日(月)19時11分46秒


 このプロジェクトは、政府の内部で極秘に実行に移され、被験者は全国の孤児院
 ―――いわゆるキンダ―ハイムと呼ばれる施設だ―――から、ランダムに選ばれた。
 要するに、秘めた能力の高いと思われる人間…少年少女。
 そして、死んだところで後腐れのない立場の少年少女…孤児院の者。

 
 世間の平和な国民たちとは全く無関係な位置で、その異常な計画は幕を上げた。


 孤児院を選んだのは正解だった、政府の人間にとってはまったく狙い通りに。
 政府に歯向かう者など、当然のごとくいなかったわけだ、――――当たり前である、
 そんな計画すら知る者の少ない環境下で、しかも人間関係の希薄になりつつある日本
 というこの国で――――


 毎年、孤児院が1つ潰れていこうが、大した問題ではない、それは。
 もちろん……政府が、日本の中にある孤児院のほとんどの運営に携わっている、
 そのことも、計画が上手く進む原因に挙げられるのだろうが。
 (この国で、施設の孤児院というのはほぼ皆無に近い、そんなボランティア精神の
  強い国民性ではないのだ)


 
6 名前:プロローグ 投稿日:2001年12月24日(月)19時13分40秒


 
 そして、今年もまた、このプロジェクトは開催される。
 いつの間にか、政府の中でこの極秘プロジェクトはこう呼ばれるようになっていた、



 『デス・ゲーム』と。



7 名前:プロローグ (ゲームの始まり) 投稿日:2001年12月24日(月)19時20分00秒


 ・ ・ ・ ・ 


 1人の金髪の男が―――政府の関係者だ―――胸に、それを表す金色のバッジが 
燦然と輝いている(もちろん純金製なのだろう)―――が、巨大なコンピューター
を睨むように見据えていた。
(男の年の頃は30歳代といったところか、この年で政府の関係者ということは、なか
 なかのやり手なのだということが推測できる)
 

 そして、その巨大なコンピューターが目まぐるしく画面を変え、とある古風な建物、
更に十数人の人間の名前、それにともなう顔写真を映し出したとき、ようやくその金髪
の男は気難しそうに眉を寄せていたその顔を、ほころばせた。


 「ほお…珍しいな、今年は、女子院にあたるとはな。
  それもまた――――興味深いで」


 男の口調は関西特有のそれで、その男がおそらくは関西出身であろうことは、容易に
想像できた。



8 名前:プロローグ (ゲームの始まり) 投稿日:2001年12月24日(月)19時25分08秒

 金髪の関西訛りのその男は、顔に似つかわしくないスムーズな手つきでコンピューターを
操ると、次々と画面に映し出されているそのデータを排出していく。
 ジージーと虫の鳴くような低い音とともに、まるで古代の巻物を連想させるような、
長い長い資料が床に積み重なっていった。


 もし、誰かがその資料を広い上げて、目を通すとしたなら――――まず、冒頭部分に
書かれているその文字が真っ先に、目に入ってきただろう。
 
 『第27回 個能力開発プロジェクト開催対象施設
  東京都××区 国立朝比奈女子園(対象者17名―すべて女子)』


 ―――今年の犠牲者が決定したことを、それは示していた。



 ・ ・ ・ ・



9 名前:flow 投稿日:2001年12月24日(月)19時30分32秒

 こういった感じで進めていきます。
 読みにくいところもあるかと思いますが、大目に見ていただければ…(w
 とにかく、バトロワものはたくさんあるので、内容が被らないように気をつけたいと
思います。(内容が内容なだけに、とても文章が硬くなってしまう…)





 
10 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月24日(月)20時41分42秒
バトロワものは好きなんですが、この話はチョト異色っぽいですね。
期待してます!
11 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2001年12月25日(火)01時47分57秒
まず最初のプロローグの文を読んで引き込まれました
バトロワ物はいろいろな形で多くの人が書かれていますが、舞台設定と娘。とのあてはめに強引さがあったりなど
実のところ完成度の高いバトロワ作品はあまりないと自分は思っていたのですが
この作品の無理の無い設定と作者さんの知性溢れる描写力の手腕なら期待できそうです。
頑張ってくださいね〜
長くてスミマセン
12 名前:flow 投稿日:2001年12月25日(火)10時39分49秒
あっ、初レスがついてる!ありがとうございます!
>名無し読者さん
 期待にこたえられるよう、頑張らせていただきます。
 バトロワもの、好きなんですよ。

>ラヴ梨〜さん
 プロローグはかなり硬いですが、そこから感想をいただけてうれしいです。
 作者にあまり知性はないですが(w)、他の小説も読んで勉強しつつ書いて
いこうと思っています。

 
 それでは、ようやく本編に入ります。

13 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)10時50分30秒


 人込みを早足ですり抜けて、ようやく空いた車両を発見した市井紗耶香(17歳)は、
手に持つ大きなボストンバッグを床に置いて深く息をついた。

 「相変わらず、人の多い街だよな…」
 知らず知らずのうちに、愚痴ともとれるような内容の言葉を独り、呟きたくなるのも
当然といえることかもしれない。確かに、東京の人の混雑の仕方は半端ではない。

 しかも今のこの時期が年の瀬であることを考えれば、普段のそれよりも今日の込み具合
はすごいのかもしれなかった。


 しかし、このひどい人込みに耐えるのも僅かな時間で済みそうだ。紗耶香は手にした
腕時計にチラッと視線を落とした。「…あと、15分くらいかな」
 呟いて、紗耶香は苦笑した。
 
 1年間のアメリカ生活の中で、要するに―――言葉の壁に悩まされた生活のせいで、
独り言の多い体質になってしまったのかもしれない、まあ、それも構わない。
 何といっても、あと15分もすれば、自分は自分の住むべき家に―――それも孤児院
といういささか他人からすれば特殊な環境に―――戻るのだから。


14 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時00分26秒


 首に二重に巻いたマフラーを取り、床に一度置いたボストンバッグを足元から座席の
上に乗せて、ようやく紗耶香は(コートは身に付けたまま)座席に腰掛けた。
 そして、疲れた体を少しでも休めようとリクライニングを倒そうとして……気付いた、
これは電車だ、そんなもの付いていない。

 ようやく腰を落ち着ける余裕が出来たことで、紗耶香はさっきよりは幾分余裕を持った
頭で、自分が帰るべき場所を思うことが出来た。つまり孤児院、朝比奈女子園のことを。


 (皆、元気にしてるかな…)自然と、顔に笑みが浮かんでいることに、紗耶香は気付
いてはいなかった。そして、その微笑が自分が普段浮かべている作り笑いよりもよほど、
柔らかく慈愛に満ちていることも。


 今回の突然の帰郷を、紗耶香は園長である中澤裕子(28歳)にしか連絡していなかった。
 留学の予定は2年間だ、まだ帰郷するには早いが…しかし。去年、アメリカで1人年越し
をしたとき、そのメールは届いたのだ。


 差出人の名前は―――後藤真希。
 紗耶香にとっては妹のようであり―――彼女にとっても紗耶香は姉のような存在で
あっただろう―――まあ、多分。



15 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時08分00秒


 その妹のような存在である後藤真希(16歳)から、彼女の愛用するノートパソコン
(vaioの最新モデルだった、留学に行く前貯金をはたいて買ったものだ)にメールが届
いたその時、紗耶香は留学先でテレビを見ていたのだ。


 『市井ちゃん、元気?あと2時間くらいで年が変わるよ!
  今何してるのー?多分、1人でテレビでも見てるんでしょ、暗いなあ(笑)』

 (その通りだよ、悪かったな)紗耶香は苦笑しながらも、“妹”からのメールに
熱心に目を走らせたものだ。

 『こっちは今、雪が降ってきたよ。すっごいキレイ。
  後藤はね、白って色が好き。だから雪も好き。―――ねえ、市井ちゃん?
  来年の正月は戻っておいでよ、どうせ1人で過ごすんでしょ?
  雪、降るか分からないけど、後藤は市井ちゃんと雪、一緒に見たいなあ』 



 それは、そんな様な内容だった。
 結局、今回の帰郷はその時の―――まあ本人には死んでも彼女のメールがきっかけ
だとは言いたくもないが、真希のそのメールが今回の紗耶香の帰郷を決定づけたのは
間違いない。それは、紗耶香も自覚しているところだった。




16 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時17分36秒


 ガタゴトと走る電車の音に耳を傾けながら、紗耶香は軽く目を閉じた。本格的に寝て
しまうと、また移動が面倒くさいことになる。
 軽く目を閉じると、当たり前だが真っ暗な世界が広がり―――紗耶香は、真希のこと
を思い出し、考えた。



 IQ200の天才児。そして、非常に無口で愛想のない変わった少女。
 彼女が朝比奈女子園に入園してから悠に10年は経つはずだが、後藤真希が園の生徒
たちの中で浮いた存在であることは、初めて園に来た者にとっても一目瞭然だった。

 紗耶香の育った朝比奈女子園という孤児院は、なにか申し合わせたように―――
とても個性が強く、有名人の多く在籍する場所だったわけなのだが、(有名作家やら
アイドルの卵やら、バレーボールJr代表選手までいたりする)―――そんな中におい
ても、後藤真希のオーラには独特なものがあった。


 きっと、去年の正月にメールを送ってきたときも、真希は他の生徒たちが一緒に雪遊び
でもしながら騒いでいるのを醒めた目で見ながら、パソコンに向かっていたのだろう。

 その光景を予想して―――紗耶香はきゅっと眉をしかめた。


 
17 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時24分39秒


 いつも疑問に思っていたことが、頭を掲げてきた。真希は…他人に心を開かない。


 それはもちろん、彼女の頭脳が人並み外れていることを考えても、同じ年の少女
ばかりが集まっているとはいえ、話が合わないことも考えられる。
 加えて―――真希は、1人で何でもできる少女だった、それは彼女が4、5歳で
園に来たときから、ずっと。


 要するに、他人の助けのいらない子供だったから―――しかし。


 真希は、紗耶香には心を開いていた、何故かは分からないが。
 そして、もう1人。紗耶香は、真希と同年齢のボーイッシュな…優等生でバレーボール
のJr選手の少女を思い出していた。

 吉澤ひとみ。彼女の名前だ。


 常に1人を好むかのように見えて、真希は自分とその少女―――吉澤ひとみ(16歳)
に対してだけは、心を開いていた。
 真希が、決して他人には見せない「笑顔」という表情を目にしたことのあるのが、
自分と吉澤だけだったことを考えても…おそらく、そうなのだろう。



18 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時31分37秒


 そして、疑問はまた堂堂巡りになる。(では何故、市井と吉澤なのか?)―――
 考えようとして、……止めた。そんなこと、今から本人たちに会うこの時に考える
べきことじゃあない、うん、きっと。


 紗耶香は、少し腰を浮かせてイスに座り直した。もう1度目を閉じようとして―――
気付いた。アナウンスが聞こえる。
 「……降りる駅だ!」舌打ちして、紗耶香はボストンバッグを掴んで立ち上がり、
ドアに向かって小走りに駆け寄った。

 考え事をしていると、時間の経つのは早いらしい。
 プルルルル―ッとドアの閉まることを知らせるベルと、車掌の吹く笛の音を背にして
紗耶香は軽く頭を振ると、駅の階段を小走りに上がっていった。
 「なんだ」思わず、紗耶香は呟いた。「体力不足かと思ってたけど…まだまだイケるじゃん」


 ・・・・・・


 ・・・


19 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時44分09秒


 ・・・・・・
 
 〈朝比奈女子園〉



 門扉のところに掲げられている表札を目にして、そしてそのバックに聳え立ついささか
古風な作りの建物を見上げて、紗耶香はようやく…『帰ってきた』という実感が沸いた。
 「お、紗耶香やないの。ちょうど良かった、おかえり」

 聞き覚えのある関西弁が聞こえて、紗耶香は寒さのあまり凍りついていた表情を少し、
ほころばせた。とても、懐かしい声だ。
 「ただいま、裕ちゃん」
 
 声の主はここ園長を勤める(こんなに若い、それでいて女性園長というのは珍しいが)
中澤裕子がゆっくりと近づいて来た。
 そう言えば、裕子にだけは帰郷を知らせていたのだ。紗耶香はぼんやりと思い出した。


 「あんまり変わってへんな…アンタも。園の皆も、変わってへんけど」
 自分を眩しそうに見つめながら、言う裕子の視線が何だか少し気恥ずかしくて、
紗耶香は思わず言い返していた。「裕ちゃんは変わったね―――皺が、増えた」

 「何やと、コラ!もう1ぺん言うてみ!!」「はわー鬼婆に殺されるー」
 

  
20 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)11時55分32秒


 ふざけて裕子が首を締めてくるのを笑って交わしながら、紗耶香はもう1度、この
帰郷をしみじみとかみ締めていた。
 (帰ってきたんだな……本当に)



 この帰郷が、地獄への入り口であることに、今の紗耶香が気付くはずもなかった。
 いや、どうして気付くことが出来たであろう―――久しぶりに帰った『我が家』
で、あんな残酷な『ゲーム』が開催されることなど。


 ・・・・・・


 今日はクリスマスイヴだった。あまりきれいとは言えない作りの古い園舎が、きらびやか
に飾りつけされているのを見て紗耶香は思い出した。
 それらの1つ1つが手作りであることからも、きっとお祭り好きのあのいたずらコンビが
―――中学生の加護亜依(13歳)と、辻希美(14歳)がやったのに、違いない。


 懐かしいな、と紗耶香はまた思った、加護も辻も、その他大広間に集まっているで
あろう、自分の仲間たちの顔を思い浮かべながら。

 「どや、懐かしいやろ?」裕子が自分の前を歩きながら、まるで紗耶香の心を見透
かしたように聞いてきた。




21 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時07分46秒
  

 「ま、そりゃもちろんね」―――紗耶香は肩をちょっとすくめて言葉を返した。
その動作は裕子には見えていないが、もちろん。「もう1年半、経つし」

 「ほんま、ナイスタイミングやで、紗耶香。ちょうどパーティ始めるとこやったん。
  そしたら窓の外に、アンタの姿がちっこ〜く見えたからな」
 自然と、裕子は大広間へ向かって歩みを速く進めているように思えた。きっと、久し
ぶり帰郷した『仲間』を、早く他の生徒へ教えたいのだろう。


 広間が近づくにつれて、甲高い笑い声も聞こえてくるようになった、「キャハハハッ!」
「ちょっと〜、まだ食べるのは早いっしょ、なに〜?なっちの言うこと聞けないの?」………など、など。


 まあ、女が3人集まれば何とやら、とは言うけれど、大広間に集まっているのは
10数人の「女の子」たちだ。やかましいことこの上ない。
 (それでも、その喧騒に参加していない少女もいるのだろうが、確実に1人は)


 最初に聞こえてきた笑い声の持ち主を、紗耶香は頭に浮かべた。
 


22 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時14分38秒
  

 
 矢口真里(18歳)―――びっくりするくらい身長の低い彼女は、それでいて非常に
パワフルで、立ち回りも上手く、真希が孤立するのを緩和するようなときもあった。
そう、矢口は紗耶香の親友だった。(入園の時期もほとんど一緒だ)



 そして、もう1人目立った存在の彼女を―――安倍なつみ(20歳)のこと。
 
 その目立ち方は、アイドルであることや、有名作家であることや、バレーの選手
であるそれらとはかなり、異質な存在ではあるが、『特別』な彼女。

 「なっちも相変わらず、みたいだね」少しばかり笑いを含んだ声で―――紗耶香は
裕子に問い掛けた。「まあ、なあ。性格なんてそう簡単に変わるもんやあらへん」
 裕子も少し、笑みを含んだ声で答えた。まあ、彼女の言いたいことも分かる。


 安倍なつみは、政府の役人の愛人の娘―――つまり『隠し子』というヤツだ。
 別に今の日本で隠し子なんて特別珍しくもないが、なつみの母親は若くして亡くなり、
引き取り手のないなつみはこの女子園に入れられた。

 

23 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時21分57秒
  

 
 しかし、周知の事実―――孤児院は政府の援助のもとに運営されていることから考え
ても、認知されていないとはいえ―――なつみが、特別待遇(ま、優遇されてるってこと
だ、簡単に言えば)されていることは、想像に難くない。


 なつみは、素直な性格だ。いや……素直だった、というべきか。
 幼い頃から特別待遇を受けて育った彼女は、自然と女王様気質というのか―――が
備わってしまい、いつでも自分が中心でないと駄目だった。

 まあ、そこまではいい。そんなこと、なつみを責めてもしょうがないことだ。
 ……多分、育った環境にも問題は、ある。(だって、そうだろう?そんなの一種の
刷り込みと一緒だ)


 問題は、この女子園が人並み外れた能力の持ち主ばかり、集まってしまったことで。
 当然、安倍なつみ自身に目立った特技などというものはない(顔はアイドル並に
カワイイ顔だったけれど)、自然と、なつみの存在価値は薄れてしまう。


 それが気に食わない―――当然、なつみは。だから、彼女は昔よりもずっと―――
ずっと、ワガママな性格になってしまったのだ。
 



24 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時29分13秒
  

 そしてその矛先は、これといった特技を持たない保田圭(21歳)や、飯田圭織
(20歳)などに向けられてしまった。要するに―――召使いのような存在として。

 それでも、今までは…そう、紗耶香がまだ園にいたときは、紗耶香が。そして今では
きっと矢口が―――緩和材となって、目立った問題などは起きていない、だから他の
生徒たちも、その状態は黙認していた。(2人には悪いけど)


 だが、そんな人間関係すらも―――今の紗耶香にとっては、懐かしかった。
 全てが、この園舎の木の匂いも、声がよく反響する建物の作りも、そして大広間
でもうパーティを始めようとしている、自分の仲間たち全てが。

 …そりゃあ、仲のよくない(というか性格的に合わない)子もいたけれど。



 「……さ、開けるで、紗耶香。心の準備はええな?」1度、裕子は紗耶香を振り返って、
ニヤッと笑った。(準備?なんの準備だよ)―――紗耶香は苦笑して、頷く。
 お節介焼きの裕子らしい言葉だ、と思った。少しだけ。









25 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時37分31秒


 「おおい、みんな集まってるな〜?今日は、ビッグなゲストがおんねんで〜!!」

 両開きのドアを半分だけ開放して、裕子はあらんばかりの声を張り上げた。
 一瞬、ざわついていた広間の話声が止んだ。「―――ええ〜っ!?」

 声を上げたのは、多分矢口だろう…「嘘だあ、裕子はすぐ大げさに言うもんな〜」
 ホラ、やっぱり。仮にも『園長である』裕子をそのまんま呼び捨てにするのは、矢口
くらいしかいない、この園では。


 「嘘ちゃうで〜!みんなビッックリするからな、いくで〜!」
 振り返って、裕子は器用にウインクして見せた、(紗耶香、準備はええな?)


 紗耶香はやっぱり苦笑して―――小さく頷いてみせた、こういうのはあまり得意で
はない。だって、そんな前フリあったら出て行き辛いでしょ?正直。
 それでも、紗耶香が多少照れ笑いでも浮かべて「久しぶり〜」などと広間へ入って
行くと、予想以上に生徒たちは盛り上がりを見せた。


 
26 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時45分08秒


 「―――紗耶香!!」
 大声を上げて、真っ先に駆け寄って来たのは矢口だった。やっぱり、そこは予想通りだ。
 「うわあ〜、久しぶりじゃん!元気?本物だよね〜っ!?」テンション高いのも予想済み。


 その後は、みんな思い思いに近寄ってきたり、あるいは遠目から懐かしそうに視線を送って
きたり(それらはほとんど中学生たちだ、そしてその視線に1人、熱い想いを込めている者が
いたが、当然紗耶香は気付かなかった)―――とにかく、様々な反応。


 「久しぶり、親友」紗耶香は、最初に自分に抱きつくようにして駆け寄ってきた
その自分よりも大分小さな、しかし年上の親友の頭をわしわしと撫でて言った。
 去年よりも少し、髪が硬くなったような気がしたが―――
(矢口、髪の毛かなり痛んでるんじゃない?)もちろん、口は出さなかったけれど。


 懐かしい面子に囲まれて、紗耶香はしばし笑みを絶やさずにいたが―――
 「市井さん」
 自分を呼ぶ声、あまり親しみを込めないその独特のハスキーな声に、紗耶香は少し、
表情を引き締めて振り返った。

 「吉澤…」自分を見つめる凛とした佇まい。真希の親友、吉澤ひとみだった。




27 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時53分58秒


 「―――久しぶり」

 他の生徒に比べると、かなり硬い口調ではあったが、それでも。 
 別段、緊張する必要もなかった。昔から、吉澤とはそんなに仲が良かったわけでもない。
 吉澤も、別に懐かしくって紗耶香を呼んだわけではないようだった、何か用事があるから
呼んだ、そんな感じ。


 彼女が紗耶香に用事があるとすれば、考えられることは1つしかなかった。「…後藤のこと?」
 吉澤はゆっくりと、深く頷いた。(やっぱり、ね……)
 驚きはしない。
 

 しかし―――紗耶香は、吉澤の腕にしっかりとしがみついている少女の方に目がいった。
 地黒ではあるが…華奢で、控えめで、ごくごく女の子らしい性格の少女だった。
(少なくとも、1年半前までは―――自分の記憶では)…石川梨華(16歳)。


 彼女のその大人しい性格ゆえ、じっくりと話したことなどなかったが、彼女もまた
紗耶香に話しかけてくることもほとんどなかったが…そう、石川梨華はとても控えめ
で、誰かの悪口を言うことなど絶対にないような、おっとりとした少女だったはず。



 
28 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)12時59分55秒


 けれど―――。紗耶香は今しがた、吉澤が「後藤」の名前を口にしたときの、石川
の表情の変化が気になった。
 一瞬、その大人しそうな表情に、険しい色が浮かんだことが。


 (そりゃあね…)紗耶香は心の中でそっと呟いた。自分が園を離れてからすでに
1年半以上が経っている。その間に、人間関係に何らかの変化があったとして―――
性格に、多少の変化があったとして、当たり前のことかもしれないが。

 (でも、後藤…あれ以上孤立してどうする気なんだよ、まったく)

 誰にも気付かれないように小さく溜息をついて、紗耶香は顔を上げた。今度はしっかり
と、吉澤を見据えて。「―――で、後藤が何?」

 吉澤も、しっかりと紗耶香を見据えていた。(へえ……)少しばかり、紗耶香は感心した。
昔の彼女は、今よりももっとオドオドしているところもあったけれど―――そう、紗耶香の
前では。(コイツも成長したってことだね。そりゃーいいことだ)


 「部屋にいるんです。真希。行ってあげたらどうですか?」
 とても、明瞭簡潔な返答だった。それはいい、分かりやすい。



29 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時07分49秒


 「ふ〜ん」
 紗耶香は何となく、面白くなかった。分かりやすいのはいいんだけれど、そりゃね。
 「―――吉澤さあ、帰ったばかりの人間に対して、それはないんじゃないの?」


 何だか、自分がとても意地の悪い言い方をしているのに気付く。何故だろう……
吉澤が、後藤を気にしていることが気に入らないのだろうか?―――まさか!
 思わず、口元に笑みが浮かぶのを抑え切れなかった。

 「せっかくさあ、矢口とか圭ちゃんとかカオリと―――みっちゃんとか明日香とか
  ―――(ちょっと、なっちは?)…ごめん、なっちと再会の喜びをかみ締めてる
  ときに、さあ?」


 吉澤は、薄く笑ったようだった。誰も気付いていないけれど―――いつもの『優等生』
である彼女の完璧な微笑みとは絶対に違う、仮面の笑み。
 「だって―――市井さんが帰ってきたのは、真希のためでしょ?」


 そう、言い残して吉澤は石川を腕にしがみつかせたまま、その踵を返した。
 あっという間に中学生集団に囲まれる。どうせ、今の会話の内容でもつつかれているのだろう。
 (何故か紗耶香は、中学生からは距離を置かれていた―――付き合いが短いせいもあるけど)



30 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時14分24秒


 「なんかよっすぃ、らしくないよねえ…」ぽつっと矢口が呟いた言葉で、紗耶香は
やっと吉澤の後姿から目を離した。「なんかあったのかな?」
 お節介とはまた違う、常に人のことを考えている優しい矢口らしい、言葉だった。

 そんなことを本人に言えば、きっと大笑いして―――『何言ってるの、紗耶香!』
煙に巻いてしまうのだろうけど。

 
 「年頃だからねえ―――」カオリが視線を宙に巡らして、呟いた。
 おいおい、カオリ。それよく分かんないよ―――突っ込もうかと思ったけど、先に
矢口が紗耶香に向かって言ったので、そのツッコミを口にする機会は失った。

 「ねえ、紗耶香?…よっすぃの言うとおり、行ってあげなよ、後藤のところ」
 そして、残りの言葉はぐっと顔を近づけて、紗耶香にだけ聞こえるように、囁く。


 ―――「近頃、ソワソワしてて様子おかしいんだ、後藤…」



31 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時18分58秒


 ・・・・・・


 今日は、よく階段を駆け上がる日だ。走りながら、紗耶香は思った。
 あまり状態のよくない園の階段は走るたびにギシギシと軋むが、紗耶香は気にしなかった。
 (後藤―――)さっきの、矢口の言葉の意味を考える。


 ソワソワしている。多分…紗耶香の考え通りなら、後藤の様子がおかしいことは、
去年の彼女のメールに起因しているのだ、自分が今回、帰郷を決めたように。
 階段を上り終わって、狭い廊下を早足で歩きながら―――紗耶香は目的の部屋の
前に立った。

 〈304号室 後藤真希〉


 プレートの下がったその部屋の中からは物音一つしないが、紗耶香は構わず、ドアノブ
に手をかけた。ガチャリ……鍵はかかっていないかった。



32 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時25分29秒


 汚い部屋だ、最初に紗耶香は思った。もともと―――彼女は片付けは得意ではなかった
けれど、本当に。

 紗耶香は一言も喋らずにずんずんと部屋へ入る。案の定、真希はドアに背中を向けて…
(結果的に、紗耶香にも背を向けた状態で)愛用のパソコンに向かっていた。
 まだ、真希は振り返らない。けれど、言った。

 「―――何、辻?加護?…悪いけど後藤はパーティ出ないから。勝手にやって」
 (相変わらずだな、後藤…)


 機嫌が悪いのではないだろうが、真希の地声は割と低い。紗耶香は思わず苦笑して、
真希の真後ろに立った。未だ、真希は自分の部屋への侵入者の正体に気付いていない
のだから、笑いもこみ上げてくる。(…隙のないような性格してるくせして)

 
 「―――あのさあっ……!」自分の後ろに立っている人物に対して痺れをきらした
ように、真希が勢いこんで振り返った。ミシっと、イスが軋んだ。(どれもこれも、
園の物は古いものばかりなのだ)



33 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時32分02秒


 「―――あ?」

 勢いこんで振り返った真希の視線が、真後ろに立つ紗耶香の姿をとらえて―――
彼女はぽかっと口を開けた。なんだか、とても無防備な姿に思えた。
 
 「市井ちゃん……?」
 ようやく、彼女は紗耶香の名前を口にして、それでも信じられないとでも言うように、
目を何度か瞬かせた。呆然とした、様子で。


 「…よっ!久しぶり」紗耶香は、真希の呆然としたその反応に満足して、ニッと笑って
少し後ろ向きに歩くと、彼女のベッドにどさっと座った。「元気そうじゃん、後藤」
 それでもまだ、真希はぼーっと紗耶香の姿を見つめていたが―――


 「ねえ、今日はイブだよ?」言った。おそらくは、後ろにこうつなぎたいのだろう、
『大晦日じゃないの、年越しって?』―――うん、そう。メールでは、年越しやりたい
って言ってたからね。「分かってるよ」だから、紗耶香は言ってやった。



 「後藤に、クリスマスプレゼント。市井ちゃんとの、抱擁権!!」




34 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月25日(火)13時38分30秒


 冗談めかして言ったけれど、その言葉に―――真希は心底嬉しそうに、ぱあっと
笑った。いい笑顔だ、と紗耶香は思う。多分……その笑顔を見たことがあるのは、
ごく少数に過ぎないのだろうが。


 「…市井ちゃんっ!逢いたかったあ―――っ」
 ばふっと、身体を預けるようにして、真希が紗耶香の身体に抱きついてくるのを、
紗耶香は何とか倒れないで支えた。「重いよっ、後藤のアホッ!」


 へへへ〜と、デレデレ笑う真希の顔を見ながら、紗耶香もつられて笑った。
 このときばかりは、真希はIQ200の天才児“後藤真希”ではなく、ただの16歳の
少女、“後藤真希”だ。とても―――可愛い、妹のような彼女。



 ・・・・・・


 外に、雪が降り出したことに今の2人が気付くことはなかった、そして広間でパーティを
始めた、他の生徒たちも。
 その雪が、これから起こる凄惨な夜を連れてきたことにも、もちろん―――――


 気付くはずは、なかった。


 ・・・・・・

 ・・・





35 名前:flow 投稿日:2001年12月25日(火)13時41分31秒

 長々と更新しました。次回からいよいよゲームがスタートします。
 次回からは、もう少し短めな更新になると思いますが……
 分かりにくい所、読み辛い所があれば、言ってください。出来るだけ直したいと思います。

36 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月25日(火)15時00分22秒
バトロワ系小説はたくさんありますが、何だかこの話は本格的っぽいですね。
19人を描ききるのは大変でしょうが、ゼヒ頑張ってください!
37 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月25日(火)18時41分16秒
かなりおもしろそうです。
更新量のすごさに驚いてます。
あ〜楽しみだ〜
38 名前:ARENA 投稿日:2001年12月26日(水)03時50分00秒
なんか「すごい」の一言・・・
読み入ってしまいました。
39 名前:flow 投稿日:2001年12月26日(水)21時51分54秒
今夜も更新したいと思います。
レスを見つけて、かなり舞い上がっておりますが…(w

>名無しさん
 確かにバトロワ系は多いですね。気を引き締めて書かないと…
 是非頑張らせていただきます!

>名無し読者さん
 前回はずいぶん張り切って更新しましたが、今回からは微妙に
 量は減るかと思われます(w

>ARENAさん
 持続して読んでいただけるように、努力します!
 是非とも、また読んでいただければ…

 

  
40 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時03分40秒


 紗耶香と真希の2人除いたままのクリスマスパーティを始めて1時間ほど経ったころ、
裕子は玄関口の呼び鈴を押す者がいることに気が付いた。


 
 ピンポーンピンポーンと、しつこいと思えるくらいにその呼び鈴は止むことなく、
直感、というものほどアテにならないものはないが――――裕子は、その“直感”で
何かとても嫌な感覚を覚えた。(ったく…、こんな時間に何やねん)

 
 無論、昼間であったならば、些細なことだったかもしれない、宅急便や近所の住民が
尋ねてくることも孤児院ならでは……珍しいことではなかったし(殊に有名人の多い
この女子園では、取材の申し込みも多かったが)。

 しかし、今の時間はどうだ―――もう9時を回っているではないか―――裕子は眉を
しかめると、腕に纏わりついてくるいたずらコンビの辻と加護に「ちょっと待っててや」
と言い残して、疑問を残しながら玄関へと向かった。


 「はい……どちらです?」
 控えめではあるが、警戒心を露骨に示す声で、裕子は玄関のドアの向こうの相手へ
呼びかけた。もちろん、鍵もチェーンもしっかりとかけたままで。



 


41 名前:《1,帰郷    市井紗耶香》 投稿日:2001年12月26日(水)22時12分30秒



 孤児院であるここ朝比奈女子園には、昼間こそ事務員などの大人はいるものの、
夜間になると園長である裕子しか、大人はいなくなる。
(まあ、純粋に20歳以上を“大人”と呼ぶのであれば、多少その大人は増えるので
  あろうが―――)いかんせん、頼りになる“大人”は、今は裕子自身しかいなかった。


 更に言えば……裕子は前園長の父親から、ちょうど4年前(裕子が24歳のときだ、当時は
その若さが話題になりニュースに出たりもしたものだが)、病気で亡くなった父親に代わり、
この女子園の園長を引き継いだ。だからこそ、その責任感は一倍強かったのだと言えよう。


 今も―――このイヴの夜、招かれざる客人に裕子が警戒心を示したからといって、一体
どうしてそれが失礼な態度と言えるだろうか?いや、言えまい。
 
「あーのー、悪いけど」返事の無いことに苛つきながら、「玄関寒いねん。用ないな
ら、もう帰ってくれます?」裕子はドア1枚隔てた向こうにいる相手に再度、呼びかけた。



 
42 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時20分00秒


 「こっちは、政府の関係者やねんけど―――」(……!?)やや間を置いて返ってきた
その答えに、裕子は慌てて覗き穴からドアの向こうを覗いた。金色の紋章。
―――間違いない、確かに政府の人間だった。



 けれど。裕子は少しばかり違和感を持った。その違和感はすぐ解けたが―――
「悪いけど、大事な話があんねや。ドア、開けてもらえへん?」分かった、政府の
関係者と名乗るその男の“関西弁”が、やたら耳につくのだ。

 (関西出身か…?)裕子は思った、それなら同郷だ、自分と。しかし……。

 裕子はその男に対して、決して良いイメージを持たなかった。政府の関係者だと言う
割に教養の低そうな低俗な喋り方も、一瞬ドアの覗き窓から見たときに目にした、嫌に
煌びやかに着飾った、下品とも取れるようなスーツ姿も。


 「すぐ、終わるんでしょうね」
 政府の人間だからと言って、警戒心を解けるはずもなかった―――むしろ、疑問は
更に深まるばかりだった、(政府の人間が、こんな小さい孤児院に何の用や?)

 かと言って面と向かって聞けるほど、裕子に度胸はなかった。


43 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時27分08秒


 「まあ、すぐ話が済むかどうかはそっちの出方次第やな。とにかく、中に入れてもら
  わんことには、その話すら出来へんわ。外、めっちゃ寒いで」

 やはり、何だか気に食わなかった……裕子は、その男が。
 どこか、人を見下したような印象を持つ。それが良い感触か、悪い感触かなど、聞く
までもない―――当然、悪いイメージ。


 しかし、政府の援助を受けている国立の孤児院が、政府の関係者直々のこの訪問を
断ることなど、出来るはずもなかった。もちろん、向こうかてそれを承知だからこそ、
こんな夜間の訪問を平気で実行しているのであろうが。


 渋々、ではあったが―――嫌な予感もあったが―――裕子は結局、ドアを開いた。
 外に立っていたのはその男が1人(金髪だった、なんと。どう見ても30歳代なのに
金髪!)。当然そうだと思っていたが……


 「何やの、その後ろの兵士はっ!?…」思わず裕子は叫んでいた。暗闇にまぎれるように
してずらっと玄関の後ろに並ぶ、迷彩柄の戦闘服を身につけた、数十人の兵士を目にして。




44 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時33分28秒


 「ああ、コイツらか―――?」金髪、関西弁、派手なスーツ姿のその男(どう考えても
印象に残る、悪い印象だけど)は、親指で後ろの兵士らを指すと、しれっとして言った。

 「何にもせえへんよ。ただ、大人しく話が出来るよう、連れてきただけや」


 (大人しく、たって……)
 何故か、裕子は鳥肌が立つのを抑え切れなかった。ドアを開いて外の冷気が一気に
押し寄せてきたのもある、しかしそれ以上に感じるのはかつて無いほどの“恐怖”。
 (何で、ここには女子供しかおらんのやで?何で―――)兵士たちが思い思いに武器
を手にしているのを見て、裕子は一歩、後ずさった。

 
 (何で、銃なんか持ってくる必要があんねん!!)―――裕子は気付いていなかった、
今、自分が―――真っ青に、顔色を失っていることを。



45 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時40分15秒


 
 その、場違いに明るい声は、廊下の奥から響いてきた。「お〜っい、ゆうこ〜♪」
 軽いアルコールでも口にしたのだろうか、普段から明るい少女の声が、更に輪をかけて
陽気な口調で裕子を呼んでいた。「―――矢口!」

 その声を耳にして、今度こそ裕子ははっきりと“恐怖”を実感した。駄目や、ここへ
来たらあかん、矢口!!―――戻れ!!


 しかし、硬直したように……裕子の身体は動かなかった、そしてまるで言葉を忘れたかの
ように、普段はよく動く彼女の口も、まったくその機能を有しなかった。
 動くことが出来なかった。つまり、裕子は。



 「あれ?」
 玄関が開きっぱなしになっている。矢口は陽気に口ずさんでいた鼻歌を止めて、怪訝
な顔で裕子と金髪男(政府の関係者であることを、矢口は知らない)を、交互に見比べた。
 「なに〜。裕ちゃん、彼氏〜?」赤らんだ顔のままで、矢口はニヤリと笑った。


 『アホか、何言うてんねん―――!』…いつものノリであったなら、裕子は軽く笑って
―――そんな風にでも、受け流していたかもしれない。けれど。
 裕子は笑うことすら、出来なかった。



46 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時47分55秒


 笑わない、動くことすらしない裕子を、矢口は不思議そうに眺めていたが―――
ようやく、異常を察知したらしい。(その点で、裕子はある意味ここへ来たのが矢口で
あったことに感謝した。圭織などが来ようものなら、何を言い出すか予想もつかない)


 明るい矢口の顔が、不安そうに曇っていた。「…ねえ、裕ちゃん?」声にも不安が混じっ
ているのが容易に察知できる。「なんかあったの?この人たち、何?」

 裕子はそれでも、答えることが出来なかった。正直、裕子にしろこの状況を掴みきれてい
ないのは同じことなのだ。ただ、少し来るのが早かったか遅かったか、の違いだけで。
 「なあ、矢口…」
 それでも、裕子は何とか言葉を口にした。滅多に、必要以上に使うことの無い頭を、フル
回転させて。必死だったのだ―――何とか、生徒だけは危害が及ばないようにしなければ。


 「広間の皆、大人しく座らせて待っててくれるか?―――すぐ、この人たち連れてって
  ちゃんと……ちゃんと、説明するから」(断言は出来へんけど、な)
 突然の裕子の言葉に、矢口は戸惑ったようだった。当たり前だが。



47 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)22時55分59秒


 「ちょっと待ってよ、裕ちゃん―――!! 今、ここでじゃダメなの?
  矢口の前でじゃ、説明できない…」
 悲壮のこもった声で、矢口が裕子に近寄った。しかし裕子はそっとその小さな身体を
押し戻し……その、言葉も遮って、言った。「それと」


 矢口が、真剣な裕子の眼差しに呼応するように息を呑んで、じっと見上げてくる。
 (何かが、始まってんねん。何か……得体の知れない、何かが)裕子はふうっと
息を吐くと、ちらりと金髪の男に視線を走らせた。彼は、何をするでもなく裕子と
矢口のやり取りを黙って見つめている。

 (別に、どんなやり取りをしようが関係ないってことか、余裕やな)
 裕子は苦々しい思いで毒づくと、矢口に視線を戻した。「それから、あの二人や」


 「あの二人?―――」矢口が、眉を寄せた。が、すぐ閃いたようだ。「ああ―――
紗耶香と、後藤ね」

 矢口は、おそらくは後藤の部屋で再会を喜び会っているであろう二人の姿を思い
返した。どこか、浮世離れした結びつきを持つあの二人。市井紗耶香と、後藤真希を。
 「その二人も、連れて来ておいて」




48 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)23時04分05秒


 「裕ちゃんは?」―――矢口は即座に聞き返した。今、一番気になっていることを
聞いていないのだから。(一体、これはなんなのさ?」―――

 裕子は、ようやく小さく笑った。かなり無理しているのは、見え見えだったけれど、
とにかく笑った。矢口はすぐにその笑いが作り笑いであることに気付いたが……、そ
の笑顔の意味が、自分を安心させるためであることの意味も含んでいることにも気付
いていた。だから、何も言わなかった。


 そして、裕子は穏やかな声で言った。
 「大丈夫や、ちょっと食堂で大雑把に話聞いてから、皆のとこ行くから。
  ―――なあ、矢口?」後の言葉を裕子は、自分の首くらいまでしかない身長の矢口を、そっと
胸元に抱き寄せて、小声で囁いた。「心配せんでええって、裕ちゃんなら平気や」



 すぐに矢口を離すと、裕子は金髪の男に向き直った。さっきまでの恐怖心は、矢口の
姿を見たことにより、(そしてその姿を守らなければという固い決意により)いささか
まぎれてはいたが、それでも―――その表情は、かなり強張っていた。
 しかし。






49 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)23時12分06秒


 「聞いた通り」大丈夫。裕子の心は、さっきよりは幾分平静を取り戻していたから、
身体が動かない、喋れないというパニックを起こすこともなかった。
 「ここで話も何やから、―――ここの奥に食堂があんねんけど、そこで話を聞く。
  もちろん園長である私が代表して―――最初に聞かせてもらうで?」

 金髪の(忘れていたが、政府関係者の)男は、小さく肩をすくめた。(アホか)
裕子は心の中でまたしても毒づいてやった。―――外人の真似か?似合わんのに。


 再び、矢口の方へ向き直って裕子は言った。
 「そういうコトやから、矢口。皆のとこ、行っといてくれるか?
  今のやり取りは、誰に言わんでええから。ただ、待っててくれればいい」

 矢口は、答えなかった。けれど、しっかりと深く頷いた。そう、裕子は自分を信頼
している、そして矢口もまた誰より裕子を信頼しているのだ。
 そう、だから大丈夫だ、他ならぬ裕子自身が『大丈夫』だと言っているのだから。


 
50 名前:《2,犠牲    中澤裕子》 投稿日:2001年12月26日(水)23時19分51秒


 裕子が金髪の男(未だ、矢口は彼が政府の関係者であることは知らない)を連れて
食堂へと入っていくのを見届けてから、矢口はようやく踵を返した。
 何がなんだか分からなかったが―――とにかく、裕子の言い残したことだけはやろう
と思っていた。軽い酔いを含んでいた頭は、すっかり醒めているようだ。


 矢口は大広間への廊下を突っ走りながら―――ふっと思い立って、階段へと足を向けた。
 きっと、まだ紗耶香も後藤も、部屋にいるはずだ。先に寄って呼んでから広間へ一緒に
向かった方が早い。今は―――時間を無駄に出来ないと思った、直感だが。


 大広間から聞こえてくる調子はずれなクリスマスソングを聴きながら、矢口は階段を
駆け上がっていた。今、園の中でただ二人―――裕子と矢口だけが、漠然とした不安を
胸に抱えていることを、まだ誰も知らない。


 そして―――


 食堂へ入って行った、裕子の後ろ姿が、彼女の生きた姿を見る最後のチャンスで
あったことを知る者も―――矢口すらも―――誰も、いなかったのだった。
 

 ・・・・・・


 ・・・


51 名前:flow 投稿日:2001年12月26日(水)23時22分18秒

 本日、中澤裕子編は終わりです。
 というか……まんまと初歩ミスしました、>41で(w
 投稿してから叫びましたよ……「あ〜っ!!」っと(爆死

 まあ、こういうミスもちょこちょこやりますが…更新は怠らずにやっていこうと
思いますので、どうか見捨てられませんように。

52 名前:37 投稿日:2001年12月26日(水)23時49分55秒
犠牲っていう文字で不安があったんですが…
やっぱり裕ちゃんしんじゃうんですね…
裕ちゃんらしく散る姿…しっかり見させていただきます。
十分凄い更新量ですよ!
53 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月27日(木)05時43分02秒
なんだか重そうな内容ですね…
でも、こういう話は結構好きです(w
がんばってください。
54 名前:ARENA 投稿日:2001年12月27日(木)05時53分06秒
連日の更新、お疲れ様です。
かなーりドキドキしながら読んでます・・・
55 名前:flow 投稿日:2001年12月27日(木)22時18分17秒

今夜もまたまた更新です。ちょっと内容的にくどいですが…(w
レスをいただくと、本当に力が湧きます!ありがとうございます。

>52 37さん
  一応、メンバーには1人1人メインの話がある(予定)なんですが、約2名は
  どうしても使えなさそうなんです(w
  裕ちゃんは…今後は多分出番は(略)ごめんなさい。。。

>53 名無し読者さん
  はい、かなり重いと思います(シャレではないです)
  しかも、話の進行具合も遅いですが…良ければまた見に来てやってください。

>52 ARENAさん
  二度目のレス、ありがとうございます。
  連日の更新、読んでくれてうれしいです!ヤル気のあるうちに更新溜めを(w


 では、話の続きに入ります。




56 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)22時25分11秒


 矢口真里が、ちょうど真希の部屋へ向かうため階段を駆け上がっていったのとほとんど
同時に、大広間のドアが片方開いて―――園での通称“いたずらコンビ”の片割れである
加護亜依が、ぴょこん、とその姿を現した。


 園で生活している中で、加護と辻が単独で行動するのはごく珍しいことであるが…
(とはいっても、その行動のほとんどはその愛称から来る通り、様々な“いたずら”
 を行うときに限られるが)…とにかく、加護は1人で広間から出て来た。
 
 「さっぶいな〜…」
 広間から出て来た途端、暖かな空気はいっぺんに押し寄せる冷気にかき消され、加護
は思わず両手で自分の身体を抱きしめ、身震いした。「やっぱ古過ぎやねん、この建物」


 木造で出来たこの園舎が立てられて、30数年経つという。その割に―――創設者には
悪いが、この建物はお世辞にも立派とは言いがたく、その上老朽化も激しかった。
 当然……断熱材も使用されているはずはない、だから当然、寒さも一際厳しく感じる。




57 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)22時31分47秒


 ただ、この玄関へと続く廊下がいつも以上に寒かったのは、先ほどの突然の来訪者が
しばらくドアを開け放していたことと多少は関係するのかもしれないが…いかんせん、
加護は先ほどの裕子と政府関係者とのやり取りを知る由もなかった。

 そもそも、加護が広間から1人で出て来たのは、この異常な空気を察したからでは
ない、もちろん。ただ単に、加護はトイレへ行くつもりだった。
 思春期の少女にありがちな―――連れ立って用足し、という行為を加護は好きでは
なかった。(トイレなんて、行きたいときに行ったらええねん。違うか?)……



 どこかで、争うような音が聞こえたような気がして、加護はトイレへ駆け込もうと
したその足を一旦止めた。耳を済ませる。「……っ赤なお鼻の〜トナカイさんが〜…」
相変わらず広間は喧騒で溢れている。気のせいだ。

 加護は自分に言い聞かせて、女子便所に入った。(ちなみに、女子園ではあるものの、
一応男子便所というものもあるにはある。もちろん、職員専用ではあるが―――そして、
たまに当の辻加護にいたずらされて、水が溢れていることなどもあったが)


 ・・・・・・



58 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)22時42分35秒


 加護亜依は、売り出し中のアイドルだった。同じ園の松浦亜弥(15歳)とユニットを
組んで。ちなみにそのユニットの名前は―――アホらしい、いかにもアイドル然とした名
であったため、加護も亜弥も、そのユニット名は好きではなかった。


 そう、加護は年の割に……そして、その幼い外見とは裏腹に、周囲の中学2年生に
比べると、精神年齢は大人びている少女だった。(本人は自覚していないが)

 
 その年で、芸能界という弱肉強食の世界で、中学生である加護と亜弥が駆け出しの
アイドルという身でありながら、徐々に―――だが確実にその需要を増やしているこ
とから考えてみても、加護の行動力、判断力には目を見張るものがあった。
 もはやそれは天性の才能だ、凡人にはない(ただ、やはりそれでも加護自身に自覚
は芽生えてすらいなかったが)、そのためありがちな―――周りの少女たちによる、
嫉妬の上の無視、いじめといった類の行為も、加護は受けたためしがない。

 (ただ、その加護とコンビを組んでいる松浦亜弥は、加護に少なからずライバル心を
  抱いており、テレビの裏ではあまり仲が良かったとは言えないけれど)



59 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)22時49分20秒


 
 言ってみれば、それすらも加護の才能と言えたのかもしれないが―――とにかく加護と
いう少女は、物怖じしないことが魅力の1つと言えた、それに伴う子供らしからぬ行動力
も。(当然、その行動力がいたずらに向けられることもしばしばあったのだが)


 だから、加護の耳に―――彼女が用を足して女子便所から出て来たときに―――悲鳴
のようなものが聞こえてきたとき、加護は迷わず足を悲鳴の方向へ向けていた。
 「……何や、今の…?」知らず知らずのうちに、声は震えていた。


 悲鳴だと、確信をもったわけではなかった、ただ……芸能界で働いている以上、加護
は同年代の少女よりも多少多くの物事を経験しているという自負はある。ちょい役では
あるが―――ドラマにも、(サスペンスドラマだ、それも犯人に殺された男の娘役!)
出演したことがあった。


 (似てる……今の、悲鳴)そう思った。とても、聞こえてきたそれは小さかったが、
しかし。








60 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)22時56分29秒


 「…誰かおるん?」普段の彼女が見せる、物怖じしない活発な態度とはかなり違うが
それでも、何とか声を振り絞って加護は辺りを見回した。


 関西出身の加護は、常日頃から…それがテレビ出演時であっても、関西弁を使ってい
た。時としてそれが、亜弥との言い争いの種にあることもあったのだが。
 (ちょっと、亜依!関西弁なんていい加減やめなさいよ、田舎者っぽく見られるでしょ!)
―――加護にしてみれば、亜弥とて関西出身なのだ、関西弁を使ったところで何が悪いの
かと、反省するどころか逆に反抗してしまうこともしばしばだった。


 加護は、関西人であることを誇りに思っていたから。自分が、笑いのセンスを持ち合わ
せていると、誰かに言われたとき思ったものだ、(…それは、うちが関西人だからや)


 その、加護が気軽に口にする、だが―――裕子と自分と、平家みちよ(22歳)以外の
人間が園で関西弁をきく者がいなかったため、その聞き慣れない“関西弁”が聞こえてき
たとき、彼女はパッと走り出していた。



61 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時04分20秒


 何か疑問があると黙っていられない性格、関西を、関西人を、関西弁を好む性格。
 二つのきっかけが重なったその時、加護のような若い少女がじっとしていられる
はずもなかった。そして加護は気付いた、声は―――


 「食堂…?」

 ぽつりと呟いて、加護は古びたドアを見上げた。彼女が(学校へ行っているのと、仕事
へ行っている時とを覗いて)朝昼晩の食事をとる場所だ。しかし、今、この場所を
使っている者などいないはず。


 (誰か、おるん…?)―――玄関に程近いその食堂のドアの外にぴったりと身体を
くっつけて、加護は何とか話を聞こうと四苦八苦した。もちろん、音を立てないように。
 
 もちろん、園の中に“突然の来訪者”がいることなど知るはずもない加護が、同じ園
の仲間である(はずの)会話に割り込んで行ってはいけないこともないが―――しかし、
加護はこう言った『コソコソした』行為が好きだった。(得意、とも言う)

 (誰が話してんのやろ…中澤さんと、平家さんかな…?)
 しかし、加護の予想は見事に外れることとなる、聞こえてきた関西弁の主は、1人は
女性だったが―――間違いなく、もう一方は男性だったのだ。



62 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時11分52秒



 『……何やって、アンタ……』『……!ッ……』『…ふざけ…』
 『…………!!……あの子らに……』


 (……?イマイチ、聞こえんな〜…)食堂から聞こえてくる声は、何だか言い争って
いるようだった。いや、どちらかと言うと、女性の声が一方的に怒鳴っている感じ。
 加護はもう女性の声の主が裕子であることには気付いていたが、どうしても男の声の
主については分からなかった。その本人すら会ったこともないので、当然といえば当然
であるが。


 「何やねんな、もっと大きい声で喋ってくれへんと…」
 はっきりと会話の内容がつかめないことにイライラしたように加護は呟くと、一度
ドアから身体を離した。もう1度、会話のよく聞こえるポイントを見つけて、再びドア
に身体をくっつけようと思っていたのだ。


 ―――パンッ!


 乾いた音が聞こえて、加護はドアについていた両手をビクッと震わせた。もう身体は
ドアに触れる寸前の所まで近づいていたが、慌てて加護はドアから離れた。
 (……なっ…!?)細い、黒目がちな彼女の瞳が目一杯に開かれて、ドアを見つめていた。


63 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時18分18秒


 (まさか、まさか……)


 加護は放っておけば叫び出しそうになる口をがばっと両手で塞いだ。背中を、嫌に
冷たい汗が伝っていく感触に身体を身震いさせながら、そのあまりに突然の感情は、
13歳の少女を動揺させるのには充分だった、充分過ぎた。


 (銃声―――!?……)混乱していた、混乱していたが―――加護の頭は、冷静に今の
音を分析していた。むしろ、冷静に『銃声』だと気付いたからこそ、混乱していたのか
も知れないけれど。とにかく、加護は混乱していた。まずい、何だか分からんけど―――


 もう、言い争いの声は聞こえていなかった。思った、(おかしいっ、こんなん!)



 気付いたときには、加護は一目散に駆け出していた。駆け出して―――廊下の突き当たり
にある大広間に体当たりするようにして、加護はその中に転がり込んでいた。
 ガンッと、右肩に跳ねるような痛みが走ったが、気にしていられなかった。そのまま
床に座り込み、はあはあと荒い息を吐いた。








 
64 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時26分24秒


 「あいぼん、あいぼん―――?」すぐに、自分を呼ぶ心配そうな声と、その声の主
―――加護の親友だ、今さら言わなくても分かると思うけれど―――辻希美。
 だが、加護は非常に混乱していて、非常に動揺していて……答えることが出来なか
った、親友の心配げな問いかけにも、彼女に『心配するな』と微笑みかけてやることも。


 「どうした、加護っ?」

 辻の不安そうに震える声とは対照的に、凛とした響きを持つ声が聞こえて、(何だか
安心できる声だと思った、加護は)ようやく加護はうつむいていた顔を上げた。
 何とか乱れた呼吸は元に戻っていた。混乱した頭は戻っていなかったが。
 「市井さん……大変なんです、大変なんや……」


 自分に問い掛けてきた張本人、市井紗耶香が目の前にいることに気付き、加護は
すがりつくようにして紗耶香の腕を掴んだ。震えが止まらなかったのだ。
 「加護、落ち着け。ちゃんと、話して」(市井さん―――)まともに話すことは
滅多にないが、加護は紗耶香のことは信頼できるタイプの人間だと思っていた。


 
65 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時33分17秒


 
 だから話そうと思った。その前に―――自分が園の生徒たちの注目の的になっている
ことに気付かなければ。


 さっきまで―――そう、彼女がトイレに行こうと席を立ったときはまだ、パーティの
最中だったはずだ。皆、まだ歌を歌ったり―――ゲームをしたり、騒いでいたはずだ。
 だが、今は違った。皆何故か心もち神妙な顔でイスに座り、じっと加護を見つめていた
のだ。そう言えば、加護は気付いた。紗耶香の隣りに寄り添うように真希が立っている。

 ―――この二人は、パーティにはいなかったのではなかったか?


 嫌な予感がした。何か、とてつもなく嫌な予感が。
 「何が―――何があったんです!?」
 加護は興奮した者がそうするように、紗耶香を掴んでいたその腕を揺さぶった。
“先輩だから”“親しいわけじゃないから”普段、常に加護の頭にあるその守るべき
常識(芸能界でやっていくには、まず規律を守らなあかんやろ?―――)今は、完全
に頭から消え去っていた。



66 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時40分08秒


 「落ち着けって、加護!!」紗耶香が、加護の腕を強く掴み返して、叫ぶように言った。
 ようやく加護はハッとして、その黒い双眸を紗耶香のそれへと合わせる。

 「何があったか聞きたいのはこっちなんだよ、矢口が……」

 紗耶香は真っ直ぐに加護を見据えたまま、矢口真里の名前を出した。「矢口が、突然
広間に集まれって言い出すしさ。その上大人しく座ってろ、だとか」
 そこまで言って、紗耶香は自らの隣りに立つ真希と視線を合わせた。真希はこれと言
った動作もすることなく、小さく首を傾けたようだった。

 加護は、真希の動作の意味が(わからない)、そう言ってるようにも思ったが――
考え直した、彼女が本当に分からないことなんてないんじゃないか、だって真希の表情
に感情らしいものは浮かんでいなかったから。


 しかし、今現在気にすべきことは、真希の動作1つではなかった。加護は紗耶香の
強い視線にやや気押されながらも、なんとかその固い口を開いたのだった。
 「……中澤さんが……市井さん、中澤さんが……」


67 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時49分38秒


 今にも消えそうな弱い声ではあったが、紗耶香がその言葉に反応する前に、その小さな
影は飛び込んできた。「裕ちゃんが!?裕ちゃんがどうしたの、加護お!!」

 矢口真里だった。いつも矢口の声は大きいが、張り上げたときその声は本当によく響く。
加護は怒られてよくそうするように、びくり、と首をすくめた。「…中澤さんが……」
 何とか答えようとして―――加護は言葉を失った、何と言えばいいのだろうか?
さっきの出来事を。中澤裕子が見知らぬ関西弁の男と言い争っていました、銃声が聞こえ
ました、そうしたら声は聞こえなくなりました。―――こうとでも、言えというのか?
 そんなの、つまり―――『中澤さんが死んじゃったみたいです』


 そして、加護の思考がある結論を出した。言っちゃいけない!
 今のはきっと―――夢だ、あるはずない、風の音だったんだ!!

 自分を見据えてくる紗耶香、それに詰め寄ってくる矢口、他の生徒の並々ならぬ
興味のこもった視線に耐えながら、加護は思った、(ゆうたらあかん――絶対に)
 しかし、次の瞬間、加護の決意はもろくも崩れ去ることとなる。


68 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月27日(木)23時58分05秒


 聞き覚えのある関西弁の男の声が―――ドアが開くのと同時に、聞こえてきたからだ。
(とはいっても…まあ、聞き覚えがあるとはいえ、ほんの数分前に初めて聞いただけ
 だったが、ぼんやりと) 「おおい、皆そろってるな―――?」


 無遠慮そうな、男の声。加護は戦慄した。(さっきの男や、さっきの―――)
 加護の顔色が、どんどんと色を失っていく。聞こえた言い争いの声、冷たい廊下、
古い食堂のドア、一発の銃声―――
 (そう言えば、広間にいたほかの生徒たちに銃声は聞こえなかったのだろうか?
  おそらく聞こえてはいまい、今の態度を見ても―――おそらく、銃には何らかの
  細工でもしてあって、音が響かないようにしてあったに違いない、そうでなけれ
  ば音のよく響く作りの建物だ、皆が気付かないはずはない……) 



 「突然やけど―――」金髪の男は、呆気に取られた生徒の様子を気にすることもなく、
能天気そうな声を張り上げた。「朝比奈女子園のみんなに、お知らせがあるんや」
 彼は、そこまで言うとニヤリと小さく笑った。再び、加護はびくりと身体を震わせた。


69 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時04分15秒


「まず自己紹介せなあかんな。俺の名前は寺田や、テ・ラ・タ。なんなら、つんくと
  呼んでくれてもええで?」―――誰も返事をしなかった。寺田、と名乗った男は
軽く溜息をつくと、再びその口を開いた。


 「実はな、俺は政府の関係者やねんけど、政府の決定事項を1つ、伝えにきたんや。
  キミら朝比奈女子園の生徒がな―――ある計画実行の対象者として選ばれた。
  今すぐ、参加して欲しいねん。せやから―――とっとと荷造りしてくれるか?」


 誰も口を開かなかった、いや開けなかった。別に……寺田というこの男に、それほど
威厳があったわけではない、“政府”の名前に怖気づいたわけでもない、ただ―――
口を開くきっかけがなかった。何から聞いていいか分からない。
 「つまりはな?」寺田は、別に返事を求めているようではなかった。最初から、お前ら
みたいなガキに期待するもんなんてないんや。そうでも思ってるかのように。


 
70 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時11分29秒


 「ついでに言っておくと―――」寺田は、その短めな金髪の頭をなで上げると、生徒
たちにぐるっと視線を回した。「この計画は、園長の承認がいるんやけど、一応」

 矢口が“園長”の名前に反応したように、ぐっと体勢を前に傾けた。寺田の身体を、
穴でもあけるかの如く、じっと凝視する。それでもやはり、何かを口に出来るほどの
余裕はなかったようだが。
 寺田は、一瞬もったいぶるかのように思われたが、あっさりと言い放った。
 「でもキミらの園長は死にました、ついさっき。だから、承認を得る必要もありません。
  ついでに言っとくと、生徒に拒否権はないで?」


 
 誰もが動かなかった。(まさか、まさか―――)加護の頭が再び混乱し始めた。
いや、とっくに混乱はしていたが……どこかで、これは嘘だと言い聞かせていたが、
自分に。もう嘘ではなかった。間違いなかった。


 さっきの銃声は聞き間違いなどではない、「さっきの―――食堂で―――」
 寺田は、突然口を開いた幼い少女にちらっと視線を向けたようだった。けれど、加護は
気にせず言った。「やっぱり、中澤さんが撃たれたんやっ……」




 
71 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時22分01秒


 「―――どういうコトだよおっ、何だよそれ、裕ちゃんが死んだって……」
 矢口が叫んだ。頭を抱えていた。「さっき裕ちゃんは言ったんだ、大丈夫だって」


 「矢口に、…大丈夫だって、話を聞くだけだからって……言って…」言いながら、矢口は
床にへたり込むかと思いきや、いきなり立ち上がった。
 キッと寺田を睨みつけると矢口はおもむろに走り出していた。行く先は―――?
決まっている、食堂だ。他に、行き先なんてあるか、この場合。
 
 「矢口!?」「矢口さん―――!!」続いて反応したのは加護と紗耶香だった。加護は
紗耶香に引きずられるようにしながらも、つたない足取りで矢口の後を追う。紗耶香
の足取りは当然―――しっかりとしていた、そんなときでも。


 続いて……女性の習慣とでも言うのだろうか、広間にいたほかの生徒たちも、流れに
乗るようにして、先陣を切った3人の後を追いかけて出て行った。事情はもちろん、
分かっているはずなどなかったが。


 広間に残っているのは真希と寺田の2人になった。真希は無表情に寺田を一瞥すると、
悠然と生徒たちの1番後ろから食堂へと歩みを向けていた。
 






72 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時28分51秒


 ・・・・・・


 「いやああああっ!!裕ちゃん、裕ちゃあああんっ!!!」

 聞こえてきた矢口の悲鳴で、加護はさっきの自分の考えが、現実のものになったこと
を知った。続いて自分の目で《中澤裕子》の―――であった者の―――死体を見て、
ヘナヘナと腰を抜かしていた。
 やがて遅れて食堂に到着した少女たちから、悲鳴がさざ波のように広がっていく。


 死体。真新しい―――そして、自分たちのよく知る人間の死体。
 悲鳴を上げない方がおかしかった。


 中澤裕子は、テーブルの上に仰向けになって死んでいた。頭の上半分が欠けていた
が、顔は充分に認識できる状態で―――それが却って皆の恐怖心を煽った。
 「中澤園長はな」……妙に抑揚の無い声で、寺田が言った。いつの間にか皆に追いつ
いて後ろに立っていたのだ。暗い食堂の中で、彼の金髪はよく目立った。


 「この計画に―――政府の計画に、反対したんや。それはもう猛反対やで?
  大人しく聞いてくれてれば、こんなことにならへんかったのにな」
 せっかくいい女やったのに、と付け加えて、寺田は言った。



73 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時38分14秒


 「何が―――アンタが、アンタが殺したんやろ!?中澤さんを―――」

 呆然と死体に釘付けになっている矢口、その他の生徒よりも一足先に理性の戻った
加護が、寺田に駆け寄ろうとして―――止められた。「加護!ダメだ!」…紗耶香に。

 (中澤さんは―――さっきの銃声で、さっきの―――どうして―――加護は―――
  あのとき、加護は、加護は、加護は、加護は!!)

 もうほとんど、まともな思考状態ではなかったがそれでも、加護は寺田への憎しみ、
殺意を覚えて紗耶香に抑え付けられた体をジタバタを動かした。(もちろん体格の差
や体力の違いは歴然―――寺田に近づくことすら出来なかったが)

 寺田は面白そうに加護の様子を眺めていた。口元に、笑みが浮かんでいる。
 「お前は加護やったな?俺、アイドルには割と詳しいねんで」そして、寺田は言った。


 ・・・
 
 「もったいぶっててもしゃあないわ、発表するで、計画のことを。
  キミらが参加するのは『個能力開発プロジェクト』いうんやけど―――おっと、
  これでももう40年近く続いてる由緒在る計画なんやで?まあ……」
 

74 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時44分57秒


 そこまで言って、寺田は唇を舐めた。皆、裕子の死体に目を奪われたまま身じろぎ
一つしない。それでもいい、言葉は聞こえていなくても、確実に脳には届く。


 「簡単に言えば、『殺し合い』してもらうだけやねんけど。ここにいる、生徒諸君に」


 ・・・・・・


 全員が、即座に反応出来なかった。(ただし、無表情だった真希だけは分からないが)
しばらく裕子の死体に―――頭の欠けたそれに目を奪われていたが、ややもすると1人
2人と、寺田の方へと呆けたように顔を向けた。誰も彼も―――焦燥しきった表情で。

 加護は、また何かを言おうと思った、さっき寺田に詰め寄ったときのように。しかし、
今度は動けなかった。回転の速い彼女の頭脳も、このときばかりは役に立ちそうもない。
 (そんな、そんな……)

 あまりの展開についていくことが出来なかった、加護だけではなく、他の生徒たちも。
(辻などにあっては、ずっと口がぽかっと開いたままだ)
 加護は、しばらく寺田に視線を送った後、吸い寄せられるように裕子の死体に目線を
向けた。『加護―――』その彼女は、二度と動くことは無い。


75 名前:flow 投稿日:2001年12月28日(金)00時50分46秒


 (中澤さん)(死んだ)(銃声で…)(加護は)(聞いた)(逃げた…)
 (金髪の)(関西弁で)(中澤さん)(殺し合い)(みんなで?)

 (そんなの、そんなの……)


 死体から血の匂いが流れてきたことに、加護は気付かなかった。けれど、その小柄な
身体はひくひくと引きつるように小さく震えており、呼吸は段々と荒くなっていた。
 (嘘だ、嘘だ―――夢だ、こんなのは―――)

 打ち消そうとしても、加護の前には消えようの無い現実が存在していた。
 中澤裕子の真新しい死体、金髪の政府関係者と名乗るその男、『殺し合い』の計画。
 
 消えようのない現実を突きつけられて、加護は気を失いそうになるのを必死にこらえ
ていた(むしろ気を失ってしまえば楽だったかもしれないけれど)…加護は、涙が出て
こないことに疑問を抱く余裕すらなかった。時間が止まってしまったかのように。

 だが、頭のどこかで理解している自分もいたのだ―――自分たちは『殺し合い』を
するのだ、この男の言うとおり。やらなければ殺されるだろう、言うまでもなく、裕子
のように。目の前の―――この死体のように。




76 名前:《3,戦慄    加護亜依》 投稿日:2001年12月28日(金)00時56分11秒


 うちらは、死ぬんか?ここで―――中澤さんの、ように。

 加護亜依は、しばらく中澤裕子の死体に目を奪われたままで思った。さっきからずっと
感じている恐怖の正体は、とてもシンプルなものだったのだ―――とても。
 人間なら、誰しも怯えるものだから、ただし、普段はとても遠いところにあるそれ。

 『死』への恐怖。(嫌だ―――嘘や―――……)加護はもう、何も写さなくなった
うつろ瞳で、顔を覆った。そんなことをしても、現実が消えてなくならないのは百も
承知だけれど。とにかく始まってしまったのだ、地獄が。

 果たして、この先どんな地獄が待ち受けているのか、想像できるはずもない。想像し
たくも無かったけれど―――ゲームは開始した。           【残り18人】




   
77 名前:flow 投稿日:2001年12月28日(金)00時58分05秒
こんなに長々書く予定ではなかったんですが、キリのいいところまで書こうと思ったら、
3時間くらいかかってしまいました(汗
ダラダラな更新ですいません…そして、裕ちゃんの最期、描写が大雑把でホントすみません!


78 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月28日(金)01時14分07秒
初めて小説でリアルタイム更新をみました。
頑張ってください!おうえんしてますよ〜。
79 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2001年12月28日(金)03時02分24秒
やっぱすごいですね
場面の情景が浮かんでくるようですよ!
80 名前:詠み人 投稿日:2001年12月28日(金)17時28分28秒
う、上手すぎる。。。
半端じゃない情景描写の細かさに、早くも名作&大作の予感。
期待して更新を待ってます!
81 名前:ARENA 投稿日:2001年12月29日(土)05時27分20秒
なにかとユーモラスなflowさんのレスの後に本編を読む。
このギャップも(゚Д゚)ウマー(w

今回は加護の心理描写に圧倒されました。
映画を見てるようだ・・・
82 名前:flow 投稿日:2001年12月29日(土)21時28分30秒

 またまた今夜もダラダラ更新でいきます!まずはレスのお礼をさせてください。

>78 名無しさん
   リアルタイムですか〜、更新スピード遅くてすみません(汗
   応援ありがとうございます!ぜひともまた見に来てくださいね。

>79 ラヴ梨〜さん
   文字がいっぱいで読みにくいかなとも思うんですが、オッケーですか(w
   しかしながら、作者もいっぱいいっぱい(略

>80 詠み人さん
   褒めすぎです!(焦
   その期待を裏切らないように……努力は怠らないようにします、頑張って(w

>81 ARENAさん
   ギャップですか〜、確かに本編は暗いですからね。(当たり前ですか)
   毎回感想いただけてうれしいです!きっとそのうち、ARENAさんお気に入りの
   娘。も出るはずですから……(N垣以外はw)


 それでは、今夜の更新を始めます。


83 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)21時38分00秒



 「何やねんな、皆固まって。さっきも言うたやろ?さっさと準備せえって」


 中澤裕子の死体、政府関係者と名乗る「寺田」の突然の登場、そしてその衝撃の発表、
突きつけられたのは『殺し合いの』計画。
 園の生徒たちは、大学生組を除いたメンバーすなわち、そのほとんどが未だ成人を迎
えてもいない、若い少女たちばかりなのだ。当然―――この様な事態に陥って、平静を
保っていられるはずはないのだが―――普通の少女であれば。


 ただ、この園には普通でない少女がいた。(もちろん、それは広い意味で“普通で
ない”と取るのであれば、もっとたくさんの該当者はいるのであろうが)―――この
様な場合において、平静でいられるという意味の“普通でない”少女。

 
 「準備って、何を?」―――冷静な声。寺田に向けられた醒めた瞳。
 腕組みをしたまま、裕子の死体を見ても別段驚いた素振りも見せずにそう言い放った
のは、後藤真希だった。
 IQ200の天才児、言い換えるならば……園でいう、“異端者”だった。



 
84 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)21時47分01秒


 「ほお」寺田は、この場においては場違いなくらい冷静な声に多少、感心したよう
だった。生徒たちの関心も、一気に真希に集中するが―――やはり、真希に表情の変
化はない。……それは、いつもの通りだ。「後藤…やったな?さすが、天才児」


 寺田の口調にいくばくかの揶揄が含まれていることに、真希は気付いていた。そう
いった、“天才児である自分”に対するいわば“凡人”からの皮肉や嫉妬のこもった
言葉には慣れている。別に、今始まったことではないし―――それに、その寺田の発
言は皮肉にも、真希を余計に落ち着かせるのに一役買った。(…なんだあ)

 真希は、心中でそっと溜息をついた。(なんだかんだ偉そうなこと言って、結局は
ただのオッサンか)―――思った、前置きが長すぎ。


 真希の表情に何の変化も見られないことに、寺田は少し―――ほんの少しだが―――
ガッカリしたような顔を浮かべた。何や、ホンマにコイツ、感情あるんかいな?
 別に、言っておくが真希は無感情な人間ではない、それは当然………紗耶香やひとみ
に対する態度を見ても、言えることだ。けれど―――



85 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)21時53分43秒


 不意に、ぐいっと腕をつかまれて真希は顔をしかめた。ずっと寺田に向けていた視線
を、自分の腕を掴む相手に向ける。そして、その相手を認めて真希は少し口を開けた。
 「……市井ちゃん」ぼそりと言った声は、とても低かった。


 紗耶香の目が、僅かに怒りの色を帯びているようだった。それが真希に対してなのか、
それとも寺田に対してなのか、それとも……今の、この状況に対してなのか。真希は判断
がつかなかったが。すぐに、紗耶香自身によって真希はその答えを得た。
 「今の、この状態が分かってんの?」

 (ああ、怒ってるのは後藤に対してなんだね……)紗耶香の静かに怒りを抑えた声
を聞きながら、真希は目を伏せた。何がいけなかったのか、よく分からないけれど。
 そういった、人の感情の変化に真希はあまり敏感ではなかった。それは彼女が所謂
天才児であることに直接関係するのか――元来そういう性格なのか、知る由も無いが。



86 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時01分26秒


 「なあ、後藤。アンタがこの園で浮いてるのは知ってる。あまり、皆と仲良くない
  ことだって知らないわけじゃないよ?けど―――」紗耶香の、真希の腕を掴む手
が僅かに震えていた。(…市井ちゃん……)真希は自分に向けられた言葉の内容より
も、『紗耶香を怒らせた』ことの方が気になっていた。


 嫌だ、怒らないでよ市井ちゃん。
 (だって、市井ちゃんがいなくなったら後藤は……)腕を掴まれたまま、真希はじっと
うなだれていた。周りから見れば、反省しているようにも見えたかもしれない。
 (それは、珍しい光景だ―――とても。真希が、感情を示している姿自体)


 「裕ちゃんが死んだんだよ?何でそんなに落ち着いていられるんだよ!」

 ヒステリックに叫んだわけじゃない、決して。しかし、紗耶香のいささか感情的な
その言葉は、普段は冷静な真希を動揺させた。いくら天才児と呼ばれようが、彼女と
てまだ16歳の少女なのだ。―――その上―――真希にとって数少ない自分の理解者
を怒らせたという事実は、真希の冷静さを欠かせるには充分事足りたと言えよう。



87 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時09分20秒


 寺田は、黙って2人のやり取りを眺めていた。口元に浮かぶ笑みを浮かべながら。
 ええで―――そうやって冷静さを失えば失うほど、煽動しやすいねん。今までの
経験から言っても。あんまり騒いだら……もちろん、実力行使に及ぶだけだ、自分は。


 真希は、冷静さを失って―――叫びそうになった、自分が知っていることを。
 だが……言わなかった。まだそこまで自分を見失ったわけじゃない。「ごめんなさい」
ぽつりと呟いて、真希は顔を上げた。紗耶香が自分の腕を掴む手を、少し弱めたようだった。
 「ごめんなさい……」


 決して、真希とてショックを受けていたわけではなかった。ただ、それが顔に出ない
だけで―――そして、人よりも立ち直りが早かっただけで。それを、真希は紗耶香なら
分かってくれるものと思っていたのだ。しかし、その期待は裏切られたけれど。
 (後藤だって……平気じゃないんだよ)心中で呟く。ただ、その内容とは裏腹に、真希
の表情にはいつもの冷静な色が戻っていた。


 
88 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時16分10秒


 
 真希が素直に謝るとは思っていなかった紗耶香は、ふっと我に帰ったかのようにバツの
悪そうな顔をした。ああ、まだまだだ、市井も。後藤を、責めるつもりじゃなかったのに。

 「だけど、市井ちゃん」真希は、ようやく自由になった腕を軽く(これは無意識のうちに)
振りながら、未だショックから抜けきらずに呆然と立ちすくんでいる生徒たち――――
主に、若い中学生を中心に目線を向けて、言った。「誰かが冷静でいなきゃ、今は……。
裕ちゃんが、いないんだから」


 “裕ちゃん”その響きに、矢口がピクっと肩を揺らした。おそらく、今1番ショックを
受けているのは矢口なのだ。(最期に生きている姿を見た負い目もあるし、何より―――
10歳の年齢の壁を超えて、1番裕子と仲が良かったのは矢口だったから)


 真希は、あまり勘のいい少女ではなかったが―――矢口のその動作には気付いた。
けれど、言葉を続けた。「裕ちゃんがいないからこそ、誰かが冷静でいなきゃ」
 (そう、思わない?だって……皆、頼りにならないんだから)



 
89 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時27分06秒


何や、もう立ち直ったんか―――…寺田は小さく舌打ちした。まあ、この少女を(真希の
ことだ)心底動揺させるには、このもう1人の―――市井といったな―――を殺してしまう
のが1番手っ取り早いのかもしれない。
 (ただ、対した理由もなく生徒を殺してしまうのは不味い。これは秘密のことだけれど、
  政府の上層部はこの『デスゲーム』で賭け事をしている。そして、殊に後藤真希も、
  市井紗耶香も………非常に人気が高かった)


 これ以上は、2人の話を聞く理由はない。寺田は判断した、もう話はついたやろ?
なら―――俺の話をさせてもらうで。
 「……というわけや。冷静な後藤?それから、少し感情的な市井。お前ら2人はもう
  平気や思うけど…」


 寺田は、言葉を切った。そしておもむろに、懐からあるものを取り出した。
あれは―――……紗耶香は目を見張った。彼女がアメリカ留学を決めたきっかけである
“銃”。べレッタM92Fだ!撃ったことはないけど―――。

 パンッ!


 
90 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時36分17秒


 紗耶香と真希が見ているそのまん前で、寺田は天井に向かって引き金を引いた。
 「―――!!」生徒たちが、ビクッと身体を震わせて、一斉に寺田の方を向いた、
その顔はもう―――呆けてはいなかった、代わりに恐怖は浮かんでいたが。

 「そろそろ、俺の言うコト聞いてくれへんか?―――でないと」ニヤリ、また寺田は
笑った。(嫌な笑い方する、本当に……下品な顔が、更に下品に見える)真希は、その
寺田とは対照的に顔をしかめた。下品な人間ははっきり言って嫌いなんだ。



 しかし、この状況において―――真希の好みなど問題ではなかった。寺田の発言の方が
よっぽど問題だった、「早く、荷造りしてくれんか?とにかく、場所を移動せなあかんねん」
 チラリと、寺田は窓から外へ目を向けた。
 「バスで移動するんや。今からな。早くせな、道路が凍結してまうわ。せやからな…」
 そこまで言って、寺田は人差し指と中指の二本の指を立てた。――ピース?いや、違う。


 「2、3日分の着替え、その他用意しとけ。他にいるもんはない、会場で各々渡すからな」
 


91 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時43分25秒


「それと、詳しい計画のルールについても、会場で発表するで。ここじゃ、まともに
  頭も働かんやろ」…果たして、今からこの少女たちを送り届ける先が『会場』など
と呼ぶにふさわしい、整った場所であるか、寺田は少しばかり疑問に思ったが―――
結局は関係ない、俺には。


 すすり泣きが聞こえて、真希は溜息をついた。大方、中学生の誰かだろうが……
真希が溜息をついたのはそれだけではない、(やっぱり…)彼女は知っていたのだ。
 この『デスゲーム』の存在だけは。

 (何度か政府のコンピューターに、真希は侵入したことがあった、単なる暇潰しだ)
 そして、このゲームの……もとい、『殺し合いの計画』の存在を知った。その計画
に巻き込まれて逃げおおせた生徒が過去1人もいないことも、政府の上層部の連中が
ゲームによりトトカルチョをしていることも。

 (けど、関係ないし……後藤には)そう思っていた。殺し合い?1人だけ生き残る?
―――別にどうでもいいよ、どうしても“生きたい”わけじゃない。
 



 
92 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)22時52分42秒


 そういった“欲望”に対しては、真希は至極無関心な少女だった、昔から。
 すべてがどうでもよかった―――とまでは言い切れないが、少なくともやりたいこと、
やり残したことがある訳もないから。(真希は頭がいい上、何でもこなせる器用さも持ち
合わせていた)……そう、自分に出来ないことは今までなかった。


 しかし、それは逆に言えば、真希から少しずつ少しずつ、生きる喜び―――まあ、臭い
言葉で言えばね―――を奪っていったのだ。何でも出来るイコール楽しみがない、ほらね?
 だから、自分が死のうが関係ない、構わない。そう思っていた。


 (だけど)……真希は、紗耶香の姿を見つめた。当の紗耶香は矢口や加護を気遣っていて、
その視線には気付いていない。真希は続いて、もう1人自分にとって大切な少女―――
吉澤ひとみにも、視線を向けた。その吉澤も、石川がしがみついているのを気遣っているよう
で―――演技かもしれないけど―――
(まあ、それが本当に演技ならば本当に天才なのは後藤じゃなくて、ひとみだね)

 


93 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時00分37秒


 とにかく、2人とも真希の視線には気付いていなかった。そもそも、そんなに強い
感情を込めて見てたわけじゃないけれど。


 (市井ちゃんと、ひとみ)―――他の生徒たちが全く気にならなかったと言えば、
正直それは嘘になる。何だかんだで、10年以上一緒に暮らしている『仲間』だ。
しかし……今、自分にとって何が大切か、そう聞かれたら―――真希は迷わず答える
ことが出来た、『決まってる、市井ちゃんと、ひとみ』…当然。


 だから、思った。デスゲームが、自分がハッキングして調べたとおりであるなら――
生き残るのは確実に1人のみで、例外は認められない。絶対に1人だけだ。
 それならば―――真希には、長年持ち合わせていなかった『欲』が沸く。そういう
現実ならば、『やらなければならないこと』がある、自分には。

 すでに、真希のやるべきことは決まっていた。まだ、直接に計画は開始してはいない
けれど、とにかく―――自分が死ぬ前に、やっておくことは見付けられた。




94 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時07分34秒


 「ホラ、ぼやぼやせんで―――準備に取り掛かってくれへんかー?俺も、そろそろ
  痺れをきらせるで?」……寺田は、言葉の割に笑みを含んだ余裕の顔で言った。
 ギラギラと着飾った(悪趣味なスーツの)腕をちょっと掲げて、ぱちっとその指を
鳴らす。よく、外国の映画かなんかで召使いでも呼ぶときにやる、アレ。


 ただし、出てきたのは召使いではなかった―――銃を持った、迷彩柄の戦闘服に
身を包んだ兵士たち。(中澤裕子だけは、死ぬ前に見たその兵士だ)
 真希は特別表情を変えなかったが、内心は呆れていた。(用意周到だね、たった10
数人の女子のために……)もちろん、だからこそ、計画に今まで失敗の1つも起きては
いないのだろうけれども。


 
 暗い感情が、生徒たちを支配していた。茫然自失の状態からは多少、脱してはいた
ものの―――果たして何人が、今の状況を理解していたのだろうか。



95 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時14分07秒


 それでも、他になす術はなかった、この状況で。中澤裕子の死体、寺田の胸元に政府
の紋章を示すバッジ、冗談ではない本物の銃、その銃声、そして数十人の武装した兵士たち。
 そんな状況で―――丸腰で、歯向かう者などいるものか―――いたとしたらよほど正義感
が強いのか、よほどの馬鹿だ。


 とにかく、生徒たちに反抗する意思も、それに伴う力も残ってはいなかった。それだけ
立て続けにショックな出来事が起これば当たり前だ。
 1人、2人と―――お互いにお互いを支えあうようにして、生徒は食堂から重い足取り
で移動を始めた。『死』への旅路のため、荷造りだ―――笑えない、本当に。


 真希は、食堂から出て行くとき、腕にしがみつく石川を支えるようにして歩いている
吉澤ひとみと、目が合った。彼女はもう……真希ほどではないが、大分ショックからは
立ち直っているように見えた、そのしっかりした足取りを見ればそれは歴然。


96 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時20分31秒


 (…ひとみ…)真希の表情には、感情らしい感情は浮かんでいなかったかもしれない、
けれど他ならぬ吉澤ならば―――通じているはずだった、(…待っててね?)
 吉澤は、微かに微笑んだ。真希の姿を見て。それは先ほど紗耶香が帰郷したばかりの
とき、彼女を呼んだときに見せた薄笑いとは明らかに違う、親しみを込めた笑顔。

 すぐに、吉澤はその後食堂から出て行ったけれど―――確かに、通じた。通じたと思った。
昔から、真希と吉澤は言葉を交わさなくても何となく通じ合うものがあったけれど、
その2人だけに通じる特性は、今でも如何なく発揮されているようだ。


 とにかく、大丈夫だ。あとは、市井ちゃん。
 真希は矢口と加護とを両腕に絡ませるようにして歩く紗耶香の後ろに立った。何も
言わなくても、紗耶香は真希の気配を感じているだろう、だから、何も言わない。
 (ずっと、後藤は側にいるからね―――)

 心の中では、絶えずそう呟いていたけれど。無感情、とまで言われる後藤真希にしたら
とても―――センチメンタルに見えたかもね、信じられないって。



97 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時26分40秒


 遂に、全員が出て行ってガランとした食堂で(ちゃんと生徒の後には、銃を構えた
兵士が付いていっている、当然。まあ、逃げる気力のある者もいないだろうが)、
寺田は満足げに笑んで、手近なイスに腰掛けた。
 
 既に、テーブルの上の中澤裕子の死体は、彼の視界からは排除されていた。別に、死体
フェチじゃないからな、俺は。死んでるより、生きた女のほうがエエに決まってる。
 ま、ガキは趣味やあらへんけどな―――


 後、寺田に残された仕事は計画の対象者である少女たちを、その『会場』まで連れて
行くことだった。もう、仕事は終わったも同然。帰ったら一杯やるとするか…
 どうせ、会場の監視は全てモニターで行うんだし。現場には、また別の指揮者がいる。


 「さて」寺田は呟いて、腕時計を見た。「そろそろ、出発やな」


 ・・・・・・


 ・・・


98 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時33分19秒


 バスに乗せられて、どこをどう走ったのか―――ちゃんと覚えている生徒はいるまい、
真希は思った。(後藤くらいのもんだろうね…)ずっと窓の外を眺めていたし、一度見た
ものは忘れない。それが、道順であろうが、人の顔であろうが、数式であろうが。


 ただ。真希はふっと苦笑した。覚えていたところで、役に立つとも思えないけどね。
だって、生き残るのはたった1人だ。自分はきっと……(いや、今はそんなことどうでもいい)
別に、目的があって道順を覚えているわけじゃない。無意識だ、これは。



 時季が冬であったことは、非常に不快だった。寒いのは嫌いだ。雪は好きだけど。
 

 ・・・・・・


 プシュー。バスが、停止した。ついでに何の前触れもなく、バスのドアが開いた。
「―――……!」一瞬、バスの中の空気が凍りついたように思った。ついに、到着
してしまったのだ。―――自分たちは、最悪な死地へと。



99 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時43分49秒



 「さ、この中へ入ってくれ」―――寺田の指示で見上げたそこには、朝比奈女子園と
いい勝負な古い建物が―――おそらくはこの地にあった、小学校の分校かそこらだろう。
 すでに廃校になったと思慮される古い木造の建物が、目の前にあった。「あれ…?」
 
 その分校を目にした飯田が、ぼんやりとしたように言った。「あそこにいるの、彩っぺ
じゃない?」―――赤いコートの人影が、白い雪に映えて立っていた。


 まさしく、飯田圭織の言うとおりだった、人影は茶髪で軽くパーマがかっている。
意志の強そうなキリッ瞳が、生徒たちをじっと見つめていた。ただ―――
 (様子がおかしい……)真希は、その人影がとっくに卒園した、石黒彩(23歳)で
あることはすぐ気付いたが、それと同時に彼女の表情がいつになく固く……蒼白になって
いることにも、気付かざるを得なかった。
 (寒いせいだけではないだろう、多分それは。)


 「おっ、もう着いてたんか、早かったな」片手を上げて、寺田が言った。


100 名前:《4,無感    後藤真希》 投稿日:2001年12月29日(土)23時52分19秒


 悔しいが、心底悔しいが―――真希は思わずにはいられなかった、(今、この状況を
完璧に把握してるのは、この寺田ってオッサンだけだ)―――明らかに、自分よりは頭
が悪いけれど、その政府関係者は。情報が、圧倒的に少ない。


 内心の真希の思いとは無関係に、寺田は言った。「皆、特別ゲストやで〜!!卒園生の、
石黒彩!…ハイ拍手〜!!」―――誰も、手を叩く者などいない。
 

 はあっと、真希は息を吐いた。白い息が、ふわっと広がってすぐに消える。この場所で
―――ここで、自分たちが殺し合わなければいけないってか、なるほどね。
 もう1度、真希は紗耶香と吉澤に視線を走らせた。相変わらず吉澤の隣りには石川が寄り
沿っていたが、特に気に止めない。いつものことだ。

 そして、紗耶香だ。
 何かを感じたのだろうか、真希の視線に紗耶香が答えるように目線を合わせた。一瞬、
張り詰めた空気が流れる。(―――うん)何となく、真希は小さく頷いた。


 大丈夫、市井ちゃん。ひとみも。……後藤のやることは決まってる。
 だから―――万が一のことがあっても、心配、しないで?       【残り18人】





101 名前:flow 投稿日:2001年12月29日(土)23時56分08秒
 後藤編「無感」終わりです。
 彼女については書き足りないことがたくさんありますが……主に市井と吉澤にだけ
心を開いている理由については、そのうち出てきます。きっと、ダラダラと(w

 しかし、会場に到達するまでに100レスまでいってしまいました…ああ…
 出来れば、途中で飽きないで読んで欲しいです。。。本当に(滝汗

102 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月30日(日)00時32分02秒
103 名前:ショウ 投稿日:2001年12月30日(日)00時35分05秒
昨夜の名無しです。
今日もリアルタイムで読ませてもらいました。
いっぺんに読むのと違ってすんごいもどかしい気分です(笑)
続きも楽しみにしてます!
104 名前:ARENA 投稿日:2001年12月30日(日)03時04分18秒
毎日の大量更新、すごすぎっす・・・!!
ちなみに俺は、Nは嫌いです(^▽^;)
Yは好きですが( ̄〜+ ̄)

うーむ。無感なところが後藤らしいっていうか、好きな2人に対して何か重大な決心をしてる
という所も後藤らしいですね。
ついに「会場」に来た・・・。このドキドキはなぜ止まらない・・・♪
105 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月30日(日)13時00分41秒
各メンバーの書き分けもすごいですが、それ以上に作者さんの文章力に圧倒されます。
いちよしごまの関係も気になりますが、最後は(略・・・と思うと涙が
106 名前:詠み人 投稿日:2001年12月31日(月)01時29分58秒
ごまの決意って何なんでしょうか・・・
これからカナーリ痛い展開になっていくんでしょうね。
でも引き寄せられてしまう(w
107 名前:flow 投稿日:2002年01月01日(火)20時41分38秒
年明け初レスです!いや〜、明日の三本立てドラマ、楽しみですねえ。
(個人的に痛い話好きな自分としては、伊豆の踊り子に期待したいところです)


>103 ショウさん
    いつもいつも、ダラダラ更新を見てくださってありがとうございます!
    また時間かかっちゃって申し訳ないっす…書き溜めてる分がないので(w

>104 ARENAさん
    大雑把に、会場まで来ましたが…N垣は嫌いですか、良かった。
    作者も生理的に好かないものですから。本人に罪はないですけどね(w
    Yというと、作者の頭には2人浮かぶんですが、どっちなんでしょうか?

>105 名無し読者さん
    これから後、出ていないメンバーを書き分けないと…(汗)かなり多いです。
    いちよしごま、それに他のメンバーも絡みます!ドロドロと(w

>106 詠み人さん
    痛いでしょうね、はい(w
    とにかく、1人1人の最期が皆さんの納得できる死に方になるように
    したいですが。(あ、でも裕ちゃんは…)


 というわけで、続きです。


108 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)20時52分11秒


 なつみは、震えていた。園の食堂で中澤裕子の死体を目にしてから、バスに乗せられ
この山奥―――ついては殺し合いの『会場』である、廃校に到着してからも、ずっと。
 もちろん、今の季節を考えれば寒さのせいもあったし……何より、なつみはパニック
に陥っていたから。それは当然、このような状態に陥って、園の中では年長組に入る
なつみとはいえ―――20歳の彼女にしてみたら、至極もっともなことだろう。


 落ち着いている方がおかしい、それは。(真希にしろ、紗耶香にしろ、既に立ち直
っているように見える吉澤にしろ……)なつみは、そんなに強心臓の持ち主ではない。



 けれど、廃校の中に足を踏み入れると、そこは何故か暖房が効いていて、外の凍る
ような寒さから(例えそれが一時のことであっても)解放されたという安心感で、なつみ
は少し、落ち着きを取り戻した。暖かい、(そうだ、なっちはまだ生きてる……)


 そして、なつみはそのまま回りを見た。青ざめた顔、顔、顔。
 いつの間にか寺田を先頭にして、生徒たちは自然と2列になってその後をついていって
いたのだが、なつみの隣りは福田明日香(17歳)が歩いていた。
 


109 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時02分48秒


 (明日香も……怖いんだ)なつみは、こんな状況でも、笑うことが出来るのだと、
その頭で思った。多分に、嘲りを含んだそれは笑顔だったけれど。



 自分が政府の役人の隠し子で、朝比奈女子園で特別待遇を受けて育ったという事実は、
なつみに優越感を植え付けるには充分な環境だった。そして、周りの生徒たちもそんな
彼女に、下手に出ていたから。もちろん、一部の生徒を除いてだが―――。


 そしてその“一部の生徒”に福田明日香が含まれていることは、想像に難くない。
明日香は若干17歳にして、有名な「高校生作家」だったから、それは明日香のプライド
として―――何の特技も持たない、それが例え年上で政府の役人の隠し子だろうが―――
なつみに媚びへつらうようなことは一切しなかった。
 当然、なつみとしては面白くない。(だって……)



 なつみとて、自分に向けられた好意以外の感情に全く気付かないほど、鈍感な少女
ではなかったから―――(“隠し子”だってコト以外、何の取りえもないなっちのこと
馬鹿にしてるんだ。絶対そうだ)……思っていた、いつも。


110 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時08分39秒


 結果として一種のコンプレックスとも言えるそのなつみの思いは(そのネガティブな
考えは、同じ理由で真希に対しても向けられていた。ただし、紗耶香と吉澤に関しては
――なつみは美少年のような少女が好きだったため、その対象にはならなかった、あし
からず)……年々、増加の一途を辿っていた。


 そしてその鬱積した感情は、決してなつみに逆らうことのない安全な自分の“下僕”
である保田圭や、飯田圭織にのみ向けられたわけだ。なつみとしては、そんな悪意を
持ってしたことではなかったけれど。
 (だって、なっちは特別なんだから。親のいないアイツらとは違うんだから) 


 とまあ、なつみはそうして段々と歪んだ精神構造を構築していったわけなのだが……
その彼女が劣等感を抱いていた明日香の動揺した姿。おそらく、初めて見るその姿に
なつみは思わず笑みを浮かべてしまったのだ。(散々、偉そうにしといて…)


 無論、なつみ自身に恐怖が消えたわけではなかったが、なつみには切り札があった。
 

111 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時16分29秒


 一つは、父親の存在。(なっちのパパは、政府の役人なんだから………そのコト言えば、
きっとなっちだけは助けてくれるはず、多分)
 もう一つは、保田と飯田の存在。(あの2人は、絶対最後までなっちのコト守ってくれ
るはずだよね。今まで散々、面倒見てあげたんだから)


 ここで、なつみが1つ勘違いしていたのは言うまでもない。彼女の“父親”が、
政府の役人であることなどすでに寺田は知っているはずなのだ。(裕子、加護、真希
の名前を呼んだことからもそれは容易に推察できるが)

 にも関わらず、寺田がその件に関して一切触れないのは――――とっくに、なつみ
の父親は了解済みなのだ、血を分けた我が子が『デス・ゲーム』参加することを。
 (そして当然、それに反対しなかったわけだ。まあ…認知もしていない子供だし)



 それでも、なつみは怖かった。自分にとっておきの切り札があったとしても、恐怖の
感情を抑えることなど出来るはずもなかった。寺田に続く、葬式にでも向かうような
無言の行列。(いや、それは向かっているのだ、葬式に。ただし、自分のものかもしれ
ないが―――)



112 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時27分52秒


 どこをどう歩いたのか、寺田の後を歩くその一行は、一つの教室へと入っていった。
 そこも、暖房は効いている。(ただし、建物自体はとても古いが)
 「よし、それじゃあ皆、空いてる席に座れ。どこでもええで」久しぶりに、寺田の
声を聞いた気がした。別に、聞きたくもない声だけれど。



 ガタ、ガタとイスを鳴らして生徒らは思い思いに席に腰掛けた。言葉を発する者も、
当然いない。普段はお調子者な加護と辻の中学生コンビも、(この状況を理解している
のかは分からないが)とにかく、静かにしていた。


 「よし、皆ちゃんと座ったな?」―――寺田が、教室をぐるっと見回して多少声を
張るようにして言った。先ほど校舎の入り口で合流した彩も一緒だ。(その彩は、一番
後ろの席に1人で座っている) 「じゃあ、皆机の中のもの出せ」

 それは、命令だった。それほど強い口調ではないが―――生徒らも口答えすることなく、
一斉に机の中に手を差し入れた。「――これ、なんですか?」誰かが震える声を上げた。
紺野あさ美(14歳)だ、中学生の。(運動も勉強もイマイチな劣等生皆だった。とても
真面目な少女だったけれど)



 
113 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時36分26秒


 紺野の生来の生真面目さは、こんな異常な状況でも発揮されてた。まあ、他の面々も
今の言葉と同様のことを考えたに違いないけれど。「それは、なあ」寺田は妙にもったい
ぶるように、ゆったりとした口調で答えた。
 「この計画のルール―――まあ、説明やな―――が、書いてある。オレはなあ、長々と
  話すんが嫌いやねん。だから、勝手に各々読んでくれや」(…え?何それ!)
思わず、なつみは声を上げたかったが、怖いので黙っていた。
 (勝手に読めなんて、こんな状況で落ち着いてよめないよぉ!)


 焦ったのはなつみだけではないようだった、皆が不安そうに顔を見合わせてざわつき
始めたのだ。それでも、真希だけは―――内容にざっと目を通して思ったけれど、
(ああ、やっぱりハッキングしたとき見た内容と一緒だ)一度見たことは忘れない。


 ただ、真希のように落ち着いている生徒はごく少数だ。段々と、落ち着きを無くし始める。
「よっすぃ、怖いよぉ…」なつみは、石川梨華が泣きそうな声で話すのを、他人事のように
聞いていた。(梨華ちゃんは、そうやっていっつもよっすぃに頼るんだから)



  
114 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時42分38秒


 (いつ、言おう。なっちのパパが、役人さんだってこと)この状況を回避するための
一つ目の保険を使うタイミングを、なつみは考えていた。
 
 「まあ、大雑把に言えばなあ、今から配る武器―――ま、ランダムに入ってるから何が
  当たるか分からへんけど。…を使って、自分以外を減らしていけばいいわけや。
  相手の武器を奪うもよし、トラップを仕掛けるもよし、反則は何もないで」
 
 なつみの葛藤をよそに、寺田は訥々と説明を続けていた。教壇の上から―――一瞥すると、
それはさながら『先生と生徒』のように見えなくもない。生徒の年齢にばらつきはあるが、
多少は(13歳から23歳だ、多少と言えるかは……個人の解釈次第)


 「タイムリミットもない。ただ、この時季を考えたら早めに勝負つけな、凍死する
  可能性もないわけじゃないしな」ハハッと、寺田は笑った。何がおかしいのか、一体。


115 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)21時52分26秒


 「ああ、それからな―――安倍?」急に自分に話題が振られたため、なつみはビクッと
身体を震わせた。(何…?なっちだけは、もう帰っていいよって…?)その胸が一瞬にして
湧き上がった希望と言う名の明るい感情に心躍らせた。―――が、しかし。


 次の瞬間、なつみの身体は冷水でも浴びせられたかのように凍りつくことになる。
 「アンタの親父さんからの伝言や。『がんばれ』やと。何とも優しいお父さんや
  ないか」―――ニヤニヤと笑って言った。

 予想済みだったのだ、寺田は。なつみが、いつも『特別待遇』であることから、今回に
ついてもその特別な処置がなされることを期待していることも。あかんで、安倍。人生は
平等なんや。―――孤児は、孤児同士でな。


 (そんな、そんな……)なつみの顔色が、目に見えて色を失っていく。もはや彼女の
アイドルのように可愛らしい顔は、いつもの健康的な色を失って―――蒼白を通りこし
て、紙のように白くなっていた。(見捨てられた?……パパに!!)


 
116 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時00分07秒


 
 寺田の伝言は、残酷な現実をなつみに押し付けた。放り込まれたのだ、なつみも。
いつも当然のように与えられていた『特別待遇』は、今はもう……存在しない。


 「嘘!そんなの嘘だよ―――だって、なっちは、なっちはさあ…っ!」半ば恐慌状態
に陥って、なつみは叫んでいた。叫びながら立ち上がっていた。心の何処かで思っていた
こと、(なっちは大丈夫っしょ?……パパがついてるんだから)―――なつみの支柱と
なっていたその思いは、今や完全に打ち砕かれたのだ、粉々に。


 それを理解したとき、なつみの思考能力は停止した。「だって、なっちはなっちなん
だよ!?――みんな、分かってんの!?」もはや、言葉が意味を有しない。完全なパニ
ック状態だ。なつみは、立ち上がったままの体勢でぐるっと教室を見回した。


 皆が、園の仲間たちがどんな表情で自分を見ているのか、そんなことに気付く余裕も
既になつみの中からは抜け落ちていた。(いやだ、助けてよ、助けて―――) 彼女の
視界はぼんやりと歪んで―――泣いていたのだ―――1人の人物をとらえた。



 
117 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時08分08秒


 「カオリ!……」なつみは泣きながら、その人物の名前を呼んだ。長い茶髪のストレートヘア。
日本人形を彷彿とさせる、どこか和風な顔立ち。(園に茶髪のストレートは2人いた。真希と圭織
だ―――顔立ちがまったく違うため、見分けるのは難しくない)

 なつみと同時期に朝比奈女子園に入園した、そしてなつみの召使いのような存在の少女だった。
飯田圭織。―――よく矢口や紗耶香に「交信してる」と笑いの種にされている彼女の癖―――
ぼんやりと一点を見つめるその癖のように、飯田はなつみを真っ直ぐに見据えていた。


 なつみは飯田と視線を合わせたまま思った。(ああ、カオリは大丈夫だよね?なっちを
裏切ったりしないよね?ねえ、カオリ―――)僅かに心を埋めた安堵の感情。だが、飯田
は何処か非現実的な、非感情的な視線をなつみに向けたまま、口を開いた。
 「残念だったね、なっち。……1人、助かるはずだったのにね」「―――!?」


 とても、励ましの口調ではなかった、飯田のそれは。証拠に、なつみは気がついた。
 (カオリ、笑ってるの……?)飯田の口元に、ぞっとするような笑みが浮かんでいたのだ。


118 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時14分20秒


 もともと美人な顔立ちの飯田は笑うと、何故か「怖い」と形容されることがあって
本人はそれをとても嫌がっていたのだが―――今は否定のしようもなく、彼女の笑み
は恐ろしいものに写った。少なくともなつみにとっては―――(どうして?カオリ)


 再び、なつみの心をパニックが支配する。さらに、追い討ちをかけるような一言。
 「後ろ盾、無くなっちゃったねえ……」飯田の後ろの席から、嘲るような口調で
言ったその人物を目にして、なつみは思わず叫んでいた。「―――圭ちゃん!」

 悲壮な声だった、なつみは。ただし、そんななつみに同情の念を抱いている者はこの場
において、ただ1人として存在しなかったけれど。皆、なつみが飯田と保田にしてきた事
を知らないはずがないのだ。(当然の……)報いだ、きっと。
 「やだ、誰か、誰か―――」なつみは完全に自分を失って、ふらふらと視線を彷徨わせた。
確実に、皆自分を見ているはずなのに―――誰とも、目が合わない。
 否、誰も合わせようとしなかっただけだ。


119 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時22分16秒


 自分を守ってくれていた筈の二つの保険…父親と、飯田・保田の存在は、なつみから
去って行った、その意味を失った。「嫌、いやあああああっ!!!」なつみは頭を抱えて
叫んでいた。(嘘だ、嘘だ、嘘だあああ―――っ!)涙を流して、髪を振り乱して。


 「なっち、落ち着いて……」さすがに良心が咎めて、紗耶香がなつみに近づこうと立ち
上がった。「紗耶香……」その腕にすがりついたままの矢口も、一緒に立ち上がる。
 (もちろん真希は紗耶香の隣りにいたが、こちらに至っては全くの傍観者だった)


 「ねえ、なっちは特別でしょおっ!?」「なっちは、朝比奈女子園じゃお姫様なんだよっ」
 「なっちは、死んじゃだめだよねえっ?」「あはっ、あはははははっ」
 「おかしいよー、なっちがどうして、殺し合いなんてするのお?」「あはははっ」


 遂に、なつみは高笑いを始めた。目から流れる涙と、彼女の狂ったような笑いが奇妙に
マッチしていて何とも奇妙な光景だった。なつみの様子を、皆が凍り付いて見ていた。
(飯田と保田に関しては、どこか冷たい眼差しではあったが…)とにかく、紗耶香と
矢口以外に動く者はいなかった。



120 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時29分58秒


 「ちょっと、なっち―――」紗耶香がなつみの名前を呼んで、彼女の肩を掴もうと伸ば
した腕が、その手の先が空を切った。一瞬前に、空気を切り裂いた音を残して。


 ―――パンッ!


 生徒たちが二度目に耳にする、乾いた音。(加護の場合は三回目、そして彩の場合は
初めてだが)―――もう、確認するまでもない。それは、銃声だった。「なっ…」
矢口が目を丸くして、紗耶香の空を切った手の先―――なつみの身体が、ゆっくりと
後ろ向きに倒れていくのを見ていた。額から、ほとばしる血飛沫が矢口と紗耶香の顔に
降り掛かった。「な、なっ……」矢口の唇は震えていて、言葉にならない。


 「なっち!!」
 叫んだのは紗耶香だった。力の抜けて紗耶香の腕から矢口が腕を放すのと同時に、紗耶香
はなつみの身体を抱きとめるようにして今度こそ、その身体を抱きとめていた。
 ―――出来れば、死体になる前にこうして支えてあげたかったけれど、もうそれは
叶わぬ望みだ、もう二度と。



121 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時38分33秒


 誰もが、呆然としてその光景を見守っていた。さっきから延々と続く、この非現実的な
恐怖の世界。どこかそれは―――映画のスクリーンでも通しているかのように、そして生徒
たちはその観客のように。ただし、お客様。これはお客様も全員参加の、“実体験映画”
なんですけどね?


 「なっち……」頭の半分を失って、体をダラリと紗耶香に預けるなつみの姿は、園の
食堂に残された裕子の死体を彷彿とさせた。今も、冷え切った食堂に放置されているで
あろう、自分たちの親代わりの彼女を。
 そしてなつみも、叫んで口を大きく開いたまま頭から脳みそを失って、今や“人”と
しての機能を完全に失った状態にあった――――簡単に言えば、死んだ。


 わなわなと、なつみを支える紗耶香の腕が震えた。視界の端に、銃を再びしまい込む
寺田の動作が写ったが、それよりも今は自分に向ける怒りの感情の方が大きかったのだ
―――どうして、もっと早く反応しなかった、市井は?もっと早く―――なっちを止め
ていれば、こんなことには―――


 
122 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時45分57秒


 『自業自得だ』最初、なつみに向けて紗耶香も思ったのだ。だから、止めなかった。
けれど―――なつみは自分勝手なところもあって、あまり好きな仲間ではなかったけれど、
だけど、だけど。―――見殺しにするのは、違うだろう?

 「言わんかったけど」寺田が、嫌に落ち着いた声で口を開いた。別に人を殺すのが初めて
ってわけじゃない、このくらいで動揺してたら、立派な役人さんにはなれへんねん。

 「俺なあ、ぎゃーぎゃー騒いで収集つかんヤツ、好かんわ。うるさくてかなわん」
サングラスの奥で、寺田のそう大きくないその目がくっと細められたようだった。笑って
いるのだ、人を殺したすぐ後で。ちくしょう。紗耶香は唇をかみ締めた。
  

 「何でこんなことすんねん、アンタも人の子やろ――!?」
 その声は、紗耶香がなつみの死体を床に寝かせようとした、その時に聞こえた。ちょうと
しゃがみこんだ体勢の彼女は、その声の主も寺田の姿も見えないが―――分かった、
「みっちゃん、ダメだっ」―――小さく叫んだその声は、声の主である平家みちよには
届かなかったようだ。彼女はなおも続ける。



123 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時51分42秒


 「訳が分からんわ、大体―――こんな」言いかけたみちよの口が、ぴたりと止まった。
寺田が、再び銃を構えていたのだ。「言ってるそばから―――お前もか、平家?」



 平家みちよが最後に聞いた言葉にしては、何とも陳腐で―――救いようのない内容
ではあったが、とにかく寺田は信じられないような冷徹な顔で、その引き金を引いた
のだ。ぱあんっという相変わらず乾いた銃声。

 支える者がいなかったみちよの身体は、なつみのそれと違ってごろん、と床に叩き
つけられるようにして倒れると、そのまま転がって止まった。血だまりが広がって、
床に座り込んでいた矢口はそのスカートの裾に血が染みるを見て、「ひっ」と声を
漏らした。



 あっけなく、実にあっけなく―――平家みちよは死んだ、安倍なつみに続いて。
 紗耶香はなつみのショックから抜け切る前に死んでしまったみちよに対して、何も
することが出来なかったけれど―――それを悲観する間もなかった。


124 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)22時57分43秒


 「あ〜あ」寺田が無念そうに言った。「ホンマは、俺があんまり殺したらあかんのや
けどなあ」―――ま、その2人は大して人気もなかったから問題ないけどな。後の言葉
は、当然口にするようなことはない。トトカルチョは、あくまで極秘に行われているの
だ。(計画自体が極秘なんだけど、一応)



 しかしながら、寺田の2人を馬鹿にしたような口調に反抗する者も、只の1人として
いなかった。当然だ、逆らえば、狂えばどうなるのか―――身をもってなつみとみちよ
が体現したではないか?殺されるのだ、何の迷いも無く。


 だから、紗耶香ですら―――何も言えなかった、心中は激しく怒りまくってはいた
けれど、まだ彼女は冷静な方だったから。ここで死んだら、何も出来ない!
 なつみの死体を見下ろして、紗耶香は思った。(ごめん、なっち。助けられなくて)



125 名前:《5,崩壊    安倍なつみ》 投稿日:2002年01月01日(火)23時05分10秒


 現実に、もう3人が死んだのだ。裕子、なつみ、みちよの3人が。まだゲームの開始
すら告げられていないと言うのに―――間違いなく、1人になるまで殺し合いだ。
 紗耶香はぎりっと唇をかみ締めた。鉄の味がするまで、強く強く―――


 「ちょっと人数減ったけど、まあ皆ライバル減ってうれしいやろ?」

 寺田の発言に、紗耶香はまた心がざわっと波立ったが……自分に視線を送る真希と
目があった。(市井ちゃん、落ち着いて……)真希の目はそう言っていた、そう言い
聞かせているように思った、自分に。
 (……後藤…)紗耶香はようやくの思いでその荒立った心を押さえ込んで、真希に
頷き返した。死ぬわけにはいかない、まだ。


 ・・・・・・

 怒り、恐怖、悲しみ、憤り、混乱―――
 様々な感情が渦巻く古ぼけた廃校の一角で、遂に『個能力開発プロジェクト』は幕を
開けた。すでに3人の死者を出した上で……。
 「さ、皆準備はええな?」――――――――            【残り16人】 





         
             

126 名前:flow 投稿日:2002年01月01日(火)23時08分17秒
 なっちファンの方いたらごめんなさい!(陳謝
 本当はやっすーとカオリがなっちを(略)の予定だったんですが、急遽こうなっちゃい
ました……何故か。まあ、つんくにならどんな非道なことをさせても(w

 新年そうそう、こんな話で……暗いっすね。でも、読んでいただけたらうれしいです。

127 名前:ショウ 投稿日:2002年01月01日(火)23時30分58秒
あけましておめでとうございます。新年早々リアルタイムで
読ませてもらいました〜。年は変わりましたが更新がんばってください!
楽しみにしてます!
128 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年01月02日(水)01時17分54秒
ついにゲームスタートですか。ドキドキ
バトロワものって途中で放置する人多いけど
これは期待できます!!
129 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月02日(水)05時58分17秒
初めて一気に読ませていただいたんですが、本当に「すごい」の
一言です。面白いです!
130 名前:ARENA 投稿日:2002年01月02日(水)06時09分06秒
いつも大量更新で、各話で一人を取り上げつつ、ちゃんと繋がりがある。
今更ながら感心させられるばかりです。
実は俺の予想でもやっすーとカオリンに(略)って思ってました。
今回は父親からの伝言の「がんばれ」が結構衝撃的でしたね・・・。

話変わりますが、俺の好きなYは背の大きい方です。
>104で前書いた失敗顔文字で気づいてもらおうなんて、思ってたり思ってなかったり(w
131 名前:flow 投稿日:2002年01月04日(金)16時55分09秒
 ようやくゲーム開始というところまで来ました…
 なかなか本編に入れず、自分で苛々しましたけども(w
 こんなダラダラな更新に付き合ってくださる読者の方、本当にありがとうございます!

>127 ショウさん
   毎回最初にレスいただけて、なんか嬉しいです。ちょっとドキドキ(w
   これからも飽きられないように続けていきたいですね、今年もよろしくお願いします!

>128 ラヴ梨〜さん
   自分も、好きな小説の放置には泣いてましたから、放置はナシの方向で(w
   ご期待に添えられるよう、勉強の毎日です。

>129 名無し読者さん
   一気に読まれたんですか、読みにくくなかったですか?(ニガワラ
   またよければ見に来てくださいね〜!

>130 ARENAさん
   ああ、なっちの最期は読まれてましたか(w
   ところで、好きなのはYの背の高い方ですね?了解!何となくは、そうだろうなと。
   …高校生メンバーは動かしやすい面子なので、きっとそのうち…(略

 では、続きに入ります。

132 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時02分48秒


 「……っ、ふええええ……」


 暖房が効いて暖かいはずの教室ではあるが、そこにある空気は寒々としているこの
異常な状態の廃校の一角で―――遂に、その緊張に耐えられなくなった辻希美は泣き
だしていた。「うう〜、…っえっく…」ぼろぼろと涙を零しながら、辻は激しく肩を
震わせる。


 
 辻は、ずっとこれが夢だと思うようにしていた。見慣れた園の食堂で、見慣れた園長
の裕子が頭の半分を失って死んでいた姿を目にしてから、ずっと。(…嘘だよね?)
(嘘だよね?)(ねえ、あいぼん。こんなの、嘘だよね…?)


 辻は純粋で素直な性格ではあったが―――その分、普段は同じ様な性格(いたずら好き
、お調子者、等等)と称される加護亜依とは違って、辻は今現在、自分の身に降り掛かっ
ているこの状況を頭から理解できるほど成熟した精神構造は持ち合わせていなかった。



133 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時11分41秒


 要するに、辻は誰よりもこの場において“子供”だったのだ、それはこの園において
最年少である中学1年生の新垣里沙(13歳)よりも、よほど子供だったのだ―――
それはつまり辻が純粋であると、いい意味に取れないこともないが、この状況で彼女が
子供であることは、あまりに残酷であった、あまりに。


 「安倍さん…っく、死んじゃった……うわああああ〜…へー、けさんも…」
 果たして、その幼い辻に「死ぬ」ことの意味が理解出来ているのかは本人にしか分から
ないことではあるが、それでも辻は確かに泣きじゃくっていた。




 誰もが凍りついたように、なつみとみちよの死体を見比べて息を呑んでいる中、素直に
泣けるというのはある意味、大物だったのかもしれない。まあ、この先生きていけるので
あれば―――そう、このゲームの中で無事、生きて残れることが出来ればの話。
 (無論、政府の上層部で行われているトトカルチョでも辻の人気など無いに等しい。
  ま、“子供”に出来ることなどたかが知れてるだろう―――?)



 
134 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時23分05秒


 不意に、ガタン、と机を鳴らして誰かが立ち上がる気配がして、辻はビクン、とその
二つに結わえた髪の毛を揺らして顔を上げた。その柔らかそうな両頬が、涙に濡れている。
 (あいぼん…!?)とっさに、辻は自分とこの園において最も仲のいい大好きな親友の
顔―――加護亜依―――の顔を連想した。


 「辻、泣かないで。見たら、ダメ」
 しかし、どうやら違う。長い髪の毛は茶色で真っ直ぐに垂らされているし(加護の髪は
黒髪だ、自分と同じくらいの長さで)、第一、何より―――背が高かった、とても。
 「いい子だから、泣かないで」「……飯田さぁん…」自分よりも頭1つ半くらい分は確実
に背の高い彼女の胸に抱かれて、ようやく辻はその人物の名前を呼んだ。


 (飯田さん……あったかい…)辻はそれでもまだ涙を流し続けていたが、それでも
飯田圭織の胸に抱かれながら、次第に昂ぶっていた気分が落ち着いていくのを感じた。
 


 そう、大好きな親友ではなかったけれど。
 (ちなみにその“大好きな親友”はイスから立ち上がることなど出来るはずもない
  状態だった、続けて殺人現場を目撃したのだから!)



135 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時30分32秒


 大好きな親友ではなかったけれど―――辻は、自分の側に飯田がいてくれるのが
とても心強かった。なぜなら辻は、この少しばかり変わった―――まあ少しといえる
のかは、個人差もあるかもしれないけど?……とても好きだったのだ。


 目が怖い、笑顔が怖い、いつも自分の世界に浸っている飯田さん。中学生・高校生組の
園の生徒たちには、あまり評判がよかったとは言えない彼女だけれど。でも、その分飯田
は内なる世界に辻と通じる純粋な部分も、持ち合わせていたから。


 ・・・


 『飯田さん、なに見てるのぉ?』『ああ、辻。ほら、見てみ、ここ』『お花…』
 『そう、お花だよ。きれいでしょ』『でも、いっぱい人に踏まれてるよ?』
 『うん…そうだね。だけど、このお花は絶対に枯れないんだよ」『どうして?』

 『踏まれても踏まれても、絶対に負けないって、強く思ってるからなんだよ』



 ・・・

 
136 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時37分12秒


 不意に、暖かい飯田の胸の中で―――辻はふと、昔のことを思い出していた。昔とは
いっても今年の春のことだったか、それとも一昨年ことか―――少なくとも、自分が中
学に入ってからのことだ、そう昔のことではないと思うが。(飯田さん……)
 

 辻は、涙に濡れた頬を飯田の胸に押し付けながら思った、(ほら、飯田さんは優しい)
 (飯田さんは、いつも優しい)(みんな、優しいよ)(みんな、辻はみんな大好きだよ?)
 (だから、殺し合いなんて嘘なんだよね)(みんな、出来るわけないよね)

 (だめだなあ、辻は悪い子。こんな悪い夢みてる辻は、悪い子だよ)
 (飯田さん、飯田さん、早く辻のこと、悪い夢からさましてください)
 (いい子にしてるから、辻、いい子にしてるから―――)


 ―――――


 銃声・中澤裕子の死体・安倍なつみの死体・血飛沫・平家みちよの死体・倒れる机・
 加護亜依の蒼白な顔・悲鳴・迷彩服の兵士たち・銃声・銃声・銃声―――



137 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時45分48秒



 辻は、既に寒さでかじかんでほとんど感覚の無くなったその手に持つ、ずしりとした
重さにハッとして、自分の腕を見下ろした。そうと意識しているわけでは無いはずなのに、
異常はほど強く、固く握り締めているその物体を。「―――うわああっ!!」辻は叫んだ。



 日本刀。
 辻希美が渡された武器だった。もちろん、イミテイトではない、本物の刀だ。
 「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、あいぼん…飯田さん…中澤さん……助けてよ、
  誰か助けてよお…」呟いた彼女のまなじりにはもう幾筋も泣いたあとが残されて
いて、もう長いこと雪の降る中を歩き続けている彼女は冷え切って、その涙の痕は
うっすらと白くなっていた。


 「……っひっく…うええええぇ…」
 離したくても、刀から手を放せない。夢だと思い込もうとしても、目は覚めない。
 

 思い出した、辻はフラフラと歩きながらようやく現状を、少しずつではあるが理解
し始めていたのだ。ずっと、ずっと泣きながら。
 そうだ。ゲームはもう、始まっている。



138 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)17時54分22秒


 飯田圭織に抱きすくめられて、僅かに安堵を得たその間も刻々と時は進んでいたのだ。
ただ、辻にとっては安心できる世界が―――彼女が手にすることの出来た、人生で最期
の(もし、自分が最期まで生き残っていることが出来たなら例外だが)、安らぎを得た
記憶。それが、辻にとって飯田に抱きしめられたことだった。


 幼い辻が、このような異常な―――『殺し合い』をする中で―――それもよく見知った
仲間とだよ?―――何とかその未熟な精神を保つためには、そうした平和な記憶に頼る他
なかったのだろう。最も、完全にその現実を受け入れることがあったのなら、辻希美の
精神は、とっくに崩壊していたに違いない。
 
 あの、安倍なつみのように。(そのなつみの死体はきっと、みちよと仲良く並べられて
あの古ぼけた廃校の一角に今も寝かされているだろう)



 だが、辻は何とかまだ自分を失わずに済むことが出来た。飯田の残した胸の温もり、
飯田との、加護との、そして園の生徒たちとの優しい記憶………それは、辻のすがり
つく対象としては(実体がない分)頼りないかもしれないが、それでも彼女の幼い
心を支えておくには、まだ効果があった。



139 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時01分40秒


 「あいぼん、飯田さん……」(どこにいるのぉ…」

 ざくざくと、降り積もった雪を踏みしめて一歩一歩ゆっくりと歩みを進めながら、
辻はぽつりと呟いた。口にすることで、何とか彼女はまだ意識を保っていられたのだ。

 手袋もつけずに抜き身の日本刀を、見るからに中学生然とした辻が握り締めて雪の
上を歩く姿は、何かの映画のワンシーンに見えないこともない。ただしそれは、とても
悪趣味な人間の作るそれとしか思えないが。

 
 さっきから、辻は泣き止むことがなかった、そしてその歩みを止めることもなかった。
 ひたすら涙を流しながら、それでも辻はずっと信じていたのだ。誰かと出会うことを。
もちろん、辻は園の生徒らがお互いに殺しあうなど、欠片も思ってはいない。(だって、
みんな友達だもん―――)友達同士で、そんなことするわけないじゃんか。


 それでも、得体のしれない恐怖は常に付きまとっていて、そして何より自分が現状に
おいて一人ぼっち、という状況の為―――辻はどうしても涙を零してしまうのだった。
 (1人は怖いよぉ。誰か、誰か………)



140 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時08分50秒



 他の生徒たちはどうしたのか?―――きっと、自分と同じように、皆で探し合って
るに違いないよね―――辻の出した結論はそれだった。



 廃校において、(辻自身はよく覚えていないが)年齢も名前順もなく、寺田に代わ
って現われた『和田』と名乗る男(実はその男が会場における総責任者であるのだが、
辻はちゃんと説明を聞いてなかった上、その意味も理解してはいなかった)が、ラン
ダムに選んで武器を渡され、教室を強制的に出て行かされた。


 辻は確か、福田明日香の後に続いて3番目辺りだったように思う。ならば校舎の出口
で誰かを待っていればいいと思うかもしれないが―――校舎の周りには、目に見えて兵士
がたくさん立っていた、もちろん銃を持って。
 そんな兵士たちに「早く行け!」と急かされれば、立ち去らないわけにはいかないじゃ
ないか?―――だって、怖いもの。


 結局辻は、何もかもがうろ覚えではあったが、とにかく何とか命はつないでひた歩いて
いるのだった。まだそれは1時間程度ではあったけれど、辻にしてみればもう1日中は
歩いている気分だった。疲れた、そして寒い、とても。



141 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時19分34秒


 「はあっ、はあ…」吐いた息がふわあっと広がって、辻の顔を包んだ。荒く息を
つきながら、辻は又しても涙が溢れてくるのを抑えられなかった。「っうう……」
 (もう、やだ、あいぼんも飯田さんも、みんな、みんな、みんな……)


 意識しまいとしていた孤独感に、ともすれば飲み込まれそうになるギリギリの所で、
辻は何とか踏みとどまっていた。そう、辻は1人に慣れていない少女なのだ。
 園にいるときは常に加護と一緒だったし(しかしながら、その加護亜依は1人でも
全然平気なタイプだったかもしれないけれど)、学校にいるときも、風呂に入るとき
も、食事を摂る時も――――いつも、誰かが一緒だった。



 そして、辻の独特の愛らしさ故か、彼女は一緒にいることを拒まれることは滅多に
ないことだったから。まあ、それでも……プライドの高い明日香や、他人に構うことを
好まない真希などといった例外も存在しないではなかったけれど。
 (辻にしてみれば、明日香も真希も、大好きな先輩だよ、もちろん!)





 
142 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時26分56秒


 
 どちらにしろ、辻は弱い少女だった。幼さ故の弱さ。それでもあの飯田ならば、辻を
こう言うのだろうが、『いいんだよ、ありのままの弱さを受け入れなさい』
 ―――ついぞ、辻希美がこの先飯田圭織に遭遇して、そんな言葉をかけてもらえる確立は、
ほぼ0パーセントに近いとしても。


 とにかく、辻は誰かと偶然にでも出会うことを強く望んでいた。冷静さを失うのとは
また違う、必死の思いで。だから、というわけではないが―――辻のポケットの中にある
例の教室で渡された説明書きにも、1度も目を通していなかった。もはや、その存在
すら忘れているのかもしれない。


 もし、辻がその説明書きを目にしていたのなら、その裏面に描かれているこの『会場』の
地図にも気付いたかもしれない、そうしたらもっと移動が楽になったかもしれない、
或いは―――この凍えた体を休めるべく、何らかの施設を見つけていたのかもしれない。
 しかし、今の辻には全て叶わぬ相談だった。



 何故なら―――遭遇したからだ、待ちわびたその『園の仲間』の1人に。
 「ののちゃん?」雪の舞う中、独特のトーンを持つ少女の声が響いた。



143 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時34分24秒


 自分の名前を呼ばれたとき、辻は俯いて―――それでもしっかりと日本刀は握りしめ
たままで―――泣いていた。小さくしゃくり上げながら。
 『ののちゃん?』そして、呼ばれたその後……顔を上げて相手を確認するまでの僅か
な刹那、彼女はその未熟な精神構造ながらも必死に考えたのだ。その相手を。

 (あいぼん?…違う、あいぼんなら“のの”だ。飯田さん?飯田さんは“辻”)
 (じゃあ、じゃあ…まこっちゃん?違う、中学のみんなは“辻ちゃん”だもん)
 (それじゃ、それじゃあ……今の、声は……)

 『ののちゃん』、そして、独特のアニメのような高い声。


 「―――梨華ちゃん!!」辻は満面の笑顔で叫んで、相手の顔に視線を送った。
肩までの茶色い髪(ややほつれてはいるが)、ほんのりと焼けた肌、全体的に
ほっそりとした印象の彼女。石川梨華に、間違いなかった。 
 「梨華ちゃあんっ!」もう1度叫んで、辻は梨華に駆け寄った。



144 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時43分32秒


 「よかった、ののちゃんも無事だったんだね」
 随分久しぶりに……梨華の姿を見た気持ちに、心躍らせながら辻が彼女に抱きつくと、
(やっぱり細い、梨華ちゃん…)その華奢な彼女の身体は当然のごとく温かく、辻は
またしても泣きそうになるところを、何とかこらえた。

 
 黙って辻が梨華に抱きついていると、梨華は少し笑った、困った風に。「ののちゃん、
痛いよ」(……あっ)無意識に、強く抱きしめていたことに気が付き、辻は慌ててパッと
梨華から身体を離した。「ごめんね、梨華ちゃんっ!」


 ようやく、見つけた――――仲間の1人を。1番に望んでいたその相手ではなかった
けれど、梨華だって大好きな友達の1人だ。辻は、今まで散々歩いた分の疲労や凍えも
忘れて、嬉しそうな笑顔を梨華に向けた。梨華も笑ったようだった。
 「ふふっ、ののちゃん、泣いたでしょう」

 梨華の視線は、いたずらっぽく辻の頬に注がれていた。当然、涙の痕は幾筋も残って
いるはずだ。さっき、梨華に名前を呼ばれたときだって泣いていたのだし。
 「えへへへっ」辻は照れくさそうに笑って、梨華を見返した。「ばれちゃった」





145 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時51分18秒


 話したいことは幾らでもあった、他の皆とは会ったのか、梨華はどこを移動してここへ
来たのか、この後どうするのか、―――そして、自分と一緒にいてくれるよう、お願いし
なきゃならない。うん、それが最初だ、まずは。
 
 そう決めて、辻は口を開いた。「ねえ、梨華ちゃん、あのね、辻ねえ?」
 「――――ののちゃん」けれど、辻の言葉は梨華によって遮られた。辻は思わず自分の
言葉を切って、梨華を見つめる。いつもの、彼女の笑顔。


 「泣いた、といえばね―――?あたしもよく泣いたんだあ、園でね」梨華は、戸惑った
風の辻の様子を気にとめることなく、ぽつりぽつりと、言い聞かせるように言葉をつない
でいく。その表情は、普段と何ら変わることもない。ごくごく女の子らしい、控えめで
柔らかい、そんな笑み。
 (梨華ちゃん……?)

 辻は、何となく―――何となくだが、違和感を覚えたけれど―――黙っていた。別に、
自分の言いたいことを伝えるのは彼女の話を聞いてからでも遅くない、きっと。
 
 「あたしはね、よっすぃのことが、好きだったの」


146 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)18時58分40秒


 (えっ……)
 突然、梨華の口から飛び出した衝撃の発言に、辻は驚いて目を見開いた。そんな辻
の様子を知ってか知らずか、梨華はそれでも言葉をつなげる。(どうして、いま、
辻にそんなこというの―――?)まるで場違いな告白シーンだ。



 「でもさぁ……ホラ、よっすぃってやっぱりモテるじゃない。色んな子に優しいし、
  それに、バレーやってるときなんて、もうホントにかっこいいもん!ね?ののちゃん
  も思うでしょ?」「……うん」取りあえず話を合わせるため、辻は曖昧に頷いた。


 ―――ねえ、梨華ちゃん。何が言いたいのか辻、分からないよ。だって、知ってる
でしょ?辻はね、あんまり物分り、よくないんだから。


 「ほらねえ、やっぱりののちゃんもよっすぃカッコいいと思うんだ。困るよねえ〜、
  ライバルいっぱいいるんだもん。あたしだって、色々頑張ってるのに…」
 少し俯いた梨華の表情に、僅かな陰鬱が出来た。あくまで、彼女の声のトーンは
明るいというのに?―――なんか、変だなあ。
 


147 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時06分38秒


 「ねえ、梨華ちゃん、梨華ちゃん」
 何故か少し不安に思い、辻は彼女の名前を呼んだ。(……ねえ、変だよ?)思った、
確かに何かがおかしい―――そうだ、梨華の目は、辻を見ていない。


 「それでね?あたし、考えたの―――ここに連れられてきてから。怖かったけど、
  すっごく、怖かったんだけど…」
 ふふっと、梨華は自然に笑った。廃校の教室にいたのはそう昔のことではないはず
なのに、梨華にとってはもうとっくに過去の出来事となっているようだった。
 何故なら、彼女の笑顔は―――何かにふっきれた人の、表情だったから。


 「決めたの。あのね?あたし………よっすぃを、最期まで勝ち残らせてあげようって。
  1人しか残れないのがルールなら、最期に残るのはよっすぃにしてあげようって」
 梨華の目がくっと細められた。何がやりがいを見つけた者の、満足そうな微笑み。
変わらないはずだ、彼女は何も。――――だけど。


 
148 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時18分13秒


 (最期、最期って…1人しか残らないって…)
 辻は気付かなかった、感覚を失った手の先から足の先まで、全身に震えが走っている
そのことに。違うよ、何か―――梨華ちゃん、怖いよっ!…


 もう、辻は梨華の様子がおかしいことに気が付かざるを得なかった、いや、おかしいのは
自分なのかもしれない、梨華はいつもと同じだ。いつもと同じ声だ、同じ顔だ、何がおかしい?
待って―――分からないよ、何も?


 (だって、だって…梨華ちゃんは優しかったよ?)(いっぱい遊んでくれたよ?)
 (お菓子も、作ってくれたよ?)(夜、一緒にトイレまで行ってくれたよ?)
 (あいぼんがいなくて寂しいとき、ずっとついててくれたよ?)

 
 思い出されるのは、数々の思い出。思い出の中の梨華は、いつも笑顔だ。そう、
今目の前で笑っているその顔と、何の違いがある?―――
 「やだっ、梨華ちゃん!!」

 
 「あと15人かぁ、多いよね」――――ぼやくように言い放って、初めて梨華はその目を
辻の方へと投げかけた。「ひっ」辻が息を飲んで、体をすくませる。
(…梨華ちゃん、梨華ちゃん、梨華ちゃん!!……)




 
149 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時25分05秒



 息をひそめて、体を震わせて、両目を目一杯に見開いて、辻は全身を緊張させたまま
その全神経を石川梨華に傾けていた。
 (違うよね?梨華ちゃんは、いつもの優しい―――)辻の瞳には、いつの間にか
涙がいっぱいに溜まっている。


 「だから、ののちゃん。ここで、お別れ」


 ・・・・・・

 (梨華ちゃんは優しいよね)(あいぼんも、優しいよね)(ね?飯田さん)
 (元気かなあ、中澤さん)(市井さん、アメリカはどうだったのかな)
 (ああ、もっとケーキいっぱい食べとよかった)
 (ふふふ、梨華ちゃんのケーキはあんまり美味しくないんだけど)
 (安倍さんに、もらったあの指輪、どこやったかなあ…)


 ・・・


 「梨華ちゃん」自分にナイフを深々と埋め込むその少女の名前を呼んだとき、辻の
口元からごふっと真っ赤な液体が霧状に吐き出された。(あれ…?)視界が赤く霞み
がかって、辻は僅かに笑んだ。(あかいよお……何でだろ……)




150 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時32分26秒


「ごめんね、ののちゃん。すぐに、皆そっちに送ってあげるから、寂しくないよ?」


 ―――
 
 とても遠くに、石川梨華の声が聞こえた気がして、辻は(あれ……)と思った。
ほら、やっぱり梨華ちゃん、普通だよ?何も、変わったところなんてないじゃん。
 辻には見えていた。園にいたとき、勉強を教えてくれた梨華の笑顔。一緒にケーキを
焼いたときの梨華の笑顔。吉澤の試合の応援に行ったときの――――梨華の笑顔。
 

 (ほら、変わらないよ、何も―――)薄れ行く意識の中で、辻はぼんやりと思った。
自分が大量に血液を失って、もはや死にかけていることも分からなかった、当然。
 (あいぼん、まこっちゃん、飯田さん、紺ちゃん、―――亜弥ちゃん……
  中澤さんも……みんな、大好きだよ……変わらないよ)




 「なぁに?ののちゃん」ごぷごぷと、血を吐いた辻の口元が動いたのに気付いて、
梨華は辻に身体を寄せるようにして耳を近づけた。もちろん、既に梨華の言葉は辻に
届いているはずもない、意識朦朧とした状態なのだ。
 ―――ゆっくりと、辻はその小さな身体を埋めるように、雪の中へと倒れこんだ。



151 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時37分57秒



  サンタさん。辻はプレゼントなんていらないよ?
  だから、辻を一人ぼっちにしないでください。みんなと、一緒にいさせてください。



 ・・・・・・



 急速に辻の瞳孔が開いていくのを腰を屈めて覗き込んでいた梨華は、「へえ〜」と
呟いて立ち上がった。「死ぬ瞬間って、こんな感じなんだあ」
 屈託のない笑顔。それは、辻が死ぬ間際まで信じていたいつもの彼女の笑顔と、
変わりのないものだ――――もちろん、梨華が意識してそうしている訳でもなく。


 ただ、梨華は辻とは違った。彼女ほど純粋に、園の生徒全員を好いていたわけでは
なかったのだ―――そのベクトルはもちろん、1人の彼女の想い人へと注がれる。
 そう、彼女はすでに、何処か精神の回路が乱れていたのかもしれない。梨華とて、
決して強い少女ではなかったのだから。



152 名前:《6,彷徨    辻希美》 投稿日:2002年01月04日(金)19時44分11秒


 だから、梨華は辻とは違う方法で自らの精神を守る術を見つけ出したのだ。当然、
まともな精神構造ではそうはいかないそれを―――すなわち、

 
 「ねえ、よっすぃ?」
 そこにいるはずのない愛する少女に向かって、梨華は呼びかけた。心の底から愛情を
こめた、優しい優しい響きを持って。ただし、その足元には命を失ったばかりの若い
少女が横たわっているけれど。
 (もちろん、辻のナイフの刺さったその部分から溢れ出した血が、辺りの雪を真紅に
  染め上げていっている) 



 すなわち、梨華の心は一途に相手を思いやる余り、少しずつその形状を崩していった。
 ―――こう言えば分かりやすいだろう、石川梨華は、狂い始めていた。


 「まずは、1人減らしたよ。あたし、頑張るから――――、頑張るから――――
  ありがとうって、笑ってね?」 【残り15人】





153 名前:flow 投稿日:2002年01月04日(金)19時48分35秒


 毎回ミスが多いですなあ…最後で間違えてどうするよ、自分(w
 初の中学生犠牲者出してしまいました。そしてどうして石川さんは
 いつもこの路線なのか……と思われると辛いですが、自分的に彼女は
 オイシイと(w

 ただし、ただ黒いだけでは終わらせませんので……っていうかミスなくします(汗

154 名前:ななし 投稿日:2002年01月04日(金)20時47分03秒
黒いなぁ・・・
痛いなぁ・・・
でもこの小説大好きです。
大変でしょうが、更新頑張ってください。
155 名前:たまたまみつけました 投稿日:2002年01月05日(土)02時08分59秒
おもしろいですね。
一気に読んでしまいました。
痛い話ですが最後までお付き合いさせてもらいます。

P.S. 
かおりむは簡単に殺さないでくらさいね。
156 名前:ARENA 投稿日:2002年01月05日(土)05時32分25秒
辻らしいというか、今までで一番安らかというかなんというか・・・、でしたね。
辻がみんなに会えますように・・・。

と、それより石川のあの精神状態からどうなるか、っていうのもかなりドキドキ
157 名前:ショウ 投稿日:2002年01月05日(土)12時57分15秒
あぁ、やっぱりチャーミー壊れちゃいましたね(笑)
こういう話だから仕方ないけど、みんなに幸せになってほしいと思うのは
僕だけですかね?これからも期待してます。でもこれからは
リアルタイムで読めないかも知れないです。
158 名前:セリ−ナ 投稿日:2002年01月07日(月)10時59分54秒
梨華ちゃんは狂っちゃいましたね(笑)
でも・・・辻の最期は、辻らしく最後までほんわかした感じというか・・・

こういう話で最後まで生き残るのって、矢口・吉澤・紗耶香・後藤あたりがおおい気がするんですが、
この話はどうなるのか楽しみです。
159 名前:flow 投稿日:2002年01月07日(月)16時19分57秒
更新ごとに見てくださる方、たまたま見つけて読んでくださる方、レスをいただけて
本当にうれしいです!ミスが(とてつもなく)多いこの小説ですが、また読んでいた
だけると……涙が…(w

>154 ななしさん
    黒いっすか、やっぱりそうですよねえ。
    無邪気な辻ちゃんを殺しちゃうのも痛いっすよねえ…。
    ただ、この先もっと痛くなると思うのですが、よければお付き合いください!

>155 たまたま見つけましたさん
    リーダーですか!そうですね〜、かわいい辻ちゃんを殺されてしまったので、
    そう簡単には死なないかもしれないですね。断言は出来ませぬが(w
    彼女の頑張り、見てやってくださいね。

160 名前:flow 投稿日:2002年01月07日(月)16時25分38秒
>156 ARENAさん
    やっぱり、石川さんのアノ状態が気になるようで…(w
    ただ、彼女も完全に逝っちゃってるわけではないので、今後の動向にも
    注目(!?)です!
 
>157 ショウさん
    みんなに幸せに……そうですね、孤児な上、こんな仕打ちですから(w
    まあ、死に方もそれぞれ見せ場だと思いますので、最後がどうなるかは
    言えませんが、何とか納得できるよう締めたいですね。(まだまだ先の話ですが)

>158 セリーナさん
    初レス、ありがとうございます!辻ちゃんは純粋なまま死んだので、
    ……というかあまり争いに巻き込まれないうちに、という感じで。
    誰が残るんでしょうかねえ?主役はその4人の中にいるんですが、まあ一応(w


 というわけで、まだまだ話の序盤なので、どんどん進めたいと思います。



161 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)16時33分50秒


 「……辻ちゃん……」

 辻の最期、そしてその傍らに佇む細身の少女―――石川梨華の姿を、紺野あさ美は
ずっと見ていた。というよりも、目が離せなかった。
 
 ・・・・・

 廃校で、この『殺し合いゲーム』の説明書きと武器の入った袋を渡された後、園の
中でも1,2を争うほどの真面目な性格の紺野は(2番目はおそらく石川梨華や、同じ
く中学生の高橋愛などが挙げられるだろう)、校舎を出た後すぐにその説明書きの紙を
取り出した。

 
 ざっと目を通した彼女は、大方のルールは理解した。といっても、大して覚えるほどの
ことはなかったけれど。重要なことと言えば、この場所が(一応日本国内の)山奥である
ということや、食料の配給などはなく、自分で調達しなければならないことなど。
 もっとも、ここが日本のどこであるか、などといった親切な内容は記されてはいなかった
が―――当然だ、1人しか生き残らないのに必要ない、そんなものは。

 (生き残るのは、1人…あとはみんな…死ぬんだ…)


162 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)16時41分47秒


 生きるか、死ぬか。そんなこと、映画やドラマの中の話だと思っていた。ほんのつい
5,6時間ほど前までは。そりゃあもちろん、自分は14年足らずしか生きていないけ
れど、大した経験を積んできた訳じゃあないけれど……
 (こんなの、聞いたこともないよ!おかしいよ!)


 支給された武器を握り締め、説明書きを何度も何度も読み返しながら、(そして何度
これが夢だったら、などと無駄なことを考えただろう?)…紺野も辻と同じく、廃校を
出た後は何をするでもなく、ひたすら山の中を彷徨っていたのだ。

 しかし辻と違った点は、紺野はちゃんと地図を見ながら歩いていた。そして、その山
の中―――政府の人間たちが決めた『会場』の範囲内には幾つかの小屋があって、そこ
には暖を取るための機具や、食料なども用意されていることなどが記されているのを、
紺野あさ美はちゃんと気付いた。


 (とにかく、火だ……寒い、死んじゃう、このままじゃ)紺野とて混乱していないわけ
ではなかったし、ショックだって大きかったが―――呆然とした頭なりに思ったのだ、
このままでは死ぬ。何もしなかったら、死ぬ時期が早くなるだけだ。


163 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)16時53分04秒


 そして、紺野は廃校を出るときは混乱していて滅茶苦茶な方角に飛び出したと思って
いたのだが、ちゃんと彼女の進行方向には、休むための小屋があったのだ。
 (ああ、神様……)普段は信じてもいない神の存在に一言、感謝の言葉を述べて、
紺野はその小屋へと確実に近づいていた。

 まあ、多少雪にとられて転んだりもしたけれど。

 そして、何度か雪の上に転倒を繰り返して目指す小屋があと100メートルくらい
まで近づいたときだった、――――辻希美と石川梨華を発見したのは。
 最初は、紺野も出て行こうと思ったのだ。2人の間には、どう考えても殺意とか、
敵意といった感情は見受けられなかったから。


 加えて言うならば、紺野は劣等生でそれが紺野にとってはとても強いコンプレックス
だったのだけれど、そしてその事が原因で、園の中学生仲間からまあ、多少の―――
仲間外れにされるようなこともあったのだが。
 
 (はっきり言ってしまえば、“イジメ”ということだ。まあ、そこまで酷いものじゃ
  なかったから、そうは言いたくない。だって、年頃だったらそういうこともあるん
  じゃない?―――どこにだって)

  
164 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時01分14秒


 (でも…)紺野は思った。辻と梨華の姿を見て、少しばかり安心したのだ、
―――ああ、良かった。辻ちゃんと石川さんなら、私のこと馬鹿にしたりしない。


 何故なら、2人はあまり我の強いタイプではなかったから、穏やかに穏やかに、園での
人間関係を気付いていたから。当然、強いコンプレックスを抱えて控えめな(そして多少
の“イジメ”を受けていた)紺野にとっては、2人は数少ない友人だった、言ってみれば。

 しかし。
 (辻ちゃん、石川さん……)2人は笑顔で話していた、この殺し合いという『会場』において
は、場違いなくらい明るい表情で。もう、3人の人間が死んだというのに……
 もう一度、紺野は2人を見つめた。話し掛けようと思えば、いつでも出来る距離に
彼女は来ていた。
 ただし、話し掛けるには目の前の木から顔を出してやならければいけないのだけれど。


 (…なんで?声が、出ない……)
 生来の気の弱さのせいか、それとも内気な性格がこんなところでも現われたのか、
紺野は口を開くことが出来なかった、そしてその姿を2人の前に現すことも。
 


165 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時07分32秒


 しかし、その事が結果として自分の命を長らえさせるのに一役買うことになろうとは、
紺野もまさか予想はしていなかった。ただ、寒さと先ほどのショックのせいで震えて動け
ないものとばかり、思っていたのだ。


 けれど。(……えっ?)

 石川梨華が笑顔のままバッグから何かを取り出したのを見た。そしてゆっくりと辻希美に
近づき、―――紺野は梨華が辻に抱きつくように思えたのだけれど―――梨華はすぐに辻から
身体を離した。そうしたら、ゆっくりと辻が倒れたのだ。

 (あ、あ、あ、あ、ああああっ……!?)

 がくがく、がくがくと、紺野の身体が小刻みに震え出した。今度は寒さのせいでは
なかった。全てが、出来上がった映画の映像を見ているようにスローモーションに見
えたが、嘘ではないことは百も承知だった。

 紺野にとって、人が『死ぬ瞬間』を見るのは、安倍なつみ、平家みちよに続いて3人目
だったから。だけどそれが―――比較的自分と仲のよい、辻希美のものであるとは……。
 (辻ちゃん!辻ちゃん!!……)



166 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時15分03秒


 信じられない思いで、紺野は梨華の顔を見た。けれど、―――彼女はまだ笑顔だった!
何で?どうして石川さんは笑っていられるの!?………辻ちゃんを、刺したのに!
 何かの間違いだと思おうとしても、それは無理な話だった。だって、紺野は見て
しまったのだ、梨華が辻をナイフで刺す瞬間を。


 安倍なつみや中澤裕子を殺したのは「寺田」という政府関係者だ、園の生徒ではない。
だから、紺野は思っていたのだ、(いくらなんでも、みんなで殺し合いなんて…)
出来るはずがない。だって、自分たちは普通の女の子じゃないか!
 

 ・・・

 そんな中で、見てしまったのだ。あるはずがないと思っていた“生徒同士の殺し合い”を。
それも、絶対にそんなことをするタイプには見えない少女が―――ごくごく、女の子らしい
性格で、お姉さんのような存在の彼女が?―――石川梨華が。
 どうして、どうして―――


 混乱する紺野の目の前で、梨華は倒れて動かない辻の手元から、何かを引き剥がした
ようだった。………日本刀。おそらく、辻に支給された武器だったのだろう。
 どうやら石川は、辻の腹に埋め込まれたナイフを取り戻す気はないようだった。


167 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時21分45秒


 背中がぞくり、とした。梨華は殺したのだ、辻希美を。
 あの、愛らしく誰にでも好かれる存在の辻でさえ、実に呆気なく殺して見せたのだ、
石川梨華は。だったら自分は?……何の特技もなく、誰にも愛されていない自分は?
 (―――殺される、私。絶対に、殺されちゃう…)


 息をひそめて、紺野は目の前の木により一層身を縮めて梨華の姿を見据えていた。
彼女の動向1つを見逃すわけにはいかなかった、だって、見つかったら自分が殺され
ちゃうもの。絶対に。


 だが。紺野は見た。
 (石川さん――――泣いてる…)


 笑ってはいた。梨華はいつものように穏やかな微笑を浮かべてはいたのだけれど、
それでもその頬を一筋の涙が流れ落ちたのを、紺野は見たのだ。
 (どうして、どうして………泣くくらいなら、どうして辻ちゃんのことを…)
 腑に落ちないことではあったけれど、その涙は本物なように思えた、少なくとも
一部始終を見ていた紺野にとっては。


168 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時28分14秒


 梨華が、辻を刺して殺したのは事実。けれど、その後に笑顔を浮かべながら涙を流して
いたのも事実。それなら、一体真実は何?
 紺野は思わず頭を押さえた。(分からない、分からないよ―――)全てを理解するため
には自分はまだ幼さ過ぎる、きっと、まだまだ幼さ過ぎるのだ。


 いつの間にか石川梨華は姿を消していたけれど、紺野はしばらくの間、木々の根元に
座り込んでいた。
 しばらく経って、紺野はようやくノロノロと立ち上がると、地図を片手にさっきまで
目指していた小屋の方へと歩き始めた。だが、少し進んだところで踵を返すと、辻の死体
の所まで戻ってきた。

 安らかな寝顔。「辻ちゃん―――」涙は出なかった。ただ、とてもとても、胸にぽっかり
と穴でも開いたような喪失感ばかりが胸を支配した。
 「さようなら」
 そっと、辻希美の冷たくなったその両手に(きっと生きているときから冷え切っていたの
だろう)、自分の手を一瞬だけ重ねて、紺野は再び歩き始めた。

 今度はもう、二度と振り返らなかった。


 ・・・・・・

 ・・・


169 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時36分07秒


 小屋の中でストーブをつけてから、紺野はようやく息をついた。さっきまでの緊張感や
凍えが少しずつ解かされるような感覚に浸りながら、彼女は赤々と燃えるストーブをじっ
と見つめていた。
 (石油のストーブだ、最初は点け方に手間取ってしまった、紺野はエアコンやガス
  ファンヒーターの世代だ。石油ストーブなんてほとんど使ったことがない)


 そして、その暖かさを一身に受けながら、紺野は先ほどの光景を思い返した。
 石川梨華の笑顔、そしてその涙。辻の死体。安らかな死に顔。
 雪の上に広がる赤い染み――――辻希美の血。“生きていた”証。

 「やっぱり……やらなきゃ、いけないのかな……」
 呟いて、紺野は膝に顔を埋めた。説明書きにも、1番目立つように書かれていたでは
ないか?――〈大前提は、他人を殺して生き残ること〉―――自分1人が。
 そう、死にたくなければ人を殺すしかないのだ、だから梨華も辻を殺したのだろう、
当然死にたくはないんだ、誰だって。そう、(私も…死にたくない…)


 だって、やっぱり死ぬのは怖い。当たり前じゃないか。

170 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時43分30秒


 「後藤さんも、死ぬのは怖いのかな…」
 膝に顔を埋めたまま、紺野はくぐもった声を出した。何とか声を絞り出して自分の
意識がまだ自分の物であることを、理解することが出来た。
 そして、今自分が思い描いた人物のことをより強く思うことで、紺野あさ美は僅か
な安堵を手にした。(ああ、後藤さん……無事だといいけど……)


 そう。誰にも言ったことはなかったけれど、紺野は後藤真希に密かに憧れていたのだ。
 もちろん劣等生の自分と、IQ200の天才児として全国模試でも常にトップレベル
の彼女なんかじゃ比較するのも馬鹿馬鹿しいけれど、自分は真希に憧れていた。

 いや、全く違う人種だったからこそ、その憧れも強かったのだろう。


 真希も、園では浮いた存在だった。ただし、彼女はそれを気にしている風はなかった。
いつもマイペースで無表情で、怖いものなんてないって感じで。強い人なんだな、紺野
はそんな凛とした真希が好きだったのだ。
 (まあ、そんな彼女でも市井紗耶香の前では普通の16歳なんだということは、聞いた
  ことはあっても紺野自身は目にしたことがない)



171 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時50分12秒


 そして、紺野自身にとっては後藤真希との特別な思い出が1つ、あるのだ。これも
誰にも話したことはないし―――とても、大事な思い出だったから。


 ・・・・・

 その日、学校で紺野は同級生に嫌な思いをさせられて、無言で園に帰った。何をされた
かって、そう大した事じゃないけれど。―――大した事じゃない、いつものように
『トロい』だの『見てて苛付く』だの、『もう学校来るな』だの―――そう、大したこと
じゃない。よく言われることだもの。同じ園の新垣里沙が、それを陰から見ていて馬鹿に
したような視線を送ってくるのも、いつものこと。


 いつものことだけれど―――やっぱりそれは、辛かった。悪口を言われるのは、辛い。
食堂で、誰もいないことを確認して、紺野は1人で泣いていた。誰かに泣いてる姿を見ら
れるのは嫌だったから。自分の部屋で泣いていれば、またあの新垣里沙が目ざとく発見
して、からかわれるのだろう。


 もう嫌だ、こんな自分も、周りの人も。めちゃくちゃに落ち込んで、紺野はひたすら
泣きじゃくっていた。



172 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)17時58分04秒


 誰かがいるのに気が付いたのは、しばらく泣きじゃくってからだった。ふと顔を上げる
と、そこに後藤真希がいるのに気が付いたのだ。
 

 どうやら真希は、お菓子作りでも始めるらしかった。(何となく想像がつかないのだが、
彼女はそれでも料理が得意で、趣味の1つらしい―――何とまあ、天は二物を与えないな
んて、大嘘だ!)…とにかく、そこにいた。


 「後藤さん……」何となく彼女の名前を呼んでから、紺野は途方に暮れた。ここで
いきなり私が食堂を出て行ったらなんだか失礼だし、かと言って……この時まで、
紺野は真希のことを“取っ付き辛い”人だと思っていたから、この場に留まっている
のも考えものだった。(ど、どうしよう?)
 

 困ってあれこれ頭の中で考えているうちに、口を開いたのは真希だった。いつもの
ように無表情だったので、紺野の存在なんて気付いていないんじゃないかと思ってい
たけれど、(当たり前だが)ちゃんと真希は紺野の存在を気にとめていてくれたらしい。

そして、言った。「―――また、苛められた?学校で」実に簡潔に。



173 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時07分39秒

 
 「え……」
 あまりにストレートなその問い掛けに、一瞬紺野は言葉を失った。けれど、すぐに
思い直した。(やっぱり、分かるよね…私、いかにもいじめられっ子体質だし)
 ある意味、それは開き直りだった。別に、今さらかっこつける必要なんてない。


 「…学校で、みんなに…色々言われて…うざい、だとかトロい、だとか…
  一応、私も頑張ってるんですけどねえ……へへっ……」
 話しながら、自嘲気味になって紺野は涙が浮かびそうになるのを必死にこらえた。
さすがに、そう親しくもない真希の前でイジメを告白して、泣き出すのはいくらな
んでも―――恥ずかしい、少し。


 真希は、やはり無表情だった。少し、眉を上げたようだったが、その感情の変化までは
見て取れない。もともと、彼女の“表情豊かな姿”なんで見たこともないのだから当たり
前の話だ。
 だが、変化はなかったけれど―――紺野は聞いた、真希の言葉を。おそらく、彼女の
言葉をまともに聞くのはそれが初めてだったろう。



174 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時14分21秒


 「ねえ紺野。人は色々勝手に思うんだよ。それを変えられる?……仕方ないでしょ。
  言いたい事は言わせておけばいい。その言葉に影響されるかどうかは、自分で決め
  ればいいじゃん」――――


 ・・・・・


 そんな様な内容だった、真希のその言葉は。紺野は、彼女が自分に真剣に話してくれた
のが嬉しかったし(少なくとも紺野にとっては真希は真剣に語ってくれたのだと思う)、
何よりその言葉の意味が―――とても、励みになったのだ。

 真希の言葉1つで全てが好転したなんて、もちろんそんな上手い具合にはいかないけど、
紺野はその言葉で救われた。救われたと思った。(ああ、そうか)…紺野は、膝に埋めて
いた顔を上げた。何かが、分かったような気がする。



 
175 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時26分38秒


 『人は色々勝手に思うんだよ』
 ―――(そうか、石川さんも何か思って、石川さんなりに何か思って、辻ちゃんを
……殺したんだね、そうなんだよね)


 『それを変えられる?』
 ―――(無理ですよね、後藤さん。私には、石川さんの思っていることを変えるなんて
出来ない。とても、出来ない……)


 そういうことだったのだ、真希が言いたかったのは。否、その時の真希がこんな状況を
予想して言ったはずはもちろんないけど、でも今の状況ならば彼女の言葉はしっくり当て
はまるではないか?―――尊敬してやまない、後藤真希の言葉は。


 「それなら、私も……私も……何をするべきか、考えなくちゃ…」うつろな瞳で紺野は
呟くと、自分のバッグに手を差し入れた。冷たく、硬い感触が素手を通して伝わってくる。
 廃校を出たスタート直後に確認したものの、恐ろしくて1度も手を触れていないそれは
間違いなく、自分に支給された武器だった。
 “それ”を手に掴んだ瞬間、紺野は自分の手がじっとりと汗ばんでいることに気付い
た。緊張しているのだ、やはり私は。



 




176 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時34分17秒


 ―――グロック19 9ミリ―――コンパクトな自動式の拳銃だ。もちろん、説明書き
が漏れなくついている。(あの市井紗耶香ならば……“銃”マニアで、その為に渡米した
といっても過言でない彼女ならば、そんな説明書を読まなくてもその扱い方は分かるのだ
ろうが)…今、ここには自分1人だ、自分で覚えるしかない。


 難しいことはよく分からないけど、どうやら弾数は全部で15発装填できるらしく、
引き金を引いたときのみその安全装置が解除されるため、普通に持っていても暴発
することはないようだ。
 (おまけに、銃の内部にはピンロックが付いていて落としても暴発しないように作ら
  られているが、そこまで紺野は目を通さなかった、まあ知らなくても別に死ぬわけ
  ではないが)


 とにかく、自分の武器は当たりだ―――身体全体は緊張と恐怖と、奇妙な昂揚感の
せいで熱くなっているのにも関わらず、どこか冷え切った心の片隅で、紺野は冷静に
そんな事を考えていた。

 (誰の思いも変えられない。なら、自分だってしたいことをすればいいんだ。
  そうですよね?後藤さん…)



  
177 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時41分34秒


 自分のしたい事?―――それは、―――目の前に、紺野は新垣里沙の残像がちらつく
のを見た。いつも、どこか人を見下した笑顔を浮かべている、自分より年下の彼女。
いい子の仮面を被った、年下の少女。
 言ってみれば……“偽善者”だ、里沙は。


 「あさ美ちゃん、あさ美ちゃん!こんなところで、何してるの?」

 紺野はその目の前にちらつく彼女の映像が、本物であることに気がついた。小屋のドアが
半分ほど開けられて、その小さな顔が覗いている。(里沙ちゃん……!)
 不思議に、紺野は平静だった、―――“ヤル気になっている”かもしれないのに?
里沙だって、石川梨華のように。
 (大丈夫、私には……これがある)紺野は、無意識のうちに銃を強く握り締めた。


 「里沙ちゃん…」「入ってもいい?」
 紺野が返事をする前に、里沙はすでに小屋の中へと滑り込んでいた。笑顔がやたらと
嘘っぽい。いつもよりも少々強気の紺野は、僅かは吐き気を感じた。
  
 (そうやって、いつも要領がいいんだ、里沙ちゃんは。それで、今も思ってるんでしょう?
  ―――私のことなんて、いつでも殺せるんだって)



178 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時48分33秒


 紺野自身は気付いていなかったけれど―――すでに、彼女もどこかおかしくなっていた
のかもしれない、自分を常に見下していた少女が今、目の前にいることで―――いつもの
ように、自分を見下して、目の前にいることで。


 長い間、苦しめられたコンプレックスの、ある意味その大元と言える存在が、目の前に
いるのだ!―――無防備にも、安心しきって。「あったか〜い」…安心しきったように
ストーブに当たるその姿さえ、憎憎しく思えた。
 (それは、私が用意したんだから!―――)


 暗い感情が、紺野を支配していた。元凶だ、里沙ちゃんは。全部、全部、全部、
嫌な思いは全部―――
 (イジメられて泣いてる私)(笑ってる里沙ちゃん)
 (先生に怒られて泣いてる私)(笑ってる里沙ちゃん)
 (辻ちゃんと遊んでるの私)(―――どうして、笑うの!?)


 笑うな、笑うな、笑うな!―――私の目の前で、私を馬鹿にして!今の私は銃を持って
るんだよ?里沙ちゃんより、強いんだから!
 いいよ、何を思ってもいいよ?思うのは勝手だよ、ねえ後藤さん?だけど………



179 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)18時56分19秒


 「ふふ、あはは……」
 紺野の心中はもう完全にコントロールが効かなくなっていた。ただ、後藤の言葉と、
この『プロジェクト』のルールだけが、紺野を突き動かしていた。
 そう、彼女は真面目であったが故に―――決まった物事に従うことでしか、己れを
操作することが出来なかったのかもしれない、生まれ持った特性故に。


 とにかく、今の紺野は既に制御不能であった、自分自身のことでさえ。
 「里沙ちゃん、私はね、死にたくないよ。落ちこぼれでも、いじめられッ子でも、
  みんなに無視されても………そんなの、関係ないもん。私は」


 里沙が、怪訝そうに眉をひそめて紺野を見た。「あさ美ちゃん……?」
 様子がおかしい、すぐに里沙は思った。地図に従って歩く中で、明りの灯っている
小屋を発見した彼女は、中にいるのが紺野だと知って安心していた。

 (よかった、知っている子で)――紺野の心理状態など知る由もなく、ただ安心して
―――いくら何でも、中学1年生の新垣里沙が、今まで自分が紺野を腹の中で見下して
いたことが、そこまで紺野を追いつめていることなど当然、気付くはずがなかったのだ。




180 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)19時03分13秒


 ずりっと、床を鳴らして里沙は少し後ずさった。何か漠然とした不安を、紺野あさ美は
放っている。おかしい、今までこんなことなかった!

 「ねえ、里沙ちゃん。私は、死にたくないの。死にたくないの。死にたくないの!」
 「分かってるよ、分かるよぉ!里沙だって、死にたくないもん!」

 自分に詰め寄りながら声を張り上げる紺野に、遂に里沙も金切り声を上げた。じっとり
と、手の平に汗がにじんでいる。自分の武器は、バッグの中にしまわれたままだった。
 「ちょっと、やだ、あさ美ちゃんそれ…」
 里沙の視線は、真っ直ぐに紺野の手のそれへと注がれている。小さな彼女の顔が(もち
ろん本人は言わないが、当然里沙はその小顔が自慢だった―――)恐怖に引きつっている。


 「使い方は、さっき読んだの」…里沙の言葉を聞いているのかいないのか、紺野は里沙
の顔を見返しながら、彼女独特の細い声で言い放った。
 ただし、いつもよりは幾分―――狂気をはらんだ声で。


181 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)19時18分04秒


 パンッ!パンッ!―――パンッ!!・・・・・

 ・・・


 ガチッ、ガチッと、撃鉄が鳴るまで引き金を引いて、紺野はようやく銃の引き金から
手を離した。「はあ、はあっ……」呼吸が荒くなり、肩で息を吐く。
 目の前には、身体に幾つかの穴を開けた新垣里沙が倒れていた。―――当然、もう息を
していない。(だって、頭や心臓に鉛をぶち込まれたんだ、生きていられるはずがない!)


 全弾が命中したわけではなかったけれど、とにかく紺野は里沙を殺した。自らの意思で、
自らの武器によって。(やっちゃった、私、遂にやった……)
 ブルブルと、紺野は震えていた。「私は間違ってないもん………」思わず、彼女は呟いて
いた。人を殺した。もちろんそれは悪いことなのだろう。


 けれど。
 「悪いのは里沙ちゃんだ。…殺したって…それが、ルールなんだ…っ」
 

 
182 名前:《7,復讐    紺野あさ美》 投稿日:2002年01月07日(月)19時21分34秒

 「ふふ、ふふふ…」

 銃が、ゴトリと音を立てて木製の床の上に落ちたが、紺野はそれを拾おうともしなか
った。それどころか、その銃の方さえ見てはいなかった。
 「はは、あはは……悪いのは私じゃないもん……後藤さん…、ねえ…?」


 全身が火を吹くかのように熱くなっており、額から手から背中から汗が噴出していたけれど、
今の紺野にその事に気付く余裕はなかった。しかし、―――興奮はしていたが、紺野はどこか
冷静だった。「…私は…悪くないもん…!」



 正当化されたのだ、紺野の中で。今、彼女の―――紺野あさ美の中で、何かが壊れた。
―――人を殺すのは悪くない、だって、自分が死ぬのは嫌だから。     【残り14人】






183 名前:flow 投稿日:2002年01月07日(月)19時23分47秒

 ああ、石川さんに続き……(w
 というか、紺野さん予想以上に大活躍(?)です。っていうか書きやすい…
 もう少し、中学生組が続きそうな感じですね。

 ああ、一応弁解しておきますが、別に作者は紺野ひいきなわけではありません(w
 ただ書きやすいというだけで…


184 名前:ななし 投稿日:2002年01月07日(月)23時54分42秒
うお〜!紺野も狂っちゃいましたか!!(w
この小説大好きなんで、いつもチェックしてます。痛いけど・・・
次が誰メインでくるのかが、何気に楽しみだったり(ワラ
185 名前:ARENA 投稿日:2002年01月08日(火)12時05分03秒
今回もすごかった・・・。
新垣が入ってきた時から引き金を引くまでの紺野の心理秒描写は一種の盛り上がりを感じました。
変わった紺野は強いんだろうなぁ・・・。
186 名前:154 投稿日:2002年01月08日(火)15時58分56秒
心の「闇」の部分の描写、うまいわぁ。
引き込まれたって感じです。今回も。
もうそろそろ、シニアチームの登場かな?
187 名前:セリ−ナ 投稿日:2002年01月08日(火)16時21分43秒
辻・新垣と、中学生組が2人も・・・

それにしても紺野の心理描写がすごく上手ですよね。
頭の中に、紺野の姿が浮かんできます。
188 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月09日(水)14時22分50秒
バトロワの小説でも新メンが出るとなんか新しい感じでいいですねぇ。
今回もかなり面白かったです!
189 名前:ショウ 投稿日:2002年01月09日(水)14時24分49秒
↑のは自分です。連続カキコすんません(汗)
190 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月10日(木)16時52分56秒
今日初めて読みましたがいいっすね〜!!
バトロワ・いちごまが好きなオイラにはもってこいの作品です。
なにより、更新が早くて、しかも長いのが(・∀・)イイ!(w
これからも大いに期待してますんで頑張って下さいね。
191 名前:flow 投稿日:2002年01月10日(木)20時06分51秒
さあ、今夜もまた更新いたします!そろそろ新スレ考えた方がいいでしょうかね…
そして、感想いただけると本当にヤル気が出ます。ありがとうございます!!(涙

>184 ななしさん
    紺野も狂っちゃいましたね(w
    ただ、こういう状況だと弱い人間ほどそうなっちゃうかな、と思いまして。
    次のメインは…まだ中学生組です。

>185 ARENAさん
    紺野の心理描写は割と書きやすかったですね。逆に書きにくかったのは…
    まだ全員書いてないので分からないです(w
    変わった紺野…確かに強いかもしれませんね?

>186 154さん
    シニアチームにお気に入りがいらっしゃいますかね?ごめんなさい、
    まだ中学生が続きます。まあ、これから見せ場がやってくるかと…?(w
    もう少し、お待ちください。


192 名前:flow 投稿日:2002年01月10日(木)20時08分08秒

>187 セリーナさん
    まるで作者は紺野ヲタかのように、どんどん話が浮かびました(w
    ただ、どんどん視点が変わるので皆さんが分かりにくくないかなと思うのですが…
    
>188、189 ショウさん
    ショウさんのリアルタイムがなくなってちょっと寂しい頃にレスをいただけて
    何だかうれしいです(w
    新メンの性格的なものは正直把握していないので、かなり強引ですね。

>190 名無し読者さん
    初めて読んでいただけたんですか!読者様が増えてうれしい限りです。
    いちごまお好きですか?すみません、なかなか出番が…(w
    また、ちょくちょく覗きに来ていただければ幸いです。

 それでは、また話を再開いたします。


193 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時15分14秒



 「何?今の銃声だよね…?」

 耳元を押さえながら、亜弥は震える声で呆然と辺りを見回しながら呟いた。地図を
見ながら深い雪の上を歩いているため、当然そのような状況に慣れていない彼女は何度
かの転倒を繰り返していたが、それでも何とか歩みを進めていた。


 おそらくは、園の他の生徒たちにあっても―――亜弥と同様に四苦八苦しながら、
この『会場』の中を歩き回っているのに違いない。
 (ああ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう……?)何度も何度も、自分
の運命を呪いながら、地図を眺める視界が滲んだことか。


 冗談ではなく、殺し合いのゲームに強制参加させられたのだ。動揺しないほうがおか
しい。それは例え―――もう夜が明けかけ、廃校を出てからかなりの(多分数時間は
経過している)時間が経っていたのだとしても。



194 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時23分00秒


 こんなはずじゃなかった。だって、昨日はイブだったんだよ?世間一般じゃ、私は
まだまだ―――お給料は貰っているけれど―――中学生だ、子供といっても差し支え
ないだろう?……プレゼントを貰ったって、いい年だ!


 けれど。
 自分に、いや自分たちにプレゼントされたのは、地獄への片道切符だった。なんと
各々にスペシャルプレゼント!―――銃やらナイフやら、おおよそこの先一生縁なんて
ないと思われる武器のおまけつき。ああすごい。


 ・・・

 亜弥の武器はマイクロウージー9ミリだった。いわゆるサブマシンガンというやつで、
今回のゲームの中ではおそらく1、2の当たり武器だっただろう、もちろん殺傷力の点
では。しかし。(こんなもの……使うはず、ないじゃない!)

 亜弥も、大方の生徒と同じく思っていた、(私たちは兄弟同然に育ったんだ、絶対に
殺し合いなんてしない!絶対に、しない!!)
 当然、そのような意思の下では、そのような武器は―――当たりであったとしても、
彼女にとっては必要のないものだった。



 
195 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時30分36秒


 けれど。(そんな……銃声……?)
 確かに、亜弥の耳には先ほどの銃声が届いており、もちろんそれが―――紺野あさ美が
同じ園の生徒である新垣里沙を殺したときのそれであるとは、知る由もないが……。


 間違いなく、亜弥はその“銃声”を耳にしたのだ。それはとてもとても、小さな音で
本当に意識していないと聞こえないような音だったが。
 
 (その音の小ささからして、当然その銃声の根元はそう近くにはいないと推測される、
  もしすぐ側から聞こえたとしたら、亜弥はこのように落ち着いてはいられなかった
  に違いない、おそらくは)

 
 だから、亜弥ともう1人の少女―――加護亜依は、亜弥が“銃声”を耳にして雪の
上で地図を持ったまま立ち止まったときも、怪訝な顔で振り向いたのだ。
 「どうしたん、亜弥ちゃん。…銃声?って…?」さっきまでの(さっき、とは言って
も、園舎にいたときのことだが――)パニック状態からは何とか回復を果たした加護は、
亜弥よりは幾分しっかりした足取りで亜弥の前を進んでいたのだ。



196 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時38分12秒


 「何、って…」亜弥は耳にあてがっていた両手をゆっくりと外しながら、戸惑った
ような視線を加護に投げ掛けた。「亜依、聞こえなかったの?今の!」


 「……うん」
 加護は何故か申し訳なさそうに視線をきょろきょろと動かしながら、亜弥に正対する
ように立ちつくすと、小さく頷いた。こんな状況ながら、亜弥はその姿がテレビの撮影
でふざけ過ぎて怒られる加護の姿と重なった。(ああ……)思った。

 (とても、生きていけないと思ったけど、もうダメだと思ったけど……)両目を一度
ぎゅっと閉じて、亜弥は深く息を吐き出した。―――よかった、亜依が一緒で。まだ、
私は何とか「松浦亜弥」でいることが出来る。
 もちろん、自分たちはユニットを組んでいながら決して仲が良かったとはいえないけれど、
亜弥にも加護にも、それぞれもっと仲の良い仲間はいたけれど―――


 1番、自分が冷静でいられる相手はこの加護亜依だ。もっとも、自分を現実に押し
とどめていられるのは加護だ、きっと。いつもいつも、「芸能界」という一種の修羅場
を共に潜りぬけてきた戦友にも似た感情だった。



197 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時49分21秒


 「亜弥ちゃん?」ふっと目を開けると、今度はさっきよりもずっと距離を詰めた所に
加護が近づいてきていた。心配そうな黒目がちの瞳が頼りなさげに震えている。
 「大丈夫、ねえ、銃声って近かったん…?」

 加護の伸ばした両手が、亜弥の両腕を掴んだ。彼女が相手の注意を引きたいときに出る、
それは癖だった。
 
 (中澤裕子が死んだとき、それを紗耶香に説明しようとしたときも、その癖は出て
  いた。当然、あのような状態の中で亜弥も加護も、そんなことを意識する余裕なん
  てあるはずなかったが)


 ともかく。亜弥は何とかぎこちない笑みを浮かべると、加護の肩に手を置いた。今は、
こんな所でぐずぐずしている場合じゃない、多分。「大丈夫」とにかく、亜弥は答えた。
一体何が『大丈夫』なのか?―――何の根拠もないけれど、まあ取りあえずさっきの銃声
に関して言えば―――大丈夫だ、そんなに近くにはいないはず。


 「私の聞き間違いだったかもしれない、いいから早く行こう。もうちょっといけば、
  小屋があるよ。そこで、少しでも休もう」


198 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)20時55分33秒


 じっと、加護の目を見据えながら亜弥は言った。こういう状況では、一応(年齢的にも)
お姉さんである私が、しっかりしなくちゃ!

 加護が黙って頷いたのを見て、亜弥はその肩から手を離すと、今度は加護の小さな手を
引いて歩き出した。当然、もう片方の手は地図を握っている。(最初のうち、緊張のあまり
握りつぶしてしまい、多少は見にくくなってしまっているが)

 「のの、大丈夫かな……」ぽつりと、加護の漏らした独り言が、ずっと亜弥の脳裏に
響いていた。(みんな、生きてるよね、きっと生きてるよね?)…


 ・・・・・・

 
 
 ギイイイイ、と湿った音を立てて古い小屋のドアを開けながら、「誰か…いる?」
亜弥は小さな声で呼び掛けた。仲間同士で殺しあうはずなんてない、とは口では言う
ものの、やはりいつ襲われるかもしれない、という恐怖感が全くない訳ではない。

 それどころか、緊張と恐怖のせいで足元もガクガクと震えていたし、非常にこれは
不本意ながら―――手を引いて(あげている)加護の方が、よほどしっかりした足取り
だったのだ。もともと、加護は度胸の据わったところはあったけれど。



199 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時09分06秒


 するっと、開けたドアと亜弥の脇をすり抜けるようにして、加護が小屋の中へと入り
ながら、「誰もおらんみたいやで?」―――馬鹿みたいに、能天気な口調だ!


 亜弥は驚きを通り越して呆れてしまった、(あんなにオドオドしてたのに……目の前で
中澤さんや安倍さんや、平家さんの……)そこまで思い出して亜弥は口元を覆った。
ああ、ダメだ。私はまだダメ。あんな―――頭が半分欠けた姿、思い出しただけでも
倒れちゃいそうだよ!それも、よく知った人の…。

 
 「亜弥ちゃん、ストーブがあるで!」思わず胃のあたりがむずむずし始めた亜弥の意識を
呼び戻したのは、意外なくらい明るい加護の声だった。「ああ、うん…」予想外に加護に助け
られている自分を不甲斐なく思いながらその一方で、亜弥は加護に感謝していた。
 

 (…ああ、本当に…一緒にいるのが亜依でよかった…)


 ――――――



  
200 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時28分23秒


 そもそも、2人が一緒にいるきっかけを作ったのは加護の方だった。安倍なつみと
平家みちよが目の前で殺されたショックで、亜弥はしばらく放心状態だったのだが、
それでも武器を渡され、「早く出て行け」と命令されたからには動かないわけには
いかなかった。

 この先待ち構えている“漠然とした不安”よりも、今は目の前に突きつけられた“銃口”
の方がよほど怖かった、当たり前の話だけれど。


 とにかく―――足は震えていたし、上手くは歩けなかったけれど―――亜弥はサブマシンガン
の入った袋と自分の荷物を両手でしっかりと握りしめながら、何とか教室を後にした。
 その時は(放心状態だったため)気付いていなかったのだが、亜弥の前に出て行ったのは
加護だったのだ。―――何とまあ、すごい偶然だ、アイドル2人が連続して出発!


 廃校を出てからも、どうしたらいいものかと途方に暮れそうになった所を待っていた
のが加護亜依だった。彼女も不安そうではあったが―――そこで合流したときに、側に
いた兵士に脅かされてやむなく2人はその場から移動したのだ。


 そして、今に至る。
 


201 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時35分42秒


 (もしかしたら…)
 亜弥は、加護が懸命にストーブに点火しようとするのをただ眺めながら考えていた。
(ううん、もしかしなくても、亜依が待っていたのは本当は私じゃないんだよね)―――
おそらく、加護は言わないが、きっとそうなのだ。


 本当に加護が会いたかったのは自分ではない、彼女の1番の親友である、辻希美だ。



 加護自身はそうと言ったわけではないが、加護と辻は同い年の割に、加護が辻の面倒を
よく見ているような――いわゆる「お姉さん」のような一面を持っており、それは2人の
間では暗黙の了解のように思えた。そう、辻も加護には安心して甘えきっていたから。


 おそらく加護は心配だったのだろう。自分よりもはるかに幼い、大事な親友がこんな
状況の中を果たして生き延びることが出来るのかと。いや、それは加護自身にしてみても
―――生徒全員にしてみても、同じ思いは抱えていたに違いないが、それでも。
 (亜依は、辻ちゃんに対してだけは異常に責任感が強かったんだよね)


202 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時44分14秒


 そして亜弥は―――目立った「親友」という存在のいなかった彼女は、そんな2人の
関係を少しばかり(そう、ほんの少しだけ)うらやましかったりもしたのだけれど……
口にすることはなかった、決して。


 それに、今どうして自分はこんなに加護亜依という少女に対して、心を許せている
のだろう?亜弥は、そう考え付いて思わず苦笑した。少なくとも今までは、正直言って
加護のことは好きではなかった。ずっとそう思っていたのだ。


 しかし、今は違う。(亜依といると、安心できる…)
 もう、亜弥は気付き始めていた。芸能界歴もそろそろ3年近くになる、自分、他人に
関わらず心情の変化には同年代のそれよりも多少は培われていた。


 ずっと、加護亜依のことを快く思っていなかったのは、自分が彼女に嫉妬していたからだ。
 タレントとして、一個人として――――加護の周りに与える影響というものは、天性の才能
であり、自分が持っていないものだったから。今ならば、そう、こんな状況に追い込まれた今
であればそれを認めることも出来るけれど。

 

203 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時52分20秒


 ずっと、亜弥は加護にいつか自分の存在を喰われるという恐怖感を心の奥底にしまい
続けていたのだ。疑いようもなく、亜弥は加護に嫉妬していたから。


 (私は馬鹿だったのかな……)
 袋の上から無意識のうちにサブマシンガンを撫でつけながら、亜弥は考えていた。
加護亜依に嫉妬していた自分、そしてそれに突っ張ってわざと彼女から距離を置いていた
自分。―――結果として、得たものなどなかった。


 何度、加護と衝突しただろう?つまらないことで。(いっぱい、喧嘩もしたよね)―――
そのほとんどが、自分から加護に喰ってかかっていったものばかりだったというのに。
 今の、この加護の態度は何だ?……まるで、普段から仲の良かった者に対するそれでは
ないか。(こんな意地っ張りな私のことを…、素直じゃない私のことを…)


 「見てっ、亜弥ちゃん!点いたでっ!」
 満面の笑顔で、加護が亜弥の方に振り向いた。その笑顔の後ろには、赤々と燃える
ストーブの炎が見える。(…“友達”だと、思っていてくれてるんだ…)
   
 

204 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)21時59分33秒


 不意に、涙が目ににじみそうになって、亜弥は慌てて加護から目を逸らした。涙腺が
弱くなっているみたいだ、何だか。


 「ほら、なんでそんな後ろにおんねん。ちゃんと火ィあたらな、寒いやろ?」
ぼうっと、加護の笑顔に気を取られている亜弥に笑いかけると、加護は小走りに亜弥に
駆け寄ると、その手を握ってストーブの前へと連れて来た。 
 
 「な?あったかいやろ?」―――少し、自慢げな表情。「うん、あったかいね」

 亜弥は珍しく素直にそう答えていた。(珍しい、か…)思い当たって亜弥はまた苦笑い
を浮かべる。自分で珍しいと思うくらい、加護に対しては意地張ってたってことか、まだ
まだ子供なんだな、私も。(もちろん子供は子供に違いないんだけどね)


 
 しばらく無言が続いて、2人してストーブの火にあたっていた。加護の表情にはかなり
落ち着きが戻ってきたが、亜弥は先ほどの銃声が再び気になり始めていた。
 (ずっと、気にしないようにしてたんだけどな)考えれば考えるほどに、恐怖感が増す
のは分かりきっていた。



205 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時05分47秒


 小さく聞こえた銃声は、1発ではなかった。確実に。連続して撃った、そんな感じだ。
 だとすると―――当然、「撃った人間がいる」ということになる。考えたくはないが、
もちろん…朝比奈女子園の誰か、という可能性があるのだ。


 亜弥としては、無理矢理にでも「兵士の誰かが撃った」とでも思いたかったけれど、
この『殺し合い』が始まってから数時間が経過している。当然、ヤル気になった誰かが
やったと考えてもおかしくないではないか。
 ―――ああ、ダメだ。やっぱり、ダメ。


 そんなことを考えてしまう時点で、自分は園の仲間を疑っているという証明になる。
仮に、他の生徒でそういう風に考えている者がいるとしたら―――考えたくないけど―――
疑心暗鬼に陥って、誰かを殺そうとするかもしれない。
 
 ぶるっと身震いして、亜弥は思わず自分の身体を握り締めた。

 ふと、恐ろしい仮定が頭をよぎったのだ。
 (今、私と亜依は2人でいるけど―――呑気にストーブなんて当たってるけど)
もし、今この場を襲撃されたら?さっきの銃声の当人に。



206 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時12分46秒


 慌てて、亜弥は小屋の中を見回した。古いテーブル、そして目の前にあるストーブ、
ドアの隣りには腰の高さくらいまでの棚があり、ガスコンロや缶詰・米など簡易な調理
スペースがあった。押入れの中には布団などでもしまわれているのだろうか。


 (ダメだ、ここじゃ…)
 亜弥は手元の自分のバックにも目を走らせた。支給された武器はバッグに入ったまま。
唯一の出入り口であるドアは木製だし、1つ付いている窓には当然カーテンなどはない、
要するに―――襲撃しようと思えば、簡単に突破されてしまうのだ。



 盾になるようなものも、小屋の中には存在しない。まして、今2人はストーブを焚いて
いるのだ。明け方とはいえ、まだ外は暗い。そんな中で―――カーテンも付いていない窓
では、周りの連中に「ここに人がいます」と大声で知らせているようなものではないか! 


 「亜依!……武器、用意しておいてっ」思わず、亜弥の口調は震えていた。



207 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時19分24秒


 加護は膝を抱えてストーブに当たったままうつらうつら、としていたようだったが、
突然の亜弥の言葉にびっくりしたように顔を上げた。(それにしても、こんな状況で
眠くなるだなんて、信じ難い。やはりそういうところが大物なのだろうか?―――)


 「…どしたん、亜弥ちゃん?」やはり寝起きのような掠れ声で、加護はきょとんとした
ように首を傾けながら、亜弥の方に視線を向けた。(……もうっ)いかにも緊張感のない
その仕草に、亜弥は苛つきながらも口を開いた。


 「何、呑気なこと言ってるの。こんなところ、銃で襲われたらひとたまりもないでしょ?
  とにかく、武器だけでも準備しておかないと…」言いながら、亜弥は自分の荷物をごそ
ごそと漁り、ウージーを取り出した。ずしり、としたその重量に、奇妙な話だが―――
亜弥は僅かな安堵を感じた。

 (これなら、これがあれば取りあえずは……)
 武器を渡されたときは『絶対に使わない』と心に決めていたことなど、今や完全に心の隅に
追いやられていた。だって、怖いものは怖い!―――やらなきゃ、自分が死ぬんだ。



208 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時26分59秒


 「そんなもの、必要あらへん!だって、みんなが殺し合いなんてするはず、ないやろ?」
 「……え?ちょっと、亜依?」

 意外なくらい強い声で、加護が反撃してきたことに、亜弥は少なからず衝撃を受けた。
(何言ってるのよ、だって……現実に、誰かが誰かを撃ったんだよ?)―――ああ、
そうか。亜弥は一人で自分を納得させた。加護はさっきの銃声は聞こえていなかったんだっけ。

 
 「ダメなの。危ない、きっと。誰かが―――銃を使ってる誰かがいるんだよ。
  そう、市井さんとか……銃に詳しいんでしょ?もしかしたら、市井さんとかが――」
 「亜弥ちゃんっ!!」
 興奮したようにまくしたてる亜弥の言葉を、加護は強い口調でたしなめるように制した。
(何言うてんねん、亜弥ちゃんのアホ!市井さんがそんなことするはず、ないやろ!)


 加護の脳裏には、紗耶香の凛とした姿が蘇っていた。自分を支えてくれたあの優しい、
真っ直ぐな眼差しを。加護が筆頭に信頼してもいいと思える、その人物を。
 その、市井紗耶香が―――「市井さんも、他のみんなも、殺し合いなんてせえへんわ!」



209 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時37分02秒


 「亜依の分から――」亜弥がそこまで言って、口をつぐんだ。『分からず屋』、そう
言ってやるつもりだったのだが、しかし。

 「亜弥ちゃん?…」加護が、眉を寄せて亜弥の視線の先を辿る。彼女の目線は真っ直ぐ
窓の外へ注がれていて、その亜弥の顔は目に見えて色を失っていた。「…誰かが……」
亜弥の口元が僅かに動いて、小さく彼女は声を絞り出した。


 「誰かが、いたっ……!!」
 そう、金切り声で叫ぶように言って、亜弥はウージーを両手でがっちりと抱えたまま、
涙目になって窓の外を凝視した。わなわなと、口元が恐怖のあまり引きつるように震えて
いるのを、加護は不安そうに見つめた。「亜弥ちゃん、亜弥ちゃんっ…」



 加護の呼びかけは、どうやら亜弥には届いていないようだった。睨むように窓の外に
視線を投げ掛けながら、彼女はずっと何かを呟いているのだ。

 「誰かが、銃を持ってるんだ。誰かが、誰かが、誰かを撃って、今も、私たち……
  逃げられない。きっと、ここを襲われたら……」

 
210 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時46分21秒


  
 すでに、亜弥の目には涙が溜まっていた。やばい、咄嗟に加護は思った。中澤裕子と
寺田の言い争い、その直後の銃声を聞いてパニック状態を引き起こした自分と、今の
亜弥の状態は何か近いのではないか?―――とても、やばい状態だ!

 
 「亜弥ちゃん、亜弥ちゃん、やめてぇっ!!誰もおらんっ、誰もおらんてっ!」
 必死になって、加護は亜弥に飛びついた。目的は、彼女の持ったサブマシンガンだ、
それを抑えて―――何とか、落ち着かせなければ。
 
 「やめてよっ、誰かがそこに―――」


  ―――――

 一瞬の出来事だった、それは。揉み合う、というほどの時間を要した訳でもない。
ただ、加護が亜弥のウージーを奪おうと……否、押さえつけようと、ちょうど彼女の
真正面に移動したときに―――はずみで、その引き金に手がかかってしまっただけの話だ。



 ばららららららららっっ
 


 ―――――


 
211 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)22時54分29秒
 
 
 「あ、ああ―――――……あ…?」

  
 手に持つその殺人道具が、激しく揺れるのを取り落とさないように必死に力を込めながら、
亜弥は目の前の少女が、電流でも流されたて痙攣しているかのようにガクガクと揺れている
のを目を見開いて見ていた―――要するに、加護亜依にマシンガンが鉛をプレゼントしていたのだ、


 とても、とても大量に。


 「あああああああああああっっ…!!」


 ばらららららっと音を立てて、未だ亜弥の手の中にあるウージーは火を吹いていた。
もちろん、それに合わせて加護の奇妙な痙攣は―――立ったままのそれも、続く。
 「ダメ、いや、やめてええええっ!!!」
 

 悲鳴に近い声を上げて、亜弥はようやく引き金から手を離した。そうしたのはほとんど
無意識だったけれど、彼女の指がもしこのまま硬直して引き金にかかったままだったなら、
ウージーは弾を撃ち尽くすまで止まらなかったのに違いない。

 

212 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時01分57秒
 
 
 もし、亜弥が必死にウージーを抱え込むように持っていなかったなら、その最初の衝撃
できっと彼女はすでにそれを持ち続けていることなど出来なかっただろう。今さら言って
も後の祭、というやつだが。

 だって、もう加護は亜弥のマシンガンにより、倒れてしまったのだから。



 『最近、お腹出てきてうち、やばいねん』

 加護がそう言って、ぷよぷよとしたお腹をさすりながら笑っていたのはいつのことだ
ったか。亜弥の目の前にいるその同じ少女の腹部は、―――腹部は、存在しない。


 「―――あああああああああっ!!!」ウージーを投げ出して、頭を抱えて亜弥は絶叫
した。ゆっくりと、加護亜依が倒れるのを見ながら。
 彼女の身体は、辛うじて上半身と下肢がつながっている状態で―――主に銃弾が打ち込まれ
た腹部は、見る影も無く飛び散ってなくなっていた。


 ただ小さな小さな肉片と、飛び散った血痕だけが、彼女の腹部を消し去ってしまった
ことを示しているかのように、床に飛び散ってその存在を表していた。


 「あ、ああああっっ……いやああああああっっ……」





  

 
213 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時08分23秒


 床に座りこんだ体勢のまま、亜弥はただ叫び続けていた。加護に近づくことさえ、その
数歩を踏み出すことさえ出来ない。―――確認するまでもないけれど、彼女の生死については。


 だって、上半身と下半身を切り離されて、誰が生きていられる?


 しかも、それをしたのは他ならぬ自分だ。松浦亜弥が、殺した。―――誰を?
 「私がっ、私がやったの………?私が、あああああああっっ……亜依、ねええええっ、
  やだああっ、あああああ亜依っ……!?」


 今度こそ、亜弥の目からは涙が溢れていた。放り出したサブマシンガンの振動がまだ手に
残っていたし、その硝煙も残っていた。けれど、もうそんなことは彼女の意識の遠い彼方へ
と追いやられていたのだ。今、亜弥の視界には―――思考には、加護亜依という存在を亡く
したことしか、なかった。
 (私が、私があああっっ………)涙が、後から後から流れてきたが、亜弥にはそれを拭う
ことすらままならなかった。


 
214 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時15分22秒


 『亜弥ちゃん、うち、いっつも亜弥ちゃんには迷惑かけてる、思うねん』

 頭を抱えている亜弥の脳裏に、いつのことだったか加護が言った言葉が次々と蘇って
きた。完全に混乱しているというのに―――記憶の中枢は、加護亜依の存在を正確に
呼び起こしているようだった。


 『いつも、ケンカして謝るのはうちからやなぁ。亜弥ちゃん、意地っ張りや』
 『うちはな、みんなと仲良くしたいねん。だって、ののがそう言うから』
 『あんなあ、亜弥ちゃん、ののがなあ、一緒に収録見に来たいて。なあ、ええやろ?』


 ―――
 いつも、加護を思い出そうとするとそれは笑顔だったり、辻と一緒だったり、いつも
……彼女は幸せそうなのだ。精一杯に、幸せそうなのだ。
 自分が彼女に向けた笑顔は、どれほど少なかっただろう。覚えている限りでは、テレビ
の収録の中くらいでしか、ない気がする。


 『亜弥ちゃん』



215 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時20分54秒



 はっきりと自分を呼ぶ声が聞こえて、亜弥は顔を上げた。目の前に腹を失って、血だまり
に倒れる加護の姿を捉えて、亜弥は失いそうになる意識を何とか保った。
 何故なら、今しがたの声は――加護のその声は、他ならぬその目の前の彼女の死体
(どう考えても生きてはいまい)から聞こえてきたような気がしたから。


 亜依、亜依?私―――私―――


 
 『ねえ、亜弥ちゃん。うちのこと、好き?うちはな、亜弥ちゃんのこと、好きやで』



 加護は笑っていた。いつものように、自分がぶっきらぼうな態度を取ろうが、冷たく
あしらおうが、―――とにかく、笑っていた。何故?亜弥はそれが疑問だったけれど、ずっと。
 答えはとても簡単なものだったのだ。ごく、シンプルなものだったのだ。


 『うちは、亜弥ちゃんのこと、好きやで』



 ―――

216 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時29分27秒


 「ああ、うわあああああっっ……」再び頭を抱えこんで、亜弥はうめいた。言わないで、
言わないで、言わないで――――亜依!!

 私はあなたに嫉妬していたんだよ?いつも、冷たくしていたじゃない!どうして……
涙が溢れた。―――こんな私を、好きって言ってくれるの?
 もう、自分では気付いていたことだった。こんな異常な状態で気付くのも皮肉なもの
だが、自分も、亜弥自身も……加護のことを大事な存在だと、思い初めていたのだ。


 ついさっき、そう思い初めたばかりだったのに。「――っううううわあああああ」
頭を抱えて、悲鳴を上げながら亜弥は頭を激しく振った。何か、頭の中から何か異物を
取り除こうとでもしているかのように。



 亜依。私のこと、恨む?私は亜依を殺してしまったよ。
 どうすればいいの―――?私、どうすればいいの。


 
 うつろな瞳が、加護の死体のすぐ脇に落ちている包丁へと向けられた。彼女に支給された
武器だったのだろうが、加護のバッグも銃弾が当たってはじけているため、おそらくは
バッグから飛び出てしまったのだろう。(……そうか、うん、分かったよ……亜依?)

 

217 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時35分36秒


 
 亜弥は、力なく立ち上がって加護の側へと歩み寄ると、その包丁(加護の血が付着した
状態だった)を手に取って、しげしげと眺めた。
 「そうすればいいんだよね……亜依」ぼたぼたと、枯れることのない亜弥の涙が次々と
頬を伝って流れ落ちていく。それでも亜弥は、どんなに視界が歪もうが、しっかりとその
目には加護の姿が映っていた。

 
 「笑ってくれるんだね?亜依。こんな私にも、まだ笑いかけてくれるの?」


 
 ああ――――。自分はどうしてこんなにも愚かだったのか。こんなにも、加護亜依という
少女は自分にとって大事だということに、何故気付かなかったのか?つまらないプライドの
せいで?―――


 亜弥は手にした包丁を、大きく振りかぶっていた。(見ててね、亜依)不思議と、
恐怖感はなかった。無論、今の亜弥の精神状態自体がすでにまともではないから、恐怖
などといった感情など沸かないのかもしれない、とにかく、亜弥に迷いはなかった。



 
218 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時40分56秒



 ぐちゃっ、ぐちゃっと音を立てて、亜弥は何度も自分の腹に包丁をつき立てた。自分の
腕が動く限り、何度でも刺すつもりだったが―――しかし、7回目を突き刺した時点で、
亜弥の腕はもう動かなくなっていた。(ああ………)段々と視界が暗くなっていくのを
自覚しながら、亜弥は思った。

 (まだ、まだこんなんじゃ……)口元から血が伝っているのにも、もはや気付くだけ
の意識すら、持ち合わせてはいなかった、今の松浦亜弥には。


 (せめて、ののちゃんだけには―――生きていて、欲しいなぁ…)
 そんなときでも、亜弥は他人のことを思いやることが出来る自分をすごいと思った、
そうだ―――加護が1番気にしていた辻希美だけでも、生きていて欲しい。純粋に思った。

 けれど、辻は彼女らよりも一足先にこの世から去っているのだが、今の亜弥にその
現実を受け入れる猶予も、その余裕も残されてはいなかった。
 (ねえ、亜依………聞こえる?私、謝るから…何度でも謝るから……)



219 名前:《8,喪失    松浦亜弥》 投稿日:2002年01月10日(木)23時51分59秒


 薄れ行く意識の中で、半ば必死になって亜弥は加護に呼びかけていた。


 私はね、いつも亜依に突っかかっていたけど、―――アイドルなんて、バカ馬鹿しい
って、思っていたけど―――加護亜依って子に、嫉妬していたんだけど、本当はね。
 私、あんたとユニット組んで仕事するの、楽しかったんだよ。

 ・・・・・・


 (ねえ、亜依……聞こえる?私、謝るから…何度でも謝るから……)
息をすることも、もう今の亜弥には苦痛でしかなかったけれど、それでも亜弥は何とか
空気を一口、吸い込むことが出来た。ひゅうっと、肺が音を立てる。


 「私のこと、許して」



 ・・・・・・

 そして、ストーブだけが赤々と燃える主のいなくなったこの小屋に転がる死体がまた
1つ増えた。歌も出来て、お笑いも出来る―――そんな売り出し中のアイドルユニット
“ティンクル・ティンクル”の2人は死んだ。今後、そんな彼女達を世間が忘れること
に、きっと大して―――時間は要しないのだろうけれど。         【残り12人】 





    

220 名前:flow 投稿日:2002年01月10日(木)23時55分33秒

 はい、やっと終わりました!松浦編(w
 今までで1番長いことかかりましたね〜、予想以上に。。。

 これで中学生メンバーは残り3人になってしまいました。ミニモニ。応援していた
方、本当に申し訳ないっす!(汗
 見ていて嫌な気分になられたら………ごめんなさい。でも、読んでもらえたら嬉しいです(w



221 名前:184 投稿日:2002年01月11日(金)00時30分54秒
やったね!ほぼリアルタイムで読めました!
まつーらでくるとは正直予想外でしたが、良かったです。ちと涙が(w
一人一人の描写が丁寧なので、楽しみです。
222 名前:37 投稿日:2002年01月11日(金)02時57分17秒
すげー…吸い込まれるように読みました…
すげーという言葉が1番あってるきがします。
これからもがんばってください。
223 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月11日(金)03時39分26秒
あかん。めちゃ泣いてもた。。。
224 名前:ARENA 投稿日:2002年01月11日(金)03時43分35秒
す、すげー・・・
まさに小説を読んだ気分になりましたw。思い切り引き込まれたっていうか。

加護は、ほんとーーーにええやつや・・・( ;´ Д `;)
225 名前:ショウ 投稿日:2002年01月12日(土)00時39分05秒
読ませてもらいました!今回は今までになく切ない気分になって
涙が浮かんできてしまいました。リアルタイムで読めなくなって
しまったけどこれからもがんばってください!!
226 名前:155 投稿日:2002年01月12日(土)01時07分32秒
すばらしい。。。
亜弥亜衣というホットな組み合わせを持ってくるとは。。。
227 名前:flow 投稿日:2002年01月14日(月)21時49分43秒


昨日か今日中に更新予定でしたが、急遽予定が入った為、更新なしレスします。まぎらわしく(w

>221 184さん
   松浦編は加護視点でいくか迷ったんですけどね、一応前出してるので今回は
  彼女でやってみました。結局こういう結果になっちゃいましたけども。
  また続きも読んでやってくださいね!

>222 37さん
   いやいや、まだ未熟者ですから…(w
   それでもまあ、未熟な文章なりに楽しんでいただければと思います。
   お褒めの言葉、ありがとうございます!頑張ります〜!

>223 名無し読者さん
    今回くらいから泣く、というよりは……(?)な展開になると思います!
    でも、また見に来てやってくださいね。

228 名前:flow 投稿日:2002年01月14日(月)21時53分22秒

>224 ARENAさん
    引き込まれたという感想をいただけるのは素直にうれしいです。
    そして、毎回見ていただいているのが本当に……いやはや感激です!
    加護以下、中学生は基本的にいい子ばかりが(略

>225 ショウさん
    読んでいただけましたか!ありがとうございます!!
    お忙しいようなのに、レスいただいて感謝してます。最後まで一応見届けて
    やってくださいね(w

>226 155さん
    確かに、松浦はタイムリーでしたかね。なのにこの無残な結果…ああ、すみませぬ。
    この先、まだまだ痛い展開かと思われます…。

 
 読んでいてくれている方々に感謝しつつ、更新は明後日あたりになると思います。
 紛らわしいレスですみません…1週間空けるのが初めてなもので(w
 
 それでは、以上小心者の作者でした。ホント意味の無い登場……


 
229 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時20分27秒



 加護亜依と松浦亜弥の2人のアイドルが死体となって転がる小屋―――いわゆるログハウス
のようなものだ―――の外で、じっと耳を塞いでしゃがみこんでいた影が、ようやくその身体
を起こした。「……なんなの、一体…」


 消え入りそうな声で呟きながら立ち上がったのは、廃校を3番目に出発した福田明日香
だった。「こんな…こんな…」自分でも何を言いたいのかも分かっていなかったが、何か
声に出していないと自分が壊れてしまうかのような錯覚が、明日香を支配していた。


 何故って……?当然だ、こんな馬鹿な話、見たことも聞いたこともない。孤児だけ
を対象に行われる殺し合い?―――そんな悪趣味な話、あってたまるか!


 
 そう、明日香は思っていたのだった。大人しそうな外見とは裏腹に、過去「高校生
作家」として華々しくデビューを飾った明日香は、同年代の少女達よりは数段大人び
ていたし、更にそのプライドも高かったから。
 ただし、今このような特殊な(異常な?)状況に放り込まれて自分を保っていられ
るほど、彼女は精神的に強い人間でもなかったのだ。



 
230 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時26分47秒



 だから、一体どうしたものかと充分に考えを巡らせる間もなく、明日香は廃校を出
て行くことを余儀なくされた。(武器の入った袋を半ば強制的に押し付けられてハイ、
さよならだ――――)冗談じゃない!どうしろってゆうの、これから。


 この日本という国に“四季”がなくて、つまりは“冬”という季節がなければどん
なに助かったことか。……雪に覆われた『会場』、つまりは日本の何処かの山奥を歩
き回りながら、明日香は何度愚痴っただろう。
 「もう、寒いったら……!」

 がちがちと歯を鳴らしながら、それでも何とか支給された武器と自分の荷物を抱え
(こんな所にまで、明日香は書きかけの原稿を無意識のうちに持ってきていた!ああ、
素晴らしきかな作者魂だ………まったく)、手に握り締める教室で渡された地図に目
を落としながら何とか休めそうな小屋を見つけたときだった。


 『ばららららららららっ』 ―――銃声が聞こえたのは。


 
231 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時32分10秒



 もうほとんど反射的に、明日香はもともと小柄な身体を更に小さくし、小屋の壁に
ぴったりと寄り添うようにしてしゃがみ込んでいた。銃声など聞き慣れるほど耳にし
たことがある訳ではないけれど、いくら高校生作家として印税を稼いでいる明日香と
て、その音に恐怖を感じない理由などなかった。


 だって、初めて聞いた「銃声」は、自分のよく知る人物―――安倍なつみや平家みちよ
を殺したものだったから。それも、自分の目前で。
 

 『あははははははっ』『なっちはお姫様なんだよっ……』
 『ちょっとなっち―――』
 『パンッ!』



 何度も何度も頭の中に蘇るその光景を、その度に必死で振り払いながら山の中を歩
き続けていたのだ。(なっちも、みっちゃんも……銃で死んだんだ。1発で)

 その銃声が―――否、それは更に強力な『サブマシンガン』だったけれど―――そ
んなの知ったこっちゃない、市井紗弥香じゃあるまいし、銃の聞き分けなんて出来る
はずがないでしょ。ともかく、自分のすぐ近くで銃声が響いたのだ、反応しない方が
おかしい。
 ………銃声が止んでもしばらく、明日香は地面から立ち上がれなかった。


 
232 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時36分41秒



 自分の耳元で、「ばらららららっ」と銃が火を吹いているような強い恐怖がしばら
く抜けなかったけれど、銃声が止んだとき誰かの話し声のようなものが聞こえて、明
日香はようやくその緊張を僅かに解いたのだ。
 まだ、立ち上がることは出来なかったけれど、やはり。


 それでも、その話声のようなもので明日香は確信したことが2つ、あった。1つは
その声の人物―――つまり銃を撃った張本人が、自分が寄りかかっているこの小屋の
中にいること。そしてもう1つは恐ろしい結論だった。


 始まっている。疑いようもなく―――殺し合いは始まっているのだ。政府関係者の
一方的な殺戮ではない、園の生徒同士によって。


 そんな、バカな!――――そう考えがいきついたとき、明日香は思わず叫びそうに
なった。彼女は辻希美や加護亜依のように純粋に、この園の生徒たちを好いていた訳
ではないし、…かといって後藤真希や紺野あさ美のように生徒達の中から孤立してい
た訳でもない。つまり、明日香は至極マイペースだった、けれど。


 
233 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時40分18秒


 この朝比奈女子園の生徒たちは、その“普通でない”個性を持った少女が多数属し
ていて、例に漏れずそれは明日香とてそうなのだけれど―――とにかく、年頃の少女
達にありがちな嫉妬からくるぶつかり合いのようなものはほとんどなかった。
 少なくとも、明日香はそう思っていたのだ。


 (ああ、だけどなっちは―――あの『お姫様』の安倍なつみは、その嫉妬心を隠す
  こともなく、私に対しても敵対心を向けていたけどね)…そう思い出して、明日
香は表情を曇らせた。そうだ、そのなつみも死んでいるのだ、すでに。この『殺し合
いゲーム』とやらで。

 
 だけど、なつみが死んだのは発狂して政府の関係者にうるさがられたからだ。彼女
自身に問題があるんだ。―――そんな風に割り切って考えるのは「冷たい」と評され
るかもしれない。だが、今は誰とも分からない人間の評価なんて気にしている場合で
はなかった、当面は自分の命を考えるだけで精一杯だ。


 そう、とにかく―――安倍なつみと平家みちよ、そして最初に殺された園長の中澤
裕子達は、死んでしまったけれどそれは『殺し合い』によるものではない。


 
234 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時42分45秒



 希望的観測、と言われたらそれまでだけど、明日香は思っていた。おそらく他の生
徒だって同じに違いない―――『冷静で、ドライな性格』と言われる自分がこんなに
も動揺し、どうしたらいいか分からない状況にあるというのに、中学生を含む他の少
女たちが殺し合うなんて、……出来るはずがない!



 そんな思いが、微塵に打ち砕かれたことを明日香は思い知ったのだった。マシンガ
ン特有の「ばらららららっ」という銃声が残した空気の振動を思い出しながら、思った。
 (そんな、こんな所で―――こんな、ところで)認めざるを得ないわけにはいかなか
った。先ほど、銃声が聞こえる一瞬前、明日香は見たのだ。

 小屋の中に、2人ほどの人影を。

 もちろんそれが、加護亜依と松浦亜弥であることなど判断はつかなかったけれど、
(何故なら、入ろうと思ったその小屋に人影を見つけた時点で明日香は驚いてしまい
 隠れざるを得なかったから。誰か、なんて確認する前に身体が動いてしまったのだ)
―――とにかく、人影を見たのだ。決して、兵士などではない、小柄な二つの影を。


 
235 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時48分47秒


 
 それならば。銃声は、小屋の中から聞こえた。そして、中にいた人影は明らかに園
の生徒の誰かと誰かだった。―――導き出される結論は1つだ。
 
 そんなこと、頭の良い(一応、明日香はその辺は自負している。何せ、作家をしな
がら常に学年で10番以内をキープしているのだ)福田明日香でなくとも、簡単に考
えつくことではないか?……生徒の誰かが、銃で誰かを撃ったのだ。


 (嘘だ、そんな…そんな、馬鹿なことって……)明日香は思わず、震え出した体を
両手で抱きしめていた。そんなことをしたところで、震えが収まるはずはないけれど、
無意識にそうしていた。自分が消えてしまいそうな、そんな感覚。


 とにかく。明日香は震えながらも、思った。―――そう、確かめなければ。万に一つ
の可能性だとはしても、何かの間違いだということだってある、むしろ、間違いであ
って欲しい―――それこそ希望的観測だけれど、そう願わずにはいられなかった。


 だって、仲が良かろうが悪かろうが、自分たちは家族同然なのだ。親がいない分、
生徒同士の結びつきは強かったはずじゃないか?―――少なくとも、少なくとも。


236 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)18時55分29秒


 壁に手をつきながら何とか立ち上がって、明日香は一瞬身体のバランスを崩した。
(……くそっ、くそっ……)心の中で誰にともなく悪態をついて、明日香はいたく
自分を情けなく思っていた。(福田明日香ともあろうものが、何やってるのよ…!)


 膝が震えていたのだ。バランスを崩したのはそのせいだった。
 自分で言うのもなんなんだけど、明日香は自分のことをそれなりに「度胸がある」
と思っていたし、「冷静沈着」とはまさに自分のことだと―――思っていた、こんな
ことになる前までは。(…なのに……)


 教室でなつみが殺された瞬間、動いたのは紗弥香だけだった。(一緒に腕にしがみ
ついていた矢口は除外するとして) そして、最も冷静だったのはおそらく―――
いや、間違いなく真希だろう。悔しいが、認めざるを得ない。

 明日香は、なつみのように自分より目立つ者に対して誰彼構わず嫉妬心を抱いてい
た訳ではないけれど、真希に対しては―――ある種の羨望にも混じった嫉妬を抱いて
いたのは否定出来ないことだった。だって、知能指数を上げることなんて絶対に無理だ。
 
 
 
237 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時04分50秒


 
 つまり、福田明日香がどんなに頑張ったとしても―――根本的なところで、真希と
は差がついているということになる。それは悔しいじゃないか、とても。


 もっとも、明日香が意識しないその深層心理のレベルでは、真希のそのルックスに
対する嫉妬心がいささか含まれていたことまでは彼女は気付くことは出来なかったが、
とにかく明日香は真希に対しては何となく「負けられない」と、思っていたのだ。


 けれど。今のこの私は何?―――恐怖と混乱と、嫉妬と―――簡単に言えば、明日
香の精神状態に根ざしているものは焦燥だった。正体の分からない感情への焦り。
 いくら、こんな状況にいるからって、恐怖で膝が震えるなんて……。

 明日香がもっと冷静な心理を持つことが出来ていたのなら、きっとそんな心理状況
など「馬鹿馬鹿しい」と一笑に付していたのに違いない。けれど、これは明日香に限
ったことではないけれど―――彼女は非常に冷静さを欠いていたので。


 「……しっかりしろ、明日香…!」
 

238 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時11分58秒


 
 抱えていた武器の入った袋を一旦雪の上に下ろし、明日香は自分の両手で膝を支え
た。がくがく、と手を通して膝の震えが直に伝わってきたが、ややもすると震えは収
まってきたようだった。


 そのまま、立ち膝の姿勢のまま、明日香は深く息を吐いた。(落ち着け…落ち着い
て、ちゃんと…)大分、彼女に冷静さが戻ってきていた。もう、頭の良い明日香は気
付き初めてきたのだ。

 冷静さを失ったら、死期が早まるだけだ。少なくとも、いいことはない。


 
 しかし、―――やはり少しばかり明日香に戻ってきた「冷静さ」も、次の瞬間には
もろくも吹き飛ぶことになる。「―――ッひっ……」窓の外から小屋の中を覗きこん
だ明日香が最初に目にしたのは、加護の腹を失った死体だったのだ!
 「かっ、加護っ…!加護、加護なの…?」がくがくと、今度は膝ではなく全身が
震え出していた。窓についた手に、じっとりと汗をかいていた。




 

 
239 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時23分11秒


 「あ、あ、ああ……嘘だ、こんな……」


 普通ならば、凄惨なその死体の状況から目を背けているのだろう。明日香のような
16,7歳の少女ならば。けれど、明日香は加護の死体から目を離すことが出来なか
った。まるで、吸い寄せられるように―――その腹部を失った死体を凝視する。


 (死んでる……間違いなく、死んでる。隣りに倒れてるのは、松浦…?そんな、
  どうして、どうして――――…そんな…)

 今まで中学生同士の付き合いなど、明日香は深く知らなかったし、知ろうとも思わ
なかった。けれど、加護亜依と松浦亜弥が“ティンクル・ティンクル”という何とも
ネーミングセンスのないユニット名で売り出していることくらいは知らないはずもな
く、仲がいいのかまでは知らないけれど―――少なくとも、殺し合うほど憎み合って
いたとも思えない。


 そんな―――だから、これが狙いなのか?明日香の額には、これまた手の平と同じ
ように汗が噴出していた。雪の上に立っているのにも関わらず、明日香は汗をかいて
いたのだ。得体の知れない恐怖心のため。

 
240 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時32分07秒


 (仲が良かろうが悪かろうが、殺し合わなければならないってこと?生き残るため
  には…?こんな、こんな―――たった14,5歳の中学生でも?)
 

 明日香は無意識のうちに、口元を押さえていた。厳密に言えば、亜弥と加護がこん
なことになってしまったのにはそれなりの訳があるのだけれど、後からやって来て、
死体の状況だけを目にした(一方は腹部をマシンガンで吹き飛ばされて、もう一方は
ナイフで腹がぐちゃぐちゃになっているそれだ)―――だけでは、そのような2人の
事情など知る由もない、当たり前。


 「うっ」とうめいて、明日香は慌てて窓から離れた。少し小屋から離れて、近くに
ある木の根元へとしゃがみ込み、げええっと吐いた。ものすごく、気分が悪かった。
 死体を目にしたせい?それとも、訳の分からない状況へ放り込まれたことに対する
嫌悪感―――?いやいや、それだけではないだろう、きっと。


 とにかく、明日香は吐いた。(もう……嫌、こんな……嫌だ…)吐いたせいなのか、
明日香の目には涙が滲んでいた。普段はそう涙脆い方ではない彼女だったけれど、今
はまあ特別だろう。

 
241 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時40分40秒


 だってそうだろう?刑事でもない普通の少女である(まあ、普通でないと言えば普通
ではないけれど)明日香に、加護と亜弥の死体は強烈過ぎた。
 ―――何せ、アイドルが2人とも腹を失って死んでいるのだから!


 きっと小屋の中には2人の血の匂いが充満しきっているのに違いない、もっとも明
日香はそんなことを調べてみようとは微塵にも思わなかったけれど。だって、吐いた
ばかりの人間がそんな無謀なこと、するはずがないでしょう?


 ひとしきり胃の中のものを吐き出した後でも、明日香はしばらく立ち上がることが
出来なかった。吐いた後だけれど、まだ胃の中がぐるぐると回っているような感じ。
 つまり、気分が悪くて立てなかったのだ。死体、死体、死体ばかりが頭の中を埋め
つくしている。
 そして、いつかは―――近いうちに、自分もその中に仲間入りするのかもしれない。
 (……そんなの、冗談じゃない!)


 明日香は、力なくしゃがみ込んだ木の幹に拳を打ちつけた。まだ、自分は若い。
才能だってまだまだ未知数だし、何より―――書き掛けの原稿を仕上げなきゃならない。
 
 
242 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時46分37秒


 
 そうだ、私はその辺の無意識に人生送ってる女子高生とは違うんだから。

 もはや、彼女の自慢とする冷静沈着な思考は影をひそめ、明日香の心中は『生』へ
の執着でいっぱいになっていた。しかし、それが生きる人間の正常な思考と言ったら
それはそれで正しいのかもしれないが。


 (絶対に、死にたくない……死んでたまるもんですか)皮肉なことだが、明日香は
自分の美学として、「生に執着する人間」がとても醜いものだと考えていたのだ。そ
れは自分の小説の中でも多分に発揮されていたことだったけれど、思った。
 (死ぬのは嫌。私は、生きたい…)


 やはり、死ぬことは怖かった。小説の世界と現実は違う。簡単に死を迎える気には
とてもなかなかった。(まだまだ、私はやりたいことがあるわ)
 それを「野心」と呼ぶのか、それとも明日香の考えるように「生への執着」と呼ぶ
のか、どちらが正しいとも言えないけれど、とにかく彼女には自分の美学を捨てでも
『生きたい』と願う気持ちが強くなっていた。
 (それも、あれだけの凄惨な死体を連続して目撃すれば当たり前のことなのかも
  しれないが―――)



 
243 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時52分09秒


 木の根元にしゃがみ込み、ぶるぶると震えながら「生きたい」と再確認した明日香
だったけれど、予想外に早く自分がさっきまで見てきた“凄惨な死体”の仲間入りす
る時期が近づいていることに、彼女は気付いていなかった。


 そう、「生きたい」と願うからには、何もせずにいただけでは駄目なのだ。その事
に明日香が気付くのは遅すぎた。―――今、彼女はとてもとても―――無防備だった
から。(…怖い、死にたくない…小説、続き書かなきゃ……)ぶるぶると、明日香は
震えながら考えていた。考えてはいたけれど、体は動かなかったのだ。


 そして明日香は気付かなかった。背後を、1人の少女が近づいてくることに。
 ―――抜き身の日本刀を持って近づいてくる少女が、自分に話し掛けてくるまで、
明日香は気付かなかった―――石川梨華の存在に。



 ―――――


 「見つけたっ。明日香ちゃーん」


 ―――


244 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)19時58分30秒



 『梨華ちゃんの声って、アニメ声だよねー』『ねー。高校生の声じゃないよねえ』
 『声優なりなよお』『ええ、無理だってば』
 『そうだよねえ、梨華ちゃん演技ヘタだもんねっ』
 『やー、ひどおーい』


 ―――


 脈絡なく、明日香の脳裏にいつだったか中学生の加護や辻が梨華と話していたとき
の様子が蘇った。石川梨華の甲高く甘い声は『アニメ声』と称されることが多く、そ
れは彼女の特徴の1つだったのだけれど―――


 何故か、明日香の耳に届いた梨華の『アニメ声』は、どこか狂気をはらんでいるか
のようで……かといって普段と何ら変わったところもなく、違和感を感じた。明日香
は無言で、ばっと後ろを振り返った。そして、見た。
 抜き身の日本刀を構えてニコニコと笑んでいる、梨華の姿を。


 (何で―――)明日香の頭に浮かんできた最初の疑問はそれだった。どうして、こ
こに石川梨華がいるの?そして、どうして―――



 
245 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時03分32秒


 「明日香ちゃんで2人目だよっ。元気そうだね」


 (どうして、笑っているの?)明日香は、梨華の口元に浮かんでいるのが笑みであ
ることに気付き、戦慄した。きっと、そう―――違和感の正体はそれだ、彼女はこん
な異様な状況にも関わらず、普段と何ら変わったところがない。


 どう考えてもおかしい、それは。


 それが市井紗弥香や後藤真希、そして吉澤ひとみなどといった見た目も中身も強気
な彼女たちであったならば、まだ理解出来たかもしれない。けれど、石川梨華は?
―――違う、彼女は怖い話も苦手とするような女の子らしい性格で、本当に怖がりな
性格だったではないか?明日香は覚えていた。

 (園を出るときも、廃校に着いてからも……梨華はずっと吉澤にひっついてて、と
  ても怯えていたじゃない。どうして、そんなに笑っているの?)


246 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時11分22秒



 明日香は、ごくりと唾を飲み込んだ。いつの間にか喉がカラカラになっていたこと
に、その時初めて気付いた。(まさか―――)明日香は逡巡した。
 (私、梨華のことが怖いの?そんな、まさか……)


 けれど、明日香の表情は強張っていて、自分の思いついた恐怖心を笑い飛ばすこと
も出来なかった。確かに自分は梨華に対して違和感を抱いている。それが恐怖心だっ
たとしても、何もおかしくはない。

 「…ねえ?明日香ちゃん」自分の心中の動揺を悟られまいと、必死に平静を装う明
日香に、梨華は何でもないような口ぶりで話し掛けて来た。普段、あいさつでも交わ
すかのような平然とした口ぶりで。「あいぼんと亜弥ちゃんも、死んじゃったみたい
だねえ?」――――言った、あくまで淡々とした口調で。


 「なっ…」明日香は思わず言葉を失って、梨華の顔をまじまじと見やった。笑顔。
さっきと変わることのない微笑を相変わらず浮かべている。ということは何か?…
梨華は、笑顔で言ったのか、『加護も松浦も死んだ』ことを。


247 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時18分07秒


 明日香の思考回路が、徐々に狂い初めていた。(なんなの、一体……梨華って……
石川梨華って、一体なんなのぉ!!)漠然とした不安は、はっきりとした恐怖感へと
変貌を遂げていた。(おかしい、梨華は、狂ってるよ!)


 明日香は、梨華の後ろに放り出されている自分の武器の入った袋に、視線を一瞬
投げ掛けた。明日香の武器は果物ナイフだった、とても役に立つとは思えなかった
けれど―――今になって後悔していた。(ないよりは、マシじゃない!)


 「何にもしなくても、ライバル減るんだから良かったよねぇ?ほら、あたしねえ、
  あと何人減らさなきゃいけないんだろうって、思ってたんだぁ」
 のんびりとした口調で、梨華は相変わらずニコニコと笑みを絶やすことなく、その
異様に暗い視線を明日香に向けている。


 (減らすって、まさか……)明日香の背中を、冷たい汗が流れ落ちた。梨華の刀の
切っ先は、真っ直ぐに自分に向けられているのだ。
 (………殺すつもりだ、私を!梨華は、私を殺すつもりだ…!!)


248 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時24分28秒


 明日香がしゃがみ込んだままの体勢で、じりじりと後ず去っているのも気にしない
ようなあっけらかんとした口調で、梨華は未だ話を止めない。
 「あのねー、告白しちゃうとね?気付いてたかもしれないけど、あたし、………
  その、ね…よっすぃのことが、好きなんだ」


 まったくもって梨華の口調は友人に好きな人を告白するときのそれだった。ただし
ここは学校帰りの喫茶店でなければ、修学旅行先の布団の中でもない。殺し合いの
『会場』という、何とも恋を打ち明けるには場違いな―――そう、明らかに場違いな
シチュエーションだ。
 
 もっとも梨華にはそんなこと関係ないようで、そう告白する彼女の頬は、ご丁寧に
僅かに赤く染まっていたりするのだけれど。


 「だから、何よ?」―――ようやく、明日香は搾り出すようにそう言った。情けな
いくらい声が震えていたが、何とかそれでも言った。石川梨華に気圧されているなど、
絶対に認めたくないことだった。


249 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時31分36秒


 梨華の細い目が、更に細められたようだった。笑ったのか、それとも泣き出しそう
になったのか―――明日香に、それを確認する暇はなかった。何故なら、梨華が刀を
振りかぶって、自分に向かってくるのに気がついたから。


 「……っ!りか……っ!!」

 目を見開いて、明日香は振り上げられた刀の切っ先を呆然と見詰めていた。硬直
したように身体は言うことを聞かない。ただ、明日香は見ていた。

 「―――んああああああっ!!!」
 しゅううっと、音を立てて自分の鎖骨の辺りに激しい痛みを感じ、明日香は思わず
悲鳴を上げた。痛いのも無理はない、日本刀で切りつけられたのだから。彼女の耳に
届いた『しゅううっ』という音は、彼女の血が噴出す音だった。


 梨華は、その後も何度も何度も刀を振り下ろした。笑顔だった彼女の表情はさっき
までとはうって変わって、何か痛いものをこらえるかのように―――歯をかみ締めて、
梨華は日本刀を明日香の身体に突き刺した。



250 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時36分56秒


 最初のうちこそ、「うああっ」と声を上げていた明日香も、次第にその声が弱まり、
その姿が血だまりに投げ込まれた雑巾のように姿を変えたとき、ようやく梨華は刀を
振り下ろす腕を止めた。


 (ああ、こんな所で死んだら……色んな人に迷惑……まだ…仕上げてないのに、
  編集者の今井さん、怒るかな……誰か…)

 とっくに福田明日香の身体は事切れていたかもしれない、けれど、明日香は死ぬ
間際、不思議なことだが―――死ぬことを自覚していたのだった。
 (…私が死んで、誰かが泣いてくれるかな?)――――

 目立って、仲のいい友人のいなかった私のために。


 ―――

 「明日香ちゃん。さきに、ののちゃんが待ってるから、寂しくないよ?それに……」
 石川梨華は、明日香の血に塗れた(もともとは辻の武器であるそれだ)日本刀を片手
にぶら下げたまま、加護と松浦の死体の転がる小屋へと視線を走らせた。



  
251 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時44分01秒


 「あいぼんも、亜弥ちゃんもいるし」―――梨華の口元に、またうっすらと笑みが
戻っていたけれど、彼女の目じりからはそう、辻希美を殺したときと同じように――
涙が頬を伝って流れていた。「寂しく、ないよ。だから」


 梨華は笑顔のまま、首を傾けた。涙は、枯れることなく。
 「よっすぃを生き残らせるためなの。許してね?」


 ―――当然、明日香にその言葉が届いているはずはなかった。梨華が斬り付ける何
度目かの太刀を浴びたその時に、明日香の思考は停止し―――つまり、死んでいたの
だから。「……ごめんね」アニメ声で告げられたその言葉を、明日香がもし生きて聞
いていたのなら、何と答えたのだろうか?

 『そういうことは、殺す前に言ってよね』―――クールに、そう言い放つのだろう。

 もう、彼女のそんな落ち着いた響きを持つ声も、彼女の書くわくわくするような小説
の続きを読むことも、全ては叶わぬことなのだけど。



252 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)20時51分44秒


 「よっすぃの為なの、よっすぃの為なの…」
 
 笑顔のまま、そして流れる涙を拭うこともないまま、梨華は呟いた。日本刀を持つ
手がだらりと下がり、そして明日香の返り血を浴びた石川梨華の姿は、さながら戦国
時代の武士のようだ。―――ミニスカートにブーツ姿の、戦場には思わしくない格好
だったけれど、まあ雰囲気だけ。


 梨華の周囲10メートルほどの中に、死体が3つもあるという(『3人』とは言え
ないだろう、当然)―――どこか現実離れしたこの状況下で、梨華は笑っていた。
 「よっすぃ、あたし、また減らしたよ?頑張ってるでしょ…」


 ・・・

 どこか、呆然とした様子で、それでもしっかりと刀を握り締めた状態で梨華が佇ん
でいる後ろから、声が掛けられたとき、彼女は咄嗟に反応が出来なかった。
 自分が愛してやまない人の声。会いたくて、たまらなかった人の声。その人の為に、
自分の手を血に汚しても構わないとさえ、思わしめた人の声だったから。


253 名前:《9,焦燥    福田明日香》 投稿日:2002年01月16日(水)21時01分17秒


 自分の足元に転がる福田明日香の死体から、梨華の意識は完全に自らの後ろのその
人物へと向けられていた。愛しい、愛しい、大好きな彼女の呼びかけ。


 『よっすぃの為なら、あたし何だって出来るよ―――』


 ・・・・・・

 
 梨華は、おそるおそる、といった形容詞がもっともあてはまるような動作で、ゆっ
くりと振り返った。口元に浮かんでいた薄い笑いが、ぱあっと明るい笑顔へと変わり、
頬を伝っていた涙が止まっていた。(涙が流れ続けていたら、“彼女”の顔をちゃんと
見ることが出来ない!)
 
 ・・・

 「梨華ちゃんッ………!!」
 自分を呼ぶ、愛しい者の声。泣くまい、と心に決めていた割りに、梨華は早くも涙
が溢れそうになる自分を感じた。さっき、明日香や辻を殺したときに流したそれとは
違う涙。―――梨華は、振り向いた相手を見つめ、呼んだ。

 「よっすぃ。やっと、会えたね」
 他ならぬ梨華の想い人、吉澤ひとみを目の前にして。
                                   【残り11人】




254 名前:flow 投稿日:2002年01月16日(水)21時04分09秒

 なかなかシニアチームを出せない自分に苛々しつつ、更新しました。もう半分近く
死んでるんですね……はあ。相変わらずな文章で、もうちょっと表現力が欲しいです。
 でもこのままいっちゃいますけど(w

 ……この先も、よろしくお願いします…(読んでくださっている方へ)


255 名前:154 投稿日:2002年01月16日(水)22時24分09秒
リアルタイムで初めて見ました。
うーん、吉澤と石川・・・ついに会っちゃいましたね・・・
どうなることやら・・・
256 名前:ARENA 投稿日:2002年01月17日(木)05時58分12秒
石川、恐っ!
そして、ついに吉澤との対面・・・。
なんか、逆に恐いです・・・(w

つーか、flowさんに感激とか言われちゃって、こっちこそ嬉しいです(w
257 名前:37 投稿日:2002年01月17日(木)07時22分41秒
凄い展開…
後藤と市井の動きも気になるんですが、
やはり最後に出会った二人がすごく気になります。
石川はどういう動きをするのか…
表現力が欲しいって…十分素晴らしいのですが…。
あぁ、おもしろい。
258 名前:ショウ 投稿日:2002年01月17日(木)13時15分56秒
読みました〜。さらにすごい展開になりそうですね…(汗)
次の更新も楽しみにしてます。最後までとことん付き合いますよ〜(笑)
259 名前:ショウ 投稿日:2002年01月17日(木)13時17分37秒
読みました〜。さらにすごい展開になりそうですね…(汗)
次の更新も楽しみにしてます。最後までとことん付き合いますよ〜(笑)
260 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)02時34分59秒
ここ読んでからTVで石川見ると、恐くて…(w
まじ、この状況になったら間違いなくやりそうだ彼女は、こわっ
261 名前:flow 投稿日:2002年01月20日(日)22時59分39秒
ええ、最初にお知らせさせてください。黄板に移転いたしました。
 ↓
 『デス・ゲームU 〜それぞれの理由〜』
 http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=yellow&thp=1011522453


 そして、この板でお付き合いいただいた皆様へ。

 >255 154さん
    はい、ついに出会ってしまいました、石川吉澤(w
    まあこの先どうなったのかは、黄板にて…(ちゃっかり宣伝)
 
 >256 ARENAさん
    ははは、石川さん怖いですか、大丈夫です。みんな危ないですから。
    続きは黄板になりますので、またお付き合いいただければ…

 >257 37さん
    市井と後藤については、多分石川吉澤編の裏あたりで進行中です(w
    もうそろそろ出て来ますので、お待ちを。

 
 
262 名前:flow 投稿日:2002年01月20日(日)23時02分43秒
 >258、259 ショウさん
    すごい展開というか、まあもっと人が死ぬのは間違いないのですが(w
    もう1スレ使ったんですね。最後まで頑張りますので!!

 >260 名無し読者さん
    テレビの石川さんが怖いと…。別に、作者は狙っておりませんので、
   あしからず(w) ただ、まあ黒いだけな石川さんではつまらないので、
   ちょっとひねるつもりですが…

   
263 名前:flow(ショートカット) 投稿日:2002年01月20日(日)23時09分04秒

 これまでのショートカットです。

 《1,帰郷    市井紗耶香》 >>13-34

 《2,犠牲    中澤裕子》  >>40-50

 《3,戦慄    加護亜依》  >>56-76

 《4,無感    後藤真希》  >>83-100

 《5,崩壊    安倍なつみ》 >>108-125

 《6,彷徨    辻希美》   >>132-152

 《7,復讐    紺野あさ美》 >>162-182

 《8,喪失    松浦亜弥》  >>193-220

 《9,焦燥    福田明日香》 >>229-253


 以上のようになっております。ちなみに新スレは「目的」吉澤編です。
 よろしければ、覗いてやってください!それでは……

 

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