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君のとなり2

1 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月10日(木)00時34分08秒
同じ紫にある「君のとなり」の続きです。


( `.∀´)<前スレよ!
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=1001429095
2 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時35分08秒
後藤と待ち合わせたのは目的地である遊園地の前。
約束をした時間はすでに過ぎている。
あたしはため息をついて空を見上げた。
太陽はどんよりした雲に覆われて見えない。

どうも雲行が怪しいなぁ。
雨が降るかもしんない。
こりゃ早く帰った方がいいかも。
っつーか、いつになったら後藤は来るんだろう。
自分から誘っておいて遅れるなんてどういうこった。

携帯で時間を確認しながら後藤の携帯ナンバーを聞かなかった事に
少し後悔していた。
これじゃ、まさに携帯持ってる意味がない。

天気が悪い事もあってこんな待ちぼうけ状態じゃ、身体がドンドン冷えてくる。
周りを見渡してもまだ後藤の姿は全く見えなかったので
近くの自動販売機でホットのミルクティーを買って
また遊園地の前へ戻って来た。

親子連れやベタベタしているカップルが門をくぐっているのを
横目で見ながらミルクティーを口に運ぶ。
そうでもしなければ心まで冷え込みそうだ。
3 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時35分50秒
外から遊園地を眺めていると前に矢口と来た事があるのを思い出してしまった。
いや、後藤から遊園地の名前を聞いた時にすでに思い出していた。
そして本当は断ろうかと思った。
結局それが出来ずにここに今いるわけだけど。

あの時は知らない人にナンパされてたあたしに
矢口がヤキモチ焼いてくれてたんだよね。
その後一日中二人で色んなアトラクションに乗って。
本当に楽しかったなぁ…。

そして……。

突然身体中に震えが来て、あたしは戸惑う。
これはきっと寒いからだ。
それ以外の何モノでもない。
手にしていたまだ暖かいミルクティーを一気に飲み干す。
そして大きくため息をついて心を落ち着けていると突然携帯が鳴った。

それは見た事のないナンバー。
間違い電話かぁ。
4 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時36分27秒
とりあえず出てみる。
「もしもし?」
「市井ちゃん〜、遅れてゴメン!!」
「遅いよ、何やってたの?」
「…寝坊した」
「……そういう時こそちゃんと携帯かけて来いっつーの」
「うん、だから今かけてる」

ん?
今、後ろでも声が聞えたぞ。

あたしが振り返ってみると笑顔の後藤がいた。
「…アホか、電話かけてる意味ないじゃん」
「あは。ゴメン」
笑顔の後藤と思いっきり脱力してしまうあたし。
「…もういいよ。中入ろう、このままここにいても寒くて敵わん」
「オッケ〜、じゃ、レッツゴ〜!!」
後藤はそう言ってあたしの腕に自分の腕を絡ませて楽しそうに歩き出す。

…なんか本当に性格が変わっちまったなぁ。
まあ、可愛いから許すけど。
5 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時37分08秒
それからというもの。

ずっと絶叫系の激しい乗り物ばかりに乗らされて
あたしはかなり疲れてしまった。

「市井ちゃん、もうヘバッたの?カッコ悪いな〜」
ベンチに腰を下ろしたあたしの目の前に立っている後藤はため息をついている。
手にはウーロン茶の缶を両手に持っていた。
わざわざ買ってきてくれたらしい。
「…あ、あんなに連チャンで乗らなくてもいいじゃん。
それにこっちはバイトで疲れてるんだよ。もう勘弁してくれ……」
「そっか疲れてるんだ…じゃ、休もっか」
「……助かる」
あたしはホッと胸を撫で下ろした。

これ以上はきっと無理。
マジで倒れちゃうよ。
6 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時37分52秒
あたしの横に座った後藤はあたしにウーロン茶を渡して自分もプルタブを引く。
そしてゴクゴクと勢いよく飲んで少し悲鳴をあげた。
「く〜っ、冷たっ!頭にキ〜ンと来た…」
顔をしかめている後藤を見てあたしはプッと吹き出した。
「寒いのにそんな一気に飲むからだよ、バカだねー」
「う、うるさいな!」
ムッとしている後藤の頭を軽く撫で、あたしもウーロン茶を口に運ぶ。
確かによく冷えてて身体まで冷えそうだった。

のんびりとした時間が過ぎていく。

こういうのも今日で終わり。
明日になったらもう後藤とは逢わない。
これ以上は無理だ。

あたしがこんな事を思ってるとは全く気付いていない後藤は
あたしの体調を気遣っているのか
また何かに乗りに行こうとかは全く言い出さずに隣でぼんやりとしていた。
あたしもそれにならってぼんやりとしていたけれど
いつまでも黙ってるわけにはいかなくて自分から口を開いた。
7 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時38分38秒
「今日はありがとね、さすがにもうアトラクションには乗れないけど」
遠慮深くそう言うと後藤は激しく首を振った。
「有難うはこっちのセリフだよ。今日は後藤に付き合ってくれて有難う」
ニコッと笑顔を浮かべている後藤を見て本当に可愛いなぁ、と思った。

今の後藤だったらモテると思うなぁ。
っていうか、誰とも付き合ってないのかなぁ。

「後藤ってさ、今誰とも付き合ってないの?」
「はぁ!?」
あたしの質問に激しく後藤は驚く。
「いや、だって後藤可愛いからさー。告白とかよくされない?」
「…煽てたって何もないよ」
「そんなつもりないってば。本音を言っただけだって」
後藤は少し照れながらとりあえず有難う、とボソボソと呟く。
「まぁ、今までが今までだから誰にも告白なんてされた事ないんだよね。
後藤なんかより市井ちゃんの方がスゴイんじゃない?」
「あたし?最近は大人しいもんだよ。
入院してからというものスッカリ相手にされなくなっちゃったし」
「あ、そうなの?」
「別にいいけどねー。なんか面倒になっちゃったしさ」
「…ふ〜ん」
後藤はそう言ってまたウーロン茶を口にした。
8 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時39分26秒
なんだか最近面倒なんだよね。
何もかもが。
だから付き合いを強要される事が少なくなったのが
本当に有難いって思ったりするんだけど。

何だろうなぁ。
今のあたしってローテンションっつーか、何ていうか。
何も考えたくない時には一人じゃない方がいいのかもしれないけど。
そんな精神状態で人に優しく出来る程、あたしは大人じゃないんだよね。
って、今こうして後藤と一緒にいるのにこんな事を考えるのは
おかしい話なんだけど。

でもどうしてだろうなぁ。
何故か後藤だと大丈夫なんだよね。
これが不思議で仕方ない。
ま、こんな事を考えても仕方ないんだけどさ。

そんな事を思いながら横を見ると後藤は俯いていた。
あたしが首を傾げながら後藤の顔を見ようとすると
視線に気付いたのか後藤はパッと顔を上げた。

あたしは思わず身を軽く引いてしまった。
後藤の顔を見ると真剣な表情をしていて直感的にヤバイと思った。
9 名前:WISH 投稿日:2002年01月10日(木)00時40分17秒
それは見事に当たっていたようで後藤は少し熱っぽい表情でこう言った。

「市井ちゃん…後藤は市井ちゃんが好きだよ」
「……」
あたしが言葉を失っていると後藤は苦笑いしていた。
「突然変な事言ってゴメンね。でも冗談とかじゃなくて本気だから…」
「…い、いや」
動揺しているあたしとは正反対に後藤はとても落ち着いていた。

確かにそんな気はしてたけど。
まさかいきなりここで言われるとは思ってなかった。

後藤に好きだと言われて嬉しくないわけじゃない。
でも…。

さっきまで落ち着いた表情をしていた後藤も
あたしが何も答えないのでいつの間にか少し悲しそうな顔になった。
「市井ちゃんは好きな人…いるんだよね?」

そんな言葉を口にしないでよ…。
っていうか、何の根拠があってそんな事言うんだよ…。
後藤は何も知らないはずなのに。
10 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月10日(木)00時41分35秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<きっとこのスレで終わらせられるはず!
11 名前:とみこ 投稿日:2002年01月12日(土)09時39分35秒
がんばっちょ!もう意味深なレスは書かないから(w
12 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時47分22秒
あたしは少し息苦しくなって髪をかき上げながら軽く息をつく。
「……あたし…誰とも付き合う気はないんだ……」
「うん…わかってる」
後藤は相変わらず苦笑いを浮かべたままでいる。
なんだかこのとっても暗い雰囲気にあたしは耐えられなくなって
わざとらしく明るい声を出す。
「あ、あたしなんかよりいい人が後藤には現れるさ。
だってさ、こんなに可愛いんだし」
「……」
「………え、えっと」

…こんな事言っても仕方ないよね。
ただの体のいい断り文句だもんなぁ。
もしかして、あたし空回りしてるかも…。

あたしが焦っていると後藤は無言で立ち上がってポツリと呟いた。
「市井ちゃんは忘れらんないんだね…。やっぱ後藤なんかじゃダメか……」
「……え?」

後藤の言っている意味がわからない。
忘れらんない…て。
13 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時48分14秒
「……どういう…意味?」
あたしが問い掛けても後藤はあたしの方へ振り向こうとはしない。
「ゴメンね、中澤先生から全部聞いたの。
市井ちゃんは死んだ矢口さんの事を忘れられないんだ…って」
「…!?」
「……本当にゴメン」
「…全部ってどういう事?」
「……市井ちゃんの生い立ちとか、矢口さんが事故に遭って亡くなったとか全部」
「………」

そうか…。
スッカリ中澤先生に確認をしに行くのを忘れてたけど。
前に屋上で後藤が中澤先生に呼び出されたのはこういう事だったのか。
アノヤロウ…フザケンナよ……。

怒りで肩が震える。

どうして後藤にそんな事を教える必要があるっていうんだ。
あたしにだって他人に知られたくない事くらいあるんだ。
それなのに…っ。

下手したら後藤に当たってしまいそうで。
それでもやっぱりこの怒りは止まらなくて、あたしは両手で力一杯頭を抱えた。
14 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時49分55秒
「市井ちゃんを救いたい…」
「…え?」
一瞬、ドキッとした。
救うって後藤があたしを?

あたしが顔を上げると後藤はいつの間にか
しゃがみ込んで真剣な表情であたしの顔を覗き込んでいた。

「救うなんて後藤になんかじゃ出来ないかもしれないけど…。
市井ちゃんはずっとこのままでいるつもりなの?
ずっと矢口さんの事を想い続けるつもりなの?」
「……」
気がついたら後藤の瞳からポロポロと涙が零れている。
あたしはただ何も言えずにそれを見つめていた。
「矢口さんはもう…いない人なんだよ?
それに今のこんな状態の市井ちゃんを矢口さんが…望むと思ってんの?」

いない人…。
その言葉にカチンと来てあたしは思わず立ち上がる。

「後藤には関係ないだろ!」
あたしが怒鳴ると後藤はビクッと肩を震わせた。
15 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時50分40秒
そんなの改めて言われなくてもわかってるよ。
この半年間、思い知ってきた事だよ。
それなのに…。

「あのさ、後藤は何か誤解してるみたいだけどね。
あたしは別に後藤に気があるわけじゃないからね、そこ勘違いしないで」
「……」
後藤は物凄く悲しそうな顔になる。
それを見ても気が引ける事はなかった。

それどころか、なんだかもの凄くバカらしくなってきた。
今までしてきた自分の行動が。
ずっと隠していくつもりだったけれど
頭に血が上っているあたしに歯止めは効かない。

「…あたしが後藤に近づいた理由を考えた事ある?」
しゃがみ込んだままの後藤を見下ろしながらあたしが言うと
後藤は不安そうな表情をして顔を上げた。
「どういう…意味?前に似てるからって言ってたのは……違うの?」
「違うさ、本当は中澤先生に命令されて後藤に近づいたんだ」
「…え?」
あたしの言葉を聞いて後藤は固まってしまっている。
16 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時51分47秒
それでも構わずあたしは言葉を続ける。
「最初、あたし達って後藤が爆竹鳴らしてた時に逢ったじゃん。
あの後に中澤先生から『後藤と仲良くしてやってくれ』って言われたんだよ。
中澤先生が何を考えてるのかあたしにはわかんないけど。
あたし的には嫌いな中澤先生の言いなりになるのはスッゲー嫌だったんだけど。
あの人に…借りがあるから仕方なくさ」
「……」
「今までの行動の中にあたしの意思なんてどこにもなかったんだよ。
これでわかった?…あたしは後藤を裏切ってたんだって事に」
あたしに意地悪い笑みを向けられて後藤はまた俯いてしまった。
肩が震えてるのだけがわかる。

きっと心底傷ついているのだろう。
あたしが逆の立場になったらキレると思う。
でもコレが真実…。

「……全部…嘘……だったの?」
途切れ途切れの後藤の言葉があたしの胸を刺す。
17 名前:WISH 投稿日:2002年01月14日(月)02時53分29秒
…嘘。
確かに後藤に近づいたのは中澤先生に命令されたからだけど
今まで後藤に語りかけて来た言葉が全て嘘なわけじゃない。

でもあたしの口から出たのはこの言葉だった。

「そうだよ、全部嘘だよ。殴りたかったら殴れば?あたしならそうすると思うし」
「……」
「何とか言いなよ」
「……」
「ずっと泣いてないで何か言えってば!」

何も反応せずにずっと泣き続けている後藤に苛立ちを覚えて
あたしは無理矢理後藤の腕を引っ張って立たす。
後藤の顔は涙でグチャグチャになっていた。

それを見てようやく頭に血が上っていたのがスッカリ冷めた。
そしてさすがに胸が痛み出した。

あたし…何やってんだ。
言わなくていい事を怒りに任せてペラペラと…。
ずっと隠しておこうと思ってたのに。
後藤を傷つけたかったわけじゃないのに。
18 名前:WISH 投稿日:2002年01月14日(月)02時54分27秒
後藤の事が嫌いなわけじゃない。
むしろ好感を持ってると自分でもわかってる。
でもあたしにとっては矢口の事が大切で。
どうしたらいいのか本当に自分では何もわからなくて。
自分の中の感情を持て余して頭が混乱してたんだ。

しばらく二人で立ち尽くしていると
いつの間にか雨がパラパラと降ってきた。
周りの客は慌てて近くの売店や出口へ走って行く。
それでもあたし達はずっとそのままだ。

沈黙を破ったのはあたしの方だった。
このままだとお互いに風邪を引いてしまいそうで。

「…ゴメン、帰ろっか……」
「……」

グスッと洟を啜りながら後藤が歩き出すのについて行く。
19 名前:WISH 投稿日:2002年01月14日(月)02時55分38秒
隠し事はいつかバレるものだ。
今日、こうして全ての事情を話してしまったのも仕方がない。
遅かれ早かれ後藤は事実を知っただろうし。
そう思うように努めても、やはりあたしの心は晴れない。

遊園地の門を潜ると後藤は足を止めた。
あたしも思わず足が止まる。

「…じゃあね」
後藤はそれだけ言って走って帰って行ってしまった。

あたしはしばらくその場を立ち尽くしてしまった。
雨が本降りになっていくのも構わずに、ただぼんやりと天を仰いだ。

最悪の気分ってこういう事を言うんだろうなぁ…。
この雨が全て洗い流してくれればいいのに。

全ては自分で巻いた種なのにこんな事を思うなんて変だよね。
思わずあたしは苦笑いを浮かべた。
20 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月14日(月)02時58分04秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<キリキリ交信!

>とみこさん
( `.∀´)<適度に頑張るわ!サンキュー。
21 名前:とみこ 投稿日:2002年01月16日(水)16時41分48秒
適度にキリキリ更新なさって。
22 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時42分03秒
「っくしゅん!」
翌日、あたしは大きなくしゃみをしながら廊下を歩いていた。
ズルズルと洟を啜る。

もしかしたら風邪を引いたかもしれない。
あれからずっと雨に濡れてたし。
これが自分への罰になるとは全く思わないけれど
自分で自分にいい気味だと思っていた。

教室の前へ立ち軽く深呼吸をしてノックする。

「はい、どうぞ…って、コラ!返事してから開けんかぃ!」
返事を聞く前にあたしがドアを開けたものだから
中の住人である中澤先生は眉間にしわを寄せていた。

ったく、そういう表情をしたいのはこっちの方だよ。

「話があるんですけど!」
あたしが大声で言うと中澤先生はわざとらしく耳を塞いだ。
「そんなデカイ声あげんでええがな。
市井がわざわざ生徒指導室に来るっちゅー事は…まさかバレたか?」
「何もかもね!」
あたしが腹を立てて言うと中澤先生は大袈裟にため息をついた。
23 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時43分01秒
「どういう事なのかハッキリと言ってもらえますか?」
「…何の事だかわからんなぁ?」
「とぼけないで下さい!なんで後藤にあたしの事情を話す必要があるんだよ!
こっちはアンタに言われた通り動いてたっていうのに!!」
生徒が先生に対して使う口調じゃなくなってるのにも気にせず
あたしは怒鳴りまくる。

おかげでもう滅茶苦茶だよ。
何もかもが。

あたしが怒り狂ってるのを見て中澤先生は首をポリポリと掻いていた。
それがまた気に障る。

「言いたい事はそれだけか?」
「……何だって?」
「…まぁ、これだけは言っておくわ。あの事だけは後藤に言うてないで」
「……」
「後藤が市井を少しでも変える事が出来たら話すつもりやったけどな。
この状態じゃ、無理そうやし」
「…そんなの後藤に言う必要ない」
「ま、そうやな。後藤には正直ちょっとガッカリやな。
何とかしてくれると思うたんやけど。
ちょっと荷が重過ぎたっちゅー事かな」
鼻で笑って後藤をバカにしている中澤先生に対してカチンときた。
24 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時44分10秒
「後藤は関係ないでしょ…。アイツは何も悪くない」
「へー、自分が心を開けへん相手でも庇うんか?わけわからん子やね、市井って」
「うるさいっ!」
あたしは拳で思いっきり机を叩く。
中澤先生はそれを見ても平然としていた。

「ま、別にええわ…それより言うの忘れてたけど今回の怪我。
あれに対してだけは一つ言わしてもらうで。
市井は矢口との約束を忘れたわけやないよな?」
「……」
「この際別に後藤と仲良くしろっちゅー私の命令は破っても構わんけど
二度と危ない事せんといてや…矢口とのこの約束だけは守ってもらうで」
あたしは思いっきり歯を食いしばっているとチャリンという音にハッとした。

それは中澤先生が持っていたキーホルダーの音だった。
25 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時45分10秒
「…それ」
「コレか?ちょうどええわ。市井にあげようと思ってたんや」
そう言って中澤先生は少し強引にあたしにそのキーホルダーを持たせた。
「それ見て、矢口との約束忘れんようにしとき」
「……」

ちょうどその時チャイムが鳴り出した。

「授業始まるから早よ出て行き。サボッたら許さんで」
中澤先生はそう言って部屋を出て行った。

あたしは一人室内に残されて立ち尽くしていた。
手には矢口の髪で作られたキーホルダーが残ったままで。
26 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時45分56秒
矢口との約束。

実は矢口が死んでからあたしは何度か自殺をしようとした事がある。
でも…出来なかった。

やろうとしたけど出来なかった。
別に勇気がなかったというわけじゃない。
死ぬ事なんて怖くない。

出来なかった理由は矢口と約束したから。
矢口は死ぬ間際にこう言ったのだ。


『お願いだから矢口の後は追わないでね…』


だから、あたしはこうして今でも生きている。
生きる屍になってでも。

死んで矢口の所へ行く事も許されないまま
ただ同じ事の繰り返しな日々を過ごしている。

矢口…あたしはどうしたらいい?
どうしたら矢口は許してくれる?
27 名前:WISH 投稿日:2002年01月19日(土)02時46分47秒
後藤に言われた言葉を思い出す。

『市井ちゃんはずっとこのままでいるつもりなの?
ずっと矢口さんの事を想い続けるつもりなの?』

ああ、そうさ。
ずっとこのままで生きていくんだ。
ずっと矢口の事を想い続けないといけないんだ。

『今のこんな状態の市井ちゃんを矢口さんが…望むと思ってんの?』

そんなのわかるわけないじゃん。
それに矢口が望む事を知るすべなんてないんだから。
何よりあたしはこんな状態じゃないと生きていけないんだよ。

これって間違ってる?
間違ってるなら正解を教えてよ。

『市井ちゃんを救いたい…』

あたしが裏切ってたって事を知ってもそんな事を思える?
もう一度同じセリフが言える?
…そんなわけないよ。

誰か…。
あたしにとっての正しい道を教えて…。
28 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月19日(土)02時48分36秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<暗くも交信!

>とみこさん
( `.∀´)<今回も適度よ!サンキュー。
29 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月20日(日)14時38分02秒
市井ちゃんがあまりにもかわいそすぎる(泣
30 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月20日(日)23時59分23秒
痛いです・・・、でもめちゃ楽しみです。
31 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時10分49秒
それから数日間は中庭にも一年の教室にも近寄ろうとはしなかった。
後藤に合わせる顔がなかったから。

ずっと気分が重かったけれど。
逢って解消されるものでもないので仕方がない。
それにあれからずっと風邪気味なのも
この憂鬱な気持ちに関係してるのかもしれない。
体調が悪いと気分まで落ち込んでしまう。

放課後ぼんやりとバイトまでの時間を過ごす。
周りは予備校へ行ったり、進路が決まってる子は
カラオケやら街へ出たりしているようで教室の中はガラガラだった。
窓の外を見下ろすと下級生が部活に勤しんでいる。

一年前に戻りたい…。

何度こんな事を思った事だろう。
こんな願いをしたところで敵うはずもないのに。
バカバカしい。
32 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時12分34秒
中澤先生に無理矢理持たされたキーホルダー。
他人にとってはただの汚いキーホルダーかもしれない。
でもあたしに取っては十字架のようなもんだ。

もう矢口はいないのだと思い知らされ
そして矢口にされた約束を思い出し、それに縛られる。

八方塞ってこういう事を言うんだろうな。

机に顔を伏せていると、後ろから頭をドツかれた。

「…イタイ」
「そりゃ、痛いでしょうよ」
振り向くと圭ちゃんが立っていた。
「何か用?」
「用があるから戻ってきたのよ。あやっぺが紗耶香探してたわよ」
「あやっぺが?学校に来てんの?」
「そう。生徒会室にいるらしいから行ってきなよ」
「んー、わかった」
あたしがノロノロと立ち上がると圭ちゃんは
今度は背中を思いっきり張り飛ばしてきた。
33 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時13分08秒
「…イタイ」
「そりゃ、痛いでしょうよ」
「……」

さっきと同じセリフなんだけど…。
っていうか、なんで何度もブツかな…。

「紗耶香、最近おかしいわよ?なんかガスの抜けた風船みたいだわね」
「…なかなかいい例えだと思うよ」
「何があったのか知らないけどしっかりしなさいよ!」
そう言いながらまた背中を張り飛ばされた。

元気付けてくれるのは嬉しいけど
暴力は止めて欲しい…。
34 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時14分36秒
生徒会室に入るとそこには本当にあやっぺがいた。

「紗耶香ー、いらっしゃい」
「…いらっしゃいってお客なのはあやっぺの方じゃん」
「別にいいじゃん。気にしないで」
「……」

どうでもいいけどマイペース過ぎる。
この前の帰り際と同じ人物とは思えない。

「何?どしたの?」
あたしが傍にあったパイプ椅子に座りながら聞くと
あやっぺは持参してきたジュースを飲みながら笑って見せた。
「圭織に逢いに来たついでにね、紗耶香にも逢っておこうと思って」

なるほど。
モデルうんぬんの話をしに来たのか。
35 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時15分21秒
「ふーん。圭織には逢えたの?」
「さっき逢ったけど圭織は園芸部の手伝いに行っちゃった」
「で?いい返事はもらえたの?」
「んー、別に構わないってさ。よかった、よかった」
本当に嬉しそうにあやっぺは頷いている。

やりたい事が見つかってる人はなんだか輝いて見える。
あたしには何もないから余計にそう思えるのかもしれない。

「で、紗耶香。後藤って子とどうなってんの?」
「…は?」
「矢口の事はふっきって後藤って子と付き合ってるわけじゃないの?」
「……」
思わず絶句してしまった。
36 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時16分36秒
この前あたしのバイト先で話した事はあやっぺの中で
そういう風に消化されてたのか。

ということは。

あの時、あたしに変わった、と言ったのは
生活態度が悪くなった事に対してだったのか。

あたしの様子がおかしい事に気付いたあやっぺは首を傾げている。
「あれ?違うの?」
「…別に矢口の事はふっきれないし。それに後藤と付き合ってるわけじゃないよ」
むしろ嫌われたからね、とあたしは自虐的に笑う。
そんなあたしに対してあやっぺは眉間にしわを寄せていた。

「どういう事なのかサッパリわかんないんだけど?」
37 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時17分36秒
あやっぺにわかりやすく事情を話してみた。
過去に矢口と付き合う前にも色々と相談に乗ってもらってた事もあって。
いい相談相手という認識をしていたから。

一通り話を聞いてあやっぺはうーん、と腕を組んで唸っていた。
あたしは今まで誰にも相談出来ていなかった事を
こうして話す事が出来て少し気が楽になってきた。

「なんかややこしい事になってんだねー」
「…まぁね」
「紗耶香は矢口の事が忘れられない。
でもその後藤って子を傷つけた事に後悔をしてる、と…」
「…ん」
「でもさー、そんなに深く考える必要もないんじゃない?」
「は?…どういう事?」
あやっぺがあっけらかんとした口調で言ったのであたしはビックリしていた。
38 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時19分26秒
「だってさー、後藤って子は紗耶香が矢口の事を忘れられないって事を
知ってて好きだって言ってくれてるわけでしょ?
じゃ、問題ないじゃん。付き合っちゃえば?嫌いじゃないんでしょ?」
「…い、いや、でもね」
「何をそんなに悩む必要があるのか私にはわかんないなー」
「だって、あたしは矢口の事をふっきる事なんて一生出来ないと思うし」
「ま、そうだろうね。でも別にいいんじゃない?無理にふっきろうとしなくても」
「へ?」
「いつか時間が解決してくれるかもしんないじゃん」
「いや、そういう問題じゃないんだけど…」
「そうかなー?」
あやっぺはしきりに首を傾げている。
どうも考え方が正反対過ぎて話が一向に進まない。

それにしてもあやっぺは矢口が死んだって事を忘れさせてくれるような会話をする。
ただ普通に別れた人のような扱いだ。
なんとなくその方があたしも話し易いというのもあるけれど。
39 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時21分25秒
「それに後藤はあたしの事きっともう嫌いだと思うし…」
あたしがボソボソとそう言うとあやっぺは頭を抱えた。
「紗耶香って相変わらず暗いねー。そういうとこは変わってないじゃんー」
「……」

…うるさいなぁ。
どうせならナイーブって言って欲しいよ。


結局バイトの時間が迫ってきてしまったので
あやっぺとの話もそこで終わってしまった。
最後にいつでも相談にのってあげるからー、と言ってたけれど。

あんな風に簡単に割り切ってしまえばどんなに楽か…。
きっとあたしには一生無理だ。

大きなため息をつきつつ、渡り廊下を歩いていると
中庭にいた圭織に声をかけられた。
反射的に周りを見て見ると後藤の姿はないようだった。

「紗耶香ー、あやっぺとは逢えた?」
「んー、さっき逢った」
「あれ?なんか元気なくない?これじゃ後藤と正反対じゃん」
「は?」

後藤と正反対?
どういう事だ?
40 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時23分44秒
「なんかねー、最近の後藤って妙なテンションなんだよね」
「妙なテンション?」
「んー、なんか無駄に明るいっていうか…」
「へー…」

空元気かな…。
あの遊園地での出来事の後で普通は明るくなれるわけがないと思うんだけど。

「きっと、アレだね。情緒不安定になってるかもしんない。
両親が離婚するかも、って言ってたし」
「え?後藤家の親、離婚すんの?!」
あたしは圭織の言葉を聞いて驚愕した。
初めてそんなの聞いた。

「らしいよ。まさか自分の両親の離婚が嬉しくて
テンション高いわけじゃないよねー?
普通はヘコむと思うもん。やっぱ後藤ってよくわかんないなー」
「……」

いや、後藤の場合は嬉しがると思うけど。
あのお父さんと離れられるっていうんだから。
41 名前:WISH 投稿日:2002年01月22日(火)00時24分16秒
「っていうか、紗耶香聞いてなかったの?そういや最近あんまし顔出さないよね」
「…まぁ、バイトが忙しくてね。そういや今日は後藤いないの?」
「今日っていうか最近来てないよ。いや、学校には来てるみたいなんだけど。
なんかね、この前の雨で滑ってこけたらしくて足捻挫したんだって」
「…そ、そう」

この前の雨って…あの日だよなぁ。
踏んだり蹴ったりだったんだな、後藤…。
あたしが言っていい言葉じゃないんだろうけど。

「それにしても後藤って最近よく怪我してない?」
「圭織もそう思う。いつもどこかしら怪我してんだよね。
案外おっちょこちょいなのかも」

そんな風には見えないけどね。
でも、足の捻挫はきっとあたしのせいだろうな…。
42 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月22日(火)00時27分03秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<キリキリ交信して早く終わらせるわ!

>29さん
( `.∀´)<紗耶香はずっと不幸なのよ!

>30さん
( `.∀´)<アリガト!ずっと痛いままで行くわよ!!
43 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時11分16秒
翌日、登校途中にバッタリ後藤と明日香に逢ってしまった。
二人共と目が合ってしまったので気がつかなかったという誤魔化しが効く筈がない。

どうしたらいいのかわからずにあたしはただ視線をキョロキョロとさせていると。
意外な事に向こうから声をかけてきた。

「おはよ〜、市井ちゃん」
笑顔の後藤に対してあたしは呆気に取られた。

なんで?
どうして笑顔になれるんだ?

いつまでも固まったままでいると明日香が渋い表情で後藤にツッコミを入れていた。
「ごっちん、よく振られた相手に笑顔で挨拶出来るね?」
「え〜?だって…振られても市井ちゃんは市井ちゃんだから」
「はぁ?」
「つまり振られようが別に関係ないって事」
「何それ…」
明日香が呆れていると後藤は苦笑いしていた。
44 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時12分12秒
「……あのさ、後藤…両親離婚するってホント?」
あたしが今日初めて口を開いたのがこんな内容で軽く驚く二人。
「うん…まぁ」
後藤は少し言い難そうに言葉を濁している。

あれ?
圭織が言ってたのと少し違うじゃん。
離婚が決まって後藤が明るくなってる、って言ってたのに。

「…大丈夫?」
あたしが少し心配になってそう言うと後藤は軽くかぶりを振り
そしてすぐ大丈夫、と笑顔になった。

何か少しひっかかる。

そしてあたしが首を傾げている間に
後藤は日直だという事で先に早足で行ってしまった。
よく見るとまだ足を引きずっている。
怪我がまだ完治していないんだろう。

そして必然的に明日香と二人になってしまう。
あたしはますます居心地が悪くなったのだけれど。
明日香は別に気にしていないようで。
というよりは、いつも通りの状態と言った方がいいかもしれない。

「私が忠告したからごっちんを振ったの?」
「…別にそんなんじゃないよ」
明日香の顔を見るのがなんとなく怖くてあたしは視線を前方に固定して歩く。
45 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時13分23秒
「ま、別にどうでもいいけどさ…ただタイミングが悪かったね……」
横でため息をつく音が聞えてあたしは思わず明日香の顔を見てしまう。
明日香はあたしにそっぽ向けていた。
「…どういう意味?」
あたしが聞いても明日香はあたしの顔なんて見ようとしない。
よっぽど嫌われてるんだろうな。
あたしが密かにヤレヤレと首を振っていると。
明日香がポツリと呟いた。

「紗耶香には関係ない事だから」
「え?」
「だって、ごっちんの事なんてどうでもいいんでしょ?」
「どうでもいいって事はないけど…」
「…振っておいて煮え切らない態度を取るのはどうかと思うけど?」
明日香は冷ややかな目であたしを一瞥して先に行ってしまった。

あたしは明日香の態度と言葉に対して頭にくる前に呆然としていた。

別れろって言ったり、振ったら振ったで文句言ってくるなんて
どういう神経してるんだよ…。
あたしに一体どうしろって言うんだ…。
46 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時14分20秒
数日が過ぎてもあたしはまだ憂鬱だった。
ま、気分が晴れる日なんて一生来ないのかもしれないけれど。

渡り廊下の壁際にもたれて軽くため息をついた。
今は昼休みなので人通りも多い。
ここは一年の教室が傍にある場所で後藤の教室もよく見える。
あたしは後藤と会う為にここで待ち伏せをしていた。
さすがに教室に行くのは気が引ける。
なにせ、明日香がいるかもしれないし。

自分の目の前を通り過ぎて行く一年を見てなんだか皆楽しそうだなぁ、と思った。
そしてそう思うとますます気分がヘコむ。

この前の明日香の言葉は冷静になって客観的に考えたら
ああ言われても仕方のない事だと思った。
だからこそ一度後藤と一対一で話をした方がいいだろう。
今スッキリさせられる事はしないと。

ちゃんと謝らないといけないし。
それに両親の離婚とかも気になるし。
お節介だと言われたらそれまでだけど。
47 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時15分18秒
それにこの前逢った感じでは話をしようと持ちかけても大丈夫な感じがした。
てっきりもう話し掛けて来ないと思ってたから。

そんな事を考えていると教室から出て来た後藤の姿が見えた。
後藤もあたしの姿に気付いたのを確認して手招きをする。
そして後藤は素直にこっちへ向かって歩きだした。

どうもまだ足を引きずっている。
そんなに怪我が重かったんだろうか。

「…どうしたの?何か用?」
後藤があたしの横へ来て表情を変えずに聞いてきた。

なんかこの前と対応が違うような気がする。
何て言うか、少し無愛想って言うか…。

「あ、いや、えっと…後藤と少し話をしたくて…」
あたしはしどろもどろに答える。

立場が悪いのはあたしの方なんだからこれは仕方がないんだけど。
それにしても格好悪い。
48 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時16分01秒
後藤はあたしが慌ててるのを全く気にせずわかった、と言い
同じく廊下の壁にもたれた。

「足…大丈夫?」
「…ちょっとくじいただけだから」
「そう、早くよくなるといいね」
「……」
後藤はあたしの顔を見ず、俯いていた。

もしかしたらあたしと二人っきりになったらキャラが変わるのだろうか。
この前笑顔を見せてくれたのは明日香がいたからか。
明日香の為に空気を悪くさせない為にわざと明るくしてたのかもしれない。

とりあえずは謝ろう。
和解する事なんて出来ないってわかってても。
49 名前:WISH 投稿日:2002年01月24日(木)02時16分43秒
「あの…この前はゴメン」
「……」
「騙してたのも謝るし、あんなキツイ言い方になったのも謝る。
矢口の事を言われてつい頭にきちゃって…」
「……」
「あ、あの…後藤?」
あたしが顔を引きつらせながら後藤を見ると後藤は軽くため息をついていた。
「謝る、謝るって…そんな言葉を繰り返しても意味ないと思うよ?
むしろ気持ちが入ってないって感じで軽く聞えちゃうけど」
「……」
今度はあたしが黙り込む。

…そりゃ、そうだよね。

後藤があたしを許してくれるかも…なんていう甘い考えは捨てろって事か。

あたしは後藤を振ったし、裏切って傷つけた。
それなのに何もなかったかのように仲良くする事なんてお互いに出来ない…か。

あたしは何も望んじゃいけないんだ…。

後藤とはもう関わりを持たない方がいいのかもしれない。
50 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月24日(木)02時18分48秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<自爆する紗耶香!
51 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月24日(木)03時43分06秒
痛いっす、でも期待っす。
52 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時54分55秒
あたしは放課後に屋上へ来ていた。
教室にいると圭ちゃんに小言を言われるので
仕方なくバイトまでの時間潰しをここでしていた。

手すりに全身を預け、ぼんやり下を見下ろす。
ぞろぞろと下校していく人達や、ランニングに行く運動部の人達の姿が見える。

あれからというもの。
あたしは誰からの誘いものらなくなったし、中庭に近づく事もなかった。

圭織達に用がある時は直接教室や生徒会室に行けばいい事だったし。
だから後藤がどうしてるかなんてわからなかった。
気にしないつもりでいた。

中澤先生に命令されて後藤に近づいた時も最初は何とも思ってなかった。
後藤を騙してる事にも。
むしろ更正していく後藤を見て
自分はいい事をしているのだと勘違いしていたくらいだった。

ただ…いつからだろう。
後藤に対して後ろめたさを感じるようになったのは。
53 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時55分43秒
ずっとモヤモヤしたモノを抱いて後藤と接するのはかなり苦痛だった。
あんな形で全てを暴露する以前に
実はこういう事だったんだと伝えたいと思った事があった。
でもそれが出来なかったのは怖かったから。

後藤に嫌われるのが。

でも何もかもが遅過ぎた。
出会い方があんな状態なのだから
最初っからどうしようもなかったのかもしれないけれど。
それに今頃こんな事を考えたところで何も意味がないのもわかっていた。

キーホルダーを取り出しあたしは呟いた。
「これでいいんだよね、矢口…」

あたしは大きなため息をついて天を仰ぎ瞳を閉じた。
54 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時56分27秒
今日のバイトは喫茶店。
ここは知り合いの店で手が足りない時だけあたしは借り出されていた。

放課後から営業終了までの時間、ウェイトレスとして働く。
夕方は学校帰りの高校生がほとんどでバタバタしていた。

「くそー、学生はさっさと家に帰れよ、もー!!」
あまりの忙しさに目を回していたあたしがイライラして叫ぶと
マスターが苦笑いしていた。

そりゃ、あたしも学生だけどさ。
よく喫茶店で時間潰すけどさ。

そんな時、Gパンのポケットに入れていた携帯が振動した。
一応仕事中は音消しのバイブにしている。
一瞬で止まったのでメールかな?と思ってディスプレイを見てみると着信アリで
見た事もないナンバーが表示されていた。

誰だよ、こんなバタバタしてる時に…。
ムカツク。

「紗耶香ちゃん、これ頼むよ」
あたしがブツブツ文句を言っているとマスターからオーダーの品を渡された。
思わずため息が出る。
そして忙しい事もあってスッカリその事は忘れてしまっていた。
55 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時57分35秒
そして数時間後。
バイト先に思わぬ客が現れた。

夜もふけてようやく客足も落ち着いた頃に
突然ドアを乱暴に開けられた激しい衝撃音が響いた。
そして共に現れた彼女のあまりの剣幕に周りのお客さん達は驚く。

もちろんあたしも驚いて入り口を見てみると。
「紗耶香!!」
そう叫んで入り口で息を弾ませていたのは、なんと明日香だった。

「…な、なんで明日香が?」
あまりの事にあたしは目を点にしていた。

明日香があたしに逢いに来たのもビックリだし。
バイト先を知ってたのにもビックリだ。
しかもここはたまにしか手伝いに来てないところなのに。

「そんなのはどうでもいいの!ごっちんが危ないの!!」
明日香はものスゴイ形相であたしに訴えかけるが
あたしは相変わらず呆けたままだった。
「…ちょ、ちょっと待ってよ。まず落ち着いて…」
あたしは明日香の肩を持って諭す。
56 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時58分32秒
いつもクールな明日香がこんなに取り乱してるだなんて。
普段なら絶対に在り得ない事だ。
それほど今とんでもない事が起きてるって事なのか?

後藤の身に一体何が…。

他の客の迷惑にならないように隅の席に明日香を引き連れてきた。
マスターを横目でチラリと見ると軽く頷いてくれた。
あたしに時間をくれるらしい。
向かい合って座ると明日香は目を閉じ
胸に手をあてて大きく深呼吸をして見せる。
そして目を開いた時にはいつもの明日香に戻っていた。

「さっき、ごっちんから電話があったんだ…」
「うん…それで?」
あたしは逸る気持ちを抑えて我慢強く明日香の話すペースに合わせる。
「雑音とか酷くて何言ってるのかわからなかったんだけど…」
「なんだそれ…」

そんなのでわざわざあたしのトコに来たの?
57 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)00時59分21秒
あたしの少し落胆した表情を見て明日香が睨みを効かしてきた。
「最後まで話聞いて。ただごっちんの様子がおかしかったのは確実。
雑音とか関係なく言葉が途切れ途切れだったから」
「……途切れてた?」
「うん。私が色々話し掛けても全く返答せずに自分ばっか話そうとしてたし。
なんか悠長に話してる余裕がなかったって感じがした…」
「………それで?」
「それで…途中で電話が切れた…」
「切れた?」
「なんか途中で切られたって感じがした…」
明日香は口元に手をやりその時の事を思い返しているようだ。

雑音。
途切れた言葉。
一方的な余裕のない会話。
そして切られた電話。

これらは何を意味しているのだろう…。

何もわからないのに何故か背筋がゾクゾクした。
58 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)01時01分01秒
「それで?」
でもあたしはそれを明日香に気付かせずに
何事もなかったかのような態度で接する。
それを見て明日香は険しい顔になっていた。
「それでって…心配にならないの?」
「それっておかしくない?だって、明日香が言ったんじゃんか。
中途半端に後藤と接するなって」
「……」
明日香はキュッと唇をキツク結んだ。

きっと痛いところを突かれたのだろう。
それでもおかまいなしにあたしは続ける。

「そもそもどうやってここでバイトしてるって知ったのさ?
それにどうしてあたしのトコに来たの?」
「…ここでバイトをしてるのは圭ちゃんに聞いた。
私がここへ来たのはごっちんが望む事だと思ったから…」

圭ちゃんとは顔見知りらしいから納得したけれど。
後藤の望みってのはよくわからない。
あれだけ険悪になってるんだからそれは絶対にないと思うし。
明日香はまだ後藤があたしの事を慕っていると思い込んでるのだろうか。
59 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)01時01分39秒
「後藤があたしを頼る事はもうないと思うよ。
明日香の前だけだもん、仲良さそうにしてたのは」
「…そんな事ないと思う。だって…」
明日香がまだ何かを言おうとするのをわざと遮る。
「あたしにはもう関係ない。後藤がどうなろうと知ったこっちゃない。
あのさ、仕事の邪魔だからさっさと帰ってくんない?」
「……っ」
あたしの態度にムカついたのか、明日香は立ち上がりあたしの横へ来た。
もしかしたらぶたれるかな、と思ったけれど。
明日香はそのままジッとしている。

そろそろ本当に仕事に戻らないと。
これ以上はマスターに迷惑をかけられない。
あたしも立ち上がって明日香の横を通り過ぎようとした時、明日香の呟きが聞えた。

「やっぱり紗耶香ってそういう人間だったんだ…見損なった」
60 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)01時02分37秒
明日香はもう何も言わずに出て行ってしまった。

仕事に戻ったあたしに対してマスターは何も聞いてこなかった。
そして客足も途絶えてしまったので帰っていいよ、と笑顔で言ってくれた。
手伝いに来たのに逆に気を遣ってもらって申し訳ない気持ちで一杯になる。
とりあえず、挨拶をして店の外へ出た。

家までの道程を歩く。
かなり寒い。
夜になるとこの辺りは酔っ払いのサラリーマンだらけだ。
それを避けながらあたしはぼんやりと考え事をしていた。

明日香は見損なった、って言ってたけど。
最初っからあたしの事なんて嫌いだったくせに。
何を今更。

それにしても後藤…。
何があったんだろう。
61 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)01時03分36秒
明日香の前では気にしない振りをしたけれど。
本当は気にならないと言ったら嘘になる。
でも気にしてはいけないんだ。

大体、圭ちゃんがあたしのバイト先を明日香に教えちゃうから
こんな余計な事を考える羽目になっちゃったんだ。
ほとんど八つ当たりなのはわかってるけど文句を言わないと気がすまなかった。

圭ちゃんに電話をかける為に携帯を取り出してふと手が止まる。

そういえば、明日香が来る前のあの着信…。
なんか気になるな。

携帯を少し操作していると。
過去の履歴に同じナンバーがある事に気付いた。
62 名前:WISH 投稿日:2002年01月26日(土)01時04分14秒
この日付は…。
後藤と遊園地に行った日だ。
そして時間も…。
ということは。

さっき電話をくれたのは後藤だったんだ。

後藤はあたしに助けを求めてる?
まさか…。
それに明日香がさっき言ってた不可解な電話。
なんだか胸騒ぎがする…。

とりあえず、後藤の家へ行ってみよう。
勘違いだったとして追い返されても構わない。
気にかけたまま何もしないよりはいいだろう。
63 名前:アリガチ 投稿日:2002年01月26日(土)01時08分00秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<やっと終わりに近づきつつあるわ!

>51さん
痛いですか?(笑)
のんびりその痛み耐えて下さいませ・・・。

どうもレスに( `.∀´)を使うとエラそうになるので控えよう(^^;
64 名前:117 投稿日:2002年01月27日(日)18時09分21秒
ぜんぜんエラそうじゃないですよ!!むしろ楽しみのひとつで(笑)
終わりに近づくのはさみしいですね・・。

65 名前:とみこ 投稿日:2002年01月27日(日)21時52分32秒
>64につるっパゲしく同意。
すっっっっげぇ続き気になる!!でももう寝よう(ヲイ
66 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時18分12秒
後藤の家へ着いた。

ここへ来る途中、ちょっとした用の為に一度自分の家に戻ってきたので
余計な時間がかかってしまった。
それに走ってきたので息が切れていたけれど
少しでも時間が惜しくてそのまま玄関のチャイムを鳴らす。
数回鳴らしてみても応答してくれない。

こんな時間に誰もいないって事はないと思う。
ますます嫌な予感がした。

恐る恐るドアを開ける。
「誰かいませんかー?」
遠慮がちに声をかけてみたけれど何も反応がない。

二度ばかしこの家に来た事はあるけれど今までと違って
人を寄せ付けようとしない空気を感じた。
そしてあたしは気がついた。
階段の傍にある電話の線が抜かれている。

やっぱりおかしい…。

勝手に入るのは少し気が引けたけれどただならぬ空気の方が気になって
とりあえずお邪魔します、と言うだけ言って足を踏み入れた。

そしてリビングを覗くと信じられない光景を目にした。
67 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時20分38秒
室内は荒らされ何もかもが壊れていた。
カーテンは破られ、窓ガラスは割れて、床には色んな破片が散らばっていた。

「…後藤」
あたしの声は震えている。
後藤はあたしの姿に気がついて笑顔を向けた。

しかし今の後藤の姿は無残だった。
顔は腫れ、服も髪もボロボロな状態で床に倒れていた。
後藤の傍で大丈夫?と心配そうに声をかけていた明日香は
あたしの姿を見て少し安心した表情になってこう言った。
「やっぱり来てくれたんだ。来ると思ったよ」
「…一体、どうなってんの?」
「私が来た時にはすでにこの状態だった…」
明日香がそう言った瞬間に隣の部屋から大きな音が響いた。

何かをぶつけるような音の後に何かが割れる音。

あたし達三人とも皆黙り込む。
後藤の場合は口の中が切れて話せないという感じだったけれど。

「…警察に連絡した方がいいね」
明日香が渋い顔をしてそう言ったけれど。
あたしはそれには答えず、傍に転がっていた
後藤のモノだと思われる携帯を手にした。
68 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時22分23秒
「コレ、後藤のでしょ?」
後藤に聞くとコクリと頷く。
そしてあたしはそれを明日香に渡す。
「それ持って早く外出て」
「え?」
明日香は戸惑いの表情を浮かべる。
「で、アドレスの中から後藤のお母さんの店探して連絡を取って。
いいから早く!!」
あたしはそう言いながらずっと戸惑ったままの明日香の肩を無理矢理玄関に向ける。
明日香は戸惑いながらもわかった、と言いそのまま外へ出て行った。
その間も隣の部屋は騒がしい。

お母さんも弟もいないこの家。
そして怪我をしている後藤。
あたしには全て理解出来た。

「後藤…最近の怪我もこれが原因だったんだね」
もはや身体が動かない後藤は苦笑いを浮かべる事しか出来ないようだ。
それを見て胸が痛んだ。
「ずっと、ずっと辛い想いしてたんだね」
「へへ……やっぱ市井ちゃんに頼っちゃうな、ゴメンね…」
「…後藤」

腫れてちゃんと口も満足に開かないのに無理をして嬉しそうに
そんな事を言われたら。
あたしはもうどうしようもなかった。
69 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時23分21秒
後藤を思いっきり抱き締める。
痛い、痛いと後藤は漏らしていたけれど、それでもあたしは腕の力を緩めない。
後藤もしっかりあたしを抱き締めてきた。

そして背後でカタンと音が聞えた。
振り向くと後藤のお父さんがそこにいた。

「…君はあの時の」
あたしの顔を見てるようで焦点のあっていない瞳。
どうも酒臭いところを考えると酔っ払っているようだ。
「どうしてこんな事を…っ」
あたしは怒りを必死で抑えながら後藤を守るようにして抱きかかえる。

「全部お前のせいだろうが!」
突然、後藤のお父さんは叫びだした。
思わずビクッと肩を震わせてしまった。
でも自分の弱いところなんて見せてたまるかと気を引き締める。
「…なんであたしのせいなんですか?」
「お前が怪我してくれたせいでなー、私の面目が丸潰れなんだよ!
お陰で二度目の離婚をするハメになってしまった…」

…なるほどね。
あたしの怪我がキッカケで後藤のお母さんはコイツと別れる決心をしたのか。
ようやく本性を知ったってとこで。
やっぱ血の繋がった娘が一番大事だろうからなぁ。
70 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時24分37秒
っつーか、面目って大袈裟な。
離婚するくらいでゴチャゴチャ抜かすなよ。

「離婚届を勝手に出して慰謝料はなくていいから
この家だけくれって言うのは、どういう事だ!
こっちの意思は全く無視なのか!チクショウ!!」
後藤のお父さんはそう叫びながら近くにあった花瓶を思いっきり床に叩きつける。

なんだかあたしは徐々に冷静になってきた。
バカじゃないのか、コイツ。

「アンタの事情なんてどうでもいいけどさー。
後藤自身は何も悪くないのになんで怪我させるんだよ…」
あたしが呆れて言うと後藤のお父さんは睨みつけてきた。
「部外者のお前が小言たれるな!」
「さっきはあたしのせいだって言ったくせに今度は部外者呼ばわり?
…ばっかじゃないの」
「うるさいっ!黙れ!!」
また傍にあるものをことごとく床に落とす。

…子供か。
酔っ払いだからっていう理由だけでは済まされないくらいバカだ。
八つ当たりで後藤を傷つけてるのも激しく腹が立つ。
71 名前:WISH 投稿日:2002年02月16日(土)22時25分14秒
「それにあたしの怪我がなくても後藤のお母さんは
いつか離婚を申し出てたと思うけど?
離婚の原因は自分の性格のせいだっていい加減気付けよ」
「バカな…、私は何も間違った事などしていない」
強気に言い放つのを見て思わずため息が出る。

どっからそんな自信が湧いてくるんだろうなぁ。
思い込みが激し過ぎるんじゃないかな。

「アンタみたいな人が自分の学校の理事長だと思うと反吐が出るね」
あたしはそう言ってここへ来る前に家に取りに帰ったモノを取り出す。
後藤のお父さんはそれを見て鼻で笑った。
「また自分を刺すつもりか?」
「あー、あれ、バレてたのかー。でも今回は違うさ。
今度は…本当にアンタを殺るんだよ」
あたしはニヤリと笑ってナイフの先を後藤のお父さんに向けた。
「ふん…やれるもんならやってみろ」
どうも本気だと思っていないらしい。
後藤のお父さんは余裕を見せている。
「言っとくけど本気だからね。
あたしはアンタを殺して自分が少年院に入る事になっても構わない」
「……」
真剣な表情で距離を縮めるとようやく状況が把握出来て来たらしい。
表情が少し変わった。

「刺されたくなかったら大人しくこの家から出て行け」
72 名前:アリガチ 投稿日:2002年02月16日(土)22時31分19秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<飼育、復活おめでとー!

>117さん
楽しんで頂ければこちらとしては嬉しいですけども・・・あはは。
ラストについてはある意味、期待に答えたいと思ってます(笑)
これからのカラクリに気付いて下さいね。

>とみこさん
( `.∀´)<つるっぱげ、って私のオデコが広いとでも言いたいわけ!?
期待通りのラストになればいいんですけども。
もうちっとで終わりますのでお楽しみに・・・という事で。
73 名前:WISH 投稿日:2002年02月18日(月)00時44分58秒
「本気のようだな…わかった。私もこれ以上世間的にまずい事は出来ないからな」
そう言って後藤のお父さんは軽く息を吐いた。

あたしは内心ホッと胸を撫で下ろした。
きっと向こうが本気になったら力では敵わない事なんてわかりきっているから。
冷静になれば向こうもわかるだろうに酒が入ってるから
そんな事もわからないのだろう。

しかし後藤のお父さんが弱みを見せたのは一瞬だった。

気がついた時にはあたしは床に転がっていた。
手にしていたナイフも少し離れたところに飛ばされている。

「……くっ」

思いっきり横っ面張り飛ばされて目の前がクラクラする。

罠だったのか…。

「あまり調子にのるなよ?」
「……っ」
片手で頭を抑えながら軽く振ってようやく視界を取り戻すと
後藤のお父さんは口の端を上げてニヤリと笑っていた。
「こんな危ないモノを平気で持ち歩くなんて…ったく、最近の子供は…」
そう言いながらナイフを拾い上げる。
74 名前:WISH 投稿日:2002年02月18日(月)00時46分00秒
すっかり形勢が逆転してしまった。

チクショウ、油断した…。
悔しくてあたしは俯いて思いっきり唇を噛む。

…どうしたらいい?
焦りの感情が大きくなるだけで何もいい案が浮かばない。

あたしが俯いたまま思いっきり歯を食いしばって
顔をしかめていると突然部屋中に大きな音が響いた。
驚いて顔を上げるとさっきまでずっと身動き取れない状態だった後藤が
タックルを喰らわしたらしく二人が倒れこんでいた。

まさか後藤が動ける状態だったなんて思っていなかったあたしは
予期せぬ事に目を見開いて呆然としたままだった。
後藤は倒れたままナイフを握っていた後藤のお父さんの手を無理矢理引っ張る。

「このクソガキ!」
そう言いながら後藤のお父さんは体制を整えようとするが
立ち上がる事だけで精一杯らしい。
後藤も必死でくらいつく。

そして…。

「後藤っ!?」
75 名前:WISH 投稿日:2002年02月18日(月)00時47分03秒
前にここで起きた光景をもう一度見てる錯角に陥った。
あの時はあたしが自分でナイフを動かしたけれど。
今回は後藤が同じ事をしていた。

…後藤は自分で自分の腹を刺していた。

「…お、お前……何を!?」
後藤のお父さんは顔色を変えて震えながらナイフを持っていた手を離す。
あたしが刺した時より動揺が激しい。
やはり血は繋がっていなくても一応は親子だったからだろうか。
ずっと視線を自分のお腹にやっていた後藤は
目を見開いて固まっている後藤のお父さんを見てニヤリと笑い、
またナイフを動かした。

二人の動きが止まる。

「…おっ、お前…そ、それが狙い…だったのか」
もの凄い形相で唸り、傷が深いのか後藤のお父さんは
そのまま後方に激しい音を立てて頭から倒れた。
そしてピクリとも動かなくなった。
リビングが静まり返る中、ナイフが刺さった胸の辺りから
大量の血が床に広がっていく。

あたしは終始固まったままでそれを見ていたが
後藤がフラフラになりながらもこちらへ向いて
笑顔を浮かべたのを見てやっと我に返った。
76 名前:WISH 投稿日:2002年02月18日(月)00時47分47秒
「……ご、後藤…何……やってんだよ」
あたしはこれだけの言葉を口にするので精一杯だ。
それなのに後藤はずっと笑みを浮かべたままでいる。
「市井ちゃんは大丈夫?」
「あたしは…大丈夫だけど……後藤が」
「あは…これで人殺しになっちゃうかな」
「……」

うろたえているあたしとは対象的に意外にも後藤の口調はしっかりしていた。
もしかしたら自分には加減をしたのかもしれない。

「でも市井ちゃんが人殺しにならなくてよかった、こんなヤツの為に」
「……」
「そして…後藤なんかの為に」
「………バカ」
あたしが搾り出すように呟いた言葉を聞いて後藤は目を細めて優しく微笑んだ。

そして大きな音がした。
77 名前:アリガチ 投稿日:2002年02月18日(月)00時49分13秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<カラクリ、カラクリー。
78 名前:とみこ 投稿日:2002年02月23日(土)18時26分54秒
眉毛はちのじにしてビビりながら読みました。
更新ファイッ!
79 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)22時57分02秒
手術中のランプはずっと点灯している。
あれからどれくらいの時間が経ったかなんてわからないし、
知ろうとも思わなかった。
ただ後藤が出てくるのを廊下のソファーに腰掛けて祈るように
頭を抱えて今か今かと待っているだけ。

あたしはいつも持ち歩いていたキーホルダーを握り締める。

矢口…。
後藤まで連れて行かないで…。
頼むから。
今後藤まで失ったら…。

ギュッとキーホルダーを持つ手に更に力を入れて、あたしは瞳を閉じる。

しばらくして明日香が姿を見せた。

それでもあたしは体勢を変えず、そのままのでいたのだけど。
明日香も気にしていないようでそのままあたしの横に座った。

「ごっちんのお母さんと弟は向こうに行ってる。
ごっちんには紗耶香と私がついておきます、って言っておいたから」
「…そう、向こうも…まだなの?」
「……そうみたい」
80 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)22時57分55秒
向こうというのは後藤のお父さんの事。
二人一緒に救急車で運ばれてきたのだ。
出血の量は後藤の方が少なかったけれど。
倒れてから二人共ずっと意識を戻す事はなかった。

あたし達はお互い無言になる。
病院内は夜中という事もあって余計に静まり返っている。
しばらくして、やっと口を開いたのは明日香の方だった。

「あのさ…ごっちんはずっと悩んでたよ」
「……」
「日に日に傷が増えて…私も心配で相談にのろうとしたんだけど
笑ってるだけで何も言ってくれなかった」
「……」
「なんとなく怪我してる理由はわかってたけど、私にはどうする事も出来なかった。
だってごっちんは何も言ってくれないから…。
悔しいけど私じゃダメだって思った。
だから仕方なく紗耶香に相談したら?って言ってみたんだけど、
ごっちんは紗耶香を困らすのは嫌だからって…言ってた」
「……」
「まさかこんな事になってるなんてさ…」
明日香はそう言うなり眉間にしわを寄せて目を閉じた。
81 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)22時58分32秒
そうか…。
遊園地の後に一日だけ笑顔を見せてくれたのも
明日香が傍にいるから気を遣ったというわけではなく
あれが後藤の素直な気持ちだったんだ。

明日香にはそれがわかっていたから、あたしに助けを求めて来たんだ。

そして。
その後に突然態度が変わったのはあのお父さんの事をあたしに悟らせない為。
きっと暴行が激しくなった頃だったんだろう。
あたしに迷惑をかけちゃいけないと思って。

バカだよ…後藤。
バカだよ…あたしなんかの為に。

あたしはあんなに酷い事をしたのに。
あんなに傷つけたのに。

それでも後藤はずっとあたしを必要としてくれて
そしてあたしの事を気遣ってくれていたんだ。
82 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)22時59分23秒
ボロボロと涙が零れる。
ゴシゴシと乱暴に涙を拭っても一向に止まりそうもない。
きっと涙腺がぶっ壊れたに違いない。

矢口を失ってから半年。
あたしは泣いた事なんてなかった。
涙なんて枯れ果てたものだと思っていた。

どんなに辛くても哀しくても今までのあたしはずっと泣けなかったのに。

後藤が全て変えてしまったんだ。
83 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)23時00分22秒
しばらくすると手術中のランプが消えた。
そして扉が開いた。

あたしと明日香はそれを見て勢いよく立ち上がる。

ドアからどこかへと移動させられる後藤。

大丈夫だったのかな…。
まさかこのまま霊安室へ直行って…そんな事ないよね。

結果を知るのが怖くてあたしは顔を強張らせ、
無言で後藤が移動されていくのを見送る事しか出来なかった。
近寄る事が出来なかった。

ちょうど手術室の中から出て来た担当医に明日香が駆け寄り
手術の結果を聞くと無事手術は成功したらしい。

それを聞いてホッと胸を撫で下ろす明日香の横で
あたしは全身の力が抜けてその場に座り込んでしまう。

よかった…。
その一言しか思い浮かばない。

明日香は放心状態のあたしを見て軽く微笑んでいた。
84 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)23時01分57秒
後藤の運ばれた病室をチェックしてから明日香と一緒に
後藤のお母さんと弟に手術の結果を報告しに行った。
すると、二人もよかった…と心から安堵しているようだった。

後藤のお父さんはというと。
まだ手術中らしく、手術室のランプは点灯したままだった。

さすがにあたし達がそこで手術が終わるのを待つわけにはいかず
あたしと明日香は待合室で少し休憩をする事にした。

二人が運ばれてからずっと手術室の前から一歩も動けない状態でいたのだ。
今頃疲れがドッと出て来た。

「紗耶香はごっちんの事好きなんでしょ?」
「…え?」
自動販売機でジュースを買う為にコインを投入しようとしたあたしの手が止まる。

明日香からそんな話をされるとは思ってもみなかった。
だから動きが止まってしまったのだ。

「や、返事はいいや」
動きが止まってしまっているあたしを見て明日香は少し微笑んで
自分も椅子から腰をあげた。
そしてあたしの隣に立ち、自分もジュースを買う為にサイフを取り出しながら口を開く。
「私さ、紗耶香に嫉妬してたんだよね」
「…へ?」
85 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)23時02分43秒
嫉妬ってなんでだ?
まさか明日香は後藤の事が好きだったとか?
ただの友達って感じに見えたんだけど。

「いや、嫉妬っていうのは少し違うかな…。
矢口の事がなかったら今までみたいな冷たい態度は取ってないし」
明日香は鼻をポリポリとかきながら苦笑いしている。
そしてあたしよりも先に自動販売機にコインを投入して
さっさとアイスティーのボタンを押していた。

「矢口の事…そうか、そうだよね。
矢口があたしと出逢わなければあんな事にはなってないかもしれないし。
そう考えたら矢口の幼馴染である明日香があたしを憎まずにいられないのもわかるよ…」
あたしも苦笑いするしかない。

だって、これは事実だから。

「うぅん。ただ憎んでたっていうか…思い込みってヤツかな。
私と矢口はずっと小さい頃から一緒にいた。
なんでも相談し合える唯一信頼出来る親友だったし、私の大事なお姉ちゃんだった。
そんな矢口を私から奪った紗耶香がちょっと憎かった。
あ、ってことは…やっぱり憎んでたのか」
そう言って明日香は頭をかきながら軽く笑う。
あたしはあまり笑えないんだけど。
86 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)23時03分29秒
自動販売機に背をもたれさせ、明日香は先程買った缶のプルタブを引く。
そして勢いよくゴクゴクとアイスティーを飲んで大きく息をつき、俯いた。
あたしはまだ何も買っていない状態でただ明日香を見ていた。

「でも付き合ってる当時、嬉しそうに紗耶香の事を話す矢口を見てたら
矢口が幸せならいいかって思えるようになったんだ。
だけど矢口はあんな事になって…」
「……」
「実は入学して来た時から遠巻きながら紗耶香を見てたんだよね。
矢口が死んでからずっと紗耶香はチャラチャラしてて
矢口の事なんてなかった事にしようとしてるのかと思ってた。
だからごっちんも遊ばれるのかと思ってたんだ」
「……」

本当に何も言えない。
ある意味本当の事だし、違ってる所もある。

明日香はあたしが何も言わない事を気にもせず
手にしているアイスティーを飲んで一息ついている。
87 名前:WISH 投稿日:2002年02月25日(月)23時04分15秒
「…でも、違うんだね。私は紗耶香のことを少し誤解してた。
今回それに気付いたよ。
ずっと苦しんでたんだね。
もっと薄情な奴だって勘違いしてた」
「……」
「だからもう何も言わない。ごっちんの事をちゃんと見てやってね」
笑顔でそう言う明日香の顔をあたしはギクシャクしながら見る。
明日香はあたしの顔を見て優しく微笑み、
もう一度自動販売機で今度はウーロン茶を買った。
そして出て来た缶をそのままあたしに渡す。
どういう事なのか一瞬わからなくて思わず戸惑ってしまう。

「私の奢り」
「…あ、ありがと」
おどおどしながらあたしはウーロン茶を受け取る。
明日香は自分のアイスティーの残りを飲み干し、
そして近くにあったゴミ箱に投げ捨てた。

カラン、と静かな病院内に大きな音が響く。
あまりの音の大きさに明日香は一瞬しまった、と顔をしかめた。

「…帰るの?」
「うん。ごっちんが目を覚ましたらよろしく言っといて」
明日香はそう言って手をヒラヒラさせながら帰っていった。
88 名前:アリガチ 投稿日:2002年02月25日(月)23時05分54秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<あと、もう少し!

>とみこさん

( `.∀´)<安心してもらえたかしら?
89 名前:とみこ 投稿日:2002年03月01日(金)17時04分57秒
安心したわ・・・フゥ。
あたいの小説はなかなか更新してないわ。
っていうか雪板って夏になったらどうなるのかしら。
とかいいつつごっちんに人工呼吸した今日この頃。
90 名前:とみこ 投稿日:2002年03月01日(金)17時05分34秒
ageちゃって・・・ほんとゴメンナサイ。
申し訳。
91 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時13分27秒
翌日。

あたしは後藤の病室の前で立ち尽くしていた。
なんだか入りにくい。
目を覚ましてるかどうか、まだわからないし。
それにどういう顔をして会ったらいいのか悩んでいた。

あたしが後藤を変え、後藤があたしを変えた。

あたし達は似た者同士。

前にも思った事があるけれど、あの時は漠然としたものだった。
でも今は確信している。

だからこそ、後藤に全てを語ろう。
少しでも自らの力で前へ進む為に。

あたしは自分の中にある全ての迷いを振り切り、ドアを軽くノックした。

「…は〜い。誰〜?」
眠そうな声が中から聞えた。
どうやら起きてるのは確かみたいだ。
92 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時14分15秒
「あたし、市井だけど…入るよ」
そう言いながらドアを開けるとあたしの声を聞いて
上半身だけ起き上がった後藤の姿が見えた。

「ちゃんと寝てないとダメだよ」
「ん〜…」
あたしが寝かせようとするとそれに素直に従い、後藤は再びベットに身を沈めた。
それを見届けてあたしは傍に置いてあった椅子をベットの近くに寄せてそれに座る。

「身体…大丈夫?」
あたしが俯き加減で鼻の頭をぽりぽりとかきながら
チラリと後藤の顔を見ると後藤はヘラっと笑って見せた。
「全然大丈夫。後藤はきっと頑丈なんだよ」
「きっと、って何だよ」
「ま、いいじゃん」
「…相変わらず後藤はバカだね」
あたしもつられて笑ってしまう。
でもすぐに真顔に戻る。
あたしの顔を見て後藤は怪訝そうな顔をして首を傾げていた。
93 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時15分06秒
「どうしたの?市井ちゃん…」
「後藤のお父さん…意識が戻らないんだってね」
あたしがそう言うと後藤は何でもないような表情に戻った。
「さっき、お母さんから聞いた。
命に別状はないけどこのまま植物人間になるかもしんないって」
「昨日、あれから警察が来たけど後藤のとこにも直接来た?」
「…うん」
後藤は首をポリポリかきながら少し答え難そうにしていた。
「あたしはとりあえずたまたま後藤の家に言ったら
二人が倒れてたって答えたんだけど…」
「…そっか。ありがと」
後藤は薄く笑う。

それは少し事実とは違うけれど。
正直に答えるつもりなんてなかった。
後藤が不利になるような事だけは言わないつもりだったから。

「…後藤は何て言ったの?」
「離婚に反対していた父が後藤も巻き込んで自殺しようとした…。
後藤はそれを嫌がって抵抗したらこんな状態になっちゃった、って事にした」
「……そう」
あたしはそう答えて俯く事しか出来ない。
94 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時15分40秒
これでよかったのかな。
正直よくわからない。
本当の事を警察に言っても問題はないような気がしたのだけど。
後藤のお父さんの意識が戻ってしまったら全てバレるんだろうし。

「お父さんの意識が戻ったらどうすんの?」
「そん時はそん時。それにしらばっくれてたら問題ないよ」
後藤は何も考えてないのか、能天気な顔をしていた。

ま、いいか…。
あたしも一緒に罪を被ってやるさ。
誰も死ななかっただけでも運が良かったんだから。

あたしは軽くため息をついて窓の外を眺めた。

雲ひとつない空。
まるで迷いがなくなったあたしの心のようだ。
そうだ。
あたしは今日後藤に全ての事を伝える為にここに来たんだった。
95 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時16分22秒
しかしあたしが口を開く前に先に後藤が話しかけてきた。
「市井ちゃん…ゴメンね。迷惑ばっかかけて」
あたしはその言葉に驚いて思わず後藤の顔を見た。
後藤は少し悲しそうな顔をしていた。
「なんで…別に何も迷惑なんてかかってないよ」
「だって……」
そう言いながら後藤は寝てる状態のまま、あたしの顔に手を伸ばしてきた。

左頬を優しく撫でる。
少しくすぐったいけれど
あたしはされるがままになっていた。

そこには絆創膏が貼ってある。
後藤のお父さんに張り飛ばされた時に、どうやら傷つけられたらしい。
ちなみにまだ腫れてるんだけど。

「…痛かったでしょ?」
後藤がすまなさそうな表情をしているのを見て、
あたしはこれ以上心配かけないように笑顔で返した。
「これくらい大丈夫だよ。後藤の方があたしより何倍も痛い目にあってんだし」
「そりゃ、後藤は自分でやったんだから…でも市井ちゃんは違うでしょ…」
泣きそうになっている後藤を見て、あたしの胸はしくしく痛んだ。
自然にあたしの頬に触れていた後藤の手にそのまま自分の手を重ねる。
それに対して後藤はピクッと反応した。
96 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時17分16秒
「…あたしは後藤には感謝してるよ」
「……感謝?」
「あたしは後藤を裏切ってたっていうのにこうして逢ってくれてるから…」
あたしが真剣な顔をしてそう言うと後藤はキョトンとして、
すぐにヘラっと笑った。

「市井ちゃんさ、何度も何度も後藤に裏切ったって言うけど
後藤は別にそんな風に思ってないよ?」
「……え?」
「最初の出会いの理由がどうあれ、後藤は市井ちゃんに救ってもらったわけだし。
その事実だけで充分だから。
後藤にとってはそれだけが大事でそれだけが大切だから」
「…後藤」
笑顔を浮かべている後藤を見てあたしは思わずポロポロと涙を流す。

格好悪いと自分でも思う。
だけど涙は止まらない。

「市井ちゃん…泣かないでよ」
クシャっと笑って寝てる状態のままで後藤はあたしの首に腕を回し、
そのまま自分へと引き寄せる。
あたしはそのままベットに身を預けた。
後藤は優しく頭を撫でてくれる。
97 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時17分55秒
今の後藤なら全て受け止めてくれるだろうか。
今からあたしが話す事を。

迷いは何もかもなくなったはずなのに相変わらず度胸のない自分。
どこまでも弱い。
それは昔から何も変わっていない。

でも。
今日からちゃんと前へ進むと決めたから。

あたしは瞳を閉じ、その代わりに口を開いた。
「あたしと矢口が付き合ってたのは後藤も知ってると思うけど…」
「…え?あぁ…うん」
突然矢口の話題を振られるとは思っていなかったのだろう。
後藤は少し戸惑っていた。
「…矢口が死んだのはあたしのせいなんだ」
「……え?」
後藤の身体が一瞬固まる。
あたしは閉じていた瞼にギュッと力を入れた。

「矢口が事故に遭ったのはあたしと一緒に遊びに行った時だった…。
前に後藤と一緒に行った遊園地の帰りに一台の車がこっちに突っ込んできたんだ…」
「……」
あたしも後藤も身動き一つしない。
室内が静まり返ってるなか、ただあたしの口が動くだけ。
98 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時19分00秒
「本当なら歩道側にいたあたしが轢かれるはずだった…。
でも…あたしより先に車に気がついた矢口が
あたしの身体を逆にあった土手に突き飛ばして…そして矢口だけが轢かれた…。
あたしを庇って矢口は死んだんだ……」

激しい眩暈がする。
ゴクリと生唾を飲んでも何も変わらない。
むしろ喉がいつの間にかカラカラになっていた。
眩暈のせいで気分が悪い。

あたしが先に車に気付けば矢口はあんな事にはならなかった。
あの日、遊園地になんか行かなければよかった。

何度そんな事を思って来たか。
でも何も変わらない。
矢口が死んだという事実は変えられない。
変える事なんて出来ない。
それに矢口が死ぬ間際にした約束もあって後を追う事も許されなかった。


「……市井ちゃん」
「………」
「…泣かないで」
「……っ」

ずっと布団に伏せていた顔を上げると後藤も何故か泣いていた。
ポロポロと粒のような涙がとめどなく零れて枕に吸い込まれていく。
99 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時21分54秒
「…どうして後藤が泣くの?」
「……わかんない。勝手に涙が出て来たの」
「……」

また後藤があたしを抱き締めてくる。
それはとても強い力で少し息苦しくもなったけれど
何故だか心地よくも感じた。

「市井ちゃんはずっと矢口さんが死んだのは自分のせいだって苦しんでたんだね…。
一緒にいなければ良かったって思ってたんでしょ?」
「……」
「でも後藤は矢口さんの気持ちがなんとなくわかる気がする…。
後藤も同じ状況だったら同じ事してると思うから…。
例え自分が死んじゃったとしても市井ちゃんを守りたかったんだよ。
好きな人の命を守れて正直後藤は矢口さんが羨ましい…」

…そうだね。
あたしも矢口を庇って自分が死んだ方が良かった。
二度と逢えなくなるくらいなら。

抱き締められてた腕から離れて後藤の顔を見下ろす。
その顔は弱々しく見え、でもどこか目に強い意志を感じさせる。
100 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時22分31秒
「市井ちゃんが矢口さんの事を忘れられる日なんて永遠に来ないのはわかってる。
後藤はそれでも構わない。
市井ちゃんにはいつも心から笑顔でいて欲しいから。
その為なら矢口さんの代わりにはなれないだろうけど後藤は後藤なりになんだってするよ。
市井ちゃんが望んでくれさえすればどんな事をしてでもずっと傍にいる。
殺されそうになっても死なない自信があるから」
そう言って後藤は自信満々の笑みを浮かべた。

後藤はどうしてそこまで言ってくれるんだろう。
どうしてそんなに強いんだろう。
あたしなんかより全然強い。
いつの間にか後藤はこんなにも成長してたんだね。

ただ一つだけ後藤が言った言葉で訂正したい箇所がある。
「……でも…後藤は矢口の代わりなんかじゃないよ」
涙で視界が歪んで後藤の顔がハッキリ見えない。
だけど少し表情が曇ったのはわかった。
そして苦笑いを浮かべてこう言った。

「やっぱ後藤じゃ…ダメかぁ」
「……」

お互いに身体を起こして見つめ合う。
でもそれは一瞬。
再び身体は磁石のように引き寄せられる。
101 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時23分13秒
「…い、市井ちゃん?」
後藤は何が起きたのかわからないようだ。
「違うよ…後藤は後藤。矢口は矢口。
あたしにとって二人ともどっちかの代わりにはならないんだ。
矢口は確かにずっとあたしの心の中にいる。きっと死ぬまでずっと…。
でも後藤は後藤でちゃんといるよ…」
「…え……それって…」
「どっちもあたしにとっては大切な人なんだ。
そんなの卑怯だって思うかもしれないけど…」
そう言ってあたしは少し身体を離して後藤の表情を伺う。
まだ視界が涙で歪んでたけれど笑顔になっているのがわかる。
だから次の言葉が笑顔だったのもわかった。

「……嬉しい。後藤はそれだけで充分だよ」
その言葉を聞いて胸がギュッと苦しくなる。

本当ならもっと後藤に伝えるべき言葉あるはずなのかもしれない。
でもあたしの口から出た言葉はこれだけだった。

「ありがと…あたしは後藤が好きだよ」
後藤は本当に嬉しそうな顔になってあたしを見つめていた。
あたしも自然と泣き笑いの表情になってしまう。

そして再びどちらからともなく抱き締め合った。
お互いに抱き締める腕にギュッと力を入れて。
102 名前:WISH 投稿日:2002年03月02日(土)00時24分22秒
矢口と後藤を天秤にかける事は出来ない。
別物だから比べる事が出来ない。
でも本当にどちらも大切なんだ。
後藤も矢口のように失いたくない。

正直、自分でも卑怯だと思う。
でもそれを後藤は許してくれた。
それだけであたしは幸運なんだと思う。
後藤と逢う事が出来て…。

この半年間あたしが抱えてた罰。

ずっとそれを許してくれる人を探してた。
矢口がいなくなってずっとずっと出口のない迷路の中で彷徨っていた。
そして…。

あたしはようやく光を見つける事が出来たんだろう。
103 名前:アリガチ 投稿日:2002年03月02日(土)00時27分52秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<多分、あと二回でラスト!

>とみこさん
( `.∀´)<わけわかんねーわ!

ageは気にしないで下さい。
っていうか、ラスト近くなったし
これからは普通に上げていきます。
意味なくsageでやってたので(爆)
104 名前:とみこ 投稿日:2002年03月02日(土)12時37分44秒
ぃーヵんヂね。え、もうあと2回!?がんがれ〜
105 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時01分46秒
翌日、あたしは生徒指導室にいた。
もちろん中澤先生に逢う為だ。

「…珍しいな、呼んでもないのに市井の方から出向いてくるなんて。
でも市井からここに来る時は面白い話した試しがないからなぁ…」
中澤先生はあたしが室内に入っても眼鏡をかけてノートパソコンを触りながら
あたしの顔なんて見ずにいた。
テストの答案作りでもしているのかもしれない。

「全て自分の思い通りになって面白かった?」
あたしがそう言うと中澤先生のキーボードを打つ手が止まった。
でも視線はそのまま。

「…言ってる意味がわからんな?何言うてんの?」
「惚けても無駄ですよ。
中澤先生がわざと後藤とあたしを近づけたのに意味がなかったとは言わせない」
「……」
中澤先生は軽くため息をつき、眼鏡を外して代わりに横に置いてあった
すでに湯気の出ていない冷めたコーヒーカップに手を伸ばす。
あたしは身動きせずにずっとその様子を見ていた。
106 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時02分21秒
「どうして後藤だったんですか?」
「…市井を救えるのは後藤しかおらんと思ったからな。
アンタ等は似たモン同士やし」
「……」
思わず黙り込んでしまった。
中澤先生にも似たもの同士と思われてた事に少し驚いた。

あたしの事情を知ってるのは当たり前の事だ。
でも後藤の抱えてる悩みまで知っていたなんて。
この人は最初っから後藤のお父さんがどういう人なのかわかっていたんだ。
それに少し驚いた。
相手が理事長なだけに何も出来なかったというわけか。

全部中澤先生に仕組まれてた事。

あたしと後藤が出会うとどうなるか中澤先生にはわかっていたのだ。
後藤が改心する事。
あたしの心の闇が晴れる事。
全て中澤先生にはわかっていた。

全て仕組まれてた事という事実を知っても何故か腹が立たない。
だってそうじゃなかったら今のあたしはいないから。
きっと後藤の事をただの理事長の娘という認識のままだけで、
あたしはこの学校を卒業していただろう。
だからむしろヤラレタという感想しか思い浮かばない。
107 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時03分11秒
ただ一つだけ気になる事がある。
どうしてそこまであたしの為に考えてくれたんだろう。

「中澤先生はあたしを憎んでないんですか?」
「はぁ?なんで私が市井を憎まなアカンの?」
「だってあたしは中澤先生から矢口を奪ったから…」
あたしの言葉を聞いて中澤先生は片眉を上げた。

ずっと弱みを握られてると思ってた。
矢口はあたしと出逢わなければ死ぬ事はなかった。
中澤先生にとって義理であっても妹である矢口が死ぬ原因をあたしは作ったのだ。
憎まれてて当然のはず。
だから負い目を感じて中澤先生の事を嫌っていてもあたしは素直に従ってきた。
従わなければいけないと思ってきた。

「やっぱアホやな、市井は。私はな、こうなって幸せやで?」
口元に笑みを浮かべて中澤先生はあたしの方を見た。
「…どうして中澤先生が幸せになるわけ?」

言っている意味がわからない。
それに幸せという言葉を出した事にも驚いた。
108 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時04分07秒
「大体な、なんで矢口が死んだのが市井せいやねん?
市井はずっと自分のせいやと思ってたみたいやけどな。
あれは事故や。誰にもどうしようもなかった。
それやのに私が市井を憎むなんて、そんなわけあるかいな」
「……」
「それに幸せって言うたのはな、これが矢口の望みやと思うからや。
きっと今頃あの子は天国で喜んでるはずやで。
そう思ったら私は充分幸せや…」
「……」
「………おいおい、泣くなや」
少し困ったような顔で中澤先生はそう言ってきたけれど。
あたしの目からどんどん涙が溢れ出す。

矢口…。
本当に喜んでくれてるかなぁ。
あたしの事許してくれてるかなぁ。

この半年ずっと自暴自棄になってた。
自分が恵まれてる事にも気付かず。
あたしの周りにはこんなにも優しい人ばかりいるのに。
109 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時05分33秒
それに父の事でずっと中澤先生を憎んでいたのも、自分がどんなに子供だったのだろうと思う。
同じような状況になってもこの人はあたしの事をこんなにも考えてくれてた。
それなのにあたしは当り散らしてばかりで。
本当に自分がまだまだ子供なんだと思い知らされた。

「有難うございました…」
あたしは胸がいっぱいでそれだけの言葉しか言えない。
涙を拭いても拭いても視界はぼやける。

そのぼやけたあたしの視界の中に笑顔の中澤先生がいた。
110 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時06分16秒
「何それ!?」
あたしの叫び声が中庭にこだまする。
それに対してあやっぺは明らかにムッとしていた。
「何それって失礼ね。私の作った服に文句言う気?」

圭織をモデルに服を作りたいと言っていたあやっぺが
その服が完成したという事で学校へ訪れていた。
別にそれはいいんだけど。
どんな風に出来上がったのか見たいと言い出したりんねの為に
圭織が試着して見せてくれたのはいいけれど。
何とも表現しにくい服が出来上がってきたのは確かだ。
個性的といえば個性的。
明らかに街中でこんな格好する人はいないだろうし
普通のファッションショーとかでもなかなか拝見する事がないと思われる
とんでもない作品だった。

しかし普通の感性を持たない圭織とりんねにとっては満足のいくものだったらしく
あやっぺと一緒にただ一人だけひいているあたしに文句を言っていた。

ちょっとまて。
あたしがおかしいのか。
いや、それは絶対に違うと思うぞ…。
111 名前:WISH 投稿日:2002年03月05日(火)22時06分58秒
「後藤の退院って明日だっけ?」
散々文句を言って落ち着きを取り戻した圭織が呟く。
「うん、明日。迎えに行こうと思ってるんだ」
「後藤さんもインフルエンザだっけ?もしかして紗耶香のが移ったんじゃないの?」
ニヤニヤしているりんねをあたしは軽くドツいた。

後藤も怪我した表向きな理由をあたしの時と一緒にするなよ。
全くもう。

からかわれているあたしを見てあやっぺは安心した表情で見ていた。
その視線に気付いてあたしはあやっぺに問い掛ける。

「何?」
「いや、やっと紗耶香らしくなってきたなーと思って」
「何それ?意味わかんない」
本当は何となくわかってたけれどわざとはぐらかす。
「ま、後藤って子と仲良くやりなって事ね」
「……」
あたしは思わず顔を赤らめてしまう。
それを見てあやっぺと圭織、りんねもそれぞれの顔を見合わせてニコっと笑顔になった。

「「「紗耶香、かっわいー」」」

「うるさいなー!!」
ますます顔を真っ赤にして叫ぶあたしの声がまた中庭にこだました。
112 名前:アリガチ 投稿日:2002年03月05日(火)22時09分27秒
++ちょこっと休憩++
( `.∀´)<やっと和解!

>とみこさん
( `.∀´)<次でラストよー!
113 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時19分02秒
「市井ちゃん、遅い〜!」
「遅いって…時間ぴったりじゃんか」
あたしが腕時計を見てブツブツ言うとあは、と後藤は笑った。

今日は後藤の退院日。
あたしは病院へ後藤を迎えに来ていた。

「お母さん達は?」
あたしがキョロキョロしながら聞くと後藤は自分の荷物を抱えながら首を振った。
「まだ…あの人は病院にいるから、ね」
「……そっか」

後藤のお父さんはまだ意識が戻らないそうだ。
やはりこのまま植物人間となってしまう可能性が高いとか。
本当にそうなったら学校はどうなるんだろうか。
理事長なんだし。
今後どうなるのかよくわからないけれど。
今のところは以前と何も変わらない状態だった。
114 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時19分47秒
「そのお花は?」
あたしがずっと持っていた花束にツッコミを入れる。
「後藤にあげる花じゃないよ」
「え〜?後藤の退院祝いじゃないの?」
「そんなもんないよ」
「え〜!!」
後藤はずっと文句を言っていたがあたしとしては文句を言われようが
本当に後藤へあげる花じゃないので仕方がない。

そういや後藤にも何か買ってくればよかったな。
ま、後で何か買ってあげるか。
115 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時20分17秒
少し分が悪いのであたしは話題をわざと変えた。
「身体はもう大丈夫?」
「うん、全然ピンピンしてる」
「そっか…じゃ、今日これから時間あるかな?」
「どっか行くの?」
後藤は首を傾げている。
あたしがどこに行こうとしてるのか全く想像もつかないのだろう。

「行ってからのお楽しみ」
「…ふ〜ん、別にいいけど。とりあえず荷物持ってよ、ちょっと多いんだよね」
「あ、気がつかなくてゴメン。半分持つよ」
あたしはそう言いながら大きい方のカバンを手に取る。
それを見て後藤はありがと、と笑顔で返した。

あたしは後藤の開いている手を取り、病院を後にした。
116 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時20分59秒
「…市井ちゃん、ここは?」

後藤は辺りをキョロキョロと見回していた。
あたしもそれに負けず劣らずキョロキョロと
首を振りながら周りを確認しながら歩く。
中澤先生からもらった地図を頼りにここまで来たけれど、
どうやら迷いはしなかったらしい。

辺りには緑が多く、今日は天気も良かったので空気が澄んでいるように思えた。
そして何より見渡しがいい。
高い建物がないからかもしれない。

「矢口がいる所だよ」
あたしがそう言うと後藤はもう気がついていたのかやっぱり、と
いう感じで軽く頷いた。

「…ここだね」
あたしより先に見つけた後藤が矢口のお墓の前で止まる。
「そう、だね」

実はここに来るのは初めてだった。
今まであたしは一度も足を運んだ事がなかったのだ。
初めて見る矢口の墓はとてもキレイで、
きっと中澤先生とかがマメに来ているのだろう、と思った。
117 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時21分35秒
そしてこうして見るとやっぱり矢口はこの世にいないのだと実感する。
それが嫌で今まではここに来る事を避けていた。
認めるのが怖くて近づけなかったのだ。

でも今なら大丈夫だと思った。
後藤が一緒にいてくれるなら。

お水をかけてお花を添える。
後藤も色々手伝ってくれた。

そして線香を取り出して手が止まる。
そういえばライター持ってくるの忘れてた。
…バカだ。
あたしがどうしようかと考えていると横からマッチを差し出された。

「…なんでこんなもん持ってんの?」
「だって火が必要なんでしょ?」
「…そうじゃなくて」
「昔の名残だよ」
「昔の名残って…なんだ?」
あたしが疑わしい目で後藤を睨むと、
あは、と後藤は笑って誤魔化した。

まさか煙草吸ってるんじゃないだろうな。
しかも退院したばっかなのにまさか病院でも…。
118 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時22分22秒
あたしが眉間にしわを寄せていると後藤は慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!後藤は煙草とか吸ってないからね!
このマッチはそこのお墓のとこに落ちてたんだよ」
「…最初っからそうやって正直に言えよ」
「……あはは」
後藤は申し訳なさそうに頭をかく。
それを見てあたしはため息をついた。

そして二人仲良く墓の前で手を合わして目を瞑った。

…矢口。
あたしはやっと立ち直れたけど。
本当にこれで矢口は良かったって思ってくれる?
後藤と一緒にいても怒らない?
あたしが選んだ道は間違ってない?

あたしが幸せになっていいのかなぁ…。

『…大丈夫だよ』

あたしはハッとして目を開けた。
119 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時23分05秒
今のは矢口の声…?
まさか…。

あたしが手を合わしたまま固まっていると
いつの間にか先に目を開けてこっちを見ていた後藤の視線に気がついた。

「大丈夫だよ、矢口さんもきっと今の市井ちゃん見たら喜ぶよ」
後藤は優しい微笑みを浮かべて、そう言ってくれたけれど。

なんだ、さっきの声は後藤の声か。
当たり前だよね。
矢口の声なんて聞えるはずないじゃん。
それに後藤の声と間違えるなんてどうかしてる。

「何を根拠にそんな事言うんだよ?」
「根拠なんてあるわけないじゃん。ただ何となくそう思っただけ」
あたしの意地悪な質問を後藤はなんなくかわす。
「…なんだそれ」
「ねぇねぇ…矢口さんどう思ってるかな、後藤の事。
やきもち焼いてるかな?」
後藤は視線をお墓に向けて少し自信なさそうに呟くのを
あたしはじっと見つめる。
120 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時24分09秒
後藤もあたしと一緒の事を考えてたんだ…。
でもね、あたしもわかんないよ。
誰にも正解なんてわかんない。
いや、むしろ正解なんてないのかもね。
天国にいる矢口にしかわかんないんだから。

「さぁ…どうかな。なんでこんな奴と!!って怒ってるかもね」
あたしがおどけてそう言うと。
「え〜!」
後藤は不服そうに叫んだ。
「へへ、嘘だよ、きっとこれでいいって言ってくれるはずだと思うよ」
「…だといいけど」

中澤先生が言ったように矢口が喜んでくれてるのを
あたし達は願う事しか出来ないから。
答えがないものをずっと待ってても意味なんてないから。
だからあたし達は前へ進むしかないんだ。

「さぁ…帰ろっか」
あたしはそう言って後藤の手を取った。
ギュッと後藤も握り返してくる。
121 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時24分58秒
いつか矢口の時と同じようにこの手を失う時が来るかもしれない。
この笑顔を二度と見れなくなるかもしれない。

でも二度とそんな事にならないように。
何があっても離れないように。

矢口…あたしを見守ってて。
あたし達を見守ってて。

あたし達がその場から離れようとした時、突然強い風が吹いた。
辺り一面、激しく砂埃が舞う。

「ペッペ…う〜…目の中に砂が入った〜…」
後藤は渋い顔をしてしきりに目を擦っていたけれど。
あたしは固まってしまっていた。
「どうしたの?」
ふと足を止めたあたしを後藤は怪訝そうに見ている。
あたしはそれに答えず振り返った。
122 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時25分36秒
…何もない。
あたし達の他に誰もいない。

ずっと何も言わず固まっているあたしにもう一度後藤は声をかけてくる。
「……ごめん、何でもない」
「変な市井ちゃん」

気のせいかな。
あるわけないって、さっき思ったばかりなのにおかしいな。

だって…。
矢口の声がまた聞えた気がしたんだ。


『…大丈夫だよ』って…。
123 名前:WISH 投稿日:2002年03月08日(金)22時26分42秒

−終わり−
124 名前:アリガチ 投稿日:2002年03月08日(金)22時29分20秒
−あとがき−

長々とスレを占領してしまい、申し訳・・・。
こんなに長くなる予定じゃなかったんですが。
知の呪いを受けて全く交信が進みませんでした(爆)

これにてしばらく引き篭もります。
読んで頂いてた方に感謝しつつ。
それでは。
125 名前:アリガチ 投稿日:2002年03月08日(金)22時30分32秒
もう一方のラストが見たい方がもしいらっしゃれば
こちらにて。

http://y7.net/15/
126 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月09日(土)15時07分14秒
長編完結お疲れ様でした。
姐さんと市井も仲直り???ってか市井のわだかまりも修復されたようでよかったです。
向こうのHPもROMさせていただきます。(W
127 名前:とみこ 投稿日:2002年03月09日(土)20時07分33秒
お疲れ様でした。

内容&ちょこっと休憩もよかったです。
カテキョ以来に小説で泣きました。
いいお話をありがとう。

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