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人形師の夜
- 1 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月13日(日)18時07分37秒
- どうもです。空板で書かせていただいているインターフェロンです。
このお話は某漫画家さんの某作品をパクって書きます。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2002年01月13日(日)18時20分36秒
- そのドアはあなたの為のドア
時には復讐の為に
時には大切な何かを取り戻す為に
そして…時には愛しい人に想いを伝える為に
ドアは開かれる
何の躊躇もいりません
ドアをそっと開けるだけ
それだけであなたの願いは叶います
- 3 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月13日(日)19時10分59秒
- 気が付いたら、私は暗闇の中に佇んでいた。
木製のドアが目の前に浮かび上がっていて、何気なく入ろうと思った。
ノブに手をかけ、力を込めて押す。
重そうに見えたドアは意外と軽かった。
ドアの軋む音をたてながら中に入ると、そこには一人の女性がいた。
少しきつめの顔。テレビで見た平家みちよとかいう人にそっくりな…むしろ本人か?
「いらっしゃいませ。お望みは何でしょう」
やや関西訛りだ。ますます本人に…ってそんなことはどうでもいい。
「お望みに合わせて、人形をお作りしますよ」
私は迷わず答えた。
「もう一度…会いたい人がいるんです」
- 4 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月13日(日)19時47分25秒
- 秋も半ばの、雨がよく降る夜のこと。
タイヤとアスファルトの路面が擦れる音が耳に響く。
あたしは轢かれるんだと思った。
しかしあたしの体は運良く宙を飛び、事故にならずに済んだ。
止まった車の中から、半分怯えた表情で男のドライバーが怒鳴った。
「馬鹿野郎!!気をつけろっ!!!」
そして車は猛スピードで去る。
「イテテテ…」
目の前にはジーパンと長袖シャツの…女の子が見えた。
ボーイッシュで端正な顔立ちだ。背はそんなに高くはなさそう。
袖を肘までめくって擦り傷を見ている。
ああそうか…この人のおかげで助かったのかぁ…。
ぼんやりと霞んだ思考でそう思った。
- 5 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月13日(日)19時53分18秒
- 一応、これは色んな人が出てきます。
平家さんが出てきた時点でかなり怪しいかも(w
『あたし』が一体誰なのかは後の方になって名前が出てきます。
カップリングの希望があったらお願いします。
- 6 名前:夜叉 投稿日:2002年01月14日(月)00時06分48秒
- 発見しました。
期待してますんで、頑張ってください。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月14日(月)00時59分27秒
- ボーイッシュだけど背はそんなでもない・・
消去法であの人かな?
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月14日(月)09時31分49秒
- 7さんに続き‥そうするとイチゴマ希望です!安易かな?w
- 9 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)12時34分29秒
- すると、目の前にいる女の子が突然あたしに注意を向けた。
「あっ…怪我は?怪我はない?」
「は…はい」
あたしはまだはっきりしない声で答えた。
女の子は立ち上がると、雨でびしゃびしゃな前髪をかきあげた。
「ったく…雨で視界が悪くなってるんだし、真夜中だからってほいほい車道なんか渡ったら危ないだろっ!!」
え…?ちょっと…。
ちょっとムッとしたけど、とりあえずあたしは謝った。
「す…すいませ…」
「私に謝ったってしょうがないだろうが!!!何の為にそのでっかい目がついてんだよ!!!」
いや、いくら助けてくれたっつっても…。
「あの…っ」
あたしは自然と握り拳をつくっていた。
怒りを含んだあたしの視線に構わず、目の前の彼女は更に声を張り上げて怒った。
「死んだらどうすんだよっ!!!バカッッ!!!!」
- 10 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)12時42分36秒
- 何なのこの人はぁぁぁ!!!!
あたしもさすがにブチ切れて、立ち上がって言った。
「どうもっ!!お世話さまでしたっ!!!」
「お?おい…」
確かにボーッと車道を渡ったあたしも悪い!!
でも何で逢ったばかりのこの人に、ここまでコテンコテンに言われなきゃなんないの!!
「じゃっ!!」
あたしは踵をかえして女の子に背を向けた。
でも右足には靴もなく、びっこをひいていた。
「おいおいおいおい、ちょっと待てよ!!何だそれは…怪我してるじゃないか!靴もかたっぽないし…」
あれ?何か変…。
「それにそんな喪服みたいな真っ黒のワンピースでうろついてたら危な…」
あたしはしゃべる女の子を遮った。
「…どこ…?」
「は?」
「あたしのお家…どこ…?」
- 11 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)12時51分39秒
- ここはどこ?あたしはだぁれ?
よもや、あたしがそんなバカバカしい身の上になろうとは…。
あたしは…片方の靴と一緒に、自分の記憶までなくしてしまったらしい。
「このどしゃ降りの中、傘も持たず…所持品もなし、ついでに靴もなくして記憶もなくす…か」
女の子はソファーに座りながら前髪をかきあげた。これが癖なのだろう。
「車には轢かれそうになるし、あんたって今日はツイてないね」
それからふっと微笑んだ。
ツイてないの一言じゃ済ませらんないよぅ…。
あたしがとにかく大泣きしてたから、
「そんな泣くな…とにかくウチに来いよ」
とか言われて、ひきずられるようにこの人の家に来ちゃったけど…。
大丈夫だよね…かなり男っぽいけど…少なくとも行き場の無いあたしを襲うなんてこと…。
きっと大丈…
「…で、上がいい?下がいい?」
急にそんなことを訊かれたので、あたしは座ったまま後ずさった。
- 12 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)13時21分11秒
- 「ああああたしっ!実家に帰らせていただき…」
あたしは借りたパジャマのまま、キッチンに逃げた。
「おいっ!!ちょっと待てよ!!どこへ行くんだぁぁ!!」
女の子が引き止めた。
この人と一緒に過ごすなんて怖いよぅ…。
「お前…聞いてなかったのか?」
「ほぇ?」
半分あたしは涙目になっていたと思う。だって貞操の危機だもん!!
「上のロフトのベッドと、下のソファーベッドのどっちがいいかって訊いたんだけどな…」
それを言われた瞬間、あたしは床に座り込んだ。そして顔が真っ赤になるのを感じた。
あたしって…下品っっ…。
「とにかく疲れてるなぁ。少し眠った方がいいぞ?」
彼女の顔は恥ずかしくて見られなかった。
「でもあたし…夜が明けたら出て行きますから…」
そう言うと、女の子は溜め息をついた。
「服が乾かないよ!それに交番は逃げたりしない…身元がわからなくて焦る気持ちもわかるけど、今のあんたは怪我をしてひどく疲れてる」
あたしはゆっくりと彼女を見た。彼女は続けた。とても優しい顔で…。
「少なくとも車道を渡ろうとした時のあんたは、誰かが支えていないと倒れそうな程足元がおぼつかなかった…目が離せなかった」
- 13 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)13時30分07秒
- …不思議。この人の声には催眠効果があるみたい…。
「今のあんたに一番必要なのは休息だよ。もちろん何にもしないって!神かけて誓うから…安心しておやすみ」
力が抜けてく…心地よい気だるさが瞼を覆い、深い…深い眠りに落ちていく…。
全てを思い出したい、全てを忘れたい…想いはちぐはぐで…。
そうして悲しい夢を見る。
あたしは夜中、息も荒く飛び起きた。何を見たかはあんまり憶えてないけど。
「はあっ…はあっ…」
…何…?
この涙は何?
胸が苦しくてせつなくて。
せつなくてせつなくて…気が狂いそう…!!
- 14 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月14日(月)13時50分34秒
- 朝、起きると女の子が紅茶を出してくれた。
「よく眠れた?」
「あう…おかげさまで…」
嘘なんだよね…全っ然眠れなかったよぅ!!!
そういえば。あたしは逢ってから、ずっとこの人の名前を知らないのだ。
「それであのう…今ごろ訊くのもなんだけど…お名前は…」
彼女はキッチンにいたけど、振り向いて明るく言った。
「ああ、ごめんごめん。まだきちんと言ってなかったね。市井紗耶香、K大1年だよ」
「市井さん…?」
「ん、それは堅苦しいから嫌だな。それ以外だったら何とでも呼んでくれ」
あたしは無難なところでちゃん付けにした。
「じゃ、”いちーちゃん”でいい?」
「別にいいよ」
市井紗耶香…かぁ。
「綺麗な響き…」
「そぉかぁ?」
いちーちゃんは笑いながら朝食を作っていた。
夢の中で…悲しい夢の中で、誰かがあたしの名前を呼んでいたような気がするけど…忘れちゃった。
「あたしは…」
「んー?」
「あたしは何て名前なのかなぁ…」
次の瞬間、いちーちゃんの手が止まった。振り返った顔は、悲しみを帯びていた。
「ご飯食べたら…警察に行こうか」
いちーちゃん…?
- 15 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月14日(月)13時55分22秒
- ドカンと更新しました…。
休日なんで、とにかく更新しとかないと。暇がないんです(涙)
>夜叉さん
早いですねぇ(w
科学と〜よりもこっちが早く終わりそうです。
>7さん
あっちゃー…わかりましたか?ヒントを出しすぎましたね(w
>8さん
いちごまですか…。意外なところでいちりかはどうでしょう?(爆
- 16 名前:夜叉 投稿日:2002年01月14日(月)16時06分37秒
- ありゃ?そうなの?(w
でもおもしろいのには変わりなく。
いちりかなんですか(爆)。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月16日(水)22時59分12秒
- 続きが気になる
- 18 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月18日(金)17時37分27秒
- あたしは緊張していた。
いちーちゃんが『警察へ行こう』って言った時からドキドキしてた。
気の進まないあたしを優しい言葉で説得しながら、いちーちゃんとあたしは派出所に来た。
外から中を見ると、警官が老人と話をしている。おそらく道でも尋ねているのだろう。
まだ不安がるあたしの肩をいちーちゃんが軽く叩いた。
「大丈夫だよ!女の子なんだし、家の人だって心配してるって。捜索願いもきっと出てる…そうすればすぐにわかるよ」
…違う…違うよいちーちゃん…あたしが怖いのは…!
警官の服をはっきりと認識した時、大きなひとつの鼓動とともに、あたしの脳に記憶の断片が蘇る。
雨…警察のひとがいっぱいいて…ここは道路?
あっ…たくさん血が…流れて…。
あたしは気分が悪くなり、手で口を押さえた。
眩暈までおこして力も抜けて、隣にいたいちーちゃんに寄りかかってしまった。
「どうした?おい…」
その言葉を聞いてから、だんだんと意識が薄れてきた。
「なっ…おい!!どうしたんだ!?」
- 19 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月18日(金)18時10分25秒
- あれは…誰の血だった?
まだ目が重く感じられ、瞼を開けることはできなかった。
しかし、それでもあたしはだんだんと意識を戻した。思考が鮮明になる。
ザーザーという音が聞こえる。何だろう…。
雨の?違う、水の音だ…水の…
あの日も雨が降ってた
「あの日!?」
「うわっ!!!」
また記憶のかけらが戻ってきた。
何かを思い出したことに驚いて、あたしはがばっと飛び起きた。
…あれ?『うわっ!!!』って?
そう考えた時、頭に洗面器をかぶってずぶ濡れのいちーちゃんを目の前に発見した。
彼女は手にタオルを持って硬直している。
「あ…ごめぇん…」
- 20 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月18日(金)18時11分12秒
- いちーちゃんは服を替え、タオルで頭を拭きながら洗面所から戻ってきた。
「ぶっ倒れた後、あんまり汗かいて苦しそうだったから、濡れたタオルで冷やしてやろうと思ったんだけど」
少しムッとした顔でさっさとキッチンに行きながら、
「ずいぶんと元気になったようだからもう必要ないね」
と冷たく言われてしまった。きっとあたしの顔は困っていただろう。
「ごめんなさいっ…っつーかさっきからずっと謝ってんじゃん!!」
いちーちゃんはあたしの言葉を無視したかのように、急に振り返った。
「ま、一時はどうなるかと思ったけど、ほっとしたよ」
その顔は笑顔だった。不覚にも笑顔の綺麗な人だな、と見とれた。
「おぉーい…どこと交信してんだぁ?」
「あ!え?いやっ別に何も…」
こっちの世界に帰ってきたあたしに、いちーちゃんは苦笑していた。
「まぁ…いいけどさ…その位元気だったら、私の作るご飯だってたくさん食べられるよな」
「ほぇ?」
いちーちゃんはにこっと笑った。あたしはドキッとする。
「何が食べたい?」
「えっと…すき焼き」
「…よぉしわかった!カレーだなっ!!」
いちーちゃんって一体…。
- 21 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月18日(金)18時20分21秒
- いちーちゃんがカレーを作る間、あたしは部屋の中を探索した。
モーター関係の雑誌が山積みになっている。メットと手袋もある。
壁には写真――バイクと一緒に写ったもの、バイクだけが写っているもの――が張られている。
「何か…これって…」
昨日は落ち着いて部屋の中を見てなかったけど…すごいなぁ…。
「いちーちゃんって、バイクに乗る人なの?」
いちーちゃんはワンテンポ送れて返事をした。
「…ん。まぁね…」
あたしは駐輪場の様子を思い出した。
「ねーねー。でも駐輪場にはバイクなんて一台もなかったよぉ?」
「ああ。ちょっと事故ってね…よいしょっと」
いちーちゃんはカレーのルーを棚から取ってオヤジくさい声を出した。
「バイクは直しに出してるんだ」
「ふーん…気をつけなくちゃね」
いちーちゃんの横顔が少し悲しそうだった。
バイク大好きっぽいもんね。そりゃぁ悲しいわな。
あたしは一人で納得した。
- 22 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月18日(金)18時34分55秒
- 事故かぁ…思い出したくないけどなぁ。
頭に浮かんだあの光景。
あれは…事故の現場だったよね…あれがあたしの記憶の一部…?
あたしは鳥肌が立った。体も微かに震えてきた。
それにこの黒い服だって…。
「……だね」
いちーちゃんの声が突然耳に入った。
「え?」
慌てて訊き返した。
「こうしてるとさぁ、新婚カップルみたいじゃない?」
「え!?あたし奥さん?」
いちーちゃんは脱力したような顔をした。
「どっちでもいいけど…私が奥さんじゃ、言葉遣いからしてちょっと変だろ…」
新婚さんかぁ…。
「…い…居ついちゃおうかな…あたし…このままここに…」
ついこんなことを言ってしまった。いちーちゃんはどんな顔をするのかな…。
これは見えない現実から、逃げてるんだろうか?
またも優しい顔を、いちーちゃんはして見せた。
「…いていいよぉ」
はいっ!?どどどうしよう…バカなこと言った!
「そんなっ!!ごめんなさい!今の嘘です嘘!!
その…夢見悪くて何かあたし今、すっごい弱気になってて…ごめんなさい!考えが後ろ向きだよねっ!!」
- 23 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月18日(金)18時40分49秒
- ひぃ…更新しました…。
今日は模試で早く帰ってくるつもりでしたが、部活の顧問が捕まえて離してくれませんでした…。
>夜叉さん
ありがとうございます。おもしろいなんてそんな…パクリなので(略
>17さん
すいません、更新できなくて…。放置だけは絶対にしないつもりです(w
更新のスピードが結構遅いです。ごめんなさい…。空板の方も更新しなきゃ(汗
- 24 名前:夜叉 投稿日:2002年01月18日(金)20時19分46秒
- 大丈夫、自分も(略。w
模試?がんがってくでぇ。
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月19日(土)06時04分58秒
- 居ついちゃいましょう
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月21日(月)13時45分43秒
- パクリつてどの程度なのか気になるけど文章はかなり読みやすい
- 27 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月23日(水)22時33分05秒
- あたしは非常に恥ずかしくなった。
「やっぱりあたし!!今すぐ交番に…」
いちーちゃんは笑ってあたしの言葉を切った。
「記憶が戻るまで、ここにいればいいよ」
「…え?」
持っていた包丁をそっと置いて、彼女は続けた。
「必要なことは、自分が『必要だ』って思った時に思い出すよ。きっとね」
あたしの頭を、不安が駆け抜けた。その衝動の余韻で、あたしはいちーちゃんに訊いた。
「もし…ずっと思い出さなかったら…?」
なぁんて、と最後におちゃらけるように付け加えたのは、記憶喪失の恐怖から自分を守る為だった。
「ん?ずっといればいいじゃん」
さっぱりとした顔で、いちーちゃんが言った。じゃがいもを鍋に入れながら。
「うっ…嘘ばっかり!!」
「嘘じゃないよ」
「嘘だよぉ―――!!!」
あたしはムキになって否定した。まさかそこまで答えてくれるとは思ってなかったから。
「…嘘じゃないよ…。私…もう嘘はつかないから」
急に落ち着いた声でそう言うので、あたしは拍子抜けしてしまったように感じられた。
- 28 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月23日(水)22時40分21秒
- あたしはいちーちゃんの言葉を頭の中で反芻してみる。
『もう嘘はつかないから』
もう…ってことは…?
この単語だけに興味が湧き、いちーちゃんのそばへ行って訊いてみる。
「何でぇ?いちーちゃんって嘘つきだったの?」
「うっ…くるなぁ、痛いところを」
いちーちゃんが泣き笑いみたいな顔をした。
「あはは…まぁ、好きだった子にそう言われてフラれたんだよ」
「…ちょっと待って。好きだった『子』ってことはさ、相手は女の子?」
「え?うん…妹みたいな存在でさ」
「ふぅん」
何故か相手のことを聞いた時、あたしに嫌悪感はなかった。
むしろ、いちーちゃんなら当たり前かもしれないなんて思った。
「仕方ないんだ。私さ、バイトとバイクに明け暮れて、ちっともその子に構ってやれなくて…」
- 29 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月23日(水)22時54分51秒
- 『もういい!!いちーちゃんなんか!!!
約束したって、守ってくれたことないじゃない!!』
雨の日だったかな。私は彼女と久々に会って、突然そう怒られたんだ。
でも彼女の言葉をじっと黙って聞いてたよ。
『あたしなんかより、バイク仲間と一緒にいる方が楽しいんでしょ!?』
弁解したら、絶対にもっと怒るだろうなって思ったんだよね。
こーゆーのってさ…ただの臆病かな?
『出来ない約束なら最初からしないでよ!!嘘つきっ!!』
そうしたら、彼女は腕を振り上げたんだ。
何するのかなって思ってよく見たら、人差し指と親指に指輪を挟んでたよ。
『こんなものっ…!!こんなものなんかで誤魔化されない!!!』
さっきあげたばっかりの指輪だったんだけど、彼女はそれを地面に叩き落したんだ。
よっぽど…頭にきてたんだろうね。
私は足元に転がったそれを拾い上げてね、手のひらに置いたよ。
幸いなことに、目立った傷はなくて。
最初から何もなかったように、綺麗に光ってた。
『大っ嫌いっ!!!!』
私が彼女をもう一度見ると、そう言い放って彼女は走って行っちゃったんだ。
ほんっとに私って、やな奴だね。
- 30 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月23日(水)23時04分24秒
- いちーちゃんが話をしている途中で、あたしは泣いていた。
「…どうしてあんたが泣くのさ?」
いちーちゃんはゆっくりと訊いた。でもあたしは答えられなかった。
自分でも、自分でもわからないまま涙が溢れたから。
「きっと…きっと彼女は、今でもいちーちゃんのこと待ってるよ…約束なんか無くたって」
わかんないけど。でも痛いくらい、彼女の気持ちがわかる。
「嘘…つかれたっていちーちゃんのこと、嫌いになんかなってないよ」
どうしてかなぁ…どうしてだろう…。
「後悔してるよ、きっと…」
ワンテンポおいて、どこか痛そうな顔で、いちーちゃんが言った。
「うん。だけどね。もう…手遅れなんだ」
あたしはずっと泣きっぱなしだった。
何が手遅れなの?
そう訊こうとしたけれど、答えが怖くて口に出せなかった。
予感がするの。
悲しい…予感が…。
- 31 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月23日(水)23時09分22秒
- ふぃ〜。やっと更新できました。
>夜叉さん
ああ!夜叉さんもですか!?(w
>25さん
居ついてしまったらそのうちに貞操の機器が…(w
>26さん
もう…パロディーどころかパクリそのものです(w
文章が読みやすいとおっしゃっていただけるのは非常にうれしいです。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月24日(木)14時24分46秒
- いちごまがいいな
- 33 名前:夜叉 投稿日:2002年01月24日(木)22時10分35秒
- 模試は違いますよ、いつか(略。w
いちーちゃんの気持ち、痛いくらい分かります。
どうなるんでしょうか…。
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)11時22分41秒
- 彼女さんが誰なのか・・・
- 35 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月26日(土)16時26分31秒
- いちーちゃんと逢って、2日目の夜がきた。
「うっ…うあっ…」
あたしはまた、うなされながらも記憶のかけらを夢に見た。
「通してっ…通してください!!」
雨の中、いたのはやはり、昨日の夢でも見た事故の現場。
人ごみの後方から声を出すのはあたし。
「…っ!ダメだよっ!!」
そしてあたしの名前を呼ぶような声が聞こえたけれど、やっぱり名前は思い出せなくて…。
「やだっ!!離してったら!!!」
「こらこら、関係者以外入っちゃいかん!!」
行こうとするあたしを妨げる警官がうっとうしかった。
あたしは無理に人を押しのけて、現場を囲むように張られていた”立入禁止”と書いてある黄色いテープをくぐる。
くぐった瞬間、右足を水たまりに突っ込んでしまった。
「あっ待て!!」
警官の制止を振り切ると、鑑識の人たちの会話の内容が聞こえた。
「…今日はこれで衝突事故、何件目だ?」
「2件ですよ。事情聴取はまだなんですが、ダンプの方の居眠り運転らしいですよ」
降りしきる雨があたしの体を冷やしていく。足元の水たまりも大きくなる。
- 36 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月26日(土)16時27分13秒
- 「遺体の身元を証明するものは?」
「あ、はい。学生証がここに」
夢だからぼんやりしてるけど、事故の光景を見て、肩の力ががくんと抜けた。
あたしには見えた。血まみれの手が。
ついでに、血が雨に混じって消え行く様も。
「ほら、君!!関係の無い者は出ていかんか!!」
突如、先程の警官の声がしたと同時に肩を掴まれた。
「……す」
「あぁ?」
「関係者です」
雨の音が、そこで一層大きくなった。
「あたしは…あたしはこの人の…」
- 37 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年01月26日(土)16時40分12秒
- ここで夢から覚めた。
目を開けると、いちーちゃんがそばにいた。
「大丈夫か?すんごいうなされてたぞ」
体を起こしてみると、全身が汗でびしょびしょなのがわかる。
「大声出すから、何事かと思ってびっくりしたよ」
いちーちゃぁん…。
未だ記憶喪失の恐怖に怯えるあたしの顔を見て、いちーちゃんはふざけたような笑顔になった。
「あ、大丈夫だって。襲いに来たんじゃないから…」
いちーちゃんが言い終えるやいなや、あたしは半泣きでいちーちゃんに抱きついた。
予感がして…冷たくて悲しい予感がして、いちーちゃんにしがみついた。
「思い出したくないよぅ…ここにいたいよぅ…」
「…な」
え?
「大丈夫だよ。こうしててあげるから、安心しておやすみ」
今、何て言ったの?
- 38 名前:インターフェロン 投稿日:2002年01月26日(土)16時51分59秒
- 更新終了です。
短編にするつもりだったのに…この話…。
>32さん
いちごまをご希望ですか。
そうですねぇ…それは作者の気分次第ということで(w
>夜叉さん
あ、そうなんですか!何だ、てっきり(w
この先、やっぱりいちが痛いんですよ。
ラストはかなりの痛めになってしまうと思います。
>34さん
そうですねぇ、誰でしょうねぇ(w
ここで名前を出したらわかっちゃいますので、もうしばらくの我慢を。
本当に更新速度が遅くてごめんなさいです。
来週の火曜日に合唱祭という学校の行事があるので、歌の練習のせいです。
とか言って他人のせいにしてみたり(w
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月27日(日)04時38分52秒
- 事故った人だれなんだろ・・
そっちも気になる
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月15日(金)09時51分22秒
- 続きは・・・
- 41 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月17日(日)14時30分59秒
- いちーちゃんが布団の中に入ってきて、あたしをそっと抱きしめた。
一瞬、ドキッとしたけれど、すごくほっとした。
「悪い夢を見たら、起こしてあげるからさ」
視界がとろとろと霞んできて、眠りに吸い込まれながら…あたしは思う。
このままこの人の優しさに、甘えちゃいけない。
なのにこうしてると、嘘のように不安が消えていくの…。
どうしてかなぁ?
初めて逢った人なのに、不思議なくらい落ち着くの。
……だけど……
さっきいちーちゃんが言った言葉…
”ごめんな”って聞こえた…。
- 42 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月17日(日)15時28分41秒
- やっぱりこいつ、かなり痩せたな。
眠るこいつを抱きしめてそう思った。
「おばんです、市井さん」
突然した人形師の声に驚き、私はそっと起き上がった。
どこから彼女が入ってきたのかは謎だが、今は放っておく。
「ああ」
「よく眠っとるやないの、この子…」
「…こいつ、ずっと眠ってなかったんだ。あの日からずっと自分を責めて苦しんで…」
人形師は一歩離れたところから私の話を黙って聞いていた。
「溶けちゃうんじゃないかって思える程泣いて…泣き続けてさ…」
自分の言葉に胸が切なくなり、溜め息が出た。
「見てらんなかったよ…」
すると人形師が無表情で私に近づく。
「せやけどもう時間があらへん。この子は…後藤さんは気付き始めとる」
「なくした記憶を思い出してるってこと?」
「そうや。それと同時にあんたの体も…」
「わかってるよ!!!」
それから先は聞きたくなくて、人形師の言葉を遮った。
むしゃくしゃして前髪をかきあげた。
- 43 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月17日(日)15時29分54秒
- そして今の大声で、隣に眠る彼女を起こしたのではと思ったが、平気だった。
本当に幸せそうな顔で眠っている…。
「わかってんだよ…」
私はむしゃくしゃして前髪をかきあげた。
誰よりも大切な子だったのに…。
「もう少しだけ、時間をくれないかな?私にはしなくちゃいけないことがあるから」
たくさんの嘘をついた…たくさん泣かせた。傷つけて苦しめた。
「これ以上、嘘はつきたくないんだよ…」
そう言うと人形師は何も言わずに消えた。
- 44 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月17日(日)15時34分10秒
- 更新でございます。しばらく放置してましたね(w
ついに少女の正体が…。
>39さん
もうそろそろ終盤です。ショートのつもりなのですぐにわかるとおもいます。
>40さん
ホントにすいません。空板のほうに集中してました(w
そろそろ…といっても結構続くとおもいますけど、もう終わりに入ります。
次のカップリングを募集します(w
いしよしでもいいんですけどね。
たまには珍しいカップルでも、と思って。
- 45 名前:夜叉 投稿日:2002年02月17日(日)18時38分38秒
- 復活有難うございます。
いちーちゃんのやり残したこと、気になります。
珍しいかどうか分かりませんが、やすと彩っぺ、または姐さんと彩っぺというのはどうかと。
個人的見解になるので、作者様の書きやすい物、他の方々が希望された物でいいです。
こんなコト書いてると(略。w
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月21日(木)23時46分29秒
- 復活ありがとうございます(w
次回作は自分は、ごまいしかいしごま希望です(w
- 47 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月22日(金)19時19分47秒
- 翌日、いちーちゃんはあたしを遊園地に連れてきてくれた。
「きゃあぁぁああ!!!」
あたしはジェットコースターが好きだけど、やっぱり怖い。
スピードのせいもあるけど、普通に見える世界が暗くなったり、高速で過ぎていくのは怖い。
でも周りを気にせずに叫べるから好き。
「ぐわ…うるさいな…お前…」
いちーちゃんの死にそうな声が聞こえる。でもあたしはお構いなしだった。
「やーだやだやだ!怖い!!やっぱりやめるぅ!!!」
「…もう終わったって…」
「ふぇ?」
ふと周りを見ると、景色が止まって見えた。
他のお客さんたちがあたしをじろっと見るもんだから、急に恥ずかしくなった。
「お前、顔真っ赤だぞ?あはははっ」
からかうようにいちーちゃんが言って、アトラクションの出口へ向かう。
続いてあたしもぼさぼさの頭を手で梳きながらコースターを降りる。
「もー!いちーちゃんの意地悪!終わったんならもっと早く言ってよぉ!!」
「ふはは…悪い悪い…くくっ…」
前を歩くいちーちゃんの肩を叩いて、あたしはふくれっつらになる。
でもすごく楽しくて。怒ってることさえも楽しくなるっていうか。
…あれ?前にもどこかでこんなことがあったような…。
- 48 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月22日(金)19時59分02秒
- 楽しさは全てを忘れさせてくれる、というのは間違いでもなさそうだ。
昨日までの悲しい夢、記憶喪失すらも忘れてあたしは騒いでいた。
「じゃあね、次はあれ!!」
「あのな…」
いちーちゃんははしゃぐあたしを見て苦笑していた。
「やめれ、えげつないモンばっか乗り回すのは。そのうち吐くぞ?」
「じゃ、あのゆっくりしたのに乗るぅ!!」
「…嬉しいのはわかったから少し落ち着け…呼吸してるか?おい」
話すだけで息が切れたのは初めてだったけど、それくらい楽しかった。
「へへっ…だって、こーんなにカワイイ服まで買ってくれたと思ったら、遊園地にまで連れてきてくれるなんて感激だよ!」
いちーちゃんは朝早くにあたしを叩き起こし、服と靴を買ってくれた。
出逢った時の黒いワンピースじゃ出かけるのも嫌だろ、って。
「そうか?大げさだな」
照れてこめかみを軽く掻いたいちーちゃん。
「大げさじゃないよ!本当にありがとね。すっごく嬉しい!!」
そう言うといちーちゃんが柔らかく微笑んだ。
あたしは二度とこの人の笑顔を忘れることはないと思う。
「だからぁ、もっと遊ぼ?」
甘えるといちーちゃんは、よしっ、と気合を入れた。
- 49 名前:インターフェロン 投稿日:2002年02月22日(金)20時00分42秒
- 微妙な更新です。
夜叉さん
どうもです。すごいカップリングですね!(w
46さん
いしごまですかぁ…。できるように努力します(w
- 50 名前:夜叉 投稿日:2002年02月23日(土)10時06分39秒
- 病んでいますので(爆)。
何となくカウントダウン…(汗)。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月25日(月)02時11分17秒
- 甘え上手おごられ上手(w
- 52 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)22時30分40秒
- それから、あたしといちーちゃんはほとんどのアトラクションを制覇した。
お化け屋敷は異常に怖かったり、アイスがほっぺたに付いていちーちゃんに笑われたり。
くだらないことだけでも時が経つのは瞬間のことで、あたしは日が暮れかけてから過ごした時間の長さに気付いた。
でも空の色が名残惜しくて、こんなことを考えた。
『もしかしてあたしといちーちゃん、タイムスリップでもしちゃったのかな?』って。
あは。何だかクサイ。
「もう夕方だねぇ」
あたしが何気なく言うと、いちーちゃんは不思議で微妙な間を置いた。
「喉…渇いたよな」
「え?」
やけに小さく響く声だったので聞きとりづらく、聞き返した。
でもいちーちゃんは強引に、
「待ってて!何か買ってくる!」
と、走って行ってしまった。
その時、いちーちゃんは財布と思しきものを落とした。
- 53 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)22時51分42秒
- 「あ!いちーちゃん!財布落としたよ!!財布!!いちーちゃぁぁん!!」
ぎょっとしたあたしはいちーちゃんに向かって叫んだつもりだったが、いつの間にかいちーちゃんの姿は見えなくなっていた。
「うもー。しょうがないなぁ…」
軽くそれを拾い上げようとして、財布の中からひらりと何かが落ちた。
「ありゃ…って…え?」
紛れもなくそれは古めの写真。ちょっと端が擦り切れてる。
そしてあたしといちーちゃんが幸せそうにじゃれあってる写真だった。
「ごっつぁん!!」
突然耳に届いたその呼び名に、心臓が大きく跳ねる。
その声の方向に振り返ると、あたしと同い年くらいの少女がいた。
「誰…?」
「よしこだよ…吉澤ひとみだよ、ごっつぁん!!」
- 54 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時04分50秒
- どうしよう…心臓の音がこの子(ヨシザワさんだっけ?)に聞こえちゃう…。
嫌な緊張感が全身を襲った。ヨシザワさんは言う。
「ねぇごっつぁん、お父さんもお母さんも来てるよ…みんな心配してたんだよ?」
その時、また記憶の欠片があたしの網膜に滑り込んできた。
『ごっつぁん、自分を責めないで…仕方なかったんだよ』
喪服で悲しそうにあたしに話し掛ける…この子はよっすぃー…。
「あ…あ…っ」
あたしは何も言えない。誰か…助けてよ…!!
「今朝、電話があったんだ。ごっつぁんは今日ここに来るって。イタズラ電話かと思ったよ…だって」
やめて…悲しい夢が、悲しい予感が現実になる前に…!!
「だってその声、死んだはずの市井先輩の声だったんだ」
いやぁぁぁぁぁぁ!!!
「ごっつぁん!!」
…苦しくなったあたしはよっすぃーから逃げた。走った。
- 55 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時14分26秒
- あたしは知らない。
何も思い出さない。
だから誰も死んでない。
でも、運命はあっさりとあたしに記憶を戻した。
――あの日、いちーちゃんはいつものように約束を反古したことを謝りに家へやって来た。
一つの指輪を持って。
ずっと楽しみにしてた旅行だった。一ヶ月も前から準備してたのに…。
『もういい!!いちーちゃんなんか!!!』
なのに今度はこんなものなんかでご機嫌をとりに来たのかと思ったらうんざりした。
『出来ない約束なら最初からしないでよ!!嘘つきっ!!』
- 56 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時22分36秒
- だけどその日。
いちーちゃんは死んだ。
居眠り運転していたダンプと正面衝突したのだ。
雨で見通しが悪かったせいもあるが、何よりバイトに遅刻することに気を取られていたらしい。
旅行の費用と指輪の為の…。
何となく入ったジュエリーショップであたしはごねた。
『今度約束破ったら、これ買ってもらうかんね!』
『…これ?さ、さんまんえん…』
『そう!これ!!』
『うーん…』
その指輪は大して欲しいわけじゃなかった。
何でもよかった。
もういちーちゃんに約束を破って欲しくなかったから。
だけどいちーちゃんは覚えていてくれた。
- 57 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時32分30秒
- だけどそれは、ご機嫌取りの為なんかじゃなく。
特別な意味があったのだと気付いたのは、いちーちゃんが死んだ後だった。
走ってたどり着いた先は、観覧車の乗り場。
「…やっと思い出してくれた?」
いちーちゃんが例の優しい笑顔で待っていた。
その笑顔に、あたしはどんな表情になっていたのだろう。
「さあ…乗ろう。これで最後だから」
時折、がたんと揺れる観覧車はゆっくりと上がっていく。
「…綺麗…だね」
「うん…」
いつもよりか、いちーちゃんは言葉少なで。
夕刻の世界は薄紅色で、高層ビルが成す影は黒く大きくて。
「お別れ、言いに来たの…?」
「…ああ」
- 58 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時44分58秒
- あたしの目から涙が落ちた。
「ずるい…っ」
その雫はいとも簡単に飛び散って形を無くす。
「ずるいよ、いちーちゃん…いつも嘘ばっかりついて…何が”好きな子に振られた”よ…あたしがいつフったのよ…」
いちーちゃんはあたしがどんなに涙で視界をゆがめようとも黙っていた。
こういう時、この人はいつも悲しそうな顔で黙る。
「あ…あたしの気持ち、いつも無視して…どっか行っちゃって…」
…ダメ。喉まで鳴ってきた。
「また…どっか行っちゃうなんて勝手すぎるよぉぉ」
「ごめん…」
その言葉は、どの嘘に対してのごめんなのかわからなかった。
「やだ…行っちゃやだ!約束破ってもいい、嘘つかれても平気になる!だから…っ」
これ以上の気持ちに耐え切れなくて、あたしはいちーちゃんに抱きついた。
いちーちゃんも抱き返してくれる。懐かしい感覚。
「どこへも行かないで…!」
「ごめん…」
まだいちーちゃんは、ごめん、しか言わない。
- 59 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月25日(月)23時54分36秒
- あたしは知ってる。
いちーちゃんがどうしてあたしの前に現れたのか。
あの時あたしは車に轢かれそうになったんじゃない。
…いちーちゃんの傍に行く為に道路に飛び出したの。
「ごめん…っ」
こんどはもっときつくいちーちゃんがあたしを抱きしめる。
あたしは流れては落ちる涙を止められない。
「私さぁ、後藤が大好きなんだよ」
そう言ってすっと離れ、あたしの顔を柔らかく見つめる。
本当はもっと抱きしめていてほしかった。
「元気な後藤が好き…強い後藤が好きだよ」
それからあの日に買ってくれた指輪をあたしの左手の薬指にそっとはめる。
逢った時から予感がしてたの…。
「真希、さよなら…」
お別れの予感が…。
- 60 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月26日(火)00時08分31秒
- 気が付くと目の前にいちーちゃんの姿はなかった。
代わりに目を涙でいっぱいにした母と呆けたような顔の弟がいた。
「真希っ!」
「真希ちゃん!!」
母はあたしに駆け寄って肩に手を置いた。
「どこへ行ってたの!みんな心配してたのよ!!」
「真希ちゃんがお葬式の日からいなくなったりしてまさか…って…」
弟も半分泣きかけている。
「ほら、吉澤さんだってずっと…」
よっすぃーは一歩距離をおいて泣き笑いの表情をしている。
「もうバカなこと考えないで…」
「ごめん…なさい」
あたしは母の言葉を遮った。
「あたし、大丈夫だから…」
「真希ちゃん…」
指輪を触るとまた涙が溢れてきた。
いちーちゃんの温もりが、まだそこにあったから。
「もう、元気だよ…」
- 61 名前:#1 99の嘘 投稿日:2002年02月26日(火)00時12分09秒
- あたしはこう決めた。
辛くなったら指輪を見よう
眠れない夜はまだ続くかもしれない
だけど少し強がってみよう
今はまだ失敗しちゃうだろうけど
…けど、きっと…
いつかきっとその笑顔は本物になるはずだから。
- 62 名前:エピローグ 投稿日:2002年02月26日(火)00時20分46秒
- 「もう大丈夫やな、彼女…」
人形師は呟いた。
「君も満足やろ?」
元・市井の体をした人形に話し掛ける。
既に返事はしないが、人形師には元・市井が微笑んだように見えた。
「人間て、弱くて強いもんやなぁ…うちは人形しか作れへんけど」
そして目を閉じて市井と後藤の、くったくのない笑顔を思い出す。
「せやけど人間はそれに命を吹き込むことができる…」
哀しい気持ちが
憎い心が
愛しい想いが
人間を駆り立て扉を開けさせる
そのドアはあなたの為のドア
何の躊躇もいりません
ドアをそっと開けるだけ
それだけであなたの願いは叶います
〜Fin〜
- 63 名前:インターフェロン 投稿日:2002年02月26日(火)00時42分47秒
- 終わりました…無理やりな展開でスマソです。
結局いちごまでした。
いちりかなんて錯乱させて大嘘をついてマジスマソ(w
>夜叉さん
病んでいらっしゃるとわ…御大事にどうぞ(w
>51さん
そうですね、後藤さんは世渡り上手なイメージが自分にはありまして。
でも一度甘えられたらもう抜け出せなさそうですね(w
とりあえず凄い更新量でまとめてみました。
ひどい文章なのでストーリーが全くわからないと思います…ご勘弁を。
ついでにいろんな所で間違いハケーン。もう気にしないで下さい(w
次はどんなのにするか考案中ですので、しばらくは空のほうに集中します。
ついでに学年末テストもあるので…更新は遅いです。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月26日(火)00時48分45秒
- リアルでラスを拝めるとは嬉しくもあり淋しいものですね。
そっちか!?と唸らせた二人の関係
非常に楽しませてもらいました、ありがとう!!
- 65 名前:夜叉 投稿日:2002年02月26日(火)14時13分10秒
- お疲れさまでした。
これでいちーちゃんも報われます。そしてごっつぁんにも生きる力を与えることが出来て。
また次回作期待してます。空もよろしくです(笑)。
マターリお待ちしてますね。ありがとうございました。
- 66 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時36分45秒
- あたしは体を洗いたくて、シャワーの栓を全開にした。
気が付くと倒れていて…薄れてく意識の中で、あたしは思った。
あの人の為だったら何でもできる。
何にでもなれる。
どんな女にもなれる。
都合のいい女だと思われたって
構わない。
あたしは他にやり方を知らない。
あたしは…命がけの恋をしてたの。
ああ、水の音だけ…聞こえる…。
…あれ?そこに立ってる女の人…誰…?
- 67 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時38分12秒
- 「いらっしゃいませ!お二人さまですか?」
ここはとあるカフェ。いつもあるような平日の昼下がり。
20歳くらいの女の子達が多く集まっている。
『今度新しく入った子、かわいいよねぇ』
『うん、ここの店っていつも男の子のレベル高いもんね』
『あの子、週末シフトみたいだよ。あゆみが言ってた』
『早ッ!あいつ、もう目ぇつけたの!?』
- 68 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時39分05秒
- こんな会話を聞いた、カフェのウェイトレス・矢口真里。
水を配り終えてキッチンに戻ってくると、矢口は言った。
「ねー、よっすぃーモテモテ(死語)じゃん!」
“よっすぃー”と呼ばれたこの男子は吉澤一美。
本来は“かずよし”と読む。だが彼は少女にも間違えられるほど可愛いらしかった。
その容姿も手伝ってか、彼の名前はよく“ひとみ”と読まれるのだった。
「おかげさまで入れ喰い状態ッスよ(笑)」
「うわ!節操なしだね…」
「矢口先輩には感謝してるんスよ、これでも。いいバイト紹介してくれて」
矢口は渋い顔で首をひねるとため息をついた。
「ま、いいや。ほら、3番テーブルのスーツのおネェチャン。あの子に訊かれたよ、よっすぃーのこと」
吉澤はその方向に目をやった。二人座っていたが、どちらもキレイな顔立ちだ。
「…へぇ。何て?」
「歳はいくつだとか、学校はどこだとか、彼女はいるのかとか…
ほら、どうせなら3番の注文、よっすぃーが聞きに行きな」
矢口が半ば諦めた表情で吉澤にトレイを渡す。吉澤の顔が緩む。
「そうしますよ」
- 69 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時39分44秒
- 吉澤の高校から1kmと離れていないところに私立の有名女子大がある。
その中間地点には小洒落たオープンカフェがあり、彼はそこで働いていたのだ。
そしてゴージャスな女子大生達は優雅にお茶をする。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
吉澤の声が自分たちに向いているとわかると、彼女達は一瞬だけ真顔になる。
「…ロイヤル・ミルクティーとレモンティーをお願い…はい」
事前に置いてあるメニューボードが吉澤に渡される。
「かしこまりました」
彼は何もないような様子でそれを受け取る。
メニューボードには、携帯の番号と名前が書いた紙が挟まれていた。
女子大生はこうしてお茶をする。男を物色しながら…。
- 70 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時40分35秒
- 吉澤としては物色されるのは好きではない。
しかし彼は、女は好きだしHの好きな女も好きなので、非常に嬉しい状況なのだ。
「脚のキレイなおネーサンだったなぁ…仕事が終わったら電話しよっと。いいのかなぁ、こんなに幸せで…」
先ほどもらった紙を唇に当ててぼうっとしている。
「コラ吉澤!無駄なフェロモン飛ばしてないで仕事しなさいよ!!」
チーフの保田圭に怒られても何のその。
何気ない逆ナンが多く、ゆえに彼は余韻に浸りながらフラフラすることも多い。
突然、勢いよく何かが割れる音がして、吉澤はやっと我に返った。
「きゃっ!」
振り返ると、一人の女の子が床に膝をついておろおろしていた。
「ご…ごめんなさい!私、ボーッとしちゃってて…あの…」
「あ、結構ですよ。後はこちらで片しますので。お怪我はございませんか?」
同じウェイターの安倍なつきが、笑顔でほうきとちりとりを持ってきた。
- 71 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月18日(月)20時41分21秒
- 「はい…すいません…」
吉澤はその女の子のスタイルに目が行った。
気合の入ったシスター系。七分袖の透けている上着に、重ね着のキャミソール。
細く何本にも編んである黒髪をヘアバンドでとめ、額を見せている。
そして困った顔がすごくかわいらしい子で、健康そうな小麦色の肌をしている。
「本当にごめんなさい。カップ代、弁償します」
「いえいえ、お気になさらないでください」
その様子をずっと観察していた吉澤はつい一言。
「しかしなかなか気立てのいい娘さんじゃないか」
観察をして仕事をサボっていた吉澤を見て、矢口も一言。
「ほんっとに女なら誰でもいいんだね…好みってもんがないんかい!」
突っ込まれながらも吉澤の記憶が彼に語りかける。
『あの子、どっかで見たことあるんじゃないのか?』と。
- 72 名前:インターフェロン 投稿日:2002年03月18日(月)20時55分28秒
- 新しく短編シリーズ始めました。
今度はもう誰が誰やらわかるようにしました(w
>64さん
リアルでご覧になってたんですか…嬉しいんですが…はずかしいです(w
>夜叉さん
ありがとうございます。空もがんがりますよぉ(w
ヤパーリ書きなれたものがいいですね。いちごま…難しかった…。
もうよしこ、男の子にしました。その方がカコイイ!
しかもなっつぁんの名前…苦肉の策ってやつです(爆
なっつぁんにおいてはミスムンのイメージ。
『たらし』のよしこマンセー(w
- 73 名前:夜叉 投稿日:2002年03月19日(火)14時51分39秒
- たらしフカーツ(爆)。
この節操無しはどこまで行くのか、知同様、も気になります(^^;;。
がんがってくださいね。
- 74 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時35分45秒
- 今回は本当にヒソーリと更新します。
- 75 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時36分52秒
- その夜、都内某所のマンション。
「…っと…ちょっと待って」
吉澤は、昼間にバイト先で出会った女子大生の部屋にいた。
彼女の名前は藤本美貴という。
「シャワー借りていい?仕事でちょっと汗かいちゃったから…」
部屋に入ってものの数分で抱きついてきた女子大生を受け止めながら言う。
「私は気にしないもん」
「いや、美貴ちゃん、マジで頼むよ…」
と、シャワーを口実に、彼はこの女子大生の生活ぶりをチェックしに風呂場へと来た。
この部屋はリビングもだが、風呂もそぅとぅ広かった。
「そーいや、親はどこぞの会社の会長さんだって言ってたなぁ…」
吉澤の帰りを焦れながら待っているであろう女子大生は、とりあえず社会的地位と美貌と金には恵まれているようである。
ゆっくり洗面所を見渡すと、青と赤のペアの歯ブラシがコップに入っていた。
そしてグッチの男物と女物もペアで置いてある。
「ま、いいけどね」
遊んでくれる男にも恵まれていることを察知すると、彼女がドアを開けて入ってきた。
「やっぱり私も一緒に入るわ」
遊びたい彼女と、飢えている彼。
「…おいで」
これを“幸せの共有”というのだろうか?
- 76 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時38分06秒
- 翌日。吉澤は息を切らしてバイト先へと走っていた。急いで裏口から入り、事務所を通過する。
「すいません、遅刻しました!!」
「おぉ?来たぁ」
偶然廊下にいた矢口がロッカールームに向かおうとする吉澤に気付くと、店から保田チーフが戻ってきた。
「吉澤、遅いよ!」
「ごめんなさい!店に向かう途中、産気づいた妊婦を病院へ送っていて遅れましたっ!!」
この話を聞いて保田が呆れる。
「アンタねぇ、嘘つくならもうちょっとまともな嘘つきなよ…」
構わずに吉澤は大声で続けた。
「人間として放っておけませんでした!!!」
「アンタ…まだ言うか…」
その後、速攻で着替えを済まして店に入った。
吉澤がトレイを拭いていると矢口が話し掛けてきた。
「で?結局どうして遅れたの?」
吉澤が手を止めて矢口を見る。
「カナシー…先輩も信じてくれないんスか?」
「普通信じるかよ、そんな話」
すると彼はにへら〜と笑った。
- 77 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時39分35秒
- 「“事実は小説より奇なり”ですよぉ」
「よっすぃーにしては珍しくまともなことわざが出たね…っていうかどうしてそんなに調子がいいの!?
どうせまた授業中に居眠りして進路指導室にしょっぴかれたんでしょ!よっすぃーバカだから!!」
「えへへぇ」
この吉澤の態度に半分キレかけた矢口に、タイミングよく邪魔が入った。
「カズヨシぃ〜!」
「あ、美貴!よっすぃーって呼んでくれよぉ」
ちょうどテーブルを拭き終えた安倍も、頭に?マークを浮かべながら矢口のもとに来た。
「しょーもない嘘ばっかついてんじゃないわよ。バカな子ねぇ」
美貴の一言でくすくすという笑い声が響く。
「やだなぁ、店中筒抜け?あっはは」
吉澤は笑いながらカップを下げた。矢口と安倍は顔を見合わせ、安倍の顔がひきつった。
「“カズヨシ”!?よっすぃーは昨日初めて逢った男の名前だべ!?」
「あぁ、またやっちゃったんだ。いつものことだよ…おっと!こんにちは、いらっしゃいませ」
矢口は吉澤の性格を知っていたので、それにはあまり深入りせずに、新たな来店者に挨拶をした。
- 78 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時41分30秒
- 「うわ、いい女だべなぁ…」
美貴と話をしたついでに他の客のカップも下げて厨房に戻ってくると、安倍の言葉が吉澤の耳に入った。
それに反応して見てみると、確かにキレイな女性が来店していた。
背中まであるウェーブのかかった髪。胸の辺りがやや開いた黒のノースリーブワンピースに、ワンポイントとして首にスカーフを巻き、小さなシャネルのバッグを持っている。
「ありゃぁレベル高いべな。見てみ、あの細い脚にウエストのくびれ。彼氏いんのかなぁ?いるだろうなぁ…店に来たの初めてだよねぇ、来てたらみんな騒ぐもんなぁ」
黙って安倍の話を聞きながら来店者を見つめていた吉澤は、急にカップがたくさん載ったトレイを荒々しく矢口に預けた。
「先輩、コレ頼みますね。あの人確か…」
カップとカップがぶつかってがちゃがちゃと無様な音を立てる。
「ええ!?ちょっとよっすぃー…」
吉澤は慌てる矢口を無視して歩き出す。向かった先は先ほどの来店者。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「そうね…」
- 79 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時44分19秒
- 憂いを帯びた彼女の注文を待たず、吉澤は笑顔で言う。
「今日はモード系なんですね、お客さま」
その客は目を見開いて数秒後に答えた。
「…わかるの?」
つくってもそれとわかるアニメ声。吉澤はコクンと頷いた。
「昨日も御来店して下さった方ですよね。
女の人は髪型や服装でイメージが変わってしまうのでびっくりしますね」
本当に、女とは化け物だ。昨日のシスター系とはまるで別人じゃないか。
前日の服を思い出しながら、吉澤はそんなことを思っていた。
「昨日のスタイルもお似合いでしたけど、今日のあなたも素敵だ」
念の為に説明するが、決して彼は口説いているわけではない。
ただ彼は正直に感想を述べているだけである。
するとその客はふんわりと鬱を纏った表情になった。
「…あなたには…わかるのね、あたしが…初めて会ったあなたにはわかるのに…」
意外な反応に吉澤はきょとんとする。彼女は軽く虚ろな目をしている。
「どうして…」
「……?」
- 80 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時45分36秒
- 彼にはますますわけがわからない。しかし彼女は一瞬で元に戻った。
「あ…」
「はい?」
「あなた、それどこでぶつけたの?おでこ、怪我してるわ」
彼女が人差し指で額を指す。吉澤も指で額の傷を探す。
「え?え!?どこどこ?」「触っちゃダメ!私、携帯救急セット持ってるからまかせて」
そう言うと、彼女は小さな鞄からバンドエイドを取り出した。
一方、厨房近くの矢口と安倍。
「何やってんだべ、よっすぃーは」
「さぁ?」
保田が店に様子を見にやってきた。吉澤を見た途端、怒り始める。
「あいつ…!!」
吉澤はそんな保田の恐怖のオーラにも気付かない。
「背がすごく高いのね。少しかがんでくれる?」
彼女の柔らかい手が額に触れ、彼の胸は高鳴る。
ドキドキしながらすっと腰を曲げると、彼女は目の前で笑った。
「あはは、ありがと。いい子ね」
そんな彼女を『カワイー』と思う吉澤。
- 81 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月19日(火)17時46分18秒
- 「こちらこそありがとうございます。用意がいいんですね」
「ふふ…彼がちっちゃい傷をよくつくる人だから」
バンドエイドを貼り終えると、吉澤が椅子を引いて彼女を座らせた。
彼氏持ちだとわかって、彼は少しガッカリする。
「じゃぁ…もしかして今、彼氏待ちですか?」
「あら、ありがと…実は昨日も待ってたの」
「え!?で、でも昨日は…」
彼女は彼の言葉を遮って、
「ね、お名前訊いていいかな?」
と言った。吉澤はそれ以上言うことができなかった。昨日は誰も来なかったじゃないか、と。
「私は梨華。石川梨華」
「…吉澤、一美です」
そうして彼女は昨日と同じようにミルクティーを頼むと、1時間もしないうちに店を出て行った。
昨日と同じように、たった一人で。
- 82 名前:インターフェロン 投稿日:2002年03月19日(火)17時49分24秒
- うう…ヒソーリのつもりが自らageてしもた…。
>夜叉さん
がんがります!
ヤパーリ節操なしは節操なしでイロイロと(略
今回、かなり自分としてはノリノリで書いてます。
更新スピードも休みのせいか異常に速いし。
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月19日(火)18時21分22秒
- 何時の間にか新しいのが(w
しかもかなり自分が好きそうなもの♪
頑張ってください
- 84 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時01分26秒
- そして彼女は次の日もやってきた。
「どぉしてあなたにはわかるの?友達にもわからないのにぃ」
「いやぁ…恐れ入ります(しかしこの日焼けはどうしたんだろ?)」
この日の梨華は真っ黒に日焼けし金髪で、いわゆるガン黒ギャルとなっていた。
少し不思議そうな顔で足を組む彼女。吉澤は気付いた。
「…だからじゃないですか?」
「は?」
「俺、思ったんですけど。彼氏は来ないんじゃなくて、店に来てもあなたに気付かないだけなんじゃないんですか?
石川さんだって来店されたお客の全員を見ていないのかもしれないし…」
彼はきっとそうだと確信してまくしたてるように言ったが、梨華はいつもの微笑で言う。
「だけどね、吉澤くん。好きな人ならきっと気付いてくれるはずよ?
初対面のあなたでさえあたしに気付いてくれたじゃない」
ようやく彼は知らされた。これではその彼氏が梨華を好きではないと言ったも同然だ。
バカなことを言った。軽率すぎた。これでますます彼女を傷つけてしまう。
その思いが吉澤の体に染み渡っていく。
「ご…ごめんなさい」
彼はそれきり、言葉を失った。梨華は吉澤を上目遣いで見つめる。
- 85 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時02分06秒
- 「…困ったわ。あなた、優しいのね。あなたの方が傷ついた顔してる…」
吉澤は梨華のことを考えた。
どうしてだろう。無理して笑う彼女を見ると何かを思い出す。
何だろう。この胸が詰まるようなこの感じは…。
初めて見た時も思った。『どこかで見たことあるような気がする』と。
結論。
自分はどこかで彼女に逢っている。
「でもあれだけ可愛いけりゃ覚えてるハズなんだけどなー…うぅー…」
「…頭抱えて唸ってないで仕事しろよ!!よっすぃー!!!」
忙しそうな矢口に怒られた。
- 86 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時04分23秒
- 次の日。
「吉澤くん!やっほぅ!」
今日はスイスの少女のような格好。バンダナにサングラスが特徴的で、ガン黒とは程遠い白い肌。
「い…石川さん?」
またも豹変したルックスに呆然とする吉澤に安倍が一言。
「よっすぃー…君って顔が広いんだなぁ」
店の先輩たちは梨華の変わり身の術(?)に気付かない。
ある日は黒髪の腰まであるストレートヘア。ある日はヅラまで使ったボーイッシュ型。
「ふっふっふ…やっほぅ」
「…だから石川さん、もう誰なのかわかりませんよ」
誰も気付かない。
メイクも髪型も服装も全て統一することなく、彼女は毎日現れない彼氏を待っている。
だけど、なぜそんなことをするのか。
「え?どうしてかって?」
今度は縦巻きのツインテールで来た梨華に、吉澤が訊いた。
「彼に私だってわかるようにしてるだけよ」
あっさりと答えた彼女。
「それは嘘ですね。あなたのしていることは彼氏の目を混乱させているだけだ」
- 87 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時05分07秒
- ひょうひょうと否定する吉澤。梨華は2・3回瞬きをした。
「何よ。バイトの遅刻理由に産気づいた妊婦さんを病院へ送ったとか、大嘘つくような人に言われたくないよーだ」
「…聞いてたんスね…」
そこを突かれると痛い。彼女がミルクティーを一口飲んだ。
「男ってみんな調子いいんだから」
吉澤が頭に?を浮かべていると、ため息をついて再び話し始めた。
「さっき言ったのは本当のことよ」
「…え?」
「脈絡が無いように思えるけど、今までのスタイルは全部彼の好みのものよ。
移り気な人だから流行りにすぐ踊らされてそれをあたしに強要したわ」
「そんな…っ」
勝手な、と言える勇気は吉澤にはなかった。
- 88 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時05分58秒
- 「あたしは彼が大好きだったから従った。そんなこと位で仲良しでいられるんだもの、簡単なことよ」
梨華がだんだんと下を向く。
「“都合のいい女”って周りからは言われたけど構わないわ。あたしは全力で恋をしているだけだもの。
それをどうして不幸ってゆうのかしら」
彼女特有の、鬱に優しく包まれた表情だ。目に輝きらしきものは見えない。
「あたしにとって、彼を失う以上の不幸はないのに…」
…もし…もしも失ったら?
吉澤の頭にこんな質問が生まれた。
でもそれを訊いてはいけない。いけないんだとそれをかき消した。
「…いつまで、待つんですか?」
彼女はふっと顔を上げて遠くを見るでもなく答えた。
「いつまでも待ちたかったけど、もう時間がないみたい」
時間がないとはどういうことか吉澤が訊こうとしたが、梨華の笑顔によって遮られた。
「明日は“ホントのあたし”で来るね」
- 89 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時06分39秒
- その晩。
吉澤はショックでショックでどうしようもなく落ち込んでいた。
「ねぇ。私この後、用事あるんだけど」
バスローブで煙草を燻らせながら、裸でベッドに沈んでいる吉澤に美貴は言った。
「うん…俺、帰るね…」
のっそりと起き上がる彼を、美貴が横目で見る。
「勃たなかったのがそんなにショック?」
彼は美貴を抱こうと思ったのだが、どうもイマイチ盛り上がらなかったのだった。
音を立てながらズボンのベルトを止めて謝る。
「ごめんね、美貴さん。俺、バカだけど体には自信あったのに…怒ってる?」
「ちょっとね。そうゆうことをぬけぬけと言うところは大馬鹿だけど」
美貴が2本目の煙草に火を点けた。
「私、君のそんな頭の悪いところが好きだったわ」
「…だった?」
Tシャツの片方の袖に腕を通すのをやめて、吉澤は美貴をきょとんと見る。
彼女は椅子に座りながら煙を吐いた。
「本当に頭が悪いのねぇ。
他の女に気をとられて使いものにならなくなるような男は、用無しってことよ」
- 90 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時08分32秒
- 『いつまでも待ちたかったけど、もう時間がないみたい。明日は“ホントのあたし”で来るね』
翌日、吉澤は厨房の前の椅子に座りながら、梨華が言ったことを考えていた。
「どっか遠くに行くんだろうか…」
「だから仕事しろよ!!吉澤!!!」
保田に怒られても、もう何も手につかない。こいつがクビになる日は近い。
「俺…どうしてこんなに気になってんだろ…」
片付け回りをしている時も独り言がだいぶ増えた。お客が訝しげな目で吉澤を見る。クビは近い。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
矢口の元気な声が響く。
両手のトレイに落ちそうなほど多くのカップやらグラスやらを載せて呆けていると、いつものアニメ声が吉澤に向かった。
「…吉澤くん」
梨華だとわかり、ハッと声の方向を見る。そこには昨日までの派手な梨華はいなかった。
あまりに自然な彼女の姿に吉澤は驚きで声も出せなかった。
「スッピンなんて久しぶりだよぉ」
「石川さんっ!?」
肩にかかったやや茶色の髪を下ろしたままにしている。小麦色の肌はカップを割った時のまま。
柔らかい雰囲気の八の字眉毛も。七分丈のピンクのシャツ、ジーパンにサンダルというシンプルな格好。
- 91 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時09分12秒
- ずっと梨華の姿に釘付けになっている吉澤に彼女はくすくすと笑った。
「やだぁ、そんなにジロジロ見ないでよぉ」
「あ、えっと…すいません」
「ふふ…これがあたしのスタイル。彼の好みでも何でもない、あたしが選んだあたしの服。そして…あの日と同じ顔…」
“あの日”という謎のキーワードにひっかかりつつ、吉澤はいつも彼女が注文するミルクティーを取りに行った。
- 92 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時10分04秒
- ミルクティーを飲み終えた頃、吉澤が梨華のもとにやってきた。
「いいの?またこんな所でお喋りしてると、マネージャーに叱られるんじゃない?」
「大丈夫!今、すんごい暇だし」
吉澤の言葉を聞いた保田、影でキレる。
「大丈夫じゃねぇ!!仕事しろってばよぉ!!!」
鈍感な吉澤…気付かなさすぎ…。
「俺、石川さんと話したいしさ」
「…吉澤くんってモテるでしょ?」
梨華は意味もなくにっこりとする。
「はい。でもすぐフラれます。昨日も頭が悪すぎるってフラれました」
こういうところがバカだっつうのに。いい加減気付けよ。
「ぷっ…あはははははは…違う…ふふっ…違うよ、吉澤くん」
- 93 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時10分45秒
- 急に笑った原因がわからず、立ち尽くす吉澤だった。
「それってねぇ…吉澤くんがまだ誰も好きになってないからだよ」
彼はこう言われ、体の中がかき回されているような動揺を覚えた。
「本気で好きならさ、誰だって…」
ここまで梨華が言いかけて、矢口の声が響いた。
「こんにちは、いらっしゃいませ。お二人さまですかぁ?」
店の入り口を凝視しながら、梨華は驚愕の面持ちで静かに立ち上がった。
「石川さん?一体どうし…」
訊くまでもなく、吉澤は気付いた。
入ってきたカップル。その男の方が梨華の彼氏なのだろう。
いや、正確には彼氏“だった”のだ。
- 94 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年03月24日(日)16時13分21秒
- 大漁更新…春休みマンセー。
>83さん
お好きな話になるといいんですけどねぇ(謎
とにかくがんがります!
もう早く終わらせてしまいたい…鬱になってきた(ガクーリ
- 95 名前:インターフェロン 投稿日:2002年03月24日(日)16時14分01秒
- そして名前を間違えた…本気で鬱…。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月25日(月)03時40分40秒
- どんな人が現れたんだろ‥‥
- 97 名前:夜叉 投稿日:2002年03月25日(月)17時17分54秒
- なんだかんだ言って近づいている二人の関係が面白いです。
何より石の毎回変わる姿形が面白い(笑)。
続き、楽しみにお待ちしております。
- 98 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時44分29秒
- そのカップルが入店すると、女子大生たちがざわつきだした。
『ちょっとぉ!“あいつ”じゃない?』
吉澤は、サングラスをかけた“あいつ”という代名詞の男が有名なことに少し驚いた。
『何!?“あいつ”また別のコ連れてるじゃない』
『可哀想…あのコもきっと散々遊ばれてポイされちゃうよ』
『だってさぁ、ウチの学生の女のコも沢山被害にあってるんだよ?
中には捨てられて自殺しちゃったコもいるって話だし』
『えー!誰?誰?』
『…確か、石川…梨華ってコ』
すうっと耳に入ってきた会話に吉澤の脳はこんがらがる。
「(自殺って、石川さんが?だって彼女は今ここに…)何?一…体…」
彼が硬直すると、梨華はぽつり呟いた。
「彼が誰と一緒にいても構わなかったわ…そんなこと、どうでもよかったの」
梨華の中の記憶が蘇る。
- 99 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時45分47秒
- 「ねぇ…今、駅前のオープンカフェにいるから来て」
「たりーわぁ…お前がウチに来ればええやろ」
「ダメ。今日は譲れない。絶対来て」
「何や?彩っぺのこと、まだ怒っとるんか」
「違うの。確かめたいだけなの」
「何なんやそれは」
あの日あたしは髪を切り、ノーメイクで彼の好みではない服を着た。
だけどあえてそれを彼には電話で伝えなかった。
あたしを好きならすぐ見つけてくれる。そう思ってたから。
「絶対来てね…ちゃんとあたしを見つけてね」
「はいはい」
「お願い…」
電話での対応に不安を覚えながらも、あたしはカフェに入って彼を待った。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
スニーカーのキュッという音が彼独特のものだとわかって、あたしは少なからず緊張した。
彼はきょろきょろと店の中を見渡して、あたしを探してるみたいだった。
けれどあたしは声も出さず動かずにいた。
お願い、気付いて。あたしを見つけて。
あなたが証を見せてくれたら、他はもう何も見ない。何も聞かない。
あたしに信じさせて…そう思って目を瞑った。
- 100 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時47分24秒
- でも彼はあたしの真横を通過してしまった。
今まで生きてきた世界が音をたてて崩れたような気がした。
「ちぇっ…来てへんやんか。しゃぁないわ」
彼はどかっと店のソファに座って、携帯を取り出した。
「あぁ、貴っちゃん?今、暇やったら出てきてくれん?
梨華にドタキャンされてな、めっちゃムカツイててん」
聞こえてくる彼の言葉に、最初は涙が出なかった。
「梨華?そう、俺に言いなりの女や。
せやけど従順すぎてつまらんのよ。刺激は彩っぺに求めるけど」
あたしはずっと自惚れてた。ううん、思い込んでたのかもしれない。
「ホラ、梨華って見た目はごっつええ女やん?
オシャレさせて街を歩く時な、ヤロウが見るんよ。これが気持ちいいねん、やめられへんぞ」
自分は愛されてるんだって。だからどんなことも我慢できた。
「ま、あいつはそれだけの女やから」
だけど本当は我慢なんかしたくなかった…あたしだけ見てほしかった。
- 101 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時49分11秒
- 「…これで2度目よ。あの人、またあたしを見つけてくれなかった…」
梨華は哀しそうな笑顔を浮かべ、目から涙を落とした。
「結果は“あの日”に出てたのにバカみたいね…“身体を借りてまで”確かめようなんて」
梨華の泣く顔に、吉澤の記憶がフラッシュバックする。
あの顔、自分は見ていると確信した。
「あたし、もう行かなきゃ…」
「待っ…」
吉澤が手を伸ばして梨華を引きとめようとする。しかし梨華は諦めたような顔で言う。
「さよなら吉澤くん…あたしを見つけてくれて…嬉しかったよ」
笑顔のまま、梨華の体は瞬間的に色が薄くなり、最後には消えてしまった。
それと同時に吉澤は思った。
『俺は馬鹿だ。今頃になって石川さんを思い出すなんて…』と。
- 102 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時50分00秒
- 「先輩、ここッスか?いいバイト先って」
「そーだよ」
矢口先輩にこのカフェでバイトしろと連れてこられた日だった。
店の雰囲気を知るために、頬杖をついてボーッとしながら矢口先輩と喋ってた。
「…ん?うわ、あれ見てみ。すげー…」
「は?」
小声で言うもんだから、言っていることがよくわからなかった。
けれど、矢口先輩が親指で示す方向をとりあえず見てみた。
“あれ”というのは泣いている女の子で、激しく肩を震わせていた。
「さっきから声を押し殺して泣いてんじゃん。ああゆう泣き方はツライよなぁ」
俺はその時、こう言ったはず。
「彼女、笑ったら可愛いだろうなぁ…」
- 103 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時51分09秒
- 店の中がまたざわつく。
『な…何、今の?』
『今、人が消えなかった?』
『何?何かあったの?』
吉澤は行き場を失った手を強く握りしめた。
そしてつかつかと歩きだす。向かった先はもう決まった。
そいつが振り向く前に、吉澤の手は梨華の言っていた“あの人”の襟首を掴んでブン投げた。
“あの人”は勢い余ってテーブルや椅子を体でなぎ倒し、多くのカップやグラスを割った。
安倍や矢口が青ざめた顔になって叫んでいたが、吉澤には何一つとして聞こえない。
「メガネ外して表へ出ろ」
吉澤は涙を流しながら言った。彼の網膜に、無邪気に笑う梨華が映った。
本当に彼は大馬鹿だ。今頃気付くとは。
初めて逢った時から答えは出ていた。
何よりも彼が梨華を笑わせてあげたかったということ。
この日は抜けるようにいい天気だった。
- 104 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時52分14秒
- ここは吉澤の働くオープンカフェから2駅離れた病院の個室。
ある女の子が病室のベッドから起き上がり、涙で濡れた頬を触った。
頭がずきずきと痛むが、包帯が巻いてある。
「あたし…」
急に色々なものが視界に飛び込んできて、事態が掴めないらしい。
そこへ看護婦がドアを開けて入ってきた。
「点滴のお時間れすよぉ。って言ってもまだ意識不明れすよね。ふぅ、はりあいがないのれす」
「あ…あの」
「何れすかぁ?」
のんきにその看護婦は点滴の用意をしていた。めげずにもう一度。
「あの、あたし…」
「ってゆうか何なんれすか!!何で起きてんれすか!!
せっ…先生!!305号室の患者さんが意識を取り戻したのれす!!!」
やっと看護婦が気付き、大騒ぎになった。
- 105 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時53分27秒
- 吉澤は苦しそうに呼吸しながら病院内を走っていた。
何しろ2駅分と猛ダッシュで走ってきたのだから。
廊下である女性に軽くだがぶつかった。
「あっ、すみません!!」
走った勢いで謝り、また走り出すと看護婦に怒られた。
「病院内は走ったらダメなのれすよ!!」
「急いでますっ!どいてください!!ごめんなさい!!」
彼が見ているものはひとつしかない。
吉澤がぶつかった女性はくすっと笑った。
「死にかけたあの子に身体貸して…よかったかもしれん」
- 106 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時54分52秒
- 再び病室。ネームプレートには“305号室・石川梨華”とある。
「もう二度と風呂場で転倒なんかしないように。
打ち処が悪ければ本当に死んでしまうこともあるんだからね」
「…はい」
担当医師の注意を受け、自分のドジが少し嫌になる梨華。
「じゃぁ、明日もう一度精密検査をして…」
そこで病室のドアが勢いよく開いた。
「何だ君は」
突然現れた面会人は医師を無視した。
「責任とってよ…」
梨華は荒い息でこんなことを言う面会人の姿に鼓動が高鳴る。
その面会人は顔にバンドエイドを貼り、傷だらけだった。
「石川さんのせいだよ!
バイトはクビになるし、おネーサンたちにはフラレまくるし…だから責任とってよ?」
こんな他人のせいにされたような言い方でも、梨華はこれ以上ないほどの笑顔になる。
「そうだね、手始めに吉澤くんはどうしてほしいの?」
「え!?そんなこと言っていいの?」
- 107 名前:#2 流通ロマンス 投稿日:2002年04月04日(木)15時56分06秒
- きっと見つける。
例えあなたが変わり果てても、地の果てに飛ばされても、きっと見つけ出す。
きっと君を、笑わせてあげる。
〜Fin〜
- 108 名前:インターフェロン 投稿日:2002年04月04日(木)16時00分08秒
- 一気に更新しました。変なラストだな(w
>96さん
誰だかはレス100をクリックしてもらえればわかると思います。
ちょっと嫌かも…タラシが2人も(w
>夜叉さん
石はもうスッピンで行くでしょうね。
ヨシ、イシカーさんを泣かすなよ(w
- 109 名前:96 投稿日:2002年04月05日(金)13時35分55秒
- はぁ、なるほど(w
- 110 名前:夜叉 投稿日:2002年04月06日(土)21時17分58秒
- 何かこの先もありそうな話ですよね。コソーリ期待してます(爆)。
2話終了、お疲れさまでした。次の話も期待してますね
- 111 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時23分37秒
- 「梨華ちゃん、退院おめでと〜!」
今日は梨華の退院する日で、吉澤はお迎え&荷物持ちの為に、学校を途中でフけて病院を訪れた。
「よっすぃー!?学校サボって来ちゃったの!?」
「うん!梨華ちゃんの為なら説教なんて怖くないさ♪今日もカワイイねっ」
でれでれする吉澤。
「こんなすっぴんでぇ?ちょっと嫌だなぁ」
「いいの!梨華ちゃんはどんな格好でもカワイイから」
「もう…恥ずかしいじゃない…(照)」
イチャイチャしている彼らを見ていた看護婦と医師。
「バカップルはみんなの迷惑なのれす…」
「こ、こらっ!」
吉澤がバイトをクビになったあの日から2人は付き合い始めた。
そしてついにこんなバカップルになってしまったことは、すでに病院中に知れ渡っている。
- 112 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時26分02秒
- ――あの日――
結局、医師を追い出す形で二人きりになったが、いつもの吉澤らしくなく、緊張していた。
『手始めに吉澤くんはどうしてほしいの?』
という質問に吉澤は顔を真っ赤にしてこう答えた。
『名前で…呼ばせてもらってもいい…かな?』
それを聞いて梨華は大笑いした。彼は困った顔で梨華に言う。
『何で笑うの!?そんなオカシイこと、言ったっけ?』
まさか言えるわけがない。小学生よりも子供っぽいよ、なんて。
吉澤はもっと過激なことを考えていると思っていたからだ。
『ふふふ…いいよ。じゃぁ、あたしも…』
『あ、名前じゃなくて“よっすぃー”でいいから!!』
力を込めて言う吉澤に梨華が問う。
『何で?』
『その、実は…本当は“カズヨシ”っていうんだけど…家族は…』
悔しそうに梨華から目を逸らし、苦い顔で続ける。
『家族は…特に母が“ひとみ”って呼ぶんだ…しかもたまにちゃん付けで…』
『…え!?』
- 113 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時27分13秒
- 『それに…父も弟2人も親戚一同も同級生もみんなして…』
『“ひとみ”って…呼ぶの?』
こくんと頷くと、彼は頭を抱えてのたうちまわった。
『名前を決めたのは母なんだけど…母は女の子が欲しかったらしくて…』
それからぽつりぽつりと名前について話し始めた。
戸籍上はカズヨシでも“ひとみ”の方がカワイイから、と母がそう呼び始め、
最初は違和感を唱えていた父までそれに慣れて呼ぶようになったこと。
女っぽい顔立ちの為、小さい頃は近所のおじさんに連れて行かれそうになってイタズラされたり、
夜道で痴漢されたり、今でもあるが男にラブレターをもらったりするのがトラウマになったこと。
それから中学の先輩である矢口に“よっすぃー”とあだ名を付けてもらって気が楽になったこと。
『そ…そうなの…?』
『そう!!両刀使いだとか勘違いされて、2丁目のゲイバーにスカウトされたり!!!』
梨華は鬱になっていく吉澤を、頑張ってフォローしようとする。
『でもホラ、それは男女を問わずモテるってことじゃない?ね?きっとそうだよ!』
『…うがあぁぁ嫌だぁぁぁ!!!』
『あっ!?落ち着いて!!』
- 114 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時33分23秒
- こんなことで、未だに“梨華ちゃん”“よっすぃー”と呼び合っているのだった。
そして手の早い吉澤のことだから、もう梨華も喰ってしまったと思うだろうが、吉澤は梨華にはオクテなのだった。
入院中はお喋りのみ。キスに持ち込めるような雰囲気など一度もない。
だがどうにか先に進みたい吉澤。
「ああ…カワイイなぁ…」
笑顔で他の患者と話をする梨華を遠くから見ていて、彼はつい口に出した。
「いい体つきだね、梨・華・ちゃん♪」
へらへらしていると、急に梨華に声を掛けられた。
「どうかしたの、よっすぃー?すごい笑顔だけど…会計、終わったよ?」
「あっ、何でもナッスィング!じゃぁ行こうか」
吉澤は荷物を担いでさっさとタクシー乗り場へ向かう。
梨華が吉澤に追いつくと同時にタクシーが目の前に止まった。
「運転手さん、この荷物をトランクに入れてください。さ、梨華ちゃんは乗って」
「ありがと、わざわざ来てもら…ってあれ?」
梨華はてっきり、吉澤とは病院で別れるものだと思っていた。
しかし吉澤はさも当たり前のように車内に乗り込み、彼女の隣に座った。
「えへ。お家まで送るから安心してよ♪」
「あ、そう…」
- 115 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時34分31秒
- 発車してまもなく、梨華の眉がだんだん八の字になってきた。困ったことがある証拠だ。
だが吉澤は浮かれていて全くそれには気付かない。
「梨華ちゃんのお家はマンションだって言ってたけど、どんなところか早く見てみたいなぁ〜」
「えっ…どこにでも、あるようなところだよ…」
「そっかぁ」
梨華が困っている原因は、彼女の部屋の汚さにあった。
救急車で運ばれてからは掃除も全然していないのだ。恐らく、服は脱ぎっぱなしで…。
そして、入院中に言えなかった『あのこと』も言わなければならない。
彼に知られる前に、絶対に自分から言っておかねばならないことを…。
- 116 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時35分58秒
- 梨華:『ああ、どうしよう…どうしよう…どうしたらいいのかなぁ…誰か助けて…』
吉澤:『おっしゃぁ!家に入って一段落したら…(妄想中。自主規制)…えへっ』
と、こんな感じに見て取れる2人の様子が明らかにおかしい為か、運転手は一瞬、停車してから声を掛けるタイミングを失った。
「…お客さん、ここでいいんですかぁ?」
第三者の冷ややかな声にまず気が付いたのは梨華だった。
「あっハイ!どうもありがとうございます!」
そのハイトーンボイスに我に返った吉澤は、あと少しでよだれが垂れそうだったことに恥ずかしくなり、急いで口元を隠した。
料金を払ってタクシーが見えなくなるのを確認すると、吉澤は荷物を担いだまま、振り返ってマンションを見た。
10階建てで、梨華の部屋は7階の一番隅にあるという。
エレベーターは防犯の為に、午後9時以降はどの階にも止まるらしい。
「へぇ…結構新しいじゃん」
「割とね。まだ5年しか経ってないんだって」
エレベーターを降り、梨華は鍵をポケットから出して歩いて、部屋の前に立った。
「ここだよ…部屋、片付けるからちょっと待ってて」
と、彼女は先に部屋に入った。
- 117 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時37分04秒
- 外で待っている吉澤はまず、ドアに貼ってあるピンクのネームプレートに目が行った。
(カワイイ!!っつうかこんな女の子っぽいところもイイ!!)
どたばたと走る音が聞こえ、彼は声を押し殺して笑ったのだった。
2分ほどして、梨華がドアを恥ずかしそうに開けた。
「どうぞぉ…散らかってるけど」
「おじゃましま〜す…ん!?」
何とそこにあったのは、ピンクの集団。
辛うじて壁紙は白だが、カーテンも時計もテーブルもソファーもその他も見える限りは全てがピンク。
吉澤の目がチカチカしそうになったことは、梨華には秘密にしておく。
「適当に座ってて。今、お茶でも出すから」
梨華がキッチンでやかんを手にした時、吉澤が遠慮がちに言った。
「あのさ、梨華ちゃん…」
「ん?」
「トイレ、借りてもいい?」
彼の遠慮がちな様子が梨華にはくすぐったくて、思わず微笑んでしまう。
「もちろん構わないよ。えっとね、玄関の手前にあるよ」
「ありがと!」
吉澤はリビングを出ると、ニヤッと笑った。
一方、梨華は彼がトイレから帰ってきたら『あのこと』を話そうと決めていた。
- 118 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時38分03秒
- 彼がトイレを借りたいと申し出たのには他に理由がある。
藤本美貴さん(本編参照)の時も、シャワーを浴びたいと言って内部検証をした。
それは彼の癖というよりも習慣に近い。
こっそりと他の部屋も覗く。
寝室らしき部屋のドアを開けると、彼女の使っている香水と同じ香りがした。
鼻の下が伸びている吉澤…見苦しいぞ…。
隣にもうひとつ部屋がある。ここは一体何に使うのかとドアを開けた瞬間…。
ゴガァァァァァン!!!!
- 119 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時38分57秒
- 突然聞こえた奇怪な音に、キッチンにいる梨華は血の気が引いた。
「嫌だぁ…帰ってたの!!」
急いで梨華が音の方向へ行くと、吉澤が上半身を壁に預けて意識を失いかけていた。
「大丈夫!?よっすぃー!!!」
「あう〜…頭打った…」
「フン!」
と、他人を見下したような態度で吉澤の前に立ちはだかる少女がいた。
「梨華ちゃん、ただいま!言うとくけどな、そいつが勝手にウチの部屋を覗こうとしたんやで。
そういう犯罪者には得意の回し蹴りで応戦やッ!!」
「だからってひどいよ、あいぼん…よっすぃー、しっかりして!」
「何なんだ…このガキ…(ガクッ)」
吉澤は梨華の呼び声を聞きながら気を失った。
- 120 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時39分52秒
- ぱしゃっ…ぱしゃっ…。
「…ん?」
額に冷たいものを感じ、吉澤は目を覚ました。
「あ、起きた?」
歪む視界に映ったのは眉毛を八の字にした梨華だった。
「あの…ソファーに運んでくれた…の?」
「うん。よっすぃーって意外と軽いんだね」
「あはは…まぁね…」
乗せられていた濡れタオルを手に取り、吉澤はゆっくりと起き上がった。
「ちょっとぉ!平気なの?」
「少し頭痛が…っていうかあのガキは!?」
吉澤が周りを警戒しながらソファーに座るが、梨華は苦笑した。
「あいぼんのこと?ごめんねぇ、もっと早く説明しとけばよかったんだけど…」
- 121 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時40分50秒
- 先ほどの少女は“加護亜依”と言い、梨華の祖父の従兄弟の姪なのだという。
亜依は昔から頭が良く、『どうしても偏差値が高い東京の高校がいい』と駄々をこねまくったという。
そしてすんなりと東京の高校に決まった時、学校の近くに住んでいた梨華と同居することになったのだった。
少しの間は里帰りしていたのだが、こんなにも早く帰ってくるとは予想できなかったらしい。
「そんなに遠い親戚なのか…ところでさ、あの強さは一体どうして?」
「あの子…高校に入って出来た友達が空手をやってたらしいの。確か紺野さんって…その子の影響でね」
未だ見ぬ“紺野さん”に、吉澤の殺意が芽生えた。
「本当にゴメンね。あいぼん、今は予備校に行ってていないけど、ちゃんと怒るからね」
「…そう?」
吉澤は梨華がさっきのガキ…いや、亜依に怒っている場面を想像してみた。
梨華の怒りは亜依のシカトによって一方通行。そんなところか。
- 122 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時41分40秒
- 「意味ねぇな…」
「何が?」
そこで梨華は吉澤の隣に座った。
「ん、独り言。っていうかさ…」
「きゃっ!?」
梨華はいきなり吉澤に抱きすくめられて変な声を出した。
「よっすぃ…どうしたの?」
「えへへ♪こうしてていい?」
彼はこうしているだけで幸せなのだが、梨華はなぜか拒んだ。
「…あ!ちょっ…ちょっと離して?ね?」
「イ・ヤ」
「じゃないと…離してくれないと大変なことに…」
「大変なことってな・あ・に?」
と、より強く梨華を抱きしめたその時。
「…こういうことや!!」
「ハァッ!?」
吉澤が振り返るよりも早く、亜依のカカト落としが彼の脳天を直撃する。
- 123 名前:流通ロマンス番外編 〜お家へ帰ろう〜 投稿日:2002年04月09日(火)14時42分41秒
- 「ぐあ…(ガクッ)」
「あいぼん!!今度は許さないからね、謝りなさい!!」
「うっさいわ!!授業が早う終わって、久々にソファーでゆっくりしよう思たら、
イチャイチャイチャイチャ…見苦しいっちゅーねん!!!」
「だからって頭を狙うことはないんじゃない!?
これ以上よっすぃーが馬鹿になったらどうしてくれるのよ!!」
「知るか、アホ!!あんたかて、こないだまで男に騙されよるくらいバカやないか!!!」
吉澤はまたも薄れゆく意識の中で思った。
『早く…キス以上の関係になりたい…』
…しばらくは諦めろ。
流通ロマンス番外編 〜FIN〜
- 124 名前:インターフェロン 投稿日:2002年04月09日(火)14時46分00秒
- えー、番外編でした。夜叉さんのリクエストにお応えして。
しかし人として何か間違ったことをしたような気になりました(泣
>109(96)さん
わかっていただけましたでしょうか?(w
>夜叉さん
一応…オチ隠しで番外編が終わってしまいました。
本当にすいませんです(泣
- 125 名前:夜叉 投稿日:2002年04月12日(金)19時10分22秒
- そんなことないですよ、爆笑した自分がいるのですが何か(笑)。
>未だ見ぬ“紺野さん”に、吉澤の殺意が芽生えた。
この部分、かなりおいしいと思うのですが。
くぅ〜、またいつかこれの続きを書いていただけたら…、と言ってみるテスト(笑)。
有難うございました。
- 126 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年04月13日(土)16時50分05秒
- イヤー番外編もよかったです。(笑
でも、まだこの続きが読みたいと、思ってみる(謎
ありがとうございました。
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