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Pleasures
- 1 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月17日(木)01時47分05秒
- 他の板で書いたりしてました。
暫くの間、宜しくお願いします。
元ネタがあるというか、感銘を受けた作品の影響が凄く出てます。
それが好きな人、すみませんです。
- 2 名前: 投稿日:2002年01月17日(木)01時47分44秒
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Pleasures
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- 3 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)01時48分26秒
- 窓から青い月が見えて、石川はページをめくる手を休めた。
彼女が何度か経験している青い月は、
彼女をいつも少しだけ寂しい気持ちにさせた。
ドアのノック音に、石川は笑顔で答えた。
「石川、これ食べない?」
クッキーを片手に入ってきた保田を迎え入れた石川は、
ゆっくりとココアを入れた。
「インスタントですけど」
「その方がいいよ」
笑いながら言う保田を睨んでから、石川もおかしそうに笑った。
「青い月が出ましたね」
「明日からまた忙しくなるよ。気合い入れな!」
「はい」
クッキーが一つ残らず皿からなくなって、
保田は石川の部屋から出ていった。
石川はお皿をシンクに沈めて、窓辺に立った。
ここに来てから何度目の青い月だったか、彼女はもう思い出せなかった。
- 4 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)01時49分11秒
- 朝なのにはっきりと青い月が出ているのを見て、吉澤は首を捻った。
「変な世界。…つーか、ここどこ?」
彼女の他にもその大きな門の前に立っている人達はいた。
「はぁい、everybody!こっちですよぉ!こっちぃ!」
外人の様な顔をした少女は吉澤とその他の人達に向かって手を振っていた。
「mikaについてきてくださぁい!
This is where you belong!Please come quickly!」
途中から英語になり、子供から老人までいたこの集団は
最初の日本語だけを聞き取ってミカの後を着いていった。
彼等が門の前に立つと、門が開いて中からおっとりした女性が会釈した。
ミカが彼女に挨拶をして門の中へと入っていき、彼等もそれに続いた。
吉澤は覇気のない集団の中で、退屈した時間を過ごしていた。
大きな館の中に入ると先程門の場所にいた筈の女性が既にそこにいて、
彼等に一枚ずつ真っ白な紙を渡していった。
吉澤がそれを見ると何も書いていなかった筈のそこに彼女の名前が浮かびあがった。
吉澤に驚く間も与えずに、ミカは彼等を大きな部屋に連れていった。
そこは教会の様な作りをしていて、教会と違うのは
聖書も賛美歌集も十字架も置いていない事ぐらいだった。
「explainしてくれるのは、ここの所長のYuko Nakazawaです!」
「ミカ、あんた日本語で喋りぃ」
恐い顔をして、中澤が彼女の隣に立って言った。
- 5 名前: 1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)01時50分23秒
- 外では大きな青い月が吉澤達を見守っていた。
吉澤がぼんやりと紙を見つめていると、隣の少女が吉澤に聞いてきた。
「ねぇ、ママは?」
吉澤は少し考えてから言った。
「ママはきっとまだ生きてるんだよ」
少女が不思議そうな顔をしたのと、中澤が話し始めたのはほぼ同時だった。
「皆さん、本日は御愁傷様でした。
既に御存じの方が多いとは思いますが、皆様はこの一週間で亡くなった方々です。
ここは天国に行く前の最終地。皆様にはここで一週間程過ごして頂きます」
中澤の声は、部屋に響き渡った。
何人かが息を飲み、何人かは嗚咽を洩らし、
そして少女はまだ不思議そうな顔をして吉澤に母の居場所を聞いた。
「皆さんには会いたい人をたったひとりだけ決めて頂きます。
その方とお話する事も、その方に触れる事も出来ません。
ただ、その方を最後に見て、その方の記憶だけを持って天国に行って頂きます」
吉澤は相変わらず母親の居場所を聞いてくる少女にもう一度言った。
「ママはきっとまだ生きてるんだよ」
「じゃぁ、よーちゃんは?」
自分を指差して聞く少女に、吉澤は冷たく言い放った。
「死んじゃったんだよ」
- 6 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)01時50分54秒
- 中澤の声は相変わらず、部屋に響いていた。
「皆さんにも、愛する方が沢山いらっしゃるでしょうし、
すぐには決められないでしょう。ですから、皆さんには
今日から五日間の間に最後に御会いになりたい方を選んで頂きます。
そこから二日間の間に担当者がその人を探してきます。
条件は、相手がまだ生きてる人だと言う事と、具体的な名前或いは、
当時の詳しい状況が分かるという事です。
五日間の間に皆さんは担当者と話し合い、お相手を見つけて下さい。
詳しい事は、皆さんにお配りした紙に記載されています。
御一読下さいます様お願い致します」
ではお部屋に案内します、とまた門の所にいた女性がドアを開いた。
吉澤は小さく泣き始めた少女に困り果てていた。
少女は促してもドアの方へと動こうとはしなかった。
「あのさぁ…」
「なんでよーちゃん死んじゃったの?ねぇ、なんで?」
「そんなの、こっちが知りたいよ…」
窓の外を見ると、青い月が先程よりも少し遠のいた様に見えた。
- 7 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)01時51分44秒
- 中澤の帰ってきた職員室では五人のスタッフ達が
それぞれの担当者のフォルダを見つつ話し合いを進めていた。
「うわっ、石川今回やばいね。そんな面子なんだ」
「気が重いです…」
「そんな事言ってへんで、早く話はじめぃ」
中澤の号令で、背筋を伸ばした石川は細い指でファイルを一冊ずつ
丁寧に持って申し送りを始めた。
「私の今回の担当は、折原洋子9歳、吉澤ひとみ16歳、遠野はる87歳、
松井与志雄97歳の四人です。折原洋子に関しては
まず彼女がしなくてはいけない事から教えなければいけないみたいです。
吉澤ひとみは、年齢的に考えても最後に会った時の未練が心配なので、
そこを注意しなければいけないと思ってます。遠野はるは」
石川の声が職員室から聞こえて、外の鳥達はぴちぴちとさえずった。
気付けば青い月は遠くの方で星の様な小ささになっていた。
職員会議が終る頃には白い月が戻ってきていた。
- 8 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月17日(木)01時52分54秒
- では、今回はこれで。
気分で下げてるだけなので、ageでもsageでも気にしないで下さい。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)02時44分19秒
- 面白そうな設定ですね
今回も期待してます
- 10 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)03時46分13秒
- ああ、伊勢谷くんが出てるやつっすね。
好きでしたけど気にしないので。楽しみにしてます。
- 11 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)06時23分25秒
- 部屋に戻ろうとする石川に、飯田が連れ立った。
「明日からはまた大変だね」
「えぇ。もう本当、弱っちゃいましたよぉ」
飯田は小さく笑って、タイムカードを押した。
石川が外に舞う落ち葉を見つけて飯田に教えた。
「もう秋なんだね。カオリはまだ夏な気がしてならないよ」
「秋が深まったら、焚火しましょうか?」
「いいねぇ。焼きジャガしよう」
飯田の一言に、石川は不思議そうな顔で聞き返した。
「美味しいんだよ?焼きジャガ」
カオリはいつもしてた、と飯田は頷き、勝手に納得して
自分の部屋に入っていった。
石川はさして気にもせず、自室に戻った。
部屋の窓から白い月光が射し込み、彼女はその光を浴びに窓辺に立った。
「あら…?」
石川は窓から見えるベンチに誰かが座っているのを見つけた。
窓を開けて、石川はベンチに向かって話し掛けた。
「ねー!何してるの?そこで」
石川を見上げた少女は驚いた様に彼女を見つめた。
- 12 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)06時24分15秒
- 石川はちょっと待ってて、と少女に呼び掛けて台所でミルクを沸かした。
たまに窓を確認してまだ少女がいるのを確認して、石川は
沸騰されたミルクにはちみつをとかして魔法瓶に詰めた。
マグカップを三つ程手に取った石川は、
少し考えてからカップケーキの籠を腕にかけた。
急いで階段を降りて、石川は裏のドアを開けた。
銀杏の葉が一枚、彼女の頭の上に落ちてきた。
髪の毛からそれを手に取って、石川はまた小走りを始めた。
「ごめんね、お待たせっ」
「…なんですか?」
「ん?」
少女の影に隠れた小さな女の子に笑いかけて、
石川はマグカップを二人に渡した。
「貴方が吉澤さんで、貴方が洋子ちゃんね?
私が貴女達の担当者で石川梨華です。宜しくね」
マグカップに注がれたミルクに口をつけた洋子の顔が明るく輝いた。
「これ美味しいね!」
カップケーキを手渡して、石川はにっこり笑った。
「眠れなかった?お部屋がひとりじゃ寂しいかしら?」
- 13 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)06時26分33秒
- そんな二人の様子を見ながら吉澤は自分もミルクに口をつけた。
「吉澤さんは優しいのね。有難う」
「別に、お礼を言われる様な事は」
吉澤の素っ気無い声が途中で途切れた。
「そんな事ないわ。だって、部屋に残ってる事だって出来た筈だもの」
吉澤の変化には気付かず、石川は洋子の口の周りを拭いた。
「洋子ちゃんに、イイ物をあげるわね?それできっと眠れるから」
洋子が頷き、石川は彼女からマグカップを受け取って、立ち上がった。
「吉澤さんももう寝なきゃ。消灯時間は過ぎてるわ?」
「あ、はい…」
吉澤は石川にマグカップを渡して、立ちあがった。
「初めての夜は、皆大変なの」
吉澤を見て、石川は優しく笑った。
複雑そうに笑い返した吉澤を部屋の前まで送った石川は、
洋子を連れて自分の部屋まで戻ってきた。
「ちょっと待っててね?」
廊下はそこに誰もいないのではないかとすら思わせる程の静寂が占領していた。
洋子の肩が少し震えた。石川が戻って来て、洋子は彼女に抱き着いた。
「遅くなってごめんね?はい、これ」
石川の手にあった小さな黒い犬の人形を見て、洋子は笑顔で抱き締めた。
「よーちゃんに貸してくれるの?」
「よーちゃんにあげるわ。大事にしてね?」
彼女の額にキスをして、石川は洋子を彼女の自室に連れていった。
- 14 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)06時27分45秒
- 「Nattohは食べなきゃ駄目ですかァ?」
ミカの声が食堂からはみだしているのを聞いて、
食堂に入った中澤はミカを睨み付けた。
「なんや、朝っぱらから煩いなぁ」
「裕ちゃん、ぴりぴりしてるね?」
「毎朝煩くされたら適わんやろにが」
飯田の肩に手を置いて、中澤はため息をついた。
「おはようございまーす」
「朝から高い声も適わんわ…おはよ」
石川のきょとんとした顔に苦笑いした中澤は、
厨房の中にいる昨夜門を開けていた女性に声をかけた。
「おはよ、小湊。今日のメニューは?」
「鮭の塩焼きと海苔の味噌汁と卵焼き。納豆はお好みで」
石川は後ろから来た保田に挨拶をして小湊から茶碗を受け取った。
「おねぇちゃん!」
石川が振り向くとそこには黒い犬を抱きかかえた洋子が立っていた。
「おはよう、よーちゃん」
「おはよぉ。あのね、この子ね、クロにしたの」
「クロちゃん?そっか。良かったね、クロちゃん」
犬のぬいぐるみを撫でた石川は洋子に自分の持っていた食事を渡し、
小湊からもう一度朝食を受け取った。
先に席に座った中澤が厳しい顔をして、その様子を見ていた。
- 15 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月17日(木)06時28分41秒
- 「あんたの悪い癖やで?石川」
席に座った石川に中澤の厳しい声が聞こえた。
「あんまり仲良くなるとまた泣く事になるよ?」
保田が心配そうに言った。
「すみません…」
石川が俯くと、保田が慌てて取り繕った。
「いや、あの子が自分の死を受け入れられたのはいい事だよ」
石川が笑顔を見せると、保田はホッとした様な顔をした。
職員のテーブルから笑い声があがり始めてから少し経って、
他のテーブルでも笑い声が聞こえてきた。
そんな中、一言も発していない吉澤を心配そうに見ていた老婆が
彼女に向かって言った。
「ほら、海苔の味噌汁をお食べ。美味しいよ」
「…はぁ」
吉澤が静かに食べ始めたのを見て、老婆は自分の食事を続けた。
- 16 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月17日(木)06時34分15秒
- なんとなく寝つけなくて書いてしまったので、更新。
まだ空気が伝わらないかな?とも思い、1ぐらいは今週中に終らせたいと。
無理かもしれませんけどね…。
>>9
御期待に添える様に頑張ります。
>>10
実際はあれとは違う話になるのですが、少し後ろめたい気持ちです。
あの作品の監督の描き出す雰囲気は、私の書く物の基本になった気がします。
では。
今ちょうど暇な時期なので、多分今日また更新するでしょう。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)07時32分55秒
- お〜はやくも新作開始ですか。うれしいかぎりです。
面白そうな話で楽しみ楽しみ。
がんばってくださいね〜。
- 18 名前:夜叉 投稿日:2002年01月17日(木)17時18分09秒
- 新作おめでとうございます。
HP覗かせていただきました、綺麗な作りですね。
あの作り、好きです(また…。w)。
ブックマークに入れさせてもらいました、ちょくちょく行きますんで。
原作を知らないんで(好きな方、ごめんなさい)。
師匠の作品がまた読めるといううれしさを噛みしめながら。
頑張ってください、期待してます。
- 19 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月17日(木)18時28分46秒
- なんとも出だしから不思議なムード漂うお話ですね。
作者さんの描かれる新たな世界を楽しみにしております。
- 20 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月18日(金)03時03分32秒
- 吉澤とその他の施設利用者は、朝食が済むと部屋に戻った。
ベッドと、洗面所だけがあるシンプルな部屋には、
夜にはパジャマが置かれてあり、朝には生前に着用していた服が置かれてあった。
「変な部屋。変な場所。変な、人」
吉澤は窓辺に立って、下を歩く人達の姿を見た。
職員達が、綺麗に掃除された道を歩いていた。
石川が楽しそうに他の職員と笑っているのを見て、
吉澤の胸がチクンと痛んだ。
「似すぎだよ、お姉ちゃんに」
吉澤は窓に額をつけて、冷たさに後ずさった。
「会うなら、あの人だなぁ」
ベッドに寝転んで、目を閉じた。
そのまま彼女は館内放送が流れるまで夢の世界へと向かった。
「次、石川」
「はっ、はい。年齢順にお話を聞いていこうかと思ってます。
今日は…特に言う事ないです」
職員室では、定例会儀が開かれていた。
「次、保田」
「通常通り。特にないっす」
保田がフォルダを閉じた。
「次、福田」
フォルダを開けようともせずに福田が無表情に言った。
「いつも通りです」
「次、飯田」
「右に同じ」
「私も特にはないわ。じゃぁミカ、アナウンス宜しく」
「はいはーい。えーっと…Attension please,We…」
- 21 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月18日(金)03時04分24秒
- 吉澤は英語のアナウンスで目が覚めた。
直後に怒鳴り声が聞こえてくる。
「日本語で言うたやないかっ」
「I'm sorry!言い直しますよぉ。
益田ちよさん、森村きんさん、石谷しげるさん、堀徹さん、折原洋子さん、
紙に書いてある部屋に向かって下さい」
吉澤は大きく欠伸をして下の庭を覗いた。
落ち葉がはらはらと落ちているのを、小湊が掃除していた。
洋子が、他の人々と歩いて隣の建物に入っていくのを見つけた。
彼女は朝から手放さずに黒い犬を持っていて、
吉澤に朝も見せて喜んでいた。
洋子がその建物に入るのを確認した吉澤は部屋から出ていった。
落ち葉は一つ残らず端に固めてあった。
良く見ると全て銀杏の木なのに、そこに銀杏の実は落ちていなかった。
「やっぱ、変な場所」
吉澤はベンチに座って言った。
- 22 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月18日(金)03時04分58秒
- 「よーちゃん、聞いて」
木の机を挟んで、石川が洋子に話し掛けた。
「よーちゃんは、誰に会いたい?」
「パパとママ」
言い難そうに、石川が口を開いた。
外に落ちていたのを拾ったのか、洋子は銀杏の葉で遊んでいる。
「1人にしか会えないのよ」
「嫌だよっ!ママとパパに会いたいのっ」
「よーちゃん、聞いて」
「やぁだぁ」
泣き出してしまった洋子に石川はどうしていいか分からず、
彼女を慰める事しか出来なかった。
泣き止んだ洋子にまた明日話そうと言って、
石川は彼女を送りだした。
「桜井京子さん、吉田花さん、吉澤ひとみさん、鈴木博さん、舛添江美さん、
紙に書いてある部屋に向かって下さぁい」
スピーカーからミカの声が聞こえて、吉澤は紙を見た。
先程までは自室の場所と名前が書いてあったその紙は、
何時の間にか隣の施設までの道程と部屋の番号に書き換えられてあった。
「最後に会いたい人、ねぇ」
吉澤はゆっくりと立ち上がってその建物へと歩き始めた。
- 23 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月18日(金)03時05分39秒
- どうぞ、と心無しか疲れた顔色の石川が吉澤を部屋へと招き入れた。
そこは木の机と椅子だけの小さな部屋で、
天井には机のちょうど上の部分に窓があった。
ちょうど机の部分だけに光がたまり、光の向う側に座る石川が吉澤には眩しく見えた。
「じゃぁ、聞かせて下さいね。貴方が会いたいのは誰ですか?」
吉澤の頭の中で石川の顔と、セピア色の記憶とが入り交じった。
「お姉ちゃん…」
「え?吉澤さんて、確か一人っ子よね?」
慌ててフォルダを見直す石川の手を、吉澤がとめた。
「お姉ちゃんに会いたい」
「…?」
石川はフォルダを持つ手を机の上に戻して吉澤の話を聞く事にした。
「昔、私は病院に入院してた。
体が弱くて、友達もいなかった。そこにお姉ちゃんがいたの。
優しくて、綺麗で…でも、私が退院する前に退院しちゃって、
それからもう会ってない」
吉澤をゆっくり見て、石川は言った。
「本当に、その人でいいの?御両親とか、好きな人とかじゃなくて?
まだ五日間もあるのよ?」
吉澤は真直ぐに彼女を見て頷いた。
- 24 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月18日(金)03時12分12秒
- 本日の更新終了。
他の所とだぶって書いてた為、少量。
>>17
書きためてからでもよかったんですが、
最後までキチンとイメージが固まったので出してしまいました。
これから暫く宜しくお願いします。
>>18 夜叉様
有難うございます。
HP、なんもないとこで申し訳ないです。
原作とは言っても、コンセプトは全然違うので
知らないと面白くないという訳ではないと思います。
また宜しくお願いします。
>>19 M.ANZAI様
またアンリアルかよって声が他方から聞こえてきそうですが…。
一度はやりたかった設定なので、書いてる本人も楽しいです。
前作も楽しかったですけどね。
これからも宜しくお願いします。
- 25 名前:夜叉 投稿日:2002年01月18日(金)09時48分09秒
- 師匠、ありがとうございました、わざわざ。
うれしかったです。
アンリアルでもいい。
いつも呼んでて、はっと気が付くこと多いんで。
勉強させてもらってます、はい。
吉の「お姉ちゃん」、気になるところですが、この作品の空間が一番気になります。
楽しみにしてます。
- 26 名前:夜叉 投稿日:2002年01月18日(金)09時49分54秒
- 呼んでて、って、あーた…。
読んでて、の間違いです(鬱)。逝ってきます。
- 27 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月18日(金)14時10分13秒
- ん〜お姉ちゃん…きになりますね〜。
どういった話になっていくのかとっても楽しみです。
今回はいろんな人がちょこちょこでてくるのかな?
- 28 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月19日(土)12時08分16秒
- 吉澤の前に石川と面接した女の子がなんとも気がかりです。
そして吉澤の会いたい相手とは・・・?
まるでそこにある世界を覗かせてもらっているような文章に
登場人物の歩く後ろ姿やちょっとした息づかいまで伝わってくるようです。
>他の所とだぶって書いてた為、少量。
おや?先日まで書かれていたスレではありませんね?
もしよろしければ、その場所のヒントでも教えて下さいませ。
ぜひそちらの作品も読ませていただきたいです。
- 29 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時52分23秒
- 吉澤の面接が終った石川は深いため息をついた。
コンコン、とドアがノックされて、石川が振り向くと
保田が顔を見せた。
「休憩だよ」
「保田さぁん。どうしたらいいんですかぁ?」
涙声になる石川に保田はため息をついて手招きをしてドアの外へ出た。
石川はファイルを纏めて、椅子から立ち上がった。
机に置いた指がひんやりとした木によって体温を奪われていく。
石川は、机の向こうの今はもう誰も座っていない椅子を見て、
もう一度深いため息をついた。
職員室には既に石川以外の職員が珈琲とクッキーで楽しそうに笑っていた。
「おつかれ。どないしたん?」
優しい声を出して中澤が石川の顔を覗き込んだ。
「中澤さん…」
中澤が石川の背中を押して所長室に連れていった。
後に残った全員がその小碓を見守る中で、
福田だけがクッキーを口に運んで言った。
「これ、美味しいですよ」
「福田…あんたって子は…」
脱力した職員達はドアを見つめるのを止めて
福田の言ったクッキーに手を伸ばした。
- 30 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時52分57秒
- 石川が涙を両手から溢れさせる程に流しながら話した事を聞いた中澤は、
いつもの怒鳴り声ではなく、淡々とした口調で彼女に言った。
「えーか?石川。これから先もあんたには小さい子供の担当が回ってくるで?
ここで今回、担当を変えてもいつかまたあんたが担当する事になるんや。
あんたが今、なんとかせんでどうする」
「はい」
中澤の長い爪が彼女の頬を擦って、石川は爪の冷たさに目を閉じた。
「さて。で、も1人はどうなんや」
涙を拭われて石川は中澤を見つめ返して話し始めた。
「それが、こっちも大問題なんです」
頭を抱えた中澤が外に出てきた時には既にクッキーは一つも残っていなかった。
「なんで残ってないねん!せっかく九州地区のお土産やったのにぃ」
「私、一個も食べてない…」
「さ、仕事しましょうか!」
焦って立ち上がった保田が全員を急かした。
次々に出ていく職員達を石川と中澤は恨めし気に見た。
「石川さん、いきましょう」
「あ、はい」
福田に言われて、石川は彼女の後を着いていった。
- 31 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時53分30秒
- 歩いて別館に向かう二人の前に銀杏の葉が落ちてきた。
「石川さん、これ」
福田にハンカチを手渡されて石川が不思議そうな顔をしてそれを受け取った。
「なぁに?」
畳まれてあるハンカチを開いた石川の顔が笑顔に変わる。
「福田さん、有難う」
「いえ」
無表情のまま、福田は先に建物の中に入っていった。
ベンチの上の葉がカサカサと音をさせながら地面へと移動していった。
「福田さんっ」
石川は走って福田に追い付くと、福田の腕を抱き締めた。
「ほんとに有難う」
「はぁ」
戸惑う福田にクッキーを一枚渡して石川が笑った。
「はい、半分こ。頑張りましょうねっ!」
福田が恥ずかしそうに笑って、石川は歩き出した。
窓から中庭を眺めていた吉澤は、
石川が福田と歩いているのを見つけて、ため息をついた。
「…馬鹿馬鹿しい。そんな事、ある訳ないじゃん」
寝台におかれていた時計を見た。
文字盤を指している針は1と3の場所でカチコチと音を起てていた。
まだ、日の光りが窓を溢れさせていたけれど、
吉澤はベッドに入って目を閉じた。
「おねぇちゃん」
こっそりと呟いたその声は、誰にも届かなかった。
- 32 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時54分00秒
- 夜は、誰にでも訪れて石川は自室でミルクを沸かしていた。
外に光る星が石川を窓辺へと誘い、
彼女はその誘いにのって窓辺へと歩いていった。
「あ…」
石川は窓を開けて、ベンチに座る少女に声をかけた。
「ねぇ、あがってらっしゃいよ」
ベンチに座っていた吉澤は、見上げてみつけた少女に力無く笑った。
「はい」
吉澤が階段へと続くドアの中に消えたのを確認して、
石川はココアの缶を開けて、粉を少量のお湯で溶いた。
「お邪魔します」
ノック音と同時に響いた声に石川は優しく、どうぞ、と答えた。
吉澤がドアの前で手持ち無沙汰に立っていると、
石川がマドレーヌの入った籠を彼女に手渡した。
「これ、持ってってくれる?あの机ね」
- 33 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時55分00秒
- 古い机は木製で、真っ白なペンキが少し剥げていた。
同じ様な椅子が二脚、そこに置いてあって吉澤はそこに腰掛けた。
「毎晩、眠れないの?」
すっかり溶けたココアの粉にミルクを加えながら石川が聞いた。
「まだ、二日目ですけど」
「そうね」
マシュマロと角砂糖を添えて、石川はココアを机の上に置いた。
マシュマロも、角砂糖も全てココアの海に浮かべた石川は、
それをよく混ぜて一口飲んだ。
マシュマロだけを入れた吉澤は小さく、いただきます、と言って
それに口をつけた。
「ねぇ、吉澤さん」
「はい」
吉澤にマドレーヌの封を切って渡すと、少し考えてから石川は言った。
「今日ね、もう一度調べてみたんだけど、
やっぱり貴方に入院歴はないわ。誰かのお見舞いとかじゃないのかしら?」
石川の言葉に、吉澤は自分でも気付かない内に
瞳からポロポロ水分を落とした。
「あ、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。
ごめんね、泣かないで?」
慌てた石川が、吉澤の頭を撫でた。
- 34 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月24日(木)00時55分54秒
- 不意の涙を止められずに吉澤は頭を横に振った。
「歌、歌ってあげるわ。だから泣かないで」
石川の部屋に、高い歌声が響き渡った。
涙を止まると、吉澤はやっと笑って言った。
「私、もう15歳なんですけど…」
「そうね。私ったら…。ごめんなさい」
石川が手を吉澤の髪の毛から離すと、吉澤はその手を掴んだ。
「あのっ…」
石川が不思議そうな顔をして、吉澤はその手を放した。
「いえ、なんでもないです。ごめんなさい」
吉澤はマドレーヌを食べて、全然関係ない話を始めた。
「あの、銀杏の木があるのに、何故ここは銀杏がないんですか?」
吉澤の切り替えに、笑顔を見せて石川は質問に答えた。
「ここは生きてる場所じゃないからよ。
死んでしまった木や、動物は
世界中のこういった施設や、天国に配付されるの。
人間に飼われていた子なんかで先に飼い主が亡くなっている場合は
飼い主の元へと行く時もあるけれどね」
「じゃぁ、あの銀杏の木は」
「そう。死んでしまったから、種はつけられないの」
私達だって子供は産めないわ、と笑って石川が言った。
吉澤は納得した様に頷いてココアをもう一口飲んだ。
- 35 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月24日(木)01時06分01秒
- 長らくお待たせしてすみませんでした。
しかも少量の更新で、更に申し訳ないです。
ちょいと忙しめなのですが、近々また更新できると思います。
>>25 夜叉様
いえ、こちらこそどうも有難うございました。
この空間を全て表現する頃には、きっと話が終っているかと…。
駄目じゃん…いや、もっと分かりやすくします、はい。
>>27
お。気付かれました?
そうなんですよ。
今回はいろんな人がちょこちょこ短編集ぽく出てきます。
>>28 M.ANZAI様
ヒントですか?うーん…。
昔の場所。眠ってると思われてる場所。
ぐらいですかねぇ。
- 36 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月24日(木)22時17分57秒
- お〜、石と福のやりとりが新鮮でいい感じ。
福のやさしさにちょいとニンマリ(w
最後の一言笑って言える石になんだかドキッ…
- 37 名前:夜叉 投稿日:2002年01月24日(木)22時31分38秒
- ますます、吉の「お姉ちゃん」が(略。
がんがって読みますね。←何を?(笑)。
作品と関係なく、やや小ネタ。
銀杏と福田、「焼き銀杏」繋がり?
すいません、逝ってきます…。
- 38 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月25日(金)02時19分54秒
- 吉澤の「お姉ちゃん」が気がかりです。
そして小さい子を受け持った石川さんが無事にその役割を果たせるのか・・・
貴重なヒントをいただき、ありがとうございました。
- 39 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月25日(金)02時58分56秒
- 夜が明ける瞬間はとても美しく、
それをここに来てから吉澤は二度程目撃した。
「本当に私、死んじゃったんだなぁ…」
ぽつんと呟いた吉澤は、
昨日当り前の様に石川が言っていた言葉を思い出していた。
『ここは生きてる場所じゃないからよ』
自分がこの先、何も変わらない事を彼女は当り前の様に言っていた。
石川がどれくらい前にここに来たのかは知らなかったけれど、
それが何時かは当り前になるという事が、
思っていた以上に吉澤にショックを与えた様だった。
「そう言や、寝てなくても体辛くないなぁ」
朝のチャイムが鳴って、数十名の人が食堂へと向かうのを
吉澤は窓から覗き込んでいた。
窓の下を歩いていた石川はこっそり覗いている吉澤に気付き、手を振った。
吉澤が恥ずかしそうに窓から離れるのを見て石川はクスクスと笑った。
「なんだよ、石川」
保田が不思議そうに石川に問いかけて、石川は首を横に振った。
「ほら、行くよ?」
「はいっ」
石川の視線が保田に戻るのと、吉澤がドアを開けたのは、同じ頃だった。
- 40 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月25日(金)02時59分58秒
- 食堂では今日も小湊が忙しそうに働いていた。
食事は選択式になっていて、その所為か小湊が沢山いる様にすら思えた。
もしかしたら、それは間違いではないかもしれないが。
吉澤は洋朝食を選んで、テーブルについた。
「おや、今朝は洋食なのかい?」
昨日の朝話し掛けてきた老婆が吉澤に今日も笑顔を見せた。
「はい」
吉澤が笑うと、老婆が驚いた様な顔をしてそれから満面の笑みを見せた。
「いい顔で笑えるんだねぇ」
吉澤は恥ずかしそうな顔をしてそれからベーグルサンドにかじり付いた。
「それ、固いんだろう?」
「はい。でも、美味しいですよ」
もう少し若かったらね、と老婆が笑うと
ちょうど後ろを通りかかった石川が彼女に話し掛けた。
「遠野さん、食べてみたいんですか?ベーグル。
大丈夫ですよ、歯は元通りですから」
「あら、そうなの?意外と便利なのねぇ」
彼女が笑っていると、小湊がトン、と
テーブルにベーグルサンドを置いていった。
- 41 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月25日(金)03時00分58秒
- 食堂の片隅が感嘆の声に包まれている間、
洋子はそこに入り辛くなったらしく、反対側のテーブルに座った。
目の端にそれを写した石川は
楽しそうに笑っている遠野達のテーブルから離れて洋子の隣に座った。
「よーちゃん、おはよう」
「…おはよう」
「元気ないね?」
瞳を潤ませる少女の髪の毛を梳いて、石川は彼女の持った犬を撫でた。
「大事にしてくれてるのね」
「お姉ちゃん、よーちゃんはなんで死んじゃったの?」
洋子が大粒の涙を床に零して言った。
「……」
それまでの笑い声が消えて、食堂が静かになった。
石川は少し考えてから大きく深呼吸をした。
洋子の体を自分に向けさせて石川は言った。
「人はね、何時か必ず死んでしまうの。
ここにいる人達も、よーちゃんも、時が来たからここにやってきたのよ。
長生きした人もいるわ。だけどね、よーちゃんみたいに
子供の時に死んでしまった子も沢山いるわ。
それは、時が来たとしか言えないの。貴方が上で必要だったのよ、きっと。
だから呼ばれてしまったんだわ」
石川は精一杯笑った。眉は悲しそうに八の字を描いていたが、
それでも彼女の目と唇は笑っていた。
- 42 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月25日(金)03時01分51秒
- コクン、と洋子は頷いて顔をくしゃくしゃにして笑った。
「よーちゃん、いらない子だから死んじゃったのかと思ってた」
「違うよ。よーちゃんは必要な子だったからここに来たんだよ」
遠くからそれを聞いていた吉澤はベーグルの最後の一口を食べ終ると、
急いでその場から離れた。
自分が泣き出しそうな顔をしていたのを、吉澤は気付いていなかった。
銀杏を作る事が出来ない銀杏並木も、卵を産む事の出来ない椋鳥も、
そして吉澤も、そこにいる必要があったからいるのだと、
彼女は銀杏の木を抱き締めて想いを涙と共に吐出した。
「今日からは、眠れそうな気がするよ」
銀杏に小さくキスをして、吉澤は部屋に戻った。
昨日と同じ時間にベルが鳴って、ミカの声が館内に響いた。
「豊島肇さん、長野禎子さん、太田よしこさん、五十嵐紀子さん、吉澤ひとみさん、
紙に書いてある部屋に向かって下さい」
吉澤は鏡で自分の目が赤くない事を確認して部屋を後にした。
銀杏の木の下で洋子がミカと遊んでいた。
「あ、お姉ちゃん!よーちゃんね、アメリカの遊びを教えてもらったんだよ!」
洋子の頭を乱暴に撫でて吉澤が別館に向かうと、
後で教えてあげるね、という洋子の声が聞こえてきた。
片手をあげてそれに答えると、吉澤は建物の中に入っていった。
- 43 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月25日(金)03時06分11秒
- 更新しましたぁ。
プチ更新なので、レスもプチ。
>>36
福田を職員に入れたのは、このやりとりが
書きたかったのもあるんで、満足でした。
>>37 夜叉様
がんがって読んで下さい。がんがって書きます。
今思い出しました、「焼き銀杏」。熱心なファンじゃないなぁ。
>>38 M.ANZAI様
見守っていて頂けたら嬉しいです。
ヒントとは言えないヒントですみません。
- 44 名前:夜叉 投稿日:2002年01月25日(金)13時25分57秒
- よーちゃんに言い聞かせた?石、ツボです。
こんないい話が書ける師匠がすばらしいと思います。
ガリガリ書いてください、ゴリゴリ頑張って読みますので。
とはいうものの、2日ほど大阪へ…。
ぢつは、自分の熱心なファンではありませんでした。
あの頃は、石(略。w
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月25日(金)22時42分24秒
- 吉も少なからず、よーちゃんのような
おもいをもってもっていたのでしょうか。
必要とされる喜び…それを知ることで何か
変わるもんだと…。
- 46 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月26日(土)01時00分41秒
- 吉澤が 部屋に入ると、石川は昨日と同じ様に椅子に座っていた。
面接室の机はすべすべとしていて、吉澤は石川の部屋の
少しザラザラした手触りの机を思い出していた。
「どうぞ。座って?」
「はい」
吉澤は何を話そうか迷った末に、石川の口が開く前に喋り出した。
「あの、先刻」
ファイルを開いて話そうとしていた石川は、ファイルを閉じて吉澤を見た。
「先刻、よーちゃんに言ってましたよね。
人は時が来て死ぬ。上が必要だったから死ぬって」
石川が頷くと、吉澤は言葉が見つからずに黙ってしまった。
「…吉澤さん。今日はお外で話そうか?」
「はい」
秋の陽射しは柔らかく心地よかった。
その陽射しは、吉澤にまるで自分が死んでしまった事が
嘘ではないかと疑問を抱かせる程リアルだった。
「まだ、自分がここにいる事が受け入れられない?」
石川は吉澤の返事を待たずに続けた。
「若い人に多いわ。まだ、先があったからかしら?
泣いて、何故死んでしまったのかと嘆くの」
- 47 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月26日(土)01時01分57秒
- 「嘆かない人もいるんですか?」
吉澤が不思議そうに聞いた。
「いるわよ。ようやく死ねて喜んでる人もいるわ。
やっと楽になれたって」
石川の前に銀杏の葉が落ちてきて、彼女はそれを拾った。
「私が先刻言った言葉が、貴方の心の拠り所になった?」
「…はい」
石川は銀杏の葉を眺めてから、厳しい声で言った。
「誰かに必要とされてる事って、そんなに重要?
言い難いけど貴方がここにいるのは必然で、だけどそれは必要とは違うわ。
皆そうよ。死は、時が来たら訪れる。それはただの必然よ」
「でも、先刻」
石川は悲しそうに笑った。
「だって、そうとでも考えなきゃ、悲しくて
これから過ごしていく事なんて出来ない人達だっているのよ。
でも、貴方は違うでしょ?」
「…違う、でしょうか?」
吉澤は、自分の足許が揺らぐのを感じながら言った。
石川が近付いてくるのが分かって、吉澤は必至で足を真直ぐにしようとした。
「大丈夫。貴方はいらない子じゃないわ、それは本当。
でも、人生が終った事が分からない程子供じゃないでしょう?」
上の人達が死ぬ人を決めてるんじゃないわ、と遠くの方で声が聞こえた。
吉澤が自分の膝が床に落ちた事に気付いたのはそれから暫くしてからだった。
- 48 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月26日(土)01時02分40秒
- 「何やってんねん!!」
「ごめんなさい…」
所長室から漏れてくる怒鳴り声に、職員達は肩を竦めて部屋から退散した。
「あんたの仕事は!」
「上に行く時に覚えているたった1人を探す事です…」
所長室の机の上に置かれていたグラスと水の入った瓶が、
中澤が叩いた所為で揺れた。
「その仕事は死に対してなんか言える立場なんか!」
「言えませんっ!言えませんけど…」
「言えないけどなんや!」
石川が座り込んで、嗚咽を上げて声を絞り出した。
「私個人として言ったんです。彼女なら立ち直れるから…」
「なんで分かるんや」
「分かるんです。あの子は…」
中澤が石川の言葉を待っていると、石川が頭を抱えて蹲った。
「石川っ!…もう、ええわ。今日はもう休み?
吉澤さんの担当は代えるで。えぇな?」
「代えないで下さい。やれます」
中澤は石川を立ち上がらせて、職員室の外まで送った。
「明日から、吉澤さんの担当は保田や」
涙を隠そうともせずに、石川は中庭を通った。
- 49 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月26日(土)01時08分52秒
- 賛否両論ありそうなプチ更新。1は思っていた以上に難産です。
>>44 夜叉様
ガリガリ書いてたら、石川さん酷い人風味になっちゃいました。
ゴリゴリ読めなくなったら言って下さい。何も出来ないけど。
>>45
必要とされるのは、嬉しいですからねぇ。
色々書こうかと思ったらネタばれだったので、また何時か。
- 50 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月26日(土)01時22分08秒
- ん───…。
このまま静かに次の更新を待つ事とします。
- 51 名前:夜叉 投稿日:2002年01月26日(土)09時02分15秒
- 石が酷いこと言っても、でも、それはほんとうのことで。
まっすぐ自分の死を見つめることが出来ない吉に、その言葉は答えを導くことができればいいのですが。
次回が読めない…、ショッキー(鬱)。
頑張ってきます。
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月26日(土)22時06分55秒
- 必然…人は必ず死んでしまう…唯一絶対といえるもの。
わかっていてもなにかにすがりたい…
吉澤さんは何をねがうのでしょう…。
- 53 名前:名無し男 投稿日:2002年01月27日(日)02時45分44秒
- サッカーしてるときゴールポストで頭打って
三途の川渡りそうなったことはあるけど
さすがに死んだときのことは考えたことないな(w
- 54 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月29日(火)01時32分00秒
- 中庭の銀杏の木は際限なく葉を落とし、既に道は葉で埋め尽くされていた。
「石川」
涙を拭う事を忘れて石川が振り向くと、
ため息を付きながらも笑顔の保田がそこにいた。
「所長に怒られたか」
「保田さ…」
手招きをされて石川は銀杏の葉の上でシャリシャリと音を起てながら
保田の後についていった。
相も変わらず流れ落ちている涙は、彼女から離れて地面が吸収していった。
「ほれ、入りなよ」
保田の部屋に案内された石川は、言われるがままに茶色いソファに座った。
「珈琲でいいか?」
「ぁい」
「いい加減泣くの止めなよ。明日大変になるからさ」
「ぁい」
石川が机の上に置いてあったティッシュで涙を拭うと、
保田が珈琲の入ったマグカップを渡した。
- 55 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月29日(火)01時32分43秒
- 「私も怒られたんだよねぇ」
保田は懐かしそうに言って笑った。
「でも、私は後悔してないなぁ。だって、あんたは乗り越えられたでしょ?」
「はい。保田さんにああ言われたから、私は死を乗り越えた」
あの言葉は正しかったと今でも思っている、と石川はやっと笑った。
保田は笑って頷いて、それから少し真面目な顔をして言った。
「あの子は、大丈夫そうなの?」
石川は保田の言葉に頷いた。
珈琲を一口飲んで、石川はマグカップの中を覗きながら話し始めた。
「……多分、私と一緒なんだと思います。
理不尽だとか、妥当だとか、そんな事の前に死が来てしまう事を、
本当は彼女、心の底じゃ分かってるんじゃないかなって。
初めて会った時、彼女はよーちゃんの心配をしてたから」
保田が石川の髪の毛を撫でて、石川は照れた様に笑った。
「まぁ、さ。今日はゆっくり寝て、明日から頑張りなよ。
後二日で折原洋子ちゃんに誰か選ばせなきゃいけないんでしょ?」
「はい。松井さんは奥様、遠野さんは息子さんともう決まってるんですけど…」
ため息が部屋に飛んで、保田は石川の背中を叩いた。
「こっちは殆ど決まってるから、吉澤さんの事は心配しないで頑張れって!」
「はい」
マグカップを返して、石川は立ち上がった。
- 56 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月29日(火)01時33分29秒
- 彼女が手を振ってからドアを閉めると、保田は大きくため息をついた。
「私も裕ちゃんに怒られるのかなぁ」
「そん通りや」
後ろから声が聞こえて、保田は驚いて振り返った。
「裕ちゃん、な、なんで?」
「石川が帰った音が聞こえたからお説教に来たんや」
保田が慌てて珈琲を煎れ直している間、
中澤は石川の置いていったマグカップを眺めていた。
「…なぁ、保田」
中澤の出す重い声に、保田はなんでもないかの様に返事をした。
「石川、どやった?」
「裕ちゃんは相変わらず石川に甘いねぇ」
おかしそうに保田が笑って、憮然としている中澤にマグカップを渡した。
「大丈夫だよ、石川なら。そんなに心配なら自分でフォローすればいいのに」
「所長が1人だけに甘くしたらあかんやろ?」
「十分甘いよ」
保田はおかしそうに笑った。
中澤も少し笑って、それからまた心配そうな顔をして保田に聞いた。
「ちょっと、頭痛してたみたいやけど…そんな風に見えた?」
「ううん。何も言ってなかったよ」
保田はソファからずり落ちると、膝で歩いて棚に手をかけた。
「ブランデー、いっとく?」
「お、えぇなぁ」
夜はまだはじまったばかりだった。
- 57 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月29日(火)01時34分25秒
- ようやっとプチ更新。
奇跡は起きなかったです。
>>50 M.ANZAI様
も暫くお待ち下さいませ。
>>51 夜叉様
読めてたら吃驚。
賞を差し上げたい(w
>>52 名無し読者様
生まれた事自体が奇跡ですからねぇ。
吉澤さんも、何時かは乗り越えなきゃならないんでしょう。
>>53 名無し男様
あらあら。頭は大事ですからね。
次回からはヘルメットを…それじゃヘディングできないのか…。
ではまた今度。
- 58 名前:名無し男 投稿日:2002年01月29日(火)03時11分04秒
- 石川が氏を乗り越えられたその言葉とは!?
う〜ん
いつ出てくるか楽しみ
- 59 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月29日(火)03時39分18秒
- 石川さんがこの仕事?に就くことになったきっかけに起因してるみたいですね。
そうか、乗り越えてきたのか… 吉沢さんも乗り越えられそうなのかな…?
- 60 名前:夜叉 投稿日:2002年01月29日(火)17時18分33秒
- こちらの世界でも、石はやすと姐さんに見守られているんですね。
ハロモニニュースでもの二人、ツボです(笑)。
しょ、賞をいただけるんですか?「体がきしんでるで賞」とか(爆)。
石、三人祭の時にマイク倒しそうになるし(汗汗。
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)21時47分04秒
- 石川さんは、吉澤さんに昔の自分を見たんですね…。
あとは、吉澤さんしだい…ということですかね。
一人に甘い中澤さんに、なんだかホッ(w
- 62 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月30日(水)02時55分34秒
- 真っ白な太陽光線で目覚めた石川は、ベッドの中で大きく伸びた。
「頑張らなきゃ」
呻くように呟いて、彼女はシンクの前に立った。
昨晩、涸れる程泣いたとは思えない様な目もとに、石川は苦笑いを浮かべた。
「慣れれば便利なんだけど、ね」
目もとにふれながら石川は小さなコンロの前に立ってお湯を沸かした。
ドアの向こうから、ノック音が聞こえて石川は返事をした。
「今、ええか?」
ドアから顔だけを覗かせた中澤が笑顔を見せて言った。
「あ、はい」
少し緊張した面持ちの石川の了承を得て、
中澤はペンキの剥げかけた椅子に座った。
中澤の前に煎れたばかりの紅茶を置いて、かしこまった様に
向かいの椅子に座る石川の頭に心配そうな中澤の手が置かれた。
「昨日、頭痛してたみたいやったからな。大丈夫なん?」
「中澤さん…」
首を縦に大きく振って、泣きそうな顔を石川が見せた。
「無理せんでええねんからな?」
労る様な中澤の台詞に、石川が困った様に笑った。
「足手纏いですか?」
「阿呆な事言うなやっ!…心配してるだけや」
頬に触れる中澤の指がひんやりと冷たくて、石川はその手を両手で包み込んだ。
「大変な時は言いや?他の人にでもええから」
「はい」
最後まで無理じゃないかと聞きながら、中澤は石川の部屋を後にした。
- 63 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月30日(水)02時56分40秒
- 石川が中澤の飲んだ紅茶のカップを洗っていると、
またノックの音がドアの外から聞こえてきた。
「どうぞ」
「カオリだよ。今平気?」
「はい、平気ですよ」
石川が真剣な眼差しの飯田に驚きつつも招き入れようとすると、
飯田は手を横に振った。
「いや、カオリじゃないんだ。ほら、行きなって」
飯田は末の悪そうな顔をしている少女を部屋に押しやって、
石川に別れを告げて出ていった。
「福田さん、どうかされたんですか?」
石川が首をかしげると、福田は目を泳がせた。
石川と目が合うと、福田は俯いて、手に持っていた茶封筒を彼女に渡した。
「…これ」
「?あ、福田さ…」
石川が茶封筒を開く前に福田の姿は消えていた。
茶封筒を開くとそこには折原洋子の資料が入っていた。
「最後の夏休みの思いではおばあちゃんとの二人旅行か…」
朝食へ向かうのも忘れて、石川はその資料を読み進めた。
- 64 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年01月30日(水)02時57分27秒
- 通関局から渡されるファイルには書かれていなかった
色々な事がそこには書かれていた。
好きな食べ物や、今の家族の状態、そして洋子の生前の家族の心理。
その資料が福田が昨晩調べに出かけて得たであろう事は、
福田の小さく綺麗に並んだ文字から容易に想像出来た。
「絶対、頑張らなきゃ」
茶封筒を抱き締めて石川は立ち上がった。
石川のお腹が空腹を訴えるか細い声をあげて、
石川はやっと朝食を食べていない事に気付いた。
慌てて、食堂に向かうと既に小湊は後片付けを始めていた。
石川が辺りを見回すと、職員だけが端のテーブルに残っていた。
「とっといてやったで」
「早く食べないと時間ないよ」
手招きをする彼女達に石川は極上の笑みを見せてそこに座った。
福田は石川を一度も見ようとはせずに、遠くを眺めていた。
急いで食事を終らせた石川は、他の職員達と共に職員室に向かう中、
福田の隣に立って小さな声でお礼を言った。
「……別に、ついでだったから」
「ううん。ありがとう」
どこかから雉鳩の声が聞こえてきていた。
- 65 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月30日(水)03時05分38秒
- 本日の更新終了。まったりしてきてしまった…。
数えたらまだ四日目なのね…長い道程だわ…。
>>58 名無し男様
何時出てくるか、は内緒なんですけど…
とりあえずまだまだ先とだけ(w
>>59 M.ANZAI様
ん〜、どうでしょう??(長嶋風
乗り越えるというよりは、受け入れるだと個人的には思います。
>>60 夜叉様
私もツボなんですよ〜>ハロモニのあれ
可愛がられてるなぁと。
前作でも可愛がらせてしまってるのにねぇ。
>>61 名無し読者様
吉澤さんがどう進むか、も大事なんですが、
他にも問題があったりするんでまだ終われないんですよね。
第1話なのに、こんなに長い…。
後三日分です。もう暫く第二話はお待ちを。
- 66 名前:空飛び猫 投稿日:2002年01月30日(水)06時06分10秒
- これを忘れてました。予告みたいなもんです。
御興味があれば、どうぞ。
- 67 名前:春 投稿日:2002年01月30日(水)14時28分50秒
- 最初に文章のタイトルが目に付きました。と言うよりむしろ”BABY”が(w。
可愛らしい、無邪気な女の子を想像してしまいます。
- 68 名前:夜叉 投稿日:2002年01月30日(水)19時35分58秒
- タイトルの下にある言葉、心打たれました。
自分の深いところに納めさせてもらいました、師匠、有難うございました。
ふと、圭織は何をしている人なんだろうと思いつつ…。
触れてあったらすいません、自分の不注意です。
石のこれからの頑張りに期待しながら。
- 69 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月30日(水)21時14分42秒
- 予告…これを見たらもう読まずに入られないでしょう(w
石川さんのまわりをとりまいている
みんなのあたたかい思いがとってもなごみます。
- 70 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時28分34秒
- 『遠野さん、宜しいですか?』
『えぇ。本当に色々お世話になりました』
遠野はるは、深々と石川に向かって頭を下げた。
石川は慌てて、頭を下げ返す。
『いえ、こちらこそ有難うございました』
『美味しかったわ、ベイグル』
楽しそうに笑って、彼女は石川に背を向けた。
『あの子ね、主人にそっくりなのよ』
遠野雄一は、軒先で砂を掃いていた。
彼の趣味は掃除だった。どれだけ具合が悪くても、
掃除をすると気分が少し晴れた気が彼にはしたのだ。
先週亡くなった彼の母は、そんな彼をいつもおかしそうに見ていた。
先週まで彼はそんな趣味も、それを見ている母の姿も忘れていた。
先週までの彼にとって、趣味が、掃除から仕事へと変わっていた。
母が倒れようが、仕事に打ち込んでいた。
遠野雄一が、母が危篤だとメッセージセンターからの声を聞いたのは、
そのメッセージが録音された半日後だった。
彼は眉を寄せて、何かに怒っているかの様な顔で下を向いていた。
「…?」
誰かが話している様な気がした彼は、箒を動かす手を止めて
顔をあげたが、そこには誰もいなかった。
「空耳か」
男性はそのまま、掃き掃除を続けた。
- 71 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時29分18秒
- 「対象者遠野はるさん、御子息を覚えて上へと向かいました」
「御苦労やったね」
「お疲れ。マロングラッセあるよ」
指定のコートを壁に掛けた石川はドアの傍に置いてあったボールで
手を洗って机に座った。
嬉しそうにマロングラッセを摘む彼女に、隣に座っていた保田が声をかけた。
「よかったじゃん、午前中に終われて」
「はい。よーちゃんの面接がありますからね」
「皆が皆、四日とかで上に行けたらええねんけどなぁ」
中澤がため息をつきながらところどころが空欄のリストを放り投げた。
「さ、午後の会議はじめよか」
飯田が珈琲を配り終って座ると、中澤の号令がかかった。
「えぇと、私のところは山下はなさんと、吉澤ひとみさんが残ってる。
山下さんは、旦那さんか娘さんか迷ってらして、
吉澤さんは決まってるんだけど、その人が見つからないんだなぁ」
保田がファイルを置くと、飯田が話し始めた。
「私の所はあとは松本健さんのみかな。
彼は…既に脳が老化してしまっている所為か記憶が定かではないっぽいんだけど、
一応、娘さんの事は覚えていらっしゃるので彼女に決まると思う」
保田が苦笑いを浮かべて、石川も困った様な笑顔を見せた。
- 72 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時30分21秒
- 石川は、飯田がファイルを置くのを確認してから話し始めた。
「私の所は今日から折原洋子さんだけです。
福田さんが教えて下さったんですけど、彼女はおばあちゃんと
とても仲良かったみたいなのでそこらへんを今日から聞いていきます」
「私は今朝送り届けた田島さんで終了です」
「私は昨日の宮城さんで終っとるから、後は四人か。今回は早かったなぁ」
中澤がそう言うと、福田をにやにやと見つめた。
「な、なんですか?」
「いや、明日香は石川と仲良うなりたいんやなぁて」
「…通関局に用事があるので行ってきます」
福田が中澤を睨み付けて、立ち上がった。
保田と中澤がおかしそうに笑っていて、飯田が石川に微笑んだ。
石川は、福田を追い掛けるか否か迷ったが、そこで珈琲を飲む事にした。
外ではミカが洋子と遊んでいる声が聞こえて来た。
「さ、後少しだね」
「頑張ろっか」
「はい」
3人が出ていくのを見送った中澤は、資料を見てため息を連発した。
- 73 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時30分51秒
- いつも通り呼び出された吉澤は人の気配がしない施設に、
微妙な違和感を覚えていた。
いつも呼び出されて入る部屋とは違う部屋は、
他よりもひんやりしている様に感じられた。
「今日から、担当が変わりました保田です」
「はぁ」
保田がそこに座っている事に、吉澤は少しだけ安心して、
そして少しだけ残念な気がしていた。
「石川じゃなくて、残念?」
「いや…ただ、なんでかなって」
図星をつかれて、吉澤は俯いた。
「お姉ちゃんの事、聞かせてくれるかな。もう、時間がないんだ」
てきぱきと仕事を始める保田に圧倒されて、
吉澤はぼそぼそと彼女の質問に答えた。
「病院名は?何歳ぐらいだった?」
保田がときたま吉澤に見せる笑顔は優しかった。
だが、吉澤は彼女に笑いかける事はできそうになかった。
『死は必然よ』
そう言った時の、石川の瞳が吉澤の瞼の裏から離れなかった。
- 74 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時31分26秒
- どうしても外がいいという洋子の願いに沿って、
石川は彼女と散歩をしながら彼女と話した。
「よーちゃん、おばあちゃんと仲良かった?」
「うん!二人でね、はこねの山に登ったんだよ」
先に歩く洋子をゆっくりとついていきながら
石川は紛れ込んだ紅葉の葉を見つけた。
「はい。よーちゃん、これ」
「なぁに?」
「紅葉よ。こっちに来る時に紛れ込んじゃったのね。
ここは銀杏並木なのに」
石川が笑う理由が洋子にはまだ理解できなかった。
洋子の心の何処かで鈴の音が鳴った。
だが、彼女はそれには気付かず先程と同じ様にスキップをして先に進んだ。
- 75 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時31分58秒
- すっかり遊び疲れてしまった洋子を部屋まで送った石川が
階段を降りていくと慌てて後を追い掛けてくる足音が聞こえた。
「石川さんっ」
「あ…」
困った様な表情を浮かべる石川を目の前にした吉澤は、
何を言うかを忘れてしまいそのまま黙った。
「お散歩、しようか?」
まるで子供をあやす様に石川が言って、吉澤は苦笑いを浮かべてから頷いた。
銀杏の葉は相変わらず積もっていて、吉澤はわざと音を起てて歩いた。
「…あの」
言葉を続ける前に、石川を見ると彼女は月光の中で綺麗に光っていた。
「人、少なくなりません?なんと、なくだけど」
「あぁ」
石川は曖昧に頷いてそれから答えた。
「大体の人がもう相手を見つけて上に進んだのよ」
「そうなんですか…」
吉澤が黙ると、石川は慌てて言った。
「ほら、人にはそれぞれスピードがあるから。
まだ残ってる人だっているし」
「大丈夫です」
吉澤の表情は暗く、石川は少し悲しそうな顔をした。
- 76 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時32分42秒
- 「あのね」
決意した様に石川が吉澤に語り始めた。
「昨日私が言った事、気にしてるかな?」
銀杏並木の下にあるベンチは少し冷たかった。
「……」
答えない吉澤を見て、石川は小さく深呼吸をして
ベンチに座った。
「そりゃ気にするよねぇ」
吉澤がベンチに座ったのを見て、石川は続けた。
「でもね、それを自覚するのは大事な事なの。
だって、どんなにそれを否定しても私達は死んでしまってるんだから」
「…頭じゃ分かってるんです」
ぼそっと吉澤が呟いた。
石川はそんな彼女の頭を撫でた。
「うん。分かるよ。私もそうだったから」
「え?」
「私も、そうだったから」
銀杏が風でざわっと揺れた。
- 77 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月11日(月)00時33分20秒
- 石川は、それから口を開かなかった。
「あの、石川さん」
「なぁに?」
吉澤の問いかけに答える形でやっと高い声が彼女から発せられた。
「石川さんはどうしてここでこんな仕事をしてるんですか?」
石川は少し返答に詰って、考え込んだ。
「それはね…内緒」
人指し指を口許に持っていった石川に吉澤は少し不満気な声をだした。
「えー!教えて下さいよぉ」
「お別れする前に教えてあげるわ」
約束ですよ、と念を押す吉澤を、石川はもう消灯時間が近いからと
部屋に帰して自分も部屋へと戻った。
「どうしてここでこんな仕事をしてるのか、なんて」
答えられる訳がない。
自嘲じみた笑いが石川に浮かんだ。
日課の様にミルクを沸かして、石川は窓を見た。
窓に近付く事もなく、彼女はマグカップを一つだけ手に取って台所に戻った。
- 78 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月11日(月)00時46分10秒
- 更新しました。
えぇと、都合により一部設定が変更されております。
なので、オヤ?とお思いになった方は正しいかと。
すみませんが、流してやって下さい。
申し訳ないです。
>>67 春様
このタイトルは曲名からとったタイトルなのですね。
ジャニスジョップリンという人が歌った曲で。
>>68 夜叉様
いやいや、こちらこそいつも読んで下さって有難うです。
飯田さんが何してるかは…今回で分かったのではないでしょうか?
>>69 名無し読者様
そう言っていただけると嬉しいです。
石川さんは恵まれてますよねぇ。
甘やかされて成長してくなんて。
そんな訳で、復活祭ですね。
これからも宜しくお願いします。
- 79 名前:名無し男 投稿日:2002年02月11日(月)11時46分02秒
- 遠野さんベーグルの発音が大変宜しいようで(w
エイゴがご達者なのは羨ましい限りですな(なんか違う)
俺はASAHIKASEIしか喋れん(T▽T)
- 80 名前:夜叉 投稿日:2002年02月11日(月)18時18分05秒
- 圭織、いわゆる「同じ部署で同じ仕事をしている人」なんですね。
おや?と思ったのは某箇所なのですが、確信が持てないので逝ってきます。
- 81 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月11日(月)23時41分35秒
- 明日香と石川さんの関係もきになりつつある今日この頃…。
- 82 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)01時48分41秒
- 部屋に戻った吉澤は、自分の体が必要以上に重い様に感じて、
質素なベッドに倒れこんだ。
四日もいると、もうそこが自分の部屋だと
勝手に体が覚えている様だった。
「うわ、ねむ」
急に眠気が襲ってきた。
吉澤が瞼を閉じると枕元の電燈が消えた。
それについて、コメントを考えようかとも思ったが
それをする余裕を睡眠の羊は与えてはくれなかった。
外では新しい落ち葉がかさかさと現れて、秋風が窓を揺らした。
眠りについてしまった隣室の事等知りもせずに、
洋子はベッドの上で落ち葉を見つめていた。
銀杏の落ち葉に紛れ込んできた紅葉。
何度もそれを見ている内に洋子は
誰かと何か約束をした様な気がしていた。
ただ、誰と、何の約束をしたかまでは、
どうしても思い出せないまま、夜は彼女の上にも落ちてきた。
- 83 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)01時49分11秒
- 大分、人が少なくなった食堂では、
寂しそうに食事をとる人達の背中が目立っていた。
吉澤の隣に座った洋子はいつもの様な笑顔を見せずに
何か考えている様だった。
「よーちゃん?」
「……」
「よーちゃん、冷めちゃうよ?」
「……あ、うん」
ぼぉっとした調子でスープを飲む洋子を、
石川は隣の机から心配そうに眺めていた。
「石川、あの子どうしたの?」
「昨日は元気だったんですけど…」
保田はパンをちぎって口に入れると首をかしげた。
「まぁ、後で聞いてみたら?」
「えぇ、そうします」
かちゃん、かちゃん、とフォークの音が食堂に響いた。
- 84 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)01時50分28秒
- 天窓から射し込んでくる光の向こうに座る保田に、
思い出せる限りの記憶を伝えた吉澤は深いため息を洩らした。
「どうかした?」
フレンドリーな保田の声に、吉澤は暫くの沈黙の後に答えた。
「死んじゃうって、どういう事なんですかね?
体が透明になるとか、足がなくなるとかじゃないんですよね。
ましてや、全てが消えてる訳でもなく」
「そりゃまだ完全に死んでないからだよ」
保田は簡単に言ってから立ち上がって体を伸ばした。
「なんて説明すればいいんだろう?
ここはね、体が死んでしまった人のいる場所なんだ。
だから今見えている姿は君の魂って事になるね。
だから、両方生きている人から見たら全てが消えてるし、
ちょっとそういう力がある人から見たら
足がなかったり、透明だったりする訳よ」
保田が歩く度に、床がきしきしと鳴った。
- 85 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)01時51分14秒
- 天窓から降り注ぐ陽の光が埃を光らせた。
「よく、分からないです」
「うーん。死んでしまう事が必然なのは分かった?」
「……少しだけ」
「じゃぁきっとすぐ分かるよ」
保田がにっと笑顔を見せた。
それは今まで吉澤が見た中で一番フレンドリーな物だった。
下の階では、洋子が石川と面談をしていた。
「あ、あのねっ。よーちゃんねっ」
必死な声を出して駆け込んできた少女を抱きとめて、
石川は彼女を落ち着けさせると膝の上に彼女を乗せて話を聞いた。
「思い出したの。大事な事だったんだよ?
だけど、よーちゃん忘れちゃってて」
「何を思い出したの?」
石川の目に、窓からの光を浴びた所為か、
それとも彼女自身から発せられたものなのか、輝いた洋子の姿が飛び込んできた。
「おばあちゃんとの約束!」
- 86 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月13日(水)01時53分38秒
- 書き途中だけど、更新しました。
また後で来ます。はい。
>>79 名無し男
私もイヒ=Break throughぐらいしか自信がありません(w
ところでベイグルって、いい発音なんですか?
>>80 夜叉様
さよでございます。
おや?と思った某箇所なんですが、
多分メアド欄先を見ていただければ確信が持てるのではないかと…。
>>81 名無し読者様
その心の棘は、今は取らずに置いておくと
ずーっと後の方でいい事があるかもしれないですよ?
- 87 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時30分01秒
- 箱根の山へは、洋子がまだ首の座ってない頃から何度も連れてきていた。
折原夏はホテルの大きな庭の下の方にある小さな公園の
ブランコに座ってぼんやりともう紅葉の始まった木々を眺めていた。
「母さん、そんな所で何してるんだよ」
痩せて覇気のない顔をしながら彼女の息子が土の道路を降りてきた。
「よーちゃんはここが好きだったからねぇ」
「……」
母親の悲しそうな声に、折原実はただ沈黙だけを返した。
隣のブランコに座ると煙草を取り出して実は呟いた。
「母さん、俺達やっぱり離婚する事になったよ」
洋子がいない今、一緒にいる意味もなくなったし、と続けて
実はライターで煙草に火を点した。
「なんか、呆気無いよな」
「洋子の為に、なんて無理するからじゃないのかい?」
何かを確認するかの様に実を見つめて夏はブランコを揺らした。
- 88 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時30分31秒
- 「あの子は、ずっと苦しんでた。病気の所為じゃない。
親の身勝手な理由の原因に勝手にされていたからだよ」
「仕方ないじゃないですかっ!」
ぶつけるあてのない怒りを持て余して、実は立ち上がった。
「あの子は楽になったのかねぇ?」
「…母さん」
「あの子が生きていれば他は何もいらないなんてのは勝手な願いなのかねぇ?」
「……」
夏はそっと手を伸ばして実の手を握った。
「きっと、あの子も分かってるよ。
あんた達があの子をどれだけ愛してたかなんてのは」
「……」
夏が立ち上がると、実は彼女を追う様に目線だけを泳がせた。
「別れようが、何しようが構わないからちゃんと命日には集まるんだよ?」
「あぁ。分かってる」
うなだれる実を後に、夏は毅然とした態度で土と木で作られた階段を登っていった。
- 89 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時31分08秒
- 「え?」
石川は、膝の上でぬいぐるみと遊びだした洋子を覗き込んでもう一度聞いた。
「じゃぁ、よーちゃんはおばあちゃんを選ぶの?」
「うん。それが約束なの」
人が死んだ時の約束事など、生きている人間に分かる訳がない。
石川には、洋子の言っている意味が分からなかった。
「よーちゃん、おばあちゃんとどんなお約束したの?」
石川の声が聞こえていないのか、
洋子はぬいぐるみにお茶を飲ませる振りを始めた。
「よーちゃん、お話しよう?おばあちゃんとどんなお約束したの?」
「だからぁ、どっちも選べなかったらおばあちゃんを選ぶの!」
その日も、箱根は落ち葉で一杯だった。
木でできたブランコの上にはオンブバッタが陣取っていた。
『親子のバッタだぁ!!』
洋子が近付くと、そのバッタは慌てて逃げていった。
『よーちゃん、ブランコを押してあげようか』
『うん!』
お父さんが押すと強過ぎて、お母さんが押すと弱過ぎるブランコは、
おばあちゃんが押すのが一番好きだと洋子はいつも思っていた。
去年入院して以来、久々に許された外泊に洋子は心を踊らされていた。
別々にばかり来る両親は固い笑顔ばかりを見せていたが、
箱根にやってきて以来、楽しそうな笑い声が響いていた。
- 90 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時31分48秒
- 『よーちゃん』
『なぁに?』
空を飛びながら、洋子は祖母に返事を返した。
『もし、お父さんとお母さんどっちか選べって言われたらどうする?』
洋子は少し考えてから背中をぽぉんと押されて答えた。
『選べない!』
『どうしてもって言われたらどうする?』
『出来ないよっ!』
空が近くに見えた。
洋子はバッタが飛ぶよりももっともっと高い場所にいた。
『よーちゃん、おばあちゃんのお願いを聞いてくれるかい?』
『いーよぉ!』
『もし、お父さんとお母さんどっちか選べって言われたら、
おばあちゃんを選んでくれるかい?』
『いーよぉ!!』
だから、もっと高く!という洋子の願いに答えて
祖母はもう一回洋子の背中を押した。
- 91 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時32分18秒
- 吉澤は、中庭のベンチに座って銀杏の木を眺めていた。
「何してるの?」
後ろからかけられた声に驚いて振り向くと、
優しく笑う石川の顔が瞳に写った。
「いや、この木にブランコとかつけたらよーちゃん遊ぶかなって」
「あ、いいアイディアね。ここは遊ぶ場所ないしね」
隣に腰掛けて、でも、と石川は続けた。
「ちょっと遅かったね」
寂し気に笑う石川に吉澤は俯いた。
「よーちゃん、決まったんですか?」
「えぇ、明日の朝行くの」
「……」
吉澤が鼻を啜ると、石川は彼女に腕を絡めて体重をかけた。
「な、なんですか?」
驚いた吉澤は顔をあげると石川は恥ずかしそうに離れようとした。
「泣いてるのかと、思ったの…ごめんなさい」
「ちょっとだけ、泣きそうだった。だから、そうしてて?」
先刻とは逆に体重をかけられて、石川はそのまま黙ってそこにいた。
- 92 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時32分51秒
- ベンチの周りが秋風で寒くなってきて、石川は吉澤を自室へと招待した。
「ねぇ、石川さん」
「何?」
赤いブリキのキャトルから湯気が零れ始めていた。
「石川さんが死んじゃった時、石川さんはどう思った?」
「私?うーん、そうねぇ」
鍋掴みでキャトルを持ってマグカップに注いで石川は答えた。
「なんだか、よく分からなくて泣いてばかりいたな。
ここはどこ?って聞いては怒られて。保田さんの担当だったのよ、私」
「ここはどこ、かぁ。さすがにそこまで分かってない訳じゃないな」
吉澤の言葉に頬を膨らませて石川が戻ってきた。
「ごめんなさいね、何にも分かってなくて!
はい。ティーバッグで悪いけど」
石川の持ってきた紅茶を口にしながら吉澤は笑った。
その様子を見て石川も笑みを浮かべた。
- 93 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時33分27秒
- 紅茶も残りが少なくなってきた頃に、吉澤がふと思い付いた様に尋ねた。
「石川さん、生きてた頃はどこに住んでたの?」
「……え?」
石川の笑顔が凍り付いた。
「ていうかさ。石川さんて、いつ」
続けて質問をしようとした吉澤は、
石川が動揺している事に気付いて口を瞑った。
「ごめん…ちょっと仕事思い出しちゃった」
取り繕う様に言って、石川は立ち上がった。
「あ、長居しちゃってすいませんでした」
慌てて吉澤は立ち上がってドアへと向かった。
「あの、ごちそうさまでした」
「……」
石川は吉澤の目は見ずにドアを閉めた。
「……おやすみなさい」
木の素っ気無いドアに挨拶をして吉澤はそこから離れた。
- 94 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月13日(水)04時34分08秒
- 眉間の皺をこれ以上ないという程寄せて、
中澤は所長室の机の前に立つ保田を見つめた。
「そんな顔されても変えられない事実だよ、これは」
「わかっとるわ!……どないしようか?」
不安げな顔になる中澤に、保田はため息をついて
手に持っていたファイルを閉じた。
「石川に担当を」
「そんな事、出来ひん」
「そうやって甘やかしてちゃいけないって言ったのは裕ちゃんでしょ?」
「せやって…」
中澤が頭を抱え込んで、保田はファイルを机の上に置いた。
「私と一緒に探させます。何れ分かる事なんですから」
「対象者はどないする気や?」
既にドアへと向かっていた保田は振り向いて答えた。
「その時に選ばせます」
カタン、とドアが閉まる音がしたが中澤はそこを見ようとはしなかった。
「あの子、ばっかやんなぁ」
その呟きに答える者はおらず、中澤はきぃと椅子を揺らした。
- 95 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月13日(水)04時35分40秒
- 更新終了。
今日から数日は更新ありません。
ごめんなさい。
- 96 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月13日(水)14時32分14秒
- 作者さんの行き届いた描写のおかげで登場人物の息遣いや置かれている風景が眼に浮かびます。
とても冷たい処だと思っていたそこが包まれた居場所なのだと感じられます。
この素敵な作品の続きが読めることに感謝です。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月13日(水)20時27分16秒
- 娘。さん達は言うまでもなく、
洋ちゃんとかオリジナルキャラにまで描写が行き届いているのは良いですね
- 98 名前:夜叉 投稿日:2002年02月13日(水)22時09分24秒
- よーちゃんとおばあちゃんのシーン、涙が出ました。
二人のいる風景があまりにも鮮明に浮かんで、胸が温かくなりました。ありがとうございます。
吉の核心に触れる展開となって来て気になるのですが、忙しくなったのでしょうか?
体だけは大事にしてくださいね。
まったりお待ちしております。
- 99 名前:名無し男 投稿日:2002年02月14日(木)13時15分37秒
- 流れ変わってキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
こっからの展開に期待
数日間ブランク空けるようですが
体元気にガムバテー
- 100 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月14日(木)23時43分56秒
- 石川さんになにかやっかいごとが…
裕ちゃんのつぶやきがなんだかせつないです…。
- 101 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月18日(月)05時10分26秒
- すみません。
予想外に長い間放置しちゃってますけど
もう少々お待ち下さいませ。
- 102 名前:夜叉 投稿日:2002年02月18日(月)16時41分33秒
- まったりお待ちしております。
- 103 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)05時58分16秒
- 定例的な朝礼も人が少なくなるにつれ、簡単な物となり十分程度で終了した。
福田が通関局へと出かけていくのを見送った保田は、
手招きをして石川を近くへと呼んだ。
「なんですか?」
「あのさ、今日の朝折原洋子さんを送ったら担当は全部終るよね?
裕ちゃんの了解は得てるからさぁ、吉澤さんの尋ね人を一緒に探してよ」
「あ、はい」
不思議そうな声を出しながら石川が了承すると、保田はぎこちなく微笑んだ。
「何かあったんですか?」
「いいから、取り敢えず折原さんを送ってきなよ」
有無を言わせない態度の保田に困った様な表情で頷いて、
石川は職員室に戻った。
- 104 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)05時59分09秒
- S-0204第4課と書かれた門の前に、石川は立っていた。
門の外から1メートル先はもう霧に包まれていて、
全く先が見えなかった。
隣で寒そうにしている洋子をマントの中に入れてあげると、
石川は怒った顔をして霧の向う側を見た。
遠くからエンジン音が聞こえてきた。
洋子が、石川のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
霧の中からベージュの2CVが現れた。
古めかしいそれから、降りてきた女性は片手をあげて軽く謝った。
「いやっ、ごめんごめん。この子が御機嫌ななめになっちゃってさぁ」
「信田さん!遅刻もですけど、その車じゃ駄目じゃないですか。
ちゃんと指定のバスに乗ってこないと」
信田が歯を見せて笑った。
「だってさ、たまにはこの子も走らせてあげないと。内緒ね?」
「もう!」
車にすっかり冷えてしまった洋子を乗せて、石川が信田を睨んだ。
「ココア持ってきたから許してよ」
信田が屈託のない笑顔で笑って、石川は苦笑を洩らした。
- 105 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)05時59分44秒
- 暖かいココアを飲みながら、洋子は窓から外を覗いた。
最初の内は霧で何も見えなかった外も、
今では見慣れた道路に変わっていた。
ただし、高速道路を走っている車は少なく、
お土産屋さんも見た事のない様なお土産を売っていた。
洋子がわぁ、と声を上げた。
彼女が生まれた頃からよく来ていたホテルが目の前にあった。
ホテルのロビーに入ると、そこは洋子が来ていた場所そのままだった。
ただし、人が少ないだけで。
「おねえちゃん、これなぁに?」
「これ?S-0216産アップルパイだって」
「美味しいの?」
石川は頷いてそれをレジへと持っていった。
レジの中にいた小湊そっくりの女性と
何か話しただけでレジから離れた石川は店を出てアップルパイの封を開けた。
「はい、どうぞ」
信田と洋子がそう言う石川からアップルパイを受け取って
3人で分け合って食べ始めた。
「ねぇ、お金は?」
洋子が不思議そうに言うと、石川が笑って言った。
「こっちの世界ではいらないのよ」
- 106 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時00分18秒
- 「ふぅん」
アップルパイに手を伸ばしてもう一つ食べながら、
洋子は見慣れたホテルのロビーを見つめた。
少し悲しそうな顔をする洋子の肩を、石川が優しく抱いた。
「そろそろおばあちゃんとこ行こうか?」
「うん」
ウェットティッシュを取り出して洋子の口や手を拭いた石川は、
信田にもウェットティッシュを渡した。
洋子を挟んで歩き出した二人は、洋子の様子を気遣いながら
窓の横にあった「世界」というプレートの貼られたドアを開けた。
二人の洋子の手を握る力が強くなり、洋子は彼女達を交互に見上げた。
ぶわっと生温い風が舞い込んできて、洋子は思わず目を瞑った。
『よーちゃん、あそこ』
洋子が目を開けると、そこには彼女の両親と祖母がブランコに座っていた。
- 107 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時01分00秒
- 折原夏は、今日もブランコに座っていた。
彼女の孫が他界した翌日からずっと、日が暮れるまで彼女はそこにいた。
葬式を終らせた息子が慌てて彼女を迎えにきたものの、
彼女はそこに来るのを止めようとはしなかった。
彼女は孫をわが子以上に可愛がっていた。
彼女の息子とその妻が仕事に忙しいと孫を放っていたから、
孫も彼女の事を親の様に慕っていた。
「おばあちゃんが一番好きだよっ!」
そう言って笑う孫の顔が、夏の脳裏に浮かぶ。
「お母さん、そんな格好じゃ風邪をひかれますよ?」
何時の間に来ていたのか、もうすぐ義娘ではなくなる折原聡子が
夏にカーディガンをかけた。
「あんたが娘じゃなくなるのは悲しいねぇ」
「そんな…いつまでも、お母さんの娘でいさせてくれないんですか?」
聡子が悪戯っぽく笑って、夏も笑った。
「いつまでも私の娘でいてくれるのかい?」
「はい」
- 108 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時01分30秒
- 夏は、聡子が折原家に嫁入りして以来、彼女をとても可愛がってきた。
聡子も、夏と本当の母娘の様に気さくな笑顔を見せてきた。
二人だけで会う事も多かったし、息子に呆れられるぐらい仲が良かった。
そんな彼女が泣きながら夏にかけてきた電話は、夏の胸を痛めつけた。
『どうしたらいいのか分からないです』
『洋子が…』
『そんな時なのに、あの人…』
今思い出しただけでも、夏は慰めるだけしか出来なかった自分に怒りを覚えた。
「ねぇ、聡子さん」
「はい」
明るい声で聡子が答えた。
洋子が病院に入院して以来、夏は彼女の笑顔を見ていなかった。
それが見られるならば、書類上の繋がりなどどうでもいいように思えた。
「あの子を許してやってくれないかい?」
「もう、許してるんです。でも、
許しちゃったら夫婦も終っちゃったんですよ」
聡子が情けなさそうに笑って夏は前を向いて頷いた。
- 109 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時02分00秒
- 「ほら、そしたら洋子がここで転んだじゃない」
「そうそう、それでお母さんたら…」
夏と聡子がブランコを軽く揺らしながら話していると、
彼女達を呼ぶ声が聞こえた。
「母さん、聡子」
やっぱりここか、と言って階段の上から実が笑った。
「何してたの?」
「あのね、3年前ここで洋子が…」
まるで明日他人になる事が嘘であるかの様な仲睦まじさで実と聡子が喋っていた。
夏は彼等が話しているのを聞きながら、ブランコを揺らした。
- 110 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時02分41秒
- 洋子は両親と祖母を見つけてから、
祖母だけではなく両親も覚えていたいと駄々をこねていた。
「駄目なのよ、よーちゃん」
諭す石川の声等聞こえていないかの様に洋子は何度も両親と祖母を呼んだ。
「よーちゃん、おばあちゃん達にはよーちゃんの声聞こえないよ」
石川が少し厳しい声でそう言った。
かさかさと落ち葉が風で踊った。
「おばあちゃんと約束したんでしょ?」
洋子は、泣きそうな顔を引き締めた。
「うん」
「じゃぁ、ちゃんとおばあちゃんを選ばなきゃ」
「うん」
洋子は石川に抱きついた。ぎゅって、力を込めて抱きついた。
「バイバイ、おねえちゃん」
「ばいばい、よーちゃん」
洋子を抱き締め返すと洋子が大きな笑顔を見せた。
- 111 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時03分12秒
- 石川が優しく笑い返すと、洋子は振り向いて祖母をまっすぐ見た。
「おねえちゃん、クロ有難う!!」
紅葉の葉が、木から離れた。
川がちろちろ音をたてながら流れていた。
真っ黒な犬のぬいぐるみが土の上に落ちた。
「よーちゃっ」
涙で前が霞んでいくのが石川には分かった。
ぼろぼろ泣きながら、石川が崩れ落ちた。
信田は犬のぬいぐるみを拾って、土を払うと石川を抱き起こした。
「ほら、お土産買って帰らなきゃ中澤さんに怒られるよ?」
「信田さん、よーちゃんがっ」
信田に抱えられながら、石川はしゃくりあげて泣いた。
「分かってたでしょう?出会った時から」
「だけどっ」
言葉を発する事が出来なくなる程に泣きじゃくりながら
石川は信田に抱かれて歩いた。
- 112 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時04分27秒
- 折原夏は、突然とても悲しい気持ちに心臓を占拠された。
涙を零している彼女に、実と聡子が気付いて驚いた。
「どうしたんですか?」
「何?なんかあった?」
首を横に振って夏は笑顔を見せた。
「どうしたんだろうねぇ」
泣きながら笑う夏を支えながら、実と聡子はホテルに戻った。
「明日にでも帰ろうか」
夏がそう言うと、実は驚いてから頷いた。
- 113 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時05分06秒
- 世界、というプレートのドアの前で石川はまだ泣いていた。
つい先刻洋子とアップルパイを食べた椅子がそこにあった。
中澤にも、保田にも忠告は受けていた。
だが、石川は洋子のその愛らしさに出会った時から心を奪われていたのだ。
「自分の子供みたいに思えたの」
「うん」
「だって、うちの課はあんまり子供来ないし」
「うん」
「それに、あの子も私を好いてくれてて」
「うん」
信田は、石川の背中を撫でながらただ相槌を打った。
夜がすっかり暮れるまで石川は泣き続けて、
結局信田がお土産を選んだ。
帰る道すがらも洋子の一挙手一投足を思い出しては石川は涙を流した。
信田は最初からそうなる事がわかっていたので、
そのまま2CVを走らせた。
- 114 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時05分44秒
- 信田が職員室まで石川を送ると、
毛布とホットミルクが既に用意されていた。
「信田、珈琲飲んでくか?」
「いや、いいっす。帰ります」
「有難うな」
中澤に頭を下げられて、照れ笑いを浮かべた信田は
お土産を渡して帰路についた。
「まいっちゃうよな、あんなに可愛いと」
信田は大きく伸びをしながら門の外に出て、
愛しいベージュ色の2CVへと足を速めた。
ブランデーの入ったホットミルクを飲んで少し落ち着いた石川は、
心配そうな顔で隣に座る保田に謝った。
「今日、お手伝いする筈だったのに」
「いいよ。明日一緒に見送りに行こうな」
「見つかったんですか?」
うん、と頷く保田に前の席に座っていた中澤は渋い表情を見せた。
一番遠くから離れて様子を伺う福田に気付いた飯田が彼女を呼んだ。
「……いいです、私まだ仕事ありますんで」
ぶっきらぼうに言うと、福田はおもむろにファイルを取り出して読み始めた。
- 115 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月19日(火)06時07分36秒
- 保田に連れられて自室へと戻る石川の足取りが、中庭で止められた。
「石川さん、どうかしたんですか?」
心配そうに走り寄る吉澤を避ける様に顔を背けた石川の代りに、
保田が吉澤に答えた。
「今日はちょっとそっとしといてやってよ」
「はぁ…」
ぽんぽん、と吉澤の頭を軽く撫でて保田は石川を連れていった。
後に残された吉澤は戸惑いつつも、洋子がいなくなったのを思い出した。
「だからかぁ」
途端に自分も寂しくなって、吉澤は銀杏の木に寄り掛かった。
自分も明日はいなくなるのだ。
そう思うと、心の何処かがチクンと痛んだ。
- 116 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月19日(火)06時14分49秒
- 本当はラストまで書き上げてからの更新にするつもりだったのですが
順番が回ってきそうなので途中までですが更新。
後は吉澤さんだけですが、もう少し更新までにはお時間下さい。
>>96 M.ANZAI様
有難うございます。
こちらこそ、ここでまた書けるという事に感謝です。
>>97 名無し読者様
有難うございます。
余計だっ!とか怒られなくてよかた…。
>>98
>>102 夜叉様
また吉澤の核心に触れずに終らせてしまいました。
というよりも、触れてしまったらこの話が終りというか…ゴニョゴニョ
>>99 名無し男様
こっからの展開に期待されつつもまだ吉澤までは届かず。
また少ししたら更新になりますので御期待下さいませ。
>>100 名無し読者様
石川さんは、明日(七日目)が一番大変だと思います。
裕ちゃんに怒られちゃいそうです、私。
- 117 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月19日(火)23時03分55秒
- 読んでいてなんだか自分の目の前も霞んできてしまいました。
こうして石川さんはまたひとつ受け入れていくんですね・・・。
そして・・・この永いようで短かった七日間が・・・
- 118 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月21日(木)06時25分16秒
- ちょっとして戻ってきてみたら、動揺…。
ごめんなさい。
>>103と>>104の間には、>>119が入ります…。
すっかり忘れてたよ…ごめんよ、裕ちゃん。
- 119 名前:1.Cry Baby(between103&104) 投稿日:2002年02月21日(木)06時26分21秒
- 対象者を見送る際に必要な指定の紺色のマントを石川が羽織っていると、
所長室から中澤が顔を出した。
「…石川…なんや、おったんかい」
「あ、中澤さん。これからよーちゃんのお見送りに行ってきますね」
頷きながら中澤は右手を石川に気付かれない様に握った。
「行ってき。きぃつけてな」
にっこり笑う中澤に、石川は朗らかに笑い返した。
「はい。あ、お土産いりますか?箱根なんですよぉ」
「うん。美味しいもん、頼むわ」
いってきます、と石川は職員室を後にした。
中澤が爪を食い込ませていた右手を開くと、爪の痕がくっきりと残っていた。
「まだまだやねぇ、あたしも」
中澤は職員室に置いてあるポットから珈琲をカップに注いで飲んだ。
「いったぁ」
右手に息を吹きかけながら、中澤は所長室に戻っていった。
- 120 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年02月21日(木)12時46分43秒
- 今日はじめて知って、一気に読みました。
なんというか・・・・・・仕事中なのに泣いてしまいました。(鬱)
すごく、切ないのに、なんだか暖かい小説ですね。感動しました。
がんばってください。
- 121 名前:名無し男 投稿日:2002年02月21日(木)14時10分00秒
- 現実を受け止めるって一番簡単で一番難しいことだからね( T▽T)
- 122 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月22日(金)20時14分31秒
- 中澤所長の石川さんへのまなざしが気がかりですね。
保田さんですら知らない何かが・・・
まずは吉澤さんの件が期日までに見守っています。
- 123 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月22日(金)20時52分41秒
- 泣きじゃくる石川さんにホロリ…
大変そうな明日、どうなることやら…。
- 124 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時26分15秒
- チュンチュンと雀の出す音が聞こえていた。
石川は、目を開けると自分の手をまっすぐ天井に伸ばしてため息をついた。
「また泣いちゃったなぁ」
情けない声を出して、石川はへにゃっと笑った。
「今日は頑張らなきゃ!」
ベッドから抜け出した石川は昨日の朝飲んでから
ほったらかしにしていた牛乳で煮出した紅茶を暖めなおした。
「お砂糖の加減が上手くいったら、今日はいい日!」
石川はコンロに背を向けて、砂糖の瓶を開けた。
彼女が窓を開けると、清清しい風が吹き込んできた。
秋になったとは言えども、まだ夏の姿が少しだけ残っていた。
「あっ!!」
石川がコンロを見て悲愴感溢れる表情を見せた。
コンロは、沸騰されて鍋から飛び出した牛乳にまみれて不機嫌そうにしていた。
「やっちゃったぁ」
紅茶が既に火を止めてしまっていたから、石川はスイッチを消して
紅茶をマグカップに注いだ。
軽く砂糖を入れて手早くかき混ぜると、コンロを簡単に拭いた。
- 125 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時27分45秒
- 今度のお休みはキッチンの掃除をしようと心に決めて、
石川は紅茶を口に含んだ。
「あま…」
顔をしかめて大きくため息をついた石川は、
マグカップを机の上に置いたまま顔を洗いにシンクへと歩いた。
見送り用のマントすら着たままの自分に気付いて、
石川はそれを急いで脱いだ。
歯を磨いた後に顔を洗って、真っ白なタオルに顔を埋めた石川は
タオルからゆっくりと顔をあげて鏡の中の自分に向かって微笑んだ。
「おはようございます!」
笑って自分にそう言ってから、石川は箪笥を開けて
真っ白なスカートと桃色のシャツを取り出した。
少し考えてから、足元にある棚を開けて、
新しい下着の一式を取り出すと、石川は唾を飲み込んだ。
「今回は、辛い一週間だったな」
唇を無理矢理笑顔の形に持っていって、石川は着替えを始めた。
- 126 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時29分10秒
- 「なんや、まだ休みちゃうで?」
朝の挨拶をする石川に、中澤が怪訝な表情を見せた。
「今日だけ、駄目ですか?」
上目遣いで聞いてくる彼女に、中澤はため息をついて頷いた。
「好きにせぇ」
「あっまいなぁ、裕ちゃんは」
「うっさいわ!」
保田とじゃれあう中澤を微笑んで見ている石川を、
吉澤は隣のテーブルからこっそりと覗いていた。
−−今日で、この光景ともお別れか…少しだけかと思ってたら、
すっごい寂しいや…。
厨房に立つ小湊に、オムレツかスクランブルエッグかと聞かれて、
ゆで卵と答えた彼女の皿の上に乗った二つのハードボイルドなゆで卵は、
殻も剥かれずにそこに置いてあった。
ふわっと膨れたスカートから目を反らした吉澤は
自分のどうでも良さ気な格好を見てため息を隠した。
彼女の頭の中では、昨日の昼に行われた保田との面接の様子が
克明に再現されていた。
- 127 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時29分48秒
- −−
「え?…見つかったんですか?」
猫の様なつり目が、少し恐い印象を与えていたその人は、
私の言葉にしっかりと頷いた。
初対面の時に感じた威圧感は、その時程ではないけれど未だ健在だ。
「今、何してるんですか?」
「それはまだ教えられない」
射し込んでくる光が、石川さんを思い出させた。
お姉ちゃんにそっくりなあの人とももうすぐお別れなのだ。
優しくしてくれた。
拒否しようとした私を、優しく包み込んでくれた。
「石川と離れるのは嫌?」
「そんな事、ないですよ」
否定したら、猫の目が三日月に変わった。
「嘘。恋しちゃったんでしょう?ありがちなパターンだねぇ」
「…よくあるんですか?」
保田さんは椅子から立ち上がると、
呆然とする私を放ってドアの外に出ていった。
ドアの向う側から、おいでおいでをする指だけが覗く。
- 128 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時30分18秒
- かつかつと歩いていく後ろ姿を追い掛けると、
石川さんとよく喋ったベンチに保田さんは座った。
私が座ったのと同時に、保田さんは私に確認もせずに唐突に喋り出した。
「年頃の少年、少女があんな可愛い子に優しくされたらさぁ」
「まぁ、分かりますけど」
返事を返すと、保田さんは真面目な顔をしてこっちを向いた。
「あの子が好きなら、ちゃんと上に行きなさい。
それが、あの子にとって一番の喜びだ」
その言葉を聞いた時の私はちょっとショックを受けていた。
それまでは、いなくなったら悲しんでくれるかなって、思い上がってた。
よく考えてみたら、何時からここに石川さんがいるかは知らないけど
私はここにやってきた沢山の人の1人なだけで。
「告白とか、した人っているんですか?」
「そりゃいるけどね。でもそれが受け入れられた事はないよ」
こちらを窺う様な視線を感じて、私は少し嫌な気分にさせられた。
「絶対に、上に行きなさいね?」
私が返事をするまで待っていた保田さんは、
私が頷くと立ち上がって先に帰っていった。−−
- 129 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時30分53秒
- 「もう食べないの?」
ぼんやりとしている吉澤の周りには既に誰もいなかった。
彼女が驚いた顔で隣に座った石川を見返すと、
石川はもう一度同じ言葉を繰返した。
「もう、食べないの?」
「いや…食べます」
昨日の涙が嘘の様に、石川は微笑んで
「卵の殻、剥いてあげるね」
と言って卵の殻を丁寧に剥き始めた。
陽の光で石川の髪の毛がいつもよりも明るい色に見えた。
綺麗に剥かれた卵を手渡そうとする石川のその指から、
吉澤が直接卵を食べると石川は驚いた顔を見せてからおかしそうに笑った。
「今日ね、保田さんと一緒にお見送りする事になったから」
「そうなんですか?」
頷く石川の手から一つ目のゆで卵を完食すると、
石川はお皿の上の卵も剥き始めた。
- 130 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時31分27秒
- 「石川さん」
「なぁに?」
吉澤は石川の卵を剥く手元を見つめながら聞いた。
「何時に出発ですか?」
「保田さんは午前中にもうひとりお見送りに行くから、
その後の…多分2時頃かな?」
石川は、卵を吉澤の唇の近くまで差し出した。
「じゃぁ、それまで一緒にいてくれませんか?」
卵を二口で食べ終えて吉澤が誘うと少しためらってから石川は頷いた。
「その代り、トーストも食べなきゃ駄目よ?」
母親の様な口ぶりに、吉澤は苦笑しながら石川がバターを塗るのを待った。
- 131 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時32分00秒
- この世界の端まで行きたいという吉澤の願いも空しく、
施設の裏にある小さな丘の上に石川は彼女を連れてきた。
すぐ傍には塀が高く聳え立ち、あまり情緒的といえる場所ではなかったが、
吉澤は満足そうに笑った。
「こっからはやっぱり出ちゃいけないんだ」
「うん。貴方が出られるのは上に行く時だけ」
バスケットに入っていた布を取り出して広げた石川はそこに寝転んだ。
「ここねぇ、お休みの日に来たりする場所なの」
気持ちよさそうに風を受け止める石川の隣に座って、
彼女の手を握る吉澤に石川はずっと年上の人間の様に諭した。
「恐い事なんて、何もないのよ?幸せになれる筈だから」
吉澤が頷くと、石川は吉澤の手を握り直して塀の上の空を眺めた。
「どんな人だったの?お姉ちゃんって」
石川と同じ様に空を見ながら吉澤は
石川に似ているなんて事は口にせずに答えた。
「私の人生で、唯一優しくしてくれた人」
「…そっか」
石川はそれ以上何も言わなかった。
- 132 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時32分31秒
- 吉澤が思っていたよりもずっと早くに時はやってきた。
門の先は霧だけが見えていて、
お揃いの紺のマントを着用した保田と石川に挟まれて吉澤は喉を鳴らした。
遠くからエンジン音が聞こえてきて、吉澤が顔をあげると
七日前に彼女が乗ってきた古いスクールバスが止まった。
ドアがガシャンッと開いて、運転席の信田がにっと笑った。
「石川、元気出た?」
「はい。有難うございました」
保田が吉澤に目で乗る様に指示を出して、吉澤は大人しくそれに従った。
吉澤が運転席の斜め後ろに座ると、石川がその隣に座った。
運転席のすぐ後ろの席に座った保田は欠伸を噛み締めて言った。
「信田さん、まずは吉澤家にお願いします」
「なんでっ!」
怒鳴り声にも似た声をあげる吉澤を見もせずに
保田は外を眺めてはじめた。
- 133 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時33分12秒
- 誰もいない環七を通って、そのままスクールバスが進むと
吉澤の見慣れた道路がそこにあった。
不機嫌そうに黙り込む吉澤を、心配そうに石川は見つめた。
きぃっと黄色いバスが止まった前には古いアパートがあった。
半ば無理矢理安っぽい階段を登らせて、
保田は「吉澤」という表札の前に吉澤を立たせた。
生きていた頃と何も違わないその家の、
ドアには何故か「世界」というプレートが張ってあった。
石川が吉澤の手をぎゅっと握りしめて笑った。
「大丈夫。恐くないよ?」
「石川さ…」
吉澤は急に襲ってきた生温い風に目を閉じた。
「ほら、吉澤さん」
石川の声が聞こえて目を恐る恐る開けると、
ドアの向う側には、思春期を過ごした自分の家があった。
小さな部屋で、派手な化粧をほどこした女性がぼろぼろと涙を流していた。
「ひとみ…ひとみ…」
何度も今は亡き娘の名前を呼びながら、彼女は少し幼い少女の写真を見ていた。
「ごめんねぇ。こんな写真しか残ってないなんて…ごめんねぇ」
そんな光景から吉澤が目を反らすと、保田が言った。
「見てあげなよ。お母さんは本当にあんたの事愛してたんだよ」
「一緒に暮らしてたから、情が移っただけですよ…。
こんな人、母親だなんて思った事ない」
石川の視線を痛い程に感じて、吉澤はその場から立ち去った。
「吉澤さんっ!」
石川が慌てて追いかけるのを見て小さくため息をついた保田は、
世界のドアを閉めてゆっくりと階段を降りた。
- 134 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時33分56秒
- 「信田さん、ごめんね?色々と」
「次は…あそこ?」
「ん、お願いします」
バスに戻ってきた保田はそう言うと、先程と同じ場所に移動した。
最後部では唇を噛み締めている吉澤と、それに寄り添って石川が座っていた。
信田がこっそりため息を洩らすと、
保田が前に乗り出して人の悪い笑みを浮かべた。
「信田さんも石川に甘いですよねぇ」
「そりゃねぇ。可愛いじゃん」
バックミラーで石川を確認してから大きく道を曲った。
保田にも、信田にも、もう笑みは浮かんでいなかった。
- 135 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時34分42秒
- バスが止まったその場所に降り立つと、ずっと握られていた石川の手が、
吉澤の手から離れた。
不思議に思った吉澤が石川の様子を覗き見ると、
顔面蒼白の彼女が吉澤の目に入った。
後ろから石川の肩を抱く信田にこっそりとヤキモチを焼きながら
吉澤は見た事のない様なある様な、その施設の前に立った。
「ここに、いるんですか?」
「そう。ここに、彼女はいる」
吉澤は世界というプレートを探したが、そこには何もなかった。
古びたその施設のもう取れそうな看板を見ると、
そこには『ひまわりの園』とだけ書かれてあった。
吉澤が振り返って保田を見ると、保田は静かに語りだした。
- 136 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時49分24秒
- 「ここはねぇ、児童養護施設なんだよ。
吉澤さんが、病院って言うから頭を捻らせていたけれど、
ここしか見当がつかなくてね…」
保田は後ろで泣きそうな顔をしている石川を確認すると、
信田に彼女をバスに戻す様に頼んだ。
吉澤は石川が気になったものの、保田の話の続きを静かに待った。
「君は、ここに十年前に一度だけやってきた。
期間は一ヶ月ぐらいだったかな。原因はお母さんのアルコール中毒」
苦々しい顔を見せる吉澤を連れて保田は施設へと入っていった。
「そこで君があったお姉ちゃんは、ずっとここで暮らしてる子だった。
両親が事故死して、ひきとられた先にいた祖母は彼女を孫とは認めなかった。
暴力は受けなかったものの、冷たい視線が彼女に襲いかかった。
そういう意味では、ここは彼女にとって天国みたいだったんだろうね」
- 137 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)02時55分28秒
- 「彼女は、ここで暮らし始めて間もなく、この施設のアイドルになった。
優しくて、可愛くて、人に気も使えるいい子だった。
ここの施設は子供達には優しくてね、彼女は本当にここが好きだった」
保田の顔が曇った。
「君が母親に引き取られてすぐの事だよ。
彼女が流感にかかって、施設の人は凄く心配して夜もずっと看病してた。
41度近くまで熱があがってね、施設の人が薬を取りにいなくなったんだ。
彼女は施設の人がいなくなった時にちょうど目を覚ましてね、
ふらふらと部屋から出ていった」
埃だらけの階段を、あがって保田は続けた。
「ちょうど、この部屋なんだけどさ」
階段のすぐ前にある部屋を保田が指差した。
「ここが園長室でね。
多分、彼女は分かってなかったと思うけど、ここに入った。
その時、ここの園長はドアのすぐ傍に立ってて、
だから彼女が入ってきて凄く驚いた。
彼女に熱がある事は知ってたけど、園長はそれが何度かまでは知らなかった。
ふらふらしてた彼女は園長に掴まった拍子に、
園長が持ってた紙をやぶってしまったのよ」
- 138 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時01分18秒
- 保田は悲しそうに笑った。
「その紙はさ、園長が隠してた裏帳簿の一部だった。
裏帳簿の存在を知られたと思った園長は慌ててそれを取り戻そうとして、
彼女を突き飛ばした。
ちょうどここから、どんっ、て」
保田が園長室の前で突き飛ばすような仕草をした。
「彼女はその時まだ17歳で、おまけに細くて熱があった。
園長は50代の男性で、少し体格が良かった。
彼女はそのまま階段の下まで落ちていったよ…」
吉澤が声も出さずに泣いていた。
保田は彼女の頭を優しく撫でて頷いた。
「そうして彼女は死んだ。
彼女の手に握られていた紙と、当時のスタッフが突き飛ばしている園長を
目撃していた事で園長は掴まったよ。
で、その彼女はと言うと…」
- 139 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時04分32秒
- バスの中で座っていた石川は震えをやっとの事で止めた。
「なんで、ここに来たんですか?」
「彼女が入院してたと思ったのは、ここだったんだって」
信田が簡単にそう言った。
石川はまだ納得がいかないという顔をして、
信田に質問を浴びせかけた。
「でもここは…」
「そう。もう閉鎖されてる」
「じゃぁ」
石川は必死に自分の手を握りしめた。
「考えてごらんよ。十年前、ここにいたお姉さんは誰だった?」
「私…だけ?」
信田はゆっくりと頷いた。
- 140 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時10分27秒
- 「今でも覚えてるよ。ここで石川ちゃん拾った時の事」
信田が懐かしそうに呟いた。
「ぼんやりと施設の方眺めててさ」
「…私も覚えてます。信田さん、いきなりナンパしてくるんですもん」
少しおかしそうに石川が笑った。
外でキィッと古びた門がさびた音を風に聞かせていた。
「でも、その前の事は何一つ覚えてないんですよね」
「……」
「熱の所為なんでしょうけど。…でも、幸せなのかもしれない。
覚えてたら悲しかっただろうから」
「石川ちゃんが、強い子でお姉さんは嬉しいよ」
ふふっ、と笑って石川は信田を見た。
「行ってもいいですか?ちゃんと立ち会わなきゃ」
- 141 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時18分42秒
- 「で、その彼女はと言うと…熱の所為でか、
それとも頭を打ったからか、その時に記憶を失くした。
だから私達の所に来た時には訳がわかってなかった」
「もしかして…その彼女って…」
吉澤が保田を真剣な顔で見た。
その表情は希望すら見出せる程明るかった。
「ねぇ、吉澤さん。約束したよね?
ちゃんと上に行くって。覚えてる?」
吉澤がはっと息を飲んだ。
階段の下のドアが開いて、光が入って来た。
「お願い。ちゃんと上に行って?あの子を苦しめたくないんだ。
あの後、裕ちゃ…うちの所長と私は一生懸命
彼女の記憶に触れそうな物から彼女を遠ざけて来た。
本当は、今回だって知らない間に見送ってても良かったけど…」
ドアから外にいた筈の二人が中に入って来た。
「だけど、何時かはこういう時も来るかもしれないからって」
吉澤は、必死な保田から顔を背けた。
「分かりました…母親を選べばいいんですね?」
石川が聞こえるぐらい近付く前に、吉澤が答えた。
- 142 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時25分25秒
- 恐る恐る階段に近付いて来た石川の傍にはやはり信田がいて、
吉澤はあからさまにムッとした顔をした。
「吉澤さん…あの、私」
「聞きました」
にっこり笑う吉澤に、石川は複雑そうに笑った。
「信田さん、もう一度吉澤家にお願いしてもいいですか?」
「そういう事になったのね」
了解、とバスのキーを空に飛ばしてキャッチしながら信田が言った。
相変わらずバスの最後部に座る吉澤の隣に石川が腰掛けた。
「ごめんね?覚えてなくて…」
「いいですよ。仕方ないじゃないですか」
吉澤が手を差し伸べて、石川がその上に手を乗せた。
「聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「記憶がないのに、誰を選んだの?」
予期しなかった質問に石川は言葉を失った。
少しだけ開けた窓からは風が入り込んできていた。
エンジンの音が少しだけ大きく聞こえた。
「…………の」
「え?」
「この世界で働いてる人達は、最後のひとりを選べなかった人達なの」
「じゃぁ…」
石川が悲しそうに頷いた。
- 143 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時30分35秒
- 「内緒よ?」
そう言う石川を置いて、吉澤は保田と信田のいる最前部まで歩いていった。
「吉澤さんっ」
困った様に石川が彼女を追いかけた。
「あの、止まって下さい」
「はい?」
驚いた表情で、ブレーキをかけた信田が振り向いて吉澤を見た。
「…どうかしたの?」
保田が恐い顔で吉澤を見つめた。
その威圧する視線に負けない様に大きく空気を飲み込んで吉澤は言った。
「私、やっぱり選びません」
「吉澤さん?」
石川が驚いた顔をして三人を見回した。
信田は分かっていたという表情をして、
吉澤は緊張した顔をしていた。
- 144 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時43分04秒
- 「ちょっと待ってよ!」
保田が慌てた声を出した。
「先刻言ったじゃない!」
「保田さんだって、選ばなかったらここに残るなんて
言わなかったじゃないですかっ!」
声を荒げる保田に吉澤が怒鳴り返した。
保田が返す言葉を考えていると、バスのドアが開いた。
「ここに残るって言うても、同じ施設とは限らんで?
信田みたいにドライバーになる人もおれば、
うちらみたいな仕事も、全然違う場所での仕事になるかもしれん」
「中澤さんっ」
石川が驚いて口を両手で隠した。
「大体、皆事情があって選んでない人だらけや。
選べるんだったら、選んどき」
吉澤の聞いた事のあるあの演説の優しい声ではない、
低い厳しい声で中澤が言った。
「私は人生でお姉ちゃん以外の人に優しくされた事なんてなかった。
私を生んだ人はアル中で、平気で私を殴った。
酔いが冷めて、謝ってもその晩また殴った。
父親は今は別の家庭を持っていて、私の事なんてなかった事にしたいって思ってる。
数年ぶりにあった娘を、汚らしいものでも見る様な目で見る様なやつだった。
友達なんて、いなかった。
いつも私の家庭の話がどこからか出回って友達と思ったやつも離れてった。
彼氏なんて、いなかった。
いつだって、出会っていいなとか思っても、結局私の体だけが目当てだった。
あの母親の娘だから、って理由で。
そんな理由で私は誰にも優しくされなかった!
だけどお姉ちゃんは、優しかったんだよ…」
泣き崩れた吉澤を、石川は優しく抱き締めた。
「悪いけどなぁ、信田。戻ってくれるか?」
「裕ちゃん!」
「大丈夫やんなぁ?石川」
中澤がニッと笑うと、石川は力強く頷いた。
- 145 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時51分08秒
- 最後部に戻って、石川は吉澤の両手を包み込んだ。
「大丈夫よ、恐い事なんてもうないから」
「お姉ちゃん…」
石川は目を潤ませて、頷いた。
「大丈夫」
吉澤は石川の肩に寄り掛かって目を閉じた。
運転席のすぐ後ろに座っていた保田は、先刻からため息を連発していた。
「そんなに怒んなや」
「だってさぁ…」
中澤はこっそりと後ろを確認して満足そうに頷いた。
「これで良かったんよ」
「そっかなぁ?」
「多分…やけど」
一際大きいため息をついて保田は窓から外を眺めた。
「懐かしい道だよ」
「せやなぁ」
「なんで裕ちゃんあそこにいたの?」
「稲葉に連れてきてもろてん」
何でもない事の様に中澤は言った。
「過保護…」
「どっちがや」
二人が言い争おうとしている間から信田が突っ込んだ。
「二人ともだと思いますよ?」
「……」
「……」
うなだれる二人の向う側で、石川と吉澤は泣き疲れて眠っていた。
- 146 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)03時57分28秒
- 黄色いバスがS-0204第4課の門の前で止まると、
飯田と福田がそこに立っていた。
「おかえりぃ」
「おかえりなさい」
二人に出迎えられて降りた保田と石川の後を、
吉澤が申し訳なさそうに降りて来た。
「おかえりなさい」
飯田が笑ってそう言うと、吉澤は小さくただいまを口にした。
中澤がバスの中から顔だけ出した。
「このまま総務課に連絡してくるから」
「はーい」
飯田が保田と吉澤の背中を押しながら返事をすると、
バスのドアが閉まって、走り出した。
三人の後をついていきながら、福田が石川に話しかけた。
「…大丈夫でしたか?」
「うん。有難う」
笑顔を見せた石川に、福田は顔を赤らめて早歩きになった。
急いで後を追った石川の後ろで、小湊がゆっくりと門を閉めた。
- 147 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)04時09分21秒
- 初めて入ったその場所で、吉澤は居心地が悪そうにしていた。
隣に座った石川を見ると、紅茶を進められた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ごめん。お姉ちゃんは恥ずかしいな…梨華でいいよ」
「梨華…ちゃん。あの、ここで何を待ってるの?」
石川は悪戯っぽく笑って唇に人指し指を近付けた。
「内緒」
「えぇー」
駄々をこねる子供の様な声を吉澤が出すと、
ドアの近くから関西弁が響いた。
「そこっ!いちゃいちゃすんなや!神聖な職場やぞ?」
クスクス笑いだした保田を睨み付けてから
中澤はわざとらしいせき払いをした。
「えぇ、吉澤ひとみさん。
本日付でS-0204第4課に配属が決定しました」
嬉しそうに拍手をする飯田と保田を見た吉澤は、
にやにや笑っている中澤を見た。
それから真面目な顔をして石川を見て、
「S-0204第4課って、どこ?」
と聞いた。
「ここやっ!」
石川よりも素早く中澤に突っ込まれて、吉澤は石川を見た。
「これから、また一緒だね」
石川は笑ってそう言った。
「やったぁっ!!」
思わず石川に抱き着いた吉澤は、中澤に頭を殴られた。
「ここは神聖な職場や言うてるやろっ!」
そんな事聞いていないかの様に、吉澤は嬉しそうに石川に笑いかけた。
- 148 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)04時18分45秒
- 「じゃぁ、終礼をはじめます」
中澤の声が活気だつ職員室に響いた。
「今週は21名中20名が上に行かれました。
皆さん、お疲れさまでした。
尚、既にここにいるので分かってるとは思いますが、
対象者の吉澤ひとみさんは来週からうちの課で働いてもらいます。
以上!今週も打ち上げや」
そう言うが否や、中澤は職員室から出ていってしまった。
「おつかれぇ。吉澤、来週から宜しく」
「うん。私も宜しくね、吉澤」
早々に他人の名前を呼び捨てて、飯田と保田が外に出ていった。
その後を福田が続く。
ドアの手前で振り返った福田は吉澤におじぎをして出ていった。
「ねぇ、私嫌われてるの?」
吉澤が聞くと、石川は首を横に振った。
「ちょっと恥ずかしがりやさんなの」
「ふーん」
吉澤は椅子を近付けて石川のすぐ傍に座り直した。
「吉澤さん?」
「昔みたいにひとみちゃんて呼んでよ」
「…ひとみちゃん?」
吉澤は満足そうに頷いて石川の肩に顎を乗せた。
「ほら、打ち上げ行かないとからまれちゃうよ?」
「でも、もう少しだけ」
窓の外では銀杏の木がすっかり葉を落として、衣替えをしていた。
- 149 名前:1.Cry Baby 投稿日:2002年02月25日(月)04時19分44秒
第1話 Cry Baby 完結
- 150 名前:空飛び猫 投稿日:2002年02月25日(月)04時27分35秒
- 更新終了です。
>>117
>>122 M.ANZAI様
長かった七日間がやっと終りました。
私にとっても長かった(ニガワラ
>>120 よすこ大好き読者様
有難うございます。
泣かせちゃってすみません。
しかも、仕事中なのに…。
また読んで下さい。
>>121 名無し男様
難しいですねぇ。
実はテーマだったりするので、
ひとりでドキッてしてました(w
>>123 名無し読者様
今日(七日目)は本当に大変でした。
正直、こんなに難産になるとは思いませんで…。
最初から決まっていたのに、キーボードに拒否される日々でした。
(拒否してたのは私なんですけど…)
そんな訳で、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。
次の話の前に一個お話が載るので、その後になると思いますが。
- 151 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月25日(月)09時53分45秒
- 第1章、完結お疲れ様です。
作者さんには難産で(途中であちらの順番もあったりと)たいへんだったでしょうけども、
読ませてもらうこちらとしては感激しております。
石川さんがここに居る理由、
吉澤さんのことが解った時に中澤さんと保田さんが困惑した理由、
保田さんの気遣いと中澤さんの配慮・・・
様々なものが絡まりあいながら一本の筋になっていく、そんな深みのある作品です。
次の話も楽しみです。
更新されるのを心待ちにしております。
- 152 名前:名無し男 投稿日:2002年02月25日(月)12時09分27秒
- まずは第1章完結お疲れ様
ヤパーリ完成度の高さに仰天させられる
なんだかんだ言ってるけど結局いい人の保田さんと中澤さんに乾杯!
しかしこれを見て急にスクールウォーズを見たくなってしまったのは
なんでだろう?
- 153 名前:夜叉 投稿日:2002年02月25日(月)14時38分41秒
- お疲れさまでした。
やっと、自分の中のつっかえていた物が消えて無くなりました。
ありがとうございました。
次回も楽しみにしてます。
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月25日(月)23時35分16秒
- お疲れです。
ホントよかったです。よみごたえありました。
みんなのいろんなやさしさ…とってもステキでした。
次のお話、読んでしまうにきまってるじゃないですか(w
- 155 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年02月27日(水)12時47分02秒
- 第一章完結ご苦労様でした。
感無量です。(T-T)
第一章ということは、二章三章・・・と、期待してもいいのですか?(w
今までに出会ったことのないストーリーでよかったです。
次回期待しています。ありがとうございました。
- 156 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月01日(金)23時55分34秒
- 遅くなっててすみません。
もう少々お待ち下さい。
- 157 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月03日(日)03時00分31秒
- 初めて書き込むんですが、本当におもしろいです。
人間の不可知である死後の世界をこうも鮮明に、俺の頭の中に映像化させるあなたは何者?
第二章もめっさ期待してます!頑張って下さい!
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月03日(日)23時40分59秒
- 先日は、せかしてしまうようなことを書いてしまって申し訳ありませんでした。
納得いく形にしてからの更新で結構ですので、これからも頑張って下さい。
1読者としてお待ちしています。
- 159 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月04日(月)01時12分25秒
置いてかないで。
ねぇ、置いていかないで。
いらないよ、もうこんな世界。
だから、ついていってもいいよね?
- 160 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月04日(月)01時20分40秒
- 青い月が近付いてきた。
時が近い事を石川は悟った。
日課となったお休み前のティータイムを楽しんでいた吉澤は、
石川が外を見つめている事に気付いた。
「どうしたの?梨華ちゃん」
恥ずかしそうに石川の名前を呼んで吉澤はココアを飲んだ。
「明日からまた忙しくなるなって」
「なんで?」
「青い月が出ると、翌朝はお迎えの日なのよ」
石川がにっこり笑うと、吉澤も緩い笑みを浮かべた。
「そうなんだ」
「貴方も明日からは忙しくなるのよ?」
吉澤は明日が自分の新しい日々の始まりである事に気付いて渋い顔をした。
「ほら、今日はもう早く寝なさい」
「はぁい。梨華ちゃん、お休みのチュウは?」
簡単に額にキスをされて、吉澤は頬を赤く染めた。
「大丈夫?熱かしら?」
額をくっつけて熱がない事を確認した石川は、吉澤の頭を優しく撫でた。
身長差の所為か少し背伸びをして。
「おやすみなさい」
「はい。いい夢を」
吉澤はニコニコ笑う石川の部屋を大きなため息と共に後にした。
- 161 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月04日(月)01時27分17秒
- 「皆さん、本日は御愁傷様でした。
既に御存じの方が多いとは思いますが、皆様はこの一週間で亡くなった方々です。
ここは天国に行く前の最終地。皆様にはここで一週間程過ごして頂きます」
中澤の声が礼拝堂を模したホールに響く。
「皆さんには会いたい人をたったひとりだけ決めて頂きます。
その方とお話する事も、その方に触れる事も出来ません。
ただ、その方を最後に見て、その方の記憶だけを持って天国に行って頂きます
皆さんにも、愛する方が沢山いらっしゃるでしょうし、
すぐには決められないでしょう。ですから、皆さんには
今日から七日間の間に最後に御会いになりたい方を選んで頂きます。
御会いになりたい方が決まりましたら、担当者がその方を探して参ります。
相手の方からこちらは見られません。予めご了承下さい。」
抑揚のない喋り方をしながら、中澤はホールを見渡した。
いつも通りの中年や、少し若い青年達がぼんやりと話を聞いている。
そんな中で、少女達が二人寄り添いあっているのを見つけた中澤は、
心の中で舌打ちをした。
「選ばれる条件は、相手がまだ生きてる人だと言う事と、具体的な名前或いは、
当時の詳しい状況が分かるという事です。
七日間の間に皆さんは担当者と話し合い、お相手を見つけて下さい。
詳しい事は、皆さんにお配りした紙に記載されています。
御一読下さいます様お願い致します」
頭の中では少女達のファイルを開いていたものの、
中澤は何もないかの様に説明を続けた。
- 162 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月04日(月)01時36分04秒
- 中澤が来るまでの間、職員室では掃除が行われていた。
雑巾で丁寧に机を拭く石川に、手を擦り合わせながら吉澤が弱音を吐いた。
「ねぇ、お湯じゃ駄目なの?」
「お湯だと手が荒れちゃうのよ」
「有無を言わない!!!」
優しく諭す石川の声に保田の怒声がかぶさった。
「あんたねぇ、新人なんだからちゃきちゃき動きなさいっ」
「はい」
助けを求める様な顔をする吉澤に自分の絞ったばかりの雑巾を渡して、
石川はにっこり笑った。
「がんばろ?」
「はぁい」
力なく答えて吉澤は丁寧に椅子を拭いた。
「朝礼始めるでー」
あからさまに不機嫌な声を出して入室してきた中澤の号令で、
掃除道具を片付けると、それぞれが机の前に立った。
「えっと、今日は始める前に一言」
眉間の皺をこれ以上ない程増やしながら、中澤がファイルを取り出した。
「今週は、青い紙が一名います」
「まじでぇ」
嫌そうな声を保田があげた。
- 163 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月04日(月)01時45分27秒
- 「青い紙って、なんですか?」
暗い雰囲気の中、吉澤が脳天気に聞いた。
「ここには毎週、通関局からファイルが送られてきます。
ファイルの中には故人の情報が詰ってます。それは知ってますよね?」
福田が吉澤の方は見ずに前を見て言った。
吉澤が頷くのが分かっていた様に、福田は続けた。
「色の着いた紙というのは、通関局からのメモの様な物です。
色は沢山あるので、他の色の意味は後々出てくる度に聞いて下さい。
とりあえず青い紙は『自殺』を意味してます」
「自殺…」
吉澤が黙ってしまったので、石川は代りに福田に礼を言った。
中澤は俯く吉澤の頭を軽くファイルで叩いて、話を続けた。
「で、この対象者は圭坊に頼むわ」
「そう来ると思ってた…」
保田が諦めた声を出して、中澤は標準語に言葉を戻した。
「さて、では朝礼を始めます。
吉澤さんは今週はまだ石川さんのサポートをしてもらいます」
職員室にいつもの空気が流れはじめた。
長い長い七日間がまた始まろうとしている。
- 164 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月04日(月)01時57分59秒
- 時間切れで更新終了です。
1と2の間に入れようと思っていたSSは、
あまりにも2が遅くなるのでまた次の機会に。
ほんとに遅くなってすみませんでした。
また暫く宜しくお願いします。
>>151 M.ANZAI様
第1話なのに、と言いますか、だから、なのか
些か詰め込み過ぎな感もありますが、そう言って頂けて良かったです。
第2話も宜しくお願いします。
>>152 名無し男様
勿体無い言葉を頂いてしまいました。
スクールウォーズなんて、久しく名前すら聞いていない。
早速TSU○AYAへGO!!…中澤さんの所為ですか?(w
>>153 夜叉様
何がつっかえていたのか気になる所ですが、
そう言って頂けて嬉しいです。
これからも読んでいただければ有難いです。
>>154 名無し読者様
私もあのシーン、好きです。
そんな台詞を言われちゃうと、へっよろと同じくらい嬉しいです。
それじゃ少ないか?
>>155 よすこ大好き読者様
はい。第1話ですから、当然2話も3話もございます。
大分長いお話なので、もう少しおつきあいいただけると嬉しいです。
こちらこそ、読んで下さってどうも有難うございました。
>>157 名無し盛り様
有難うございます。
た、ただのいしよしヲッチャーでございます。
でもそう言ってもらえて嬉しかったです。
また読んで下さいませ。
>>158 名無し読者様
いや、そんな気にさせる様な事を言ってしまいこちらこそ申し訳ありませんでした。
無理に書いたのではありませんし、ちゃんと納得しておりますので
どうかお気になさらずに。
これからもこの作品に気付いていただけると嬉しいです。
- 165 名前:名無し男 投稿日:2002年03月04日(月)11時31分22秒
- 青紙があるって事は赤紙もあるのかな?
- 166 名前:夜叉 投稿日:2002年03月04日(月)15時13分30秒
- おおっ、第2話が始まってるぢゃないですか(^^)。
吉の新たな人生に期待してます。頑張ってくださいね、師匠。
いやいや、「つっかえていた物=吉のこと」なんで、あまり気にしないでくださいね。
含みのある書き方をしてすみませんでした。
- 167 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月04日(月)17時31分00秒
- 俺もただの石川ヲッチャーだけど、こんな上手い文章書けないですよ!
ふと思った、もしだれか一人選ばないといけないならだれを選ぶのか?
でも、候補がいるだけで俺は幸せなんだなと思う今日この頃。
- 168 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月04日(月)21時12分38秒
- きましたね、第2話が。
さっそくひきこまれちゃいました。
吉澤さん、かなり甘えっこに(w
- 169 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年03月06日(水)14時29分53秒
- 続きが始まっています!!
かなりうれすぃーです(w
青紙の人物が、気になります。がんばってください。
- 170 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月07日(木)02時48分14秒
- 「ねぇ、ねぇ、梨華ちゃん」
「なぁに?」
吉澤が職員になって数日、何度も繰り替えされている会話が
廊下からだんだん遠離っていっていた。
職員室で珈琲を煎れていた中澤は眉をひそめて保田を呼ぶ。
「何?その顔」
「吉澤って、本気なん?」
窓の下では落ち葉を掻き集めて焚火が始まっていた。
些か、早い様にも感じられるソレはジャガ芋やサツマ芋等が
今週の対象者の人数分よりも少し多いぐらいに放り込まれていた。
「石川の事?」
「それ以外に何があるんや」
窓の外を見ながら、のんびりと答える保田に中澤が少し苛立った様に答えた。
「本気なんじゃない?ま、久々に会った『お姉ちゃん』に
甘えてるのもあると思うけど」
「…なぁ、同性愛って今じゃ普通になったん?」
珈琲を一口飲んで、苦そうな顔をした中澤はクリームを少し入れた。
「それ、私に聞く?」
- 171 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月07日(木)02時53分22秒
- 笑っていた保田は、中澤の顔を見て口角を下げた。
「多分、前よりはないと思うけど、今更世界の常識なんて関係ないんじゃない?
ここには私達しか暮らしてないし、外部から来るのもミカや信田さんぐらいで」
「でも何時かは新しいスタッフが来る」
中澤の言わんとしている事が分かったのか、保田は少し考えてから口を開いた。
「そんな未来の事心配してるのなんて裕ちゃんらしくないよ。
あれが本気だったとしても、石川がまだまだ気付いてないと思うし」
窓の下で嬉しそうにサツマ芋を剥いて吉澤に食べさせている石川を発見して、
保田は苦笑を洩らした。
「あれは多分、子供扱いしてるんだと思うけど。
…あの子、母親になりたがってたもんなぁ」
「家族が欲しい、やったっけ?」
窓辺にやってきた中澤は少し寂しそうに笑った。
「甘えてもらえて嬉しいんだろうね、あれは」
「でも吉澤ももう十六歳やろ?大人やん」
感覚が違うんだよ、と笑う保田の尻を軽く蹴って中澤は珈琲を飲干した。
「ほら、無くなる前にいかんと」
「はいはい」
誰もいなくなった職員室にはファイルが一つ残っていた。
- 172 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月07日(木)02時56分04秒
対象者:市井紗耶香 享年:満十八歳
- 173 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月07日(木)02時59分27秒
- 面接室の机に座る石川の椅子の後ろでは、
吉澤が椅子に座ろうともせずにウロウロしていた。
「ちょっとは落ち着いたら?」
「だって、梨華ちゃん。初仕事だよ?」
「分かったから、座って?」
諦めた様に座った吉澤はそれでも落ち着かない素振りを見せていた。
窓から太陽が降り注いできた瞬間にドアのノック音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
落ち着いた優しい声で石川がドアへと声をかける。
ドアを開けて入ってきた少女は真直ぐとした瞳で石川を見つめた。
「あの…」
「こちらへどうぞ。担当者の石川と」
「ほっ、補助の吉澤です」
上ずった声で吉澤が自己紹介をすると、少女は小さく笑みを見せた。
颯爽と歩いて机の前に立つと、少女は手を差し伸べた。
「はじめまして、石川さん」
「はじめまして」
おかしそうに笑いながら柔らかい返事を返す石川を見た吉澤は、
面白く無さそうな顔を隠そうとしなかった。
- 174 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月07日(木)03時07分39秒
- 面接用の施設の前で少女は佇んでいた。
落ち葉を足で払いながら、少女はチラチラと施設のドアを気にしていた。
つまらなそうな整った顔は、人影が見えてパッと輝いた。
「いちーちゃん!!」
「…何してんだ?」
けだるそうに答えた少女はそのまま立ち去ろうとした。
「待ってよぉ、いちーちゃん。違うのぉ」
「何が」
情けない表情で追い掛けてくる少女に諦めた様に市井は立ち止まった。
「違うの、後藤は」
「もういいよ。ほら、行こう」
俯く後藤の手を掴んで市井はそこを後にした。
窓からは保田がため息をついて二人の少女を見守っていた。
- 175 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月07日(木)03時15分13秒
- 更新しました。
あまり進んで無いですねぇ。
この話も長くなってしまうのかしら…?
>>165 名無し男様
色はまだ後何色かあるのですが、赤紙って
既にイメージがついてしまってるので大分悩みました。
答は…あたってます。イメージが貧困すぎるかなぁとも思ったんですけどね。
>>166 夜叉様
あ、そうだったのですね。
いや、どっかに見落としでもあったかと思いました。
吉澤さんの第二の人生は始まったばかりですからね、がんがります!
>>167 名無し盛り様
いやはや、これでも結構四苦八苦しながら書いてます(^▽^;)
難しいですよね、誰かひとり選ぶのって。
私は…後の方でエピソードとして使うので詳しくは言えないんですが、
この話を考えた時にしばらく決まりませんでした。
>>168 名無し読者様
吉澤さんの甘えっこぶりは理由があったり…するらしいです。
もう少ししたら出てきますのでしばしお待ちを。
作者がネタばればかりさせてちゃいけないですね。
>>169 よすこ大好き読者様
今回で分かったでしょうか?
続きを喜んでもらえて嬉しいです、はい。
出張、御苦労様でした。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月07日(木)13時34分20秒
- 石川に甘える吉澤(w
2人の少女は市井と後藤だったんですね、
これからどうなるのか凄く気になります
頑張ってください
- 177 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年03月07日(木)19時39分42秒
- 吉に芋をむいて食べさせている石に、かなり萌え(w
今回でわかりましたよー!!
次の展開(1週間)を、楽しみにしています!
- 178 名前:すくーぴー 投稿日:2002年03月08日(金)01時42分24秒
- 初めてカキコします。第2章が始まりましたね。
いちーちゃんとごとーも出てきて興味をそそられる展開で
続きを楽しみにしています。
がんがってください。
- 179 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月08日(金)02時40分55秒
- 次の七日間が始まっていました。
今回も石川さんに難題の予感が。
それにしても石川さんにべったりの吉澤さん、
彼女もいつしか1人立ちする日が来るのでしょうか?
それにしてもここのシステム、無限に人員が増えていくという訳でもなさそう、なのに・・・
第2章の続き、楽しみにしています。
- 180 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月08日(金)03時34分24秒
- おお今回はいちごまかぁ。
二人の意味深な過去をあっさり描写しちゃうんだろうなぁ。
それに、先輩職員の過去も気になる。
悩んだんですが、レスは自粛したほうがいいですか?
作者さんの綺麗な小説を俺のしょーもないレスで汚したくないので。
この作品大好きなんで気長に頑張って下さい。焦りは禁物です!
- 181 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月08日(金)06時30分55秒
- 銀杏並木の日溜まりの間を吉澤は首をきょろきょろさせながら歩いていた。
「梨華ちゃん、何処行ったんだよぉ」
尋ね人が見つからないまま、彼女はいい香りの漂ってきた食堂へと入った。
石川が既にそこにいるのを確認した吉澤はホッとため息をついた。
「いた…」
そのテーブルに近付こうとした彼女はそこにいるもう一人の姿に立ち止まった。
「あれって」
「ねぇ、あの人誰?」
後ろから声をかけられて、吉澤は飛び上がりそうになった。
「あ、ど、どの人?」
「いちーちゃんじゃない方」
「あぁ…石川梨華さん。市井さんの担当の人だよ」
「ふーん」
訳もなく恐いと感じられる程少女は美しく、そして悲しそうだった。
「で、君は誰なの?」
「後藤真希」
まるで感情がない様な声で少女が自分の名前を紡いだ。
「吉澤ひとみだよ。宜しく」
吉澤が手を差し伸べると、後藤は一瞬驚いてそれから小さく微笑んだ。
- 182 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月08日(金)06時42分28秒
- 石川の元へ行こうとしていた吉澤は、後藤の願いを聞いてそこで待つ事にした。
何を喋っているか、かろうじてわからないぐらいの距離は
少しだけ吉澤を切なくした。
「石川さんて可愛いよねぇ」
「そだね」
後藤がポツンと呟いて、吉澤は小さく相槌を打った。
「いちーちゃんも、石川さんの事可愛いって思うかなぁ」
「そんな事ないんじゃない?」
吉澤は、後藤の気持ちが分かる気がしていた。
−−私と同じなんだ…この子。−−
吉澤が後藤と話し始めてから十分程経っていたが、
後藤の口から出てくるのは食堂の反対側の端の机を挟んで
座っている市井と石川の事ばかりだった。
視線は自分の指と二人の間を行き来するばかりで、
一度も吉澤を見ようとはしなかった。
「ねぇ、後藤さん」
「……」
「後藤さん」
「……」
吉澤の声も、彼女の耳には届いていなかった。
「…ごっちん!」
「へ?何?」
「やっとこっち向いた」
吉澤は呆れた様に笑って、ドアを指差した。
「外出て待ってようよ」
「…うん」
市井と石川を残して、少女達は日溜まりの中へと戻っていった。
- 183 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月08日(金)07時00分52秒
- 「石川さん、お願いを聞いて貰えますか?」
「なんでしょうか?」
はっきりとした声が石川の耳に届いてきた。
部屋の反対側にいる後藤と吉澤が気にならなかった訳ではなかったが、
石川は市井の話に集中する事にした。
「…出来ますか?」
市井から聞かされた話は石川に十分な悩みを与えるもので、
石川は顔を両手で覆ってため息をついた。
「駄目、ですか?」
「分からないです。前例があるか調べてみますね?」
無理矢理に笑顔を作る石川に、市井は頭を下げた。
ふと窓の向うを石川が見ると、後藤と吉澤がベンチに座っているのが見えた。
市井のため息が聞こえて、石川が市井の顔を見ると
彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
「可愛いって顔してますね」
「そんなんじゃないですよ」
照れた様に市井は手を横に振って、石川にからかう様な視線を向けた。
「石川さんだって、吉澤さん可愛いでしょう?
見ましたよ?焼き芋食べさせてあげているの」
市井の言葉に、石川はさして驚いた顔もせずに簡単に答えた。
「可愛いですよ?まだまだ子供だけど、
いつか一人立ちしちゃうのかな?なんて思うと寂しいし」
- 184 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月08日(金)07時16分06秒
- ふふっと、笑う石川に目を見開いて市井は言った。
「だって、石川さんと同い年ぐらいなんじゃ…」
「ううん。私はここに来てもう十年経つから」
「へ?そんなに?」
増々目を大きくさせる市井におかしそうに石川が笑った。
「ここの職員は結構皆長いですよ?」
「吉澤さんは?」
「彼女は新しく入った子だからあのままだけど」
手で少し待っていてとジェスチャーを見せて、石川は立ち上がると
コップにお茶を注いで戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「すみません」
お茶を口に含んで喉に通すと、市井はもう一度窓の向うを見た。
「あの子、自殺だったって本当ですか?」
石川はコップに入ったお茶を眺めながら言った。
「どうなんでしょう?私にはそんな事する子には見えないです」
「……」
食堂の外で小湊が鐘を鳴らした。
「御飯の時間だわ。市井さん、お腹空いたんじゃないですか?」
「石川さん…有難う」
「まだ何もしてませんよ?」
市井は小さく笑ってドアへと向かった。
ドアの近くまで戻って来た後藤に手招きをして、市井は御盆を手に取った。
- 185 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月08日(金)07時28分00秒
- 更新終了。今回もちょびっとですね…。
>>176 名無し読者様
市井と後藤という組み合わせは書いた事ないんで、
今回一番の課題です。
王道なだけに下手なもんはかけないですね。
>>177 よすこ大好き読者様
石川さん、食べさせてばっかりですよね。
芋と言い、卵と言い…次は何を食べさせるんでしょう?
食べさせるシーンが書いてて一番楽しいです。
>>178 すくーぴー様
有難うございます。
力一杯がんがりますので、まあ読んでいただければ嬉しいです。
私も今度、勇気を出してみますね(W
>>179 M.ANZAI
また七日間の間宜しくお願いします。
吉澤さんも何れは一人立ちするんでしょうね。
一体何時になる事やら。
>>180 名無し盛り様
いや、レスいただけると嬉しいものですし、
張り合いにもなります。
遅いのは自分の所為なのでお気になさらないで下さい。
そう言っていただけると本当に有難いです。
- 186 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月08日(金)09時21分41秒
- まあ、ちゃいます。また、です…。
なにやら偉そうないいぐさになっててすみませんです…。
Tの馬鹿っ。(T▽T)
- 187 名前:名無し男 投稿日:2002年03月08日(金)11時07分19秒
- 氏を選んだんだからにはヤパーリそれなりの深い理由が?
でも命は大切にせなあかんよ
- 188 名前:夜叉 投稿日:2002年03月08日(金)17時31分18秒
- いちーちゃんとごっつぁんの関係、うっすらと見え隠れしてますね。
石へのお願い、気になるところですが、マターリ待ってます。
食べ物シリーズ、期待してますね(爆。密かに)。
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月08日(金)21時03分16秒
- 吉澤さん、後藤さんの可愛い想いがとってもほほえましいね。
いちごまの関係、今後の展開ドッキドキでございます。
いろいろと楽しませてくれますニャ。
- 190 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月09日(土)03時23分07秒
- 石川さんと吉澤さんとの関係、
それを見ている市井さんと後藤さんとの関係。
同じようでありながらそうではないのかも、と。
解くカギはまだ差込まれないまま・・・
- 191 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月09日(土)10時11分22秒
- わかりました。これからのレスは、より応援の念を込めて書き込みたいと思います。
市井のあとを追って後藤は自殺・・・。
後藤の生き甲斐は、市井の存在のみだったんだな。
市井の死因も気になるが、後藤の失望していた人生も気になる・・・
俺が考えると、事はどんどんネガティブ方向に・・・鬱だ・・考えるのやめよう・・
- 192 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年03月09日(土)18時28分11秒
- これから、気になることがいっぱいですね。
一つづつ、明確になるのを楽しみにしています。
がんばってください!
- 193 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月10日(日)02時48分41秒
- 食堂は、数日前が嘘の様に人で埋まっていた。
「沢山いるね」
「先週のが多いよ」
けらけら笑った保田が吉澤を見て真顔に戻った。
「ちょっと、そこ。子供じゃないんだから」
吉澤の皿の塩鮭をほぐしていた石川は慌てて手を止めた。
「自分で出来る?」
「うん」
吉澤の前に皿を戻すと、少し寂しそうに石川は自分の鮭を綺麗に食べ始めた。
あからさまに保田がため息を零すと中澤は吉澤にお茶を持ってくる様に告げた。
「へ?あ、はい」
吉澤の耳に届かないぐらいの距離で、中澤は石川に向かって少し厳しい顔をした。
「あの子は、もう十六歳やで?あんたが死んだ時の一こ下やんか」
「そうですけど、でも心細いだろうし…」
中澤は諦めた様な顔をして食事を続けた。
石川が顔をあげると、福田が彼女をずっと見ていた。
決して微笑んでいる訳ではなかったが、石川は福田に笑みを返した。
それを確認した福田はまた自分の皿へと視線を戻した。
吉澤が戻ってくるまでの間に、会話は一度も再開しなかった。
それでも彼女達の間にある空気は柔らかで、外の並木路の日溜まりの様だった。
「中澤さん、暖かいのでいいんですよね?」
人数分の玄米茶を御盆に乗せて戻って来た吉澤は全員にそれを配る。
「ありがとう」
福田の小さな声が聞こえて、吉澤はこっそり笑った。
- 194 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月10日(日)02時57分21秒
- 結局、鮭を食べ終る事が出来ずに吉澤は石川と共にそこに残っていた。
「ほら、早くしないと次の面接始まっちゃうよ?」
結局鮭をほぐして食べさせながら石川は困った様に笑った。
「うん。でも食べ難くてさぁ」
口だけ動かしながら、吉澤の手に既に箸はない。
「ねぇ梨華ちゃん」
「先に食べてから聞いてあげる」
何時の間にかやってきた後藤が面白そうに二人の様子を見ていた。
「よっしー、赤ちゃん?」
「うるはいよ」
吉澤が口をもごもごさせていると、後藤の頭の上に影が出来た。
逆光で良く見えないその人の名を、石川の優しい声で呼んだ。
「市井さん、今日の御飯は美味しかったですか?」
「うん。まぁまぁかな?」
吉澤は、最後に聞いた時よりも
少しフランクになっている市井の話し方に敏感に反応していた。
「いつから仲良くなったの?」
「ひとみちゃんだって、後藤さんと仲良しじゃない」
最後の一口を吉澤の口に入れて、石川が御盆を持って立ち上がった。
「あ、持ってきますよ」
市井がそれを簡単に取り上げて、厨房の前まで早足で歩いていった。
ムスッとする二人にまるで気付かずに、石川は市井に礼を言って
吉澤を急かした。
「ほら、近藤さんが待ってるからっ」
「お腹一杯なのっ!」
不機嫌そうに言いながら、吉澤は軽く手を振って石川の後を追った。
- 195 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月10日(日)03時04分52秒
- 市井は、後藤の方には戻らずに外へ出ていこうとした。
「いちーちゃん、待って」
足早に去っていく市井を追って、後藤は食堂から飛び出した。
カサカサと落ち葉が鳴って、それがなんだか寂しい音の様に聞こえた。
「いちーちゃっ」
「待ってるから早く来いって」
ベンチにどかっと座って市井が笑顔を見せた。
やっと笑顔を見て安心した後藤は急いで市井の隣に座った。
「いちーちゃん、もう怒ってない?」
「怒ってるよ」
「あのね、だから違うの。後藤はね」
「ごめん。今はその話したくないんだ」
市井は片手をあげて後藤を制止すると、やってくる風に目を瞑った。
「死んでも季節はあるんだね」
「そおだね」
小さく同意して、後藤は市井のまねをして目を瞑った。
それっきり二人の間で会話がされる事はなかった。
- 196 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月10日(日)03時20分39秒
- 「近藤光さんですね。初めまして、担当の石川です」
「助手の吉澤です」
三回目ともなると、吉澤は仕事そのものに慣れ始めていた。
仕事といっても、石川と対象者の会話を聞いているだけで、
それ以外は何もしていないのだけれども。
「近藤さんは、バイクの事故で亡くなられたんですね…」
「はい、無茶しすぎました。正直、バイクで死ぬなんて
馬鹿だって思ってたんですけどねぇ、自分が一番馬鹿だったと」
明るく笑った中年男性は、次の瞬間には声を震わせていた。
「馬鹿ですよねぇ、ホント…娘残して…何がバイクだ」
震える手の上に雫がこぼれ落ちるのを見ながら、
石川は彼が泣き止むまで黙っていた。
「娘を。やはり、娘を選びます」
唐突に近藤光は口を開いた。
「それでいいんですか?」
「はい」
決意の固そうな声に、石川は少し困った様な声で言った。
「まだ時間はありますから、もう暫く考えてみましょう?」
「…はい」
- 197 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月10日(日)03時32分59秒
- 熊の様な体がドアから出ていったのを見届けてから
吉澤は石川から近藤光のファイルを受けとった。
「バイク事故って多いの?確か市井さんも」
「うちの課は、そういう人を扱う課だから」
「…そっか」
吉澤は、中澤から簡単に説明を受けた内容を思い出していた。
『第四課っちゅうのはなぁ、どこの地区でも大抵事故を扱っとる。
他の課のが回されてくる時も多いねんけどな」
だから難しいのだと、中澤は真剣な顔で言っていた。
それは吉澤にもよく分かる話だった。
自宅へ帰ろうとしていた筈なのに、気付いたらそこは真っ白な場所で。
霧の向うからはスクールバスがやってきて、
日本人みたいな外人が片言の日本語でバスに乗れと言った。
後から聞かされるのは自分の乗っていたバスが事故にあったという事と、
それで自分が死んだ事。
そんな事を簡単に納得できるほうがおかしかった。
だが、人々は案外簡単に死を受け入れていた。
だからこそ死を受け入れられない存在はその中では異端の存在になってしまうのだ。
それは、なかなか死を認められなかった吉澤が一番良く知っていた。
「さ、次の人が来るから気分をいれかえて?」
「はぁい」
ノック音が聞こえて、吉澤の背がぴしっと真直ぐに戻った。
- 198 名前:空飛び猫。 投稿日:2002年03月10日(日)03時46分54秒
- 更新しました。ちょとだけ新事実発覚。
まだ1日目な事に気付いて愕然としてます…まだまだ先じゃん…。
>>187 名無し男様
氏を選ぶ時というのは、意外と
短絡的な考えが頭を占めている時なのかもしれないですね。
なんて言ってますけど、ネタばれではないです。自分の考えです。
>>188 夜叉様
食べ物シリーズ、今回はこんな感じで。
かく言う私も結構大きくなるまで母親に頼んでました。
さすがに16才になったら自分で食べてましたけど(w
>>189 名無し読者様
いちごま、どうなるんでしょうかねぇ?
若い二人にはこれからもうちょっと可愛い想いを抱いてもらおうかと。
いろいろと練り込もうと悩んでおりますニャ。
>>190 M.ANZAI様
前のレスで呼び捨てにしちゃってました。
ごめんなさい。気付いたのが今日だったりもして、
それも本当にごめんなさい。
まだ1日目ですからね。カギがでちゃいかんですよ。
>>191 名無し盛り様
これからも宜しくお願いします。
ポジティブに考えると自殺には行き着かないですからねぇ(^▽^;)
でも、そんなに悲しいお話にするつもりはないので(シリーズを通して)
ある程度は楽観的に見てていいかと思われます。はい。
>>192 よすこ大好き読者様
コナン君とか出てきたら、簡単に謎解きされちゃいそうな程
最後は結構シンプルにするつもりなんですが、第1話もシンプルに
したつもりだったので、無理なのかもしれません。。。
風邪、お大事に。厄介ですからね、風邪は。>経験談(w
- 199 名前:夜叉 投稿日:2002年03月10日(日)14時25分57秒
- 鮭、最高でした(笑)。やすの突っ込みも (・∀・)イイ。
うちは海が近いので食べる機会が多かったんで…、二人が微笑ましい。そんな記憶ないし…。
吉もしっかり仕事して、魚を自分で食べる(爆)。
- 200 名前:名無し男 投稿日:2002年03月10日(日)14時35分25秒
- 吉澤も事故死だったのね
- 201 名前:名無し男 投稿日:2002年03月10日(日)14時38分10秒
- ↑
<(`△´)ゲット200!!
- 202 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年03月10日(日)17時24分21秒
- 卵→芋→鮭ですね。(笑
食べさせてる姿を想像して萌え!!
吉君。かわいいです。
- 203 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月10日(日)18時51分18秒
- あっ宜しくお願いします。(なんか変ですね)藁)
シリーズという事は長編の予感・・・やった!
おもしろい小説は、長く続いてほしいですから(ごめんなさい、俺の願望というかわがままです)
こう、少しづつ謎が解けるのもイイ!
頑張って下さい!
- 204 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月10日(日)22時29分45秒
- やばいです。食べ物シリーズの吉澤さん可愛すぎます。
いつまでもこのままでいてもらいたいもんですニャ。
- 205 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月11日(月)00時16分19秒
- >まだ1日目ですからね。カギがでちゃいかんですよ。
そうですね、まだ先は長い・・・、♪長い長い日曜日〜
そうですか、吉澤さんはバスの事故で・・・。
少しずつ、次第に分かる事が出てくるんですね。楽しみです。
- 206 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月12日(火)01時01分32秒
- 木の枝だけになってもまだ、銀杏の木はざわざわと風の音を立てていた。
後藤はベンチに一人だけ座り込んでいた。
面接室からでてきた吉澤が彼女に気付くと、
隣にいた石川はポンと、彼女の背中を押した。
「いってきたら?お友だちなんでしょう?」
「うん」
走って後藤のいるベンチに向かう吉澤から目を離して、
石川は緊張した面持ちで職員室に向かった。
「ごっちん、何してんの?」
「よっしぃ…いちーちゃんてさ、
やっぱり石川さんが好きになっちゃったのかな?」
上目遣いで、吉澤に訊ねた後藤は答がないのでまた俯いた。
ベンチに座ると、吉澤はため息をついた。
「ごっちんは市井さんが好きなの?」
「好き、っていうか…いちーちゃんしかいらない感じ」
その盲目的な愛を、吉澤はどこかで見た事がある気がした。
「でも、いちーちゃんは違う…後藤の事なんて、
いちーちゃんはいらないんだよ…」
後藤がうずくまっても、吉澤は何も言えなかった。
大丈夫だなんていう言葉は、気休めなだけだと理解していたから。
- 207 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月12日(火)01時02分09秒
- 所長室にノックと共に石川が入ってから三十分が経とうとしていた。
多大な資料の海に溺れそうになりながら、石川が頭をあげると、
涼しい顔で福田が言った。
「見つけました。確かに前例はありますね」
中澤が奪い取るようにしてファイルを手に取った。
「確かに。ただ、これやと危険も承知でって事やね」
「…でも、決意は固いと思います」
石川が必死な顔で言うと、中澤は唸りながら頭を抱えた。
「もうちょっと話してみ?まだ初日やし」
「でも、前例があったのは伝えます。いいですよね?」
頷く中澤を見て、石川はファイルを片付け始めた。
「あ、あの…これは秘密にしておいてもらえますか?
本人のたっての希望なんです」
「分かった」
「もう少し調べてみますね」
福田が外へでながら言った。
石川にお礼を言われて、慌てて視線を外すと福田は所長室のドアを閉めた。
「あいつ、照れとるわ」
クスクス笑いながら、中澤は石川にファイルを渡した。
- 208 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月12日(火)01時02分40秒
- ファイルを所長室の書庫にしまい終って二人が所長室から出ると、
吉澤が石川の椅子に座っていた。
「何してたの?」
寂し気に言う吉澤の頭を撫でて石川が聞いた。
「梨華ちゃん探してた」
「そっか。ごめんね?」
にっこり笑って、石川はさり気なくファイルをまとめた。
「梨華ちゃんは何してたの?」
「ん?お茶してた」
「あ、ずるーい」
微笑ましい空気に、中澤はこっそりため息をついて所長室に戻っていった。
石川は、無邪気な笑顔を見せる吉澤に精一杯の笑顔を見せて言った。
「あのね、今週は色んな人のやり方を見た方がいいって話になってね」
「………」
石川の次の発言に気付いて吉澤の顔が曇った。
「だから、明日から毎朝誰の補助になるかを中澤さんが決めてくれるって」
「梨華ちゃんの傍にいたいのに」
「夜遊びにきていいから。ね?」
不満だという表情は消さないまま、吉澤は頷いた。
- 209 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月12日(火)01時03分37秒
- 夜も深かまると、宿泊施設の電気も徐々に消え始めた。
ちかちかと最後の灯火を燃やす街灯の下で、市井はただ一人佇んでいた。
「市井さん?どうしたの、そんな所で」
少し離れた場所から声をかけられて、市井は声のした方向に顔を向けた。
「石川さんこそ、どうしたんですか?」
「下にいるのが見えたから、降りてきちゃった。お話、する?」
頷いてベンチに座る市井の少し後に石川もベンチに座った。
「眠れないですか?」
「そんなんじゃないですよ」
前のめりになって座っている所為で、市井の表情は石川には見えなかった。
「あのね、あの話なんだけど」
「はい」
市井の凛とした声が銀杏並木に消えていった。
「前例はあったわ…だけど、本当にそれが可能かどうかは分からないの。
とても、危険性があるのは否定できないわ」
「そうですか」
市井は軽くため息をついて振り向いた。
「貴方がそんな顔をしててどうするんですか。私なら平…」
「どうしても、変えられないの?ねぇ、どうしても」
「石川さん、聞いて下さい」
涙を静かに流しながら市井の手を握りしめる石川に、
明るい笑顔を見せて市井が言った。
「あの人の事以外覚えてる意味なんてない」
「だったら、もっと他に」
「もう泣かないで?なんで石川さんが泣くんですか」
袖で石川の涙を拭きながら市井が笑った。
その笑顔を見て、石川はもう何も言えなくなった。
- 210 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月12日(火)01時04分09秒
- 「ねぇ、石川さん」
石川が泣き止んだ後も、彼女の頬に触れながら市井が言った。
「もう一つだけお願いがあるんです」
「なんですか?」
「敬語、止めていい?」
石川は思わず吹き出して、それから何度も頷いた。
市井は夜空を見上げると、月が出てると言って微笑んだ。
「ここは本当に綺麗な月が出るね」
「そうね。景色くらいしかここの楽しみはないから」
「いい楽しみだね」
市井は相変わらず動揺を見せずにただ笑うだけで、
石川はどうしたらいいものか迷っていた。
「石川さん、ごめん」
「なんで?」
「いや、なんででも」
月が彼女達を眺めているのを彼女達は知っていたけれど、
月のもう少し下の方で少女が悲しそうに彼女達を見ていた事に
気付いていたのは市井だけだった。
- 211 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月12日(火)01時23分57秒
- 更新しました。14日までは旅行でいません。
なので次の更新は15日ぐらいになるかと思います。
数えなおしてみたら現在で二日目が終了でした…。
何を考えていたのでしょうか、書いてる本人の癖に。
>>199 夜叉様
この次のレスで食べ物シリーズが入ったんですが、間に合いませんでした…。
最近の子は魚食べるの下手ですね〜。私も凄い下手ですけど。
吉は、このままでいて欲しい気もします。書いてて楽しいから(W
>>200-201 名無し男様
そうなんです。そういえば言ってなかったですよね。
言った気満々でした。んあ、200ゲットおめ!
>>202 よすこ大好き読者様
食べ物シリーズ、この後何を食べさせようか凄い考えてます。
それが楽しみって作者もどうかと思いますけどね。
>>203 名無し盛り様
予定では全部で6話程ある筈ですね。
あくまで予定なんですが…。
まだ始まったばかりなのです。はい。
>>204 名無し読者様
本当に、いつまでもこのシリーズ続けたいものですね。
成長してないって怒られそうですけど。>保田さんあたりに。
私も凄い下手です。魚食べるの。うちの父が恐ろしく骨しか残さないっす。尊敬。
>>205 M.ANZAI様
まぁ、色々と語られてない所は多いですからねぇ。
語ってよい場所も語っていなかったり…。
語れよ、ッて感じですが。
- 212 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月12日(火)11時45分01秒
- 独特の時間の流れる中で繰り広げられる彼女達の会話や行動が
ゆったりとしたテンポで展開されていてとっても心地良いですよ。
ホント、別の世界観が充分に漂ってきます。
(『次週、驚愕の大転回!?』っていうのも嫌いじゃないですけど(笑))
さて、石川の涙の訳とは?
市井だけが気づいていた視線とは?
次回更新を、ゆ〜〜〜くりお持ちしております。
- 213 名前:名無し男 投稿日:2002年03月12日(火)16時24分25秒
- 首を伸ばす前には必ず準備運動を
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月12日(火)22時29分34秒
- 石川さんと市井さんのやりとり、なんだか不思議な感じになってますね。
泣いてしまうほどの願い…いったい…。
福田さんの可愛さにはまりつつある今日この頃…。
- 215 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月13日(水)01時46分26秒
- 六話ですか、なら長くなりますね、頑張って下さい。
日が経つにつれて、駄々っ子になる吉澤が素敵です。(藁
旅行、体に気をつけて楽しんできて下さい。
更新楽しみに待っています。
- 216 名前:夜叉 投稿日:2002年03月15日(金)18時15分38秒
- いろいろ気になり始めると、止まらなくなってる自分がいますが何か(笑)。
我慢、我慢。
続き期待してますね。
- 217 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年03月16日(土)19時59分31秒
- この一週間は長〜くなりそうですね。
楽しみです。がんばってください!
- 218 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月20日(水)21時11分12秒
- 目を真っ赤にさせて後藤が食堂に入ってくるのを見た吉澤は、
トーストにバターを塗っている石川に耳打ちをして席を立った。
「ごっちん、どしたの?」
吉澤が隣に座ると、少し離れたテーブルで静かに食事をしている
市井を見ながら後藤が言った。
「昨日いちーちゃん、石川さんと二人でいちゃいちゃしてた」
「へ?何それ…」
吉澤が少し市井を睨むと、後藤が大きなため息をついた。
「やっぱりいちーちゃん、石川さんが好きなんだ」
吉澤の顔が段々不機嫌になっていくのが分かった後藤は寂しそうに言った。
「みーんな、石川さんが好きなんだね」
「……ごっちん、元気だしなよ。勘違いかもよ?」
精一杯励まそうとする吉澤の声とかぶさる様に
市井が石川を呼び止める声が聞こえた。
後藤は更に不満そうに唇を尖らせた。
「いちーちゃんの、馬鹿」
吉澤はどうしたらいいか分からず、ただ彼女の隣に
座っているだけしか出来なかった。
- 219 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月20日(水)21時12分14秒
- 吉澤がゆっくり石川に目を向けると、トーストにバターを塗り終えた石川が
レバーペーストの瓶を開けてスプーンで
それをすくって顔を上げると市井と、目を合った。
石川が小さく笑うと、市井も少しおどけた表情を見せた。
「ほら、イチャイチャしてるぅ」
「べ、別にただ、笑っただけじゃん」
机に突っ伏してしまった後藤に吉澤は慌てて言い返した。
「十分、イチャイチャなのっ」
「そぉ…だよねぇ。なんか許せないよねぇ」
「よっしー、もう戻りなよ。石川さんとこ」
「ん。分かった」
唇を突き出したまま、吉澤は石川の隣の席へと戻っていった。
「ひとみちゃん、喧嘩でもしたの?」
「してない」
六つに切られたトーストを口の中に放り込まれて、
吉澤はそれを大人しく噛み砕いた。
「おいしぃ」
「でしょう?ほら、機嫌直して早く食べちゃおう?」
段々顔がほころんでいく吉澤を後目に、
後藤はバタートーストの最後の一切れを口に放り込んで顔をしかめた。
- 220 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月20日(水)21時12分45秒
- 保田は後ろをのんびりついてくる吉澤を怒鳴り付けた。
「おっそーい!!もっと早くついてきなさいっ」
「はいぃぃいたぁっ」
やる気なさそうに吉澤の耳を引っ張って、
吉澤の悲鳴等聞こえていないかの様に保田は歩き始めた。
「ちゃんと歩くから離してぇ」
「分かれば宜しい」
涼しい顔で保田が歩いていくのを恨めし気に見つめて、
吉澤は慌てて彼女の後を追った。
- 221 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月20日(水)21時13分30秒
- 「あれ、よっしー何やってんのぉ?」
「今日は保田さんのアシスタントなの」
「駄目じゃん、石川さんの傍にいて見張ってなきゃ」
「そうなんだけどさぁ」
後藤が面接室に入ってくるなり交わされる会話を、手を叩いて保田が止めた。
「はい、後は面接終ってからね」
「はぁい」
太陽が四角く切り取られた机の真ん中を挟んで、
後藤は厳しい顔を見せる保田から目を反らした。
「さぁ、そろそろ決めないと」
「いちーちゃんじゃなきゃ嫌」
「それは無理だって、何度も言ってるでしょう?」
困った様に保田がファイルを見ながら言った。
「ねぇ、貴方…なんで自殺なんて」
「そんな事まで聞かれたくないですっ!」
「…ごめんなさい」
保田と吉澤から逃げる様に後藤が部屋から出ていってしまった。
「吉澤、行ってやってよ。でさ、あの子に伝えて…」
「はい。なんて?」
保田は噛み締めた唇を動かした。
それは空気が鳴っているかと思うぐらいの小さな音だった。
「ここで決めなきゃ、後がないよって」
- 222 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月20日(水)21時35分09秒
- 更新しました。遅くなって、本当にすみませんです。
続きが書きたくない病にかかっております。
『うぅ、辛いよぅ』なんて。
自分で考えた話に何言ってるのやらって感じですが。
>>212 M.ANZAI様
二日目は>>173から始まってます。はい。
分かりにくいですね。書いた本人も忘れてました。
>>213 名無し男様
その予測、いいですね。
次のシリーズはそれにしようかと。
準備運動の段階でばきばき骨がなる私って…。
>>214 名無し読者様
あんまりイチャイチャじゃなかったですけど、
今回はこんな感じになりました。
メール欄、可愛いっすね(w
>>215 名無し盛り様
駄々っ子吉は、本日も絶好調でございます。
いや、寧ろ仕事しれって感じですが。
おかげさまで、楽しんでまいりました。
>>216 夜叉様
この第二話の謎は二話で解決すると思いますので、
暫く我慢してて頂けると、嬉しいです。はい。
>>217 よすこ大好き読者。様
まだまだですからねぇ。
長いですよねぇ。お付き合いいただけると嬉しいです。
出張、お疲れ様です。
- 223 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月21日(木)00時33分08秒
- >「ねぇ、貴方…なんで自殺なんて」
“最後に記憶したい人”を選ぶのに本当は踏み込めないであろう事柄ながら、
そこに立ち入らないと解決しそうもない・・・、初仕事の吉澤に果たして担えるのか!?
- 224 名前:名無し男 投稿日:2002年03月21日(木)00時55分35秒
- まるで赤んぼのような吉澤に萌え〜
なんだかんだ言ってみんなから随分可愛がられてる(w
- 225 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年03月21日(木)12時24分26秒
- 今回は、トーストでしたね・・・・・・(w
ありがとうございました。
マターリ待っていますので、がんがってくださいね。
- 226 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月21日(木)16時44分40秒
- ごっちんといちーちゃんが
どうなっていくのか凄く気になりますね(w
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月21日(木)21時19分19秒
- あぁなんて単純な吉澤さん(w
あなたはどうしてそんなに可愛いの。
後藤さんの扉、開かせることはできるのでしょうか…。
- 228 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月22日(金)00時46分57秒
- おお!更新だ!
駄々っ子吉澤、次は転機の予感!
それにしても、後藤のこんなキャラもイイですね。
次が楽しみだ、本当におもしろいです。
- 229 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)19時58分03秒
- 風はざわざわと噂をたてていた。
それが、どんな噂なのかは吉澤には知り得なかったが、
彼女はそれに構わず後藤の隣に座った。
「保田さんがね、詳しい説明は自分でするけど、
とりあえずこれだけ伝えてこいって」
「何?」
普段とまったく代らない声で話し掛ける吉澤に、
後藤は少し諦めた様に聞き返した。
「今週中に決めなきゃ大変らしいよ?」
「選びたくないよ。いちーちゃん以外は」
「気持ちはよく分かるんだけどさ…」
吉澤はそれ以上何も言えずに、黙ってしまった。
銀杏がいつもよりも揺れていて、少し恐怖さえ覚えた。
少女達はそこにただ座っている以外に道を見つける事が出来なかった。
- 230 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)19時58分40秒
- 市井紗耶香という少女を、石川はじっと見つめていた。
彼女の目から、迷いというものは感じられず、
石川はこっそりとため息をついた。
「なんでため息なんかついてるの?」
「市井さんがあんまり強情だから」
石川の右手に触れて、市井は申し訳なさそうに謝った。
「石川さんの事、恨んだりしないから」
「恨めないわ、忘れちゃうんだから」
少し拗ねた様に石川が言って、市井は思わず笑みを洩らした。
窓から射し込む陽の光りが、彼女達の手だけを照らしている。
「石川さん」
「はい?」
「明日の午後ですよね?」
石川が頷くと、市井は彼女の手をいっそう強く握って言った。
「明後日の午後まで、延ばしてもらえますか?」
驚いた様に石川は彼女を見てから、小さく頷いた。
「じゃぁ、市井さんがまだ迷ってるって事にしときますね」
「すみません」
よくある事だから、と笑って石川は市井の手を握り返した。
- 231 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)19時59分15秒
- 近藤光は、今も大分悩んでいた。
担当者だという少女が発した言葉が、彼をここまで悩ませる。
『娘さんを選ばれるのはもちろんいいんですけど、
覚えてるのは今の娘さんで、成長した姿ではないんですよ?』
それがどういう事なのかは、近藤にも良く分かっていた。
しかし、それでも彼は娘以外を選ぶ気にはなれなかった。
「…こういう時って、誰を選びます?」
「その方、その方で違いますから。
近藤さんが、もう一度会いたいと思う人がいいんじゃないでしょうか?」
「もう一度会いたい人…か」
悩みながら、近藤は頷いた。
「もう少し、考えてみますよ」
「お願いします」
石川は、近藤光を送りだして隣に誰もいないのを見た。
「一人って、大変」
口に出してから石川はおかしそうに笑った。
「今までだって一人だったじゃない」
独り言を飲み込んで、石川は面接室から外に出た。
- 232 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)19時59分45秒
- 「さて、午後の会議をはじめますよ」
中澤がファイルを開いて言った。
「私の対象者は明日の午後で全員無事に上に行きそうや」
「私はまだ佐藤さんと、森さんと、新城さんが残ってる。
佐藤さんが身寄りがない為で、森さんが愛娘を去年亡くしてるからで、
新城さんが恋人か母親かを迷ってるからって」
飯田が中澤に続き、保田はため息をついた。
「うちは後藤さんだけ。理由は選びたくないから」
諦めた様な口調の保田を気にもせずに福田が簡単に答えた。
「私は今日の午後で終了です」
「早いですね、福田さん」
石川が驚くと、福田は何も言わずに石川にファイルを見せた。
「あ、本当だ」
対象者のファイルを一瞥した石川は納得した様に小さく笑った。
「私は、近藤さんと市井さんが残ってるだけです。
市井さんがちょっと迷ってるそうなので明日の午後ではなく、
明後日の午後にお見送りを延長しようと思います。
近藤さんは、考えてみると仰ってるのでしばらく面接はせずにおこうと思います」
- 233 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)20時00分22秒
- 石川が座るのを、吉澤は一度も目を離さずに見ていた。
「じゃぁ、午後も頑張りましょう。あ、吉澤は引き続き保田の補佐で」
「吉澤!ほらっ、行くよっ」
「頑張ってね、ひとみちゃん」
にっこりと笑顔を見せられて、吉澤は嬉しそうに笑い返した。
「よーしーざーわー!」
保田の苛立った声に、慌ててドアを飛び出していく吉澤を見て、
飯田と中澤が苦笑を洩らした。
「随分可愛がられてるねぇ、吉澤」
「ま、圭坊は面倒見がいいしな」
飯田がおかしそうに笑って、出ていくと中澤は顔を厳しい表情に戻した。
「で?市井さんは何を悩んでるん?」
「これからそれを聞くんですけど…たぶん後藤さんの事じゃないかと」
福田は机の中から真っ白なファイルを取り出して言った。
「世界の方では、後藤さんの死因は自殺と決定されてますけど、
通関局は自殺と仮定しているだけですね」
「じゃぁ、もしかしたらそうじゃないかもしれんの?」
福田は難しそうな顔をして口を濁した。
「いや、ただ自殺である可能性の方が高い事には変わりありません。
彼女の今までの境遇から言っても、その可能性の方が高いです」
- 234 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月28日(木)20時00分56秒
- 石川に見せられたファイルを覗きこんで、中澤は眉をひそめた。
「こりゃ自殺っぽいなぁ」
「市井さんが後藤さんがここにいるからって躊躇するのも、分かりますね…」
石川は少し悲しそうに口をゆがめた。
「ま、後藤さんは圭坊担当な訳だからこっちはいいとして」
ファイルを福田に戻しながら中澤が続ける。
「市井さんが迷った末に違う答を選ぶならそれに越した事はないんやで?
危ない橋は渡らんでもええんやから」
「もう少し、話してみます」
御迷惑をおかけしてすみません、という石川の頭を撫でて、
中澤は外へと出ていった。
「福田さんも、すみません」
「気にしないで下さい。仕事ですから」
福田が背を向けながら言うと、石川は笑顔で言った。
「ううん。ホントに有難う」
「……どういたしまして」
外へと出ていく福田の少し後から、石川も職員室を後にした。
- 235 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月28日(木)20時07分42秒
- 久々に更新しました。遅くなってすみませんです。
本日はレス出来ません。すみませんです。
次の更新の時にしますので、、、ホント、すみません。
- 236 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月28日(木)22時09分28秒
- 市井さんはまだ迷っていることにしておく・・・意味深ですね。
そしてどうやらネックになってきた後藤さんの扱い。
はたしてどんな辺りへと導かれていくのでしょうか?
- 237 名前:夜叉 投稿日:2002年03月28日(木)22時16分34秒
- 自殺の可能性が濃いけど、自殺でないかもしれない後藤の死因。
今の自分の心境に近いのは吉澤のような気がします(笑)。
師匠、がんがってくださいね。
- 238 名前:名無し男 投稿日:2002年03月30日(土)13時12分44秒
- 謎が多い展開に頭がフリーズ起こしました(w
- 239 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時20分43秒
- 午後の陽射しは今までよりもずっと優しくて、
石川は冬が近い事をそれで気付いた。
銀杏並木の真ん中に置いてあるベンチで隣に座る市井をそっと覗くと、
市井はそれに気付いて小さく笑った。
「なんで急に延ばしたか、でしょう?」
「……」
簡単に聞いてくる市井に答え難そうに石川は口を閉じた。
石川が答えないからか、自分が話したくないからか、
市井はそう聞いてから続きを話そうとはしなかった。
市井との間に流れる沈黙が、石川は好きだった。
少しいづらいのに、どこか心地よくて、そして切ない気持ちにさせられた。
「後藤、さん?」
「端的に言えば、そうかな」
石川はまるで字を書く様に足を地面で動かして、
目でそれを追いながら言った。
「後藤さん、自殺じゃないかも」
「そうじゃないよ。それが問題なんじゃない」
石川が目をあげると市井は真直ぐに彼女を見て続けた。
「後藤が自殺だろうがそうじゃなかろうがこの際、関係ない事なんだ」
石川の目の前で、市井は笑った。
それはとても悲しくて恐怖を覚える様な美しさだった。
- 240 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時21分13秒
- 後藤がずっと言い続けているのは一言だけだった。
『市井でなければ、覚えない』
「不思議ね。まだ十六歳なのに彼女はもう恋をしてる」
唐突に石川が言った。
「十六歳は、恋をしないとでも?」
市井の問いかけに石川は小さく笑って答えた。
「だって、まだ十六歳よ?」
「石川さんは、恋をした事がないんだね」
市井に見つめられて、少し頬を赤らめて石川は唇を尖らせた。
「そ、そりゃ仕事ひとすじだったもの。
それにここには恋をしようにも女の人しかいないし」
市井は意地悪く微笑んだ。
「じゃぁ後藤が誰に恋をしてると思った?」
「…貴方、だけど」
「矛盾してない?」
空が雲を散らして、青を見せびらかしていた。
市井の笑みに石川は諦めた様に頷いた。
「私の方が、よっぽど子供だったみたいね」
「ま、他の部分では大人ですけどね。石川さんは」
市井が突然立ち上がると、石川の方へと振り返って石川を呼んだ。
「ねぇ、石川さん」
- 241 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時21分55秒
- 職員室では今週は毎日続いている保田の愚痴が響いていた。
頷きながら意識の半分はケーキに取られている中澤を、
保田は不満げに突いた。
「裕ちゃん聞いてよ。本当に悩んでるんだからさぁ」
「せやって、本人が決めなしゃぁないやん」
満足そうにフロマンジェを口に納めて、中澤は思わず口角を上に上げた。
「後藤さんには言ったんですけどね。
今週中に決めないと自動的に連れてかれてしまうって」
「あ、そうや」
中澤は所長室に入って素早く白いファイルを取り出した。
「ちょっと気になる事があって明日香に後藤さんの事調べてもらったんよ。
そしたらな、ほれ。通関局は後藤さんの死は仮定にしとる」
「自殺じゃない、かもしれないって事?」
保田はファイルを覗き込んで眉間に皺を寄せた。
「で、も一度後藤さんのファイルを見たらな、この青い紙、裏が白いねん」
普通は裏も青いやろ?と中澤は苦笑いを浮かべながら続けた。
「分かりにくっ!」
思わず仰け反って、保田は机に突っ伏した。
「通関局もなぁ、扱いに困ってたみたいやで?
あの子は普通の自殺者とは違うって」
- 242 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時22分31秒
- 保田は顔をあげると窓辺に歩きながらため息を洩らした。
「なおさら、難しくなったよぉ」
「ま、腕の見せ所や」
「そんなんなら裕ちゃんやってよ」
「後藤さん入れる代りに人数減らしたったやないか」
有無を言わせずに中澤は珈琲を啜った。
話題を転換させる様に保田が明るい声を出した。
「ね、裕ちゃん。市井さんってさ誰選んだの?」
「今週が終るまでは秘密なんやって、石川が言っとったわ」
「ふーん…」
窓から下を眺めていた保田は中澤に珈琲を渡されて、
小さく礼を言ってから彼女の名前を呼んだ。
「裕ちゃん」
「なんや」
目線をファイルから離さずに答える中澤に、
気にもせずに保田は続けた。
「もしかしたら、石川を気付かせるのって吉澤じゃないかも」
「へ?」
間の抜けた声で聞き返す中澤に保田は窓の外を指差してみせた。
- 243 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時23分13秒
- 午後の面接室は二人の少女達に占拠されていた。
「それでね、その時にいちーちゃんが後藤にこれをくれたの」
後藤嬉しそうにペンダントをシャツの下から取り出す。
「羨ましいなぁ。私は梨華ちゃんに何かあげた事とかもらった事とかないや」
「後藤は沢山あげてたけど、いちーちゃんがくれたのはこれだけだったな」
だから大事なのだと後藤は幸せそうに言った。
「ねぇ、なんで市井さんなの?」
「……」
吉澤の質問に後藤は口を閉ざしてしまった。
「保田さんには言わないからさ」
「別に、言ってもいいけど」
後藤は窓に手をついて、何かを探している様に首を動かした。
「私はさ、ぼぉっとしてるのが好きで、だけど
それは人にはそうは見えないみたいなんだよねぇ」
「うん」
ゆっくりと喋り出した後藤の相槌を吉澤は静かに打った。
「冷たいとか、言われ始めたのだって幼稚園の時とかでさ。
後藤はお父さんいないんだけど、それが理由だとか言うんだよ。
いつからか、なんでもお父さんの所為にされてさ。
なんか、気付いたら学校の子としゃべれなくなってた」
- 244 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時24分02秒
- 周囲を威嚇しながら生きていた子供の頃を、後藤は思い出していた。
哀れむ様な大人達の不躾な視線や、無邪気で残酷な子供達の言葉の刃は
思い出すだけでも後藤を荒んだ気持ちにさせた。
「一回だけ、怒ったんだよ。なんでそんな事言うんだって。
そしたらさぁ、凄い顔で私を見て同級生が大泣きしてるんだよ。
そしたら先生、その日から私に授業であてる事もしなくなった」
「ひどいじゃんっ」
後藤は吉澤が悲しそうに怒っているのを見て微笑んだ。
「へへ…ありがと。でも、いいんだ。いちーちゃんに会えたから。
……それでね、だったら悪い事してやろうって思ったの。
なんだってお父さんの所為にして、悪い事してやろうって」
吉澤は後藤の諦めた目の光りを何処かで見た事がある様な気がしていた。
「お母さんはあんまり家にいなかったし、弟は不甲斐無かったし。
だからお父さんのお使いだって言って煙草買って学校の屋上で吸ってみた」
後藤は口をへの字にして吉澤に言った。
「まずかったぁ。ホントにまずかった。でも、そしたら後ろから
頭をげんこつで殴られたの」
「それが…」
ペンダントを見せた時の幸せそうな顔で後藤は頷いた。
「そう。いちーちゃんだった」
- 245 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時25分31秒
- 『お前、小学生の癖になんてもん吸ってるんだよっ』
目の前の少女は眉を寄せて小学生らしからぬ表情で言った。
『お父さんの所為なんだよっ!お父さんがいないからっ』
『そんなの理由にならないっ』
後藤から煙草を取り上げて、少女はもう一度後藤の頭をげんこつで殴った。
『うちの父さんがいつも言ってるんだから。子供が大人になるには、
ちゃんと子供をしてからじゃなきゃいけないって。
煙草なんて、大人がする事でしょ?いけない事した子にはげんこつなんだよっ?』
後藤の大きな瞳から涙が零れるのを見て、
少女は振り上げた拳を下ろす事を躊躇した。
『ごめんなさぁい』
『い、いいよ…別に。話してみたら?元気になるかもよ?』
少女はにかっと笑って市井紗耶香と名前を名乗った。
放課後なのも手伝って小学校の屋上には誰も登ってこなかった。
コンクリートの床が冷たくて、すぐにトイレに行きたくなってしまったのを
後藤は今でも覚えていた。
今までの自分の感情を爆発させる様に話をした後藤に、
市井は笑って言った。
『じゃぁ、あたしの傍にいなよ。
あたしも転校してきたばっかりで、まだ友達いないんだ』
その時から、後藤の全ては市井になった。
- 246 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時26分41秒
- 「今から思えばさぁ、いちーちゃんはただ優しいからそう言っただけなんだよね。
そんなに深い意味なんてなかったんだよ」
後藤は何かを見つけた様に窓の外から視線を外さなかった。
「でも、後藤にとってはいちーちゃんは救世主みたいだった。
誰も来たがらない後藤の隣に、いちーちゃんは来てくれたから。
いちーちゃんだけが、来てくれたから」
突然ぽろぽろ泣きはじめた後藤に、吉澤は驚いて近寄った。
「ごっちん、どうしたの?」
「いちーちゃん、やっぱり石川さんが好きなんだぁ」
「なんで?……あ」
窓の外を見て、吉澤の顔は硬直した。
- 247 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時27分51秒
- 市井に名前を呼ばれた石川は、市井を見上げて首をかしげた。
「なぁに?市井さん」
石川が微笑むよりも先に市井は彼女を立ち上がらせて抱き締めた。
「暫くこうしててもいいですか?」
「え…?は、はい」
頭の中が真っ白になって石川は何も考える事が出来なくなっていった。
きつく抱かれた腕の中は苦痛が感じられずに、
ただ暖かさだけがそこに残っていた。
「石川さん」
「は、はい」
「ごめん」
市井は彼女から離れてにっこりと微笑んだ。
「何に?」
火照った頬を両手で覆って俯きながら石川が訊ねた。
よくよく考えてみれば市井が何に謝ったかは明白であったが、
石川の思考回路はパンク寸前だった。
「いろいろと」
それだけ言って市井は少し硬い表情を垣間見せた。
口早に今日は有難うと言うと市井はお辞儀をして走って宿泊施設へと戻っていった。
石川は彼女の姿が見えなくなってもそこから動き出す事ができなかった。
- 248 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年03月31日(日)05時29分03秒
- やっと手を動かす事に成功した石川はそのままベンチに座り直した。
石川の頭の中では何度も先刻のシーンがリプレイされていた。
『石川さん』
『ごめん』
『今日は有難う』
何度も市井の声を反芻させていた石川は銀杏の木を見上げた。
石川は、洋子を、遠野はるを、そしてそれまでに見送った全ての人達を
順に思い出していった。
ちょうどこの銀杏の木が植えられた時にここにやってきた石川は、
この銀杏の木と共に様々な人々を見送っていた。
『だけどお姉ちゃんは、優しかったんだよ…』
そう言った時の吉澤の顔を何故か思い出した。
吉澤の悲しそうな顔を思い出した石川は少しだけ胸が苦しくなった。
そして石川は気付いた。
「悲しいじゃない…」
誰にも聞かれないぐらいの声で呟くと、石川は決意した様に頷いた。
- 249 名前:空飛び猫 投稿日:2002年03月31日(日)05時39分45秒
寝不足更新です。今日が休みでよかた。。。
食べ物シリーズにはたどり着けず。無念なり。
>>223 >>236 M.ANZAI様
今回は謎に謎が覆いかぶさる形を取ってますからねぇ。
後藤さんの謎がちょとだけ解明した事になるんでしょうか?
>>224 >>238 名無し男様
吉澤さん、本当に16歳なんでしょうか?
随分甘え放題ですねぇ。
は、早く強制再起動のボタンを押してあげて下さいなっ。
>>225 よすこ大好き読者。様
前回はトーストでございました。
あれから2回も更新したのに、未だに次の汁もの系には
たどり着けません。
>>226 名無し読者様
大分雲行きが怪しくなってまいりました。
本当に、どこへ行くのやら…。
>>227 名無し読者様
おまじないのおかげで大分復活してまいりました。
有難うございます。
単純な吉澤さんだからこそ、後藤さんの扉は簡単に
開けちゃったり、しますかねぇ。
>>228 名無し盛り様
いちごまを書いてこなかったので、
どういう風にキャラを位置付けるかが今いち定まっておりません。
駄々っ子は変わらず駄々っ子なのですが(w
>>237 夜叉様
御心配、有難うございます。
まったりがんがります。
実はこっそり信田さんが私の心境に近かったりします(w
- 250 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月31日(日)12時53分12秒
- なにやら風向きが怪しくなってきました。
急に雨でも降ってこなければ良いですが。(って、雨降るのか?ここは。)
4人のそれぞれの想いも見逃せませんが、保田さんの苦悩もまた・・・。
- 251 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月31日(日)19時37分47秒
- 市井のなんと逞しいことか・・・
タバコを吸う小学生の後藤も違う意味で逞しいけど、やっぱり市井は大人だな・・・
ちょっと感動しました。
- 252 名前:名無し男 投稿日:2002年03月31日(日)23時51分16秒
- またひとつ謎が追加されたので
外付けの脳味噌と回転速度の速いCPUが必要になりました
- 253 名前:スクーピー 投稿日:2002年04月01日(月)03時09分16秒
- うーん。この先どう展開していくのか…。
なんだかワクワクしてきました。って何故だ(笑)
あまり感想をカキコできなくて申し訳ありませんが
いつも楽しみに更新待ってますので、がんがってくださいませ。
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月02日(火)20時01分33秒
- なるほど、後藤さんの想いはこうして生まれてきたわけですか…。
市井さんを心のよりどころとしている後藤さん、
かなりネガってますが大丈夫でしょうか。
市井さんの言動によってどうなっていくのでしょう…。
- 255 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)01時43分38秒
- 夕食の時間になっても、後藤と吉澤の姿は食堂にはなかった。
「保田さん、何か知ってます?」
「いや?今日も面接を邪魔されたぐらいかなぁ。あいつら、ずっと話してたから」
「変ですよねぇ…」
「そんな過保護に心配する必要ないんちゃう?」
中澤がシチューを口に運びながらため息をついた。
「でも、御飯食べないと嫌な事ばかり考えちゃうから…」
気にしつつも、石川は自分の皿へと目線を戻した。
茶色いシチューの中からは赤い人参や白いジャガイモが顔を覗かせていた。
「こうして見ると、先週は結構大変だったって分かるよねぇ」
「ん?せやな」
人の少ない食堂を一瞥して保田が小さく笑うと、
中澤は顔をあげずに答えた。
「今週はいつもの様に一日であがられる人達が多かったですからね」
「迷わない人ばっかりやもんな。不思議なもんや」
中澤が顔を上げて笑うと、飯田がスプーンを止めた。
「決まり、だからね」
「え?」
「ここは、歯車の一部なだけだから」
にっこり笑って飯田は食事を続けた。
他の3人が顔を見合わせている中、福田が立ち上がった。
「二人分の食事を取っておいてもらいますね」
「あ、有難う。私も行きます」
石川が後に続いていくのを見て、中澤はこっそり笑った。
- 256 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)01時44分11秒
- 食堂から人がいなくなった後も、石川はそこに残っていた。
「石川さん、何してるの?」
声の方向に目を向けると、市井が机を何個か挟んだ向こうにいた。
「後藤さんと、ひとみちゃんが来ないから待ってるの」
「そっか。悪い子達だね」
市井がゆっくりと窓辺へと歩いていく。
それをずっと見つめていた石川は市井と目があうと気まずそうに視線を外した。
「怒ってる?」
「…怒ってる」
時計の針は八時になろうとしていた。
こくこくと秒針が動いていく中で、石川は伏せていた瞼をあげた。
市井は少し寂しそうな顔をしていた。
「許して、くれない?」
「……」
バチンッという音がして、電気が消えた。
それは長針が12の位置に動いた瞬間だった。
「あれ?停電?」
「ううん。消灯」
月明かりに照らされた市井が相槌を打って微笑んだ。
「まだ怒ってる?」
「もう怒ってない…」
窓のサッシに腰掛ける市井の傍に歩み寄ると、石川は窓に手をついた。
隣の市井の姿は、石川の目には入っていない。
「ホントに?」
「もう怒ってない」
石川が横を向いて笑うと市井ははにかんだ様に笑った。
- 257 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)01時45分03秒
- 「石川さん、お願いがあるんだけど」
「市井さんて、お願いばっかりね?」
石川がクスクスと笑い声をたてると、市井は頭を掻いた。
「そうかな?」
「そうよ。…分かった。いいよ?」
石川は最初から市井の願いが分かっているという様に言った。
「まだ言ってないよ?」
「うん。でも、いいの」
市井が窓に手をついて外を覗くと、石川は外を小さく指さした。
「ほら、あれ見て」
「何?」
「星」
「へ?」
驚いた声を出す市井に石川は悪戯っぽく笑った。
「ここに住んでる人は星って呼んでるの。
多分、螢の魂なんだと思うんだけど…たまにいるのよ。季節外れの螢が」
「へぇ。そうだよね、虫だって死ぬんだよね」
「草も」と石川が返すと「木も」と市井が返した。
「犬も」
「猫も」
「石も?」
「そう。石も。水だってそう」
- 258 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)01時46分33秒
- 石川が窓から手を離すとその手を市井が握った。
「私も、死んじゃったんだね」
「そうね。私も、そう」
市井が静かに微笑んだ。
「ねぇ、明日ピクニックしない?」
「いいの?仕事」
突然な誘いに市井が聞くと石川は得意げに頷いた。
「明後日の午後までは、貴方以外の面接ないから」
「そっか。じゃ、行きたいな」
市井が握った手を少し動かすと石川はそれを更に大きく振って笑った。
「そろそろ、行かなきゃ」
「ね。…結局食べに来なかったな」
石川は諦めた様なため息をついて、市井の手を離した。
「いや、そんな事もないんじゃない?」
「え?」
目で合図を送る市井に首をかしげて、石川はドアのほうへと振り返った。
「ひとみちゃん…」
ドアの前には不機嫌そうな吉澤が左手を握りしめて立っていた。
- 259 名前:2.Alone 投稿日:2002年04月03日(水)01時56分23秒
- ちょこっと更新。新年度ですね。
あまり意味はないんですけどね。
>>250 M.ANZAI様
はい。三日目の午後です。分かりにくくて、ごめんなさい。
次のお話からは何日目って書きますね。
雨、取り敢えずは降ってないですが、降ると思いますよ。
>>251 名無し盛り様
有難うございます。
いや、普通吸わないですよねぇ。>小学生で煙草
まぁ、多くは語らなかったけれど後藤さんも大変だったのでしょう。
>>252 名無し男様
ありゃりゃ。
ファンもつけてやってください。
熱は大敵ですよっ。
>>253 スクーピー様
運命的な書き込みですね(w
ワクワクしてもらえると嬉しいです。
ハラハラもいいんですけど、ワクワクは楽しそうだから。
読んで頂けてるだけで、嬉しいです。
>>254 名無し読者様
おかげで今夜はぐっすりです。有難う。
ネガティブは石川さんの18番な筈なのに、
この話では石川さんの周囲ばっかりネガティブですよねぇ。
何故でしょう?はっ!!キャラが書けてないのか…。
- 260 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)22時12分40秒
- 「もうっ。ちゃんと御飯食べにこなきゃ駄目でしょっ?」
めっ、と少し恐い顔をしてみせてから、石川は厨房へと向かった。
「残しておいてもらったから、温めてくるね?あ、後藤さんは?」
「ごっちんは、食べたくないって」
吉澤はそう言って厨房のドアの前に立った。
食堂の窓際に立ったままの市井を睨み付けると、
そんな吉澤に余裕を持った笑みを返して市井が口を開いた。
「石川さん、そろそろ行くね」
「あ、うん。じゃぁ…明日」
石川の横顔を眺めていた吉澤は、市井がドアを閉める音を聞いてから
不機嫌そうに唇を突き出した。
「梨華ちゃん、明日市井さんと何するの?」
「え?うん、ちょっとね」
煮立ちはじめたシチューを火から遠ざけて、それを皿に盛った。
「今度からちゃんと時間通りに来ないと、駄目よ?」
石川がシチューとパンを乗せたアルミの盆を持って歩き出しても、
吉澤は何も言わずにそこに立っていた。
- 261 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)22時13分33秒
- 「ひとみちゃん?ほら、いらっしゃい」
渋々隣に座る吉澤に石川はシチューのお肉を切ってスプーンでそれを掬った。
「小湊さんの自信作なんだから、食べなきゃ」
にっこり笑う石川の手からスプーンを取り上げて吉澤がいらついた声を出した。
「自分で食べられるから、市井さんとこ行ったらいいじゃん」
「ひとみちゃん…」
「梨華ちゃんて、ああいう人が好きなんだね」
「……」
カシャン、カシャン、と乱暴にスプーンと皿が交わった。
動こうとしない石川に、吉澤はスプーンの音よりも乱暴に言った。
「梨華ちゃんて、ホント無神経っ!」
「ごめんなさい」
やっと立ち上がって石川は悲しそうに笑った。
「ちゃんと、後片付けしてね?」
外へ出ていこうと歩き出した石川の腕を、吉澤が掴んだ。
「ごめんなさい。…食べさせてくれる?」
「いいよ?」
薄暗い食堂にカチャカチャと静かな音が聞こえた。
「おいひい」
「そ?良かった」
机の上のゆらゆらと燃える蝋燭の灯で石川の表情が様変わりして見えた。
だから、吉澤に彼女の本当の表情は見えていない。
「梨華ちゃん、ごめんね?」
「いいのよ。はい、最後の一口」
シチューのしみたパンを噛み砕いて吉澤はアルミの盆を持ち上げた。
「洗ってくるね」
頷く石川の顔が少し悲しそうに見えたのは蝋燭の所為だと、
吉澤は自分に言い聞かせた。
- 262 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月03日(水)22時14分10秒
- ドアをノックされる音が聞こえても、後藤はそれを無視した。
それが誰なのかも、そしてその人が何を言いに来たかも彼女には分かっていた。
「後藤っ。開けるぞ?」
真っ暗な部屋にひとすじの光がさして、
後光を浴びる様な形で市井がそこに立っていた。
「…何?」
「何?じゃないよ。夕飯にも来ないで」
市井が電気をつけて、後藤は眩しそうな顔をしながら俯いた。
「食べたくなかったんだもん」
「石川さんが残しておいてくれてるから、今から行くよ?」
後藤の腕を掴んで、市井が彼女を立ち上げさせると
後藤は市井の胸に顔を埋めた。
「石川さんと仲良いんだ」
「それがどうかした?」
冷たく言い放つ市井を見上げて後藤は恨めし気に言った。
「いちーちゃんらしくない」
「何がよ?」
「あんなっ。…なんでもない」
後藤はそのまま、市井から離れようとはしなかった。
市井は諦めた様に後藤が離れるまでその場に立ち尽くしていた。
- 263 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月03日(水)22時17分20秒
- >259では自分の名前を書いてませんでした。
これから私の固定は2.Aloneになるとでも言うのでしょうか?
大変失礼致しました。
そんな訳で、今日も少しだけ更新です。
- 264 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月04日(木)14時44分21秒
- 例え雨が降ってもその後の青空に虹が掛かることを待ち望みます。
- 265 名前:名無し男 投稿日:2002年04月04日(木)17時23分22秒
- 嫉妬のし方が可愛らしくて(・∀・)イイ!!
- 266 名前:名無し盛り 投稿日:2002年04月04日(木)20時23分32秒
- 吉澤と後藤、石川と市井、それぞれに共通するものがあり、悩みも似ている。
一週間でそれを解決し、送り出すというのは本当に大変なことだ。
ここで働いてる職員は偉いですな・・・
一番偉いのは構成を考えてる作者さんなんですけどね。
- 267 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年04月05日(金)01時14分05秒
- なんか作品の雰囲気が心を暖かくしてくれますね
石川さんの気持ちは吉澤さんを離れて市井さんにむいてしまうのだろうか…
ひとみ悲しい…
石川さん見捨てないで…
何て考えてたり
作者さんガンバレ〜
- 268 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年04月05日(金)01時14分13秒
- なんか作品の雰囲気が心を暖かくしてくれますね
石川さんの気持ちは吉澤さんを離れて市井さんにむいてしまうのだろうか…
ひとみ悲しい…
石川さん見捨てないで…
何て考えてたり
作者さんガンバレ〜
- 269 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年04月07日(日)01時12分00秒
- 出張いってる間に交信されてて、読み応えがありました。(笑
梨華ちゃんにシチュー食べさせてもらいたーい!!(オイ
甘えん坊で、ジェラシーな吉に萌え(笑
ここの、梨華ちゃんは、いつもよりおねーさんなので、甘えん坊の
よしこを見捨てないでください・・・・・・と、いいたい。(T−T)
- 270 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月08日(月)00時13分29秒
- 不機嫌になりつつも速攻あやまる吉澤さん、かわゆいね。
もはや石川さんなしの生活は考えられませんな。ホホホ
- 271 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時49分26秒
- 後藤が暗い食堂に入ると、小さな蝋燭が吉澤と石川を照らしていた。
「なんでこんなに暗いのぉ?」
後藤が電気のスイッチを探そうとすると、石川が彼女を呼び掛けた。
「スイッチないの。夜八時を過ぎると
小湊さんがいないと電気つかない仕組みになってるから」
「…変なの」
手招きをする石川に、後藤は渋々近寄ると吉澤の隣の席に座った。
後藤が座るのと同時ぐらいに石川は立ち上がって厨房へと消えていった。
「ここって、なんでこんなに変なの?」
「知らない。私も変だと思うけど」
かたん、という音と共に市井が食堂に入ってきた。
「いちーちゃんっ」
嬉しそうな笑みを浮かべて後藤が彼女を呼んだが、
市井は彼女を見ようともせずに厨房から出てきた石川の手から
アルミの盆を受け取った。
「後藤にやらせればいいのに」
「一応、職員だから」
おかしそうに笑みを浮かべる市井の傍に急いで駆け寄って、
後藤は市井の腕を引っ張った。
「いちーちゃん、一緒に食べてよ」
軽いため息と共に市井は足を動かした。
その様子を見て、石川は誰にも気付かれない様に微笑んだ。
- 272 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時50分11秒
- 石川が小さく微笑みを浮かべるのに気付いた吉澤は少しだけ安心した。
だが、その後の石川の少し寂しそうな、悲しそうな表情に
彼女の漠然とした不安はどんどん大きくなっていった。
「吉澤さんだっけ?」
何時の間にか目の前に立っていた市井に急に話し掛けられて、
吉澤は弾けた様な声で返事をした。
「後藤と一緒に御飯食べてやってくれる?」
「市井さんは、どうするんですか?」
含み笑いをして、市井が答えた。
「彼女に、話があるんだ」
首で石川を指すと、市井は吉澤の返事は聞かずにそのまま歩き出した。
吉澤は最高に不機嫌な顔をした美少女を置いていかれて、
自分も不機嫌そうな顔を浮かべた。
「いちーちゃんってば、一緒に食べてって言ったのに」
睨んでいる二人等気にもせずに石川に何かを言って、
市井は彼女と外に出ていった。
「今更なんの話が梨華ちゃんにあるのさ…」
「え?最後のひとりの話じゃないの?」
後藤が吉澤へと視線を戻して聞いた。
「あ…」
「なんでもう石川さんに話す事がないの?」
- 273 名前:2.Alone 投稿日:2002年04月08日(月)18時51分28秒
- 後藤の視線があまりにもまっすぐで、吉澤は渋々口を開いた。
「もう…市井さんは決まってる、から」
「誰にっ!」
整った顔が苦しそうに歪んだ。
蝋燭の灯に誘われて小さな虫がやってきた。
「教えてくれなかったから、知らない…」
後藤から顔を背けて吉澤が言った。
後藤が急に立ち上がった所為で、机の上の皿がガチャッと鈍い音をたてた。
「ごっちん、待って!」
吉澤の叫びも虚しく、後藤の影すら食堂からは消えていた。
「私、馬鹿だ…」
吉澤は机の上の手を強く握った。
爪が食い込んで堪えきれないぐらいの痛みを伴っても、
彼女は握った拳を開かなかった。
蝋燭の横で小さな虫が小さな小さな光になって消えていった。
- 274 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時52分22秒
- 「外で話してもいい?」
「…いいの?」
「何が?」
市井のポーカーフェイスに呆れながら、石川は彼女と共に外に出ていった。
ゆっくりと夜の銀杏並木の間を歩きながら、石川が口を開いた。
「ねぇ、明後日の午後で彼女ともお別れなのよ?」
「知ってるよ?」
「本当、強情なのね」
「そう?」
変わらない笑顔を見せる市井がベンチに座った。
「そうよ」
石川は、ベンチには座らずに落ちてくる黄色い葉に手の平を見せた。
「そんなに気を張ってたら、疲れちゃう」
「そんな事もないよ?」
食堂で見せた悲しそうな表情で石川は手の平の間をぬって落ちていく葉を見ていた。
「ねぇ…全部知ってる人に嘘ついても仕方なくない?」
「……」
俯いた市井の下に小さな水たまりの準備が始められて、
石川は彼女に近付いた。
- 275 名前:2.Alone together 投稿日:2002年04月08日(月)18時53分21秒
- 膝が汚れる事等、気付かないみたいに石川は市井の目の前に跪いて、
蹲る彼女の頭を抱きかかえた。
「本当は、恐いんだ…」
市井が声を絞り出した。
石川の腕の中で、市井は続けた。
「でも、私は逃げない」
石川は頷きながら、自分も泣いている事に気付いた。
「私は、逃げない」
繰返される市井の言葉に頷きながら、石川は自分の涙の意味を考える。
「逃げないよ?」
彼女への同情の涙でも、自分と重ね合わせての涙でもなかった。
どうして泣いているのか石川に答は訪れない。
「逃げないから」
まるで自分に言い聞かせる様に市井は何度もその言葉を繰返した。
「覚えててね、石川さん」
「うん」
「私は、絶対逃げないから」
市井の涙が止っても、石川は泣き続けていた。
「有難う、石川さん」
抱き締めていた筈の石川は何時の間にか抱き締められていたが、
そんな事にも気付かないぐらい石川は涙を止めようと必死になっていた。
- 276 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時54分02秒
- その日の朝の日差しはいつもよりも眩しく感じられた。
伸びと共に大きな欠伸をして、吉澤は古びたドレッサーから
糊のついたシャツを取り出した。
「後四日かぁ」
一瞬難しい顔を浮かべると、彼女はシャツをソファーに放り投げた。
そのまま台所に向かって窓から差し込む日の光を
恨めし気ににらんで吉澤は蛇口を捻った。
無造作に伏せられたグラスを手にとって、
水の下に持っていった彼女はそれを一気に飲み干した。
「今日働くの嫌だなぁ」
全身から憂鬱な気配を見せながら、吉澤はパジャマを脱いでシャツを着た。
隣の部屋からは不規則な物音が聞こえてきていた。
石川は既に起きているらしい。
吉澤は昨日の事を思い出した。
結局誰も食堂には戻ってこなかった。
突然食堂の電気がついて、小湊が食堂に入ってくると
後藤の食べなかったシチューを何も言わずに片付け始めた。
「ここ、もう閉めるよ?」
「あ、すみません」
時計は既に十一時を超えていた。
戻ってこなかった理由等、吉澤には分からなかった。
- 277 名前:2.Alone together 投稿日:2002年04月08日(月)18時55分04秒
- そして彼女は石川が悲しそうな顔をしていたのを思い出した。
吉澤が謝る前も後も、石川の態度はかわらなかった。
そんな些細な事に傷付いてる自分に、吉澤は苦笑を浮かべた。
わかっていた筈だ、と彼女の理性が鼻で笑った。
石川が彼女を子供扱いしてるのは、ここに残ると決める前から知っていた事なのだ。
彼女の過ごしてきた年月を考えれば、それも当然の成り行きだと、
すぐに彼女の気持ちを手に入れようとするのは諦めた筈だった。
しかし、吉澤の立場ならば誰しもが思うだろう。
何故、自分は見られる事ですら必死なのに、何も知らない、
年齢も自分と二つぐらいしか離れてない市井が石川の瞳に写るのか。
何故市井が石川の頬を染められるのか。
何故市井が彼女にあんな表情がさせられるのか。
それがどうしても理不尽な様に見えて、吉澤は力任せにズボンに足を通した。
勢い余ってベッドに崩れると、天井の汚れが見えた。
「みんな、市井さんが好きなんだ」
ぼんやりとそんな事を呟いた吉澤は少し前に似た事を言われた気がして
思い出し笑いを浮かべた。
「今日こそは、梨華ちゃんのサブになりたいなぁ」
声に出して願いを言うと、それが叶う気がしてきた。
「市井さんが梨華ちゃんにちょっかい出さなくなるといいなぁ」
寝転がっている所為で、声がくぐもって聞こえて、吉澤はへへっと笑った。
「梨華ちゃんが私にドキドキしてくれると、いいなぁ」
吉澤は顔を赤らめて立ち上がった。
「さ、仕事だっ」
誰もいなくなった部屋は不思議と暖かさを残していた。
- 278 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時55分38秒
- 中澤の後ろを着いていきながら、吉澤は不機嫌な顔を辺りに振りまいていた。
「その顔どおにかせいや。こっちまで苛立ってくるわ」
ため息をつきながら中澤が振り返った
「だって、なんで梨華ちゃん今日お休みなんですかっ」
「そんなん気にせんで一刻も早く仕事覚えぇ」
尚も不機嫌そうな顔を止めない吉澤の両方の頬を引っぱりながら中澤は
歯を食いしばった笑顔を見せた。
「笑えんのかい?あぁん?」
「わらひまふ〜」
情けない声を出して吉澤が口角をあげると、中澤はやっと両手を離した。
「どうせ市井さんは明日の午後にはいなくなるんだから
ちょっとの間ぐらいええやないか」
「はぁい」
吉澤が詰らなそうな顔で答えると、中澤がもう一度彼女を睨んだ。
「はいっ」
吉澤が慌てて満面の笑みで答え直すと、中澤は頷いて歩き出した。
- 279 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)18時56分35秒
- 職員室の横の階段を登っていく石川の後を、市井は黙って着いていった。
天窓の様になっているドアを開けて、石川は外に顔を出す。
「気持ちいい」
「ホント?」
「うん」
石川がよじ登ろうとするので、市井は彼女を待たせて先にあがると
石川を引き上げた。
「有難う」
「ホントに気持ちいいね」
屋上は何もなくて、空と他の施設の屋根だけが見えていた。
塀の向う側は、霧につつまれていて何も見えない。
「でしょう?冬とかは雪だるまとか作れるのよ?ここにも積もるから」
「へぇ」
市井がコンクリートの上に座ると、石川は少し離れた場所に座った。
「どしたの?」
「え?」
「離れてるから」
風はちょうど良く流れていた。
銀杏の葉がここにも辿りついていた。
「べ、別に」
「そう?」
諦めた様に石川が少し近付いた。
「まだ説得するの?」
「何故?」
石川の方は見ずに、市井が言った。
「急にピクニックなんて言ったから」
「そんなんじゃないわ。第一、逃げないんでしょう?」
「うん」
そのまま、二人は何も言わずに風に身を任せていた。
- 280 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)22時32分45秒
- 吉澤が中澤の後ろで室井正枝の見送りの最終確認をし終った頃には、
お昼が近付いてきていた。
「じゃぁ、室井さん。二時に正門で御会いしましょう」
中澤がにっこり笑うと、室井正枝は緊張した面持ちで頷いた。
ドアの閉まる音が聞こえて、吉澤は大きなため息をついた。
「なんや、緊張したんか」
「なんであんなぴりぴりしてるんですかぁ」
「簡単や」
中澤は面接室を出ながら答えた。
「あの人が迷ってた相手を見てみぃ」
「今の夫か別れた夫かぁ?今のじゃないんですか?」
舌でチッチッと音をたてて、指を横に振ると中澤が小声で言った。
「甘い。今の夫は浮気中。かたや、前の夫は自分の浮気で離婚や」
「そんなもん?」
「そんなもんなんやって」
納得していない吉澤の頭を撫でて中澤が言った。
「お子ちゃまにもいつか分かるって」
「こんな気持ち、分かりたくないなぁ」
二人は少し先を歩く飯田と福田に追い付いて、食堂に向かった。
- 281 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)22時33分49秒
- 食堂についた吉澤は石川を探したが、見つけられなかった。
後藤と市井の姿も一緒に探したが、彼女達も同様にここにはいなかった。
「保田さん、ごっちんは?」
「部屋でストライキ」
疲れ切った様子で保田が肩を竦めた。
「梨華ちゃんは?」
「今日は休みだから何しててもいいの」
「だって御飯だよ?」
弁当を作っていたという保田の言葉に、吉澤は朝の物音を思い出した。
あれは、弁当を作っている音だったのだと今になって気付く。
「市井さんと一緒なのかなぁ」
「ほら、早く席につき」
「はい…」
急に元気のなくなった吉澤を見て、
中澤と保田はこっそり目を見合わせてため息をついた。
いつも以上に遅いペースでスプーンが吉澤の唇と皿を行き来した。
「なんや。食べさせてほしいんか?」
「じゃぁ、このお姉様が食べさせてあげるわよぉ?」
「はぁい、ダーリン。あぁん」
三つのスプーンが吉澤の唇の前に並んで、吉澤は吹き出した。
「頂きます!」
三つ順番に口に入れて、無理矢理一気に飲み込むと、
自分のスプーンをいつもの倍以上の早さで動かし始めた。
「ちょっと、それ何?」
「石川以外は嫌とか言う訳?」
飯田と保田が不満そうに言う中、吉澤は福田に渡された冷たい麦茶を一気に飲干した。
- 282 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)22時34分32秒
- 「ねぇ、本当にいいの?」
「なんで?」
「最後ぐらい、後藤さんといたらいいじゃない」
自分が誘った事を後悔している様に、石川が呟いた。
風が雲の形を全く違うものに変え、太陽は着実に終りに向かって進んでいた。
「いいの。最後にいたって覚えられないんだから」
「ひどいっ」
「石川さんの事言った訳じゃないよ」
そっぽを向いたままの石川の頬に指を近付けて、市井が彼女を読んだ。
「ほら、あれ見て」
「え?」
振り向いた石川の頬に、市井の指が突き刺さる。
「もうっ」
思わず笑い出す石川に、市井はやっと安心した。
「ここで会ってなかったら、良かったのにね」
市井が言うと、石川は首を横に振った。
「ここで会ってたから良かったのよ、きっと」
石川は何かに気付いた様な顔をして、もってきたバスケットを開けた。
「あ、ねぇお弁当作ってきたの!」
バスケットの中では少し焦げたトーストに挟まれるハムやキュウリの姿が見えた。
「へぇ、美味しそう」
「ううん。ちょっと失敗しちゃったの」
そう言いながら紙皿にサンドイッチを乗せた。
魔法瓶から暖かい紅茶を紙コップに入れて、皿と共に手渡すと
市井は挨拶をしてからサンドイッチにかぶりついた。
「美味しい?」
「……ん、うん。美味しい」
「本当に?」
「美味しい美味しい」
- 283 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)22時35分35秒
- 笑顔で平らげる市井の姿に安心して、石川もそれを口にした。
「…美味しい?」
「うん」
市井が眉を上にあげて頷いた。
「ありがと」
「お礼を言うのはこっちです」
市井はバスケットの中に入ってあったサンドイッチを全て食べ終えると、
コンクリートに寝転がった。
「食べてすぐに寝ると牛になっちゃうよ?」
「牛ものどかでいいねぇ。乳牛がいいなぁ」
市井はまた目を閉じて風が自分の上を通っていくのを感じた。
「仕方ない人」
「仕方ないからねぇ」
「ホント…仕方ないんだから」
石川の声がくぐもって聞こえたが、市井は敢えて目を閉じたままでいた。
彼女の声を飲む音も大袈裟に聞こえる息遣いだと、目を閉じていた。
雲は相変わらず秋らしく形をよく変えていた。
- 284 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月08日(月)22時37分54秒
- 紺のマントを羽織って、吉澤は中澤と飯田と共に正門の前で立っていた。
室井正枝が少し洒落た格好で正門前に到着した。
「室井さんすみません。まだ後二人程いらっしゃるので、お待ち頂けますか?」
霧の向こうからやってきたスクールバスが正門の向う側で停車した。
「えぇ、もちろんです」
森由起子と新城真奈美が施設から向かってくるのが遠目にも見えた。
小湊が門をがらがらを開けている間に、
やはり少し洒落た格好をした森と新城が追い付いて深くお辞儀をした。
「遅くなりました」
「すみません。見えないのに、オシャレしちゃいました」
「あら、私も」
やっぱり?等と言いながら、彼女達がバスに乗った後に
飯田、吉澤、中澤の三人がバスに乗り込んだ。
「じゃ、出発しますよ」
ドアを閉めて、信田が車を発進させた。
「まずは室井さんからや」
「分かってますよ」
霧を超えた向こうは車が少ないだけの見覚えのある国道だった。
- 285 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月08日(月)22時48分40秒
- 久々に沢山がんがりました。
途中アクシデントもありましたけど、くじけずに。
タイトルの部分は脳内あぼーんしてくれると嬉しいです。
>>264 M.ANZAI様
そうですねぇ。早く青空に虹がかかって欲しいものです。
でも実は雨が降ってるかどうかも定かではないですが(W
>>265 名無し男様
御飯シリーズ、こう来ました。
レッドカード?いや、せめてイエローカードで。
>>266 名無し盛り様
有難うございます。
だんだんスランプからも抜けられそうなので、がんがります。
>>267 ラヴ梨〜様
有難うございます。
まぁ、今の所は石川さんの気持ちはなんとも言えないのですが、
石川さんの幸せを夢見て、がんがります。
>>269 よすこ大好き読者様
お疲れ様でした!いつも忙しそうで、偉いなぁと思ってます。
私も石川さんにシチュー食べさせてもらいたいです。
一番食べさせてもらいたいのはゆで卵なんですけどね(ヲイ
>>270 名無し読者様
吉澤さん、最近のパターンになりつつあるんですが、
餌付けされてるみたいに感じるのは私だけですか?
- 286 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月08日(月)23時25分40秒
- 雨は降らずに、風が強めに吹いたみたいですね。(当たらぬ天気予報みたいだ・・・)
みんなからイイ感じに可愛がられてる見習い君が微笑ましいです。
- 287 名前:名無し盛り 投稿日:2002年04月09日(火)01時33分01秒
- うーん、市井が気になる!何を隠してやがるんだ!
そういえばリアルの市井も曲を出すとかナントカ・・・
物語りも佳境に近づいてきましたな。頑張って下さい。
- 288 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年04月09日(火)17時07分23秒
- ここの吉は、甘えん坊全開で、かーいくて・・・・・(笑
餌付けもっとして欲しいと思うのは、私だけ??
ストライキを起こしているごっつあんが気になります。
がんがってください。
- 289 名前:名無し男 投稿日:2002年04月10日(水)10時36分47秒
- 味噌汁のお椀がクロスバーの遥か上を越えていきました(w
もう1回卵系統で攻めてくるのかな?はたまた野菜で来るのかな?
予想は外れる事が多い分当たった時の喜びもまたひとしお
- 290 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月11日(木)21時58分45秒
- 市井さん、石川さんの間に流れる空気がかなり心地いい。
何故なんでしょう…。
お子ちゃまのお2人には気の毒ですが…
- 291 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年04月12日(金)18時22分50秒
- なんか二人のピクニックでの雰囲気が悔しいくらいイイ!!
でもやっぱり吉澤がかわいそう…
市井さん吉澤のたった一人のお姉ちゃんをとらないでくれ〜(心の叫び)
前作で1リットルくらい泣いた私としては是非…
スミマセン気にしないでください
応援してます
- 292 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月13日(土)23時39分33秒
- 遅くなっててすいません。。
ちょっと立て込んでるのですが、明日かそれぐらいには更新できますです。
毎度、毎度、お待ち下さってる皆さんには申し訳ない思いで一杯です。
もう少し待ってて頂けると嬉しいです。はい。
- 293 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時12分24秒
- 時々、同じ様なバスや車とすれ違いながら、
バスは住宅街に入っていった。
「吉澤、初体験やな」
「どんななんですか?」
「ま、見とき」
にやっとした笑みを浮かべる中澤の後ろの席では
室井正枝がそわそわしながら窓の外を眺めていた。
黄色いバスがゆっくりとアパートの前で止った。
「ここに…あの人が?」
「えぇ」
頷く中澤を見て、正枝は大きく深呼吸を一度だけした。
彼女は由起子と真奈美に別れを告げて、さっさと歩いていく中澤の後を追った。
「あ、じゃぁいってきます」
正枝がバスを降りたのを見て、吉澤もバスを降りた。
人の気配の全くないアパートのぼろぼろの階段は古い所為で大分軋んだ。
中澤を先頭にした一向は、アパートの一室の前で立ち止まる。
「ここ、ですか?」
正枝の声が少し震えて聞こえた。
ドアの覗き穴の位置には『世界』というプレートが貼られてあった。
「はい。…準備は、宜しいですか?」
正枝が頷くのを待って、中澤はドアを開けた。
生温い風が彼女達を覆った。
その風を経験した事のあった吉澤は目を瞑って、
これに慣れる事等あるのだろうかと疑問に思った。
- 294 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時13分19秒
- 「馬鹿だよなぁ…お前。いつでも戻ってこいって言ったのに」
藤原英二は、その日だけでも自分の歳よりも多い数のため息をまたついた。
「死んじまうなんて、馬鹿だろう」
彼は彼女の全てを愛していた。
浮気をされようが、それで別れたいと言われようが、
それが彼女の望んだ事なら、と全てを受け入れていた。
藤原英二にとってそれこそが愛で、ただそれを妻は理解しなかっただけだった。
『あんたなんて、あたしの事愛してくれやしないじゃないかっ』
別れる直前の喧嘩で泣きながら睨み付けてきた妻を思い出した。
彼女の言う愛と、彼の持っていた愛はあまりにも形が違い過ぎて、
彼にはそれを説明する術がなかった。
既に妻の両親は他界しており、彼女の再婚相手はもう他人だった。
彼は迷わずに喪主を勤め、位牌を持ち帰った。
写真の中で笑う彼女に指の先で触れて、彼はもう一度呟いた。
「戻ってこいって…こんな姿で戻ってこいなんて思ってなかったよ…」
空になりかけのスコッチウィスキーの残りをコップに注いで
彼はそれを呷るようにして飲んだ。
- 295 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時14分02秒
- 「あんた…まだ、あたしの事を?」
崩れる様に正枝がワンルームのアパートの入り口で泣き出した。
「あたしはあんなに馬鹿だったのに?」
泣きながら正枝は嬉しそうに笑った。
「馬鹿は死ななきゃ分からないって、本当だね」
室井正枝は涙を拭って振り返った。
中澤と吉澤に一礼をして、彼女はまっすぐに炬燵に座ってる男の姿を見た。
カタン、と音がして箒が倒れた。
部屋の住人である男がそれに気付いた様に近付いて箒を元に戻した。
男の流す涙を見ない振りをしながら、中澤と吉澤は外に出た。
「どうやった?」
「なんていうか…凄い、かな。」
頷きながら中澤は階段を降り始めた。
「さ来週からはあんたも一人立ちせなならん。
そん時も、ちゃんとその気持ちを覚えておき?」
「はい」
スクールバスのエンジンのかかる音が吉澤の耳に届いてきた。
- 296 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時14分41秒
- 「おかえりなさい」
正門の前で待っていた石川が黄色いバスに駆け寄ってきた。
「ただいまさん」
「ただいま」
飯田と中澤の後ろから、吉澤が降りてきた。
「おかえりなさい、ひとみちゃん。どうだった?」
「うん。なんか不思議だった」
吉澤の素直な感想に微笑を浮かべて石川は彼女の頭を背伸びして撫でた。
「信田さん、お茶していきます?」
「お、いいねぇ。と、言いたい所だけどまだ一ケ所残ってるんだ」
片手をあげて謝る信田に石川が首を横に振ると信田は明日は、と続けた。
「明日は石川ちゃんだけだからさ」
軽く笑って信田は手を振った。
バスから石川達が離れるのを確認した彼女はアクセルをゆっくりと踏んだ。
「信田さんてさぁ」
「ん?」
「なんでもない」
石川の手を握って吉澤はずんずんと進み出した。
「あ、ちょっと待ってってばぁ」
「早くお茶しにいくの」
こっそり苦笑いを浮かべながら、石川は小走りで吉澤についていった。
- 297 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時15分53秒
- 職員室では帰り道に中澤が購入したどら焼きが早々に広げられていた。
「あ、美味しそう」
ドアを開けた石川は見つけた瞬間に嬉しそうな顔をする。
石川と吉澤が席に着く前に福田が彼女達の机の上にお茶を置いた。
「ありがとう」
「いえ」
福田が席につくと、中澤が口をもごもごと動かしながら会議を始めた。
「えぇ、私は先刻のお見送りで終了です」
「私は後は佐藤さんだけ。ちょっと難しいかもしれない、かな」
飯田がファイルを閉じると、保田は首を横に振った。
「現状に変更はなし。相変わらず立てこもってます」
「…。私は、市井さんが明日の午後で、後、
近藤さんはまだ時間を置いてます」
「近藤さん、変わりましょうか?」
石川がファイルを閉じる前に福田が小さな声で聞いた。
「ううん、大丈夫です。市井さんは明日ですから」
石川が笑顔を返すと、福田は頷いて視線を手元に戻した。
「明日香は、飯田の補佐に入ってくれるか?」
「はい」
緩やかな午後の流れに、吉澤は自分の抱えている不満や不安は、
杞憂なのではないかと、こっそり小さく息をついた。
- 298 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時16分55秒
- 中澤達が続々と職員室から出ていく中、
石川は突然思い付いた様に保田を呼び止めた。
「どうしたの?」
「これ、一口食べてみてもらえます?」
「あぁ、お弁当?」
石川が不安そうに小さなバスケットを渡した。
「残りもので申し訳ないんですけど…」
「ホントよ。ちゃんと一人前作ってらっしゃい」
笑いながら保田はバスケットからパンの切れ端の部分のサンドイッチを頬張った。
「……」
「どうですか?」
「石川、あんた砂糖入れちゃ駄目でしょ」
顔を覆いながら石川は恥ずかしそうに言った。
「だって、塩だと思ったんです」
「市井さんは食べてくれたの?」
「知ってたんですかっ」
にやにやとした笑みを浮かべて保田は石川の頭を撫でた。
「明日の午後までに名誉挽回しときなよ?」
「はい…」
最後まで首をかしげながら保田は職員室を後にした。
「やっぱり、美味しくなかったんじゃない…」
不満そうな口ぶりとは裏腹に、石川は少し嬉しそうに微笑んだ。
- 299 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月17日(水)23時18分45秒
- 午後の仕事に入った職員達がいなくなった職員室では、
石川がたったひとりで窓辺に立っていた。
「明日…」
何度も確かめる様にその言葉を紡ぎながら、
彼女は散りゆく銀杏の葉を一枚一枚見つめた。
「明日、さよならするのよね」
下を覗いた石川はベンチに座っている人影を見つけて、走って職員室を出た。
スカートが足にもつれて少し転びそうになりながら、
石川は階段を駈け降りた。
階段のすぐ前にある扉を開けて、外に飛び出した彼女の足元には
小さな段が重なっていて、普段ならば意識して降りるそれを、
今日の石川は平たんな道と同じ様に降りた。
「きゃっ!」
彼女がそれを意識した時には既に彼女の手は地面についていた。
「大丈夫?」
何時の間にかすぐ傍にまで歩いてきていた市井が彼女の腕を引っ張って
石川は立ち上がる事が出来た。
「大丈夫じゃ…ない」
「あーぁ。ホントだ」
泥だらけになった石川の手から土を払う市井の顔が綻んだ。
瞳から大粒の涙を零しながら、石川は首を横に振って俯いた。
- 300 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月17日(水)23時30分35秒
- 久々に更新っす。本当に申し訳なかったです。
でも、暫く週末更新出来たらいいなってぐらいになっちゃうかと。
なんだってこんなに忙しいの…。
>>286 M.ANZAI様
遅くなっててすみませんです。
風、強いですよね。最近は特に。
もうすぐ冬なのに。春じゃあるまいし。
>>287 名無し盛り
市井さんは焦げ茶の髪の毛のが好きです…。
戻ってくれ、あの色に。
実は、七日中まだ三日目だったりして佳境な様な佳境じゃない様な…。
>>288 よすこ大好き読者。様
甘ったれの成長物語でもあったりするのです。
後藤さんは未だ動かずですねぇ。
作者としても忘れない内に動かしたいのはやまやまなのですが。
>>289 名無し男
間違ってますよ、後藤さん!!!
暫くの間、モニタの前で肩を震わせてしまいました。
いつも楽しませてくれて有難うです。
食べ物系はあっと言わせられる様にがんがります!
>>290 名無し読者様
(^〜^0))<ちょっとそこまでお散歩に♪
お子ちゃま二人にはますます(略な展開になっております。
このままいちいしにはまってたら笑ってやって下さい(前科有)
>>291 ラヴ梨〜様
ごめんなさい〜。
また心に叫ばせてしまいそうな状態です。
でも、まだ先は長いので長い目で見てやって下さい。
- 301 名前:名無し男 投稿日:2002年04月18日(木)19時22分25秒
- 佐藤煎りのサンドイッチワラタ!!
一遍食ってみたかったりする←命知らず
- 302 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月21日(日)13時26分18秒
- ふむ、吉澤さん気苦労たえることがありませんな。
泣いてばかりの石川さん、はたして明日のゆくえは…
- 303 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月21日(日)22時03分47秒
- 「ごめんなさい」
どうやって階段を登ったかも、どれぐらここにいるのかも
分からないまま、石川は屋上でやっと口を開いた。
彼女の瞳からこぼれ落ちる涙は止る様子を見せなかったので、
市井は自分のシャツの袖で彼女の頬の涙を拭きながら首を横に振った。
「別にいいけどさ。あんまり泣いてると兎になっちゃうよ?」
涙作製工場が動くのを止めるのを確認した市井は屋上の床に座った。
「謝らなきゃいけないのは、私なんだよ?」
「…そんな事」
隣に腰掛けた石川は少し緊張した様子で市井を見つめた。
「明日じゃなくても、せめて後藤さんを見送ってからでも」
「駄目。明日までには行かなきゃ」
「……」
空には雲が一つも無くて、それは正に秋晴れと呼ぶに相応しい日だった。
もう日は欠けはじめていて、彼女達を橙色に染めた。
誰の声も聞こえず、静かな静かな時間だった。
ただ、風だけが強く吹いていて、今にもどこかから雲を連れてきそうな勢いだった。
「あのねっ、私」
石川が声を振り絞ると、市井が彼女を止めた。
「駄目だよ。言っちゃ駄目」
悲しそうに淀む瞳から目を反らして、市井はわざと明るい声を出した。
「ここは、映画館とか喫茶店みたいな娯楽施設はないんだっけ?」
「映画なら、見られるけど?」
「じゃぁ、明日の午前中は映画を見ようよ」
市井の笑顔に拒絶されて、石川は頷く事しか出来なかった。
- 304 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月21日(日)22時04分29秒
- 「ごっちぃん。出てこよーよぉ」
ドアの外で情けなさそうな吉澤の声が聞こえてきていた。
多分、その隣には恐い顔をした保田がいるのだろうと、
後藤は推測してため息をついた。
ベッドの上で膝を抱えながら後藤は、
石川を抱き締めていた時の市井の顔を思い出していた。
苦しそうな、悲しそうなその顔から感じられる感情は、
恋以外には見えなかった。
「いちーちゃん…」
後藤に向けられてきた市井の表情はどれも愛情の篭っている物ばかりだったが、
それが恋とは決定的に違う事を、後藤は誰よりも知っていた。
女性同士だからだなんという事等、問題にもしていなかった。
後藤はもっと精神的に市井を誰よりも必要としていたからだ。
誰よりも必要な相手だった。
同じ痛みを分かってくれる相手でもあった。
弟と取り合った事もあったし、他の子と取り合った事もあった。
それでも最後には呆れた顔で迎えてくれる市井は、
彼女の見てきた中では自分から近付いたのは後藤だけだと自負していた。
その市井が石川に惹かれて、石川も彼女に惹かれていくのを、
後藤は見ていられなかった。
「ごっちぃん」
「…ごめんね、よっしー」
後藤は布団を上から被ってその声を意識から遮断した。
- 305 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月21日(日)22時05分11秒
- 隣から送られてくる恐い視線から逃れる様に後藤を呼び続けた吉澤は、
とうとう諦めて、視線の先で不機嫌そうにしている保田を見た。
「駄目ですよ。今日はもう出てきそうにない」
「あんたら友達なんでしょう?踊ってでも出しなさいよ」
「無理言わないで下さいよ」
軽くため息とつくと、保田は肩を竦めてドアに背を向けた。
「仕方ないか。また明日来よう」
「はい」
「御飯、そこに置いといたげて」
「ごっちん!ここに御飯置いておくからねぇ」
藤籠をドアの前に置いて、彼女達は立ち去った。
対象者寮を出るともう辺りから太陽の気配が消えて、電燈が所々で光っていた。
「保田さんは、どう思いますか?」
「何が?」
「彼女、上がれると思いますか?」
保田は施設の仄かに光りが漏れている部屋を見上げて言った。
「上がらせてみせるわよ。あの子にこれ以上辛い思いをさせるのは可哀想だわ」
「かっけーっすね」
「そう?」
少し嬉しそうな保田に吉澤は頷いた。
「なんか、キャラじゃないけど」
「なんですってぇ」
けらけらと笑いながら走って逃げる吉澤は目の端で、
職員施設から出てくる市井を見つけた。
また石川と会っていたのだろう。
だが、彼女が足を止めようとはしなかった。
保田が彼女を捕まえようと走ってるのも知っていたから。
- 306 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月21日(日)22時06分17秒
- 保田に掴まる前に自室に逃げ込んだ吉澤は壁に凭れて座り込んだ。
「梨華ちゃん、帰ってきてないのかなぁ」
隣の部屋から物音が漏れてくる事もなく、
どんどん暗くなっていく部屋の壁際で、吉澤は今日の石川を思い出していた。
優しい笑顔のお姉ちゃんは、彼女の記憶の中と寸分も変わらなかった。
それは初めて彼女を見た瞬間から、今も変わらない。
変わったのは、吉澤だった。
守りたいと思うようになった。
自分だけのものにしたいと思うようになった。
彼女の涙も、笑顔も、全部含めて愛したいと、そう思っていた筈なのに
今の吉澤はその役目に着く事は許されていない。
明日の午後。
それが市井のこの施設でのタイムリミットだった。
どんなに我侭だと言われても、吉澤は彼女の見送りについていこうと決意した。
ガチャンッと隣の部屋のドアの開く音が聞こえて、
石川が帰ってきたのを確認すると、吉澤は壁から離れてベッドに横になった。
「おやすみ、梨華ちゃん」
明日の決意とはまた別の、胸に秘めた決心を彼女は
何度も頭の中でリピートしながら眠りについた。
- 307 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月21日(日)22時15分35秒
- 更新しました。これにて四日目終了です。
細々と更新ですみません。
>>301 名無し男様
今回はとらせて頂きました(w
次回とったあかつきには、左党入りサンドイッチをどうぞ。
>>302 名無し読者様
吉澤さん、報われる日は一体いつになるのやら。
やっと五日目に突入しますが、石川さんが泣かない一日になるでしょうか?
ところで、近藤さんはどこへいっちゃったんでしょう…。
- 308 名前:名無し盛り 投稿日:2002年04月21日(日)22時33分37秒
- おおー更新されてる!
市井が何隠してるかまだわかんないけど、こう、続きを読みたくなる衝動に駈られるのは
やはり、作者さんのテクニックですね。
続き楽しみです!
余談なんですが、俺が推してるもう一つの作品はまったく更新されない・・・鬱
作者さんペースゆっくりでもいいんで本当頑張って下さい!
- 309 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月21日(日)23時47分57秒
- 吉澤さんと保田さんの掛け合いは端から見ていると楽しいものがありますね。
当人にとってはたまったものではないでしょうけど。
いよいよ五日目を迎える時が迫ってきましたね、はたして・・・?
- 310 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年04月22日(月)01時41分10秒
- 吉君。ハヤーク成長して、梨華ちゃんに気付いてもらうのれす。
市井さんは、何を隠しているんでしょうか?
気になります。続き待っています。
- 311 名前:名無し男 投稿日:2002年04月24日(水)18時04分52秒
- 焦らず、ジクーリと
是、何事にも言える事
- 312 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月26日(金)21時24分46秒
- 後藤さんでてきませんねぇ。市井さんどうするのでしょう。
ホント保田さんどうにかしてあげて。
吉澤さんの微妙な変化…楽しみです。 ・・・・近藤さん・・・・
- 313 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月26日(金)23時23分37秒
- まだ朝靄が彼女の視界を妨げる時間に、
面接室のある施設の階段の前に市井は立っていた。
走ってくる石川に、彼女は手を上げる。
「おはよう」
「おは、よ」
少し息を切らせながら、石川は笑顔で鍵を見せた。
面接室の階段は、キシキシと音を立てて来訪者の存在を建物全体に伝えていた。
「ねぇ、本当にいいの?」
「だって、見たいんでしょう?」
「うん。でも、本当は許可がいるんでしょう?」
「うーん…必要はないんだけど、言わなかったら怒られるかな」
石川は不機嫌そうな保田や中澤の顔を思い浮かべた。
『なんで言わんかったん!』
『いーしーかーわー』
おかしそうに笑い出した石川は不思議そうに彼女を見る市井の存在を思い出して、
小さく咳払いをした。
「とにかく、いいの!皆が知ってたら市井さんの見たいの見られないし」
「二人きりになれないし?」
「…知らないっ」
顔を真っ赤に染めながら石川は階段を駆け上がっていった。
- 314 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月26日(金)23時24分19秒
- 面接室の上の階の映写室のすぐ隣にあるフィルムの保管室には、
古びたフィルムが綺麗に整とんされて並んでいた。
「ねぇ、これは?」
三巡ぐらい部屋の中の棚を見て回った市井は丸い缶を取り出した。
「どれ?」
これ、と言って市井はタイトルを石川に見せた。
「ひまわり…?」
「なんか面白そうじゃない?」
にっこり笑って、そのフィルムケースを持ち上げた市井は
『ひまわり I girasoli』と書かれた方を表にして、映写室に入っていった。
「ねーっ!どうやるの?」
ゆっくり後ろをついて歩いていた石川は、先に映写室に消えた市井の声に
慌ててドアを開けた。
「これを、ここに通すのよ」
石川の指示を仰ぎながらなんとかフィルムを映写機に通すと、
市井は驚いた様に言った。
「本格的だね」
「いつもは、信田さんて人が来てくれるんだけど今日は内緒だから」
「悪い子だね、私達」
市井が眉を上げておどけた調子で言った。
「ホント」
ちょっとだけ楽しそうに石川も肩を竦めた。
- 315 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月26日(金)23時24分49秒
- 「ねぇ、ここから見ようか」
「ここから?」
レンズが小さなスクリーンに映像を写し出す。
レンズのある窓の下の方にある小さな窓から、二人はその客席を覗き込んだ。
「こんな施設があるなんて、知らなかったよ」
「最後の方でも人が沢山残ってたりすると、見たりするの」
市井は上着を脱いで床に敷くと、それを指差した。
「寝っ転がって見た方が楽だよ」
「なんか、悪戯してる子供みたい」
二人はクスクスと笑いあいながら肩を寄せあって、
数字を写し出すスクリーンを見つめた。
- 316 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月26日(金)23時25分24秒
- さて、今回は途中でレスです。
読み難いですよね。すみません。
でも、ここでレスしないと…。
>>308 名無し盛り様
相変わらず遅くてすみません。
明日からはGWなのですが、大して休みはなさそうな気がします…。
>>309 M.ANZAI様
五日目はまた長い様です。
この話、一体いつ終るんでしょうか…。
>>310 よすこ大好き読者様
まだまだこの調子でごめんなさい。
まぁ、最後の半日ぐらい(ずっとな気もするけど)ちょっとラブでも許してあげて下さい(0T〜T0)
>>311 名無し男様
そうだったのですね!知りませんでした。じゃぁ、株主になる時は是非…
御気遣い、有難うございます。嬉しい限りです。
>>312 名無し読者様
GWは疎か、クリスマスも正月もがんがって涙製作しております(w
こ、近藤さん。忘れていた訳では決してないんですよっ。いやいや、アハハ。
- 317 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月26日(金)23時26分14秒
- 映画の世界が終りを告げても、石川はまだその世界に浸ったままだった。
「あれ?泣いてるの?」
「だって、誰も責められないじゃない…」
「そうかなぁ?あの男の人は?」
首を横に振って、石川は伏せて涙を隠した。
「ホント、よく泣くねぇ」
「市井さんが、泣かないのがいけないのっ!」
顔は伏せたまま、こじつけた様な言い訳を言う石川の後頭部を眺めながら、
市井は苦笑いを浮かべた。
「どんな理由だぁ?」
「市井さんが泣けば、泣き止むわ」
「じゃぁ、ずっと泣いてなきゃいけないから、
先刻もらってきたケーキも食べられないね」
変わりに食べてあげるよ、と市井が続けると石川は恨めし気に顔を上げた。
「狡いわ、そんなの」
「ほら、泣き止んで食べようよ」
市井の親指に涙を拭いてもらった石川は、寝転がったまま
パウンドケーキを市井が取り出すのを見ていた。
「バナナとブルーベリーだったらどっちがいい?」
「どっちも」
「我侭なお姫さまだなぁ」
笑って市井がケーキを差し出すと、石川はそれを半分に割って市井に差し出した。
「ホラ、この方がきっと美味しい」
「そだね」
外の空気はもう午後へと向かって走り始めていた。
- 318 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年04月26日(金)23時26分57秒
- 食堂では食事し終った吉澤が心配そうにきょろきょろと石川を探していた。
上の空な吉澤の頭を叩いて注意を向かせると、中澤は口を開いた。
「吉澤は今日は圭織のサポートや」
「中澤さん、梨華ちゃん知りません?」
「人の話を聞こうとは思わなかったんかい」
ため息を隠そうとしない中澤から盛大なため息がもれると、
飯田と保田は顔を見合わせて笑った。
「よっ、しー、聞こえた?圭織のサポートだって」
「へ?あ、はぁ」
不自然な呼び方をされて思わず頷いた吉澤は相変わらず石川を探しながらも
意識をテーブルに戻した。
「でも、私今日は梨華ちゃんとお見送りに行きたいんですけど」
「まぁ、それが出来るんやったらそれでもええけど」
あっさりと了承されて少し驚きながら吉澤はゆで卵の殻を向いた。
半熟な卵は彼女の好みの固さではなく、石川がいない事も相まって
吉澤の朝は不機嫌な始まりだった。
- 319 名前:空飛び猫 投稿日:2002年04月26日(金)23時29分42秒
- プチすぎて、モニにもなれないぐらいのプチですが、更新しました。
週末、もいっかいぐらい出来たらいいなと思ってます。
- 320 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月27日(土)04時29分16秒
- たぶんココとは違う時間の流れる場所のこと、
少しだけそこを覗かせてもらっている身としては
いくらかでも長く見ていられる幸せを感じていますよ。
それにしてもどうなってしまうのでしょうね、それぞれの関係は。
- 321 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月27日(土)19時22分34秒
- 飼い主探す子犬のような吉澤が可愛くてしかたない…
- 322 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月28日(日)13時31分41秒
- いたずらっ子2人の可愛いデート、満喫してますね。
今後この2人の思いは…
吉澤さんの機嫌もそろそろ直ってほしいものです。
- 323 名前:名無し男 投稿日:2002年04月28日(日)18時10分30秒
- 2人とも可愛すぎるぞ(;´Д`)
- 324 名前:名無し盛り 投稿日:2002年04月28日(日)22時32分57秒
- 石川さんの言い訳とっても素敵です。(w
GW・・・俺も無さそうだ・・・・
- 325 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年04月29日(月)19時43分12秒
- 2人の悪戯っ子もかわいいけど・・・・。
やっぱ、私は親鳥を求める雛のような、吉がかわうい!!
- 326 名前:ゆっち 投稿日:2002年04月30日(火)07時37分59秒
- 新参なもので、人様の小説はあまり読んでなかったのですが、
GW前半、いしよし中心に読んでみました。
結果、このお話しが最高です。メチャメチャ感動しました。
自作の自信は完璧に粉砕されてしまいましたが…。
期待してます。頑張ってください。(無理のないように)
- 327 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月04日(土)03時51分53秒
- タイムリミットまでは、後五時間。
それでも後藤はまだ部屋の中で籠城していた。
食事も取らずにただ、布団を上から被って眠りにつくか、
暗闇で目を凝らしているかを繰返すだけだった。
「いちーちゃん、私の事なんかもうどうでもいんだ」
すぐに市井の罵声を聞くだろうと予想していた後藤は、
一向に現れない怒鳴り声とその主を思い出して小さく声を洩らして泣いた。
「もう、どーでも…いいんだぁ」
後藤が籠城している事を知っているのは保田と吉澤と中澤だけで、
市井がそんな事を知っている訳はなかったのだが彼女にそんな事は分からない。
「それとも、もう行っちゃったのかなぁ」
どうでもよくなられるよりも辛い事を思って、彼女の顔は更に歪んだ。
「いちーちゃん、行かないで」
枕を抱き締めながら彼女はしゃくりあげた。
しゃくり声が止って、息が安らかな寝息を立てるまで
後藤はずっと繰返し言い続けた。
「いちーちゃん、いかないで」
- 328 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月04日(土)03時52分35秒
- バスケットの中身は、石川が朝早く起きて作ったお弁当と、
保田が昨日くれたパウンドケーキと、暖かい紅茶と、写真機だけだった。
「へぇ、写真機だ」
「宝物なの」
「ふぅん。ここを押すの?」
頷く石川にファインダーを向けて、カシャッとシャッターをきる。
ジーッという音と一緒にポラロイド写真が出てきた。
だんだん真っ白な紙に色が落ち着いていくのを興味深そうに見ていた市井は、
石川にこれが宝物の理由を聞いた。
「あのね、私が担当した人の写真を取ってるの」
色が定着した写真は、暗い場所で写した所為であまり明確に写っていなかった。
「ちゃんと、明るいところで写さなきゃ駄目ね」
「……貴方は、覚えててくれるんだね」
「えぇ。ずっと、覚えてるわ」
うすぐらい部屋の中はやけに埃が綺麗に見えた。
目の前にある窓から入り込んでくる冷ややかな風が彼女達を包み込む。
「ねぇ、担当した人の写真見せてよ」
「じゃぁ、お昼の後にお部屋に来る?」
「いいの?」
頷く石川に少し照れた様な笑みを浮かべて市井は写真機を彼女に返した。
それからお昼の鐘が鳴りそうな時間になるまで、
彼女達はそこで寝転がって内緒話を繰返した。
- 329 名前:2.Alone 投稿日:2002年05月04日(土)03時53分23秒
- 吉澤の恨めしそうな視線に耐えながら、市井は昼食をゆっくりと味わって食べた。
その日の昼食は、人が少ない所為もあって昼食というよりは夕食で、
デザートに用意されたバナナボートの上の真っ赤なチェリーを齧りながら
市井は食堂を見渡した。
探している人間の姿はなく、彼女が相変わらず籠城している事にやっと気付く。
「ったく、仕方ないなぁ」
オレンジ色のソースのかかったピラフを口に入れて、市井はもう一度食堂を見渡した。
「ひとみちゃん、また食べてない」
石川の声で、吉澤はやっと視線を市井から外した。
石川は何度聞いても午前中どこにいたかは教えてくれない。
市井といた事は確かで、些細な事だろうと秘密を共有できる市井が
彼女には羨ましくて仕方なかった。
「だって、梨華ちゃんどこにいたか教えてくれないからさ」
「そんなの理由にならないでしょう?ほら、ちゃんと食べなきゃ」
スプーンを口の前に持ってこられて、吉澤はそれを口にするよりも先に石川に聞いた。
「今日のお見送りは何時?」
「予定としては、十四時半よ」
「ん。…おいひ」
時刻を確認して、スプーンのピラフを頬張ると吉澤は残りも全部たいらげた。
「梨華ちゃん、午後は梨華ちゃんの補佐がいいなぁ」
吉澤は駄々をこねると、石川は首を横に振って指を立てた。
「駄目。今日は飯田さんの補佐なんでしょ?頑張って」
背中を押されてため息をつきながら吉澤は食堂を後にした。
まだ残っている市井と石川を二人にしたくはなかったが、
飯田の吉澤を呼ぶ声に彼女は逆らう気にはなれなかった。
- 330 名前:空飛び猫 投稿日:2002年05月04日(土)04時05分35秒
- こんなに待たせてこれだけってのもなんなのですが、
今日のタイムリミットが来てしまったので、今日の更新はここまでです。
>>320 M.ANZAI様
デート中だったり、お姉ちゃんに戻ったりと、
石川さんは忙しそうです(w
このまま続きそうな空気なんですが、後数時間なんですよね。
>>321 名無し読者様
飼い主を見つけたものの、また預けられてしまいました。
吉犬は足が大きそうですね。
>>322 名無し読者様
最後の時間ですからねぇ。吉澤さんにはもちょっと我慢してもらって。
後藤さんには、そろそろ出てきてもらわないと困るんですが、
まだストライキ中の様です。
>>323 名無し男様
可愛いですか。嬉しいです。
久々に御飯ものですが、予想は当りましたか?
>>324 名無し盛り様
石川さん、八つ当たり風味ですけどね(w
GW、結局一日も休んでないです。
来週はちょっと休みをもらうので沢山書けるかと。
>>325 よすこ大好き読者。様
相変わらずお忙しそうで…(T▽T)
がんがって下さいませ。適度にお休みをば。
吉澤さんもがんがっております。
>>326 ゆっち様
お初にお目にかかります。
褒めて下さって、本当に有難うございます。
がんがりますので、またーりお待ち下さいませ。
- 331 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年05月04日(土)11時34分31秒
- 吉澤さんに感情移入しすぎて胸が張り裂けそうです!!
こんな私はここから先の市井&石川さんのラブラブな展開は見ないほうがいいんでしょうか?
- 332 名前:名無し男 投稿日:2002年05月04日(土)15時12分48秒
- やっとストライキが解けそうでヨカタ
話し合いで無事折り合いがつきますように(w
- 333 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月04日(土)17時11分39秒
- ピラフ・・・・。食べさせてもらいたい(w
吉くん。我慢・我慢ですな。(笑
- 334 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月04日(土)22時45分48秒
- ごまが可哀想で涙が……後藤がんがれ〜、
石川にいちーちゃん盗られるんじゃないぞ!
- 335 名前:名無し盛り 投稿日:2002年05月04日(土)23時55分35秒
- 吉澤さん・・・軽く話流されてるよ・・・
頼むから自暴自棄にはならないように。
作者さんのおかげで、GW二日ゲットしました!これが本当の2ゲット!
来週の更新楽しみです。
- 336 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時14分03秒
- 食堂に誰もいなくなると市井は少し離れた場所で窓の外を見ている石川に声をかけた。
「ねぇ、まだ後藤はストライキ?」
「え?聞いてない…けど、そうね。まだ、そうなのかもしれない」
考え込む市井に、石川は嬉しそうに笑顔を見せて言った。
「後で行ってあげたら?」
「いいよ」
慌てて市井が手を振る。
「……」
市井は傍に置いてあったキャトルからお茶を注いだコップを渡して石川を見ると、
苦笑いをしながら彼女を見た。
「なんで貴方がそんな顔するの」
「だって」
石川の少し膨れた頬を指でさして、元に戻すと市井は頷いた。
「わかりましたよ。後で行ってきます」
「ありがとう」
「どういたしまして。って、言うような事じゃないけど」
石川は首を横に振ると、お茶を一口飲んで市井を見た。
「じゃあ、お部屋掃除しながら待ってるわ」
「掃除しなくてもいいよ」
また膨らもうとする石川の頬に片手を置いて市井は笑った。
「朝、お弁当作ったままなの。だから、駄目」
彼女の頬は、市井の指の暖かさにすぐにしぼんだ。
「そんなのいいのに」
尚も譲らない市井の手から少し離れて、
石川は顔を紅葉よりも赤く染めながら小さく呟いた。
「駄目なんだから…」
「はいはい」
市井は離れた石川の頬に、もう一度手を近付ける。
時計の針は、一時を指そうとしていた。
時計を意識しないようにしていた石川の目に、それは深く深く焼き付いた。
- 337 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時14分44秒
- 何時に出発なのか聞いておけば良かったと、後藤は後悔していた。
それを知っていたからと言って、市井を笑顔で見送れる筈のない彼女が
そこに行けるとは後藤自身、思っていなかったけれど。
それでも、その時刻に遠くからさよならぐらい言いたいと、
この数時間で彼女は思い直した。
「いちーちゃん。声だけでいいから聞かせてよ」
「後藤」
あまりにもタイミングが良すぎて、彼女はそれを幻聴だと思った。
「後藤。聞こえてる?」
思わず、今自分がどういう状況なのかを忘れて、彼女は声を出しそうになる。
市井の名を呼びそうになる。
ドアの鍵を開けそうになる。
例え、鍵が壊れていても、こじ開けそうになる。
- 338 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時15分41秒
- 「…」
しかし、彼女はたったひとりで決意した晩の事を思い出していた。
- 339 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時16分37秒
- 「いちーちゃんの事を覚えていられないのなら誰かを覚える意味なんてないのに」
余りにも小さい青白い月を見ながら、後藤はそっと呟いた。
「いちーちゃん、誰を選んだんだろう」
それが、石川でない事が彼女にとっては唯一の救いだった。
「嫌な性格…」
そんな事を考えてると知ったら、きっと市井は眉をしかめるだろう。
軽蔑されるかもしれない。
それでも、市井が石川を選んでいたとしたら
後藤は現状よりももっと酷い状態にいたかもしれない。
石川の持つ空気は後藤から見ても心地よく優しかった。
完全には憎めそうにない相手が市井を奪った。
それは事実ではなかったけれど、後藤にとっては紛れもない真実で。
今までと違い、迎えにきてはくれない市井が誰といるかが焦点になっていた。
「もう、後藤なんかわすれちゃった?」
聞こえる筈がないのに、後藤は市井に話し掛けた。
「もう、後藤が傍にいたら迷惑?」
本当はそんな事を思っていないのも後藤自身、分かっていた。
「後藤、死んじゃ駄目だった?」
市井の答は返ってこない。
そして彼女は決心した。
- 340 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時17分55秒
- 気配を消して、ベッドの中で震えている後藤に呼び掛けるのを諦めて
市井はドアを二回ノックした。
「後藤。あまり、迷惑かけちゃ駄目だぞ。ちゃんとご飯食え?
ちゃんと、いろいろ考えろ?一人で立てるの知ってるんだから、頑張って立て?」
「……」
「じゃぁ、元気でな?」
「……」
もう市井には会わないと決めたのだ。
行かないで。
私を置いていかないで。
そんな言葉だけしか出ないなら、もう会わないと。
それは市井を困らせるだけで、何も変える事は出来ない。
さよならを言えないのなら、もう会わなければいいのだ。
大事なのは市井で自分ではない。
後藤は自分が悲しもうとも傷付こうとも、
市井が傷付かなければそれでいいと思った。
市井が心安らかにすすめるならば、自分はいらなかった。
自己犠牲はある種のエゴだという事を、後藤はまだ気付かない。
壁の時計は一時十五分を指していた。
後藤はぼんやりと市井が何時に出発するのかを聞いておけば良かったと、
先程と同じ場所に辿り着いていた。
- 341 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時18分45秒
- 市井は、ピクニックを楽しんだ屋上へ続く階段を愛おしそうに眺めていた。
「市井さん」
「行ってきたよ?出てこなかったけど」
笑顔を見せる市井に、石川は申し訳なさそうに謝った。
「辛い事、させちゃったね」
「別に、大した事じゃないよ」
一筋の涙を流す石川の頬を拭って、おかしそうに市井が言った。
「ホント、よく泣く人だなぁ」
石川は恥ずかしそうに笑って市井の手を取った。
「…こっちよ、来て?」
真っ白な壁の廊下を歩きながら、市井は時々見える窓の向こうの風景を眺めた。
「一週間でも、結構愛着湧くね」
「そう?嬉しいな。そう言ってもらえると」
白く塗られたドアの前で止まって、石川は笑った。
「ここよ」
ドアをあけると、優しい空気が溢れ出てきた。
「おじゃまします。…可愛い部屋だね」
石川に包まれている様な気持ちにさせられるその部屋を、
少し顔を赤くしながら市井は見てまわった。
「あまり見ないで。そんなに片付けられなくて恥ずかしいから」
「なんで?私の部屋より綺麗だよ?」
壁際に置かれている青い星の様な花を撫でて市井が振り返ると、
お茶を煎れながら石川が恥ずかしそうに怒った。
「なんででも恥ずかしいのっ」
「分かったって」
口ではそう言いながら、市井は彼女の部屋を見た。
- 342 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時19分45秒
- 白いペンキの塗られた木製の家具類に、淡いピンクのシーツ。
所々置かれている花々は全て植木鉢に植わっていて、切り花は一つもない。
窓の横の棚の上には、本が何冊か置いてあり、ファイルがその横に何冊か並んでいた。
机と椅子は市井が座っている一つしかない。
小さな台所の様になっている場所とは反対側にもう一つシンクがあった。
その上には鏡がついてあり、タオルやドライヤー、歯ブラシが置かれてあった。
妙に気恥ずかしい気持ちにさせられて石川を見ると、
彼女も少し恥ずかしそうに紅茶とクッキーを出した。
「どうぞ」
「頂きます」
時計は一時三十分を指していた。
「あ、市井さんの写真取らせてね」
「もちろん。私だけ忘れられたら悲しいからね」
市井が笑うと、石川は悲しそうに笑った。
「忘れられないわ、きっと」
「有難う…」
石川が窓の横に置かれた写真機を持ってくると、市井は思い付いた様に言った。
「そうだ。一緒に取ろうよ」
「どうやって?」
驚く石川に市井はにっと笑顔を見せた。
- 343 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時20分40秒
- 小さなノック音が部屋に聞こえた。
今日はもう休みだと決め込んでいた中澤はドアを開けて驚いた。
「何や、あんたら。どないしてん?」
「あの…」
石川が少し恥ずかしそうに中澤を上目遣いで見ると、市井が頭を下げた。
「写真、取って下さい」
「へ?」
写真機を取り出して、市井が続ける。
「これで、二人の写真を」
「まぁ、ええけど。ここで?」
中澤の問いかけに二人がほぼ同時に答えた。
「屋上で」
「上で」
驚いた様に顔を見合わせて笑いあう二人からため息をかくして
中澤はにっこり笑った。
「ええよ。ほな、行こか」
階段を登っていく間、三人はたまに笑いあいながら他愛もない話をした。
市井の家の近くの犬の話。
中澤が犬が好きで飼いたいと言って却下された話。
石川はそんな話を幸せそうな顔で聞いていた。
穏やかなその顔を見て、中澤は少しだけホッとした。
- 344 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時21分47秒
- アルバムから目をあげると、目の前に座っている石川もまた、
柔らかい笑みを彼女に見せていた。
「なんか、いいね」
先刻中澤に撮ってもらった写真を見直して、市井は笑った。
晴れやかな笑顔とはまた違うが、小さな幸せがそこにあった。
この写真をこれから先、石川は持ち続けるのだと実感して市井は少し悲しくなった。
「ねぇ、もう一枚撮って」
「市井さんだけで?」
「うん」
いいよ、と笑って石川は一度しまった写真機を取り出してにっこり笑った。
写真機を市井に向けると、彼女は座り直して、笑顔を作った。
笑顔を作っていた市井は石川がシャッターをきる寸前に真面目な顔をした。
石川を真剣な顔で見つめた。
「市井、さん?」
「そろそろ、準備して来るよ。じゃぁ、また後で」
写真が浮き上がるのを待たずに市井は立ち上がった。
「楽しかった。有難う」
ドアが閉められても、
石川はその場から離れる事が出来なかった。
- 345 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時24分09秒
- 時計の針は二時半を指していた。
門の前に立ちながら、中澤は信田と共に石川と市井を待っていた。
施設から出てくる市井の姿が見えて、中澤は信田に彼女がそうだと説明した。
「あれが、ねぇ」
待っている間に大体の粗筋を聞いた信田は頷きながら少し考えた。
「石川、遅いな」
「遅れる事なんて、滅多にないんですけどね」
信田と中澤が首をかしげていると市井は近付いて頭を下げた。
「宜しくお願いします。…あれ?石川さんは来ないんですか?」
「いや、待っとるところや。もう少し待ったって」
市井が頷くと、中澤は何かに気付いた様に信田に言った。
「今日は頼むな。あの車、黙っといたげるから」
「痛いところをつかないで下さい」
門の外にはベージュの2CVが止まっていた。
- 346 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時24分59秒
- ドアのノックの後に続いた声に後藤は必要以上に驚いていた。
「後藤さん、出てきて。お願い」
か細い高い声が彼女の部屋の中に届く。
「後藤さん、お願い。もう行っちゃうのよ?」
「…なんで?」
ドアの外に聞こえないぐらいの声で後藤は呟いた。
「今行かなかったら、絶対後悔しちゃう!お願いだから、来て…ね、お願いだから」
何度も何度もお願いという言葉を残して、石川は動かないドアの前から去っていった。
後藤は、彼女の去っていった後も、ベッドから出ようとはしなかった。
今着ている真っ白のワンピースは市井と生前最後に会った時に
着たものだという事を思い出した。
「いちーちゃん、バイバイ」
ドアに向かって手を振った。
会わないと決めたのだ。
もう、会わないままでいいと心に決めたのだ。
- 347 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時25分59秒
- 石川が走ってくるのを見つけた中澤は腕時計を指差しながら怒鳴った。
「遅いぞ!!」
「すみません」
息を切らしながら、石川が謝った。
後ろを振り向くが、後藤の姿は見えない。
残念そうに息をついて、石川は市井に笑顔を見せた。
「いきましょうか」
「そうですね」
信田に「お願いします」と頭を下げた石川は、
中澤の隣で不機嫌そうにしている吉澤を見つけた。
「ひとみちゃん、どうしたの?」
「中澤さんはついてっていいって言ってるのに、信田さんが駄目だって言う」
「あぁ、今日はバスじゃないんですね」
少し背伸びをすると、吉澤の頭を撫でて石川が言い聞かせた。
「お土産買ってくるから、待ってて?」
「……」
「ごめんね?」
吉澤は首を横に振って諦めた様に笑った。
「仕事だしね」
「有難う、ひとみちゃん」
信田が門を開けると、市井は門の外へと足を踏み出した。
ひんやりとした空気が流れていて、
そこは施設の中とは少し違った空気が流れている気がした。
市井は車のドアを開けて、身を屈めてそこに入ろうとした。
- 348 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時26分48秒
- 門に背中を向ける市井に懐かしい声が聞こえてきた。
「いちーちゃんっ、待って!」
車に乗せられた市井の足がもう一度霧の中へと降りた。
「なんだ?早く言え」
いつも通りに、市井が飄々とした態度で後藤を見た。
門を掴みながら涙をこらえている後藤を見るのが、石川はとても辛く感じた。
後藤の瞳から涙がこぼれ落ちる前に、彼女の唇が動いた。
「いちーちゃんに、言わなきゃいけない事があるの」
精一杯声を張り上げて、後藤が門の外の市井に手を伸ばした。
「あたしね、いちーちゃんが死んじゃった時にね、
いちーちゃんのいない世界なんかいらないって思ったよ?
だけどね、思い直したの。いちーちゃんに」
後藤は大きく生きを吸って涙を瞳の中に戻して続けた。
「いちーちゃんのいなくなった後の世界の話をしたげなきゃって、
思い直したんだよ?だからっ」
「もうわかったよ」
呆れた様な声を出して市井は車から離れた。
ゆっくりと門に近付くと市井は後藤の手に触れた。
「いちーちゃんの事、忘れたくないよぅ」
「覚えてないくらいで、もう会えないと思う?」
- 349 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時27分34秒
- 「え?」
「後藤と私はそんなに薄っぺらい関係だったんだ?」
残念そうな顔つきで首を竦めて市井は後藤の手から離れようとした。
その手を、後藤が掴みなおす。
「そんなことないよっ。どんな姿でも、いちーちゃんの事見付けだしてみせるんだからっ」
「じゃあ、誰を覚えても大丈夫じゃん」
「……」
市井がにっと笑った。
「またな、後藤」
「…」
「返事は?」
「また、ね。いちーちゃん」
市井が手を離すと、後藤は自分の手を抱き締めながら市井の事を何度も呼んだ。
振り向きもせずに手を振る後ろ姿はすぐそこにでかけるだけの様に見えた。
泣きじゃくる後藤を立たせて保田は彼女を抱えながら歩き出した。
車のドアを市井が開けるのを、吉澤はしっかりと見ていた。
石川が市井の腕に手を置いて、何か言ってるのが分かったが、
何を言っているのかまでは分からなかった。
「吉澤っ、行くで」
「…はい」
名残惜しそうに石川を見ても、吉澤の方を彼女は一度も見てはくれなかった。
- 350 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時28分28秒
- 「頑張ったね」
「うん」
腕に置かれた石川の手の暖かさに、市井はほっとした気持ちになった。
顔が歪んで瞳から水分が落ちそうになるのを堪えて、
市井は運転席に座っていた信田に頭を下げた。
「すみませんでした」
「発車しますか?」
「はい。お願いします」
しっかりした声を出して、市井は後部座席に乗り込んだ。
同じく後ろに座った石川は、心配そうに市井を眺めていた。
「ねぇ、泣いてもいいのよ?」
「なんで泣くの?」
おかしそうに笑う市井に、石川は尚も真剣な顔で言った。
「そんな顔、してるから」
「…っ」
堪えきれずこぼれ落ちる水分は涙じゃないと、市井は首を横に振った。
「分かってるから、平気だよ」
分かってるから、と石川は何度も繰返して、市井の肩に寄り添った。
声を立てずに、ただ水分を体外に出していく様は声を出して泣くよりも
ずっと辛そうだと運転席の信田はバックミラーを見ながら声には出さずに呟いた。
- 351 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時29分23秒
- 車は、のどかな街並の中へと入った。
「後藤さん家でいいんだっけ?」
「はい」
石川がミラー越しに頷いた。
ベージュの2CVが小さな商店街を右折した。
流れる街は市井の暮らしていたところそのもので、彼女は懐かしそうに目を細めた。
「たった数日なのに、随分来てなかったみたいだ」
随分前に瞳を乾かした市井は穏やかな顔で、笑った。
石川は少し複雑そうに笑顔を返して頷いた。
車が止まると、市井は信田に礼を言ってドアを開けた。
「行っちゃうの?」
「そりゃ行かなきゃ」
諦めた様子で石川は市井に続いてドアから降りた。
「じゃあ行きましょうか」
眉を八の字にしながら作られた笑顔を見て、市井は少し苦しそうな顔をした。
「ここで待ってるからさ、行ってきなよ」
信田はサングラスをかけて、運転席のシートを倒した。
「…いってきます」
- 352 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時30分28秒
- 石川が車のドアを閉めると、市井が手を差しのべて待っていた。
「最後のデートだね」
「…もう」
石川が恥ずかしそうに乗せた手に指をからませて、市井はまっすぐに歩き出した。
世界と書かれたプレートの前に立つと、ここ?と指を指して石川を見た。
「ねぇ、やっぱりもう少し考えたら?」
少し後ろで足を止めて、石川が思いつめた様な顔で言った。
「ここまで来ちゃったんだから」
呆れた口調で市井が言うと、石川は首を横に振った。
「でも、まだ世界には入ってないから」
「石川さん、ごめんね」
眉間を寄せて、市井が石川の額に自らのそれを寄せた。
「ねぇ、市井さん。私」
「言わないで?分かってるから」
手を強く握りしめて、市井は笑った。
「酷い人だわ」
石川も、同じ様に笑顔を見せてその手を握り返した。
「もっと別の会い方がしたかった」
「…」
「生きてた頃に、日差しの下で、元気に笑い合って、抱き合って」
市井の瞳から涙が一雫、こぼれ落ちた。
石川は首を横に振って彼女の胸に顔を埋めた。
「私は、ここで会えて嬉しかった。貴方の奥にまで触れさせてもらえたから」
市井の手を持ち上げて、自分の胸の上にその手を置いた。
「血は通ってないけど、ホラ。私たちは魂の流れで暖かい」
「忘れたく、ない」
声を絞り出して市井が石川を抱き締めた。
きつく、きつく、石川が息をする事が苦しくなる程強く抱き締めた。
- 353 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月06日(月)14時31分22秒
- その手が緩むのを待って、石川はしっかりとした声を出した。
「私が忘れない。貴方という人がいたことを。貴方に…恋した四日間を」
天使の様な笑顔だと、市井は思った。
彼女の職業はもしかしたら、天使なのかもしれないと思い直して、
それならば彼女の笑顔が天使なのもうなずけると思った。
天使なのだから、笑顔も天使なのだ。
「石川さん、ありがとう」
涙を流すのが止まらないまま、市井も笑顔を見せた。
「ホントに私が泣けば泣かないんだね」
「だって、あれは貴方の代りに泣いてたんだもの」
市井は驚いて石川を見返す。
「え?」
「貴方が、泣かないから。泣けないから、私が泣いてたのよ?」
思い出せる限りの石川の涙を市井は脳裏に浮かばせた。
そう言えば、彼女が涙を流しているのは、大抵自分が悲しい気持ちになっていた時だった。
彼女はもう一度笑うと、ドアに手をかけた。
「開けても、ホントにいいの?」
石川の言葉に、市井は深く頷いた。
「うん。行こう」
世界の扉が、今開いた。
- 354 名前:空飛び猫 投稿日:2002年05月06日(月)14時41分45秒
- 更新しました。だんだんスレが一杯になってきちゃったので、
レスは小さ目にします。
>>331 ラヴ梨〜様
えっと、時間的には後数分で市井さんいなくなっちゃうし見てても大丈夫ではないかと…(w
>>332 名無し男様
次の勝負の時を待ちましょうか。裏をどれだけかけるかで頑張ります(w
>>333 よすこ大好き読者。様
ピラフ食べさせてもらえるだけ、幸せな気も。もう少し我慢ですね。
>>334 名無し読者様
後藤さん、がんがってました。彼女を最後まで見守ってやってください。
>>335 名無し盛り様
私も今日やっとお休みをゲットしました。大量更新出来て嬉しいです!
- 355 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年05月06日(月)17時30分48秒
- いよいよそこへ・・・。
- 356 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月06日(月)23時14分44秒
- 泣いてしまいました。胸一杯で・・・。
- 357 名前:名無し盛り 投稿日:2002年05月06日(月)23時58分07秒
- なんか、おれはジーンときました・・・・
- 358 名前:名無し男 投稿日:2002年05月07日(火)19時16分29秒
- (T〓T)<4936
- 359 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月08日(水)23時57分42秒
- ホッとしちゃいました。…ステキ
- 360 名前:(●´ー`●) 投稿日:2002年05月10日(金)23時25分33秒
- 今日だけは天使の名前を石川に譲るべ
- 361 名前:読み人知らず 投稿日:2002年05月19日(日)02時39分51秒
- まだかな♪まだかな♪
- 362 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時08分13秒
- 後藤ユウキは、ドアが開いた様な気がして玄関に顔を向けた。
「あれ?おっかしいなぁ」
首をかしげているユウキの後ろを後藤時子が黒いワンピースをハンガーにかけながら通る。
「どうかしたの?」
「いや、風が通ったから」
「…真希かしらねぇ」
のんびりと懐かしむ様な口調で、彼女は少し微笑んだ。
手に持っていたネックレスを握りしめて、ユウキは母親を見た。
「母さん、真希ちゃんいなくなる前の日にさ、俺…喧嘩したんだよね」
「いつもの事じゃない」
「でも、だから…真希ちゃん」
言葉が続かず、彼は俯くと大事そうにネックレスを見た。
彼が子供の頃から一緒だった姉とその友人を失ったのはつい先日で、
物心がついてから彼が大事な誰かを失う事は始めての経験だった。
「そうじゃないわ。いい?人には寿命があるの。
どんなに若くても、死んじゃう人だっているのよ?
貴方と喧嘩が最後に出来て、真希だって喜んでたかもしれないじゃない」
ユウキは俯いたまま、小さく頷いた。
「ほら、向こうで何か食べましょう?」
息子がまだどこか幼い事を、時子は少しだけ神に感謝した。
彼女の夫が亡くなった時もそうだったが、
悲しむよりも先にすべき事がある事で、彼女は悲しみを乗り越えた。
一人になった時に泣けばいい。
そう思うだけで、彼女は微笑む事が出来た。
- 363 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時08分44秒
- 世界に入った市井は、懐かしむ様に家の見回す。
彼女達に気付く事もなく、少年がペンダントをいじりながら佇んでいた。
後藤家の長男を見て、石川は少し息を飲んだ。
「本当に、そっくりなのね」
「うん。吃驚した?」
少しだけ、と頷く石川に市井がおかしそうに言った。
「中身は全然似てないんだけどね」
市井は愛おしそうに笑った。
「いい子だよ、二人とも」
「うん。わかる」
少年が暗い顔で姉の形見を眺めているのを、二人は暫く眺めていた。
『ユウキ、ほらこっちいらっしゃい』
母親の声に、ユウキは立ち上がった。
彼が立ち上がったのを見て、市井は息を飲んだ。
「じゃあ…さようならだね」
「えぇ。早くしないと行っちゃうわ」
ゆっくりと手が離れていくのを、石川にはとめる事が出来なかった。
「私達さ」
市井が小さく呟いた。
「私達…やっぱりいいや。それより、目閉じて?」
市井の言葉に、石川はにっこりと笑って頷くと、目を閉じた。
市井は、一瞬考えてから、彼女の瞼と瞼を軽く啄む。
「…え?」
「キスされるかと思った?」
驚く石川に、彼女は悪戯っぽく笑った。
- 364 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時10分11秒
- ユウキは、部屋から出る前に、姉の写真に向かって話し掛けた。
『ねぇ、真希ちゃん。これ、貰ってもいいよね?一生大事にするから』
生前、姉が大事につけていたネックレスを首にかけて、彼は部屋から出ていった。
後に残された石川は、ただぼんやりとそこに立ちつくしていた。
「…最後まで、酷い人なんだから」
誰もいなくなった部屋から出ると、車のボンネットに腰掛けて信田が軽く手を上げた。
階段をゆっくり降りると、信田は彼女に優しい笑みを浮かべて歩み寄った。
「泣かないの?」
信田の問いに、石川は小さく首を横に振る。
「…涙、渇れちゃったんです。あんまり泣いてばかりいたから、もう涙が出ないの」
「そっか」
それでも石川の頭を撫でると、彼女を助手席に乗せて信田は思い付いた様に言った。
「そうだ。石川ちゃん、今日はもう面接ないよね?」
「はい」
石川はいつもの様に笑い、信田も何もなかったかの様に続けた。
「海、寄ってこうか」
「海?」
「近くにあるんだ」
海の方向に指をさす信田に、石川が頷くと信田は満足そうに車を発進させた。
後藤家がだんだんと遠離っていったが、石川は一度も振り返らなかった。
- 365 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時11分27秒
- 少し前から雨が、降り始めていた。
まるで天が泣いている様だと中澤は小さくため息を洩らした。
彼女は、もう三十分も前から門の前で傘を持って立っていた。
保田や吉澤が付き添おうとする度にやんわりと断わりながら、
中澤は眉間に皺を寄せて門の外を眺めていた。
霧雨の中から光が二つ見えて、中澤はごくりと喉を鳴らした。
やがて光がどこから発せられているのかがはっきりと分かるぐらい
近付いて、ベージュの車から信田が降りる。
遅れて石川も降りたのを確認して、中澤は門を開けた。
「おかえり。なんや、びしょぬれやんか」
「すみません。ちょっと私が連れ回しちゃったんです」
信田が頭を下げると中澤は手を横に振って、「ええんよ、別に」と笑った。
「あがってくか?」
中澤の誘いを断って、信田は車に戻っていこうとする。
雨はまだ降り注いでいた。
虹を見るにはもう少し時間がかかりそうだ。
「信田さん、今日は楽しかったです。有難う」
「何も出来ませんで。また行こうね」
信田は手を振って車のドアを閉めた。
エンジンのかかる音が響いて、彼女の愛車は霧の中へと消えていった。
「さ、お風呂入りにいき。出てきたら暖かい飲み物でも用意しといたるから」
「はい」
中澤は石川を傘の中に引き込んで、彼女の頭を撫でた。
二人からは自然と笑みがこぼれて、雨から逃れる様に建物の中へと歩いた。
- 366 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時12分02秒
- もう誰もいない門へと、吉澤は走っていた。
右手にしっかりと後藤の左手を掴んで。
「早くっ」
雨が彼女達を濡らしても、吉澤の歩調は緩まない。
「帰っちゃう前にっ」
「待ってよぉ」
後藤が困った顔で転びそうになりながらも彼女の後を追う。
「あー!帰っちゃったかぁ」
落胆した声を出す吉澤に、後藤は息をきらしながら言った。
「じゃあ、信田さんて人に聞くのは無理だね」
「梨華ちゃんは、教えてくれそうにないしなぁ」
吉澤が頭を抱えてしゃがみ込むと、後藤はへにゃっと笑った。
「ね、よっしー。もう、いいよ」
「え?」
吉澤が見上げると、後藤はもう一度言った。
「いいよ、もう」
「だって」
まだ諦めきれない吉澤に、後藤は首を横に振った。
「誰だろうと変わらないよ、私じゃない事は確かなんだから」
吉澤は、何と言葉をかけていいか分からなくなってしまった。
誰よりも知りたいのは彼女だろうに、しかし、彼女はただ首を振るだけだった。
- 367 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時13分33秒
- 立ち上がろうとする吉澤に、後藤は手を差し伸べて言う。
「ごめんね?ありがとう」
彼女の手を握って立ち上がって服を叩くと、吉澤はやっと口を開いた。
「んーん。いいよ、別に」
やっと笑顔を見せる吉澤に、後藤は話題を変えた。
「なんか、甘いもん食べたくなってきちゃった」
その言葉で吉澤の頭の中には、部屋に行くと
必ず笑顔でお菓子をくれる人の顔が浮かんだ。
「梨華ちゃんなら持って…あ…」
数日間、禁句だった名前が出ても、後藤は笑った。
「じゃあ、梨華ちゃんに貰いにいこう」
後藤のあっけらかんとした声に、吉澤は少し黙ってから声を出した。
「…そうしよっか?」
彼女が数日間、部屋に閉じこもっていたのは、
夢の中の出来事だったのではないかと吉澤は錯覚しそうになった。
それぐらい、彼女の笑顔はナチュラルで、曇った様子が見えなかった。
- 368 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月20日(月)22時15分02秒
- 濡れている少女達にタオルを渡すと、石川は彼女達を部屋に招き入れた。
「うーん。マフィンでいい?」
「やったぁ」
嬉しそうに笑う後藤に、石川は優しく微笑んでホットミルクとマフィンを出した。
「はい」
石川の髪も微かに濡れていて、吉澤は傘を持って立っていた中澤の事を思い出した。
が、彼女が吉澤の後ろを通った時に香ったシャンプーの匂いで全てが解決される。
吉澤の心臓が鼓動を速めているのにも関わらず、石川と後藤は和やかに会話をしていた。
「美味しー」
満足そうな後藤に嬉しそうに石川が頷いた。
門の前で泣いていた姿を思い出して、少し心を痛めながら石川は紅茶で喉を潤した。
「梨華ちゃん、も一個」
「え?あ、はい。どうぞ」
自分の前にあったマフィンを彼女に差し出して、石川はキッチンに向かった。
「ごっちん…?」
「おいしー」
彼女のその姿が不自然に見えて、心配そうな顔をしている吉澤を余所に、
後藤はその態度を変えようとはしなかった。
- 369 名前:空飛び猫 投稿日:2002年05月20日(月)22時28分14秒
- >>363の文章の一部に訂正。
正>市井は、一瞬考えてから、彼女の瞼と瞼を軽く啄む。
誤>市井は一瞬考えてから、彼女の瞼と瞼の間を軽く啄む。
すみませんでした。それから遅くなってごめんなさい。
>>355 M.ANZAI様 はい。行ってしまいました。
>>356 よすこ大好き読者。様 嬉しい感想です。有難うございます。
>>357 名無し盛り様 続き、がんがります。
>>358 名無し男様 し、至急三郎?
>>359 名無し読者様 ホッと出来て良かったです。
>>360 (●´ー`●)様 なっち天使!真の天使は貴方です(W
>>361 読み人知らず様 遅くなってごめんなさい。
- 370 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年05月21日(火)14時08分00秒
- とうとういってしまいましたね、、、、、、
あんなに眼の敵にしていた石川さんに笑顔を見せられるようになった後藤さんですが、
さて、こちらの方は・・・・!?
- 371 名前:名無し盛り 投稿日:2002年05月21日(火)23時32分29秒
- 吹っ切れた後藤の明晰さも然ることながら、市井の最後まで怜悧な性格は無性に悲しくなりました。
続きが本当に楽しみです。
- 372 名前:名無し男 投稿日:2002年05月25日(土)01時30分58秒
- (T〓T)<お前が泣かないから俺が先に泣いちゃったじゃねえかホトトギス
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月25日(土)23時10分27秒
- ついにいってしまい、残された後藤さんはどうなるのでしょう…
吉澤さんの目に映る彼女、みょうに切なく感じてみたり。
- 374 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年05月26日(日)01時36分27秒
- 市井と石川がキスまではしなくてホッとしてる私は嫌な奴なんでしょうか…?
この小説も佳境にはいりましたかね!待ち遠しぃ
- 375 名前:名有り読者 投稿日:2002年05月26日(日)01時40分55秒
- 涙が枯れないです
もらい泣き…
ところで結局、市井は誰を選んだかよく分からないんですが…私はバカ?
誰か端的に教えてくださると嬉しい…
- 376 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月26日(日)22時17分34秒
- 後藤真希という少女を、吉澤は分からないと改めて感じた。
素直な様で、彼女の心の内は複雑で、誰もそこへ入れてくれはしない。
たった一人、辿り着いた人はもうここにはいなくて、
吉澤はなんとなく、もっと市井と話しておけばよかったと思っていた。
笑う後藤が時折見せるその目の中の濁りは、もしかしたら按じていたのかも知れない。
吉澤はそれを後に後悔する事になるが、それはまだ先の話だった。
「ねぇ、ごっちん」
「んー?」
銀杏の葉が舞い落ちるのを受け止めようと、後藤は先程からずっと上を向いていた。
雨が彼女の瞳の中に入ってしまいそうになるのにも構わず、彼女は濡れながら
葉を両手で追い掛けていた。
「そろそろさ、屋根の下に戻ろうよぉ」
「えぇー。もうちょっとここにいようよ?」
後藤は少しだけ動くのを止めてそう言うと、また両手を天に向かって突き上げる。
諦めた様に吉澤が彼女の後ろでため息をついてベンチに座ると、
後藤は嬉しそうな、おかしそうな声で言った。
「なんか、よっしーっていちーちゃんに似てきたね」
「…似てなんかないよ」
濡れた髪の毛をかきあげて出す不機嫌そうな声にまた、後藤は笑う。
「そんなところが似てるんだけどなぁ。…ちょっとだけだけど」
クルクルと動いていた後藤の視線が、吉澤の後ろで止まった。
「何?…あ、梨華ちゃん。」
傘を差しながら石川が職員施設のドアを閉めている姿は今朝と全く代りがなく、
吉澤は増々、市井という存在があやふやになった気がした。
- 377 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月26日(日)22時18分06秒
- 「…なんだね」
「え?」
ぼんやりと石川を眺めていた吉澤は、後藤の言葉を聞き逃して、振り返った。
「部屋、戻ってるね」
「あ、うん」
突然の宣言に驚いた吉澤は大きな目をますます大きくさせながら後藤を見送った。
後藤が石川に話し掛けられているのを見て、吉澤はまた市井の事を思い出した。
彼女がそこにいた時は見たくもなかったし、思い出したくもなかったのに、
いざそこに彼女がいないと、吉澤はもう何度思い出したか分からないぐらい
彼女の姿を思い出していた。
真っ白な傘が彼女の上に覆いかぶさった。
「ひとみちゃん、先刻せっかくタオル貸してあげたのに」
「うん。ごっちんがもうちょっと遊びたいって言うから」
石川は冷たくなった吉澤の髪の毛に触れて、優しく笑った。
「梨華ちゃん」
「なぁに?」
「…なんでもない」
彼女の目の中に入りたくて、吉澤は少し顔を近付けたものの
きょとんとした顔をしている石川を見て諦めた。
その瞳に入れる日は、いつまで経ってもこないんじゃないかという気にさせられて、
吉澤は深いため息を隠した。
- 378 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月26日(日)22時18分49秒
- 「後藤さん、また濡れちゃったの?」
頷く後藤に、石川は笑顔を見せて冷たくなっている手を自分の手で包み込んだ。
「ちゃんと、暖かくしてないと駄目よ?」
「石川さんは、悲しくないの?」
唐突にくり出された質問に、石川は驚かずに聞き返した。
「後藤さんは今、悲しい?」
「…忘れて下さい」
笑顔が張り付いている様は、石川に誰かを思い出させた。
そのまま立ち去ろうとする後藤に、石川は慌てて話し掛けた。
「あ、後藤さん。あのね、お話があるの」
「今度にしてほしい」
振り向かずに、後藤は立ち止まって小さく言った。
「分かった。じゃぁ、また今度ね」
石川の返事を聞いた後藤は宿泊施設へと駆け出した。
雨は、まだまだ振り続けている。
- 379 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年05月26日(日)22時19分19秒
- 石川は、後藤が屋根の下に入るのを見守ってから、吉澤へと近付いた。
白い傘を彼女の上に差し出すと、吉澤は石川を見上げた。
ふいに、石川は悲しいという気持ちが浮かんだ気がした。
それは一瞬の事で、彼女はそれが気のせいだと思う事にした。
タオルをせっかく貸したのに、という石川の言葉に吉澤は大人びた笑みを浮かべた。
「うん。ごっちんがもうちょっと遊びたいって言うから」
彼女は時々、石川が思っているよりもずっと大人な顔をする。
それが寂しくて、石川は彼女の髪の毛に触れた。
ふいに吉澤が石川に顔を近付けてきた。
あどけない表情はまだ子供なのに、と石川は少しおかしくなった。
アンバランスな可愛い少女に、石川は優しく諭した。
「もうそろそろ入ろう?風邪ひいたら大変だわ」
「うん」
手を握ると雨に打たれて冷たいはずの吉澤の手が熱くて、石川は少しだけ驚いた。
白い傘の中に縮んで入りながら、二人は屋根の下まで走った。
「あら?」
屋根の下で雨宿りしている男性に近付くと、石川は会釈をして笑顔を見せた。
「近藤さん、お久し振りですね」
「えぇ。すみません、我侭言ってしまって」
彼の言葉に首を横に振ると石川は気にしない様に言った。
近藤は少し考える素振りを見せてから言葉を選んで口にした。
「あの、期限は三日後ですよね?」
「えぇ」
「…もう少しだけ待って下さいませんか?」
頷く石川を見て、彼は笑顔でお礼を言うと宿泊施設へと走り出した。
- 380 名前:空飛び猫 投稿日:2002年05月26日(日)22時27分26秒
- 小さく更新。明日は休日なので、明日までにまた出来たらします。
M.ANZAI様 こちらも、まだ問題はおおそうです。
名無し盛り様 そう言っていただけると嬉しいです。
名無し男様 作者すら、泣かぬので待ってる状態です(w
名無し読者(373)様 いいところに目がいってますね〜。そこにいかれるとは感動です。
ラヴ梨〜様 いや、実はまだ波が一つ、二つ、ちらほらと残っておりますです。
名有り読者様 もうちょっと読んでいていただければ出てくるので、その質問は保留にしておいて下さると嬉しいです。
この話、このスレで終われるのかなぁ…。
- 381 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月27日(月)23時25分00秒
- 大人な吉を、見てあげてください。といいたい・・・。
続き楽しみにしています。
- 382 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月29日(水)01時13分52秒
- 初レスです。
かなり初期の作品の頃から読んでおります。
ここのヨシコ、自分にはかなりツボです。
では、続き期待してます。
- 383 名前:名無し男 投稿日:2002年05月29日(水)11時28分19秒
- 近藤さんの話も気になったりする
- 384 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年05月30日(木)04時59分15秒
- あっ、近藤さんがまだ・・・。
後藤さんを担当する保田さんがどのように仕向けるのか、っていうのも気がかりかも。
- 385 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)23時31分36秒
- 後藤さんの胸中気になりますね…
あと三日、どうなる。
- 386 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月04日(火)01時00分40秒
- 雨が、少し強く打ち付ける様になったのを、石川は職員室から眺めていた。
頭からタオルをかぶった吉澤が、彼女の後ろから窓を覗き込む。
「凄い雨だねぇ」
「そうね。まだ暫く降るみたいよ?」
古いラジオから声が聞こえているのを見て、吉澤は呟いた。
「あれって、置き物じゃなかったんだ」
「普段、使わないから知らなかった?」
頷く吉澤に、暖かいココアを渡して石川はゆったりと微笑んだ。
保田がカチカチとチャンネルを回すと、割れた音で雨に歌えばが流れ始めた。
うずうずとしている吉澤を見つけて、石川はめっと顔をしかめる。
「もう十分遊んだでしょ?」
「でもこの曲って、ちょっと遊びたくならない?」
飯田がおかしそうに笑って頷く。
福田は眼鏡をかけて本を読みふけっていた。
「さぁ、嫌な事は先に済まそうやないの」
中澤のその言葉に福田は本を閉じ、飯田と保田はファイルを開けて、
吉澤と石川は席についた。
- 387 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月04日(火)01時01分24秒
- 「さて、と」
中澤は少しラジオの音を小さくして思い出すように口を開いた。
「今、残ってるのは佐藤さん、近藤さん、後藤さん、やったっけ?」
飯田は福田と頷きあってからファイルを読んだ。
「佐藤さんなんですが、明日でなんとかなりそうです。
明日香のおかげで、幼馴染みの居場所がわかったので」
「後藤さんは、まだ時間がいりますね」
「近藤さんは、まだ迷ってるそうですが、明日からは面接を再開させようかと思ってます」
それぞれの報告が終ると、保田はふと思い付いた様に市井の最後の相手を聞いた。
石川は顔を曇らせて、言い難そうに言った。
「ごめんなさい。週末まで待ってもらってもいいですか?」
彼女が口を閉じるのと同時に、中澤がラジオの音をあげた。
雨に歌えばは既に終っていて、ナットキングコールがその美声を披露していた。
- 388 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月04日(火)01時02分09秒
- 石川の部屋のドアがノックされたのは、消灯十分前の事だった。
既に、寝る準備をすませた彼女は髪の毛をとかしていた。
「はい」
彼女の返事に、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ごめん。ちょっといいかな?」
ドアを開けると、保田が真剣な顔で石川を見ていた。
どうかしたんですか、という石川の言葉に、保田は小さな声で言った。
「後藤さんが、また出てきてないのは知ってる?」
「…そうなんですか?」
「このままじゃ、あの子…」
石川は少し考えてからカーディガンを羽織った。
「本当は、彼女が最後の一人を決めた時に伝えようと思ってたんですけど、
今の方がいいみたいですね」
「え?」
「市井さんの伝言があるんです」
石川はそれだけ言うと、ドアを閉めて頷いた。
「ごめん。担当じゃないのに」
「気にしないで下さい。どれだけ保田さんにお世話になってるかを考えたら」
その言葉に、飄々とした態度で保田が答える。
「ま、そうなんだけど」
途端に膨れる石川の頬を見て笑いながら保田はもう一度、有難うと口にした。
- 389 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月04日(火)01時02分43秒
- 傘もささずに石川は宿泊施設へと走り出した。
雨が嫌いだと感じた事はない。
寧ろ、今日、もっと好きになったぐらいだ。
それでも、夜の雨は冷たく、拒絶されている印象を浮かべる。
石川は、寒くてかじかんでくる手を息で温めながら宿泊施設のドアを開けた。
驚くぐらい早く、冬が近付いてきていた。
濡れた髪の毛を撫で付けながら、石川は軋む階段をゆっくりと登る。
ところどころに星が舞っていた。
もう少ししたらこの魂の姿も見られなくなるのだろう。
少し寂しい気持ちにさせられながら、石川は後藤の部屋の前で立ち止まった。
ノックを二回しても、部屋の中から気配は感じられない。
「後藤さん」
もう一度、名前を呼びながらノックをするが、やはり返事はない。
バチン、と音がして廊下の電気が消えた。
消灯時間になったのだ。
石川はもう一度、後藤の名前を呼んだ。
- 390 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月04日(火)01時03分32秒
- 何度呼んでも、後藤の返事はなく、石川は一人でドアの向こうに話し掛けた。
「後藤さん、聞いて?」
市井は、発つ前にどんな思いでこのドアの前で彼女に話し掛けたのだろう。
「市井さんから伝言があるの」
石川は今日、別れてから初めて市井の事を思い出していた。
「信じてるよって」
最後までお願いばかりしていった勝手な少女は、大人びた顔をしていて、
まだまだ子供で、石川よりもずっと大人だった。
「待ってるよって」
声を思い出すだけで胸が締め付けられそうになった。
何故、自分は彼女の後押しをしてしまったのだろうと少しだけ後悔した。
「嘘っ」
「嘘じゃないわ。」
やっと聞こえてきた後藤の声に、石川は必死で伝えた。
「あのね、私は市井さんの担当になったじゃない?だから、色々なお話を聞いたのね。
でね、その思い出の中で貴方はいつも笑顔で輝いてた。
『後藤さんが大好きなのね』って言ったらあの人、照れ臭そうに笑ってた。
沢山お話したけど、貴方のいない風景なんて、殆んどなかったわ」
石川の声が、痛いぐらいに後藤に届いてきた。
「…嘘だよ、そんなの…」
そう言いながらも、後藤は石川の寂しそうな声に少しだけ市井の笑顔を思い出していた。
- 391 名前:空飛び猫 投稿日:2002年06月04日(火)01時12分36秒
- ごめんなさい。時間切れです。相変わらず少しずつですみません。
以後、このスレに留まるが微妙なレス数なので、申し訳ありませんが、
レスは御遠慮いただけると嬉しいです。
御意見等、あるなんて仰って下さる方は個人サイトの掲示板かメールに
いただけると泣いて喜びます。
勝手な事を言ってすみません。一週間に一回は更新できる様にがんがりますので、
宜しくお願いします。
>よすこ大好き読者。様 見てあげられる程、石川さんは大人かどうかが…(W
>ごまべーぐる様 初めましてです。有難うございます。がんがります。
>名無し男様 近藤さん、もう少ししたら出てきます。しばしお待ち下さい。
>M.ANZAI様 これからが正念場ですからね。圭ちゃんにはがんがって頂かないと。
>名無し読者(385)様 い、いえ、決してその近藤さんを忘れてた訳では…(モニョモニョ
- 392 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年06月05日(水)19時13分47秒
- お初です。ずっと読み続けてた者ですが、ついレスしちゃいました。
ホムペの方もリンクしながら探して見せて頂きました!
何だか幻想的で独特な雰囲気がして、とっても素敵でしたよ!
今後も楽しみにしてます。頑張ってください!
- 393 名前:名無し男 投稿日:2002年06月09日(日)14時20分07秒
- 感動の説得シーンに突入致しますた
- 394 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月12日(水)22時08分34秒
- 朝になると、雨は昨日よりも幾分かは修まっていたものの、
水たまりの数は確実に増えていた。
「おはよぉ」
廊下の奥から聞こえてくる吉澤の声に、石川は振り向いて微笑んだ。
「おはよう、ひとみちゃん」
微かに濡れた前髪が、彼女がまだ起きたばかりだという事を象徴している。
吉澤は近付くにつれ、彼女の足元も少しだけ濡れている事に気付いた。
「あれ?外出た?」
「ん?うん、屋上に行ってた」
にっこり笑って石川はそう言うとその理由は話さずに紅茶を飲むかと聞いてきた。
頷く吉澤の手を取って、石川は自室に入ると
シュンシュンと音を起てているキャトルからお湯をポットの中に移した。
「美味しい苺のジャムをね、貰ったの」
お茶の葉を十分に蒸らしながら石川は温めていたカップに苺ジャムを一匙入れた。
「美味しいのよ、本当に」
にっこりと石川は笑う。吉澤は、また市井の姿を思い出していた。
彼女が笑顔を見せる度に、嫌という程いなくなった人の姿が瞼の裏に浮かんできた。
「どう?」
熱い紅茶を喉に通すと、吉澤は熱さをこらえながら頷いた。
「おいひー。…けど、熱い」
「あ、ごめんね?氷いれようか」
小さな丸い氷を二つ紅茶のカップに入れて、石川は吉澤の髪の毛を優しく撫でた。
「梨華ちゃん、どうしたの?」
「え?あぁ、うん…なんでもないわ」
カップを口に運びながら、吉澤は笑って彼女を見る石川を見ない振りをした。
- 395 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月12日(水)22時09分14秒
- 朝の食堂には職員以外の姿が珍しくなり、それが少し寂しく感じられた。
吉澤にポーチドエッグを食べさせる石川の姿がそこはあり、
それをからかう中澤の姿も、いつも通りにお茶を持ってくる福田の姿も、
そこには変わらずにあった。
少し遅れて入ってきた保田は、食堂を見渡して盛大なため息をついた。
「やっぱり来てないのね」
少し怒った様な声色に、吉澤は小さな声で訊ねる。
「ごっちん、ですか?」
「そう」
吉澤は驚いた声を出した。
「でも、昨日は平気そうだったんですけど」
本当は、彼女にも分かっていた。
何処か違和感のあった後藤に、気付いていた。
気付いていない振りをしていただけで。
石川が立ち上がると保田は彼女を手で制止する。
「こっから先は、私の仕事よ。あんたはそこの赤ちゃんに御飯でも食べさせてなさい」
保田はそう言うと、早足で食堂を立ち去った。
何も言えなくなってしまった石川は静かにもう一度席についた。
吉澤もそれを追うように彼女の隣に座る。
静かな食堂に、食器の音だけが響いていた。
「…赤ちゃんって」
飯田が堪えきれないと言った様に笑いだした。
それにつられて、中澤も肩を震わせる。
「な、なんでそこ笑ってるんですかっ!酷いじゃないですかっ。ねぇ、梨華ちゃん。って、梨華ちゃんまでっ」
吉澤は助けを求める様に福田を見ると、情けなかった声を更に情けなくした。
「福田さん、肩震えてる…」
灰色がかっていた食堂の空気が、少しだけ明るくなった。
それ以降、彼女達は他愛のない話だけを食卓の彩りにした。
- 396 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月12日(水)22時10分05秒
- ベッドの中で、子猫の様に蹲っていた後藤の耳に怒声が届いたのは、
食堂に笑い声が響いたすぐ後の事だった。
今までのような、怒ってはいたけれど決して自分の領域にまでは入っては来ない声ではなく、
後藤は更に布団の奥の方に逃げ込んだ。
このままではいけないとか、そんなのは彼女にだって分かっていた。
ただ、それの対処法が分からないだけだ。
さようならを言ったのがもう随分と前の事のように感じられた。
実際は、昨日の事だったけれど。
未だ、保田の声は聞こえてくる。
「出てらっしゃいっ。ほら、話すわよっ!」
強引な言い方に、後藤は布団から少しだけ顔を出した。
おせっかいな声は何度も後藤の名を呼んだ。
「今日こそ、もうここから離れないからね」
気迫のこもった声が、廊下に響く。
後藤はまた、布団を頭からかぶる。その後の言葉等、聞きたくなかった。
石川の笑顔が彼女の瞼の裏に蘇る。
彼女に笑いかける自分、笑い返す彼女。
選ばれず気持ちすら自分の物にならなかった自分、選ばれなくても気持ちは手に入った彼女。
いつもと変わらない姿しか見せてもらえなかった自分、消えゆく姿に立ち会えた彼女。
どちらが辛いのだろう。
どちらが幸せなのだろう。
「早く出てきなさいっ!」
後藤は、保田に聞いてみようと思った。
その答を得ない限り、この部屋から出られない気がしたから。
後藤は、ベッドから降りて、ドアを少しだけ開けた。
- 397 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年06月12日(水)22時16分19秒
- 保田の顔を上目遣いで見ると、保田は優しく笑っていた。
恐い顔をしていると決め込んでいた後藤は思わずホッとしてドアを開ける。
ゴンッと鈍い音が聞こえて、後藤は頭を抱えて蹲った。
「痛いぃ」
「これじゃ、市井さんが報われないでしょう?」
静かな声で保田は言うと、入るわよ、と部屋の中に足を踏み入れた。
パンに挟まれたポーチドエッグとハムを乗せた皿とミルクの入ったコップを
ベッドサイドのテーブルに置いて保田はもう一度後藤の傍に戻ってきた。
「ほら、立って」
まだ頭を摩りながら言われるがままに後藤は立ち上がるとベッドに腰掛けた。
黙って差し出された皿からサンドイッチを掴んで口に入れると、保田は満足そうに頷いた。
「そう。食べなきゃ駄目よ?」
後藤が何か答える前に、保田は淡々と言葉を口にした。
「貴方さ、これでいいの?私は言ったよね、貴方には最後のチャンスだって」
語尾が疑問詞のようにあがっていたが、彼女は後藤の返事を待っている訳ではないようだった。
「いっぱい考えて、市井さんは先に進んだの。貴方を待つ為に、先に行ったのよ?
なのに、なんで貴方はここにとどまってるの?今ならまだ進める。
それなのに、なんで動こうとしないの?動けない人だって、いるのよ。
動けるなら、動かなきゃ」
保田は、後藤が彼女に質問をぶつける前から彼女が何を聞きたかったかがなんとなく分かっていた。
- 398 名前:ヤグヤグ 投稿日:2002年06月27日(木)18時04分17秒
- 市井・後藤・石川・吉澤、この4人のカラミいいですね。
福田のキャラも何気にいいですね。
頑張って下さい。
- 399 名前:春さん 投稿日:2002年06月30日(日)13時51分23秒
- 涙が枯れません・・・・・・
悲しいです。
続きがんばってください。
石川の本当の気持ちが気になります
- 400 名前:名無し男 投稿日:2002年07月01日(月)22時04分16秒
- GET GOAL !!!
3
0
0
!!
個人的には嬉しいが話の内容はいと悲し
- 401 名前:なっつぁん 投稿日:2002年07月02日(火)00時59分33秒
- 空飛び猫さん、こんばんわ。
いつも楽しみに読ませて頂いてます。
先月、突然、更新の方が止まったようですが・・・
PCの方に異常でもありました?
何にしても心配です。
次回の更新、心待ちにしております
- 402 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月02日(火)04時29分58秒
- 後藤は、黙っていた。
保田はもう一度サンドイッチを進めた。
「食べるとさ、ちょっと元気でない?」
「…うん」
もう一つサンドイッチをつまみながら、後藤が頷く。
「死んだって、まだしなきゃいけない事が残ってるんだよ。
だから、死んだ今でも食べる事ができる」
「そうなんだ」
驚いた声を出す後藤に、保田は悪戯っぽく笑った。
「いや、勝手に私がそう思ってるだけだけどね」
「信じたのに」
ぶぅ、と顔を膨らませる後藤に、クスクスと笑いながら保田は彼女の頭を撫でた。
「ほら、御飯食べたら少し元気でたでしょう?」
「あ……」
マグカップを手渡して、保田はぽつぽつと話し始めた。
「誰かを選ぶのを、本当は迷わずにできるはずなの。
だから、ほら。殆どの人が次の日にはいなかったでしょう?」
責められてるように感じられて、後藤は俯いた。
ホッとミルクは少し温くなってしまっていた。
「でも、そんな人ばっかりだったら私達の仕事はいらないでしょう?
私達の仕事はね、心の何処かに迷いを感じてしまう人達を導く事なの」
後藤が保田をこっそり覗き見ると、彼女は優しい笑みを浮かべて後藤を見つめていた。
「貴方を次のステップに導く事が、私の仕事なの。
でも、それだけじゃなくて…貴方にはもう辛い思いなんてしてほしくないわ」
「……」
保田はそれだけ言うと、空になったマグカップを受け取った。
- 403 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月02日(火)04時30分31秒
- 保田が外に出ていくと、部屋の中は後藤一人になった。
寝転がると、天井はただ真っ白で所々染みがあるのが見えた。
昨日までは気付かなかった事だ。
だんだん、その染みが市井に見えてきて、後藤は顔を歪ませた。
「いちーちゃん。会いたいよ」
もう会えない事など、誰よりも分かっていた。
だからこそ、会いたいのだ。
だからこそ、彼女の不器用な手が恋しいのだ。
生前、あの手を奪い合っていた弟を思い出す。
結局、彼も自分も市井を手に入れる事は出来なかった。
かのジョの優しい手は、石川の元で永遠になくなった。
後藤は天井の染みが段々ぼやけて見えていって、
やっと自分が泣いている事に気付いた。
彼女の胸を何かが締め付けていた。
何故、こんなに悲しいのかが自分でも分からなかった。
ふいに石川に会いに行こうと思った。
あの質問の答を聞きに。あの質問に答えに。
『今、悲しい?』
- 404 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月02日(火)04時31分09秒
- 後藤が雨の中で傘を指している人の横を通り過ぎようとすると、
のんびりした声が彼女の背中に覆いかぶさる。
「やぁ。君も迷ってるのかい?」
振り向くと、背の高い男性がにっこりと笑っていた。
「……」
「あぁ、ごめん。驚かせてしまったね」
傘を差し出して、彼が濡れてしまうよ?と笑うのを見て、後藤は父親を思い出した。
記憶にない筈なのに、どこか面影がある様に見えた。
「僕も迷ってるんだ。担当の石川さんには申し訳ない事をしているよ」
「石川さんが、担当なの?」
頷いて男は名前を名乗った。
後藤が自分の名前を告げると、彼はにっこり笑ってポツポツと話し始めた。
「誰も、死んだらこんなところに来るなんて思わなかっただろうね。
僕も、全然思ってなかったよ」
後藤は彼がハンカチで拭いてくれたベンチに腰掛けて、彼の話を黙って聞いた。
「…初めの内はね、娘が大事だとそればかりを考えていたんだ。
正直、娘が生まれてからは彼女の事ばかりを考えていてね?妻の事なんて忘れていた。
でも、石川さんの一言で思い出したんだよ。僕らは永久の愛を誓った。
だから、今、娘がいるんだよな?って。それから迷いが出ちゃってね」
彼は気遣うように後藤を見て、寒くないか訊ねる。
- 405 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月02日(火)04時31分45秒
- 後藤が首を横に振るのを見てから、彼は話を続けた。
「君は、誰かを選ぶのに戸惑ってるの?
そうだよね。まだ、若いんだからそういう人がいなくたって」
「違うっ。いたけど、もういないから…」
後藤は俯いて首をまた横に振った。
泣きそうになったけれど、それだけは止めた。
「そっか…」
頭を撫でられて、後藤は思わず顔をあげる。
「僕は選ぶ人がいるだけ、幸せなのかもしれないね?
何処かへ行くつもりだったんだろう?ごめんよ、引き止めてしまって」
「…近藤さんも、大変なんだね」
後藤は小さく口角を上げた。
「頑張らないとね」
近藤が嬉しそうに彼女の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「君も、頑張れ。最後に話せて良かったよ」
傘を彼女に渡して、近藤は走って宿舎に戻っていった。
少し重い大きな傘に守られながら石川のいるであろう職員施設へと後藤は歩き始めた。
- 406 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月02日(火)04時32分21秒
- ノック音に呼ばれて職員室のドアを開けた吉澤は驚いた。
「ごっちん!出てきたんだっ。あっ、保田さん?」
保田を呼びに行こうとする吉澤を止めて、後藤がはっきりと言った。
「違うの、よっしー。石川さんはいる?」
室内から椅子の動く音が聞こえて吉澤は少しだけ体を動かした。
「お話する?」
頷く後藤に優しく微笑んで石川は彼女の背中に手を添えて職員室を後にした。
「…やっぱ、保田さんじゃ恐かったのかな?」
ぼそっと独り言を呟いた吉澤は、迂闊な自分の一言に振り返る事が出来なくなっていた。
「よっしーさん?私はそんなに恐い?」
「…!いったぁ」
ファイルで吉澤の頭を叩くとお茶を入れる様に言ってから保田は窓辺に戻った。
窓の下では大きな傘が動いて食堂に向かっていた。
吉澤が持ってきたお茶に口を付けて、保田は顔をしかめた。
「渋かったですか?」
「いや、美味しいよ。ありがとね」
「どういたしましてっす」
職員室はいつもの空気のままだった。
中澤が福田に今週末にはストーブに火を入れるかと話していた。
福田が頷くと、中澤は冬になったら雪が積もる事を吉澤に嬉しそうに話し掛ける。
目を輝かせる吉澤を見て満足そうに飯田と笑った。
いつもの
いつもの、職員室の風景だった。
- 407 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年07月02日(火)11時38分16秒
- 選ぶ相手に迷う者と選ぶ相手の居ない者・・・
はたしてそれぞれの先には・・・?
更新、ありがとうございます。
- 408 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月07日(日)02時56分34秒
- 食堂の端にあるポットから暖かい紅茶をマグカップに注ぐと、
石川はくるっと回って後藤に笑顔を見せた。
「小湊さんの煎れる紅茶はねぇ、何故か他の紅茶より凄く美味しいの」
「……」
「あそこに、座ろうか?」
いつもは日溜まりになっている席へと後藤を連れていき、
石川は黙って紅茶を飲み出した。
「なんで、何も聞かないの?」
「後藤さんが話したくなったらでいいから、かな」
後藤は俯いて紅茶のマグカップを両手で包み込んだ。
一口飲むと、口の中で適温の優しい味が広がる。
「美味しー」
「よかった」
後藤は石川が小さく微笑むのを見て、少さなため息を洩らした。
「石川さんて、私と全然似てないね」
「そう思う?」
後藤は寂しそうに頷いた。
「いちーちゃん、私の事は好きになれない筈だよ…」
「え?」
「だって、石川さんと私はこんなに似てないんだもん」
石川は返事を探していた。
急に彼女に自分の言葉が羽毛よりも軽く聞こえる気がした。
「でも…」
「結局、私の事なんて見てくれなかったんだよ。いちーちゃんは」
その言葉を聞いた時、石川は悲しくて、悲しくて、つい大きな声を出した。
- 409 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月07日(日)02時57分09秒
- 立ち聞きするつもりはなかったし、できる事なら聞きたくなかったと、
ドアの傍で近藤は少しだけ後悔した。
「何言ってるのっ!」
珍しい高い怒鳴り声に、彼はつい食堂のドアを開けてしまう。
もともと、何か飲むものが欲しいと思っていたのだ。
他意はない筈だった。
「貴方の事を、市井さんがどれだけ大事に思ってたか、全然分かってない!」
「例え大事に思ってくれてたって、それが恋じゃないなら意味ないよっ」
石川が俯いて黙ってしまうのが、近藤のいる距離からでも分かった。
「恋じゃなきゃ、いけないの?」
俯いたまま、先刻よりもずっと小さい声で石川が言った。
「世の中には、きっと恋よりもずっと大事な気持ちだってあるわ」
「…でも、私が欲しかったのは恋だから」
「そんなの、我侭よ」
「……」
近藤はこっそり外に出ようと思った。
彼は明らかにここにいるべきではなかった。
「近藤さん」
「…え?」
近藤はため息を隠すと素直に謝った。
「聞くつもりじゃなかったんだけどね」
後藤は彼に何も答えずに横をすり抜けて出ていった。
- 410 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月07日(日)02時59分06秒
- 先程と同じ様に紅茶を注いで、石川はそれを近藤の前に出した。
「最近は、あんな年令でも恋愛を一生懸命してるんですねぇ」
感慨深そうに言う男に、石川は笑みを洩らしながら訊ねた。
「近藤さんは、奥様とは何時?」
「最初は見合いだったんですよ。いや、僕らの年代の殆どがそうですけどね。
でも、まぁ会っている間にどれだけ彼女が愛らしいかが分かりましてね」
そこまで言ってから、近藤は恥ずかしそうに笑った。
「こんな事、聞いても楽しくないでしょう?」
「いいえ。聞かせて下さい」
紅茶にミルクを注いで、彼はまた小さく語った。
「後から彼女に聞いたら第一印象は最悪だったと言うんですよ。
仏頂面で、恐くて、しかもバイクが好きなんだから、最悪かもしれないですね。
でも、こう言ってくれた。いい父親になりそうな優しい部分を見つけたと。
僕も、彼女がとても好きになっていた。だから、僕達は結婚したんだったな。
うん、今まで忘れていたよ」
石川はにっこりと微笑んでうらやまし気に言った。
「いいですねぇ。私は、生前恋をした事がなかったから…」
「…石川さん。恋が、全てではないですか?それよりも勝る気持ちはありますか?」
突然の近藤の質問に、石川は毅然として答えた。
「その答は、ある人にとってはYESで、ある人にとってはNOだと思います。
私の知っている人は、YESだったけれど」
「そうですか…」
近藤は紅茶を飲干して立ち上がった。
「ごちそうさまでした。また話聞いて下さい」
「もちろんです」
近藤が外へと出ていくと、石川は決意した様に頷いた。
- 411 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月07日(日)03時00分36秒
- マグカップを流し台に持っていくと、小湊が何かを包んだ
ペーパーナプキンを2つ彼女に手渡した。
「あの子と食べて」
石川は礼を言って、食堂から飛び出した。
後藤の部屋の前に辿り着いた時には、石川の髪はすっかり湿ってしまっていた。
束になった髪の毛から時々雫が垂れ落ちる。
「後藤さん、開けて?」
何も言わずにドアを開ける後藤を、石川は真直ぐに見た。
「お話、しようと思ってたんだよね?」
「石川さんは」
こぼれ落ちる涙を拭こうともせずに後藤が言った。
「石川さんは、悲しくないの?」
「後藤さんは今、悲しい?」
「悲しいよっ…寂しいよっ…」
後藤を抱き締めると、石川はいつもの声で言った。
「後藤さんが、羨ましいわ。私は悲しむ事は出来ないから」
「…なんで?」
首を横に振ると、石川は彼女から少し離れて微笑んだ。
「もう少しお話してたいけど、貴方の担当は保田さんだから、
ちゃんと保田さんにお話してあげて?きっと、寂しがってるわ」
納得していないながらも頷く後藤の髪の毛を撫でて石川は愛おしそうに言った。
「私に話そうとしてくれて、有難う」
後藤は小さな声でどういたしまして、と呟いた。
- 412 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月14日(日)02時55分10秒
- 後藤が階段を降りようとしている石川を見ていると、
彼女は何かに気付いた様に階段を駆け上がって後藤の元へと戻ってきた。
「あのね、これ」
小さなペーパーナプキンに包んであるものを渡して、
悪戯っぽく笑った。
「小湊さんに貰ったの。貴方の分も。保田さんには内緒ね?」
それだけ言うと、石川はもう一度階段へと向かった。
「行っちゃう前に、またお話しましょうね」
「…いちーちゃんの、話聞かせてくれる?」
「貴方も、教えてくれる?」
朗らかに笑う石川に後藤は困った様な笑顔を見せた。
それだけで、石川は満足だった。
後藤は、彼女に小さく手を振ると部屋の中に戻っていく。
石川が階段を降り終ると、そこに近藤が立っていた。
「石川さん、僕は決めました」
「そうですか。じゃぁ、面接室でお話しましょうか。ちょっと」
待ってて貰えますか?と石川が続ける前に近藤は彼女の言葉を遮った。
「ほんの少しなんで聞いてもらってもいいですか?」
石川は彼の言葉に頷いた。
- 413 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月14日(日)02時55分49秒
- 「こんなにお待たせしてすみませんでした」
近藤が頭を下げると、石川は慌てて首を横に振った。
「そんな事ないです。…面接室に行きますか?」
「いや、ここでいいです」
にっこりと笑うと近藤は自分の手を見て言った。
「もうこの手は娘を抱き締める事は出来ない」
「近藤さん…」
「僕は、これからの娘の全てを妻に任せなければいけない」
石川の目に映った男は、言ってる言葉とは裏腹に何処か満足そうだった。
「彼女にはできると思うんです。僕が彼女にこれから何ができるって訳じゃない。
だけど…否、だからこそ彼女に挨拶をして行こうと思います。
最後に、妻の娘を守る妻の姿をこの目に焼き付けていこうと。そう思いました」
石川は何度も頷いた。
「分かりました。じゃぁ明日の朝にお迎えが来る様に連絡をしておきますね」
「宜しくお願いします」
近藤にお辞儀をされて石川は自分も深くお辞儀をすると、外へと駆け出していった。
近藤は深く息を吐くと、階段を登ろうとした。
「決めたんだ」
彼が階段を見上げると、白いワンピースを着た少女が立っていた。
「あぁ、決めたよ」
「奥さんは、幸せものだね」
階段をゆっくりと降りると近藤のすぐ横の段に後藤は腰掛けた。
茶色い髪の毛が近藤の目の端に映った。
「恋愛が大事だと思ったからじゃないよ?」
「え?」
- 414 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月14日(日)02時56分57秒
- 後藤が顔をあげるのを待って近藤は左手の指輪を抜いた。
「彼女に託そうと思ったんだ。僕の今までを」
「そう」
「誰かを覚えていたいというよりも、今僕が全てを失うとして誰に託したいか。
それを考えたんだ。少し違うかもしれないけどね?」
「うん」
近藤は指輪をはめ直すと笑って言った。
「指輪とか、持っていけるといいなぁ。誰と交わした約束だとかまでは
覚えていなくてもいいから。…ね?」
「そだね」
近藤は後藤に手を差し伸べて彼女を立ち上がらせる。
「君がいなかったら、もしかしたら僕は選べなかったかもしれないね」
「……」
「ん?」
後藤は彼の手を握ったまま、小さく呟いた。
「…がと」
近藤がもう一度聞き返すと、後藤は階段を駆け登っていってしまった。
- 415 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時17分44秒
- 階段を登ろうとしていた近藤が物音につられて振り返ると、
保田が息を切らしてそこに立っていた。
水を滴らせている前髪を分けて、彼女はにこっりと微笑んだ。
「どうも。決められたんですってね?おめでとうございます」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする近藤に、保田もお辞儀を返した。
「今晩は、ごちそうになるらしいですよ」
「そうなんですか?」
保田の優しい声色に、近藤は少しおかしそうに聞き返した。
「えぇ。最終日まで人が残ってるからって」
「それは楽しみだ」
近藤は保田が登ってくるのを待って、階段をあがりはじめた。
「これから後藤さんのところへ?」
「えぇ。彼女も決まるといいんですが」
「心から。…心から願ってます」
「有難うございます」
後藤の部屋の前まで保田を送って、近藤は会釈をしながら自室へと向かった。
その様子を確認した保田は、深呼吸を二、三度繰返してから目の前の扉をノックした。
- 416 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時19分41秒
- 何も言わずに、扉が開く。
白いワンピースの裾がドアの影から覗いていた。
「正直、石川を呼んだ時傷付いたわ」
不機嫌そうな声で保田が言った。
「担当として失格だと実感させられた」
「…そんなんじゃないよ」
後藤がドアを閉めて言うと、保田は悪戯っぽく微笑んだ。
「冗談だよ。ごめん。わかってるから」
後藤が保田の前をすり抜けてベッドに腰掛ける。
そうして、そのまま保田の唇が動き出すのを待っていた。
「教えてよ。どんな子だったの?貴方は」
保田は彼女の隣に座ると、母親の様な顔で彼女を見つめた。
破顔していく彼女の表情のその一つ一つをじっと目に焼き付けた。
「笑っても、嘘の顔だって言われるから笑わない様にしてた。
いちーちゃんだけが笑っても何も言わなかった」
保田が小さく相槌を打つのを聞いてから後藤は続けた。
「弟と、よく喧嘩してた。下らない事でばっかり。
お母さんは、ちゃんと私の話を聞いてくれる人だったけど、
仕事が忙しかったからあんまり話せなかった。
お姉ちゃんは、早くに独立してっちゃった。
けど、お古の洋服とかいろいろよく持ってきてくれた。
…きっと皆私が死んだ時泣いてくれたんだろうね」
保田は力強く頷いた。
- 417 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時20分32秒
- 「いちーちゃんが死んじゃった時ね、私もうこんな世界いらないって思った。
包丁で手首なぞってみた。痛くて、死ぬかと思った。
死のうとしてたのに、死んじゃうよーって泣いた。
馬鹿みたいだよね。それで、死ぬの止めたの」
後藤はベッドの脇のテーブルに置いてあったペーパーナプキンを広げて、
クッキーを一枚、保田に渡した。
後藤の話を遮らない様に、口だけをありがとう、と動かして保田は微笑む。
「夜ね、急にいちーちゃんに会いたくなって、いちーちゃんが落ちた崖まで走ったの。
真っ暗な崖の下にいちーちゃんなんていなかった。あそこには何もなかった。
それで、私は気付いたんだ。いちーちゃんが死んだって。
まだ、警察の安置所にいちーちゃんは体を冷たくしているのに、
あんなところに行って、私はどうするつもりだったのかな?」
暫く黙ってから、後藤は隣にいる保田に聞こえるぐらいの音で息を飲んだ。
「帰ろうと思った時に、ペンダントが首から外れたの。
真っ暗な海の中に落ちてって、私もそれを追い掛けて落ちてった。
落ちてく時はびっくりしたけど、意識がなくなる前に思った。
これで、本当にいちーちゃんの傍にいけるかも、死ねるかもって。
それで、気付いたらいちーちゃんがめちゃくちゃ怒ってた」
震え始めた後藤の手が止まる。保田の手が彼女の手を覆っていた。
- 418 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時28分23秒
- 「だから、自殺じゃないかどうか自分でもよく分からないんだよね」
「それは、事故だったのよ」
きっぱりと言い切る保田に、後藤が訪ねる。
「ねぇ、最後に選ぶ人ってどんな人?」
保田は少し考えてから言った。
「人それぞれね。好きな人。尊敬してる人。とても近くにいた人。
自分の事を覚えていてくれそうな人。全然自分の事知らない人」
「知らない人でもいいんだ?」
「自分は知ってなきゃ駄目だけどね。後は、心配な人」
後藤が怪訝そうに眉を潜めると、保田は静かに続けた。
「自分がいなくなっても平気かな?とかさ。親が子供を覚えていく理由の一つだよ」
「いなくなっても平気かどうか、かぁ」
後藤はそう言うと、周りをシャットダウンした様に蹲った。
保田は彼女の隣で何も言わずにただ雨の音を聞いていた。
シャワーの様に強い雨が、窓を叩いていた。
時計の秒針の音は、静寂の中ではやけに大きく聞こえる。
雨の音よりも、そちらの方が目立ってしまう。
保田はそのまま、窓の外が本格的に暗くなるまで黙って座っていた。
- 419 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時44分52秒
- 「だから、自殺じゃないかどうか自分でもよく分からないんだよね」
「それは、事故だったのよ」
きっぱりと言い切る保田に、後藤が訪ねる。
「ねぇ、最後に選ぶ人ってどんな人?」
保田は少し考えてから言った。
「人それぞれね。好きな人。尊敬してる人。とても近くにいた人。
自分の事を覚えていてくれそうな人。全然自分の事知らない人」
「知らない人でもいいんだ?」
「自分は知ってなきゃ駄目だけどね。後は、心配な人」
後藤が怪訝そうに眉を潜めると、保田は静かに続けた。
「自分がいなくなっても平気かな?とかさ。親が子供を覚えていく理由の一つだよ」
「いなくなっても平気かどうか、かぁ」
後藤はそう言うと、周りをシャットダウンした様に蹲った。
保田は彼女の隣で何も言わずにただ雨の音を聞いていた。
シャワーの様に強い雨が、窓を叩いていた。
時計の秒針の音は、静寂の中ではやけに大きく聞こえる。
雨の音よりも、そちらの方が目立ってしまう。
保田はそのまま、窓の外が本格的に暗くなるまで黙って座っていた。
- 420 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年07月22日(月)05時45分56秒
- 「あのさ」
突然話し始める後藤に、数時間も前の事を数秒前だったかの様に保田は頷いた。
「いちーちゃんと会うまで1人で過ごしてきたって言ったでしょ?」
後藤は情けなさそうに笑った。
「でも、よく考えたら1人じゃなかったんだよね」
「誰がいたの?」
保田の質問に後藤が懐かしそうに言った。
「弟が、いつも私の後ろにいた」
保田が口を開こうとした時、外からドアをノックする音が聞こえてきた。
「ごっちぃん、保田さぁん、御飯の時間ですよー」
「タイミング悪い子……」
外から聞こえてくる吉澤の声に、保田は立ち上がると後藤に手を差し伸べた。
「御飯、食べてから話そうか?」
保田は立ち上がった後藤の手をひいて歩き始めた。
「弟にするよ」
「え?」
突然の言葉に保田の足が止まると、後藤は保田の手をひいて扉を開けた。
「よっしー、今日の御飯なに?」
「見てないから知らないけど、いい匂いだったよ」
「そっか」
保田の手を離すと、後藤は吉澤と共に先を歩いていった。
後から続く保田はほっとしたような、寂しそうな、表現のしにくい表情を浮かべながら
彼女達の後をついていった。
- 421 名前:空飛び猫 投稿日:2002年07月22日(月)05時57分43秒
- 二重投稿してしまってすみません。
本日の更新はこれまで。久々にレスです。
>>392 いしよしサイコ〜様 有難うございます。ペースが遅いながらもがんがります。
>>393 >>400 名無し男様 300?亀な癖に揚げ足取りですみません。
>>398 ヤグヤグ様 いちいしよしごまの絡みはまた別な形でも書いてみたいです。
>>399 春さん様 幸せになれる様に精進します。
>>401 なっつぁん様 すみません。レス数を少なくするために、メール欄に終了を宣言させてました。
>>407 M.ANZAI様 いえいえ、こちらこそ有難うございます。
遅くてすみません。なるべく今月中になんとかできる様に頑張ります。
- 422 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時09分49秒
- 最後に食堂に入ったのは、保田だった。
笑顔で後藤を受け入れる職員の姿を見て、
保田は自分のさせようとしている事は過ちではないかと錯覚しそうになる。
本当は、彼女にも選ばない道がある事を伝えるべきだったのではないか。
自分がそうしたようにここに残るという選択肢もあるのではないか。
言わずにいるのが、本当に彼女の為なのかと、彼女は自問自答を繰返していた。
市井が去った今、その選択肢すら彼女には酷なのかもしれない。
いつまでも席につかない保田に気付いて、石川が彼女の傍にたった。
「どうかしたんですか?」
「いや…このままでもいいんじゃないかなって、思った」
保田の言葉に、石川は傷付いた様な顔をした。
「そんな事、ないです。後藤さんは進むべき人だから」
「なんで分かるのさ、そんな事」
泣きそうになる石川の様子を訝し気に思いながら、
保田は後藤や他の職員達に気付かれない様に言った。
「市井さんが…報われないもの」
「石川、市井さんは誰を選んだの?」
「まだ、言えません」
石川はそのまま席へと戻ろうと歩き出した。
「でも」
振り返って、彼女は言う。
「間違ってなんか、いませんから」
その瞳の強さに、保田は引き込まれそうになった。
- 423 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時10分30秒
- 白身の魚のソテーを前に、吉澤はフォークとナイフを持て余していた。
器用にそれを食べていく後藤にこっそりと耳打ちをする。
「ごっちん、決まったの?」
「ふん。ひまっは」
口の中にものが入ったままの答に、吉澤は思わず大きな声を出す。
「えっ、誰なんっ?!」
「ほほーほ」
「え?」
魚を飲み込んで、後藤はゆっくりと吉澤の方を見る。
「おとーと」
「…唐突だねぇ」
「うん。急に思ったからね」
後藤は変わらない態度でフォークを口に運んだ。
こっそりと保田を覗き見た吉澤は、彼女が複雑そうな顔をしている事に気付いた。
石川が気にした様子で彼女を見つめているのにも、すぐに気付く。
吉澤は石川に話し掛けるのも阻まれて、仕方なく1人で食事を口にした。
賑やかな食卓の中でそこだけが静かに時間を進めていった。
- 424 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時11分04秒
- 食事が終ると早々に食堂を立ち去る保田を石川が追い掛けた。
なす術もなく、吉澤は食堂に残る。
不思議と、嫌な気持ちにならないのが少しおかしくて吉澤は失笑する。
「どうしたの?」
「んーん。なんでもない」
後藤と一緒にいる事が今の彼女の仕事ならばそれを全うしようと、
素直に思えた自分自身の小さな成長に吉澤はくすぐったさを感じてまた笑った。
「何がおかしいの?」
「1週間で成長したなって思ってさ」
「誰が?」
「…内緒」
テーブルにおかれたチョコレートを手渡すと、吉澤は自分もそれを口にした。
「ん!美味しいよ、これ」
「ホントだぁ」
少女達が甘い笑顔を振りまいていると、近藤が彼女達に近付いてきた。
「後藤さん、決まったの?」
「恋に生きるの、私は止めたんだ」
「そうか…。じゃぁ、明日一緒にここを出発する事になるのかな?」
目を細めてチョコレートを一つ手に取る近藤に、後藤は頷く。
「良かった。気掛かりだったんだ。僕だけ先に行っていいものかとね」
頭をポンと撫でて、近藤は食堂を後にした。
「お父さんて、あんな感じかな?」
「多分、そうなんだと思う」
ドアの向こうの背中が見えなくなると、少女達は同時にため息をついた。
「いいな、ああいうの」
「いいね、ああいうの」
二人は顔を見合わせて笑うと、チョコレートをもう一つ口にした。
- 425 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時14分52秒
- 「保田さんっ」
「何よ?仕事片付けるだけよ」
石川が隣に来るのを待って、保田は階段を登りだした。
「先刻の話なんですけど…」
「もう止めよう。私が馬鹿な事言っただけだから」
石川は納得いかないと首を横に振って続ける。
「誰もいない様に感じるのは、たまにある事です。
でも、実はいるなら人は見つけられるんですよ。
彼女が見つけられたなら…」
「それが、諦めから出てきた相手でも?」
保田が一段先を歩きはじめて、石川から彼女の表情は見られない。
「…重なるのよ、私と」
「保田さん」
石川の呼び掛けにも答えずに保田は先を歩いていく。
「もし!もし、本当に諦めからなら選ぶ直前にきっと拒否するわ」
「自分が大事なら、ね。あの子が大事だったのは、市井さんじゃない?」
「でも」
石川の言葉を遮るように、保田が振り返る。
苦しそうな泣き出しそうな顔で、それでも声だけは凛とさせて彼女は言った。
「言わないわよ、彼女には。もう遅いもの」
立ち止まってしまった石川を置いて、保田はまた歩き出した。
ふと気付いた様に立ち止まって彼女は言った。
「泣かないんだ?」
きょとんとしたままの石川に情けない笑みを浮かべると、
保田は職員室のドアの影に隠れた。
- 426 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時38分40秒
- 真夜中になっても、虫が鳴っていた。
もう寒い季節なのに、まだ冬支度を終らせてはいないらしい。
後藤は、最後の夜すらも眠れないままでいた。
たった1週間で今後を左右するような事をきめろという方が無理だと思った。
しかしまた、後藤は思い返す。今後など、ありはしないのだ。
市井以外の誰の言葉も聞いてこなかった自分がここ数日で聞いた何人かの声を思い出す。
殆ど聞いてこなかった今までの事からしてみたら、凄い進歩だと思った。
−−今更成長してどうすんだろ。死んじゃったのにね−−
吉澤といた時のような笑みはこぼれてこなかった。
市井と最後に会った時の事を思い出した。
あの出来事がなかったら、自分は今ここにいただろうか?と自問する。
答は、多分Noだった。後藤が今ここでこうして天井を眺めていられるのは、
あの時、市井と言葉を交わしたからだと、彼女は誰よりも自覚していた。
同じ様にこの部屋にいたとしても、それはまったく違う場所だっただろうと。
覚えてないくらいで、もう会えないと思う?
市井の愛しい声が頭の中でこだました。
後藤と私はそんなに薄っぺらい関係だったんだ?
何度思い出しても、市井の瞳に迷いはなかった。
恋をした相手がそこに残るのが分かっていたのに、彼女は笑っていた。
沢山お話したけど、貴方のいない風景なんて、殆んどなかったわ
石川の言葉を思い出す。彼女は何故あそこまで強くなれるのか、後藤には理解できなかった。
自分が彼女だったら、市井に我侭を言って困らせるのか、
忘れられていくのをなんで受け止める事が出来たのだと、
後藤は天井に思い浮かべた石川に問いかける。
- 427 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)04時49分27秒
- 当然、石川の返事など、ありはしない。
直接聞いても、答えてはくれないのだろう。
彼女の意志は、先日はっきりと提示されていた。
保田の恐いのに優しい声が後藤の耳に聞こえてくる。
なんで貴方はここにとどまってるの?今ならまだ進める。それなのに、
なんで動こうとしないの?動けない人だって、いるのよ。動けるなら、動かなきゃ
彼女が何故そんなにも自分に対して一生懸命になるのかがどうしても理解できなかった。
後藤自身ですら、一生懸命になっていなかったのに。
市井がいなくなる前も、後も、市井さえいれば良かった。
ただ、それだけが彼女の望みで、それ以上はいらなかったのに。
それでも保田は彼女に選ばせようと必死に叫んでいた。
彼女に届くかどうか分からなくても、彼女に事の重大さを教え続けた。
結果として、彼女はそれに動かされたのだけれども。
- 428 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)05時13分26秒
- 突然のノック音に、後藤は飛び上がって裏返った声を出した。
「はい?」
「開けてもらっても、いいかな?」
つい先程まで考えていた人物の声に、慌てて後藤は扉を開けた。
「ごめんなさい。どうしても、早くに話しておきたい事があって」
保田は、申し訳なさそうにもう一度謝った。
後藤は首を横に振って答える。
「私も寝てなかったし」
保田はドアを閉める後藤に早々に切り出した。
「仕方ないから、選んでない?」
「へ?」
驚いて振り向くと、保田は今まで後藤に見せてこなかった情けない表情を浮かべていた。
「誰もいないから、仕方ないから、だから弟さんを選んでいない?」
図星をさされた気がして、後藤は答に迷った。
「ね、座って話そうよ」
話を反らすように、後藤はベッドを指さした。
「すぐに帰るから」
保田はまっすぐに後藤を見つめて返事を返す。
後藤は弟の存在を思い出していた。
まだ言葉も話せない頃から後をついてきた小さな弟。
調子に乗りやすくて、みんなで悪戯しても1人だけ掴まっていた弟。
最近は自分よりも背が伸びて、でも情けない声で自分を呼ぶ。
「仕方ないから、じゃないよ?」
「え?」
「あいつ、不器用だし、馬鹿だからこの先私以外の人が
あの子の事覚えてくれるか分からないじゃない?だから。」
半分本当で、半分は嘘だった。
誰を選んでも一緒だと思っていたけれど、それならば弟を選ぼうと思ったのだ。
- 429 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)05時18分03秒
- 保田はいつもの顔に戻って、苦笑を浮かべる。
「担当者失格もいいところね。でも、おめでとう」
彼女のその笑みが後藤の胸をきゅんとさせた。
「選ばせてくれたのは、保田さんだから」
「慰めでも嬉しいわね。私がやった事なんてあんたに食事させたぐらいなのに」
首を横に振って、後藤が笑う。
「でも、なんで食べなきゃいけないのか、よく分かったよ?」
「ありがと。貴方のおかげでどっか吹っ切れたわ」
「え?」
「なんでもない。こんな遅くに本当にごめんなさい。明日は午前中の出発だから」
頷く後藤にもう一度笑って、保田はドアに手をかけた。
「有難う。何度言っても足りないわ」
「こっちの台詞だよぉ」
後藤がおかしそうに笑うと、保田はそうね、と言って笑った。
バイバイと振られる手だけで挨拶をして、保田は部屋のドアを閉めた。
後藤はまた1人でこの部屋に残される。
首から下げられたペンダントを柔らかく両手で包み込んで、彼女は呟いた。
「これでいいんだよね?いちーちゃん」
目を瞑ると、肩を竦めている市井が浮かんだ。
「後悔はしないから平気だよ?」
急に襲ってきた睡魔に負けて、後藤はそのままベッドに体を放り込んで寝息をたてはじめた。
- 430 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)05時28分59秒
- 職員寮の扉を閉めると、階段の電気が突然ついた。
保田が驚いて振り向くと、電気をつけた本人が呆れた声で聞いた。
「あの子はちゃんと選べてたんか?」
「…そうだと信じたいかな。あれが本当なんだって」
「信じたり。それだけでも全然ちゃうんやから」
保田の肩に手を置いて、中澤は頷いた。
「ねぇ、明日の晩は飲むの付き合ってくれる?」
「お、久々やねぇ」
「本当は今日飲みたい気分なんだけどね」
「明日は朝からやもんな」
階段をふらふらと登り出す中澤に、保田は訝し気に尋ねる。
「裕ちゃん、もしかして既に出来上がってる?」
「阿呆か、酔う程飲んでへんっちゅうねん」
それでも飲んでいたのかと半ば呆れながら保田も階段を登った。
「石川の事言えないや」
中澤はにやっと笑って言った。
「せやね。しゃあない師弟やねぇ」
「その師匠なんだから、裕ちゃんもしゃあないんじゃない?」
保田はにっと笑い返して、そのまま中澤の平手を後頭部に受ける。
「私はそんなに青くないわ。一緒にすな」
その言葉を最後に、二人は挨拶も交わさずに部屋の中に入っていった。
明日はすぐそこまでやってきている。
- 431 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)05時44分38秒
- 鴉が誰よりも早く目を覚ましていた。
その声を聞くや否や、雀や椋鳥も後に続く。
吉澤はその声に起こされて、大きく伸びをした。
時計を見ると短針が六時を過ぎていて、二度寝をしている時間もそうそうない事を知る。
立ち上がって、水を飲もうと水道に近付くと石川の部屋のドアが閉まる音がした気がした。
慌ててドアを開けると、石川のコートの裾が階段を登っていくのが見えた。
自分もコートを羽織って、石川の後を追いながら
吉澤はこの間も石川が明け方に外へ出ていたのを思い出していた。
何をしに行ってるのだろう?
吉澤が屋上の扉に近付くと、扉の窓から石川がただそこに立っているのが見えた。
居場所のない子猫の様な顔をして、彼女はただそこに立ち尽くしていた。
見てはいけないものを見た気がした。吉澤の胸が訳もなく痛んだ。
なんとなく、そこが市井と関係している場所だという事を吉澤は感じていた。
辛いという気持ちを見せていなかっただけなんだと思い知っただけで、
吉澤にとっては大打撃だった。
吉澤が思っていたよりも、市井は彼女にとって大きな存在だった。
たった1週間で、そんな思いになれるものなのだろうか?
吉澤には思い当たる節があった。1週間前の自分。
- 432 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年08月07日(水)05時53分06秒
- 1週間前の自分は、まさしくそれだった。
確かに、きっかけはお姉ちゃんに似ていたからで
−そしてそれは正しかったのだが−
しかしそれ以上に彼女の優しさに、美しさに、強さに、彼女の全てに、
それを失いたくないと強く願う程吉澤は恋をした。
石川はたった1週間で吉澤にとって誰よりも大きな存在になっていた。
お姉ちゃんを写してみていた筈なのに、
何時の間にか、お姉ちゃんは彼女の身代りの様になっていた。
それを思い出せば、市井がどれだけ大きくなれるかなんていうのは、
極簡単な質問だったのだ。
それに気付かなかった自分自身を吉澤は頭の中で激しく罵った。
後悔してもしきれなかった。
今、こんなにも辛い思いをさせているのは、自分の所為の様な気がしていた。
石川はまだ泣いていない。泣く程の事がないからじゃない。
泣けないぐらい悲しい事があったからだ。
吉澤は扉を開けたい衝動を抑えて、階段を降りた。
きっと今は何を言っても、石川は笑顔を見せるだろうから。
全てが終るその時を吉澤はゆっくりと待つ事にした。
- 433 名前:空飛び猫 投稿日:2002年08月07日(水)05時58分31秒
- きりのいいところで、一応今回は終了します。
>>426 の最後の数行に訂正。
(誤)
自分が彼女だったら、市井に我侭を言って困らせるのか、
忘れられていくのをなんで受け止める事が出来たのだと、
後藤は天井に思い浮かべた石川に問いかける。
(正)
自分が彼女だったら、市井に我侭を言って困らせるだろう。
忘れられていくのをなんで受け止める事が出来たのだと、
後藤は天井に思い浮かべた石川に問いかけた。
遅くてホントにごめんなさい。
- 434 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月01日(日)01時32分07秒
- マーツーワ。
- 435 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時17分49秒
- 朝焼けはまだ見えそうにないと、
カーテンを開けて空を見上げた保田はため息をついた。
雨はそれでなくとも気持ちを憂鬱にさせるというのに、今朝はそれが格別だ。
「今週も今日で終りか…」
青い月はどんどん遠のいて生前見ていた昼の月程の大きさだ。
まだまだ寝たりないという瞼に喝を入れつつ濃く入れた珈琲を口にする。
窓の外を見ると既に食堂は灯がついていた。
朝なのにも関わらず外は少し暗く、灯が優しく見えた。
また出てきそうなため息を飲み込むと大きく伸びをする。
珈琲が零れそうになり慌てつつ保田は手早く外へ出る準備を始めた。
歯磨き粉らをたっぷりと乗せたブラシを口にいれると、
爽やかなミントの香りが広がる。
途端に目が冴えてきて、彼女は鏡を覗き込んだ。
にきびも出来そうにない綺麗な素肌を確認して誰にともなく頷く。
吐出された歯磨き粉と共に、彼女の憂鬱な気持ちは少しだけ出ていった様だ。
顔を丁寧に洗うと、タオルで顔を拭きながら
彼女はいつもの服を取り出す為に箪笥を手探りで探した。
- 436 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時19分09秒
- 夜明けは突然やってくる訳ではない。
ここ1週間の間、後藤は毎日その様子を見ていたのに今日は突然朝になっていた。
一瞬、ここは突然やってくる場所なのかと疑いたくなる程である。
彼女は1週間ぶりに熟睡をした事にやっと気付く。
心にストンと、何かが落ちた気がしていた。
ベッドの中で何度か体をねじ曲げる。
骨がたまに音を鳴らして存在を主張する。
天井はもう誰の顔も浮き出さない。
「いちーちゃん、おはよう」
呼び掛けても、返事はない。
それが本当の天井の姿だと言う事に、後藤はやっと気が付いた。
起き上がって、シンクの蛇口をお湯も水も目一杯に捻る。
雨の音に張り合う程勢いよく出てくるお湯に鏡がだんだんと曇っていった。
「あ、忘れてた。あれ聞かなきゃ」
顔が隠れる前にそう呟くと後藤は頭を屈めて顔を洗った。
外の鳥は雨でも変わらず鳴いていて、雨と水道の音を合わせても彼等には勝てなかった。
それでもいつもよりは小さな声に聞こえるのは、雨音の所為なのかもしれない。
- 437 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時19分48秒
- 食堂に集まる人影はみんな少しずつ濡れていて、
何故ここの人は傘をささないのかと近藤は苦笑を浮かべた。
石川は彼に気付いた様に微笑んで会釈をする。
「おはようございます」
「おはようございます」
他の職員達も彼に朝の挨拶をして、彼は1人ずつ丁寧に挨拶を返した。
朝の食卓に並んだのは洋食三昧だった今週には珍しく和食だった。
「ここは洋食ばかりなのかと思ってました」
「その日の小湊さんの気分なんですよ」
納得した様に近藤が頷く。
「へぇ。最終日が和食だなんて、粋な計らいですね」
「そう思います?」
具沢山の豚汁は朝からにしては豪勢で、焼かれた塩鮭のいい薫りが食堂中に漂っている。
- 438 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時20分43秒
- 眠そうに登場した吉澤を見つけて、石川は彼女に近付いた。
「おはよう、お寝坊さん」
「おはよ、早起きさん」
少しわざとらしく目をこすりながら吉澤が笑った。
目の前で笑っている石川は屋上で見つけた様な取り残された顔を微塵も感じさせない。
こっそり鼻を髪の毛に押し付けると、すぐに気付いた石川が笑って言う。
「今日のお魚食べさせて欲しいからそんな事してるの?」
「……そうだよ」
「仕方ない子。怒られてもしらないから」
へへ、と笑う吉澤をめざとく見つけた中澤が低い声を後ろで出す。
「塩鮭くらい自分で食べられるやんなぁ?もう大人なんやから」
慌てて石川から離れて吉澤はまっすぐ立つ。
「はいっ!」
「宜しい」
1週間前と全く変わらないその会話が、どことなく違って感じるのは
自分の感情がまた変わったからだろうかと吉澤は考える。
目の前でお櫃の蓋を開けている人に対する考え方はこの1週間でまた変わっていた。
それをどう伝えたらいいかが分からず、吉澤はいつもよりも楽しそうに笑うしかできなかった。
- 439 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時21分42秒
- 後藤が食堂に入った時は既に全員が食事をテーブルに持っていった後だった。
それでも誰も口はつけてはいない。
石川が彼女に御盆を手渡して、好きな物を取るように促す。
「あのさ」
「皆待ってるから食卓についてからね?」
諭されて、後藤は頷くと急いで料理を受け取っていく。
豚汁を零さない様に慎重にテーブルに付くと、小湊もその隣に座る。
「では、皆さん。頂きましょう!」
中澤の号令と共に、各自が頂きますと口にして箸を手に取った。
少し箸を進めてから石川は思い出した様に後藤に話しかけた。
「後藤さん、先刻何か言いかけてたでしょう?」
「うん」
口の中の物が喉の奥を通った事を確認してから後藤は口を開いた。
「あのさ、指輪とかって向こうに持っていけるの?」
中澤が少し怪訝な顔で聞き返す。
「向こう?」
「旅立つ先の場所」
中澤は箸を置いて一呼吸すると口を開いた。
「思い入れが強ければ持っていける、らしいわ。
確かではあらへんから期待はせんといて」
満足そうに頷くと、後藤は近藤に向かって破顔する。
「良かったね。指輪持ってけるよ」
「あぁ。覚えていてくれて有難う」
近藤が頷くと、後藤も頷いて鮭を口に持っていった。
- 440 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時22分28秒
- 朝食を全員が済ませたのを確認すると、中澤は全員に向かって言った。
「出発は三十分後です。玄関にお迎えの車が来ますので、集合次第、出発しましょう。
職員の皆さんは職員室に集まって下さい。以上です」
それぞれが頷くのを確認して、中澤は食堂を後にした。
飯田、福田、保田が彼女の後を追う様に食堂を後にする。
「保田さん」
「ん?」
保田が振り向くと、後藤が笑って手招きをしていた。
「どうしたの?」
「あのねぇ、私昨日久しぶりに熟睡しちゃった」
「そう?良かったわね」
うん、と返事をしながらへにゃっと笑う少女に保田は訝し気に聞いた。
「なんでそれを教えてくれたの?」
「心配してるかなって」
保田は驚いた様に黙り込むと、一度俯いてそれから顔をあげるとにっと笑った。
「ありがと。少し話す?」
「ううん。行かなきゃいけないんでしょ?」
行きなよ、と後藤は笑う。
保田は少し立ち止まってから優しい笑みを浮かべて歩き出した。
後藤はその姿を彼女が建物の中に入ってしまうまでずっと、見続けていた。
- 441 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年09月05日(木)03時23分08秒
- 相変わらず箸の遅い吉澤から箸を渡されて、
石川は呆れた様子で鮭をほぐす。
「そんなんじゃ、いつまでも一人立ちできないじゃない」
「できるよ。でも、今日はまだしなくていいじゃない?」
「はい、これで食べられる?」
黙って口を開ける吉澤に石川は少しだけ嬉しそうに
鮭を彼女の口の中に入れた。
「はいごだはらさ」
「え?」
「なんれもない」
その言葉の意味を聞く事もなく石川は
彼女に食べさせる為にお皿に目線を戻した。
そんな石川を口だけを動かしながら、吉澤は静かに見つめていた。
- 442 名前:空飛び猫 投稿日:2002年09月05日(木)03時24分17秒
- 毎度お待たせしてます。申し訳ございません。
遅いですが、放置だけは絶対しませんので宜しくお願いします。
- 443 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月06日(金)00時44分10秒
- マターリ待ってます
傑作ですね。
- 444 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月07日(土)14時51分31秒
- 罪な人だなぁ(w
待ってます。
- 445 名前:ヤグヤグ 投稿日:2002年09月11日(水)21時46分06秒
- 甘えん坊のよっすぃ〜、いいですね
待ってますよ
- 446 名前:空飛び猫(代理) 投稿日:2002年09月25日(水)02時37分26秒
- 空飛び猫が緊急入院により暫く更新が出来ません。
本人も大変悔しがっており、一刻も早く復活しようと静養してます。
放置だけはしないと断言しておりますのでまた気長にお待ち下さい。
との事です。
では、用件のみですが。
空飛び猫代理 A
- 447 名前:青鬼 投稿日:2002年10月01日(火)10時40分54秒
- お大事に・・・。っていきなりすいません!はじめまして。
一応森板などで小説書いてます。
最初から読ませてもらいました。こういう話し大好きです。
文章うまいですね。参考にさせてもらってます!
気長に待っていますので、無理しないで下さい。
- 448 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月12日(土)11時55分53秒
- 久々にのぞいてみたら入院宣言……
もう退院できているのでしょうか?
早く完治されることを祈ってお待ちしています。
- 449 名前:空飛び猫 投稿日:2002年10月29日(火)21時37分39秒
- 御心配をおかけして申し訳ありませんでした。
先日無事、退院をしました。
詳しい事は勝手ながら割愛させて頂きますが、
現在は自宅療養しております。
あまりPCの前に座る時間を長くしない様にと
医者から言われておりますので、今まで以上に遅いペースですが
これからも宜しくお願い致します。<(__)>
- 450 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年10月29日(火)21時38分55秒
- 職員達は職員室に集まると、静かに席についた。
いつも通りに中澤が挨拶をする。
吉澤が石川の顔を盗み見ると、石川は静かに微笑みかえした。
「よっしー」
どこかから吉澤を呼ぶ声が聞こえて吉澤は思わず窓の外を覗き込んだ。
下から手をふっているのは初めて出来た友達だった。
「吉澤はもう行ってもええで」
中澤の呆れた声に彼女はへへっと笑って職員室を出た。
「大丈夫でしょうか、ひとみちゃん…」
思わず心配そうな声を出す石川に保田が吹き出した。
「成長したのね、あんたも」
「ほんまや」
頬を膨らませてみせる石川を後目に中澤は最終調整を言い渡した。
「保田さん、石川さん、吉澤さんと私がバスで見送りにいきましょう」
飯田が驚いた顔で見上げる。
「裕ちゃんもいくの?」
「ん?あぁ、ちょっと世界を見てくるだけや」
はぐらかされた飯田はそのまま何も言わずに視線を元に戻した。
- 451 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年10月29日(火)21時39分35秒
- 木の梺にしゃがみ込んでいる後藤はまるで小学生の様に幼い仕種で吉澤を呼んだ。
「見て。見て。ほら、だんご虫」
吉澤も子供の様に嬉しそうに駆け寄り、「ホントだぁ」と笑った。
静かに、ただ、静かにだんご虫は移動していく。
暫くそれを見ていた後藤が聞こえるか聞こえないかぐらいの声で話し始めた。
「私さ、もうすぐ全部忘れちゃうじゃん?」
吉澤は小さく頷いた。
「ずっと不幸な子だと思ってたんだ、心のどっかで自分の事を。でも、今は幸せだったと思う」
「え?」
後藤はゆっくりと立ち上がって笑った。
「最後の最後で失恋しちゃったんだけど、最後に神様は友達をくれた」
「ごっちん」
「そんな風にあだなで呼んでくれたの、よっしーだけだよ?」
吉澤には彼女がキラキラとして見えた。
消えてしまいそうに儚気な彼女はしかし、しっかりとそこにいる。
「私も、初めての友達だったよ」
「ホントに?」
「うん。ホントに」
吉澤は右手を差し出した。
「私が忘れない。梨華ちゃんも、保田さんも、きっと忘れない。だから、平気だよ」
「じゃぁ、さよならは言わないね」
「うん。いらないよ」
後藤の右手がそっと彼女の手に重なった。
- 452 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年10月29日(火)21時40分13秒
- 二人は互いにからかいあいながら門へと向かった。
門が見えてくると、スクールバスの回りには既に全員が集まっていた。
「遅いよっ!二人とも!」
すっかり二人の監督になった保田が怒鳴るのを聞いて、二人は急いで駆け寄った。
小さな声で石川が「最後まで悪戯っ子なのね」と笑うと、
後藤ははにかむ様に笑ってうつむいた。
今なら市井との間の事も許せるかもしれない、と後藤はひとりで思った。
吉澤には悪いが、彼女ならば市井の傍にいてももう怒りは感じないかもしれないと。
しかし、それには既に時が経ち過ぎて、彼女に言うのも申し訳ない気持ちになった。
「どうかした?」
「なんでもない」
優しく微笑む彼女のその優しさに、後藤は未だに勝てるとは思えなかった。
彼女に笑顔を見せられてしまうと、やるせない気持ちにさせられた。
「あのさ……」
−−せめて彼女の爪の先ぐらいの優しさを自分も持てたなら
「なぁに?」
−−彼女の優しい目が、自分を責めないでいてくれるなら
「……」
−−私にも彼女の心からの笑みを作る事ができるだろうか?
「……お似合いだったよ、いちーちゃんと梨華ちゃん」
「え?」
一瞬聞き返した石川は、次の瞬間には泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう。本当に……ありがとう」
後藤は頷くと足早にバスの中に入っていった。
- 453 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年10月29日(火)21時40分59秒
- 後藤は達成感にうち震えながらバスの後ろの席に座った。
後からやってきた吉澤に「ごめん」と軽く謝ると、吉澤は「いーよ」と笑った。
「多分、梨華ちゃんすっごい嬉しかったと思うし」
吉澤が複雑そうに言うと、後藤はもう一度だけ謝った。
「だから、もういいってば」
車に乗ってきた近藤が後藤に向かって微笑んだので、彼女はそれに答えた。
それで吉澤との会話は打ち切られる。後藤はそれでも大丈夫だと思った。
吉澤との間にある関係がそれで打ち切られはしないと分かっていた。
それだけでも進歩だと思う。
そうやって少しずつ、彼女達は成長していくのだ。
−−今さら遅いか。
心の中で笑うと、吉澤が彼女に向かって手を差し出した。
「飴ちゃん」
「ちゃん付けしないでよ」
声に出して笑いながら彼女は飴を口の中に放り込む。
前の方の席に座っていた保田達が
クスクス笑っていた事を二人は知らずに飴を舐めた。
- 454 名前:空飛び猫 投稿日:2002年10月29日(火)21時43分35秒
- ではこの辺で。
>>443-448
みなさんホントにありがとうございます。
ひとりひとりのレスを噛み締めつつ、執筆していきたいと思います。。
- 455 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月03日(日)22時19分14秒
- たとえ忘れてしまうとしても、誰かと心を結ぶ事は絶対無駄な事じゃない。
それでも、吉澤と友達になれて、石川を許せた後藤が
その想いを忘れてしまうのは、やっぱり悲しいかもしれない。
どこかで報われるものであって欲しいです。
- 456 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年11月03日(日)23時54分04秒
- 忘れてしまう事と、忘れられてしまう事。
いったい、どちらが辛いことなんだろう・・・。
憶えてない事と、憶えている事。
いったい、どちらが幸せなことなんだろう・・・。
- 457 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)23時15分02秒
- 忘れても心の中で何処かで覚えてる…
そうであって欲しいです。
- 458 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月08日(金)23時35分14秒
- 石川は悩んでいた。
先程後藤に言われた言葉は確かに嬉しいものだったが、
それは素直にうけとっていいというものではなかった。
市井との約束を思い出しそうになる。
−−石川さん、お願いがあるんです
石川は俯いて、誰にも分からない様にため息をついた。
それ以上思い出さない様に、石川はまた出ようとするため息を押し込めた。
どうしたらいいのか、どうしても石川には分からなかった。
どれを言っても、言わなくても、後藤を傷つける気がしていた。
「中澤さん……」
中澤には分かっているのか、何度か頷くだけで何も答えない。
石川はゆっくり目を瞑ると、バスの揺れに身を任せた。
信田の運転するバスはいつも暖かく、優しい。
- 459 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月08日(金)23時35分55秒
- 近藤の妻の実家の前にバスが止まると、
後藤は埋もれる様に座っていたシートから少しだけ身をあげた。
「元気でね」
「あぁ、君も元気で」
にっこりと笑う男は愛おしそうに後藤を見た。
「いい子だね」
「え?……ありがと」
さようならは口にしなかった。
石川と信田に連れられていく近藤の後ろ姿は大きくて、
彼女はやはり覚えてもいない父親を思い出しそうになる。
「パパかぁ」
「へ?あぁ、あの人も誰かのパパなんだよね」
「……」
吉澤の言葉には返事をせずに、また後藤はバスの席に身を埋もれる様にずるずると落ちていった。
- 460 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月08日(金)23時36分26秒
- 「ていうかさ、なんであの人が同行しないの?」
後藤のアパートの前で止まったバスの前で吉澤は顔をムッとさせながら言った。
「先刻はあの人着いていってたじゃん!」
運転席に座ったままの信田に向けられた指を自分に向けて中澤が唸る様に言った。
「うちが行くからや。文句あるんか?」
「……ないです」
どこか寂し気な石川を信田と残していく事がとてつもなく危険な事に思えたが、
吉澤は諦めて後藤の隣を歩く。
「ごめんねぇ、問題児で」
「ホントだよぉ」
笑って答えると、後藤は少しホッとした様に笑った。
吉澤は自分の仕事を思い出す。
彼女の最後に不安を陰らせてはいけない。
中澤はそんな吉澤を見て、誰にでもなく頷いた。
- 461 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月08日(金)23時37分42秒
- 久々に泣きそうな自分に気付いて、石川は少し笑った。
信田がなにも言わずに魔法瓶を取り出した。
「ちゃんと上にいけてると思います?」
「どうだろうね。いけてるんじゃないかな」
バスの窓から見える空はまだ陰っていた。
「誰の事か聞かないんですか?」
「市井さんでしょ?」
こともなげに言われて、石川は湯気の立つコップを受け取った。
一口飲み込んでから、石川が「美味しい」と呟くと信田は嬉しそうに頷く。
「ミルクティーはアールグレイでしょう」
「そうですね」
石川がもう一口飲むのを確認してから信田は
自分もコップに注いでふーふー息を吹き掛けて啜った。
空の雲が形を変えはじめていた。
石川はそれを市井に見せたい気持ちになる。
なんで、それが出来ないのだろうと。
答は簡単だった。
市井が選んだのは石川ではなかったからだ。
- 462 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月18日(月)21時13分23秒
- 否、選ばせなかったのだ。
自分の言わなかった言葉を頭の中で反芻させる。
『選ばないって選択肢もあるのよ?』
なぜそれを言わなかったのだろう?
彼女は自分を少しだけ責めた。
「ここに残るって、大変な事だよね」
考えている事が分かっているかの様に信田が言った。
「そうですよね……」
信田の入れてくれたミルクティーに口をつけて、
石川は吉澤達が戻るのを静かに待った。
- 463 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月18日(月)21時13分58秒
- 後藤は一週間振りに立つ我が家のドアに見なれない看板を見つけた。
「世界?なにそれ?」
「いいからさ、入りなよ」
にやにや笑う吉澤に言われて、後藤はドアをそっと開けた。
ヌメッとした空気が彼女にまとわりつく。
「気持ち悪いよぉ」
「だよねー、私も嫌い」
頷きながら少女達が後ろを向くとドアを閉める中澤と保田が後藤の後ろを指差した。
「ほんまそっくりやなぁ」
「どうみても姉弟だね」
あまり成長してそうに見えない弟の首からは、後藤のしていたネックレスが見える。
ときたま意識する様にそれを握る弟を後藤は少しだけ愛おしく思った。
「ねぇ、所長さん」
ふと、後藤が振り返った。
「物を覚えていっちゃいけないの?」
- 464 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月18日(月)21時14分33秒
- 後藤の言葉に中澤は息を飲んだ。
暫く考えてから彼女は口を開けた。
「出来へん事はない。ただ難しいらしいてな、誰も結果はしらんのよ」
保田は驚いた様に中澤を見る。
「出来るの?」
「いや、何にだって出来るねん。ただ、人が確実やって」
中澤の言葉に後藤は嬉しそうに目を輝かせる。
「じゃぁあのペンダントを覚えていく!」
「いや、でもな」
後藤にはもう中澤の声は聞こえなかった。
吉澤は心配そうに中澤と後藤を見比べた。
「難しいねんで?」
「いいよ。私はいちーちゃんを取るの。
やっぱりいちーちゃんじゃなきゃ嫌なの」
中澤は諦めた様に頷いた。
後藤が消えていったのはそれからそんなに時間が経ってからではなかった。
- 465 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月21日(木)21時01分52秒
- 雨が止んでいた事に石川は気付いていなかった。
「石川ちゃん、ほらあれ」
雲の中から晴れ間がのぞいているのを教えてもらって、彼女はやっとその事に気付く。
長い一週間だったと振り返って思った。
願わくば、来週は元気に過ごしたいと心の中で呟いてから、
市井がいなくなってからは元気だった事を思い出した。
石川は自分でも不思議に感じていた。
市井がいなくなる前はそれが訪れなければいいと思っていたのに、
今ではそれが随分と昔の事の様に感じた。
「きれい……」
雲間から降る光が神がこの世を作っている事を思い知らせていた。
バスに戻ってきた吉澤は少し興奮気味に石川に事の次第を伝える。
「え?どう言う事?」
一度では把握しきれない石川に、吉澤がもう一度ゆっくりと伝える。
「……だからね、ごっちんは市井さんを選んだんだよ!凄くない?」
「そう、ね」
少し青ざめた様に石川は答えた。
「どうしたの?」
保田の心配そうな声に石川はなんでもないと返して沈み込むようにバスの席に座り直した。
中澤は何も言わずに信田に頷く。信田はそれを見て静かにバスを動かした。
- 466 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月21日(木)21時05分58秒
- 「物を選べると中澤さんが知っていた理由は、
私がそれを一週間前に調べてもらったからです。
市井さんは、後藤さんのしていたペンダントを覚えていきたいと
強く切望していたんです。それで私が福田さんにそれを調べてもらったんです」
吉澤は自分の喉がからからな事に気付いた。
声が出ないのだ。お茶を飲んでいたのにも関わらず。
「市井さんは、まず私に二つお願いをされました。
一つはペンダントを覚えていけるか調べてほしいという事。
そしてもう一つは……」
口籠った石川は決意した様に頭をあげた。
「私に恋人の様にふるまってほしいと言ったんです」
吉澤は心の中で市井に毒づいた。
この優しい人にそんな事を頼まないで欲しかった。
「私達は本当の恋人の様に振る舞いました。
彼女の後藤さんへの精一杯の不器用な愛情表現だったんです。
ひとみちゃん、それだけは分かってあげて?」
吉澤はそんな事言いたかったのではなかった。
ただ、それが石川をどれだけ傷つける結果になったかだけが気掛かりだった。
「そうして彼女は後藤さんには何も言わないまま上へと行かれました。
後藤さんにはちゃんとした道を用意してあげたかったんでしょうね。
後藤さんが同じ事を考えるなんて……」
- 467 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月21日(木)21時06分37秒
- 「最後まで市井さんは後藤さんの事を考えてました。
ずっとずっと宜しくお願いしますって頭を下げてました。
私は、彼女に教えなかったのが正しかったのか、まだ分からないです。
言えば良かったんでしょうか?二人で残れる道があると」
保田は首を横に振って石川の頭を撫でた。
「それは最終手段だよ?選べたなら、その方が幸せなんだから」
「でも、どの道が幸せかなんて」
石川の言葉を福田が遮った。
「選べない人は、ここで一定の時間を過ごすまで上へは行けないんですよ?」
「それでも、私は梨華ちゃんをとりましたよ?」
吉澤が福田に言い返す。
なんだか自分を否定された気がしたのだ。
「それしか選べない人がここに残るのが通常です」
冷たく言い返されて、吉澤は黙る。
確かに自分も選ぶ人はいなかった事を思い出したのだ。
「わかってます。本当は、いて欲しかっただけなんです。
大好きだったから……二人とも」
悲しそうに響く石川の声に誰も何も言えなくなった。
- 468 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月21日(木)21時34分41秒
- 部屋に戻ろうとした石川は後ろから呼び止める声に立ち止まった。
「どうしたの?ひとみちゃん」
「来て。いいから」
有無を言わずに手を引っ張られて石川は驚きながら吉澤の後をついていく。
階段を昇っていくとそこには屋上への扉が佇んでいた。
がちゃりとドアを開けると、お天気雨が二人を襲う。
「濡れちゃうよ、ひとみちゃん」
「いいから」
ドン、と吉澤は石川を押して屋上のまん中へと導く。
「ひとみちゃん?」
「大好きだったのは、市井さんの事でしょ?」
吉澤の声に石川は言葉を失った。
「いなくなっちゃって、泣きたいんでしょ?」
「ひとみちゃ……」
泣き崩れる石川を抱き締めて吉澤が苦しそうに言った。
「失恋はね、次の恋で癒すんだよ?」
「え?」
「なんでもない」
お天気雨がゆっくりと通り過ぎていった。
雨はもう降らない。
- 469 名前:2.Alone Together 投稿日:2002年11月21日(木)21時38分07秒
- 第1話 Alone Together 完結
- 470 名前:空飛び猫 投稿日:2002年11月21日(木)21時39分44秒
- うわ。最後の最後にやっちゃった。。
まぁ、とりあえず2話目終了。次は次スレの前に小さなお話がはいります。
待っててくれたみなさんありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
- 471 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時34分08秒
- still somewhere in the world
- 472 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時34分38秒
- 初めて出会った時の彼女は子猫よりも寂し気で、
彼女が何も言わなくても抱き締めそうになったのを、今でも私は覚えている。
- 473 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時35分09秒
- その日は朝から雨がざーざーと降っていて、私は嫌な気持ちになりながら運転をしていた。
雨は嫌いだった。大事な人を失った時も、雨の様な爆撃にあっていたから。
愛しい妹が死んだのは、私が彼女を守りきれなかった所為だ。
あの時の目の前で彼女が飛び散る様を、私は未だに夢に見る事がある。
私が彼女の手を放さなければ、少なくとも後数日は彼女は生きられた筈だった。
尤も、私自身がその後爆撃にあい死んでしまったのであまり意味はなかったかもしれない。
しかし、彼女だけでも生き延びられたかもしれないという気持ちは心に残り、
それが理由でか、私は『相手』を決められずにドライバーとして死後も働いていた。
不思議な世の中である。死後の世界なんて、生きている時には考えもしなかったものだ。
それなのにも関わらず、のうのうと私はドライバーとして日々を過ごしていた。
ようやく見つけた対象者は世界の門の前で座り込んで泣いていた。
座り込んでいた対象者を見つけた時に私はとても驚いた。
「千佳?」
千佳に、妹に、そっくりだったのだ。
「え?」
「いや、君は自分の立場は理解してる?」
首を横に振る少女の顔とリストの白黒写真を見合わせる。
『石川 梨華』
それが少女の名だった。
- 474 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時35分47秒
- あれから十余年、彼女もまた『相手』を決められずにここで働いていた。
彼女の仕事は対象者に相手を見つけるという物で、
ドライバーである私よりも精神的にきつい仕事だ。
そんな彼女に恋をした少女がいるのを私は知っていた。
その少女が余りにも露骨に私をいやがるので、私は少し面白がっていた。
少女が恋に落ちる理由が少し分かる気はする。
私も彼女が千佳に似てさえいなければ恋に落ちていたかも知れないからだ。
一生懸命な彼女はとても愛おしく、
仲良くなる子が出てくる度に涙を流す姿は天使の様だった。
彼女が好きになる子が出来たらまっ先に教えてほしかったし、
その相手が誰であろうとも、幸せに出来なければ許せる気がしなかった。
そうして私は彼女の悲恋を聞く事になる。
- 475 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時36分24秒
- いつもの門の前に車を止めるとそこには既に中澤所長が立っていた。
「どうかしたんですか?」
「今日な、石川の事ちょっと見たってて欲しいねん」
事の次第を聞いた私は驚愕した。
彼女は恋をしていた。よりにもよって対象者に。
私は自分の気持ちを抑えて中澤所長に笑顔で言った。
「わかりました。いつも通りいきますよ」
そう。いつも通り、彼女が泣き止むのを待てばいい。
少しぐらい時間がかかっても、それで傷が癒えるのならば私はいくらでも付合った。
対象者と彼女がやってきた。
後からやってきた別の対象者とそいつは少しばかり会話を交わして車に乗る為に体を屈めた。
そいつの手が震えているのを私は見つけてしまった。
そいつを怒る気力がなくなったのは、その時だ。
「発車しますか?」
我ながら事務的な声だったと思う。
「はい。お願いします」
案外しっかりした声でそいつは私に答えてきた。
しかし次の瞬間、彼女の言葉でそいつは泣き崩れた。
声も出さずに、ただ苦しそうに。
- 476 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時37分09秒
- 後藤さんのアパートメントの前に車を止めた私の後ろで二人が外に出ようとしていた。
「ここで待ってるからさ、行ってきなよ」
私はサングラスをかけて、運転席のシートを倒した。
「…いってきます」
私が何もかも知っている事を承知しているかの様に彼女は私に微笑んだ。
誰もいなくなった部屋から出る彼女に、私は車のボンネットに腰掛けて軽く手を上げた。
階段をゆっくり降りる彼女に私はなるべく優しく問いかけた。
「泣かないの?」
問いかけに彼女は首を横に振る。
「…涙、渇れちゃったんです。あんまり泣いてばかりいたから、もう涙が出ないの」
「そっか」
彼女の頭を撫でて、私は彼女を助手席に座らせた。
予め用意していた言葉をまるで思い付いた様に言う。
「そうだ。石川ちゃん、今日はもう面接ないよね?」
「はい」
彼女はいつもの様に笑い、私も何もなかったかの様に続けた。
「海、寄ってこうか」
「海?」
「近くにあるんだ」
彼女が頷くのをみて、私は車を発進させた。
彼女が一度も振り返らなかった事に私は気付いていたが、特には何も言わなかった。
- 477 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時37分45秒
- 海についた私達は雨が降ってきているのにも関わらずボンネットの前に座った。
だんだん濡れていく彼女に上着をかけると彼女は小さく微笑んだ。
「海はさ、世界が満ち潮だとこっちは引き潮だって知ってた?」
随分前に上司の稲葉に聞いた話を私は持ち出した。
「そうなんですか?」
「水の魂が移動しているんだとさ」
「へぇ」
驚いた様に彼女は海を見つめる。今、こっちではちょうど引き潮だ。
「市井さんの魂も連れてってくれてるでしょうか?」
「多分、連れてってくれてるよ」
彼女は泣かなかった。雨で誤魔化されてる訳ではなく、本当に泣かなかった。
ずぶ濡れになった私達が車の中でタオルで髪の毛を拭いている時に彼女が小さく言った。
「ありがとうございました」
私は答える事が出来ずに聞こえなかった振りをした。
私の方が泣きたい気持ちでいっぱいだった。
彼女の悲しみは想像できないほど大きかったのかもしれない。
残念ながら私の前ではそれを彼女は出してはくれなかった。
- 478 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時38分18秒
- 今も世界のどこかで人は死に、また産まれていく。
願わくば次に彼女が恋をする時は幸せになれますように。
それだけしか私には出来なかった。
そのためにはあの少女をいじめるのを控えるとしよう。
少女には頑張って彼女の心を掴んでもらわないと困るのだ。
そして、幸せにしてもらわないと。
私は勝手にそんな事を願って車を発進させた。
時折彼女の頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに笑った。
それが少しだけ悲しく感じながら私は車を走らせた。
- 479 名前:今も世界のどこかで。 投稿日:2002年11月21日(木)22時38分50秒
了
- 480 名前:空飛び猫 投稿日:2002年11月21日(木)22時40分10秒
- これでこのスレッドで書くお話は最後です。
続きは次スレから。いつか立てます故、暫くお待ち下さい。
ではでは。本当にどうもありがとうでした。
- 481 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月21日(木)23時03分19秒
- お疲れ様でした。
いろいろと大変なようですが、これからも無理のない範囲で頑張ってください。
メール欄に、ちょこっとネタばれ感想あります。
- 482 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年11月21日(木)23時07分50秒
- 第2章の完結、おめでとうございます。
並びにサイドストーリー掲載、早速に読ませていただきます。
次の連載も楽しみにしておりますので、ぜひお供させてください。
- 483 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年11月24日(日)14時24分52秒
- はじめまして。レスをしてませんでしたが影ながら読んでいたものです。
もう、こんなに泣ける小説初めてです^^
2章完結おめでとうございます。
お体の方は大丈夫ですか?
無理をしない程度でがんばってくださいね。
次の連載ではいつかレスをしたいと思ってます。いいでしょうか?
次の連載、楽しみにまたーりと待ってますのでゆっくりがんばってくださいね!
- 484 名前:空飛び猫 投稿日:2002年11月28日(木)20時35分20秒
- >>481 名無し読者様
読者の目がそう向く様にわざと書いてたので騙されてくれて嬉しいです。
ミステリーがすきなので、どうしてもミステリーっぽい作りになってしまいます。
ミステリーじゃないじゃん。。
>>482 M.ANZAI様
正直、この話が終わる気がしなかったのでほっとしてます。
次のスレはもう少し先になりそうです。
ここが過去行きになってなければ、ここに御報告させて頂きます。
>>483 ヒトシズク様
はじめましてです。
泣けるとおっしゃって頂けて恐縮です。
いやはや泣かせるつもりは無いのですが。
またレスしてやって下さい。それが日々の糧ですから。
- 485 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月22日(日)01時40分04秒
- hozen
- 486 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月07日(火)22時58分02秒
- 良かったです。
次スレも頑張って下さい。
- 487 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)01時36分48秒
- ほぜん
- 488 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月02日(日)01時14分21秒
- ( ‘д‘)<うあ!
- 489 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月19日(水)15時47分18秒
- 保全
- 490 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月26日(水)19時16分56秒
- 胸が締め付けられて苦しいけど、読んでしまう。
お体に気をつけて、がんばってください。
- 491 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年04月06日(日)11時44分51秒
- 次スレもがんばってください、応援しています!
- 492 名前:空飛び猫 投稿日:2003年04月19日(土)23時37分41秒
- 皆様、保全、大変有難うございました。
お待たせしました。次スレです。
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