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やぐちゅーサークル
- 1 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月21日(月)23時04分53秒
きみと僕をつないでるゆるやかな
終わらないループ
- 2 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時05分42秒
http://ichii.3nopage.com/index.html
- 3 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時06分49秒
翌日のワイドショーは、一斉にこの報を取り上げた。
卒業後の予定は一切未定、との発表が事務所からなされると、騒ぎは一層、蜂の巣を
つついたようなものとなった。UFA得意の戦略的な卒業劇ではないことは明らかだ
った。そうなると、注目を集めるのはその理由だ。
- 4 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時07分42秒
事情通なる者が複数登場し、それぞれがさもありげな事情を披露した。
曰く、男関係のスキャンダルに巻き込まれ、首を切られた、
曰く、娘。内でのいざこざで精神の失調をきたした、
曰く、彼女の親族を名乗る者が利権に食い込もうとしていた、
etc...etc......
- 5 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時08分21秒
- だが、真実を言い当てた事情通は1人もいなかった。
予兆はあった。
いつの間にか……本当に、誰もが気づかないうちに静かに芸能界をフェードアウトした、
もう1人のハロプロのメンバー。
いや、古くからのファンの中には、最近、まったくメディアに露出しなくなった彼女の
消息を求める声も少なからずあったのだ。だがそれも、こたびの卒業騒ぎにまぎれ、ほ
とんど話題にはならなかった。
もう1人の元娘。
彼女の名は、中澤裕子。
- 6 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時09分15秒
- 本当は、少しでも事情に詳しい業界人なら今回の事件──そう、確かにそれは事件
だった──の背景は容易に知り得ることが出来た。だが、見事ともいえる足並みで、
一切の情報は遮断されていた。
仁義無用のゴシップ雑誌でさえ、中澤裕子の事情については口をつぐんだ。
代わりに、矢口について、あることないことを派手に書き立てた。
真相についてのみ、誰もがだんまりを決め込んだまま、時は流れた。
- 7 名前:1 投稿日:2002年01月21日(月)23時09分56秒
- まだ肌寒い日が続く4月。
さいたまスーパーアリーナにて、13人最後のステージの幕が上がった。
- 8 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月21日(月)23時12分24秒
- こんな感じで話を進めたいと思ってます。
題はやぐちゅーサークルですが、内容は私のハンドルを見ても分かる通りいしよしです(嘘)。
頭の中では、もうラストまで話は出来上がってるので、ゆっくりではありますが、最後まで
おつき合いよろしくお願いします。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)00時08分38秒
- かなりおもしろそうです!!あのニュースはまるで本物のようでした。
かなり楽しみにしています。これからもがんばってください。
いしよし(嘘)に不覚にも笑ってしまいました。
- 10 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)01時07分26秒
- そんな訳で、寝る前に更新!
- 11 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時08分10秒
- ステージの上は、無数のスポットライトに照らされて、むしろ暑いくらいだった。
目もくらまんばかりの眩しい舞台に飛び出す13人の娘。
客席からは、やぐちコールの嵐。なにを歌っても、なにを喋っても、観客たちはやぐち
を叫び続けた。
- 12 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時08分56秒
娘。たちはみんな泣いていた。矢口は、メンバーたちの顔を見回しながら、今日まで
の日々を思い出していた。
「やぐっちゃん……止めないけど、いつでも帰って来てよね」
「矢口さん、ずっと待ってます」
「ヤケにだけはならないでね。裕ちゃんも、それは望んでないと思うから」
矢口は、ただ、ありがとう、としか言えなかった。この、わがままともいえる卒業を、
快く許してくれた事務所にも感謝していた。
みんな、大好きだった。みんなみんな大好きだ。
- 13 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時10分02秒
アンコールの一曲目は『ラストキッス』。飯田と二人だけのバージョンを披露した。
二曲目は『センチメンタル南向き』。矢口のソロに、娘。たちがコーラスをつけて
くれた。
ステージが暗転する。途端に沸き上がるやぐちコール。
これは、矢口自身が、どうしても、とつんくに頼み込んで聞き入れて貰った、最後の曲。
「ありがとーー」
矢口の声に、曲のイントロがかぶる。
- 14 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時10分38秒
「13人で、最後の曲、ダディドゥデドダディ〜!」
昔、武道館で、同じことを云った。
今日は、自分自身を送り出すために。
「せーの、イエー!」
ふと(今日で私の青春も終わりかあ)と思った。後悔はなかった。
- 15 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時11分27秒
- そして、矢口はステージを降りた。
別れを惜しんで抱きついてくるメンバーたちの相手もおざなりに、そのまま楽屋に向
かった。モーニング娘。やハロプロメンバーのそれではなく、医者や看護婦が待機し
ている特別室に。
「裕ちゃん、終わったよ!」
息を切らせて、矢口は部屋に飛び込みざま言った。
ベッドにクッションを置いて、身体を起きあがらせてモニターを見ていた中澤が振り
返った。
頬が、少し赤みを帯びていた。今日は、体調がいいらしい。
「おう、見てた見てた。矢口は幸せ者やなあ。こんなにも沢山、応援してくれる人が
おるねんからな」
「うん。矢口は幸せ者だよ」
- 16 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時12分50秒
- 矢口は医者の顔を見た。
医者がうなづくのを見て、おずおずと、中澤のそばに寄り添った。
中澤の痩せた胸元に、頭をくっつけた。
「なんやあ、矢口。汗くさいで」
「シャワーも浴びてないからね。裕ちゃんこそ汗くさいよ。後で、矢口が拭いてあげるよ」
これからは、ずっと一緒だから、私が全部面倒みてあげるから、と矢口は口のなかで呟いた。
- 17 名前:1 投稿日:2002年01月22日(火)01時14分19秒
この物語は、二人が過ごした、最後の半年間の記録である。
- 18 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)01時15分11秒
続く。
お休みなさい。
- 19 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)01時50分05秒
- つい祭りに見入ってしまった。
すげえなあ彼。
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月22日(火)03時08分42秒
- 騙された!(w
いきなりあれだもの…
マジでビビった。
今後の展開、楽しみにしてます。
それにしてもメメントは伝説を創った。
- 21 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)19時20分06秒
- こんばんは。オゾン『おいおいおい市井と5秒くらい握手しちゃったよ』ロックスです。
昨日は寝不足です。
いろんなカップリングを書いてきたけど、次回作はあれだ。俺×娘。だ。そしてメメント
に叩かれて一気にスターダム。これ最強。
続きです。
- 22 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時20分53秒
- コンサートの余韻もさめやらぬ楽屋。スタッフたちを遠ざけて、12人はみな一様に、
どこか惚けた表情で黙り込んでいた。
- 23 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時21分36秒
「矢口さん、行っちゃいましたね……」
メンバーに背を向けて、壁に額を押しつけていた石川が、ぼそりとつぶやいた。
語尾が震えていた。
のろのろと石川を振り返ったのは、パイプ椅子にだらしなく座っていた吉澤だった。
「なんでさあ、こんなことになっちゃったんだろうねえ」
何度も経験済みのメンバーの卒業だったが、今回だけは勝手が違った。『送り出す』
のではなく『置いていかれた』感の方が、より強かった。
楽屋の一番奥の壁際で、畳にお尻をぺたんとついて、膝を抱えて顔をうずめたまま、
安倍は(仕方ないよ)と言った。
「仕方ないよ。だって……だって、ひどすぎるもん」
- 24 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時22分13秒
矢口は、ミニモニもタンポポも、モーニング娘。さえも、なにもかもをここに残して、
行ってしまった。
加護は、目を真っ赤にしていた。辻に頭を撫でられながら、
「矢口さんは、もう帰って来ないような気がします」
とだけ言った。誰も、加護をとがめたりしなかった。みな、同じようなことを考えていた。
- 25 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時22分59秒
すすり泣いているのは、飯田と保田だ。
二人の涙は、しかし矢口に向けられたものではなかった。
飯田が「裕ちゃん……」とつぶやくと、保田はこらえられなくなったのか、顔をぐしゃ
ぐしゃにして盛大に泣き始めた。
小川、高橋、新垣の三人は、先輩たちの様子に何も話しかけることは出来ず、入り口の
辺りで立ち尽くしたまま、じっと俯いていた。
- 26 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時23分39秒
「ああもう!」
癇癪のような後藤の声に、誰もがびくっ、と身体を震わせた。
ずかずかと後藤は楽屋を横切って、窓の前に立った。その後ろを、後藤のボストン
バックを手にした紺野がいそいそと続いた。
カーテンを開く。
空に、大きな青い月が出ていた。
「タオルっ」
「はいっ」
紺野が神妙な表情で差し出した大きなタオルを、後藤は汗を拭く仕草で頭からす
っぽりとかぶった。
そして、ひーっ、と細く、嗚咽の声を漏らした。
- 27 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時24分15秒
- ◇◇◇
- 28 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時24分59秒
「矢口、ちょっとこっち来てみ?」
中澤は、いたずらそうな表情で、矢口を手招きした。
「えー、やだよ。裕ちゃんセクハラする気だろ」
シャワーを浴びて出てきたばかりだ。まだ髪は湿っていて、頬はほんのりと桃色に
火照っている。
タオルを首からかけた、ジーンズとロンT姿の矢口は、警戒しながら中澤のベッド
に近づいていった。
手の届く距離まで矢口が接近した所で、中澤は豹変した。矢口の頭を抱え込んで、
ベッドの中に引きずり込んだ。
「よっし、捕まえた! チューや、久しぶりにチューしよう」
「わわわっ。こらっ、やめ、やめろったら裕子!」
矢口は、中澤の腕の中で暴れた。
- 29 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時26分11秒
- 「ええやんええやん。うち、ずっと淋しかってんて。すぐ終わるから、目ぇつぶってたら、すぐ終わるから」
「ひゃっ、冷たいよ。シャツの中に手ぇ入れるなあ」
「もー我慢でけん。裕ちゃんたまってたからな」
勿論、冗談だってことは分かってる。モーニング娘。に中澤がいた頃は、メンバーで
さえ二人はレズ?と疑われるような勢いでじゃれあっていた二人だ。
中澤は笑いながら、矢口のブラのホックを外そうとしてくるし、矢口も笑いながら抵
抗を続けた。
- 30 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時26分48秒
「うんっ」
「んっ」
まあ、キスくらいはするが。
当然矢口に同性愛の気は無かったし、中澤もノーマルだろう。
だから、このキスも性的な意味はなく、でも二人にとって大切な行為だった。たまに、
息が荒くなった中澤が舌を入れてきたりするのが問題ではあったが。
ばさっ、と何かが落ちる音が病室内に響いた。
中澤が、ばっ、と顔をあげて入り口を見た。唇が離れ際、矢口は「あん」と可愛い声を
漏らしてしまった。
- 31 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時27分18秒
入り口で、看護婦が口に手をあてて、立ちすくんでいた。
二人の体勢といえば、中澤が矢口に覆い被さった状態だ。これでは誤解されても仕方がない。
「失礼しました」
看護婦は一礼して、床に落としたカルテを拾い上げて部屋を飛び出していった。
もはや、弁解の余地もないようで、
「見られたなあ」
「見られちゃったね」
矢口と中澤は、お互いの顔を覗き込んで、くすくすと笑いあった。
- 32 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時28分08秒
「もう。きっと、定期診断だよ。看護婦さん、呼んでくるね」
矢口は乱れた髪と服を整えてから、病室を出ていった。
中澤は笑顔で、矢口にひらひらと手を振って送り出した。
部屋に一人になると、ふう、と肩でため息を漏らした。
薄いカーテン越しに夜空を見上げる。
青い月が出ていた。
- 33 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時29分08秒
途端に、中澤の目から涙がするすると溢れてきた。
中澤は、慌ててごしごしと涙をぬぐい、自分自身に言い聞かせた。
(なんや? あかん、あかんで。なんでウチが泣くねん。これ以上、誰にも心配かけ
たらあかんねんで。分かってるか裕子? 分かってるんか?)
己の意思とは無関係に、冷たい涙は流れ続けた。
喉の奥から、おもちゃの笛のような声が知らず漏れていた。
長い間、中澤は泣き続けた。
- 34 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時29分43秒
ナースセンターで看護婦から、すぐにそちらに向かいます、と返事を貰った矢口は急いで
病室にとって返した。もう、矢口はモーニング娘。ではないのだ。これからの矢口の時間
は、すべて中澤のものだ。だから、どんな短い時間さえも、彼女を独りぼっちにしておき
たくなかった。
だが――
中澤の部屋から聞こえてくるすすり泣きの声に、矢口は扉の前で金縛りにあった。
中澤が泣いていた。
誰もいなくなってから、一人で泣いていた。
- 35 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時30分13秒
と、矢口は自分の口を両手で押さえた。
(裕ちゃんの前で泣いちゃダメだ)
(裕ちゃんの前で泣いちゃダメだ)
スリッパを脱いで、足音を立てないようにしてから、冷たい廊下をひたひたと駆けた。
階段を下り、中澤の病室からずっと離れた場所にある女子トイレの個室に飛び込み、
中から鍵をかけた。
そして、
- 36 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時30分45秒
うわああああああっっっああっああっ!
こらえていたものすべてを吐き出さんばかりに、個室の壁をガンガン叩いて、矢口は
大声で泣きだし始めた。
(ひどい、ひどいよ。どうして裕ちゃんなんだよ)
(神さまひどいよ。裕ちゃんが何したってんだよ)
矢口は、髪をかきむしって泣いた。どれだけ泣いても泣き足りなかった。
何事かと思ったのだろう、トイレの個室の外に看護婦が来たようだった。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
扉を激しくノックされた。
- 37 名前:2 投稿日:2002年01月22日(火)19時31分17秒
お構いなしに、矢口は叫び、身体のあちこちを壁にぶつけて泣いた。
(お願い、お願いします神さま)
(お願いだから、裕ちゃんを連れて行かないで――)
- 38 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)19時32分08秒
- 今日はここまでです。
好きな缶コーヒーは、千葉ローカルのマックスコーヒーです。
- 39 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月22日(火)19時32分48秒
- ウソです。
マックスコーヒー甘過ぎ。
- 40 名前:名無し読者4649 投稿日:2002年01月23日(水)00時40分00秒
- のっけから・・・泣いちゃいました(w
だって・・・あの頃・・・って作品を思い出して・・・マジで泣いちゃった。
もー毎日ぜってー気になるよ。この作品。
最後まで絶対書ききってくれ!!
これから宜しくって意味でこのネームにしました。(w
- 41 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月23日(水)17時39分17秒
- >>40
本当に彷彿するよな。>ごめんなさい。すれ違いで作者さん
僕もかなり期待しております。頑張ってください。
- 42 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月23日(水)20時09分09秒
- こんばんは。オゾン『エロスとタナトスは仲良し』ロックスです。
今回の話はあれだ。超衝撃的新展開。
突然矢口ヲタが乱入してダダダダで娘。惨殺。これだね。甘々はすっこんでろってこった。
続きをどうぞ。
- 43 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時10分01秒
- 中澤の病室の灯りは消されていた。
(裕ちゃん、眠っちゃったのかな?)
矢口はおそるおそる、部屋の中を覗き込んだ。
中澤は起きていた。
身体をベッドから起こして、顔をあっちに向けて、窓から見える夜空を見ていた。
月光が、中澤を青く照らしていた。
- 44 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時10分36秒
「裕ちゃん……?」
お月見でもしてるんだろうか。囁き声で、矢口は中澤の名を呼んだ。
「矢口、遅いで」
不機嫌そうに、中澤は言った。
「どこ行ってたんや。さっき看護婦さん来て、検査も終わったで」
「ゴメンゴメン。ごっちんから携帯入ってさ」
矢口は適当な嘘をついて、そろりと部屋に滑り込んだ。
部屋が暗くて良かった。さっきまで泣きはらした目が真っ赤に充血していて、蛍光灯の
下ではごまかしようがなかったから。
- 45 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時28分46秒
「ゴメンね。淋しかった?」
「うん」
冗談めいた問いに対して、中澤は真っ直ぐに矢口を見つめて、うなずいた。
まだ、病魔は中澤の外見には現れていない。それでも、矢口は、はっ、と胸をつかれた。
月光に染められた中澤の白い顔は、どこまでも透明で、綺麗だった。なぜだか分からず、
矢口は動揺した。
「なんだよ。裕ちゃん素直じゃん」
「矢口、こっちおいで」
中澤のいざないに抗すすべもなく、矢口は操られるように中澤のベッドに腰掛けた。
中澤は指をくしのようにして、矢口の髪を撫でた。
- 46 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時29分19秒
「なあ。今からでも遅うないで」
「……?」
「せっかく、夢を叶えられたっていうのに、全部捨ててウチと一緒に来んでもええんと
ちゃうか、ってことや」
中澤の言葉は、矢口の身体の表面を滑り落ちた。髪を撫でている指の感触の心地よさに、
それ以外は何も考えられないでいた。
- 47 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時29分56秒
急性骨髄性白血病。
それが、中澤の病名だ。
敗血症を併発していて、それは大量の抗生物質の投与で押さえ込んではいるのだけれど、
容態は、すでに完治が不可能なほどに進行していた。精密検査を繰り返した結果、結論
は『余命半年』だった。
「可能性がないとは言い切れません。私たちも、全力をつくします」
中澤の担当医──白血病の権威は、そう締めくくった。
矢口の聞いたところだと、中澤は告知を受け、そうかあ、人生を一気に駆け抜けた感じ
やなあ、とつぶやいて、むしろからからと笑ったそうだ。
- 48 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時30分41秒
(裕ちゃん得意の強がりだ)
そう直感した。
他人に弱みを見せるのを嫌う中澤は、えてしてショックを受けた時にこそ虚勢を張る
フシがある。
「なあ、矢口。聞いてるか?」
「聞いてないよ。裕ちゃんの手、気持ちいい」
猫のように目を細めて、矢口は中澤にもたれるようにして身体をあずけていた。
- 49 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時31分16秒
明日から、中澤は軽井沢のサナトリウムに移る。
設備の整った都心の大学病院も確かに良い。だが、気候が穏やかで空気の良い避暑地に
建てられた療養施設に入る、という選択肢を中澤は選んだ。
中澤に同行する、芸能界から足を洗う、との一大決心を矢口が口にした時、メンバーも、
事務所でさえも、頭ごなしに否定したりはしなかった。長い長い話し合いの末、それが
本当に選んだ道なら、と、最終的には矢口の決心を認めてくれた。
有り難かった。
いつでも帰っておいで、とみんなは言っていた。
矢口自身は、もう戻るつもりは無かったが。
- 50 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時31分48秒
かくして、矢口のモーニング娘。卒業を待って、中澤は転院することになった。こうし
て東京にいるのも、今夜が最後だ。
「じゃあさ、明日は慌ただしいだろうから、裕ちゃんももう寝た方がいいよ」
矢口は身体を起こそうとした。
途端にぐい、と強く引かれ中澤に強く抱きしめられた。
(もう、今日はじゃれてるヒマないんだって)と、はねつけようとして、中澤の身体が
強ばり、小刻みに震えていることに気づいた。
- 51 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時32分19秒
「裕ちゃん……どうしたの? 気持ち悪いの?」
矢口は中澤の顔を見上げた。
泣き出す寸前の子どものような表情になっていた。真っ青になって、ガタガタ震えていた。
「……なあ、矢口ぃ」
不安におののく、かすれ声。
「死ぬ、ってどんな感じなんやろうな。ウチ、想像もつかへんわ。死んだら、ウチは
のうなるんか? みんなとも逢えんくなるんか? みんな、もうウチのことは忘れて
しまうんかな? 矢口もか? 矢口もウチのことは忘れてしまうんか?」
うわごとのように、中澤は繰り返した。
びっしょりと汗をかいていた。
- 52 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時33分01秒
「裕ちゃん!」
矢口は、中澤の背に回した腕に力を込めた。
「大丈夫だから。矢口がいるから。ずっとずっと一緒だから」
「イヤや。みんなと逢えんようになるんはイヤや。みんなから忘れられるのはイヤや!」
矢口は必死で中澤をなだめながらナースコールのボタンを押した。駆けつけた医者に鎮静
剤を打たれ、ようやく中澤は眠りについた。矢口は、一晩中病室にいて、中澤の手を握っ
て過ごした。
これまでも何度もお見舞いに来ていたし、病室にお泊まりしたこともあった。だが、
ここまで錯乱した中澤を見るのは、初めてだった。
- 53 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時33分38秒
(裕ちゃんを不安にさせたもの)
(裕ちゃんが怖がっていたもの)
矢口は、後になって思う。
(きっと裕ちゃんは、本能的に分かったんだ。だから)
(その事実を知ってしまった。だから、あんなにも取り乱したんだ)
- 54 名前:3 投稿日:2002年01月23日(水)20時34分19秒
――もう二度と、東京には戻って来れないって。
- 55 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月23日(水)20時35分21秒
- つづく!
- 56 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月23日(水)21時12分28秒
- あんた凄げよ!
めちゃくちゃ痛いけど。
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月23日(水)21時16分46秒
- イイ!!本気ではまる。
更新毎日すごいっすね。
更新前のコメントいつも楽しんでます。
- 58 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月24日(木)02時10分18秒
- なにやら、お悩みなようですね。
他のものと、プロットが似ていても、作者さんの心の中までは同じではないと思います。
続き読みたいです。
こちらのやぐちゅーの心理描写もみせてください。
お願いします。
待ってます。
- 59 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月24日(木)19時49分55秒
- オ「オゾンでーす」
ロ「ロックスでーす」
オ「って俺たち二人組かよ!」
ロ「やっぱアレですよ。時代は18禁!」
オ「いきなりだなオイ。しかも18禁て」
ロ「次回作はエロ書くことにします」
オ「ええっ!? 『泣きました』とかレス貰ってるのに方向代えすぎじゃねーのか?」
ロ「題は『淫乱アイドルプッチモニ!』に決定しました」
オ「決定かよ! ってそれパクリじゃねえか!」
続きをどうぞ。
- 60 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時51分36秒
肌寒い朝。
午前8時。
中澤に身体を揺すられて、矢口は目を覚ました。
「ほらほら、こんなトコで寝てたら風邪引くで」
矢口は寝ぼけ眼をしばたたかせた。
カーテンごしの柔らかい朝日の差し込む部屋で、中澤は矢口を見下ろして微笑んでいた。
一瞬、幸せな夢の続きを見ているのかと思った。
そして、自分が中澤のベッドに突っ伏して、眠ってしまっていたことに気づいた。
- 61 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時52分13秒
「あれ? 裕ちゃん……?」
「なんや。矢口、まだ寝ぼけてるんか? じゃあおはようのチューしよっか」
矢口は慌てて中澤から飛び退いた。中澤は面白そうにくくくっ、と笑った。
どうやら、一晩寝て、精神的に落ち着いたようだ。矢口はほっ、と胸を撫で下ろした。
身体の節々がギシギシと痛んだ。無理な体勢で寝ていたみたいだ。
- 62 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時52分51秒
「今、朝の8時や。10時になったらここ出発やけどな。9時半にメンバー来てくれる、
ってマネージャーさんから連絡あったやろ? 早う朝ご飯食べて、準備せんとな」
そうだ! と矢口は一気に目が覚めた。
(裕ちゃんのお世話係として、こんなすっぴんの裕ちゃんをみんなの前に晒すことなんて
出来ない! 急がなきゃ)
と、頭の中で考えるはずが、口に出して言ってしまった。
「誰のすっぴんが見苦しいねん! あんたかてたいそうな顔やで」
「もう、矢口のことはいいから。ほら、メイクするよ」
「嬉しいわあ。矢口にメイクしてもらえるなんてなあ」
- 63 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時53分43秒
朝食の時間までに、メイクを先に終わらせておくことにした。
矢口は中澤を鏡の前に座らせ、道具を並べた。
「ほら、じっとしててよ」
ファンデを塗り、軽くアイラインを引く。
ビュアーで睫毛をあげ、マスカラを乗せる。
「口紅塗るよ。んー、ってして」
中澤は唇を尖らせて、キスを迫るような表情で目を閉じて矢口に顔を突き出す。入院生活で気弱が表に出てきたのか、こういうときの中澤はとても素直だ。
(わあ。裕ちゃん可愛い。可愛すぎる。従順な裕ちゃんてなんか新鮮だよう)
なんだか、逆に襲いたくなる。そこをぐっ、とこらえて、矢口は青白い唇に紅を引いた。
- 64 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時54分22秒
「じゃあ次は矢口の番」
攻守交代。
中澤のメイクブラシが、矢口の頬や額を撫でる。自分でやると何も感じないのに、中澤の手にかかるとくすぐったくてうずうずした。
「さあて、口紅塗るで。裕ちゃんのと同じのあげような」
後頭部に手が回る。
後頭部?
と、矢口が疑問をいだく間もなく、中澤の唇が矢口の口をおおった。柔らかかった。油断も隙もなかった。
「ほら、ウチと同じ口紅やで」
- 65 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時54分56秒
- なんか、さっきのうずうずと相まって、妙に恥ずかしくなった矢口は顔を真っ赤にして飛び退いた。そんな矢口の様子を見て、中澤はケラケラ笑った。
温かな日差し。
中澤の笑った顔。笑い声。
唇ごしの、中澤の体温。
息苦しいくらいにドキドキする胸。
切なくて泣きたくなるくらい、幸せな――幸せな時間。
- 66 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時55分31秒
- ◇◇◇
- 67 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時56分01秒
- 「裕ちゃーん、来たよーー」
安倍が、ことさら陽気な声で病室を訪ねて来た。
「やぐっちゃんとラブラブかい?」
続いて後藤。
「……おはようございます」
後藤の脱いだコートを両手に抱えている紺野。
(ごっちんのパシリかよ!)と矢口はツッコもうと思ったが、今はやめておいた。
「オーッス!」
「なんだ顔色いいじゃん」
威勢のいい飯田。そして保田。
なんだか、みな、妙にテンションが高かった。
逆にカラ元気めいて見えた。
- 68 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時56分35秒
「みんな来てくれてありがとうな。忙しいのに、こんなにたくさん仕事抜け出してきて大丈夫なんか?」
都合、五人の娘。たちを、中澤は嬉しそうに、目を細めて見た。
「あれ? 加護と辻は?」
飯田が振り返る。
不安そうな表情で部屋の中を覗き込んでいる、二つの顔があった。
入っといで、と保田に促され、まず飛び込んできたのは加護だった。
「やぐちさーん!!」
そう叫んで、矢口に抱きついた。
面食らったのは矢口の方だ。
「私の方かよッ!」
- 69 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時57分13秒
例のキンキン声で叫んで、加護を引き離そうとしたが、加護がマジで泣いてるのを見て思いとどまった。
「ん? どしたの加護。お腹すいたか?」
ぶんぶんと顔を横に振る。
さっきカツ丼食べて来ました、と正直に告白する。
「カツ丼かよ!」
ツッコまれて、加護は赤い目をしたまま、でへへと笑った。
矢口は一息ついて、来てくれたメンバーをぐるりと見回した。
思い思いの私服を来ている。今日も、スケジュールは目白押しの筈だ。きっと、ここに来ていないメンバーたちが必死でフォローしてくれているのだろう。
- 70 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時57分57秒
スリムジーンズに革ジャン、チューリップハットを目深にかぶった飯田が中澤に話しかけていた。
「裕ちゃん、あっちはまだ寒いだろうから、風邪引かないようにね」
「圭織。リーダー頑張ってるの、よう知ってるで。これからも、圭織なりのモーニング娘。を作ったってな」
「うん」
飯田は鼻をすすった。
中澤は昨日の錯乱ぶりを想像することさえ出来ない、すっかり落ち着いた様子で、メンバーたちに応対していた。
結局、後藤を除くみんなが――紺野さえもなんとなく――泣いてしまった。そして、マネージャーの運転するバンに乗り込んで、いよいよ軽井沢へ向けて中澤と矢口は出発の段取りとなった。
- 71 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時58分30秒
荷物を積み込み、専用のリクライニングのシートを乗せる。病院のスタッフたちが、中澤をシートに寝かせる。毛布を何重にも巻き付ける。
「あちらには連絡は行っています。乗り付けたら、そのままスタッフが病室まで搬送する手はずになっていますので」
「はい。ありがとうございました。いろいろとお世話になりました」
矢口もクマのしげるを抱えて、バンに乗り込もうとして、
ぐい、と後藤に肩をつかまれた。
そのまま、建物の陰に連れ込まれた。
「ごっちん、どうしたの?」
「……」
- 72 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時59分04秒
後藤は、両手で矢口の肩を壁に押しつけたまま、口をパクパクさせた。声にならないみたいだった。
(裕ちゃんを……)
きっと、みんなの前で泣いたりしたくなかったのだろう。見る見るうちに、後藤の両目から涙が溢れてきた。
(裕ちゃんを、お願い、します)
目を強く閉じ、うつむいて、きゅー、と後藤は喉の奥から声を漏らした。矢口は後藤の背中に両腕を回して、
「大丈夫。矢口に任せてよ。矢口が、最後まで――」
一瞬、思考が停止した。
- 73 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)19時59分42秒
- (最後まで?)
その恐ろしい言葉の持つ意味が、ふつふつとわき上がって、矢口の身体の中を冷たく満たした。膝がガクガクと震えだした。唇を噛みしめて、泣くのをこらえた。
無理だった。
後藤と抱き合って、せめて声だけは漏らさずに、二人は嗚咽した。
矢口の方がずっとお姉さんなのだが、身体の大きい後藤に抱きしめられるような格好になったのが少し不満だった。
「……」
「……」
「泣いちゃったね」
「へへっ」
- 74 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)20時00分13秒
- なんだか気恥ずかしくて、矢口は後藤の顔を見られないでいた。向こうから、矢口を呼ぶ声が聞こえてきた。
「まずい。裕ちゃん待たせてるよ!」
「待って。やぐっちゃん、涙ふいてきなよ」
後藤の差し出すタオルで、矢口は顔を拭いた。
「ごっちん、準備いいね」
ふと矢口は、後藤の背後に片膝ついて控えている紺野を発見した。
「こここ紺野なんであんたそこにいるの! いつからいたの!」
「わたしは、後藤さんの、付き人です。付き人は、ずっとくっついてるんです」
「ああ。やぐっちゃん気にしなくていいよ」
「気にするよ!」
- 75 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)20時01分07秒
大きくブンブンと手を振るメンバーたちに見送られて、バンは出発した。
「なんや矢口、遅かったなあ。後藤とお楽しみやったんか?」
楽な姿勢で横になっている中澤が、ニヤニヤ笑いながら言った。
「なんでだよ。そんなんじゃないよ」
少し慌てて矢口は言った。
「後藤かあ。昔の話やけどな、あの子にエレベーターの中でチューしたった時、鼻血だしよってん」
「どんな思い出だよ!」
- 76 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)20時01分42秒
ふふっ、と中澤は笑った。
矢口は、なぜかどきりとした。儚い、という表現がぴったりくるような笑い方だった。
しばらくの間、二人は特に会話もなく、窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
そして、ぽつりと、
「矢口には、いろんなもん捨てさてせもうたな。ゴメンな」
とつぶやいた。
「そうだよ。だから、あんまり苛めないでよね」
笑いながら言った矢口の言葉に、しかし中澤は笑顔で反応しなかった。
「ウチも、いろんなもん捨ててしもうた。残ってるのは、矢口、あんたくらいや。ホンマ、感謝してるねんで」
中澤の手がもぞもぞと動いて、毛布の間から出てきた。矢口はぎゅっ、と中澤の手を握った。
- 77 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)20時02分12秒
「なんかな、最近、分かってきてん。いきなり、何もかもが奪われてしまうんとちゃうねん。少しずつ、少しずつ、無くしていくねん。それが、つまり……」
……。
矢口は、中澤の次の言葉を待った。
だが、気がつくと中澤は、手をつないだまま、すうすうと寝息を立てて、穏やかな眠りについていた。
離れようとすると、無意識なのか、強く手を握られた。矢口は小さくため息をついて、中澤の耳元に唇を近づけた。
(矢口は、ずっと、裕ちゃんのそばにいるからね)
何度目かの決心の言葉を囁いた。
- 78 名前:4 投稿日:2002年01月24日(木)20時02分42秒
モーニング娘。を捨てることで、得ることの出来たもの。
それは、今、矢口の手の中に。
- 79 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月24日(木)20時03分43秒
- つづく。
- 80 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月24日(木)20時06分32秒
- ロ「推定少年さん、お褒めに預かり光栄です」
オ「秋元康プロデュースかよ! 上海少年さんだよ。失礼なヤツだな。
レスするなら(狩)に行けよ」
ロ「作品、熟読させて頂いてます。いやーもう、腹抱えて笑っちゃって」
オ「お前、読んでないだろ?」
- 81 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月25日(金)02時14分42秒
- 痛さの本編に・・・
笑いのサイド・・・
めっちゃいい感じやで〜。
- 82 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月25日(金)18時08分52秒
- なんか誰が書いてる作品かちょっと分かったかも(w
違ってるかも知れないけど・・・
思いっきり泣かせてください(w
- 83 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月25日(金)20時32分54秒
- 本編では決して語られることのない、後藤と紺野の主従関係。
それは、悲しくも美しい物語。
◆◆◆
「……紺野さあ、あたしの、友だちになってくれないかなあ」
私は、後藤さんの差し出した手を握り返すことなんて、とても
出来ませんでした。
代わりに、地面に這いつくばって、許しを請いました。
◆◆◆
やぐちゅーサークル番外編。
『ごまこんサークル』
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=wood&thp=1011956810
- 84 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月26日(土)07時10分34秒
- >>82
ロ「言っとくがな、爆発ブッシュじゃないぞ」
オ「分かってるって」
ロ「それはどうかな?」
オ「どっちなんだよ!!」
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月26日(土)13時44分40秒
- 浮気はいいから(w
本編更新まってるで〜!!
- 86 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月27日(日)02時03分08秒
- ロ「市井に渡す手紙を書いてるんだ。更新するヒマなぞない」
オ「すみません。マジなんです」
ロ「今、まさに清書中だ!」
オ「本当に申し訳ない」
- 87 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月27日(日)02時07分02秒
- ちょっとハマッテるんだけど・・・次いつ更新予定?
出来たら教えてちょんまげ。
- 88 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月28日(月)20時37分32秒
- すべてのやぐちゅーファンへ。
- 89 名前:5 投稿日:2002年01月28日(月)20時38分31秒
- バンは都心を離れ、今は高速道路を走っている。
中澤の、規則正しい寝息を聞きながら、矢口は物思いにふけっていた。
車内には低く『21世紀』が流れている。
──私の夢は、幸せになること
──私の夢は、笑いの絶えない生活。あははっ
(どうして、私は、モーニング娘。を脱退したいと思ったんだろう)
中澤のことは、確かに心配だし、ずっと側にいたい、という思いには微塵の
嘘もない。だが、それだけではなかった。
- 90 名前:5 投稿日:2002年01月28日(月)20時40分16秒
(なんか、疲れちゃったんだよね)
矢口がモーニング娘。の一員となれたのは15才、高校一年生の時だった。
「小学校五年生の役のオーディションで、落ちたんですよ」
面接で、そんな受け答えをしたことを覚えている。
あの時のモーニング娘。には保田と市井もいた。石黒も、福田もいた。
まだ畏怖の対象であった中澤も。
(あの頃はがむしゃらで、先が全然見えなくて、毎日忙しかったけど――
楽しかった)
- 91 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月28日(月)20時43分00秒
- ちょっとストップ。
- 92 名前:5 投稿日:2002年01月29日(火)01時54分57秒
モーニング娘。が有名になって、歌よりもバラエティの仕事の方が増えて
きて、言われるままに動き発言するマリオネットを演じることを強いられ
るようになって、
一挙一動が、衆人の監視されるところとなって、
みな、いろんなプライベートを書き立てられた。
家庭の事情、交友関係、根も葉もない噂話。
- 93 名前:5 投稿日:2002年01月29日(火)01時55分40秒
矢口にしてみれば、ファンたちの理想となる『矢口真里』を、演じてやら
なければならない理由などなにもないのだ。
賞賛と罵倒と好奇と無視と。望む望まざるに関わらず、常に評価され続け、
彼女たちの夢は芸能界の論理に飲み込まれ。
(矢口は矢口だよ!)
足下さえおぼつかない世界の真ん中で、彼女が小さな身体全部で叫んだ
言葉は、誰かに届くには余りにもか細く、弱く。
もう、モーニング娘。は、彼女たちのものでは無くなってしまった。
積み上げてきたものに、いつの間にか縛られてしまった。
彼女たちが欲したのは、そんな生活ではなかった筈だ。
- 94 名前:5 投稿日:2002年01月29日(火)01時56分23秒
(私は、逃げ出すために、裕ちゃんをダシに使ったのかも知れない)
山積する問題をすべて精算する為に、中澤の看護、という大義名分を
振り回しているだけなのではないか?
(裕ちゃんは私に感謝してくれてるみたいだけど、私はそんなにイイ
コじゃないし、むしろ、利用してるだけかもしんないんだよ?)
頭を抱えて、矢口は叫びだしそうになった。
- 95 名前:5 投稿日:2002年01月29日(火)01時57分10秒
「ん? どうした矢口。つらいんか?」
中澤の手を、強く握りしめてしまっていたみたいだ。
「あ……起こしちゃった? ゴメン」
「ゴメンな。ホントは、ウチがみんなを守ってやらやアカンかってんけど
な。もうウチの手には負えんようになって。ホンマ、ゴメン。ゴメンな」
中澤は何度も何度も矢口に許しを請うた。
中澤はどのことを言っているのか、矢口には分からなかった。
モーニング娘。に起こったすべての出来事に対する責任を、中澤は詫びて
いるのかも知れなかった。
中澤が背負おうとしたもの。
背負えなかったもの。
中澤も、苦悩してきたのだ。中澤は、世界に向かって、何を叫んでいた
のだろう。それを、矢口は聞くことが出来たのだろうか?
- 96 名前:5 投稿日:2002年01月29日(火)01時57分46秒
「そうだよ。裕ちゃんが悪いんだよ。私たちを置いていった裕ちゃんが
一番悪いんだ」
矢口の言葉に一言も反論せず、中澤はゴメン、ゴメンとうわごとのよう
につぶやき続けた。どうして中澤にこんな酷いことを言ってしまうのか、
矢口自身、分からなかった。つないだ中澤の手から伝わってくる体温が、
矢口をこれほどまでに救ってくれてるというのに。
霧が出てきた。
白く煙った高速道路を、バンは走り続けた。
- 97 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年01月29日(火)02時00分01秒
- つづく。
- 98 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)22時18分20秒
- 先が楽しみだ・・・でもいたそうだ。
- 99 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)23時50分06秒
- 最初の勢いはだうしたんだYO!(w
- 100 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月11日(月)19時36分09秒
- こっちの更新はまだですか?(w
こっちのほうも早く読みたいな?
- 101 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月14日(木)19時20分08秒
- ちょびっと更新。
- 102 名前:再開プロローグ 投稿日:2002年02月14日(木)19時21分25秒
- 矢口は、海の見える丘の上の墓地にいた。
一人、潮風にふかれながら、想い出に浸っていた。
(あれから、どれくらいの時間が過ぎたんだろう?)
分からない。
ずっと昔だったようにも思うし、つい最近だったようにも思う。
いや、昨日のことよりも、ずっとずっと遠い記憶の方が、鮮明に
覚えている。目を閉じれば、鮮やかな色彩と共に、彼女の姿、声、
温度を柔らかく思い出すことが出来た。
- 103 名前:再開プロローグ 投稿日:2002年02月14日(木)19時22分12秒
昔を思うと、今でも涙が出る。
その後の人生が不幸だった訳ではないのだけれど。幸せな出来事もたくさん
あったのだけれど。
木洩れ日の隙間から覗く、葉月の日差しを見上げていると感じる目眩にも似て、
あの、二人で過ごした日々は、矢口の中で青色の結晶のように残っている。
- 104 名前:再開プロローグ 投稿日:2002年02月14日(木)19時22分49秒
- ◇◇◇
- 105 名前:6 投稿日:2002年02月14日(木)19時23分28秒
- 白糸ハイランドウェイを下り、綺麗に舗装された道路を南に走る。
ほどなく『軽井沢』と、地名を表す看板が見えてきた。
JR軽井沢の駅前は、シーズンオフのせいか閑散としていた。バン
の中の雰囲気は重く、矢口も中澤も、先ほどからずっと黙り込んで
いた。
(なんだか、淋しいところだ。田舎の駅みたいに見えるよ)
- 106 名前:6 投稿日:2002年02月14日(木)19時23分59秒
- 「この辺りはなにもないですけど、大通りに出たらタレントショップ
とかいろいろあって賑やかですよ」
車を運転していたマネージャのキャシーが、ことさら明るく言った。
その声は、どこか白々しく響いた。
「えっと、病院の位置を確認しますね」
マネージャはそうつぶやいて、ウインカーを出した。バンはロータリ
ーに停車した。
矢口は外の空気を吸おうと、車外に出た。
一人になって、矢口は唇を噛みしめた。
(どうして、私は裕ちゃんに優しく出来ないんだろう)
(どうして、裕ちゃんにひどいことを言ってしまうんだろう)
- 107 名前:6 投稿日:2002年02月14日(木)19時24分38秒
- 後になって矢口は思う。
結局、中澤に甘えていただけなのだと。
矢口自身、まだ、この状況を納得出来ていないのだ。理解出来ていない、
と言い換えてもいい。
誰かが――身近な、親しい誰かが、この世界からいなくなってしまう
……永遠に、逢えなくなってしまう、ということに。
それは矢口の理解の範疇外だった。彼女の青春は中澤をはじめとする
モーニング娘。のメンバーと共にあったし、まだ成人していない彼女
にとって、仲間たちは永遠の存在だった。
先に娘。を巣立った福田、石黒、市井にしたところで会おうと思えば
いつでも会えるのだし、コンサートなどでもちょくちょく顔は会わせ
ていた。
- 108 名前:6 投稿日:2002年02月14日(木)19時25分08秒
そう。
理解を無意識に拒否することで、訳の分からない理不尽な苛立ちが
矢口を襲っているのだった。だからといって、彼女の想像力の欠如
を責めるのは酷だろう。
その点、矢口よりも年上で、実際の当事者である中澤は達観していた。
矢口が荒れている理由も理解して、彼女を甘えさせていたフシがあった。
――当時は、まだ。
- 109 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月14日(木)19時25分59秒
- 短めで申し訳ない。
つづく。
- 110 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月15日(金)00時20分03秒
- >>109
もうちょっとこっちも頑張れよ!!(w
- 111 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月15日(金)22時32分19秒
- 毎回書き方は変わるし長さはまちまちだし。
ムラっけむんむん。
- 112 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時34分25秒
- (これが軽井沢なんだ)
車中からの景色は、ずっと杉の林が続いていた。綺麗に剪定されていて、
真っ直ぐに伸びた幹は見上げるように高く、空をおおっている。
木洩れ日が薄く線を引く道路を走っていると、ぽつり、ぽつりと洒落た
作りの別荘が散見された。
駐車されている車は、矢口の知る限りの高級車ばかりだった。大抵は隣
接した小屋が建てられていて、冬の間はそこが食料や緊急用の薪の貯蔵
庫になるのだ、とマネージャが下調べで仕入れたらしい知識を披露して
いた。
たくさんの距離を置き、また樹々の重なりによってお互いのプライバシ
ーを守っているのだ。矢口はそう理解した。
- 113 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時37分09秒
(あれが、裕ちゃんの入院する、石渡記念病院)
「裕ちゃん?」
矢口は、眠っている中澤を小声で呼んでみた。起きる気配はなかった。
長時間の移動で疲れているのかも知れない。中澤の寝顔を覗き込む。病
院の人たちになめられちゃダメだからね、初対面で、裕ちゃんの一番美
人さんの顔見せてあげようね、と矢口は道中、中澤にフルメイクを施し
た。朝作った化粧の下地を落とし、もう一度1からファンデを塗り直す
矢口を、中澤は優しそうに微笑みながら見つめてくるのだった。
「恥ずかしいから見るなー」と抗議しても、ええからええから、ウチず
っと矢口見てたいねん、と静かに言う中澤に、矢口はなにも言い返せな
かった。
- 114 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時50分18秒
すうすうと、中澤の寝息が聞こえる。柔らかそうな唇には薄くラメが入
っていて、小さく開いていた。黒くて長いまつげは、今は閉じられてい
る。
(裕ちゃん、綺麗だな)
こうしていると、病に冒されているとはとても思えなかった。
「んー?」
矢口の気配を感じたのか、中澤はゆっくりと目を開けた。一瞬、ここが
どこか分からなかったのか、眉間に深くシワを寄せた。彼女のクセだ。
「裕ちゃん、着いたよ。よく寝てたね」
矢口の中に、いきなり愛おしさがわきあがってきて、どうしようもなく
なった。中澤の首にしがみついて、顔をうずめた。
- 115 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時55分29秒
中澤の手が、頭を撫でている。
「そっかあ。着いたんか。これからは、ここがウチの家やな。もう、
東京には戻れんのかなあ」
「戻れるよ」
矢口は、中澤にしがみついたまま言った。
「裕ちゃんは、病気を治して、またみんなのところに戻るんだよ。
そうだ! モーニング娘。は、みんな卒業するばっかだから、今度
は裕ちゃんは帰ってくる、ってのはどう? 病気治して復帰した、
ってなったら、文句言う人いないよ。ファンのみんなも大歓迎して
くれるよ。二人で一緒にモーニング娘。に帰ろう? ね? そうし
よう」
- 116 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時58分12秒
「そやな……。うん。帰ろっか。モーニング娘。に。まだまだ新人で
無茶ばっかさせられてみんなで泣いて笑って……楽しかったなあ……。
なんたって、ウチの青春やったからな。……うん、絶対、帰る。もう
卒業したいなんて言わへん」
ミスタームーンライトとかウチも振り付け覚えんといかへんなあ、と
中澤は笑った。
中澤が笑ったので、矢口も嬉しくなって笑った。
(大丈夫。裕ちゃんの病気は絶対に治る。大丈夫、きっと治るんだから!)
- 117 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)22時59分16秒
するすると、車は病院の搬入口に駐車した。
待ちかまえていたように、白衣の看護婦さんが車椅子をドアに横付け
した。実際には、まだ歩けないほど衰弱はしていないのだが、余計な
体力を使わせない配慮なのだ。
矢口が窓から外を見ると、必要以上にお医者さんや看護婦さんがいる
ような気がした。
中澤が車から降りると、小さくおお、というどよめきが起きた。その
低い歓声を、矢口は誇らしい気持ちで聞いていた。
『中澤裕子が入院する』となると、やはり野次馬が増えるのかな?
と思う。お医者さんっていうと、それだけで威圧的なものを感じてい
た矢口は、逆に人間的な反応に出会えて安心した。
- 118 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)23時00分10秒
続いて矢口。
今度は、患者なのだろうか、小さな子どもの歓声が聞こえた。矢口が
そちらを見ると、パジャマを着た女の子が看護婦さんに付き添われて
キラキラした目で矢口を見ていた。
矢口は女の子に小さく手を振ってあげた。女の子は破顔するように笑った。
(可愛いなあ。もしミニモニのファンだったら、後でお話したいな)
なんだか、いい気分だ。
軽井沢の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
身体の中から清められていく感じがする。
- 119 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)23時01分20秒
ここで、マネージャとは別れた。東京にとって帰るのだ。今度はみ
んなを連れてきます、と言い残して、彼女は去っていった。
看護婦さんにお願いして、中澤の病室まで矢口が車椅子を押すこと
にした。しかし、車椅子が高すぎて、前が良く見えず、何度も床の
障害物にがんがん当ててしまった。その度に中澤は「やぐちー揺ら
すなあ」と叫んだ。
緩やかなスロープで、ついに矢口はへこたれた。押しても押しても
車椅子は動かなくなった。
「裕ちゃん、重いんだよ」
「なにゆーてんねん。ほら、こーゆーのは男にちゃちゃーって頼み―
―あ、ありがとうな兄ちゃん。この子、力ないから――矢口、お疲れ
やったな。ほら、裕ちゃんの膝が空いてるで」
「やだよ」
看護士のまだ若い男に車椅子を押す係を代わってもらい、矢口はつい
て歩いた。
- 120 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)23時02分30秒
中澤の部屋は、個室だった。シャワー室やキッチンやトイレも揃って
いる。病院の一室、というよりは、セミスイートのホテルの部屋のよ
うだった。矢口も住み込みで世話する予定だったから、どんな部屋な
のか少し不安だったのだ。
「わあ、ここいいじゃん!」
看護士の人が、中澤の担当医を呼びに部屋を出て行った。二人っき
りになって、矢口ははしゃいだ声を出した。
カーテンを開けると、木々のつらなりがずっと向こうまで伸びてい
て、森の中にいるようだった。ここまで来る途中、病棟に囲まれた
庭園も見つけていた。小さな造りではなく、ゴルフのコース並みに
整備された大きな造園だった。天気のいい日にはひなたぼっこも出
来そうだ。
担当医からの説明が終わる頃には、すっかり日も暮れ、夜になっていた。
- 121 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)23時03分07秒
「明日から精密検査なんだよね。じゃあ今日は早く寝る?」
「んー、昼寝いっぱいしたからなあ。まだ眠くないねん。矢口、
話し相手になってくれへん?」
「うん、いいよ。明日の検査の間、矢口はヒマになっちゃうし」
興奮気味だったのかも知れない。
思いつくままに矢口はいろんな話しを中澤とした。
病院についたときにいた女の子の話には、中澤も興味を示した。
- 122 名前:7 投稿日:2002年02月15日(金)23時03分44秒
「そんな可愛い子やったら、今度一回見てみたいなあ」
「時間はたっぷりあるんだから、じゃあ今度話して、その子ここに
連てくれるようお願いしてみるよ」
時計が0時を指して、日が変わっても、あとからあとから話してお
きたいことはわいてきた。こんなにも普通の会話に飢えていたんだ、
と矢口自身が驚くほどに。
夜が更けるまで、二人の話題は尽きなかった。
- 123 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月15日(金)23時04分36秒
- つづくのです。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月16日(土)00時55分07秒
- >>123
今日は良く頑張った!(w
感謝。
- 125 名前:名無し人 投稿日:2002年02月17日(日)15時59分06秒
- これは気になる作品だな
やぐちゅーシリアスバージョン?(w
- 126 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時22分58秒
- 矢口真里の日記。
軽井沢のサナトリウムに来てから、一週間が過ぎた。
裕ちゃんは「ここに来てから、なんか体調すっごくええわあ」とか言
ってる。私が「それもこれも、矢口がつきっきりでお世話してあげて
るお陰なんだからね!」と自慢げに答えると、いつもなら「うっさい。
こーゆーのはな、恩に着せたらアカンねんで」とか軽口を叩く裕ちゃ
んが「そやな。矢口のお陰やな」って殊しょう?なことを言うから、
ちょっとうるうるした。
- 127 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時23分42秒
こんなこともあった。
裕ちゃんが一日じゅう検査してた時、ヒマだったんで初日に出会
った女の子を探して、病室に遊びに行った。
女の子と、お母さんはすっごく喜んでくれてた。裕ちゃんと同じ
白血病で、珍しいことに、ミニモニよりも中澤裕子のファンなの
だと言った。『赤い日記帳』が一番好きなのだそうだ。ならごっ
ちんに行くハズなのに、世の中にはいろんな趣味の人がいるんだ
なあ、って思った。
裕ちゃんの入院初日、ミニモニの矢口を見に来たんじゃなくて、
中澤裕子本人を見に来てたんだ、とちょっと複雑な気分になっ
たけど。
- 128 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時24分24秒
その子のことを裕ちゃんに話ししたら、勿論大喜びで、サインでも
なんでもしたるから今度会わせてな、とかはしゃいでた。
でも、翌々日、いよいよ裕ちゃんと対面させてあげようと意気揚々
と女の子の病室を訪ねたら、もう女の子はいなかった。荷物をまと
めていたお母さんから、一昨日の晩、容態が急変して、そのまま意
識は戻らなかった、と聞いた。
女の子が、私に会ったから、とお母さんにミニモニのCDを買って
来てくれるようお願いしていたらしい。お母さんが差し出した、ま
だ封の切っていないミニモニテレフォンのCDに、矢口真里、とサ
インをした。このCDを女の子のお墓に一緒に入れてくれるそうだ。
私は、まだ一回しか会ったことのない女の子のことを思って泣いた。
- 129 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時25分00秒
裕ちゃんには、女の子は退院しちゃった、と嘘をついた。
普段ならぶつくさ言うはずの裕ちゃんは、それやったらしゃー
ないなあ、と、どこか淋しそうに言った。裕ちゃんは窓の外を
見てたから、私からは表情は分からなかった。
- 130 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時25分38秒
裕ちゃんは、どんどん痩せていった。
熱を出して、夜中にナースコールをすることも多々あった。
なんだか、色素自体が薄くなった。大声を張り上げたりしなく
なった。穏やかな微笑を浮かべていることが多くなった。
そして、こういって良ければ――綺麗になった。
でも、それは儚げで、蜃気楼めいた……どこか、この世の者で
はない、不思議な印象を伴う変化だった。
- 131 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時26分10秒
「なあ、矢口。ウチら、いつまでこうしていられるんやろな」
私は、裕ちゃんの髪をときながら――水分が少なくなってきてて、
パサつき気味だったから、クシの通し方に少々コツがいる――裕
ちゃんの言葉を聞いていた。
カーテンごしの日差しは穏やかで、部屋の中は暖かかった。
裕ちゃんのうなじは、白くて透明で、……女の私でさえ、はっ、
とするような艶やかさがあった。
「ウチ、矢口とずっとこうしてたい。なんか、今、すごく幸
せやねん……」
裕ちゃんはゆっくりと目を閉じた。
私は、急に、やばい、と思った。これでは、まるでいまわの際だ。
- 132 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時26分57秒
「裕ちゃん、寝ちゃダメ。寝ちゃダメだよ」
ホントは良くないんだけど、裕ちゃんをブンブン揺すって起こした。
「うっ……気持ち悪いやんか! なにすんねん矢口!!」
裕ちゃんは青い顔をして吐きそうになってた。でも、久々の裕
ちゃん節を聞いて私はホッとした。まったく、素直なことを言
い出すと不安になっちゃうなんて、これまでの裕ちゃんの行い
が悪すぎるんだ。
- 133 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時27分36秒
コンサートツアーの合間を縫って、モーニング娘。のみんなと平家
みちよさんがお見舞いに来てくれた。
さすがに十五人がひしめき合うと部屋の中はいっぱいになった。年
功序列で、五期メンバーは外に出されてしまった。まあ仕方ないね。
加護と辻が、さっそくお見舞いのお菓子をむさぼり始め、ごっちん
に叱られてた。裕ちゃんは、こういうときは体調が回復するらしく、
いつもよりたくさん喋っていた。
久しぶりだったからか、なっちが裕ちゃんにやたらとまとわりつい
ていた。でも、騒がしくじゃなくて、なんだかお腹の赤ちゃんにで
も話しかけるような、穏やかなお母さんみたいな口調だった。
- 134 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時28分23秒
平家さんがなんだか青い顔をして外に出たんで、あれっ、と思って
後を追った。
廊下で平家さんを呼び止めると、こんなの我慢でけへん、と言いな
がら、私にしがみついて泣いた。
「びっくりした。ホントにびっくりした。あれ、裕ちゃんなんか?
なあ、ホンマに裕ちゃんなんか?」
私は毎日見てるせいか気づかなかったんたけど、久しぶりに会うと
裕ちゃんの様子はだいぶん変わってしまってたらしい。
部屋の中では明るく振る舞っていたごっちんも圭ちゃんも圭織も、
外に出た途端、だっ、と走っていってしばらく姿を見せなかった。
ごっちんのボストンバックを抱えた紺野が、その後を走ってついて
いったのが少し気になった。
- 135 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時28分56秒
「また遊びに来るよ」
「ん。あんたらが来てくれたら、ウチも元気でるわ」
裕ちゃんは、頑張って、病院のロータリーまで車椅子でみんなを
見送りに出た。マネージャさんの運転するバンが見えなくなるまで、
大きく手を振ってた。
その時の裕ちゃんの表情が、なぜだかずっと印象に残ってる。
- 136 名前:8 投稿日:2002年02月18日(月)23時29分45秒
結局、モーニング娘。全員で裕ちゃんに会ったのは、これが最初で
最後になった。病魔は、裕ちゃんの身体をじわじわと蝕んでいた。
- 137 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月18日(月)23時30分27秒
- つづく
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月19日(火)01時16分24秒
- え?娘。達に会うのもう最後なのかよ?(w
ギン恋のように短縮じゃないだろうな。(w
儚げな中澤萌〜。
- 139 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時01分13秒
- 矢口真里の日記・2
私は一度、東京に戻ることになった。
JRで電車に揺られながら、軽井沢から離れていくに従って、不安が
どんどん膨らんでいった。
裕ちゃんのマンションに行って、頼まれてたのを持ち帰ったり、あと
は細々した買い出しが目的なんだけど。
でも、日帰り、ってのはちょっと無理だった。一昼夜裕ちゃんと会え
ない、ってだけで、こんなにも心配になってしまってる自分に気づい
た。もう私は、裕ちゃんなしにはいられないようになってしまってた
んだ。
今は、裕ちゃんと過ごす一日一日が、宝石のように大切でかけがえの
ないものになっている。ホントは、1秒たりとも離れていたくない。
(私、このままどうなっちゃうんだろう)
- 140 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時01分43秒
JRの東京駅でタクシーに乗って、裕ちゃんのマンションに到着
した。渡された鍵で入った裕ちゃんの部屋は、長いこと人が使っ
ていなかったからか、学校の教室みたいな匂いがした。
窓を開けて、空気を入れ替える。
部屋の空気が動いた時、裕ちゃんの匂いがふっ、と漂ったような
気がして、振り返った。
もちろん、この部屋には私一人しかいないのだけど。
(これから先、何度もこうやって裕ちゃんの気配を探すようになる
んだろうか)
- 141 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時02分18秒
- 絶対に、裕ちゃんの病気は治る、と信じている私とは別に――恐
ろしいことではあるのだけど――裕ちゃんの死を既定のモノとし
て受け入れようとし始めている私もいる。
それはきっと、突然そうなってしまった時に、悲しみのあまり私
の心も死んでしまわないように、無意識のうちに納得させようと
する心の動きなのかも知れなかった。
(悲しいね。悲しいよ)
(それでも私は生きていかないといけないんだから)
今、すぐに裕ちゃんに会いたくなった。
まだ、別れてから五時間くらいしかたっていないのだけど。
いや、会えなくなって、五時間も過ぎてしまった。
- 142 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時02分51秒
裕ちゃんに教えて貰った場所に、大きな旅行用カバンがあった。
ここに、いろいろと云われていた品を詰め込んでいく。
と、裕ちゃんの携帯があった。バッテリーは切れてた。私は、充
電器に携帯をつないで、電源を入れた。
「なにこれ?」
メールの未読が200件近く入ってた。
見ちゃ悪い、とも思ったけど、大事な内容だったら、一心同体の
この矢口さんがちゃーんと確認して知らせてあげないとね、とこ
っそり見ることにした。
- 143 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時03分23秒
- 『裕ちゃん、からだのちょうしはどうですか?きょうはラジオの
しゅうろくでした。プロデューサーの人も裕ちゃんをしんぱいし
てました。ごとう』
- 144 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時03分54秒
- 『なかざわさんこんばんは。今日はおかしをガマンして半分だけ
しかたべませんでした。辻』
- 145 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時04分29秒
- 『おはよう、裕ちゃん。やぐっちゃんとは仲良くやってる?テレビ
で裕ちゃんにメッセージ話したよ。見てね、保田圭』
- 146 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時05分15秒
- 『裕ちゃん、今日ね、つらいことがあったの。リーダーって大変
だね。分かってたけどさ。裕ちゃん偉いよ、圭織はまだまだだよ』
- 147 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時05分47秒
なにかの折りに、みんなが裕ちゃんの携帯のアドレスにメールを
入れてたみたいだ。病院は携帯持ち込み禁止なのに。
私が読んでる間にも、電源が切れてた期間に溜まってたメールが
ガンガン来た。みんな、メンバーたちからだった。
(みんなバカだね。裕ちゃんの携帯に送っても見られないっちゅーの)
- 148 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時06分17秒
- 『なっちです。矢口から聞いたよ。元気になったらモーニング娘。
に帰ってきてくれるんだよね。いつ帰ってきても大丈夫なように、
モーニング娘。は頑張るから、裕ちゃんも頑張ってね』
- 149 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時06分51秒
- 『キャスター。それは中澤さんの心の恋人。チャーミー石川です!
1人ハロプロニュースの収録はさみしいです。2人で再開出来るよ
うに、たくさんのハッピーをあげます!ハッピー!』
- 150 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時07分25秒
- 『よし子です。中澤さん元気ですか。矢口さんを取られてシット
メラメラです。コンサートのステージでコケました。ひざにあざ
ができました』
- 151 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時07分59秒
- 『加護は中澤さんがいなくてさびしいです。天野さんにノリがわる
いといわれました。そして太りました』
- 152 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時08分31秒
- メンバーたちの近況が、ほとんど毎日のように入っていた。きっと
保存数の上限を越えて、読めずに消されてしまったメールもたくさ
んあると思う。
一つ一つを時間をかけて読んだ。
胸がいっぱいになった。
結局、その日は裕ちゃんのマンションに泊まった。
おっきな旅行カバンを押して、翌日、軽井沢に戻った。
「なんやて? ウチの携帯にそんなにみんなからの愛のメールが
届いてるん?」
私は、携帯のことを裕ちゃんに話した。
裕ちゃんは嬉しそうだった。
- 153 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時09分19秒
- 「メールの使い方、イマイチ分からんからなあ。あの、何回も
ボタン押さんといかんのがうざったいしなあ」
裕ちゃんは、携帯のメールが見たい、見たいと騒ぎ出した。
「ダメだよ。病院は持ち込み禁止だもん。なんかさ、病院の
機械の調子が悪くなるんだって」
「そんなん知らんー携帯ぃー携帯ぃー」
「わがまま言うな裕子ッ!」
ひさびさに裕ちゃんはテンションが高くて、私もつい昔のように接
してしまった。あんまりはしゃいだりすると、夜中に熱が出たりす
るから興奮させないように、とお医者さんからは言われてるんだけ
ど。
- 154 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時09分54秒
結局、看護婦さんにお願いして、ロビーでなら携帯を持ち込んでも
いいことになった。それ以外は、ありがたいことに、こっそり看護
婦さんのロッカーに預かってくれるそうだ。報酬は、私のサインだ。
くやし涙ぽろり、と書いてやった。
「加護ー、なに言うんねん」
「それはウチのせいやないやろ」
「ごっちん、ひらがなばっかやんか」
- 155 名前:9 投稿日:2002年02月19日(火)20時10分26秒
- 裕ちゃんは、すっごく嬉しそうに携帯のメールに対して、声に出
して突っ込みを入れていた。返信は、相変わらずめんどくさいの
か出来ないのか、しなかったみたいだけど。
毎朝8時になると、前日のメールの確認をするために車椅子でロ
ビーに出動するのが、裕ちゃんの日課になった。
- 156 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月19日(火)20時11分11秒
- つづく
- 157 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月20日(水)01時18分57秒
- 痛い話なのに・・・ほのぼのと読めたで〜。
作者さんの腕はかなりのものやな〜!
期待大!!
- 158 名前:裕ちゃん防衛総省やぐちゅ〜推進特別委員会委員長 投稿日:2002年02月20日(水)02時05分19秒
- あ〜・・・、本当に痛いよ〜、あの頃もーそうだけど、
片方が残されるってのは本当に辛い!
と、言いながら私のやぐちゅ〜も痛めなんですけど・・・
作者さん、裕ちゃんの残りの日々を幸せにしてやって下さいね。
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月23日(土)00時39分13秒
- 軽井沢のサナトリウムと言うのは、
ホスピス(末期医療)ですか?
- 160 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月24日(日)21時35分19秒
- 緩やかな円を描くように
僕らの息 吐息交差する
- 161 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時36分30秒
軽井沢に夏が来た。
私たちは、仲の良い姉妹のように、二人だけで過ごした。
担当医からは、冬まではもたないかも知れません、と言われ
ていた。
裕ちゃんには伝えないことにした。
私だけの胸にしまっておこう。
今を精一杯、二人で生きていこう。思い出をたくさん作ろう。それ
だけを考えていよう。
- 162 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時37分02秒
- ◇◇◇
- 163 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時37分36秒
お粥をスプーンですくって、息を吹き付ける。
私の真剣作業を、裕ちゃんも真面目な表情で見つめている。
「はい、あーん」
裕ちゃんは、あーん、と言ってクチを開ける。
ぱくっ。
「はい、あーん」
ぱくっ。
「もういい?」
裕ちゃんは少し首をかしげて、にっこり笑ってうなずく。
「朝ゴハンおしまいね。なんか欲しいのある?」
- 164 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時38分29秒
- 手早くトレイを片付ける。カーテンを開ける。今日もいい天気だ。
窓の外に広がる針葉樹林も、緑をたたえてどこか優しげに映る。
(……そうやなあ)
裕ちゃんの声は、消え入るような囁き声だ。でも私にはよく聞こえる。
(センチメンタル南向き歌って欲しい)
「いいよ」
窓を全開にして、新鮮な空気を部屋に招き入れる。
暖かくて眠気を誘うような小春日和だ。
- 165 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時39分05秒
『恋が始まる ずっと描いてた
自転車二人乗り
あなたの背中
離さない 離さない』
- 166 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時39分50秒
裕ちゃんも気づいているみたいだった。
こうやって、二人で過ごせる時間は、もうそんなに長くない
ってことを。
私は片時も、裕ちゃんから離れなかった。離れたくなかった。
1分1秒を惜しんで、裕ちゃんのそばにいた。
裕ちゃんの言うことならなんでもきいた。
裕ちゃんのどんなわがままも、今は愛おしくて仕方がなかった。
- 167 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時40分26秒
- 『風はセンチメンタル南向き
テレビドラマみたい
考えすぎかな?
恋人が笑えば私も笑おう
恋人が泣いたら私も泣いちゃう
スキだから
どこまでもついてく私がいるから
いつまでもあなたの味方の私が
そこにいるから
決めたんだから』
- 168 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時41分19秒
私は、窓の外を見ながら歌った。
横顔に、裕ちゃんの視線が注がれてるのを感じて、なんかむず
痒かった。
「はい、おしまい」
裕ちゃんは、また笑った。そして、ありがとう、って唇だけを
動かして言った。
「今日のおくすり貰ってくるからね。ちょびっとだけ、待って
てね」
(いっておいで)
私は食器のトレイを手に、ナースセンターに向かった。
- 169 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時41分49秒
紙コップに白湯を入れて、裕ちゃんの部屋にとって返す。
部屋の手前で足を止めた。裕ちゃんの歌声が聞こえてきた。
看護婦さんたちからよく驚かれるんだけど、私には、どんな
小さな裕ちゃんの声でも聞き取れることが出来た。検診の時
は、私が通訳をすることさえあった。
だから、今の裕ちゃんの声も、きっと他人には聞こえないん
だろう。
- 170 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時42分22秒
(毎日 一緒にいたね
家族みたいにずっと
ケンカしては 泣いて
気づけば笑う)
- 171 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時43分02秒
裕ちゃんの、「恋の記憶」だ。
担当医から、今の裕ちゃんには歌う行為は禁じられていた。
私はすぐに歌を止めさせなければいけなかった。
でも、私はそこから動けなかった。涙がぼろぼろと流れた。
- 172 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時44分05秒
- (愛してた ほんと大好きだった
両手じゃ 収まりきらない
思い出を作った
涙たち 全部 忘れない
My love )
- 173 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時44分43秒
そこまで歌って、裕ちゃんの苦しそうに咳き込む音が聞こえた。
私は慌てて部屋に飛び込んだ。
裕ちゃんは背中を折って、顔を真っ赤にして、むせるように咳
をしていた。
「だ、大丈夫? 裕ちゃん苦しいの? お医者さん呼ぼうね、
ちょっと待っててね」
ナースコールのボタンに手を伸ばした私の腕を、裕ちゃんの手
が押さえた。
(大丈夫、大丈夫や)
裕ちゃんは泣きそうな顔で、首を左右に振った。
- 174 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時45分23秒
- (情けないな。うちな、矢口に歌のお礼したかってん。でも、
声が出ぇへんねん。矢口にな、歌を歌ってあげたかってんけ
どな、声が出ぇへんねん。ごめんな、ごめんな)
「ちゃんと聴いたよ。裕ちゃんの歌、そこでちゃんと聴いた
から。ありがとう裕ちゃん、感動したよ。ホントだよ、裕ち
ゃん。だから、泣かないでよ。ね? ね?」
私は裕ちゃんの背なかに手を回して、ありがとう、ありがと
う、って言った。
- 175 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時45分53秒
- ◇◇◇
- 176 名前:10 投稿日:2002年02月24日(日)21時46分29秒
- 仲の良い姉妹のように、寄り添って毎日を過ごした。
サリンジャーのコルクの部屋の中に二人だけの世界を作った。
そこには誰も入れなかった。
季節はめぐる。
そして、軽井沢に、秋が訪れる。
- 177 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月24日(日)21時47分03秒
- つづく
- 178 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月24日(日)21時48分53秒
- >>159
しなやかにそんなイメージで。
よく分からないが。
- 179 名前:やぐちゅー中毒者セーラム 投稿日:2002年02月25日(月)00時27分41秒
- 痛いなぁ〜何かすごく涙を誘われます。
- 180 名前:名無しイェー 投稿日:2002年02月25日(月)16時17分51秒
- つい天使たちのシーン引っ張り出して聞いちゃいましたよ。
- 181 名前:11 投稿日:2002年02月25日(月)23時17分51秒
- 裕ちゃんが楽しみにしていた携帯メールの確認も、もう出来なく
なった。毎日、車椅子に座ってロビーまで出向いていく体力は、
もう裕ちゃんには残っていなかった。
私はメールの内容をメモして、毎朝裕ちゃんのベッドのそばで、
声に出して読んだ。裕ちゃんは微笑んだり、かすかに眉にシワ
を寄せたり、瞳を潤ませて向こうを向いたりした。
- 182 名前:11 投稿日:2002年02月25日(月)23時18分28秒
- 「ん、なに?」
裕ちゃんがなにか言いたそうだった。口元に耳を寄せた。
(……ウチも、メールの返事出したい)
「うん。いいよ。裕ちゃんの携帯に、みんなへのメールの返事
打ち込んであげる」
(ちゃうねん。ウチが入れたいねん。なあ、やぐちぃ……メー
ルの打ち方教えてえな……メールの打ちかた)
「病室にいたら携帯持ち込めないからダメだよ」
(メールしたいねん……メールしたいねん……)
裕ちゃんにお願いされると、かなえてあげたくて仕方ないんだけ
ど、でもこれだけはダメだ。
- 183 名前:11 投稿日:2002年02月25日(月)23時18分59秒
- 「元気になったら、メールの使い方教えてあげるからさ、今は
ガマンしなよ、裕ちゃん」
私は気づいていなかった。その物言いが、どれだけ残酷なこと
だったのかを。この、外界とは切り離された軽井沢のサナトリ
ウムで、裕ちゃんは外とつながりを持ちたかったのだろうか。
それとも、みんなに、最後の言葉を送りたかったのだろうか。
……その答えは、すぐに知ることになるんだけど。
- 184 名前:11 投稿日:2002年02月25日(月)23時19分35秒
- (なあやぐち。あたま撫でて)
「うん。裕ちゃんの髪、ふわふわだね」
裕ちゃんは、子猫のように目を細めて、私の手に頬をすりつけた。
(やぐちの手、あったかくて好きや)
- 185 名前:11 投稿日:2002年02月25日(月)23時20分10秒
- 抗生物質の副作用からか、裕ちゃんはぼんやりと夢見心地でいる
ことが多くなった。私の声には反応するんだけど、メンバーから
のメールを読んであげてもきょとん、とかするようになった。
そしてときおり、発作のようにはらはらと泣いたり、急に不機嫌
になって一日中私を無視したりした。
そして、『その日』はあっけなく訪れた。
- 186 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月25日(月)23時20分48秒
- つづく
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月26日(火)01時21分19秒
- 12で・・・ってことはないですよね?
痛い。痛すぎる(涙
- 188 名前:名無し人 投稿日:2002年02月27日(水)18時27分42秒
- こっちは正統派なのね(w
姐さん・・・
- 189 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時51分59秒
私は、裕ちゃんの病室で1人、ぼんやりとテレビを見ていた。画面
の中のモーニング娘。が新曲を歌ってたんだけど、少しも頭に入ら
なかった。
裕ちゃんが高熱を出して、集中治療室に運び込まれたのが五時間前。
容態は安定していません、とお医者さんから説明を受けたのが一時
間前だった。
遠慮がちに、病室の扉がノックされた。
振り返ると、すっかり顔なじみになった看護婦さんが立っていた。
- 190 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時52分35秒
「矢口さん、中澤さんのご家族に病院まで来て頂くよう、ご連絡
をお願いしてもよろしいですか?」
いつものくだけた口調ではなかった。ジェットコースターでいよ
いよ落下する直前のように、おへその下がすーっ、とした。
「あの……あの……」
「中澤さんが意識不明の危篤状態に陥りました。ご家族の方に至
急連絡――あっ」
- 191 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時53分19秒
私は看護婦さんの側をすり抜け、病室を飛び出した。集中治療室
目指して、夜の廊下を走った。
三つ目の角を曲がったところで、若手の医者や看護婦さんたちに
捕まった。邪魔するみんなを片っ端から投げ飛ばして裕ちゃんの
そばに駆けつけたかったんたけど、私の小さな身体では無理だっ
た。私を押さえつけようとする腕を蹴りつけたり噛みついたりし
た。
結局、私が落ち着いたのは一時間以上たってからだった。窓口で
受付をしている女の子が、緊急なことがあったら、とマネージャ
さんが置いていった名刺を頼りに、関係者には連絡が行ったみた
いだ。
- 192 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時54分10秒
- 「矢口……」
ぐったりとソファに座っている私に最初に声をかけたのはなっち
だった。集中治療室の前で、私はのろのろと顔をあげた。なっち
は、私を胸の中に抱きしめて、涙声で、
「大丈夫だからね。絶対、裕ちゃんは大丈夫だからね」
と言った。
私は、涙は出なかった。分かっていた。裕ちゃんの身体は日に
日に弱っていたし、だからついに、命を維持する力も無くなっ
てしまったんだ。
「みんなも来てくれたの? 早く来ないと間に合わなくなっち
ゃうよ。裕ちゃん、もうすぐ死んじゃうからさ。看護婦さんに
お願いして、殺菌処理された白衣借りてくるといいよ。そした
ら病室に入れるよ」
- 193 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時54分46秒
- ばっ、となっちは私を解放した。恐ろしいものを見るかのよう
な目で、私を見た。
「矢口、あんた……」
向こうから、パタパタとスリッパの慌ただしい足音が響いてきた。
「ねえ、裕ちゃんどこにいるの? 裕ちゃん、ゆうちゃあああん!」
看護婦さんに厳しくいさめられて、ペコペコと頭を下げているのは
圭織だった。その後ろに、ごっちんと梨華ちゃんもいた。ごっちん
は少し表情が固いくらいだったけど、梨華ちゃんはすでに涙でぐし
ゃぐしゃで凄くブサイクになっていた。
- 194 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時55分25秒
- 平静を保っているのは、どうやら私とごっちんだけのようだ。
ごっちんは私の顔を見ると、一瞬だけ、痛々しそうな表情になった。
決心を見透かされたのかも知れなかった。
先に、裕ちゃんの家族の人は集中治療室に入っていた。私と、モーニ
ング娘。の四人は、緑色の白衣を着て、看護婦さんに連れられて中に
入った。
うっ、とえずいたような音を出したのは圭織だ。延命治療の粋を尽く
して、体の至る所にチューブをつながれた裕ちゃんの姿は、まるで機
械の一部のようだった。
それは治療ではなく拷問のように見えた。いや、やせ細った裕ちゃん
の身体には、拷問に他ならなかったに違いない。
- 195 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時56分12秒
- 計器類を覗き込んで、なにやらみんなに指示している一番偉い
人っぽいお医者さんに、私は声をかけた。
「ちょっといいですか?」
その人は、忙しそうに、ちら、と私を見た。
「裕ちゃんを死なせてあげてください。裕ちゃん、あんなに苦し
そうだから、裕ちゃんを死なせてあげてください」
その人は――いや、それ以外のお医者さん、看護婦さんみんなが
手を止めた。家族の人も、飯田さん、なっち、ごっちん、梨華ち
ゃんも、みんなが私を見た。
治療室全体が、しん、と静まり返った。機械の立てる、低い音や
プクプクと泡の立つ音だけが、部屋の中に響いていた。
- 196 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時56分55秒
- 「私がずっと一緒についていてあげるから、裕ちゃんは大丈夫
だから、だから裕ちゃんを死なせてあげてください。淋しくな
いように、私がずっとついていてあげる、って約束したんです。
だから大丈夫。淋しくないから、だから――」
「矢口、あんたなに言ってるのか分かってるの?」
「分かってるよ」
私の心は穏やかだった。
ずっとずっと、裕ちゃんとは一緒にいた。兄弟以上に、恋人
以上に、二人は喜怒哀楽の全ての感情を共有して過ごした。
これまでも、
そして、
- 197 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時58分30秒
- ◇◇◇
- 198 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)19時59分17秒
- なにかの機械が、ピー、とかん高いアラームを鳴らした。赤い
ランプがついていた。シーン始め、って号令でもかけられたか
のように、一斉にみんなはそれぞれの役割を演じ始めた。
私の役割は、この場にはなかった。ただぼんやりと突っ立って
いた。圭織が、よく分からない悲鳴をあげていた。
家族の人たちが、裕ちゃんに駆け寄ろうとしたんだけど、病院
の人たちに遮られた。裕ちゃんの身体に、アイロンのようなも
のがあてられた。途端に、人形のように裕ちゃんの身体は跳ね
た。まるで漫画のようだった。
「やめて、やめて、やめて」
耳を押さえて叫んでいたのは梨華ちゃんだった。この残酷な見
せ物を正視出来る人なんているはずはなかった。
- 199 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)20時00分01秒
- 「心拍戻りません」
看護婦の誰かが叫んだ。
裕ちゃんの目が、ゆっくりと開いた。
その表情は、やっぱりとても苦しそうだった。
(やぐち……)
裕ちゃんは、確かにそう言った。私の名を呼んだ。
いいのに、と思った。これからもずっと一緒にいる私なんか
よりも、もう最後になるだろうお母さん、あとメンバーのみ
んなにこそ、最後の挨拶をするべきなのに。
「矢口さん、来てください!」
裕ちゃんの言葉を聞き取った、仲のいい看護婦さんが私を呼
んだ。私は尻込みした。
「ほら、やぐっちゃん。行くんだよ」
ごっちんに押されて、私は裕ちゃんのそばに立った。
- 200 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)20時00分37秒
- (……やぐちか? やぐち、そこにおるんか?)
「うん。裕ちゃん。頑張ったね。もういいよ。もういいから、
ゆっくり休みなよ」
包み込むように、裕ちゃんの手を握った。
裕ちゃんは、笑ったようだった。
(やぐちぃ……。ウチな、あんたのこと、大好きやで……)
「分かってるって。私も、裕ちゃんのこと大好きだよ」
笑って言った。大好きな裕ちゃん、これからもよろしく。
裕ちゃんは、いぶかしげな顔をした。なにかを言いたそう
に、口を開けた。
でも、
ふう、と、裕ちゃんは大きくため息をついた。魂ごと吐き
出すような、大きなため息を。
- 201 名前:12 投稿日:2002年02月27日(水)20時02分05秒
そして、裕ちゃんは、永遠に帰らぬ人となった。
- 202 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月27日(水)20時02分41秒
つづく
- 203 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月27日(水)20時05分59秒
- まじで???嘘やんっ!!
たんたんとすごいことになってるし・・・
つづきが気になりまっする
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月28日(木)00時15分44秒
- あ・・・とうとう・・・
裕子が・・・
- 205 名前:裕ちゃん防衛総省やぐちゅ〜推進特別委員会委員長 投稿日:2002年02月28日(木)01時21分33秒
- あっ・・・
裕ちゃんが行っちゃったよ・・・・
矢口に何を言おうとしたんだろう・・・
最後の奇跡、なんて無いのかな・・・?
- 206 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時27分11秒
- 私は、裕ちゃんのお母さんに詫びた。最後の裕ちゃんとの会話を奪って
しまったことに対して。
でも、裕ちゃんのお母さんは、声をつまらせながら、ありがとう、あり
がとう、って言ってくれた。みんなが裕ちゃんにお別れしてる輪から、
私はそっと離れた。誰も、私には注目しなかった。
あるじのいなくなった住み慣れた病室には、まだ裕ちゃんの匂いがあち
こちに残ってた。部屋を構成する小物のひとつひとつに、裕ちゃんの思
い出がこびりついてた。
私は、身の回りの手荷物をさっとまとめた。マスコミの人たちもいっぱ
い集まるだろうし、葬儀の準備もあるだろう。そうなってしまうとここ
からは抜け出せなくなる。夜のうちに、病院から逃げ出そう。
- 207 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時28分07秒
裕ちゃんの病室から顔だけ出して、周りに人がいないことを確認
する。よし、誰もいない。
私は、カバンを抱えて、廊下を走った。
あの日、初めてここに来たあの日、裕ちゃんの車いすを押しなが
ら来た道を逆にたどった。
薄暗いロビーには、ひとけがなかった。秋になったばかりなのに、
なんだか肌寒かった。私の携帯電話を使おうとして、ずっと電池が
切れたままだったことに気づいた。裕ちゃんの部屋では携帯の電源
入れちゃダメだし、いつも裕ちゃんと一緒にいたし、なら、私には
携帯を持つ理由も必要もなかったから。
私は、公衆電話からタクシー会社に電話して、配車をお願いした。
二十分くらいでここまで上がってくるそうだ。
- 208 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時28分58秒
- (さてと……)
肩でため息をついて、冷たい皮のソファーに座った。
目を閉じると、裕ちゃんの姿がぐるぐると回った。
「みんな、やぐっちゃんのこと探してるよ」
急に声をかけられた。驚いた。ごっちんだった。
「……どうしてさ? もう私は関係ないじゃん」
ひどくかさついて、しわがれた声が出た。なんだか、自分のもの
じゃないみたいだ。
「やぐっちゃんのことが、みんな心配だからだよ」
ごっちんは、私の横に腰掛けた。
- 209 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時29分40秒
- 「やぐっちゃんは頑張ったよ。裕ちゃんも、きっと喜んでる。
だから、だから……」
やっぱり、ごっちんは分かってるみたいだった。これから、私
がしようとしてることを。
「だから、止めるの? 止めに来たの?」
「……」
ごっちんは黙っていた。
「私がやりたいことは、誰にも邪魔させない。私は裕ちゃんと
一緒。そう決めたんだ」
- 210 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時30分17秒
- ごっちんはうつむいて泣き始めた。あたしも、裕ちゃんのこと
大好きだよ。やぐっちゃんのことも大好き。いっぺんにみんな
失くしたくない、そう言って泣いた。
なんだか、優しい気持ちになった。目の前でべそをかいている
ごっちんが愛おしくなった。
ごっちんを抱きしめて、ありがとう、と言った。裕ちゃんのこ
とも、私のこともずっと忘れないでね、と言った。ごっちんの
すすり泣きの声が大きくなった。
ロビーの外のロータリーが、車のライトで明るくなった。タク
シーが来たみたいだ。
- 211 名前:13 投稿日:2002年02月28日(木)21時30分50秒
- 私は、カバンを手に、立ち上がった。じゃあね、とごっちんに
笑顔でバイバイをした。
やだ、やぐっちゃん死んじゃやだ、と背中にごっちんの鼻水混
じりの叫び声が聞こえた。
私は振り返らなかった。
- 212 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年02月28日(木)21時33分08秒
- つづく
- 213 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月01日(金)11時29分52秒
- 色んなところで、裕ちゃんが死んでいく・・・
- 214 名前:14 投稿日:2002年03月01日(金)20時29分56秒
タクシーに乗り込み、自分の住所を告げる。
後部座席に身体を沈めると、途端に深い睡魔に襲われた。そういえば、
この前いつ寝たのか全然覚えてない。
タクシーの運転手さんに起こされるまで、ずっと眠りこけていた。
朝靄の中、タクシーを降りた。吐く息が白かった。
(もうすぐ冬なのかなあ)
こんな時、裕ちゃんがそばにいたら「めっちゃ寒いっちゅーねん!」とか
言って抱きついてくるんだろうな、と思った。なんだか笑い出したくなった。
- 215 名前:14 投稿日:2002年03月01日(金)20時30分57秒
- 久しぶりに、自分の部屋に戻った。
ここで、なにもかもを終わらせてしまうのが、一番誰にも迷惑を
かけないかな、と考えたのだ。
準備を終えてから、まだ軽井沢にいるだろうマネージャさんに電
話しよう。(裕ちゃんのことが終わってからでいいんで、私の部
屋まで迎えに来てください)って。
暖房のスイッチを入れる。テレビをつける。まだ朝のニュースで
は裕ちゃんのことは取り上げられていないみたいだ。
お腹がすいてきた。
なんだかおかしかった。大切な人が死んでしまったばかりなのに、
私の身体はご飯を要求している。
- 216 名前:14 投稿日:2002年03月01日(金)20時31分52秒
- きっと裕ちゃんなら、お腹を鳴らした私に向かって「矢口の薄情者!
しゃーないなあ、裕ちゃんがなんか作ってあげるわ」って言うんだ。
そしたら私は「えー、裕子の手料理ぃ? やだー」って答える。
そしたら「贅沢いいなや! この裕ちゃんの愛情一杯の手料理食べれ
るなんて、こんな贅沢ないで。お礼にチューの一つもさせろっちゅー
ねん」「結局それかよ! わ、こら、裕子ッ!」
裕ちゃん……。
裕ちゃん、会いたいよ。
矢口を置いていくなんでズルイよ。
ねえ、私も死んだら、天国で裕ちゃんにもう一度会えるよね?
大丈夫だよね? 怖くないよね?
- 217 名前:14 投稿日:2002年03月01日(金)20時32分22秒
- ふと思いついて、携帯の電源を充電器につないだ。
マネージャさんに連絡とっておかないとね。
そういえば、裕ちゃんの携帯をつないだ時も、雪崩のようにメールが
入って来た。裕ちゃんには適わないとしても、この矢口さんにもそこ
そこは愛のメールが欲しいな。なんちて。
「おお」
電源を入れると、たくさんのメールが流れ込んできた。
- 218 名前:14 投稿日:2002年03月01日(金)20時32分56秒
二日ほど前のメールに目が止まった。
連続して五件は――裕ちゃんからだった。
- 219 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年03月01日(金)20時33分36秒
- つづく
- 220 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)00時51分40秒
- 姐さんからのメールって・・・
なんか分かった気がする(w
- 221 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時56分23秒
『矢口へ。矢口がイジワルしてメールさせてくれへんから、山口さん
にお願いした。矢口に、どうしても言いたいことがあって、でも直接
顔見てやったら恥ずか』
それが、一通目の裕ちゃんからのメールだった。
山口さん、っていうのは、仲良しになった看護婦さんの名前だ。
32分後に、2通目のメールが入っていた。
『なんか、途中で送ったみたいやから、もう一回続き書く。矢口の顔
見ながらやと恥ずかしくていえへんから、メールするわ。矢口、あり
がとな。ほんとにありがとう。中澤裕子はな、矢口のことが大好きや
で』
- 222 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時57分17秒
それが2通目の内容。なんだか四苦八苦しながら、悪態をつき
ながら、携帯と格闘してる裕ちゃんの姿が想像出来た。
それから58分後に、3通目のメールが入っていた。
『なんか、送ってから後悔したわ。恥ずかしいな、これ。矢口が
さっきのメール読んだあと、どんな顔で矢口に会ったらええんか
分からんわ。でもな、矢口がおったから、安心して、ししし』
また、途中で止まってる。急に、不安になってきた。……裕ち
ゃんはなにを書こうとしているんだろう。
その次のメールの着信時刻は、1時間半後。
- 223 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時57分49秒
- 『やっぱりいやや。本当は、死にたくないねん。死にたくない。
みんなに会いたい。みんなとうたったりおどったりしたい。やぐ
ち、なあ、やぐち、なんでうちがこんな目にあわなあかんねん。
やぐち、たすけてな。うちいやや。うち、もっとずっとみんなと
いっしょにいたい。やぐちともっといっしょにいたい。いやや。
いやや。いやや――』
- 224 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時58分28秒
- 携帯の画面いっぱいにつづられた、裕ちゃんの悲鳴。私は、それ
以上読むことが出来なくなった。暗闇から裕ちゃんの泣く声が聞
こえて来るような気がして、耳をふさいだ。
(どんな思いでこのメールを裕ちゃんは打ったの? 私は知らな
かった。夜中、矢口がいないときに、1人で泣きながらこのメー
ル打ってたの?)
苦しい。苦しくて、胸が押しつぶされそうだ。
(泣いている裕ちゃんを慰めてあげることが出来なかった。抱き
しめてあげることも出来なかった。なにも、なにひとつしてあげ
られなかった)
- 225 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時58分58秒
- 私は、携帯電話を床に叩きつけたい衝動にかられた。すんでのと
ころで、自制した。
まだ、裕ちゃんからの未読のメールは残っている。それが、どん
な嘆きの言葉だろうと、それこそ私にに向けての呪いの文句だっ
たとしても、私には読まなくてはならない義務がある。
続いてのメールは、3時間後。
- 226 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)11時59分33秒
- 『すまん。本当にすまん。メールってアカンな。取り乱したまま
送ったら、もう取り返しつかへんねんな。矢口、可愛い矢口、ウ
チの可愛い矢口。さっきはゴメンな。確かに死ぬのは怖いしイヤ
やけど、でも、最後に矢口とずっと一緒にいれて、それだけは本
当に感謝してるねんで。矢口、なあ矢口、あんたは、長生きして
な。ウチの分まで長生きして、ウチの分まで幸せになってな。約
束やで。一方的かも知らへんけど、中澤裕子と矢口真里との約束。
あんたは幸せになるねん。分かったな?分かったら、恥ずかしい
からウチからのメール、全部消しといてな』
- 227 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)12時00分10秒
- それが、中澤から矢口に向けられた、最後のメールだった。
「ずるいよ……」
ノドの奥から、ようやく言葉を絞り出した。
「ずるいよ、裕ちゃん。私だけ、幸せになれだなんて」
これじゃあ、私が今からそっちに行ったら、裕ちゃんに怒られ
ちゃうじゃん。一方的に約束だ、なんて言ってきて、でも守ら
ないと怒るんだ。そんな人間なんだ。中澤裕子ってヤツは。
- 228 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)12時00分43秒
裕ちゃん。
裕ちゃん。
裕ちゃん。
私は、裕ちゃんがこの世からいなくなって、初めて泣いた。
裕ちゃんに死んじゃダメだ、って言われてしまった。
それはつまり、裕ちゃんとの、本当のお別れを意味していた。
私は声をあげて泣いた。
この半年間を思いだして泣いた。
中澤裕子を思いだして泣いた。
矢口真里を思って泣いた。
- 229 名前:15 投稿日:2002年03月02日(土)12時01分19秒
- 泣いて、
泣いて、
泣き疲れて、
1人で、ひざを抱えて、眠った。
- 230 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年03月02日(土)12時02分20秒
- つづく
次回、大団円。
- 231 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月03日(日)05時40分39秒
- 裕子〜!
矢口〜!
・・・つらすぎる・・・痛すぎる・・・泣いちまった。
- 232 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月03日(日)14時44分02秒
- ヤグチには本音を見せる、人間くさい裕ちゃんですね。
本来の姿なのかも?
くどくどと言い聞かせるより、ヤグチの気持ちを動かす、無駄のない言葉に泣けました。
作者さん、凄いよ。
最近にはみない、簡素な文章に胸打たれたよ。
某板にあるものとは違うこの小説、ほんと、凄いよ。
色々な人に読んでもらいたい。
本人にも読んでもらいたいくらいだよ。
- 233 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時53分35秒
あれから、大変だった。
急に私がいなくなって、病院は大騒ぎだったみたい。マネージャさんに
連絡をとって、のこのこと顔を出した私に、全員が怒りまくった。私は
ただひたすら頭を下げた。
ごっちんだけは、泣きながら笑いながら私に抱きついてきた。やぐっち
ゃんありがとう、やぐっちゃんありがとう、って言って、それ以上は言
葉にならないみたいだった。事情を知らないみんなは不思議そうな顔を
していた。
- 234 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時54分21秒
- ◇◇◇
- 235 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時55分00秒
- 私は、芸能界には戻らなかった。
はじめのうちは、有り難いことに、複数の事務所から――もちろん
UFAからも復帰する意思はないのか声はかけて頂いたんだけど、
でも、芸能界にはなんの魅力も感じなくなっていた。
22才の春、縁があって、ごくごく普通のサラリーマンの人と結婚
した。婚約が決まってから、実はモーニング娘。の大ファンだった、
って打ち明けられた。昔やってた番組で、おまじないめいた占いを
するコーナーがあって、私の結婚相手はファンの人、って結果が出
たことを思いだした。当たったあ、とか言いながら笑った。
結婚して1年目に、子どもが出来た。女の子だった。
『ゆうこ』って、名まえをつけた。
- 236 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時55分30秒
- 命はめぐる。
命はめぐる。
- 237 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時56分32秒
- 3回目の、裕ちゃんの命日。
「裕ちゃん、私、幸せになったよ。普通の、女の子としての幸せを
手に入れたよ。これでいい?」
私は、ゆうこを抱いて、海の見える丘の上の墓地にいた。
一人、潮風にふかれながら、想い出に浸っていた。
持ってきたラジオは、懐かしのヒット曲特集、とかで、私や裕ちゃ
んがいた頃のモーニング娘。の曲を流していた。
(あれから、どれくらいの時間が過ぎたんだろう?)
分からない。
ずっと昔だったようにも思うし、つい最近だったようにも思う。
- 238 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時57分09秒
- 昨日のことよりも、ずっとずっと遠い記憶の方が、鮮明に覚えて
いる。目を閉じれば、鮮やかな色彩と共に、裕ちゃんの姿、声、
温度を柔らかく思い出すことが出来る。
昔を思うと、今でも涙が出る。
その後の人生が不幸だった訳ではないのだけれど。幸せな出来事
もたくさんあったのだけれど。
木洩れ日の隙間から覗く、葉月の日差しを見上げていると感じる
目眩にも似て、
あの、二人で過ごした日々は、私の中で青色の結晶のように残っ
ている。
- 239 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時57分43秒
- 「ほら、裕ちゃん。私の赤ちゃんだよ。ゆうこ、っていうの。
私に似て、可愛いっしょ?」
(矢口、自分で言うなー)
懐かしい裕ちゃんの声が聞こえたような気がして、笑ってしま
った。ゆうこも楽しそうに笑ってた。
- 240 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時58分13秒
- 命はめぐる。
命はめぐる。
- 241 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時58分44秒
- この子が大きくなったら、名まえの由来を教えてあげよう。
- 242 名前:16 投稿日:2002年03月03日(日)19時59分15秒
- 大好きだった、裕ちゃんの話をしてあげよう。
- 243 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年03月03日(日)19時59分47秒
- とりあえず、この話は終わり。
- 244 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年03月03日(日)20時00分39秒
- いろいろと異論はあるかもだけど、こうなりました。
明日、蛇足的なエピローグを書きます。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月04日(月)01時39分45秒
- めぐる命は美しい、と思った。
- 246 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時10分10秒
きみと僕をつないでるゆるやかな
終わらないループ
- 247 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時10分48秒
- ◇◇◇
- 248 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時11分23秒
- あれ?
矢口は、テーブルにつっぷして寝ている自分に気づいた。
加護が、矢口を呼んでいる。
「矢口さーん、寝てましたね? 今はぴょ〜ん星人の台本覚える
時間、って言ったの、矢口さんですよ」
あれ?
辻が後ろで、えびせんを食べている。
なにが起こったのか、矢口には理解できないでいた。
辺りをぐるりと見回す。飯田、安倍、保田、後藤、吉澤、石川、
高橋、小川、紺野、新垣。モーニング娘。のみんながいる。みんな。
というか、ここは楽屋だ。テレビ東京の楽屋。
- 249 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時11分55秒
- (おい……待て……待てよ)
ふるふると、怒りのようなものがこみ上げてくる。
(今までの、大河ドラマは、なに? みんな――)
がちゃり、と扉が開いて、リアルファーの毛皮のドレスを着た
中澤がすらり、と姿を現した。
「よっしゃあ、みんな、オープニングの収録行くで! 今日も
頑張っていきまーーーっ」
「夢オチかよ裕子っ!」
- 250 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時12分25秒
- 矢口は全力で中澤に体当たりした。ごつん、と額が中澤のあごに
当たった。中澤はのけぞった。構わなかった。矢口はそのまま、
中澤の胸の辺りを乱打した。
「な、なんや矢口、なんでキレてるねん。痛い、痛いって、ちょ
っとこの子、どーたしたんよぉぉ」
矢口は、中澤の胸に顔をうずめて、わんわん泣いた。やっと戻っ
てこれた、そう思った。やっと、やっと、やっと……
- 251 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時12分58秒
- ◇◇◇
- 252 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時13分28秒
- 参列者の中に懐かしい顔を見つけ、安倍はマスコミの人混みを
かき分けて、彼女に近づいた。
「わあ、圭織。ひさしぶり」
フラッシュがたかれる。
アジア系のモデルとして国際的な活躍を見せている飯田は、四十
を迎えようとしている。だが、少しも衰えたところを見せないど
ころか、いよいよ大輪の華を咲かせた感があった。凛、とした涼
しげな雰囲気を辺りに漂わせていた。黒のスーツがとても似合っ
ていた。
- 253 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時16分25秒
- 「ひさしぶり、なっち」
その名前で呼ばれたら照れるべさ、と安倍は相好を崩した。彼女
の方は目尻や手の甲に、相応の年齢を確実に刻んではいたが、そ
の見るもの誰もを和ませる愛嬌のある笑顔はそのまま、ドラマ女
優として確固たる地位を築いていた。
テレビカメラを避けて、安倍と飯田は人混みから離れた。
「ねえ、矢口のことどう思う?」
安倍は、彼女のことを旧姓で呼んだ。途切れることなく伸びている
参列者の長蛇の列を眺めながら言った。芸能人や親族といった人た
ちの焼香は済んで、今は、昔からのファンたちが線香をあげている。
- 254 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時17分16秒
「圭織はね、きっとね、裕ちゃんが迎えに来てくれたと思うんだ」
うん、そうだよね、と安倍もうなづいた。安らかな、眠っているよ
うな死に顔だったそうだ。
「だから、泣いちゃダメさ。あ、あそこにごっちんがいるよ。吉澤
も。おーい!」
- 255 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月05日(火)00時17分55秒
- 矢口真里。モーニング娘。を卒業後、芸能活動を停止する。1年
後、結婚。一男一女をもうける。
直接の死因は、白血病を患い、併発した敗血症による。同じく元
モーニング娘。中澤裕子と同じ病だったことで、しばらくの間、
ワイドショーで話題となった。享年、38才。
- 256 名前:オゾンロックス 投稿日:2002年03月05日(火)00時18分28秒
- 終わり
- 257 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月05日(火)01時31分20秒
- 最後が見えちゃったら、興醒めなので、隠しておくね
- 258 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月05日(火)01時32分11秒
- 隠しsage
- 259 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月09日(土)14時50分51秒
- 泣いたよ。マジで・・・
- 260 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月09日(火)12時44分14秒
- 感動した!!
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