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裕子姐さんアンソロジー
- 1 名前:kei 投稿日:2002年01月29日(火)02時00分51秒
- 懲りもせず、小説、再びやります。
今回も、姐さん主役で・・・。
相変わらず、マタリと更新遅めで・・・。
応援をいただければ、大変嬉しいです。
- 2 名前:『想い』 投稿日:2002年01月29日(火)02時03分48秒
- それは……ただの偶然で…………
きっと誰も信じないでしょう
もしかすると……
奇跡は………
人が人を想うとき、起こるのかもしれません
- 3 名前::『想い』 投稿日:2002年01月29日(火)02時07分06秒
- −−−−−−−−−−−−−−
- 4 名前::『想い』 投稿日:2002年01月29日(火)02時08分05秒
- あたしは、白いシーツの整えられたベッドの上で、ボーっとしながら、医師の言葉を聞いていた。
ほとんど、耳に入っていない。
でも、この医師(ヒト)が何を言っているのかは、だいたい分かってた。
だって、自分の身体のことやもん。
それも、一番大切にしていた……声………。
- 5 名前::『想い』 投稿日:2002年01月29日(火)02時08分35秒
- 予兆は、2週間前くらいからあった。
- 6 名前::『想い』 投稿日:2002年01月29日(火)02時09分46秒
- 「おい! 中澤!! お前、高音部分の声の張りが全くないやんけっ!
こんなんで、曲のレコーディングでけへんやろ!!」
つんくさんが、譜面を荒々しく机にたたきつけながら、あたしの方に詰め寄ってくる。
- 7 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年01月29日(火)12時36分38秒
- 姐さん猫の次は・・・ここですか。
新作楽しみにしています。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月29日(火)17時37分31秒
- ねえさん関連のスレ、林立して嬉しい(・∀・)!
先日のいいともを彷彿とさせますね(w
応援させていただきます。がんばってください。
- 9 名前:『想い』 投稿日:2002年01月30日(水)00時42分06秒
- ここは、都内某所のレコーディングスタジオ。
中澤裕子としての新曲をリリースするためのレコーディングの最中やった。
作詞作曲も出来上がり、つんくさんの渾身の一曲。
娘。時代から、ソロで活動し、いま、娘。を卒業して、世間の予想を裏切って、
何とか、芸能界で生き延びているあたし。
そして、歌手としてのあたしの地位を不動にするために、今回、作られる新曲。
- 10 名前::『想い』 投稿日:2002年01月30日(水)00時43分10秒
- つんくさんの強い意気込みが感じられる。当
然、あたしも、娘。のあたしではなく、中澤裕子としてのあたしを、
ファンの人に見てもらいたくて、今までの2倍くらい練習もした。
歌詞の内容だけでなく、行間さえも読み込み、曲と一体化した感触もつかんでいた。
体調も万全………のはずだった。
- 11 名前::『想い』 投稿日:2002年01月30日(水)00時45分12秒
- 「すみませんっ! もう一回やらしてください!」
あたしは、ヘッドホンをはずしながら、つんくさんの目を強い意志を持って、見つめ返す。
つんくさんは、青グラサンの奥から、厳しい光を宿した視線をぶつけてくる。
「………。お前、昨晩、酒飲んだやろ?」
「へぇ?」
あたしは、つんくさんの意外な一言に、間抜けな声をあげる。
「なに言うてはるんですか? レコーディングの前日に飲むはずないやないですか?」
「だよなぁ……。いくら中澤が酒飲みや言うても、そんなプロ意識ないことするわけないか……」
「はいぃ……」
- 12 名前::『想い』 投稿日:2002年01月30日(水)00時47分27秒
- 「お前、体調は万全か?」
「はい……。そのはずですけど。別に、どこか具合悪いわけではないですし」
つんくさんは、軽く舌打ちしながら、頭をかきむしる。
そんな様子を見ていると、何か、ものすごく悪いことをしている気になってくる。
「もうええわ。今日は、帰ってゆっくり休んどけ。一週間後に、再録や」
「ええ!? でも……」
「中澤、あんなぁ。プロっていうのは、自分の体調にはもっと責任持つもんや。
気付いてへんかもしれへんけれど、お前の声、今日、最悪や。
こんなんで、売りモンなるわけないやろ」
- 13 名前::『想い』 投稿日:2002年01月30日(水)00時48分22秒
- あたしは、その場に立ちつくす。
つんくさんは、あたしを一瞥すると「次回は、声も身体も万全で来いや」と、
軽く優しく耳打ちして、スタジオから去っていた。
他のレコーディングスタッフもパラパラとスタジオをあとにする。
あたしは、その場に立ちつくしていた。
そして、スタジオ内から、あたし以外のみんなが消えた。
それを見計らって、あたしは、その場にうずくまり、声をこらして泣いた。
- 14 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2002年01月30日(水)01時19分23秒
- 私も姐さんの声大好きです。なんか癒される期がして。
ラジオでかなり辛そうに話していましたが・・・早く風邪治して欲しいでね。
早く新曲も聞きたいですね。(w
スレ違いですいいません。keiさんの新作期待してます。
- 15 名前:kei 投稿日:2002年01月30日(水)01時34分46秒
- 皆さま。メッセージありがとうございます。
わたし、今、テレビとかラジオとか無縁の生活しているので、知らなかったんですが、
裕姐さん、風邪ひきさんですか?
思いがけず、タイムリーなネタやってしまいましたなぁ(w
小説の時期的には、裕姐さんがモー娘。を卒業してから、しばらく経ったくらい。
ストーリーに出てきている新曲は、今後また出てきますが、フィクションの曲になります
- 16 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月30日(水)03時49分45秒
- 猫・・からレスさせていただいてました。
ついに始まりましたね。
あぁ、痛そうな予感・・・
姐さん好きなんで相変わらずめっちゃうれしいです。
がんばってください。
- 17 名前:『想い』 投稿日:2002年02月12日(火)23時47分13秒
- 一週間後のレコーディングの日は、アッという間にやってきた。
それまで、バラエティー番組や、トーク番組、そして、本職の歌番組などの仕事をこなしながら、その日を迎えた。
少し、のどに引っかかりを感じていたが、スケジュールの都合で、検査に行くヒマなんて無かった。
でも、今までやって、たまに感じるのどの奥の引っかかりなんか、別に大したことなんかなかった。
二、三日もすれば、すぐに治ってしまう。それくらいのものだった。
それに、歌に関しても、それによって、NGが出ることなんて無かった。今までは……。
- 18 名前:『想い』 投稿日:2002年02月12日(火)23時48分55秒
- レコーディングスタジオに入ると、すでにつんくさんはスタンバイしていた。
チェアに腰掛け、譜面を見て、あたしの曲を鼻歌混じりに歌っていた。
「おはようございます!」
あたしは、つんくさんに挨拶する。
「……あぁ、おはようさん」
つんくさんの表情が一瞬くもり、間をおいてから、挨拶が返ってきた。
すこし、そんな態度が気になりながらも、あたしは、曲収録の準備を始める。
ブースに入ったあたしのあとを追いかけるように、つんくさんも入ってくる。
あたしは「なにか?」という表情をすると、おもむろに、口を開く。
- 19 名前:『想い』 投稿日:2002年02月12日(火)23時49分57秒
- 「おい、中澤。ちょっと発声してみてくれ」
先週の悪夢と、のどの引っかかりを感じるという事実が、頭をかすめながら、
それを振り払うかのように、軽く咳払い。
そして、「あぁー」と、言われたとおり、声を発する。
声を出した瞬間、つんくさんは手であたしの声をさえぎる。
「もう、ええわ。中澤、お前、声つぶしとんちゃうんか?」
つんくさんの眉間に深いしわが刻み込まれる。
- 20 名前:『想い』 投稿日:2002年02月12日(火)23時51分16秒
- そして、つんくさんから、厳重注意を受け、再び、レコーディングは中止。
歌手としての中澤裕子は、娘。卒業後、いきなり崖っぷちに立たされたと感じた。
声の不調により、レコーディングを一度ならず、二度までも中止させた責任は大きい。
もう、アカンかも……。
そんな弱気な気持ちを抱きつつ、つんくさんの指示通り、病院に向かう。
そして、病院での、診断後、あたしは、ギリギリ立っていた崖っぷちからも、突き落とされた………。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月13日(水)00時28分36秒
- 更新お疲れ様です。
どうなることやら(w
- 22 名前:『想い』 投稿日:2002年02月13日(水)01時59分49秒
- 「中澤さん? 聞いておられますか?」
あたしは、ハッと我に返る。
周りを見回すと、2、3日お世話になっていたあたしの病室やった。
あの日の検診後、再度、再検診の旨を連絡されて、仕事をキャンセルして、
詳しい検査のため入院したのであった。
「はいぃ……」
「もう一度、繰り返しますね」
初老の頭の禿げ上がった穏和な医師は、再び、優しい言葉での説明を繰り返す。
あたしは、聞きたくなかった。
- 23 名前:『想い』 投稿日:2002年02月13日(水)02時02分30秒
- 「えーっとですね。中澤さんの、喉頭塞陰部……、つまり喉の奥ですね。この部分に、腫瘍が見られます。
長い期間にわたって、腫瘍は成長してきていたのですが、おそらく、中澤さんからすれば、
喉の不快感程度の感覚しかなかったと思います。それが、この腫瘍の厄介なところで……」
医師は、患者の知る権利とかいうことで、延々と、あたしの病気のこと、腫瘍のことを説明し続けている。
そんなことは、どうでも良かった。
あたしは、一番聞きたくない、でも、一番聞きたい、聞かなければいけない質問をぶつけてみた。
「先生。あたし……。歌の仕事は続けられるんでしょうか?」
- 24 名前:『想い』 投稿日:2002年02月13日(水)02時03分46秒
- 数分後、大声を上げて泣き叫んでいるあたしがいた。
割れた花瓶。
散らばった赤、青、白の花。
倒れて引き出しが散乱している棚。
壊れて中の機器がむき出しになり煙を上げるテレビ。
破りちぎられ、床に舞い落ちていく、雑誌の破れたページ。
そして…………
壊れかけの……あたし。
- 25 名前:『想い』 投稿日:2002年02月13日(水)02時04分37秒
- モウ、ニドト、ウタハ、ウタエヘン………………
- 26 名前:kei 投稿日:2002年02月14日(木)00時35分25秒
- 名無し読者様
へい。すでに激イタ状態です。姐さん大好きなんですけれど、毎回、姐さんに
無理難題を課してしまうあたしってドS?(w
さて、本当に、ユウ姐さん、どうなっちゃうんでしょ?(←おい!
今宵も更新いきます。痛めに・・・
- 27 名前:『想い』 投稿日:2002年02月14日(木)00時37分45秒
- あたしは、シーツにくるまり、あふれる涙を止めることなく、鼻歌を口ずさむ。
(幸せなあなたと 不幸せなあたし)
あたしの新曲や。
あ……ちゃうかぁ……。あたしの新曲になるはずやった曲かぁ。
もう、歌えないんやもんな。
あたしは、シーツにくるまり、あふれる涙を止めることなく、鼻歌を口ずさみつづけた。
(交わらないはずの二人 いまここに)
- 28 名前:『想い』 投稿日:2002年02月14日(木)00時40分17秒
- ガチャ……
あたしの病室の扉が開いた。
あたしは、相変わらず、シーツにくるまり、来客に背を向けている。
「ユウちゃん………」
小さな面会人は、小さな声でつぶやく。
その声に、同情の響きを感じ取り、あたしの心は、ざわめきはじめる。
「矢口。ゴメン。今は、誰とも会いたくないねん」
「ユウちゃん、元気出してね。
ホントはさ、メンバーみんなでお見舞い来ようと思ってたんだけど、
いっぱいで来ると、ユウちゃんも迷惑かなぁなんて思って、
そんで、矢口が代表で来たんだ。
なんか、ビックリだけどさ、ユウちゃんなら大丈夫だよ。
うん、うん。きっと、すぐ、良くなるよ。
メンバーもみんな信じているし、応援だってしてるんだから。
ねぇ? 中澤裕子、奇跡の大復活ぅ!ってさぁ」
矢口は、あたしの拒絶を敢えて聞き流し、一気にまくし立ててくる。
だんだんと、あたしの心に黒い感情がわき上がってくるのを感じる。
「ねぇ、ユウちゃん。こっち向いてよ。何か言ってよ」
あたしの心の中で、何かが、パチンとはじけた。
- 29 名前:『想い』 投稿日:2002年02月14日(木)00時42分13秒
- 「誰とも話したくないって言うてるやろ!! あんたに何が分かるっていうねん!!
分かったような口きかんといてっ!!」
「ユウちゃん………………」
いったん、せきを切ったあたしの言葉は、とめどなくあふれ出す。
「あたしは、もう二度と歌えへんねん。
手術をしても、もう前のようには歌えへんねん。
お気楽に、なにも考えへんで、歌って、踊ってしている矢口とはちゃうんやぁ!
歌えない歌手なんか、誰が見てくれる? あたしの子供の頃からの夢やった。
やっと、娘。で歌手になれて、これからやって時に……。
あんたには分かるか? 分からへんやろ?
何も分かってないあんたに、そんな同情なんてまっぴらゴメンやわ。
思いつきの慰めや同情なんか、あたしは、欲しくない!
そんなんいらんから、矢口の声、頂戴よっ! 矢口の声、頂戴よぉぉぉ!!」
- 30 名前:『想い』 投稿日:2002年02月14日(木)00時43分31秒
- 矢口の表情が見る見るうちに固まっていく。
そして、悲しそうに、うつむいてしまう。
自分の発した言葉に強い後悔を抱いた。
あたしは、何を言っているんやろ……?
でも、心とは裏腹に、あたしの言った言葉は……
「もう帰って……」
「うん。ごめんね、ユウちゃん」
あんたが謝ることなんか何もないやん。なんで謝るん?
「あのね、ユウちゃん。……。
もし、上げられるんだったら、本気で上げたいよ、矢口の声………。
でも……ゴメンね」
矢口は、うつむいたまま、部屋を出て、バタンと扉を閉めた。
- 31 名前:『想い』 投稿日:2002年02月14日(木)00時44分47秒
- 「ゴメン、矢口。ゴメン、矢口。ゴメン、矢口。ゴメン、矢口」
独り残された病室で、あたしは、矢口に謝り続けていた。
なんで、本人の前で、ちゃんと言えなかったんだろう?
なんで、あんな非道いことを言ってしまったんだろうと、激しく悔やみながら……。
ドンドンと、醜くなっていく自分が怖い。
ドンドンと、醜くなっていく自分が嫌い。
だれか…………助けて…………………
ダレカ…………タスケテ………………
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月14日(木)00時57分25秒
- 新作こちらでしたか(w
今回はのっけから痛そうで・・・(w
娘。皆登場ですか?それとも・・・やぐちゅー???
- 33 名前:kei 投稿日:2002年02月15日(金)00時58分43秒
- >32 名無し読者さん
あ、「猫」からの引き続きの読者さんですか? ありがとうございます
前回「猫」で、最新メンのぞく、全メンバーを無理矢理出すことを目標とし
収拾つかなくなって、ダラダラ長くなり、ワケワカメになったので、
今回は、姐さん独断場で、娘。メンバーはほぼ出ません。それに、これ短編ですし。
あと、質問なんですが、平家のみっちゃんは、姐さんのこと、なんと呼んでいるか
誰か教えてください。もしかしたら、みっちゃん出るかも?
- 34 名前:『想い』 投稿日:2002年02月15日(金)01時05分47秒
- 「ケンちゃん、見っつけぇ!!」
- 35 名前:『想い』 投稿日:2002年02月15日(金)01時07分04秒
- あまりにも脳天気にお気楽な陽気な声とともに、あたしの病室の扉が勢い良く開いた。
あたしは、ビクッとして、扉を振り返る。
扉の前には、あまりにも脳天気でお気楽な笑顔をした車椅子の青年がいた。
でも、あたしの顔を見て、少し表情が引きつっている。
「……………」
あたしも、車椅子の青年を見つめたまま沈黙。
「……………………………(汗)」
ケンちゃん誰?と思いつつ、首をプルプルと横に振ってみる。
「…(大汗)」
涙でクシャクシャになった顔を少し気にしながら、ニコッと笑ってみせる。
「…………ゴメンナサイ。部屋間違えマシタ……」
車椅子の青年は、引きつった笑顔のまま、一礼すると、パタンと扉が閉まって消えていった
- 36 名前:『想い』 投稿日:2002年02月15日(金)01時08分11秒
- 「プッッ!! ははは……。アハハハハ!!!」
あーん。笑いすぎて喉痛いよぉ。
なんなん?今のヒト。変なヒト。
久しぶりに、あたしの病室に、あたしの笑い声が響いた。
これが、あたしと幸二くんの初めての出会いやった。
この時、どす黒く積もり積もっていたあたしの気持ちが、少し軽くなっていくのを感じていた。
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月16日(土)02時27分08秒
- マジで・・・中澤の新曲出ないかな?
中澤の声は癒される。
作者さん・・・鬱になるよー(w
- 38 名前:kei 投稿日:2002年02月17日(日)00時27分08秒
- >37
鬱な内容でスマソ(w
たまには、ライトでポップな小説も書いてみないとなぁ・・・
このままでは、姐さんファンを全面的に敵に回しそうだわ(w
いや、ワシもファンなんすよ・・・念のため(w
- 39 名前:『想い』 投稿日:2002年02月17日(日)00時35分46秒
- 翌日、お化粧直しに(いくら入院中って言ったって女の子やし、芸能人やし……)
トイレにいったん行き、その帰り道。
いつものように新曲を口ずさんでいた。もう歌えないと分かっていても……
幸せなあなたと 不幸せなあたし
交わらないはずの二人 いまここに
翼が折れて 飛べないあたし
うん?なんか、声が聞こえるで? しかも、後ろから近づいてくるような……?
「行けぇ!! 幸二兄ちゃん!!」
「よっしゃぁぁぁぁ!!!」
- 40 名前:『想い』 投稿日:2002年02月17日(日)00時41分13秒
- イヤァな予感に襲われながら、後ろを振り返ってみた……。
あたしの目に入ったのは、子供を膝に乗せて、あり得ないスピードで
こっちに突っ込んでくる例の青年の車椅子やった。
「なんなんやぁぁ!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 人にぶつかるぅぅぅぅぅぅぅ」
どっっっかああああぁぁぁぁぁぁんんんん!!!!
あたしのヤワな身体の上に、青年と子供と、そして車椅子がのっかかり、押しつぶしにかかる。
「何すんねん! 痛いやろぉ! 早よぉ、のきいなぁ!!」
「イテテ……。おっと、俺しらねぇ。イチ抜けた! 全部、幸二兄ちゃんの責任だ!」
「あ、ケンちゃんずるい! ケンちゃんが走れって言ったんじゃん!!」
「俺、知らないもんねぇ〜」
「………。あんたら、どーでもいいから、早よぅ、あたしから、離れてくれへんかな?
さっきから、メッチャ痛いねん!!」
- 41 名前:『想い』 投稿日:2002年02月17日(日)00時45分32秒
- 脳天気を画に描いたような青年の澄んだ瞳をにらみつけながら、あたしは怒鳴りつける。
青年はニコリと笑う。
「おぜうさん。小生は、足が不自由なため、自分で立ち上がれないのでございます。
あぁ、何という悲劇でございませう。よよよ……。ということで、自力ではムリです」
「ムリってなぁぁ……」
「あぁぁぁ!! このオネェチャン、胸ペッチャンコだぁぁぁぁ!!!」
「なんやぁ、このガキィ! あんたも、ドサクサに紛れて、人の胸触ってへんで、
早よぉ、のけって!!」
少年は、あたしの胸を揉み続けながらニヤリと笑う。
「おぜうさん。小生は、目が不自由なため、自分で立ち上がれないのでございます。
あぁ、何という悲劇でございませう。よよよ……。ということで、自力ではムリです」
「………(怒) ムリちゃうやろーーーーーーー!!!!」
- 42 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月21日(木)02時14分24秒
- 裕ちゃんの復活はあるのか?
4月からドラマで保健室の先生らしいが・・・
歌はどうなるのだ???新曲・・・
関係ないレスしてすいません。
- 43 名前:『想い』 投稿日:2002年02月21日(木)23時08分12秒
- あたしは、思い切り力を込めて、少年、青年二人を向こう側に蹴り飛ばすことに成功した。
なんやねん、この変態二人は……?
おちおち、声のことで落ち込んでもおられへんわぁ……。
やっと自由になったあたしは、ハァハァ言いながら、向こうで転がっている二人を見やる。
そしたら、青年は手だけで器用に自分の車椅子に乗り込む。
少年も、手探りながらも、青年にサポートされながら、青年の膝の上にチョコンと腰掛けた。
- 44 名前:『想い』 投稿日:2002年02月21日(木)23時09分25秒
- 「どうも、大変失礼なことになってしまって、スミマセン。お怪我ないですか?
まさか、人が歩いているとは思っていなかったもんで」
「ちょっと、あんたらなぁ、廊下は走っちゃダメ!って、小学校の時習わんかったか?」
「俺、小学校行ったことないもん!」
「ケンちゃん! 君がしゃべると、まとまる話もまとまらなくなるから、ちょっと黙っておいてね」
青年は、少年の口をふさぐと、以前も見たお気楽な笑顔を浮かべながら、あたしに頭を下げる。
- 45 名前:『想い』 投稿日:2002年02月21日(木)23時10分20秒
- 「僕は、幸二といいます。そして、こっちは、ケンちゃん。
お詫びも含めて、1階の喫茶コーナーでコーヒーでもいかがですか?
それともお時間無いですか?」
「別に、ずっとヒマやけど……」
「それだったら、いきましょう!」
なかば、幸二くんに強引に連れられていく形で、3人でお茶しに行くハメに。
あたし、何やってんねんやろ?
- 46 名前:『想い』 投稿日:2002年02月25日(月)23時20分00秒
- 「ねぇねぇ、おねぇちゃん。名前なんてーの?」
オレンジジュースをすすりながら、あたしの袖を引っ張ってくるケンちゃん。
「え? 裕子。中澤裕子」
「へぇ。モーニング娘。の中澤裕子と同じ名前なんだぁ?」
「……。いやいや、あたし、その中澤裕子なんやけれどね」
「え? うそ! じゃぁ、歌って! 『ラブレボ』がいい!! 歌って!」
「え……。………」
二の句が続かない。純粋な表情をして、袖を引く少年の手をふりほどけない。
うつむいてしまったあたしから何かを感じ取ったのか、幸二くんがフォローを入れてくれる。
- 47 名前:『想い』 投稿日:2002年02月25日(月)23時21分34秒
- 「ケンちゃん。お姉ちゃんは疲れているんだから、ムリ言っちゃダメだろ? まだ今度な」
「なんだよぉ! 兄ちゃんは関係ないだろ?」
ケンちゃんはぶつくさ言いながらも、幸二くんには逆らえないのか、
大人しく関心をジュースに戻してしまった。
「へぇ、裕子さんて歌手なんですか?」
あたしは、コクリとうなずく。
「有名な人なんでしょうね? ただ、僕はあまりテレビとか見ないので……すみません」
あたしは、ううんと、首を横に振る。
「あんま、あたし自身、芸能人扱いされるの得意とちゃうし。
あたしは、あたしやし。そうやって、フツーに接してくれるんが一番やわ。
もうじき、歌手でもなくなるんやし……」
「声を……亡くされたんですか?」
- 48 名前:『想い』 投稿日:2002年02月25日(月)23時23分11秒
- あたしは、心を射抜かれたかのようにドキッとして、幸二くんの顔を見やる。
その表情からは、普段のお気楽な笑顔は消えていた。
その瞳の色は、この世の全てのものを吸い込むほどに澄んでいて、そして深かった。
「あげましょうか? 僕の声…………」
なっ!!
「なに言うてんの! 幸二くん。冗談もたいがいにしときや!」
あたしは、幸二くんの視線を無理矢理はがしながら、大きな声をあげる。
- 49 名前:『想い』 投稿日:2002年02月25日(月)23時24分17秒
- そして、ふたたび、視線を戻したときには、彼は普段の笑顔に戻っていた。
「冗談じゃないですよ! ねぇ、ケンちゃん!」
「そうだよ! 俺なんか、兄ちゃんから、目をもらうんだ!!
俺、生まれつき目が見えないから、目が見えるってどんなんだろうな!
そしたら、中澤裕子の顔も見えるってわけだ! すげぇ!!」
幸二くんの言葉に無邪気に喜ぶケンちゃんを見ながら、あたしの心は複雑やった。
目の見えないこの子にとってウソでも、心の支えなんやろう。
でも、ウソはウソやん。
同情で、できもしないこと言うのって、逆に残酷なんとちゃうん?
あたしの心と対照的に、目の前の二人の表情は、脳天気に晴れやかやった。
そのあと、また、何気ない世間話に終始し、ふたたび、その話題にふれられることはなかった。
- 50 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月28日(木)01時31分04秒
- なーるほど(w
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- 51 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時32分15秒
- それから、ケンちゃんと幸二くんのセットは、毎日、あたしの病室を訊ねてきた。
矢口の一件があってから、あたしのことが、みんなに知れたんやろう。
娘。のメンバーで、誰も、あたしの見舞いに来るものはいなかった。
自分のまいた種やけれど、所詮そんなモンなんやなぁっていう、
ある種のむなしさって言うか、寂しさは感じていた。
そんな中での、ケンちゃんと幸二くんの来訪は、複雑に入り組んだ、
あたしの気持ちを癒してくれるものやった。
実際、幸二くんのノーテンキな笑顔や、ケンちゃんのオバカな行動を見てたら、
なんか、悩んでいるのがアホらしくなってくるっていう感じかな。
- 52 名前:『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時34分42秒
- 「裕子さぁん」
カラカラカラッていう、車椅子の音を立てながら、幸二くんはあたしの病室に入ってきた。
それに気付いたあたしは、耳から、MDウォークマンのイヤホンをはずす。
「あれ? 今日は一人なん? ケンちゃんは?」
「うーん、裕子さんには言ってなかったけれど、今日、ケンちゃんの目の手術なんだ。
角膜移植って言う……。あんまり、詳しいこと分からないけど」
「もう、なんで、そんな大事なこと教えてくれへんのよ。ケンちゃんのなんでいわへんねんやろ」
あたしは、わざと怒ったような声を出す。
幸二くんは、いつもの笑顔を見せながら、でも、真剣な声で言う。
「あまり成功率が高くないらしいんだ。ケンちゃん自身、あまり、手術をしたがっていなかったし。
だから、ケンちゃんも言いたくなかったんじゃないかなぁ」
「そうなんや。でも、手術。上手くいくといいね!」
- 53 名前:『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時36分28秒
- 「あ、そうそう。裕子さんのビデオ見せてもらったよ」
「ははは。なんか、照れくさいなぁ……」
「僕は、あまり歌のことは分からないけれど、裕子さんの歌って、とてもステキだよね。
心に染みわたるっていうのかな。裕子さんの歌声が聞きたくて、何度も同じところ巻き戻しして見てたよ。
……あ、ごめん。声のことは話題にしない方がいいよね」
幸二くんは、「しまった!」みたいな表情をして、言葉をおさめる。
「ええよ。気にせんといて。子供の頃からの夢やったから、簡単にはあきらめられへんけれど、
現実から逃げへんことにしたから」
「また歌えるようになるよ。うん」
幸二くんは、満面のお気楽ゴンタくんな笑顔を浮かべながら、あたしを励ます。
「もー、何も知へんくせに! いい加減なことを!」
何事も、お気楽な幸二くんにちょっとあきれてしまう。
- 54 名前:『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時39分51秒
- 「あたしの喉に、悪性の腫瘍が出来ているねん。近いうちに、それを手術でとらなあかんの。
でも、結構難しい手術らしくて、手術をしたら、声帯も傷つけてしまうらしくって、
ガラガラ声になってしまうんや。とても、そんな声では、歌は歌えないだろうって」
幸二くんの顔をチラリと見たら、その表情からは、普段のお気楽な笑顔は消えていた。
その瞳の色は、この世の全てのものを吸い込むほどに澄んでいて、そして深かった。
以前、見た、その表情にドキッとしながら、言葉を続ける。
- 55 名前:『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時42分38秒
- 「でも、あたしは、歌が好き。せやから、声が出なくなっても、歌を続けたいと思う。
多分、もう、プロとしてはムリやろうけれど、それでも、歌は歌っていたいと思うねん。
あぁ、幸二くんて、つんくさんのこと知ってるかなぁ?
あたしのプロデューサーなんやけれど、今回、つんくさんに新曲作ってもらってん。
『TSUBAME』っていう曲。メッチャいい曲やねんで。
もしかしたら、あたし、こんなことになったから、もう歌わせてもらえへんかもしれへんけれど。
でも、手術終わったら、「歌わせてください!」ってお願いするつもりやねん。
つんくさんて、プロデューサーとして、めっちゃシビアな人やから、
一言「アカン!」て言われるかもしれへんけれど。それでも、一生懸命お願いすんねん。
歌わせてくださいって。歌わせてくださいって……」
- 56 名前:『想い』 投稿日:2002年03月01日(金)23時44分13秒
- 知らずのうちに、あたしの頬を涙がつたっていた。
あたしは、幸二くんの胸に顔をうずめる。
幸二くんは優しくあたしの肩を抱きしめてくれた。
そして、耳元で優しくささやいてくれる。
「大丈夫。絶対歌えるようになるよ。絶対に………」
あたしの頭の中を新曲の『TSUBAME』が流れる。
幸せなあなたと 不幸せなあたし
交わらないはずの二人 いまここに
翼が折れて 飛べないあたし
そっと あなたの心に抱きしめられて
癒されたあたしは 今飛び立とう
そうや。絶対歌うねん。絶対に………
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月02日(土)00時42分58秒
- ピュアな作品だな(w
裕ちゃんの声どうなるのかな?
- 58 名前:『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時16分37秒
- 翌日。あたしの病室。あたしの入院以来、付き添いで京都からお母さんが来ていた。
「幸二くんて……」
花瓶の花を取り替えているお母さんに、何気なく訊ねてみる。
「なんで入院してるんやろ?」
「あぁ、あの子? 何でも心臓わずらっているらしいわね。
その病気が転移して、足も不自由になったみたいよ。
心臓の病が、足にも影響するなんて、不思議な話やねんけどねぇ。
なんか、あの子本人は、足を折ったスケート選手に自分の足を上げたって言ってるみたいやけれど……。
結構変わった子やんね」
「……うん」
「なんなん? 気になるん?」
「いや、そういうわけとちゃうけど……」
- 59 名前:『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時17分54秒
- 「そうそう、裕子……」
お母さんの表情がら笑みが消える。
「喉の手術なんやけれど、明後日に決まったから……」
「……………そう……」
「声の件は、残念やけれど、それで、命が助かるんやったら、お母さん………」
「うん、分かってる。せっかく産んでもろうてんから、命は大事にせんとな。
まだまだ、お母さん孝行してへんし。それに、歌を完全にあきらめたわけとちゃうし。
こんな状態やけれど、頑張れるところまで頑張ってみるわ」
「……裕子。ゴメンな……。お母さん、なんもしてあげられへん……」
「なに言うてんの! お母さんには、すごい感謝してんねんで」
- 60 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時19分12秒
- コンコン!
いきなり病室のドアがノックされる。
お母さんが、ドアを開きに行く前に、勝手にドアが勢いよく開く。
「裕子お姉ちゃん!!」
開け放たれたドアのところに立っていたのは、ケンちゃんやった。
「あ、ケンちゃん。おはよー!」
「わぁ、中澤裕子の素顔だ! 思ってたよりも、断然、ベッピンさんだよ!」
「!!??」
「裕子お姉ちゃん!」
- 61 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時20分09秒
- ケンちゃんは、とまどうことなく、あたしのベッドに真っ直ぐ向かってくる。
「……もしかして。ケンちゃん!?」
「うん。見えるんだよ! お姉ちゃんの顔も、この病室も、世の中の全てが!!」
「ケンちゃん、オメデト! 良かったやん!! そしたら、手術、成功したんやね!?」
「ううん! 違うんだ! 手術は失敗だったんだよ。もともと成功率低かったし」
「え? どういうことなん? でも、ケンちゃんの目は見えるようになってるやん?」
「幸二兄ちゃんだよ! 幸二兄ちゃんに、目を……、視力をもらったんだ!」
!? 幸二くん……? 一体どういうことなん?
- 62 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時22分46秒
- あたしは、幸二くんの病室に駆けつける。
「裕子さん?」
病室のドアを開けたとたん、ベッドに腰掛けた幸二くんは視線を動かすことなくあたしの名を呼んだ。
あたしは、ベッドに近づく。
その表情は、いつものお気楽を絵に描いたような顔やった。
でも、幸二くんの瞳から、光が失われているのは一目で分かった。
- 63 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時24分41秒
- 「……。幸二くん? そ……その目は、い……いったい、どうして?」
「だから、前に言っただろ? ケンちゃんに、視力を上げるって……。
あの子、生まれたときから、目が見えないんだ。一度も、光を見たことがないんだ。
もう、僕は、裕子さんていう光を見れたから、もう、いいんだ」
「で……できっこないわぁ、そんなこと」
「信じられないかもしれないけれど、出来ちゃうんだ。強く想うと………」
幸二くんはゆっくりと目をつむる。
あたしは、そんな幸二くんをただジッと見つめているだけやった。
- 64 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時26分51秒
- 「ねえ、「幸福な王子」っていう童話……しってるかな?」
「腰の刀にはルビー、瞳にはサファイア、身体は純金におおわれて……。
それをツバメが……小さなツバメが、はぎ取って運ぶのよ。貧しい人々に………」
「そう。きっと、僕は、前世では、あまりにも幸福すぎたんじゃないかと思う。
だから、現世で、その代償を払っているんだ」
何を言っているん? 幸二くんの言っていることが分からない……
「裕子さん!」
幸二くんの強い口調に、ハッと我に返る。
そして、幸二くんの顔を見やる。
その表情からは、普段のお気楽な笑顔は消えていた。
その瞳からは、光は失われていたものの、その色は、
この世の全てのものを吸い込むほどに澄んでいて、そして深かった。
- 65 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時28分56秒
- 「明後日、喉の手術だよね。手術によって声をなくす裕子さんには、僕の声をあげるよ」
「!!??」
「裕子さんにとって、何物にも変えられない大切なものなんだろ?
僕も前世の代償とかっていう意味ではなく、裕子さんが、それで、
声を……歌を取り戻せるんだったら、是非、僕の声を使って欲しい」
「…………」
「この前ビデオで聞かせてもらったけれど、とてもステキな歌だったよ。
もう、裕子さんを見ることは出来ないけれど、最後に、裕子さんの生の歌声を聞いてみたいなぁ。
裕子さんが、退院して、芸能界に復帰したら、聞きに行くよ!」
「……幸二くん!!」
- 66 名前:: 『想い』 投稿日:2002年03月04日(月)23時30分18秒
- 幸せなあなたと 不幸せなあたし
交わらないはずの二人 いまここに
翼が折れて 飛べないあたし
そっと あなたの心に抱きしめられて
癒されたあたしは 今飛び立とう
- 67 名前:Kei 投稿日:2002年03月04日(月)23時36分12秒
- 作者です。
私の稚拙な姐さん小説を読んでくれている読者様。ありがとうございます。
一身上の都合により、途中から、感想に対するレスは付けていませんが、
本当に応援ありがとうございます。
当小説『想い』 次回で、ラストです。
- 68 名前::『想い』 投稿日:2002年03月05日(火)23時55分25秒
- その日のミュージックステーションのテレビ欄の見出しは、
「奇跡の中澤裕子復帰記念!!」と大見出しが付けられていた。
あたしが声を失い、歌手として再起不能であるということは、
マスコミにすでにスッパ抜かれていたので、歌手として再起は大きな話題を生んだ。
「おい、中澤」
「つんくさん……」
楽屋で気持ちを落ち着けているあたしのもとに、プロデューサーのつんくさんが顔出ししてくれた。
奇跡の退院後、ふたたびレコーディングを行い、一発でオッケーをもらい、
新曲『TSUBAME』のCD発売も間近に迫っていた。
- 69 名前:『想い』 投稿日:2002年03月05日(火)23時57分04秒
- 「どうも、ご心配おかけしました」
「復帰おめでとう。まだ俺も信じられへん気持ちやわ。
歌手としての中澤を失うのは、ホンマ、俺にとっても痛い話やったからなぁ。
よぉ、復帰してくれた」
「全部、幸二くんのおかげです……」
「あぁ、そのことやけどなぁ。
中澤の言うとった車椅子の青年なんか、客席におらんかったぞ」
「………」
「それに聞いた話やけど、その幸二っていう青年、急に容態が悪化したらしいわ。
なんでも、大きな病院に移ったって聞くし。
たしか、何とかっていう心臓の病気で、しびれが全身に回ってしまうらしいで」
「?」
「なんか、目が見えなくなった次は、言葉も話せなくなったとか……」
「違うねん!!」
- 70 名前:『想い』 投稿日:2002年03月05日(火)23時58分04秒
- つんくさんは、いきなりのあたしの感情にビックリしている。
当然やろう。あたし自身、まだ信じられないでいる。
でも、そう考えないとおかしいねん。
あの日、手術は、失敗やった。歌声だけではなく、声そのものを失ってしまった。
手術から、二、三日、あたしは、言葉をしゃべれなくなっていた。
でも、ある日、朝起きたら、まるで何もなかったかのように、声を出せるし、
問題なく歌も歌えるようになっていたんや。
「あたしにくれたんや! 幸二くんが声を!!」
「何をいってるんや? 中澤……?」
- 71 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)00時00分05秒
- 「そろそろ本番入りまぁす! 中澤さん、準備お願いしまぁす!」
ADの青年が、楽屋をノックして、入りを告げに来る。
「おい、中澤。お前は、幸二くんていう青年とは違って、もう健康なんやから、
いつまでも引きずっていてもしゃぁないやろ? そろそろ本番や!」
「健康になったから、幸二くんを忘れろ!なんてひどいわ!!
今誰にいて欲しい、今誰にあたしの歌を聴いて欲しいかっていうたら、それは幸二くんや!!」
- 72 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)00時01分51秒
- あたしは、机をバンッ!と叩いて、楽屋を出ていこうとする。
「どこ行くねん!」
「病院行ってくる! 幸二くんところ行って来る!!」
「待つんや!! ……もし、中澤の言うとおり、……声をくれたのが、その幸二くんなんやったら、
今日、ステージに立つことが、その気持ちにむくいることとちゃうんか!?
それに、お前のことを待っているんは、幸二くんだけちゃうぞ。
お前のファンみんなが、中澤の復活を待っているんや。分かってるんか?」
「…………」
- 73 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)00時03分44秒
- ミュージックステーションの収録は始まった。
司会のタモリさんの絶妙な間とトークで、番組は進行していく。
あたしは、クッションに座り、自分の番が来るまで、ずっと、客席の中から、
幸二くんを捜そうとしていた。
幸二くんと約束した。
必ず、あたしの歌を聴きに来るって。
でも、客席の中には、幸二くんの姿はなかった。
つんくさんの話では、容態が悪化した。とても来れるような状態ではないらしい。
- 74 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)00時05分05秒
- ADのサポートで、座席を移動し、タモリさんの横に座る。
このあと、あたしとタモリさんとのトークをこなし、そして、新曲の発表という手順。
カメラが回り始めた。
「入院生活、お疲れさまでした」
「いえいえ」
司会のタモリさんとのトークが始まる。
「今日、数カ月ぶりの復活の、中澤裕子さんです!!」
「わぁーー!!」
「おめでと!」
「ゆうこぉぉぉ!!」
あたしの後ろの座席でスタンバっている他のアーティストのみなさんも
一斉にあたしの復帰を祝ってくれる。
- 75 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)00時06分57秒
- 「いやぁ。大変だったでしょう? 入院とか手術とかいろいろあって」
「そうですね。でも、その中で一番辛かったのは、
もう歌のお仕事が出来なくなるかもしれないってことでしたね」
「俺もビクッリしちゃったよ。
歌手として、もうダメなんじゃないかって言われてたから。でも本当に良かった」
「ありがとうございます。それに、本当にご心配おかけしました」
そして、ふたたび、カメラ目線で、テレビを通して、ファンのみんなにも感謝の気持ちを伝えた。
そのとき、タモリさんが、スタジオそでのADに、何か目配せをするのが目に入った。
急なゲストがあるときの、タモリさんの癖や。
ゲスト?
もしかして………?
- 76 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時08分35秒
- 「中澤……。実は、復帰を祝って、お客さんが来ているんだよ。誰だと思う?」
「えー! ホントなんですか? 誰なんでしょう?」
「さぁ、入ってきてもらいましょう。モーニング娘。のみなさんです!」
「………」
あたし、何考えているんやろ。そんなわけ、あるわけないやん。
新リーダーのカオリを先頭に、9人の娘。たちがゾロゾロと入ってくる。
花束を持ったカオリに「ユウちゃん、おめでとう」と言われて抱きしめられた。
その瞬間、メンバーも、他のアーティストも、一斉に拍手であたしらを包んでくれた。
ホンマ、あたしは幸せもんや。こんないい仲間に囲まれて……。
でも、まだ、自分にけじめを付けていないことがある。
あたしは、カオリの腕の中から離れ、視線を列の後方に向ける。
そこには、他のメンバーの後ろに隠れようとしているちいちゃな矢口がいた。
- 77 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時10分45秒
- 「矢口……」
あたしは、意を決して言葉を発する。
幸二くんがくれた声やもん。
絶対に言える……。
あの時、言えなかった言葉を………。
「ユウちゃん……?」
バツの悪そうな微妙な表情をして、矢口があたしを見つめる。
「矢口、あの時はゴメンな。ホンマに、ひどいこと言うてもた……。
あん時のあたし、ホンマどうかしててん。矢口に、八つ当たりしても仕方ないのに……な」
「ううん。そんなのいいよ! でも、ユウちゃん、良かったね。
矢口、毎日、毎日、お祈りしてたんだよ!
ユウちゃんの声が元に戻りますようにって!!」
「……。矢口、ありがとうな。あたしなんかのために……」
「ユウちゃん………」
- 78 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時11分31秒
- あたしは、ちいちゃな矢口の身体をしっかりと抱きしめる。
あたしも矢口も、ボロボロと涙を流してた。
こんなんやったら、このあと、『TSUBAME』歌えへんやん……。
「ユウちゃん! ちゃんとあたしたち娘。が歌のフォローするから!」
カオリが、目に涙を浮かべながら、あたしの肩を抱く。
今日は、メンバーもバックで、あたしの新曲を歌ってくれるらしい。
そのために、かなり練習してくれてんて。
ほんま、この娘たちったら……。
- 79 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時12分15秒
- CMをいったんはさみ、セットの用意されたステージには、久しぶりに10人娘。がスタンバる。
前奏曲が流れはじめる。
お客さんの拍手に包まれる。
つんくさんの渾身の一曲。
娘。を卒業した、あたしの新たな第一歩。
あたしの声とともに、一度は無くしかけた、この曲。
今一度、スポットライトを浴びて、歌うことが出来る。
幸二くん……。
聞いてて……。
あたしの『TSUBAME』……
- 80 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時13分03秒
- 幸せなあなたと 不幸せなあたし
交わらないはずの二人 いまここに
幸二くん? どこにいるん?
あたしは、微かな光をたよりに観客席を見回す。
- 81 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時13分45秒
- 翼が折れて 飛べないあたし
そっと あなたの心に抱きしめられて
歌手復帰したら、絶対に聞きに来てくれるって約束したやん。
あたしは、幸二くんのくれた声のおかげで、今、歌ってるんやで。
- 82 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時14分48秒
- 癒されたあたしは 今飛び立とう
幸二くん………。
サビを10人で歌いきった瞬間、照明効果でいっせいにステージをライトで照らされた。
「!!」
- 83 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時15分47秒
- 留まるあなたと 飛び立つあたし
傷つき苦しむあなた いまここに
幸二くん!!
ステージが赤々と照らされたおかげで、観客席にも照明の光が届いていた。
観客席の後方に、車椅子に座って、微笑む、彼の姿があった。
やっぱり、来てくれたんや。
- 84 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時16分33秒
- 後ろ髪引かれ 行けないあたし
そっと あたしの背を押すあなた
あ、あかん。
幸二くんの顔見たら、歌えへん。
あたしの歌声は、嗚咽と変わっていく。
あたしの歌を聴いてもらうって約束やったのに……。
あたしってアカンなぁ………。
- 85 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時17分26秒
- 癒されたあたしは どうするの?
もう、アカン。
後ろで、メンバーが歌を続けてくれている。
「幸二くん!!」
あたしは、マイクを放り出し、駆け出した。
観客席を目指して……。
幸二くんのもとを目指して………。
- 86 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時18分15秒
- あなたのそばに いつまでも……
あなたは あたしの 胸の中
「幸二くん……」
あたしの声を聞いて、幸二くんはニコリと微笑む。
あたしの全てを包んでくれる、そんな笑顔やった。
言葉は必要ない。
ゆっくりと、あたしは幸二くんの身体を包み込む。
周りのざわめきは、あたしたちには届かない。
あたしたち二人の世界……。
- 87 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時18分59秒
- ずっと眠るの いつまでも……
いつまでも……
幸二くんの光を失った瞳はこう告げていた。
「最期に、ステキな歌声をありがとう……」
そして、あたしの胸の中で、そっと目を閉じた。
幸二くんは……。強い想いで、あたしの声を……心を救ってくれた幸二くんは、
こうして、静かな眠りについたのです。
- 88 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時19分56秒
- −−−−−−−−−−−−−−
- 89 名前:『想い』 投稿日:2002年03月06日(水)23時21分17秒
- もしかすると……
奇跡は………
人が人を想うとき………
起こるのかもしれません………
<了>
- 90 名前:名無し 投稿日:2002年03月18日(月)13時12分31秒
- 話は面白いと思うけど、今一レスがないのは
やはり、男に名前をつけてしまったのが原因でしょう。
でも、ここで娘×男やるのは勇気いるよね
やるときは読者が自分を投影できるように
男は名無しがいでしょう
- 91 名前:kei 投稿日:2002年03月25日(月)23時10分14秒
- なぁるほど。アドバイス、ありがとうございます。
また、近日中に、このスレで姐さんの短編やりますので、読んでもらえると嬉しいっす
- 92 名前:kei 投稿日:2002年03月28日(木)23時21分21秒
- keiです。
新シリーズです。タイトルは『まぼろし裕子』 前作『想い』もそうですが、
元ネタありです。
今、少し忙しい時期なので、更新は遅くなると思うので、sageでいきます。
- 93 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月28日(木)23時22分27秒
- ヤグチ・・・。サヨナラや。あたしは、遠くに行くねん。
もう、会えへんかもしれへん。
「だれ? あなたは誰なの?」
- 94 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月28日(木)23時23分12秒
- チュン、チュン、チュン・・・
小鳥のさえずりとともに、心地よい朝日が、寝室に入り込んでくる。
一人の小柄な女の子が、ベッドの上で目を覚ます。
矢口真里。それは、彼女の名前である。
「夢? 何だろう? 思い出せない。子供の頃のあたしがいた。
あたしを呼んでいたのは・・・?
でも、なんか、とても大切な夢だった気がする」
- 95 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月28日(木)23時24分41秒
- 矢口は、ベッドで夢をさかのぼっていこうとするが、途中で何かモヤみたいなものに記憶をふさがれる。
そうこうしているうちに、時間が過ぎていき、矢口は思い出すのをあきらめ、ベッドから起きあがり、
朝の支度をはじめた。
矢口真里。
この街で生まれ、この街で暮らし、この街で結婚して、この街で年をとっていく。
どこにでもいる、ごく平凡な、ありふれた女の子であると、誰もが思っていた。
その封印された彼女の運命の歯車が、今、回り始めた。
- 96 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月29日(金)23時06分33秒
- 「やべぇ〜! 遅刻だぁ!!」
矢口は、大慌てで、走っていた。ただいま、お仕事先を目指して、爆走中。
どうやら、いつも通りに起きたのに、みた夢が気になって、気になって、
朝の準備どころではなかったらしい。
矢口という娘、どうやら、何かに夢中になると、周りが目に入らなくなるようだ。
この時も、時間を気にし、腕時計ばかり見ながら、道路を走っていた。
どっすーん!!
「あたたたたた・・・」
矢口は、尻餅ついて、お尻を押さえながら立ち上がる。
目の前には、ほっそりとしたカミソリのような張りつめた空気を持つ女性が立っていた。
- 97 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月29日(金)23時07分49秒
- 「大丈夫?」
サングラスをかけているため、その表情は分からないが、声は冷ややかであった。
心配して声をかけていると言うよりも、形式的に聞いているような感じだ。
「あ・・・。いやぁ、スミマセンでした、よそ見していた・・・ので」
女性の空気に圧倒されながら、しどろもどろに謝罪する。
軽く、会釈しながら、その場を去ろうとする矢口の背中に、静かな声がかけられた。
「道を歩くときは、気を付けなさい。矢口真里さん」
- 98 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月29日(金)23時09分24秒
- 矢口は、不思議な女性とぶつかってからも、相変わらず、せわしなく道中を急ぐ。
そして、一件の近代的なビルを一瞬見上げ、そして、駆け込んだ。
そのビルには「早安警察署」と銘打たれていた。
「ぎりぎり、セーフ!!」
矢口は、署内に飛び込み、出くわした女の子の署員にピースを作って、ニコリと微笑む。
署で一番の仲良しの、交通課の石川梨華だ。
「矢口刑事。また、遅刻ですかぁ?」
「ははは、遅刻じゃないよ。だって、まだ、5分前じゃん!」
- 99 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年03月29日(金)23時10分43秒
- 矢口は、右腕の腕時計を見て、8時55分だと確認して、石川に見せる。
それを真似するように、石川も自分の腕時計を見ながら、ピッと矢口に腕を差し出す。
「9時10分です」
「・」
「どっひっぇぇ〜!!」
矢口は、血相を変えて、刑事課のオフィスを目指して走り出した。
その後ろ姿を見送りながら、石川が大きな声で声かけた。
「ポジティブでぇすよぉ、矢口さぁん!」
- 100 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月02日(火)21時04分41秒
- 新作、待ってました!
今回は人称が違うんですね。
新鮮なカンジで楽しみです。がんばって下さい。
- 101 名前:kei 投稿日:2002年04月03日(水)23時18分43秒
- >100さん
新作待っていてくれてありがとうです。
今回は、内容上、姐さんの心情とか前面に出しにくいの、姐さん視点の構成はやめました。
あ、そうそう。あまりこだわっていないのですが、方向性としては、
「やぐちゅう」メイン。「やぐいし」サブで・・・(w
- 102 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月03日(水)23時20分46秒
- 矢口が、刑事課オフィスの扉をそろりと開けると、課長が、渋面をつくりながら、迎え入れた。
しかし、遅刻に関して、課長の雷が落ちてくることはなかった。
こっそりと、自分の机に座って、昨日残していた書類の仕上げに取りかかろうとすると、
課長から名指しで呼ばれた。
「おい、矢口、ちょっといいかい?」
「はい・・・」
課長のデスクに向かいながら、内心穏やかではない。
やはり、遅刻のことを怒られるのか?
それとも、昨日残業しないで帰ったことを言われるのか?
はたまた、課長の大事に残しておいたドラ焼きを勝手に食べたのがばれたのか?
- 103 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月03日(水)23時22分16秒
- 「他のメンバーにはすでに紹介済みなんだが、矢口にはまだだったな」
「えー、誰か新人、はいるんですか?」
「正式には警察官ではない。ただ、最近管内で起こっている事件解決のための協力者という形だな」
「あぁ、例の宝石強盗のヤマですか?」
ふと矢口の背後に、人の気配を感じる。
とても冷ややかな空気である。
振り返る矢口。
「あっ!!」
矢口の目の前には、今朝出会ったあの女性がスラリと立っていた。
サングラスに隠された視線は、矢口の方を見ているようである。
「あぁ、いいところに来た。彼女だ。催眠術師の中澤裕子くんだ」
「はぁ? 催眠・・・術師?」
- 104 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月03日(水)23時24分03秒
- 矢口は、間の抜けた声をあげる。
中澤は矢口のそんな態度にも興味ないのか、何も言わすに立っている。
クールというよりも、冷たいという印象である。
「今回、矢口は、この中澤くんと組んでもらう。
捜査員としては、君の方が先輩だから、中澤くんの力になって上げるんだぞ。
ただ、現場での決定権は、中澤くんにあるから、彼女の指示に従い、
早急に事件を解決するように。以上だ」
課長は言うだけのことを言うと、さっさと自分の仕事に戻っていった。
残された矢口。当然ながら、悩んでいる、困っている。
「ふふっ」
今までの能面だった中澤は、一瞬、顔を崩しながら、サングラスをはずす。
そして、矢口に手をさしのべる。
- 105 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月03日(水)23時24分57秒
- 「よろしく。矢口真里さん」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
差し出された中澤の手を握り返した瞬間、矢口の頭の中をあるイメージが横切った。
「えっ!?」
そのイメージとは、中学生くらいの中澤裕子の姿であった。
そして、そのかたわらには、さらに子供の矢口自身がいた。
ふたたび、無表情に戻った中澤は、プイッと振り返り、オフィスをあとにした。
一人残された矢口は、胸に手を当て、動悸を押さえようとしていた。
「何なんだろう、この気持ち? 中澤裕子? 一体、何者なんだろう?」
- 106 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月04日(木)00時40分14秒
- かなり楽しみにして読ませてもらってます。
前の時から、何回かレスさせてもらってたんですが押さえてました。
が、書かせてもらいました。
- 107 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月04日(木)18時25分08秒
- なんか、面白そうなやぐちゅうが始まってますね。
今後も楽しみにしてます。
- 108 名前:kei 投稿日:2002年04月04日(木)23時19分20秒
- >106 名無し読者さん
ありがとうです。sageでやっていても、気付いて読んでくれる方がいるってのは
嬉しい反面、頑張らないとって気になりますね。
まだまだ、力不足ですけれど、今回の作品も、楽しんでもらえれば作者冥利っす
>107 読んでる人さん
ありがとでぇす。やっぱ、「やぐちゅう」でしょ!?(w
間違いなく、読んでいる人さんは、同志です!(w
思いがけず、応援のレスが2つ続いたので、予定変更で、今日も更新しちゃいます
- 109 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月04日(木)23時20分59秒
- お昼休み。
「ねぇねぇ、矢口けーじ。さっきからボーっとしてますよ?」
「あぁ、ゴメンゴメン。ちょっと考え事してた」
矢口と石川は署内の一角にある食堂で、昼食をとっていた。
二人掛けのテーブルに対面で座り、仲良く食事をしていたのだ。
ただ、矢口の頭から、どうしても中澤のことが離れない。
そのため、石川と話をしている最中も、ついつい考え込んでしまうのだ。
「でも、刑事課の課長さん、何考えているんでしょうね?
捜査に一般の人巻き込むなんて」
「いまいち、あたしもよく分からないんだけれど、確かに、
あの中澤っていう人、ただ者じゃないね」
中澤の名前を出した瞬間、心の奥がきゅんと痛んだ。
- 110 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月04日(木)23時23分24秒
- 「もう、署内でのもっぱらの噂なんですけどぉ、あの中澤裕子っていう催眠術師さん。
この街で育ったらしいですよ」
「!?」
石川の言葉が耳に入った瞬間、矢口の胸がギュッと締め付けられた。
石川は矢口の変化に気付かないのか、お茶をすすりながら、言葉を続ける。
「一昔前、稀代の催眠術師がいたそうなんです。その名も、つんく!
変な名前ですネェ・・・。あの、中澤さんて、その催眠術師つんくの一番弟子なんですって」
「なんで・・・ユウちゃんは、この街へ戻ってきたの?」
「へぇ? ユウちゃんて誰です? あぁ、中澤さんですか?
もう! 矢口刑事はホント誰とでもすぐに仲良くなっちゃいますよね。
今日会ったばっかりで、もう“ユウちゃん”なんだもんなぁ」
- 111 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月04日(木)23時25分07秒
- ふたたび、石川の言葉で、矢口は心が動揺する。
なんで「ユウちゃん」て呼んだの?
まるで、口が、この呼び方を覚えていたかのように、自然にでてきた名前。
中澤っていう人と、今日が初対面じゃないの?
・・・。
そういえば、あの人、あたしの名前を知っていた。
だれ? あなたは・・・
「なんでも、師匠の催眠術師つんくが失踪しちゃったらしいんですよね。
それで、何か事件に巻き込まれたんではないかっていうことで、日本に戻ってきて、
警察に協力しながら、つんく氏を探しているってな、感じらしいですよ。ん?」
- 112 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月04日(木)23時26分10秒
- 石川の目には、顔を真っ青にして、自分を抱きしめ震えている矢口の姿が目に入った。
そして、まるでスローモーションのように、矢口の小さな身体が、
フロアに倒れていった。
「! 矢口刑事! 大丈夫ですか!?」
矢口は、石川の叫び声を聞きながら、薄れゆく意識の中で、
寂しそうな表情で自分に手を振っている、中学生くらいの子供時代の中澤の姿を見ていた。
「だれ? あなたは一体だれなの?」
- 113 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月05日(金)23時17分13秒
- 医務室では、二人の女性が対峙していた。
並々ならない緊張感が漂っている。
ひとりは、サングラスと身につけ、黒のスーツで身を固めている中澤裕子。
もう一人は、少女のような幼い顔つきをしているが、
その瞳は理知的に輝いている白衣を着た女性。
「あたしに何か用なの?」
中澤がまずは沈黙を破る。
その声は、普段以上に冷たい響きを含んでいる。
「くすっ。そんなに警戒しなくていいよ。別に、とって食べようってワケじゃないし」
中澤の強いプレッシャーをさらりと受け流し、場の空気を変えるほどの笑顔を向ける。
- 114 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月05日(金)23時20分30秒
- 「あたしは、安倍なつみ。“なっち”でいいよ」
「で、その安倍さんが、あたしに何の用なの?」
「うーん、なっちでいいって言っているのに・・・。ま、いいか」
取り付く島もないなぁ、などとぼやきながら、頭をカキカキ、話題をかえる安倍。
「あたしは、催眠療法を研究している精神科の医師なの。
いま早安署に出向中なんだけどね。催眠術の世界で“まぼろし裕子”
とまで言われている中澤裕子が、当警察署に来たとなったら、
そりゃ声かけるでしょ?」
「ふっ。そんな用事なんだったら、あたしは失礼させてもらうわ」
中澤は表情ひとつ変えないで、クルリと体を転換すると、
医務室を出ていこうと、ドアに手をかけた。
その瞬間・・・。
「せんせー! 急患でぇす!!」
- 115 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月05日(金)23時21分42秒
- ドアが勢いよく開き、そこには、矢口を背負って駆け込んでくる石川の姿があった。
意識を失って、石川に背負われている矢口の青ざめた顔を見た瞬間、中澤の表情も一変した。
「ヤグチ! どないしたんやっ!! あんた! ヤグチはどないしてん!?」
鬼のような形相で中澤に詰め寄られて、石川は言葉を失う。
「いや・・・。いきなり、矢口刑事・・・倒れちゃって・・・」
「もういい! 早よぉ、ベッドに寝かして!」
「あ、はい!」
圧倒的な迫力で中澤は石川を指示し動かし、矢口の看病をしていた。
落ち着いた石川から、矢口が倒れたときの状況、中澤の話をしていたときに、
倒れたという事実を聞いて、中澤の表情は少し曇っていた。
「ヤグチ、しっかりしぃやぁ・・・」
中澤は矢口の手を握りしめ、祈るように矢口にささやきかけていた。
その姿を見つめながら、安倍は「クスッ」と優しい笑顔をたたえていた。
- 116 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月06日(土)13時08分25秒
- 作者さん、これって短編なんですか?
できるだけ長〜〜〜〜く読みたいと思う作品なんだけど・・・。
- 117 名前:kei 投稿日:2002年04月06日(土)23時11分39秒
- >116 読んでる人さん
そうっすね。いちおー本人は短編のつもりですけど、なんか、長くなりそうな予感。
まだ、序盤も序盤の段階で、これだけ書いているから・・・。
でも、ながーく読みたいと思っていただけるのはマジ嬉しいです。がんばりまぁす!
- 118 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時14分29秒
- 矢口は夢を見ていた。
色とりどりのきれいな花に囲まれた庭だ。
そこに、中学生くらいの中澤と、小学生に上がるかどうかくらいの矢口がいた。
寂しげな表情を浮かべた中澤がうつむき加減に口を開く。
「ヤグチ・・・」
「?? ・・・ユウちゃん?」
矢口は、中澤を見上げながら不思議そうな顔で訊ねる。
中澤は、その視線に耐えられないのか、矢口に背中を向けた。
- 119 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時16分24秒
- 「あたし・・・、遠くに行くねん。もう、帰らへんかもしれへん・・・」
「!? えー! やだぁ、そんなの! ユウちゃんいなくなったら、
ずーーっと泣いちゃうよ!」
「でも、もし帰ってきても、あたしは、変わってしまってるかもしれへんよ」
「ユウちゃん、帰らないと、悲しくって死んじゃうよぉ・・・」
中澤の服にしがみついて泣きじゃくる矢口。
中澤はそれを見つめ、少しばかり考え、そして、何かを決心したように、
矢口の目の前に一本指をつきだした。
「ヤグチ、ええか? 今から暗示をかけるで。今度、出会うまであたしのことを思いださへん」
ニコリと微笑む中澤。
「そして、もし出会ったら、氷が溶けるように、少しずつ、少しずつ・・・。
あたしのことを思いだしてぇな・・・」
- 120 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時19分10秒
- 中澤はカウントを始める。
「ワン!」
泣きはらした赤い目で小さな矢口が見つめる。
「ツー!」
静かに目を閉じる矢口。
「スリー!」
目を開いた矢口。矢口が見たものは、心配そうに手を握り、矢口をのぞき込んでいる
大人になった中澤の顔であった。
「ユウちゃん・・・」
全てを思いだした矢口は、中澤の名前を呼んだ。
そうなんだ。あたしは、あんな子供の時から、あの時から、
ユウちゃんの名前を呼んでいたんだ・・・。
ずっとずっと、心の奥深いところで、呼び続けていた。
会いたくて、会いたくて。泣きたくて、泣きたくて。
そして、今・・・。
- 121 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時20分54秒
- 「ユウちゃんだよね? なんで忘れてたんだろう? ずっと・・・会いたかったよ」
しかし、それを知ってか知らないでか、中澤はプイッと顔をそむけ、
矢口の言葉を振り払うかのように、何も言わずに医務室から姿を消した。
矢口は、そんな中澤に何も声をかけられずに見送った。
「矢口刑事! 大丈夫ですか?」
中澤が放した矢口の手を握り、石川が今度は心配そうに声をかけてくる。
「すごーく、やな感じのヒトですね、中澤さんて・・・。でも、矢口さんは、
あのヒトのこと知っているんですか?」
「うん・・・。思い出した」
- 122 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時23分11秒
- 矢口は、石川に語るというよりも、自分の記憶を整理するかのように、話し出した。
矢口は、子供の頃、体が弱く、友達がほとんどいなかった。
家の庭で、一人遊びをしていたとき、中澤が現れたのだった。
当時、中澤はこの街に住んでいた。幼少時から、師のつんくと催眠術の修練を積んでいた。
修練に不真面目な中澤は、たびたび、つんくのもとを逃げ出していた。
偶然に逃げ込んだ場所が、矢口の家の庭だったのだ。
そして、二人の人生がそこで交わった。
「それから、中澤さんと、ずっと仲良しさんだったんですか?」
「ううん。ユウちゃんは、それからしばらくして、この街を去ったわ。
催眠術の修練のため、海外につんくさんと渡ったって聞いてる」
- 123 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月06日(土)23時24分19秒
- 「ふーん。でも、あの中澤さんの態度とか見てたら、もう、
矢口刑事のことなんか忘れてそうですよネェ。愛想悪いし・・・」
矢口の胸がちくりと痛んだ・・・。
(もう、十何年も前の話なんだ・・・) 矢口は心の中で何度か繰り返した。
「もう! 矢口けーじには、リカがいるんですからね! 浮気はダメですよぉ!!」
「あははは! 何言ってんの、石川! また冗談ばっかりいって!」
矢口は笑って受け流したが、石川の真剣な瞳の色には気付いていなかったようである。
その石川の姿に気付いていた安倍は「クスッ」と優しい笑顔をたたえていた。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月07日(日)10時44分25秒
- 梨華ちゃんが、ちょっとイジワルっぽいと思ったけど
そういうワケだったんだ・・・。
- 125 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月07日(日)20時54分49秒
- ん〜、なっちの存在が何とも言えない………。
って言うか、この石川さん好き(笑)
- 126 名前:kei 投稿日:2002年04月09日(火)04時05分39秒
- >124 さん
そういうわけだったんです(w
某作者さんの「やぐいし」見てたら、自分とこでも「やぐいし」やりたくなったので・・・
>125 さん
なっち、何とも微妙な雰囲気でしょ?
なっちは何でも知っている系です(←どんなんだ?(w
リカちゃんだけでなく、メインの姐さんも好きになって!(爆)
ただいま、途中の展開や、ラストをどうしようか迷っています。
今回の更新で、いま手持ちのネタ全部出し切りました。
再度、ネタをくりますので、少し更新が止まりますが、必ず、再開しますので
少しの間、待っててくださいね。
- 127 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月09日(火)04時06分58秒
- 翌日。
早朝、署のオフィスは張りつめた空気に支配されていた。
あわただしく刑事課の刑事たちが動き回る。
その中で、普段のおとぼけからは想像できないスピードで作業をこなしていく矢口の姿もあった。
中澤はオフィスの隅のチェアに腰掛け、サングラス越しにあわただしい刑事たちを見ている。
刑事課長が中澤と矢口の名前を呼んだ。
「よし、二人はこのまま、現場に向かってくれ」
そして、矢口の運転する車に中澤が同乗し、現場、都内の某宝石店に向かった。
- 128 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月09日(火)04時08分43秒
- 「矢口刑事。いったい何があったの?」
中澤は、いつもの冷ややかな空気を身にまといながら、サングラス越しに矢口を見やる。
矢口は敢えて視線を合わせないように、真っ直ぐ道路を見つめながら、運転を続けながら、回答する。
「例の銀行強盗犯に動きがあったの。今度は、ご丁寧にも、署に予告状を送りつけてきたんだ。
ホント、バカにしてるったらありゃしない」
「ふーん・・・」
「でも、その犯人、不思議なのよね。警備員を全員眠らせてしまったり、
包囲して捕まえる寸前で霧のように消えてしまったり・・・。まともな輩じゃないと思うの」
「だから、“まぼろし裕子”が呼ばれたのね・・・。おそらく、同類か・・・?」
中澤は一人自分に言い聞かせるように呟いた。
- 129 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月09日(火)04時10分30秒
- そして、そのまま、車内は沈黙に支配された。
いつも、おしゃべりな矢口が黙っているのにはワケがあった。
中澤自身が、取っつきにくく、しゃべり甲斐のない相手だというのもそうなのだが、
昨日の一件が、心に引っかかっているのである。
「あ・・・、あのぉ・・・」
矢口は、ドキドキしながら、心を決めて、口を開いた。
「なにか?」
「あ、あたし・・・。ユウちゃんと別れた昔から・・・。
今まで長い間眠っていたんだと思う」
正面を向いて運転を続ける、矢口の横顔を、ジッと見つめる中澤。
しかし、サングラスでその表情は分からない。
「あたしたち・・・、またあの頃に戻れるよね・・・?」
「あなたが何を思いだしたか、知っちゃことじゃないけれど・・・。
あたしはいちいち昔のことなんて覚えていない。
もう・・・あの頃の中澤裕子じゃないんだ」
- 130 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月09日(火)04時11分36秒
- 中澤は、プイッと顔をそむけながら、言い放った。
矢口の表情が一瞬くもる。しかし、それをムリヤリおおうかのように、
「あははは!」というバカ笑いをかぶせる。
「あはははっ! そうだよねぇ! 昔のことだモンね。
いやぁ、もう、あたしったら、ほんとトンマだから、昔のこと言っちゃって、
本当にゴメンナサイ。それに、変に馴れ馴れしくするのも失礼ですよね。
たいへん失礼しました!」
矢口は、涙が流れそうになるのを必死で堪えていた。
涙が出るくらいなら、バカ笑いの声を出していよう。そう笑い続けた。
中澤は、そんな矢口の笑い声を聞きながら、唇をきつく噛みしめていた。
なにかを耐えるかのように・・・
- 131 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月09日(火)11時34分03秒
- 裕ちゃんの矢口に接する冷たい態度の理由が気になるな〜。
- 132 名前:kei 投稿日:2002年04月23日(火)23時15分02秒
- 長い間ご無沙汰でした。
相変わらず、今後の展開で悩んでいますが、方向性は決まりつつあるので、アップします。
さて、かなり下がってきているので、更新したの、気付いてもらえるかなぁ(w
131 読んでいる人さん
ぜひ気になっていてください(w
でも、このストーリーは、やぐちゅう なので、ご安心を!
- 133 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時17分57秒
- ー矢口真里の胸中ー
ふぅ、今日はなんか疲れちゃったなぁ・・・
ここは、早安署の休憩コーナー。
カップのコーヒーの湯気を見つめつつ、今日のことを思い出す。
今日の宝石強盗の事件は見事な解決だった。
そう、見事としか言いようがない。
全ては、ユウちゃ・・・、ううん。中澤さんの催眠術の驚異だった。
犯人は、中澤さんのにらんでいたとおり、催眠術師の端くれだったみたい。
犯人は、催眠術を使い、警備員を眠らせたり、自分の姿を見えないように暗示をかけたり。
そうやって、犯行を重ねていた。
- 134 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時19分35秒
- はじめて見た。催眠術師同志の熾烈な戦い。
といっても、力の差は歴然だった。
しばらく対峙していた二人。
一瞬、中澤さんの瞳が金色に輝いた。
目の錯覚ではない。
中澤さんの瞳は黄金色に光っていた。
華奢で、神秘的な美しさを持つ中澤さんのゴールドアイ。
見とれてしまうくらい心を離さない美しさ。
でも・・・怖かった・・・
- 135 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時20分32秒
- そう感じたのは、あたしだけではなかった。
金色の瞳ににらまれた、犯人は、その瞬間絶叫といえるほどの叫び声を上げいていた。
口を大きく開け、よだれを垂らし、その目は焦点があっていなかった。
その瞬間、二人の催眠術師の勝負は決まった。
恐怖という名の暗示を、その心に刷り込まれたのだ。
本物の催眠術というのは、テレビで見るような、暗示で嫌いな大根を
美味しそうにかじったり、乗れない自転車に乗れるようになったり、
そんなショー的なものとはまったく異なっていた。
戦いのための道具としての一面。それは、一般の人間にとっては、
脅威でしかない。
−−−−−−−−−−−
- 136 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時21分37秒
- 「矢口けーじ!?」
物思いにふけっていた矢口の思考を阻む声が投げられた。
矢口は、我に返り、声の方を振り返る。
矢口の隣にピッタリくっつくような姿勢で石川が可愛く心配顔で見つめている。
「あぁ、石川かぁ・・・」
石川の顔をチラリと見て、ふたたび、自分の世界に戻ろうとする矢口。
「もう! 矢口さん!!」
思いの外、強い口調で、矢口の肩を握った拳で強く打ち付ける。
いつも、冗談で矢口をポカポカ殴っている石川の拳ではなかった。
肩口の鈍い痛みと、叫び声に近い声色にふたたび、意識が現実の世界に戻ってくる。
矢口の瞳にうつったのは、真剣な瞳で見つめる石川の泣きそうな表情だった。
- 137 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時22分26秒
- 「中澤さんのこと考えているんですね?
矢口刑事、あの女性(ヒト)が来てから、おかしいですよ。
昔、あの女性となにがあったかは知りません。知りたくもないです。
でも・・・。
あの女性はやめてください。
別に、石川のこと好きになってくれとは言いません。
でも、あの女性はやめてください・・・。あの女性、とても怖いんです。
署内でももっぱらの噂です。矢口さん、見たんでしょ?
あの女性が、なにをして、犯人を逮捕したのか?
普通じゃないです。
あの女性といたら、矢口刑事、危険なことに巻き込まれていきそうで・・・」
最後まで言い終わらないうちに、石川は本当に泣き出してしまった。
矢口は、石川のふるえる肩を優しく抱きしめながら、
心の中で、想い出の中澤裕子に、サヨナラを告げた・・・・・・。
- 138 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時24分53秒
- 同時刻。
古めかしい屋敷の大広間。
黒い装束に身を包んだ男が、玉座のような大きなイスに腰掛けている。
目の前には、二人の少女が膝をつき、控えている。
「師匠。小手調べに送り込んだ宝石強盗の件なんですが、勝負は一瞬でした」
少女の一人が、顔を上げ、淡々と報告を行う。
「さすがは、中澤裕子・・・と言ったところでしょうか?
我々の手を離れてしまったのは、少々痛かったのではないでしょうか?」
真面目に、報告している少女とは別に、もう一人の少女は退屈そうに、小さくあくびをする。
それをあきれたように横目で見ながら、ふたたび、男に視線を戻す。
- 139 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月23日(火)23時29分30秒
- 「かまへん。いくら、中澤が俺の一番弟子やいうても、所詮、俺の足下にもおよばんわ。
それに、実力的には、お前らの方が上かもしれへん。
もし、あいつが、俺らの邪魔するようやったら、消したらいい。それだけや。
まあ、結局、中澤は、俺のことで頭いっぱいやから、あいつの方から頭下げて来ると思うけどな。
仲間に戻してくれぇ、言うてな・・・」
下卑た笑い声をもらす。
「よっしゃ、保田。お前の出番や。お前の催眠術の力で、中澤をつぶしてこい!」
「はい! 言ってまいります。師匠・つんく様・・・」
- 140 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月24日(水)10時45分13秒
- 更新、お待ちしてました。
しかし、失踪した(?)つんくが、こーゆーカタチで登場するとは・・・。
- 141 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時05分43秒
- 宝石強盗事件解決から一週間。
当初、矢口が聞いていたのは、事件解決のために、民間人中澤を捜査に投入するというものだった。
もっとも、中澤側にも、師匠であるつんく氏の捜査のため警察の組織力を利用する
という意図があったみたいだが。
しかし、事件解決後も、中澤は、早安署の一員として活動している。
矢口は、毎日、中澤と顔を合わせていると、別に会話しなくても、変に意識してしまう。
気持ちとして、サヨナラしたはずなのに、中澤の顔を見ていると、つい、昔の面影を求めてしまう。
(ふぅ、ダメだなぁ・・・。もうユウちゃんのことは考えないって決めたのに)
矢口は、頭から中澤を追い払うかのように、自分の頭をポカポカ殴る。
そして、中澤を後目に、スクッと立ち上がり、いま自分の担当している事件の聞き込み捜査のため、
外回りの準備を始めた。
- 142 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時07分20秒
- オフィスを出るとき、チラリと中澤の方を振り返る矢口。
中澤は、自分のデスクの前に座り、熱心にファイルをめくっていた。
ひそかに、中澤が自分の後ろ姿を追ってくれているのではないか?
なんていう甘い考えを抱いていたことに気付き、矢口は、小さく自嘲する。
(もう、なんでユウちゃんのことばかり考えるんだろう。
そうだ! 石川のこと考えよう! 石川、可愛いよなぁ・・・スタイルいいし・・・。
いつも一生懸命だし。でも、どこかいつも抜けているところもチャーミング。
守ってあげたくなるタイプだよな。実際、なんかあったらすぐ泣くし・・・。
・・・・・・。石川、泣いてたよな。
あたしが悪いんだ。自分の気持ち、ハッキリさせないから。
あの、内気な石川が、自分の気持ちをハッキリあたしに伝えてきたんだ。
ちゃんと、考えなきゃなぁ、石川のこと・・・)
- 143 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時08分42秒
- そんなことを胸に思いながら、担当事件の捜査に向かっていた。
矢口の進行方向に、黒一色でまとめられた服装の女性が立っていた。
別にただ立っているだけだったら、周りに人はいっぱいいるので、気にもならないのだが、
そのかもし出す空気というか雰囲気が異様であった。
黒い三角帽をかぶり、襟元にフリフリの付いたサーカスのピエロが着るような装束を
身にまとっていた。しかも真っ黒な服である。
手には、子供たちに配るのか、黒色の風船がいくつもに握られ、宙を漂っていた。
その女性は、矢口の方をジッと見つめており、そしてニヤリと笑った。
- 144 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時09分57秒
- 矢口刑事、見た目が小さく、子供に見えるので、一見、中身も幼く、しっかりしていないように思われるが、
実際はそうではなく、下手な大人よりも、頭が切れて、度胸良しのしっかり者である。
さらに、刑事特有の鼻が効くというのか、自分に降りかかる危険には、敏感であり、危機回避能力は高かった。
しかし、この日は、聞き込み中にもかかわらず、心ここにあらずで、中澤や石川のことに思いを巡らせすぎて、
自分に関わる危険を予知できなかった。
- 145 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時11分29秒
- 場所はふたたび戻って、早安警察署。刑事課のオフィスである。
中澤は、自分に割り当てられたデスクに座り、閲覧していたファイルをパタンと閉じ、
物憂げに、出口のドアを見つめていた。
少し前、矢口が出ていったドアである。
「ユウちゃんいるぅ?」
見つめていたドアがいきなり開き、そこから、ひょこっと、一人の幼い女性の顔が現れた。
医師の安倍なつみである。
その顔を見た瞬間、中澤の表情がげんなりとする。
どうやら、中澤は安倍のことが苦手のようである。
好きとか嫌いとかいうレベルではなく、安倍の脳天気な明るさが、中澤からしてみれば、
居心地が悪いのであろう。
まあ、安倍からすれば、そんなことお構いなしなのだが・・・。
- 146 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時14分03秒
- 「あ、いたいた」
ニコニコと微笑みを振りまきながら近づいてくる安倍。
「安倍さん。今日は、何の用なんですか? ひとつ忠告しておきますが、
あたしにあまり関わらない方がいいですよ」
「なんで?」
「ふぅ・・・。署内の噂聞いていないんですか? 中澤裕子といると、
催眠術で殺される・・・、もっぱらの噂ですよ」
中澤は淡々と、自分を取り巻く環境を理解し、安倍に説明する。
一般人からすれば、催眠術で、事件を解決してしまった中澤は異端なのである。
しかも、犯人は、今なお、普通の状態ではない。錯乱状態が続いている。
催眠術という異様な魔術を使う魔女。大方の見方はこれであろう。
関わったら、何が起こるか分からない。腫れ物に触るような対応なのである。
- 147 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時15分28秒
- 「ふぅん・・・。じゃぁ、なっちも殺されるわけ?」
安倍は、中澤の瞳をジッと見つめる。
中澤は居心地悪そうに、視線をはずす。
「ユウちゃんて、なっちから見ると、雨に打たれて震えている子犬に見えるんだけれどなぁ」
ばんっ!!
いきなり、中澤は先ほどまで見ていたファイルを机にたたきつける。
そして、席を立ち、オフィスから出ていこうとした。
「ユウちゃん、ちょっと待って! ひとつ聞かせて!」
安倍は引き止めようとするが、中澤は、かまわずズンズンとドアに向かう。
「ユウちゃんにとって、催眠術ってなに?」
「・・・」
- 148 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時17分38秒
- 中澤の歩がピタリと止まる。
「ユウちゃんにとって、催眠術って、ショーの出し物?
それとも、相手を傷つけるための武器?
結局、見せ物か、攻撃の手段でしかあり得ないんだよね。
でも、本来の催眠術の役割ってそんなものじゃないと思う。
あたしの目指している催眠術は、催眠療法の世界。
平たく言えば、催眠術による疾病治療。催眠術の科学分野への応用が使命なの」
中澤はクルリと振り返る。
安倍の表情から普段の笑顔は消えていた。
「ユウちゃんにとっての催眠術はなにを目指しているの?」
- 149 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時18分42秒
- ふたたび、同じ問いを投げかける。
しばらく沈黙を続けていた中澤であったが、一言、こう漏らした。
「つんくさん・・・」
「え?」
「つんくさんに認めてもらうための手段・・・」
ハッと我に返る中澤。自分の思いがけない発言に自分自身も驚いたようである。
中澤は、安倍に目をやると、いぶかしむような表情をしている。
「まあ、気にせんといて」
- 150 名前:『まぼろし裕子』 投稿日:2002年04月26日(金)03時20分23秒
- 中澤は、動揺を隠せない仕草で、慌ててオフィスを出ていこうとしたとき、
窓になにか黒いものが引っかかっているのに気付いた。
妙に気になって、中澤は、窓を開き確認しようとする。
後ろからは、安倍ものぞき込んでいる。
その黒い物体は、風船であった。
「黒い風船なんて、センス悪ぅ」
いつもの雰囲気に戻った安倍が、思ったことをそのまま言葉にする。
中澤も言葉にしないまでも同感する。ただ、黒い風船から、思い出す人物がいた。
それが、中澤の心を不安にさせた。
そして、その不安は的中した。
風船には、手紙がくくりつけられていた。
《お前の大切な女はあずかった。第三埠頭D倉庫で待つ。保田圭》
手紙を持つ中澤の手がプルプルと震えているのが分かる。
「圭坊。あんたがなに企んでるかは知らんけれど、ヤグチに手ぇ出したら
あんたでも許さんで!」
- 151 名前:kei 投稿日:2002年04月26日(金)03時27分03秒
- >140 読んでいる人さん
更新にさっそく気付いてくれてありがとうです。
かなり下がったので、気付いてもらえないと思っていたので。
試行錯誤で書いているので、書いている本人も驚くような展開をしています(w
- 152 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月27日(土)14時50分14秒
- 作者さん自身も驚くような展開?
こりゃーそーとー楽しみですね。
しかし、中澤とつんくの関係は、ちょっと複雑そうですね。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月10日(金)22時57分49秒
- なになに?まだつづきますよね?
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月11日(土)01時37分11秒
- こんなに更新されてるとは・・・(w
- 155 名前:kei 投稿日:2002年05月16日(木)23時23分09秒
- ただいま、放置街道まっしぐら・・・(汗) スミマセン。
今、相当忙しくなって手をつけられない状態です。必ず完結させますので、
少々お待ちください。ご迷惑をおかけしますm(_ _)m
>152 読んでる人さん
楽しみにしていてくれてありがとうです。お待たせして、本当にゴメンナサイ。
>153 名無しさん
続きまぁす! ご安心を!
>154 名無し読者さん
次の言葉は「こんなに更新されていないとは・・・」ですね?(w スミマセン
- 156 名前:読んでる人 投稿日:2002年05月20日(月)09時58分33秒
- マータリと待ってます♪
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月21日(日)22時57分51秒
- 待ってますから。がんばってください。
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