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Fly Over Me U

1 名前:瑞希 投稿日:2002年02月18日(月)23時26分06秒
前スレが、あのまま書き続けて行くと容量足りなさそうなので、新しくたてました。


前スレ ↓

http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=gold&thp=1007133814



もうしばらく、お付き合いのほう、お願いいたします。
2 名前:瑞希 投稿日:2002年02月18日(月)23時30分08秒
更新は不定期なので、更新のたびにageることにしています。
ので、レスは、sageで、お願いいたします。



では、前スレからの続きです。
3 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時31分16秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
4 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時32分40秒
正月休みも明け、真希達も新学期が始まった。

ひとみに対する気持ちと裕子への想いの間に揺れながら、
圭はまだ、裕子に本心を打ち明けられずにいた。

いや、その機会がなかった、といったほうが正しい。

仕事を終えて後片付けも済み、いざ話そうと身構えた途端、
裕子は圭を避けるように部屋に引っ込んでしまい、
結局何も話せないまま朝になる。

朝になれば今度は仕込みの準備に忙しくなり、
店が始まれば向かい合って真剣な話をするような状況は作れなくなる。

そんな日が数日続いて、圭が裕子を捕まえることが出来たのは、
年が明けて半月も過ぎた頃だった。
5 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時34分16秒
「……話が、あるんだけど」

さっき来たばかりの真里が、
いつもと違う様子の圭に気付いて不思議そうに裕子を見上げる。

「うん、ええよ。でもあとでな。
悪いねんけど、先にココに書いてあるやつの買い出し、頼めるか?」

四つ折りのメモを財布に突っ込んで圭に差し出す。

それを受け取りながら、圭は心持ち強い視線で裕子を見つめた。

「…絶対だよ? 逃げないでよ?」
「どこに逃げるっちゅーねん。判っとるって。
けど、客の少ない今のうちに頼むわ。…車には気ぃつけや?」
6 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時36分12秒
時間は昼食時の人波が落ち着いた直後。
圭が、いつも買い出しを頼まれる時間だ。

故意に避けられたのではないと判り、
同時にいつも通りの優しい声色に、圭は小さく頷き返した。

二階に上がって自分のコートを手に取り、
裕子達に声を掛け、そのまま裏口から出る。

腕時計に目をやると、そろそろ真希達の下校時刻だった。

今日は真里がいるので梨華はシフトに入っていないが、
店までの帰り道はひとみも一緒のはずなので、
早く買い物を済ませれば、ひとみに会えるような気がした。
7 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時38分01秒
ひとみとは、あの日以来、まだ一度も会っていない。

会わないでいても、圭の気持ちが薄らぐことは当然なかった。

お互いの気持ちを確認しあったワケじゃない。
恐らくひとみ自身は、まだ圭の気持ちには気付いていないだろう。

口実にもなる新学期が始まっているのに、
まだ店に顔を見せないのがその証拠だ。

早く裕子に告げなければいけない。

その気持ちのほうが先だったから、
今はまだ、圭もひとみに本心を打ち明けようとは思っていなかった。
8 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時39分07秒
そして、何気なくコートのポケットに突っ込んだ財布のメモを取る。

歩きながらそれを広げ、
求める食材の確認をしようとして思わず立ち止まる。

そのメモには、食材の名前は書かれていても、
個数や数量が書かれていなかったのだ。

とりあえず足りないものを書き留めたものの、
具体的な数量を書き込む前に折り込んでしまったのだろう。

裕子らしいミスとも言えるが、
圭は少し思案に暮れてから、くるりと踵を返した。
9 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時41分14秒
要求された数量のある程度の予測はつくが、
ナマモノに関してはむしろ正確な数が必要だ。

メモには、そのナマモノの名前が幾つか並んでいる。

適当に見繕うのは簡単だが、
さすがに食材が余ったり、予想外の出費などは控えたい。

そのうえ、今日に限ってケータイも部屋に置き忘れてしまった。

だから店に戻ることにした。


―――あとになって考えれば、これは、裕子なりの優しい罠だったのだ。
10 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時42分55秒
少し、ゆっくりめに歩いた。
ひょっとしたら、学校帰りの真希達に会うかもしれないと期待しながら。

けれど、制服姿の通行人には一度も擦れ違わないまま、店に帰り着く。

少し自嘲気味に笑って、
圭は出たときと同じように裏口から入った。

「…裕ちゃん?」

裏口は、カウンターの奥にある厨房からの勝手口にもなっていて、
そこから入れば大抵はカウンターにいる裕子の背中が見える。

けれど、そのとき裕子の姿はそこになかった。

不思議に思いつつ、もう一歩足を進ませた圭の耳に、
聞き慣れた声が届く。
11 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時44分16秒
「……ダメだってば」
真里の声だった。

カウンターのほうから聞こえたけれど、すぐ近くにいるのだと判った。

「お客さん、来ちゃうよ」
「……来たら音鳴るから、判る」
裕子の声も聞こえた。

しかし、踏み出しかけた圭の足を凍りつかせたのは、その直後だった。

「圭坊もしばらく帰らへんし、キスだけでいいから」

イマ、裕子ハ、何テ、言ッタ?
12 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時46分40秒
「…矢口も、イヤやないやろ?」

圭が立つ場所と、カウンター席からは見えない、厨房にある冷蔵庫の裏。

圭の目には、人の影が動いて、ゆっくりと重なっていく様子が映った。

凍り付いた足が、足場を失ったように膝からガクリと崩れる。

どんっ、と背中が裏口のドアにぶつかり、
鈍い音が静かな空間にイヤな空気を流れさせる。

「誰やっ?」

物音に気付いた裕子が姿を見せた。
そしてそこに圭を確認して、ひどく驚いた顔になる。

「圭、坊? 何で…、出て行ったんと……」
「…あ、その…、メモに…、数、が書いてなくて、それで……」
13 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時48分10秒
息苦しくなる。
流れる空気を、薄く感じた。

どうして、言い訳するみたいな喋り方をしているんだろう。

「……聞いてたんか」

びくっ、と肩を震わせた圭の耳に、
今度は冷ややかな裕子の声が届いた。

「聞いてたんやな」
「け、圭ちゃん、これは…」
「矢口は黙っとり」

裕子の背後から姿を見せた真里に、強く言い放つ。
14 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時49分12秒
「……聞かれたんやったらしゃあないな」
前髪をかきあげ、深めの溜め息を吐き出して、幾分低い声色で告げた。

「あたし、矢口が好きやねん」

イマ、裕子ハ、何テ、言ッタ?

「付き合うてる、て言うたほうがええかな。
……言わなアカンとは、思てたんやけど」

「……いつ、から」
「そろそろ…、1ヶ月くらいになるかな」

では、大晦日のあの夜には、既に付き合っていたというか。
真里がひとみと過ごしたと言った、クリスマスイブの日には、もう……。
15 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時50分29秒
「……いつ言おうか、ずっと悩んでた。
ゴメンな、こんな風に知られてしまうんやったら、もっと早よ言うべきやった。
なんて言われても言い訳は出来へんし、せえへん。
圭坊のことは今でも好きやけど、でも今はもう矢口のほうが……」

それは、圭が言おうと思っていた言葉だった。

傷つけるのを承知で、それでもひとみに惹かれてしまったのだと。

「ゴメン」

それも、圭が言うべき謝罪の言葉のはずだったのに。
16 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月18日(月)23時51分53秒
「…そ、か。そう…だったんだ……」

眩暈がした。
思考までがチカチカと濁ったように瞬いて、圭から『考える』という行為を奪う。

「……バカだね、あたし。…ここまで鈍いのも…、ちょっと考えものだよね」
「圭坊…」
「ゴメン、ね、邪魔しちゃって…。すぐ…、買い物に、行っ…」

最後まで言い切れないまま、
圭は口元を押さえてその場から駆け出した。

真里の呼ぶ声がしたけれど、振り向くことなんて、出来なかった。
17 名前:名無し殺生 投稿日:2002年02月19日(火)01時00分42秒
だー!なんてこったい・・・ムネガイタイ
姐さん、あんたそこまでして、圭坊の事を・・・
優しさってのは時に辛いねぇ。
やっすー、早くよっすぃ〜とくっつきやー。
18 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月19日(火)01時06分46秒
そうきましたか(w
姐さん痛すぎる。
圭ちゃんも痛い・・・
作者さんやっぱ天才だね。
19 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月20日(水)04時21分53秒
個人的には矢口が一番気の毒な気がする。
20 名前:瑞希 投稿日:2002年02月22日(金)01時49分00秒
>17:名無し殺生さん
>ムネガイタイ
えっ、大丈夫ですかっ? いますぐ救急車を…っ <違

>18さん
はい、こうきましたです(w
でも、天才なのではなく、愚者の浅知恵による展開と思われ… <逃

>19さん
いえいえ、書いてる本人も同じこと思ってます <おい


では、続きです。
21 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)01時56分45秒
涙が出そうになるのを必死で堪え、
向かい風の中を圭はひたすら走った。

突き刺すような冷たい風が頬に触れても、
痛いとも、寒いとも感じない。

情けなさだけが、今の圭を突き動かしていた。

自惚れていた。
裕子は、自分を捨てたりしないと。

『ひとりにしないで』と言って見せ付けられた弱さを疑いもしなかった。

傷つけるのは、裏切るのは、自分のほうなのだと。
22 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)01時58分33秒
出せる最大の力で走っていた圭の目に、
今、一番会いたいと思った人間の姿が映る。

思うより先に、声が出た。

「吉澤…っ!」

呼ばれたひとみが弾かれたように頭を上げる。
目が合った途端、それまでの笑顔が一瞬で不安気な顔付きに変わった。

「保田さん?」

唇がそう動いたように見えて、圭は手をのばした。

今にも崩れ落ちそうな自分を、強く抱きしめて欲しいと、思った。
23 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)01時59分34秒
のばされた手を受け取るように、
ひとみは走ってきた圭をその腕にしっかりと抱きとめる。

「どうしたんですか?」
答えるかわりに強くしがみつく。

「圭ちゃん?」
真横から真希の声が聞こえても、圭はひとみから離れなかった。

離れたくなかった。
背中にまわされる、戸惑い気味のひとみの腕だけが、優しく感じられた。

「どうしたの? 何かあったの?」

心配そうな真希の声には、ただ首を振ることだけで答えた。

声を出せば、泣き出してしまいそうだったから。

らしくない圭の行動が、それを否定していると知りながら。
24 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時01分05秒
「……タダごとじゃないって判るけど、こんなところに来るってことは、
ひょっとして、裕ちゃん絡み?」

カンのいい幼馴染みの指摘に圭の肩も無意識に揺れる。
それを見て取った真希の表情が俄かに怒りをあらわにした。

「…裕ちゃんめ、よくも圭ちゃんを…っ」
低く唸ったかと思うと、そのまま隣にいた梨華の手を取る。

「行くよ、梨華ちゃんっ」
「えっ、ちょっ、ごっちん?」
「よっすぃーは圭ちゃんについててあげて!」

困惑するひとみにそう言葉を投げ付けて、真希と梨華は一緒に駆け出して行った。
25 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時02分19秒
「うわ…、早ぇ」

圭の頭の上でぽつりと呟いてから、
ゆっくり、ひとみが圭の顔を覗き込んできた。

「…えと、とりあえず、どっか落ち着けるトコ、行きません?」
「…どこ?」

ひとみにしがみついたまま、顔は見ないで聞き返す。

「そうですねー…、さすがに外は寒いし、人目もあるし…」

そんな風に答えながらも、
ひとみのほうから圭を離すような雰囲気は感じられない。

「あたしの部屋で、いいですか?」

その提案にコクリと頷き、圭はそっと、ひとみから離れた。
26 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時03分42秒



部屋の前まで来て、散らかってるから、と、
5分ほどドアの前で待たされてから中へと通される。

ふたり部屋だけれど、同室の生徒は今はいないらしく、
ひとりでふたり部屋を使用しているらしい。

部屋の内装は、簡単に言えば広めの1K構造で、
浴室もトイレも完備されている。

東向きの窓と、ベッドは片側を壁に沿わせて、
入口から見て右と左に並んでいた。

勉強机はその奥にあり、造り付けの洋服ダンスもその並びにあった。

ベッドとベッドの間になる部屋の中央部分に、
小さなテーブルがひとつ、置かれている。
27 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時05分12秒
「…何か、マンションみたいだね。部屋から出なくても生活出来そう」
「自慢の寮らしいですよ。そのぶん、寮費も高いけど」

部屋を見回して、半ば唖然としている圭にひとみは苦笑して告げる。

「…部外者が入ってもよかったの?」
「女子寮ですからね。オトコだったらもっと厳しくチェックされますけど」

入口を通って左側の、使われていないほうのベッドに圭は腰掛けた。

温かい紅茶を注いで、それをそっとテーブルに置き、
ひとみは自分のベッドに座る。

「インスタントですけど、あったまりますよ」

促されるままベッドから下りてテーブルに向かい、カップに手をのばす。

湯気と香りが圭の鼻先に触れ、
口に含むと、暖かな液体がやんわりと喉の奥へと流れていく。
28 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時06分27秒
部屋の前で待たされていたときに着替えも済ませていたひとみは、
圭の印象に強い、ジーパンを穿いていた。

さっきまで制服を着ていたせいか、
私服になった途端に少女らしさも薄れて見えて、圭は思わず苦笑する。

「? どうしました?」
「…ううん」

首を振ってカップを置く。
それからゆっくり立ち上がり、ひとみが座る左横に腰を下ろした。

「…保田さん?」

戸惑い気味に呼ぶ声には答えないで、そっと目を閉じ、ひとみの肩に凭れた。
29 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時07分08秒
「……何があったんですか?」

圭の行動に困惑しているのは判っていたけれど、
圭自身も、どうしていいのか、どうして欲しいのか、
まだよく判っていなかった。

「……裕ちゃんに、フラれちゃった」
「えっ?」

「裕ちゃんね…、矢口と…付き合ってるんだって。
もう1ヶ月くらいになるんだって。
言わなきゃいけないって、ずっと思ってたって」

「そん……」

それ以上の言葉は見つからないのか、ひとみの声が途切れる。
30 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時07分39秒
「…でもね、あたし…、哀しいって、あんまり思ってないんだ。
哀しいけど、でも、ホッとしてるんだ」

圭の心で渦巻く、濁った感情。

「先に裏切ったのはあたしじゃない。
あたしが傷つけられたんだって、そう思って、ホッとしてるんだよ」

自分の気持ちが、今は裕子ではなくひとみに向かっているのに、
裕子の気持ちが真里に向かってしまったことを咎める権利などない。

なのに、哀しいという感情が薄い。
裏切られたはずなのに、むしろ、安堵さえ感じていた。

言い訳が出来る。
逃げ道が出来る。

裕子に捨てられたから、ひとみに想いを告げられる、と。
31 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時08分15秒
「おかしいよね。ホントはあたしが悪者になるはずだったのに、
裕ちゃんにフラれて、傷つけられる立場になっても、涙が出ないんだ」

ひとみの大きな手が、力強く圭の肩を抱く。

「……哀しいのもホントなんだ。なのに、なのにさ…」
「…もういいです」

腕の中に圭を抱きこみ、耳元で静かに告げた。

「強がらなくて、いいですから」

ひとみの声や腕が優しければ優しいだけ、圭を追い込む。

自分を抱きしめるひとみから、逃げるように腕を突っ張らせて身を離し、
戸惑い気味に圭を見ているひとみを見つめ返した。

「…でも、裕ちゃんがあたしより矢口のほうが好きだって言ったとき、
アンタを選んでいいんだって言われたみたいで…、嬉しかったんだよ」
32 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時09分23秒
ひとみの目が大きく見開かれたのを見届けて、
離れたばかりのひとみのカラダに再びしがみついた。

裕子に真里と付き合っていると告げられたとき、
確かにショックもあったけれど、
同時にそんな風に考えた自分がひどくイヤだった。

だからあのとき、裕子を責める言葉が、何ひとつ浮かばなかったのだ。

「保田、さん…? あの、それって」

抱きつく腕に力を込めて離れまいとしても、
それに抗うひとみの力のほうが強くて、あっさりと敗北を喫する。

顔を覗き込んでくるひとみの頬がほんのりと赤い。

おそらく、それ以上に圭の顔付きは強張っていて、
頬も赤く染まっていただろうけれど。
33 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時11分02秒
「…保田さん」

「……フラれたからじゃない。ホントは、あたしだって、
とっくに裕ちゃんを裏切ってた」

腕をのばし、もう一度抱きつく。

「アンタのこと、好きに、なってたんだ」

圭の背中に、おずおずと回されてくる腕。

「……ホント、に?」
「うん」
「ホントに、ホントなんですか?」
「…何で、こんなときに嘘つかなきゃなんないの」

抱きしめてくる腕に少しずつ力が込められる。
34 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時12分08秒
だんだんと強くなるのに少しも息苦しさを感じたりしないのは、
それを幸せなことだと知っているからだ。

「……なんか、信じらんなくて」

圭を抱き寄せながら、
それでも自信なさげに耳元でぽつりと呟いたひとみに、
圭も恥ずかしさが込み上げてきた。

「…じゃあ信じなくていい」

短く、けれど強めに言い放ち、
ひとみの腕から逃げようとしてそれを阻まれる。

「しっ、信じますっ!」
ますます腕の力を強めて、ひとみは圭を抱きしめた。
35 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時13分15秒
その腕の中にもう一度圭が落ち着いたとき、
甘く流れる空気を引き裂くように、
静かだった室内にケータイの着信音が響いた。

弾かれるように互いから離れ、名残惜しそうにひとみが苦笑する。
鳴っているのはひとみのケータイだ。

「…あ、ごっちんだ」
ディスプレイを見ながら呟いて、素早く応対に出る。

「もしもーし」

ベッドを立ったひとみを見上げながら、圭もさすがに居心地が悪くなる。

思わず想いを口走ってしまったけれど、
これからひとみと自分はどうなるのだろう。
36 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時13分53秒
「うん…、いるよ」

ひとみの声と視線が向けられて、圭はほんのちょっとだけ顎を引いた。

少し困惑したように自分を見つめるひとみに、
電話の相手が代わりたがっているのだと推測する。

「…あたしに?」

コクリと頷き、そっと圭にケータイを手渡した。

それを受け取ってから、耳に当てる前に小さく深呼吸する。

「…もしもし」
「圭ちゃん?」
「うん」
「裕ちゃんから、聞いた」

簡潔だけれど、その一言で電話の向こうの状況が読み取れる。
声色も真剣味を帯びていた。
37 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時14分29秒
「…これから、どうするの?」
「どうって…?」
「裕ちゃん、家を出るって言ってるよ」
「えっ?」

思いがけない展開に声が詰まった。

「もう一緒には住めないからって。…でも、話し合いとか、
何もしないままそんなの決めていいの? いいワケないよね?」

圭がひとみに惹かれ、裕子が真里を選んだ今、
もう以前のような生活には戻れない。

判っていたはずのことなのに、
目の前にそれを突きつけられた圭は、言葉を失うしかなかった。
38 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時15分05秒
ひとみがいなくなるかも知れない、ということは考えた。
けれど、裕子もいなくなるかも知れないなんて、考えもしなかった。

「……帰、る。…今から…、帰る、から」

呟くように告げて電話を切り、ひとみにそれを渡してベッドから立ち上がる。

「…送ります」

控えめに言ったひとみを見上げ、
そこにある心配そうな目元にたまらなくなって、圭は縋るようにひとみに抱きついた。
39 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)02時16分06秒
「保田さん?」

困惑するひとみに構わず、背中にも腕をまわして強くしがみつく。

応えるように抱き返してくるひとみの腕は優しかったけれど、
その優しさが長続きしないものだと知っている圭には切ないものでしかない。

それでも縋った。

これが、このぬくもりが、少しでも長く続いてくれるように、と。
40 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時25分40秒
寮を出て、家までの帰り道はずっと無言だった。

何も話さないかわりに圭はひとみの手を握り、
ひとみもその大きな手で、圭の手を包み込むように握り返していた。

「……裕ちゃん、家を出るって言ったんだって」

ぽつりと呟くと、唐突だったせいもあってか、
ひとみのカラダが僅かに揺らいだ。
その揺れは、繋いだ手からはっきりと伝わってくる。

「……そんな必要、ないのにね」

真希からそれを聞いたとき、裕子の想いを知らされた気分になった。

圭はひとみに、裕子は真里に、互いの気持ちが別方向に向いているなら、
相手への遠慮も隠しごとも、もう不必要なはずだ。
41 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時26分42秒
たとえ以前のような生活には戻れないとしても、裕子が家を出る必要なんてない。

裕子の性格上、ケジメをつけたいのだろうとも考えられたけれど、
圭には判ってしまった。

裕子の本心からの想いのベクトルは圭にもよく判らない。
まだ想われているのか、それとも本当に真里に傾いているのか。

けれどもう、判ってしまったから。

背中を、押されたのだと。

圭の想いの行方に気付いていた裕子が、
ひとみの元へ行くように、罠を、仕掛けたのだと。

それが裕子の優しさだと言葉だけで気付いてしまえるくらい、
圭は裕子の一番近くで、その愛情を、全身全霊で受けていたのだから。
42 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時27分30秒
「…保田さん」
言葉とともに握る手に力が込められる。

伝わるのは、戸惑いと、緊張と、不安気な熱。

それを鎮めるように圭も繋いだひとみの手を強く握り返した。

裕子の優しさを全身で感じながらも、
それでも圭はもう、戻れない一歩を踏み出してしまった。

望めばいつまでもそばにいてくれる裕子ではなく、
近いうちに、自分のもとを去ってしまうひとみの手を、取ってしまったから。

「……大丈夫」

果たしてそれが自分に対してなのか、
それともひとみに対しての慰めなのか、
どちらとも言い切れないまま、圭は家へと急いだ。
43 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時28分33秒
静かな店内の様子は、ドアの外からも窺えた。

臨時休業、と手書きされたプレートを見てからドアを開けると、
来客を知らせるドアベルが小さく鳴り、そこにいた全員の視線を浴びる。

カウンター席に真希と梨華が並んで座り、
その奥に、グラスや皿が並んだ棚に凭れる裕子と、
その裕子に庇われるようにして寄り添う真里がいる。

「……ただいま」

真希も梨華も裕子も、まっすぐ圭を見つめたけれど、
真里だけは一度圭を見遣っただけで、申し訳なさそうに、また俯いてしまった。
44 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時29分27秒
「…お帰り」

裕子が呟くように告げたあと、店内はまた静まり返った。

「…あの、あたしはこれで…」
圭のうしろに立っていたひとみがためらいながらも切り出す。

「…いや、吉澤さんもおって。無関係でもないんやし」

何でもないことのように告げた裕子の口調に棘を感じたのは、
裕子に対してうしろめたさのある圭だけだろうか。

少し困惑を見せたひとみだったけれど、
裕子と圭に促されるまま、梨華の隣に座った圭の隣に落ち着いた。

「コーヒーでええか」
「ちょっと、裕ちゃん? 何、悠長なこと言ってんの?
そんな場合じゃないでしょ?」
45 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時30分49秒
嗜めるような真希の勢いにも、
裕子はのんびりと肩を竦めて圭とひとみのぶんのカップを取る。

「ええやん、別に。結論なんか急がんでも決まってるんやし」
「裕ちゃん!」

日頃はのんびり屋の真希がここまで感情をあらわにするのは珍しい。
それが自分のためなのだと判るから、圭の心は、違う切なさで痛み出す。

もう、以前のようには、戻れないのだと。

真希の声を無視して、裕子はカップにコーヒーを注いでいく。
46 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時32分00秒
それを圭とひとみの前に出そうとしたとき、グラリ、と、不愉快に世界が揺れた。

「じ、地震っ?」
「うわっ」
「あっ!」

梨華の悲鳴にも似た声のあと、
それとは雰囲気の違う裕子とひとみの声がして圭が振り向くと、
差し出されたカップを受け取ろうとしたひとみの服の袖に茶色の染みが出来ていて、
そこから湯気も立ち昇っていた。

「すまん!」
裕子がいち早く告げてカウンターから出る。

コーヒーのかかった腕を眉を歪めながら庇うひとみの、
もう一方の腕を引っ掴んでカウンターの奥へと連れて行く。
47 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時33分04秒
「大丈夫かっ?」

世界が揺れる中で、困惑しておろおろする真希や梨華を尻目に、
裕子は素早くひとみの腕を流水に晒す。

「だ、大丈夫、です…」

まだ少し眉を歪め、目尻に涙を浮かべつつも、ひとみは苦笑して頷く。

その様子をただ見ているだけだった圭も、
地震に怯える真希たちに我を取り戻し、
慌ててカウンター席から奥へ手をのばしてガスの元栓を捻った。

「テーブルの下!」
短く叫びながら指差して真希と梨華を誘導し、まだ奥にいる真里に振り返る。

「矢口も…!」
どこか安全な場所へ、と続けようとした圭の目に、
棚に並べられていたグラス類が揺れに逆らわずにズレていくのが見えた。

ガチャガチャと耳障りな音を起てて床に落ち、粉々に壊れる。
48 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時34分27秒
「危ない!」
「裕ちゃん!」

圭と真里の声が重なる。

横か縦かの判断もしかねる揺れの中で、
声に気付いた裕子が誘われるように圭と真里に交互に振り返る。

その間も、傾ぐ棚からは幾つも幾つも皿やグラスが落ちていて、
圭たちの前で割れていく。

「アホゥ! 早よアンタらも隠れやんかい!」

言われるまま、圭は近くのテーブルの下に身を隠す。
真里も、厨房にある幾らか大きめの台の下に潜り込んだ。
49 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時35分48秒
―――グラスを並べている棚の上に置いていただけの木箱が、
裕子の頭上に落ちてきたのは、そのときだった。

「中澤さんっ!」

圭より、真里より、そして裕子本人より早く、ひとみがそれに気付いて叫ぶ。

流水に晒すのを手伝っていた裕子の手を掴み返し、
自分のもとへ引き寄せ、そのまま倒れこむ。

カウンターの外側にいた圭には、そこまでしか見えなかった。

「裕ちゃんっ、よっすぃー!」

何かがぶつかる鈍い音と、ガラスが割れていく音と、
真里の、悲痛そうな声しか、聞こえなかった。
50 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
( `.∀´)ダメよ
51 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
( `.∀´)ダメよ
52 名前:瑞希 投稿日:2002年02月22日(金)23時40分35秒
すいません、↑の投稿分、間違えました。
飛ばして下さい。
53 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時41分57秒
揺れはかなり激しく、そのあとも数十秒間揺れ続けた。

「よっすぃーっ?」

息を飲んだように静まり返る店内に真里の声が響いたのは、
圭がひとみと裕子の姿を視界から逃した、数分後だった。

「アカン! 揺らすな!」

裕子の声色が真剣味を帯びていて、圭の背筋をイヤな寒さが滑っていく。

テーブルの下から這い出てカウンターの奥に向かう。

「どうしたのっ」
短く叫んだ圭の目に、床に倒れ込むひとみが映った。

「……よし、ざわ?」
54 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時43分00秒
倒れているひとみの顳顬に、
赤いひとすじの線が流れているのを見た圭の顔から、
スウッと、血の気が引いていく。

「……ウソ」

短く声を漏らした圭の膝が力を失くす。

しかし、崩れ落ちそうになる前に、裕子の細いカラダがそれを抱きとめた。

「圭坊っ」
「や、やだ…っ、吉澤っ!」

裕子に抱きとめられたまま、圭の視界はひとみしか映さなくなる。

粉々になったガラスの破片や、
落ちてきた木箱の中身が散らばる床に横たわる、ひとみの姿しか。
55 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月22日(金)23時44分37秒
「吉澤! 返事してよっ、吉澤!」
「…っ、矢口! 救急車呼んで!」

ひとみに近付こうともがく圭を必死に支えながら真里に叫ぶ。

裕子の声にハッとして、
真里は慌ててカウンターを出て店の電話の受話器を上げた。

「吉澤…っ!」

救急車が到着するまで、ひとみを呼ぶ圭の声と、
それを宥めようとする裕子の声だけが、店内に響いていた。
56 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月24日(日)18時46分20秒
はじめまして。
前スレから読ませてもらってます。
よっすぃは大丈夫なのか???
続きが気になります!
57 名前:瑞希 投稿日:2002年02月24日(日)23時54分32秒
>56さん
>前スレから
ありがとうございます。
当初はこんなに長くなるハズではなかったのですが…(^^;
>よっすぃは…
さてさて……? <ヲイ



では、続きです。
58 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時55分21秒



「大丈夫ですよ、脳波にも異常ありません。
怪我も見た目ほどひどくないですし、火傷のほうも軽傷です。
とりあえず今夜一晩はいてもらいますけど、
朝になって目が覚めてたら、帰ってもらっても全然構いませんから」

ひとみの診察と治療を担当した医師から、
カルテを見ながら穏やかな口調でそう伝えられ、圭と裕子の肩から緊張が解ける。

「ついてていいですか?」
「勿論」

裕子の問いかけに微笑んで頷いたあと、その医師は静かに立ち去った。
59 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時56分06秒
頭部に包帯を巻いたひとみが横たわる、
白くて清潔そうなベッドに、圭はそっと近付いた。

目を覚ます気配はまだないけれど、
医師の言葉は、圭を落ち着かせ、安心させるには充分だった。

「よかったな」

ぽん、と肩を叩かれ、圭も小さく頷いた。
それからゆっくりと近くの簡易椅子に腰掛け、ひとみの寝顔を見つめる。

「………ごめんね、裕ちゃん」

ひとみを見つめながら、圭はぽつりと呟くように言った。
60 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時56分44秒
「何がや?」

そう答えてすぐ、圭の謝罪の本当の意味を悟ったように、
裕子は圭の隣に椅子を持ってきた。

「……それはあたしの台詞や。圭坊は何も悪くない」
「ううん。あたしのほうが先に裕ちゃんを裏切ったんだよ。
……嘘も、ついた」
「嘘?」

「……ホントは最初から…、初めて会ったときから…、
吉澤に、惹かれてたんだ」

ひとみから裕子にゆっくりと視線を変え、圭は言った。
その目に映る、裕子の戸惑いを確かに感じながらも。
61 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時57分28秒
「…真希に連れて来られたときからって、ことか?」

確認するような口調に、圭は曖昧に笑って目を伏せた。

言わなくていいことなのかも知れない。
けれど、言わなくてはいけないような気がした。

「……覚えてる? 吉澤が初めてウチに来たときのこと」
「うん…。圭坊、突然倒れたから、よう覚えてる」

「…吉澤が知り合いに似てるって言ったのも、覚えてる?」

少しの間を置いて、裕子はゆっくり頷いた。

それを確認して、圭は深く息を吸い込むと、
ゆっくりと、吐き出すように、言葉を紡いだ。
62 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時58分14秒
「……あたしね、小学生になった年のクリスマス前に、
家の近くで事故に遭いかけたの」
「えっ?」

急に話題が変わったことでさすがに裕子も戸惑いを見せたが、
あえて圭は構わなかった。

「同じクラスの友達と近くの公園で遊んでたんだけど、
日も暮れて、家に帰る途中だったのね」

目を伏せて、あの日のことを瞼の裏に呼び起こす。

「確認しないで道路を渡ろうとして、走ってくる車に気付いたの。
…でも足が竦んで、咄嗟に動けなくて」

「……轢かれたん?」

恐る恐る尋ねた裕子に、圭は苦笑して首を振った。
63 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月24日(日)23時59分04秒
「…いきなり知らない誰かに抱きとめられて、助けられたの、怪我もしなかった」

もう忘れてしまってもおかしくない過去のことなのに、
裕子は心底ホッとしたように息をつく。

「……その、助けてくれたひとね…、吉澤、だった」
「え…っ?」

何をバカな、と言いたげに歪められた眉に、圭はますます苦笑する。

当然の反応だと思った。
普通の人間なら、誰も圭の言うことなど信じないだろう。

「…吉澤に、そっくりだった」

言い換えて裕子の表情を見る。

まだ少し困惑の色を見せる裕子に、圭が続きの言葉に迷っていると、
それを感じたように、裕子が前髪をかきあげながら深めに息を吐き出した。

その様子を、話を続けて欲しいという合図に解釈し、圭もひとつ息を吐く。
64 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時00分02秒
「……吉澤が真希と一緒にウチに来たとき、
あたしが昔に見たまんまの顔がそこにあってさ、
声まで同じで、びっくりしたのよ」

「声も?」
「うん。……でも、びっくりしたっていうより、気味が悪かった。

今から思えば、どちらもひとみ自身なのだから、
外見だけでなく、声まで同じなのは当然なのだけれど。

「…助けてくれたひとのこと、ずっと気になってた。忘れられなかった」

これ以上話すことには、圭にも少しのためらいが生まれた。

けれど、決して強要はしないで待っていてくれる裕子の優しげな瞳の色が、
凍り付こうとする圭の唇をやんわりと溶かす。
65 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時00分38秒
「…信じられないかも知れないけど、あたしを…、助けてくれたひとね…」
「うん…?」

続きを促す声も優しい。

「……消えちゃったんだ」
「え?」
「あたしの見てる前で、スーッて、薄くなって、消えたの」

そこまで告げて、圭は裕子から目を背けて俯いた。

「……嘘みたいな、夢みたいな話だけど、ホントなの。消えちゃったの」

軽く息を飲んだような、声じゃないような微妙な音が聞こえて、
俯いたまま圭は目を閉じる。

「誰に言っても信じてもらえなくて、そのうちあたしも誰にも話さなくなった。
けど、あたしはそのひとのこと、忘れないでいようって思ってた。
だって、助けてくれたのに、お礼も言えなかったの。
でも、去年のあの事故でそのことも忘れちゃって、
そしたら真希が吉澤を連れてきて、それで」
66 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時01分11秒
裕子の反応が怖くてそこまで一気にまくしたてたとき、
ふわり、と、圭の肩に裕子の手が乗せられた。

びくっ、と肩を揺らせて裕子に振り向くと、そっと抱き寄せられる。

「……裕、ちゃん?」
「…大丈夫、落ち着き? ちゃんと聞いたるから。
圭坊の言うてること、信じてるから」

圭の肩を抱きながら、柔らかく微笑んで髪を撫でる。

「し…、信じて、くれるの…?」
「…んー、まあ、さすがにちょっと、ブッ飛んだ出来事やけどな。
でも、こんなときにそんな嘘、普通は言わんやろ?」

ん? と、口元を和らげて圭の顔を覗き込む。
そうされて、圭は改めて裕子の許容の広さと優しさを痛感した。
67 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時01分46秒

「……あの日、吉澤を見た瞬間、そのひとのこと、思い出したんだ」
「…それで気絶したんか」

深呼吸とともに言った圭に、裕子が納得したように告げる。

「…他人の空似、だけどね」

ひとみが持つ本来の能力(チカラ)は言うべきではない。
そう思いながら続けて、ベッドに横たわるひとみに視線を移した。

「……小さい頃からずっと、そのひとのことは忘れられなかった。
一度忘れちゃったからか、思い出したらすごく印象に強くて、
吉澤を見るたび、自分でもそのひとに対してこんな気持ちを持ってるのか、
それとも吉澤本人に対してなのか、よく判んなかった。
……それに、裕ちゃんも、いたし」
68 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時02分39秒
ひとみから裕子に視線を戻すと、
裕子は圭の肩に乗せていた手をゆっくり下ろして、小さく苦笑した。

「……でも、あたしにはこうなる予感はあったよ」
「……やっぱり、気付いてたんだ?」

「…確信したんは初詣のあとや。
帰ってきてから、圭坊、家抜け出したやろ?」

バツが悪そうに再び自分の前髪をかきあげ、苦笑の度合いを強める。

「知ってたの?」
目を見開いた圭に、幾度が頷きながら深く息を吐き出した。

「気になって追いかけたんや。…そんで、見てしもたから」
告げてから、視線を床に落とす。
69 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時03分42秒
「……正直言うたらショックやったけど、
でもあたしは圭坊のこと、責められへんから」
「そ、そんなの…」

「やから、あの家も出ようと思う。近くにアパート借りるわ」

「そっ、そんなのイヤだよ。裕ちゃんはウチにいて。何処にも行かないで。
…か、勝手な言い分だけど、でも、あたしは裕ちゃんも矢口も好きなんだ。
この気持ちは嘘じゃないんだよ。ふたりのこと、怒ってもいない。
むしろあたしのほうが……」

「……ん」

そのとき、ベッドに横たわっていたひとみの瞼が震え、
ゆっくりと、数度の瞬きののち、静かに開かれた。

漏れるように小さく掠れた声が聞こえ、圭と裕子はハッとしてひとみに振り向く。
70 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時04分20秒
「吉澤っ?」
「……ここは?」

「病院や。地震があって、
ウチの店の棚の上から落ちてきた箱がアンタの頭にぶつかって、
救急車でここまで運ばれたんや」

簡潔に説明した裕子に、ひとみはゆっくりと視線を泳がせてから目を伏せた。

「…覚えてるか?」
「はい」

「そうか。ほんなら、とりあえず今日はここに泊まれってことになってるし、
寮にはあたしが連絡しとくから」

軽く頷いたひとみを確認して、裕子も頷く。

「矢口らもまだ店におるやろうから、ちょっと電話してくるわ」
圭の肩を叩いて椅子を立ち、裕子はその場を立ち去った。
71 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時04分53秒
その背を見送っていた圭も、ゆっくりとベッド上のひとみに目を戻す。

「……保田さんは怪我してないんですか?」
「アンタ以外はみんな無傷よ」
「そうですか」

ふわりと微笑まれ、圭の胸が早鐘を打つ。

「……アンタには、助けられてばっかりね」

目を逸らしながらぶっきらぼうに言い放つ。
そんな圭の手を、ひとみがそっと捕まえた。

「……こっち向いてください」
甘く誘われるような声が鼓動を更に早まらせる。
72 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時05分34秒
請われた声に逆らわず、それでもためらいがちにひとみを見ると、
ひとみは嬉しそうに微笑んでいた。

「……何よ」
「好きですよ、保田さん」

唐突な告白に、圭は一瞬で赤面する。
捕まえられた手を取り戻そうとしたけれど、強く握られていて、それは叶わない。

「…好きです」

恥ずかしいのに、不謹慎だとも思うのに、
想う相手からの告白の言葉は、甘くて心地好いのだということを思い出す。

「……もう、こんなムチャしないって約束して」
「…え?」
「いいから約束して!」

圭の声の勢いに、ひとみは僅かに顎を引いた。
73 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時06分12秒
「もうムチャなことしないで」
「…はい」
それでも素直に圭の言葉に返事を返す。

「…あたしに黙って、いなくならないで」
「はい」

「絶対よ? 絶対にひとりで何処かに行かないで」
「……はい、行きません」
小さく笑いながらひとみは頷いた。

横たわるひとみと繋がれた自分の手。

上体を倒し、その手に額を押し付けると、
ひとみが困惑しているのが雰囲気で読み取れた。

けれど圭は、そのまま黙って目を閉じる。
74 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)00時07分15秒
やがて、戸惑いながらも、ひとみのもう片方の手がのびてきて、
圭の髪を撫でるように指が触れてきた。

「……好き、だよ」

掠れるようだった圭の告白も、
静かな空間には澄んだ音になってひとみの耳に届く。

「…はい」

ひとみの柔らかな声を聞いた圭は、
自分の脳裏を過ぎる不安を、
いつか破られるであろう約束が来る日のことを、
必死に、考えないようにしていた――――。
75 名前:名無し改め333 投稿日:2002年02月25日(月)18時30分32秒
復旧後の全てを読ませていただきました。
わかっていたとはいえ、ユウちゃんとケイちゃんは切ないことに。「ひとりにせんとって」...ケイちゃんの年下の彼女に対する想いはあまりに強くなっていてしまったようで。
しかし、ようやく想いの通じあった二人も幸せのカゲに不安がちらついて...気になるぅうう!!
長々と申し訳ありません!やっぱ作者さんの好きだなぁ(久ぶりw
76 名前:瑞希 投稿日:2002年02月25日(月)23時16分29秒
>75:名無し改め333さん
前スレの333さんかな?
>作者さんの好きだなぁ
ありがとうございます。
でも、あんまりホメると、図に乗っちゃいますよ?(w


では、続きです。
77 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時17分35秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
78 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時18分43秒
医師の診断通り、ひとみの怪我は見た目ほどひどくなく、
3日目には包帯が取れ、1週間も過ぎればほぼ完治した。

不可抗力の事故だったとはいえ、
ひとみに助けられた、という状況は、
少なからず裕子のひとみに対する態度を和らげることとなった。


「こんにちは」
「おう、いらっしゃい」

前よりも頻繁に店に顔を見せるようになったのに、今は快く迎え入れる。
79 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時19分47秒
「あれ? 真希は一緒とちゃうの?」

ひとりで姿を見せたことに疑問を抱いたのは裕子だけではない。
圭も、そして午後からの勤務だった真里も、裕子と同様の反応を見せた。

「あ、ごっちんと梨華ちゃんは買い物に行きました。
もうすぐバレンタインだからって」

ストン、と、いつのまにか指定席となったカウンター席の一番端に座り、
ひとみがにこやかに告げる。

「あー、そういやもうすぐやな」
それに返す裕子の笑顔からも以前のような不快感は窺えない。

和やかなふたりの様子とは対照的に、
圭はこの空間に少し居心地の悪さを覚える。

それは真里も同様のようで、
顔を見合わせ、お互い声には出さずに苦笑した。
80 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時21分20秒
問題は、実際には何も解決していない。

裕子は今、この店に出来る限り近い物件を探していて、
条件が合えばすぐにでも出て行くと言い張っている。

空き時間のたびに裕子が目を通している賃貸物件の情報誌も、
今ではかなりの数になった。

どうせ近くに住むなら家賃の無駄だと、圭は必死にそれを引き留めてはいるが、
どうやら聞き入れてもらえそうにない。

意外だったのは、真里も裕子の転居に反対していることだ。

この家に圭をひとりきりで住まわせるのは、
もったいないうえにヒドイと非難している。

真里の立場なら、圭と同居するほうが不愉快だと思われるのに、圭の味方になる。
それはおそらく、罪悪感からくる同情だとも解釈出来たけれど。
81 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時22分36秒
「あ、せや、吉澤さん」

グラスを棚に戻した裕子が何か思い出したように振り返る。

「真希から聞いたんやけど、寮って1年契約ってホンマ?」

「はい。1年ごとに学費とは別に寮費を払います。
2年になってから入るひととか、逆に出てくひととかもいるらしいですし…。
寮にいた期間が半年未満なら半額返金されるって聞きましたけど、
実際には入ればみんな、1年は出ないみたいですよ」

「…じゃあ、春まではいてやんと無駄になるなあ」

ふむ、と腕組みしながらひとり納得したように頷く裕子に、
圭と真里、そしてひとみは顔を見合わせた。
82 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時23分59秒
「…考えたんやけど、吉澤さん、春からここに住まへんか?」
「な…っ?」
「勿論、タダで構わんよ」

思わず漏れた圭の声を無視して、
圭とは違った驚きの表情を見せているひとみに裕子が続ける。

「高い寮費払うよりずっとええと思うんやけど…、どうやろ?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。裕ちゃん」

「…あたしはこの家を出よと思てる。でも圭坊はアカンって言うねん。
矢口も、この家に圭坊だけ住まわせるんは物騒やし危ないって反対しよる。
それなら吉澤さんが来たらええんちゃうかなって考えたんや。
そしたらひとりにならんで済むし、圭坊かて……」
83 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時25分10秒
続きに何を言われるか予測出来て、思わず裕子の腕を掴んでいた。

最近は、もうほとんど触れなくなった、そのカラダに。

「イヤだって何回言わせるの?」

もう以前のような生活には戻れない。

たとえ和やかな毎日が続いていても、
この状況が、ふとしたことで簡単に崩れてもおかしくないほど、
実はとてつもなく脆い空間だということを、裕子はわざと見せつける。

いつまでも甘えてはいけないのだと。

圭がのばすその手を、裕子はもう、受け止められないのだと。

これが、裕子に対する圭への罰なのだと、知らせるように。
84 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時26分07秒
「何で勝手に決めるのよ。あたしの意見は無視なの?」

圭の声色と行動にカラダを揺らして戸惑う裕子だったけれど、
少ししてから、掴まれたその腕をやんわりと解いて取り戻した。

「……別にもう会われへんようになるワケでもないやん。
でも、このままでおるのもどうかと思う。
……あたしら、ちょっと距離置いたほうがええ」

「距離って……」

「あたしも圭坊も、お互いに依存しすぎてた。
それが愛情のうちやったらまだええけど、
今のあたしらにはそれは執着にしかならん。気持ちを履き違えてまう。
せやから一度、少し距離おいて、自分の気持ち、落ち着かせたいねん」
85 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時27分16秒
遠まわしにだったけれど、その言葉は、
裕子にまだ想われていることを伝えてきた。

けれど、異論も反論も許さない口調とまっすぐな視線に、
圭は何も言えなくなる。

こんなときの裕子は、
もう誰がどんな言葉で説得しようとしても聞き入れることはないのだ。

「……いいですよ」

裕子の揺るぎない決意の言葉を更に後押しするように、
ひとみの声が圭達の耳に届く。

「あたしは助かります。でも、保田さんがイヤだって言うなら……」
そこで言葉を濁し、圭と裕子を見比べる。

ひとみの視線から逃げるように俯いた圭はますます言葉に詰まった。
86 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時28分19秒
裕子も真里も、今日はここに来なかった真希や梨華も、
今では圭の気持ちがひとみにあることを知っている。

恋人と暮らすことを拒否なんてしないと、誰もが考えるだろう。

けれど圭は、知っているから。

ひとみが、近いうちに自分の前からいなくなることを。

そうなったとき、この家でひとりで耐えられる自信が圭にはない。

両親が事故で他界したときも、そばに裕子がいてくれたから耐えられた。

だからといって、愛するひとを失った淋しさは薄れたりしない。

たとえ耐えられたとしても、
近くに存在を感じない状況に慣れたとしても、
忘れることが出来ないなら、淋しさは薄れたりしないのだ。
87 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時28分58秒
しかし、それを誰に言えるだろう。

ひとみが、いなくなるなんて。

「………判った」

裕子にも諭されたそのときの圭に、
それ以外、どんな言葉が言えただろう。

漂う空気の重さはどうしようもなかったけれど、
渋々ながらも圭が了承したことで、カタかった裕子の表情も幾らかやわらいだ。

「じゃあ、明日にでも不動産屋行って、引越し先の物件、下見に行ってくるわ。
条件合いそうなんあったら、そのまま契約もしてくる」

言いながら、俯く圭の肩を宥めるようにゆっくり撫でさする。
88 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時29分32秒
「やっ、矢口も行きたい!」

それまで傍観者的立場にいた真里が唐突に手を挙げて言った。

「ん? ……そういや明日は土曜でガッコも休みやな」

確認するような口調で言った裕子は、
それに対して頷いたひとみと真里を交互に見てから微笑んだ。

「じゃあ、明日は店も休みにして、デートしよか?」
「え…? い、いいの?」

言い出したほうの真里が、快諾されて困惑した様子を見せる。

「ええよ。…石川にはあとで電話しといたらええやろ」
バイトのシフト表を見ながら言って、真里の頭に手をのばす。
89 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時30分03秒
ぽすぽす、と、裕子に軽く頭を撫でられた真里が嬉しそうに笑い、
それを見た圭の口元もつられるように綻ぶ。

裕子が撫でた髪を自分の手でも同じように辿って触れ、
テレくさそうに、けれどますます嬉しそうに笑った真里。

そんな真里の行動は、
裕子にとても強い好意を持っているのだと、改めて圭に教えた。

考えてみれば、裕子のほうはともかく、
真里が裕子にただの好意以上の感情を抱いていたのは、
彼女の普段の態度を見れば明白だった。

冷静に、第三者の立場になってみれば、自然とそれが判ってくる。

気付かなかったのは、おそらく圭と梨華だけではないだろうか。
90 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月25日(月)23時33分19秒
裕子と真里のやりとりをぼんやり眺めていた圭は、
不意に隣から肘を突付かれ、ハッとなった。

焦りながら突付いた相手に振り向くと、彼女も少し困ったように笑っていた。

「…明日、ヒマですか?」
「え?」
「よかったら、あたしたちもデートしません?」

直球ストレートなひとみからの誘いに、圭の顔が一瞬で真っ赤になる。

「デートしましょうよ」

柔らかな口調でありながらも断れない雰囲気の声の強さに、
圭はひとみにしか判らないぐらいの小さな仕草で頷き返した。

向けられた嬉しそうな無邪気な笑顔を、何の、疑いもせずに。
91 名前:名無し殺生 投稿日:2002年02月26日(火)01時17分35秒
ううっ、先を読みたいような、読みたくないような・・・
今が幸せなだけに、ねー、、、
ラブラブな二人が見たい。どうか、やっすーを幸せに、作者さんよぉ〜。
92 名前:りか 投稿日:2002年02月26日(火)22時11分39秒
いいですね〜(w
前作からすべて読ませていただきました。
最高です!

続きがんばってください。
93 名前:瑞希 投稿日:2002年02月26日(火)23時48分17秒
>91:名無し殺生さん
>今が幸せなだけに…
ねえ、いったいどうなるんでしょうね〜 <ヒトゴトのように言うなっては(w

>92:りかさん
ありがとうこざいます。
もうあと少しですが、頑張りまっす♪


では、続きです。
94 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時49分00秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
95 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時49分32秒
車で真里を迎えに行くために、
裕子は正午に程近い午前中に出掛けてしまった。

それを見送った圭を、ひとみは昼過ぎに迎えにやってきた。
運転免許のない圭とひとみは、そのまま徒歩で駅へと向かう。

「どこ行きます?」
「べ、つに…、どこでも…。アンタこそ、どっかないの?」
「保田さんと一緒ならどこでも」

微笑まれたままさらりと言われて、圭のほうが恥ずかしくなる。

「………タラシ」

目線を下に落とし、ひとみには聞かれないように圭は呟いた。
96 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時50分25秒
相手を嬉しがらせることを無意識にしているひとみに、
何だか自分のほうがずっとハマッている気がする。

不愉快ではないけれど、くすぐったい気持ちのほうが比率としては大きかった。

「ありきたりだけど、やっぱ、ショッピングとか?」

どうやら圭の呟きは聞こえなかったようで、
ニコニコとした笑顔を崩すことなく提案する。

「…そうね、ちょうど腕時計の電池が切れたとこだから、
そっちにも寄ってくれる?」
「もちろん!」

圭の申し出にひとみは即答で頷き、ますます嬉しそうに笑った。
97 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時51分20秒



最寄りの駅から電車で五つほどの駅を越えただけで、
圭達が住む街よりいくらか賑やかな街並みになる。

下りた駅の近くにあった時計専門店に腕時計を預け、
それからその隣のデパートに入った。

何の目的もなく立ち寄ったので、とりあえず最上階から順に下に降りて行き、
適当に各フロアを探索してみようということになったのだが。

「…げ、何よ、この人だかりは」

いくら世間的には休日で、大抵の学校も第二土曜日で休みだからと言っても、
そのデパートにいる人間の数は半端ではなかった。

エレベーターで最上階に降り立ったとき、
思わずそんなふうに口走ってしまうほどに。
98 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時52分00秒
「迷子にならないでくださいね」
「失礼ね、子供じゃないわよ」
素っ気なく言い返したにもかかわらず、ひとみが唐突に圭の手を掴む。

不意だったせいもあって、圭の心臓は大きく跳ねた。

「な、何?」
「迷子予防」
「…っ、アンタねえ!」

それでも、にこにこ笑うひとみを見ていると、
繋がれた手を離そうという気持ちも薄れてしまう。
99 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時52分35秒
「…ああ、アレかぁ」

下りのエスカレーターに一歩踏み出したとき、
うしろを見ながらひとみが言った。

けれどもう圭の視界は既に階下に向かっていて、
ひとみの差す言葉が理解できなかった。

「…何?」
「チョコ売り場ですよ、バレンタイン用の」
「…ああ」

人だかりの9割が女性だったことで、ひとみの言葉にも納得がいく。

「もうすぐだもんね、気合いいれてんだ、みんな」

声にしてから、圭は自分の言葉を頭の中で噛み砕いた。
100 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時54分03秒
どちらかと言えば、圭はこういったイベントごとは苦手だったりする。

勿論、どちらかと言えば、であって、決してキライなワケではない。
さっきは困惑した人だかりの中に紛れたことだって何回もある。

実際、毎年この季節になると、
裕子の目を盗んでチョコレートを買いに出掛けていた。

裕子は甘い物が苦手なので、彼女の口に合いそうなものを探すのも、
それはそれで楽しかった。

義理チョコは圭自身があまり好まないのと、他に渡す宛てがないのとで、
いつだって買うのは裕子宛てのひとつだけだったけれど、
今年は、どうすればいいんだろう。

去年とは状況が違うけれど、毎年渡していたのに、
今年はもう渡さない、というのも何だか戸惑う。

深く考えずに、裕子にもひとみにも渡すべきだろうか。

それとも、やはりひとみにだけ、というほうが誠実だろうか。
101 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時54分41秒
「保田さん?」

不意に呼びかけられ、ハッとする。

「えっ、何?」

とん、と軽い足取りでエスカレーターを降りたと同時にひとみの手も離した。

「急に黙りこんじゃうから」
「…別に、何でもないよ」

どっちにしても、今日は買えないな、と圭は思う。

渡したいと思う相手と一緒では、さすがにゆっくりとは選べそうもない。
当日まではまだいくらか日数もあるし、今日は諦めよう、と。
102 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時55分43秒
「……ここ、家具売り場だね」

話題を変えるように周囲を見回すと、
それにつられたひとみもキョロキョロとフロアを見渡した。

「みたいですね」
「…あたし、結構好きなんだよね」
「家具売り場が?」

意外そうに聞き返したひとみの横を擦り抜けるようにして、
展示されている家具を見て歩く。

「うん。いろんな部屋にいろんなひとが住んでる感じがして。
…ホラ、ウチは1階が店だから、普通の家の間取りとはちょっと違うし」
「…あー、そっかあ」
「小さいときとか、デパートに来るたび絶対寄ってた」

部屋の一室を見立てて並べられている家具を見遣り、そっと手で触れてもみる。
103 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時57分14秒
「でも、あたしは保田さんの家って、いいなあって思いますけど…」
「それは他人の家だから良く見えるんだよ。ないものねだりってやつ」
「……なるほど」

腕組みしたひとみが真剣に頷いたのを見て、圭は小さく笑った。

「…バーカ」
「な、何でバカなんですかぁ」
「マジな顔して聞くことでもないじゃん」

無邪気だな、と思った。
まだまだ幼いな、と。

思うだけで、口元の綻びを隠せなくなるくらいに。
104 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時58分26秒
「……もっと教えて下さい、保田さん」
「は?」
「もっともっと、保田さんのこと、知りたいです」

ひとみの性格なのか、それともまだ幼いからこその直球なのか。

嬉しそうに微笑むひとみが圭には眩しかった。
改めて、その笑顔に惹かれているのだと知らされるくらいに。

「バーカ」

さっきと同じように軽く毒づいてから踵を返し、
他にも小綺麗に展示されている家具も見るために、圭はさっさと歩き出した。

勿論、焦ったようにひとみが追いかけて来るのを承知で。
105 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月26日(火)23時59分40秒



「…ふう」
ベンチに座って、圭は深めの溜め息をついた。

「……疲れました?」
圭の隣に座ったひとみが心配そうに眉をひそめて顔を覗き込んでくる。

「…ちょっとね」

あのあと、圭とひとみは適当に各フロアを探索して、
くだらないような、それでいて充実したような時間を過ごし、
今は、デパートの出入口から駅のコンコースに続く通路の手前の休憩所にいる。

「……そろそろ、帰ります?」
「んー…、そうね、外ももう暗いし……。
そういや裕ちゃん、晩ゴハンとかどうするんだろ」

言いながら持っていたバッグの中からケータイを取り出す。
106 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時00分38秒
「…あっ、そうだ」

それを見ていたひとみが、唐突に短く叫んだ。

ケータイを持ったまま圭がひとみに向き直ると、
申し訳なさそうに眉尻を下げている。

「どしたの?」
「…あの、買い忘れたものが……」

「何?」
「いや…。保田さん、疲れてるでしょ?
すぐ買ってきますから、ここで待っててもらえます?」

「いいよ、一緒に行くよ」
「すぐ戻りますから」
107 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時01分51秒
戻る、という言葉に、圭は過剰に反応してしまった。

立ち上がりかけたひとみの腕を思わず掴んでしまう。

「…行く」

圭の態度に最初は戸惑いを見せたひとみも、
表情から何かを悟ったように柔らかく微笑んだ。

それからそっと、腕を掴む圭の手を撫でる。

「大丈夫、すぐに戻ってきますから」
「……ホント?」
「はい」

笑顔で頷き、圭の手をやんわり解いて立ち上がった。
108 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時02分53秒
「保田さんこそ、他の誰かについてかないでくださいね」
「…バカ」

ぺろりと舌を出し、ひとみの姿が人混みに紛れていく。

少しの不安もないといえば嘘になるけれど、
今はひとみの言葉を信じようと思った。

それでも、一度浮かんだ不安は薄らぐことがなく、
圭のカラダが小刻みに震え始める。

そんな圭の手に握られていたケータイが不意に鳴り出し、
圭は文字通り肩を揺らせて跳び上がった。

ディスプレイを見ると、発信者は裕子だった。
109 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時03分34秒
「…もしもし」
「圭坊? 今どこ? もう家に帰ってる?」
「ううん、まだ外だけど…。そろそろ帰ろうかなって」

「そか、じゃあちょうどよかった。実はな、矢口のお母さん、
あたしのぶんの晩ゴハンも用意してくれてん。
せっかく作ってくれはったから、ご馳走になって帰ろと思て」

「あ、そーなんだ?」
「うん。せやから圭坊も吉澤さんと一緒に何か食べておいで」
「…あ…、うん、そだね、そうする」

「帰りはそんなに遅くならんと思うし」
「うん。…でも裕ちゃん、車なんだから飲んじゃダメだよ?」
「判ってるって。ほな、切るで?」
110 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時04分16秒
そんな言葉のあと、あっさり切れた通話。

ぼんやりケータイを眺めながら、
圭は何だか肩透かしを喰らったような気分になる。

裕子はもう、自分のことなどホントは何とも思ってないのではないか、と。

そんなふうに考えて、今度は自己嫌悪に陥った。

自分のほうが先に裕子を裏切ったくせに、まだ想われていたいのか、と。

深く深く溜め息を吐き出したと同時に、視界の端にひとみが映る。
よほど急いだのか、かなり呼吸が乱れていた。

「お…、お待たせしました」

圭の前まで来て、何度か深呼吸を繰り返し、乱れた呼吸を整える。
111 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時05分26秒
「ホントに早いわね。何買ったの?」
「たいしたものじゃないですよ」

言いながら、不透明な袋に入れてある商品をさっさと鞄の中へ入れる。
あまり大きくなさそうなそれは、学校で使う文具だろうと推測した。

「…今、裕ちゃんから電話があったんだけどさ」
「中澤さんから?」
「矢口の家で晩ゴハン食べてくるからって」
「そうですか」

圭が見上げると、きょん、とした顔で、ひとみは頷いた。

「……あたし達も、何か、食べて帰ろっか?」
「えっ、いいんですか?」

それに対して今度は圭が頷いて立ち上がる。
ひとみを見ると、とても嬉しそうに笑っていた。
112 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時06分13秒
「…何で笑ってるの?」

喜ばせるようなことを言ったつもりのない圭は、
ひとみがどうして嬉しそうなのかが判らなかった。

「だって、保田さんといられる時間、増えたから」

ストレートだな、と、今日は何度そう感じただろう。

慣れたつもりもないけれど、さすがにもう恥ずかしいとは思わない。

むしろ圭自身も、そんなふうに思われて嬉しくなった。
こんなことでいいなら、いくらでも言ってやりたい気分にもなる。

だからと言って、素直に言葉になんかはしないけれど。
113 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時07分03秒
「…あ、そうだ、腕時計」

無関心を装ってひとみから目を逸らしたけれど、
圭のうしろで情けない顔付きでいるのは容易く想像出来た。

歩き始めてから、付いて来ているであろう子供にゆっくりと振り返る。

「ほら、行くよ」

ほんの少し困ったように眉尻を下げていた表情が、
圭の言葉と差し出された手に破顔一笑する。

その笑顔そのものが圭を幸せにしているとは、
本人は少しも気付いてはいないのだろうけれど。

繋いだひとみの手のぬくもりも、圭を幸せに導いてくれていると。
114 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月27日(水)00時08分09秒
―――こんな他愛のないことがおそらく一番幸せな時間だったのだと、
そのときの圭は、考えもしなかった。
115 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月27日(水)04時18分21秒
…なんか嫌な予感が……。
いや、気のせいだろう。…うん。
116 名前:333 投稿日:2002年02月27日(水)15時22分04秒
新スレにはいってからますます面白いですね。
お話も佳境へとむかいつつあるようで
幾度となく圭を助けてきたひとみのチカラ。
しかしそれは今、圭から愛するひとみを奪ってしまうのか...?
なんて。いやぁいいなぁ。どっぷりはまってます。w
続き凄まじく楽しみにしております。
117 名前:名無し殺生 投稿日:2002年02月28日(木)00時01分27秒
>そのときの圭は、考えもしなかった。
そりゃーそうでしょう。先の事はわからないし。
うわーーーー、すごく嫌な文章だ。しかも過去形。
デパデートがいいだけに、この後の展開が・・・
次からは気合い入れて読むっす!
118 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時33分27秒



「保田さんの手料理が食べたいなー」

預けていた腕時計を受け取ったあと、ひとみが唐突にそう言ったので、
圭はブツブツ文句を言ったけれど、結局どこにも寄らず家に戻ることにした。


店のほうではなく、住居としている2階のほうへとひとみを誘導し、
夕食の支度にとりかかる。

ひとみが腹を空かせているのを考慮して、
ありあわせですぐ用意出来そうなものを考える。

圭がキッチンに向かっている間、ひとみはずっと、
小さな子供みたいなワクワクした面持ちで圭の背中を見つめていた。

勿論、圭のほうもその視線に気付いてはいたけれど、
あえて知らんフリで返事せず、調理に専念していたけれど。
119 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時34分12秒
「……あれって、アルバムですか?」

食べ終えて食器を片付け、スポンジを握ったときにひとみが尋ねた。

テーブルの向こうにあるテレビの脇に並んだ厚めの数冊。
圭が振り向くと、ひとみはそれを指差していた。

「あ、うん。見たかったら見てもいいよ」
「いいんですか?」
「別に、見られて困る写真なんてないし」
「やたっ」

弾んだ声を背中に聞いて、圭の口元も自然と綻ぶ。

「うわー、ちっちゃーい。マジ可愛いー。…あ、こっちは七五三かな?」

圭に語りかけてるのか、それとも大きな独り言なのか、
黙々と洗い物の手を進める圭の耳には、楽しそうなひとみの声だけが届く。
120 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時34分54秒
「こっちのは玉入れやってる。楽しそー。玉入れって、運動会の定番行事ですもんね」
「うん、一番好きだった」

「これは…、卒業式? で、こっちは中学の入学式か…。
…お、こっちには中澤さんも写ってる。若いー」
「あははっ、今だって裕ちゃんは若いんだから、そんなこと言ったら怒られるよ?」
「うわわっ、今の、ナイショにしててくださいっ」

食器乾燥機に皿を立て掛け、蛇口のコックを戻す。

濡れた手を拭いながらテーブルに戻ると、
幾らか頬を上気させたひとみと目が合った。
121 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時36分32秒
「言わないわよ」

ひとみの向かい側の椅子に再度腰を下ろし、
アルバムのページを繰っていくひとみの手元に視線を落とす。

「絶対ですよ? バレたら何て言われるか……」
「はいはい」

溜め息混じりに肩を竦ませながら答え、
ひとみが見終えたと思われるほうのアルバムを開いた。

そこにある写真は、圭が産まれたばかりの頃から小学校にあがった頃までのもので、
圭自身も久しぶりに見るせいか、
恥ずかしいけれど、それなりに新鮮な感動を呼び起こす。
122 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時37分26秒
いくつかページを繰って、圭はギクリとした。

思わず目の前で鼻歌混じりにアルバムを見ているひとみ見ると、
圭の視線に気付いたように、きょとん、と首を傾げた。

「何ですか?」
「…ううん、何でもない」

答えて目線を戻す。

自分の手元に。
圭の脳裏を過ぎった不安の種に。
ひとみに助けられた頃の自分が写っている、その、写真に。

考えすぎだ、と圭は自分自身に言い聞かせる。

まだひとみは知らない。
まだひとみには知られてはいないはずだ。

だから大丈夫、気付かれてはいない、と。
123 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時38分40秒
「……ねえ、保田さん」
「ん?」

見終えたアルバムをしゃがんで片付けていた圭を静かにひとみが呼ぶ。

振り返らず返事した圭を、ひとみの影が背後から覆い、
不審に思って振り向くと、少し、困ったような顔をして見つめるひとみがいた。

「どうしたの?」
「……そろそろ中澤さん、帰ってきますよね」

言われて時計を見ると、時刻はもう既に9時近かった。

休日用の外出届を提出しているといっても寮生のひとみには門限がある。
けれど、あらかじめ連絡しておけば外出時間の延長は出来るはずだし、
第一、 ルームメイトのいないひとみは、深夜に抜け出すことだって容易なはずで。
124 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時39分19秒
「…裕ちゃんが帰ってきたら、何かマズイことでもあるの?」
「あるんです」

暗にもう少し一緒にいたいという気持ちも込めて言ったのに、
それはあっさりと打ち崩される。

こんなときばかりは、少し鈍感な年下の恋人に苛立ちにも似た感情が芽生える。

けれど、困惑して見えた目元が今度は淋しそうに揺らいで見えて、
圭の心臓が条件反射のように跳ね上がった。

弱くなったな、と、自嘲気味に苦笑して、小さく息を吐き出した。

「そっか…。門限、あるもんね」

きちんと本音が伝わるように言葉を選び、圭は立ち上がった。
125 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時39分52秒
「……ごめん、なさい」
「バーカ、何で謝るの」

言いながら、そばにあるひとみのコートに手をのばす。

ゆっくりした動作で圭に差し出されたコートを着込み、
マフラーや手袋も身につけたひとみを背後に従えて階段を下りる。

無言のまま店のほうのドアの前まで来て、
圭の胸をまたイヤな不安と予感が過ぎる。

「あの、保田さん」

それを振り切るように唇を噛んでドアノブに圭が手を掛けたとき、
不意にひとみが呼んで、おもむろに自らの鞄を探り出した。
126 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時40分33秒
「吉澤?」
「…どうぞ」

振り向いた圭の目前に差し出された、手のひらに乗る程度の小さな包み。
ひとみのもう一方の手には、見覚えのある、その袋。

「何よ、これ」

眉根を寄せて尋ねた圭に、ひとみはにっこり微笑むだけで答えない。

「…アンタが買い忘れたった言ってたやつじゃないの?」
「実はこれ、保田さんにあげようと思って」
「はあ?」
「いいから、開けてみてください」

言葉と目の強さに負けて、差し出された小さな包みを受け取る。
127 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時41分10秒
部屋より幾らか室温の低い場所のせいで少しかじかむ指先。

ひとみに見守られながらその指でゆっくり包装を解き、
箱に書かれている文字に目を見張る。

思わず言葉を失くしてひとみに向き直ると、
テレたように、ほんのり頬を染めていた。

「…もうすぐ、バレンタインですからね」

包みの中身があまりにも思いがけなかったもののせいで、
圭は返す言葉をすぐには見つけられない。

そんな圭に代わるように、手のひらの小さな箱の蓋を、
手袋を外したひとみがそっと開けた。

箱の中身は、親指の第一関節くらいのホワイトチョコレート。
128 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時41分42秒
「…チョコ、キライじゃないですよね?」
「……よし、ざわ?」
「あーん、してください」

ひとつ取り、それを軽い口調と一緒に圭の口元に運ぶ。
けれど、圭の唇は凍ってしまったように動かなかった。

「……ホワイトチョコはキライですか?」

目を見開き、口元にあるひとみの指を掴む。
少し冷えて冷たい、長い、その指を。

「…どういう、つもり…?」

圭の声色が掠れて低くなる。
目の前のひとみの表情が、その声に同調するように僅かに強張る。
129 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時42分16秒
「どうって、バレンタインの……」
「ふざけないで! そんなの当日でいいでしょ? まだ5日も先よ?
あたしだってまだ買ってないのに…」

「……くれるつもりだったんですか?」

イヤな予感がまた圭の脳裏を過ぎる。

さっきはすぐに振り払えたのに、その効力が今は弱い。

もう予感だけで済まなくなろうとしていると、
頭のどこかで確信している。

「……そっか、惜しいことしたな」

圭の口元に運んだチョコレートを箱の中に戻し、その手で前髪をかきあげる。

「もうちょっと待てばよかった」
130 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時42分46秒
知っている。
ひとみは、もう、知っている。

「……何、で? 何で知ってるの?」

あえて『何を』、と問わなくても、ふたりの間には通じるものがあった。

自分は言った覚えがない。
気付かせたつもりもない。

なのに、ひとみは知っている。
そして、行こうとしている。

圭を、残して。

「……ごめんなさい」

目を伏せて、圭の手に乗せた箱を取り、ゆっくりとそれを近くのテーブルに置く。
131 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時43分18秒
「謝ってって言ってない! どうして? 何で知ってるの? 誰に聞いたのよ?」

誰、なんて、知っているのは自分とひとみと、
あとひとり、真実までは知らない、裕子だけだ。

「……まさか…。裕、ちゃん?」

小さく苦笑いして、ひとみは首を振った。

「…違います」
「嘘よ! あのことはあたしと裕ちゃんしか知らないことなのよ?
他には誰も知らない。裕ちゃんはアンタの能力のことなんか知らないけど、
でも……っ」

「ホントに違います」

なだめるように、ひとみが圭の肩に手を置いた。
132 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時43分57秒
「…病院で……、聞いてたんです。ごめんなさい。」

病院、と言われて、目の前が一瞬で真っ暗になったような気分になり、
圭は思わず自分の両手で自分の顔を覆った。

では、知らせたのは自分ではないか。

知られないように、気付かせないようにと、
ずっと気をつけていたつもりだったのに。

自分が、自分自身が、ひとみにそれを、教えていたなんて。

「ごめんなさい」

謝りながら、ひとみがおずおずと圭を抱きしめてきた。

理不尽な気がするのに、今すぐ振り解いてしまいたいのに、
ひとみの腕はあたたかくて、優しくて、どうすることも出来ない。

もうすぐ、自分の前から消えようとしているのに、それが判っているのに、
それを、どうすることも出来ないなんて。
133 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時44分31秒
「……何で? 何で今日なのよ。いつだっていいじゃない。
もう少しあたしのそばにいてくれたって……」

怪我をした日から1ヶ月近くも過ぎているのに、
知ってたのなら、どうしてすぐに行かなかったのだ。

抱きしめてくるひとみの腕の力が強くなる。

息苦しいなんて、思わなかった。

「…だって、見ちゃったから」

耳元を掠めるひとみの声に、圭のカラダは条件反射のように震える。

「……保田さんの、子供の頃の写真」

ひとみの言う写真が、圭の脳裏を過ぎった、
不安の種にもなった写真だということにはすぐ察しがついた。
134 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時45分02秒
「……あの写真を見るまでは、ホントにもう少しいようと思ってました。
でも、見ちゃったから。だから…」

顔を覆っていた手をひとみの背にまわし、
出せる限りの力で思い切りひとみを抱きしめる。

「……イヤだ、行かないで」
たとえそれが叶わない願いだと判っていても、言わずにいられなかった。

「保田さん……」
「行かないで! ココにいてよ! あたしのそばにいてよ!」

「……あたしがいなくなったら、中澤さんもこの家から出て行ったりしないですよ」

ひとみの言葉が、ヒヤリと冷たく圭の耳の奥に残る。

力を抜いてひとみからカラダを離し、恐る恐る顔を上げて、ひとみを見た。
135 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時45分37秒
「……どんなに遅くても、4月までには、行くつもりでした」

どこまで、ひとみは圭の心の中に入り込んでくるのだろう。
なのにそれが、少しも不愉快じゃないなんて。

「……ひとりで何処にも行かないでって、約束したじゃない」

約束という名の卑怯な拘束と判っていても、
それでひとみを引き止めることが出来るなら。

けれどひとみは困ったように微笑み、そして、告げるのだ。

「ごめんなさい」

圭が思った通りの反応が返ってきて、悔しくて、腹立たしいのに、
笑いさえ込み上げてくる。

「…ホントは、何も言わずに行くつもりだったんですけど」

戻って来れる保証も自信もないから、待ってて欲しいとも言わない。
136 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時46分15秒
「………そんなことしたら、一生恨んでやる」

圭の言葉に苦笑いしながら、ひとみがゆっくりと圭から離れる。

「…っ、やだっ」

考えるより先にカラダが動いて、再びひとみにしがみつく。

「保田さん……」
「もうちょっと、もうちょっとだけでいいから」

どんなに引き伸ばしても、別れの時間は、必ずやってくるけれど。

「…ねえ、保田さん?」
「……何?」

ひとみに抱きつきながら、その腕の中で答える。
137 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時46分52秒
「……目、閉じてくれます?」
「イヤよ。閉じてる間に行く気でしょ」
「違いますよ、イヤだな」

言うなり、ひとみは圭からカラダを離す。

そしてその整った派手な顔つきをひどく真剣にして、ゆっくり顔を近付けて来た。

触れる直前、圭も静かに瞼を下ろし、
ひとみの唇の熱を、自らと同じそれで感じた。

「…保田さん、保田さん……、やす…だ、さん」

離れたひとみが耳元で繰り返す言葉に、どんどん圭の胸が痛みを訴え始める。

近い。
もうすぐ、もう、すぐそこまで……。
138 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時47分23秒
「……一度くらい、名前で呼んでみなさいよ」

圭がぶっきらぼうに言い放つと、
圭の耳元に触れていた吐息が、
何かに弾かれたように飲み込まれたのが伝わった。

そして、ためらいがちに、けれどはっきりと決意を乗せて、声が、紡がれる。

「……圭、ちゃん」
「…もっと、呼んでよ」

「…っ、圭ちゃん、圭ちゃん…っ」

離れたはずのひとみの腕が、
たまらなくなったようにきつく圭のカラダを抱きしめてくる。

「好きですっ、大好きです…っ!」
139 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時48分16秒
もういっそ、出来ることなら、
このまま時間が止まってしまえばいいのに。

ひとみの腕の中で、ひとみに名前を呼ばれながら、
世界の終わりを、迎えられたら………。
140 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年02月28日(木)00時48分52秒
有り得ない、起こり得ない願いに、圭の目尻から涙が零れた。

それを感じ取ったのか、ひとみが勢いよく圭の両肩を掴んで自分から引き離す。

「…っ、ごめんなさい…っ」
くるりと踵を返し、圭が状況を把握するより早くドアを開ける。

「よし…っ!」

ドアを抜けて、外に出たひとみの腕を掴もうと手をのばしたけれど、
あと一歩で追いつかなかった。

追いかけようと駆け出しかけた圭の目の前で、
静かに顔だけ振り返り、涙混じりに微笑んで、ひとみは…、消えた。

圭のカラダに、唇に、鮮やかなくらい、その存在を灼きつけたまま。

「吉澤っ!」

ひとみを呼ぶ圭の声は、相手に届くことなく、夜の静寂に飲み込まれた―――。
141 名前:瑞希 投稿日:2002年02月28日(木)00時52分43秒
>115さん
嫌な予感・・・もしかして、当たりました?(^^;)

>116:333さん
>凄まじく…
いやー、そんなに期待されても、次回で最終回なんですー(^^;)

>117:名無し殺生さん
さてさて、気合い入れて読んでくださったのかしら?
142 名前:瑞希 投稿日:2002年02月28日(木)00時57分05秒
ごめんなさい、次で最終回なんですが、
気持ち的に、お話のうえでも、ここでちょっとインターバルを頂きたいので、
更新は明後日以降にします。

お話はちんと完結してます。

ただ、読者の方々の反応が怖くもありますが……(^^;)


ではでは、次回の更新まで。
143 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月28日(木)01時42分44秒
次回で最終回ですか?
めっちゃ残念です。(涙
圭ちゃんが・・・かわいそう・・・

後、やぐちゅーのほうは・・・どうなんだろう?
姐さんは矢口の事本当に好きって事はないですよね?
その辺の事も出来たら書いて欲しいです。サイドストーリでもいいので(w
どうういう感じで付き合いはじめたのかも(w
144 名前:333 投稿日:2002年02月28日(木)06時17分39秒
いえいえ。いつどんな風に終わろうとも、作者さんの思い描いたものを読めるならかまいません。
言ったでしょ。作者さんのお話好きだなぁって。w
最終話しっかり読まさせてもらいます。
145 名前:925 投稿日:2002年02月28日(木)09時31分24秒
う〜ん、せつなすぎて、涙が…
146 名前:115 投稿日:2002年03月01日(金)01時15分26秒
んがぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ハズレル事を期待してたのにぃぃぃ!!!!

…吉澤ぁ!絶対圭ちゃんの元に帰ってこぉい!!
でなきゃ末代まで祟ってやるかんなぁ!!!
147 名前:名無し殺生 投稿日:2002年03月01日(金)02時10分20秒
・・・・・・・・・・。
セツナイ。
次回も気合い入れて読みます!
148 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月01日(金)21時39分49秒
裕ちゃんも切ないけど、圭ちゃんもせつねぇ〜!!
戻ってこないの??吉澤っっ!!
おわりがどうなるのか・・
かなり切なくてたまりません
149 名前:瑞希 投稿日:2002年03月02日(土)23時30分35秒
>143さん
>やぐちゅーのほう…
考えてはいますが、今まさにそっちで煮詰まってます(^^;)

>144:333さん
ありがとうございます。
最終回、お気に召されるとよろしいのですが…(^^;)

>145:925さん
……ゴソゴソ…… <ハンカチを探している <間に合ってねえよっ(w

>146:115さん
すっ、すんませんっ、やっぱり当たってしまいましたかっ(^^;)
>末代まで…
おーい、よっすぃー…? 帰ってこーいっ(^^;)

>147:名無し殺生さん
そういえば、連載当初、見つけられなかったから逮捕しようとか言ってましたよね。
今思えば、既に遠い出来事のよう……(w
勿論、逮捕の一件はもう水に流してますけどね(^−^)

>148さん
はいっ、こんな切ないのも、今回で終わりますっ。
何もかも、よっすぃーにかかってますが(^^;)



では、続き(最終回)です。
150 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時31分48秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
151 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時32分40秒
ひとみが姿を消してから7年が過ぎた。

いなくなった直後は必死の捜索が行われたけれど、
当然のことながらひとみが見つかることはなく、
圭達の住む街だけでなく全国を騒がせたその失踪事件もやがて風化され、
人々の記憶からも、いつしか彼女の名前や姿は消え去ろうとしていた。
152 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時33分39秒
ひとみが消え、毎日を抜け殻のように過ごしながらも、
彼女がいなくなった本当の理由を、圭は誰にも話さなかった。

警察やひとみの家族だけでなく、裕子にも、誰にも。

言っても誰も信じないと思ったからではない。
どんなに説得されても、誰にも話すつもりなんてなかった。

これは、ひとみとの、ふたりだけの秘密だから。

それが、それだけが、その頃の圭を支えていたから。
153 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時34分37秒
そして、ひとみの捜索が目に見える状況で打ち切られた頃、
圭はひとつの結論に達した。

ひとみは、今は別の空間に飛ばされて漂っているだけで、
いつか必ず、また会えると。

必ず、『未来』の圭のもとに姿を見せると。

それまで、ここで、この場所で、ひとみを待ち続けようと。

そう決意した圭は、今も、7年前と同様、自宅で喫茶店を経営している。
154 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時36分14秒
けれど、あの頃のように、
今は真里も、真希も、梨華も、そして裕子ももういない。

梨華は、ひとみがいなくなった翌年の大学受験に失敗したけれど、
その次の年には真希と揃って北海道の大学に合格し、
卒業後もそのまま向こうでふたりで暮らしている。

裕子は、ひとみがいなくなったあと、ひとみが予言した通りに
結局どこにも引っ越さずこの家で圭と暮らしていたけれど、
3年前、彼女の母親が過労で倒れたのを機に実家に戻ってしまった。

真里はその裕子を追いかけていき、今は裕子と3人で暮らしているらしく、
半年に一度、圭に顔を見せにやってくる程度だった。
155 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時37分09秒
「…さて、今日はもう閉めようか」

太陽が沈み、窓の外の景色が暗闇に埋もれたのを見て、
圭はテーブルを拭いていた店員に声を掛けた。

「はーいっ」

笑顔で振り返って元気な返事をしたのは、
真里と入れ替わるようにしてこの店で勤め始めた、
関西弁を話す加護亜依という女子大生だ。

裕子とはまた少し違ったイントネーションだが、強い違和感は感じないし、
馴染みやすい屈託のない笑顔は、常連客にも好印象を与えていて、経営も上々だ。
156 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時38分10秒
「あとの片付けはあたしがやっとくから、もう帰ってもいいよ。
このままだと、遅刻するよ?」
「え?」
「…バカ、今日は辻と先行ロードショーの映画に行くって言ってたじゃん」

辻、とは、亜依の同級生であり、この店のもうひとりのアルバイト店員でもある。

「あっ、そうやった! 忘れてたっ」
慌てた様子でエプロンを外し、カウンター奥の簡易ロッカーに向かう。

「この前も遅刻したから、今日もし遅れたら、晩ゴハン、オゴらなアカンのです」
「急げ急げ、オゴりだったら、辻のやつ、見境なく食うぞ」
「ひゃー」
157 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時39分15秒
あたふたと着替えていく亜依を横目で見ながら、圭は流し台を布巾で拭っていく。

「それじゃ、保田さん、お疲れさまでしたっ」
「うん、お疲れ。気をつけてね」

にかっ、と笑って、亜依は大きく手を振りながら裏口から出て行った。

それを見送り、圭は口元を綻ばせたまま深めの溜め息を吐き出す。

ゆっくり踵を返してカウンターを出て、
テーブル席の上に置かれた灰皿の汚れに目が止まった。

布巾でなく指先だけで済まされそうなその汚れに手をのばし、そっと拭き取る。

それからくるりと店内を見回し、ドア横のカレンダーに目を向けた。
158 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時39分49秒

おいで。
早くおいで。
あたしはずっと、信じて、待ってるから。
159 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時40分52秒
独り言のように呟いて、また溜め息をついた。

もうすぐ2月。

ひとみが消えたあの日からも、
ひとみが初めて圭の唇に触れたあの日からも、
もう、7年が過ぎようとしている。

たった一度のキスを7年も忘れられないくらい好きだったのかと、
ひとみへの想いの強さには自分でも感心してしまう。
160 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時41分52秒
7年。
口で言うだけなら簡単な歳月。

けれど、あの頃に比べればずいぶん街も様変わりしている。

勿論、それは圭自身の容姿にも同じことが言える。
時間が過ぎ、今の圭はあの頃の裕子と同じ歳になっていた。

「……早く来ないと、ダブルスコアになっちゃうよ」

自嘲気味に呟きながら笑って、圭もエプロンを外す。

と、そのとき、店のドアが、ためらいながらも静かに開き、
来客を知らせるドアベルが小さく音を起てた。
161 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時42分49秒
「あ、すいません、もう閉店なん……」
振り向き、おずおずと入ってきた人物を目にして、圭の声が途切れる。

持っていた布巾がぱさりと床に落ち、その手で口を覆った。

「……えと…、こんばん、は」

聞き覚えのある、声だった。
困ったように、申し訳なさそうに、圭を見る、その瞳も。

「……あれから…、どれくらい、経ってるんですか?」

言いたいことはたくさんあったはずなのに、今はどれも声にならなかった。

会いたくて、でもいつ会えるか、その確証はどこにもなくて。

ただ、自分の願いにも似た想いを、信じて待つことしか、出来なくて。

脳裏に思い描くたび、少しも薄れることなく鮮やかに浮かび上がる、
幼くても優しい笑顔だけが、圭の心の拠り所だったから。
162 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時44分02秒
そんな気持ちに取り代わってか、圭の目からは堰を切ったように涙が溢れ出る。

「……あんまり変わったようには見えませんけど」

ゆっくりと、けれど一歩ずつ確かめるように力強く歩いて近付いてくる相手に、
圭のカラダは知らずに強張っていく。

「…すごく、待たせちゃいましたよね?」
「……っ、し…、ざわ…っ」

ぼやける視界を振り切るように、圭のほうから飛びついた。

「…遅く、なりました」
「……遅過ぎよ、バカ!」
163 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時44分56秒
圭を優しく包むのは、
頭ではなく、記憶とカラダで覚えているぬくもりと匂いだった。

7年間、ただひたすら待ち続けた、想い続けた、ひとみの。

抱きしめ、抱き返され、互いの肩に額を擦り寄せる。
また消えていなくなってしまわないように、
もしまた消えてしまっても、今度は一緒に行けるように、強く強く。

7年という歳月を経ていても、
圭の記憶とカラダがひとみの腕のあたたかさや強さを覚えていて、
ひとみへの想いが何ひとつ薄れていないことを痛感する。

信じて待ち続けたことは、間違いではなかったと。
164 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時45分53秒
そうして、ゆっくりと圭のほうから身を離し、
また少し困ったように自分を見下ろしているひとみを見た。

涙を拭い、はっきりとその目に映す。

「……助けてくれて、ありがと」

言われたひとみが大きく目を見開いた。

それは、その言葉は、ずっと言いたくて言えなかった言葉だ。
初めてひとみに会ったときに言えなかった言葉だ。

ひとみもそれに気付いたように、見開いた目を優しい色へと変える。
165 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時46分45秒
「それから……」

まだ何か? と言いたげに首を傾げたひとみに、
圭は少し笑って、そっと抱きついた。

「……お帰り」

果たしてそれが今の状況に対して正しい言葉だったかはともかく、
笑って言えて、圭は満足だった。

頭の上で、ひとみも小さく笑ったのが判る。

圭の背に腕をまわし、僅かだけれど力を強めて抱きしめた。

「…ただいま、圭ちゃん」

柔らかな声で、ひとみはそう答えた。
166 名前:Fly Over Me 投稿日:2002年03月02日(土)23時47分22秒
――― END ―――
167 名前:瑞希 投稿日:2002年03月02日(土)23時53分06秒
はい、2スレに渡っての連載(本編)は、以上で終わりとなります。

思っていた以上に長くなってしまったこのお話に、
今までお付き合いくださった読者の方々、ホントにありがとうございました。

書き終えた今、かなり自分自身としても満足しています。<また自画自賛かいっ(w

が、「やすよし」に関してはもう自分の中で「書ききった」感じがあるんで、
当分は書かないと思います。<何

というか、しばらく、こもります。<何処にだよ。
168 名前:瑞希 投稿日:2002年03月02日(土)23時57分05秒
次は…、恐らく読者の方々の大半が望んでいるであろう裕子さん救済編ですが、
今の時点でちょこっとしか進んでないので、お披露目はまだまだ先になりそうです。

今回の更新でいつもどおりにageますが、
倉庫に行ってしまわないうちに、救済編、仕上げたいと思います。

ではでは、それまで、ごきげんよう。
169 名前:115 投稿日:2002年03月03日(日)00時01分52秒
7年……。
圭ちゃん!よく頑張ったね!!!(涙)
吉澤!!よくぞ帰ってきた!!!(号泣)
祟るのは取りやめ…と言いたいとこだけど7年も圭ちゃんに寂しい思いを
させたから三代までにしといたろ!(なぜこんなにえらそうなんだ?)

…最後に再び出会えてよかったっす!!
一時は本当どうなることかと…。
まじ涙でそうになりました!
作者さんお疲れ様っす!!
170 名前:ROMラー 投稿日:2002年03月03日(日)00時22分06秒
すべて読ませていただきました。
大好きな「やすよし」で久しぶりに、胸が熱くなりました。
作者さん、どうもおつかれさまでした。
これからの作品も期待しておりますので、がんばってください。
171 名前:名無し殺生 投稿日:2002年03月03日(日)00時35分32秒
逮捕?なんの事やら。無実の人を捕まえるんなんて・・・ブツブツ
なんでしょう?この満足感。
素晴らしいものをありがとうございますです。
不器用なやっすーと真っ直ぐなよっすぃ〜の関係、
とても楽しませていただきやした。お腹いっぱいでございます。
次回作、逃亡しつつ待っております。
172 名前:名無し読者で 投稿日:2002年03月03日(日)01時42分06秒
それでも、ね〜さんが好きっす。
救いを待ちます。
何処でもこもってくれてそれでい〜っす。
いい時期にになったら・・・・・待ってます。
ね〜さんを幸せにしてくれっっっっ。
173 名前:333 投稿日:2002年03月03日(日)03時42分51秒
最終話読ませていただきました。
ともかく完結ご苦労様でした。
それから作者さんのお話ありがとうございました。
過ぎた日々はけして短くはなかったけれど、こうして二人は再会して、これからゆっくりと時間の過ぎるままに...ね。言うのも野暮ですから。w
やすよし、こもってしまうそうで。w
でも前のお話といい、ほんとに楽しませてもらったのでとりあえず、そうですね。気が向いた時にチラッと..wいやあ、しかし終わりましたなぁ〜。
次のお話も影ながら読ませていただきます。コソッと
ではでは333という名ももはやこれまで!
楽しみにしとりますぞ!シュタタタタ....
174 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月03日(日)05時32分18秒
本当に凄い作品をありがとうございました。
やすよしハッピーで良かったです!
後は・・・裕ちゃんの救済編・・・楽しみにお待ちしております(w
頑張ってください!!
175 名前:名無し愛読者 投稿日:2002年03月09日(土)02時48分29秒
完結ですか・・・途中どうなるかと・・・あたふたしちゃいました。
なかよし共に大好きなので・・・裕ちゃんが痛くなるのも・・・吉澤が痛くなるのも・・・つらかったです。(w
圭ちゃんリスペクトの作者さんにお願いするのは、いかがかと思いますが・・・
短編でもいいので(長編が本当は・・・)瑞希さんの書くなかよしが1回読んでみたいのですが、書いていただけないでしょうか?
やっぱムリですか?(w
裕ちゃん救済編楽しみにお待ちしております。
176 名前:クーリー 投稿日:2002年03月13日(水)03時34分57秒
前スレの途中くらいに発見してずっと読ませていただいてました。
ちょっと前からやすよしにはまっていたこともありますが、
それ以上にストーリーに引き込まれてしまいました。
で、今日また読み返して見たら、やすよしに嵌ったきっかけの作品(雪板の)と
同じ作者さんだということに今気づきました。
鈍い自分を再確認…(-_-)
瑞希さんの書くやすよし最高です。
177 名前:925 投稿日:2002年03月13日(水)10時09分21秒
今、改めて始めから読み返してみて、感動で鳥肌が立ちました。
この先しばらくは、「やすよし」は書かないとのことですが、瑞希さんの書く「やすよし」が大好きなので、
いつかまた書いて頂けることを願いつつ、次作品をお待ちしています。
178 名前:瑞希 投稿日:2002年03月15日(金)00時16分59秒
>169(115)さん
ありがとうございます。
祟るのは3代までにしといてもらえるそうで……(w
よしこ、よくぞ帰ってきた……(w

>170:ROMラーさん
ありがとうございます。
これからも読んでいただけるように、マイペースながらも頑張りまっす!

>171:名無し殺生さん
ありがとうございます。
逃亡しちゃうの? いや〜ん、帰ってきてね〜 <おい

>172さん
ありがとうございます。
救済編、ちゃんと考えてますんで、今しばらく、お待ちくださいm(_ _)m

>173:333さん
ありがとうございます。
ENDマーク後のふたりのことは、
読者の皆様のご想像におまかせしようと思ってますので……。
でも、また「333」で名乗って下さるとうれすぃ〜です。
179 名前:瑞希 投稿日:2002年03月15日(金)00時27分47秒
>174さん
ありがとうございます。
裕子さんの救済編、頑張りまっす!

>175:名無し愛読者さん
ありがとうございます。
でもあの「なかよし」っていうと、なか→よし ですか?
それとも、よし→なか でしょうか?(^^;)
雪板で、今、息抜きの短編やってるんで、
お約束は出来ませんが、そちらで善処してみたいと思います(^^;)

>176:クーリーさん
ありがとうございます。
雪板のワタシの「やすよし」も読んでいただいてたみたいで…。
気付かなかった、ということですが、
意外と知らないひと、多いかも知れません。(もう倉庫行っちゃったし…)

>177:925さん
ありがとうございます。
確かにしばらくこもる予定ですが(w
でもいつかまた(自分でもそんなに遠くないと思う…)
「やすよし」書くと思いますんで、そのときはどうぞよろしくです。
180 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月17日(水)01時42分07秒
そろそろ・・・裕ちゃん救済編を〜!!
181 名前:名無し 投稿日:2002年05月04日(土)19時13分52秒
裕ちゃんに救いの手を・・・。
182 名前:瑞希 投稿日:2002年05月07日(火)02時01分10秒
>180さん
>181さん

すっ、すいません、すいません(滝汗)
183 名前:瑞希 投稿日:2002年05月07日(火)02時02分55秒
大変お待たせいたしました。
ようやく、続き(というかなんというか)のメドがたちました。

でも、はじめにあやまっておきます。
今回は裕子さん救済編(つまり「やぐちゅー」)ではありません。

というか、本編での裕子さんの態度の伏線(というと大げさですが)を、
消化させておきたいんです。

もともと考えていた設定で、
これを書きつつ、救済編、とするつもりだったんですが、
あまりに矢口さんとの絡みがなさすぎるんで、
独立したお話として、先に仕上げました。

ヒンシュクは覚悟のうえですし、
ある意味、作者の自己満足的な作品でしかありません。
ので、ageません。
ってか、ageられません(T_T)

でも、このあと、裕子さんをちゃんと救いたいと思ってますので、
救済編のほうは、もうしばらくお待ち下さい。


では、駄作ですが、おヒマ潰しに、どうぞ。
184 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時04分06秒
これは夢だ。
いつも見ている、ただの、夢だ。

185 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時04分37秒
頭の奥に言い聞かせるような自分の声で、裕子はベッドから飛び起きた。

そして、自分の傍らで安らかな寝息を起てて眠っている恋人、
圭の寝顔を見て深く安堵の息を吐き出す。

季節がもう秋になろうとしている夜明け前、
カラダを起こした裕子の額には汗が浮かんでいる。

いや、額だけでなく、
薄手のTシャツの胸元もうっすらと汗が染みて色が変わっていた。
186 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時05分21秒
裕子はそっとベッドから抜け出し、
自室の部屋に戻って汗の染みたシャツを脱ぎ捨てた。

けれど脳裏にはまだ、わざわざ思い浮かべようとしなくても、
不愉快なくらいはっきりと、見た夢の光景が残っていた。

「……夢や」

強く強く、言い聞かせるように呟いて、裕子は目を伏せた。


―――ただの夢じゃないという、頭の片隅での訴えを無視して。
187 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時06分02秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
188 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時06分38秒
裕子が見た夢は、そのほとんどが正夢となる。

それは、普通、
現実に自身の身の上に起きたときに、
『ああ、夢でも見た』、と気付くようなものではなく、
その出来事が起こる事前に知っている、という、いわゆる予知夢だ。

けれど、その予知夢は、
あまり裕子にはいい体験をさせたことがない。

というのも、たとえ覚えている夢を見ても、
それが実際にはいつ起こるか、
それともただの夢なのかどうか、その予測がまったくつかなかったからだ。
189 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時07分17秒
たとえば学生時代、
授業で不意打ちの小テストが行われる夢を見たとする。

けれど、必ずしも同じ授業で同じ内容のテストが行われるとは限らないのだ。

自分には予知夢を見る能力があるのだと気付いたとき、
さすがに驚いたけれども、最初はあまりアテにはしなかった。

見た夢、覚えている夢すべてが現実に起こるワケではなかったし、
何より、それらはどれも、あまりいい夢ではなかったから。

高校受験に失敗する夢だったり、
父親が他界する夢だったり、
恋人が、自らの夢を叶えるために裕子を残して旅立つ夢だったり……。

そしてそれらはすべて、回避することは出来なかったから。
190 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時08分51秒
けれど、ここ数年はその能力が消えたかのように予知夢を見なくなり、
裕子自身もほとんど忘れかけていた。

予知夢と、ただの夢との境界線を……。
191 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時09分54秒
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
192 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時10分28秒
裕子の胸の内で、裕子自身も意識しないまま芽吹き始めた不安の種。

その種に水を撒いた本人が、今、裕子の目の前にいた。

恐らく、裕子だけしか気付かない彼女の視線の行方に、
軽く唇を噛みながら声を掛けるタイミングを見計らう。

けれど、それを計る前に彼女は裕子のすぐ目の前の椅子に座った。

「何か飲むか?」

これ以上、自分の不安を大きくさせないように、
まるで挑むような思いで裕子は告げた。

勿論、相手には気付かれないように、細心の注意を払って。
193 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時11分04秒
彼女が指定したミルクティーを用意しながら、
全神経を彼女に向ける。

いや、正確には、彼女と圭との会話に。

誰が聞いても何でもないような会話なのに、
裕子がそう感じられないのは、夢のせいだった。

昨夜見た夢。

目の前にいるこのふたりの、夢を、見てしまったからだ。
194 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時11分40秒
現実には起こり得ないかも知れない夢。

けれど、必ず起こるかも知れない夢。

覚えていたハズの予知夢との境界線を忘れかけているせいで、
どちらかであるとは言い切れない不安。

「どーぞ」

注文のミルクティーを差し出しながらも、
脳裏を掠める不安という名の予感が裕子から余裕を奪う。

客向けの笑顔で告げたつもりでも、
うまく笑えている自信は皆無だった。


―――そのとき、もし店の電話が鳴らなければ、
恐らく彼女の首に手をかけていたとさえ思えるほど。
195 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時12分24秒
「はい、もしもし」

深呼吸して受話器に告げると、
聞き慣れた声が裕子の耳の奥に響いてきた。

「裕ちゃん?」

好意的な声、というのは、聞けばすぐに判る。
今、裕子の耳に響いてきた声は、明らかにそんな声色だった。

「あ、うん、どしたん?」

電話の相手は矢口真里。
店の店員のひとりだ。

そして、彼女から裕子自身に向けられている『好意』が、
裕子が圭に対して持っているものと、恐らく同じ感情のものを持つ少女。

勿論、本人に確認したワケではないけれど。
196 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時13分01秒
「…あのさ、実は今朝、家の階段踏み外して、足、捻挫しちゃったの」
「えっ、大丈夫なんか?」
「うん…、たいしたことはないんだけど、
でも、悪いんだけど、しばらくバイトには行けそうにないんだ」
「うん、ええよ。こっちは大丈夫やし、気にせんと」

「ごめんね、明日から連休だっていうのに…、
でも、親からも安静にしてろって怒られちゃってさ、
あんまり心配かけんのも悪いし」
「うん、判った」
「でも、治ったらまた行くからね、絶対」

「うん。ほな、また何かあったら電話しといで」
「…ほんと、ごめんね」

申し訳なさそうな真里の声を聞き届けてから、
裕子はゆっくりと受話器を置いた。
197 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時13分39秒
裕子の様子に、圭達は揃って不安そうな顔をしたけれど、
真里の怪我がさほどひどくないことを告げると、
真希や梨華は、いくらかホッとしたように胸を撫で下ろした。

けれど、
明日からの事態を思って素直に安心出来ない裕子の心情に気付いたのか、
圭が眉をひそめたのが裕子の視界の端に映る。

明日からの3連休、
梨華と真希は二泊三日の旅行に、
裕子は友人の結婚式と、久々の帰省を予定していたのである。
198 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時14分25秒
真里は予定をいれてなかったし、
ふたりいれば店も営業できる、と、裕子も少しは安心していたのだが、
肝心の真里が捻挫して家を出られないとなっては、どうしようもない。

圭はひとりでも大丈夫だと言うけれど、
一日だけならともかく、3日間もひとりきりでの営業は、
さすがにキツイと裕子も思った。

結婚式に参列出来ないのは心苦しい気もしたけれど、
帰省はいつだって出来るから、と自らの予定をとりやめようとしたとき、

「あたしでよかったら、手伝いましょうか?」

裕子の不安の種でもある『彼女』が、軽く手を挙げて申し出た。

途端、また裕子自身にたとえようのない不安の波が押し寄せてくる。
199 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時14分58秒

ダメだ。
ダメだ。

ふたりきりになんて、させられない。

―――なのに。
200 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時16分19秒
ひとりでも平気だと言った圭が、
明らかにホッとしたように『彼女』に救いの目を向けたのを見て、
裕子は何も言えなくなってしまう。

自分のこの不安を、根拠のないこの不安を、
圭に話せるワケがない。

「何が気に入らないの?」
ああ、圭の目には、そんなふうに見えるのか。

裕ちゃんがイヤなら、ひとりででも頑張るよ?

訴えるように、けれど心配そうに裕子を覗き込んでくる大きな瞳。

裕子は、圭のその真っ直ぐな一面に弱い。
愛しくて、たまらない。
201 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時17分05秒
「…圭坊がええんやったらええわ」

告げてから、裕子は『彼女』、吉澤ひとみに振り向いた。

やはり彼女も裕子の態度には困惑していたようで、
不意に向けられた意識に僅かな戸惑いを見せたけれど、
そこはオトナの余裕を見せなくてはいけない。

たとえ、それが『狡さ』という、不安の隠れ蓑であっても。


それでも、一度生まれた強い不安は消し去れず、
コドモじみた独占欲に負けて、
少し背の高いひとみだけが気付くように、
本人は気付くことのないその首筋に、跡を残すような真似をしてしまったけれど。
202 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時17分55秒



―――やらない。

誰にも譲らない、渡さない。

あの笑顔も、
拗ねたように尖らせた可愛い唇も、
不安そうに歪められた眉も、
きらきらと輝く、無邪気な瞳も。

圭のすべては、裕子自身が欲してやまなかったもの。
誰にも渡したくないと、初めて思えた人間だった。

「やらんで」

そんな言葉を口にした時点で、もう、負けていたのかも知れない。

「保田さんはモノじゃないですよ」

微笑む口元が、裕子の心に根付く不安の芽を育たせる。
203 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時18分36秒
間違いじゃない。
思い違いじゃない。

圭に向けているひとみの目の強さは、自分と同じ感情だ。

―――圭を、欲している。

圭の腰を抱く裕子の腕に不必要に力が入る。

気付かれてもいい。
いっそ気付いて欲しい。

自分のこの、言えない根拠の不安に。
204 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時19分24秒
けれど、裕子の願いにも似た思いは、
真希と梨華の帰宅によって叶わぬものとなる。


不意に切れた緊張の糸に、
圭には気付かれないようにしながら裕子は溜め息をついた。

視界の端に映るひとみからは、まだ緊張がうかがえる。

見ないようにした。
目を合わせないようにした。
オトナの余裕と狡さで、
ひとみより優位にいることを見せつけた。

たとえそれが、ただの虚勢なのだと、自覚していても。
205 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時20分02秒



不安の芽は、
日を追うごとに見事なまでに成長していく。

けれど時にそれは、違う不安と疑問とを育たせた。

圭のひとみに対する態度が、あからさまに変わったのだ。

誰が見ても判るくらいに避けている。
話し掛けようとするひとみがいじらしくさえ思えるほど、
視線すら合わせない。
206 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時20分45秒
最初にそれに気付いたとき、
裕子は自分の嫉妬に圭が気付いたのかと考えた。

裕子の不安に気付いたのなら、
恋人であることを自負している圭は、それもやりかねない。

けれど、そうじゃないことはすぐに判った。

圭が、圭自身が、
ひとみに対して嫌悪感を抱いているのが目に見えて感じられたのだ。
207 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時21分26秒
そしてそれは、裕子にとっては、
夢に見たままずっと根付いてた不安を消し去れる安心でもあった。

あれはただの夢だったと、
予知夢などではなく、現実には起こらない、
誰もが見るような夢だったと。

だから期待した。
期待して、絶対の安心を得ようとした。


―――そして、浮上しはじめた願いは、あっさりと地上に叩きつけられる。
208 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時22分02秒
圭と気持ちを通わせるようになってから、
…いや、圭と知り合ってから初めてだった。

自分自身でも抑えきれない感情をぶつけたのは。
生まれた感情のままを言葉にして、それを彼女に投げつけたのは。
209 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時22分36秒

裕子の怒鳴り声に肩を揺らせた圭を目にして、裕子は我に返った。

一気に熱が引いていく。

怯えたように自分を見つめる圭を見つめ返すことさえ困難だった。

アタマを冷やすと言って、逃げるように家を出た。
行き先なんて、何も考えなかった。

けれど裕子の足は、自然と、ふたりにとって想い出の場所へと向かっていた。
210 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時23分11秒
人気のなくなった夜半の小学校。

校舎から漏れる僅かばかりの非常灯と月明かりの中、
裕子はゆっくりと門をくぐって、校庭の隅にある平均台に腰を降ろした。

1年前のクリスマスを目前にした夜、
眠れない、と言って起き出してきた圭を気分転換の散歩に誘い、
そしてここで、この場所で、裕子は圭に告げたのだ。

『ずっと、圭坊にそばにおってほしい』
『……好き、なんや』

脳裏に浮かぶのは、ひどく驚いて目を見開いた彼女。
一瞬で頬を染めて俯いた年下の恋人。
211 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時23分46秒

あの頃と自分の気持ちは何ひとつ変わらないのに、
どうして、変えようという意識の人間が現れるのだろう。

変わりたくないのに。
変わって欲しくないのに。
212 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時24分18秒
「裕ちゃん!」

思い浮かべていた人物の声を背後に聞き、
弾かれたように振り向いたそこに、圭を見つけた。

立ち上がった裕子に駆け寄ってきた圭がそのまま抱きつく。

勢いづいて少しよろめいたけれど、
自分を探しに来てくれたのだと判るから、素直に抱き返した。

けれど、抱きしめた圭の肩越しにひとみを見て、
裕子のカラダが強張る。

一緒だったのか。
自分のいない少しの時間も、一緒に過ごしていたのか。
213 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時25分21秒
「保田さんが好きなのは、中澤さんだけですよ」

醜い嫉妬が渦巻く裕子の視線をまっすぐ受け止め、
ひとみは柔らかい口調で告げた。

ひと回りも年下の少女に、『宥められた』、と気付いたのはその直後。

「お邪魔ムシは退散します」

……果たして、どちらが『邪魔』だったのか。

そんなことさえ考えてしまった自分に嫌悪感を抱く。

振り切るように圭を抱きしめ、唇を塞いだ。

不安を、
嫉妬を、
覆い隠すように……。
214 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時26分01秒



裕子が持つひとみへのコドモじみた敵対心は、
日を重ねるごとに増幅していく。

圭のひとみに対する態度が以前に比べて緩和されたのも、
その要因のひとつと言えた。
215 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時26分35秒
父親を亡くしたばかりのひとみのことは可哀相だと思う。
幼い頃に自分も父親を亡くしているから、
その気持ちは、一度に両親を亡くした圭と同じくらいに判るつもりだった。

けれど、だからと言って、
自分から圭を奪っていくかもしれない人間に、
今更、心の底から好意的にはなれない。

恐らく、圭ももうそのことに気付き始めている。

けれどまだ、圭自身が気付いていないことがある。

少しずつ、少しずつ、ひとみへと意識が向き始めている、ということに。
そしてそれを、自覚していない、ということに。
216 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時27分33秒
いつか、自分の元を去ってしまうかも知れないひと。
出来ることなら手放したくない大事なひと。

そのひとを繋ぎとめる言葉を、方法を、裕子は知っている。

相手より多く生きたおかげで得た、狡猾な手段。

「…ひとりに、せんとって」

圭が、決して自分を見捨てられない、言葉。
『弱さ』という名の、見えない鎖。

たとえうわべだけの感情でも。
今だけの、口約束でも。

「…ひとりになんか、しないから」

今の圭にとって、精一杯の真心が込められた言葉。

それが、いつか、叶わぬ願いに、なったとしても。
今は…、せめて今だけは……。
217 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時28分10秒



そして、裕子は、思い出す。
自らの行動で。
自らの…、過ちで。

予知夢と、ただの夢との境界線を。
218 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時28分47秒
その夢を見てからもう随分月日が過ぎていたせいで、
具体的なことは記憶から薄れていた。

だから、気付かなかった。

あの日見た夢の『色』を。

ひとみではなく、圭の、『色』を。
219 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時29分25秒

いつものメンバーで恒例となった初詣。
今年は、ひとみもいた。

裕子の胸では少なからず不安が渦巻いていたけれど、
ひとみが向ける笑顔は、不思議とどこか安らぎを与えるので、
無下に出来ない自分にも気付かされる。

きっと、こんな一面にも圭は惹かれたのだろう、と、
納得してる自分もいたりして、
そう思う自分と、譲れない自分との間で、
裕子は戸惑ってばかりいた。
220 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時30分04秒
初詣を終えて帰宅して、
人波に酔った裕子が就寝しようと部屋の電気を消したとき、
隣の圭の部屋から、人が出て行く気配がした。

ざわっ、と、イヤな感覚が裕子の背筋を滑り落ちる。

そうっと、ドアを開けて部屋の中を覗くと、
あるはずの圭の姿はそこにはなかった。

打ち消せない不安にかられたまますぐに窓際に駆け寄って外を見ると、
街灯に照らされた歩道を、圭が走っていくのが見えた。

こんな時間にどこへ……、と思うより早く、
裕子もコートを引っ掴んで家を出て圭を追いかけていた。
221 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時30分36秒
行き先なんて見当もつかない。

けれど、ひとみに会いに行ったのだと、
アタマのどこかで予感もしていた。

そして、その予感は的中する。

裕子が見た夢、そのままに。
222 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時31分39秒
ふたりは、公園のベンチにいた。

距離があって声までは聞き取れないけれど、
楽しげな雰囲気は微塵もなかった。

不意に、圭がゆっくりと、凭れかかるようにひとみに額を押し付けた。

どくんっ、と裕子の心臓が大きく跳ねる。
高鳴る心音が、息苦しさを増していく。

―――知っている。
この光景の続きを、知っている。
223 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時32分17秒
今度はひとみが、圭を、強く抱きしめたのが目に映る。

………ああ、夢の通りだ。

そして圭は、ゆっくりと、抵抗などしないで、ひとみの背に腕をまわすのだ。

裕子の脳裏にあった記憶が、鮮明に目の前で再現される。

そして、思い出す。
忘れていた、境界線。

裕子の視界に痛いくらいに鮮やかに入ってくる、
圭の、赤い、スニーカー。

『色』のある、世界………。
224 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時32分55秒
続きは知らない。
知りたくもない。

裕子は全速力で家に戻り、ベッドの中に戻りこんだ。

声を殺して泣いた。
圭はまだ帰ってないのに、
それでも、ひとりで、黙って、ただ、泣き続けた。

夢であって欲しかったのに、やはり夢ではなかった。

忘れていた自分が悪い。
『色』のある夢が、現実世界にも起こる予知夢であったと。

そして結局、回避など出来ないということを。
225 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時33分52秒



たとえもう、圭の気持ちが自分よりひとみに向けられていても、
裕子の圭への想いの強さは変わらない。

けれど、一途な圭には、
知りながら愛し続けるのは、重荷になる。

ならば、ラクにしてあげよう。
何の迷いもなく、想うひとの胸へと飛び込めるように。
226 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時34分41秒
「……話があるんだけど」

少し青ざめた顔付きで裕子の服の袖を引っ張った圭に、
裕子はいつも通りの笑顔で振り向く。

自分の決意を気付かれないために。

優しくて一途な圭を、
同情なんかで振り返らせないために。

「うん、ええよ。でもあとでな。
悪いねんけど、先にココに書いてあるやつの買い出し、頼めるか?」

渋々ながらも頷き、財布を受け取った圭が店を出て行く。
227 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時35分27秒
それを確かめてから、
ゆっくりと、裕子は自分の隣で皿を磨いていた真里に振り向いた。

「……あんな、矢口」

神妙な声色に、真里も少し戸惑いながら振り向いた。

「アンタにしか頼めん、お願いがあんねん」

悪者は自分だけでいい。

圭が辛くないなら。
圭が幸せになるのなら。

たとえ、それで、他の誰かを傷つけることになっても―――。
228 名前:月夜の孤独 投稿日:2002年05月07日(火)02時35分58秒
――― END ―――
229 名前:瑞希 投稿日:2002年05月07日(火)02時38分50秒
はい、以上で、終了でございます。

はあ……、何か、つっかえ棒がとれた感じ……(爆)

でも、大ヒンシュクなんだろうなあ……、てか、沈んでる今、見てるひと、いるんかな(^^;)
230 名前:瑞希 投稿日:2002年05月07日(火)02時40分22秒
さてさて、いつになるかは予告できませんが、
今度こそ、裕子さん救済編でお会いいたしましょう。

では!<逃走
231 名前:よしぼう。 投稿日:2002年05月07日(火)23時43分29秒
救済編かと思えば…裕子さんどん底に突き落とされてますね…。
でも、本編では ちょっと解りにくかったトコロが補完されていて
良いです。………今度こそ!の救済編、 楽しみにしています。
232 名前:名無し殺生 投稿日:2002年05月08日(水)20時58分06秒
誰よりもやっすーの幸せを願っていた姐さんの気持ちが
よりわかってよかったです。
作者さんの作品は読むと胸が切なくなりますなぁ。
それぞれが相手の事を考えてしまう、不器用な人達にとても惹かれました。
姐さん救済編楽しみにしてます。
233 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月09日(木)14時08分59秒
姐さん……切ないっすね〜。
作者さんの書くやすよし好きです〜。
でも密かにUKもハマってしまったのであります。
裕ちゃん救済編のあとでもいいので、UKの甘甘Ver書いてもらえませんでしょうか。
ホントにゆっくりでもいいんで期待して待ってます。
234 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月10日(金)00時18分09秒
姐さんさらに(苦笑
予知夢ね〜。たまに自分もあるな(w
救済編楽しみに待ってます。
235 名前:181 投稿日:2002年05月10日(金)23時54分22秒
裕ちゃんの想いと、その気遣い、泣けました・・・。
一途な裕ちゃんが救われることを祈りつつ、待ってます〜。
マターリと。
236 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月04日(火)15時38分48秒
よしやすちゅー?
よかったっす(w
裕子救済措置楽しみにまってまーす。
237 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)03時00分24秒
まだかなまだかな?(w
238 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月30日(日)13時04分54秒
裕ちゃんなかなか救済されませんね。いい子なのに(w

やるんなら矢口視点がいいなあ。
239 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月12日(金)03時38分27秒
もうそろそろいいんじゃない?
240 名前:瑞希 投稿日:2002年07月13日(土)01時47分20秒
えーと、ageられてしまいました(w

正直、このまま倉庫行きになっても仕方ないかと思ってたんですが <ヲイ

期待されてるんだってことが、
遅筆な自分の発奮材料になったってのが、本音です。

とはいえ、ここまでお待たせしておいて(実質3ヶ月…)、
実はまだまだ見切り発進です。

本編ほど長くはならないと思いますが、更新もすこぶる遅いと思われます。
(週イチ更新を目指しますが……)

それでもよければ、また、お付き合い、お願いします。


では、ホンットーに、長らくお待たせしていた裕子さん救済編、
『恋じゃなくなる日。』、スタートです。
241 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時48分46秒


これが、ただの甘えでしかないと、とうに気付いているくせに。


242 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時49分50秒
恋人のフリをしてくれと頼んだ。

矢口が、あたしを好きやと知りながら。
あたしが、矢口を好きではないと知りながら。

小さくて、くるくる表情を変えていく矢口は子犬のようで、
あたしには可愛い存在でしかなかった。

圭坊が幼馴染みの真希を気にかけていたのと、大差はなかったと思う。

確かに、自分でもヒドイ仕打ちやと判る頼みを告げた、その瞬間は。
243 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時50分29秒
圭坊が走り去る後ろ姿に、もう戻れないことを思い知る。

自分で背中を押し出しておいて、もう既に後悔していて。

そしてそんなあたしを、矢口が心配そうに覗き込む。

「……ゴメンな」
「裕ちゃん……」

矢口の声が、切なそうに、あたしの耳に届く。

傷つけてるのは、判ってる。
けど、他に方法なんて、見つけられへん。

あたしにとって大事なんは、圭坊に重荷を背負わせへんことなんや。
244 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時51分48秒
「ゴメンな、アンタにも、イヤな思いさせる…」
「あやまんなくていい」

あたしの言葉に、小さなカラダ全身で、それを認めないと言いたげに。

「裕ちゃん」

さっきとは違う、少し強めの、声。

目線を落としたまま、矢口を見ることすらためらわれるあたしの頭に、
あたたかい手が、のびてきた。

「矢口は、判ってるから」

撫でる手は、優しかった。

「裕ちゃんだけを、悪者になんて、しないよ」

声までも優しくて、堪えていた糸が、切れた。
245 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時53分12秒
「……っ、ゴメン、矢口……っ」

膝から崩れ落ちたあたしを、矢口の小さなカラダが支える。

「ゴメン…」
「あやまんなくて、いいよ」

―――どうか、神様。
報いの罰は、あたしだけが、受けますように。

「それでも矢口は、裕ちゃんのこと、好きだから」

この小さな小さな優しい子が、他の何にも、汚されたり、しませんように………。
246 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時54分02秒
◇ ◇ ◇
247 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時54分36秒
どんな目にあっても、
報われへんことを知ってても、
結局あたしが、あたしのほうが、圭坊に捕らわれてる。

矢口は、それを知りながら、あたしの頼みを聞いてくれた。

泣かすより、ひどい仕打ちやん。

それでも、言うてくれるん?

あたしを好きって。

アンタを利用したこんなあたしやのに、
それでも、好きでいてくれるん?
248 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時55分07秒
◇ ◇ ◇
249 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時56分02秒
吉澤が消えた。

あたしから圭坊を奪っていった人間が、
突然、何の前触れもなく、消えよった。

なあ、神様?
こんなひどい仕打ち、あんまりやんか。

圭坊が何した?
あたしが何した?
矢口が何をしたって言うんや。

アンタの機嫌を損ねるような、何をやらかしたって言うんや、あたしらは。
250 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時56分35秒
平気やって言いながら笑う圭坊は、
あたしだけやなくて、
矢口や真希、石川にまで、胸を痛くさせるような笑顔で笑いよる。

無理してんのなんか、バレバレやのに、
でもあたしは、それを慰める腕をもう圭坊に伸ばされへん。

―――圭坊が、全身でそれを拒んだから。

「でも、裕ちゃんが圭ちゃんのそばにいてあげなきゃダメだよ」

決めてた引っ越しもキャンセルして、
結局、また、一緒に暮らしてる。

お互い、ツライまんまやのに。

せやのに、お互い、ひとりになるんが、怖いんよな。
251 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時57分12秒
「今は、裕ちゃんが圭ちゃんの支えだよ」

矢口の声がアタマで響いてる。

アンタかて、ホンマはツライんやろ。
それでも、こんなときでも、アンタはあたしを守ろうとするん?

こんなあたし、やめといたらええのに。

部屋でひとりきりで過ごす圭坊に、
出来る限りの誠意で近付いて、肩を抱く。

この感情は、なんやろう。

愛情?
憐憫?

それとも、ただの、自己満足なんかな。
252 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時57分42秒
「……圭坊」

呼ぶだけやのに、不自然に緊張してまう。

伝わらんでもいい感情まで伝わりそうで、
けど、お互いがお互いとも、淋しい気持ちは一緒で。

「……ゴメン、ゴメンね。
今のあたし、裕ちゃんに甘えられる立場じゃないのに」
「そんなん気にせんでええ。吉澤も、きっとすぐ、見つかるよ」

ぴくりと揺らいだ圭坊の肩が、
あたしの言葉に期待してないことを伝えてくる。

何も言おうとせえへん圭坊から、
吉澤が戻らへんことは、何となく、予測がついた。

たとえその理由が圭坊には納得できたことでも、
あたしは、吉澤を許さんことに決めた。
253 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時58分12秒
◇ ◇ ◇
254 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時58分43秒

吉澤の失踪から半年。
季節は、夏になってた。

失踪直後の迷惑な取材も、今はもうほとんどない。

吉澤が現れる前の、
ありふれた、平穏で、静かな毎日。

ただ、前と違うのは、圭坊の笑顔から、
以前のような、屈託のなさが消えたこと。
255 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)01時59分30秒
あたしと矢口との関係は、何の進展もない。

表面上は、真希や石川の手前、付き合うてることになってるし、
正直言うたら、キスぐらいやったら、なんぼでも出来る。
(圭坊の背中を押した『あの日』以来、してへんけど)

けど、矢口のほうが、あたしに『友人』以上の付き合いを求めてけえへん。
256 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月13日(土)02時00分53秒
可愛いとは思う。
守ってやりたいとも、心底思う。

けど、これだけの感情で、矢口の気持ちに応えることは出来へん。

圭坊も笑うようになった。
矢口かて、笑いよる。

それなら、もう、このままでいい。
曖昧で、でも、お互いは絶対に必要で。

言葉にしてしまうことも出来へん、
割り切れへん感情のままでいいなら、
ずっとこのままやっていけたら、他はもう、どうでもいい。

―――そう、思てた。
257 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月13日(土)03時52分08秒
あぁぁぁぁぁ〜!
こ・・・こ・・更新だ〜。
ついに裕子救済が始まった(w
ゼ・ゼヒ本編ぐらいの長さで(w
こんだけ待ったので・・・マタ−リでぜんぜん構わないので、そのぶん・・・。
とにかくヤッター!!!って感じです。(w
258 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)12時30分57秒
とにかく待ってました。(w

259 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)16時17分52秒
皆、せつない。。。
冒頭から・・・引っ張り込まれました。
260 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月14日(日)23時57分29秒
続きがすごく楽しみですっっ♪
261 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月16日(火)11時03分21秒
すいません・・・更新が待てず・・・上げてしまったものです。m(._.)m
でも更新さてれ超幸せです〜♪
ゆっくりでもいいので待ってます。
262 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月16日(火)14時00分30秒
待ってました〜〜〜(感涙)
作者さんのペースでマターリと進めてください〜〜〜!!
263 名前:瑞希 投稿日:2002年07月22日(月)00時06分52秒
>>257さん
>本編ぐらいの長さで…
い、いや、そんなに長くは、ならない…はず…モゴモゴ

>>258さん
お待たせしましたm(_ _)m

>>259さん
えーと(^^;)どうも、作者的に、こういう風になってしまうんですよね〜。
痛くて切ない系のほうが、書きやすくて……。

>>260さん
…うう、楽しみにされるような内容だといいんですが……。

>>261さん
ageちゃったことはお気になさらずに(^−^)
自分としても、待たせてる限界だと思ってはいたので。

>>262さん
ああ…、でもきっと、まだまだ待たせるかと思われ……<何



読者のみなさん、本当に優しくて心の広いひとばかりだ…(°Å)
マターリになるとは思いますが、頑張ります!


では、続きです。
264 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時08分09秒
◇ ◇ ◇
265 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時09分19秒
「ごめんっ、明日行けなくなった!」

店に入ってくるなり矢口が叫ぶ。

ちっさいカラダ全身で、申し訳なさそうな雰囲気で、
あたしの前まで来て両手を合わせる。

「どしたん? 急用?」
「う…ん」

少し言葉を濁す矢口。

「…ちょっと、ハズせない用事があったこと、忘れてて」
「そうかあ」
「ごめん。せっかく誘ってくれたのに」

すまなさそうに頭と目線を下げた矢口の頭を撫でる。
266 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時10分07秒
「ええよ、気にせんと」
「でも、前売り券とか買ったんだよね?」

雑誌でその予告ページを見たときから観たい映画があった。

でもその内容が、主人公が冒頭で恋人に去られると聞いて、
圭坊は誘えへんって無意識に考えて。

すぐに矢口の顔が浮かんで、誘ったやんけど……。

「気にせんでええよ。誰か別の子にも聞いてみるわ」

そう答えたとき、
あたしを見上げた矢口の顔が切なそうに歪んだ。

確かに、そう映った。
267 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時10分41秒
「…矢口?」

けど、あたしと目が合った矢口は、すぐに何でもないって顔して笑った。

「…うん。でも、お金はあたしが払うからさ」

ぺし、と、矢口の頭を撫でてたあたしの手を軽く叩く。

「ええって、そんなん。急用やったらしゃあないし」
「そ? なら、甘える〜」

にかっ、という擬音が聞こえそうに笑った矢口の頭をもう一度撫でる。

「そのぶん、バイト代から引いとくわ」
「ええっ」
「あははっ、うそうそ、そんなんせえへんよ」

笑いながら言うたせいか、
まだちょっと疑惑混じりの目線で見上げてくる。
268 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時11分15秒
でも、その目が不意に少し揺らいで、ドキッと胸が鳴った。

……なんで、そんな切なそうな顔になるん?

「……また、誘ってくれる?」
「え?」
「また…、デート、して、くれる?」

……あたし、やっぱりひどい人間やなあ。

「ええよ」

そんな言葉、簡単に出るんやもん。
矢口が、どんな気持ちでそう聞いたか知ってて。

「じゃあ今度は矢口のオゴリで」
「ええっ」

同じ返事が返ってきて、あたしも矢口も、ちょっと顔を見合わせてから笑った。
269 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時11分51秒
ずるいなあ。
あたし、ホンマにずるい人間や。

あたしが圭坊を放っとくこと出来んからって、
引っ越さんとそのまま一緒に暮らしてても、
それを、矢口も望んでたってことを知って、
ちょっとホッとしたりもして。

…?
何にホッとしてるんや?

矢口が怒らんかったこと?

なんでや、矢口が怒る理由なんてないやん。
矢口は、あたしが圭坊を好きなこと知ってるんやし。
270 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時13分44秒
……なんやろ。
なんか、胸の奥んとこ、変な感じする。

最近、なんでか矢口のこと考えたら、そんなふうになる。

なんかヘンやなあ。

そう思ても、次の瞬間にはもう別のこと考えてたりしたから、
自分でも、あんまり気にせんかった。

―――認めるんが怖かったってのが、たぶん、本音。
271 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時14分37秒
◇ ◇ ◇
272 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時15分32秒
「ほな、行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」

圭坊に送り出されて、車に乗り込む。

矢口とのデートは流れてしもたけど、
あの子と行くつもりの映画やったからか、
なんでか他の友達は誘う気にもなれんくて、
でも映画はどうしても観たくて、結局ひとりで行くことにした。

今日は店番の圭坊は、
ちょっと申し訳なさそうにあたしを見送ったけど、

「帰りに買い物もしてくるわ」

って笑いながら答えて、アクセルを踏み込んだ。
273 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時16分25秒



夏休みのせいか、
周りは高校生ぐらいのカップルだらけ。

ひとりで映画観に来るなんて、ちょっと無謀やったかも。

なんて思いながらも、
ひとりやったおかげで席は難なく確保出来た。

映画自体の感想は、ちょっと、控えとくっちゅーことで。
274 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時17分20秒
観終えて外に出たら、
まっすぐ帰るにはまだちょっと早い時間。

買い物はいつもの店で、と思たら、
向かう足はやっぱりショッピングでしょ。

来年は大台に乗ってまうけど、
まだまだ身なりには気を遣いたい年頃やしね。

なんて、他人に頭の中を覗き見されたら
ちょっと恥ずかしいようなことを考えながら歩いてたあたしの目に、
見慣れた金髪が映った。

「あ?」

でもその金髪、すぐに人の影に隠れてしもて。
275 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月22日(月)00時19分37秒
「ん?」

見間違いかと思って、方向転換しようと思たら、また見えた。

「矢口?」

ひとりやのに、思わず名前を口走ってて、
周囲の目が向いて、慌てて口を手で覆い隠す。

知らん顔しながら、見えた矢口の姿を追いかける。

偶然やなあ。
こんなとこで会うなんて。

ちょっと、うしろから寄ってってビックリさせたろ。

悪戯心が膨らんだそのときのあたしは、
なんで今日、ひとりで映画を観なアカンかったか、忘れてた。
276 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月22日(月)21時53分21秒
矢口はなにしてたんだろう・・・気になる(w
姐さんの気持ちが徐々に・・・
やっぱり瑞希さんの作品はすばらしい!!!
277 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月23日(火)09時41分25秒
やぐちゅーキタ!!
救済♪〜救済♪〜
裕子を救ってください!!(w
278 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)00時41分51秒
姐さんを幸せに(w
矢口も幸せだったらいいなー。
279 名前:瑞希 投稿日:2002年07月27日(土)22時57分49秒
>>276さん
>矢口はなにしてたんだろう・・・
ねぇ、何してるんでしょうねえ? < ヒトゴトのように言うな(w

>>277さん
でも、現時点では裕子さん、ぜーんぜん、救われてませんねえ。
ホントに『救済編』なんですかねえ……(w
いや、これでも『救済編』なんです、ハイ。

>>278さん
矢口さんも救われるといいなあ。< だからなんでヒトゴトみたいに言うんだ(w


では、続きです。
280 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時00分05秒
振り向いたりせえへん限り、
絶対見つからへん距離を保って尾行しながら、
矢口がひとりじゃないことに気付く。

矢口と連れ立って歩いてるのは、
ちっこい矢口よりはちょっとだけおっきい、
でもやっぱりちっちゃいって表現がピッタリの、色白な女の子。

会話までは聞こえへんけど、
ずいぶん楽しそうに笑いながら歩いてる。
281 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時00分43秒
よう考えたら、あたし、矢口が高校生のときから知ってるけど、
こんなふうに友達と連れ立って歩いてる後ろ姿を見るの、初めてや。

なんか、ちょっと新しい発見したようで楽しい感じもしたのに、
知らんかったってことが、なんでか複雑にもなったりして。

そう思てる自分に戸惑いながらも、
一定の距離を保ったままついて歩く。

でも、なんとなく、罪悪感にも似たような気持ちが生まれてきた。

同時に、今日の矢口は、
急用があってあたしとの約束をキャンセルしたってことも思い出した。
282 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時01分13秒
…ってことは、なに?
矢口と歩いてるあの子がキャンセルの理由?

どう見ても友達やん。
急用って言うたから、てっきり家のことかと思てたのに。

あたしとの約束より、その子と会うことのほうが大事なん?

なんて考えた自分に、正直驚いた。

なんやねん。
こんなん、ヤキモチみたいやんか。

自分で自分がわからんようになってきた。
283 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時01分59秒
夏の陽射しが、急に眩しいくらいに照り返してきて、
サングラスしててもイヤにきつく感じたとき、
矢口の隣を歩いてる彼女が、
不意に立ち止まって矢口の背中をばし、と叩いた。

もちろんそれは、じゃれあいの延長にあるような感じで、
ケンカとかやないって、誰が見ても明白やったけど。

次の瞬間、その彼女が、
拗ねたようにぷうっ、と、頬を膨らませた。

それを見て、あ、可愛い、なんて見当違いなことを考えてたら、
矢口が人差し指で膨らんだその頬をつついたのが見えた。

ちっちゃいわんこと白ウサギがじゃれあってるみたいで、
見てるだけで、なんか、胸の辺りがほのぼのしてきたけど。
284 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時02分33秒
でもその途端、拗ねてたはずの彼女が、
それはそれは嬉しそうに、
まるで、恋人が自分のワガママを聞き入れてくれたみたいに、
嬉しそうに、笑ったんや。

時間とか空気が凍った、とかいう表現あるけど、
それって、あんな感じかな。

その彼女に振り向いた矢口は、
それこそホンマに恋人に向けるみたいに、
幸せそうに頷きながら笑ってたんや。

あたしにかて、最近はそんなふうに笑って見せへんようになったのに。

……まあ、原因は、あたしなんやけど。

足だって凍り付いた。
これ以上追いかけたらアカンって、アタマの奥のほうで誰かが言うてる。
285 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時03分05秒
急に立ち止まったあたしに、
すぐうしろを歩いてたカップルのオンナがぶつかる。

「ごめんなさぁい」
甘ったるい猫撫で声。

普段やったら、気色悪い、ぐらいは口走ってかも知れん。

でもそのときのあたしの思考は、
まるでスイッチを切られたみたいにぴたっと止まってた。

でも、すぐにオンに戻される。

なんでって、白ウサギのほうが振り向いたから。
しかも、あたしのほうに。
286 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時03分50秒
咄嗟に目があって、思わず顎を引いてしもたけど、
彼女が矢口に向き直ったとき、
何かを考えるより先に、すぐそばのビルの陰に隠れてた。

…ちょい待て。
なんで隠れなアカンねん。

偶然やなあ、って声掛けたらええやん。
んで、キャンセルのホントの理由聞いたらええやんか。

ホントの理由って、なんか、イヤな響きやけど。

そうは思いながらも、あたしはビルの陰から身動き出来んかった。
287 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時04分28秒
じーんじーんって、
ヘンな感じで、イヤな感じで胸が鳴ってる。

なんやコレ。
なんやねん。

だんだん腹立たしくなってくる。
でもそれが何に対してなんかわからへん。

あたしは、そーっと陰から頭だけ出して、ふたりの姿を覗き見た。

陽射しに負けへんくらいの暑苦しい人波の中でも、
金髪のちっちゃんわんこはすぐ見つかる。

見つかる、っていうか、見つけられる。
288 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時06分06秒
矢口も、白ウサギも、たぶん、
あたしのほうに、一回くらいは立ち止まって振り向いたんやろう。

隠れてた時間を考えたらもうちょっと距離があってもええのに、
あたしが保ってたふたりとの一定の距離感が、
あんまり変わってへんのが、その証拠やろ。

歩いてるふたりの後ろ姿を見送る。
もう、あとを追いかける気は失せてしもた。

だってなんか、ものすっごい、みっともない感じがしたんや。
289 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年07月27日(土)23時07分07秒
なんでやろ。
なんで追いかけられへんねんやろ。
なんで隠れたりしたんやろ。

なんで?

でも、どんなに考えても答えは出えへんかった。

結局あたしは、ふたりの姿がデパートの中に吸い込まれていくまで、
ちっとも動けんまま、そこに立ち尽くしてた。
290 名前:瑞希 投稿日:2002年07月27日(土)23時08分22秒
アホなことした…(TдT)

ってことで、更新ageです。
291 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)02時28分36秒
姐さん救済され始めたのか?矢口に(w

アホなことってなんですか?(w
292 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)12時19分43秒
矢口がだんだん気になって・・・(w

今、本編の最初から読み直しました・・・裕子〜!!(涙
293 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月02日(金)01時45分56秒
救済編始まってたんだ!!!

それにしても・・・ごまと圭ちゃん・・・
294 名前:瑞希 投稿日:2002年08月02日(金)23時07分58秒
>>291さん
さて、救済されますかね、矢口に… <何
あ、ちなみに、アホなこととは、メール欄に更新ageって書いておきながら、
sageチェックしてしまったことです(^^;)

>>292さん
あっ、ダメです、本編から読み直したりなんかしちゃ…(w

>>293さん
はーい、始まってますよー。
マターリですけどね(^^;) いやいや、ホントにマターリ…… <氏


では、続きです。
295 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時09分44秒



正直、どうやって帰ってきたんか、あんまし記憶にない。

でも、車庫に車を停めて手ぶらで降りたことに気付いたとき、
食料の買い出しを忘れてたことを思い出した。

慌てて降りたばっかりの車にまた乗り込んで、
キーを差し込んでから溜め息と一緒にハンドルに突っ伏した。

「……なんやねん」

車庫の外は、夏の陽射しももうやわらかい夕暮れ。

せやのに、鮮やかに眩しいその夕暮れは、
なんでかあたしの胸の奥の辺りをキリキリ痛ませよる。
296 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時21分29秒
「…アカン、こんなんで運転したら事故ってまう」

独り言を呟いて結局車から降りたとき、
車庫から家の裏口に通じる、細い通路の陰から圭坊が姿を見せた。

「あっ、裕ちゃん、おかえりー」

車庫はちょっとした物置でもあるから、何か探しもんかな。

「ただいま。…なに? なんか探してんの?」
「ううん、そこの空き箱置きにきただけ。
ガレージ出たら車の音したからさ、戻ってきたんだ」
297 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時22分46秒
圭坊の指差した方向を見て空き箱を確認する。

「…あれ? 買い物してくるって言ってなかったっけ?」
「あ、ごめん」

その言葉に慌てて圭坊に向き直ったあたしは、
なんで買い物を忘れたんかを言おうとして、
でも何も言葉にならんくて、結局唇を噛んでしもてた。

「珍しいね、裕ちゃんが忘れ物なんて。そんなに感動する映画だったの?」
「…うん、まあ」

言葉を濁しつつ、圭坊と一緒に車庫を出る。
298 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時23分47秒
「……ごめん。今日はなんか疲れてしもて、
もう運転すんのもしんどいから、明日朝イチで行って来るわ。
材料の足らんヤツとか、書いといてくれる?」

「あ、だったら今からあたしが行って来るよ。
店には石川も真希もいるし、今日の裕ちゃんはオフなんだから、
もっとゆっくりしてていいよ」

……なんでかな。
圭坊のそんな気配り、すんごい嬉しいのに、
そういうとこがすんごい好きやのに、
今のあたし、それを素直にまっすぐ受け止めて喜ばれへん。
299 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時25分00秒
なんでやろ。
矢口が友達との約束を優先したってだけやん。
そんなん、あれぐらいの年頃やったら当然やん。

友達?
友達…、と違う。

少なくとも、白ウサギのほうは、矢口のこと、すっごい好きや。
でなきゃ、あんなふうに笑えるワケないよ。

あんな笑顔見せられたら、誰でもわかる。

矢口…、矢口は、知ってるんかな。
あの子が矢口をすっごい好きかも知れんってこと。

知ってて、それでも今日、あの子と一緒にいたん?
知ってて、あの子と会うこと、選んだん?
300 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時27分06秒
……なんやねん。
なんでヘコんでんねん、あたし。

矢口には矢口の付き合いがあるやん。
あたしが口出し出来る筋合いのない付き合いかてたくさんあるハズやん。

そんなんわかりきってることやのに、
なんでこんなに、胸の奥のほうがキリキリ痛むんやろ。

こんなん、すんごい身勝手やんか。
301 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時28分02秒
「…裕ちゃん?」

不意に呼びかけられて、
今自分の隣にいるんが圭坊やってことを思い出した。

…思い出した?
忘れられるような存在と違うやんか、圭坊は。

自分の何にかえても大事な存在やんか。

「…ごめん、ちょっと、ぼーっとしてた」

苦笑いして答えたら、圭坊も小さく笑いよった。
302 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時29分12秒
……アカン。

嘘ついた。
また圭坊に嘘ついてしもた。

「どしたの? 最近の裕ちゃん、ぼんやりしてること多いよ?」
「そぉか?」

ああ、アカン。

いろいろ考えるんはやめとこ。
考えたって答えなんて出ぇへんねんから、キリない。

「いろいろ悩みの多い年頃やからなぁ」
「なーに言ってんの。
どーせ今日の晩ゴハン何かなーとか、そーゆーことでしょ」
「うわ、バレてもた」
303 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時29分49秒
軽い声を上げて笑った圭坊。

最近は、ホンマ、よお笑ってくれる。

みんなに心配かけやんようにってのもあるんやろうけど、
でも、表情にはカタさがないから、みんなも安心してる。

けど、今でも『吉澤ひとみ』の名前は、
あたしや矢口、真希、石川の間では、禁句みたいになってる。

戻ってくるかどうかもわからんようなヤツのこと、
圭坊は、どんなふうに想ってんの?

聞きたいけど、誰も、その勇気はない。

せやから、圭坊の笑顔に、
心の傷が少しずつ癒されてるんやって、感じ取るしかない。
304 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月02日(金)23時31分27秒
「今日は暑かったから素麺にしまーす」

軽快な口調で答え、足取りも軽く圭坊が店の奥へと入っていく。

あたしはそれをぼんやり見送りながら、
店に続く裏口の前で、矢口のことを思い出した。

明日。
明日は矢口も店に来る。

そしたら知らん顔して聞いたらええねん。

昨日はどんな用事やったん?
昨日は誰と会ってたん?
昨日はどこ行ってたん?
昨日は何してたん?

でもあたしは、そのどれも聞けへんような、気がしてた。
305 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月03日(土)13時12分41秒
瑞希さん・・・せつない書き方上手すぎ!!
一生ついて行きます(w
306 名前:名無しくん 投稿日:2002年08月03日(土)21時36分44秒
とうとう
圭ちゃん<矢口になっちゃいましたか(w
307 名前: 投稿日:2002年08月06日(火)07時38分59秒
お久しぶりです。 再び最初からここまでを一気に読ませて頂きました。
本編のラストに感涙しまくりながら、続編を読み進んだんで、
今もまだ、自分の瞳は潤いっぱなしです。
瑞希さんのお話にも、瑞希さんにも惹かれっぱなしなのです(^^:
308 名前:瑞希 投稿日:2002年08月11日(日)23時50分11秒
>>305さん
えっ、ついてきてくれるんですかっ?
こんなワタシに?(/∇\*)

>>306さん
>> 圭ちゃん<矢口
鋭い指摘ですけども、
裕子さんの気持ちを図式にしてみたら、現時点ではまだ微妙にハズレです…(^^;)

>>307:Nさん
いや、ホント、お久しぶりです。
あんま、手放しでホメられてしまうと、すっごいすっごい嬉しい反面、
すんげぇすんげぇすんげぇ、照れてしまいますです。
ワタシも、Nさんの更新、楽しみにしてますよ〜(^−^)


では、続きです。
309 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時50分47秒
◇ ◇ ◇
310 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時51分18秒
「おっはよーっ」

いつも通りの、店中に響き渡るような元気な声が聞こえた。

「おはよう」

テーブルを拭いてた圭坊がいつも通りの挨拶をする。

でも、あたしは……。

「…おはようさん」

ぶっきらぼうに、それも、相手の顔も見んと。

当然、圭坊が不審そうにあたしを見つめてくる。

別方向からは違う意味合いの視線も感じたけど、
胸の奥のキリキリする痛みも無視して、あたしは振り向かんかった。
311 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時51分53秒
「…裕ちゃん?」
矢口の声がした。

「うん?」
顔も見んと、返事だけ返す。

「どうしたの?」
「なにが?」
「なんで矢口のほう、見ないの」

ちく、と、小さい針が喉の辺りに刺さる。
返す言葉がすぐには出てけえへん。

このまま何も言わんと振り向かんかったら、
矢口、ひょっとしたら、泣くやろか。
312 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時52分25秒
カウンターの中におったあたしは、グラスを磨く布巾を置いて、
ゆっくり、矢口に振り向いた。

「…見てるけど」

よかった。
声は震えへんかった。

でも矢口は、なんでか、困ったようにあたしを見つめてる。

いつのまにかカウンター席にまで近寄って来てて、
そこに肘をついて、身を乗り出すように、あたしを見てる。

そんな顔すんなや。
どうしていいか、わからんようになる。
313 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時53分02秒
「…それより、矢口…」
昨日の……、と続けたかったのに、声が掠れた。

不思議そうに見上げてくる矢口の目に、
なんか、アタマん中、見透かされてるみたいな気になって、
目をそらしてしもた。

「……なに?」

聞き返す矢口の声が、怒ってるようにも、淋しそうにも聞こえる。

あたしらのやりとりを、矢口のうしろのほうで、
圭坊がハラハラしたように見守ってるのがわかる。
314 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時53分45秒
こんなんアカン。
圭坊が心配しよる。

なにか、なにか言わんと。

―――昨日はどんな用事やったん?
―――昨日は誰と会ってたん?
―――昨日はどこ行ってたん?
―――昨日は何してたん?

昨夜、聞こうと思って用意してたはずの質問やのに、
そのどれもが、喉の奥のほうで、潰されてしまう。

「……着替えたら、床、磨いてくれへん?」
315 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時55分28秒
挙句の果て、言葉になったのは、どうでもええようなこと。

矢口の表情も、少し拍子抜けしたみたいになった。

「……裕ちゃん?」

身を乗り出してくる矢口の視線から逃げるように背を向ける。

なんでやろ。
なにがあたしにこんな態度とらせるんやろ。

簡単そうで、けど、うまいこと言葉にならへん。
わかるようで、ちっともわからへん。

だってこんなん、矢口に持つ気持ちと違うもん。
316 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時56分26秒
そう考えて、一気に顔に火がついた。

違う。
違う、違う、違う!

なにが?
なにが違うねん?

あーもう、アタマん中、ぐちゃぐちゃや!
317 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時57分34秒
「……昨日、誰と、映画、観たの?」
「へ?」

ショート寸前の思考とは対照的に、
不意に静かな声で投げかけられた質問に、
あたしは何の構えもなく、振り向いてた。

「……誰、って」
ひとりやけど。

って、言葉が出えへんかったんは、
あたしを見上げてる矢口が、昨日みたいな切ない目をしたから。
318 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時58分21秒
ちょっと、待て。
なんで、そんな顔すんの?

だいいち、矢口、質問、ちょっとおかしいで?
普通、誰と行ったか、より、
どんな内容やったかって、聞かへんか?

「…ねえ、誰と行ったの? 矢口の知ってるひと?」

せやからひとりやっちゅーねん。

「ひとりだよ」

喉まで出かかってんのに出えへん台詞を、
代わりに声にしたんは圭坊。
319 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時59分08秒
「裕ちゃん、矢口と行くつもりだったから、
他に誰も誘うアテなくて、ひとりで行ったんだよ」

…って、こら、そんな言い方すんなやっ。
ホンマなだけに恥ずかしいやんかっ。

ってゆーか、なんでそこでニヤニヤしてんねん?

「…そなの?」

言葉に詰まるあたしを見上げてくる矢口は、
見ただけでわかるくらい、ホッとした顔で。

「……裕ちゃん、友達少ないもん」

唇を少しだけ尖らせて言うたら、
ホッとした顔が、今度は困ったような苦笑いになった。
320 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時00分32秒
「…ごめん」

小さな矢口の口から出た、小さな、声。

「ごめんね、裕ちゃん」
「…べ、つに、謝らんでも……」

謝って欲しいんと違う。

「昨日、実は同じ専門学校の友達の誕生日でさ」
「は?」
「ずっと前から誕生日は矢口が祝ってあげるって約束してて」

いきなりやった矢口の言葉は、
あたしが聞きたくても聞けへんかった、昨日の真実。
321 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時01分18秒
「でも、直前まで忘れてたんだ。
なっちは…、あ、その友達、あだ名がなっちって言うんだけど、
別に次の機会でいいって言ったんだけど、
矢口から約束したのに、それは駄目だと思ってさ」

友達思いの矢口。
まっすぐで、素直な矢口。

「…なっち、北海道からひとりで上京してて、
なのに、誕生日をひとりで過ごすなんて可哀相になっちゃって…」

そのまま俯いて、言葉を濁す。

でも、俯いたまま言葉を捜してる矢口の旋毛とか見てたら、
なんか、自分でもよぉわからんけど、抱き締めたくなって。
322 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時01分55秒
「……矢口のアホ」

自分でも説明できへんこの気持ちを誤魔化すみたいに、
あたしは呟くように言うた。

「…なんで先にそれ言わんの?」
「へ?」
「アホやな。ホンマ、矢口はアホや」
「そ、そんな何回もアホアホ言うなよぉっ」

がうっ、と、
ますます身を乗り出して噛み付いてきそうな勢いの矢口に手をのばす。

不意にのびてきた手に矢口のカラダが揺れたんがわかったけど、
あたしは構わず、矢口の頭を撫でた。
323 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時02分36秒
「…裕、ちゃん?」
「…なんでその子、ウチに連れてけぇへんの?」
「へ?」
「そしたらみんなでお祝いしたったやんか」
「え、だって…」
「矢口の友達なんやろ? ここ貸切にしたっても、全然よかったのに」

言いながら、ホッとしてる自分に、正直、戸惑ってる。

あたしから聞かんでも、
矢口から話してくれたってことに、すんごい、ホッとしてる。

それに、矢口があの白ウサギを『友達』って言うたことにも、
ホッとしたんや。

『友達』って呼び方に、何の躊躇も、感じへんかった。
324 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時03分07秒
「今度、連れておいで」
「え?」
「改めてみんなでお祝いしようや。
…あ、でも、ひょっとしてもう夏休みやし、実家とか帰ってる?」
「今朝帰ったけど、でも、来週にはまた戻ってくるよ。
なっちも、こっちでバイトしてるし」

答える矢口の顔色が、なんか、恥ずかしそうに見えた。

「……お節介か?」
「ちっ、違うよ、嬉しいんだよ!」

がうっ、て、いつもみたいな勢いが嬉しい。

「ほんなら、こっちに戻って来たらすぐ連れておいで。
みんなでお祝いしたろ?」
「うんっ、ありがと、裕ちゃん!」
325 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月12日(月)00時03分44秒
さっきまで見せてた切ない目も、今はもうない。

いつもみたいな、あたしの好きな、
元気な矢口が、そこにいる。

それが嬉しくて、それにホッとして、
あたしは、また、矢口に甘えてる自分を、自覚した。
326 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月12日(月)03時00分39秒
わーい!!!
更新だー。
ブラボー♪瑞希さんありがとうです!!
327 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月19日(月)11時45分05秒
げ・・・このスレ活動中だったのか
しかも・・・裕ちゃん救済してくれてたとは(w
楽しみにしてます!
328 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月20日(火)01時23分41秒
やぐちゅーブラボー。
24hの矢口が裕ちゃんにむけた笑顔ではまってしまった(苦笑
329 名前:瑞希 投稿日:2002年08月23日(金)23時13分28秒
>>326さん
すんません、遅くなりました(^^;)

>>327さん
ハイ、マターリ更新ですが、稼動中です(^^;)
…でも、作者にも、予測不可能な展開になってます <何

>>328さん
そうそう!
矢口さんの中澤さんに向ける笑顔って、やっぱちょっと違う気がしますよね!



すいません、遅くなりましたが、更新ですm(_ _)m
330 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時14分01秒
◇ ◇ ◇
331 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時14分36秒
お盆休みも明けて、駅へと向かうサラリーマンの波が、
いつものように店の前を通り過ぎていく。

開店までまだ少し時間もあるのに、
あたしは今朝からずーっとソワソワしてる。

勿論、内面で、であって、
横にいる圭坊がそれに気付いてないことも知ってる。

けど、今日のあたしはいつもより1時間も早起きしてしもた。

なんでって、今日は矢口があの白ウサギを連れてくるから。

まだいっぺんも喋ったことない子に会うなんて、
別に今回が初めてってワケでもないのに、メチャクチャドキドキしてる。

なんでって、一度、顔を見られてるから。
332 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時15分07秒
10日前。
矢口に約束キャンセルされてひとりで映画観たあの日。

確かにあの子は、あたしと目が合った。

自分の容姿が結構派手なんは自覚してる。
せやから余計、覚えられてたらって不安がある。

だって、覚えられてたら、知らんフリしてたことがバレてまう。

矢口達を見つけといて、
なんで声掛けへんかったんか、それを聞かれる。

聞かれても、自分でもわからへんねんから、
きっと答えられへん。

そしたら、矢口は、きっと淋しそうな目をするんや。
聞きたいくせに、聞かれへんって目で。

そんな矢口、出来たら見たないもん。
333 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時15分40秒
「裕ちゃん? 終わった?」

店の前の歩道を箒で掃いてくるって言うて、
それを終えたのにまだ戻ってけえへんあたしを圭坊が呼ぶ。

「あ、すまんすまん。終わりました」
「そ?」
「うん。そろそろ買い出し行ってくるわ」
「ん、判った」

箒を圭坊に渡しながら店の中に入って、
カウンター席に置いといたバッグと車のキーを取る。

「石川もそろそろ来るし、ひとりで大丈夫やんな?」
「うん、さっき駅に着いたってメール来た。真希も今起きたってさ」
「アイツ、まだ寝とったんかい」
334 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時16分13秒
あたしのツッコミに声を起てて圭坊が笑う。

……うん、やっぱり圭坊はそのほうがええ。
そうやって、楽しそうに笑っといて。
笑顔を見せて、あたしを安心させて。

「ほな、行ってくるわな」
「安全運転するんだよー」
「はいはい」

ぽす、と圭坊の肩を叩いて、
車庫に向かいながら、落ち着いてる自分に、少し、戸惑う。
335 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時16分44秒
もう、今は圭坊に触れることすら少なくなった。

数えきれんくらいカラダかて重ねた関係やのに、
別れて、それでも一緒に暮らしてて。

でも、ふたりの間に流れる空気は、
乱れるってことを知らんみたいに、ふんわり凪いでる。

こんなん、他のひとは、どう思うんやろ。

圭坊のことが大事。
好きかって言われたら、勿論好きって答えられる。

けど、愛してるかって言われたら、
最近、ちょっと、自分自身への質問でも即答できへんようになった。
336 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時17分17秒
アイシテル。

うん、あいしてる。

けど、これってきっと、前とは違う。
それが判る。

でも、どっかは同じ。
それも判る。

例えるなら、圭坊がまだ中学生くらいで、
この店の初代のマスターが生きとった頃みたい。
337 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時17分55秒
圭坊の支えになってやりたい。
圭坊のチカラになってやりたい。

その気持ちはずーっと持ってる。

それが知らん間に膨らんで、
気付かんままに育って、
愛し始めたってことに気付いて……。

……じゃあ今のこの気持ちは?

支えになってやりたい。
チカラになってやりたい。

あたしに出来る精一杯で、圭坊を守ってあげたい。

圭坊が笑ってくれたら、そんでいい。

そんなふうに思うこれって愛情と違うんかな?
338 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時18分25秒
車を走らせて買い出しに向かう道中で石川を見た。

向こうもこっちに気付いて、擦れ違いざまにクラクションを鳴らす。

遠慮気味に鳴らしたハズのその音は、
それでも結構おっきい音になって周囲に響く。

通勤の波はおさまってたから、あんまし人はおらんかったけど、
石川はビックリしたみたいに目を見開いて。

その顔がなんや妙におかしくて、
ひとりで笑いながらも、目的の店の駐車場に車を停める。

きっと石川は、店に着くなり圭坊に愚痴るんやろな。
あの、どっか鼻にかかったような甘ったるいカン高い声で。

そんで圭坊も、適当に流しながらも一緒に笑うんやろなあ。
339 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時18分59秒
店の様子が思い浮かんでひとりでニヤついてたら、
さすがに、馴染みの買い出し先のオヤジさんが小さく笑いながら眉をひそめた。

「なんだよ、裕子ちゃん、思い出し笑いかい?」

無愛想って言葉とは程遠い、
人懐こい笑顔のうえの目尻のシワが憎めへん、結構好きなオヤジさん。

「いやぁ、今日な、矢口が友達連れて来んねん」

オヤジさんは矢口のことも知ってる。
矢口のことだけやなくて、石川のことも、
勿論、圭坊のことも、圭坊の幼馴染みの真希のことも。

「おっ、あのちっちゃい子のかい?」
「そーそー。んで、今日、その子の誕生祝いすんねん。
圭坊とかも張り切っててな」

何気ない世間話をしながらも、目的の食材を調達する。
340 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月23日(金)23時20分51秒
「圭ちゃんによろしくなー」

去り際、話題にしてた矢口やなくて圭坊の名前が出たことに、
オヤジさんの圭坊に対する好意が窺える。

正直、今日の買い出しがあたしやったこと、残念に思てるんやろな。

まあ、なんつーか、圭坊がそんなふうに可愛いがられんのはイヤじゃない。
むしろ、圭坊の良さに気付かんアホゥに腹立つ。

「よっしゃ、明日は圭坊に買いに来させるわな」

ニコニコしながら手を振り返し、
駐車場に停めてた車の乗り込もうとして、視界の端に見知った顔が見えた。
341 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月24日(土)07時21分43秒
おお。更新だ。ヤター!
342 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)01時13分55秒
だんだんやぐちゅーに。。。(w
やっぱり瑞希さんは最高です。
343 名前:瑞希 投稿日:2002年08月31日(土)23時25分46秒
>>341さん
>>342さん
ありがとうございます。
個人的諸事情のため、できるだけ早く更新して完結させますんで、
もうしばらく、お付き合い願います。


では、続きです。
344 名前:瑞希 投稿日:2002年08月31日(土)23時26分57秒
「あっ、裕ちゃーん」

呼ぶより前に呼ばれてしもた。

ぶんぶん両手を振って…。
なんや、全開に振る尻尾まで見えるわ。

「おー、早いやんか」

矢口やった。
その隣には、勿論、白ウサギがいる。

「…でもなんで、こんなトコにおるん?」

最寄り駅からウチまでとは、出口が反対側の商店街。
時間が早くても、寄り道するには少し、時間も早すぎる。
345 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時28分33秒
「なっちがさー、
あたしが高校のときに通いつめてた駄菓子屋さんの場所教えろって」

指差して笑う矢口。

差された白ウサギは、ちょっとかしこまった感じで、
でも矢口の言葉にはしっかり反論を見せる。

「矢口だって懐かしいって言ってたべ!」

初めて聞いた白ウサギの声は、訛りが混じってた。

「なんだよ!」
「なにさ!」

きゃんきゃん言い合うようにして睨みあうその光景は、
まさに、小動物がじゃれ合う、の図。
346 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時29分33秒
「もしもーし?」

あたしが声掛けへんかったら、
いつまでもそのままやったんちゃう?

「…あ、す、すいません」

先に我に返った白ウサギが恥ずかしそうに頬を朱にして頭を下げた。

「えと、あたし、安倍なつみです。
今日は、あたしなんかのために時間割いていただいて……」

「わわ、ストップストップ」

堅苦しい挨拶に背筋が強張る。

真希や石川のくだけた態度に慣れてたぶん、礼儀の良さが逆にくすぐったい。
347 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時30分13秒
「そーゆー遠慮はナシにしようや。
こっちはもう、みんな、『なつみちゃん』呼ばわりしてんねんで?」

頭を下げていた白ウサギが、そぉっと顔を上げる。

「矢口の友達やもん、そんだけでウチに来る理由はあるで」

白ウサギの隣にいた矢口が、
あたしの言葉に嬉しそうに笑ったのが視界の端に見えた。

「裕ちゃん…」

…うお。

なんやもう。
そんな可愛い顔して笑うなや。

人前やのに、そんなん無視して抱き締めたくなるやろ。

……って、何考えてんねん、あたし。
348 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時30分52秒
「…で、目的の駄菓子屋は見てきたん?」
「ううん、今から」
「そか。なら、乗せてったるわ。うしろに乗り?」
「やたっ!」

矢口の嬉しそうな声を背中で聞いて、車のキーを握る。

そのとき、視線を感じて振り向いたら白ウサギと目が合った。

じーって音が聞こえそうなくらい、あたしを見てる。

……ヤバ。
気付いたかな。
349 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時31分25秒
「…なに? あたしの顔、なんかついてる?」

直視してたことに、本人も気付いてなかったみたいで、
聞き返したら、びっくりしたみたいに首を振って顎を引いた。

「いっ、いえ、なんでも…」

ぱたぱたと顔の前で手を振る。

たぶん、記憶の片隅にあるんやろな、あたしのこの派手な容姿が。

けど、それを今言わんってことは、このまま黙ってるって可能性が高い。

それはつまり、あたしには助かる展開なんやけど。
350 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時32分04秒
「あんまり美人やから、見とれてたんかあ?」
「なに言ってんの! 普通、自分で言うか、そういうこと!」

わうっ、て噛み付くような勢いで矢口があたしと白ウサギの間に割って入る。

「自分で言わんと、誰も言うてくれへんもん」
「だからって自分で言うようなことじゃないじゃん、もう!」

今度は矢口とあたしとがきゃんきゃん言い合う光景になって、
ふと気付いたら、隣で白ウサギが口元を押さえながら、笑いを堪えてた。

「仲、良いね」

白ウサギ…、あーもう、めんどくさい、なっちでえっか。

そう言うたなっちの表情からは、ちょっと、羨望? みたいな感じも受けた。
351 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時32分41秒
「付き合いの長さからくる、ツーカーな関係なんです」

そう答えたら、なっちはまた笑った。

傍から見たら、あたしと矢口って、どう見えてんのかな。

あたし、矢口のこと利用してる、ごっついヒドイ人間なんやけどな。

「…悪くは、ないよ」

でも、あたしの言葉に続けた矢口の声色に胸が鳴った。

その声色は、たぶん、あたしにしか矢口の本心が見えへんような、そんなヤツで。

「……つか、そろそろ行きますか?」

あたしと矢口にしか判らんような微妙な雰囲気がたまらんようになって、
逃げるみたいに車に乗り込む。

そんなあたしを追いかけて、矢口となっちが後部シートに乗り込んだ。
352 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時33分21秒
駄菓子屋に寄って、矢口となっちが馴染みのオバちゃんに挨拶してる間、
あたしは車の中におった。

別に、一緒に行っても良かったんやけど、
なんか、矢口がバリアみたいなん張った感じがして、足が竦んでしもた。

嬉しそうに喋りながら、小物入れみたいなカゴに、
それこそ入りきらんくらいに駄菓子を詰め込むふたり見てたら、
なんか、歳の差みたいなん、めっちゃ感じた。
353 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時33分57秒
矢口。
なあ、矢口?

なんで、こっち振り向いてくれへんの?

なっちとおったら、楽しい?
あたしとおるより、楽しいか?

そんなん思ってる自分にますますヘコんで、
出来るだけふたりを見ぃへんようにしながら、フロントガラスの向こうの空を眺めてた。
354 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時34分37秒
寄り道してたせいで店に戻るんが遅なったけど、
真希が起きたばっかりやったとか、準備とかのこと考えたら、
帰宅した頃はちょうどいい感じに飾り付けも仕上がってた。

「ほーい、主賓の登場やでー」

ドアを開けて立ったあたしの前で、
ちょっと戸惑ってるなっちの背中を矢口が押しながら入る。

「いらっしゃーい」

圭坊も真希も石川も、
みんな嬉しそうにクラッカーなんか持って、
なっちが入ったと同時に紐を引っ張る。

ぱん、ぱぁん、て、軽い音と一緒に、紙屑がなっちの頭の上に降り注がれる。
355 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時35分10秒
「おめでとー、なつみちゃーん」
「おめでとー」
「正確には10日遅れだけどねー」

圭坊たちの笑顔に、さすがになっちも面喰ったみたい。

「あっ、あのっ、えとっ」

そんななっちの耳元に、仕方ないなって顔して矢口が顔を寄せる。

何か囁いて、にっ、て笑った矢口に振り向いたなっちが、
それはそれは嬉しそうに笑って……。

ちくっ、て小さい針が、あたしの胸の奥のほうに、刺さった。
356 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時35分49秒
「…ありがとぉ」

なっちのテレくさそうな声に、
真希と石川はかなり衝撃を受けたみたいで、
というか、一瞬でなっちが気に入ったんやろなあ。

あれやこれやと至れり尽せり。

普段からそんぐらい動いてくたらええのに、真希のやつ……。

「…では、始めましょー!」

矢口の掛け声と一緒に、ささやかなパーティが始まった。
357 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時36分59秒



ガチャン、て、グラスが落ちて割れる音。

「…やっちゃった」

カウンターの奥で、床にグラスを落としたらしい圭坊が呟いた。

音に振り向いたあたし達に、圭坊がすまなさそうに眉尻を下げる。

「ゴメン」

すぐに駆け寄って、床に散らばるガラスのカケラを掃き寄せるあたしに、
圭坊の、少ししょんぼりした声が聞こえた。

「しゃーない、ガラスはいつか割れるモンやからな。それより怪我ないか?」
「うん、だいじょぶ」
358 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時37分44秒
「ココはあたしが片付けるから、圭坊はそれ先に運んで」
「うん」

カウンターに置いてある新しいお菓子やジュース。

それを取りに、奥に入ったときのアクシデントやった。

圭坊ののばした手が、洗ってカウンターに並べといたグラスに当たったみたい。

でも、音のわりに割れたグラスの数はそんなに多くもなくて、
怪我もなかったんやったら、特に問題なし。

そう思いながら割れたグラスを片付けてるとき、
頭のてっぺんに視線を感じて顔をあげたら、なっちと目が合った。

目が合った途端、しまった、って顔して目を逸らしたけど
そういうの、逆に結構目立つって、気付いてへんのかな。
359 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時38分26秒
ガラスのカケラを塵取りに掃き溜めてワレモノ用のゴミ箱に捨てる。

……ああ、また。
また見てる。

気付いた?
気付いたんか?

あの日、アンタの誕生日にアンタが矢口と会ってた日、
あたしが、アンタらの近くにおったことに。

そしてそれを、矢口に知らせてないことに。
360 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時38分57秒
片付け終えて、さっきまで座ってた椅子に戻ると、
今度は反対側から別の視線を感じた。

なんやねんっ、て思いながら振り向いたら、
そこには、ちょっと淋しそうに笑う、矢口。

「…どした?」

自然と、労わるような声が出た。

「…裕ちゃん、相変わらず圭ちゃん絡みの手助けは早いよね」

すぐには言うてる意味が判らんくて眉をしかめてしもたけど、
あたしの無意識の行動の早さを指摘されたんやってことに気付いた。

ホンマは付き合いの長さからくるだけの、圭坊への手助けの自然さが、
矢口を落ち込ませたんやってことにも、同時に。
361 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年08月31日(土)23時40分34秒
「…だって圭坊、めっちゃ鈍くさいんやもん」

……なあ、矢口?

今のアンタはもう信じてくれへんかも知れんけど、
今はあたし、圭坊のこと、妹みたいに、家族みたいに大事に思ってるだけなんやで?

抱き締めたいとか、キスしたいとか、
もうそんなふうには思ったりせぇへんし、そんな関係でもないんや。

もう半年前とは違うって言うても、矢口は、信じてくれへんやろうけど。

「鈍くさいって、あんまりじゃん」

圭坊の苦笑いが、ちょっとだけ場を和ませる。

でも、矢口の淋しそうな目とか、背中に感じる疑惑の視線とかが、
あたしから、笑うことを奪っていった。
362 名前:名無し読者。 投稿日:2002年09月01日(日)02時32分39秒
更新ありがとうございます。
姐さんは矢口>圭坊になっていってると思うんですが・・・
圭坊は吉澤が消えて・・・姐さんに想いをよせるって事は少しもないのかな?(w
363 名前:瑞希 投稿日:2002年09月02日(月)21時45分34秒
>>362さん
>圭坊は吉澤が消えて・・・姐さんに想いをよせるって事は少しもないのかな?(w
………ご期待を裏切るようで恐縮ですが、それはナイです(^^;)


さて、前回更新から間隔を空けずに、本日もまた更新です。<無謀ともいう…

先も見えてきました。頑張ります。

では、続きです。
364 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時46分45秒
誕生日パーティを終えて、今日は真希と石川が洗い物、
あたしは矢口となっちを家まで送ってく役割を圭坊から言い渡された。
(ちなみに圭坊は、飾り付けとかの後片付け)

「駅まででいいよ」
「何言うてんの、もう夜やし、家まで送ったるって。
…なつみちゃんは家どこなん?」
「あ、えと、××駅です。そこから徒歩5分のアパートなんで」

珍しく遠慮気味の矢口の申し出をやんわり断って、
ルームミラー越しに見たなっちは、ちょっと申し訳なさそうに見えた。
365 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時47分22秒
「ほな、なつみちゃん先に送ってって、矢口はあとでええか?」
「うん、いいよ」

答える矢口はいつも通り。

もう機嫌は直ったんかなって、そう思ってホッとしてたりする自分が、
なんかもう、ホンマ、らしくなくて情けない。

矢口の顔色窺うようにするくせに、オトナの余裕で笑って見せたり、
なっちと喋ってる内容があたしの知らんことやったりしたら、
それだけで胸の奥のほうが、ちくちく、ちくちく、痛み出したり。

……なんやろ、って最初は思てたけど、ホントは判ってた。

言葉にしたくない鈍い痛みの、ホントの名前なんて。
366 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時47分53秒
なっちが言うた駅の近くで、赤信号なった交差点。
ゆっくりブレーキ踏んで停車したら、ームミラー越しになっちと目が合う。

逸らされた視線の先にいる矢口が、首を傾げたんがミラーの隅に映った。

「……中澤さん、キレイですよね」

直球ストレート、ってあんな感じやろか。

「はい?」
「なっち? 急にどーしたんだよ?」
「あ、いや、その、すごい、会ったときから、思ってて」

狭い車内が、なんや、気まずいっていうより、
照れと困惑とが微妙に入り混じった空間になった。
367 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時48分28秒
「…矢口が、好きになるのも、判るなあって」

どすんっ、て、大きい鉛みたいな塊が胸の奥に響いた。

ああ、そうか。
アンタは、それ知ってて、それでも矢口が好きなんやな。

あたしが圭坊を好きでいながら、
それでもあたしを好きな、矢口みたいに。

「なっ、なっち?」

信号が変わって、あたしは表面には平静を浮かべながらアクセルを踏み込む。
368 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時48分58秒
「い、いきなり、何言うんだよおっ」
「あたし、勝ち目ないね。中澤さん、誰が好きになってもおかしくないもん」

自嘲気味に笑うなっちと、ミラー越しのあたしとを矢口が交互に見つめる。

小さく笑てるけど、その瞳の奥に見えるんは強い意志。

鏡越しでも判る、矢口を想う、強い、願望(ネガイ)。

「………矢口が好きなんは、あたしの見かけだけと違うと思うで?」
369 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時49分33秒
伝わる?
伝わるか?

オトナの余裕で笑って見せたあたしが、
ホンマはどれほど弱い人間か、あんたには伝わるやろ。

矢口を想う、アンタやったら。
370 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時50分04秒
「裕ちゃん!」

非難するような声であたしを呼んだ矢口の声が現実に引き戻す。

目的の駅前のロータリーで、
ハザードランプを点灯させて停車する。

「…そうですね。矢口は、見かけで判断するような子じゃないです。
だからあたしも、好きなんですけど」

何の迷いもなくストレートにその言葉を言えるなっちが、
心底、羨ましかった。
371 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時50分39秒
「今日は、ホントにありがとうございました」
「…気、つけてな」
「はい」

頷き返した笑顔の向こうに、彼女なりの想いのベクトルを見る。

その強さ。
その潔さ。
その、まっすぐさ。

………あたしにはない、矢口への素直な気持ち。

「矢口も、ありがとね。ホント、今日は楽しかったし、嬉しかった」
「…ん」

俯く矢口の頭を、ほわほわって、触れるか触れへんかぐらいの強さで撫でて、
ゆっくりドアを開ける。
372 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時51分13秒
「またメールすんね。おやすみ」
「…おやすみ」

上目遣いでなっちを見て、ドアを閉めたなっちを追うように窓を開ける。

「ばいばい、なっち」
「うん、ばいばい、矢口。またね」

手を振って去ってくなっちを、見えなくなるまで見送って。

窓を閉めて、シートに深くカラダを預けた矢口をミラー越しに見る。
373 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時52分04秒
「…こっち、座ってや」

空いてる助手席。

あたしと矢口のふたりきりやのに、なんでそっち座る?

「…あ、うん」

言われて、思い出したように後部シートから降りて助手席に移って来る。

バタン、て、ドアの閉じる音を聞いて、
ハザードランプを消して、ゆっくり、車を発進させた。
374 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時52分36秒

矢口の家までの道中は、
なんやもう、言葉にならんくらい険悪で、不自然で、無音やった。

言いたいことあるみたいに途中で何度もあたしの横顔見るくせに、
振り向いたら目を逸らしよる。

沈黙が腹立たしくて、あたしはオーディオのスイッチをオンにした。

でも、静かに流れるお気に入りばっかり入ったMDが、
逆にあたしを追い込んでも行く。
375 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時53分08秒
矢口。
なあ、矢口?

なんか喋って。
なんか言うてよ。

心の奥のほうでくすぶるこの気持ちを追い出すような、
追い出してしまえるような言葉を、言うて。
376 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時53分38秒
「……今日、ありがとね」

曲の切れ間を待ってたみたいに、ぽつりと矢口は呟いた。

「なっちのこと、一緒に祝ってくれて、ありがと」

出来るなら、その名前、今は聞きたくなかったな。

「…矢口の友達やもん。あたしらにとっても、大事な客人や」

左折を知らせる指示器を出してハンドルを切る。

矢口の家にはあと5分くらいで着けるかなって、
ぼんやりそう思ったとき、低く、非難するような声がした。
377 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時54分09秒
「……でも、あんなこと、言わなくても」

困惑気味の矢口の声音が、
あたしの胸の奥のほうを不必要に鳴らす。

「……なつみちゃん、矢口が好きなんやな」

呟くように言うたあたしの言葉に、
きゅっ、て、唇を結んだ矢口が、膝の上で手も握ったのが判った。

「まっすぐやったなあ。
あんな風に想われたら、そら、メチャメチャ嬉しいよなあ」

羨ましい。

その言葉は、飲み込んだ。
378 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時54分44秒
「…矢口かて、悪い気はしてへんのやろ?」

そう言うて横目で見たら、
俯いてた矢口が急に頭を上げてあたしを睨んできた。

その強さに一瞬だけ怯んでしもたけど、
次の瞬間には、思ってもない言葉があたしの口から出た。

「あの子とおるほうが、矢口、幸せになれるん違う?」

………きっと、そのときの矢口の表情(カオ)、一生忘れへん。

泣かせたくないって、思った。
守ってやりたいとも思った。

せやのに…。
379 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時55分15秒
この信号を越えたら、矢口の家はもうすぐそこ。

青い屋根が見えて、ブレーキ踏んで速度落として……。

矢口の家の前は道路も狭いから、
少し手前の空き地に乗り込んで、Uターン。

「……ホンキで、言った?」

ギクリ、と、胸が鳴る。

泣くかと思った。

サイドブレーキを引いたそのとき聞こえた矢口の、声は。
380 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時55分53秒
「裕ちゃん、あたしの気持ち知ってるくせに、ホンキでそう言ってるの?」

シートから少しだけカラダを起こしてあたしを見つめてくる矢口の目は、
確かに、潤んでたけど。

「……あの子とおるほうが楽しそうに見えた」

だって、それはホンマや。

あたしとおるより楽しそうに見えた。
なっちとおるほうがたくさん笑ってた。

あんなん見せ付けられて、あたしのアタマん中、どうにかなるかと思うくらいに。
381 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時56分26秒
「……裕、ちゃん?」

シートベルトを外して、矢口に向き直った。

「矢口があの子のこと大事に思てんのも、よう判ったよ」

それが、火種になるとは、自分でも思わんかった。

「…あたしみたいなヤツ、やめといたらええねん」

本心とは、まるで違う言葉が出る。
382 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時57分01秒
ウソ。
ウソやで、矢口。

気付いて。
気付いて欲しいねん、あたしが、どんな気持ちでおったか。

あたしが今、どんな気持ちでいるか。

それを拭い去れるんは、矢口だけなんや。

怯えたようにあたしを見上げた矢口に、手をのばす。

肩先に触れて、手に力を込める。

動きを封じて、そのまま顔を近づけて、
事態を悟った矢口が顎を引いても、それでも強引に、唇を塞いだ。


………久々に触れた矢口の唇の感触は、ほんの、一瞬やったけど。
383 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時57分31秒
「…っ、…だ!」

突き飛ばされて、ハンドルに肘をぶつけても、そのときは痛いって、感じへんかった。

「…矢口」

キスしたときに目を閉じたせいで、矢口の涙に気付かんかった。

「…な、んで? なんで、そういうこと言うクセに、こんなことするの?」

触れた唇を覆い隠す矢口の手が、震えてる。

「……そうだよ、なっちが矢口を好きだってこと判ってるよ。
でも知ってるでしょ? 矢口は裕ちゃんが好きなんだよ。
他の誰かが矢口を好きって言ってくれても、
ホンキで好きなひとがいるのに、別の誰かに気持ちが向くわけないじゃんか!」
384 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時58分02秒
「矢口…」

矢口の勢いが、その目から涙を零れさせた。

「なのに…、なのに今更、諦めろって、そう言うのかよ!」

違う!

言いたい言葉を紡ぐ前に、矢口がドアを開けて車から降りる。

「矢口! 待って!」

呼んでも、矢口は振り返らんかった。

走り去る矢口を追いかけようと慌てて車から降りたけど、
矢口の姿はすぐに家の中に消えて、間に合わんかった。

車内に残る矢口の匂いが、あたしを、後悔の渦に巻き込んでいく。

自分の行動の浅はかさを、暗闇と静寂のふたつが、際立てるように。
385 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時58分43秒


自宅までの道のり。

ハンドルを握る手に、なんでか力がはいらへん。

動かしたら右肘に痛みが走って、
ハンドルにぶつけたんやってコトを、赤信号で止まったときに思い出した。

じんじん、じんじん、鈍い痛み。

でも、そんな痛みより、ずっとずっと、胸が痛い。

泣かせたいんやない。
怒らせたいんやない。

傷つけるつもりなんて、なかったのに。

笑ってほしくて。

ずっとずっと、あたしのそばに、おってほしくて。

繋ぎとめる言葉なんていくらでも知ってるけど、
そんな言葉なんかで矢口を縛る権利、あたしにはないから。
386 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)21時59分23秒
………終わるんかな。

これが、矢口の優しさにつけ込んだ報いなんかな。
これが、矢口とちゃんと正面きって向かい合わんかった罰なんかな。

やっと、気付いたのに。
やっと、言葉に出来る勇気も、ついたのに。

……いや、気付きながら、それでも甘えてたんはあたし。

見返りを望まん矢口の優しさに、
オトナやっていうプライドが邪魔して素直にならんかったあたしが招いた事態。

なれへんかったんと違う。

素直になる機会なんて、いくらでもあった。

いくらでも自分の本心に向き合う時間も機会もあった。
387 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月02日(月)22時00分38秒
これは、罰。

小さくて、けれど、たぶん誰よりも優しくて素直な矢口を傷付けた、
ホントはまだまだ子供のくせに、余裕のオトナを演じたあたしへの。

「………矢口」

無意識に紡いでる、その、名前。

きっともう、呼ぶだけでこんなに胸を痛ませる名前は、他にない。

「矢口ぃ」

ハンドルに頭を押し付ける。

信号が青に変わっても動かんあたしの車のうしろで、クラクションが鳴る。

それでも、あたしは、しばらく動かれへんかった。
388 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月02日(月)22時40分39秒
更新お疲れさまです。
あああ、どうなるんだろう?
ドキドキ。
389 名前:名無し読者。 投稿日:2002年09月03日(火)01時23分53秒
ただありがとうございます。m(._.)m
救済編も手を抜かないでかいてくれて感謝です。
やっぱり裕ちゃんは痛いのが似合う・・・FANなのに(w
先が気になりマッスル〜。
390 名前:瑞希 投稿日:2002年09月06日(金)20時48分42秒
>>388さん
>>389さん
感想、ありがとうございます。
前回更新分の、ラストの裕子さんの部分がどーっしてもうまく表現できなくて、
めちゃくちゃ難産でもあったんですが、ヤマ場は越えました。
ENDマークまであと少しとなりましたし、気合い入れ直します!


では、続きです。
391 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時49分40秒



家に帰り着いたときには、真希も石川も、もう帰ってた。

「おかえり。遅かったね」

部屋でくつろいでた圭坊が、
あたしの帰宅と同時にダイニングに姿を見せる。

「……? どうかした?」

帰宅の挨拶もせずにダイニングテーブルの椅子に座ったあたしの頭上から、
不審がる圭坊の声。
392 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時50分11秒
「…なんもない」
「……って、声、してませんけど」

溜め息と一緒に、あたしの向かい側の椅子を引く。

「……久しぶりだな、裕ちゃんがあたしにまで判るくらい落ち込むの見るの」

そら、そうや。

今の今まで、圭坊に心配かけさせたらアカンって、
少なからず、気持ちに張りがあったんやから。

でも、今はアカン。
そんなポーズも取られへん。
393 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時50分45秒
「…なんか飲む?」
「……せやな、ビールがええな」

飲まんなやってられへんって、こんなときに使う言葉やな。

「ん、じゃあ、適当になんか作るね」

軽く頷いた圭坊が立ち上がってキッチンに向かう。

それを背中で気配だけで感じ取って、
差し出された缶ビールのプルタブを引き上げて、喉の奥へと、流し込んだ。
394 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時51分16秒

空になった缶を軽く握り潰して、次に手をのばす。

「あっ、と…、もうダメ。明日に響くよ」

最初のうちは圭坊も黙って付き合ってくれてたけど、
ふたり合わせた本数が両手で足らんようになったら、
さすがにストップの声が掛かった。

まあ、明らかに、空いてる缶は半分ずつしたってワケやないしな。

「…えーやん、もう1本だけ」
「ダメ。飲みすぎ。絶対明日、ツライよ」

カラダの辛さなんて、ココロの辛さに比べたら、どうってことない。

そう言おうとして顔を上げたら、
心配そうにあたしを見つめる圭坊がいた。
395 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時52分15秒
「…けい、ぼう」
「ん?」
「…どうしよう」
「何が?」

あたしの手から缶ビールを取り上げて、不思議そうに見下ろす。

「……圭坊より大事なひと、出来てもうた」

それは、あたしには何よりも重大な出来事や。

ずっとずっと圭坊のこと好きでいると思った。
圭坊以上に大事な人間なんて出来へんと思ってた。

せやのに、今のあたしに、あたしの心の中に、『圭坊』は、おらへん。
396 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時52分54秒
「……どう、しよう」

見上げた先に、きょとん、とした圭坊がいた。

「…矢口のこと?」

うん、て頷いたあたしの頭に、手が触れる。

「……やっと認めたね、裕ちゃん」

うん、て、素直に、頷けた。
397 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時53分26秒
「…あたし、ずっとずっと圭坊のこと好きでいると思てた。
矢口のこと好きやけど、その気持ちに追いつくことなんてないと思てた。
けど、アカン。気付いた。思い知らされた。矢口のこと、好きや」

取り上げた缶を、こん、て軽い音を起ててテーブルに置く。
それから椅子にゆっくり座りなおす。

「……言う相手、違いますよ」
「うん、ゴメン」
「謝る相手も違います」
「うん…」

ああでも、終わってしまった気がする。

矢口はもう、あたしのこと、キライかも知れん。
398 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時54分09秒
「……あのさ」

不意に、頬杖ついてた圭坊が切り出した。

「…あたしなら、大丈夫だから」
「え?」
「大丈夫。もう、大丈夫だよ」

圭坊の言おうとしてることに察しがついて、言葉を失くした。

「……裕ちゃんが、吉澤のこと許せなくても、それは仕方ないと思う」

圭坊の口から、半年ぶりにその名前を聞いた。

名前を聞くだけで、胸の奥が、頭の奥が、嫌悪に似た怒りで満ちてくる。
399 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時54分39秒
「でもさ、あたしの気持ちは、変わらないんだ」

意志の強い瞳が、なっちを思わせた。

「好きなんだ、今でも、吉澤のこと」

言い切る圭坊の声色には迷いがない。

「裕ちゃんが吉澤を許せなく思ってても、あたしは、待つことにしたから」

それが、圭坊の、愛し方なんやって、判る。
いつ戻るか判らんくても、信じて待つ、その想いが。
400 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時55分13秒
ゆっくりと、あたしの頭を撫でるために伸びてきた圭坊の手。

目を閉じてそれを受けながらも、思い浮かんだのは矢口の顔やった。

「…ね、裕ちゃん?」
「…ん?」
「まだ吉澤がいた頃にさ、
あたしたち、一緒にいすぎて依存しすぎてたって言ったの、覚えてる?」
「………あー、言うたなあ」

あの頃は、まさか吉澤がおらんようになるとは思いもせんかったし、
圭坊以上の『誰か』なんて、できるわけないと思てたし。
401 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時55分43秒
「言われたときはちょっとショックだったんだけどさ、
でも、それって当然なんだって思わない?
ずっと一緒に暮らしててさ、お互いの生活空間もレベルも同じなんだもん。
依存して、頼って、甘えて…、でもそれって普通じゃん、家族なんだから」

びしっ、と、イタイとこを指摘された気分。

「…あたしにとっての裕ちゃんって存在と、
裕ちゃんにとってのあたしが、やっと同じとこに並べたんだね」

………あーあ。

圭坊のこうゆうとこ、ホンマ、かなわんって、思う。
やっぱ、あたし、圭坊にもかなり甘えててんなあ。
402 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時56分15秒
「……好きやで、圭坊」
「ん、あたしも裕ちゃんのこと、好きだよ」

でもその想いは、
いつまでも重なることのない、重なる必要のない、愛情。

誰からも、誰の手にも、決して断ち切られることのない絆。

笑ってあたしの頭を撫でてる圭坊の手のぬくもりに、
甘えるように口元を綻ばせてから、もう一度目を閉じる。
403 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時56分49秒
矢口。
なあ、矢口?

聞いてくれるか?
あたしが、今、どれくらいアンタのこと考えてるか。

どれくらい、アンタのことしか、考えてないか。
404 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月06日(金)20時57分50秒
「………なあ、圭坊」
「ん?」
「明日、休みもろてええ?」
「別にいいけど…、なんで?」
「…やって、明日は矢口、バイト入ってないやんか」

頭を撫でてた手が一瞬だけ止まって、
けど、すぐにまた、今度はかき混ぜるみたいに両手で。

「判った。明日は真希にも手伝わせる」

あたしの髪をぐしゃぐしゃに撫でた圭坊の軽い声が、頭上から降ってくる。

撫でる手の優しさが、逆に、あたしの背中を押し出してくれた。
405 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)05時02分36秒
ちょっと甘えん坊の中澤さんですね(w
ちょっとだけKU風味・・・家族愛・・・
関係ないけどマシューの中澤さんに壊れてしまいました。。。カワイすぎ。
正直中澤さんをカワイイと思ったの初めてでした(苦笑
406 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)21時16分36秒
わたしも >>404 読んでマシューTVを思い出しました。>あたまなでなで
407 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)21時16分56秒
胸を打つ心地よいダメージがたまりませんわ。
408 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時38分27秒
>>404さん
>>405さん
>>406さん
感想(?)どーもです(w

さて、引っ張りに引っ張りまくった救済編も、本日で完結です。


では、どうぞ。
409 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時39分18秒



なるべく早いうちに、出来たら午前中、って考えて寝たら、
昨日よりも早く目が覚めてしもた。

らしくないけど、緊張してる。

圭坊に好きって言うたときぐらい、
…いや、ひょっとしたら、もっとかも。

ゆっくりのんびり身支度整えてもまだ時間は早くて、
ダイニングの時計の分針と秒針の進み具合を、
イライラしながら見つめてた。
410 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時40分28秒
8時の時報と同時に家を出て、車に乗り込む。

昨夜、確かに飲みすぎた気もするけど、
これから自分がせなアカンこと考えたら、二日酔いなんか、してられへん。

けど、運転しながら、もう手に汗とか握ってる。

行く前に電話しといたほうがよかったかな、とか
もし留守やったらどないしようとか、
考え出したらキリない、今更なことばっかり気になって。

そのうえ、矢口の家の近くまで来たら全身に震えがきて、
結局、途中のコンビニに車停めて、そこから矢口のケータイに電話してみた。

……出ぇへんかなって、思いもしててんけど。
411 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時41分20秒
「……もしもし」

コール音は数回で途切れたけど、
耳元に流れ込んでくる矢口の声は、
聞いただけで、なんか、胸の奥ぅが、痛くなるような、
そんな切ない声で。

「…すまん、寝てたか?」
「ううん。起きてた」

口調はいつも通り。
けど、流れる空気が、昨日の気まずさを際立ててる。

「…どーしたの、こんな朝早く? なんかあった?」
412 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時41分55秒
優しいなあ矢口。
ホンマにホンマに、優しい子なんやなあ。

昨日あたしがアンタにしたこと、怒ってへんワケないのに、
そうやって、いつもと違うことするあたしのこと、気にしてくれるねんなあ。

「…今、家におるん?」
「? うん」
「今日はなんか用事ある?」
「ないよ。…何? 石川か圭ちゃんになんかあったの?」

…?
なんでそこでそのふたりの名前が出てくんの?
413 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時42分30秒
「なんもないよ」
「バイトの手が足らないって電話じゃないの? じゃ、どーしたの?」

あ、そうか。
こんな時間に電話して、しかも今日の予定なんて聞いたら、
そう思うほうが普通やな。

「……今な、矢口の家のすぐ近くにコンビニにいてんねん」
「はあ?」
「…でな、今、裕ちゃん、すんごいすんごい、弱ってんねん」
「……う、ん?」

矢口の戸惑ってる声が、
あたしの胸の奥ぅを、ほんの少し、淋しい気持ちにさせる。
414 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時43分01秒
「助けて、矢口」
「へ?」
「なあ、助けてよ、矢口。…アンタにしか、助けられへんねん」

来て。
今すぐ会いに来て。

肝心なときに足が竦む、情けないあたしのとこに。
415 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時43分35秒
「……判った」

ぽつん、て聞こえた声のあと切れた通話。

切れた電話を情けない気持ちで見つめてたら、
5分もたたんうちに、矢口が現れた。

全速力で走ってきてくれたんやろな、
ぜぇぜぇって、息切らしながら。

「どーしたの」

運転席側のドアの前に立って、窓の向こうで、そんな顔してる。

心配そうな矢口を見てたら、
もう、情けないなんて気持ち飛び越して、抱き締めたくなった。
416 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時44分10秒
ゆっくりドアを開けて車から降りて、
まだ心配そうにあたしを見上げてる矢口を見る。

「…乗って」
「は?」
「えーから乗って」

事態の飲み込めてない矢口が引き腰になってるのも構わず、
矢口の手を掴んだまま、助手席に回りこんで押し込むように乗り込ませる。
417 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時44分43秒
「ちょっ、裕ちゃん? なんなの?」

説明もなく突飛な行動に出るあたしを訝しそうに見つめながらも、
それでも降りようとせんと、助手席に座ってる。

「……大事な話が、あんねん」

あたしの一言に、矢口の肩がびくんっ、て揺れたのが見えた。

そのまま、視線を落として俯いてしまった矢口に、
きっといらん心配させたんやって判って、申し訳ない気持ちが生まれたけど、
あたしは気付かんフリして、車を発進させた。
418 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時45分16秒

まだ午前中やのに、
夏休みも残すとこ少なくなったからか、イヤに学生が目立つ。

駐車場に車停めて、まだ戸惑ってる矢口の手をそっと掴んで、
あたしはゆっくり、歩き出した。

「…どこ、行くの?」
「………あたしな、嘘つきやねん」

矢口の質問には答えず、
その代わり、逃げられないように、掴んだ手に力を込めた。

「…知ってる、よ」

うん、知ってるよな、あたしが嘘つきやってことは。
419 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時45分50秒
「矢口にも、いっぱいいっぱい、ウソついてんねん」

目線は下へ落としたままの矢口の肩が揺れる。

「たとえば、ホンマはこの前、この映画、矢口と見たかったとか」

足を止めて、映画館の前に張り出されてるポスターを見ながら告げると、
矢口の頭が上がったのが、気配で判った。

「断られて、平気なフリしてたけど、めちゃめちゃヘコんだとか」
「裕ちゃん?」

頭を上げた矢口があたしを見てるのが判っても、振り向かんかった。

「そんで、観終わったあと、矢口となつみちゃんが楽しそうに並んで歩いてんの見つけたとか」

あの日の胸の痛みが、イヤんなるくらい、はっきりと思い出される。
420 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時46分27秒
「…い、いたの?」

「…見つけて、最初は追いかけたのに、楽しそうに笑う矢口見て、
あたしといるより楽しそうに笑う矢口見て、声掛けられへんかったとか」

あのとき、ホントはもう、気付いてたくせに、
それでも、余裕なオトナを演じてしもたあたしは、
素直に認めることさえ、出来んくて。

「……いつか、矢口は、こんなあたしに愛想尽かして、
あの子のこと選ぶんかなあって、思ったりしてたとか」

失う怖さは、知ってる。
繋ぎとめるためのズルイ言葉もたくさん知ってる。

でも、どうしたら相手の負担なくその願いを叶えられるか、知らんかってん。
421 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時47分00秒
「………なつみちゃんに奪られたくないとか、
もう、ずっとずっと、あたしのことだけ、好きでおってほしいとか」

振り向く怖さがあって、手を握る力だけを強めた。

「こんな情けないあたしやけど、許して欲しいとか、
矢口のことが……、好きで好きで、しゃあない…、とか」

掴んだ先の手から、矢口の震えと緊張が伝わって、
自然とそれは、あたし自身をも、緊張させる。
422 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時47分32秒
「……なんか、言うてよ」

お互いの、繋いだ手の力だけが強くなって、
なのに、お互いの顔を見ることだけが、どうしても出来んくて。

「…嘘つき」

ぽつりと、呟かれた声に涙が混じってたなんて、
いくらなんでも気付かへんって。

「って、ココまで連れてきて、ウソなんか言うかっ」

吠えるみたいに言うてやっと振り向いたら、
目には大粒の涙をためた矢口が、いた。
423 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時48分05秒
「やぐ…」

言葉が切れるんは、なんでやろ。

泣かせたくないって思てる。
傷つけたくないって思てる。
守ってやりたいって、ホンキでそう思てるよ。

けど、今、あたしの前で泣いてる矢口は、
泣いてるのに、めちゃくちゃ、嬉しそうで。

見せ付けられてる涙は、あたしのせいやっていうのも判るのに、
それは、自慢していい涙やとも、判るから。
424 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時48分37秒
「……嘘じゃないんだよ、ね」
「うん」
「あたしのこと、好きって、そう言ってくれたんだよね」
「うん、めっちゃ好き」

泣きながら、それでも嬉しそうに笑う矢口が可愛くて、
あたしは、人前やってことも気にせんと、
その小さいカラダを、出せるチカラ目一杯で、思いっきり抱き寄せた。

2度と離さへんって、ベタな台詞かも知れんけど、
でも、そう思った。
425 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時49分11秒
「…好きや」
「うん」
「ホンマに、ホンマに矢口が、好きやから」
「うん」
「……泣かせて、ゴメン」
「うん…、もぉ、いい」

背中にまわってくる、ちょっと弱々しい力を愛しく感じる。

こんな小さい子に守られてきたんやってことが、
痛いくらい、判った。
426 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時49分45秒
あたしらの間には、きっと、たくさんたくさん、
言葉にして、話し合ってしか、判りあえんことがある。

たとえばあたしにとっての圭坊とか、
矢口にとってのなっちとか。

でもそれは、言葉にすることで、判りあえること。
そしてそれを話し合える時間は、これからいくらでもあるから。

今はただ、お互いにとって大事な言葉を言えばいいんやなって、そう思った。
427 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時50分16秒
「…こんなあたしやけど、矢口にウソは、もうつかへんから」

ゆっくりカラダを離して、
矢口の涙を指で拭いながらそう言うたら、また笑ってくれた。

「うん」

頷いた矢口が、もっぺん、あたしの腕ん中に戻ってくる。

「……でな、ちょっと提案なんやけど」

抱き返しながら、矢口の髪に唇を埋めて。

「なに?」
「この前のデートの仕切りなおし、せえへん?」
428 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時50分47秒
ちょっと、ガラじゃない誘い方かなあって思ったんやけど、
あたしを見上げた矢口はますます嬉しそうに笑って、
ぎゅって、また強く、抱きついてきた。

「うんっ、勿論、裕ちゃんのオゴリだよね?」
「ええっ?」

当然、そのつもりやったけど、そう返すんは、まあ、お約束やし。

「なーに言ってんの! 誘拐したの、裕ちゃんじゃん。オゴってよー」
「誘拐て…」

言いながらあたしから離れて前を歩き出す矢口。
429 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時51分21秒
もういつも通りの矢口にホッとした反面、
その言葉、何気にアブないですよ、矢口さん。

どー見ても、今日のアンタ、冬にはハタチ、ってそんなカッコ、してへんし。

「…よっしゃ、姐さんがアブない遊び、教えちゃろー」

前を行く、もう逆らえない愛しい相手にそう答え、
立ち止まって振り向いた笑顔を閉じ込めるように、
あたしは腕を伸ばして、その小さなカラダを、腕の中へと、抱き込んだ。
430 名前:恋じゃなくなる日。 投稿日:2002年09月12日(木)22時51分55秒
――― END ―――
431 名前:瑞希 投稿日:2002年09月12日(木)22時52分44秒
はい、『Fly Over Me』の番外編、
またの名を裕子さん救済編、『恋じゃなくなる日。』、以上で終了です。


本編の取り掛かりが昨年の12月だったんで、
空白期間があったとはいえ、9ヶ月以上もかかって、やっと完結したんですねえ。
更に1スレだけでは消化出来ず、2スレに渡ってまでの大長編……。
こんな長編、もう2度と書けない気がします(w

なんにしても、気持ちの上でも話の上でも、
きっちり落とし前つけられた気もしますし(w
喉の奥に引っ掛かってたモノも、やっと取れた気分です。

ま、ちょっと、なちこさんが可哀相かなって思いますが(^^;)
432 名前:瑞希 投稿日:2002年09月12日(木)22時54分05秒
長くなってしまいましたが、このレスにて、このスレでの更新を最後といたします。

今まで読んでいただいて、
更には、こんなにまで長くなっても、
優しく、広い心で待っていてくださった読者の皆様に感謝しつつ。
本当に、本当に、ありがとうございました。
433 名前:つかさ 投稿日:2002年09月13日(金)00時11分34秒
救済編をずっと待っていた一読者として。
瑞希さんに幸せな姐さんを書いて欲しかったんです。

お疲れ様でした。
お礼言うのはこっちです。
本当に、本当にいい作品たちをありがとうございました。
434 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月13日(金)00時42分55秒
瑞希さん・・・終了お疲れ様でした。
裕ちゃんを幸せにしてくれてありがとうです!!
私も瑞希さんの書く、幸せな裕ちゃんを読みたかったものです(w
矢口も幸せでなによりです。(w
こんなことを言ってますが・・・痛い小説大好きだったりします。
これからも大好きな瑞希さんの小説楽しみにしています。(w
たまには裕ちゃん登場させてください。(w
435 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)12時52分28秒
矢口も裕ちゃんも、幸せになって本当に良かった。
もう、大満足の結末でした(w
ありがとうございました。



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