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:『オムニバス短編集』6th Stage 〜Never Forget〜
- 1 名前:第六回支配人 投稿日:2002年02月23日(土)00時11分00秒
- I'll Never Forget You 忘れないわ あなたの事
ずっとそばにいたいけど ねえ仕方ないのね
You'll Never Forget Me 忘れないで あたしの事
もっとそばにいたいけど もう旅立つ時間 ああ 泣き出しそう
記憶なんて単純だね だから悲しみさえも思い出だね
きっとまた逢えるよね きっと笑い合えるね 今度出会うときは必然
Na Na Na Na…
作品を楽しむ。>>4-999
作品を投稿する。>>2-3
話し合いの経緯http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1006011538&st=157&to=
*このスレッドは第6回オムニバス短編集投稿用スレッドです。
今回のテーマは「別れ」です。
- 2 名前:作品を投稿の仕方1 投稿日:2002年02月23日(土)00時12分52秒
- 1)まずは作品を完成させてください。
(投稿の際、コピペを使用することが望ましいので、できればその準備も)
2)次に登録用スレッドにて参加登録してください。
登録用スレッド
登録する際の例
「★〇〇番目「タイトル」●●●レスより開始します。」
もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおしてください(書き込み例は上記と同様)。
ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをすること。
3)続いては作品の投稿です。
「名前欄」には「タイトル名」、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載してください。
その際、投稿数25レス以内、一度投稿しはじめたら最後まで一度に投稿してください。
作品の最後に必ずそうと判る目印(fin.や-完-など)を入れるのも忘れずに。
なお、あとがきは投稿用スレッドには書かないようにしてください。
書き込みたいときは、感想用スレッドに投稿してください。
- 3 名前:作品を投稿の仕方2 投稿日:2002年02月23日(土)00時13分28秒
- もし、書き込み(登録スレ)から24時間以内に更新されなかった場合、
その作者さんの登録番号は登録キャンセル/中断と見なします。
無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
登録番号が無効になった場合、登録スレに
『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。
4)最後に投稿が終わったら、登録スレッドにその旨書き込んでください。
例
「☆〇〇番目「タイトル」●●●レスで終了しました。」
なお、投票締め切りまで参加作者がハンドル等を公開することは禁止されています。
次にルールの説明です。
今回のテーマは「別れ」です。
別れを連想させるものならばどのようなものでもかまいません。
ただし、必ず25レス以内におさめてください。
投稿期間は2月23日午前0時〜3月2日午後11時59分となっています。
- 4 名前:作品を楽しむ 投稿日:2002年02月23日(土)00時17分31秒
- 読者としての注意点。
作品に対する感想や批評は案内板の感想スレッドに書き込んでださい。
投稿スレッドに感想を書き込むのは厳禁です。
感想スレッド
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1014391000
感想は積極的におねがいします。
普通の感想、批評、酷評、どんなことでもかまいません。
ただし、作品に対する話でお願いします。
投稿締め切り後、投票がありますので、そちらにも振るってご参加ください。
投票は作者、読者どちらでもかまいません。
投票期間は3月3日午前0時〜3月10日午後11時59分となっています。
- 5 名前:第六回支配人 投稿日:2002年02月23日(土)00時23分10秒
- 失礼しました、登録スレのURLが抜けてました。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=989174315
今までの内容を見る
第一回http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/989646261.html
第二回http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/993979456.html
第三回http://mseek.obi.ne.jp/kako/flower/998168613.html
第四回http://mseek.obi.ne.jp/kako/white/1004797991.html
第五回http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/1007385455.html
それではお楽しみください。
- 6 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時12分47秒
3分間で出来る事。
・ウルトラマンが敵を倒して宇宙に帰る(テレビで見ると10分はかかってそうだけど)
・カップヌードルが作れる(最近のは4〜5分かかるのも多いけどね)
・腕立て30回(最近は結構きつい)
・…?
- 7 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時13分30秒
- 久しぶりのオフの日に渋谷を梨華ちゃんと歩いていたら、
『3分間で幸せになる店』なるモノを発見した。
試してみよう、って入ってみるとそこは安い雑貨屋さんだった。
最近いたる所で見かける不格好な犬のぬいぐるみを発見して、
梨華ちゃんが私の腕をぐいぐいと引っ張って店の奥まで入っていった。
時計ばっかり気にしてた所為で私は幸せになるどころじゃなかったけど、
梨華ちゃんに聞くと満面の笑みを浮かべて頷かれた。
「3秒で幸せになっちゃった♪」
楽しそうな顔でそんな事を言われたら、そうだよね、と相槌を打つしかない。
元々、忙しくてあまり昼に遊んだり出来ない分、
それだけでも幸せになれんのかもしれない。
3分なんて時間を忘れて、私達はキャアキャア言いながら、雑貨の中を練り歩いた。
- 8 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時14分05秒
- 「うーん、3分で出来ることかぁ。」
楽屋でごっちんに聞くと、ごっちんは唇を突き出して目を上に向けて考えてる顔をした。
後ろの方では辻が飯田さんに甘えてて、加護がそれをからかっていた。
圭ちゃんと矢口さんが振りの確認をしてて、
安倍さんは、みかけなかった。
「ねぇ、腕立て伏せなんて、30回も出来ないよねぇ?」
首を斜めにして、梨華ちゃんがごっちんに少し甘えた口調で聞く。
「出来ない。出来ない。」
テレビとかではあまり出さない明るい声でごっちんが梨華ちゃんに答えた。
最近、梨華ちゃんとごっちんは急に仲良くなった。
ちょっと前まで梨華ちゃんはごっちんにまだ遠慮しちゃうとか言ってて、
ごっちんだって梨華ちゃんはなんとなく苦手だとか言ってたのに、
今じゃ親友みたいに仲良しだ。
休んでた時の番組を見たら二人は楽しそうにやってて、
なんだか面白くなかったのが記憶に新しかった。
- 9 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時14分41秒
- 少し、自分で思い上がってたのかも知れないとも思う。
だけどどう考えたって、それまで私は彼女達のパイプラインをやってた筈なのに、
最近は梨華ちゃんから私の知らないごっちんの事を聞く事まであった。
「…ってのは?」
「へ?」
ごっちんが仕方ないなって笑ってもう一度私を見て言った。
「牛乳500ml飲むってのは?」
「辛いよぉ。」
ごっちんの真面目な顔がおかしくて私は楽屋で一番大きな声で笑った。
- 10 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時15分29秒
3分間で出来る事。
・ウルトラマンが敵を倒して宇宙に帰る(ていうか、最初に必殺技だせばいいじゃん)
・カップヌードルが作れる(パッケージ開けたりする時間入れたら全然間に合わないけど)
・腕立て30回(実はあの日以来毎日やってたりして)
・牛乳500mlを飲む(ちょうどあったから試したら結構簡単にいけた)
・…?
- 11 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時16分06秒
- ヤキモチを焼いていたのかもしれない、ごっちんと、梨華ちゃんに。
『先ニ仲良クナッタノハ、私ナノニ』
自分勝手な意見が頭の中に浮かんだけど、すぐに消した。
「よっすぃー、どしたの?」
「ん?あぁ、トイレ行ってくる。」
体温を奪って生温くなったソファから立ち上がると、
梨華ちゃんが少し心配そうな顔をした。
そう言えば、梨華ちゃんはいつから私の事
よっすぃーって呼ぶようになったっけ?
「先刻の牛乳じゃん?」
ちょっと面白そうにごっちんが言う。
私は曖昧に笑って楽屋のドアに近付いた。
さり気なくソファを見ると、ごっちんと梨華ちゃんが
先刻よりも少し近寄って何か話していた。
振り向きざまに梨華ちゃんと目があった気がしたけど、多分気の所為だろう。
- 12 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時16分37秒
- 逃げる理由もなかったし、別に逃げたつもりもなかったけど、
トイレの洗面台の前で私は大袈裟なため息をついた。
なんだか凄く疲れてたし、苛々もした。
「あー!!!もうっ!」
「ひゃっ!」
驚いた声が聞こえてこっちも驚くと、鏡越しに安倍さんが笑っていた。
「よっすぃー、凄い声出すんだもん。吃驚しちゃったよ。」
そこに花が咲いたみたいに、安倍さんが笑った。
「あ、すみませ…」
「どうかしたの?なっちで良ければ聞くよ?」
言葉に表せられなかった。
なんとなく、目を反らしたら壁にかけられた時計が見えた。
18:55と書いてあるデジタルな時計はあんまり可愛くなかった。
「言いたくないなら、いいけど…。」
「いや、言いたくないんじゃなくって。」
安倍さんは、年令が離れてるのと、雰囲気が少しだけ違ってるのとが混ざって、
話すと凄く緊張した。それはきっと、この人がいなかったら
自分達が今いる娘。は出来てないだろうっていうのが、分かるからかもしれない。
もちろん、他の先輩達にもそれは感じるけど、彼女は全く別だ。
- 13 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時17分40秒
- 私は、自分が勝手に安倍さんにイメージを持っているのを自覚はしていた。
こないだ、なっちの印象は?とか聞かれて凄い焦ったから自覚したんだけど。
梨華ちゃんが素早い対応をしてくれてあの時はホントに助かったんだよね。
結局私が思ってた様な事を同じ様な事を言ってておかしかったのが記憶に新しい。
少しだけ、目の前がくらくらした気がした。
中澤さんにまた怒られちゃうなぁ、なんて思ってたら
安倍さんが私の腕を支えた。
私なんかより全然小さいのに、こういう時は凄くお姉さんになるんだよね。
「よっすぃー、顔青いよ?座った方がいい。」
「え?」
私を連れて、安倍さんは一番奥の個室に入った。
一番近い座れる場所だからだろうけれど、
なんだか少し恥ずかしかった。
誰かとトイレに一緒に入るなんて、子供の時以来だよ。
「すいません…。」
「いいよぉ。」
安倍さんは優しい笑顔で言った。
最近安倍さんは私の行動に、リアクションとかしてくれて、
その時もこんな風な優しい顔をふっと見せる時があった。
それは、いつもなんだかとても可愛く見えた。
特に今日は格別に可愛く、見えた。
- 14 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時18分16秒
- 個室の便器の蓋を下ろして、安倍さんは私をそこに座らせた。
「水とか持ってくる?」
「いや、全然大丈夫です。」
私がそう言うと、安倍さんは少し残念そうに見えた。
「それより、一緒にいてもらえますか?」
「いいよぉ?」
安倍さんが嬉しそうに笑った。
印象的な笑顔だった。
凄く綺麗で、ドキドキした。
別に先刻までとなんら変わらない、
仕事を共にする仲間の安倍さんであった筈なのに、
今私の目の前にいる彼女は知らない女の人みたいだった。
「安倍さん。」
「ん?」
長い沈黙が流れる中で、外の壁のデジタル時計の音が聞こえた。
カチ。
時計の音が耳に煩いぐらい大きい音だった。
自分が何を言いたいかなんて、分からなかった。
唇が勝手に開いて、声帯が勝手に震えて音を出した。
「キスしてもいいですか?」
- 15 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時19分02秒
- 返事を待つ気はなかったのかもしれない。
或いは、最初から答は決まっていたのかもしれない。
私は安倍さんを引き寄せて自分の膝の上にまたがらせた。
安倍さんは私を拒んだりはしなかった。
漫画なんかでキスシーンと言えば『ちゅっ』って音が定番だった。
だけど今したキスに音はなくて、むしろ先刻のデジタル時計の音の方が目立って聞こえた。
心臓が100m走の後みたいに早く鳴ってた。
見すかされるのが嫌で、私は映画なんかの見よう見まねで強引に安倍さんの唇に舌を突っ込んだ。
私、なんでこんな事してるんだろう?
そもそも、なんで安倍さんにキスしてもいいかなんて聞いちゃったんだろう?
少し控えめに安倍さんの舌が絡まってきた。
キスがこんなにいやらしいものだなんて、今まで気付きもしなかった。
もっと、純粋なイメージがあったのに、今してるのはなんかHの一歩手前っていうか、
奥の奥までその人の事を知ろうとしてる感じがした。
どっちの物かわからない唾液が私の喉を下がっていった。
- 16 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時19分40秒
- うっすら目を開けると安倍さんが少し困った様な悲しそうな、
なんとも言えない表情をしていた。
自分じゃ見えないけど自分もこんな顔をしてるのかもしれない。
なんだか、安倍さんのその表情にそそられて、
安倍さんの髪の毛がぐしゃぐしゃになるぐらい手が彼女の後頭部をまさぐった。
人間は、こんなに簡単にいやらしくなれるんだなって、思った。
目を閉じたら、先刻一緒にいてくれって頼んだ時に
笑ってた安倍さんが頭に浮かんできた。
たったあれだけで、恋に落ちたらしい。
私って、単純だ。
カチ。また、時計の音がした。
まだ、先刻時計を見た時から二分しか経ってないなんて信じられなかった。
安倍さんが許してくれてるのをいい事に、
私は自分の手を彼女の胸の膨らみの前まで下ろした。
なんとなく、触れられなくて躊躇してたらトイレのドアが開く音がした。
- 17 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時21分13秒
- カツンカツンてハイヒールが床を歩いているのが耳と、
それから全身から感じ取られる気配で分かった。
「ひとみちゃん、いるの?」
梨華ちゃんの声が聞こえた。
凄く久しぶりに、梨華ちゃんが私の事ひとみちゃんて呼んでるのを聞いた。
梨華ちゃんに答えようかどうか迷っていると
安倍さんが、私の耳に顔を近付けて囁いた。
「内緒にしよ」
それだけ言うと、安倍さんは立ち上がって髪の毛をただして
個室のドアを内側からノックした。
「梨華ちゃん、よっすぃーねぇ気持ち悪いんだって。
背中さすってあげてたんだけどさ、後頼んでもいいかなぁ?」
「安倍さんっ?」
驚いた声をあげる梨華ちゃんの顔を見る為に安倍さんがドアを開けた。
「じゃぁ、宜しくね。」
「あ…はい。ひとみちゃんっ、ごめんねっ!あんなに牛乳飲ませちゃったから…。」
個室に入ってきた梨華ちゃんの向う側で安倍さんが唇だけ動かした。
『バイバイ』
個室のドアは閉められて、心配そうに私の背中をさする梨華ちゃんと、
別に気持ち悪くもなんともないのに唇をかくして気持ち悪いのを装おう私だけが残った。
- 18 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時22分07秒
- 気持ち悪い振りをしながら、右手の下で唇の感触を思い出した。
まだ確かに残るその感触は私に気恥ずかしさと、罪悪感と、
色々なんだか消化不良な気持ちを残した。
「ねぇ、梨華ちゃん。」
「どうしたの?」
覗き込んできた梨華ちゃんの顔は凄く近くにあった。
「今さ、何時?」
「…んとね、あ、先刻ここに入って来た時は6時58分だったよ。」
「ふーん。」
涙腺が少し緩んできた。
「ひとみちゃん?」
「なんでもない。」
心配そうに梨華ちゃんが私の背中をさすってた。
トイレのドアが開く音がまた聞こえた。
「梨華ちゃぁん、よっすぃー大丈夫そぉ?」
ごっちんの声が聞こえてきた。
「うん。やっぱりちょっと気持ち悪くなっちゃったみたい。でも、平気だよ。」
「よっすぃー、ごめんねぇ。」
ごっちんが凄く情けない声で謝ってる。
きっと、ドアの近くでしょんぼりしてるんだろう。
「へーきー。」
トイレに、私の声が響いて、それが少しおかしかった。
- 19 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時22分59秒
- トイレから出ると、案の定へこんだ表情をごっちんは見せてて、
梨華ちゃんは相変わらず心配そうに私の傍にくっついていた。
「もう大丈夫だよぉ。」
明るい声で笑うと、やっと安心した様に二人も笑った。
こんなに好かれてたっけ?
こんな事がなけりゃ自分が大事にされてるのが分からないなんて、
私もつくづく馬鹿だとため息が出た。
だけど、今大事なのはそんな事じゃなくて。
楽屋に戻ると、なんでもない様な顔で安倍さんが笑顔を見せた。
「あ、よっすぃー。元気でた?」
「はい…有難うございました。」
「なっちはなんもしてないよ?」
さよなら、すら言えそうにないぐらい近くにいるんだから
困っちゃうよなぁ。
もうちょっと、失恋気分を味わっていたかったんだけど。
もう貴方とはお別れです、みたいな?
ていうか、元々あの3分だけの話だけどさ。
私は彼女とそう遠く離れてないソファに座って、
頭の中でこっそり先刻のリストに一個追加した。
- 20 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時23分36秒
3分間で出来る事。
・ウルトラマンが敵を倒して宇宙に帰る(よくよく考えてみたらウルトラマンも大変だよね)
・カップヌードルが作れる(しつこい?)
・腕立て30回(今日帰ったら、もちょっと沢山出来るように頑張ろう)
・牛乳500mlを飲む(きっとこれはもう駄目って言われるんだろうなぁ)
・恋(出会いから別れまで。あんな事、もう滅多にないだろうけど)
- 21 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時24分07秒
- あーぁ、って思ったら梨華ちゃんが隣に座ってきた。
「今度から気持ち悪い時は言ってよねっ。」
ほっぺを膨らませて、ちょっと怒ってる感じ?
先刻までは笑ってたのに、今は顎よりも唇が出てるぐらい仏頂面だ。
「うん、まぁ傍にいたらね。」
「いつもいるのに…ひとみちゃんの馬鹿っ!」
あれ?もしかして……まぁ、いっか。
あんまり考えると頭痛くなっちゃうし。
- 22 名前:THREE 投稿日:2002年02月23日(土)04時25分01秒
おわり。
- 23 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時10分37秒
- もうすぐ春だねー。
春っていうとさ、やっぱり卒業式とか思い出しちゃうよねっ。
卒業っていうとさー…。
・・・・・・。
ね、覚えてる?
あん時さぁ、後藤ね。
ちょっとわかんなかったんだぁー。
市井ちゃんの気持ちー。
でも、今ならわかるよっ。
だって後藤、大人になったんだもん。
思い出しちゃうなー…。
- 24 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時12分02秒
- 「後藤、泣かないでよ」
困り果てた市井ちゃんの声。
「泣いてなんか…」って、そう言おうとした口も動かないでやんの。ハハッ…。
だから、精一杯強がって市井ちゃんに笑顔で向き合ったんだ。
そしたらさ。市井ちゃんも泣いてたね…。
あたしの肩、抱きしめながら。
あたしねー…。
市井ちゃんの泣き顔なんて初めて見たからホントはびっくりしちゃったんだよー。
だからね…。
それ見たら、自分が辛いのなんかもうどうでもよくなっちゃって。
でもさー。「辛いんだったら何で辞めるのさ」って思っちゃったんだよね。
そう考えたら、いてもたってもいらんなくなってさ。
…それに、泣き顔見られたくなかったし。
だから後藤、あの時逃げ出しちゃったんだよ。
- 25 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時12分32秒
- あの時ね。
1人で泣きながら走っててさ。
ずーっと市井ちゃんのコトばっかり考えてたの。
ハハッ、可笑しいよね?
だって、怒ってるハズなのに市井ちゃんのコト、考えてるんだもん。
「辞めないで」って口に出して言えなくってもどかしかったのかもしんない。
だってね。市井ちゃんが一度言い出したら聞かないコト、知ってたもん。
ね、ね、知ってた?
あの頃、一度も「辞めないで」って言わなかったの、後藤だけなんだよ。
ビックリしたでしょー?
あ、そうそう。それで後藤、どっかの公園まで走っちゃったんだよね。
あの時は無我夢中だったから…どこをどう来たのか解らなかったんだ。
- 26 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時13分12秒
- ポツーンって、1人ぼっちで夜の公園のブランコに揺られて。
「あ〜あ、何やってんだろ」って思ってたんだよ。
もう何時間1人でそうしてたっけなー…。
でも後藤、あそこから動かなかったんだよね。
ううん、動けなかった…じゃないな。
動きたくなかったのかな?
だって…。
来てくれるの解ってたから。
見つけてくれるの、解ってたから…。
最初、市井ちゃんってばあたしがブランコに乗ってるコト、気づかなかったよね。
「後藤〜!後藤〜〜〜!!!」
ってでかい声でそこら中駆けずり回ってたんだよね。
だけどあたしはわざと返事しなかったの。
…だから〜、泣き顔見られたくなかったからなのっ!!ホントだよ。
だけど嬉しかったんだぁ。
市井ちゃんが探しに来てくれたのも、それを解ってた自分の考えが当たったコトも。
だから、市井ちゃんがやっとあたしを見つけてくれた時、笑ってたんだよ。
- 27 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時13分48秒
- 「ごめんね…」
って、隣のブランコに座って第一声がそれだったね。
後藤ね。何で謝るのか解らなかったんだ。
だから、思わず市井ちゃんの方向いちゃった。
月の光に照らされたその横顔が、あんまりにも綺麗で…。
なんか、恥ずかしくなっちゃって顔…見れなかったよ…。
そしたらさ。
市井ちゃん、「私は後藤に出逢えて良かった!」って言ったんだよね。
「私、やっぱり自分の信じた道を歩きたい」
そうやってポツリ、ポツリって呟く市井ちゃんの声。
どこか寂しそうではあったけど、なんかワクワクしてる声だった。
「後藤、私ね。後藤やみんなに…相談もしないで決めちゃって、悪いと思ってる」
「……うん」
「だけど私は悪くない!」
「……?」
わっかんないよ、そんな言い方じゃ…。
そう思ったけど、後藤は市井ちゃんの話を真剣に聞いてたよ。
- 28 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時14分23秒
- 「あ〜…なんて言うのかな〜…」
あ、それ市井ちゃんの口癖だ…って思いながら、後藤聞いてたよ。
「私の夢は叶ったけど、まだ叶ってない」
「くすっ…何それっ」
後藤ってば、市井ちゃんの言葉が可笑しくてつい笑っちゃったんだ。
だって、言ってるコト矛盾してるんだもん。
「だから〜、夢っていっぱいあるじゃん。1コは叶っても、まだ叶ってない夢もあるのっ」
「…その夢を叶えに、市井ちゃんは行くの?」
「そうだよ」
だから、もうホントは後藤…解ってたから止めなかったよ。
市井ちゃんがいなくなっちゃうのは嫌だけど。
市井ちゃんを困らせるのは、もっと…嫌だから。
だからね…。
もっと話したいコト、いっぱいあったけど。
それは別の機会に譲るコトにしましたっ。
だからあの時、後藤は黙ってニコッて笑ったんだよ。
市井ちゃん、不思議そうな顔してたけどねっ。
もう、なんか…「頑張れっ」としか思えなくなっちゃったから。
「もう気が済んだ?」
って市井ちゃんが聞いてくれた時、「ああ、この人には適わないな」って思ったんだ。
「さ、行こう」って優しく差し伸べられた手を、素直に掴めたんだ…。
「あったかいなぁ」って思いながら…。
- 29 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時15分00秒
- それから…毎日がめまぐるしく過ぎて。
市井ちゃんは卒業して、あたしもちょっぴりオトナになって。
一回も会えずにいたから、ホントは寂しかったんだよ。
メールとか電話とかしたけど、やっぱり本人に会いたいなーって思った。
「会いたくなったら、いつでも会いにおいで」って言ってくれたけど、
なんか…恥ずかしかったから…。
アハハッ…。
- 30 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時15分33秒
- ね、市井ちゃん。
まだ、夢は叶ってないんだよね。
だったら、後藤にもその夢をちょこっとだけ見させてよ。
今は別々だけど…後藤、応援してるんだから。
だから…頑張ってくれるよね?
後藤のために。
自分のために。
まあ、何はともあれ…。
「おかえり。」
- 31 名前:おかえり。 投稿日:2002年02月23日(土)05時16分03秒
- おしまい。
- 32 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時37分48秒
- 季節は春。
照りつける陽光がとても気持ちいい。
淡い桃色をした桜の花々が随所に咲き乱れ、柔らかい春風が、花の薫りと心地よい空気を運んで来る。
誰にでも平等な心優しい自然。
……殺人者にも、例外は無いようだ。
- 33 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時39分28秒
- 「よ、一年ぶりだね」
花とワインを手に、墓石に向かって話しかける一人の女性。
春の陽気の中では暑くも感じられそうな黒いコートとモスグリーンのロングスカートを身にまとい、
からからに枯れてしまった花を交換する。
「今キレイに掃除するからね」
そう言って彼女は、水を取りにその場を離れた。
他人の気配が感じられない静かな墓場。
ワイン瓶の緑が、特異な存在感をもっている。
- 34 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時40分29秒
- 初めて会った三年前の春の日は、とてつもなく寒かった。
今日のような暖かさは微塵も感じられず、珍しい格好で外出していた。
「運命かなぁ、あんなカッコホントに珍しかったからね」
帰宅してきたら、私の住んでるマンションをボーッと眺めてる人がいた。
不思議に思って話しかけてみたら、ここに越してきたようだ。
「なんかのんびりしてるなぁと思ったよ」
どうやら二歳年下らしい。
指に光るプラチナの指輪が印象的だった。
「すぐに仲良くなったもんね」
年も近いし、お互い一人暮し。
食事や買い物に行ったり、泊まりあったりしていれば、自然と芽生えてくる感情がある。
「ホント、カワイかった……」
- 35 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時42分04秒
- バケツいっぱいに張ってあった水は底をつき、墓石は水に濡れ、きらきらと輝いている。
線香と数珠を取り出した彼女は、墓石の前で手を合わせる。
目を瞑り、火のついた線香の独特の匂いを感じていると、いろいろな思い出が甦ってきた。
仲良くなった日の事、初めて泊まりに行った日の事。
オリジナル料理と称して得体の知れないものを食べさせられたり、二人合わせて十万円近くあった財布の中身が、一日で四千円になったこともあった。
「楽しかったね」
しばらくすると、これからも一生忘れないであろう最も大事な記憶が頭に浮かんできた。
「あの時はさぁ、ビックリしたよぉ……」
- 36 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時43分13秒
- 「イキナリ電話かかってきたんだったよね」
二人が付き合い出して、十ヶ月ほど経っていた。
勿論、電話がかかってくる事など珍しくも何とも無いのだが。
「なんかさ、ちょっといつもと違うなーって思ってたんだよね」
時間が遅かった。
もうすぐ十二時になろうかという時だ。
「そしたらさ、急にあんなこと言い出すんだもん……」
「やぐっつぁん……ごとー、今から死ぬね」
「は?」
「へへ……一年間ありがとー」
- 37 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時45分13秒
- 急な事に、矢口の体は全く反応できなかった。
後藤との電話が切れて何分経った時だろうか、思い立った様に部屋を飛び出し、合い鍵を使って後藤の部屋に入った時に目に飛び込んだのは、机に突っ伏した後藤の姿だった。
「ごっつぁん……」
走って近寄る事は出来なかった。
なにかを恐れているかのように、ゆっくりと後藤に近づいて様子を見る。
手元には睡眠薬があった。
「ごっつぁん……」
体の温もりは失われていなかったが、いつもの特徴的な寝息は聞こえてこない。
心臓は……動いていた。
睡眠薬の致死量や死に至る時間など知る由も無いから、心臓が動いていると言う事は、命を救う希望があると言う事だ。
もちろん、矢口はすぐに電話に手をかけた。
……が、ふと思いとどまり、一分ほど体の動きを止めた。
「ごっつぁん……」
改めて、電話に手をかけた。
- 38 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時49分17秒
- 手を合わせ終え、数珠をバッグにしまった矢口は、墓石に話しかける。
「あんね、この前、ヤグチのとこに手紙が来たの。
腎臓移植無事成功したって。よかったね。
あとさ、アフリカの方かな、小さい子の生存率が上がってきてるんだって」
優しい笑顔で続ける。
「ごっつぁん心配してたもんね。
後藤の飲んでる水とかのせいで、地球の水が少なくなってるんだよねとか言って。
こんな言い方変かもしれないけどさ、死んだ甲斐があったって言うか……」
ワインを開け、グラスに注ぎ、墓に備え、話しを続ける。
「これでよかったんだよね。
ごっつぁんのおかげで命の助かった子もいるし、ごっつぁんのおかげで、食べ物や飲み物が手に入った人もいるし」
もう一つのグラスにワインを注ぎ、墓の中のグラスと乾杯をする。
「やっとおおっぴらにお酒飲める年になったね」
ワインを一気に飲みほし、少しも減っていないグラスの隣に並べる。
- 39 名前:プラチナの精神 投稿日:2002年02月23日(土)10時52分34秒
- 「でもさ、世界の事ばっかじゃなくてさ、もうすこしヤグチのことも考えて欲しかったな。
嫌われてもいいから、助けちゃった方がよかったかな……」
墓に届くか届かないか、そう呟いて矢口は立ち上がった。
目には大粒の涙、指には、未だに光沢を保ちつづけるプラチナの指輪が、
墓石に訴えかけるように光り輝いていた。
完
- 40 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時16分29秒
どうやら人はいつか死ぬらしい・・・
「前から解かってたけど、私にとってまさかそれが今日だとは思わなかった。」
小声でつぶやいたつもりだったけど、この人には聞こえたみたい。
頭に押し付けた銃口をさらにグリグリしてきた。
紺野あさ美14歳、生命の危機ってやつです。
- 41 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時17分40秒
何で私、こんなことになってるんだろ?今朝からの行動を考えてみる。
確か今日は月に一回の給料日で、久々に買い物をしようとして銀行に来たんだけど。
ATMの調子が悪くて窓口でお金を下ろしていたら、
いきなり隣にいた男に銃を突きつけられて入口近くの壁に男に引っ張っていかれた。
現在の状況は、男に羽交い絞めにされて頭に銃口を突きつけられている。
- 42 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時18分24秒
何歳ぐらいなんだろこの人?
下が青いジーンズに上は灰色のパーカーか。
服装から見るに、10代後半から25歳ぐらいかな?
袖口しか見えないし、背中に当たっている紐らしきものからそう感じたんだけど。
顔は後ろにいるからわかんないけど、呼吸は荒いが息は臭くない。
まっそんなことより、この状況をまずどうにかしないと。
まずは話しかけてみようかな?
- 43 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時19分00秒
「え〜と、強盗さんでよろしいでしょうか?」
「はぁ?何言ってんだお前、この状況がわかってんのか?」
あっ・・一応返事してくれるんだ。
ということは、説得にも応じてくれるかもしれない。
さっきからこの強盗さんは周りに銃を向けて他の客や行員を威嚇してる。
でもね、膝が震えてるのがさっきから伝わってきているの。
- 44 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時19分53秒
「あのですね強盗さん、強盗は初めてですか?」
「何言ってんだ、フグみたいな顔してふざけるな!」
逆上してきたか・・・。ということは理詰めに言っても無駄かな?
でも私の顔を知らないということは、結構年齢高いかも。
とにかく、家に引きこもっていて世間を騒がせるために私を狙ったわけじゃないらしい。
まあいいや、ためしてみよう。
- 45 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時20分47秒
「怒らないで下さい、だってですねこんな壁際にいたら入口の観葉植物と一緒に防犯カメラに写っちゃいますよ。」
「写ったら何だって言うんだ。」
ああやっぱりこの人知らないんだ。
たいしたことないかも、覆面もしてないみたいだし。
まあ後ろにいるから顔はよくわかんないけど。
しょうがないな〜めんどくさいけど説明してあげよう。
- 46 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時22分59秒
「あのですね、銀行の観葉植物は強盗の身長とかを見るために置いてあるんですよ。だから後でビデオを見て色々チェックとかしてるんです。」
「そっそうなのか!?」
慌てちゃってかわいい。
今、ATMの鏡にチラッと顔が映ったけど結構かわいい目をしてる。
結構好みかも。
これが犯人と人質という危機的状況で発展する恋なのかしら?
もしかしてこれは運命?
ああ、私たちはロミオとジュリエット。
でも2人にはどうしようもない壁がある。
この状況はどうすれば打破できるのかしら。
- 47 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時26分19秒
「おい、このバックに詰められるだけ金を詰めろ!!」
いきなり壁から離れたと思ったら、窓口に引っ張っていかれた。
この人たったら慌ててる。強盗のイロハをちっともわかってない。
ほら銃口向けられた窓口のお姉さんが恐がってるじゃない。
しょうがないな、頼りないロ・ミ・オ
窓口のお姉さんはお札をバックにあわてて詰めだした。
- 48 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時27分10秒
「あっ・・お札はピン札じゃないほうが、製造番号がそろってなくて足がつきにくいですよ。」
「そっそうなのか、よっようし古い札を出せ!!」
「後ですね、バックいっぱいに詰めたら重くて持ち運びにくいですよ。」
「そうか・・しかたないな、でも何でそんな俺を助けてくれるんだ?」
- 49 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時27分55秒
私は恥ずかしくなって顔を伏せた。
まさか好きになったなんて言えないもん。
彼ったらあせって、さっきから窓口のテーブルをダンダン叩いてる。
窓口と彼に挟まれてちょっと苦しいけど何かシ・ア・ワ・セ。
それより急がないと誰かが通報してるかもしれないし、確か通報から警察が来るまで平均7分。
もうそろそろやばいかも。ほらねサイレンの音が聞こえてきた。
- 50 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時28分56秒
「だから、早くしろって言ってるだろう!!」
「すっすいません。」
彼が窓口のお姉さんとやりとりをしている間に私が何とか考えないと・・・。
この音だとまだ一台しか来てないみたいだから裏口かな?
ようやく、全部詰め終わったらしい。
彼がバックを持って私の腕を引っ張った。
- 51 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時30分30秒
「次はどうすればいい?」
ああっ私は彼の心をつかんだみたい。私って悪い女。
こんな私のポチャッとしたホッペにみんなだまされるのね。
でも私しか彼を助けられない。
彼と私は手を取り合って銀行の裏口に向った。
銀行の表が騒がしい。警察が踏み込んだみたい。
でも私たちはもうそこにはいない。
運命の2人はどこまでも逃げられる。
そうだ、田舎の町で塾を開こう。そこで私は先生をやるの。
そう私たちは手と手を取り合い未来への扉を今開いた・・・。
- 52 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時31分58秒
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
- 53 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時32分38秒
「で・・・なんで紺野は今ここにいるの?」
ここは保田さんと待ち合わせしていたカフェ。
私はさっきから質問攻めにあっている。
保田さんは私に向ってコーヒーを混ぜたスプーンを突き出している。
- 54 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時33分17秒
「ええっと・・・紺野は強盗が好きになって助けたかった。」
「はい。」
「でも紺野は裏口を出た途端に強盗の首に手刀を入れた。」
「はい、私空手茶帯なんです。」
保田はやれやれといった顔をしてコーヒーを一気に飲んだ。
- 55 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時33分59秒
「そんなこと聞いてんじゃないの。好きなるのも理解できないけど、いきなり嫌いになったの?」
「はい、嫌いになったんです。」
保田さんは頭を抱えてうんうん言い出した。
どうしても私の気持ちの変わり様が理解できないらしい。
もうわかんないといった顔で保田さんはさらに質問してきた。
- 56 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時36分37秒
「その強盗の顔がすっごい好みだったんでしょ。」
「はい、目はすごい素敵でした。」
「おお、それでそれで。」
「でも、鼻がミシェル・クワンみたいだったんです。」
http://www2.asahi.com/saltlake/K2002022101994.html
「ああ・・・そりゃしょうがないね。」
一瞬の沈黙があったが、何とか保田さんも納得してくれたらしい。
- 57 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時37分35秒
「ところで、紺野の好みってまだあの人?」
「はい、私の王子様です。」
保田さんは気分が悪くなったと言って、今日はその後すぐお開きとなった。
- 58 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時38分47秒
何てことはない一日、私は今日も理想の人に出会えなかった。
あの強盗さんとも、もう会うことはないだろう。
目はすっごい好みだったんだけどな〜。
私はベッドに横になると枕もとに置いてある写真立てを取り出した。
やっぱりいつ見ても渋い。
あの強盗さんも良い線行ってたんだけど、もう少し髪が薄くないとね。
ね〜江頭さん
- 59 名前:どうやらいつか死ぬらしい 投稿日:2002年02月24日(日)00時39分30秒
おわり
- 60 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)01時22分12秒
- 「俺、好きな子できた。だから」
突然だった。何の前触れもなかった。伏線なんてどこにも見当たらなかった。
「ごめん、バンビ」
目の前の男は昔からあたしをそう呼んだ。目がとびきり大きく足の長い、ディズニー映画のまだらの小鹿。
名付け親は定まらない視線をレモンイエローのテーブルクロスに落とし、立てた親指を目の窪にひっかけ、残り八本の指を交互に組み、つぶやく。祈りの言葉でも捧げるみたいにして。
「それが、おまえのためでもあると思うしよ」
- 61 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)01時33分36秒
- 久しぶりのオフ。三日前に開店したばかりというオイスターバーに20分遅れて飛び込んだあたしに「男がスカート履いてくるんじゃねーよ!」と叫んだその口で言うか、そんなこと。
あたしより3センチだけ低い160の背丈を気にして、髪を花火みたく逆立ててきていた。
「ISSAみたいだろ? おまえISSA好きだもんな」
なんて言うから
「ISSAだね、生え際が」
と返したらたちまち青くなっておでこに手をやるから嘘だバーカと舌を見せてやった。その直後のことだった。
- 62 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)01時43分46秒
- 埼玉の外れにある小学校で同じクラスだった。あたしが女子の、向こうが男子のリーダー。口は向こう、力はあたしが上だった。
学芸会の劇、確か庄屋の倉ってタイトルだった、その主役を二人でやった。それから少しずつ話すようになり、気がつけば毎日一緒に遊んでいた。
プレイスポットは近所の川。ミミズを掘って釣餌にした。たまには山の裏のお堂でかくれんぼもした。
誰がいつ時計の針を進めたのかと思うほど、時はあっという間に過ぎていった。
- 63 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)01時56分18秒
- 「なんでそうなるのよ」
手がひとりでにテーブルを叩いていた。ナイフとフォークが軽く宙に浮き、音を立てて落ちた。
かすかにしびれた左手首に巻いた、男ものの腕時計。
黒のベルトには二つの跡。
あたしへのバースデープレゼントを買い忘れたこいつの腕から奪い取った。19の誕生日に銀時計をもらった女の子は幸せになれると聞いたから。それは銀の指輪だしおまえ19歳でもないだろ、返せと伸ばした裸の手を払い、あんたにゃ腹時計が似合いだと言って自分の右手首に巻いた。
- 64 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)02時05分33秒
- 「おまえ、自分の稼ぎ言ってみろよ」
「大声出さないで。こっちは面割れてんだから」
「いいから言え」
仕方なく年間の手取りの額を偽りなく言って、パンを一切れかじる。苦い味が口いっぱいに広がった。
「ゼロ一つ取っても、まだ俺より多いな」
笑ってた。こんなさみしげな顔、初めて見た。
「関係ないじゃん、あたしそんなの全然気にしないよ」
「俺は気にすんだ。誰がどう見たって、俺たち、もう、つりあってねえだろうが」
- 65 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)02時15分45秒
- あたしは立ち上がっていた。手足が冷たく、頭が煮えたようになる。
並んで歩く時は身長差が気にならないよう心もち猫背にしていた。
でも今あたしは一本の棒みたく真っすぐ突っ立ったでくのぼう。
乾きかけた生牡蛎をつかみ、投げつけてやった。よけもしなかったので破片が散って、そこら中が汚れた。
生臭くなった手でつかみ出した万札をテーブルに叩きつけて、店を飛び出した。追って来なかった。
誰かあたしに嘘をついてよ。白じらしくても全然平気だから。
- 66 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)02時24分10秒
- 気がつくと、知らない町の電柱の下で盛大に吐いていた。
部活動していた頃、スタミナをつけるためだと言って試合が終わった後決まって走らされた。負けたら倍になった。それでもあたしは一度も吐いたことなんてなかったのに。
吐いても吐いても苦しかった。これがゲロじゃなくて血だったら死ねるかな、このまま命も吐き出せてしまえれば楽なのになと思った。
右の耳に怒り狂う声。バンビはどこだ、バンビはどこだ。
左の耳に泣き叫ぶ声。バンビが死んだ、バンビが死んだ。
- 67 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)02時36分46秒
- 電柱にもたれる手に巻いた腕時計が街灯に照らされ、鈍色に光る。
なんであの場で突き返さなかったんだろう。嫌になった。
外して、投げ捨てた。アスファルトに乾いた音とともに跳ね返され、闇に消える。慌てて、手探りした。
たまたまそこにあるのだと思い込んでいたのは、実はあたしのためオーダーメイトされた時計だった。
とんでもなくラッキーだったのに気がついたのは、その幸運を失ってからだなんて。
指先に冷たい感覚を探り当て、闇から重みをつかみ上げるとかき抱いた。
視界が歪み、けものじみたうなり声が臭い口からあふれた。
- 68 名前:嘆きのばんび 投稿日:2002年02月24日(日)02時45分08秒
- 家を出ることになった。幼い頃からの思い出が詰まった町を生まれて初めて離れる。
部屋を片付けてたら、机の奥から、見覚えある銀色に光るものが出てきた。
壊れてしまって、3時5分で動かない。
黒い革ベルト、胸に巻きついてからまる。
止まったままの針が目にも止まらぬスピードで回り出す。
もっと行け、もっと行け、もっと走れ。(終了)
- 69 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時26分58秒
ずっとずっと、一緒にいれるわけじゃない。
いつかはきっと、別れだってやってくる。
だけどそれでも、あなたは隣にいるのかな――?
- 70 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時27分32秒
- 「もうすぐ、裕ちゃんが卒業して1年、か…」
長かったようで、短かった一年間。
なんか、卒業式とかで言いそうなことを、1人呟いてみる。
「なぁーにぃ、なっち。なんか暗い」
「…かおり」
呟いてみたのはいいけれど、傍にかおりがいるのを忘れていた。
ここは、なっちの部屋でもなんでもなく、楽屋で。
メンバーがいるのは、何らおかしくない。
だけどいるのは、かおりだけ。
それはそれで、おかしいような気がする。
「あれっ、矢口とかはー?」
楽屋の部屋割は、3期メンバーまでがなっち達と同じ楽屋。
そんで、4期メンバーと5期メンバーがもう一つの楽屋っていう分け方で。
本来ならなっちとかおりの他に、矢口と圭ちゃんとごっつぁんがいるはずなのに。
「さっき、ADさんが呼びに来てたじゃん」
「あれ〜? そうだったっけ〜?」
「なっち、1人の世界入り過ぎ」
「かおりにだけは言われたくなーい」
- 71 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時28分05秒
- 口を尖らせて言い返したら、可愛くなーい、なんてそれこそ可愛くない答えが。
かおりとは、いっつもこんな感じ。
…まあ、これでもマシになった方だと思うけど。
昔は一緒に暮らしてたこともあって、嫌なとこにばっかり目がいって、それこそやばかったけど。
今じゃこうやって軽い言い合いが出来るけど、あの頃じゃ絶対喧嘩んなってた。きっと。
「…で? なっちはなんでそんなこと呟いてたの?」
「へ?」
「――裕ちゃんが卒業して、1年」
「――ああ」
別に、ただなんとなく。
手帳についてるカレンダー見てたら、4月15日はもうちょっとだったから。
ちょっと感傷深くなって、呟いてみたらそこにかおりがいた、それだけ。
「でもさ、早かったよね。1年。まだだけどさ」
「そだね」
「なんかさー、すっごい忙しかったもん! 1番忙しいかった1年でない?」
「そうかも」
「…なんかかおり、反応わるーい」
「そうかな」
「そう」
- 72 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時28分39秒
そこで、会話が終わってしまう。
何なの、何よ、生返事。
……なんて石川のマネしても、全然おもしろくない。
そもそも、モーニングをやっていなかったら、かおりとは絶対こうして喋らなかったと思う。
裕ちゃんだってANNで言ってたけど、同じクラスによっすぃーがいたら喋らなかったって。
それ聴いた時、うわ可哀想、と思ったけど。
なっちとかおりだって、思えばそんな感じじゃん。
なっちは、お喋りでまだこどもだから。
一緒に騒いでくれる矢口とかと、どうしても一緒になることが多い。
その点かおりは、どちらかと言えば無口で、考え方がかおりの世界だし。
なっちとは、どうやっても合わないんだよ。
だからこうやって、会話が止まってしまう。2人でいると。
紗耶香がいた頃、かおりとずっと話しこんでたっての聞いて、
紗耶香はかおりと会話が途切れることなく、どんな話してたんだろうって考えてしまったことがあった。
その後紗耶香に聞いても、
「別に、フツーの話だよ」
って笑ってそう答えるし。
だけどそんなフツーの話でも間が持たないなっち達は、やっぱ合わないんだろうなぁって。
- 73 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時29分14秒
- …別に、居心地がものすごく悪いってわけじゃないんだけど。
やっぱりちょっとアレだから、席を外そうと考える。
「なっち、トイレ行ってくる」
「うん」
別に引き止めることもなく交わされる、その場だけの会話。
それはまったく、いつものことなんだけど。
今日のかおりは、いつもと違った。
「なっち」
ん?って振り向くと、真剣な顔してるかおり。
「…何?」
「なっちさ、――モーニング辞めんの?」
「はあぁぁ!?」
- 74 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時29分49秒
何さいきなりっっ!
誰も、そんな話してないのに!
……かおりの頭の中じゃ、その言葉に行き着くようになってたのかもしれないけどさ。
「だーれもそんな話してないっしょお!? 裕ちゃんが辞めて1年かって言っただけじゃん!」
「うん、だから、もう1年経ったから、辞めるって言うのかなって」
「言うわけないっしょ!」
「だよね」
「…………」
あっさりと納得したけどさ。
こっちは全然、納得するわけない。
トイレ行くのもやめて、かおりを追及することにする。
- 75 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時30分29秒
- 「そもそも、この今のモーニングの状態で辞めれると思う?
無理っしょ、いくらなんでもこれじゃ。だってまとまってないもん」
「うん」
「裕ちゃんが辞めて1年で、その間に新メンバーがまた入ってきて…。
この状況で辞めたら、そんなのどうなるかなんて、なっちだって知ってるよっ」
「うん」
「だったらなんでそんなこというのさっ」
「――別に。そう思ったから」
「そ、そう思ったからって……」
「もうさ、あたし達だけなんだよね、考えたら」
「…?」
「【モーニング娘。】っていう、オリジナルメンバーは」
「……うん」
5人の内、2人。
オリメンが減ってく内に、追加メンがどんどん増えて、今現在13人。
【モーニング娘。】は、いつのまにかブランド名になっちゃって。
- 76 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時31分15秒
- 「今まで、色んな別れ体験してきたけど、やっぱりあたしはさ」
「…うん」
「なっちと別れるのが、1番つらいかもなんて」
「…は?」
「……こうして、初期のメンバーが、あたし達2人だけなのも腐れ縁だとするとだよ?
その腐れ縁は、どこまで続くのかな……」
「かおり……」
明日香、彩っぺ、紗耶香、裕ちゃん。
裕ちゃんの次に別れなきゃいけないのは、誰?
なっち? かおり?
それとも別の誰か――?
別れる度、辛く悲しい想いをたくさんしてきた。
したくないけど、したくなんかなかったけど、たくさんしてきた。
別れなんか、誰も望んでない。
だけどその子の――その人の夢を叶えてほしいから。
みんな、辛いけど悲しいけど、別れたんだ。
- 77 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時32分09秒
- 明日香の時、泣いた。
彩っぺの時、泣いた。
紗耶香の時……どうだったかな。
裕ちゃんの時、ものすごく泣いた。
じゃあ、かおりの時は?
なっち、かおりの時は、泣くんだろうか――。
……泣くのかな、やっぱり。
それとも、泣かないのかな。
だけど、わかる。
多分なっちも、かおりと一緒。
理由はただ、そう、腐れ縁だから――かな?
- 78 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時32分42秒
「……うん、なっちも、かおりと別れるのが1番つらいと思う」
「…おかしいよね。昔は1番仲悪かったのに」
「ほんとだよ。そもそも、かおりとなっち性格的にも考え方も合わないし」
「だってなっちむかつくんだもん」
「なんでよー、かおりが悪いんじゃん!」
「かおり悪くないもん」
「だからそうやって認めないのが悪いんだって!」
…なんて、くだんない言い合い。
だけどなんでか今は、さっきと違って、会話が途切れることはない。
その内に、矢口が戻ってくる。
「何々? 珍しいねぇ、2人が言い合いしてんの」
「「矢口」」
「うおっ、声まで揃った」
「うっわ、サイアクっ」
「なっちとのハモ、合わないからきらーい」
「んだとぉっ?」
「こらこらこらー」
- 79 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時33分23秒
こんなくだんない言い合いが続くのも。
笑って言い合えるのも。
こうやって、モーニングなってなかったら絶対喋らなかっただろうと思うかおりが隣にいるのも――。
――――すべてすべて、腐れ縁。
…なっち達の腐れ縁は、もう少し続きそうだ。
- 80 名前:腐れ縁 投稿日:2002年02月24日(日)04時33分56秒
おわりです。
- 81 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)12時59分19秒
- 「出会いの数だけ別れもある」
誰が言った言葉だったろうか?思い出せないけど、確かに聞いた事がある。
これが本当なら、出会った人全てと別れるということだろうか?漠然と、そう感じた気がする。
仕事に流されて、そんな感情も忘れかかった頃、皮肉にも私はそれを実感する事になった。
とある先輩との別れ。共に過ごした時間は短かったが、それでもすごく世話になった、面倒見のいい先輩。
涙が零れた。こんな風に、皆ともいつか離れ離れになってしまうのだろうか。そう思うと怖かった。
- 82 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時00分05秒
ソレナラ、ダレトモデアワナケレバ…ダレモ、ココロノナカニイレナケレバ…
別れには色々種類があるけれど、心を閉ざして、誰の侵入も拒んでいれば、別れる時に辛くない。
それが私の出した結論だった。あまりにも幼稚で、悲しい答え…けれど、それしか無く…
- 83 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時00分39秒
そんな私でも恋をした。こともあろうか、同じ女性、同じメンバーに。
数少ない、心を許した同期に。別れる時、辛い人に。
隠しきろうと思った。心の奥底の光が届かない場所に追いやっておけば、いつか消える。
けれど、想いは闇をも栄養とするらしい。募り、肥大し、いつしか明るみに出かけていた。
そんな時だった。彼女もまた私に思いを寄せている事を、彼女自身の口から聞いたのは。
- 84 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時01分16秒
「私と…付き合ってください」
泣きそうな目をした彼女を、どうして私が拒めただろうか?
泣き叫ぶ理性を押さえつけた本能が、私に彼女を抱きしめさせた。
彼女の温もり。暖かくて、優しい。私より少し背の低い彼女。その差さえ愛しい。
力を込めたら、壊れてしまいそうなほど細い腰を慈しむように両腕で包む。
「私も、好きだよ」
そう囁くと、彼女は私を見上げた。
潤んだ瞳が喜びの色だけを灯していく。
けれど、私の心の中には、喜びと共に、不安も生まれた。
いや、これでよかったんだ…彼女を悲しませたくはない。そう自分に言い訳した。
- 85 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時01分54秒
付き合い始めてから一ヶ月が過ぎた。
彼女は色んな思い出を作りたがったが、私はそれをやんわりと拒否し続けた。
綺麗な思い出は、捨てる時、痛みを伴うから…作らないほうがいい。それが二人の為でもある。一緒にいるだけで充分だ。
そう思い込もうとしていた私は、もしかしたらすごく愚かで、哀れなのかもしれない。
けれど、いつか来るその日が…怖かった。
- 86 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時02分28秒
ある日、仕事の帰り道。私たちは一緒に帰路についていた。
今日は彼女の家に泊まる事になったからだ。
途中に公園があって、私が止めるのも聞かず、彼女はその中へと入っていった。
その小さな公園には誰もいなくて、街灯に映し出された彼女だけが色づいていた。
「私のこと…好き?」
少し首を傾げて、私に問う。その声は少し震えていたかもしれない。
「言ったじゃん…好きだよ」
「ホント?」
「…ホントだよ。嘘じゃない」
「……嬉しい」
歩み寄ってくる彼女を私はそっと抱きとめていた。
「…私も好きだよぉ。絶対、私のが好きだよぉ…」
泣きじゃくり、震える肩が酷く頼りなげに見えて、せめて彼女が泣き止むまでは、こうしていたいと思った。
- 87 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時03分06秒
彼女は泣き止むと、嬉しそうな顔をしてどこかに走っていった。
突然の事で追いかける事も出来ずに、闇に飲まれていく後ろ姿を見つめていた。
しばらくして、彼女は棒を片手に戻ってきた。
意味がわからず不思議そうな顔をしていると、彼女は悪戯っぽく微笑んで、地面に何かを描き出した。
『私たちは永遠に愛し合う事をここに誓います。』
恥ずかしそうに私の目を見たあと、彼女は自分の名前をその横に書き足すと、棒を私の方に差し出した。
どうやら、書けということらしい。私は彼女の名前の横に自分の名前を書いた。
- 88 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時03分36秒
『私たちは永遠に愛し合う事をここに誓います。
石川梨華 吉澤ひとみ』
- 89 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時04分09秒
風が吹けば消える。雨が降れば流されるし、誰かの汚れた靴に踏みにじられるかもしれない。
想いだって同じだ。それなのに、砂の上に書かれた言葉を眺めて、彼女は満足そうに笑う。
その瞳は疑いもせずに、永遠の信じているようだった。
「ね?手、繋いで帰ろう?」
「え〜、なんでさ」
「…好きだから」
そう言う彼女の声はとても甘く、残酷なまでに選択肢を削っていく。
ただ好きなだけで繋いだこの手も、ただ好きなだけじゃ離れるだけなのに…私たちは手を繋いで歩き出した。
- 90 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時04分45秒
それから更に月日がたち、二回目の正月も共に過ごした。
彼女が笑うたびに、私の心は彼女に占められていった。
彼女への想いが大きくなるにつれ、不安もまた大きくなっていく。もしかしたら、不安の方がその比率は大きいかもしれない。
- 91 名前:お別れに向けて 投稿日:2002年02月24日(日)13時05分34秒
それでも、今も私たちは共に過ごしている。
彼女は安心しきった顔で、私の腕の中で寝息を立てている。
今も二年前も、彼女のぬくもりは変わらず暖かい。
もし彼女を抱く腕が、私の物じゃなくなっても、このぬくもりは変わらないのだろう。
そう思うと胸が痛んだ。
それは、何年先になるだろう?明日かもしれないし、死ぬまでかもしれない。
けれど、時計の針が時を刻むのに合わせて、私たちは確実に近づいていく。お別れに向けて…
〜FIN〜
- 92 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時10分54秒
いつも、いつも、いつも、私──飯田圭織の膝上に、
それはもう容赦なく「どすんっ」と乗ってくる推定
××キログラムの物体がある。
その物体の名は、辻希美。人間。たぶん。
- 93 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時13分10秒
- で、先日──
ロケの移動中、いつものように、当然のように、私の膝の上に
「どすんっ」と乗ってきた辻。
しょうがないからと、いつものように辻を抱いて支える私。
「重いんだけど……」
いつものように、愚痴ってみる。
「辻、少し痩せましたよ」
いつものように、てへてへ笑う辻。
憎らしいほど重たいけれど、憎らしいほど可愛い。
で、そんな、なんだかちょっと複雑でわけのわからない気持ちを、
自分でもわけのわからない方法で表現してみた。
抱いている辻の頭頂にアゴを乗っけて、ガクガク、グリグリしてみた。
思いっきり。みのもんたよりも思いっきり。
「いだ〜いっ!」
叫ぶなり私の膝上から転げ落ちた辻は、頭頂をおさえて、さすりながら、
もだえた。
うずくまって頭のてっぺんをスリスリとさすっている辻の様子は、いつも
以上にアホっぽく見えて、おもしろくて、可愛かった。
「痛い!」と怒る辻。
「重い!」と勝ち誇る私。
「これからは、もっと痩せないと膝乗り禁止だからね。よろしく」
- 94 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時13分52秒
- で、それ以来、辻は私の膝に乗ってこなくなった。
恐れているのか、怒っているのか、約束を守っているのか、そのうちの
何が原因なのか、そのすべてが原因なのか、わからないけれど。
が、辻は私の膝に乗ってこなくなっただけで、この前、裕ちゃんと一緒の
お仕事があったとき、辻はちゃっかりと裕ちゃんの膝に乗っていた。老体
に鞭を打ったり冷や水を浴びせているがごとく。容赦なく。
で、その場面に出くわした私と目を合わせた辻は、ビクッってした。
裕ちゃんが「どうしたん?」と言っても、辻はふるふると首を振って目を
伏せる。怒られると思ったのだろうか。とりあえず、私は何も言わず、知
らんふりで、プレッシャーだけをかけ続けた。意地悪な私。小悪魔ニョロ。
で、そこで私が何も言わずにいたせいで安心したのか、辻は私以外のメン
バー(元・含む)の膝に乗りまくり。
私の膝じゃなければいい、ということを、平均を下回る分量しか無いので
はないかと疑われる脳みそで判断したらしい。
- 95 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時30分06秒
- 3年越しの借金を完済したかのように辻の重みから解放された私は、
晴れ晴れとした気持ちで楽屋ライフを送ることとなった。
で、その一方、
矢口の膝に乗って、矢口を押し潰し、加護と一緒になって笑う辻。
圭ちゃんの膝に乗って、脈絡もなく「おばちゃん」を連呼する辻。
なっちの膝に乗って、まるで親子のブ──ブ……ブ……ブリジストン。
吉澤の膝に乗って、一緒にお菓子を食べる辻。
裕ちゃんの膝に乗って、三十路に近づく恐怖について問う辻。
あれ?
私、今まで楽屋とかで、どんなことやってたっけ?
いつもこんなふうにボ〜ッとしてるだけだったっけ?
そんなことを思う今日この頃。
あれ?
なんだろう?
なんか変だ。
なんか足んない。
なんか笑えない。
あれ?
- 96 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時30分50秒
- で──
「ちょっとカオリ。あんたが膝に乗せて抱いてる、それ、なに?」と矢口。
「矢口の所有物であるところの熊のプーさんことシゲルさん」と私。
「それはわかってる」
「じゃあ聞くな」
「…………」
「( ゚皿゚)」
「………………」
「やっぱこんなの違う!」
「ああ! わたしのプーさん投げんな!」
辻が膝の上に乗ってくると、マジで重くて、ただでさえダンスで疲労して
るのに余計な負担がかかって膝とか悪くなりそうだし、夏場は暑苦しいし、
私の服の上に食べカスとかボロボロこぼすし、あの体重を支えるために腕
に筋肉とかついちゃうし、あれやこれや、その他諸々、数え上げたらキリ
がなくて、ホント、迷惑きわまりなくて──
なんか寂しいよ。
- 97 名前:オモイ 投稿日:2002年02月25日(月)01時31分26秒
- で──
「おい、辻」
「はい?」
「もうそろそろ、私の膝に乗ること許してやる」
「でも、辻はまだ痩せてませんよ」
「いい。だいじょうぶ。許す」
「でも、またアゴでグリグリする」
「もうしないって」
「でも、やっぱりダメです」
「なんでだよ〜。私が許すって言ってるんだからさ〜」
「ダメです」
「そんな意地張るなよ〜」
「ダメです」
「なあ〜、つじ〜」
「ダメです」
なんか、お母さんって、こんなふうなのかな?
そう思う今日この頃。
【完】
- 98 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時40分54秒
- 嫌な夢を見た。
身体中が冷たくなっているのがわかって、目を覚ました。
裕子はベッドの上に半身を起こす。
まるで頭から水をかぶったように、全身が汗で濡れていた。
――― 忘れることなど許されない出来事。
目の前に広がる闇を見つめ、力無く首を振る。
のろのろとベッドを降りてキッチンへ行き、冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出した。
一気にあおろうとして、少しだけむせる。
ブラインドを開けると、東の空がかすかに白み始めていた。
そして今日が特別な日であったことに、今さら気づく。
そんなことにかかわらず、海はいつもどおりそこにあるのだけれど。
- 99 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時42分09秒
- 週末だというのに、波はベタベタのフラット。
サーフボードを車に積んで、遠くの街からやってくる連中の落胆した顔が目に浮かぶようだった。
それでもこんな天気の中、海へとやってくる者もいる。
海辺の国道の先で、ヘッドライトらしきものが光っていた。
今朝の一番乗りが御到着らしい。
今日はもう、眠れへんわ。
残ったビールを飲み干し、そう覚悟した裕子は店を開ける準備を始めた。
- 100 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時43分04秒
- 東京から少し離れた、海辺の街。
休日ともなれば、サーファーたちが群れをなして訪れる絶好のスポット。
十数年前に芸能界を引退した裕子は、ここでサーフショップを営みながら、静かに暮らしていた。
小さなカウンターで冷たい物を飲ませ、店の隅でTシャツやらワックスやらの雑貨を売る。
別にサーフィンやマリンスポーツに興味があったわけではない。
ここで生計を立てるには、こういった店を開くのが一番手っ取り早いと思えたし、
事実、女一人食べていけるくらいの収入は得ていた。
そして何より、この海から離れられなかったから。
――― 矢口が死んだ、この海から。
- 101 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時43分43秒
- その日は海が穏やかだった分、裕子の店は大忙しだった。
シーズンに一度や二度、こういう日もある。
そしてそんな忙しさを、決して裕子は嫌いではない。
忙しければ忙しいほど、矢口のことを考えなくて済む。
やがて日も暮れ、店の外に立てかけてあったサーフボードを片付けている時、
その日最後の客が裕子の背後から声をかけた。
裕子はその顔を見て、朝から不機嫌きわまりなかった表情を少しだけ崩した。
「おばちゃーん」
「おばちゃんやない言うとるやろ、おねえさん言え」
「四十過ぎてりゃ立派なおばちゃんだって」
「あんたも大して変わらへんやん」
「確かに」
- 102 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時46分17秒
- 最後の客 ――― 安倍なつみはそう言って笑うと、裕子が何も言わないのに勝手にドアを開けて店に入り、
カウンター前の椅子に腰を下ろした。 裕子はその様子を見て少し肩をすくめ、その後に続いた。
「久しぶりやん、何かあったんか?」
冷たいドリンクを出しながら裕子が訊ねる。
あらためて訊かなくても、ここに来た理由は痛いほどわかっているけれど。
ここのところ、裕子はかつての仲間たちと連絡を取り合っていない。
それぞれがスポットライトを浴びている中で、世捨て人のような自分が連絡する必要もなかったし、
またその世界をほんの少しでも羨ましいと思ってしまう自分を、裕子は他人に悟られたくなかった。
「ん・・・・・・別に。 ヒマだったからさ。 っていうか特別な日だし」
――― 特別な日。 矢口と、永遠に会えなくなった日。
- 103 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時47分00秒
- 「・・・・・・今年も忘れてへんかったか」
「あったりまえっしょ」
裕子がここに店を開いてから、なつみは毎年欠かさずこの日にやってくる。
そのことが、裕子の辛い記憶を引きずり出していることに、なつみは気づいていない。
裕子は売り物の缶ビールを取り出すと、ふたを開けて口をつけた。
それはいつもよりも確かに苦かった。
「せや、特別な日や。 あたしが矢口を殺した日や」
- 104 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時48分21秒
- 二人でレンタカー借りてドライブなんて、よくあることだった。
仕事の後で疲れてたって、矢口と遊ぶとなればどんなに無理してだって出かけていった。
その日は、「海が見たい」と言った矢口のために、少しばかり離れたところへ遊びに行こうとしていて、
裕子もそれを楽しみにしていた。
疲れていたせいかもしれない。
運が悪かっただけかもしれない。
前日の雨でスリッピーになった路面と、走り屋と呼ばれる連中の未熟なテクニック。
センターラインを越えて走ってくる対向車に気づかず、一瞬だけ裕子のハンドル操作が遅れた。
次の瞬間に裕子たちの車は宙を飛び、国道沿いの崖下へと転落して、水中へと沈んでいった。
もう一つトンネルをくぐれば目的地という所で。
海はもう、目の前に見えていたのに。
- 105 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時49分04秒
- 奇跡的に生き延びた裕子は、それからひっそりと芸能界を引退した。
何年か引きこもりのような生活を送った後、反動のように全国を転々とした。
家にいても、あの瞬間の記憶に押しつぶされそうで。
外に出ても、ずっと矢口の影が追いかけてくるような感覚。
結局、この地に腰を落ち着けた。
償いなどではない。
矢口の死んだ場所で、自分を責め続ける以外に、その感覚から逃れる方法がないとわかったから。
- 106 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時50分19秒
- 「で、裕ちゃんはいつまでこうやって生きてくつもりなの?
相変わらず死んだような眼しちゃってさあ」
「死んだような、じゃなくて死んでんねん・・・・・・あの日からずっと」
「いいかげん自分を許しなよ、もう何年たったと思ってるの?
別に裕ちゃんが矢口を殺したわけじゃないんだよ?」
「矢口が生き返って『許してあげる』言うてくれたら、な。 それまでは許せへんな」
そう言って裕子は哀しげに少し微笑み、また缶ビールに口をつける。
ここ何年か、この日になると繰り返される変わらないやりとり。
長い長い沈黙の後、なつみは呆れたように、そして諦めたようにため息をついて、
話題を変えた。
「・・・・・・あ、ねえねえ。 このへんてさあ、ミニFM局とかあるの?」
- 107 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時51分43秒
- 突然何を言い出すんや、といった顔で裕子は答える。
「いや、聞いたことないな。 何で?」
「これ、そこのバス停に置きっぱなしになってたんだけどさ」
そう言ってなつみは自分のバッグを漁る。
やがて出てきたのは、古ぼけた ――― 本当に今にも壊れそうな ――― 一台のラジオ。
余計な機能は何もついていない、ただ純粋にラジオにしか使えない代物。
「変なんだよ、これ」
「またおかしなもん拾ってきよって。 こんなんが今時残ってること自体変やわ」
「そうじゃなくって。 とりあえず聴いてみ?」
- 108 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時52分58秒
- なつみがスイッチを入れると、聞き覚えのある曲が流れてきた。
十年程前に流行った、後藤のソロシングルだった。
最近は女優活動に力を入れていると聞いていたが、熱心なファンがリクエストしたのかもしれない。
あれから流れた歳月を考えれば珍しいことではあるが、とりたてて『変』というほどのことでもないだろう。
「どこがおかしいねん」
至って普通のラジオやん。 ただ懐かしのメロディを放送しているだけの。
そう裕子がいいかけた時に、曲が終わり、DJの声が流れてきた。
『――― はい、来週リリースされる後藤真希さんの新曲でした』
- 109 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時55分01秒
- 「・・・・・・」
「ね、おかしいでしょ? しかもこの局しか電波入んないみたいなんだよね。
なっち、このへんのFM局がそういう企画でもやってんのかな、って思ってさ」
なつみはそう言いながら、チャンネルを変えようとする。
しかし、言葉のとおりいくらダイヤルを回してみても、スピーカーからは砂嵐が聴こえるばかりだった。
やがて無意味な作業になつみが飽き、スイッチを切ろうとした時、その様子をぼんやりと眺めていた裕子は、
妙な感覚に襲われた。 それは言葉にするにはあまりに馬鹿馬鹿しいことで、結局なつみには話さなかったけれど。
ただ、理由もなく確かめてみたいという衝動だけが裕子を突き動かした。
「これ、もらってええか?」
「いいよ、別に。 ――― あ、そろそろ時間だ」
「泊まってかへんの?」
「うん、明日朝一でロケなんだ。 ここから近いからさ、明日も来れたら来るよ」
なつみはそう言い残して店を後にし、裕子と古ぼけたラジオが取り残された。
- 110 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時55分56秒
- このあたりの夜は静かだ。
ただ波の音だけが海岸線に響いている。
潮風でべとついた身体をシャワーで洗い流し、裕子は今日何本目かのビールを空けながら、
誰もいない店のカウンターにいた。
目の前には、昼間なつみが持ってきた古いラジオ。
まさか、ね。
ちょっと酔っ払ってたし。
そう思いながらも、何故か疑惑を捨てきれない。
だから、確かめてみようと思った。
- 111 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時57分19秒
- スイッチを入れてダイヤルを合わせる。 相変わらず他のチャンネルは砂嵐で、一局だけしか入らない。
諦めてそこに合わせると、昼間よりも少し前に流行った曲が流れている。
その曲を聴くでもなしに、裕子はラジオを何となく見つめていた。
――― 昼間のあれが幻覚じゃなければ。
まさかとは思いながら、裕子はビールをあおり続ける。
そのうちに、取りすぎたアルコールは睡魔を呼ぶ。
昼の忙しさもあって裕子はうつらうつらし始めた。
やがて夜は更け、真夜中頃に裕子が眼を覚ました時 ――― 古ぼけたラジオは新品同様にその姿を変えていた。
- 112 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)01時58分22秒
- やっぱり。
バックトゥザフューチャーもびっくりの現象を見て、それでも驚かないでいられたのは、
予想していたということと、酒が入っていたこともあるかもしれない。
裕子はカウンターの上のラジオを手に取り、その姿を確かめた。
潮風に錆付いた体は銀色に光り、薄汚れていた文字も今は鮮明に読むことができる。
時を遡るラジオ。
過去の電波を受信するラジオ。
スピーカー部分から、昼間とは違うDJの、つまらなさそうな曲紹介が聴こえてきた。
『・・・・・・んじゃ、モーニング娘。の新曲で <そうだ!We’re ALIVE> をどうぞ』
- 113 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)02時00分26秒
- 閉じ込めていた記憶が溢れだす。
矢口が初めてセンターに立った曲。 そして裕子が見た中で、一番張り切っていた曲。
無事リリースされて、一位を取って、アルバムも好調に売れ続けていて。
働きづめだった矢口と裕子の、久々に重なったオフ。
そこからずっと続いていくはずだった二人の話は、唐突に終わった。
陽気な歌が、裕子の記憶を呼び覚ますように流れ続ける。
その後に起こる出来事に気づくはずもない矢口の明るい声が、やたらと切ない。
いたたまれなくなった裕子が顔を上げたとき、ブラインドから漏れてくる光に気がついた。
- 114 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)02時02分33秒
- のろのろと立ち上がり、ブラインドを上げる裕子。
そこに広がる光景に、裕子は息を飲んだ。
目の前には、真夜中にもかかわらず何故か明るい海。
時代遅れなファッションで浜を歩く若者たち。
どう見ても古い型なのに、新品同様の車。
窓の向こうの異常な風景に、さすがに今度は唖然とした。
夢・・・・・・やんな?
自分の頬をつねって、鈍い痛みを確認する。
何が起きたのかよくわからなくなって、裕子は振り返ってラジオを見る。
曲は終わり、名も知らぬFM局は、2002年4月14日のニュースを放送していた。
- 115 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)02時03分54秒
- あっと気がついて、裕子は窓の外に再び視線を移す。 妙だった風景も、何故だか納得がいった。
型落ちの車も。 時代遅れのファッションセンスも。
2002年に最先端だったモノたち。
裕子や矢口が、一番輝いていた頃のモノたち。
そうとわかって、もう一度ゆっくりと眺めてみれば、目に映るもの全てが懐かしく、そして愛おしく。
たまらなくなって、裕子は窓を開ける。
――― 目の前に広がっていたのは、絶望に満ちた普段と変わらぬ静かな夜の海。
- 116 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)02時05分22秒
- 落胆した裕子が窓を閉めると、そこには先程までと同じように、2002年の海が映る。
そのことを確かめてから、裕子はストンとその場に座り込んだ。
ずっとずっと、考えていた。
もし、あの日に戻れたなら。
あの事故さえ起こさなかったら。
あれから世捨て人のようになった自分の人生も、少しは見られるものになったかもしれないと。
またスポットライトの中で、矢口とともに生きていけるかもしれないと。
さっきのニュースは、4月14日を告げていた。
事故が起きたのは、4月15日。
- 117 名前:RADIO 投稿日:2002年02月25日(月)02時08分10秒
- もう一度裕子は窓の外に目をやる。
あの日の矢口が、呼んでいる気がした。
一つため息をつく。
そして裕子は迷わず頭から窓ガラスへと突っ込んだ。
死人のような日々に別れを告げ、一番輝いていた時代へとまっ逆さまに。
翌日店を訪れたなつみは、古ぼけたラジオの下に、裕子の字で書かれた小さなメモを見つけた。
ラジオは壊れてしまったのか、どこをどういじっても動かず、そのほかには割れた窓ガラス
――― 破片は一つも見当たらなかった ――― しか残されていなかった。
そしてメモには、ただ『さよなら』とだけ。
fin
- 118 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時05分18秒
- 帝都大学医学部 救命救急センター
「こちら東京都消防局。溝に転落した14歳の女性、
右膝に6cmの創傷。腰部を強打しております。受入できますか?」
「了解しました、きてください。」救命医の安倍なつみは電話をとる。
救急処置室はあわただしく動きはじめる。
「こっちの処置室開けて!」
「レントゲンのほうも準備できてるようです。」
看護婦達の声が聞こえる。
サイレンを鳴らして救急車が滑り込んでくる。
素早く救急隊員が後ろのハッチを開け、ストレッチャーをおろす。
「先生、お願いします。」
「で、病状は?」安倍は救急隊員に聞いた。
「傷のほうは出血は止まってます。ただ、腰部を強く打っているようで、脚の動きがちょっと。」
「そう。よくないわね。」
そう言うと、安倍はストレッチャーの上に横たわっている
一人の少女に目をやった。
「大丈夫、ちょっと脚を動かしてみて。」
「は、はい。」彼女は脚を動かした。いや、動かしたつもりであった。
しかし、安倍にはわずかに筋肉の収縮を感じるだけであった。
「CT、MRIも追加して!。それと至急整形外科に連絡して!」
安倍は叫んだ。
- 119 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時06分41秒
- 整形外科研修医の石川は処置室に駆け込んできた。
すでに先輩整形外科医の保田が診察している。
「あ、石川先生。第12番胸椎の破裂骨折による脊髄損傷。手術がいるわ。」
保田はそういっていCTとMRIをみせる。
横では彼女の母親らしき人が泣いている。そして少女は呆然としていた。
石川はカルテをみる。
紺野あさ美、14歳
右膝裂創、第12胸椎破裂骨折、脊髄損傷、両下肢不全麻痺。
そう書いてあった。
「先生、手術室はOKです。」
「ステロイド、点滴内にはいりました!」
「抗生剤テストの確認お願いします!」
看護婦たちが叫ぶ。
「それじゃあ、後は整形外科の管理ということでお願いします。」
安倍は二人に告げ、別の患者のところへ向かった。
【あの日の事は良く覚えてないんです。確か救急車にのって
病院に運ばれたっていうのはなんとなくおぼえててるんだけど。
そう言えばお母さんが泣いていたっけ。
もしかしたら一生車椅子かもしれないって言われたんだって。
それで次に記憶があるのはベッドの上だったんです。】
- 120 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時07分37秒
- 手術後1日。812号室。
(・・・、私どうしたんだっけ?痛っ。腰が痛いよう。
痛くて体が動かないよ。どうしちゃったの?)
病室のドアが開き、主治医となった石川が入ってくる。
黒めがちで澄んだひとみが印象的な細身の女医であった。
「紺野さん、気がついた?痛む?」石川が優しくたずねる。
「は、はい。私いったいどういてこんな風に・・・。」紺野はわけが判らず訊ねた。
「そっか・・・。おぼえてないんだね。」
石川は紺野に今までの経過を説明した。
「そうなんだ・・・。で・・・、悪いんですか?」紺野はおそるおそる聞いた。
「傷や骨折自体は問題無いと思うの。手術もうまくいったし。
でも紺野ちゃん、脚、動く?ちょっと力いれてみて?」
紺野は脚を動かそうとしてみる。
(え、うそ?精いっぱい力入れているのに?ぜんぜん動かないよ。なんか脚が他
人の人みたい。)
紺野はまるで自分の脚が鉛でできているかのように感じた。
- 121 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時08分41秒
- 「うん、ちょっとは動いてるよ。手術の前よりは大分まし。」
石川は紺野にやさしく言った。
「こ、これでましになったんですか?」
「そうなの。」
「な、治るんですか?」 紺野が不安げに訊ねる。
「うーん。とりあえず様子をみないとなんとも言えないの。
でも、ちゃんと戻って普通に歩けるひともいるからね。」
「そうなんですか・・・。」紺野はうつむいた。
【脚が動かないことに気づいたときはほんとにどうしようかと思いました。
こんな状態で生きていくなんて・・・。そう思ってました。
ただ、その時は時間がただ過ぎて行くのを待つだけ日々でした。 】
- 122 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時10分04秒
- 手術後2週。812号室。
「もう、コルセットつけて、おきても大丈夫だよ。ちょっと座ってみようか。」
石川が紺野にコルセットを装着する。
「は、はい。」
そう言って、紺野は石川の助けをかりながら、ベットの上に座った。
(いたたた、やっぱり脚が思うように力が入んないよ。)
紺野は起き上がれる様になったことよりも、
脚の麻痺が続いていることにショックをうけていた。
「やっぱり一生車椅子なの・・・?」
ショックのあまり紺野はつぶやいた。
- 123 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時10分46秒
- 「紺野ちゃん、あきらめるのはまだ早いよ。
ちょっとずつはまだよくなっているんだしね。」
石川は励まそうとしたが、紺野は返事をしなかった。
「紺野ちゃん、夜仕事が終わったら、部屋にくるから、
一緒にリハビリしようね。」石川はそういって病室を出た。
【石川先生は毎日夜に病室にきてくれました。私、始めは嫌々だったんです。
でもいろんな患者さんの話とか同僚の先生の話とかしてくれて、一生
懸命気を遣ってくれてるのがわかりました。おかげで、骨折も良くなって、少し
は麻痺もましになって、リハビリ室で本格的なリハビリを始めるところまできた
んです。そこで会ったのが、骨肉腫っていう悪性の病気で手術した、
加護さんという同じ年の女の子でした。 】
- 124 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時12分20秒
- 手術後6週。リハビリ室
「あれ?整形の患者さん?」車椅子にのった加護が紺野をみつける。
「はい。今日からリハビリをここでしてもらうことになった紺野といいます。」
「ふーん、うちは813号の加護亜依。主治医はだれなん?」
「石川先生です。」
「じゃあ、うちの同じ病気?」
「え?病気じゃないんです。怪我で脚が動かなくなっちゃって。」
「へえ、石川先生も怪我の患者さんいるんだ。」
「ちがうんですか?」
「いや、うちらみたいな悪いできものができた人をみるんが
専門やとおもっててん。まあ整形外科なんやから怪我が専門やな、普通。」
「大丈夫なのかな・・・。」
「心配せんでもええて。ええ先生やろ?石川先生。」
- 125 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時12分50秒
- 【加護さんは、私にいろいろ話してくれました。
手術のときずっと励ましてもらったこと、
不安なとき相談に乗ってくれたこと、
体調の悪いときにはすぐに飛んできてくれたこと。
加護さんは本当に石川先生のことが好きみたいでした。
私も石川先生がいろいろとしてくれるたびに、本当に
患者さんのことを考えてくれてるんだなって思って、
先生に対して、好きというか、憧れみたいに感情を抱いていったんです。
でも、なかなか脚の麻痺はよくならなくて、つらかったんです。】
- 126 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時13分32秒
- 手術後8週。リハビリ室。
「もういやです。もうつらいです。」紺野はリハビリ室で泣いていた。
連絡を受けた、石川はリハビリ室に駆け込んできた。
「どうしたの?紺野ちゃん。」
「だって・・・、だって・・・。ぜんぜん良くならないし。
もう一生車椅子何だと思うと悲しくて、つらくて・・・。」
紺野は石川の前で人目をはばからず涙を流していた。
「がんばろうよ。ほら、立てるようになったじゃない。
後もう少しで歩けるようになるよ。」
石川は紺野の肩に手をおく。
「そんな気休めいわないでください・・・。」
紺野は石川の手を振りほどき下をむいた。
「そんなん、車椅子の人にしつれいやんか!」
突然の大声に二人は驚いて後ろをみた。
加護が怒った表情で二人を見ていた。
- 127 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時14分19秒
- 「沢山の人が車椅子つこうてがんっばてんねんで。
それに紺野ちゃんは怪我やろ?病気やないんやろ?
命は大丈夫なんやろ?そんなんごっつい贅沢やんか。
うちのともだちなんてなぁ・・・。」
そう言うと加護は感極まって泣き出してしまった。
「加護ちゃん、わかったから、落ち着いて。」石川が言う。
「せやけど、せやけど・・・。」
加護はさらに何か言いたげであった。
「加護ちゃんの気持ちはよくわかっているから・・・。」
石川は加護の方へ行き、落ち着くように諭した。
「紺野ちゃん、うち、悔しいねん・・・。」
加護は石川の腕をぎゅっと掴んだ。
- 128 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時15分05秒
- 【その日の夜、石川先生が話してくれました。
少し前に加護さんと同じような病気の人が入院してたこと。
そして、その患者さんが治療の甲斐なく、亡くなってしまったこと。
加護さんは自分がなにもしてあげれなかったことや、
自分もそのうち同じようになるかもしれないと不安に感じながらも、
必死にリハビリをがんばっているんだということ。
そして石川先生自身もいろいろと悩んでつらかったことを話してくれました。
その話をきいて私はまた、石川先生の前で泣いてしまいました。
石川先生は私をやさしく抱きしめてくれました。
その日以来、私は弱音を吐かずにリハビリを続けることが
できるようになったんです。 】
- 129 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時15分42秒
- 手術後12週。整形外科病棟、廊下。
「大分歩けるようになったみたいだね。」石川が紺野を見つける
「はい、なんとか。」少し笑顔で答える。杖をつかって紺野が歩いてみせる。
「紺野ちゃん。実はいろいろとね相談したんだけど・・・。」
石川が真剣な眼差しで紺野をみる。
「なんでしょう?」紺野は少し驚いた。
「大分歩けるようになったし、そろそろリハビリの専門病院に
転院したほうがいいとおもうの。」
「え?」
「もうここでできるリハビリはもうないし、
あとはもっと高度で日常生活に戻るためのリハビリをした方いいと思うの。」
「そ、そうなんですか・・・。」紺野はどう答えていいか判らなかった。
【この時は本当に驚きました。もちろん良くなったからだし、
それはそれでうれしいわけなんですけど。でも私は転院したくなかったんです。
加護ちゃんやお世話になった看護婦さんやリハビリの先生、
そして何より石川先生とお別れしなくてはいけないのですから。
でもそういうわけにはいかないですよね。】
- 130 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時16分31秒
- 手術後14週。病院玄関前。
「先生ありがとうございました。」紺野が頭を下げる。
「うん、それじゃ・気をつけてね。リハビリがんばるんだよ。」石川は笑顔で答える。
「はい・・・。」紺野はさみしそうな顔をする。
「ほら、そんな顔しないで。」石川が少し困った顔をした。
「紺野ちゃん、またもっと歩けるようになったら一緒にあそぼうな。
約束やで。」加護も少し寂し気な表情で紺野を見送る。
「先生・・・・。」ちょっと間をおいて紺野が口を開いた。
「なに?」
「先生、私も先生みたいになれるのかなぁ・・・。」
「どうしたの?急に?」
「うん、先生ともうお別れだし、もっともっと先生の事知りたいし、それに・・・。」
紺野は自分の気持ちがうまく伝えられないことがもどかしかった。
- 131 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時17分10秒
- 「なれるよ。医者のなかにはね、小さいころ病気とか怪我をして、
それで医者になろうと思った人が沢山居るの。
だから紺野ちゃんもいっぱい勉強して、がんばればなれるんだよ。」
紺野は少し嬉しそうな顔をした。
「あとね、紺野ちゃんは患者さんという立場になったことがあるから、
それは医者としてすごいメリットになると思うの。
患者の気持ちをね、理解してあげられるってこと。だからがんばってね。」
石川はそう言うと紺野の手を握った。
「はい。」紺野は力強く返事をした。
【リハビリ病院ではつらかったけど、一生懸命がんばったんです。
いろんな実践的なリハビリをしてもらって、
転院をきめてくれた石川先生には感謝してます。
ほら、もう杖がなくても歩いたり、走ったりできるんですよ。 】
- 132 名前:先生、覚えていますか? 投稿日:2002年02月25日(月)06時17分59秒
- 真っ白い大きな建物が目の前にそびえたつ。
紺野はその前にしばらくたたずんでいた。
彼女は昔この場所でおきた出来事を思い出していた。
(久しぶり、何年ぶりだろう。)
彼女は時計を見る。時計は8時45分であった。
(いけない。おくれちゃう。)
紺野は小走りでその建物の中へ入っていった。
建物の前には大きな看板が立っていた。
ー帝都大学医学部医学科 入試会場ー
【石川先生、覚えてますか。私は元気です。
いっぱい、いっぱい頑張りました。
私も先生みたいになれますか?】
終わり
- 133 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時01分47秒
小さい頃、近所に住んでいる「なっち」に憬れていた。
本名が何て言うのか、その時は知らなかった。
ただ、回りの女の子たちよりほんの少しませていて、ほんの少し見栄っ張りだったわたしは、
4つ年上の「なっち」と遊ぶことで自分が少し、大人になった気がして、
とても、楽しかった。
わたしは、「なっち」が大好きだった。とてもよく、懐いていた。
4つ年下のわたしが、彼女のあだ名である「なっち」と呼び捨てにしても、
そして小生意気な4つ年下のわたしにタメ口をきかれても、
「なっち」はいつも笑顔だった。
- 134 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時02分45秒
『ねえ、真希ちゃん。今日は何をしようか?』
『お絵かき!』
『ふふふ。いいよぉ。何描こうかな』
――― 「なっち」は、特別、絵が上手かったわけじゃない。
取り立てて、ピアノを上手に演奏できたわけでもない。
料理だって、お母さんの方がよっぽど美味しく出来ていた。
だけど、小さい頃の4つの年の差というのはとても大きくて、
わたしがやることなすこと、全て彼女はそれ以上のことをすることが出来た。
わたしが6歳なら「なっち」は10歳。
小学校1年生と、4年生の差。
お姉ちゃんと、妹のような関係だったわたしと「なっち」。
- 135 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時03分22秒
『ねえ、なっち! 今日は、おかしつくろう!』
『いいよぉ。何食べたい?』
『あのねえー、チーズケーキ!』
『ええ〜?作れるかなぁ』
あの頃のわたしにとって、同い年の子と遊ぶより、「なっち」と過ごす時間の方が
とても長くって。
小さなわたしの小さな世界は、ほとんどが家族か「なっち」によって構成されていた。
- 136 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時03分54秒
けれど、
時間の流れというのは常に人の出会いと別れを生み出していて。
あれほど密な関係性を築いていたわたしと「なっち」だったけれど、
「なっち」が中学に上がり、わたしは小学生のまま。
「なっち」が高校に上がり、わたしは小学生のまま。
わたしがようやく中学に上がる頃には、「なっち」はすでに高校で自分の新しい世界を
とっくに築き上げていた。
- 137 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時04分33秒
幼い頃の仲良しだった友達が、大きくなったらほとんど会わなくなった、
そんな話はよく聞くけれど、
わたしと「なっち」にしても、それは本当に例外じゃなく。
近所に住み、家族ぐるみの付き合いをしていたわたしと「なっち」は、
気が付けば顔を合わせることもなくなっていて、
お互いの家を行き来することもなくなっていて、
時々、思い出したように母親が、
『そういえば、安倍さんとこのなつみちゃんがね…』
ってな具合に、話題に出るくらいのものになってしまっていた。
わたしの机の中には、片付けをあまり得意としない性格を現すように、
本当に大昔に落書きしたスケッチブックや、ビー玉、おはじきなど
子供の玩具が、汚れたまんまの状態で残っている。
そして、それらをわたしにくれたのが、「なっち」であるという記憶も、
多少埃を被っているけど、わたしの記憶に残っている。
- 138 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時05分13秒
やがて、「なっち」が北海道の大学へ進むという話を聞いた。
『ふうん、そっか』と思っただけで、大した感傷は抱かなかった。
わたしにも「なっち」にも、充分過ぎるくらい他の友人が存在していたし、
幼い頃の顔くらいしか、もう思い出せないような状態だったから。
その1年後、わたしが高校生になったとき、
「なっち」が、北海道の大学で知り合った人と、電撃結婚したという話を聞いた。
〈 結婚しました 〉
そう書かれたハガキが家に届いて、わたしはまだ、「なっち」とのつながりが完全に
切れたのではないと思った。
社交辞令だとは思うけど、
『暇なとき、遊びにおいでね』
そう書かれてあった言葉に、何だか無償に嬉しくなった。
- 139 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時05分44秒
時は流れて、
人との関係は濃くなるか薄くなるのか、2つに1つしかないけれど、
完全に消えて無くなってしまう「糸」なんてないのかもしれない。
気付いたときに手繰り寄せれば、それはまだ、切れずに残っているのかもしれない。
- 140 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時06分24秒
「真希ーっ!! ひとみちゃんと梨華ちゃん、迎えに来たわよぉ!」
午前8時。母親が、階段下からわたしを呼ぶ。
高校に入ってから日課のように、「現在の」友人である2人がわたしを迎えにくるのだ。
ひとみも梨華も、高校に入ってから出来た友達だった。
この2人も、何年か経ったら、全然会わなくなってしまうのだろうか?
それとも、今と変わらず仲良くしているのだろうか?
未来は、見えない。けれど、「糸」は消えない。
もしその時、わたしと「なっち」のように、全く関係が希薄になってしまっているのだとしたら、
今度はわたしが、2人との糸を手繰り寄せよう。
「なっち」が、わたしへ葉書をくれたように。それが、社交辞令だとしても。
- 141 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時06分58秒
制服を着て、階段を降りる。
玄関口で、わたしのぼさぼさの頭を見て笑っている友達2人。
今ごろ北海道で、「彼女」も親しい人たちに言っているのだろうか。
“現在の”親しい友や、彼女の夫に、言っているのだろうか。
―――― 「おはよう」
- 142 名前: 糸 投稿日:2002年02月25日(月)22時07分54秒
― 終わり ―
- 143 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)15時57分09秒
- 桜が嫌いだった。
母親によれば、昔は好きだったらしい。
いつからかは知らない。
気がつけばあのひらひらと散る花弁の一枚、一枚が
貼り付いて来ようとしているような得体の知れなさが恐かった。
家族で花見に行った記憶がない。
ただ、薄ぼんやりとではあるが、父と桜を見た記憶はある。
父が存命中には、まだ桜が好きだったということだろうか。
考えてもよくわからない。
桜は別れを感じさせるから嫌いなんだよと説明してくれた人がいる。
なんとなく、違う気がする。
自分には、桜はもっと直截的な死のイメージと不可分に結びついているような気がするのだ。
あるいは、それは、最近、紺野が教えてくれたある作家の話によるところが
大きいのかもしれない。
- 144 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)15時57分51秒
- 『後藤さん、桜の花がなんであんなに奇麗なのか知ってますか?』
『知らなぁい。』
『それはね、桜の木の下には屍体が埋まってるからなんですよ。』
『うげぇっ、紺野ちゃん、やめようよそういう話。あたしんとこ、出るんだからさぁ。』
『桜の根からいそぎんちゃくの食糸のような毛根がするすると伸びて腐乱した屍体に絡まり、
その一本一本が養分を吸い出すそうです。』
『ひゃぁ〜っ、やめてぇ〜、今日、寝れないよぉ〜。』
結局、そのかじ何とかいう作家の名前は忘れてしまったものの、
桜イコール死、というイメージだけは私の脳裏に深く焼き付けられてしまっていた。
それだけでも、たいした作家と言えるかもしれない。
今度、紺野には教えてあげなくては。
- 145 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)15時58分58秒
- ――――――
「よぅし、今日は上がり。お疲れさぁん。」
「お疲れ様でぇす。」
リーダーの一声に、メンバーがざわざわと帰り支度を始める。
「そろそろさぁ、上野の桜、満開じゃない?」
「あっ、これからお花見行く?」
「いいね、いいね、行こうよ!」
さすが、宴会好きのやぐっつぁん。
圭ちゃんの”桜”という言葉に素早く反応する。
お花見ですか。
じゃ、私はこれで。
「あっ、ごっつぁん、帰んのかよぉ。」
「よっすぃとごっちん居ないと酔っ払ったリーダー誰も運べないよぉ。」
「なぁにを言ってるかな、君たちは。」
たしかにね・・・
その労力を考えるとよっすぃには申し訳ないのだけど・・・
- 146 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)15時59分26秒
- 「えっ、あたし、桜、苦手だから・・・ごめんね。」
「あ、ごっつぁん・・・」
ごめんなさい。
本当にだめなんです。
こんな風に仕事がはけて、みんなで食事に行くときでもひとりで帰ることは珍しくない。
だから、いつものことだと思って引き止める方も力がはいらないんだろう。
私の付き合いの悪さは定着している。
それはそれで悪くない。
わずらわしいのは苦手だ。
かといって、まったく寂しくないかと問われると、返事に困るけど。
- 147 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時00分11秒
- ――――――
「ごっつぁんたら、いつも付き合い悪いよねぇ。」
「まったくだぁ。さ、付き合いの悪い人は置いといて、うちらで盛り上げるよ!」
「あんたたちも来るんだよ!」
飯田と保田に睨まれては、行きませんとも言えまい。
中学生6人もまだ宵の口とて先輩たちに付いていく。
加護辻に至っては、食べ物をたくさん買って騒げるというだけで大乗り気だ。
「おっはなみれすよぉ!」
「もりあがっていきまっしょい!」
春宵一刻値千金。
昔の人はよく言ったものだ。
薄暮に浮かぶ桜並木が彩る桃色の雲霞のような光景。
その下で無粋に騒ぐ酔っ払いたちの姿を差し引いても、何か心を浮き立たせるような
不思議な魅力に満ちた花の美しさを愛でる風習のゆかしさ。
- 148 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時00分45秒
- 案の定、国民的アイドルが群れを成して花見に出かけたとて、
既に酔っ払い騒ぐ人々の喧騒に、誰気付くことはない。
「案外、大丈夫なんですねぇ・・・」
「酔っ払いなんてそんなもんよ。リーダー見てりゃ、わかるじゃん。」
「ちょっと、矢口!あんま変なこと教えんじゃないよ!紺野はまだ純真なんだから。」
「へぇい・・・それにしても、ごっつぁんも来ればよかったのにねぇ。もったいない。」
「あいつ、なんか本当に桜、ダメみたいよ。なんかトラウマあるみたい。」
さすがに保田だ。
後藤への観察は鋭い。
- 149 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時01分11秒
- 「精神的外傷というやつですね。」
「あぁっ、紺野はこんなときまで難しいこと言わない!さぁ、あんたも飲め飲め!」
「こらっ、カオリ!中学生に酒すすめてどうする!」
「ジュースだよぉ、ほら、桃の絵がかいてあるっしょ?」
「チューハイじゃん・・・」
「ちぇっ。紺野の酔っ払ったとこ、見たかったのに・・・」
それはリーダーならずとも見たかろう。
だが、羽目ははずしたくとも、国民的アイドルだ。
危うく保田が止めなければ、未成年の飲酒で世間を騒がせることにもなりかねなかった。
- 150 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時01分40秒
- 宴もたけなわ。
加護のガクトなど恒例のものまねで盛り上がると、
お約束で小川が猪木を演ずる。
対抗して石川が出たのが間違いのもとだった。
「なんだこのやろぉ、えいっ。」
「痛ぇ、なんだゴルァ、喧嘩売ってんのか!!」
「キャっ、すいません・・・」
リング上よろしく、大きく跳びまわったのはいいが、
後ろの酔客にぶつかったのはまずかった。
一同、平謝りに謝って事無きを得たものの、石川に対する視線が
さらに厳しいものとなったのは言うまでもない。
- 151 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時02分48秒
- 「さて、中学生組はこれくらいにしとくか。」
「そうだね。明日も早いから。車大丈夫?」
さすがにリーダーとサブは年少組を気遣う。
酔ってはいても、それを忘れないのはさすがだ。
「あっ、東京無線、手配しといた。」
「さすが矢口、頼りになるわ。」
「まぁまぁ・・・もっと誉めて。」
「キャハハハ、矢口可愛い♪」
「うげげぇっ、カオリやめろぉっ、裕子が出て来るぞ!」
「バカは置いといて・・・あんたたち、ちゃんと帰れるね?」
「ハイ!お疲れ様です!」
- 152 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時03分23秒
- 保田に見送られて中学生6人は桜並木の下をそぞろ歩く。
散々はしゃいだ興奮がまだ冷めやらないのか、何となくこのまま帰りたくない。
雪のように散る桜の花びらが照明に照り返されてキラキラと舞う幻想的な光景が
今日、この日をこのまま終わらせたくない。
そんな気持ちにさせているのかもしれなかった。
6人の雰囲気を察して、紺野が口を開く。
「あの・・・後藤さん、本当に桜が嫌いなんでしょうか?」
「うん、きいたことあるよ。」
辻が応える。
「私、思うんですが、後藤さんは人混みが嫌いなだけじゃないかと・・・」
「それで?」
「お花見のお裾分けをしてあげたいんですが。」
「おすそわけぇっ!?」
- 153 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時03分54秒
- 5人が驚くのも無理はない。
いつもながら突拍子もないことを言い出す紺野だが、悪いことに
それを諌める矢口や保田がいなかった。
どころか、悪乗りにかけては目がない加護辻である。
おもしろそうなアイデアを前に、今や爛々と目を輝かせて紺野の話に聞き入る。
「ちょっと悪いことですけど、ここの桜の枝をいくらかお借りして
後藤さんのお宅にみんなで届けたいなと。」
「い〜ぃねぇ!」
「やろうよ!」
「えぇっと・・・桜の枝、折ったらいけないんでないの?」
「愛ちゃん、真面目過ぎ!」
「大丈夫や!うちが保証したる!」
- 154 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時04分22秒
- 一番あてにならない保証人を得たところで、話がまとまった。
6人は抱えられるだけの桜の枝を手折ると2台のタクシーに乗り込み
後藤家に向けて出発する。
タクシーを降りると、6人はこれから始まることを想像して嬉しさに飛び跳ねた。
腕に抱えた桜の枝を誇らしげに月光に翳す加護と辻。
ひらひらと舞い散る花びらに月の朧な光に透けて見える小川の端正な横顔。
新垣のぴょんぴょんと跳ね回るシルエットはさながら夜を自由に闊歩する黒猫か。
紺野は楽しげな仲間の様子を忘れまいと懸命に記憶に留めようと努めた。
「あっ、電気ついとる。おるわ。」
「よんでみよっかぁ?」
「辻ちゃんは声が大きいから、近所迷惑ですよ。」
「じゃ、あたしが石を投げてみるよ!それ!」
「あっ、まこちゃん、あぶなぁい!」
- 155 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時04分58秒
- ――――――
何やら外が騒がしい。
きっと花見帰りの酔っ払いたちだろう。
そう思っていると、コンと窓を叩く音が聞こえた。
不思議に思って、カーテンの隙間から下を覗いてみる。
「?!」
目を疑った。
桜の園。
いや、これは栂桜だ。
雲霞のように眼前に広がる栂桜・・・
矢も楯もたまらず、窓を開けてその光景に見入っていた。
思い出した・・・
栂桜は高原に咲くツツジ科の花。
いつか父が山で撮ってきた写真の鮮やかな白に魅せられた。
- 156 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時05分37秒
- 『夏に桜が咲くの?』
『これは栂桜といって、高原に咲く桜なんだ。』
『見てみたい!』
『真希にはまだ無理だよ。今度、取ってきてあげよう。』
『見たい、見たい、早く見たぁい!』
急かしたせいで父は登山にはまだ時期だというのに白壁に挑み、
そして滑落した。
私のせいだった。
桜をせがんだ私のせいだったんだ。
桜は嫌い・・・
父を奪った桜は死の化身・・・
多分、私は泣いていたんだと思う。
父を亡くした責任が自分にあるのだということを忘れたくて。
桜を見ると責められているようで。
だから、桜は嫌いだと思い込んで・・・
- 157 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時06分06秒
- 「後藤さん・・・」
「ごっちん、大丈夫・・・」
気付くと心配そうに私を呼ぶか細い声が下から聞こえていた。
辻加護や中学生のメンバーが桜の枝を抱えているのだと気付くまで大分時間がかかった。
頭の中が混乱して、すぐには体が動かなかったが、
急いで下に降りると、裏口から彼女たちを家に引き入れた。
「後藤さん・・・迷惑でしたか?」
「ごめんなさい・・・本当に桜が嫌いだとは思わなかったので・・・」
泣いてるところを見られてしまった。
恥ずかしかったが、今更隠すこともできない。
ともかく、彼女たちは花見に行かなかった私を気遣って来てくれたのだろう。
記憶の封印が解かれ、罪の意識に打ちのめされた今の私にとって、
その優しさは、救いだった。
私は話すことで、彼女たちに報いようと思った。
- 158 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時06分30秒
- 「ごめん・・・桜の、嫌いなわけがわかったんだ・・・」
眉をひそめて真剣に聞こうとする彼女たちの純真を汚すことになるかもしれない。
でも聞いてほしかった。
わがままだね。
「小さい頃、栂桜という高原植物をお父さんにねだったんだ。」
黙ってうなづく新垣の小さい顔が何か小動物を思わせて可愛かった。
「登山はね。雪が解ける夏までは素人が行くと危ないんだ。でもね、あたしのお父さんは
真希が見たいならって、夏になる前に栂桜を取りに出かけた。そして滑落して死んだんだ。」
- 159 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時07分30秒
- ごめんね。
黙らせちゃった。
何も言えないよね。
「私のせいでお父さんは死んだんだ。桜を見ると、それを思い出して辛かったんだろうね。
知らないうちに、桜は嫌いなことにして思い出さないようにしてたんだ・・・」
嫌な思いをさせちゃったかな。
そう思って、みんなにごめんねと言おうとしたとき、紺野が意外なことを言った。
- 160 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時08分07秒
- 「でもそれならば良かったです。」
「えっ?」
私は彼女の発した言葉の意味がわからず返答に窮した。
どころか問い返していた。
「何て言ったの?」
「それならば良かった・・・って言いました。」
やや強ばった彼女の表情に、何か決意めいたものを感じたのは考え過ぎだろうか。
その意図が知りたくて、さらに先を促した。
「どういうこと?いや、怒ってないから、教えて。」
「だって、桜は今日、後藤さんにこうして届いたんですから。」
「えっ・・・」
言ってる意味がまだわからなかった。
- 161 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時08分41秒
- 「お父さん、きっと桜を届けられなくて心残りだったと思うんです。代わりに私たちが
今日、桜をお届けしましたから、きっとお父さん、喜んでいただいたと思います。」
そういい終えた紺野の笑顔が優しく視界に溶けて朧に霞んだ。
そうか・・・
そうだったんだ・・・
「だから、後藤さんには、ぜひ楽しんでほしいんです。」
ありがとう、紺野。
ありがとう、みんな。
私は自分のことばかりで父がどんな気持ちで死んだか考えたこともなかった。
今、わかったよ。
ありがとう、お父さん。
- 162 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時09分08秒
- 「ありがとう・・・ありがと・・・ごめんね、泣いてちゃだめだね・・・」
「そうですよ、せっかく苦労して運んできたんですから、これからみんなでお花見ですよ。」
「おかしもいっぱいもってきからね!」
「つじちゃんはそればっかしだよ。」
今泣いたカラスがもう笑った。
本当に。
この子達が天使に見えるときがある。
ありがとう。もう泣かないよ。
- 163 名前:栂桜 投稿日:2002年02月26日(火)16時09分51秒
桜は別れを連想させると言った人は正しかったと思った。
きっと私は桜を見るたびに思い出すだろう。
偽りの記憶で自らを欺いていた自分と訣別したこの日を。
そして、それに気づかせてくれた小さな仲間たちを、誇りをもって。
おわり
- 164 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時27分41秒
人間の流すモノ・・・涙・・・それはとっても儚いモノ・・・。
悲しい時、嬉しい時、寂しいとき・・・に流すことの出来る。
感情を表すバロメーターと言ってもいいのかも知れない。
そんな涙が儚く感じるのは何故だろう?どうしてだろうか・・・?
多分それは・・・私が涙を流さないからなのだろう・・・。
悲しい時、嬉しい時、寂しいとき・・・私は涙というものを流した記憶がない。
この3つの感情に限ったことじゃない。
どんな気分でも、どんな感情を持っていても涙なんて流れないのだ。
- 165 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時28分28秒
『冷たい人間・・・。』
そう言われるのには慣れてしまった。
私だって流したくなくて流さないわけじゃない。
流れないのだ。
涙腺が硬くなっているとかそういう問題じゃない。
元来私は涙って言うモノを流せないのだ。
私は少なくともそう思っていた。
思い込んでいたのだ。
- 166 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時29分38秒
そんな私が・・・初めて泣いたあの夜は・・・とても清々しい雨の後のことだった。
「・・・なっち・・・。」
あなたは私の手を握り締めたまま離さなかった。
「ご、ゴメン・・・」
あなたは私の手を離した。
そしてその手で自分の涙を拭った。
私はこの時まだ涙を流していなかった。
「・・・ねぇ・・・明日香は・・・淋しくない・・・?」
私が涙を流さないから・・・悲しそうなそぶりを見せないから・・・
あなたは心配していた。
- 167 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時30分09秒
「淋しいよ・・・当たり前じゃない・・・。」
私はあなたにしがみつくように抱きついた。
「・・・明日香・・・なっちね・・・このまま離したくない。」
あなたはそう言うと私を抱き寄せた。
どういう意味なのだろうか?
「恋愛」の感情?「友愛」の感情?
私にはわからなかった。
「・・・サンキュ・・・」
気付くと、私はあなたのTシャツを濡らしていた。
涙が流れたのだ・・・。
流れるはずのない涙が流れた。
- 168 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時30分51秒
「・・・明日香の事・・・忘れないよ・・・?
ずっと傍にいたいけど・・・仕方ないんだよね・・・?」
あなたはそう呟いた。
- 169 名前:「涙の意味を」 投稿日:2002年02月26日(火)19時31分58秒
―終―
- 170 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時28分17秒
あなたは今、どこをみてますか?
ー私は今、空を見上げています。
あなたは今、誰の事を考えていますか?
ー私は今、出会った事のあるすべての人の事を考えています。
あなたは今、どこにいるのですか?
ー私は今、この地球上にいます。
あなたは今からどこへ行こうとしてるのですか?
ー私は今、あなたの元へ行こうとしています。
- 171 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時29分29秒
私は夢を見た。
毎晩見るような、現実味のない夢などではなく
ただ広い荒野で大空を眺めている夢。
そこにはあなたがいました。
だけどね、夢から目覚めるときにはもう、あなたはいなかったの
私はテレビを見た。
いつもやっているニュースだけど、いつもと違っていた。
そこにはあなたが映っていました。
だけどね、私がそれに気づいたときにはもう、あなたは
映っていなかったの。
私は電話をしました。
いつもかけている番号なんだけど、今日は何度もボタンを
押し間違えてしまった。
そこからはあなたの声はしませんでした。
私がすべて理解したときにはあなたはもう二度と私と出会う事はありません
- 172 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時30分26秒
×月×日
なっちは死んだ。
道路に飛び出そうとした猫を助けに行って車に轢かれちゃったんだって。
不思議と涙は流れなかったの。
それよりも、信じられなかった。いつもいっしょにいた
なっちがいなくなるなんて。
辻と加護は泣いていたよ。
ーううん。圭ちゃんも矢口も、ごっちんもよっすぃも石川も
新しくメンバーになった4人も泣いていたよ。
でもね、私だけ泣いてなかったの。
ーゴメンね。
- 173 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時30分56秒
×月×日
なっちが死んで今日で3日目。
私はなっちと一緒に遊んだところに全部行ったよ。
遊園地でしょ、渋谷でしょ、原宿に、ほっかいどう・・・
なっちのお葬式は東京でやったから北海道の景色をなっちは
見る事ができたのかな?
写真もいっぱい撮ったよ。
真っ白い雪でね、まるでなっちの様に綺麗だったの。
何色にも染まってない、何色にでも染める事ができる白色。
あなたの一番好きな色。
- 174 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時31分28秒
×月×日
なっちの姿を見る事ができなくなってもう1週間経つんだね。
今日ね、モーニング娘。は解散しちゃった。
やっぱりなっちがいないとみんなダメだよ。
リーダーなんて名前だけだもん。
解散が決まっても誰も泣かなかったんだ。
もうきっとなっちのために一生分の涙を流したんだね。
ーじゃあ私は何で泣かなかったの?
- 175 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時31分59秒
×月×日
なっちと会えなくなってもう何日だろう?
私はまだ泣いてないんだ。ゴメンね。
もうベッドから起き上がるのもしんどくて
ここ2、3日ベッドから出てないんだ。
最後に寝たのっていつなんだろう?
もう何にもわかんないや。
どうでもいい。どうでも・・・。
- 176 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時32分29秒
×月×日
なっちは今何してるんだろう?
もうすぐだね。
今日は圭ちゃんに近くの喫茶店に呼び出されたんだ。
外に出るのって何日ぶりだろう?
ううん。それよりも歩くのが久しぶり。
でもね、結局圭ちゃんに会えなかったんだ。
喫茶店に行く途中で倒れちゃって。
もうすぐ会えるね。
- 177 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時32分59秒
×月×日
久しぶりだねなっち。
会いたかったよ。会いたかった・・・。
私は初めてそこで泣いた。ほんの一滴だけど頬を伝わって
一つの筋になった。
もう離れないからね。もうどこにも行かないでね
ーなっち。
- 178 名前:「そら」 投稿日:2002年02月27日(水)01時33分43秒
- THE END...
- 179 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時27分48秒
- 「いんたあねっと」っておもしろいね。
家にいながら色んな情報が手に入るんだよ。
なっちもね、圭ちゃんに教えてもらってやってるべさ。
こうやって、いろんな「さいと」っていうのを見ていくことを「ねっとさあふぃん」っていうんだよ。
今日もなっちは「ねっとさあふぃん」をやってるべさ。
- 180 名前:なっち 投稿日:2002年02月27日(水)02時28分35秒
- でも、そこでなっちは大変なことを見てしまったべ。
「後藤真希脱退!」
この文字を見たとき、なっちはびっくりしたべ。
ちょっと前に裕ちゃんが辞めたばっかりなのに、今度はごっちんもなんて・・・・
これ以上メンバーが脱退するのは嫌だべ。
なんとかなっちが説得してみるべ。
でも、いきなりごっちんに「なんで辞めるの?」と聞くのはまずいべ。
まずはごっちんが辞めたいと思うような理由を見つけなきゃいけないべ。
「将を射んとせばまず馬を射よ」
理由がわからないと手のうちようがないべ。
- 181 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時29分25秒
- ○月×日
今日のごっちんは眠そうだべ。昨日夜更かししてたらしいべ。
隣で騒いでる辻加護のせいで、なかなか眠れないみたいだべ。
もしかして、ごっちんは、寝たい時にうるさくて眠れないから辞めたいんじゃ・・
私はすぐさま辻加護の元へ走った。
「ちょっと静かにしなさい。あんた達はいいかもしれないけど、みんなは疲れてるんだよ」
私がそう言うと、辻加護は顔を見合わせ向こうに行ってしまったべ。
よし、これでごっちんもゆっくり寝れるべ。
私が振り返り、ごっちんの方を見ると、ごっちんは笑っていた。
やったよ!これで一歩前進だべ!!
- 182 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時30分05秒
- ○月□日
今日のごっちんは、よっすぃと梨華ちゃんと三人で仲良くコンビ二にいったべ。
ところが、帰ってきたら三人が言い争いをしていたべ。
物陰から、話をそっと聞いてみると、どうやらごっちんのお金の使い方が非難されてるみたいだべ。
もしかして、ごっちんはお金の使い方に文句を言われるから辞めたいんじゃ・・・
私はすぐさま三人の輪の中に入っていった。
「ごっちん、お金は好きなように使ったらいいよ。ごっちんのお金なんだから。
梨華ちゃんもよっすぃも、そんなに怒るようなことじゃないよ」
いきなり現れた私に、三人は驚いていたが、梨華ちゃんもよっすぃも
「安倍さんがそう言うなら」とそれ以上ごっちんに何も言わなかったべ。
よし、これでごっちんも好きなようにコンビニでお金が使えるべ。
私はごっちんに笑いかけた。
ごっちんはそんな私を見て笑ってくれた。
やったべ!また一つ、ごっちんの悩みを解消したべ!!
でも、確かにごっちんは買いすぎだべ。袋を三つも持ってるべ。
- 183 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時30分39秒
- ○月△日
今日のごっちんは楽しそうに収録しているべ。
ところが、圭織、圭ちゃん、矢口がトークでひどいことを言い出したべ。
「後藤ってほんとに表に出さないよね。いっつも含み笑いとかしてるんだよ」
「そうだよ、ごっちん。テレビに映ってるんだからさ。もっと笑いなよ」
「ごっつあんもっと笑いなよ。私みたいにさ。ほら、一回笑って?」
もしかしたら、ごっちんはテレビ向きじゃない自分の表情を気にして、辞めたいと思ってるんじゃ・・・
本番中にも関わらず、私は大声で叫んだ。
「ごっちんも努力してるんだよ。いいじゃん、ちょっとぐらい笑わなくても!
ちょっとぐらい表情硬くても!それも個性だよ!ごっちんの個性じゃない!
なっちはそんなごっちんがかわいいと思うよ」
みんな目を丸くしていた・・・・スタッフまで目を丸くしていた・・・・
- 184 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時31分35秒
- そして、収録後、私はごっちんに駆け寄った。
「圭織たちも本気で言ってるんじゃないよ。気にしちゃだめだよ。
ごっちんは素だからかわいいんだよ。みんなも、そんなごっちんが好きなんだから」
ごっちんは笑っていた。
やったべ!また今日もごっちんの悩みを解消したべ!!
でもごっちん、テレビではもっと笑ったほうがいいべ。
- 185 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時32分22秒
- ○月☆日
今日のごっちんは楽しそうだべ。
辻加護もおとなしくしてるし、コンビ二でたくさん買ったお菓子を食べて寝ちゃってるべ。
もうこれでごっちんが辞めたいと思う理由が無くなったはずだべ。
・・・・・・・
・・・・・・・
一つ大事なこと忘れてたべ・・・・
もしかして、もしかして、私がいるから辞めたいんじゃ・・・・
なっちが嫌いだから辞めたいじゃ・・・・
「ごっちん、ごっちん!なっちのこと嫌い?なっちと一緒にいるのいや?」
寝ているごっちんをゆすり起こして、私は尋ねた。
- 186 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時33分19秒
- 「は?何言ってるの、なっち?」
ごっちんの目は明らかに怒ってる目だったべ。
やっぱり、やっぱりなっちがいるから、なっちが嫌いだべか
「ごっちん!なっちのどこが悪いべ?なっちの何が嫌いだべ?
なっちは直すよ。ちゃんと直すから、だから辞めないで!脱退しないで!」
私はごっちんに泣きついた。
「なっち、どうしたの?最近おかしいよ。何で私が娘。を辞めるの?」
ごっちんは困った顔で言った。
「だって、だって、いんたあねっとで後藤真希脱退って・・・だから、だから・・・
ごっちん、みんなに何も相談せずに、いきなり辞めるなんて・・・
だからなっちは、ごっちんがやめたい理由を探してたべ。
でも、後はなっちしか残ってなかったんだべ」
もう何を言っているのか自分でもわからなかった。
- 187 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時34分33秒
- すると、圭ちゃんがそっとノートパソコンを見せてくれた。
そこには「安倍なつみ脱退」という文字が浮かんでいた。
そうか・・・なっちも脱退したいのか・・・・
・・・・
・・・・あれ?なんでなっちが脱退するべ?
私は圭ちゃんの顔を見上げた。
「わかった?インターネットの情報が全て真実じゃないのよ。
ほんっとに人騒がせなんだから!!そんなんだからイモって呼ばれるのよ」
圭ちゃんは呆れて行ってしまった。
ごっちんも、他のみんなもなっちのこと笑ってるべ。
まあいいべ。ごっちんが脱退しないってわかったし。もう別れはこりごりだべ。
私もみんなと一緒になって笑いだした。
- 188 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時35分09秒
- さて、今日も「いんたあねっと」をやるべ。
またまた「矢口真里脱退」っていう言葉が目に入ったべ。
もうあんな勘違いはしないべ。
昨日までのなっちとは一味違うべよ。
「○月○日モーニング娘。新曲発売」
次に、私の目にこんな単語が飛び込んできた。
○日って来週だべ。まだレコーディングもしてないのに・・・・・
どうするべ?もしかしてマネージャーさんが忘れてるべか?
私は急いでマネージャーさんに電話した。
- 189 名前:なっちの日常 投稿日:2002年02月27日(水)02時35分52秒
-
(完)
- 190 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時25分27秒
- ある昼下がり、部屋の片付けをしていると玄関の外から声が聞こえた。
顔を見なくても相手の声を聞いただけでそれが誰なのか私にはわかる。
あの声は辻だ。
「飯田さんー、いますかぁー?」
「勝手に入っていいよ」
出迎えもせず、手にしていたビニールテープを片付けながらそれに答える私。
「今日も遊びにきちゃいましたぁー」
私の返事を聞いてすぐにドアを開け
ひょっこり顔を出した辻は満面の笑みを浮かべている。
それがとても可愛くて、つい私も笑顔を返してしまう。
「もう学校終わったの?」
「はぃ。飯田さんは今日大学じゃなかったんですかぁ?」
辻は舌足らずな口調でそう言い、軽く首を傾げる仕草をした。
「うん。結構暇してるんだよね。もう、やる事はやったし」
「じゃ、これからは辻と沢山遊べますね!」
嬉しそうに言う辻の顔を見て、すぐにしまった、と心の中で舌打ちした。
それは何故かというと。
これからは辻と距離を置くつもりでいるのだ。
- 191 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時26分50秒
- 大学の為に東京に出て来て間もない頃の事。
周りにまだあまり友達はいなかった私と辻が初めて出会った場所は近所のコンビニだった。
お金もないのに大量のお菓子を買い込もうとして会計に困っていた辻を
たまたまそこに居合わせた私が助けてあげたというのが縁で、それからずっと懐いてくれている。
その頃、私はホームシックにかかっていたので随分と辻に救ってもらっている所があった。
辻の家族も娘と仲良くしてくれる優しいお姉さんとして私の事を見ているらしく
たまに御飯に誘ってくれたりもする。
一人暮らしの私にとってそれは嬉しい誘いだ。
辻は北海道にいる私の妹に似ていて、一緒にいると懐かしい気持ちにもなる。
なかなか実家に戻る機会がなかったので、そういう気持ちが湧くのだと思う。
辻は学校の友達と一緒に遊んでいるという話をあまりしない。
私が覚えている限りでは辻の口から出てくる名前は二人くらいだった。
人付き合いが苦手のようには見えないのだけど。
でも、それは私も同じ事。
私達はどこか似ているのかもしれない。
- 192 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時28分23秒
- 「飯田さん?」
ぼんやりしている私の顔を辻が覗き込んできた。
「あぁ…ゴメン。ボーッとしちゃってた」
「ちゃんと話を聞いて下さいよぉ。
それでですね、今度の日曜にスキーに行こうっていう話になってて」
「へー、いいね。圭織にちゃんとお土産買ってきてね」
何故か不満そうな顔になっている辻を見て私は首を傾げた。
「どうしたの?」
「…飯田さん。ちゃんと話聞いて下さいってばぁ。
飯田さんも一緒に行きましょうって言ってるのに」
「へ?」
「叔父さんの別荘へ家族で行くんですけど、飯田さんも呼んでいいってお母さんが言ってて。
急な話だからちゃんと確認してきなさいって言われたんです。お泊りになるし。
飯田さんはスキーやった事あるんですよね?予定大丈夫ですか?」
嬉しそうに話す辻を私は無言で見ていた。
今までだったらすぐにOKを出してたんだけど。
でも、今は辻と距離を置こうとしてる状態なのに一緒にスキーに行くなんていうのは
やっぱダメだよなぁ。
…それに来週か。
- 193 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時28分57秒
- 「圭織なんかよりさ、学校の友達とか誘ったらいいじゃん」
「……でも」
「この前、一緒に下校してた亜依ちゃんとあさ美ちゃんだったっけ?
あの子達誘ってみたら?」
「……辻は飯田さんと一緒に行きたいんです…ダメですか?」
心配そうにおどおどと聞いてくる辻を見て私の心は揺らいだ。
辻が友達よりも圭織を優先してくれる事に嬉しさを感じたし
やっぱり友達と行った方がいいのに、という思いが交錯する。
でも、結局こう言ってしまうのだ。
「…いや。いいよ、行こう」
私の答えを聞いて辻は満面の笑みを浮かべていた。
それを見て、私は心の中でため息をついてしまう。
結局、私は辻に弱い。
まぁ、いいか。
思い出作りには丁度いいかもしれないし。
- 194 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時30分17秒
- 今年の春から私は就職の為に北海道へ戻る事になっていた。
東京の空気はあまり肌に合わなかったから。
その中で辻と会えたのは不幸中の幸いというか、私にとって一番の心の拠り所だった。
その分、別れも辛い。
本当はかなり悩んだ。
実は東京で就職先を探そうとした事があるくらい。
まぁ、就職難だからそうは簡単に見つからなかったんだけど。
東京に出てきて二年。
その間に辻とは随分と仲良くしてきた。
本当の妹以上に可愛がってきたくらいで。
そして、その結果、辻から友達と遊ぶ時間を奪ってしまっている事にもなったのだろうけど。
中学生の辻にとっては歳の離れた、しかもすぐにいなくなる私なんかよりも
学校の友達と仲良くした方が為になる。
そう思い込む事で私は自分自身に言い聞かせていた。
依存し過ぎるのはお互いに良くないと思っていたから。
私は色んな事を考えた結果、実家に戻ることにしたのだ。
- 195 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時31分41秒
- 「雪だー!」
大きめのスキーウェアに身を包み、スキー場に来て一番最初に辻が口にしたのがこの言葉だった。
私はスキー板を担ぎながら軽く笑った。
「雪があるのは当たり前じゃん。スキー場に来たんだから」
「でも、東京じゃこんなに積もってるの見られないもん!」
頬を膨らませて、辻は抗議する。
ここへ来る途中に聞いた話なんだけど、辻がここへ来るのは初めてらしい。
つまり、スキー初心者というわけ。
白銀の世界は辻にとって新鮮に映るらしく
ずっとはしゃいでいて最後には雪を食べそうな勢いだった。
もちろん、私にとってもここへ来るのは初めての事で
周りを見回すとかなり寂れた印象を持つスキー場だった。
柵とかボロボロだし。
招待された身なんだからもちろん文句は言えないけれど。
「辻ー、せっかく来たんだから滑ろうよ」
「はーい」
返事をしながらも雪だるままで作り始めた辻を見て、さすがに私は苦笑いしてしまう。
ちなみに辻の両親とお姉さんは私に任せておいた方が辻も喜ぶと思ったのか
どこかへ滑りに行ってしまったらしい。
- 196 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時32分34秒
- スキー初心者の辻に私は一から滑り方を教えていたのだけど。
辻をほおっておいて一人で滑りに行く事も出来ず、ずっと二人で一緒の時を過ごしていた。
意外と辻は運動神経が良く、覚えはいい方だった。
「ちょっと休もうか」
「大丈夫ですよー!それに飯田さん、あんまり滑ってないじゃないですか」
「久し振りだし、初心者コースじゃないと多分あんまし上手く滑れないと思うからいいよ」
「……」
気を利かすつもりで言ったわけじゃないのだけど、それでも辻は申し訳なさそうな顔をしている。
それにこうして二人っきりになったのもいい機会だ。
辻に早く私がいなくなる事を伝えないと、もう時間がない。
私は来週には実家に戻るのだから。
- 197 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時33分46秒
- ジッとしていられない性格の辻はしゃがみ込んでまた雪だるまを作り出していた。
このまま気付かない内に私が姿を消したら思いきり泣くんだろうなぁ。
でも、それは一時的な悲しみで。
本当はずっと会えないって知ったら辻はどういう反応をするだろ。
…なんだか、凄く気分が滅入ってきた。
でも、早く言わなくちゃ。
長引くとそれだけ辻を傷つける事になっちゃう。
「あのさ…辻」
辻の背中に向かって私は恐る恐る口を開く。
「なんですか?」
「実は…」
ニコニコしてる辻の顔を見てると胸がキリキリと痛んだけれど
私は目を瞑って一気に喋った。
「来週、北海道に帰るんだ。だから、もう辻の傍にいられないの。戻ってくる事はないと思うから」
「……」
チラリと辻の表情を窺うと、口をポカンと開けたまま固まっていた。
ここはスキー場だからとても寒いはずなのに私は冷や汗をかいている。
辻から視線を逸らし、私は次に続けるべき言葉を頭の中で考えていた。
このままどうやって話を続けよう…。
会えなくなってもメールとか電話頂戴ね?とか言えばいいのかな。
でも、それじゃ私と離れる意味がないか。
二人の関係は何も変わらない事になっちゃうから。
- 198 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時35分00秒
- 「……辻。…って、アレ!?」
気が付いた時には私の前から辻は姿を消していた。
いつの間に…。
しばらく呆然としていた私の視界に何故かリフトに乗っている辻の姿が入ってきた。
何やってんの!?
しかも、あれって上級者コース行きじゃ…。
気が動転しちゃってわけがわからないままリフトに乗っちゃったんだ。
…やっぱり、もっと早く言うべきだった。
放心状態のままリフトに揺られている辻を見て
私は追いかける為にリフトの方へ慌てて猛スピードで滑って行った。
急いでいるからといってもリフトのスピードを早める事なんて出来るわけがなく
私はリフトに乗るとイライラしながら辻の姿を必死で探していた。
辻は既にリフトから降りてどこかへ行ってしまったようだ。
どうしよう…。
辻に何かあったら…。
っていうか、なんでよりにもよって上級者用のコースに行っちゃうわけ…。
リフトが目的地に到着する寸前で私は斜面の前で立ち尽くしている辻を見つけた。
- 199 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時38分23秒
- 「辻ー!何やってんの!!」
私が大声で叫ぶとその声にビックリしたのか辻は肩を強張らせ振り返った。
ゆっくり近づいていると辻が口を開きかけたので何か言うのかなと思ったら急に姿を消した。
私から逃げる為に斜面を降りたのだ。
初心者の辻に上級者用のコースを滑らせて、のほほんとしていられるわけもなく
私は顔色を変えて慌ててその後を追った。
辻はボーゲンのまま、もの凄いスピードで降りていく。
斜面の末路にはボロボロの柵がある。
その先に崖らしいモノを見て私はますます顔色を無くした。
転んで止まってくれればいいんだけど、辻の下半身は思いのほか安定していて
私の願いはどうやら叶いそうにない。
こうなったら…。
「辻ー!!」
私は大声をあげて辻の前へ滑り込んだ。
- 200 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時39分06秒
- 「……イタタタ」
肉弾となった辻を無理矢理受け止めた私の身体は全体的に悲鳴をあげていた。
雪まみれになった身体を起こすと右手首に激しい痛みを感じた。
もしかして捻挫したかもしれない。
いや、そんな事はどうでもいい。
今は自分の心配より辻の心配しないと。
「辻…大丈夫?怪我ない?」
ずっと仰向けで寝転んだままの辻を覗き込むと彼女は両腕を顔に当てて
しゃくりあげて泣いていた。
まさか本当に怪我してんのかな。
どうしたらいいんだろう…。
まずは両親に連絡しないといけないよね…。
私はポケットに入れていた携帯を取り出した。
ぶつかった衝撃で壊れていないか心配だったけど、どうやら大丈夫だったみたいだ。
とりあえず、番号を聞いてあるお姉さんへ連絡を取ろうとボタンを押した瞬間
辻の手が飛んできて携帯が雪の中へ吹っ飛んだ。
- 201 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時39分43秒
- 「辻…」
呆気に取られたままの私を身体を起こした辻が今まで見た事もないような怖い顔をして睨んでいた。
「…どうしていなくなっちゃうんですかぁ………」
「………」
瞬きする度にボロボロ落ちる涙を見て、私の胸はズキズキ痛む。
こうなるのがわかってたから今まで言えなかったんだ。
でも、辻を傷つけずに別れを言う方法なんて思いつかなかったから…。
ずっと泣き続ける辻の頭を撫でようとして手を伸ばした。
携帯と同じように思い切り手を払われる。
「イタッ…」
手首に激痛が走り顔をしかめた私を見て辻は少し顔を強張らせたけれど何も言わずに顔を伏せる。
その姿はなんだか買主に裏切られて捨てられた子犬のように見えた。
手袋なんかしてたら手の温もりが伝わらないと思って
私は手袋を外してもう一度辻の頭に手を伸ばした。
辻は一瞬ビクッとしつつも、されるがままになっていた。
- 202 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時40分28秒
- 普通は素手だと寒くて手が悴むはずなんだけど
捻挫したところからジンジンと熱が発せられていたせいか
何も感じなかった。
徐々に痛みも麻痺してきたようだ。
「…飯田さんがいなくなるなんて嫌だぁ…辻には他に友達がいないのに。
友達は飯田さんだけなのに…一人ぼっちになっちゃうよぉ…そんなの嫌だぁ…」
俯いたまま身体を震わせて呟く辻。
「そんな事ないよ。ちゃんと学校とかで圭織よりも仲のいい友達作れるよ。
今の辻が作ろうとしてないだけじゃん。むしろ圭織がいなくなった方が友達増えるよ。
だから、大丈夫だって」
気休めの言葉というわけじゃなくて心から言ったつもりなんだけど
辻にはそれが気に入らなかったらしく、顔を上げてキッと私を睨みつけた。
私の胸は捻挫したはずの手首よりもズキズキと痛みを増している。
- 203 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時41分08秒
- 「…圭織の事なんて忘れちゃってよ。
最初っからこんな人いなかったって思ってさ。
たまに一緒に遊んでる子達…亜依ちゃんとあさ美ちゃんだっけ?
その子達ともっと仲良くなりな…」
「……」
唇を噛んで辻は黙り込む。
「やっぱ辻くらいの年齢の時って沢山友達作った方がいいよ。それに…」
「…それに?」
言葉を濁そうとした瞬間、顔をあげて辻が私の言葉を繰り返す。
私は小さくため息をつき、決心してこう呟いた。
「…辻は北海道にいる圭織の妹代わりだったんだ。
でも、やっぱ血の繋がりがある方が比重が重くなるの。だから……」
私がそこまで言うと辻は少し顔を歪めて苦しそうに呟いた。
「だから…辻はもういらないって事ですか……」
肯定するのは物凄く残酷な事だと自分でもわかってる。
でも、否定してはいけない。
「そうだよ…辻は圭織にとって、ただそれだけの存在だったんだ」
「……」
辻はギリッと歯を食いしばって突然、私の怪我した方の手を掴み、思いっきり噛み付いてきた。
捻挫のせいで既に感覚はなかったから痛みは感じなかったけれど
それよりもその行動に驚いて私はうろたえていた。
- 204 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時42分01秒
- 「なっ!何すんの!?」
「辻が今どれだけ痛い想いしてるかわからせてあげてるんです!」
そう言うなり、また噛み付いた。
今感じているはずの腕の痛みくらい辻は痛い想いをしているのだと言いたいのだろうけど。
残念ながら私には何も感じない。
伝わってくるのは捻挫の腫れからくる熱だけ。
だって、私の心はすでに麻痺しているから。
普通の状態だったら悲鳴をあげているくらいの強さで辻は必死に噛み付いてくる。
このまま手首を噛み切られそうなくらい。
唖然としたまま私は噛み付かれたところから血が流れているのを見ていた。
白い雪が朱に染まり始めてようやく私は口を開いた。
「……気が済むまでやればいいよ。辻になら手の一本くらいあげてもいい…」
少し狂気じみたセリフを私が口にしたので辻は口を離した。
そして、悔しそうにポツリと呟いた。
「…ウソツキ」
「え?」
何に対して言われたのかわからずに私が戸惑っていると誰かが私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
声がした方へ振り返る瞬間、吹雪を受けて私の視界は白くなった。
「…は…さんの……考え…事くらいわかるもん…」
ビュッという風の音に紛れて辻の声がかすかに聞こえた気がした。
- 205 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時42分34秒
- どうやら、辻のお姉さんがワンギリした私の携帯を不信に思って探していたらしい。
その後、上級者コースに迷い込んでしまった辻を両親はこっぴどく叱って
怪我してしまった私に深々と頭を下げてきた。
辻はずっと無口で私の方を見ようとしなくて両親は不思議がっていたけれど
私も何もなかったかのように振舞う事しか出来ず、スキー旅行はあっという間に終了した。
その日以来、辻は私の前に姿を見せる事はなかった。
- 206 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時43分12秒
- それから数年の歳月が経った。
私は地元の中小企業に就職して、平凡な日々を過ごしていた。
手首を見るとほんの少しだけあの時の痕が残っている。
いつもお菓子をパクパクと食べていた辻の顎の力は半端じゃなかったという事だろうか。
きっと私にしかわからない程度の傷痕だろうけど。
あれから一度も辻とは会っていない。
電話とかで話す事もなかった。
ただ、やっぱり心配になって近況なんかをこっそり辻のお姉さんに電話して聞く事はあったけれど。
お姉さんの話では辻はあれから徐々に友達を増やし、今ではとても楽しそうにしているらしい。
それを聞いて凄く安心した。
そんな事を思い出していると自然と涙が零れていた。
それは無意識に出ていて、その存在に気付いた時にようやく顔を歪めて私は笑った。
なんてバカなんだろう。
哀れ過ぎるね。
- 207 名前:天使にかまれる 投稿日:2002年02月27日(水)18時44分46秒
- あの時、わざと傷つけて嫌われようとした。
そうでもしないと私は辻から離れられなかった。
本当は今も昔も依存してたのは私の方。
カッコ悪いね。
結局、私は何も変われなかったんだから。
あの時、辻の口から発せられた言葉。
『ウソツキ』
それが何に対してだったのか、今はなんとなくわかるような気がしていた。
彼女はきっと気付いていたんだ。
この手首の傷は辻と一緒に幸せな日々を過ごしたという証拠。
そして、彼女を傷つけてしまったという証拠。
辻に噛まれた痕はいつまでも私の胸にも残り続ける。
−終わり−
- 208 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時42分21秒
- 「午前二時二十四分、ご臨終です……」
意外と冷たくない、情のこもった言い方で、医者が告げた。
途端にすすり泣く声があちらこちらから聞こえはじめる。
「カオリぃ……なしてさぁ……」
「いいらさぁん……」
安倍と辻が涙声で、飯田の死体に語りかける。
「ふぇ……ううぅ……」
「ひ……飯田さん……」
加護と石川は、ひざから床に崩れ落ちてしまっている。
残りのメンバーも目にいっぱいの涙をため、ギュッと唇の端を噛み、あらわしようのない苦りきった表情で飯田を見つめる。
視線の先の飯田は、少しばかり青い顔で静かにたたずんでいた。
- 209 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時43分15秒
- 突然の訃報は瞬く間に日本中を駆け巡った。
「モーニング娘。飯田圭織、原因不明の急死!」
テレビもラジオもインターネットも、こぞってこの話題を報じている。
何と言っても、今人気絶頂のモーニング娘。のリーダーの死。
しかも原因不明と言うおまけまでついて、あちらこちらで評論が飛び交った。
飯田の死を見取った病院にも尋常ではない数の報道陣が詰め掛け、パニックになっているという。
病院側も、本当に原因がわからないのだから、対応に苦労しているらしかった。
一方、最も精神的ショックが大きいであろうモーニング娘。の他メンバーたちには、当然の如く休暇が与えられた。
- 210 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時44分29秒
- そんな激動の日々が流れるように過ぎ去り、飯田の死から一週間が経過した日。
ファン合同で、飯田の葬式が行われる事となった。
会場となった都心の葬儀場では、式の開始前から、超大勢のファンでごった返している。
皆口々に飯田について語り合っているが、中には
「なっち来るだろうなぁ、楽しみだなぁ」
「どうせさ、油が切れて動かなくなったとか、寿命が来たとかそんなんだろ」
などとの声も聞こえた。
- 211 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時50分44秒
- 「それでは、はじめさせていただきます」
心から飯田の死を悲しむファンもそうでないファンも、静かに式の開始の挨拶を聞く。
だが、ここで不可思議な事が起きた。
モーニング娘。他メンバーが、一人として式に来ていないのである。
しかし、これについては、司会からすぐに説明があった。
「なお、モーニング娘。他のメンバーの皆様は、精神的に疲労しているため、
取り乱してしまう可能性があると言う事から、本日の葬儀には参加されません」
不謹慎にも、文句を言うファンが見受けられた。
- 212 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時52分21秒
- そのころ、他メンバーは飯田の家に来ていた。
飯田の形見として、なにかいただける物はないかと親に聞いたところ、自由に持っていってくれていいとの事だったのだ。
家主のいなくなりがらんとした部屋は、なかなか日当たりがよく住み心地がよさそうだった。
「ねぇねぇ、原因なんだと思う?」
「んー、やっぱ故障じゃない?」
「せやなー、旧式やからなー」
?
「けどさー、ビックリしたわね」
「まぁいいじゃん、どうせ脱退準備は完了してたんだから」
「だべ。手間が省けたっしょ」
……?
「あー、この指輪きれいー。もらっちゃえ」
「飯田さんの家食べ物がたくさんですねー。いただきまーす」
…………?
- 213 名前:朗報 投稿日:2002年02月28日(木)14時53分34秒
- 形見として色々な物を持ち出してきたモーニング娘。の面々。
飯田の家のリビングで円陣を組んでいる。
その中から、聞きなれた言葉が聞こえてきた。
「カオリが死んじゃって八人になっちゃいました。
まぁだけどちょっと予定が早まっただけだから、みんな気にしちゃダメだから。
仕事が再開されたら、個人個人カメラに映る回数が増えると思うから、今まで以上に気合入れるんだよ。
あ、あと、カオリの事を聞かれたら悲しそうな仕草をするように。
よーし、それじゃがんばっていきまっ」
『しょーいっ!』
終わり
- 214 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時39分21秒
- 葉書が届き始めて今日で1年目。
今日きた葉書は丁度24枚目。
それはほとんど第2と第4月曜日にポストに落とされていた。
赤い文字で大きくJAPANと綴られ、消印には英字がプリントされた絵葉書。
それは時に美しい風景の写真であったり、可愛らしい動物の写真であったりした。
簡単な近況報告の下には住所と共に小さくsayaka itiiと署名されている。
毎回同じようなパターン。
「こっちは寒くなり始めました」だとか「みんな元気ですか?」だとか。
よくある文章が並べられた葉書。
規則的にきちんと、月に2回それは送られてきた。
私は2回に1回の割合で返事を書いた。
「だんだん冬らしくなってきました」だとか「こちらはみんな元気です」だとか。
もっと腹を割って何でも話してきた仲だったはずなのに、何故か葉書の中では
お互いぎこちなくて、それがまた楽しくもあった。
- 215 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時40分21秒
- 彼女は…市井紗耶香は私の大切な友人で、幼馴染と呼べるくらい長い付き合いをしていた。
彼女は幾分体が弱く学校も休みがちだった。
けれど、性格はそんな体質を否定するかのように頑固で活発なものだった。
その癖妙に寂しがりやな一面もあった。
その裏腹さに私は幼い頃から惹かれていた。
私は彼女がとても好きだった。ある種の尊敬に近かったくらいかも知れない。
彼女もまた私を彼女の世界に受け入れてくれていたように思う。
私たちはとても仲が良かった。
彼女より2年だけ早く生まれた私は2年前の4月、紗耶香が高校1年生の時に
進学のため実家を離れた。
距離が開いてしまうのは少し寂しいような気もしたが、私たちは
よく連絡を取り合い、お互いの近況を知らせ合った。
私が実家に帰れば必ず会ったし、一緒に遠出をしたりもした。
紗耶香は変わらず学校は休みがちだったようだけれど、何とか学校生活も
過ごせているようだった。
- 216 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時40分58秒
- そんな風にして、私と紗耶香の間には何の問題もないように1年が通り過ぎていった。
穏やかな1年間の直後、2年目に入ろうとした春の日に紗耶香は突然アメリカへ留学をした。
まさに晴天の霹靂であった。
何の相談もなかったことはもちろん寂しい気もしたが、彼女はよく突発的にも見える
強引さで物事を決めるところがあったので、その点に関してはそう悩みもしなかった。
むしろ驚いたのは、体の弱い紗耶香を常に気にかけていた彼女の親が
一人でのアメリカ行きを許したことだった。
もしかしたら紗耶香は私が考えていたよりもずっと体が丈夫になっていたのかもしれない。
そうでなければ、ありえない話しだと思えた。
彼女は旅立ってから早々に絵葉書を寄こしてきた。
「突然決めちゃってごめんね。でもどうしても行きたかったから。電話をすると甘えて
しまいそうだから、電話はしません。その代わり葉書をたくさんだすからね。矢口は日本で
私はアメリカでお互いに頑張ろう。紗耶香」
少しばかり尖がった字でそう書かれていた。
最初の葉書の宣言通り紗耶香は月に2回実にマメに葉書をくれた。
- 217 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時42分07秒
- この1年間私は一度も実家に戻らなかった。
然して理由があるわけではなかった。何となく機会を失っていただけ。
実家の方からも特に帰ってこいというような催促はなかった。
長めの夏休みにはサークル活動とアルバイトに追われ、
短めの冬休みには休み明けに控えるテスト対策に追われ、
非常に長い春休みが終わりかけ、24枚目の葉書が手元に届いた時、
ようやく帰ろうかという考えが浮かんだ。
24枚目の葉書はアオイ空と山を背景にした綺麗なアオイ湖の写真だった。
「元気ですか?私は元気です。そちらはもう春ですね。春というと矢口の作ってくれた
シロツメクサの冠を思い出すなぁ。何だか矢口に会いたくなってしまったよ、えへへ。
また、葉書書きます。紗耶香」
シロツメクサ…。
そう、紗耶香はシロツメクサが好きだった。
そして、シロツメクサで私に冠を作らせるのが毎春の習慣だった。
その習慣はつい去年まで当たり前に続いていたものなのに、妙に懐かしく感じた。
葉書の中の紗耶香の言葉と同様に私も紗耶香に会いたくなってしまった。
- 218 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時42分45秒
- ふと机の上の籠に目をやる。小さな籠の中にいくつかの土産物が詰まっている。
この1年間私は遠出すると必ず土産物を買った。
腐ってしまうような食べ物は避け、キーホルダーや絵葉書セット。
それらは紗耶香へのお土産だった。
彼女が帰ってきた時に渡そうと思い買い集めていたもの。
紗耶香は葉書の調子からでは帰ってくる様子がないように感じられた。
実家に帰った時、紗耶香のお宅へ立ち寄って帰国予定でも伺おう。
そう思い、実家に電話をかけた。
明日、帰るから。と。
- 219 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時43分31秒
- 地元の空気は澄んでいた。そして空もよく晴れていた。
駅から家路に向かう途中に高校時代の友人とばったり出会った。
「あぁ!矢口久しぶり!」
私たちは久しぶりの再会に興奮し、しばらく立ち話に花を咲かせていた。
話しがひと段落つくと、友人は少し顔を翳らせて申し訳なさそうにぽつりと呟いた。
「…紗耶香ちゃん…残念だったね…」
「?紗耶香…?残念…?」
「矢口、あんたもしかして何も知らないの?そういえばお通夜もお葬式にも
参列してなかったよね…?」
私は混乱していた。目の前のこの人は何を言っているのだろうか?
通夜?葬式?誰が死んだって?
そんな私を見て友人は気の毒そうに
「あのね、矢口、落ち着いて聞いてね?紗耶香ちゃん去年の5月に亡くなったんだよ…」
そう、口を開いた。
嘘をついているとは思えない。嘘をつく必要も考えられない。
私は咄嗟に走り出していた。
後ろから何か声が聞こえたような気もしたが、もはや私の耳には届いていなかった。
- 220 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時44分41秒
- 市井家の前まで走りつくと私は恐る恐るインターホンを押した。
紗耶香の母親は玄関を開け、私を見ると驚いたような顔をするとすぐに顔を伏せた。
申し訳なさそうに紗耶香の母親はぽつりぽつりと語り出す。
一昨年の4月、私がこの地を離れてすぐに紗耶香の病状は悪化した。
紗耶香は自分でわかっていたのかもしれない。もう自分の体が長くもたないと。
紗耶香は死ぬ間際まで私宛の嘘の葉書を書き続けていたそうだ。
そして、それを昨年の4月からアメリカにいる知人に頼んで、
アメリカから投函してもらっていたのだそうだ。
最後の遺言は「矢口が気が付くまで葉書を送り続けてほしい」と
「私の死を矢口に知らせないでほしい」その二つだった。
紗耶香の母親は自分の子供の願いを叶える為に私を騙していたことを詫びた。
私はショックを隠せないまでも謝るに及ばないと告げ、ある場所へ向かった。
- 221 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時45分15秒
- どうして紗耶香は私に嘘をついた?
どうして私は紗耶香の体調に気付かなかった?
頭の中には後悔と疑念がうずまいていた。
ある場所、そこにたどり着くと時期的にはまだ早いはずなのに
一面に敷き詰めるようにシロツメクサが咲き誇っていた。
そこは私と紗耶香が毎年シロツメクサを紡いでいた場所。
その真ん中にはまだ小学生だった頃の私と紗耶香がいた。
「私さ、矢口といると元気になるんだよ」
「矢口に元気もらえてるみたい」
「矢口には元気ない私なんて見られたくないな」
紗耶香の声が聞こえる。楽しそうに笑っている声が。
- 222 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時45分59秒
- そうか、そうだったね。紗耶香は私といる時本当に元気で楽しそうだったよね。
「紗耶香…」
声にだして呟くと、幼い紗耶香と私の姿は消え、ふわっと春の風が頬を撫でた。
小さな小さな祈りを乗せて。
忘れないでいて、私のこと…
ちゃんと聞こえたよ。紗耶香の最後の願い、しっかり聞こえたよ。
あなたがもういなくたって、葉書がもう届かなくったって、
私はあなたを忘れない。
きっと、ずっとずっと忘れない。
その日、私は花冠を携えて紗耶香の仏前で手を合わせた。
そしてそれは新しい私の習慣となった。
1年分のお土産を添えつつ…。
- 223 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時46分39秒
- 寂しがりやの紗耶香が必死になって私にしたことを、私はずっと忘れない。
自分の存在が消えてしまうことを恐れた紗耶香。
そんな彼女を私はずっと忘れない。
けれど、もう紗耶香はいないから、だからお別れはするよ。
勘違いしないでね、お別れと忘却は全く違うものなんだから…。
紗耶香はもういないけど、大好きだった紗耶香と私の時間は私の体中に染み込んでいる。
それは決して消えることがなくて…。
いつまでも色褪せることなく…。
- 224 名前:葉書 投稿日:2002年02月28日(木)17時47分32秒
- 季節が巡ると、
いつもの春と同じようにシロツメクサを紡ぎ、冠を作る。
紗耶香のために。
お別れの餞に……。
−終わり−
- 225 名前:別れのとき 投稿日:2002年02月28日(木)19時53分38秒
- 別れがこんなにも辛いなんて知らなかった。
最後になってようやく気が付いた。
私がどれだけあなたのことを求めていたのか。
いつも冷たいあなた。
でもそれが私をひきつけた。
あなたは私に安らぎをくれた。
あなたを見ているだけで私は幸せになれた。
あなたのことを思うと苦しくなる。
体の中心がきゅぅっと音を立てる。
私の細胞の一つ一つがあなたを求めて悲鳴をあげる。
- 226 名前:別れのとき 投稿日:2002年02月28日(木)19時54分31秒
- そう、悪いのは私。
あなたがそこにいてくれる。
それだけで満足してしまった。
そのことに安心してしまった。
あなたの存在を忘れてしまった。
それがこんな結末を迎えてしまうなんて。
こんな悲しい思いをしてしまうなんて。
馬鹿な……私。
- 227 名前:別れのとき 投稿日:2002年02月28日(木)19時55分04秒
- 「ほぉら、もう諦めるんだよ」
「あーーん。飯田さん捨てちゃダメーーー!」
「いったい何事?」
「賞味期限の切れた辻のアロエヨーグルトを圭織が捨てようとしてんの」
「楽屋の冷蔵庫に入れっぱなしにしてたアンタが悪いんでしょ」
「だってーーー!」
ちゃんちゃん。
- 228 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時14分06秒
- 『賢木』は中世イングランドを舞台とした短編戯曲です。
そのため衣装やセット等の手間もあり、上演難易度は学生演劇の中では比較的高い部類に入ります。
高校生でも演じることは可能でしょうが、シリアスなラブストーリーであるため、男生徒のみでの上演はお勧めしません。
基本的には男女交えた、もしくは女性のみでの上演が前提となっています。
男性キャラクター
マクイアン候 スコットランド系でまだ10代の青年貴族。正妻を亡くしたばかり
リック 侯爵の家臣で、侯爵達よりも一つ年長
トミー 侯爵の家臣にして幼馴染
女性キャラクター
カイリー 故イーデュアス卿の夫人だった人で、侯爵の年上の愛人(注・髪の長い女優が演じること)
マリー 修道志願生
ケイト 修道女
シーン1 マクイアン候自室(侯爵・リック・トミー・カイリー)
シーン2 セントヴィンセント修道院門前(侯爵・リック・トミー・マリー)
シーン3 修道院応接室(侯爵・マリー・ケイト)
シーン4 卿夫人私室(侯爵・カイリー・マリー)
シーン5 セントヴィンセント修道院門前(侯爵・リック・トミー・マリー・ケイト)
- 229 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時15分03秒
- シーン1 マクイアン候自室
【自室の机に座り、うつむいている侯爵
トミーはドアの脇に控えている】
【リックが舞台右手より登場し、ドアをノックする】
侯爵:ああ
リック:失礼します
【ドアから入るリック】
リック:イーデュアス卿夫人よりお手紙です
【侯爵は返事をせずに渋い顔をする】
【リックから封筒を受け取り、ペーパーナイフでそれを開ける侯爵】
侯爵:この香水の匂い。そして変らず綺麗な筆跡。流石は卿夫人だね
【侯爵は手紙に目を通し、しばし思案する様子を見せる】
【照明暗転、侯爵にスポットライトを照らす】
【ナレーション】
(カイリー):幾ほどもなく月日が流れてしまいました
亡くなられた奥様がお気の毒にも生涯を終えられたと聞くたびに、
私の袖さえ涙でぬれてしまいますのに、
ましてやあなたはどんなお気持ちであろうかと、心配でなりません
いまだに春が見つけられないこの寒空に思い余りまして、こうしてお手紙を差し上げます
- 230 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時15分50秒
- 【トミーが数歩前に出て、リックの隣に並ぶ】
トミー:お返事はなさらないのですか?
侯爵:シャロンが逝ってからまだ2ヶ月も経ってない
トミー:しかしっ…
【リックはトミーの前に手をのばし、二人は目で合図しあう】
リック:それを届けに来た使いによると、ご夫人は今、町外れの修道院に仮住まいされているとか
トミー:それじゃ、あの噂は本当…
侯爵:ああ、手紙にもそう書いてあったよ
来月には湖水地方の修道院に赴くらしい
トミー:ならば…
【侯爵はトミーに対して首を横にふる】
【しばし沈黙】
リック:卿、まだあの日見たという夢のことを?
【返答しない侯爵】
トミー:夢というと、シャロン様が亡くなられた翌日におっしゃっていた…
侯爵:・・・どうしても、どうしても夢の中での魔女のような彼女の姿が思いだされてしまう
トミー:おそれながら申し上げますが、卿夫人がシャロン様を呪い殺したなどとは…
侯爵:わかっている!わかっているさっ!
【急に声のトーンをあげる侯爵に、押し黙るトミー】
- 231 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時16分34秒
- 【侯爵は席を立ちあがり、舞台手前に数歩進み出る】
侯爵:・・・私もわかっているつもりなんだ
シャロンの氏は運命づけられた自然なものであって、呪いなどではないと
今はただ、あんな夢を見てしまったことがうらめしい
トミー:そんなことを言って、カイリー様はどうなるのですか!?
【トミーはセリフとともに侯爵の背後に歩み寄る】
【侯爵は無言のまま】
【トミーは首だけリックのほうに向ける】
トミー:リック!君ならどうする?
こんな・・・彼女のために何もしないでいるかい?
リック:……僕ならば、僕にできることをするさ
侯爵:だからと言って、女性ばかりの修道院に手紙でも送れと言うのか!?
トミー:そんなの口実に過ぎない!
彼女はあなたにお会いしたがっているんだ!
- 232 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時17分07秒
- 【侯爵はトミーをみつめ、次のリックのセリフとともに視線を移す】
リック:そうでなければ、疎まれていることを知りながらも、侯爵、あなたに手紙などよこさないでしょう
侯爵:彼女への最後の手紙、お前にも見せただろう
シャロンの氏のこと。私に執着心が無いこと。
できる限り彼女のプライドを傷つけない綴り方をしたんだ
リック:どんな文面でも、良心の呵責が本心を伝えてしまいます
トミー:疎まれていると知りつつも尚、彼女はあなたに手紙を…
【トミーは侯爵に睨まれ、口をつむぐ】
【しばし沈黙】
侯爵:……リック、トミー、出かける支度を整えろ
リック:卿・・
侯爵:人目については困る
我々三人だけで向かおう
二人:はっ!
【リックとトミーはドアから部屋の外に出る】
【侯爵は卿夫人からの手紙を一度手に取り、数秒後に同様にして部屋を去る】
- 233 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時17分39秒
- シーン2 セントヴィンセント修道院門前
【舞台中央やや左よりに修道院の門】
【右手より侯爵は馬に乗り、トミーとリックは歩いてやってくる】
侯爵:ここか?
リック:はい
【トミーが門前に向かって歩み出て、ベルを鳴らす】
【リックもトミーに続き、侯爵は馬の足を止める】
【扉が開き、修道服は着ていない小柄な女性が顔をのぞかせる】
トミー:我々はあちらにいらっしゃるゴルドース侯爵マクイアン卿の使いの者である
マリー:侯爵様がいかなるご用でこの修道院に?
トミー:さきのイーデュアス卿夫人にお取次ぎ願いたい
マリー:イーデュアス・・・
そのような方はこちらにはいらしゃいませんが
トミー:つまらない嘘はつかないでいただきたい
【マリーは顔をしかめる】
マリー:私が嘘をつく理由はございませんわ
トミー:ならばただこの門を通して下さるだけで結構
マリー:それはできません
トミー:なんだと!?
マリー:侯爵様であろうとも、詳明なご用件をお持ちでなければここをお通しするわけにはいきません
トミー:このっ・・
リック:トミー!
【荒々しい仕草をとるトミーを、リックが制止する】
- 234 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時18分15秒
- 【リックが背後に視線を向けるよううながし、トミーとマリーもそれに従う】
【侯爵は馬から降り、ゆっくりと三人に近づく】
【リックとトミーは道を開け、侯爵はマリーと向かいあう】
侯爵:寛大なるシスター、家来が失礼をいたしましたことをお詫び申し上げます
どうぞお許し下さい
マリー:お気づかいなく、侯爵様
侯爵:我々がうかがいたいのは、カイリーという名前の女性がこちらにいらっしゃるかどうかということなのです
マリー:申し訳ございません、私の知る限りではそのような方は・・
侯爵:しかし絶対にこの修道院にいるはずなのです
リック:もしかしたら偽名を使われているのかも
侯爵:最近こちらに訪れたはずの髪の長い女性です
マリー:髪の長い…
【目を見開くマリー】
侯爵:ご存知のようですね
マリー:・・・ええ、しかしそれが…
侯爵:構いません
どうかお通し下さい
【マリーはしばらく無言で目を細める】
マリー:私が判断できることではありません
ともかく、どうぞお入り下さい
上の方にご相談いたしましょう
侯爵:ありがたい
- 235 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時18分53秒
- 【マリーは扉を開き、侯爵とリックは門の中に入る】
【マリーはトミーにも中に入るよう促すが、トミーはマリーと向かいあう位置に歩み寄る】
トミー:先ほどは失礼しまいた
マリー:お気になさらずに
トミー:ありがとう、シスター
マリー:ふふ
【二人も建物の中に入り、客席から見えなくなる】
マリー:じつは私、まだシスターじゃないんです
- 236 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時19分32秒
- シーン3 修道院応接室
【舞台右手、部屋の奥に眼鏡をかけたケイトが座っている】
【左手扉からマリー、続いて侯爵が登場】
ケイト:お目にかかれて光栄です、侯爵
【ケイトは右手をさしだし、侯爵と握手をする】
侯爵:こちらこそ、前触れもなく突然の訪問で失礼いたしました
ケイト:いえいえとんでもない
どうぞ、お座りください
【侯爵はケイトの席とテーブルを挟んで向かいあっている席に座る】
【退出しようとするマリー】
ケイト:待ちなさい、マリー
マリー:は?
ケイト:言い機会です、あなたもそちらへ座りなさい
【マリーも舞台奥手の席に腰かける】
- 237 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時20分10秒
- 【マリーが席についたことを確認し、侯爵に向き直るケイト】
ケイト:さて、お話はマリーからうかがいました
カイリーさんという女性をお探しだそうですね?
侯爵:探しいるのではありません
私は彼女に会いに参ったのです
【ケイトは右手で眼鏡のつるを持ち上げる仕草をする】
ケイト:どうしてその女性がこちらにいらっしゃると?
侯爵:彼女から、手紙を頂きまして
ケイト:なるほど
【ケイトはパラパラと手許の書類をめくり、すぐにそれを両手で閉じる】
ケイト:確かに、イーデュアス卿のご夫人であられた方をお預かりしております
マリー:シスターケイト・・
ケイト:ただ、ご本人はあなたにお会いしたくないと
【ケイトは顔をあげ、侯爵と目を見合わせる】
【マリーは最初ケイトを見つめ、そして侯爵に見向く】
侯爵:お願いです、シスター
彼女と、カイリーと話をさせていただきたい
ケイト:ご本人がお断りになっているのです。
侯爵:彼女は・・何と?
- 238 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時20分48秒
- 【ケイトは侯爵をみつめたまま数秒ほど押し黙ってから、返答する】
ケイト:あなたがここまで来たのは、他の女性のお住まいと取り違えてらっしゃるからでしょう、と
侯爵:誤りや冗談などで、わざわざこのようなお願いをすることがございましょうか
【侯爵とマリーはケイトをみつめる】
【ケイトは眼鏡を外すことで侯爵から視線を外す】
【しばらくおいて、ケイトはマリーに向かって口を開く】
ケイト:マリー、お部屋の前までご案内さしあげて
マリー:でもシスター、ご本人が!
【ケイトはしばらくマリーをみつめ、それから侯爵に向き直る】
ケイト:修道院は本来ならば男子禁制の領域
色恋の場所ではございません
侯爵:存じております
【ケイトは表情を崩して微笑む】
ケイト:我々は知ってはならない感情ですが、彼女はあなたのことを待っているのでしょう
【ケイトがマリーに向かってうなずくと、マリーは立ちあがり、侯爵もマリーの後に続く】
【まずマリーと侯爵が退出する】
【ケイトは眼鏡をかけ直し、照明とともにフェードアウト(もしくは幕)】
- 239 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時21分23秒
- シーン4 卿夫人私室
【薄暗い部屋で窓際の椅子にカイリーが座っている】
【大きな窓には夕日に照らされたオレンジ色の空が移しだされている】
【舞台右手からマリーが一人で登場、私室のドアをノックする】
カイリー:はい
【カイリーは部屋のドアを開き、マリーと向き合う】
カイリー:あら、マリーさん
・・・侯爵はお帰りになられましたか?
マリー:それが・・・
【舞台右手より侯爵が登場】
【カイリーは目を見開いて侯爵を見定める】
カイリー:マーク!
【彼女が1歩前に出るために、マリーが舞台奥手に数歩さがる】
【カイリーは動作なく、微かに震える】
【侯爵はそのままマリーに近づく】
侯爵:ありがとう
マリー:それでは
【マリーは二人の様子をうかがいつつも舞台右手へと立ち去る】
- 240 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時22分10秒
- 【侯爵とカイリーは数歩ぶんの間隔をおいて向き合う】
侯爵:ごぶさたしておりました
カイリー:ええ、本当に
侯爵:お手紙をいただいて、あなたが遠くへいらっしゃると聞いたものだから
カイリー:それでわざわざ寄り道して下さったのですか?
侯爵:あなたに会いに参ったのです
カイリー:卿、あなたは道に迷っていらっしゃるようですね
ここは男性がおいでになるような所ではございません
あなたがおいでになるべきは、他の女性のもとではございませんか?
侯爵:あなたの送ってくださった手紙の香りに誘われて、ここまでさまよって参りました
私は香水の主にお会いしに参ったのです
カイリー:侯爵、あなたは香水に惑わされて・・
【侯爵は表情を変えずにカイリーを見つめたまま】
【カイリーは顔を引き締める】
カイリー:ひとまず、中へお入りなさい
- 241 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時22分45秒
- 【カイリーは少し急ぎ足、侯爵はゆったりと後に続く】
【部屋の中に入り、カイリーは侯爵に椅子を勧め、自分は向かいあう席に座る】
【侯爵は椅子には座らず、カイリーの背面にあたる窓際に立ち、外を眺めている】
【カイリーはうつむき、マークに背を向けたままで呟く】
カイリー:あなたは私を疎ましく思っているはずなのに
それなのに、なぜこんな所まで
侯爵:ただ、香りに連れられて
【カイリーは遠くを見つめる】
カイリー:私を疎ましくおもっていたことは、否定してくれないのね
侯爵:今あなたを想う気持ちは、決して嘘ではない
【侯爵はカイリーの髪に手を触れる】
- 242 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時23分27秒
- カイリー:マーク、あなたは若い。そして幼い
奥様が亡くなって、しばらくは落ちこんでいらっしゃるのかもしれないけれど、
すぐに新たな恋ができる
侯爵:それはあなただって同じです、カイリー
何も修道院に入ることはない
カイリー:私とあなたは違う
私はあなたほど若くはないし、それに一度人の妻となった女だもの
侯爵:それは・・
カイリー:わかるでしょ
私はあなたの妾をやっていられる身分じゃないってことが
【カイリーは目を拭う仕草をする】
【侯爵はカイリーの後ろ髪をゆるやかに手で梳き通し、それに口づける】
侯爵:逝って・・・しまわれるのですね
カイリー:・・・・ええ
- 243 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時24分01秒
- 【カイリーは席から立ちあがり、侯爵と向き合う】
カイリー:ごめんなさい、マーク
発つ前にあなたに会えて、あなたが会いに来てくれて良かった
だから・・・お願い、泣くのをやめて
侯爵:泣く?
【カイリーは侯爵の目許に指をのばす】
カイリー:あなた、とても悲しそうに泣いてるわ
侯爵:…最近、こんなのばっかりだよ
カイリー:奥様が亡くなられたのですもの、当然よ
【見つめあう二人】
侯爵:それじゃカイリー、君は、君はなぜ泣いているんだい?
【カイリーは侯爵の肩に顔をよせ、目許をこすりつけるようにする】
カイリー:やめてマーク、これ以上あなたにそんなこと囁かれたら、旅立つこともできなくなっちゃう
- 244 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時24分37秒
- 【部屋内の照明を完全に消し、窓からのかすかな光だけを残す】
【二人のシルエットは抱き合ったまま窓に映る】
カイリー:日がとっぷりとくれてしまった
侯爵:さすがに、ここに泊るわけにはいかないよね
カイリー:行ってしまうの?
侯爵:いや・・・まだあなたの手を握っていたい・・
【照明もしくは幕でフェードアウト】
- 245 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時25分15秒
- シーン5 セントヴィンセント修道院門前
【暗くなった門前にスポットライトがあたっている】
【マリーとケイトが門前に立ち、侯爵は既に馬に乗っている】
侯爵:シスター、マリーさんも、今日は本当にありがとうございました
ケイト:いえ、私達は何もしていませんよ
マリー:また、いらして下さいね
トミー:ええ、是非
ケイト:それでは、くれぐれも夜道にお気をつけて
侯爵:ありがとう
【侯爵達はゆっくりと舞台右手に移動し、ライトもそれを追う】
リック:ご夫人は、なんとおっしゃていましたか?
侯爵:予定通り、来月にはここを発つそうだ
【数歩進む】
トミー:お引き止め、しなかったのですね・・
侯爵:…‘最後に会えて良かった’
そう言われてしまうとね
リック:…そうですか
【三人はそのまま舞台右手へと退場】
- 246 名前:戯曲『賢木』 投稿日:2002年02月28日(木)21時25分46秒
- 【スポットライトは門前に立ったままのケイトとマリーを照らす】
マリー:シスター
ケイト:なあに?
マリー:ああいうのを恋って言うんですかね
【ケイトは微笑む】
ケイト:ああいうの、だけじゃないけどね
【ケイトは振りかえり、門の扉に手をかける】
ケイト:マリー、あなたも町娘に戻れば彼らのような恋ができるかもしれませんよ
【マリーも微笑み返す】
マリー:もうしばらく、悩んでおきます
【二人は扉の内側に入る】
【終幕】
- 247 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時41分05秒
- 「まずい、バイトの時間に遅れちゃう!」
身支度もそこそこに、キーホルダーをつかみ部屋を出た梨華。
アパートの階段を駆け降りて、駐輪場へ駆けこむ。
「え!…なんで無いの!」
が、そこにはあるはずのものが無かった。
理解できずに、呆然とする梨華。しかし時間は刻々と迫る。
「どうしよう…バイトに間に合わないよ」
半べそをかきながら駆け出す。
とはいえ、アルバイト先のコンビニまでは結構な距離がある。走っても間に合わないだろう。
店長の怒った顔が浮かぶ。この間も遅刻したんだよな…。
あぁ、もうダメかも…、とネガティブになってその足を止める。
とりあえず連絡を、と思って携帯電話を取り出した。
- 248 名前:clean 投稿日:2002年02月28日(木)21時42分41秒
- その時、1台のバイクが梨華を追い越して目の前に止まった。
そしてライダーがバイクをさっと降りて、梨華に駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
ライダーには見覚えがあった。梨華のコンビニに良く来る少女。
梨華のバイト先に近いところに勤めているらしい、というくらいしか知らなかったが。
こんな時は、誰かが声をかけてくれるだけでも心強い。
大きく輝く瞳はとても澄んでいて、梨華は吸いこまれそうになる。
差し出してくれた手は暖かく、心がすこし明るくなった。
梨華が手を握ると、少女は強く握り返してきた。
その力強さに頼もしさを感じた。
思いがけぬ親切に心を開く梨華、電話することも忘れて泣きだす。
彼女はよしよし、と軽く抱きしめてくれた。
- 249 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時43分47秒
- 「私のスクーター、盗まれちゃったみたいなんです」
風切音に負けないように、大声で喋る梨華。
少女は腕の中の梨華が落ち着くまで待って、どうしたの?とやさしく話しかけた。
事情を聞いた彼女は、バイクで送っていくと申し出た。
切羽詰まっていた梨華は、その好意に甘えた。
「そっか、それは大変だね」
バイクの彼女も梨華に聞えるように大声で喋る。
「それで、バイトに遅れそうになって…ホントにありがとう」
「いいんだよ。いつもお店でお世話になってるからさ」
彼女の運転は正確できびきびしたものだった。
それに、バイクも大きいから梨華の原付スクーターよりも速い。
「大きいバイクに乗れて、運転も上手でいいなぁ」
「え!なんか言った?」
話しもそこそこにバイト先に到着する。
まさにあっという間。いつもよりも早く着いたほど。
「後ろ乗ってて大丈夫だった?」
「うんん、大丈夫だったよ。本当にありがとう!」
「こちらこそ。じゃ、バイトがんばってね」
それだけ言うと、彼女は颯爽と走り去った。
- 250 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時45分14秒
- 控え室で着替えながら、店長に一部始終を話す梨華。
寝坊して遅れそうになったことは言わなかったが。
「それって、吉澤じゃないかな。ほら、ホクロが多くて丸顔でハスキーボイスだったでしょ」
「そうですよ…何で知ってるんですか?」
「この辺じゃ有名だよ。向こうにバイク便あるでしょ、あそこの紅一点ライダーだよ」
「へぇ…バイク便ライダーなんですか。なんかカッコいいなぁ」
梨華は彼女の運転が上手なのに納得する。
スクーターを乗りこなせるようになるまでかなりてこずった梨華から見れば、人種が違う気すらしていた。
「それよりアンタ、原チャ盗まれたからって遅刻は許さないからね!」
店長はただでさえ迫力のある顔を、さらにすごませた。
- 251 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時51分03秒
- 2日後、コンビニに吉澤が現れた。
レジ打ちをしていた梨華は、あのとき泣いたのを思い出して恥ずかしくなり、うつむいた。
吉澤も梨華に気が付いたようで、レジカウンターに寄って来た。
「先日は、ありがとうございました」
「いいんだって。それよりさ、バイクどうだった?」
梨華は首を振った。警察にも届けたが、見つかる可能性は少ないと言われていた。
「そっか…。悲しいね」
正直、今回の盗難は梨華にとってかなりショックだった。
少ないお給料をやりくりしてなんとか買ったスクーター。
中古だったが程度も良くてキレイで、なによりかわいいデザインが気に入っていた。
それだけでない。梨華の生活はそのスクーターとの出合いで大きく変わった。
移動や買いものに便利なだけではない。行動範囲が広くなり、視点も変わった。
今まで知らなかった世界への冒険の扉を開いてくれた。
そんな、ドラエもんのように頼もしく便利な相棒だったスクーター。
大切なスクーターとの別れが、こうも突然やってくるとは…。
思いだした梨華は勤務中にも関わらず、涙ぐんでいた。
- 252 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時52分20秒
- 「ちょっと石川、仕事中でしょ!それに吉澤、仕事の邪魔しないでよ!」
涙ぐむ石川と話しこんでいる吉澤を、店長が注意する。
「そんなぁ、保田さんに頼まれた用事で来たのに」
「なにも勤務中に来る事は無いでしょ。それも泣かしちゃって」
「だってこの時間じゃないと石川さんに会えないから…」
「…しょうが無いわね。石川、今日はもう上がっていいよ。泣いてたら仕事になんないもの」
- 253 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時53分29秒
- 吉澤の誘いで夕食をいっしょに取る事になり、ファミレスへ向かう2人と1台。
バイクを押しながらの吉澤にあわせて、石川はゆっくりと歩く。
「吉澤さん、そのバイクすごいね」
「堅苦しいから、ひとみでいいよ。これね…すごくはないよ。250だし。」
といわれてもピンと来ない石川。
「んー、いわゆる普通の2輪免許で乗れる大きさ。大型バイクじゃないよ」
「そう言えば、原付の免許取るときに本で読んだ気がする…」
「ダメじゃん、忘れちゃ」
2人の笑い声が、路地に響いた。
- 254 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時54分53秒
- 食事が一段落して、会話が弾む。
「じゃ、バイク乗るのは長いの?」
「うーん、16の誕生日に免許取ったから、今度の4月で1年かな」
「…って、まだ16歳なの?」
「うん。1985年生まれ。中型2輪は16歳で免許取れるしね。」
「私と同じ歳なんだ。すごいね〜」
「梨華ちゃんも免許取ろうよ!」
「無理だよ〜ヘタッピだし、お金も無いから。代わりをどうするかも決めてないし」
梨華は盗まれたスクーターを思いだして少し悲しくなる。
「ほんと、バイク盗むやつは許せないよ!」
吉澤が梨華の表情を読みとったのか、眉を吊り上げていた。
「ひとみちゃんもバイク盗まれたことあるの?」
- 255 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時56分06秒
- 「あるよ。今のバイクは3台目だもの」
「2回も?」
「いや、1台目は事故で廃車。2台目は目の前で持っていかれた」
「2回も愛車とお別れしてるんだ…つらいね」
「しょうがないよ…全部自分のせいなんだから…」
「え?」
ひとみの顔は暗く沈んでいた。梨華はつい口走った事を後悔する。
「そう。1台目の時は自分の不注意でね。免許取ったばかりで調子乗っていたのかもしれない。
誰にも怪我が無かったのは幸運だった。それだけ」
顔を伏せたまま、懺悔するようにつぶやくひとみ。
「2台目はちょっと目を離した隙に…。いつもチェーンロックとかかけてたけど、
そのときに限って何もしてなかったんだ…」
「そうだったんだ…ごめんね」
いたたまれくなった梨華。
- 256 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)21時59分03秒
- 「でもね、いいんだ。コイツがいるから」
ひとみは駐輪場にたたずむバイクを振り返りながら明るく言った。それも無理矢理でなく、心から。
「バイクに限らず、モノって大切にされると注いだ愛情をきちんと返してくれるからね」
先ほどまでの暗い表情は一掃され、普段の表情に戻るひとみ。
「どういうこと?」
「人間の場合、別れは必ず来るし、予想できない。でもモノの場合は、どちらかの寿命まで付き合える。
付き合えるはずなんだけど、やっぱり突然の別れが訪れることも」
「…」
「それが自分のせいで招いたのなら、愛情不足ってこと。
ある意味、人との別れよりも辛いね。全部自分が悪いんだから」
「…そっか」
心当たりがある梨華は胸が締め付けられる。
大切にしていたと思っていた。でも、私はスクーターに何をしてあげていた?
駐輪場だからと安心してチェーンすらかけていなかった。
洗車したこともほとんどしてい無かった。
オイルを切らして修理に出したことも…。
- 257 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)22時00分19秒
- 「だからね、今度こそ最後までって思って、今のバイクを大切にしているんだ」
そう言って微笑むひとみ。カップを持つ手に少し油汚れがあるのに気付く。
「ほら、梨華ちゃんもいつまでもくよくよしない!」
「よ〜し、ポジティブ!ポジティブ!」
「そうそう、保田さんから頼まれてたのを今思いだしたんだけどさ」
「え、店長が?何だろう…」
- 258 名前:clean heart 投稿日:2002年02月28日(木)22時04分08秒
- 駐輪場からスクーターを出して、キックペダルを踏み降ろす。
何度かくり返してようやく始動。
スタンドを立ててしばらく暖気。マフラーからは白煙が上がる。
暖気の間に準備を整え、ヘルメットとグローブを装着。
と、聞き慣れたエンジン音が近くで止まった。
「おはよう!」
ひとみは大袈裟に手を上げた。梨華も手で挨拶を返す。
「調子良さそうだね。バイク喜んでるみたい」
「うん、一昨日洗車したばっかりだしね」
梨華のひどい落胆を見た店長は、ひとみにバイクを紹介して欲しいと頼んだのだった。
ひとみが見つけて来たスクーターはセルモーターが壊れていたが、状態は良かった。
なにより、値段が安い事が梨華には魅力的だった。
悩むが、再びスクーターのある生活を選ぶ梨華。
今度はちゃんと大切にする、と誓って。
スクーターとの突然の別れは、梨華をちょっとだけ成長させた。
ひとみと知りあって友達になれたのも、その一部分。
そして、それだけではなかった。
「ひとみちゃん聞いて聞いて!昨日初めて一本橋成功したんだよ!」
「やったね、梨華ちゃん!ついにできるようになったんだ!」
-おわり-
- 259 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時28分59秒
(ありがと…私、とっても幸せだったよ…)
月の光も、星のあかりも見えず、頬に遊ぶ風を感じることもない。
光も知覚も意識も、既にない。
どんどん、遠くなる。
それでも、少しずつ遠のいていく感覚の中で、ひとつだけ確かな
ものがあった。
「ぬくもり」。
混濁し、混沌に沈んでいく意識の中で、その「ぬくもり」だけは、
確かなものとして存在していた。 沈んでいきながら、本当はそれは
とても怖いもののはずなのに、「ぬくもり」が確かにあるから、怖く
なかった。
(…… さよなら… よっすぃー)
- 260 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時30分48秒
………
………
暗闇の中から、長く沈んでいた<意識>がぷかり、と浮かび上がる。
暗闇が開けた時、ぼんやりと何かが見えてきた。
「… おはよう」
少し掠れた優しい声がする。
ぼんやりとした視界の中に<人間>の姿が映し出された。
淡い栗色の髪を首の後ろでひとつにまとめた少女の姿。
「………」
ただ、少女の目に視線を合わせると、優しそうな瞳が、ひどく
冷たい色に変わった。
「自分の名前を言ってごらん」
「…… まき … ごとう まき…」
何も分からないけど、それは分かっていて、知っていることだった。
知っていること。
自分の名前。
それは<後藤真希>。
- 261 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時31分51秒
- 「… ここ… どこ… ?」
「説明は後でゆっくりするよ。 身体は動かせる?」
<後藤真希>は、静かに頷き、ゆっくりと上体を起こした。
パシャリ、と水の波打つ音がした。
「あんまりその液体は目覚めた体にはよくないから。洗い流した
ほうがいい」
<後藤真希>は、言われてそこから出てきた。
振り返ったそこには巨大なガラスケースと、それに注がれた液体。
人の血を想起させる生々しい赤色の液体だった。
「おいで。 シャワー室に案内するから」
<後藤真希>は、差し出された手をぎゅっと握った。
「………」
その手の「ぬくもり」は。
どこかひどく懐かしい。 そんな気がした。
- 262 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時34分17秒
- 『 FileNo.07522HY2.txt
私は今、少し馬鹿げた計画の技術責任者をやっている。
巨大複合企業へと成長したゼティマのNo.2であり、かつての
仲間だった保田圭の持ってきた計画。
「モーニング娘。復刻計画」
<モーニング娘。> ――― 旧世界の伝説的アイドル集団。
… そして、かつて私が居たところ。
だが、この時代の人々で、私がアイドルだったことを知る者は、
少ないことだろう。
- 263 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時35分46秒
- モーニング娘。の解散後、私は遺伝子治療を研究する科学者に
なった。
私が発見した不老長生の技術は、世界と人との在り方を変えた。
なぜならその技術は特定の遺伝子配列を持った人間にしか
適用できない技術だったからだ。
それは結果として、遺伝子差別、上下格差、貧富の差を生むことと
なった。
今も私の外見は、アイドルだった頃と変わらない。
だが、今の私の姿は。
ゼティマのバイオラボ主任。
ポストゲノムの旗頭。
そして―――「旧世界の破壊者」。
それが22世紀に生きる「吉澤ひとみ」の姿。
「あんたがいないんじゃ、コンサートでMr.Moonlightは
やれないわねぇ」
現行の法律では、生きている人間の完全なクローンは作ることが
できない。
私と保田圭、そしてゼティマ会長夫人である中澤裕子は
<復刻>することはできないということだ。
保田圭は、煙草を吸いながら苦笑した。
記録者:吉澤ひとみ 』
- 264 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時37分05秒
- 食卓に並んでいるご飯、味噌汁、焼き魚。
それらが2つずつ。
そして、迎いに座っている少女の姿。
かつての日常が、200年ちかい年月を経て、再現されている。
それでもそれは「再現」されただけであって
「戻ってきた」わけじゃない。
モーニング娘。1期生の4人、2期生の2人は安定期に入り
「出荷」された。
そして今、私は、ただ1人の3期生<後藤真希>の「製作」の途中だ。
急激に成長させたクローンの細胞は不安定で、1ヶ月の間は4時間毎に
薬を打たなければ組織崩壊を起こしてしまう。
だから今、私の家の中には製作途中の<後藤真希>が居る… 。
- 265 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時38分45秒
- 生前の後藤真希と私は ―――恋人同士だった。
だが彼女は私を残して、早々に病死してしまった。
思えば私が遺伝子治療を研究する道を選んだのは、そのせいだった
かもしれない、と最近思い出した。
もう何百年も昔の話なので、動機なんて、志しなんて、とっくに
忘れてしまっていた。
だが、彼女との日々の記憶は、薄雲がかかったように曖昧で、
今の私を支配しているのは喪失感と、取り残された孤独感だ。
目の前の少女は<後藤真希>だ。
だが、それは<後藤真希>の姿をした、別の存在なのだ。
今更ながら、私は自分の創り出したものに、嫌悪と恐怖に似た思い
さえ抱く。 フランケンシュタインという青年が、自分の創造した
人間を「怪物」と恐れ、蔑む気持ちが、今では何となく理解できる。
所詮、クローンはクローン。
遺伝子が同じというだけで、記憶が甦るわけではないのだから。
彼女はもう、戻ってこない。
… それでも。
ここ数日というもの、彼女の居る空間は私を落ち着かせない……
- 266 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時40分02秒
- 「… 博士?…」
「え?… あ…」
ガチャン …… ガタン
…バカみたいだ。
思考に没頭していた私は彼女に呼びかけられて、少し動揺して、
手に持っていた茶碗を落としてしまった。
それは始末の悪いことに味噌汁の入ったお椀にぶつかり、中の液体は
ことごとく机上に流れ出してしまった。
「タオル、取ってきます…」
「いいよ… 自分でやるから」
席を立った彼女を追いかけて、その手を咄嗟に握った。
「………」
「………」
ひどく、懐かしい感覚がした。
気付けば私はそのまま、彼女を抱きしめていた。
「… 博士 …」
「それ」はとまどったように呟いた。
――― 私は何をしているのだろう。
これは「彼女」じゃないのに。
「彼女」は私のことを「博士」なんて呼ばない…
- 267 名前:或いは未来のプロメテウス 投稿日:2002年03月01日(金)05時41分10秒
- 1ヶ月が過ぎた。
<後藤真希>が出荷される時がやってきた。
玄関まで見送りにきた私を<後藤真希>はひどく寂しそうな目で
見ていた。
「さよなら…」
不意に、彼女の両腕が私の首に絡みつき。
一瞬。
吐息が肌を掠めるだけの、さらりと触れるだけのキス。
そして。
「… さよなら … よっすぃー… 」
END
- 268 名前:Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時21分59秒
「みんな〜、ありがとう〜。」
200X年、モーニング娘。の保田圭は武道館のコンサートの主人公だった。
狂おしいほどのダンス、娘の中の誰よりも優れた歌声は、これまでのどのコンサートよりも会場を興奮で包んでいた。
そう、この日保田圭はモーニング娘。としてのすべてを出し尽くした。
「私こと保田圭はモーニング娘。を卒業します。」
コンサートの一ヶ月前保田は激しいカメラのフラッシュの中にいた。
この日から一ヶ月、保田は持てる力を全て出し尽くそうしていた。
燃え尽きる前のロウソクのように。
全ての話題を独占し、最後の武道館コンサートのチケットは売り出し5分で完売するほどの盛り上がり様だった。
- 269 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時24分05秒
「みなさん、ありがとうございました。」
保田は打ち上げの場で最後の挨拶をスタッフにしてまわっている。
メンバーはみんな目を腫らして保田の動向をじっと見ていた。
一つ一つの動作に目を向け、そして一様に感心していた。
「ほら、新メンバーもしっかり見ときなさいよ。」
飯田が紺野の頭に手を置いて言い聞かせている。
新メンバーにとっては初めて送り出す卒業者である。
いつもとは違うオーラをまとった保田が今日はとてもまぶしく見えた。
一通りスタッフに挨拶した後、保田は最後の挨拶をプロデューサーであるつんくにするために打ち上げ会場から抜け出した。
- 270 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時24分53秒
「失礼します。」
つんくは自分の楽屋で何かの書類を眺めていたが、保田が室内に入ると書類をしまって保田の方を向き直した。
「保田、長い間おつかれさま。」
保田が何か挨拶をしようとすると、先につんくが口を開いた。
つんくの言葉に、保田の目から今日何度目かの涙があふれてくる。
今までの思い出が次から次から湧いてきて、周囲の音が聞こえなくなるほど自分の世界に入っていった。
- 271 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時25分36秒
「・・・今度書類を送るから、ちゃんとハローのことも考えておくんだぞ。」
「はい、今まで・・がとう・・ました。」
つんくの言葉もよく聞き取れないほど、頭の中はこれまでの思い出でいっぱいだった。
ありがとうございましたと言う言葉さえキチンと言えない自分に、保田はこの卒業が自分にとっていかに大きなものなのか改めて感じていた。
つんくさんは最後まで自分のことを考えていてくれている。
先程のつんくとの会話を思い出して保田は帰りのタクシーの中で一人涙していた。
保田は、今後ハロープロジェクトの一員として頑張っていく決意を固めていくのだった。
- 272 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時26分29秒
〜卒業コンサートから一週間後〜
「圭〜、いつまで寝てるの早く起きなさい!」
今日も何もすることがない。
保田は毎日気の抜けた生活を送っていた。
今は充電期間と自分に言い聞かし、毎日保田はのんびりと過ごしている。
「もういいかげん起きなさい!圭宛の封書が送って来てるわよ。」
- 273 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時27分10秒
やっときたかと思うほど、保田はこの封書を待っていた。
これには今後、保田のハロープロジェクトの一員としてのスケジュールが入っているはずである。
保田は自分の手がかすかに震えているのに気づいた。
この封書を開けるとまたあの忙しい日々が戻ってくる。
うれしさと共に一抹の不安が保田の心を訪れていたが、今の自分にはこれしかないんだという気持ちで封書を勢いよく開けた。
落ちてきた書類を拾い上げて読んでみる。
「ハロー・・・ワーク?」
- 274 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時27分55秒
この話は保田圭のモーニング娘。卒業後の架空の話である。
- 275 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時28分42秒
〜さらに3日後〜
ここは千葉の某市、市街地から少し離れたところにある職業安定所・・・通称ハローワーク。
「ここでいいのかな?」
保田は餌を探す野良犬のように建物の入口でウロウロしていた。
なんでこんな所に来ないといけないの!
保田はつんくから送られてきた書類に一通り目を通すと寝込んでしまった。
頭の中で何度もつんくの言葉が繰り返される。
「ちゃんとハローのことも考えておくんだぞ・・・」
それから3日、保田は布団から出てこなかった。
それを無理やり母親から叩き起こされてここに来たのである。
- 276 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時29分18秒
「ハローはハローでもハローワークね、はいはい面白い面白い。」
やや半ギレ気味の保田は番号札を取ると、ドッカリとソファーに腰を下ろした。
「はい次の方〜。」
やけに明るい職員の声に、吸い寄せられるようにしてフラフラと保田は席に着いた。
席に着いた保田は職員の笑顔に、口元を引きつらせて笑顔を浮かべることしか出来なかった。
なんでこのおじさんこんなに笑顔なんだろ?
そんなことを考えながら保田はボーっと職員の話を聞いていた。
- 277 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時30分04秒
「保田圭さんですね。」
「はい。」
「えーと前の職業は・・・アイドル?」
「はい、モーニング娘。をやってました。」
職員は一瞬怪訝な顔をしたがそのまま質問を続けてきた。
「では失礼ですが年収はいかほどでしたか?」
「え〜と、1000万ぐらいです?」
保田は何の気なしにいったつもりだが、職員はやれやれと言った顔をしている。
- 278 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時30分46秒
「あのですね、ふざけていないでちゃんと質問に答えてください!」
「はあ?!ふざけてなんかないです!」
保田は馬鹿にされたような気がして思わず大声をあげてしまった。
「あのですね、ここは失業した方が次の仕事を見つけるために来る所なんです!」
「だ〜か〜ら〜、私は今無職だって言ってるでしょう!」
職員の話し方にむかついた保田は思わす食って掛かってしまった。
「でもですね、よりによってアイドルはないでしょう。」
「だからこの間までアイドルだったんです!」
思わず立ち上がった保田は、周囲の視線に恥ずかしくなって顔が赤くなっていくのが分かった。
- 279 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時31分24秒
「あの娘、モーニング娘。を辞めた娘じゃない?」
周りの人が保田の存在に気づきだした。
周囲の声に、職員もようやく保田が嘘を言っていないことが解かったらしい。
職員の態度が急に変わった。
「すいませんでした、ではこれから手続きをしますね。」
「解かってもらえればいいんです。」
- 280 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時32分02秒
保田も大人気なかったとさっきの行動を後悔していた。
「再就職先はどのようなところをご希望ですか?」
「芸能界。」
「無理です。」
一瞬の沈黙の後、職員はにこやかな笑顔で答えた。
- 281 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時33分19秒
( `.∀´)<それからどした
- 282 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時34分01秒
保田は職員に言われ、部屋を移動して失業保険についてのビデオを見せられた。
根が真面目な保田は熱心にメモを取っていく。
そこで解かったことは、仕事を辞めた人は失業保険を受け取るまで三ヶ月待たなければならないということと、その間はアルバイト程度しか仕事をしてはいけないということであった。
また、月に一回はココに来て仕事をしていないことを証明しなければならないらしい。
しかしその手続きをすると、仕事をしていたときの月給の約6〜8割が三ヶ月間貰えるということだった。
そして再びさっきの職員の所へ移動・・・。
「先程はすいませんでした、手続きが終了しましたので確認してください。」
「いいえ、私も大きな声を上げてすいませんでした。」
ぼそぼそと小さな声で話をしていたが、職員の次の一言で保田の表情が笑顔に変わった。
- 283 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時35分08秒
「ではですね、保田さんは一ヶ月後に来ていただければ、失業保険の振込みの手続きをしますので。」
「えっ、三ヶ月待たなくてもいいんですか?」
「はい、保田さんの場合は一ヶ月で良いですよ。」
「あと失業保険は半年間支払われます。」
「ええ〜、三ヶ月間じゃないんですか!」
ハローワークから出てきた保田はにこやかな顔をしていた。
そっか〜、一ヶ月待つだけでいいんだ〜ラッキー
あの職員のおじさんも結構いいとこあるじゃん。
- 284 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時35分48秒
うきうき気分で家に帰ると、母親が夕食を作っていた。
ハローワークであった出来事を母親に一から話していく。
「へ〜そうなんだ一ヶ月で貰えるんだ、良かったわね。」
「そうなんだよラッキーでしょ〜。」
「でも、一ヶ月で貰える人ってリストラされた人だけなんじゃないの?」
「えっ・・・そうだっけ?」
- 285 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時36分22秒
【元モー娘。の保田圭、実はリストラだった!!】
翌週の週刊誌は、保田がホクホク顔でハローワークを出てくる写真が紙面を踊っていた。
200X年、一般社会の完全失業率は15%を超えた。
モーニング娘。の人数は12名、脱退者は5名、完全失業率は17%を超えている。
国民的アイドルは時代を映す鏡である。
- 286 名前: Helloではじめよう♪ 投稿日:2002年03月01日(金)19時38分28秒
「いってきま〜す。」
今日も保田は元気にマックのバイトに向う。
よしっ今日も頑張るか。
玄関から飛び出した保田は、鼻歌を歌いながら駅に向かって走り出した。
「・・好きですか〜どうですか〜♪」
保田が脱退者を集めて【リアルモーニング娘。】として大人気を得るのはまだ後の話である。
物語は終わらない・・・・けど小説は終わり。
- 287 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時45分20秒
- ん?
生暖かい風?
あれ?楽屋の窓って開いてたかな?
私は髪を撫でる微風に身を起こした。
ぼやけたた目を擦り、ゆっくりと辺り見回す。
そして・・・・唖然となった。
はぁ?!
ここは一体どこなの?
っていうか、なんでこんなところにいるの?
目を覚ました私が見た光景は、決して見慣れないものではない。
誰もが必ず一回は見てる風景だと思う。
私だって別に見たことがないわけじゃない。
- 288 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時47分38秒
- でも今の私にはあまりに場違いだから。
・・・・・だって。
私のいるところは、どう見ても学校だから。
正確に言うなら学校の教室。
辺りにはちゃんと机が並び、黒板や教卓もある。
懐かしさに浸りたいとこだけど、今はそういう状況じゃない。
でもなぜこんなところにいるんだろう?
ロケで来たとかなら分かるけど、私の記憶ではそれはない。
確か楽屋のソファーで次の収録まで寝ようと・・・・・、
あっ、そうか!
これはきっと私の見てる夢なんだ!
冷静に考えてみれば、別に大したことじゃない。
- 289 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時49分12秒
- そうと分かったら、なんだか気が抜けてしまった。
私は目の前の机に倒れ込んだ。
そのまま目を閉じると、気持ち良くて眠りそうになる。
机は太陽の光を吸収して生温かいし。
白いカーテンを揺らす風も、どこか爽やかで心地いい。
私は不意に高校生のときのことを懐想した。
繰り返しの毎日でも結構楽しかった。
友達とのくだらない話に、何時間も盛り上がったりして。
変化のない日々に飽きてたけれど、でも嫌だとは思わなかった。
そういえば、この放課後の雰囲気が好きだったな。
ゆったりと時が流れていて、残像のように笑い声が残っている・・・・。
だけど少し切ない感じがしていた。
- 290 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時52分04秒
- やっばり学校っていいな。
高校中退しちゃたのを、前は少し後悔してたっけ。
今は全くしてないけどね。
だって私は娘に入れて、本当に良かったと思うから。
確かに夢が実現できたっていうのもあるけど。
でも一番はあいつらに出会えたこと。
騒がしてムカツクこともあるけど、でもおもしろくて楽しい。
本当に出会えて良かったと思ってる。
今はすごく大切で、心から愛しい存在だから。
なんて、あいつらの前じゃ死んでも言わないけどね。
絶対にバカにされそうだから。
もし言うとしたたら、それはきっと卒業するときだな。
そんなことを考えていると、突然教室のドアが開いた。
私は驚いて机から身を起こす。
ドアの前に立っていたのは・・・・・圭織だった。
- 291 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時53分23秒
- 圭織は私の姿を見つけると、すぐに駆け寄ってくる。
いきなり圭織が出て来たのには驚いたけど。
でも制服姿でいることの方が、私には更に驚きだった。
コントやってるから見慣れてるけど、それでもインパクトはある。
夢だから無茶苦茶なのは仕方ないんだろうけど。
でも・・・・・なんだかなぁ。
「・・・やっぱり・・・ここだったんだ。」
圭織は肩を少し上下させながら、息を切らして言う。
でも私はその言葉の返答に困った。
だってあまりにも突然だから。
だからどう返していいのか分からない。
そんな勝手にストーリーを進められてもねぇ。
「誰もいない教室好きだったもんねぇ、圭ちゃんは。」
言葉を返せない私を気にせずに、圭織は一人で話を進めていく。
そういうところは現実と変わらない。
- 292 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時55分10秒
- 私は話を適当に聞きながら、ときどき相槌を打って笑う。
「卒業するの嫌なんでしょ?」
いきなり、圭織が私の顔を覗き込んでそう言った。
その言葉に私の体が微かに震えた。
『卒業』という言葉につい反応してまう。
でも圭織の言っているのは学校の卒業のことだ。
そんなこと分かっているのに、なぜか動揺してしまう。
きっとあんまり聞きたくない言葉だから。
でもいずれは聞くことになる。
それが私への言葉なのかは、まだ分からない。
他の誰かへの言葉なのかもしれない。
そう、私達はずっと同じ道を歩くことはできないんだ。
- 293 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)21時56分25秒
- 所詮、娘は人生の踏台に過ぎない。
でもその踏台はあまりに大きくて、とても不安定だから。
そして、それを超えていくにはとても勇気がいる。
「でも卒業が嫌だってことは、それだけ学校を愛してるってことだね。」
圭織は風でなびく髪を軽く押さえ、柔らかく微笑んで言った。
それは・・・・すごく綺麗だった。
でも笑っている顔はどこか切ない。
その瞳は悲しさを湛えているようにも見えた。
きっとどこか儚げだから、綺麗に見えたのかもしれない。
それから教室に沈黙が流れる。
お互いに言うべき言葉を探しているように思えた。
でも少し経ってから、私はゆっくり口を開く。
- 294 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)22時00分31秒
- そんなぼんやりとした時を遮るように、チャイムが大きく鳴り響いた。
圭織はそれが合図だったように机から降りる。
「そろそろ行こうか、圭ちゃん。」
圭織は促すようにそう言って、先に歩いていってしまう。
私はその後に少し慌ててついていく。
突然ドアのところで立ち止まり、思い出したように私の方に振り返った。
「ウチらってさぁ、これから別々の道を行くわけじゃん。でも絶対に
今までのこと忘れないし、きっとすごく大切な思い出になるよね。」
私は圭織が何を言いたいのか分からなかった。
そんな当たり前のこと言われても困る。
「・・・・だから?」
と私は怪訝な顔して圭織に問い返した。
- 295 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)22時03分33秒
- 「つまりカオリは、圭ちゃんに会えて本当に良かってことだよ。」
と圭織は顔をやや赤らめて、照れくさそうに笑って言った。
私が躊躇しながら言葉を返そうとしたとき、
圭織の後ろから光が射して、その明るさに目が眩んだ。
それから強い風が吹いて、私は顔を反らして何とかそれを防ぐ。
そして、私が手で目の辺りを遮ったその瞬間。
刹那に見えた圭織は、とても満足したような笑みを浮かべていた。
- 296 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)22時05分32秒
- そして気がつくと、そこはもう楽屋になっていた。
どうやら夢から醒めたらしい。
私はそれから少しの間、頭が上手く回転しなかった。
「やっと起きたね、圭ちゃん。」
声が聞こえた方を見ると、そこには呆れ顔した矢口がいた。
その途端、楽屋が大きな笑いに包まれる。
「全然起きなかったんだよ、リーダーとサブちゃん。」
となっちが軽く溜め息をついて言う。
その言葉に横を見ると、未だに眠ってる圭織がいた。
「もうすぐ収録始まるのに、準備とか何もしてないじゃん。」
と珍しく矢口に怒られてしまう。
「・・・ゴメン。私達は後ですぐ行くから、みんなは先に行ってて。」
- 297 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)22時06分52秒
- 私は後のことは矢口となっちに任すことにした。
全員が出て行ってしまうと、一気に楽屋が静かになった。
振り返ると圭織はまだ眠っている。
私は深い溜め息をついてから、私は圭織を起こそうと手を伸ばした。
優しく起こしてあげようと思ったけど、急に気が変わった。
手がちょうど肩に触れたときに、あの言葉を思い出したから。
(つまりカオリは、圭ちゃんに会えて本当に良かってことだよ。)
そうしたら少しだけ胸がイラついた。
その言葉を先に言われたことが悔しかったから。
だってそれは・・・・・、
- 298 名前:「騒がしい踏み台」 投稿日:2002年03月01日(金)22時08分35秒
- 「それは、私のセリフだっつうの。」
と私は小さく呟いてから、圭織の額にデコピンをした。
圭織は少し苦しげに顔を軽く歪める。
きっといつか言う日が来るんだろうね。
もし言ったら、圭織のことだから泣くんだろうなぁ。
でもまだしばらく言うつもりはない。
だって私は思うから、この不安定な踏台にいたいと。
- 299 名前:「最後の春休み」 投稿日:2002年03月02日(土)08時22分29秒
- 校庭を走る運動部の掛け声が、がらんとした校舎の廊下に
反響しながらかすかに聞こえてる。
普通棟の教室には、もちろん誰もいなくて、
ひんやりした空気になんだかもの悲しさを感じてまう。
- 300 名前:「最後の春休み」 投稿日:2002年03月02日(土)08時26分44秒
- 廊下にずらっと並んだロッカーの自分の名札の前で立ち止まると、
両隣に連なったクラスメイト達のロッカーを一通り眺める。
ほとんどのロッカーはもう名札が抜き取られていて、
「ああ、卒業しちゃったんだ」って改めて思った。
自分の名札をロッカーの扉から抜き取ってポケットに入れる。
卒業式の日に忘れていった荷物を取り出して、3年間なんて短いなと思いながら、
なにげなく1番はじっこのロッカーの前まで来てしまった。
- 301 名前:「最後の春休み」 投稿日:2002年03月02日(土)08時27分45秒
- 無愛想っていわれて、友達も少なかった私と違って、
いつでも人の輪の中心にいた彼女とは話したことも数えるほどで、
やっと3年になって同じクラスになれたのに席順も
50音順の出席番号もひどく離れてて…。
机に伏せて寝たふりしながら、そっと盗み見てるだけだった彼女。
- 302 名前:「最後の春休み」 投稿日:2002年03月02日(土)08時28分46秒
- そのロッカーの扉には、まだ名札が残されたままだった。
「吉澤」とかかれたその名札に触れながら、
このまましばらく、こうしていたいなんて、
ちょっとだけ柄にもないことを思った。
- 303 名前:「最後の春休み」 投稿日:2002年03月02日(土)08時30分28秒
- そっと扉を開けてみる。
ガランとしたロッカーの中、奥のほうの隅っこに
小さなボタンが埃にまみれて転がっていた。
ブレザーの袖口の金ボタン。
彼女のスラリとした凛々しい制服姿を思い浮かべる。
もうすぐ別々の高校に行ってしまえば、
きっと私のことなんて思い出してもくれないよね。
通学途中で出会っても、もう同じ制服じゃない。
そんな事を考えて、そっとボタンを拾い上げたら、
視界が滲んで鼻の奥がツーンとした。
[おわり]
- 304 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月02日(土)23時21分06秒
- 締め切りを一日延ばしたいと思います。
3月3日午後11時59分までとします。
- 305 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時33分50秒
- 生前、圭織が言っていた。
「私が死んだら、海に沈めて欲しい。水になりたいの。」
最後くらい望みを叶えさせてあげたかったんだけど、両親は首を縦に振ろうとはしなかった。
仕方なく、灰だけを分けてもらう。
尽きた彼女の残骸を海に撒いてあげるくらいしかできない。
私の人生のほとんどを捧げた時間、共に生きた彼女に。
- 306 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時34分42秒
- 閉店間際に借りたレンタカーのウィンドウを開ける。
北海道の短い夏は過ぎていて、潮風が冷たく私の体温を奪っていく。
どこに彼女を放そうか、しばらく海沿いをうろついたけれど、
結局一度だけメンバーで来たことのある海岸に決めた。
一年にも満たない、彼女の札幌での高校生活の思い出らしい。
朝を迎えるにはまだ早い。
薄く光る月明かりを頼りに、ゆっくりと海へ入っていく。
- 307 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時35分24秒
- 腰が浸かるまで歩み、立ち止まる。
天を仰ぐように倒れ込むと、そのまま浮力に身を委ねる。
暗い青に深く沈んだ空は、水平線に近付くに連れ、赤みを帯びていく。
朝が来る。
また一日が始まり、私と圭織は離れる。
もう圭織のことを考えない。
もう圭織のことを思い出さない。
- 308 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時36分27秒
圭織は、唐突に癌を告知された。
体調不良が続いて行った病院で精密検査を、なんてありがちな展開で。
命に限りが見えた時、彼女は私の前からも、メンバーの前からも姿を消そうとした。
「お互い、辛いから。生きている間も、生き終えてからも。」、と。
彼女は弱り果てていた。
現実を直視せずに、思い出だけで残りの時を過ごそうとしていた。
過去に生きるには、今が見えてはいけない。
そう思い詰めた彼女は、新しい私達を見ようとはしなかった。
無理に会いにいっても、心はどこか遠くを向いていた。
全てを拒むように、静かな笑みで。
抗癌剤の副作用で肌が黄ばみ、顔が固く腫れるようになってからは、
誰とも会おうとはしなくなった。
病室のドア越しに、途切れ途切れに話を紡ぐようになってから少しして、彼女は息絶えた。
- 309 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時37分21秒
- 夜の空気が一段沈み、夏の余韻が消え去ろうとしていた頃だった。
久しぶり見る彼女は、私の知る彼女ではないように思えた。
自慢だった綺麗な長い髪はバサバサで白髪が目立ち、
意思の強い大きくて澄んだ瞳は窪み、くすんでいた。
水水しく張った頬もこけ、色を失っていた。
あまりの変りように、誰も何も言えない。
それでも、死に化粧を施した彼女は美しかった。
生命を貫いた人特有の清々しさがあった。
「醜く歳を重ねるくらいなら、死んだ方がマシ。」
酒に酔って漏らした、そんなふざけた言葉も懐かしい。
癌なんて、早期に発見できれば治らない病気ではなのに。
若さを削りながら忙しさに身を任せていた彼女は、病気の発見が遅く、進行も早かった。
21と少し、早過ぎる終わりだった。
無駄に30年近くも貪っている私の生を、少しでも分けてあげたかった。
- 310 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時38分15秒
不意に強烈な光が射し込み、私を現実に引き戻す。
反転し、光源へと泳いでいく。
圭織がほんのちょっとでも明るいように、暖かいように。
波に押し戻されながらも、一心不乱に進んでいく。
指先の感覚がなくなり、息は乱れ、海水を飲みこむ。
振り返ると、海岸はずっとずっと向こうの方。
体力が限界を超え、考えることも面倒になってくる。
太陽が水平線の向こうから顔を覗かせた。
泳ぎをやめ、丁寧にビニール袋に包んだ彼女の燃えカスを空に投げつける。
思ったよりも飛ばず、目の前に降ってくる。
垂直に射し込む光を受けてキラキラと舞い、すぐに海に溶けて消えていく。
微かに散り残る灰を飲み込む。
これで彼女は私の中で生き続ける。
- 311 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時39分09秒
- 彼女が死んだ時、別れは済んだ。
灰を海に撒いたくらいで何が変わるというものでもないだろうが、
彼女が本当にいなくなってしまったんだと実感する。
寂しい。
このまま自分も海の中に沈もうかとも思ったが、馬鹿馬鹿しくてやめた。
しばらくは生きていても死んでいても変わらないだろう。
それなら生きていた方がいい。
常に美しくありたいと願う彼女が、
自ら死に踏み切らなかった理由が何となくわかった気がした。
死を安く考えていても、現実に死を思うと恐い。
どうしようもなく。
不思議と悲しみはなかった。
彼女と一緒に感情までもが私から去ろうとしているのか。
- 312 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時39分42秒
海岸に戻るまでのことはあまり覚えていない。
気が付くと、波打ち際で眠っていた。
目覚めた時、太陽はもう真上にあった。
- 313 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時41分39秒
そのまま私は北上し、陽が沈む頃には北竜町にある、ひまわりの里にいた。
「ここのひまわり畑が好き。夏に来ると、見渡す限り綺麗な黄色なんだよ。
短いからこそ強い、北海道の夏の陽射しを一杯に浴びて。」
圭織・・・
そんなひまわり畑もとっくにシーズンは過ぎ、人もいなかった。
すっかり枯れ落ち、茶色く萎びたひまわりは、最期の彼女を思わせた。
座り込み、土の匂いを嗅いだ瞬間、現実が私を襲う。
言いようのない喪失感に囚われ、悲しみが次々と押し寄せてきて、何も見えなくなる。
とめどなく涙が溢れ、嗚咽を堪えようとすると息が詰まった。
突然に命を掠め取られてしまった彼女に泣いているのか。
彼女を失ってしまった私に泣いているのか。
彼女のいた日、いない日。
- 314 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時46分15秒
- 感情が昂ぶるに連れ、いろんなことが頭を巡り、それがループして思考が停止した。
鬱屈した感情は行き場をなくし、腹の中で暴れ狂う。
弾かれるようにその場を離れ、車を発進させる。
アクセルを目一杯踏みこみ、どんどんギアを上げていく。
視界はこれ以上ないほどに狭まり、風が轟音とぶつかり唸りを上げ、焦げ臭さが満ちる。
北海道の田舎道は直線が長く、緩やかなカーブが多い。
車もほとんど通らない。
遮るものが何もない車は、猛スピードで流れる景色を融かしていく。
転がる小石にタイヤをとられ、ハンドルはコントロールを失う。
- 315 名前:「ね、」 投稿日:2002年03月02日(土)23時51分51秒
- 死がイメージできた。
意識は冷静に体を動かしていく。
アクセルから足を離し、ギアをローに戻してエンジンブレーキを思いっきり効かせる。
エンジンが悲鳴をあげる。
踏み込んだブレーキでロックしたタイヤは路面を滑り、聴覚を引き裂いていく。
世界が揺れる。
強くかかった慣性に逆らえず、頭を窓ガラスに強く打ちつけた。
視界が狭い。
かつてない混乱。
頭に手をやると、生温くぬめる。
意識が遠のいていく。
ゆっくりと、はっきりと、私は命を確かめることができた。
おわり
- 316 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)00時48分14秒
- 1.
「ホントにいいの?」
母親の言葉に、辻希美はこくんと小さく肯いた。
「でも、今までずっと一緒に──」
「いい」
ハの字に下がった眉。ぷるぷると震えるまつげ。潤んだ瞳。
への字に尖った唇。力が入って固まる肩。グーに握った両手。
ホントにいいの?──
その小さなカラダのすべてが「よくない」と言っていた。
- 317 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)00時52分27秒
- 2.
私たちは全速力で自転車を走らせていた。
春休み最初の土曜日。
辻ちゃんがお引っ越しする日。
遠くへと転校してしまう日。
毎日のように会えるのが最後の日。
もしかしたら、会えるのが最後かもしれない日。
三学期の終業式の日、担任の先生から、辻ちゃんが転校してしまうというこ
とを知らされた。それは、仲良し三人組の構成員である加護ちゃんと私も初
めて知る衝撃の事実だった。私たちは、何も知らなかった。転校するだなん
て、辻ちゃんの口からは一言も聞いていなかった。
だから、加護ちゃんは怒った。
「ごめんね」と謝る辻ちゃんに、「絶交や!」と言い渡して、それっきり。
いつもは三人一緒の帰り道も、その日は別々。
加護ちゃんは先に一人で帰ってしまって、私は辻ちゃんと一緒に。
- 318 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)01時05分20秒
- 帰り道、辻ちゃんは泣いていた。
本当にトボトボという音がしそうな足取りで歩きながら、ずっと涙を流して、
しゃくりあげて、うつむいて。
声をあげなくても号泣というのだろうか?
辻ちゃんはもともと泣き虫だったけれど、そんなふうにいつまでも泣き続け
るのを見たのは初めてだった。
いつもハイテンションな二人にまったくついていけずに一人置いていかれる
ことが多いのにも関わらずなぜかずっと仲良し関係を続けている口下手な私
は、泣きじゃくる辻ちゃんのそばにいながらも、何一つ慰めになるような言
葉をかけられず、それどころか、たった一声すらかけることができなかった。
いつ引っ越してしまうのかも訊けないまま、「じゃあね」と別れて、辻ちゃ
んと私もそれっきり。
春休みになっても一度も遊びに行けず、電話さえもできなくて、それっきり。
- 319 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)01時08分58秒
たぶん、私も怒っていたのだと思う。
どうして転校すると教えてくれなかったのか。
でも、辻ちゃんの気持ちはなんとなくわかる。
そして、加護ちゃんの気持ちもなんとなくわかる。
どっちの気持ちもわかる。
そうして、いつも私は口を閉じる。
- 320 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)01時18分05秒
- 翌日、様子見を兼ねて加護ちゃんの家を訪ねてみた。
お部屋には入れてくれたものの、加護ちゃんはピンクのハート型クッション
を抱いてベッドに座り、ふてくされた顔でむっつりと押し黙ったまま、ただ
ただテレビを見ていた。日曜お昼のバラエティ番組を、おもしろくなさそうに。
一方、口下手な私はといえば、加護ちゃんお気に入りの小さくて丸いガラス
テーブルを前にして、何も言えず、空気と同化させられていた。
テレビだけが、笑ったり怒鳴ったり騒いだりしていた。
「で、何しに来たん?」
小一時間ばかり続いた沈黙を破り、ようやく加護ちゃんが口を開いてくれた。
しかし、そのとき、ついついマンガを熟読していた私は少し反応が遅れてし
まい、「こら、聞いとんのか!」と怒られてしまった。少し反応が遅れただ
けなのに……
「辻ちゃん、泣いてたよ」
「自業自得や」
「どうしてそんなふうに言うの」
「知らん」
「自業自得って、意味わかってる?」
「そんなん知っとるわ! アホ! 帰れ!」
そして、春休み最初の土曜日。
私たちは、全速力で自転車を走らせていた。
- 321 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)01時26分14秒
- 3.
『希美に訊いたら、亜依ちゃんにも言ってないって言うから。なんだかケン
カしちゃったみたいだけど──よかったら、会いにきてあげて』
辻ちゃんのお母さんから、加護ちゃんのところに電話がきたらしい。
そして、加護ちゃんから私に電話がきた。
『モタモタすな! 早よせえ!』
右手に川を見る土手上の自転車道路を走り抜けて、四車線ある橋を渡って、
赤信号に停められて、車が途切れた隙に横断歩道を突っ切って、コンビニを
過ぎたところにある角を右に曲がって、住宅地に入って、ブロック塀と電柱
を左に見る十字路を左折して、緩やかで低いけれど長々と続く坂道を上って──
坂を上ったところにある、辻ちゃんの家。
何度も何度も通い慣れた、辻ちゃんの家。
冬休みにも泊まりにきた、辻ちゃんの家。
この日を限りに、辻ちゃんの家じゃなくなる家。
もう私たちの場所じゃなくなる、その家。
- 322 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)01時31分02秒
- 玄関の前に、辻ちゃんと、辻ちゃんのお母さんが立っていた。
辻ちゃんは目を伏せて、うつむいていた。
辻ちゃんのお母さんは、ニコニコ笑っていた。
加護ちゃんと私は、汗まみれで、フーフーと鼻息を荒げていた。
加護ちゃんと私は自転車から降りて、フーフーいいながら、ゆっくりと、玄
関のところまで歩いていった。
その一歩一歩が重たかったのは、疲れているせいだけじゃなかったと思う。
「いらっしゃい」
玄関の前に、辻ちゃんと、辻ちゃんのお母さんが立っていた。
辻ちゃんは目を伏せて、うつむいていた。
辻ちゃんのお母さんは、ニコニコ笑っていた。
加護ちゃんと私は、汗まみれで、フーフーと鼻息を荒げていた。
加護ちゃんと私は自転車から降りて、フーフーいいながら、ゆっくりと、玄
関のところまで歩いていった。
その一歩一歩が重たかったのは、疲れているせいだけじゃなかったと思う。
「いらっしゃい」
いつも私たちを迎えてくれていた、辻ちゃんのお母さんの声。
加護ちゃんも私も、挨拶を返すことができずに、ただ頭だけを下げた。
そして、辻ちゃんのお母さんは、辻ちゃんの両肩を軽く揉んでから、ニコニコ
したまま家の中へ戻っていった。
- 323 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時06分43秒
- ↑
間違えた。
ということで、322はナシの方向で。
( `.∀´)<続き、キリキリいくわよ!
- 324 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時09分01秒
- 玄関の前に、辻ちゃんと、辻ちゃんのお母さんが立っていた。
辻ちゃんは目を伏せて、うつむいていた。
辻ちゃんのお母さんは、ニコニコ笑っていた。
加護ちゃんと私は、汗まみれで、フーフーと鼻息を荒げていた。
加護ちゃんと私は自転車から降りて、フーフーいいながら、ゆっくりと、玄
関のところまで歩いていった。
その一歩一歩が重たかったのは、疲れているせいだけじゃなかったと思う。
「いらっしゃい」
いつも私たちを迎えてくれていた、辻ちゃんのお母さんの声。
加護ちゃんも私も、挨拶を返すことができずに、ただ頭だけを下げた。
そして、辻ちゃんのお母さんは、辻ちゃんの両肩を軽く揉んでから、ニコニコ
したまま家の中へ戻っていった。
- 325 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時10分22秒
- 私たち三人だけになった。
誰も何も言わなかった。
バイクの排気音みたいのが、遠くに聴こえた。
辻ちゃんはずっとうつむきっぱなしだった。
加護ちゃんもうつむいていた。
こんなときに橋渡し役にならなければならないのだろう口下手な私は、黙祷
しているかのように目を伏せている気まずい二人の様子をオロオロと見なが
ら、結局、何も言えずにいた。
心臓はいつまでたってもゆっくりになってくれなかった。
自分の鼻息がうるさかった。
そんな気まずい沈黙がどれほど続いたのだろう。
やがて、加護ちゃんが、脇に従えている自転車のハンドルをグッと握りしめ
て、顔を上げた。
ちょうどそのとき、辻ちゃんが上目遣いで様子をうかがおうとした。
二人の視線が合った。
辻ちゃんは瞬時に目を伏せて、より深くうつむいてしまった。
泣きそうだった。
辻ちゃんも、私も。
と、そこでいきなり加護ちゃんが──
「デブ!」
そう言った。
そう叫んだ。
- 326 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時12分27秒
- 一瞬、私は、加護ちゃんがなんと言ったのかわからなかった。
辻ちゃんはビクッと肩を震わせてから、顔を上げた。たぶん驚きのせいだろ
う大きく見開かれた目で、まっすぐに加護ちゃんを見た。
「のののデブ!」
加護ちゃんは自転車を反転させて、辻ちゃんと私に背を向けた。そして、自
転車を押しながら、走った。──というか、逃げた。
辻ちゃんは呆気にとられていた。
私も呆気にとられていた。
中段蹴りがくると思っていたら頭を蹴られたような感じだった。
そんな経験はないけれど。
ついでに、その表現がこのときの私の心境に即したものであるかどうかもわ
からないけれど。
というか、無警戒なところに突然後頭部を殴られたような感じだったという
方がどちらかといえば適しているのかもしれないけれど。
まあ、そんなのはどうでもよくて。
- 327 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時15分16秒
- 呆気にとられていた辻ちゃんと私を尻目に、自転車にまたがって坂を走り下り
た加護ちゃんは、坂を下った十字路の手前で振り返り、もう一度、「デブ〜!」
と、叫んだ。
ポカーンと加護ちゃんを見送っていた私の前に飛び出してきた辻ちゃんが、
「デブじゃないもん!」
坂の下に向かって大きく吠えた。
一週間ぶりに聞いた辻ちゃんの第一声が、それだった。
「デ〜ブ〜!」
「デブって言うやつがデブだー!」
「聴こえへーん! なんも聴こえへーん!」
加護ちゃんは最後にそう言い捨てながら自転車を駆り、ブロック塀の角を曲
がって、消えた。
辻ちゃんは「違うもん! ぽっちゃりだもん!」と、それでいいのか疑問な
返しを、ちからいっぱいに叫んでいた。
姿が見えなくなった加護ちゃんに対してプンプンと怒っていた辻ちゃんは、
すぐそばに私がいることなどすっかり忘れてしまっている様子で、私の目の
前をズンズンと横切って玄関へ向かい、ドアを開け、ガチャンッと大きな音
を立てて乱暴にドアを閉め、家の中へと戻っていってしまった。
- 328 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時16分51秒
- 三月の寒空の下、ぽつねんと一人寂しく取り残されてしまった私は、戻って
しまった辻ちゃんの家のチャイムを鳴らしてまでお別れの言葉をかけること
もはばかられ、キコキコと自転車をこいでその場を後にした。
このときの私は、たぶん、何も考えていなかったと思う。バカバカしいと思
うことさえなかった。いつもの、あたりまえの光景だったからかもしれない。
坂を下り、十字路の左右を確認したところで、とっくに帰ってしまったと思
っていた加護ちゃんの後ろ姿を発見した。
自転車から下りてそっと近づいてみると、加護ちゃんはブロック塀に立てか
けた自転車の脇で、眉根を寄せて顔をしかめ、下唇を突き出し、鼻をひくひ
くさせながら、グーに握った両手を下ろして、ジッとアスファルトを見下ろ
していた。
名前を呼んでみても、反応してくれなかった。
しかし、やがて──
「デブにデブ言うただけやで」
訊いてもいないのにどうしてわざわざそんなことを言ってきたのかはわから
なかったけれど、なんとなく加護ちゃんらしいと思って、なんだかおかしく
て、私は笑いながら、「うん」とだけ答えた。
もうすぐ私たちは三年生になる。
小学生じゃなくて、中学生の。
- 329 名前:正調・お引っ越しブギ☆ 投稿日:2002年03月03日(日)02時17分58秒
- 4.
後日──
加護ちゃんに一通のお手紙が届きました。
『 デ ブ ! 』
便箋いっぱいの大きな字で、それだけ。
【おしまい】
- 330 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時49分52秒
- 何か有るとしつこいほどポジティブと口にする割には、落ち込んでばかりいる彼女。
その彼女は常々ポジティブな私が羨ましいと言う。でも本当は、私も性格はネガティブな方なのだ。それもかなり。
普段は努めて明るく馬鹿っぽく振舞ってるけど、いつも周りの視線が気になって仕方が無い。
みんな私のことをどう思っているんだろう? みんな私のことを陰で笑っているのではないだろうか?
不安を紛らわすために、今日も私は嘘の私を演じる。
- 331 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時50分47秒
- 2年前のある日、モーニング娘。というアイドルグループのオーディションが行われることを知った。
全く興味は無かったが、必死の努力の甲斐有って学校で人気者だった私は、クラスメイト達から盛んに応募を勧められた。
期待に応えなければ嫌われるかもしれない。
嫌われることを恐れた私は、流されるままに応募することになった。それだけの理由で。
しかし不本意なことに、結果として殺人的に忙しい毎日を送ることになり。
そして出会ったのが、梨華ちゃんだった。
- 332 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時51分28秒
- 根っからのネガティブ人間である梨華ちゃんを見ていると、私はとても落ち着くのだ。
自分と同じ種類の人間が身近に存在しているという安心感は、今の私にとって大きな支えとなっている。
大袈裟かもしれないが、彼女はもう一人の私と言える。
私が自分の性格を気にしているように、彼女もやはり性格のことで悩んでいた。
楽屋ではしょっちゅう性格改善について書かれた本を読んでいるし、自己啓発セミナーなんかにも興味津津だ。
私は正反対の自分を創り出すことで日々の重圧に耐えているが、梨華ちゃんにはそんな器用さは無いだろう。
私にも言えることだが、いつか怪しい宗教にでも足を踏み入れてしまうのではないかと心配している。
- 333 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時52分23秒
- 4月末。全国ツアーが終わり、私達は久々にオフを貰った。
3日間と申し訳程度だが、多忙な芸能人にとってはとても貴重なものだ。
皆、思い思いの休日を満喫するが、3日目15時現在、私はと言うと、約1時間前までずっと部屋に引き篭もっていた。
私が完全なる心の平穏を得ることができるのは、独りでいる時だけなのだから。
その私が今こうして外出しているのは、他でもない。梨華ちゃんに呼び出されたからだ。
彼女はよく私に電話してくる。どうやら向こうからも気に入られているようだ。
梨華ちゃんの家はそう遠くない。電車で15分といったところだ。何度か行ったことがあるので道に迷うことも無い。
駅から徒歩7分の、ド派手なピンクのマンションが彼女の家だった。
- 334 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時53分01秒
- 呼び鈴を鳴らし、インターホンで来訪を告げてからたっぷり時間をかけて、やっとドアが開いた。
過去にストーカーにつきまとわれたり、盗聴されたりしたので用心深くなっているのだろう。
私を中に招き入れると、キョロキョロと廊下を見回してからドアを閉めた。
それにしても。
いつ来ても梨華ちゃんの家はピンク一色だ。目に付くものが、とにかくピンク。だんだん頭がクラクラしてきた。
初めてここを訪れた時は、周囲と全く調和していないマンションの外観に唖然とした。
探すのに苦労したと満足気の梨華ちゃんには悪いが、彼女と大家のセンスを疑ってしまう。
更に室内までもがこれなのだから堪らない。あまり長時間は居られないなといつも思う。
- 335 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時53分51秒
- 居間に通されてソファーに座ると、梨華ちゃんは紅茶を淹れてくれた。
喉が渇いていたので丁度良かった。美味しく頂きながら談笑していると、そのうちトイレに行きたくなってきた。
ちょっとゴメンと断って席を外す。
バスルームの隣がトイレだ。中に入ると、相変わらず綺麗。ピカピカだ。あまり使ってないのだろうか?
スッキリして戻ろうとすると、寝室の扉が少し開いているのに気づいた。
隙間から大きな本棚が見える。整然と並べられた本の内容は確認しなくても判る気がした。
居間に戻ると、梨華ちゃんは新書サイズの本を一冊手にして待っていた。
- 336 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時54分49秒
- 再びソファーに座ると、彼女は私にそれを手渡す。『あなたにも出来る催眠術』とタイトルが記されている。
私が尋ねる前に梨華ちゃんは喋り出した。
なんでもこの本はいわゆる自己暗示について書かれたもので、これを昨日見つけた時、どうしても買わなければいけない気がしたとか。
多分これは運命で、自分に暗示をかければもっとポジティブな性格になれると思うのと彼女は語る。
そして今夜梨華ちゃんは、暗示を実行してみるらしい。鏡の自分と睨めっこ。
朝目覚めれば文字通り生まれ変わっているという寸法だ。
だが私は思った。そんなに簡単に性格が変えられるものだろうか? それなら私だって苦労しないよ。
きっと何も変わりはしないさ。
- 337 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時55分33秒
- 語り続ける彼女に私は適当に相槌を打ち続け、それから1時間程で私は石川家を後にした。
帰り道、明日からのことに思いを馳せながら私は電車に揺られた。
手帳でスケジュールを確認すると早朝からダンスレッスンが入っていた。少し気が滅入る。
また忙しい日々が戻ってくるのだ。せめて最後にたっぷり寝ておこう。
梨華ちゃんのことなど、すっかり忘れていた。
- 338 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時56分13秒
- 6時。目覚ましのベルがなる。低血圧であるため、朝は苦手だ。
シャワーを浴び、べーグルとゆで卵で朝食を済ませ、身支度を整える。
さあ、今日も1日頑張らなければ。
- 339 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時56分45秒
- 私が都内のダンススタジオに到着したのは、7時30分だった。
レッスンは8時からだからまだ30分ある。
私はジャージに着替えると、パイプ椅子に腰掛け、時が過ぎるのを待った。
5分経ち、10分経ち、だんだんと人が集まり賑やかになってきた。
オフの間何してたとか、他愛も無いおしゃべりに花が咲いている。
あと3分で8時丁度というところで、私は立ち上がり、伸びをしながら周りを見回した。
安倍さん、飯田さん、圭ちゃん、矢口さん、ごっちん、あいぼん、のの。
そこまでいって梨華ちゃんが来ていないことに気付く。
梨華ちゃんはいつも大体15分前には来ていて、遅刻したことは無い筈だった。
こんなに遅いのは珍しいことだ。
- 340 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時57分41秒
- とうとう8時を過ぎてしまった。
メンバーの中には遅刻魔が何人かいるので、不謹慎ではあるがみんな多少の遅刻には慣れていた。
梨華ちゃんが遅刻なんて珍しいねなどと話しながらも時はどんどん過ぎて行く。
10分経過。20分経過。そして30分経過。ここまで過ぎたらもう大遅刻だ。
メンバーもイライラし始めている。
一体何をしているのか、マネージャーが何度も梨華ちゃんの携帯に電話してみたたものの、繋がらなかった。
40分が経過し、険悪なムードが漂い始めたその時、勢い良くドアが開き、アニメ声が響き渡った。
一斉に視線が集まる。
- 341 名前:「さよなら、私」 投稿日:2002年03月03日(日)02時59分14秒
- あ!
そこには
終劇
- 342 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時39分40秒
- 【Prologue】
一日の仕事が終わりベッドに腰を下ろす。
その手には机の引き出しから取り出した小さな布袋が握られている。
縫い目は不揃いでしかもあちこちひきつりが出来ていた。
「ゴトーは今日も一日がんばりました」
そう報告すると大事そうに抱きしめる。
コンコン
不意にドアがノックされた。
「真希ちゃん…」
一度立ちあがりかけた真希はその声を聞くと一瞬いやそうな顔をする。ポケットからヘッドホンを取り出し耳にはめると呼んでいる声を無視しMDのスイッチを入れた。
あの人の好きだった曲が思い出と共に頭に流れ込んでくる。
そのままベッドへと倒れ込む。
「いちーちゃん…」
- 343 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時42分41秒
- 【Episode "Who are you?"】
「市井紗耶香さんが復帰されることに決まりました」
仕事の打ち合わせが終わったあと、残された五人(第三期メンバーまで)は突然マネージャーからそう告げられた。
驚く五人に対して本格CDデビューの前にプレアルバムが作られること、サポートとして中澤が、この場にいる五人がコーラスとして参加することも同時に聞かされる。
突然の復帰話に一同は驚きを隠せない。
「後藤は知っていたの?」
保田の質問にほかのメンバーの注目が集まる。
無言で首を横に振る真希。
嘘でないことは当人の戸惑いの表情からもうかがいしれた。
- 344 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時44分52秒
- 「真希ちゃん。市井さん復帰するんだって?」
復帰話の告げられた夜。めずらしく真希が家族と共に食事をしていると突然ゆうきが話しかけてきた。
真希は一度睨み付けると返事をせずに食事を続ける。
代わりに姉が会話に参加する。
「へぇー、そうなんだ。でも何であんたがそんなこと知っているの?」
「ん〜。和田さんが言ってた」
ゆうきは独り言のようにつぶやく。
「また前みたいに遊びに来ないかなぁ…」
バコッ
「痛っ!なにすんだよ!」
突然姉に殴られたゆうきが抗議の声を上げる。
「さて紗耶香ちゃんは誰のせいで来れなくなったのでしょう?」
「俺のせいかよ!」
「ほかに誰がいるの?」
「だってさー、あんなことになると思ってなかったし、悪いのはおばちゃんでしょ?だいたいお礼だって真希ちゃんと市井さんに全部持ってかれたんだぜ…」
- 345 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時47分11秒
バキッ
「ごちそうさま」
手近にあった灰皿で思い切りゆうきを殴りつけた真希はそのまま席を立つ。
「…痛て〜」
「アハハ。あんた血が出てるよ」
「…な、なんで…」
「デリカシーのないおバカは女の子に嫌われるよ。なるほどソニンちゃんに見捨てられたわけだ。ケケケ」
家族なだけに遠慮のない言葉を姉からぶつけられるゆうき。
「なんだよ〜。ちくしょう!グレてやる〜」
ボカッ
「馬鹿なこと言ってないでさっさと食べちゃいなさい。だいたい謹慎食らってる人間言うセリフじゃないでしょ!」
母のツッコミに返す言葉のないゆうきは黙って食事を再開する。
- 346 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時50分41秒
- 真希は眠れないでいた。
───あ〜うまか棒なんかにつられていちーちゃんを貸すんじゃなかった…
あの事件以来市井とは会っていない。ほとぼりが冷めたらまた連絡が来るだろうとずっと待っていた。そして今日の出来事である。
相談してとはいわないが、前もって連絡してくれてもいいのではないか?
前に聞いていた話では復帰はもっと先のことだとも言っていたことだし。
───何かあったのだろうか?
頭の中で疑問が渦を巻いていた。
───薬でも飲もうかなぁ…
明日の仕事を思い、そんな考えが頭をよぎる。
不眠症の治療時に処方してもらった睡眠薬がまだ引き出しの奥に残っているはずだ。
しばらく迷っているとドアがノックされた。誰なのか想像できた真希は返事もせずに勢いよくドアを開ける。
「さっきはごめ…」
バコッ。
腰の入ったフックが綺麗にゆうきのこめかみを捉える。
バタン
ドアの向こうからは物音ひとつ聞こえてこないが気にせずふとんの中にもぐり込む。
気分の晴れた真希はすぐに寝息を立て始めた。
- 347 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時52分37秒
- 「お久しぶり。よろしくお願いします」
───髪伸ばしたんだ…眉はう〜ん…少し太ったかなぁ…
今回の仕事に関してマネージャーから説明を受けている間、真希は記憶の中の市井と現在の市井との間で間違い探しを続けていた。
外見以上の違和感に不安が膨らんでいく。それが具体的に何によるものかはわからなかったが。
マネージャーが出ていった後、全員が市井のまわりに集まる。
「なんで、連絡してくれなかったんだよー」
矢口が最初に話しかけた。
「そーよ。水くさいじゃない」
保田が続く。
「まあ。いろいろと…」
言葉を濁す市井。
「いちーちゃん」
「後藤…元気だった?」
「うん…なんで…」
「あっ、そうだ裕ちゃん」
───かわされた!
結局その日は仕事の話に終始した。時間がくると市井は皆を残し先に引き上げてしまった。
───違う…いちーちゃんじゃない。
「どうしたの?後藤」
「…いちーちゃんじゃなかった」
「なに言ってるの。後藤にべったりじゃなかったから?」
「さやかも緊張してたんだよー、ごっつぁん考えすぎー」
「……」
- 348 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時56分10秒
- レコーディングに参加する度に、真希の疑惑は確信へと変わっていった。
スケジュールの都合でふたりきりになれると思ったときも、なぜかほかの人間がその場に居合わせた。
メンバーが揃っているときは、真希との会話を避けて、矢口、保田といった同期メンバーと話してばかりいる。アルバムの相方である中澤との間はまるで姉妹のようだ。市井を見る顔も真希がいままで見たことのないような優しい表情になっている。
安倍はいつもと変わりなくニコニコ笑いながらそれを眺めていた。
市井を中心にした優しい空間。
───違う。
テレビの向こう側で繰り広げられているような作りものっぽさ。
理想的な人間関係。
自分も与えられた役に入ればすんなり仲間入りできる。そんな確信はあった。
───イヤだ。
本能が拒絶した。
突然、真希は理解する。
以前の市井とは決定的に違うモノ。
───眼だ。
視線が定まらない。発言する度に不安げにさまよう視線。
- 349 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)09時58分05秒
- 前は違っていた。
挑発してるかと思わせるほどに相手を見据える眼。
いい加減な返事は許さないと真希を泣かせた眼。
やさしく包んでくれた眼差し。
あの強烈な意志が感じられない。
───誰も気がつかないの!
周りを見回す。飯田がいた。背中を壁にもたれかかせその目はどこか遠くの世界を見てるようだ。
「かおり…」
「…ん?」
「変なこと聞いてもいい?」
「ん…」
「…あそこで話してるの本物のいちーちゃんかなぁ…」
飯田の大きな瞳に真っ直ぐ見つめられる。そこからはどのような意志も表情も伝わってこない。
「さやかだよ」
「でも…」
「…後藤の知らないさやか。かおりの好きだったさやかじゃないけど」
「どういう意味?」
「…そのままの意味」
それ以上説明する気はないようだ。先ほどまで真希に合わされていた焦点が微妙にぶれ始めている。すぐに通り抜けて他の世界を見るのだろう。
- 350 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時00分21秒
- 「完成おめでとう〜おつかれさま〜」
娘。だけの打ち上げが飯田の部屋で行われることになった。大勢でやるなら鍋がいいだろうと鍋パーティーに決まる。
この場を逃したら会える機会をなくしてしまうと真希には確信があった。市井が意図的に真希を避けているのがハッキリしていたからだ。
今日、真希はある計画を立てていた。だが実行に移すのにはまだ躊躇いがあった。
「いちーちゃん。ハイ」
「なに?」
「なにって、お肉煮えたから。ハイ」
「ごめん。ちょっと体重オーバーでお肉やめてるんだ」
「……」
「さやかもプロになったんやなぁ。裕ちゃんめっちゃうれしいわ」
「じゃあ、矢口が野菜取ってあげる〜」
「ありがとう」
ムカッ
───やっぱりいちーちゃんじゃない!
- 351 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時02分59秒
- 「みなさーん。朝ですよ〜」
グツグツ…
鍋の煮える音だけが部屋に響いている。返事がないことを確認すると、ガスコンロの火を止めた。
矢口と保田に挟まれ寝息を立てている市井。乱暴に二人を引きはがし馬乗りになる真希。
「いちーちゃん?」
ほっぺたをプニプニする。
「起きないと…知らないよ…」
うんしょ
市井の上体を起こし背中へと回る。脇から手を入れそのまま、ズルズルと引きずり始める。
「後藤」
突然掛けられた声に驚き振り返ると部屋の隅からこちらを見ている視線にぶつかった。
「…かおり…」
「手伝おうか?」
ブンブン
「…そう…」
飯田はあっさりと会話を打ち切ると瞼を閉じ、寝息を立て始める。しばらく動けずにいた真希であったが一回深く呼吸をすると再び市井を引きずり始める。
ガラッ
───いちーちゃん。
「…ごめんね…」
- 352 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時04分43秒
- 【Epilogue】
「ごめんね」
曲は終わっていた。
自分のとった行動は本当に正しかったのだろうか…
自分の中にいる最後に見たいちーちゃんは、目をつむったまま何も語ってくれない。
「真希ちゃん、泣いてるの?」
驚いて目を開ける。そこには心配げにのぞき込んでいる自分と同じ顔があった。
両手でその体を突き飛ばし跳ね起きる。
「なんで、あんたがここに居るの!」
「返事がないから……」
拳を握る。
じりじりと後ずさるゆうき。
- 353 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時07分21秒
- 「返事がないなら…」
右手を振り上げる。思わず顔面をガードしようと両手を上げるゆうき。
ガスッ
上がったガードの下へ放たれたトーキックが鳩尾に食い込む。
ぐっ…
ガードが下がる。
「勝手に入って…」
パンパパン
ジャブ、ストレート、ショートフックと3連打が綺麗に顔面に入る。
「来るんじゃ…」
膝から崩れ落ちかかる。
ジャンピングニーが顎を捕らえる。
「ねぇー!」
ゴキッ
グアァララァンガシャーン
派手な音をたてながら部屋の外へと吹っ飛ばされるゆうき。
拳を突き上げ勝利宣言をする真希。
「Even good geys blow it!キャハハハ…」
バタン
「こんどソニンにバク中教えてもらおう……ん?」
机の上に手紙が置いてある。
- 354 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時09分04秒
- ドクン
───エアーメール
宛名は確かに私だ。裏には…何も書いていない。
震える指で開封する。
便せんが一枚入っていた。
後藤へ
必ず戻ってくるから!
PS こちらはものすごく寒いです。風邪をひいたら後藤のせいだからね。
───いちーちゃん
ん?
まだ何か入っている。
───写真だ…
それには異国の風景をバックに『いちーちゃん』が写っていた。
大きな口を開けて笑っている男の子みたいな…
ごとーの知ってるいちーちゃんが…
涙が出てきた。
- 355 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時13分12秒
- 【Main subject was called "Dasoku."】
「ん〜、さやか…」
目覚めのキスをするために矢口がとなりで眠っているはずの市井に抱きつく。そのかわいい寝顔を見てやろうとそっーと目を開けると…
ぎょえ〜〜〜
「ふぁ〜。なんや朝っぱらからやかましい …」
中澤が不機嫌そうに起き出してくる。
「何で圭ちゃんが横に寝てるんだよ〜」
「しっつれいね!それはこっちのセリフよ!」
「あ〜ん、さやかはどこ行ったんだよ〜」
「ん〜、そういえば………なんやベッドでごっちんと寝てるやんって…危ないの〜、ぬははは」
「ごっつぁんずるい!返せよ〜」
市井奪還を企てた矢口が乱暴に布団を剥ぎ取る。
ぎょえ〜〜〜
「やかましい!今度はなんや、ふたりが裸で抱き合ってたなんて怖いこと言う……」
ベッドの上の光景を見て絶句する中澤。後ろからのぞき込んだ保田もいっしょに固まる。
- 356 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時15分37秒
- 「ん、ん〜〜ふあぁ…おはよう…」
目が覚めた市井が寝ぼけまなこで挨拶をする。
「なぁに?みんな揃って……って、おおっ!いつのまにごとーが隣に寝てるんだぁ!」
三人の驚いている顔を見た市井はそのまま言葉を続ける。
「な、な、なんにもしてないよ!…って記憶ないけど……」
矢口は慌てる市井を落ち着かせるため肩に手を置くと
「さやか」
「ハイ!」
「深呼吸して」
「?ハイ?」
「いいから言われた通りして!」
「…ハイ…」
す〜は〜
「心臓バクバクいってない?」
「ハイ」
「じゃあ、鏡見てきて」
「ハ…イ?」
洗面所を指さす矢口。なんのことやらと聞こうとするが、怖い顔で睨んでるその表情に圧倒され黙ってベッドから降りる。首をひねりながらもトコトコ歩いていく。
カチャ。
バタン。
- 357 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時17分56秒
- ぎょえ〜〜〜〜
「やっぱり……」
「おい、ごっちん起きろって!」
「…んにゃ…」
「だめだ、起きないや」
「…さやか、なかなか戻って来ないね…」
「まさか首でも……」
カチャ
「さやか…」
「やあ。おら野原しんのすけだぞ〜」
「「「……」」」
「…笑えよ〜!」
「…笑えないって…」
市井はペタリとその場に座り込んでしまう。矢口、中澤、保田の三人はその回りに集まるがなんと言って良いかわからずに、黙って見ているだけだった。
「後藤には上手く説明する自信がなかったし……きらわれちゃったかなあ…」
ぼそっと呟く市井。
「そんなことないって!さやかの事が好きだから一生懸命やったんだよ」
市井の髪を撫でながら矢口が言う。
「嫌がらせでこんなに丁寧に出来ないって。似合ってるよ、さやか」
「かおりもそう思う」
「なんや、びっくりしたなぁ。いつのまに起きてきたんや」
- 358 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時21分09秒
- 「じゃあ、これはいったいなんなのよ〜!」
自分の眉を指さす市井。黒々とマジックで書かれている、太っい太っい眉毛を…
「やめた!」
「やめたって…もうデビューの段取りも進んでいるのに…」
「おさるとユニット組むために娘。辞めたわけじゃない!」
「おさるってあんたね…」
すっくと立ち上がると、
「じゃ〜そういうことで〜」
みんなが呆気にとられている間に部屋を飛び出す市井。
「ど、どうする裕ちゃん」
「どうもこうも…しゃーないやん。考えてみれば紗耶香らしくなかったし。まだ若いんやから何度でもチャンスはあるやろ」
「そうだね。裕ちゃんの歳までだって、たくさん時間があるもんね」
「うっさいほっとけ!」
- 359 名前:I'll be back! 投稿日:2002年03月03日(日)10時23分49秒
- 「おっは〜。あれ、みんな集まって何してるの?」
安倍がゴソゴソ起きあがってきた。
「はぁ、あいかわらず。のんびりしたお姫様や」
呆れたように中澤がつぶやく。
「ねえ、さやかは?」
「……」
「ねぇねぇ、これ、ウケた?」
自分の眉を指さす安倍。
「…まさか、さやかの眉書いたのなっち?」
「うん」
悪びれる様子もなくニコニコ返事をする安倍。
「なんでそんなこと…」
「だって、さやかって細い眉似合ってないんだもん」
「「「「……」」」」
「ねえ、どうだった、さやかにウケた?」
FIN
- 360 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月03日(日)11時59分05秒
- 容量が一杯っぽいので引っ越します。
30番目以後の作品は2枚目のスレでお願いします。
黄板:『オムニバス短編集』6th Stage 〜Never Forget〜 (2枚目)
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=yellow&thp=1015124202
- 361 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月04日(月)00時48分59秒
- これにて投稿を締め切ります。
参加者の皆様、お疲れ様でした。
引き続き投票も行っていますので、作者の方も読者の方もふるってご参加下さい。
『オムニバス短編集』投票&運営スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1015169512
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