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「帰らないあの日」

1 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月26日(火)05時45分13秒



    「もう、前が見えないよ」


   ―――・・・破壊音、飛ぶ首、噴出する血液――死。
2 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)05時50分57秒
気持ち悪い程透き通った空、ブラインドの隙間から清い風が忍び寄る。
間で黄緑の葉がチラチラと揺れている。
ずっと向こうにはなだらかな山脈が見える。
浅く大きな湖、楽しそうに飛ぶ鳥、その全てに横線が入っている。
目を細めてその景色を繋げようとしても上手くいかない。
練習が必要かな、私はフッと笑った。


大丈夫、時間は十分にある。

  どうせもうここから出られないのだから
  ずっとここで過ごすのだから

私はそっと目を閉じて柔らかいベッドに意識を沈めた。



3 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)06時01分34秒
「恐ろしい事件やったって事は十分分かってるつもりや」

毎日この女性は一体ここに何をしに来るのだろう?
ここにカレンダーは無いけど、彼女が頻繁にここに足を運んでいるのは分かる。
多分毎日、いや、それ以上かもしれない。

「ナァ吉澤さん、覚えてる事何でもえぇ、ほんま些細な事でえぇんや」
「・・・・・・・」
「ほなジュース、飲み物でも買うて来るから、紅茶でえぇやろ?」
「・・・・・・」
「それとも若いんやし炭酸がえぇかもな?」
「・・・」
「ほな、ちょっと行って来るわ」

そのままその女性は金髪を靡かせて出て行ってしまった。
気まずいのならどうしてここにわざわざ来るんだろう?

   私なんか、何も無いのに。

名札のついたベッド、『吉澤ひとみ』とマジックで書かれている。
誰が書いたのかは分からない。
ここに移されて来た時にはもうあった。
そしてここへ来る前の記憶は何も無い、だから私がこの名前の人だって
証拠は何も無い。唯一毎日顔を見ている金髪の女性だけが私が「吉澤さん」
だと主張してくれているのかもしれない。
4 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)06時04分55秒

でも私は何も出来ない。
どれだけ親切にしてもらっても、どうにかなる気がしない。

  ・・――生きる、気にならない。


  ・・だった・・ど・・・・・よね・・
      ・・・は・・ってみ・・・ならで・・・じつ・・・だよ・・・

遠くで聞こえるノイズのような、近くで唸る風の音のような・・
私は一体この音から逃げ切れるんだろうか。
誰にも見つからずに、誰も傷つけずに。
5 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月26日(火)06時13分35秒

「はい、吉澤さんコーラで良かったかな?」
気が付くと目の前には彼女が立っていて、笑顔で汗をかいた赤い缶を差し出している。
正直コーラはあまり好きじゃなかった、でもそれを受け取るとペコリと頭を下げる。
「へぇ、さすが吉澤さん体育会系だけあるなぁ、年の割に礼儀ちゃんとしてるやん!」
そう笑いながら缶のプルタブを弄っている・・が、どうやら長い付け爪のせいか苦労しているらしい。
「女の子はなぁ、かわいくいるために自由を犠牲にするんやで〜」
顔を顰め気まずそうに笑いながら缶と格闘している彼女をじっと見つめる。

――よく見るとかわいい顔だ。

服装が派手な為か最初の印象は"綺麗"だったが、顔立ちや仕草などを見るとそれが
間違いだったと分かる。子供のように些細な事に必死になっている彼女がいとおしくなった。
6 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)06時22分34秒

「何や、やっと笑ったなぁ」

悪戯っぽい瞳で彼女が云う。
私は自分が笑っている事に気が付いた。
それは数週間前までは当たり前の事で、今では珍しい事だった。
運命に翻弄されているような自分の人生をほんの一瞬だけ憎み、そしてそれを隠した。
「ナァ吉澤さんこれあけてや」ポンッと冷たい缶が膝の上に乗る。
私は黙ってそれを取りペキッと音を立てて開けると、「どうぞ」と彼女に返す。

「なぁ吉澤さん、ほんま時間無いねん、アタシもこういう事下手糞で要領悪いし
 ほんま協力してくれたらありがたいんやけど」

それが彼女の本音だ。うんざりした。

「いえ、私は何も覚えていないんです。本当です。」
「いやだからそれは分かってんねん、事故やったって事は分かるんやで。
 でもなぁ、あたしの刑事としてのカンっちゅうか何言うか・・・」
「刑事さんが事故だっておっしゃるならそれは事故だったんでしょう。」

「騒ぐねん、ザワザワと・・・嫌な感じすんねん」

要領を得ない人だ。
そんなに何か感じるなら私なんか使わずに他をあたればいいだろうに。

冷たい眼を向ける私に彼女はまだ続ける。
7 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)06時30分48秒
 
「吉澤さん、あのなぁ、異世界って信じるか?」

「ハァ?」

適当にあしらおうと心に決めたものの、彼女の素っ頓狂な言葉にはつい
反応してしまった。

「いや、アンタに頭おかしいって思われるんはえぇねん、いっつも言われてるしな。
 でもな、ほんま今回事故って言われてる事が・・・アタシ、事故では無いんやないかって
 そんな気がして・・・」
「さっき刑事さんは事故っておっしゃってましたけど」
「分かってる、分かってる!上は事故やって判断した、そりゃ山奥に大破したバイクと
 肉片が散らばってりゃ誰だって事故って思うやろう、私もはじめはそう思ってたんや」

――肉片、誰の?

「ナァ吉澤さん、あんたあそこに一緒に倒れてたやろ?何か、何でもえぇねん、
 気を失う前、頭を打つ前の事、ほんの欠片でもえぇから覚えてへんか?」

「・・・・・・。」


 ・・――ぇ、ひと・ちゃ・・

「なぁ、吉澤さ・・」
「あれは、あれは事故でした、お引取り下さい。」
「なぁ」
「ジュース、ご馳走様でした。」

そのまま私は布団に深く潜った。
8 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)06時41分36秒

夕暮れ時、一人の少女が泥まみれで歩いている。
彼女の嗚咽が痛々しく、長くまっすぐな髪の毛も乾いた泥で乱れていた。
「アンタ生意気なんだよ、人のオトコ盗ってんじゃねーよブス」
彼女にとってそれはよくある事で驚きはしなかったが、それに慣れる事は一生
無いだろう、と涙を流しながらそう考えていた。

どうして私だけこんな目に遭わなきゃいけないの?
何も悪い事なんてしてないよ、私は悪くないのに。

「そんなトコがムカツクんじゃないの?ほらチャーミーもてるから!」

隣の席の矢口真里はそう言ってケタケタ笑っていた。
本当は私に原因があるのかもしれない、そう思うと石川はどんどん自分が惨めになった。

「ただいま」

玄関を潜るが誰もいない。
石川は両親を早くに亡くし、一人暮らしをしていた。
学校にも友達と呼べる友達は居ない。どうして私はこんなに惨めで可愛そうで
一人ぼっちなんだろうと、石川はリビングで咽び泣いた。

こんな時、誰か傍にいてくれたらいいのに。
優しくて、頼れて、素敵な人が――・・

石川は引っ掻かれた腕を消毒しながら叶わぬ夢を見続けようとしていた。
9 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)07時02分29秒

石川には友達と呼べる人が一人もいなかった。
本人もそれを自覚していたし、これまでも、そしてこれからもそれはずっと
変わらないものだと思っていた。そして一人で寂しい時、泣きたい時、
理想の存在を自分で思い描いて自分を慰めるようになった。

名前は何がいいかな、身長はやっぱり私よりちょっと高めがいいかな・・

夢見る少女というのはいたく純粋な存在らしく、石川は異性に好かれた。
その異性は石川のクラスメートの彼氏だったり、いつも通うコンビニの店長だったり、
果ては教師だったり、愛らしい容貌のせいもあり小さい頃から石川の周りから男の噂が
絶えた事は無かった。しかしそれの殆どが一方的なものであったが。


そんな時、同じスイミングスクールに吉澤ひとみが入ってきたのだ。

彼女、吉澤は165cmの長身(女性にしては高い方であろう)にヨーロッパの血が
混ざったような甘いマスク、白い肌に長い手足、ひとめ見ただけで石川は恋に落ちて
しまった。

10 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)07時11分11秒

毎日ひとみに会うためにスイミングスクールに通い詰め、どうにかひとみと同じ
コースに入る事が出来た。体力的にはかなりキツかったが、当時の石川に取って
それは苦痛の内に入らなかった。吉澤はそんな石川の気持ちを知ってか知らずか
スクール内で変な噂が立つまで親しくなった。

「ねぇひとみちゃん、ブレスしてる時の顔ってすごい顔じゃない?」
「そりゃ〜みんなそうっしょ、そんなの気ぃ遣ってたら遅くなっちゃうじゃん!」
「そうだけど〜やっぱ気になるでしょ?」
「ならねー」
「もぅ!ひとみちゃんには分かんないんだから!」
「しらねー」

泳いだ後、すぐ近くにある駄菓子屋で一緒にアイスを食べるのも日課だった。
吉澤はソーダ、石川はイチゴ味をいつも食べていた。
駅までの道を並んで歩く石川の顔は、どんな時よりも幸せそうに見えた。

「あぁ〜ひとみちゃんが同じクラスにいてくれたらなぁ」

石川がそう言うといつも吉澤は「そうだねぇ」とニコニコ笑っていた。
石川も残念そうに笑った。


11 名前: 投稿日:2002年02月26日(火)07時39分10秒

吉澤が高校に通っていない事を知ったのは、それから数ヶ月経ってからだった。

いつもその話になると言尻を濁されていたのだが、体調不良の為早退した
帰宅途中、煌びやかな服装でどう見ても彼氏には見えない男と腕を組んで
歩いているのを目撃してしまったのだ。これにはさすがの石川も絶句した。

話を聞いてみようと何度も思い直したが、あれほど神聖視していた存在が
まさか"援助交際"じみた事に身を染めていた事実は、潔癖症の石川に取って
不可能だった。目をまともに見る事さえも出来なかった。


12 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月27日(水)06時07分53秒
おお、なんか暗めですねぇ
先が気になる
13 名前:よすこ大好き読者 投稿日:2002年02月28日(木)19時47分44秒
痛い話ですかね?
続きが気になります!がんばってください!!

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