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:『オムニバス短編集』6th Stage 〜Never Forget〜 (2枚目)

1 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月03日(日)11時56分42秒
容量制限にかかりそうなので建てます。

30番目以後の作品はこちらでお願いします。
投稿方法などは全て同じです。

黄板:『オムニバス短編集』6th Stage 〜Never Forget〜
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=yellow&thp=1014390660
登録スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=989174315
感想スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1014391000

話し合いの経緯http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1006011538&st=157&to=
2 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月03日(日)12時17分31秒
投稿期限は3月3日午後11時59分までです。
3 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時53分39秒
 墨を刷いたようにまっくらだった。上も下も右も左もわからない。自分の身体が
存在することさえ感じられないぐらいの、完璧な暗闇。
 音もない。胸に手をあててみたけど、心臓の鼓動さえ感じない。静か過ぎるとき
に聞こえる聴力検査のような電子音みたいな音も聞こえない。

 ――果たしてここに私は存在しているのだろうか?

 哲学的な命題である。画像としても騒音としても自分という存在を認知すること
が出来ないのであれば、私は存在していないと定義しても何の不都合もない。
 声を出そうと息を吸い込む。吸い込もうとする。しかし空気の存在さえ感じない。何も私のなかに入って来ない。その感触がない。

 ――ひょっとして私、もう死んじゃってるとか?

 それは極めて納得がいった。納得のいく結論は好きだ。国語でありながら数式の
ような、その存在自体が綺麗だ。
4 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時54分33秒



 てぃん。



5 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時55分08秒
 タラちゃんやイクラちゃんの足音のような軽い音が闇の中でくぐもったように
聞こえた。



 てぃん…



 もう1度。音のする方を見ると、白くて丸くて小さいものが、ぼうっと闇の中に
浮かびあがっていた
6 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時55分59秒
 てぃん…、てぃん、てん、てん、て、て、て、ててて…

 それは上下運動の幅を次第に小さくしながら、私の方へ近付いてきて、しまいに
は転がるようにして私のつま先にぶつかるような感触を与えた。
 ――どうやら私は、この世界に存在しているらしい。
 身をかがめるようにしてそれを拾う。
 それはボールだった。それも表面にごわごわとした毛が生えているやつ。あんな
可愛いらしい音がする筈もない硬式野球用のボール。指先に瓢箪型の縫い目を感じ
た。
 懐かしい感触だった。小学生のとき、それは最も私に近い存在だった。
「ねぇ、おねーさん。それ投げてよ」
 甲高い声に振りかえると、野球帽を目深にかぶった半ズボンにTシャツ姿の子供
がいた。左手にクタクタに使い込まれて色褪せた青いグローブをしている。怪我の
多い子供らしく膝や手の甲に伴創膏を貼っている。貼られてない部分の擦り傷や剥
がれかけのカサブタで一杯だった。
 私は軽く右腕を数回、振りまわして球を放つ。球は綺麗な放物線を描いて、魔法
のように子供のグローブに納まった。
7 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時56分52秒
 子供はニコッと口の端を歪めて笑った。顔がひきつったようにしか見えない、ぎ
こちない微笑みだった。そして大きく振りかぶり――

 真正面どまんなかに豪速球を投げてきた。

 反射的に身体が動いた。掌を弾かれるような感触に昔を思い出す。あの頃はいつ
もキャッチボールばかりしていたっけ? あたしはリトルリーグのファーストで3
番だった。地元のグラウンドはいつも高校生や社会人が占領していたから、倉庫の
横の草っ原でいつもキャッチボールをしていたっけ。
 オーバースローで投げ返す。カーブを掛けたのに子供は難なくキャッチして、お
返しとばかりに浮きあがるようなピンボールで投げ返した。ジャンプすると手のな
かに吸い込まれるようにボールが収まった。DBの孫御飯のような鮮やかなファイ
ンプレー(あのシーンは私のお気に入りのひとつだ)
8 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時58分25秒
 光が視界に戻ってくる。瞳を開くと色彩の洪水だった。世の中は無駄な情報で
溢れかえっている。
「よかった〜 生きてた〜」
 安心したように、一番近いところにいた矢口さんが笑った。
「……?」
 顔、顔、顔、顔だらけ。みんなして先を争うように私を覗き込んでいる。
「覚えてる? あのね、紺野さぁ収録中に溝に落ちてさぁ……すごい高いとこか
ら転がって、それでもうなんか血が一杯出て」
 安倍さんが興奮したように顔を上気させて、早口で上ずった声でお経のように
言葉を紡ぐ。
「もう絶対死んだ〜と思ってた」
「ねぇ」
 いきなり失礼なことを失礼だとは思わずふうに吉澤さんと石川さん。
 切れ切れの会話を総合したところ、私はTV収録中にどこからか落ちて足から
大量の血を噴出させながら気絶していたらしい。ものすごく迷惑な人間だ。十二
針を縫ったという足の傷口は真一文字にくっついていて、少しばかり引き攣って
いた。
9 名前:バイバイ、ベースボール☆デイズ 投稿日:2002年03月03日(日)15時59分40秒
 人の群れの向こうの闇のなかに、野球帽をかぶった子供の姿を見付ける。
 子供は、ニヤッとひきつったように笑って帽子をずらすと闇のなかに消えた。
そこにいたのはガラス窓に映った私。



 バイバイ、野球選手になりたかった子供の頃の私。

 あたしはモーニング娘。になる。


 ―了―
10 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時23分05秒
携帯って、あたし達の世代にとっちゃ凄い大事だ。
電話とかメールだけじゃなくて、電車の路線図とか、暇潰しのゲームとか、
とにかく携帯一つあれば一日部屋から出なくても平気な訳。
勿論、お菓子とかはいるけどさ。
友だちとかも必要だけど適当なメアドにメールすれば
すぐ返事返ってくるからそれでいっちょあがりだし。
ほんと、世の中便利になったよね。
これさえあればなんでも出来るんだから。
んで、これでだけだったらあたしはあたしじゃなくていいんだから。
ほーんと便利な世の中になってるよね。
携帯してるのはもう一つの世界って奴?
うわ、あたしったら上手いじゃん。詩人になれるね。
で、だ。なんであたしがこんなに携帯について語ってるかっつーと、
意味がない訳じゃない。
なんか頭の中で話すなんて気持ち悪いんだけどさ、そうしてないと
「……あのぉ」
あぁん、もう!せっかく忘れかけてたのに、何さ!
「あ…ごめんなさい…」
そう。これが話しかけてくるから頭の中で喋ってた訳。
あたしだって変人じゃないんだから、
普通はこんな風に頭の中で喋ったりはしない。
「そうなんですか?」
当たり前じゃんっ!
11 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時32分27秒
あたしだって最初は疲れてる?とか思ってやりすごしたよ?
だけどどうやらこいつはあたしの空耳じゃないらしい。
「お願い、話を聞いて下さいっ」
そう言えば声を聞こえなくする為に話なんて聞いてなかった。で?
「私はですね」
声高い。低く出来ない?
「出来なくはないけど続けられないです。」
仕方ないか。
「私、リカちゃんなんです」
名前なんて聞いてない。
「あ、いや、あの、携帯でリカちゃんの声が聞けるっていうのがあって」
あぁ、オモチャ屋さんかなんかが最近始めたあれね。
「それです!リカちゃんやってた人なんですけど」
やっぱ自己紹介じゃん。
「いや、続きがあって」
じゃあ早く続けて。あたしだって忙しくない訳じゃないんだから。
「今日は暇なんじゃ…」
うるさいなぁっ。早く言いなよ。
「で、あの私いつも通りに機械の前に座って声を吹き込んでたら、
 急に助けてって聞こえてきて…そしたらこうなってたんです…。」
あたしは別に呼んでないけど?
「分かってますけど、聞えたんですよぅ」
あっそ。どうしようもないんだから、暫くいてもいい事にしてあげるよ。
でも、うるさくしないでよね。
12 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時33分12秒
そんなこんなで、リカちゃんとの生活は始まった。
相変わらず喋ってないとリカちゃんは話しかけてくるから
あたしは結局ずっと頭の中で喋り続けてる。
「なんか、文作るの上手いねぇ。」
ほぉら、出て来た。
別に、上手い訳じゃないよ。ただ喋ってるだけじゃん。
「あたしだったら出来ないもん。」
自分が出来ない事を出来るからって凄い訳じゃないんじゃん?
あたしはリカちゃんの声なんて出来ないけど、それって凄い事?
「凄く、ない。」
じゃ、あたしがこうやって話してるのだって凄くないんだよ。
「ねぇ」
リカちゃんはあたしが一度答えると調子にのって何度も話しかけてくる。
今はちょっと暇だし、答えてあげてもいっかな。
「名前、教えてよ。呼び難いからさ。」
呼ばなくていいよ。
「えー。」
リカちゃんは不満そうだけど、名前教えると答えるの面倒だから教えない。
「今だって答えてくれないのにぃ。」
煩いよ、リカちゃん。
これから出かけるから喋らないでよね。
「分かったよぅ。」
こんな感じであたし達の生活は続いてる訳だ。
13 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時36分10秒
最近は頭の中でナレーションをつけるのも慣れてきて、
なくなった時の事が想像できなくなってきてる。
人間って恐い。数日前までは普通に過ごしてきていた筈なのに。
今だって、友達数人と普通に会話しながら、頭の中ではこんな風に考えてる。
『ねぇ、これ良くない?』
『いいねぇ。幾ら?』
この人達との付き合いも結構浅い。
学校の先輩なだけの子だし、遊んだりする事はあっても
悩み打ち明けたりとか、そんなんはある訳もない。
悩みなんて自分で解決するもんだと思うしね。
「そんな事ないよ。誰かに言うだけで」
喋らないでって言わなかったっけ?
「ごめ」
で、あたし達は今女子高生の定番、というにはちょっと古いけど、
カタカナで名前が書いてある某薬局にいる。
渋谷のここは実は万引き天国だったりもする。
「駄目だよ、万引きなんて。」
リカちゃん、煩いって言ってんの分からない?
あたしは別に興味ないし、この子達がやってるのだって知ったこっちゃない。
『うわ、これ高い。けど、矢口に似合わない?』
『うん。似合う、似合う。やぐっつぁんに似合うよねぇ?』
聞かれたあたしいは取り敢えず頷く。無難に過ごすのが一番だから。
14 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時36分55秒
『じゃ、もらって帰りますか。』
『いーね、いーね。』
店員の目を盗んで、口紅は矢口さんの鞄の中へ。
「駄目だって!ねぇ、止めてあげて!」
煩いよ、リカちゃん。
「だって、万引きなんてしたら自分が後で傷付くんだよっ?!」
煩いってば。
「だって、駄目だよぉ!!」
『あー!!煩いよっ!!』
思わずあたしは声に出して怒鳴ってた。
気付いたら店員さんがこっちを睨んでるし、
矢口さんは顔色を変えてこっちを見てた。
『すみません…何でもないです。』
慌てて取り繕ってあたしはその場から逃げ出した。
リカちゃんの馬鹿!!あたしは怒ってるんだよ!
あんなの恥ずかしいじゃん。店中があたしに注目してたじゃん。
矢口さんとももう遊べないじゃん。
すっごいムカつく!
「あの」
話しかけないでってば!
「ねぇ、でもね」
煩い!!
15 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時37分35秒
あたしは結局家に帰るまでリカちゃんに煩いって言い続けた。
ちょっと頭も冷えて、リカちゃんが謝るのなら聞いてもいいかなって思い始めた。
「ホント?」
謝るのが先だってば。
「ごめんね?」
喋らないでって言ったのに。
「だけどね、万引きは犯罪なんだよ?」
たかだか数千円じゃん。
「お財布から数千円抜けてたらどう思う?」
嫌…だけどさ。
「お店からなくなるのも同じ数千円だよ?」
分かったよ。けど、あたしはしてない!
「でも、お友だちがしてるの止めなかった。」
そんなの、関係ないじゃん。
矢口さんは自分の財布から数千円消えてもいいのかもよ?
「そういう問題じゃないよ。お友だちでしょ?」
関係ないよ。
友達なんて、他人じゃん。
「そんな事、本当は思ってない癖に。」
煩いよ、リカちゃん。
あんたなんて人形の癖に。
「黙らないよ。本当は寂しいって、思ってる癖に!」
は?何ソレ。
一人って気楽だと思ってるし、別に矢口さんともう会わなくても平気だし。
大体、あんたにあたしの何が分かるって言うの?
たった数日一緒に過ごしただけじゃん。

あたしがこうやって喋ってなきゃいけないのなんでか分かる?
16 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時38分14秒
あんたがいるからじゃん。
あたしはあんたがいなかったらこうやって喋ってなくても良かったのに。
いきなり来といて、そんな偉そうに説教されても困るんだけど。
あたしは、誰も必要ない訳。わかる?
会った時に言ってたの聞いてなかったみたいだから
もう一回声に出して言ってあげるよ。
『携帯さえあればいい』
これって、結構真実だよ。
別に他人とそれなりに遊んでられればいいじゃん。
必要以上に深く入ってこられると凄い迷惑。
ただでさえプライバシーのない生活に腹たててるんだから、
これ以上怒らせないくれないかなぁ?
ちょっと、謝るぐらいしたらどうなのよ。
…………リカちゃん?
ねぇ、なんか言いなよ。気持ち悪いじゃん。
リカちゃんってば!
……いなく、なっちゃったの?
17 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時38分47秒
あの日から、リカちゃんはあたしに喋りかける事もなくなった。
いなくなったのか、黙ってるのかは分からない。
だけど、とにかく日々は静かで、本当はこうやって喋り続ける必要もない。
でもなんでかあたしは喋ってた。
寂しさを紛らわすみたいに、ナレーションを続けてた。
一応、リカちゃんが話しかけてこない為ってしてるけど。
『ねぇ、これ矢口にどう?』
相変わらず矢口さんとは付き合ってる。
あの次の日に学校に行ったら何もなかったみたいに挨拶されて、
結構びっくりしたけどそれなりに付き合ってる。
そして今日も例の薬局であたし達は商品を物色中だ。
『いんじゃないっすか?』
簡単に答えるあたしに納得してかどうかは知らないけど、
矢口さんは辺りを見始めた。
「お店からなくなるのも同じ数千円だよ?」
リカちゃんの声が聞こえた気がした、だけどきっとそれは気の所為。
リカちゃんはもういないんだ。
あたしが認めたくなかっただけで。
『ねぇ、矢口さん』
『ん?』
リカちゃんがまた出てきそうで、それはそれで面倒だったから
仕方なくあたしは口を開いた。
『矢口さんはぁ、財布から565円消えてたらどう思います?』
18 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時39分24秒
『嫌だよ!1円だって嫌!』
『お店からなくなるのも同じ565円っすよ?』
『…だからこないだも騒いだの?』
そういう訳じゃなかったけど、黙っておいた。
これで友達一人なくしたら、リカちゃんの所為だからね。
心で毒づいても仕方ないの知ってるけど、一応いる事も考えて言っといた。
『ありがと。いけないよな、やっぱ。』
にっと笑って矢口さんがあたしの肩を叩いた。
矢口さんはマニキュアを元に戻して店を出た。
あたし達は渋谷のマックで最近更に安くなったらしい
ハンバーガーのバリューセットを二人で食べる事で今日は帰る事にした。
『なんかさ、ホントの友達って感じがしたよ!』
『え?』
矢口さんは照れくさそうに笑ってまたあたしの肩叩いた。
『それ、癖っすか?』
『嫌だった?』
『いっすけど。』
『じゃぁいいじゃーん!』
また、矢口さんに肩を叩かれた。
これは癖なんだと思う事にした。
19 名前:こちらリカちゃんお話電話室 投稿日:2002年03月03日(日)23時48分03秒
別れるまでの間何度も肩を叩かれて、あたしはちょっとくすぐったかった。
明日から敬語をすくなくしてみよっかな?
矢口さんはあたしにとってホントの友達になるのかも。
あたしは携帯を取り出して、インターネットメニューを開いた。
ちょっと考えてから見覚えのあるオモチャ屋さんの名前の前にある番号を押して
「リカちゃんお話電話室」なるものを見つけたあたしはその番号を押す。
家までの道程は人通りが少ないけど一応近くに誰もいないか確認した。
そして1を押すと携帯から音楽が流れた。
『はぁい、リカちゃんです』
リカちゃんの声だった。
リカちゃん、あたし言ったよ。
矢口さんに、ちゃんと駄目って言ったよ?
答は無い。そりゃそうだ。音声放送なんだから返事がある訳ない。
『リカちゃんは、あたしの初めてのホントの友達だよ。』
『リカちゃんに電話してくれてありがとう!またかけてね!』
チグハグなのかそうじゃないのか分からない会話であたし達の友情は終った。
もしかしてあたし、ホントに呼んだのかな?
暫くは頭の中でナレーションする事でリカちゃんとの友情の余韻に浸ろうかと思う。
…やっぱリカちゃん人形とか買っちゃサムいかなぁ?

20 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時53分13秒

「ねえいつまで向こうの方いるの?」


「だから〜二年ぐらいだって、これで言ったの何度目よ」


そう言いながら、彼女は私の部屋にある様々な物に手をかける
私の机に置いてあるペンケースの中を探ったり、
彼女が私にくれたキーホルダーを手にとったり、
貼ってあった二人で撮った写真を眺めたり、と
私はそんな見慣れた背中をベットに腰かけ見つめてる

「りかちゃん部屋は片付いた?」

「もう、当たり前じゃない、引越し今日だよ?
 片付いてなかったら大変だって」

机にあった砂時計を逆さまにして彼女は言った


「三日前まで全然片付いてなかったじゃん、いつもそれぐらい
 片付けるのうまかったら部屋はつねに綺麗だったのに」

「だって、ひとみちゃんが何も言わなくても片付けてくれてたから
 私がする必要なかったじゃない」

からかって出た言葉も、彼女のその台詞に片されてしまう

21 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時54分19秒


彼女が引っ越すと聞いたのは一ヶ月ぐらい前
親の転勤先が外国に決まったらしい
だから親子三人仲良く引越しと言うわけだ
彼女はそのことを私に笑顔で言いのけた
意識があった頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染との別れ、
その出来事に私は今だかつてないショックを受けたというのに、
彼女からは一切これといった変化が見られなかった
学校にいる時も、二人きりでいる時も、彼女はずっといつもどうり私に接した
まるで、私と別れることなんて全然悲しんでいないみたいに・・・・

だから、今こうして最後の別れと称して私の部屋で私との最後の一時を
過ごしているにも関わらず彼女は寂しい素振り一つ見せない

寂しくないの?悲しくないの?
イヤだって思ってるのは私だけ?
別れたくないって思ってるのは私だけ?
それってちょっと酷くない?


あ〜あ・・・・・


私との思い出も  全部片されちゃったのかな・・・・

22 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時55分20秒

「りかちゃん・・・・」

「んっ?あ?、何?」

私は我慢できなくなって後ろから彼女を抱きしめた
彼女は少し驚いた様子で、しきりに動いていた手が不意に止まる

「どこ引っ越すんだっけ?」

「もう、アメリカだって言ったじゃない」

「やっぱアメリカって遠いかな?」

「当たり前でしょ、国が違うんだから」

そうして彼女はクスクスと笑う
その笑い声はやっぱりいつもといっしょで、
なんだかそれが妙に腹立たしい

「アメリカから今の高校来れないの?」

「あのねぇ〜、来れないから引っ越すんでしょ?」

「りかちゃんだけ日本に残れないの?」

「・・・・・だって私子供だもん、ムリ。」

「何だよりかちゃんいつも『私はひとみちゃんより大人だも〜ん』って 
 言ってたくせに!」

「とにかくダメなものはダメなんだってばーーー!」

そういって体に絡まってる私の腕を必死に解こうとしてる彼女
あ、なんかホントにちょっと前までの何もなかった頃の二人みたいだ・・・
ん〜・・・・切ない気持ちになってきた

23 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時55分51秒

「ねえ、行かないで・・・・」


少しずつ、彼女を抱きしめてる手に力が入る

「ひとみちゃん・・・・?」


「ずっとずっと、一緒にいよう?」


今まで堪えてた想いが、一気に込み上げてくる

「突然何言って・・・。」


「ひとみちゃん好きだよ、って、いつも言ってたじゃんか・・・・」


「・・・・・・・。」


「ずるいよ、イキナリいなくなっちゃうなんてずるい」


静まり返る部屋
もうすぐ彼女は遠い所へと行ってしまう
彼女は少し黙って、
強張った私の腕をゆっくり解いて、
私の方へと向きを変えて、
優しく私を包み込むように抱きしめた
24 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時56分24秒

     「ワガママ」


そう私の耳元で呟いて、まるで子供をあやす様に頭をなでる

私は 彼女の心地いい腕の中に目を瞑って納まった

「二年って長いかな」

「わかんないよ、二年もひとみちゃんと離れたことないもん」

「どうせ、向こう行ったら私のことなんか忘れてカッケー彼氏でも
 作っちゃうんだ」

「そんなこと、誰も言ってないでしょう」

「でも、きっと作っちゃうよ・・・。」

二年もの月日はきっと
人も想いも変えてしまう

「ひとみちゃんだって彼氏できちゃうんじゃない?」

私が不安をぶつけても、
明るく何もかも平気みたいに振舞う彼女がなんだか悔しい

25 名前:思い出へと 投稿日:2002年03月03日(日)23時59分04秒
「できないよ」

「絶対?」

「絶対」

だって、
アナタ以上に大切な人は、
この先ずっとできそうにない
でもそれはきっと私だけのことで、
アナタにとって私がそこまで重みのある存在だとは思えない

でも別にそれでも構わない
向こうで彼氏を作ったって、
今までのことが単なる幼馴染との一時の思い出に変わったって、
そんなこと別に構わない


そのかわり、


「りかちゃん・・・・」

「ん・・・・・・」


お願いだから、どうか私を忘れないで


私の前から今すぐ消えてしまっても構わないから


どうかアナタの中の私を消さないで


今までの私をどうか 無意味なものにしないでほしい

私は、頬を流れてるモノにも気づかずに

自分の腕の中で乱れていく彼女を目に焼き付けるように眺めていた


26 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時05分34秒
「モーニング娘。許されざる愛!」
「中澤裕子・吉澤ひとみ、深夜の道路で愛を確かめ合う!?」

私の手がけた記事。
写真誌の表紙を大きく飾った文字と、四枚の写真。
たったこれだけで、日本が揺れた。
27 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時06分09秒
朝八時、まだ社員の出社時間には余裕がある。
そんな中、押し寄せ、ごった返している報道陣。
アップフロント本社は、普段の十倍は賑やかになっていた。
もちろん、彼らの目的は、渦中の人、中澤と吉澤。
今日は、記者会見を開く事になっている。
今を輝くトップアイドル二人の「禁断の愛」の真相を確かめに来ているのだ。

今現在、日本国民の八割は名前を聞いた事があるであろう超人気グループモーニング娘。。
当然、彼女たちの関わる問題、いわゆるスキャンダルならば、世間の注目を集めるのは容易に予想できる。
よって、各マスコミがこぞって彼女たちの行動に注意を払ってきた。
それによって、今まで(真偽は別として)色々な噂が飛び交ったのである。
28 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時07分25秒
ところが今回流れた情報は、ちょっと事情が違っていた。
今までに流れた噂は、ある特定のメンバーの顔写真入り、つまりはっきり誰かと確認できる物ばかりだった。
しかし、今回は特定できない。
いや、正確には特定しづらいと言うべきか。
問題の四枚の写真に写っているのは、全てが後姿。
顔が見えないのである。

では、何故これが中澤と吉澤ではないかという話に発展したか。
そんなものは、記者の仕事。
場所を特定し、協力費と称して謝礼を払い、地道に情報を集めてきた。
それにより、裏が取れたのである。
29 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時08分01秒
そしてこれが同時に、真実であると言う後押しにもなった。
ある事ない事が飛び交う芸能界、コラージュなどはもはや常識と言っても言い過ぎではない。
最近は読者の目も肥え、容易に読者を欺くことはできなくなっているが、コラージュ自体がなくなっているわけではない。
つまり、はっきりと顔の写っている写真など、信用に値する物ではないと言う事だ。

それに対し今回、あるのは数件の目撃情報、そしてこの写真のみ。
あまりに信憑性がないからこそ、作られた情報と言う可能性は薄い。
つまり、中澤と吉澤が、相手に元メンバー以上の感情を持ち、口付けを交わしていたのは、ほぼ間違いがないのだ。

時の経つのは早い。
いつのまにか時間、記者会見が始まろうとしていた。
30 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時10分22秒
なんとも言い様のないモヤモヤした気持ちを胸に抱きながら、私はウイスキーを流し込んでいる。
記者会見が終了して、二時間ほど経っている。

とにかく、印象的だった。
しっかりと手を繋ぎ会場に現れた二人。
矢継ぎ早な記者たちの質問に的確に答える中澤と、唇をかみ締め黙ってずっと下を向いていた吉澤。
それに……

「吉澤さんは中澤さんとの関係は認められるんですか?」
「……はい」
「と言う事はこの後お二人そろって芸能界引退と」
「……」
「まぁこんなことになったら仕方ないですわね」
「そう……なりますね……」
「中澤さんと別れて芸能界に残る気はないんですか?」
「……」
「あれ?まだお悩みですか?」
「……ええ加減にせえよ……」
31 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時11分44秒
失礼な質問に対し、目に涙を浮かべ、精一杯の声を張り上げ、年下の恋人を庇った中澤の姿。
印象的だった会見の、最も印象的な一言がこれだった。

「吉澤はな、アタシと別れるか、メンバーたちと別れるか、ムリヤリどっちかを選ばされる事になったんやで!
なんなの?女同士で付き合うのは変なの?
女同士で付き合うような気持ち悪いヤツらがテレビに出るのは許されんワケね!」
32 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時14分46秒
ロックの氷が溶けきってしまうほど、責任を感じていた。
同じ女として、この発言は心に突き刺さった。
確かに、自分がもし同じ立場に立たされたら……。
あまりに浅い考えしかもっていなかった自分が嫌になってくる。
直接的に、彼女らの事情を満天下にさらけ出し、彼女らの立場を悪くしてしまったのだから……。

多少沈んだ気持ちで、翌日から仕事をしていた私の元に、一通のファックスが届いた。
33 名前:同性愛の立場 投稿日:2002年03月04日(月)00時19分48秒
「明日、アメリカへ出発します。
ちょっとお話したいので、お時間ありますでしょうか?
二人にとって、いいきっかけになってので、一言お礼をするべく……」

短い文面と、ケイタイの番号。
そして、中澤裕子の文字。

最後には、こう記されていた。

「おかげで、おおっぴらに、ひとみ、と呼べるようになりました」

不覚にも、笑ってしまった。
お礼をされるような事をした覚えはないが、彼女達は無事に幸せが続いているようだ。
とりあえず、彼女達の門出を祝って、明日はスカッと晴れて欲しい。
女同士のお祝いには、何をもっていけばいいのか、明日までの宿題にしよう。
せめてもの罪滅ぼしの気持ちもこめつつ……。

−終わり−
34 名前:第六回支配人 投稿日:2002年03月04日(月)00時45分08秒
これにて投稿を締め切ります。
参加者の皆様、お疲れ様でした。
引き続き投票も行っていますので、作者の方も読者の方もふるってご参加下さい。

『オムニバス短編集』投票&運営スレ
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