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案内板発企画、マルチキャスト短編集
- 1 名前:マルチスレの300 投稿日:2002年03月24日(日)03時10分15秒
- この企画は1レス目のみを共用し、2レス目以降を個々の作者が独自の視点から
展開する短編投稿企画です。マルチキャスト(multi−cast)はmulti”複数の”
cast"(光、影などを)落とすこと"という語句からもわかるように、ある共通の
事象に対し、複数の視点からアプローチするというアイデアをもとに始められた
ものです。今回は、1レス目を共通にすることで個々の作者がそれを受けて、
様々な視点により展開するストーリーの妙が期待できます。
作品を楽しむ。>>5-999
作品を投稿する。>>2-4
話し合いの経緯
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1000654631&st=258&to=
*このスレッドはマルチキャスト企画作品投稿用スレッドです。
- 2 名前:投稿の仕方 投稿日:2002年03月24日(日)03時14分40秒
- 1)まずは作品を完成させてください。
(投稿の際、コピペを使用することが望ましいので、できればその準備も)
2)次に企画スレ(登録、感想、投票兼用)にて参加登録してください。
企画スレ(登録、感想、投票兼用)
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1000654631&ls=25
登録する際の例
「★〇〇番目「タイトル」●●●レスより開始します。」
もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおしてください(書き込み例は上記と同様)。
ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをすること。
- 3 名前:投稿の仕方2 投稿日:2002年03月24日(日)03時15分46秒
- 3)続いては作品の投稿です。
「名前欄」には「タイトル名」、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載してください。
その際、投稿数25レス以内、一度投稿しはじめたら最後まで一度に投稿してください。
作品の最後に必ずそうと判る目印(fin.や-完-など)を入れるのも忘れずに。
なお、あとがきは投稿用スレッドには書かないようにしてください。
書き込みたいときは、企画スレ(登録、感想、投票兼用)に投稿してください。
もし、企画スレ(登録、感想、投票兼用)への書き込みから24時間以内に更新されなかった場合、
その作者さんの登録番号は登録キャンセル/中断と見なします。
無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
登録番号が無効になった場合、企画スレ(登録、感想、投票兼用)に
『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。
- 4 名前:投稿の仕方3 投稿日:2002年03月24日(日)03時16分21秒
- 4)最後に投稿が終わったら、企画スレ(登録、感想、投票兼用)にその旨書き込んでください。
例
「☆〇〇番目「タイトル」●●●レスで終了しました。」
なお、投票締め切りまで参加作者がハンドル等を公開することは禁止されています。
次にルールの説明です。
今回、共通で使用する文章(1レス目)は以下の通りです。
『かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、 』
1レス目は共通ですが、必ず各作者とも作中のどこかに組み入れてください。
尚、組み入れる場所は必ずしも1レス目でなくともかまいません。
作品の長さは、一応25レス以内が目安ですが、多少の超過はかまいません。
投稿期間は3月24日午前0時〜3月31日午後11時59分となっています。
- 5 名前:1番目 投稿日:2002年03月24日(日)07時16分27秒
- ★1番目「犯人は誰?」5レスから開始
- 6 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時17分13秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 7 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時18分14秒
- 涙を流しながらうつむく五期メン4人。
マネージャーの厳しい追及にも、ただ首を振る。
スタッフ達は懸命に何かを探し回っていた。
誰もいない機材置き場で、辻は積み重ねられた空っぽの弁当箱を見つめていたという。
「ま、はんにんはののなんれすけどね」
一方その頃、
- 8 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時20分18秒
- 安倍はぺこぺこと頭を下げていた。
その額にびっしりと汗を浮かべて。
テーブルの上には、ドラマの共演者に配った手造りのケーキ。
まるで罰ゲームのように、からしのたっぷり混ざったケーキ。
そのとき、飯田は手の中の黄色いチューブを見つめていたという。
「ま、犯人はカオリなんだけどさ」
一方その頃、
- 9 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時21分59秒
- 矢口の顔は蒼白だった。
指先が白くなるほど握り締めた雑誌の表紙には、
毒々しい色合いで書かれた煽情的な文字。
『やはり存在した!』
『あの○娘。Y.Mの……』
『これが衝撃の写真』
『ベッドの中からセクシービーム』
楽屋の隅で、保田はそんな姿をただ見つめていたという。
「ま、犯人はアタシなんだけどね」
一方その頃、
- 10 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時22分47秒
- 部屋の中に置かれたダブルベッド。
後藤と吉澤は、折り重なるようにその上に横たわっていた。
生まれたままの姿で。
体からどくどくと命を流しながら。
ベッドの脇で、石川は紅く染まってゆくシーツを見つめていたという。
「ま、犯人はわたしなんですけどね……」
一方その頃、
- 11 名前:犯人は誰? 投稿日:2002年03月24日(日)07時23分32秒
- 厚いじゅうたんの敷かれた広い部屋。
立派なマホガニーのデスク。
その上に散らばる書類。
メンバー達の詳細な資料。
著名な心理学者によるプロファイリングの結果。
『モーニング娘。芸能界追放計画』、
そして『新生モーニング娘。プロジェクト』の文字。
豪奢なソファに腰掛け、つんくはワイドショーの画面をずっと見つめていたという。
「ま、犯人はオレやねんけどな」
──END──
- 12 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時49分01秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 13 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時49分35秒
私は家でカレーうどんを食べていたのです。
そうしたら、携帯がなりました。あいぼんとお揃いの、
ミニモちゃんの携帯は私の一番のお気に入りなのです。
「あいぼんのウチが燃えてるの!」
梨華ちゃんは、キンキンした声で叫んでました。私は驚いて
おもわず、携帯をカレーうどんのなかに落としてしまったのです。
ドゥルドゥルしたカレーうどんに漬かってしまった携帯を
取り出す勇気はありませんでした。
ああ、さようなら携帯さん……。
私はあいぼんが心配でした。もしかしたらまだ中にいるかもしれない。
そう思いました。でも、カレーうどんは残さず食べました。
携帯は食べませんでしたけど……。
- 14 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時50分11秒
早速、モー。たいへんでしたのロケの記念でもらった消防服を身にまといました。
やっと役に立つときがきたのです。このときのためにもらっておいたのです。
ロケのときよりも早く着替えることが出来ました。
たぶん1分以内に出動できたはずです。
ああ、ロケのときにもできていれば、梨華ちゃんのタックルにも負けず、
助手席に乗れたのに……。
気を取り直して、私はタクシーを拾って、あいぼんの家に急ぎました。
現場は既に消火活動が始まってました。あいぼんはボーっと火を眺めていました。
マネージャーさんは色々と携帯電話で忙しそうに話をしてます。
私はあいぼんが無事でホッとしました。
そして、どうして火事になったのか聞きました。
あいぼんはうつろな目をして、ポツリと呟きました。
- 15 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時51分33秒
「ま、犯人はウチやねんけどな」
私の心臓がドキンと大きく鳴りました。
そんなはずない。あいぼんがそんなことするはずない。そう思いました。
話をきくと、ホームシックで実家に帰りたくてたまらなかったみたいです。
おうちがもえれば、実家にかえれると思ったそうです。
それで、ライターでカーテンに火をつけてしまったそうです。
私は、ふと、小学生のころ、テストの前に学校が火事になれば、
テストがなくなるのに、と思っていたことをおもいだしました。
- 16 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時52分20秒
「もうウチ、疲れてん。刑務所に入って、その後、奈良でひっそり暮らすねん」
あいぼんはポロリと涙を流しました。
そしてうわごとのように私にごめんな、ごめんなと謝っていました。
ああ、なんてことだろう……
私はあいぼんが、このまま警察に捕まってしまうと思いました。
犯罪者になってしまう。そうしたら、もう一緒にいれなくなる。
もう会えなくなってしまう……。
そう思ったら、いても立ってもいられませんでした。
- 17 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時52分59秒
私は火をつけたライターを隠せば、あいぼんが警察につかまらないと思いました。
そうすれば、あいぼんさえ黙っていれば、またいつものように一緒にいれる。
そう思いました。
「わたしがなんとかするのれす。そのために消防服をきてるのれす」
私はそういって、あいぼんが止めるのを振り切って、
燃え盛る家のなかに飛び込みました。
「のの、行ったらあかん!死んでまう!」
あいぼんの叫ぶ声が背中越しに聞こえました。
- 18 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時53分33秒
中はとても熱かったです。でも、消防服のおかげでなんとか
居間まで入ることが出来ました。
煙の中で目を凝らすと、燃えているカーテンの下に、
火をつけたと思われるライターがありました。
これを隠せばあいぼんとまた一緒にいられる。
そう思ってライターを手にしたときでした。
グワッと大きな音がしました。
目の前で、急にまた火の手が上がったのです。
- 19 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時54分07秒
私の足が燃えていくのが分かりました。
とても熱いです。急いで玄関へと走りました。
でも、火の手は衰えなくて、目の前が炎で真っ赤になりました。
火の燃える音と天井が崩れるおとがしました。
上をみると、燃えている天井が落ちてくるのが分かりました。
「ごめん、あいぼん。もう会えないのれす!」
そう叫びました。私の気持ちが届くかな? そんなことを考えてました。
足元がどんどん燃えていきます。とても熱くて、もう我慢できないぐらいでした。
上からどんどん火の粉が降ってきます。そして崩れた天井が落ちてきます。
遠くで、あいぼんの泣き叫ぶ声がきこえました。
ああ、気持ちが届いたと思いました。
もう会えないけど、私のこと忘れないでね、あいぼん……。
- 20 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時54分43秒
ふわっと、意識が遠くなるその瞬間、
私は下半身から足にかけて水がかかるのを感じました。
なんと、救出に来てくれた消防隊員が放水してくれたのです。
スーッと火が消えていくのが分かりました。
足は熱くてジンジンしてましたが、私は消防隊員に手を引っ張られ、
私はなんとか玄関へとたどり着きました。
ああ、これで助かる。あいぼんとまた会える……。
外に出ると、あいぼんが泣きながら私に抱きついてくれました。
私はホッとしました。私は生きてる。
そして、あいぼんは警察に捕まらなくて済む。
これで、一緒にいられる。そう思いました。
あいぼんに自分で火をつけたことは内緒にするんだよといいました。
- 21 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時55分23秒
「のの!のの!」
そういってあいぼんは私の肩をつかんで揺さぶりました。
あいぼん。気持ちはわかってるよ。お礼なんていいです。
あとで、一緒に8段アイスを食べるのです。
あと、悩んだらいつでもののに相談するのです。
ののとあいぼんはずっと一緒、ずっと友達なんですから。
「なんてことすんねん。のの」
もう、分かってるよ、痛いです、あいぼん。
心配掛けたのは悪かったです。
でも、ののはあいぼんとずっと一緒にいたいんですよ。
ただ、それだけだったんです。
ね、あいぼん………
- 22 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時55分53秒
………………………
…
…
…ん?
- 23 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時56分47秒
「のの!どないしてくれるねん」
あれ? なんで怒ってるのですか?
ののはあいぼんの為にやったんですよ……。
「早くおきんかい!」
え……?
あいぼんにほっぺたを叩かれて、私は目を開けました。
なんか、足がジンジン痛いです。
どうやら、あんかが同じ所にずっと当たっていて
少しやけどをしたみたいです。
あれ?下半身が濡れています。どうしたのでしょう?
- 24 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月24日(日)12時57分22秒
「のの!また、おもらししてんな!」
ああ、またやってしまったのです……。
そういえば、あいぼんのウチに泊まりに来てたのです。
それで、ホームシックで悩んでる話を聞ききながら一緒の布団でねてて……。
しまったなのです。夜中なのに、ジュースをのみ過ぎてしまったのです。
あいぼんはあきれた顔で私を見てます。
でも、私はなんかホッとしたのか、思わず笑ってしまいました。
つられてあいぼんも笑いました。
しばらく二人でクスクスと笑っていました。
「ずっと友達れすよ、ののとあいぼんは」
私はそう言いました。
あいぼんは小さく頷くと、
いつもの可愛い笑顔で
着換えを持ってきてくれました。
そして、濡れてしまった布団を干してくれました。
おしまい。
- 25 名前:offenders 投稿日:2002年03月24日(日)23時15分21秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 26 名前:offenders 投稿日:2002年03月24日(日)23時17分16秒
- UFA事務所の一室はカレーの匂いで立ち込めていた。
放火癖を持つ人たちが集う『火害者の友の会』でカリスマカウンセラーを務めるインド人の拝火教信者は、
炎が持つ癒し効果やら思春期の移ろいがちな理性やら、
最近テレビで見せていた幼児のような言動から窺える秘められた抑圧などを
如何わしさ感じさせるほどに流暢な日本語で語ると対面の患者に優しく話し掛けた。
「あんな事をしてしまったキッカケのようなものがあったと思うのですが、心当たりはありますか」
「矢口さんのミニモニTシャツにゲリピーうんこのラクガキした犯人、ののにされたんです」
辻はべそを掻きながら夕食に提供されたカレー丼をガツガツとかっ込んだ。
「あれ、犯人はあいぼんです」
終
- 27 名前:カゴ アイ 投稿日:2002年03月25日(月)22時55分50秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 28 名前:カゴ アイ 投稿日:2002年03月25日(月)22時57分33秒
「なんで加護があそこにいるの!」
飯田は混乱していた。
テレビの中にはうっとりと炎を見つめる加護の姿が映し出されている。
「さぁ…」
「さぁって、…あんた…」
画面に映る自分の姿を見つめながら加護は続ける。
「知らへん、ウチ多分3人目やねん…」
【終了】
- 29 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時06分14秒
- 6_
かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 30 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時07分08秒
- 2_
そこまでキーを打ってかごは指を止めた。
だめだ。
こんな緊迫感のない文章では、ひきつけられない。
だめだ、だめだ。
もう一度、やり直しだ。
加護は今度こそ慎重に、そして読み手が真剣にならざるをえないよう、
必死に文章を考え、そしてキーボードに向かった。
- 31 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時07分51秒
- 7_
この火事を、いやこの放火殺人を
かごとは別の視点から俯瞰しているものがいた。
紺野あさ美である。
犯人はたしかに加護だ。
間違いない。
- 32 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時08分34秒
- 「っちゅう感じでどないや?」
「メンバーのかじ絡みの題材は、今どき流行らないんじゃないですか?」
「そんなことあるかい。むっちゃタイムリーな話題やんか。」
「殺された役の人がえらく、かごさんのこと怒ってたみたいですよ。」
- 33 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時09分37秒
- 12_
「・・・言うとる意味がようわからんな。」
「保田さんが聞いてたそうです。」
「それは違うな。おばちゃんの携帯は壊れとる。」
「直接会って、言ったのかもしれない。同じグループですから。」
- 34 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時10分17秒
- 13_
「ごっちんはソロのレコーディングで昨日は会われへんかったはずや。」
「ほう、後藤さんですか?かごさん、私はまだ一言も後藤さんとは言ってませんよ。」
「なっ、同じグループ言うたやないか!」
「ええ、同じモーニング娘。の一員としてね。」
「なっ、なんやて・・・」
- 35 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時10分47秒
- trrrrr・・・trrrrrr・・・
「あっ、かごさん、電話ですよ。」
「うっといのぉ。誰やねん。ハイ、かごです・・・ハイ・・・ええ
- 36 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時11分19秒
- 1_
「こないだの件でお話があります。
あのことを知られたら、あなたも多分困ると思います。
だから、来てくれるとありがたいで
- 37 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時12分03秒
- 「いかん。切られてもうた。」
「そうとう、怒ってるみたいでしたね。」
「やっぱ、殺したのがあかんかったか。うまいこと書けた思うたけど。」
- 38 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時13分28秒
- 11_
「うまく荒筋が書けたと思ったんでしょうけど。
ちょっとあらが多すぎましたね。」
「どの辺が?」
「例えば、普段、料理をしないかごさんがそのときだけガスの元栓を閉め忘れる。
これはどう見ても不自然ですよね?」
「ほう、うちが料理せぇへんことまで、よう調べとるな。」
「それに、かごさんの家に呼ばれた被害者がそのことを誰かに話していないとも限らない。」
- 39 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時14分01秒
- 8_
紺野はかごを問い詰めた。
「ガス爆発だそうですね、原因は。」
「そうらしいな。」
- 40 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時15分30秒
- 14_
「警察はまだ被害者の身元について公式発表していません。」
「・・・」
- 41 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時16分08秒
- 9_
「プロパンガスは都市ガスと違って空気より比重が重い。
ガスは床に溜まるから立っていると気が付きませんね。」
「それがどないしたんや?」
かごはあくまでも冷静である。
- 42 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時16分53秒
- 10_
「タバコを吸う人がいたら危険でしょうね。
待たされてイライラしてる人だったら、なおさら。」
「なにがいいたいねん?」
かごの目つきが凶悪さを増した。
「これは明らかに、犯罪ですよ。」
「うっ。」
かごの表情に狼狽の色が見て取れた。
- 43 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時17分51秒
- 15_
「認めますね。あなたが後藤さんを殺したことを。」
「ごっちんは・・・うちの大事なハムスターをイグアナに食べさしよったんや!」
「だからって・・・」
「許さへん!絶対許せへんのや!」
そういい残すと、かごは勢いよく楽屋の扉をあけて、廊下を駈けて行った。
- 44 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時18分37秒
- 16_
「かごさん・・・」
紺野は悲しすぎる結末に、果たして自分の取った行動は正しかったのかと自問した。
バタンとドアが閉まる音が空っぽの楽屋に大きく響く。
紺野はこの後どうするべきか判断がつかなかった。
ぽつんと一人残された紺野は急に寂しく、人恋しくなった。
「帰ろう・・・」
- 45 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時19分30秒
- いくら小説の中とはいえ、後藤を殺すのはやり過ぎだろう。
紺野は残りのシナリオに目を通した。
- 46 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時20分12秒
- 3_
こないだの件でお話があります。
あのことはまだ誰にも話していません。
でも・・・秘密って話したくなりませんか。
だって、私しか知らないんですよ。うふふ。
明日、私の家へきてください。
ご相談があります。
来なかったら?
それはあなたの想像におまかせします。
- 47 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時20分42秒
- 4_
証拠を残すわけにはいかない。
この文章を公衆電話から棒読みする。
必ず来るだろう。
弱みがあるんだ。
間違いない。
- 48 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時21分17秒
- 5_
我ながら絶妙のシナリオが描けた。
後は最後の仕上げに、ちょこっと手を加えるだけだ。
ちょこっと手を・・・
- 49 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時22分23秒
- 「ちょこっといってみますか・・・あれ?これ、順番おかしくありません?」
「ん?ほんまや!ちゃんと番号整理したってや、左上のやつ!」
「まったく・・・かごさんたら・・・」
整理が悪いんだから・・・という言葉を飲み込んで、もう一度1から16まで揃えて目を通す紺野であった。
- 50 名前:匡の中の失楽園 投稿日:2002年03月26日(火)00時24分59秒
おわり
- 51 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時47分43秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 52 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時48分20秒
- 火事の一報を聞いた辻は、加護の家へ急いでいた。
そして、現場で呆然としている加護を見つけた。
加護は、燃えていく自分の家をただじっと見つめていた。
「あ、あいぼん。だいじょうぶれすか?」
辻は加護の元へ走りより訊ねた。
しかし、加護はうつろな目をしたまま、ぶつぶつと呟いている。
「あいぼん?」
辻はもう一度よびかける。しかし加護は呟くのを辞めなかった。
「……ウチは死にたいねん。モーニング娘。がわるいねん。全部あいつらのせいやねん……」
「え?」
「……あいつら、ウチのことなんか分かってくれへんねん……」
- 53 名前:あいぼんを助けるのです 投稿日:2002年03月26日(火)09時50分22秒
辻はその台詞に驚いた。
確かに、メンバー内で加護が浮いていたのは事実である。
ハローモーニングでお助け娘に一度も選ばれず、安倍から、
あんた嫌われてるんだよ、といわれたときから、彼女は人間不信に陥っていた。
みんなが、自分のことを嫌っている。そう思っていた。自分に構って欲しい加護は、
それでも、明るく振舞ったり、いたずらをして、みんなの気を引こうとしていた。
しかし、それが逆効果となり、メンバーから疎遠にされるようになっていた。
最近では精神的に不安定な状態が続いていた。
そして憂鬱な表情を本番で見せたり、楽屋で急に泣いたりするようになっていた。
- 54 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時51分21秒
- 辻は彼女の不安定な気持ちがよく分かっていた。まだ幼い2人が先輩たちに嫌われずに、
厳しい芸能界の世界で生きていかなければいけない。辻も加護を何とかしてあげたかった。
でも自分も嫌われたくない。加護を嫌っている、年上のメンバーたちに嫌われないために、
辻は彼女のフォローをすることができなかった。
さらに新メンバーが入って、その相手をすることで、
加護と2人きりでいることも少なくなっていた。
でも、自分は嫌われないように頑張ってきた。加護もそうだと思っていた。
なのに、なぜ、加護は自分の家に火をつけたのだろうか。自殺するために……。
救急隊員が加護の元にやってくる。
少しだけ火傷を負っている加護はそのまま、救急車に載せられ、病院へと運ばれていった。
辻は呆然と、遠く離れていくサイレンの音を聞いていた。
- 55 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時51分57秒
メンバーたちが病院へ駆けつける。救急病棟は深夜でも眠らず、あわただしく動いている。
だれも、モーニング娘。のメンバーたちを気にする人はいない。
「たいしたことないんでしょ、別にこなくてもよかったね」
安倍が矢口に話し掛ける。
「あーあ、なんてことしてくれたんだよ。まったくいつもあいつは」
矢口も不機嫌そうに答えた。
そんな台詞を複雑な気持ちで辻は聞いていた。
メンバーたちは病室へと案内された。
「かなり、精神的なショックを受けてるようですので、あまり、刺激されないように」
主治医がメンバーたちに注意する。彼女たちは特に気にする様子もなく、病室へと入っていた。
- 56 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時52分36秒
加護はベッドに上半身を起こしていた。そして、表情は生気がなく、
どこをみているのかわからない、うつろな目は宙をさまよっていた。
「加護、どうしたの?」
安倍が話し掛ける。
すると、とつぜん加護の表情が変わる。憎悪を明らかにした表情で、大きな声をあげながら、
安倍につかみかかろうとした。
「きゃーっ!」
安倍の悲鳴が病室を切り裂く。加護の手がものすごい力で安倍の服を破った。
主治医は慌てて加護を押さえつけた。
「セレネース持ってきて!急いで!あと、精神科呼んで!」
主治医は暴れる加護を抑えながら看護婦に向かって叫んだ。
- 57 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時53分15秒
鎮静剤を打たれた加護はベッドで寝てしまっていた。
安倍はガクガクと振るえている。
「な、なんなのよぉ……」
「まあ、頭が変になっちゃったんだな。もともと変だったけどさ」
矢口が不機嫌そうな顔をしていった。
他のメンバーたちもいかにも不機嫌そうだった。
「なんなの、あれ?せっかく見舞いにきてやったのにさあ」
後藤と吉澤が病室のドアを蹴り飛ばす。
新メンバーたちは他人事のようにそれぞれ、別の話をしている。
辻はその姿をみて、腹が立っていた。しかし、彼女が火をつけた原因は
誰も知らない。自分しかしらないのだ。彼女はなにもいえなかった
消防と警察の合同捜査で、火事の原因は加護が自殺をしようとして、
自ら火をつけたと結論付けられた。ただ、年齢と心神耗弱のため不起訴となり、
精神病院へと入院することとなった。
事務所側はあらゆる手段をつかって、報道を抑えた。そして、加護の家が火事になり、
その精神的ショックでモーニング娘。を脱退するということに落ちついた。
- 58 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時53分51秒
次の日以降、メンバーたちは何事もなかったように仕事をはじめた。
仕事は相変わらずハード。いちいち、感傷に浸ってる暇はない。
「加護さんがいなくなってよかったよね」高橋が言う。
「うん。これで、私たちもユニットは入れるね」
新垣が嬉しそうに答える。
「タンポポに入るんだあ」
「私はミニモニ。まこっちゃんは?」
「保田さん早く脱退しないかなあ」
「みんな、いいなあ」
紺野がうらやましそうな顔をしている。
「あさ美ちゃんはいいじゃん。バラエティでキャラが立ってるんだから」
そんな話をしているのを辻は影で聞いていた。
「あ、辻さんが聞いてるよ」
「まずいまずい。仲良かったんもんね」
自分たちが作り上げたミニモニ、そして加護が泣きながら一生懸命
ダンスの練習をしていたタンポポ。自分がユニットに
入れなくて泣いていたとき、優しく慰めてくれた加護の姿を思い出す。
でも、ずっと頑張ってきた加護は、メンバー内の人間関係で悩んで、苦しんで、
ああいう風になってしまった。それなのに、いかにも嬉しそうにそんなことを言うなんて。
- 59 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時54分34秒
辻は、悔しかった。でもそれを言ってしまったら、新メンバーとの仲が悪くなる。
でも、新メンバーの中へはもう入っていけないと感じた。
自分の味方だった加護はもういない。どうしようもない孤独感が広がる。
辻は後ろで話しているシニアメンバーたちの方の会話に参加しようとした。
「ったく、やっぱあたまがおかしかったんだよね」
安倍が呟く。
「あんなやつとよく2年も仕事したよなあ」
矢口が答える。
「ほら、家庭環境も複雑だしさ。まあ、ちょっとかわいそうだね」
保田が少しだけフォローを入れた。
「はあ?かわいそうなのはなっちだよ。お気に入りの洋服破られたんだよ、信じらんないべ」
それを聞いて安倍は思いっきり不機嫌そうな表情をした。
辻は今まで一緒に働いていたメンバーをそういう風に言うのが信じられなかった。
しかも、みんな自分より先輩の社会人である。
ひどい、みんな自分のことしか考えてない。加護の気持ちを考えることはいけないの?
そう自問していた。
- 60 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時55分11秒
辻は思い切ってみんなに訪ねてみた。。
「みんな、あいぼんのお見舞いはいかないのれすか?」
しかし、誰一人行こうと言うメンバーはいなかった。
「なんで?自分で火をつけたんでしょ?自業自得じゃん」
吉澤が吐き捨てるように言った。
「まあ、精神病院なんて行きたくないし」
石川も同意する。
もう、加護とは会いたくもないといった感じであった。
2人は同期なのに……。なんで?辻はそんな気持ちで一杯だった。
「まあ、行く必要もないでしょ。みんな忙しいんだし」
飯田のその台詞に辻を除くメンバーたちは頷いた。
辻は誰とも話す相手がいなくなった。新メンバーに入ろうにも、
向こうが壁を作っている感じがする。同期の吉澤、石川も後藤を含めた3人で行動する。
シニアチームには入れてももらえなかった。
- 61 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時55分53秒
だれも、加護のことを考えてくれない。きっとメンバーたちは私のことも
考えてくれていないだろう。現実に独りぼっちになってしまった。
辻は寂しさのあまり、加護に会いたくなった。
そして、独りで加護のお見舞いに行く決心をした。
こっそりと加護の入院している精神病院に向かう。
受付けの看護婦によると、鉄格子とカギのかかった
閉鎖病棟というところに入院しているということだった。
なんとか、看護婦にお願いして中に入れてもらうことができた。
ガチャッと大きな音を立てて、鉄の扉が開く。
薄暗い建物の内部が目の前に広がる。
看護婦と辻が中に入ると、そこには、目がうつろで、半分よだれをたらしながら
病棟内をうろうろしている患者たちが目に入った。風呂に入っていない人たちの集団
独特のすえた匂いが鼻をつく。患者たちは見知らぬ訪問者に異常な目つきで好奇の視線を向けた。
辻は異様なその雰囲気に恐怖を覚えながらも、平然と前を行く看護婦のそばを離れないように
付いていった。
- 62 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時56分45秒
「いま、精神的に安定してないから、ココから除くだけね」
看護婦はそういうと、鉄格子のかかった除き窓を指差した。
そこには、カギのかかった部屋で、うつろな目をしたまま、
ベッドに座っている加護の姿があった。
いっしょに働いていたときの、明るくて元気な姿はどこにもない。
そこには、先ほどみた患者たちと同じような加護の姿だけがあった。
「うそ……」
辻は呟いた。目から涙がとめどなく流れていくのが分かった。
なぜ?なぜ加護が? 悲しい。悲しすぎる。
こんな風になるためにモーニング娘。に入ったのだろうか。
- 63 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時57分19秒
辻が呆然と加護の姿を見ていると、辻に気付いた加護は、
猛然と扉の方へと突進した。
まるで、敵を見つけた戦士のように、大きな叫び声をあげながら。
扉の衝撃で辻はふらふらと後ろへと飛ばされた。
看護婦があわてて、辻をささえる。
「もう、これ以上は刺激させちゃうから」
看護婦はそういうと、辻を病棟の外へと送り出した。
- 64 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時57分57秒
辻は呆然としたまま家路についていた。
加護が、精神病になってしまった。
しかも、私の姿をみて、敵意を剥き出しにして襲おうとした。
大きな衝撃とともに、深い悲しみが辻の胸を去来した。
加護は言っていた。メンバーたちが悪いんだって。
誰も人のことを考えない。自分のことだけ。でも、それは芸能界では当たり前だと
思っていた。私も同じだった。
でも、加護をこんな風にすることが許されるのか? 辻はわなわなと、手を震わせていた。
そして加護がいなくなったいま、当然のように自分のその後のポジションの話、
そして加護の悪口を言う。誰もお見舞いに行こうともしない。
メンバーたちへの心無い行動の一つ一つが許せない。そう思っていた。
辻はメンバーたちに不信感を抱き始めた。いや、彼女も加護と同様に以前から、
持っていたのだが、幼いメンバーがオトナと接するための処世術として、
自然とその不信感を打ち消すように努力していたのかも知れない。
- 65 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)09時59分46秒
加護の脱退以後、メンバーたちの輪に入れずにいた辻は、これで、
さらに距離を置くようになった。それが、本番でも現れるようになる。
テレビの収録中にメンバーたちと手をつないだりすることはなくなり、
ハロモニで突っ込まれても明るい表情でそれを返すことも出来なくなっていた。
ただ、寂しげな微笑みで返すだけだった。
メンバーたちも辻の状態の変化に気付き、いつしか、テレビでも楽屋でも
辻を放置するようになっていた。それが、ますます辻に不信感と嫌悪感を抱かせていった。
「ねえ、のの?最近どうしたの」
石川は辻の変化を気にしていた。
「ううん、なんでもないれす」
辻はメンバーへの不信感を口に出しては言う気にならなかった。
「そんなこと言ったって、最近変だよ。ほら、同期なんだから。私が一番年上なんだし、
頼って欲しいな。あいぼんがいなくなって寂しいのはわかるけど」
- 66 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時00分17秒
- 石川の台詞が辻には嬉しかった。彼女もみんなと仲良くやりたいんだ。
石川に言って、シニアチームの人たちにそれとなく行ってもらえれば、
少しは雰囲気も変わるかもしれない。ささやかな希望だった。
辻は石川にメンバーたちへの不信感を話した。石川は少し驚きながらも
その話を頷きながら聞いていた。
辻はこれで、メンバーたちと少しは仲良くやっていけるのではないかと思っていた。
しかし、その希望ははかなく散った。
次の日以降、辻がメンバーの輪の中に入ることは、全く出来なくなった。
石川はシニアチームに辻の話をすべて話してしまっていた。
元来、彼女はメンバーに嫌われることを極端に恐れていた。
そのため、シニアチームの機嫌をとりながら話したため、中途半端な説明となり、
辻がいかにも悪者というような話になってしまった。それが、シニアチームの
逆鱗に触れていた。矢口、安倍を筆頭に辻に辛く当たる。
お菓子がない、お弁当がない。衣装がない。
小さな失敗を誰も助けてはくれなかった。
辻はマネージャーから怒られる日々が続いた。
本番でも辻は全く放置されるようになっていた。そしてそれを誰もフォローしてくれなかった。
- 67 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時01分01秒
陰湿な虐めは続いた。辻はもう絶えれなかった。
とうとう、本番前の楽屋で石川に向かって叫んでしまった。
「梨華ちゃん、一体なんていったの!」
「いや、ちゃんといったつもりなんだけど……」
石川は辻に視線を合わせずに、口篭もりながら答える。
辻はそんな石川の様子が腹ただしかった。
「いつもそうだ。口ばっかり調子いいこといって。じぶんが傷つきたくないだけじゃん!」
「のの?」
「あいぼんだって、梨華ちゃんに相談してたじゃんか! でも結局はあいぼんだけが傷ついて
あんなふうになっちゃったんだ!」
辻は涙ながらにそう叫んだ。
- 68 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時01分46秒
- その瞬間、辻の頬に衝撃が伝わった。彼女はロッカーの方へと吹き飛んだ。
吉澤が、思いっきり、辻を殴ったのである。
辻はロッカーの前で頬を抑えながら吉澤を睨む。誰も辻に駆け寄ろうともしない。
「あんたねえ、さっきから聞いてりゃ何様のつもり?梨華ちゃんに謝りなよ!」
吉澤が怒りをあらわにしながら辻に言った。
「加護の件は、あいつが頭がおかしくなっただけなんだよ」
矢口も相槌を打つ。
「加護もあんたも同じようなもんだからね。まったく、この2人はいつも悩みの種なんだよ」
飯田がため息をつきながら言った。心無い言葉が辻の胸を突き刺していく。
- 69 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時02分22秒
「でも、でも、みんな、だれひとりメンバーのことを考えないって変れすよ!」
辻は頬に走る痛みに耐えながら、思い切って反論した。
「はあ?みんなはみんなで普通にやってるよ。あんたが嫌われてるからって
変なこといわないでよ」吉澤はいらいらしたように答えた。
「私たちのせいで加護がああなったっていうなら、あんたも同罪だよ!」
安倍と矢口は声をそろえて言った。
辻は何もいえなかった。確かに同罪である。それはわかっていた。
でも、自分の気持ちは溢れるほどに出てきている。ただ、それを言葉にすることが出来ない。多分、口では他のメンバーにかなうわけもない。もどかしかった。悔しかった。
ここで、加護がいたなら、自分の助けてくれていたかもしれない。
加護がメンバーから孤立して、独り寂しく悩んでいたことが分かった気がした。
そして自分が加護をフォローできなかったことを後悔した。
辻はその場にいられなくなり、楽屋を飛び出した。
- 70 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時03分00秒
辻はもう仕事にいけなかった。その後、家から数日間は一歩も出なかった。
親は事務所からの電話に謝っている。一体モーニング娘。をこれから、
どうしたら良いんだろう、そればかりを考えていた。
しかし、そのことを考える必要はすぐになくなった。
「脱退れすか?」辻が驚いたようにマネージャーに尋ねた。
「そう、仕事にもアナをあけたしね。まあ、メンバーたちも脱退したほうがいいって
判断したし」
事務所に呼び出された辻は、マネージャーからそう告げられた。
「まあ、あんたはいらないってこと」とおりがかった安倍がそう吐き捨てるようにいった。
「ミニモニは心配しないでいいよ。3人で充分。新垣もいい仕事してるしね」
一緒にいる矢口は笑いながらいった。
「辻加護がいなくなって、リーダーの仕事も楽になるよ。」
飯田は嬉しそうな表情で辻に言った。
- 71 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時03分32秒
辻は彼女たちを見ることが出来なかった。悔しい、そして、
メンバーの誰もが自分を必要としてくれなかったことがショックだった。
「というわけで、もう、こなくていいから」
マネージャーはそういうと追い出すように辻を送り出した。
「辻さんが辞めてもユニットに空きがでないしねえ」
「まあ、人気もないし、やめてもいいんじゃない」
背中越しに、新メンバーたちのせせら笑う声が聞こえる。
辻は悔しさと悲しさで気がおかしくなりそうだった。
そして、そのままふらふらと歩き出した。
- 72 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時04分07秒
- 辻はふと気が付くと、加護の入院している精神病院の前に来ていた。
加護に会いたい、そう思った。そして、モーニング娘。を辞めた今、
許してくれるかはわからないが、加護に素直な気持ちで謝りたい。
受付けで聞くと、どうやら、加護は閉鎖病棟から開放型病棟に移ったらしい。
看護婦の案内で、加護の病室に入る。そこは普通の病院と変わらない部屋だった。
少しだけホッとして加護を見る。そこにいた加護は前と同じようにうつろな目をしていた。
そして、何も言わず黙って宙をみつめていた。
- 73 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時04分46秒
「あ、あいぼん?」
辻は恐る恐る声を掛けてみる。しかし、全く反応がなかった。
加護の目は開いてはいたが、そこに自分が映っている気がしなかった。
「お薬がね、効いてるから、あんまり反応ないでしょ。でもね、あれからずっとこんな感じなの。こっちきてから全くしゃべらないの」
看護婦が少しだけ悲しそうな顔をする。
「そうなんれすか」
「じゃあ、なにかあったら、ナースコールで呼んでね」
そういうと看護婦は詰所へ戻っていった。
- 74 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時05分24秒
「あいぼん……」
辻は思いのたけを語り始める
「ごめんね、あいぼんの気持ち分かって上げれなかったれす。ゆるしてくらさい」
そういいながら加護の手を握る。少し冷たい手からは何の反応もなかった。
辻は自分の映っていない加護の瞳を見つめながら、いままでの経過を説明した。
メンバーたちが自分のことしか考えていないこと。加護の話をしても、
だれも取り合ってくれないこと。メンバーたちに意見をしたら、
辻自身が孤立して、嫌がらせをうけたこと。
そして、とうとう脱退させられてしまったこと。
辻は話しながらポロポロと涙をこぼしていた。涙の雫が加護の手に落ちる。
それでも加護からは何の反応もなかった。
- 75 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時06分02秒
「なんで、モーニング娘。に入ったんれすかね。こんな風になるためなのかなぁ」
辻は答えを求めるように加護に訊ねた。なにも反応がないとは分かっていた。
でも聞かずには入れなかった。
夢と希望に満ちてモーニング娘。に一緒に入った。
それぞれ、目標をもって頑張ってきた。
そして2人で仲良く、辛いとき支えあってきた。
でも、加護がこんな風になってしまった。モーニング娘。全員のせいなんだ。
そして、それは自分も同罪なんだ。彼女たちを責めることは私には出来ないのかもしれない。悲しかった。そして寂しかった。やるせなさと強烈な孤独感が辻を包んだ。
「あいぼん……、ごめんね、許して……。
帰ってきてよぉ……、辛いよぉ、寂しいれすよぉ……」
辻は自分の心の想いを搾り出すように話した。加護の手に顔をうずめて。
自分の心が加護に伝わるようにと。
しかし加護は何の反応もなく、ただ、うつろな視線を宙にさまよわせるだけだった。
- 76 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時07分05秒
辻は何もする気が起こらなくなっていた。友達だった加護はあんなふうになっている。
ただ、漫然とした日々が続く。テレビをつければ、自分と加護のいないモーニング娘。たちの
笑顔が溢れている。悔しい、そして寂しい。自分は一体これからどうすればいいのか
分からなかった。
とりあえず、辻は高校へ進学しようとした。しかし、元来学力のない、そして、
モーニング娘。で学校にもいけなかった彼女が高校に受かるはずもなかった。
外へ出れば、有名人である彼女は、一般人からの好奇の視線にさらされた。
さらに脱退の理由が明らかになっていないままだったため、
いろいろな悪い噂がたっていた。そのため、心無い言葉をぶつける一般人が彼女の心を
傷つけた。いつしか彼女は一歩も外にでれなくなってしまっていた。
それは対人恐怖症のようなものであった。
何もしない、ただ生きていくだけの日々が続く。やるせなさと後悔、そして自責の念が
辻の心を支配していた。もう、この先の人生どうなるんだろう。
辻は部屋の中で毎日泣きながら過ごしていた。
- 77 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時07分53秒
もう、死にたい。そう思ったときだった。辻は加護のことを思い出した。
そう、彼女も死を決意して家に火をつけたのだった。そして、そのまま、彼女は
精神病になってしまった。心が死んだのと同じなんだ。
辻は、もう一度、加護に謝りたい。許してもらえなくてもいい。
自分の想いを加護に伝えたい。大切な親友だった。忙しくても充実した日々だった。
もう一度あの頃に戻りたかった。そして、そのようにしたのは自分のせいなんだ。
その強い想いが彼女を初めて家の外へと連れ出した。
辻は意を決して、精神病院へと向かった。しかし、そこには加護の姿はなかった。
看護婦によるとすでに退院して、奈良の実家に帰っているとのことだった。
しかし、彼女の加護に会いたいという願いは切実なものだった。
辻はそのまま、奈良へと向かった。
- 78 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時08分38秒
やっとのことで、加護の家に着く。
彼女の母親は、辻に色々大変だったねと優しい言葉を掛けてくれた。
そして、加護が相変わらずなにも話さず、一日中閉じこもったままだということを聞いた。
辻は彼女の母親に頼み込んで加護の部屋へと入れてもらった。
そこには、前に病棟で見た姿と変わらない加護の姿があった。
辻は自分のせいなんだと思った。私が彼女をフォローして上げれなかったからだ。
そして、自分もいま同じ立場にいる。いまならきっと分かり合える気がした。
「あいぼん、わたしもね、もう外に出るのが怖くて怖くて大変だったんれすよ。でも、今日はどうしてもあいぼんに会いたかったんれす」
そういって加護の手を握る。しかし、前と同じようにその冷たい手は何の反応もなかった。
辻は寂しげな微笑を加護に向ける。
- 79 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時09分19秒
「高校にも行けないしね、外に出ればみんな、嫌なことばかり言うし。
もう、普通の仕事はできないれすよ。もう人生は終っちゃったみたい。
悲しいよね。まだ14,5歳れすよ。何のためにモーニング娘。にはいったんれすかね……」
そう呟きながら加護を見る。しかし、彼女の瞳には辻のすがたは映っていないようだった。
自分のせいなんだ、加護をこんな風にさせたのは。悲しい気持ちと後悔が胸を去来する。
「メンバーのみんなも、のののこと、いらないって言ったのれす。もう、私の居場所なんてふどこにもないんれすね……。あのときのあいぼんも同じだったんれすね……」
辻はうるうると涙を滲ませる。加護の顔がみえなくなっていく。
加護の反応はなく、それが辻の気持ちを重くさせる。
「ごめんね、あいぼん。もっとはやくに気付いていればよかったよね」
そういって辻は鞄の中から1本の包丁を取り出した。
- 80 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時10分36秒
「あいぼんをこんな風にしたのは私だよね。ほんとにごめんね。
私もやっとあいぼんの気持ちがわかったのれす。もう、生きていても仕方がないれす。」
ポタポタと辻の涙が加護の手に落ちる。
しばらくして、辻はふうっとため息をつくと、右手に持った包丁を
自分の胸に突き立てた。
「うぐっ……」
辻は嗚咽を上げた。シャツが見る見る赤く染まっていく。
「ぐふっ……」
辻は苦悶しながら、加護の横に倒れた。
「あ、あいぼん……、く、くるしいよぉ……、
で、でも、あいぼんはもっと……、苦しかったんれすよね……」
そう、もだえながら加護をみた。
ふっと、加護の目に生気が戻った気がした。
「のの……」
加護はあれから、初めての言葉を発した。
- 81 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時11分12秒
「あ、あいぼん……」
「ののは……、悪く……、ないねん……、他の……、メンバーが悪いねん……」
加護はたどたどしく言葉を発した。
「やっと……、しゃべって……、くれたね……、うくっ…」
辻は痛みと苦しさのあまりにベットの上でもがきながらも、
加護と話せたためか、表情が少し和らぐ。
しかし、胸の赤い染みはどんどん広がっていった。
「あ、あいぼん……、もう、おそかったれすね……。早く……、楽にしてくらさい……」
苦しそうに加護を見つめる。
- 82 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時11分45秒
加護はゆっくりと、辻の胸に刺さっている包丁を抜くと
辻の首筋にそれを当てた。
加護の目にも涙が溜まっていた。
辻はそれをみて、嬉しそうな表情をした。
「あいぼんは、ののの……、友達だよ……」
そういって辻はゆっくりと目を閉じた。
加護はそれを聞いた後、小さくうなずいた。
そして、ふるえる手に力をいれ、辻の首を深く、切り裂いた。
血しぶきが天井まで上がる。そして、辻はそのまま息絶えた。
その表情は安らかなものだった。
加護の目からは大粒の涙がこぼれていた。
- 83 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時12分48秒
辻の血で真っ赤に染まった部屋で加護はじっと辻の亡骸を見つめていた。
しばらくすると、加護は辻の指にはまっていたおもちゃの指輪を
はずし、自分の指にはめた。
そして、床に溜まった辻の血を手ですくい、ゆっくりと口へと運んだ。
加護は、自分の指に付けた、辻の指輪をじっと見つめながら、
それをコクリと飲み干す。まるで辻の想いを飲み込むかのように。
- 84 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時13分21秒
加護の母親が、部屋の異変に驚き、床にへたり込んでいたとき、加護は返り血を洗い、
洋服を着替えて、すでに東京へと向かっていた。
鞄の中には辻が自ら胸を刺した包丁が入っていた。
加護が東京に着いたときには既に夜も遅くなっていた。
メンバーたちはその頃、事務所の1室で、遅めの夕食を取っていた。
この後もまだまだ打ち合わせが続く予定だった。
中学生メンバーたちは眠そうな顔をしている。
「ったく、話が長いんだよね」
矢口が不機嫌そうに呟いたそのときだった。
急に部屋のドアが開いた。
- 85 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時14分07秒
そこには悲しげな表情をした加護が立っていた。
「あいぼん?」石川がそれに気付く。
「どうしたの?こんな夜遅くに。だいたい、加護が来るところじゃないんだよ」
吉澤がそう言った。
しかし、加護は悲しげな表情を変えないままその場に立っていた
「どうしたの?もう良くなったの?」
そういって石川が加護の前に立った。加護は石川の胸に抱かれるように近づいた。
しばらくそのままの体勢で2人は抱き合っていた。
「おいおい、感動のご対面ってやつかい?」
あまりにも時間が長いので矢口がそういいながら、抱き合ってる2人に近づいた。
矢口は石川の様子がおかしいのに気付いた。石川の顔が真っ青で、唇は紫色だった。
ふと下をみると、石川の足元に小さな血溜まりが出来ている。
矢口が驚いて声をあげようとしたその瞬間、
加護は石川の腹に突き立てていた包丁を抜き、素早く、矢口の胸を刺した。
石川はゴロンと床に倒れる。見る見るうちに石川の周りに赤い血が溜まっていく。
矢口はそのまま、声をあげるまもなく倒れた。
- 86 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時14分47秒
部屋の中で大きな悲鳴があがる。
周りのメンバーたちも恐怖で一歩も動けない。
加護の目は安倍に向いていた。それはうつろな目ではなく、
まるで獲物を狙う狼のような目だった。安倍はそれに気付く。
「な、なっちはなにもしてないべ?か、加護?なんで?」
震えながら加護に話し掛ける。安倍の脳裏に、火事の日に病院で加護につかみかかられたときの恐怖がよみがえる。
加護は少しだけ微笑むと、そのまま、包丁を安倍の首にむけて突き刺した。
真っ赤な血しぶきが吹き上がる。他のメンバーたちにその血がふりかかる。
はっと我に返った、後藤、吉澤、保田の3人は、加護を取り押さえようとする。
加護は素早く包丁を振り回し、部屋の外へと出た。
3人は安倍の返り血を浴びたまま、それを追いかけるように、部屋を出る。
飯田はただ泣きながら、それを眺めている。新メンバーも呆然としているだけであった。
部屋には既に息をしていない3人の体が血の海の中に倒れていた。
- 87 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時15分17秒
吉澤と後藤と保田は部屋の外にでると、急に足をとられ、次々と床に転倒した。
床が濡れている。後藤は石油の匂いに気付く。
「なに?灯油?」
3人がまずいと思った瞬間、事務所の出口の扉のところで、
加護が悲しげな笑みを浮かべながら、マッチに火をつけようとした。
「や、やめろ!」
吉澤が叫ぶ。
しかし、加護は表情を変えずに、マッチに火をつけた。
「か、加護?なんで?」保田は加護に訊ねた。
3人を大きな恐怖が襲う。慌てて、逃げようと立ち上がろうとする。
加護は表情を変えないまま、火のついたマッチを投げ込んだ。
大きな音がして、一面があっというまに、火の海になる。
- 88 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時15分50秒
「み、みんな、早く逃げろ!」
保田はそう叫ぶと火だるまになりながら、元の部屋にいる5人に向かって叫ぶ。
「圭ちゃん?」
飯田は一瞬なにが怒ったか分からなかった。焦げ臭い匂いが部屋に充満する。
5人は慌てて外に出ようとした。
しかし目の前には猛然と燃え盛る炎があった。先へ進むことは出きなかった。
もう、何もできない。強烈な熱さが5人を包んだ。
新メンバーたちと飯田は、燃えていく3人をみながら、目を閉じた。
炎が彼女たちを飲み込むのに時間はかからなかった。
- 89 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時16分45秒
- 加護は返り血で真っ赤に染まった体のまま、包丁を握り締めて、
燃えていくビルを眺めていた。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
駆けつけた警察が加護を取り囲む。返り血を浴びた加護は
抵抗する様子もなく、そのまま手錠をかけられた。
警官たちが加護を連れて行く。
「のの、ウチも友達やで」
手にはめた指輪にそうささやきかけると、加護は前と同じように、
生気のないうつろな目をして、その後、一言も話さなくなった。
- 90 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時18分30秒
「はい、ここが閉鎖病棟です」
白衣をきた初老の医師が医学生らしい集団に病棟の説明をしていた。
「この人は、三人殺してます。精神分裂病の妄想型で、
きっと幻覚でもみたんでしょうかね。もう20年ココにいますね」
患者の説明と、病気に関する説明が続く。医学生たちは熱心にノートを取っていた。
「ちなみにこの女性は12人も殺してます。ウチの病院で一番沢山の人を殺した患者さんです」
医師はそういって、小柄な女性を指差す。
医学生たちは驚く。
「こ、こんなきれいな女性が?」
「ええ、まあずいぶん昔のアイドルだったそうなんですけどね」
医師は笑いながら言った。
- 91 名前:心の闇 投稿日:2002年03月26日(火)10時19分25秒
「治るんですか?」
「いや、無理でしょうね。分裂病の破瓜型だと思うんですけどね」
「どうして、アイドルだった人が、そんなに沢山の……」
医学生たちは不思議そうな顔をして医師に訊ねた。
「この患者さん、何も話しませんしね。
心の中までは、精神科医でもわかりません。誰にも分からないんです」
医師はそう答えた。医学生たちは複雑な顔をしてその女性を見つめた。
そこには、古ぼけたおもちゃの指輪をじっと見つめている加護の姿があった。
終わり
- 92 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時08分54秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 93 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時09分27秒
- 青年は燃えさかる炎の中で何度も自問を繰り返していた。
自分の愛は本物だった。それは今でも自信を持って言える。
それなのに……。
一体どこで間違えてしまったのだろう。
青年は答えの出ない問いをいつまでも繰り返していた。
その身をじりじりと焼き焦がしながら。
- 94 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時10分40秒
- 出会いのきっかけは些細なものだった。
コンビニで買い物をした加護は、財布の中に思っていただけのコインを
見つけることができずに冷や汗をかいた。
慌てて商品を元に戻そうとする加護の後ろから、そっとお金を差し出した青年。
その顔には純朴そうな穏やかな笑みが浮かんでいた。
柔らかな態度でありながら、差し出した手を引っ込めようとしない青年に、
加護はありがたくその好意を受け取ることにした。
コンビニを出た後、礼を言う加護に名前も告げずに立ち去った青年。
同じコンビニでたまたまレジの前後に並んだのは、それから三日後の事だった。
- 95 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時11分13秒
- 人気の無い公園で、温かい缶コーヒーを飲みながら、二人はおしゃべりをした。
大きな体を窮屈そうに縮め、眼鏡の奥の目を照れくさそうに細めながら、青年は自分の事を語った。
昨年の春から東京の大学に通っている事。
安いアパートで一人暮らしをしている事。
加護と同じ関西出身だという事。
しかし、その口調から訛りはすっかり取れていた。
東京に出てきて、もうずいぶんになる加護はいまだに訛りが抜けきらないというのに。
流行から縁遠く見える青年は、テレビすらめったに観ることが無いらしく、
名前を名乗った加護を人気アイドルと結びつけるような事は無いようだった。
- 96 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時11分51秒
- それから二人は同じ公園で時たま出会うようになった。
同じように缶コーヒーを飲み、同じようにただおしゃべりをする。
加護にとって、それはひどくほっとするひとときだった。
こうして二人で座っていると、もしかしたらカップルに見えたりするのだろうか。
そう考えて苦笑する。
馬鹿馬鹿しい。そんなことあるはずが無い。
だいいち歳が離れすぎている。
それに……この感情は恋というには淡すぎる。
まるで幼い頃の甘酸っぱい思い出のように。
だが……。
『加護さん』と青年は加護を呼んだ。
最近そう呼ぶ人は少ない。
青年は少し照れくさそうにしながら、加護の名を呼んだ。
まるできちんとした一人の女性と接するように……。
- 97 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時12分33秒
- ある日、いつものように公園でのおしゃべりを楽しんでいると、急な土砂降りにあった。
季節はずれの冷たい雨は、二人の体温を急速に奪った。
青年の家はここから少し遠い。
加護は雨宿りのつもりで、青年を家に招き入れる事にした。
家には電気がついていなかった。
今日は仕事が早く終わるって言ってたのに、まだ帰っていないのか。
そう思いながら、余り気にすることなく青年にタオルを渡す。
最近使う事のなくなっていた石油ストーブに火をつけた。
まだ、倉庫にしまっていなくて良かった。
鼻をつく灯油の匂いをかぎながら、ぼんやりとそう思う。
- 98 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時13分04秒
- 後ろに気配を感じて振り返った。
タオルを頭からかぶった青年が立っていた。
いつもの純朴そうな顔ではなく、こわばった顔で。
曇った眼鏡の所為でその表情は分かりづらい。
濡れた服を脱いだ青年の上半身は、思いのほかたくましいものだった。
加護は自分の体をかき抱いた。
青年が何を見ているか気が付いたから。
雨に濡れ、貼り付いた白いブラウスから透けた自分の肌。
- 99 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時13分36秒
不意に抱きすくめられた。
思いもよらぬその行動に、息が止まる。
油断していた。
この年齢差だ。
まさかそういう対象として見られているとは思わなかった。
「イヤ!」
振りほどこうとするが、男の力の前では非力さを痛感するしかない。
小柄な体は男の腕の中にすっぽりと収まっていた。
先ほどまで冷え切っていた男の体は、興奮からか薄く汗を浮かべていた。
首筋に息遣いを感じた。それは燃えるように熱く、獣のように激しかった。
身の危険を感じ、伸ばした手に掴んだものを思い切りたたきつけた。
- 100 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時14分12秒
- 「ぐ!」
喉の奥から絞り出したような声が聞こえ、男の力が緩む。
力任せに突き飛ばすと、ガラガラガチャンと大きな音が響いた。
それが精一杯だった。体がすくみ、逃げ出す事もできない。
うずくまったまま、がくがくと震える。
青年が再び襲い掛かってくる様子は無かった。
しばらくそのままじっとしていた。
うつむいたままの顔に熱を感じた。
ぼんやりと頭を上げる。
青年が倒れた時、石油ストーブを一緒に倒していたらしい。
買い置きして残ったままだった灯油缶からこぼれた油が、畳の上をちろちろと
火の舌で舐めるように広がった。
- 101 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時14分50秒
- それはひどく現実感の無い光景だった。
加護はゆっくりと自分の手と青年の顔を見比べた。
真っ赤に染まった自分の手と、首からはさみの突き出した青年の顔を。
青年の目は、いつもの純朴な光を取り戻していた。
その目がゆっくりと瞬いた。
震える口が声にならない言葉をこぼす。
『はやくにげて』
もともと古い木造住宅だった。
火はもう手がつけられないほど広がっていた。
加護はゆっくりと立ち上がった。
青年はひどく寂しい顔で笑った。
『ごめん』
炎の向こうで、口がそう動いたように見えた。
- 102 名前:モユルオモヒ…… 投稿日:2002年03月26日(火)19時15分38秒
- 少女は燃え盛る炎を見つめていた。
自分の住んでいた家が焼け落ちてゆくのを、呆然と見つめていた。
テレビの中では見る事のできない、うつろな顔をして。
少女の後ろに人影が立った。
ゆっくりと振り返る。
「おばあちゃん……家が……家が……」
「ああ……」
少女は不審そうに目を細め、次に息を呑んだ。
祖母の手が赤く染まっているのを目にして。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
加護はいまだに抜けきらない関西弁で、ゆっくりと孫にそう言った。
── 終
- 103 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時54分42秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 104 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時55分20秒
- 矢口は先ほど中澤がぼそりとつぶやいた言葉を頭の中で反芻していた。
(ま、犯人はウチやねんけどな・・・)
その目は燃え盛る画面上の加護の家を凝視している。
「ゆ、ゆうちゃん・・・ま、まさか加護の家に放火・・・?」
唇を歪めて目を細める中澤に矢口は確信した。
(やっている・・・こいつはやっている・・・)
しかし、なぜ?
なぜ、中澤が加護の家に放火する必要がある?
聞いていいものかどうか逡巡しているうち、
当の中澤が待ちきれないとばかりに口を開いた。
- 105 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時57分08秒
- 「何でや思うてんねやろ?」
「ゆうちゃん・・・」
「ポイントは二つ、なんでや?そしてどないしてや?頭の体操や。考えてみ。」
矢口は訝しんだ。
今日の中澤は饒舌に過ぎる。
いつもはこんなに喋る人じゃないのに・・・
「ちゅうても、いきなりじゃ難しいわな。」
相変わらず画面上で加護の家が燃え盛る様子を横目で眺めながら、
けだるそうにまた、ぼそりとつぶやいた。
「ええか、事件の背景は一に怨恨、二に金や。この場合、怨恨はない。
となれば金や。な、矢口どうや、どこに金が絡んどんねん?」
- 106 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時57分40秒
- あまり気乗りはしないが、応えないのもなんだか白々しい。
相変わらずTVの画面では加護の家が炎を噴出して燃えている。
「火災保険、入ってれば保険金が出るね。」
思いつきで口から出た。
そういえば火災保険会社を英語でMarineと呼ぶことを思い出した。
(あぁあ。こんなときに不謹慎だよねぇ・・・矢口マリンが請け負ってたら経営破綻だな。)
「おぅ、冴えとるやないか。」
「保険金目当てなの?」
「誰もそうとは言うてへんがな。」
どっちなんだよ・・・と問い詰めたい気持ちを抑えて中澤を睨む。
焦るなと言わんばかりに目で制す中澤。
- 107 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時58分19秒
- 「今回の場合、それは関係あれへん。加護はああ見えて、そこらのサラリーマンより
よっぽど稼ぎはええからな。」
それなら何なんだという文句が喉まで出かかったところで、中澤が口を開いた。
「あの加護の家の前の道なぁ、いわゆる危険ポイントいうて、あの界隈じゃ有名やねん。」
「んん?」
さすがに頭の回転が速い矢口といえど、急に話題が変わったことに戸惑いを隠し切れない。
「せっまい道やねんけどな。筋向こうの国道がよう混みよんねん。
そいでな、トラックがビュンビュン走りよるわけや、これがスピードも落とさんと。」
「ふぅん、それで。」
「悪いことにこれが通学路になっとるんやな。」
「危ないじゃん。」
「そうや。加護も実際、何度か危ない目におうとる。」
(なるほど・・・)
淡々と語る中澤の言わんとしている内容が判りかけて、矢口はたまらず口を挟んだ。
- 108 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時58分44秒
- 「で、市だか県だか知らないけど、道を拡張しようとしていると。」
「察しがええな。さすが矢口や。で、周りの家はあらかた立ち退きに同意しとる。」
「残るは加護ちゃんちだけ・・・加護ちゃんとしては学校の友達の手前、非常に体裁が悪いと・・・」
話が佳境に入ってきたところで、矢口もようやく背景が見えてきたような気がした。
中澤はグラスのビールをぐぃっと飲み干すと、矢口にお代わりを催促する。
「ほんま、このエビスビールっちゅうんは、うまいのう。」
「圭ちゃんもおんなじこと言ってた。」
「げっ、しもた。」
「なぁんでよ、ゆうちゃん。ったく、酔っ払い同士で対抗してどうすんのよ。」
「まぁ、ええわ・・・でな。」
矢口が手渡したグラスからは溢れ出んばかりに白い泡が膨らんでいる。
中澤は尚も恨めしそうにグラスをかざし、黄金色に輝くその中身に一瞥をくれると、
一気に飲み干した。
- 109 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時59分14秒
- 「ぷはぁっ。うまいっ!」
「はいはい。それで。」
今や矢口も先が気になって仕方がない。
「で、あそこは加護のお婆ちゃんの家やねんけどな、まぁそこはそれ、向こうにも事情が
あるわ。加護が何か言える雰囲気ではないわな。」
「はぁん。居候の辛いとこだね。」
「悪いことに、先月になって小学生が加護の家の直ぐ近くで事故にあった。」
「うん・・・」
「幸い小さな怪我で事なきを得たが、加護の胸中は複雑や。」
「立ち退かない加護の家のせい・・・じゃないんだけどね。」
「優しい子やからな・・・」
中澤はひとりごちて、再びTV画面に目をやった。
加護の家の前から絶叫するレポーターの姿に眉を顰める。
- 110 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)19時59分41秒
- 「花火・・・花火工場行ったな・・・あれは辻やったっけ?」
「なっちと圭ちゃんと辻だね。モータイのロケだ。」
既に画面の中の加護の家は鎮火しており、TV局の中継車両が投げかける照明に
黒煙の燻る様子だけが映し出される。
矢口には、それを見つめる中澤の瞳が心なしか虚ろに見えた。
「花火の材料でな、黄リンっちゅうのがあってな。」
「うん・・・」
また話が跳んだ。
多分、火事に関係のある話だ。
「人魂の正体がリンの発光やっちゅうのは知っとるか、矢口?」
「うん?聞いたことあるような・・・」
「黄リンっちゅうのはな、空気中で自然発火すんねん。」
何が言いたいのだろう?
いよいよ核心に近づいてきたような気はするが。
- 111 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)20時00分08秒
- 「辻にな、その話ししたったんや。」
「えっ、加護ちゃんが悩んでることも?」
「ああ。」
「ゆうちゃん、そりゃまずいわ。」
「私も思ってん。けどな・・・」
TVの画面は既に違うニュースに切り替わっていた。
「こういうのって放火の教唆、教唆氾になるんやろか?」
「・・・」
「放火せぇとは言うてへんのや・・・」
「黄リンはどうしたんだろうね。」
「中学生に理科の実験で使う言われたら、誰も怪しまんわな。」
「それの管理が悪かっただけ・・・ということか。」
- 112 名前:花火と嘘 投稿日:2002年03月26日(火)20時00分39秒
- 無理だな。
立件はできない。
未必の故意・・・も成立しそうにない。
本当に教唆したのだったら、完全犯罪に近いが・・・
「ふっふっ、矢口・・・嘘やで、嘘。」
くすくすと笑う中澤の心中を察して矢口はふと寂しくなった。
何で、こんなことになったのだろう。
(みんな優しすぎるんだ・・・きっと・・・)
TVの画面ではいつのまに始まったのか、モータイで辻が元気よく花火をあげていた。
おわり
- 113 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時50分39秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 114 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時51分40秒
- (ダメよ亜依ちゃん。危険すぎるわ!)
夜の湾岸線を疾走する旧式のレーサーレプリカ、NSR400を駆りたて
ながらハリケーンチャーミーはそうつぶやいていた。国際的犯罪組織『市
井の爪(ちゃむクロー)』の首領、シスターサヤカを発見した、アジトま
で尾行する、と加護から携帯にメールが入ったのが三十分前である。制止
しようと電話をしたが、通話不能のアナウンスが虚しく流れるだけだった。
(どうか……どうか、間に合って……)
前方をノロノロと走っていた走り屋仕様のFCにアウトから並んでヘアピ
ンに入る。路面すれすれまで車体を倒す。タイヤがグリップとドリフトの
境界線上で悲鳴と白煙をあげる。立ち上がりの時点でNSRはすでにFC
に大きくアドバンテージをつけていた。ドライバーはバイクを操っている
のが少女であることに驚愕し、動揺して路肩にタイヤを乗り上げた。
(ゴメンね。急いでるから)
アクセルを開け、フロントを浮かせながら加速する。モーニング娘。
のメンバーの姿でいる間はとてもなし得ない芸当だ。
彼女の名は、石川梨華。
またの名を──
- 115 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時53分10秒
- (主題歌)
今どき人気の女の子 プクッとボインの女の子
こっちを向いてよチャーミー
だってなんだか だってだってなんだモン
お願い お願い きずつけないで
私のハートは チュクチュクしちゃうの
いやよ いやよ いやよ見つめちゃいやーん
チャーミー フラッシュ!
「変わるわよ!」
- 116 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時54分50秒
- 「はーい。現場は立ち入り禁止だよ!」
辺りは木のくすぶるような匂いが充満していた。何重にも張り巡らさ
れたCAUTIONと書かれた黄色のテープが道路を閉鎖しており、
むらがる野次馬たちを消防団らしき若者がせき止めていた。モーニン
グ娘。の加護が焼け出された、というニュースは極秘にされていたの
だが、インターネットを通じて情報はあっという間に広まっていた。
(この姿では、中に入れそうにないわね)
石川は、ライダースーツを着た自分の姿を見、小さく首を振った。
路地裏に、そっと身体を滑り込ませた。周囲に誰もいないことを確
認し、首のハート形のチョーカーに手を添えた。
「チャーミーーーーッ フラッシュ!」
- 117 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時57分21秒
まばゆい光に、石川の身体が包まれた。
彼女の身体を包んでいたライダースーツは水に溶ける和紙のように
千切れて空へと舞った。生まれたままの姿の石川(しかし大事な部
分はうまいこと隠れていて見えないのです)が光の中にたたずんで
いた。
続いて、色彩の粒子が彼女の身体を覆い、空中の元素から衣服を構
成し固着した。
光が収まった時、そこに立っていたのはプレスの腕章をつけたジャケ
ット姿のカメラマン、スクープチャーミー(外見20才)だった。テ
レビや週刊誌の報道陣にまぎれて、石川は黒煙くすぶる火事の現場へ
と足を踏み入れた。
「梨華ちゃん!」
マネージャーの側にいた加護が、石川に飛びついてきた。はあ?と、
周りにいるマスコミ陣が2人に注目した。石川は逃げるように、加護を
連れて人混みから離れた。
- 118 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時58分02秒
- (亜依ちゃん、怪我はない?)
(大丈夫や。上手く尾行できたと思ってんけどなあ。返り討ちにあっ
てもうたわ)
(じゃあこの火事も……?)
(そうや。ちゃむクローの幹部、ファイヤーユーコの仕業や)
(ファイヤーユーコ?)
(美しき獣。金髪の炎の美女や。ホンマやで。裕ちゃんはまだおば
ちゃんやないで!)
(?)
(ううん。なんでもあらへん)
加護は慌てて話をそらすように、横を向いて口笛を吹いた。石川はその
メロディをどこかで聴いたような気がした。『純情行進曲』だった。
- 119 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)20時59分17秒
- 翌日の楽屋。加護の火事は芸能ニュースに大きく取り上げられた。
「加護ちゃん大変だったねえ」
「辛かったら、リーダーに甘えてもいいんだよ」
「あいぼん、ウチに泊まりに来る?」
メンバーたちに取り囲まれ、加護は目を白黒させていた。
「あんまし無理すんなよな……うわっ、なんだよ加護ッ」
しかし矢口に頭を撫でられた時だけは、逆に抱きつき返していた。
さて、石川の話である。彼女は、昼は芸能活動、夜は秘密結社との
戦いで、毎日ヘトヘトに疲れていた。彼女の秘密を知っているのは
加護だけで、しかも協力する、と言いつつ迷惑ばかりかけられてい
た。石川、さんざんである。
しかし石川には、この正義の戦いから逃げ出せない、とある理由が
あったのだった。
- 120 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時00分40秒
「今日も大変だったなあ。寝ないで一生懸命やってるのにみんな分かって
くれないよ。保田さんなんて体調管理が出来てない、って怒るし。あーあ」
ため息をつきながらシャワールームを出ると、足下に赤いバラが置いて
あった。石川は上気させた桃色の頬のまま、輝くような笑顔を作った。
バラを拾い上げ、辺りを見回す。すると更衣室の入り口に、学生服姿の
あの人が立っていた。
「僕には分かる」
「文麿さま……」
謎の美少年、綾小路文麿。彼こそが石川にペンダントを与え、戦いの渦中に
巻き込んだ張本人である。ちなみに石川は、彼の正体を知らない。
文麿は、バスタオルを巻いただけの石川につつ、と近寄り、その両肩を抱いた。
「僕には分かる。君の苦労が」
彼の指がノドをくすぐるままに、石川はうっとりと身を任せていた。
「梨華、平気です! 世界の平和のために頑張ります!」
いい子だね、と文麿は甘く石川の耳元で囁いた。
石川はバスタオルの結び目を無意識のうちにほどこうとしている自分に
気づき、だめだめ、そんなはしたないことしちゃ、と自らを戒めた。
- 121 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時03分16秒
- 「そうだ! 昨日亜依ちゃんがシスターサヤカを目撃したんです」
刹那。
文麿の瞳の奥に、憎悪にも似た冷たい光が走った。だが、次の瞬間には
いつものとろんとした文麿の目に戻っていた。石川は、文麿の微妙な反
応には気づかず、言葉を続けた。
「昨日の火事は知ってますよね。あれ、ファィヤーユーコのせいだ、って
言ってました」
「……きっと、いちーちゃんを見た、ってのは違うと思うよ。最初から罠
だったんだ。でも、裕ちゃんが出てきたんだよね……。いよいよ『いちー
ちゃんの爪』の幹部を引っぱり出してこれた訳だね」
文麿は、昨日の加護と同じ呼び方で、ファイヤーユーコの名を呼んだ。そ
れよりもなによりも、しかし、またもや石川は何も気づかなかった。
- 122 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時03分47秒
- 「幹部、なんですか?」
「ファイヤーユーコ、スネイクアヤ、そしてドラゴンアスカ。彼女たち
が、『いちーちゃんの爪』の幹部の通り名なんだ」
「怖そうな名前ですね」
脱退メンバーの名が必ず含まれている法則に石川はまったく気づかなかっ
た。そんなことよりも怯えたフリをして、文麿の胸に頭を寄せ、学生服ご
しに伝わって来る彼の体温に集中していた。
「梨華ちゃん――誰かいるの?」
がちゃり、とドアが開いて、吉澤が入ってきた。石川は慌てて、なんにも
ないよ誰もいないよ、と言いかけ、
更衣室には、石川以外、誰もいなかった。
バラの花びらが数枚、床に散っていた。
- 123 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時06分15秒
石川の部屋である。
加護は、ベッドに腰掛けて足をブラブラさせながら、
「ヒマやなあ。子犬狩りでもしてみようかな」
「ダメよそんなこと。三人祭ゴッコでもしよっか」
「出来るかいなそんなアホみたいなマネ」
「……」
結局、加護は石川の部屋に住みついてしまった。ベッドも占領されて
しまった。別々の仕事の日でも、ちゃっかり合い鍵を作っていて、石
川のいない部屋に戻ってごそごそしていた。石川も別段、気にかけな
かった。
その日も、加護は先に帰った。石川は写真集の撮影があって、1人ス
タジオに居残りだった。
だがカメラのトラブルで、結局撮影は中止になった。予定よりも三時
間早く帰宅した。
- 124 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時06分46秒
- 「ただいまー――って、亜依ちゃん、何してるの!」
真っ暗な石川の部屋はメチャクチャに荒らされていた。なにもかもが
引っかき回され、足の踏み場も無かった。しかも、石川は見てしまっ
た。ドアから差し込む光に、眩しげに振り返った加護の髪は、金色だ
った。
「亜依ちゃん、その髪……」
不良になっちゃったの? と言いかけて、加護の台詞に遮られた。
「なんや、見てしもうたんかいな。なら、仕方ないなあ」
しゅる、と加護の背が伸びた。どこかで炎が走った。
石川の背で、音を立てて扉が閉まった。
室内の悲鳴は、外には漏れなかった。
- 125 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時08分08秒
廃倉庫の一室で、加護は息を潜めていた。ここに閉じこめられてから
何日が過ぎたのか分からなくなっていた。常に脱出の機会を探ってい
たのだが、ようやくチャンスが巡ってきたようだ。
見張りの男たちの様子が慌ただしくなって、みな部屋から出ていった。
そして、無人の部屋に放置されたまま、すでに三十分が過ぎていた。
(なんか知らへんけど、逃げるなら今や!)
加護は、身体をくねらせ、歯と爪を使って身体を縛っていたロープを
ようやくほどくことが出来た。
(やった。あとはここから逃げ出すだけや)
扉に飛びつきかけて、加護の足は止まった。
足音。
誰かが、戻って来た!
あの、奇妙な覆面をかぶった男たちはみな大人だ。女の子の力ではどう
しようもない。加護は、隠れるところがないか忙しく辺りを見回した。
だが、迷っている間に、扉はガチャリ、と開けられてしまった。加護は、
絶望して立ち尽くした。
- 126 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時09分11秒
「あれ? 後藤さんどうしてここに?」
入って来たのは、学生服を着込んだ後藤真希だった。
「……違う」
彼は、加護の言葉を否定した。
「僕の名は、綾小路文麿。きみを助けに来た」
「どうしたんですか後藤さん?」
加護のきょとん、とした表情に、後藤はため息をついた。
「ごとぉじゃないってばあ」
「?」
文麿は諦めた。おいで、と手招きすると、加護は助かったあ、と叫び
ながら文麿に抱きついた。加護の頭を撫でながら、いちーちゃんはこ
こにはいなかった、と小声でつぶやいた。
「加護、あんたいつからここにいたの?」
加護は、うーん、と考え込んで、
「ご飯を14回食べた!」
そう言った。
文麿はあごに手を当てて、じゃあやっぱりあの加護はニセモノだった
のか、とひとりごこちた。
「梨華ちゃんが危ない……」
- 127 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時11分07秒
石川は、壁に大の字の姿勢で縛り付けられていた。焼けて灰になった
衣服が太ももや肩にかかっていた。不思議なことに、ヤケドはしてい
ないようだ。ピンクの下着姿、といっていいあられもない光景であった。
ぽう、と指先に炎が灯る。宛然と微笑むファィヤーユーコの横顔を浮か
び上がらせる。
「私をダマしたのね! 貴方は一体誰なの? 亜依ちゃんをどこへや
ったの?」
この後に及んでも、石川は彼女の正体に気づいていなかった。
「ウチの名は『炎遣い』ファィヤーユーコ。さあ、質問してるんはウ
チやで。空中元素固定装置はどこに隠したんか、素直に白状したらど
うや? もっと恥ずかしいことになるで」
石川は、はっ、とした表情になった。
「それが貴方たちの目的なのね! あの機械を悪用されると、世界は
大変なことになる。絶対に、貴方たちには教えられない!」
ユーコの指が、石川の身体を指した。じゅっ、と音を立ててブラの両肩
ひもとサイドが灰になった。石川の胸の隆起が、残った布の落下をかろ
うじて防いでいた。
- 128 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時12分47秒
「強情な子やな。その可愛い下着を全部燃やしたら、今度はハケ水車やで」
うおんうおんと音を立てて、石川の開いた足の間からゆっくりと回転する
小型の水車がせり上がった。用途は不明だが、先端にはそれぞれハケが取
り付けられていた。
「さあ、装置のありかを――」
「絶対に言いません」
ユーコは、石川の胸を指さした。先端に引っかかっていたピンクの布は、
灰になって空に舞った。
そして指先を、わずかに下に向けた。
『ほろほろと薄蒼く
わが背に疾り来たるけものあり
おののきてふり返れば
ただ一輪の秋桜の背に揺れて
風の吹く。。。。。岩村賢治』
ひゅん、と宙を赤いバラが飛んだ。それは石川の右手首を戒めていたベ
ルトを切り裂いた。
- 129 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時14分00秒
石川は自由になった右手をハートのチョーカーに触れさせた。
「チャーーミーーー フラッシュ!」
途端に、室内はまばゆい光に包まれた。
「しまった、それが空中元素固定装置の本体!」
空気中の元素を瞬時に組み合わせ、ありとあらゆる物体を作り上げる奇跡
の大発明。この装置が、チャーミー七変化を可能にしていたのだ!
「愛の戦士、キューティーチャーミー!」
今や、石川の髪は燃えるように赤く、胸の谷間を大きく露出させたレオタ
ード姿となった。石川がこの形態をとると、身体能力が通常の数倍となる。
- 130 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時16分56秒
- 「文麿さま!」
残りの拘束を引きちぎり、石川は文麿に走り寄った。
「チャーミー。本物の加護は保護した。もう大丈夫だよ」
心配そうな表情を見て取ったのだろう、文麿はそう言った。
違うんです、と石川は、
「あの……見ちゃいました?」
とモジモジしながら訊いた。
「なにも見てはいないさ。可愛い小粒のピンクなんてね」
石川は、文麿が手にしているバラよりも顔を赤くした。
そして、キッ、とファイヤーユーコを振り返り、あなたを絶対に許さない!
と宣言した。
「うっさいわ! 装置の正体さえ分かったら、もう手加減はせえへんで。
ウチの炎に焼き尽くされてしまえ!」
ユーコの周囲の風景が極端な温度上昇により歪んだ。
細く引き絞られた炎流が、キューティーチャーミーを直撃した!
「もう! 熱いじゃないの!!」
弾丸をも跳ね返すチャーミーボディだが、熱いものは熱い。ファイヤー
ユーコに一方的にやられるばかりで、近づくことさえ出来なかった。
- 131 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時17分43秒
「加護。これを使え。チャーミーの役に立ちたいんだろ?」
「なんですかこれ」
加護は、文麿に手渡されたモノを不思議そうに見ていたが、あ、分かりま
した! と叫んで、睨み合いをしているユーコの背後に回った。
「なんや、チャーミーの服、えらい燃えにくいやんか」
前方にばかり集中していたユーコは、いきなり後ろから何かを顔に突き
つけられた。目で確認するよりも先に、匂いにやられた。
「いやーーん。顔についたぁーー」
可愛い声をあげて、ユーコはその場にへたり込んだ。少しでもそれから
遠ざかろうと、床に張りついた。加護はいたずらっ子の笑みで、馬乗り
になった。
「ウチを閉じこめてた仕返しやで。えへへへ」
すでに皮を剥いたそれの先端を使ってユーコの顔を撫で回した。
石川はきょとんと、その光景を見つめていた。
- 132 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時18分41秒
- 「さあ、今度は口でしてもらおうか」
加護はGacktの声色で、ユーコの唇にそれを押しつけた。ユーコは
半泣きでいやいやをした。動揺の極致にあるのか、炎を出すことさえ出
来ない様子だった。
「か――」
加護、ええ加減にせえ、と言いたかったのだろう、だが、口を開けたと
同時に、それがユーコの舌に触れた。バナナをくわえたまま、ユーコは
失神した。
「ウイナー!」
加護は勝利の叫び声をあげた。
- 133 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時19分20秒
- 「終わった……の……?」
茫然とつぶやく石川。
「終わっちゃいないさ」
文麿は、石川の背後から肩に手をかけた。
「まだ、始まったばかりなんだ」
どこからか、古いフォークソングが聞こえたような気がした。
- 134 名前:キューティーチャーミー 投稿日:2002年03月26日(火)21時20分44秒
- (ナレーション)
ついに『市井の牙』の幹部を倒したキューティーチャーミー。
しかし、彼女に休息の時はない。
秘密結社『市井の牙』の首領の正体とは?
謎の美少年、文麿の目的は何なのか?
いつの日か、彼女に安らぎはおとずれるのだろうか。
恋に仕事に、戦え石川梨華。
戦え、キューティーチャーミー!
おわり
- 135 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時04分13秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 136 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時05分18秒
- 加護亜衣の母親は買い物に出かけた帰り、近所のやけに騒がしいことで
ようやく火事に気が付いた。
(まぁ、大変……)
走り寄ってはみるが、野次馬が多くなかなか家に近づけない。
「ちょっと、通してください!通して!」
「あかんがな、ええとこやねん。」
「わたし、関係者です!通してください!」
さすがに不謹慎だと感じたのか、野次馬たちがすごすごと道を空けると
ようやく人の押し合いへし合いする中を通って前に進むことが出来た。
前方に燃え盛る炎を呆けたように見つめる加護の横顔が見える。
「大丈夫!? 怪我はない?」
慌てて駆け寄るが、茫然自失の体で紅蓮の炎を見上げる加護の反応はなんだか
ピントがずれており甚だ心許なかった。
- 137 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時05分55秒
- 「家が…家が燃えてんねん……」
「しっかりしいや!あんたがしっかりしな、皆、不安になるやんか!」
「あかん…火災保険…入ってへんのや…」
「な、何を言い出すんや、あんたは…」
明らかに混乱していた。
その虚ろな視線に危険を感じて父親の所在を問いただす。
「お父さんは?お父さんはどないしてはんねん?」
「わからん…中にはおらん思うけど…」
埒があかないとばかりに周りを見回すと、
傍らでニタニタとそのやり取りを見つめていたらしいマネージャーの姿を見つけた。
「あんた、何でここにおんねん?」
「えらい、ご挨拶ですやん?」
その冷淡な口調から、どうやら両者は加護を巡ってきな臭い関係にあることを窺わせた。
- 138 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時06分35秒
- 「あんた、二度とうちらの前に姿、現すな言うたやろ!」
「聞いてまへんな…」
今やこちらも火事に負けじと加護を挟んで激しい火花を散らそうとしている。
しゃあしゃあとしたマネージャーの態度に業を煮やして、加護亜衣の母親が口火を切った。
「これ以上つきまとうとストーカーで訴えんで…」
「あらあら、体調管理はマネージャーの勤めですよってに…」
「だからって家まで着いて来んな!!」
「怒ると美容に悪いんちゃいますか…うっふっふ…」
「な、何やと……」
「ま、おたくのお嬢さんに似てメークでごまかすんは上手みたいですけど?おっほっほ!」
「こ、こいつ……」
マネージャーは尚も追求の手を緩めない。
基本的にじわじわといたぶるのが好きなのだろう。
相手は蛇に睨まれた蛙よろしく額に脂汗を浮かべて苦り切ってしまう。
「食事の管理もきちんとできてへんから間食ばっかりするし…」
「うっ…」
「お菓子ばっかり食べて体重は増えるし…」
「ぐぐっ…」
- 139 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時07分09秒
- 「おまけに陰でこっそりタバコ吸うてからに、ちょこっと激しく動いたらもう息切れですわ…」
「タバコ!?息切れって…あっ、あんた禁煙してたんちゃうん?」
「ま、そこは想像におまかせしますわ。」
加護亜依の母親は、マネージャーの悪びれない態度に不快感を露わにして、
加護に詰問する。
「あんた!ちょっと、タバコってどういうことやの!?」
「家が煙を吐いてるよ…ぽっぽぉ〜…」
「あかん…ったく、ほんまにいかれてもうた。」
幼児のようにぽっぽぉと嬉しそうにつぶやき続ける加護に冷たく一瞥をくれると、
厳しい顔つきをさらに険しくして、マネージャーは言い放った。
「ま、とりあえず今日のとこは加護さん預からしてもらいますわ。」
「何やて?」
「ああっ、会社の寮ですよって、ご心配なく。奥さんはご実家でもホテルでもどこなりと…」
「くぅっ…何を…あっ!」
- 140 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時07分49秒
- マネージャーの視線が泳いだ。
その視線の先を目で追うと、何やら一人の少女が猛然とこちらに駆け寄って来る。
「お母さん!!」
「亜依!?どうしたん?仕事ちゃうの?」
「火事なった聞いて、急いで飛んで来てん。あっ、お父さんの野球部のマネージャーさん…
あれ?お父さんは?」
母親が顎で指した方向を見て、そこにうずくまっているものを確認する。
加護亜依はギョっとした。
これは本当に自分の父親か?
「ぽっぽぉ〜♪ しゅしゅっ、ぽっぽぉ〜♪」
「お父さん…」
「お父さんな…火災保険入ってへんかってんて…亜依、また頑張って稼いでな…」
「うん…うち、お父さんのためなら頑張って働く…」
「家…だけじゃなくて、治療費分も…よろしくな…」
「うん…頑張るわ…」
- 141 名前:生きていく理由 投稿日:2002年03月29日(金)00時08分27秒
- そのような母娘のやりとりを知ってか知らずか、
煙の行方を眺めてはぽっぽぉ〜と幸せそうに繰り返す父親、加護。
その姿に決意を固める娘、加護亜依。
一度はホームシックにかかって、寂しさの余り脱退説まで浮上したはずであった。
その彼女が今や取り憑かれたように仕事に邁進する背景にこのような出来事があったことは
あまり知られていない。
無論、件のマネージャーは後に放火と殺人未遂で送検され、現在、公判中である。
おわり
- 142 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時08分47秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 143 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時09分38秒
- 「うーん……」
UFA会長山崎直樹は、会長室の自分のデスクに備え付けられている、
自分専用のPCの画面をにらみつけたまま、うなった。
「これは、難しい……」
「おーい、山ちゃん、いるかい?」
会長室の扉を数回ノックした後、部屋に入ってきた男が、気さくに山崎に声をかけてきた。
「ああ、瀬戸ちゃんか」
山崎は部屋に入ってきた男がUFA社長瀬戸由紀夫である事を確認すると、
再び視線をPCの画面に戻した。そしてまた小さくうなった。
- 144 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時10分10秒
- 「うん? 山ちゃん、何してんの?」
真剣にPCをにらみつける山崎の姿に疑問を覚えた瀬戸は、
山崎の背後に回りこみ、彼を真剣にさせているものはいったい何か、とPCの画面を覗き込んだ。
「なになに……『かごのかじ』……?
『加護の家が火事にあった。マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという』……。
なんだいこりゃ?」
「飼育のマルチキャスト短編集だよ」
「飼育? ああ名作集?」
「うん。白板で、今回『マルチキャスト短編集』という、新しい形の短編コンテストがあってな。
この『かごのかじ』を始まりに、小説を書いてみろ、って言うんだ」
ほら、ここにルールが書いてある、と山崎はインターネットブラウザを起動して、
マルチキャスト短編集について説明している掲示板を紹介した。
- 145 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時10分54秒
- 瀬戸は説明をさっと流し読むと、へー、こんな企画やってるんだ、と感心した風だった。
「それで、山ちゃんはどうしてそんなに頭を悩ませてるの? もしかして小説発表するつもりなの?」
「……うん」
山崎はちょっと頬を赤らめると、小さくうなずいた。
「今までは読んでばっかりだったけど……今回は自分で小説を書いてみようかな、そう思うんだ」
- 146 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時11分32秒
- 山崎直樹の娘。小説好きはUFAそして業界では有名な話であった。
数年前、インターネットをはじめた彼は、
モーニング娘。は一体どう思われているのか、といろいろなサイトを回っていたのだが、
そこで「娘。小説」を知り、またたく間に虜になってしまったのだ。
彼が初めて読んだのは、「時を駈ける少女」シリーズ。
黄色い狛犬が書いた、いちごまの傑作小説に山崎は強く心を打たれ、
娘。小説に深くはまっていく事になるのだが、この小説が山崎に与えた影響ははかりしれない。
なぜなら、山崎はかつて、自分の方針と対立したことから、市井を娘。から解雇したのだが、
この小説を読んでからは、山崎の市井への評価が180度変わり、
彼自らが積極的に、市井の復帰のために動く事になったのだから。
また「天使たちが荒野を往く。」を読んで号泣した彼は、「吉澤には幸せになって欲しい」と、
「Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド〜」で吉澤にセンターを務めさせたし、
「いしよし万歳!」と、何かと二人をくっつけるよう、働きかけた。
「13人がかりのクリスマス」などはその典型、と言っていいだろう。
- 147 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時12分42秒
- 他にも、「娘。十夜」を読んで、
「安倍は後藤に対して言うに言われぬ感情を持っているのか」と複雑な思いを抱き、
「カテキョ」を読んで、「辻には大食いばかりさせていて良いのだろうか」と頭を悩ませたりもした。
さらには、これは小説からはやや外れてしまうが、
有名な娘。小説作家が集まる「爆音娘。」にもこっそりと変装して参加し、
山崎に強い影響を与えた黄色い狛犬はじめ、有名作家と感動の対面を果たしているし、
(ちなみに対面した作家はじめ、参加者の間では、山崎は訳のわからない変なおっさん、と認識された)
「山崎いるかぁー!」という掛け声に思わずステージ上に駆け上がりそうになり、
このとき山崎と一緒に参加していた瀬戸やその他側近たちの手で止められた事もあった。
- 148 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時13分30秒
- 以上はほんの一例である。
山崎と娘。小説に関するエピソードをあげていったらきりがない。
とりあえず、山崎がいかに娘。小説を愛しているのか、を知っていただけたらそれでいい。
そんな彼が今回始めて小説を書いてみたい、と言う。
パソコンを真剣ににらみつけるその表情からも、どうやら本気であるようだ。
- 149 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時14分10秒
- 「だけど難しいんだよなあ。どうやって話を膨らませたらいいのかわかんないんだ」
そう言って、山崎は頭を抱えた。
「他の人はどんな小説書いてるんだい? 参考にしてみたらいいんじゃないの」
「ああ、今のところこんな小説があるよ」
と、山崎は、既に発表された小説を瀬戸に紹介した。
「へー……いわゆるネタっぽいのが多いね。今までのオムニバスとかとは違う雰囲気だ」
発表された作品を読みながら、過去のコンテストと比較した感想を、瀬戸はつぶやいた。
瀬戸は山崎と付き合いが深い。
そのために、山崎ほどではなくてもそれなりに娘。小説の知識をもっていた。
- 150 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時15分04秒
- 「あ、何これ? 面白いじゃん。なになに、『キューティーチャーミー』?」
瀬戸がある一つの作品に興味を示すと、山崎も顔をパっと輝かせた。
「お! 瀬戸ちゃんもそう思う? そうなんだよ、これ面白すぎるんだよ。物語の運びも上手いしさあ」
「うん。上手いねえ。石川は可愛いし、シスターサヤカと綾小路の間に何があったのかも気になるね」
「読んでるうちにさあ、俺は、この小説はあのお方が書いたんじゃないか、と思えてしょうがないんだ」
「うん? あのお方?」
「もう、瀬戸ちゃん、わかってるくせに! ほら、爆音で会った……」
「ああ、なるほどね。あの人ならこういうの書きそうだね」
「だろ!? もう、これは続きを書いてもらいたいね。すごく気になってしょうがない。面白くなるよ」
「だけど、この人の場合、これ一つで終わるんじゃないかなあ。
第一回の発表した短編も、シリーズ化期待されてたけど、結局、続編も何もなかったし」
「うーん、そうかあ……それは寂しいなあ……残念だ、面白いのに……」
山崎は心底残念そうな表情を見せた。続きを楽しみにしていたのだろう。
- 151 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時15分47秒
- 「まあ、いいじゃない。山ちゃんがそれ以上に面白い小説を書いたらいいんだよ」
瀬戸は山崎に励ましの言葉をかけた。
「そうだな、頑張ってみるよ」
山崎はそう言うと、再び真剣にPCに向かった。
そして、またうーん、と小さくうなりながら、色々とアイデアを絞り出そうとしていた。
- 152 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時16分27秒
- そんな山崎をみながら瀬戸は思う。
多分、山ちゃんには書けないだろう、と。
瀬戸は音楽畑出身の人間だが、
かつて山崎が自信を持って、脚本の段階から深く制作に携わってきた、
「モーニング刑事」「ピンチランナー」を観て、素人ながらも、山崎の限界を悟っていた。
彼には悲しいかな、物語を生み出すような才能はないことを。
しかし、それでもいいじゃないか、と瀬戸は思う。
なぜなら、山崎は、日本中を巻き込んで「モーニング娘。」という壮大な物語を生み出しているのだ。
これ以上の物語があろうはずがない。生み出せるはずがないのだ。
そんな瀬戸の思いに全く気づくことなく、山崎は完全に創作活動に没頭したようだ。
もう、瀬戸の姿は全く目に入っていない。
邪魔をしては悪い、そう思った瀬戸は会長室をそっと後にした。
山崎は瀬戸が部屋を出た事にも気づかず、PCの画面を真剣に見つめていた。
- 153 名前:悩める小説ヲタ 投稿日:2002年03月30日(土)04時17分15秒
- おわり
- 154 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時49分24秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 155 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時50分50秒
「…辻さん犯人は誰だと思います?」
紺野は前日より泊まりがけで辻の実家へ遊びに来ていた。
「えっ、あいぼんじゃないのれすか?」
「…なんで加護さんが自分の家に火を付けなきゃならないんですか…」
「……」
「…かばってます──誰かを…」
「誰をれすか?」
「…普通は家族でしょうけど今回は自宅ということでまずあり得ません」
「なるほろ」
「となると、娘。の誰かと考えるのが自然です」
「うんうん」
「知ってますか?放火の罪は市中引き回しの上打ち首獄門…」
「……」
「そのうえで河原にさらし首です」
「…紺ちゃん……」
「…はい」
「よくわかんないんれすけど……」
「……一生お菓子が食べられなくなります」
「ひえ〜」
「…それほどの覚悟の身代わり…よほど親しい人です」
上目遣いで辻を見る紺野。
「ののじゃないれす!」
慌てて否定する辻。
「…まあ今はそういうことにしておきましょうか」
「…では犯人を探しに行こうかねワトソン」
「なんれすか?それは?」
「…気にしないでください」
- 156 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時52分11秒
「…さて誰から会いましょうか…」
カバンから取り出したPDAをいじり始める紺野。
「…埼玉の自宅に吉澤さんが居ますね…どうやら石川さんと一緒のようです。これは好都合」
「……」
「…どうかしました」
「それはなんれす?」
「…大丈夫です。辻さんには付けてませんから」
「そうれすか…」
- 157 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時53分03秒
「…列車乗り遅れちゃいましたね」
「そうれすね…」モグモグ
ベンチに腰掛けるふたり。辻の脇には駅売りの弁当が山積みになっている。
「…辻さん」
「なんれすか?」モグモグ
「…本当に加護さんのこと心配ですか」
「心配でご飯が喉を通らないのれす…うっ」
「…どうしました」
「……お茶くらさい」
「…はい」
- 158 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時54分17秒
「…辻さん」
「あげないれすよ」モグモグ
「…5時までに犯人がわからないとマズいのです」
「なんれれす?」モグモグ
「…ウチの事務所は力がないし恨みをあちこちで買っているから」
「へい」モグモグ
「…マスコミを押さえられるのはそれが限界かと」
「へい」モグモグ
「…一度流れてしまったスキャンダルは元には戻せません」
「……」モグモグ
「…加護さんと一緒にいられなくなっても良いのですか」
「……紺ちゃん」モグモク
「…はい」
「ひとつ食べてもいいれす」モグモク
「…ありがとうございます」
- 159 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時55分56秒
「…吉澤ひとみ宅に石川梨華(モーニング娘。)」
「どうしたの?紺野ちゃん」
「…気にしないでください」
目に前には前日に取られた写真が並べられている。
「…これではアリバイは成立しません」
最後の写真に写っているDETAを指摘する紺野
「…この時間から急いで向かえば加護宅に火を付けることは可能です」
ニッコリとツーショットで収まっている写真を指さす。
「…この後二人でどこに行ったのですか」
「それは……」
口ごもる石川。
「どうして紺野にそんなことを言わなければいけないんだよ!」
切れる吉澤。
「…私たちは真実を知り加護さんを助けたいだけです」
「そうれす」
「あたしたちは無関係だ!これ以上しつこくするなら…」
立ち上がりふたりを威嚇する吉澤。
「…フッ、ついに馬脚を現しましたね」
「「「?」」」
「…つまり犯人だとということを自ら認めたと言ってるのです」
掴みかかる吉澤。
「…鉄拳モード!」
- 160 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時57分28秒
一瞬のうちに勝負はついた。
「…体格に優れていようと所詮素人が囓ったボクシング、プロには通用しません。ファイナルアンサー?」
「……フン!」
「…なら仕方ありません、もう少し痛い目に……」
「やめて!ひとみちゃんをこれ以上苛めないで!」
カバンから一枚の写真を取り出す石川。
「や、やめるんだ梨華!僕は君のためになら死ねる!」
「ありがとうひとみちゃん。でもいいの、あたし恥ずかしいことをしたとは思っていません……見て!」
そこには、ホテルで撮られたと思われるふたりの姿が写っていた。
バスタオル一枚にくるまっているふたりが…
「…いらぬ殺生をしてしまいました」
「……」
「…さて次は本命である加護師匠こと後藤さんですか…」
- 161 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月30日(土)23時59分12秒
「…ということで後藤さん昨日は何処にいましたか」
ここは後藤の家である。
途中何度か迷子になりながら都内に戻ってきたふたりは、在宅していた後藤に居間へ通されていた。
「え〜と、どういうことなのかわからないんだけど……さっきまで市井ちゃんと一緒にいたよ」
「…証明出来ますか」
「証明って……」
「…出来ないのですね、では市井さんに直接お尋ねしたいと思います。携帯にかけていただけますか」
「……知らない」
「…ではメールでも結構です」
「……知らない」
「…お住まいは」
「知らない!」
- 162 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時00分13秒
「…えーと、つじはー外の空気をすってくるのれす…」ソー
「…なんとか連絡をとれませんでしょうか」
「……教えてくれないんだもん……いくら頼んでも……泣いても……」
「…ふたりはどのような御関係なんですか」
「…っさい…」
「…よく聞こえませんが」
「…うっさい!」
「…しかたありませんね…」
「?」
「…鉄拳モード!」
- 163 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時01分59秒
「おととい来やがれ!」
「大丈夫れすか?」
ドアから放り出されたボロボロの紺野に辻が駆け寄る。
「…負けた…後藤さんは確か帰宅部のはずなのに……」
「紺ちゃんは知らなかったのれすね。後藤しゃんの家は地元れ鉄拳家族と呼ばれているのれす」
「……」
「寸止めなしノールールらそうれす。後藤しゃんは自称喧嘩十段らとか…」
「…そうだったのですか、チェックが甘かったです」カキカキ
「なんれす?その手帳は」
「…秘密です」
- 164 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時04分17秒
ガチャーン!
後藤の家では、まだ物が割られたりひっくり返されているらしく、派手な音が外にまで聞こえている。
「…これで後藤さんへの疑いが濃厚になったわけですが…」
「おーい、なにしてるの?そんなところで…」
「あっ、市井しゃん」
「…こんにちは」
「辻と…え〜と紺野さんだったよね?」
「…はい、市井さんこそなぜここに」
「いやー、昨日後藤の家に泊まったんだけど忘れ物しちゃって…後藤まだいるかな?」
「…はい…お元気そうです…」
「じゃあ急いでいるから」
スタスタと玄関へ向かう市井
「…それでは行きましょうか辻さん」
「そ、そうれすね」
──いちいちゃんのバカ〜
後ろで一段と物音が大きくなる。
「…次は保田さんのところが一番近いですね」
「……」
- 165 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時06分09秒
「…保田圭宅に矢口真里(モーニング娘。)」
「どうした紺野?」
「…気にしないでください」
「…鉄拳モード!」
「いきなり、なんだよ!」
「…すみません。時間かないので端折らせて貰います」
「こらー、ブレイク中のあたしにたいしてその扱いはないだろ〜」
「それより矢口の時代はいつ来るんだよ〜」
「…さあ、次は飯田さんの所ですね」
「……」
「…どうしました辻さん?」
「保田さんと矢口さん怒ってないれすかね…」
「…放置は慣れてるふたりですから大丈夫でしょう」
「そうれすね…でもまさか八つ当たりじゃ…」
「…秘密です」
- 166 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時07分33秒
「…飯田さん……」
部屋へふたりを招き入れてから一言も口を開かない飯田に紺野は焦れていた。
何度か鉄拳に物を言わせようと思ったのだが、その度に辻が涙目になるのでいまだ発動出来ずにいる。
「…しかたがありません。安倍さんの所へ行きますか」
辻は飯田の手を強く握り話しかける。
「いいらさん、辻はいいらさんを信じてます」
「──星が」
その言葉に反応したかのように突然口を開く飯田。
「紺ちゃん、いいらさんが…」
「──東の空に明けの明星が四つ──一つが輝きを失い空から消える…」
「…これは新メンのことですね」
「れすね」
飯田はそれ以上は何も喋るつもりはないようである。
「…行きましょう時間がありません」
「へい…いってきやす!いいらしゃん辻はがんばるのれす」
飯田が一瞬、微笑んだように見えた…
- 167 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時09分01秒
「…新メンとは盲点でしたね」
「……」
「今の時間だとレッスンスタジオに集まっているはずです」
「…紺ちゃん……」
「…はい」
「ののがやります」
「……」
「紺ちゃんには無理れす」
「…今泉君、誰が犯人かわかるかね」
「全然似てないのれす」
「…忘れてください」
- 168 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時10分35秒
スタジオの入り口に到着した時にはすでに制限時間の10分前になっていた。
「…辻さんもう時間がありません」
「鉄拳モーろ!」
一人ずつ調べを進める辻。
「…もう時間が」
辻は一歩踏み込む。
「…最後れす」
- 169 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時12分52秒
………………………………
事務所に電話を入れた時、秒針はすでに最後の一周を回りきるところであった。
「…間に合いました」
「これであいぼんと別れないでいいのれすね」
「…はい、加護さんは今事務所にいるそうです」
「つじは今から会いに行くのれす」
「…わたしは報告書を書かないといけないので…」
「いってきまーす」
紺野からの返事を待たずにスタジオを飛び出してゆく辻。
その姿を確認した紺野は机の上のPCへと正対する。
「…しかし、放火の理由が自身の人気がない事からきた逆恨みとは……安易な」
憤りの表情でおもむろにキーを叩き始める紺野。
- 170 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時13分47秒
【報告書】
おそらく、これがこのままの形で公開されることはないでしょう。
しかし、この文章がプロジェクトの責任者の目に触れることによって、
現状が少しでも改善されることを期待して報告致します。
- 171 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時14分30秒
「のの、ふたりはいつまでも友達やで…」
「ののはあいぼんと永遠のおともだちなのれす…」
辻がウルウルしている。
1)「辻加護」人気におもねる安易なエンディング。
- 172 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時15分40秒
最終ステージのリプレイが流れる。
「ののは最初から怪しいと思っていたのれす!」
辻の、下から突き上げるような回転の早い突っ張りが紺野の身体を浮かせる。
タイアップであろうバックに流れるメロンの新曲。
『愛のボタン連打連打!愛のボタン連打連打!愛のボタン連打連打!愛のボタン連打連打!……』
2)推理劇を否定する強制自白システム「鉄拳モード」の搭載。
- 173 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時17分00秒
紺野が床に頭を擦りつけながら謝っている。
「…すみませんでした。加護さんの人気が妬ましくて……」
3)推理物としては反則である探偵自身が犯人。
4)購買層として小さな子供も考えられるだけに事件として放火を扱うのは問題があるのでは。
5)吉澤×石川、市井×後藤、などかなりマニアックな設定を扱っているのに紺野の犯罪動機が甘い。
某所では一番人気を誇る紺野だけに、どこでネタを仕入れたのであろうか。
シナリオライターを別室で小一時間ほど(略
- 174 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時17分51秒
「…フウッ……」
ここまでを一気に書き上げTVモニター前の辻を見る紺野。
「のの、ふたりはいつまでも友達やで…」
「「ののはあいぼんと永遠のおともだちなのれす…」」
涙を流しながらモニター内の自分と同化している辻。
「…完全に入り込んでる…」
紺野はモニターに向かい直るとおもむろに残りを打ち込み始める。
- 175 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時18分50秒
PS
厳しいことを書きましたが、ゲーム自体に見込みがないわけではありません。
関係スタッフの一層の努力により、すばらしい作品になって市販されることを期待します。
一般評価モニター「北の狼」
ナ○コゲーム開発「M。プロジェクト」評価担当様
- 176 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時19分35秒
ピポッ…
ネクストステージ
「シナリオB」
- 177 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時20分17秒
つじのかじ
辻の家が泥棒にあった。
家の中が荒らされ、風呂場周辺は水びだし、特に台所は悲惨な状態になっていたらしい。
マネージャーが駆けつけた時、辻は台所の隅でカレーうどんを食べていたという。
「えーとー、犯人はののなんれすけど」テヘテヘ
一方その頃、
- 178 名前:現実と真実 投稿日:2002年03月31日(日)00時21分13秒
「…辻さん。ゲームはもうやめて、はやく宿題を終わらせましょう」
プチッ
──強制終了──
- 179 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時29分42秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 180 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時30分31秒
- 小川麻琴はひたすら走っていた。
ときおり石畳の敷石に足を取られそうになりながらも懸命に駆けていく。
ふいに前方が明るくなった。
車のライトだと気付いたときには猛スピードで走ってきたシトロエンが
ほとんど触れそうな勢いで横切っていった。
(危ない!)
思わず横っ飛びでよけたものの、あと数センチずれていれば引っかけられて無傷では
すまなかっただろう。
テールランプを睨みながらも走る歩幅は狭めない。
- 181 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時31分05秒
- 新垣は車中で先ほど通り過ぎた人影について考えていた。
小川に似ているようでもある。
だが、小川がここにいるはずはない。
同乗者は加護の家が火事にあったことで動転したものか、いつもの冷静さもどこへやら、
気もそぞろといった体で周りの風景など目に入っていないようだった。
加護の身を案じているわけではないことくらい、新垣にもわかる。
恐らくこの火事によって明るみになるであろう、様々な悪事の露見することを危惧しているのだ。
この隣に座る同乗者の外見からは想像もつかない冷酷さを目の当たりにして、
新垣は恐ろしさに内心、震える思いであった。
- 182 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時31分36秒
- 小川がようやく加護の家の近くに到着すると、家の前にはシトロエンが横付けされている。
何やら様子がおかしい。
そう思って周囲を見渡していると、いきなり肩をぽんぽんと叩かれた。
「加護ちゃん!?」
久しぶりに見る加護は変わり果てていた。
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来てんか…」
憔悴しきった様子で小川を人気のない路地に誘い込むと加護は真剣な顔つきで切り出した。
「あかん…今すぐ帰ったほうがええ…」
「えっ?どういうことですか?」
「もう遅いよ。」
驚いて振り向くとそこには見知った顔が亡霊のようにぼおっと姿を現した。
- 183 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時32分09秒
- 「愛ちゃん!?」
「もう遅いよ…まこっちゃん…」
その視線は宙を彷徨っており、どこかに焦点を結んでいるとは思えなかった。
「どうしたの?何があったの!?」
問い詰める小川自身、高橋がまともに応えられる状態でないことはよくわかっていた。
それでも何か叫ばなければ自分が壊れてしまいそうな恐怖から、鼓舞するように高橋の
肩を揺すると、焦点の合っていない目を覗き込んで大声で呼びかける。
「愛ちゃん!しっかりして!愛ちゃん!」
「遅い…遅かったよ…」
そうつぶやいて頬に一筋の線を落とした横顔は相変わらず視線こそあらぬ方向を見据えて
いるものの、小刻みに揺れる唇が、感情のまだ失われていないことを僅かに示していた。
- 184 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時32分42秒
- 「今すぐ逃げたほうがええ…」
「なんでですか?今来たばかりなのに…」
小川の疑問を遮るように加護が強い口調で続ける。
「愛ちゃんのこの姿…見たらわかるやろ…危険や、はよ逃げた方がええ。」
「そんなこと言われても、理由がわかりません。」
小川は身に危険が差し迫っていることは理解しつつも高橋がこのようになってしまった
理由はどうしても知る必要があると思った。
「知ってしまったら…無事では済めへんで、多分。」
加護の突き放すような言い方には、冷たいというよりはむしろ小川の身を危惧するあまり
の焦りといった色が感じられた。それがわかるだけに、小川としても引っ込むわけには
いかない。
- 185 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時33分12秒
- 「あれ……まこっちゃん、もう着いてたの?」
「里沙ちゃん!」
「新垣ちゃん!」
突然、現れた小柄な少女が予想していた人物でなかったことに安堵したが、
新垣が伴って来た人物に気づき、再び緊張に身を固くする三人。
「あんたたち、大丈夫?」
「保田さん!!」
新垣の背後から覗いた顔はなぜだか小川の心をほっと安心させた。
「やっかいなことになったわね…」
挨拶も早々に本題へと入る保田の真剣な表情を見て、また小川も気持ちを引き締める。
「加護…あんたも大変だったね…」
- 186 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時33分47秒
- 「加護…あんたがロリコンおやじを誘惑しては自分の家に引き入れて惨殺してたんだよな。」
小川と新垣はあまりに急な話の展開に目を白黒させながら必死で付いていく。
「いや…惨殺いうか、血ぃ吸ってましてん…吸血鬼の一種や…」
「まぁその方が呼び方としてはロマンチックだけどね…ともかく、それが露見しそうになって
自宅に火を着けてもみ消そうとしたわけだ…」
「……」
加護は恥かしそうに俯いている。
「で。露見して困るのはむしろ吸血鬼というよりもロリコンおやじと事に及んでいたという
その事実…」
「もうかんにんして下さい…」
- 187 名前:孤立化された断片 投稿日:2002年03月31日(日)23時34分46秒
- 「加護…わかってるね…」
「ハイ…」
保田の言葉に頷いた加護は、自分の身は自分で処すとばかりに姿を消した。
残された小川と新垣はまだ現実味の湧かないままその後ろ姿を見送っていた。
「加護ちゃんが吸血鬼ねぇ…」
「しっかし、ロリコンって多いんですね…」
「うん。ちょっと気持ちわるくなってきた。」
二人が加護について話を続けるその背後で、高橋の目がキラリと光ったことに気づか
なかったのは言うまでもない。
おわり
- 188 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時45分40秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 189 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時46分36秒
- 高橋愛はモンマルトルの丘からパリ市街を一望し、セーヌ左岸、加護の家の辺り一帯が、
そこだけほっかりとほの明るく浮かび上がっているのを眺めていた。
その明と暗のコントラストはさながら光と影の画家と呼ばれたレンブラント・ファン・レイン、
その人の大作「夜警」を思い起こさせた。マッチ箱が整然と並んだように奇麗な造形美を
誇るパリのアパルトマン。その棟続きの構造が災いし、一軒の家の出火は今や街の一画を
焼き尽くそうとしていた。まるで映画のワンシーンのような現実味を帯びない風景に
すっかり入り込んでいた高橋は、ふと我に気付き、もう一度加護の家のあたりに一瞥をくれると、慌てて坂を駆け下りていった。
(まこっちゃん……間に合うかの……)
- 190 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時48分16秒
- 小川麻琴はひたすら走っていた。
ときおり石畳の敷石に足を取られそうになりながらも懸命に駆けていく。
ふいに前方が明るくなった。
車のライトだと気付いたときには猛スピードで走ってきたシトロエンが
ほとんど触れそうな勢いで横切っていった。
(危ない!)
思わず横っ飛びでよけたものの、あと数センチずれていれば引っかけられて無傷では
すまなかっただろう。
テールランプを睨みながらも走る歩幅は狭めない。
- 191 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時48分54秒
- (間に合え…間に合って…)
息苦しい。脚が攣りそうだ。
軟禁されてどれくらい経ったのか覚えていないが、もう何日も運動らしい運動をしていない。
こうして走っていることさえ不思議なほど体は弱っているはずだった。
だが、何としてもやつらが自分を見つけるより先に逃げ切らなければ。
ロンドンに行けば保田がいる。
一刻も早くパリを出なければ……
気ばかり焦るがなかなかメトロの表示が見つからなかった。
この辺の地理感覚はまったく持ち合わせない小川であったが、
パリでは100mも歩けばメトロの駅が見つかることぐらいは知識として頭に入っている。
それだけに、これだけ走って見つからないことに焦燥感を抑え切れない。
まさか、メトロもないような郊外だったのかと疑いかけた矢先、
ようやく地下鉄への入り口を示す表示を見つけた。
(L’Opera…そんなど真ん中だったなんて…)
市の中心部であることに驚きつつも、脚は自然に地下への階段を下っていた。
(急げ…Gare du Nnord、北駅へ…)
- 192 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時50分01秒
- 新垣は車中で先ほど通り過ぎた人影について考えていた。
小川に似ているようでもある。
だが、小川がここにいるはずはない。
同乗者は加護の家が火事にあったことで動転したものか、いつもの冷静さもどこへやら、
気もそぞろといった体で周りの風景など目に入っていないようだった。
加護の身を案じているわけではないことくらい、新垣にもわかる。
恐らくこの火事によって明るみになるであろう、様々な悪事の露見することを危惧しているのだ。
この隣に座る同乗者の外見からは想像もつかない冷酷さを目の当たりにして、
新垣は恐ろしさに内心、震える思いであった。
- 193 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時50分37秒
- 溯ること数日前。
突然、パリに呼び出された新垣と小川はわけもわからぬまま、
既に渡仏して数ヶ月を経ている矢口に言われるまま、海を渡った。
マリモアゼル矢口…モーニング娘。の電撃解散後、仏人プロデューサーに見出された矢口は、
その名前で仏映画界への進出を企て、単身渡仏。世間の耳目を騒がせていた。
その後、しばらく音沙汰なかったものの、矢口に呼ばれた加護が”アイボンヌ加護”の名で
鮮烈にデビュー、仏芸能界の話題をさらうと、元モー娘。メンバーへの海外での活躍に
期待が高まっていった。
そうした中、最後の追加メンバーから新垣と小川は呼ばれたわけである。
期待に胸を膨らませて…というわけにはいかない二人であったが、
それでもアイボンヌ加護の成功には魅かれるものがないでもなかった。
親の転勤でこちらに来ている友達に会いに行くという新垣と別れ、ひとり加護の家を
訪ねることになった小川は、これから自分を待つであろう未来への期待と不安で
押し潰されそうになりながら、加護の家を目指した。
- 194 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時51分14秒
- 小川がようやく加護の家の近くに到着すると、家の前にはシトロエンが横付けされている。
何やら様子がおかしい。
そう思って周囲を見渡していると、いきなり肩をぽんぽんと叩かれた。
「加護ちゃん!?」
久しぶりに見る加護は変わり果てていた。
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来てんか…」
憔悴しきった様子で小川を人気のない路地に誘い込むと加護は真剣な顔つきで切り出した。
「あかん…今すぐ帰ったほうがええ…」
「えっ?どういうことですか?」
「もう遅いよ。」
驚いて振り向くとそこには見知った顔が亡霊のようにぼおっと姿を現した。
- 195 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時53分47秒
- 「矢口さん!」
小川が叫ぶと冷たい微笑を張り付かせたまま矢口が言い放った。
「加護、余計なこと言うなよ…小川、怖がってんじゃん…なぁ、小川。」
「矢口さん……」
もはや何も聞く必要はない。矢口の冷酷な表情がすべてを物語っていた。
小川は仮面のように体温をかんじさせないその冷徹な無表情の奥に潜む残酷さを
感じ取り、計り知れない恐怖を覚えた。
「な、なんでですか…矢口さん…」
「小川…どこの国でもな、のし上がるってのは大変なことなんだよ…」
そう言った矢口の表情に一瞬だけよぎった人間らしい表情はだが瞬く間に
通り去り、再び血の通わない機械のような無表情に戻っていた。
矢口の命ずるままに加護の家へと引きずり込まれながら、小川は妙に現実味のない展開を
どこか他の異世界から覗いているような錯覚にとらわれた。
放り込まれるように入れられた部屋ではもうひとりのメンバーが放心した表情で体を投げ出していた。
- 196 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時54分21秒
- 「愛ちゃん!?」
「もう遅いよ…まこっちゃん…」
その視線は宙を彷徨っており、どこかに焦点を結んでいるとは思えなかった。
「どうしたの?何があったの!?」
問い詰める小川自身、高橋がまともに応えられる状態でないことはよくわかっていた。
それでも何か叫ばなければ自分が壊れてしまいそうな恐怖から、鼓舞するように高橋の
肩を揺すると、焦点の合っていない目を覗き込んで大声で呼びかける。
「愛ちゃん!しっかりして!愛ちゃん!」
「遅い…遅かったよ…」
そうつぶやいて頬に一筋の線を落とした横顔は相変わらず視線こそあらぬ方向を見据えて
いるものの、小刻みに揺れる唇が、感情のまだ失われていないことを僅かに示していた。
- 197 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時54分54秒
- 「まこっちゃん、逃げよう…こんなひどいこと…うっ…」
ようやく正気を取り戻したかのように見えた高橋は大粒の涙を頬に滴らせ、嗚咽にむせた。
「なんで…どうしたの?なんで愛ちゃんがいるの?」
小川はわからないことばかりでいい加減頭が混乱してきた。あまりの展開の速さに思考力
がついて来ない。なんだか白昼夢の中にいるような心許なさばかりを感じていたが、
次第に状況を認識するに連れて恐怖の感情がもこもこと頭をもたげてきた。
「矢口さんに呼ばれて来たんざ…ほしたらな…」
「うん、私もそうだよ。」
「そっから先はウチが説明するわ。」
不意に聞こえた声はドアの向こうから発せられていた。振り向くと加護がドアを後ろ手に閉めて、
部屋へと入ってくるところだった。
- 198 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時56分02秒
- 「今すぐ逃げたほうがええ…」
「なんでですか?今来たばかりなのに…」
小川の疑問を遮るように加護が強い口調で続ける。
「愛ちゃんのこの姿…見たらわかるやろ…危険や、はよ逃げた方がええ。」
「そんなこと言われても、理由がわかりません。」
小川は身に危険が差し迫っていることは理解しつつも高橋がこのようになってしまった
理由はどうしても知る必要があると思った。
「知ってしまったら…無事では済めへんで、多分。」
加護の突き放すような言い方には、冷たいというよりはむしろ小川の身を危惧するあまり
の焦りといった色が感じられた。それがわかるだけに、小川としても引っ込むわけには
いかない。
- 199 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時56分49秒
- 「矢口さんは大丈夫なんですか?」
その名前にビクっと反射し、後ろを振り返る加護。再び目を見開いてぶつぶつと呪詛を
吐き続ける高橋。期待通り、いやそれ以上の反応に小川は戸惑った。自らが頼ろうとして
いるその人物はそんなにも危険なのかと。
「加護さん!どういうことなのか説明してください!」
ついに痺れを切らして絶叫する小川に顔を向けて加護はゆっくりと口を開いた。
「まこっちゃんは…まだやったな…」
「まだって何がですか?」
「経験…まだやろ?」
「何の…って、えっ?」
加護の言わんとしていることがわかりかけてはっとする。
「それが…何か…?」
思わず頬が紅潮して熱を持つ。恥ずかしさで消え入るようなか細い声にしかならない。
「処女は高く売れんねん…」
辛そうに顔をしかめ、横を向いて話す加護の悲痛な表情に高橋がどんな苦しみを味わった
のか想像できるような気がした。だが、その想像は余りにも非現実的過ぎ、また自らが
まさに未経験であるが故に、おぞまし過ぎて映像として脳裏に結実することはなかった。
「待って!誰か来る…」
加護が何者かの気配を感じ取り、緊張に身を凍らせた。
- 200 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時57分25秒
- 「あれ……まこっちゃん、もう着いてたの?」
「里沙ちゃん!」
「新垣ちゃん!」
突然、現れた小柄な少女が予想していた人物でなかったことに安堵したが、
新垣が伴って来た人物に気づき、再び緊張に身を固くする三人。
「あんたたち、大丈夫?」
「保田さん!!」
新垣の背後から覗いた顔はなぜだか小川の心をほっと安心させた。
「やっかいなことになったわね…」
挨拶も早々に本題へと入る保田の真剣な表情を見て、また小川も気持ちを引き締める。
「加護…あんたも大変だったね…」
- 201 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時58分03秒
- その言葉が終わるか終わらないかのうちに加護は大粒の涙を流して保田の胸に飛び込んで
いった。嗚咽にむせぶ加護の頭をやさしく撫でながら、それでも鋭い眼光はそのままに
小川と新垣に話し続ける。
「矢口がなにやら怪しい動きをしているとは聞いてたけど、ここまでとは…」
高橋に視線を移して悲しげに首を横に振る。
「矢口が芸能界の有力者や日本人なんかの金持ち相手の娼館を始めたって噂がロンドンの
日本人の間で噂になっててね。」
保田はロンドンに在住し、音楽活動を続けていた。
「どうも娼婦の中には元メンバーがいるらしくて目の玉が飛び出るような高値で取引され
ているらしいって…」
びっくりして細い目を大きく見開く小川と新垣にはちらっと一瞥をくれ、再び加護と高橋
の両者に交互に視線を移しながら、悲痛な面持ちで加護を抱きかかえ、背中をさする。
高橋は俯いたままで表情は窺い知れない。
「矢口の手口ってのが……”アイボンヌ加護”の映画は成功したんだったな…」
「ハイ……」
ようやく泣き止んだ加護が顔を上げて頷く。
「あの映画では……」
- 202 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時58分37秒
- 「加護…あんたがロリコンおやじを誘惑しては自分の家に引き入れて惨殺してたんだよな。」
小川と新垣はあまりに急な話の展開に目を白黒させながら必死で付いていく。
「いや…惨殺いうか、血ぃ吸ってましてん…吸血鬼の一種や…」
「まぁその方が呼び方としてはロマンチックだけどね…ともかく、それが露見しそうになって
自宅に火を着けてもみ消そうとしたわけだ…」
「……」
加護は恥かしそうに俯いている。
「で。露見して困るのはむしろ吸血鬼というよりもロリコンおやじと事に及んでいたという
その事実…」
「もうかんにんして下さい…」
- 203 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時59分16秒
- 「その官能的な描写がただごとではなかったから大変だ。ヨーロッパ中のロリコン変態
おやじたちが加護の姿態にすっかり魅せられちまったのさ。そうだね?」
「ハイ…」
話が佳境に及んでついに思い出したくない個所に触れてきたのだろう、加護はもう返事を
返すことすら辛いと言わんばかりに小さな体をさらに縮めていた。
「そこですっかり商品価値の上がった加護をその娼館の目玉として宣伝したわけさ。
もともとこっちのロリおやじどもは日本や韓国なんかの東アジアのちっちゃな女の子が
大好きなんだ。」
今やすっかり矢口の手口を知ってしまった小川と新垣も恐ろしさに身を震わせるしかない。
「矢口は加護を見せ玉にして、娼館に集めたアジア系のタイとかベトナム、中国なんかから
買ってきた女の子でひと財産築いたわけだ。ひどい話さ。」
そう言い捨てると、小川と新垣に鋭い視線を送ってきた。
「いいかい、隙を見て逃げてくるんだ。あたしのロンドンの住所と携帯の番号を教えとくよ。」
ロンドンで音楽活動を続けているという保田の名刺を受け取ると二人はそれを大事そうに
しまいこんだ。
- 204 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年03月31日(日)23時59分48秒
- 「加護…わかってるね…」
「ハイ…」
保田の言葉に頷いた加護は、自分の身は自分で処すとばかりに姿を消した。
残された小川と新垣はまだ現実味の湧かないままその後ろ姿を見送っていた。
「加護ちゃんが吸血鬼ねぇ…」
「しっかし、ロリコンって多いんですね…」
「うん。ちょっと気持ちわるくなってきた。」
二人が加護について話を続けるその背後で、高橋の目がキラリと光ったことに気づか
なかったのは言うまでもない。
- 205 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年04月01日(月)00時00分37秒
- 新垣は追憶から戻ると、再び流れゆく車窓の風景に目を向けていた。
(まこっちゃんも、愛ちゃんも無事に逃げ出せたかな…)
「新垣?」
「ハイ…」
急に矢口に呼ばれて現実に引き戻される。
「加護…何か企んでるね?」
「さ、さぁ……」
矢口の運転するシトロエンはもうすぐ、加護の家に到着しようとしていた。
さすがに棟続きが全焼しているだけあって、なかなか鎮火しないようだ。
「圭ちゃんにさぁ…気を付けろよ…」
「えっ?」
ぎくっとして身構えた新垣だが、続いて矢口が発した言葉に心臓が止まりそうな衝撃を受けた。
「あいつ、なんかロンドンで売春宿やってるみたいでさ…加護とか高橋、スカウトに来てた
形跡があるんだよな…」
(!!)
何ということだろう、娼館を経営しているのは矢口ではなかったのか?
「香港から来た中国系のイギリス人の金持ちとかいるだろ?あいつら処女とやると長生き
できるとか信じてるおめでたいやつらだからさ。」
赤信号で止まり、言葉を繋ぐ。
「信じらんない値段で処女貫通権、買うんだよな。あれで圭ちゃん、大分儲けたらしいぜ。」
- 206 名前:埋め込まれた断片、あるいは楼上の怪人 投稿日:2002年04月01日(月)00時01分11秒
- (まこっちゃん……逃げて……)
今や何ものも信じることはできなかった。
火事を起こした隙に小川と高橋を逃がすと悲壮な決意で臨んだはずの加護のあの眼差し…
処女を無理やり奪われてほうけていたはずの高橋の表情…
すべてが今となっては疑わしく、何と言っても保田のあの狡猾な芝居には騙されるなと
いう方が無理なリアリティがあった。
たまたま警察庁から現地に出向している大使館の武官の子が友人ということだけで、新垣は対象から外されたに過ぎない…
(まこっちゃん…逃げて…)
シトロエンを降りた二人は、燃え盛る炎を前に加護の姿を探すが、この日以降、既に闇の
中へと消え去ったアイボンヌ加護と高橋の姿をパリで見たものはいなくなった。
終
- 207 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時30分42秒
- お父ちゃんが七回目の仕事をクビになったと仕事先のオバちゃんから聞いたから、
加護はお父ちゃんが帰ってくる前に家から逃げ出した。
お父ちゃんは酔っ払うと加護の事をこっぴどく殴る。
朝になればお父ちゃんは加護を泣きながら謝ってくれるけれど、それでタンコブが引っ込むわけじゃない。
大きく前後に手を回してて、夜の街をずんずん進んだ。
卒業したての小学校を越え、駅前のデパートを越えると、ちょうど向こうからやってきた最終バスに乗った。
「嬢ちゃん、こんな遅くにどこいくんや」
終点でバスを降りた加護の背に、運転手は疑惑の目を向けてきた。
「行くとこやない。帰るとこやねん」
加護は運転手ににっこりと笑い返すと、逃れるように小走りでバス停から離れた。
どことは決めていないけれど、もっともっともっと遠くへと歩きつづけた。
わずかに見覚えのある土地で、足は小学校の遠足で来た自然公園に向いていた。
- 208 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時35分06秒
- そこは野営地のある広い公園だった。
春休みのキャンパーのものか、夜桜の宴会か、出元がわからない仄暗い灯りがちらほらしていて、
空なのか土なのか境目のわからない闇の空間に漂う人魂の灯りのようだった。
加護は乾いた赤土の見える砂利道から外れ、芝生の中をどんどん進んでいった。
人目のあるとこにいると、警察に連れて行かれてしまう。
そうすると警官にお父ちゃんが怒られて、加護はお酒を飲んだお父ちゃんに殴られてしまう。
今の加護には、うるさく騒ぎ立てる奴らがいないような、暗い、静かな場所が必要だった。
歩いても歩いても隣町の盆踊りを音に聞くような喧騒がどこまでもついてきて、落ち着かない。
けれども、一人夜を過ごす覚悟でやたらに高ぶった気持ちと、闇に沈みきれない曖昧な宴の雰囲気とが
加護の中でぐるぐると混ざっていたお陰で、森の奥で花冷えの冷気に凍る暗黒の色や、
とつぜん耳を鳴らす風音や、草の陰を揺らす小動物の気配などで怯えることもなかった。
手負いの兵士のように大胆に不注意に、加護は夜の公園をずんずんと進んだ。
- 209 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時37分00秒
- 林の中をつっきている最中に、動く灯火が加護の目を掠めた。
見ると、折りたたまれたダンボール片を引きずり歩く娘がいた。
懐中電灯を地面に向けて、遠くに光が漏れないようにしている。
娘は春先にしてはやや厚着ではあったがこざっぱりした服装で、短い髪とひんやりした瞳の持ち主で、
ものすごい美人だった。
そんな娘が背丈のほとんどを隠してしまう土汚れたダンボール片を抱えているのだから、
いかにも不審で不自然だった。
なにかの遠灯りが右頬にうっすらと当たっていて、娘の白い頬を丸く浮き彫りにしていた。
それが肝試しの時、懐中電灯を下から照らした人みたいに見えて不気味だった。
娘の懐中電灯がサーチライトみたいにぐるりと回った。
ぼおっとしている間に光の輪に捕らえられた加護は、反射的ににっこりと笑いかけていた。
- 210 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時37分41秒
- 「なぁんだ、子供か」
そう年も離れてないようなのに、娘はそんな事をほっとしたように言い、
「こんな所にいると危ないよ。帰りな」
すかした標準語をしゃべった。
東から来たのだろうか。
娘の持つ放浪者独特の雰囲気、他人に親切そうに見えてそっけない態度から、
加護は娘を厄介事を運んでくる傍迷惑なタイプではないようだと判断した。
「ちょいとワケありで家出中なんや」
胸を張って真相を教えてやると、娘はぷ、と鼻から破裂音を漏らして再び歩き始めた。
加護は思いつく限りの悪態を浮かべてながら娘の後についていった。
娘は加護を追い払おうともせずにどんどん森の中を歩く。
やがて森が開き、公園内の湖畔の近くに辿り付いた。
- 211 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時39分40秒
- 娘は湖近くのボート管理小屋に近寄ると、窓ガラスを外から引っ張って枠ごと外した。
「お姉ちゃん、泥棒さんか?」
「寝床を借りるだけだよ」
「ならホームレスなん?」
それに娘は答えず、ぽっかり口をあけた窓からダンボールを放り込むと中に入った。
加護も中に入ろうとして、窓枠に手をかける。
「お前、なんだよ」
先に入った娘は、中から犬を追い払うような仕草で手を振って加護を遠ざけようとした。
「もう帰れ。邪魔だよ」
「お姉ちゃんも家出やろ?おんなし家出娘どうしやろ?
なんやぁ奇遇やん?運命やん?今晩、一緒にいさせてや、なぁ」
加護は堰を切ったように一気に言って娘の腕をゆさゆさと揺すった。
- 212 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時42分35秒
- 不法侵入をバラす、と言って脅すような真似はしなかった。
家出には家出のルールがある。
他人の家出に干渉しようとしている加護の方がルール違反をしていた。
それでも夜冷えこむ花咲きの季節に、六方を囲われ風を防ぐ部屋、スイッチで調節できる灯り、
安心して横になれる場所は交渉するだけの価値がある。
「朝になったらバレるから、その前に出るんだからな」
娘は手を伸ばして加護を中に引き込むと、窓ガラスにダンボールをガムテープで張って、
外に光が漏れないようにした。
堂々とした忍びこみ振りから家出慣れしているのかと思ったのに、
娘は布団のないところで寝るのは慣れていないようで、
加護は汚れた地面で髪や肌を汚さないで済む寝方とか、
新聞紙とビニール袋で枕を作る方法とかのコツを教えてやった。
冷めた目のままで加護を賞賛する娘に、加護は言ってやった。
「うちなんか家出のプロやからな。家出で生活できるわ」
ふうんと相槌を打つように感心されて、やっぱりだと確信する。
このお姉ちゃんも『家に着かない』たちなんや。
- 213 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時45分04秒
- 『家に着かない』と言い出したのは、お父ちゃんの仕事先のオバちゃんだった。
拾ってきた猫がしょっちゅう外に出ずっぱり。ご飯だけ食べて帰ってくる。
二日酔いのお父ちゃんの休み届けを出すために古ぼけた事務所に訪れて、
ついでに夕飯の店屋物をご馳走になっていた加護に対してオバちゃんは愚痴をこぼしていた。
「猫は家に着かない言うけどホンマやわ。アンタと一緒な。
ふらっと家出してはメシだけ食べに帰ってくるんやから。ずうずうしいたらあらへん」
加護は聞いてみた。
「オバちゃんは猫を叩くん?」
「そりゃ叩くわな。悪いことしたらビシィと叱ってやらんといい子にならへん」
オバちゃんはそこで言葉を止め、加護の額にあるでっかいガーゼと絆創膏を見てちょっと顔をしかめ、
「子供は叩かれて育つんやから、諦め」
それでも猫が帰ってくるのだから、猫はオバちゃんのことが好きなんだろうし、
だから自分もそれほどお父ちゃんのことは嫌いじゃないんやろうなとぼんやりと思った。
- 214 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時45分54秒
- 「まぁ、猫なんて家に愛着も義理も感じてないんやろ。
家出しても悪いことだなんて思ってないんやろうからな。何言ってもムダや」
オバちゃんの言うとおりで、加護は家出を悪いこととは思っていなかった。
お父ちゃんがヘマをやらかす度に何度も引越しを繰り返したし、お母ちゃんは何人も変わった。
お父ちゃんも頻繁に家を空けるんだから、加護も家にいない日があってもいいはずだ。
加護は家に着かない。
そして加護に素直に感心してみせる娘もまた、家に着かない心をどこかに持っているのだろう。
少なくともこの小屋に丸まって眠るこの間は、二人は家に着かない猫と同じ心を持っていた。
- 215 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時47分59秒
- 翌日、窓ガラスを元通りにして小屋から出た二人は、軽く挨拶をして静かに別れた。
加護は公園の売店でアンパンを買って食べ、水のみ場の水を飲み、
ベンチに落ちていた煙草の箱を拾って、残っていた三本の煙草を吸いながら
満開の桜をぼんやり見つづけて半日を過ごした。
夜になり、加護が拾った新聞紙を抱えて小屋に行くと、すでに小屋の窓にはダンボールが張られていた。
声をかけてノックをすると、中から声が返ってきた。
「どうぞ」
- 216 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)00時57分38秒
- そうして二人の家に着かない少女は一緒に暮らし始めた。
娘はどこからか大きめのリュックを手に入れていて、その中から毎日新しいものを取り出した。
小さな携帯テレビを持ってきた日もあるし、
お湯を沸かせるようにとアルコールランプと小さな薬缶を持ってきたこともある。
ある日に持ってきたぬるい缶ビールは湿った日陰の土に埋め、次の日の夜に掘り出してたくさん飲んだ。
娘が持ち込んだけしからん物には酒だけでなく、煙草もあった。
それも近所のガキがカッコツケで吸うようなメンソール入りの軽い奴で、
お父ちゃんの強い煙草に慣れた加護の口にはまったく合わなかった。
家出ルールに忠実な二人には、互いのことを詳しく話すこともなかった。
宴会やテレビ鑑賞の時間が終わると、娘は壁に寄りかかって静かに煙草を咥えた。
加護は薄暗い部屋の中で娘が咥えた煙草の灯を黙って見つめる。
娘の呼吸に合わせ、娘の心臓のように収縮する光を見つめて加護は長く細いため息をつく。
物語でしか知らなかった静かで真っ黒い森の夜を、煙草の灯火一つを挟んで二人の夜は流れ過ぎた。
- 217 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時01分43秒
- 二人は、一日だけ一緒に昼を過ごしたことがあった。
娘は加護を連れて街に行くと、朝からやっているスパで体を洗わせてデパートで服を代えさせた。
マンガ喫茶で昼寝をしたりゲームをしたりして夜まで過ごし、
未成年者が追い出される時間になるとファミレスに場所換えしてまた時間を潰す。
当たり前のやんちゃな子供たちのように夜の前を潰して小屋に帰る最中、
加護は当たり前の事を言った。
「今までの金、絶対あとで返すからな」
「気にすんなよ。あたしが体売って稼いだ金だから遠慮なく使っちゃって」
娘もどこにでも良くあるような回答をしてきた。
その話はそれきりだった。
- 218 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時05分57秒
- 娘と一緒に暮らして一週間がすぎた頃、二人の家に帰ろうと公園を歩いていた加護は
スーツ姿のオバさんに捕まった。
おせっかいなオバちゃん辺りから加護の捜索を頼まれた指導員かと思い、
諦めたように話を聞いていた加護の顔つきが途中で変わった。
オバさんは、あの娘のマネージャーだと言った。
加護が小屋に戻ってきた時に、娘はまだ帰ってきていなかった。
森の中の秘密の隠し場所からリュックを持ってきていた加護は、
中からアルコールランプとメンソール煙草を取り出すと、アルコールランプを壁に投げつけて粉々にした。
それから煙草を咥えて火をつけると深々と吸ってからアルコールで濡れた床の上に捨て、
すぐさま踵を返して扉から小屋を出た。
- 219 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時06分31秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 220 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時12分34秒
- 木の陰から姿を表した娘は、燃え上がる小屋を見て立ちすくんだ。
娘の家が火事にあった。
血相を変えたマネージャーに乱暴に腕を取られたことにも気を止めず、
娘は加護を見つめていたという。
「お姉ちゃんはもう帰らんとあかんと思う。
うちにはわからんことが色々あるんやろうけど、でも帰らんとあかんと思う」
加護がぎゅっと拳を握り締めて睨みあげると、娘は独り言を呟くように言ったという。
「ちょうどそう思っていたとこだよ。桜が散る前には帰ろうと思ってたんだ」
けれど、加護がお父ちゃんの所に帰れなかったように、
娘も桜が吹雪いて葉桜が見え隠れするこの時期になっても帰れなかった。
放浪癖のある猫たちは、居心地の良い家に着いてしまった。
けれどもこの家は休む場所であっても、たとえ帰る場所であったとしても、住む場所ではない。
また、扉を開けて出ていかないと行けない場所なのだ。
夜風が散らす花吹雪の中で赤々と燃える炎に頬を染め、淡々と語り合う二人の少女の姿は、
キャンプファイアーの前で若い思い出を懐かしむ子供達のようだったと、
火事に引かれてやってきた夜宴の客人の一人が後に証言した。
- 221 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時13分28秒
- ここからは、加護が加護だった時代の最後の全ての顛末だ。
- 222 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時14分26秒
- 未成年の放火犯として警察に保護された少女に真っ先に落とされた罰は、
拘束でもなく道徳的な訓戒でもなかった。
少女は警察にきたときにはすでに泥酔していた父親の酒瓶で殴打されて、
病院の白いベットの上で不自由な二週間を過ごすことになる。
父親は児童虐待の罪で告訴され、少女は遠い東の親戚の家にリュック一つで出向いた。
そこでシミのついた上履きから無数のカッター傷が白く残った分度器まで、
持ち物という持ち物の名前の上にマジックで線を引いて新しい名を書き加えた。
夫と子供を事故で無くした小母の家にはくすねる酒も煙草も置いていなかったので、それらを口には出来なくなった。
月の小遣いが二千円しかなかったので、菓子やマンガを分け合うためのつまらない奴らを見つけてしぶしぶ付き合ってやった。
- 223 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時15分29秒
- 怒鳴り声もも駆け足もない、平穏で退屈な毎日が馬鹿のあくびみたいに長々と続いた。
娘が畳の上に寝転がって伸びを打ちながら馬鹿のあくびをしたら、
涙がボロボロ出て目の周りがぐしょぐしょになったので、
痛い時以外にも涙は出るんだねと母に言うと、母は娘の髪を優しくすきながら言った。
「これから色んな種類の涙をたくさん流して、あなたは大きくなっていくのよ」
結局、娘は退屈な家にそのまま居着いてしまった。
痛くない涙のことを教えてくれなかったお父ちゃんは、
たぶん、娘のことをそれほど好きではなかったのだ。
それでも娘はお父ちゃんに月に一回は手紙を書く。
一緒に暮らしていた時には言えなかった、いろいろな言葉を書き連ねる。
お酒は飲まないほうが、朝に気持ちよく起きれるみたいです。
- 224 名前:メンソールライトの思い出 投稿日:2002年04月01日(月)01時16分41秒
- そして借りた雑誌の中で、狭い茶の間で夕食を食べながら見るテレビの中で、
時には街角の看板などで、短い髪を掻き揚げて、あのひんやりした瞳を遠くに向けて、
気取ったポーズなんかを取っているモデルの娘を見つけるたびに、火事とハッカの味が冷たく蘇った。
乾いた木々と草が焦げる煙の味。バチバチと燃える荒い炎。
香草をブレンドされた煙草が燻らされた味。紙筒の先端で小さく収縮する灯火。
それらが桜の夜の幻のような娘への思い出の味だった。
公園の端、森の中の秘密の隠し場所。
今もほったらかしにされれているダンボールには、マジックでこう書かれている。
「かご・よしざわのいえ」
<終了>
- 225 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時46分37秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃、
- 226 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時48分12秒
家の中では全ての物が大きな炎に焼かれて形を無くしていっていた。
思い出のあるモノが苦痛に歪むように燃えていく。
話は日付を戻して、5時間ほど遡る。
- 227 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時48分49秒
- その日はたまたまだった。
たまたま加護の家に矢口と安倍が来た。
というより寄ったのだ。
仕事の帰りに加護の家に誰もいないというので。
どうせなら泊まって遊ぼうという事になる。
3人でTVを見ながら喋る。
顔見知りのタレントの噂話や印象。
なんでもない会話だった。
「飲みます?」
不意に加護が持ち出してきた瓶。
グラスは3つ用意されていた。
久しぶりにオフのように過ごす夜に、
その誘惑は強かった。
「ちょっとだけ飲もっか?」
誰ともなしにグラスを持ってお互いに注ぐ。
「加護は少しだけだよ?」
ここから歯車は狂い出す。
- 228 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時49分32秒
- 誰もがお酒に弱かった。
一口進むたびに様子が変わる。
笑う者。
絡む者。
愚痴る者。
まさかこんな事になるなんて。
ささいな事だった。
「アハハハ!加護は〜。」
顔を赤く赤くした安倍が加護を笑う。
何もおかしい事などはないんだ。
ただ笑いたい。
「なんなんですかぁ。私だってねぇいろいろあって・・・。」
笑う安倍に仕事の不満を吐き出す加護。
「なんだなんだ?加護〜、何言っちゃってるんだよぉ。」
愚痴る加護に絡む矢口。
それを見て笑う安倍。
笑う安倍を見て愚痴る矢口。
そんな加護に横から絡む矢口。
- 229 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時50分06秒
「もうっ!」
それはお酒の入った事故だった。
絡んでくる矢口を押しのけたのは加護。
ふらつく足ではその衝動に耐えられず、後ろに倒れて行く矢口。
笑って加護を見ていた安倍はそんな矢口をよけるなんてできず…。
ドタンッ!!
大きな音がして矢口と安倍は床に倒れた。
「あっ、ごめん!」
慌てて二人を起こしに行く加護。
「いててて。加護のバカ力!!」
後頭部をさすりながら矢口が起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「ごめんごめん、なっち。」
二人の前にいる安倍は少しも動かなかった。
何度呼びかけても、何度揺さ振っても、
もう安倍は動かない。
- 230 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時50分47秒
すぐに二人がした事、それは大人を呼ぶ事。
お互いに自分が殺したと思い体が震える。
涙ながらに、震える声で大人を呼んだ。
「なんや?何があったんや?」
呼ばれた大人は中澤。
訳もわからずに連れて行かれた。
「へ?なっち?なっち?どうしたん?」
床に倒れたままの安倍にすぐさま駆け寄る。
安倍のその姿はどう見てももう人として機能していない
のがわかった。
「ちょっ何したん?」
震えて身を寄せ合っている二人を振り返る。
「救急車とかなんで呼ばんかったんや!」
そんな中澤の目に飛び込んできたのは数本もの空瓶。
それは床にも転がっていて。
「酒飲んどったんかいな・・・。」
落ちていた1本を拾い上げながら中澤は立ち上がった。
不祥事。
未成年者の飲酒。
そのあげくに人が死んだ。
世間は黙ってはいないだろう。
- 231 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時51分38秒
「どうにかするしかないな。」
床に寝ている安倍を見ながらポツリと中澤はそう呟いた。
矢口と加護は中澤を見つづけている。
涙はいつのまにか止まっていた。
「こんなん誰にもばれたらあかん。うちらだけでどうにかせな。」
全てがなくなってしまう。
今まで積み上げてきた物が。
ばらしてはいけない。
なんとかきりぬけなくては。
「なっちを…この遺体をどうしよ。」
遺体。
その言葉で矢口が崩れ落ちる。
「どうしよう。どうしよう裕ちゃん。」
焦点の定まらない眼で安倍を見る矢口。
加護は震えながら、中澤に救いを求める目を見せつづけた。
自分の家で人が死んだのだ。
もはや普通の精神状態ではなかった。
だけど冷静だったのは彼女だった。
「矢口、とりあえずなっち動かそうか。
加護、隣の部屋に置いていいか?」
中澤の言葉に矢口がフラフラと立ち上がり近づく。
加護は頭だけを動かして返事をした。
- 232 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時52分30秒
隣の和室に連れて行こうとしたのだがなかなかできない。
中澤も矢口も、安部の体を掴むことができなかった。
手を伸ばしてみても寸前で手が止まる。
「なっち・・・。」
そんなやりとりを少し下がった所で加護は見ていた。
「…ごめんっなっち。」
勢いをつけて中澤が安倍の腕を掴む。
それを見て矢口も安倍の足を掴んだ。
そしてそれをみて加護は瓶を掴んだ。
急いで隣の部屋に移動させると少し乱暴に安倍を下ろした。
もう触りたくない、そう体が叫んでいた。
「これからどうすんの?」
矢口が中澤を見る。
「・・・わからん。どうしよう。」
二人の間に静かに横たわる安倍を見つめながら、
途方にくれるしかなかった。
- 233 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時53分08秒
- 「私、考えがあります。」
加護が足音も立てずに近寄ってきていた。
「なんや?ゆーてみ・・・。」
そう言って振り返ろうとした時だった。
中澤は何が起こったのかわからなかった。
頭が真っ白になって自分が倒れて行くような感覚だけ。
矢口が口を動かしていたが、中澤には何を言っているのかわからなかった。
ただ、中澤は最後の矢口の表情だけが気がかりだった。
矢口はソレを見ていた。
加護が手に握り締めた瓶で力任せに中澤の頭を殴るのを。
スゴイ音がした。
瓶が砕け散った。
中澤が倒れ込んだ。
足がまったく動かなかった。
矢口は自分が中澤の名を叫んでる事、
そして加護が近づいてきて瓶を振りかぶった所までで
意識を失った。
- 234 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時53分44秒
- 加護は目の前に倒れている3人を見ていた。
砕け散った瓶の破片は元居た部屋に押しやった。
加護は財布を握ると3人の寝転ぶ部屋からでた。
部屋に火をつけて。
そのままの姿で靴をはく。
最後に加護がした事は台所のガス栓を開いて、
誰にも見つからないように家をでる事だった。
たまたま、加護は買出しに行っていたので助かったのだ。
酔っ払って寝てしまった3人は逃げ遅れた。
安倍と矢口だけでは酒で寝るという印象は無い。
中澤が酔って寝るというのは印象深い。
それであの二人が巻き添えをくっていた事にすればいい。
加護の中でのシナリオはこうだった。
コンビニでお菓子を買い込んでから雑誌を見て過ごす
加護は自分の完璧さに安堵の表情を浮かべていた。
間もなくサイレンが激しく辺りに鳴り響く。
加護はゆっくりと雑誌を棚に戻した。
- 235 名前:現実と狂気の狭間に 投稿日:2002年04月01日(月)01時54分23秒
- コンビニを出て歩き始めると炎が見えた。
空が赤く光っている。
近づくと深夜にも関わらず、けっこうな数の野次馬がいた。
燃えている。
炎が全ての物を焼き尽くすように燃えている。
全てを焼き尽くせ。
何も残さずに、全てを。
加護は炎を見つめながら、その炎の力に少し酔いせれながら
家の前に立ち尽くしていた。
「そういえば中澤さんは可愛そうやな。」
ほんの一瞬、この瞬間だけ、
加護は感情を取り戻していた。
すぐに目の前の炎がそんな感情を吹き消したんだけど。
END
- 236 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)06時59分53秒
- かごのかじ
加護の家が火事にあった。
マネージャーが駆け付けた時、加護は火事を見つめていたという。
「ま、犯人はウチやねんけどな」
一方その頃
- 237 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時03分12秒
- 加護の火事を知ったメンバーは動揺していた。
それも、原因は放火と推測されるという情報が追い打ちをかける。
仕事が早く終わり帰宅していた加護が無事だったということだけが、唯一安心できるニュースだった。
つじのかじから始まり、新人マネージャーの逮捕で終結した一連の放火騒動。
辻の一家は新しい家への引っ越しが済み、生活も軌道に乗り始めていた。
安倍も新しい部屋に移り、護身用の木刀は物置の奥の方に仕舞われた。
飯田は真っ白になった安倍を思い出しては笑いながら、ベランダの掃除を終わらせた。
新しいカバンを買った高橋は毎日大事に使っていた。
それらの記憶が少しずつ薄れていって、
いつものモーニング娘。としての日々に戻りつつあった矢先の火事。
メンバーに動揺が無い方が、おかしい。
あのときの暗く沈んだ雰囲気が再びメンバーを覆う。
- 238 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時04分57秒
- 珍しく仕事が早く終わった85年生まれの3人組は、事務所の言いつけを破って石川の部屋に集っていた。
何をするというわけではない。ただ、不安となんとかしくちゃという思いだけは共通している。
そして、実際にできることはほんのわずかな事しか無いという事も。
「ごっちんの予想、外れたね」
吉澤がぽつりとつぶやく。
「まぁね。インターネットの情報なんてそんなもんでしょ」
いかにも、といった感じで返す後藤。その情報を一番信じていたということを棚に上げて。
「ねぇ、あいぼんちの火事は今までの火事と関係あるのかなぁ」
不安げに縮こまっている石川に後藤が答える。
「どうだろ。一連の火事はあのマネージャーが犯人ってことで一件落着したんだけどね」
- 239 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時05分47秒
- 「ま、関係ないだろうと思うけど、絶対とは言い切れないわね」
楽屋に残った保田と矢口の話題もまた、火事のことだった。
「脅迫状もないし、加護はあのマネージャーと関係ない。それに犯人は拘置所にいる。」
「でも、友人や家族あるいは恋人の復讐ってセンは?」
「あるいは、あのマネージャーは単なる捨て駒で、黒幕となる真犯人がいるのかもしれない…」
保田は自分の発した言葉の意味に、恐怖を感じた。
もし、もし本当に真犯人がいるのだとしたら…。
信じたくない。もうあんな恐怖の日々を送りたくはない。
2人の間を重い雰囲気が支配する。
直接被害を受けてない保田や矢口ですらこれである。
被害者である辻・安倍・高橋・飯田、そして加護の心情は察するに余りあった。
- 240 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時06分47秒
- 新垣はあたりを見回してから、鍵のかかった楽屋のドアをノックして合言葉を言う。
「入れてください。お願いします」
高橋か小川の声がドアの向こうから返ってくる。
「またあんたかぁ〜。ダメだダメだ」
少しタメを入れてからワンフレーズだけ歌う新垣。
「愛をください〜」
それに反応し、音を立ててドアが解錠される。
素早く楽屋に入る新垣。中には同期の3人が。
「…あのぉ、恥ずかしいんですけど」
手に持ったジュースを配り終えて、新垣がイスに座りながら口を開く。
「リサちゃん、先輩たちに見つかったら大変でしょ」
「後藤さんたちが保田さんに怒られたように」
「だからこうやって合言葉決めてるの」
「う…」
その理屈はわかる。だからといって恥ずかしい小芝居を再現しなくてもいいじゃないか。
それを言いかけるが、話題はすでに変わっていた。
- 241 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時07分27秒
- この状況ではどうしたって避けられない話題に入っていく5期メンたち。
「やっぱり、後藤さんたちみたいにメンバーの家を見張るの?」
「それが確実かもしれないけど、現実的でないでしょ」
「愛ちゃんのときみたいに仕事しているときだったどうしようもないじゃない」
「そうだよね…」
「それにさ、加護さんの火事は関係ないかもしれないじゃない」
「そうだよ、偶然加護さんの家が放火されたのだよ」
口々に言い合う4人。しかし、進展するわけでもなく話は堂々巡り。
そのうちに話が途切れて、誰もがうつむいてしまう。
自分たちの限界を感じて、気持ちだけが空回りしている。
いかに今をときめくモーニング娘。であっても、年端も行かない少女たちのできることは限られている。
4人は、自分たちの小ささを今更ながら痛感する。
- 242 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時08分10秒
- 「関係ないかもしれないですけど…」
沈黙を破って、紺野がためらいがちにしゃべり出す。
「加護さんて、タバコ臭いときありませんでした?」
いつも突飛なことを言う紺野だが、このときもほかの3人はすぐに理解できなかった。
「気がつかなかった…」
「私、親が吸ってるからわからない」
「…どういうこと?」
「そんなにあるわけじゃないんですけど…今までに2〜3回ほど…。
一番最近は…飯田さんの部屋が火事になった日かな…」
紺野は懺悔するかのように、ゆっくりと言葉を続ける。
「そういえば、加護さんはたまにすっごく寂しそうな暗い表情してるときがあるんです。
でも、すぐにいつも通りの顔になって…」
「…私もそれに気がついたときある」
「それ、本人に聞いたことあるの?」
高橋の問いに、小川と新垣は首を振る。
再び、沈黙があたりを支配する。
- 243 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時08分55秒
- 意を決した高橋が、口を開く。
「これから、みんなで加護さんを励ましに行こうよ」
その言葉に他の3人も顔を上げる。
「犯人をつかまえることはできないけど、励ますのなら私たちにもできるはず」
高橋がその大きな瞳に自信をともしていた。
「そうですね。私たち、いっぱい先輩たちに助けてもらいました。少しくらい返しても罰は当たらないです」
紺野の言葉に全員がうなずく。
そう、私たちができることをやればいいんだ。気持ちはきっと伝わるはず。
4人が立ち上がって円陣を組む。そして、誰が言うでなく手を重ねる。
「「がんばっていきまーしょい!!」」
「そうだよね…」
「それにさ、加護さんの火事は関係ないかもしれないじゃない」
「そうだよ、偶然加護さんの家が放火されたのだよ」
口々に言い合う4人。しかし、進展するわけでもなく話は堂々巡り。
そのうちに話が途切れて、誰もがうつむいてしまう。
自分たちの限界を感じて、気持ちだけが空回りしている。
いかに今をときめくモーニング娘。であっても、年端も行かない少女たちのできることは限られている。
4人は、自分たちの小ささを今更ながら痛感する。
- 244 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時09分28秒
- 「いらっしゃーい、つーじ」
「こんにちはなのです」
辻の家が火事になった直後、辻は飯田の部屋に泊まっていた。
一連の事件が終結した後、辻の家族は新しい家を見つけて引っ越しをすませた。
もちろん辻もそこへ一緒に住んでいた。
しかし辻は飯田の部屋を懐かしく思うのか、たまに遊びに来たりしていた。
この日も以前から辻が遊びに来たいと希望していた。
とはいえ、加護の火事の直後である。2人とも気分は晴れなかった。
「あいぼん、だいじょうぶでしょうか?」
「マネージャーから電話で様子を聞いたけど…やっぱり大変そうだって」
「心配です…」
それはそうだろう。辻も少し前に同じ目に遭ったのだ。
その時は加護が心を痛めていた。今の辻はそれ以上に心配しているに違いない。
「あいぼんは最近元気がなかったら、とっても心配です」
- 245 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時17分15秒
- 「そうなの?カオリ気付かなかった…」
飯田はまた、自分がリーダーとして未熟なのを思い知らされる。
「飯田さんとかといっしょの時はいつもと同じですけど…」
言い淀む辻。先を促したいが、無理強いはできない飯田。
「…ひとりの時とか、ほんのちょっとだけなんですけど。すごくつらそうにしてるんです」
「教えてくれてありがとね。こんど、加護も一緒に誘って遊ぼうよ」
「それはいいですね。ののは遊園地がいいです!」
辻が笑顔で返した。
- 246 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時19分25秒
- スケジュールに振り回される日々が続く。
火事にあった加護も同じ、立ち直る時間はわずかしかなかった。
しかし、本人よりも周囲の方が影響が大きいようだった。
ワイドショーはこの火事を取り上げないところは無かった。
そして、必ずこれまでの放火との関連を取り上げていた。
その中身に意味は無く、適当な推論をでっち上げては、深刻そうな顔をする出演者を映していた。
偉そうなことを言って次の話題に話を持っていく司会者を見て、保田が毒づく。
「…ったく、そんな偉そうにしててもアンタかつらでしょ」
「圭ちゃん、それ言い過ぎだよ。火事には関係ないし」
矢口がなだめるが、おさまりそうになかった。
「おかげさまで昨日は外出もできなくてさ。ったく頭にくる!」
その気持ちは矢口も理解できた。矢口のマンションにも記者が張り付いていてたし、他のメンバーも然り。
昨日の仕事は遅くまでかからなかったし、今日も集合が遅い。
なのに、みんなリラックスした表情をしていないのがその証拠。
- 247 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時22分06秒
- 高橋ら5期メンバーも、表情に疲労の色が濃かった。
仕事が終わり、勢い勇んで加護と加護の祖母が仮住まいとしたホテルへ向かったところまではよかった。
ところが、肝心の本人は居なくて空振り。加護の祖母と帰りを待つも、一向に戻らなかった。
気が付くとどこで嗅ぎ付けたのかホテルの外はマスコミでいっぱいだった。
裏口から密かに脱出しようとするも失敗、もみくちゃにされるという散々な結果に終わったのだった。
「…でも、今日も加護さんおかしいですよ」
「やっぱり。私もそう思った」
「なんていうのか、カラ元気じゃなくて、…キレちゃって元気になってる感じ」
「当然だけど、私たち以上につらいんだよね…」
いつかの威勢はどこへやら、再び無力感に打ちひしがれる5期メンたち。
- 248 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時24分08秒
- 楽屋から離れたところの、人気のないエリアにトイレ。
その個室のひとつから金属の擦過音が繰り返し響く。
後に続くはずの炎の音が、しない。
それを知ってかあるいは知らないのか、少しの間をおいて再び繰り返す。
何度か繰り返して、ついとあきらめた加護は手の中で鈍く光るライターを見つめた。
それは石川にトイレでばったりあったあのときに落としたライター、そのものだった。
そのあと、保田を経て後藤へと渡り、ようやく加護の手に戻ってきたライター。
それはなんの変哲もないオイルライターであったが、加護にとっては大切なものだった。
父が肌身離さずに持ち歩き、タバコを吸うときは必ず使っていたライター。
オーディションに合格して上京するときに、加護はそれをねだった。
渋い返事をする父。おそらく、父にとっては宝物か思い出の品だったのだろう。
しかし、娘を思う父親は強固に反対できなかった。
そうして、父のオイルライターは娘の手へと渡ったのだった。
だが、加護は悩んでいた。
このライターを持っていることが、自分には悪いことなのかもしれないと。
- 249 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時25分48秒
- ライターをポケットにしまって、左手の絆創膏を剥がす。
その下には小さな火傷があった。
昨日は祖母やマネージャーを巻いた後、大量の花火を買い込んだ加護。
向かった先は近くの公園。そこで、季節はずれの花火大会を開いた。
花火大会の仕掛人が加護で、観客も加護だけだった。
唯一、管理人らしき人が片づけの注意をしにきただけだった。
メンバーや家族だけでなく、普通の人でさえ気にかけてくれなかった。
なにが芸能人だ。なにがモーニング娘。だ。涙ぐむ加護。
それでも、時間を気にすることを忘れずに、無理矢理泣きやんで立ち上がる加護。
ここまでして得るものと失うもの、そしてそれらの大きさに気付かずに。
- 250 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時26分27秒
- 飯田と安倍、矢口そして保田は話し合った末に、ある結論に達していた。
その日の仕事が終わって向かった先は、所属事務所のあるビル。
4人そろって向かった先は、会長室。
偶然にも会長の山崎は在室でしかも空き時間であった。
飯田は単刀直入に切り出した。
「会長、私たちにもっと休みをください。」
ほかの3人も頭を下げた。
山崎はそれを一瞥して、視線をそれまで見ていた書類に戻しながら言った。
「それはできない。芸能人がいつまでも稼げないことはおまえたちでもわかるだろう。
だから、稼げるうちに目一杯稼ぐ。ひいてはそれが君たちのためにもなるのだ」
予想していた反応だった。それでもあきらめない。
無理な話だというのは重々承知の上での直訴だった。
「それはそうかもしれません。しかし、私たちはモーニング娘。である前に人間なんですよ!」
「一連の放火事件ときに予定していたお休みも、事件が解決したらすぐに無しになったじゃないですか」
保田が飯田に加勢する。その言葉に山崎は少しだけ視線を動かして答える。
「労働基準法には触れていない。すなわち、問題は無いのだ」
「法律上はそうかもしれません。しかし、実際は違うじゃないですか」
- 251 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時35分45秒
- 山崎がゆっくりと書類をデスクに戻した。
「それは聞き捨てならないな。具体的に聞かせてもらおうじゃないか」
そんな法律逃れるのは簡単なこと。ここでそれを討議するつもりは無かった。
「法律の問題ではないんです。会長が私たちの事をどう思っているかが問題なのです」
「君たちは頑張ってると思うよ。本当に感謝している」
当然の返答をする山崎。
「だったら私たちのことをもっと真剣に考えてください。お願いします」
「君たちはわからないのかね?私たちがどんなに苦労して君たちを守っているかを」
山崎の声の調子がすこしだけ変わった。同時に素早く視線を4人へ回す。
恫喝だ。この先は想像したくない。あるいは、福田や市井が通ったかもしれない道。
飯田がそっと深呼吸して意を決する。
「それなら、私たちが加護を告発します。」
「なんのことだね?加護の火事はコンロの故障と聞いているが?」
山崎の声が少しだけうわずるのを飯田は見逃さなかった。
夕方のワイドショーではコンロの故障が原因として火事を過去のものとしていた。
しかし、それが本当の真実かどうかは定かでない。
「もう一度だけ言います。加護亜依を放火の犯人として告発します」
- 252 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時40分49秒
- 人があまり来ないトイレから出た加護の視界に、人影が映る。
長身にロングヘア、そして強く輝く瞳は紛れもなくリーダーの飯田だった。
加護は素知らぬふりをして通り過ぎようとしたが、その前に飯田の手が二の腕をつかんだ。
飯田は加護の目を見つめた。その大きな澄んだ瞳に負けて思わず視線を逸らす加護。
ポケットの僅かなふくらみに気が付いて、手をあてる飯田。
はっと気付いて身をよじって逃げる加護。
「火は、人類最大の発見って言われてるんだ。それがわかる?」
飯田の声に含まれる感情が、加護を動けなくする。
顔がこわばるのを感じる加護。しかし、確証はないはず、とすぐに表情を作り直す。
「正しく使えば、火は世界を明るく照らし出してくれる。でも…」
加護の表情は不自然なものになっていた。
「間違った使い方によってはすべてを灰にしてしまうことだってできる。
物だけじゃなくて、人の希望や喜びまでも焼き尽くす。そこに残るのは、悲しみだけ」
加護の緊張がとけ、ほほには光る物がつたった。
- 253 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時52分27秒
- 「ねぇ、教えてほしいんだ。本当のことを」
安倍と保田、そして矢口が姿をあらわす。
喫煙の件で保田には頭が上がらない加護、また迷惑をかけたのかと思うと今更ながら心が痛んだ。
「…ええですよ。なんでも答えます」
おとなしく従う加護。
「このライター、とうちゃんのなんですけど、寂しいときはこれで気を紛らわしていたんです。
初めは眺めてるだけだったんですけど、いつの間にか火をつけるようになって…。
ちょっと前に仕事とかホンマにキツくて、それにさみしかったんですわ。
とうちゃんとかあちゃんになかなか会えへんし…。めっちゃつらかったんですわ」
加護はそこで一端言葉を切った。
みんな、真剣に聞いていた。
- 254 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時53分04秒
- 「そのときですわ、ののの家が火事になったのは。
ののはすっごくかわいそうだったけど、なぜかうらやましく感じたんですわ。
メンバーのみんなに親切にされる辻がすごい幸せに見えて…」
嗚咽をこらえきれない加護を、飯田が包み込むようにそっと抱きしめる。
「それに、火事になれば実家のとうちゃんやかあちゃんも加護のところへ来てくれるかなって…
でも、来てくれなかった。それで、もうどうでもいいやって…」
そこから先は言葉にならなかった。しかし、4人には加護の思いが痛いほど伝わった。
- 255 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時53分44秒
- 言うべき事をすべて言った飯田は、全身を緊張させて正対した相手の反応を待った。
飯田の強い瞳に射られた山崎は、頭を抱えて少し考え込んだ。
予想外の抵抗に困窮したのか。あるいはいろいろな損得勘定をしているのだろうか。
「…つまり、過密スケジュールが加護の心を蝕み放火へ走らせたと、そう言いたいのかね」
「簡単に言うと、そうです」
ようやく発した山崎の言葉に、飯田は強く答えた。
「簡単に言わないと、どうなんだね?」
山崎がイスの背もたれに上体を任せながら、なげやりに言った。
「寂しさに耐えきれなくなった加護が、父親の思い出の品であるライターを…」
「もういい。わかったからもういい」
ぞんざいに手を振って言葉を遮る山崎。それから手帳と書類を見比べた。
「君たちも子供じゃないからわかるだろうが、仕事の性質上すぐというわけにはいかん。
担当者と話し合わなくてはならないが、善処しよう。」
「本当ですか?」
「本当だ。これは大人の約束だ。破らないよ」
山崎が初めて笑った。いくつもの意味が込められた笑みだった。
- 256 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時54分25秒
- 「…最後にいいかな?」
細かい確認を終えて退室しようとした飯田らに、山崎が声をかけた。
「君たちはどうして加護が放火したとわかったんだね?」
「マネージャーが”ま、犯人はウチやねんけどな”って聞いた、って話を聞きました。」
「そうか。放火犯に口の軽いマネージャーか。まったく社員教育がなってないな」
そういって山崎は大声で笑い出した。
放火犯はゴメンだけど、口の軽いマネージャーは結構。
それに、地獄耳を付け足した方がいいかもしれない。
今回はそれに助けられたのだから。
山崎は閉まる扉を見送りながら、彼女らの成長に感心していた。
転んでもただでは起きないのが山崎の信条。
その頭の中では、今までの瞬間的なアイドル路線だけでなく、
本格的な長期路線の青写真が描かれつつあった。
- 257 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時55分10秒
- 久しぶりの連休。
飯田は約束通りに、辻と加護を遊園地に誘った。
時間通りに集合場所へ到着した飯田を待っていたのは12人のメンバーだった。
飯田の到着でメンバーが全員そろったことになる。
みんなが飯田を囲んで歩き出す。事態を理解できない飯田。
「今日はね、カオリの日なの」
矢口の言葉に目を丸くする飯田。まだわからない。
「このお休みはカオリが会長から勝ち取ったものでしょ。だから、今日はカオリに感謝する日!」
安倍が腕を振りながら付け加える。
「そうなの?ホントに?!」
未だに信じられない飯田。一部始終を知っているメンバーは皆うなずく。
「でも、カオリの力だけじゃないよ。みんなが助けてくれたから頑張れたんだよ」
「もーさ、どっちだっていいじゃん。今日は思いっきり遊ぼうよ!」
後藤が吉澤と石川を引きずりなから言う。それに反応して立ち止まる飯田。
- 258 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時55分54秒
- 「よーし、それじゃ思いっきり遊ぶために気合い入れよう!」
差し出した飯田の手を見てその意味を悟るメンバー達。
「本当にやるの?」
「人が見てますよ…恥ずかしいです」
「えぇ〜マジで?」
飯田の提案に文句を言いながらも、結局は円陣を組む13人。
なんだかんだ言っても、13人でモーニング娘。なのだ。
大切な仲間であり、友であり、ライバルである。誰一人として欠くことはできない。
しかし、いつまでもこのままではいられない。
だから、今この時を目一杯楽しむんだ。みんなでこうやってバカやりながら。
「さ、いくよ!がんばっていきまー」
「「しょい!!」」
- 259 名前:そして、かごのかじが起きた 投稿日:2002年04月01日(月)07時56分25秒
- おわり。
- 260 名前:マルチスレの300 投稿日:2002年04月01日(月)10時28分47秒
- 以上で作品投稿を終了します。
4/4(木)午前9:00まで作品投票を受け付けますので、ご参加ください。
投票方法は気に入った作品を3つ列挙してもらうというものです。
均等に1点ずつとなります。
投票スレ;
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感想スレ
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