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天上天下の交わり
- 1 名前:lou 投稿日:2002年04月04日(木)00時35分09秒
- 十人時のメンバーを中心として書かせていただきます。
sageで進めさせてもらえるとありがたいです。
- 2 名前:lou 投稿日:2002年04月04日(木)00時40分36秒
- あと、お気づきになられた方もいるかもしれませんが、別板にて放棄作品を書いてしまいました。
完全な見きり発車によって作品を続けることが出来なくなってしまい、
管理人様、自分の作品を気にしていてくださった皆様には多大な迷惑をおかけしたことをお詫びします。
今回はその点を反省し、(当然のことですが)先の見とおしはあらかじめ立ててあります。
絶対に放棄はしませんので、よろしくお願い致します。
長々とウザイですね。
次から始まります。
- 3 名前:lou 投稿日:2002年04月04日(木)00時53分10秒
- なつみは、目の前の光景に身体の震えを押さえる事が出来なかった。
目の前に広がっているのは、明らかに不自然な光景。
よって、その光景は現実ではないと考えるのが自然だし、なつみ自身もすぐに夢だと認識する事が出来た。
しかし、ただ無意味に不自然ではないことが、なつみの身体を震わせていた。
言わば、明確な理由のもとに生み出された不自然な光景。
「カ……」
ようやくなつみの口をついて出て来た言葉は音のまま消え、身体の震えを支えきれなくなった膝は、地面に崩れ落ちた。
目の前には、一面の花畑。
ただひたすらに、タンポポとリンドウのみが咲き乱れる花畑が広がっていた。
- 4 名前:lou 投稿日:2002年04月04日(木)01時24分20秒
- ――――
春風が気持ちいい三月末の日曜日。
スズメの鳴き声が聞こえる中、圭織は、友人のなつみが家を出て来るのを、愛用の自転車に跨りながら待っていた。
すでに約束の時間は過ぎており、こんないい陽気の日に待たされる身はツライ。
気を抜けばウトウトとしてしまいそうになるのをこらえて、圭織が改めて時計に目をやったその時、
「ゴメンカオリー、ちょっと寝坊しちゃってね」
「なっち遅いよ〜、何やってたのさ〜」
寝坊の為か満足に髪のセットすらできていないなつみが、ようやく家から出て来た。
約束の時間から遅れる事十五分、家の前で待ちつづけていた圭織は、とりあえずなつみが嘘をついていないことを確認する。
持ち前のかわいい顔が台無しになってしまうほど、所々髪の毛を弾けさせているなつみは、本当に寝坊した様だ。
なっちらしいな、と圭織は心の中で微笑む。
「じゃあ早く行こう、自転車持っておいでよ」
そう言ったまま圭織はなつみの返事を待たず、向かい風に向かって颯爽と自転車をこぎだした。
- 5 名前:lou 投稿日:2002年04月04日(木)01時49分46秒
- 「カオリー、なんか嬉しそうだねー」
ようやく追いついてきたなつみが、顔を覗きこみながら言った。
「ぷにぷに」と言った擬音がしっくりくるようななつみの顔は、自然と見る者を笑顔にさせる。
そんななつみのおかげか、それとも、少し先の未来に思いを馳せているのか、圭織は笑顔で応える。
「決まってるじゃんかー、だってカオリ花って大好きだもん」
「なっちだって好きだよー。やっぱさー、いろんな花あるんだろーねー」
なつみが完全に追いつき、ぴったりと横につけ並走する格好になり、歩道を占領する形になってしまった二人。
タイミングを見計らってガードレールの外に自転車を持ち出し、それと同時にスピードを上げる。
「よーしカオリ、競争だべ」
ペダルを思い切り踏み込んだなつみが言う。
「あー、今カオリが言おうとしたのにー」
しかし、圭織のとても圭織らしい発言に、なつみは思わず笑ってしまった。
そのせいでスタートダッシュに遅れる事になる。
「へへー、なっちお先〜」
「あ、カオリ卑怯〜」
してやったりの顔で逃げる圭織と、頬を膨らませ何事かぶつぶつと呟きながら追いかけるなつみ。
こうして二人は確実に、植物園へと向かって行った。
- 6 名前:lou 投稿日:2002年04月07日(日)20時25分45秒
- 植物園に着いた二人は、入口の方へ向かって歩き出した。
自転車置き場から多少歩かねばならない位置に入口があるためか、自転車の数は多くない。
向かう途中に、備え付けてある自販機でジュースを二本買う。
もちろん、代金は競争に負けたなつみ持ちで。
しかし、入口まで来た二人は顔を見合わせ絶句した。
「なんだこれ……」
「ウソ……」
既に開園しているはずの入口では、まだ十組程の家族が列を作っている。
確かに数ヶ月前から話題にはなっていたし、今朝の新聞にはご丁寧におり込みチラシまで入っていた。
それにしてもここまで人が集まるとは、二人とも予測できていなかったのだ。
「どうしよカオリ、帰ろうか?」
なつみが問う。
問うてはいるものの、せっかく来たのだから帰りたいとは思ってはいないだろう。
なつみの遠慮がちな部分がよく現れている。
「いや、待ってようよ」
対して圭織は、言いたい事は言うタイプである。
「そだね、待ってようか」
そして大概、なつみは圭織の決定に従う。
友達同士なんだから、言いたい事言えばいいのになと、圭織はいつも思っている。
- 7 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月07日(日)20時44分25秒
- 結局そこからさらに二十分待って、二人はようやく植物園に入ることが出来た。
外から見た印象は、ガラス張りのビニールハウスという感じで大して大きくは無い。
しかし中に入ってみると、スペースの使い方がうまいのか結構広く感じる。
もっとも、今はたくさんの人がいるため、余分なスペースはほとんどないが。
そしてこの植物園には、他の植物園とは大きく違う一つの特徴があった。
それは同時に、二人がここに来た理由でもある。
「知っているものを知ってください」
これがこの植物園のキャッチコピー。
言葉通り、誰もが知っているようなものを徹底的に掘り下げ展示しているのだ。
- 8 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月07日(日)20時58分43秒
- 周りが親しみやすい植物ばかりのためか、二人の足はよどみ無く進んでいく。
が途中、説明の書いていなかったひまわりに関して二人は意見を戦わせる。
「ひまわりは太陽に向かって咲くんだよ〜」
「違うよ、ひまわりは一定の速度で動いてるの。そこにたまたま太陽があるだけだって」
そしてある程度進んだところで、二人は顔を見合わせた。
「それじゃなっちはこっちだから」
なつみが右方向を指差して言えば、
「あ、カオリはあっちか。じゃ出口で待ち合わせね」
言いながら圭織は左方向へと歩き出していった。
二人の目的はそれぞれ、なつみがリンドウで圭織がタンポポ。
タンポポと、リンドウ……。
――――
- 9 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月16日(火)20時19分07秒
- ――――
はっきりとした耳に流れこんでくるのは、館内放送ではない。
開かれた目に映るのは、リンドウではない。
昨夜かけっぱなしにしておいたクラシックと、黄色のかかった天井。
何もおかしくは無い、今住んでいるなつみ自身の部屋の風景。
それなのに、布団から起きあがったなつみは辺りを食いいるように見まわした。
先ほどまで自分を囲んでいた植物を、隣にいた圭織を見つけるかのように。
が、やはりここはなつみの部屋。
見える植物は、作り物の観葉植物だけだし、圭織が突然自分の部屋にいるはずも無い。
一つ大きなため息をつき、布団から起きあがったなつみは、その足でミネラルウォーターを取りに行った。
途中、わずかに開かれたカーテンからさす光を見て、なんとなく時間を推測する。
全てが夢だった事を、認めざるを得なかった。
- 10 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月16日(火)20時20分15秒
- なつみの予想は的中しており、時計が示していたのは九時少々過ぎ。
もっとも、目覚し時計が九時半にセットされていたため、それを予想するのは容易な事ではあった。
今日は休みなので、九時過ぎならばもう少し眠っていても問題は無いのだが、あいにくなつみは目が覚めてしまってすぐに寝られるほど器用な人間ではない。
仕方なく、食パンを一枚オーブンに放りこみ、着替え始めた。
手際よく着替えを済ませれば、程よく焼けたパンとばっちり鉢合わせする事が出来る。
何に滞る事もなく着替え終え、オーブンからパンを取りだし、冷蔵庫からは牛乳とマーガリン。
現代人っぽく、いつも朝食はこれだけ。
とは言っても、仕事のある日は食べ過ぎになるほど昼食を食べなければならないため、ダイエットというわけではない。
そのせいか、小柄で丈夫に見えないなつみだが、今までに数えるほどしか病気をした事はなかった。
- 11 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月16日(火)20時20分55秒
- 食事を終え、なつみは朝刊を取りに行った。
わんさとある広告の中から、近くにあるスーパーの広告を見つける。
「Lが65円って安いなぁ」
卵一パックの値段を見て、思わず声を出してしまった。
どうしても、広告やカタログなどに対して独り言を呟いてしまうクセがなつみにはある。
周りの友達はおかしいと笑うが、どこが変なのかなつみにはわからない。
大体、
「カオリだってよくブツブツ言ってたし……」
ふと呟いた一言に圭織の名前が出て来て、急に黙ってしまった。
同時に、なんとなくこの場に居辛くなり、そそくさと部屋に戻る。
「どうしてる…て言うか、どうなったのかなぁ、カオリ……」
また、無意識で独り言を呟いていた。
- 12 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年04月16日(火)20時22分04秒
- 部屋に戻り、なつみがまた広告に目を通していると、
「あれ?」
見た事のない、小さな紙が一枚紛れ込んでいた。
真っ白くて、何も書いてない。
そしてそう言うものを見つけた時、人間は条件反射で、裏を見ようとする。
例に漏れず、なつみもその紙を裏返してみた。
するとそこには、
「初めまして。
吉澤ひとみというものです。
今日の正午頃、あなたを伺わせて頂こうと思いますので、準備をなさっておいてください」
黒いボールペンか何かで、やや小さめの文字で書かれている。
丁寧な字だ。
が、最後の文はどことなく変な感じがする。
文法的に不自然な気もしないでもないが、よく考えればそんなことは大した問題ではない。
明らかに、もっと大きな問題、と言うか謎がある。
「何これ?それに誰よ?」
初めましての人がいきなり訪れてくる……。
いい気がしなくて、なつみは時計に目を向けた。
時計はいつのまにか、十一時半を示している。
- 13 名前:独りはラクじゃない 投稿日:2002年05月10日(金)14時24分15秒
- 首が痛くなるほど時計と紙の往復を繰り返していたなつみの耳に、聞きたくなかった音が飛びこんできた。
ポーン
気を紛らわすためにつけていたテレビが、気を利かせて知らせてくれる十二時の時報。
無意識に体が震え、咄嗟にテレビを消す。
「……」
きょろきょろと辺りを見まわしてみる。
普段と変わらない部屋、変わらない様子。
時間も十二時を五分ほど回り、ようやくなつみはある一つの考えが思いついた。
「……もしかして、いたずら?」
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月25日(土)03時43分56秒
- 期待
- 15 名前:lou 投稿日:2002年07月10日(水)18時09分18秒
- 自分の放棄した板で新作をはじめてみる。
…ほんとにすみません。
せめてもの廃物利用です。
- 16 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時10分41秒
- 吉澤ひとみにとって、「風景」と言えば雨だった。
十七年前、ひとみと言う名を持つ前。
母親から抜け出し、一人の人間として活動し始めたとき、病院の外では、雷を伴った豪雨が降り注いでいたと言う。
十四年前。
おぼろげながらに浮かぶ、最も過去の記憶。
黄色い傘と赤い長靴で、近所の友達と幼稚園から家へと向かうとき。
降り注ぐ雨に身を任せ、二人して、水溜りを転げまわった。
十一年前。
心のそこから待ち望んでいた、小学校への入学式。
前日夜から何度も何度も袖を通した新調の制服。
しとしと煙る霧雨で制服は、小さな体が悲鳴をあげるほどの重みを有していた。
二年前。
人生最後の卒業式。
どんなことがあったって泣かないと、わざわざ口にまで出したのに。
粒の大きく透き通った、降りしきる雨に酷似した涙を流した。
事あるごとに目にしてきた、雨。
吉澤ひとみは雨が、大嫌いだった。
- 17 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時11分35秒
- 「ひとみ〜、雨降ってきちゃったけどどうする?送ってこうか?」
階下から母親の声が聞こえて、吉澤は体を起こした。
そしてその声の真偽を確かめようと、薄く張っていたブラインドの隙間から外をのぞいてみる。
さっきまでぐずりながらも耐えてきた空が、ついに限界を向かえたらしく、決して弱くはない雨が窓ガラスをたたく。
薄暗く広がる町の光景は、吉澤の心のそれによく似ていた。
「ああ、まぁいいや。自転車で行くよ」
好意からきている母の申し出を断って、吉澤は着替えをはじめた。
高校を辞めて早や一年。
吉澤は、俗に言うフリーターとして過ごしていた。
- 18 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時13分54秒
- 高校を辞めた一年前、吉澤はひどく不安定なところに立っていた。
前には大人に吹き込まれた、決して明るくないとおぼしき未来。
後ろには消えない、高校中退、中学卒業と言う学歴。
親は悲しみ、友人たちは不思議がり、中学時代の恩師も、心配してわざわざ電話をかけてきてくれたこともあった。
それでも立場とは正反対に、吉澤自身に危機感だとか焦燥感だとか言った感情は一切なかった。
もともと、高校に対する憧れと言うものがなかったせいかもしれない。
いい意味でのギャップを求めて、期待を裏切ってくれるのを期待して、と言えば格好はいいが、要は惰性に流されなんとなく決めた高校。
長続きなどするはずがなかった。
- 19 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時15分03秒
- 高校中退者として世間から見られることもつらいことではなかった。
元来、そんな細かいことを気にする性格ではない。
将来はどうするんだ、という耳にできたタコがついでに子供まで産みそうなほど聞かされた言葉にも、吉澤は的確に答えた。
「大学に行きますから」
大検をとろうと言うのも、高校退学時に決めていたことだった。
高校とは違い、小さな頃から憧れのあった大学。
大検での大学進学が、高校のそれに比べて困難なことは明白だったが、行きたくない高校に通うと言う行為は耐えがたいものだった。
それに困難と言うものは乗り越えるためにあるものだ、と吉澤は常々思っている。
- 20 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時15分45秒
- ところがそんな吉澤が唯一、心を痛めたのが、
「せめて高校くらいは出てほしかったけどねぇ…」
親の言葉だった。
生まれてから、いや、生まれる前からずっとお世話になっている親に逆らうことだけは、一切してこなかった吉澤の最初の反抗。
吉澤も、母も、父も、お互いに相手の気持ちを汲み取りつつ、何度も話し合いを重ねた。
「大学には行くよ、だから…」
「高校を辞める必要はないんじゃないか?そのほうが楽だろう?」
「高校に行くのが、苦痛になっちゃって…」
「いじめとかがあったの?それなら…」
「それはないよ。ただほんとに、高校に行けなくなっちゃっただけ」
結局は親側が折れる形になり一応決着はついたのだが、この点に関してだけは、吉澤の後悔していた。
こんなことなら、最初から高校に行かなければよかったんじゃないか。
それなら、親に迷惑をかけずにすんだのに。
- 21 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時17分00秒
- ところが、その話をしてみると
「それだったら、私もお父さんも許してないわよ。あんたが高校は合わない、って言ったから、二人ともあんたの話を聞いたんだからね」
母親はそういった。
「何もしないで嫌だなんて都合のいい話ないわよ。
大体ね、そんな事振り返ってる暇があるならバイトを探しなさいバイトを」
そう言って掃除中の部屋から自分を追い出した母親に、吉澤は言葉にできない感情を持った。
吉澤のバイトが決まったのは、その日の夜だった。
- 22 名前:Weather 投稿日:2002年07月10日(水)18時17分50秒
- 「それじゃあ気をつけなさいよ。ご飯は?」
「あ〜…食べてくるからいいや。十一時くらいには帰れると思うから」
「はいはい、いってらっしゃい」
「いってきま〜す」
先ほどよりまた少し強まった雨の中へ、吉澤は自転車を駆って漕ぎ出した。
嫌いな雨にぬれないよう、バイト先の制服の上から、薄いパーカーを引っ掛けて。
左手の上に咲いた赤い花が、薄暗くくぐもった町を、ほんの少し明るくする。
このときはまだ、誰一人として知らなかった。
雨、赤く開いた傘。
この二つの事柄が、一握りの人間に及ぼす影響について。
- 23 名前:lou 投稿日:2002年07月10日(水)18時20分19秒
- というわけで新しい話です。
自分でageてますが、もしなにか言いたい事がある方はsageでおねがいします。
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月11日(木)01時53分14秒
- 今回もなかよしがいいな?
10人全員登場でCPはあるのかな?
最後まで頑張ってください。
- 25 名前:Weather 投稿日:2002年07月11日(木)15時36分05秒
- 「やっべー!」
眠らない街、東京。
その、無駄に活発なネオンを背にしながら、吉澤は家へと向かって猛然と自転車を飛ばしていた。
五時間ほど前より更に強みを増した雨の中、左手の傘が、道路の凹凸に合わせて上下する。
時刻はすでに、十一時を回っていた。
「あちー」
思わず漏らした。
七月半ばのこの時期、多少夜が遅くなったって、涼しくなるという事の無い季節である。
本来なら気温を下げてくれるはずの雨も、もともと高くない気温を下げる事までは出来ない。
嫌らしいジトジト感が、体の周りを包み込む。
吉澤が雨が嫌いな理由のひとつでもあった。
「あーなんか、腹立つ…」
別に何が悪いわけでも、誰が悪いわけでもないのに、雨の日、特に気温の高い日というのは、自然と人を不機嫌にさせる効用がある。
科学的に調べれば根拠は見つかるのだろうけど、何でもかんでも論理的に説明をつけてしまうのは好きではない。
腹立つことに間違いは無いのだから。
しかしそんな事を考えていたからか、突然わき道から飛び出してきた自転車に対して反応する事が出来なかった。
- 26 名前:Weather 投稿日:2002年07月11日(木)15時37分58秒
- 「うわっ」
「イタッ」
声が重なり、自転車の前輪が擦れ合う。
吉澤の自転車はバランスを崩したが、吉澤自身は持ち前の運動神経でかろやかに身をかわした。
もう一方の自転車は派手に音を立てて転び、自転車の主であろう人間も地面に転がっている。
「あ、スミマセン!大丈夫ですか?」
あわてて吉澤が、その人のもとに駆け寄る。
街灯にぼんやりと浮かんだシルエットは、ほっそりとしていた。
「あ、大丈夫やけど痛かったわー、気つけてなー」
決して責められた感じの口調ではなかったが、吉澤はその言葉に少し仰け反ってしまった。
いや、言葉に加えて、その人の身なりに。
- 27 名前:Weather 投稿日:2002年07月11日(木)15時40分27秒
- 女性だった。
しっとりと濡れた金髪に青いカラーコンタクト、右手にひとつ、左手にひとつ輝く大きな指輪。
女性の足元には、彼女のものであろうか、開かれた黒い傘が転がっていた。
体全体からにじみ出る迫力に関西弁という事もあいまって、背中を嫌な汗が流れる。
「アカン、こんなとこでのんびりしてる場合やなかった。
そんじゃな、気つけて走りや」
ところが、その関西弁の女性は早々と、吉澤の目の前から去ってしまった。
てっきり裏路地にでも連れ込まれ体を触られたり、ナイフで頬を撫でながらクリーニング代を要求してくるものだと思っていた吉澤は、あからさまに安堵のため息をついた。
やっぱり普段の行いが良いのかなと思いつつ自転車を起こし、傘を拾い上げた時には、いつのまにか、雨は小降りに変わっていた。
- 28 名前:lou 投稿日:2002年07月11日(木)15時46分25秒
- 少ないですが更新です。
マメに更新する癖をつけるために、少しずつでも毎日、あるいは二日に一回の更新を目指してます。
こんなちまちま進めるなって方がいましたら、一言お願いします。
>>24
レスありがとうございます。
がんがります。
前回どこかでなかよし書きましたっけ?
まぁ、とりあえず読み進めてくださればわかるかと(ヲイ
登場人物は、七人くらいは確定してます。
- 29 名前:lou 投稿日:2002年07月13日(土)22時17分41秒
- 翌日、朝からバイトの入っていた吉澤は、働き先であるパン屋に向かっていた。
が、昨日人とぶつかった所為か、ガギンガギンとこの上なく気分の悪い音を立てながら仕事をするペダルは動きが悪い。
機能性が低下したらしく、一こぎあたりの走行量が著しく落ちてしまっていた。
店から多少距離のあるところに住んでいる吉澤にとって、自転車の不具合は大誤算だった。
「やっべーよ、飯田さんに怒られるー」
言う事を聞かない自転車に、焦りの色が浮かぶ吉澤の顔。
吉澤を皮肉るかのように、前輪がカラカラと情けない音を立てた。
吉澤の働く店の名前は「ベーカリー( ゜皿 ゜) 」。
ともすれば鉄拳の一発や二発飛んできそうな名前だが、事実だから仕方がない。
毎日毎日、この不思議な店名を掲げた店長手書きの看板は、「本日お勧めのパン」ボードと並んで客寄せをしている。
これがまさに文字通りの客寄せで、パンを買ってくれるお客の三人に二人はこの店の名前について尋ねてくる事実があり、そう考えてみると、店長の計算の上に成り立った店名なのかもしれない。
小さな店だが、経営面で問題があるような感じはなかった。
ちなみに、店員でさえこの店の名前を知るものはいない。
- 30 名前:Weather 投稿日:2002年07月13日(土)22時18分49秒
- 「吉澤遅い!何してたの?」
案の定遅刻をした吉澤に、オーナーであり店長でもある飯田圭織から雷が落とされた。
すらりと細い、同性もが羨む抜群のプロポーションに整った顔立ち。
見た目のとおり、普段はとても優しい飯田だが、怒ると怖い。
働き始めた日以来、二度目の雷直撃に、吉澤は体を小さく竦ませた。
そういえば、あの時も遅刻だったなぁ…と昔を思い出しながら。
この店長は怒ると怖いが、決して理不尽な怒り方はしない。
ちゃんと吉澤の話を聞き、吉澤に非がないことを証明すればすぐに許してもらえる。
今日に関しても、自転車の件を話した事で遅刻については納得してもらえた。
基本的にはいい人である。
しかし、飯田の真の恐ろしさはこの後にやってくる。
さながら台風の二次災害のように。
- 31 名前:Weather 投稿日:2002年07月13日(土)22時19分32秒
- 「あのね、吉澤。
真面目なあんたが遅刻するってことは、きっと何かあったと思うのね、予測し得ない事態が。
でもね吉澤、予測し得ない事態なんてないんだよ。
これから起こる事なんて誰にもわからない、それは当然だよね。
だったら、これから何がおきてもいいように前もって準備をしておけばいいの。
今日だったら、昨日のうちに自転車を点検しておけばよかった。
ううん、もとはと言えば、昨日人とぶつからなければよかったの。
ん?と言うか昨日は雨降ってたじゃん。
それなら車で送ってもらえばよかったのに。
あ、でも車で送ってもらうとなると親御さんの手を煩わすなぁ。
バイトくらいで親御さんの手を煩わすのもなんだよね。
あ、吉澤はそこまで考えて昨日自転車で来たのね?
なんだー、偉いじゃんかー」
- 32 名前:Weather 投稿日:2002年07月13日(土)22時20分32秒
- とどまる所を知らない激流のような早口で、常人のそれとは根本から違う脳味噌の中身を披露する。
これが、第一次より恐ろしい第二次飯田災害の正体である。
一度たりとも目をそらさず、自分の思考をさらけ出しきるまで止まらない、先の見えないジェットコースター。
一度乗れば、たいていの人間はもういいと言うだろう。
視界がない上に、乗っている間中ずっと、奇怪な音楽を聴かされてるようなものだ。
人間とは、常識を逸脱したものには本能的に恐怖を抱くよう出来ているものなんだろう。
諭すような口調でしんみりと始まったお説教と言う名の会話。
しかしそれが終いには、明るい口調に変わり、さらには頭を撫でられ褒められている。
自分のところの従業員の親思いな行動に感動し、上機嫌で仕事に戻った店長を見て、吉澤は神に、もう遅刻はしないと心から誓った。
- 33 名前:Weather 投稿日:2002年07月15日(月)16時50分11秒
- 「たっぷり搾られてたねー」
飯田人災から開放され少し気の緩んでいた吉澤に、二十センチほど下のほうから声がかけられた。
嫌味無く耳に残るキンキン声は、このひとの特徴でもある。
「いやー、参りましたよ。どうにかならないですかね、矢口さん?」
矢口真里。
吉澤の先輩に当たるアルバイトである。
なんといっても目を引くのはその身長であり、十九歳にして百四十五センチと言うのだから驚きである。
妹(確か小学六年生だった)にも抜かれているらしく、吉澤がバイトに入って間もないころはよく
「オイラどうしたらいいと思うー?吉澤さんみたいなおっきな子に憧れるんだよねー」
などと羨まれ続けた。
ところが最近はどうした事か、
「オイラちっちゃくてよかったよー。よっすぃーともぴったりっぽくない?」
自虐に目覚めたのか何なのかは知らないが、小さい事にコンプレックスを感じる事はなくなったようだ。
吉澤は、それでいいと思っている。
今の性格で、今より十センチ背の大きい矢口を想像すると、どうにも気が滅入る。
似合う似合わないの問題でなく、そんな人と一緒にいたくないと素直に思うからだ。
- 34 名前:Weather 投稿日:2002年07月15日(月)16時51分47秒
- 「あんたら、喋ってないで仕事しなさいよ。特に吉澤!」
矢口と喋っていると、今度は後ろから声をかけられた。
保田圭。
矢口と同じく先輩のアルバイターである。
仕事は良く出来るが口が悪い、と書くと嫌味な人間の典型を思い浮かべそうだが、決して彼女はそんな人間ではない。
「圭ちゃんが口が悪いのは照れ隠しだからだよー」
吉澤が入社当時矢口に教えられた事だが、成程見ているとそのとおりだった。
人付き合いもいいし、面倒見もいい。
何度かラーメン屋にも連れて行ってもらったことがある。
強いて言えば、すぐに手が出てくるのが難点ではあった。
- 35 名前:Weather 投稿日:2002年07月15日(月)16時53分08秒
- 「圭ちゃん、怒っちゃダメ。吉澤は親御さんの事を思って遅刻したんだからね」
「何言ってんのよカオリ、意味わかんないわよ」
「うん、今のはオイラにもわかんない」
このパン屋、オーナー兼店長は飯田となっているが、実際は三人の共同出資による産物である。
元は、同じ大学に通っていた飯田と保田の提案だったらしいのだが、飯田の昔からの友人だった矢口がそれに便乗して、三人で始めたそうだ。
どういう経緯で飯田が店長になったのかはわからなかったが、三人の雰囲気はとてもよく、俗に言う「醜い争い」みたいなものはなかったのだろう。
店の経営も順調で、順風満帆な今まで送ってきたように見える。
しかし、個人個人だけを見てみると、決して楽ではない、どちらかと言えば苦難の道のりを歩んできた事が分かる。
- 36 名前:Weather 投稿日:2002年07月17日(水)17時21分42秒
- いつだったか、保田にラーメン屋に連れて行ってもらったときのことだ。
仕事にもなれ、三人とも仲良くなってきた吉澤が言った一言がきっかけだった。
「いやー、でもいいですね。仕事も順調だし仲もよくって。羨ましいですよ」
もちろんこれは、店で働く三人の事を指したものである。
それは当然のことで、吉澤はその周りに存在しているはずの人に関してはまったく知らないのだから。
つまり、吉澤にとっては気軽に言った一言のはずだった。
しかしそれを聞いた保田は、なぜか少し寂しそうに俯き言った。
「うーん…まぁ、そう簡単じゃないのよね」
いつもの保田らしくない歯切れの悪い受け答えに、吉澤は首をひねる。
「まぁね、いろいろあったのよ」
ちょうど運ばれてきたトンコツチャーシューメンを啜りながら、過去のかさぶたを剥がすかのように、保田は話し始めた。
- 37 名前:Weather 投稿日:2002年07月17日(水)17時22分54秒
- 「アンタは羨ましいって言ったけどね、ウチラも結構大変だったのよ。
まぁ、アタシなんかはまだ楽だったけど、カオと矢口なんか特にね。
あの二人は強いよホント。
よくここまで来たな、ってのが正直なところね」
「何があったんです?」
「うーん…それじゃあアタシの話からするかね」
ラーメン伸びるわよ、と吉澤にひとつ忠告しておいてから、保田は続ける。
「アタシね、昔カオと大喧嘩した事があったのよ。
つまんないことでね」
「はぁ」
「まぁそんなとこね」
「はぁ?」
それのどこが大変な事なのか、その程度の説明で分かるはずも無い。
ラーメンを食べ進めていた手を止め、吉澤は保田に続きを促す。
「ちょっと待ちなさいよ、落ち着きなさい。
お冷やいる?」
なんとなく調子を狂わされながらも頷いた吉澤のもとに新たなお冷やが到着し、しっとりとのどを潤し終わった頃、続きが始まった。
- 38 名前:Weather 投稿日:2002年07月17日(水)17時24分05秒
- 「順番に説明するけど、まず喧嘩の原因ね。
原因は、カオがアタシの友達だった男の子を振った事」
それを聞いただけで、なんだかキナ臭い匂いが漂ってきた。
よくある話のような予感がして、吉澤は保田の顔をうかがってみたが、別に変化は無い。
「それで、その男の子は天井からぶら下がってたのね、遺書書いて」
何気なく発せられた保田の一言に、吉澤は飲みかけの水を噴出すところだった。
なんてベタな、いや、こんなあまりにベタベタな展開が現実にあったとは。
事実は小説よりもキなり、とはよく言ったもんだ。
普段は決してまじめに働いていない吉澤の脳味噌だったが、珍しくフルスピードで回転していた。
保田と飯田の気まずい風景や、天井からぶら下がってる細身で美形な男の子を想像しては、全身に冷たい波が押し寄せてくる。
次に続く保田の発言の重みを肌で感じて、吉澤は息を潜めて続きを待った。
ラーメン屋の喧騒が、遠くに聞こえる。
「まぁ、冗談だけどね」
脳味噌ただ働きがこれほど腹立たしいものだと言う事を、吉澤は身をもって知った。
- 39 名前:Weather 投稿日:2002年07月18日(木)16時55分46秒
- 「ったく・・・無駄な出費だわ」
「趣味の悪い冗談なんか言うからですよ」
話が頓挫した隙を見て、二人は追加で注文したギョウザをほうばっていた。
もちろん、料金は保田持ちである。
こうしてみると、久しぶりに働いた吉澤の脳味噌は報酬としてギョウザを得たことになり、まんざらでもない。
内心でしめしめとほくそえむ吉澤だった。
「ここからはまじめにいくわよ。
カオはね、あなたとはお付き合いできませんって言ったのよ」
「普通じゃないですか」
「ここまではね。
ただ、アイツは一言余計なんだよねー」
そういって保田はギョウザに手を伸ばしたが、既にギョウザはなくなっており、手が宙をさまよった。
「・・・。
私にはもう付き合ってる人いますから。
あなたなんかとは比べ物にならないくらい愛しい人ですから」
「そう言ったんですか?」
「そう。
それも相手の目を見て微動だにしないでね」
その光景を思い浮かべると、確かに薄ら寒くなってくる。
夕日をバックに言う言葉じゃないよなぁ、いや、バックが夕日だったかは知らないけど。
- 40 名前:Weather 投稿日:2002年07月18日(木)16時57分15秒
- 「でも、何でそれが喧嘩の原因になるんです?
ちょっとキツイ物言いですけど、保田さんがしゃしゃり出る必要はないんじゃないですか?」
「うん、アタシとカオには昔から約束してたことがあってね。
初めて恋人ができたときには、相手に報告をするって言う。
まぁ、子供地味たもんよね、なんでアタシあの時ホンキで怒ったのか、今じゃ説明つかないもん」
気がつくと保田はメニューを眺めている。
まだ何か食べるのかな、と思いつつも、デザートが欲しいなと思っていた吉澤は、ちゃっかり杏仁豆腐をお願いする。
結局追加で、桃饅頭と杏仁豆腐を注文した。
「いやーしかし、あのときのカオは凄まじかったよ。
約束は破ってない、報告する必要がなかったんだって。
何言ってんのよ、オトコができたら報告するって約束だったでしょ。
アタシだって知らせたじゃない・・・ってね、バカみたいに同じことばっかり言ってたわよ」
- 41 名前:Weather 投稿日:2002年07月18日(木)16時59分08秒
- 呼吸を整えるためか、保田は一気に水をあけた。
今の力の入り具合からすると、よほど激しいやりとりがあったことは想像に難くない。
どちらも引きそうにないタイプであることは間違いないからである。
ただ、まだ吉澤はわかっていなかった。
先に運ばれてきた杏仁豆腐を口に運びながら、何故飯田が報告しなかったのか、それだけを考えていた。
生まれて初めてかもしれないというほど、吉澤の脳は仕事をこなしていた。
「日本語って難しいな、ってね、そのとき実感したわよ。
あらかじめ言っとくけどね、アタシが正しかったのよ。
付き合ったら報告するってことだったんだから」
ヒントを与えたつもりだったのか、たまたまタイミングが良かっただけなのか、保田はそれきり桃饅頭に付きっきりになってしまった。
もったいぶらなくてもいいじゃないですか、という吉澤には、たまには頭使わないと体まで動かなくなるわよ、と返す。
頭使わないと体まで動かなくなるのか、とか、今日はもうオーバーヒートですよ、とか、言いたいことはたくさんあったが、仕方なく考えてみようとした。
- 42 名前:Weather 投稿日:2002年07月18日(木)17時00分58秒
- が、もう考えが回らなかった。
たった一日でパンクするような頭であることが多少情けなくなったが、吉澤調べでは、今日はいつも十倍以上の仕事をこなしているはずだ。
仕方ないので、ニコニコ笑って保田の次の言葉を待った。
「情けないヤツね」
吉澤がニコニコしている間も保田は変わらず桃饅頭を食べつづけ、再び口を開いたときには、吉澤の顔は引きつり笑顔になっていた。
しかしそんなことは心配するそぶりも見せず、手を拭きながら、解明編を話し始めた。
「言葉のアヤってやつよ。
アタシと認識不足と言うか、カオの屁理屈と言うか・・・。
恋人って言ったらオトコだと思うわよね」
そこまで言われて、さすがに吉澤も察知した。
同時に、思ったほどの衝撃も受けなかった。
「カオね、矢口と付き合ってたのよね」
- 43 名前:Weather 投稿日:2002年07月24日(水)03時02分57秒
- 保田と別れた後の、ラーメン屋の帰り道。
いわゆる「衝撃的な話」を聞いた割には、吉澤は冷静さを失っていなかった。
普通、というか一般的解釈で言えば、女性同士の恋愛は異常に写る。
今日こそ淡々とした調子で話していた保田も、実際耳にしたときは、そうとう動転したのではないか。
普段とても冷静な保田ですら動転した事実に、なぜ自分は何も感じないのか。
薄い明かりを帯びる街を歩きながら、吉澤は思案に暮れた。
冷静な自分に対する疑問、そして、明日の朝二人に掛ける第一声について。
深夜の一時を回っても、東京は眠らない。
その眠らない東京に、わずかながらの雨が落ちてきた。
また、雨。
「ヤバッ」
空を見上げて走り出した吉澤。
その足はいつの間にか、混沌へと向かっていたのかもしれない。
- 44 名前:wind 投稿日:2002年07月25日(木)16時59分44秒
- 「矢口さん…ヒマですね…」
「ヤバイねこれは…」
空調が効き、心地よい温度になっている店内。
店番をしている矢口と吉澤が、並んで肩を落とした。
レジから一望できる店内には、人の姿が一人もない。
いわゆる「ゼロ」の状態であった。
「なんか最近不調ですよね」
「うーん、一年前とかに比べると、二割くらい売上落ちてるからね」
レジ下の戸棚にある帳簿をめくりながら、矢口がいった。
もっともこれは日本経済全体の不況が原因であることは間違いない。
売上の伸びている企業など数えるほどしかないのだ。
おまけにこちらは個人経営、二割程度のマイナスならよくやっているのかもしれない。
しかし二割というのは深刻な数字で、わかりやすく値段で表すと八十万円ほどになる。
人件費がほとんどない(三人分の給料と吉澤ひとりのバイト代のみ)ことを差し引いても、これは痛い。
八十万あれば、人件費は九割五分が賄えるからである。
- 45 名前:wind 投稿日:2002年07月25日(木)17時01分28秒
- 吉澤はまだ一年前はこのバイトを始めていなかったが、それでも半年前に比べると、売上減少が目に見えてわかった。
とにかくヒマなのだ。
半年前と今と、もらう給料の量はほとんど変わっていないが、仕事の量は明らかに違う。
半年前を知っている身としては、今の仕事量で同じだけの給料をもらうのは多少気が引けた。
「ウチなんかやりましょうか?」
「なんかって?」
「呼び込みとか」
「パン屋が?」
それもそうだ。
とりあえず、綺麗なお姉さまはたくさんいるが、だからどうということもない。
吉澤はあっさり自説を引っ込めた。
「あ、でもカオリにキャミでも着せて店の前に立たせとく?」
ところが、なぜか矢口が意見を出してきた。
目を爛々と輝かせながらしゃべるさまを見ると、案外乗り気なのかもしれない。
- 46 名前:wind 投稿日:2002年08月06日(火)16時10分28秒
- 「カオは美形だしさ。
男のお客さんが多く来るかもねー」
先ほどからもう二十分。
暇だからか、矢口の口は一向に休憩に入ろうとしない。
結局なんだかんだといいながら、既に矢口の中では飯田を店の前に立たせる事は決定事項のようだ。
「でもいいんですか?」
「何が?」
「飯田さん店の前に立たせたりして」
「何で?」
この辺の感覚だけは、吉澤は一生知る事が出来ないと常々思っている。
仮にもお互い好きあっている仲で、その相手を、わざわざ白日の下に晒すなどというのは、どうにも理解に苦しむ。
子供じみているのかもしれないが、吉澤だったらそんなことをしはしないだろう。
一生かかってもすることが出来ないと思う。
「矢口さんは、飯田さんの事大切でしょう?」
「決まってんじゃん、大切だよ。
悪いけど、よっすぃーよりもカオのが大事だからね」
- 47 名前:wind 投稿日:2002年08月06日(火)16時11分42秒
- この感覚は十分理解の範囲内である。
昔流行った、俗に言う究極の選択と言うヤツで、
「友情と愛情、どっちを取る?」
などというのがあったが、今考えてみると、そんなものは究極の選択でもなんでもない。
要は、恋人がいれば愛情、いなければ友情。
たったそれだけだ。
愛情を選んだ際に文句を言ってくるような人間は、まちがいなく恋人のいない、ひがみ根性丸出しの人間に決まっているのである。
となると、大事だから…ということなのだろうか。
だが、その感覚が理解できない。
大事に大事に自分の手の中にしまっておけばいいんじゃないのか。
「あ、お客さん来た」
すべての思考はたった一人のお客によってせき止められた。
「いらっ、しゃいませー…」
入ってきた一人の女性は、吉澤の顔を認めると、軽く頭を下げた。
見覚えのある金髪に、指に光る大きな指輪。
以前路地でぶつかった、アノ女性だった。
- 48 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月07日(水)01時20分02秒
- 初めて読みました!
凄く気に入りました。がんがってください(w
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月17日(土)17時35分03秒
- 楽しみにしてます。
またーりお待ちしてます。
- 50 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月18日(日)15時36分54秒
- レスありがとうございます。
只今諸事情で更新できませんが、ケリがつきしだい更新しますので.
申し訳ないです。
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時43分42秒
- 「あの、えーと、どういうご用件で?」
どことなくつっかえつっかえになりながら吉澤が聞いた。
体が強ばっている。
なぜかは分からないけれど、背中を嫌な汗が流れた。
しかし、そんな吉澤の態度に気づいたのか気づかないのか、その女性は小さく笑って答えた。
「もちろん、パンを買いに来たんです」
あ、と間の抜けた声を出し、吉澤は俯いてしまった。
恥ずかしさの所為で顔が赤いのが分かる。
ここはパン屋だ、ここに婚姻届を持ってくる人などいるわけがないのだ。
あまりに恥ずかしかったので、矢口にバトンを渡そうと周りを見回した。
しかし、矢口の姿が見えない。
さっき女性と挨拶してる間に奥に引っ込んでしまったのだろうか。
おかげで動作がうわついてしまい、また女性に奇異な目で見られる事になった。
もう、穴を作ってでも入りたい気分だ。
「おすすめ、教えてもらえる?」
女性は少し微笑みながら、目的であろう質問を投げかけてきた。
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時44分31秒
- 結局その女性は、吉澤の勧めたパンを買い込んでいった。
一人で食べるには多すぎるくらいの量だな、などと吉澤は考えていたが、ふとそこでおかしなことに気がついた。
あの女性、別に一人暮らしとは限らない、いや、もしあれだけ綺麗なら、結婚していたって何もおかしくない。
いつの間にか、勝手に自分の中であの女性を一人暮らしにしてしまっていた。
「まぁいいやもう、疲れた…」
しかしそれについて、それ以上深く追求する事はしなかった。
何で一度ぶつかっただけの女性にあそこまで気を使うのかは、本人さえも分からない。
ただただ、身体にのしかかる疲労が目障りだった。
「代わってもらおう…」
どうしても横になりたい気分が体内を駆け巡りどうしようもない。
仕方なく、事務所に居る矢口に声をかけた。
- 53 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時45分08秒
- 翌日。
「すみません飯田さん、本当にゴメンナサイ…はい、失礼します…」
昨日の仕事中に体調不良を訴えた吉澤が受話器を置いた。
ここは吉澤の家である。
昨日の体調不良の原因は風邪だったのだ。
「参ったなぁ…」
高い熱にふらふらしながら階段を上る。
自分の部屋に入った途端、ベッドに倒れこんだ。
頭が締め付けられるようだ。
額やわき腹の辺りをどんどんと汗が流れていく。
じわりじわりと不快感までが進行してきて、涙が出そうになった。
冗談では無しに、このまま死んでしまうのではという気さえする。
「ふーっ…」
大きく一つ息を吐いてすぐ、吉澤の意識が途切れた。
- 54 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時45分55秒
- ──夢を見た。
白いベッドの中で誰かと二人の夢。
二人とも裸で、見えはしないけれど、温かい腕の中に包まれている様な感触。
「…………」
何か言われたようだ。
けれど、その言葉は耳に入ってこない。
代わりに軽く耳たぶをかまれ、頭が軽く前後に揺れる。
突き刺さる快感に声を上げようとしても、その声も聞こえない。
存在自体が浮ついているのは夢の特権だな。
そんなことをぼんやりと思った途端、足元から感じる震えが脳天をめがけて駆け上ってきた。
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時47分10秒
- ────
「ひとみっ、起きなさい、ひとみっ」
ほんのり冷たい何かが頬に当たり、薄い光が差し込んできた。
軽く見開かれた目で、声の出所を探すと、そこには見慣れた母の顔があった。
そこから察するには、頬に当たっているのは母の手らしい。
母は冷え性だったか、よく覚えていない。
「ひとみっ、起きたなら返事しなさい」
まだ起きてないよ、と、首を左右に振ってアピールしてみたが、母は容赦ない。
頬をぺちぺちと叩いてきた。
頬に当たっていたものはやはり手だったのだ。
仕方なく、寝返りを打ち、母と目を合わせた。
「どうしたの?」
寝起きの第一声としては比較的珍しい言葉だが、間違ってはいない。
せっかく眠っているところをわざわざ起こしに来たのだから。
「お店の店長さんがお見舞いに来てくださってるの。
わざわざ来てくださってるのに、顔出さないのもアレでしょ」
アレらしい。
しかし顔を出すのが億劫という事も無い。
どうせ起きてしまった事だし、と、吉澤は母を追い出し着替えを始めた。
- 56 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時48分23秒
- 着替えを済ませ下に降りていくと、居間で飯田が茶を啜っていた。
右手を湯飲みの底に添え飲む姿はとても美しい。
長い髪と相まって、典型的な大和撫子のような佇まいをしているが、吉澤はひそかに外国人顔だと思っている。
時たま一緒にお茶をすることがあるのだが、その時コーヒーを飲む飯田の姿が、はまりすぎて怖いくらいだからだ。
「すみません、わざわざ来てもらって」
軽く頭を下げると、飯田がこちらを見て微笑んだ。
いつ見ても、飯田の笑顔は柔らかい。
「ううん、店長として当然の事だからね」
湯飲みを静かに置き飯田が言った。
「大丈夫?身体のほうは」
「はい、なんとか。
朝よりは大分楽になりました。
けど、お店のほうは…」
「ああ、心配しないで。
矢口叩き起こして店番させてあるから」
にこやかに言う飯田だが、吉澤はあまり笑えなかった。
今にも憮然とした表情で店番をする矢口の姿が目に浮かぶ。
次のバイトの際、ワーワーと文句を言われるのも覚悟しなければならず、笑う気分にはなれなかった。
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時49分49秒
- けれど、こんな事があるにつけ、吉澤はふたりの関係を羨ましく思う。
一切の遠慮も無く、言いたい事を言い合える仲。
世間の風当たりは強いだろうに、そんなことを微塵も感じさせないところは、感心すべきところでもあり、学ぶべきところでもあった。
「あ、それと」
突然、飯田が一つの茶封筒を差し出してきた。
給料袋とは違う。
「お客さんから預かってきたの。
中澤さん、って言う人」
私にですか、と問うと飯田は首を縦に振った。
悪いが、中澤という人物に心当たりは無い。
「えと、誰だかわかんないんですけど」
「えーとね、金髪の女の人。
関西弁の、青いカラコンしてた」
「あ」
そこまで言われて、吉澤も気がついた。
あの女性だ。
路地でぶつかった、店では失態を晒してしまった、あの女性に間違いなさそうだ。
- 58 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時51分05秒
- 「誰かはわかりました、わかりましたけど…」
けれど、手紙を預かるような間柄ではない。
第一、「中澤」という名前も今知ったところだ。
薄気味悪い事この上ない。
悪い人には見えなかったが、突然何かを送りつけてくる辺り、普通じゃないと考えたほうがよさそうだ。
「ん、それじゃあ確かに渡したから。
次は…明々後日ね、もう休むなよー」
結局封筒を渡しに来るのがメインの用事だったらしい。
吉澤が思案にふけっているのに気づかなかったのか、次回のバイト日を確認して、飯田は帰っていった。
かくして、居間には茶封筒と吉澤だけが残された。
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)14時53分24秒
- 更新しました。
スミマセン、途中でちょっと話を変えたら大幅書き直しを余儀なくされてしまいました。
ストックもちょこちょこ使いつつ、次回以降はもちろんもっと間隔を詰めて更新します…。
- 60 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時10分26秒
- 「何だよこれ…」
改めて手にとって確認してみるが、何の変哲もない普通の茶封筒だ。
表にも裏にも何も書かれてはおらず、重みもほとんどない。
吉澤は、こういう形で手渡されるものをいくつか思い浮かべてみた。
「えーと、まずは手紙でしょ、あとはお金?
それと…写真とかかな?」
しかしどれとも、その感触とは結びつかないような気が吉澤にはした。
そんな薄っぺらなものではない、何かごつごつとしたものが入っているような印象を受けたのだ。
「…開けてみるか」
自分宛にと渡されたものなのだから、吉澤が開ける事は何もおかしい事ではない。
しかし、気味悪さや不思議さが相まってどうにも進んで開ける気にもなれない。
「…上行こう」
とりあえず自分の部屋に行こうと、吉澤は立ち上がった。
飲み終えた二人分の湯飲みを流しに置き、軽やかなステップで階段を駆け上がった。
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時12分02秒
- 部屋に入るとまず、閉め切られたカーテンが目に付いた。
そういえば、起きたときには飯田が来ていて、すぐに着替えて下に下りていったのだった。
吉澤は手にしていた封筒を机において、とりあえずはカーテンに手をかけ、一気に引いた。
ふわっと入ってくる陽光を期待したのだが、実際の空は鈍色だった。
「ちぇっ」
舌を鳴らして、再度封筒を手に取りながらベッドに倒れこんだ。
スプリングが軋んだ音を立てる。
時計を見ると、もう昼を過ぎている。
そういえばお腹空かないな、などと思いながら、もう一度手にしている封筒を見つめた。
当然ながら、それは先程のそれとなんら変わりはなかった。
「開けなきゃしょうがないか」
意を決したように吉澤は身体を持ち上げ、ベッドに座り込む体勢になった。
そうしてゆっくりと、破れないように気を使いながら、封筒の口の糊をはがしていく。
ピリピリ、と言う紙の音が響くために、吉澤は身体の中で汗が製造されていくのが分かった気がした。
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時13分27秒
- 十五秒ほど経つと、茶封筒はぱっくりと大きな口を開けた。
と、息をつくまもなく、口が開いた途端、中から何か小さなものが滑り落ちてきた。
吉澤が慌ててベッドの上を手探りで探し出すと、右手の人指し指の辺りに痛みにもならない程度の刺激を感じた。
その辺りを目を凝らして見てみると、青い布団の上に妙に映える赤が存在していた。
「んー…指輪?」
それは、紛れもなく指輪だった。
赤く見えたのは、その指輪に埋め込まれたルビーの所為だ。
小ぶりのルビーを携えた指輪が、吉澤に送られてきたのだ。
「何で?」
真っ当な疑問だった。
見ず知らずではないが、顔見知りとも言いがたいような人間から指輪を送られるなんて話は聞いたことがない。
いわれのない不安に襲われた吉澤は、まるで何かに嗾けられたかのように茶封筒に手を伸ばした。
指輪だけが入っているなんておかしい、きっと何か別のものが入っているはずだ。
いや、そもそもこれは本当に私宛に送られるはずのものだったのか…。
似たような言葉が吉澤の頭で渦を巻いている。
- 63 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時14分58秒
- 半ば祈るような気持ちで封筒の中を確かめてみると、紙が入っているのが見えた。
白い紙と茶色い紙。
そしてその現実は、吉澤をひどく痛めつけた。
まったく説明のつかないものが入っていたからだ。
「何で…?」
先程と同じ言葉を口にしながら、まずは茶色い紙を引き上げた。
そこには人物の顔がプリントされている。
まぁまぁ見慣れた顔だった。
「一万円…」
茶色い紙は一万円札だった。
ルビーの指輪だけではなく、一万円札まで同封されていたのだ。
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時15分40秒
- 吉澤は自分の身体が震えているのをはっきりと感じ取っていた。
もうこれは、気味が悪いの範疇を超えている。
恐ろしい出来事だ。
正確に価値はわからないけれど、おそらく値打ち物であろうルビーの指輪、そしてはっきりとした価値のある一万円札。
フィクションの探偵物にありそうなシチュエーションは、現実に起こるととてつもなく恐ろしい事だと改めて再確認させられているようだ。
目の前が暗いのを感じながらも、吉澤はもう一枚の白い紙を封筒から取り出した。
この流れで行けば、この紙は脅迫状の類に間違いはなさそうだ。
「返し終わりました、引き換えに頂きに参ります」
そんな言葉が書いてあったらどうしよう。
警察か、まずは親か。
少し先走りながらも、自分の考えを信じて疑っていなかった吉澤は、恐る恐る紙を広げた。
と、
「ん?」
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時16分24秒
- 吉澤の予想に反して、手紙には長々と文字が綴られていた。
「突然こんなお手紙をお送りして、驚かれている事と思います。
一度や二度会っただけの相手に、突然手紙とお金を送られてきたのですから。
それに関しましては、心からお詫びします、と言うよりありません。
指輪と手紙を送らせていただいた理由としましては、吉澤さんにあるお願いをしたいと思ったからです。
実は、今度の土曜日に雨が降るのですが、その際、初めて会ったときのように赤い傘を差し、あの場所に来てはいただけないでしょうか?
そこで、今回手紙を送らせていただいた件共々、詳しくお話をしたいと思っています。
どうか来て下さる様、お願いいたします。
中澤 裕子」
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時18分55秒
- 一読して、けれども手紙の内容に納得できずもう一度目を通した吉澤だったが、手紙の内容が変わるはずもない。
これはどうみても、脅迫状などの類ではなさそうだ。
脅迫どころか、下手に出て嘆願、懇願しているように見える。
しかし、いずれにせよ気味の悪い事に変わりはない。
来てください、なんて言っておきながら、手紙にお金まで添えてあるところを見ると、これは来い、と命令しているようなものだ。
それに、今度の土曜日雨が降りますと予言しているのも不気味だ。
本当に降るのかは分からないが、もし降るようだったら、これも脅しと受け取れる。
名前は書いてあるものの、この名前が本名だという証拠はどこにもない。
- 67 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)16時19分24秒
- 「うーん…」
吉澤はベッドに身体をうずめた。
どうすればいいのかわからない。
とりあえず土曜日に雨が降ったならその場所に行こうか、それさえも決めかねる。
どうしていいかわからなくなり、とりあえず吉澤はベッドから身体を起こし、一階へと降りた。
土曜日が本当に雨なのか、天気予報を調べようと思ったからだ。
ケーブルテレビの天気予報専門チャンネルをつけて、週間予報になるまで待つ。
三分ほどで画面表示された週間天気予報、土曜日は傘マークが付いていた。
「はぁ」
吉澤は再び二階へと戻った。
土曜日、バイトはあったかどうか。
あったなら休まなければいけないな、そう思いながら。
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月26日(木)06時05分15秒
- 姐さんの意図は…気になります。
- 69 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)11時17分56秒
- 謎めいた姐さんに、振りまわされる吉。
それこそ真骨頂(w。
楽しみにしてます。頑張ってください。
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)17時53分59秒
- 土曜日。
朝からずっと、降るとも降らないとも付かぬような細かい雨が降り続いている。
結局バイトには休みの届けを出した。
「えー?どうしたのよっすぃー?最近休み多いよー」
事情を知らない矢口には、心から申し訳ないと思う。
しかし、ずる休みは今回だけだ。
前回は本当の病欠だし、許してもらうしかない。
「いってくるねー」
親にはバイトだと言ってある。
何も疑わずに送り出してくれる親に、ホンの少し罪悪感とか言うやつを感じるかと思ったらそうでもなかった。
それでも、携帯の番号を書いたメモ用紙を置いてきている自分はまだまだ大丈夫だと思った。
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)17時54分50秒
- 自転車にまたがる。
傘を差すほどの雨ではないから、サドルの隣に差し込む。
ザァッと音が聞こえそうなほどの勢いをつけて、タイヤを滑らせた。
しっとりと服の濡れを感じ始めた頃、吉澤は指定された場所に着いた。
ぶつかったあの時はそういえば、雨が降っていてしかも夜だった。
その所為か、気づかなかったものにも目が行く。
やれサラ金の看板だ、やれ食堂のアルバイト募集だ。
いくら多少奥まったところとは言え、こうも違うかと思う東京の内と外。
二重人格は犯罪ではない。
- 72 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)17時55分39秒
- そういえば、と吉澤はズボンのポケットに突っ込んであった手紙を取り出した。
ここには、時間の指定がない。
午前中なら大丈夫だろうと家を出てきたのだが、まさかもう帰ってしまったなんて事はないか。
ずっしりと黒い腕時計に目をやると、十時を少し過ぎたところだった。
「どうもぉ」
と、時計から目を上げようとした瞬間、肩越しに声をかけられた。
突然の事に驚いて首を後ろに回すと、例の女性が柔和な笑顔を携えて立っていた。
- 73 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)17時56分45秒
- 「突然お呼び出ししまして…」
モスグリーンの傘をしぼめながら、ゆっくりと頭を下げ、関西特有のアクセントを言葉の随所にちりばめながら例の女性が話す。
特徴的な青い瞳は、あの夜と少しも変わっていない。
ただ、あの時以上に丁寧な印象を受け、吉澤は少し当惑した。
「いや、そんなご丁寧にしていただかなくても。
結局、自分が来たいから来たんですし」
慌てて女性に頭を上げてもらう。
女性は申し訳なさそうに頭をあげると、思い出したように付け加えた。
「あ、そういえば手紙に同封した指とお金ですけれど…」
「あ、はい、一応持ってきました」
そういうと、見るからに女性は安堵の色を浮かべた。
- 74 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)17時57分15秒
- 「そうですか、すみません。
手紙にそのことを書くのをてっきり忘れていて…。
いただけますか?」
恥ずかしそうに声を少し落としながら話す女性に、吉澤は少し親近感を持った。
いいですよ、と指輪を女性に返す。
そして何も疑問を抱くことなく、言葉を発した。
「えっと、この指輪って何なんですか?
今日説明してもらえるって…」
女性はすぐにはい、と返事をして吉澤の顔を見た。
その顔は、やはりあの夜と変わらず綺麗だった。
「それは、盗品です」
- 75 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)18時00分36秒
- えー、すみません。
これからとんでもない方向へ迷走します、この話。
今読んでくれている方は、次回更新辺りで見限られると賢明と思われます(w
>>68,>>69
レス有り難うございました、がんがります。
あ、>>69さんはがんがってください(w
また挨拶に行きます。
- 76 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月23日(水)14時15分14秒
- 「は?」
雨はほとんど降っていない。
雨音に言葉が惑わされる事は無いはずだ。
とすると、
「…盗品?」
「はい」
女性の佇まいは、それはそれは落ち着いたものだった。
自分の言っていることがよく分かっていないのではないか、そう思えるほどに。
「確かにこの指輪は、私の家から盗まれたものです」
「は?」
女性は指に指輪をはめながら、愛しそうに言った。
赤いルビーはとても女性に似合っていた。
「私の家から盗まれまして、被害届が出ています。
その指輪に、見ず知らずのあなたの指紋がついているなんて、不思議な事もあるものですね」
何を言っているのか、今度こそわからなかった。
盗まれた?被害届?私の指紋?
余り活発な働きをする事の無い吉澤の頭はオーバーヒート寸前だった。
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月23日(水)14時16分55秒
- 「ちょ、何言ってるんですか。
意味がよくわからないんですけれど…」
「意味がわからないと言われましても、こちらとしても困るんですが。
先ほど言った通り、この指輪は盗まれたものでして…」
「いや、盗まれたって言われたって、私は盗んでないですよ。
手紙と一緒に送られてきて…」
「手紙、ですか?
盗まれた指輪が手紙と一緒に送られてきたと?」
女性は目をキョトンとさせ、それから程なくして笑い出した。
アハハ、と声を潜め、心底楽しそうな笑い方だった。
「まさか、そんな素敵な言い訳があるとは思いませんでした。
いきなり指輪を送りつけられてきたですか、素晴らしいですわ」
「言い訳って…あなたが送りつけてきたんじゃないですか!
お金、一万円札と一緒に!」
「送りつけようがありませんよ、あなたの名前も住所すらも知らないのに」
「だから飯田さんに頼んだんでしょ!」
「それにしたって、なぜ私が自分の指輪をあなたに送らなければいけないんです?
わざわざ被害届まで出して、指紋までとったというのに」
「そんな事知りませんよ!」
- 78 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月23日(水)14時21分25秒
- 吉澤は今にも女性の胸倉を引っ掴まん程の勢いで詰め寄った。
頭に血が上っていた。
訳がわからない、その一心で女性を睨み付けると、女性はすかす様にこう漏らした。
「…綺麗な顔ですわね」
そう言った女性の顔を見た途端、吉澤の足が止まった。
目の焦点が合っていないような、夢見る少女のような目をしていた。
「こんなに綺麗な顔をしているのに、汚さなきゃいけないなんて心苦しい…」
そういうと、女性は音も無く前に歩みを進めた。
金縛りにあったように立ちすくむ吉澤の目の前まで来ると、
「勿体無い…」
小さく呟き、右の人差し指をそっと吉澤の唇に押し当てた。
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月18日(月)22時34分18秒
- 続き気にナール
マターリ待ち
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