インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

Dear Friends 5

1 名前:すてっぷ 投稿日:2002年04月14日(日)01時37分19秒
「とっかえひっかえっ娘。」
この話は、黄板の「Dear Friends 4」からの続きになります。
よろしければ、お付き合いください。
2 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時39分45秒

<第4話>


『…よっすぃー、よっすぃー』
よっすぃーは夢の中で、遠くから自分のことを呼び続ける
小さな声を聞いていました。

『誰…?どこにいるの…?』
しかしよっすぃーはそれが自分の見ている夢だとは気付かずに、
声の主を探して周りを見回しますが、近くには誰もいないようです。
そこは辺り一面に霧がかかっていて、よっすぃーは歩きにくそうにしながら
一歩ずつゆっくりと、声のする方へ近付いて行きます。

『ともだちは、作っちゃダメだって言ったのに。
どうして約束破ったりするの?よっすぃー、サイテー』
濃い霧の向こうから今度ははっきりと聞き取ることができましたが、
その声が自分の知っている人に良く似た声だったので、よっすぃーは驚きました。
(この声…真里ちゃん!?)

『違うんだよ!聞いて、真里ちゃん!
あのね、これは『とっかえひっかえ』って言って、すごーっく立派なことなんだよ。だからね、』
真里ちゃんに内緒でともだちを作ろうとしていることをずっと後ろめたく思っていた
よっすぃーは、そのことが発覚した途端に、愚かな言い訳を始めるのでした。
3 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時41分45秒
『ともだちは、信じちゃいけないんだよ』
しかし、まるでよっすぃーの声がまったく耳に届いていないのかのように、
真里ちゃんは少しも調子を変えずに言うのでした。

『だけど、なつみだって、あいぼんだって、すごく良い子じゃない!
二人は真里ちゃんが言うみたいに、私のことを裏切ったりしないよ!』
強い口調で、よっすぃーが言いました。
よっすぃーは、なんだかなつみやあいぼんのことを悪く言われたような
気がして悔しかったのです。

『ともだちは、信じちゃいけないんだよ。
なぜなら、ともだちは仲良くなったように見せかけて、
油断したオマエを大きな口でペロリと喰っちまうからさ。
ペロリとな!砂糖醤油でな!!』
そう言うと真里ちゃんは、突然大きな声で笑い出しました。

『真里、ちゃん…?』
ひょっとしてこの人は真里ちゃんではないのではないだろうか、
こんな人が真里ちゃんのはずはない、いや真里ちゃんであっては困る、
でも世の中に一人ぐらいこんな真里ちゃんがいても面白いかもしれない、
と、頭の中に様々な思いが浮かんでは消え、よっすぃーは混乱していました。
4 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時43分38秒
『そしてともだちはオマエをペロリと喰っちまった後、
にっこり笑ってこう言うだろう』
真里ちゃんが喋り始めたのと同時に周囲の霧が少しずつ晴れてきて、
よっすぃーの目の前にぼんやりと人影が現れました。
顔はまだはっきりとは見えませんでしたが、自分よりもだいぶ背丈の低い
その人は、きっと真里ちゃんに違いないと、よっすぃーは思いました。

『ごちそうさまでした、と』
しかし、次に聞こえてきた声は、真里ちゃんのものではありませんでした。
いつの間にか霧はすっかり晴れて、よっすぃーの目の前に立っていたのは、
真っ赤なランドセルを背負ったあいぼんだったのです。

『あいぼん!?』
よっすぃーはびっくりして、大声で叫びました。
そして、驚いた拍子に目を覚ましてしまいました。

「なんで春休みなのにランドセルなの!?」
目覚めて間もないよっすぃーは、自分がまだ夢の中にいるような
気分でそう言ってしまいましたが、それも仕方のないことでした。

「ほっといて」
だって目が覚めてもよっすぃーの前には、夢の中と同じように
赤いランドセルを背負ったあいぼんが立っていたのですから。
5 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時44分41秒
「じゃあ、行こっか。よっすぃー」
ベッドに寝ているよっすぃーを見下ろして、あいぼんが言いました。

「はあ?どこ行くの…?」
眠そうに目をこすりながら、よっすぃーが言いました。
「友達んトコに決まってんじゃん」
ベッドの側に立っているあいぼんはやっぱり今日も土足でしたが、
よっすぃーは寝ぼけていてそのことにまったく気付いていないようです。

「なに言ってんだよ、こんな夜中にいきなり来てさぁ…
昼間だってずっと待ってたんだからね…あいぼんのバカヤロー…
こんな夜中じゃ、ともだちだってもう寝てるでしょー……寝てる…寝て…」
よっすぃーは、終わりの方はもう消え入りそうに小さな声で言いながら、
目を閉じて再び眠りに落ちていきました。

今日のよっすぃーは朝からずっと、あいぼんが来るのを心待ちに
していたのですが、いつまで待ってもあいぼんが来てくれないので、
待ちくたびれてとうとう眠ってしまったというわけなのでした。
6 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時46分30秒
「もぅ…なに規則正しい生活送っとんねん、春休みのくせに」
すっかり眠ってしまったよっすぃーを見て、あいぼんが言いました。

仕事と学校を両立しているあいぼんにとって、春休みはないのと
同じことですから、あいぼんにはよっすぃーが羨ましくもあり、
せっかくの春休みなのにいつもと同じ時間に寝てしまうなんて、
なんてもったいないことをするのだろうと、あいぼんは思うのでした。

「すーっ…すーっ…」
「あーあ、気持ちよさそうに寝やがって。いいなぁ…。
むぅっ、こっちは春休みでも仕事してんのにっ…!」
あいぼんの中で、よっすぃーを羨ましいと思う気持ちが
よっすぃーへの怒りに変わるまで、そう時間はかかりませんでした。

「仕事しに来たんやから、ちゃんと仕事して帰らななぁ」
ふふふ、と笑いながら、あいぼんはランドセルから携帯電話を取り出しました。
7 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時48分00秒
「あ、もしもし、りんねちゃーん?あんなぁ、ちょっとお願いあんねんけどぉー」
あいぼんの電話の相手は、北の大地に住む、お友達のりんねさんでした。
りんねさんは魔法使いですが、なぜか牧場に勤務しています。

『なんだよ、あいぼーん。りんね、とっくに寝てたんだからねー』
電話の向こうから聞こえてきたりんねさんの声は、
とても今起きたばかりとは思えないほど爽やかなものでした。

「ゴメンゴメン。あんなぁ、馬一頭送ってくれへん?」
牧場で働くりんねさんが、こんな夜中に起きているはずがないことは
あいぼんにもよくわかっていたのですが、これも仕事のためですから
仕方ありません。

『もぅ、しょうがないなぁー。どこに送ればいいの?』
りんねさんが言いました。
りんねさんはとても良い人なので、あいぼんの無理なお願いを
いつも快く引き受けてくれるのです。
8 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時50分49秒
『オッケー。じゃあ、3分だけ待ってて』
あいぼんの居場所を聞くと、りんねさんはそう言って電話を切りました。

「りんねちゃんが友達で、良かったなぁ…」
あいぼんは、日ごろの感謝の気持ちを込めて今年の夏こそは
りんねさんに暑中見舞いを出そうと思いました。
暑中見舞いも年賀状も、いつももらってばかりのあいぼんが
こんな気持ちになったのは初めてのことです。

人間は、いつも誰かに支えられて生きているんだな、
人という字は人と人が支え合って出来ているんだな、
と、あいぼんは、小学校時代に担任の飯田先生が
朝のHRで言っていた言葉を思い出したのでした。

『なんだよ、それー。キンパチせんせーのパクリじゃねーかよー』
クラスのみんなを笑わせたい一心で、つい大声でそう言ってしまった
あいぼんでしたが、まさかその一言が飯田先生の心を深く傷つけて
しまうだなんて、その時のあいぼんは少しも考えていなかったのです。
9 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時52分49秒
『違うもん…。カオ、キンパチせんせーからパクったわけじゃないもん…。
漢字の成り立ち、っていう本から引用しただけなのに…ひどいっ…』
暗い顔で呟いた飯田先生の悲しみに満ちた瞳は、今でもあいぼんの
目に焼きついています。

『飯田先生、ゴメンなさい』
飯田先生の悲しそうな顔がずっと頭から離れなかったあいぼんは
その日の放課後、職員室へ行って飯田先生に謝りました。
すると飯田先生は今にも泣き出しそうなあいぼんに優しく微笑みかけると、
読んでいた学級日誌をパタンと閉じて、こう言ったのです。

『加護さんの面白いところは先生すごく好きだけど、
それが時には誰かを傷付けてしまうこともあるってこと、
ちゃんとわかってほしかったんだ』
『…はい』
あいぼんは、それは誰かを笑わせることだけではなくて、
きっとどんなことにも当てはまるのだと、思ったのでした。
10 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時54分42秒
『でね、カオリ思ったのね。
カオも加護さんみたくダジャレとか連発して、もっと授業を面白くしようかなって』
今までの話の流れから、なぜ飯田先生がそのような結論に達したのか、
あいぼんには全く理解できませんでした。
さらに、あいぼんには自分がモノマネでみんなを笑わせたりすることはあっても、
ダジャレなんて連発した覚えは、これっぽっちも無いのでした。

『それじゃ、失礼しました』
『うん。さようなら、加護ンザレス!』
『!』
職員室を出ようとしたあいぼんは、後ろから聞こえた
飯田先生の言葉に度肝を抜かれました。

今のはダジャレ?ゴンザレスって誰?コレって、笑うべき?
ほんの一瞬の間に、あいぼんはいろいろなことを考えました。
算数のテストの時でさえこんなに考えたこと無かったのに、です。
11 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時56分46秒
『はっ、ははっ、わはははははは!飯田先生、おっもしろーい!!』
それは、あいぼんが自分なりに一生懸命考えた、『やさしさ』でした。
自分の心無い言葉で、これ以上飯田先生を傷つけることは
絶対に良くないと、あいぼんは思ったのでした。

『うそっ、カオリ面白い?マジで!?よぉーっし!!』
あいぼんの言葉を素直に受け止めてしまった飯田先生は、
拳を突き上げてうれしそうに言いました。
その様子を赤いジャージ姿の稲葉先生が、バスケットボールを
磨きながら優しく見守っていました。

それ以来、飯田先生は時と場所を選ばず、いつでもどこでも
ダジャレを言うようになりました。
酷い時には授業時間の半分以上をダジャレに費やすという
有様だったので、この問題はしばしば職員会議の議題にも
採り上げられましたが、未だに解決していません。

『飯田先生、一体どうしちゃったんだろうね?』
クラスメイトたちがそんなことを話しているのを耳にするたび、
あいぼんは思ったものです。
『やさしさ』ってなんだろう、って。
12 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)01時58分50秒
「ヒヒィィィィィィーーーンン!!ヒヒヒヒヒィィィィィーーンン!!!」
あいぼんが床に座ってぼんやりしていると突然、
窓の外から馬のいななきが聞こえてきました。

「うおあっ!?びっくりしたー!!そっ、その甲高い声はもしかして…!」
あいぼんはそう言って立ち上がると、窓の側へ駆け寄りました。
大急ぎで窓のカーテンを開けると、よっすぃーの家の前に
一頭の黒い馬が、二階の部屋を見上げているではありませんか。

「チャーミー!!」
あいぼんは思わず叫びました。
りんねさんが送ってくれた馬は、りんねさんの牧場にいる馬の中でも
あいぼんが一番好きな『チャーミー』だったのです。

チャーミーはあいぼんがりんねさんの牧場へ遊びに行くと、
決まってあいぼんを駅まで迎えに来てくれるのでした。
チャーミーは、行き先の地図を見せるとその場所まで連れて
行ってくれるという特技を持つ、とても賢い馬だったのです。
13 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時00分43秒
『そんなのタクシー使えば済むことじゃねえか』
牧場主の田中さんの冷たい一言に愕然としたりんねさんでしたが、
舗装されていないデコボコ道を行くにはやっぱりチャーミーだよね、と
チャーミーを、そして自分自身を励ましながら頑張る毎日です。

「やばっ、ご近所さんたちが起きてもーた!」
近所の家の灯りが次々と点っていくのを見て、あいぼんが言いました。
チャーミーがあんなに大きな声で啼いたのですから、近所の人たちが
目を覚ましてしまうのは当然のことなのですが、よっすぃーだけは
相変わらず安らかに眠り続けています。

「生きてんのかな、コイツ?」
心配になったあいぼんは、眠っているよっすぃーの頬を突付いてみました。
「んだよっ…!」
よっすぃーはあいぼんの手を払いのけながら、うるさそうに言いました。

よっすぃーの生存が確認できて安心したあいぼんは、よっすぃーの頭に
右手をかざして小さな声で呪文を唱えました。
すると、よっすぃーの姿がベッドの上から跡形もなく消えてしまったのです!
14 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時02分36秒
「よっしゃ、これだけ縛っとけば大丈夫やろ。行くで」
よっすぃーはまだ眠ったまま、自分の家の前で、
馬の背中にロープでしっかりと縛り付けられていました。

あいぼんはベッドの上のよっすぃーをチャーミーの背中へ
瞬間移動させた後、よっすぃーの体をロープで固定すると、
自分もチャーミーの背中に乗ったのでした。

「運転手さん、ここまでお願いします」
そう言って、あいぼんはチャーミーの鼻先に地図を突きつけました。
あいぼんの後ろで、チャーミーの背中に縛り付けられている
よっすぃーは、全く目を覚ます気配がありません。

「ヒヒィィィィーーンン!!」
「おわあっ!?」
雄叫びを上げたチャーミーがいきなり走り出したので、
あいぼんは思わず後ろへのけぞりました。
手綱を握っていなかったら、間違いなく振り落とされていたでしょう。

「チャっ、チャーミー速すぎ!速すぎるってえええーーっ!!」
あいぼんの絶叫は風の音に掻き消されて、街路樹や電柱を
薙ぎ倒しながら走るチャーミーの耳には届きません。
チャーミーが激しく動くので、よっすぃーを縛り付けたロープも
緩み始めています。
15 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時04分15秒
「はあ…。無事着いて良かった…」
あいぼんはぐったりと倒れこんで、チャーミーの首に抱きつきました。
チャーミーは地図に赤い丸印で囲んであった、ある一軒の家の前まで
あいぼんたちを運んできてくれたのです。

「もぅ…相変わらずチャーミーは直球勝負やなぁ」
チャーミーは、よっすぃーの家を急発進してから目的地まで
一度も止まることなく走り続けたのでした。

そのスピードもさることながら、曲がり角に差し掛かったときの
チャーミーの動きは、中澤さんから頭上に雷(本物)を落とされた時
以来の衝撃を、あいぼんに与えたのです。
ギリギリまで全速力で走り、あと数センチで壁にぶつかるというところで
少しもスピードを落とすことなく直角に曲がるという、かつて経験したことのない
コーナリングに、あいぼんはまるで生きた心地がしませんでした。

「よっすぃー、着いたよ。よっ…あれ?」
一息ついたあいぼんが振り返ると、チャーミーの背中に固定していたはずの
よっすぃーの姿がありません。
ロープはチャーミーの背中にしっかりと巻きついているのですが、
よっすぃーだけがどこにも見当たらないのです。
16 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時05分57秒
「うわあ、どっかに落っことしたかなぁー」
さっきのチャーミーの走りならばそれも無理はないかと、
あいぼんは思うのでした。

「あれぇー?ここどこー?」
足元からくぐもった声が聞こえて、あいぼんはチャーミーの上に乗ったまま、
チャーミーのおなかの辺りを覗き込みました。

「なんか、あったかいよぉー?」
チャーミーの動く振動で少しずつ下の方へずり落ちていたよっすぃーは、
振り落とされまいと無意識にチャーミーのおなかにしがみ付いていたのです。

「よっすぃーが全然起きないから、わざわざ運んできてあげたんだからね。
ほーら、目が覚めたらそこはもう、おともだちの家でしたー!
こういうの、至れり尽くせり、って言うんやで」
チャーミーの背中を降りながら得意そうに言うあいぼんを、チャーミーの
おなかに貼りついたよっすぃーは、びっくりした顔で見上げています。
17 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時07分49秒
「ともだちの家って、まだ夜中じゃん。その子だって、もう寝ちゃってるよ。
っていうか、早く降ろしてよ。苦しいよ」
「わかったわかった。いっぺんに言うな」
あいぼんは面倒そうな顔をしてそう言うと、よっすぃーとチャーミーの体を
結んだロープを解いてあげました。

「大丈夫だって。ほら、あの部屋、電気ついてるでしょ?」
家の二階の窓を指差して、あいぼんが言いました。
あいぼんの言うとおり二階の部屋には、明々と電気がついています。

「わかんないよ?電気つけたまま寝るヒトかも知んないじゃん」
「チッ」
寝起きのくせに割と頭の回転が早いよっすぃーの
もっともな言い分に、あいぼんは少しムッとしました。

「なに?なに今の?舌打ち?」
一方、寝ている間に馬で知らない場所へ連れ去られてしまった
よっすぃーもまた、あいぼんの強引なやり方にムッとしていたのでした。

「寝てたら無理やり起こして友達なったらええやん。
友情って、そーゆーもんやで」
あいぼんは今日の仕事を終わらせて早く家に帰りたかったので、
何も知らないよっすぃーに、いい加減なことを教えてしまうのでした。
18 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時09分23秒
「そっかぁー。でもね、あいぼん。
正直言って、私…ともだち作るの、少しこわいんだよ」
チャーミーに寄りかかって両手をもじもじさせながら、
よっすぃーが言いました。

新しいともだちがすぐ近くにいるというのに、
よっすぃーはまだ、昨日会ったなつみのことが
気になっていました。
そして、新しいともだちができても、もしかするとまた
なつみの時と同じような思いをすることになるのかも
知れないと思うと、どうしても勇気が出ないのでした。

「なんやぁ、あの子にケイタイ聞き忘れたぐらいでー。
またあの公園に行ったらええやん。会えるって」
よっすぃーの肩をポンポンと叩きながら、あいぼんが言いました。

「…わかんないじゃんか、そんなの。なつみは、きっともう来ないよ」
そう言った後でよっすぃーは、やっぱり言わなければ
良かったと思いました。
なつみはきっともう来ない、と心の中で思うだけよりも、
それを声に出して自分の耳で聞くといっそう、
その言葉はよっすぃーを辛い気持ちにさせるのでした。
19 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時11分01秒
「あんなぁ、よっすぃーの気持ちはわかるけど…
あんまし恐がってばっかりやったら、アカンと思うよ?」
あいぼんは何とかしてよっすぃーに友達を作ってあげたいと
思ったものの、自分の言ったことに自信はありませんでした。
なぜなら自分もよっすぃーと同じようなことになったらきっと、
今のよっすぃーと同じことを言うだろうと思ったからです。

「やっぱり帰ろう、あいぼん」
そう言うとよっすぃーは、チャーミーの背中に跨りました。
よっすぃーが上に乗ると、心なしかチャーミーの鼻息が
荒くなったように、あいぼんには感じられました。

「ヒヒィィィーン!!」
よっすぃーが手綱を握ると、チャーミーはあいぼんを置き去りにして
走り出そうとしました。

「ううん。ウチは、行った方が良いと思う」
よっすぃーの顔に右手をかざして、あいぼんが言いました。
あいぼんが短い呪文を唱えると、よっすぃーの体はその場から
すっと消えてしまいました。

「ゴメンなぁ、よっすぃー」
二階の窓を見上げて、あいぼんが呟きました。
(けど、やっぱり恐がらんと新しい友達作った方が、絶対良いに決まってるもん)
20 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時13分26秒
「馬……?」
チャーミーの声を聞いて、少女が顔を上げました。
持っていたペンを机の上に置くと、椅子から立ち上がって
ゆっくりと窓際へ歩み寄ります。
すると突然ドサッと大きな音がして、少女は後ろを振り返りました。

「誰……?」
「わあっ!?えっ、ここどこ!?やっ、どうしよ…!」
あいぼんによって見知らぬ人の部屋のベッドの上に
瞬間移動させられてしまったよっすぃーは、突然の
出来事に慌てふためきました。
ベッドの上でじたばたするよっすぃーの様子を、
少女は訝しそうに見ています。

「ねぇ、アンタどっから入ってきたワケ?」
怯えたり、よっすぃーのことを責めたりするでもなく、
のんびりとした口調で少女が言いました。

「ゴメンなさい!すぐ出て行くから!!」
よっすぃーは少女の顔を見ようともせず、まっすぐに窓の方へ向かいました。
二階から飛び降りるつもりなのでしょうか?

「あれっ?吉澤さん…?」
自分の名前を呼んだ少女の声に、よっすぃーはぴたりと足を止めました。
21 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月14日(日)02時15分43秒
「よっしゃ。行くで、チャーミー」
よっすぃーが戻ってこないことを確認したあいぼんはチャーミーの
背中に跨ると、手綱をぎゅっと握りました。
するとチャーミーは二三歩後ろへさがって、ゆっくりと助走し始めたのです。

「おいおい、なに助走つけとんねん。
自分、馬として何かおかしいで。
なぁ、もう帰るだけやからゆっくりでええって。なぁ?」
震える声で、あいぼんが言いました。

カツカツと蹄を鳴らしながらたっぷりと助走をとるチャーミーの背中で、
あいぼんはここへ来るまでの恐かった道のりを思い出していました。
この静かなる助走は、ジェットコースターで頂上へ昇っている途中の
感じに似ていると、あいぼんは思いました。
手綱を持つ手が、ぶるぶると震えています。

「ヒヒヒヒヒィィィィーーンンン!!!」
「おごわあっ!?ゆっくりでいいってばああーーっっ!!」
チャーミーのいななきと、ドドドドドド…という激しい蹄の音と、
あいぼんの絶叫が、夜の闇を切り裂きます。

「ひぃっ!りんねちゃん!たすけてえええーーっっ!!」
りんねさんは今頃きっと、夢の中にいることでしょう。
22 名前:すてっぷ 投稿日:2002年04月14日(日)02時17分31秒
もうしばらく続きそうですが、最後までお付き合い頂けるとうれしいです。
23 名前:おさる 投稿日:2002年04月14日(日)02時26分20秒
見つけた見つけた!宵っ張りってスバラシイ!
密かに紫板に移動してたなんて、もう、一言言ってくれれば…
さてさて本題。ついにりんねさん登場!すてっぷさんの小説では初めてですよね。
でも今回の登場だけでもう出なさそう…
そして猫のケメぴょんに続き、なんとチャーミーがお馬さん。
いっそのこと他のメンバーも動物にしちゃえ!
目指せ!ハロプロ・ムツゴロウ王国!
24 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月14日(日)02時29分21秒
吉澤の事を知っている…
私の想像が正しければ…あの人?
25 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年04月14日(日)03時36分02秒
いしかーさん、今回は馬なんですね(w
りんね、稲葉先生といい、配役センスさすがです。
ヨシコの新しいトモダチはやっぱし・・・?

26 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)03時58分01秒
真里ちゃんだよなあ…
信じたとたんぺろりと食われるって…(w
27 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月14日(日)17時36分36秒
ひぃぃ〜〜〜!! 梨華ちゃんが馬に〜〜〜!?
そ、そんなの悲しすぎるぅぅ〜〜〜〜ゥゥゥゥ
いつだったか大型冷蔵庫になったときくらいワラータ
28 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月21日(日)13時40分15秒
チャーミーとばしすぎ!もうちょいおさえておさえて。
あいぼん飛ばされないか心配です…
吉澤さんと呼ぶこの少女はいったい…
29 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時19分17秒

<第5話>


「なんで吉澤さんが、ウチにいんのー?」
少女が、足を止めて振り返ったよっすぃーを見て言いました。

「…あ、もしかして」
よっすぃーはどうやら自分のことを知っているらしい少女の顔を
しばらく見つめて、ハッとしました。
少女がよっすぃーのことを知っているように、よっすぃーもまた、
少女の顔には確かに見覚えがあったのです。
(この子、確か同じクラスの…)

「辻さん?」
少女の顔を指差して、よっすぃーが言いました。

「後藤だよ」
少女は少し不機嫌そうな顔をして、言いました。

「一年間同じクラスだったじゃん、ひどいよー」
後藤さんはそう言いましたが、それはもう怒っている風でもなく、
よっすぃーをからかうような口調に変わっていました。
30 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時20分51秒
「そっかぁ、辻さんじゃなかったんだ。えっ、じゃあ辻さんって誰?」
後藤さんは春休みになる前までよっすぃーのクラスメイトでしたが、
よっすぃーは後藤さんのことを一年間ずっと、『辻さん』だと思っていたのです。

「えー?知らないよ。ウチのクラスには、いなかったと思うけど」
「うっそぉ。誰だろ、辻って」
「えー?なんか怖いよ、そーゆーの」
「だよねだよね。えーっ、誰だぁ、辻って……」
しばらく二人で考えてみましたが、『辻さん』が誰だったのかは
とうとうわからずじまいでした。


「まぁ、辻さんのことはどーでもいいんだけどさ。
吉澤さんはココで一体何してるワケ?ドロボー?」
パジャマ姿のよっすぃーを怪しむような目で見ながら、後藤さんが言いました。

「えっ!?ああっ、いやあのそれはえっとだから」
よっすぃーは後藤さんにここへ来た訳や、どうやってこの部屋へ入ったのかを
説明しなければと思いましたが、ひどく慌ててしまって上手く言葉になりませんでした。
31 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時22分22秒
「えーっと、起きたら馬に乗ってて私は帰ろうって言ったんだけど
あいぼんが魔法でムリヤリ、そしたらえっとベッドの上に、」
よっすぃーは自分の身に起こった出来事を思いつくままに並べ立ててみましたが、
頭の中が混乱してしまってやっぱり上手く話せません。
後藤さんは慌てふためくよっすぃーの様子を見て、くすくすと笑っています。

「なんだよ、魔法って。ちょっと落ち着きなよー」
楽しそうに笑って、後藤さんが言いました。
よっすぃーは自分が笑われていることに気が付くと、
急に恥ずかしくなって俯きました。

「あとさー、気になってたんだけど、どっから入ったの?」
ベッドに腰掛けながら、後藤さんが言いました。

「えっと……窓から」
よっすぃーは両手をもじもじさせながら少しの間考えて、後藤さんに嘘をつきました。
よっすぃーは、ついさっき自分が魔法でこの部屋へ来たことを説明しようとして、
後藤さんに笑われたことを思い出したのです。
よっすぃーは、魔法でこの部屋へ入ったなんて言ったって信じてもらえるはずがない、
さっきみたいに笑われるだけだと、思ったのでした。
32 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時23分30秒
「えー?窓開いたの、ぜんぜん気付かなかったけどなー」
不思議そうに首をかしげて、後藤さんが言いました。
よっすぃーは、何か上手い言い訳をしなければと思いました。

「いや、ウチってさぁ…おじいちゃん、忍者だから」
よっすぃーは、我ながらずいぶんとバカバカしい言い訳をしてしまったものだなぁ、と思いました。
こんな怪しい言い訳をしてしまっては、泥棒と疑われても仕方がありません。
よっすぃーは、覚悟を決めました。
警察に突き出されるかも知れないけれど、まあ良いじゃないか。
もしかしたら、取調室でカツ丼が食べられるかも知れないじゃないか。
そんなことを考えながら、ふふ、と自嘲気味に笑うよっすぃーを、
後藤さんはびっくりしたような顔で見上げています。

「すごい…。忍者って、えっ、なに流!?」
ベッドに腰掛けたまま、身を乗り出して後藤さんが言いました。
後藤さんは、誰にも気付かれることなく窓から入ることができたのは
自分が忍者の血をひいているからだというよっすぃーの言い訳を、
簡単に信じてしまっていたのです。
(うわぁ、信じてるよ、この人…)
よっすぃーは戸惑いました。
33 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時24分41秒
「…ああ、はがくれ流、だったかな。確か」
よっすぃーは、警察に捕まるのはやっぱり気が進まなかったので、
後藤さんが信じてくれたのをいいことに口からでまかせを言いました。

「へぇー、すごいねぇ。だから気付かなかったんだ…。
あっ!そっかー、だから馬に乗ってきたんだ!ああ、なるほどねー」
彼女の中で、全てに合点が行ったのでしょう、
後藤さんはベッドの上でとても満足そうに微笑んでいます。

「うん。なかなか乗り心地イイんだよね、あの馬」
よっすぃーは、適当に話を合わせました。
(馬に乗ってる忍者って、あんまり聞いたことないけどなぁ…)
そんな目立つことをする忍者なんていないと、よっすぃーは思いましたが、
せっかく後藤さんが納得してくれたので黙っておくことにしました。


「でもさー、吉澤さんとこんなに喋んのって、初めてだよね」
両手をベッドの上について足をぶらぶらさせながら、後藤さんが言いました。
後藤さんはとてものんびりとした調子で喋るので、その声を聴いていると、
よっすぃーはとても落ち着いた気持ちになるのでした。
34 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時25分52秒
「こんなに、っていうか、一回も喋ったことないよね…」
よっすぃーが言いました。
「えー?そうだっけ」
目の前に立っているよっすぃーを見上げて、後藤さんが言いました。
よっすぃーは少し横を向いて、後藤さんと目が合わないようにしました。
(後藤さんには、ともだちがたくさんいるもん。
私と話をしたことがあるかどうかなんて、そんなことどうだって良いに決まってる)

「でも、ごとーは吉澤さんと喋ってみたいって思ってたよ?
あー、だからかな?喋ったことあるつもりになってたのかもね」
「えっ!?」
後藤さんがさらりと言った一言に、よっすぃーはとても驚きました。
ともだちをたくさん持っている後藤さんが、まさか自分と話をしてみたいと
思っていたなんて、よっすぃーにはとても信じられないのでした。

「どうして!?どうして私と喋ってみたいって!?」
後藤さんの肩を掴んで揺さぶりながら、よっすぃーが言いました。

「べつに、なんとなく」
後藤さんが言いました。
慌てるよっすぃーとはまったく反対に、後藤さんはとても落ち着いています。
35 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時27分09秒
「…へぇ、なんとなく、ね。そっかぁ、そっかそっか」
そう言って、よっすぃーはくすっと笑いました。
後藤さんの答えに少しがっかりしたものの、ともだちのいないよっすぃーにとって
後藤さんが自分と話をしてみたかったと言ってくれたことは、やっぱりうれしかったのです。

「ねぇ、立ってないで座れば?」
ベッドの側にぼうっとして立っているよっすぃーを見て少し呆れたように、
後藤さんが言いました。

「あ、うん……あの、どこ座ったらいいかな?」
部屋の中を見回しながら、よっすぃーが言いました。
「ああ」
そう言うと後藤さんは、ベッドの上にあぐらをかいて座りました。
「んじゃ、ココ」
そして自分の隣を右手でポンポンと叩いて、言いました。

「ああ、はい」
よっすぃーはベッドの上に乗ると、後藤さんの隣にちょこんと正座しました。

それから二人はしばらく何も喋らずにぼうっとしていましたが、
不思議なことに、よっすぃーはなつみとそうなった時に感じたような
気まずさを少しも感じていませんでした。
(後藤さんといると、何も喋らなくても、話をしているような気分になる。不思議だなぁ)
36 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時28分52秒
よっすぃーは後藤さんの真似をして自分もあぐらをかいて座ると、
部屋の中を今度はじっくりと見回しました。

後藤さんの部屋は物があまり置いていなくて、すっきりとした部屋でした。
いろんな物がたくさんあってそれらがきちんと整頓されているよっすぃーの部屋とも、
たくさんのぬいぐるみが机の上や棚の上やベッドの枕元や、とにかくいろんなところに
散らばっている真里ちゃんの部屋とも違っていて、よっすぃーはとても興味深く
後藤さんの部屋の様子に見入るのでした。

(世の中にはいろんな人がいるけれど、どんな部屋に住んでいるのかだって、
みんなそれぞれに違うんだなぁ)
それはとても当たり前のことだと、よっすぃーにもわかっていましたが、
それはとても当たり前のことのように見えて本当はとても大切なことなのだと、
よっすぃーは思いました。
この部屋の様子から後藤さんがどんな人なのかも、もしかしたらわかるかも知れない。
隣に座る後藤さんの横顔を見ながら、よっすぃーはそんなことを考えていたのでした。

そうしてしばらくぼんやりしていると、ふいに、後藤さんが何かの歌を口ずさみ始めました。
37 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時30分32秒
「歌、好きなんだ?」
「うん」
よっすぃーが聞くと後藤さんは歌うのをやめて、うれしそうに言いました。

「今の、後藤さんが好きな歌?」
「うん。でも、もともとは、友達が好きだった歌なんだけどね」
後藤さんはあぐらをかいていた足を伸ばして座りなおすと、壁にもたれました。

「それって、クラスの子?」
「ううん、違うけど。すごく、大切な友達だよ」
そう言った後藤さんの、とてもうれしそうな横顔を見ていると、
よっすぃーはなんだか寂しい気持ちになりました。

「でも、ずっと前に引っ越してっちゃったんだけどね。
だから、ぜんぜん会えないんだけど」
後藤さんは一瞬寂しそうな顔をして、けれどまたすぐに笑って、言いました。
よっすぃーには、後藤さんの言うことがよくわかりませんでした。
(会えないのに、『大切なともだち』だなんて…どうしてそんなことが言えるんだろう?)

「いつになったら、会えるの?」
よっすぃーが言いました。
「わかんない。手紙出すんだけど、あんま返事来ないし。困ったもんだねぇー」
後藤さんは、少しふざけたような調子で言いました。
38 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時32分30秒
「メールじゃないんだ、手紙なんだ」
よっすぃーは後藤さんのおどけた言い方につられて、後藤さんのことを
からかうように言いました。
「なにそれ、バカにしてんの?むかつくぅー」
後藤さんが大げさに怒ったフリをして、そして二人は笑いました。

「でもさー、本当に大切な人だったら、メールより手紙かなぁ。
なんか、そんなカンジしない?」
よっすぃーはまだ笑っていましたが、後藤さんは少し真剣な顔になって言いました。

「えっ、どうして?」
「なんとなく。メールだとさぁ、間違えたトコ消したり、間にあとから書き足したりとか
簡単にできるけど、手紙ってそういうワケいかないじゃん?
だから間違えないように書こうって思うとさ、その人のこと、ちゃんと考えようって思うもん」
後藤さんが言うとよっすぃーは、ふーん、と気のない返事をするだけでした。
39 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時34分49秒
「今もちょうど書いてたトコだったんだけどね。
したら、いきなり馬の鳴き声がしてさー、吉澤さんが忍び込んできたってワケよ」
よっすぃーがベッドの上から身を乗り出すと、机の上に書きかけの便せんが
置いてあるのが見えました。
便せんの上には、青色のペンが転がっています。

「だけど、そんだけ考えて書いたって、返事は来ないんでしょ?」
よっすぃーは、こんなことを言って後藤さんが沈んだ気持ちにならないか不安でしたが、
思い切ってそう言いました。

「まあ、10回に1回は来るかな」
よっすぃーの不安をよそに、後藤さんは相変わらずふざけたような調子で言いました。
「後藤さんって、気が長いんだねぇ」
「ごとーがねぇ、しょっちゅう出しすぎなんだよね。
こないだ返事来たんだけどさ、勉強もそれぐらいちゃんとやれ、って書いてあったよ」
後藤さんはそう言うと、本当に楽しそうに笑うのでした。

(後藤さんは、返事をくれるかくれないかわからない人のために、手紙を書き続ける。
それは、来るか来ないかわからない人を待ち続けることと、同じことかもしれない)
40 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時36分39秒
『来るか来ないかわからない人を待ち続けるのは、ひとみが辛いだけなんだよ?』
なつみが言ったとおり、そんなことを続けるのはとても辛いはずなのに、
どうして後藤さんはこんなに楽しそうに笑っていられるのだろうかと思うと、
よっすぃーは不思議でなりませんでした。

「後藤さんは、どうして手紙を書くの?」
「どうして、って?」
「だって、その人はいつ会えるかもわかんないし、手紙書いたって
返事くれるかどうかもわかんないんでしょ?
どうして、そんな人を待っていられるの?」
よっすぃーが言うと、それまで笑っていた後藤さんは急に真剣な顔になって言いました。
「信じてるから」
よっすぃーはじっと待っていましたが、後藤さんはそれ以上何も言いませんでした。

「どうして、信じられるの?」
しばらくして、よっすぃーが言いました。
「えー?わかんないよぉ。あんま難しいコト聞くなよー」
すると後藤さんはもう、さっきまでのおどけた口調に戻っていました。
41 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時38分27秒
「信じてれば、会えるかな。
もう会えないと思ってた人にも、もしかしたら会えるのかな」
よっすぃーが聞くと後藤さんはにっこりと笑って、うん、と言ってくれました。

よっすぃーはなんだかほっとして、そして、なつみがいたあの場所へ、
もう一度行ってみようと思いました。
(信じることを止めなければ、もしかしてなつみに会える日が来るのかもしれない)


「あのさー、ヒマじゃない?ゲームやろっか」
よっすぃーが考え事をしていると、後藤さんが言いました。
後藤さんはよっすぃーが答えるのを待たずにさっさとベッドから下りると、
押入れからテレビゲームを出してきて、準備を始めました。

「ほら、一人でやってもつまんないからさー、吉澤さん来てくれて良かったよー」
よっすぃーは、なぜ自分がこの部屋へやってきたのかということについて
一切触れようとしない、正確には最初に触れたきりすっかり忘れている後藤さんが、
何時そのことに気が付くだろうかと内心ヒヤヒヤしながら、床に座り込んでいる
後藤さんの隣に腰を下ろしました。
42 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時40分36秒
「やっりぃー!またホームランだああーー!2ランだよ、2ラン、ねぇ、後藤さん!!」
よっすぃーが叫ぶと、隣でコントローラーを握ったままうとうとしていた後藤さんが、
目を覚ましました。

二人は夜中に野球ゲームで遊び始めましたが、夢中で遊んでいるうちに
すっかり夜は明け、窓の外はもう明るくなっていました。

「んあ?あー、またやられちゃったか。なんか、ホントうれしそうだね、吉澤さん」
後藤さんは眠すぎて、よっすぃーにホームランを打たれたことも、
自分が一体どんな球を投げたのか、それ以前に本当に自分が
投げたのかということすらも、まったく記憶にありませんでした。
後藤さんは、我ながらこんなに眠くてよくストライクが入ったものだなぁと、感心するのでした。

「だって、真里ちゃんとやる時は、ホームラン禁止だから…」
よっすぃーは、コントローラーを見つめて、ぽつりと呟きました。
しかし、よっすぃーの悲しい告白は、うとうとと眠りの国へ誘われている
後藤さんの耳にはまったく届いていないようでした。
43 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時42分30秒
よっすぃーは、真里ちゃんともたまに野球ゲームで遊んだりすることがありますが、
よっすぃーがホームランを打つと、真里ちゃんは決まってリセットボタンを押してしまうのでした。
よっすぃーが怒ると真里ちゃんは、『だって今のはズルだから』と、よくわからない
言いがかりをつけるのです。
ホームランのたびにリセットされるので、一試合終えるのに8時間かかったこともありました。
ですから後藤さんの家で放ったホームランは、言わばよっすぃーの初ホームランだったのです。

よっすぃーはもううれしくてうれしくて、隣で眠る後藤さんを無理やりにでも
叩き起こしてハイタッチしたい気分でしたが、いくら温厚な後藤さんとはいえ
そんなことをしてはさすがに嫌われてしまうかも知れないと思って、我慢するのでした。

「ああ、すっごく楽しいなぁ、こういうの」
「んあー、吉澤さん、いま……何回?」
外はとても良い天気で、チュンチュンという鳥のさえずりが、一日の始まりを告げていました。
44 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時43分58秒

――

その頃、あいぼんは後藤さんの家の近くまで、よっすぃーを迎えに来ていました。
昨夜、チャーミーの背中で臨死体験にも似た感覚を味わったあいぼんは、
今日は始発を待って、電車でここまでやって来たのです。

「よっしゃ。お豆ちゃん、よろしく頼むでぇ」
「クルックー」
あいぼんが、足に小さな紙切れを結びつけると、伝書鳩の『お豆ちゃん』は
元気よく答えました。
あいぼんは伝書鳩の『お豆ちゃん』を後藤さんの家まで飛ばして、
自分がここへ来ていることをよっすぃーに知らせようとしているのです。

「これはちょっと重たいかもわからんけど、がんばってな」
あいぼんは、お豆ちゃんの首にストラップを掛けました。
もちろんその先には、携帯電話がくっついています。

「クッ…!」
羽根を広げて飛び立とうとして、お豆ちゃんが目を見開きました。
いくら最近の携帯電話は軽量化が進んでいるからといって、
お豆ちゃんは鳩ですから、その重みは相当なものなのです。
45 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時45分43秒
「ああ、さすがにケイタイは重かったかなぁー。がんばって、お豆ちゃん!」
「クッ、クルッ、クルックゥゥ…!」
あいぼんの期待に答えようとするかのごとく、お豆ちゃんは
足を踏ん張って何とか飛び立とうと頑張ります。

「お豆ちゃん、ゴウッ!」
「クルックゥゥゥゥゥーーーーーッッ!!」
あいぼんの掛け声に合わせて、お豆ちゃんは大きく羽根を広げ、
広い大空へ向かってはばたきました。

「うおおーっ!お豆ちゃんが飛んだあああーーっ!!」
右手を高く揚げて叫ぶあいぼんの大声で、再び後藤さんが目を覚ましました。

「あー?なんか声したよね、外で」
後藤さんはゆっくり立ち上がると、部屋の窓を開けました。
するとものすごいスピードで、伝書鳩の『お豆ちゃん』が飛び込んできました。

「うわっ!?なに!?ハト!?ハトだよ!!」
後藤さんが、びっくりして叫びました。
お豆ちゃんは後藤さんの顔をかすめて、まだコントローラーを
握り締めているよっすぃーの肩に止まりました。
46 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時47分32秒
「んっ?何だ、この紙切れ」
よっすぃーはお豆ちゃんを自分の腕に止まらせると、結び付けてあった
小さな紙切れを抜き取りました。

「もしかして伝書バトってやつ?すごいねー。吉澤さん、やっぱ忍者なんだー」
感心したように後藤さんが言いました。
よっすぃーは、小さく折りたたまれた紙切れを開きました。



よっすぃーへ。

外でまってます。帰る前に電話番号とかいろいろ聞いとけ。

あいぼんより。



「あいぼんからだ」
「なんて書いてあったの?」
「ともだちが、外で待ってるみたい。私、もう帰るね」
よっすぃーは紙切れを元のように小さく折りたたむと、ポケットの中に仕舞いました。
(あっ、そうだ。電話番号…)

よっすぃーはあいぼんからの伝言を思い出してふとお豆ちゃんを見ると、
お豆ちゃんが首に携帯電話をぶらさげているのが目に留まりました。
お豆ちゃんが首からさげているのは、よっすぃーの携帯電話でした。
(あいぼん、ありがとう)

「クルックゥ…」
お豆ちゃんとしては伝書よりも先に、こちらに気付いてほしかったのですが。
47 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時49分13秒
「後藤さん」
お豆ちゃんの首から携帯電話を取ると、もじもじしながら、よっすぃーが言いました。

「なにー?」
お豆ちゃんの頭を撫でながら、後藤さんが言いました。

「あのぉー、ケイタイ、教えてもらってもいい?」
よっすぃーはもうどきどきして、終わりの方は消え入りそうに
小さな声でやっと言いました。

「うん、いいよぉー」
後藤さんは事もなげにそう言うと、机の上から自分の携帯電話を取りました。
よっすぃーはうれしくて、携帯電話をぎゅっと、胸に抱きしめました。

「吉澤さんのも教えてよ。あと、メールも」
「うん!」
そして二人は、電話番号とメールアドレスを交換しました。

春休みの間にまた会おうね、と約束して、よっすぃーは後藤さんの家を
今度はちゃんと玄関から、後藤さんに見送られて出て行きました。
48 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時51分04秒
「よっすぃー、お豆ちゃん、おかえりぃー」
あいぼんは、後藤さんの家から少しだけ離れたところでよっすぃーを待っていました。

「ただいま、あいぼん」
よっすぃーが言いました。
「クルックー」
よっすぃーの肩にとまっていたお豆ちゃんが、鳴きました。

「あ、着替え持ってくれば良かったね」
目の前に現れたよっすぃーを見て、あいぼんが言いました。
よっすぃーは寝ている間に連れてこられたために、服はパジャマのまま、
靴も履いていなかったのです。

そこでよっすぃーは帰り際、後藤さんに靴を借りることにしたのですが、
『忍者なんだから、ビーサンの方が草履っぽくて良いよね』という
後藤さんのありがた迷惑な心遣いによって、よっすぃーは
パジャマにビーチサンダルという、ラジオ体操に出かけるときの
小学生のような格好で家まで帰らなければなりませんでした。
49 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月21日(日)22時55分25秒
「どうだった?」
あいぼんが、おそるおそる言いました。
あいぼんはよっすぃーがなつみのことで落ち込んでいることに気が付いていたので、
昨夜はずっとそのことが気になっていたのでした。

「うん、すっごく楽しかったよ!」
「えっ、ホンマにっ!?」
よっすぃーの答えを聞いた途端、あいぼんの顔がぱあっと明るくなりました。

「そっかぁー、良かった」
あいぼんは、昨日は少し強引だったけれども、よっすぃーをともだちに
会わせてあげて本当に良かったと思いました。


「ねぇあいぼん、どっかで朝ゴハン食べてこうよ。おごるからさ」
よっすぃーは心がうきうきして、自分がお財布を持っていないことも忘れていました。
「ホント?やったあー!」
二人は楽しそうに笑いながら、駅までの道を歩いていきます。

「ビバ!べーグルぅぅ」
よっすぃーは、このまま何もかもが上手くいきそうな、
うれしい予感で胸がいっぱいになるのでした。
50 名前:すてっぷ 投稿日:2002年04月21日(日)22時58分10秒
感想、ありがとうございます!
レス遅くなって、すみません…。

>23 おさるさん
こんなに早く見つけてもらえるとは(笑)。ありがとうございます!
りんねさん初登場でしたが、この先は出番ないかもですね…。
今回もひとり、動物が登場しています。王国、目指してみます(笑

>24 名無し読者さん
予想は当たりましたでしょうか…って、わかりやすすぎたかな(笑

>25 ごまべーぐるさん
石川さん、本当のとっかえっ娘。では主役なのに(笑
りんねさんに稲葉さん…。今回は、できるだけ多くの人を登場させたいと思ってます。

>26 名無しさん
まだ本人出てないのに、どんどん邪悪なキャラになってってる…。

>27 梨華っちさいこ〜さん
りんねさんに飼われてるとこがポイントですね(笑
大型冷蔵庫。これまた懐かしいネタを、ありがとうございます!(笑

>28 名無し読者さん
メール欄(笑)。実際のチャーミーと同じく(?)、一直線な暴走ウマにしてみました…。
あいぼんは、なんとか生還できたようです(笑
51 名前:ろむ読者 投稿日:2002年04月21日(日)23時41分15秒
「信じてるから」・・・単純だけど、
いや単純な言葉だけに、胸にグッときますね。
連絡の途絶えている友人に、電話してみたくなりました。
ところで、パジャマにビーサンでお財布も持たないよっすぃ〜、
無事におうちへ帰れるのでしょうか。
52 名前:おさる 投稿日:2002年04月22日(月)00時13分22秒
今回は何か友達というものを改めて考えさせられましたね。
そう言えば、かな〜り昔「待てど暮らせど来ぬ人を…」なんていう
「宵待草」って曲がありましたが(古っ!)。
あと、よっすぃーのためを思うあいぼんがだんだん健気に見えてきました。
あいぼん、がんばって魔法使いとしての初実績つくってね!
53 名前:名無し娘。 投稿日:2002年04月22日(月)00時57分53秒
「とっかえひっかえ」がそんなに立派な事とは思いませんでした(遅レスw

辻登場!でもまさか名前だけで終わりなんじゃあ・・・(ありそう)
 だんだん心の成長を遂げて行くよっすぃーが愛しいですが、矢口さんとの
心暖まる交流が暴かれるに従って、全ての原因は矢口さんなんだなぁ、と
感心したりしてます。ホームラン禁止・・・言いそう(爆)

しかし後藤は健気だなぁ、本物もこの位物事に動じない気がします(w
54 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年04月23日(火)20時42分59秒
自分の幼なじみに人生ゲームで負けそうになると、盤を持ち上げていきなり揺すりだすやつがいましたが
真里ちゃん暴君エピソードで久々にその事を思い出しました。
それにしても『辻さん』って誰、ヨシコ(w
55 名前:もんじゃ 投稿日:2002年04月24日(水)00時00分59秒
今回はあいぼんのちょっと哀すぃーお話が無いんですね…。
いえ、別にいいんですが(笑)
しかし後藤さんの大物ぶりが垣間見れて面白かったです。
そしてさりげない真里ちゃんの極悪ぶりも(笑)
56 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月26日(金)22時12分47秒
よっすぃーがとっても楽しそうに「ともだち」と遊んでましたね。
よかったよかった。
信じてみる心も手に入れたしなっちに逢える日…きっとそう遠くないはずでしょう。

財布を持ってないことに食べてしまってから気づきませんように…。
57 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)18時55分12秒

<第6話>


「天気は良いし、おなかも一杯だし、ホント良い朝だなぁー。
あいぼん、ごちそうさま」
両手をあげて伸びをしながら、よっすぃーが言いました。

「どういたしまして!!」
あいぼんが怒鳴りました。

「怒んなよぉー。また今度おごるからさ。ねっ?」
よっすぃーが言うと、あいぼんはしぶしぶ頷きました。
後藤さんの家を出て朝食を済ませたよっすぃーとあいぼんは、
よっすぃーの家までの道を並んで歩いています。

あいぼんに朝ゴハンをおごってあげる、と胸を張って言ったよっすぃーは
おなか一杯食べ終えてレジでお金を払う時になって自分がお財布を
持っていないことに気付き、とっさに後ろから歩いてきたあいぼんの腕を掴みました。
何も言わず泣きそうな顔で、濡れた瞳で何かを訴えかけてくるよっすぃーを見て
全てを悟ったあいぼんは、仕方なくランドセルから自分のお財布を出して、
よっすぃーの代わりにお金を支払ったのでした。

これであいぼんの今月のお小遣いは、底をつきました。
58 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)18時56分29秒
「てめえ、つじーーっ!!今度やったら牛乳1リットル一気飲みだからね!!」
突然大きな声がしたかと思うと、一人の女の子が角を曲がって
ものすごいスピードで二人の方へ走ってきます。
二人はこちらへ向かって突進してくる女の子を避けて、道路の端の方へ寄りました。
あいぼんと同じくらいの背丈の女の子は、遠くの方まで全速力で走っていくと
突然立ち止まり、くるりと後ろを振り返りました。

「へっへーんだ!ばーかばーか!ピンボケやぐちーっ!!」
女の子はよくわからない捨て台詞を残すと、再び全速力で走り出しました。

「真里ちゃんち、またやられてるよ…」
みるみる小さくなっていく女の子の後ろ姿を見送りながら、よっすぃーが呟きました。
「やられてるって?」
よっすぃーの隣で、走り去っていく女の子を見ながら、あいぼんが言いました。

「ピンポンダッシュ。あっ、そっかー!あの子が辻さんだったんだ」
あいぼんに答えながら、よっすぃーは後藤さんの家でどうしても思い出せなかった
『辻さん』のことを、ようやく思い出すことができたのでした。
59 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)18時57分47秒

――

「はあ、はあ、はあ」
ここまで来れば大丈夫だろう。辻さんは立ち止まって、あがった息を整えます。
今日も上手くいった、そして明日も明後日もその次も。そう、きっと永遠に。

「朝ゴハンは、三丁目の揚げパンにするか」
辻さんはそう呟いて空を見上げ、太陽の眩しさに思わず目を細めました。

辻希美さんは、よっすぃーや真里ちゃんと同じ町内に住む、中学二年生の女の子です。
おだんごに結った髪と幼く可愛らしい外見からご町内のアイドル的存在だった
辻さんはある日を境に、ご町内ではお尋ね者、しかし学校では英雄という、
いわゆるダークヒーローとして生まれ変わったのでした。

それは辻さんが中学二年生になったばかりの頃、
クラスでピンポンダッシュが大流行したことがありました。

もともと流行などにはあまり感心のなかった辻さんですが、
遊び半分で一度やってみたところ、その鮮やかな手つきや
逃げ去り方などがクラスメイトたちの間で大絶賛され、
辻さんはたちまちクラスのヒーローになってしまったのです。
60 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)18時59分11秒
可愛いアイドルよりも、かっこいいヒーローに憧れていた辻さんにとって、
それからの毎日はまさにバラ色の日々でした。
そう、あいつがやって来るまでは。

『新潟から来ました、小川麻琴。特技はピンポンダッシュです。よろしくお願いします』
一学期の終わりに辻さんのクラスに転校してきた小川さんは、
自己紹介でそう言い放ちました。
クラスのみんなも、それから隣に立っていた担任の夏まゆみ先生(体育科)も、
びっくりして思わず目を見開きました。

『辻さん。あなた良いダッシュ見せるって聞いたけど、いつもどこの家狙ってんの?』
転校二日目、ダッシュ王である辻さんの噂を聞きつけた小川さんが、
辻さんに話しかけてきました。

『高等部の、矢口センパイんちだよ』
小川さんに対してライバル心を剥き出しにしていた辻さんは、
自分が標的にしているお宅の中でもっとも難易度の高い家とされている
矢口先輩、つまり真里ちゃんの家を、小川さんに紹介したのでした。

ピンポンダッシュを志す者たちの間で、なぜ真里ちゃんの家が
狙い難かったかというと、その秘密は真里ちゃんの自転車の腕前にあったのです。
61 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時00分35秒
真里ちゃんは三歳の頃から補助輪なしの自転車を自由自在に乗りこなし、
そのテクニックもさることながらスピードにかけてはまさに超一流で、
町内で彼女の右に出るものはいない、というほどの腕前を誇っていました。
ですから辻さんのクラスでは、矢口先輩の自転車から逃げ切れた者こそが
王と呼ばれるに相応しいとされ、ただ一人それを成功させたことのある辻さんは、
まさに英雄としての名声を欲しいままにしていたのです。

ミニスカートがめくれるから嫌だ、という理由から当時はもう全力で走ることを
やめてしまっていた真里ちゃんですが、それでもそのスピードは恐るべきもので、
辻さんはいつも命からがら、真里ちゃんの追撃を逃れるのでした。

矢口先輩が真の実力を発揮したとき、おそらく自分に勝ち目は無い――。
それは辻さんにとって、虚しい勝利でした。
なぜならそれによって得られるものは、勝てば勝つほどに大きくなっていく、
真里ちゃんへの敗北感だけだったのですから。


『小川さんが矢口先輩の家を、やったらしい』
そんな噂が辻さんの耳に飛び込んできたのは、
小川さんが転校してきて三日目の朝でした。
62 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時01分55秒
現場を目撃したクラスメイトの話によると、小川さんは早朝、
新聞を取りに外へ出てきた真里ちゃんの目の前でチャイムを鳴らし、
自転車で追ってくる真里ちゃんを余裕で振り切ると風のように爽やかに、
見ていたクラスメイトに向かって、『おはよう、先行くねっ!』と
あいさつする余裕すら見せながら走り去ったと言うのです。

寝起きで体が鈍っていたことを考慮しても、矢口先輩はパジャマ姿のはず。
ミニスカートがめくれることを気にせず走れるから、差し引きゼロで
いつもの実力とトントンってとこか、と、そこまで考えて、辻さんは青ざめました。

自分がいつも必死の思いで矢口先輩の自転車を振り切るのに対し、
小川さんは風のように爽やかに、先輩の自転車をいとも簡単に
かわして走り去っていった――。
それは、小川さんの実力が辻さんのそれより遥かに上回っているという、
辻さんにとってこの上ない屈辱的な事実を意味していたのです。

絶望した辻さんはそれきりピンポンダッシュをやめてしまい、
自然、英雄の座は転校生の小川さんに引き継がれることとなりました。
63 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時03分18秒
転校早々クラスのニューヒロインとして君臨することになった小川さんは、
地球は自分のために回っているのだというような類の愚かな錯覚に陥り、
次第に自分の実力に溺れていきました。
小川さんは何度やっても自分のことを捕まえられない真里ちゃんを
完全になめてかかり、矢口先輩はまるで牙の抜けた虎だ、と、
スカートの裾を気にしながら走る真里ちゃんを馬鹿にして笑うのでした。

クラスメイトたちに自らの武勇伝を語る小川さんを横目で見ながら辻さんは、
矢口先輩は牙の抜けた虎なんかじゃない、鋭い爪を隠している鷹なんだ、と、
かつての宿敵である真里ちゃんに、尊敬にも似た思いを寄せるのでした。

一方、夏休みに入って毎日のように小川さんのピンポンダッシュの
被害に遭っていた真里ちゃんは、既に我慢の限界を超えていました。
どうすればミニスカートの裾を気にせず思いっきり走ることができるだろうか、
毎日そればかり考えて勉強も手につかないほど悩んでいた真里ちゃんは、
とうとう、ある禁断の方法を使って小川さんに挑むことを決意したのです。
64 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時05分10秒
『ミニスカートはかなきゃ良いんじゃないの?』
そんなよっすぃーの助言にも真里ちゃんは、
それは自分のプライドが許さない、と言って
決して耳を貸そうとしませんでした。

『だいじょうぶ。これは、見えてもいいパンツなんだから』
よっすぃーへというよりは、まるで自分自身に言い聞かせるかのように
そう言って真里ちゃんは、他人の目に晒されても平気なパンツ、
世間一般で言うところの『見せパン』を身に着けて、
小川さんとの勝負に臨む決心をしたのです。

そして、夏休みも終わりに近付いたある日のこと、
いつものように小川さんが真里ちゃんの家へやって来て、
右手の親指で軽やかに玄関のチャイムを鳴らしました。

ピンポーンという浮かれた電子音が周囲に鳴り響いたのを確認して
小川さんがスタートダッシュを切った瞬間、待ち構えていたように
玄関のドアが開き、中から真里ちゃんが矢のような勢いで
外へ飛び出しました。

ここまではいつもと変わりませんから、小川さんはすっかり油断して
後ろをちらちら振り返る余裕すら見せていましたが、
何度目かに振り返った瞬間、小川さんの表情が凍りました。
65 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時07分03秒
『たっ、立ちこぎ!?なんで!?パンツ見えてんじゃん!!』
自転車に乗って驚異的なスピードで迫ってくる真里ちゃんの姿を
見た瞬間、小川さんは思わず素っ頓狂な声を上げていました。

その時小川さんが見た真里ちゃんの走りは正確には立ちこぎではなく、
競輪選手などがそうするように、前傾の姿勢のまま腰だけを浮かすという
スタイルのものでした。

『牙の抜けた虎なんかじゃない。矢口先輩は、まるで豹だ』
全身に風を受けて、髪をなびかせながら見せパン全開で走る真里ちゃんの姿を
電信柱の影から盗み見ていた辻さんが、呟きました。
もしかして小川さんの敗北の瞬間が見られるかも知れない、
辻さんは今日ここへ通りかかった偶然を、神に感謝するのでした。

小川さんは腕を振って全速力で逃げながら、やっぱり矢口先輩は強かった、と、
矢口先輩ゴメンなさい、と自分の驕りを深く反省しましたが、時すでに遅し。
後ろからシャツの襟を掴まれた瞬間、小川さんの夏は終わりました。
66 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時08分56秒
『…っっ、うっうっ、ゴメっ、ゴメン、なさ、いっ…もう、しま、せんっ』
『今度やったら、アゴ立て伏せ100回だからね』

『小川さん…』
しゃくり上げて泣きながら真里ちゃんのお説教を受けている小川さんを
電信柱の影から見ていた辻さんの目に、自然と涙が溢れてきました。

どうしてわたし泣いてるんだろう、という戸惑いと、
アゴをどうやって立てたり伏せたりするんだろう、という疑問が
心の中で複雑に絡み合い、辻さんを苦しめました。

しかしその時はっきりとわかったことは、辻さんの涙は小川さんへ対する
同情のそれではなく、友が打ち負かされたことへの悔し涙だということでした。

あの強かった小川さんが、自分の目の前でまるで臆病な兎のように小さく震えている――。
辻さんは、矢口先輩許すまじ、マコっちゃんの仇はののがとる、と、固く心に誓ったのでした。

『あっ、あご、あごは、許してくださ、くださいぃぃぃ…っ』
『冗談だってば。もー、泣かないでよねー、あたしが悪いみたいじゃん』
真里ちゃんにしてみれば、辻さんの決意は逆恨み以外の何物でもなかったのですが。
67 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時11分50秒
翌日から辻さんは、真里ちゃんとの対決に備えて
担任の夏先生の下で筋トレ、合唱部の高橋先輩の下で
ボイトレに励みました。
トレーニングは過酷を極めましたが、全ては小川さんとの
友情のためと、辻さんは辛い修行にも必死で耐えるのでした。

そして、ついに決戦の日が訪れました。
正々堂々戦おうと心に決めていた辻さんは家を出る前に
真里ちゃんへ電話で、異例の『ピンポン予告』をしたのでした。

『もしもし』
『あ、矢口センパイですか。どうも、中等部の辻っす』
『辻?ああ、あのピンポン小僧ね。最近来ないじゃん、どしたの?』
『あのー、これからセンパイんちのチャイム鳴らしに行くんでー、
見せてもいいパンツでも用意して待っててください』
辻さんの挑発的な物言いに気分を悪くしたのか、真里ちゃんはしばらく黙って、
そして深いため息をつきました。

『辻、アンタなんつった?
見せてもいいパンツなんて、あたしそんなモンはいた覚えないんだけど』
『え?』
矢口先輩は見せパンをはいていた事実を隠そうとしているのだろうか、と
辻さんは思いました。
それともあの時のは、ホンモノ?と。
68 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時13分57秒
『ヤグチは見えてもいいパンツははいても、見せてもいいパンツなんてはかないの!
見ず知らずの他人に、”見せてもいい”なんて思ってる女の子いるワケないでしょ?
だから、”見せてもいいパンツ”なんて、本当はこの世に存在しないんだよ。
好きな人以外にはね?』
真里ちゃーん、パンツパンツって言いすぎだよぉー、やめなよー、という
よっすぃーの声が、電話の向こうから聞こえていました。

『へぇー。だったらなんで、”見せパン”なんですか?
矢口センパイの言うことが正しいなら、”見えてもいいパンツ”を略して
”見えパン”って言うべきなんじゃないんですかあー?』
辻さんはわざと憎らしい言い方をして、真里ちゃんを挑発しました。

『なっ!?あのさー、”見せパン”ってのはね!!
見せたくないけど万が一見えちゃった場合でも大丈夫なパンツ、の略なんだよ!
”見せパン”の”見せ”は、”見せたくない”の”見せ”なんだよ!
そういう、ちょっと悲しい意味が込められた言葉なんだよおっ!!』
電話の向こうの真里ちゃんが本気で怒っているようだったので、辻さんは慌てました。
69 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時15分54秒
『わっ、わかりました。じゃあその、見えてもいいパンツ、お願いします。
ホント、すいませんでした』
辻さんは、後輩らしく素直に謝りました。

『まっ、わかればイイんだけどね。でも、絶対負けないからね』
『こっちだって負けませんもんねー。
今日は朝からメロンパン12個、オニ喰いしてきたんだもん。
胃は口ほどに物を言い、って言いますからねー』
そう言うと真里ちゃんに、オマエ意味わかんねーよー、
と大笑いされたので、辻さんは少しムッとしました。

それから15分後、辻さんは真里ちゃんの家の前に来ていました。
辻さんは、志半ばにして倒れた小川さんの技を受け継ぎ、
右手の親指で軽やかに玄関のチャイムを鳴らしました。

ピンポーンという浮かれた電子音が周囲に鳴り響いたのを確認して
辻さんがスタートダッシュを切った瞬間、待ち構えていたように
玄関のドアが開き、中から真里ちゃんが矢のような勢いで飛び出しました。

真里ちゃんが外へ出た瞬間、辻さんは立ち止まって後ろを振り返りました。
真里ちゃんに一瞬激しい視線をぶつけて、再び辻さんは走り出します。
70 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時17分36秒
『真里ちゃん、がんばれ!』
『辻、許さないっ…!』
よっすぃーが見守る中、真里ちゃんは自転車に跨ります。

『真里ちゃん、待って。カメラ持ってくるから』
『いらないよ、バカ!』
よっすぃーが見守る中、真里ちゃんは腰を浮かせて走り出します。

辻さんは、夢中で走りました。
真里ちゃんは、夢中でペダルをこぎました。
よっすぃーは、夢中で真里ちゃんを後ろから追いかけました。
この中で一人だけ、しなくても良いことをしている人がいます。


結果は、辻さんの圧勝に終わりました。
苦しかった筋トレ、厳しかったボイトレ、そんな辻さんの
血のにじむような努力が、ようやく実を結んだのです。

こうして辻さんは誰もが認めるクラスの英雄として返り咲き、
夏先生も合唱部の高橋先輩も、それからうれしいことに
かつてのライバル小川さんまでもが、辻さんのことを温かく
祝福してくれたのでした。

辻さんは、今では黒板右隅の『日直』の欄に自分の名前を書くとき、
『辻”ピンポンダッシュ”希美』と書き記すほど自信に満ち溢れた
学校生活を送っています。
71 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時19分35秒

――

「ちょっと、つじーっ!待てっつんてんでしょー!!
アンタ、いったい何ヶ月続けるつもりーっ!?」
大声をあげながら角を曲がって走ってきた一人の少女が、
あいぼんとよっすぃーの前に現れました。

「真里ちゃん、おはよー」
よっすぃーが言いました。
二人の前に現れた少女は、よっすぃーの隣の家に住んでいる
幼なじみの真里ちゃんだったのです。

「きゃあっ!?」
辻さんを追いかけてきた真里ちゃんは、突然よっすぃーが
目の前に現れたことに驚いて思わず悲鳴を上げました。
辻さんに敗れたあの日以来、自転車を物置に封印していた真里ちゃんは、
走って辻さんを追いかけてきたのでした。

「よっすぃー、なにやってんの?」
真里ちゃんが言いました。
起きたばかりの真里ちゃんはパジャマにスニーカーで、
右手には今朝の朝刊を持っています。

「おそろいのパジャマだー!なになに?二人はどーゆー関係?」
真里ちゃんとよっすぃーの顔を交互に見ながら、あいぼんが言いました。
真里ちゃんとよっすぃーは二人とも同じ、紺色のチェックのパジャマを着ていました。
72 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時21分30秒
「よっすぃー。なんなの?その小学生」
不機嫌そうに眉をひそめて、真里ちゃんが言いました。

「小学生ちゃうもん!どこに目ぇつけてんねん!!」
あいぼんが怒鳴りました。
その振動で、背中のランドセルから覗いたタテ笛が揺れています。

「この子はね、あいぼん。すごいの、あいぼんは魔法使いなんだよ!」
よっすぃーが言うと、あいぼんはびっくりして飛び上がりました。
「こらーっ!」
そして、飛び上がった勢いでよっすぃーを横から激しくどつきました。
「痛っ!なにすんだよ、あいぼん!」
あいぼんに叩かれた右腕をおさえながら、よっすぃーが言いました。

「オマエ、なに普通にバラシとんねん!!」
「えっ、ダメなの!?そんなの最初から言ってよ!」
あいぼんが魔法使いであることは他の人には内緒だということを、
あいぼんはよっすぃーに言い忘れていたのでした。

「真里ちゃん、あいぼんは小学生でも魔法使いでもなくって、
中学二年生なんだよ、休み終わったら三年だけど。ねっ、あいぼん?」
よっすぃーが言い直すと、あいぼんは満足そうに、うんうんと頷きました。
73 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時23分14秒
「そんなこと聞いてるんじゃない」
真里ちゃんが言いました。
その声がとても冷たい響きを持った音のように感じられて、
よっすぃーは思わず、びくっ、と肩を震わせました。

「真里、ちゃん…?」
よっすぃーはおそるおそる、その名前を呼びました。
けれども真里ちゃんは下を向いてしまって、何も答えてはくれません。
(どうしよう…。よくわからないけど、真里ちゃん、すごく怒ってる)

「真里ちゃん、ねぇ、真里ちゃん」
よっすぃーは、考えました。
どうして真里ちゃんは、怒っているのだろう。
自分はなにか真里ちゃんを怒らせるような悪いことを、してしまったのだろうか。
けれどいくら考えても、思い当たることがありません。

「その子は、よっすぃーの何なの、って、聞いてるの」
真里ちゃんは下を向いたまま、さっきよりもずっと冷たく暗い声で言いました。
よっすぃーは、また少し考えて、ハッとしました。
(ああ、そうか。真里ちゃんはきっと、あいぼんのことを、)
74 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時25分24秒
「この子は、あいぼんは、」
よっすぃーが喋り始めると、真里ちゃんは顔を上げて、
よっすぃーの顔をじっと見つめました。

(真里ちゃんはきっと、あいぼんのことを、私のともだちだと思ってる)

(真里ちゃんが怒ってるのは、私が真里ちゃんの正しいと思うことと
 反対のことをしたからなんだよね?)

(私が、ともだちを、作ってしまったからなんだよね?)

「あいぼんは、私の、」
よっすぃーは本当はどきどきして、すぐにも逃げ出したい気持ちでしたが、
真里ちゃんの目をまっすぐに見つめて、あと少しの勇気を振り絞るために
こぶしをぎゅっと握ると、大きく息を吸いました。

(真里ちゃんは、きっとものすごく怒るに違いない。
 それでも私は、やっぱり、言わなきゃいけないんだ)

真里ちゃんに向かってそれを言うのにはとても勇気がいりましたが、
たとえば真里ちゃんを怒らせないために他の言葉を使ったとしたら、
それはあいぼんを裏切ることになると、よっすぃーは思ったのでした。

「ともだちだよ」
よっすぃーはどきどきして、でもきっぱりと、言いました。
75 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時27分50秒
「それから、なつみって子と、後藤さんって子も」
よっすぃーが言うと、あいぼんは、あっ、と小さく声を上げて、
「バラしてもーたぁ…」
と言いました。

「ともだちは作っちゃダメって、真里ちゃんずっと言ってたでしょ?
だから言えなかったけど、でも本当はすごく言いたかったよ、ホントだよ?」
あいぼんはとても困ったような顔をしていましたが、よっすぃーは
真里ちゃんに自分の気持ちをきちんと話したいと思っていました。

だって小さい頃からいつも一緒だった真里ちゃんに、
よっすぃーは大切なこともそうでないことも、どんなことだって
みんな隠さずに話してきたのですから。
けっして、そうしなければならないと思っていたのではないけれど、
ともだちのことを秘密にしていたこと、
そのことで真里ちゃんに心からすまないと思っていること、
それだけはどうしても伝えたいと、よっすぃーは思ったのです。
76 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時30分10秒
「真里ちゃん、私ね、」
「もういいよ」
そう言うと、真里ちゃんはきゅっと唇を噛みました。
よっすぃーには、それは泣き出しそうになるのを
じっとがまんしているような、とても悲しい顔に見えました。

「何が、いいの?私、まだ何も言ってないのに…」
よっすぃーが言うと真里ちゃんはそれには答えずに、
くるりと後ろを向いて自分の家の方へ歩き出しました。

「えっ…」
よっすぃーは、しばらくはわけがわからずに、
真里ちゃんの歩いていく姿をぼうっと見送っていましたが、
そのうちにハッとして、
「真里ちゃん、待ってよ」
と言って、走り出しました。
77 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時32分13秒
「ねぇ、」
「来ないで」
後ろから走ってきたよっすぃーが、真里ちゃんの肩を掴もうと
右手を上げかけたちょうどその時、真里ちゃんが言いました。

よっすぃーが行き場を失った右手を自分の胸元に引き寄せると、
よっすぃーの右手は、真里ちゃんとおそろいのパジャマの、
クリーム色のボタンに触れました。

祈るようにぎゅっとそれを握ると、前を歩いていた真里ちゃんが
ぴたりと足を止めてこちらへ振り返ったので、よっすぃーは驚きました。

そして、それは単なる偶然だったのかも知れないけれど、
きっと真里ちゃんと自分の間にだからこそ起こり得た偶然なのだと思うと、
よっすぃーはなんだかうれしくなるのでした。
78 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年04月29日(月)19時36分13秒
「もういいよ」
よっすぃーとしばらく見つめ合って、真里ちゃんが言いました。
真里ちゃんの冷たい声は、よっすぃーのうれしい気持ちを
少しずつゆっくりと、冷ましてゆきます。

よっすぃーは、なんだか頭がぼうっとしてきて、
目の前に立っている真里ちゃんのパジャマの
胸ポケットのあたりを、ぼんやりと眺めていました。

そしてよっすぃーは、お正月に真里ちゃんが家に泊まりに来て、
春から受験生になる真里ちゃんのために神社でもらってきた
お守りをあげた時のことを思い出しました。
真里ちゃんは、気が早いよ、と言って笑いながら、
でもとてもうれしそうに、今着ているよっすぃーとおそろいの
パジャマの胸ポケットに、それをしまったのでした。

「よっすぃーなんか、もう、いらない」
真里ちゃんはそう言ってよっすぃーに背を向けると、また歩き出しました。
よっすぃーは、もう真里ちゃんのことを追いかけようとはしませんでした。

始業式の朝、真里ちゃんの鞄に自分のあげたお守りが
ぶらさがっているのを見つけてとてもうれしかったことを、
よっすぃーは、ぼんやりと、思い出していました。
 
79 名前:すてっぷ 投稿日:2002年04月29日(月)19時40分23秒
感想、どうもありがとうございます。

>51 ろむ読者さん
そういう感想を頂けて、本当にうれしいです。
簡単な言葉ほど忘れがちだけど、大切にしなきゃですよね。
無一文のよっすぃーは、お約束の展開になりました(笑

>52 おさるさん
いつもどうもです!でも、その曲は知らなかったです(笑
あいぼんのお仕事は少し雲行きが怪しくなってきましたが、
最後まで見届けて頂けるとうれしいです。初実績、どうなることやら…。

>53 名無し娘。さん
あいぼんに教わった意味を素直に信じているよっすぃーでした…。
辻は名前だけのつもりは無かったんですが、まさかこんなに登場するとは。
変なサイドストーリーだけが増えて一向に話が進まないのですが、
そこから少しずつ矢口さんの人となりが見えてきた気がしなくもないような(笑)
80 名前:すてっぷ 投稿日:2002年04月29日(月)19時42分58秒
>54 ごまべーぐるさん
幼なじみさん、素敵な暴れっぷりですね…笑いました。
ハトは、実は『伝書鳩のオガワさん』というのも、ゴロが良くて捨て難かったんですよね。

>55 もんじゃさん
そんなにあいぼんを不幸にしたいですか?(笑
どちらかと言えば今回は、真里ちゃんの哀すぃーお話かも(>ぴんぽんだっしゅ)。
とりあえず、極悪じゃない一面もあったということで(笑)

>56 名無し読者さん
真里ちゃん、悪魔だなぁ…(笑
なっちとは少し違って、後藤さんは本当に気の合う「ともだち」というカンジにしたくて。
それから財布は、予想通りです(笑)
81 名前:おさる 投稿日:2002年04月29日(月)22時43分59秒
 辻と小川と真里ちゃんとの青春の一ページ。それもピンポンダッシュ(藁。
 だんだん明らかになる真理ちゃんの為人。「ともだち」をそれほど嫌うのは何か
トラウマでもあるから? やっぱり真理ちゃんはこの話のキーマンのように思われ。
 今回もハロプロ関係者がチラホラ。でも「合唱部の愛ちゃん」って何か十把一絡げ的。
もうちっと活躍させてあげて!(訛ってる高橋をいとおしく思う男より)
82 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月29日(月)22時57分44秒
辻さんの戦いは熱いね。
アホな情熱だけど。
83 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月30日(火)19時14分11秒
小川vs真里ちゃん、辻vs真里ちゃんのくだらない戦いに、思わず爆笑してしまいました。
84 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年04月30日(火)21時08分28秒
真里ちゃんはなんでそんなにヨシコに友達ができることが嫌なんでしょう??
すっげートラウマ抱えてるとか、人間不信だとかそんな風には見えないんですがね。
85 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月01日(水)21時56分09秒
真里ちゃん、優しい女の子だったのに、
いったい何が彼女を大きく変えてしまったのか?
かなり気になりますです…
86 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月02日(木)20時33分47秒
いや〜、爽やかな夏の思い出いいっすね〜。(でもピンポンダッシュ(w)
担任の夏先生まで生徒の暴走を奨励してるし。
自分のところでは『押し逃げ』と言っていました。(地下鉄のドアの以前の注意書きは
『指づめ注意』)
真里ちゃんは単にヨシコを束縛したいんじゃ?と思う今日この頃。
87 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月03日(金)11時32分55秒
うむうむ、あつい友情ですな。感動です(笑
決戦のための必死の筋トレ、ボイトレ…ん、まあいいか。
その結果の素晴らしいミドルネーム獲得、おめでとう。
"見せパン"のうんちく、大変勉強になりました(笑
88 名前:名無し娘。 投稿日:2002年05月04日(土)01時34分02秒
矢口さんがたくさん出てる!つ、辻ちゃん実在人物だったんだ!
と、驚きの連続ですが・・・佳境のようです
笑ったり切なくなったり、ホント罪な話ですわ(^^;
89 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時23分27秒

<第7話>


あいぼんは、とても困っていました。
真里ちゃんを見送ったまま道の真ん中でぼうっと立ちつくしているよっすぃーに、
何と言って声をかけたら良いのか、わからないのです。
(とりあえず、励ました方がいいよねぇ…)

あいぼんはどきどきしながら、よっすぃーに後ろからゆっくりと近付きます。
そして、よっすぃーの背中をぽんぽんと叩いて
「カワイイ子は真里ちゃんだけじゃないって!ドンマイ、ドンマイ!!」
と言いました。
しかし、よっすぃーはまるであいぼんの言葉など耳に入っていないかのように、
真里ちゃんが歩いて行ってしまった先をぼんやりと眺めているだけです。

「ほらあー、真里ちゃんなんか放っといてぇー、あややと一緒に歌おうよぉー。
行っくよぉー、せーの!トド色の片想ぉーい♪ラララララ♪」
あいぼんはよっすぃーを元気付けようと、よっすぃーが大好きな『あやや』の
モノマネを始めました。
「似てないからやめて」
しかし、よっすぃーは元気になりませんでした。

「よっすぃぃぃぃぃ…」
あいぼんは、気の抜けたような、情けない声で言いました。
90 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時25分08秒
「おっ」
あいぼんが途方に暮れていると、ランドセルの中で携帯電話の着信音が鳴りました。
「はいはいはい、ちょっと待ってなぁ」
あいぼんは独り言を言いながら、ランドセルから携帯電話を取り出します。
そして表示画面を見た途端、あいぼんの表情が曇りました。

(中澤さんや、どないしよ…無視するか。でも、あとで怒られるよなぁ…)

あいぼんは何となく嫌な予感がして気は進みませんでしたが、
無視すると後が恐いので、仕方なく電話に出ることにしました。

「もしもし」
『アンタ、どこほっつき歩いとったん!?』
中澤さんは、あいぼんが電話に出るといきなり怒鳴り声を上げました。
寝起きの中澤さんにありがちな、冷たくて信じられないほどテンションの低い声を
想像していたあいぼんは、その取り乱した声に驚きました。

「わあっ!ごっ、ゴメンなさい!あの、今よっすぃーと一緒でっ」
『もぉぉ、起きたらアンタがおらへんから、アタシは、アタシわああ…』
中澤さんはさっきの怒鳴り声とは打って変わって弱々しい涙声になって、言いました。
91 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時26分18秒
「中澤さん…」
中澤さんはきっと自分のことを心配して電話をくれたのに違いない、
そう思うとあいぼんは、じんとして涙がこぼれそうになりました。
そして、何も言わずに家を出てきてしまったことを、心から反省するのでした。

『朝ゴハン食べ損ねたやないか。どないしてくれんの?』
中澤さんはさっきの涙声とは打って変わって抑揚の無い冷たい声で、言いました。
「え?」
その言葉に自分の耳を疑ったあいぼんは、中澤さんに思わず聞き返しました。

『え?じゃないでしょおー。おなか空いてんのやで、ねーさんは』
あいぼんは、どうやら中澤さんが自分に今すぐ帰って朝ごはんを作ることを
望んでいるらしいことを、察しました。

「いや、でも今、手が放せないんで…」
あいぼんがやんわり断ろうとすると中澤さんは、ああん?と、
とびきり不機嫌そうな声を出しました。
92 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時27分44秒
『アンタ知らんの?
おなか空いたの放っといたら、おなかと背中がくっついてしまうんやで。
最愛の中澤さんがそんなことになってもええんか。悲しないんか?
あああ、冷たい子ぉやで、加護ちゃんは。
そんなことやから、いつまで経っても一人前なられへんねん!』

「………」
あいぼんは、いやだから自分は一人前になるために今ココにいるんだけど、
と思いましたが、これまでの経験から寝起きの中澤さんに逆らうのは
利口者のやることではないとわかっていたので、何も言いませんでした。

『聞いてんの!?ええから早よ帰って来い、ナマケ坊主が!!』
ナマケ坊主はお前の方だ、と、あいぼんは思いましたが、恐くて言えませんでした。
「…はあい」
あいぼんはもうすっかりあきらめて、言いました。

『じゃあ、二度寝するから。ゴハン出来たら起こしてな?おやすみー』
「りょーかいしましたあ」
暗い声でそう言うと、あいぼんは電話を切りました。
93 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時29分09秒
「ゴメン、よっすぃー。ウチ、ちょっと家帰ってくる。朝ゴハン作らなアカンねん」
あいぼんが帰ろうとすると、よっすぃーは急に慌てて
「行かないでよ、あいぼん」
と言って、あいぼんの腕を掴みました。

よっすぃーは真里ちゃんとあんなことになって一体どうしたら良いのかわからないのに、
その上あいぼんまでいなくなってしまって一人ぼっちになるのが心細かったのです。

「だいじょうぶ、すぐ戻ってくるって!」
よっすぃーがあまりに不安そうな顔をするので、あいぼんは帰るべきか迷いましたが、
中澤さんとの約束を破るだけの勇気は、あいぼんにはありませんでした。
あいぼんは手を振ると、心細そうに立っているよっすぃーを一人残して
中澤さんの待つ家へと帰って行きました。

「なんで行っちゃうんだよ…」
よっすぃーは、なんだか世界中で一人きりになってしまったような気がして、
とても寂しい気持ちになるのでした。
94 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時30分52秒
「真里、具合悪いって部屋から出てこないのよ」
よっすぃーは、ゴメンね、と謝る真里ちゃんのお母さんに
ううん、と言いながら首を横に振ると、ドアを開けて外へ出ました。
あいぼんと別れてすぐに、よっすぃーは真里ちゃんの家を訪ねてみたのですが、
真里ちゃんはお母さんが呼んでも部屋から出てきてはくれませんでした。
あきらめきれないよっすぃーは、真里ちゃんの家の塀に寄りかかって
胸ポケットから携帯電話を取り出すと、真里ちゃんの携帯番号にかけてみました。

(『よっすぃーなんか、もう、いらない』)
真里ちゃんを呼び出している間、よっすぃーは真里ちゃんが別れ際に
言った言葉を繰り返し思い出していました。
もう何度聞いたのかわからなくなってしまった頃に、呼出音は女の人の
メッセージに切り替わり、よっすぃーは携帯電話を耳から離しました。
二階を見上げると、真里ちゃんの部屋のカーテンは閉まっています。

よっすぃーはがっくりと肩を落とすと、真里ちゃんに会うことをとうとうあきらめて、
とぼとぼと自分の家へ帰っていくのでした。
95 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時32分18秒

――

「ケイさん、おはよう。これから散歩?」
「ニャ」
自分の家に戻ってきたあいぼんは、門の前で黒猫のケイさんとすれ違いざまに
簡単な挨拶を交わしました。
ケイさんは、中澤さんが勝手口のドアの隅っこに作ってくれたケイさん専用の
小さな出入り口から、いつも自由に出入りしているのです。

「たしか冷蔵庫に鮭あったよなぁ」
あいぼんは玄関で独り言を言いながら靴を脱ぐと、台所へ向かいました。

「あっ。あいぼん、おかえりー。こんな時間にどこ行ってたん?」
あいぼんが台所へ入ると、平家さんが出迎えてくれました。
右手にお玉を、左手に小皿を持って立っている平家さんは、
ちょうど何かを味見していたところのようです。

「えっ、なんでみっちゃんがおんの?」
あいぼんが尋ねると平家さんは悲しそうな顔をして、ひどいわあ、と言いました。
「お行儀悪いでしょー。ちゃんと部屋に置いといで」
そして、ランドセルをおろして床に置くと、平家さんに叱られてしまいました。
そのうちにあいぼんは、お味噌汁の良いにおいがしているのに気が付きました。
96 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時34分07秒
「もう出来るから、ついでに裕ちゃん起こしてきて」
ランドセルを持って出て行こうとするあいぼんに、平家さんが言いました。
「はあーい」
少し投げやりな返事をして、あいぼんは台所を出ました。

階段を上りながらあいぼんは、どうして平家さんがここにいるのだろうかと考えました。
昨日の夜は中澤さん一人で帰ってきて、平家さんは泊まりに来なかったはずだし、
もしかして自分の帰りを待ちきれなかった中澤さんが平家さんを呼びつけたのだろうか、
などと、いろいろ考えてみましたが、さっぱり分かりません。

「ってゆーか、みっちゃん来てるんやったら、ウチ帰らんでも良かったんやん」
部屋に入るなりあいぼんは、ベッドの上に乱暴にランドセルを放り投げました。
ぷうっと頬を膨らませて一人で怒っていると、ふいにあいぼんは
自分と別れるときの、よっすぃーの不安そうな顔を思い出しました。
(よっすぃー、一人でだいじょうぶかなぁ…)

「中澤さんのアホぉ」
ぼそりと言って、あいぼんは自分の部屋を出ました。
平家さんに頼まれたとおり、これから中澤さんを起こしに行かなくてはならないのです。
97 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時36分00秒
「中澤さん!起きて!ゴハン!」
そう言うとあいぼんは、仰向けに寝ていた中澤さんのおなかの辺りを、
布団の上から何度か軽く叩きました。

「あー?誰、アンタ」
あいぼんが、とどめをさそうと両手を大きく振り上げたとき、
中澤さんが眠そうに半分だけ目を明けて言いました。
「加護です!」
「ああ、加護さん…ツケの件?あー、お金ないんで…来月にしてもらえます?」
中澤さんは寝ぼけているようでした。

「もおっ!朝ゴハンやって!起きろーっ!」
「あー?ああ、加護やんか。おはよー…」
あいぼんが強く揺すると、ようやく中澤さんは起きてくれました。

「中澤さん、ひどいよ!!
なんでみっちゃん来てんのに、ウチのこと呼び出すんですかぁ!?」
あいぼんは早速、起き上がった中澤さんに抗議しました。
しかし中澤さんは、何のことかわからない、という顔であいぼんを見ています。

「みっちゃん、来てんの?」
「えっ、知らんの?」
「うん、知らんで」
中澤さんが言って、二人は腕組みしてしばらくの間、考え込みました。

「「…あっ!」」
二人は顔を見合わせて、声をあげました。
98 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時37分49秒
それは昨日の夕方、中澤さんのオフィスで、中澤さんとあいぼんと平家さんの三人で
お話をしていたときのことです。

あいぼんが、公園でよっすぃーと見た桜がとてもきれいだったという話をすると
中澤さんが、そう言えば今年はまだお花見をしていない、行きたい、飲みたい、と言い出し、
平家さんが、だったら明日は日曜だし三人で行こう、と言うので、
三人はお花見に行く計画で盛り上がったのでした。

『せやったら、みっちゃん、朝ゴハン作りに来てよ。
そんで、お昼はみっちゃんの作ったお弁当食べながら、お花見するでしょー。
ほんで、家に帰ってみっちゃんの作ったおつまみとビールで、巨人戦観るでしょー。
最後は、みっちゃんの作った晩ゴハン食べながら、”あるある”観て終わり。
ってコレ、完璧なプランやんかー!』
平家さんに向かってこんなひどいことを言ったのは、もちろん中澤さんです。

うわー晩ゴハン遅っ!と、うれしそうに突っ込むあいぼんの隣で
『ウチは裕ちゃんの何?飯炊き女か?』と深刻な顔で言う平家さんに向かって
中澤さんは、『えっ、ちがうの?』と真顔で逆に問い返したのでした。
99 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時39分20秒
「そういや、お花見行こうって言うてたな…」
寝ぐせのついた髪を手で押さえながら、中澤さんが言いました。
「すっかり忘れてましたよねぇ……んっ?」
そう言いながらあいぼんは、なにかの気配を感じて後ろを振り返りました。
すると恐ろしいことに、あいぼんが入るときに半分ほど開けてそのままにしていた
ふすまの向こう側に、出刃包丁を持った平家さんがゆらりと立っているではありませんか!
「みっ…!」
みっちゃん、と言いかけて、あいぼんは驚きのあまり言葉を失いました。

「忘れてたんか、二人して。じゃあウチは、来ても来んでも良かったんやな…。
つまりウチは、この家におってもおらんでも、ええんやな…」
平家さんは出刃包丁を持つ右手をだらりと下に垂らし、死んだ魚のように
輝きを失った目でじとりと、あいぼんたちを見ています。

「いや、ほらあ、アレやん。みっちゃんは、空気のような存在やから」
苦し紛れに、中澤さんが言いました。
「それどういう意味やねん。言うてみぃ」
中澤さんに歩み寄って包丁をちらつかせながら、平家さんが言いました。
100 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時41分18秒
「はい。あの、目には見えへんけど、なかったら困るモン、です」
平家さんに包丁で左の頬をぴたぴたと打たれている中澤さんは、今にも泣き出しそうです。
「よろしい」
平家さんは、ふふふ、と満足そうに笑うと、部屋を出て行きました。
あいぼんは、いいのか?目には見えないって言われたんだぞ、と思いましたが、
せっかく平家さんが機嫌を直してくれたので何も言わないことにしました。


「「いただきまあーす」」
中澤さんとあいぼんは、お行儀よく手を合わせて言いました。
食卓には、平家さんが用意した美味しそうなおかずたちが並んでいます。
「ご先祖様に感謝してなあ、残さず食べるんやで」
平家さんがそう言うので、あいぼんは自分のご先祖様の顔を思い浮かべようとしましたが
どんなに頑張っても思い出せるのは、ひいおじいちゃんまででした。

「あ、今日ウチ、お花見行かれへん。よっすぃーのトコ戻らな」
あいぼんが言うと、それまでにこやかに笑っていた平家さんが突然暗い顔になりました。
101 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時43分32秒
「日曜ぐらいええやんかー、せっかく三人で行こって言うてたのに…」
「ゴメンね、みっちゃん」
寂しそうな平家さんを見て少し胸が痛みましたが、あいぼんは何よりも
よっすぃーのことが気にかかっていたのです。

「しゃあないやん。花見より仕事の方が優先や」
それまで黙ってご飯を食べていた中澤さんが、ぼそりと言いました。
「ちがうもん…仕事とか関係ないよっ!」
あいぼんは怒ったように乱暴にはしを置くと、中澤さんに向かって言いました。

あいぼんは、よっすぃーにともだちを作ってあげることは確かに『仕事』ではあるけれども、
中澤さんに自分がよっすぃーのことを心配する気持ちまでも『仕事』だと言われたような
気がして、なんだかくやしかったのです。

「仕事でしょ。勘違いしたらアカンで」
中澤さんは冷たく言って、自分のことを睨みつけるあいぼんと目も合わせようとしません。
「仕事やない!よっすぃーは友達や!」
あいぼんはますますくやしくなって言い返しましたが、中澤さんは何も言ってはくれませんでした。
もうたまらなくなって、あいぼんは立ち上がりました。
102 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時46分03秒
「あいぼん、まだ残ってるで?」
出て行こうとするあいぼんを、平家さんが引き留めました。
お皿の上にはあいぼんの大好きな玉子焼きもまだ半分くらい、残っています。
鮭はまだ諦めがつくとしてもせめて玉子焼きだけは食べてしまってから席を立てば良かったと、
あいぼんは心の底から後悔しましたが、もう後にはひけません。

「もういらへん!!」
つい大きな声を出してしまって、あいぼんは平家さんに悪いことをしたと思いました。
そして、あいぼんはせっかく平家さんが作ってくれた、まだ口もつけていない
お味噌汁を見て、いっそう辛くなるのでした。

「加護」
あいぼんのお皿に乗っていた玉子焼きを横取りしながら、中澤さんが言いました。
あいぼんは本当にもうくやしくて、涙が出そうになりました。
「ランドセル忘れたらアカンで」
中澤さんはそう言うと、あいぼんの玉子焼きをぱくっと食べてしまいました。
その瞬間あいぼんは小さな声で思わず、あっ、と言ってしまいました。

「中澤さんのアホっ…!」
「あいぼん、待って!」
平家さんが止めるのも聞かずに、あいぼんは部屋を飛び出しました。
103 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時48分36秒

――

その頃、自分の部屋に戻ってきたよっすぃーは床に座り込んで、
子供の頃からの写真がたくさん入っているアルバムを見ていました。
その中には家族だけで写っているものや、学校の集合写真などもありましたが、
ほとんどは真里ちゃんと二人で写っている写真ばかりです。
(本当に今までの私には、真里ちゃんしかいなかったんだなぁ)

「あーあ」
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
よっすぃーはさっきから何度も何度も同じことを考えて、けれどもわからなくて、
そのたびに深いため息をつくのでした。

「真里ちゃん…」
一枚の写真を見て、よっすぃーが呟きました。
それは去年の夏祭りによっすぃーの家の前でお母さんが撮ってくれたもので、
写真の中の二人は浴衣を着て、とても楽しそうに笑っています。

どうして、こんなことになってしまったんだろう。
本当は、よっすぃーにもわかっているのです。
真里ちゃんが怒っているのは自分がともだちを作ってしまったからだということ、
だから、ともだちさえ作らなければ、こんなことにならずに済んだのだということ。
104 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時51分58秒
もしも時間を戻すことができるならば、もう二度と、ともだちなんか作らない。
もしもあいぼんが初めてここへ来た日にまで時間を戻せるのならば、もう二度と。
どんなにたいくつだって、真里ちゃんと会えないことに比べたらその方がずっとましだと、
よっすぃーは思いつめるのでした。

そしてアルバムの次のページをめくろうとすると、後ろでドサッという音がしたので、
よっすぃーは振り返りました。
するとベッドの上には靴を履いたままのあいぼんが立っていましたが、
あいぼんが突然ベッドの上に現れることにはもう慣れていたので、
よっすぃーは特別驚いたりすることもありませんでした。

ただひとつ違っていたことは、昨日まではあいぼんが来るのを
心待ちにしていたのに、今はそれを少し迷惑に感じていること。

「ゴメンゴメン!待ったあ?」
ベッドからぴょんと飛び降りると、あいぼんが言いました。

よっすぃーはただでさえ、ともだちを作ったことを後悔しているのに、
自分にそうさせたあいぼんがいつものようにふざけた調子で言うので、
そんなあいぼんを憎らしくさえ思うのでした。
105 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時54分28秒
「よっすぃー?」
あいぼんが、座り込んでいるよっすぃーの顔を覗き込もうとすると、
よっすぃーはぷいっと横を向いてしまいました。

「よっすぃー、ウチが帰ったこと怒ってんの?なぁ、」
「真里ちゃん、家に行っても会ってくれないし、電話にだって出てくれない」
あいぼんの言葉を遮って、よっすぃーが言いました。

「そっかぁ…」
あいぼんは、よっすぃーが自分が帰ったことを怒っているのではないと思って安心しましたが、
自分のいない間よっすぃーがどんなに心細かっただろうと思うと、よっすぃーにすまない気持ちで
いっぱいになるのでした。

「あのさ、真里ちゃんだって、今は怒ってるかも知れないけど、」
「あいぼんのせいじゃん」
真里ちゃんだって、今は怒ってるかも知れないけど、話せばきっとわかってくれるよ。
あいぼんは、よっすぃーにそう言いたかったのです。
けれども、よっすぃーはあいぼんに最後まで言わせてはくれませんでした。
106 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)06時56分59秒
「あいぼんが、ともだち作れなんて言うから、こんなことになったんだよ?
私、真里ちゃんとこんなことになるんだったら、ともだちなんかいらなかったのに…
なのに、みんな、あいぼんのせいじゃんか!!」
よっすぃーはもう腹が立ってどうしようもなくて、床に広げたアルバムを両手でバンと叩きました。
あいぼんはびくっと体を縮こませて、もう何も言いませんでした。

「ともだちは裏切ったりしないって、あいぼん言ったよね?」
しばらくして、よっすぃーが言いました。

「ともだちは私に嫌なことや悪いことをしないって、言ったよね?」
あいぼんはよっすぃーに何も言い返さず、ただ、何かを我慢するように
ぶるぶると肩を震わせています。
よっすぃーは、あいぼんが自分にひどいことを言われて、
きっとものすごく怒っているのだろうと思いました。
けれどもそれには構わず、よっすぃーは言葉を続けました。

「でも、そんなの嘘だよ。だってあいぼんは私のこと、裏切ったんだもん」
よっすぃーは、言いたかったことは全部言ってしまったけれども、
これで本当にあいぼんの心を傷付けてしまったような気がしました。
107 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月05日(日)07時02分15秒
「また、来るね」
あいぼんはそれだけ言うと、よっすぃーの部屋から姿を消しました。

もう来なければいい、と強く思った後でよっすぃーは、
でも本当に来なかったらどうしよう、と、全く反対のことを考えていました。


「……っ、…くぅっ、っく…っ、ぇっ」
外へ出て、走って角を曲がると、あいぼんは堰を切ったように泣き出しました。
あいぼんは、よっすぃーに言われたことはとても悲しかったけれども、
自分が泣き出したらよっすぃーはびっくりしてどうして良いかわからなくなってしまうと思って、
泣きたいのをずっと我慢していたのでした。
そして、ここまで来ればよっすぃーの部屋からも自分の姿は見えないだろうと思ったのです。

「…っ、もっ、もぅ、いやや、もぅ、いや、やぁっ…」
あいぼんはその場にしゃがみ込んで、泣き続けました。

よっすぃーが言った言葉や、中澤さんとケンカしてしまったことや、
平家さんのお味噌汁を残してしまったことや、いろんなことが、
あいぼんの頭の中でぐるぐると渦を巻いていました。
 
108 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月05日(日)07時04分55秒
感想、どうもありがとうございます。

>81 おさるさん
青春ドラマ、楽しんで頂けて何よりです(笑)。真里ちゃん、なかなか出せなくてすみません。
高橋さんの訛は、書くとしたらあの右上がりのアクセントをどうにかして表現したい…。
語尾に記号とか(例えばこんなの。「↑」)付ければいいですかね?(笑

>82 名無し読者さん
熱いことは良いことかと。たとえアホでも(笑)

>83 読んでる人さん
くだらないものを書く時ほど燃えますので、そう言って頂けるとホントうれしいです。

>84 梨華っちさいこ〜さん
お待たせしててすみません。あんまり書くとネタバレになっちゃいますが、
そんなに大それた理由でもなかったりして…(弱気)。

>85 名無し読者さん
次回こそは、何とかして真里ちゃんの話にしたいと思っているのですが。
よろしければ、見捨てずにお付き合いくださいませ…。
109 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月05日(日)07時08分06秒
>86 ごまべーぐるさん
押し逃げ。なんかそっちの方が、ちゃんと意味がありますよね。『ピンポンダッシュ』よりは(笑
この話は夏先生も含め、何かが間違った人だらけでしたね。
真里ちゃん、もう少しだけ(たぶん)お待ちを…。

>87 名無し読者さん
ボイトレ。突っ込んで頂き、ありがとうございます(笑
”見せパン”は矢口さんが何かの番組で見えてたのを指摘され、あれは見えてもいいパンツなんです、と
力説してたのがなんかおかしくて、ネタにしてしまいました。

>88 名無し娘。さん
辻さん、一話のほとんどを費やしてしまいました。おかげで話が進まない…。
毎回エピソード詰め込みすぎで、読み辛くないでしょうか?お付き合い頂けるとうれしいです。
110 名前:おさる 投稿日:2002年05月05日(日)08時27分51秒
 今回はちょっと痛めのお話しでしたね。よっすぃーのつらさもわかるけど、
あいぼんのつらさもよくわかります。あああ、どうなっちゃうんだろう。
 けど一番つらいのは平家さんですね。姐さん達にいいように扱われる役をやらせたら
天下一品ですね。なぜかアイさがの対決シリーズでいつも負けてた平家さんを
思い出してしまいました。
111 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月06日(月)00時36分47秒
お約束ですが、みっちゃんいい子なのにね。
いや〜ホントにいい子だな〜、出刃包丁は別として(w
112 名前:名無し娘。 投稿日:2002年05月06日(月)01時20分21秒
すてっぷさんの話は毎回ツッコミ所も泣き所も満載で実に大変です(笑)
全部に反応してるとエライ長文になるんで画面にツッコんで、がまんがまん(^^;
辛いはずの今回も姐さん(と、薄幸なあの方)のおかげで笑う事すらできます。
(全ての行動があいぼんのツボにはまる姐さんの所業・・・忘れません)
よっすぃと矢口さんの心が融ける事を祈りつつ、しばらく見守りたいと思います。
113 名前:名無し娘。 投稿日:2002年05月06日(月)12時24分05秒
平家さん自身は薄幸どころか、まんざらでも無く思っていそうで、それが怖い(笑)
114 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月06日(月)15時08分57秒
みっちゃん・・・強く生きてね(w

海板で自分も書いてますが、へけさんはやはり姐さんの『アシ』です。
真里ちゃんの真相エピソード、期待してます。

115 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月09日(木)00時23分58秒
感想、どうもありがとうございます。
第8話は、もうしばらくお待ちください…。

>110 おさるさん
そっか!今回一番悲しかったのは、平家さんだったのですね(笑
こういう役が似合うのって、平家さんをおいて他に居ないんですよねぇ。
痛めの話が続いてますが、もうしばらく続きそうなので、見守ってやってくださいませ…。

>111 梨華っちさいこ〜さん
包丁は振り回さず「ちらつかせる」だけなので、やっぱりいい子なのです(笑)

>112 名無し娘。さん
泣き所だけで勝負できないという、自信の無さの表れでもあったりするのですが、
そう言って頂けると救われます…。両方のバランスが上手くとれていると良いのですが。
第8話を書き始めたのですが、次も矢口さんの話まで辿り着けるか怪しくなってきました(笑

>113 名無し娘。さん
なんだかんだ言って、たぶん幸せなのだと思います(笑)

>114 ごまべーぐるさん
「アシ」ですか…やっぱり、平家さんって報われない役どころなんですね(笑)
海板の方も、今度ぜひ読ませて頂きますね。
116 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時06分35秒

<第8話>


「あいぼん」
あいぼんは、誰かに自分の名前を呼ばれて顔を上げました。
するとそこには、竹ぼうきを持った平家さんが立っていました。
塀の上には、お魚くわえたケイさんの姿もあります。
下を向いてとぼとぼと歩いているうちにあいぼんは、
いつの間にか自分の家にたどりついていたのでした。

「おかえり。えらい早かったなぁ」
平家さんは、家の前を掃除している途中だったようです。
「うん…」
あいぼんは小さな声で返事をしましたが、それはほうきで掃く音に消されて、
平家さんの耳には届いていないようでした。
平家さんはとてもうれしそうに、「一緒にお花見行けるなぁ」と言いましたが、
あいぼんは黙っていました。

「まったくもー、玄関は家の顔なんやから。いつもキレイにしとかなアカンで?」
平家さんはほうきでごみを集めながら、呆れたように、でも少しうれしそうに言いました。
「玄関じゃないもん、門の外じゃん。うちの土地じゃないじゃん」
あいぼんは下を向いて、平家さんに聞こえないように、小さな声で言いました。
117 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時08分30秒
「どないしたん?なんか元気ないなぁー」
平家さんは心配そうにそう言ってあいぼんに近付くと、その顔を覗き込みました。
あいぼんはなんだか胸が熱くなって、泣き出しそうになるのを一生懸命にこらえました。
楽しいことを考えたりして、溢れてくる涙を止めようとしましたが、やっぱりだめです。

「あいぼん?」
「ふぅっ…みっちゃ、みっちゃああーん!!」
あいぼんはとうとうこらえきれなくなって、平家さんにすがりついて泣きじゃくりました。
平家さんはその手であいぼんが泣き止むまでずっと、あいぼんの髪をやさしく撫でていてくれました。
118 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時09分47秒
「そっかぁ、それはちょっと可哀想やったなぁ」
あいぼんの話を一通り聞き終えて、平家さんが言いました。
あいぼんは平家さんに、よっすぃーと初めて会った時のことから、
ついさっきよっすぃーの部屋で起こった出来事までを全て話したのです。

「ウチ、よっすぃーに嫌われてもーた。もぅ終わりや…」
「大丈夫やって。ケンカしたら、仲直りしたらええやん。
友達やったら、そんなん普通のコトやろ?」
平家さんはそう言ってくれましたが、あいぼんはやっぱり不安なのでした。
「友達、かぁ…」
(よっすぃーはウチのこと、まだそんな風に思ってくれてるかな)
真里ちゃんの前であいぼんのことを『ともだち』だと言ってくれたよっすぃーですが、
真里ちゃんとあんなことになってしまった今でもそう思ってくれているのかといえば、
あいぼんにはその自信がなかったのです。
119 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時11分24秒
「どっちにしても、その、『真里ちゃん』って子が問題やなぁ」
「うん…」
あいぼんは腕組みをしてしばらく考えた後、急にぱあっと明るい顔になって言いました。
「ねぇねぇ!みっちゃんって、魔法で誰かの心の中覗いたり、できるよねっ?」
「まさか、魔法で真里ちゃんの気持ち探れって言うんか?」
平家さんは少し困ったような顔になって、言いました。

「ダメぇ?」
あいぼんは胸の前で両手を組んで、平家さんを上目遣いでじっと見ています。
こうしてお願いすると平家さんが絶対に断れないことを、あいぼんは良く知っていたのです。
平家さんはうーんと唸って、ますます困ったような顔をしました。

「真里ちゃんの心の中がわかったら、どうすれば二人が仲直りできるか、わかると思うねん」
あいぼんは平家さんの力を借りて、真里ちゃんが怒ってしまったわけや、
どうすればよっすぃーのことを許してくれるのかを知ることが、
二人を仲直りさせる近道だと思ったのでした。
けれども平家さんは困ったような顔をするばかりで、なかなか、うんと言ってくれません。

「あいぼん」
突然、平家さんが真剣な顔になって言いました。
120 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時13分31秒
「みっちゃんは、あいぼんが大好きやで?
せやから、あいぼんの頼みやったら何でも聞いてあげたいけどな…もうちょっと、よぉ考えてみ?」
「なんだよー!なんでダメなの?」
あいぼんは怒ったように言って、平家さんの顔をじっと見ました。

「他人の心がわからへんのは、当たり前のことやろ?楽したって何の得もあらへん。
苦労してわかるから、その人が自分にとって大切な人になるんやないかな」
「…それって、どーゆーコト?」
あいぼんが聞くと平家さんは、にっこりと笑って言いました。
「ほな、逆に質問するで?
へーけさんはめっちゃスゴイ魔法使いなのにも関わらず、
なぜあいぼんや裕ちゃんの心を読むことをしないのでしょーか?」
「アホやから」
「なんでやねん。真面目に答えなさい」
「えーっ…」
あいぼんは平家さんに言われたとおり少し真剣に考えてみましたが、さっぱりわかりません。
121 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時15分58秒
もしも中澤さんやあいぼんの考えていることが簡単にわかったとしたら、
それは平家さんにとってとても都合が良いはずなのに、なぜそうしないのだろうか?
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりです。
「わかんない」
あいぼんは、すぐにあきらめてしまいました。

「正解は、あいぼんや裕ちゃんと話がしたいからでした」
平家さんは、得意そうに言いました。
「そんなん、気持ちがわかったら話なんかいらへんやん」
いっそ言葉なんて無い方が、面倒な誤解や争いが生まれずにすむのかも知れないのに。
あいぼんは、そんな風にも思うのでした。

「そんなことないよぉ。心と言葉は違うもん。
たとえばさ、気持ちは決まってても、それを言葉にするのってめっちゃ難しいやろ?
ちゃんと最後まで言えへんかったり、余計なウソついたりしてさ。
せやから考えて考えてやっと出てきた言葉は、たぶん、心より何倍も重みがあんねん」
平家さんはあいぼんが真剣な顔で自分の話に聞き入っているのに気付いて苦笑いすると、
「ほらぁ、やっぱそんな貴重なモン聞き逃す手はないしぃー?」
と、冗談めかして言うのでした。
122 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時18分06秒
「まっ、裕ちゃんとかあいぼんレベルのウソやったら、魔法なしでも楽勝で見破れるけどな」
「おおぅ…!」
あいぼんの胸が、ズキンと痛みました。
けれどもあいぼんは、もうすっかり元気を取り戻していました。
そして、そうなれたのはきっと平家さんと話をしたからなのだと思うと、なんだか
ずっと考えていたことへの答えが見つかったような気がして、うれしくなるのでした。

「ウチ、よっすぃーのトコ行ってくる」
よっすぃーだって、きっと誰かに落ち込んだ気持ちを打ち明けたいのに決まっている。
そう思うとあいぼんは、居ても立ってもいられないのでした。

「みっちゃん」
よっすぃーの家へ行こうとニ三歩歩き出したところで、あいぼんは突然立ち止まりました。
「ん?」
「あの…おみそ汁、残してゴメンなさい」
あいぼんがもじもじしていると、平家さんはくすっと笑って、ううん、と首を横に振りました。
あいぼんはほっとして今度は少し早足で歩き出しましたが、
しばらく歩いて何かを思い出したように、また立ち止まりました。
123 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時20分01秒
「みっちゃん」
平家さんの側へ駆け寄って、あいぼんが言いました。
「なに?忘れモン?」
「あの…お金、貸してくれる?電車賃ないねん」
今朝よっすぃーに朝ごはんをおごったので、あいぼんはもうあまりお金を持っていなかったのです。
「えーっ。アンタ、こないだ貸したばっかりやんかー。
教科書買うとか言って、ちゃんと買ったんやろなぁー?」
「買ったよ」
メロン記念日のCDをね、と、あいぼんは最も大切なことを心の中でだけ告白するのでした。
「ホンマぁ?」
もっとも、教科書は学年の始まりに学校から支給されるものなのですから、
簡単に騙されてしまった平家さんにも問題はあるのですが。

「わーい!ありがとう、みっちゃん!」
あいぼんは平家さんにお金を借りて再び歩き出しましたが、しかしまたすぐに立ち止まりました。
「みっちゃん」
「もー!今度はなによ?」
平家さんは不機嫌そうです。

「ウチも、みっちゃん大好き」
あいぼんはそれだけ言うと、逃げるように走り去っていきました。
平家さんはぼうっとして、だんだんと小さくなっていくあいぼんの後姿を見送っていました。
124 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時22分50秒
「ちょっと、ケイさん聞いた?みっちゃん大好きー、やって!!ねぇ、ケイさん!」
はしゃいだ声で平家さんが言うと、塀の上のケイさんは大きなあくびをして、家へ帰っていきました。
平家さんはぼうっとして、だんだんと小さくなっていくケイさんの後姿を見送っていました。
ケイさんが座っていた場所には、ケイさんが残した魚の骨や頭などが散らばっています。
平家さんがそれらを片付けようと塀の上に手を伸ばすと、家の中から中澤さんが出てきました。

「みっちゃーん、ビデオわかれへん。ビデオの、予約の仕方がわかれへんねん。もぅさっぱり」
中澤さんは何かのリモコンを手にしていましたが、それはビデオデッキのリモコンではなく、
エアコンを操作するためのものでした。
それじゃ一生予約は無理だよ、と、平家さんは思いました。

「ちょっと後にして。魚の残骸、片付けてるから」
「ええやんかあ、ビデオ先にしてよ。なああー、ビデオ、先、して!!」
平家さんは、世界広しと言えどもここまで聞き分けの無い大人も珍しい、と、感心するのでした。
125 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時25分35秒

――

(あいぼんは、もう来てくれないのかな。
 あんなに酷いことを言ってしまったんだもの、きっと、ものすごく怒ってるよね…)

「表が出たら来る、裏なら来ない」
独り言を言ってよっすぃーはお財布から1円玉を取り出すと、親指に乗せてはじきました。
宙を舞った1円玉は天井まで高く上がったかと思うとあらぬ方向へ飛んでいき、
タンスの後ろに落ちてしまいました。
「1円じゃ軽すぎたか。いいや、表が出たコトにしちゃおう」
占いの結果を都合良くねじまげると、よっすぃーはもうすることが無くなって、
ベッドの上に倒れこみました。

「え…」
よっすぃーがごろりと寝返りを打って仰向けになると、天井にぴたりと貼りついて
自分のことを見下ろしているあいぼんと目が合いました。
「あ…」
あいぼんはよっすぃーの部屋に瞬間移動したものの勇気が無くて、
しばらくの間天井に貼りついて上からよっすぃーの様子を窺っていたのでした。
「パンツ、見えてるけど」
「えっ!?」
とっさにミニスカートの裾を押さえようとしてバランスを崩したあいぼんは、
まっさかさまに下へ落ちてしまいました。
126 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時27分12秒
「いってぇー…」
「よっすぃー、だいじょうぶ!?」
落ちてきたあいぼんの下敷きになってしまったよっすぃーは、
おなかを押さえてしばらくの間うめき声をあげていました。


「びっくりしたよぉ、あんなトコにへばりついてんだもん」
ようやく痛みの和らいだよっすぃーはベッドの上にあぐらをかいて座ると、天井を見上げて言いました。
隣にはあいぼんが足を投げ出して座っています。
「違うのっ!これから華麗に降り立つトコやったんやもん…」
あいぼんがしゅんとして言うと、よっすぃーは楽しそうにくすっと笑いました。
「でも、あいぼんの本当の名前って、加護亜依ちゃん、って言うんだね」
「えっ?なんで…あーっ!見たなーっ!!」
よっすぃーはもうこらえきれずにくっくっと笑って、「しっかり書いてあったよ」と言いました。
よっすぃーはあいぼんが天井に貼りついているとき、あいぼんのパンツに
黒い文字で『加護亜依』と名前が書かれているのを見つけたのでした。
「あわわわわ…」
あいぼんはもう恥ずかしくて、真っ赤になってしまいました。
127 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時28分47秒
「ちゃうねんちゃうねん、中澤さんが勝手に書いてん!
プールんとき失くしてもすぐ見つかるようにってさぁ。
でもさでもさー、そぉゆーときって、なおさら身元隠したいと思わへん?」
一生懸命に言い訳をするあいぼんを見て、よっすぃーはとても楽しそうに笑っています。
「失くしたコトあんの?」
「ないよーっ!あるわけないじゃん!失くさんようにめっちゃ気ぃつけてる。
だって名前入りのパンツなんか見られたら、恥ずかしくて学校行かれへんもん!」
あいぼんがまくしたてると、よっすぃーはうんうんと頷いて、「だからじゃない?」と言いました。
よっすぃーの言ったことがよくわからなくて、あいぼんはきょとんとしています。

「ほら、ぜったい見つかりたくないからさ、失くさないように気をつけるでしょ?
そしたら、ぜったい無くなんないじゃん」
「ああ、そっかぁー」
中澤さんもちょっと上手いこと考えるなあ、と、あいぼんは感心するのでした。
128 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時30分38秒
「あれっ?」
それまで楽しそうに笑っていたよっすぃーが、突然何かを思い出したように言いました。
「なに?」
「そういえば、ウチらケンカしてたんじゃん。パンツの話してたら忘れてたよ」
「ホンマや。パンツさまさまやなあ」
二人はけらけらと笑って、しばらくするとよっすぃーが真剣な顔になって言いました。
「あいぼん」
「ん?」
「ゴメンね」
「…ううん。こっちこそ、ゴメン」
あいぼんはちっとも悪くないのだから謝ることないのにと、よっすぃーは思いました。

「良かった。もう来てくれないと思ってたから…」
「だって、また来るって言ったやん」
「もう、ずっと一緒だね」
うれしそうによっすぃーが言うと、あいぼんは少し困って、「ああ、うん」と曖昧な返事をしました。

「あのさ、よっすぃー。真里ちゃんの、コトだけど、さ…」
話を逸らすようにそう言いかけて、しかしこちらもまた触れにくい話題だったため、
あいぼんは言いよどんでしまいました。
「あいぼん、私ね」
よっすぃーは言葉に詰まってしまったあいぼんに助け舟を出すように、ゆっくりと話し始めました。
129 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時32分10秒
「真里ちゃんがどうして怒ってるのかって、それはわかってるんだ。
真里ちゃんが怒ってるのは、私がともだちを作ったからなんだよね」
「うん。やっぱり、そうだよねぇ」
「だけど、じゃあどうしてともだちを作っちゃいけないのかって、それがどうしてもわかんなくて。
だってあいぼんやなつみや後藤さんは私のこと裏切ったりしないし、
そりゃあ世の中にはいろんな人がいて、真里ちゃんが言うみたいに
誰かのこと裏切ったりする人もたくさんいることはわかってる。
けどね、それでもやっぱり…真里ちゃんは、間違ってるって思うんだよ、私」
なんとなく真里ちゃんのことを悪く言っているようで気がとがめましたが、
よっすぃーは、あいぼんに自分の正直な気持ちを話したいと思ったのでした。
130 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時34分15秒
「あんなぁ、魔法で真里ちゃんの心の中覗いたりとか、できんことはないんや。
ウチにはまだ無理やけど、友達のみっちゃんとかに頼めば、できんことないんや。
けどな、ウチ考えたんやけど…そういうのは、よっすぃーが真里ちゃんに会ってちゃんと聞いた方が良いと思う。
ケンカしたあとは、自分らでちゃんと仲直りせなアカンねん。
それは、友達でも幼なじみでも、なんでも一緒なんや」
「…うん。そうだね」
本当にそうだ。よっすぃーは心から、あいぼんの言うとおりだと思いました。

「よっしゃ!そうと決まったら、さっさと真里ちゃんのトコ行こ。
てれぽーてーしょんなら、あいぼんにドーンとまかせとけ!」
あいぼんはベッドの上に立ちあがると、自分の胸をドンと叩いて言いました。
「…なんか、不安だけど」
「よっしゃー、ドンドンいこー!」
あいぼんのはりきりようは、よっすぃーをいっそう不安な気持ちにさせるのでした。
131 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月12日(日)22時36分16秒
「ありがとう、あいぼん」
よっすぃーが急に真剣な顔で言うので、あいぼんは照れくさくなって、ぶんぶんと首を横に振りました。
「いっ、いいってことよぉー!おっけー、おっけー!」
あいぼんはうれしくて、ベッドの上を土足で何度も飛び跳ねました。
よっすぃーは、暴れるなよーベッド壊れるだろぉ、などと言いながら
しばらく笑っていましたが、やがて立ち上がると、ベッドからおりました。

「あいぼん、お願い」
よっすぃーはあいぼんの前に立つと、背筋をぴんと伸ばして言いました。
(怒られても嫌われてもいいから、真里ちゃんに会いたい。
 会って真里ちゃんが考えていることも、私が考えていることも、ちゃんと話をしなくっちゃ)

「行くよ」
あいぼんはまだベッドの上に立ったままで、よっすぃーの頭に右手を当てました。
あいぼんが小さな声で呪文を唱えると、よっすぃーの姿は消えてなくなり、
部屋にはあいぼん一人きりになりました。


「おぉスゲー、あややだらけやん。けっ、あいぼんの方がよっぽど可愛いっちゅーねん」
一人ぼっちで暇を持て余したあいぼんは、退屈しのぎに部屋の中を物色するのでした。
 
132 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月12日(日)22時38分54秒
なかなか話が進みませんが、もーうしばらく続きます…。
133 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月12日(日)23時00分16秒
今度はお約束じゃなくて、みっちゃんマジでいい子!!
なんか読んでてうれしくなっちゃいました。なんでだろ?
とにかくエエ話聞かせてもらいましたわ。
134 名前:おさる 投稿日:2002年05月12日(日)23時05分12秒
 おぉ!今回の平家さんカッコイイ!あいぼんをやさしく諭すあたり、
平家さんの持ち味がよく出てて良いです。
 次回はいよいよ真理ちゃんvsヨッスィーの折伏合戦?!
ヨーチェケラッチョ!
135 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月13日(月)00時41分13秒
いい人だ、みっちゃん(涙)
姐さんの聞き分けのない大人っぷりと対照的で面白かったです。
加護はメロンファンですか。誰ファンだろう・・・。
さあ、いよいよ真里ちゃんトコへ出陣ですね!

136 名前:読み人知らず 投稿日:2002年05月13日(月)04時06分14秒
みっちゃんええこと言うな〜
ちょっと感動。
そしていよいよ真里ちゃんの心の内が?
137 名前:もんじゃ 投稿日:2002年05月13日(月)23時04分22秒
みっちゃん。良いこと言うなぁ。ほろり。
あいぼん。強がってるとこがまたかわいいなぁ。パンツもね。
ねーさん。…相変わらずっすね。

よっすぃー。逝き先ちょっと心配です(笑)
138 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月14日(火)01時42分55秒
姐さんのビデオ笑った(w
139 名前:ろむ読者 投稿日:2002年05月15日(水)03時13分54秒
家の前を掃除するへーけさんに、レレレのお(ry
がかぶって、ひとりでウケちまいました。
それはそうと、いよいよ次回は
真里ちゃんとよっすぃーの直接対決ですね。
2人とも、素直になれるのかな…。
140 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月16日(木)23時53分38秒
感想、どうもありがとうございます。
第9話は、もうしばらくお待ちを…。

>133 梨華っちさいこ〜さん
今までは何となく別のイミで『いい子』でしたよね(笑)。ようやく報われました。
あいぼんと平家さんのところは、早く書きたかったシーンの一つだったので、
そう言ってもらえるとうれしいです。

>134 おさるさん
平家さんっぽかったですか?良かった…。
なんとなく平家さんって、頼れるお姉さん的なイメージがあったので。
それから、毎回言ってるような気がしますが、次こそは。

>135 ごまべーぐるさん
あいぼんにとって平家さんはお母さん、ねーさんはお父さん的役割な
イメージで書いてます。ねーさんは、ちょっとダメな大人ですが(笑)
加護のCDは、メロンにするか、”ゆきどん”かで迷ってしまいました。
141 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月16日(木)23時57分03秒
>136 読み人知らずさん
ありがとうございます。みっちゃん人気ですねー。ついに時代が来たか…(笑

>137 もんじゃさん
三段オチ感想、ありがとうございました(笑)
見せパンといい、今回やけにパンツに縁がありますね。「パンツ」って、何回書いたことか…。
よっすぃーの逝き先…あ、するどいかも。

>138 名無し読者さん
出番少ないのに一番オイシイかも?(笑

>139 ろむ読者さん
確かに、ホウキと言えばレレレ…ですよね。いい子なのに(笑
次回こそは、直接対決になると思います。
引っ張りすぎてるのが心苦しいですが、もう少しだけお付き合いください…。
142 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時05分28秒

<第9話>


「えっ…ちょっと、なに、ココ…」
よっすぃーの呟き声は、やけに大きく響きました。
辺りはしんとして真っ暗で、何も見えません。

よっすぃーはあいぼんに真里ちゃんの部屋へ移動するための魔法をかけられ、
少しの間気を失っていましたが、気が付くと暗闇の中で膝を抱え込むようにして、
一人ぽつんと座っていたのでした。
(ココは、真里ちゃんの部屋…?)
押入れの中にでも飛ばされたか、と、よっすぃーは中腰になって手探りで出口を探し始めました。

「ひゃあっ!?」
ふいに手が生温かいものに触れて、思わずよっすぃーは声をあげました。
「な、なななななな」
逃げようと後ずさりするとすぐ後ろはもう壁で、これ以上逃げられません。
よっすぃーはあわてました。
「なになになになに、やだやだやだ、やだあっ…!」
よっすぃーは(そもそも見えないのだけれど)もう見ていられなくて、両手で顔を覆いました。

「………わん」
よっすぃーがぶるぶる震えていると、闇の中から小さな声がしました。
143 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時08分24秒
「……こんこん?」
よっすぃーは、声のした方へおそるおそる呼びかけました。
さっきの鳴き声には確かに、聞き覚えがあったのです。
「……わんわん」
よっすぃーが呼びかけてから少し間が空いて、暗闇から頼りなげな返事が返ってきました。
そしてガサガサと何かが動く音がしたと思うと、それまでその生き物が出入り口を塞いでいたのでしょう、
隙間から外の光が差し込んできました。

「こんこんだったんだー! ああ良かったぁ…」
体中の力が抜けてへたりこんでしまったよっすぃーの側へ、一匹の犬が近付いてきました。
「……わんわん」
よっすぃーを驚かせた鳴き声の主は、真里ちゃんの家で飼われている、
シベリアンハスキー犬の『こんこん』だったのです。
144 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時10分46秒
こんこんは、真里ちゃんが5歳になったばかりのある冬の日に、
真里ちゃんの家にもらわれてきました。
その日はとてもひどい大雪で、パパが子犬をもらいにいくのは明日にしようと言うのを、
真里ちゃんはどうしても嫌だと言ってきかなかったのです。

『パパとママがね、まりのすきななまえ、つけていいって。いっしょにかんがえよ?』
その日真里ちゃんはよっすぃーを家に呼んで、二人は一緒に子犬の名前を考えることにしました。
よっすぃーが行くと、小さな子犬は真里ちゃんの家に来たばかりだというのにもうすっかり安心して、
ぐっすりと眠っていました。
ソファーの上の可愛らしい寝顔を眺めながら、二人はああでもない、こうでもない、
と知恵を絞って子犬のための名前を考えるのでした。

『ねぇ、”こんこん”っていうのどう?』
『それじゃあ、キツネさんみたいだよ、よっすぃー』
『ちがうの、あのね、ゆーきや、こんこん♪あーられや、こんこん♪ってあるでしょ?』
よっすぃーは幼稚園で習ったばかりの、大好きな歌の歌詞を思い出したのでした。
145 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時13分39秒
『あ、そっかー。きょうは、ゆきがたくさんふったんだもんね』
『そう。あのね、ゆきがたくさんふったひに、まりちゃんのおうちにきたから、”こんこん”』
『うん、そうしよう。ねっ、こんこん』
真里ちゃんが呼びかけると、こんこんはまだ眠ったままで、小さな耳をぴくりと動かしました。
『きこえてるのかな?』と言って今度はよっすぃーが、こんこんの耳元で小さくその名前を呼んでみました。
すると目を覚ましたこんこんは大きくてまんまるな目をぱっちりと開けて、よっすぃーの顔をじっと見ています。

『こんこん』
よっすぃーが、こんこんに向かって呼びかけます。
『……わんわん』
こんこんが、よっすぃーの目を見て答えます。

『こんこん』
『……わんわん』
『こん、こん』
『……わん、わん』
『こん!こん!』
『……わん!わん!』
こんこんは、よっすぃーの後に続いて、よっすぃーの言ったとおりの調子で鳴きました。
そしてもう自分の名前を覚えたらしく、真里ちゃんが少し離れたところから『こんこん』と手招きすると、
こんこんは尻尾を振りながら真里ちゃんの方へ走って行くのでした。
146 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時16分53秒
『ゆーきや、こんこん♪』
『……わんわん』
真里ちゃんが歌う後に続いて、こんこんが小さく鳴きます。
『あーられや、こんこん♪』
『……わんわん』
よっすぃーが歌う後に続いて、こんこんが小さく鳴きます。
二人はすっかり感心して、すごいすごい、と手を叩いてこんこんを誉めてあげました。

その時でした。

『オウ、マイ、ガアアアアアアアアアアーーーーーッッッド!!!(おお、神よ)』
突然女の子の絶叫が聞こえたので、二人はびっくりして後ろを振り返りました。
すると後ろには、近くのアパートに住むハワイからの留学生、ミカさん(当時4歳)が立っていました。
ミカさんは真里ちゃんのママに返すために持ってきたポン酢を手に、泣きじゃくっています。

『ミカちゃん、ねぇどうしたの!?』
真里ちゃんは駆け寄って問い掛けましたが、ミカさんは俯いて絶望したように、
『Oh my god…Oh my god…』と小声で繰り返すばかりで要領を得ません。
『なにかかなしいことがあったの?』
よっすぃーが側へ行くと、ようやくミカさんは落ち着いた様子でその言葉に頷きました。
147 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時20分51秒
『こんこんじゃない、こんこんじゃないっ…!』
そう言うとミカさんは、悔しそうに唇を噛みました。
真里ちゃんとよっすぃーは、顔を見合わせて首をかしげました。
こんこんは『こんこん』という言葉に反応して、小さく『わんわん』と鳴いていました。

『正しくは、ゆーきや、こんこ♪あーられや、こんこ♪なのよっ!
”こんこん”ではなく、”こんこ”が正しいのデスよォ!!』
『へぇー、そうなんだあー。まりちゃん、しってた?』
『ううん。ミカちゃんって、にほんのことよくしってるんだねー』
二人はすっかり感心して、すごいすごい、と手を叩いてミカさんを誉めてあげました。

『でも”こんこ”より、”こんこん”のほうがかわいいから、これでいいや』
真里ちゃんが言うと、よっすぃーも『こんこんのほうがかわいいもんね』と言って頷きました。
ミカさんは、オゥ日本人って超イイカゲン、モーやってらんないわこんな国、というような
意味のことを母国語で言い残し、ハワイへ帰って行きました。
148 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時23分42秒
『『こんこん』』
『……わんわん』
真里ちゃんとよっすぃーはこんこんとすっかり仲良しになり、
真里ちゃんはパパに頼んで子供がニ三人は入れるほどの大きな小屋を、
こんこんのために作ってもらったのでした。
二人は幼稚園から帰ると、こんこんのいる犬小屋をまっさきに覗きました。
そして、二人はこんこんにいろいろなことを話して聞かせたのです。

『ひとみはねぇ、おおきくなったらニワトリになるんだ。そしてたまごをうむの。
そんでねー、そんでねー、ゆでたまごにしてたべるんだよ。すごいでしょ?
こんこんは、おおきくなったらなにになりたいの?』
『こんこんはおおきくなったら、プーさんになるんだよ。
だって、こんこんはシベリアンハスキーなんだもの。ねっ、こんこん?』
もしもこんこんに人間の言葉がわかったとしたら、二人の自由な発想に苦笑いしたことでしょう。

『……わんわん』
こんこんはとても心のやさしいシベリアンハスキーだったので、
知らない人を見ても決して吠えようとはせず番犬には不向きでしたが、
それでも二人にとっては心を癒してくれる、とても大切な存在になったのでした。
149 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時26分17秒

「やっぱり…嫌な予感がしたんだよね」
犬小屋の隅で膝を抱えて、よっすぃーが言いました。
こんこんは、よっすぃーにぴたりと寄り添っておすわりをしています。

『てれぽーてーしょんなら、あいぼんにドーンとまかせとけ!』
あいぼんは胸を張ってそう言っていましたが、ドーンとまかせた結果よっすぃーは、
真里ちゃんの部屋ではなく真里ちゃんの家の庭に作られたこんこんの小屋に、
瞬間移動させられてしまったのです。
あいぼんの移動魔法は、移動できる距離もせいぜいよっすぃーの家の玄関先から、
二階のよっすぃーの部屋ぐらいまででしたが、その上、正確さにも欠けていました。
「よし、もっかいチャレンジ」
そう言うとよっすぃーは四つんばいになって、小屋の入り口まで這っていきました。
部屋に戻って、もう一度あいぼんに魔法をかけてもらおうと考えたのです。

「こんこん、ゴハンだよー。こん…」
よっすぃーが犬小屋から顔を出したとき、上から聞き覚えのある声が降ってきました。
「よっすぃー?」
「あ…」
四つんばいのままで顔を上げると、そこにはドッグフードの袋を抱えた真里ちゃんが立っていました。
150 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時28分48秒
「真里ちゃん、待って!」
走り出そうとした真里ちゃんの腕を、よっすぃーが掴みました。
真里ちゃんが投げ出した袋からは中身のドッグフードが飛び出し、小屋の周りに散乱しています。
「はなして」
「もう逃げない? だったらはなしてあげる」
「…逃げないよ。だからはなして」
よっすぃーはしっかりと掴んでいた手を、真里ちゃんの腕から放しました。
二人は向かい合って、よっすぃーは真里ちゃんのことをじっと見ていましたが、
真里ちゃんは下を向いてしまってよっすぃーと目を合わせようとはしません。
よっすぃーは静かに、切り出しました。

「私がともだちを作ったこと、怒ってるんだね」
「……だから、もういいって言ったでしょ。勝手にしなよ」
不機嫌そうな声で、真里ちゃんが言いました。
真里ちゃんはやっぱりすごく怒っているんだ、そう思うとよっすぃーはとても悲しくなりましたが、
ここで引き下がってしまっては、きっともうずっと真里ちゃんとはこのままだと思いました。
151 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時31分18秒
「勝手になんかしたくないよ。だって、それじゃ何もわからないままじゃない。
私、真里ちゃんとこのままでいるの嫌だもん。仲直りしたいよ。前みたいに、一緒にいたいよ」
「……あたしと一緒じゃなくたって平気じゃない。だって、よっすぃーには、ともだちがいるんでしょ?」
「でも、真里ちゃんはたったひとりだよ。
どんなにたくさんともだちがいたって、真里ちゃんは世界中でたったひとりだもん。
あいぼんだって、なつみだって後藤さんだって、世界中でたったひとりだもん。
そんなの比べたりできないよ」
真里ちゃんは相変わらず下を向いたままで、言いました。
「どうして急にそんなこと言うの? あの子のせい? あの子に、何か言われた?」
「あいぼんのせいじゃない、あいぼんのこと悪く言うなよっ!!」
よっすぃーは、ついかっとなって怒鳴りました。
真里ちゃんはその声に驚いて、びくっと肩を震わせました。
152 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時33分48秒
「……ゴメ、ン」
「あっ、ゴメ…真里ちゃん!?」
「……よっすぃー、あたし、ゴメン、ゴメンね。ゴメンね、よっすぃー」
かすれたような声で真里ちゃんが言いました。真里ちゃんは、泣いているようでした。
よっすぃーはあわてて、でもどうして良いかわからずに、ああ、とか、えっと、などと言いながら、
真里ちゃんの顔を覗き込んだりしていましたが、しばらくして言いました。

「真里ちゃん、ねぇ、泣かないでよ。怒鳴ってゴメン、ゴメンね」
「だってよっすぃーは悪くないの。よっすぃーは、ぜんぜん悪くないんだよ」
「どうして?」
「どうしても」
「わかんない。どうして私は悪くないの? 真里ちゃんは、どうして私に謝るの?」
「どうしても」
「わかんないってば」
「……どうしても、だよ」
「もぅ…」
真里ちゃんが頑固な態度をとるので、よっすぃーはすっかり途方に暮れてしまいました。
153 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時39分16秒
(言おうか、でも、また泣かせちゃうかもしれない…)
真里ちゃんの顔を覗き込むと、その瞳はまだ涙で濡れていました。
けれどもよっすぃーには、どうしても言わなければならないことがあったのです。

「あの、あのね、真里ちゃん。私、ずっと言いたかったことがあって…えっと、あの、言うね」
よっすぃーは心臓が破けそうなくらい、どきどきしていました。

「真里ちゃん、ともだちは作らない方が良いって、ともだちは裏切るから信じちゃいけないって、言ったでしょ?
あれはさ、違うと思うんだ。私は、違うと思うの。だって私のともだちは、そんなんじゃないし…。
ねぇ、ねぇ真里ちゃん。ともだちは裏切ったりしないし、ともだちは、信じていいものなんだよ」
よっすぃーが言うのを、真里ちゃんは俯いてじっと聞いていました。そして、言いました。
「知ってる」
よっすぃーが、えっ、と小さく言うと、真里ちゃんは「だから謝ったの」と言葉を続けました。
154 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時42分08秒
「なに、それ…。知ってる、ってどういうこと!? じゃあどうして、あんなこと言ったんだよ!」
「…ゴメン」
真里ちゃんが涙声で言うので、よっすぃーはまた、かっとなってしまったことを悔やみました。
「ねぇ、真里ちゃんは、どうして私にあんなことを言ったの?」
よっすぃーは、今度はもう少しやさしい声で言いました。

「……言いたくない」
「聞きたい」
「だってすごく自分勝手な理由だもん。言ったらよっすぃーはきっと、あたしのこと嫌いになる」
「ならないよ」
「なるよ」
「嫌いになんかならない」
「なるよ、ぜったい」
「だったら言ってくれない方が、嫌いになっちゃうかも。言ってくれない方が、私、真里ちゃんのこと、」
「好きなの」
真里ちゃんが顔を上げて、二人ははじめて、目を合わせました。
155 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時46分11秒
「す、き…?」
ぱちぱちと瞬きをして、よっすぃーが言いました。
「よっすぃーが、大好きだから」
真里ちゃんは、きっぱりと言いました。

「真里だけの、よっすぃーにしたかったから」
よっすぃーははっとして、なんだか胸がぎゅうっとしめつけられる思いがしました。
「ね、嫌いになったでしょ?」
よっすぃーは真里ちゃんに何と言ったら良いかわからなくて、
けれどもそうでないことだけは伝えたくて、ただ首を横に振りました。
「本当のこと教えてあげる」
真里ちゃんは今にも泣き出しそうな顔で無理に笑って、言いました。

「信じちゃいけないのは、あたし。よっすぃーのこと裏切る悪いともだちは、本当は、真里なんだ」
「真里ちゃん、」
真里ちゃんは悪いともだちなんかじゃない、そう言おうとして、よっすぃーは言葉に詰まりました。
「ゴメンね、よっすぃー。本当に、ゴメンなさい」
そのうちに真里ちゃんはとうとうこらえきれずに、ぽろぽろと涙を流して泣き出してしまいました。
156 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時50分04秒
「だいじょうぶだよ。うん、だいじょうぶ」
よっすぃーはまるで自分自身にそう言い聞かせるようにうんうんと頷きながら、
だいじょうぶ、と繰り返しました。

「だって真里ちゃんは最初から、ともだちなんかじゃないもん」
「……そっか。そうだよね、こんなヤツ」
「真里ちゃんは、私の、おさななじみだもん」
よっすぃーは自分でもなんだかへんてこなことを言っていると思いましたが、
他に考えつかなかったのですから仕方がありません。
「あ、だから、真里ちゃんは悪いともだちじゃないってこと」
よっすぃーは泣くことも忘れてしまったようにきょとんとしている真里ちゃんを見て、
やっぱり変なことを言ってしまったと、急に恥ずかしくなるのでした。

「どうして怒らないの? あたし、よっすぃーに酷いことしたんだよ?」
真里ちゃんが言うとよっすぃーは、「なんだ、そんなことかあ」と笑って、
「大好きだから、やっぱり、嫌いになるのは難しいや」と言いました。
157 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時53分22秒
「私、わかんないコトとかあったらちゃんと聞く。間違ってると思ったら、ちゃんと言うしさ。
だから、いっぱいケンカしよ。その方が、真里ちゃんのこともっともっと好きになれそうな気がする」
よっすぃーが言うと真里ちゃんはその目にまだ涙をいっぱい溜めて、けれども笑って、頷きました。
よっすぃーも、ほっとして笑顔になりました。

真里ちゃんがずっと心の奥にしまっていた気持ちも、
よっすぃーがなかなか言えずにいた、新しいともだちのことも。
大切なことを話すときはとても辛くて大変だけれども、そうする前よりも今の方がずっと、
真里ちゃんに近付けたような気がして、よっすぃーはうれしくなるのでした。
(私たちに足りなかったのはきっと、話をすることだったんだね、あいぼん)


「じゃあ、さっそく言わせてもらいますけどー、矢口さん」
よっすぃーは腕組みをして、大げさに言いました。
「ホームランのとき、リセットすんの止めて」
「はあ?」
真里ちゃんはきょとんとして、よっすぃーのことを見上げています。
158 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時56分27秒
「だからぁ、ゲームやるとき。私がホームラン打ったら絶対リセットしちゃうじゃん、あれ止めてほしいの」
「あーれーはあ、よっすぃーがズルするからでしょ。あれはブチられて当然なの」
「なんでーっ!? それがわかんないって言ってんだよ!」
「よっすぃーがバカ力でボタン押すからホームランになるんでしょー。バカ力の分ハンデくれたっていいじゃん」
「それぜったい違う。ぜったい間違ってる、それ」
「間違ってませんー」
「間違ってますー」
「間違ってないっつってんじゃん!」
「間違ってるって! バカ力とかぜったい関係ないもん」
「あるもん!」
「ないもん!」
「……わんわん」
「こんこんは黙ってなさい!」
「こんこんに当たるコトないじゃん! だいたい、こんな凶暴なヒトが飼い主じゃ、こんこんが可哀想だよ!」
「あのねー、真里っぺみたいに、ちょーっカワイイコに飼われてるんだから、幸せに決まってんでしょー!」
「あー…それはそうかもしれない」
「うわっ、納得されると逆に恥ずかしい。むかつく!!」
159 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月20日(月)00時59分25秒
「なにアレ、めっちゃケンカしてるやん…」
よっすぃーの部屋の窓から何気なく外を見ていたあいぼんが、
真里ちゃんの家の庭で言い争っている二人の姿を見つけて呟きました。
「っていうか、なんで庭?」
自分はよっすぃーを真里ちゃんの部屋に瞬間移動させたはずなのになぜ二人は庭にいるのだろうか、
と、あいぼんは首をかしげました。
「テメーコラ表出んかい、みたいな展開になったんかなぁ…なんか、真里ちゃんってコ、恐そうやし」
おおコワ、と、あいぼんは震え上がりました。


「とにかく、ホームランは禁止。口惜しかったらバカ力治して出直してきな」
「うあっ! くうーっ!!」
「……わんわん」
唇を噛んで口惜しさに耐えながらよっすぃーは、この世の中には、
話をしたところでどうにもならないこともあるのだということを知ったのでした。
 
160 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月20日(月)01時03分05秒
あと、1・2話で完結するかと思います。
もうしばらくお付き合いいただけると、うれしいです。
161 名前:おさる 投稿日:2002年05月20日(月)01時16分13秒
 そうか〜真理ちゃんよっすぃーを独り占めしたかったんだぁ…
ちょっと倒錯入ってるけど、泣きそうになりながらも無理に笑顔を作ろうとする
真理ちゃんに萌え〜。
 自分の求めている物が実は自分の身近にあるというのは、日本の「ねずみの嫁入り」や
メーテルリンクの「青い鳥」を彷彿とさせますね。
 さぁ、2人の新たな門出に、高らかに吠えるのだ!こんこん!(ってワケわかんねぇ)
162 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月20日(月)11時26分30秒
いい意味で真里ちゃんは読者を裏切ってくれたね(w
163 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月20日(月)18時58分23秒
ほのぼのかつ切ないお話・・・なハズなんでしょうけど
脇役陣の意味不明っぷりといったら・・・(w
164 名前:163 投稿日:2002年05月20日(月)19時01分47秒
申し訳ありません!ageで感想書いてしまいました!
ご迷惑おかけしましたことをお詫びします。
165 名前:読んでる人 投稿日:2002年05月20日(月)19時29分32秒
なんかエエ話やね〜
166 名前:名無し娘。 投稿日:2002年05月20日(月)23時27分53秒
大団円を迎えるはずだったのに(^^;
矢口さんの理不尽な怒りがたまりません(笑)
あぁ、でもこういう掛け合いもなんか久しぶりでいい感じです♪
あと3・4話で完結かぁ・・・がんばれあいぼん!
167 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月22日(水)19時44分30秒
毎度のことながらオトシ方がステキです(^^;;
すてっぷさんの書くヤグとヨシって昔から好きなんですよ。
ほのぼのしててて。

(〜^◇^)σ)`〜^0)

[;^д^;]<ニホン、マッタク、イイカゲンネェ

ミカさん、帰るの早っ(w。
168 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月22日(水)19時58分11秒
上に誤字がありました(^^;;
スレ汚し、スミマセン。
169 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年05月23日(木)22時12分18秒
真里ちゃんかわいいなぁ〜。
オイラがこんなこと言われたらメロメロっスよ、もう。
170 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月26日(日)11時13分19秒
感想、どうもありがとうございます。

>161 おさるさん
(少し恐いけど)一途な真里ちゃんの気持ちを描きたかったのですが、
あんまり深刻にするのもアレだしと、結構悩んでしまいました…。
あれだけ振った割りにちゃんと消化できてない気もしますが、感想いただけてうれしいです。
こんこんは、鳴き声も「…こんこん」にしようかと思いましたが、その時点で犬じゃないので止めました(笑

>162 名無し読者さん
真里ちゃんは引っ張りすぎたので、本当に本当に心苦しかったです(笑)

>163 名無しさん
脇役陣のおかげで話があちこちに飛んで、読み辛いかもと心配でしたが、
笑ってもらえて良かった…登場の甲斐がありました(笑

>165 読んでる人さん
良かった良かった…なんか、ホッとしました。
171 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月26日(日)11時16分16秒
>166 名無し娘。さん
ありがとうございます。二人の掛け合いは久しぶりで、書いていても懐かしかったです。
この話は最初、二人の台詞のみで書こうとしたのですが…やってみると無理だったので
あっさり却下、最後のケンカシーンだけ、ああいう掛け合いにしてみました。

>167 ごまべーぐるさん
ワンパターンですが、こういう風にオトさないと気がすまないみたいです(笑)
でも、そう言ってもらえてうれしいです…また、二人のほのぼの話が書けたらと思います。
そういえば、ミカさんの顔文字って初めて見るかも知れません(笑

>169 梨華っちさいこ〜さん
萌えていただけましたか…真里ちゃん、思いっきり告白してましたもんね(笑)
172 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時40分36秒

<第10話>


「そっかあ。良かったね、仲直りできてさ」
「あいぼんのおかげだよ。ありがとね」
「いやあーん、照れるやんかあ」
あいぼんは恥ずかしそうに両手をもじもじしながら、腰をくねらせました。
無事に真里ちゃんと仲直りすることができたよっすぃーは、
すぐに部屋へ戻ってそのことをあいぼんに伝えたのでした。

「あいぼんって、ホントすごいよね。
アレ、真里ちゃんが外に出てくるの知ってて私のコト庭に飛ばしたんでしょ?」
あいぼんは「えっ?」と明らかに身に覚えがないという表情の後、すぐにピンときて、
「あ、ああ、まあね。ちょっとした予知能力ってヤツだけどね」
と、真っ赤なウソをつきました。

「予知能力かぁ。あいぼんって魔法使いってゆーか、超能力者みたいだよね」
「ああ、ま、まあね…あっ、そうだ。ウチ、ちょっと帰ろうかな、ははは。
ほっ、ほら、友達、もう一人紹介する約束やったやろ?
もしかしたら、みっちゃんが資料持ってきてくれてるかもしれへんし」
予知能力についてこれ以上問い質されては困ると思ったあいぼんは、
話を逸らそうと必死になるのでした。
173 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時42分29秒
「ねぇ、前から聞こうと思ってたんだけどさ、あいぼんってどこに住んでるの?」
ランドセルを開けたり閉めたり特に意味もないことをしているあいぼんに向かって、よっすぃーが言いました。
それを聞いたあいぼんがにやりと笑って「知りたい?」と言うので、よっすぃーは黙って頷きました。
「驚いたらアカンで? ココや」
ココ、と言いながらあいぼんは、自分が立っている真下を指差しました。
「えっ!? あいぼん、うちに住んでるの!?」
よっすぃーは、驚きのあまり素っ頓狂な声をあげました。

「あ、そうじゃなくてぇー。
ウチが住んでる魔法の国はな、この世界の真下にあんねん。地下にあんの」
「えっ!? あいぼんって、地底人だったの!?」
よっすぃーは、驚きのあまり素っ頓狂な声をあげました。
「え…ああ、うん、まあね」
あいぼんには地底人がどんなものなのかは良くわかりませんでしたが、
地下深くに住んでいる人間をそう呼ぶのならば自分は地底人ということになるのだろうかと、
半信半疑ながらも仕方なくよっすぃーの言葉に頷くのでした。
174 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時44分36秒
「ウチのトコからは、よっすぃーの世界のコトは何でもわかんねん。
テレビもラジオも、この世界から電波パクって放送してるしぃ」
「へぇー、魔法の国なんてあるんだ。
てっきり私、この世界で普通に生活してるモンだと思ってたよ」
あいぼんの学校生活のことや家族の話を聞く限り、魔法使いと言っても、
ごく普通の中学生と変わらないんだなあ、と思っていたよっすぃーにとって、
あいぼんの話ははっきり言って寝耳に水でした。

「じゃあ、その魔法の国では、みんながあいぼんみたいな魔法使いなの?」
「個人差はあるけどいちおう、みんな魔力を持って生まれてくるんだけどね。
魔法を使いこなすには、ちゃんと修行せなアカンねん。
だからたいていの人は、魔力持ってても魔法使えへんの。
コレがまたキツイ修行やねん…。とくに、中澤さんみたいなオニ師匠に弟子入りした日にゃあ…」
辛かった修行の日々を思い出しながら、あいぼんは少し涙ぐみました。

「そうなんだ…頑張ったんだね、あいぼん」
よっすぃーにとっては初めて聞くことばかりで、寝耳にホースで水を浴びせられたような気分でした。
175 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時47分53秒
「じゃあさ、じゃあさ、魔法の国からは、うちらの世界と自由に出入りできるワケ?」
よっすぃーの好奇心は一度走り出すともう止まりませんから、
あいぼんに向かって立て続けに質問します。
「自由にってワケにもいかんのだなぁ、コレが。ってゆーか、スゴイでスゴイで。驚くでっ!」
だんだん調子に乗ってきたあいぼんは、土足で床の上を飛び跳ねました。

「世界中に出入口があってぇー、係の人にパスポート見せなアカンねん」
「へぇー」
「日本では、四大ドームのピッチャーマウンドが出入口なってんねんで! スゴイやろ!!」
「…すごいのかな。なんか、よくわかんないんだけど」
何故そのような目立つ場所に出入口を作ってしまったのだろうか、という疑問と同時に、
あいぼん話作ってない?という疑念が、よっすぃーの中に生まれました。

「スゴイやん! 四大ドームやで!
東京ドームに大阪ドームに名古屋ドームに広島市民球場やで!!」
「最後のは四大ドームじゃねーよ」
それどころかドーム球場ですらありませんが、そこまで指摘する余裕は、
よっすぃーにはありませんでした。
176 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時50分34秒
「だけど、あんなトコからどうやって出てくんのさ?」
「ここだけの話、マウンドの下にマンホールあんねん」
あいぼんは辺りを大げさにキョロキョロと見回した後、声を潜めて言いました。
「えーっ、ウソだぁ」
よっすぃーは口ではそう言ったものの同時に、もしかしたらマンホールあるかも、
言われてみればマンホール埋まってそう、と、あいぼんの話を信じる気持ちも芽生えていました。

「ひどーい! ウチいっつも、自分の家から東京ドームの真下まで電車で行くでしょー。
そんで地上に出て、また電車でよっすぃーの家まで通ってるんだよー?」
あいぼんはそう言うと、怒ったようにぷうっと頬を膨らませました。
「ホントにー?」
あいぼんがムキになる様子がおかしくて、よっすぃーはわざと信じない振りをするのでした。

「チェッ、なんだよ…いっつも泥だらけになってさ、掘り起こした後のマウンド元に戻してるのにさっ。
どうせなら、甲子園の土の方が青春っぽくて良いのにさっ…」
「ああもう、わかったよ。信じるってば」
あいぼんが床にしゃがみ込んで落ち込んでしまったので、よっすぃーはあわてて言いました。
177 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時54分45秒
「でもさぁ、そんなこと私に話しちゃっていいの? 誰かに喋っちゃうかもしれないよ?」
よっすぃーが言うと、膝を抱えて座っていたあいぼんは顔を上げました。
あいぼんが魔法使いであることは、決して他の人に知られてはならないのです。
もちろん、よっすぃーにはあいぼんとの約束を破るつもりなどありませんでしたが、
あいぼんが魔法のことを何もかも洗いざらい教えてくれるので、少し不思議に思ったのでした。
「…ああ、うん。それは、だいじょうぶ」
あいぼんはそれだけ言うと、また下を向いてしまいました。

「もしかして私、めちゃめちゃ信用されてる? やっばー。うれしーなぁ」
よっすぃーは本当にうれしそうに笑って、「絶対に言わないから安心して」と、続けました。
けれどもあいぼんは下を向いたままで、にこりともせず、どうも様子が変です。
「あいぼん、ねぇ、どうしたんだよ?」
不思議に思ったよっすぃーは、あいぼんの隣に座ると、その顔を覗き込みました。

「ウチ、ウチなぁ…この仕事が終わったら、よっすぃーの記憶、消さなアカンねん」
あいぼんの声は、かすかに震えていました。
178 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)00時57分29秒
「記憶…消すって、どういう、こと?」
あまりに突然のことで、よっすぃーにはあいぼんの言うことが理解できませんでした。
「魔法使いは、この世界の人間と会って話をしたら、その人の記憶消さなアカンの。
そして二度と、その人間に会って話をしてはならない。ってゆー、決まりなんや」
そう言うとあいぼんは、ぎゅうっと膝を抱きました。
「そう、なんだ。ああ、だから、何でも話してくれたんだ。そっか」
よっすぃーは急に落ち着きがなくなって、言いました。

「ちがうよ、よっすぃーのこと信じてるのは本当だよ!」
「あっ、うん、わかってる。わかってるよ、ゴメン」
よっすぃーがそう言ったきり、二人は何を言って良いのかわからずに、黙ってしまいました。
二人には、目覚し時計がカチカチと時を刻む音がいやに大きく感じられました。
ぴたりと並んで座る二人は、あいぼんが動くとよっすぃーがびくっと身を震わせ、
よっすぃーが動くとあいぼんがびくっと縮こまる、というようなことを繰り返し、
何も話さないまま、ただ時間だけが過ぎてゆきました。
179 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時01分30秒
あいぼんは、よっすぃーに記憶を消すことを言わなければ良かったと後悔していました。
そうすればよっすぃーが寂しい気持ちになることも無かったのに、と思った後で、
けれども記憶を消してしまえば、よっすぃーにとっては今日のこんな気持ちも、
すべて無かったことになるのだと思うと、あいぼんはなんだかわけがわからなくなるのでした。

よっすぃーは、一体どうすればあいぼんと離れずに済むだろうかと考えていました。
自分がわがままを言えばあいぼんはすごく困るだろうけれど、ずっと一緒に居てほしいと言えば、
きっとあいぼんはそうしてくれるに違いない。
けれどもそう思った後で、よっすぃーはすぐに、あいぼんがとても大変な思いをして、
やっと魔法使いになれたのだという話を思い出しました。
もしも『決まり』を破ったら、もうあいぼんは魔法使いではいられないのだろうと思うと、
自分のわがままな気持ちは決して口に出してはいけないのだという気がするのでした。

二人はそれぞれ、何をどうするのが最も良い方法なのかわからなくてただ黙っていましたが、
とうとう、よっすぃーが言いました。
180 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時05分16秒
「私は、あいぼんを忘れるの?」
あいぼんは、黙って頷きました。

「最後に、よっすぃーにもう一人の友達、会わせてあげるから。そしたら、」
「だったら、あいぼんにする」
あいぼんは「えっ?」と小さく言って、よっすぃーを見ました。
「最後の一人は、あいぼんにする。いいよね?」
あいぼんの目をまっすぐに見て、よっすぃーが言いました。

「でも、よっすぃーはウチのこと、ぜんぶ忘れちゃうんだよ?
最後の一人なのに、せっかくの友達が…ウチで、いいの?」
あいぼんには、どうしてよっすぃーがそんなことを言うのか、わかりませんでした。
よっすぃーは不安そうな顔をしているあいぼんに笑いかけると、うん、と言いました。

「だってさ、」
よっすぃーが言いました。

「あいぼんは、覚えていてくれるんでしょ?」
ああ、と、あいぼんは思いました。
181 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時08分18秒

――

あいぼんが帰る頃には、もうすっかり日が暮れていました。
家に帰ると平家さんが晩ごはんを作って待っていてくれたので、今度は残さずに食べました。
そしてお風呂に入ってすぐに自分の部屋へ入ったきり、そこから出ようとはしませんでした。
あいぼんがベッドに寝転んでしばらくすると、きっと平家さんが帰っていったのでしょう、
外で門の開く音がしました。

「あーあ…なに話そっかなぁ」
あいぼんはそう言うと、深いため息をつきました。
三人のともだちのうち、最後の一人はあいぼんが良いとよっすぃーが言うので、
あいぼんは明日もう一度来ることを約束して、よっすぃーの家を出たのです。

あいぼんがよっすぃーと一緒にいられる時間は、もうあと一日きり。
最後の日に、あいぼんはよっすぃーにどんな話をしようかと考えてみましたが、
それはとてもむなしいことのようにも思えて、すぐにやめてしまいました。
だって、よっすぃーに話したいことは本当にたくさんあったけれども、
それらはすべて、よっすぃーの記憶の中に留まってはくれないのですから。
182 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時11分47秒
「加護、起きてる?」
あいぼんがぼうっと天井を眺めていると、中澤さんがいきなり部屋の中へ入ってきました。
中澤さんがノックもせずに部屋へ入ってくるのはいつものことなので、
あいぼんはそのことについては気にしませんでしたが、今朝家を飛び出してから、
中澤さんとはまだ一言も言葉を交わしていなかったのです。
あいぼんはなんとなく気まずかったので返事はしませんでしたが、
そのかわりにベッドの上でむくっと起き上がりました。

「みっちゃんに預かった資料、ココ置いとくで」
中澤さんは特に怒っている風でもなく言うと、大きな封筒を学習机の上にぽんと置きました。
「…もういらへん」
小さな声でぼそりと、あいぼんが言いました。
「ん? なに?」
部屋を出て行こうとしていた中澤さんは、足を止めて振り返りました。

「よっすぃーが…最後の一人は、ウチが良い、って」
あいぼんが言うと中澤さんは、ふーん、と言いました。
「ほな、明日返しとこ」
中澤さんはそう言って、机に置いた封筒を再び手に取ると、部屋を出て行きました。
あいぼんは、灯かりを消してベッドに潜り込みました。
183 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時15分57秒
「う…がああー、アカン。寝られへん。どうしよ」
突然、あいぼんはふとんを剥いで起き上がりました。
ベッドに入ってどれくらいの時間が過ぎたでしょう、よっすぃーのことが気になって、
ちっとも寝付けないのです。

(中澤さん、もう寝ちゃったかなぁ…)
ナイター観ながら瓶ビールをごくごくとラッパ飲みしていたし、と、あいぼんは思いました。
あいぼんの記憶ではその後、熱燗に移行してさらに気分が良くなった中澤さんは、
平家さんに対してセクハラまがいの行為を繰り返してこっぴどく叱られていたはずです。
今宵の中澤さんの酒量から考えると、もう気持ちよく眠っていてもおかしくない時間帯でしたが、
こんなに寂しい気持ちのまま一人でいることは、あいぼんにはとても耐えられそうにありませんでした。
あいぼんは決心して枕を胸に抱くと、部屋を出ました。


「あのぉー、中澤さん」
あいぼんはふすまの前に立って呼びかけましたが、返事がありません。

「中澤さーん、寝てますか?」
「寝てますよ」
「ああそうですか失礼しましたあー、って、起きてるやん!」
あいぼんは思わず、ふすまを開け放ちました。
184 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時20分22秒
「寝られへんのか、ヒヨッコが」
あいぼんが中へ入るなり、中澤さんが言いました。
中澤さんはふとんに入っていましたが、まだ眠ってはいなかったようです。
「…一緒に寝ても、いいですか?」
おそるおそる、あいぼんが言うと、中澤さんは何も言わずに掛け布団をめくりました。
あいぼんは、へへ、と笑って、中澤さんの隣に潜り込みました。

「アンタ寝相悪いからなー。気ぃつけてや」
「はあーい…」
「おやすみ」
そう言うと中澤さんは、あいぼんに背中を向けて寝てしまいました。
「…おやすみなさい」
あいぼんは中澤さんによっすぃーのことを話そうと思っていたのに、言えませんでした。
口から出るのは言葉ではなく、大きなため息ばかりです。
あいぼんは目を閉じて無理に眠ろうとしましたが、やっぱり眠れそうにありません。


「アンタが泣こうが喚こうが、間違いなく明日、あの子の記憶消すからな」
あいぼんが何度目かのため息をついたとき、中澤さんが言いました。
185 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時25分02秒
「よっすぃーはウチのこと、もう二度と思い出してくれへん。
ウチはよっすぃーのこと、ぜったい一生忘れへんのに、よっすぃーにとってウチは、
最初からおらへん人になるんや」
中澤さんはあいぼんに背を向けたまま、何も言ってはくれません。

「忘れてしまう人と、忘れられてしまう人と、どっちが可哀想?」
あいぼんは、中澤さんの背中に、言いました。

「さあ、どっちやろな」
中澤さんはあいぼんの問いには答えず、「子守唄がわりに昔話したげるわ」と言って、
いろんな話を聞かせてくれました。
中澤さんの知っている、ある魔法使いたちの話です。

地上の世界で初めてできた友達の記憶を消そうとして何時間も思い切ることができずに、
それでも最後はその子の記憶を消してしまった魔法使いの話や、
地上の人間と恋をして、恋人の記憶を消さなくてはならなかった魔法使いの話。

あいぼんは、どうして中澤さんは自分にそんな話をするのだろうかと思いました。
他の魔法使いだってみんな同じように辛い思いをしているということはわかったけれど、
そのことはあいぼんにとって、慰めにはなりませんでした。
186 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時30分26秒
「さっき言うてたことやけど。アタシは、覚えてる人の方が、幸せやと思う」
一通り話し終えた後、中澤さんが言いました。
「どうして?」とあいぼんがたずねると、中澤さんはあいぼんの方へ向き直り、
にっこり微笑んで、こう言いました。

「だって覚えてたら、こうやって、アンタにお話してあげられるやろ?」
「……そっか」
あいぼんが頷くと、中澤さんは「おやすみ」と言って、また背を向けてしまいました。
あいぼんは、中澤さんがしてくれた『ある魔法使いたちの話』は、
本当はぜんぶ中澤さんの話だったのかもしれない、と思いました。

(ウチも、いつか誰かによっすぃーのこと、お話してあげられるのかな)

目を閉じるとよっすぃーの顔が浮かんで、まるであいぼんが眠るのを邪魔しているようです。
あいぼんはふとんの中に潜って、中澤さんの背中に額をこつんと当てて、目を閉じました。
不思議なことにあいぼんは、小さい頃から、こうすると良く眠れるのです。

結局、あいぼんが自分の部屋から持ってきた枕は使われることなく、ぽつんとそこにありました。
187 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時34分44秒

――

「おやすみ、真里ちゃん。おやすみ、なつみ。おやすみ、後藤さん。おやすみ…あいぼん」
大好きな人におやすみを言って眠るのは、よっすぃーのいつもの習慣です。
けれども、明日の夜おやすみを言うときは、もうあいぼんの名前を呼ぶことはないのだと思うと、
なんだか不思議です。

「加護亜依、14歳、中2。加護亜依、加護亜依、あいぼん、あいぼん、あい」
よっすぃーは急に恐くなって、呪文のようにあいぼんの名前を繰り返し唱えました。
(だけどこんなことしたって、魔法にかかればぜんぶ吹っ飛んじゃうんだよなぁ…)

「そうだ」
よっすぃーはベッドから抜け出すと、部屋の電気を点けました。
そして、部屋の隅に置いてあったカバンから一冊のノートを取り出すと、
あわただしくそれをめくり、白紙のページを開きました。
(忘れないようにあいぼんのこと、書いとけば良いんじゃん!)

よっすぃーはペンを持って机に向かいましたが、ノートに文字を書こうとしてすぐにやめてしまいました。
(こんなことがもしバレたら、あいぼんは…)
188 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時40分45秒
忘れる、ってどういうことだろう。
明日が終わったら、次にもしあいぼんの姿をどこかで見かけたとしても、
自分はその子があいぼんだと気づかないまま通りすぎてしまうのだろうか。
忘れる、っていうのはきっと、そういうことだ。
今こんな風に思っていることだって、明日が終わったらぜんぶ消えちゃうんだ。
あいぼんの顔も、声も、関西弁も、それからぜんぜん似ていないあややのモノマネだって。

「会いたい、会いたくない」
考えれば考えるほど恐くて、こんなに恐いと思っている今のこの気持ちすらも、
明日になれば全て消えてしまうのだと思うと、よっすぃーはわけがわからなくなって、
いらいらして頭をかきむしりました。

『あいぼんは、覚えていてくれるんでしょ?』
(どうしてあんなこと、言ったんだろう)
ちょっとカッコつけすぎたかな、と、よっすぃーは思いました。
ふいに体の力が抜けて、広げたノートの上に、ぽたりと涙の雫が落ちました。

きっと自分のことをずっと忘れないでいてくれるあいぼんのために、
明日は絶対に泣かないでいよう、と、よっすぃーは思いました。
 
189 名前:すてっぷ 投稿日:2002年05月27日(月)01時43分41秒

次で完結すると思います。よろしければ、最後まで読んでやってください…。
190 名前:名無し娘。 投稿日:2002年05月27日(月)01時51分04秒
楽しいけど悲しい。こういう時何て言って良いかわからないです。
191 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月27日(月)02時54分13秒
わらた>地底人
あとで実体を知って、泣きながら否定しにきそう。(でも吉澤は覚えてないから…)
@ノハ@
( TдT)<あんなんちゃうわ〜

でも、もう終わっちゃうのか。さびしいね。
192 名前:おさる 投稿日:2002年05月27日(月)15時53分37秒
 エグッエグッ…(泣。あいぼん…よっすぃー…悲しいね…。
会うは別れの始めって言うケド。どんな結末になるんだろう。
ハッピーエンドには、ならないよネ…。
193 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月28日(火)23時27分50秒
次回で終わりとの事で残念です。
真里ちゃんとやっと心が通い合ったと思ったら、次は加護との別れ。。。

>きっと自分のことをずっと忘れないでいてくれるあいぼんのために、
明日は絶対に泣かないでいよう、と、よっすぃーは思いました。

ヨシコの健気さにほろっときました。
194 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月29日(水)01時28分28秒
幼馴染みでも初めて分かりあえたり、遠くにいても思いは変わらなかったり、
短い間でも親友になれたり。
出会いと別れはくり返してつながっていくんだよなぁ。
いい話だ…
195 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月02日(日)18時38分40秒
感想、ありがとうございます!

>190 名無し娘。さん
いつも、所々笑ってもらえるように心がけていますので、そう言って頂けるのは嬉しい限りです…。

>191 名無し読者さん
地底人、見てきました(笑)。実は不気味な半魚人みたいのを想像してたんですが、
この地底人はマヌケでカワイイ…。
最終話は、書いていてもやはり寂しかったですね。お付き合い、どうもでした。

>192 おさるさん
ハッピーエンドと呼べるかは分かりませんが、前向きな結末にはしたつもりです(ちょっと弱気)。
最終話、例によって詰め込みすぎで少し長くなりましたが、見届けてやってくださいませ…。

>193 ごまべーぐるさん
予定外に長い話になり、書く側も寂しいですが、読者の方にそう感じてもらえるのは本当に嬉しい事です。
最終話の二人はさらに健気かも。あまり重い感じにはしたくなかったんですが…。

>194 名無し読者さん
そういう言葉を頂けると、こちらの方が感動してしまいます…。
最後までお付き合い頂けると、嬉しいです。
196 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時41分29秒

<最終話>


「ん…」
窓から差し込むやわらかな朝の日差しを浴び、鳥たちのさえずりを聞きながら、
よっすぃーは目覚めました。
こんなにもさわやかな朝なのに、なぜか気分は最悪です。

「…う、あっ…首が痛い…」
よっすぃーは、起きたばかりだというのに、また机の上に突っ伏してしまいました。
昨夜、机の前に座って考え事をしたりしているうちにいつの間にか眠ってしまっていたのです。
「…あー、こんなことしてる場合じゃないや」
よっすぃーは、またすぐに顔を上げて椅子から立ち上がると、
ふらふらとした足取りで部屋を出て行きました。

机の上には表紙に『数学』と書かれたノートが置かれていて、
傍らには一本のペンが転がっています。
197 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時43分41秒
顔を洗って部屋に戻ってきたよっすぃーは、窓を開け外を見ながら、
あいぼんがやってくるのを待ちました。
時間を決めていたわけではありませんでしたが、よっすぃーは、
あいぼんはきっと早い時間に自分に会いにきてくれるはずだと思っていました。

「ももいーろぉの、かたおもーい♪」
よっすぃーは大好きな『あやや』の歌を口ずさみながら、あいぼんを待ちました。
そういえばあのときもこうしていたんだっけ、と、よっすぃーは、
あいぼんと初めて会った夜のことを思い出していました。
それほど昔のことではないはずなのに、なんだかとても懐かしく感じるから不思議です。
きっといろんなことがありすぎたせいだろうと、よっすぃーは思いました。

(あいぼんに会ってから、毎日がたいくつだなんて感じていたことも、忘れていた。
あいぼんは私をたいくつな毎日から助け出してくれたけど、
だったら私はあいぼんに何をしてあげられたんだろう?)

弱気なことを言ってあいぼんを困らせてしまった自分。
酷いことを言ってあいぼんを傷つけてしまった自分。
思い出すのはあいぼんに悪いことをしてしまった自分の姿ばかりです。
198 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時45分39秒
「あっ!」
よっすぃーが、角を曲がって現れたあいぼんを見つけて声を上げました。
よっすぃーは、窓からあいぼんの様子をこっそり窺うことにしました。
あいぼんはいつもいきなり部屋に現れてはよっすぃーを驚かしていましたから、
よっすぃーが先回りしてそれを見つけたのは今日が初めてだったのです。
重い足取りでこちらへ歩いてくるあいぼんは突然立ち止まると、ランドセルから何かを取り出しました。

「もう…なにやってんだよ、アイツ」
あいぼんは立ち止まって、取り出したコンパクトで前髪をチェックしていました。
コンパクトを近づけたり離したり、顔の角度を様々に変えたりして、なにやら入念です。

あいぼんの持っているコンパクトは魔法使いの持つコンパクトにありがちな、
呪文を唱えると変身できるといった類の特殊な機能は一切備わっていない、
どこにでもあるごく普通のコンパクトです。

あいぼんはしばらく自分の姿を眺めた後、だいじょうぶ今日の私も可愛い、とでも言いたげに
満足そうな笑みを浮かべると、コンパクトをぱたんと閉じてランドセルの中に仕舞いました。
199 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時47分20秒
前髪を整え終えたあいぼんは再びゆっくりと歩き出し、よっすぃーの家の前で立ち止まりました。
あいぼんが二階を見上げたので、よっすぃーはあわててカーテンの陰に隠れました。
するとドサッという音がして、いつものようにあいぼんが土足でベッドの上に立っていました。

「ちょっとー、もし寝てたらどうすんだよ。危ないなぁ」
何の躊躇も無く直接ベッドの上に降り立ったあいぼんを見て、よっすぃーが言いました。
あいぼんは「ゴメンゴメン」と笑いましたが、そんなことないくせに、と思っていました。
だってあいぼんには、よっすぃーが今日は早起きして自分を待っていてくれるだろうことが、
ちゃんとわかっていたのですから。

「なにしよっか? 最後だし、なんか最後っぽいコトやんなきゃだよね」
よっすぃーが言いました。
気持ちとはまったく反対の明るい声は、なんだか自分の声ではないような気がして、
よっすぃーは少しだけ落ち込みました。
「へへ、いいモノ持ってきたんだー」
そう言って、あいぼんはランドセルの中を手探りしました。
「ジャーン!」
中から出てきたものは、一個の使い捨てカメラでした。
200 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時48分52秒
「そっか、一緒に写真撮ったことなかったもんね」
「ウチ、どうしてもよっすぃーと一緒の写真が欲しいねん」
よっすぃーのことを思い出す手がかりは、ひとつでも多い方が良い。
出来あがった写真をよっすぃーに見せてあげることは出来ないけれど、
せめて全てを忘れないでいられる自分はいつでもよっすぃーのことを思い出せるように、
あいぼんはどうしても二人の写真を残しておきたかったのです。

「ちょっと貸して」
よっすぃーはあいぼんの手からカメラを受け取ると、「ふたりで撮りっこしよう」と言いました。
「いいねぇー、やろやろ!」
あいぼんはぴょんぴょんと飛び跳ねると、早速ベッドの上でポーズをとり始めました。
「なんか、カメラマンになった気分。楽しい!」
よっすぃーははしゃいだ声でそう言うと、床に寝そべってカメラを構えました。
201 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時50分53秒
「ちょっと犯罪チックなアングルやなぁー。パンツ見えてないよね?」
ベッドの上に立ってよっすぃーを見下ろしながら、あいぼんが言いました。
今日のあいぼんは、テレビアニメで大活躍中のワカメさんもびっくりの超ミニスカート姿です。
「うん。びみょーだね」
何が『微妙』なのかあいぼんにはよくわかりませんでしたが、
よっすぃーが一体どんな分野の写真を撮影するカメラマンになった気分に浸っているのかは、
あいぼんにもなんとなくわかったような気がしました。

「あーっ、ホンマに撮りやがった! なにすんねん、人のパンチラ勝手に撮りやがって!!」
いきなりシャッターを切る音がしたので、てっきり冗談だと思っていたあいぼんは怒りました。
「だいじょうぶ。見えてそうで見えてなかったから」
事も無げにそう言うと、よっすぃーはけらけらと笑いました。
「もう、次はよっすぃーの番!!」
あいぼんは楽しそうに笑っているよっすぃーの手から、カメラを奪い取りました。
202 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時53分10秒
「かわいく撮ってね?」
「おっけー。カメラマンあいぼんにまかせとけ!」
あいぼんはベッドから飛び降りると、カメラを構えました。

「おっ、いいねいいね、ひとみちゃん。かわいいよぉー。もうちょっと、誘ってるカンジで」
「こう?」
「いいねいいね、せくしーだねぇ」
つい調子に乗ってしまった自分の口調が、酔っ払って平家さんに絡むときの
中澤さんのそれに酷似していたことが、あいぼんに少しばかりの衝撃を与えました。

「いいよぉ、ひとみちゃん。もっと、お花畑にいるカンジで」
「こう?」
「いいねいいね」
カシャ。カシャ。カシャ。
あいぼんは、よっすぃーを激写しました。

「いいよぉ、ひとみちゃん。もっと、サウナにいるカンジで」
「こう?」
「いいねいいね」
カシャ。カシャ。カシャ。カシャ。
あいぼんは、よっすぃーをさらに激写しました。

「あいぼん、だいじょうぶ? フィルムなくなっちゃうよ?」
よっすぃーに言われたすぐ後も、あいぼんはつい弾みでシャッターを切ってしまいました。
「あーっ! あと一枚しかない!」
残り枚数の表示を見て、あいぼんが叫びました。
203 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時56分18秒
「一人ずつの写真ばっかになっちゃったね…」
「アホや…。ウチら、ほんまもんのアホや…」
あいぼんは、がっくりと肩を落としました。

「そんなに落ち込まなくても…あと一枚残ってるんだからいいじゃん。ふたりで撮ろ?」
よっすぃーに励まされると、あいぼんは小さな声で「うん」と言いました。
よっすぃーはカメラを受け取ると、あいぼんの肩を抱き寄せました。

「撮るよー?」
よっすぃーは腕を精一杯伸ばして、カメラを自分たちの方へ向けました。
「いいよぉー」
あいぼんの答えを待って、よっすぃーがシャッターを切りました。
それからしばらくの間、よっすぃーはカメラをこちらへ向けたまま、
二人はそのままの格好でいましたが、そのうち、どちらからともなく離れました。
204 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)18時58分13秒
それから二人は、いろんな話をしました。

よっすぃーは、あいぼんの家族のことや学校のことをもっと知りたいと言いました。
あいぼんは、遠く離れた故郷の家族のことや、中澤さんのこと、平家さんのこと、
ケイさんのこと、それから牧場のりんねさんやチャーミー、伝書鳩のお豆ちゃんのこと、
小学校でお世話になった飯田先生や稲葉先生のことなどを、よっすぃーに話してあげました。

あいぼんは、よっすぃーのともだちのことをもっと知りたいと言いました。
よっすぃーは、真里ちゃんのことや、シベリアンハスキーのこんこんのこと、
後藤さんのこと、それから今までずっと言えなかった、なつみのことを話しました。

あの日、なつみにちゃんとさよならを言えなかったこと。
なつみが、あの場所へはもう来ないかもしれないと言ったこと。
来ないかもしれない人を待ち続けることが恐くて、あの場所へはもう行くまいと思っていたこと。
けれども後藤さんと話をして、自分ももう一度なつみに会いにあの場所へ行こうと思えたこと。

「あいぼんに会わなければ、ぜんぶ、無かったことだね」
よっすぃーが言って、二人は少ししんみりしました。
205 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時00分29秒
太陽が高く昇り、二人はあいぼんの作ってきたお弁当を食べました。
中澤家の家事の一切を任されているあいぼんにとってお弁当作りなど訳も無いことでしたが、
よっすぃーは「おいしい!」と言って、とても感激している様子でした。

「ってゆーかさぁ、あややってホントかわいいよねー」
お弁当を食べ終えてのんびりしていると、ふいによっすぃーが言いました。
またあややかよ、と少しムッとしたあいぼんがつい口走った、
「あややのどこがイイの?」という発言が、よっすぃーに火をつけてしまいました。

「どこって、そんなのいっぱいあるさぁ」
それからおよそ一時間、よっすぃーは『あやや』の魅力について余すことなく語り尽くし、
「人類の歴史上、一番かわいい」の一言で締め括られる頃には、いつしかあいぼんも、
あややってちょっとイイかもしれない、と思い始めていました。

「じゃあ、もしウチが、あややだったらどうする?」
「んー? ぜったい逃がさない」
「…あっそう」
あいぼんは怒りに震えるこぶしを抑えながら、ふいに、机の上に置いてある時計を見て、
小さく、あっ、と言いました。
206 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時03分33秒
『三時に、表で待ってる』
今朝あいぼんが家を出るとき、中澤さんはそう言っていました。
時計の針は、約束の午後三時を三十分も過ぎたところを指しています。
(中澤さん、待っててくれてるんや…)

もうすぐ、あいぼんは魔法でよっすぃーの記憶から自分の存在を消さなくてはなりません。
けれども、魔法使いとして未熟なあいぼんにはまだその魔法を使うことができないので、
代わりに中澤さんがその役目を果たすことになっていたのです。

「あいぼん? どうしたの?」
突然深刻な顔になったあいぼんを見て不思議そうに、よっすぃーが言いました。
「んっ? あ、うん、なんでも…ない」
あいぼんはとっさにそう答えました。
よっすぃーは、「ふーん」と言って気にも留めない振りをしていましたが、
あいぼんの様子から、そのときがすぐそこまで近付いていることを感じていました。

「そうだ、あいぼん」
よっすぃーは立ち上がると、机の上に置いてあった数学のノートを持ち出し、
「これ、あいぼんにあげる」と言って、あいぼんにそれを手渡しました。
207 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時06分25秒
「なに、コレ…?」
「ダメ! 後で読んで」
あいぼんがノートを開こうとすると、よっすぃーがあわてて言いました。
きょとんとしているあいぼんに、よっすぃーは肩を竦めて苦笑いすると、言いました。

「実はさぁ…昨夜ちょっとズルしようと思って、後で思い出せるようにあいぼんのこと、
いろいろノートに書いとこうって思って」
そう言った後でよっすぃーはあわてて、「でもすぐに止めたよ?」と付け加えました。
受け取ったノートの表紙に『数学』と書いてあるのを見て、あいぼんは、
そんなことを数学のノートに書いちゃうなんてよっぽどあわてていたんだな、と思いました。

「でも後になって、ズルとかそういうんじゃなくて、あいぼんのこと思いつくだけ書いてったんだ。
あいぼんがはじめてうちに来た日から昨日までのこと思い出して、1コずつ書いてたらさ、
なんかすごく楽しかったよ。本当に、楽しかった、今日まで」
よっすぃーは自分にお別れを言おうとしているのだと、あいぼんは思いました。

「ありがとう、あいぼん」
あいぼんは、泣き出すのを無理にこらえたせいで、喉の奥でひゅうっと変な音がしました。
208 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時09分47秒
「ウチぜったいよっすぃーのこと忘れへん。ぜったいや」
あいぼんはノートをぎゅうっと胸に抱いて、もうよっすぃーの顔を見ることができませんでした。

「ねぇ、あいぼん」
あいぼんはやはり下を向いたまま、

「忘れることは、消えることじゃないよね?」
よっすぃーの言葉に頷くことしかできませんでした。


「もう行かな。中澤さんが、待ってんねん」
あいぼんは何か言うと泣き出してしまいそうでしばらく黙っていましたが、とうとう言いました。
すると、よっすぃーは短く、そっか、と言いました。

「だいじょうぶだって!
私には真里ちゃんだって後藤さんだってなつみだって、あと、これからもたくさん、
だから、あいぼんの一人や二人いなくなったって、ぜんぜん」
よっすぃーは無理に明るい声を作って、無理に笑いました。
だって、今日は絶対に泣かないと決めたのですから。
あいぼんのことをたくさん困らせたし、せめて最後ぐらいは泣かないでいようと、決めたのですから。
209 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時15分01秒
「…さよなら、あいぼん」
よっすぃーが言いました。
「…さよなら、よっすぃー」
あいぼんは顔を上げると、涙声になって言いました。
そして後ろへ一歩下がると、大きく息を吸い込んで、目を閉じました。


「あいぼん!」
「…っ!」
あいぼんの短い呪文は、よっすぃーの声に遮られて途切れました。
あいぼんは、よっすぃーに抱きすくめられていました。
「よっ、すぃー?」
「…や、だ、嫌だ、嫌だよ私、あいぼんのこと、忘れたくない!」
よっすぃーは、泣いていました。

「ゴメン、ゴメン、泣いちゃってゴメンね。だけど、」
泣かないって決めてたけど、これが本当の気持ちなんだ。
あいぼんと離れることも、あいぼんを忘れることも、本当は嫌で嫌でたまらないんだもの。
よっすぃーは、何度も何度も「ゴメン」と繰り返しました。

「ううん。ありがとう、よっすぃー」
心からそう言うと、あいぼんは、再び目を閉じました。

よっすぃーは、いつまでもいつまでも泣いていました。
あいぼんは、この世に『よっすぃーの涙を止める魔法』があったらどんなにいいだろう、と思いました。
210 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時17分12秒
「こんな日に限って、なんでこんなに遠くまで飛べちゃうんだよ」
あいぼんは、よっすぃーの家から少し離れた場所に着地しました。
よっすぃーの部屋の窓が、いつもより小さく見えます。
これまでで最も長い距離の瞬間移動に成功したのに、今日に限ってはちっともうれしくありません。

「遅いで」
いきなり聞こえてきた声に振りかえると、あいぼんの後ろには、
不機嫌そうな顔をした中澤さんが立っていました。
「ええな」
中澤さんの言葉にあいぼんは少し躊躇して、そして、頷きました。

中澤さんが長い呪文を唱えている間、あいぼんはよっすぃーにもらったノートを読んでいました。
そこには紫色のインクで、あいぼんに関するいろいろなことが、びっしりと書きこんであります。
あいぼんの本当の名前、学年、好きな歌、モノマネのレパートリー、などなど、本当にたくさん。
『あやや』の後に括弧付きで『(似てない)』と書かれているのを見て、あいぼんは、くすっと笑いました。
211 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時20分55秒
そうして何枚かをめくると、最後の数行が空白になっているページが現れました。
これで最後かな、と、読み終えてページをめくると、
そこには真ん中に一行だけぽつんと、文字が書いてありました。


―― あいぼん。 ずっと、ともだちでいよう。 ひとみ


「よっす…よっすぃー!!」
「加護!」
中澤さんが止めるのも聞かずに、あいぼんは走り出していました。

こんな日に限って遠くまで飛べてしまったことをうらめしく思いながら、
あいぼんは、よっすぃーの家を目指して全力で走りました。

そしてあいぼんが家の前に立つと、二階の窓が開いて、よっすぃーが顔を出しました。
よっすぃーはしばらくきょとんとしていましたが、やがて、あいぼんを見てにっこりと微笑みました。

「あ…」
(もう、忘れてしまったんだ)
あいぼんは口をつぐみ、かわりに、笑顔で手を振りました。
知らない女の子が自分に向かっていきなり手を振るので、よっすぃーは驚きましたが、
けれどもすぐに笑顔になって、手を振り返しました。
あいぼんは思いを断ち切るように、よっすぃーに向かって大きく手を振り続けました。
212 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時23分19秒
「オマエなぁ、反則やで」
息を切らして走ってきたあいぼんに向かって、中澤さんが言いました。
「…ゴメンなさい」
「まあ、話してへんのやったら、ええか」
そう言うと、中澤さんはあいぼんを置いて歩き出しました。
中澤さんは、よっすぃーが最後にあいぼんの姿を見た記憶を消さずにおいてくれるようです。
あいぼんは、あわてて中澤さんの後を追いかけました。

「ねぇ」
中澤さんの手を握って、あいぼんが言いました。

「よっすぃー、笑ってたよ」
「そうか」
あいぼんは家に着くまでずっと、中澤さんの手を離しませんでした。
213 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時25分04秒

――

「一日中、写真眺めて…ほとんどストーカーやな」
平家さんの言葉に、あいぼんは頬をぷうっと膨らませて怒りました。
あいぼんがよっすぃーとお別れをしてから数日後、中澤さんのオフィスには、
中澤さんとあいぼん、そして経理部の平家さんが仕事をサボって遊びに来ていました。

「アンタな、あの子にはもう会われへんて言うてるやろ」
「それはわかってますけどぉー…」
写真眺めるぐらい良いじゃんか、とぶつぶつ言いながら、
あいぼんはランドセルに小さなアルバムを仕舞いました。

「せや。今晩、裕ちゃんち行ってもええ?」
何かを思い出したように、平家さんが言いました。
「なんで? またタダ飯食べに来んの?」
中澤さんは、平家さんにとても酷いことを平然と言い放ちました。

「ちゃうわ。あいぼんのお祝いせなアカンでしょー」
「やったー! あんな、ウチな、手巻寿司がいい! あとはステーキでしょー、メロンでしょー」
ごちそうを指折り数えながら、あいぼんの夢は膨らむばかりです。
214 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時27分08秒
「加護。そんな庶民的なごちそうやなくて、もっとスゴイモン言いなさい。みっちゃんのオゴリなんやから」
「ちょっと! 誰もオゴるて言ってないでしょー!」
「ほらなー、やっぱタダ飯のつもりやったんやないかい!」
「極端やボケ! ワリカンのつもりや!」
中澤さんと平家さんの小競り合いは、それからしばらく続きました。


「さてと、ちょっと外回り行ってくるわ」
お祝いパーティーの食事代が割り勘で落ち着いたところで、中澤さんが席を立ちました。
「あっ、加護も行きまーす」
あいぼんはランドセルを背負うと、あわてて中澤さんの後を追います。

「アンタは一人で行き。今日からは、一人で仕事探してくるんや」
「……はいっ!」
あいぼんは、ぱあっと明るい顔になって言いました。

「良かったなぁ、あいぼん。もう一人前やて」
「アホ、まだまだ一人前のワケないやろ。五万分の一人前ぐらいや」
「小っちゃ」
平家さんが言うと、中澤さんはけらけらと楽しそうに笑いながら出て行きました。
215 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時28分54秒
「ウチも行ってこよ」
「待って、あいぼん」
出て行こうとしたあいぼんを、平家さんが呼び止めます。

「なにー?」
「コレ、裕ちゃんから預かったんやけどな」
平家さんは中澤さんのデスクの上に置いてあった小さな紙袋を、あいぼんに手渡しました。
「仕事が成功したお祝いやて。ったく、自分で渡したらええのになぁー」
平家さんは、そう言って肩を竦めました。

「あっ! ケイタイやあ」
中澤さんがくれたプレゼントの中身は、最新型の携帯電話でした。
今まで中澤さんが五年間使用していたお古の携帯電話を使っていたあいぼんにとって、
うれしいことこの上ない、素敵なプレゼントです。
「また、お古か?」
「ううん、新しいやつ! やったー!!」
これで今日からは着メロもメールも、思いのままです。その気になれば出会い系だって。
あいぼんは、うれしくなってぴょんぴょんと飛び跳ねました。

「うんうん、良かった良かった。ホンマによぉ頑張ったなぁー、あいぼん…ぐすっ」
まるで我が子の成長ぶりを見ているような気になって、平家さんは涙しました。
216 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時30分35秒
「それでは加護亜依、行ってまいりまっす!」
あいぼんは平家さんに向かって敬礼すると、大げさに言いました。
「忘れモンないか?」
平家さんは、あいぼんが仕事に出かけようとすると決まってこれを言うのでした。

「だいじょーぶやって。もー、みっちゃんは貧乏性やなぁ」
「こらこら、それを言うなら心配性やろ」
「おー、ナイスつっこみだぁ、みちよくん。おーっす、加護亜依、行ってまいります!」
あいぼんは気を取り直してもう一度言うと、ドアを開け元気良く出発しました。


「でもちょっと心配」
外に出るとすぐ、あいぼんはその場にしゃがみこんでランドセルの中身をチェックし始めました。
217 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時33分26秒
「ケイタイでしょー、タテ笛でしょー」
あいぼんの赤いランドセルの中には、
中澤さんにもらった携帯電話と、平家さんにもらったタテ笛と、
よっすぃーにもらったノートと、よっすぃーとふたりで撮った写真。

  ねぇ、あいぼん。
  忘れることは、消えることじゃないよね?

それは消えたのではなくて、ただ忘れてしまっただけ。
そう思えるようになるのにはまだ、あいぼんにはもう少し時間が必要でした。

「ずっと、友達や」
けれども、写真の中のよっすぃーに笑いかけられる今の自分は、
これからもきっとだいじょうぶだと、あいぼんは思うのでした。

「よっしゃー、カンペキ! 加護ちゃん天才! 加護ちゃん最高!!」
あいぼんは立ち上がって、ランドセルを背負いました。
「こらっ、廊下でさわぐなー!」
「やばっ、みちよや!」
あいぼんは走り出しました。
すぐさま後ろから、廊下を走るなー、という平家さんの大声が聞こえてきました。


(ウチ、めちゃめちゃ頑張るからな、よっすぃー)
あいぼんは背中のランドセルを揺らしながら大きく腕を振って、廊下を駆け抜けました。
 
218 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時36分47秒

――

「もう、桜も終わりだねぇー」
「桜もいいけどさ、新緑の季節ってやつ? ヤグチはそっちのが好きだなぁ」
「まだだよ! まだちょっとは残ってんじゃん!」
むきになるよっすぃーを見て、真里ちゃんも後藤さんもくすくすと笑っています。

三人は、よっすぃーの家から電車で一時間ほどの所にある、大きな公園の近くに来ていました。
なつみと会った、あの場所です。
よっすぃーは真里ちゃんと後藤さんを誘って、なつみに会うために再びここを訪れていたのでした。

「あのさぁ、よっすぃー」
「どしたの? ごっちん」
よっすぃーと後藤さんは、もうお互いを気安い呼び方で呼んでいました。
堅苦しく名字で呼び合っていた二人に、真里ちゃんが提案したのです。
後藤さんと真里ちゃんはとても気が合うらしく、よっすぃーが二人を会わせると、
二人はすぐに仲良くなったのでした。

「もっかい、花咲かせるとかできないの? ほら、お得意の忍法でさ」
もうほとんど花が散ってしまっている桜の木を見上げて、後藤さんが言いました。
後藤さんは、相変わらずよっすぃーが忍者の末裔だと信じて疑わないのでした。
219 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時39分20秒
「いや、それは無理。たぶん歴史とか、変わっちゃうから」
よっすぃーは、口からでまかせを言いました。
よっすぃーは、なぜあの夜、自分が後藤さんの家に居たのかどうしても思い出せずにいるのですが、
侵入の手口について聞かれ、自分は忍者であると言ってしまったことだけは、はっきりと記憶していたのです。
同じく真里ちゃんも、あいぼんに会ったことはすっかり忘れてしまっているようでした。

「ほぉー、歴史かぁー。なるほどねぇ」
後藤さんは、頷きながらしきりに感心しています。


「やぐっつぁーん、さすがに歩きながらは危ないよぉ?」
後藤さんが、自分の少し後ろを歩いている真里ちゃんに向かって言いました。
「だいじょーぶだよ。道まっすぐじゃん、ココ」
真里ちゃんは自分の手元を見たまま言って、顔を上げようとはしません。
真里ちゃんは電車の中でも、こうして三人で並木道を歩いている間も、
決して参考書を手放そうとはしないのでした。
220 名前:とっかえひっかえっ娘。 投稿日:2002年06月02日(日)19時45分28秒
「真里ちゃん、勉強ばっかしてるとロクなオトナになんないよ?」
「よっすぃー、勉強しなさすぎるとロクなオトナになんないよ」
「いいのいいの、勉強なんか。うちらは大リーグ行くんだから。ねっ、よっすぃー?」
後藤さんの言葉は意味不明でしたが、よっすぃーは、今年はもう少し勉強を頑張ろうと思いました。

「見て見て、よっすぃー。キレイでしょー?」
「あーっ、ごっちん! 勝手に枝折っちゃって知らないよー!?」
「ねぇ、二人とももう少し静かにしてくれる?」
花びらを踏みながら、三人はずんずんと、並木道を進んでいきます。

「あっ!」
突然、よっすぃーが立ち止まりました。

「どしたの? よっすぃー」
「もう、静かにしてってば」

「あ、あ、あ、」
遠くの方になにかを見つけて、よっすぃーは駆け出しました。
よっすぃーが地面を蹴り上げるたびに、蹴散らされた花びらが低く舞います。
よっすぃーは、そこへたどり着くまで待ちきれずに、大声で叫びました。


「なつみーっ!!」





<おわり>
 
 
221 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月02日(日)19時48分14秒

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
よろしければ感想など聞かせていただけると、うれしいです。
222 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月02日(日)20時05分15秒
「I Wish」なんか聴きながら読んでしまいました。
とっかえひっかえじゃなくて、皆と友達になれたよっすぃー
いつか、あいぼんともう一度出会えるといいですね。

笑ったり泣いたりできる良い話でした。
次の「Dear Friends」にも出会えますように・・・おつかれさまでした。
223 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月02日(日)20時09分00秒
偶然にもリアルタイムでした。
心地よい余韻の残る終わり方でとてもよかったです。
みっちゃんがめちゃオカンで笑ってしまいました。

>「人類の歴史上、一番かわいい」
激しいファンっぷりだ〜。自分も小一時間ほど余す事無く語られたいっす。

>そんな庶民的なごちそうやなくて
姐さん、どんなごちそうなんだ(w 

>「一日中、写真眺めて…ほとんどストーカーやな」
写真も写真だし(お花畑はともかくサウナにいる感じって(^^;;

最後なので小ネタに触れてみました。スマソ(^^;;


それでは、お疲れ様でした!
素敵な作品をありがとうございました!




224 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年06月02日(日)20時20分57秒
お疲れ様です。
最始のうちはヨシコがいろいろ大暴れするものだと思っていましたが、
終わってみればとても感動的で温かいお話だったんですね。
加護にはこれからもっとお気に入りのアイテムを増やしていって
立派な魔法使いになってほしいと思います。
225 名前:おさる 投稿日:2002年06月03日(月)01時32分50秒
>ねぇ、あいぼん。
>忘れることは、消えることじゃないよね?

このセリフを読んで不覚にも涙してしまいました。忘れてしまう魔法を越えて、
それでもかけがえのない友達としてあいぼんを覚えていたいというよっすぃーの
あまりにもピュアで、あまりにも健気な思いが伝わってきます。今回のお話しは
この短いセリフに全てが凝縮されていると言えましょう。よっすぃーには
あいぼんの導きで友達ができ、あいぼんも姐さんのようにいつか後輩に
よっすぃーとの日々を懐かしく語れる時が来るのでしょう。
 心洗われる話をありがとうございます。お疲れさまでした! 
226 名前:最高です 投稿日:2002年06月03日(月)22時56分15秒
最高です
227 名前:もんじゃ 投稿日:2002年06月04日(火)10時04分39秒
とうとう終ってしまいましたね。お疲れさまでした。
あったかくて笑える、サイコーのお話でした。
もう少しあいぼんのちょっぴり哀すぃーお話も聞きたいところでしたが(笑)
とりあえず出会い系には気をつけて欲しいなと。
228 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月04日(火)23時14分44秒
感想、ありがとうございます!

>222 名無し娘。さん
「I Wish」を聴きながら書けば良かったなぁと、思いました(笑)。ありがとうございます。
友達を得て成長したよっすぃーとあいぼんの再会、どんなカンジでしょうね…。
次はまだ考えていませんが、またお付き合い頂けると嬉しいです!

>223 ごまべーぐるさん
別れは避けられないけど寂しい終わりにはしたくなかったので。気に入ってもらえて良かったです。
しかも小ネタまで拾っていただいて…これ以上の幸せはありません(笑)
手巻き寿司にステーキ。庶民なので、これ以上のごちそうは思い浮かびませんでした(笑

>224 梨華っちさいこ〜さん
鋭い!実はタイトル(とっかえ〜)を考えた時点では、単なるドタバタ話に終始するつもりでした(笑)
真里ちゃんの設定を思いついてから、全く違う話になってしまったんですが…。
加護のアイテム、きっとランドセルに入りきらないほど増えてゆくのでしょうね。
229 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月04日(火)23時18分19秒
>225 おさるさん
ちょっと大げさですが、コレが書きたくてこの話を書いたというようなフレーズが
幾つかあって、このセリフもその一つだったりするので、感想頂けてうれしいです。
温かい感想、ありがとうございました。
>不覚にも涙してしまいました。
やった!(笑

>226さん
感謝です。。

>227 もんじゃさん
ようやく終わりました…意味不明なサイドストーリーが膨らみすぎてしまって。
というか、哀すぃーお話in出会い系、ってのはちょっと、シャレにならない気がします(笑
230 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月06日(木)02時31分07秒
お疲れ様でした。
あいぼんのラストのシーンはジンときちゃいました。
ピンポンダッシュの話とかのサイドストーリーも面白かったです。
次回作も頑張ってください。
231 名前:ま〜 投稿日:2002年06月07日(金)00時03分01秒
今更ながらレスさせてもらいます。
泣いてしまった・・。
いつもながらすてっぷさんの作品はすばらしい・・・。
次の作品も楽しみに待ってます。
232 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月07日(金)20時33分03秒
遅れ馳せながら…
完結、お疲れ様でした。
今回の作品はまさにスレタイトル「Dear Friends」の通りの心温まる作品でしたね。
次回作、期待しております。
233 名前:ろむ読者 投稿日:2002年06月08日(土)02時53分50秒
・・・もう言うことナイです。
というより、他の方々が書いてくださっているので。
あとはもう平家さんのキャラ作りに脱帽でした。
次も待ってます。必ず読みます。
234 名前:名無し 投稿日:2002年06月08日(土)18時03分21秒
この世に『よっすぃーの涙を止める魔法』があったらどんなにいいだろう
あいぼんが、とっさに思いついたこの魔法が本当に純粋で泣けました。
次の作品も期待しています。
235 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)22時51分17秒
純粋にとても心暖まるいいお話でした。
次回作を首を長くしながら待ってます。
完結お疲れ様でした。
236 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月09日(日)23時35分05秒
感想、ありがとうございます!

>230 名無し読者さん
長めの話になると、ラストは本当に悩んでしまうのですが、気に入ってもらえて良かった…。
でも実はピンポンダッシュの話が一番楽しく、最速で書けました(笑)

>231 ま〜さん
>泣いてしまった・・。
今まであまり言われた事が無いので、嬉しくなってしまいます。
いつも似たような話になってしまいますが(笑)…また何か考えますので、お付き合いよろしくです。

>232 名無し読者さん
そうですね。5スレ目にして、ようやく(笑)
たまにはCPモノを離れて、友情モノ(?)をやってみたいと思いまして。
237 名前:すてっぷ 投稿日:2002年06月09日(日)23時38分20秒
>233 ろむ読者さん
平家さん、ここまで活躍する予定ではなかったのに、書いてるうちに楽しくなってしまいました。
でも本人というよりは、2chとかのネタスレに近いキャラかもしれない…(笑

>234 名無しさん
設定の時点で浮かんだフレーズでしたが、ここへ辿り着くまでが長くて…感想頂けてうれしいです。
あいぼんには覚えるべき魔法がたくさんありますね、まだ瞬間移動しかできないのに(笑)

>235 名無し読者さん
そういう感想を頂くと素直にうれしくて、本当に書いて良かったと思います。
次は少し間が空くかもですが、よろしければまた…。
238 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月09日(火)00時12分02秒
保全カキコ。
239 名前:名無し娘。 投稿日:2002年07月12日(金)22時36分25秒
まさか「かごじぞう」が実現するとは(笑)
240 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月15日(月)14時50分47秒
>239
おれもビックリした!!
241 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月16日(火)00時06分09秒
>238 名無し読者さん
お気遣い、ありがとうございます…。

>239 名無し娘。さん
何があったのでしょう?? 気になるなぁ…。

>240 名無し読者さん
うわぁ、ますます気になってきた!(笑
242 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時10分16秒

<1>


「名前、なんにしよ」
「ヒナ、ってのは?」
「いや、そのままだから、それ」
「いーじゃん。なんかカワイくないですか?」
「…まぁ、いいけどさ」
呆れたように矢口さんが言って、彼(彼女?)の名前は『ヒナ』に決まった。
箱の中の『ヒナ』は、所々に黒の混じった茶色い羽を折りたたんで、じっとうずくまっている。

「早く、元気になると良いね」
矢口さんが言った。
243 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時14分15秒

駅を出て矢口さんのマンションまであと5分ってトコで、あたしたちはヒナを見つけた。
街路樹の真下に落っこちていたそれを最初に見つけた矢口さんは小さな悲鳴を上げて、
隣を歩いていたあたしの腕を掴んだ。

『ねぇ、生きてる、の?』
『うん。スズメかなぁ…くちばしは黄色いけど』
所々黒い毛の混じった栗色の身体に、ツンと立った白い尾っぽ。
くちばしは、大人になると完全な黒になるんだろうけど、付け根から半分くらいまでが濃い茶色で、
残りの半分はアヒルの口みたいに鮮やかな黄色。
傍にしゃがみ込んでそっと触れてみると、雨に濡れた身体が小刻みに震えているのがわかった。
244 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時17分32秒
『まだ子供みたいだから、巣から落ちちゃったのかも』
あたしは傘をたたむと、ヒナを自分の手のひらに乗せ、雨に濡れた身体をハンカチで拭いた。
『どうしよう…このままだと、死んじゃうよね』
あたしに傘を差しかけながら、矢口さんが言った。
あたしは、(あたしのハンカチは濡れてしまっていたから)矢口さんに借りたハンカチでヒナの身体を包んだ。

『しょうがない、っか』
ガードレールに立てかけてあった、あたしの傘を手に取ると、ため息混じりに矢口さんが言った。
左手にヒナを乗せて立ち上がると、矢口さんが差しかけてくれていた傘に頭をコツンとぶつけてしまった。
『あっ、ゴメン』
矢口さんが傘を持つ手を少し上げて、あたしは頭を少しすくめる。
矢口さんの傘に二人で入って、あたしたちは再び歩き始めた。
ヒナは矢口さんのマンションに着くまでずっと、あたしの手の中でぶるぶると震えていた。
245 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時20分50秒

「エサって、何あげたらいいのかな」
「やっぱ、虫とかじゃないですか?」
「…無理だよ。よっすぃー、引き取って」
「じゃあ、とりあえず小鳥のエサとかあげてみます?」
「オッケー。鳥カゴとかも、要るよね?」
あたしに留守を任せると、矢口さんは部屋を出て行った。近所にペットショップがあるらしい。

「ヒナぁ、まだ寒いの?」
ヒナはお中元だか何だかでもらったという、ジュースの詰め合わせの空箱の中に寝かされていた。
下にタオルとティッシュを敷いて、上にもタオルを掛けてあげてるんだけど、
濡れた身体が完全に乾いていないせいか、ヒナの震えはまだ止まらない。
テーブルに置いていた箱をカーペットの上に移動させて、あたしはヒナの傍でごろりと横になった。
仰向けになってぐるりと部屋を見回すと、数ヶ月前にココへ来たときよりも、
明らかにぬいぐるみの数が増えていることに気が付く。

「これじゃあ矢口さんってより、プーさんの部屋じゃんねぇ」
そのうちになんだかウトウトしてきて、あたしはいつの間にか眠ってしまった。
246 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時24分25秒
耳元でガサガサと物音がして、目が覚めた。
見ると、あたしが寝ている間に帰ってきていた矢口さんが、ヒナを箱から出しているところだった。

「あ、お帰りなさい」
「お帰りじゃないでしょ。疲れてんのはわかるけどさー、ちゃんと見ててって言ったのに」
「…ゴメンなさい」
あたしは目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。

「それ、どうするんですか?」
目の前の矢口さんに尋ねる。
矢口さんは、袋から出した使い捨てカイロを一心不乱に振り続けている。
下に敷いてあったタオルごと箱から出されたヒナは、カーペットの上で小さく震えていた。

「フツーは親鳥が雛を温めるでしょ? だからその代わりに、カイロ入れとくと良いんだって」
「へぇー」
「よっすぃーもボーっとしてないでさ、エサ作ってきてよ」
使い捨てカイロをシャカシャカやりながら、矢口さんが言った。

「ぬるま湯で柔らかくしてあげるんだって」
「ふーん」
矢口さんに手渡された『すり餌』を持って、あたしはキッチンへ向かった。
247 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時27分20秒
「ヒナぁ、いい子だから口開けて?」
ぬるま湯に浸して丸めておいたすり餌をピンセットで挟み、箱の中のヒナに近づける。
けれどエサをくちばしの先につけても、ヒナは口を開けてくれない。

「おなか空いてないのかなぁ」
「強引にこじ開けるしかないね。ピンセットでムリヤリ開けてみて」
「えーっ!」
「嫌がってもムリヤリ食べさせなきゃダメなんだって。お店のヒトが言ってた」
「えーっ…」
お店のヒトが言ってたのなら仕方ないか、確かに食べなきゃどんどん衰弱してっちゃうし…。
あたしはヒナをそっと箱から出して手のひらに乗せると、心を鬼にして、ヒナのくちばしにピンセットを差し入れる。
するとそれまでじっとしていたヒナが、いきなり頭を揺らして抵抗し始めた。
あわてて、矢口さんがヒナの頭を押さえつける。
「わっ、矢口さん、鬼! 鬼だよ!」
「うるさい、早くやれよ!」
矢口さんが怒鳴ったのとほぼ同時に、あたしはくちばしの根元にピンセットを差し込むことに成功した。
くちばしを親指で押さえて開かせたまま、ピンセットにエサを挟み、ヒナの口に入れる。
248 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時31分15秒
「吐き出しちゃうから、奥のほうに入れて」
「あっ、ちょっ…だいじょうぶなのかな」
「大丈夫だってば」
「ゴメンね。ガマンしてね」
矢口さんの指示通り、嫌がるヒナの口(の奥のほう)に、無理やりエサを押し込む。
すると一瞬カッと目を見開いて、ヒナの動きが止まった。
「ヒナ!?」
「大丈夫だって。ホラ、ちゃんと飲み込んだ。ごくん、って」
お店のヒトに聞いていた筋書き通りの展開だったのか、事も無げに矢口さんが言う。

「あのー、やってる方はめっちゃ怖いんですけど。矢口さんなんか、口ばっかじゃないですか」
「あたしだって、やるのは怖いさ」
「それは」
それは威張って言うコトじゃないです。
そう言おうとして、あたしの言葉は、「チーッ!」という甲高い声に遮られた。
「「あーっ!」」
あたしと矢口さんの声が重なる。
「鳴いたよ!」
あたしは思わず、矢口さんへのツッコミも忘れて叫んでいた。

「鳴いたね! すごいすごい!」
矢口さんは本気で喜んでいたからきっとコレは、
お店のヒトが教えてくれた筋書きにも無い展開だったんだろう。
249 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月16日(火)00時36分14秒

「また来ますね。っていうか、明日も来ていいですか?」
玄関にしゃがんで靴を履きながら、あたしは言った。

「うん。二人で拾ったんだから、よっすぃーにも責任持って育ててもらわないとねー」
「あ、そうだ。矢口さんのお母さんにも、」
「わかってるって。ウチらがいない時は、ちゃんと頼んどくから」
「じゃあ」
「おつかれー、ってのもなんか変だね。仕事じゃないんだから」
そう言って、矢口さんは笑った。

「おやすみなさい。って言うのもまだ、早いかな」
「それでいいや。おやすみ。また明日ね」
「うん。また明日」

外へ出ると、雨は上がっていた。
早く元気になりますように。沈みかけの夕日を見ながら、小さなヒナを想う。
矢口さんの家にヒナがいるから、明日も、なるべくなら明後日もまた、ココへ来よう。
ヒナに会うために。それから、矢口さんに会うために。

駅へ向かう途中で偶然、矢口さんのお母さんに会って、少し立ち話をしたけれども、
ヒナのコトは何となく話しづらくて、結局、最後まで言えなかった。
 
250 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月16日(火)00時40分04秒
全部で3〜4話の予定です。よろしければ、お付き合いください。
251 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月16日(火)06時39分35秒
を、新作だ!てなワケで読ませていただきます!
252 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月16日(火)08時15分30秒
なんだかほのぼのとした光景が目に浮かぶ、可愛い話になりそうですね。
この二人だしどうなんだろうという一抹の不安はあるにしても…
筋書きから外れた途端に無邪気に喜んでしまう矢口が可愛いですね。
253 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月16日(火)10時34分19秒
うおっ!新作だ。
すてっぷさんの吉矢は、暖かくてマジ好きです。
254 名前:おさる 投稿日:2002年07月16日(火)11時41分16秒
 お久しぶりです。満を持しての新作ですね。
ただ今の時点ではシリアス系なのか、メルヘン系なのかわからないので
なんとも言えませんが…。ただすてっぷさんお得意の”やぐよし”なので
期待しております。
255 名前:名無し娘。 投稿日:2002年07月16日(火)23時42分20秒
わーい、よっすぃが普通だぁ! ・・・こんな当たり前の事で喜んでしまうとは
やはり゛今日仕事中に『ステップバイステップ』を読み返した"せいだろうか?

ちなみに「かごじぞう」は「TinTinタウン」で加護が演じる道徳家の地蔵です(w
256 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月17日(水)00時05分47秒
いやー、始まったんですね。
辛口かまったりか…いずれにしろ、すてっぷさんのやぐよしは大好きです。
257 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月17日(水)08時14分38秒
Dear Friends〜ぶっ通しで読みました。
どの話しも凄く温かくて、『とっかえ〜』を読み終えた時には、
もう顔中涙だらけでした。
凄く感動しました。

新作、期待しております。
258 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月18日(木)04時30分07秒
新作ハケーン
すてっぷさんのよしやぐがまた見れるとは…(涙
続き期待してます。
「かごじぞう」は確かに自分もビクーリ(w
259 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月18日(木)23時08分09秒
さりげない文体が良いですね。
ちょっと『ナマタマゴ』を思い出してしまった。
260 名前:名無し 投稿日:2002年07月20日(土)16時35分58秒
新作だ−!
しかもやぐよし!!
今回はよっすぃ〜がどんな事に困るんだろう〜(w
261 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時09分39秒

<2>


翌朝、仕事へ行く前に矢口さんの家に寄った。
もっとも、現場とは逆方向だから、『寄った』ってのは正しい言い方じゃないのかも知れないけど。

「二時間おきだよ、二時間おき! もぅ、昨夜はほとんど寝れなかったんだから」
箱の中ですやすやと眠っているヒナをうらめしそうに横目で見ながら、矢口さんが言った。

「きっかり二時間おきにピーピー鳴きやがってさー! タイマーでも入ってんのかっつんだよ!」
食べ盛りのヒナは矢口さんがベッドに入った後も、二時間おきにエサをねだって夜鳴きしたらしい。
そうとは知らずあたしは、まだパジャマ姿のままスッピンで髪はボサボサの矢口さんを見るなり、
軽い冗談のつもりで、「一瞬誰かわかりませんでしたよー」なんて言っちゃったものだから、
タダでさえ寝起きの悪い矢口さんはいっそう不機嫌になってしまったのだった。

「やっぱり、ウチで飼いましょっか?」
「ん…いいよ、もうちょっと頑張ってみる」
寝ぐせのついた髪を撫でながら、素っ気なく言った。
矢口さんは誰かにグチをこぼしたかっただけで、本当はヒナのことが大好きなんだと思う。
262 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時11分12秒
「ね、着替えるから」
そう言うと矢口さんは、あたしに向かってアゴでドアを指し、『出て行け』のサイン。
「えー、ヒナは良いんですかぁ?」
すると、矢口さんは黙って箱を差し出した。中ではヒナがうずくまって眠っている。

「あ、そうだ。ついでにさぁ、ヒナのコト、お母さんにいろいろ教えといてよ」
「はあーい」
箱を揺らさないように気をつけていたのに、ドアを開ける音でヒナは目を覚ましてしまった。
起きたばかりのヒナはまんまるの黒い目で、あたしの顔をじっと見ている。
「おはよう、ヒナ」
あたしが呼びかけると、ヒナは昨日よりも少し小さな声で、「チーッ」と鳴いた。
「カワイイ…わかるの? ヒナ」
開けかけていたドアを背中で押さえて、箱の中のヒナに呼びかける。
「ヒナぁ。ホラ、返事して。ヒナ!」
けれどいくら呼んでも鳴いてくれたのは最初の一回だけで、
ヒナはあたしの顔をじっと見たまま、時々首を傾げたりするばかり。
263 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時12分49秒
「よっすぃー。はーやーく」
「あっ、ゴメン」
ハッとして顔を上げるとそこには、クローゼットの中を漁っている矢口さんの後姿があった。
ベッドの上には、脱ぎ散らされたパジャマ。

「ったく、着替えらんないでしょーが」
「っていうか」
もう脱いでんじゃん。
 
264 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時14分43秒

<3>


「よっすぃー、聞いてよ! すっごいの!!」
ヒナを拾って三日目の朝、楽屋に入るなり矢口さんが駆け寄ってきた。
矢口さんの他には、まだ誰もいない。

「どうしたんですか?」
あたしが尋ねると、矢口さんはとても興奮した様子で、「今朝ね、起きたのよ、ヤグチが!」と言った。
矢口さんが『今朝起きた』ことはそんなに大した出来事だとも思えなかったけど、
きっとその続きにすごいコトがあるのだろうと思って、あたしは何も言わなかった。

「おかーさんが来てたの! 親鳥がね、ヒナに会いに来たんだよ!」
「うそぉ!? えっ、矢口さんトコに!?」
予想以上のすごい出来事に、あたしの声が裏返る。
「そう! ね、ね、すごいっしょ!」
矢口さんの言葉に、うんうん、と繰り返し頷く。
「なんか鳴き声してたから起きたらさ、カゴの隙間からエサあげてんのねっ!
もー、びっくりしちゃってさぁ!」
「矢口さん…」
あの、人一倍寝起きの悪かった矢口さんが、今やスズメの鳴き声一つで目覚めちゃうんだもんね…。
哀しい事実は、ヒナとの生活の過酷さを物語っていた。
265 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時16分58秒
「あれっ? そういや、もうカゴに移したんですか?」
目の前の、未だ興奮冷めやらぬ矢口さんに尋ねる。
昨日の朝あたしが矢口さんの家に行ったときは、ヒナはまだ箱の中にいたはず。
帰ってからヒナのこと、鳥かごに移してあげたのかな?

「そうそう。あ、言ってなかったっけ?」
あたしが頷くと矢口さんは、昨夜矢口さんが家に帰ってからの出来事を話してくれた。
昨夜、矢口さんが帰宅すると、ヒナは既にカゴの鳥になっていたらしい。
昼間、よちよち歩いて箱から出ようとしていたヒナを見つけた矢口さんのお母さんが、
ヒナを鳥かごに移してくれたとのこと。
「でね、夜中に外見せてあげようと思って、窓に吊るしたんだけど…ヤグチ寝ちゃってさぁ」
矢口さんは、鳥かごをカーテンレールにぶら下げて窓を開け放したまま、うたた寝して朝を迎えたらしい。

「あっぶねー。カラスとか来なくて良かったですよね」
「ホント、うっかり襲われるトコだよ。ま、カゴに入ってるから大丈夫だとは思うけどね」
「そうかなぁ」
ホントかよぉ…ヒナ、危うし。
266 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時18分41秒
「ヒナのおかーさん、また来てるんじゃないかな。見に来る?」
「行く行く」
それから、矢口さんは昨夜のヒナの様子について、事細かに説明してくれた。
矢口さんは、ヒナが二三歩歩いては休み、また二三歩歩いては休んでを繰り返し、
ようやくカゴの中を一周したという話や、食べる量が最初に比べてだいぶ増えたという話なんかをした。
あと、二時間ぴったりの夜鳴きタイマーは昨夜も正確だったって話も。

「もう少し経ったら、自分で食べれるように練習させなきゃね。
なんかいろいろ段階があるみたいなんだけどさ。
ホラ、今って上向いて食べさせてるじゃない? そうじゃなくて、」
「へぇー」
相槌を打ちながら、あたしは、ヒナのことを熱心に話す矢口さんの顔を見ていた。

実を言うと、矢口さんの、雛の育て方に関する話はあまりよく聞いていなかったんだけど、一つ思ったことは。
矢口さんに拾われて本当に良かったよね、ヒナ。
 
267 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時21分09秒

「ホントだ! 来た!」
思わず声を出したあたしに向かって、矢口さんが唇に人差し指を当てて「シーッ」とやる。
ぎょっとして再び鳥かごへ目を遣ると、あたしの声に逃げることもなく、親鳥はまだそこにいた。
ヒナのおかあさんはカゴに足をかけて、くちばしを突き出すヒナに口移しでエサをあげている。

仕事の後、あたしはヒナの様子を見に、それから運が良ければヒナのおかあさんに会えるかも知れない、
ってコトで、またもや矢口さんのマンションを訪れていた。
三日連続で押しかけている上に、今日は晩ゴハンまでごちそうになることになってしまった。
ココへ来るまでは、三日連続はさすがにちょっと迷惑だよなぁ、なんて思っていたんだけど…
窓際に座って待ち伏せること二十分、親鳥が姿を現した瞬間には、そんな思いもどこかへ吹っ飛んでしまった。

「すごいなぁ…どうやって探してくるんだろ」
あたしはヒナとおかあさんを驚かせないよう、小声で言った。
268 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時23分00秒
「雛の声聞けば、わかるんだって」
「そうなんだ」
あたしたちは、小声で囁くように会話した。
「鳴き声なんて、みんな同じに聞こえるのにね」
カゴの中のヒナを見ながら、矢口さんが言った。
親鳥にエサをもらって、ヒナはくちばしを忙しなく動かしている。

「ヒナの声だったら、矢口さんにも聞き分けられるんじゃないですか?」
「まさか。無理だよ」
冗談のつもりで言ったのに、でも矢口さんは笑わなかった。あたしは、少しあわてた。
「そうかな」
そんなことないよ、と続けようとすると、矢口さんのお母さんが呼びに来て、
あたしは矢口さんの家族に混じって夕食をごちそうになった。
 
269 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時25分33秒

<4>


「あ、エサ変わってる。タマゴですか、それ」
「そうだよ。よっすぃーの大好きな、ゆでたまご」
そう言うと、矢口さんはゆでたまごの黄色い欠片をピンセットで摘み、ヒナの口に運ぶ。
ヒナはもう、最初のときみたいに嫌がったりはしない。
矢口さんの手のひらに乗せられたヒナは、口を大きく開けて、矢口さんがエサをくれるのを待っている。
タマゴの黄身と白身を交互にあげるのは、黄身は喉に詰まることがあるからだと、矢口さんが教えてくれた。

「矢口さんは、本当にヒナのことが好きなんだね」
ヒナを鳥かごへ戻す後姿を見ながら、あたしは思った。そして言った。
カゴに入ると、ヒナは矢口さんの手からぴょんと飛び降りた。
そして向こう側へ二三歩進んだかと思うと、くるりと振り返ってまた矢口さんの方へよちよちと戻ってくる。
ヒナが出口へ辿り着く寸前に、矢口さんは鳥かごのフタをパタンと下ろした。
270 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時28分12秒
「よっすぃーだってそうじゃん、今日でもう四日目。そーとー好きなんじゃない?」
「そりゃあ、好きだけど…」
あたしがココへ来る理由の半分は、矢口さんに会いたいから、だけど、そんなこと言えるはずもない。
「あ、やっぱり迷惑ですよね?」
あたしは、本当はヒナのことなんかどうでも良いのかも知れない。
ヒナを口実に、自分はただ矢口さんに会いたいだけなのではという気がしてきて、なんとなく後ろめたい気持ちになる。
「誰もそんなコト言ってないし」
矢口さんはそう言って立ち上がると、窓を開けた。
鳥かごを抱える矢口さんを、あたしも手伝う。
カーテンレールに取っ手を引っ掛けて、カゴから手を離すと、正面に立つ矢口さんと網越しに目が合った。

「飼い主はあたしだけじゃないんだから、よっすぃーが毎日来るのは当然の義務だよ」
「なら、いいんですけど」
あたしは大人しく引き下がった。矢口さんは、まだ何か言いたそうな顔をしている。
「よっすぃーはさ」
それから少し間が空いて、矢口さんは続けた。
「よっすぃーは、ヤグチのコトが好きなの?」
急に落ち着かなくなって、あたしは何度もまばたきをした。
271 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時36分10秒
「…うん」
ほんの少し躊躇して、あたしは答えた。
「好き、っていうのは、その…どういう、好き?」
矢口さんが言った。
あたしも矢口さんも下を向いて、互いに目を合わせようとしない。

「矢口さんとキスしたい、の好き。できればその先もしたい、の好き」
聞かれなければ口にすることもなかったはずの気持ちは、その途端、
編みかけのセーターを解くときみたいにするすると、口を衝いて出た。
「…そっか。ってゆーか、まぁ、うん。そんな気はしてたんだけど、ね」
それはきっと、言わなくても矢口さんには全部お見通しだって、わかっていたからなのかも知れない。
「よっすぃーはさ、なんか変だよ」
「なにが?」
「だって、ヤグチは女のコなんだよ? よっすぃーだってそうでしょ?」
そんなの、わざわざ確認することでもないでしょ。
だからそれには答えずに、あたしは言った。
「あの、自分でもよくわかんないんです。ただ、矢口さんといると幸せだから。
矢口さんと一緒にいるときの自分が、好きなだけなのかも知れないし」
好きとか幸せとか言った後で、それもなんだか違う気がして、あわてた。
272 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時39分12秒
「だから別にキスとか、その先とかは、単なる例えっていうか」
あたしがシドロモドロになっていると、耳元でスズメの声がした。
カゴの中のヒナが甲高い声で鳴きながら、おかあさんの元へ一歩ずつ近づいていく。
「だから、ホント、気にしないでください」
矢口さんは俯いて、「うん」と言った。
言わなければ良かったと思った。きっとココへはもう、来ない。

鳥かごのすぐ傍にあたしたちが立っているのに、親鳥は構わずヒナにエサを与え続ける。
その様子をぼんやり眺めていると、「ねぇ」と矢口さんが言ったので、あたしはハッとした。

「ちょっと、してみる?」
矢口さんはいつの間にか、鳥かごの向こう側ではなく、あたしのすぐ後ろに立っていた。
「なにを?」
「キスとか」
「…その先とか?」
「それはまだ、決めてないけど」
そう言ってあたしを見上げる矢口さんの、唇をあたしは真っ先に見た。
「いいんですか?」
「いいよ。べつに、へるもんじゃなし」
事も無げに矢口さんが言う。
273 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時45分11秒
「好きでもないのに、そういうコトしたら…なんか、へってくような気がするけど」
矢口さんの冷めた態度に、あたしは少しムッとして言った。
「だったら大丈夫じゃない? そんなに、好きでもなくないし」
「ん? それどういう意味、」
最後まで言い終わらないうちに、あたしの唇は塞がれていた。
あたしのTシャツの袖を掴む手に力がこめられて、あたしは矢口さんが背伸びをしているのだとわかる。
突然の出来事に、目を瞑る間もなくそれは終わった。

「どう?」
唇が離れると、矢口さんが言った。
「やっぱりよくわかんない、けど、気持ちよかった」
すると矢口さんはくすっと笑って、「あたしも」と言った。
そして、ヒナが食べ残したエサを片付けると、矢口さんは部屋を出て行った。
あたしはさっきまで矢口さんのそれに触れていた自分の唇を、指でなぞってみる。

キスは、してるときよりも終わったあとの方が、どきどきした。
 
274 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時48分38秒

「あの…また来ても、いいですか?」
玄関にしゃがんで靴を履きながら、あたしは言った。
そう言えばヒナを拾った日にも、あたしはココで同じことを聞いたんだっけ。
以来、毎日当たり前みたいに通っていたけど、今日は聞かなきゃいけないような気がした。
矢口さんとあんなことになって、明日も当たり前みたいにココへ来る気には、とてもなれなかった。
「はあ? なに言ってんの、今さら」
毎日来といてよく言うよ、と、矢口さんが笑う。
普段と変わらない様子の矢口さんを見ていると、さっきの出来事は全て夢だったんじゃないかという気さえしてくる。
「だって」
「なに?」
矢口さんはあたしの隣にしゃがむと、あたしの顔を覗き込んで言う。
「よっすぃー?」
衝動的に、あたしは矢口さんの腕を掴んでいた。
「やっ…!」
強く引き寄せると、バランスを崩した矢口さんが小さな悲鳴を上げた。
あたしと間近で目が合うと、矢口さんは横目でちらりと辺りを窺い、静かに目を閉じた。
275 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月21日(日)19時52分40秒
「こんなトコでやめてよ。お母さん、いるんだから」
終わったあとで、矢口さんが言った。
「じゃあ、次から気をつけます」
冗談めかして言うと、矢口さんは笑った。

また来ても、いいですか?
二度目のキスは、矢口さんがくれた答えのようにも思えて、あたしは明日もココへ来ることを決めた。

「おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
「「また明日」」
まるで示し合わせていたみたいに声が重なって、言った後で二人とも吹き出してしまった。


外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていて、帰る途中であたしのおなかがグウっと鳴いた。
帰り際、矢口さんのお母さんが夕食に誘ってくれたのに断ったことを、あたしは少しだけ後悔していた。
 
276 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月21日(日)19時56分24秒

レス、どうもありがとうございます。

>251 名無し読者さん
最後まで、どうぞよろしく!

>252 名無し読者さん
ほのぼの半分、シリアス半分、というところでしょうか。こういうのは書き慣れないので辛いのですが…。
矢口はどんな話でも大抵、無邪気で横暴なキャラになってしまいます(笑

>253 名無し読者さん
ありがとうございます!今までのとは少し違った感じですが、よろしければ…。

>254 おさるさん
お久しぶりです。お待ちいただいて、ありがとうございます。
今回のはとくに突飛な設定も、派手な盛り上がりもなく…「ボンヤリ系」ってトコでしょうか(笑

>255 名無し娘。さん
確かに今回のよっすぃーは、「ステップ〜」に近い感じかも。
思い出して頂けて光栄です…というか、お願いですから仕事してください(笑)
あと、地蔵情報、ありがとうございました(笑
277 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月21日(日)19時59分37秒
>256 名無し読者さん
なんだか、やぐよしも捨てたモンじゃないな、と思えてきました。頑張ります!(笑

>257 名無し読者さん
ぶっ通しで…本当にありがとうございます! そして、お疲れ様でした。
「とっかえ〜」は自分でも気に入っている話だったりするので、感想頂けて本当にうれしいです。
また、そう言ってもらえるようなモノが書ければと思います…。

>258 ごまべーぐるさん
ありがとうございます!やぐよしって、本当に捨てたモンじゃないかも…(涙
短めの話になると思いますが、最後までよろしくです。

>259 名無し読者さん
ありがとうございます。『ナマタマゴ』のような、物語が淡々と進んでいく感じは好きですね。

>260 名無しさん
やはりよっすぃーは、困らせられキャラ(?)なんですね…(笑
今回は、矢口の方が大変かも?
278 名前:おさる 投稿日:2002年07月21日(日)20時48分53秒
ボンヤリ系。いいですねぇ。下手に”癒し系”じゃないのが好きです。
こういう文体で語られる矢口とよっすぃーのキスというのは、結構衝撃的な感じで…
でも、雰囲気は割りと好きですね。
279 名前:名無し娘。 投稿日:2002年07月22日(月)06時27分55秒
「おやすみ、また明日。」は、読んでいたらCHIPHERを思い出したですよ
そういえばあの漫画も主人公が芸能人だったなと思いつつ・・・。

平家ヲタとしてはいいこのみっちゃんの活躍も気になるところです。
280 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月22日(月)18時21分36秒
お、ヒナが可愛いと思っていたら二人の関係が…
もしかして、このシリーズでここまではっきりと「始まり」が描かれるのは
初めてでしょうか。
その辺ちょっと見逃せない作品になりそうですね。
281 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月23日(火)13時40分50秒
ヒナの成長とふたりの関係がいい感じに同時進行してますね。続き楽しみにしてます。

279の名無し娘。さん同様、自分もあの漫画を思い出してました。
向こうは男の子ですが。
282 名前:もんじゃ 投稿日:2002年07月24日(水)00時09分59秒
げげ。すかーり乗り遅れてしまいました。

今回はなんだか今までと文体が違う感じがします。
興味深いです。
そしてほのぼのだなーと油断させておいて突然ヤグチと急接近しちゃうんですね。
続き興味深すぎです。
283 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月29日(月)00時12分00秒
感想、ありがとうございます!

>278 おさるさん
癒すなんて大それたことは無理なので、せめてまったりボンヤリお楽しみ頂ければと(笑)
ただ、読んでて飽きられないかが不安ですが…。

>279 名無し娘。さん
CHIPHERは、タイトルは聞いたことがあるのですが。今度読んでみよう…。
みっちゃん、また書きたいですね。さすがに今回は出せませんけど(笑

>280 名無し読者さん
そうですね。今までは、「はじまる予感」みたいな終わり方がほとんどでしたので。
恐らくこのシリーズでこういうのは、年に一回あるかないかだと思われます(笑)

>281 ごまべーぐるさん
この二人と、ヒナと親鳥、の関係が、いい具合にミックスできればと思っています。
あと、CHIPHER、ますます気になってしまいます(笑

>282 もんじゃさん
今回はいつになくマジメに、バカ控えめにしてみました。
いつもだと、ドタバタほのぼの飼育日記、みたいな話になるところなんですけどね…(笑)
284 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時14分59秒

<5>


「よっすぃーは、ヒナのおかーさんみたい」
「えー? なんで?」
「毎日ウチに来て、ヤグチにキスして帰ってくから」
矢口さんが言った。

「じゃあ、矢口さんがヒナだ」
親鳥が口移しでヒナにエサをあげている横で、あたしは矢口さんにキスをする。
ヒナが矢口さんの部屋に来て十日目の朝、相変わらずあたしはココにいた。
285 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時17分25秒
「なんか、もう飛べそう」
カゴの中で羽をバタつかせているヒナを見て、あたしは言った。
「まだ無理だよ」
矢口さんが素っ気なく言う。
矢口さんは鳥かごのフタを開けて、ヒナが飲むための水を替えている。
「でも、そろそろ飛ぶ練習とかした方が良くないですか?」
「だから、まだ無理だって」
矢口さんは、あたしの言葉を遮るようにぴしゃりと言った。
あたしには何を根拠に矢口さんがそう言うのかわからなかったけど、水を替えたりエサを替えたり、
黙々と作業を続ける彼女を見ていると、なんとなく取りつく島が無くて、それ以上は聞けなかった。
286 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時19分54秒
「ホラねぇ、新しい水のがオイシイでしょ?」
さっきまでの素っ気ない態度とは正反対の優しい口調で、矢口さんがヒナに話しかける。
すぐ傍にあたしがいるのに、矢口さんの目にはヒナしか映っていないようで、
あたしはなんだか自分が疎外されているような気がして寂しくなった。
あたしがココにいない間、矢口さんは言葉のわからないヒナに、どんな話をするのだろう?
「ねぇ」
たまらず、あたしは彼女の肩を掴んだ。
振り向かせて顔を近づけると、矢口さんの右手があたしの胸をゆっくりと押し戻す。
「…今は、嫌。ってゆーかさぁ」
呆然と立っているあたしに、矢口さんが言う。
「当たり前みたいにしないでくれる?」
矢口さんは面倒くさそうに言うと、ため息をついた。
あたしは、俯いて唇を噛み締めた。
ハッキリと拒絶されたことがなんだか信じられなくて、恥ずかしくて泣きそうになる。
矢口さんは言葉のわからないヒナには優しくするくせに、言葉のわかるあたしに限って、
どうしてこんな酷いことを言ったりしたりするのだろう。
 
287 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時22分54秒

<6>


次の日もまた次の日も、その次も、あたしは矢口さんのマンションに通った。
あの日以来、矢口さんは家でも仕事場でもなんとなく不機嫌で、
安倍さんや保田さん以外はみんな極力話しかけないようにしているみたいだった。
あたしはもう望まれていないような気がして、ココへ来るのを止めようと思っていたけど、
矢口さんは仕事が終わるといつも通りにあたしの帰り支度を待っていて。
あたしはまるでそうするのが義務みたいに、矢口さんの部屋であまり楽しいとは言えない時間を過ごした。
相変わらずヒナのおかあさんは、毎日ヒナのためにエサを運んで来る。
親鳥が飛び去ってゆく様子をカゴの中からじっと見送るヒナは、おかあさんが戻ってくるのを待つというより、
後を追って一緒に空を飛びたがっているみたいに見えた。

なんだか落ち着かない。
もう何日も、矢口さんとキスしてない。
 
288 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時25分59秒

<7>


ヒナが矢口さんの部屋に来て二週間が過ぎた頃、いつも通りあたしはココにいた。
初めて会ったときよりも一回り体の大きくなったヒナは、もうとっくに矢口さんの手を借りずに、
自分でエサをつつけるようになっていた。
それでも親鳥がやって来た時には途端に赤ちゃんスズメの振りをしてくちばしを突き出すので、
ちゃっかりしてるなぁ、なんて言いながらあたしたちは笑った。
「要領が良いトコは、矢口さんに似たのかなぁ」
「じゃあ、たまご好きなトコはよっすぃー似」
今日はいつもより、矢口さんの機嫌が良いような気がする。

「暑いね」
矢口さんはエアコンのスイッチを入れると、カーテンレールに吊ってあった鳥かごに手をかけた。
夜になれば少しは涼しくなるかと思っていたけど、日が暮れても蒸し暑くて風は止んだまま。
八時を回ってもこの調子だから、これから涼しくなることはあまり期待できそうにない。
289 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時28分51秒
「ヒナ、寒くないかな」
「あんまり温度下げなきゃ、大丈夫でしょ」
あたしは雨に濡れて震えていた最初の日のヒナを思い出し、日に日に頑丈になってゆくヒナが頼もしく思えた。
「ん、大丈夫。よっすぃーは窓閉めてくれる?」
あたしがカゴを下ろすのを手伝おうとすると、矢口さんが言った。
「おやすみー」
近くにいるはずの、ヒナのおかあさんに向かって言いながら、窓に手をかける。
すると目の前を何かが物凄いスピードで横切り、あたしは思わず後ろによろけた。
「きゃあっ!?」
矢口さんの悲鳴に振り返ると、さっきの『何か』はまたこちらへ戻ってきて、
あたしの目の前を掠めて窓から飛び去った。
「すごい、部屋ン中まで入ってくるんだ…」
あたしは思わず呟いた。
突然部屋に飛び込んできたそれは、ヒナのおかあさんだった。
「もうっ!」
鳥かごを床に下ろすと、矢口さんは大きな音を立てて窓を閉め、乱暴にカーテンを引いた。
「なんなの、アレ!?」
矢口さんはヒステリックに叫ぶと、窓を平手で強く叩く。
カゴの隅で、ヒナがうずくまって震えている。
あたしは、雨に濡れて震えていたあの時のヒナを思い出した。
290 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時31分48秒
「ね、矢口さん、ヒナが怯えてるから」
「こっちが悪いコトしてるみたいじゃん!!」
「矢口さん!」
あたしが止めるのも聞かず、矢口さんは窓を叩くのを止めようとしない。
あたしは、矢口さんが親鳥をヒナから遠ざけようとしているのだと思った。
乱暴に追い払われて、ヒナのおかあさんはもう来ないかも知れない。
そうすれば、矢口さんはヒナとずっと一緒にいられる…のかな。
あたしは止めるのを諦め、矢口さんから手を離した。
矢口さんは、音を聞きつけたお母さんが部屋に入ってくるまでずっと、窓を叩き続けていた。
あたしはお母さんに、窓の傍へ来たカラスを追い払っていたのだと嘘を吐いた。
当の本人は、ふてくされたような顔をしてベッドに腰掛けている。
お母さんが部屋を出て行くと、あたしは矢口さんに歩み寄った。

「向こうから見れば、ウチらがヒナをさらってきたようなモンなんだし…」
しばらくして、あたしが言った。
「それにヒナは矢口さんのでも、おかあさんのでもないと思うし」
矢口さんはそっぽを向いて、あたしの話なんてまるで聞いてない。
291 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時35分44秒
「気持ちはわかるけど、」
「わかってるよ。子供あやすみたいな言い方しないでくれる? 年下のくせに。むかつく」
冷たい声で、矢口さんが言った。
「…ゴメン、なさい」
どうしてだろう、あたしが謝る理由は何一つ無いはずなのに。
「よっすぃー」
悔しさに唇を噛み締めると、あたしの左手に矢口さんの手が触れた。
無意識のうちに握り締めていた手を、矢口さんの指がゆっくりと解いてゆく。
あたしは矢口さんの手を握ったまま、右手を彼女の肩に添えた。
292 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時45分49秒
「んっ…」
矢口さんのキスは、もう何日もしていないせいでそう感じたのかも知れないけど、
いつもの短いそれとはまるで違っていて、溶けるように甘くて長いキスに、
あたしはいつしか夢中になっていた。
繋いだままの手を引いて立ち上がると、今までの分を取り戻すみたく、
あたしたちは抱き合って何度もした。
「矢口さん…ね、いいよね」
矢口さんの首筋に顔を埋めながら、くぐもった声で聞く。
「そういうのは、聞かなくて、いいの」
上ずった声で途切れ途切れに、矢口さんが言う。

ベッドの上で、矢口さんが立ったまま服を脱ぐのをぼんやりと眺めていた。
するとそれに気づいた矢口さんが大げさに頬を膨らせて、
脱いだTシャツを投げつけてきたので、あたしはあわてて自分のを脱いだ。

そして、『その先』のコトは、あまりよく覚えていない。
 
293 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時48分16秒

「あ」
寝返りを打つと、カゴの中のヒナと目が合って、あたしは思わず言った。
「んー…。なに?」
ついさっき終わったばかりの、矢口さんの気だるそうな声がすぐ傍で聞こえる。
「や、なんか今のぜんぶ、ヒナに見られてたんだと思って」
あたしは、ヒナから目を逸らしながら言った。
ヒナは、チュンチュン、ともう大人のスズメみたいな声で鳴きながら、あたしたちの方をじっと見ている。
あたしは再び寝返りを打って、矢口さんの方へ向き直った。
「あは。教育上、良くなかったかな」
矢口さんはあたしの顔を見ると悪戯っぽく笑って、言った。
つられて、あたしも笑ってしまった。
294 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時51分33秒
「こないださぁ」
しばらくぼんやりしていると、ふいに矢口さんが言った。
「カゴの中掃除しようと思って、ヒナのこと外に出したの。
始めは飛び跳ねてるだけってカンジだったんだけど、そのうちにちょっとだけ飛んだんだ。
だから練習すれば、もうすぐ空も飛べると思う」
その声は、微かに震えていた。
「そう、だったんだ」
あたしはようやく、矢口さんがこの頃ずっと苛立っていた訳を理解した。
矢口さんは、ヒナがもうとっくに飛べることを知っていたんだ。

「知らなくてゴメンね」
言いながら、柔らかそうな矢口さんの髪にそっと触れてみる。
何にも知らなくってゴメン、ともう一度言うと、矢口さんは黙って首を横に振った。
 
295 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時54分01秒
「下まで送ってくよ」
二人並んでエレベーターを待っていると、矢口さんが言った。
矢口さんは、いつもは玄関でお別れするのにどういう風の吹き回しなのか、
今日は外まで見送りに来てくれた。
「いいです、ココで」
「送ってくってば」
「だって、ヒナに何かあったら」
「…そっか。そだね」
矢口さんが諦めたのと同時に、エレベーターの扉が開いた。
あたしは中へ乗り込むと『開』マークのボタンを押して、矢口さんと向かい合う。
目の前の矢口さんを見ていたら、さっきまでのキスやその先のコトが頭に浮かんで、
つい、思い出し笑いが込み上げてきた。
「ねぇ、なに笑ってんの?」
怪訝そうな顔で、矢口さんが言う。
「なんか、矢口さんの服が透けて見えるみたい」
「はあ!?」
あたしの言葉を真に受けたのか、矢口さんが素っ頓狂な声をあげる。
「あ、違くて。だってもう、全部知ってるから」
「なんだー。そーゆーコト?」
矢口さんは「失敗したぁー」と笑って、「よっすぃーのも、もっとちゃんと見とくんだった」って言った。
296 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年07月29日(月)00時59分11秒
「ねぇ、明日も来んの?」
さよならを言って、扉を閉めようとすると、ぶっきらぼうに矢口さんが言った。
「あ、もしかしてお母さん、何か言ってました?」
あたしは恐る恐る尋ねる。
さすがにココまで入り浸ってちゃあ、矢口さんのお母さんもとっくに呆れてるだろうとは思ってたけど…。
「なにも。ってゆーかウチのお母さん、よっすぃーのコト気に入ってるし。だからべつに、来れば?」
相変わらずの素っ気ない口調で、矢口さんが言う。
お母さんに何か言われたワケでもないのに、どうして今さらそんなコトを聞くのだろうと考えて、ピンときた。
「矢口さん、素直じゃない」
あたしは意地悪く、にんまり笑って言った。
「…明日も、来て」
観念したのか、少しふてくされたように矢口さんが言った。
やっぱり。矢口さんはあたしに明日も来てほしいから、あんな風に聞いたんだ。
「りょーかい」
あたしはボタンを離し、扉がゆっくりと閉まる。


電車の時間まではまだ余裕があったし、カラダだって疲れているはずなのに、
なんだか体力が有り余っているカンジがして、帰り道は意味もなく全力疾走した。
 
297 名前:すてっぷ 投稿日:2002年07月29日(月)01時01分37秒

次で終わると思いますので、よろしければ…。
298 名前:おさる 投稿日:2002年07月29日(月)05時39分14秒
 淡々とした日常日記風の趣が妙です。
成長したヒナ、”やぐよし”の今後…。このままほのぼのいってほしい!
299 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月29日(月)19時30分52秒
結構いい年をしたオトナなのに、ドキドキしますた(汗
成長したヒナに寂しさと嬉しさを同時に感じます。
次で終わりですか。ちょっと寂しいけど、マターリ待ちます。
CHIPHERは数年前に『月刊LaLa』で連載してた成田美奈子さんの漫画です。
今は白泉社から文庫で出てると思います。
(ヒナのエピソードが出てくるのは大分後期ですが)

300 名前:名無し 投稿日:2002年08月04日(日)19時20分50秒
おやすみ、また明日。
二人が当たり前の様にこう言い合える関係を願って
また明日。
301 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月04日(日)23時39分38秒
感想、ありがとうございます。
最終話は、今週末ぐらいになるかもです…すみません。

>298 おさるさん
ありがとうございます。なんだか取り留めの無い話になっている気もしますが…
でも、気に入って頂けて良かったです。

>299 ごまべーぐるさん
あのシーンは頑張って書いたので、そう言ってもらえると喜びもひとしおです(笑
お待たせしてすみません。最終話はそんなに長くはならないと思うのですが、
なかなか手がつけられなくて…。
CHIPHER、結構長そうですよね?とりあえず最後あたりを読んでみようかなぁ(笑)

>300 名無しさん
タイトル通りになるかどうか…まだ微妙な二人ですね。
302 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)22時43分09秒
<8>

翌日、ヒナのおかあさんはいつも通りにやって来た。
あたしはもう何も言わなかったけど、矢口さんは部屋に入るとすぐに窓を開け、カーテンレールに鳥かごを吊った。
「良かったね、ヒナ」
他人事のように、矢口さんが言う。
親鳥にエサをもらいながら、ヒナは夢中でくちばしを動かしている。
そうして何度かに分けてエサを運んできた後、親鳥は来なくなった。
「今日はもう、終わりかな」
矢口さんはそう言って窓を閉めると、鳥かごを床に下ろした。
ほんの少しだけど飛ぶことを覚えたヒナは、カゴから出たくて仕方が無いらしく、
あたしたちの顔を見るなりチュンチュンと鳴いて、羽をバタつかせている。

「ヒナぁ、まだだよ、まだだよー」
「あはっ、かわいそうだよ」
矢口さんはカゴの傍に座ってヒナに顔を近づけると、焦らすようにフタを少しだけ開けては閉じ、
また少し開けては閉じを繰り返している。
その度にピョンピョンと飛び跳ねるヒナの仕種は、(ヒナには悪いけど)とても可愛い。
303 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)22時46分41秒
「ヒナ、おいで」
矢口さんはヒナをカゴから出し、少し離れて座ると、その名前を呼ぶ。
するとあたしの目の前で、突然ヒナが羽を広げて飛んだ。
「おおーっ!」
あたしは思わず叫んでいた。
それは地上20cm程の超低空飛行で、ヒナは矢口さんに向かってまっすぐに飛んで行き、
矢口さんの膝に着陸…する寸前に、ポトンと墜落してしまった。
「あっ、惜しい」
「ヒナ」
矢口さんがもう一度呼ぶとヒナは、今度は羽を広げるまでもない距離だと判断したのか、
ピョンピョンと跳ねながら矢口さんに近付き、膝の上に飛び乗った。
「さっきの、何センチぐらいだと思う?」
ヒナを手に乗せると、矢口さんが言った。
「うーん、10センチがこれくらいとして…」
あたしは親指と人差し指を10cm位の間隔で開くと、鳥かごからヒナが不時着した辺りまでの飛行距離を計測した。
指で距離を測りながら、矢口さんの傍まで這うようにして進む。
「80センチくらいかな?」
「ウソ、もうちょっと行ったでしょ」
あたしが顔を上げると、不服そうに矢口さんが言った。
304 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)22時50分08秒
「じゃあ…82センチ」
「ま、そんなモンか」
矢口さんは満足そうに頷くと、あたしにヒナを預けて立ち上がった。
ヒナはあたしの膝の上で、きょとんとしてあたしのことを見上げている。

「なに書いてんですか?」
ベッドに寝転んで、何やら書き物を始めた矢口さんに尋ねる。
「育児日記」
ペンを走らせながら真剣な顔で言い切る矢口さんを見て、あたしは思わず笑ってしまった。
「なによっ」
矢口さんは顔を上げてペンを置くと、あたしに向かって抗議。
「だって、”育児”なんだ」
あたしが言うと矢口さんは、あっ、と小さな声を上げた。
「違うか。飼育日記?」
そう言って、照れたように笑う。
「いーじゃん。なんか矢口さん、赤ちゃん育ててるみたいだもん」
「ちなみにー、今日はヒナがウチに来て16日目の記念日でしたー」
「それって記念日なの?」
言いながらあたしが身を乗り出すと、矢口さんは書きかけのノートをぱたんと閉じてしまった。
「ダメぇ」
矢口さんは笑いながら、結局、日記の中身を見せてはくれなかった。
305 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)22時53分09秒
「すごい見てるよ…カワイイなぁ」
膝の上で、ヒナはさっきからあたしの顔をじっと見ている。
「わっ!?」
かと思うと、いきなりこちらに向かって飛び掛ってきたので、あたしは思わず仰け反った。
「矢口さん見て!」
あたしが叫ぶと、矢口さんはペンを持ったまま顔をこちらに向けた。
「あーっ!」
あたしに続いて今度は矢口さんが大声を上げる。
あたしの肩に飛び乗ったヒナは、矢口さんの声に応えるようにチュンチュンと鳴いた。
「ちょっと待って、そのまま、そのまま」
矢口さんは音を立てないようにそーっとベッドを下りると、バッグから使い捨てカメラを取り出した。
あたしに向かってカメラを構えながら、矢口さんは何やら不満げにブツブツと独り言を言っている。
「なんで、よっすぃーなんだよ」
「………」
ヒナがあたしを相手に初めて肩乗りに成功したことが、気に入らないらしい。
306 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)22時55分41秒
「ピ〜ス!」
「よっすぃー、手がジャマ」
ポーズをキメて勝ち誇るあたしに、矢口さんが冷たく言い放つ。
どうやら、あたしのピースサインとヒナの体が被っていたらしい。
「…はーい」
あたしは渋々、右手を下ろした。
「左でやっていいよ」
あたしは渋々、左手を上げた。
左手のピースは、慣れていないせいで少しぎこちない。
「撮るよー」
矢口さんがシャッターを切ると、フラッシュに驚いてバランスを崩したヒナが、あたしの膝に落下した。
「「ヒナっ!?」」
二人で呼びかけるとヒナはすぐに立ち上がり、目を丸くしてあたしたちを見上げた。

ヒナが丈夫な子で、本当に良かったと思う。
307 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時01分12秒
<9>

それから一週間もすると、ヒナはあたしの身長ぐらいの高さまで飛べるようになり、
あたしと矢口さんの肩を行ったり来たりして遊んだ。
飲み水用の水入れで水浴びを覚えたヒナのために、あたしは100円ショップで小さなタッパーを買った。

そのうちにヒナはあたしの、もちろん矢口さんにも、手の届かない高さを飛ぶようになった。
ヒナのおかあさんは相変わらず毎日やって来るし、矢口さんはヒナに何か変化があると
すかさず『育児日記』に記録したり、ヒナのために色々と世話をやいたりしている。
けれど部屋の中を自在に飛び回るヒナは、もう矢口さんのものでも、親鳥のものでもない。
ヒナは、ヒナのモノだと思った。

「ヒナ」
矢口さんが呼ぶと、ヒナはその手に降りてくる。
窓の外に飛び去った後も、また同じように呼んだとしたら、ヒナは矢口さんの元へ戻ってくるだろうか。
308 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時05分45秒
<10>

「もう、放しても良い頃だと思うんだけど」
切り出したのは、矢口さんの方だった。
「うん。もう平気ですよね」
体も十分大きくなったし、むしろ遅いかも知れないと思っていた位だから、反対する理由は無い。
あたしたちは明日、ヒナを外に放すことに決めた。

「知ってた? 明日でちょうど一ヶ月なんだよ」
「あ、そっかぁ」
あたしは、雨の中でヒナを見つけた日のことを思い出す。
あの時はまだ梅雨の真っ最中だったのに、今ではもうセミが鳴いていて、あたしは夏休みの真っ最中だ。
「もうちょっと涼しくなってから、放してあげたかったけどね」
ママに愛想尽かされちゃうと困るでしょ?
そう続けると、矢口さんは寂しそうに笑った。
ヒナの飲み水を取り替える矢口さんの後姿を見ながら、あたしは泣きそうになった。
ヒナと別れるのが悲しいのか、矢口さんを失うのが恐いのか、どちらかはわからない。
たぶん、どっちもだ。

「終わったよー、ヒナ。下りといで」
ヒナと過ごす最後の日、矢口さんの日記にはどんな言葉が綴られるのだろう。
309 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時09分47秒
<11>

その日は朝からとても暑くて、家を出る前に見たニュースでは、この夏一番の暑さだとか言っていた。
昼過ぎに仕事が終わると、すぐにあたしたちはヒナの待つ部屋へ帰った。
矢口さんのお母さんがあたしたちのために気を利かせてくれたのだろう、
部屋の中はエアコンが効いていて、鳥かごは風の当たらない場所に置かれている。

「ダメだよ、今日はぁ」
お母さんの心遣いも虚しく、中に入るなり矢口さんはエアコンのスイッチを切ってしまった。
「えーっ、暑いのに」
人の家なのに図々しいけど、信じられない矢口さんの行動に、あたしは思わず不満を漏らす。
「いきなり暑いトコに放り出されたら、ヒナがびっくりするでしょー」
「ああ、そうかぁ」
冷え切った部屋から突然外に出したりしたら、体にも悪そうだしね…。
まだスイッチを切ったばかりなのにもうぼんやりとしてきた頭で考えて、あたしは納得した。
矢口さんが窓を開けて、二人で鳥かごを窓際に吊るす。
するとしばらくして、いつものように親鳥がエサをくわえて飛んできた。
310 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時14分07秒
「次に来たら、放そう」
鳥かごを挟んで向こう側から、矢口さんが静かに言った。
あたしたちはヒナが外へ出てもまたおかあさんに会えるように、一緒に飛ばせてあげようと決めていた。
「…うん」
あたしは頷いた。初めて、ヒナがいなくなることの実感が湧いた気がした。
ヒナにエサを与え終え、親鳥が飛び去って行く。
「ホント、暑いなぁ」
矢口さんがぽつりと言った。
どうか、おかあさんが戻ってきませんように。あたしはそればかり考えていた。
けれどあたしの無茶なお願いが神様に届くはずもなく、しばらくして親鳥は再びヒナの元へ戻ってきた。

親鳥のくちばしに自分のそれをくっつけて、ヒナは夢中でエサを啄ばむ。
それはとても長い時間のようにも、ほんの一瞬の出来事のようにも思えた。
親鳥がカゴから離れると、矢口さんはきゅっと唇を結んで、カゴの戸に手を掛ける。
戸が開くと、ヒナはまるでその時を長い間ずっと待っていたかのように素早く、外へ飛び出した。
「あっ…」
その瞬間が来たら、あたしは矢口さんがヒナを呼び戻してくれるんじゃないかと思っていた。
なのに、矢口さんは黙っている。
311 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時19分01秒
「ヒナ!」
とっさに、あたしは叫んでいた。
「ヒナ! ヒナ!」
けれどいくら呼んでも、ヒナは戻って来なかった。

誰もいなくなった鳥かごの向こう側に、矢口さんの横顔が見える。
彼女は頬を伝う涙を拭いもせず、もう雲しか見えない空を見上げていた。

とても長い時間をヒナと過ごした矢口さんの、ヒナを想う気持ちは、あたしなんかには計り知れない。
この部屋であたしたちを繋いでいたものはきっと、二人の気持ちじゃなくて、ヒナの存在だったんだ。
空っぽの鳥かごを見ていると、ふと、そんな気がした。
312 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時23分16秒

「じゃあ、おやすみなさい」
エレベーターに乗ると、あたしが言った。
「おやすみ」
扉を開けたまま少し待ってみたけど、矢口さんは何も言わなかった。

いつも決まって言っていた、「また明日」はもう言えない。
矢口さんとしたキスも、それからその先のことも、まるで無意味に思えて、あたしは弱気になった。
ヒナのいなくなった寂しい鳥かごが、頭から離れない。

「よっすぃー」
矢口さんがあたしの名前を呼んだとき、あたしはもうボタンから手を離していた。
扉がゆっくりと閉まり始める。
「また、おいでよ」
すぐに、矢口さんの顔は見えなくなった。
313 名前:おやすみ、また明日。 投稿日:2002年08月11日(日)23時29分41秒
帰り道、ヒナを見つけたあの場所を通り掛ると何羽かのスズメが歩道に集まっていて、
あたしが近付くと一斉に散って行った。
そうか、ヒナはスズメなんだ、と、今さらのように思う。
もしかしたら、あの中にヒナがいたかも知れない。

ヒナはスズメだ。渡り鳥じゃあないから、そう遠くまでは行かないはず。だったら、また来ればいいや。
ヒナに会うために。それから、矢口さんに会うために。


駅に着いて改札を抜け、ホームで電車を待つ間、あたしは矢口さんにメールした。


 『 おやすみなさい、また明日。 』
 

314 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月11日(日)23時33分05秒


最後までお読み頂き、どうもありがとうございました…。
315 名前:おさる 投稿日:2002年08月12日(月)00時00分06秒
 ヒナであれ、人の子であれ、成長する姿を見ることは微笑ましいことです。
しかし成長するということは、同時に育て主から巣立つことも意味します。
「子供以上、大人未満」が育ての親には最も甘美な思い出として残るのでは
ないでしょうか。
 今回の物語の中で矢口と吉澤の交わす会話には互いを慮るようなものはあり
ません。むしろ軽口に近いものです。しかし育ての親として、共にヒナを世話
する経験を共有することで二人の心の距離は深く静かに、更に近づきました。
抑制の効いたプロットと語り口がその心の動きを行間に滲ませています。
 ヒナは、表面上変化の見えない”やぐよし”の関係を一段深くさせた
キューピッド役だったのかもしれません。
 今回の作品は、読む人をしてそんなことを考えせしむる、珠玉の小編と
なりました。(ダラダラした感想になりました。スマソ。)
316 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月12日(月)01時03分13秒
同じものを見つめて過ごした時間は大切
でもお互いが一緒に居るのに理由なんか要らネ

終始おバカな話もいいけど、こういうのもまた良いですね
今回はいつもより二人とも暗いせいか私の笑いも暗めのトーンでした
( ´D`)くっくっくっ
317 名前:名無し狸。 投稿日:2002年08月12日(月)02時10分02秒
心がほんわり温かくなりました。感謝。
318 名前:名無し 投稿日:2002年08月12日(月)16時53分49秒
平凡な毎日の連続こそが非凡な事なんだと感じました。
お疲れ様でした。
319 名前:LVR 投稿日:2002年08月13日(火)20時05分11秒
温かい話でした。
吉澤さんがいつまでも矢口さんとヒナに会えますように。
それと、今更で申し訳ないんですが、
前作のなっちとの出会いが素晴らしく美しかったです。
320 名前:もんじゃ 投稿日:2002年08月14日(水)00時11分55秒
お疲れさまでした。
何気ない日々の中でヒナを通して、矢口の吉澤への心境の変化が伝わってきました。
でももしかしたら矢口は自分の気持ちに素直になっただけなのかな…。

なんだかじんわりと優しい気持ちになれました。
321 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年08月17日(土)05時32分51秒
いつもとは違う終わり方でしたね。
抑制が効いてて、特に最終話は少し乾いた感じもしてよかったです。
何だか、新しいすてっぷさんを発見した気がします。
お疲れ様でした。

322 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月18日(日)22時34分59秒
感想、ありがとうございます!
(レス遅くなってすみません…)

>315 おさるさん
自分で書いておきながら、おさるさんのレスで初めて気付かされる事が沢山あったりして…
丁寧な感想を、どうもありがとうございました。
今回は吉澤も矢口も、単に「良い子」ではなく、なんというか等身大なカンジを
出したかったのですが、伝わったでしょうか…。

>316 名無し娘。さん
おぉ、名言! 思わず、うんうん、と納得してしまいました。
最初は、一緒に居られるための口実というか理由に拘っていた二人ですが…。
アホな話ばかりやってると、たまーにこういうのが書きたくなります(笑)。よろしければ、また。

>317 名無し狸。さん
こちらこそ、温かいお言葉をありがとうございます。。

>318 名無しさん
同感です。非日常的な話ばかり書いているので、尚更そう思いますね。ありがとうございました。
323 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月18日(日)22時40分51秒
>319 LVRさん
感想ありがとうございます。
なっちのシーンは当初、(「とっかえ〜」ではなく)別の話として考えていたモノだったりするので、
他のエピソードに比べて浮いていないか心配だったのですが…感想頂けて、本当に嬉しいです。

>320 もんじゃさん
どうもありがとうございます。
日常の中で、人の気持ちってちょっとしたきっかけで解けたり、閉ざされたりするものですよね…。
あと、矢口の一人称にしてみても面白かったかなぁと思いました(すごく長い話になりそうですが)。

>321 ごまべーぐるさん
いつものようにハッキリと解決をみるのではなく、こういうラストも一度やってみたくて。
終始、淡々とした雰囲気を出したかったのですが、なかなか難しい…
でも、好意的な感想を頂けて嬉しいです。ありがとうございました。
324 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)00時09分35秒
いい話だねぇ。
しかし、矢口と幸せな事をした後に、意味無く全力疾走する吉澤って…
やっぱり、体育会系のイメージだなぁ。
325 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月25日(日)20時42分54秒
>324 名無し読者さん
ありがとうございます(レス遅くなりました…)。
モヤモヤを突っ走って発散させる吉澤、かなり情熱系です(笑)
『幸せな事』ってフレーズが、なんか良いなぁ…。
326 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)14時33分58秒
>ここをチェックしているすてっぷさんファンの皆様

すてっぷさんが金板で新作を連載なさってます。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/gold/1030279992/

スレ汚し失礼
327 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)09時29分55秒
ところで金の作品は本当にすてっぷさんの作品なのでしょうか?
328 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月02日(月)00時14分13秒
>326 名無し読者さん
どうもありがとうございます。感謝!
ちゃんとご報告しておけば良かったですね。。

>327 名無し読者さん
同じく、ちゃんとお知らせすれば良かったです…すみません。
326さんが貼ってくださったトコロで、新作はじめました。よろしければ。。
329 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月12日(木)23時00分31秒
さすがにこっちでDear Friends の続きは始まらないか。
フェイントがあるかと思ってたけど(苦笑
330 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月14日(土)04時12分13秒
>329 名無し読者さん
どうもです。思いつきで短編を書いてみたんですが、ここだと容量が危なかったので、
森板に「Dear Friends 6」を立てさせて頂きました。
思いつきの、なんてことはない話で恐縮なんですが、よろしければ覗いてやってくださいませ…。

Converted by dat2html.pl 1.0