インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
『オムニバス短編集』7thStage〜ウソつきあんた〜
- 1 名前:第七回支配人 投稿日:2002年04月20日(土)23時54分28秒
- 人間が生み出した偉大なる発明──それは言葉。
その言葉をもっとも有効に利用する方法──それが嘘。
これから皆さんの前に、さまざまな嘘が登場します。
楽しい嘘。
悲しい嘘。
腹立たしい嘘。
そして、それらを読んだ皆さんの心に生まれた感情。
面白いと思う気持ち。
わくわくした気持ち。
感動した気持ち。
その気持ちは決して──嘘ではありません。
作品を投稿する >>2-3
作品を楽しむ >>4-999
- 2 名前:作品の投稿の仕方 投稿日:2002年04月20日(土)23時55分48秒
- 1)まずは作品を完成させてください。
(投稿の際、コピペを使用することが望ましいので、できればその準備も)
2)次に登録用スレッドにて参加登録してください。
登録用スレッド
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=989174315
登録する際の例
「★〇〇番目「タイトル」●●●レスより開始します。」
もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおしてください(書き込み例は上記と同様)。
ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをしてください。
3)続いては作品の投稿です。
「名前欄」には「タイトル名」、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載してください。
投稿レス数は25レス以内、一度投稿しはじめたら最後まで一度に投稿してください。
作品の最後に必ずそうと判る目印(fin.や-完-など)を入れるのも忘れずに。
なお、あとがきは投稿用スレッドには書かないようにしてください。
書き込みたいときは、感想用スレッドに書き込んでください。
- 3 名前:作品の投稿の仕方 投稿日:2002年04月20日(土)23時56分21秒
- もし、書き込み(登録スレ)から24時間以内に更新されなかった場合、
その作者さんの登録番号は登録キャンセル/投稿無効と見なします。
無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
登録番号が無効になった場合、登録スレに
『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。
4)最後に投稿が終わったら、登録スレッドにその旨書き込んでください。
例
「☆〇〇番目「タイトル」●●●レスで終了しました。」
なお、投票締め切りまで参加作者がハンドル等を公開することは禁止されています。
これは作者による先入観を無くすためと、新人作者さんが参加しやすくするためです。
支配人による公開解禁の合図が出た後のカミングアウトは任意です。
次にルールの説明です。
今回のテーマは「嘘」です。
別れを連想させるものならばどのようなものでもかまいません。
ただし、必ず25レス以内におさめてください。
投稿期間は4/21(日)0:00 から 4/27(土)23:59 までとなっています。
※今回投稿期間は一週間です。お間違えの無いよう。
- 4 名前:作品を楽しむ 投稿日:2002年04月20日(土)23時58分57秒
- 読者としての注意点。
作品に対する感想や批評は案内板の感想スレッドに書き込んでださい。
投稿スレッドに感想を書き込むのは厳禁です。
感想スレッド
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1014391000
感想は積極的におねがいします。
普通の感想、批評、酷評、どんなことでもかまいません。
ただし、作品に対する話でお願いします。
投稿締め切り後、投票がありますので、そちらにも振るってご参加ください。
投票は作者、読者どちらでもかまいません。
投票期間は4/28(日)0:00 から 5/4(土)23:59 までとなっています。
なお、今回は『最も印象的な嘘』に特別賞が贈られます。
- 5 名前:今までの作品を見る 投稿日:2002年04月20日(土)23時59分27秒
- ・第一回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/989646261.html
・第二回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/993979456.html
・第三回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/flower/998168613.html
・第四回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/white/1004797991.html
・第五回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/1007385455.html
・第六回─http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=yellow&thp=1014390660
(二本目)http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=yellow&thp=1015124202
それではお楽しみください。
- 6 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時06分50秒
「うそっ!」
楽屋に飛び込んできた保田は、いきなりそう叫んだ。
「うそよそんなの、紗耶香がモーニング娘。を脱退するなんて……」
ひたちなかで走り終わったメンバーたちは、競技場の特別控え室で疲れた
身体を休めていた。ちょうど、市井と後藤の2人はシャワーを浴びに行っ
ていてこの場にはいなかった。
保田は、よろよろと、楽屋のテーブルに手をついた。下唇をきつく噛みし
めて、何度も首を左右に振った。そして(三年なんて長すぎるよ……)と
つぶやいた。
そのオーバーアクションを見ていた吉澤と石川――彼女たちは第四期メン
バーとして活動を始めたばかりである――はうつむいて、肩を震わせてい
た。だが、彼女たちは泣いていたのではなかった。
笑いをこらえていたのだ。
- 7 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時07分52秒
つつ、と辻が保田に寄り添う。小声で耳打ちする。
(やすださんやすださん、その演技はしつこすぎれす。逆に投げやりれす)
保田はキッ、と辻を横目で睨んだ。
(やってらんないわよ! どうせこのあとは紗耶香とごっつぁんのラブラブ
な話が展開するんでしょ? でもさあ、いまさらいちごまの王道をやっても
読む人なんていないわよ。誰か1人くらい、私と紗耶香の濃密な夜の卒業話
を書きなさいよ!)
「やっぱりれすね、いちごま、いしよし、やぐちゅーが三大CP(カップリ
ング)じゃないれすか。K1なんてマイナーな組み合わせ、聞いたことない
のれす」
保田の視線に力が込められた。お前、普段はれすれす言わねえだろ、とその目
は語っていた。
「それが娘。小説の掟なのれす」
そう言われてしまえば、いち登場人物に過ぎない保田は黙るしか無かった。
- 8 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時09分52秒
横を見ると、掟どおりに中澤は矢口を手ごめにしようとしていたし、吉澤の
手は石川の服の下で淫らにうごめいていた。
ちっ、と舌打ちし、保田は説明口調で話し始めた。
「ごっつぁんさあ、まだこのこと知らないんだよね。せっかく教育係だった
紗耶香になついてたのに。今回の卒業の話さあ、ごっつぁんには秘密にして
おいて欲しい、自分から説明するから、って紗耶香には頼まれたんだ。紗耶
香、今さっきごっつぁん連れ出したみたいだけど、2人っきりでどうするつ
もりなんだろうね」
状況を台詞で説明させるのってさ、本当はダメな小説の書き方なんだよね、
と矢口は余計な解説をした。
シャワーだべさ、シャワー室に2人っきりだべさ、と安倍はニヤニヤ笑っ
て言った。
「こーゆー時ってさ、どこまでするんだろね?」
と、飯田は素朴な疑問を発した。飯田は辻とほのぼのと組み合わされること
が多いからか、彼女自身は過激な恋愛体験はほとんどない。
紗耶香はごっちんを抱いちゃうべさ、抱いて抱いて抱いてあーんだべさ、と、
ホンマにそれ方言か?作ってへんか? とDT浜田も思わずツッコミたくな
るような道産子弁で安倍は言った。
- 9 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時11分10秒
「でもさあ、抱くっていったってさあ、ウチら、女同士じゃん? そこんとこが、
疑問な訳よ」
飯田は、真面目な顔のまま安倍に問う。
後ろで見ていた2人――まるで恋人同士のよう身体をぴったり密着させ、どう
するのかな? と、石川は夢見るようにつぶやいた。
「ごっちん、市井さんの指がロストバージンの相手か……」
吉澤の意味ありげな言葉と視線に、いやん、と石川は顔をおおった。
「ごっちんは処女だからね」
矢口はぼそりと、お約束をつぶやいた。
- 10 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時12分24秒
「みんなごとぉを子ども扱いしてさ……」
グスングスンと鼻をすすりながら、後藤は市井を睨んでいた。
「ごとぉは処女じゃないもん! 下着も黒だもん!」
訳分かんねえよ、と市井は小声で言った。それよりもさ、と市井は声量を戻した。
「なにさ」
後藤が唇を尖らせる。
「こう、女2人でさ、裸でシャワー浴びてる図って、結構恥ずくない?」
カップリング対象者が2人っきりでシャワーを浴びるのはよくある設定だ。
シャワールームという密室で仲直りしたりほのぼのしたりハードになにかを
したり、というシーンも無数にがいしゅつではある。そして、いざ、という
ところで保田が『あんたたち何やってるのよ!』と乱入してくるのだ。
しかし、と市井は思う。
女の子同士で、こうやってまじまじと裸を見せあうのは、実は恥ずかしい。
でーん、とハダカを市井の前にさらしている後藤を見ているのも恥ずかしい。
「恥ずかしくないよ! だってごとぉは処女じゃないもん!」
「い、いや、ショマちゃんはもういいからさ」
そういや、こいつネタじゃなくてマジで裸には羞恥心なかったっけ、と市井は
思いだし、やっぱ処女だわ、とつぶやいてしまった。
うわあああん、と泣きながら、後藤はシャワールームを走って出ていった。
- 11 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時14分01秒
まだ髪もびしゃびしゃで、濡れたTシャツとGパンの姿の後藤は、走って廊下
の角を曲がろうとしてまともに中澤とぶつかった。
「な、なんやごっちん。……泣いてるんか?」
どうやら中澤は心配して様子を見に来たようだ。
向こうから、市井が申し訳なさそうに姿を現した。
「紗耶香……ごっちんにあの話したんか?」
市井は、ふるふると首を左右に振った。
「それやったらなんでこの子は泣いて……ああっ、紗耶香、アンタもしかして、
ごっちんの処女をマジで奪って……」
市井は、奪ってないッスー、後藤はバージンのままッスー、と廊下を挟んで大声
で言った。
「なんや、まだごっちんは処女のまんまかいな」
うわあああああん!
後藤はまたもや泣きながら、その場から走り去った。そのままタクシーで自宅
に帰り、母親のパソコンを勝手に借用してインターネットの某巨大掲示板に
『【衝撃】後藤真希は処女じゃなかった!【真実】』というスレッドを立てた。
- 12 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時16分01秒
三日後。
「ごめん、ごめんね後藤。でももう決めたことだからさ」
夜のスタジオ。
誰もいないスタジオ。
市井の決心をついに打ち明けられた後藤は、目を大きく見開いて、市井を見て
いた。ずっと続くと思っていた。ずっと、ずっとこの幸せな時間が、続くのだ
と信じて疑わなかった。
(三年も、待ってられないよ)
後藤は、ぽろぽろと涙を流した。言葉は何一つ出てこなかった。今、やっと
気づいた。目の回りそうなくらい忙しい毎日が、なのにこんなに幸せな気持
ちで過ごせたのは、彼女の教育係――市井紗耶香がモーニング娘。にいたか
らこそだった。市井に誉められて感じていた嬉しさは、彼女にいだいていた
あこがれは、いつの間にか後藤の中で違う感情に変化してしまっていた。
(バカだ……私、ほんっとにバカだ……)
うつむいて、声を出さずに泣き続ける後藤を置き去りにし、市井はスタジオを
出ていった。後藤は市井を呼び止めなかったし、市井は後藤を振り返らなかった。
- 13 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時17分56秒
(ごっちん、大熱演だねえ。大号泣だよ)
(なんでマンネリ脱退話をさ、こんなにテンションあげていけるんだろうね?)
録音室に隠れてこの様子を伺っているのは、保田と矢口である。
(あーれー? 圭ちゃん、なんでもらい泣きしてるのさ)
(してないわよ! ちょっと眠いのよ!)
(へーへー。そうですか)
これから、どうなるんだろう? と保田と矢口は首をひねった。
(起承転結で言えば、今が承、の部分だよね)
(なら次は転か。飯田ロボ発進ね!)
(それは違うから。それはリレー企画のほうだから)
リレー企画でも、そういう展開は無いのだが。
通常のいちごまの場合、このあと後藤が問題行動を起こして市井どころか
モーニング娘。全員を振り回すことになってしまうか、もしくは2人の仲
は疎遠になって行き違ったまま卒業の日を迎えようとするも、前日くらい
に月明かりの差す市井の部屋で2人は結ばれたりなんかしちゃったりなん
かして!!<by広川太一郎>
(ちょっと矢口興奮しすぎ!)
(傷心のごっちんに近づいた肉体の悪魔保田圭が、14才の身体を思うが
ままに蹂躙するハード百合的展開もアリなんじゃないの?)
(黒ヤッスーなんてきょうび流行らないわよ)
2人の密談は、泣き疲れた後藤がスタジオを去った後も、夜更けまでだら
だらと続いた。
これが吉澤と石川だったならば、疲れちゃったね三階の休養室でちょっと
休憩しようか、みたいなぷっちエロ分岐も可なのだが、保田×矢口という
組み合わせはむしろ読む人を引かせるだけなので、これ以上の進展はない
のであった。
- 14 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時19分41秒
(映像:日めくりカレンダーがパラパラとめくれていくイメージ)
- 15 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時20分38秒
雨の東京。
九段下の駅からずらりと続く、傘の行列。
紗耶香やめないでくれ! と散発的な叫び声。
北の丸公園は、コンサート会場に入れないファンたちで溢れかえっていた。
「やっぱ、いちごまのラストは4.21武道館なんだね……」
あの恥ずかしいTシャツを着せられた保田は、控え室の窓の外に見える熱狂を
眺めながらつぶやいた。
ステージからは、アンコールの代わりに紗耶香コールがわき上がっていた。声
に押し出されるように、市井は舞台に飛び出して行った。
(これで素直に終わってくれたらいいんだけど)
そう、保田は祈った。まあ無理だろうけど。すでに後藤の姿は見えなくなって
るし。
「わたしはー、悲しくありません。なぜなら――」
『ちょ、ちょっと後藤さんやめてください!』
急に、加護の声が会場に響きわたった。
どすん、ばたん、ともみ合うような音。
観客たちがざわつき始めた。
どうやら、音声だけが入っているようだ。
- 16 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時21分39秒
(アナウンスの部屋だ!)
一体、加護は何やってるのよ、と保田は駆け出そうとして、
『いち〜ちゃ〜〜ん、辞めちゃヤダ〜〜〜び〜〜〜』
後藤の絶叫が、スピーカーから爆音で降り注いだ。
保田は耳を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。鼓膜が共振してビリビリと
震えた。やっちゃったよ、ここでやっちゃったよ、と保田は口の中で繰り返
した。
「後藤? あんたどうしてそんなこと言うのよ!」
市井が、怒気を孕んだ声で、会場をふり仰いで叫ぶ。
『後藤真希は、市井紗耶香のことが大好きだからだよ!』
しん、と。
突然、神鳴に貫かれたように、世界が沈黙した。
- 17 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時22分33秒
ステージに、スポットライトがもう一本伸びる。
その光の中に後藤が立っている。
(ちょっと待ってよ。こんな演出聞いてないし、この照明は誰が――)
アナウンスルームに向かって走っていた保田は、どういうカラクリで後藤と
入れ違ったのかいぶかしく思いながらも舞台裏に移動した。圭ちゃーん、こ
っちこっち、という声に顔を上げると、なぜか飯田が後藤に照明を当ててい
た。親指でガッツポーズを作っていた。
(あんた、無理ありすぎでしょ! いつ裏方のスキル身につけてたのよ!)
(圭織、いつも美打ちに出てるからさ。これっくらい、イマドキの娘。は出来
ないとね)
(出来なくていいから。出来なくていいから)
いろんなものを都合良く無視しながら、舞台では感動のクライマックスを迎え
ていた。
- 18 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時24分20秒
「私も……」
市井は、観念したのか、後藤に笑いかけた。
「後藤のこと、好きだよ」
「いちーちゃん!」
シルエットになった二つの影が重なる。
会場は、感動の渦に包まれた。あちこちから拍手がわき上がった。
ほーんのちょこっと なんだけど
髪型を変えてみたー
会場の誰かが最初にフレーズを口ずさんだ。
それは、会場全体に爆発的に広がった。
ヲタたちは、両隣と肩を組みあい、市井と後藤へ向けて、ちょこっとLOVE
を歌った。
- 19 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時25分55秒
外は相変わらずの雨だ。
どう情報が伝わったのかは分からないが、武道館の外に集まっていた十万人の
ファンたちも、笑顔で涙を流しながらこぶしを空に突き上げていた。
「三年、待ってるぞ!」
「絶対、帰って来るんだぞ!」
彼らは、傘を捨て去り、身体が濡れるのも構わずに歓喜の声を張り上げた。
「いちごま万歳!」
「いちごまよ永遠なれ!」
鉛色にうねる海面のような、重低音のシュプレヒコールは、遠く、新宿まで届
いたという。
- 20 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時26分39秒
(いいの? あんたたち、本当にこれでいいの?)
保田は、ステージの袖で、ガックリと膝をついた。
そばに、腕を組んだ中澤が立った。ぽん、と保田の肩に手を置いた。
「……裕ちゃん」
抱き合う2人を眺めながら、
「みんな、熱いな」
中澤は言ってはいけないことを口にした。
- 21 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時27分17秒
「紗耶香、1年半で帰って来るのにな」
雨はまだ、降り止みそうにない。
- 22 名前:いちごま小説の掟 投稿日:2002年04月21日(日)00時27分52秒
おわり
- 23 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時11分52秒
- 私、飯田圭織は今、信じられない光景を目にしている。
「あいぼん、そんなにお菓子食べてちゃいけないよ」
辻が・・・あの辻が、お菓子を食べている加護を注意してる・・・・
いつもなら、一緒になって食べてるのに・・・・
圭織、感動して涙が出そうだよ。
どうして、辻がこんなになったのか、それは数時間前の出来事がきっかけなの。
- 24 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時13分05秒
- 圭織は今日、珍しく寝坊したんだ。
リーダーだからね、絶対遅刻とかしちゃいけないと思って、今まで寝坊とかしたことなかったの。
でもね、なぜか今日に限って目覚ましをかけ忘れたの。
それでね、急いで準備して行ったら、何とかぎりぎり間に合ったんだ。
それで、急いで楽屋に入ったのはいいんだけど・・・・
いいわけするつもりはないんだけど、ホントに急いでたのよ。
だって、リーダーが一番遅かったら格好悪いでしょ。
だから、思いっきりドアを開けて入ったの。
そしたら・・・何か鈍い音がして・・・・・
ふと振り返ると・・・・辻が倒れてて、ピクリとも動かないのよ。
どうやら、ドアのノブが後頭部に直撃したみたい。お団子が三つになってたの。
圭織マジであせったの。まさかドアの向こうに人がいるなんて思ってなかったし・・・・
これは業務上過失致死だよねって自分に言い聞かせてたの。
で、恐る恐る辻に近づくと、息してたのね。
本当にホッとした。これで傷害罪になるかなって・・・
辻って呼びながら揺すると、目を覚ましたのね。
- 25 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時13分44秒
- それで、辻の第一声が「ここはどこ?私は誰?」だったのよ。
いまどき、こんなこと言う奴がいるもんだねと思ったから
「ふざけてるんじゃないよ。本当に心配したんだから」
って言ったの。
でもね、圭織はホント驚いた。嘘じゃないのよ。ホントに記憶喪失だったの。
そこで圭織は閃いたの。これは辻を変えるチャンスだと。
「あなたは、辻希美っていって、モーニング娘。のメンバーなの。わかる?」
優しく言い聞かせると、辻は頷き、
「私ってどんな人だったんですか?」
と言った。
舌足らずな所まで直ってるとは・・・・
驚きながら、私は更に続けた。
「あなたはね、素直で、みんなの言うことをよく聞く、えらい子だったの。食いしん坊じゃないしね」
辻は目をキラキラさせて私の方を見て頷いた。
その目をみて、私の胸は痛んだ。ごめんね、辻。
- 26 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時14分15秒
- そんなこんなで今に至るの。
辻は自分はいい子と思い込んでる。でも、まさか加護に注意するほどになるとは思わなかった。
加護はしかたなくお菓子を閉まって、紺野たちのところへ行った。
そんな加護の後姿を見てる辻の顔が寂しそうだったの。
でもね、すぐに矢口がやってきて、辻を褒めてあげてた時、本当にうれしそうな顔してた。
辻がそんな性格のまま、数日が経ったの。
辻は本当によく気が利いて、私のサポートをしてくれた。
これも私の教育がよかったおかげかなって、ちょっと自信もってた。
楽屋も静かで、何事もスムーズに進んでたの。
加護も辻もお菓子をあまり食べなくて、順調に痩せていっていた。
でもね、モーニング娘。の中に何か大きな穴がポッカリあいてたの。
それが何かわからないんだけどね。
私はそれに気づいてなかったわ。
- 27 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時14分58秒
- ある日、加護が私に向かって言ったわ。
「ののを返して」って。
加護が元気ないのは薄々気づいてた。
無理に辻を避けて、石川や吉澤に引っ付いてたの。
でも、何か一人浮いてた。溶け込んでないような感じがしてた。
それで、辻も一人になることが多かったの。
矢口や圭ちゃんと一緒にいても、やっぱり何か溶け込めてない感じはしてた。
でもね、圭織はそのうち元通りになると思ってた。
二人が、楽しそうに笑ってるときも、少し影があることを気づいてなかったの。
- 28 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時15分31秒
- そのまま、さらに数日が経ったある日、私がトイレに入ったとき、辻は中で一人で泣いてたの。
私が「どうしたの?」って聞いても何も答えなかった。
私の顔を見て、必至に涙をこらえようとしてた。
でもね、辻の顔をみたら、全てがわかったの。
辻はやっぱり辻なんだって。
私は自分のやったことの重大さに気付いたわ。
そして、モーニング娘。にあいた穴の正体も。
私は辻の手をとり、楽屋に戻った。
- 29 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時16分12秒
- 「ごめんね、辻。私、あなたに嘘ついてたの。これが本当のあなたよ」
以前に収録した番組のビデオを入れながら言った。
「食いしん坊で、いたずらっ子で、みんなに迷惑ばっかりかけてるけど・・・・・
本当にいい子。モーニング娘。に欠かせない、辻希美って子なの」
ビデオを見ている辻の顔はどんなだっただろう。
私はただ、辻を後ろから抱いていた。
不意に辻が立ち上がった。
「ののはこんなんじゃない。素直ないい子なんです」
そう叫んで楽屋を飛び出そうとしたが・・・・・
「圭織〜もうすぐリハ始まるよ」
ちょうど圭ちゃんがドアを開けて入ってきた。
再び鈍い音が響き、辻がその場に崩れ落ちた。
圭ちゃん・・・ナイスカウンター・・・なんて感心してる場合じゃない。
「辻!」
私は慌てて駆け寄った。
今度はおでこに三つ目のお団子が出来ていた。
- 30 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時16分52秒
- 「辻、辻」
すると、辻はゆっくり目をあけた。
「おなかすいたのれす」
それが第一声だった。
私は辻を抱きしめ、何度も何度も謝った。
辻は不思議そうな顔で私を見ていた。
- 31 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時17分39秒
- 「あいぼん、そんなにお菓子食べちゃいけないのれす。ののが、かわりに食べてあげるのれす」
「いやや、これは私のや。ののは、のののやつがあるやろ」
「え〜あいぼんの、おいしそうなんらもん」
「いやや。絶対あげへん」
いつもの会話が楽屋を賑わしている。
「うるさい、ちょっと静かにしなさい」
圭ちゃんの声が聞こえてくる。
やっぱりいいね、こういうのって。
「オバちゃんが怒った〜」
「オバちゃん、オバちゃん」
楽屋内はよりいっそう騒がしくなる。
やっぱり前のがよかったのかな?
圭ちゃんに追いかけられ、楽屋内を走り回る辻加護を見ながら、私は一人呟いていた。
- 32 名前:辻がののでなくなる日 投稿日:2002年04月21日(日)03時18分17秒
完
- 33 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時19分13秒
- 机に携帯電話が置いてあった。
飯田さんと私以外の人は帰ってしまったから飯田さんのかとも思ったが
飯田さんの携帯電話とは形も色もストラップも違った。
手にとって見るとその携帯電話は後藤さんのものだった。
しげしげと見つめていると着信音が鳴る。
- 34 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時19分49秒
- 液晶には「いちーちゃん」と表示されていた。
ちなみに名前の後にはご丁寧にハートの絵文字付き。
私は迷わず通話ボタンを押した。
「あ、ごとー?」
私は軽く鼻をつまんで声を出した。
「いちーちゃーん?ん〜ごとーだよ〜」
「あれ?後藤風邪引いた?」
「ん〜ちょっとね〜」
携帯電話の音なんて物はデジタルでないのだから
クリアーに通るわけがないのだ。
こんな風な幼稚な方法で声を真似ても十分伝わってしまうのは
やや驚きではあるけれど…
- 35 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時20分38秒
- 「ね、今日一緒にあそぼーよ。」
弾むような市井さんの声。
遊んでていいんですかね?
愛しのユウキ君は大騒動、自分だって安全圏にいるわけじゃ
ないじゃないですか?
私は口元を上げ息を吸い込んだ。
「ごめ〜ん…今日はよっすぃーと遊ぶんだ〜」
我ながらそっくり。
今の聞いた?ごめ〜んの「め」のところなんか後藤さんの脱力具合を
見事に表現しているよね!
私は一人冷たい楽屋でほくそえんだ。
- 36 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時21分22秒
- 受話器の向こうの声はがくんとテンションが落ちた。
「…最近…よっすぃーよっすぃーってばっかりだね、後藤。」
あらら?
市井さんて結構嫉妬深い所が有るんだな〜。
これじゃあユウキさんも大変なんだろうな…
女の人は欲求を結果ではなくて自分の感情に対する見返りで
処理するからこんなこと言われたらやっぱりへこむ訳だね…うん。
「そお?」
あ、鼻つまむの忘れた…やばい?やばい?
- 37 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時22分06秒
- 「そうだよ!このあいだのキャンセルだってよっすぃーのせいだった!
私の誕生日の時の話題だってよっすぃーよっすぃーよっすぃー・・・」
あ、ばれてないや…
「もう!いいよっ!」
耳鳴り。
ぷつ
いってて…うるさいなあ…もお…
なに怒っちゃってるの?
まあいいや…
- 38 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時23分05秒
- あはは〜でもおもしろいですね〜。
こんなくだらない方法でだまされるなんて。
さすがですわ〜元モーニング娘。いちーさやかさんっ☆
私はメール作成のボタンを押した。
いつもは慎重に打つメール。けど今は他人の携帯。
他人になりきっているだけ。
私じゃない。
どんな打ち間違いがあっても私の間違いじゃないからね。
メールの内容が出来た。
- 39 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時24分01秒
- 「リカちゃんてキャラウザイよね?
でも加護は可愛がられてるジャン?ごとー
ちょーメンチ切られてるもんね〜嫉妬って
やな感じだよねー」
いっちょあがり。
もともと後藤さんは長いメールを打たないみたいだから楽でいい。
私はつい長々とメールを打っちゃうからね。
私はあて先に「石川梨華」を選ぶとメールを送信した。
- 40 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時24分53秒
- まだ飯田さんは来ない。
じゃ、つぎはーっと…
そう考えていたら早速メールが返ってきた。
石川さんだ。
あの人貧乏性だから携帯からは電話しないんだよねー
「ひどいよ!ごっちんひどい!
なんでそんなけと言うの!
あいぼんへのメール、間違って私のとこに
きたや!ひどいよこんな事行ってたなんて!」
- 41 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時25分34秒
- 打つ回数も変換もめちゃくちゃ。
あはは…!
あの人らしいや。きっと「ごめんね」のメールを送らなきゃ
夜中悩んで泣きはらした目で明日は出てくるんだろうな。
楽しみ、楽しみ…
ほっとけほっとけ。
さってと…メールメール。ん〜…じゃあ次のメールはこうしよう。
- 42 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時26分24秒
- 「言うつもりはなかったんだけれどさ。。
私、圭ちゃんのこと愛してるんだ。
恋愛とかそういう意味で、好きっぽい。
圭ちゃんは私のこと嫌い?」
ん?ちょっと長いかな?
ま、いっか。
私はあて先に「保田 圭」を選ぶとメールを送信した。
ずっと待ってても返事は来なかった。
- 43 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時26分56秒
- 「お〜い!のの〜!帰ろう!」
廊下から飯田さんの声が聞こえた。
「は〜い〜!」
携帯をテーブルの上に戻す。
飯田さんがひょこと顔を出した。
「ほらーのの!電気消しちゃうぞ!」
「いやなのです〜!こわいよう〜!いいださんのいぢわる〜!」
私はそう言いながら飯田さんの元に走る。
泣きそうな顔の私の頭を飯田さんは優しく撫でる。
「はいはい。ごめんな〜ほら八段アイス食べるんだろ?」
「うん!いいださんも一緒にたべるよね?」
「はいはい」
飯田さんは笑った。
私も笑った。
- 44 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時27分31秒
- 「ののは本当に可愛いな〜」
「へへ〜のの、いいださんのなでなでダイスキです!」
- 45 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時28分36秒
-
―完―
?
- 46 名前:携帯電話 投稿日:2002年04月21日(日)22時29分26秒
-
―完―
?
- 47 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時35分00秒
- 「私、保田さんが好きみたいです」
「……へ?」
紺野があんまり真顔で言うから、一瞬なにがなんだかわからなかった。
- 48 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時35分50秒
- 「…………」
「……あの、保田さん?」
「な、なに?」
「シロップ、入れすぎじゃないですか?」
「え? わあぁっ!!」
しまった……。
紺野の突然の告白にびっくりして、シロップを入れてた手がそのままになっていた。
アイスコーヒーがいつの間にかグラス一杯に膨れ上がっている。
琥珀色の液体が、今にもグラスの淵からこぼれそうで。だけど必死に耐えていて。
これって表面張力って言うんだっけ?
まぁとりあえずこぼれなくて良かった、と息をつくと、目をキラキラ輝かせてグラスを見つめている紺野に気付いた。
「すごい……、一枚でもコインを入れたらこぼれちゃいそうですね」
「ん? ああ、そうね。ほんとギリギリだったね」
「まさか保田さん、グラスの底にチョコレートとかつけてないですよね?」
……アンタ、何の話してんの?
- 49 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時36分38秒
- とにかく気分を落ち着かせようとアイスコーヒーを口に含む。
……やっぱり甘い。
こりゃもう飲める代物じゃないよ……
しかしシロップを入れすぎるとは。
ったく、なに動揺してんだろ、私。
コーヒーを飲むのを諦めた私はお水のお代わりを頼んだ。
愛想の良いウェイトレスが持ってきてくれた水を飲んだら、口の中の甘ったるさは程良く薄まった。
だけど胸の鼓動が、どうしてもおさまらない。
「……本気で言ってるの?」
精一杯冷静を装って、無理矢理に落ち着かせた口調で聞いてみた。
その問いに、紺野は真剣な表情をして頷いた。
「私、嘘つくのヘタなんです」
紺野はちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
恐いくらいに澄んだ瞳をしてる。
多分ホントなんだな、と思った。
あのコもあの時、同じような目をしてた。
- 50 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時37分20秒
- 「……わかんないね」
私は小さくため息をつきながらストローでグラスに浮かぶ氷を弄ぶように回した。
紺野はなんにも言わずに座ったままだ。
運ばれてきたミルクセーキにも手をつけていない。
「私のどこを好きになったわけ?」
微妙な雰囲気に耐えきれず、つい間の抜けた事を聞いてしまった。
だけどそれを確かめたくなかったと言えば嘘になる。
このコたちの教育は後藤や石川吉澤に任せっきりで、私はずっとある程度の距離を保っていた。
その方が後藤たちにとってもプラスになると思ったからだ。
それになっちやカオリも今回はなぜか新人指導に熱をいれている。
辻や加護は同じ中学生組ってことで自然と仲良くなってるみたいだし。
矢口とはなぜか家族ぐるみの付き合いで、矢口のお父さんなんか毎週紺野と一緒に矢口のラジオを聞いているそうだ。
紺野にとって私は最も接点の少ないメンバーであるはずだった。
そんな私のどこに紺野が惹かれたのか。
少なからず興味があった。
- 51 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時38分17秒
- 紺野はようやく目の前のミルクセーキを一口飲んで。
それから照れくさそうに体をモジモジと動かすと、ゆっくりと話し始めた。
「この前、保田さんのお家にお邪魔しましたよね……」
「うん」
「それでその時、パソコン教えてくれたじゃないですか」
「うん」
「その時の保田さんの顔がなんだかすごく真剣で……素敵でした」
「それで?」
「はい、好きになっちゃいました」
紺野は頬を春色に染めながらそう言うと、また俯いて視線を落とした。
会話が止まる。
再び気まずい雰囲気が私たちを包んだ。
やっぱりこういう空気は好きになれない。
だけど今、この微妙な状況を作り出している責任は私にある。
紺野は真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてきた。
私には紺野に対して何らかの回答を提示する義務がある。
でも、私には……
――どうすればいいの?
- 52 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時39分14秒
- 「……紺野の気持ちはわかったよ。だけど返事はちょっと待ってくれないかな?
なんていうか、その……ホント突然だったからさ、自分の気持ちがまだわからなくて」
「はい」
「……じゃ、行こっか」
悩んだ末に出した答えは、答えになっていなかった。
なんて情けないんだろう。
たった一言二言喋っただけなのに、喉がカラカラに渇いてた。
残っていた水を一気に飲むと、テーブルに伏せられていた伝票を少し乱暴に掴んで席を立った。
結局ロクに飲めなかったコーヒー代を払って店を出る。
外はもう暗かった。少し雨も降っていた。
- 53 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時40分05秒
- 大通りまで少し歩いてタクシーを止めた。
紺野を後ろの座席に乗せると、運転手さんにお金を渡して行き先を告げた。
「じゃ、おやすみ」
そう言って歩道に戻ると、後部座席のドアが音を立てて閉まった。
雨が少し強くなった。
徐々に大きくなる雨音の中、ウィィィンと窓の開く音が後ろから聞こえた。
振り返ると、半分ほど開いた窓の向こうに、紺野の顔が見えた。
「保田さんの気持ちが決まるまで……待ってますから」
真っ直ぐな瞳。
頷くことしか出来なかった。
- 54 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時40分42秒
- 赤いテールランプがネオンの海に流れて消えていく。
「気持ちが決まるまで、か……」
そんなもの、とっくの昔に決まってる。
私にはあのコがいるんだ。
紺野の気持ちには応えられない。
――じゃあ、なんでその事を紺野に伝えなかった?
紺野を傷つけたくなかったの?
それもあるかもしれない。
でも本当は、自分が悪者になりたくなかっただけなんでしょ?
紺野に嫌われたくなかっただけなんでしょ?
だから、気持ちがわからないなんて嘘をついて逃げたんだ。
私は、嘘つきだ。
- 55 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時42分10秒
雨は夜になってますます強くなっていた。
窓を打ちつける雨粒の重い音が暗い部屋に響く。
私は乱れた息をなんとか押し殺しながら、ペットボトルの水を一気に喉に流し込んだ。
ゆだるように火照った体がじんわりと冷えていく。
「どうしたんですか?」
耳慣れた高い声が背中越しに聞こえた。
振り返ると白いシーツにくるまるようにして石川がベッドの上に横たわっていた。
眉尻の下がった切なげな表情。
枕元の古ぼけたスタンドの光がその顔をオレンジ色に染めている。
「今日の保田さん、なんか変ですよ?」
「そう?」
ボトルのキャップを閉めながら、努めて平静を保った声で答えた。
でもホントは内心、ギクリとした。
「そうですよ。いきなり家にきたかと思ったらそのままベッドに入っちゃうし。
それに……なんだかいつもより乱暴……っていうか激しかったし」
確かに今日の私はおかしい。
突然石川の家に押し掛けて。そして、本能のままに石川を抱いて。
けど、その原因はわかってる。
いらついてるんだ。自分に。自分の嘘に。
――私が、嘘をついたことに。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「なんですか?」
「私って、嘘つきかなぁ?」
- 56 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時42分46秒
- 「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いいから答えて」
石川の問いを遮るようにして、私はベッドに腰を下ろした。
シーツを片手で胸元に留めたまま、石川が上半身をゆっくりと起こす。
「……保田さんは、嘘つきですよ」
「やっぱ、そうなんだ」
「でも保田さんの嘘は優しい嘘です」
「……どういうこと?」
「相手の人を思いやるっていうか……、相手の人のための嘘って感じがします」
そうだろうか?
いや、多分それは石川がそう感じているだけだ。
結局私は臆病で、何かから逃げるように嘘をついている。
自分のために、嘘をつく――
- 57 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時43分38秒
- 「じゃあ、私は嘘つきでもいいの?」
やっぱり今日の私はヘンだ。
何が良くて、何が悪いか、なんてはっきり線の引ける問題なんかじゃないのに。
それでも石川は少しの間考え込んで、わかりません、と切なげに微笑んだ。
「……ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ、そんな事ないです。でも……」
「なに?」
「大事な時は本当の事を言ってください。じゃないと……」
「じゃないと?」
「保田さんの気持ちが、見えないです」
――保田さんはいつも心を隠してるから。
そう言って石川は腕を絡めるようにもたれ掛かってきた。
触れ合った部分から温もりが伝わる。
幾度となく求め合った肌。
「……そうだね」
そう言い終わらない内に、石川の唇を塞いでた。
甘い吐息が儚げに漏れて、頬を静かにくすぐる。
石川の体を抱きしめながら、シーツの海にゆっくりと飛び込んだ。
柔らかな感触に溺れそうになりながら、紺野に本当の事を言おう、と意識の片隅で考えていた。
- 58 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時44分26秒
「マヨ好き? 圭ちゃん」
「意外とマヨ好き」
「紺野は?」
「私、マヨネーズ駄目なんですよ」
翌日は雨も上がって、それなりにいい天気だった。
今日の仕事はこの春から始まったミニ番組を収録して終わりだ。
「圭ちゃん、紺野、お疲れ様〜」
「バイバイ、けーちゃん」
久々の早上がりだ。何か予定でもあるのだろう。
吉澤は待っていた後藤と一緒にさっさと帰ってしまった。
他のメンバーもそれぞれ別の仕事だったり、既に帰っていたり。
残っているのは私と紺野だけだった。
なにせ昨日の今日だ。
楽屋の空気は春だというのに冷たく、そして重かった。
でもよく考えてみると、昨日の答えを伝えるには絶好の機会かもしれない。
覚悟を決めた私はモゴモゴと着替えている紺野に声をかけた。
「あのさ……、話があるんだけど」
紺野が白いパーカーから頭を出して私を見つめる。
黒く輝く瞳が私を射抜く。
その強い光に私の決意は崩されそうになった。
「じゃあ、保田さんのお家にお邪魔してもいいですか?
またパソコンで教えてもらいたい所がありまして……」
「……いいわよ」
私はそう答えるとバッグを肩にかけて楽屋を出た。
今から振ろうとしている相手を自分の家に連れていくなんて、と胸の内で自嘲した。
- 59 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時45分13秒
- 帰り道のタクシーの中では結局一言も言葉を交わすことはできなかった。
バッグから鍵を取り出してドアを開けると、紺野を中に招き入れた。
お邪魔します、と頭を下げて紺野は靴を脱いだ。
「飲み物でも入れるからさ、とりあえず勝手にパソコン使ってていいよ」
「はい」
そう言って私はキッチンに消えた。
リビングからウィィィンとパソコンの立ち上がる音が聞こえる。
お湯を沸かして、カップを二つ並べた。
石川のカップを使うのは正直気がひけたが、他に適当なカップもなかったので結局使うことにした。
- 60 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時45分55秒
- リビングに戻ってくると紺野がマウスをカチカチと弄っていた。
カップをテーブルに置いて
「で、今日は何を教えて欲しいの?」
と聞くと、紺野は
「それは後でいいです。先に保田さんのお話を聞かせて下さい」
と、椅子を回して振り返った。
振った後にパソコン教えるのってなんとなく気まずいんだけどな。
でも、どっちにしろ結局気まずくなるのは避けられないんだろう。
「……わかったわ」
覚悟を決めて壁際のソファに座った。
空気が重い。
コーヒーを飲んで、ふぅ、と一息つくと、私は口を開いた。
「……あのさ、昨日、私を好きだって言ってくれたよね?」
「はい」
「紺野の気持ちはね、嬉しかったんだ。
私、人から好きって言われること、今までそんなに無かったから……」
紺野は黙ったまま、私のほうをじっと見つめている。
その瞳の後ろで光るディスプレイがやけに目に沁みた。
「でもね、もう一人、私を好きだって言ってくれてるコがいるの。
そのコは私を必要としてる。私もそのコを必要としてる。
だから…、だからね……」
そこで言葉が途切れた。
喉の奥がひりつく。
射すような紺野の視線。
私はそれを避けるように顔をそむけると、小さく喉を鳴らし、そして言った。
「ごめんね。私、紺野の気持ちには応えられない」
- 61 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時46分36秒
- 時計の針の音がコツコツとリビングの中に響いては消えていく。
紺野は何も言葉を返してこない。
やはり傷つけてしまったのだろうか?
そっと視線を戻す。
紺野はなぜかくすぐったそうに笑っていた。
「……紺野?」
「やっぱり保田さんってカワイイですね」
「?」
「まさか保田さんともあろう人が本気にするとは思いませんでした」
「どういうこと?」
私は片眉をぴくりと持ち上げながら聞いた。
その問いに、紺野は微笑みを浮かべながら答えた。
「あれ、嘘ですよ」
――私が保田さんを好きだってこと。
- 62 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時47分37秒
- 嘘? あの時の告白が?
信じられない、と私は胸で呟いた。
あの時の紺野の瞳は、嘘をついていなかったはずだ。
「アンタ、嘘つけないんじゃなかったの?」
「私だって嘘くらいつけますよ」
「でも、嘘をつくのヘタだって言ってたじゃない!?」
「ああ、確かに言いましたね」
だったらそれも嘘っていうことですよ、と紺野は素っ気なく言い放った。
このコは一体何を考えているだろう? 心の底がまるで見えない。
「……なんでそんな嘘ついたの?」
思わず声が震えた。
「テストです」
「は? テスト?」
「はい」
「意味がわかんないわ。テストって一体何のテストなのよ?」
髪を掻き上げながら私は紺野に問うた。
紺野はやれやれと言った風に肩をすくめ、口許をニヤリと上げた。
「嘘を嘘であると見抜く事が出来ない人には、掲示板の利用は難しい」
- 63 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時48分21秒
- 「保田さんならわかるでしょう? この言葉が」
「そ、それは……」
いきなりの事にドキリとした。
それは私がよく行く掲示板の管理人の名言だ。
その掲示板の住人なら誰でも知っているくらい有名な言葉。
もちろん私も知っている。
でも、なんで紺野がそれを?
「この前パソコン教えてもらったとき、デスクトップのかちゅ〜しゃのアイコンを見て確信しました。
やっぱり保田さんも2ちゃんねらーなんだなって。」
「保田さんも、って……アンタも2ちゃんねらーだったの?」
「あれ? 気付いてなかったんですか? おかしいですね。
この前のハロプロニュースでちょっとしたサインを送ったんですけど」
――そういえば……
テープを巻き戻すように記憶がギュルルとリフレインする。
先週、石川と一緒にハロモニのビデオを見た。
ハロプロニュースのコーナー。裕ちゃんがお休みで、紺野と小川が研修生役で出てた。
チャーミーも先輩になったんですよー、と石川が嬉しそうに話してた。
その時、画面の中の紺野が口にした台詞……
「お前もな」
――おまえもな…
――オマエモナ…
――オマエモナー……!!
「やっと気付いたんですか? ったく、狼にスレまで立ってたのに」
紺野は椅子から下りて、私の前で立ち止まった。
なんて瞳をしてるんだろう。
氷のように冷たい眼差しを受けて、私は動くことが出来なかった。
そんな私を見下ろしながら、吐き捨てるように紺野は言った。
「私の嘘も見抜けないようじゃ、はっきり言って2ちゃんねらー失格です!」
- 64 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時49分36秒
- 「そういうわけで当分の間、ネットは禁止にさせてもらいますね」
そう言って紺野は小さな歯磨き粉のチューブみたいなものをポケットから取り出した。
「何それ?」
「ああ、これですか? タミヤのパテですけど、何か?」
「なんでそんなもの持ってるのよ?」
「こうする為ですよ」
紺野は電話線を引っこ抜くと、おもむろにパテをジャックの穴に注入した。
「ちょ、ちょっと! アンタ何してんのよ!?」
「モジュラージャックをパテで埋めてるんです」
「なんでそんな事すんの?」
「ネットに繋げなくするためですよ。
あんな嘘も見抜けない保田さんが2ちゃんねるなんかやってたら、その内大変な事になりますから。」
愉悦に満ちた表情を浮かべる紺野。
その顔を見て私は、コイツ悪魔だぜ、と苦々しく呟いた。
- 65 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時50分11秒
- 数分後。
ジャックはすっかり綺麗にパテで埋められていた。
それどころかパソコンのモデムの口とLANポートまでもご丁寧にパテが詰まっている。
「それじゃ用事も済んだので、今日はこれで失礼します」
晴れ晴れとした達成感のようなものが紺野の顔に浮かんでいる。
「お疲れ…、気を付けてね……」
「はい。それじゃまた明日」
紺野は荷物を両手で抱えると、ペコリと頭を下げてリビングを後にした。
玄関からドアの閉まる音を聞いて、私はソファに倒れ込んだ。
白い天井の真ん中で光るライトが目に入った。
一体この二日は何だったのだろう?
なにか悪い夢でも見ていたような、そんな気がする。
部屋に響くファンの音を聞きながら、私は大きな息をついた。
- 66 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時51分01秒
空にはもう夜の帳が下りていた。
黄色い月が薄暗い川の水面にぽっかりと浮かんでいる。
紺野はタクシーを拾うのを止めて、川沿いの遊歩道を一人歩いていた。
「保田さんならあっさり見抜けると思ってたんだけど……
でもあんな嘘信じちゃうなんて、意外とカワイイ所あるんだなぁ」
――なんだかホントに好きになっちゃいそう
「あ、でも私が保田さんのこと好きになっちゃったら、あの告白、嘘じゃなくなっちゃうな」
私ってやっぱり嘘つきだね。保田さんの為とはいえ、あんな嘘をつくなんて――
紺野は寂しそうにクスリと笑うと、足元に転がっていた石ころをコツンと蹴っ飛ばしてみた。
石ころはコロコロと転がって、真っ暗な川にチャポンと落ちた。
- 67 名前:アム アイ ア ライア? 投稿日:2002年04月21日(日)23時51分52秒
- ―――― Fin.
- 68 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)13時32分43秒
- TV音声「阪神タイガースは優勝へのマジック・ナンバーを1とし、今日にも17年ぶりの優勝が決まります―」
9月20日。私、後藤真希の誕生日まであと3日となったこの日。
世間は『阪神優勝?』で騒がしくなっていた。
この日も、私は甲子園球場に来ていた。
17年ぶりの優勝を懸けて広島との決戦である。
私はバックネット席で試合を観戦する事にした。
- 69 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)13時43分40秒
- 決戦前日。
私はよっすぃー(吉澤ひとみ)の部屋にいた。
私はよっすぃーと話をしていた。
「あの話は嘘だったんだな?」
「?」
「阪神の調子のいいのは最初だけで後はいつもどおりということだよ」
「それは仕方なかったのよ」
「まさか、ごっちんが嘘つくとは思ってもみなかった」
「嘘じゃないって、こうなるとは思わなかったのよ」
私は必死になって話を続けていた。
「でもよくここまで応援したね」
「はぁ…」
「明日、甲子園に行っておいで」
「えっ?」
「いっぱい応援して来てね」
よっすぃーは私にこう言った。
私はすぐに返事をした。
- 70 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)13時51分56秒
- そして午後6時。
大事な試合は開始となった。
球場内は開始直後から大声援である。
すると私の前になっち(安倍なつみ)が来た。
「真希ちゃん」
「なっち…」
「いよいよ今日だね」
「うん…」
「阪神の先発は誰?」
「井川だよ」
「じゃあ、今日は充分大丈夫だね」
なっちは言った。
そこで、私はなっちを隣の席に座らせることにした。
- 71 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時00分03秒
- 「そういえば、私が生まれた17年前も阪神は優勝したんだよね…」
私はなっちにこう言ってみた。
「そう、あの頃はバース、掛布、岡田が一番調子良かった時期だったね」
「今はその17年前と同じ形でここまで来たんだね」
「全く同じ形だよ」
なっちは言った。
こうしている間に1回表が終了した。
- 72 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時10分38秒
- そして1回裏。
阪神の攻撃が始まった。
私は応援を始めることにした。
元々熱血漢が好きだった私が阪神を応援することになったのは今年の2月。
元中日の星野監督が阪神の監督になってからだという。
それから私は阪神を応援するようになった。
負けても決して悔しがることはなかった。
「それ、今岡が来た…ホームランが出るよ」
私はこう言った。すると…
カーン…
広島の先発、佐々岡の球を今岡が捉えた。
その打球はレフトスタンドへ一直線。先制ホームランである。
私はこのホームランをいっぱい喜んだ。
- 73 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時20分32秒
- 試合は何の進展も無く9回表まで進んだ。
この回の攻撃もすでにツーアウト。あと一人となった。
私はなっちにこう話し掛けた。
「さあ、あと一人だよ…歴史的瞬間を見逃してはいけないよ」
「わかりました」
なっちは言った。
そこで井川は最後の一球を投じた。
広島の打者はこれを空振り。三球三振で試合終了となった。
「やった、阪神優勝だ!」
私はなっちと抱き合って喜んだ。
グラウンドでは星野監督が胴上げされていた。
- 74 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時27分05秒
- 「終わった―――――」
私は全身でこの喜びを実感していた。
嘘ではない。本当に阪神は優勝した。
ありがたい事である。
- 75 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時28分39秒
- ――――終わり。
- 76 名前:Xデーは9月20日。 投稿日:2002年04月22日(月)14時31分31秒
- >>68-75
「5番目」でした。
- 77 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時20分57秒
- 「春だというのに桜が咲いて……」
「ごっつぁん、オヤジくさい」
後藤と矢口の意味不明な会話は、場を和ませるには至らなかった。
「だいいち、桜なんてもうどこにも見えないよ」
今年は観測史上最も早く桜が満開になってしまった。きれいなピンクの花びらは先週にはほとんど散ってしまい、芽が伸びてしまっていた。
「……ごめんなさい」
石川が消え入るような小さい声をもらした。ひさしぶりのオフに、公園へ花見に行こうと提案したのが石川だった。もくろみは完全にあてが外れてしまった。
- 78 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時23分08秒
- 「そうだよ、梨華ちゃんのせいだよ」
「もうよしなって、やぐっつぁん」
矢口に責められるたびに石川は小さくなっていった。花見に行こうという気持ちは若い人間にしては殊勝だったが、テレビや新聞で桜前線の様子をチェックしなかったところが詰めが甘い。しかもただ公園に行っただけで、ビニールシートも食べ物も用意していなかった。これは石川ばかりのせいではなく、参加した人間すべてにあてはまることだろうと吉澤は反省した。
せめてお菓子とジュースくらいはと、辻と加護がコンビニに買い出しに行った。戻ってくるまで石川は矢口に文句を言われつづけた。
- 79 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時24分20秒
- 「それにしても暑いな」
「顔真っ赤にして怒ってるからだよ」
「そりゃ怒るよ。梨華ちゃんに騙されたんだから」
矢口の歯止めがかからない。ついに石川がみんなを騙したことになってしまった。
「そりゃ言いすぎだよ。梨華ちゃんだって悪気があったわけじゃないんだから」
後藤がいつになく石川をかばうのが、矢口のカンに触ったようだ。
「そう? 悪気があったほうがまだましだよ。騙されたこっちにもスキがあったことになるからな。でも悪気がないといいものなのか? よくニュースで聞くけど、裁判官が『ずさんな計画で殺人を犯して』どうのこうのって非難するけど、じゃあ計画的だったらそれはそれでひどいだろ。悪いことしたほうの気持ちなんか関係ないんだよ。重要なのは結果だよ」
- 80 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時25分31秒
- 「そりゃそうだけどさあ」
そうなのか、それでいいのかと吉澤は思ったが黙ってることにした。石川はひざを抱えてかたわらの雑草をむしり始めた。
「桜の花は春のほんの少しの間しか見られないから、みんな花見に行くんだよ。緑の葉っぱなんか年がら年中見られるのに、なんでわざわざオフをつぶしてこんなの見なきゃいけないんだ? おいらはこおろぎじゃないんだぞ」
後藤も石川をかばうようなことを言わなくなった。辻と加護が買ってきた桜もちに口を塞がれたからである。辻は季節はずれにアイスクリームにむしゃぶりついていたが、この陽気ならおかしくはない。吉澤もバニラのアイスクリームに木のさじをつっこんだ。
- 81 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時26分44秒
- 「だいたい梨華ちゃんは入ったときからウソばっかり言ってるよ。歌も全然上達しないし、アゴだって言うほどしゃくれていないし。『ウソも方便』って言うけどさ、それは一応相手を思いやって出てしまったウソだからまだわかるけどさ、梨華ちゃんのは自分を守るためのウソだからたち悪いよ」
いくらなんでもこれはひどい言いぐさだが、周りの人間は言葉に麻痺していた。都合の悪いことは耳に入れないようにするのが、この世界の処世術である。ところが石川は必要不可欠なこの技を、まだ完全に自分のものにしていなかった。
……
- 82 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時27分28秒
- どのくらい時が経ったのか、誰も気にしていなかった。やわらかい陽射しは、彼女たちに時計の音を気にさせることなどさせなかった。
……
- 83 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時28分43秒
- わたしはウソつきなんだろうか。矢口さんが言うのなら、きっとそうなのだろう。でもウソって何だろう。ウソは相手を思いやったのなら仕方がないものなのだろうか。どのウソがよくて、どのウソがいけないのだろうか。
矢口さんの言うように、程度の問題だろうか。ウソはウソだ。良いウソも悪いウソもただ状況がそうさせているだけにすぎない。ウソそのものは何も変わらない。はて、ウソは悪いことなのだろうか。あんなに言われるほどのものなのだろうか。
- 84 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時29分53秒
- ウソの反対語は真実だ。では真実って何だろう。本当って何だろう。本当かウソかなんてどうやって決めるのだろう。本当だと思われていたことが、ある日突然ウソとされてしまうこともある。その逆もあるだろう。地球が丸いとか、人間は神様が作ったとか。今ではウソとされていることでも、本当だとかたくなに信じている人もいる。その人は間違っているのだろうか。
そもそも、本当とかウソとか判断されるのは言葉だ。言葉を使わなければウソをつきようがない。言葉は、ウソをつくことも本当のことを言うこともできる。
- 85 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時30分47秒
- 言葉はなんでもできる。できないことはない。何もない砂漠の上にでも、一つの世界を作りあげることができる。人々を支配することもできる。言葉こそが不可能を可能にする万能の道具なのだ。
そう、その言葉を操るわたしは何でもできる。無惨にも散ってしまった桜の木を、元に戻してみせよう。ほら、散ってしまった桜の花びらが、緑の芽を追いやって、ほら、あんなにきれいに咲いて、桜ってあんなにきれいだったんだ、矢口さん、見てください、ほら、ほら……。
……
- 86 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時31分47秒
- 「やぐっつぁん、緑の桜もかわいくていいじゃん。なんだか癒される感じがするよ」
「ま、そうだけど……ちょっと言い過ぎたかな」
ちょっとどころではなかったのだが、矢口が反省するのを見て、一同はようやくほっとした。地面に向かってぶつぶつとつぶやいている石川のもとに集まった。
「梨華ちゃん、梨華ちゃん」
「ごめんよ、梨華ちゃん。おいらが悪かったから、元気出せよ」
- 87 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時33分27秒
- 石川はゆっくり立ち上がって、無色の空を指差した。
「……矢口さん、ほら、見てください、満開の桜があんなに空に広がってきれいですよ、矢口さん、矢口さんにも見えるでしょ?」
一瞬の沈黙のあと、矢口はゆっくりと唇を開いた。
「ああ、ほんとだ。きれいだね、桜の花」
- 88 名前:桜の花 投稿日:2002年04月22日(月)20時33分57秒
- おしまい
- 89 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)20時57分40秒
- うそ。
つかれるのもつくのもいや。罪になるのは相手がいるから。
じゃあ自分自身につくうそは? それはうそにならないのかな。
ばれなきゃ、うそじゃあないでしょう?
- 90 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)20時59分18秒
- 「脱退だって?」
あたしの声が小さかったのか、聞きたくなかったのか。ユウキはこちらに顔も向け
ずに、テレビゲームに熱中している。
もう一度くりかえすのも面倒だし、でてしまった言葉は引っ込められないし、あた
しはきまり悪さに視線を泳がせた。ユウキの部屋のドアを後ろ手に閉めたまま。
決まったのは今日で、事務所から帰ってきたユウキは「おれ、芸能界やめっから」
とリビングに怒鳴りつけたきり、部屋にこもりっぱなしらしい。心配したお母さん
からの電話で、あたしはそのことを知った。もちろん、仕事先でも聞かされた。
帰ってくるなり、この話題はまずかったかもしれない。
でも、言わないのも不自然じゃないのさ。
楽屋を訪れた和田さんに、「すいませんでした」と言ったっきり顔を上げられなか
った姉としては、嫌味のひとつでもかましたいってもんだ。
別に和田さんが責めた訳じゃない。むしろ、このことがあたしに及ぼす影響につい
てまで気づかってくれたぐらいで。
もっとも、ユウキに関しては完全に容赦がなかった。それイコールあたしを責めて
いるのと同じことだ。
状況は違えど、あたしだって最近写真誌に載ってしまったばかりなのだから。
- 91 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時01分15秒
- 「和田に会ったんだろ」
呼びすて。
とがめたい気分を押さえてあたしは「うん」と返事をした。
「ふうん」
それっきり、なにも言わない。自分から様子を聞くのは死んでも嫌なんだろうな。
派手な効果音とともに、特大のテレビ画面の中では、ユウキの分身のマッチョが、
ボス猿みたいな大男に必殺技をくらわせている。市井ちゃんとよく対戦してた格闘
ゲームだ。ユウキよりずっとうまかったっけ。
よどんだ空気にうんざりして、あたしは部屋を出ることにした。もとよりお説教し
ようなんて気はさらさらない。前回の逃亡事件のときは人並みに「ダメだよ」ぐら
いは叱ったあたしだが、この期に及んでは、もはや呆れてしまって、何をいう気に
もなれなかった。
そもそも、あたしだってお説教できる身分ではない。
- 92 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時04分45秒
- 「ごはん食べよ」
つぶやいて部屋を出ると、
「ねえちゃん」
ユウキの声が追いかけてきた。「なによ」
振りかえる。ユウキはこちらに向き直っていた。悪びれない強い視線にたじろぐ。
「なんでなんも言わないの」
責める響きだった。
「別に言うことないし」
なくはないけど。
「ない訳ないじゃん」
そう言われてもな……。
言えばケンカになるだけだ。あたしは口ごもってしまう。
ほんの一瞬で、ユウキはあきらめたらしかった。嫌味な表情で、ふん、と笑う。
「言ってもムダってんだろ。オレみたいなバカ、説教するのも嫌なんだ」
「そんなこと……」
「ウソつけ」
ぼろぼろにKOされたユウキの分身が、ブラウン管の中で派手に吹っ飛んだ。
「真希ちゃんのせいだからな」
なんでだよ。
- 93 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時06分32秒
- “いろいろ考えた。やっぱり一緒にいたい。とにかく会って話したいから、仕事終
わったらメールか電話して”
一ヶ月前まで彼氏だった人からのメールを、あたしは何の感情も持たずに眺めた。
よくもまあこんなことが言えたものだ。
うそつき。
誰にも見せないで。2人で撮った写真。
誰にも言わないで。つきあってる子の名前。
約束をことごとく破った男のせいで、メンバーから怒られ、マネージャーから怒ら
れ、家族から怒られ、ばかみたいにダメージを受けて。
写真なんか撮るからだよ、圭ちゃんはそう言ってた。
やぐっつぁんが同じようにして写真を雑誌に載せられたとき、あたしも同じことを
思ったのに、今のあたしにはやぐっつぁんの気持ちがわかってしまった。わかりた
くなかったけど。
ひとを信じるってムズカシイ。
- 94 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時07分49秒
- 「市井ですけど、真希ちゃんいますか」
受話器越しの意外な声に、ほんのすこし、心臓が跳ねた。
「後藤だよ」
「おお、後藤。まさか自分で取るとは思わなかったよ。びっくりしたぁ」
びっくりしたのはこっちだ。
何ヶ月ぶりだろう。今年に入ってからはじめてかもしれない、市井ちゃんからの電話。
「ひさしぶりだね」
緊張して、すこし早口になってしまう。
「ほんとゴブサタで。って、仕事場では何回か会ったね」
「あれは会うって言わないよ、しゃべるヒマもないじゃん。それにしたってかなり
前だよ」
「そうだっけ」
「そう。どうしたの。家にかけてくるなんて、めずらしい」
「うーん、ユウキくん元気?」
「いるよ、ちょっと待……」
「やーやーやーやー、いい、いいんだ」
あわてた声。
「えー、なんで」
「携帯でないんだ、ユウキくん。だからちょっと心配んなっちゃってさ。無事生き
てることさえ確認できたらいいんだよ」
「でも」
「携帯取らないってことは、誰とも話したくないってことでしょ。そこにあえて踏
み込むようなことは避けたい」
「ふうん」
- 95 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時09分08秒
- わざわざユウキのことを心配して電話してきたわけだ。
2人は仲が良かった。つきあってるの? とのあたしからの追求は否定していたけ
れど、いっときは毎日のようにつるんでいた。これまた写真誌に掲載されてからは、
いっしょに遊びに行くことはなくなったらしい。すくなくともユウキは、会ってな
いって言いはってる。
そもそもあたしが先に関わりを持っていた市井ちゃんとユウキが仲良くなるのは、
嬉しくもあり、おもしろくなくもあり、複雑なのだ。
言葉がとぎれた。
「後藤は元気なの」
ついでっぽい口調が不服ながら、あたしは「元気だよ」と軽く答える。あんまり元
気に聞こえなかったかな、と不安になって「いぇい」とつけ加えてみた。
「そうか……近いうちにさ、ゴハン食べに行こう」
市井ちゃんは昔から、あたしのうそを見抜くのがうまい。
- 96 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時10分26秒
- 月のきれいな夜。待ちあわせはテレビ局に近い公園。
約束の8時ぎりぎりで収録を終えたあたしは、小走りで花時計を目ざした。
暗い街灯の下、昼間とは違った影をひきつれた花々を眺めていた市井ちゃんは、
ごく近くに歩み寄るまであたしには気づかなかった。
驚かせないよう、三歩ほどの距離で「市井ちゃん」と声をかける。
振り向いた市井ちゃんは、ブルーのサングラス越しに笑って見せた。
見なれない金色の髪は、出会った頃と同じくらい、短く切りそろえられていた。
- 97 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時12分08秒
- 髪切ったのなにその色その服はじめてみたどこ食べに行くお好み焼きどうそういえ
ば圭ちゃんがつんくさん今さ今度の新曲こないだテレビでちがうちがうあのユニッ
トねやっぱこれうまいわ今年の桜ってそんなの流行ってんだ
とりとめのないいくつかの話題が浮かんで消えて、あたしたちは店を出た。
ひさしぶりの市井ちゃんは、あたしが慣れ親しんだ市井ちゃんとは、ちがうリズム
で歩いてるように見えた。たぶん、髪のせいだけじゃない。無意味に自信満々だっ
た前とはちがって、話す声も、笑い顔も、歩く姿も、すべてがほんのすこし、ちい
さくなったみたいに感じたのは、あたしの気のせいだろうか。
お腹はいっぱい、冷たい夜の風が気持ちいい。並んで歩く市井ちゃんの金色の髪も、
あたしの茶色い髪も、さわさわと平等に揺れている。とてもやさしい夜だ。
- 98 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時14分30秒
- 「ユウキくんどうしてる」
その名前がでたのは、今日会ってはじめてのことだった。
あたしは首をかしげてみせる。「市井ちゃんとユウキってさぁ……」
「つきあってない、つきあってないよ」
市井ちゃんは大げさに顔をしかめた。
そうは言っても、やけにユウキのことを気にしてる。
今日あたしを誘ったのだって、ユウキの近況を聞きたいからなんじゃないのかね。
まあ、いいや。
「変わりないよ」
あたしはうそをついた。
また失踪したなんて恥ずかしくて言えないし、なによりユウキを心配する市井ちゃ
んはおもしろくない。あたしの教育係だったくせに。
「そうなんだ」
このうそは気づかれない。市井ちゃんはほっとしたように息をついた
- 99 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時16分08秒
- バカユウキが心配なのは同じくせに、市井ちゃんの気づかいには、大きなお世話だよ、
なんて考えてしまう。
自分勝手だ。あたしの心配をしてよ、なんて思ってるあたしは。
「ずっと家にいるのね?」
「うん。ゲーム人生」
「そっか。あんま良くないよなぁ。経験者は語るってもんだけど、そういう生活っ
てけっこうペース取りもどすのがキツイ」
「そんなに心配?」
いじわるな気分で聞いてみる。「市井ちゃん、ユウキ好きなの? 趣味悪いよ、
あんなガキ」
「ちがうよっ」
暗くてもわかるぐらい、耳がじんわり赤くなってる。バカらしくなって、あたしは
そっぽを向いた。
- 100 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時18分13秒
- 「後藤はどうなんだよ。彼氏、いるんでしょ」
なにげない声に、あたしは笑い声を上げてしまった。
なんだかもう、その男とのことなんて、はるか遠い昔のことのようで。「市井ちゃ
んも見たか。いやー、照れるなぁ。でもね、別れた」
「え」
市井ちゃんが足を止める。
そこまで過剰反応しなくてもいいのに。
あたしはまっすぐに市井ちゃんに向き直ってみた。「やっぱりあんな写真が流れち
ゃったらね。別れろって言われたし、あたし自身、嫌んなっちゃって、わりに最近。
でもねぇ、あの写真流したのって、本人なんだよ。もうビックリ。てゆうか、呆れる。
なんでそんなことするのか、理解できなくて、なんかすごい、ショックだった。
裏切られたとかそういう気分より、ああ、こんなことする人いるんだあ、てゆう感
じのね、ショック。だって約束したのに。約束してたのにね」
- 101 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時20分16秒
- 妙にすらすらでてくる言葉に、ああ、あたしって、聞いて欲しかったんだなあと自
覚する。
あたしは空を見上げた。桜並木。花はもうない。夜にも緑な葉桜の間からは、群青
色の空に細い月がのぞいている。
あたしはおどけた顔をしてみせた。「ユウキのこともそうだけどさ、あたしたちの
いろんなものって、隠しとく権利ないんだよね。みんなみんな、引っぱりだされて
ちがうものになっちゃう。そこにあった気分やなんか、うまく言えないけどそうい
うのの説明もいいわけもできないで、写真になっちゃったものだけ見られてさ、
みんなの説明といいわけを押しつけられちゃう。なんかそんな気、しない?」
我ながら、けっこう真理をついてる気がする。感心してくれることを期待して市井
ちゃんの顔をのぞきこむと、あたしと正反対に、市井ちゃんの顔はお葬式みたい。
その顔を見ていると、なんだか息がしづらくなってきた。
- 102 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時22分30秒
- 「後藤」
「へへ」
「好きだった?」
あたしは笑いを引っこめて、市井ちゃんをじいっと見かえした。
市井ちゃんもあたしを見ている。街灯が金色すぎる髪をかがやかせて、市井ちゃん
の頬はやたらと白く見えた。
「うん。すごく」
市井ちゃんの手が伸びて、おずおずとあたしの髪をなでてくれた。気持ちよかった
のでされるままにしていると、触れはじめたときと同じようにして、遠慮がちに手
は引っ込められた。
あたしたちは黙りがちのまま、別れた。
- 103 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時25分21秒
- なんでおればっかりこんな目にあうの?
自業自得? ……悪かったな。けど、ついてないのはついてないって言うかさ……
つか、ソニンのことは言うなって。……ああ……おう。……
なにそれ。おまえまで説教すんの? ……はぁ? 別にカンケーないよ!
なんでみんなそうやっておれと真希ちゃん結びつけんの? おれはおれ。あいつは
あいつなんだよっ。
- 104 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時28分04秒
- ぼくは携帯を切ると、電源ボタンを思いきり押した。ディスプレイがオレンジにか
がやいたあと、闇に沈む。久しぶりに聞いたツレの声はやたらと冷たかった。
同情を買おうとした訳じゃない。でも、まったくオマエはしょうがねぇなあって、
笑って欲しかったのに。アテがはずれたぼくはうろたえた。
アスファルトを蹴り飛ばしたものの、アスファルトが吹っ飛ぶわけはなく、足を滑
らせて転びそうなる。まさしく踏んだり蹴ったりだ。
甘かったのかもしれない。ぼくのしたことは、思った以上に今後の人生にたたって
くるのかもしれない。だけど。
嫌だった。もう真希ちゃんと……姉ちゃんと良い例悪い例みたいに並べられんのは。
もうたくさんだった。だからわざと写真を撮らせた、そんなわきゃない。でも、
最近すこし乱暴な気分になってたのは確かだ。
大きなくしゃみが飛びだして、ぼくは身震いした。春だってのに寒い。暑くなった
り寒くなったり、いいかげんにしてくれ。
背中にずっしりと重いバックパックを感じて、ぼくは歩く。
どこへ? 知るか、そんなもん。
- 105 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時29分44秒
- 『ごめんなさい』
頭の中に響くのは、何度もくり返された声と場面。
うまくいってたと思ってたのに。おれの復帰を喜んでくれてたと思ってたのに。
そりゃあ最近、会う回数は減ってたけど、自分なりにがんばってはいたんだ。まさ
しく突然の破局。なにがなんだかよくわからないまま。
女にフられてキャバクラ通い。あげくの果てにフライデー。語呂はいいけど、我な
がらダサいにも程がある。しかし。ダサかろうがなんだろうが、単純な手というの
は割と有効だったりするんだ。おかげであまりそのことを考えないで済んでたのに。
ちくしょう、バレさえしなきゃあな。
おかげでまた思いだしてしまってる。
くそ。意味わかんねぇよ、ユウキくんなら好きになれると思ったってなんなんだ。
バカにすんな。誰を見てたんだ、ちくしょう。
- 106 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時30分36秒
- 「やべ……」
ぼくは暗闇の中で頭をかきむしった。
形をとりそうな答えを再び迷路のなかへ。わかってしまいそうになり、わかるとマ
ズい気がしてほうりだす、そのくりかえし。
「知るか。知るか知るか」
効かない呪文のように唱えた言葉は夜の風に溶けた。
笑ってるみたいな嫌な目つきの月が、ぼくを見下ろしている。
- 107 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時31分59秒
- タクシーに乗り込んだ後藤を見送った後、私は全身で息を吐いた。
疲れた。
道行く人に気づかれることもすくなくなっているから電車で帰ってもいいのだけど、
そんな気力はない。
私はそのまま近くに停まっていたタクシーに乗りこんだ。座席にもたれて目を閉じ、
後藤に会ってからのすべてを反芻する。
最初にどんなことを話したか、どの話のときどんな顔で笑ったか。頭のなかにはビ
デオを回していたほどに鮮明に、すべてのシーンがつまっている。それでも脳内ビ
デオは時系列で再生されることはなく、もっとも印象的だった場面が鮮烈によみが
えるのだ。
- 108 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時33分50秒
- 『うん。すごく』
胸が痛む。髪に触れた手のひらが熱を帯びる。
あのこのあんな顔ははじめて見た。
まっすぐなまなざしのせいか、言葉のせいか。吸いつけられるようなあの一瞬、自
分はどんな顔をしていたのだろう。
気づかせてはいけない。気づくわけがない。私の態度は完璧だもの。きっとあのこ
は、大きく勘違いしてくれてるはず。
似た瞳をした彼女の弟を、私は傷つけてしまった。でも、どうしてもだめだった。
似すぎてた。性別という一枚の鏡を挟んで向かい合ったような2人。
惹かれる気持ちをすり替えて、見つめる視線をごまかして、私は彼にうそをついた。
悔やんでいる。そのくせ、彼にかこつけて自然にあのこに会うことに成功した。
今もそのうそを盾にして、自分を守ろうとしてる。最低だ。
- 109 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時35分37秒
- いいわけと自己嫌悪が胸のなかで渦巻く。
けれどすぐに、あのこのゆれる髪が、見つめる瞳が、はしゃいだ声が。煙のように
私の世界をおおってしまう。
ひとりでいる今だけは、私は自分にそれを許す。
『あたしたちのいろんなものって、隠しとく権利ないんだよね』
さっきのあのこの言葉に、私はひそかに返答を返す。
ううん。私たちにはあるんだよ、隠しとく権利。たったひとつの侵されない領域。
心のドアに鍵をかければ、秘密は決して出ていかない。死ぬまでだって、隠し通せる。
目を閉じ、甘い記憶のなかに埋まる私には、月の光も届かない。
- 110 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時37分54秒
- 家の近くでタクシーを降りて、すこし歩くことにする。タクシーの窓から見た月が
とてもきれいだったので、このまま家の前に到着するのがもったいなく思えたのだ。
市井ちゃん、ありゃあユウキのこと好きだな。またいなくなったこと、言っとくべ
きだったかもしんない。でも、心配させるだけかな。しかし趣味悪い。
こもごも考えながらバイブにしていた携帯をとりだすと、着信が3件、メールが4
件。すべてうそつきのバカ男から。
一日中ずっとぶるぶる、うっとうしかったんだ。無視して正解。もう着信拒否かけ
よう。あたしはうんざりして長々と書かれたメールを読み流し、消してゆく。
最後のメールにはたったひと言だけ「嘘つくな」と書いてあった。
「オメーがだ」
ひとりごとをつぶやきながら、ちょっと笑ってしまった。
きっと気づいていないんだろうな、あたしがずっとついてたうそなんて。あんたの
こと、実はあんまり好きじゃなかったって。裏切られたこと、すごくツラかったけ
ど、どこかほっとしてもいたって。
- 111 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時39分19秒
- 急に浮かび上がってきたその想いは、すとんとあたしのなかに落ちてきた。
しまった、と思う間もなく、やっぱりそうなのかな、と首をかしげる自分がいる。
考えないようにしてたのに。そんな自分がひどく思えて、うち消してたのに。
裏切られて、すごく傷ついたのは事実だ。でも、それと彼を好きかどうかというこ
とは、つながってはいない。仲の悪い人にだって、陰口をたたかれてたら傷つく。
極端なたとえだけど。
自分の歌の歌詞じゃないけど「なんか足んないなんか足んない」そんな気分がずっ
とあったような気がする。でも、足りないのは彼じゃなくてあたしの方だったのか
も。あたしが足りてないんだから、何をしてもらったって満たされるわけがない。
- 112 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時40分44秒
- いちど自覚すると、するすると自分のこころはほどけてくる。
あんまり好きになれなかった。やさしかったかっこよかった、好みだったのに。
なんでだろう。
手をつないだとき、手の甲の毛が予想以上に濃かったのには確かに引いたけど、そ
んなことじゃあないよな。なんかもっと……。なんだ?
あたしの話に、泣きそうになった市井ちゃんを思いだした。
うそをついてしまった。すごく好きだったなんて。
急に恥ずかしくなってくる。
あの時こころの中にあった、すごく好きっていう気持ちを思いだしてみる。それは
確かにそこに存在していたもの。ひょっとしたらずっとあたしのなかにあったもの。
思い返すあたしの胸を今もしめつける、そんな感情。
- 113 名前:嘘月 投稿日:2002年04月22日(月)21時42分35秒
- なんであんなことを言ったの?
夜空には月がきれいだった。なつかしい、市井ちゃんの笑い目みたいな三日月。
(やばい)
ちいさなちいさな警告音が、どくんどくんと鳴りだしたから。
あたしはこころのなかの問いかけに、あっさりケリをつけた。
なんとなく、だよ。
冷たい風が、月を冴えさせる。
自分自身につくうそは、月にだってきっとばれやしない。
おわり
- 114 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時14分53秒
「な、ない」
紺野あさ美は、あせってバッグを探る。
仕事の疲れを癒すため、3時のおやつにと持ってきた、夕張プリ
ン(メロン味)が消えているのだ。
「どうしたの?」
ぽかんとした顔で聞く高橋に、紺野は訴える。
「おやつのプリンが、ない」
「え、マジで」
時刻は午後3時。今日は中学生組6人だけが残っていた。7人の大
人組メンバーは、それぞれ次の仕事場へ向かった後だ。今、楽屋に
は紺野と高橋だけがいる。
「確かに、カバンにいれたのに」
「あ、あたしじゃないよ」
慌てて否定する高橋に、紺野は少し疑念がわいた。しかし証拠がな
い。他のメンバーにも聞いてみなければ。
- 115 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時18分39秒
紺野は廊下で遊んでいた新垣に、それとなく聞いてみた。
「ねえ、あたしのおやつ知らない? どっかいっちゃった」
「え、プリン? 知らない」
聡明な紺野の頭に電流が走った。
こいつ、あたしは一言もプリンなんて言ってないのに、おやつ、と
しか言ってないのにプリンと口走ったな。イコールこいつはあたし
のおやつがプリンだということを知っているイコールこいつが食っ
たああ!
「あんた、食ったな」
「は?」
「あたしは一言も、おやつがプリンだ、なんて言ってないんだ。な
のにあんたは今、プリンという単語を発した。墓穴を掘ったな!」
名探偵よろしく詰め寄る紺野に、新垣は呆然として言った。
- 116 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時20分14秒
「だって、あさ美ちゃん、いつもプリンじゃん」
「……あ、あはは。そうだね、そうだよね。ごめん」
し、しまった。その可能性は追えてなかった。いぶかしげな新垣の
視線がいたくて、紺野はその場を離れた。
トイレから帰ってきた小川に聞いてみる。
「あのね、あたしのプリン知らない?」
「えー、知らない」
さくっと答える小川に悪気は見られない。小川の図太さも推し量り、
紺野は追及を諦めた。
「幼年ぶとりコンビ、今どこにいる?」
「え、辻と加護? さっき自販の前にいたけど」
食べ物の恨みで我を忘れる紺野は、毒舌全開だ。
- 117 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時21分24秒
自販機の前の幼年ぶとりを捕捉した。
「ねえ、あたしのプリン知らないかな?」
「プリン?」
「うん、おやつに持ってきてたやつ」
「しらないよ」
嘘をついているようには見えない。もともとこの白痴ズにそんな知
恵はないか、などと思考する紺野。
加護が思いついたように言った。
「あ、そういえば、ごっさんがなんか食べてたで」
「後藤さん?」
「スプーンですくって食べながら廊下歩いてたわ」
「ありがと」
- 118 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時23分21秒
紺野は一度楽屋に戻って、今までの発言をメモにまとめた。
:高橋「あたしじゃない」:新垣「知らない」:小川「知らない」
:辻加護「後藤さんがなんか食べてた」
「あさ美ちゃん。なに書いてるの?」
「ん、ちょっとメモ」
高橋の質問にさくっと答え、紺野は捜査を続ける。ケイタイで後藤
に電話した。
「もしもし」
「紺野、どうしたの?」
「いえ、大した用事じゃないんですけど。後藤さん、あたしのプリ
ン知りませんか?」
「プリン?」
「はい。おやつのプリンがなくなっちゃったんです」
「ふーん」
- 119 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時24分42秒
しばらく止まっていた後藤が、思いついたように言った。
「あ! そういえば梨華ちゃんが、プリンのゴミみたいなのを廊下
の端のゴミ箱に捨ててたよ」
「ほんとですか」
「うん」
「ありがとうございました」
電話をサッと切り、紺野は会話を反芻する。
むう、とっさに石川さんをスケープゴートに立てたのだとしたら、
恐ろしい頭の回転といわねばならん。直接会話しながら表情の動き
を見たかったが、あのポーカーフィッシュフェイスでは、それも無
意味か。
紺野はメモに、
:後藤さん「石川さんが、プリンらしきゴミを捨てていた」
と書き足した。
- 120 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時26分37秒
その時、楽屋の扉が開いて、矢口が現れた。
「あ、紺野と高橋か。ちょっと忘れ物しちゃってさあ」
キャハハ笑いしながら小さいポーチを取る矢口を、紺野は見つめる。
犯人は犯行現場に戻りたがる、という推理ドラマでありがちな言葉
を思い出していた。
「矢口さん、あたしのプリン知りませんか?」
「プリン?」
「おやつのプリンがないんです」
「あたし知らないよ。持ってき忘れたんじゃないの? 紺野ボーっ
としてるし」
じゃーねー仕事頑張ってね、と言い残し矢口は去っていった。
紺野は、軽くプライドを傷つけられた気がした。
メモに
:矢口さん「知らないよ。持ってき忘れたんじゃない?」←犯人有力
と書き足した。
- 121 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時27分41秒
紺野は次に、吉澤に電話した。
「あたしのプリン知りませんか?」
「へ、プリン?」
「おやつのプリンがどこかいってしまったんです」
「へーそうなんだ。あたしもプリン好きだなあ。普通のプッチンプ
リンが一番! 紺野のはなに? プッチン?」
「いえ、あたしのは夕張プリンです」
「夕張? そんなのあんの?」
「はい。ちなみにメロン味です」
「はは。あたしいらないや。あ、ごめん、仕事だから。じゃーねー」
一方的に電話が切れた。突然自分の好きなプリンの話題を振った吉
澤に、話をはぐらかすためか? との疑念がわくが、裏表のない吉
澤さんが面倒な嘘をつくとは思えないな、と紺野は考え、
:吉澤さん「プッチンプリンが好き」(多分犯人ではない)
と書き足した。
- 122 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時29分28秒
次に石川に電話をした。
「あたしのプリン知りませんか?」
「え、プリン? どうしたの」
「おやつのプリンがないんです」
「へー。あ、関係ないかもしれないけど」
「なんですか」
「辻加護が、こそこそと倉庫のほう行ってたよ」
「ありがとうございました」
やはり声だけで相手の様子をうかがうのは厳しい、と紺野は気付いた。
動揺してるのかどうかが掴めない。相手の声に耳を澄ませ、微妙な
サインも感じ取るんだ。
「頑張れあさ美、モーニングの癒し系!」と小声で自分を励まして、
メモに、
:石川さん「辻加護が、倉庫にいた」(でっちあげかも)
と書き足した。
- 123 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時30分18秒
次に保田に電話をした。
「え、プリンなくしちゃったんだ」
「はい」
「そんなのあたしが買ってあげるよ。気落とすなって!」
「はい」
買ってあげるよ、ってその真偽が怪しいよ。
紺野はメモに、
:保田さん「買ってあげる」(どうにも怪しい。コメントが)
と書き足した。
- 124 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時31分13秒
安倍に電話をした。
「え、なに? 今外だからよく聞こえない。プリンって?」
「夕張プリンです」
「夕張プリン? 知ってるよー、おいしいよね。え、持ってきたの
に、ないの? よく探しなよ。食べ物粗末にしちゃダメだぞ。ばい
ばーい」
安倍は、紺野が追求する間も与えず、会話を終わらせてしまった。
メモに、
:安倍さん「夕張プリン知ってる」(あんな爽やかに嘘だったら、ショック)
と書き足した。
- 125 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時32分38秒
紺野はここまで取ったメモを、もう一度見た。
:高橋「あたしじゃない」小川「知らない」新垣「知らない」
:辻加護「後藤さんがなんか食べてた」
:後藤さん「石川さんが、プリンらしきゴミを捨てていた」
:矢口さん「知らないよ。持ってき忘れたんじゃない?」←犯人有力
:吉澤さん「プッチンプリンが好き」(多分犯人ではない)
:石川さん「辻加護が、倉庫にいた」(でっちあげかも)
:保田さん「買ってあげる」(どうにも怪しい。コメントが)
:安倍さん「夕張プリン知ってる」(あんな爽やかに嘘だったら、ショック)
一人一人の発言を照らし合わせるが、状況はよく分からない。
- 126 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時35分19秒
紺野が最後の飯田に電話をしようと、ケイタイに手を伸ばしたとき、
飯田がタイミングを計ったかのように楽屋に入ってきた。
「次の仕事まで時間あったからさー。様子見にきた」
いい訳しながら、紺野と高橋から離れた場所に腰を下ろした。
「体調とか大丈夫? 無理してない?」
先輩らしい気使いをするリーダー。探りの思考を巡らせていた紺野
は、少し心が休まる気がした。
飯田は、紺野がもっているメモに気付いた。
「なに、じっと見てたの?」
「な、なんでもないです」
「怪しいなー。みせろよー」
無理に抵抗するのも余計怪しいな、と判断した紺野は、素直に飯田
に渡した。
- 127 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時37分16秒
「これ、なにを書いたの?」
「あの、私のプリンがなくなってしまって。それで、皆さんにいろ
いろ聞いてたんです」
ジーっとメモを見て、一人異世界に跳んでいってしまったかのよう
に脳を働かせる飯田リーダー。頭からハードディスクが稼動する音
が聞こえるかのようだ。
「なるほど」
飯田は全て悟ったかのように目を閉じ、また開いた。パッチリと開
いた目は舶来の人形のようで、綺麗な顔からは表情が読み取れない。
どこから聞こえてくるのか分からないような静かな声で、飯田は言
った。
「分かった」
「な、なにがですか?」
「犯人」
「え?」
- 128 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時39分02秒
「メンバーの中に、2人だけ嘘をついてる人がいます。辻加護は一
人と考えます」
飯田はそう言ってメモを置き、トランスした表情のまま立ちあがる
と、流れるようにスーっと楽屋を出ていった。
部屋に取り残された紺野と高橋は、摩訶不思議な飯田ワールドの余
韻が抜けずにいる。紺野はもう一度自分のメモを見た。
これらの発言から犯人を割り出せないか、紺野は思索する。
知らないを貫く新メン3人。
辻加護→後藤→石川→辻加護、の論理ループ。
矢口の現場回帰。
吉澤のはぐらかし。
保田のおごり約束と、安倍の話合わせらしきコメント。
いったい誰? 誰が嘘をついている?
そして、犯人は誰?
- 129 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時40分11秒
「そうか!」
長い思索の末、紺野は光明が降りたように全てを理解した。
ばらばらだったピースが、一つにつながる。
――答え合わせがしたい。ねえ、真実はこうでしょう飯田さん?――
紺野は飯田を追いかけて、楽屋を飛び出した。
- 130 名前:フグっ面探偵 投稿日:2002年04月22日(月)22時41分11秒
解明編へ、ケイゾク――fin――
- 131 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時07分02秒
- 「どうしようか」
「どうしようっか」
”どうしましょうか?”
頭を抱える3人。
私は久しぶりに頭を使っているので、知恵熱が出そうだ。
ごっちんもめずらしく真剣に考てるみたいだ。
そして当事者の梨華ちゃんも、スケッチブックとサインペンを手にして真剣な表情。
…大きく×印が描かれたマスクを口元につけていて、とても笑える光景なのだけど。
- 132 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時07分39秒
- 突然のメールで梨華ちゃんの部屋に呼び出された私。
助けて! という緊迫した文面に驚いて駆けつけたものの、当人はけろっとしていて少し拍子抜け。
しかし、その表情はとても演技と思えないほど悲しいものだった。
どうしたの? と声をかけると梨華ちゃんはスケッチブックに何かを書きだした。
待つことしばし、そこには梨華ちゃんらしい字でこう記されていた。
”私、ウソしか言えなくなっちゃったの”
一瞬の後、私は爆笑した。そこらじゅうを笑い転げて苦しくなった。
息を整えながら席に戻ると、梨華ちゃんの視線が氷よりも冷たくなっていた。
「…ほんとに?」
大きくうなずく梨華ちゃん。
「本当にホント?」
さらに大きく、ぶんぶんとうなずく。
- 133 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時08分11秒
- もっと気の利いた冗談を、と言いかけて私はハッとした。
今日はエイプリルフールではないし、誰かの誕生日とかそういう特別な日でもない。
それに、わざわざ呼び出してまでそんな嘘をつく理由が思い当たらない。
それを裏付けするのが、涙をためた二つの瞳と両端を情けなく下げた眉、ゆがんだ口許。
なにより、どんよりと立ち上る暗い雰囲気が笑いを拒絶している。
その様子に気付いた私は、ちびまるこちゃんの様に縦線が何本も引かれた表情をしていただろう。
梨華ちゃんは私が理解したのを感じ取ったのか、少しだけ明るい表情になった。
- 134 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時09分04秒
- 「嘘だけって、どんな感じなの?」
”言おうとしたことが、口の中で反対の言葉になっちゃう感じ”
といわれても、全然実感がわかないのだが。
「それで、スケッチブックなの」
コクン。
「文字を書くのは大丈夫なんだ」
”うん。それに、メールもウソにはならない”
こんな感じで、奇妙な筆談が続いていた。
おっとり刀で駆けつけたごっちんが玄関のチャイムを鳴らしたのはそんなときだった。
ごっちんが状況を理解するまでに私と同じような騒動を繰り返したのだけど、そこは割愛。
- 135 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時09分48秒
- 私と梨華ちゃんの説得でなんとか納得したごっちん。
そうしてみんなでどうしようか考えることに。
しかし、いい案が思いつくこともなく時間だけが過ぎていく。
集中力が切れたごっちんは、ガーゼのマスクに赤で×印を書いて梨華ちゃんにつけさせた。
初めは拒否していた梨華ちゃんだったが、そのうちに気に入ったのかつけたままに。
こうしていれば、しゃべらないという意志表示は抜群だ。
そんなことをしながら、時間だけが無駄に過ぎていった。
- 136 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時10分59秒
- 「梨華ちゃん、パソコン使っていい?」
ごっちんがピンクのパソコンカバーをのけながら聞いた。
うなずく梨華ちゃんが、いまいちわかっていなそうなごっちんに代わって電源を入れる。
「パソコン使えるの、ごっちん?」
「任せてよ。紺野に教えてもらってるんだから」
それを聞いて少し心配になる。なんでも嘘が見抜けない人は使っちゃダメとかよくわからない事を言って、
保田のパソコンをネットにつなげられないようにしたのが紺野だったからだ。
その保田さんは、掲示版へ行けないじゃないのよ! とか言って最近はいつも不機嫌だ。
”パソコンでなにをするの?”
梨華ちゃんが文字で問いかける。
「後藤もよくわかんないだけど、なんでもヤホ〜とかゴーグルっていうので調べられるんだって」
”Yahoo!でしょ”
と梨華ちゃんが冷静に返す。もっとも、スケッチブックならどうに返しても冷静に見えるかもしれない。
そんなことは気にせず、ごっちんはキーを一本指でゆっくり押していく。
「えっと、エイチ、ティティ、ピー、コロン、斜め、ダブリュダブリュダブリュー…」
- 137 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時12分53秒
- なかなか上手く行かなくて、何度か入力し直してようやくたどりついたYahoo!のページ。
そこに嘘と入力して、検索ってところをクリックするごっちん。
「なにか参考になるところあるかな…」
大嘘百貨店に現代用語の「嘘」知識など、嘘に関するホームページがいくつか表示された。
けれど、梨華ちゃんのように嘘しか言えなくなって困ってるってのは無いみたいだ。
「なにこれ。痛みの新単位は”ハナゲ”って、おもしろい〜」
脱線し始めたごっちんを、梨華ちゃんが心配そうに見つめる。
結局、ごっちんは小一時間ほどパソコンに向かっていた。
そして、おもむろに私たちに向き直ると、よくわからなかったよぉ〜といつもの笑顔で誤魔化した。
私は、返す言葉が見つからなかった。
梨華ちゃんも、何も書かなかった。
- 138 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時13分34秒
- 何度目かの沈黙があたりを支配していた。
すでにかなりの時間が過ぎていた。
「そっか、これからどうするかを考えているからダメなんだよぉ」
ごっちんが突然言いだした。私はすぐに理解できない。梨華ちゃんも?マークを連発。
「だから原因だよ。それを考えれば何とかなるかもしれないじゃん」
「なるほど。梨華ちゃんは何か思い当たることはないの?」
たたみかける私たちに、梨華ちゃんは慌ててペンを走らせる。
”例えば?”
「うーんと、気絶したりとか頭をぶつけたりとか、ない?」
梨華ちゃんは首を横に振った。
ごっちんはさらに問いかける。
「朝起きてカーテン開けたら意識を失ったとかさ、圭織の開けたドアで頭を強打したとかさ、ないの?」
なんでそんなに具体的なのさ? という私の疑問をスルーして、梨華ちゃんは再び首を横に振った。
それからペンを動かし、”それって、ひとみちゃんとののでしょ”と返す梨華ちゃん。
それを見てそうだったね、と納得するごっちん。
…ごめんなさい。私、心当たり無いんですけど。
- 139 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時14分17秒
- 「そっかぁ。そういうのあればもう一回同じ事すれば直るかも、と思ったんだけど
わかんないだったらどうしようもないねぇ〜」
私の疑問を無視して、ごっちんが脱力しながらつぶやく。
もともと何も思いつかない私も、同じようにへたり込む。
当事者の梨華ちゃん、真剣な目とマスクの笑えるコントラストは変わらず。
「じゃぁ、いつからそうなったの?」
私の質問に少し考え込んでから、ペンを動かす梨華ちゃん。
”今朝起きたときから、なんか変な感じがしてる”
さらにめくられたスケッチブックを走るペン。
”朝、電話で話した矢口さんを怒らせて気がついた”
「寝てる間とか、寝る前とか何か変な事ないの?」
「変なもの食べたとかさ、おまじないをかけたとか」
相変わらず、困った表情のまま首を横に振る梨華ちゃん。
私とごっちんも、肩をすくめるだけ。
- 140 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時15分06秒
- 何か閃いたかのように、ごっちんが言いだした。
「梨華ちゃんはさ、矢口さんになんて言って怒らせたの?」
その問いにうろたえる梨華ちゃん。瞳をせわしなく動かし、その場を取り繕うとしている。
なんでそんなこと聞くの、と言う私の問いにごっちんは、
「いや、深い意味無いんだけどさ。参考までに」と笑って答える。
私も、確かにそれは聞きたいなと思った。
それは、梨華ちゃんが矢口さんに言った嘘を隠そうとすればするほど、強くなっていった。
- 141 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時15分54秒
- 「後藤、今気がついたんだけどさ、ヨシコは梨華ちゃんが嘘つくとこ見た?」
人差し指をあごにあてて、、梨華ちゃんの部屋に来たときからのことを振り返る。
「そういわれてみれば確かに。梨華ちゃん一言もしゃべってないもの」
「でしょ、そうでしょ」
盛り上がるごっちん、いまいちついていけない私、そして完全に取り残された梨華ちゃん。
ごっちんは何か言おうとして、急に私を部屋の隅に引っ張った。
「どうしたの?」
「梨華ちゃんの嘘を聞いてみたいの。実際に聞いてみたら何かわかるかもしれないじゃん」
満面の笑みでナイショ話をするごっちん。
確かに、言われてみればそうだ。だいたい、なんで嘘のひとつも確かめずに信じたのだろう。
「でも、どうやるの?」
ごっちんはそれに答えなかったけれど、その目が不敵に光っていた。
それで何となく察した私がうなずくと、ごっちんも確認するようにうなずく。
その雰囲気から身の危険を察した梨華ちゃんが、じりじりと後ずさりしていた。
- 142 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時16分28秒
- 「「堪忍しろ!」」
梨華ちゃんに飛びかかった私とごっちんは、少々苦労しながらも押さえ込むことに成功。
あきらめて抵抗をやめた梨華ちゃんを、私が後ろから羽交い締めにして、
ごっちんがマスクをはずしてから、ヘッドロックするように頭を押さえ込んだ。
もちろん、スケッチブックはあさっての方向に。
鉄拳モードが発動したのか、ごっちんは不敵な笑みを浮かべていた。
「どうだ! これで意志表示はできないだろう! さぁ、思う存分吐け」
ごっちんの言動に何か違う気がしたけど、ここまでくれば、もう楽勝だった。
笑みを絶やさないごっちんが、尋問口調で梨華ちゃんに尋ねた。
- 143 名前:彼女がウソしか言えなくなった日 投稿日:2002年04月23日(火)15時18分34秒
- 「じゃ、まずは名前から聞こうか。あなたの本名は?」
「……チャ、チャーミー石川…」
「リーダーのこと、どう思ってるの?」
「…た、頼りがいない、いまひとつなリーダーだと、お、思います」
「圭ちゃんはどうなの?」
「………お、おばちゃん…」
そこまで聞くと、ごっちんは急に手を離した。
そして梨華ちゃんの耳に手をあてて何かをささやいた。
それを聞いていた梨華ちゃんは、顔を真っ赤にしてうつむいて言った。
「……し、しないよ」
いつもの表情にもどったごっちんが、審判を下した。
「ヨシコ〜、もう帰ろう。後藤はさ、このままで問題無いと思うんだけど」
…梨華ちゃんには悪いと思ったけど、私も同じ意見だった。
<おわり>
- 144 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時19分38秒
- 衣装合わせ。
鏡に映るその姿は、まるで別の人のよう。
憧れていた純白のウエディングドレス。
幸せの絶頂にあるはずなのに、何故か心が重い。
「まあ!本当に、お綺麗ですよ」
わざとらしいくらいの感嘆。
きっと誰にでも言うのだろう。
それが仕事だから。
「どうかしました?」
「…いえ」
「今日は彼がお見えでないから、寂しいんですね」
「…」
彼は急な出張。おそらく、今頃、飛行機の中。
でも、正直、ほっとしている。
彼の前で、こんな顔は出来ないから…。
無理に笑顔を作るのは、結構、辛い作業。
マリッジブルー。
どこにでもある話だよね…。
彼に不満があるわけじゃない。
小さな一軒家と、ささやかな夢と、堅い肩書きを持った人。
そして、一生懸命愛してくれる、優しい人。
たぶん、私には勿体無いくらい…。
- 145 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時21分01秒
- ホテルのロビー。
憂鬱な気分のまま、ひとり俯きがちに歩く。
「梨華ちゃん…」
不意に背後から声がした。
その声…。
似てる…。
でも、まさか…。
記憶の奥底に封じ込めた、懐かしいその声…。
おそるおそる振り向いてみる。
「梨華ちゃん…だよね…」
「よっすぃー…」
一瞬、時間が止まった。
もし、いつか、どこかで偶然会うことが出来たとしたらな、
私はどんな顔をすればいい?
どんな話をすればいい?
毎日、そんなことばかり、考えていたあの頃…。
ちゃんと笑顔で話せるかな?
あの日のこと、責めてしまうかもしれない…。
たぶん、とにかく泣いてしまうだろうな…。
私は泣かなかった。
違う、泣けなかった…。
もう、あれから何年も経つ。
あなたは随分大人になった。でも、優しい笑顔はあの頃のまま…。
- 146 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時21分41秒
- 「懐かしいね、今、時間ある?」
「う、うん…」
窓際の席。向かい合って座る。
アイスティーの氷が微かな音をたてる。
「梨華ちゃん、今は何をしてるの?」
「…」
一瞬、言葉に詰まる。
でも、言わなきゃ…。
「私、結婚することになったの…」
「へえ、そうなんだ、よかったね、おめでとう」
屈託のない笑顔。
その笑顔に、胸が詰まる。
あなたは忘れてしまったの?
苦い記憶は飛ばしてしまって、楽しい思い出だけが、今のあなたと繋がっているの?
- 147 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時22分32秒
- 「よっすぃーは?」
「私はね…」
手渡された一枚の名刺。
“フリーライター 吉澤ひとみ”
「あれから、1年留学して、大学出て、いろいろやって、やっと最近これで食べていけるようになったんだ」
「す、すごいね…」
「元アイドルって肩書き、案外役に立つもんだよ」
そう言って笑う。あの頃とは違う、自信に満ちた表情。
吉澤ひとみ。
変わっていない苗字。
ほっとする、自分がおかしい。
私は変わってしまうのに…。
「式はいつ?」
「6月」
「ジューンブライドか、いいね。今度、梨華ちゃんに、取材させてもらおうかな」
「何を?」
「今、現代結婚式事情について書いてるんだ」
「そんなの、嫌だよ」
つい、少しきつい口調になってしまう。
そんなことを、平気で言えるようになったんだ…。
あなたから、そんな取材なんか、受けたくないよ。
目の前には少し困惑した顔。
「ごめん、だって…恥ずかしいじゃない…」
「そう、だね…」
- 148 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時23分12秒
- あの日、あなたの思いつめた表情が、正直、少し怖かった…。
不器用な愛情表現。
今なら、わかってあげられる。
もし、今でも好きでいてくれたら…、
私はきっと…。
全て失っても…。
馬鹿だよね…。
そんなこと、あるわけがない。
あの頃のあなたはもういない。
あの頃の私がいないように…。
今更遅いけど、
私はあなたが好きだった。
ずっと好きだった…。
梨華ちゃんは、すぐ思ってることが顔に出る。
昔、あなたは、そう言ってよく私をからかった。
あの頃のあなたに自慢したい。
私は今、ちゃんと笑ってるよ…。
- 149 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時24分12秒
- ひとみが、ホテルで梨華を見かけたのは、まだこの取材を始めたばかりの頃だった。
どんなに離れても、
どんなに遠くなっても、
決して消えてなくならない、いとおしいその面影。
何度も忘れようとして、でも忘れられなかった。
あの表情、あの声、あの温もり…。
古傷のように、今でも夜風に疼きだす。
その胸の傷口から、また鮮血が滲み出してきた。
今、目の前に…。
手を伸ばせば届くほどの距離…。
けれど、声は掛けなかった。
いや、掛けられなかった…。
隣に寄り添う人。そして笑い声。
取材を口実にして、親しくなったスタッフから情報を貰う。
ジューンブライドか…。
幸せなんだね…。
決して、近づくつもりはない。
けれど、もう一度…、
もう一度だけ、顔が見たい。
そうやって、何度もホテルに通った。
だだ、楽しげなカップルを、遠くから眺めるためだけに…。
- 150 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時25分14秒
- 好かれている自信はあった。
それが、どの程度の好意だということは別にして…。
好きだと素直に言えばよかった…。
今になってそう思う。
ラストコンサート前夜。
部屋に訪ねて行ったあの日。
傷つけるつもりなどなかった…。
好きになって、
でも、相手は女の子で…、
切なくて…、
どうしていいのかわからなくて…。
好きだと何度言ったとしても、本当の気持ちは伝えられない気がした。
あふれる想いが苦しかった。
気付いたときには抱き締めていた。
夢中で、キスをした。
その細い腕に、突き飛ばされるまで…。
それが、最初で最後の、そして最大の拒絶だった。
今ならきっと、ちゃんと、言葉で伝えられるのに…。
再会が、こんな場所じゃなかったとしたなら…。
たぶん、今頃…。
ひとり寂しげに俯いて歩く後ろ姿…。
「梨華ちゃん…」
耐え切れずに、とうとう声を掛けてしまった。
正直、少し後悔している。
今日のことも、
あの日のことも…。
- 151 名前:Regrets 投稿日:2002年04月23日(火)20時25分54秒
- 「ねえ、よっすぃー…」
「ん?」
「あの日、どうして…あんなこと、したの?」
別れ際、思い切ってそう問い掛ける梨華。
「梨華ちゃん…」
考えるように、少し上を見るひとみ。
「今、幸せ?」
逆に切り返されて少し戸惑う梨華。
黙って頷く。
迷いが悟られぬよう、精一杯の笑顔で。
「あの日か…忘れちゃったよ、もう、そんな昔のこと…」
「そう、だよね…」
「じゃあね…」
またね…とは言わない。
スクランブル交差点。信号が青に変わる。
それを合図に、ふたり、別々の方向へ歩き出した。
― Fin ―
- 152 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時07分55秒
- 事が起こったのは、今から一週間前のことだった。
それを聞いたときは本当にビビったよ。
冗談とか、どっかの番組のビックリかと思ってた。
だってかなり信じがたい話だったから。
圭ちゃんが・・・・・事故に遭ったなんてさ。
- 153 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時09分01秒
- あのとき、確かに圭ちゃんは来なかったんだ。
だからみんなで心配してた。
でもそんな深刻には考えていなかった。
いつも早く来てる圭ちゃんが、今日に限って少し遅い。
だから少しだけ気になってたんだ。
でもまだ集合時間には間があったから。
めずらしく寝坊でもしたのかな?
私もそのくらいにしか考えてなかった。
だけど時間は過ぎて、ちょっと遅すぎると思った。
思うことはみんな同じらしくて、妙に落ち着きがなかった。
そんなとき、楽屋のドアが勢いよく開いた。
そこには顔が青いマネージャーが、荒い息を吐きながら立っていた。
「・・・・・どうかしたんですか?」
その尋常じゃない様子に、私はとにかく声をかけた。
そのときから嫌な予感はしてたんだ。
「・・・や、保田が・・・・事故にあった・・・・・。」
マネージャーは大きく息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。
見事に予感的中じゃん。
なんて、そのときは変に的外れなことを思っていた。
- 154 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時10分08秒
- それから本当に大変だった。
だって、みんないきなり泣き始めるんだもん。
誰が最初か分からないけど、まるで連鎖のように広まっていった。
気がついたらメンバーのほとんどが泣いてた。
私は呆然としながらその光景を見てた。
なんで泣いてるの?
そう、ちょっと客間的に周りを見て思った。
だって別に死んだわけじゃないし。
みんな早まりすぎじゃないの?
ってツッコミたかったけど、そんな状態じゃなかった。
とりあえず私はみんなを慰めた。
だって、泣いてないのは私だけだったし。
なんでだか・・・・・全く泣く気がしなかった。
でもそういうのは、世間的に冷たいって言われるんだろうね。
- 155 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時11分04秒
- だけど、急いで病院に行ったら驚いたよ。
圭ちゃん全然元気なんだもん。
慌ててきた私達を見て、「おぅ、みんなお疲れさん。」なんて言うし。
それもいつもと変わらない様子で。
みんなで唖然としちゃったよ、あまりに普通なんだもん。
私はもっと重症かと思ってたから。
だけど、マネージャーは一言も重症とは言ってない。
もう少し人の話を聞いた方がよかったね。
でも無傷ってわけでもなくて、いちよ頭を打っているらしい。
だから事務所は大事をとって入院させた。
で私は仕事の空き時間を利用して、お見舞いに来ていた。
「あっははははは!!ふっ、ふっはははははは!」
圭ちゃんはしばらくの間、ずっと腹を抱えて笑っていた。
話のネタに私だけ泣かなかった話をしたら、手を叩いて大笑いされた。
「・・・・・・でも、そういうの矢口ぽっいね。」
圭ちゃんはやっと笑い終わると、軽くため息をついて言った。
「ひどっ!矢口は冷血人間じゃありません!!」
と私は力一杯に否定をした。
「そんなこと分かってる。でもなんか矢口ぽっいんだよ。」
圭ちゃんはさっきの余韻のように、少しだけ笑みを浮かべる。
「じゃぁ、何が矢口ぽっいの?」
と質問してみると、圭ちゃんは少し考え込んでから答えた。
「ちょっと冷たいところかな。」
「オイ!」
そんなボケとツッコミをしてどうすんだよ。
「半分冗談だけど、半分は本当にそう思ってるんだって。」
いや、本当に思われても困るんですけど。
- 156 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時12分50秒
- 「じゃぁ何?圭ちゃんは、矢口が冷たい人間だと思ってるの?」
私は少しふてくされながら言ってみた。
「冷たいっていうか、冷静って感じかな。矢口って結構周りを客観的に
見てるとこあるでしょ?だからメンバーにツッコミを入れられるし、
トークで的確な返答ができたりする。」
圭ちゃんはあごに手を当てながら、少し真面目な顔して言った。
・・・・やっぱ圭ちゃんってスゴイかも。
よく人のこと見てるよ、さすがサブリーダーってとこかな。
「でも普通に少し冷たいかもね、矢口ってさ。」
圭ちゃんは少し意地悪そうな顔する。
「冷たくないちゅうの!結構ハートフルなんだよ矢口は。」
勢いで自分でもよく分からない反論をした。
圭ちゃんは楽しそうに笑っている。
これのどこが病人なんだか、私より元気なんじゃないの?
それから軽く話した後、私は仕事だったので病院を出た。
別にまた来ればいいことだし。
他のメンバーも、結構お見舞いに行っているらしい。
やっぱり仕事場から近いからかな。
仕事の空き時間とかにでも覗いていけるし。
そこは場所的にいい病院だった。
近くでショッピングができる、ってのもまた最高なところ。
その日も仕事で少し長めの空き時間があった。
だからいつものようにお見舞いに行く。
- 157 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時14分12秒
- 一時間くらい話して、それから買い物にでも行こうかな。
私はそんなことを思いながら、もう行き慣れてしまった病室に向かった。
保田圭と書かれたプレートをいちよ確認して、私はドアを開ける。
「ちぃ〜す。お見舞いに来たよ、圭ちゃん。」
片手上げて挨拶するも、いつもの返事は返ってこなかった。
私は部屋の中に足を踏み入れる。
部屋はただ白いカーテンが風に揺れていた。
病室の何もない殺風景な白い部屋は、静寂に包まれている。
私の声は異様に反響しているようだった。
いつもと違う雰囲気に、私は深呼吸して唾を飲み込んだ。
圭ちゃんはベットで眠っている。
その風景がすごく自然で、違和感なさすぎて逆に少し怖い。
よく分からないけど、なんだか嫌な胸騒ぎがした。
私はすぐにベットに走り寄った。
「・・・・圭ちゃん。」
私は震えた声で呟くと、そっとその顔に触れてみた。
- 158 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時15分54秒
- すると確かな温もりがあった。
ちゃんと手の平を伝わって、感じることができる。
そのことに私は安堵の溜め息をついた。
「・・・・なんだよぉ。生きてるならちゃんと返事しろよなぁ。」
私は急に腹が立ってきて、圭ちゃんの頬を軽く引っ張った。
その顔がおもしろくて私は声を上げて笑う。
その声のせいなのか、圭ちゃんは小さく呻いて目を覚ました。
私は慌てて頬から手を離す。
「うっ・・・・あわぁ〜・・・・・病人なんだから寝かせてよね。」
圭ちゃんはあくびをしながら、少しだけこっちを睨らむ。
「ゴメン、キスしてあげるから許して♪」
私はかわいいウィンクをして、投げキッスをする。
「そんなのいらないよ。」
と圭ちゃんは冷めた視線をして即答する。
・・・・いつもの圭ちゃんじゃん。
別にいつもと何も変わらない、何もおかしいことなんてない。
でもなんか、それは自分に言い聞かせてるみたいだった。
- 159 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時17分06秒
- 「もう少し病人をいたわれよなぁ。」
圭ちゃんは起き上がると、すぐに不満の声を上げる。
起こされたことをまだ根に持ってるらしい。
「心が狭いねぇ、圭ちゃんは。」
私は鼻を鳴らして笑った。
圭ちゃんはその言葉に呆れた顔をする。
「狭い広いの問題じゃないだろうが。それと、一つ質問したいんだけど。」
「ん?何でも質問したまえ保田君。」
と私はちょっと調子に乗って、体を踏ん反り返えらせる。
「では矢口先生、現在の中東情勢についてどうお考えですか?」
調子に乗りすぎたらしい。
「・・・・・スイマセンでした。」
私はすぐ頭を下げて言った。
「分かればよろしい。それより、私の頬が痛い訳を聞きたいんだけど。」
わずかな沈黙の後、私はさらに深く頭を下げて言った。
「・・・・・スイマセンでした。」
「あんたねぇ、本当に何考えての?」
圭ちゃんは呆れているようで、でもなんだか楽しそうだった。
「何も考えてませ〜ん。」
私はわざとバカぽっい言い方をしてみる。
「バカにしてんの?」
「いや、ただからかってるだけ。」
圭ちゃんがまた睨むから、私は真面目な顔して答えた。
少しして平手が飛んできた。
「痛っ!何もぶつことないじゃん。」
私は頬を擦りながら、情けない声を出して訴える。
「言って分からない子には、手を出すって言うでしょ?」
圭ちゃんは平然とした顔で言い返す。
「それってさぁ、今流行ってる虐待じゃないの?」
と私はその言葉にツッコミを入れた。
「嫌な世の中になったよねぇ・・・・・。」
圭ちゃんはしみじみしと呟く。
- 160 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時19分19秒
- 「って、今日はそんな話をしに来たんじゃないよ!」
「私だって別にしたくないって。」
気がつくと、なんだか変な方向に話が逸れてしまった。
「そういえば圭ちゃんはいつ退院できんの?」
別にそれが本題じゃないんだけど、私はとりあえず話を変えた。
漫才してるよりよっぽっどマシだから。
圭ちゃんは少し考え込んでから、
「もうすぐできると思うよ。元々大したケガがじゃないんだから。」
と言って笑いながら自分の頭を軽く叩く。
なぜか、そこで二人の会話が止まってしまった。
でも特に話したいこともないし、改まると話すことがない。
それでもあまり気まずく感じないのが、同期の絆ってやつなのかな。
やっぱり同期って他のメンバーと違うよね。
何がとは言えないんだけど、でも違うことはハッキリと分かる。
- 161 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時21分28秒
- 圭ちゃんが不意に私の髪に触れ、優しい手つき撫でる。
私はそれがあまりに突然だから驚いた。
でも別に悪い気はしない。
圭ちゃんは柔らかい微笑みを浮かべて言った。
「私は今まで矢口と一緒にやってこられて、本当に良かったよ。」
その言葉はどこか寂しい感じがした。
「なんだよ、らしくないなぁ・・・・。」
私はその後に言葉を続けたかったけど、口から出なかった。
だって言えるはずないじゃん。
まるで今から死ぬみたいだよ、なんてさ。
でもそんな私の心を見透かしたように、圭ちゃんは平然と口にする。
「・・・・・私は死なないよ。」
そして、私の前髪を軽く掻き上げてくれる。
「そんなこと分かってるよ。」
私はその仕種がくすぐったくて、照れくさそうに笑った。
それから圭ちゃんはまた突然言い出す。
「矢口、好きだよ。」
といつもより少し低くて、掠れた声で言われた。
どんな意味で圭ちゃんが言ったのか、それは私には分からない。
ただ・・・・ちょっとドキッとした。
全く、さっきから変なこと言いすぎなんだよ!
マジで矢口は動揺しまくりなんですけど。
- 162 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時22分21秒
- でもそういうとこ見せたくないから、私は茶化して誤魔化した。
「いや〜ん、突然LOVE告白しないで♪」
圭ちゃんは軽くため息をつくと、呆れたように笑って言った。
「もう少しマシな返し方はないの?」
「えぇぇぇぇ!かなりがんばったのになぁ。」
ふとお互いに目が合って、私達はいつものように笑った。
ずっとこんな風にバカやっていたい。
やっていけるねよね?
終ったりなんかしないよね?
- 163 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時23分36秒
- 私はふと時間が気になった。
ここであんまり長話している時間はない。
素敵なショッピングタイムがなくなっちゃうから。
私は辺りを軽く見回して、部屋にあるはずの時計を探した。
「どうかした?もう仕事の時間になってた?」
圭ちゃんは少し焦った口調で言った。
「違うよ。今日は早めに切り上げて、服でも買いに行こうと思ってさ。」
壁掛け時計を見ると、ちょうど一時間くらい経ったところだ。
「なんだよ・・・・。仕事に遅刻させたかと思った。」
圭ちゃんは力が抜けたようなため息をつく。
「遅刻なんてするわけないじゃん。これでも矢口は時間に厳しいんだから。」
少し自慢げな私に対し、圭ちゃんは軽く頷きながら言う。
「意外だけど・・・・そうなんだよねぇ。」
「コラ!意外とか言うな!」
ってまた漫才してる場合じゃない。
あんまり時間がないんだから、早くここを出ないと。
私は部屋を出るために身仕度を始めた。
- 164 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時25分41秒
- 「それじゃ、退院したら焼肉おごってね。」
私はバックを肩にかけると、軽く笑いながら立ち上がる。
「なんで私がおごんのよ。普通は逆でしょうが!」
と圭ちゃんはベットから身を乗り出して怒鳴る。
「まぁまぁ、怒ると体に悪いよ。」
私は怒りをなだめてあげる。
「誰が怒らせてると思ってんの?」
圭ちゃんは冷たい視線を私に向けている。
「・・・・分かったよ。退院したら矢口が焼肉おごってあげる。」
私は深いため息をついてから、少し沈んだ声でそう言った。
「それじゃ、あんまり期待しないで待ってるよ。」
圭ちゃんは本当に期待してない顔をする。
それから、お互いに手を上げてタッチし合う。
私はドアのところで行くと、振り返って手を振った。
「それじゃ、バイバイ。」
「うん、またね。」
圭ちゃんはいつものように笑って、手を振り返えしてくれる。
こうして私は病室を後にした。
- 165 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時26分45秒
- 廊下を歩きながら、私はぼんやりと窓を見た。
日が眩しく照っている、そんな何の変哲もない午後。
今日は少し暑そうだと思った。
別に何もおかしいところなんてない。
なのに、私は胸の不安感がまだ消えないまま。
きっとそれは圭ちゃんせいだ。
病室で最後に見た、圭ちゃんの笑顔が忘れられないんだ。
優しい眼差しをしているようで、でもどこか呆れてるみたいで。
少し寂しそうなのに、なんか嬉しそうな感じがして。
そして・・・・本当に幸せそうだった。
私は少し歩き出してから、立ち止まって後ろを振り返った。
なんだかまた嫌な予感がした。
そう思ったら、帰ることなんてできなかった。
だって足が前に動かないんだもん。
戻らないといけないと思った。
一度でも気になっちゃうと、どうも確かめずにはいられない。
やっぱり矢口はA型みたいだね。
それもかなり典型的な。
私はうなだれてから、とても長いため息をついた。
「たっくもう〜!服が買えなくなるじゃんか。」
そう独り言を言って、圭ちゃんの病室に向かって走り出した。
- 166 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時30分36秒
- 勢い良く部屋に入ると、私は呆然と立ちつくした。
病室はさっき入ったときと同じ状態だった。
静寂に包まれていて、カーテンだけが風に揺れていた。
圭ちゃんはベットで寝ている。
それはいつもの通りなのに、でも妙な雰囲気を感じる。
なんだか様子が違う気がする。
そして、ちょっと異様なこの胸騒ぎ。
なのにこの部屋は平然としている。
周りは落ち着いていて、自分だけが焦っている感じ。
つまりは嫌な感じってこと。
私は唾を飲み込むと、ゆっくりとベットに近づく。
圭ちゃんは普通に眠ってるみたいだった。
私は少し震える手で触ってみる。
さっきみたいに、どうせ温かいんだろうと思った。
・・・・・冷たかった。
体は全く微動だにしないし、息も聞こえない。
微かな呼吸さえも聞こえなかった。
そして、自分の体が震えているのを知った。
間違いなく圭ちゃんは死んでいた。
- 167 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時31分47秒
- かなり信じがたいけどね。
今すぐにでも起き上がって、笑い出しそうなんだもん。
だけど圭ちゃんが起き上がることはない。
もう二度と話すことも、歌うこともないんだ。
一緒に買い物したり、笑い合うことさえできない。
まだ言いたいことたくさんあった。
こんな終わり方じゃ、ちょっとあんまりじゃない?
でも死ぬってそういうことなのかもね。
非現実的なことだったから、今まで考えもしなかった。
身近な人が死ぬってこういう感じなんだ。
さっきまで普通に話していたから、死んだなんてウソみたい。
突然すぎてよく理解できていない。
それに信じたくなかった。
これは何かの番組とかで、きっとこの後に誰かが言うんだ。
「驚いたでしょ?実はこれ冗談なんだよ」って。
でもそんなこと誰も言ってくれない。
それでも・・・・・たとえウソでもいいから、私はそう言ってほしかった。
よくよく考えたら、私との会話が最後だったんだ。
あんな会話が最後っていうのも何だね。
でも私達らしくていいかも。
だけど「またね」なんて言ってさ、もう生きて会えないじゃんか。
死ぬと分かって言ったのか、ただ普通に言っただけなのか。
どう思って圭ちゃんが言ったのかは分からない。
どっちにしても、もうその言葉の真実を知ることはない。
「・・・・ウソつきだね、圭ちゃん。」
私は微笑みながら、そう静かな声で呟いた。
でも返事なんて返ってこない、もう二度と返ってこないんだ。
私は優しく圭ちゃんの前髪を掻き上げる。
幸せだったんだよね?
だって、圭ちゃんは最後に見たときのままだから。
すごく幸せそうに笑っている。
それが分かっただけで、矢口は嬉しいかな。
- 168 名前:ハナムケノコトバ 投稿日:2002年04月23日(火)23時33分14秒
- 私は圭ちゃんの頬に優しく触れる。
やっぱり少し冷たかった。
さっきは温かかったのに、今はもう冷たくなってる。
その冷たさがあまりにリアルで、私は少しだけ泣けてきた。
死んだって実感はやっぱないけどね。
でも白いベットには、いくつも小さな染みができていた。
fin
- 169 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時17分45秒
- 乱暴にバッグの中をあさって取り出した定期券が、手につかずにラッシュの人ごみの
足元へと転がり落ちる。 東京の街は誰も他人に無関心で、サラリーマンのくたびれた靴に
踏みつけられそうなそれを危ういところで救い出すと、半ば走りながら無機質な
自動改札へと通して、人ごみをかきわけつつ階段を一段飛ばしで駆け下りていく。
めったにしない寝坊のせいで、彼女は久しぶりに走っていた。
- 170 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時18分21秒
- まったく、起こしてくれたっていいのにね。
声に出さずに、彼女は家族に愚痴ってみる。
しかし、彼女を起こさなかった親を責めることはできない。
普段、家族の中で一番早く起きるのが彼女自身なのだから。
弾む息を無理矢理抑えて飛び乗った地下鉄は、相変わらず混雑していて少し憂鬱に
なったけれど、どうやら時間には間に合いそうで、彼女は小さく安堵のため息をつく。
ま、運動不足気味だったし、いいダイエットになるでしょ。
- 171 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時19分12秒
- 無遠慮に身体を預けてくる中年親父を小さな身体で思い切り押し返しながら、
バッグの中を手探りで探ってウォークマンのイヤホンを取り出した。
周りに音漏れしないように多少ボリュームを絞ってからPLAYボタンを押すと、
列車の轟音は遠くなって、代わりにピアノにあわせた友人の声が耳元で歌い始める。
デモの段階で友人からもらったそのMDは、既に発売されたものとは少し印象が違ったけれど、彼女はこちらの方を好んで聴いていた。 音質も悪いし、ところどころ歌詞も
とちっているのに、なぜかそこに粗削りな温かさを感じたから。
- 172 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時19分45秒
- 辞めたの失敗だったかな。
でも今のあの子たちみたいな歌、あたしには歌えないしな。
こういう歌、歌いたかったんだけど。
あたし残ってたら、こういうの、歌えたのかな。
中吊り広告の、復帰したかつての仲間の写真をぼんやりと眺めながら、そんなに昔でも
ないはずの過去に思いをめぐらせる。 そして考えることの無意味さに気がついた彼女は、
昨夜の勉強の疲れと今朝の睡眠不足を補うために、目的地まで開くことのないドアに
もたれながらゆっくりと目を閉じた。
- 173 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時20分37秒
- ――― 唐突に支えを失って、彼女の身体が何かに躓いたようにホームへと投げ出された。
うわ、恥ずかしい。
彼女はそう思ったけれど、その駅で降りるであろう彼女と同年代の大多数は、そんな
ことには見向きもせずに足早に改札へと歩いていく。 手にはそれぞれ参考書らしきものを
抱えながら、その先にある予備校を目指して。
みんな冷たいだけなのか、それともそんな余裕がないほど追い詰められてるのか。
・・・・・・どっちにしてもロクなもんじゃないわね。
小さく肩をすくめた彼女もまた同じように、流れていく人の群れに紛れこんでいった。
- 174 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時21分13秒
- 眠気と戦いながら午前の授業を何とか切り抜けた昼休み、朝の慌しさの中で買い忘れた
昼食をとりに彼女が校舎の外へ出ると、この近辺では見たこともない人だかりが
できていた。 どうやら何かのロケらしく、黒や茶色や金色に染まった頭の向こう側に、
懐かしささえ感じさせるレフ板や照明が見える。
おーおー、みんな刺激に飢えてんだねー。
彼女は無関心を装って、足早にその場を去ろうとした。 知ってるスタッフなんかがいて
見つかったら少し厄介だし、「TVなどの媒体に出演するときは昔の事務所に話を
通さなければならない」なんていう面倒な契約がまだ残っていたせいもある。
- 175 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時21分43秒
- けれど、彼女の足は止まった。
群がる野次馬を必死で止めているスタッフとそれをかわそうとする人ごみの切れ間に、
一瞬だけ懐かしい顔が見えたから。
・・・・・・なっち!?
彼女は自分の目を疑い、そしてそれが間違いでないことを確かめる。
そこにいたのは ――― 共に過ごした頃と比べるとだいぶ雰囲気も変わっているけれど
――― まぎれもなく「安倍なつみ」だった。
- 176 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時22分14秒
- 最後に会ったのは、中澤が卒業する時だっただろうか。
コンサートのチケットが中澤から送られてきて、石黒と一緒に楽屋に顔を出した覚えが
ある。 もっとも、そんなに話をする時間もなかった上に主役はもちろん中澤だったから、
挨拶程度の会話しかできなかったのだが。
そのときと比べても、今の安倍からは充実している様子が伝わってくる。
かつての線の細さは影を潜め、現在を精一杯生きている人間だけが持つオーラをまとい
明るく話している目の前の人間と、ことあるごとに「北海道に帰りたい」と言っては
泣いていた人間とが同一人物とは思えなくて、彼女はなぜか近寄りがたい雰囲気を
感じてただその場に立ちすくんでいた。
胸の奥にかすかな痛みを覚えながら。
- 177 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時23分01秒
- どれくらいそうしていただろうか。
収録も順調に進んでいるように見えるさなか、安倍に向いているはずの群衆の一部の
視線が、自分の方を向きはじめたことに彼女は気づいた。
(・・・・・・あそこで見てるのって、もしかして)
(んなわけねえじゃん、なんでこんなトコいるんだよ)
(あ、オレ誰かに聞いた。高校やめて大検取るのにどっかの予備校通ってるって)
(それ知ってる。ネットで見た)
(じゃ、本物?)
なめまわすようなその視線とひそひそ話に、彼女はため息をつく。
- 178 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時24分03秒
- ・・・・・・まただ。
いつだって「一般人」の無責任な好奇心が、同じ「一般人」であるはずの彼女の
プライベートを侵食していく。 ついこの間は家までやってきたバカがいた。
見知らぬ人間が突然家に現れて、「写真撮らせてください」なんて言われて、喜んで
「はいどうぞ」なんて答える人間がどこにいるというのだ。
そして親に言われてイヤイヤ撮らされた写真はあっという間にスポーツ紙へと流出して
いき、おかげで予備校を一つ変えなければならなかった。
あたしはあたしのペースでやりたいことをしたいだけなのに。
- 179 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時24分38秒
- 徐々にざわめきが大きくなっていく。
彼女は踵を返し、安倍に気づかれる前にその場を後にした。
一人、彼女の後を追いかけてきて「福田明日香さんですか?」と訊いてきた者がいた
けれど、彼女は一言「違います」と言い切って、小走りに校舎の中へと入っていった。
・・・・・・嘘つき。 あたしが福田明日香じゃなかったら、あたしはいったい誰なのさ。
そう心の中で自分に毒づきながら。
- 180 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時25分08秒
- 歩調を緩めずに教室へ飛びこむと、彼女は置きっぱなしにしておいた自分のバッグを
ひったくるように抱え、入ってきた時と同じ勢いで教室から出て行く。
午後の授業に出る気はしなかった。
安倍を見かけたときから感じていた胸の痛みは当分おさまりそうになくて、とても
何時間も座ったまま講義を聴けると思えなかったし、授業の片手間に考えるようなこと
ではないことを、ゆっくりと考えたかったから。
大教室にまばらに残っていた生徒たちは、そんな彼女にはかすかな関心も払わず、
ただ目の前の参考書を読みふけっていた。
- 181 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時26分08秒
- ロケをやっている方とは別の出口から、彼女は逃げるように走り出た。
道行く人たちが何事かと振り向くけれど、そんなものには一切目もくれずに街中を走り
抜ける。 しばらくして息が少し上がってきた頃、人気のない小さな児童公園を見つけて、
彼女はそこの芝生に腰を下ろした。
なんか、今日は走ってばっかり。
心臓がバクバクいってる音と、自分の荒くなった呼吸の音だけが耳に響く。
急に走ったせいか、煙草など吸ってないのに肺が心なしか痛む。
そして、それとは別の痛みもまた、彼女の胸から消えずにいた。
- 182 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時26分56秒
- ・・・・・・羨ましいと、思った。
スポットライトを浴びて、笑顔を振りまいていた安倍を。
そして、一瞬でも羨ましいと思った自分を許せなかった。
自分で自分が選んだ道を歩いているだけなのに、なぜかそれに負い目を感じた自分を。
あの日、彼女は言った。
「勉強したいから、モーニング娘。辞めます」
それは決して嘘ではなかったし、どんどんと幼児化していく彼女たちをTVで見ながら、
心の中で自分の選択が間違いでなかったと思ってさえいた。
- 183 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時28分02秒
- そして、三年たった今。
それなりに頑張って勉強して入った高校をなんとなく中退してしまった自分に比べ、
アーティスト志向だったはずの仲間たちは、いつのまにか国民的アイドルにその
立ち位置を変えていたけれど、忙しいながらに充実した日々を過ごしているようだ。
・・・・・・あたし、何やってんだろ。
勉強は、嫌いじゃない。
しかし、その先が彼女には自分でも見えてこなかった。
他人の定期券を踏みそうになって、それでも詫びることをしないような。
満員電車とはいえ、自分が楽だからという理由だけで150cmそこそこの女性に身体を寄りかからせてくるような。
人が転びかけているのに何の関心も示さなくなるような。
そんな未来に向かって歩いているとは思いたくなかったけれど、今の自分に
「流されて生きてるわけじゃない」と胸を張れるわけでもなくて。
- 184 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時28分39秒
- 歌はいつでも歌える。
勉強は今しかできないから。
そう思っていたけれど、実は目の前の辛いことから逃げ出したいだけだったんじゃないの?
ほら、その証拠に高校もすぐ辞めた。 そして、たまたま見かけたなっちの眩しさに
圧倒されて、また歌いたいと思ってる。 でも中途半端なまま復帰するのは格好悪いから、
友達を使って業界とのパイプは確保しておいてる。
実はさっきのなっちみたいに今でも騒がれたいんじゃないの?
あたしは違う世界の人間だって、「一般人」に見せつけたいんじゃないの?
- 185 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時29分23秒
- 彼女は自分に問いかけながら、そのすべてに「YES」とも「NO」とも答えられることに
気づいて、自分で愕然とする。 そして安倍に対して嫉妬した自分の醜さを責め、今の
自分の状況に実は納得していない自分を責めた。
自分と自分の選んだ道に自信があったら、あそこでなっちに声をかけることができたのに。
「福田明日香だ」って胸を張って言えたはずなのに。
ボロボロと涙が零れて、青く茂った芝生の上に落ちていった。
子供と一緒に公園に遊びに来ていた母親の、「近づいたらダメですよ」という言葉が
遠くの方で聞こえて、なぜかそれが彼女を一層惨めな気分にさせた。
- 186 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時31分04秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トボトボと、夕暮れの帰り道を歩く。
しばらくの間泣きはらしたせいで、元々薄かったメイクは完全に落ち、瞼も赤く腫れて
しまっていたけれど、おかげで誰にも気づかれずに家まで辿りつけた。
家族に挨拶さえせず、駆け上がるように階段を上って自分の部屋に入ると、彼女は自分の
身体をベッドの上へと投げ出した。 いつもなら夕食までの時間は予備校の復習に充てて
いたけれど、何もする気がおきなかった。午後の授業をサボったおかげで、する必要が
ないということもあったのだが。
彼女は天井を見つめながら、昼間考えたことを再び思い出しては、また自分を責める。
いいよ、もう。 こうやってあたしは楽そうに見える方へ流されながら生きてくんだ。
そんな半ば投げやりな感情を抱きながら。
そしていつしか、浅い眠りに落ちていった。
- 187 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時31分39秒
- 目が覚めると、微かに紅く染まっていたはずの窓の外の景色はすっかり黒く変わって
いた。 身体を起こすのも面倒で、もう少しの間横になっていたかったけれど、
カーテンさえ閉めないのはどうかと思って、彼女は仕方なく起き上がった。 ついでに、
帰ってきたときに放り出したままのバッグから、携帯を取り出して充電器にセットする。
・・・・・・あれ?
待受の液晶画面に、メール着信の知らせが残っている。 どうせ出会い系の宣伝でしょ、
なんて思いながら手早く受信箱を開いた彼女は、そこに残っていた名前を見て少し驚いた。
久しぶりのメールということ以上に、ある意味彼女をここまでブルーにした本人からの
メールだったから。
- 188 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時33分05秒
- 『福ちゃん、元気でやってるかい?
なっちはゲンキでやってるよー。けど最近連絡くれないからさみしいぞー。
今日ね、シゴトで予備校の近くに行ったんだ。福ちゃんがかよってるトコか
どうかわかんないけどさ。なんかみんなイッショウケンメイ勉強してるっぽ
くてなっちはちょっと引いちゃいました(w
でもね、福ちゃんもこーゆートコでがんばってんだろうなあって思ったら、
ちょっといつもより気合入ったよ。福ちゃんに負けないようにって。
勉強は進んでるかい?大変だろうとは思うけど頑張ってね。自分で選んだ道
なんだから自分で満足するまでは突き進むんだぞー。けどたまにはなっちの
息抜きにもつきあうように(w
オフ取れそうになったら連絡するからさ、そしたらまた遊びにいこーね?
それではまた。なっちでした。・・・福ちゃんもたまには連絡くれー。
あ、それからさ、頼子ちゃんのCD手に入んない?なっち、こないだ渋谷ま
で買いに行ったのに売り切れだったのさあ。じゃ、よろしく!』
- 189 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時35分04秒
- タイミング良過ぎのメールに、彼女は苦笑いを浮かべる。
スタッフか生徒か通りすがりの講師か ――― ともかくあの場所にいて彼女の存在に
気づいた誰かから、そのときの彼女の様子を聞いたとしか思えなかった。 でなければ
こんなメールは送ってこないだろう。 1年以上も会ってない上に、ここ最近は連絡も
途絶えがちだったのだから。
ったく、文章でも芝居ヘタなんだから。
そう毒づきながらも、わきあがってくる微笑を抑えられない。
つい先刻まで、この世の終わりみたいな気分だったのが嘘のように。
- 190 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時36分05秒
- 嬉しかった。
話を聞いただけで、自分の悩みに気づいてくれたことが。
気づいてくれる人がいたことが。
そして、そんな彼女に嫉妬した自分を恥ずかしく思った。
- 191 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時36分40秒
- 何度か読み返した後で、彼女の親指が返信するために動き始める。
・・・・・・ちょっとばかり嘘が混じってるけど、まあいいよね。
『あたしは元気でやってる。心配無用。
そんなことより、無職にモノをたからないように。
デモのMDでよければダビングしますけど? 明日香』
送信ボタンを押した後、彼女は少し考えてからもう一度返信した。
今度は自分の正直な本音を書きこんで。 精一杯の感謝を込めて。
- 192 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時37分47秒
- さて、と。
バッグの中からMDを取り出し、ダビングするためにデッキへと放り込んだ後で、
同じく勉強道具を取り出して彼女は机へと向かう。
今日の分、誰かノート貸してもらわなきゃね。
パラパラとテキストをめくる音と友人の歌声が響く中、彼女の部屋の明かりは遅くまで
消えることはなかった。 もちろん、目覚ましは忘れないようにセットしてあったのは
言うまでもない。
- 193 名前:PLACE 投稿日:2002年04月24日(水)02時39分15秒
- ―――その日、安倍に届いた2通目のメール。
『メールありがと。だいぶ元気出た。
なっちに負けないようにがんばる。
次は胸張って会えるように。 明日香』
fin
- 194 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時26分06秒
- その日、ののは楽屋でボーっとしてました。晩御飯はなんだろうとか考えてました。
そうしたら、後ろの方がなにやら騒がしくなってきたのです。
「そんなんウソや!ウチは絶対信じへん!絶対あるはずや!」
あいぼんの大きな声がします。
ののははっとして後ろを振り返りました。
あいぼんは目に涙をためて、梨華ちゃんに言っています。
「なあ、ウソっていってえなあ」
あいぼんは梨華ちゃんの両肩を揺らしながら問いかけつづけます。
でも梨華ちゃんはあいぼんから視線をそらすようにうつむいて
目を伏せました。
「そんなん、おかしいやん!なんで、なくなるん?」
あいぼんは執拗に梨華ちゃんに訴えます。
眼差しは悲壮感が漂っていて、みてるこちらが辛いです。
そして、梨華ちゃんは無言でうつむいたままです。
- 195 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時27分15秒
ポタッ──
伏目がちな梨華ちゃんの瞳から雫がおちました。
あいぼんははっと顔色を変えました。
「そ、そんなぁ……、ほ、ほんまなんかぁ……」
そう呟くと、ちからなく、その場にへたり込んでしまったのです。
「ごめん……、でも私にもどうすることもできない……」
梨華ちゃんはそう呟くと、へたり込むあいぼんを見ないようにして、
楽屋から出て行ってしまいました。
「なあ、なんでないの?みんな知らへんの?」
あいぼんは涙声で訴えます。
でもみんな視線をそらしたままです。
それに気付いたあいぼんは首をうなだれて落ち込んだ様子です。
どうしたのですか?なにがあったのですか?
ののはあいぼんを見つめました。
- 196 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時28分00秒
すると、あいぼんは私を睨みつけるようにこちらを向きました。
「ののやろ……」
え?今なんて?
「ののしかおらへん、こんなことするのは!」
あいぼんが私につかみかかります。
痛いです。そんなに引っ張ったら痛いですよ、あいぼん。
「加護!メンバーを疑うなんてしちゃダメ!」
飯田さんがののを抱きしめるようにして、あいぼんから引き離してくれました。
「飯田さん、ののを離して!ののや、絶対ののや!」
あいぼんは怒りをあらわにして私に向かってきます。
こんな怒ったあいぼんは始めてみました。
怖いです。ののがなにをしたっていうんですか?
悲しいですよ、私たちは永遠の友達じゃないのですか?
ひどいよあいぼん……。
- 197 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時28分49秒
メンバーたちはあいぼんを抑えます。ののは怖くてたまりませんでした。
「加護、メンバーを疑うのはよくないで」
中澤さんがあいぼんに言いました。ののは中澤さんのお気に入りなのです。
いつでも助けてくれるのです。
「みんな、ののの肩ばっかりもちやがって!もうええ!ウチはどうせ嫌われもんや!」
それを聞いて、あいぼんは泣きながら楽屋を出て行ってしまいました。
そんな……、泣かないでよあいぼん。
メンバーのみんなはあいぼんより、ののの方が好きかもしれないけど、
ののはあいぼんのことが大好きなんですよ。
悲しいこと言わないで……。
でも、あいぼんが可哀想なのです。
あんなに動揺したり、怒ったりするあいぼんは初めてです。
一体何があったのでしょうか。
とりあえず、飯田さんに聞いてみるのです。
- 198 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時29分34秒
「ところで、あいぼんはなんで怒ってたのれすか?」
「え?知らなかったの?」
飯田さんは目を丸くします。
ののは小さく頷きました。
ののは何も知らないのです。
「加護が大事に置いていた、アロエヨーグルトがなくなったんだって」
「え?」
私の心臓がトクンとなりました。
アロエヨーグルト?──
ののの心は大きな悲しみに襲われました。
気持ちはわかりますよ、あいぼん……。
だって、ののも大好物ですから。
でもね、それは仕方がないことなんです……。
- 199 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時30分09秒
「本番始まります」
ADさんが楽屋にきました。
みんな何も無かったように楽屋を出て行きます。
「辻どうしたの?」
「ごめんなさい、ちょっとおくれるのれす」
「わかった。早く準備してね」
みんなはそういうと、先にスタジオに向かいました。
「みんな、行きましたね……」
ののはみんながいなくなるのを見計らって鞄を開けました。
つい顔がにやけてしまいます。
- 200 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時31分07秒
私は鞄の中から隠してあったアロエヨーグルトを取り出しました。
「おいしいそうれすねぇ」
そう、この容器の形、包装のデザイン。
見ただけで、味が浮かんできます。
もうたまりません。がまんできないのです。
あいぼん、ごめんね。ののが取ったのです。
でも、ずっとおいとくのが悪いのです。
これじゃあ、アロエヨーグルトさんがかわいそうです。
だって賞味期限が昨日までなんですよ。
だから、今日中にののが食べてあげるのです。
それに、あいぼんがおなかを壊してもいけないですし。
ののなら、1日ぐらい平気なのです。ののはなんていい子なんでしょう。
- 201 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時31分43秒
ののはわくわくしながら、ふたを開けました。
ペリペリペリっといい音がします。
ああ、ヨーグルトの甘酸っぱい香りがします。
もうたまりません。スプーンを握る手にも力がはいります。
「あれ?」
私は目を疑いました。
──なんで、半分ないの?どうして食べかけなのですか?──
こんな食べかけのは嫌です。
でも、のののおなかはもう、アロエヨーグルトモードに突入してるのです。
もうがまんができないのです。
なんでですか?楽しみにしてたのに。
- 202 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時32分40秒
そのとき、ガチャッと楽屋のドアが開きました。
ののの心臓は飛び出るかと思うぐらい大きく鳴りました。
いそいでアロエヨーグルトを鞄に隠します。
「やっぱ、ののやってんな!」
あ、あいぼんです。まずいです。ばれてしまったのです。
「ごめんなさいれす、ごめんなさいれす」
「もう、ゆるさへん!」
あいぼんは私からアロエヨーグルトを取り上げました。
「みんな、やっぱりののが犯人やったやんか!」
ふと後ろをみるとメンバー全員がののの方を見ています。
疑いの目です。軽蔑した目です。
ごめんなさい……。ののはいい子じゃないのです。
食い意地のはった悪い子なのです。
- 203 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時33分32秒
「ごめんなさい。だけど、なんで食べかけだったのですか?」
そうです。半分なかったのです。これはおかしいのです。
「ほれ、ここに小さな穴があるやろ」
「あ、ほんとれす」
よくみると包装のふたには小さな穴があいてます。
「ここからストローで吸ったんや。みすみすののに食べられるのは嫌やからな」
「そ、そんなことまでしたのれすか……」
すごい手が込んでるのです。私をだまそうとしたのですか?
ひどいです。あいぼん……。
「そらそうや。いつもウチのおやつがなくなるからおかしいと思っててん」
「じゃ、じゃあさっきの騒動も?」
「そうや。何度もおやつがなくなるから、みんな相談してやったんや」
み、みんなののを疑ってたのですね……。
ひどいです。ショックです。
でもののは初めてなんです。あいぼんのおやつを盗ったのは。
- 204 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時34分10秒
「あいぼんのおやつをとったのはこれがはじめてれす!」
「ウソや!じゃあ、なんでアロエヨーグルトとったんや!」
「それは……、アロエヨーグルトさんがかわいそうだから……」
「なにがかわいそうなんや?ウチの方がかわいそうやんか」
「れ、れも、あいぼんのおなかが心配だったのれす」
「はあ?賞味期限か?そんなんいつも平気でたべとるやん、ウチら」
そ、そうでした……。実はあいぼんのおなかはあまり心配して無かったんです。
でも、アロエヨーグルトさんが可哀想だったのです。
そうでなければ、あいぼんのおやつを盗んだりしないのです。
信じて欲しいのです。
「でも、ホントに初めてなんれす。信じてくらさい!」
「もう、ののの言うことは信じられへんわ。みんなもそうやろ?」
あいぼんはみんなに言いました。
そして、みんなは頷きました。
ああ、せっかく築いてきた、メンバーとの信頼関係が……。
なんてことになってしまったのでしょう。
- 205 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時35分00秒
「前に、焼き芋を取ったのもののやろ!ウチはあの焼き芋のために、
わざわざ、網戸まで掃除してもらったんやで。あの後からおやつがなくなり始めたんや!」
「焼き芋?知らないれす。そんなの食べてないれす。信じてくらさい、あいぼん」
「まだこんなこと言うてるけど、みんな、信じる?」
あいぼんはまたメンバーたちに言いました。
みんなは首を振りました。
ああ、ののはもう誰からも信用されてないのですね……。
「本番始まるよ。早く行くよ!」
飯田さんが言いました。わたしは飯田さんにだけは
誤解を解いておきたいと思いました。
「飯田さん!信じてくらさい!」
「辻、リーダーとして悲しいよ。たとえ盗ったとしても、ウソはいけないよ」
「ウソじゃないれす、盗ったのはアロエヨーグルトだけなんれす」
「もう、辻の言うことは信じられないよ……」
ああ、飯田さんとの特別な関係が……。
もうだめなのですか?信じてくれないのですか?
ののは、ののはどうしたらいいのですか?
- 206 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時35分48秒
「ウソつきはほっときなよ」
後藤さんが飯田さんの手をひき楽屋を出ようとします。
後藤さん、のののことは無視ですか?
「信じてくらさい!ののはしてません」
「ん?誰?こんな食い意地の張ったウソつきなデブ、私知らないよ」
「ご、後藤しゃん……」
みんな、行ってしまいました。ののはひとりぼっちです。
悲しいです。でも、みんな信じてください。
ののは悪い子かもしれませんが、ウソつきじゃないです。
あいぼんのおやつを盗ったのはアロエヨーグルトだけなんですよ……。
- 207 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時36分41秒
私はみんなに後れてトボトボとスタジオに向かいました。
だれも話し掛けてくれません。あいぼんも知らん振りです。
ののとあいぼんは永遠の友達だったのに……。
冷たい空気がののの周りを流れています。
一体誰が、ののを陥れようとしたのですか?
なにか後ろに人の気配がします。
ぱっと振り向くと、梨華ちゃんがいました。
「梨華ちゃん?」
梨華ちゃんはののに目をあわせようとしません。
ののは一生懸命回り込んで梨華ちゃんと目をあわせようとしました。
でも、梨華ちゃんは決してのののことを見ようとしません。
しきりに笑顔をつくって、遠くをみながらチャオとかやってるのです。
これは、おかしいのです。
- 208 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時39分47秒
- あ、もしかして、あいぼんのおやつをとっていたのは
梨華ちゃんですね?そういえば、二の腕と頬がやばいのです。
ダイエットしてるっていってたのに、
最近また太ってきたのはこのせいですね。
すべてが繋がったのです。
「梨華ちゃん、ひどいよ」
「なんのこと?私はチャーミー石川です。ちなみに苗字がチャーミー、名前が石川です」
知らん振りですか?ずるいよ、梨華ちゃん。
都合が悪くなったらチャーミーになるんだ。
そういえば、さっきまであいぼんといっしょにののをだましたのです。
涙まで流して。自分が犯人なのに……。
肌だけじゃなくて、腹まで黒いのです。
ひどい、ひどいのです。ほんとのウソつきは梨華ちゃんなのです。
「あいぼんのおやつとったの、梨華ちゃんでしょ!」
「あ、ハロプロニュースの時間だわ。チャーミー急がなきゃ
早くしないと中澤さんに怒られちゃう」
逃げるのですか?まだ追求は終ってないのです。
- 209 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時40分31秒
「辻、なに騒いどるんや!本番中やで!」
中澤さんが叫んでいます。
ああ、ののが怒られてしまいました。
悪いのは全部梨華ちゃんなんですよ……。
梨華ちゃんは笑顔でカメラに向かってます。
ひどいことをしたのに、なんでそんな笑顔できるんですか?
なにがハッピーなんですか?ののは全然ハッピーじゃないです。
やっぱり、梨華ちゃんは黒い、黒すぎるのです……。
このままののが疑われるのは嫌なのです。
梨華ちゃんの日記帳をみれば、すべてがわかるのです。
なんとかして、それを手に入れないといけないのです。
- 210 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時41分16秒
収録が終って楽屋に戻っても、誰も話し掛けてくれません。
壁さんしかお話し相手になってくれません。
このまま、友達のいない辻希美になってしまうのですか?
「辻さん、私は信じてますよ」
え?誰ですか?ホントですか?
ののは後ろを見ました。紺野ちゃんが優しい微笑みを浮かべています。
紺野ちゃんはみんなにうそつき呼ばわりされているののを、信じてくれるのですか?
「ひっく、ひっく……、そうれす、ののはしてないのれす。あれは梨華ちゃんなのれす」
「そうなんですか。分かりました。私は辻さんを信じてます」
「ひっく……。有難う、うれしいのれす」
紺野ちゃんはわかってくれたのです。
他のメンバーは腹黒い梨華ちゃんにだまされてればいいのです。
ののは、もうだまされません。
帰り道、紺野ちゃんは落ち込むののをずっと慰めてくれました。
そして、優しくののの手を握ってくれました。
紺野ちゃんの手は暖かくて、柔らかかったのです。
…………………………………………………………………………………………………………
- 211 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時41分56秒
4月○日
今日は気分がいい。なぜなら、私の作戦が成功しからである。
そして、計画は着実に遂行されている。
作戦の始まりは、おやつが無くなるとの禿から相談だった。
そこで、私はメンバーの協力の下、白痴を犯人に仕立てようと考えたわけだ。
白痴なら、賞味期限切れのアロエヨーグルトでも食べるだろうと思い、
置いておいたのだが、禿が自分も食べたいといって聞かないので、
ストローで半分ほど吸わせてやった。全く意地汚い奴だ。
作戦が成功したおかげで、私が禿の焼き芋を食べたことは
誰にもばれなかったようだ。
でも、あれは私の好物を置いとく禿が悪いのだ。
その後も折を見ておやつを盗んでいたのだが、
すべて白痴のせいになっている。うまいこといったものだ。
- 212 名前:日記帳は知っている 投稿日:2002年04月24日(水)12時42分55秒
そういえば白痴は黒を疑っていたようだ。
もともと黒がこの日記帳の所有者だったから充分ありえる話だ。
それに作戦にやたら乗り気だったのはおかしいと思った。
ただおやつの食べ過ぎで、最近黒というより黒豚になってきたようだ。
この前の収録で実感したのだが、もう外見ではビューティー紺野の敵ではない。
私はああはなりたくない。これからは少し控えておこう。
この作戦で予定通り、白痴は禿とロボに嫌われた。
これで、白痴のもつ二つのメジャーなカップリングはつぶせたようだ。
そして、白痴を取り込むことができた。こんののというカップリングの完成だ。
すべては計画どおりに進んでいる。
さあ、次はどのカップリングをつぶすことにするか。
紺野あさ美の黒い日記帳にはその日の日付でこう書かれていた。
おしまい。
- 213 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時48分09秒
- ――――まだまだ子供なんだから。
と両肩をすくめて納得したい反面、プロ意識だとか当事者意識なんて
単語がむくむくと頭をもたげてきて。
「も……ぉ無理ですう」
床にへたれこんで声を震わせて訴える幼い瞳をキリリと睨みつける。
ふと思う。
アタシがこいつと同じ年のときって何してたんだっけ?
……わかんない、忘れちゃった。
多分なーんも考えてなかったのかもしんないし。それなりに考えてたの
かもしんないし。
まあ、いずれにしろ、ほぼのほほんと暮らしていたことだけは間違い無
いわけで。
それでもってそれに比べりゃ、さぞ大変な毎日を彼女、彼女達は送って
いるというのだから、むしろ誉めて叱るべきなのかもしれないんだけど。
- 214 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時50分28秒
- 「覚えなくてもお客さんは明日はこれをお金払って見に来るんだよ?」
「で、でもぉ。もう、もう全然脚が動かなくてぇ」
(こんなに、こんなに頑張ってるのに。
なんでそんなに冷たいんですかっ)
捨てられた小犬さながら「クーン」と鼻を鳴らさんばかりに上目遣いで私を
見上げる。
あるいは全身で保護を乞う雛鳥のように訴える彼女に、私は追い討ちをかけ
るように続ける。
「本当に無理?」
「えっ……」
見つめた瞳に驚きと戸惑いの入り混じった色が映る。
その瞳の輝きは間違いなく、はっきりとした意識と生の光りを映し出していて。
- 215 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時51分30秒
- 「あ……の、やすださ…でも、もうほんとに…無」
「ふーん、そっかあ。残念!これが出来たら加護にケーキあげてくれってマネー
ジャーに頼まれてたんけどなあ。いや、残念……」
「ふえっ?あ、やっ、やりますっ」
とたんにぴょこんと立ちあがってくる。
「……ほら、まだできんじゃん」
「え、あっ。アハハ」
バツが悪そうに微笑む彼女にやれやれとつられて微笑んでしまったのを悟られない
ようにくるりと背を向ける。
いつもいつも。
この小悪魔に振り回されて、そんなこんなな風景が日常的に繰り広げられて。
なのに。
- 216 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時52分19秒
「ちょっとっ、あんたまだやってたの?」
「えっ、あ、もうちょっとだけ」
「ふ〜ん……」
新メンに刺激されたのかなあ、なんてコイツにも先輩風ふかしたいという気持ちが存
在したのかと思うとなんだかおかしくなってくる。
それにしても。
振りかえりもせず、一心不乱に鏡に向かってポーズを取るお団子頭にゆっくりと近づく。
その動きがどことなく不自然なことに気付いて、私は彼女の肩に手をかける。
「加護?」
「な、なんですかっ」
「なーんか隠してないかあ?」
「何言ってんですか保田さん……」
「見せてみ?」
「へ?」
ピクンと全身を固くするのが肩を通じて伝わってきた。
- 217 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時53分09秒
- 「なんのことですか?」
「……」
「気にしないでさき帰ってください。ココ覚えなきゃどうにもならないし。愛ちゃんと
か麻琴ちゃんとかほんと上手いから…加護覚え悪くてっ、平気で……」
立て板に水とばかりに次々と言葉を並べ立てる。
「あほ」
そのてかてかしたおでこに一発でこピンをくらわせて強引に座らせて足首の辺りを握る。
「あ、痛っ……!」
「貼れてんじゃんよ、ったく」
「……ごめ…ん…なさ……」
痛いのか悔しいのか、あるいはその両方か。
顔を苦しげに歪めて、ぽたんと雫が頬を伝っていた。
テーピングを持ってきて小さな足首をぐるぐる巻きにしてる間ずーっと泣いてたっけ。
あーあ。
まったく。
- 218 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時54分23秒
「いつになったらホントの事言ってくれるのやら」
「おいおい〜、たまに会うたかと思たら愚痴かいな」
ハアーと大きな溜息をつく私の隣でくぴくぴと気持ち良さそうにグラスにビールを流し
込む彼女。
「なによ、裕ちゃん!アタシが真剣に悩んでるって言うのにさあ!」
ていうか、なんていうか、メンバー間の信頼関係とか、本音でのぶっちゃけた付き合い
とかそういうのって重要じゃないですかあ!
酒の勢いも手伝ってか華奢な肩にがしっと手をかけてばんばんとやる私を他所に一人で
ビールを楽しむ様子にますますイライラしてくる。
「どっちでもええやん。そんなん」
「はあ!?」
大口を開けて硬直する私をまるでそしらぬように
「お兄さーん、枝豆追加で。ああ圭坊もなんか頼むかあ?」
あっけらかんとメニューを差し出す。
「あ、あ、あ〜」
「なんやあ?もう酔うたんか」
だからですねえっ。どっちでもいいってっ、アンタそれでも元リーダーなのかっ!
- 219 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時56分00秒
- 「だからさあ」
青色に彩られたネールが透明なグラスをはじく。
「どっちでもええやん。結局ちゃーんと見ぬいてるんやから」
「え……?」
キラキラ光るブルーアイズ。
くるくるくるくる色を変えて。
「……あんたやってそうやったしなあ」
「ふぇ?」
クスクス、クスクス。楽しげに綻ぶ唇。
「まあ、そのうち」
そのうち、がいつなのかはわかんないけど。
「こうやって隣に並んで酒飲みながら愚痴り合う日なんかもいつか来るっちゅうねん」
- 220 名前:いつかきっと。 投稿日:2002年04月24日(水)18時57分04秒
いつかきっと、ね。
fin
- 221 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時38分15秒
押尾くんてこんな人 〜 TVガイドより
(ボン・ジョヴィ)最近また聞き始めたんだけど、
彼の「オールウェイズ」というバラードは最高だよ。
一度聞いてみて。とにかくいい曲だから!
- 222 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時40分08秒
明日はなっちの誕生日です 投稿者:ウッチモニ@なっちガンバルべさっ!
投稿日: 8月 9日(水)18時11分44秒
明日はなっちの誕生日です。十代最後の誕生日です。なっちにとって、そして
そのなっちを応援するファンにとっても一生に一度しかない日です。
なっちが将来、明日のことを振り返ったとき、
「10代さいごの誕生日、つらいこともあったけど、ファンの暖かさも
感じることができた日だったなぁ…。」
と思えるようにしてあげたいとは思いませんか? 自分は思います。
だから「応援」します!
なっち、誕生日おめでとう! これからも応援していきます。 がんばれーっ!
- 223 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時41分03秒
じゃあ、、、なっちが、みんなに、、、
19歳の今、誕生日の夜、みんなで一緒に聴きたいナンバーです。
聴いてください、ボンジョビで、オールウェイズ。
- 224 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時45分59秒
959 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分10秒
ぼんじょび
960 名前:名無し産 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分13秒
でたぼんじょび
961 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分15秒
ボっ・・・
962 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分19秒
でた〜ボンジョビー
962 名前:YFX 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分19秒
なぜボンジョビ?
963 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分19秒
ボンジョビ・・・
964 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分21秒
この曲はヤバ過ぎ!
965 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分22秒
ボンジョビ!!!!
安倍はなめてんのか!??
966 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分22秒
またボンジョビ!
967 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分25秒
ボン・ジョビ?
971 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分39秒
always・・・
押尾に歌わせたら似合う歌詞
972 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分48秒
お塩押し
973 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分52秒
何だこの人数は?
974 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時14分59秒
>>961
秀逸(ワラ
- 225 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時46分31秒
975 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時15分00秒
すげー笑う!!
そっかー、、このころはまだフォーカスされてないもんな・・
977 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時15分15秒
ははは、笑うしかねぇな
978 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時15分28秒
なっちファン号泣(ワラ
980 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)03時15分40秒
すごいよ、一斉にボンジョビってずらーっと
- 226 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時47分22秒
21 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/08/11(金) 03:34
笑いすぎて腹が痛い
- 227 名前:祭り 投稿日:2002年04月24日(水)20時48分13秒
―――――――――――― 終了 ――――――――――――
- 228 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)22時59分00秒
- 「後藤さん、好きな人っていますか?」
「は?」
突然の問いに、私は思わず声をあげた。
相談があると、高橋に呼ばれてやってきたら、この子は何を言い出すのやら・・・
「私・・・吉澤さんが好きなんです」
顔を赤らめながら、高橋は言った。
(なんだって〜!!梨華ちゃんという強力なライバルがいるのに・・・
その上、高橋まで?よっすぃーは私のものなのに)
「え、う、うん。それで、私に相談って何?」
勤めて冷静に私は言った。
「あの・・・吉澤さんが好きな食べ物って何でしょうか?」
「肉」
私は即答した。よっすぃーの嫌いな食べ物を。
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀して、高橋は去っていった。
(私のよっすぃーをとるなんて、100年早いわよ!)
- 229 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時00分43秒
- 翌日・・・
今日の私は機嫌がいい。
ハロモニの収録が早く終わった上に、邪魔者の梨華ちゃんは、ハロプロニュースの収録でいないからだ。
楽屋に戻り、急いでよっすぃーに駆け寄った。
「あのさーよっすぃー、この後空いてる?」
「うん。別に何もないけど」
よっすぃーの答えを聞き、私は心の中でガッツポーズを作った。
(やったね!悪いね、梨華ちゃん)
「じゃあさー二人でご飯でも・・・」
「吉澤さーん」
私の声を遮るように、後ろから高橋の声が聞こえてきた。
さすが元合唱部。声量が違うね。
高橋は、私たちのもとに走ってくるなり、口を開いた。
「あの・・・・おいしい焼肉屋さん見つけたんですけど・・・・一緒に行きませんか?」
私は笑いをこらえるのに必死だった。
(ホントにごめんね、高橋)
- 230 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時01分41秒
- ところが、振り返り、よっすぃーの顔を見ると、目が輝いていた。
(へっ?)
「お、いいね〜いこっか。この前、矢口さんに無理矢理連れて行かれてから、焼肉が好きになったんだ」
(うそ〜ん!)
「あ、ごっちんは肉嫌いだったよね?ごめんね、また今度ね」
私が何か言おうとする前に、二人は楽しそうに行ってしまった。
その場に立ち尽くしている私の背後から、声が聞こえた。
「策士策におぼれるってこういうことをいうんですね」
振り返ると、ドアから体を半分だけ出して、紺野が立っていた。
「あんた、なんで知ってるの?」
私の問いに、紺野は答えず、ニヤリと笑って出て行った・・・
- 231 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時02分39秒
- 翌日・・・
「後藤さん、ありがとうございました」
朝、私に会うなり、高橋はそう言った。
「いや、別にそんな・・・」
勤めて冷静に言ったが、心の中では高橋に殴りかかっていた。
「それで、また相談があるんですけど・・・次のオフの日に、二人で遊びに行く約束したんですけど・・・どこにいけばいいですか?」
「遊園地。それも絶叫系が多いところ」
またもや私は即答した。よっすぃーの嫌いなものを。
(フッフッフ、悪いね高橋。よっすぃーだけは譲れないのよ)
- 232 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時03分23秒
- 数日後・・・・
あ〜眠い眠い。
オフなのに、早起きして、よっすぃーの家の前に張り込み、私は二人を尾行していた。
ときおり笑いながら、二人は楽しそうに話していた。
(笑っていられるのも今のうちよ)
二人がいるのは、よっすぃ−が加入した当初、私と二人で来た遊園地だった。
あの時は、よっすぃーが絶叫系嫌いってことを知らずに、二人で乗って、散々だったよな・・・
不意に昔の嫌な思い出でブルーになった。
(しかーし、今日は高橋、あんたが同じ思いをするのよ!)
二人がジェットコースターの方に向かうのを見て、私は笑っていた。
しかし、なにやら二人が乗り場の前で止まっている。
不審に思い、ゆっくり近づいていくと、二人の会話が聞こえた。
「え〜155cm以上でないとダメなんですか?私153cmしかないですよ」
「しょうがないよ。じゃあ観覧車にでも乗ろうか」
そう言って二人は行ってしまった。
- 233 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時04分50秒
- 二人が去ったのを確認し、私は乗り場の係員に詰め寄った。
「ちょっと!155cm以上ってどういうことよ!そんなの、ほとんどの女の子が乗れないじゃない!!」
私の剣幕に押されてか、係員は小声でボソッと言った。
「それは・・・・安全の関係上・・・」
「何を言ってるの!普通140cmとかじゃないの?何でそんなのを置いてるの!」
「そ、それは・・・そういう設定だから仕方がないですよ」
係員は今にも泣き出しそうだった。
これ以上言っても無駄なので、係員を放し、私は二人を追いかけた。
私が二人を見つけたとき、それは二人がちょうど観覧車から降りてきたときだった。
手なんか組んじゃって、カップルみたいだった。
(ああ・・・・よっすぃ・・・)
私は失意のまま、帰ろうとして遊園地を出た。
「骨折り損のくたびれもうけって言うんですよ。そういうの」
顔を上げると、遊園地の出口に紺野が立っていた。
「ちょっと、あんたこそ、そんなこと言うためにここまで来たんなら、一緒じゃない」
やり場のない怒りを紺野にぶつけたが、紺野はまた、ニタリと笑って去っていった。
- 234 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時05分32秒
- 翌日・・・
「後藤さん、ありがとうございました」
朝、私に会うなり、高橋はそう言った。
「いや、別にそんな・・・」
勤めて冷静に言ったが、もう怒りを抑えることはできず、声が震えていた。
「それで、また相談があるんですけど・・・吉澤さんの誕生日ってもうすぐじゃないですか・・・それで、吉澤さんが好きなものってなんですか?」
「蛇のおもちゃ。それもめちゃくちゃリアルなの」
またもや私は即答した。よっすぃーの最も嫌いなものを。
(もう私は悪魔に魂を売るわ。覚えてなさい、高橋)
- 235 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時06分39秒
- 数日後・・・
「よっすぃーお誕生日おめでとう」
私のプレゼントは、よっすいーの好きなゆで卵。
梨華ちゃんも抜け目なく、ベーグルを用意してきている。
(この場は同点だね。梨華ちゃん)
私たちが火花を散らしている所に、高橋がやってきた。
細長い包みを持って。
私は思わず吹き出した。きっとあの中には・・・・
「吉澤さーん」
そう言ながら、高橋は走ってくる途中に思いっきり転んだ。
細い包みが宙を舞い、机の角に当たって破けた。
中から、1mほどの精巧につくられたおもちゃの蛇が飛び出した。
(こんなものどっから持ってきたんだ・・・)
「高橋」
転んだ高橋の元へよっすぃーが駆け寄る。
どうやらまだ蛇には気付いていないようだ。
だが、倒れた高橋を抱え上げようとしたよっすぃーの動きが一瞬止まった。
どうやら蛇に気付いたらしく、すぐに悲鳴を上げ、高橋にそのまま抱きついた。
私も梨華ちゃんも目を丸くした。
しかし、どこからともなく紺野がやって来て、蛇のおもちゃを手にとり、興味深そうに眺めている。
「こ、紺野、それ、それをどこかにやって」
今にも泣き出しそうな声でよっすぃーは言った。
紺野は黙って、蛇を持って部屋を出て行った。
- 236 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時07分32秒
- 「ごめんね。高橋」
「いえ・・・私の方こそすいません」
二人は見詰め合っていた。
(あれ?この展開って・・・)
私と梨華ちゃんはお互い顔を見合わせた。
「それに・・・私うれしかったです」
「へっ?」
「だって・・・吉澤さんが・・・好きだから」
二人は、完全に二人だけの世界に入っていた。
「高橋・・・・」
「吉澤さん・・・」
あまりの出来事に、私たちは口をパクパクしていた。
「人は、恐怖心によるドキドキを、一緒にいた異性の魅力によるドキドキと、勘違いすることがよくあるんですよ」
部屋から出て行ったはずの紺野が、私の後ろにいた。
呆然としている意識の中で、私はつっこんだ。
(私にとってはあんたが一番恐怖だよ)
「フフ、後藤さん、私の真似しないで下さい。後藤さんが口をパクパクしても、せいぜいイワシ止まりですよ。私みたいにフグにはなれませんよ」
そう言って、紺野は口をパクパクさせながらいってしまった。
高橋とよっすぃーも二人仲良く部屋から出て行った。
私と梨華ちゃんは、二人で永遠と口をパクパクしていた。
- 237 名前:LOVE is mystery 投稿日:2002年04月24日(水)23時08分41秒
〜Fin〜
- 238 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時49分15秒
- 辻希美はゼエゼエと息を切らしていた。
山の小さな神社の裏手の林の中でザクザクと地面を掘り返していた。
何も屍体を埋めるための穴を掘っているわけではない。
埋蔵金を探しているのだ。
スコップで。
「なかなか、みつかんねーれすね……」
一人つぶやいた辻は、目の前の、赤い丸が印されている大樹に
おじぎをするような格好で、スコップを杖代わりにして休憩する。
どこか近くで鳥の羽ばたきと鳴き声が聞こえた。カラスだ。
「どちくしょー! なのれす」
短い休みを終えて、辻は掘削を再開した。
なぜ辻がこんなところで『埋蔵金』を掘り出そうとしているのか?
それは昨日のことである。──
- 239 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時51分21秒
- 「あんなー、のの」
背の高い木々に囲まれている薄昏い神社の境内でケンケンパ遊びをする
二人の女の子。
そのうちの一人は辻希美。
そして、もう一人は──地面に描いた二つの輪をまたぎながら後ろを
振り返り、辻を呼びかけた加護亜依だ。
「なんれすか、あいぼん?」
二人は互いを『のの』『あいぼん』と呼び合う。
もちろん、辻が『のの』で、加護が『あいぼん』だ。
「いや、やっぱええわ、なんでもない」
と、加護は再び辻に背を向けた。
「むっ。注意を引いておきながら、なんでもないとはなんれすか。
二人は隠し事なく何でも言い合える仲じゃないれすか」
「うん。せやな。──せやからウチもののに言おう思てんけどな、
やっぱりこればっかりは……。おとんにも言うな言われてるしな」
「ののの口の固さはアルデンテなのれす。ステーキだったらミディアム級」
「微妙に柔らかいな。──まあ、ええか。うん。やっぱり言うわ」
そう言って、加護はぴょんと跳ねながら、完全に辻の方に向き直った。
なぜか両足は律儀にも輪の中に入ったままだ。
- 240 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時52分51秒
- 「実はな、ここの神社には──」
「神社にわ?」
「埋蔵金が埋まってるらしいねん!」
「まいぞーきん!?」
「せや。糸井重里でおなじみのアレや」
「加護と名前が刺繍された雑巾が埋まっていて、
マイ・ぞうきん、とかいうオチだったら容赦なく殴るのれす」
「アホか。幼児やないんやから、そんなオチあるかいな。
いうか、そもそもオチなんかあらへんねん。ほんまのことや。トゥルーや」
「とぅる?」
「せや」
加護は腕組をして、うんうんと肯く。
- 241 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時54分14秒
- 「ウチのおとんが言うにはな、ここの村は、合戦から逃げ延びた平家の落ち
武者たちが隠れ住んどった場所でな、その人たちがつくったいう話らしいわ」
「へーけの落ち武者? こ、この村が?」
辻はあまりよくわかっていなかったが、とりあえず驚いてみせた。
「でな、その人たちは逃走資金として持っていた財宝や何かを林の中に隠して、
そのすぐそばに神社を建てたっちゅうことや。そして、ここがその神社やねん」
「な、なるほろ……」
やはり、よくはわかっていない。
「神社の裏の林にな、赤い丸が描かれとる樹があるらしいねん。
なんでも、その樹の下に埋蔵金が眠ってるいう話や」
「じゃあ、なんれあいぼんは埋蔵金の在り処がわかってて探そうとしないのれすか?」
「アホっか。たたりがあったらどないすんねんな。おお、こわっ」
「たたりなんかあるわけねーれすよ」
「そんなん言うんやったらののが探しいや。何があってもウチは知らんけどな」
加護は振り返って神社の向こうの林を見る。
辻も倣って林を見る。
カラスがハスキーな声で鳴きながら林の中から飛びたった。
- 242 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時56分02秒
- 「嘘じゃないんれすね?」
「嘘は言わん。実際、何が埋まってるんかは知らへんけどな。
ウチがこの目で見たんとちゃうから、真実はすべて藪の中──
いや、土の中やな」
そこで、辻は加護の目の前までどたどたと走り寄る。
そして立ち止まるなり、小指を立ててずいっと差し出した。
「うおっ。なんや?」
「嘘じゃないんれすね?」
そう繰り返す辻の目は真剣そのものだ。
「あ、ああ。嘘ちゃうよ」
「だったら、ゆびきりれす」
「むっ。それはウチの話を信用せえへんいうことか?」
「ゆびきりれす」
辻は差し出している小指に力を込めた。
「よし、わかった。のぞむところや!」
「うーそついたら、はーりせんぼん、のぉ〜ます。ゆぅびきったっ!」
- 243 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時58分07秒
- ということで、辻は地面を掘り返していたのである。
赤い丸が印されている樹の下の地面を。
それはもうザクザクと。
そして、回想シーン終了から小半時間ほどが経過したとき──
ゴツッ、とスコップの先が何か硬い物にぶつかった。
辻はしゃかりき頑張って土を掘り返し、スコップを投げ捨て、
犬のように両手で土を掻き分けた。
そこには、土にまみれた粗末な木箱があった。
埋蔵金というイメージからはかなり遠い。
わずかに疑問を抱きながらも、辻は緊張の面持ちで土中から木箱を取り上げ、土を払った。
自然と鼓動が早まり、どくんどくんと全身に血と興奮が駆け巡る。
そして辻は、ごくりと喉を鳴らし、木箱の蓋を──開けた。
- 244 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月24日(水)23時59分26秒
『 ア ホ 』
- 245 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時00分37秒
- その木箱の中には一枚の紙切れが入っていて、こう書かれてあった。
『アホ』と。
平家などの伏線を完全に無視した、とてつもなくシンプルな内容物だった。
ひねりも何もないぶん、余計に、屈辱的かつ腹のたつ内容物だった。
考えられる限りの中で、最も頭の悪い内容物だった。
カラッポだったときよりも始末が悪い。
辻は『アホ』と書かれた紙切れをびりびりに破り捨て、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜〜!」
と、腹の底から叫び声をあげた。
ちなみに、カラスが伏線になっていたなどとは、
腕が折れても書けはしない。
- 246 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時01分56秒
- そして数日後──
「なんやねん、その手に持ってる愉快な海産物は……」
「ハリセンボンれす」
太陽が頂天から少し傾きかけた時刻。
加護の自宅へ押しかけた辻は、玄関前で加護と対峙していた。
その手にハリセンボンの尾びれを握って。
「うん、わかった。なるほど。おもろい。──帰れ!」
「飲め!」
辻は手にするハリセンボンを、加護の目の前にぷら〜んと差し出す。
「のの。おまえ、磯臭いで……。その根性は認めたるけど、
もっと他のことに労力使った方がええんとちゃうかな」
「いいから飲め!」
- 247 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時03分13秒
- 「なんでウチがそんなもん飲まなあかんねん?」
「埋蔵金なんか無かったじゃねーれすか!」
そこで加護はプッと吹き出してから、素早く片手で口元を覆い隠し、
横を向いた。おもいっきり目が笑っていた。
「なに笑ってやがるんれすか」
「笑ろてへんがな」
その声が笑っていた。小刻みに肩が震えていた。
「せやから言うたやないか。何が出てくるかは知らんて。
まあ、何が出てきたんか、ウチはまったく見当もつかへんけど」
「アホって書いてあったのれす!」
加護はグゴッと鼻を鳴らした。全身がブルブルと震えていた。
- 248 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時04分55秒
- 「そ、そうか、ウプッ、埋蔵……クッ、なかったん……ウクククッ、
うひー、もうあかん、腹痛い! うひゃひゃひゃひゃ」
加護は腹を抱えながら、家の壁をぺたんぺたんと叩きまくる。
「あいぼん!」
「すまん。すまん、のの。でもな、ウチは嘘言うてへんで。おとんから聞いたこと、
そのまんま言うただけや。せやから、ハリセンボン飲ますんやったら、ウチのおとんに飲ましや」
「それも嘘れすね。あの下手くそな字は間違いなくあいぼんの字だったのれす」
「なっ、下手言うな!」
「ほら、ムキになった! やっぱりあれはあいぼんがやったんれすね」
「ちゃうわ。字が下手や言われたから言い返しただけや」
二人の視線に火花が散る。
しかし、辻の手にはハリセンボンが握られているので、その光景は間抜け極まりない。
- 249 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時06分07秒
- と、加護の表情から険が消えた。
どうやら何か思いついたようだ。
「ふん。まあ、ええわ。それはええ」
「なんもいいことなんかねーのれす」
「いや、たとえばや、たとえばの話、その偽埋蔵金はウチの仕業としよ」
「あいぼん以外に誰がやるんれすか」
「だからまあ待てて。それをウチがやったとして、ウチがののを騙したとしよ。
でもな、のの。一つ重要なことを教えたるわ」
「この期に及んでなんれすか」
「ゆびきりして、嘘ついたときに飲まなあかんハリセンボンいうのんはな、
そない魚みたいのんとは違て、ほんまは──」
「ほんまわ?」
「針すなお先生と星野仙一監督と大木凡人師匠の3人を合わせた、
ハリ・セン・ボン・トリオのことなんや!」
- 250 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時07分25秒
ノ━━━━━━(;´D`)━━━━━━ン!!!!
- 251 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時08分36秒
- 「なぜに針すなおだけファミリーネームの方を採用されているかは謎やけどな」
「な、なんと……。そ、そりは知らなかったのれす……。よもやハリセンボンに
そんな真実が隠されていようとは……。あんなに苦労して、本日の特選素材のごとく
ハリセンボンを捜し求め、村一番の漁師さんから貰い受けてきたというのに……。
あまりのショックに、ののは、ののは……」
「まあ、この界隈でこのことを知っとるんはウチだけやから無理もないわ。フッ、哀れやな」
「って、そんなバカな嘘に乗るほど、ののはバカじゃねーのれす! ふざけんな、ハゲ!」
「んなっ!? 誰がハゲや、ボケ! 天然ボケ! アホ!」
「問答無用! これでも食らえ! なのれす」
と、辻は手にぶらさげていたハリセンボンを加護に投げつけた。
生まれて初めて(というか死んでるけど)空中を泳いだハリセンボンは、
勢いよく水飛沫をあげながら、加護の顔面に『ビタンッ!』とスマッシュヒットした。
- 252 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時10分18秒
- 「うきゃーっ! ハリがぁぁぁっ! ハリセンボンのハリがぁぁぁっ!」
「ざまをみさらすのれす」
とりあえず勝利した気分になって胸を張る辻。
足元にぼとりと転がるハリセンボンを前にして、
両手で顔を覆いながらしゃがみこむ加護。
「ふんっ。こりに懲りたらもう変なことすんじゃねーのれすよ」
悪を成敗した遠山左衛門尉景元な気分になって、
辻はしゃがみこむ加護の肩をぽんぽんと叩いてふるふると首を振る。
- 253 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時11分23秒
- と、
「目ぇ痛ぁい……」
加護はぐすぐすと鼻をすすりながら泣き出した。
「あ、あいぼん?」
「なんも見えへーん……。おかーちゃーん……」
「こ、こりは……。た、たたたたたいへんなのれす」
己の行為の結末に、わたわたおろおろと慌てて混乱する辻。
「あ、あいぼん? あいぼん!」
どうしたらいいのかわからず、辻はただただ加護の肩を揺さぶる。
- 254 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時12分23秒
- が、そこで突然、加護は立ち上がり──というか跳ね上がり、
「タイガーアパカーッ!」
辻の顎に伸び上がりアッパーカットをくらわせた。
「星になれぃ!」
「げふぅっ!──腰より下にしゃがみこんでからパンチを打つのはたぶん反則なのれす……」
ボクシングのルールに関するうろ覚えの豆知識を披露しながら、辻は見事にKOされた。
「ふう。やれやれ、やな」
加護は血も砂埃もついていない両手をパンパンと払ってから、濡れた顔を拭い、
大の字になって「う〜ん」とうなる辻を見下ろす。
「目ぇ瞑ってたんやから、なんも見えへんのはあたりまえやがな。痛いことは痛かったけどな」
「お、おぼえてやがれ……なのれす」
「むっ。今のうちに記憶なくしたろか」
うわ言で復讐を誓う辻に対して、加護は冷静に怖いことを口にした。
- 255 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時13分31秒
- そんなこんなで後日談──
加護と辻は、ゆびきりで絡め合わせた小指を、互いにギッチリ握り合い、
引き寄せ合いながら、睨み合っていた。
「嘘ついたらハリ・セン・ボン・トリオを飲ませてやるのれす」
「上等や。3人まとめて連れて来れるもんなら、連れて来さらせ。
凡ちゃんぐらいなら簡単にブッキングでけそうやけどな」
加護の話によれば、どうやら地球の半分を形成する成分は
『やさしさ』でできているらしい。
まずそんなことはありえないが、ある意味では正解かもしれない。
確かめようがない……ことかもしれない。
- 256 名前:ゆびきりげんまん 投稿日:2002年04月25日(木)00時15分03秒
- 「──まあ、せやけど、ほんまのこと言うと、ハリセンボンいうのんは、
ハリー・センボーンいうアメリカ人メジャーリーガーのことなんやけどな。
1962年シーズンの年間MVPや」
「ほほう。バリー・ボンズなら聞いたことあるんれすけどね」
「ボンズは黒人やろ。センボーンは白人や。アイルランド系」
「そうれすか。じゃあ、それが嘘かどうか、その言葉に責任をもって、覚悟しておくがいいのれす」
「まだ指きってへん」
それからたっぷり小一時間以上に渡って、二人は小指を絡め合ったまま、
睨み合って、罵り合って、あることないこと言い合っていた。
というか、加護が一方的に。
「なんでユビキリゲンマン言うんかいうんは、昔、ユビキリいう妖怪がおって、
そいつが厳庵いう偉い坊さんと知恵較べをしてやな──」
「そんなことは聞いてねーのれす! 早く、ゆびきれ!」
・おわり・
- 257 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時01分27秒
―― いつもここでギター弾いてんだね。
話掛けたのは、あたしからだった。
笑顔を返してくれたのは、あいつだった。あたしの表情はきっと固かった。
―― あんたも、いつもその場所で聞いてるよね。
次に会話を切り出したのはあいつからだった。
爽やかな笑顔が眩しくって、あいつが手にしたギターばかりを、あたしはずっと見ていた。
きっと、あいつはそんなあたしを笑っていただろう。
「自分には居場所がない」なんて、ちょっと昔の歌謡曲のようなセンチメンタル気分に
浸って、見つけたのは街の一角、この街灯の下。
誰と話すんでもない、なにをしたいわけじゃない。
ただ、暗くなってく街を醒めた気持ちで眺めてるのが、かっこいいだなんて
大勘違いをしていたんだ。若い、あたし。
- 258 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時02分26秒
あいつに気が付いたのは、ここ最近のことだった。
デニムの帽子を深めに被って、ギター1本を担いでやってくる背の高い少女。
別に、特別歌が上手いわけじゃなかった。
聞こえてくるメロディーは、いつも同じものばかり。
ちょっとちょっとお姉さん、たまには違う歌も聴きたいよ、その歌、とっくに
聞き飽きちゃったよ。
ただちょっと、あたしとは全く異なる綺麗な声質が、何となく心にひっかかって。
そんな風に考えたとき、気がついた。
「あれ? おねーさんいつもここでギター弾いてんね」
「そうだよ。何かまずい?」
「………別に」
「何だよ、私のファン?」
「どうしていきなりそういう展開になるの」
「リクエストあれば、どーしてもって言うなら弾いてあげるよ」
「よく言うね。いっつも同じ歌しか歌ってないじゃん」
「…なんだ、知ってたの。やっぱ私のファンか」
- 259 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時03分00秒
いつの間にか、あたしの前でいつもあいつが歌っていた。
もっとも、あいつに言わせれば「あんたが私の前で、いっつも聞いてるんだよ」。
「ねえねえおねーさん、他の持ち歌ないの?」
「……その『おねーさん』っての、止めてよ。どう見たって同い年くらいじゃん」
「嘘ぉ。だってあたし、まだ16だよ」
「……同じジャン。私も16」
絶対嘘だよ、それ。
どう見たって、大人っぽかった。ショートカットがよく似合う、涼やかな美人。
「名前は?」
「なに、ナンパ?」
「んな趣味ないよ。あ、あたし真希。かあいいっしょ」
「どっちが。名前?顔?」
「両方」
「………私、ひとみ」
「何でそこで流すのさ」
- 260 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時03分36秒
――― あいつが歌ってた歌は、あたしの知らないものばっかりだった。
あたしがリクエストした歌を、あいつが歌ってくれたことはない。
でも、何となくあたしにとって居心地の良いこの石段を動こうという気にはならなくて、
いつもあたしはあいつの歌を聞いていた。
どうしても、あいつと一緒にいたかったからじゃない。
友達になんて、なりたかったわけじゃない。
偶然同じ場所を好んだから、一緒にいるだけでさ。
人のつながりなんて、希薄なもんだし。特に、こんな忙しない街ではね。
- 261 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時04分10秒
そこは、メインストリートからは少し離れた裏道で、女の子が1人でギター
持って歌うような治安の良い所ではないけれど、
あいつはそれがなんだと言わんばかりに、意固地なまでにその場所を動こうと
はしなかった。
観客は、いつもあたし1人だけだったのに。
持ち歌だって、ほんのちょっとしかなかったのに。
そこは、ヨーロッパ風の街灯がぽつんと立っていて、その明りが照らし出す
レンガの石畳は別世界のように浮かび上がって。
きっと、あいつもそんな空気が好きだったんだろう。
いつの頃か、あたしはその絵画のようなひとこまの為に、ずっとそこに居座る様
になったのだった。
だから、そこはずっとあたしの居場所。
そして、あいつの居場所でもあったのだけど。
- 262 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時05分07秒
「ねえ、真希」
「んー、なに?」
ある日、あいつがあたしに言った。
「私ね、ちょっと世界を広げてみようと思う」
「そ。まあ頑張って」
趣味でやってるとばかり思ってたあいつの「歌」は、
どうやらあたしが考えていた以上に真剣だったらしい。
それでも、あたしの貧困なボキャブラリーから生み出された送辞の言葉は、
何の味気もなく飾りけもなく、あいつの背中を見送った。
知り合ってたったの数週間。
その短い付き合いの中で、交わした言葉は少なくて。
歌を聞く方と、聞かせる方。
それだけ、なんとも薄っぺらな関係。
それでも、一抹の寂しさを感じたのは、あたしだけじゃないならいいな、なんて。
「有名んなってね。したら、あたし自慢できるし」
「別に、真希のために頑張るわけじゃないよ」
「分かってら。言ってみただけ。ま、やれるだけやれば?」
「言われなくても」
- 263 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時05分48秒
-
“世界を広げる”
なんて、そんな簡単に出来るわけないじゃん?
そんな風に思っても、口に出さないのが精一杯の大人のフリ。
一生ものの友達だとか、そんなランク付けにあいつを置いてやる気なんか
さらさらなかったしね。
だから、口先だけでも「がんばれ」なんて言うのは、思いやりじゃなくても
本音じゃなくても、嘘でも冗談でも悪気なんて起きなかった。
だって、悪い言葉じゃないし。
そんな風に思って、あたしはあいつがいない日々をまた過ごす様になった。
寂しいわけじゃない。
あの、上手くもない歌を聴きたいわけじゃない。
そもそも、あたしがここにいるのは友達づくりなんて子供っぽい気持ちじゃないんだから。
----
- 264 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時06分22秒
-
で、あいつの夢はかなったらしい。
それと意識していたわけじゃないのに、目は無意識のうちにあいつの名前を
音楽雑誌を片っ端から探していた。
あたしは、そんなに律儀な人間じゃなかったのに。
やっぱあたしも、ただの小娘だったってことか。
そこそこ名の知れたプロデューサーのもとでデビューするらしい。
「はーん。よかったね、ひとみ」
まあ、頑張って。
- 265 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時07分09秒
頑張れば願いは叶うなんて、そんな安っぽい言葉、あたしは好きじゃない。
人生なんてタイミング1つでどうとでも変わってきちゃうじゃん。
あいつは、そのタイミングを上手く引き寄せただけなんだ。
あたしは、変化のない生活を選んだだけ。
――― だから、あたしはあいつにおいてかれたわけじゃない。
きらきら光るスポットライト。
嵐のような歓声と鳴り止まない拍手。
ねえ、ひとみ。そこは気分いい?
あんたが望んだ世界はそこにあるの?
もし、そこがあんたの居場所なら、この石段に二度とあんたが来ることはないんだね。
――― おめでと。
よかったね、夢が叶って。よかったね。
- 266 名前:居場所 投稿日:2002年04月25日(木)22時07分46秒
-----
------
…なんて。
寂しいわけじゃない、あいつがいないことに違和感なんて感じない。
街灯の下の幻想的な世界は、1人で眺めるから気分がいいんだ。
でも。
「……ばあか。あんたには、この古びた街灯の下のがお似合いだよ」
そして観客は、あたしだけで充分だ。
本当はそれが本音。
あたしは今日も、この石段で1人。
−終わり−
- 267 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時55分23秒
- ネオンが酔い目にチカチカ揺れる。
圭織、この後どうせ暇なんでしょ?と勝手に予定を決めた圭ちゃんと、
初めてくらいに二人で飲んだ。
これまでの事、今の事、これからの事。
適当に笑いながら話せた。
日頃の疲れのせいか、思ったよりずっと酒が回っている。
色とりどりの光と、街の喧騒に消されてしまいそうな夜を見つめていた。
時にはこうやって飲んで、ボーっと見えない星を探すのも悪くない。
使い捨ての幸福が、グルグルと駆け巡っている。
不意に世界が揺れる。
- 268 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時56分26秒
- きっかけはあったのか、なかったのか、全くわからない。
気が付いたら滅茶苦茶に殴られていた。
不思議と痛みはなかった。
怒号と悲鳴が空気を切り裂く中、面倒なことになったな、なんて事を考えていた。
できるなら、今後に差し支えないで欲しい。
ただ、体だけが狂気にあちこち流されていた。
- 269 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時57分54秒
どのくらい経ったのだろうか。
私は壁を背にしてうなだれていた。
相変わらず意識は酒で乱れていたけど、圭ちゃんの心配げな顔がぼんやり映る。
乱れた髪の隙間からの視野を広く、遠くに伸ばしていく。
霞んだ目の前だけの世界が、これまでの現実に戻る。
結構な人だかりができていて、そこに男の人何人かに抑えられながらも、
勢いのままに暴れる女がいた。
私を罵り続けている。
知らない人だったが、いくつか思い当たる節はある。
けど、知りたくもなかった。
こういう仕事だ。
- 270 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時58分28秒
- 「圭織…、…大丈夫?どっか…いっ、痛いとことか…ない?」
いつ以来だろう。
涙でボロボロの彼女を見て、不意に笑いが込み上げてくるが、必死に堪える。
案外、脆い子だったんだ。
余裕が出来たせいか、傷がピリピリと熱を帯びてくる。
「大丈夫だよ、このくらい。仕事とか、いろいろ大変になりそうだけど。」
泣き言漏らせるようならいいのに、くしゃくしゃの彼女を見ると、何も言えなくなる。
あー、すげーいてぇ。
とにかく、眠りたい。
- 271 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時58分58秒
- 「じゃあ、帰ろうか。」
髪を整え、立ち上がろうとすると、手を掴まれた。
「・・・病院、行こ?顔、けっこう…腫れてるよ。あし…明日になったら痛み出すかも。」
もう痛いし、とりあえず寝たかった。
怪我の事とか、今後の事とか、明日考えればいい。
今は自分を保つので一杯だ。
「お願いだから、病院…、何かあるかもだし、あったら…一生後悔する。」
うわごとのように繰り替えす圭ちゃん。
誘った責任を感じているのだろうか。
ついさっきまで、私は幸せ感じていたのに。
そんなで責任を感じていたら、世界を呪うまで遡らなければならなくなる。
今だって悪い気はしていない。
理不尽な暴力には腹が立つが、真剣に心配してくれる人がいる。
恐らく、不幸なのはあの女の方だろう。
今まで生きてきた涙に比べたら、こんなの何でもない。
- 272 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)02時59分59秒
- 顔を上げた私に野次馬の誰かが凍りつき、緊張が伝染していく。
気付かれた。
「圭ちゃん、行くよ。収拾つかなくなる。」
力任せに彼女を立ち上がらせ、有無を言わさず突き進んだ。
膨れ上がる好奇の渦の中、顔を伏せて足早に去る。
通りかかったタクシーを半ば強引に止まらせ、とりあえず発進させた。
事態が掴めずに不安定な圭ちゃんの手を握り、小さく息を吐き出す。
苛立ちが沸き上がるが、隣を見てはそんな気持ちを仕舞い込む。
私の人生、こんなだったかな。
別に不幸なわけじゃない、不運なだけなんだ。
- 273 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時01分04秒
- 「圭織、どう、なってる…?」
少しだけ落ち着きを取り戻した様子の圭ちゃんが、絞り出すように尋ねる。
私だってよくわからない。
返すべき答えが見つからず、適当に言葉を手繰る。
「どっか行きたい所ない?」
努めて明るく、遊びに行くような口調で。
何も返ってこない。
仕方なく、運転手に自宅の住所を告げる。
街の明かりは途切れない。
灯が車内を滑る度、光が私を晒し続けた。
- 274 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時01分57秒
気まずい無言のまま、私は圭ちゃんを連れて部屋に戻った。
仮住まいのような家。
自分なりに落ち着けようと模様替えしても、どこか空々しい。
電気をつけ、無理して買ったほとんど使わない青のソファに彼女を座らせる。
知っている空間に気が緩んだのか、彼女はまた泣き出してしまった。
「…圭織、ごめんね。本当に、ホントに…、ゴメンね、誘わなかっ…」
私は隣に座り、刺激せぬよう、惑わさぬよう、そっと震える肩を抱く。
心を悟られぬように、言葉を選びながらも、間を空けずに彼女を慰める。
「大丈夫だから。どこも痛くないし、何も辛くないよ。
今日、すっごく楽しかったから。誘ってくれて嬉しかったし。あとね、──」
思いつく限りを話した。
私の言葉に落ち着いたのか、圭ちゃんはそのまま眠りに着いていた。
重かったが、ゆっくり彼女を持ち上げると、寝室まで運んでベッドに寝かせる。
寝息は荒めだが、完全に眠りに落ちていた。
- 275 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時02分42秒
蛇口を捻り、グラスに注ぐ。
電気を消し、ソファに倒れ込む。
水を口に含み、腔内を探ってから飲む。
切れた部分が痺れた。
「疲れたよ。」
誰に言うでもなく、声にしてみる。
しばらく、今日や痛みや私を反芻する。
- 276 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時03分57秒
- 何もなくなると浮かぶフレーズが響く。
光の入らないステージ。
ふと、私の絵が、きっと詩も、そう評された事を思い出す。
瞬間に塞いでしまったため、誰の言葉かはわからない。
何かの雑誌で見たのか、誰かが話しているのを聞いたのか、
無意識の自分への問いかけなのか。
実際、絵の具を重ねただけ、とも思えてしまう、私の絵であり、私の心。
何でこんな時に、と振り払うが、言葉の微かな余韻が離れてくれない。
残った水を飲み干すと、私が中からたくさん抜けて、そのまま途切れた。
- 277 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時04分34秒
深く重い闇の中、私は歌う。
何も見えないが、私に生きているメンバーは確かにそこにいる。
どこまでも落ちていきそうな沈黙に、明るい歌声だけが間抜けに響く。
大きな空間にどこまでもCDを鳴らし続けるような、無為な感覚。
ここで声を止めてしまっても、そのまま続いていきそうな気がする。
観客の姿は見えてこないが、意識だけはこちらに向いているのがわかる。
一瞬、誰かの目が赤茶けて光った気がして、私は息を飲む。
どこまで演目が進んだのだろうか。
いつものように、当たり前に、染み付いたメロディを放していく。
途端、目の前が急に張り詰め、空気の一粒一粒が堅く沈みだした。
張り詰めた闇が暴れ出し、それは少しずつだけど確実に大きなうねりとなり、
私を飲みこもうとする。
確実に迫る何かに怯えながらも、離れられない。
呪縛のように絡みついた責任が、私をそこから動かさない。
酷い耳鳴りが襲い、何もかもを許さない。
抗う事もできずに、頭から跳ねるように黒に溶けていく。
- 278 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時05分06秒
嫌な名残を残したまま、一気に瞼を開く。
外はまだ暗い。
いつの間につけたのだろうか、テレビが闇を崩している。
その歪みを頼りに、いつのものかわからない煙草に火をつける。
煙が肺に入らないよう注意しながら、白紫の揺れをくゆらす。
何も考えないようにするが、叶わない。
どうにか振り払うと、意識が丸くぼやけてきた。
大きく息を吐き出し、音と光を消した。
ざわめきは月光に吸い込まれ、静寂が部屋を支配し始める。
カーテンの隙間から漏れる青白い光を見つめ、私を移す。
近くにあった画材で、その細切れにされた暗光の筋に色を埋めていく。
明日には削り取ってしまうだろう絵の具は、私そのもの。
そんな気がしてならない。
- 279 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時07分11秒
- 私を捕らえて離さなかった言葉が、心で透明に吸い込まれた。
あの絵では届くはずもない。
見せたくなかっただけ。
失敗だと破り捨てていたものこそが、隠して、そのまま消そうとしていたものこそが。
重たい前髪を透かして世界を覗いていた頃、偽ることをしなかった。
いつも私だった。
そう思うと、胸がむずむず痒みだして、私は笑った。
明日は素直に痛いと言おう。
再び眠りに落ちる瞬間まで、乾いた笑い声が心に響いた。
灰皿の緋が一瞬だけ強く燃え上がり、同じ速度で消えた。
凍えそうな景色は変わらない。
- 280 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時09分10秒
穏やかな朝だった。
目が覚めると圭ちゃんはもう起きていて、忙しなく電話を掛けていた。
所々腫れて、色の違う顔は昨日を物語っていたが、それでも気持ちがよかった。
圭ちゃんが手筈を整えてくれ、私達は少し早めに家を出る。
事務所とこれからの事を話し合い、メンバーの所へ向かう。
私を見たメンバーの反応は様々だったが、全てを優しく受け止めることが出来た。
涙で瞳の零れそうな辻が、私の元へ来る。
「痛い?」
引き攣る顔をいっぱいに綻ばせ、彼女の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。」
傷が和らぎ、また痛んだ。
- 281 名前:宵 投稿日:2002年04月26日(金)03時11分55秒
おわり
- 282 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時11分55秒
- <何時か訪れる幸福な終着に向けて>
天体は意思も無く只規則的な運動を続けるけれども、
それを見上げる僕達には感情が在つて、綺麗な星空だと想へる心が在つて、
その下で愛を語り合へる言葉が在つて、お互いに触れ合へる身体が在る。
石川君。喩へば僕等は互いに引き合ふ惑星だ。
それは宇宙が終わるまで普遍なんだよ。
- 283 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時13分09秒
- <邂逅のマヂツクナイト>
少女は夜を歩いてゐた。
それが彼女の日課だからだ。
さうして、いつものやうに丘上の公園へ入らうとした刻、
その公園の中からキヰコキヰコと金属の軋む音が聴こへて来た。
漕板であらう。
このやうな真夜中に、それは異質な音である。
少女は強く興味を牽かれた。
それは少女の日課である。
このやうな真夜中に漕板を軋ませるのは、彼女の仕事である。
だから少女は、相手が誰であらうとも、一言それを云つてやらねばならぬと考へた。
さう考へて、少し笑つた。
- 284 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時14分01秒
- やはり漕板は揺れてゐた。
二席ある内の一つが、キヰコキヰコと揺れてゐた。
夜闇よりも黒い影が、漕板と一緒に揺れてゐた。
それは人の形をしてゐたが、間違い無く人であるとは判じ切れぬ。
少女の目に映るのは只の影である。
幽鬼めいてゐる。
「おい、君」
揺れる影を見付けるなり、少女は大きくさう云つた。
無警戒に。何の注意も払わずに。
すると影はびくりと動いたやうに見へた。
無警戒であつたのは向かふも同じなやうだ。
驚いてゐる。
漕板の鎖だけがキヰと答へた。
- 285 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時14分59秒
- 「こんな刻限にこんな処所で何をしてゐるんだい」
少女は腰に両手を宛てがふ。
威張つてゐる。
影は何も答へ無い。
「そこは僕の指定席だ。退いて呉れなくちや困る」
少女の言葉は宝塚の男役のやうだ。
然し、少女は宝塚の舞台など見た事は無い。知ら無い。
影は少女を見詰めてゐた。
目など見えぬ。視線など合わぬ。
然し、おそらく影は、少女の方へ身体を向けてゐる。
それは判る。
「僕は吉澤ひとみだ。何時も此処へ来る。君は誰だ」
少女は吉澤ひとみと名乗り、影に向かつて問いかけた。
やはり男言葉であり、何故か威張つてゐる。
- 286 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時15分46秒
- 「女の人なのですか」と影が云つた。
確かに使ふ言葉は男だといふのに、名と声は女だ。混乱する。
「姿と名前は女だが、それに何の意味が有ると云ふんだい」
問いに問いで返され、又問いで返す。
己から名乗り、名を問うて置きながら、その意味を問うとは勝手だ。
ひとみはずんずんと大股で歩き、影へと近付ひて往く。
やはり無警戒だ。
髪の長い少女が漕板に座つてゐた。
見掛けぬ顔だとひとみは思つた。
だから「見掛けぬ顔だね」と云つた。
「僕は吉澤ひとみだ。君の名は」
「梨華。──石川梨華」
つい先程まで正体の判らぬ影だつた少女は、さう名乗つた。
幽鬼が人に成つた。
「ふむ。善い名だ。ハイカラだね」
さう云つて、ひとみは笑つた。
- 287 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時16分32秒
- <空翔ぶ道化師>
晴れ渡つた夜空の頂天で、霞掛かつた真つ白な満月が薄朦朧と浮いてゐる。
確りした雲に成り切れずに漂ふ瓦斯に包まれた満月の不健康な白さは、
病がちな少女の憔悴れた頬のやうだ。
他の星々は満天に煌いてゐるといふのに、月だけが病んでゐる。
それはまるで僕等の想いのやうだ。
さうは思わないかい?──
- 288 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時17分11秒
- 満天に星が煌き月だけが霞む夜空を見上げながら、
ひとみはふわりと両腕を拡げた。
その姿は降り注ぐ星々の光線を一身に浴びるやうである。
然し、彼女を照らすのは、一向頼りにならぬ月光ばかりで、
蒼暗い夜闇に焼き付いたやうな景影だけが朦朧と浮かんでゐる。
月も星も空ばかりを照らしてゐて、地上を照らして呉れやうとはしない。
「私達は病んでゐるのかしら」と梨華が問ふ。
「常態とは違ふ者を病んでゐると云ふのだ。だから僕等は病んでゐるんだらうさ」
と、相変わらず夜空に両腕を拡げたままひとみは答へた。
梨華は漕板に座つてゐる。
ひとみは天を仰いでゐる。
- 289 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時17分54秒
- 梨華には惚れてゐる男があつたが、
その男には既に決まつた女が寄り添つてゐた。
それでも梨華は諦め切れずに想い悩んでゐたのだ。
惚れただの腫れただのといふだけで死ぬ程悩む。
それは善く有る少女の病だ。
赤の他人が容易く治療出来る物では無い。
ひとみは己が女である事に納得が出来なかつた。
身体だけは女であつたが、心の内は男であつた。
赤の他人が如何此何出来る物では無い。
治療が必要か如何かも判らぬ。
それはひとみ自身にも判らぬ。
- 290 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時18分28秒
- だからひとみは夜を歩く。
太陽の下ではひとみは人並み抜けて美しい少女である。
太陽に見下ろされてゐる中ではその姿を隠す事は出来ぬ。
然し、月光は頼り無い。
その頼り無さがひとみの姿を闇に隠す。
男であらうと女であらうと月の下では只の影に成る。
それが善い。
人には太陽と空気と真水が必要である。
然し、月は必要無い。
必要も無いのに堂々と空の真ン中に浮かんでゐる。
だからひとみは月に憧れる。
女として扱われる事が多い月は、真実女であるか男であるかは判らぬ。
否、そのどちらでも無いだらう。
月は只月だ。人では無いし、生物でも無い。
だから性別などは関係無い。
それが善い。
だからひとみは月に憧れる。
- 291 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時19分03秒
- 梨華は漕板に座つてゐる。
ひとみは天を仰いでゐる。
「石川君。僕は悪魔だ」
唐突に、脈絡も無くさう云つて、
ひとみは空に両腕を拡げたまま梨華を振り返つた。
「さうして僕は、医者の振りをして君に近付くのだ。
やあ、お嬢さん、今晩は。なる程、君は病んでゐる。恋患ひといふ奴だ。
こいつは治療が必要と、言葉巧みに手を尽くし、実際、恋する彼との間を、
何とか引き剥がさふとする。
然し、そいつは難しい。何故なら君は頑なに、ひたすら彼を想うのだ」
ひとみは身振り手振りを加へながら唄ひ踊る様に云ふ。
戸惑ふ梨華は、声も無くそれを見詰める。
「僕は苦悩する。嗚呼、何故君はそれ程迄に彼を想うのだ。謎だ。
僕には判らぬ。僕は愛するといふ事を知らぬ。だから教えて呉れまいか。
何故に君は愛するのか」
ひとみは片手を胸に宛て、片手を梨華に差し出し、片膝を地に着き、天を仰ぐ。
梨華は只々困つた顔をする。
果たして答へて善い物やら。その判断に迷ふ。
- 292 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時19分48秒
- 「なる程。答へられぬのか。病める仔羊よ。声を失くした人魚姫よ。
愛しき王子への想いも告げられず、儚き海の泡と成る人よ」
「言葉に出来無い想いもあるわ」
説明も無く始められた芝居に、漸く梨華は科白を発した。
勿論、役者に成つた心算は無い。
咄嗟に自身の言葉を返しただけだ。
「言葉にしなければ想いは伝わら無いのだよ、憐れな人魚姫」
大袈裟な手振りで尤もらしく言い放し、ひとみは立ち上がつた。
「さあ、仔羊よ。人魚姫よ。悪魔が耳元で囁いてやらう。
君は彼の人に想いを告げるが善い。それは必ずや成就するであらうと」
梨華は目を閉ぢ、首を振る。
「悪魔の云ふ事なんて信じられないわ。嘘にしか聞こへないもの」
「ふん。馬鹿を云つてはいけない。嘘は君の中にこそ在るのだ。
仮令悪魔が囁かずとも、君の想いの行方は決まつてゐる」
ひとみの言葉から巫座けた調子が消へてゐた。真剣だ。
夜闇の中に悪魔の声が響き渡つてゐる。
「さうよ。知つてゐるわ。だから私は刻を待つてゐるんです」
「さうして現在は麗しき君が、老いて醜く成つて逝くのかね」
「それ程迄には待たないわ」
誘惑と詭弁の悪魔の声に、梨華は心をより頑なにする。
- 293 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時20分26秒
- 「やれやれ、こいつは剛情だ。今夜の仕事は難しいぞ」
さうしてひとみは走り出し、梨華の隣の漕板に飛び乗つた。
梨華は目を丸め、漕板に立ち乗るひとみを見上げた。
「ふふ。何も怖がる事は無い。獲つて食おうといふ訳ぢや無いさ」
云ひながら、ひとみはギヰコと漕板を揺らす。
「石川君。現在は夜だ」
如何やら梨華は、仔羊でも人魚姫でも無くなつて、元の姿に戻つたらしい。
「周囲は凡て真つ暗だ。誰にも何も判りはしない。僕等の本当は闇の中に
溶けてしまつて、僕等は成りたい者に成れるのだ。それが夜の魔力だ」
相変わらず月は霞んでゐる。
だのに星は煌いてゐる。
- 294 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時20分59秒
- 「願ふ事だね、石川君。さあ、成りたい者に成れ。僕は男だ」
ひとみは漕板を大きく揺らす。
揺らして揺らして、大きく揺らして、そこから翔んだ。
ひとみの身体は宙に浮き、凡ての思絡みから自由になる。
然し、無情な重力は、ひとみを地上に吸ひ寄せる。
月のやうに浮かぶ事など出来はしない。
刹那の自由を奪われたひとみは、地上に降り立ち、派手に転んだ。
梨華は驚き漕板から立ち上がる。
土埃を舞い上げながらごろごろと転がつたひとみは、停まつた処所で
すいと立ち上がり、埃を払いもせずに梨華を振り返つた。
「僕は不死身だ!」
- 295 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時21分39秒
- <ヨルニトケルリアル>
梨華の想いは成就しない。
ひとみは男に成れはしない。
それが二人の真実である。
夢見る少女の説ける虚言は
夜闇の中でのみ真実に成る。
二人の影が夜に融ける。
二人の想いが夜に溶ける。
夜の魔法は朝に解ける。
夜の想いは朝昇る太陽の光線に曝されて揮発する。
ならば又夜を待てば善い。
太陽が毎日昇るやうに、月も毎日昇るのだ。
さうして二人は二つの世界を生きるのだ。
- 296 名前:夜にとけるリアル 投稿日:2002年04月27日(土)00時22分20秒
- 月を蔽つていた瓦斯のベールが中空の風に吹かれて消へた。
淡く真つ白かつた月が、元来の蒼白い姿を取り戻す。
やはり病んでゐる。
月は生まれた刻から病んでゐるのだ。
然し、それが如何だといふのだ。
病み疲れた月の頬から、透明な銀色をした涙のやうな、
光の粒子が地上に毀れる。
少女達はそれを掬い上げ、全身に浴びて魂を洗ふ。
今宵出遭つた二人の真実の邂逅の為に。
何時か訪れる幸福な終着に向けて。
____________________________(了)
- 297 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時25分58秒
- いつもは閑散とした図書館前の公園広場は、休日の晴天の下賑わいを見せていた。
犬の散歩をする人、ベンチで本を読む人、シートを広げてお弁当を食べる家族、鬼ごっこをする子供達。
そんな様子を横目に、私は、立ち並ぶ桜の下を歩いた。
一週間前にここを通った時は、満開の花びらがとても綺麗だったが、今はもう葉桜へと様変わりしている。
三日前から降り続いた雨の所為で全部散ってしまったのだろうか。嘘みたいに速い変化が私を驚かせた。
- 298 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時26分42秒
- かし、そんなことはどうでもいいことだ。
なぜなら、物事が移り行く様を見て感傷に浸るような繊細な心は持ち合わせていないし、なにより。
お、な、か、が、す、い、て、フ、ラ、フ、ラ、だ……。
春の陽気に誘われて散歩に出てはみたものの、普段やらないことを急にしたせいで妙に疲れてしまった。
よくよく考えてみると、もう町内を3時間近く歩き続けている。
頭の中で声がした。「元気ですかー?」と。元気じゃないよ。どこかでお腹一杯食べてゆっくり休みたい。
そんな欲求が、こう頭の中をグールグール……。止めよう。
- 299 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時27分29秒
- で、都合の良いことに、このまま進んで最初の角を左へ曲がると中華料理店がある。
猫飯店、という名のその店は、20年か30年前からある古い店で、味についても評判が良い。
小さな頃からよく連れていってもらっていたので、私はちょっとした常連客だ。店のおばさんとも仲良くなった。
仕事が忙しく最近は殆ど訪れることの無かった私だが、今ここで行かない理由は無い。
いや、むしろ行くべき。行かなければならないのだ。
重い足を引き摺りながらも店の前に立った私は、妙な確信と共に扉を開いた。
- 300 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時28分38秒
- 暗めの店内を覗くと、まだ昼前だからだろうか、客は居なかった。というか誰も居ない。
「こんにちはー」
周囲を伺いながら奥へと歩を進める。2度目のこんにちはを口にしかけた時、厨房からおばさんが顔を出した。
「まぁ、麻琴ちゃんじゃない。いらっしゃい。久し振りねぇ」
「こんにちは、ご無沙汰してます」
「今日は1人?」
「はい。朝から散歩してたんですけど、もうお腹ペコペコで倒れそうです」
オーバーアクション気味に両手でお腹を抱えて見せる私に、おばさんは「あらあら、それは大変ね」と言って笑う。
「ゆっくりしていって頂戴ね。今お冷持ってくるから」
再び厨房へと消えて行く後姿を見ながら、私は近くの席に腰掛けた。
- 301 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時29分08秒
- さて、何を食べようか。メニューの一覧は右手の壁に貼り付けてあり、大変種類が多く目移りしてしまう。
あれも食べたいこれも食べたいと迷う一方、空腹感はどんどんましてゆく。困ったものだ。
決めかねたまま腕組みして悩んでいるうちに、おばさんがお盆に水差しとコップを載せて戻ってきた。
「注文はお決まり?」
コップに水を注ぎながらおばさんが訊く。
壁を睨みながら私は答えた。
「いえ、迷っちゃってなかなか決まらなくて……」
「じゃあ、これなんかどうかしら?」
水を注ぎ終えたおばさんは、メニューの一部分を指差した。
- 302 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時30分08秒
- 指し示す所に視線を移すと、そこには『フカヒレの姿煮ラーメン 5000円』と記されている。
一瞬固まってしまった。
「そ、それはちょっと……。私、今5000円も持ってないですし……」
私の財布には1000円札が2枚入っているだけだった。
それにいくらフカヒレとはいえ、ラーメンに5000円なんてとんでもない。一体誰が注文するのだろうか。
「大丈夫よ」
「え?」
「いつもは5000円なんだけどね、年に1度だけ数量限定で700円にするのよ。日頃のご愛顧への感謝の気持ちね」
「はぁ」
「それで今日がその日なの。運が良かったわね、麻琴ちゃん。どう? 食べてみない?」
驚いた。5000円が700円とは随分思い切った値の下げ方だ。
そのままの値段なら全く縁が無いままで終わっていただろうが、700円でいいのなら是非食べてみたい。
- 303 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時30分46秒
- 実は私、まだフカヒレを食べたことが無い。
高級食材だとは聞いていたが、それをこの様な形で体験できるとは幸運としか言い様が無く、もう迷う理由も無かった。
「じゃあ、それお願いします」
「はい、フカヒレラーメン一丁ね」
私は得して満ち足りた気分だった。
「お待ちどおさま」
しばらくして、大きな丼が運ばれてきた。
香しい透き通ったスープに、細くしなやかな麺。そして、丼の中央に鎮座する金色に輝くフカヒレ。
目の前に置かれたそれは、激しく私の食欲を刺激する。
立ち昇る香りを胸に吸い込んでから、私は割り箸を割った。
- 304 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時31分27秒
- 食べ終わるまでに10分かからなかったと思う。それくらい美味しいラーメンだった。
そう、ラーメンとしては。
このラーメンを食べるに当たって、私が最も楽しみにしていたのはフカヒレである。
世間で高級食材として珍重される程のものだから、さぞ美味なのだろうと思っていた。
しかし今、箸を置いた後での正直な感想は、「?」であった。
フカヒレそれ自体に味は無く、ぶっちゃけ、鍋に入っている春雨を食べているような感じ。
何故皆がこれを有り難がるのか理解しかねる。
私は水を飲み干し、器を下げに来たおばさんに言った。
「フカヒレって春雨みたいなんですね」
するとおばさんは言ったのだった。
「実はこれホントに春雨なのよ」
私はまた固まった。
- 305 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時33分11秒
- 何時の間にか外では雨が降りだしていた。
4月最初の日、気紛れな春の雨は空気を陰鬱なものへと変えていった。
- 306 名前:春の雨 投稿日:2002年04月27日(土)03時34分34秒
- 終
- 307 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時51分07秒
- 「おつかれー」
楽屋に戻ってくるなり、皆が疲れ果てた声を出して入ってくる。
もちろん、私も例外ではない。
鏡に向かって目元に手を当てた。
時間が遅い事もあってクマが目立っている。
スケジュールがキツイのはいつもの事だけど
最近、あまり眠れないのだ。
「今日は早く帰ってちゃんと寝ないとね」
圭織が寝不足な私に気付いたのか、声をかけてきた。
「そうだね。圭織も疲れてるんじゃない?」
「そう?でも、今日はなっちほどクマ出てないもん」
クマが出やすい体質である圭織はよっぽど今日の自分に満足しているのか
嬉しそうに言ってきたのだけど私は曖昧な笑顔を浮かべて頷いた。
「いいよね〜、二人は…後藤はこの後もまだ仕事あるんだよ〜」
着替えながら大あくびしているごっちんを見て
本当に疲れてるんだろうな、と私は心配になった。
彼女はソロの仕事が始まっているから大変そうだ。
その隣では矢口が暗い表情を浮かべていた。
- 308 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時53分04秒
- 「矢口、どうしたの?」
「………なっちもバカにしてんでしょ」
ボソっと膨れっ面になって矢口が俯いたので私は戸惑っていた。
何に対して彼女がそんな事を言って来たのかわからなかったのだ。
もしかして、写真が雑誌に載った事をまだ気にしてるのかな。
でも、結構経つし…っていうか、私も経験済みだし…。
ちょっと、この件はあまり思い出したくないな…。
そういえば、ここに来るまでに矢口はミニモニの歌収録をしてきてたはずだ。
「もしかして…ミニモニの事?」
私がおどおどと訊いてみると矢口は顔を上げてキッと目を吊り上げて睨んできた。
「もしかしなくても、それしかないじゃんか!」
「なんで、そんなに怒るわけ。見たけど可愛かったよ、アイ〜ン体操」
「嘘つけー!!」
私は心から言ったつもりだったのだけど、更に矢口を怒らせてしまったようだ。
彼女はプリプリと怒りながら楽屋を出て行ってしまった。
- 309 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時54分01秒
- 「なっち、今のはそりゃ矢口も怒るってば」
口元を押さえて今にも吹き出しそうになりながら圭ちゃんが近づいてきた。
「そんなにおかしい事言ったかなー?」
「だって、風車を頭につけて腹巻にステテコみたいな格好してアイ〜ンだよ?
辻、加護はいいけど19歳の矢口にはキツイってば」
「うーん…」
確かに、今までのミニモニも矢口だけは浮いてるような気がしてた。
でも、彼女はミニモニのリーダーだし
今回はいつも以上に辻、加護は楽しそうだし
ミカちゃんはナチュラルアイ〜ンでいい感じだし。
忙しくても、少し恥ずかしい想いをしてでも人気があるからいいと
彼女は割り切っているのかと思っていたのだけど。
きっと彼女も私が抱えている気持ちと同じなんだ。
- 310 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時54分31秒
- ノロノロと私が帰り支度をしている間に
中学生達は帰ってしまっていた。
圭織と圭ちゃんが御飯を食べに行こうと誘ってくれたけれど
前に無理矢理、圭ちゃんに飲めないお酒を薦められた過去があるので丁重にお断りした。
翌日、とても気持ち悪くなったので二度と同じ過ちを犯したくなかったのだ。
ごっちんとよっすぃーも次の仕事の為に出て行ったみたいだし
矢口も怒ってどこかへ行ったまま戻ってこない。
このまま帰ってもいいのかな、と思いつつ部屋を出ようとしたら
視界に何か黒いものが入った。
「わぁ!梨華ちゃんいたの!?」
もう帰ったものだと思っていた私は派手に驚いた。
存在感が全くと言っていいほどなかったのでこの部屋にいる事に今まで気付かなかったのだ。
部屋の影と梨華ちゃんの肌が同化してたからというわけではないのだけど。
どうやらカントリーの衣装のまま、ずっと楽屋にいたらしい。
「…安倍さん、酷い」
「い、いや…ゴメン。帰らないの?」
「……安倍さん、石川の悩み聞いてくれませんか?」
「へ?」
「安倍さんなら石川の気持ちがわかってくれると思うんです…」
そう言いながら梨華ちゃんは泣きそうな顔をしているので
このまま帰るとはさすがに言えず、心の中ではウザイと思いつつ
仕方なく私は話を聞く事にした。
- 311 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時55分43秒
- 長テーブルを挟んでお互いにパイプ椅子に座り
向かい合う形で話をしようとしていたのだけど
梨華ちゃんは何故か衣装を着たままでいた。
「着替えないの?」
気になって訊いてみると梨華ちゃんは首を横に振った。
「この方がいいんです。わかりやすいと思うから」
「…?」
どういう意味なのかわからない。
今、梨華ちゃんが着ている白い衣装は彼女の地黒な肌によく映えていて、とても似合っている。
普通だったら恥ずかしい格好だろうけど梨華ちゃんの衣装はまだお腹の辺りが
シースルーになっていて隠れてるからまだマシかもしれない。
余計にエッチ臭いような気もするけど。
というか、何がわかりやすいんだろう、と私は首を捻った。
「安倍さん、最近の石川を見てどう思います?」
「へ?いや、別に何とも…」
何も思いつかなくて、どうでもいい返答をしたら
梨華ちゃんは泣きそうな顔をしてテーブルに突っ伏した。
「嘘言わないで下さい…ハッキリ言ってもらった方がマシですよ…」
最近の梨華ちゃんねぇ。
シャクレはネタになってるから別に問題じゃないだろうし。
肌が黒いのもわかりきってる事だし。
歌が下手とかっていうのも壊滅的だから、そんな事で私に相談されても困るしなぁ。
しきりに私が首を捻って考え込んでいると
ノロノロと顔を上げて梨華ちゃんはこう言った。
「正直に太ったって言って下さいよ…」
「……」
そういう事か。
- 312 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時56分31秒
- 「痩せられないんです…どうしよ、学生時代くらいまで戻っちゃったら…」
梨華ちゃんは本気で悩んでいるらしく、うな垂れている。
確かに過去の写真とか見せてもらった感じでは酷い姿形してたけど
正直、そんなの知らねーよ、と思った。
他人に愚痴を言っただけで簡単に痩せられるのなら誰も苦労はしないだろう。
でも、相談されている身なので何か言わなければならない。
「お菓子食べるの我慢して普通の食生活してたら痩せられるって。ライブも始まってるんだし」
「安倍さんはどうやって痩せられたんですか?」
梨華ちゃんは懇願するような表情で見つめてくる。
私は少し身を引いてしまった。
大体、手っ取り早くいい方法を訊こうというのがまず間違っているような気がする。
っていうか、思い出したくもない事訊かないで欲しい。
過去の自分はいなかった事にしたいのに…。
「まあ…色々とね。それに、なっちだけじゃなくて皆、努力してる人はしてんだよ」
「そうですか…」
私がはぐらかすと、いいアドバイスを貰えなかったのが残念だったらしく
梨華ちゃんは肩を落としていた。
「辻、加護も梨華ちゃんみたいに少しは悩めばいいのにね」
「でも、何気にあの二人も結構悩んでますよ?」
「ふーん」
口だけじゃないのかな、と思いつつ、とりあえず私は頷いた。
- 313 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時57分23秒
- 明日は集合時間が早いので、もうそろそろ帰りたくなってきた。
睡眠不足がかなり堪えているのだ。
というか、梨華ちゃん、かなりウザイ。
途中で何度か話を終わらせよう試みたのだけど
その度に彼女は無理矢理にでも話を戻し
ひたすら何かいいダイエット法はないかと訊いてくるのだ。
「あとは、今流行りのアブトロやれば?」
よく通販番組で目にするダイエット器具を私がどうでもよさそうに薦めると
梨華ちゃんはパッと明るい表情になった。
「そうか!あさみちゃんもあれで痩せたって言ってたし!今度買いに行こうっと」
ウキウキとしている梨華ちゃんを見て思わずため息が出た。
「ねぇ、梨華ちゃん…他に悩むような事はないわけ?」
「そりゃ、色々とあるけど考えないようにしてるだけですよ。そしたら誰にもわからないでしょ?
でも、体系は明らかに表に出るじゃないですか。だから、困ってたんですよ」
そう思うなら、ちゃんと努力して痩せなよ、と言おうとしたけど
心の中に留めておくことにした。
それにしても梨華ちゃんも色々と考えているのか。
歌唱力が壊滅的なくせに、とんとん拍子に人気が出て
待遇も良いくせに悩みなんてあるんだ、と少し腹立たしく思ったりもしたけれど
やっぱり何も言わない事にした。
ただ、腹立たしさとは別に何故か胸の辺りがモヤモヤとしたけれど。
「あのさ、早く着替えて一緒に帰ろう」
「そうですね」
私が何かを誤魔化すようにして促すと梨華ちゃんは素直に頷いた。
- 314 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)03時59分09秒
- 翌日、ライブのリハが終わり、スタッフと世間話をして控え室へ戻ってくると
私が一番戻ってくるのが遅かったらしく、皆揃っていた。
まだライブ前だというのに日々のハードスケジュールが堪えている為
それぞれがぐったりと疲れ果てている。
それを見て私はため息をついた。
私達は何をやっているのだろう。
そんな事を思いつつも、これ以上考えたところで無駄だと思い
頭を軽く振って今頭の中にある考えを無理矢理、払拭させた。
「ほんなのムリだよ。まるっきし覚えられんもん。もう嫌やざ。
なんでの、ほんなに台詞がえっぺことあるんやげ。記憶力ない私に覚えられるわけないのに」
台本を手にして高橋が謎の言葉を呟いているのが聞こえた。
どうやらドラマの台詞に往生しているらしい。
新メンバー達が頭を抱えているようだ。
「いいじゃん、それだけ目立つんだから」
小川が膨れっ面になりつつも宥めている。
「ほんな事ゆうたってひっでもんなんだよ。麻琴ちゃんにこの苦労はわかんないよ」
高橋は方言満載なので言っている事の意味がわかり難いが
どうやら台詞を覚えるのが大変だと言いたいのだろう。
彼女を見ているとなんだか胸の辺りがまたモヤモヤし始めた。
それは昨日、梨華ちゃんと話していた時に感じたものと全く同じだった。
いや、ただ過去の自分を見ているような錯覚に陥ったのかもしれない。
もしかして、私も他のメンバーからしてみればこんな状態なのだろうか。
でも、もう大分訛りは抜けているはずだから初期がこうだったのかもしれない。
- 315 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時00分28秒
- そう思って傍にいた圭織に訊いてみると失笑された。
「何言ってんの?なっちは今でも十分訛ってるって」
「えー、ちゃんと抜けたって」
「嘘ばっか。それ、本気で言ってるわけ?」
「冗談なんかじゃないよ!」
私が逆ギレして抗議しても圭織は納得してくれなかった。
「そういや、またシャッフルあるらしいけど」
わざと話題を変えるかのように突然圭織がそんな事を言い出した。
「あー、どうせまた外れを引く羽目になるんでしょ、うちらは」
「ケッ。やってらんねー」
圭ちゃんがぼやいて隣にいた矢口がしかめっ面をしている。
いつの間にか年上グループが固まっていた。
「なんて言うかさー、初期の頃の歌ってもう歌えないのかなー」
矢口が疲れたように呟いた。
どうやら、よほどミニモニが辛いらしい。
「そりゃ無理でしょうよ。第一、今のメンバーじゃ、ハモれないじゃん」
圭ちゃんは当たり前だと言わんばかりの表情をしている。
「まぁまぁ…こういう事言うの止めようよ。言ったところでどうにもなんないんだしさ」
リーダーとして圭織は周りに聞こえてはマズイと思ったのか宥めるように苦笑いしながら言うと
他の二人もそれを感じ取ったのか、黙り込んでしまった。
- 316 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時01分10秒
- 「ま、いいじゃん。あの頃はやりがいもあったけどさ、人気は今ほどなかったわけだし。
そう思ったら今は恵まれてるよ。色んな仕事が出来るわけだしね」
フォローするつもりで言ってみたのだけど逆効果だったらしい。
「なっち、本気で言ってんのー?」
矢口が険しい顔をしてすぐにツッコミを入れてくる。
そんなにミニモニの風車が辛いの?と言おうとして慌てて飲み込んだ。
「本気でそう思ってるけど?」
「あー、そうですか!」
不機嫌そうに大きな声を出して矢口がそう言うと他のメンバーもこちらへ振り向いた。
「矢口ってば、なんで怒ってんのー?」
周りの目を気にして私が慌ててわざと明るめな声を出すと
それが更に矢口は気に入らなかったらしく、声を荒げて口を開いた。
「そりゃ、なっちはいいよ。恵まれた仕事ばっかやってるもんね!」
さすがにちょっとムカっと来て、私も矢口を睨んだ。
「ちょっと待ってよ。なっちばっかり、いい仕事してるわけじゃないっしょ」
「よくそんな事言えるねー」
珍しく私と矢口が口論しているので驚いたのだろう。
他のメンバーは固まってしまっている。
しかし、圭織が我に返って無理矢理、私達の間に入った。
「いい加減に止めなよ。大体、なんで矢口はそんなに絡んでんの?」
顔をしかめて圭織が訊くと矢口は顔を背けて頬を膨らませていた。
その姿はまるで叱られた子供みたいに見える。
「黙ってちゃわかんないよ」
「…なっちが嘘ばっかつくから頭にきただけだよ」
矢口のその言葉は私の心を貫いた。
さっき矢口に言った言葉は自分としては嘘をついたつもりではなかった。
でも、何故か胸が痛い。
図星だと心が反応している。
- 317 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時02分11秒
- いつの間にか控え室を出て行った矢口を私は無意識に追いかけていた。
控え室に残された他のメンバーは呆気にとられたままのようだった。
私よりも足の速い矢口の姿をすぐに見つける事など出来ず
かなりの時間をかけてライブ会場を探し回った。
しばらくして、ようやく見つける事が出来た。
矢口は意外にも見つかりやすいステージの上に立っていたのだ。
「矢口」
忙しそうに動いているスタッフの邪魔にならないように
矢口の背中に声をかけると彼女はゆっくりと振り返った。
「……」
「えっと…」
無言でこちらを見る矢口に対して何を言っていいのかわからず
私が戸惑っていると彼女の方が先に口を開いた。
「…さっきはゴメン」
「……え?」
「だから、なっちに酷い事言ってゴメン。ここんとこ、ずっとイライラしてたから…」
矢口が気まずそうにしているので私は俯いてしまった。
「うぅん。なっちも悪かったから…」
「どうして、なっちが悪いの?」
わけがわからない、と矢口は首を傾げた。
ずっと誤魔化している事がある。
それは自分の気持ちだ。
気付かないふりをして、知らないふりをして日々過ごしてきた。
でも、本当は気付いてたし、知っていた。
- 318 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時02分53秒
- 矢口に言われた事は全て本当。
有名になったり、人気が出たりする事が嫌なわけではない。
でも、今の自分達の活動に不満を持たないわけがないのだ。
歌手を目指して芸能界に入ったのに自分が歌いたいと思っている歌が歌えない。
女優業やバラエティはやってみて面白いと思ったけれど、それを本業とするつもりはないし
そういう仕事ばかり増えて本当に自分がやりたいと思っていた事が
徐々に靄がかかったように見えなくなっていく。
でも、その事実を認める事が怖くて、認めるわけにはいかなくて
何も感じない人間になろうとした。
過去の自分の気持ちを思い出さないようにしていた。
だから、梨華ちゃんや高橋を見てちやほやされていた頃の自分を自然と思い出し
気が重くなったのだ。
あの頃に戻りたいと思っても戻れはしないとわかっているから。
- 319 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時03分27秒
- 自分の気持ちを誤魔化さなければ、きっと日々の活動が上手く出来ない。
でも、そこまでして今の自分の環境にしがみついていなければいけないのかと思うと
辛くてたまらないのだ。
だから、胸の辺りがモヤモヤとして眠れない日々が続いている。
でも、きっと皆同じ。
皆、自分の気持ちを偽ってお客さんの前ではニコニコと笑顔を向けている。
全部、嘘だ。
心からの笑顔を浮かべられるわけがない。
やりたい事なんて何一つ出来ていないのだから。
でも、今の環境から誰も逃げ出す事が出来ない。
私達は周りの人が操作した通りに動く事しか出来ないのだ。
それは、まるで心のないロボットのように。
- 320 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時04分44秒
- 「…なっち?」
いつまでも黙り込んでいる私を見て矢口は不思議そうな表情を浮かべている。
「何でもなーい」
「変なの」
私は笑って誤魔化すと矢口は首を傾げて、その後で少しだけ笑った。
付き合いが長いから私の考えている事なんて矢口にはすぐにわかってしまう。
「また生バンドで歌ってみたいね」
ステージから大きな会場を見渡しながら矢口がポツリと呟いた。
最初のライブは今いるこの場所のように大きな所ではなかったけれど
オケじゃなくて生バンドを使って歌っていた。
何もかもが初めてで凄く緊張したし、失敗も沢山あったけれど
達成感みたいなものを感じた覚えがある。
あの気持ちを忘れるわけにはいかないし、忘れられない。
「そうだね。いつか、またやりたいなー…」
私はしみじみと呟いた。
「さ、戻ろ。皆、心配してるだろうしね」
「うん」
そう言いながら私は矢口の手を繋ぎ、歩き出した。
- 321 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時05分25秒
- 「不満に思う事は沢山あるだろうけどさ、一緒に頑張ろうよ。
今までそうやって皆で頑張ってきたんだし」
私が自分に言い聞かせるようにそう呟くと
矢口は「そだね」と笑顔を見せてくれた。
「そういや、辻がまた衣装がキツイって泣きそうになってたね」
私が笑いながらそう言うと矢口はため息をついた。
「辻だけじゃないって。最近、皆して太り過ぎだっつーの」
そして、私達はたわいもない話をしながら控え室へ戻った。
すぐに和解してしまった私達を見て皆驚いていたけれど。
「さー、そろそろライブが始まるよ。皆、今日も頑張ろうー!」
圭織の一声でスイッチが入る。
今日も笑顔を見せなければならない。
お客さんが見たいと思ってくれている笑顔を。
- 322 名前:少女ロボット 投稿日:2002年04月27日(土)04時06分13秒
- 今は耐えなければならない。
自分達が本当にやりたいと思っている事をいつの日にか叶える為に。
そうしなければ機械的にこなしている今の仕事が無意味になってしまう。
だから、今はただの準備期間でしかないのだと割り切るしかない。
それが例え今の自分の気持ちを偽る事になっても。
これからも私達は自分自身を騙し続ける。
自分達の未来の為に。
−終わり−
- 323 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)11時57分03秒
『4月14日
私には大切な人がいます。
私はその人のことが大好きで、その人も同じコトを想ってくれています。
私達はとても幸せです。 』
- 324 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時07分35秒
「後藤、何やってんの?」
「ひゃっ!!」
後ろから突然かけられた声に驚き、反射的にノートを閉じる。
そんな私の態度にいちーちゃんは不満そうに頬をふくらませて
わざとらしく怒る。
「何だよー。別に隠さなくてもいいだろ〜?」
「い・・いや、なんか、とっさに・・・」
私がそう言ってあはっと笑うと、いちーちゃんも笑顔で返してくれた。
普段はキリッとしててカッコイイいちーちゃん。
笑うと凄くカワイイいちーちゃん。
- 325 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時08分24秒
「あのね、日記・・・書いてたの・・・。」
「日記ぃ!?」
私のコトバにおおげさに驚くいちーちゃん。
私は、そんないちーちゃんに、さっきいちーちゃんがやったみたいに
頬をふくらませて反論する。
「何でそんなにビックリするのさ・・・後藤だって日記くらい書けるよ。」
「いや・・・でも続かないっしょ?」
「ちょっとバカにしないでよぉ!後藤だって・・・」
「紗耶香ぁ、取材終わったよ、帰ろっ!」
私のコトバは、ガラッと大きな音を立てて楽屋に入ってきた
やぐっつぁんの元気な声にかき消された。
「おぅ、今行くーっ!」
いちーちゃんは、そんな後藤には気付かずに嬉しそうな顔をして
やぐっつぁんのもとへと走っていく。
普段は、気がよく効いて、後藤のコトなんでも見抜いちゃういちーちゃん。
やぐっつぁんと話すとき、
いちーちゃんは私といるときとは違う瞳でやぐっつぁんを見つめる。
優しくて切ない瞳。
恋をしている瞳。
- 326 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時08分59秒
「後藤っ!しっかり日記続けろよ!」
いちーちゃんは楽屋を出るとき、私をビシッと指差して
イタズラっぽい笑顔でそう言った。
「はいはーい。」
きっとこの後、2人は私の日記についていろいろ話すんだろうな。
そんなコトを思いながら やる気のない返事をする私。
できるだけ、ごく自然につながれているふたりの手を見ないように
気をつけながら。
- 327 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時09分35秒
─ 4月18日
「あたしさ、モーニング。脱退するんだ・・・。」
「・・・えっ・・・」
いちーちゃんの突然の告白に、私達は絶句した。
「シンガーソングライターっつーのかな・・・
作詞とか作曲とかをさ、したいんだよね・・・。」
ひとりひとりの顔を順に見ながら続けるいちーちゃん。
その瞳は自信に満ち溢れて、輝いていた。
すごく、キレイだった。
「ごめんね、新メン入ったばっかで大変なトキにこんなこと言って・・・。
でも・・・本気なんだ。」
いちーちゃんが真剣な瞳でそう言った途端、
私の横にいたやぐっつぁんが、いちーちゃんにつかみかかった。
「ねぇ紗耶香っ!ホントなの?ねぇ、辞めちゃうのっ!?
ヤだよ!辞めないでよ!」
普段、気配り上手で、いつも笑顔で、まわりを冷静な目で判断する、明るいやぐっつぁんからは
想像もできないくらい動揺している。
大粒の涙を流しながら、大声を上げながら。
- 328 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時10分10秒
他のメンバーも、みんな泣いていた。
新メンバーも、裕ちゃんも、圭ちゃんも、
圭織も、なっちも、みんな。
「なんで・・紗耶香・・・」
「市井・・・さん・・・。」
いちーちゃんがいなくなる・・・。
思考が追いつかない。
コトバだけが頭の中に入ってきて、
そのまま頭の中をぐるぐるまわる。
理解することができないのに、なんでか涙は次々と溢れてきて。
涙でぼやけた視界の中で やぐっつぁんの頭を優しくなでているいちーちゃんの姿が、
なんだか他の、全然知らないいちーちゃんのような気がして
すごく、寂しくなった。
- 329 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時10分48秒
『4月18日
今日、いちーちゃんは私に「ずっと一緒だよ」と言ってくれました。
私が笑顔でうなずくと、いちーちゃんは私の頭を優しくなでてくれました。
その手はすごくあったかくて、ホントにいちーちゃんの手ってカンジでした。
そのことをいちーちゃんに言ったら、「なんだよソレー」と笑ってくれました。
私もつられて笑いました。 』
- 330 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時12分49秒
─ 4月20日
「紗耶香っ!これ見て、これ!」
「ん〜、どれどれ〜?」
楽屋の隅のほうの机で楽しそうに話すふたり。
いちーちゃんの脱退が決まってから、ふたりはこれまで以上に
一緒にいることが多くなった。
最近、朝もふたりで一緒に来てるし。
いちーちゃんと一緒にいられる時間が残り少ないのは
みんな一緒なのに。
そんな考えを浮かべては飲み込む。
そして、ふたりの会話を聞かないですむようにMDのPLAYボタンを押して、
今日もまた日記を書く。
- 331 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時13分25秒
『4月20日
今日もいちーちゃんは優しかったです。
普段は照れて言わないくせに、今日は3回も「好きだ」と
言ってくれました。 』
- 332 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時14分07秒
『5月1日
今日は久々のオフだったので、いちーちゃんと買い物に行きました。
オフの日のいちーちゃんは、なんだか普段と雰囲気が違っていて、ドキドキしました。
買い物はすごく楽しかったです。
やっぱり、いちーちゃんと一緒だったからかな。 』
- 333 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時14分43秒
『5月7日
今日はお仕事の関係で、いちーちゃんと一度も顔を合わせられませんでした。
でも、仕事の合間に「がんばってるか〜?」なんてメールが来て
嬉しかったです。 』
- 334 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時15分28秒
『5月12日
今日は仕事が早く終わったので、いちーちゃんが私の家に遊びに来ました。
一緒に家族と晩御飯を食べたりしただけだけど、
なんだか家族にいちーちゃんを紹介するのってヘンな感じ。
妙に緊張しちゃいました。 』
- 335 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時16分07秒
『5月17日
今日はプッチのラジオの収録の日だったので、
一日中 一緒にいられました。
圭ちゃんに「アンタら、なんでそんなに仲良いのよ?」と言われて
ドキッとしました。 』
- 336 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時16分38秒
『5月20日
今夜は一晩中、いちーちゃんと一緒にいました。
「どこにも行かないでね」と私が言うと、いちーちゃんは
「当たり前じゃん」と笑顔で言って、
私の頭をクシャクシャとなでてくれました。 』
- 337 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時17分18秒
─ 5月21日
いちーちゃんがモーニング娘。としてステージに立つ最後の日。
私達が同じグループのメンバーでいられる最後の日。
いちーちゃんは、最初から最後まで笑顔で、
普段の倍くらい踊りのキレが良かった。
普段よりも圧倒的に多い いちーちゃんのうちわやボードを見つめながらも、
私はイマイチ理解しきれずにいた。
- 338 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時17分50秒
明日からはいちーちゃんがいない。
いろんなことを教わった。
でも、まだまだ全然教えられ足りない。
もっともっといろんなことを教えて欲しい。
もっともっと叱って欲しい。
もっともっと褒めて欲しい。
ずっとずっと一緒にいたい。
そんなコトを考えていると、頭の中がグチャグチャになっちゃって、
何も考えられなくなっちゃって・・・。
そこからは しばらく記憶がない。
ただ黙々と踊っていた・・・そんな感じ。
- 339 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時18分20秒
なんだか、いちーちゃんの前で泣いてしまったら、
最後の最後まで困った後輩だと思われちゃう気がして、
いちーちゃんが気持ちよく卒業できないような気がして、
だから泣かないで頑張ろうと思った。
でも結局、いちーちゃんに「おつかれさま」って花束を渡すとき、泣いちゃった。
子供みたいに大声を上げて。
いちーちゃんが、よしよしって頭をなでてくれたのが嬉しくて、
余計に涙が溢れてきた。
そんな私にひきかえ、いちーちゃんは本当に笑顔をたやさず、
ファンの人たちと一体になって、
結局 一筋のキレイな涙を流しただけだった。
大盛況だった武道館コンサートも終わり、
その日、いちーちゃんはモーニング娘。を卒業した。
- 340 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時18分58秒
『6月3日
今日はいちーちゃんに怒られてしまった。
なんでも、仕事とプライベートの区別はきちんとしろとかで・・・。
つまり、仕事中にイチャイチャするの禁止らしい。
もう、いちーちゃんは真面目すぎるんだから。 』
「後藤、アンタまだ日記続いてたの?」
「まあねー。」
2人になったプッチのラジオの待ち時間、
圭ちゃんが驚いたような声で言った。
私はいつものようにやる気のない返事をする。
「いつまで続くかしらね。」
「んー分かんないや。」
- 341 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時19分35秒
日記は続く、いつまでも。
私がいちーちゃん以外の人を見つけるか、
いちーちゃんと私が結ばれる日が来るまで・・・
もしかしたら、一生続くかもしれない。
今でも、やぐっつぁんはいちーちゃんと付き合っている。
「全然会えないんだぁ。」なんてぼやいていたけれど。
きっと私が気持ちを伝えたら いちーちゃんに迷惑をかけてしまうだろう。
いちーちゃんがどれだけやぐっつぁんのコトを想っているか、
ずっと見ていた私がイチバンよく知っている。
- 342 名前:ウソの日記 投稿日:2002年04月27日(土)12時20分15秒
叶うことのない恋。
だからせめて 日記の中でだけは恋人でいさせてください。
だからせめて 日記の中では想いを伝えさせてください。
この、ウソの日記の中でだけは。
<fin.>
- 343 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時53分14秒
- あたし、泣いてる?
ケータイを握りしめながら、自分のしていることにビックリするような冷静さがあるのが、
なんだかすごく不思議な感覚で。 たぶん昼に残酷なシーンを見せつけられて、
どうしようもないってココロのどこかで気づいていたからかもしれないけれど、
それでも涙が零れるのを抑え切れなかったのは、きっと彼女が何も話してくれないその冷たさと優しさのせい。
この長い長い沈黙が終わる頃、あたしたちもまた終わりを迎える。
- 344 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時54分31秒
- 収録を終えて、13人がガヤガヤと楽屋へ向かう。
翌日がかなり久しぶりのお休みっていうコトもあって、そちらこちらに開放感が漂ってる。
明日一緒に遊びに行く計画を立ててる新メンバーや、
ただひたすら眠って一日を過ごそうとしている矢口さんや、
中澤さんと一緒にこれから朝まで飲もうとしている飯田さんや
――― それぞれがそれぞれの休日を心から待ちわびていて、何人かはもう動き始めてる。
そんな楽しそうな様子を横目で見ながら、あたしはあたしにかけられるであろう声をのほほんと待っていた。
- 345 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時55分25秒
- ・・・・・・あれ?
休み前には仕事が終わると真っ先に駆け寄ってきてあたしのオフを塗りつぶそうとする、
あの甲高い声が聞こえない。 ただでさえ数少ないお休み、あたしだって一人で過ごしたい時もあるんだって
何度言っても、誘いを断るたびに泣きそうな顔になる彼女。
そんな彼女の声が聞こえないのを不思議に思って周りを見回すと、
当の本人は帰り支度をあっという間に整えて、誰にも声をかけずにひっそりと帰ろうとしていた。
おいおい、アイサツくらいしてきなって。
最近遊んであげなかったからスネてんのかな?
ま、いいや。 今日はこっちから誘うつもりだったし。
「梨華ちゃーん」
なぜか逃げるように帰ろうとしていた梨華ちゃんを、あたしはさりげなく呼び止めた。
明日一日一緒に過ごせば機嫌もよくなるだろうなんて、まるで見当違いなコト考えながら。
- 346 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時56分23秒
- 「明日さあ、梨華ちゃんの家行っていい?」
「・・・・・・え? あ、ゴメンね。 明日はちょっと・・・・・・」
正直予想していなかった反応に、あたしの思考回路が回転をやめる。
どっかにフラフラ買い物行って、こないだ安倍さんに教えてもらったお店でお昼を食べて、
彼女の部屋で一息ついたら夕ごはんの買出し行って手料理作って、
ごはん食べ終わったら二人で一緒にゲームして・・・・・・って完璧なはずのタイムスケジュールが
音を立てて崩れてく。
「えー、何でえ? せっかくのオフなのにさあ・・・・・・」
「・・・・・・うん、ホントにゴメンね」
「なんか予定あんの?」
何気なく訊いた質問に彼女はなぜかすごく慌てていて、今になって思えばそれはかなり不自然な態度だったけれど、
そのときのあたしはといえば、お誘いを断られた動揺を押し隠すだけで精一杯で。
- 347 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時57分19秒
- 「え・・・・・・あ、うん。 えっとね、友達が来るんだ。 地元の」
「ふーん」
かなり無理して平静を装ったつもりのその返事が、彼女の良心をいたく刺激したらしく、
彼女は何度も 「ゴメンね」 って言いながら、申し訳なさそうに帰っていく。
あたしはそんな彼女の後姿を見送りながら、一人で過ごすハメになったオフの退屈さを
想像して、大きくため息をついた。
そんなとき、楽屋の隅っこでニヤニヤ笑いながらこっちを見ている誰かがいるコトに気づいて、
またさらに憂鬱になる。 それが、シアワセ絶頂のヤツだってわかってたから。
「なーに笑ってんだよお」
- 348 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時58分17秒
- 「いやいや、破局の危機なのかなーって」
ごっちんは相変わらず口元に微笑をうかべたまま切り返す。 市井さんが復帰してからのごっちんはホントに楽しそうだ。
一緒にいる割にはうまくかみあわないウチらとは大違いで、時々は休みを合わせて遊んでるらしい。
「大きなお世話だってば」
「だってさ、珍しいじゃん? 梨華ちゃんがヨシコの誘い断るなんてさ」
「・・・・・・そういう日もあるよ」
「ヨシコ最近冷たかったからなー、浮気とかされちゃってんじゃないの?」
「何だとお?」
「わっ、ちょっと、何すんだよっ」
- 349 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)14時59分15秒
- 冗談だってわかっているけれど、ちょっとムカついたのでごっちんのバックを取って、
こないだ弟に教えてもらったスリーパーホールドを試してみる。
「ちょっ、ホント苦しいって。 ゴメン、あたしが言い過ぎたっ」
「んー、キモチがこもってないなー、もうちょっと絞めちゃおっかなー」
「や、マジあたしが悪かったです。ごめんなさいっ」
ゲホゲホ言ってるごっちんを解放してからも、あたしのムカつきはなぜか収まらなくて、
それはきっとごっちんの言ったコトがホントなんじゃないかってココロのどこかで思ってたのかもしれない。
でもそのときは、「まさか」っていう根拠の無い自信の方が大きくて、
終わりが始まっていたことにあたしは気づいていなかった。
- 350 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時00分35秒
- 「やっば、ホントに降ってきちゃったよ」
あらかた買い物を済ませたあと、のんびりと歩いていたところに降り出した雨に思わず愚痴がもれる。
独り言にしてはかなり大きな声で、呟いた後であわててあたしは自分の口を両手で押さえた。
こんな街中であたしだってバレたりしたら一騒ぎ起きそうだ。
遊ぶ気満々だったのに肩すかしを食らったせいもあるんだけれど、
せっかくのお休みを家でゴロゴロして過ごすのがなんだかもったいなくて
あたしは結局一人でフラフラ街へとくりだした。
天気予報はあんまりいいニュースを伝えてくれてはいなかったけれど、
帰りまではもつだろうなんて楽観的に考えて。
- 351 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時01分23秒
- ・・・・・・その結果が、これだ。
雨は当分止みそうにない。
駅まではまだかなり距離があって、地下街の入り口もこのあたりには見当たらない。
両手に荷物を抱えたこの状態じゃ、傘を買ったってさせっこない。
だいたいが、傘を売ってそうなトコまで濡れてくんなら駅まで行った方がいいわけで。
残された選択肢は一つ ――― 駅まで、走る。
風邪ひいたりしたらやっぱ飯田さんとかに怒られるんだろうなあなんて思いながら
恨めしげに空を見上げる。
しょーがないか。
覚悟を決めて、走り出そうとしたその時 ――― 見えるはずのないものがそこに見えた。
- 352 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時02分21秒
- なんで?
どうして?
あたしの頭の中に?マークが飛び交って、だけど答は見つからない。
走り出そうとした間抜けな体勢のまま、それが歩いていく様子を首だけ動かして見守るあたし。
夢だったらどんなによかっただろうと思っても、目に映っているのはまぎれもない現実で、
脳が勝手に現実逃避を始める。
・・・・・・圭ちゃんの地元って、横須賀だっけ?
ド派手なピンクの傘の下、俯き加減の人影二つ。
- 353 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時02分54秒
- 二人は人ごみをすり抜けて裏通りへと入っていく。
呆然としたまま二人を見送るあたしに、雨を避けようと走ってきた誰かがぶつかる。
我に返ったあたしは、何かに突き動かされるように走り出した。
ピンクの傘を追いかけて。
まさか。
見間違いだよね。
あれは石川梨華でも保田圭でもないよね。
梨華ちゃん、嘘つきキライって前言ってたもんね。
圭ちゃん、プッチの仲間裏切るなんてしないよね。
- 354 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時03分51秒
- 傘は、まるで人通りを避けるように裏道へ裏道へと入っていく。
『御休憩』だの『御宿泊』だの『フリータイム』なんかの文字がそこかしこに躍る路地裏へ。
あたしは二人が見える距離を保ちながら、できそこないの探偵のように二人の後を
追いかけるけれど、二人の顔を確認できなくてイライラする。
・・・・・・これじゃラチあかないじゃん。
かといって二人を呼び止める勇気もなくて悶々としていたあたしの頭に、
一世一代のナイスアイデアがひらめいた。
今じゃ小学生も持っているらしい、文明の利器。
――― 携帯電話。
- 355 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時04分50秒
- お約束のように電信柱の陰に隠れると、速攻で梨華ちゃんのメモリーを呼び出してコールする。
呼出音が鳴る間、あたしは神様に祈りながら前方の二人を眺めていた。
出るわけないよね。
このまま二人歩いていっちゃうよね。
だって、あたしは梨華ちゃんに電話してるんだから。
目の前の二人じゃないんだから。
・・・・・・そしてケータイの向こうから、傘を打つ雨の音が聞こえた。
あの甲高い声で「もしもし」って繰り返す彼女の声を、親指一つでシャットアウトする。
ズルズルとへたりこんだあたしは、何も考えることができずに降ってくる雨にただうたれていた。
- 356 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時08分18秒
- 「なんで?」っていう言葉だけが、頭のなかを駆け巡ったまま夜を迎える。
見たくもないケータイの着信が鳴り響いて、覗き込めばそこには彼女の名前。
・・・・・・。
意を決して通話ボタンを押せば、「もしもし」って昼間と同じ声がまたあたしの耳に響く。
何か言ってやりたかったけれどその声を聞いた瞬間に何も話せなくなる。
「・・・・・・今日、見た」
「え?」
「二人でいるトコ」
それだけ言うのが精一杯で、二人の間に沈黙が横たわった。
- 357 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時09分07秒
- 何も否定しないの?
何も言い訳しないの?
何で嘘ついたの?
ずっと騙してたの?
だけど今さら言い訳したって、もうどうにもならないことにお互い気づいているから
彼女は口を閉ざしたまま何も言わない。
ずっと騙してくれればよかった。
ずっと嘘ついていてくれればよかった。
たくさんの言葉が胸の奥に渦巻いて、だけど口に出る前に涙になって溢れていく。
- 358 名前:大キライ 投稿日:2002年04月27日(土)15時12分51秒
- いくら問い詰めたって何も変わらない。
遊んであげてるつもりで遊ばれてたのはあたしの方。
なら、最後くらいはせめてクールに。
そうでもしなきゃ、ミジメすぎる。
永遠に続きそうだったやりきれない沈黙に、あたしの嘘で幕をひいてあげる。
ずっと嘘つきだったあなたに、せめてものお返し。
見破れるもんなら見破ってみせてよ。
「・・・・・・大キライだ」
- 359 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時18分58秒
「あのー、石川さんは、しない。ですよね・・・」
「はい?」
なんのことか聞き返す間もなく、その人は目の前から流れて行った。
地方の会場。ここにはカントリー娘の一員として新曲キャンペーンにやってきた。
「応援してます。がんばってください」
「ありがとうございます」
歌い終わってホッとする間もなく、握手会が始まっていた。
──さっきのは、いったい何のことだったのだろう・・・
「石川さんはしないですよね!僕信じてます!」
「?・・・あのー、いったい、なんの・・・」
なんの事かわからずに聞き返す。
そのひとはとても悲しそうな顔をして、後ろの人に押されて行ってしまった。
──まただ・・・
大勢の人が集まったことにより、ひとりずつの時間は限られている。当然会話を交わす余裕などない。
しかし流されていった人の悲しそうな顔を思い出すと、何らかの返事をしなければいけない気がしてきた。
──どうしよう・・・
保田がくれたアドバイスを思い出した。
あれはカントリーへのレンタルが決まったときだった。
- 360 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時21分13秒
- 『石川。あんたは、喋れば喋るほど話しが寒くなっていくんだから無理して喋ったらダメよ』
『そんなーひどいですー』
『いいから、ニッコリ笑って「ハイ」って言ってなさい。わかった?』
『はい・・・』
『泣くんじゃなくて、笑うの!』
『え〜ん』
──保田さん・・・
「・・・さん」
「あっ、はい」
──いっけない
差し出された手を慌てて握る。
「CD買います。がんばってください」
「ありがとうございます」
「・・・しないですよね・・・」
──えーと、スマイルスマイル!
「ハイッ」
不安そうに見ていた男の子が返事を聞いたとたん嬉しそうに。
本当に嬉しそうにニッコリ笑い返してくれた。
──保田さん、ありがとう
その後も、何人からか同じことを聞かれたが、『ニッコリ笑ってハイ作戦』で、みんな幸せそうな顔になった。
- 361 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時22分16秒
- 「はーい、ここまででーす」
マネージャーさんの非情な言葉が会場に響く。「えー」「なんでだよー」不満の声が後ろの方であがる。
しかし、マネージャーさんがニッコリ笑うと大きな騒ぎにもならずに皆あきらめてくれた。
──ここだけの話しすごく怖い顔なの。とくに笑うと・・・
「ありがとうございます」
最後の人に握手をしたときまた聞かれた。
「・・・もしかして梨華ちゃん──するんですか?」
──あれっ?ちょっと違う・・・でもいいか・・・
「はい!」
今日一番の笑顔で答えてあげる。
当然、他の人と同じように喜んでくれると思ったのに・・・
返事を聞くとその人は、一瞬怒ったような顔になりそのまま背中を向けると、
スゴイ勢いで会場の外へ走って行ってしまった。
呆気にとられていると、出口付近にいたスタッフさんに教えられた。
「石川さん何言ったの?彼、梨華ちゃんの嘘つきーって叫んでたよ。おまけに泣いてたみたい──」
- 362 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時23分33秒
- ──あぁ、何がいけなかったんだろう・・・
目一杯落ち込んでいた。カントリー娘に助っ人といわれてきたけれど、
きっと娘。の中で一番出来の悪いわたしが選ばれたんだ・・・
それで、ここでへまをしたら、勉強の名目でズッーと帰らなくていいよと言われ、
北海道の牧場で牛に囲まれて過ごすようになるんだ・・・
よっすぃみたいなハンサムな牛はいるだろうか・・・ならいいかなぁ。
もしかしたらニワトリの世話もさせられるかしら・・・
イヤァ!鳥はイヤッ!・・・よっすぃに似てても耐えられないぃーー
「梨華ちゃんどうしたの?」
「あっ、あさみちゃん」
あさみちゃんとは歳も近かったせいかすぐに仲良しになれた。
ちっちゃくって、八重歯が印象的なカワイイ子──そういえば娘。にもいるなぁ。
でもあの子みたいに尖ったシッポを持ってる悪魔じゃなくて白い羽が生えてるみたいな。
いいえ!羽は生えていません。おそらく・・・
「梨華ちゃん?」
「ああぁ、ごめんなさい。えーとなにかしら・・・」
「なにか、落ち込んでるみたいだから、どうしたのかなって」
やっぱり天使だわ──ぜったい羽は生えてない。
- 363 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時24分56秒
- あたしは今日の握手会での出来事を相談してみた。
「あさみちゃんは聞かれなかった?」
「うーん、なかったよ、時々変な人もいたけど、ほとんどの人は頑張ってください
とかCD買いますみたいな言葉だったなぁ──あっ、りんねさん」
「どうしたのこんな所でふたりして?」
「りんねさんは握手会でどんなこと言われました?」
「んー、普通だと思うよ、頑張ってくださいとかーなんで?」
「なんか梨華ちゃんが変なこと聞かれたんですって」
「なあに変なことって、もしかしていやらしいこととかー」
「ちっ、ちがいますーー!」
りんねさんにも今日のことを聞いてみた。
彼女にも、やっぱりなんのことかわからないようだ。
「──あたしらも握手会なんてあんまり多く経験してないし、圭ちゃんにでも相談してみたら?」
「あっ、なるほどー、そうですね早速聞いてみます」
やっぱり、童顔とはいえ一番年上のことだけはある。
──なんて言ったっけ・・・そうだ
「亀の甲より年の功ですね」
褒めてあげたのになぜか怖い顔して行ってしまった。
- 364 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時25分55秒
- ピッ
「はい、保田です!」
低音でテンションの低いいつもの声が聞こえた。
「えーと、チャーミーでーす」
プチッ
ツーー
──あれっ?
ピッ
「・・・」
「保田さん?」
「・・・あんた今度それやったら着信拒否にするわよ」
「す、すみません」
何がいけなかったのかは、わからないけどとりあえず謝っておく。
「・・・で、なんなのこんな時間に?またヘマでもしたんでしょ」
「ち、ちがいますー・・・と思います・・・」
話の意味が通じるか心配しながらも説明する。
「ひゃひゃひゃひゃ・・・で、で、で、あんたなんて返事したの!」
なぜか電話の向こうの保田さんは大受けで聞いてくる。
「はい、前に保田さんから言われたように、ニッコリ笑ってハイって・・・」
ガチャ
「あれ?保田さん?」
電話の向こうの気配がなくなった。耳を澄ますとヒーヒ−ってうめき声が聞こえる。
「だ、大丈夫ですか!保田さーん!」
「・・・悪いちょっと待って、こっちから掛け直すから・・・」
- 365 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時27分01秒
- 「ごめん、それで?みんな喜んでいたでしょうに・・・」
きっかり5分経ってからかかってきた電話で保田さんはそうきり出してきた。
まだ、息が荒いようだ・・・
「はいそうなんですけど・・・」
最後の人の反応をスタッフの人の話も添えて話した。
「ブッ・・・ごめん、また掛け直す・・・」
「保田さん、なんだって?」
あさみちゃんが心配そうに聞いてくる。
「んー、なんかわからない・・・」
「わからないって?」
「ちょっと待ってばっかりで・・・でも何か知ってるのかなぁー」
- 366 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時27分53秒
- 5分後、命令口調で保田さんは話し始めた。
「いいこと、何も聞かずにあたしの言った通りになさい」
「何も聞かずにって・・・」
「シャラップ!質問はナシ!帰ってきたら詳しく教えてあげるから」
「・・・はい・・・」
「まず『しないですか?』って聞かれたら『ハイ』。これは今日やった通りでいいわ」
「はい」
「笑顔を忘れずにね」
「はーい」
「それでこれが大事よ『しますか?』『するんですよね?』って聞かれたら・・・」
「はい」
「『しません』って言いなさい!」
「しません・・・ですか?」
「そう、よけいなことは言わなくていいわ。それだけ」
「でも・・・」
「質問はナシって言ったでしょう!」
「・・・はい」
「笑顔を忘れずにね」
「はーい」
「ぷぷっ・・・おみやげ楽しみにしてるから頑張ってきなさい・・・ぷぷぷっ・・・じゃあね」
「ありがとうございましたー」
不思議そうな顔をしていたのだろうあさみちゃんが話の内容を聞いてきた。
保田さんに言われたとおり伝えたけれど彼女も意味がわからないみたい。
- 367 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時29分45秒
- 次の日、さっそく保田さんに言われた通りにやってみた。
結果は上々。みんな満足したようにニコニコ笑って帰っていく。
心なしか前日より聞いてくる人が多くなったみたい。
--------------------------------------------------
握手をするときの不安が解消されたせいか、歌のときもオドオドしなくなった。
スタッフの人たちも、歌ってるときの表情がよくなってきたって言ってくれる。
歌自体の評価はしてくれないけど・・・
--------------------------------------------------
全国を回ったイベントも今日で無事終了。
結局最後には握手するファンのほとんどからあの質問を受けるようになっていた。
あたしも馴れたもので、ニッコリと笑って対応出来る。
意味がわからないのがちょっと気になったけど、
みんな喜んでくれるから、あまり深く考えないことにしていた。
- 368 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時30分46秒
- 「やすださーん」
「おかえり、石川、ハイ」
「なんですか?」
「おみやげに決まってるでしょ」
「保田さんは石川よりおみやげの方が大事なんですかー」
「教えてあげても良いけど?」
「・・・いえ、遠慮しまーす」
「さんきゅー、じゃ、また明日ねー」
「ま、待ってください」
「なあに、まだ何か用があるの?」
「・・・・・・」
「冗談よ。はいっていいわよ」
──うそだ、このまま追い返そうと思ってたんだ・・・
だいたい、帰ってきたら自宅にこいって言ったのは保田さんのくせに・・・
保田さんは部屋に招き入れると自分はさっさと奥の部屋に行ってしまった。
何度も来たことがあるキッチンで、勝手にお茶を入れて飲む。
相変わらず男っ気のない部屋・・・前と比べて変わったのは酒類が多くなったところぐらい。
主に外で飲み歩いてるらしいから、これくらいで済んでいるんだろうけど。
冷蔵庫の中身は・・・ヤレヤレ・・・お酒のツマミばっかし。
「あんた人の家の冷蔵庫、なに勝手に覗いてるの」
「えーと、いえー、何か作ってあげようかなぁ、なんて・・・エヘッ」
「まあいいわ・・・ちょっとこっちに来なさい」
- 369 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時31分47秒
- 「これはなにかな?」
「なにって、おみやげですけど・・・」
保田の目の前には数個のメダルが並べてある。
キーホールダーのついた直径5センチほどのモノだ。
「・・・・・・」
「ほら見てください!自分で打ったんですよー」
よく見ると外周に沿ってアルファベットが刻印されている。
「『YasudatoRika』・・・って、おい!なんで、あたしがアンタに送んなきゃいけないのよー!
だいいち自分が行ったわけでもないのに何が悲しくて記念メダルを持ってなきゃいけないの!」
「あれ?間違ってました?すみませーん・・・ぜいたくだなあ。じゃあ──これ」
カバンから取り出すペナント。三角形のカラフルなモノだ。
「一枚だけですよー」
「・・・あのね」
「これもダメなんですか?なら──はい」
「・・・・・・」
「保田さん体固いから背中かくとき大変でしょう?だから孫の手。
ほら!先が鉛筆になってるんですーすっごいでしょー」
バコッ
「痛ったーい・・・何するんですかー」
「誰がこんなもの欲しがるっていうのよー!」
「えー、全部よっすぃのリクエストなんですけど・・・」
「・・・・・・」
- 370 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時32分47秒
- 「これをご覧なさい」
お土産に対する不満を長々と聞かされたあと、机の上のモニターを見せられた。
そこには、前に見せられたことのある──掲示板って言ってたっけ──ファンの人同士が交流する、
伝言板みたいなものが映っていた。
でも、中身は・・・
「保田さん、なんですかこれ!」
「むふふ」
あたしの知っている掲示板じゃなかった。
前見せられたときには、もっとキショ・・・いえ、もっと微笑ましい会話が書かれていたはず・・・
でも、今見ているところは・・・
「驚いた?」
「・・・・」
声もなくうなずく。
「ここはねぇ、ファンの本当の声が聞ける場所」
「本当の声・・・」
「そう・・・ここが2チャンネル!」
保田さんは芝居かかった口調で大きな目を見開きあたしに宣言した。
- 371 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時34分27秒
- 「怖い・・・」
「そうでしょ。判るわ──最初はわたしもそうだった」
保田さんはうんうん頷く。
「でもねぇ石川。まっすぐに向き合ってこそ欠点は克服出来るんじゃない?」
なるほど、と思いながらも質問してみる。
「でも。『保田の不細工』なんていくら指摘されても克服出来ないんじゃないかと・・・」
「なんだとーーー!!!」
おもいっきり後頭部をどつかれた。
半べそをかいているあたしを押しのけてパソコンを操作する。
「あたしが見せたいのはここよ!」
『石川さんてう○こするの?』
『しないよ』
「なんですかこれはーーーー」
「見ての通り、アンタするの?」
「・・・決まってますー」
「フッ・・・するのね」
「・・・いけなかったのですか──」
「石川。過去のアイドルは誰もしてないのよ・・・いえ、しないからこそアイドルと呼ばれるの」
「でも、わたし浜崎さんがしてるの知ってますけど──」
「なに!アンタ覗いたの!この変態!田代!」
「ち、ちがいます・・・入ろうと思ったら浜崎さんが出てきて・・・」
「で?」
「流してなかったんです」
「・・・・」
「見事な一本○そでした・・・エヘッ」
- 372 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時35分59秒
- 「・・・あゆはアイドルじゃなくてカリスマだからいいのよ・・・」
「ならぁ、わたしもアーティスト──フガフガ」
「この口が言うの!そんな大それた事!」
「ふぁふぁりふぁはぁはぃはぁ・・・・」
「あたしの苦労も知らないで、ムキー!」
──ごめんなさーーい
「ふえーん」
部屋に保田の泣き声が響く。
「ごめんなさいーもう泣きやんでくださーい」
どうやら酒量が進むと泣き上戸になるらしい。
「ひぃひぃひーん」
「石川お詫びに何でもしますから・・・」
ピタリ
「ほんと?」
上目使いで顔を上げる保田。目の回りは真っ赤に腫れ、顔中涙と鼻水でグチャグチャになっている。
その形相に腰を引きながらもうなずく。
「も、もちろんあたしが出来ることですよ・・・」
「うん・・・あのね・・・わかめ酒が飲みたい・・・」
「まだ飲むんですか?・・・ちょっと待ってくださいね・・・コンビニに売ってるのかしら?」
腰を上げようとすると引き留められた。
- 373 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時38分03秒
- 「買ってこなくてもいいの、材料はここにあるから・・・ぐふふ」
「そうなんですか・・・冷蔵庫に入ってましたっけ?わかめ」
首が横に振られる。
心なしか鼻息が荒い。
「じゃあどこに?」
部屋を見回す・・・特にそれらしげなモノはない・・・あるのは酒瓶だけ。
「・・・脱いで」
「はい?」
「服を脱いでそこに横になりなさい!」
「なんでです!なんであたしが脱がなきゃいけないんですか!」
保田さんは目をキラキラさせて答える。
「わかめ酒っていうのはね(※注1)なのよ!」
「ひえええ〜」
「観念しなさい・・・げへへ」
泣きはらした目を欲望に血走らせながら、涙と鼻水と涎にまみれた顔が迫る。
(※注2)
※注1 この説明はアダルトなコンテンスを含んでいますので個人の責任においてGoogle等で検索してください。
ちなみに保田さんの言っているのは『鳴門海峡わかめ酒』ではありません。
※注2 この描写はアダルトなコンテンスを含んでいますので個人の責任において妄想してください。
- 374 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時39分10秒
- --------------------------------------------------
次の日からわたしの孤独な戦いが始まった。
だって、誰にも相談出来ない。また保田さんに相談すると今度は何をされるか・・・・ブルブル
ずっと規則正しくしてきたことをやめるのが、こんなに辛いことだったなんて・・・
多少便秘気味であったから最初の数日はよかったのだけど、最初の山がやってきた。
しかも収録中・・・
脂汗がタラーリ・・・
よっすぃが心配して声をかけてきたけれど緊張のせいだとごまかしておいた。
彼女にだけは絶対知られたくない。
なんとか、落ち着いてきたときに今度は小悪魔ふたりによるカ○チョー攻撃。
なにく○ーってふ○ばってなんとかやり過ごす。
思わず湧き上がる殺意。
- 375 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時40分10秒
- 人間の身体ってすばらしい。
最初の山を越えると後はぜんぜん平気。
いままであんなことをしていたことなんて今では想像もつかない。
遙か昔の記憶・・・忘却の彼方・・・消し去りたい過去
不思議なもので、一般の人と違うっていう自覚?自信?が出てくると
仕事にもそれがあらわれてくるみたい。
--------------------------------------------------
ファンは私のことを
"貧相なお嬢ちゃん"と馬鹿にした。
私はう○こを
やめることにした。
効果は短期間で現れ、
満足できるものであった。
今ではだれでもが私を立派な
アイドルとしてみてくれる。
--------------------------------------------------
そして、ついには国民的アイドルグループ「モーニング娘。」のセンターに大抜擢!!
メインボーカルじゃないですけどー・・・エヘッ
- 376 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時41分02秒
- 最近は朝起きるのが楽しみ。
今日一日。わたしのための一日が始まる。
なんていうのかなぁ。お日様もわたしのためにだけ降り注いでくるって感じ。
チュンチュン・・・
「小鳥さん、おはようー」
今までは恐怖しか感じなかったその姿。
でも今は愛らしくさえ思える。
ペチャ
・・・前言撤回・・・
なんだかなぁ、目覚めは最高だったのに・・・
出がけにゴミを捨てようとしたらカラスさんに威嚇され、
途中の路地では黒猫の団体さんに前を横切られた。
事務所まであと少しの所で、今度は雨に祟られるなんて・・・
ウンが落ちてきて運が落ちたって感じ?
わお、最高!チャーミー天才!MAX飯田なんて目じゃないわ。
ちょっと気分を取り直して、ミーティングルームにむかう。
こんなに早い時間だとさすがに誰とも会わない。
「一番乗りかなぁ・・・っと」
違った。
ドアが少し開いていて先に誰か来ているのが見えた。
──っと保田さんと・・・あ、安倍さん!?
保田さんはともかく安倍さんがこんなに早く来てるなんて・・・
ポン
──なるほど、だから雨なんだー
「ところで石川なんだけど」
──あっ、あたしのこと話してる・・・
- 377 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時42分09秒
- --------------------------------------------------
「ところで石川なんだけど」
保田のことばに問い返す安倍。
「なあに?圭ちゃん」
「最近ずいぶん変わったよね・・・んーなんていうか光ってる。って感じ」
「うん、なっちもそう思うよ」
「でも・・・」
「でも?」
「あいかわらず音をハズしまくりなの、あの子・・・ハァ」
「あはは、それはいえてるー」
ふたりで顔を見合わせて笑う。
保田のそれは苦みを含んでいたが。
「なっちが思うにー、あれじゃない、カントリー娘。から帰ってきてずいぶん変わったと思う」
「そうだね。やっぱり苦労して自覚が出てきたのかもね」
「りんねちゃんの教育がよかったんじゃないかなぁ?」
「安倍ちゃーん、もしかしてそれは嫌みですか?」
「えー考えすぎだよー圭ちゃん・・・えへへ」
「やっぱりワザとか。こいつ!」
軽く安倍の頭をこずく。
- 378 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時43分18秒
- 「カントリーっていえば、面白いことがあったんだ」
保田は、先日石川からかかってきた電話のことを話す。
目をキラキラさせながら聞き入る安倍。
「・・・って、最高でしょ」
「きゃはは、そんなことあったんだ」
「もうあたしおかしくておかしくて・・・いまでも思い出すと・・・クッククク」
ひとしきり笑ったあと、安倍の方を見ると首を傾げボンヤリと視線を彷徨わせていた。
「どうかした?」
「・・・まさか信じてないよね。梨華ちゃん」
「まさかー、普通信じないでしょ、そんな話し?」
「・・・そうだよね、信じるわけないよね」
ニッコリと笑う安倍
「でも信じていたら面白いね」
「なっつぁんじゃあるまいし、そこまでアホじゃないでしょ」
「ひーどい」
- 379 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時44分14秒
- --------------------------------------------------
ふたりで何を話しているんだろう・・・
耳から言葉が入ってくるんだけど・・・
ウソ?うそ、嘘。
ああ、違うんだ別にしないからってアイドルになれるわけじゃないんだ。
なら、センターになったのは実力?
ぜんぜん落ち込むことじゃないわ──むしろ・・・
ゴロゴロ・・・・
あっ、雷。
ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・
かなり近い。
目の前が真っ白になって意識が・・・
近くに落ちたのかしら・・・
--------------------------------------------------
- 380 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時48分35秒
- カチャ
憔悴した顔をして保田が部屋へ戻ってきた。
「おかえり、どうだった?」
部屋の中は甘いフローラルの香りで溢れている。
「やっと落ち着いた──それにしても・・・」
「これ?一本使っちゃった」
机の上には空になった芳香剤が置かれている。
保田は部屋の片隅に置いてあるソファーに深く座り天井を見つめる。
「それにしても──」
パリッパリッ・・・
ポテトチップをかみ砕く音が響く。
──こんな時によく食べられるわね
「みんな遅いわね──今日はありがたいけど・・・」
「辻ちゃん加護ちゃんが来たら、きっと梨華ちゃん家の匂いがするって騒ぐね──クスクス」
「──なっち笑えないよ。それ」
「ごめーん」
なっちに悪気がないのは知っているけど、今日はその無神経さに腹が立つ。
パリッパリッ・・・
「ねえ・・・」
「なぁに?」
「今日のこと言わないでね」
「なにそれ、なっちおしゃべりだけど、それくらいのことわかるよ」
「ごめん」
- 381 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時50分38秒
- 「ああー、あたしのせいだわ──あんなこと言わなければよかった」
「圭ちゃんだけのせいじゃないって──なっちが一緒になって騙したから・・・」
あたしは驚いて聞き返す。
「なにそれ!あのこ、なっちにも相談してたの!」
「エッ?されてないよ?さっき初めて圭ちゃんから聞いた」
「だって・・・」
「ごめんね、本当は梨華ちゃんが覗いてるの知ってたんだ・・・ピンク色がドアの隙間から見えてたの」
「・・・でもなっちはあんな話を信じてるなんて知らなかったんだし・・・」
「うん、まさか信じるなんて思わなかった──あんな話」
「・・・・・・」
パリッパリッ・・・
──なんだ・・・何か変だ・・・
「あんまり食べるとマネージャーさんに怒られるよ」
「大丈夫」
「大丈夫って、・・・」
「だってなっちアイドルだもん」
- 382 名前:アイドルの条件 投稿日:2002年04月27日(土)17時51分43秒
トクン
その少女は国民的アイドルグループの「顔」と呼ばれている。
結成当時からずっと──いまでも
声が震えた。
「なっちって、うんこするの?・・・・」
──おわり──
- 383 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時02分44秒
- ガチャン。
大きな音が人気のない廊下に響き渡る。
腰を屈めて自販機の取り出し口からウーロン茶の缶を取り出すと、
矢口は耳を澄ます。
向こうの会議室から何か話し声が聞こえていた。
「なんですか、社長じきじきにお呼びだなんて。」
「まぁ、座れよ。保田。」
「なんか、気持ち悪いですね。」
(圭ちゃんか……どうしたんだろ?)
矢口は保田と社長という珍しい組み合わせに興味を惹かれ、
後ろめたさを感じながらも聞き耳を立てずにはいられない自分に苦笑した。
「小川のことなんだけどな……」
「社長、ドア開いてますよ。」
「あっ、いかんな。閉めてくれ。」
つかつかと保田の足音が近づいたため、矢口は慌てて自販機の影に身を隠す。
バタンとドアの閉まる音がして、会議室の中の会話が極端に聞き取りにくくなった。
矢口はドアに耳を当てようか躊躇したが、あまり見栄えのする格好ではないことに思い至り、断念した。
ときおり、ええとか、それはそうですけど、といった保田の相槌が聞こえてくる以外、
二人の話す内容は聞きとれなかった。
- 384 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時04分04秒
- 矢口は極めて悪趣味な行為に耽っていることは自覚しながらも、
二人の話しているであろう内容が気になって、なかなかその場を離れられない。
どうしようか迷っているうちにドアノブが回され、カチャッという音が聞こえる。
矢口は再び自販機の影に身を埋め、二人をやり過ごすまで息を止めた。
「早く伝えなきゃいけないけど……時間がありませんね。」
「テレビや次のリリースの編成もあるからな。早めに頼む。」
「はぁ……やっぱり、私が言わないといけませんか?社長かつんくさんに言ってもらう方が…」
「こういうことはメンバーが伝えた方がいいんだよ。」
「やっぱり言わなきゃだめですか……脱退のこと?」
「ああ。頼んだよ。それじゃ。」
(脱退?誰が?小川が?)
矢口は驚いた。
深刻な話の内容に没頭していたためか、二人は階段を右に曲がるまで見送っても
矢口の存在に気付くことはなかった。
メンバーの脱退…しかも一番新しく入った子が…
今まで何人ものメンバーが辞めていったモーニングではあるが、
今回の脱退はいつもより辛いものになりそうだった。
- 385 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時05分36秒
- 未だに5期メンバーと打ち解けた会話を交わすほど仲が良くなったわけではない。
それでもひどく意気消沈している自分に気付いた。
それは、天真爛漫な小川の笑顔が曇るところを想像してしまったからかもしれない。
一方で、冷静に仕方がないと考えている自分がいる。
仲良しクラブではないのだ。ポジションが与えられないならば、自ら勝ち取らねば。
そのための努力を怠る者がいつまでも居られるほど甘い世界ではない。
小川に足りなかったものがあるとしたら何だろう?
緊張感。
あるいは危機感と言いかえてもいいのかもしれない。
モーニングに脈々と流れ、その血肉となり、DNAとしてメンバーが変わっても受け継がれてきたその精神。
中澤が座右の銘としていた「弱肉強食」、その言葉こそが本質を突いている。
成り振りかまわず這いあがる努力。
泥臭さをも厭わず。飽かず、倦まず。常に機会を窺う激しい上昇志向。
- 386 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時06分08秒
- 今日の勝者が必ずしも明日の勝者たりえない実力本意の世界。
努力次第で序列が入れ変わるのだという幻想を目の前にぶら下げられ、
恣意的に強いられた高いモチベーション。
常に内部での競争を強いられ、極度の緊張下に精神を疲弊させた日々。
だが、その果てに待っていたものは何か。
明日香は辞めた。石黒も辞めた。紗耶香は、中澤は……
矢口は、はぁっと息を吐いた。
やめよう。
自分達が舐めた辛酸を彼女たちが再び味あわなければならぬ道理はない。
圭ちゃん……せめてあんただけは言ってやってくれ。
小川は恥じることはないんだって。
小川は精一杯やったんだって。
あんたならわかるだろう……圭ちゃん。
矢口はウーロン茶の残りを飲み干すと、空き缶を回収箱に投げ入れた。
勢いよく放り込まれた缶が立てた音の騒々しさは、
あるいは矢口の中で葛藤する思いそのものを表していたのかもしれない。
足早にその場を立ち去る矢口の背中には、言いようのない寂しさだけが張りついていた。
- 387 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時06分38秒
- ◇◇◇◇◇
「わかるか、小川?」
「ハイ?」
「いや、おまえ、自分の立場がさ…わかってんのか?」
「ハイ!」
「いや…元気がよきゃいいってもんじゃなくってさ…」
保田は小川にどう切り出そうか迷っていたが、この緊張感のなさでは、
ストレートに伝えても逆効果のように思えた。
「紺野はさ、まっさきにボケキャラ確立しただろ?」
「ハイ。」
「で、高橋は訛りでもってブレイクしただろ?」
「ハイ……」
「新垣がいると思って安心してるだろ?」
「ハイ…いっ、いいえ!」
「安心しててもいいんだけどさ、あいつでさえ、なんとなく悪キャラで売り出し中だ……
小川、マジでやばいんだよ?」
「は、はい……」
どうすればよいのだろう。
小川は素直でとても元気がよくて、そして優しい子だ。
普通なら人気者になっていておかしくない。
いや、実際に学校では、その飾らない人柄が好印象を与えるせいか、
生徒だけでなく先生からも好かれているらしいのだが。
- 388 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時07分14秒
- 「あんたさ……歌やダンスだけ頑張ればいいってわけじゃないこと、わかってるよね?」
「はい……」
責めているわけではない。
だが、段々と小さくなってきた小川の「はい」は、今や耳をそばだてなければ聞こえないほど
か細く、はかない吐息のように宙に溶けて消えた。
どうすればいい……
保田は焦った。
時間がない。時間がないのだ。
実のところ、保田は小川に対しては無関心な振りを装っていた。
なぜかしら彼女を見ていると心がざわめく。
それはかつての自分の姿を重ね合わせて見ていたからかもしれなかった。
『歌手なんだから、歌とダンスで勝負すべきでしょう?』
『それはちゃうな。』
『違わない!』
『落ち着けや。客はあんたの歌だけ聞きに来てんのちゃうで。』
『そりゃ、私はソロもないし、出番だって少ないよ……でも、一生懸命歌ってる!』
『一生懸命はわかってんねや。ただな、客はあんたのしゃべりも聞きたい。あんたがどんな子か
知りたいねや。その声にあんたは応えられへんのか?』
『……』
『そんなことも言われなわからんのやったら、プロ失格や!今すぐ帰れ!』
- 389 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時08分26秒
- 思い出す…
中澤とのやりとり。
今では赤面せずにいられないくらいの激しい思い込みだった。
あのとき、人前にもかかわらず吼えるように泣いた。大声で泣いた。
悲しかったからじゃない。
自分が、信念を持って貫こうとした、その生き様自体を否定されたと感じたから。
自分の全存在を否定されたと思ったから。
私には歌しかないんだ。
そう思い込んでいた若く傷つきやすい自分。
小川は似ているんだ……あの頃の私に。
今更ながらに気づいた。
たぶん、近親憎悪なのだろう。
歌とダンスではあれほど頑張っているのに、MCやトークで前に出ようという気迫が感じられないその姿。
あの頃の自分に重なって見える。
思い込んでいるんだろう、小川は。自分がおもしろいことなど言えないのだと。
だから、歌やダンスで頑張るんだと。
それはまるで、かつての自分を見ているようでつらい。
- 390 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時08分59秒
- 「私は知ってるよ。あんたが、曲の振り付け覚えるために、いつも居残って練習してんの。」
「保田さん……」
「それはそれで大事なことさ。だけど……」
保田は視線を落とした。
薄暗い部屋の床には番組で使用する小道具が無造作に置かれている。
「小川…悔しくなかったか?」
ハッと顔を上げる。
ふいに口からこぼれた言葉に保田は戸惑った。
言ってもいいんだろうか?
小川の気持ちを測りかねた。
だが、ここで遠慮したら小川はまたきっかけを失ってしまう。
たとえ今は傷ついたとしても。
「ハロモニ、録画して見てるんだろ?」
「……」
保田の問いに小川は唇を噛み締めてうつむいた。
気付いてるんだ……
妙な遠慮はこの際、かなぐり捨てることに決めた。
21歳と14歳。7歳の差はちょうど保田と中澤の年齢の隔たりに等しかった。
コンサートのMCを巡って言い争った、あのときと立場が逆になるわけだ。
それはそれでひとつの感慨だった。
今度は自分が憎まれ役を引受けなければならない。
- 391 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時09分36秒
- 「こないだの小道具使った駄洒落の企画、小川んとこカットされてたよな。」
小川はしばらく押し黙ったまま床に転がる雑多な道具類を睨むように見つめていた。
だが射るような視線を放つ保田からは逃れられないと悟ったのか、渋々ながら口を開く。
「仕方ないです、おもしろくないから。」
「違うぞ。」
「何がですか?」
「カットされたのはおもしろくないからじゃない。」
「じゃあなんで…?」
カットされたんだよ…という言葉を飲み込んで、小川は再び唇を噛み締めた。
本当に仕方ないと思ってるわけじゃない…
カットされて納得なんてできるもんか…
その表情はそう語っていた。
保田にはわかる。今、小川がどれだけ悔しい思いを抱いているかが。
「自力でなんとか頑張ってもらうしかないと思ってた。」
「……」
「だけどもう時間がない。時間がないんだ。」
「どういうことですか?」
小川の質問には応えず、保田はいきなり核心に触れた。
「小川、あんた、プッチに入りたいって言ってただろ?」
「ハイ……けど……」
「自力で勝ち取って見ろ。」
「えっ?」
「アピールするんだ。」
- 392 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時10分24秒
- 小川は呆気に取られてまともに反応できないでいた。
保田はかまわず続ける。
「私を追い出してみろ。」
「保田さん……」
「保田はおばちゃんだからプッチにはもう必要ない…ことあるごとにそうアピールするんだ。」
「そんなこと、できません…」
「やるんだ! いい? あんたにはもう、時間がないんだよ!」
「それ、どういうことですか?」
今や小川の顔面は蒼白になっていた。
保田の言葉は、あるひとつの方向を指し示しているとしか思えなかった。
「存在感を示せ。私はここにいるんだって大声で叫んでみろ。」
「なぜですか…?」
その声は既に半分涙混じりで湿っていた。
- 393 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時11分24秒
- 保田は頓着しない様子で冷徹に続ける。
「やれることはすべてやったと自信を持って言えるか?」
「……」
「自分に納得してるか?」
「いえ……」
「与えられることに甘んじていてはだめだ。チャンスは自分で掴め。」
「自分で……」
「小川…このままだと、娘。に入る前の合宿が一番輝いてたと言われかねないぞ。」
保田はつぶやくように言い捨てると静かにその場を立ち去った。
残された小川はあまりのショックに崩れ落ちそうになる自分を必死で支えながら、
涙に霞む目で出口を探していた。
薄ぼんやりと浮かんで見える出口の明かりを頼りに足を踏み出す。
足もとの小道具によろめきながら歩むその先はやけに遠く見えた。
- 394 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時11分59秒
- ◇◇◇◇◇
矢口が移動車に乗り込むと既に後藤と吉澤が後ろの席を占拠していた。
前の座席にもたれ、静かにまぶたを閉じて寝ようとしたが、
二人のひそひそと囁くように話す声が耳について寝就けそうにない。
注意しようと振り返ろうとした瞬間、後藤が口にしたメンバーの名前に矢口は動けなくなった。
「どうしたんだろう、小川……最近、はりきってるっていうか…ぶち切れてない?」
「いいね。『保田さん、早く辞めて下さい!』とか言っちゃってさ。」
「なんか圭ちゃん、目の敵にされてない?おもしろいけど。」
「小川、プッチに入りたいらしいよ。」
「あ、なんか前にも言ってたね。」
未だにメンバーには何も伝えられていなかった。
デリケートな話題だけに保田本人にも確認できずにいたが、小川の態度が近ごろ、
劇的に変わったのだけは確かだった。
「あの感じなら入ってもいいかも、とか思ったりして。その代り圭ちゃんはプッチ卒業ね。」
「ハハ、よっすぃ、ひどぉい。でもいいよね。今の小川なら、私もいいと思う。」
「でもさ、ごっちん、あの噂知ってる?」
「なぁに?」
- 395 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時12分39秒
- 何だろう?
矢口自身はまだ誰にも伝えていないが……
サブリーダーの保田が知っているのだから、リーダーの飯田なら伝えられていてもおかしくはない。
だが、飯田がそのような大事なことを面白半分にメンバーに話すとは思えなかった。
「あの子、リストラの対象になってるって話……」
「ええっ!?マジ?」
反射的に矢口は起き上がっていた。
「こらっ!お前ら!噂でもそんな話するな!本人の耳に入ったらどうするんだ!!」
堪え切れずに思わず怒鳴っていた。
聞き耳を立てていたようで気まずかったが、それでも何か言わずにはいられなかった。
いやだ…こんな状態は…
首をすくめて黙り込んだ二人をそれ以上、責める気にならず、再び目を閉じては見たものの
先程まで一緒だった小川の姿が目に焼きついて離れない。
憑かれたように保田いびりを始めた小川。
いなしつつも半分真剣に怒る保田。二人の掛け合いは矢口から見てもかなり面白かった。
それだけに、あの日、事務所の廊下で聞いてしまった内容が気になる。
小川の活躍で脱退話が白紙に戻っていればいいが…
自分からも社長に掛け合ってみよう、そう思い矢口は携帯を取り出し、
保田へのメールを打ち込んだ。
- 396 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時13分19秒
- ◇◇◇◇◇
保田さん…
あなたに叱ってもらえたおかげで、TVに映る時間が長くなりました。
本当に感謝してます。
最近、保田さんとTVで掛け合うのが楽しいです。
でも今の一番の夢はプッチに入ってあなたと同じ舞台で唄うことです。
だから、私のいびりに負けないでまだまだ至らない私を導いてくださいね。
大好きな先輩へ
まこと
PS、頑張ります!先輩!
◇◇◇◇◇
保田はメールの画面から目を離すと携帯をパタッと閉じて鞄にしまい込んだ。
よっぽど虚ろな表情を浮かべていたのだろう。
目の前の矢口が訝しげに顔を覗き込む。
「圭ちゃん、大丈夫か?疲れてるみたい。」
「えっ? あ、ああ、大丈夫。」
「小川のことで心労が重なってるんじゃないの?」
「そう見える?」
保田は再びうつむいて、携帯の画面を開くと誰にともなしにつぶやいた。
「そろそろ、言わなきゃ……」
「圭ちゃん…あたしからも社長にお願いしようか?」
「ん?何を?」
「だから、小川のことだよ。」
「ああ。あれはもう決まったことさ。」
「圭ちゃん…決まったって……」
「うん。矢口、実はね……」
- 397 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時14分02秒
- ◇◇◇◇◇
「どうしたんですか?今ごろ?」
小川が驚くのも無理はなかった。
既に夜の10時を回っている。
急に訪れた保田に戸惑いながらも、小川は家の近くの公園まで連れ立って歩いていった。
「うん。急に小川に会いたくなった。」
「やだぁ、保田さんったら…」
そう言いながら、満面に笑みを湛える小川の表情は、生憎の曇天に姿を見せない月の代わりに
輝いて、保田の周囲を明るく照らしているようにさえ見えた。
「小川…今、充実してるか?」
「はい、そりゃもう。ぜんぶ保田さんのお陰です。」
「いや。小川が頑張ったのさ。私は何にもしてない。」
ふいに影が差し、辺りが暗くなった。
月が隠れた…そう思えるほど小川の表情が曇っていた。
「私…やっぱり……」
「小川。大丈夫だよ。今のあんたを辞めさせようなんて思うやつがいるもんか。」
「保田さん……」
再び光が射した。
ふと、上を見上げると、今度は本当に右弦の月が雲間から顔を覗かせていた。
まったく、気まぐれな月明かりだ。
- 398 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時16分43秒
- 「プッチにな…入れるかも知れないよ。」
「えっ、本当ですか?」
パッと顔中に笑みが広がり、まぶしいくらいの輝きを放つ。
右弦の月がまとっている霧のような雲を取り払い、その全貌を現した。
明々と夜の公園を照らすそのやや尖がった輪郭が小川の横顔に重なって見える。
奇麗に手入れされたストレートヘアーの光沢が天使の輪のようだ。
その瞬間、保田にとって小川はまさしく、天使そのものだった。
「一緒に…保田さんと一緒の舞台で唄えますか?」
「ああ。唄えるとも。」
「一緒に踊れますか?」
「ああ、踊れるとも。」
「保田さん、大好き!」
そういって抱き付いて来る小川のなすがままに、保田は知らずと肩を抱き、
その天使のように艶やかな洗い髪を指で梳いていた。
キラキラときらめく髪の光沢に目を奪われながら、保田はこぼれそうになる涙を必死で堪える。
言わなければ…
そう決意し、口を開いた。
- 399 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時17分48秒
- 「小川…花だ…花が咲いている。」
だが、保田の口からこぼれた言葉は意図していたものと異なっていた。
咲き誇る花の鮮やかな白が視界に飛び込んでくる。
背の高い、白い花は夜風に揺れて保田の心を惑わせた。
「何ていう花ですか?」
「さあ…でも、私にとって忘れられない花になりそうだから、忘れな草って呼ぼうかな。」
「忘れな草…ですか?」
不安そうに眉根を寄せて保田を見上げる小川の瞳が清らかに輝く。
それがまぶしくて目を逸らした保田は、夜風に揺れるこの白い花の名前は、本当に忘れな草なんだ…
と根拠もなく思い込んだ。
だって、本当に、保田はこの夜のことを忘れられないから。
この花を見るたびにきっと思い出すから…
冷たくなりかけた夜気が二人を包み込む前に、保田は小川を家まで送った。
帰路、ほとんど口を開くことのなかった二人ではあったけれど、心は充たされていた。
おやすみ…
簡単に別れを告げると、保田は夜の闇に紛れるように去っていった。
- 400 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時18分28秒
- ◇◇◇◇◇
保田のモーニング娘。からの脱退がメンバーに告げられたのは、それから二日後のことだった。
そして、それにともなう小川のプッチモニへの加入についても。
保田は静かに去っていった。
卒業記念コンサートも番組も行われなかったが、仲間たちは惜しみつつも暖かく送り出した。
中澤のように、脱退後の出演依頼が殺到することはなかったけれど、
それでも良心的な番組から呼ばれては、卒業後の心境を語ることも少なくなかった。
ある番組で脱退後の心境を聞かれたとき、保田の返答が印象的だったという。
- 401 名前:PS、頑張ります!先輩! 投稿日:2002年04月27日(土)21時19分08秒
- 『卒業前に、追い出してやる!と息巻いていた人がいたそうですが…本当に追い出されちゃいましたね。』
『ええ。でも小川が頑張って私を追い出すくらいに成長してくれて嬉しかったんです。』
『最後は泣きながら保田さんのこと、ぽかぽか殴ってたみたいですが…』
『あはは。元気があってあの子らしいですよね。』
『プッチモニの後任は最初から小川さんで決まってたんですか?』
『いえ、5期メンの中からという方針ではありましたけど。あれは彼女が自力で勝ち取ったんです。』
『プッチモニに入りたいって強くアピールしてましたよね。』
『はい、思い描いた未来を言葉にして強く願うことが大事なんですね。
そうすれば、夢はきっとかなうってことだと思います。』
『いい言葉を聞きました。それでは、歌の準備に入っていただきましょう。保田圭さんで、歌は……』
終わり
- 402 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時31分55秒
- 私は付き合っている人がいました。
彼女はとても優しくて、おもしろくて、笑顔の似合う人でした。
その人懐っこい笑い方がすごく好きだった。
見た目は大人ぽっいのに、話すと意外なくらい子ども。
そんなギャップも好きなところの一つ。
今にして思えば、最初から求めていたのは私の方。
- 403 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時34分08秒
- 思い切って告白した11月の終わり。
彼女はすごく驚いていたけれど、すぐにニッコリと笑って、
「うん。あさ美ちゃんなら全然OKだよ。」
と少し顔を赤く染めて、いつもの笑顔で答えてくれた。
私はしばらく呆然と立ちつくしていた。
OKされるなんて、全く思っていなかったから。
絶対にフラれると思っていた。
「・・・・な、泣いてるの?」
彼女は少し困惑した顔で私のことを見ている。
私はその言葉で、自分が泣いていることに気づいた。
目元を触ってみると、確かにそこは濡れている感じがする。
こんなことで泣くなんて情けないなぁ・・・・。
そんなとき彼女が私を突然抱きしめた。
「泣きたいなら、肩くらい貸すよ。」
照れくさそうに笑いながら、私の耳元で優しく囁いてくれる。
そのとき、やっぱり彼女が好きだと思った。
「ありがとう・・・・・麻琴ちゃん。」
と泣きながら言った私の声は、すごく弱々しくて、嬉しそうだった。
- 404 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時35分25秒
- そして、付き合い出しのが12月のこと。
色んなところに出かけては、二人でよく笑い合ってた。
どんなところでも二人でいれば楽しかった。
それはすごく幸せな日々だった。
楽屋にいてもよく二人で話すようになった。
矢口さんとかに「付き合ってるんじゃないの、二人とも。」
とよくからかわたりもした。
でも私はその言葉がとても嬉しかった。
こんな事を言われるなんて、少し前は考えられなかったから。
そんなとき私達は、静かに目を合わせて笑っていた。
- 405 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時36分34秒
- 初めて体を重ねたのは1月。
その日、私は麻琴ちゃんの家に遊びに行った。
どうしてそうなったのか分からない。
気がついたら事が終わった後で、体が少しだけダルかった。
行為自体の記憶もすごく曖昧だった。
でも体が痺れるような、変な感じだけは覚えている。
最後はなんだか頭が真っ白になって、気を失うみたいにベットに倒れた。
そして、目覚めたら隣に麻琴ちゃんがいた。
私は彼女の肩にそっと頭を乗せる。
麻琴ちゃんは全く起きる様子がなかった。
その子どもぽっい寝顔がかわいくて、そっと額にキスをした。
- 406 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時40分42秒
- とても幸せを感じてた2月。
一緒にいられるだけでよかった。
何もしなくても、傍に居てくれるだけで嬉しかった。
それだけで私は幸せだった。
そのときも、私は麻琴ちゃんに抱きしめられていた。
すると私の心はいつものように高鳴る。
もう何度も抱きしめられたけど、なぜか顔が赤くなってしまう。
不意にやられると余計に真っ赤になった。
やっぱり私は顔が火照っていた。
「何度も抱きしめてるのに、顔が赤くなるのは変わらないんだね。」
と麻琴ちゃんはからかうように笑う。
「・・・・・・ゴメン。」
何を言っていいか分からなくて、私は少し間をあけてからそう言った。
頭が混乱してつい謝ってしまった。
「別に謝ることないよ。そういうところ、すごくかわいい。」
麻琴ちゃんは私の髪を撫でながら、頬に触れるだけのキスをしてくれた。
私は恥ずかしくてずっと俯いていた。
麻琴ちゃんはいつものように、無邪気に笑っている。
そして、私達はキスを交わす。
・・・・今度は唇で。
- 407 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時42分01秒
- 彼女といると、時間が経つことなんて忘れてしまう。
あまりに楽しすぎて、時はすぐに過ぎていく。
それはとても幸せな日々だった。
「あさ美ちゃん、大好きだよ。」
麻琴ちゃんは小さな声で、私にそう呟いてくれる。
そんなときはちょっと顔が赤い。
その言葉を聞く度、私はとても彼女が愛くなる。
「・・・・うん。私も、麻琴ちゃんのこと大好き。」
そう言う私もきっと顔が赤いんだと思う。
お互いに顔を赤くして、そんな自分達がおかしくて笑い合う。
私はその瞬間が一番好きだった。
だって、確かに二人の心は触れているから。
それは体を重ねているときよりも、深く触れている。
- 408 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時43分04秒
- 一緒にいるのに不安を感じてた3月。
「ずっとこうしていたいね。」
その日は、久しぶりに体を重ねた後のことだった。
私は突然そんな言葉を口にしていた。
でもそれはこの頃いつも思う。
この幸せが終わるんじゃないかって、たまに考えてしまう。
そう思うと悲しくて、寂しくて、切なさに胸がしめつけられる。
「当たり前じゃん。だって、別れる気ないでしょ?」
麻琴ちゃんは笑いながら抱きしめてくれる。
その温もりが気持ち良くて、すごく心が落ち着く。
だから、誰にも渡したくないと思った。
「ないに決まってるよ。麻琴ちゃんと絶対に別れたくない!」
私は少し声を荒げて言うと、彼女にしがみついた。
すると、麻琴ちゃんが諭すような優しい声で言ってくれる。
「じゃぁ・・・・私達はずっとこのままだよ。」
それから私達は抱きしめ合った
ずっとこうしていたい。
そう、心の底から本当に思う。
- 409 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時44分07秒
- でも幸せにはいずれ終わりが来る。
どんな恋にも終わりはあるんだと思った。
彼女から「別れたいんだ」って言われたとき。
私はそんなことを思っていた。
二人の距離が近づけば、見たくないところも見えてくる。
分かりたくないことも、なんとなく分かるようになる。
知りたくないことも、知ってしまうものなんだね。
だったら近づかなければいいのに、でも近づきたくて仕方がない。
だって・・・・・麻琴ちゃんのことが好きだから。
私には離れることなんてできない。
だけど、彼女の方から離れていってしまった。
でも前々からそんな予感はあった。
いつか離れてしまう、そんな気がしていた。
- 410 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時45分31秒
- 今の麻琴ちゃんは・・・・・愛ちゃんを求めていた。
その視線は私を見ていないから。
愛しそうに見つめる先、そこにいるのは私じゃない。
この頃は二人で一緒にいることが多い。
私との時間がだんだん減ってきて、二人の終わりを告げていた。
・・・・いつからなんだろう?
麻琴ちゃんが心変わりしてしまったのは。
何か私に原因があったのかなぁ?
確かにケンカもしたけど、次の日には仲直りしてた。
話だって合わないわけじゃなかった。
買い物したって、いつも楽しく笑っていたと思う。
なのに心は離れていった。
もしかしたら、私が求めすぎていたのかも。
独占欲が強すぎたのかもしれない。
でも求めずにはいられなかった。
- 411 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時46分41秒
- 麻琴ちゃんのことが、好きでたまらなかったから。
でも大したことを求めていない。
ただ一緒にいられれぱ、それだけでよかった。
それ以上のことは望んでいなかった。
私は十分に幸せを感じてたから。
彼女が隣で笑っていてくれれば、他に何も望まない。
私の願いはたったそれだけ。
なのに・・・・・それすらも叶わない。
でもいつも一緒にいて怖かった。
いつか別れてしまう気がして、ずっと不安だった。
きっと自分でも分かってたんだと思う。
いずれ私から心離れて、他の誰かのものになることを。
そして、そのとき引き止められないことも。
- 412 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時47分55秒
- 別れを告げられたのは4月の終わり。
その日は外は大雨だった。
朝から降り続けている雨が窓を叩いていた。
私は麻琴ちゃんに呼び出されて、人気のない廊下にいる。
二人ともさっきから一言も言わない。
ただ俯いたまま、どちらが切り出すのを待っているようだった。
どれくらい時間が経ったんだろう?
麻琴ちゃんが軽く深呼吸してから、意を決したような顔をする。
そして、まっすぐ私の方を見て言った。
「・・・・・別れ、たいんだ。私には他に好きな人がいるから。そんな
気持ちで、あさ美ちゃんとは付き合えない。」
目を反らさないのが、彼女らしいなぁと思った。
また長い沈黙が辺りを包んでいた。
私は俯いたまま、ずっと言うべき言葉を考えていた。
でも何を言っていいか分からなかった。
だって何を言っても二人は元に戻らないから。
麻琴ちゃんが笑って、言葉を返してくれることはない。
だから、何を言っても同じだと思った。
- 413 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時50分18秒
- でも何も言わないのは嫌だった。
一生胸に残るような、言葉を言いたかった。
「・・・・・ウソつき。」
でも不意に口から出た言葉は、かなり定番的だった。
気の利いた言葉なんて浮かんでこない。
それにその言葉は意識してないで、突然出てしまったから。
きっとそれが私の本音なんだと思う。
だって、「ずっと一緒だよ」って言ってくれたから。
麻琴ちゃんは確かにそう言った。
でも今は「別れよう」って言うから。
だからウソつきだと思った。
- 414 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時51分59秒
- また二人に沈黙が訪れる。
麻琴ちゃんは顔を俯けていた。
「・・・・・ゴメン。私はひどい奴だね。あさ美ちゃんに・・・・何一つ、
してあげられなかった。」
沈黙を破ると、麻琴ちゃんは泣きそうな声で言った。
見ると、すごく悔しそうな顔をしていた。
その顔と言葉が胸に刺さる。
もっと酷い言葉を言うこともできた。
私は麻琴ちゃんを責めることもできたんだ。
だけどそうしなかったのは、やっぱり好きだから。
すぐ嫌いになんてなれないよ。
私はゆっくりと麻琴ちゃんに近づき、優しく抱きしめた。
「そんなことない。短い間だってけど幸せだったよ。私は麻琴ちゃんと
付き合って、本当に幸せだった。」
私は静かに首を振ってから、ニッコリと笑って言った。
笑えるのは、その言葉がウソじゃない証拠。
本当に今まで幸せをくれた人だから。
麻琴ちゃんは私を愛してくれた、それだけは間違いない。
- 415 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時52分55秒
- 「・・・・・ゴ・・メン、本当・・に・・・ゴメン・・ね・・・。」
私の言葉を聞いて、麻琴ちゃんは急に声を上げて泣きだした。
こんなに泣くところを見るのは初めてだった。
結構涙脆いのは知ってたけど、こんなに大泣きはしなかった。
涙で私の肩は大きな染みができる。
彼女は嗚咽を漏らしながら、体を震わせて泣いていた。
そして、何度も繰り返し私に謝っていた。
私はそっと背中を撫でていた。
慰める言葉も浮かばなかったし、言うべきじゃないと思った。
だから、ずっと抱きしめていた
- 416 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時54分37秒
- しばらくすると、麻琴ちゃんは泣き止んだ。
落ち着くと静かに私から離れる。
「ゴメン。泣くのは私じゃないのに・・・・。」
麻琴ちゃんは目を赤く腫らしながら、私に笑いかけて言った。
でもその笑みは少し寂しそうだった。
「別にいいよ、麻琴ちゃんの泣き顔見れたしね。」
私はちょっと無理して作り笑いをした。
「それはラッキーだったね。」
麻琴ちゃんはいつものような無邪気さを見せる。
「そっか、ラッキーだったんだ。」
私もなんとか普段のように装って笑った。
そして、不思議なくらい二人は笑い合っていた。
- 417 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時57分45秒
- 「それじゃ・・・・・。」
麻琴ちゃんが急に顔の表情を暗くする。
つい楽しくて、別れの途中だということを忘れていた。
久しぶりに二人の間に沈黙が訪れる。
突然、麻琴ちゃんが自分の両頬を平手打ちした。
少し鈍い音が廊下に大きく響き渡る。
「あさ美ちゃんと付き合ってて、本当に楽しかった。」
まっすぐ私の顔を見つめて、嬉しそうに麻琴ちゃんは笑う。
きっとその言葉はウソじゃないと思う。
でも笑ってる顔はウソついてる。
「・・・・うん。」
私はその言葉に頷くことしかできなかった。
「ワガママだけど・・・・これからも友達っていうのは、ダメかな?」
麻琴ちゃんは苦笑しながら、私に向かって手を差し出す。
それは彼女なりの気遣いなんだと思う。
すごく優しい人だから。
それは付き合っててよく分かった。
でも付き合う前から、そんなこと分かってたよ。
- 418 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時58分54秒
- 「・・・・うん。これからもいい友達でいようね。」
私は麻琴ちゃんの手を握って笑う。
そして私達は、どちらからともなく抱き合った。
それは今まで一番短い抱擁だった。
「それじゃぁ、またね。」
麻琴ちゃんは私から離れると、笑いながら軽く手を振る。
「・・・・うん、また。」
私もそれに手を振り返して、その笑みに応えるために笑う。
そして、麻琴ちゃんは私から去った。
- 419 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)22時59分59秒
- 私はしばらく呆然としていた。
あまり別れたという実感が沸かなかった。
でも私達は別れたんだ。
間違いなく、この瞬間に別れてしまった。
きっともう元には戻らない。
私は彼女を遠くから見つめるだけ。
あぁ、そっか・・・・・。
よくよく考えれば、初めに戻っただけなんだ。
二人が付き合う前に戻っただけ。
また横目で彼女を見ながら、いつも想っていればいい。
私は溢れる涙を手で拭った。
だけど、涙は止まることなく溢れてくる。
どんなに拭っても止まってくれない。
だから私は諦めて涙を流した。
でもこんな姿を見られると問題だから、顔を両手で覆って隠す。
そうして、しばらく一人で泣いていた。
- 420 名前:目覚めた朝は涙を流す 投稿日:2002年04月27日(土)23時01分13秒
- ねぇ、麻琴ちゃん。
最後に一つだけ、私の願いを聞いてくれる?
もし夢に麻琴ちゃんが出てきたら、付き合ってほしいんだ。
また私のことを愛してほしい。
夢の中なら誰にも迷惑かけない、だからいいでしょ?
それぐらいは叶えてくれるよね。
そんな大したお願いじゃないんだから。
でもそんな夢を見たら、起きたときは泣いてるんだろうね。
そんなことを思う5月の夜。
fin
- 421 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月27日(土)23時52分03秒
- 「左手が…軽いんですよ」
そう言って流れた彼女の涙が頬を伝って、地面に転がるオレンジに吸い込まれた。
- 422 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月27日(土)23時52分43秒
- 「何やねんな、一体……」
ようやく暖かくなり始めた三月の終わり。
ブツブツと文句を言いながら、中澤は車を走らせていた。
車外には春の薫りが漂う風景が広がっているが、中澤の目には入っていない。
そんなものを気にしている暇はないのだ。
「あ、中澤さん、朝早くからスミマセン…ちょっと来てくれませんか…」
起き掛けの、まだ頭もハッキリしないうちにかかってきた一本の電話。
声の主は吉澤だった。
日頃からややハスキーな声を持っている吉澤だが、今日は少し違和感を感じる声だった。
低い、と言うよりは暗い。
何かあったのでは、と思わせるには充分だった。
しかし、中澤以外の誰が聞いても、不自然に感じる者はいないかもしれない。
それほど僅かな違和感だったのだが、中澤にはそれを聞き分ける自信があった。
だからこそ、焦っているのだ。
- 423 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月27日(土)23時53分24秒
- 吉澤の家の目の前にある、公園と呼ぶには少々規模の小さい空き地。
二人であって話をする時、決まって落ち合う場所である。
坂を登りきり、公園の方角に目を向けると、下を向いている吉澤の姿を見とめた。
遠目からでも、様子がおかしく見える。
一目散に公園の入口へ車を走らせ、吉澤に声を掛けた。
「おはようさん。なんや、どうした?」
気持ち、明るめの声を掛けてみたが反応がなかった。
まさか気がついていないはずはないだろうが、もう一度声を掛けるのも躊躇われたため、無言で吉澤の隣に座る。
そのまま、ゆっくりと時間が過ぎた。
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月27日(土)23時58分53秒
- それからどれほど時間が経っただろうか。
唐突に、吉澤が左手を差し出してきた。
受けとってくれと言わんばかりのその左手を受け取って、まじまじと左手を見つめていると、ある変化に気がついた。
そして、それを吉澤に告げようとした瞬間
「えへへ……別れちゃいました」
薄く笑って、そう呟いた。
薬指に輝いていた銀のリングがなくなっていた事が、暗にそれを物語っていた。
- 425 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月27日(土)23時59分45秒
- 背後にある線路の上を、電車が通り過ぎていく。
全て通りすぎ、静かになったところで、おもむろに吉澤が口を開く。
「昨日電話がかかってきたんです。
疲れちゃったって、もうやめよっかって言われちゃいました」
目が合わない。
間もあかずに話が続く。
「聞いたんですよ、吉澤なんか悪いコトしましたかって。
悪いところがあるなら直しますから、って言ったんですよ。
でも、そんなんじゃないよ、悪いのは私だからって言うんです」
また、電車が通りすぎる。
「よくわかんないですよね。
矢口さんが悪いから別れるなんておかしいですよね。
吉澤何にも不満なんてないんですよ。
なのに、なんで別れようなんて言うんでしょうね……」
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月28日(日)00時00分37秒
- ようやく顔を上げた吉澤の目からは、涙が零れ落ちていた。
堰を切ったように流れ出していた言葉が止まる。
疑問を投げかけてくる視線が痛い。
その時突然遠くから、子供の声が聞こえた。
二人同時にその方向を向くと、バット片手に歩いてくる少年を先頭とした家族連れがここに向かってきていた。
そしてまた、電車が通りすぎる。
視線で、場所を移そうかと問いかけた中澤だが、吉澤の首は横に振られた。
そのまま視線を下に落とし、足元に転がっていた腐りかけのオレンジを手に取る。
ぼんやりそのオレンジを見つめたまま、ポツリと漏らした。
- 427 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月28日(日)00時01分26秒
- 「五年って、言ってたんですよ……」
「ん?」
突然の言葉に、反射的にリアクションを返してしまった中澤に、小さく笑いながら、
「五年は付き合おうって言ってたんですよ。
で、五年経ったら一緒に住もうかって……へへ、恥ずかしいですけどね。
……でも、今日でちょうど一年なんですよ」
最初っからそのつもりだったんですかね。
そう言いながら、手に持っていたオレンジを地面に転がした。
その反動で財布が落ちてしまったが、気付く事はない。
手を離れるオレンジに比例する様に、表情が崩れた。
財布と矢口では比べ物にならない。
「矢口さん、辛くなるから電話しないでって言うんですよ。
電話しないでなんて、吉澤が辛くてつぶれちゃいそうですよ。
メールだって送っても帰ってこないし、どうしたらいいんです……」
忘れていないか確認するかのように、貨物列車の長い列車音が響く。
野球少年の家族達も、いつのまにかいなくなっていた。
- 428 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月28日(日)00時02分27秒
- 帰りの車の中、中澤は自分の弱さに腹を立てていた。
悲しそうな表情をしている吉澤に、まったく声を掛けられなかったこと。
どんな言葉を掛けて良いかわからなかったとはいえ、あんまりだったと思う。
そうは思うものの、もしもう一度同じ場面に遭遇しても、また喋れなくなるだろうなとは感じる。
慣れるものではないし、実体験のない自分が何かを言うのはかえって失礼に当たるだろう。
実際、吉澤も
「聞いてくれただけで楽になりました」
と言っていた事だし。
信号に引っかかって車を止め、煙草に手を伸ばしたとき、ふと頭に、さっき吉澤の言った言葉が思い出された。
- 429 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月28日(日)00時03分13秒
- なーんか左手がスースーして変な感じです」
「いつまでもクヨクヨしててもしょうがないですよね」
「でも……もう、人を好きになれないかもしれないです。
好きになって、それでも別れちゃうなら、付き合わないほうが気楽じゃないですか……」
間違っているとは言えなかったし、間違っているとも思えなかった。
吉澤の気持ちを察した気になって言えば、そう思うのは当然だと思う。
結局、答えなんて誰にもわからないのだろう。
良い事なのか、悪い事なのかは分からないけれど。
夕日が気になって、反対側の外を眺めてみた。
先ほどまで話をしていた公園。
奥の線路にはまた、電車が走っていた。
――終わり
- 430 名前:BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時11分16秒
- *****
「ごめん。今日もいっしょに帰れないと思う」
6限目の授業が終わってホームルームの始まる前に、よっすぃーがうちのクラスにやってきた。
「えっと…それだけ?」
「… まぁ、…そうだけど」
私の居る音楽科とよっすぃーのいる美術科は結構、遠い。
”いっしょに帰れない”ってことを告げにくらためだけにわざわざ来てくれたのかなぁ。 昔っからよっすぃーってすごく律儀なんだよね。
「今週試合でしょ。仕方ないよ」
よっすぃーはバレー部のエースで。 美人で頭も良くって。
私の自慢の幼馴染。
「応援行くからさ。 頑張ってね」
「来てきくれるの?」
「当たり前じゃん。 よっすぃーは大切な幼馴染だよ」
「 …… ありがと」
あれ? 私、なんかヘンなこと言ったかなぁ。
不自然に目を反らして、よっすぃーは自分の教室へ戻っていった…。
*****
- 431 名前: BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時13分22秒
- *****
「ごっちん!危ない!」
よっすぃーの声がした。
… 壁に叩きつかられてちょっと意識がとんでたみたい…
すんでのところで身を捩る。 ”敵”の放った雷撃が、僅かに腕を掠める。
「くっ!」
少し痺れた腕を抑えて、私は”敵”──「ゼティマ」の改造兵士の顔を睨む。
その無表情な白い顔に。
憎め 憎む 憎い 死ね 砕けろ 砕け散れ
滅 べ
バシャアアアアア
心の中で膨らませた憎悪が破裂し、そして”敵”の頭は砕け散った。
******
- 432 名前: BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時15分09秒
******
「私、ひとみちゃんと付き合ってるの」
薄々感づいていた。
梨華ちゃんのよっすぃーに対する気持ちは。
よっすぃーの隣に居る時とか、踊りの練習しているよっすぃーの姿を見てる時とか。
その目は”恋する女”の目だったから。
「… そ」
「後藤さんは…どうなの… ひとみちゃんのこと…」
「別に。私とよっすぃーはただの友達だよ」
「よかったぁ…」
梨華ちゃんは幸せそうに笑った。
私とよっすぃーはただの友達。
だから梨華ちゃんがよっすぃーと恋愛関係にあったとしても、私とよっすぃーの関係は変わらない。
…そのはずなんだ…… けど…
*****
- 433 名前:BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時16分41秒
全ては虚構の世界の後藤真希たち。
少なくとも、この世界の後藤真希は…
強力な超能力者で秘密結社と戦っている事実はないし、普通の高校生で吉澤ひとみが幼馴染で、実は両想いなのにすれ違いな関係でもない。
石川梨華と吉澤ひとみを巡って壮絶な三角関係を展開させてることもないはずだ。(… 多分)
全ては私たちの作り出す虚構の世界の後藤真希。
でも…。
- 434 名前:BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時18分19秒
1999年8月、モーニング娘。第2次追加オーディションでただ1人選ばれた大型新人・後藤真希。
彼女の加入後、モーニング娘。は国民的アイドル集団に成長……
私たちの知る真実の後藤真希も、何処かの世界の誰かが作り上げた、虚構の世界の後藤真希かもしれない…
- 435 名前:BANE of the COSMIC FORGE 投稿日:2002年04月28日(日)00時18分56秒
おわり。
Converted by dat2html.pl 1.0