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デス・ゲームW 〜それぞれの理由〜
- 1 名前:flow 投稿日:2002年04月28日(日)21時24分38秒
- まさか4スレ目までいくとは思っていなかったのですが、こちら赤板へ移転させていただきました。
重い内容ですが、目にとめていただければ嬉しいです。この板で完結予定なので、よろしくお願いします。
赤板の作者様方、お邪魔いたします……(age進行なので)
前スレは>>2 にて。
- 2 名前:flow 投稿日:2002年04月28日(日)21時26分26秒
( 前スレです↓ )
デス・ゲーム(緑倉庫) http://mseek.obi.ne.jp/kako/green/1009186112.html
デス・ゲームU(黄板)
http://m-seek.net/cgi-bin/pageview.cgi?page_num=10&dir=yellow#1011522453
デス・ゲームV(白板)
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=white&thp=1016115016
長いですが、興味のある方は読んでやってくださいませ。
それでは、前スレの続きより開始します。
- 3 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時28分07秒
「梨華ちゃん、梨華ちゃん………」
自分の丁度頭上から降ってくる優しい声に、石川梨華は少しずつ意識を取り戻
し始めた。閉じられていた視界にゆっくりと明りが差し込み、少しずつ世界に色
が戻り始める。
「梨華ちゃん、聞こえる? 目、ちゃんと見えてる?」
「………ひと、み、ちゃん……」
梨華の視界に最初に飛び込んできたのは、いつものように優しげな、それでい
てその大きな瞳に心配そうな色を浮かべた誰よりも愛しい人 ――― 吉澤ひとみ、
その人に他ならなかった。
そして梨華は、ようやく自分が吉澤に抱きかかえられていることに気付く。
「……ここ、どこ……?」 「小屋の1つだよ。いるのは私達だけ」
梨華の問い掛けに、吉澤は至極落ち着いた声で答えた。そう、確かにこの木の
匂いは外気に晒されているという感じはない。
それでいて、暖かさすら感じるというのは、単に吉澤自身の体温を感じている
という理由だけではないだろう。明らかに、人工的な熱が加えられているのに違
いない。おそらくは、ストーブかなんかの。
「……そ、う……ひとみちゃ……が、助け…て…くれた……んだ…」
- 4 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時28分39秒
何とか声を発しつつも、それが異常に困難であることを意識して、梨華は徐々
にこれまでの記憶を覚醒し始めた。
これが政府の人間による1つの「プロジェクト」( ………といっても、それ
はあまりに馬鹿馬鹿し過ぎる内容だったけれど )に強制参加させられていると
いうこと、そして、自分が今までしてきたこと。
思い出すには、あまりに壮絶な内容の一つ一つ。
あの幼い、無邪気な辻希美にナイフを突き立てた瞬間のこと、唯一園で同い年
だった福田明日香を日本刀で何度も斬りつけたこと、真っ直ぐな目をした飯田圭
織の胸を貫いた日本刀の感触、保田圭に刺さったボウガンの矢。
( ……嘘みたい、あたしが、皆を、ころした………殺した……… )
「……ひとみちゃん…、あたし、夢の……なか……いたみたい……」
かすれ声で呟きながら、梨華は既に痛みすら感じなくなっている胸の辺りに目
を向けた。吉澤の胸に抱かれたまま、首を動かすことすら出来ないので、本当に
『目だけを動かして』見たのだ。
胸に突き刺さっていたはずの(飯田にやられたものだ)ボウガンの矢は、見え
なかった。そこにはなかった。
- 5 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時29分24秒
そんな梨華の視線が何を言いたいのかすぐに理解したのだろう、吉澤は梨華の
目を覗きこみながら、口を開いた。
「梨華ちゃんの胸に刺さってたボウガンの矢、誰にやられたの? 私、強引に
抜いちゃったよ。…血が溢れ出したからどうしようかと思ったけど…」
「…ひとみちゃん……?」
吉澤の変化に、梨華は気付いていた。
いつも生き生きと躍動感に満ち溢れ、輝くような明るい笑顔を振り撒いている
はずのその表情に、珍しく翳りが差している。
いつも「ネガティブだ」と年下の辻や加護にまで指摘される梨華の性格では、
その表情を作らせているのがよもや自分であるとは、思いもしなかった。
「ひとみちゃん、どうしたの? ……顔、まっさおだよ……」
いくらか、喉が発声に慣れてきたのか、さっきよりはスムーズに声が出せる様
になったものの、胸に鉛でも乗せられているような鈍い痛みは、梨華に会話をさ
せるのを妨げていた。
- 6 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時30分00秒
咳き込みたくても、もはや体力がそれを許さない。梨華に出来るのは、目と口
を動かすのみだった。だが、それでも。
( ひとみちゃんが、抱き締めていてくれるなら……… )
「どうしたの、じゃないよ、もう」
吉澤は弱弱しく笑んで、梨華を抱き締める腕に力を込めた。
彼女が、そんな「弱い姿」を自分に見せるのは初めてたった。梨華は戸惑いな
ら、吉澤の次の言葉を待っている。
「…梨華ちゃんと別れてから。小川が死んでるのを見たよ。コートが、真っ赤
に染まってた。梨華ちゃんも見たと思うけど、福田さんが死んでた小屋の近
くの中では、……松浦と加護が……」
「………麻琴ちゃんも……死んでたの……?」
小川麻琴の名は、以前の和田の放送では名前が呼ばれなかった。それが死んで
いたということは、間違いなくまだ『ゲーム』は続行中なのだ。
そして、自分以外にも確実にその恐ろしいゲームに乗った人間がいる。もちろ
ん、それがその人間の望んだ意志によるものとは限らないにしても。
- 7 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時30分35秒
「……小川も、死んでて」 吉澤は小さく頷くと、まだそれで終わりではない
とでも言わんばかりに重々しげに口を開いた。言葉を続ける。
「新垣の死体を見たよ。…死んでるのは分かってたけどさ…。やっぱり、銃を
乱射させられたみたいに、穴だらけだった。……あのちっこい体がさ」
吉澤の、見る人全てを惚れ惚れさせるような端正でかつ甘い顔が、苦渋を含ん
だように歪んだ。死体を見るのは初めてではあるまい、吉澤は、梨華が明日香を
殺した直後の現場を目撃しているし、何よりこの『デス・ゲーム』が始まる前か
ら、自分達の育ての親である中澤裕子の死体も目にしている。
それに、安倍なつみの頭が砕けるところや平家みちよが血を吹いた瞬間、全て
吉澤は見てきているのだ。死体を何度も目撃しているのだ。
けれど、けれど、――― 。
「……私が見つけた子達は、みんな死んでいたんだ。…生きてる子なんて、い
なかったんだ。まだ、丸1日だって過ぎちゃいないのに。そうしたら、……
急に不安になった。もう、生きてる子はいないんじゃないかって。私しか、
もう残っていないんじゃないかって………」
- 8 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時31分15秒
僅かに、声が震えた。それでも、吉澤は目を伏せたまま梨華に語りかけている。
「それで、梨華ちゃんを見つけたんだ。『生きて会おうね』って言ったのに、
梨華ちゃんは倒れてた。………胸に矢が刺さってて、赤く染まってた。目が、
目が閉じられてた。……梨華ちゃんも、梨華ちゃんも死んでるのかと……」
ふうっと、気を落ち着かせるように息を長く吐いて、吉澤は梨華を抱き締めた
ままそのセミロングの髪の毛を撫でた。「よかった、でも、生きててくれて」
それはごく、単純な言葉だったけれど、充分過ぎるくらいに梨華の心に響いて
いた。『よかった、生きててくれて ―――― 』
( だけど、あたしには……… )
ぼんやりと目を開けて吉澤の顔を眺めながら、梨華は愛する吉澤のその言葉を、
純粋に受け取ることが出来ずにいた。
( あたしは、また殺しちゃったんだよ。飯田さんを、保田さんを……… )
- 9 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時31分53秒
ガガッと、機械音が唐突に響き渡った。〈 ああ、ええ、えー… 〉
聞き覚えのある声。二度と、聞きたくなかった声が、いたる箇所に設置されて
いるスピーカーから否が応でも鼓膜へと響いてくる。
吉澤と梨華は、その声の主を瞬時に悟って同時に顔をしかめた。
〈 ええ、おーいちゃんと聞こえますかー? 和田でーす。残ったみんな、元気
でやってますかー 〉
( 元気なわけないじゃない! 何考えてるのよ、信じられない…… )
怒りに似た反抗心が梨華の中に芽生えたが、それを口に出せる程自分に体力は
残されていなかった。吉澤はというと、唇をかみ締めたまま放送に聞き入ってい
るように見える。
そうだ。この男の放送がかかるということは、また新たに発表されるのだ、現
在の残りの人数が。そして、梨華が命を奪った飯田や保田は、当然「死者のリスト」
に名を連ねているのだろう。鼻がツン、として、梨華は目を閉じた。
〈 恒例のー、といってもまだ二回目ですが、死んだ人を発表しまーす 〉
ざわり、と胸が騒いだ。
- 10 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時32分31秒
とてつもなく、嫌な予感がしたのだ。胸にあるはずのボウガンの矢による傷の
痛みは、ほとんど感じられなくなっていた。
それとも、もはや重症すぎて痛みすら覚えなくなっているのかもしれない。
〈 さっきはあー、福田が死んだところまでだったよな? 〉
放送しているマイクを通して、書類をぺらぺらとめくる音が聞こえてくる。
( そんな、一体何人が死んだっていうの……? )
どうやら、梨華の嫌な予感は当たりそうだった。もちろん希望など、もはや持っ
ているのも馬鹿らしいとは思っていたけれど。
〈 その次から発表です。石黒彩。小川麻琴。それから飯田圭織と保田圭。
まだいるぞ〜、その後が高橋愛、続いて矢口真里。………ほ〜ら、皆もう
気付いたかな? 残り人数はたったの5人だ!意外だなあ、中学生組と高校
生組しか残っていないんだな。ヒッヒッヒ……… 〉
- 11 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時33分09秒
「………5人………」
「たったの………たったの5人………?」
お互いに呆然とした口調で、梨華と吉澤が同時に呟いた。『たったの5人』。
孤児院にしては小規模といわざるを得なかった朝比奈女子園ではあるが、それ
でも卒園生の彩と、園長の中澤を合わせて最初は19人いた仲間たち。
それが、もう僅か5人ばかりになってしまっているのだ。
「……あたしが、殺した………」
堪えきれなくなって、梨華は目を閉じたまま声を漏らした。死んだ少女達の顔
が次々と浮かび上がって、どうしようもなくやるせない気持ちになる。
「ひとみちゃんを、生き残らせたかっただけなのに………」
「梨華ちゃん。もういい、何も考えなくていいから」
「あたしは、殺したの……ののちゃんや、明日香ちゃんだけじゃない…………
…いいださ、飯田さんが怒ってた、ののちゃんを殺したから怒ってた飯田さ
ん、殺した。…やぐ、矢口さんを庇った、保田さ……ん、も、殺した……」
- 12 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時35分10秒
細く開かれた梨華のまなじりから、幾筋もの涙が溢れ出して頬を伝った。
泣くつもりなどなかった。けれど、自分の意思とは無関係に流れ出した熱いその
液体を止めることなど出来なかった。
「ひとみちゃんは、……真希ちゃんとは会えなかったんでしょう……? だから
……あたしの、ところにいてくれるんでしょう……? もし先に真希ちゃんと
会っていたら、あたしなんて、忘れてたでしょう……? だって、あたし、
ひとみちゃんとの約束守れなかった。…生きてる人見つけたのに、殺しちゃ
った………真希ちゃんも、真希ちゃんも殺そうと思ってたの………」
「 ――― 何言って、何言ってんだよ梨華ちゃん!?」
「悔しかった。………ひとみちゃんは、あたしより、真希ちゃんの方が大事な
んだって、分かってたから、悔しかった………」
「そんなこと ――― 」
「あるよぅ」
ぼろぼろと涙を流しながら、梨華は泣き笑いのような表情を浮かべた。
- 13 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時35分46秒
今にも意識を失いそうな重症を負っているというのに、どうして笑うことなど出
来るのだろう。――― それが、「愛情」の深さというものなのだ。
もちろん、梨華にもひとみにも、そんな事を考えている余裕などないけれど。
「みんなを探そうって言ったのは、ひとみちゃんが真希ちゃんに、会いたかった
からでしょう? …あたし、知ってたよ。知ってた、ひとみちゃんが真希ちゃん
を見る目、特別なの。何かうまく言えないけど、特別だったよ」
「…………」
反論すべき言葉を失って、吉澤は梨華からふいっと視線を逸らした。気付かれて
いたとは思っていなかったのだ、自分の「優等生」の演技は完璧だったと。
真希を探す、その表向きの理由が嘘だったそのことに、梨華が気付いていたとは。
「…でも、言えなかった。変なこと言って、ひとみちゃんに……嫌われたく、
なかったの。ひとみちゃんの隣り、あたしの居場所、失いたくなかった…。
臆病で、あたし、自分勝手で、…いつもいつも誰かに頼ってばかり……」
- 14 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時36分26秒
「そんなこと、そんなこと ――― 」
ない、とはっきり否定することが吉澤は出来なかった。ここできっぱり『真希
とは何でもない』などと、口先だけで彼女の疑心暗鬼を取り除いてやるのは簡単
だ、それでも、梨華はきっとそれが嘘だと見抜くだろう。
これ以上、彼女に嘘を重ねるのは正直耐え難かった。
最初に『みんなを探そう』と提案したとき、吉澤は覚悟していたつもりだった、
最終的な自分の目的が梨華にばれたとして、それが彼女を深く傷つけるであろう
ことを。
しかし、とっくに梨華は気付いていたのだ。吉澤の目的も、本心も、真希との
つながりも、知っていた上で自分に従い、自分の元を離れた。
――― 全て、吉澤に嫌われたくないが故に。
それがどれだけ梨華にとって辛い選択だったか、吉澤とて分かっていたのに。
自分の我儘1つの為に、純粋な彼女を欺いた。傷つけた。それでもまだ、梨華
は吉澤を慕ってくれているのだ。そんな少女に、どうしてこれ以上の嘘を重ねる
ことが出来るだろう?
最も、真希との関係を否定してもしなくても、どちらにしろ、梨華の傷を広げ
ることに変わりはないのだろうが。
- 15 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時37分17秒
梨華が、真希と吉澤の親密性を感じ取っている時点で、彼女はこれ以上ない程
ショックを受けているのに違いないのだから。
「ごめんね、ひとみちゃん」
目を閉じて、静かに梨華は言った。もはやそれは「囁く」と表現した方が当て
はまる程、今にも消え入りそうでか細い声だった。
「…困らせるつもりで言ったんじゃないの」
吉澤は、小さく首を横に振った。私こそ、嘘ついてゴメン。ずっと、ずーっと
嘘ついてたんだよ、梨華ちゃん。ほんと、ごめん。
「……それに、あたし、ひとみちゃんに言われたのに、飯田さんも、保田さん
も、手にかけた……。あたしの手、真っ赤だよ。殺人者だよ……」
今度は大きく、吉澤は首を振った。
――― そんなことない! 梨華ちゃんが誰より優しい女の子だってことは、私
が保障してるんだから!!
おかしいのは梨華ちゃんじゃない、狂ってるのはこの国!政府の連中だ!
- 16 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時38分12秒
声には発しなかったけれど、確かにそう答えた吉澤の言葉を理解して、梨華は
小さく微笑んだ。ああ、許してくれるんだ、ひとみちゃん? あんなに園の友達を
殺してしまった罪深いあたしを、ひとみちゃんは許してくれるのね。
「 …あたしが、してきたこと……正しいなんて思ってないよ。ただ、ただ……
ひとみちゃんが好きだった。誰よりも、…ひとみちゃんに生きていて欲しか
ったの。それだけなの……」
「……うん」
吉澤が短く答えて、梨華の体を抱き締める腕に力を込めた。
「 皆が嫌いだったんじゃない、本当に死んで欲しかったわけじゃないの。理屈
じゃないわ……ただ、大事だった。守りたかった……」
「分かってる、分かってるから、もういい、喋らないで!」
微笑む梨華とは対照的に、吉澤が悲痛な声を上げた。おそらく、梨華の体調の
悪化を吉澤も感じているのだろう。梨華が目を覚ます前からずっとついていてく
れているのだから、些細な変化も感じ取っているはずだ。
そして誰より ――― 、長い女子園での時間を、共に生活してきた吉澤ひとみ
と石川梨華であればこそ。
- 17 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時38分53秒
「 でも結局、ひとみちゃんは笑ってくれなかったな。喜んでくれなかったな。
あたし………“よっすぃ”じゃない、“ひとみちゃん”に喜んで欲しかった
の。みんなのヒーローの“よっすぃ”じゃなくって、あたしだけに優しかっ
た、ひとみちゃんに…………」
吉澤の制止も聞かず言葉を発し続ける梨華の喉が、ひゅうひゅうと苦しそうな
音を上げる。胸の傷から流れ出た血液が、気管を塞ぎ始めているのかもしれない。
それでも、梨華自身は辛そうな表情など微塵も浮かべなかった。
そう、彼女にとって、胸の傷の痛みより死の恐怖より何より、今こうして吉澤
に抱き締められていることの方がよほど重要なのだ。
何よりも、自分を現実に繋ぎとめていてくれる存在。
「 あたしは、ひとみちゃんが好きで………ただ、好きで。喜んで欲しかったん
だぁ。あたしが、ひとみちゃんの為に頑張ったら、喜んでくれるかなって。
……他に、望みなんて、なかった」
- 18 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時39分29秒
――― ごめんね、ののちゃん。ナイフ、痛かった?
――― ごめんね、明日香ちゃん。あなたの小説、好きだったんだよ。
――― ごめんなさい、飯田さん。もう、ののちゃんには会えましたか?
――― ごめんなさい、保田さん。あたしにも、あなたのような強さがあれば。
――― そしてごめんね、ひとみちゃん。あたしの気持ち、迷惑だったかな。
溢れ出した涙で、梨華の視界はぐにゃぐにゃに歪んでいた。体も正常な状態だ
ったなら、簡単に手で拭えるその仕種さえままならない。段々と、息をするので
さえ苦になり始めていた。それでも、自分は言わなくてはならない。
……この機会を失ったら、おそらく永遠にこの愛しい少女と話を交わすことな
ど無くなってしまうのだろうから。
それがつまり何を意味するのか。
石川梨華は、理解していた。普通に高校に通っていた頃はまるで無縁だった、
自然であるはずの人間の摂理。もう、園の他の少女達は経験していること。
『 死 』。
- 19 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時40分21秒
「あたし、あたし、何でもできて、優しいひとみちゃんが、大好きだったよ。
何でもできて、かっこいいひとみちゃんが、大好きだったよ」
「………それは……」
吉澤が、苦しそうな表情で梨華の言葉に反応する。彼女も、葛藤を抱えている
のだろう。重症を負っている自分が平気なフリをして、無傷の彼女があまりに苦
痛を抱えた表情をしているのも、何だか滑稽な気がするが。
「 もし、ひとみちゃんがね? すっごい性格悪くって、意地悪ばっかりしてて、
みんなに嫌われててもね。あたしは、ひとみちゃんが好きになるよ。
………ひとみちゃんだから、好きなんだよ。理由なんてないよ?」
本当だよ?
初めて会ったときからね。あたしはね ――――
「ひとみちゃんが、他の子を好きでもね。かっこいい彼氏ができてもね。
……あたしじゃなくって、真希ちゃんのこと選んでもね。好きなんだよ」
吉澤ひとみって女の子が、特別な存在だったんだ ――― 。
- 20 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時41分53秒
吉澤の顔に翳りが差して、閉じられた口元がへの字に歪んだ。長い付き合いだ
ったから、梨華には分かる。それは、強情な吉澤ひとみが泣く前に見せる、涙を
必死に堪える表情だった。何だか、梨華は場違いに笑いそうになった。
( もう、どうしてひとみちゃんが泣くのよぅ。この場面で泣くのって、普通な
らあたしの方じゃない…… )
「梨華ちゃん、私、本当はね……」
「ねえ、ひとみちゃん?」
吉澤が口を開きかけたのを遮って、梨華は搾り出すように声を発する。もう、
自分が長くないことを何となく悟りつつあった。だって、喋ることがこんなにも
辛くなっている。だけど。
――― 神様、お願い。もう少し、時間をください。
「このあと、真希ちゃんと会うんでしょう?」
ふふっと、空気を多分に含んだ笑みが零れた。どちらかというと、それは憂い
を帯びた笑顔。「 ―― 悔しいな…。こんなこと言いたくないけど、やっぱり」
- 21 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時42分37秒
短い髪の毛が揺れて、吉澤の目線が宙を泳いだ。
「やっぱり、悔しいな。……敵わないのかな、あたしは、真希ちゃんに。
………こんなに、こんなにひとみちゃんのこと大好きだったのにな」
「やめてよ、梨華ちゃん!」
( ふふふ、やあだ、ひとみちゃんたら、そんな子供みたいな態度 )
今にも泣き出しそうな金切り声で、吉澤が叫んだ。どこか切羽詰ったような、
追い詰められたような上ずった声。優等生で、いつも落ち着き払った態度でいる
ことの多かった吉澤が、そんな動揺した声をあげるのを、梨華は初めて聞く気が
していた。( ああ………そうか、そうなんだ………… )
何となく、梨華は理解し始めていた。自分と、真希との違い。いや、吉澤が見
せていた梨華へ対する顔と、真希へ向ける顔がきっと全く異なることに。
( ……真希ちゃんは、知っていたんだね )
きっと、真希ちゃんは見ていたのね、ずっと。優等生じゃない、ヒーローなん
かじゃない、格好良くないひとみちゃんを、知っていたのね。
こんな風に、子供っぽくって弱い部分を、認めていてあげたんだね。
- 22 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時44分00秒
-
あたしは? あたしは、ひとみちゃんに頼ってばかりだった。ひとみちゃんなら
何でもできると思ってた。完璧だと思ってた。それが、ひとみちゃんにとっては
重荷だったのかな。プレッシャーになっていたのかな。
そうか、そうだったんだ…………だから、真希ちゃんは「特別」なんだ。
真希ちゃんは、ひとみちゃんと対等の立場だったんだわ。
「 やめてよ、梨華ちゃん。どうして、過去形なんだよ。『好きだった』、とか
昔のことみたいに言わないでよ!」
「 …真希ちゃんは、きっと生きてるわ。元気で生きてるわ。……だって、名前、
呼ばれなかったし。……きっと生きてる。だから、ひとみちゃんは、あたし
が死んだら真希ちゃんを探すんだよね?」
「 ――― 死ぬとかそんなこと言わないで! 生きて帰るって言ったじゃん!
梨華ちゃん、私のこと好きなんでしょ!? だったら、私が真希に会うの、
嫌なんじゃないの!?2人っきりで会ってもいいの?」
( よくないよ、そりゃあ、よくないけど ――― )
- 23 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時44分40秒
「ね、ひとみちゃん」
柔らかい慈愛の微笑みを湛えて、それでも流れ落ちる涙は今だ止まることなく、
梨華は自分を抱き締める年下の少女を見つめた。あえて、吉澤と話を合わせる事
はしない。それ以上彼女の話を聞いていたら、きっと聞きたくもないことまで
聞いてしまうかもしれないから。
「……あたし、さっき会ったとき、ひとみちゃんに言ったわ。あたしは、ひと
みちゃんを生き残らせる為なら自分が死んだっていいって。他の子が、……
死んだって、構わない、って」
「なら、私も言ったよね!?」
穏やかな表情を浮かべる梨華とは相反して、深い悲しみを含んだ眼差しで自分
を見下ろす吉澤が、泣き出しそうに震えそうな声で言葉を返す。
「生きてる子を集めて、皆で何とか脱出できるように考えようって、言った!!
梨華ちゃんも、一緒にいなきゃだめだよ! 生きてるんだから、梨華ちゃんは。
他の子たちと、梨華ちゃんと、帰る方法考えなきゃ ――― 」
「もう、いいんだよ」
- 24 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時45分17秒
-
梨華は、目を閉じた。
愛しい吉澤の姿が完全に視界から消え去って、真っ暗な闇が自分の体を包み込む。
( そう、これでいいの。これでいいの……… )
「…ひとみちゃん、もう、あたし、いいよ。自分、楽にしてあげて。いつまでも、
縛りつけちゃって、ごめんね? もう、……あたし。駄目だよ。助からない…。
…うっ、ふふ、自分で、分かるもの」
「 ――― 梨華ちゃ………」
「…あたしはね、すごい勘違い、してたみたい。体が、近くにあれば、その人に、
1番、自分が近い存在だ、と、思ってた。ひとみちゃんと、いつも一緒、いた
から、あたし、誰より、ひとみちゃんを、理解してる、…て、思ってた………」
うなだれた吉澤の吐いた溜息を頬の感じて、梨華は目を閉じたまま少しだけ、
ほんの少しだけ唇の端を吊り上げて笑んだ。既に言葉は切れ切れになっていて、
呼吸するのでさえままならなくなっている。
( もう少しだけ、言わせてね。ひとみちゃん…… )
- 25 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時45分57秒
「 もっと、はやく……気付い、てれば、よかった。…大好きだった、のに、…
ひとみちゃ、んが、大好きだったのに、あたし、全然…、分かって、なかった
のね……。ふ、ふふ、……真、希ちゃんが、気付いていたことに、あたし、
ちっとも、目、向けよう…と、しなかった……。
……………ひとみちゃんの、笑顔、しか見…て、なかった、なかったよ」
「……もう、いいから。梨華ちゃん、血……」
震える指で、吉澤が梨華の口元をなぞった。どこかくすぐったいその感触に、薄
く目を開いた梨華は、その長い人差し指が真っ赤に染まっているのを見て、初めて
自分が口から血を流していることに気がついた。
おそらく、気管がやられているのだろう。そう言えば、さっきより胸の上の辺り
が随分と熱い。何かが詰まっているかのような、圧迫感。
だけど、まだ全てを話し終わっている訳じゃない。喉がつぶれても、声が出なく
なっても、言いたいことがあるんだ。
お願い、まだ、もう少し ―――― 。
- 26 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時46分41秒
「………ほん、とは、ね。あた、し、ひとみちゃ、んと、ま、きちゃんと、
さんにんで、なかよく、でき、たら、いいなって、おもって、」
あたしとひとみちゃんと真希ちゃん。3人みんなで、仲良く出来たらいいな。
そう、思ってたんだよ。だってそうしたら、「友達」だったら、あたし、変な
嫉妬しなくて済むでしょう? 真希ちゃんとあたし、ひとみちゃんを通さなくても
仲良く出来てたら、きっとうまくいったんじゃないかな。
ううん、今だから、こんな状況だから言ってるんじゃないよ?
いい子ぶってるんじゃないよ? 本当に、そう前から思っていたんだ。
「梨華ちゃん、梨華ちゃん!! お願い、もう喋らないでっ」
「みんなで、なかよく、なれ、たら、いいな、て、ずうっと、おもって、」
そうしたら全部、上手くいったんじゃないのかな。
ね、ひとみちゃん?
……ひとみちゃん。
- 27 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時47分24秒
「 ――― 梨華ちゃん……? 梨華ちゃん、……りかちゃん?」
「……………」
……………
ありがとう、ひとみちゃん。いつも優しく微笑んでくれて。
ありがとう、ひとみちゃん。あたしを見つけてくれて。
ありがとう、ひとみちゃん。最期に一緒にいてくれて。
今度は、真希ちゃんも入れて3人で、仲良くお話しようね。
きっと、楽しいよ。
……………
「梨華ちゃんっ、梨華ちゃん!?」
「……………」
―――― きっと、楽しいよ。
- 28 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時48分08秒
…………………………
「……馬鹿だよ」
言葉を発しなくなった梨華の体が、急に重みを増してずしり、と吉澤の腕に
のしかかってきた。震える腕で彼女の華奢な体を受け止めながら、俯いたまま
の吉澤の肩が、細かく震え出した。
「馬鹿だよ、梨華ちゃんの馬鹿っ! ほんと馬鹿だよ! 馬鹿、馬鹿あ!!」
閉じられた瞳。
薄く開けられた、白くなった唇。
呼吸する為に僅かに上下していた胸の動きが、ぱたりと止まっていた。
――― 石川梨華は死んだ。
『 あたしはずっと、よっすぃのことが好きだったの。そして、今も、これから
も多分……ずっと好きだと思う。あたしが死んじゃっても、好きだと思う』
- 29 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時48分51秒
必死に涙を堪えて、吉澤はもう何の反応も示さなくなった腕の中の親友の少女
を、激しく揺さぶって感情の限りに叫んだ。
「何でよ、何で私なんだよ! どうしてよ。私、私は、梨華ちゃんに好かれる様
な立派な人間じゃないんだよ。……何で、だよぉ…」
『 よっすぃに生きて欲しい。今までよっすぃに助けられてきた分、あたしは
ここで……ひとみちゃんを、助けたい』
安らかな表情で、梨華が放った言葉が、今更になって深く胸に響き渡った。
吉澤は、彼女のあくまで一途な、真摯な気持ちを利用したのだ。遂に、本当の
ことを伝えられなかったのだ。
誰よりも、彼女には ――― 自分を最も信頼してくれていた石川梨華にだけは、
それを伝えなくてはならなかったのに。言えなかった、どうしても。
「どうして? 私は、私には、梨華ちゃんが命を賭けてまで助けてくれる、そん
な価値なんてないんだよ。汚い人間なんだよ。分かってよ、気付いてよ!!」
「…分かってくれてたんじゃないのかな」
「 ―――― !!」
- 30 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時49分31秒
不意に背後から聞こえてきた懐かしい落ち着いた声に、吉澤は目を見開いて、
振り返った。いちいち目で確認しなくても分かる、自分が探し続けた少女の声に
それは間違いなかったのだから。
「………真希…」
いつの間に入ってきたのか、後藤真希が静かにドアの近くに佇んでいた。
求め続けていた彼女にようやく会えたというのに、吉澤の表情は浮かなかった。
当たり前だ ――― その存在の重要さにやっと気付いたばかりの大事な親友を、
たった今、亡くしたばかりだった。
あまりに大きすぎる喪失感。
それは、真希との再会をもってしても補えないほどの深い痛手を、吉澤に負わ
せたのだった。梨華の死。果たされなかった彼女への告白。
「……真希。梨華ちゃん、死んだ」
俯いたまま、吉澤は機械的に言い放った。少しでも感情を込めたら、すぐにで
も泣いてしまいそうだったのだ。血が滲むほど唇をかみ締めて、吉澤は耐えてい
た。辛さ、苦しさ、全てを抱え込んで。
- 31 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時50分17秒
「きっと分かってくれてたよ、梨華ちゃんは。…だって、ひとみの1番近くに
いたんでしょ。ひとみは、そう信じてあげてなよ。それで、充分だよ」
「ん…」
真希の、女性にしては割と大きめな手の平が、俯いたひとみの頭を乱暴にぐしゃ
ぐしゃと掻き乱す様に撫でていた。
「本当に大切な人に、本当に大事なことは、簡単には言えないよ。そいういう
もんなんだよ。頑張った、ひとみは。 ――― 頑張った」
その言葉に、自嘲するような響きがあったことに気付いてひとみは真希を見上
げた。そうだ、それは真希自身にも言えること。
彼女も、伝えなければならないことがあるはず。けれど、きっと未だそれを伝
えるには至っていないのだろう。
真希の『大事な人』である市井紗耶香、その人には。
「………真希も、いえなかったんだ、市井さんに、『あのこと』…」
「…………後藤のことはいいよ」
- 32 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時51分02秒
声のトーンが落ちて、真希の手が吉澤の頭から離れた。僅かに苦渋を帯びた、
彼女の表情から、吉澤は視線を梨華へと戻す。
「私、どうして今まで気付かなかったのかな……梨華ちゃんのことに。こんな
ことになる前に、何で、気付いて、あげられな………」
「 ――― 安らかな顔してるよね、梨華ちゃん。眠ってるみたい」
吉澤を無視して、真希は梨華の死に顔を覗き込んでいた。どこか母性を感じさせ
る柔らかい光の灯った眼差しで、じっと梨華を見つめている。
「ひとみが最期に看取ってあげたからだよ。梨華ちゃん、安心して死んだんだ。
本当に、好きだったから。誰よりきっと、ひとみを愛してたから」
「………んうううううっ」
淡々とした真希の言葉は、どんな慰めの言葉をかけられるより、どんなきつい
言葉でなじられるより、吉澤の胸を深く抉った。
ぶわっと一気に浮かんだ涙は、数秒を置かず溢れ出し、頬を伝ってぽたぽたと
梨華の顔へと滑り落ちていく。「……うー…うぅううううっ……」
- 33 名前:《21,一途 石川梨華》 投稿日:2002年04月28日(日)21時51分45秒
もう、堪えられなかった。その必要もなかった。
梨華の亡骸を抱き締める吉澤の背中を、黙ったままの真希が、母親が子供をあや
すようにポンポンと軽く叩いていた。
「……馬鹿だよ、………わたし、馬鹿だ………っ、う、ううう……」
「…………」
「ごめん、梨華ちゃん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい
……ごめん、ごめん、っくぅ、う〜ううううぅうっ……ごめ、ごめん……」
真希は、ただ黙っていた。黙って、じっと吉澤の側についていた。
少しずつ冷たくなっていく石川梨華の体を抱いて、吉澤ひとみはしばらく、泣いた。
【残り4人】
- 34 名前:flow 投稿日:2002年04月28日(日)21時53分26秒
- 石川編、過去最高の筆の(キーボードの?)進みが悪かったです。
書き直し、手直しを重ねた挙句、この始末……
石川好きな人、ごめんなさい。作者も好きなんですけども(汗
- 35 名前:flow 投稿日:2002年04月28日(日)21時54分03秒
- 例によって残り隠し。
- 36 名前:flow 投稿日:2002年04月28日(日)21時54分42秒
- 長かった……(w
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月29日(月)13時53分53秒
- 何と言うか、とにかく引き込まれます。
一度の大量更新もすごいですね。読み応えがあって、楽しみです。
辛い展開になるかと思いますが、絶対最後まで見届けますね。頑張ってください!
- 38 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月29日(月)18時35分54秒
- かなり泣きました。
ホント、胸がつまりました。
- 39 名前:はろぷろ 投稿日:2002年04月29日(月)21時27分08秒
- 新スレおめでとうございます。
ついに石川までも死んでしまいましたか・・・
注目の4人が残りましたね。しかも吉澤と後藤は合流。が
石川の言葉・吉澤の言葉一つ一つになにかこみあげてきました。
がんばってください!
- 40 名前:ショウ 投稿日:2002年04月29日(月)23時47分17秒
- この話を読み始めて何回目か・・・また涙が滲んできました。
こんなに感動させてくれるバトロワ系の小説は今までなかったと
思います。これからも期待してます。がんばってください。
- 41 名前:ヤグヤグ 投稿日:2002年04月30日(火)18時19分52秒
- はっきり言って、この小説の中の石川は大嫌いだったけど、
最期は凄く感動しました。
危なくカミさんに泣き顔を見られるところでした。
これから先も期待してます。頑張って下さい。
- 42 名前:3105 投稿日:2002年05月01日(水)02時10分48秒
- 泣けました。
切ないですね・・・。
死って何なんでしょうね?
続きを待ってます。
- 43 名前:flow 投稿日:2002年05月07日(火)19時06分53秒
- 遂に、週一更新の波が……切れました。
私ごとですが、GWを堪能することに全力投球で(w
こんな自分ですが、最後まで頑張りますので、どうかお付き合いくださいませ。(真剣と書いてマジ)
>37 名無し読者さん
一度の大量更新……それを心がけるが故、段々ペースが落ちて
おります(w また見てやってくださいね。
>38 名無し読者さん
ありがとうございます。石川は最初から頑張ってくれたんで、なるべく
いいシーンにしたかったんですが…ちょっとイッパイイッパイっす。
>39 はろぷろさん
はい、遂に4スレまできちゃいました。そして、丁度残りが4人という…
毎回レスいただいて嬉しいです、最後までお願いします!
- 44 名前:flow 投稿日:2002年05月07日(火)19時07分23秒
>40 ショウさん
いや〜、自分のような弱輩者でも、褒められると素直に嬉しいです。
でも、書く活力をくださっているのは、読者様のおかげです、いやホント。
>41 ヤグヤグさん
上から3行目でちょっと吹きました(w
ラストまであと僅かですが、期待を裏切らないよう!……に、頑張ります(弱気)
>42 3105さん
切ないですねー、石川はこの話の切ない部門担当でした(何それ?)
「死」ってなんでしょうかね、難しいテーマです。。。
それでは、残された4人のうちこの2人から再開です。
- 45 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時08分26秒
石川梨華の遺体を丁寧に埋葬した後(当然土葬だった)、吉澤と真希の2人は
並んで小屋のストーブの前に腰を下ろしていた。
さっきから、そう、2人の間に梨華の話題が上がらなくなってからずっと、沈黙が
その場の空気を支配していた。
何も、吉澤と真希の間に会話がないのは今に限ったことばかりではない。むし
ろ、言葉など必要ないことの方が多かったのが現実だ。それでも、現状にて2人
に何の会話が交わされないのは、今までのその理由とは訳が違う。
( 私、私は……… )
膝を抱えて、吉澤はずっと考えていた。
自分の存在価値、表の自分と裏の自分。
それを、全てひっくるめて認めてくれるのは、自分と非常によく似た性質を有す
る少女 ――― 後藤真希だけであると思っていた。
何年もの間、そう考えてきたのだ。そして、彼女だけに本当の自分の姿を晒し、
彼女だけが自分の支えであると考えていた。( 私は、何なんだ……? )
- 46 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時09分05秒
『 もし、ひとみちゃんがね? すっごい性格悪くって、意地悪ばっかりしてて、
みんなに嫌われててもね 』
脳裏にフラッシュバックする、梨華の最期の言葉。彼女が死んでからもう何度
も、吉澤を苦しめている彼女の声、自分が最も欲していた言葉。
( 私は、本当は何を望んでいた? どうしたかった? どうして欲しかった? )
『 あたしは、ひとみちゃんが好きになるよ。………ひとみちゃんだから、好きな
んだよ。理由なんてないよ?』
そう、それは吉澤が1番求めていた自身の「肯定」の言葉。全てを知っている
真希ではなく、ずっと自分が欺き続けてきたと思っていた親友の石川梨華の口
から、間違いなくその台詞は放たれたのだ。
- 47 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時09分52秒
「表の顔」 ―――― 優等生を演じ続けてきた自分ではなく、仮に自分が汚い
心を持っていたとしても、それでも ―――― 「吉澤ひとみ」であるから、梨華は
自分を好いてくれるのだと。そう言ったのだ。
しかし、それはつまり石川梨華の遺言として、吉澤に重くのしかかることになっ
てしまったのだけど。
何と皮肉なことだろう。吉澤が告白しなくてはならないことだった、それを言う
前に全てを理解していたかの様な口調で (もちろんそんなことがある筈はない
だろうと断言することが出来るが) 、梨華が笑って言った。
ひとみちゃんだから好きなんだよ、と。
皆から好かれる「よっすぃ」という優等生の少女ではなく、石川梨華が幼い頃
から隣りで見つめ続けてきた、『ひとみちゃん』だから。
その時点で、吉澤は告白しなければならなかった。そう、私は優等生なんか
じゃない、とても嫌な人間なんだよ、人に嫌われたくないばっかりに、本性を隠
して、梨華ちゃんも騙して、真希だけに心を許して、ずっとやってきたんだ。
ねえ、梨華ちゃん? こんな私でも、あなたは好きだと言ってくれる?
- 48 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時10分25秒
きっと梨華は言うだろう、彼女独特の甲高く、それでいて泣きたくなるくらい、優
しい響きを持った声で、『当たり前じゃない』 ――― そして、微笑むのだろう。
陽だまりのような暖かい慈愛に満ちた表情で。それを、吉澤は望んでいた、そう
しなければならなかった、でも。
「もう、全部遅いよね。………遅すぎた……」
1人呟いて、吉澤はうなだれた。そう、遅すぎた。分かっている、だってそれを
告げる前に彼女は、石川梨華は死んでしまったのだから。
失って初めてその大事さに気づく、というのはよく聞くフレーズだけど、身をもっ
てそれを体験することになろうとは。それも、こんな異常事態の中で。
「 私は、どうすればいいんだろ……梨華ちゃんに、言えなくって……なのに、
梨華ちゃんは私のこと………」
- 49 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時11分02秒
今の吉澤を支配しているのは激しい自責の念だった。
そんな彼女の搾り出すような弱い声に、真希は無表情のまま、ちらりと視線を
俯いた吉澤の顔へ走らせる。そして、すぐにまた視線を逸らした。
「 どうしようも、ないよ。だって梨華ちゃんはもういないんだ。いくらひとみが自
分を責めたとしてもね、戻ってくるわけじゃないんだよ。後藤は、それでも梨
華ちゃんはひとみを恨んだりするような子じゃないと思うけどさ。
その上で、ひとみが自分を許せないなら、納得するまで泣けばいいじゃん」
突き放すような冷徹な言葉。
後藤真希という人格をよく把握していない全くの他人が、その言葉を耳にしたと
するならば、ほぼ10割の人間がそう感じるのに違いない。
けれど、真希のことなら誰より熟知していた吉澤には分かっていた、ぶっきら
ぼうなその言葉の中に込められた、彼女なりの心遣いを。
- 50 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時11分42秒
「そうだね。…はは、ごめん、真希。相変わらず、手厳しい」
「別に……」
自嘲気味に笑いながら吉澤が言うと、真希は照れているのか、ふいっと顔を
背けた。疲れている、吉澤も、真希も。精神的にも、肉体的にも。
市井紗耶香がアメリカ留学より一時帰国し、クリスマスパーティを始めた昨夜
から、色々なことがあり過ぎた。何より、大切な人を失い過ぎた。
園長の中澤裕子は死んだ。頭を吹き飛ばし、血溜りの中に転がって。
長い間寝食を共にしてきた、園での孤児仲間も、ほとんどが帰らぬ人となって
いる。――― そして、現状を打破する突破口は糸口すら見えていない。
高校生の自分達が無理矢理放り込まれたにしては、余りに過酷過ぎるこの状
況下で、普通の感覚の持ち主であったならば、とっくに気が狂っていてもおかし
くはない。あの、安倍なつみのように。
- 51 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時12分24秒
( ……真希、市井さん。……真希、真希……梨華ちゃん、学校の皆…、部活
の仲間……ジュニア合宿で友達になった子達……。……真希 )
「ねえ、真希?」
それとも、とっくに気が狂っているのかもしれない、吉澤も、真希も。
特別扱いされることは多かった、そしてそれに慣れたつもりでいたけれど……
自分も真希も、かつては。
けれど、大事な人を永遠に失って、自らも生き残る可能性の少ない環境で、冷
静でいられる訳がないのだ。吉澤も真希も、ただ他人よりも感情の変化が顔に
表れにくいだけだった。それを、人は「強い」と評価した、それだけ。
目を伏せて、長い睫毛が吉澤の端正な顔に陰鬱を作る。憂いを帯びたままの
その表情で、小さく溜息を付きながら再び彼女は口を開いた。
「何かもう、疲れたよ…本当に」
それは、何より正直な思いを吐露していた。 ――― そう、疲れた、疲弊しきっ
ているのだ、自分は。
- 52 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時13分03秒
この、『デス・ゲーム』という文字通り死と隣り合わせのアホらしい‘プロジェクト’
が開始してから、ずっと神経を擦り減らして?
………いや違う、もうとっくの昔から。そう、自分が「偽りの自分」の仮面を被る
ようになってからずっと、疲れていたのだ。
「 ずっと優等生のふりして、真希以外に心開けなくって、そんな自分に嫌気も
差してたのに、変える勇気がなくって………いつか、いつか言おうって、先延
ばしにして。結局、言えなくて。…もう、疲れたよ」
「……………そう」
長い髪の毛をくるくると指に巻きつけながら、真希が短く応えた。吉澤は、気に
せず言葉を続ける。真希が、聞き流すであろうことは、予め考えていたことだ。
それでも、吉澤は言いたかった。聞いてくれるだけでいい、真希が。真希ならば、
きっとそっけない態度でも、突き放している様でも、ちゃんと理解してくれる。
- 53 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時13分44秒
「いつだって、誰かの期待に応えるために頑張ってた」
『すごい、よっすぃ〜全日本ジュニアの選手になったの?』
『やっぱりなあ、よっすぃ〜ならって思ってたよ!』
『頑張ってね、皆で応援してるからっ』
「…期待を裏切らないように生きてきた」
『吉澤さん、こないだのテスト学年3位だってえ』
『部活もやりながら、すごいよねえ』
『ほんと、何でもできるよね。性格もいいしー』
――――
『……ひとみちゃんっ』
――――
- 54 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時14分27秒
矢口真里や、中学生の辻や加護たちの明るい笑顔を「向日葵のような」と表す
ならば、それは水仙や百合のように控えめに、穏やかに微笑んでいた親友の少
女の残像が、吉澤の脳裏を去来する。
「……その割に、報われなかったけど」
首を小さく左右に振って、吉澤が呟いた。情けなかった、全てが。
思い通りになることばかりだと思っていた。この「ゲーム」が始まって、裕子や
なつみの死体を目にしたときも、まだ何処かで余裕があった。現実味を感じて
いなかった、とも言える。
たった1人で真冬の山の中をうろついているときに考えたのは、この場からの
脱出法や解決策などではなく、ごくごく平凡な過去の回想だった。
- 55 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時15分28秒
誤解されることが多かったとは言え、『優等生』吉澤ひとみとて、それなりに年
相応の感覚を持ちえていたのだから。
今まで、見返りを望んで『優等生』を演じ続けてきた訳じゃなかった。ただ、本性
を曝け出して、「嫌な人間だ」と周囲に蔑まれるのが怖かった。だから、全てを知
って、その上で自分に理解を示した後藤真希に依存した。
――― そして、真希も自分に依存していた。それは、市井紗耶香が留学して
園に彼女の姿がなくなったときから、最も顕著に表れ始めた。お互いに共通する
『信頼感』は本物だった。
吉澤は、真希が自分に依存してくるのは嫌ではなかった。むしろ、自分が紗耶
香という「本物の」優等生を越えた気がして、気分が良かった。
2人の親密性は、どんどん深まっていった。一線も超えた。真希は、特別だった。
だから、何処か現実味のないこの『デス・ゲーム』の中で、吉澤は唯一自分を
現実に繋ぎとめてくれる存在 ――― 真希だけを追い求めたのだ。
そう、自分を慕ってやまない、石川梨華を欺いてでも。
- 56 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時16分12秒
何かが吉澤の中で変わり始めたのは、梨華と会い、別れた直後からだった。
今にも消えて無くなりそうな、儚い背中を見せていた梨華の後ろ姿は、理由も
分からず吉澤を不安にさせた。
自分を認めて欲しいと願う心は、真希との再会を強く望んでやまなかった。
大切なのは、真希という存在だけだと思っていた。だから、梨華と離れることも
目的の為に必要な過程の1つだった、そのはずだったのだ。
後藤真希を探して歩き回る中、吉澤はたくさんの見知った顔が、息絶えている
のを目にした。感傷なんて、抱かないと思った、でも違った。
皆、仲間だった。ずっと続くと思っていた世界が、ガラガラと音を立てて崩れてい
く錯覚に陥って ――― いや、錯覚などではなく、現実だ。
不安になったのだ。
どんな不安? ――― 後悔とでも言おうか。石川梨華を、1人で行かせたこと。
- 57 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時16分59秒
彼女が自分に対して、友情以上の気持ちを抱いていることは知っていた。でも、
それだけだった、少なくとも今までの吉澤にとっては。
「死」というのが、はっきりと目前に迫っていた。それは、想像以上に近いところ
に存在していたのだ。真っ暗な口を開けて、自分達を飲み込まんとしていた。
―――
『ひとみちゃん』
――――
もし、死んだら。もう二度と、彼女のあの甘ったるい、照れてしまう程の優しい声
を聞くことは叶わなくなる。何より、隠し続けた自分の本性を、彼女に告げる機会
がなくなってしまう。……そう考えたとき、吉澤は気が付いた。
――― 人に、蔑まれるのが怖かったんじゃない。
私が恐れていたのは、失うこと。友人を、親友を失うこと。
安全な位置にいたかった。ちやほやされて、梨華から愛情を受け取って、自分
はただ完璧な笑顔を見せていればよかった。
- 58 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時17分38秒
そうして、鬱積した思いは、真希の所へ逃げ込んだときのみ、浄化されて。
安全だった、世界は、吉澤の味方だった。
弱かった、きっと、吉澤ひとみは。
それを認めたくなくって、仮面を被り続けていたのだ。そして心の奥では、仮面
を外したかった。素顔を、皆に見せたかった。
誰より、梨華に見て欲しかった、そして、言って欲しかった。
『あたしは、それでもひとみちゃんが好きだよ』
でも、その機会は永久に失われ、吉澤は外した仮面を捨てることすら出来ない。
石川梨華は、吉澤のために、ただ吉澤のためだけに人を殺したというのに。自
分にあくまで正直に生きて、素直に思いを告げて、死んだのに。
- 59 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時18分17秒
「馬鹿なのは、私だったんだ。……勝手に遠回りして、皆に壁つくってたのは、
私だけだったんだ。何で、今さら気付いたんだろ」
うっすらと笑みを浮かべながら、吉澤が長い溜息と共に自嘲気味な言葉を吐き
出し、真希は少し、眉間に皺を寄せた。
「ねえ、ひとみ。言わせてもらうけど」
吉澤が、自虐的な笑顔を浮かべたまま真希を見返す。絶望に打ちひしがれて
いるというには、まだその目の生気は失われていない。
これが、真希と一緒でなければどうなっていたのかは分からないが。
「 一生懸命やってくれ、なんて、誰も頼んでいないよ。頑張れって声に後押し
されて、頑張ることを選んできたのはひとみ自身でしょ」
「…………」
- 60 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時18分54秒
「 みんな必死だよ。生きてくって、必死になってもがいて、四苦八苦して、試行
錯誤を繰り返して、暴れてのたうち回って、いっぱい後悔して、学んで、それ
で何とか進んでいくものなんじゃないの? 最初から開けた道なんてないよ。
でも、誰も投げ出さない、投げ出せない。…這ってでも、進んでくんだ」
珍しく饒舌に、真希は語っている。吉澤は唇をかみ締めたまま、真剣な、それ
でも何処か無表情に見える真希の顔を見据えたまま、みじろぎ1つせずに彼女
の話に耳を傾けていた。
( 必死になって、もがいて……そうだね、真希も、そうだったね )
そうだ、吉澤は知っている。
市井紗耶香がいなくなってからの、真希の荒みようは凄かった。淡々としている
様で、常に飢えていた。何もかもに、満足できていないかのように。
- 61 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時19分44秒
真希が、街で知り合った様々な男を相手にしていることも知っていた。
知り合った男に、ホテルで妙なクスリを無理矢理打たれたことも知っていた。
直接には手を下さず、ネット上で目をつけた会社を相手に、恐喝・窃盗を繰り返し
ていることも知っていた。
けれど、ひとみはそれらについては何も言わなかった。言わなくても、真希が戻
ってくる場所は、吉澤の元しかなかったのだから。そして吉澤は、彼女を抱いた、
何度も何度も。それで真希が自分を保てるなら、と。
もう、互いに離れられない存在になっていることは、口にせずとも感じていた。
縛られている、とも思った。真希が、紗耶香を思って時々泣いているのも知って
いた。それでも、2人は2人だった。誰にも介入できない世界。
- 62 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時20分24秒
そして、吉澤は紗耶香ですら知らない、真希の大きな秘密をも知っている。
( さっきの様子じゃ、まだ市井さんには言えてないみたいだね、真希 )
吉澤の知っている、真希の重すぎる秘密。彼女が、その類稀で数奇な運命の
持ち主であることに素直に驚嘆すると同時に、それ故の深い悩みも知っていた。
誰が、それだけの試練を真希に与えたのだろう。
救う手段などないだろうと思う。それでも、吉澤は真希を見守っていた。真希も
また、吉澤が側にいることを望んでいる。それでいい、と吉澤は思う。
だって、それを解決しなければ、何も生きていけないという訳じゃないだろう?
「 悩みなんて、当たり前に皆抱えてる。誰かに影響されて、誰かに影響して、
生きてんだよ。『清く、正しく、美しく』 ―――― ? そんなモットー掲げて、
真面目に実践して大人になった人なんていないよ。でなきゃ、こんな馬鹿
げた『ゲーム』なんて、生まれるわけない」
- 63 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時21分27秒
「……うん」
吉澤が、小さく頷く。
「人ってさ、大なり小なり、それぞれに形は違うにしても、皆仮面被って生きて
いるんだよ。後藤だって、市井ちゃんだって、梨華ちゃんだって、学校の友達
だって、アイドルやってた加護や松浦はもちろん、皆そうだよ」
「みんな、そうなのかな。……そうだった、のかな」
「 そうだよ。………なーんて、後藤が偉そうに言えた立場じゃないけどさ。でも、
ひとみがあれこれ悩んでるのって、似合わないから」
きっぱりと言い切って、真希はやっと、笑顔を見せた。自分を擁護するわけでも
ない様子の彼女の淡々とした言葉に、吉澤は励まされる。意外でも何でもない。
これこそが、真希と吉澤が培ってきた関係性なのだから。
- 64 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月07日(火)19時23分42秒
「 真希…」
パンッ
唐突に、空気を引き裂く乾いた音が響いた。
真希に触れようとした手が、寸前で止められた。いや、そうではない、空を切った
のだ ――― 吉澤の身体が、ゆっくりと後ろへ傾いでいく。
( え………? ) 痛みを感じる間もなく、ぐらりと視界が弾むように大きく揺れた。
視界の端で、真希が僅かに口を開けて自分を見ていた。その姿がゆっくりと遠の
いていくのを、吉澤は映画のワンシーンみたいだと、客観的に思った。
【残り4人】
- 65 名前:flow 投稿日:2002年05月07日(火)19時25分10秒
- というわけで、一旦区切って次回へ続きます。
長いですね、ホント長いです。でももうすぐラスト…。
- 66 名前:flow 投稿日:2002年05月07日(火)19時25分44秒
- ラスト隠しをするのも、あと何度だろう(w
- 67 名前:flow 投稿日:2002年05月07日(火)19時27分51秒
- エンディングが近付くに従って、進まなくなる現象。
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月07日(火)22時46分53秒
- ネタバレレスがありませんように。エンディングまで読むの控えるか検討中。
- 69 名前:詠み人 投稿日:2002年05月08日(水)12時05分32秒
- こ、怖い!先を読むのがかなり怖いです。
何というか、副題の「それぞれの理由」が非常に意味合いの深いことに
今更ながら気付かされます。
- 70 名前:gattu 投稿日:2002年05月10日(金)01時49分35秒
- お久!!
読めない漢字を辞書で調べながら読むこと40分。
やっと終わった。
GW小説書いて忙しくてたまらんね。
文章をもっと見習おっと。初心者にはちょい厳しいけどね。
- 71 名前:はろぷろ 投稿日:2002年05月12日(日)05時00分02秒
- いよいよ・・・・・ですね。
続きを読むのがかなり怖いです。
後藤の心遣いいいですね。
- 72 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)15時52分10秒
- 今日あたりに更新かと予想してみる。
・・・作者さん、続き〜!!
- 73 名前:flow 投稿日:2002年05月17日(金)00時20分07秒
- 更新ペースが落ちまくっているのですが、少し言い訳を…
実は吉澤編は書き終わっていたのですけども、些細な勘違いから全部記録を
消去してしまいました。→書き直し→自分に怒り(w
というわけで、自分のアホ加減に呆れつつ更新です。
>68 名無し読者さん
ラストも近いんですが、文章がダラダラと長いので、根気のある方
ならば……最後にまとめ読みでも(w
>69 詠み人さん
それぞれの理由……副題でしたね。何気に個人個人のサブタイトルと
掛けてるんですが、内容の暗いこと暗いこと(w
>70 gattuさん
辞書で調べて……さすがgattuさん、ガッツ溢れる(略) あ、違う?
私もgattuさんの小説読みたいのですが…どこで書いてます?
よければ教えてくださいな〜
>71 はろぷろさん
いよいよ………でございます(w
後藤も不安定ですね。吉澤も不安定、みんな不安定ながら頑張ってます。
>72 名無し読者さん
おしいっす!(w
遅くなりましたが、今日やっと更新です。
それでは吉澤編の続きより再開です。
- 74 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時21分35秒
家族の記憶は、朧げにしか覚えていない。
――― ひとみ、何なのそんなにお洋服汚してっ!!
頬を張られる鋭い痛み、その痛む肌の上を伝う溢れ出した熱い液体。霞んだ視
界の向こうで、目を吊り上げて喚きたてる母の姿。
子供の目に映る母の怒りの形相は、文字通り「鬼」に見えた。
――― やめないか、子供に手を上げるなんて。
――― 何よ、あなた! いつもいつも遅く帰って、家のことなんて放ったらしのくせ
に、こういうときだけ偉そうなこと!!
――― どうしてそんな言い方をする、私は家族のために遅くまで会社で……!
――― あらそう。じゃあ、会社で残業すると女もののコロンの香り漂わせて帰る
のはどうしてかしら? あなたの部署、香水の開発でもしてるというの!?
――― よしなさい、子供の前でみっともない!
――― あなたっていつもそうよ、いざとなるとそうやって………
- 75 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時22分18秒
泣きながらそこら中の物や人にあたり散らす、情緒不安定な母。その母を、疲弊
しきった表情でなだめる父の姿。2人の視界に、私は入っていなかった。
幼いながらに覚えている記憶。父がいつの間にかいなくなったこと。(今考えると、
おそらく愛人かなんかがいたんだろう )
そして、半狂乱になって自殺した母。トイレで首を吊っていた母。
第一発見者は私だった。目を剥いて、涎を垂らし、ゆらゆらと揺れる母の遺体を
私は半ば放心状態で眺めていた。何だか、人よりは「モノ」って感じだった。
そこからは、どうなったのだか覚えていない。誰が呼んだのか警察が来ていて、
母の遺体は降ろされた。のだと思う。
私は、1人になった。
お父さん。どうしていなくなったの?
お母さん。どうして死んじゃったの?
- 76 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時22分52秒
私が悪い子だったから? きれいなお洋服、遊んで汚しちゃったから? ご飯こぼ
して、机を汚しちゃったから? お母さんのお化粧品、勝手に使っちゃったから?
5時のチャイムが聞こえなくって、おうちに帰るのが遅くなっちゃったから? お母さ
んに叩かれて、泣いたから? お父さんに、お休みの日に一緒に遊んでってワガマ
マ言ったから? お父さんとお母さんにけんかしないでって頼んだから ――― ?
私が悪い子だから、1人ぼっちになっちゃったの。悪い子だから。
――― 『ちょっと、何梨華ちゃん苛めてんだよっ!』
――― 『ありがとう、ひとみちゃん』
じゃあ、「いい子」になったら、私は皆に愛される? もう、1人ぼっちじゃなくなる?
寂しくなくなる? それって、楽しい……?
- 77 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時23分30秒
『さすが吉澤さん。先生、あなたに学級委員任せて、良かったと思うわ』
―― ありがとうございます、先生。
『ねえねえよっすぃ〜、バレー部入らない?人少なくて、困ってるんだ』
―― いいよ、私で役に立つんなら。
『吉澤さん、ここの問題教えてくれる? ありがとー、やっぱり頼りになるなあ』
―― そんなことないよ、たまたまそこ予習してただけ。
『今度、よっすぃ〜一緒に遊びに行こうよ!』
―― うん、どこ行こうか?どうせなら、みんなも誘おうよ。
『ええー、よっすぃ打ち上げ来れないの? よっすぃ来なきゃつまんないよ』
―― ごめんね、今度埋め合わせするからさ。
『ひとみちゃん。ケーキ作ったの。一緒に食べよ?』
―― 梨華ちゃんが作ったの? ああ、辻も一緒に? ありがとう、おいしそうだね。
「いい子」だったら、皆が私のことを認めてくれる。一緒にいてくれる。
私は、1人ぼっちじゃなくなる。寂しくない。だから、「いい子」でいればいい。
- 78 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時24分06秒
――――
ねえ、どうしていつも楽しくないのに笑ってるの
いつも嘘ばっかり言って、疲れない?
何が怖いの。何が嫌なの。他人に拒絶されるのが、そんなに怖い?
どうせ、他人であることに変わりなんてないのに
――――
―――
- 79 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時25分08秒
-
「………っ!」
「…ひとみっ!? ひとみ、ひとみっ!!」
珍しく動揺した声で、真希が床に倒れた吉澤に覆い被さるようにして呼びかけ
るのが聞こえる。後ろへ張り倒されるような強い衝撃の後、弾けるような激痛が
走ったのは、その数秒後だった。
「……っくぅっ」
何とか全身の力を振り絞って、倒れたまま何とか上半身だけを起こす。頭まで
響く様な強烈な苦痛を肩に感じ、吉澤は無意識に手で押さえた。
吉澤が苦悶の表情を浮かべるのと同時に、真希の視線は1つしかない出入り
口ドアに向けられていた。「 ――― 紺野っ!!」 声を荒げて、真希が叫んだ。
迂闊だった、咄嗟に真希は思った。
「…ひとみ、ごめんっ」 「はは、何で真希が…謝るんだよ」
激しい苦痛を伴っているのに違いないだろうが、吉澤は何処か危機感を感じさ
せないのんびりとした口調で返す。
- 80 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時25分47秒
「……尾行られてたんだ、まいたと思ってた、油断した」
ぼそりと吐き捨てるように、低い声で真希が呟く。先刻の動揺の色は、既に彼
女の表情からは跡形も無く消え去っていた。立ち直りの早さこそも、真希が真希
たる所以の1つだ。
真希がこの小屋に向かう際、探知機で紺野の存在は知っていた。姿も見た。
しかし、紺野をまいたと思った後、吉澤と再会を果たし、それ以降は探知機を
チェックすることを怠っていたのだ。「らしくないなぁ、イージーミスだよ」
吉澤が、真希の心中を読み取ったかのように茶化し口調で言う。口調と同じく
その表情も軽い。そして、笑っていた。
紺野が撃った拳銃の銃弾は、吉澤の肩を抉るようにして掠めていたらしい。服
が破れ、ぱっくりと口を開けた傷口から、鮮血が溢れ出している。
肩口を押さえている吉澤の手が、たちまち真っ赤に染め上げられていく。吹き
出した大量の血液は、肌の白い吉澤の手をじわじわと蝕んでいた。
- 81 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時26分30秒
「紺野、何が目的?」 ――― 入り口に佇む中学生の少女、紺野あさ美を感情
の篭らない冷徹な視線で睨みつけて、真希が静かに口を開いた。
「…………」
紺野は、拳銃を両手で構えたまま目を見開いて真希と吉澤を交互に見つめて
いる。静かな光を湛える彼女の双眸は、既に正常心を失った者特有の虚ろな色
を浮かべていた。
「紺野」
再び、真希が呼びかける。
冷静さを取り戻した真希は考えていた。吉澤の傷口は、即死に至るという状態
ではない。だからと言って、まったく問題ないという怪我でもないだろう。
ならば、何とかこの場を素早く対処しなければならない。 どうやって? 紺野の
武器は拳銃だ、真希は丸腰、吉澤は傷を負っている。
- 82 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時27分06秒
考えろ。
もし、他人を殺して生き残るのが目的ならば、真希を発見した時点で、…もっと
言えば市井紗耶香と2人で小屋にいるときに攻撃を仕掛ければよかったのだ。
( まあ、その段階で紺野が近付いてきていたら、間違いなく彩のショットガンで
返り討ちにしていただろうが )
しかし、紺野はそれをしなかった。ということは、紺野は少なくとも真希に対する
殺意はなかったことになる。少なくとも、「さっきまで」は。
それが何の前触れもなく、声を掛けることもなく、いきなり銃で撃ってきたのだ。
ということはつまり、何らか理由があるはずではないか?何か、紺野あさ美なり
の理由が。考えろ、考えろ ――― 。
「やっぱり、後藤さんは私のことを、見てくれてるんですね」
「………?」
- 83 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時27分43秒
たっぷり数十秒の間をおいて、ようやく口を開いた紺野が放ったのは、そんな言
葉だった。表情には出さないものの、真希が呆気に取られたのを、吉澤は気配で
感じ取っていた。当の吉澤自身も、ぽかんとしたが。
対する紺野は、何故か浮ついた表情で、うっすらと頬を染めている。拳銃を握り
締めたままの姿では、どうにもその顔では吊り合わない気がするが、そんな事は
お構いなしなのだろう、紺野はうつろな瞳のまま、幸せそうに微笑んでいた。
「私、いつも皆に苛められてて。当たり前のことみたいに、無視されてて」
紺野の目が、遠くの光景を見るように細められた。白っぽい表情に浮かぶ、僅か
な追懐の念。 ――― ただしそれは、余り楽しい思い出とは言い難い記憶を呼び
起こしているせいか、彼女の口元は皮肉っぽい笑みを湛えていた。
「 なのに、意地悪してた他の子は、みいんな死んじゃって。苛められてた私だけ
生き残ってるんだから、不思議ですよね」
「………紺野……」
- 84 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時28分20秒
吉澤からでは、自分の前に背中を向けて立つ真希の表情は窺い知れない。しか
し、彼女の声色から察するに、抑揚の感じられないいつもの声は、いつ爆発するや
も知れないという感情の起伏を匂わせていた。
ぞっとした。吉澤は、真希にではない、紺野にだ。
全く目立たなかった園での除け者。真希とてはぐれ者には違いないだろうが、彼
女は群れることを嫌った故、そして心を許せる友人が少数でもいればいいという考
え方を持っていた。だから、1人でいることも厭わなかったのだ。
しかし、たった10年とそこらしか生きていない未熟な精神の少女 ――― 紺野
の様に「いかにも」気の弱そうな少女が、いつも1人でいるというのは、果たして耐
え得るものなのだろうか? 非常にそれは、辛い経験なのではないだろうか?
『やっぱり、後藤さんは私のことを、見てくれてるんですね』
- 85 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時29分43秒
( まさか、紺野は………? )
もしも紺野が、一匹狼風だった真希に対し、ある種の連帯感のようなものを持っ
ていたとしたら。同じ「1人ぼっち」であり続けた真希と紺野。それぞれの事情こそ
違えども、確かに孤独という点で共通するものはある。
「 後藤さんだけが、私にちゃんと接してくれた。目を逸らさないで、話してくれた。
『私』って存在に、ちゃんと気付いててくれました」
皮肉っぽい笑みを瞬時に払拭して、紺野はふんわりと柔らかく微笑んだ。
不釣合いな黒い鉄の固まり ――― 拳銃を握り締める姿ではあるものの、これ
こそが、紺野あさ美本来の姿なのではないかと思わせるくらい、自然に。
「 この『ゲーム』が始まってからも、後藤さんは私のことに気付いてくれてたんで
すね。ずうっと、私がいることに気付いてくれてたんですよね」
- 86 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時30分19秒
微妙にスローペースで喋り続けながら、紺野は一歩一歩吉澤と真希に向かって
歩みを進めてくる。吉澤は自身の肩の傷に耐えるので精一杯だ、ショックに弱い
タイプの人間なら気を失っていてもおかしくない。
( 梨華ちゃんは、胸にボウガンの矢、刺さってたんだよね……よく我慢できたよ
なあ、あの梨華ちゃんが )
不意に、吉澤は現状を全く関係のないことを思い出し、我知らずクスりと笑みを
漏らしていた。( 昔っから、強情だったしな〜、梨華ちゃんって )
「だから、後藤さんと、お話したかったんです。私。あの時みたいに……」
紺野のか細い独特な調子を持つ声で、吉澤はふっと現実に引き戻される。座り
込んだままの体勢でいる吉澤と真希を、僅か1メートル程の至近距離から、紺野
が見下ろすように眺めている。いや、それは違う。
彼女が見ているのは真希1人だ。自ら銃で怪我をさせた吉澤の姿は、どうやら
紺野の視界からは削除されている。( ……ちぇっ…、こっちは無視かよ )
- 87 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時30分58秒
そして真希は、動けないのか、それとも動く気がないのか、近付く紺野を無感
情に見据えたまま身動き1つしない。吉澤が後ろに控えているので、動けないと
でも思っているのだろうか。だとしたら、守られるなんて冗談じゃないけど。
考えてみれば、吉澤が歩いてきたのは常に表舞台だった。それは学園祭の催
しものでも、修学旅行の班決めでも、もちろん得意なバレーボールでも、それらが
どんなに些細なイベントであっても、吉澤は中心的人物であり、注目を集めない
ことはなかった。
それが、この少女は ――― 紺野あさ美ときたらどうだ。まるで、自分の存在な
んてまるで目に入っていないかの様な態度。苦笑した。
「…真希。前に、紺野と何かあったの?」
「…………」
拳銃を握り締める(ただし、その手はだらりと下げられていて今すぐ撃つという
意識は見受けられないが)少女を微動だにせずに見上げる真希に、吉澤は囁く
ように問い掛ける。どう考えても、今紺野を刺激するのはよいことではない。
- 88 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時31分40秒
だが、真希に反応はなかった。紺野は、そんな2人のやり取りには気付いてい
ないようで、相変わらずのんびりとした口調で話を続けている。
「 嬉しかった。…誰かに、自分を気にしてもらえるってことが、こんなに嬉しいな
んて思わなかった。私は、いつも1人だったんです。後藤さんも、一緒ですよ
ね。……ふふふ。嬉しいな、後藤さんと、一緒なんて」
真希の目前で、紺野はゆっくりと膝を折ってしゃがみ込んだ。肩より若干長め
の黒髪が、さらさらと舞う。対照的な、餅のような白い顔。
( 違うだろ? 紺野、それは違うだろ………? )
再び、吉澤の背筋を冷たいものが流れた。嫌な予感。…というより、理解し難い
紺野あさ美の思考が、吉澤の戦慄を誘った。
( 真希と紺野は、全然違うんだよ。……違うんだよ )
- 89 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時32分16秒
確かに、真希は孤独を装っている風ではあった。しかし、彼女が2つ年上の市井
紗耶香に妹のように可愛がられていたのは園の仲間なら周知の事実だし、同じく
吉澤と真希が会話こそ少ないものの、親友同士であったことも皆知っているはず。
そして何より、抱えているものが違う。彼女の生まれ育った境遇、背負わされた
運命の重さ、哀傷、懊悩。真希が抱えているものは、たった16歳やそこらの少女
が背負うそれらとは訳が違っていた。吉澤しかそれは知らぬ事情であったけれど。
なのに、紺野の表情はどうだ。真希の顔を正面から覗き込んで嬉しそうに微笑む
彼女の恍惚とした顔。まるで今、世界に存在するのは自分と真希の2人だと言わ
んばかりの ――― 正常じゃない、こいつは既に……?
- 90 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時33分00秒
吉澤が結論を出したとほぼ同時に、真希もまた紺野の真意を掴みかけていた。
こんな状況であるが故に、錯乱して自分を見失ってしまった人間を見るのは、今
回が初めてではない。
真希を狙ったわけじゃない、紺野は。吉澤を撃ち、その上で自分を、後藤真希を
崇拝するかの様な言葉。多分……多分これは、紺野の鬱積された感情が、噴出
してしまった結果なのだ。当然、激しい怒りの感情などは、紺野を苛めていた同じ
中学生組の少女達に向けられていたはず。
そして、同じく「孤独」な環境にあった(と紺野は思い込んでいるらしい)、真希と
の接触。吉澤の排除。真希しか見ていない狂気の目。綻んだ表情。
――― 何を望む? ねえ紺野、あんたの望みは、………。
同じ目線になった紺野の顔を、至近距離から真希が見据えた。紺野は表情1つ
変えない。さも、真希に会えた事に嬉々としているかの如く、口元を緩ませたまま。
- 91 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時33分40秒
「……紺野は、後藤を殺す?」
出し抜けに真希が口を開いた。
虚を突かれたのだろう、紺野が目を見開いた。背後で話を聞くしかない吉澤も、
ぎくっとして身を起こしかける。すぐに激痛が走って、顔をしかめた。
「 自分を苛めてきた友達はみんな死んだ。生き残るのは1人。死んだ仲間を見
返すには、生き残るのが1番有効だものね。それには、後藤やひとみが生き
てちゃ邪魔でしょ。銃なら、頭を撃ち抜けば1発だよ」
「……真希?」 「後藤さん、ちがう、ちがいますっ!」
初めて、紺野が激しい感情の変化を見せた。くりくりと愛嬌のある目を丸くして、
子供が駄々をこねるときのように首を左右に振る。
「 私はっ、私は後藤さんに、後藤さんだけに………会いたくって……もう一度…
もう一度、私をちゃんと見て欲しかったんです。確かに、生き残りたい。その為
に、皆を殺してきました、だけど……後藤さん……」
「…………」
- 92 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時34分21秒
表現すべき言葉を失って、紺野はがっくりとうなだれた。逆に、肩の痛みを無視
して顔を上げたのは吉澤だ。( …一緒だ!? ) 衝撃が走った。
たった1人の理解者として、真希を探していた吉澤と。
同じく、自分と唯一真っ向から向かい合ってくれた真希を慕っていた紺野と。
付き合ってきた年数の長さや、その深さは当然の如く全く異なる。そもそも、紺
野が真希に憧憬の念を抱いていたこですら、今初めて知りつつあることなのだ。
――― もし、真希と紺野がそれなりに深い付き合いがあったとしたらならば、そ
れを吉澤が気付かぬはずはない。
つまり、紺野はほぼ一方的に後藤を想っていたことになる。それでも、生命の
危機に瀕している現状では、元々はごく小さな欠片に過ぎなかった1つの「感情」
が膨れ上がり、はっきりとした形を帯びてもおかしくはないだろう。
- 93 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時35分01秒
紺野の中に芽生えていた淡い想い。元来気が弱く、苛められっ子で他人との密
な交わりをほとんど持たなかった紺野。
そして、与えられた狂気を現実にする武器 ―――― 拳銃を手にしたとき、紺野
の中で何かが叫んだのだ。それを本能というのか、吉澤には見当もつかないが。
『後藤真希を探せ』と。
「……後藤さん、私、生きたいんです。死にたくないんです。……でも、1人で、
1人で生きてくなんて絶対に無理……出来ません。だから、後藤さん。……
一緒に…私と一緒に、いてください。……一緒にいてください……」
「………」
真希は、紺野が切々と訴えている間ずっと、ある意味上の空とも言えるような
危機感のないぼんやりとした表情で、終始無言のままだった。
「ねえ、紺野。何人、殺した?」
「………えっ?」
沈黙が続くかと思いきや、唐突にそれを打ち破ったのは真希だった。風でカタカ
タ鳴る窓に目を向けたまま、普段と変わらぬ落ち着いた声。
- 94 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時35分40秒
「皆を殺してきたって言ったよね。何人殺したの?」
ぽかんと口を開ける紺野に、全く焦れた様子もなく、真希は再度同じ質問を繰り
返した。やはり、窓に視線を向けたまま。
紺野は困惑した表情で、それでも焦点の定まらない瞳のまま、ゆっくりと指を折
りつつ口元で何かを呟く。「……え、…と、…人……ちゃんで……人……」
やがて、紺野は指を折ったまま目線を真希へ戻した。相変わらず、吉澤の存在
は元々なかったかの様に、全く意識すらされていないが。
「2人です。里沙ちゃんと、麻琴ちゃん……」
右手の人差し指と中指を立てて、紺野はにっこりと微笑んだ。たった2人を数え
るには時間がかかり過ぎている気もするが、それも彼女から正常な思考能力が
抜け落ちてきている結果なのだろう。
「じゃあ、あと3人だ」
「え?」
- 95 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時36分21秒
笑ったままの口をぽかっと開けて、紺野は何処か間抜けな表情で声を上げる。
きょとんとした表情からは、狂気こそすれ悪意は微塵も感じられなかった。少なく
とも、間近で彼女を観察している吉澤にとっては。
( それもこれも、真希が影響してるせいか? ……一体、紺野と真希には何が
あったんだよ……。それに、3人って…… )
溢れ出す血液を少しでも止めようと強く肩口を押さえつけながら、吉澤は痛みで
朦朧とし始めた意識を何とかフル回転させて考える。真希と紺野。嬉しそうな紺野
に対し、相手が拳銃を持っているというのに落ち着き払った真希の態度。
おそらく『3人』というのは、残った人数 ――― 真希と吉澤、それにこの場には
いない市井紗耶香のことを差すのだろう。つまり、真希は紺野を挑発しているの
だ、明らかに。 ( でも、何のために? ) ………分からない。
- 96 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時36分55秒
「 後藤と、ひとみと、市井ちゃん。紺野はあとたった3人殺せば生き残れる……。
ほら、さっさとやっちゃわないと、自分が殺されちゃうよ?」
「……ご、ごとうさん? だから、私は……」
「 甘っちょろいこと言ってないで。殺したんでしょう、友達を。あんたは乗ったんだ。
この『ゲーム』に。今さら、もう出来ないなんて、通用しない」
「 ――― 」
「 あんたは、仲間を殺して生き残ることを選んだ。後藤さあ、前に言ったよね。
『人はいろいろ勝手に思うんだよ』って。それは『変えられない』って。覚えてる?
紺野は、生き残ることを選んで、後藤にそれは変えられない。そして、紺野がそ
れを選んだのは、後藤の言葉に影響されたからだ。だったら、後藤には責任が
ある。あんたがその道を選んだこと、仲間を殺してきたこと、そして、あんたの
結末を見届ける義務がある。だから、自分で決めな」
紺野が呆然とした表情で、真希を見返した。口をぱくぱくと動かすが、当然それ
は言葉としては出て来ない。明らかに混乱した様子だった。
- 97 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時38分16秒
「 生きるか死ぬか。紺野、自分で決めるんだよ。あんたは今まで、後藤の言葉
に感化されて、友達の苛めに失望して、今までやってきたんでしょ。…ここなら、
あんたを邪魔する人も、咎める人も、誰もいないよ。自分で考えて決めることが
出来る。どうしたい? 殺すのは簡単だよ。どうする?」
「わたし、わたしは………」
淀んだ表情で、紺野はようやく口を開く。
「わたしは、死にたくない。だけど、生き残ることもできません…」
真希が少し、目を細めた。しかし何も言わず、真希は紺野を見据え続ける。紺野
に変化が表れたのは、その直後だった。
「だから後藤さん。後藤さん、一緒に………」
- 98 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時38分56秒
ぎらりと紺野の目が異様な光を帯びた。吉澤が動いた。真希は、動かない。
「………くあっ!」
ズンっと、重く鈍い痛みが腹部に走った。ちかちかと火花が散って、視界が左
右にぶれる。紺野に突進しかけていた吉澤が一瞬、止まったかに見えた。
低くうめいて、吉澤は腹を抱えこむように体を丸めながら、それでも動き出した
身体は止まらない。「……にゃろっ……」 紺野が目を見開いて、間近に迫った吉
澤の顔をまじまじと見つめている。
その手の中にある拳銃は、たった今火を吹いたばかりで、白く細い硝煙を立ち
昇らせていた。紺野の手がぶるぶると震えている。「……あ、あ………」
紺野が、動揺した声を上げて手の中の拳銃と、もう目と鼻の先まで接近してき
ている吉澤の顔を交互に見やった。 ――― 動けない。
吉澤が食らう二度目の弾丸は、腹をまともに貫通していた。意識が飛ぶような
猛烈な痛みが襲う中、吉澤は呆然と未だに拳銃を見つめる紺野の手を、間接技
を掛けるようにぐっと捻り上げた。
「ぎゃうっ!」 唐突な痛みに顔を歪め、紺野がくぐもった声で叫ぶ。
- 99 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時39分40秒
けれど、これはまだ序の口だ。本当の痛みはこれからだよ、紺野?
「……ひとみっ!?」 ようやく我に返ったのか、真希がやや動揺した声を上げる
が、吉澤はそれを無視した。
強引にひねられて妙な方向に曲がっている紺野の腕の関節。それでもまだ、強
情というべきか紺野の手は拳銃を握り締めていた。
しかしそれが、命取りだったのだ。
「い、いたっ、痛い、痛い、痛いぃっ!!」
間接を曲げられて悲鳴を上げる紺野の腕が、ぎりぎりと軋む感覚が伝わっきて、
吉澤はぐっと唇をかみ締めた。暴れる相手を手負いの状態で抑え付けるのは、尋
常でない痛みが伴う。額に、びっしりと玉のような汗が浮かんでいた。
「ひとみっ、ひとみ傷口がっ…」
「真希は手を出さないでっ!!」
一体どこからこんな力が湧いてくるのだろうと我ながら不思議に思える程、吉澤
は背後から掛けられた声に、全力で言い返した。
鬼気迫る吉澤の口調に、さしもの真希も口をつぐんだ。
- 100 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時40分39秒
真希の呼びかけは、決して意味のないものではなかった。吉澤の腹を貫通した
傷口からは、肩のそれとは比べ物にならない程の大量の血液が流れ出ている。
おびただしい量の血が、吉澤の腹部の衣服を真っ赤に染め上げていた。見てい
るだけで貧血を起こしそうな光景だった。
「……紺野、悪いけど、まだあんたと真希を一緒に行かせるわけにはいかない
んだよ。……っく、もうちょっと、2人で話す時間、くれないかなぁっ…」
「ぐあああ、ぐあああああっっ」
吉澤の声が聞こえているのかいないのか、紺野は吉澤から逃れようと奇声を発
しながらもじたばたと暴れ回る。しかし、手負いとはいえ力で紺野が吉澤に敵おう
筈もなかった。ますます、腕は不自然な方向へ曲がっていく。
――― パンッ
「がっ!!」
―――― パパパパンッ
「……かっはっ…!!」
狭い小屋の中に、何度目かになる銃声が連続で響き、それに呼応するように
押し殺した断末魔の叫び声が紺野の口から漏れた。
- 101 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時41分15秒
何とか、吉澤の束縛から逃れようとした結果だった。拳銃の引き金にかかりっ放
しだった紺野の指が、勢いで引き金を引いてしまったのだ。それも、連続して。
もし仮に、彼女の拳銃が自動式ではなく回転式だったら ――― そして、撃鉄も
起こしていない状態だったなら ――― このような「事故」は起こることもなかった。
けれど、それを紺野あさ美が知る由もない。市井紗耶香だったら、それくらいは
理解していたのに違いないとしても。
そして、その不慮の「事故」は、確実に紺野の命を奪っていた。否、奪いつつあっ
た。自らが引き金を引き、不幸にもその数発全て自身の身体に鉛弾を受けた紺野
の身体は、銃声の度に飛び跳ねる様に奇妙な浮き沈みを見せていた。
「………っえぇ?」
きょろきょろと動き回る紺野の瞳が、自分の口から溢れ出した血を両手で受けて、
場違いな緊張感のない声を上げた。ごぶごぶと、鮮血を吐き出しながらそれでも
まだ、自身の体に起きた変化には気づいてもいないらしい。
自分の胸から腹にかけて、数個の風穴が空いている、そのことに。
- 102 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時42分06秒
「……なに、コレえ…?……やだ、ごと、ぅ、さ……」
見るからに血の気を失っていく紺野の口から細く放たれた言葉は、真希の元へと
届けられる。それでも、真希は僅かに口を開いたまま、反応しない。
「……いた、たすけ、これ、血だ、……いや、やだ………っ」
血塗れになった紺野がそれを言い終えるのを待っていたかのようなタイミングで、
彼女の体は支えるべきものもなく、ふらふらと2,3歩歩いたところで床へ崩れ落ち
た。じわじわと床に広がっていく赤い液体。
痛い。痛い? それが、撃たれた人間の痛みだよ。
怖い。怖い? それが、死に行く人間の恐怖だよ。
「ヒッ……」
ぶくぶくと口の端から血の泡を吹きながら、紺野が恐怖に引きつった声を上げる。
吉澤は、彼女の口が声にならずに『里沙ちゃん、麻琴ちゃん』 ――― そう言った
様に感じた。そう、あくまで感じただけだったけれど。
- 103 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月17日(金)00時42分50秒
死の間際に、紺野が何を目にし、何を感じたのかは分からない。しかし、今さら
それらを理解する必要もなかった。何もかもが狂ったこの世界で、真実を理解する
なんて不可能なのだ。全て、無意味だ。
やがて、床に横たわったままビクン、ビクンと痙攣を繰り返していた紺野の体は、
数十秒後、ぴくりとも動かなくなった。
「………死んだ…?」
苦痛に顔を歪めながら、吉澤が紺野の顔を覗き込んで呟いた。
急速に拡大していく彼女の瞳孔と、床に広がった血液の量からしても、紺野が
ほぼ即死状態であることを覆す材料は存在しない。
死んだのだ。たった14歳の少女が今、自分自身で撃った拳銃の銃弾により、そ
の若い命を失った。
2人の中学生の命を奪い、吉澤をもまた傷つけた銃によって、紺野あさ美の膨張
しきった狂気は実に呆気なく終幕を迎えた。
【残り3人】
- 104 名前:flow 投稿日:2002年05月17日(金)00時43分34秒
- 長い長い……でもまだ続きます。
- 105 名前:flow 投稿日:2002年05月17日(金)00時44分24秒
- 今回のシャッフルはかなり冒険ですね〜(関係なし)
- 106 名前:flow 投稿日:2002年05月17日(金)00時44分57秒
- それではおやすみなさい……
- 107 名前:はろぷろ 投稿日:2002年05月17日(金)02時50分16秒
- たしかに今回のシャッフルはわけわからないですね。
人多すぎですよね。
紺野は最後までかわいそうでしたね。
吉澤かっこよかったです!負傷が心配ですが・・・
おやすみなさい
- 108 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)11時36分32秒
- ああ〜・・・
バトロワな展開になってきましたね。毎回の大量更新、すごいです。
続きを手に汗握ったまま(笑)お待ちしてます。
- 109 名前:ショウ 投稿日:2002年05月18日(土)00時35分26秒
- は〜、なかなか急展開。
前の更新読んだとき一瞬ごっつぁんが撃ったのかとちょっとおもったw
>作者さん
書き直したりなかなか大変なようで・・がんばってくださいな^^
- 110 名前:3105 投稿日:2002年05月18日(土)01時32分54秒
- ついに残り3人になっちゃいましたね。
この先どんな結果になるのかとても楽しみです。
- 111 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月18日(土)23時57分26秒
- 超大作!!
ラストに向けてますます目が離せないです。
後藤へのひたすらな気持ちだけで
ここまで生き延びた紺野に脱帽・・・
- 112 名前:flow 投稿日:2002年05月19日(日)22時38分10秒
- 前回の更新で一気に載せるはずだったのですが、予定外に長くなり過ぎた
ので今日また更新いたします。更新速度に非常にばらつきがありますが、
何卒ご容赦くださいませ……もうすぐなので……
>107 はろぷろさん
紺野もそうですが、基本的に皆報われていない感じかもしれませんね。
ラストに向けて、必死に執筆中ですが、どうぞ最後までお付き合いください!
>108 名無し読者さん
バトロワな展開ですね(w
更新する度、自分でもごちゃごちゃして読み辛いな〜と、反省しきりです。
- 113 名前:flow 投稿日:2002年05月19日(日)22時38分52秒
- >109 ショウさん
4スレ目、急展開です。もうラストも近いので。
…で、確かに前回更新分は後藤が撃ったようにも見えますね。ご指摘を
受けて、「そういう見方もあったか!」と気付いたアホ作者です(w
>110 3105さん
「やっぱりこういう面子を残してきやがったか!」と思っている方もいら
っしゃるかもしれませんが、一応最後まで気は抜かずに頑張ります!
>111 名無し読者さん
超大作……おおぉ、恐れ多いですっ!
確かに長さだけなら大作かもしれませんが → 超長編?(w
そうですね、紺野、頑張りました。。。
それでは、吉澤編の続きを更新します。
- 114 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時39分48秒
「……ひとみ、それより、傷っ!血がっ…!」
我に返ったように真希が慌てて吉澤に近付いた。
黒いセーターを着ているせいで分かり辛いが、彼女が穿いているジーンズにまで
赤黒い染みが侵食していることから考えても、それが単なるかすり傷の様な傷では
あり得ないことを物語っている。
「……るさい、バカ。真希、本当バカだね」
「は?」
「バカだ、って言ったの………ったく、アンタ頭いいんでしょ?何、やってんだよ」
「………」
「 真希が、紺野に情けかけたのは分かってるよ。変なとこで、優しいんだから…
バカだよ。それが。紺野は本来、ううん、普通の中学生や高校生が、人を殺し
て平気なはずはないんだ。でも、紺野はそれが何でもないようなことのように
言ってた。それに、真希にも会いたかったって」
「…………」
- 115 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時40分31秒
腹の傷などものともしない様な、抑揚のない声で淡々と喋る吉澤を、真希も無表
情に聞き入れている。しかし、真希の表情にはどこか、余裕がなくなっているかの
様にも見て取れた。それでも口を挟まず、ただ吉澤の言葉に耳を傾ける。
「 それが、少なからず真希に責任感を生じさせた。直接的に関係したわけじゃな
くてもね。紺野があんな風になってしまった、何らかのきっかけを与えたのは自
分だって……。違う?」
2人の視線が絡み合って、吉澤は刹那、息を詰まらせた。そんな顔しないでよ、
真希? アンタが憎くてこんなこと言ってんじゃないんだよ、分かってると思うけど。
呆れてんだから、真希の無鉄砲さに。ちょっとくらい、叱らせて。……多分、真希
に説教できるのなんて、これが最後だ。
「 仮に紺野が生き残って優勝したとして、今、興奮状態にあるそれが現実に引き
戻されたとき、彼女が自我を保っていられる保障はない。それどころか、発狂し
てしまう可能性の方がよっぽど高い」
- 116 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時41分10秒
「…………」
「 悪意のない殺人ってのは、本当に性質が悪くってしょうがないんだよね……。
紺野は少なくとも、この 『ゲーム』 の中で、友人を殺めることに対する良心の呵
責なんてものはなかった。自分が生き残ったとして、それが一体どれだけ自分
を苦しめることになるか、まるで分かっちゃいなかったんだ」
次第に息苦しさを覚えて、吉澤は一旦話を止めると、小さくけんけんと咳き込む。
心なしか、周りの風景が一段と暗さを帯びてきている気がした。真希が心配そうな
素振りを見せるが、それを片手で制して吉澤は顔を上げる。
――― ねえ真希? ホントは、早く紺野を解放してあげたかったんでしょ。
さっきの紺野は、きっと本来の姿じゃなかった。明らかに、異常だった。早く終わ
らせてあげたかった。あのまま生き続けても、紺野はきっと、救われないから。
………
分かるよ、それは分かる。でも、人は理屈で動いてるわけじゃないよ。追い込ま
れた人間がどういう行動に出るか、安易に考えすぎなんだよ。気付かなかった?
- 117 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時41分47秒
紺野が、真希を思ってる気持ちはきっと、真希が考えてる以上のものだった。
それが、どういうことか分かる? 苛められっ子だった紺野が、唯一憧れた少女
が死の瀬戸際で自分のすぐ側にいたとして、どうにかしてその彼女にすがりたい
と思うってことに、どうして気付かなかった?
―――
「 心中しようとしたんだよ、紺野は! 真希と一緒に!! ったくこのバカ、どうして
そんな簡単なことに気付かないんだよっ!!」
荒立った感情全てを吐き出す様に、吉澤が真希を見据えて叫んだ。怒り、悲しみ、
吉澤が真希のことを大事に思っていればこその、心からの叫び。こんな状況でも、
いや、こんな状況だからこそ、命の重さは何にも変え難い。真希とて、それを理解
しているはずだった。少なくとも吉澤はそう思っていたのだ。
その吉澤にとって、真希の起こした行動は軽軽しいものに見えて仕方なかった。
こんな場面だからこそ、少しの思い違いや予見間違いは、命取りになる。
- 118 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時42分29秒
「 ……分かってたよ。紺野は、本当に追い詰められた目をしてたもの。…だけど、
救うことなんて無理だってことも、後藤は知ってた。だから、あの子自身に最後
の決断を選択させてあげようって思った……」
「 その結果がこれだよ!? 紺野は確かに自殺しようとした、だけどそれだけじゃ
なかったろ!! 真希も、道連れにしようとしてただろ!? 私が言いたいのは、
どうしてそれに気付かなかったんだってことなんだよっ」
大声を張り上げる度に、体がバラバラになりそうな痛みを伴うが、それを悲鳴とす
る代わりに、吉澤は真希へと叫びをぶつけた。目の前に火花がパチパチと散る。
真希もまた、キッと吉澤を睨みつけると、口火を切った。
- 119 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時43分06秒
「 だって、他に方法なんてなかったじゃない! ひとみから、紺野の意識を逸らせ
る方が先決だったんだもん、後藤には!! 紺野の目的は、後藤と生き残ること
だったんでしょ? だから、ひとみを狙ってきたんだよ? あのまま、またひとみが
攻撃されてたら ―――― 」
「私は、真希に守ってもらうことなんて望んでないよ!」
畳み掛ける様に吉澤が言葉を投げつけると、真希は目を伏せて溜息をついた。
何処か虚ろな、投げやりとも取れる沈鬱とした重苦しい雰囲気の中、真希が疲れ
た様な声で口を開きかけた。
「………別に、後藤は」
「死んでもよかったなんて、言わせないよ?」
「………」
唇を舐めて、吉澤は真希を睨みつけた。相当の深手を負って、顔色は蒼白にな
り、脂汗を滲ませながら、それでも吉澤は苦痛の色を見せなかった。吉澤が真希
の前でここまで強情に自分を抑え付けるのは、これが初めてだった。
静かな睨み合い。
- 120 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時43分45秒
「 言ってないんでしょ? 市井さんに。あのこと、まだ言ってないんでしょ。………
だったら、真希はまだ死ねないはずだよ。言わなきゃ駄目だよ。私は、言わな
くて、……伝えられなくて、後悔してる。すごく、後悔してる」
ふっと、真希の目に感情の色が蘇る。 はっとした様に吉澤を見返す彼女の目に
強い自責の念が表れた。
「………」
「 市井さんを残して私に会いに来たのは、そういうことなんでしょ。分かってるよ、
分かってる……『大丈夫、待ってて』。最初に真希、そう言ったね。声には出さ
なかったけど、私には聞こえてたよ。待っててって」
真希が目を見開いた。言えなかったこと、吉澤にようやく再会したものの、言い
出せずにいたこと。それを、吉澤が先に口にしたことに対する単純な驚きと、深い
後悔の色が真希の顔にありありと表れた。
- 121 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時44分35秒
「 生き残るのは……『たった1人』。……だったね。それ、聞いて、私すぐに分かっ
たよ? …真希が描いたシナリオ……、うん、やっぱり、当たりだった」
「……ひとみ、ごめ……ごめん……」
苦しそうに、真希が呟いた。吉澤の目を直視することが出来ず、真希は吉澤から
少し視線をずらして、床の上に目を落とした。そこには、先刻命を失ったばかりの紺
野あさ美の死体が横たわっており、広がった血の海が濡れて光っていた。
「 なんで……謝るんだよ、ばぁか。……分かってたよ、真希が、誰を選ぶのか、
くらい。どんな…結末を望むのか、くらい。だから、市井さんの、元じゃなくって、
…私のところへ、来たのか。分かって……分かってんだよ……」
「ごめん。ひとみ、ごめんね」
- 122 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時45分18秒
口元を歪めた吉澤が、皮肉っぽい笑みを浮かべたまま床に寝転がった。
大の字になった体勢で、吉澤は目だけを動かして傍らに座りこんだ真希を見上
げる。真希は口を結んで、必死に何かに耐えている表情を見せていた。
「……ったく、…泣く、なよ、……こ…のくらい…で。……真希は、泣くな。ない、
泣いちゃ……駄目だ…真希は泣いちゃ……」
―――
ずっと同じものを見て、一緒に笑っていられると思ってた。
ずっと同じ痛みを抱いて、一緒に涙を流してゆけると思ってた。
ずっと隣りで、一緒に歩いて生きていけると思ってた。
―――
「…ま、真希………? ほら、笑って、笑えって…」
血塗れの手で、吉澤は口元を歪めて真希の頬をつねり上げた。にっ、と苦しげ
に笑んで、そのまま真希の頬を愛おしそうに撫でる。
- 123 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時46分15秒
彫像のように固まって、吉澤の手が触れるのを受け入れながら、真希が口元を
震わせて潤んだ瞳で吉澤に視線を落とした。下を向いたせいで、涙が零れそうに
なったが、必死に耐えた。
―――
そんな時間が、ずっと続いていくと思ってた。そう、願ってた。
――
「ひとみ……。やめてよ、嘘でしょ、冗談やめてよ。笑えるわけない」
「 ……どうしてさ。…真希は、笑ったほうが、ずっと、かわいい…って…」
「………」
血塗れになった吉澤の手が、俯いて震えている真希の手の上に重ねられた。
「笑った、顔………見せてよ?」
- 124 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時46分56秒
――――
だけど、それがもう無理な望みだってことも、私達はきっと最初から分かっている。
だから今。
キミの元で死を迎えられることがとても不思議で、悲しくて、寂しくて、切なくて、
最高に幸せだと思えるんだよ。
――――
「…っはあぁ……やばい、もう限界かな……」
ふっと目を閉じて、長く細い溜息を吐きながら、吉澤が低い声で呟くと、真希が
それにダイレクトな反応を示した。びくり、と大きく肩を揺らす。
「待ってよ! まだ行かないで、置いてかないでよ、やめてよッ」
感情のままに揺り動かすと、吉澤の傷をより拡げかねないので、真希は自分の
手の上に重ねられている彼女の手を取って、強く握り締めた。
そうしている間にも、吉澤の生命の灯が消えつつあるようで、不安で堪らない。
- 125 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時47分44秒
「 ……っくはぁ、力、入んないわマジ…。笑えるよ、もぅ。これでも私、バレー…
ボール…ジュニア代表なん、だけ、どなぁ?」
「 もういいっ! ひとみやめて、やめてお願いやめて、血が、……血が止まらな
いよ。……どうして、どうして止まらないの!? やめてよ、何でよぉ!」
「……銃で撃たれ、たら、そりゃあ血も出る……ってね…」
「ひとみ、ひとみ、ひとみヤダッ!!」
―――
ねえ、真希?
お互いにずっと向かい合ってきた相手は違うけど、
きっと、いつも手を握っていたのは私達だよね。
――――
- 126 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時48分29秒
「…ま、真希、これ……」
うっすらと微笑みを口元に讃えながら、吉澤が真希に差し出したもの。それは、
ゲーム開始後から未だ使用していない、自分の武器 ――― サバイバルナイフ
だった。皮製の鞘に収められたそれはまだ、誰の血をも吸っていない。
「何よぉ、これ…っ! どういう意味よ、何よぉ、やだよ」
ナイフを手渡された真希が、子供の様にかぶりを振った。
もちろん、吉澤がそれを使う機会はもう残されていないだろう。けれども、ナイフ
自体にはまだ、その役割が残されている。
それがどういう意味であるのか、吉澤の行動が何を示すのか、以心伝心の2人
であるが為、真希がそれを察しないはずがなかった。
「こんな、時に馬鹿な冗談やめて。お願い、やめてよ、やめ……」
真希の言葉が不意に途切れる。
床に寝転んで腹部から血を流したまま、吉澤が真希の身体に腕を伸ばし、自分
の方へと引き寄せたのだ。 「…ひとみっ……?」 吉澤の上に、覆い被さるような
体勢で驚いた様に目を見開き、真希が動揺しているのが伝わってくる。
- 127 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時49分14秒
「ひとみ、だめだよっ、傷口が、開く、開いちゃうよっ…」
サバイバルナイフを手放すことも忘れ、真希が焦った口調で吉澤に訴えかける
が、吉澤には端からそれを聞き入れるつもりは毛頭なかった。
「あったか、い……やっぱ、抱き心地、いいよ、…真希」
抱き締めた体勢のまま、吉澤は真希の耳元で囁いた。いや、もう大きな声など
出せないのだろう。果たして自分がどのくらい血液を流したのか分からない。
けれど、今こうして生き延びていることすら奇跡的であるような、重症を負ってい
ることは間違いないのだ。痛みすら感じない程、深い傷を負っているのだと。
しかしまだ足りない。まだ梨華達、先立った友人らの元へ行くには至らないのだ、
これでは。だから、こうする。彼女を選んだ、その役に、彼女だから選んだのだ。
自分を “向こうの世界” に送ってくれる対象に、無二の親友を。
- 128 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時50分00秒
「 辛いこと、頼んでるって……、…分かってる…。だけど。真希、お願い。真希で
なきゃ、出来ないことなんだ。頼むよ、お願い…」
「無理だよっ、出来ない、後藤には、出来ない出来ないっ、嫌だ!」
ごほっと、吉澤の口から赤い霧が吐き出された。違う、それは紛れもなく吉澤の
身体を蝕んでいる死への宣告の第一歩だった。
――― 吐血。吉澤の傷が、浅くはないことを決定付けるには充分過ぎた。
真希の肩から頬にかけてが、吉澤の鮮血で赤く染まった。真希を抱き締める腕
に一瞬力を込めたその後、曖昧に微笑んで真希の体を押し返す。
虚を突かれた顔で真希は、体を離して小さく首を振る吉澤を見つめた。
「ごめん、服、汚した…」
「そんなの、そんなのどうだっていいよ! ひとみ、いいから ――― 」
吉澤はもう一度、微笑んで見せた。唇をかみ締めた真希が、虚ろな表情で吉澤
を見返して黙り込む。
「 こん、な……チンケな武器、絶対に使う機会なんて、ないと思って、たけど…。
でも、…く、きっついんだよ、このまんま、じゃさ……」
- 129 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時50分56秒
自分を張り詰めた瞳で見つめる真希の視線を振り切って、吉澤はぼんやりと天井
を見上げた。すぐそこにあるはずの簡素な小屋の天井が、今は何故かとても高く感
じられた。不思議な、物悲しい気持ちが胸を過った。
( ………ここまでか、なぁ。…おっかしいの、ジャンプ力なら誰にも負けないのが
自慢だったのに、私。……天井が、あんなに遠いよ…… )
タンタンと脳裏に響くバレーボールの弾む音。無心でボールと戯れた幼少時代。
いつの間にか、それは吉澤の特技になった。誰より上手だった。何より、吉澤は
バレーボールが好きだった。皆に認められる材料の1つとしてではなく、ごく純粋
な気持ちとして。
( …今みたいな素直な気持ちで、みんなと接してたら…… )
何かは違っただろうか? 少なくとも、本心を隠し続けてきたことに対する後悔は
なかったかも知れない。好きなものを「好き」と言える気持ち。嫌いなものを「嫌い」
と言える気持ち。( ああ、バレーやりたいなぁ…… )
- 130 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時51分43秒
ぼうっとした思考で、吉澤は天井を見上げて思った。でも、ああそれはきっともう
無理だね。だって、今の私の体じゃジャンプもまともに出来ないよ。得意のスパイ
ク、打てないじゃん。残念。
( ……動けないって、……こんなに辛いものかなぁ…ったく、情けねえ… )
「だった、ら、ひと思いに、……ってもらった方が、助かる…」
「…………」
目に涙を溜めて、真希が切羽詰った様に首を横に振った。長い髪が、ゆらゆらと
踊るように舞って、吉澤は眩しそうに目を細めた。天井から再び真希へと目線を戻
し、切れ切れながらも口を開く。
「…真希になら、……真希だから、頼んでるんだよ……」
「………っ…」
真っ直ぐな瞳で見つめられて、真希は今度は首を振ることが出来なかった。凍り
ついた様にサバイバルナイフを握り締める真希の口から、荒い息遣いが漏れ出す。
――― 断れるはずがなかった。
- 131 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時52分27秒
吉澤の容態は、目に見えて悪化していくのが分かる。いくら真希があらゆる知識
を総動員したとしても、例えここに優秀な医者がいたとしても、設備が全くない状態
で一体どうやって、これほどの重傷者を救えるというのか?
真希が、吉澤を救えるのか? 分かっていた。それは、不可能なのだ。
「………ひとみ、ごめん」
震える唇から、涙混じりの声で真希が囁いた。吉澤を見つめる彼女の瞳から、
一筋二筋、涙が零れ落ちた。
――――
- 132 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時53分17秒
約束だよ。ずっと、一緒だって誓ったことは。
――― だから、待ってる。
先に行って待ってるから。
そう、約束。
「約束するから。すぐに、行くから」
欲しかった、ずっと、こんな存在が。
本音を言い合える、そんな『親友』が。
待っててくれる人。待っていたいと思える人。
やっと見つけたんだ、そんな相手を。約束できる相手を。
ねえ、真希。私待ってるからね?
ちょっとくらい遅れたっていいよ、ちゃんと、来てくれるんでしょ。
――― うん、大丈夫。約束。
- 133 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時54分00秒
「……わた、しが死んだ、ら、市井さんと、会うの? そりゃ、会う、よな、はは。
真希は、市井、さん、のこと、ずっと、……」
「ひとみ……」
ああ、梨華ちゃん。今なら分かるよ、私、梨華ちゃんの気持ち。
『私が死んだら、真希ちゃんと会うんでしょう?』
『ふふ、悔しいな、やっぱり』
そう、悔しいね。梨華ちゃん、こういうの、すごい悔しいよ。置いてかれるっていう
のかな ――― いや、この場合、私が先に行くって言った方が正しいんだろうけど。
ねえ、私、梨華ちゃんにこういう気持ち、ずっとさせてたのかな? ごめんね、辛か
ったでしょ。こういう女だよ、私って。めちゃくちゃ自分勝手で、嫌な女。
「……ひとみ。…もう、いい、ごめん、ごめん。後藤の我儘だ、全部。なのに……
ごめん……付き合わせちゃってごめん」
「 …だから、何謝ってんだよ、嘘だよ、冗談だから、気にすんなって……。最初か
ら、こうなる、こうする、予定だったんでしょ…」
「…でも、だけど……」
- 134 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時54分45秒
『最初から、真希はこうする予定だった』。
うん、気付いてたよ。大丈夫、私が望むのは生き残ることなんかじゃないんだ、梨
華ちゃんには嘘ついちゃったけど、本音は違う。
私は、待ってたんだよ。真希と再会すること、真希が会いに来てくれること。
そして、告げられるべき言葉を待っていた。
「死ぬときは、一緒だよ?」 ―――
だって、そうでしょ。ここまで心が固く結び合った2人なんて、そうそういないよ。私
達は、つまり運命共同体ってヤツなんだ。生きるも死ぬも、一緒だよ。 そのタイミン
グが少し早いか、遅いかの違いだけで。
……
「相手が、真希でなきゃ」
急に意識が覚醒したかの様なはっきりとした口調で、吉澤が言い放った。真希
がはっと息を飲んで、吉澤の顔を覗き込む。
横たわった吉澤は、そのひどい怪我にも関らず穏やかな顔で目を閉じていた。
「ナイフなんて渡さないよ。こんな役目、押し付けないよ」
「ひとみ」
「 ――― だから、真希」
- 135 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時55分29秒
一思いに、やっちゃってよ。大丈夫、痛みなんてもう、麻痺してきてんだ。
これ以上長引くの、嫌なんだよ。それに、こんな情けなくて格好悪い姿、誰かに
見られるのも嫌なんだ。分かって、真希。誰に見られたくないかなんて、聞くまでも
ないでしょ? あの人だけには、「本物」にだけは、絶対見られたくないんだよ。
「……ひとみ、ごめん。………待ってて。後藤も、すぐ行くから」
「……おう」
待ってる。
ほとんど力の入らない状態ではあったが、吉澤はそれでも意味ありげにニヤリ
と笑って見せた。最後に見る真希の表情が笑顔ではなく泣き顔だったことが少し、
不満だったけれど。すぐにそれは考え改めた。
そう、これが最後じゃない。またすぐ会える。だって、約束なんだ。
『待ってて?』
うん、待ってる。 “あっちの世界”でね。先に行った、みんなも一緒に。
- 136 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時56分11秒
「………ねえ、真希。1つ……聞いても……いい?」
最後に、1つ。答えて欲しい。
「 もし、…私が、最初から、本当の、『私』を見せ、てたら、……みんなは、私を、
認め、て…くれた…かな。……受け入れて…くれたかな……」
瞬時、真希の口元が僅かに歪んで、不自然な笑顔を生み出した。涙を零すま
いと必死なのだろう。ためらう様にも思えたが、真希は意外な程あっさりと吉澤の
問い掛けに応えた。
「分からないよ、そんなの」
( ……はっ…… )
思わず苦笑して、吉澤は大きく息を吐き出した。大声で笑い出したい衝動に駆ら
れたが、もちろんそれは無理だったので、表情だけで笑顔を作る。
( こういう場合って、嘘でも『そうだよ』って肯定するだろ、普通? ……まったく )
――― まったく、それでこそ真希だよ。最後まで、アンタは最高だね、親友。
- 137 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時56分58秒
真希に、キスしたこと。何度も抱いたこと。全部、あの人が背景に絡んでいること
なんて、とっくに承知してた。それでも、私は軽い気持ちで真希と接してたわけじゃ
ないよ? いつも、本気だった。本気で向かい合ってた。
そう、最期まで、真希も本気で私と向かい合ってくれるんだね。
「だけど」 真希が、大きく口を開けて声を出さずに笑う吉澤の顔を覗き込んで、
真摯な眼差しで静かに言った。
「 どうしたって、後藤はきっと、ひとみと親友になれてたと思うよ。後藤と似てる
からじゃない。ひとみは、ひとみだから。……だから、今まで自分がしてきた
こと、間違ってたなんて思う必要ない」
ないんだよ、と念を押して、真希は溢れる涙を拭おうともせずに、そっと身体を
沈めて吉澤の口に唇を落とした。ひとみは間違ってなんかいないよ、だからね。
「 ――― もう、自分を責めなくていいよ」
- 138 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時59分08秒
あ、り、が、と。 口をぱくぱくと動かして、吉澤がうっすらと笑みを浮かべた。
( 梨華ちゃんも、そう言ってくれたっけ。私って、実は幸せ者だったのかな? )
腹の傷も肩の傷も、焼けるような痛みが次第に意識を朦朧としたものに蝕んで
いくが、それでも吉澤は確かに思ったのだ、
( 分かってくれて、ありがと真希。……それが、聞きたかったよ )
死ぬ前に、自分を認めてくれる言葉が、欲しかった。さすが、真希。言わなくても、
分かってくれちゃうんだよね。冷静に見えて、実は割と動揺しやすい所も、それで
いて立ち直りが早い所も、私は好きだったよ?
……ありがとう、真希がいてよかった。真希が、私を認めてくれてよかった。
「先、行くよ。ちょっとの間だけ、ばいばい。真希」
「………ひとみ……」
―――
- 139 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)22時59分47秒
歯を食い縛った真希が、溢れる涙を拭うことなく両手に握り締めたサバイバルナ
イフを大きく振りかぶった。全力でナイフの柄を握り締めている手の平がじっとりと
汗を掻いて、小刻みに震えていた。
「……くっ…」 苦痛に塗れた声を漏らして、真希は数秒ためらった後、それを一気
に振り下ろした。目を閉じることはなかった。
――――
吉澤は、目を逸らすことなくその光景を見ていた。自分の胸に寸分の狂い無く降
り下ろされる鋭い銀色の光をぼんやりと眺めて、吉澤はそれを 「ああ、きれいだな」
などと客観的に考えていた。痛みはなかった。
けれど、すぐに吉澤ひとみの意識は永遠の闇に閉ざされた。
・・・・・・
・・・・・・・・
- 140 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)23時00分39秒
「ひとみ。ありがとう。待っててね、すぐ……すぐ、そっちに行くから」
目を閉じて、徐々に顔色を失っていく吉澤の唇に、真希はもう1度、そっと自身の
唇を軽く重ねた。吉澤の唇は、まだ柔らかく、温かかった。 ――― しかしそれは、
紛れもない「死の味」の口づけ。
今までは、望めば望むだけ吉澤はたくさんのキスをくれた。抱擁もしてくれた。
寂しいときは、何を言わずとも側にいてくれた。それでも。
もう全て、今後それを後藤真希が望むこともなければ、吉澤ひとみがそれに応え
てくれることもない。そう、二度と。
涙は流さない。
真希は、力を失ってぐったりと床に投げ出されている吉澤の手に、自分の手を
添えた。それもまた、まだ温かく、真希は息を詰まらせた。
「すぐ終わるよ。……この悪夢も、もうすぐ終わる。……終わらせるから……」
- 141 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)23時01分41秒
フラフラと小屋の外へ出ると、真希はふっと空を見上げた。どんよりとした曇り空。
思い返せば、この『ゲーム』が始まって以来、空を見上げるなんて1度でもあった
だろうか? ない。そんな余裕も、空が無限に広がっていることすら、忘れていた。
空に手をかざし、真希は無意識のうちに目を細める。
ひとみ。待っててね。
それから、ありがとう。
ありがとう。
大好きだった。言えなかったけど、大好きだった ――― 。
「………あれ……?」
吉澤ひとみが眠る小屋の外の壁にもたれかかって、無心に空を見上げる真希の
視界が、透明な膜を張られたように揺らめいた。胸に痞えているような重い空気を
吐き出した息が、雲の様に白く形づくる。
- 142 名前:《22,約束 吉澤ひとみ》 投稿日:2002年05月19日(日)23時02分24秒
「……っ………」
上を向いたまま、真希は空にかざしていた手で、そのまま顔を覆った。瞼に強く
押し当てた両手の甲を、熱い涙が濡らしてぼろぼろと滑り落ちていく。食い縛った
歯の奥から、押し殺した嗚咽が漏れた。
「………うっ……」
外気に晒され冷たくなった壁に背中を押し付けたまま、震える足が身体を支える
力を失い、真希はずるずると雪の上へ座り込む。
精一杯に声を押し殺して、真希はただ、静かに泣いた。
ごめん、ひとみ。これで、最後だから。泣くのは、これが最後だから。だけど……
今は、もう少し泣かせてね。 ――― せめて、市井ちゃんに、会うまでは。
【残り2人】
- 143 名前:flow 投稿日:2002年05月19日(日)23時03分41秒
- 取り合えずここらで一区切りです。さあ、ラストスパートだ!
- 144 名前:flow 投稿日:2002年05月19日(日)23時04分13秒
- 天気がよくないですね、最近。
- 145 名前:flow 投稿日:2002年05月19日(日)23時05分29秒
- 小説より、この部分が何を書くか迷います(w
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月19日(日)23時07分32秒
- リアルタイムだ。もうラストスパートですね。
こっからが本当に楽しみです。
- 147 名前:925 投稿日:2002年05月19日(日)23時10分42秒
- はぁ〜、切ない・・・
ラストスパート、頑張って下さい。
- 148 名前:はろぷろ 投稿日:2002年05月20日(月)02時31分57秒
- そろそろラストですか・・・
続きをはやく見たいような見たくないような複雑な気分です。
ほんとに超大作ですね。
- 149 名前:詠み人 投稿日:2002年05月20日(月)21時50分47秒
- 怖いです、先を読むのが。でも気になる〜!!
親友2人同士のやり取りに涙・・・。痛い展開ですね、どこまでも・・・
- 150 名前:読者 投稿日:2002年05月21日(火)00時36分37秒
- かなり泣けますね。
主要メンバーの死様は凄いです。
ラストはどうまとめるのかも楽しみです。
- 151 名前:no name 投稿日:2002年05月23日(木)17時45分02秒
- めっちゃおもしろそう…読みたい………
でも私も現在バトロワちっくなものを書いてるので影響を受けてしまうのが
怖いので楽しみにとっておきますね。
頑張ってください。
- 152 名前:flow 投稿日:2002年05月29日(水)20時25分28秒
- 日曜日に更新するつもりが今日になってしまいました…
でも一応更新。ラストスパートになってませんね、反省。
あと数回で終了予定ですが、レスをいただいて本当に励みになっています。ありが
とうございます!
>146 名無し読者さん
この小説では非常に珍しいリアルタイムで見ていただいたそうで、
ほんのり嬉しいです(w
ここからが……正念場ですね。頑張ります。
>147 925さん
切ない……ああ、気合入れて書いただけに、染みる言葉です。
ラストまで気合継続して何とか書き上げたいと思っとります。
>148 はろぷろさん
超大作などと言ってもらうとラストが……納得していただけるのかと
少し焦ります(w
ずっとお付き合いいただいて、ありがとうございます。もう少しです!
- 153 名前:flow 投稿日:2002年05月29日(水)20時25分59秒
- >149 詠み人さん
親友同士、市井矢口と吉澤後藤編はそれなりに泣ける話にしたかったの
ですが、何だか説明文っぽいところが……(ry
きっと最後まで痛い…のかは分かりません(w
>150 読者さん
主要メンバーは迷いますね。最初のころの物語の進み具合の
二分の一くらいです。あああ……
ラストは、あと数回で達しますけども、どうなんでしょうか?
>151 no nameさん
ということは、完結してから目を通してくださると言うことでしょうかね。
ならば、死に物狂いで完結させましょう!(w
差し支えなければ、貴方の小説も教えてくださいね。
では、本日分更新です。
- 154 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時27分10秒
――― いつの間にか、日が暮れかかっていた。
ざく、ざくと一歩一歩を確実に踏みしめる様に雪の上を歩く音が聞こえてきて、薄
がりの中、簡素な小屋の外で壁にもたれかかっていた少女が顔を上げた。
「市井ちゃん、遅いよ」
手の中の探知機を雪の中に投げ捨ててそう言い放ったのは、後藤真希だった。
どこか憮然としたその表情からは、特別な感傷の類は感じられない。機体の半分
程度、雪の中に埋まった探知機は、辛うじて画面が見え隠れしている。
そこに点滅している光はたったの2つ。この「個能力開発プロジェクト」 ―――
要するに 『理不尽な殺し合い』 が開始して24時間と経過しないうちに、18人いた
少女らが、既に2人しか残っていないことを表していた。
「…………」
「……市井ちゃんってば」
真希に呼びかけられたもう一方の少女、市井紗耶香は、彼女の呼びかけに答え
ることなく無言で真希へと歩み寄る。光を失ったかに見える暗い瞳の奥で、幾つも
の強い感情が渦巻いているのを、真希は敏感に感じ取った。
- 155 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時27分46秒
微かに空気が緊張する。真希が、紗耶香に気付かれないように小さく息を吸い込
んだ。( 平気。……平気だよね、市井ちゃんに、ちゃんと話せるよね )
「 でも、よくここが分かったね。……やっぱり、引き合ってるのかな、後藤と市井
ちゃんって。はは」
重い空気を振り払うように、わざと明るい口調で真希が再度声を掛けるが、相変
わらず紗耶香は固い表情のまま、返事の声すら上げない。
ただし、その視線はどこまでも真っ直ぐに、真希だけを見据えていた。
「市井ちゃん………」
「……………」
紗耶香はそのまま真希の元へと歩いてくると、無言で真希の身体をぎゅっと強く
抱き締めた。 震える腕、震える息遣いを直接に感じ取って、真希は紗耶香の背中
に腕を回し、同じように抱き締め返した。
- 156 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時28分23秒
「後藤。………矢口が、死んだ」
「うん。ひとみも、死んじゃった」
「……市井は、何も出来なかった」
「後藤も、何も出来なかったよ」
「他の皆も、死んだ………」
「そうだね」
「……皆、みんな死んだ…死んだ……?」
「もう、残ってるのって後藤と市井ちゃんの2人だけだよ」
「…………ちくしょ……っ…」
「市井ちゃん」
「 ――― ちくしょうっ!」
真希の肩に顔を埋めて、苦しそうにうめいた。泣いているのではない、けれど、細
身の紗耶香の身体は、小刻みに震えていた。 深い悲しみと、やり場のない激しい
憤りを溜め込んで、全身で燃える様な怒りを表している。
「 ちくしょうっ、何でだよ。裕ちゃんも殺されて、なっちもカオリも圭ちゃんもみっちゃ
んも、……矢口まで死んで、どうして市井は何も出来ないんだよ。……どうして、
市井はこんなに無力なんだ。ちくしょうっ!!」
「……市井ちゃん、市井ちゃんっ」
- 157 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時28分58秒
「 何でこんなことになってんだよ、何で皆死んじゃってんだよ、うちらが何したってん
だっ!? 何で市井が生き残ってんだ、何でだよ、何でだよっ!!」
紗耶香の腕にぎりぎりと力が込められて、真希は痛みに顔をしかめるが、敢えて
何の反応も示さなかった。言わなければならないことがある。
しかし、今はまだその時期ではない。市井紗耶香は、あくまで冷静でなければな
らないのだ。真希はそう考えていた。
きっと、この状態の紗耶香にそれを告白しても、これ以上の混乱を招くだけで、そ
れでは何の意味もない。彼女には、全てを承知し、理解し、そしてその上で真希を
受け入れてもらわなければならない。
それに、真希は知っていた。
紗耶香は感情的になりやすく、それ故冷静さを欠くことも多々あるが、決してその
激しい感情に押し流されることはないと。少し待てば、きっと自分を取り戻すだろう。
だから待つ。市井ちゃん、大丈夫だよ。後藤が、ちゃんとついてるからね?
- 158 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時29分33秒
「 2人しか、2人しか残ってないってどういうことだよ、市井と後藤だけ? …救いた
かった。皆、何とかして助けたかったんだ。壊されたくなかった」
「………」
「帰ろうっ…て言ったんだ、矢口が言ったんだ。帰るはずだった。こんなはずじゃな
かった。皆で、帰るはずだったんだ……朝比奈女子園が、うちらの帰る家だった
んだから。何もかも、あそこに残してんだ。…だから、帰らなきゃ……」
「………」
( ――― 市井ちゃん )
悲痛な思いを吐露するその叫びに返事をすることなく、真希は紗耶香を強く抱き締
め返すことで答えた。互いの温もりが伝わって、この僅かな刹那こそが、まだ自分達
は「生きている」という現実を感じることが出来る。
( 市井ちゃん )
そうでもしなければ、どうして自分の生を信じることが出来よう。あれだけ多くの
仲間の少女の死を目にしてきて、どうして自分はまだ生き残っているのだと、断言
することが出来る? 人間の記憶など、ひどく曖昧なものだと知っているのに。
「市井ちゃん」
- 159 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時30分11秒
真希が、紗耶香の肩に手を置いて、その華奢な身体を静かに押し戻した。感情を
浮かべないその表情に表れているのは、決して覆されることのない強い決意の色。
「後藤?……」 紗耶香が戸惑った様に自分を見返してくるのを意識して、真希は
唇を強くかみ締めた後、意を決して口を開いた。
「あのね、市井ちゃん。後藤はね、市井ちゃんに伝えなきゃいけないことがある」
「はぁ?」
固い声で、真剣に言ったのに対し、紗耶香が恐ろしく場違いに間抜けな声を上げた
ため、真希は不覚にも笑い出しそうになってしまった。
( ……もう、駄目だなぁ……やっぱり市井ちゃんには敵わないよ、ほんと )
――― 『私は、後悔してるよ』
うん、ちゃんと、ひとみの遺志は伝わってるよ。
大丈夫。見ててね。告白するから、市井ちゃんに。言っても言わなくても後悔するの
なら、自分の意志で、自分の言葉で伝えるよ、後藤は。
- 160 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時31分42秒
「 その前に、確認しとく。……後藤は、市井ちゃんのことが好きだから。誰より、1番
大好きだから。覚えておいてね?」
「…………?」
「後藤の、大事な親友からの最後のメッセージなんだ。ひとみは、大事なことを大事
な人に伝えられなくて、すごく後悔してた。それを、後藤に教えてくれた。
そのひとみの遺言だから。言わなきゃ、後藤もきっと後悔するから。だから言うね」
「……ごと…」
「待って」
困ったように真希の名前を口にしかけた紗耶香を片手で制して、首を左右に振る。
( 駄目だぁ、泣きそう。なんで、市井ちゃんって )
「……なんで市井ちゃんの目って、そんなに真っ直ぐなんだろう」
涙を堪えようと必死になった挙句、情けないくらい語尾が震える。紗耶香の口が僅
かに開かれたが、真希を気遣っているのかその口から何か言葉が発せられることは
なかった。ただ心配そうな眼差しで、真希を見つめる。
- 161 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時32分35秒
「 さっき、ちゃんと言ったのに。後藤がどんだけ後ろめたいことしてきたか。どんだけ
後藤が汚れてるか、ちゃんと言ったのに。……どうして、市井ちゃんの目は変わら
ないんだろう。……あは、もぉヤダなぁ……」
「――― 後藤は、汚れてなんかないだろっ!」
急に激しい口調で、紗耶香が真希を叱責する。
「矢口からも、聞いたけど」
矢口真里の名前を口にした時、紗耶香の表情が瞬時苦痛の為に僅かに歪んだ。
彼女がもうこの世にいないことを再度思い知らされたのだろう、親友を失った悲しみ
はまだ、紗耶香を苦しめるには充分過ぎる材料だった。
それでも、それを吹っ切る様に紗耶香は言葉を吐き出した。
「 市井は知ってるよ。後藤は、自己表現が下手なだけで。あんた自身が汚れてる
わけじゃない。不器用なだけだよ。何も変わらない。後藤は」
「…………」
- 162 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時33分15秒
真希の目が潤んで、目の端に赤みが差した。それでも、必死にそれをごまかすか
の様に、真希は自身の長い髪をくしゃくしゃと掻き毟って口を結ぶ。閉じられた唇か
ら、乱れた吐息が漏れ出した。
「あはは。愛されてるなぁ、後藤ってば。嬉しー」
顔を伏せてへらへらと笑う真希に、紗耶香の表情に怒りが滲む。きっと目を吊り上
げて、紗耶香は真希の額に手を当てて強引に顔を上げさせた。
「おい、後藤っ!!」
「やだぁ、痛いよ市井ちゃん」 作って張りつけた様な、不自然な真希の笑顔。抑え
ていた理由の分からない紗耶香の苛立ちが、頂点に達した。
――― このヤロウ、冗談やってんじゃないんだよ後藤。真面目な話なんだ、いつま
でもへらへら笑ってんな!
「ふざけてんなよ! 真剣に言ってんだ、こっちは!!」
「後藤だって、ふざけてないよ」 「 ! ―――― 」
紗耶香が口を噤むと、真希は満面の笑みを浮かべて紗耶香を見返した。「嬉しい
んだよ、本当に」 間違いなくその表情は笑顔なのに、何故か泣いているようにも見
える、複雑な表情で。
「嬉しくて、市井ちゃんが好きで、本当に、嬉しくて…………めちゃくちゃ、辛い」
- 163 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時33分51秒
一言一言紡ぎ出す真希の唇が、細かく震えていた。限りなく真剣な感情で、真希
は紗耶香と向かい合っている。逃げられない。
「市井ちゃんが好き過ぎて、辛いなぁ、ちくしょぉ」
再び、不恰好にへらへらと笑いを繕って、真希はおどけた口調で呟いた。ただし、
さっきまでと違うのは、その表情に限りない憂いの色が帯びていることだ。
紗耶香が眉をしかめるのが目に入ったが、真希は気にしなかった。否、気にしない
よう、努めた。笑っていないと、泣いてしまうのは分かっていたから。
「後藤、ちょっと待ってよ、訳分かんないよそれ。何で辛いんだよ、何でだよ!?」
「あはは、何でかな。市井ちゃんには分からないよ、きっと」
「 ふざけてないで答えろよ!! 市井を好きなのが辛いって、女同士だから? だか
ら辛い? それを言ったら、市井は後藤を軽蔑するとでも思った?」
「…………」
「それが正解? ……今のが、正解だってか?」
「…………」
紗耶香が興奮した様にまくし立て、真希がぐっと黙り込んだ。それを肯定と受け取
ったのか、紗耶香の口調が強い怒気を孕む。
「ふざけんなよっ!」
- 164 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時34分26秒
「…………」
「後藤は、市井のことそんなに小っさい人間だと思ってたわけか!? 」
不意に、真希の口元に皮肉っぽい笑みが浮かんだ。意味ありげに眉を寄せて、紗
耶香を見返す。それが、再び紗耶香の逆鱗に触れた。何処か、真希のその視線が
自分を見下しているように感じたのだ。
「だから、市井ちゃんには分からないって言ったじゃん」
「………おま、後藤お前なぁっ…!」
頬を紅潮させて、興奮気味に叫ぶ紗耶香の口調につられるように、真希もまた次第
に気持ちが高潮してきたのか、強い口調で言い返す。
「そんな簡単に終わる問題じゃないんだよ!だから、辛いんだっ!」
「え…?」
紗耶香が一瞬、驚いた様にためらったのを見逃さず、真希は溜まった鬱憤を晴らす
かの如く、普段の無口な彼女からは想像もつかないほど早口にまくし立てる。
- 165 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時35分01秒
「 好きだから、辛いんだよ! 市井ちゃんのことが無条件に好きで、好きで好きで
どうしようもなかったから、辛かったんだっ!! 全部リセットしちゃいたかった!
……なかったことに出来たらよかった。……知らずにいたらよかった」
「 …んだよ、それ。訳分かんねえよ、何だよ、何なんだよっ!! 全然分からない。
全然分かんねえよっ!!」
真希の肩を強く掴んで、紗耶香はそれを前後にがくがくと揺さぶった。
「何だよ、どいういうことなんだよ後藤!?」 それでも、真希はされるがままで、固
く口を閉ざしたままだった。それが、更に紗耶香の癪に障った。
何だよ後藤? うちらって、そんな薄っぺらな関係だったわけ?こんな場面で、悩み
も打ち明けてくれない程、市井って信用されてない?
「違うの、違うよ市井ちゃん。市井ちゃんを信用してないとかじゃない。そうじゃなく
って。 ――― ごめんなさい」
「……後藤?」
弱弱しく囁いて、真希が顔を上げた。
- 166 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時35分34秒
「 知るのが遅かったんだ。市井ちゃんのこと、好きになっちゃいけない人だってこと。
好きになっても報われないって分かってたら……良かったのに。遅くって、知るの
が遅すぎて、もう止められないところまできてて、ひとみまで巻き込んじゃって……
全部、後藤のせいだから、こんな駄目な人間だから、堕落した人間だから、本当
は……、本当は市井ちゃんの側にいちゃいけない人間だから、………辛いの」
「辛いんだよぉ」、と唇を小さく動かして、文字通り搾り出す程の小声で真希が言
葉を連ねると、紗耶香は案の定、と言うべきか。首を傾げて、顔をしかめる。彼女の、
真希の言っている意味の半分も理解出来ていなかった。
それは、紗耶香を必要以上に苛立たせていた。真希のことなら、何でも分かると
思い込んでいたある種の思い上がりがあったことに、気付いていたからだ。誰にで
もなく、嫉妬心の様なものが沸き上がっていた。それが、悔しかった。
- 167 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時36分14秒
「 ………どういうことだよ。後藤、一体何の話だよ!? 何で辛いんだよ!!?
市井が、女同士だからって気持ち悪がったりするとでも思った? そんな人間だ
と思ってた!? 後藤は、そういう風に思ってたのかよ、市井のこと! そりゃあ
びっくりするだろうけど、好きだって気持ちが、どうして」
「それは、市井ちゃんが真実を知らないからだよっ!!」
思わず紗耶香が息を止めるくらいの大声で、真希が叫ぶ。彼女が、これほどまで
声限りに叫んだのを、紗耶香は聞いた覚えがなかった。そもそも、後藤真希という
少女は、紗耶香の前でこそ「嬉しい」、「悲しい」などといった感情を露にすることは
あっても、「喜怒哀楽」の感情のうち、「怒」にあたる強い感情をぶつけてきたことは、
紗耶香の記憶する限りでは残っていなかった。
それも、今現在、真希が全面に押し出しているこの思いの渦が、「怒り」というご
く単純な感情であると確定すら出来ない。怒りも悲しみ悔しさも、絶望すらも織り交
ぜられたかの様な、一口には言い表せない深い 『負』 の感情。
- 168 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時36分51秒
真希の言葉に触発されて ――― まさに売り言葉に買い言葉だ ――― 紗耶香
がとうとう切れたように言い捨てた。
「…あーあー、知るかよっ! 後藤が勝手に思い込んでることなんて知るかよ!」
「………!!」
キッと、真希が紗耶香を睨みつけた。言葉なく、無言で紗耶香を非難するべく厳し
い視線をぶつけるが、紗耶香もどこ吹く風で言葉を続ける。
「 大体、人の心なんて盗み見れるわけないんだから、市井が後藤の知ってること
まで全部、把握してるわけないだろ? だったら、辛いなら言えばよかったじゃん!
1人で抱え込んで、辛い辛い言われたって、どうしようもないだろ市井は!!」
「言うよっ!!」
紗耶香の肩に置いたままの手に、あらん限りの力を込めて、真希が言い返した。
それでも、2人にはすでに痛覚すらなくなっているらしい。どんなに強く力を入れて
握り締めようが、互いの視線が絡みつく他に2人の意識は向けられていなかった。
「……言うもん。ひとみが、最期に教えてくれたんだから」
- 169 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時37分44秒
――― 『私は、言えなくて後悔してる』
( 梨華ちゃんに。…本当に大事な人だって気付いたのは、ひとみが梨華ちゃんを
失った後だった。…それじゃ遅いんだって、教えてくれた )
失ってからじゃ遅いんだ。だから、言うよ。
もう失うものなんてない。何も怖くない。ひとみ、ちゃんと見守っててね?
知ってるよ、現実なんて、そうそう都合の良いことばかり重なりはしないって。だか
ら、「現実」なんだって。受け入れられなくても、目を背けたくても、現実は現実で変
わりはしないんだって。
「 後藤さ、言ったじゃん? …中学の時、『政府のコンピュータに侵入して、過去の
データを全部見た』 って。『デス・ゲーム』のデータ。覚えてるよね?」
覚悟は……覚悟は、出来てる。
紗耶香は、戸惑った様子のまま無言でこっくりと頷いた。
あれほどの衝撃的な告白を、まさかものの数時間で忘れるはずもない。真希の独
白の内容に受けたショックもそのまま思い出し、紗耶香は僅かに顔を曇らせた。
- 170 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時38分19秒
「 その時ね、後藤よく知ってる名前見つけたの。ちょうど18年前の『デス・ゲーム』
の記録の中に……、あったんだ、その名前が。『後藤正二』って名前が」
「………『後藤』?」
紗耶香の表情が、驚きのそれへと変化して、その口が真希の言葉を繰り返す。
それに小さく頷きつつ、真希がゆっくりと息を吐き出した。正直な話、めちゃくちゃに
緊張していた。もう後には引けないという追い込まれた状況だけが、真希の口を機械
的に動かしている。そして、真希は言った。
「……後藤の、お父さん」
搾り出すよう放たれた小さな声に、紗耶香の体が揺れた。
自分の置かれた真希の腕をしっかりと掴み、未だ気丈に真希を見返しているが、
それでも、小刻みに震え出した体の揺れは、紗耶香の意志とはまるで無関係とで
も言う様に、止まることがない。
紗耶香は呆然として、少し口を開いた。「あ…?」 驚いた様に声を漏らすが、それ
ははっきりとした言葉にはならず、真希はそれを聞き流した。
- 171 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時38分55秒
「 当時、お父さんは18歳だった。お父さんも孤児だったの。親戚もいない、頼る人
もいない、本当に天涯孤独の孤児だった………。施設に入ってた。朝比奈と同じ、
政府運営の孤児院に。そして、この『デス・ゲーム』に参加させられた。運悪くね」
「………」
余程衝撃が大きいのか、それとも信じられないのか、はたまた脳の動きがついて
いかないのか、紗耶香は返事すらせずに真希を見据えている。
時々瞬きをしているところを見ると、どうやらショックの余り放心状態に陥っている
という訳ではないようだ。
「……でもね、お父さんは“最後まで生き残った1人”じゃなかったの。その時の
優勝者は、女子だった。彼女の、プロジェクトの優勝者は、………」
そこで、淡々と話していた真希が一旦話を止めて、紗耶香を見つめた。軽く呼吸を
整えて、再び口を開く。顔に、動揺は微塵も浮かべてはいなかった。
「『市井真衣子』 ――― 」
「え!?」
- 172 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時39分32秒
紗耶香の体が一瞬、硬直したように動きを止めた。
何度も、この瞬間をシミュレーションしてきた。きっと、紗耶香は驚くだろう、そして、
当然それをすぐには信じないだろう、だけど、だけど。
わなわなと口元を引き攣らせながら、真希の予想通りの反応を紗耶香は見せる。
「……市井?…真衣子?……それって、まさか」
「そうだよ、覚えてるでしょ、その名前。市井ちゃんのお母さん」
「嘘だっ!!」
間髪入れずに、紗耶香が強い口調で叫んだ。真希の肩を強く掴み、信じられない、
という風に首を左右に振った。「嘘だ、嘘だろ後藤? 嘘、だろう……!?」
真希は瞬時、瞳の奥に寂しそうな色を浮かべたが、毅然とした態度で紗耶香を見
返し、きっぱりと言い放つ。
「嘘じゃない。これは全部、後藤が見た記録の一部だよ」
「………っ…」
愕然とした表情で、紗耶香が真希の体から離れた。というより、全身の力が抜け
た、と言った方が正しいだろう。
真希の肩を掴むように置いていた手が、だらりと体の横に垂れ下がる。
- 173 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時40分42秒
それでも、そんな紗耶香にはお構いなしに、真希は喋り続ける。そう、市井ちゃん。
こういうことなんだ、どうしてこんなにも皮肉な偶然が続いたのか分からない。
でもね、全部事実なんだ、現実に起きていることなんだ。
市井ちゃんのお母さん、そして後藤のお父さん。今の後藤達と同じように、親もまた、
この馬鹿げた「ゲーム」に参加させられてたんだよ。
あんまりな話だと思うじゃない? ――― しかも、それだけで話は終わらないんだ。
「『後藤正二』 と 『市井真衣子』 は、恋人同士だった。記録上に、そう残ってたよ。
そしてその年のゲームは、市井ちゃんのお母さんである 『市井真衣子』 が優勝
して生き残った。そう、表面上は、たった1人でね」
「………」
唖然として、続く言葉も出て来ない紗耶香を尻目に、真希はじっと紗耶香を見据え
たまま少しも言い淀むことなく流暢に言葉を放ち続ける。
- 174 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時41分25秒
-
「 でも、その彼女は当時すでに妊娠していたんだ。後藤正二との間に出来た子供。
ゲームが終わって、生き残った彼女は子供を生んだ。……衝撃的な体験にも係わ
らず、奇跡的にその赤ん坊は障害1つ負わず、丈夫に生まれた」
「…………」
口をぽかんと開けたままの紗耶香の姿は、この上なく無防備な姿に見えた。彼女
が真希の前で、こんなにも無防備な姿を曝け出しているのは珍しい。何かと負けず
嫌いな彼女のこと、年下で妹の如く可愛がっていた少女の前で、このように放心す
るなどかつて考えられなかった。
けれど、今こうして実際にそんな姿を見せているということは、そんな些細なプライ
ドすら頭の片隅から飛んでしまうほど、衝撃を受けているのだろう。
「 優勝者に関しては、生き残ったその後もしばらく観察記録や周辺の環境につい
て、記録が残されてたんだ。それこそが、本来の『プロジェクト』の目的だからね。
そしてもちろん、市井真衣子の、赤ん坊の名前についても。そして、赤ん坊の名
前は、名前はね………」
- 175 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時42分10秒
真希がそこで一旦話を止めると、弱く唇を噛んだ。その様子に、紗耶香が何かに
気付いたようにはっと口元を歪める。笑っているようにも見えた。いや、笑っているの
だろうか、それとも笑い飛ばしてしまいたいのか。
どちらにしろ、紗耶香がそれを 『笑顔』 として表現しているのであれば、失敗だった。
「……まさか、冗談だろ?」
懇願にも取れる弱い口調で、紗耶香が呟く。何処かあきらめにも似た表情。
「赤ん坊の名前は、『紗耶香』………」
「……ちょっと待てよ、後藤……」
「その赤ん坊が、市井ちゃんだったんだよ」
紗耶香が、大きく口を開けた。開かれた唇、喉の奥が異常な程乾ききっていた。声
がかすれ、頬が引き攣る。それでも、紗耶香は愕然とした表情を隠すように首を左右
に振って、大声で制した。
そんな、嘘だ、まさか冗談に決まってる。
――― だって、後藤のお父さんが、市井のお父さんでもあるってことは? そう、簡
単に答えは出てくるじゃないか。後藤と市井は ―――
- 176 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時43分04秒
「 嘘だよ! だって、そしたらその『後藤正二』って人が、なんで後藤のお父さんな
んだよ。生き残ったのが市井のお母さんだったとして、1人しか生き残れないの
がルールなんだから、後藤正二が生きてるはずないだろ!?」
もっともな意見だった。真希とて、それはその「事実」を最初に知ったとき、真っ先に
思いついた疑問だったのだから。しかし、それは残念なことに、既に答えが出てしま
っているのだ。
どう足掻いても、現実は変わらない。それを肯定する材料ばかりが出揃って、否定す
る材料はどんどん掻き消えていってしまっている。
「それが、生きてたんだよ」
「………」
「 だって、お父さんは実際に生きていたんだから。その『デス・ゲーム』の後も。
後藤が生まれたのが、何よりの証拠だよ」
手を額に当てて、紗耶香はくっと息をついた。相当、激しい感情のうねりがあるの
だろう。当然だ、にわかには信じられないことを述べているのは分かっている。
- 177 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時43分48秒
だって、そんな簡単に受け入れられる内容だったならば、それを打ち明けるのにこ
んな葛藤だって要しなかっただろう。真希とて、悩みに悩んだのだ。それ故、紗耶香
の居ぬ間に荒れていたこともあった。
全てを打ち明け、その現実を知っていたのは吉澤ひとみだけだった。
「 ここからは、後藤が見た記録と、覚えてる限りのお父さんのことに関する記憶
を総合した結果の推測なんだけど」
と前置きして、真希は再び口を開いた。
しかし、それが単なる当て推量などである筈がなかった。真希が『デス・ゲーム』
の記録を目にした中学生のときから、現在に至るまで、2年程の間が空いている。
独自の情報網と彼女なりの鋭い観察眼を持つ真希が、何の裏づけもないままそ
んな推測に振り回されて、自分を見失うことなどあり得ない。
- 178 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時44分27秒
真希が、紗耶香に「置いていかれた」その後に、『変わってしまった』というのが、
単に寂しかったという安易な理由だけでなく、今の話が深く関っているのはおそら
く間違いないだろう。合点もいく。
ということはつまり、それは真希個人の思い込みなどでは決してないのだ。
根拠のない話に、真希が影響を受けるはずはないのだから。
「 殺し合いを始めるに至って、やっぱりうちらと同じく、彼らは混乱した。混乱の中、
それでも人数は減っていくんだ、確実に。誰も死なずに済む方法なんて、ない」
死んでいった少女らの残像が頭を掠め、紗耶香は無意識のうちに目を閉じていた。
フラッシュバックする1人1人の死に様を振り払うように頭を左右に軽く振り、再び目
を開いた紗耶香は、今度はしっかりと真希を見据える。
「 だけどお父さんは、真衣子さん1人を残して死ぬことは出来なかった。今ほど監
視システムが発達していなかった当時、お父さんは脱出を試みた。それがどんな
方法だったのかは知らないけど、成功した。……脱出することが出来たんだ。
多分、真衣子さんと再会することを誓い合ってね」
- 179 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時45分00秒
「脱出することが出来た? まさか……」
信じられない、と目を丸くして、紗耶香が独り言を呟く。自分がしようとしていたこと、
そしてどうにもならないと壁に突き当たったその目的。それを、真希の父親が成功し
ていたという事実。
しかし、続く真希の言葉は、僅かに光が差しかかった彼女の小さな希望を、跡形も
なく打ち砕くことになる。
「 生き残ったお父さんは、多分ほとぼりが冷める時期を待って、同じく生き残った
真衣子さんに会いに行った。だけど、ここで予期せぬ現実に突き当たった」
「……なんだよ?」
「 市井ちゃんはさ、不思議に思わなかった? 例えば中学生が生き残ったとして、
目の前で何人もの友人が無残に死んで、或いは自分が殺したかも知れない。
そんな現実抱えて、その先まともな精神状態で生きていけると思う?自分だっ
て死んでたかもしれない、いい大人だって発狂するよ」
「………」
- 180 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時45分32秒
思い出す、中学生の少女らの姿を。泣き喚いていた加護。呆然とことの成り行き
を見守るだけだった辻。目の前で彩の自殺を目撃し、紗耶香を非難するように侮蔑
の視線を残して去っていった小川。そして、紗耶香への思い故に暴走し、遂には命
を落とした高橋愛。
忘れるはずがない。消し去ることなど、出来るはずもないそれらの鮮明な映像。
……そうだ。紗耶香でさえ、思い出す度全身に湧き上がる強い悪寒と、吐き気を
抑えることが出来ない。脳裏に焼き付いた血塗れの少女らの姿が、消えない。
精神的に弱い者であれば、当然耐えることも出来ないだろう。
「 もし仮に、正常でいられたとしても。こんな非現実的で馬鹿げた内容の 『プロジ
ェクト』 を知ってる人間を、政府が何もせずに解放するとでも思う?」
「まさか ――― !?」
紗耶香の目が、驚きに見開かれる。真希の言わんとすることを、ようやく理解し始
めたのだ。 怒りの為にぐっと握り締められた彼女の拳が、その強さのあまり、血の
気を失って白っぽくなっていた。
- 181 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時46分04秒
「 そうだよ。精神病院に送られるくらいに精神崩壊起こして錯乱に陥った人は別
としも、間違いなく記憶操作をされるんだ。『1人生き残る』、その事実に嘘はな
いから、少なくとも」
「そんな、ふざけんなよ…」
「 それが政府のやり方だよ。人の記憶なんて曖昧なんだ、操ることや、一定の
記憶を消すことだって、出来なくはないと思う」
「………」
「 そして、お父さんは知った。真衣子さんの記憶から、孤児院の仲間に関する内
容が全て、消去されていることを。殺し合いのことも、当然、お父さんのことも。
……子供だけを愛して。『紗耶香』と名づけた、子供だけ」
紅潮し切っていた紗耶香の顔が、見る見るうちに血の気を失っていく。眩暈がして
いるのか、焦点の定まらない目を真希に向けて、心なしか足元がふらついている様
にも見えた。
- 182 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時46分37秒
そして、それは真希が判断した通りだった。紗耶香はあまりの衝撃的な話に、眩暈
を覚えて正直、立っているのがやっとの状態だった。足元がガクガク震えているのが
分かる。朧げにしか思い出せない、大好きだった母親の姿。
『紗耶ちゃん。ほら、お母さんケーキ焼いたのよ』
『さやちゃん。いいこね、このえほんよんだら、もうねましょうね』
『サヤチャン。コンドノオタンジョウビ、ナニガホシイカナ?イイコ二シテタラ……』
――― 覚えているのは、母親の姿ばかり。大好きだった母親の姿ばかり。まるで
幼い頃の話なので、ちゃんと覚えていないのは当たり前だと思っていた。
けれど、お父さんは? ――― お父さんは、どうしていなかった?
「………後藤……あの…」
「 絶望したお父さんも、まだ若かった。真衣子さんという存在を失って、それでも
生きることを選んで。……きっと、他の女性を愛したんだろうね。そして生まれた
のが後藤だよ。母親は知らない。後藤が生まれてすぐに別れたと思う。それと
も死んだのかな。だって、後藤の記憶にお母さんの顔って残ってないからさ」
「………それって……」
- 183 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時47分25秒
市井は、お父さんの記憶がない。後藤は、お母さんの記憶がない。
それは、『記憶がない』のではなくって、生まれたときにはすでにその存在がなか
ったってこと? どうして、どうして、どうして、どうして?
どうして、それが市井と後藤なんだよ!?
「 とにかく、お父さんは生まれた我が子に真衣子さんの一字をとって、『真希』っ
て名づけた。多分、忘れられなかったんだろうね………彼女のことを。そういう
訳だよ。それが、真実」
「……よく分からないよ、後藤。話の意味が、よく分からない……」
ぼんやりとした口調で、紗耶香はぼそりと言い捨てた。半分本音で、半分は嘘で
あることを、真希はおそらく気付いているだろうと思いながら。今までの話の中で、
その要点を理解出来ないほど紗耶香の頭は悪くない。そして、混乱する余り自分を
見失って、考えるだけの頭の余地を失っているわけでもない。
- 184 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時48分01秒
つまり、紗耶香は理解している自分を認めようとしなかった。
子供のように首を振り続け、「分かるかよ、分かんないよそんなの」 と否定し続け
る。真希の顔を、見ることが出来なかった。
今、彼女が泣いているとしても笑っているとしても、紗耶香にとっては辛いだけだ
「 つまり。結論を言うね。もう分かってると思うけど。……後藤と市井ちゃんは、正
真正銘、血の繋がった」
「 ――― いいっ、言うなっ後藤!!」
紗耶香が、悲鳴に近い金切り声を上げた。目を固く閉じて、肌の色が変色する位
強く手を握り締め、力任せにかみ締めた唇が破け、白い肌の上を目の醒めるような
鮮やかな赤色の血が、細く流れ出した。
「市井ちゃん、血……」
「言うなっ、後藤言うな!!」
真希は柔らかく微笑んでいた。微笑んで、紗耶香の口元を彼女の細い指で拭いな
がら、激しい動揺の為上ずった制止の言葉を振り切ってそれを口にした。
それを伝えることこそが、当初からの目的であったのを思い返して。
- 185 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年05月29日(水)20時48分40秒
「姉妹なんだよ」
「……………っ…」
そして、もう1つ、思い返すことがあった。何よりその事実それこそが、自分を絶望
に追い込むきっかけとなった真実に違いないのだと。
【残り2人】
- 186 名前:flow 投稿日:2002年05月29日(水)20時49分59秒
- 長いですが、最期まで読んでもらえると嬉しいです。
- 187 名前:flow 投稿日:2002年05月29日(水)20時50分37秒
- ギリギリで4スレで終われるだろうか…
- 188 名前:flow 投稿日:2002年05月29日(水)20時51分27秒
- 早くも、次の小説の構想が浮かんできてしまいました(w
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)06時33分43秒
- (°д゜)ガーン!
そんな・・・後藤は何を言おうとしてるのかと思ったら・・・。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月30日(木)23時51分06秒
- 散々引っ張って結局いちごまかよ。ツマラン
- 191 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月31日(金)00時28分36秒
- >>190
この手のカキコを見ると哀しくなるね。
自分の一推しのCPじゃないと荒らすみたいなね。
作者さん、どうか気にせず、この大作のエンデイング、無事書き上げて
ください。
- 192 名前:はろぷろ 投稿日:2002年05月31日(金)11時35分38秒
- まさか後藤の秘密がこれだったとは・・・
読んでて驚きの連続です。
わたしも191さんと同意見です。
気になさらずにがんばってください。
- 193 名前:gattu 投稿日:2002年05月31日(金)13時19分26秒
- 次はぜひ紺野をお願いします。
でもこんなにいっぱい市井系小説が出ているのに
現実で市井がいまいちなのはなぜだ??
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月03日(月)16時15分00秒
- 初カキコさせていただきます。
とっても面白いです。あっっ涙が・・・
>>193!
市井ちゃむがいまいちとか言うな!
市井ちゃむの良さをしらない輩が多いだけなんだ!
すいません、取り乱しました。市井らぶなもんで・・・
- 195 名前:市 ・ 後 ・ 保 投稿日:2002年06月03日(月)19時05分49秒
- もう涙腺ゆるみまくりです。石黒、石川…もう涙、出まくりました。
市井と後藤が最後の2人っていうのも私としてはそぉ〜とぉ〜嬉しいです!
とにかく作者さん、最後まで頑張って下さい!!
- 196 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月05日(水)16時23分41秒
- 私は全然楽しく読ませてもらってますよ。
ずっと引っ張ってきた伏線も意外な事実でしたし。
心理描写、情景描写なども秀逸で大好きなので、頑張って完結させてください。
- 197 名前:flow 投稿日:2002年06月06日(木)18時45分56秒
終盤も近付いてきたところで、ようやく本日も更新です。
読み続けていてくださる方、初めて読んでくださる方、本当に光栄です。ありがたいです。
>189 名無し読者さん
その顔文字、微妙に怖いのですが…(w
はい、ようやく後藤言えました。
>190 名無しさん
……まあ、最近の飼育では少ないので。と言い訳をさ(略
>191 名無し読者さん
フォローありがとうございます。ちょっと、いやかなり嬉しかったです。
とにかくここでくじけたら笑い話にもならないので、最後までやりますよ〜!
>192 はろぷろさん
毎回のレス、サンクスです!いつも感想いただいて……
やっぱり後藤は書いてて大変ですが、驚いていただけたなら成功かと(w
- 198 名前:flow 投稿日:2002年06月06日(木)18時52分28秒
>193 gattuさん
いまいち……ですか、いやいや自分は注目してますよ。
というか、むしろユニットはいらないですね→たいせー&ウィラポン(w
>194 名無しさん
ノープロブレムです。自分も市井が好きです。らぶです。
初カキコしていただいたということで、感謝感謝!また見てくだされ。
>195 市・後・保さん
懐かしい名前ですね(w
いちごまで喜んでくださる方がいて、ちょっとホッとしてます。よかった〜!
はい、最後まで頑張ります!
>196 名無し読者さん
随分長いこと引っ張りました〜伏線(w
表現力については勉強の毎日です。そして他の方の小説を読み漁っています(w
それでは、後藤編の続きです。
- 199 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時53分46秒
「ねえ、市井ちゃん?」
「………ぁあ?」
しばらく呆けたようにぼうっとしていた紗耶香を呼び戻したのは、彼女をまさしく放
心状態に陥れた真希自身の声だった。
本心から紗耶香を気遣っているのが分かる、この上なく真摯な表情で、小さく首を
傾けながらじっと自分を見つめてくる真希にようやく気付く。
「…………」
紗耶香の名前を呼んでからしばらく間が空いた。どうやら、真希も頭の中で何と言
出だすべきか、考えが上手くまとまっていないのかもしれない。 慎重に言葉を選ぶ
気配を見せつつ、真希がゆっくりとした口調で再び口を開いた。
「後藤が、初めて朝比奈に来たときのことさ、覚えてる?」
「……覚えてるよ……」
もう10年以上も前の話だ、おそらく現在、真希が思い浮かべているほど鮮明に
は覚えてはいない。けれど、忘れるはずがなかった。後に、今のように親密になろ
うとは想像もつかない、彼女との初対面の瞬間のことを。
- 200 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時54分24秒
仏頂面をした、自分よりも年下の少女。当時の園で、紗耶香より年下だったのは
福田明日香だけだった。その明日香は幼い頃から大人びて ――― 言い換えれば
ふてぶてしい態度で、紗耶香が面倒をみてやる、などといったことは無かった。
当時まだ中学生か高校生だった中澤裕子から、 「あんたよりも2つも年下やねん
で」 と笑いながら言われたその時、紗耶香は初めて、“お姉さん気分” を味わえる
と子供心に喜んだものだ。けれど。
『あんたが新入り?よろしくね、いちいさやかだよ』
『…………』
『あんた、しゃべれないの?』
『…………うるさい』
対面を果たした真希の可愛げのなさといったら。
容貌こそ、人形のように愛らしい姿形をしてはいたものの、真希はおよそ5歳の幼
児とは思えないほど、1人で何でも黙々とこなして見せる、非常に変わった少女だっ
た。その上、全てを見透かすような鋭い視線で、とことん無口。
- 201 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時55分42秒
『何だよその態度っ!いちーの方が年上なんだからなっ!』
『…………』
『ねー…あんた、笑えないの?』
当時も今も、負けず嫌いで気が強かった紗耶香が、その幼い少女に対抗心を燃
やし始めるのに、さしたる時間も理由も要しなかった。
『…あんた、何やってるの?』
『別に……』
『自分でごはん作れるの?せんたくも?うっそぉ』
『……うるさい』
『むかーっ。何だよ、それくらいっ!いちーだってできんだからなっ』
真希の話が本当なら、つまり紗耶香は、自分と血の繋がった実の妹に対し、幼い
ライバル心のようなものを抱いていたことになる。何と、笑える話なのだろうか。
しかし、紗耶香のその純粋な対抗心が、真希の好奇心を動かしたようだった。
『笑ってみ、ほらこうやってにーって口の端を上げるだけだよ』
『………んん?』
『あはははは。何だよその顔、かわいくなーい』
『………うるさいなぁっ』
- 202 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時56分21秒
そして、多少強引とも言える紗耶香の真希への接し方に、何故か幼い真希が心
を開き始めるのも。
もともと面倒見が良い気質を備えていたのだろう、紗耶香は大人からすると 『扱い
辛い』 とレッテルを貼られていた真希と、急速に心を通わせていったのだった。
『……わああっなに、なにこれ焦げてるっ?』
『あはは。下手くそだね、いちーちゃん』
『…あれ、まき、今笑った?』
『笑ってないよ』
『いちーちゃん、って言った?』
『……言ってないよ』
真希もまた、心を開く人物は1人でよいと考えるタイプだった。人間関係は深く狭く
それで充分だと。その対象に、紗耶香は当てられたのである。
またそれ以前に、真希が心を開けるよう、接してきたのが紗耶香だけだったのも
理由の1つに挙げられるだろう。当時も今も、真希の「無表情」という仮面は、どうも
取っ付き辛い第一印象とされているように、滅多に話し掛けられることはなかった。
( 紗耶香の親友の矢口や、物怖じしない辻加護らは除くとしても )
- 203 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時57分01秒
周囲には常に一歩引いた態度でありながら、自分のことをつたない口調で「真希」
と呼び、何をするにもガチョウの親子よろしく自分の後をくっついて回る小さな少女の
ことを、紗耶香が可愛がるようになったのは、至極当然の結果と言えるだろう。
『いちーちゃん、いちーちゃん』
『あのね、まきね、テスト1番だった!すごいだろー』
・・・・・・
自分にだけ甘えてくる「天才少女」は非常に可愛いかった。そんな彼女に、紗耶
香は時に厳しく、時に甘い顔を見せながら、ずっと向き合ってきたのだ。 滅多に人
に見せない好意の視線を、嬉しく思う反面、少し照れ臭く思ったりもしながら。
もちろん、当時の紗耶香はおろか真希でさえ、2人が姉妹である事実は知る由も
なかった。それでも、それはあまりに不思議な巡り合わせに他ならない。同じ父親
を持ちながら別々の母親の下に生まれ、共に親を失い、同じ孤児院に入るとは。
- 204 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時57分44秒
そして何より、その事実を知らない筈の2人が、皮肉な運命の歯車に導かれたか
の様に、互いに惹かれあったこと。それは吉澤ひとみという、途中から加わったある
種の“異分子”により多少の変化を見せたけれど、基本的に真希は紗耶香を1番目
に据えていた。
思い出す限りでは、真希と紗耶香の間に、そうそう特別なやり取りがあった訳で
はなかった。初対面の瞬間に、何かインスピレーションを感じた、などといった展開
があった訳でもない。そもそも、そんな意識を持つ年齢ではなかったのだし。
( その上、お互いに第一印象はむしろ悪い方だった、間違いなく )
それでも、何がきっかけとなったかは分からない。それこそ、無意識な感覚の何
処かで、“血族”であることを感じ取ったのかもしれない、“姉妹”であることを、本能
で悟ったのかもしれない、正しい理由など分からないし知る意味すらないけれど、
後藤真希は確かに市井紗耶香を特別視していた。心を開いていた。
- 205 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時58分20秒
つまるところ、真希は友情とも家族愛とも違う感情で、紗耶香を慕っていたのだ。
それは紗耶香自身もまた、そうと意識するところがあったのだけれど、真希はとに
かく紗耶香に好意以上の思いを寄せていた。
特別視しているその感情の正体の、結論など出しようもない。
――― しかし。真希は知ってしまった。
自分と紗耶香が血の繋がった姉妹であること。女同士であるという以前に、その
事実は何より真希にとって衝撃だった。自分の父親、つまり紗耶香の父親が同一
人物であること、 「日本政府」 という、この国が持つ絶対的・圧倒的な権力の下に
転がされ、命を落としたこと。
そして ―――
『市井ちゃんにはたくさん友達がいる』
『後藤にはいない』
- 206 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時58分58秒
歴然とした、「姉妹であるはず」の、市井紗耶香との違い。 血の繋がりという、避
けようのない現実の前で、それは何より真希を追い込んだのだろう。
( 姉妹なのに、どうして市井ちゃんと後藤は、こんなに違うの? )
( 市井ちゃんは自分で自分の道を決めて、後藤は市井ちゃんがいないだけで…
何も手につかなくなっちゃうのに )
( 後藤なんていなくても、市井ちゃんは1人で大丈夫なのに )
( …………神様は、残酷だ。後藤と市井ちゃんは、違い過ぎるよ )
市井紗耶香が“陽”ならば、後藤真希は“陰”である。
少しでも運命の軸が気まぐれにも動いていたのなら、紗耶香と真希は「本当の家
族」としてでも接していた可能性すらあったかも知れないのに。
- 207 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)18時59分40秒
「こうも言ったよね、『脱出するなんて無理だ』って」
ふと、真希は論点を変えた。「ああ、」と曖昧な返事をして、紗耶香は怪訝そうに
真希を見返す。次から次へと信じられない事実を並べる真希の話に、おそらく驚か
ずにはいられないであろうが、それでも紗耶香には“姉のように”接してきたプライド
がある。当然、本当の姉妹であるとは考えもしなかった訳だが。
「『脱出者』を出してしまった政府は、当然の如く監視の目を強めるようになった」
『後藤正二』という脱出者。それこそが、その後のデス・ゲームの管理を徹底した
ものにした。絶対に「逃げられない」ように。同じ失敗を、繰り返さないように。
そして、仮に会場から脱出したとしても。――― 終わらない。
『死のプロジェクト』は、終わらない。
「 逃げ切れないんだ。逃げても、確実に殺される。生き残りたいなら、絶対に最後
の1人になるしかないんだよ。だって、逃げたお父さんは殺されたから」
「…殺された?」
- 208 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時00分23秒
眉をひそめて、紗耶香が聞き返す。蒼白な顔で、今にも倒れそうな紗耶香とは逆
に、真希は顔色1つ変えることなく、訥々と話し始めた。全て、紗耶香にとっては初
耳の内容だったけれど、それがもはや作り話などでないことは明白だった。何より、
今この場で真希がそんな意味の無い行為に及ぶ理由もない。
そして、その真希の話は紗耶香をより一層の絶望に突き落とすであろうことも、容
易に想像できた。それでも、紗耶香は耳を塞ぐことも出来なかった。
―――
- 209 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時01分01秒
…施設に預けられた後、それでも後藤はお父さんに会いに行ったの。道順なんて、
一度見たら覚えてるもん。お父さんはまだ、2人で住んでた古くてぼろいアパートに
住んでた。でも、子供心に思ったの、『中にこっそり入って、驚かしたてみたら、お父
さんどんな顔するだろう』、って。
そこで何を見るのかなんて、考えもせずに。はは、バカだよね。
あの頃は、後藤もまだそんな無邪気な心持ってたんだよ。ま、それが皮肉なこと
に、あんな場面を見るきっかけになっちゃったんだけど。あんな場面………?
うん、もちろんいいものじゃないよ。だって、人が死ぬ瞬間だもん。
人が死ぬ瞬間。そうだよ、後藤はね、今回のゲームで、初めて『人の死』を経験
した訳じゃないんだ。ずーっと小っちゃい頃に。市井ちゃんとも親しくなるその前に、
後藤はごく身近な人の死を体験してたの。しかも、すごく残虐な殺され方のね。
「 押入れとかじゃすぐに見つかるかと思って、ほとんど何も入ってない、食器棚の
中に隠れてた。 お父さんは、じきに帰ってきて、テレビをつけたの、後藤まだ覚
えてるよ? 『いつ出よう』って、ワクワクしてるの」
- 210 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時01分56秒
「…………」
でもね、後藤が出て行く前、玄関のドアがばーん、って開いたんだ。食器棚の扉
の隙間から、お父さんがビクッて震えたのが見えた。3人、男の人が入って来たの
も見えた。何するんだろって、思ったのね。それで、目を離せずにいたのね?
そしたら。そしたら………
真希が泣き出しそうな顔で笑った。作り笑いが出来るほど、真希は器用でないに
も係わらず、笑ったのだ。とても、笑える内容の話をしている訳でもないのに。
「 お父さん、声を上げる暇もなく、あっという間に血の海の中に転がされたの。
真っ赤な血の海。一瞬、何が起こったのか理解できなかったよ。後藤、叫ばない
ように、必死に口押さえてた」
「……後藤っ、いいよ、もういいっ……」
深い痛みを感じ取って、紗耶香が真希を揺さぶる。それでも、真希は首を横に振り
続けた。ひたすら耐えるように苦渋を滲ませた表情で、口元には笑みを湛えながら、
強引に口を開く。
- 211 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時02分56秒
長い間、たった1人 ――― いや、吉澤だけには打ち明けたけれど ――― 最も
話したかった相手、紗耶香には伝えることも出来ずに胸に溜め込んだ事実だった。
今、それを吐き出すきっかけを得た。話せるうちに、話したい。だって。
( 後藤は、これを伝えないとひとみのところへ行けないもの )
「 銃は使わなかった。アパートだったし、静かなところだったから。銃声ごまかせる
様な場所じゃなかったのね。だからかな、刃物で滅多刺しだったよ。その後すぐ、
床に倒れたお父さんはそいつらに運び出されて、後藤はしばらく動けなかった」
怖くて怖くて、動けなかったんだ。信じられなくて、信じたくなくて、もしここに後藤
がいるのがばれたら、間違いなく自分もきっと殺されるって、分かったんだ。
「 お父さんが心配とか何より、後藤は自分の保身ばっか考えてたんだよ。死ぬの
が怖かった。血塗れになるのが怖かった。怖かった、怖かった」
「……っ」
――― あの時は、どうしてお父さんが殺されたのか分からなかったよ。
- 212 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時03分32秒
考えもつかなかったし、当時の自分が ――― 朝比奈に入る前の話ね? 人とは
違う生活をしてるだなんて、知らなかったし。幼稚園にも保育園にも行ってないのが、
普通じゃないなんて、知らなかったし。
「 でも、誰にも言えなかった。ただ、すごく恐ろしいことが起きたんだってことだけ
頭の中で結論づけて、誰にも言えずに自分の中だけにずっとしまってた。とにか
く、もうあのアパートに帰ることは出来ないと思って、朝比奈に戻って」
最初のうちはね。裕ちゃんやなっちも、カオリも圭ちゃんも、後藤が新しい環境に
馴染めなくて塞ぎこんでると思ったんだろうね。よく話かけてくれたんだ。
でも、後藤そういうのにどう接したらいいのか分からなくて。本当に、分からなくて。
そのうちに、うんともすんとも言わない後藤に愛想尽かしちゃった。
市井ちゃんだけだよ、後藤にいつまでも同じように接してくれたのは。
- 213 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時04分09秒
「……あれは……」
「分かってるよ。市井ちゃん、負けず嫌いだったし、優しいから、後藤が1人でいる
の、可哀想に思ってたりもしたんでしょ? けどね、同情でも義務感でも、後藤は
そこに市井ちゃんがいてくれることで、安心してたんだ。市井ちゃんは、裏切らな
いって。ずっと、一緒にいてくれるって」
気の抜けた表情で笑みを浮かべながら、真希は紗耶香を見つめた。もはや、生き
る意志すら失われたかの様に、その瞳に普段の凛とした輝きは無かった。
ただ、紗耶香への愛情だけが、真希の生への執着心を支えているかの如く。
―――
そんなうちに、後藤は本心隠すのが上手になってた。1人でいても平気な顔する
の得意になってた。そうしたら、それが「後藤らしい」って言われるようになってた。
だから、そうするように努めてた。
「…………」
「…だけどね、ひとみと出会って」
「…………」
- 214 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時04分57秒
『だって、本当の自分がすごく、いやなやつなんだもん』
( 本当の自分。真希は、本当はどんな人間なの? お父さんが死んだのに、それを
見たのに、何もないふりをしてる真希はすごく、嫌な人間なんじゃないの? )
『だったら、真希は “本当の” ひとみちゃんの方が好きかもしんないな』
『だって、真希と近い感じがする。そっちのほうが』
――――
真っ直ぐな市井ちゃん。屈折したひとみ。後藤は、市井ちゃんが大好きだったけど、
だからこそ全てを打ち明けることは出来なかった。そんなとき、ひとみを見つけた。
「仲間」だって思ったの。ひとみは、自分と似てると思った。分かり合えると思った。
でも、今になって思うんだ。後藤が、ひとみの人生を狂わせたって。後藤の勝手な
思い込みのせいで、ひとみは死ぬ間際まで深い後悔を抱えてた。全部全部、後藤
のせいで。なのに、ひとみは責めなかった。
だから、後藤は思うんだ、ひとみも、後藤とは違うよ。全然違う。
- 215 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時05分33秒
後藤はね、ひとみみたいに周囲への思いやりもない。素顔だって、後藤みたいに
汚れていないよ。綺麗な心持ってたんだよ。それを、後藤が変な方向に誘導しちゃ
って、ひとみは自分が「嫌な人間だ」って思っちゃっただけなんだ。
……ごめん、話戻すね?
そうして、後藤は市井ちゃんとひとみっていう何にも変えがたい大事な大事な人
が出来て、何でか知能指数が高いなんて言われて、いつの間にか「天才」だなん
て言われてて、成長して、でも心は子供なまんまで。
後藤が、市井ちゃんのこと好きだなぁって思うようになった。意識し始めた矢先の
話だよ。『留学する』って聞いたのは。あはは、ショックだったなあーあの時は。
でも、後藤にとっての数少ない「友人」を失うのはもっと嫌だったから。そうだよ、
「友人」だって、思おうとしたの。無駄な努力だったけどさ。
でも、平気な顔して市井ちゃんを見送って。なのにどうしようもなく寂しくって、心が
荒んじゃって、そんな時。
『デス・ゲーム』の存在を知った。自分の過去も、親のことも、全て真実を知った。
- 216 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時06分17秒
「 そして、やっと分かったの。『デス・ゲーム』の記録を見たとき。全部、頭の中で
筋が1本につながった」
一言一言、真希の言葉はこの上なく重く痛く、紗耶香の胸に響いた。それでも、彼
女が長年の間溜め込んだ末、じわじわと拡がっていった胸の傷の痛みは、そんなも
のではないのだろう。
だって、もうずっと、真希の笑顔を見ていない。心からの、彼女の無邪気な笑顔を
紗耶香は目にしていない。
『市井ちゃんっ! 会いたかったーっ! 』
そう、このクソゲームが始まってから。真希の笑顔は奪われたのだ。
――― 紗耶香は覚えていた。園に真希が来た最初のころ、彼女はほとんど口を
きかなかった。笑いもしなかった。当時は、なんて愛想のない子だと思ったものだけ
ど、それは違ったのだろう。
- 217 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時06分58秒
きっと、真希は笑い方も、同い年の少女との接し方も、何も知らなかったのだ。
ただ、1人の人間として生きていく方法のみを学び、幼い子供が学ぶべき遊びも、
会話も、人との触れ合いも一切なく、ただ「生き延びる」べく育った。
何より、そんな幼い子供が目の前で、それもたった1人の親を残忍に殺される場
面を目撃して、どうして上手く笑えることなど出来よう?
ただでさえ、人一倍感情を表現するのが不器用だった真希が、精神崩壊を起こさ
なかっただけでも大したものだ。
「 後になって、その時の事件を片っ端から探したの。でも、見つからなかった。どう
しても、お父さんの出生も、何もかも、分からなかった。 政府のコンピューターに
侵入するまでは」
ふっと表情を緩めて、真希は一度大きく息を吐いた。紗耶香はもうずっと自分が何
も喋っていないことに気付いたけれど、彼女の話に口を挟む余地はなかった。
いや、遮りたい気持ちはあったのだ。どうしたって、それが「吉報」や「朗報」などと
いった良い話である筈はないのだから。
- 218 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時07分31秒
それでも、紗耶香が真希の重大な決意の下に口を割らせたその話を遮ることは、
他でもない彼女自身の気持ちを踏みにじることになる。
重い内容であるが故、紗耶香は彼女の意志を尊重したかった。
「 当たり前だよね、そんな事件、表に出せるわけないんだよ。……だってそうした
ら、デス・ゲームなんていう政府の“極秘プロジェクト”ってやつまで日の目に晒さ
れることになる。アイツらの失脚どころじゃないよ」
「…そうだな」
「 うん。…政府の存在そのものが、根底から覆される大事件だ。……でも、政府の
連中にとっちゃこの “プロジェクト” なんてものは、一種のお遊びなんだ。『ゲーム』
なんて呼ばれるほどにね」
「………」
否定する気もなかったが、それは間違いなく事実だった。政府の連中にとっては全
て「遊び」だということ。自分達の命と、生への執着を面白おかしく観戦しているであ
ろう連中にとって、自分らは認めたくないが駒の1つに過ぎないのだと。
そうでなければ、どうして人の死を、笑いながら放送なんて出来る?
正常じゃない、そんなの!
- 219 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時08分11秒
「 そんな『ゲーム』で、せっかく勝ち得た椅子を、手放すような真似はしないでしょ。
人1人、殺すなんて、どうってことないんだよ。余程、手間要らずなんだ。まして、
ほとんど天涯孤独に近い人間の、1人や2人」
「……くそ……あいつらに、人の血なんて流れてるのかよ……?」
「一応、流れてはいるんじゃないの。真っ黒かもしれないけどさ」
嫌悪感を隠そうともせず、真希は吐き捨てるように言った。瞬間、怖いくらいに無
表情になったのは、彼女が言い表せないほどの憤りを感じているからだろう。
気持ちを落ち着かせるようにふうっと長い息を付いて、再び真希は口を開く。
――― お父さんが死んでからね?
後藤は、何でも1人で出来なきゃいけなかった。生きてるときのお父さんに、そう
いう風に言われてたの。そうやって、育てられてきたの。朝比奈に入るまでずっと。
- 220 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時08分52秒
『脱出できないはずのゲームを脱出した』ってことは、少なからずお父さんの中で
は、恐怖の対象だったんだろうね。
そしてそれは、必ずしも勘違いなんかじゃなかった。政府は、お父さんの行方を追
っていた。ゲームの内容を知る者を、生かしておけるはずが無い。 それでも、7年も
逃げ切ったのは奇跡だったと思う。
……とにかく、お父さんには時間がなかった。それを、自分でも悟ってたんだ。
「 後藤はね、出生届も出されてなかった。出せなかったんだと思うけど。とにかく
世間の表には出れなかったんだ、お父さんは。小さい後藤に、よく言ってた。口
癖みたいにね、『強くなれ』って。『お前は、1人で生きていけるくらい強くならな
きゃいけない』 って」
それが、あの結果だった。真希は不自然なくらい、1人で何でも出来る、他人の
助けを必要としない少女だったのだけれど。その答えはそれだった。
『強くなれ』 ――― 遺言の様に真希の中に残った父親の言葉が。
- 221 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時09分37秒
「 きっと、お父さんは薄々感じてたんじゃないかな、自分がもう、逃げ切れないこと
を。だから、自分が見つかる前に ――― 後藤の存在を政府に知られる前に、朝
比奈女子園に娘を預けたんだ」
本当に、今思えば相当ひどい生活してたと思うよ。指名手配犯の逃亡生活って、
こんな感じかなってくらい。そうまでして、世間から隠れて生活していたはずなのに。
お父さんは見つかった。見つかって、虫ケラみたいに殺された。
「…………」
「その少し前」
同じく身寄りのなかった市井ちゃんのお母さん ――― 真衣子さんも、病気かなん
かで死んだんだと思う。そして偶然にも、腹違いの姉妹は、朝比奈で対面することに
なったんだ。
そこで、後藤と市井ちゃんは初めて顔を合わせた。あの時は知る由もなかったけど、
考えてみれば偶然にしてもすごいことだよね。そう、運命的。
皮肉っぽく、真希は低く笑った。ひどく自虐的な笑みだった。
- 222 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時10分16秒
「 ねえ、残酷過ぎるよね。……どうして、親子揃ってこんな馬鹿げた計画の為に、
人生を滅茶苦茶にされなきゃいけないの。どうして、こんな結末しか迎えられな
いの? どうして、どうして ―――― 」
徐々に、真希の声が高くなっていく。興奮したときのそれは所謂彼女の癖だった。
ほとんど悲鳴に近い声で、真希は搾り出すように声を上げる。
「どうして、本気で好きになった人が、血の繋がった姉妹なの……ッ!?」
息遣いが荒くなり、真希の語尾が震えた。俯いた拍子に、左右の耳の後ろから背
中へ垂らされていた長い髪がサラサラと頬の上を流れ、顔を隠すように覆った。
「血の繋がったお姉ちゃんを好きになって、どうすればいいの!?」
「市井ちゃんと後藤は違うのに!全然違うのにっ!!」
真希は泣いていた。涙を流しているわけではない。けれど、紗耶香ははっきりと
見えていた。……泣いている。真希の、心が全身で軋むような悲鳴を上げながら、
大声で泣いている。「助けて」って、泣いてるんだ。
- 223 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時11分01秒
何も言えなかった。
どんなに上手い言葉を掛けても、長年の間、孤独に傷を抱えて耐え続けてきた
真希を癒すことなど出来ない。中途半端な思いやりなら、何の意味も持たない。
黙って、紗耶香は真希を抱き締めた。彼女が興奮すればするほど、反対に紗耶
香の心は冷静さを取り戻していく。震えていた真希の体が、紗耶香の腕の中で次
第に落ち着いてきた。
「……後藤は、後藤はね?」
「うん」
「 後藤は、市井ちゃんみたいに皆に好かれてないよ。優等生でもないよ。周囲の
期待なんて受けてもないし、友達だっていない。決断力だってない。姉妹だなん
て言われても、何の共通点もないのに」
なのに、姉妹なんて、信じられるわけない、信じたくない。
でも。全部、真実で。
「 ひどいよ、残酷だよ、どうしようもないじゃない、市井ちゃんが本当の姉だなんて、
知りたくなかった、知らなければよかった………どうしてよ……」
- 224 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時11分41秒
――― 市井も、知りたくなかったよ。
なんて言えるはずがなかった。実際それが本音だとしても、彼女にそれを告げた
ところで状況が変わるわけでもない。まして、事実を変えよう筈がないのだ。
けれど、それ以前に紗耶香の脳は考えることを拒否しているかの様に、その働き
を急速に鈍らせつつあった。ただ、真希の言葉が頭の中で響いてはいるものの、果
たしてそれを理解出来ているのかどうか、自分でも疑わしかった。
「怖かった。現実が、政府が」
ふっと、真希の声色が変わった。幼い子供に戻ったような、たどたどしい口調。何
かに怯えた感じの弱い声。吐息と共に吐き出される言葉が、頼りなく震え、真希の
体が僅かに硬直していた。
「全て偶然じゃなかったら? ――― そう考えるようになったんだ」
「偶然じゃない?」
優しく促すように、紗耶香は努めて落ち着いた声で聞き返した。腕の中の少女を
抱き締め直すと、彼女は安心したように身体を預けてくる。それでもまだ、真希の
全身を走る震えは収まりそうにもなかった。
- 225 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時12分19秒
「 市井ちゃんのお母さん、後藤のお父さん。2人が『デス・ゲーム』に選ばれたこと
から始まって、お父さんがゲームから脱出したこと。市井ちゃんのお母さんが子
供を生んだこと。記憶を無くしたこと」
……2人の親が死んで、後藤と市井ちゃんが朝比奈女子園で再会したこと。惹か
れ合ったこと。姉妹みたいに思い合ったこと。そして、……また、『デス・ゲーム』 に
選ばれたこと。
「……全部全部、政府の連中の思惑通りだったとしたら?」
「まさか……まさか、そんなはず」
「 後藤がコンピューターに侵入したことも偶然のようで必然で。あいつらの娯楽の
為に、ただ手の平で踊らされてるだけだとしたら?全部、仕組まれた結果のこと
だとしたら? ――― 」
紗耶香は息を飲んだ。頭が、普段のように回転していないことは分かっている、け
れど真希がどんなに恐ろしい仮定を語っているか。耳を通して脳に届けられた言葉
は、紗耶香の一旦は取り戻しかけた平静を乱した。
- 226 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時12分58秒
「そんなの、判断できるかよ。偶然かもしれないじゃん」
笑い飛ばそうと口にした声に、動揺が走っているのは丸分かりだった。それでも
普段、そんな紗耶香をからかうように笑い声を上げるはずの真希はしかし、力無く
口元に笑みを浮かべただけだった。
「 そう、偶然かもしれない。でもそうじゃないかもしれない。分からないんだ、全部。
多くの命が奪われて、お父さんも殺されて、なのに分からないことが多すぎて」
…怖いんだよ、怖かったんだよ、あの時。 自分の生きてきた人生、すべてが否定
されたような気がした。後藤は、自分の足で歩いてきたのじゃなくて、予め決められ
た選択肢を選ばされていたんじゃないかって。
「どうにもならないんじゃないかって」
このゲームが開始したとき、後藤はね、平気な顔してたけど。…そう見えたかも
知れないけど。本当は絶望感でいっぱいだったんだよ。やるべきことが決まってい
たから、すぐに行動することも出来たけど。
でも、本当は……怖くて、怖くて怖くて。怖くてたまらなかった。
- 227 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時14分10秒
「死ぬ準備も出来ていないまま死ぬのは嫌。だから、最初に決めたの」
不意に真希の口調に凛とした響きが混じった。幾分震えも怯えた様子も残ってい
るものの、きっぱりと言い切ったその声に、迷いはなかった。
「市井ちゃんと、ひとみに会うこと」
「会って、大事な話を伝えること」
もぞもぞと動いて、真希は自ら紗耶香の腕を解くと、真正面からその顔を覗き込
んだ。真希の目は何をも見抜くかのように寸分の狂いもなく、そして紗耶香以外の
何にも焦点を合わせることもなく、ただひたすらに、顔色を失った 「姉」 の姿だけを
映し出していた。
「 例えば。……後藤が真ん中の橋に立っていて、向かって左側に市井ちゃんが、
右側にひとみが溺れていたとして。後藤は、浮き輪を1つしか持っていません。
さあ、どうすると思いますか?」
「………何だよ、それ」
突拍子もない例え話を持ち出した真希の顔は、真剣そのものだった。思わず返事
に窮して紗耶香は声を低くする。 しかし、真希は最初から紗耶香に返答など期待し
ていないようだった。
- 228 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時14分45秒
紗耶香の言葉を待たずして、真希はにっと不敵に笑う。
「 そういうことなんだよ、今の状況は。うん、ちょっと分かり辛かったな。
後藤の答えはね? ――― 市井ちゃんには浮き輪を投げるよ、そして、ひとみ
の元へは、後藤自身が泳いで助けに行く」
あくまでこれは 『例えば』 の話だけどね? 冗談や、軽い気持ちで言ってるんじゃ
ないんだよ。これは、後藤の本心。
市井ちゃんを、助けたいっていう、後藤の本心。
「 市井ちゃんには、何があっても生きていて欲しい。生きててくれなきゃ駄目なの。
だから、市井ちゃんが確実に生き残れる方法を選ぶ。でも、ひとみはね、生きる
も死ぬも一緒なんだよ。そしてそれを、ひとみは理解してくれるから」
――― 例え、助からなかったとしても。それがひとみと一緒なら平気なんだ。
ひとみも分かってくれてるんだ。後藤たちは、離れられない。
- 229 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時15分38秒
それすらも、全部予定調和のことかもしれない。後藤が、市井ちゃんの為に全て
を投げ出すことも、命を賭けることも、悔しいけどあいつらの思惑通りかもしれない。
それでも、後藤はそうしたかったんだ。たとえ、市井ちゃんが後藤のことを忘れた
としてもね。それでいいんだ。
「 ごめんね、市井ちゃん。でも、後藤は約束したんだ。ひとみに、『待ってて』って。
すぐ行くから待っててって。……ひとみも、言ったの、待ってるって。ひとみは待
っててくれてんだ、後藤のこと。だから行かなきゃ……」
囁くように言って、真希は澄んだ瞳で紗耶香を愛おしそうに見つめた。
- 230 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月06日(木)19時16分21秒
眩しいものを見るように、細められた両の双眸、その目を縁取る長い睫毛が作る
陰鬱。 血の気がなく、雪の上で更に白く映える滑らかな肌、相対的に際立つ長い
艶やかな栗色の髪。
彫刻のように微笑んで自分を見つめる真希のことを、紗耶香は素直に「綺麗だ」と
思った。そう思いながら、あることに気付いていた。
『あること』 ――― そう、彼女の放つ美しさは、死に行くものの放つ最後の輝きな
のではなかったか。石黒彩が最後に見せた、完璧な微笑のように。
「ひとみとの、最後の約束、守らなきゃ」
「……後藤っ…!?」
鳥肌が立った。手を伸ばせばすぐに触れられる位置にいるのに、真希は何処まで
も果て無く、儚い存在に見えた。そして、紗耶香の全身に鳥肌が立った。
【残り2人】
- 231 名前:flow 投稿日:2002年06月06日(木)19時17分30秒
- 長すぎて、苛々している方がいましたら申し訳ないです…
- 232 名前:flow 投稿日:2002年06月06日(木)19時18分01秒
- 4スレで終わらなかったらどうしよう。
- 233 名前:flow 投稿日:2002年06月06日(木)19時18分46秒
- 取り合えず、明日か明後日にまた更新いたします。
- 234 名前:3105 投稿日:2002年06月06日(木)19時54分02秒
- お久しぶりです。
悲しすぎですよ。読んでて涙が止まりませんでした。
ここまで来たらどんな事があってもついて行きます頑張ってください!
- 235 名前:はろぷろ 投稿日:2002年06月06日(木)20時43分33秒
- ・・・・・後藤がある意味、一番感情豊かなような気がしました。
これから何が起こるのか...。
がんばってください!
- 236 名前:詠み人 投稿日:2002年06月08日(土)11時58分15秒
- うおあ〜!!
緊張しますね。って私が緊張しても仕方ないのですが。
正座して待ってます(w
- 237 名前:詠み人 投稿日:2002年06月08日(土)11時58分20秒
- うおあ〜!!
緊張しますね。って私が緊張しても仕方ないのですが。
正座して待ってます(w
- 238 名前:flow 投稿日:2002年06月08日(土)19時06分15秒
本当は前回で一変にアップしようかと思ったのですが、そうすると相当長いことに
なってしまうため、本日再び更新させていただきます。
>234 3105さん
お久しぶりです!また見つけていただけて嬉しいです。
最後までお付き合いいただけるということで、光栄です!サンクス!
>235 はろぷろさん
そうですね、後藤……ようやく引っ張り続けた内容を書けて正直ホッとして
います(w ラストまでもう一息、よろしくお願いします!
>236・237 詠み人さん
正座して……ですか(w)、早く更新しなくては足が痺れてしまいますかね。
というわけで、実は前回で書きあがっていた分を更新いたします。
後藤編、再開します。
- 239 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時07分10秒
「きっとね?」
穏やかな口調で柔らかく微笑みながら、真希が硬直して立ち尽くしている紗耶香
の短い髪の毛を撫でた。「………後藤……」 そんな真希にされるがままの状態で、
紗耶香はただ呆然と彼女の名を呼んだ。
「 後藤やひとみが生き残っていたとしても、世界は変わらないよ。市井ちゃんが死
んでも、やっぱり変わらないよ。けどね」
ふふふ、と真希の薄く開かれた唇から、小さな笑い声が零れた。ついさっきまで
“血の繋がった姉への想い”を吐露して、泣き出しそうなくらい悲しみに沈んでいた
真希の姿はもうなかった。
真希はもう、震えてはいなかった。真っ直ぐに自分の両脚で立って、紗耶香に触
れていた。ぴんと伸ばされた背筋は、彼女がもう、ある種の決意を固めていること
を暗に伺わせている。
「 市井ちゃんが生きていたら、きっと世界は変わっていく。……変えていくことが
出来る。後藤は、そう思ってる。だから、生きて」
「……後藤っ、どういう意味だよ……っ!?」
- 240 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時07分46秒
反対に、今や泣き出しそうになっているのは紗耶香の方だった。 相変わらず笑み
を口元に湛えたまま、自分の髪を宝物にでも触れるかの如くおずおずと撫でる少女
にまるで抵抗を示すでもなく、疑問を口にすることしか出来ない。
今までの様に、普段通りの市井紗耶香と後藤真希の関係性であったなら、きっと
紗耶香は真希が自分の髪を触ってくるなど (つまり、頭を撫でられるということだ)、
決して許さなかったのに違いない。
そうでなくとも負けず嫌いな紗耶香のこと、年上の少女らはおろか、年下である真
希に、子供のように扱われることなど。
「……後藤……」
けれど、紗耶香はしきりに自分に触れたがる真希を拒絶することもなければ、冗
談でも 「やめろよ」 と口にすることも出来なかった。 今、真希から離れれば、永久
に彼女を失ってしまう様な思いにとらわれたのだ。( そしてそれは、錯覚ではなく、
ほぼ間違いないであろうとの確証すらあった )
- 241 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時09分28秒
「 後藤、バカなこと考えるなよな? 死ぬつもりとかでいないよな? バカげてるよ、
誰かを生き残らせる為に自分が犠牲になるなんて、バカなことだぞ? ………
市井は、そんなの認めないから。そんなバカげたこと、認めないから」
睨むようにして真希を見返しながら紗耶香がきっぱりと言った。真希は変わらず、
慈愛に満ちた聖母のような笑みのまま、緩く首を振る。
「 記憶がなくなっても、大事なことを忘れても、人間の本質って変わらないと思う
んだ。市井ちゃんもね。後藤達、皆のことを忘れても、市井ちゃんが他人を大事
に思える心っていうのは、きっと変わらないよ。 それこそが、これからの未来に
必要なことじゃないかと思うんだ」
紗耶香の必死な問い掛けには答えず、ただ真希は自分の主張だけを口にする。
「 市井ちゃんには、そういう力があるんだ。周りの人間に、希望を与える力。そし
て何より、市井ちゃん自身から発せられてるんだ、すっごいパワーが」
- 242 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時10分06秒
「 おいっ、後藤聞けよ、聞いてよっ! 答えろ、死ぬ気じゃないよな、そんなバカな
こと考えてないんだよなっ!?」
「 ……………」
「 後藤、後藤っ!?」
( 後藤は、信じたかった )
血の繋がりなんて形式上のものじゃなくって、市井ちゃんに惹かれたのは、他で
もない、「市井紗耶香」って個人の強い光のためだって。
姉妹だからとか、そんな事情は関係ない、そんな結びつきなんてなくたって。
「 後藤がまだ生きてるうちに。市井ちゃんがまだ、後藤のことを覚えてるうちに。
……いっぱい、後藤のことを考えて欲しかった。怒りでも悲しみでも何でもいい、
強く思ってくれれば良かったんだ。だから、迷ったけど、全部話した」
予想通り、市井ちゃんは怒ったよね。悲しんでもくれたのよね。嬉しかったよ、そ
の間は少なくとも、後藤のことだけを考えてくれてたんだろうなって思えたから。
- 243 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時10分43秒
市井ちゃんは優しいからさ、普段そんなに仲良くしていない子でも、すごく心配し
てたでしょ? そして、後藤がそれにちょっとだけ嫉妬してたのも知らないでしょ?
やぐっつぁんとか、中学生の加護とか辻とかもちろん他の子とかね、色んな子の
こと、考えてたでしょ? 後藤は、市井ちゃんとひとみのことしか考えなかったのに。
………あはは、何言ってんだって思うかな。うん、それこそ、 『バカなこと』 だって
思うでしょ。後藤も思うよ。でもね。
「『誰かのために死を選ぶ』ってことが、バカなことだとは思わないよ、後藤は」
確かに朝比奈女子園の生徒らの中に、その傾向はあったのだ。もちろん、真希の
ように当初からある目的を持ってそう行動していた者はいないであろうし、 そこまで
冷静でいられた筈もない。
しかし。
――― 矢口真里を逃がすため、犠牲になった保田圭や、吉澤ひとみを生き残ら
せるため、命を絶つことを決意し、またそのために他人をも手にかけて吉澤への愛
を貫いた石川梨華。
- 244 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時11分37秒
彼女らは、確かに『誰かのため』、 死を選ぶことを自ら決めたのだ。強要されたの
ではない、自分の意志のもと、それを選んだ。悲壮な決意。
「 だって、それほど他人を思えるってことを、どうして 『バカなこと』 って一言だけ
で片付けることが出来るの?」
そりゃあさ、後藤だって、自殺することが正しいなんて思わないし、生き残ることを
争うこの 『サバイバルゲーム』 の中では間違ってるかもしれないけど。
でも、そんなの全部分かってて思うんだ。( 市井ちゃんが、後藤の全てだから )
「市井ちゃんのいない世界に、意味なんてないから」
くはは、と紗耶香が乾いた笑い声を上げた。空気を吐き出すように力無く笑う姿
は、無理に笑おうとしているようにしか写らない。
事実、紗耶香はとても笑えるような心理状態ではなかった。それでも、笑った。
おかしくて仕方なかった。
- 245 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時12分20秒
「…なあ、後藤。今気付いたんだけどさ」
何がおかしいって? そんなの、1つしかないよ。
「後藤、最初に言ったじゃん。『後藤のこと守って』って。…あれ、嘘だろ?」
「………」
おかしいのは、笑えるのは鈍感すぎる市井自身のことだ。あんまり鈍くて、分か
らず屋で、もう笑うしかないだろって感じで。
「 自分のこと守らせるフリして、市井を後藤から遠ざけないようにしたのは、後藤
を守らせるためじゃない。市井が無鉄砲な行動に走って、死なないようにだ」
――― つまり。市井は、後藤を守るつもりで、反対に「守られてた」ってこと。
「そうなんだろう?」
「………」
「……何で、気付かなかったんだろうなあ、市井は。大馬鹿野郎だよ、本当に」
独り言のように呟いて、紗耶香はぎりぎりと強く歯噛みした。心底、堪えようのな
い激しい悔しさでいっぱいだった。
今までずっと、紗耶香は真希を 『守ってやっている』 と思っていたのだ。はっきり
と意識してはいなかったとしても、心の片隅で常にそう考えていたのは紛れもない
事実そのそのものであり、否定出来ない。
- 246 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時12分58秒
だからこそ、今回この様な『死のゲーム』が始まって、真希に「守って欲しい」と言
われた時、紗耶香は当然のようにそれを遂行しようとした。
いつの間に、立場が逆転していたというのだろう。そして、真希はそれを望んでい
たのだろうか。紗耶香は、どうして今の今まで気付かなかったのだろう。
関係の変化に気付かなかったこと、否、紗耶香1人だけ気付かなかったこと。
紗耶香に、自身への憤りを感じさせるのは何よりその現実に他ならなかった。
「ねえ市井ちゃん。後藤のこと、好き?姉妹としてじゃなくって、1人の人間として」
「後藤、死ぬ気だろ。駄目だよ、死ぬな。絶対、許さない」
「質問に答えてよ、好き?」
「絶対、死ぬな!死ぬな、死ぬな、死んじゃ駄目だ」
頑なにそう繰り返す紗耶香を見つめて、強情だなあ…、と溜息交じりに呟きなが
ら、真希は苦笑する。苦笑しつつ、それでも何処までも紗耶香を信頼しきった真っ
直ぐな瞳で見据えながら、言った。
- 247 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時13分35秒
「よくね、『妹みたい』って言われてたの、実はあんまり嬉しくなかったんだ」
皮肉なことに、本当に姉妹だったなんて、知りもしなかったから呑気なことに。
「妹」として見られることに、些細な反抗心持ってたりもしたんだよ。
だって、妹ってことはさ。どうしたって、市井ちゃんには対等に見てもらえないって
ことじゃない? そんなの、後藤は嫌だもん。
( でもね、もうそれもどうだっていいや〜って、思えるんだ。今は )
「 市井ちゃんがそこに存在し続けていてくれること。この世のどこかで、呼吸をし
ていてくれること。生きていてくれること。それが後藤の望みなんだ。それだけ
が、たった1つの願いなんだ」
「……ごとう……?」
「生きて欲しい。どん底でも、最悪な環境でもいい。生きていて欲しい」
だから、市井ちゃんはね。
生きているのがいい。
生きてて欲しい。
お願い。
「 ――― ずっと、生き抜いてってください」
- 248 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時14分12秒
後藤が最初に選んだ道。
市井ちゃんを生き残らせて、後藤はひとみと一緒に行くんだって。その為にひとみ
を巻き込むことになっちゃったけど、ひとみは分かってくれた。
後藤の我儘を、黙って聞き入れてくれた。
「おい、後藤っ…ふざけたこと言ってんじゃ」
「市井ちゃん、動かないでね?後藤がすること、黙って見ていて」
穏やかな口調で紗耶香の言葉を遮って言うと、真希は体を反転させて、先刻雪
の中に投げ捨てた探知機を拾い上げた。粉雪に近いさらさらした雪は、探知機の
硬質な機体の上を滑る様にパラパラと伝って零れ落ちていく。
「……何するつもりだよ」
「 覚えてるよね? 市井ちゃんの ――― 後藤も、だけど。この『ゲーム』の参加
者に配られた腕時計の中に、爆薬が仕込まれてること」
言われて、紗耶香は初めてその存在に気付いたかの如く、はっとした表情で自分
の左手に装着されている銀色の味気ない腕時計に視線を走らせた。見るたび、この
ろくでもない 『死のゲーム』 に放り込まれたことを実感せずにはいられない、本当に
忌々しいその物体。
- 249 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時14分56秒
紗耶香は、あからさまに不快な感情を隠そうともせずに言い返す。
「…………これが、この腕時計がなんだってんだよ」
「はい、小屋から離れてね。もっと、ううんもっと遠くにだよ。ほら、まだ近いよ」
「答えろよ、後藤! この腕時計が何なんだ!」
後ずさりしながら叫ぶように問う紗耶香を一瞥して、真希がその探知機を何やら
操作した。僅かな動作のその後、幼い少女のように小さく首を横に傾けながら、真
希がさらりと言いのけた。
小屋からたっぷり距離が出来たことに満足そうに目を細めながら。
「 動かないで聞いてね。今、市井ちゃんのソレ、ちょっといじったから。動いたら、
中の爆薬が反応して爆発するように」
「 ――― ッ!?」
紗耶香が目を見開いて、真希を見返した。「なっ、てめ後藤っ!?」
狼狽し、上ずった声を上げる紗耶香の予想通りの反応に、真希は苦笑すると手
をひらひら振って紗耶香を牽制する。
- 250 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時16分07秒
「 動かないで、ってだから言ったじゃん。勘違いしないで。市井ちゃんを殺そうと
か思ってしたわけじゃないよ。 市井ちゃんには、後藤のすること、邪魔しない
で欲しいだけなんだ。ごめんね」
言われて、紗耶香の口がぱくぱくと動いた。言いたいことは何となく分かる、でも
そうすることが出来ないのだ。 紗耶香は、真希が機械全般の操作に詳しいことは
知っている。それ故、真希の言葉が偽りでないことも、理解できるのだ。
「 後藤さぁ、言われたことあるんだ。なんかね、後藤って野良猫みたいなところが
あるって。1人で行動するとことか、何でも面倒臭そうなところとか。それでね」
ふふっと本当に楽しそうに笑みを零して、真希は言葉をつないだ。
「 猫って、死ぬときは人前に姿晒さないんだって。どっか遠くにいっちゃったり、
隠れちゃったりするんだって」
「おい、後藤 ――― ?」
- 251 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時16分50秒
何とか震える足を踏ん張って雪の上で直立する紗耶香が、近くの木に寄りかか
るようにもたれかかった。1人で立っていることが出来なかったのだ。もちろんそれ
は、体力的なことなどではない、非常に大きな精神面への負担が原因となって。
「思った。ああ、それは…………当たってるかもなあ」
「後藤っ、後藤、後藤っ!?」
クスクスと、何がおかしいのか肩を震わせて笑う真希に、紗耶香は駆け寄りたい
衝動に駆られるが、それを制しているのは自身の左手首に装着された、たった1つ
の腕時計のの存在だった。
爆発するかもしれないとの恐怖。死ぬかもしれないとの恐怖。
「だから、ここでさよなら」
「…ごと……」
「市井ちゃんが、最後に呼んでくれるのが後藤の名前でよかった」
それは、真希が紗耶香に見せる笑顔の中では最高の表情だった。確かに、紗耶
香はそう思った。そして、最高に美しかった。 何より崇高で、毅然として、今まで見
たことのないほど大人びた表情で。
- 252 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時17分31秒
その瞬間、紗耶香は悟った。後藤真希は、もう自分の元から離れたのだと。
一緒に生きる道を、放棄したことを。――― これが、最後の笑顔だと。
真希の長い髪がなびいて、パタン、と軽い音と共に彼女の姿は目の前の小屋の
中へ消えた。「後藤っ、後藤っ!!……」 狂ったように真希の名前を呼ぶ紗耶香は
しかし、硬直したように動くことが出来なかった。足を動かすことすらままならない。
「後藤っ、後藤おおおお ―――― っ!!!?」
―――
- 253 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時18分07秒
「そんな大声出さなくても、ちゃんと聞こえてるよ。市井ちゃん」
小屋の中に入り、閉めたドアに寄りかかって微笑と共に真希は呟いた。紗耶香の
視線から逃れたことで、張り詰めていた気持ちがふっと緩むように、鼻の奥がツン、
として、目にぶわっと涙が浮かぶ。
慌てて、真希はそれをガシガシと乱暴に服の袖で擦った。
( 駄目だ、泣いちゃ……。もう泣かないって誓ったんだ、ひとみに )
胸中で呟いて、真希は小屋の中に転がる親友の姿 ――― 当然、脈もなければ
呼吸すらしていない、死んでいるのだ ――― に歩み寄った。
「……ひとみ、ごめんね。最後まで付き合わせちゃってさ」
床の上に横たわる吉澤の遺体から流れ出た血液は、既に乾き始めていた。生来
色白だった吉澤の白い肌が、まるで蝋人形のように硬質な色身を帯びている。当然
その弾力性は失われつつあった。
死後硬直の始まっているその腕に手を伸ばし、真希は彼女の冷たい手首から、銀
色の腕時計を取り外した。ちゃらり、と音がして腕時計はあっさりと外れる。
「これ、もういらないよね。もらうよ」
- 254 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時18分40秒
呟いて、真希は上着のポケットの中から同じ種類の、飾り気のない腕時計を取り出
した。そう、ゲームが始まる前に各人に(強制的に)配布された、爆薬仕込みの腕時
計だった。探知機の発信源でもある。
真希は、それの外し方を知っていた。というより、覚えていたのだ。約2年前に見
たゲームの記録と、それらは何ら変わるところがなかった。 今、真希が持っている
腕時計の数は5つ。自分のもの、今しがた外した吉澤のもの、同じく小屋に転がっ
ている紺野の遺体から外したもの、 小屋の裏に埋める前に外した梨華のもの、そ
して、石黒彩の自殺した遺体から外したもの。
真希が知っていたのは、外し方だけではなかった。その、仕込まれた爆薬を爆破
させる方法すらも。真希は、知っていた。
それらの腕時計は、当然、探知機としての役割から“生徒らの逃走防止”の役割
をも担っている。つまり、逃げようとすればその爆弾で殺してしまえ、というあまりに
単純明快な、そしてあまりに残虐な目的の元に配布された。
- 255 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時19分23秒
要するに、「逃走防止の為」に身につけるということは、確実に人1人を殺せるだ
けの殺傷力を有していることになる。 純粋な薬品と違って人間1人分だけの致死
量なんてものはないけれど、このちっぽけな腕時計1つで、人を殺すのも自殺する
ことも可能なのだ。
――― そう、当然、その数が増えれば増えるほど、その威力は増すだろう。
( ばいばい、市井ちゃん )
- 256 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時20分06秒
すうっと大きく息を吸い込み、真希は床に並べた爆薬仕込みの腕時計と、自らの
手に持つ探知機を交互に見やった。紗耶香を待つ間、気付いたことがあった。
( これで、腕時計の遠隔操作は可能なんじゃ? )
結果、真希が出した結論としては、真希の仮定は当たっていた。つまり、起爆装
置がこの探知機の中に組み込まれていたのだ。
もし仮に、真希がそうと望んでいたのなら、最初から真希は生徒らを個々に爆薬
で殺していくことも可能だったのである。
――― ふざけやがって。
ほとんど確信に近いものを抱いて、真希は苦々しい気持ちをかみ締めた。これは
おそらく偶然ではあるまい、真希以外の少女がこの探知機を武器として手にしてい
たとしても、それを 「起爆装置」 として作動させることは出来まい。
それを踏まえた上で、真希にこの 『武器』 は渡されたのだ。そして、おそらく真希
が敢えてそれを使用しないであろうと予測した上で。
- 257 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時21分02秒
真希がその 「起爆装置」 に気付いたのはもう紗耶香と2人きりになってしまった
時点なのだから、それを使うはずもなかったが、仮に最初からそれを知っていたと
しても、真希はきっと、否、絶対にそれを使うことはなかったと断言できる。
おそらくそれも、政府の連中にとっては思惑通りなのであろうが。
―――― 予定調和なんて言葉は、『ゲーム』には存在しないんだよ。覚えてろ。
睨み付けるように腕時計に目線を落としながら、真希は意味あり気な笑いを浮か
べた。ああ、訂正しなければならない。これは「爆薬仕込みの腕時計」などではなく
「爆弾」 そのものなのだった。
……爆弾付けたまんま、生き残るために殺しあうなんてね。
皮肉な現実に溜息を1つ吐くと、 真希は2度と動くことのない、唯一無二の親友
の元へと座り込んだ。( もうちょっとだよ、ひとみ。待っててね? )
探知機を握り締める手がじっとりと汗ばみ、真希はそれを掴む手に無意識のうち
に力を込めた。
- 258 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時22分20秒
( 生き残ったのが市井ちゃんで。朝比奈女子園をこんなくだらない 『ゲーム』 の
対象に選んだこと、絶対に連中は後悔するよ )
「ふざけんな、後藤っ! 後藤、後藤、後藤おおおおっ!!!」
小屋の外から必死に叫ぶ紗耶香の声が、やけに遠く感じた。そう、もう真希はそ
の愛しい人間の声を聞くことも出来なくなる。
しかもそれは、他でもない、自分だけを求めてやまない声。それが 「姉」として自
分を思っていてくれているのか、「友人」として思っていてくれているのか。
それとも ――― 真希が紗耶香に抱いた想いのように、決して許されざる愛情を
感じているのか、もうそれを知る機会は失われたけれど。
( でも、市井ちゃんが後藤を大事に思ってくれてることは、伝わったよ )
3………2………
「やめろ、馬鹿やめろっ! 勝手に決めんな、馬鹿後藤っ!!」
( だから、市井ちゃん。……ありがと )
- 259 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時23分06秒
心の中で、自分1人だけに通じるカウント・ダウンを始める。
どんなことがあっても、真希はそれを実行しなくてはならない。もちろん、紗耶香が
自分を呼んでいる事は、その秘めた決意をいささか鈍らせたものの、もう後戻りでき
ないことは百も承知だった。
ここで断念しては、吉澤が真希の心中を汲んでくれた限りない友情と優しさまで、
俗にしてしまうことになる。それだけは、許されない気がした。
( いくよぉ、せーの、)
覚悟を決めて、真希は目を閉じた。震える体をごまかすように、強く唇をかみ締め
て、すうっと大きく空気を吸い込んだ。
2人の遺体が転がる小屋の中の空気は、死臭で満ちていた。
1…………
( どっかーん )
「後藤ぉおおおおおッ!!!」
- 260 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時23分55秒
目を開く。 強い意志を湛えた眼差しは、壁を隔てて決して見える筈のない、外で
立ち尽くしているであろう紗耶香の姿を捉えていた。
どんなに想っても、どんなに愛しても、…どんなに尽くしても報われることのない、
愛すべき “姉” ―――― 市井紗耶香だけの姿を。
( 市井ちゃん。大好きです )
―――――――― カッッ
閃光が走った。
- 261 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時24分36秒
直後に、雷鳴が轟いたかのような轟音と激震が走り、紗耶香は間近で受けた爆
風を直撃し、耐え切れずに地面に倒れこんだ。
「……くぅっっ……!!」
頭の上を、粉々になった木片や巻き上げられた雪が舞い散らかり、紗耶香の短
い髪の毛を激しく乱していく。
だが、それすらも気にする余裕なく、紗耶香はひたすら地に這いつくばり、ともす
れば吹き飛ばされそうな突風に耐えていた。
( 市井ちゃん。これからもずっと…… )
肌を焼くような熱風を受けただけに、紗耶香の体を受け止める雪の冷たさが、今
は心地よかった。 薙ぎ倒された樹木のように雪の上に転がり、放心して紗耶香は
雪の冷たさを感じていた。
( これからもずっと……… )
しばらく、放心状態で寝転がった雪を弄んでいた紗耶香は、ふっと顔を上げた。
辺り一面に轟いていた轟音も突風も収まり、小屋の残骸がぶすぶすと灰色の煙
を上げて燻っているのだけが目に入る。
( 市井ちゃんが、大好きだよ )
- 262 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時25分18秒
・・・・・・・・・
「………はっ」
紗耶香が、口元を歪めて自嘲気味に笑うと、その薄く開かれた唇から真っ白な息
がふわふわと吐き出された。丁度、目の前で煙を上げる小屋のように。
――― おいおい、ふざけるのもいい加減にしろよ後藤? 本気で怒るぞ?
大体、まださっきのことで説教も済んでないだろ。は?何の説教かって? 自分で
したこと忘れたわけじゃないだろう。市井が留学してたとき、後藤がしてたことだよ!
犯罪まがいのことやってたって、告白したのは後藤だろ。
市井が怒らなきゃ、誰が後藤を怒ってくれるってんだよ、馬鹿やろう……っ。
っていうか、マジで怒ってるんだからな、市井は。聞いてんのかよ、後藤!!
「……っおい、後藤、後藤…?」
聞こえてんなら返事しろよなぁ。なあ、後藤、後藤、後藤!?
「…ってぇ…」
拳を強く握り締めたときに鋭い痛みを感じ、手の平に火傷を負っていることに、よ
うやく紗耶香は気が付いた。 おそらく、小屋が爆発したときに無意識のうちに顔を
庇う様に手をかざしていたのだろう。
「痛ってえ…くそっ…」
- 263 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時25分55秒
怪我に気付くと、痛みは思った以上に激しさを増す。ジンジンと焼きつくような鈍
い痛みに、紗耶香は顔を歪めた。
そして、気付く。紗耶香は腕時計をはめたまま、激しく動いてしまっている。なの
に、爆発はおろか、腕時計には何の変化もなかった。
「……何だよ……何ともないじゃん。……何とも、ない、じゃんかよぉっ……!!」
全て、嘘だった、作り話だったのだ。 きっと、真希が土壇場で思いついた苦肉の
策だったのだ。全て、紗耶香を動かさないための。そして紗耶香は、まんまと真希
の嘘に乗せられてしまった。
……目の前で、彼女が死地に向かって行くのを止められなかった。
「痛えよ、後藤。ばかやろ、いってェ……」
座り込んだ雪の冷たさと、今だ煙を立ち昇らせる小屋から放たれる熱気。
熱さと冷たさを痛みを同時に感じながら、紗耶香は呆然とした心の中に、激しく体
の中に沸き立つ何かを感じた。
「ちくしょ、いてえ……ちくしょう……っく…っそ……」
- 264 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時26分33秒
後藤。後藤?
何やってんだよ、お前。さっさと出て来いよ、熱いだろ?
妹?誰が? ――― 後藤が? ……はっ。何言ってんだよ、馬鹿馬鹿しい。
何が妹だよ。何が運命だよ。何が、何がっ……何が仕組まれてたってんだよ!?
これが、全部お前の望んだ結末かよ?何でだよ、ふざけんなよっ!
「ふざけんなよぉ……」
思いは、言葉となって唇から放たれる。が、それ以上、紗耶香がまともな意味を有
する言葉を口にすることは叶わなかった。
「……っぅわぁ」
燃え盛る小屋を見据えながら、紗耶香が叫んだ。全身が、ガタガタと震えていた。
小屋は、あらかた吹っ飛んでいた。
燻り燃えているのはその残骸だ。ゆっくりと辺りを見回した紗耶香の目に、明らか
に人間のものと思われる肉片が飛び込んできた。
「うわあああっ…」
腕が、足が、指が、内臓が、皮膚が。焦げた木片にこびり付いた血痕。張り付い
た髪の毛。もはや体のどの部分かも識別できかねる「モノ」に成り下がった “元”
人間の体の一部一部が、そこら中に飛び交っていた。
- 265 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時27分13秒
それが誰のものかなど、誰に聞かなくても分かる。一部始終を見ていたのは、他
でもない紗耶香しかいないのだ。
「うっわああああっ」
冗談……やめろよ、後藤っ!!
頼むから、頼むから冗談はもう……冗談? そうだ、こんなの冗談だろう?嘘だろ?
お前が死ぬわけ無いだろう? 市井を残して、死ぬわけないだろう?
だって、たった1人の妹なんだろ?お前は。
でも、紗耶香は見ていた。目を逸らす暇なく、見ていた。真希が小屋の中に姿を消
し、その彼女が出てくる前に小屋は一瞬にして爆発したことを。轟音と共に。
そして、それは故にたった1つの結論を導き出す。爆発により吹き飛んだ小屋。中
にいたのは後藤。そして、散らばった人間の肉片。
一体、誰の? ―――― そう、そんなの後藤しかいないじゃないか。いくら何でも、
全身吹き飛んだ人間が生きてるなんて話、聞いたことないよ。
「うわああああっ…!!」
- 266 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時27分54秒
つまり、死んだ。後藤真希は死んだ。それが、結論だ。“妹”だと告白して、言い残
して、勝手に死んでいってしまった。紗耶香を残して、真希は死んだ。
後藤真希は、死んだ。
「…ごとう、ごとうっ!!!」
亡骸すら触れることも出来ず、紗耶香と真希は永遠の別れを果たした。強制的に、
しかしそれは紛れもなく後藤真希自身の固い決意の下に。
どうして? ――― 何故? 市井は、そんなこと望んでいないのに?
後藤真希の長い艶やかな髪も、紗耶香の前でだけ表情豊かな端正な顔も、密か
にうらやましく思っていた女性らしい体もすべて、粉々になった。 細切れの肉片に
成り果て全て、失われた。
もう、紗耶香は真希に話し掛けることはおろか、抱き締めることも叶わない。二度
と、顔を見ることすら叶わない。失われた、本当に、全てが紗耶香から失われた。
「うあ……」 「うあああ、」 「わあぁあ…」
「うああ、うわあああっ、うあ、うああ、」「わああああ」
「わああっっ」 「ごとうっ…ごとっ…!?」
「わあああああああっ!!」
- 267 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時28分35秒
獣じみた唸り声が、紗耶香の口から次々と吐き出される。
「うわあああああっ…」
皆死んだ。死んだ、もういない、死んだ、いないいないいない死んだ死んだ死んだ
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだいない死んだ死んだ死んだいないいないいない
何で何で何で死んだ死んだもういない死んだなんでなんで何で何で何でっ!!?
「うわああああっ!!!」
『紗耶香』 『帰ろうね』 『どうして、なっちは』 『だって、市井さんが帰ってきたのは』
『死んだのは』 『帰ろう』 『あの人も死んだのね』
『あたしは市井さんのことがずっと好き』 『うわあ〜、久しぶりじゃん!元気?』
『紗耶香やないの。ちょうど良かった、おかえり』
『アンタが殺したんやろ!?』 『1番大事なもの、失っちゃったわ……』
『市井ちゃんが気に病むことじゃないよ』
『紗耶香だけは、…信じられると思ってたのに』 『市井ちゃんは嘘つきだからな』
『矢口さんや、愛ちゃんを探します』 『泣いてもいいんだよ?』
- 268 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時29分19秒
『…か、えろ……えんに、かえろう、ね………』
『後藤は、市井ちゃんのことが好きだから。誰より、1番大好きだから』
『市井ちゃんが好き過ぎて、辛いなぁ、ちくしょぉ』
『市井ちゃん』
『市井ちゃん』
『市井ちゃんっ』
――― 『いちーちゃん』
何で死んだ?
どうして皆いない?誰もいない?
何でいない?どうして死んだ?
死んだ?
死んだ?
死んだ?……
「ああああああああ、うわああああああああああっっ!!!」
「うあああああ、ううううううあああああああっ」 「わああああああああ!!」
「何でだよっううああああ何で何でっ!!」
- 269 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時30分02秒
「っわああああっっ!!」
「あああああああああああああっ…!!」
頭を抱えて、雪の上に膝をついたまま紗耶香はひたすら咆哮した。涙など、矢口
真里を失って流したとき、とうに枯れ果てている。
そして今度は、喉が枯れるまで叫び続けるのだろう。
しかし、止まらない。紗耶香の叫びは、死んだすべての少女達の無念だ。魂から
の叫びだ。それを、どうしたら止める術があるというのか。
「 ううううううわああああああ、あああああ、うわああああ、ああああああああああ
ああああああああああッあああああああああ、ああああうううあああああ……」
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死ぬ死ぬしぬしぬしぬ
死んだ死死しぬしぬしんだしんだしんだ死死死死死死死シヌ死んだ
死んだ死んだ誰が?死んだ?誰が?みんな?何故?何故?
何で死んだ?何で死んだ?殺した?死死
どうして死んだ死んだ殺した殺し合った?
殺した?殺し合った死んだ
シンダシンダ
――― 全員、死んだんだ。そして、市井は生き残ってる。
- 270 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時30分52秒
「くぅうああああああっ!!」
「わあああぁあぁううわああああっ!!」
「あぁぁああああああぁぁああああああっっ…!!」
死んだ。みんな死んだ。死んだ。殺した。殺し合った。死んだ。自殺自殺自殺。
シンダ殺したコロシタ死んだ死ぬ血血血血銃声殺し殺し死ぬ死んだ死んだ誰が?
矢口が死んだ裕ちゃんが死んだ圭ちゃんが死んだなっちが死んだ加護が死んだ
死んだカオリが死んだみっちゃんが死んだ中学生が死んだ高橋が死んだ
矢口矢口矢口矢口矢口矢口矢口
死んだ血血血血吉澤石川明日香死んだいないみんなみんな死んじゃった
皆? …後藤も? 後藤も死んだ? 何故? 何故、後藤が妹?
………何で?
何で、何で、何でっ!!!
「ああああ、っうわああああ、あああああああああっっ…!!!」
―――
――――
- 271 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時31分32秒
すっかり日が暮れて、墨を落としたような闇の色に染め上げられた夜空に向かっ
て、市井紗耶香はひたすら吼える。
空気は果てなく澄んで、そして命すら凍りつかせるように、冷たかった。
暗くなり一面影を落とした 『デス・ゲーム』 の会場である雪山に、ただ1人生存を
果たした少女の、悲鳴に近い唸り声だけが、ずっと響き渡っていた。
空は何処までも蒼く深く、そして遠かった。
――――
- 272 名前:《23,言葉 後藤真希》 投稿日:2002年06月08日(土)19時32分49秒
みんな死んだ。理不尽な理由で。
―――― 後藤も死んだ。市井のために。
【残り1人/ゲーム終了】
- 273 名前:flow 投稿日:2002年06月08日(土)19時33分55秒
- そして次回更新で終わります。
- 274 名前:flow 投稿日:2002年06月08日(土)19時34分27秒
- 問題は、スレがもつかどうかなんですが……
- 275 名前:flow 投稿日:2002年06月08日(土)19時35分07秒
- 最後の更新は、かなり長くなると思われます。
- 276 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)20時57分47秒
- やばい、泣いた・・・。作者さん、あんたスゲーよ。
- 277 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)21時46分13秒
- かなり号泣してしまいした・・・
次回でラストですか・・・私も正座して待っているので(W
がんばってください!!
- 278 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月09日(日)03時15分29秒
- いよいよ、エンディングですか。
早く続きが読みたいような、少し淋しいような・・。
- 279 名前:はろぷろ 投稿日:2002年06月09日(日)23時03分14秒
- 胸の奥からこみあげてきました。
ついに次回が最後ですか・・・。
後藤に感動です。
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)00時30分57秒
- 一気に読みました。
後藤編が、なんかやりきれない気持ちでいっぱいです。
ラスト、頑張ってください。
- 281 名前:ショウ 投稿日:2002年06月10日(月)21時38分13秒
- 前回更新分とあわせて読みました。もう何もいわずにただ
次の更新を待つのみです・・・
- 282 名前:市 ・ 後 ・ 保 投稿日:2002年06月11日(火)20時28分41秒
- 市井ちゃんは世界を変えることができる
後藤の言葉、想い…すごかった…
果たして市井はどうするのか…
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月15日(土)16時36分55秒
- ラストまでレスするのやめとこう思ったけどもう限界だ。
泣いちまったよ・・・・
- 284 名前:flow 投稿日:2002年06月18日(火)21時17分31秒
本日、この長々と続いたデス・ゲーム終了とさせていただきます。
かなり長い更新になると思いますが、どうか最後までお付き合いくださいませ。
>276 名無し読者さん
あ、ありがとうございます(恐縮)。
泣いたという感想は素直に嬉しいです。表現が一辺倒なのを反省しつつ…
>277 名無し読者さん
せ、正座して待っててくださったのですか。そろそろ痺れてるのでは(w
お待たせしてすみません、今夜、完結です。
>278 名無し読者さん
はい、エンディングになっちゃいますね。
気が早いですが、この話が終わったらじき次の話を始めようかと(w
>279 はろぷろさん
感動……ですか。どうかそれが、今夜の更新で台無しにならないとよいの
ですが(w とにかく気を抜かずに一気にいきます!よろしくです。
>280 名無しさん
後藤編、一気に読まれたんですか、長かったでしょうが……ありがとございます!
ラストがんばります、どうか見てやってください。
- 285 名前:flow 投稿日:2002年06月18日(火)21時18分04秒
>281 ショウさん
長くお付き合いいただけて、本当に感謝しています。今夜で最後になります
が、また最後まで読んでいただけたら嬉しいです!
>282 市・後・保さん
はい、市井の最後の………も今夜の更新で。
色々考えてこういう展開になっています、温かい目で見てやってください(w
>283 名無し読者さん
逆にレスいただけて嬉しいです、そりゃもう書く力の源ですから。
本当に最後になりますので、よろしくお願いします。
それでは、『デス・ゲーム 〜それぞれの理由〜』 最終章です。
- 286 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時19分18秒
「紗耶香ぁっ。いい天気だよ、今日。外でご飯食べようよ」
小柄な体を勢い良くぶつけるように走って来るなり、何が楽しいのかコロコロと笑
いながら矢口真里が言って、紗耶香はきょとんとした顔を小さな親友に向けた。
「はあ? いきなり何だよ、矢口」
怪訝な表情を浮かべる紗耶香に、矢口は再び軽やかに笑った。
「キャハハハハッ」 小さな身体を弾ませたり、飛んだり跳ねたり、その場でクルクル
回ったて見せたり、小動物のように目まぐるしい彼女の動きは見ていて飽きない。
「やっぱり、紗耶香ノリ悪ーいっ!!」
意味が分からず、更に変な顔をする紗耶香に、矢口の後ろから続々と表れた少女
らが矢口と同じように笑いかける。
- 287 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時20分02秒
「もおー、紗耶香の為に、バーベキューやることになったんだよ?」
――― はあ? 何言ってんの、なっち?
「材料揃えたん、ウチやで。感謝してなー」
――― バーベキュー? 裕ちゃん、その爪で?
「ちゃんと野菜も食べなきゃ駄目だよ、紗耶香」
――― あのねえ、カオリ。市井、子供じゃないぞ。
「何ぽやーっとしてんねん。アンタも手伝いや」
――― みっちゃん、っていうか市井は何すればいいわけ?
「いいのよ、紗耶香は大人しく座ってなさい。一応、あんたが主役なんだし」
――― どっちなんだよ、圭ちゃん!
「いい肉買ってるわね、裕ちゃん。1パックくれない?」
――― 彩っぺ、主婦だね……っていうかホントにバッグに入れるなよっ。
「っていうか、紗耶香が手伝ったら血を見るよーきゃははははっ」
――― 矢口、お前なぁっ! 包丁くらい、人並みに扱えるぞ!
「早く始めようよ、遊んでないでさ」
――― 明日香……いっつもアンタは冷静だね。はは。
- 288 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時21分20秒
「じゃ、火、点けますよ〜」
――― 何だよ石川、危なっかしい手つきだなぁ。
「梨華ちゃん、うちがやるから代わんな、ほら」
――― あ、やっぱり吉澤と代わるんだね。吉澤、紳士じゃん。
「そうだ、亜依。食べすぎちゃ駄目よ。最近太り気味なんだからっ」
――― プロ意識高いねえ、松浦。あんたは多少太った方がいいんじゃない?
「栄養は摂らなあかんねんで、亜弥ちゃん。倒れてしまうがな」
――― お前は絶対んなことないだろ、加護。
「早く、早く食べたいですぅ。…あっ、飯田さんありがとございますぅ〜!」
――― 辻、よだれも出てるぞ。ああ、やっぱりカオリは面倒見いいよな。
「…市井さん、隣り、いいですか……?」
――― 珍しいなあ、高橋。うん、市井の隣りでよければどーぞ姫、なんてね。
- 289 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時21分56秒
「愛ちゃん、ほらあもっと詰めてよぉ」
――― っと、押すなよ小川! 椅子なんて他にも余ってんだろお。
「里沙ちゃん、お肉とってあげるよ」
――― へえ、珍しい。紺野が笑ってるよぉ。
「ありがと、あさ美ちゃん。かわりにピーマンあげるね」
――― 要領いいな、新垣は。はは、野菜食わなきゃ、大っきくなれないぞ。
何だかんだ言って、普段あんまり仲良くないメンバーも楽しそうじゃん?
皆笑ってるし、協力し合ってるし、会話弾んでるし。
っていうかさあ、その前に聞きたいんだけど。どうしていきなり、バーベキューなん
て始めることになってるわけ?
「何言ってるのぉ、紗耶香ってば今さらぁ」
甲高い声できゃらきゃらと笑いながら、矢口が安倍や保田らと仲良さ気に顔を見合
わせて明るく笑い合った。あれ? 不思議に思って、紗耶香は小さく首を傾ける。
そもそも、皆、こんなに仲良かったっけ? そりゃ、悪かったとは言わないけどさぁ。
- 290 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時22分38秒
園長の中澤裕子も、生徒の中では最年長のみちよも、いつもなら女王様気取りの
安倍なつみも、何となく陰気な保田や紺野も、弾けんばかり明るい表情で楽しくやり
取りする姿は、今まであるようでなかった光景だった。それでいて、何ら不自然さを
感じさせない雰囲気すら漂わせている。
「ねえ。紗耶香の留学帰国祝いの為なのに、ねえ?」
「何度も説明したっしょ。紗耶香だって、喜んでたべえ?」
保田となつみが、クスクスと顔を見合わせた。わざと言葉を訛らせるなつみに、堪え
きれず保田が噴出す。「ははは。なっち、ちょいそれ不自然だよ〜」
――― あ、そうだったっけ。市井は、留学から帰って来たんだっけか。
それは、平和な光景だった。あまりに平和過ぎて、紗耶香はその「絵画」の様に
完璧な構図のどこかに不自然な何かを感じて ―――― そしてその違和感が何で
あるのかにようやく気付いていた。
――― ねえ、ちょっと、後藤は?
- 291 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時23分21秒
見慣れたあの茶髪の少女が見えない。あの眠たげな声すらも聞こえてこない。
紗耶香の側にいないのならば、吉澤の隣りにいてもよさそうなもんなのに。でも、
その吉澤の隣りに実際いるのは石川梨華だけだ。
妙な胸騒ぎがした。
紗耶香が、真希の名を口にした途端、明るい笑い声に満ち溢れていたその場に、
水を打ったような静寂が広がる。紗耶香の隣りに腰掛けていた高橋が、くっと身を
硬くするのが感じられた。
――― 何でみんな黙るんだよ。後藤は? まだ学校?
嫌な予感は治まらなかった。ゆっくりと立ち上がりつつ、紗耶香はぐるりと頭を周
囲に巡らせた。見覚えのある古い園舎。立ち並んだ銀杏の木。園舎を見上げる。
3階。後藤真希の部屋。飾り気のない白いカーテンが引かれた部屋を見つけ、紗
耶香は息を吐いた。―――― 部屋にも、いない。
「……紗耶香ぁ」
矢口の、震えるか細い声が引き金だった。
- 292 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時23分58秒
それが合図になったのか、一斉に少女達は視線を鉄板の上へ落としたのだ。つ
られて紗耶香もまた、引き寄せられるように。
『見たら駄目だ、見たら駄目だ』 と、頭の片隅で警告音が鳴り響いているのに気
付いたが、そんな自分の意志とはまるで無関係に紗耶香の視界は 「それ」 をしっ
かりと捉えてしまった。
「 ――― ひっ!?」
焼け焦げた指。髪の毛がこびり付いた木片。焼け爛れた肉の断面が生々しい、
捥ぎ取られたような腕。血塗れの耳。神経が繋がったままの眼球。ぶすぶすと黒く
燻っている黒い液体は鉄板の上にぶちまけられた大量の血だった。
それが、人間の体の一部一部であることは分かった。それも、何か強い力で引き
千切られたように無残な形状を成していることも分かった。そしてそれ以上に、紗耶
香はそれら肉片からでは決して分かり得ないことまで、悟ってしまったのだ。
「っわあああっ!!!」
……後藤っ!?
- 293 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時24分38秒
紗耶香の端正な顔面が、蒼白になっていた。全身から血の気が引いていく。冷や
汗が噴き出して、背中をゆるゆると伝い落ちる、気味の悪い感触。
そんなことを意識する余裕もなく、紗耶香はその鉄板の上の、バラバラになった人
間の部品を凝視していた。目を逸らしたくても、出来ないのだ。
――― 後藤か、これっ!? 後藤なのか!? 何で、何でだよっ………!?
気が付くと、さっきまで明るい笑い声を上げていたはずの朝比奈女子園の少女ら
は、人形の様に表情を消し去り、冷たい視線で紗耶香を見ていた。 そう、あの明る
い笑い声を絶やさない、朗らかな親友の矢口真里でさえも。
「何で、ですか?」
機械的な抑揚のない声で、逆に紗耶香に問い掛けたのは吉澤だった。心臓が音
を立てて、高鳴り始める。嫌な予感。追い詰められたような、切迫した面持ちで、紗
耶香はゆっくりと視線を声の主へと定めた。
「市井さんは、どうして真希を死なせたんですか?」
死なせた、死なせた ―――― ? 市井が、後藤を? 何で?
- 294 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時26分37秒
「たった1人の妹を、どうして死なせたんですか?」
何だよ、どういうことだよそれ。妹って、誰がだよ。そりゃ、後藤のことは妹みたい
に可愛がってるけどさ。いや、本当に可愛いヤツだけどさ。妹って、何だよ。
後藤は、後藤は………
「自分が死ぬのが怖かったから、真希が死ぬのを止めなかったんでしょう」
―――― !?
吉澤ひとみが矢継ぎ早に繰り出す糾弾の言葉が、呆然とした紗耶香の脳裏に幾つ
もの場面をフラッシュバックさせる。断片的な映像が、浮かんでは消えた。
『ふざけんな、後藤っ! 後藤、後藤、後藤おおおおっ!!!』
穏やかに微笑みながら、小屋の中へ姿を消す後藤真希。そして、動けずに叫び続
ける紗耶香。もたれかかった木の幹の、ひんやりとした感触。
『やめろ、馬鹿やめろっ! 勝手に決めんな、馬鹿後藤っ!!』
- 295 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時27分36秒
なおも叫び続ける紗耶香。しかし、それを見つめる紗耶香の思いとは裏腹に、その
「自分」は、その場から動こうとしない。焦燥感に駆られて、紗耶香は自分を罵倒した。
―― 馬鹿、お前何やってんだよ、どうして止めに行かない!? どうして、後藤を止
めに行かないんだよ、何で動かないんだよっ!
『後藤ぉおおおおおッ!!!』
行けよ、バカ野郎っ!
ここで止めなきゃ、後藤は死ぬんだぞ!? このまま、次の瞬間には死ぬんだぞ!?
他に止めれるヤツなんていないだろ、市井、市井、どうして市井は動かない!?
――――――― カッッ
- 296 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時28分10秒
そして、無情に閃光が走る。爆音が上がる。小屋が吹っ飛ぶ。人間の体がバラバ
ラになり宙を舞う。誰の? もちろん、後藤の。何で? そりゃ、後藤が爆弾を爆発させ
たからだろう。どうして爆弾なんて? あいつが、死ぬことを選んだから。
……じゃあ、何で死ぬことを選んだのか?
市井を生き残らせるためだから。
……どうして、そんな状況に追い込まれたんだ?
どうして、市井は「後藤が死ぬ」なんて分かってるんだ?
だって市井たちは、「たった1人しか生き残れないから」。
それが、『デス・ゲーム』の、ルールだから。
・・・・・・
・・・・・・・・・
- 297 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時29分02秒
「……っうわあああああああああっ!!!」
叫びながら、市井紗耶香はベッドの上に身体を起こした。瞬時、その柔らかな布
団の感触は、紗耶香の今まで見ていたそれが単なる夢であるとの淡い期待を抱か
せたけれど、それは次の瞬間脆くも崩れ去った。
「大丈夫かな?」
見たくもない顔が、目に飛び込んで来たからだ。ベッドの傍らに座り、ニヤニヤと
自分の顔を覗き込んできたその男に、見覚えがあった。
和田という、政府の関係者だ。
つまり。
( …………現実だ……… )
疑うまでもなく。『デス・ゲーム』は続いていた。否、もう終わったのか。市井紗耶
香を優勝者として、生き残りとして、ゲームは終了したのか。
どちらにしろ、紗耶香にとって歓迎すべき状況でないのは、火を見るより明らかだ
った。怒りより何より、深い絶望感に紗耶香は打ちひしがれる。
- 298 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時29分43秒
そんな紗耶香を気に留める様子もなく、能天気な声は笑みを含んで言った。
「優勝おめでとう、市井紗耶香くん」
反吐の出る思いで、紗耶香は和田を睨みつけた。
もし仮に、今、紗耶香が武器を持っていたのなら、西部劇の早撃ちよりも素早く、
彼の心臓部に鉛の弾を撃ちこんでやっていただろう。
そうしたくても出来ないのは、自分が丸腰であるのを即座に理解していたのと、
(ベッドの下で、紗耶香は自分がTシャツにジーンズを着用しているだけなのを確
認していた) 目の前で和田が、飾り気のない黒い鉄の塊を自分に向けて構えてい
るのが目に入ったからだった。
「どういうつもりだよ……」
「これのことかな?」
相変わらず締りのない顔でへらへらと笑いながら、和田はその手にした塊、つまり
は拳銃を握り直して紗耶香の頭に突きつけた。
「大した意味はないよ。ただ、市井紗耶香くん。君のデータから判断するに……そ
う、石黒彩が提供してくれたデータだよ。君は、なかなかデリケートな部分があり、
他人が傷つけられるとカッとなりやすい……」
- 299 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時30分25秒
ぎらり、と紗耶香が鋭く和田を睨みつけた。それでも、ベッドに寝ている相手に銃を
突きつけているという上位の立場にあることを確信しているせいか、和田は獣のよう
に自分を睨みつける紗耶香に臆した様子もなく、にやけた口元を更に緩ませた。
「 要するに、たった1人生き残ってしまった今の状況では、君が怒りで暴れ出すん
じゃないかとの意見が多かったのでね。 ああ、これは私の部下が、私の安否を
気遣って渡してくれたものだよ。ひーひっひっひ…」
和田の、癖のある笑い方は健在だった。それにいちいち腹を立てるのも馬鹿らしく
なり、紗耶香は顔を背けた。
それでも、その銃の照準が、自分からまだ外れていないのは気付いていた。だが、
不思議なくらい紗耶香の心は平静を保っていた。
きっと、この先自分は注射でも打たれて、何処かの政府の施設へと運ばれるのだ
ろう。そして、真希の言葉通りならば、その後に記憶操作をされるに違いない。
なるほど。確かに政府が、こんな馬鹿げた 『殺し合い』 の記憶を残したままにして
おくとは思えない。当然だ。
- 300 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時31分12秒
つまり、次に紗耶香が目を覚ましたとき、今までの記憶を持っていられるかどうか
の保障はない。おそらく、確実に自我を持っていられるのは今だけだ。
ふっと、紗耶香は笑った。おかしかった、あまりにおかしかった。
そうか、そういうことかよ。
―――― たった1人生き残る、確かにその言葉に嘘はないよな。でも、後藤?
そんな状態で、生きろっていうのか? 市井に。後藤はそれを望んだけど、けれど。
……冗談じゃないね。黙って、こいつらの口上を聞き入れろってことだろう?
「 和田……とか言ったっけ、あんた。不用意に、人に銃なんて突きつけるもんじゃ
ないよ。こんな至近距離では特にね」
「 随分な言い草だな。君は、自分の立場をわきまえた方がいい。頭は悪くないん
だろう、今ここで私に逆らうことが得策でないことくらい、分かってるはずだ」
「……悪いけど、市井は損得で動くほど生に執着してるわけじゃないんだよ」
「なに…?」
- 301 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時32分01秒
真っ直ぐにその和田を見据えたまま、紗耶香はうっすらと笑みを零しながら言った。
歪んだ笑顔を浮かべたままの和田の表情に、訝しげな色が差す。銃を構えたまま、
「馬鹿なことを、」 と呟きながら、和田は紗耶香の動向から目を逸らすことなく、それ
でも完全に油断しきっていた。
( っていうかさあ……… )
馬鹿だね、こいつ。今の市井は気が立ってるんだよ。そんな人間に、素人が銃なん
て突きつけるのがどういうことか、分かってない。それも、多少でも拳銃の扱い方を学
んだ人間に。死を、恐れていない人間に。
バサッと、唐突に紗耶香は掛け布団を跳ね上げた。同時に、紗耶香はベッドから
飛び降りて唖然とする和田の顔へ枕を叩きつける。「!?」 突然の紗耶香の行動に
反応できない和田の腕を素早くねじ上げ、実に呆気なく和田の腕から拳銃が床へと
取り落とされた。
ごつっと重たい落下音がして、拳銃が床へ落ちたのを認めると、紗耶香は後ろ手
に和田を拘束したまま腕を伸ばしてそれを拾い上げた。
「………あんた、全然体鍛えてないでしょ。筋肉ないね」
小馬鹿にした口調で、紗耶香は皮肉っぽく口を吊り上げて笑った。
- 302 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時32分39秒
虚をつかれた表情で、和田が僅かに口を開けた。この、気に食わない政府の犬と
会うのは昨日の今日で、当然数える程もないけれど、それでも彼の締りのない脂ぎ
った顔から笑みが失われるのは初めてだった。
「うっ……ひぃっ!?」
大声を出そうとしたのか、大きく口を開いた瞬間、その口から飛び出したのは情け
なくも裏返った悲鳴だった。
ぎりぎりと、紗耶香が和田の腕を捻り上げているのだ。「あががががっ……」 既に
言葉を発することも出来ず、和田は呷き声を上げる。
( 今、初めて分かったよ。市井がアメリカにまで留学して、後藤を置いてまで、銃
の訓練や知識の鍛錬に努めたこと。全部、この瞬間のためだ )
( 初めて、あの経験が役に立つときが来たよ )
( 当たり前だよなあ……仲間相手に、拳銃構えられるはずないだろう? どうして、
市井は銃なんかに興味持ったんだか自分でも分からなかったけど…… )
- 303 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時33分23秒
――― どう足掻いても、どうにもなんないことくらい理解してる。でもな、目の前の
ゴミを退けることは、市井にも出来そうなんだ。
( 役に立ちそうだよ、後藤 )
「いぎゃぎゃぎゃっ、っいいいっいいい、いだいっ、いいっだあああっ」
「……銃で撃たれるのはもっと痛いよ、どっちがいい?」
「うがががっやめっやめてくでっ。いいいいいっだだだだっ」
市井は、あの瞬間「死」を恐れた。後藤が死のうとしてること、分かっていたのに。
動けなかった。動かなかった。死ぬのが怖かった。
何で。チクショウ。
もし、あの時自分が動いていたとして。自分が死ぬことを想定したとして。
そうしたら、少なくとも残り2人だったあの時点で、後藤が最後の1人になることは
確定するじゃないか? そうしたら、後藤を生き残らせることが出来たんだ。
なのに。なのになのに!!
市井は恐れたんだ。死ぬのを怖がって、みすみす後藤を死なせた。……ちくしょう。
ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうっ!!!
- 304 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時34分12秒
「……はははっはははああっ!! 」
笑った、市井紗耶香は笑った。無意識ながら、涙が流れ出した。
怖いか、今、市井は『死』を恐れてるか?
答え、全然。何が怖いんだよ。何も怖くなんてないだろ? だって、朝比奈女子園の
皆は、それをもう経験してるんだから。皆、待っててくれてんだから。
――― そうだろ、後藤?
『駄目だよ、市井ちゃんは生きてくんなきゃ』
悪いけど、今度ばかりは後藤の頼み、聞けないよ。だって、許せないじゃん。
どうしたって、許せないじゃん!!
市井は、自分で決めるよ。市井にはね、後藤が思うほど可能性なんてないんだよ。
後藤は、人のこと買いかぶり過ぎたって。市井が思うに、後藤のがよっぽど……
『市井ちゃんが死んだら、後藤何のためにさあ』
だから、悪いって。本当にごめんな?
『 いいんだよ、市井ちゃんはもう何もしなくていい。あとは全部、後藤に任せてくれ
ればいいのに。もう、辛い思いなんてしなくていいのに。嫌なことは全部、後藤が
引き受けるつもりだったんだよ、最初から』
- 305 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時34分54秒
……後藤が何考えてたのか、今となっちゃもう分からない。
でも。かっこつけさせろよ、「お姉ちゃん」にも、ちょっとくらいさ?
「 こっ、こんなことをして、ただで済むと思ってるのか!? 誰を敵に回すと思って
るんだっ!!お前がしてることはだなぁああだだだだだだっいだだだだっ」
「っせえよ………偉そうな口きくな」
完全に、形勢は逆転していた。
さっき自分がそうされたように、紗耶香は和田の頭に銃を突き付けていた。ただ、
その和田と違ったのは1つ。紗耶香に、油断や慢心といった心の緩みはない。
冷徹な光が満ちた鋭い瞳で真っ直ぐに和田を見据えながら、紗耶香は乾いた笑
い声を上げた。「………はっ」 口元だけで、笑っていた。
「 どっちにしろ、市井の記憶は消されるわけでしょ。朝比奈で育った記憶も、仲間
の記憶も、このクソゲームの記憶も、全部。だったら、そんなの生きてる価値が
ない。死んでるも同然なんだよ、市井にとっちゃ」
言うなり、紗耶香は和田の背中を蹴り飛ばした。「うがっ」と情けない声を上げて、
和田はさっきまで紗耶香が寝ていたベッドに頭から突っ込む。
- 306 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時35分33秒
だから、帰るんだよ。
朝比奈女子園に、帰るんだよ。
市井の帰るところは、あそこしかないんだから。
「 ―――― 答えろ」
低い声で、それでいて大の男が発する脅しなどより数倍凄みの効いた声で、紗
耶香は言った。有無を言わせぬ圧倒的な殺意を秘めて。
「ここは、どこだよ」
「………ここはっ……」
苦しそうに、和田が切れ切れに答えようとした時だった。バタバタと、数人の人間
が慌しく走る音が廊下に響いて、紗耶香は銃を和田に突きつけたまま1つしかない
出入り口を振り返る。
- 307 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時36分10秒
「和田指揮官っ! 今、モニターで……」
「動くな、市井紗耶香っ!! 妙な真似すると撃つぞ!」
「麻酔銃だ、麻酔銃を誰か用意しろ! 優勝者だ、下手に殺すのはまずい!」
現われたのは予想通り、迷彩服に身を包んだ数人の兵士だった。丸腰の、それも
たった1人の少女を相手にするのだからと、和田には相当の慢心があったのだろう。
部下も連れずに紗耶香の面会に行った和田を、その仕事熱心な兵士らは、仕掛け
られたテレビモニターで2人の様子を観察していたのだ。
( ふうん、結構来るの早かったね。さすが、準備のいいこと )
それでも、紗耶香の心が乱れることはなかった。死の恐怖など、今や紗耶香の行
動を妨げる障害になどなり得ない。迷いを振り切った彼女にとって、もはや恐れるも
のは存在しなかった。
―――― でも、人数が意外と少ない。それじゃ、無理だよ。
- 308 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時36分48秒
訓練された兵士と、僅かな期間、銃を撃つことを学んだ少女。常識的に考えて、
兵士に軍配が上がるのは当然と言えよう。ただし、この場において状況を判断す
る材料はそれだけではなかった。
「 いいよ。撃っても。ただし、こいつに当たらないようにして、市井の弾を避けること
が出来るならね」
「……なっ……」
兵士たちに、僅かながらも動揺が走るのを、紗耶香は見逃さなかった。
戦意喪失して、蒼白になっている和田に銃を突きつけ自分の壁にしながら、市井
は薄い笑みを浮かべて冷徹に言い放った。
「………市井には、もう失うもんなんて、ないんだよ」
それは、決定的な差だった。
・・・・・・
・・・・・・・
- 309 名前: 《24,終焉 市井紗耶香》 投稿日:2002年06月18日(火)21時37分27秒
プルルルルルッ
広いマンションで1人、のんびりと酒を呷っていた寺田は、電話の音で心地よく眠
りに落ちそうになっていたところを無理に起こさた。「何や、こんな時間に……」
不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てると、気だるそうに電話台へ向かう。
受話器を取る一瞬前、寺田は考えた。ホンマに誰や?私用なら、まず携帯にかか
ってくる筈やし。仕事か? …まさかなぁ、今年の 『プロジェクト』 は 、異例の速さで
さっき終わったゆうて、報告受けたばかりやないか。思ったより早く帰れるゆうて、和
田のヤツ喜んどったもんな。不謹慎なヤツや。
逡巡する気持ちを振り払うように、適度に含まれたアルコールの勢いも手伝って、
寺田は勢いよく受話器を持ち上げた。
「もしもーし、寺田やけどぉ、どちらさん?」
赤らんだ顔で、ろれつも回らない。寺田は自分で思っているほど酒に強くはない
のだけれど、自身でそれを自覚している節はなかった。
「もしも〜しぃ?」
〈 どーもぉ、こんばんはー。寺田さんですよねえ 〉
- 310 名前:移動します。 投稿日:2002年06月18日(火)22時17分44秒
- 引越し警報のため、移動しました。
↓
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=red&thp=1024404034
同じ赤板にて続きを載せましたので、続きを読まれる方はよろしくお願いします。
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