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ラベンダー畑を渡る風(第1章)
- 1 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)21時58分57秒
- 初めて投稿します。無作法もあると思いますが、宜しくお願いします。
- 2 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時01分15秒
- 羽田空港、午後2時。
札幌行き全日空437便の出発まで、まだ1時間以上もある。
夏休みに入った所為か、家族連れの姿が目立つ待合所の椅子に腰掛けて、わたしは
空港ロビーを行き交う人達をぼんやりと眺めている。サングラスをかけているだけ
で、帽子は被っていない。3ヶ月前であれば、考えられないくらいの無防備な姿だ
った。今はわたしに気付いても、声を掛けてくる人はいない。わたしに目を止めて、
あれっというような顔をするが、次の瞬間にはつと目をそらせてしまう。
- 3 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時02分07秒
- ほっとする反面、寂しい気持ちも否めなかった。
わたしの隣りに座っている彼女は、サングラスすらかけていない。ほとんど化粧っ
気のない素顔のままだ。顔をうつむけて、膝の上に載せた文庫本を一心に読んでい
るように見えるが、ページはほとんどめくれていない。
あと1時間ちょっと経つと、わたしは5年間暮した東京を離れる。
暮した時間の90%以上は、マンションと仕事場で費やされたため、いまだに23
区の正確な位置も把握できていない。同じマンションに住んでいる人と、顔を合わ
せる事も、ほとんどなかった。忙しくて忙しくて、それでもとても楽しくて充実し
ていた、モーニング娘。安倍なつみとしての日々――。
- 4 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時02分57秒
- それは唐突に始まり、振りかえる間もなく慌ただしく過ぎて、あっけなく終わって
しまった。
想像もしていなかった、つらい結末を迎えてしまった。
考え始めると、また悲しみがこみ上げてきそうなので、わたしは、ほっとため息を
ついて、傍らの彼女に話しかけた。
「まだ、随分時間があるね。」
彼女――紺野あさ美は、本から顔を上げてロビーの大時計に目を向けた。
「だいぶ、余裕を見て来ましたからね。」
「おかしいね。なっちは、いつも遅刻ばっかりだったのに。」
紺野は、微かに微笑んだ。メンバーのみんなが好きだった、相手を穏やかな気持ち
に引き込む笑顔だ。
- 5 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時03分33秒
- 「どこかへ行く時には、みんなを待たせてばかりだったなあ。待ってる気持ちなん
て、久しぶりに味わう気がするよ。」
わたしは、紺野の顔から目を逸らせた。
「でも、待ってても、もう誰も来ないんだよね。」
「安倍さん・・・。」
紺野は本を閉じて、自分の横に置いた。
「喉、乾きませんか?わたし、何か買ってきます。」
「ん、ありがとう。なっちは、午後の紅茶でいいよ。」
「ミルクティーでいいですか?」
- 6 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時04分17秒
- わたしがうなずくと、紺野はバッグを持って立ち上がった。待合室に置いてある自
動販売機に向かったが、財布を出して中を見ると、わたしの方をちょっと困ったよ
うな顔で振り返った。
小銭がなかったんだろうか。わたしがお金を出してあげれば良かったかな。そう思
って、立ち上がろうとしたが、紺野は売店の方を指差して歩いていってしまった。
売店は、少し離れている。戻ってくるまでに、時間がかかりそうだ。
一人になると、どうしても考えてしまう。
3ヶ月前のモーニング娘。の結末を。
最後のツアーを。
そして、カオリが最後に向けた、哀しい笑顔を――。
- 7 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時05分09秒
- 全ての始まりは、よっすぃーの脱退だったと思う。よっすぃーがいれば、ごっちん
も娘。を抜ける決意はしなかっただろう。
よっすぃーの脱退は、急だった。
元々、身体はあまり丈夫な娘ではなかった。よく風邪をひいたし、番組収録中に倒
れたこともあった。高校とモーニング娘。としての活動の両立が、かなり厳しくな
ってきていたようだ。矢口やごっちん、石川らは高校を諦めて、モーニングに全力
投球したのだが、よっすぃーのご両親は、絶対にそれを許さなかった。テレビやコ
ンサートでは、いつも笑顔で頑張っていたが、楽屋では辛そうにしている姿を見る
ことが多くなった。
- 8 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時05分43秒
- 風邪をこじらせたところに、過労で体力が落ちていたことも手伝って、ついに2週
間の入院ということになった。その間に、ご両親と事務所の社長とで話し合いが持
たれたらしい。
ごっちんと石川がお見舞いに行ったときに、脱退することになるかもしれないとい
う話を聞いたと後で知った。そのときには大分具合も良くなっていたのだが、2人
にごめんね、ごめんね、と繰り返して、しくしくと泣いていたことを、脱退してし
ばらくたってから、石川が話してくれた。ごっちんは、武道館コンサート以来の大
泣きで、最後にはよっすぃーも慰めに回っていたそうだ。
- 9 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時06分15秒
- 退院してから数日後、わたしたちはよっすぃーの脱退が決定したことを聞いた。事
務所から公式に発表のある直前だった。
そして、本人の意向もあって、特別なイベントもなく、よっすぃーはモーニング娘。
を去っていった。ごっちん、石川と3人で娘。のメインを張ってゆけるはずだった
のに。
- 10 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時06分52秒
- 「みんな、大事な話があるので、聞いて下さい。」
よっすぃーの脱退から3ヶ月後、春のコンサート・ツアーが始まる少し前、レッス
ン場に集まったみんなに向かって、チーフマネージャーの井上さんがこわばった顔
で、口を開いた。ごっちんはその横で、Tシャツにジャージー姿で身体の前で手を
組んでうなだれていた。
「突然な話だけど、後藤が娘。を卒業することが決まりました。」
- 11 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時07分40秒
- わたしは、ああ、来るときがきたな、という感じだった。カオリや圭ちゃん、矢口、
石川も覚悟していたような顔つきで聞いていた。加護、辻達年少組が、えぇーっと
甲高い声を上げた。
「事務所の方では、必死に説得したんだけど、本人の意志が固くてこういうことに
なりました。明日記者会見を開いて、ツアーの最終日をもって、娘。卒業というこ
とになります。」
「それって、やっぱり、よっすぃーがやめちゃったからですか?」
加護が涙目になって、言った。
- 12 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時08分21秒
- 井上さんは、ちらっとごっちんに目を向けて答えた。
「それは無いといったら嘘になるけど、一番大きな理由は、後藤が自分一人の力で、
どれだけのことができるか、試してみたくなったということです。モーニング娘。
の一員として活動しているのはとても楽しいけれど、もうそろそろ一本立ちして、
自分一人でチャレンジしたいということです。」
「後藤、どうなの?」
カオリが、低い声で言った。
ごっちんは、顔を上げた。娘。に入った当初に良く見せていた、何を考えているか
分からない、無表情になっていた。
- 13 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時08分55秒
- 「今、話してもらったとおり。」
「全部、後藤の意志だってこと?」
ごっちんの口元が、少し歪んだ。
「ごめんね、カオリ。本当のこと言うと、一人でやりたくなったっていうのはある
んだけど、ちょっと、モーニングにいるのが、つらくなってきちゃったんだ。」
「そんな――。」
圭ちゃんが、ごっちんをきっと見つめて、言った。
「みんな、後藤のこと、大切な仲間だと思ってるんだよ。そんな、中にいるのがつ
らくなったなんて、ひどすぎるよ。」
- 14 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時09分28秒
- 「圭ちゃんも、ごめん。でもこれは、後藤の性格だから、しょうがないんだ。みん
なには、本当に良くしてもらったと思ってるし、この3年間は、本当に楽しかった。」
「後藤さん、やめないでください。折角わたし、プッチに入れてもらって、後藤さ
んに早く追いつこうと思って、頑張ってきたのに――。」
小川が、ぼろぼろ涙をこぼしながら言った。
ごっちんの表情が、少し柔らかくなった。
「あんた達は、これからのモーニングを支えてくれなくちゃ困るんだから、頑張っ
てよね。後藤も外から、応援してるから。」
- 15 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時10分06秒
- 「いろいろと、言いたいことはあるだろうけど――。」
井上さんが、みんなの顔を見渡しながら言った。
「時間も無いから、そろそろレッスンに入りましょう。後藤にもツアーは、いつも
以上に頑張ってもらうから、みんなも気を入れて臨んでください。後藤には、もう
少し話があるから――。」
ごっちんは、井上さんと一緒に出ていった。
「ねえ、なっち――。」
わたしの隣りで、カオリがぼんやりとした顔で言った。
「結局、わたし達って、後藤とはわかりあえなかったのかな。後藤が心を開けたの
って、よっすぃーだけだったのかな。」
- 16 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時10分51秒
- 「カオリ、それはごっちんの言ってたように、あの娘の性格もあるから、仕方がな
いよ。」
「すいません、飯田さん――。」
石川が、涙声で言った。
「よっすぃーがやめた後、わたしがもう少しよく、ごっちんと話をしていれば良か
ったんです。そうすれば、ごっちんを追いこむこともなかったのに。」
「別に、追いこまれた感じもないけどね。」
矢口が、いつもよりも少し低いトーンで言った。
- 17 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時11分31秒
- 「言葉は悪いけど、ごっつぁんにとっちゃ、オイラ達がうざかったんじゃないの?
ごっつぁん的にも、一人でやっていくのって、向いてるような気がする。」
矢口流の、ちょっと乱暴な言い方だったけれども、わたしの言いたかったことをず
ばりあらわしていた。加護や辻は、矢口の言葉にショックを受けたような表情で、
矢口の顔を見つめていた。
「ごっつぁんが抜けた後は、本当にうちらの正念場だね。冗談じゃなく、小川達に
死に物狂いで前に出ていってもらわなくちゃ、モーニングがなくなっちゃうよ。」
「矢口、それはいくらなんでも、今言うことじゃないよ。とにかく、みんな気を取
りなおして、レッスン始めよう。」
- 18 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時12分09秒
- 圭ちゃんにたしなめられて、矢口もさすがに、しまったという顔をした。
でもそれは、きっとその時に、みんなが思ったことだ。モーニング娘。はどうなる
んだろう、誰かが続いて、やめるんじゃないだろうか。そんな不安を持たなかった
メンバーは、一人もいなかったはずだ。でもそれが、あんな最悪な形でやってくる
とは、誰も想像も出来なかった。
そして、ごっちんにとって最後になる、コンサート・ツアーが始まった。
- 19 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時12分43秒
- ごっちんのモーニング娘。脱退記者会見は、各テレビ局のニュースのトップで取り
上げられ、一部の新聞では、一面にも載せられた。インターネットのオークション
に出品されているツアーのチケット代金が、一気に10倍以上にはね上がったと、
圭ちゃんが教えてくれた。
ツアーは、各会場とも異様なテンションで進んだ。
客席で大泣きしているファンの人を何人も見かけたし、わたし達も開場の雰囲気に
酔ったようになって、踊っている途中でふっと意識がとんでしまうことも、何回か
あった。実際、高橋が貧血を起してしまい、アンコールの前に失神してしまったこ
ともあった。
- 20 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時13分19秒
- ごっちんは、ステージ上ではハイテンションで唄い、踊っていたが、楽屋ではいつ
ものように、メンバーと距離を置いて過ごしていた。脱退の発表の後、じっくり話
をしようと、わたしや石川が何度か食事に誘ったのだが、取材が殺到していてすさ
まじい忙しさだったし、ごっちん自身がそういった機会を避けるようにしていたた
め、結局、脱退を告げられた日に聞いた以上の話しはできない内に、ツアーが始ま
ってしまった。
ツアー中盤の大阪城ホール初日の朝――。
いつものように、一番最後に控え室に入ったわたしの耳に、カオリの大きな声が入
ってきた。
- 21 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時13分55秒
- 「何これ?なんでこんなものが、部屋においてあるわけ?」
カオリは、赤いラベルのついた30cmぐらいの大きさの円筒形の缶を持って、険
しい目で部屋を見回していた。
「どうしたの?」
わたしが問いかけると、カオリは持っていた缶をわたしの顔の前に振りかざした。
「こんなものが、カオリの鏡台の下に置いてあったの。」
わたしは、ラベルに書いてある殺鼠剤という文字を見た。
「えーと、それは……。なんて読むのかな?」
- 22 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時14分33秒
- カオリは、うっとつまって、「よく分からないけど、危ないものよ。」と言った。
よかった。わたしだけが、読めないんじゃない。
カオリは、誰か分からない?というような顔をして、楽屋を見渡した。矢口は知ら
ん顔をして、石川はちょっと困った様子で、目を逸らせてしまう。ごっちんは、我
関せずといった風で、ペットボトルのお茶を一口飲んで、バッグにしまった。
「それ、さっそざいって読むんだと思います。」
小さな声でそう言ったのは、漢字検定3級の持ち主、紺野だった。いつも何かを教
えてくれるときのように、頬が少し赤くなっている。
- 23 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時15分15秒
- 「さっそざいって、何?」
ポテトチップを口に運びながら(朝ご飯、あれだけ食べたのに!)、辻がはっきり
しない口調で言った。
「簡単に言えば、ねずみ取り用の毒薬だと思います。ねずみに食べさせて退治する
ための。」
「えーっ、ここって、ねずみが出るの!?」
辻は気味悪そうに、足元を見た。
「ののが、お菓子散らかすからだよー。」
加護が、辻をからかって言った。
「なんだよー。あいぼんだって、食べてるじゃん。」
「加護はののみたいに、まとめ食いはしないもーん。」
それに対して辻がくだらないことを言い返して、二人ともすっかり殺鼠剤から頭が
離れてしまった。
- 24 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時15分55秒
- カオリは、缶を睨みながら、ぶつぶつ文句を言っていた。
「どうして、ねずみ取りがカオのところにあるわけ?カオって、ねずみ?むかつく
ー。」
「きっと、メンテナンスの人が忘れてったんだよ。あまり気にしないほうがいいよ。
下に置いときな。」
圭ちゃんが半分笑いながら、カオリを慰めた。
「こんなの、下に置いといたら危ないよ。」
カオリはひょいと上を見上げた。ちょっと高いところに、簡単な棚が取りつけてあ
って、箱や布やらが置いてあった。
- 25 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時16分29秒
- 「あそこに置いとこうっと。あそこなら、届かないよね。」
カオリは腕を伸ばして、殺鼠剤の缶を棚の奥の方に置いた。カオリの背で手を伸ば
して、やっと届くところだ。わたし達の中であと届きそうなのは、よっすぃーだけ
だったが、彼女はもういない――。
カオリもそんなことが頭をよぎったのか、缶を置いてからしばらくぼんやりとして
いた。
「さあ、カオリはぼーっとしてないで。なっちは、早く用意しないと、リハが始ま
っちゃうよ。」
矢口が、カオリの腕をぽんと叩いて明るい声で言った。
コンサート昼の部開始まで、あと5時間――。
- 26 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時17分04秒
- 春のコンサートの曲順。
1.そうだ!We're ALIVE
2.いいことある記念の瞬間
3.恋愛レボリューション21
4.いきまっしょい!
5.男友達
6.好きな先輩
7.ミニモニ。ジャンケンぴょん!/ミニモニ。
8.色っぽい女〜SEXY BABY〜/カントリー娘。に石川梨華
9.BABY!恋にKNOCK OUT!〜ちょこっとLOVE/プッチモニメドレー
10.乙女パスタに感動〜王子様と雪の夜/タンポポメドレー
11.会えない長い日曜日/藤本美貴
- 27 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時17分45秒
- 12.愛のバカやろう/後藤真希
13.サマーナイトタウン(English Ver.)/ココナッツ娘。
14.ザ・ピ〜ス!
15.LOVEマシーン
16.電車の二人
17.初めてのロックコンサート
18.Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド〜
19.ハッピーサマーウェディング
20.恋のダンスサイト
21.なんにも言わずにI LOVE YOU
アンコール
22.モーニングコーヒー
23.本気で熱いテーマソング
- 28 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時18分37秒
- コンサート・夜の部。
今回も客席の熱狂的な声援に後押しされて、特に大きなアクシデントもなく、曲目
が進んでゆく。わたし達は、「ザ・ピ〜ス!」の水兵バージョンの衣装で、ごっち
んの「愛のバカやろう」を舞台の袖から見つめていた。着替えが遅くなって、控え
室から走って戻ってきたときには少し心配したのだが、ステージに上がってしまえ
ば、全然問題なかった。ごっちんの気合の入った唄と踊りは、客席をすっかり呑ん
でしまっている。
加護や高橋も、目を潤ませて、食い入るようにごっちんのパフォーマンスを見つめ
ている。
やがて唄が終わり、ごっちんは「ありがとー」と大きく手を振って、わたし達のと
ころへ引き上げてきた。汗と一緒に、目元に光るものがあった。
- 29 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時19分13秒
- 「すごかったよ、ごっちん。」
石川が、紅潮した顔で声をかけた。
「ん、ありがとう、梨華ちゃん。ちょっと、気合入ったよ。」
ごっちんは、にっこり笑うと、控え室へ衣装替えに向かった。入れ替わりに、息を
弾ませて、辻が入ってくる。
「つじー、遅いよ。」
早速、カオリの一言が飛んだ。
「すいませーん。ちょっと、お腹が痛くなっちゃって。」
「大丈夫なの?」
「はい。トイレに行ったら、治りました。」
- 30 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時20分03秒
- ごっちんの醸し出した緊迫感はいっぺんに消えてしまい、みんなの肩の力が抜けた。
そうこうしている内に、藤本美貴ちゃん、ココナッツ娘。の出番が終わり、ごっち
んも戻ってきて、わたし達の再登場となった。このまま、アンコールをはさんで最
後まで頑張らなくちゃ。
「ザ・ピ〜ス!」の前奏と一緒に、わたし達は整然とステージの中央に進み出た。
- 31 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時20分37秒
- 「なんにも言わずにI LOVE YOU」が終わって、わたし達は一旦控え室へ引き上げた。
「あれっ、何これ!?」
ごっちんの声が響いた。椅子に置いてある「愛のバカやろう」の衣装を見つめている。
「どうした?」
矢口が着替えの手を止めて、言った。
「わたしの服、くしゃくしゃになってる。」
「後藤、服はちゃんとハンガーにかけときなって言ったでしょ。」と、カオリ。
「椅子に置いといただけだよ。誰、こんな風にしたの?」
- 32 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時21分08秒
- ごっちんは服を手にとって、着替えをしているメンバーを睨め回した。服は確かに、
誰かが踏みつけたように、中央に皺が寄っていた。
「これって、いやがらせ?誰よ、こんなイジメみたいなことしたの?」
「後藤、もうやめな。早く着替えないと、アンコールが始まっちゃうよ。」
ごっちんは、圭ちゃんの言葉に何か言い返しそうになったが、みんなの着替えが大
分進んでいるのに気付いて、持っていた服を鏡台に放り出して着替えを始めた。
- 33 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時21分44秒
- アンコールの2曲が終わっても、お客さんの拍手と声援は、なかなか静まらなかっ
た。
それに押されるようにごっちんがステージに出ていって、何度もありがとうと叫ん
で、顔をくしゃくしゃにして戻ってきた。石川がごっちんの肩を抱いて、何か言葉
をかけながら、通路を歩いていった。さっき控え室で起きた厭な出来事は、ごっち
んの頭からすっかり消えているようだった。
- 34 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時22分18秒
- 「なっち、お疲れ。あとで部屋に行くよ。」
矢口が声を掛けてきた。今回の宿泊先のホテルでは、わたしは圭ちゃんと同室だ。
今夜もカオリ、圭ちゃん、矢口達と今後のモーニング娘。の活動について話をする
ことになるだろう。わたし達がいくら知恵を絞っても、最終的にはつんくさんや、
事務所の社長が方向を決めることになるだろうが、少しでも自分たちで自分たちの
立ち方を考えておきたかった。
「うん。お風呂に入ったら、カオリとおいで。お菓子、用意しとくから。」
今回の大阪城ホールが終わったら、ツアーは後3ヵ所で終わり。その後は、ごっち
んのいないモーニング娘。としての活動が待っている――。
- 35 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時22分55秒
- ノックの音がした。
夜12時。矢口とカオリが部屋に来て、すぐだった。湯上りの火照った顔を突き合
わせて、ホテルへ戻る途中買っておいたお菓子の袋をあけて、今日のコンサートを
振り返って、の話が始まりかけたところだった。
ドアをあけると、泣きそうな顔で石川が立っていた。
「安倍さん――。」
「どうした、石川?」
「こんな遅く、すみません。飯田さん、いますか?」
カオリが、わたしの後ろに立った。
「何?」
「ごっちんが、お腹が痛いって――。」
石川は、ごっちんと同室だった。
- 36 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時23分29秒
- 「ちょっと前から、すごく痛いって、苦しんでるんです。ちょっと吐いちゃったし。お医者さん、呼べないでしょうか?」
「どれ、ちょっと、行ってみようか。」
カオリは、圭ちゃんと一緒に部屋を出ていった。
わたしは、部屋の床にぺッタリと座りこんで、お菓子をつまんでいる矢口のところ
に戻った。
「ごっちん、緊張しすぎちゃったかな?」
「前も、胃炎だか腸炎だか起したことあったよね?明日のライブ、大丈夫かな?」
しばらくとりとめのない話をしていると、圭ちゃんが厳しい顔で戻ってきた。ごっ
ちんはかなり悪い様子で、カオリが井上さんに相談に行ったとのことだった。
- 37 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時24分04秒
- 「なんか、顔色真っ青で、声も出ないのよ。あれは、すぐに医者に見せなきゃ、ま
ずいね。」
わたしは、矢口と顔を見合わせた。
それから5分程して、カオリが戻ってきた。顔色が変わっている。
「圭ちゃん、救急車呼んでもらった。わたし、一緒についていくわ。」
「わたしも、行こうか?」
「大丈夫。病院に着いたら、電話するよ。悪いけど、起きててね。」
「うん。待ってる。」
カオリは、あたふたと自分の部屋に着替えに戻った。わたしと矢口と圭ちゃんは、
ごっちんの部屋に行って、救急車が来るのを待った。
- 38 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時24分39秒
- ごっちんは、ベッドに横向きになって、お腹を押さえて丸くなっていた。確かにひ
どく苦しそうで、只事ではない様子だった。ごっちんの背中を、石川がさすってい
た。
カオリが着替えて入ってくるのとほとんど同時に(顔は、ほとんどすっぴんだった)、担架を持った救急隊員の人が到着した。ごっちんは担架に乗せられて、部屋から運ばれていった。カオリと井上さんが、付き添っていった。
高橋と紺野が廊下に出てきたが、圭ちゃんが簡単に説明して、部屋に帰した。
- 39 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時25分37秒
- わたしは、矢口や圭ちゃん、石川と一緒にごっちんの部屋でカオリの連絡を待った。
石川は、部屋に戻ってしばらくしてから、ごっちんが気持ちが悪いと言い出したこ
と、石川がお風呂に入っている内に、どんどん具合が悪くなって、上がった時には、
ベッドから起きられなくなっていたことなどを、沈んだ声で話していた。
- 40 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月28日(日)22時26分12秒
- 圭ちゃんの携帯が鳴った。
カオリからで、病院に着いて、ごっちんが治療を受けていることを伝えてきた。時
間がかかりそうなので、わたし達は寝ていてもいいと言ったが、とても眠れそうに
なかった。井上さんが社長と電話で話して、明日の公演は、ごっちん欠場で行うこ
とを決めたとのことだった。
2時間後――。
井上さんから、ごっちんが死んだという連絡が入った。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月28日(日)23時17分45秒
- 殺鼠剤て猫いらずのことですよね。
- 42 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)06時56分28秒
- タイトルのつけ方を間違えました。前日までの分が第1章です。第2章に入ります。
- 43 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)06時57分46秒
- 残ったメンバー全員が、3台のタクシーを飛ばして病院に着いたのは、午前4時を
回った頃だった。タクシーの中で、わたしの携帯に彩っぺから電話が入った。井上
さんから、脱退したメンバーに連絡が行ったらしかった。久しぶりの挨拶もそこそ
こにごっちんのことを聞かれたが、わたしも状況がよく分からないので、後でまた
電話すると言って話を終えた。
わたしが彩っぺと話している横で、矢口の携帯が鳴った。
「もしもし……。うん、本当だよ……。矢口もよく分からない。今、病院に向かっ
てるところ……。ホテルで、急に苦しみ出して……。そんな、無理しなくっても
……。うん、分かった。後で矢口から電話するから……。じゃあ。」
「誰?裕ちゃん?」
- 44 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)06時58分35秒
- 「うん。仕事キャンセルしてでも、今日来るって。」
「裕ちゃんらしいね。」
「裕ちゃん、泣きながら電話してたよ。」
矢口は携帯の画面を見ながら、ぽつりと言った。
夜明け前の空気はまだ冷たくて、病院の前で待っていた井上さんの息が、白くなっ
ていた。タクシーを降りたメンバーは、誰も口を開かずに、病院の中に入った。
天井の蛍光灯が一つだけついた薄暗いロビーの椅子に、カオリがうなだれて腰掛け
ていて、わたし達が近づくと、ゆっくりと顔を上げた。顔は真っ白で、わずか数時
間の間に、目の下にくっきりと隈ができていた。
「カオリ――。」
矢口が呼びかけた。
- 45 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)06時59分12秒
- 「矢口、後藤が死んじゃったよ。」
カオリは、抑揚のない口調で言った。
「病院に来てすぐだったのに。さっきまで、あんなに元気で唄ってたのに。明日も
頑張るって、言ってたのに――。」
カオリの眼から、堰を切ったように涙が溢れ出した。矢口が横に座って頭を抱き寄
せると、矢口の肩に顔をうずめて、声を上げて泣き出した。つられたように、高橋
と小川が手で顔を覆ってしゃがみこんだ。
わたしの袖を、後ろから圭ちゃんが引っ張った。
「さっき、沙耶香から電話が入った。」
- 46 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)06時59分54秒
- 圭ちゃんは、低い声で言った。
「なっちのところは、彩っぺがかけてきたよ。矢口には、裕ちゃんから――。」
圭ちゃんはうなずいて、「沙耶香、すごく取り乱してた。あんなに訳の分からなく
なった沙耶香は、始めてだったよ。」
わたしは、いつも物事に動じない風情を漂わせていた、市井沙耶香のほっそりした
顔を思い浮かべた。
「ちょっと前に話した時は、これから仕事でちょこちょこ会えるねって、楽しそう
に言ってたんだ。後藤にも、やっと顔向けができるようになってきたって。それな
のに、どうして、こんなことになっちゃったんだろうね。」
圭ちゃんの大きな眼からも、涙がこぼれてきた。
- 47 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時00分49秒
- 井上さんが、ごっちんはまだ病室に寝かされているので、顔を見に行ってあげて、
と言った。
「保田、ちょっと――。」
圭ちゃんだけ呼ばれて、離れたところへ連れていかれた。二人は顔を寄せて、わた
し達に聞こえないように話を始めた。少し気になったが、みんながカオリの案内で
病室に向かったので、わたしもついていった。
病室は、3階の一人部屋だった。廊下は薄暗く静まりかえっていて、わたし達の立
てるスリッパの音が、ぴたぴた響く。カオリがドアをあけると、ごっちんが顔に白
い布をかけられて、ベッドに横たわっているのが見えた。分かってはいたことだっ
たが、あまりにも生々しく死を感じさせる光景に、わたし達はしばらく入口に立ち
すくんでいた。
- 48 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時01分40秒
- 意を決したように矢口がベッドに近づいて、ごっちんの顔から布を取り上げた。
ごっちんの表情には、苦しんだ痕はなかった。顔色は白かったが、控え室で居眠り
をしているのと同じ顔で、ちょっと揺り動かせば、目を覚ましそうな様子だった。
矢口は、ごっちんの頬にそっと手を触れた。
「冷たい。なんで、こんなに冷たくなっちゃったんだよ。」
みんなが、ベッドの横に歩み寄った。わたしの頭は、なかなか現実を受け入れられ
なかったが、気がつくとわたしの眼からも涙が流れ落ちていた。
もう、ごっちんは眼をあけることはないんだ。唄うことも、踊ることも、食べるこ
とも、わたし達とふざけあうことも、永遠にできなくなってしまったんだ。モーニ
ングを脱退すれば、毎日顔を合わせることはなくなると思っていたが、こんなに唐
突に、永遠に会えない日が来るとは、夢にも思っていなかった。
- 49 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時02分21秒
- わたしの肩に、誰かがそっと触れた。振り向くと、圭ちゃんが強張った顔で立って
いた。わたしは、圭ちゃんと一緒に廊下へ出た。
「大変だよ、なっち。」
わたしは、手のひらで涙をぬぐった。
「どうしたの?」
「後藤、もうすぐ司法解剖に回されるって。」
シホウカイボウ?一体、何のこと?
「後藤の死因に、不審な点があるんだって。死因を調べるのに、解剖しなくちゃな
らないんだって。」
「カイボウって、どういうこと?なっち、わかんないよ。」
- 50 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時03分08秒
- 圭ちゃんは、ちょっといらついたように眉根を寄せて、わたしの腕を掴んだ。
「しっかりしてよ、なっち。言葉ぐらい知ってるでしょ。身体を開いて、何の原因
で死んだのか、調べることだよ。」
「身体を開く――。」
わたしは、自分の声が甲高くなるのを押さえられなかった。
「そんな大声だしちゃ、ダメだって。ただでさえ、ちっちゃい連中はショックを受
けてるんだから。」
「だって、ごっちんは病気だったんでしょ?病気で死んだんじゃないの?」
「お医者さんも、おかしいと思ったらしいんだ。何かの中毒じゃないかって――。」
- 51 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時03分51秒
- 「中毒?食中毒?」
「それは、分からない。」
わたしは口を開きかけたが、圭ちゃんが首を振ったので、言葉を飲み込んだ。みん
なが泣きながら、病室から出てきたところだった。廊下を歩いてきた看護婦さんが、
そっと目を伏せてわたし達の横を通り過ぎた。
わたし達は病院を出て、待たせてあったタクシーに乗ってホテルへ帰った。東の空
が、薄青くなってきていた。
- 52 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時04分35秒
- 今日のコンサートは、中止になった。インターネットには、すぐに告知されるよう
だが、きっと大阪城ホールは大混乱だろう。
社長やつんくさんも今日中に駆けつけるというので、わたし達は1日ホテルで待機
することになった。井上さんからは、食事は部屋に運ぶので、できるだけ外に出な
いようにと言いつけられた。続いて、朝ご飯を食べたい人がいるかと聞かれたが、
誰も手を挙げなかったので、お昼ぐらいまで、みんな少し眠っておくようにと言わ
れた。一睡もしていないし、身体も疲れきっていたが、なかなか眠る気にはなれな
かった。部屋に入ってテレビをつけたが、さすがにまだ、ごっちんの亡くなったこ
とは報道されていなかった。わたし達とは関係なく、何事もなかったように1日が
始まっていた。今日も秋晴れで、痛いほど明るい日差しが、窓から差し込んでいた。
- 53 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時05分26秒
- 圭ちゃんは、ベッドに仰向けに寝転がって天井を見つめていた。わたしは、ベッド
の上で膝を抱えて、テレビをぼーっと眺めていた。
「そうだ、彩っぺに電話しなくちゃ。」
わたしが携帯を持つと、圭ちゃんが顔を向けた。
「もう少し、待ったほうがいいんじゃない?わたし達も、なんにもわかってないも
んね。」
「でも、さっきほとんど話できなかったから。」
「じゃあ、解剖のことは言わないほうがいいと思うよ。」
「そうする。」
彩っぺは、やはり待っていたようで、すぐに電話に出た。わたしは、ごっちんの最
後の様子を話して聞かせた。彩っぺは、ごっちんが加入したての中学生の頃しか会
っていないのだが、印象は強烈だったようで、しんみりとその頃の思い出話を語り
合った。
- 54 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時06分25秒
- 電話を切って圭ちゃんのほうを見ると、静かに寝息を立てて眠っていた。わたしは
圭ちゃんに毛布をかけてあげて、テレビを消して、自分もベッドに横になった。ホ
テルは大通りに面して建っているが、わたし達の部屋は6階にあったし、防音もし
っかりしているので、外の車の音は全く入ってこなかった。
- 55 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時07分04秒
- みんなは、どうしているだろう?カオリは、ごっちんの死に際に立ち会ったことが、
かなりのダメージだったようで、小さな矢口に支えられて、ぐったりした様子で部
屋に戻っていった。石川は、ごっちんと一緒だった部屋にはいられないと言って、
矢口とカオリについていった。いつもは騒がしい加護と辻も、疲れきった顔をして、
ほとんど口を聞かなかった。最年少の新垣は、ホテルに着いた時にはフラフラして
おり、井上さんの話しを聞いているときも、立ったまま寝てしまいそうになってい
た。紺野は、そんな新垣の手を取って、何か囁きながら部屋に連れていった。高橋
と小川は、タクシーの中でも泣いていたようで、すっかり目を腫らしていた。
隣りのベッドの圭ちゃんの寝顔を見ているうちに、わたしの意識も、いつのまにか
薄れていった――。
- 56 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時07分47秒
- 遠くで、電話のベルが鳴っていた。
わたしは半分眠りながら、枕元に置いていた携帯を掴んだが、鳴っているのが着メ
ロでないことに気がついた。
圭ちゃんが起きて、備え付けの電話に出ていた。
「なっち、起きなよ。もう12時だよ。」
圭ちゃんに声をかけられて、わたしは目をあけた。圭ちゃんは腫れぼったい目をし
ていたが、朝よりも少し元気そうになっていた。
「なんか、ロビーは凄い騒ぎらしいよ。絶対に下に降りてくるなって。」
圭ちゃんは、テレビをつけた。いきなり、ごっちんが「愛のバカやろう」を唄って
いるところが映し出されて、画面の右上には「モーニング娘。後藤真希さん、急死」
というテロップが貼りついていた。
- 57 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時08分27秒
- 「ホテルの人が、もうすぐお昼ご飯を持ってきてくれるって。わたし、シャワー浴
びるから、悪いけど受け取っといてくれる?」
「うん、いいよ。」
圭ちゃんは、カバンから着替えを出して浴室に入っていった。わたしはベッドから
出て、鏡に向かった。目は真っ赤で、顔全体がむくんだ感じになっていて、いくら
寝起きとはいえ、他人に見せられるよう顔ではなかった。
「圭ちゃん、顔洗いたいから、入るよ。」
わたしは圭ちゃんに声をかけて、浴室のドアをあけた。シャワーカーテンの向こう
から、どうぞ、という声が聞こえた。
- 58 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時09分04秒
- 顔を洗って、ちょっとさっぱりした感じになったとき、ノックの音がした。届いた
お昼ご飯は、パスタとサラダとポットに入ったコーヒーだった。眠ったら少し食欲
が出たので、シャワーを終えた圭ちゃんと社長の緊急記者会見を見ながら、ご飯を
食べ始めた。会見の内容は、後藤がツアー先の大阪で急に具合が悪くなって、亡く
なったというもので、詳しい死因はまだ分かっていないと淡々とした口調で説明し
ていた。記者の人からは色々な質問が出て、特に死因については、覚せい剤をやっ
ていたんじゃないかとか、自殺じゃないかとか聞かれていたが、社長はそれらにつ
いては、強く否定してくれていた。
「いくら商売だからって、ひどいこと、言うねえ。」
圭ちゃんは憤然として、テレビを睨みつけていた。
- 59 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時09分59秒
- 食べ終えてコーヒーを飲んでいると、また電話が鳴って、今度はわたしが出た。井
上さんからで、警察の人が来ているので、2階の会議室に来てほしいというのだっ
た。
会議室では、井上さんと、背広姿の二人の男の人がわたし達を待っていた。一人は
わたしのお父さんぐらいの年恰好で、ひょろりとやせて穏やかな感じの人。もう一
人は、まだ20代に見える、背の高い、がっしりした体格の人だった。俳優の坂口
健二さんに、ちょっと似ている。
わたし達が全員揃うと、年配の人の方は沼田さん、若い人の方は南さんと名乗った。
二人とも、阿倍野署の刑事さんだった。
- 60 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時10分57秒
- 沼田さんが言った。
「このたびは大変なことになって、皆さんもさぞ気を落としておられると思います。
後藤真希さんの死因について、ちょっとお聞きしたいことがありますので、しばら
く我慢してお付き合いください。実は私の娘も皆さんのファンでして、テレビで良
くお顔を拝見しているのですが、お一人ずつのお名前は、覚えていないのですよ。
申し訳ありませんが、順番にお名前とお年をお聞かせ願えないでしょうか?」
わたし達が順番に自己紹介して行くと、沼田さんは名前の漢字も聞きながら、手帳
に書きとめていった。全員が終わると、井上さんと小声で話しをして、わたし達の
方を向いた。
「それでは、未成年の方も随分おられるようですので、とりあえず飯田さん、安倍
さん、保田さんと、あとすいませんが、石川さんだけ残って、部屋に戻って頂いて
結構です。」
- 61 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時11分40秒
- 「あの、わたしは19なんですけど、残っちゃだめですか?」
「あなたは……、矢口さんでしたね。残って頂けるんなら、構いませんよ。」
南さんのほうが、口を開いた。
「帰る前に、お願いが一つあります。皆さんの指紋を取らせて頂きたいので、一人
ずつこちらに来てください。」
みんな、ぽかんとした表情で、南さんを見つめていた。
「あくまで捜査に使わせて頂くだけで、決して外部へ漏れるようなことはありませ
ん。マネージャーさんの承諾も頂いていますので、どうかお願いします。」
「あの……、シモンてなんですか?」
新垣が、恥ずかしそうに聞いた。辻と加護が、ほっとしたように顔を見合わせたの
を、わたしは見逃さなかった。
- 62 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時12分36秒
- 南さんは苦笑いしながら、指の先にある渦巻きですと説明してくれた。わたし達は、
年少のメンバーから一人ずつ南さんのところへ行って、両手の指紋を白い紙に押し
付けてきた。指先についたスタンプのインクは、ティッシュで簡単に拭い取ること
ができた。
年少のメンバーが出ていって、最後にカオリの指紋を取り終わると、沼田さんが言
った。
「さて、皆さんも、どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだと、ご不審に思
われたでしょう。実は先ほど、後藤さんの死因が、毒物による中毒死でしたあるこ
とが判明したのです。」
最初に思ったのは、ああ、わたし達が寝ている間に、解剖が終わったんだというこ
と。それから、沼田さんの言葉の恐ろしい意味が、頭にしみてきた。
「え、あの、それって、どういうことですか?」
矢口が、目をパチパチさせて言った。
- 63 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時13分28秒
- 「毒物を摂取したことによる、中毒死ということです。摂取経路はまだ分からない
のですが、毒が何かは見当がつきました。」
沼田さんは、横に置いてあった紙袋から、ビニールに包まれた缶を出した。
「あっ、殺鼠剤。」
カオリが、素っ頓狂な声を出した。
沼田さんは、怪訝そうな顔でカオリを見た。
「実は、こちらへ来る前に、大阪城ホールの控え室に寄ってきて、これを見つけま
した。係りの人に聞いたところ、皆さんのコンサートの前に、部屋で鼠を見かけた
人がいたので、殺鼠剤を使って置き忘れてしまったそうです。強力な殺鼠剤ですが、
後藤さんの体内から検出された毒物の成分と、この殺鼠剤の主成分が一致していま
す。」
沼田さんは、殺鼠剤の缶を自分の前に置いた。
- 64 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時14分11秒
- 「亡くなった後藤さんの飲んだ毒物と、同じ成分の毒物が皆さんの使っていた部屋
で見つかったことは、偶然とは思えません。後藤さんは、この殺鼠剤を飲んだと考
えて差し支えないと思います。
ところで、この缶はちょっと見つかりにくいところに置いてあったのですが、飯田
さんは、なぜこれのことをご存じなんですか?」
沼田さんと南さんは、カオリの顔をじっと見つめていた。
「えっ、ちょっと待ってください。それ、最初はカオリの鏡台の下に置いてあった
んですよ。それをカオリが、棚の上に載せたんです。」
「おっしゃる通り、棚の上にありました。これを知っているのは、飯田さんだけで
すか?」
「いいえ、みんな知ってます。」
- 65 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時14分59秒
- 圭ちゃんが助け舟を出した。そして、昨日の朝(まだ、1日しかたっていないなん
て!)控え室でカオリが殺鼠剤の缶を見つけた経緯を、要領良く話してくれた。
沼田さんは、圭ちゃんの話をうなずきながら聞いていた。
「なるほど、事情はわかりました。
それで医者の話では、この毒を飲んでから死に至るまでは、4時間から5時間かか
るそうなんです。後藤さんが亡くなったのは、昨夜の2時過ぎですから、毒を飲ん
だのは、9時から10時にかけてと推定されます。その頃、後藤さんが何を口に入
れたのか、できるだけ思い出して頂きたいのです。」
「9時から10時っていうと、ちょうど夜の部が終わった頃だよねぇ。」
圭ちゃんは、わたしの方を見た。
- 66 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時15分43秒
- 「うん、9時に終わるはずだったのが、ちょっと押していて、9時20分頃じゃなか
ったかな。」
「晩ご飯を食べたのは、夜の部が始まる前だから、関係ないね。」
「あとはホテルへ帰るまで、何も食べなかったと思うんだけど――。」
沼田さんが、わたし達の会話に口を挟んだ。
「食べ物だけじゃなく、飲み物はいかがですか?」
「コンサートの合間に、スタッフさんが冷やしておいてくれるミネラルウォーター
を飲みます。もちろん、終わった後も。」と、圭ちゃん。
「あれって、おいしんだよねぇ。」と、わたし。
「それは、後藤さんも飲んでましたか?」
- 67 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時16分22秒
- 「アンコールが終わって控え室に引き上げるときに、スタッフさんが一人ずつ手渡
してましたから、後藤ももらったと思うんですが――。」
「いいえ、もらってません。」
石川が、甲高い声で言った。
「ごっちん、最後にステージに出ていって、ファンのみんなに挨拶して、ぼろぼろ
泣いちゃったんです。それでわたしが支えてあげて、一緒に控え室に戻ったんです
が、ミネラルウォーターは受け取りませんでした。」
石川は、真剣な表情で続けた。
「控え室に戻ってから、みんながミネラルウォータを飲んでるのを見て、ああ、も
らいそこねちゃったと思ったんです。それで、わたしは自分で買ってあったウーロ
ン茶を飲みました。そういえば、ごっちんも――。」
- 68 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時17分00秒
- わたしは、カオリが殺鼠剤の缶を振り回していたときに、ごっちんが自分のバッグ
からお茶を出して飲んでいたのを思い出した。
「バッグから、ペットボトルのお茶を出して飲みました。ぬるくて、まずーいって
言いながら、半分ぐらい残っていたのを、全部飲んじゃったと思います。」
「そのペットボトルは、どうしましたか?」
「えーっと、多分そのまま、控え室に置いてきちゃったと思うんですが――。」
「なんというお茶でしたか?」
石川は少し考えて、わたし達がジュースのCMにも出ていたメーカの、お茶の名前を
挙げた。
沼田さんの目配せで、南さんが部屋の隅に行って携帯をかけ始めた。
- 69 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時17分40秒
- 「今朝、私達が行ったときには、控え室はきれいになっていました。おそらく、皆
さんが引き上げた後、掃除してしまったんだと思います。ただ、今日はゴミ収集車
が来ない日なので、うまくすれば後藤さんの飲んだペットボトルが見つかるかもし
れませんね。」
沼田さんは、石川に顔を向けた。
「ホテルへ戻ったのは、何時ごろでしたか?」
「確か、11時過ぎだったと思います。」
「ホテルへ戻ってから、後藤さんはどんな様子でしたか?」
石川は、夕べ救急車を待つ間にわたし達に話した内容を、繰り返した。話の途中で
南さんが席に戻ってきたが、沼田さんは石川の話が終わるまで、待っていた。
- 70 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時18分18秒
- 「そうすると、ホテルでは後藤さんは何も口にしていないんですね?」
沼田さんの念押しに、石川は少し考えて、はいと答えた。
沼田さんは、南さんに話をするよう促した。
「控え室のゴミは、分別してビニール袋に入れて、大阪城ホールのゴミ置き場に捨
てたそうです。ただ、昨日のコンサートで出た大量のゴミも一緒なので、その中か
ら控え室のゴミを探すのは、ひと苦労ですね。」
沼田さんは、南さんの言葉にうなずいた。
「なんとかしなけりゃ、いかんでしょう。後藤さんのペットボトルを見つけること
ができれば、その中に殺鼠剤が入っていたかどうかははっきりします。でも、皆さ
んのお話を伺った限りでは、後藤さんの飲んだお茶の中に毒が入っていたのは、か
なり間違いないようですな。」
- 71 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時19分04秒
- 「あの、すいません。」と、矢口が口を開いた。
「なにか、話を聞いていると、すごくビミョーな内容だと思うんです。もしかして、
ペットボトルに毒を入れたのって、わたし達の内の誰かってことになりませんか?」
「ちょ、ちょっと、矢口、なに言ってるの?」
圭ちゃんが、大声を出した。
「だって、考えてごらんよ。殺鼠剤が控え室に置いてあって、それをカオリが棚に
載せたっていうのは、あの部屋にいたわたし達しか知らないんだよ。スタッフさん
や、ココナッツや、美貴ちゃんは知らないんだ。それは、ごっつぁんが自分で毒を
入れた可能性だってあるけど――。」
- 72 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時20分05秒
- わたしは、思わず矢口の話しをさえぎった。
「もうやめて!仲間の誰かが、ごっちんに毒を飲ませたって言うの?そんなの、聞
きたくないよ!」
「なっち、落ち着いて。」
「矢口は、本当にそんな風に思ってるの?みんな、ごっちんが死んであんなに悲し
んだんだよ。誰が、そんなことしたっていうの?」
「残念ですが、それをこれから、つきとめなくてはなりません。」
沼田さんが、静かな声で言った。
「先ほどマネージャーさんから聞いたのですが、後藤さんは今度のコンサート・ツ
アーが終わったら、モーニング娘。を脱退することになっていたそうですな。皆さ
んが後藤さんに抱いていた感情も、複雑なものだったと思います。
そこで、思い出して頂きたいのですが――。」
- 73 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時20分43秒
- 沼田さんは、わたし達の顔をゆっくり見回した。
「コンサート終了後から遡って、後藤さんは、そのお茶をいつ飲んでいたか、覚え
ていませんか?」
沼田さんの質問の意味を理解するのに、しばらく時間がかかった。
少し考えてから、石川が口を開いた。
「夕ご飯は、控え室でお弁当を食べたんですけど、そのとき飲んでいました。」
「何時ごろですか?」
「6時ごろです。」
「それ以降は、どうですか?」
「コンサートの間は、ミネラルウォーターを飲んでいました。わたしが見ていた限
りでは、お茶は飲んでいなかったと思います。」
- 74 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時21分38秒
- 「他の皆さんは、どうでしょうか?後藤さんが、お茶を飲んでいるのを見ましたか?」
わたし達は、みんな首を横に振った。
「そうすると、お茶に毒が入ったのは、夕飯後からコンサートが終わるまでの間、
ということになりますね。
この間は、控え室はどんな様子だったのですか?」
圭ちゃんが、他の4人の顔を交互に見ながら、答えた。
「コンサートが始まってからは、大忙しですから、急いで着替えに戻るぐらいです
ね。モーニング娘。以外のユニットに入っているメンバーは、着替えの回数も多い
です。」
沼田さんは、コンサートのパンフレットを開いた。
「ああ、これが今回の曲目ですね。このタンポポとかプッチモニというのが、今お
っしゃったユニットですか。それぞれに誰が所属されているかのか、教えてもらえ
ますか?」
- 75 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時22分20秒
- 圭ちゃんが、一つ一つ説明したユニットのメンバーの名前を、沼田さんは、パンフ
レットに書きこんでいた。
「ココナッツ娘。と藤本美貴さんとカントリー娘。というのは、控え室も違うわけ
ですね。大体分かりました。それでは今度は、モーニング娘。の皆さんがいつ着替
えたのか、教えてくれますか?」
モーニング娘。の唄のときでも、常に12人が全員ステージにいるわけではないの
で、この説明にはかなり時間がかかった。圭ちゃんと矢口とわたしで、ステージに
いたメンバーを確認しあいながら、15分ぐらいかかって、やっと説明を終えた。
沼田さんは、わたし達の説明を聞きながらも、交信モードに入ってしまって、一言
もしゃべらなくなったカオリを、不審そうに見ていた。
- 76 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時23分11秒
- 「控え室には、入れ替わり立ち替わり、メンバーの方が出入りしていたようですね。
こんなことを聞いては怒られるかもしれませんが、誰かが不審な行動をとっていた
のを見られた方は、いらっしゃいませんか?」
「いいえ、みんな慌てて着替えてステージに戻っていたので、他の人のことなんか、
気付かなかったと思います。」
圭ちゃんは強い口調で言って、同意を求めるようにわたしを見た。
「はい。わたしも自分が着替えるのにいっぱいいっぱいで、他の人がどうしてるな
んて、見ていられませんでした。」
「リーダーの飯田さんは、いかがでしたか?」
沼田さんに問い掛けられても、カオリは視線を落としたまま、ぼーっとしていた。
- 77 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時23分49秒
- 矢口が、慌てて言った。
「あの、カオリンはたまに自分の世界に入っちゃって、人の話しを聞いてないこと
があるんです。うちらは、交信って呼んでいるんですけど。」
矢口は、カオリの腕を叩いて、「カオリン、ほら、戻ってよ。」と呼びかけた。
カオリは、はっと顔を上げて言った。
「誰も、後藤を殺してません。」
コロス?わたしは、その言葉にショックを受けた。そうだ、ごっちんは殺されたん
だ。わたし達の内の誰かに、殺されたんだ。
「カオリ、刑事さんの話し、聞いてなかったでしょ。」
矢口は、その言葉を受け流した。
- 78 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時24分29秒
- 「え、ああ、ごめん、矢口。カオリ、ぼーっとしちゃって――。」
沼田さんは、眉をひそめてカオリを見た。
「まあ、いいです。飯田さんも、何か気付いたことがあれば、おっしゃってくださ
い。」
その後、ごっちんの最近の様子や、メンバーとの関係などを聞かれて、主に圭ちゃ
んと矢口が答えていた。ごっちんの人となりについては、この中で一番親しかった
石川が話しをした。
3時を回って、ようやくわたし達は解放された。沼田さんは井上さんに、少なくと
ももう1日は、メンバー全員大阪に留まるよう要請した。井上さんは、後で社長と
も相談するが、極力ご要望に沿えるように調整すると答えていた。
- 79 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時25分12秒
- 会議室を出ると、隣りの部屋でつんくさんと裕ちゃんが待っているのが、あいてい
るドアから見えた。すぐに裕ちゃんが気付いて、二人とも外に出てきたので、わた
し達は、つんくさんに挨拶した。
裕ちゃんは普段であれば、満面笑顔になって、真っ先に矢口に抱きつくところだが、
さすがに強張った表情で言った。
「みんな、大変やったな。ごっちん、死んだなんて、まだ信じられんわ。」
「裕ちゃん、それだけじゃないんだよ。」と、矢口。
「ちょっと、ここじゃ話せないから、うちらの部屋に行こう。」
「どうしたんや、一体?」
つんくさんが、打ちひしがれた様子のわたし達5人を見て、心配そうに言った。
- 80 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時26分03秒
- 圭ちゃんが何か言いかけたとき、井上さんが会議室からひょっこり顔を出した。
「ああ、つんくさん、ちょうど良かった。今、社長も来ますから、一緒に話しまし
ょう。」
つんくさんは、ちょっと心残りの様子だったが、「じゃ、あとでな。」と言って、
会議室に入っていった。
わたし達は、裕ちゃんを連れて6階に引き上げた。裕ちゃんとわたしは矢口の部屋
ヘ行ったが、圭ちゃんはカオリと一緒に、年少組に事情を説明しなければならなか
った。カオリは一応普通の状態に戻っていたが、どこまで沼田さんの話を聞いてい
たか分からないので、説明役は主に圭ちゃんになりそうだった。圭ちゃんは、いや
だなあ、とぶつぶつ言いいながらも、辻と加護の部屋へ向かい、カオリは他の年少
組のメンバーを集めに行った。
- 81 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時26分49秒
- 裕ちゃんは5階に部屋を取って、今日は泊まって行くと言った。日曜日はオールナ
イトニッポンの生放送があるはずだが、局の人と今朝早く相談して、大阪のスタジ
オから放送させてもらうようにとり計らってもらったとのこと。「なんとかなるも
んやなぁ」と小さく笑いながら言った。
ごっちんのお母さんとユウキくんは、もっと早く到着していて、今日中にごっちん
と一緒に東京に帰るそうだ。ホテルに寄ると報道の人達にもみくちゃにされそうな
ので、まっすぐ病院に向かったらしい。
「わたしも会えんかったわ。本当は病院に行って、ごっちんにお別れ言いたかった
んやけど、病院どこだか、誰も教えてくれへん。一体、どないなってるん?」
- 82 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時28分02秒
- 矢口とわたしは、かわるがわる沼田さんとのやり取りを報告した。見る見るうちに、
裕ちゃんの顔が険しくなってきた。こんなに怒った顔の裕ちゃんを見るのは、久し
ぶりだった。
「なんや、それ。モーニングの誰かが、ごっちんを殺したなんて、アホらしくて、
聞いておれんわ。」
「でも、裕ちゃん。ごっちんのお茶に毒が入ってたとしたら、それができたのは、
うちらしかいないんだよ。」
矢口は、裕ちゃんの顔から目をそらして、元気のない声で言った。
「そんなの、何かの間違いや。モーニングは、仲間やで。お互いを疑うようなこと
は、裕ちゃんが許さへん。」
- 83 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時28分56秒
- 矢口は、弱々しい笑いを浮かべた。
「そうだね。モーニングは、大切な仲間だよね。おいらが間違ってたかもしれない。」
裕ちゃんは、矢口の頭をそっと抱き寄せた。
「矢口もなっちも、元気出せって言うのはまだきついやろうけど、仲間を信じて頑
張ってゆくんや。裕ちゃんは、何があってもみんなの味方やで。」
わたしは、張り詰めていた気がふっとゆるんで、気がつくと涙がこぼれていた。矢
口も裕ちゃんに抱かれて、静かに泣いていた。裕ちゃんは、そんな矢口の背中を、
母親のようにやさしくなでていた。
- 84 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時29分34秒
- その夜、わたしは圭ちゃん、石川と、裕ちゃんのラジオを聞きながら話をしていた。
石川は、矢口とカオリの部屋へ行ったのだが、誰も出てこなかったので、こちらへ
来たのだった。裕ちゃんは、ごっちんの思い出を語るということで、ゲストに来て
いた平家のみっちゃんと一緒に、しんみりとした調子で語り合っていた。
ノックの音がしてわたしがドアをあけると、ちょっと哀しげに微笑んで、カオリが
立っていた。
- 85 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時30分10秒
- 「カオリ、どうしたの?中に入りなよ。」
「ここで、いいんだ。寝る前に、ちょっとなっちの顔を見たかっただけだから。」
「なっちの顔?いつも、見てるっしょ。」
「なっちは、特別なんだよ。なんたって、カオリとなっちは運命の糸で結ばれてる
んだから。」
「なに、変なこといってるの?さあ、入りなって。」
「いいの、いいの。ごめんね、邪魔して。それじゃ――。」
カオリは、廊下を歩み去っていった。わたしは、おやすみと声をかけて、ドアを閉
めた。最後にカオリの口が「さよなら」と動いたような気がしたが、そのときはあ
まり気に止めなかった。
- 86 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時30分49秒
- しばらくして、またノックの音がした。ドアの向こうの訪問者は、わたしが出るま
で、小刻みに何度もドアを叩いていた。
「誰ですか?」
「矢口。お願い、あけて。」
ドアをあけると、矢口が飛び込んできた。
「なっち、大変だ。お風呂から上がったら、こんなものが置いてあった。」
矢口は、ぶるぶる震える手で、紙を差し出した。それは、ホテルに備え付けてある
便箋だった。
- 87 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時31分51秒
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
みんな、ごめんなさい。後藤を殺したのは、わたしです。
殺すつもりはありませんでした。ちょっと苦しませようと思ったのですが、あんな
ことになってしまいました。これから、責任をとろうと思います。
リーダーなのに、こんなことをしてしまい、本当に申し訳ありません。悪いのは全
てわたしです。
なっちへ。
最後に顔を見れて、良かったです。生まれたときと同じように、死ぬときも一緒で
いたかったけど、もうお別れです。
モーニングのみんなへ。
ダメなリーダーだったけど、たまには思い出してください。
さようなら。
飯田圭織
- 88 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時32分46秒
- 「なっち、圭ちゃん、どうしょう。これって、遺書だよね。」
「とにかく、探そう。」
圭ちゃんも顔色が変えて、部屋を飛び出していった。わたしと矢口と石川も、あと
を追った。
圭ちゃんは、年少メンバーの部屋を回って、カオリが来なかったか聞いたが、みん
な首を横に振った。
「外に出たかもしれない。フロントで聞いてみよう。」
「でも、下へ降りちゃいけないって言われてるよ。」
「そんなこと、言ってる場合じゃない!」
圭ちゃんは、エレベーターに向かった。辻と紺野が部屋から出てきて、わたし達を
不安な表情で見ていた。
- 89 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時33分27秒
- 1階に降りると、ロビーが妙に騒がしかった。女の人が、駐車場に倒れている、と
いう声が聞こえて、何人かが裏口のほうへ走っていった。ロビーにたむろしていた
記者の人たちも、そちらに気を取られて、わたし達に気付かなかった。
わたしと圭ちゃんは顔を見合わせて、ダッシュした。
「あ、なっちだ。」
「ちょっと、待ってください。」
記者の人たちの慌てた声が、後ろからついてきた。裏口を出て駐車場へ向かうと、
小さな人垣ができていて、その足元にうつぶせに倒れている人が見えた。
- 90 名前:黒モニ 投稿日:2002年04月29日(月)07時34分18秒
- わたしと圭ちゃんは、人垣を割って入った。長い髪が顔にかかっていたが、カオリ
だとすぐに分かった。身体の回りに赤い染みが広がっていた。わたしは、カオリの
横に膝をついて、髪をそっとかきあげた。カオリの顔は傷もなく、とても穏やかな
表情だった。
「飯田さん!」
叫び声に振り返ると、矢口、石川と辻、紺野が立っていた。声の主は、辻だった。
「辻、見ちゃだめだ。」
矢口が、辻の腕を掴んだ。辻は倒れているカオリを見つめていたが、その目がくる
りと白くなったかと思うと、崩れ落ちるように倒れた。
- 91 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時55分02秒
- 続いて第3章です。
- 92 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時56分02秒
- 日付が変わってしばらくしてから、会議室にお呼びがかかった。
まだ1日も経たないうちに、沼田さんと南さんに再会することになった。二人とも、さすがに少し疲れた風だったが、いらついたところは見せず、穏やかな物腰で接してくれた。
「また、大変なことになりましたね。」
沼田さんが、痛ましげにわたし達を見て言った。
わたしは、カオリから引き離されて部屋に連れて行かれてから、ずっと泣いていた。
なんでこんなに泣けるのかとおもうくらい、涙が止まらなかった。カオリが部屋に
来たときに、もう少し気を配っていれば、無理にでも部屋に入れて、話をしていれ
ば――。悔しさと悲しさが、つきることなくこみあげてきた。圭ちゃんと矢口が一
緒にいてくれたが、わたしはひたすら涙を流すことで、カオリを失った衝撃から逃
れようとしていた。
- 93 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時56分42秒
- 「あの、辻は大丈夫ですか?」
圭ちゃんが、低い声で言った。
辻は駐車場で倒れてから、あまりに様子がおかしいので、病院に運ばれていった。
ごっちんに続いてカオリの死を目前にしたことは、心身の許容限度を越えるショッ
クだったようだ。
「まだ、意識を取り戻していないようです。」
「のの。可哀相に。」
加護が泣きそうな顔で、つぶやいた。
今回は、年少組も一緒に質問を受けることになった。最初に沼田さんが、カオリの
死の状況を説明してくれた。
- 94 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時57分24秒
- カオリは、矢口がお風呂に入っている間にわたしに会いに来て、その後あの遺書を
書いて、屋上に上がったらしい。そして手すりを乗り越えて、ホテルの裏の駐車場
に身を投げた。自殺であることは、ほぼ間違いない。そして動機は、遺書に書いて
あるように、ごっちんを殺害したことの、罪の重さに耐え兼ねたこと。
「実は私達も、飯田さんに色々と話を伺いたいと思っていたところなのです。」
「それって、カオリンを疑ってたってことですか?」と、矢口。
「まだ確証はなかったのですが、一つには、あの殺鼠剤の缶から、飯田さんの指紋
しか検出されなかったことがあります。」
「殺鼠剤に触ったのは、カオリンだけということ――?」
沼田さんは、少し首を傾げて、「もちろん、指紋は拭き取ることもできますし、何
かでくるんで缶を持てば、指紋はつきません。ただ、あの状況でそれは考えにくい
と思います。」
- 95 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時58分06秒
- 「でも、カオリンはどうして、ごっつぁんを殺したんですか?」
「残念ながら、今となっては、飯田さんの残した遺書しか手がかりはありません。」
「カオリは、モーニングを愛していた。そのモーニングを壊そうとする後藤が、許
せなかった。」
圭ちゃんが、ゆっくりと言った。自分を納得させようとするような口調だった。
矢口は、圭ちゃんをきっと睨んだ。
「カオリンは、人を傷つけることなんか、絶対にできなかったよ。ましてや、ごっ
つぁんはずっと一緒に頑張ってきた仲間だよ。そんな、殺すなんて――。」
矢口は絶句して、うつむいてしまった。
「わたしだって、カオリが後藤を殺したなんて、信じたくないよ。でも、カオリは
殺すつもりはなかったって、書いてたじゃない。ほんのちょっと、後藤に罰を与え
るぐらいの気持ちで、毒を入れてしまったのかもしれない。」
- 96 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時58分44秒
- 圭ちゃんは言葉を切って、怒っているような目でみんなの顔を見た。わたしは、圭
ちゃんの目を見返した。
「もういいよ、圭ちゃん。本当はどうだったのか分かったって、ごっちんもカオリ
も帰ってこないんだ。」
「刑事さん、飯田さんはどうなるんですか?」
石川が言った。
沼田さんは、困ったような顔で顎を撫でながら言った。
「今の動機の話もそうですが、飯田さんが、いつ後藤さんのお茶に毒を入れたのか
も、はっきり分かっていません。後藤さんのペットボトルもまだ見つかっていない
ので、お茶に毒が入っていたというのも証明できないのですがね。ただ、何といっ
ても遺書が残っているのが決定的です。多少の不明点はあっても、被疑者死亡とい
うことで決着すると思います。」
- 97 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時59分21秒
- 「結局、飯田さんが犯人ということになってしまうんですね。」
沼田さんは、うなずいた。
「石川!犯人なんていわないで!」
石川の顔が歪んだ。
「すみません、安倍さん。」
わたしは、大声を出したことを後悔した。石川も、圭ちゃんも、矢口も、年少のみ
んなも同じ想いを抱いている。ごっちんの命が理不尽にも奪われてしまったこと、
そして手を下したのが、モーニング娘。を創り上げてきたカオリだったことに大き
な悲しみと衝撃を感じている。
「ごめん、石川――。悲しいのは、なっちだけじゃないんだよね。」
「いいよ、なっち。なっちの気持ちは、みんな良く分かってるよ。」
圭ちゃんが、優しく言ってくれた。
- 98 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)09時59分55秒
- その後沼田さんから、コンサート中や、ごっちんが亡くなるまでのカオリの様子に
変わったことがなかったか質問され、誰もが特に気付かなかったと答えた。沼田さ
んも少し遠慮しているような感じで、突っ込んだことは聞かれなかった。
こうして、大切な二人の仲間を永遠に失って、事件は終わった。
- 99 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時00分41秒
- わたし達は、翌日東京に戻った。
戻ったその日にごっちんの仮通夜が営まれ、モーニング娘。の現メンバーと元メン
バーがごっちんの家に集まった。ごっちんのお母さんとユウキくんが応対してくれ
たが、お母さんは、本当に真希に良くしてくれて、ありがとうと言ってくれた。居
間に寝かされたごっちんを見て、沙耶香は号泣した。
カオリは迎えに来たご両親と一緒に、北海道へ帰った。モーニング娘。からは、わ
たしと圭ちゃんと矢口だけ、告別式に出席した。参列の人もあまり多くなく、静か
なお葬式だった。ご両親から、娘が申し訳ないことをして、と頭を下げられて、わ
たし達はどうして良いか分からなかった。出棺のときに、まだ冬を思わせるような
冷たい空気の中でカオリのお父さんの挨拶を聞きながら、わたしは北海道へ帰ると
きがきたのかな、と感じていた。
札幌で二人と別れて、久しぶりに室蘭の実家へ帰った。両親はとても心配していて、
いつでも帰っておいでといってくれた。
- 100 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時01分18秒
- 東京に戻ると、さらに悲しい知らせが待っていた。
辻が帰らなかった。
意識が戻らないまま、ご両親が東京に連れてかえり、自宅近くの病院に入院した。
3日後に目覚めたが、14歳の辻はいなくなって、2、3歳ぐらいの知育レベルに
なった辻がそこにいた。自分の名前も言えず、あどけない笑みを浮かべて、テレビ
を眺めながら、お菓子を食べている。そんな生活しかできなくなってしまった。
わたし達がお見舞いに行っても、にこにこ笑っているだけで、何もしゃべらなかっ
た。あんなに仲の良かった加護が呼びかけても、何の反応もなかった。ごっちんの
死、カオリの死、その大きすぎる衝撃が、辻の精神を退行させてしまった。
- 101 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時01分54秒
- モーニング娘。は3人のメンバーを失った。
しかも、メンバー同士の殺人という最悪の事態だった。
社長やつんくさんと話し合ったが、これ以上モーニング娘。という形で芸能活動を
続けてゆくのは、無理だろうということになった。
解散が決まった日の夜、圭ちゃん、矢口、裕ちゃんとご飯を食べに行った。
「カオリは、なんであんなことをしたんかなぁ?ためこんでないで、一言相談して
くれればなぁ。」
裕ちゃんはビールを飲みながら、何度も同じことを言っていた。圭ちゃんも矢口も、
へべれけに酔っ払った。
- 102 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時03分08秒
- 「もう、誰に見つかってもいいよーだ。ほら、なっちも飲みな。」
矢口に何杯もワインを進められて、普段はお酒をほとんど飲まないわたしも、始め
て泥酔した。そのあと裕ちゃんの家へ押しかけて、一晩中大騒ぎした。もうモーニ
ング娘。は終わりなんだということが、悲しみと同時に、不思議な解放感を伴って
感じられた。
翌朝、最悪や、とこぼしながら仕事に出ていった裕ちゃんを見送って、わたし達は
しばらくぐだぐだしていた。わたしは、生まれて始めて宿酔いと言うものを経験して
、わたしと交互にトイレでげえげえしている矢口と一緒に、もうお酒はやめると誓
った。圭ちゃんはけろりとして、来る途中で買ってきたカップラーメンを食べてい
た。
- 103 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時04分00秒
- 事情が事情だけに、特別な解散イベントも行われず、5月の連休明けにモーニング
娘。は解散した。解散の記者会見には、つんくさんとわたしと圭ちゃんが出席した。
わたし達は、こんな形で活動が終わってしまうことを、ファンの皆さんにお詫びし
ますと言って深々と頭を下げた。わたし達に対する記者さん達の質問も、かなり遠
慮勝ちだったように思う。カオリのやったことについて、モーニング娘。のみんな
はどう考えているか、というのが一番残酷な質問だったが、圭ちゃんがしっかりし
た口調で答えてくれた。
- 104 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時04分41秒
- 「カオリのやったことは、決して許されることではありません。でも、この5年間、
ずっとモーニング娘。を支えてきた仲間だったことも事実です。こんなことになって
しまいましたが、カオリのことを悲しいとは思っていても、恨んでいるメンバーは
誰もいないと思います。ファンの皆さんも、最後は自分の死で償ったのですから、
どうかカオリを責めないでください。」
最後は少し涙ぐんで、言葉も途切れがちになったが、記者さん達も一瞬しんとなった。圭ちゃんが腰を降ろしたとき、わたしは思わず、圭ちゃんの手を握りしめて、小声で「ありがとう」と言った。
- 105 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時05分14秒
- 年少組は、高橋を除いて学校に戻ることになった。
新垣は、普通の中学生に戻った。加護と小川は、夏休みを待たずに故郷の学校へ転
校した。小川は、モーニング娘。がなくなってしまった芸能界にはさほど未練はな
いようで、さばさばした様子で帰っていった。加護は帰る日が来るまで、毎日辻の
お見舞いに行っていたが、ついに辻と言葉を交わすことなく分かれることになって
しまった。
- 106 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時05分47秒
- 帰る前の日に、残ったメンバーが集まって、わたしのマンションでささやかな送別
会を開いた。デリバリーのピザや、買ってきたチキンを食べながら、辻、加護が入
ってきた日のことや、ミニモニでの楽しかったことなどを、賑やかに語り合った。
会の終わりに加護は、矢口に向かって言った。
「矢口さん、ののを宜しくお願いします。ののは、絶対治ります。ののが元に戻っ
たら、わたしもきっと帰ってきます。そしたら、またミニモニやりましょう。それ
まで、ののを見守って上げてください。」
矢口は加護を抱きしめて、泣きながら黙ってうなずいていた。
- 107 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時06分32秒
- 圭ちゃんと矢口と高橋は、芸能界に残ることになった。圭ちゃんはレッスンを積ん
で、ソロデビューを目指すという。矢口はもうしばらくして、ラジオ復帰から徐々
にバラエティ寄りの仕事を増やしていくそうだ。高橋は、事務所が売り出そうとし
ていた新人の女の子と組んで、秋頃にデビューすることになりそうだった。
- 108 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時07分02秒
- 石川は、芸能界から身を引いた。もう一度高校に入りなおして、大学に行くために
猛勉強しているらしい。ずっと勉強から離れていたので、今は日々頭が良くなって
いるような気がします、という石川らしいメールをくれた。
- 109 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時08分07秒
- わたしは、北海道に帰ることに決めた。圭ちゃんや矢口には、芸能界に残ることを
強く勧められたが、カオリ一人を残して東京にはいられなかった。この5年間で、
やりたいことは全てやりつくしたような気がしていたので、北海道に帰って、自分
が今後何をしたいか、ゆっくり考えるつもりだった。今まで前も見ずに走り続けて
来たから、少し立ち止まって、後ろを振り返って見るのもいいかな、と思っていた。
- 110 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時09分04秒
- そうして今、わたしはここにいる。荷物は全て先に送って、マンションを引き払っ
た後、身体一つで羽田空港のロビーに座っている。一緒にいる紺野は、夏休み後に、
元いた北海道の中学へ転校することになり、こうして飛行機を待っている。数日前
に、お別れの挨拶をメンバーにメールで送ったところ、紺野から、わたしもお母さ
んが先に帰ってしまって一人で帰ることになったので、ご一緒させてくださいとい
う返事が来た。
わたし達は朝、浜松町の駅で待ち合わせて、モノレールに乗って空港に着いた。
搭乗まで、あと1時間――。
気がつくと、紅茶を2本持って、紺野が売店から戻ってきた。随分時間が過ぎたよ
うに感じていたが、まだ10分もたっていなかった。
- 111 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時09分46秒
- 「すいません、遅くなって。何だか、お土産ものに目がいっちゃって。」
「いいって、いいって。はい、お金。紺野の分も、おごるよ。」
「え、ありがとうございます。」
紺野から受け取った紅茶を一口飲んで、わたしは大きくため息をついた。
「紺野が買いに行ってる間に、今までのことを思い出してたんだ。随分苦労して続
けてきたけど、終わるのはあっけなかったよね。なんか、紺野たち5期メンバーは、
あんまり楽しいこともなくて、可哀想だったね。」
「どんでもないです。わたしなんかの年で、こんなに色んな経験ができた人って、
いないと思います。」
「そう言ってくれると、なっちもほっとするよ。」
- 112 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時10分42秒
- 話が少し途切れて、わたしは紺野の顔から目を逸らした。柱の横に立っている、警
備員の服装をした若い男の人が、わたし達のほうを、ちらちら見ているのに気がつ
いた。
「あの、安倍さん――。」
紺野が、ためらうような口調で言った。
「うん?どうした?」
「実は、安倍さんに聞いて頂きたいことがあるんです。」
「改まって、なんだべ。」
- 113 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月02日(木)10時11分38秒
- わたしは、わざと訛りを出してみた。紺野は、少し緊張した面持ちで、わたしを見
つめていた。
「わたし、多分もうほとんど、皆さんとお会いすることもないと思うんです。それ
で、最後に安倍さんに、わたしの妄想を聞いてもらいたいんです。」
「最後だなんて、寂しいこと言わないでよ。」
「いいえ、最後だと思って、聞いてください。安倍さんには、是非話しておきたい
んです。」
紺野の口調から、話の内容がとても大事なことが伝わってきて、わたしはうなずい
た。
「わかった、聞くよ。」
「これから話すことは、本当にわたしの妄想です。いやなことも言いますけど、怒
らないでください。」
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月03日(金)10時16分13秒
- いいところなのでレスをはさむのが申し訳ないのですが……。
とても面白いです。
タイトルから甘い話かと思ってましたが、
久しぶりに本格的なミステリぽい話なので、後半も期待してます。
- 115 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時26分56秒
- 次で最終章です。
- 116 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時27分35秒
- 「安倍さんは、コンサートの最後の日、アンコールで出てゆく前に、控え室で後藤
さんが怒ったことを覚えてますか?」
「うん、覚えてるさ。今、思い出してたとこだよ。」
「後藤さんは、椅子の上に置いてあった自分の衣装が、誰かにくしゃくしゃにされ
たと怒ってましたよね。」
「そうだ。誰かのいやがらせじゃないかって、言ってたね。なっちも、いやな気分
になったさ。」
「わたしは、その衣装を見たときに、妙な気がしたんです。皺のより方が、手でく
しゃくしゃにしたというよりも、足で踏みつけたようだと思ったんです。」
「うん、そうだ。なっちもそんな風に思ったんだ。」
- 117 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時28分20秒
- 紺野は、少し嬉しそうな顔をした。
「その後で、後藤さんの死因が殺鼠剤を飲まされたことだと聞いたとき、あれっと
思ったんです。あの衣装はいやがらせで皺がよったんじゃなくて、誰かが棚の上の
殺鼠剤を取ろうとして、椅子を踏み台代わりに使ったんじゃないかと。」
わたしは、ぽかんと口をあけた。
「それって、どういうこと?だって、カオリは――。」
紺野は、うなずいた。
「そうです。もしもわたしの妄想が正しくて、椅子が踏み台に使われたとすると、
それを行ったのは、飯田さんではありません。殺鼠剤の缶を棚の上に載せたのは、
飯田さんなのですから、踏み台は必要ありません。誰か飯田さん以外の人が、椅子
の上に乗って殺鼠剤を取ったのです。」
- 118 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時29分02秒
- 「カオリは、犯人じゃないってこと?」
「わたしは、そう思います。」
「でも、それじゃ、あの遺書は?」
紺野は、目を伏せて言った。
「安倍さん、考えてみてください。飯田さんが犯人じゃないとして、それでは、飯
田さんが自分の命を賭けてでも、自分が殺人犯人だという汚名を着せられても、守
ろうとしたのは、誰かってことを。飯田さんにとって、自分の妹のように大事に思
っていた人がいたはずです。」
わたしの頭に、名前が浮かんだ。わたしは、目の前が暗くなるのを感じながら、そ
の人の名前をつぶやいていた。
- 119 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時29分34秒
- 「辻じゃない。いいえ、辻じゃない。」
- 120 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時30分21秒
- 「どうしました?大丈夫ですか?」
「はい。ちょっと、貧血を起したんだと思います。ああ、目が覚めたみたいです。」
目をあけると、さっき柱の横に立っていた警備員さんが、心配そうにわたしを覗き
こんでいた。わたしは、少しの間意識を失って、紺野にもたれかかっていたようだ。
「あ、すいません。もう大丈夫です。」
わたしは、身体を起して言った。
「良かった。見てたら、急にこちらの方に倒れかかったから、びっくりしましたよ。」
警備員さんは、にっこり笑って言った。ちょっと顔の長い、人の好さそうなオニイ
チャンだった。
「あの、元モーニング娘。の安倍なつみさんと紺野あさ美さんですよね。」
- 121 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時30分55秒
- 紺野が、うなずいた。
「僕、大ファンだったんです。あんなことになっちゃって、残念でしたけど、これ
からも頑張ってください。」
彼は、ぺこりと頭を下げて、柱の方へ戻っていった。
紺野は、わたしの顔を心配そうに覗きこんで、「大丈夫ですか?」と言った。
「大丈夫だから、紺野、続きを聞かせて?」
「でも――。」
「もう失神したりしないから。お願い。」
紺野は、少しためらってから、口を開いた。
- 122 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時31分44秒
- 「わたしがもう一つ不思議に思ったのは、殺鼠剤についていた指紋が、飯田さんの
ものだけだったということです。飯田さんが缶を棚に載せたのですから、指紋があ
るのは当然として、もしも辻さんが犯人だとしたら、辻さんは指紋を残さないよう
に注意したのでしょうか?安倍さんには申し訳ないんですけど、わたしにはモーニ
ングの誰でも、指紋のことなんか気にするように思えませんでした。」
わたしは、指紋の話が出たときの新垣の質問と、辻、加護の反応を思い出した。
「そうだよ、辻と加護は、指紋のことなんか知りもしない感じだったよ。」
「わたしも、そのように見えました。それでは、指紋はなぜなかったのか?それを
考えてると、わたしは、あのコンサートで、ミニモニが唄った曲を思い出しました。」
「ミニモニの曲?」
「はい。『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』です。」
「それは、なっちも覚えてるけど、それと指紋と何の関係があるの?」
「『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』の衣装には、手袋があります。」
- 123 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時32分29秒
- そうだ。あの曲では、ミニモニは、軍手のような手袋をはめて唄うんだ。
「辻さんは、ステージ衣装のまま、手袋を取らないで殺鼠剤の缶に触ったんです。
指紋のことなんか、考えていなかったはずですが、偶然指紋の残らない状況になっ
てしまった。」
そういうことだったのか。
「あの夜の出来事は、きっとこんな風だったんだと思います。
ミニモニのステージが終わってから、矢口さん、辻さん、加護さんの3人は控え室
に戻りました。矢口さんと辻さんは、タンポポのステージがあるので、急いで着替
えて出てゆきます。辻さんだけ、トイレに行ってたかして、遅くなりました。辻さ
んがかなり遅れてステージに戻ってきたとき、飯田さんに叱られて、お腹が痛くな
ったと言っていましたがあれは本当のことだったんでしょう。
- 124 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時33分02秒
- 辻さんがトイレに行っている間に、石川さんやプッチモニの皆さんの出番も終わっ
て、控え室に引き上げてきました。石川さん、保田さん、まこっちゃんはピースの
衣装に着替えて出ていきました。後藤さんが少し遅れて一人になったときに、辻さ
んが入ってきます。辻さんは、後藤さんが一人でいるのに驚きましたが、聞きたい
と思っていたことを、つい言ってしまいました。
『ごっちん、本当にやめちゃうの。戻ってこないの?』
後藤さんは、出番が迫っていたので、少し慌てていたと思います。
『ごめんね、のの。もう決めたことなんだ。』
- 125 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時33分33秒
- そそくさと出ていった後藤さんを見送って、辻さんは改めて裏切られたように感じ
ました。後藤さんを少し懲らしめてあげたい。そんな気持ちが湧き上がってきて、
ふと上を見ると、飯田さんが載せた殺鼠剤の缶が見えました。そうだ、あれを飲ま
せれば、お腹が痛くなるんじゃないか。わたし達を、こんなに苦しめたんだ。ごっ
ちんも、少し苦しむべきなんだ。そう思った辻さんは、後藤さんの椅子に乗って、
棚の上の缶を取ります。そして、殺鼠剤を一つ取り出して、後藤さんのバッグに入
っていたお茶のペットボトルに入れました。」
紺野は、言葉を切って、紅茶を一口飲んだ。
- 126 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時34分11秒
- わたしは、紺野の話を聞いて、思い出していた。ごっちんが「愛のバカやろう」の
前に少し遅れててきたこと、辻も遅くなって、カオリに叱られていたこと。
「もちろん、これはわたしの妄想です。本当にどんなことがあったかは、今となっ
ては後藤さんもいないし、辻さんも話してくれません。」
「でも、紺野は信じている?」
「はい。」
紺野は強い視線でわたしを見て、しっかりとうなずいた。
わたしは、少し考えて言った。
「カオリは、いつ気がついたんだろう?」
- 127 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時34分56秒
- 「これもわたしの妄想なのですが、後藤さんが病院に運ばれたときに飯田さんがつ
いていきました。そのときに、救急車の中で、後藤さんから何かを聞いたのではな
いでしょうか。控え室で二人きりで辻さんと話したとか。
そのときは、あまり気にも止めなかったでしょうが、刑事さんから後藤さんが殺鼠
剤を誰かに飲まされて死んだと聞いたときに、後藤さんの言葉の意味に気付いたん
だと思います。」
わたしは、会議室でのカオリの様子を思い出した。
「そうだ、それを考え始めて、カオリは交信に入っちゃたんだ。辻がごっちんのお
茶に殺鼠剤を入れたんじゃないか?そんなことを考えているときに、矢口に起こさ
れて、思わず『誰も、後藤を殺してません。』と言ってしまった。」
- 128 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時35分32秒
- 「飯田さんは、その後もずっと考えていて、どうしても辻さんと話をしなければ、
と思いました。夜になって、同室の矢口さんがお風呂に入ると、おそらく辻さんに
携帯をかけて呼び出したんだと思います。そして、人目に付かないところ、多分屋
上だと思いますが、そこで辻さんが何をしたのか聞き出しました。」
わたしは、屋上で交わされたであろうカオリと辻の会話を想像した。
- 129 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時36分27秒
- 『辻、何をしたか、カオリに話してごらん。』
『………』
『後藤が死んでから、ずっと苦しんでたんだろ?話してごらん。』
『すいません、飯田さん。辻が悪いんです。辻が、ごっちんのお茶にネコイラズを
入れました。』
『辻――。』
- 130 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時37分00秒
- 「そのときに飯田さんは、自分がどうなっても、辻さんを守ろうと決心しました。
飯田さんは、辻さんに自分が何とかするから、このことは絶対に黙っているように
言ったと思います。
辻さんと別れた飯田さんは、安倍さんの部屋に行きました。」
カオリが来る前、石川がカオリと矢口の部屋に行ったときに、矢口がお風呂に入っ
ていて、カオリはいなかったと言っていた。あのときカオリは、辻と話していたに
違いない。辻と話をした後、カオリは覚悟を決めてわたしに会いに来てくれた。カ
オリは微笑みを浮かべて立っていたが、どこか哀しそうだった。
「安倍さんにお別れをした飯田さんは、部屋に戻って急いで遺書を書きました。」
- 131 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時37分38秒
- 『なっちへ。
最後に顔を見れて、良かったです。生まれたときと同じように、死ぬときも一緒で
いたかったけど、もうお別れです。』
- 132 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時38分14秒
- カオリとわたしは、2日違いの誕生日で、同じ病院で生を受けた。そして16年後
に再会し、モーニング娘。というグループで一緒になった。2人は運命の糸で結ば
れているんだよと、カオリはよく言っていた。そして、最後にわたしに会いに来て
くれたのに、わたしはカオリの本当の気持ちに気付かなかった。
再び哀しみがこみあげて、涙が溢れてきた。
紺野は、視線を落として言葉を続けた。
「飯田さんの死は、辻さんにひどい衝撃を与えました。辻さんは、自分のしたこと
が引き起こした事態に耐えきれず、精神を閉ざしてしまいました。でも、わたしに
はそれがかえって、良かったんじゃないかとも思えます。ああならなければ、辻さ
んはとても黙っていることはできなかったでしょうから。」
- 133 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時38分55秒
- 「うん、そうだね。辻がしゃべっちゃったら、カオリの死は無駄になっちゃうから
ね。」
辻が元に戻ったときに、ごっちんやカオリの死に関する記憶を置いてきてくれれば
いい。ごっちんには申し訳ないけれども、モーニング娘。という仲間たちの、楽し
い記憶だけが戻ってきてくれればいい。わたしは、そんな風に考えていた。
「わたしは、あの刑事さん達も真相に気付いていたんじゃないかと思っています。
綿密に調べれば、辻さんに殺鼠剤を入れるチャンスがあったことも分かるでしょう
し、加護さんに質問すれば、辻さんが飯田さんに呼び出されて部屋を出ていったこ
とも分かるでしょう。ただ、刑事さん達も飯田さんの遺書を呼んで、自分の死で事
件を終わらせたいという飯田さんの気持ちを感じたんだと思います。それで、あえ
て真相を究明せずに、事件を終わらせることを選んでくれた。」
- 134 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時39分46秒
- 紺野は、ほっとため息をついた。
「これで、わたしの妄想話は終わりです。わたしの話には、何の証拠もありません
し、もう誰にも話すつもりはありません。ただ、安倍さんには、聞いてもらいたい
と思ってました。」
わたしは、バッグからハンカチを出して涙を拭いた。
「ありがとう、紺野。なんか、胸のつかえがとれたような気がするよ。紺野の話を
聞いて良かったよ。」
「そう言って頂けると、嬉しいです。」
紺野は、顔を上げて言った。
- 135 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時40分21秒
- 「こんなことを言うのは大袈裟だと思われるかもしれません。でも、短い間でした
けれど、わたしはモーニング娘。の仲間になれて、本当に幸せでした。わたしにと
って、一生誇りにできることだと思っています。」
「ちっとも、大袈裟じゃないよ。わたしだって、モーニングにいたことは、これか
らの支えになると思っているし、それにカオリっていう素晴らしい友達がいたこと
も、一生の宝物だよ。」
わたし達は、顔を見合わせて少しだけ微笑んだ。紺野の笑顔は、心の底から涌き出
たような、暖かく、柔らかな笑顔だった。
- 136 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時41分07秒
- 紺野とは、札幌駅で別れた。握手をして、そのうち絶対に会いに行くからね、と言
って背を向けた。何回も振り返ったが、紺野はじっと立ってわたしを見送っていて
くれた。
室蘭の実家へ帰る前に、わたしには寄るところがあった。
わたしは、タクシーに乗って、札幌郊外にあるカオリのお墓に向かった。そこは、
一面のラベンダー畑を見下ろす、小高い丘の上にある霊園だった。
タクシーに待ってもらって、入口でお花とお線香を買って、霊園に入っていった。
東京では随分蒸し暑くなっていたが、北海道の風は爽やかで、ノースリーブの腕が
少し涼しいくらいだった。
- 137 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月03日(金)10時42分19秒
- カオリのお墓は、少し奥の方の丘の端にあった。わたしは、まだ新しい卒塔婆が立
っているお墓の前にお花とお線香を立ててから、しゃがみこんで、しばらく目をつ
ぶって手を合わせていた。
目をあけて立ち上がると、丘の麓にまるで空がおりてきたように、真っ青なラベン
ダーの花畑が広がっていた。ラベンダー畑を渡って吹いてきた風が、わたしの髪を
そよがせて通り過ぎていった。カオリの愛した北の大地を吹き渡る、透明な風だっ
た。
(カオリ、なっちも帰ってきたよ。もう北海道を離れないよ。カオリが寂しくなら
ないように、ちょくちょく遊びに来るからね。)
わたしは、心の中でカオリに呼びかけた。
風と一緒に、カオリの唄声が聞こえてきたような気がした。風の中を、13人の娘
たちが明るく笑いながら駆けてゆく姿を見ながら、わたしはいつまでも丘の上に佇
んでいた。
了
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月03日(金)22時12分46秒
- とてもなんかジーンとくる?
話でした。圭織の優しさなどなど
凄くよかったです。
- 139 名前:カ 投稿日:2002年05月19日(日)15時15分16秒
- 面白かったです>作者
ひょっとして第2章あるの?
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月20日(月)22時51分49秒
- 読み応えありました。
第2章よみたいです。
- 141 名前:名無し読者α 投稿日:2002年05月21日(火)11時26分48秒
- 面白かったです。
感動をありがとう。
- 142 名前:黒モニ 投稿日:2002年05月25日(土)10時41分00秒
- 皆さん、ご感想ありがとうございます。読んで頂けて、うれしいです。
第2章は、ありません。タイトルに間違えてつけてしまったというだけです。
その内にまた、娘。主演の本格推理を書きたいと思っています。漠然と考えている
のは、「娘。になれなかった娘」の話。いつになるか分かりませんが、書き上げた
時には、またご愛読下さい。
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