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水魚なふたり

1 名前:魚心 投稿日:2002年05月01日(水)20時35分18秒
 はじめまして。
軽めのいしよし書かせて下さい。
お口に合う方がいらっしゃいましたら、しばしお付き合い頂ければ幸いです。
宜しくお願いします。
2 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時36分28秒
 ドゥワッドゥー!
奇声と共に一斉に紙を引っ繰り返す。
「52!」
「48!」
「…」
あたしの数字を確認した亜衣と希美がにやりと笑う。
「あら?」
「あらあら?」
厭味な奴らだ。
「どうしたのかしら、ねぇ奥さん」
「本当にねぇ、吉澤さんが、26点なんて、ねぇ」
ここで悔しい顔を見せるのもシャクに触る。
ヤマが外れたとか、隣の奴の貧乏揺すりが気になって集中できなかったとか、言い訳したいことは色々あるけど。
「またかよー。勉強してなかったから仕方ないけどさー」
本当は前日に気合入れて三時間ほど見直ししたけど、せめてもの強がり。
「それで、何すればいいの」
まだにやけてる二人に苦笑いを返しながら訊ねる。
3 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時37分51秒
 やるしかない。
負けは負け。
罰ゲームは罰ゲーム。
月に一度、定例で行われる古文のテスト。
五段とか上二段とか、動詞の活用をひたすら解くだけのテスト。
だけどあたしはこれが苦手。
序盤は調子良くいくんだけど、解いていくうちに段々思考が麻痺していって、しまいには頭の中が、れるれるられーるれろれろ状態になってしまう。
こんなのを50問ぶっ続けて解かせる方もどうかと思う。
ま、もう高2だし、先生達が焦るのも無理ないけど。
進学率上げなきゃ私立は生き残りが厳しい時代だもんね。

「どうします?奥さん」と、亜衣がわざとらしく人差指を顎にあてる。
「そうねぇ、どうせならパッと、ねぇ」調子を合わせる希美。
余裕を装いながらもあたしはハラハラする。
最初は可愛らしく、アイスクリームを奢る、とかジュースを買ってくるとかだったのに。
近頃は欽ちゃん走りで校庭3周とか、昼休みに体育館のステージで「乾杯」熱唱とか。
罰ゲームはエスカレートする一方だったから。
「例の、あれ、いっちゃう?」
「ちょっとやばくない?」
「大丈夫、よっすぃなら」
暗号じみた二人の会話に益々不安が募る。
4 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時39分21秒
「それじゃ、発表します」
「発表しちゃうわけです」
前置きはいいからとっとと言ってくれ。
「ズバリ、ドン・ファンよっすぃ、乙女の唇をキャッチせよ!」
「オーイェス!アイデア勝負!」
は?
何それ。
簡潔な割に要点が掴めないあたしをそっちのけに、二人は小芝居を始めている。
「ずっと言えなかったけど……好き…」
「俺だって…」
「…ああ、貴方に熱い接吻を」
希美が大仰に唇を突き出してみせる。
ってか、何であたしの一人称が「俺」になるかな。
まだ漠然としてるけど、凄く嫌な予感だけはする。
「だから、誰か女の子たぶらかしてキスまでもっていけば罰ゲーム完了」
「よっすぃなら簡単でしょ」
5 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時40分43秒
 漸く事態が飲みこめたあたしは慌てて反論する。
「ちょっと待ってよ。それはまずいって」
「何で?」
「だって、キスしなきゃいけないんでしょ。好きでもない子と」
「いや?」
「いやに決まってんじゃん」
「それじゃ、キス寸前で勘弁してあげる。ね、のの」
「うん。大サービス」
ありがと、って違うから。
「よっすぃもてるし、のの達も見守ってるから」
心強い、って違うから。
いくら罰ゲームったって、悪乗りしすぎじゃない?
「せめて30点越えてたらもっと軽い罰の筈やったんだけどねぇ」
「弛んでるよっすぃにお仕置き、ってことで」
大人が「勉強するのは自分の為」と喚く理由がわかった。
余計な禍を招かない為、ってことだったのね。
吉澤、ひとつ大人の階段をのぼりました。
6 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時41分52秒
「で、誰にする」
「んー、よっすぃラブの人じゃおもしろくないし」
あれ?もしかして、人選も任せてもらえないわけですか。
「柴ちゃんとか」
ぼそっと提案してみる。同じクラスの柴ちゃんなら、可愛いし最近仲良いしキス寸前までいっても平気な気がする。
亜衣の目が光る。やばい。
「却下」
「何でっ」
「柴田さんはよっすぃ気に入ってるっぽいやん。罰ゲームの意味ない」
元々この罰ゲーム自体に意味がない気がするけど。
希美の目が光る。更にやばい。
「それならぁ、石川さん、とか」
「えーっ」
「…嫌なんだ?」
「…うん」
二人の目が爛々と光り輝く。
「決定致しました」
7 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時43分08秒
…最悪。
石川さんかぁ。もう二学期になるけど、話したことない。
あたしはクラスの中心になって騒ぐタイプだし。騒いでるのは亜衣と希美だけど。
石川さんは大人しいというか存在感が薄いというか。
生真面目できちんとしていて靴下は白オンリーで生徒手帳を常に身に着けていて。
最後の二つは想像だけど、とにかくあたしが最も苦手とするタイプだ。
「期限は来月の罰ゲームまで。もし達成出来なかったら、その時はひどい事になります」
「ひどい事って?」
「それは内緒」
まだ考えつかないだけでしょ。
でも、亜衣が宣言したからには恐らくひどい事になるに違いない。
亜衣も希美も遊びとか悪戯にかけては博士級だから。
だからこそ二人とつるむのは面白いんだけど。
今回は悪ふざけが過ぎると思うけどねぇ。
8 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時44分14秒
「あの…」
扉の前から心細そうな声が聞こえた。
ああ、そうだった。
忘れてたわけじゃないけど、いや、忘れてた。
「それじゃ、うちらは帰るから」「じゃーね」
心得た亜衣と希美が鞄を振り回して去っていく。

二人の姿が完全に消えたのを確認して、女の子が窓際まで寄ってくる。
「すみません。呼び出しちゃって」
「別に、構わないけど」
言いたいことは何となくわかってるし。
「突然なんですけど、吉澤さん付き合ってる人とかいるんですか」
「いや、今は、特に」
女の子はあからさまにホッとした顔をする。
「それじゃ、好きな人とか、いるんですか」
「…いない、かな」
女子高でどうやって好きな人見つけろっていうの。
「あの、ずっと格好いいなとか思ってて、すごい、体育とかでも格好良くて」
9 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時45分23秒
あたしは気付かれないように唇の間からそっと溜息を吐き出す。
女子高だったらどの学年にも一人、あたしみたいな役回りが必要なんだよね。
背が高くて顔がそこそこ良くて運動神経が良くてさっぱりしていて。
男の子みたいな、女の子が。
男の子の代りをしてくれる人間が。
もてていいね、って友達は言うけど、そんなにいいもんじゃない。
体育じゃなくても何処からでも視線を感じる生活。
うっかり踏んづけちゃったガムみたいに、粘っこい視線。
彼女達が期待してるのは「男っぽい」あたし。
最初は単純に人気あるのが楽しかったし、いい気分になってたけど。
10 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時47分08秒
「駄目ですか?」
しまった。ぼんやりしていたら肝心な所を聞き逃した。
「えーと、なんというか…」
姉さん、ピンチです。
いないけど、姉さんなんか。
付き合って下さい、だったら断らないとやばいし、お友達になって下さい、だったらやんわりと濁しておくのが一番だし。
「軽くでいいんです…」
軽くお付き合い?軽くお友達?
今回は、ドッチ?
11 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時49分12秒
「あの、握手…」
「えっ。ああ、握手ね握手、しましょうっ、握手」
声が上ずってしまった。なんだ、握手か。
女の子がおずおずと差し出す手を、あたしは握り締める。
中途半端だと照れちゃうから、力を篭めて。
「嬉しいっ。この手は当分洗いませんからっ」
いや、洗ってよ。頼むから。
女の子は満面の笑みで頭を下げると小走りでフェイドアウトしてしまった。
あたしはわざわざ握手する為に呼び出されたのか。
それも、どうよ。
12 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時50分14秒
 ともかく、石川さんに近付かなければ。
シャーペンを回しながらあたしは考えこむ。
昨日の今日でまだうまい手は思いつかないけれど。
あたしの席は廊下寄りの真ん中らへん。
石川さんは教卓のど真ん前。
黒板を見る振りをして石川さんを観察するのは容易い。
13 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時51分15秒
それにしても、真面目。よっすぃ感心感心。
もう三限目だっていうのにきっちり先生の話聞いて、ノート取って。
学生たるものこうでなくちゃね。
それにしても、細いね。細いというか、薄いね。
肩に流れる髪が俯く度にさらりと落ちたりして。
それをさりげなくかきあげる指がまた繊細で。
鼻筋もすっと通っていて、何だろう、体の全部が面じゃなくて細い線で出来てるって感じ。
ついでに血管とかも細そうだけどね。
14 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時53分47秒
 石川さんについて知っている事は少ない。
確かテニス部で、えーと、テニス部で、それから、テニス部なわけだよ。
つまりテニス部なんだよ。
とにかく殆ど話したこと無いんだから仕方ない。
 つん、と背中を突つかれた。
「これ、亜依ちゃんから」
遥々教室を半周して亜依からメモが届く。
『GO』
それだけかい。

わかってます。わかってますがな。
吉澤さん頑張って考えてますがな。
おや?裏にも何か書いてある。
『石川さんはテニス部』
…それだけかい。というか亜依もそれしか知らないんだな。
15 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時55分00秒
「あの、さ」
四限目が終わった所で、遂にあたしは行動に出た。
いつまでも眺めてたって物事は先に進まない。
話しかけられた本人、石川さんはきょとんとしている。
ちゃんと話題は考えてある。

「さっきの英語、全部ノート取ってた?」
「…うん」
返事は予想通り。英語Uの先生は黒板に書くのが速くて消すのも速い。
ちょっと油断していると即消去されてちょっとしたパニックに陥るのだ。
「あたし、全部取れなかったんだよね。後でノート借りてもいい?」
我ながらナーイス。理由としておかしくないでしょ。
ノート借りて返して、最低2回は話せるよ。
16 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時55分46秒
「いい…けど、字が汚いから読み難いし」
もしかして貸したくないわけ?
そうならはっきり言えばいいのに。
「だめ?」
あ、ちょっときつかったかな。
睨むまでいかなくても、見据えるって感じになっちゃった。
「…いえ」
やっぱり。
引いちゃったよびびっちゃったよ敬語になってるよ。
17 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月01日(水)20時56分47秒
「直ぐ返すから、お願い。何か奢るし。何がいい?」
「あ、全然気にしないで下さい」
石川さんはあたしの目を見ようとしない。
これ以上押しても怯えさせるだけだろうから、ここは撤収。
「ありがと。まじで助かる」
精一杯の笑顔でノートを受け取る。
あー、暗いな、暗いよ。
とてもじゃないけど友達になれそうなタイプじゃないよ、やっぱ。
それにしても凄い。何がって、ノートが。
ちゃんとライン引いて単語と原文が分けてあって。
原文の下に細かい字で訳が書きこんであって。
こりゃラッキーだ。写すといわずに、コンビニで全部コピーさせてもらおう。
18 名前:魚心 投稿日:2002年05月01日(水)20時57分53秒
 初回は以上です。
やってしまった。いきなり。
途中まで「亜依」が「亜衣」になってます。
すみません…。
19 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月01日(水)21時10分32秒
こういう文体大好っきですよ
期待さしていただきます!
20 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月02日(木)12時41分37秒
二人がどう接近してくのか楽しみです(w
続き期待してます!!
21 名前:魚心 投稿日:2002年05月02日(木)17時32分18秒
「ノートなら私が貸してあげたのに」
見上げると、柴ちゃんが軽く睨むようにして立っていた。
そうだ。柴ちゃんは可愛い上に頭もいいんだった。
「いやー、毎回じゃ悪いかと思ってさ」
「でも珍しいじゃない。梨華ちゃんに頼むなんて」
そうだっ。
あたしはやっと、石川さんの下の名前を思い出した。
梨華だ。そうだそうだ。でかした柴田。
ほんと、名前まで女の子らしいよなぁ。
「柴ちゃん、石川さんと仲いいの?」
「うーん、凄くって程でもないけど、話すことは話すよ」
「へぇ、意外」
「そう?石川さんって打ち解ければ結構面白いよ。よく喋るし笑うし」
そのどちらも今まで見たことないんですけど。
22 名前:魚心 投稿日:2002年05月02日(木)17時33分11秒
「確かに、女の子らしいよね」
ここはひとつ、無難な答えを返しておく。
おりょ。柴ちゃんの目が微かに光った。
この光は何処かで見た事があるようなないような。
確か、ものすごく身近で、最近。
「興味ある?」
唐突に柴ちゃんが訊いてきた。
「はぁ?なんで?」
「だってクールなよっすぃが他の人に興味示すなんてさ」
「あたし全然クールじゃないじゃん。うるさいし、騒ぐしさ」
「そうだけど、騒いでてもうるさくても何かこう、クールなんだよねよっすぃは」
クールであって欲しいだけなんじゃないの。
とは、いくら柴ちゃん相手でも言わなかった。
23 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時33分55秒
あたしは別にクールじゃない。
ただ、少し面倒臭がりではある。
友情ごっこみたいなのは特に苦手。
何でもあたしに相談してね、みたいなさ。
だから亜依と希美との「楽しければ何でもあり」って関係は心地良い。
24 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時34分44秒
 あれ、待てよ。
キス寸前はいいとして、どうやってそれを二人に証明するんだ。
まさか二人の前でやれってんじゃないだろうし。
つまり、ここは石川さんに協力を依頼して、いっそのことキスした事にすればいいんじゃないの。
かなり頼み難いけどさ。
「甘いな、よっすぃは」
「うわっ」
「甘いね、よっすぃは」
どこから湧いてきたんだこいつら。
「それはうちらも気付いたで。そこでだ」
「来月の今日の放課後、この教室で決行してもらいやす」
日時指定かよ。宅配便並みだな。
「あ、それじゃうちらちょっくら突入してくるんで。のの、行くで」
「おうとも!」
「あ、今日はあたしも」
パン食なんだけど…という言葉は一目散に駆け出した二人には届かない。
大体、希美は弁当持ってるだろう。
25 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時35分48秒
 購買はいつもながらすごい混雑。
押し合いへし合い、セールさながら。
小柄な亜依と希美は潜りこめるけど、あたしはちょっと無理。
見てるだけでお腹がいっぱいになりそうな光景だ。
あ、あれ石川さんじゃん。
可哀相に。弾かれて全然近付けないでいるよ。
っていうか、あたしのせいじゃない?
授業が終わった後にあたしが引き止めちゃったから出遅れたんだよね。
「何買うの」
近寄って話しかけると、石川さんは「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
ひっ、て。背は高いけど化け物じゃないんだからさ。
「あの、パンを、パンを」
「だから、種類は」
「いえ、何でも」
「あ、そ」
26 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時36分21秒
 よし。吉澤ひとみ、行って参ります。
通路を塞いでいる一年生に向かって、にっこり。
「ごめんね、通してくれる?」
ぱっかりと道は開けた。
なんか本当にジゴロっぽくて嫌だなぁ。

 まさか皆にこの手が通じるわけがない。
押されながらもどうにかパンコーナーへ到達。
人の頭上から手を伸ばして適当にチョイス。
お金を払ってえっちらおっちら元来た道を戻る。
石川さんは隅っこで相変らずおろおろとしている。
27 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時36分58秒
「ノートのお礼」
自分の分を2つ抜き取ると、袋ごと石川さんに渡す。
「あ、こんなに、いいです。お金払います」
確かに石川さんが一人で5個もパンを食べるとは思えない。
好みが分からないからうっかり買いすぎてしまった。
「いいから、部活帰りにでも食べなよ」
「…すみません」
「なんで謝るの」
「…」
しまった。どうも口調がぶっきらぼうでいけない。
これじゃ責めてるみたいだ。
「じゃね、ノートは明日返すからね」
石川さんは立ち尽くしたまま。
あー、やっぱり苦手だ。
さくっと「有り難う!」って言えないものかね。
28 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時37分49秒
 これでは、いかん。
女吉澤、腕組みをしてグラウンドを眺める。
まだ期日まで日があるというものの、そうのんびりもしていられない。
あれから二日、石川さんとは喋っていない。
ノートを返す時に「有り難う」「ううん」と素っ気無く言葉を交わしただけだ。
あたしが近付くだけで警戒してるみたいで、にっちもさっちも。
完全に恐がらせてしまったらしい。

 グラウンドのあちこちから掛け声が響く。
陸上部、ハンドボール部、それから、テニス部。
テニス部には可愛い子が多い、というありがちな定説はうちも同じ。
学校内でも目立つ可愛い子が揃っている。
だから何だってわけでもないけど。
29 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時38分38秒
 中学の頃はバレーボールをやっていた。
当たり前みたいに高校でもバレー部に入ったけど、余りの先輩後輩の厳しさと雰囲気の悪さに嫌気がさして三ヶ月で辞めてしまった。
上下関係が厳しくても強いならいいけど、肝心の練習はいい加減。
顧問もやる気ゼロだし、お揃いのジャージとか見かけばっかり気にしてさ。
真剣に練習やろうとしても、馬鹿にされるだけ。
でも体を動かすのは大好きだから、少しだけ寂しいのも本当。
たまにだけど、黒ずんだネット特有の匂いが鼻先を掠めていく。
家に帰ってもやることないから放課後もこうしてぼんやりしてる事も多い。
30 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時39分16秒
 あれ。もしかして、あそこにいるの石川さん?
なにあれ。めっちゃくちゃ楽しそうじゃん。
教室とは全然違う。うそ。笑い転げてるよ。
うわ。引っくり返って笑ってるよ。
ま、ジャージだから大股広げたってOKだけど。
ふぅん。髪をひとつに纏めると凛々しく見えるな。
なんか…綺麗だよね、顔。
普段は俯いてるし、余り気にしなかったけど。
派手じゃない。でもすっきりと整ってる。
へぇ。ちょっとした発見だね。
31 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時39分50秒
 でも、翌日教室で見る石川さんは又いつもの通りで。
暗いというか地味というか。
笑ってた方が断然可愛いのに。
「石川さんって、損してるよね」
休み時間だってのにまだノートを広げている石川さんの隣に腰をおろす。
驚いて顔を上げた石川さんとばっちり目が合う。
うん、おどおどしてなければ可愛い。
「ねぇ、どうして教室じゃつまんないって顔してんの」
「どうしてって…」
「部活だとさ、笑っててすごい可愛いのに」
32 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時40分38秒
石川さんの頬が引き攣った。
なになになに。そんな気を悪くするようなこと言ってないっしょ。
「いや、昨日たまたま見かけて」
思わず言い訳しちゃったじゃん。
案の定俯いた石川さんの顔を覗きこむ。
「…この顔は、生まれつきだもん。つまんなさそうな顔でごめんね」
石川さんがぼそっと呟く。声が固い。
なんで。寧ろ、あたし誉めたよね?
「もしかして、怒ってる?」
ぶんぶん頭を振る。この勢いは怒ってるだろ確実に。
「いや、なんか、ごめんね」
女吉澤、又もや撤収。
33 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月02日(木)17時41分12秒
 なぜにこうもうまくいかないわけ。
普通に友達になるくらいわけないのに。
調子狂う。
だけど、この燃えたぎるものは何。
そう、これは、闘志。
父さん母さん、感謝してます。
ひとみは今、静かに燃えてます。
34 名前:魚心 投稿日:2002年05月02日(木)17時45分21秒
 更新しました。

 >19 名無し読者様
   ありがとうごぜぇやす。御期待に応えられるようおずおずと頑張りやす。

 >20 名無し読者様
   接近したようなしてないような。「結果より過程」を目標に頑張ろうかと。
   読んで頂けて嬉しいです。
35 名前:夜叉 投稿日:2002年05月02日(木)19時51分01秒
罰ゲームからこうなってしまったという不本意なところが、これからどんな風に変わっていくのか、楽しみです。
頑張れ、吉。頑張ってください、作者様。
36 名前:理科。 投稿日:2002年05月02日(木)21時16分50秒
初めまして。何かいいですね…。
私も夜叉さんと同じく、どんな風に変わって行くのか
凄く楽しみです。がんがってください。
37 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時14分06秒
 真面目な石川さんはお掃除もきっちりこなす。
床を四隅までぴしっと掃いて、廊下も掃いて。
ついでに両隣の廊下まで掃いて。
他の子がさぼっていい加減やってても嫌な顔をせず。
本心はどうだか知らないけど。
きっと近所でも評判のいいお嬢さんだろうね。
でも、ずっと隣に居られたらちょっと息が詰まるかも。
おっと、ゴミ捨てまでいくんですか。
さぼってた奴らにやらせりゃいいのに。
石川さんがそんな事言えるわけないか。
38 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時14分59秒
 あたしはそっと石川さんを追っかけた。
腰のあたりまである大きなゴミ箱を両手で抱えている。
ここで「重いでしょ」とか何とか言っちゃって、さりげなくゴミ箱を持ってあげればいいんだろうけど。
どうにもタイミングが掴めないし、少女漫画みたいで恥ずかしい。
うーん、尾けられるのはたまにあるけど尾けるのは初体験。
ドキドキするねこりゃこりゃ。

 校舎の裏手にあるゴミ捨て場に燃えないゴミを放りこんで。
傍の焼却炉にゴミ箱を逆様にして流し入れて。
あれ?
何やってるんだ。
喋ってる?焼却炉に向かって?
39 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時15分31秒
あたしは校舎の陰から様子を窺う。
「…カ。ふざけんじゃねぇよ……だろ」
アラアラ?
間違えて他の人についてきちゃった、ってことないよね?
確かにあれは石川さんだよね?
それにしてはなんか、柄の悪いような。
ふざけんじゃねぇとか何とか聞こえたような。

「あーっ、もうっ」
段々声が高くなっていってる。
おまけに、じたばたしてるよ。
あれが、地団駄を踏む、ってことなんだね。
文字では知ってても実生活で見たのは初めてだ。
そうだよね、石川さんだって人間だもんね。
あんなにいい子に生きてたらストレスも溜まるよ。
焼却炉相手に発散してる所がしょぼいけど。
40 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時16分23秒
勢いのついてきた石川さんが焼却炉を蹴っ飛ばした。
ゴイーンと何とも渋い音がする。
「もうっ、もうっ、吉澤めっ、とうっ」

 なんですと?
ヨシザワ?
これはまた、奇遇だこと。
41 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時18分00秒
あたしは一歩、また一歩と石川さんの背後に忍び寄る。
そして、真後ろにぴたりとつけて。
「ほほぅ」
石川さんの肩が、びくりと跳ねる。
振り向けないように、襟元を掴む。
「なるほどねぇ。いやぁ、知らなかったなぁ」
石川さんは前方を向いて硬直したままだ。
「重そうだったから持ってあげようと思って来てみたら、そういうことねぇ」
半分嘘だけど。
「いやぁ、石川さんの本音が聞けて、あたし嬉しいなぁ」
42 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時19分02秒
 そりゃね、悪口の張本人が背後にいたらね、誰だって言葉なくすわ。
石川さんのは悪口ってほどではないけど、鉄の塊を蹴っ飛ばすくらいだからねぇ。
しかもあたし、何もしてないじゃん。
パンだって5個も奢ったじゃん。
可愛いね、って言っただけじゃん。

「勿論、石川さんは理由を教えてくれるよね」
元からアルトな声を更に押し殺して囁く。
あ、やっぱり石川さんの肩は華奢だな。
こんな薄い肩でラケット振りまわせるのかね。

 好奇心を抑えきれなくなって、横顔を盗み見る。
完全に、フリーズですよ。
ぽかっと口も開いちゃって。
ゴミ箱の縁をきつく握り締めたままで。
面白い。オモシロ過ぎる。
43 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時20分04秒
あんまりからかって再起動できなくなっても困る。
取り敢えず、石川さんの手からゴミ箱を引っぺがす。
「それじゃ、お先に」
地蔵化している石川さんに声をかけてその場を離れる。
一体どんな顔して教室に帰ってくるやら。
鞄が置いてあるから戻ってこないと部活に行けないはず。
思わず鼻歌漏れちゃいます。
44 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時20分55秒
 ところが。
戻ってきやがらないよいつまで経っても。
席には通学鞄と着替えが入っているらしき布製の袋があるのに。
テニス部の練習はとっくに始まっているのに。
脅かしすぎちゃったかな。
まだ焼却炉の辺りをうろうろしてるのかな。
まさか、ね。もう高校2年生よあたし達。

 そのまさかに賭けてもう一度焼却炉へ向かう。
いない。流石に地蔵の呪縛は解けたようだ。
次はテニスコート。
いいね、テニス部は。全体的に声のトーンが高いもの。
若々しいっ。は、いいんだけど、やっぱり石川さんの姿は見えない。
あ、あの子この前握手した子じゃん。
ちゃんと手を洗っただろうね、あれから。
「ねぇ、石川さんはまだ来てないの」
フェンス越しにテニス部員に訊いてみる。
「石川先輩ならさっき来ましたよ」
「え、何処にいんの」
「それが、急用できたからって走って帰っちゃいましたけど…」
45 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月03日(金)00時21分54秒
 おいおいおい。
帰っちゃったってよ、おい。
鞄持たずに。
「なんか、すごく急いでたみたいですけど」
手ぶらで。
「しかも、すごく怯えてきょろきょろしてましたけど」
「…家って、近い?」
「いえ、電車通学だったと思いますけど。二駅だったかな」
「そう、ありがとう」

 急いで教室に戻る。
鞄は…あるじゃん。
もしかして、二駅分歩いてんのかな今頃。
…歩いてるんだろうなぁ、石川さんなら。

 悪いとは思うけど、非常事態だからね。
「失礼しまーす」
後ろめたい気分で鞄のサイドポケットを探る。
とほほ。
財布と定期しっかり入ってるよ。
明日の朝までこれ、このままかいな。
どうすんの、石川さん。どうすんの、あたし。
46 名前:魚心 投稿日:2002年05月03日(金)00時29分18秒
 更新です。何だか状況がちっとも先に進まない。
 どうすんの、自分。

 >35 夜叉様
  わー、夜叉様だ。お初でございます。感想頂けて嬉しいです。
  そうなんです。不本意ながら…ってパターンが書きたかったんです。

 >36 理科。様
  わー理科。様だ。有り難うございます。すごく励みになります。
  まだ石川さんの影が薄くて…。
  もう少し先に行けば二人の絡みも多くなるかと…。
  
47 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月03日(金)10時04分28秒
先が気になる展開ですなあ
石川さんの行方と本性が気になる(w
48 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月03日(金)11時02分59秒
今日一気に読みました。面白いですね。(笑
梨華ちゃんの本性…。気になる…。
続き楽しみにしています。
49 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月03日(金)14時14分55秒
同じく一気読みしちゃいました。
そっこうはまっちゃいました。二面性の石川さんの今後は…
50 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時44分22秒
あたしが脅した + あたしは暇 = 届けろ
計算完了。

 うげえっ。
重いっ。なにこの鞄、持ち上がらないよ。
一体何が入ってたらこんなに重量感アップするんだ。
もしかして、切断された死体とか?あたしへの怨念とか?
ちょっとくらい、見てもいいよね。
鞄の中で石川さんが機織りしてて「見てしまいましたね」って悲しそうに呟くとかないよね。

ぎゃっ。
それはある意味、石川鶴より恐ろしい光景。
全教科の教科書とノートと辞書がびっしりと。
置いていけよっ!
51 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時45分14秒
 テニス部員に石川さんの住所を聞き、世にも恐ろしい鞄と袋を背負ってよろよろと学校を出る。
しかもうちとは反対方向。
でも、ちょっとした冒険気分だな。
知らない町で下りて誰かを探すなんてさ。
…例えそれが余り仲良くないネガティブなお地蔵さんでも。
駅から十五分も歩いていない筈なのに、そして季節は秋なのに、あたしは汗だく。
この鞄、時間と共に重くなってない?

石川さんの家は割と直ぐに見つかった。
ごく普通の一戸建てなのに、妙に地味に見えるのはなぜ。
どうしようかな。
鞄だけ置いて帰るってのもまずいよね。
勇気を出してインターホンを押す。
「はーい」
石川さんじゃない。いや、石川さんには違いないだろうけど。
お母さんだろうな。
「あの、石川梨華さんと同じクラスの吉澤といいますけど、忘れ物を届けに」
「あらっ。わざわざすみません。あの子ったらもう、そそっかしくてねぇ、本当に」
お母様、インターホンでお喋りするのは止めませんか。
電話じゃないんだから。
52 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時45分54秒
 手持ち無沙汰な時間が過ぎる。門に凭れかかって石川さんを待つ。
遅いな石川さん。裏口から逃げ出してるとか?
ああ、もう腕がそろそろ限界。でも地面に下ろしたら悪いし。
玄関のドアが薄く開いた、と思ったら閉じた。
なに?

「いしかわさぁん。いしかわりかさーん。まーだー」
意を決して大声で呼ぶ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ」
慌てふためいて石川さんが飛び出してくる。
やっぱりドアの後ろに張り付いていたらしい。
しかもまだ制服。そうだよね。歩いて帰ってきたんだもんね。
「ご近所に迷惑だから…」
荷物届けてあげた人物に対する第一声がそれかい。
「これ、忘れてたみたいだけど?」
石川さんの鞄を顎で示す。意地悪だけど、これくらいは駄賃ですよ。
「部活休んで暇でしょ。ちょっと出れない?」
53 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時46分44秒
どこという当てもなく二人で歩く。
半歩遅れてついてくる石川さん。
ちょっと、ここはあんたの住んでる町でしょう。
あたしに先導させてどうするんだ。
公園はちびっこで盛況だし。気軽に寄れるような喫茶店もないし。

 あたしは半歩分、石川さんを待って話しかける。
「あのさ、あたし、なんか悪いことしたかな」
応答なし。
「あたし無神経だからさ、なんか誤解を与えちゃったのかなと思って」
応答ナシ。
「そういうの言ってもらわなきゃわかんないし」
また応答なしかと思いきや、石川さんの顔がふるふるっと揺れた。
「…違うんです」
「なにが」
「…吉澤さん、からかってるでしょう?」
え?はぁ、まぁ。否定は出来ないけど。
54 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時47分32秒
「テニス部で、吉澤さん人気あるんです。だって、かっこいいしお洒落だし話面白いし背が高いし綺麗だしスマートで色白いし頭はともかく運動神経いいし皆に好かれてるし」
息継ぎしてる?
ラップでも聴いてるみたいだな。
途中に余計なフレーズ入ってるけど。
「人見知りしないしお茶目だし髪きれいだしスタイルいいしジャージ似合うしきっとジーンズも似合うんだろうしスコートも私より似合うかもしれないし」
想像というより妄想の世界に入ってきたよ。
黙らせる為には、これしかない。
55 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時48分26秒
あたしは彼女の口を手で塞いだ。
「んがぐぐっ」
ははっ。実写版サザエさんだ。

 石川さんの息があたしの手にもろにかかる。
そして微かに湿った唇。

 どひゃっ。
なんか、今、すごく意識してしまった。
食べるとか言葉を発する器官としてではなく。
他の使用法に用いる唇として。
…生々しい。
56 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時49分07秒
観念したように石川さんが肩を落とす。
「だから、恐いんです」
お嬢さん、その接続詞おかしいよね?

「殆どの人は単純にかっこいいよねって騒いでるだけなんですけど、何人か本気の人もいるんです。吉澤さんに手を出したら承知しないからねって。話しているのを見られただけで、何話してたのってしつこく訊かれるんです。睨まれるんです」
なんとなーくだけど、そのうちの一人は分かった気がする。
「でもさ、そんなの勝手に言ってるだけでしょ。無視しときゃいいじゃん」
「団体生活ですからそういうわけにもいきません」
「つまり、嫌われたくないんだ」
「いけませんか」
石川さんが真直ぐにあたしの目を見てきっぱりと言い放った。
「皆とうまくやっていきたいって思うのは間違ってますか」
「…間違ってはないと思うけど、何も無理してまでさぁ」
「多少の無理をしても、うまくやっていく方が楽な人間もいるんですっ」
わかった、あたしが、悪かった。悪かったから。
それ以上高い声を出されると脳波が乱れそう。
57 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時50分00秒
「…あのさ、言い難いんだけど」
「なんですかっ」
「石川さんの住所分からなかったから、その、テニス部の人に訊いちゃったんだよね」
多分、握手の彼女はどうしてあたしが石川さんの荷物を持って石川さんの住所を訊ねたのかあれこれ考えているに違いない。

「もう、駄目です…。おしまいです…」
あれ、石川さん三秒ですっかりやつれちゃって。
「どうして先生に訊いてくれなかったんですか…。テニス好きだったのに。春の大会に向けて頑張ってたのに。もっと勉強したかった。もっと生きていたかっ…」
行きつく所までいっちゃってるよ。
究極のネガティブだね。
すごい生き物に出遭ってしまった。
58 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時51分15秒
「大した事じゃないでしょ。あたしからその子に言っとくし」
「だめっ。やめて下さいっ」
「なんでー」
「だって吉澤さん、事態を悪化させそうだから」
…ネガティブなくせに言うこた言うね。

「それじゃ、後から荷物届けてくれる筈だった友達にも予定が入って、たまたま居合わせて暇だったあたしが代りに届けたって事にしとけばいいじゃん」
「…そんな理由で納得してくれるでしょうか」
「…そういう事言うなら石川さんはもっといい考えがあるだろうね?」
石川さんが悔しそうに整った眉を顰める。
薄く射す西陽に透ける髪の毛は柔らかそうで。
なんとなく、ぐしゃぐしゃって掻き回したくなる。
59 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時51分54秒
唐突に石川さんがふっくらと笑った。
「吃驚しました」
「何が?」
「首を掴まれた時、心臓が止まるかと思いました」
「あたしも名前呼ばれて焼却炉に蹴り入った時は驚いたけど」
「頭の中真っ白になっちゃって、逃げて本当にごめんなさい」
さっき掌に触れた薄い唇が綺麗な婉曲を描いている。
あたしに向けられた初めての笑顔だ。
可愛いじゃん。可愛いじゃん!
あたし…どうして石川さんが地味だなんて思っていたんだろう?
60 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時52分58秒

ほんわかとした余韻は一日経っても冷めていない。
覚えてないけど、夢までほんわかしていたような。
わざと前の扉から教室に入って、教卓の前を通って。
「おはよう」
さりげなく石川さんに挨拶を落とす。
言葉は返って来ないけど、恥ずかしそうにうっすらと微笑んだのが分かる。
うん、いい感じ。

「奥様、おはようございます」
「今日もいいお天気ですこと」
きっぱりと、冷めました。
亜依も希美も毎度どこから湧いてくるんだ。
ほんとに地球人?ふさの付いた尻尾生えてない?
「見たで。な、のの」
「うん。見た」
「なんかいい感じやん」
そうなんだよね。これは罰ゲームなんだよね。
妙に浮かれちゃって忘れてたけど。
少し仲良くなったくらいで安心してちゃいけないんだ。
61 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時53分47秒
移動教室の隙を見計らって、あたしは石川さんの机にメモを入れておいた。
きっとこれを見たら困った顔をして俯くだろう。
でもね、容赦しないよ吉澤さんは。

 いつもなら退屈な放課後。
今日はもうにやついちゃってにやついちゃって。
あたしってこんなに悪趣味だったかな。 
亜依と希美に染まっちゃったのね。あたしってば、いけない女。
窓際の椅子に座って、腕と顔だけ窓枠に乗っけて。
しっかり見てるからね、石川さん。
62 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時54分37秒
ランニングを終えた石川さんがテニスコートに入る。
部員全員で円になってストレッチ。
声を揃えて素振り。
コートの両側から交互にサーブを打ち始める。
なかなか上手いじゃん。少なくとも思ったよりは。

石川さんの視線があたしを捉えた。
あたしは僅かに顎をしゃくる。
「やれ」
コートの石川さんはしょんぼりうな垂れる。
63 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月04日(土)02時55分48秒
そして自分の番を打ち終えた石川さんがコートを出る瞬間、
あたしの方に振り向きざま、両手を太腿の付け根にあてて。

コマネチ。

いやったぁー。
かっけーかっけーっ。
みなさーん、テニスコートでコマネチしてる女子高生ハッケーン。

 石川さんは何事も無かったようにボレーの練習に入る。
内心は色んなものが渦巻いて叫びたかったろうけど。

あたしは声を殺して腹を押えて笑いに笑った。
『練習中にコートの中でコマネチ1回。嫌なら、ばらす』 
メモは無事に石川さんの手に渡ったようだ。
いや、いいもの見せてもらいました。
ナムナム。
64 名前:魚心 投稿日:2002年05月04日(土)03時05分00秒
 更新しました。ストックが…。

 >47 名無し読者様
  あわあわ。ここの石川さん、そのまんましょぼいんです。
  御期待に添えなくて…。

 >48 よすこ大好き読者。様
  あわあわあわ。本性、ないんです。本当に。
  それでも続けて読んで頂ければ嬉しいです。レス励みになりますっ。

 >49 名無し読者様
  あわあわあわあわ。二面性も…なくって…。PCの前であたふた。
  見限らずに読んで頂ければ嬉しい限りです。
65 名前:理科。 投稿日:2002年05月04日(土)05時00分32秒
梨華ちゃんのコマネチ見た―――――――い!!
凄い面白い♪ちょっと、よっすぃ〜が黒すぎますが。。。
更新、マタ〜リがんがってください!
66 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月04日(土)09時13分37秒
いやぁ、おもしろいっす!
黒吉さん良いですねぇ・・・
石川さん・・コマネチとは(w
67 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月04日(土)16時24分29秒
梨華ちゃんのコマネチ!!
私仕事中に呼んでいるので、私も声を殺して腹を押えて笑いに笑った。(w
いや〜おもしろいですね。(笑
続き楽しみにしています。がんがってください。
68 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月04日(土)23時09分37秒
石川さんのネガっぷり、本領発揮ですな〜。
なぜかほっとするのは何故でしょう(笑
コマネチ…もういっちょお願いします。
69 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月04日(土)23時16分33秒
ちょっとへタレな梨華ちゃんがいいですね(w
続きめっちゃ期待してます!


70 名前:夜叉 投稿日:2002年05月05日(日)20時00分10秒
コ、コマネチ…(^^;;
歪んでるけど、やっと触れられたような感じですね、二人とも。
ヘタレいしかーさん、がんがれ。
71 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時03分55秒

「ちょっと、吉澤さん、いいですか?」
あたしはわざと、えっ?という顔を作ってみせる。
あれから2日、石川さんが話しかけたそうなオーラを送ってきても、そのチャンスを作ってあげなかった。
さりげなく、しかし確実に間隔をあけて、石川さんが例の焼却炉前へとあたしを誘導する。
確かに昼休みにここへ来る人はいないけど。

「やだなぁ石川さん。こんな思い出の場所で、なぁに?」
そんな、仁王立ちになっちゃって。
よっすぃ全然恐くないもーん。
「吉澤さん…楽しい?」
「…そう見える?」
「おらが春、って顔してます」
さっすが石川さん、言うことも文学的っ。
72 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時04分30秒
「…コマネチそんなに嫌だった?」
「嫌に決まってるじゃないっ」
「おっ」
「なにっ」
「敬語じゃなくなってる」
なんか少し嬉しいかも。
だけど反対に石川さんの顔は曇る。
まずい、それはまずい、なんてぶつぶつと独り言を。
「いいじゃん。同じクラスなんだし敬語使う方がおかしいんだよ」
「だって仲良いって思われたら困りますから」
体勢を立て直すのは素早いな。

それならばこちらも反撃開始。
「ねぇ、梨華ちゃん」
途端に石川さんが前後左右上下を確認する。
「あたしさ、正直言って、なんか興味あるんだよね梨華ちゃんに」
「キョッ、キョーミありません、私はありません」
「それじゃ何で顔赤くなってんの」
本当は別に赤くなってなかったけど、嘘じゃない。
「ええっ」
ほら、赤くなった。
73 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時05分06秒
「好きな人とかいるの」
「…いません」
「ふぅん。可愛いからもてそうだけどね、男の子に」
「全然、私なんか、駄目です」
出たな、後ろ向き大臣。
「ううん、絶対可愛いよ。あたしが男だったら放っておかない」
「……」
「ま、男じゃないから関係ないけどね」

押して、引く。
上げて、落とす。
あたし将来これで食っていけるんじゃないの。
74 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時06分01秒
「こういう事言うのもなんだけどさ、クラスで話せないのも敬語なのも、石川さんの一方的な都合だよね?どうしてあたしがそれに合わせなくちゃいけないわけ」
「…それは…」
「あたしは同じクラスの石川さんと仲良くなりたい。これ間違ってる?」
「…間違ってるとかじゃなくて、事情が許さないというか…」
「ほら、間違ってないよね」

気分がいい?
なんか違うな。
ただ、そう、ただ、あたしの言葉に石川さんが反応してるのが嬉しいだけ。
今まで周りにいないというか、敬遠していたタイプなんだけど。
驚く時の声は勿論「きゃっ」限定。
ベッドの上には縫いぐるみが並んでたりして。
縫いぐるみには全部名前が付いてたりして。
そのうちの一つは「ひとみ」と名付けられて、ある日焼却炉に放りこま…。
やめよう、おかしな想像は。
75 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時06分49秒
「まぁでも石川さんの事情とやらも分からないではないし」
「えっ、本当ですか」
あからさまにほっと体の力を抜く石川さん。
その油断が命取りという事をまだ理解してないらしい。
「仕方ないよね、学校が駄目なら外でデートするしかないよね」
石川さんの目が大きく見開かれる。
怒ったり驚いたり、忙しい人だ。

「あ、今、デートに反応したでしょ」
「シテマセンッ。デートなんて、からかわないで下さいっ」
「それじゃ学校でゆっくりお喋りする?」
「…」

吉澤ひとみ、好きな色は黒と白。
部屋も心もモノトーンで決めてます。
76 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時07分39秒

「仕方ないな。石川さんがそこまで言うなら、してもいいよ、デート」
「…何も言ってませんけど?」
「石川さんの心の叫びが聞こえたんだよね。あたし耳いいから」
「おまけに調子もいいですよね」
「…明るく楽しくがモットーでさ」
「性格だと思いますけど」
自分の負けを悟ったのか、石川さんは一転して淡々とあたしの急所を押えてくる。
敵は、できる。

「デート、どこ行きたい?」
遊園地、買い物、映画。あたしは何処でもいいけど。
デートじゃないですからね、とあたしに釘を刺しておいて石川さんが答えた場所は。
「人のいない所?」
あたしはまじまじと石川さんを見詰めた。
どういうこと?どういう意味?
77 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時08分11秒
「なんか、ぼーっとしたくて」
ああ、そうだよね。そういう意味だよね。
よっすぃ、おったまげちゃった。
でも若い婦女子に「人のいない所に行きたい…」なんて言われたら普通、ね。
やるこたひとつ、じゃなくて、考えることはひとつでしょ。
石川さんってば警戒心が薄いというか誤解を招き易いというか。
「そんなんでいいの?もっと若々しくさ、渋谷とか表参道とかさ」
「人込み苦手ですから」
遠慮してるわけでもなさそう。
「人のいない所」、了解しました。
78 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時09分05秒

「ほんとに大丈夫?」
「多分ね」
「捕まらない?」
「多分ね」

日曜日の昼間から石川さんを呼び出したあたしは学校の窓ガラスをよじ登っている。
休日でも部活動はあるから門は開いてるけど、流石に校舎は閉め切られている。
だけど、盲点はあるんだな。
前日に誰も立ち入らない1階の美術準備室の窓の鍵を開けておいた。
警備員もここまではチェックしないだろうという予測は当っていた。
問題は、窓の位置が高いこと。
仕方ないからあたしの手を踏み台にして石川さんに侵入してもらうことにする。
両手を組んで、躊躇う石川さんの足を無理やり乗っける。
柔らかい踵の感触がじわりと重みを増す。

見つかった時の言い訳として二人とも制服着用。
石川さんがあたしを踏み台にすると、あたしの頭が彼女の腰に密着する形になるわけで。
窓を開けてずるずると身体を持ち上げる石川さんの小麦色の脹脛もばっちりなわけで。
あたしはなぜか、視線を逸らす。
79 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時09分42秒
石川さんの体が完全に入った所で、あたしも窓に向かってジャンプ。
窓枠を掴んで自力でよじ登る。
そのまま室内に飛び下りた。
が、石川さんはまだ体勢を整えていなかったらしく。
勢いがついているあたしも石川さんを避けようがなく。
あたしは石川さんの体めがけて墜落していった。

映画だったらうまい具合に二人の顔が近付いてハッとして見詰め合う、なんて展開だろうね。
でも、あたしは綺麗に表現すれば石川さんの背中に抱きつくような格好になっていた。
ずばり言えばマウンティングの姿勢。
慌てて離れたけど石川さんは呻きながら潰れてしまった。
人間が勢いつけて落っこちてきたんだから当たり前。
侵入完了。傷病兵一名。
80 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時10分32秒
「すっごい静か…」
「誰もいないもん…」
見慣れた自分の教室は、信じられないくらいに静かだった。
どうせだから普段は出来ない事をやってみよう、と思うけどいざとなると何も思いつかない。
チョークを盗む年齢でもないし。
静寂に呑まれるようにして、あたし達は床に座りこむ。
「ごめんね、吉澤さん、退屈じゃない?」
申し訳なさそうに石川さんが訊く。
あたしは壁にあずけていた上半身を起こした。
「退屈と思うなら来てないよ。何でそんなこと訊くの」
「だって、我慢してたら悪いなって」
面倒だからその質問には答えない。
あたしが否定しても石川さんが次に考えるのは「吉澤さん、気を遣って退屈じゃないって言ってくれてるんだ…」ってところでしょ。
お。なんか、段々石川さんの思考が読み取れるようになったな。
81 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時11分11秒
身体が弛緩していく。
だるいわけじゃない。
筋肉だとか血管だとかが解放されていく感じ。
心なしか視界もぼやけてる。
「なんか、不思議」
「そうだね」
空気を通して石川さんの気持ちが伝わってくる。
先々週まではただのクラスメイトだったのにね。

何も考えてなかった。ただ、そうしてしまっただけだ。
理由なんてない。
自然に体が動いて、あたしは石川さんの肩に頭を乗せた。
石川さんが瞬間、びくりと揺れたけど気にしなかった。
あぁ、気持ちいい。ただそれだけ。
余り首を曲げなくてもいいように、少し体を傾けてくれるのがわかる。
極楽、極楽、とはこういう状況を指すんだな。
82 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時11分45秒
石川さんのクシャミで頭がずれて、意識が戻った。
うとうとして眠ってしまったらしい。
「あ、ごめんね」
優しい囁き声がふんわりと落ちてきた。
「…結構寝てた?」
「うーん、10分くらいかな」
嘘だ。15分もサバよんでる。
壁掛け時計があるんだから。
どこまでも気を遣う石川さんに少しだけ苛立つ。
83 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時12分23秒
「石川さんってさぁ、キスしたことある?」
意地悪半分探り半分であたしは訊ねた。
「やだなぁ、キスくらい、あるよ」
間髪入れずに返ってきた意外な答え。
えっ、あるんだ。
「ふぅん。いつ?」
「…中学のとき」
「どこで?」
「え……学校」
「誰と?」
「……どうして?」
ちっ。肝心なところだったのに。

そっか。まぁキスくらい、あるよね。
「で、感想は?どうだった?」
「…吉澤さんどうしたの?何かおかしいよ」
「初めてのチュウは何味?レモン?アップル?洋梨?ザクロ?」
「こっ恐いよ吉澤さん」
ちっっ。素直に答えればいいものを。
84 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時13分11秒
「あとさ、石川さんどうして携帯持ってないの?」
いまどき、小学生だって携帯くらい持ってる。
最初はあたしに番号教えるのが嫌なのかと思ったくらいだ。
今日だって連絡網を引張りだして自宅にかけたし。
「うーん、どうしてって、使わないし」
「嘘だぁ。だってすごい不便じゃん。連絡とかどうするの」
「外なら公衆電話あるじゃない。それじゃどうして吉澤さんは携帯持ってるの?」
「えー、やっぱ、皆持ってるしさぁ」
なんで、あたし持ってるんだろ?
友達とメールするのもそれはそれで楽しいけど、半ば惰性…みたいな所もある。

「欲しいなって思う事もあるの。でも顔を見れないとか声を聞けない時間があった方が楽しいことってあるじゃない?私は弱いから、携帯があったら歯止めがきかなくなっちゃう」
…違う、と思う。
石川さんは、強い。
他人の目を気にする気弱な子かと思ってたけど、きちんと自分の芯を持ってるんだ。
授業中だって先生にばれないように遊んだり手紙回したりした方が楽しいに決まってる。
でも、石川さんは流されない。
85 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時13分42秒
だけど少し残念。
「携帯持ってたら、夜も色々話せるのにな」
思ったままを呟いたら、石川さんは柔らかく笑ってくれた。
直後に真顔で「それで?色々と何をやらされちゃうの?猪木?珠代?Y字バランス?携帯で遠隔操作するつもりなんでしょ」と突き放されたけど。

スネークにノーズはあるかないかなんて下らないお喋りをしているうちに時間は経って。
お腹も減ってきたけど、「帰ろうか」の一言を口にしたくなかった。
だって誰もいない学校なんて滅多に体験できない。
…それだけ?
ううん、多分…ま、いいや。
深く考えるともっとお腹減っちゃう。
86 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時14分12秒
脱出は侵入よりずっと簡単。
「お茶でもしてく?」
「制服だから駄目だよ」
さては、校則暗記してるな?
校歌も3番まで空で歌えるな?

送って行くというあたしに石川さんは「吉澤さんだって女の子でしょ」と。
「じゃ、送ってよ」と切り返すと、石川さんは深刻な顔で首を横に振った。
「…なぜだか分からないけど私の本能がついていっちゃ駄目って叫んでるの」
そりゃまた可愛くない本能を搭載してるね。
87 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月06日(月)20時14分42秒
家に帰りつくまでに友達からのメールが数件。
ご飯を食べ終わる頃に着信が2件。
あたしは返信もしなかったし電話をかけ直したりもしなかった。
大した理由はないけど、たまにはいいかなって。
代りにベッドに寝っ転がって石川さんとの会話を反芻する。
それから石川さんの肩の感触も。笑顔も、困った顔も。
なんでこんなにはっきりと蘇るんだろう?
多分……ま、いいや。
深く考えると眠くなっちゃう。
88 名前:魚心 投稿日:2002年05月06日(月)20時22分41秒
 更新しました。
 
 >65 理科。様
  小股開きのシャイなコマネチを脳内映像にてお楽しみ下さいませ。
  因みに青板の方に書き込ませて頂いた魚心は私です。
  いつも楽しみに読ませていただいております。

 >66 名無し読者様
  誰がこんなに吉澤さんを黒くした…と責任逃れの上背走中です。
  レス励みになります。

 >67 よすこ大好き読者。様
  うひょひょーい。嬉しいです。
  私もよく他の作者さんのを読んでPCの前で笑いに身悶えしてます。
89 名前:魚心 投稿日:2002年05月06日(月)20時23分23秒
 >68 名無し読者様
  へいっ。もういっちょコマネチ…のネタを握る力量はありませんが、ネガティブあっての石川さんということで。

 >69 名無し読者様
  石川さん、このまま突っ走るんでしょうか。
  ご期待に添えるか不安ですが、引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。

 >70 夜叉様
  二人が近付くまで長い道のりでした…。
  ここからは接触に次ぐ接触で。例え歪んでいても。
90 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月06日(月)21時53分48秒
>猪木?珠代?Y字バランス?
見・見たい(爆)おもしろ〜い!!

休日の教室のシーンが私的には、ほんわかして好きです。
続き期待していますね。

91 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時36分46秒
月曜日はいつも憂鬱だった。
学校は嫌いじゃない。
でも、また同じような一週間が始まるんだと思うとそれだけで疲れちゃう。
いつもは、ね。

「よっすぃなんかごきげーん」
希美が体をぶつけてきた。
「そう、かな?」
そうかもね。
あたしは今、とても柔和な笑顔を浮かべているに違いない。
「なんかねぇ、熊の足跡を見つけた猟師みたいな顔してる」
……そうなんだ。
あたし、ハンターなんだ…。
自分が自分を見る眼って、信用ならないものだね。
92 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時38分06秒

それで、あたしのベアーちゃんは、と。
あれ…。
あたしは思わず首を傾げた。
教室の隅で笑ってるのは石川さん…だよねぇ。
何か違う…けど何が違うんだろう。
あたしの疑問は柴ちゃんの甲高い声で解消された。
「ああーっ、梨華ちゃんなんかつけてるぅ」

それだっ!と叫びそうになった。
石川さんの唇は、いつもより少しだけ、艶やかに光っている。
恐らく口紅ではなくて、無色のグロスリップ。
だけど今まで全くメイクなんてしてなかったから、やっぱり目立つ。
心なしか、色っぽくなった、かな?
ベアーちゃんセクシーベイベェに大変身。
93 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時39分07秒
直ぐにでも近寄ってからかっちゃいたいけど。
さすがに彼女の平穏な部活動ライフを壊すわけにはいかない。
にしても、どういう心境の変化?

「なんで急にどうしたのぉ?」
おお、柴ちゃんもっと訊け訊け。
「うん…ちょっと今日は用があって」
「わかった。デートでしょ」
「そんなんじゃないよぉ」
「いいじゃん隠さなくたって。人間とはひとつひとつ過ちを重ねながら生きていく切ない生き物なの」
「…柴ちゃんそうじゃなくて」
94 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時39分58秒

ふーん、なんだ、そっか。
用事ねぇ。
一瞬でも「あたしに見せる為?」なんて思った自分が馬鹿みたい。
石川さんも中々やるじゃん。
御用事の御相手はどこぞの王子様?
ま、相手が男じゃないとしてもさ、昨日あたしに会う時はつけてこなかったグロスを今日はつけてるって事は厳然たる事実だ。
それだけ気合入れてるってことでしょ。

「よっすぃ?顔が恐くなったけど…?」
「…へぇ、今はどんな顔してる」
「やっと見つけた熊が目の前で他の猟師に…」
希美は最後まで言えなかった。
あたしが2口径の銃に見立てた人差指と中指を希美の鼻の穴に突っ込んだから。
95 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時41分00秒
密かに、期待してた。
石川さんが放課後にあたしを誘ってくれて。
なーんだやっぱりあたしの為に頑張ってメイクしたんだ、って笑う。
石川さんも恥ずかしそうに俯く。
ってな展開を。

だけど、何もないまま放課後になって、石川さんはそわそわと帰り支度を始めてる。
どうせ部活も休むんだろう。
勝手に期待していた間抜けなあたし。
96 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時41分50秒

どす黒い感情が胸の中でうねり狂う。
制御不能、だった。
ぐらりと体が揺れる。
理性は遠くに吹っ飛んで、ひとりでに足が石川さんの方へと向かう。
せっせと荷物を鞄に詰めている彼女はあたしに気付いて怪訝な表情を浮かべる。
あたしは彼女の耳に触れるほど、歪んだ唇を近付けて、囁いた。

「色気づいちゃってどうしたの?似合わないから、取れば?」

石川さんの頬がさっと白くなった。
あたしは、それでも、苛虐的な満足が体を浸すのを感じていた。
凍りついて動かない石川さんを残して、ゆっくりと教室を後にする。
97 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時42分59秒
やっちゃった。
最悪。最低。
イッツオーヴァー。
もう駄目だ。
…なんか、笑える。
こういう時って人間は笑っちゃうもんなんだな。
あー止まんない。
そこの人、おかしな奴って眼で見てるよ。
文句あっか。
まぁね、歩きながら笑ってるもんね。
でも、もうどうでもいいや。

何かが足りない、と思ったら鞄だった。
教室に置いてきてしまった。
取りに行かなきゃだけど、今は行きたくない。
出来ればこの先ずーっと行きたくない。
別に鞄くらい無くてもいいや。
財布に大してお金入ってないし、2駅くらい歩けるし。
あぁ、石川さんと同じだな。
石川さんもこうやってぼんやりと2駅分歩いたのかな。

家に帰りたくない。
何だか頭がごちゃごちゃしてる。
「おかえり」って言われるだけでも爆発してしまいそう。
誰とも話したくないし声も聞きたくない。
98 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時43分48秒
…思い上がってた?
そうかも。
面白がってからかったけど、それでも石川さんはあたしを嫌ってないって自信があった。
それどころか、あたしの事気になってるのかも、って。
勝手に当てが外れて、勝手に怒ったりして、あたしはバカだ。

それだけじゃない。
石川さんが他の誰かの為にメイクしてるって考えたら。
恥ずかしそうな微笑、拗ねるように尖らせた口、囁くような優しい笑い声。
あたしに見せてくれた全てを、他の誰かにも見せるんだって考えたら。
99 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月08日(水)21時44分30秒
………あたしがするべき事は一つだけ。
謝らなきゃ。
今日?明日?
…今日。
今日謝らないと、あたしはきっと、二度と話しかけられない。
100 名前:魚心 投稿日:2002年05月08日(水)21時45分29秒
少しですが更新しました。なぜか痛くなっていってます。おかしい…。

>90 よすこ大好き読者。様
 ありがたやありがたや…。ナムナム。
 いつも本当に励みになってます。心から。
 次回はちょびちょび甘くなっていく予定(は未定)なので…。
100 名前:魚心 投稿日:2002年05月08日(水)21時50分23秒
少しですが更新しました。なぜか痛くなっていってます。おかしい…。

>90 よすこ大好き読者。様
 ありがたやありがたや…。ナムナム。
 いつも本当に励みになってます。心から。
 次回はちょびちょび甘くなっていく予定(は未定)なので…。
101 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月08日(水)23時47分37秒
うぅ痛いですね…
よっすぃ〜の気持ちも分かります。
石川さんの用事も気になる…
もうめちゃめちゃ続き期待です!!
102 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月09日(木)00時16分00秒
笑いとシリアスの混ざり具合が絶妙ですね。台詞、言い回しもすごい好き。
前回更新分の石川さんの「本能が…」のくだりは特にお気に入り。
ということで更新をいつも楽しみにしています。がんがってください〜
103 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月09日(木)00時43分28秒
ここのヨシコさん伊達じゃない可愛さですね。
思考回路が可愛すぎ!
すごく楽しませてもらってます。
104 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月09日(木)06時56分44秒
めちゃくちゃうまいっすね。
面白いです。笑えます。
105 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月09日(木)19時00分34秒
今、一気に読まさせて頂きました!
こうゆうの、かなり好きです。
黒よしイイ!!
微妙な感情とか、すごいうまいですね。
続き、めっちゃ期待してまっせ!!!
頑張ってくらさい。
106 名前:夜叉 投稿日:2002年05月09日(木)20時15分16秒
歪みが違う方向へと歪み始めているような…。
いしかーさんの変化も気になりますが、黒吉の行動から目が離せません。
続き、楽しみに待ってますね。
107 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月10日(金)01時23分42秒
自分も今日一気の読みました!
これから二人はどうなっていくんでしょう…?
気になります。
108 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時38分28秒

改札から人の群れが押し出されては、散る。
石川さんの自宅前の方が確実だろうけどそれじゃ余りにも不審人物。
だからこうして駅で張ってるんだけど。
秋とはいえ、夜は冷え込む。
襟元から、袖の隙間から、風が容赦なく体温を奪う。
改札を見渡せる喫茶店もあるけど、財布は鞄の中。携帯も鞄の中。
こんな事なら引き返した時点で取りに行けば良かった。

情けないことにさっきから鼻水が止まらない。
あーあ、もう9時だよ。
足がだるい腰が重い頭もなんだか空ろになってきた。
お母さん怒ってるだろうな。
取り敢えずちゃんと謝って許してくれたら石川さんに電車賃借りよう…。
カッコ悪いな、あたし。
109 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時39分34秒
ぐずぐず。
鼻水が垂れちゃうな。
ティッシュ配ってないのかよ、しけた駅だな。
ぐずぐず。
こんな時間だし、当たり前か。
ぐずぐず。
シャツの袖で拭いちゃおっかな。手鼻よりましだよね。
洗えばいいわけだしね。誰も見てないしね。
さりげなく、さりげなくね。さらっとね。

ぐずぐず。
「ちょっ、吉澤さん?」
あ、石川さんだ。
助かった。ティッシュ貰おう。

って、石川さん?!
「こんな所で…どうしたの?」
大きな袋を抱えた石川さんが目を見開いて足早に近付いてくる。
早く、答えるんだ。
謝りたくてずっと待ってたって言うんだ。
今日はごめんね、って、言うんだ。
「石川さん、…取り敢えずティッシュ持ってない?」
110 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時40分28秒

石川さんのポケットに入っていたティッシュは少し温かかった。
「でも、良かった」
笑った。石川さんが。
音をたてないように鼻をかみながら、石川さんを窺う。
怒ってないのかな?
「預かってますって電話しなきゃと思ってたから」
そう言って石川さんが紙袋を開いた。
どうやら今日は買い物でもしてきたらしい。

誰と…?
往生際の悪いあたしはまたもやそんな事を考えてる。

「はい、忘れ物」
差し出されたのは、ぺしゃんこの通学鞄。
「あんまり軽くて吃驚したんだけど、もしかして吉澤さん毎日こんななの?」
それなら間違い無くあたしの鞄です。
「…石川さんの鞄が重すぎるだけ」
また憎まれ口を叩いてしまった。
111 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時42分02秒
「それと、これ」
石川さんが手渡したのは折り畳まれた一枚の紙切れ。
「今日、買って、それで…。でも誤解しないで。防犯用に親にずっと勧められてたから、それで」
上目遣いでぼそぼそと言い訳をしている石川さん。
なんだ?
えーと、090?
これ、もしかして携帯の番号?

「え?これ、なんで?」
「機種とか全然分からないから友達と、友達のお姉ちゃんに付き添ってもらったの」
「でも必要ないって言ってたのに」
「だから、防犯用なの」
石川さんは大きな溜息をついた。
「実は最近、たちの悪い人に脅されてて…」
「ええっ?なにそれ。やばいじゃん」
「犯罪ってほどでもないんだけど…」
「そういうのって、放っておくと益々つけ上がるんだよ」
「…ノート強請られたりコートでコマネチさせられたりするの」
あ、なるほど。
防犯用、ね。

あたしはにやりと笑う。
石川さんは澄ました顔でそっぽを向いてる。
お互いに、精一杯の照れ隠し。
112 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時42分54秒
あたしは鞄から自分の携帯を引張りだすと、メモの番号を押した。
着信を知らせるくぐもった電子音が響く。
急いで袋から真新しい携帯を取り出し、あたふたとする石川さん。
「え、ちょっと、まだ使い方知らないんだけど、あれ、話すにはどこ押すの」
あたしは知らん振りでコールし続ける。
「このボタンかな、えいっ、違う。こいつかっ、とうっ」

やっと、繋がった。
「もしもし。たちの悪い吉澤ですけど」
「あっ、聞こえたっ」
耳に携帯を押しつけていた石川さんが嬉しそうにはしゃぐ。
「もしもし石川です。聞こえますか。えーと、本日は晴天なり」
石川さん…いくら初めてだからってそのベタな文句は。
113 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時43分45秒
「…今日、なんだけどさ」
石川さんの目を見詰めながら、携帯に言葉を送りこむ。
「あれ、さ、可愛かったじゃん」
「え?」
「だから、リップ」
「……」
「もしもーし。ちょっと、石川さん?え、なんで?」
その冷ややかな眼差しは?
予想では「ううん、いいの」とか優しく言ってくれる筈だったんだけど。
それで熱い視線を交わしてラブラブ、みたいな。

でもいいや。何と言っても。
「あたしが一番乗りだ」
「なにが?」
「だから、石川さんの携帯の履歴」
それがどうしたの?って言われるかと思ったけど。
一瞬、石川さんの顔がほにゃりと崩れた。
慌てて咳払いをして真面目な表情を取り戻そうとしてるけど、もう遅い。
114 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時44分49秒

「ちょっ…」
石川さんの荷物を丸ごとまとめて左手に持ち、右手で石川さんの手を握った。
冷え切ったあたしの手が、言葉の代わりに石川さんにごめんねと謝っている。
伝わってるかな。
伝わってるよね。
微かに、だけど、石川さんの手に力がこもったから。

あたしはそのまま、石川さんの家に向かって歩き出す。
想像通り、細くて細くて折れてしまいそうな石川さんの手。
温かくて、今は少しだけ、湿っている。
ぽつりぽつりと言葉を交わしながらも、互いの意識が、互いを繋ぐ一点に集中しているのが分かる。
115 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時45分37秒
…手が震える。
右手じゃなくて、荷物を持った左手が。
忘れていた。
石川さんの鞄はヘビー級タイトル保持。
サンドバッグよりパンチが効いてる。
持ち替えたい。だけど石川さんの手を離すのは嫌だ。
一度離してしまえばもう握ってもらえない気がする。

我慢だな、あたし。
おうともよ。

しかし。
紐の食いこんだ指先が夜目にも血の気を失って真っ白。
石川さんの家まであと曲がり角二つ。
だけど、限界かもしれない。根性無しと罵られても。
116 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時46分37秒
結果的に、この一瞬の甘えが命取りとなった。
意志を裏切って左手から一切の力が抜けた。
どすっ、と鈍い音がして石川さんのお荷物御一行様が地面に激突する。
驚いた石川さんが咄嗟に手を引っ込めた。
一挙に対象を失って虚しく宙ぶらりんになった右手左手。

どうにかして雰囲気をぶち壊すことなくこの緊急事態を打開したい。
「あのさ…」
あたしは石川さんに体ごと向き直る。
話しかけたはいいが、さぁ、どうする。
117 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時48分40秒


外灯の朧な光が石川さんの唇に反射している。
薄いけど、柔らかくて弾力がありそう。
石川さんの無自覚無意識にて、無上の誘惑。
これ、有罪。

デビルマンが囁く。
指でちょっと触るだけなら、いいんじゃない?

そうかな?
そうだよ。指だもん。
そうかもね。フィンガーだもんね。
そうだそうだ。

あたしはおそるおそる手を伸ばして。
中指の先の先の先で、石川さんの下唇に、そぉっと、そぉっと触れた。
ふにっと柔らかい感触に、やばい、体が震えそう。
118 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時49分39秒
驚くべきことに、石川さんは避けなかった。
指が触れた瞬間、僅かに息を飲んだけど。
棒立ちになってされるがままになっている。
たまらん。止まらん。

あたしは両手を彼女の肩に置いた。
それでも、避けない。
一歩、距離を縮めた。
今ならまだ避けられても冗談で済む。
だけど石川さんは何も言わず、動きもしない。
怒ったような困ったような張りつめた視線をあたしの首のあたりに当てている。
いいの?いいの?いいの?
よぉーし、それじゃ遠慮なく、ごごご馳走になっちゃおうかな。
119 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時51分22秒

彼女の気が変わらないうちに。
身を屈めて素早く石川さんの唇に自分のそれを重ねた。
ほんの一瞬、ただ合わせるだけのキスだったけど。

痺れた。
腰から脳天にかけて、こそばゆくて甘酸っぱい電流が走った。

…あれ?なんか…。
ちょっと待てよ。おかしい、気がする。
「……ねぇ、変なこと訊くんだけど、もしかして、初めて?」
言った途端、みるみるうちに石川さんの顔面が紅に染まる。
やっぱり。
だってさ、明らかに、慣れてなかった。
唇をぎゅっと引き結んで、ただ待っているだけの、顔を傾けることすら知らないキス。
「………そういうことは、気付いても黙っているものだと思うけど……」
ようやく、掠れた声で石川さんが抗議する。
「でもこの前さぁ」
「だってだって、遅れてるでしょ。キスもまだなんて言ったら吉澤さんまたバカにするに決まってるもん。だから、つい」
嘘ついちゃったわけね。
120 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時52分22秒
ってことは、必然的に。
吉澤候補、繰り上げ当選。
やりました!!!
「いやぁ、こういう事はハッキリしておかないと。それじゃ、石川さんのファーストキスはこの吉澤ってことで、そこんとこ、ひとつ宜しく」

石川さんは真っ赤な顔であたしを恨めしそうに見上げると、不意に転がっていた荷物を拾い集め、物凄い勢いで走りだした。
その身軽なことと言ったら。
呆気にとられたあたしが我に返った頃にはその姿は視界から消えていた。
でも、もう、慌てない。
追いかけなくても大丈夫。
121 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時53分03秒
あたしは元来た道を戻り始める。
そうだ、まだやるべきことがあった。
携帯を出して石川さんにメールを打つ。
『また明日ね。おやすみなさい』
他愛もないただの挨拶だけど。
これで、メールもあたしが一番乗り。

亜依と希美に罰ゲームを降りると言おう。
怒るだろうけど他のことで勘弁してもらおう。
理由は話せないけど、謝り倒そう。
122 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月11日(土)01時55分05秒
犬はワンワン猫はニャンニャン鼠はチュウチュウついでにあたしもチュウっとな。
体の中で幸福の火花が散っている。
叫んでそこらじゅうを走りまわりたいくらい。




すべてがうまくいく。
すっかり舞い上がったあたしは、そう信じこんでいた。
もう恐いものなど無いなんて、思ってた。
その時は。
123 名前:魚心 投稿日:2002年05月11日(土)01時56分02秒
更新しました。よしよし。ブラック地帯ひとまず脱出。
レスを頂きまして、本当に有り難うございます。
皆様の感想が、心の応援団。励みになります。
でも、ちょくせつかおみて、いーえないっ、と。

>101 名無し読者様
 石川さんの用事、これでした。
 人騒がせならぬ、ひとみ騒がせ。うわっ。つまんないこと書いてすみません。

>102 名無し読者様
 なんだかすごく誉めて頂いて…。2駅分歩ける程、おたおたしてます。
 台詞は無理のないように、と心掛けているので、そう言って頂けると本望です。

>103 名無し読者様
 そうなんですよね。黒吉ながら、思考回路は単純というか幼稚というか。
 作者が複雑な思考回路を解せないからではありますが。
124 名前:魚心 投稿日:2002年05月11日(土)01時56分48秒
>104 名無し読者様
 それはもう、作者としてもハッピィ極まれり、です。

>105 名無し読者様
 一気読みですか!うぅ、恐い。
 辻褄の合わない所があったらそっと目を瞑ってください。
 嘘です。ご指摘頂ければ嬉しいです。

>106 夜叉様
 黒吉、やりました。やりましたよ。
 かなり行き当たりばったりではありますが。

>107 名無し読者様
 気になりますか。作者は二人がどうなるか知ってますよ。うけけけ…(←黒作者)
 御期待に添えるか分かりませんが、今後もお付き合い頂ければ幸いです。
125 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月11日(土)05時46分15秒
最後の吉澤の喜びの表現がいいなぁ(w
126 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月11日(土)10時22分52秒
初めてレスします。
ここの強がりな割に弱弱な石川さんがめちゃツボです。
しかし、吉澤の最後のセリフが気になる……。
127 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月11日(土)21時04分41秒
甘々ありがとうでした。
が、すべてうまくい……かないんですか?
続きが、気になるーーーーー(笑
128 名前:理科。 投稿日:2002年05月12日(日)05時05分03秒
手鼻よりマシって。。。
吉坊って感じがイイ!ですね。
可愛いです。
初めてだったとは。。。
いしかーさん。
129 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時13分05秒

「坊主や」
「坊主、ですか」
「頭丸めて出直してもらおか」
「マルコメ、ですか」
あたしの前に立ちはだかる亜依。
「古今東西、人様に謝罪する時は坊主と決まっています」
余計な注釈を加える希美。
「でも、あたしも未来のある女の子ですし」
「過ちを洗い流さずに進む未来など、意味は無い」
きっぱりと言い切る凛々しい二人。

罰ゲームを下りる、それだけの話なのに。
勿論これはあたし達流のじゃれあいっこだけど。
「それはともかく、なんかあった?」
「いやぁ……石川さんに罰ゲームってばれちゃってさ。怒らせちゃって」
これくらいの嘘は許してもらおう。
唇を奪いに行ったら心奪われちゃいまして、なんて言ったらどうなることやら。
次の罰ゲームはきっと「さっさと体奪ってこんかい」的な流れになるに違いない。
「ほんとごめん。他に何か考えといて。それじゃあたしこれで」
いそいそと立ち去るあたし。
向かう場所は愛の核燃料倉庫。
焼却炉前。
130 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時13分55秒


「もう何が何だか…」
「…うん」
「本当に、混乱しちゃって」
「…そうだよね」
「帰ってからもずっと考えてずっと頑張ったんだけど」
「…そうなんだ」
「どうしても、駄目だったの」
石川さんはさっきから一度もあたしの方を見ようとはしない。
「私…もう、無理」
手には携帯を握り締めて。
「吉澤さん、お願い」

「別に、いいんだけど」
簡単に承諾してはつまらない。
「悪いけどあたし、身も心も資本主義だからさ、見返りがないと、ねぇ」
石川さんの頬が引き攣る。
「…やっぱり、いい。他の子に教えてもらうから」
踵を返した石川さんの背中に囁く。
「へぇ。他の子に見せたらばれちゃうと思うけど?お友達、不思議がるだろうね。どうして最初の着信が吉澤さんなのかしら、なんて、ねぇ」
「……み、見返りって何よ。何が欲しいの何が目的なの」
「急に言われても。ゆぅっくり考えさせてもらわないと」
色々あるから、と付け足してにっこりと微笑んでみせる。
一体何を想像してるものやら、石川さんは自分の体をぎゅっと抱いた。
131 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時14分33秒
「だから、ここ押してここ押して、ここ押して、はい送信。わかった?」
石川さんに携帯のイロハを教えるのはかなり厄介な作業。
だけど食らいつくようにあたしの手元を覗きこむ石川さんは、可愛い。
眉根寄せちゃって。
口はへの字に折れ曲がって。
この唇に一番乗りしたかと思うと、我ながらお手柄。

石川さんが部活に出るまでの余りにも短い時間。
少しでも長引かせたくて、わざと乱雑にボタンを押す。
ピコピコと素早く動くあたしの指。
「…吉澤さん、すごい」
溜息混じりに石川さんが呟く。
こんな事で尊敬されるのもどうかと思うけど、まぁいいか。
「まぁ、こういうのは慣れだから」
なんて素っ気無く言ってみたりして。
132 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時15分09秒

当然、石川さん発信メール第1号はあたしが頂戴できるはず。
だけど「恥ずかしいから後で」なんて。
ハズカシイカラ、アトデ。
燃えあがる期待値メラメラ200%。

そして。
散々焦らされた挙句に送られてきた記念すべき第1号メールは。
『あいうえお』

…まぁ確かに、練習だから構わないんだけどさ。
ある意味、こっぱずかしいしね。
消去しますか?
しません。保護かけます。
133 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時16分03秒
この時間だと部活終わって帰ってる頃だろうな。
歩きながらもたもたとボタン押したんだろう。
『お疲れさま。メールありがと』
『とどいた?よかった』
『メールと共に愛も届きました』
『ハカ』

…ハカ?
墓?
死ねってか。
いや、恐らく、きっと…。
バカ、と言いたかったんだろうな。
濁点忘れはよくあるよ。誰もが一度は通る道。

2時間後、再びメールが届いた。
『バカ』
ミスに気付いてわざわざ送り直してきたらしい。
どこまでも律儀な石川さん。
134 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時16分45秒
『見返り第1希望・一緒にサウナ。見返り第2希望・一緒に買い物』
今度は間髪入れずに返信が。
『2』
しめしめ。敵はこちらの術中に。
135 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時17分37秒


「これ、似合うんじゃない」
石川さんが指差したのはいかついダイバーズウォッチ。
メタリックで確かにカッコいいけど。
『1,000mまで潜水可能』
石川さん。あたしに、深海に沈めと。
「んー、似合うかな?」
今は石川さんの部活が忙しくて、こうして雑誌を眺めるのが関の山だけど。
早く二人で買い物に行きたいもんだね。

それにしても狭い。
あたし達が隠れているのは裏庭にあるプレハブの体育倉庫、の、そのまた裏。
塀と倉庫の間の、僅かな隙間に二人して潜りこんでいる。
窮屈な格好で雑誌を見たり、下らない話をしたり。
136 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時18分24秒
家族のこと、中学校時代のこと、最近読んだ本や聴いた音楽のこと。
新しい事をひとつ知る度に、石川さんのことを何も知らない自分に気付く。
もっと知りたい。
もっともっともっと。
石川さんと同じ場所で生活していながら、目もくれなかった1年半が悔やまれてならない。
「私の方が色々知ってるもん」と石川さんは勝ち誇る。
それはそうかもしれない。
テニス部には熱狂的なあたしのファンが居るみたいだから。
その人達のせいであたし達はこんな所で座禅組んでるんだけど。

「参っちゃうんだよね。ファンですって言ってくれるのは有り難いんだけど」
「どうして?」
「うーん、だってあたし、それ程特別な人間じゃないし」
「そんなことないよ。そのぅ……かっこいい、と思う」

素直に嬉しい。
でも、胸の奥が微かにきしむ。
さっきから感じている、薄雲のような違和感。
137 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時19分35秒
石川さんが「吉澤さんに似合う」と言って指差す物。
ダイバーズウォッチ。
デザイナーズブランドの黒いTシャツ。
濃紺のジャケット。
キャップ。チョーカー。指輪。


……全部、メンズ。


あたしは石川さんの事をどう思ってる?
多分、好き。
一緒に居たい、知りたい、触れたい。
だけどそれは、あたしのファンがあたしを見る視線とどう違うのかな。
真剣の度合い?
そんなの比較できない。
あたしに告白してきて、断ったけど手を握ってあげただけで感極まって泣き出しちゃった子もいた。
あの子よりあたしの方が真剣だなんて誰が決められる?
138 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時21分01秒
何よりも。
結局、石川さんが見ている吉澤ひとみは。
「男の子みたいな女の子」
ドキドキ気分が味わえて、男の子よりは安全で。
これから出会う誰かの代り。
これから出会う誰かの練習台。

少し酷い言い方かもしれないけど、要はそういう事。
139 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月14日(火)21時21分57秒
「吉澤さん?」
心配そうな顔で石川さんが肩を突つく。
返事の代りにあたしは石川さんの華奢な指に自分の指を絡め、もう一方の手でそっと蓋をする。
くすぐったくなるような顔で石川さんがはにかむ。
じっと見つめると「見ないで?」と雑誌をあたしの顔面に押しつける。

友達以上恋人未満の緩い関係。
あたしはズルイのかもしれない。
「好き」の一言を口には出さず、様子を窺っている。
臆病。それもある。
だけど一番の理由は。

保険。

傷つかないように。傷ついてもばれないように。
全て冗談だったと笑えるように。
恋愛ごっこだったと、笑えるように。
140 名前:魚心 投稿日:2002年05月14日(火)21時23分14秒
 更新しました。
看板に偽り有り。「軽めのいしよし」を期待して下さった方、本当にごめんなさい!
何だかどんより重くなってきちゃいました。

>125 名無し読者様
 喜びにも怒りにも素直な吉澤さんです。
 このままほのぼのいけば良かったんですが…。

>126 名無し読者様
 初めまして!レス有り難うございます。
 吉澤さんの台詞の意味は追々…なので、これからもお付き合い頂けると嬉しいです。

>127 よすこ大好き読者。様
 すべてうまくいきそうにありません。痛いのを書いている方が楽しい。
 そんな作者は人として……駄目ニンゲーンでしょうか。

>128 理科。様
 そうですね、ほんと、吉坊!って感じ!ヨシボー。
 それから、この前はレス間違えてしまって本当に申し訳ございませんでした…。
 空気椅子を自分に課しつつ、こっそりと更新を楽しみにしておるんでごぜやす…。
141 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)02時24分55秒
吉澤さんの語り方、かわい過ぎっす。
文章のリズムも好き。
この後の展開楽しみにしてます。

142 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)21時26分22秒
いつも笑かせてもらってます。
石川さん、ハカ‥って(w
143 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月15日(水)21時57分14秒
>駄目ニンゲーンでしょうか。
いえいえ、なんだか重くなっていくのにゾクゾクシテイマスガ何か?(w

しかし、「あいうえお」には、仕事中に声を押し殺して笑いました!
続きが楽しみです。
144 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月15日(水)22時10分39秒
読みごたえがありますね。面白いです。
次の交信も楽しみにしてます。
145 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月16日(木)12時51分16秒
いや〜「ハカ」「あいうえお」には笑いました!
石川さん今度は何で笑わせてくれるのでしょうか?(w
続き期待してます!

146 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月16日(木)13時56分23秒
文章のリズムがとってもいいですね。
おもしろいです。
よっすぃーの複雑な心境とか石川の天然っぽいとことかが特に(・∀・)イイ!
痛いのもでも重いのでも何でもコイ!(w
147 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時17分57秒
「なんかさぁ、つまんないよ」
誰もいなくなった放課後の教室。
今日は準備があるからとさっさと部活に出ようとする石川さんを引きとめて不満をぶつける。
「石川さん土日も部活だしさぁ、教室では話せないしさぁ、携帯もあんまり出ないしさぁ、メールは遅い上に短いしさぁ」
「でも、体育倉庫の裏でお話してるじゃない」

そう、それが問題。
ゴミを焼く香ばしい匂い。
お尻の下には新聞紙。
陽も当たらないのに根性だけでワサワサ伸びてる雑草。
空気が抜けてべこべこになったハンドボール。
何が嬉しくてそんな場所でこそこそ密会しなきゃいけないわけ。
148 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時18分40秒
あたしは部活終わるの待って一緒に帰ったり、喫茶店でお喋りしたりしたいよ。
クリームついてるよ、なんつって石川さんの口の端に付いたホイップクリームを指で拭ってぺろり。
やだもう…吉澤さんたら、なんつってラブラブ。
こういうの、やってみたい。
よっすぃ思春期だから。
だけど現実は。
「石川さん、膝にダンゴ虫乗ってるよ」
「ううん、違うの。これはほら、丸まらないからゾウリ虫だよ」
なんつってラブラブ、になるわけないじゃん。

毎回、健全に楽しくお喋りするだけ。
キスだってあの成り行きの一回こっきり。
ゾウリ虫からどうやってキスに持っていけっていうの。
149 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時19分26秒
…そうじゃなくて。一番不満、というか物足りないのは。
石川さんの態度そのもの。
どうしてそんなに隠そうとするの。
私は吉澤さんと仲いいのよって毅然としてればいいじゃん。

「しょうがないって分かってるけどね」
「うん…。ごめんね」
「あたしがどうにか出来たらいいんだけど」
「…それは、やめてね」
石川さん、あたしの社会性を徹底的に疑ってるね。
「でも、内心ちょっと、自慢…かな」
「はぁ?何が?」
だって、と石川さんが恥ずかしそうに笑う。
「皆の憧れの吉澤さんだもん。こんな風に話したり出来るなんて夢にも思わなかった」
150 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時20分26秒


あ……まただ。
キシキシキシ。
胸の奥の不協和音。

聞きたくない、考えたくない。
自分の耳を、心を塞ぐ為に石川さんの背に腕を回す。
引き寄せて抱き締める。
柔らかいけど確かな質感を伴った石川さんの体。
肩に鼻をうずめて息を吸いこむ。
制服と、微かなリンスの香り。
自分ではない女の子の匂い。

あたしの突然の行動に石川さんは驚いて身を固くしたけど。
徐々に体から強張りが抜けていった。
「やだ、吉澤さん、照れてる?」
悪戯っぽく囁く声に、あたしはうんと頷く。
そういうことに、しておこう。

体の境界線が消えていくみたい。
ゆらゆらと、二人が一つになって揺れてるみたい。
そう感じているのはあたしだけ?
違うよね。
石川さんの腕がすごく自然にあたしの背中に回ったから。
ずっと、こうしていたい。
一つになって揺れて、揺られていたい。
151 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時22分20秒


突然、廊下に足音が響いて、あたし達は慌てて体を離した。
間一髪。教室の扉が勢いよく開いた。
「あれー、よっすぃまだいたの」
耳慣れた甲高い声の持主は。
こういう時に限って最も遭遇したくない二人。
亜依と希美に今の見られてないだろうな。
「なんや、石川さんも?」
良かった。大丈夫みたい。

「なぁんだ、よっすぃ良かったね。許してもらえたんだぁ」
「うちらも気にしてたんだよ。ちょっとふざけ過ぎたかなって」
石川さんがきょとんとして首を傾げる。
なんか……まずい。
「いやいやいやいや、どうしたの二人揃って」
「…いつも揃ってるやん。ちょっとののが忘れ物して」
「そりゃいかんねもーあわてんぼうさんおばかさーん」
必死に亜依をマークしていたら、希美の方が疎かになってしまった。
152 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時23分09秒
希美はてけてけと石川さんに近寄ると、心配そうに話しかけた。
「石川さん、よっすぃ悪くないんだよ。罰ゲーム決めたのは私達なんだから」
「…罰ゲーム?」
やばッ。
「だから、石川さんをものにしてキス…」
「希美ッ!」
たまらずあたしは叫んだ。


石川さんが乾いた眼でこっちに向き直った。
「吉澤さん、そうなの?」
「……」
「ぜんぶ、ゲームだったんだ」
「……」
「…そうなんだ」
153 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時24分34秒
視線が突き刺さる。
痛い、のに、逸らせない。
石川さんの眼に一瞬、閃光が走った。

ぶたれるっ。
咄嗟にきつく目を閉じた。
だけどいつまで経っても衝撃は襲ってこない。
おそるおそる瞼を開いた瞬間、目に映ったものは。

へらへらへらっと崩れた石川さんの顔。
「なぁんだ、私、騙されちゃったんだぁ」
笑ってる。だけど笑ってない。
何の表情もこもらないふやけた笑顔。
見たくない。そんな、らしくない顔。
154 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時25分18秒
「やだぁ。なんか、私ってばすっかりその気になっちゃって。携帯まで買っちゃったぁ。ひどいなぁ吉澤さん」
「や……ちがくて」
「えへへぇ、もういいよぉ。全然、気にしてないから、ほんとに」
石川さんはけたたましいほど陽気に喋り続ける。
わかってる。
これが石川さんの精一杯の強がりで、最後のプライドだってことくらい。
「あー、もうランニング始まっちゃう。ごめん、私行くね」
へらへらと笑いながら、じゃあねぇと手を振って石川さんは教室を出て行った。
あたし達は、気まずい沈黙の中に取り残された。
155 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時26分07秒

「…何かよくわかんないけど、それにうちらがこんな事言うのも何だけど、よっすぃ、追いかけた方がいいんじゃない?」
亜依の言葉に希美も頷く。

わかってる。わかってるけど。
体が動かない。

彼女は待っているだろう。
一縷の望みをかけて。もしかしたら、って。
ここであたしが追いかけて、全部説明して、今は本当に好きだって抱き締めれば、ハッピーエンド。


石川さんッ!
衝動に突き動かされ、廊下へ飛び出しかけて。
止まった。


だけど、ハッピーエンドのその先は?

156 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時27分16秒
石川さんが好きなのは、人気者のかっこいいあたし。
よくある思春期の憧れってやつ。
いつか、時が来たら本物の王子様が現れて、あたしはお役御免。
あたしはその時、黙って送り出してあげられる?
ううん。あたしはそんなに大人じゃない。
泣いて喚いて責めてしまうかもしれない。
もしかしたらみっともなく縋ってしまうかもしれない。

今ならまだ。互いの傷は浅くて済む。

「ねぇ、いいの?」
あたしは棒立ちになったまま俯いて必死に歯を食い縛る。

これで、いい。
焼けつくような胸の痛みも、眩暈がする位の焦燥感も、時間が癒してくれる。
157 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月17日(金)00時28分08秒


その夜、あたしは吐きに吐いた。
洗面台に顔を突っ込んで手足を突っ張らせながら吐いた。
汗と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら吐いた。
胃の中の物を全部吐き出しても、まだ吐いた。
顔面を伝い口に垂れてくるものは汗なのか涙なのか。
体から流れ出ていくものは、罪悪感なのか石川さんへの想いなのか。

それなら、全て流れていけばいい。
体も心もスッカラカンになってしまえ。
そして。


あたしの決断は正しかったと言える日が、いつかきっと来る。

158 名前:魚心 投稿日:2002年05月17日(金)00時29分33秒

更新しました。

>141 名無し読者様
 黒くも可愛くも痛くも、吉澤さんって書いてて暴走しちゃうんです。
 なぜだろう?なぜかしら?

>142 名無し読者様
 折角そう言って頂いたのに、いかんとも笑えん展開に。
 今後もお付き合い…下さい。お願いしやす。

>143 よすこ大好き読者。様
 メチャイテ。だといいんですが、筆の力及ばず。
 まだまだですね…。精進します。いつも本当に励みになります。

>144 名無し読者様
 有り難うございます!
 展開を急いでしまってないか不安ですが、このまま突っ走れるよう頑張ります!
 
>145 名無し読者様
 今回は石川さんのおとぼけ無しで…。またすっとぼけてくれる日が来るといいのですが。
 でも、濁点忘れってよくありません?ありません?あれ?

>146 名無し読者様
 しめしめ。それじゃぁ遠慮なく。
 これからもどうぞこの二人を見守ってやって下さい。
159 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)00時48分19秒
切ない…(涙
吉澤それで本当にいいのか〜〜!!
今後の展開に期待してます。

145の者です>よくあります(w
160 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月17日(金)01時17分00秒
せぇ っっ つ ねへぇぇぇ!! 
あぁんもぉぅ、せつなすぎてテスト勉強に手がつかんよぅ!
あわわわわっwsfj;lhk
161 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)01時27分57秒
痛すぎっ!
誰か!ってか魚心さん!!吉澤を助けてやって!!
まじで今この小説にのめりこんでるっす。
162 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)13時59分27秒
切ない(T▽T)痛い・・・
けど好きだなぁ、この小説。
146だけど、期待通りっす(w
今後の展開にも期待してます。
163 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月17日(金)17時25分09秒
イタタタタ!!!痛いです。
こういう誤解って(まぁゲームから始まったけど)、解けにくいんだよな〜。
どうすんだろ?続きを楽しみにしています。
164 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)22時40分02秒
のぉぉぉ!なんてこったい。。。
強がりと決断…つらい、つらすぎます。
この先ははたして…。
165 名前:娘。 投稿日:2002年05月18日(土)01時48分07秒
よっすぃ〜苦しい切ない
思わず・・・
がんばれ
166 名前:夜叉 投稿日:2002年05月18日(土)22時34分51秒
思わず声を上げてしまいました…。なんてことになるんだぁ(−−;
完全にのめり込んでます、作者様、がんがって下さい。
167 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月18日(土)23時22分32秒
この小説読むのが今1番の楽しみ。吉澤ーーーー。
168 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時38分17秒

プラス、マイナス、ゼロ。
あたしの生活は元通り。
眠くて少し気だるくて変わり映えのしない日々。
そういう毎日に戻る筈だったけど。

気持ちは、立ち竦んだまま。
体は冷え切ったまま。
人の話し声だとかチャイムだとかはやけに遠くぼんやりと霞んでいるのに。
石川さんの姿にだけは、痛いくらい反応してしまう。
その微かな声を捉えただけで、澱んでいた意識が一瞬にして覚醒する。

あれから、一週間。
気付けば石川さんの姿を追っているあたし。
何かの拍子に石川さんがこっちを向いて、視線がぶつかりそうになる。
だけど、絶対にぶつからない。
実に巧みに互いの視線を避けている。
169 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時38分55秒
あたしの中には二人のあたしがいる。
追いかけなかった事を後悔しているあたし。
先のことなんて考えず、突っ走っちゃえよと叫んでいるあたし。
もう一人は、これで良かったんだと言い聞かせているあたし。
後でもっと苦しむのは自分なんだからと、うまくいきっこないよと。
二人のあたしが、昼も夜も壮絶な闘いを繰り広げている。
内面の疲労は体にも確実にその効果を及ぼす。
何をするにも億劫そうなあたしに友人は半分呆れ気味。

亜依と希美だけはあたしの変化の理由を知っている。
無論、それは石川さんを傷つけた罪悪感だと受取っているだろうけど。
「ほんとに…ごめんね」
希美は幾度も謝ってくれた。
弱いあたしは頷くのが精一杯だった。
それがまた、あたしの自己嫌悪を誘う。
170 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時39分46秒

唯一、大好きだった体育。
制服を脱ぎ捨ててジャージでグラウンドに立つだけで嬉しくて仕方なかったのに。
今は着替えですらかったるい。
しかもこういう時に限って、持久走。
消費するほど体力余ってないよ。

それなのに。
「ヨシザワッ。真面目に走れっ」
普段、足が速いのが裏目に出て教師から檄を飛ばされた。
そんならお前も一緒に走れよ。
持久走なんて、結局は教師の怠慢。

校庭をぐるぐるぐるぐるぐる。
同じ色のジャージがぐるぐるぐるぐる。
あぁ、なんかやばいなぁ。
ここで倒れたら、石川さん心配してくれるかな。
…なんて、バカみたい。あたし何考えてるんだ。
171 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時40分50秒

「ちょっとっ」
「やだっ」
「大丈夫っ」

悲鳴が響く。
あれ?でもあたしまだ走ってるよ。

グラウンドの反対側で誰かがうつ伏せになっている。
前後を走っていた人達が次々に駆け寄る。
可哀相に。貧血かな。
黒い髪……肩までの。


意味を為さない言葉を叫んで、あたしはグラウンドを突っ走った。
心臓が爆発しそうになる。
「どいてッ」
団子状に取り巻いてるクラスメイトを強引に掻き分ける。
そして………んお?
「…柴ちゃん?」
苦しそうに顔を歪めて座りこんでいるのは、柴ちゃんだった。
172 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時42分03秒
事態に気付いた教師がすっ飛んできた。
散々走らされた恨みのこもった視線が一斉に向けられる。
柴ちゃんがどうにかなったらあんたのせいだからな、という脅しの効いた目。
「どうしたっ、柴田っ」
「…ただの貧血、ですから」
柴ちゃんの白い肌は今は透き通るように蒼ざめている。
「先生、あたしが保健室まで連れていきます」
おたおたしている教師に申し出た。
ずらかろう。
あたしだってこれ以上走ってらんない。
教師の答えを待たずに、柴ちゃんをおんぶする。

うげっ。
これは……選択を誤ったか。
持久走の代りに保健室までの耐久レース。
最近、こういうの多いな。
「よっすぃかっこええ!」と無邪気にはしゃぐ亜依。
周囲の妙に熱っぽい視線。

オラオラ、どけどけ。
あたしゃ最短距離を行きたいんだ。道を塞ぐな。
いよっ、と勢いをつけて柴ちゃんを揺すり上げた拍子に、石川さんと目が合った。
それはほんの一瞬、だったけど。
173 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時43分14秒


「さっき、なんだ柴ちゃんか、って思ったでしょ」
柴ちゃんが唐突に話しかけてきた。
ベッドに横たわった柴ちゃんの頬には赤みがさしてきている。
保健室の先生は息も絶え絶えなあたしを授業に追い返そうとはしなかった。
ご好意に甘えて、残りの時間は柴ちゃんの隣でやり過ごすことにする。
「…思ってないよ」
「ウソ」
「嘘じゃない」
「それもウソ」
「…なんでそんなこと言うわけ?」

「梨華ちゃんじゃなくてごめんなさいねぇ」
動揺を見破られたくなくて、柴ちゃんを睨みつける。
「言ってる意味、全然わかんない」
ついさっき、一週間振りにまともに見た石川さんを思い浮かべる。
表情を消したその顔は柴ちゃんと同じくらい蒼ざめていた。
というのはあたしの希望的観測だろうか。
174 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時44分33秒
「それならそれでもいいけど、何かあったの?」
「…何かってなに?」
「それをこっちが訊いてるんだけど」
「……なにもないよ」
「だって、いっつもこわぁい目で梨華ちゃんのこと見てるよ。よっすぃのあんな顔、初めて」
「…そ?別にあたしは、全然」
全然、平気。問題ない。動いてる。生きてる。

「そっか。私の考え過ごしかぁ。ごめんね忘れて。一応訊いておこうかなって思っただけ」
なんだろう。この、胸騒ぎ。
「どうして?」
「んー、どうしてだろうね。ま、でも関係ないんでしょ」
「…ないけど、そういう言い方されたら気になるじゃん」
柴ちゃんは、別に大したことじゃないんだけど、と前置きをして。
「知り合いに梨華ちゃん紹介してくれって頼まれてるんだよね。なんかすごい、気に入っちゃったみたいで。でもよっすぃもそうだったら悪いかなと思って」
「……ふぅん。いいんじゃない?」
微かに、声が掠れた。
175 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月19日(日)18時45分41秒

関係ないけど。
だけど一つだけ。
「…柴ちゃん」
「なに?」
「その、紹介するって人……男?」
柴ちゃんはにっこりと笑って。何を言ってるのとばかりに。
「当たり前でしょ?」

もうそれ以上訊くこともない。
訊きたいけど、訊く権利があたしにはない。
だけど平静に座ってることも出来なくて。
落ち着きなく爪をいじり始めたあたしに、思い出したように柴ちゃんが付け加えた。
「それが、おっかしーの」
あたしの顔を覗きこんで、軽く微笑みながら何かを確認して。
「その知り合い、似てるんだよねぇ、よっすぃに」


王子様は、いつでもタイミングよく登場する。
悪い魔女に騙されて毒リンゴを飲みこんだ石川さんにキスをする。
そして、石川さんは息を吹き返すんだ。

176 名前:魚心 投稿日:2002年05月19日(日)18時46分59秒

少しですが更新しました。

>159 名無し読者様
 ほんとうに、ねぇ。いいんでしょうかこれで。
 早くしないと手遅れ…って事もありますからねぇ、吉澤さん。

>160 名無しさん様
 …して下さいね、お勉強。でないと例の罰ゲーム。
 おっ。それはそれでいいような。
 ……いや、やっぱり、そこをひとつなんとか、頑張って下さい。

>161 名無し読者様
 吉澤さんを助けられるのはただひとぉーりを除いて他にはおらんのです。
 そのひとぉーりを助けられるのも吉澤さんだけということで。
 何が言いたいかというと、自分でもよぅわからん、のですが。

>162 名無し読者様
 有り難うございます!御期待を裏切ってないといいんですが…。
 レスに勇気づけられつつ、吉澤さんを痛め続ける日々、です。
177 名前:魚心 投稿日:2002年05月19日(日)18時47分51秒
>163 よすこ大好き読者。様
 そうなんですよね。どうすんだろ?って自分に問いかけたいです。
 見切り発車しちゃったもんで…。
 息も絶え絶えになる前にどうにかこのまま突っ走ってしまえ、と。

>164 名無し読者様
 当初の方向性からキッパリずれててこの先は作者も予測不能です。
 まめに更新するよう頑張りますので、お付き合い頂ければ嬉しい限りです。

>165 娘。様
 吉澤さんも石川さんも切ないでございますな(←他人事)。
 ハッピーになってほしいのですが、吉澤さんが強情で。
 
>166 夜叉様
 うわっ。有り難うございます!
 勢いにまかせて書いてるので情景もへったくれもありませんが。
 拙い文章なのに、そう言って頂けて感涙ルイルルイです。

>167 名無しさん様
 そんなそんな。嬉し恥ずかしでございます。
 >吉澤ーーーー。
 この叫びが吉澤さんに届きますように。ナムナム。
178 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月19日(日)19時12分00秒
凄い展開になってきましたねー。吉澤似・・・。 
その前にふたりで会話してくれー。しかしほんとに面白いです。最高!
179 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月19日(日)20時04分02秒
吉澤!頼むから素直になってくれ!
気になって気になって、まじで夜もおちおち寝られないYO!

180 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月21日(火)17時53分14秒
先が読めない展開ですね〜、ほんとおもしろいです。
続きがめっちゃ気になります!!
181 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時17分43秒
王子様とお姫様の未来あるハッピーエンド。
そういえば、お姫様に毒リンゴを食わせた魔女ならぬ王妃はどうなるんだっけ?
あたしの罰はまだ足りないのかな。

この前までは魔法の道具だった携帯も、今じゃただの通信機。
どうでもいいメールやどうでもいい声を運んでくるただの箱。
これまたどうでもいい着信履歴に、石川さんの番号がどんどん遠のいていく。
電話帳からはとっくに消去した番号。
なのに、すっかり頭に染みこんでしまった番号。
消せるのは目に見えるものだけ。
182 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時19分07秒

あたしは息を潜めて待っていた。
今日か、明日かと。
だからそれを目撃したのは決して偶然じゃない。
予感はあった。
部活用のジャージを入れた袋を、その日に限って石川さんは持っていなかったから。
帰り際、盛んにはしゃぐ柴ちゃんに腕を引張られるようにして連れ去られる石川さん。
石川さんも少し困ってても決して嫌がってる風ではなかった。
二人が一緒に帰るなんてことは今までない。
つまり。

あたしに似てる王子様?
最初はそれでもいいんじゃない。
外見から始まるのは恋の定石。
結果として本物に変わればいいんだから。
183 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時20分02秒
石川さんのいないテニスコートをぼんやりと眺める。
もう会ってる頃かな。
ちょっと洒落た喫茶店かなんかで。
熱い紅茶とか飲みながら。
初めは石川さんは俯き気味なんだろう。
でも、あたし似の彼は頑張って笑わせようとする。
なんたって、あたし似だからね。
そこらへんは頑張るに違いない。
何の根拠もないけどさ。
そのうち石川さんも気持ちがほぐれてきて、彼の冗談に吹きだしたりして。
タイミングを見計らって、柴ちゃんが先に帰る。
急に二人きりにされて、互いに照れて微笑みあう。

新聞紙にゾウリ虫とは大違い。
184 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時20分43秒
自然に、足が裏庭に向かった。
こんなムードのない場所でもあたしにとっては思い出の場所。
焼却炉に蹴りを入れていた石川さん。
携帯の使い方が分からないと言って悔しがっていた石川さん。
膝のゾウリ虫を指で弾いてすっ飛ばした石川さん。
…気のせいか、あまり綺麗な絵は浮かばないけど。
あたしが好きになった石川さんは、単に女の子らしいだけじゃなくて、色んな表情を持っていた。

……好き。
石川さんを。あたし、好きだ。
断然、好きだ。断固として好きだ。
わかってたけど気付いてたけど。
今ならはっきりと言える。
憧れだとか錯覚だとか一時期の淡い想いだとかじゃない。
だから、許せない。
石川さんがあたしを男の代りにするのが。
だから、恐い。
いつか捨てられるのが。

やっと自分の中で言葉にしてあげられた。
おめでと。
ありがと。
だからどーした、って話だけど。
185 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時22分14秒
体育倉庫の裏に滑りこむ。
並んで敷かれた新聞紙は最後にここに来た日に置いていったまま。
ブレザーを上半身から顔まで被せて仰向けに寝っ転がる。
視界は濃紺。なんにも見えない。
それだけで、余計な感情までシャットダウン出来たような気分になる。

だけど腹立たしいことに。
頭のすぐ上で息を呑むような微かな悲鳴。
誰かが倉庫に用具でも取りに来て、たまたまあたしを見つけたんだろう。
鬱陶しいけど倒れてるって勘違いされて誰か呼ばれても困る。
うっかり救急車で運ばれちゃったりして。
「どこが痛いんですか?」
「胸がっ、胸が痛いんです」
「それは恋、恋煩いです」
なんてね。
頭の中でひとり芝居をしてる自分に苦笑いしながら体を起こしてブレザーを剥ぎ、休息泥棒を睨みつけて。
凍った。
186 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時23分01秒
「えっ?うっ、あっ」
思わず飛び出す間抜けな声。
何の心の準備もしてない時に限ってこんな偶然。
逃げることも隠れることもできない。
呆然とあたしを見下ろしているのは。
「…石川さん?」
見りゃわかるけど。
「……」
「なんで?」
「……」
「…落し物、とか?」
突然あたしに遭遇したショックから石川さんも立ち直れないらしい。

「柴ちゃんと一緒に帰ったんじゃなかった?」
しまった。
焦る余り、いきなり核心を突いてしまった。
…取り敢えず、このままでは余りにも不自然すぎる。
もさもさと場所を空けて、石川さんに座れと促す。
少し躊躇ったけど石川さんは随分と間隔を取って、隣に腰を下ろした。
物理的な距離はそのまんま、心の距離。
187 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時24分07秒

「で、どうだったお見合いは。相手の人はかっこよかった?」
無理して軽い笑いを滲ませながら訊く。
石川さんの眼が驚いたように見開かれる。
「…どうして知ってるの?」
やっぱり。会ってきたんだ。
「それはまぁ、柴ちゃんから」
ふっと石川さんの顔が曇った。
もしかして、あんまり気に入らなかったとか?
「ごめん、変なこと聞いて」
「ううん。そうじゃないの。…いい人だったよ。うん、すごく、優しい人」
その姿を描くように視線を宙に投げかけて、石川さんが笑った。

優しい人、か。
優しそうな人、じゃなくて。
よかったじゃん。
めでたいめでたい。
お赤飯炊いちゃう。
お熱いお熱い。
ふぅふぅしてから召し上がれ。
188 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時25分08秒

こんなにも柔らかい彼女の微笑を引き出せる人。
体の中に火を点けられたみたい。
熱くて苦しくて、喉が焼ける。

衝動的にあたしは石川さんの手を掴み、強く引張った。
バランスを崩した彼女の腰が泳ぐ。
構わず体ごと引き寄せようとして。
弱々しく突き放された。
「やめて」
あたしを軽く押しただけなのに、石川さんの息遣いは荒い。
「イヤなんだ?」
底意地の悪いあたしの問いかけ。
本当は、臆病なだけ。
弱みを見せたくないだけなのに。
189 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時27分07秒
氷のように冷たい石川さんの手。
熱っぽいあたしの手。
だけど今は、互いの体温が溶け合うことはない。
伝わらない温度。
伝わらない気持ち。
伝えられない、気持ち。

「……これ以上振り回されたくない」
「そういうつもりじゃ」
「つもりがなくてもッ」
甲高く叫んで、石川さんはハッと我に返った。
「…吉澤さんにそのつもりがなくても、私が勝手に、振り回されちゃうから」
感情を押し殺した石川さんの横顔に、あたしは返す言葉が見つからない。

「それに…吉澤さんには柴ちゃんが…」
え?柴ちゃん?
なんで柴ちゃんがここに出てくんの?
あたしが聞き返そうとした時。
石川さんが静かに、宣言した。
190 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月23日(木)01時29分56秒


「私、彼のこと、好きになりたいの」

穏やかだけど、確かな意志を含んだ声音。
揺るぎない瞳。
あたしはようやく悟った。
石川さんは前に進もうとしてる。
あたしとの事を過去にしようとしてる。

「そっか。がんばってね。応援してる」
気持ちとは裏腹に、さらりと流れ落ちるあたしの言葉。
石川さんの唇が苦痛に歪む。
ごめんね、石川さん。
ごめんね、あたし。
でも、罰は受けるから。

悪者がそう簡単に改心するわけがない。
だからこそ。
幸せな王子様とお姫様を近くで見守る事こそ、何にも勝る罰。


それから間もなく、石川さんが男の子と付き合い始めたって噂が立った。
それが単なる噂じゃないことは、あたし自身が一番よく知っている。
あたしが「彼に似ている吉澤さん」になる日は、近い。
191 名前:魚心 投稿日:2002年05月23日(木)01時30分47秒
更新しました。

>178 名無しさん様
 ほんと!前回更新してから気付いたんですけど、吉澤似ってどんな?!
 すっごい盲点でした!言い訳のように今回は吉澤似を強調してみました。

>179 名無し読者様
 ますますひでぇことになっちまいやした。あらえっさっさ。
 いましばらく、ご辛抱下さい。

>180 名無し読者様
 先が読めない展開…その理由は、その場その場の思いつきだから…。
 すんません。どうぞ今後もお付き合い下さい。
192 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)03時28分09秒
なんか切ない展開ですね
193 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)06時53分07秒
>魚心さま

はじめまして。
自サイトで駄文を公開している者です。
友人から紹介されまして、御作品を拝読しました。
いわゆる「娘小説」という作品を読むのは今回がはじめてです。

個人的に一人称小説は一見とっつきやすいように見えて、その実
リズムをつかむのが非常に難しいと思っているのですが--
いやはや、圧倒されました。よい意味での「軽さ」「軽やかさ」
これは勉強になりました。

毎日の(こう書いてはプレッシャーでしょうか?失礼)楽しみが
ひとつ、ふえました。いい文章を読むのは嬉しいことです。

無理なさらず、順調に執筆されることをお祈りしております。

乱文失礼
194 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)10時02分16秒
柴ちゃんがどう絡むのか?気になるー。
てゆーか吉澤さんよ。今を生きろ!迷わず行ったれ!
195 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)17時21分23秒
うが〜っ!早くこの二人をどうにかしてください〜。
・・・更新ホントに楽しみにしてます。がんがってください。
196 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)18時26分32秒
またもや切ない展開だぁ…
けどまたまた更におもしろくなってきてますよ。
>「…吉澤さんにそのつもりがなくても、私が勝手に、振り回されちゃうから」
ここ、「お気に入り」に追加…と(w
今後の石川の気持ちや、吉澤と柴田の絡み方など、続き期待しております。
197 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)18時49分14秒
せつねぇなぁ…わかるよその気持ち…
198 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年05月23日(木)19時40分56秒
初めまして、ずっとROMってました。
なんか、いいんですよね。すごく引き込まれます。
よっすぃ〜のせつねぇ気持ちがダイレクトに伝わってきます。
おもしろい所もあったりで、とにかくイイです!(笑
更新、ガンバッテ下さい。次、楽しみにしてます。  
199 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月23日(木)20時07分14秒
苦しい・・・。 こっちまで吉澤似の彼に嫉妬しちゃうよ。
はやくこの切ない展開に光を・・。
200 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月24日(金)01時05分10秒
くそっ・・・こんな自分が200ゲットしちまうなんて・・・
続き死ぬほど期待してるから許してください。
201 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月24日(金)02時58分30秒
切ない展開に泣いてしまいました‥
柴ちゃん余計なことをやらかしてくれたな〜吉澤似の彼が許せん。
202 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月24日(金)17時34分25秒
近頃、切ないですねぇ…毎回更新される度に(涙)
(最近涙もろくなってきたかも)
予想していた展開とは違ってたのでドキドキワクワクです。
勘違いしちゃってるっぽい石川さんですが…
一番、気になるのは柴ちゃんだったり(オイ)
203 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時53分04秒
人間を裏切るのは人間だけじゃない。
時間までもが手負いのあたしを酷く裏切る。
噂が立ってから、1ヶ月。
大抵の傷ならもう抜糸も済んで快復に向かう頃。
だけどあたしの傷はまだぱっくりと傷口を開いたまま。

「石川さんが男の人と歩いてたんだってぇ」
「しかも手ぇ繋いでたらしいよ」
「ねぇねぇ石川さんその時計、もしかしてお揃い?」
「彼ってどんな人?芸能人でいえば誰に似てる?」
好奇心いっぱいのクラスメイトのお喋り。
そのひとつひとつが、あたしの傷口に塩をなすりつける。
204 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時53分50秒
「よっすぃ、気にすんなって」
亜依が訳知り顔であたしの肩を叩く。 
「…なにが?」
「人生いろいろ教師もいろいろ十人十色桃色」
微妙に色んなものをシャッフルしてるな。
いいね、亜依はハッピーそうで。
横で希美はよくわからない音頭を舞ってるし。

前の授業中、あたしは自分が指されているのも気付かずにぼんやりとしていて、教師に思いっきり厭味を言われた。
亜依はその事を慰めてくれてるらしい。
運の悪いことに当の教師は学年主任。
放課後の呼び出しまでくらってしまった。
205 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時54分50秒
まぁ、違うんだけど、でも。
「ありがと」
「いいっていいって。人は、人と人が支え合って人となるのですから」
「ふぅん。じゃあ、失恋は?」
冗談めかして聞いてみる。
「恋を失うと書いて失恋です」
「…じゃあ、憂鬱は?」
「…ゆっ…」
春はあけぼのムサシマル…などと呟きながら亜依はふらふらと離れていく。

亜依と希美に全て打ち明けてしまくなることもある。
きっと二人は気味悪がったりせず、真剣に聞いてくれるだろう。
あたしも少しは気が楽になるかもしれない。
二人を信頼してないわけじゃない。
ただ、きちんと言葉にできるほど気持ちの整理がついてないだけで。

教師にお説教されてる間、全員がこっそりとあたしに注目する中でたった一人、前を向いたまま動かない背中。
近頃では目が合うことすら滅多にない。
石川さんはちゃんと前に進んでる。
ずるずるとだらしなく引きずってるのはあたしだけ。
206 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時55分47秒

生徒指導室という名の説教部屋。
今が大事な時期だとか気を引き締めろだとか。
「まぁこれくらいの年頃だから色々あるだろうが」
理解ある振りも織り交ぜつつ。教師も大変だね。
初めは殊勝にうなだれてお返事してたけど、あたしのお尻は鉄板じゃない。
パイプ椅子に2時間も座りっぱなし。
いい加減解放して頂きたい。

「先生は失恋したことありますか」
突然のあたしの問いに教師は目をひん剥いた。
そう。失恋したんだよあたしは。
こればっかりは親でも友達でもどうにも助けようがない。
だから放っておいてよ。家に帰してよ。一人にしてよ。

教師は好奇心を奥に閉じ込めて如何にも心得たような顔を取り繕う。
それから。
「あれは十五の夏だった…」
目論見はまんまと外れ。
伝えられなかった片想い話を有り難く拝聴するはめに。
あたしと似たり寄ったりの、どこにでもある失恋話。
いつかあたしもこんなに懐かしそうに且つ自慢気に、この恋を語れるようになるのだろうか。
207 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時56分26秒
結局、下校時間ぎりぎり。
ラケットを持った群れが笑いさざめきながら校門をくぐる。
つい、石川さんの姿を探してしまう。
…そして、うまい具合に探し当ててしまう。

校門を出た石川さんは群れに手を振って一人だけ外れると。
道路の反対側に佇むひときわ背の高い影に向かって走って行った。
群れから無遠慮に投げかけられる嬌声。
なるほど。
……あれが、彼女の王子様。
あの制服って近所の公立高校のもの。
部活帰りのお姫様を迎えに来たってわけか。
あたしは校門の前から様子を窺う。
208 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時57分20秒
…かっこいいじゃん。悔しいけど。
背が高くて手足がスッと伸びてて。
あたしに似てるかなぁ。自分じゃよくわからん。
強いて言えば目が大きいってところかな。
あ。鞄なんか持ってあげちゃって。
どうだ、重いだろ重いんだろザマミロ。
あたしだって、あたしだって石川さんの荷物持ってあげたもん。
…落としたけど。

良かったね石川さん。
優しくてしかも力持ちの王子様で。
結構、白タイツとか似合いそうだしね。
王子様といえば白タイツだよね。
よし。命名してやる。
あいつは今日から白タイだ。
ザマミロ。
209 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時58分17秒
不意に、白タイが不審そうに辺りを見回して。
あたしの視線と衝突した。
『?』
白タイの顔に怪訝な色が浮かぶ。
そりゃそうだ。
道の反対側に恨みがましい目で睨んでる奴がいるんだから。

視線を外そうと思えば出来たけど。
『泣かせたりしたら、許さない』
あたしは眼底にぐっと力をこめて威嚇する。
白タイの目がスッと細くなった。
瞬間、あたし達は互いに何かを了解し合ったんだと思う。
うまく言えないけど。
あっちが勝者でこっちが敗者という差はあっても。
同じ人を好きになった者同士。

『誰、お前』
『浮気なんかしたら許さない』
『お前には関係ない』
『絶対、大事にしないと許さない』
『邪魔なんだよ、消えろ』
210 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)00時59分06秒
時間にすればほんの数秒もない。
石川さんがローファーに滑りこんでいたらしい小石を取り除いて履き直すだけの間。
だけど確かに、白タイとあたしは視線だけで互いの胸の内を探り合い、言葉を交わした。
どうしたの?とでもいうように石川さんが白タイに首を傾げてみせる。
白タイは石川さんに頬だけで笑ってみせると、腕を彼女の背中に回した。
それが何よりの返事。
『こいつは俺の彼女』
白タイの意図は分かってるのに、やっぱり。

寄り添ったまま遠ざかっていく二人。
付き合ってるから当たり前だけど。
石川さんの携帯履歴は白タイで塗り潰されて。
とっくにあたしの番号なんて消えてるに違いない。
もうキスはしたんだろうか。
もしかしたらもっと先まで。


狙い通りだよ白タイ君。
あたしは、嫉妬で狂いそう。
211 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時00分08秒


二学期ももうそろそろ底が見えてきた。
その日、久し振りに亜依と希美を交えた友人達と騒いだ。
放課後のファーストフード、カラオケ。
お決まりのコースなのに、なぜか懐かしい。
やけくそで声を張り上げてたら、もやもやが少し飛ばされていく気がする。
歌い続けて踊り狂って。
2時間延長した末、ふらふらの状態で解散。

だけど、夜気があっという間に興奮の残滓を掠めとっていく。
一人になった途端にふつふつと湧いてくる、虚しさ。
ついさっきまでの気力はどこへやら。
膝で鞄を蹴飛ばしながらゆらゆら歩く。
家まであと少し。
ご飯食べてお風呂入って石川さんを想って、そしてまた明日がくる。
212 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時01分04秒

曲がり角に、ふたつの影。
ズボンとスカート。
多分、別れを惜しむ近所のカップル。
はいはい、おめでと。
せいぜい別れないように努力根性アビュティフルスター。
視線を足元に落とす。
見ないように見ないように。
近付きつつあるあたしに気付いたのか、カップルの話し声が途切れる。
頼むから通り過ぎるまでキスとかするなよな。


「吉澤さん?」
突然声を掛けられて視線をあげると。
え?
まさか。
どうして?
213 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時02分36秒

近所のカップルと思っていたのは、あたしが今、最も目にしたくないツーショットだった。
「吉澤さん、ですよね」
白タイが挑みかかるようにずんずんと距離を詰めてくる。
肩を縮め、気まずそうに目を伏せてる石川さん。
なにこれ。どういうこと?
こんな所でなにしてんの?
「やっぱり。突然すみません。ちょっと、梨華が話があるっていうもんで」
白タイは「梨華」という単語を心なしか強く発音した。

話?
もう話ならついてる筈だけど。
急にこんな風にあたしの前に現れたりして。
反則もいいところだよ。

目顔で石川さんに「なに?」と訊ねる。
石川さんは黙ってコートのボタンを握り締めているばかり。
「ほら、さっき俺に言ったセリフ、ここでもう一度言ってみろよ」
「…やめてよ、お願いだから」
「んだよここまで来といて。言えねぇのかよ」
なんだ。
わざわざ痴話喧嘩見せつける為に来たわけ。
犬も食わないけどあたしも食わないよ。
でも、思い詰めたような石川さんの顔を見るのは辛い。
今にも泣き出さんばかりに必死に「帰ろう?」を繰り返している。
おい、そこの白タイ。
泣かせるなって、あたしあの時言ったよな。
言ってはないけど、言ったよな。
214 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時03分45秒

「梨華がこいつの前ではっきり言ったら帰る。約束する」
「だって…そんなの変だよ。意味ないよ」
「俺には重要なことだよ」
白タイが苛立って石川さんの腕を掴む。
ぃやっ、と石川さんがその手を振り払う。
たまらずあたしは二人の間に半身を挟んだ。
「ちょっと…石川さん、嫌がってるじゃん」
白タイがあたしを押しのける。
興奮の余り力加減を誤ったのか、あたしは後ろによろめいて鞄を落とした。
「うるさい。直ぐ終わる」
…うるさいとは何だうるさいとは。
勝手に家の近くまで押しかけてきといて。

石川さんの眼からスッと光が消えた。
「…わかったから…やめて」
それでも相変らずあたしの方を見ようともせず。
深くうな垂れて。


「…私は…………ない」
「もっと聞こえるようにはっきり言えよっ」
「……私は、よしざ…んのこと…」
頬が切れそうなくらい、鋭い静寂。
215 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時04分59秒


「………何とも思って、ない。もう好きでも、嫌いでもない」
「…ほんとだな。嘘じゃないな」
白タイが低く念を押す。
「……これでいいでしょ。もう、帰ろう」

石川さんが何かを話し掛けようとあたしの方へ向き直って。
息を呑んで口を覆った。
白タイが、凍りついた。
二人の変化を見てようやく気付いた。

あたしは、泣いていた。
声を漏らさず。
唇を引き結んで。
石川さんを見詰めたまま。

生温かいものがするすると頬を滑る。
後から後から。
吐き出せない言葉の身代わりのように。
止まらない。
悲しいのか辛いのか痛いのか、自分でもよく分からない。
こういうのを、混沌、っていうのかな。
コントンコントンコントン。
……コントンのトンってどんな字だっけ。
216 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月26日(日)01時06分04秒

どうして、こんな事するんだろう。
待ち伏せして背中を斬りつけるような事するんだろう。
一体あたしが何をしたっていうんだろう。


「なんなんだよ…」
白タイが虚脱したように呟いた。
それは、こっちのセリフだ。

だけど。
目の前の石川さんがあんまり苦しそうだから。
「ごめん」
…どうしてあたしが謝るのかわからないけど。


ゆらりと、剥がされるようにして、あたしは歩きだした。
家までほんの数十メートル。
石川さんは、追ってこなかった。
217 名前:魚心 投稿日:2002年05月26日(日)01時07分06秒
更新しました。

>192 名無し読者様
 切ないつもりで書いているので、「切ない」と言って頂けると素直に嬉しいです。
 
>193 名無し読者様
 はじめまして!丁寧なご感想を有り難うございます。
 娘。小説初体験がこんなおバカさーん小説でいいんでしょうか。
 「御作品」なんて程のもんじゃないです。「拝読」なんてとんでもござんせん。
 流し読みしてください斜め読みしてください。
 他作者さんの名作が他にたんまり有りますので、どうぞ御覧になってみてください!
 
>194 名無し読者様
 飲み屋で知り合った親父風のアドバイス有り難うございます。
 今を生きろ、まさしくその通り。いけいけ吉澤どんと行け。

>195 名無し読者様
 長らくお待たせしました。そろそろ、決戦です。
 決着をつけるのは吉澤さんか、はたまた石川さんか。
 どういう形にしろ、決着はつけます。
218 名前:魚心 投稿日:2002年05月26日(日)01時07分51秒
>196 名無し読者様
 レス有り難うございます!と同時にごめんなさい。
 人間関係としてはこれ以上広がりもせず展開もせず、です。

>197 名無し読者様
 右斜め45度にぼやき入ってる読者様、発見。
 身に沁みて感じて頂けてるようで…。

>198 名無しどくしゃ様
 はじめまして!オゥオゥ。ROMって頂いてる方もいらっしゃるんですね。そいつは喜ばしい。
 ダイレクト吉澤、次回で一発決めてくれるといいんですが…。
 
>199 名無しさん様
 光…光はどこや。益々遠のいてしもうたです。
 しかし、闇のある処に必ず光はある、あるに違いない、あると思う。と弱気になりつつ。
219 名前:魚心 投稿日:2002年05月26日(日)01時08分33秒
>200 名無し読者様
 そっ、そうか。カウンタなんてものがあった…と気付いて100は誰が?と見返してみたら。
 自分が取ってました。…なんとなく虚しい。200取ってくれて有り難うございます。

>201 名無し読者様
 「俺が何をした…」とは前回更新分の白タイの弁。
 彼がすっかり損な役回りになってしまってます。ま、いっか。
 
>202 名無し読者様
 いい意味で御期待を裏切れてるといいんですが。
 泣いて頂けるのは、やっぱり嬉しいです。


次回でひとまず「完」になろうかと思います。
つくづくと、いしよし以外の登場人物には全くいいとこ無し!の偏ったものになってしまいました。
おまけに恐ろしく季節外れだし。最後までお付き合い頂ければ幸いです。
220 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月26日(日)01時34分30秒
またしても凄い展開だー。付き合い始めたふたりが見たいので、
いつか続き、期待してます。なんて勝手に言ってみたり。 
でも自分には想像もつかないような最終回なのかなあ。とにかく次回が
ほんとに待ちどうしいです。 
221 名前:某読書人 投稿日:2002年05月26日(日)02時06分35秒
今回のことは吉澤さんにとって辛すぎる出来事でしたね。

次回でラストということですが是非二人には幸せになって欲しい。
そう強く思わせる作品ですね。
222 名前:娘。 投稿日:2002年05月26日(日)02時38分46秒
よっすぃ〜辛すぎる、悲しすぎる、痛すぎる
223 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月26日(日)06時05分59秒
吉子が、なのか 作者様が、なのか よぅわからんが、
とにかく、あんたいい人だ。文章があったかいよ。
涙でた。

最終回ドカンとカマしてください。期待しちゃう。
そして続編か、新作かわからないけど、とにかく書き続けてほしー。
万々が一だけど、いしよしを離れたとしても文だけで十分魅力あるよ。
224 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月26日(日)10時17分10秒
今回は今までで一番泣けちゃいました。
ほんと切ないよほぉ。
次回でいよいよ完結ですか!滅茶苦茶楽しみにしております。
作者さんの文、自分もほんと大好きなので、これが終わっちゃっても是非また何か
書いてほしいっす。
更新もとても早いし、作者さん、あんたやっぱすごいよほ…
225 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年05月26日(日)10時36分08秒
よっすぃ〜カナリ辛いですね。
meも涙がでてきました。そして、心臓がイタイ。
次、ラストですか…ふたりが幸せになることを祈りつつ、
更新待ってます。
226 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月26日(日)14時28分53秒
ちくしょー!痛いよー!。・゚・(ノД`)・゚・。
227 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月26日(日)21時28分53秒
実は、今日初めて一気に読みました(^^;;
(めちゃ出遅れ)
とても綺麗な文章でテンポの良さにも見惚れてしまいました。

次回でラストとの事で残念です。
自分も他の方と同じく続きか新作キボーン。

明日を信じろ!ヨスコ!!(OT〜T)


228 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月27日(月)20時28分10秒
桃板で話題騒然ですね
みんなハラハラして待っています
229 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月27日(月)22時43分35秒
よ・よしが……(涙×2
ラストは、嬉し涙を流せたらいいなと、思われ…。
がんがってください!

230 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時25分26秒
目を瞑れば蒼ざめて表情をなくした石川さんの顔。
もうどれくらい、彼女の笑顔を見ていないだろう。

「あなたに似てる人が同じクラスにいるの」
「へぇ、そうなんだ」
「今だから言えるけど、ちょっとその人の事、気になってたんだぁ」
多分、きっかけはこんな軽い会話。
でも白タイとしては面白くない。
俺はそいつの身代わりなんじゃないか?と疑うのは当然だ。
売り言葉に買い言葉。
何がどうなったのか分からないけど、そいつの前ではっきりと証明してみせろってな事になったんだろう。
白タイの行動が正しいとは思わないけど、気持ちは痛いほどよくわかる。
自分をコントロールできるほど、あたし達は恋愛に慣れてない。
暴走していると自分でわかっていてもスピードを緩める術を知らない。
焦って更に強くアクセルを踏みつけてしまう。

流してしまった涙の意味。
好きでも嫌いでもない、という台詞は何だかものすごくリアルで。
頭ではなく心に直接反響してしまった。
231 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時26分25秒

学校を休もうかと思った。
だけど気遣い屋さんの石川さんのことだ。
あたしが学校を休んだら昨日の事が原因かと心配するだろう。
それに。
こんな事になってもまだ、あたしは石川さんに会いたい。
話せなくても気まずくてもまた傷ついても。
石川さんに会いたくてたまらない。

意地っ張りのくせに意志の弱い自分を呪いながら手早く身支度を済ませる。
なのに。
石川さんは朝のHRが終わっても昼になっても現れない。
最前列にぽつんと開いた穴。
反対に他の席全部が空白だったとしても、これだけの喪失感は感じないだろう。
それでも5限が終わる頃にはようやく諦めもついてきて。
すっかり投げやりになって休み時間になった途端に机に突っ伏す。
『只今不機嫌中』
あからさまな閉店休業看板を掲げる。
232 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時27分28秒

「あれー、石川さん休みかと思ったよー」
「どうしたの?風邪?」

開店。オープン。いらっしゃいませ。
必死に10まで数えて、顔をあげる。
石川さんが数人に取り囲まれるようにして席に向かっている。
あたしが急に起き上がった為だろうか。
石川さんが反射的にこちらを振り向いた。

…………。

椅子を引き倒さんばかりの勢いで、立ち上がった。
そして、凝視した。


唇の右端に、1円玉ほどの大きさの、痣。
中心部は鬱血して微かに紫がかっている。
自分で作れる類のものじゃない。
誰かに、強く、殴られた痕。


ぱちこーん。


ぎりぎりまで引っ張られていたゴムが、限界を超えて切れるように。
あたしの頭の中で何かが弾けた。
最後まで塞がらなかった傷の裂け目から血が噴きだしてあたしの脳内を真紅に染める。
ぎしッ、と自分の鈍い歯軋りの音が聞こえた。
233 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時28分30秒
あたしの視線に射竦められるようにして石川さんは突っ立っている。
絶命寸前の獲物を追い詰めるように、ゆっくりと近付く。
異様なものを感じ取ったのか、周囲の人間は喋ることも動くことも出来ずにただ成り行きを見ている。
「あいつ、でしょ」
やっとの思いで吐きだした声はしゃがれていた。
石川さんは空ろな眼をあたしに向け、床に落とし、そしてまたあたしに向けた。


猛り狂って押し寄せる憤怒の溶岩に全身を呑みこまれていく。
完全に、我を忘れていた。
……コロス。


教室を飛び出した。
誰かがあたしの名前を呼んだかもしれない。
そんなことはどうでも良かった。
一気に階段を駆け下り、校門を抜ける。
奴の学校までは近くのバス停から循環バスが出ていた筈だ。
だけど頭の中にそんな選択肢はなかった。
走って走って、走った。直ぐに息が苦しくなった。
でも足は止まらなかった。
ぺたぺたぺたぺた。
妙に足の裏が頼り無い気がして走りながら地面を見たら、上履きのままだった。
234 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時29分22秒
全力疾走は久し振りだ。
吸って、吸って吸って。息が吐けない。
ひゅうひゅうと喉から妙な喘ぎ声が漏れる。
太腿が強張る。
膝にうまく力が入らなくて幾度も前につんのめる。
それでも、走った。

白タイの通う高校の校舎が見えた時には半ば朦朧としていた。
うちの学校とは授業時間が違うのか、ちらほらと下校している学生が、汗に濡れた髪をべったりと頬に張りつかせてるあたしを避ける。
……白タイの名前も学年も知らない。
どうやって呼び出すんだどうやって。
『出て来いっ』
やけくそで念じる。
勿論、念じたところで出てくるわけもなく。
あたしは少し離れた場所から校門を張る。

昨日はこうしてあたしが待ち伏せされた。
そして今日はあたしが。
…あたしと白タイって気が合うんじゃないの。
会う場所が違っていれば、案外仲良くなれたかもしれない。
だけど、あたしは大切な人を殴ったりしない。
五分、十分。
いや、もしかしたら十分、二十分。
時間の感覚なんてとっくにすっ飛んでる。
235 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時30分32秒

そして。
見つけた。奴を。
突進して掴みかかりたいのをぐっと堪える。
白タイが校門を出るのを待って、奴の視界にスッと姿を滑りこませる。
「ちょっと、話があるんだけど」
ぎょっと目を剥く白タイ。
でもそれも一瞬の事で、すぐに態勢を立て直しやがった。
「ちょうどよかった。俺の方も話があったんだよね」
白タイはあたしの腕を掴んで自分の腕に絡ませ、ぐっと脇を締める。
「場所、変えようか」
返事を待たずに白タイが歩き出す。
取り立てて力を入れている風でもないのに、がっちりと挟まれた腕はびくともしない。
こいつ、男だ。そしてあたしは女だ。
今更ながら、こんな簡単な事実を認識する。

「…どこ行くの」
「人のいないとこ」
「……なんで」
「人に聞かれたくないから」

そりゃそうだけど。
行くとなると、公園、か。
公園なら誰かしら人がいるだろう。
236 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時31分11秒
でも。
「ここ、どこ」
金網の扉をくぐって、目の前に広がるのは。
だだっ広い一面の砂地。
よくよく見ると、錆びて変色したサッカーゴールが対になって申し訳なさそうに佇んでいる。
第2グラウンド、と白タイが事も無げに言い放った。
「多分、誰も来ないよ」

危険信号の明滅が更に回転度を増す。


白タイが不意にあたしに向き直る。
…目が思い詰めてる。血走ってる。
なんか……やばいかも。
相手は石川さんを殴るほど平静を失ってる奴だ。
もう少しすれば暗くなる。
いざとなったら……何が出来る?
いくら広くても大声で叫べば、近所にも聞こえるだろう。
だけど、出来ればおおごとにしたくない。
白タイは石川さんの彼氏。
騒ぎになれば、石川さんが悲しむ。
助けは求められない。
白タイとあたしの、これは一騎討ちだ。
237 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時34分25秒
「やったの、あんたでしょ」
憤怒と恐怖で喉が塞がってうまく声が出せない。
「そう。俺」
けろりとして白タイが答えた。
わざとって分かってるのに、その態度にまた胸を引っ掻きまわされる。
「…なんで」
「知りたいんだ?随分友達思いじゃん?」
「ふざけんなっ」
「俺は、ふざけてないよ」
脇に垂れた白タイの両腕がぴりぴりと緊迫を伝えている。
触れれば、火花が散りそうなほど。

「で、俺をどうしたいの。梨華の代りに殴りたいってか」
「……」
「いいよ。やれば?」
白タイが半歩、距離を縮める。
「まぁやられたら俺も黙ってらんないけど」
もう、半歩。
まともにやっても勝ち目はない。
やられるか。
やられる前に、やるか。
白タイが次の半歩を踏み出そうとした瞬間。
238 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時35分21秒
あたしは素早く身を屈めて砂を掬い上げ、白タイの顔面に叩きつけた。
オワッ、と白タイが顔を覆う。
「なにすんだよっ」
目潰しをくらいながらも、右腕を振り上げて迫ってくる。
よけようとしたけど上履きの底が滑って、逆に敵の腕に縋りつくような形になった。
バランスを崩し、折り重なるようにして転倒した。
あたしが下。白タイが上。
圧倒的に不利な体勢。
「おっ落ち着けよっ、とにかく話を…」
ん?話?
奴の言葉に動きを止めた、その時。
白タイの視線が横に流れて、うげっと声を漏らした。
あたしもその視線の先を追うと。


石川さんっ?!
239 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時36分16秒

そこには、鞄を手にものすごい形相で疾走してくる彼女の姿。
速い、はやいっ!
みるみる間に近付いてきて、走りながら鞄を振り上げ・・・。

それは、それはそれは、やばいッ!!!


「うわああぁぁぁっ!」


次の瞬間。
思い切り振りかぶった鞄を腹に食らって吹っ飛んだのは、白タイの方だった。

…あれは…むごい、というかなんというか…。
腹を抱えて悶えてる白タイ。
石川さんは助け起こそうともせず、あたしを背にして立ちはだかった。
仁王立ちの石川さんの後姿は、惚れ惚れするほど凛々しくて。
あたしはただただ見とれていた。
240 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時37分07秒

「何してるのッ」
石川さんが噛みつくように怒鳴った。
「なん…してな…話そうとしたらこいつが…」
呻きながら白タイが弁明する。
「ウソッ。吉澤さんに何したのッ」
「…ほんと、な…もしてな…」
「あの…石川さん」
おずおずとあたしも口を挟む。
「あの、彼は本当に何もしてないから…」
あたしが勝手に警戒して攻撃を仕掛けてしまったわけだし。

「……良かった………吃驚した…」
石川さんの肩から徐々に力が抜けて、小刻みに震えだした。
震えはあっという間に全身に広がっていく。
「…梨華」
白タイが名前を呼んだ。
それが合図だったかのように、石川さんが声を放った。
241 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時37分52秒

…すごかった。
ウワーーッとあらん限りの声を振り絞って。
号泣だった。
めちゃめちゃだった。

あたしと白タイは呆気に取られてへたりこんでいた。
実際、それは泣き声なんて生易しいものじゃなかった。
うぉんうぉん吠えるように喚く喚く。
次第に、何か言葉らしきものが混じり始めた。
ぎょえー…さー?
ぎょえーなさー。
ぎょめんなさい。
そうか、「ごめんなさい」か。
…誰に?何に?
242 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時38分53秒

「……なんで、こいつなんだよ…」
白タイが、吐き出すように言葉を投げつけた。
石川さんはごめんなさいと泣きじゃくり続ける。
こいつ、ってあたしの事だよな。他にいないもんな。

「こいつ、情けないぞ」
…悔しいけど、事実だ。
あたしは余りに非力で、石川さんを守れない。
「こいつ、かっこ悪いぞ」
…確かに。上履きで地面に引っくり返ってるあたしは今、最高に無様だ。
「こいつ、卑怯だぞ」
…砂かけたこと言ってんのかな。
「こいつ、鈍いし頭も悪いぞ」
…石川さん?あたしのことどう言ってたのかな?
「それに…こいつ、女だぞ」


「わかってるよぉ…」
石川さんの嗚咽は益々ひどくなる。
「わかってるもんわかってるもんわかってるけど」
びょえーっと一際高く声をあげてから。


「好きなんだもんどうしようもないんだもん」


白タイが肩を竦めて、あたしを見た。
あたしはと言えば……。
ぼんやりと、やっぱり石川さんの髪は触り心地良さそうだな、なんて考えてた。
243 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時39分51秒

「これ、ごめんな」
白タイがそっと、そっと石川さんの口の端に触れた。
それは本当に優しい触れ方で。
今、気付いたけど。
さっき白タイがあたしに上げたのは、右手。
ということは白タイは右利きなんだろう。
でも、石川さんの痣は唇の右。

白タイは、激情に駆られても石川さんには咄嗟に、利き手ではない左手で。
そして今は、僅かに顔をしかめた石川さんより余程痛そうな表情。
これから白タイが誰か大切な人に手を上げることはないだろうって、思う。

「会うのも最後だから言うけど…」
ズボンの砂と埃を叩き落としながら、白タイが言った。
「鞄の中、もう少し減らしたほうがいいんじゃない」
……重かったんだね痛かったんだね。
あたしは思わず深く頷く。
そんじゃ、と軽く手をあげて立ち去る白タイ。
かっこいいじゃん。
振られてるのに、かっこいいよ。
そんな誉め言葉は今の白タイにとっては何の足しにもならないのはわかってるけど。
244 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時40分39秒


「……もう泣き止みなよ」
しまった。またぶっきら棒な声。
あたしはどうしてこう学習しないんだろうか。
「…あたし、かっこ悪いよね」
ひくひくと嗚咽しながらもしっかりと石川さんが首を縦に振る。
「…それに情けないし卑怯だし弱虫だし」
「…吉澤さん…」
「なに?」
鼻を啜りあげながら、石川さんが腰のあたりを指差した。
「ファスナー開いてる…」

あらら。全開。
たまげた。
「…パンツ見えた?」
ぶんぶんと石川さんが頭を振る。
「…見る?」
ぶんぶんぶんと更に激しく頭を振る。
冗談だってば。

「石川さんって…幸薄そう」
こんなあたしを好きになるなんて。
不幸を呼び寄せるようなもんだ。
ぎくりと目を泳がせる石川さん。
さては自分でも自覚があるんだな。
245 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時41分14秒
それで…何て言えばいいんだろう。
肝心な時に、あたしはいつも締まらない。
自分が歯痒くて、思わず小さな溜息が漏れる。
「…ごめんね、迷惑なのはわかってるけど」
あたしの溜息を誤解したのか、石川さんが呟いた。

「もう戻ろう?柴ちゃん心配してるよ」
ん?また柴ちゃん?
「…前から思ってたんだけど、なんで柴ちゃんに拘るの?」
「だって…好きなんでしょ?」
「……誰が?」
「……誰って吉澤さんが」
「どうして?」
「……どうしてって…なんとなく」
あぁ、もしかしたら。
保健室に運んだ時のことかなぁ。
確かにあの時は必死に見えたと思うよ。
最初は石川さんが倒れたと思ったし、柴ちゃん背負ってみたら重かったし。
246 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時42分17秒

早く。早くしないとまた石川さんがすり抜けていってしまう。
「これ…いつ?」
白タイが触れたよりも更に優しく、痣を中指の先でなぞる。
久し振りの石川さんの感触。
「…きのう、あの後」
「どうして」
「……馬鹿にするなって…でも」
私も傷つけちゃった、と石川さんが呟いた。
そうだね。
三人で互いに互いを随分と傷つけあっちゃったね。
それに。
「痛そうだったね、あれ」
「…あんな、倒れてるから、てっきり何かあったと思って、つい」
助走つけてつい一発ぶちかましちゃったのね。

「でも、かっこ良かった」
石川さんの顔を胸に抱き寄せて。

「惚れ直しちゃった」
247 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時43分35秒

石川さんが、びくりと揺れる。
腕に力をこめて、あたしの顔を見ようとするのを押えつける。
あたしの胸に顔を埋めながらじたばたともがく石川さん。
石川さんの重みと温度を確かめる。
あたしの今の精一杯の優しさと力強さで彼女を抱き締める。
空っぽで、乾涸びていた心に水がひたひたと満ちてくる。
ようやく腕の中の石川さんが動きを止める。

「あたし、頼り甲斐ないし優しくないよ?」
「…うん」
「なんか、鈍いみたいだし」
「……うん」
「それでも?ほんとにいいの?」
腕を緩めて彼女の顔を覗きこむ。
石川さんはぐしゃぐしゃの顔で、恨めしそうにあたしを見つめる。
「仕方ないんだもん」
…ちょいとお嬢ちゃん。
もうちょっと他に言いようがあるんじゃないの。
さっきから、どうしようもないとか仕方ないとか。
248 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時44分36秒

石川さんの湿った吐息。
「優しいとか優しくないとか、守るとか守らないとか、そういうのはどうでもいいの」
そして、潤んだ眼であたしを真直ぐに見上げて。
「一緒に居てくれれば、それでいい」


…はい、これ犯罪ね。
消防隊出動。
あたしの胸に放火した彼女をどうにかして下さい。
ついでに自衛隊出動。
あたしの治安を乱す彼女をどうにかして下さい。

あたしはすっかり優しさを忘れて、思いっきり石川さんを抱き締め、そして。

249 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時46分01秒


それから?

上履きのまま飛び出したあたし。
直ぐに後を追っかけた石川さん。
砂だらけで、でも手を繋いで戻ってきた二人。
女子高で求められてるのは「男の子みたいな女の子」だけじゃない。

ロマンチックな、伝説。
お姫様の為に危険を顧みず決闘を挑む王子と最後にはやっぱり王子を選ぶお姫様。
あたし達は何を訊かれても曖昧に濁して答えなかったんだけど。
余計に噂が先走って、尾ひれ胸びれ背ひれが付き、しまいにゃ極上のフカヒレと化して皆様の食卓にのぼっているらしい。
所詮、伝説の真相なんてこんなもの。
だけど、結果オーライ。
何となく校内であたし達の事は認可されてるし。
テニス部の子たちも伝説にすっかり陶酔して石川さんの味方になってるらしいし。
250 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時48分24秒

そして穏やかな日々。

「どうして?どうしてよ」
「…理由が分かってれば答えだってわかってるよ」
「それじゃ何でこれが解けてこっちが解けないのっ」
「…だって、これは解けてこっちは解けなかったんだもん」
膨れっ面のあたしと、詰めが甘いのよ詰めがっと必死で説明する石川さん。
「……吉澤さん知ってるよね?今度の小テストで負けたらどうなるか…」
あたしはこくりと頷く。
「首にマークつけて1週間過ごさなきゃいけないんだよ?」
「……マークじゃなくてキスマーク…」
「わかってますッ。失神しそうになるから正式名称言わないでっ」
こくり。承知しました。
「ふたり揃って、マークだよ?」
こくりこくり。
「周りがどう思うかわかるよね?」
こくーり。
でもそれはそれでいいじゃぁないか、と思わないでもない。
首元には自分でつけられないからね。
あたしのハンターな視線を感じたのか、石川さんがそそくさとマフラーを首に巻く。
251 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時49分45秒
熱い紅茶に小粋なマスター、落ち着いた喫茶店、クリームぺろりでラブラブ…。
…遠のいていく。遠のいていくあたしの理想が。
お空の彼方にファーラウェイ。
現実は、雑草、新聞紙、膝の上のゾウリ虫。
あたし達はすっかり隠れ癖がついてしまったようだ。

「それにしてもさぁ、これ中々消えないよね」
石川さんの唇の痣はまだうっすらと痕跡をとどめている。
鏡でこれを見る度に石川さんはきっと白タイを思い出す。
あたしも石川さんと白タイが一緒に過ごした一ヶ月を想像してしまう。
「ちょっ、やっ……擦ったって消えないから…」
チッ。そうですかそうですか。

「どうすれば消えるかな?」
「まだ……時間が経たないと」
石川さんは少し苦しそうな顔をする。
言葉にはしないけれど、白タイの事を気にしているのが分かる。
気にしたって、もうどうにもしようがないのだけれど。
「それじゃ、これは?」
あたしは痣に唇をそっと押しつける。
しばらくそのままでいると、石川さんは擽ったそうに身をよじって逃れようとする。
252 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時51分18秒

不安が消えたわけじゃない。
こうしている今だって、他の人に石川さんを奪られたらって想像すると内臓が締めつけられる。
だけど、その不安は石川さんも同じだと気付いたから。
誰かが言ってた。
今を生きろって。
そうだ。今を生きない未来に、何があるっていうんだ。
だから先ずは最初の一歩。

「梨華……」
「……」
「………ちゃん」
クッ。
早くも挫折。
ほんとに詰めが甘いんだから…と石川さんがぼそっと呟くのが聞こえた。
253 名前:水魚なふたり 投稿日:2002年05月30日(木)00時52分07秒

…負けないよ。負けないよ吉澤さんは。
だから目指すは40点から50点の間。
希美には勝って亜依には負けるくらいの点数。
そして石川さんが疑いを持たない程度の点数。
「梨華……」
「……」
「……ちゃん、あたし頑張るよ」
「…ほんとね?」
あたしは我ながら最高の微笑を浮かべる。
石川さんは何故か少し引き攣った笑顔を返す。
そう、これがあたし達の。


    HAPPY END ……………… maybe

254 名前:魚心 投稿日:2002年05月30日(木)00時53分26秒
 
 完カンカンカンカカンです。

>220 名無しさん様
 きっぱりと!ご想像通りだったのではないでしょうか。
 引っ張るだけ引っ張った割には工夫のない最終回ですみません。

>221 某読書人様
 散々痛めつけてきたので、最後は幸せになってもらいました。
 まぁ吉澤さんがこんなですから、石川さんには新たな苦悩の始まりかもしれませんが。

>222 娘。様
 …何だか自分が鬼畜のような気になって参りました。
 ととと取り敢えず誉め言葉として受け取っても宜しいでしょうか。

>223 名無し読者様
 おほ?と、自分で思わず読み返してしまいました。何だか嬉しいです。
 生まれてこのかた作者がいい人であった試しがないので、恐らく吉澤さんの方かと。
 新作の予定は今の所ありませんが、短い続編は書かせて頂きたいと思ってます。
 
>224 名無し読者様
 そうですね。更新は結構ハイペースで押し通せた気がします。
 それもこれも皆様のレスが励みになったのと、いしよしが好きだからダー!(←雄叫び)
255 名前:魚心 投稿日:2002年05月30日(木)00時55分39秒
>225 名無しどくしゃ様
 吉澤視点なので、吉澤さんの辛さがメインになっちゃいますね。
 実はどちらかと言えば石川さんの方が辛いんじゃないか…と思わないでもないんですが。
 
>226 名無し読者様
 わー、かわいいっ。キュートでござるキュートでござる。

>227 ごまべーぐる様
 初めまして!こちらこそいつも楽しく及び鼻息荒く拝見させて頂いております。
 いいんですよねぇ甘々な二人の感じが。ほんと、目の保養というか脳の保養というか。

>228 名無し読者様
 ええ、ええ。また違う意味で騒然というか。めっちゃ笑いました。
 残るは月、火、土だけか…などと。最終話そっちのけでネタを考えてしまいました。
 結局、思いつきませんでしたが。

>229 よすこ大好き読者。様
 お付き合い頂きまして本当に有り難うございました。
 温かいレスはとても励みになりました。
256 名前:魚心 投稿日:2002年05月30日(木)00時56分37秒

断固たる自己満足小説にお付き合い頂いた皆様、レスを頂いた皆様、本当に有り難うございました。
お陰様で書いてて本当に楽しかったです。
ひねりのないラストですが、石吉上等ベタ上等、ってことで。
因みに今更ですが、題名は故事の「水魚な交はり」からとりました。
水と魚のように離れられんふたり、とな。あとは語感が良かったものですから。
全体的に展開を急ぎ過ぎてしまったとか、偶然が多いとか反省は腐るほどありますが。
少し余裕ができればこの二人の今後の短編なども書かせて頂くかもしれません。
その時はまたお付き合い頂ければ幸いです。
257 名前:じゃない 投稿日:2002年05月30日(木)00時57分52秒






(^▽^)<勝手に殿堂入りとさせていただきます>(0^〜^0)
258 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月30日(木)01時00分32秒

最近、一番楽しみにしていた話しだったんで、終わっちゃって寂しいっす。
短編にも期待してまふ。
259 名前:ホッピー 投稿日:2002年05月30日(木)01時06分50秒
(O´ー`O) < お疲れ様でした…
260 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月30日(木)01時16分56秒

( ´D`)<そうれすね、いしよしはやはり離れられない運命なのれす。
       おつかれさまれした!そしてありがとうれす。
       作者の駄文も読んでくだしゃって感謝なのれす。

    chu-
(*^▽^)^0 )



261 名前:223 ごちそうさまだす 投稿日:2002年05月30日(木)01時17分03秒
ほんとこのお話好きです隙です大好きです。本当に良かったです。
胸がイパーイで作者さんのよーに言葉がつむげない・・・。

短編もよろしくです! 多謝!!
262 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)01時42分05秒
ポップだったYO!
263 名前:オガマー 投稿日:2002年05月30日(木)01時46分21秒
影ながらROM常連として見守らせて(?)頂きました。
いしよし萌え〜
イイです。感動をありがとう。
尊敬しております。
短編、あったらトテーモ嬉しいです。
264 名前:ももたろう 投稿日:2002年05月30日(木)01時47分00秒
話題騒然の作者さんの物語
完結してから今一気に読みました。
一気に読んであったかくなって泣いて切なくて・・・
最後はハッピーでした。
文章もかなり読みやすいし吉の語りはおもしろいし・・・
最高でした!!感謝です!!お疲れさまです!!
265 名前:オガマー 投稿日:2002年05月30日(木)01時47分13秒
あ、あげてしまった…
す、すみません(滝汗)
266 名前:. 投稿日:2002年05月30日(木)01時49分18秒
>魚心さん

読み終えて、すごく暖かい気持ちになりました。
話のリズム感が、個人的にツボにはまって・・・最高!
素敵な作品、本当にありがとうです。短編、読みたいっす。
267 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)02時06分03秒
なんだかなんて言っていいんだかわかんないくらい
感動しています。お疲れ様でした。ダイスキ!!
268 名前:名無し 投稿日:2002年05月30日(木)02時20分57秒
ん〜よかったよかった♪
269 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)02時31分59秒
軽いノリで読み始めたのですが、どんどん引き込まれていき、最後は感動しまくりでした。
中盤以降の吉澤さんの心の叫びがとても痛くて、そしてそんな吉澤さんを
最後に救ってくれた石川さんがとてもカッコよかったです。
そして白タイさんには、最優秀助演男優賞を進呈したいです(w
270 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年05月30日(木)02時49分46秒
完結お疲れ様でした。この一ヶ月、笑いに笑って、泣いて
切なくって、ドキドキして大変でした。
白タイが、案外いいやつで(まぁ、吉に似てるんですよね)
最後、HAPPY ENDで、よかったです。(T−T)
感動しました。ありがとうございました。
271 名前:理科。 投稿日:2002年05月30日(木)05時41分53秒
お疲れさまでした。とてもテンポが良く、
毎回ドキドキしながら読ませて頂いていました。
よっすぃ〜のライバルだた白タイも最後イイ人で良かったです、はい。
何よりもハッピーエンドで終わって嬉しかったです。
本当にお疲れさまでした。
272 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)09時22分14秒
むしろ吉澤には悪い点を取って欲しいナリ(w  Σ(^▽^;)エッ

お疲れ様でした!久しぶりに心揺さぶられる作品を読んだぞ!チクショー!
273 名前:名無しみしま 投稿日:2002年05月30日(木)12時15分35秒
某板トップ見て飛んできて一気読みです。
よかったですー。
二人の距離がとても近いときの描写と痛いシーンの表現が
某ウルフ小説を彷彿とさせました。
でもこっちの方がずっと
( ´D`)<すきなのれす…
274 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)13時19分42秒
お疲れ様でした。
皆さん言われてますがリズム感、最高ですね。内容も勿論ですが。
良い話を有難うございました。
短編、マターリ待ってます。
275 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年05月30日(木)15時26分46秒
実は最初からずっと読んでました。毎日更新楽しみにしていました。
本当に感動しました。白タイは可哀想だが仕方ないですよ。
お疲れ様でした。短編楽しみに待っています。
276 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年05月30日(木)18時12分32秒
すばらしい作品をどうもありがとうです。
マジで感動です。死ぬまで忘れないかもしれませんね。
短編の方、期待しながら待ってます。
お疲れ様でした。
277 名前:200 投稿日:2002年05月30日(木)23時12分58秒
200ゲットしなきゃよかったよ・・・



名作に悪いよ・・・・欝だ・・・氏脳
278 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月30日(木)23時15分21秒
おつかれさまでした。
ステキ…ほんと読みごたえあって最高でした。
2人のやりとりにドキドキハラハラしっぱなし。
それでも最後は…うんうんよかったよかった。
短編のほうもあるみたいで楽しみです。
279 名前:たろ 投稿日:2002年05月31日(金)07時14分45秒
完結お疲れさまです。
ずっと読ませていただいてました。
気持ちのいい風が吹き抜けたあとのような読後感、最高です!
テンポの良さがすごく好きでした。
短編、楽しみに待ってます。
280 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月01日(土)10時24分00秒
最高でした。名作を有難う。

ギョエ━━━━━━\(T▽T)/ナサ━━━━━━ イ!!!!

なぜかこんなAAが頭に浮かんでしまいました(W。
281 名前:魚心 投稿日:2002年06月04日(火)02時32分10秒
ご感想、本当に有り難うございます。
短編と一緒に…と思いましたが、ひとまず御礼だけですみません。

>257 じゃない様
 ちくわ、美味しくご馳走になりました。ROM人ですが、いつもお邪魔させて頂いてます。
 私のいしよしヲタとしての生活は○板と共にあると言っても過言ではなく。
 同時にいしよし好きとしての自我を確立させて頂いた覚醒と成長の場でもあり。

>258 名無しさん様
 有り難うございます!作者もここの吉澤さんと離れるのは少し寂しいです。
 自分で言ってりゃ世話ないって話ですが、本当に楽しく書かせてもらったので。

>259 ホッピー様
 以前、どうしてもお礼を申し上げたくてメールを書いたまではいいが、
 当方のPCの設定の不都合により送れなかった事があります。
 この場をお借りして…有り難うございます!
 
>260 ごまべーぐる様
 駄文なんてとんでもない。ユンケル並べて血走った眼でお待ちしております。 
 甘々が書けない(なぜなんだ…)自分としては羨ましい限りで。
282 名前:魚心 投稿日:2002年06月04日(火)02時33分11秒
>261 223 ごちそうさまだす様
 こちらこそ素敵なコメントを頂いて、多謝!です。
 作者も心のあたたかい人間になりたいな、と思いましたね。(多分、三日坊主)

>262 名無し読者様
 いかした感想、ありがとYO!チェケラッチョ。

>263&265 オガマー様
 こんな所で何ですが、完結お疲れ様でした!
 素直でかっこいい吉澤さん、堪能させて頂きました。
 それから、特にsageには拘ってませんから滝汗をお拭きになって下さいな。

>264 ももたろう様
 一気読み…お疲れ様です!書き終えて思った事は、やっぱり「いしよし」はイイっ…と。
 他の娘。メンバーも勿論ですが、この二人は自分の妄想を存分に掻き立ててくれるんです。

>266 . 様
 もし暖かい気持ちになって頂けたとしたら、きっとモデルの二人が魅力的だからですね。
 最後までお付き合い頂いて、本当に有り難うございました。
283 名前:魚心 投稿日:2002年06月04日(火)02時33分54秒
>267 名無し読者様
 作者もいしよしが「ダイスキ!」なんです。
 調子に乗って当初の予定より結構長くなってしまいました。
 
>268 名無し様
 自分としては、ほんとに…よかったよかった無事に完結できて…。って感じです。
 しつこいようですが、それもこれもいしよしと皆様のお陰…。

>269 名無し読者様
 確かに白タイなくしてこの話は膨らまなかっただろうな、と思ってます。
 思いつきで出した人物の割には、大活躍してくれました。

>270 よすこ大好き読者。様
 こちらこそ最後まで温かいレスを本当に有り難うございました。
 楽しみにしています、と言って頂くと本当に頑張っちゃう単純な自分でした。

>271 理科。様
 有り難うございます。本当に嬉しいです。話の運び方など反省すべき点は山とあります。
 でも取り敢えずは完結できてほっとしている…という所です。
 理科。様の次回作も陰ながら期待してよろしいでしょうか?
284 名前:魚心 投稿日:2002年06月04日(火)02時34分49秒
>272 名無し読者様
 取ると思いますねぇ今の吉澤さんならば。はりきってますから。
 そして石川さんの首にはきっと…。チクショィ。
 
>273 名無しみしま様
 この名前、もしや…と本棚を漁って…あった!もしかして、あれですね。
 一時期好きだった小説なので、いやぁ…ウレシハズカシ。勿論、あの世界には遠く及びませんが。

>274 名無し読者様
 有り難うございます。文章のリズム…は、割と気にかけてみました。
 結果、読み易い代りに素っ気無い文になっちゃいましたが。

>275 いしごま防衛軍様
 いや、もう、ほんとにとんでもないです。じりじりと後ずさってます。
 勿体無いお言葉に、手を合わせるばかり…。

>276 名無しどくしゃ様
 恐縮の余り開脚前転側転三点倒立。
 短編、御期待に添えるものが書けるか本当に自信がないんです…。
285 名前:魚心 投稿日:2002年06月04日(火)02時35分38秒
>277 200様
 いやいやいや。そこを何とか、浮上してください。
 取って頂いてほんとに、嬉しかったんです。
 
>278 名無し読者様
 そいつは…うんうんよかったよかった。
 短編は恐らくおバカなものになると思うので、ドキドキハラハラはないかと。
 ま、予定は未定ってやつなんですが。(←行き当たりばったりなんです)

>279 たろ様
 素敵な感想を有り難うございます。 
 書いて良かったなぁと思う記念の瞬間であります。

>280 名無しさん様
 石川さん、まさにそんな感じだったと思いますね。
 そういや本物の石川さんはドラマ(?)でもコントでも泣いてる役多いですよね。

皆様本当に有り難うございました。
最後に、短編、たいしたことないと思うのでギョエーナサーイ。
まだ書いてないんですけど、今から謝っておこっと…。
286 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時48分32秒


吉澤さんが、遠くに行ってしまった。
私にはもう手の届かないところへ。
一緒にいてね、って言ったのに。
力強く抱き締めてくれたのに。

287 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時49分16秒


「…石川さん、ちょっと、ねぇ」
「なんでしょうか」
「…なんか、暗くない?」
「元からです」
「敬語だしさ」
「敬ってるからです」
「……また、あたし何かしちゃった?」
「とんでもございません」

吉澤さんは私の扱いに困って少し歩みを遅らせる。
背後から、小さな小さな溜息。
…溜息。また。
やっぱり。
私といてももう楽しくないに違いない。
そうに決まってるそうでないわけがない。
288 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時50分07秒
どうして、吉澤さんは私なんかと付き合ってるの?
そもそも…付き合ってるのかな?私達。
落ち着いて、梨華。よく思い出してみるのよ。
「一緒に居てくれればそれでいい」って私が言った。
吉澤さんは何だかとろんとした目で私を見て、息がつまるほど抱き締めてくれた。
それが返事だと思ってたけれど。
もしかしたら眠かったのかも疲れてたのかも面倒臭かったのかも。
有り得る。吉澤さんなら十分有り得る。
…でも、接吻、も、したし。
体育倉庫の裏で、ちょびっとだけど胸も触られたし。
本当なら接吻の数を日記につけておきたいんだけど。
吉澤さんが「連打連打」なんて遊ぶからとてもじゃないけど数えられたものじゃない。
289 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時51分01秒

「石川さん、あのぉ、雑誌のことだけどね?」
……そう、あの雑誌さえなければ。
吉澤さんを遠くに連れ去ってしまった、憎き雑誌。
「まじでたまたまってやつでさぁ、まさか載るとは思わなかったから、参っちゃった」
「滅相もありません。吉澤さんなら当然だと思います」
……ほら、また、溜息。

『街のおしゃれさん』
人気のティーン雑誌の巻頭特集。
あろうことか特集のトップを飾っているのは紛れもない吉澤さんの姿。
ジーンズにTシャツ、スニーカー。
皮バンドと首もとの馬蹄型のネックレスがアクセント。
気負っておしゃれしてる訳でもないのに、すごくかっこいい。
自分の好きなものを好きなように着てるっていう自然な空気。
これが、私の彼女?
そんなうまい話がこの世にあっていいの?
どこかに落とし穴はない?
290 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時52分08秒

雑誌が発売された翌日から学校内はちょっとしたパニック。
友達から聞いて初めて知った私もパニック。
だって、知らなかった。
写真を撮られたなんて私には言ってくれなかった。
「たいした事じゃないし、載らなかったら恥ずかしいから言わなかった」
って吉澤さんは弁解したけど。
どこがたいした事じゃないのよ。
ただでさえ人気があるのに、更に拍車がかかっちゃったじゃない。
休み時間の度に見物人。
お陰でこっちはハラハラし通し。
吉澤さんもまた満更でもない顔してにやけちゃって。


「何で拗ねてる、のっ」
のっ、の所で腕を掴まれた。
「言ってくんなきゃわかんないじゃん」
吉澤さんの場合、言っても分かってくれるか微妙よね。
「黙ってたのは悪かったけど、拗ねるようなこと?」
私、拗ねてるのかなぁ。
「あーもう、まじで、頼むよっ」
私、何を頼まれたの?
…ほら、今度は大きな溜息。
291 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時53分01秒

「とりあえず、どっかで何か飲んでいこ」
吉澤さんの声が、不機嫌な色を帯びてる。
折角部活休んでデートしてるのに、これじゃいけない。
頭ではそう思うのだけど。
「あたし、飲み物買ってくるね。あったかいのでいいよね」
駅前のファーストフードのお店に席を取って。
普段より少しだけトーンの高い、優しい声。
また吉澤さんに気を遣わせちゃった。
「あ、待って。お金…」
お財布を取り出そうとして鞄を開けようとした。
と、慌てていたのか、強く引きすぎてチャックが全開になってしまった。


「石川さん…なに、これ」

292 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時54分38秒


いけないっ!と思った時には既に遅く。
吉澤さんがまじまじと私の鞄の中を覗きこんでる。
「……」
「……」
「…今日は、古語辞典持って帰ってないんだ?」
吉澤さんの口の端に浮かぶ意地悪な笑み。
「あれ?英和辞典もないみたいだけど?」
「……」
「音楽の教科書もぉ、ない。えー?現代文も英語も置いてきちゃったとか?」
「……」
「ウソウソヤダヤダナンデナンデェ」
「…吉澤さん、わざとらしすぎるんですけど」
「ダッテダッテ、ネェ、よっすぃおったまげちゃったんだもん。あの石川さんが」
鞄の中からごっそりと、例のブツを。
「あの石川さんが、こんなもの鞄いっぱいに詰め込んじゃってぇ」
引っ張りだされて積み重ねられた、雑誌。

そうよ。頑張ったよ。
駅前の本屋でしょ、隣町の本屋でしょ、コンビニでしょ。
貯めてあったお小遣いの許す限り。
買って買って買い占めて。
こんなに買ってどうするんだって感じだけど。
この1冊を買えば吉澤さんを好きになる子が1人減るって思ったら。
293 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時55分40秒

必死になって買ったはいいけど、隠し場所に困って。
大部分は裏の焼却炉でこっそり焼いちゃおうと思って家から持ってきたのに。
やっぱり、焼けなかった。
だって吉澤さんが中にいると思うと。
「焼けなかった…」
あたしの呟きに、吉澤さんの笑顔が引き攣る。
「焼こうとしてたんだ…」


コーンポタージュにコーヒーに、Lサイズのポテト。
お金使わせちゃったみたいだから、と吉澤さんの奢り。
さっきから余り会話が弾まない。
間がもたなくて、食べたくもない油っぽいポテトを口に捩じこむ。
そして、吉澤さんの大きな、溜息。
これで今日何度目かな?
294 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時56分25秒

「つまり、石川さんは、やいてるんだ」
「…え?だからまだ、焼いてないってば」
「いやいや、雑誌はやいてないだろうけど雑誌にやいてるんでしょ」
なぁに、そのトンチみたいなのは。
勿論、すぐに解けたけれど。

妬いてる。うん。妬いてる。
雑誌にも吉澤さんに寄ってくる子達にも。
だけどそれ以上に焦ってる。
私より可愛い子なんてたくさんいるもの。
私より面白い子なんてもっとたくさんいるもの。
どうして吉澤さんは私と付き合ってくれてるの?
わからない。
自信がない。
不安になっちゃって。
「吉澤さん、好き」
つい、言っちゃった。

295 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時57分21秒


吉澤さんの口からだらりとコーヒーが零れた。
キチャナーイ。
しかも。
「袖で拭いたらダメ。コーヒーの染みは取れないんだから」
うがうがとポケットから紙を取り出す吉澤さん。
ちょっとそれ、宿題のプリントじゃない。
どうして折り畳んでポケットに入ってるの。
それで拭くの?拭くの?……拭くのよね。

「はい、ティッシュ」
ほんとに、子どもみたい。
もう、どうしようもなく可愛いんだから。
私の唇から溜息がひとつ。
「…石川さん?」
目の前の彼女の眉が不安気に歪む。
違う、違うの。
これは諦めの溜息。
例え吉澤さんに何万回「好き」と囁かれたとしても、やっぱり不安は消えないと思う。
だって、完全にノックダウン。
296 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時58分25秒

それで、ハードパンチャーの吉澤さんは。
「何やってるの?」
ポテトで。
「いいからいいから」
吉澤さんはトレーから飲み物をどかすと、
紙の上にポテトを並べて何やら文字を組みたて始めた。

 ス キ

……。
目の前のポテト文字をぼんやり眺める私。
一番聞きたかった言葉。
……意地でも言わないつもりね。というか、言えないのね。
次の瞬間。
吉澤さんが顔を真っ赤に染めて猛然とポテトを口に突っ込みだした。
しまった!
「ちょっ、ちょっと待って!もうちょっと眺めさせて!」
297 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)17時59分35秒


怒ったり泣いたりジタバタしたり。
月面着陸できるくらいの労力を費やして。
こうして不安を抱えながら過ごしていくしかないのかな。
もうどうしようもなく吉澤さんが好きだから。
それだけは自信があるから。
置き場所に困るほど雑誌を買って。
吉澤さんがもててるのを横目にハラハラして。

…だけど、悔しいけど、まだまだ頑張れそう。
だって。
今、私に注がれてる吉澤さんの眼差しがあの時と同じだもの。
目尻がさがってとろんとして、何て言うか…溢れてる感じ。
何がって何がって何がって、気持ちが。
どんなってどんなってどんなって。



……んふっ。

298 名前:諸行無常 投稿日:2002年06月09日(日)18時01分18秒



それからしばらく経ったある日、いつもの放課後。
「…ねぇ、大した事じゃないんだけどさぁ」
吉澤さんが妙にもじもじしてる。
「なんか、ね、この前の雑誌、さ」
「うん。どうしたの?」
「よくわかんないんだけど、なんか、評判良かったみたいで」
「そうね。吉澤さん可愛かったしね」
「…売れ行きもよかったみたいなんだよね」
「そうなんだ」
「当日のうちに売り切れちゃった書店もあったみたいで」
「……うん」
「…それで、編集部の人に、読者モデルっていうの?やってみないかって、なんか、誘われちゃったんだけど…」
「……」
「…ダメ?」



        『諸行無常』 完

299 名前:魚心 投稿日:2002年06月09日(日)18時02分30秒


甘くもなし、痛くもなし。
おまけに落ちてないヨー。
何とも中途半端な超短編ですみません。
一介の女子高生の力によって売上げが伸びるようなものではなかろうが。
あくまで妄想の世界なので御容赦下さい。

300 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月09日(日)19時43分28秒
ここには初レスですが、実は隠れて読んでました。隠れファン?
すばらすぃ!甘くなくても痛くなくても、日常でありそうな会話をこんなふうに表現できるなんて…、すごいっす。
301 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月09日(日)19時44分39秒
何気に300GETしてた。(w
302 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月09日(日)20時10分15秒
( ` ▽´)<敬ってるからです

ワロタ

ポテトで文字は充分甘々っす。いや、ごちそーさまでした!
303 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月09日(日)20時18分52秒
『接吻』て表現にヤラレタ。
石川さん、かわえーなー。
キス、て恥ずかしくて言えないんかぁ。
304 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年06月09日(日)21時43分57秒
キチャナーイ。にノックアウト
妬いちゃう石川さんがカワイイ!
ちょびっとキュンとしちゃいましたぁ。
305 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)23時27分59秒
良かったですわ。石川さんのキャラ最高。
306 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月10日(月)00時09分03秒
…んふっ

て、例の石川独白調ですね(w
サイコウの補完短編をさんくすです!!
でももっと読みたくなる…。
読んでるほうがこの二人にノックダウンじゃい。
307 名前:ステキカット 投稿日:2002年06月10日(月)08時21分40秒
お疲れさまでした。

吉澤さんが名前で呼べるようになるのはいつになるのでしょう。
よっすぃの意気地梨!!(笑)
でもとても優しい気持ちになれるお話でした。
またまた続編、番外編読みたいです。
308 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年06月11日(火)00時21分06秒
はじめてレスします。
最初から番外編も含め一編に読みました。
接吻って言葉久しぶりに聞きました。
2人が名前で呼べるのはいつになるやら(w
まだ続編あるのでしょうか?あるのでしたら楽しみです(w
309 名前:じゃない 投稿日:2002年06月12日(水)15時08分14秒
石川さん、




出す ですか。加勢しましょうか?( ̄ー ̄)ニヤリッ
310 名前:たろ 投稿日:2002年06月13日(木)01時14分34秒
いいなあ、微笑ましいなあ。
ずっと見守り続けたくなるような二人ですよね。
さらなる続編があったらいいな。作者さま、ぜひ!
311 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年06月14日(金)01時34分38秒
短編よかっただす!!なんていうか、こそばゆい気持ちになりますたよほ。
ありがとうございました。
続編。短編。楽しみにしていいですか?
312 名前:魚心 投稿日:2002年06月27日(木)21時42分41秒
白タイで書いてみました。
続編ならぬ姉妹編。
元ネタは某所から頂きました。
この場をかりてお礼を申し上げます。
313 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時43分53秒

歩いている二人を見かけた。
正直なところ、苦しかった。
梨華のd級に重い鞄の手提げ部分を、二人で分担して持っていた。
奴がふざけて鞄を揺らした。
梨華が奴の方を見て、そして微笑んだ。
思わず、顔を背けた。
俺には一度も向けられることのなかった、くしゃっと崩れた表情。
まっすぐで、それでいて包み込むような。
梨華の視界には奴しか入っていない。
その証拠に、ほら。
前からきた自転車にぶつかりそうになった。

奴が慌てて梨華の腕を引き寄せる。
そして何も言わずに通り過ぎようとした自転車を睨みつけた。
…いやいや、今のは梨華の前方不注意だろうがよ。
ま、いいけどさ。
奴の隣にいる限り、梨華の命は保証できんな。

多分、周囲から見たら仲良し女子高生二人組なんだろう。
腕を組んでも手を繋いでも、それ以上には映らないかもしれない。
それが奴と梨華にとって得なのかそれとも物足りないのか、俺には解らない。
解りたくもない。
もう終わったことだ。
314 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時45分40秒
最初に梨華を見たのは駅のホーム。
鞄と布製の袋をさげて、すっきりと立っていた。
大袈裟にはしゃいだり喚いたり、果ては座りこんだりして電車を待つ連中の中で、背筋を伸ばしてただ立っているだけの梨華は逆に目を引いた。
肩までの黒くて艶やかな髪が風に揺れる。
梨華は乱れた部分を几帳面に手櫛で整える。
その指は思いきり握り締めたら折れてしまいそうなほど細かった。
俺は、ホームのアナウンスで我に返るまで、呼吸も忘れて梨華に見入っていた。

友達を介して知り合って、幾度か一緒に遊んだ事がある柴田さんが梨華と同じ高校だと気付いた時には飛びあがらんばかりだった。
思えばあれが俺の絶頂期。
あの頃、人生は薔薇色だった。
「俺と付き合ってください」
勢い余って紹介されたその日に申し入れた。
焦っていた。
早く言わないと、他の誰かに奪われてしまいそうな気がしたから。
315 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時46分46秒
「私で良ければ」と梨華が顔を上げた。
答えるまでに随分と間があった。
答えた顔は随分と思い詰めていた。
当然断られると思っていたから、意外な返事に舞い上がってその時は余り気に留めなかったけど。
「今日は寄りたい所があるから」と梨華が帰ってしまってもそれが却って初々しくて。
だけど。
付き合い始めてから感じた違和感は直ぐに確信へと変わった。
梨華の想いは見知らぬ他の誰かへ向けられている。
それでも、足掻いた。
いつか俺の想いが届く筈だと自分を励まして。
足掻きに足掻いて結局は、道化を演じただけだった。

二人の姿が完全に視界から消える前に踵を返す。
俺の方から、あいつらに背を向けてやる。
過去と決別して新しい恋を見つけてやる。
…自分で言ってて全く胸に響かない。
弱々しい宣言。
316 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時47分47秒
家には帰りたくなくて、ぶらぶら歩き回る。
一人になれそうな場所はありそうでない。
その間も脳裏に浮かぶのは梨華と憎き奴の顔。
奴だって、梨華とはまた違うタイプだけど、かなり可愛い。
それに、気立てのいい奴だ。
俺にはわかる。
…なぜわかるのかはわからん。

一切の感情が消えて、透き通った奴の顔。
透き通った涙。
でも、あの場で一番混乱していたのは、梨華だったろう。
だからこそ、奴を追いかけなかった。追いかけられなかった。
涙の意味、そして最後に奴がこぼした「ごめん」の意味。
俺と会うまで、二人に何があったのかは知らないが。
梨華は、奴が自分の事を友達としてしか見ていないと誤解していたのは確かだ。
だから、自分の気持ちを抑えようとした。
俺と付き合った。俺を好きになろうとした。

…もう、いいじゃないか。
やめやめ。ストップストップ。
考えるのはよそう。
ゴートゥーネクスト・ラブ。
317 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時49分10秒
頭を振った、その時。
どこからか、懐かしい音が聞こえた。
それはほんの一瞬のこと。
脳が音を分析する前にすっと掻き消えてしまった。
なんだ?
ついでに、ここ、どこだ?
闇雲に歩いていたらいつのまにか見知らぬ風景に囲まれていた。
住宅街の奥の奥の方へ流れてきてしまったらしい。

そして眼前に唐突に広がるのは。
…寺?…神社?
区別つかないな。
俺が常識知らずなのかな。
そういや…奴も負けず劣らず、らしいな。
梨華が嬉しそうに言ってた。
「知ってる人に、ほんとにどうしようもないくらいおバカな人がいる」って。
梨華にしては随分とひでぇこと言うなと思ったけど。
限界まで垂れ下がった目元にそいつへの気持ちがこもってたっけな。
「どういう風にバカなわけ?」と訊くと、真剣に考えこんで。
「…単語で生きてる、って感じかな」
なるほどね。
確かに、主語述語を清々しいくらい省略して話す奴っているもんな。
318 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時50分16秒
…まただ。ストップストップ。
よし。寺だか神社だかわからんが、お邪魔しよう。
もしかしたら、救いが得られるかもしれない。
大丈夫かな無断で敷地内に入ったりして。
大丈夫だよな。
駄目なわけないよな。
駄目だったら初詣はなんなんだ、って話だよな。
正月早々、不法侵入カーニバルってなもんだよな。

本堂、っていうのか。
ひときわ大きな建物の石段に腰掛けて辺りを見渡す。
樹齢もかなりのものなんだろう。
立派に覆い繁った木々が外の騒騒しさから俺を隠してくれている。
微かに湿った土の匂い。
なんだか、心地いい。
静かだ。
静寂とは違う。言うなれば、静謐。
……静謐のヒツってどう書くんだったかな。
左がゴンベンってのは覚えてるんだけど。
319 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時51分12秒

それにしても、この焼き物、なんだろう。
段々の天辺にぽつんと置いてある素焼きの人形。
涎かけして長い棒を手に持って半笑いを浮かべている。
地蔵に似てなくもない。
寺ってこういうのも奉ってあるのか?
大してありがたそうにも見えない。
悪戯したら、祟られるかな。
指でちょっと弾くくらいなら、いいかな。
いいんじゃないの。指だもん。
そうだよな。フィンガーだもんな。
そっと、そっとな。

「ちょっと」
背後から、襟首をむんずと掴まれた。
振り向けずに及び腰のまま、フリーズ。
「これが何だか知っていての行為でしょうね?」
おそるおそる、振りかえって頭上を仰ぐ。
320 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時52分19秒

あッ。
リアル素焼き地蔵!
もしかして、降臨か?
「…あんた、何してんのよ」
手を合わせて拝んでる俺に向かって素焼き地蔵がお言葉をかけて下さった。
「どうか、忘れられますように。新しい彼女が出来ますように」
御姿が消えないうちにしっかり願掛けをしてみた。

「そんなの、私の知ったこっちゃないんだけど?」
素焼き地蔵が俺を睨みつける。
眉が吊りあがってなんというか、スパイシー。
「…んだよ」
人間かよ。
「青年、勝手に拝んどいてそれはないんじゃない」
俺の不用意な一言に、地蔵の眼が仁王と化す。
「あ、すんません、つい」

本当は最初から怒ってなんかいないのだろう。
ま、いいけど、と苦笑しながら俺の隣に腰掛ける。
俺より2,3歳、もしかしたらもっと上。
妙に落ち着き払った雰囲気を纏ってる。
参ったな。折角一人になれたのに。
321 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時54分17秒

「つまり振られたんだ、青年は」
なんだよいきなり。
「…はぁ」
「それでまだ未練がある、と」
「……」
「相手に他に彼氏ができたとか?」
彼氏、じゃないけど。
「まぁ、そんなところです」
「まだ好きなんでしょ?奪い返しちゃえば?」
「…多分、無理だと思います」
俺、気が弱くなってる。
見知らぬ人間にこんなに素直に答えちまって。
だけど不思議に、嫌ではない。
詮索されてるっていうんじゃなくて、なんていうのかな。
引き出されてる、って感じなんだよな。

「そんなのやってみないと分からないじゃない」
「わかりますよ」
うん。悲しい事に、はっきりとわかる。
どんなに頑張ったとしてもそれだけは無理だ。
「どうして?」
「まぁ、色々あったし、それに」
「?」
「俺、カッとなってその子のこと殴っちゃったから」
あの時の鈍い感触を、俺は一生忘れられそうにない。
322 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時55分26秒
仕方ないよ、とかそれほど好きだったんだね、とか。
それほど優しい言葉を期待していたわけじゃないけれど。

「ふぅん。最低だね」
「……」
なにがわかる。
自業自得とはいえ、あんな場面を目撃しちまった俺の気持ちが、わかるか。
「辛かったとか苦しかったとか、言い訳になんないよ」
「……」
フォローの言葉を継ぎ足すでもなく、説教臭い台詞で丸め込むでもなく。
彼女は胸元の「K」のイニシャルのネックレスを弄っている。
そっちが黙ってるから、こっちもつい余計な事を思い出す。
323 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時56分50秒
2通か3通送って、ようやく返ってくるメール。
「携帯とか苦手なの」という割には、意味なく携帯を取り出しては眺めていた。
一度だけ、俺と会ってる最中に梨華の携帯が鳴った時の、梨華の表情。
着信音が体に突き刺さってでもいるような顔だった。
全身が硬直して手が微かに震えて。
次の瞬間、すごい勢いで鞄をこじ開け、携帯を取り出して画面を確認した。
「…家から、だった」
それだけ伝えた唇は、自嘲しているかのように歪んでいた。

未遂に終わったキス。
肩に手をかけると、さりげなくかわされた。
つい苛立って強引に引き寄せようとすると。
思いのほか強い力で、でも俺の目を見ようともせず。
「まだ、心の準備が」と拒絶された。
おめでたい俺は、初めてのキスへの心の準備だと思ってた。
324 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)21時58分58秒
駄目だ。
これ以上、梨華のことを想ったら、泣いてしまいそうだ。
「でも、その子、今はすごく幸せみたいです」
「そっか」
「さっきも二人でいちゃいちゃいちゃいちゃしてやがって」
…つい、怨み節になってしまったドドンガドン。
彼女はちらりと俺を窺った。心なしか両眼が、優しく笑っている。
「ま、別れた人の甘々を見るのはちょっときついよね」
「尼々?」
「……」
バカモン、と軽く背中を叩かれた。
梨華とは違う。それはもうきっぱりと、違う。
だけど「しょうがないな」ってな具合に表情を崩した彼女は、妙に無防備で。
一見、きつそうな顔立ちだから余計にそう思えるのかもしれない。
325 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時00分22秒
「失恋したことあるんですか?」
「…ないように見える?」
「いや…そういう意味じゃなくて、なんか、実感こもってたから」
不意に、彼女は苦しそうに眉を顰めた。
彼女の代りに、木立が揺れた。

「すみません」
「ん?なんで?」
そう答えた時には既にその顔から影は消え去っていたけれど。
「奇遇だけど私も失恋ほやほや。青年と同じ。偉そうな事言えないんだ」
「……」
「でもね、私は最後まで頑張ったよ。それだけは威張れる」
そうだなぁ。俺も、頑張ったという点では悔いはないな。
やるだけ、やったよ。
「…俺も、頑張りました」
「そっか。お互い頑張ったねぇ、ってさっき会ったばかりだけど」
「お疲れ様でした」
「…青年、その挨拶、変だよ」
326 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時01分30秒

それにしても失恋して寺に来るなんて渋い。
「よく、来るんですか、ここ」
訊ねると、彼女は笑い弾けた。
「来るも来ないも、ここ、私のうちだから」
なに?
ここがうち、ということは。
この寺の跡取り娘ってことか?
なんかそれってかっこいいな。
小鳥の囀りで目覚めてカーテンをいっぱいに開けると眼前に広がる、墓場、だもんな。
…そういや。
梨華はどうしてあんなメールを後生大事に取ってたんだ?
一緒に梨華の携帯をいじってたら、何かの弾みにずらっと出てきた送信履歴。
見るつもりはなかったけど、短いのが一つだけ視界に入った。
『ハカ』
……ハカって、やっぱり墓のことだよなぁ。
しっかり保護かけてあったけど、なんだったんだろ。
327 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時03分21秒
ともかく。
彼女がここの娘さんだということは。
また来ればまた会えるかもしれないということだ。
たったそれだけの事実に、なんだろう、少し安心している。
彼女の周りに流れる穏やかな空気に浸っていたいなんて考えてる。
もっと露骨に言ってしまえば。
思いっきり彼女に愚痴をこぼして甘えてしまいたい誘惑にかられてる。
でも。

「そんじゃ、俺、帰ります」
俺は勢いをつけて立ちあがった。
甘えたい。話を聞いてもらいたい。
多分、彼女は静かに聞いてくれるだろう。
だけど失恋したばかりの俺だから分かる。
彼女もまた、独りきりになりたくてここに来たんだ。
それに、なぜだろう。
甘えたいのに、甘えたくない。
妙な気分だ。
「うん。良かったらまたおいで」
変わらず落ち着き払った物腰が、少しだけ悔しい。
328 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時04分19秒

後ろを振り返った。
彼女は俺を見送っていてくれた。
手を、振ってみた。
彼女が胸の横で小さく手を振り返した。

前を向いて少し進んで。
なんとなく気になって。
また、振り向いた。
彼女もまだ同じ姿勢でこっちを見ている。

「また、来ます」
少し声が上擦ってしまった。
「いつでも、どうぞ」
彼女がふざけて投げキッスを飛ばした。
一瞬迷ったけど、俺も笑って投げキッスを返した。
こんな風に素直におふざけが出来るのはいつ以来だろう。
そうだ。
無理をしていたのは梨華だけじゃない。
俺も随分と背伸びをしていた。
好かれたくて。梨華の心に入りこみたくて。
奴に負けたくなくて。
頼り甲斐のある、かっこいい男を演じようとしてた。
329 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時05分34秒

まだやっぱり、梨華が好きだ。
そう簡単に思い切れるもんじゃない。
短かったけど俺なりに本気の恋だったから。
忘れるまでには、まだ時間がかかる。
でも。

帰ったらまず、地図を探そう。
そしてこの寺の場所と名前を調べよう。
ついでだから、宗派とか歴史も調べてみようか。
次に会う時に俺が色々と知っていたら、彼女はきっと驚くだろう。
「やるじゃん、青年」
そう言って笑ってくれるだろう。
330 名前:木魚なふたり 投稿日:2002年06月27日(木)22時06分32秒


…ポクポクポク………鳴り響く、飄々とした音。
どこまでも未知数の、だけど、ほんのりとした予感を孕んだ音。
自分の足音が重なる。
ポクポクポク
今日が終われば明日がくる。
ポクポクポク
明日がくれば今日が終わる。


……ポクポクポクポクポクポクポク……



  『木魚なふたり』 完

331 名前:魚心 投稿日:2002年06月27日(木)22時08分27秒


んがーっ!自分でageてしまった!ハズカシッ!

やっぱり吉澤さんに似てる白タイ。
いしよしのダシにされた挙句、世にも恐ろしい一撃をくらった白タイにも明るい未来を。
という気持ちになって、書いてみました。
温かいレス、本当に有り難うございます。
332 名前:魚心 投稿日:2002年06月27日(木)22時09分19秒
>300&301 名無し読者様
 ほんとだ!300GET有り難うございます。ついでに299で止めてた自分もすごいな、と。
 日常、って難しいですね。いまひとつメリハリがつけられなくて…。
 なんで、とても嬉しいです!

>302 ごまべーぐる様
 お芋で「スキ」は甘いですか。良かった良かった。
 でも、甘々はやっぱりうまく書けないです。何が足りないのか何かが多いのか。

>303 名無し読者様
 接吻、のほうが逆に何というか、エロ…って感じですねぇ文字にしてみると。
 昭和の匂いが漂います。

>304 名無しどくしゃ様
 焼いちゃう石川さんがカワイイ!でなくて安心しました。雑誌を焼く炎に照らされる石川さん…。
 見てみたい気もします。オカルト?

>305 名無しさん様
 有り難うございます。何やかんや言って石川さんはキャラたてやすいですね。
333 名前:魚心 投稿日:2002年06月27日(木)22時10分09秒
>306 名無し読者様
 その通りです!良かったー分かって頂けて。
 あの「うふっ」は自分的に背骨が吹っ飛ぶくらい、色々な意味で衝撃でしたね。

>307 ステキカット様
 名前で呼ぶのはいつになるんでしょう…。何だかタイミングを逃してしまって。
 作者の意気地梨!

>308 ぶらぅ様
 接吻、の次は…同衾?
 嘘です嘘です。100%書けません。

>309 じゃない様
 勿論、その台詞が元ネタ(?)です。石川さんバージョンが書きたかったので、
 かなり弱々しく必死な感じになってしまいましたが。
 そしてそして、『木魚なふたり』ネタ、勝手に頂戴致しました。
 事後承諾で申し訳ないです。同時に、深く深く感謝の念を。

>310 たろ様
 今回は主役ふたりそっちのけです。こちらのふたりもうまくやって欲しいものです。
 微笑ましいかどうかは疑問…ですが。

>311 よすこ大好き読者。様
 いやー、何だかほんとに、ストレートに甘いのが書けないんです。
 ってお礼欄で相談してどうするんだって話ですけど。
 短編までお付き合い頂きまして、本当に有り難うございます。
334 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月27日(木)22時36分17秒
そうなのか。メールって自分が送ったのも保護するんだ・・・
そんな発送がなかった・・・
335 名前:オガマー 投稿日:2002年06月27日(木)22時54分09秒
保護かけてる几帳面&女の子な石に激燃えw
白タイやっぱ似てますね(笑)
いろいろな裏話(?)に読んでてニヤけてしまいますたw
未遂でよかったよぉ…
ヤッスーと白タイ、落ちついててよかったです!!
やはり作者さまリスペクト!!
336 名前:名無っさん 投稿日:2002年06月27日(木)23時04分04秒
一気に読ませていただきました。
白タイ編もいいですねえ。
また渋いところから人を選んでおいでなさる。
絶品です。
337 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月27日(木)23時21分14秒
ワロタ!
木魚で本当に話が出てくるとわ!(w
338 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月27日(木)23時29分03秒
も、木魚…!実現するとは思いませんでした。
いしよしにも白タイにも、変わらず明日は来るのですな。
番外編をありがとう。
339 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月27日(木)23時43分20秒
まさか本当にやるとわ・・・!
あんた最高だよ。
340 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月28日(金)00時04分41秒
(0^〜^)ノ<コラボレーション、カッケー!木魚ポクポク!

ううむ、そうきたかという感じですた。
文章の質の高さに改めて感嘆。脇役でもいちゃついてるいしよしにも萌え。
ありがとうでした。


341 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月28日(金)01時41分48秒
スゲー!
やっぱあんたすごいよほ。。
感動しますた。
すべてにおいて、文句なしっす!
もっと〜もっと〜(w
342 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月28日(金)02時45分59秒
吉のフィンガーにツボり、
白タイのフィンガーににやり・・・。
小ネタ使い巧いっすね〜ほんと!
343 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年06月28日(金)12時23分37秒
木魚に、キャラ地蔵。。。。。ヤッスー!!
最高でした。白タイ君は、どうしても憎めない相手だったので、
その後が見れてよかったです。
d級のかばんを、二人で持っている姿を、想像して萌え!
ありがとうございました。
344 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月28日(金)12時29分26秒
 (`.∀´)ノ<チュ〜!       カッケー>(^〜^♂)

同じ頃 原因不明の悪寒に襲われる吉澤さん。

 ドシタノ?>(♯^▽^)^〜^;0)<……???
                                ナンテネ。最高デスタ
345 名前:ステキカット 投稿日:2002年06月28日(金)19時28分44秒
魚心さんの温かい目線がこちらにも伝わってくるような文章で、
本当に最高でした!!
また続々々編、番外編が読みたいです。ブルブル禁断症状…(笑)
346 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年06月28日(金)21時38分55秒
木魚ワラタ(w
白タイよかったなぁ(涙
やはり憎めないですね、彼は。
そして、さらに続編を期待。待ってます
347 名前:mini 投稿日:2002年06月29日(土)01時41分34秒
貴方は天才!超おもろいっす。
もし迷惑じゃ無ければ
他にも作品あるなら知りたいなりよ!
348 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月29日(土)09時12分01秒
某板に金魚の予告編が・・・!
349 名前:mini 投稿日:2002年06月30日(日)02時53分43秒
う・・・金魚みたいよ〜〜
どこ??(泣)おしえて〜
350 名前:金魚!! 投稿日:2002年06月30日(日)04時59分17秒
ほーー!自分もしりたいっす。どこ?
351 名前:じゃない 投稿日:2002年06月30日(日)11時14分43秒
んあ、別に予告編じゃないぽ。
わたくしが勝手にはしゃいだだけ。
作者さんとは何の関係もありません。ポクポクポク。。
352 名前:魚心 投稿日:2002年07月01日(月)00時21分22秒

調子に乗ってもういっちょ。
完結編です。
今度も元ネタは某所から…。
353 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時22分04秒

つまり、タイミング、かな。

何となくいいな、って思う人がいるとする。
好きまではいかないんだけど、もしかしたら好きになれるかもしれない。
あっちも私を嫌ってない、みたい。
私の場合、ここからが問題。
なーんかタイミングが合わない。
気付けば恋の卵はするりと掌をすり抜けて地面で割れている。
354 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時23分39秒
例えば、何回か一緒に遊んだ男の子。
背が高くてスマートで、普段は無表情なのに妙に子どもっぽい所もあって。
友達も交えて何人かで会ううちに、いいかも、って思った。
もしかして徐々に好きになれるかなぁなんて期待してたんだ。

でも私の気持ちが「好き」に変わる前に、男の子は梨華ちゃんに心を奪われていた。


例えば、よっすぃ。
気さくでルックスもいい彼女は校内の人気者。
勿論、本人もそれを分かってるだろうけど、変な風に舞い上がらず、だからと言って迷惑がったりもせず、淡々と受け流してる感じがすごく自然で、いいな、って思った。
この場合の「いいな」は「好き」とはまた違う。
5%くらい不純な気持ちが混じった、「お気に入り」。
自惚れじゃなければ、よっすぃも私のこと嫌ってなかったと思う。
「柴ちゃんって可愛いよね。いや、まじで」
笑いながらだけど、そんな風に言われた事も何回かあった。
この場合の「可愛い」も「好き」とは直接結びつかない。
けど、5%くらいは結びつく可能性もあったかもしれない。

でも私の気持ちが「好き」にジャンプする前に、よっすぃは梨華ちゃんに心を奪われていた。
355 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時24分25秒

…というのはちょっとだけ強がり、かな。
かるーく、ジャンプしてたかも。

あーあ。改名でもしようかな。
チャンスを待てる、タイミングのいい名前ってないかな。
でもこの名前気に入ってるし。
名字と名前の間にマークでも入れてみようかな?
可愛くて、インパクトがあるのがいいな。
ハート、とか。うん、いいかも。
クローバーも可愛いんじゃない?
いっそのこともっとホットに……あ、これは変。
却下却下。
356 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時25分31秒

頭の中で色々と想像しながら教室に入ろうとして、ためらった。
よっすぃ。
部活もないのにこんな時間まで残ってるの?
窓のところに凭れかかって外を眺めてる。
私が入っていっても全然気付かないみたい。
…何かあった?
寂しそうに見えるのは気のせいかな。

そうなんだよね。
梨華ちゃんは見るからに女の子らしくて放っておけない!って感じだけど。
私はどちらかと言うと、よっすぃの方が「放っておけない」。
こうしてぼんやりしている横顔なんかとても脆そうで。

「どーした、のっ」
わざと陽気に目の前に飛び出してみた。
「おーう、柴ちゃん」
いつものよっすぃに、戻った。
ああ、なるほど。この窓からはテニスコートがよく見える、と。
そういうことね。
「愛しい彼女を監視中、ですか」
「別にぃそういうんじゃないけどさぁ」
その割には口許がだらしなく緩んでる。
357 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時26分30秒


「…ねぇ、柴ちゃん」
「なに?」
「その、最近、なんか聞いてる?あいつの事、とか」
あいつ?ああ、彼のこと。
「うーん、もうあんまり気にしない方がいいんじゃない?」
「だってさぁ、やっぱ梨華も気にしてるし」
「…へぇ」
「ん?」
「梨華って呼んでるんだ。やるねぇよっすぃも」
「そりゃまぁ、あたし一応、彼女だし」
口の端が履き古したパンツのゴムみたいにびよんびよんに伸び切ってるよっすぃ。
だらしないけど、可愛らしい。
梨華ちゃんはもうたまらないだろうな。

「私も直接会ってないから確かじゃないんだけど」
そうなんだよね。友達が妙なこと言ってたんだよね。
「彼、急に勉強に目覚めちゃったらしいよ」
「はぁ?何それ」
「何でも行きたい大学があるんだって」
私は割と知られてる大学の名を口にした。
「ああ…あの、仏教系の?」
「うん。そこに入っておけば後々有利だから、とか言ってるらしい」
「…何に有利なわけ?」
「知らないよぉ私だって」
「……ショックで仏様に走っちゃったのかな」
よっすぃの顔が曇った。
私だってわけがわからない。
でも、何が切っ掛けだとしても、勉強するのはいいこと、だよね、うん。
358 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時28分06秒
「…でも、うまくいってるんでしょ?」
聞くまでもないけど。
コートを行き交う球には無関心。
よっすぃの眼は梨華ちゃんだけを追っているから。
梨華ちゃんがラケットを振れば微笑む。
梨華ちゃんが球を打ち損なうと微笑む。
梨華ちゃんが綺麗なスマッシュを決めても微笑む。

あ、梨華ちゃんがこけた。
思わず、よっすぃの反応を窺うと。
「バカだねほんとドジドジドージドジドジ」
…手を打ち鳴らして喜んでる。
とにかく何をしても梨華ちゃんだったらそれだけで嬉しそう。
359 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時29分29秒
何だか、嘗てのお気に入りとこういう会話するのも、ちょっと寂しい、ね。
ハッケヨイノコッタで残るのは好奇心だけど。
「実はさぁ、この前さぁ、二人で歩いてたんだよ」
「うん」
「したらさ、梨華の中学校の友達に偶然会ってさ」
「うんうん」
「うーん…」
……終わり?
終わりなの?
起承転結の起で終わるの?
ちゃんと承って転んで結んで?

「…それで?」
「あぁ、そんでさーあ…」
「うん」
「梨華がその友達にあたしのこと紹介したわけよ」
「うん」
「…同じクラスの、友達、って」
「…そっか」
360 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時31分38秒
難しい、ね。梨華ちゃんの気持ちもわかるし。
「…でも」
「あーッ。言わないでっ。わかってるわかってるんだけどさぁ」
唐突によっすぃが勢いよく頭を振った。
「あたしが梨華の立場だったら同じ事言ってるし」
わかってるんだけどさぁ、とよっすぃが力無く繰り返す。
校内ではよっすぃと梨華ちゃんの関係は半ば公認で、当然みたいに受取られてるけど。
一歩外に出ればそんなの全然通用しないって事くらい、私にもわかる。
「多分さ、こういう事ってこれからも続いてくし、もっと辛い事とかいっぱいあるんだろうな」
自分に言い聞かせるみたいに呟くよっすぃ。
なんか…簡単に、大丈夫だよとか元気出してとか、言えない。
361 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時32分36秒
「ごめんね暗くて」
「ううん、全然。保健室まで運んでもらったし」
「その割には梨華に奴を紹介したけどねぇ」
「…だから聞いたじゃない。いいの?って」
「いやーだってさ、ダメなんて言えないっしょ」
「知りません。自業自得じゃない?」
「そういうこと言うかなぁ」
じゃれ合って笑ってると、不意に背筋に氷が滑ったような感覚。
さりげなく、地上を確認。
…あーあ、あの虚ろな視線。何を勘違いしてるんだか。
梨華ちゃんって頭いいんだけど、よっすぃに関しては勘が恐ろしく見当外れなんだよね。
362 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時34分31秒

私が貧血起こしてよっすぃに運ばれた翌日だったっけ。
「もう大丈夫?」
梨華ちゃんが心配そうに話しかけてきた。
結局教室には戻らずにそのまま早退しちゃったからね。
「うん。全然平気」
良かった、と笑って立ち去ろうとする梨華ちゃんを呼び止めた。
「ねぇ、梨華ちゃん今付き合ってる人、いる?」
「え……いない、けど…」
「どーしてもどーしても紹介してくれって人がいるんだけど、会ってみない?」
よっすぃには悪いけど、やっぱり義理は果さなきゃ。
363 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時35分19秒
「そんな、急に言われても」
梨華ちゃんは困惑して乱れてもない前髪をかきあげる。
「絶対、悪い奴じゃないって保証する!ね、会うだけでいいから」
「……柴ちゃん、いっこ聞いていい?」
「なになに?」
「きのう……あれから、吉澤さん保健室にいたの?」
「よっすぃ?うん、いたよ」
梨華ちゃんの顔が心なしか蒼ざめた。
「そっか…ずっと、付き添ってたんだ…」
「付き添ってたっていうか単にサボってただけ…って、梨華ちゃん?」
聞いちゃいない。肩が落ちてるし。
「わかった。私、その人と会う」
「…そう?」
なぁんか近頃の二人の態度には釈然としないけど。
よっすぃも喋りたくないみたいだったし、詮索するのも悪いし。
結果的には会うって言ってるんだし…まぁいっか。
って、その時は深く考えるのをやめたんだよね。
364 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時36分26秒


「柴ちゃん?どーした?」
よっすぃの顔が意外に近くに迫っていた。
うわ。キレーイ。
改めて見ると本当にきれい。
それに最近、色っぽくなった。
やっぱり梨華ちゃんと、その、いくとこまでいっちゃってるのかな?
だろうなぁ。
結構前だけど、二人して仲良く首にキスマークつけてたもん。
あれは衝撃だったなぁ。
よっすぃは堂々としたものだったけど、梨華ちゃんの慌てようったらなかった。
「ノミだからねほんとにノミノミノミノだから」とかいって。
「随分巨大なノミだね」
無情にも誰かが突っ込むと、ダニかもなんて言い出して。
余りの狼狽っぷりに可哀相になって結局うやむやになって。
「あり?いなくなっちゃった」
よっすぃがノミと化して梨華ちゃんの首元に吸いついてる脳内映像に、素っ頓狂な声がかぶさった。
私に気を取られているうちに、梨華ちゃんを見失ってしまったみたい。
365 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時37分32秒


あ……近い。
さっきのあの感覚。
…うーん。すごい。すごいよ梨華ちゃん。
よっすぃの事になると、勘が鈍いだけじゃなくて梨華ちゃんってほんと、速いんだよねぇ。
手が、じゃなくて、足が。
窓枠から身を乗り出して探し回ってるよっすぃは気付いてないけど。
そう、扉一枚隔てた向こう側に。
私は窓辺から離れると、教室の後ろの扉をひと息に開け放った。
「梨華ちゃん、覗きはよくないねぇ」

ラケット片手にドアに張りついてる、中腰の梨華ちゃん。
あの僅かな間に階段駆けあがってきちゃうんだから。
ほんと、恋の力ってすごい。
「どっ、どうしたの?石川さん」
………よっすぃ。
「一応、彼女」なんじゃなかったの?
初々しいのはいいことだけど、いい加減に前に踏み出さなきゃ。
尻に敷かれてるくせに外では「うちの女房」呼ばわりする旦那さんと変わらないじゃない。
366 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時38分53秒
突然、梨華ちゃんが廊下をうろうろしだした。
「ボール、ボールっと…」
えーと……もしかして球拾いのつもりかな?
「いや…こっちには飛んでこなかったと思うけど?」
流石のよっすぃも呆気に取られる余り普通にお返事してる。
ここ、三階なんだけどな。

それじゃ、お邪魔虫は退散するとしましょうか。
梨華ちゃんの肩を軽く掴んで教室の中に押しやる。
「はいはい、心配ならよっすぃに直接訊くこと!」
言い残してだーれもいない廊下を歩く。
いいや。おうちに帰ってDVDでも観ようっと。

あーあ。梨華ちゃん、愛されてるね。
不安になる必要なんてないのに。
確かによっすぃは愛情を素直に表に出せるタイプじゃないけど。
梨華ちゃんは幸せだよ。
好きな人から愛されること自体、奇跡に近い事じゃない?
おまけに相手はよっすぃだもん。
367 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時40分11秒

なんかちょっと未練がましい?
もし私が梨華ちゃんだったら、なんて考えちゃってる。
逃した魚はっていうものね。
それとも単に寂しいだけかな。
…ペットでも飼おうかなぁ。
犬は散歩行かなきゃだし、猫アレルギーだし。
それにお母さんも許してくれそうにない。
小さくて余り手がかからないのなら大丈夫かも。
そうそう、これくらいの金魚とか。

…って、水槽がどうして地面に並んでるの?
あ、そっか。ここのペットショップのかなぁ。
金魚も日光浴とかさせるの?
大体このお店、人が入ってるの見たことない。
せめてガラス張りにして鳥とかハムスターとか?見えるように置けばいいのに。
駅前で立地がいいのに、勿体無いな。
大きなお世話だろうけど、やっていけるのかなぁ。
368 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時41分10秒

水槽の前にしゃがみこんで上から覗きこむ。
へぇ、金魚ってこんなに種類あるんだ…。
夜店で売ってるようなオレンジ色、赤色、出目金もいる。
隣の水槽にはもっと派手な金魚たち。
藻を突ついてるやつなんて、錦鯉みたいな模様だね。

『おーい、楽しいか?』
心の中で話しかけてみる。
私はちょこっと、寂しいぞ。
寂しいぞ、って思ったら、本格的に寂しくなってきちゃった。

水面にほんのひとつぶ、波紋が広がった。
餌と間違えたのかな?金魚達が一瞬寄ってきて、直ぐに散った。
369 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時42分32秒


「ちょいとちょいと。余計な塩分入れんといて」
ひらひらと横切る金魚の向こう側に、真紅の金魚がゆらめいた。
眼をこすってもう一度よく眺める。
金魚だと思ったのは、真っ赤なマニキュアがほどこされた足の爪、だった。
「この子らの水作りは大変なんやでぇ。たかが金魚されど金魚、や」
遅ればせながら、驚いて爪の持ち主を見上げる。
すらりとしてて綺麗、だけど少しきつそう。
頬骨のあたりに薄くのせられたオレンジのチークがよく似合ってる。

泣いてるとこ、見られちゃったんだ。恥ずかしい。
「金魚ってなこれで案外育てるの大変なんや。何はともあれまず水や。水道水なんて論外やで。日置してカルキ抜いて、あとは温度調節、これも重要。…聞いとる?」
「…すみませんでした」
謝って逃げようとした私を、女の人が呼びとめた。
「あんた暇なら金魚、見ていかん?」
「…いえ、いいです」
「なんでぇ。金魚嫌いか?」
「嫌いじゃないですけど…」
「好きでもないってか。おうおうキリツボ、このお姉ちゃんはあんたのことが好きじゃないんやと」
370 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時44分01秒

…キリツボ?
「ここに斑点が付いてるのがキリツボ、こっちはスエツム、赤い子がウツセミ」
「もしかして全部名前つけてるんですか?」
「勿論。名前ないと呼べへんやん。あ、それはハナチルな」
「…変な名前」
ハナチルだってハナチル。鼻垂れ坊主ってこと?
と、私の考えが読めた訳でもないだろうけど、その表情が険しくなった。
「なんや。近頃の女子高生は源氏物語も知らんのか」
「えー、授業でやりましたけどぉ。光源氏って男の人が手当たり次第に女の人に手を出しちゃうって話ですよね?」
「…情感もへったくれもないな」
「書いた人は…清少納言でしたっけ」
「おいコラッ」
「えっ?違うの?えーと、兼好法師?」
「…遠ざかっとるわ。世も末やな…」
この調子じゃ平家物語も知らんやろなぁハナチル、と金魚に話しかけてる。

…変な人。きれいだけど。
足の爪には真紅のマニキュア。
手の爪には。
「金魚…」
ピンクの下地に、一匹ずつ色鮮やかな金魚が描かれている。
371 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時45分39秒

きれいですね、って言おうとしたとき。
遠くから、しばっちゃーーん、と呼ぶ声がした。
声だけで誰だか分かったら、振り向く用意ができた。
「ああ、梨華ちゃんによっすぃ」
我ながらいつも通りの自然な笑顔だったと思う。
隣の金魚姉さんに気付いたよっすぃがさりげなく、でも素早く、繋いでいた手をほどいた。
「今、帰り?」
よっすぃの動揺がこっちにまで伝染して、慌てて当たり前の事を聞いてしまう。
「うん。柴ちゃんとっくに帰ったと思ってた」
言いながら、梨華ちゃんが金魚姉さんに曖昧にお辞儀をする。
どうしよう。
紹介、すべき?
でも名前知らないし。

「こんにちは」
私の逡巡をあっさりと突き破って、金魚姉さんが二人に声をかけた。
「金魚…すごいですね」
よっすぃが水槽に向けて身を屈めた。
「あんた、ええ子やね」
金魚姉さんの目が光る。
「たかが金魚されど金魚。金魚は…」
「よっすぃと梨華ちゃん、急いでるんじゃなかった?」
二人は私の意図をきちんと理解してくれた。
去っていく二人の後姿を金魚姉さんは如何にも残念そうに見送る。
372 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時46分38秒

やれやれ、と思った瞬間。
金魚姉さんの台詞にぎくりとした。
「あの二人、ただごとじゃぁないな」
勝手に一人で納得して、うんうん頷いている。
「なんですか急に」
「言葉のままや。ただごとじゃ、ない」
「意味分かりませんけど、仲は良いですよ」
ここはさらっと流しておかなきゃ。

姉さんが、ふふっと笑った。
「あんた友達思いやな」
「…別に」
「でも、さっきの二人はただならぬ関係やな。そこは譲られへん」
まだ言うかなぁ。
「だってバレバレやん」
朗らかに、きっぱりと金魚姉さんが言い切る。
…そう、かな。
そりゃ私は恋人同士だって知ってるからそう見えるけど。
373 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時48分22秒

「…カップルに見えます?」
「見えないでか見えないでか!」
我が意を得たりとばかりに食いついてくる。
「あの甘ったるい眼差し、触れ合う腕と腕。どこからどう見てもカップルやんかカップルやんか」
「そんな興奮しなくても…でも、よくわかりますね」
「は?なんでぇ」
「だって、男女ならともかく…」
「二人が女の子やから?」
普通は仲良い女の子同士を見ても、カップルとは思わないよね。
「ダメやなぁ」
金魚姉さんの眼が涼し気に笑った。
「そうやって普通って眼鏡を通すから本当の事が見えなくなるんやないの」
世の中の普通なんて案外あてにならんで、と水槽をつつく。
374 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時49分27秒

「この子らなぁ、本当はハネモノなんや」
「ハネモノ?」
「まぁ金魚も売り物になると色々あってな。種類がどうの模様がどうの形がどうのってシビアなもんや。ここにいる子はみんな、売り物にはならないとはねられた子達なんよ」
…そうなんだ。
こうやって見る限りじゃ全然分からないのに。
「この子らだって他と変わらん一匹の金魚やのに、ほんの少しだけ他と違う所があるってだけではじかれる」
そうだよね。
なんか…可哀相。

「あ、あんた今、可哀相って思うたろ?」
「だって、だってそんなの可哀相じゃないですか」
「そーれーがっ」
金魚姉さんはチッチッと人差指を振った。
「大きなお門違いってやつや。この子らは別に可哀相でもなんでもない。他の金魚達と同じように、一生懸命生きてるだけや」
あの子らも、他の子らと同じように必死に恋愛してるだけや、と。
言葉にはしないけれど、眼差しがそう言ってる。
375 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時50分41秒


……少しきまりが悪い。
お説教されてるわけじゃないけれど…。
自分の思いあがり?みたいなものを指摘されるのは恥ずかしい。

ハナチルがこっちを見てぽかりと口を開けた。
…今、笑った。
笑った笑った絶対に私のこと見て笑った。
さっき鼻垂れ坊主なんて思った仕返し?
金魚の、金魚の分際でっ。
なんて言うとまた「お門違い」って怒られるかもしれないから。
コツン、と水槽を指で弾いてささやかな復讐。

「で、あんたはどうなん?」
「はい?」
「恋愛、しとるん?なんて聞くまでもなさそうやね」
「どうしてですか…」
「どうしてもなーんも、そんなしょぼくれとったら、なぁ」
「それはすみませんでした」
「可愛いのにな、あんた」
きれいな人に言われるとちょっと馬鹿にされてる気分。
幼いねって。
どうせ私は真紅のマニキュアも似合わない。
376 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時53分13秒

「…それ、私に教えてください」
金魚姉さんの手の爪に泳ぐ金魚を指差した。
「ん?これ、やってほしいん?」
「はい」
「学校、こんなんまずいやろ?」
「いいんです!」
金魚姉さんが肩を竦めた。
ただそれだけの仕草なのに。
鎖骨がきれいに浮き出て、大人の女の体、って感じ。
「なんかようわからんけど…焦らんでもええんちゃう?」
金魚姉さんの言葉に思わず俯く。
ついむきになっちゃって、まるで駄々っ子。
377 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時56分08秒


金魚姉さんはしばらく黙り込んだあと。
何を焦ってるか知らんけど、と前置きして。
「出会いってな、欲しい欲しい思うてる時にはさっぱりで、忘れた頃にぽつんと落ちてくるもんや」
店の客もそうやな、とまたまた勝手に一人で納得してうんうん頷いてる。

…知らんけどとか言う割には、なんか、見透かされちゃってるみたい。
「だから、我慢しぃ。あんたはあんた、あの子らはあの子ら。いつかあんたにも、これ!いう出会いがあるわ」
…あるのかなほんとに。
よっすぃと梨華ちゃんみたいに、どうしようもなく惹かれ合うような出会いが。
そうしたら、きちんと次はタイミングを待てるかな?
378 名前:金魚なふたり 投稿日:2002年07月01日(月)00時57分50秒


「それに、もしかしたらもう出会ってるかもしれんで」
「ええっ?まさかぁ」
「失礼やな。あんたとあたしだって、これもひとつの出会いやろぉ」
「ええぇ〜まさかぁ」
「…ナチュラルに失礼やな。可愛い撤回。爪に桜吹雪散らしたる」
金魚姉さんが私の手を掴んだ。
思った通り、細くてほんの少しだけ骨ばってる、大人の女の人の手だった。
「ほら、店に入り」
引っ張られるようにして立つ。

「…桜吹雪はやめて下さいね」
「さあなぁ。それはあんたの態度次第やな」

爪の金魚が、笑った。
水槽の金魚達も、揃ってぽかりと口を開けた。



   『金魚なふたり』 完


379 名前:魚心 投稿日:2002年07月01日(月)00時58分54秒


シリーズ完結です。
水、木、金、と。
わーい揃った揃った。

金魚のいる場所→ペットショップ=安易!ですみません。
木魚のある場所→寺、も相当安易でしたけど。
少し書き急いでしまった観もあります。
関西弁がおかしくても許して下さい。
おまけに柴ちゃんは頭いい子キャラだった筈なのに。
何より、特徴つかみにくい…。

>334 名無し読者様
 ギクーリ。無理…かな、と思ったんですが、墓繋がりでどうしても入れたくて。

>335 オガマー様
 いつも楽しく読ませて頂いております。
 まず題名が素晴らしいですよね。「きっと」が入ってるところがまた何とも。
 勿論内容も存分にわくわくしました。梨華バージョンも期待待機中。
380 名前:魚心 投稿日:2002年07月01日(月)00時59分48秒
>336 名無っさん様
 有り難うございます。実は人選は作者ではないんですが。
 でもこの人にしてみたら、するすると書けました。寺の似合う女…?

>337 名無し読者様
 出てきました出てきました。金魚もひりひりと捻りだしてみました。

>338 名無し読者様
 実現しました実現しました。柴ちゃんにもいつか明日がくると…いいな、と。

>339 名無し読者様
 本当にやっちゃいましたやっちゃいました。やっちゃった!

>340 ごまべーぐる様
 そっか!コラボレーション!いい言葉ですね。
 それよりそれより海板のよっすぃ、早くブチュッとしてやって!!じれったいじれったい。
 ぶちゅっとぶちゅっとぶちゅっと。以上キス希望三拍子でした。

>341 名無し読者様
 有り難うございます。多分、あらを探せばどしどし出てくると思うんですよね。
 今回も期待外れでなければいいのですが…。
381 名前:魚心 投稿日:2002年07月01日(月)01時00分31秒
>342 名無し読者様
 小ネタ考えるのは好きです。ストーリー捩じ曲げてでも入れます。
 思いつくと嬉しくなってひとーりでデヘヘと笑います。

>343 よすこ大好き読者。様
 ヤーッススッスースッスッスー。ヤススです。
 こちらこそ毎回温かいレスを頂きまして、ほんっとに励みになりました。
 毎回同じこと書いてる気がしますが、真実なんです。
 
>344 名無し読者様
 あーそれいいですね。アレンジして使いたかったなぁ。
 どこからともなく小石が飛んでくるとか。羽虫の大群に襲われるとか。

>345 ステキカット様
 禁断症状!!ですか。ならば。ナースよっすぃ登場。
 「体温はかりまーす」(でしたっけ?)
 
>346 名無しどくしゃ様
 みんなハッピィ、ではなくて、みんなそれなりにハッピィ、にしたかったので、
 白タイも柴ちゃんもあっさり気味にしました。ご満足頂けたでしょうか…。
382 名前:魚心 投稿日:2002年07月01日(月)01時01分23秒
>347 mini様
 いえいえ、ただの妄想人間です。 
 &すみません。これが初なので、他には書いてないなりよ。

>348 名無し読者様
 なんだか大喜利みたいですね。
 テンテケテケテケ、スッテンテン。

>351 じゃない様
 お題を頂けるとつい燃えますね。毎度ネタを有り難うございました。
 いうなれば、円楽師匠。そして自分は…歌○?楽○郎?…こっ、こん○い?アワワワー


何だかここの石川さん吉澤さん白タイ他登場人物に愛着が湧き始めていますが、ここいらでお別れです。
ほんっと、書いてる時は最高に楽しかった!
皆様、短い間でしたがお付き合い頂きまして本当に有り難うございました。
383 名前:オガマー 投稿日:2002年07月01日(月)01時04分31秒
リアルタイムで読みました!
シリーズは完結なんですか?
いしよしはもう完全に安泰ぽw
でも、ヤパーリ何か期待したくなるw
また新作で戻ってきてくださることを期待してもよいですか?
師匠(勝手に呼ぶな)にそんなこと言われたら浮かんじゃいますよ、
足が地からw
嬉しいです。ありがとうございます!!
384 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)01時40分16秒
ひいぃー!
某所で「柴ちゃんの詳細は是非『金魚』でお願いしたい」
なんてフザけたこと書いちゃった者ですけど、
っじじっ実現するとはするとはあなた最高ですよ!!
マジありがとうございます!こりゃもう伝説。
また良かったら新しいの書いてくださいね。
385 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)11時59分17秒
つーか、吉澤ヤパーリテストで辻加護に負けたんだな(w
386 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)12時33分27秒
いろんな意味で名スレですね。
めちゃめちゃおもろかったです。
リクした者ではないですが、ただただありがとう( ● ´ ー ` ● )
387 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)15時49分36秒
| |白タイ)
| |⊂)
|_|.∀´)チラ…
|文|⊂)  
| ̄|∧|   
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   \\ 魚心たん、ありがとう!//

   \( ´`)人( ‘д‘)人川σ_σ||人(`◇´ )/
     
    シアワセデスカ?>\(^▽^)人(0^〜^0)/<シアワセデスYO!
388 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年07月01日(月)21時15分24秒
充分満足しましたよ^^
みんなそれなりにハッピィも伝わってきました。
やっぱ、あのカップルはカワイイですな(w
完結はカナリ淋しいのですが…
また、何か作品をお目にかかれる日を密かにまってます(笑
お疲れ様でした。
389 名前:魚心 投稿日:2002年07月03日(水)23時42分47秒

最後にレスのお礼を。

>383 オガマー様
 いえいえいえいえいえ。恐縮してしまうのでどうか着地して下さい。
 ここの二人はまぁあれこれあるかもしらんが、大丈夫だろう、ということで。

>384 名無し読者様
 えへへ。頑張りました。実は柴ちゃんの事は余り考えずに適当に書いちゃってたんです。
 なので結構こじつけっぽいんですけどね。…きっとどこかに穴がある…ハズ。

>385 名無し読者様
 勿論です。負けました。そこらへん吉澤さんにぬかりはありません。
390 名前:魚心 投稿日:2002年07月03日(水)23時43分42秒
 
>386 名無し読者様
 こちらこそ、読んで頂いてただただ有り難うございます。
 シリーズ化できたのは自分だけの力ではなく、皆様のお力添えがあったからだと。

>387 名無し読者様
 かわいーいっ!さりげなく白タイに笑いました。確かに描きようがない、と。
 こんな拙い文章でもこんな可愛いものが頂ける…。癖になりそうです。

>388 名無しどくしゃ様
 そう言って頂けるとほっとします。いしよし万歳。
 次回作ですが、今練っているので少し形になったらどこかに書かせて頂こうかと思っています。
 今度もベタな香りがぷんぷんと漂うものになりそうです。

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