剣と長刀
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)00時37分37秒
- 黒い空 月が見える
花火が咲いた あかしろきいろ
みんな白に消えていく
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)00時38分08秒
- 力をやろうと声が聞こえる
力が欲しいと私は呟く
だけどどうせくれるなら
もっと前に欲しかった
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)00時38分57秒
第一章 五月の夜
- 4 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時40分47秒
- その日の空も憂鬱な灰色に覆われていた。
この一週間、ずっとこんな天気が続いている。
雨が降るでもなく、かと言って晴れるでもなく。
なんて中途半端。
まるで私みたいだ。
ため息を一つついて、少女は冷え冷えとした天を見上げる。
どんよりとした空には五月の爽やかさの欠片も見えない。
どうせならいっそのこと土砂降りになってくれればいいのに。
思いきり濡れてしまいたい。
そうすればこんな気持ちも少しは流れてくれるだろうか?
- 5 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時41分31秒
- 細い川に架かる橋を渡り、少女は一つ目の角を右に曲がる。
夕方の路地は不愉快なくらい暗く、そして静かだった。
ぬめっとした空気が体を舐めるように絡みつく。
肩に担いだ防具袋が嫌になるほど重たく感じた。
だけど、それ以上に気持ちが重い。
ポケットに突っ込んだ右手には、未だに感触が残っていた。
脳裏に映像が不意に割り込んできた。
またなの? と、彼女は舌を打つ。
区切られた狭い視界。
目の前で揺れる白い影。
ゆらゆらゆらゆら。揺れるように。
前後に細かく動いている。
私は息を吸って前に跳ぶ。
影は滑るように下に沈む。
そこで映像は一旦止まる。
もういいよ。わかってるから。
だから、早く続けてよ。
忌々しげに彼女は呟く。
その声が届いたのか、ノイズ交じりのフィルムは、再びスローに動き出す。
真っ直ぐに伸びる竹刀。
だけど、そこには何もない。
竹刀は空を虚しく切って。
そして右手から音が弾けた。
延々と頭の中でリピートされ続けるシーン。
お気に入りの映画だってこんなに見返したことなんてない。
- 6 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時42分06秒
- 五月の連休の初日に行われた地区大会の個人戦準々決勝。
どちらも決め手に欠けた退屈な試合は、三度目の延長戦であっけなく幕を閉じた。
決まり手はコテ。
出ゴテを狙ってたのなんか見え見えだったのに。
自分への苛立ちを足元の空き缶に思い切りぶつけた。
中身が残っていたのか、空き缶はごぽっと不快な音を発して鈍く転がっていく。
もう一度おもいっきり蹴っ飛ばす。
それでも一向に気分は晴れない。
がらんがらんと音を立てて、缶は側溝に落ちた。
「バカみたい」
肩で息をしながら、自嘲気味に呟いた。
- 7 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時43分59秒
- 電車に乗って帰る気がしなかった。
誰にもぶつかりたくない。ただ一人でいたかった。
知らない町の裏路地を彷徨うように歩く。
気が付くと、いつの間にか辺りは真っ暗だった。
五月とはいえ陽が落ちるのはまだ早い。
灰色から黒に衣替えした空には月も星も見つけられない。
古ぼけた街灯のランプだけがモールス信号のようなリズムで小径を弱々しく照らしている。
ぬるい風がすり抜けた。
辺りに薄気味悪さが等速度で拡散していく。
電柱に『痴漢に注意』と書かれた看板が立てかけられているのが見えた。
黄色の板に黒字で書かれた看板はまだ新しい。
最近この辺りに痴漢でも出るのだろうか、とそれを横目に通り過ぎながら彼女は思う。
でも自分には関係ない。
まさか私を襲うなんてイカレタ奴はいないだろう。
いや、イカレテるから痴漢なんかするのか。
だったら襲われるかもしれないわね。
- 8 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時44分38秒
- 彼女は唇を歪めるようにして笑うと、左手に力を少しだけ込めた。
その手に提げた三尺七寸の愛刀。
加えて、幸いなことに、機嫌も悪い。
万が一、痴漢に遭遇したとしても、後悔するのは彼の方だ。
しかし即座に彼女は自分の想像を否定する。
バカバカしい。
いつからこんな無意味な空想に耽るようになったのだろう?
防具袋を肩にかけなおす。
それでも、なぜか少しだけ気分が軽くなったように感じた。
公園沿いのゆるやかなカーブに差しかかる。
その時、薄絹を裂くような甲高い悲鳴が公園から聞こえた。
- 9 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時45分23秒
- 「なに?」
彼女は防具袋を投げ捨てると、公園に向かって駆けだした。
走りながら左手の竹刀袋をしゅるりとほどく。
中から竹刀を抜き出して、袋を後ろに放り投げる。
全ての動作は無意識に処理された。
低い植え込みをひゅんと飛び越え、冷たい砂場に着地する。
鬱蒼とした暗い空間。
何も見えない。
彼女は少しだけ乱れた呼吸を整えながら、その大きな瞳をぐるりと回す。
徐々に目が馴れてきたのか、闇の中にわずかなコントラストが浮かび上がる。
ブランコ、すべり台、ジャングルジム……
遊び疲れた遊具たちが静かな眠りについている。
彼女はさらに視線を滑らせた。
一番奥に鉄棒があった。
その時、彼女の瞳が止まる。
鉄棒の向こうで影が蠢くのが見えた。
「そこにいるのは誰!?」
竹刀を正眼に構え、叫んだ。
- 10 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時46分27秒
- 影の動きがピタリと止まる。
凍り付く空気。
彼女はごくりと喉を鳴らし、左手の握りを確かめると、慎重に間合いを詰めていく。
固まっていた影はゆっくりと、僅かに離散した。
(一、二、三…いや、四人……さっきの看板にあった痴漢かしら?)
彼女は足を止め、静かにその影を観察する。
影との距離はおよそ三メートル。
荒い呼吸音が影の方向から聞こえてくる。
間違いなく向こうも彼女を認識している。
息づかいからして極度の緊張状態に違いない。
何をしてくるかわからない。
無意識に、竹刀をグッと握りしめた。
- 11 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時47分22秒
- 突然、一つ影が動く。瞬時にかき消される間合い。
きらりと鈍い銀色の光が影の右手に輝いた。
(ナイフ…!?)
そう判断するよりも早く、彼女の躯は前に跳んだ。
潜り込むように身を沈めながら剣先をしならせる。
踏み込みと同時に絞り込んだ手の内に痺れが走り、弾けたような音が響いた。
栗色の髪を振り乱しながら彼女は影と交差する。
銀色の光はくるくると宙に舞い、地面に力無く落ちた。
「う、ぐうぅぅ…」
右手を抑えてうずくまる影。
「お、おい! 大丈夫か?」
「てめぇ!」
野太い声が闇に響いた。
彼女はそちらを睨むようにして振り返る。
- 12 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時48分03秒
- 影が二つ、左右に開く。
残ったもう一つの小さな影は座り込んだまま動く気配がない。
さっきの叫び声は女の子のものだった。
おそらくあの影がその子だろう、と彼女は瞬時に判断した。
(…ということは、あと二人か。)
彼女は一人目を仕留めた位置から二歩下がった。
パチンと渇いた音がして、銀色の光がぼんやりと二つ、闇に浮かび上がる。
(二人ともナイフか…)
一対二、それも本物の刃物相手なんてさすがに初の体験だ。
眉間に冷たい汗が流れる。
――優しくしてね、なんて言ってもダメか…
二つの影はさらに左右に広がりながら、じりじりと前に詰めてきた。
彼女は竹刀を中心に構えたまま、その場を一歩も動かない。
やがて、三つの影はそれぞれに等距離、すなわち正三角形を形成した状態で静止した。
視線を俊敏に左右に振り分けながら、彼女は思考を繰り返す。
二人同時に来られるのは不利だ。
どちらか一方を先に潰すしかない。
彼女は右の影を標的に選択した。
竹刀は右手を前にして持つ。
必然的に、僅かな差かもしれないが、右側の死角が大きくなる。
イコールそれはつまり、右側に敵を置きたくないという心理に直結する。
- 13 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時48分43秒
- 今度は彼女が先手を取った。
この状態で後手に回るなんて、焼肉を食べる前に歯磨きするくらいナンセンスな選択だ。
左足で地面を蹴って、一気に懐に飛び込んだ。
(まずはナイフ……)
小手の要領で、ナイフの根元をビシリと打った。
銀の雫がこぼれ落ちる。
竹刀は打突の反動で浮き上がり、彼女はそれを再び垂直に打ち下ろした。
渾身のメン打ちが、影の額に火花を散らせる。
影は声一つ出せずにその場に崩れ落ちた。
即座に彼女は左に視線を移す。
もう一つの影は既に攻撃態勢に移行していた。
振りかぶられたナイフ。
鋭い光が影の頭上で煌めく。
振り向き様に彼女はメンに跳んだ。
鈍い音。
影の動きがピタリと止まり、彼女はその横を風のようにすり抜ける。
空に泳いだ銀のナイフは影と共に地面に沈んだ。
彼女はそれを確認して構えを解くと、ようやく一つ息をついた。
手のひらは汗で濡れていた。
- 14 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時49分55秒
- 「くっ……」
最初に崩れた影がふらふらと立ち上がる。
目もかなり闇に馴れていた。
狐のような細長い目に汚く伸びた無精髭。
下衆な顔だ、と彼女は思った。
「そいつら連れて、さっさとどこかに行きなさい」
右手に柄を握ったまま、彼女は凛と言い放つ。
「てめぇ、覚えてろよ……」
安い捨て台詞を残し、男は倒れていた仲間を両肩にかついで姿を消した。
三人が暗闇の向こうに消えるのを見届けて竹刀を左手に納めると、彼女はうずくまっていた小さな影に近づいた。
捨てられた猫のように震えている。
やっぱり女の子だったか、とその手を取りながら彼女は思う。
細い手だった。
そして冷たい手だった。
ガラスに粘性があったなら、きっとこんな感触に違いない。
彼女はそんな思考に半分意識を委ねながら、少女の体を引き上げた。
予想外に軽かった。
- 15 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時50分44秒
- 少女は夏らしい白のセーラー服に身を包んでいた。
だが、地面に引き倒されでもしたのだろうか、その白い制服は思いきり砂にまみれていた。
彼女はその砂を手で払いながら
「大丈夫?」
と、聞いた。
その声に少女が顔を上げる。
切れ長の瞳。艶やかな唇が闇に光る。
少しだけ翳りを帯びた顔立ちは、数学の方程式のように、あまりに綺麗に整いすぎていた。
「さっきの奴ら痴漢でしょ? 大丈夫だったの?」
視線をそらし、手をはたきながら彼女は聞く。
「はい。でも、もう少しで……」
そこまで言って少女はうつむいた。
もう少しで何よ、と彼女は思わず言いそうになって、慌てて口を閉じる。
――どうして私ってこうなんだろ?
自分のデリカシーの無さにいつも情けなくなる。
なんにも言わずに、撫でるようにして、乱れていた少女の髪を整えてやった。
ありがとうございます、とか細い声がぽつりと聞こえた。
- 16 名前:-1- 五月の夜 投稿日:2002年05月25日(土)00時52分52秒
- ポンポンと頭を優しく叩いて手を離すと、少女に背を向けるように体を回した。
「家、近いの? 危ないから送ってあげるよ」
そう言って彼女は公園の出口に向かって歩き出す。
「あ、ありがとうございます」
「アンタ、名前は?」
前を向いたまま彼女は聞く。
「石川です」
「下の名前は?」
「梨華です。梨に華やかの華で梨華」
「石川梨華、か。可愛い名前だね」
「あ、あの、私にもお名前を教えてくれませんか?」
一人で先を行く彼女の背中に、石川が慌てて聞いた。
「私?」
その声に彼女は振り返る。
「私はね…」
アーモンド型の瞳が穏やかに微笑み、そして彼女は問いに答えた。
「保田圭」
それが始まりだった。今でもよく覚えている。
三年前の蒼く暗い夜。
初夏の風が二人の間にさぁっと流れて、石川の髪がまた乱れた。
空はいつの間に晴れたのか、雲の切れ間から月が出ていた。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)11時40分53秒
- 剣道のお話ですか!題名に惹かれ拝読させて頂きましたが・・・凄く綺麗な文体にますます惚れてしまいました。
更に加えて保田さんが主役のお話だなんて!!これはもう期待せずにはいられません(w
作者さん頑張って下さいませ。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月25日(土)21時53分08秒
- 作者さん剣道の描写すんごい上手いよ。がんばってください。
更新楽しみにしてます。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)23時42分21秒
- 久々に読みにきたら新展開になってました。
今回のも面白そうですね。
今後にも期待してます。
- 20 名前:名無し 投稿日:2002年05月26日(日)14時45分04秒
- おもしろい!!
これからも読みます。がんばってください。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月02日(日)03時34分26秒
- 第二章 花火に消された言葉
- 22 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時35分48秒
- 「綺麗な月……」
漆黒の闇に不似合いなほど黄色く光る月を見上げて、保田は思わず声を漏らした。
空には雲一つない。
墨をこぼしたような空には、小さな星たちが揺れるように瞬いている。
六月に入ってからずっと雨続きだったというのに、今日は朝から快晴だった。
「なんで今日に限って晴れるかな?」
後ろを振り返り、石で出来た階段を彼女は首を傾けて見上げた。
石段はまるで空まで届くかのように、遠く、高く伸びている。
その両端には赤い提灯が等間隔に並んでいた。
耳を澄ませば祭囃子と太鼓の音、そして子供たちの嬌声が聞こえてくる。
そう、今日は年に一度のお祭りの日。
少女たちは色とりどりの浴衣に身を包み、人々は非日常的な雰囲気に酔いしれていた。
- 23 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時37分02秒
- これまでお祭りというイベントに出かけたことは一度もなかった。
人混みは、どちらかと言えば好きではない。
端的に言えば、嫌いなのだ。
当然、今年も出かけるつもりなんてなかった。
だが今年は去年までとは少し勝手が違っていた。
ちょっとしたきっかけで知り合った少女に誘われたのだ。
初めの内は適当にあしらっていたし、彼女もその度に素直に引き下がっていた。
しかし、いよいよ祭りの前日となった昨日、
「保田さん、お祭りに行きましょう……?」
彼女は上目遣いでそう言った。
その濡れた瞳があまりにも儚げで。
気付いた時には、首を縦に振っていた。
「ほんとですかぁ?」
彼女の表情がぱっと華やぐ。
まるで向日葵が咲いたかのような眩しい笑顔だった。
「しょうがないわね」
「ありがとうございますっ」
余程嬉しかったのだろうか。彼女は保田の手を握り、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
「そんなにはしゃがなくてもいいじゃない」
保田がたしなめようとした丁度その時、彼女のポケットから何かが落ちて、コツンと床に転がった。
- 24 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時38分19秒
- 「ん? これ何?」
「あっ! それは…!」
床に落ちたそれを拾い上げようとする保田の手を素早く彼女が抑えた。
「…ちょっと、何のつもり?」
ぴくりと眉を吊り上げて睨む保田。
「い、いえ。なんでも……」
その視線に耐えきれず、彼女は顔をそらす。
「何か隠してる?」
「べ、別に……」
「……お祭り、行かないわよ?」
「………」
勝った、と保田は心の中で呟いた。
彼女は少し表情を曇らせて、渋々とその手を離す。
ようやく解放された右手。
保田は握りしめていたその手をゆっくりと開いた。
そこにあったのは、小さなプラスチックの容器。
透き通るような淡い青色の液体が入っていた。
「アンタ、これ……」
目薬だった。
- 25 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時39分36秒
- はっきり言って反則である。
しかし「行く」と言った瞬間の彼女の喜び様を見た後に異議を唱えることなど保田には出来なかった。
「ったく、何してんのよ?」
保田は自分の身長の十数倍はありそうな大きな鳥居に寄りかかって時計を見た。
針は七時十五分を示している。
約束の時刻をすでに十五分もオーバーしていた。
「これじゃ、まるで私の方が楽しみにしてたみたいじゃない」
保田は苦々しく呟くと、ため息を一つついて腕を組んだ。
らしくないと思う。
なぜ自分はこんな所にいるのだろうか?
最近少しずつ、自分が変わっていくような錯覚を覚える。
自分が変わる?
どうして?
瞳を細めるようにして空を仰ぐ。
やはりそれは彼女のせいなのだろう、と保田は思った。
月はますますその輝きを増していた。
- 26 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時41分01秒
彼女との出逢いは一月ほど前。
あの時も暗い夜だった。
そのシーンを一言で表現するとしたら、公園で痴漢に襲われていたところを助けてあげた、といった感じだろうか。
ほとんど過不足無い。完璧な要約だ。
保田は自分の思考にほくそ笑んで、満足げに顎を撫でる。
確かにドラマチックな出逢いだったかもしれない。
だけどそれは二本の直線が一点で交わったようなものだ。
たった一度の偶然が生んだ煌めき。
直線が決して二点で交わることがないように、自分たちも二度と会うことはない。
朝になれば、また再びそれぞれの生活に戻る。
この夜のことなど忘れて、日々を過ごしていくのだろう。
彼女を家に送り届けた帰り道、保田はそう思っていた。
だがしかし、二人の運命は直線ではなかった。
偶然、いや必然的に、二人は再び交差した。
- 27 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時42分25秒
- 「こんにちはぁ〜」
その翌日、保田の家の離れにある道場の門の前に高い声が響きわたった。
「は〜い」
ちょうど午前の稽古を終えたばかりの保田が汗を拭きながら横開きの扉を引いた。
その扉の向こうにいた少女の顔を見て、保田の大きな瞳は更に丸く広がった。
「あれ?アンタ…石川?」
そこにいたのは昨日出会った少女。
彼女は七尺程の細長い布袋を右手に抱えるようにして持っていた。
「どうしたの?」
保田が不思議そうにたずねた問いに石川は答えた。
「あの…、ここで稽古させてもらませんか?」
- 28 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時44分15秒
- 濃紺の袴に白胴着。
肩にかかる黒髪を左右に分けて結んだ石川は手にした長刀を一振りした。
ひゅんと空気を裂く音が聞こえた。
もう一度斜めに振り下ろす。
刃筋正しく伸びやかに長刀がしなる。
何度か素振りをすると、石川は八方振りを始めた。
縦横斜め、絹糸を引くように途切れることなく長刀が流れる。
まるで風のようだ、と保田は感嘆の息をついた。
あいにく長刀が出来る稽古相手はこの道場にはいない。
石川は一人、面もつけず、ただ黙々と踊りを舞うかのように長刀を振るい続けていた。
- 29 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時45分59秒
- 「どうして私の家がわかったの?」
午後の稽古を終えた後、保田は石川に聞いた。
「名前でピンときたんですよ。だって保田さんのお母さん、有名じゃないですか」
その答えに保田はなるほど、と頷いた。
保田の母は若い頃は全国大会に出るほどの剣士だった。
現役を引退した後は家の道場で小中学生相手に剣道を教えている。
この辺りで剣道をやっている者なら保田の母の名前を知らない人はいないだろう。
ならば長刀をやっている石川が知っていてもおかしくはない。
- 30 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時47分54秒
- 「これからも時々こちらで稽古させてもらっていいですか?」
「それはお母さんに聞いてよ。…多分いいって言うと思うけどね」
そう言って保田は麦茶をゴクリと喉に流し込む。
多分じゃない、絶対だ、と保田は思った。
石川の長刀に母親はかなり興味を示していたようだ。
武道家としての血が騒いだのだろうか。
もしかすると自分も長刀をやるなどと言い出しかねない。
とにかく石川が稽古しに来ることに反対などしないだろう。
保田はそう読んでいた。
その予想は見事に当たり、石川は度々保田の家に稽古しに来るようになった。
こうして二人は正弦と余弦の曲線のように幾度も交わることになり、そしてその運命は徐々に加速度を増し始めていた。
- 31 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時49分47秒
カラカラと下駄の音が高く響いた。
その音に保田は思考を中断する。
下駄の音は徐々に大きくなり、そして保田の前でピタリと止まった。
「すいませんっ……、遅れちゃいました……」
走ってきたのだろうか、彼女は息を切らせながら謝った。
「ちょっと、アンタねー…」
あんまり怒りたくはなかったが、とりあえず一言だけは言っておかないと、と保田は顔を上げる。
だけど次の瞬間、口にしようと思った言葉は胸の奥にかき消えてしまった。
「…あれ? どうしました?」
「あ、いや、その格好……」
「ああ、これですか? どうです? 似合ってますか?」
彼女はその場でくるりと一回転した。
淡い桃色の浴衣が風に泳ぐ。
それは、彼女にも、そしてこの雰囲気にも、これ以上無いくらい似合っていた。
「ああ、うん……似合ってるよ、すごく」
そう言うと彼女は、ありがとうございます、と頬を赤らめて微笑んだ。
その姿が眩しすぎて、胸が燃えるように騒いだ。
「さぁ、早く行きましょう」
石川が保田の手を取って駆け出す。
肩に揺れる髪のにおいが弾けるように薫った。
- 32 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時52分38秒
- 神の杜に鳴り響く笛の音。
ピクリと鼻をくすぐる焼きそばのソースの匂い。
ぼんやりと光るオレンジ色の提灯が祭の世界を彩っている。
出店を一通り冷やかした後、二人は境内の広場の隅に腰を下ろした。
「どうですか? お祭り」
「そうだね…」
保田は曖昧に答えた。
正直に言うと、人が多すぎるというくらいの印象しか感じなかった。
けれども、浴衣の袖を濡らすくらい金魚すくいに夢中になっている彼女の横顔は無邪気でとても可愛く思えた。
「悪くないね」
「保田さんらしい感想ですね」
石川は呆れたようにそう言うと、持っていた綿菓子をちぎって保田の口に押し込んだ。
懐かしい甘さが口の中でじんわりと溶けて浸みた。
- 33 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時54分53秒
- 辺りのざわめきが徐々に大きくなってきた。
「なんか人が増えてきたね」
「もうすぐ花火が始まるんですよ」
「なるほどね…」
保田がうんざりしたような声を出す。
「こんなに人がいちゃ、落ち着いて見られないね」
「少し静かな所に行きましょうか?」
「そうね」
石川の気の利いた提案に保田はすぐに同意した。
境内の広場に人の波が次々と押し寄せてくる。
気を抜くとはぐれてしまいそうな程の人混み。
離れないでね、と保田は手を出しかけたが、結局その手は宙を彷徨ってポケットに戻った。
「石川、大丈夫?」
「はい、ちゃんと後ろにいますよ」
保田の問いに石川は穏やかに答える。
祭りの喧噪の中を泳ぐようにして二人は境内の奥に消えていった。
- 34 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時56分11秒
- 流石に境内の裏側には人はいなかった。
「この辺ならゆっくり見られそうだね」
「でも、保田さん……」
不満げな声を漏らしながら石川が空を見上げる。
それにつられて保田も首を傾けた。
「……そっか」
神社の影が夜空のキャンバスを隠すように二人の視界を遮っていた。
「これじゃ見られないね」
「保田さん、あっちです」
石川が指差した先には細長い階段があった。
生い茂る草木に吸い込まれるように、それはひっそりと伸びていた。
「足元、気を付けなさいよ」
保田は石川の手を引きながらゆっくりと石段を登っていく。
コツコツと下駄の音が孤独に響いた。
やがて空に月が見えた。
「ほら、ここからならきっと見えます」
石川の声が華やぐ。
そうだね、と保田は笑って、石段に腰を下ろした。
ひんやりとした感触が肌に伝わってくる。
石川もその横に座り込んだ。
ぼんやりとした闇の中に二人、何も言わず肩を並べる。
先程までのざわめきが少し遠くに聞こえていた。
- 35 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時58分05秒
- 「あの……」
左からの声が沈黙を破る。
「なに?」
保田は石川の方を向かず、空を見上げたまま答えた。
「今日は…、その……、ありがとうございました」
「ん? 何が?」
「いや…、なんだか無理矢理ついてきてもらったみたいで……」
「そうね」
「…………」
「…嘘よ」
再び静寂が二人を包み、風がその間をすーっとすり抜ける。
保田は腕を抱え込むようにして身を縮めた。
六月の夜の風はまだ少し肌寒い。
「それでですね……、その……」
「アンタね、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
再び風が吹き抜けて、保田の髪を撫でるように梳いた。
- 36 名前:-2- 花火に消された言葉 投稿日:2002年06月02日(日)03時59分23秒
- 「あの、私、……」
声が震えている。
石川の体が緊張しているのが気配でわかった。
「保田さんの事が……」
その時、夜空に花火が咲いた。
一瞬の内に響き渡る重い音の波動。
幾筋もの光のシャワーが降り注ぎ、そして闇に消えていった。
コツン、と左肩に何か当たった。
振り向くと石川が寄り添うように肩にもたれかかっていた。
「綺麗ですね…」
オレンジ色の光がうっすらと彼女の顔を染め上げる。
保田はその細い肩を抱きしめるように掴んだ。
夏草の匂いがほのかに薫った。
(石川はなんて言いたかったのかしら?)
彼女の温もりを胸に抱きながら保田はじっと空を仰ぎ見ていた。
暗闇に華が咲き乱れる。
散り際の音が一つ一つ切なくて。
それでも途切れることなく続く花火がその大きな瞳に映っていた。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月02日(日)04時02分24秒
- 皆様、レスありがとうございます。
>>17
剣道色は前作よりは少し薄めになる予定です。やっすーにはこれから頑張ってもらいます(w
>>18
ありがとうございます。剣道シーンは前作で書き過ぎてしまって実はちょっぴり辛いです。
>>19
お約束の新展開です。前作とはまた少し違った雰囲気でいきたいです。
>>20
ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
さて更新は大体一週間おきを予定してるんですが、来週はかなり忙しくなる予定なので結構微妙です。
あんまり期待しないでマターリと待ってやって頂ければ幸いです。
- 38 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 39 名前:華トケイ 投稿日:2002年06月04日(火)04時28分37秒
- すごい素敵な..文体?っていうのかな?
知識なくてうまく言えないけど、優しくていいお話ですね。
目薬...笑わせてもらいました(笑
石川さん可愛いな。(もちろん圭ちゃんがいればこそ(w
楽しみにしてます。
- 40 名前:LINA 投稿日:2002年06月05日(水)23時11分09秒
- やすいしキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!!!!!!!!!
自分も昔は剣道やってたので、なんかスゴイ入りこめていいです♪
圭ちゃんがカッコイイぞゴルァー!(w
梨華ちゃんの長刀で、はいからさん〜の時の姿が思い浮かぶ(・∀・)
マターリがんがって下さいね。
- 41 名前:ぽろ 投稿日:2002年06月06日(木)00時38分21秒
- 圭ちゃんかっけー…剣道とかやったことないですけどすごい読みやすいです
速攻でお気に入り追加です♪
- 42 名前:名無し 投稿日:2002年06月08日(土)17時33分02秒
- 石川さんの飛び道具、目薬が出ましたね(笑
皆さんが言うようにとても綺麗な文体ですらすら読めます。
切ない感じが素敵!!これからもがんばって下さい。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月24日(月)00時22分49秒
- みなさまレスありがとうございます。
それはそうと仕事の多忙化に加えてワールドカップ……。
おかげで3週間空いちゃいました。スマソ
>>38
( ^ー゜)ъ ドンマーイ
>>39
最近、石川さんが目薬使ってくれないので個人的に困ってます。
>>40
正月のはいからさんにはビビリました。
石川のなぎなた設定は前作を書き始めた時からの決定事項だったので。
>>41
ヤッスーはカッコよく。これ基本です。
>>42
目薬出ました。シリアスっぽい雰囲気の中で小ネタ。これも基本です。
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月24日(月)00時23分34秒
第三章 折れた薙刀
- 45 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時24分10秒
- 「よう、見せつけてくれるじゃん」
鳴り響く花火の音に紛れて、低い声が背後から聞こえた。
保田は肩越しに声がした方向を振り返る。
黒い影が四つ、石段の少し上に立っていた。
「俺たちも交ぜてくれよ」
先程とは違う声がふざけた口調で言う。
ヒヒヒ、と気持ち悪い笑い声が後ろの影から漏れた。
ぬめっとした空気が流れて、草木がざわざわと揺れる。
空に舞う鮮やかな光も地上には降りてこない。
蒼黒く染め抜かれた空間。
不意にフラッシュバックしたのはあの夜の記憶だった。
(保田さん……)
石川が保田のシャツの袖をギュッと掴む。
(……大丈夫よ)
保田は石川を隠すように抱きながら、状況を冷静に判断しようと試みた。
- 46 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時25分01秒
- (……あんまり関わらないほうが良さそうね)
相手は四人。
狭い地形。
自分一人で竹刀があればなんとでもなったかもしれない。
だが今日は石川を連れている。
竹刀も無い。
まともに相手にするのは得策ではないだろう。
(……石川、私が合図したら一気に階段を下りて逃げるわよ)
(はい…)
今までのとは違う、一際大きな花火が上がった。
鮮やかに染め抜かれる夜空。
ドン、という重い音が空気を揺らすように響いた。
(今よっ!)
それを合図に二人は立ち上がり、階段を数段飛びに駆け下りる。
石川の下駄が石段を叩く音が闇に鳴る。
木の枝が頬をかすめた。
まだ石段は下に続く。
こんなに長かっただろうか。
後ろを振り返る余裕は無い。
石川の手を握りしめたまま、飛ぶように石段を蹴る。
けしてこの手は離さない、と保田は呟くように思った。
- 47 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時25分44秒
- 転がるようにして二人は石段を降りきった。
辺りは闇。
人はいない。
状況はまだ好転しない。
早く人混みに紛れないと。
いつも嫌っていた混雑を今は求めている自分に保田は複雑な気持ちがした。
だが今はそんな事を言っている場合ではない。
「あっち!」
神社の広場を目指し、保田は再び石川の右手を引く。
その瞬間、キャッと石川の声がして、保田の左手に大きな負荷がかかった。
「石川?」
引っ張られるようにして後ろを振り返る保田。
何かにつまずいたのか、石川は膝を地面につくようにして倒れていた。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です……」
はだけた浴衣を直しながら石川が立とうとしたその時、ジャリ、と砂を踏む音がした。
- 48 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時26分15秒
- 保田は慌てて顔を上げる。
四つの影が等間隔に広がって二人の前に立ちふさがっていた。
ちょうど百五十度ほどの内角を有した扇形。
その要の部分に二人は位置していた。
(ちょっとまずいかもね……)
保田は密かに舌を打った。
右後方に退路はある。
しかし相手との間合いがあまりにも近すぎる。
この状況から相手を振り切ることなど、十中八九不可能だ。
互いの手を握り合ったまま、二人はその場に静止していた。
冷たい汗が一筋、保田の眉間をつぅっと舐める。
「追いついたぁ〜」
吐きそうになるほど不愉快な声が二人の耳にまとわりついた。
- 49 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時26分55秒
- カラフルな光が視界の隅に拡散しては消えていく。
祭の喧噪が遠くから届いてはいたが、それが逆に静寂と緊張を一層際だたせる。
(さて、どうしようかしら……)
保田は次手を探りつつ、石川を引き上げて背中に隠した。
風が止まる。
四つの影は弧状を保ったままだ。
動かない。
動けない。
見えない花の音が止んだ。
数秒だけ、空はいつもの闇に覆われる。
そして大輪が咲いた。
空気をつんざく響きと共に空に散った三尺玉。
足元に影が伸びる。
弾けるような光の雨の下で、周囲の照度が一時的に上がった。
薄まった闇の中で、保田は思わずその目を見開く。
一番左の男。
目は狐のように細長く、汚く伸びた無精髭。
見覚えのある顔だった。
- 50 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時27分30秒
- 「お前…」
狐目の男も細い目を精一杯広げながら声を漏らす。
(向こうも気付いたか…)
保田は左足の爪先に重心を移動させた。
無意識に左の拳を握っては開く。
しかし、その手の内にいつもあるはずの愛刀は、今はなかった。
「まさかこんな所で会えるとはな…」
狐目の男が低い声で唸る。
「ってことは後ろの浴衣の女はこの前の女か?」
「そりゃいいや。この前の続きといこうぜ」
真ん中に立つ二人の男が下品な笑みを浮かべる。
(こいつら、もしかしてこの前の三人……)
保田は男たちを睨みながら唇を噛みしめた。
状況は限りなく最悪に漸近している。
やっぱり祭りになんか来るんじゃなかった。
何の効力も持たない呟きだけが胸の内にむなしく響いた。
- 51 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時28分19秒
- 男たちは一歩、また一歩と徐々に距離を詰めてきた。
緊張のバランスは崩壊し、形成していた扇形は急速に縮小する。
迫る影。
保田は、努めて冷静に、思考を繰り返す。
しかし、打つ手は見つからない。
一瞬空を仰ぐ。
永遠に続くかのような黒に吸い込まれそうな気がした。
――しょうがないか…
息を一つついて、保田は拳を固く握りしめた。
ちょうどその時だった。
「止まりなさいっ!」
不意に弾けた背後からの声。
キンと耳に響く。
保田は首をひねり、肩越しにその声の主に視線を投げた。
それとすれ違うようにして、彼女は保田の前に踊り出る。
その手には竹竿が握られていた。
長さはちょうど七尺ほど。なぎなたとほぼ同じ。
「石川……?」
突然の展開に目を丸くする保田に、石川は応えない。
自分の背丈よりも長い竹竿を馴れた手つきで振り回す。
ひゅんと空気の鳴く音。
浴衣の袖が風に舞った。
「これ以上近付くと……どうなっても知りませんよ」
唇を横一文字にキッと結び、石川は右半身に構えた。
凛とした構え。
石川の瞳に気がみなぎる。
けれど、その手がわずかに震えているのを、保田も、石川も、気付かない。
- 52 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時28分53秒
- 「近付くとどうなるの?」
男たちは薄ら笑いを浮かべたまま前進を続ける。
石川の構えにグッと力が入った。
扇の半径が徐々に短くなる。
あと数歩で石川の間合いだ。
砂を踏む音が闇に溶けて響く。
――次だ…
石川は竹竿の刃先をわずかに浮かせた。
その瞬間。
「ちょっと待て」
聞き慣れない声が間に割って入った。
声の主は、右端にいた四人目の男。
三人の男たちよりも少し後方に立っていた。
というよりも、その男だけは最初にいた位置から動いていなかった、と言った方がおそらくは正しい。
保田はその男の存在を今になって思い出した。
なぜ今まで気付かなかった?
他の三人に気を取られてたから?
いや、違う。
――あの男、さっきから気を消していた……
何か得体の知れないものが胸の奥をすり抜けていく。
その奇妙な冷たさが保田の背中に鳥肌を立てた。
- 53 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時30分05秒
- 「和田さん?」
「いいから下がってろ!」
和田と呼ばれた男が一喝する。
その声に男たちは大人しく従った。
(誰…?)
保田は眉をひそめながら、その四人目の男の顔を窺った。
短く刈った髪型に少し下がった目尻。
そのにやけた顔には緊張感のかけらもない。
覚えのない顔だ。
この前はいなかったはず。
「その構え…、なぎなたか?」
ポケットに手を突っ込んだまま和田が問う。
「実は俺にも少し武道の心得があってね……」
和田は二人に目もくれず、左の方へ歩を進める。
その先にあったのは小さなお堂。
壁には竹竿が数本立てかけられていた。
石川もあそこから竹竿を持ってきたのだろうか?
和田はその竹竿の横に置かれていた長傘を手に取った。
「うん、ちょうどいい」
満足そうにそう言うと、左片手で二度、傘を振る。
びゅん、びゅん、と空気が裂けた。
「それじゃ、お相手してもらおうか」
和田は傘を両手に構える。
その姿に保田は息をつめた。
和田のとった構えは正眼。
剣道の構えだった。
- 54 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時30分39秒
- 対峙する二人。
右半身に構える石川に対し、和田は正眼に真っ直ぐ応じていた。
間合いはかなり遠い。
先程まで蒸し暑ささえ感じていた空気も今はなぜか冷たい。
なぎなた対剣道。
なぎなたの特徴の一つとして「脛打ち」が挙げられる。
下半身に有効打突部位を認めない剣道との最も大きな違いがここだ。
剣士は脛への攻撃に馴れていない。
必然的に、剣道を相手にした際には、なぎなたは脛を狙う。
(初太刀は脛……)
二人が静かに向き合うのを見つめながら、保田は石川の初手を胸に描いた。
- 55 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時31分26秒
- 紅い光が暗闇に射す。
少し遅れて音が響いた。
その刹那。
石川が仕掛けた。
ザッと砂を踏み込んで、袈裟懸けに切り込む。
稲光のように鋭く、石川の脛打ちが和田の右足に走る。
だが次の瞬間、和田の右足は闇に消え、打突はむなしく空を斬った。
「くっ!」
すかさず石川は躯をひねる。
返す刀で和田の右脇を切り上げた。
カン、と竹のぶつかる音。
傘の柄で受けられた。
間合いが近い。
石川はひらりと後ろに飛び退いた。
結い髪がさらりと揺れる。
一つ息をついて石川は再び右半身に構え直した。
- 56 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時32分12秒
- (あの男、何者なの?)
保田は思わず口を開けた。
石川の右脛打ち。
間合いもタイミングも完璧だったはず。
しかし和田はそれをかわした。
踵を太股につけるように蹴り上げての抜き。
(初見で足抜きをするなんて……)
背中に鳥肌が立った。
あの男、ただ者じゃない。
嫌な予感がする。
止めた方がいいかもしれない。
「いしか……」
保田の言葉とほぼ同時に光が散った。
爆発音が空気を震わす。
声は遮られて届かない。
石川は既に踏み出していた。
- 57 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時33分15秒
- 今度は突き。
竹竿の先が一気に間合いを詰めて、和田の喉元に伸びる。
首を振ってかわされた。
左足を前に出しながら躯を返す。
竿の柄。
地を這うように右外脛を狙う。
またも足抜き。
(それなら……!)
くるりと竿を持ち替える。
大きく振りかぶって左面。
竿がしなり、空気が割れる。
(取った!)
そう思った刹那、石川の体が流れるように捻れ、視界から和田の姿が消えた。
代わりに見えたのは、夜空に浮かぶ月に走る一筋の黒。
和田が振りかぶった傘だった。
その一瞬がやけにスローモーションで。
空に星が瞬くのが、なぜか綺麗に見えた。
- 58 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時34分13秒
- 保田が叫ぶ。
間に合わない。
思わず前に出した右手が力無く虚空をさまよう。
打ち下ろされた傘が石川の額を捉えた。
またも花火。
ぱぁんと弾ける音がした。
和田が石川の横をすり抜ける。
桃色の浴衣がぐらりと揺れて、そして崩れた。
こぼれ落ちた竹竿は、カラカラと音を立てて、石畳の上に転がっていた。
- 59 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時35分34秒
- 「石川!」
地面に倒れた石川に保田が駆け寄る。
しかしその数歩手前で、保田の足が不意に止まった。
「動くな」
抑揚のない冷たい声。
保田の喉元に傘の石突が突きつけられていた。
「お前ら、その女捕まえとけ」
和田が保田を制したまま命令する。
石川の周りを男たちが囲んだ。
「へへ、大人しくしてろよ」
二人の男が両手を掴んで石川を引き上げる。
浴衣の胸元が僅かにはだけていた。
「……おい」
「ああ…」
男はゴクリと喉を鳴らすと、その胸元に手を滑り込ませた。
「…うぉ、コイツでけぇ」
「イヤッ…!」
石川が体を揺らして抵抗する。
だが両腕を掴まれた状態では、その抵抗も意味を為さない。
浴衣の下で淫らにうごめく男の手に、石川は必死に耐えていた。
- 60 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時36分26秒
- 「アンタたちっ!」
保田の声が月夜に響く。
和田は石突で保田の顎を持ち上げた。
「同じ事を二度も言わせるなよ」
突き刺すような固い視線。
金属のような目だ、と保田は思った。
「お前ら、もう少し我慢しろ」
和田は再び命令する。
男は渋々と手を石川の胸元から引き出した。
- 61 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時37分38秒
- 「あいつらから聞いたよ、この前は世話になったらしいな」
和田は傘を捨てて、転がっていた竹竿を拾い上げると、膝で半分に叩き折った。
パン、と乾いた音が鳴る。
「是非お礼をさせてくれ」
そう言って、和田は折った竹の片方を保田にひょいと投げつけた。
保田はそれを左手で受ける。
その竹は竹刀よりはわずかに短かった。
「ありがとう。だけどその気持ちだけで十分よ」
保田は精一杯の強がりを口にして、和田を睨む。
和田はやれやれといった風に肩をすくめてニヤリと笑った。
「嫌なら別にいいんだぜ? その代わり、あの女がどうなっても知らないがな」
そう言って和田は男たちに顎で合図した。
ひひ、と笑った男の手が再び石川の胸元を這う。
「や…めて……」
顔をうつむけた石川の濡れた声が微かに漏れた。
その声に保田は唇を噛む。
(石川……)
保田は竹をグッと握りしめると、和田の方に向き直った。
- 62 名前:-3- 折れた薙刀 投稿日:2002年06月24日(月)00時38分42秒
- 「わかればいいんだよ」
口の端を上げながら和田は満足そうに頷いた。
「石川に手を出さないで」
「ああ」
和田が視線を投げる。
男たちはその無言の命令に素直に従った。
風が一筋吹き抜ける。
鬱蒼と茂る木々の葉がカサカサと揺れた。
「先に言っておくが、あの女を助けたいのなら俺に勝つことだ」
和田はそう言って、折れたもう片方の竹を構えた。
先程と同じ、正眼の構え。
「もしお前が負けたら……」
そこで和田は言葉を切り、ひゃひゃひゃと口元を歪めて笑った。
不愉快な笑い声が闇に溶けて消えていく。
保田は石川を一瞥し、再び和田に正対した。
緊張に凍り付いた空気が背中の後ろで音を立てる。
花火は未だ咲き止まない。
空に浮かぶ月には、わずかに雲がかかっていた。
- 63 名前:華トケイ 投稿日:2002年06月24日(月)06時46分57秒
- 続き待ってました。...て、おわぁっ!?
な、なんという事にぃ!!!リカちゃぁんんんっ!!!
こ、この続き気になりすぎてく、苦しい...待ってられません!w
...でも待ちます。w(あ〜う〜ケイちゃん頼む...。
- 64 名前:名無し 投稿日:2002年06月24日(月)15時45分00秒
- 異様に嫌な予感しかしない・・
力を欲しろ保田さんー!!
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月15日(月)00時58分38秒
- かかり稽古20分保全。
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月21日(日)23時24分46秒
- 剣道知らなくても、面白いです!
続き期待して待ってます〜〜〜〜〜〜〜!
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)00時05分39秒
第四章 熱い雨
- 68 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時06分44秒
- 保田は静かに中段に構えた。
和田との距離はおよそ八尺。
互いが影響を与え合うには、その距離はまだ遠すぎる。
手に持つ得物はいつものそれより幾分か短い。
どうも落ち着かないといったふうに保田は握りを一、二度変えた。
ひんやりとした竹の感触が手の内をそっと舐める。
重心を左足に僅かに預けながら、保田は正対する男の手元に視線を落とした。
和田が持つ竹の長さは保田の竹にほぼ等しいように見える。
綺麗に半分に割ったものだ、と保田は感心した。
だがその認識も次の瞬間には、砂浜の文字が波にさらわれていくように、跡形もなくイレースされる。
――石川が気になる。
早めにケリをつけないと。
保田の左足が地面を蹴った。
- 69 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時07分32秒
- 摩擦係数の少ない砂の上を滑るように前に進む。
湿気を含んで滞留する空気が糸をひくように体に絡まる。
拡大する和田の影。
縮小する二人の距離。
両者の間合いが交錯する。
弾かれるように保田は飛んだ。
放たれた面打ちが高密度の空気を裂く。
暗闇に火花が散った。
二本の竹が割れるような音を立てて交わっていた。
体を半身に返す和田。
保田はその左に流される。
すり抜けざま、振り返って引き面。
これも受けられた。
左手に走る痺れ。
ゼロになった間合いは再び緩やかにその絶対値を大きくしていく。
「どうした? もう終わりか?」
緊張感の欠片もない和田の声がぼとりと落ちた。
- 70 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時08分40秒
- 保田は腕に残る痺れを拭い去るように竹をひゅんと一振りすると、再び中段に構えた。
薄いフィルムを幾重にも重ねたような闇は不透明に澄んでいる。
そんな鮮明な曖昧さの向こうで、和田の剣先が揺れていた。
ゆらりゆらりと。
誘うように。
鈍い音が遠くで弾けた。
大きなしだれ柳が夜空に流れた。
「ならこっちから行くぞ」
暗闇に漏れた言葉が耳に届く。
それとほぼ同時。
保田の頭上に突如現れる違和感。
牙をむく和田の太刀。
保田は慌てて手元を上げた。
三度、二つの竹が激しくぶつかる。
和田が体を当ててきた。
体格じゃ勝てない。
保田は左に体を返して受け流す。
それに合わせるように和田の左拳が保田の柄元を跳ね上げた。
くるりと半円を描く剣先。
(引き胴…!?)
冷たい風が背中をなめた。
右脇腹はがら空きだ。
保田は慌てて手元を下げる。
しかし、次の瞬間に来るはずの衝撃は、来ない。
- 71 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時09分19秒
- 一瞬、硬直。
動かせない躯。
引き胴はフェイントだった。
見開いた保田の瞳が天を仰ぐ。
和田の竹が夜空に刺さるかのように、鉛直上方に伸びていた。
引き面が落ちてくる。
受けるのは無理だ。
保田は首を右に振って避けた。
空を斬る音が耳をかすめる。
鈍い音。
左の鎖骨に焦げるような激痛が走った。
「……っ!!」
声すら出ない。
思わず左肩を手でおさえた。
鈍く響く痛みがどくどくと肩で音を立てる。
「お前、何か勘違いしてないか?」
ため息交じりに放たれた言葉に保田は顔を上げた。
間合いの遙か向こう。
和田は構えを解いていた。
剣先が静かに地面に落ちている。
「これは剣道じゃねーんだよ」
無機質な声が鼓膜を震わす。
――勘違いしてる?
――剣道じゃない?
脳裏に繰り返すエコー。
痛覚が思考を抑圧する。
- 72 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時10分05秒
- 左腕を二回まわす。
痛みはかなり残っているが我慢できないほどじゃない。
保田は乱れた息を整えながら構えを取った。
考えが甘かった。
保田は素直にそれを認めた。
つい、いつものように面打ちを肩で受けてしまった。
しかしそれは、肩が面垂れで守られており、かつ、有効打突部位として認められていない剣道だからこそできる防御法だ。
今みたいな実戦においては、肩で受けても、それは防御したことにはならない。
もし和田が真剣を持っていたなら、今の一太刀で死んでいた。
風が吹く。
躯が急激に冷えた。
だがそれは汗に濡れたせいだけではない。
- 73 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時10分40秒
- 丸い月は先ほどまでの位置から少しだけ移動していた。
その光は湿った空気に減衰して、ぼんやりと溶けて見える。
汗が流れる。
躯が震える。
暑いのか。
それとも、寒いのか。
保田にはそれがわからない。
けだるく漂う大気がすべての意志を迷わせる。
辺りを包む樹の枝と葉のシルエットが揺れた。
虫の音が虚しく響く。
星の光のように、何億年もかけて届いた信号のように聞こえた。
- 74 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時11分33秒
- 次の攻撃も突然だった。
右小手に伸びる和田の竹。
保田はなんとか手首を返して鍔元で受けた。
――まただ。
殺気の欠片すら感じられなった。
どうして?
どうしてこの男は感情を漏らさずに剣を振るえる?
打突の衝撃に耐えながら、保田は思考を走らせる
しかし、与えられた時間は限りなく零に近い。
小手から面打ち。
躯をひねる保田。
もう身体で受けるわけにはいかない。
和田の面打ちは空を斬り、二人の位置が入れ替わる。
次の一瞬。
拡散する乾いた音。
保田の放った追い面は和田の竹に阻まれた。
和田は保田の竹を絡めて払う。
そのまま引き面。
剃刀のような面打ちが保田の額をかすめた。
栗色の髪が風に散る。
- 75 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時12分12秒
- 吸い込まれるように後退していく和田。
追わなきゃ。
本能が保田の無意識を支配し、行動を決定する。
だがそれは、本能が選択したゆえに、あまりにもセオリー。
――面だろ?
和田は完全に読んでいた。
保田の肩がすり上がる。
和田は右足を前に滑らせた。
手首を返し、円を斬る。
面を抜いて胴。
完璧なタイミング。
和田は不敵に笑った。
その瞬間。
保田の左肩に再び激痛が走る。
ほんのコンマ何秒。
シャッターに切り取られた時間のように保田の躯が止まる。
力が抜けて、膝が崩れた。
急激に失速した保田は、面に飛ぶことができない。
「!!」
和田の瞳に初めて動揺の色が滲んだ。
来るはずの面が、来ない。
斬るはずの胴が、ない。
完璧だった面抜き胴は夜風にむなしく流れた。
ぐらりと泳ぐ和田の躯。
完全に無防備。
和田が初めて見せた大きな隙。
体勢をなんとか立て直した保田は、ただ無心に、竹を振るった。
暗闇に鳴り響く音。
手の内に走る痺れ。
和田の横を風のようにすり抜けながら、やった、と保田は胸の内で快哉を叫んだ。
- 76 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時12分50秒
- 足を止め、息を吐く。
構えを外して、汗を拭う。
驚くほどに濡れていた。
緊張は縮小し、緩慢な空気が保田の胸に流れ込む。
(やった……)
もう一度息をつこうとしたその時、聞こえるはずのない声が聞こえた。
「……いいフェイントだ」
背中に響く不敵な言葉。
まさか?
保田は慌てて振り返る。
影が一つ、そこに立っている。
「今のは良いフェイントだった…… 狙ってたのか? それとも偶然か?
いや、そんなことはどうでもいいか… うん、大した問題じゃない……」
和田は額をさすりながら、ぶつぶつと呟いた。
(そんな……)
保田の瞳に動揺の色が滲む。
会心の面だったはずだ。
それはこの手の痺れが証明している。
なのに何故?
どうしてあの男は立っていられる?
- 77 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時13分30秒
- 空気は砕かれたガラスの破片のように鋭く冷たい。
その冷たさが保田の背中に鳥肌を立てる。
「でもな、やっぱりお前わかってないよ」
吐き捨てるように和田が言った。
同時に砂を踏みしめる音。
和田は構えも取らず、無造作に近付いてくる。
「言ったはずだぞ? これは剣道じゃないって」
「一本取った取られたの勝負じゃない。斬るか斬られるか、だ」
「斬れてないんだよ。お前の技は」
「お前は誰と戦ってるんだ?」
「誰に勝とうとしてるんだ?」
次々と放たれる和田の言葉。
その全てが保田の意識に響く。
「もういいよ。お疲れさん」
感情のない、冷たい声。
それが保田が認めた最後の言葉だった。
- 78 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時14分12秒
- 視界が斜めに揺れた。
呼吸が止まる。
喉が焼けるように熱い。
(突…き……?)
焦点のずれた意識の中、保田はなんとか状況を認識する。
喉元に刺さる剣先。
後方に落ちる身体。
視界がスローに掠れていく。
眼前に迫る一筋の黒。
額に割れるような衝撃。
瞼の裏に流れ星が落ちた。
ぐらりと傾く世界。
動かせない左手。
重力が身体を支配する。
空がぐるりと旋回した。
まるで糸の切れた人形のように、
保田は静かに地面に崩れおちた。
- 79 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時14分57秒
- (や…すだ…さ…ん……)
名前を呼ばれたような気がした。
高い声。
気のせいだろうか。
頭痛。
眩暈。
目の前が暗い。
黒い空。
黄色い月。
喉が痛い。
息ができない。
光の雨。
あかしろきいろ。
パッと咲いて、
白に散った。
そして私も溶けていく。
真っ白な世界。
何も聞こえない。
- 80 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時16分31秒
――力が欲しい?
雲のようにふわふわとした白の中で、その声を聞いた。
ロイヤルブルーのように気高く、誇るような声。
保田はぐるりと辺りを見回した。
誰もいない。
奥行きのある白い世界は全てのベクトルに向かって、不規則に伸縮を繰り返している。
無重力のような感覚。
此処は一体何処なのだろう?
――力が欲しい?
声が、もう一度聞こえた。
どこから聞こえてくるのか、保田にはわからない。
誰かいるの?
不意に身体が落下運動を開始した。
保田は初めてその方向が下だということを認識する。
落ちてゆく。
どこまでも。
雲を突き抜けて眼下に見えたのは白い海。
遠く彼方に水平線が傾いて光っていた。
その光が眩しくて。
保田はそっと目を閉じた。
- 81 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時17分18秒
頬の上に水滴が一つ、ぽつりと落ちた。
その微かな刺激が、意識をゆるやかに呼び戻す。
(……ん?)
保田はゆっくりと瞼を開いた。
頭の中に靄がかかっているような気分だ。
視界は磨りガラスを通したように滲んでいる。
また一つ、水滴が顔を打った。
その冷たさに保田の意識がほんの少しだけクリアになる。
ぼやけていたフォーカスが徐々に合う。
逆向きに見馴れた少女の顔が見えた。
(……石川?)
「気がつきましたか?」
石川の声が頭上から落ちてきた。
黒天の空のずっと手前に石川の顔があった。
地面の冷たさが身体に染み込むように伝わっている。
頭の後ろだけが暖かい。
保田は首を動かして視線を左右にずらした。
自分が石川に膝枕されていることに気がついた。
水滴が三度、保田の肌をぽつんと弾く。
雨がぱらぱらと降っていることにも気がついた。
- 82 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時18分11秒
- なぜ自分は倒れている?
保田は右手で額にかかった髪を掻き上げる。
鈍い痛みが響く。
その刺激が保田の記憶を強制的にスキャンした。
意識を閉ざしていたカーテンがスパークし、分解されていたメモリは不意に結合する。
浮かび上がったのは、四つの影。
(……そうだ! アイツらは?)
保田は思わず身体を起こそうとした。
またも痛み。
短くうめきながら、保田は再び石川の膝に頭を落とす。
「保田さん、無理しないでください」
「石川…」
石川がそっと保田の髪を指で解く。
保田は仰向けのまま、何気なく彼女を見やる。
その視線が捉えた彼女の姿に、保田は思わず息を呑んだ。
ボロボロに破かれた浴衣。
砂交じりに振り乱れた髪。
よく見ると、肌の所々に細かなかすり傷がある。
「い…しかわ……?」
声が掠れた。
焼けついた喉からは、それ以上言葉が出ない。
もっとも出すべき言葉など一つも思いつかなかったけれど。
- 83 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時19分47秒
- 雨が急に強くなった。
針のような雨粒が保田の躯を無情に叩く。
石川は何も答えずに、保田の頭を膝に乗せたまま、ただじっと佇んでいた。
虚ろな瞳。
その目の光は、宇宙の最初の一点のように真っ黒で、クリスタルのように細かく揺れ動いている。
保田は焦点を石川の顔よりもさらに遠くに移した。
――何があった?
容易に想像がついた。
保田は自分の推測を懸命に否定しようとする。
だがそれは悲しいくらいに、自明。
再び視線を石川に移す。
冷たく透き通るような愁いを帯びた顔。
薄青い氷が張っているようにも見える。
もしあの氷が鏡と同等の反射率を有していたら、自分はどんな表情で映るのだろうか?
きっとこれ以上無いくらい情けない顔をしているに違いない。
濡れた服が肌に張り付くのも気にせずに、保田はただそんなことを考えた。
その思考を遮るように、石川の顔がストンと落ちてきた。
不意に覆われた保田の視界。
零になる、二人の距離。
- 84 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時20分52秒
- 雨の中。
口づけをした。
長く、そして深いベーゼ。
全てを奪うかのように石川は保田の唇を塞いでいる。
感情の全てを閉ざしたかのような冷たく切ないキス。
石川の本能だけが吐息交じりに漏れてくる。
目を閉じることすら忘れたまま、保田は静かにそれを受け入れた。
息が苦しい。
終わりのない海に潜るかのような、苦しく甘い恍惚。
地面を叩く雨の音だけが、ひどくシャープに聞こえていた。
やがて、惜しむように、二人の唇が離れる。
永遠に続くかのように思えたキスも、宇宙の歴史に較べれば、あまりにも短い。
だけど、宇宙の何処を探しても見当たらないほど、それは悲しい口づけだった。
- 85 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時21分58秒
- ぽたり、とまた水滴が保田の頬を叩く。
その雨は、なぜか熱かった。
(雨…じゃない……?)
保田は不思議に思って天を見上げる。
泣いていた。
石川が泣いていた。
その表情はまるで人形のように綺麗に固まって動かない。
ただ、黒に染まった瞳にだけ、感情の溶け込んだ涙が浮かんでいた。
その涙がまた一雫、保田の頬にこぼれ落ちる。
熱かった。
冷たい雨の中、その涙だけが熱かった。
じんわりと浸みるようなその熱が保田の胸を締めつける。
このまま雨に溶けて流れてしまえたら、どんなにか楽だろう。
保田は動かない左の拳を力無く握った。
- 86 名前:-4- 熱い雨 投稿日:2002年07月31日(水)00時23分05秒
――力が欲しい?
鳴りやまない雨音に紛れて落ちてきたその声を保田は確かに聞いた。
視線を空に飛ばす。
心を映したかのように雨に泣き煙る空。
誰が泣いているのだろう?
誰に泣いているのだろう?
もう考えるのは疲れた。
保田は眠るように目を閉じる。
その時初めて自分の目の奥が熱く濡れていることに気付いた。
ざあざあと響くノイズだけが二人を冷たく抱きしめる。
雨はまだ、降り止まない。
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)00時36分26秒
- >>63
お待たせしました。もしかしてもう待ってられなかったですか?
>>64
予感どーでした?
>>65
か、かかり稽古……(((( ゜Д゜)))ガクガクブルブル
ごめんなさいごめんなさいちゃんと更新しますからごめんなさい
>>66
ありがとーございます。でも過度の期待はやめてくださいねw
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)00時38分09秒
- そう言えばこの前の8th短編集に「Blue Windows」という拙作を投稿しますた。
青が嫌いな保田とその理由に思い悩む石川のセンチメンタルトゥナイトなお話です(意味無し)
まだ未読の方は読んでいただければ幸いでございます。
更新が遅れたのはけしてこれに浮気していたわけでは…モゴモゴ……
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)00時39分05秒
- それでは次回更新の時にお逢いしましょう
- 90 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)01時30分52秒
- 待ってました!!
・・・けど、切ねーっ。
二人が早く幸せになれますよーに・・・。
でわ、短編集、逝ってきます。
- 91 名前:華トケイ 投稿日:2002年07月31日(水)05時09分11秒
- 待ってました。
というか、前の自分のレスが何か恥ずかしい...w
力...か。何か深く考えちゃいそう。
更にこの先待たせてもらいます。
- 92 名前:名無し 投稿日:2002年08月04日(日)18時46分51秒
- 大きな壁にぶち当たったあとの保田さんの変化に期待!
そして現実の保田さんの新しい舞台への旅立ちにも期待!!
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月24日(土)00時33分07秒
- まだかな、まだかな〜?
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月15日(日)02時46分11秒
第五章 悲しき追憶
- 95 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時46分42秒
- 手は赤色の稲妻に痺れ、
目は白色の光に眩む。
髪は青色の風に揺れ、
耳は無色の静寂に澄む。
それは、まさに一瞬だった。
だけど、およそこの世の出来事なんて、一瞬あれば十分だ。
- 96 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時47分25秒
- 体育館にはじっとりとした熱を含んだ空気がお互いを押し潰しあっていた。
これくらい中身が詰まったシュークリームを一度は食べてみたい、と彼女は思う。
開け放された窓から風が流れ込んできていたけど、それはあまりにも弱くて、すぐに消えていく。
彼女は竹刀の先をわずかに上げた。
モノクロに減衰した世界。
目の前に立つ白い影。
陽炎のようにどろりと揺れた。
その瞬間を彼女の左手が打ちつける。
渾身の面打ちが居着いた相手の額を捉えた。
浮遊する時間の中で、彼女は相手と交わるようにすれ違う。
キュッと床を踏みならすと、体を返すように百八十度左転回。
相手はまだそこに居た。
無意識に構えに力がこもる。
打て、と左手が吠えた。
左足の爪先が床を掴む。
その瞬間、視界に白い旗がはためくのを、彼女は跳躍する寸前に認識した。
パンクしたタイヤみたいに、体から力が抜ける。
竹刀を左手にさげて、ぐるりと辺りを見回した。
視界は徐々に色彩を取り戻し、雑音が再び鼓膜を震わせる。
「君、早く戻りなさい」
審判に促されて開始線に戻る途中、彼女は小さく呟いた。
「ああ、今やってるのは剣道だっけ……」
- 97 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時48分43秒
「……ふぅ」
体育館の隅に座り込むと、彼女は静かに面を脱いだ。
躯にまとわりついていた熱気が一気に拡散し、比較的新鮮な空気が顔を包む。
生き返るような感覚。
いつだってこの瞬間は、気を失いそうになるくらい心地良い。
「お疲れさまです」
右手上方から聞こえた声に彼女は顔を上げた。
白いセーラー服に身を包んだ少女が、薄いピンク色のタオルを持って立っていた。
「ありがと、石川」
彼女はタオルを受け取ると、押しつけるように顔にあてる。
少し湿っぽい。
無理もない。
このタオルで汗を拭くのは今日既に五回目だった。
「あと一つですね」
石川と呼ばれた少女が紺色のスカートを手で抑えながら彼女の隣りに座った。
空気に僅かに溶け込んだシャンプーの香りが鼻の奥をふんわりとくすぐる。
「そっか、次はもう決勝か」
彼女はタオルを頭にかぶったまま、ペットボトルを口につけた。
あまり冷たくはなかったが、それでも乾いた喉にはじんわりと浸みた。
- 98 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時50分01秒
- 試合場のほうから拍手が聞こえた。
どうやら勝負が決したようだ。
この次にある男子の準決勝が終わればいよいよ最後の試合だ。
トーナメントも上のほうになると、試合間隔はかなり短い。
「そろそろ面つけないと」
彼女はボトルの水をもう一口だけ含むと、正座に座り直し、手拭いを頭に巻き付けた。
紐を揃えて、面をかぶる。
一瞬、音が耳から消えた。
その瞬間、まるでスイッチが入ったみたいに、躯に気力が漲るのを感じる。
慣れた手つきで紐を結んで、小さく二回打ち締めた。
「よしっ!」
彼女は小手をはめると、両拳を軽くぶつけて気合いを入れた。
竹刀を持って立ち上がり、試合場に静かに向かう。
「保田さん、勝ってくださいね!」
後ろから掛けられた声。
振り返らずに、左手を上げて応えた。
- 99 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時50分50秒
青と白のゆるやかなグラデーション。
七月の終わりの空はまるでかき氷のように曖昧なスカイブルーに滲んでいた。
その青の下に静かに佇む体育館の壁が太陽の光を鈍く反射している。
全国中学校剣道大会県大会予選。
保田にとって中学最後の公式戦となるこの大会も残すは男女決勝のみとなった。
全国大会に進めるのは男女それぞれ一名ずつ。
つまりこの県大会の優勝者のみが、最後の檜舞台に立つのを許されることになる。
青々とした葉を揺らす樹々の影が東に向かって伸びていた。
この暑く長い一日も、もうすぐ終わる。
- 100 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時51分56秒
- 六面の試合場を形成していたビニルテープは全てはがされ、新たなテープが中央に一つのステージを作り上げた。
それはテニスやバレーでいうところのセンターコートとほぼ同じ意義を持つ。
選ばれた者たちだけが立つことのできる栄光と名誉の舞台。
その試合場の脇で、保田は決勝戦が始まるのを静かに待っていた。
こうやって面を被って出番を待っていると、いつも不思議な感覚に襲われる。
世界がぎゅっと収縮して、閉じこめられるような錯覚。
琥珀色のコーヒーの上に浮かんだ一滴のミルクのような違和感。
まるで素数のように、自分だけが孤独。
その孤独が保田は嫌いではなかった。
現実の全てから隔離されたこの瞬間だけは、大空を飛ぶ鳥のように、思考が自由になるのを感じる。
静寂に澄む白い空の中、辺りを浮遊する幻想は、日常では味わえない至福であった。
しかし、なぜか、今は違った。
飛び上がろうとする思考を重苦しい鎖が縛りつける。
それは、あの雨の夜。
思い出したくもない、あの記憶。
失速し、スライドしながら堕ちてゆく思考は、いつの間にか一人の少女をイメージしていた。
- 101 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時52分47秒
- 桃色の浴衣の少女。
あの日、彼女は心と体に大きな傷を負った。
その傷の癒える日が、いつか訪れるのだろうか?
保田はその夜、眠ることができなかった。
けれど保田の心配とは裏腹に、彼女はひどく明るかった。
相変わらず声はばか高いし、負けず嫌いで意地っ張りだ。
たまに愁いを帯びた表情を見せるときもあるが、それは以前もよくあったことだ。
彼女は何も変わっていない。
そう、まるで何事も無かったかのように、いつもの彼女がそこにいた。
きっと自分が意識しすぎているだけだ。
保田は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
おそらく彼女はもうあの夜のことなど忘れてしまったのだろう。
ああ見えても、彼女は強いコだ。
それに較べて、私は、弱い……
- 102 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時53分26秒
- 「保田さん?」
突然の呼びかけに保田は思考を中断して慌てて顔を上げた。
「あの…時間です」
試合の準備を促しに来た係員の生徒だった。
白いベストに緑のチェックのスカート。
知らない制服だな、と保田は何気なく思った。
「それではただいまより個人戦決勝戦を始めます」
体育館に響くアナウンス。
それに少しだけ遅れて、歓声と拍手が巻き起こる。
その音に送り出されながら、保田は静かに歩を進めた。
結果がどうなろうと、これが最後の試合だ。
集中しなければ。
さっきまでの思考の残像を振り切るように、その場で軽く二度飛び跳ねた。
- 103 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時54分23秒
乾いた音。
竹刀がきしむ。
小手から面。それを受けて引き胴。
落ち着きなく点滅するアラートランプのように、攻守が激しく切り替わる。
試合開始からどのくらい経っただろうか?
考える意識が竹刀を振るう本能に追いつかない。
乱れる息。
近間から打たれた面を体を右に流して受け止めた。
そのまま鍔迫り合い。
久々に訪れた膠着に試合の流れが減速する。
保田が密かに呼吸を整えようとしたその瞬間、相手の鍔がスッと引いた。
引き面が風を斬る。
頭上より襲い来る鋭い牙。
一瞬の不意をつかれた保田は首を横に振るしかなかった。
相手の竹刀が肩に食い込む。
熱い痛みが微かに走った。
保田は思わず唇を噛む。
だがそれは肩の痛みのせいではない。
苦しいのは、その痛覚が呼び戻したあの屈辱。
- 104 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時55分21秒
- ブザーの音が鈍く響いた。
時間切れ。
保田は構えを解いて、静かに息をついた。
緊張にコーティングされていた空気も溶けゆく氷のように徐々に弛緩し始めた。
周囲のざわめきがその隙間を通すようにして耳に届く。
両者ともに有効打なし。
試合はまだ終わらない。
勝負の行方は延長戦に持ち越された。
- 105 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時56分29秒
- 「延長、はじめぃっ!!」
息を整える間もなく、審判の号令が響いた。
しかし二人は開始線より僅かに間合いを詰めただけ。
合わせた剣先を中心にしてゆっくりと右に回る。
そのまま百八十度回転して、ちょうど互いの位置が入れ替わったあたりで二人は足を止めた。
試合場を形成する空間は密封されたキャノピィのように息苦しい。
見えないクリア・アクリルがこの世の全てから隔絶するように二人を包む。
こもるような空気の向こう、面金の奥に潜む相手の双眸に保田は視線を合わせた。
その黒に染まった瞳に攻撃の気配は感じられない。
(攻めてこないつもり…?)
先ほどまでとは一変した試合展開に保田は少なからず戸惑いを覚えた。
延長戦は一本勝負のサドンデスだ。
慎重になっていると考えることもできる。
しかしそれは保田にとってはあまり歓迎できるものではない。
- 106 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時57分43秒
- (…マズイわね)
保田はひそかに舌を打った。
じっくりと組み合っては自分の方が不利だ。
保田は戦況をそう評価していた。
地力では相手の方が僅かに上。
打ち合いになれば隙をつくこともできるだろうが、今の状況ではそれは難しい。
いずれにしろ自分は攻めるしかない。
覚悟を決めたように息を吐いた。
かすかに揺れる剣先はまるで蜃気楼のよう。
戸惑いを誘うその姿は、迂闊に手探れば消えてしまう。
保田は竹刀を握る手に力を込めた。
刀身に気がほとばしる。
水を打ったような静寂。
メトロノームが時を刻む。
相手の右足がスっと横に流れた。
それと同時。
保田の左足が冷たい床を蹴りつけた。
- 107 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時58分50秒
意識の糸がその瞬間だけプツリと切れた。
そんな気がした。
沸き上がる歓声。
数瞬遅れて保田はそれに気づいた。
脳裏には疼くような痺れの余韻が微かに残っている。
振り返ると赤い旗が三枚、空を舞う鳥の翼のようにはためいていた。
(負けたか…)
それを確認するかのように保田は小さく呟いた。
硬直していた空気が渦を巻いて空に上る。
ドクドクと波打つ脈が躯の内を駆けめぐっていた。
胸がひどく熱い。
大きく息を吸い込みながら、上を見上げた。
天井のライトの光が夏のプリズムみたいに折れ曲がって拡散している。
額に貼りついた汗の玉が滑り落ちて、それが少しだけ目に沁みた。
- 108 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)02時59分22秒
- 礼を終えると保田は試合場を離れ、体育館の隅に下がった。
汗に濡れた面紐をほどきながら、頭の中のフィルムを巻き戻してみた。
カラフルなイメージがすぐに脳裏に浮かび上がる。
ほんの数分前の映像だ。
画質はまだ遜色無く鮮明。
保田は目を瞑ると、そのイメージを再生した。
横に滑る相手の右足。
同時に映像は急激にズームする。
真っ直ぐに飛んだメン。
捉えたと思った。
その瞬間、身体が捻れて、空を叩く。
フラッシュする視界。
そこで記憶は途切れていた。
(すり上げメンか…)
面を脱ぐ。
ひやっとした粘性の低い空気が汗に濡れた髪に触れた。
並べた小手の上に面を置いて一息つく。
いいメンだったけど、相手の応じ技はそれ以上に完璧だった。
あんなに綺麗なすり上げメンをもらったのは初めてだ。
やはり全国への壁は高かったな、と保田は苦笑する。
だけど、それでもいい。
今日の試合は今までで一番良い出来だった。
そのことに保田は満足していた。
- 109 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時00分09秒
- 視界が少し暗くなった。
照明を遮るように、保田の前に誰かが立っていた。
それが誰だかわかっていた保田は苦笑いを浮かべながら顔を上げる。
「はは、負けちゃった。やっぱり厳しいね」
沈黙がまばたきした。
返事は返ってこない。
「石川……?」
不審に思った保田が体を傾けて石川の顔を覗き込む。
下を向いた彼女の顔は照明の影になってよく見えなかった。
ただ、額にかかった前髪の奥に淡く光るものが見えた。
その光に、保田の呼吸が瞬間止まる。
石川は口を閉ざしたまま、そっと保田のそばに座り込んだ。
「…どうしたの?」
「わかりません…」
石川は俯いたまま首を横に振る。
肩まで伸びた黒髪がサラサラと風に揺れた。
- 110 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時00分49秒
- 「ただ、保田さんが負けるのを見たら…、なんだか急に……」
そこで石川は言葉を失うと、保田の胸に顔を押し付けるように寄りかかった。
頬を伝って落ちた雫が紅塗りの胴の上をそっと滑る。
かすかな振動。
石川の体が小刻みに震えていた。
保田は石川の肩を右手でそっと抱いた。
細い肩。
冷たかった。
その感触には覚えがあった。
そう、最初に出会ったあの夜、最初に触れたあの手の感触も、こんな風に冷たかった。
それはまるでガラス細工。
力を入れたらきっと壊れてしまう。
だけど、そうしないと、何処かへすり抜けていってしまいそうな気がして、
だから、保田は思いきり、石川を胸に抱きしめた。
- 111 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時01分33秒
紅に染まる鰯雲が夕暮れの空をゆっくりと泳いでいる。
アスファルトには昼間の熱気の余韻が残り、その上を生温い風が滑り抜ける。
水面では西に傾いた太陽から届いた光が反射か屈折かの二択を迫られていた。
虫の音が遠くに聞こえる。
保田は川に架かる橋の手すりに寄りかかると、大きなため息をついた。
石川の事ばかり考えていた。
彼女の涙が保田の心に立てた波紋。
その波が今も揺れ続けている。
雨に濡れた猫のように身体を震わせていた彼女。
その理由が保田にはすぐにわかった。
思い出したのだ。
あの雨の夜の出来事を。
厚い氷の中に閉じこめるようにして意識の彼方に眠らせていたメモリ。
石川は忘れていたのではない。忘れようとしていたのだ。
だけど、思い出してしまった。
私を打ちつける竹刀。
その瞬間がエレベータの非常ボタンをいたずらに押して、
彼女の視界をあの雨の夜に切り替える。
- 112 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時02分17秒
- 降り注ぐ光の雨。
紫に近い夜の闇。
四人の男。
面打ちに崩れた私。
その全てを石川は見ていた。
そしてその後……
石川は私の敗北の瞬間をあの夜のシーンに重ね合わせてしまったのだろう。
だとすれば、彼女に涙を流させたのは自分の弱さだ。
私に力がないばかりに、
あの夜、彼女を傷つけて、
そして今なお、彼女を苦しめ続けている……
もう一度、ため息をついた。
耳鳴りがする。
掠れたノイズ。
雨の音に似ていた。
- 113 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時03分26秒
- 「決勝、惜しかったな」
突然の言葉。
その言葉が自分に対してのものだと気付くのに数瞬を要した。
慌てて身体をひねるように振り返る。
西日が正面に傾いていて、その眩しさに思わず目を細めた。
そこにあったのは、一つの影。
徐々に目が光に慣れる。
サングラスをかけた金髪の男だった。
見覚えはない。
「……どなたですか?」
男は保田の問いには答えず、口元を歪ませるようにして笑った。
「最後のメンな、あれ良かったで」
そう言って男は煙草をくわえると、保田の隣に歩み寄り、手すりに肘をついた。
ポケットから取り出したライターで火をつける。
色濃く透き通ったプラスチック・ブルー。
安物のライターだな、と保田は横目で見ながら思った。
「…でも、返されました」
どんなにいいメンだって、返されては意味がない、と保田は思う。
「そや、確かに返された」
男は遠くを見るような目をしたまま、ふっと煙を吐いた。
サングラス越しだったので実際には男の目は見えなかった。
だけど保田にはそんな感じに思えた。
- 114 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時04分30秒
- 「なんで返されたかわかるか?」
男はオレンジに染まる川に視線を向けたまま尋ねた。
きらきらと万華鏡のように変化する光の波。
保田はあえて沈黙を守った。
思い当たる答えはいくつかあったが、どれもこの男が求めてるものとは思えなかったからだ。
「気や」
「……気?」
男も保田の解答を期待してはいなかったのか、ひどくあっさりと答えを口にした。
思った通り予想外だったその答えを保田は眉をひそめながら復唱する。
しかし、予想外の解答であることは予想していたのに戸惑ってしまうのはなぜだろう。
光る水面を見ながらぼんやりとそんなことを思う保田をよそに、男は言葉を続ける。
- 115 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時05分05秒
- 「そや。技を出すほんのちょっと前にな、気が漏れとんのや。あれじゃアカン。打ってくるのがバレバレや」
「でも相手を打とうとする以上、それは仕方がないんじゃ…」
保田はその言葉に反論する。
「相手を打つんやない。自分を打つんや」
「自分・・・?」
「お前、相手を打てば勝ちやと思っとるやろ? はじめの内はそれでもええ。
そやけど、ある程度上のレベルになったら、それじゃアカンのや」
男はなぜか満足げに微笑みながら保田の方を向いた。
斜めに差し込んだ西日がサングラスのレンズに乱反射して保田の視界を横切った。
その光に目を細めながら、胡散臭い顔だ、と保田はその笑顔を評価した。
- 116 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時05分57秒
- 「…でも、自分を打つって、どうやって?」
保田は胸に浮かんだ疑問を素直に口にしてみた。
相手が期待している質問をするのは正直悔しいが、実際わからないのだからしょうがない。
さらに満足げな笑みを浮かべた男の顔が、少し憎らしく思えた。
「確かに自分を打てとは言ったけどな、実際に打つんやないで。
要するに、相手を打とうとする心を抑える強さを持てっちゅうことや」
「打とうとする心を抑える強さ?」
「見ぃや、川に太陽が映っとるやろ? アレと同じや」
保田は視線を下に傾けた。
川の流れはひどく穏やかで、その水面に映る太陽が心許なく揺れている。
- 117 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時06分50秒
- 「相手を打とうとする心は太陽、つまり炎の気や。
その熱く燃え上がろうとする姿は一見荒々しく攻撃的やけど、それゆえに相手にも見抜かれやすい。
それじゃアカンのや。心を見抜かれるんは、剣道においては致命的やからな」
なるほど、と保田は思った。
確かに相手がいつ何を打ってくるかなんとなく分かる時がある。
そういう時は不思議とあっさり勝てるものだ。
「それを抑えるには自分を水にせなアカン。
自分の弱さも脆さも全て映して飲み込んでしまうような水にな。
そうすれば、色々見えてくるもんや。自分の弱い所も、相手の弱い所も……」
(水か…)
そう呟いて、保田はもう一度、下を流れる川を見た。
- 118 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時07分27秒
- 「まあ色々言うたけどな、言葉で強くなれるんなら、誰も苦労なんかせん。後はお前次第や」
男は大きく煙を吐いて、短くなった煙草を投げた。
小さく折られたその煙草はあっという間に川に消える。
「どや? 少しはわかったか?」
男は再び保田の方を向き直って尋ねた。
わかったような、わからないような、磨りガラスのように曖昧な気分。
それを保田は表情で表した。
男はその顔を見て口元をわずかに上げる。
きっとそんな気分になることすらお見通しだったんだろう。
「自分と戦って、そして勝つんや。そうすればもっと強くなるで」
背中越しに言葉を残しながら、男は保田の前から立ち去って行った。
- 119 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時07分59秒
- 一人残された橋の上。
栗色の髪が風になびいた。
あの男の言葉を信じていいのだろうか?
保田の心がぐらりと揺れる。
「自分と戦って、そして勝つんや」
金髪の男が去り際に残した言葉。
それを聞いたとき、もう一人の男の言葉がすぐに蘇った。
――お前は誰と戦ってるんだ?
――誰に勝とうとしてるんだ?
私はあの時、あの男に勝とうとしていた。
あの男は、私ではなく自分自身と戦っていたのだろうか?
あの男の殺気が、私には見えなかった。
それはその殺気が、私ではなく、自分に向けられていたから?
鳥肌が立った。
どうしてだろう。
まだこんなに暑いのに。
- 120 名前:-5- 悲しき追憶 投稿日:2002年09月15日(日)03時08分46秒
- (私は、自分と戦えるのだろうか?)
胸の内にためらいがひとつ、去来する。
けれどそれも虹のようにすぐに消えた。
迷っていたって始まらない。
なぜなら、もう負けることなどできないのだから。
ならば、勝つしかない。
石川のために、私は勝ち続けるしかないんだ。
だから、勝つためなら、私はどんなことでもしよう。
彼女が笑ってくれるのなら、悪魔の声だって信じてやる。
保田は防具袋を肩に担いで、ゆっくりと歩き出した。
暮れなずむ街並み。
川沿いの遊歩道を街灯が鈍く照らし出す。
東の空は徐々に薄紫色を帯び始め、
水面ではオレンジ色の光の粒がランダムに点滅していた。
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月15日(日)03時18分37秒
- 大変長らくお待たせしてしまいますた。
いや、だって急に海外行ったり、仕事増えたり…モゴモゴ……(と言い訳)
>>90-93
レス有り難うございます。
この先どうなるかはヤッスーの頑張り次第ですね。
現実世界の方でも頑張ってほしいと思います。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月15日(日)03時19分33秒
- (なんか今さらって感じもしますけど)
申し遅れましたが、この「剣と長刀」は「葉月の風」の外伝という位置付けになっております。
「葉月の風」をご覧になられてない方でも楽しめるように気をつけてますけども、
ご覧になられている方のほうがちょこっとだけ余分に楽しいと思います。
未読の方でけっこうお時間のある方は暇つぶしにでもどうぞ。
ほんとに暇つぶしにしかなりませんけど。
「葉月の風」128レス目より(無駄に長いので注意)
http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/996572792.html
- 123 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)04時53分26秒
- 待ってましたどす。
- 124 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 125 名前:名無し 投稿日:2002年09月15日(日)19時09分52秒
- ついに、いんちきくさいあの男がでてきましたね(w
疾風怒濤という剣道のマンガがあるのですが結構面白いので是非読んでみてください。
更新頑張って下さい。
- 126 名前:ギャンタンク 投稿日:2002年09月19日(木)01時31分07秒
- 待ってた甲斐がありました。
今後にも期待。
強くなれお圭さん!
- 127 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月23日(月)09時11分49秒
- 続きが楽しみです
- 128 名前:読む人 投稿日:2002年10月01日(火)23時32分30秒
- 企画短編も楽しませていただきました
更新楽しみにしています
- 129 名前:名無し 投稿日:2002年10月20日(日)16時42分45秒
- 一応保全
- 130 名前:名無し 投稿日:2002年10月29日(火)11時45分19秒
- ほぜむ
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月16日(土)22時08分56秒
- hozen
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月24日(日)00時56分46秒
第六章 蒼き女神
- 133 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)00時58分49秒
水飴のような空気の中で
揺れて滲んだカクテルライト
ごらん、正方形の舞台の上で孤独が陽気に踊ってる
- 134 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時00分02秒
- ◇
保田圭は左手に竹刀を提げたまま、ただ静かにその場に佇んでいた。
小さく荒れた呼吸の音が周囲のざわめきをかき消しては流れていく。
額に張り付いた汗が一筋、眉間を冷たく舐めて落ちた。
四人の選手と戦った。
どの相手もいずれ劣らぬ実力者揃いだった。
さすがに決勝の相手は一味も二味も違う、と保田はおぼろげに思う。
向こう側の端に五人目の選手が現れる。
垂れの名札には「平家」の文字。
保田はその名前に覚えがあった。
確か昨年のインターハイ、激戦区の大阪を制した二年生がそんな名前だった気がする。
今年も圧倒的な強さで大阪府予選を勝ち抜いた彼女は、インターハイ優勝の最右翼とされていた。
けれど、そんなことは大した問題じゃない。
――私が戦うのは、私だから。
- 135 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時02分31秒
- (これで最後か…)
保田は目を細めて視線を上に傾けた。
薄暗い観客席。
その片隅に彼女はいた。
白いセーラー服から伸びた両手を胸の前で合わせている。
まるで何かに祈っている、そんなポーズだった。
(大丈夫だよ。私は負けないから)
届くはずのないその言葉を伝えようと、保田は彼女を見つめたまま小さく頷く。
そのジェスチャが届いたのか、彼女も手を合わせたまま静かに首を縦に振った。
- 136 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時05分03秒
- ◇
まるで眠りにつくかのように、周りの音がゆっくりと小さくなる。
ハレーションするスポットライト。
弾けるような光が一瞬の空白を刻んで過ぎ去った。
そしてその場に残ったのは、全てを拒絶するあの白い空間だけだった。
その世界に自分を溶け込ませるかのように、保田は長い息を一つ吐いた。
ゆっくりと重ねられる二本の竹刀。
剣先が落ち着こうとする瞬間、冷たい感覚が胸に走った。
理屈じゃない。
本能が保田の身を翻す。
右耳のすぐそばで火花が散った。
躯を左に返しながら、逆方向に視線を飛ばす。
火花が散って消えた場所。
そこにあったのは平家の竹刀。
切っ先がどす黒い唸りをあげていた。
- 137 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時07分36秒
- 眉間に汗が流れる。
さらに二歩下がって間合いを切った。
周りを包む世界は今なお白く濁っている。
保田はその白の中で、真っ黒に瞳を輝かせる平家をじっと見つめていた。
(彼女もこの世界を見てる…)
ほんの一瞬のまばたきすらも許さなかった黒い初太刀。
それを見て、保田は一瞬で感じ取った。
全てを忘れ、ただ剣にのみ心入れることのできる白い世界。
目の前の彼女もまた、この世界に生きる剣士なのだと。
- 138 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時08分50秒
- 再び平家の竹刀が唸る。
突き刺すような面打ち。
鍔元で受けながら躯を左に返した。
手の内が帯電したように痺れる。
残ったのは微妙な間合い。
一瞬、竹刀を振るのが遅れた。
平家の二撃目のほうが早い。
咄嗟に後ろに躯を投げる。
次の瞬間、空気が震えた。
- 139 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時11分02秒
- (なるほど…)
平家の引き面を間一髪の所でかわした保田は密かに舌を打った。
(さすが平家の末裔、ってわけね)
竹刀が切り裂いた軌跡に殺気の余韻が残っているのが見えた。
およそ常人の放つ剣閃ではない。
なぜ彼女はそのような剣を振るえるのか?
その謎が、今とけた。
おそらく、目の前の彼女は、彼女でない。
今、彼女を支配しているのは、その躯に流れる平家の血だ。
この世の全てを拒絶する白い冷たい世界。
その鋭く張りつめた空気が、彼女の血に流れる悲運の将を呼び覚ましたのだろう。
時空を超えて蘇った、身を焦がすような憎しみ。
それが彼女の力の源なのだ、と保田は瞬時に理解した。
- 140 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時13分06秒
- 保田は正眼に構えたまま、漆黒の気を纏う彼女をじっと見据えた。
真っ黒に塗りつぶされたその瞳には一片の光も見出せない。
目の前の敵に対する純粋な憎悪。
その思いだけでここまで強くなるには一体どれほどの努力を必要としたのだろうか。
きっとそれは想像をはるかに超えるものだったはずだ。
尊敬に値すると思う。
けれど、それは所詮、自分以外の何かにすがった偽りの強さでしかない。
だからこそ、彼女に負けるわけにはいかない。
その剣に屈することは、イコール今の自分を否定することになるからだ。
悟られないように息を一度継いで、後ろに足を滑らせた。
十分に間合いは切れている。
保田はそっと目を閉じて、静かに空気を胸に吸い込んだ。
- 141 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時15分18秒
音が完全に消えた。
まるで深海に潜ったかのように、塞いだ視界は暗い。
息苦しい圧迫感。
血液が唸りを上げて、体中を駆けめぐる。
鼓動。
呼吸。
そして眩暈。
一瞬にして訪れた限界は、次の一瞬には消えていた。
急激にクリアになる意識。
ふわふわとした感覚。
まばゆい光が遠くに見える。
そこへ向かって落ち続けるエレベータ。
優しい風が髪を撫でて、光が視界一杯に広がった。
- 142 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時17分09秒
- 保田は閉じていた瞼をそっと開いた。
その瞳に映ったのは平家の後ろに隠れるように霞む青い影。
ぼんやりと滲むその影は蜃気楼のように揺れている。
(いつからだっけ? あの影が見えるようになったのは……)
平家が間合いを詰めて小手面を打ってくる。
その二段打ちを竹刀の腹で軽く捌きながら保田は不意に思考した。
……そう、あれは確か一年とちょっと前。
雨の夜に倒れた私は悪魔の言葉に身を委ねた。
- 143 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時18分53秒
- ◇
――自分に勝て。
金髪の悪魔が無慈悲な笑みと共に残した言葉。
それは食べてはいけない禁断の果実だったのかもしれない。
いくら竹刀を振り続けても、いくら心を澄み切らせても、見えるのは自分と向き合う相手だけだった。
――どうしたら自分と戦える?
――どうやったら自分に勝てる?
焦れば焦るほど。藻掻けば藻掻くほど。
剣は曇り、冴えは鈍る。
稽古をするたびに、闇が深くなっていく気がした。
苛立ちが心に積もる。
見つからない光。
自分の歩んでいる道が、永遠にループする階段に思えた。
- 144 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時20分00秒
- 心に迷いを抱く自分を置き去りにして、時は静かに流れていった。
季節はいつの間にか冬を迎えていた。
まだ薄暗さの残る朝。
眠りから覚めたばかりの道場の床は、氷のように冷たかった。
その日もいつものように母親を相手に地稽古をしていた。
彼女の振るう竹刀が左手をしたたかに打ちつける。
冷たく研ぎ澄まされた空気も容赦なく素足を痛めつけた。
- 145 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時21分04秒
- 朦朧とする意識。
右手は小刻みに震え。
冷たい汗が目に浸みて。
面金の向こうに。
青く滲む影が見えた。
それは弱々しく揺れていて。
ときどき白い霧に隠れそうになったけど。
最後の鐘が鳴り終わったその瞬間。
青い影はその色を急に濃くして。
目の前の彼女と重なった。
- 146 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時21分51秒
- その時、自分の内に光が見えた。
そう認識した次の刹那には、躯はもう跳んでいた。
意識が肉体から抜け出したような感覚。
抵抗するものは何一つ無い。
人を愛することも、
自分が生きていることも、
泣くことも、笑うことも、
なにもかも忘れたまま
まっすぐにその影を打ち抜いた。
とろけるような手応え。
滑らかな剣閃。
追い求めていた全てのものが、その一瞬に凝縮されていた。
- 147 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時22分53秒
- シンと静まり返った世界。
胸の鼓動だけが小さく聞こえている。
頬を伝う一雫の涙。
その熱さが、意識を現実に引き戻す。
そこは、いつもの見馴れた道場だった。
目の前には面をつけたまま呆然と立ち尽くす母親がいるだけ。
あの青い影は、もうどこにも見えなかった。
- 148 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時23分31秒
- ◇
――力が欲しい?
打ち合わされる竹刀の音の中、不意に響く柔らかい声。
(懐かしい声だね)
その声を聞いた保田は口元を不敵に上げた。
目の前に揺れる青い影。
縦にゆらめく黒い炎。
平家の殺気が一段と強く燃え上がる。
その一瞬。
青い影が平家の前方にくっきりと浮かび上がった。
ファインダの中で重なる、黒と青。
光が見えた。
保田は何のためらいもなく左足で床を蹴りつける。
躯が軽い。
空を舞う鳥のように、滑らかに風を切った。
――力が欲しい?
もう一度聞こえた声。
それと同時。
保田の竹刀が弾けるような音を立てた。
(ごめんね。もう間に合ってるの)
その声に応えるように、保田は心の中で呟いた。
手に残る感触。
痺れそうになるほど心地よい。
淡く霞んだ空気の中で、くるりと身を翻す。
四尺離れた間合いの向こう。
真っ直ぐに立ちすくんだ平家の躯にまとわりついていた青い影が、薄く散って消えていった。
- 149 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時25分13秒
- 「勝負ありっ!」
審判の声が照明の下に響いた。
秋空の雲のように曖昧な意識の中で、保田はゆっくりと竹刀を収める。
いつの間にかあの白い世界は消失し、視界は色彩を取り戻していた。
むせかえるような熱気。
耳に届く会場のざわめき。
刺激された五感が、保田に現実を認識させる。
試合後の礼を終えた保田は、ゆっくりと、そして静かに深く息を吐いた。
いつの間に打たれたのか、右肘に痛みが残っていたけれど、調子はどうやら悪くない。
満足そうにそれを確認した保田は、意識して力を抜き、もう一度息を吸って吐いた。
さっきまで見ていた夢心地は、だんだんと色褪せて、
カクテルライトの光の中を、煙のように舞い昇り、消えていく。
舞台から離れた日常の中で、それを思い出すことはできない。
しかし、それでもいい、と保田は思う。
きっと昔の自分なら、あの白く冷たい世界に永遠に浸っていたいと願っただろう。
だけど、今は違う。
汗に濡れた面紐をほどいていたら、彼女の顔が胸に浮かんだ。
- 150 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)01時26分09秒
- スイッチを切り替えるように、視線を上方に飛ばす。
まるで薄墨を流したように、観客席は曖昧に暗い。
そのぼんやりとした闇の中で、星のように淡く光る点があった。
額に張り付いた髪をかき上げながら、保田はその光に焦点を合わせる。
見えたのは、白いセーラー服の少女。
両手を胸の前で合わせたまま、くすぐったそうに笑っている。
向日葵のような笑顔だ、と保田は目を細めながら思った。
――その笑顔が見れるのなら、私はどこまでも強くなれる。
保田はふっと息をついて、アーモンド型の瞳をもう一度彼女に向けた。
唇が何か言いたげにしていたけれど、それは言葉にならなくて。
だからせめてその代わりに、固く握った右の拳を、小さく彼女に突き上げた。
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月24日(日)01時27分08秒
- 今回も大変お待たせしまして申し訳。
もう言い訳しません……
>>125
出ちゃいました(w
一応重要な役どころなんですよ。
疾風怒濤は友人からも薦められたことがあります。面白いらしいですね。
機会があれば読んでみたいと思います。
>>126
>>127
ありがとーございます。続き、期待しないでマターリ待ってあげてください。
>>128
ありがとーございます。
「マヌーヴァ」は個人的にとても気に入ってる作品です。
一番自分らしい文章が書けた、と個人的には思ってます。
>>130
>>131
保全ありがとーございます。
次はなんとか早く更新したいです…
- 152 名前:名無し 投稿日:2002年11月24日(日)15時36分00秒
- かっこいい・・・やっすー。
- 153 名前:読んでました! 投稿日:2002年11月24日(日)21時56分26秒
- 更新されてる〜!!
お待ちしてました!!
- 154 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時44分36秒
- ◇
「負けたなぁ…」
福岡市内のとあるホテルのレストラン。
朝食を食べ終えた女は大きなため息をついて、物憂げな灰色の瞳を窓の外に向けた。
ガラスの向こうでは太陽の光が緑の木の葉に跳ね返って揺れている。
壁にかけられた時計は朝の八時半を指していた。
「今年こそは、と思ったんやけどなぁ…」
女は首を傾けたまま、恨めしげな声で呟いた。
稲葉、小湊、本多、信田、そして大将の平家と揃えた今年の布陣。
自分が顧問になってから、いや知弁学園の長い歴史の中でも最強のチームだったはずだ。
悲願の玉竜旗初制覇。
もう少しで手が届くところだった。
しかし最後の最後でその夢は、一人の少女の手によって、夏の夜露に流れて消えた。
- 155 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時45分24秒
- ――何が足りなかった?
地面にさまよう無数の光の粒を見つめながら、女は胸の内で思う。
それは敗者の誰もが抱く自責の念だ。
しかし、その疑問に答えられる者はいない。
なぜならその答えを知る者は、敗者になどなり得ないからだ。
思考を無理矢理中断して、テーブルの上にあったカップを口につける。
中のコーヒーはすっかり冷めていた。
自分に流れのない時というのは、熱いコーヒーすら飲めないものなのか。
女は自嘲気味に微笑むと、カップを置いて、新聞を再び開いた。
昨日の試合の記事が紙面一面に踊っている。
几帳面に整列した活字の中に、一枚の大きな写真があった。
しなやかに伸びた竹刀が平家の面を真っ二つに捉えた瞬間。
見出しには「ジャンヌダルク、玉竜旗を制す」と添えられていた。
- 156 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時46分46秒
- 「残念やったな、中澤」
後ろからかけられた言葉に中澤と呼ばれた女は咄嗟に振り向いた。
そこにいたのは金髪の男だった。
何かを企んでいるような下品な目を隠すみたいに、青紫色のサングラスをかけている。
それを見て中澤は再び大きなため息をついた。
そんな趣味の悪いサングラスをかける人間なんて一人しか知らなかったからだ。
「…なんや、寺田さんやないですか」
「なんや、とはご挨拶やな。久しぶりのご対面やっちゅうのに」
男は歪んだ笑みを浮かべながら中澤の向かいのソファに腰をかけた。
「どうしてこんな所にいるんです?」
中澤は新聞をたたみながら、素直な疑問を口にした。
目の前の男は確か東京の中学で剣道を教えているはずだ。
この男が中学校の教師だなんて全く似合わないと思うのだが、実際そうだと言うのだから仕方ない。
いずれにせよ、この男が福岡にいることに違和感があることだけは確かだった。
- 157 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時49分12秒
- 「俺の教え子が今度全国大会に出ることになってな。
ついでに玉竜旗見せてやろ思って早めにこっちに来たんや」
「…へぇ、そうなんですか」
なるほど、と中澤は思った。
確かに玉竜旗が終わればすぐに中学の全国大会が福岡で開かれることになっている。
実を言えば中澤もその大会を視察に行く予定だった。
優秀な中学生の発掘は高等部顧問の重要な仕事の一つなのだ。
「どんな子ですか?」
「落ち着いた剣道をするヤツや。中学生とは思えん。……見たら惚れるで」
寺田のその言葉に中澤はぴくりと反応した。
言動の全てがいちいち胡散臭い男ではあるが、人を見抜く力だけは本物だと評価していたからだ。
指導者としての血が一気に騒ぐ。
「スカウトしてもええですか?」
「お前じゃアイツは口説けへんで」
「そんなん、やってみんとわからんやないですか」
「まぁええわ。好きにせぇ」
寺田は煙草の灰を指先で落としながら、口元の端をにやりと上げた。
相変わらずいやらしい笑い方だ、と中澤は思う。
- 158 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時52分00秒
- 「それにしてもほんま惜しかったな」
「何がです?」
「決まっとるやろ。玉竜旗や」
そんなことくらいわかってる。
それを承知であえてとぼけたのだ。
しかし寺田の眼にはその思いすら見透かしたような笑みが浮かんでいた。
中澤は居心地の悪さから逃れるように冷めきったコーヒーを口に含んだ。
「優勝すればお前ら以来やったのにな。何年ぶりや?」
「そんな昔じゃありません。それにウチらも準優勝ですよ」
「そうやったか?」
相変わらず適当な男だ、と心の中で中澤は呟く。
今からそう遠くない昔、自分も選手としてあの大旗を目指した。
そしてたどり着いた決勝戦。
昨日の平家のように、大将として舞台に立ち、そして敗れた。
あの日の悔しさとゆだるような暑さは今でもよく覚えている。
そして当時、知弁学園の監督を務めていたのが目の前にいる寺田であった。
- 159 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時56分22秒
- 「しかし、アイツ強うなったな」
「誰です? 平家? それとも稲葉ですか?」
寺田の独り言のような呟きに中澤は反応する。
「ちゃうちゃう。向こうの大将や」
「寺田さん、圭坊知っとるんですか?」
「ケーボー言うんか、アイツ。 なんでお前は知ってんのや?」
寺田は煙草を灰皿に押しつけながら、中澤に問い返した。
(ウチの方が先に質問したんやけど…)
中澤は何か釈然としないものを感じたが、目の前の男にそれを訴えても無駄だと思い、素直にその質問に答えることにした。
「圭坊のお母さんは全国でも有名な選手なんですよ。
大学の監督と知り合いやったらしくて、学生時代、合宿でこっちに来たときはよくお世話になりました。
そのときに圭坊もついてきて、ウチらと一緒に稽古したんですよ」
- 160 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時57分46秒
- ――そう、自分は彼女と剣を交えた…
中澤はその時のことを思い出す。
面金の奥でその大きな瞳を輝かせていた少女。
母親譲りの筋の良さを覗かせることは時折あったが、全体的にはそこそこ、といった印象だった。
良くて県大会レベル。
母親のように全国に名を轟かすことは難しいだろうと思っていた。
――しかし、彼女は全国を制した。
(なんであんな強くなったんやろ?)
昨夜から抱いていた疑問がポップコーンのように胸の奥で弾けた。
- 161 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月24日(日)23時59分34秒
- 「で、寺田さんはなんで圭坊のこと知っとるんです?」
中澤は一旦思考を強引にリセットすると、再度同じ質問を寺田に問いかけた。
寺田は二本目の煙草を口にくわえ、ポケットから取り出したライターで火をつけていた。
プラスチックの安物ライター。
相変わらずだな、と中澤は思う。
「去年の…ちょうど今ごろやったかな?
玉竜旗の前に見に行った中学の大会で、たまたまアイツの試合見てな。
惜しい剣道しとったから、ちょっとアドバイスしてやっただけや」
「アドバイス?」
煙と一緒に漏れ出た寺田の言葉に中澤は目を丸くする。
「お前にも言ったはずやで? 自分に勝て、ってな」
「……それだけですか?」
寺田は口元を斜めにする。
中澤は視線を一瞬外して窓の外に向けた。
漂白された眩しい光。
蝉の鳴き声が聞こえた。
- 162 名前:-6- 蒼き女神 投稿日:2002年11月25日(月)00時01分32秒
- ――自分に勝て。
中澤はその言葉を胸の内で呟いた。
確かに高校時代、一度だけ寺田からそう言われた記憶がある。
けれど結局その言葉の意味を理解することはできなかった。
だから、わからない。
どうやって彼女はあれだけの強さを手に入れたのだろうか。
あの言葉だけで、あそこまで強くなれるはずがない。
「アイツは何か大きなものを乗り越えようとしとった。
お前も乗り越えたことのない何かをな」
明らかに混乱している中澤を満足そうに見つめながら寺田は口元の煙草に手を添える。
中澤は不愉快そうに頬杖をついて視線を下に落とした。
ガラス窓に折れ曲がった光が白いテーブルクロスの上にカップの影を色濃く落としている。
今日も暑くなりそうだ、と中澤は恨めしげに太陽を見上げた。
「きっとアイツはそれを乗り越えたんや」
片手に煙草。
白い煙が細く流れる。
「オレには見えたで。青く透き通った気がな」
寺田はそう言いながら、目を細めて、上を見た。
空を見たのかもしれないけれど、白い天井が邪魔をしていた。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月25日(月)01時11分20秒
- >>152
そう言っていただけると大変嬉しいです。はい。
>>153
更新してしまいマスタ。大変お待たせして申し訳。
- 164 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月25日(月)02時13分48秒
- 石川はどういう気持ちなんだろう
- 165 名前:読む人 投稿日:2002年11月25日(月)02時57分23秒
- おっ更新されてる
待った甲斐のある(・∀・)イイ!!話ですた
前作での人間関係も明らかになってきて目が離せないです
- 166 名前:名無し 投稿日:2002年11月25日(月)20時38分04秒
- なるほど、この時点でつん(ryは銀杏に目をつけていたんですね。
そして中澤も新しい才能の、かつ(ryのあの娘を見つけるんですね。
- 167 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月21日(土)10時27分26秒
- 期待保全
- 168 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)02時05分11秒
- 保全
- 169 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月16日(日)23時29分19秒
- そろそろ期待してもいいっすか?
- 170 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月13日(木)18時52分40秒
- 期待保全
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月23日(日)23時33分13秒
- もうどうしようもないくらいお待たせいたしております。
大変申し訳ございません。
保全してくれた皆様。有り難うございました。
それでは短くて恐縮ですが最終章(前半)お楽しみくださいませ。
- 172 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月23日(日)23時33分59秒
最終章 葉月の風
- 173 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時35分47秒
- 永遠という微かな奇跡
瞬間という遙かな予感
君がそばにいるという
呪文にかかって私は踊る
- 174 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時37分33秒
- ◇
足元には白い開始線。
左手には馴染んだ愛刀。
その剣先を床につけたまま、保田は静かに虚空を見上げていた。
視界の上半分を光の微粒子がゆっくりと駆け抜ける。
唯一の鼓動は左側。
一瞬、口もとが不敵に歪む。
(なんでこんな時に思い出すかな?)
苦笑する自分を認識。
気を取り直して、たった今再生されたばかりのメモリを今度は故意にスキャンした。
- 175 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時38分45秒
- 黒い夜。
硝子の手。
土砂降りの雨。
唇の感触。
白い霧。
蒼い影。
断片的な映像がプラネタリウムのように流れては消えていく。
それは夢のように、もしくは嘘のように、ぼんやりと曖昧。
なのに、触れようとすると鋭く痛い。
そんな一連の記憶。
まったくもってやり場に困る。
保田は小さく舌を打つと、視線のフォーカスを修正した。
- 176 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時39分25秒
- 薄暗い観客席。
その片隅。
一人の少女が見えた。
その身を包む白い制服が、氷を浮かべたサイダーのように淡く眩しい。
確か二年前のあの時も、こうやってあのコを見上げてたな、と呟くように思った。
何かに祈るような、両手を胸の前で合わせたポーズ。
表情は遠くて見えない。
けれど、どんな顔してるのかなんて大体わかる。
きっと眉尻の下がった情けない顔をしているに違いない。
(あのコがそんな顔するのも、あの時以来かしら?)
保田は一瞬だけ穏やかな表情を浮かべたが、すぐに口を横に結びなおした。
そんな顔をさせているのは誰のせい?
自らを戒めるかのように保田は静かに自問する。
(もう泣かせないって決めたのにね…)
保田は静かに彼女を見据えたまま、小さく首を縦に振った。
いつだって、届かない言葉。
だれど、それが仮に届いたとしても。
言葉じゃ想いは伝えきれない。
息を吐く。
竹刀は中段。
そっと瞼を閉じた。
消えてゆくリアル。
見えたのは宇宙。
- 177 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時40分56秒
- 熱が躯に溶けていくのを感じながら保田はもう一度息を吐いた。
右の脇腹にはまだジンとした痺れが残っている。
歯がゆいほどに疼く胸。
その刺激が一瞬のシーンを何度も何度もリプレイさせる。
面打ちを放ったその瞬間。
斜めに走る紅い閃光。
まるで稲妻に見えた。
胴を抜かれたのなんていつ以来の事だろう?
いや、そもそも……
一本取られたこと自体、随分久しぶりに思える。
何故取られた?
油断していた?
そんなはずはない、と保田はその推測を否定する。
現に今の相ゴテメンも完璧だったはず。
目の前に揺れた青い影。
縦に裂けて、散るはずだった。
――だけど
スパークする紅い炎。
消失した青い影。
- 178 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時42分51秒
- 黒に染まった視界がぼんやりと白く滲む。
ゆっくりと瞼を開くとライトの光が格子状に弾けた。
その隙間の向こう。
少女が一人、佇んでいる。
白い胴着。
なのに。
彼女の躯が紅く見えるのはなぜだろう?
保田は中段に構えたまま、目の前の彼女を静かに見つめた。
面金の奥。
双眸が紅く燃えている。
綺麗な色だ、と保田は胸の内で呟いた。
純粋に、ただ剣道だけを、求める瞳。
自分もかつてはあんな目をしていたのだろうか。
小さな疑問が波動になって、どこにも跳ね返らずに球面のまま膨張する。
やがてそれは静かにこぼれて。
四角に刻まれた平面に落ちた波紋。
胸を染め抜くように、冷気が躯に吸い込まれる。
耳を澄ます。
彼女の息が聞こえた。
速いリズム。
不規則に乱れて。
竹刀を小さく握り直す。
一瞬の静寂。
風が流れた。
ハレーションする、カクテルライト。
- 179 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年03月23日(日)23時43分53秒
- 突き合わされた剣先。
僅かに残された時間。
辺りのざわめきは波のように静かに引いて。
時計の針の速度は緩やかに落ちてゆく。
白に包まれる世界。
放たれた審判の声。
地面に落ちたコインのように響いて。
瞬間。
左手が剣先を天に向けた。
揺れる彼女の切っ先。
所在なさげにふらふらと彷徨って。
戸惑いはその紅い瞳を鈍く曇らせる。
白い光。
青い影。
唇が、ゴメンね、と小さく呟いたけれど。
その声は振り下ろされた剣閃にかき消されて。
そして。
一瞬。
裂ける空気。
火花。
光。
弾けて散った。
- 180 名前:omame 投稿日:2003年04月10日(木)00時19分18秒
- 続きはまだかなー。
とっても楽しみにしています。
- 181 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月12日(土)14時51分29秒
- 更新待ってました!
しかしもう最終章ですか・・・
がんがってくださいね
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)23時40分41秒
- ずっと読んでいます。
今回の更新もおもしろいです。
がんがってください。
- 183 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)22時59分34秒
- ◇
カクテルライトの光がこもる会場を抜け出すと、外は既に夕暮れ時の愁いに包まれていた。
空は薄い紺色。
蒼い月が夜空のパノラマにぽつんと一つ浮かんでいる。
保田は人気のない駐車場の端を一人歩いていた。
アスファルトは寂しく冷たい。
日中の熱気などすでに忘れてしまったようだ。
向こうに見える道路を一台の車が滑らかに走り抜ける。
オレンジ色のヘッドライトが尻尾のようにしなって見えた。
(確か、こっちの方だと思ったんだけど…)
視線をワイパーのように振り分けながら駐車場の角を曲がると、海に面した広場に出た。
等間隔に並んだ街灯の影が定規の目盛のようにまっすぐ伸びている。
その向こう。
石畳に並んだベンチに人影が一つ見えた。
後ろ姿しか見えなかったけれど、それが誰なのか、保田にはすぐにわかった。
- 184 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時02分04秒
- 「こんな所に居たんだ」
ベンチに座る白い胴着の少女を射程にとらえた保田は静かに声をかけた。
その声に彼女は慌てて振り返る。
驚きと戸惑いがマーブル模様に混じった瞳。
さっきまで面金越しに向き合っていたそれと同じだ。
「隣、座っていい?」
保田は尋ねながら彼女の隣に腰かけた。
もとから答えを聞く気なんて無い。
ノーという回答を彼女が選択するはずがないと読んだからだ。
「結構探したんだよ」
海に飲み込まれていく太陽を見つめたまま、保田はもう一つ言葉を継いだ。
不規則に揺れるオレンジ色。
あの橋の上での事を思い出した。
- 185 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時04分55秒
- 「ね、名前聞いてもいいかな?」
風に髪が流れた。
鼻の奥をくすぐる潮の匂い。
いつだってこの香りは心を無駄に切なく惑わす。
「市井、市井紗耶香……です」
「紗耶香か、いい名前だね」
保田はゆっくりと味わうようにその名前を口に含むと、首を傾けて市井の方に顔を向けた。
切れ長の黒い瞳。
誰かに似ている、と一瞬思う。
だけどそれは次の瞬間、何故か綺麗に消散した。
遠くでクラクションが一つ。
穏やかに微笑む、アーモンド・アイ。
「私は保田圭。圭でいいよ」
保田はそう言って視線を海に戻した。
相変わらず水面は紅に染まっている。
生温かい風。
前にもどこかでこんな風に名前を聞いたことがあったな、と保田は不意に思った。
- 186 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時06分31秒
沈黙が一つあくびした。
足元には伸びる影。
空には明るさを増した月。
ルーズな周期で届く波音だけが夏の夕闇に漂流していた。
「さっきはゴメンね」
無意識に保田は口を開いた。
漏れ出たのは謝罪の言葉。
なぜそんな言葉を口にしてしまったのだろう。
自分でもわからない。
「ホントは勝ち負けなんか抜きにして、紗耶香とやりたかった」
そうだ、と保田は海を見つめたまま、自らの言葉に小さく頷いた。
剣を交えるのがあんなに楽しいと感じたのはいつ以来だろう?
考えるにはあまりにも寂しい疑問が、粘度の高い液体の中の泡のように、ゆっくりと胸に浮かぶ。
その思いを無理矢理飲み込むようにして、保田は市井に視線を向けた。
黒い瞳の奥でプリズムが揺れる。
――彼女も自分と同じ気持ちだ。
それを確認してホッとしている自分に気付く。
妙な居心地の悪さを感じた。
- 187 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時07分56秒
- 「でも私は、負けるわけにはいかないから……」
落ち着かない気分をごまかすように小石を拾って空に投げる。
懐かしさの染み込んだ海風に戸惑うことなく翻った。
二度とトレースできない軌跡。
寂しげに揺れる星の光が、目を細めると電飾のように美しい。
「…そうですよね。三連覇がかかってますからね」
背中に市井の声。
それを耳に捉えた保田は寂しげにため息を小さくついた。
「……それは、単なる結果に過ぎないわ」
そう、単なる結果なのだ。
もう一度そう呟きながら、徐々に闇に染まる海を見た。
籠もる波音。
歪んだノイズがしゃぼん玉のように霧散する。
- 188 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時12分49秒
- 保田は、思い出す。
ゼリーのように、微動するイメージ。
メモリにインプットされた彼女の笑顔。
太陽に照らされた向日葵のように凛と咲き誇っている。
もう二度とそれを失いたくない。
その思いだけで剣を振り、そして勝ち続けてきた。
気がつけば足元には頂。
玉竜旗も二度制した。
でもそれは、所詮結果に過ぎない。
少なくとも自分が求めたものじゃない。
もう一度小石を投げた。
月を狙ったつもりだったけど、
結局重力には逆らえず、
控えめなカーブを描いて海に落ちた。
- 189 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時14分30秒
- 申し訳なさそうに小石が立てた水音は茫洋と拡散して。
いつの間にか辺りは鈍色。
視界の一番遠くでは海が空に溶け込もうとしている。
軽やかに奇跡的。
そんな瞬間の内側で、保田は自分の名前を呼ぶ声を聞いた。
耳慣れたウィスパーボイス。
その声の主の顔、あるいは瞳が即座にメモリからアクセスされて、頭蓋のディスプレイに映し出される。
潮風に揺れる髪。
左手で掻き上げながら、保田は視線を後ろに振り返した。
これ以上ないくらいに絶妙な間合いの向こう。
少女が一人、立っていた。
「こんな所にいたんですか」
真っ直ぐに保田を捉える瞳。
言葉の端に僅かな呼吸の乱れが見えた。
ずっと自分を探し回っていたのだろう。
行き先くらい伝えておくべきだったか、と保田は思う。
- 190 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時16分34秒
- 「みんな帰り支度出来てますよ。早く来て下さい」
「ん、わかった」
急かす少女を片手で制し、保田は市井に歩み寄った。
「あなたとやれてよかったわ」
「…うん、私も」
出会ったのは偶然だった。
ならばピリオドを打つ言葉さえも偶然なのだろうか。
わからない。
それだけが必然だ。
「じゃあね、紗耶香」
唇に、最後の呪文。
忘れかけていた微熱がとくとくと胸を揺らした。
- 191 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時18分06秒
- ◇
瞼の上に街灯の淡い光がこぼれ落ちてきた。
ついさっき頭上を通り過ぎていったばかりなのに、と保田は曖昧に思う。
薄い闇に覆われた歩道。
甘えたようにねっとりとした空気の中に足音が二つ、こつこつと響いていた。
「さっきの方、どなたですか?」
淡々とした声は四時の方向。
保田は首を少しだけ動かして、そこにいるはずの彼女を見た。
表情には穏やかな微笑みが浮かんでいる。
けれどよく見ると、彼女の頬の内側に空気が少しだけ溜まっているのが確認できた。
保田はわずかに視線を右に逸らした。
行き先も告げずに出歩いたことを不満に思っているのだろうか。
しかしその程度の事でいつまでも怒る彼女でもない。
したがって何か別の現象が彼女の機嫌の斜度を大きくしていると推測できる。
予想されるマルチ・シナリオを検討した結果、とりあえず彼女の質問には答えないことにした。
客観的に見た場合、あまり趣味の良い選択ではない。
だけど時にはそちらの方が、価値がある、という場合もあるだろう。
- 192 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時20分45秒
- 七番目の街灯の光に背を向けて、保田は角を左に曲がった。
足元に広がるアスファルトは光と影で白黒に塗りつぶされている。
まるで巨大なチェスボード。
ならば自分はそのボードの上で踊る駒といったところか。
他愛もない思考に保田は満足げに顎を撫でる。
しかしそのせいで不覚にも、コーナーの死角から現れた男に気付くのに一瞬遅れた。
密かに舌打ち。
すぐに修正。
右足を軸にして身体をぐるりと半身に翻した。
すれ違う、その瞬間。
視界を横切ったのは、ぼやけた色に光るサングラス。
鼻の奥をくすぐったのは、空気に混入した煙草の匂い。
そのいずれにも、覚えがある、ような気がした。
あるいは錯覚かもしれない。
しかしそれを確認する時間も、そして意味もない。
保田は体勢を立て直して、視線を今来た方向に振り戻した。
足音も立てずに歩き去っていく男。
くたびれた金髪が街灯の下でいやらしく燻って見えた。
- 193 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時22分47秒
- 男が闇に消えた後も、保田はしばらくその場に立ち尽くしたままだった。
何を思ったわけでもない。
ただいつもよりほんの少しだけ、ぐずついたサーバのように反応が遅くなっただけのことだ。
こんな時はリブートするにかぎる。
そう思って息をつこうとしたその時、不意に左手が冷たさを感じた。
「早く行きましょう? 保田さん」
保田の手を取ったまま、彼女は静かに微笑んで。
軽やかなステップを切って、まるで踊るように前方に向き直った。
艶やかに月の光を染み込ませた髪が遠心力でふわりと広がる。
錆びついたナイフのように甘い声が、それでも少しだけ温かい、と繋がれた指先が微温的に思った。
- 194 名前:-7- 葉月の風 投稿日:2003年04月20日(日)23時23分38秒
- ◇
こぼれ落ちた月のカケラ。
近付いた八月の風に流されて。
暗転した舞台の片隅。
淡く光りながら呟いた。
「綺麗ですね」
下弦の月が笑っていた。
澄み渡る宇宙は沈澱した地上などには全く気がないようだ。
だけど。
そんなことは問題じゃなくて。
それでも。
こうして、歩いていられる。
君とふたりで、歩いていられる。
綺麗だ。
気分が。
もう一度、アンコール。
晴れ渡る空は星屑。
過ぎ去れば、エピローグ。
もう雨の音は聞こえない。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月20日(日)23時26分46秒
- ―― 剣と長刀 終
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月20日(日)23時27分21秒
- ◇ ◇ ◇
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月20日(日)23時28分10秒
- ◇ ◇ ◇
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月20日(日)23時31分23秒
- 以上で「剣と長刀」終了でございます。
拙文ながら、長きにわたりご愛読いただき、誠にありがとうございました。
- 199 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月20日(日)23時56分13秒
- 長期連載お疲れ様でした。
葉月の風のころからずっと楽しみに読ませていただいてました。
青板に来てからはものすごくカッコイイ保田が印象的でした。
これからの活躍も期待しています。
- 200 名前:omame 投稿日:2003年04月21日(月)22時32分59秒
- ご苦労様でした。そしてありがとうございました。
剣豪小説を読んでいるようで、保田さんのファンになってしまいました。
3部作とのこと。楽しみにさせて頂きます。
- 201 名前:LVR 投稿日:2003年04月21日(月)22時41分09秒
- 脱稿お疲れ様です。
剣道を知らない自分が、前作を含め、物語の世界観にどっぷりとつかることが出来ました。
第三部、物凄く期待しています。マターリ頑張ってください。
- 202 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月21日(月)22時54分00秒
- お疲れ様でした。
熱を感じられる文が好きでした。
もし続きがあるのなら酷く楽しみです。
- 203 名前:203 投稿日:2003年04月22日(火)00時05分13秒
- いやー、おもしろかったー。剣道がなつかしくなりました。
堂々完結、おめでとうございます。おつかれさまでした。
本当にキレイにまとまりましたねえ…。
最終章はどんな話になるのだろう。
諸悪の根源の「あんちくしょう」との決着はあるのだろうか。
とか、いまから楽しみです。
- 204 名前:名無し読者Z 投稿日:2003年04月26日(土)18時51分57秒
- すごく臨場感があって面白かったです。試合中のシーン以外でも
登場人物の「目線」を描写されるのに力を注いでらしたようですが、
とても効果的だったと思います。
新作も期待しております。
- 205 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月29日(木)01時51分46秒
- 保全。
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月11日(水)17時29分42秒
- 最終章が楽しみです!
ってかやすいしがイイですよ!!!
- 207 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月12日(土)00時54分45秒
- 保全
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月06日(水)18時09分14秒
- 保全
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)21時35分40秒
- 保全
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/02(木) 00:25
- 保全
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 23:42
- 保全
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