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マネキン。(後半)
- 1 名前:str 投稿日:2002年06月01日(土)00時55分58秒
- アンリアル。1人の少女と1体のマネキン人形の物語。
■前スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sky&thp=1005406774
- 2 名前:str 投稿日:2002年06月01日(土)00時56分34秒
- 前半各話へのリンクです。倉庫に行ったらゴメンナサイ。
★プロローグ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sky&thp=1005406774&st=2&to=4
★第1話「デアイ」
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sky&thp=1005406774&st=6&to=39
★第2話「ミライ」
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sky&thp=1005406774&st=43&to=248
★第3話「キズナ」
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sky&thp=1005406774&st=255&to=412
- 3 名前:第4話「キボウ」 1 投稿日:2002年06月01日(土)01時02分40秒
- ●第4話「キボウ」
- 4 名前:第4話「キボウ」 2 投稿日:2002年06月01日(土)01時03分19秒
- 日曜日───夜。彼女は、舞い降りた。
- 5 名前:第4話「キボウ」 3 投稿日:2002年06月01日(土)01時04分45秒
- 真っ暗な部屋の中を、窓から差しこむ月の光だけが照らし出していた。そして天井から透けるように現れた白いワンピースの少女は、音もなく床に降り立った。
「こんばんは。」
目を三日月のように細め、白い歯を見せて笑う彼女は柔らかい光を放っていた。白く、あたたかい光。
ベッドに並んで腰かけていた私とマキは、吸い寄せられるように彼女の前に立った。そして、その名前を呼ぶ。
「…あなたは……なっち…?」
彼女は静かにうなずいた。私は尋ねる。
「なっち……あなたは、いったい何者なの?」
少し間を置いてから、ふわり、と答えた。
「……なっちはね、天使だよ。」
「テンシ…?」
「そうだよ。…ほら。」
瞬間、彼女の後ろに真っ白な壁が広がった───翼。
それに続いて、彼女の頭上が輝き出す。それはゆっくりと広がり、月の光と同じ色の輪になった。
「…これで信じてくれたかな?」
いたずらっぽく、優雅に、清らかに、彼女は笑う。私はその笑顔につられるように小さくうなずいた。いや、うなずくことしかできなかったのだ。
- 6 名前:第4話「キボウ」 4 投稿日:2002年06月01日(土)01時45分06秒
- 背中に純白の翼を広げた彼女は、穏やかに語りかけてきた。
「天使はね、いつも世界を見つめているんだよ。みんながさ、幸せになれるように祈りながら世界を見つめるのがね、なっちの仕事なんだ。」
「世界を…見つめる…?」
つぶやいた私に、彼女は優しい口調で続ける。
「たとえばさ、部活をやめて自分は何もできない、って悩んでる女の子がいるとするね。なっちはね、そのコが自分の未来をまっすぐ見つめられるように手助けしてあげるんだ。」
「え…?」
「たとえばさ、自分を頼ってきた友だちがいるのに応えてあげられなくて悩んでる女の子がいるとするね。なっちはね、そのコが新しい絆をつくれるように手助けしてあげるんだ。」
「それって…」
「───これが、天使の仕事だよ。」
福田さんが見たという天使の夢、石黒先生が見たという少女の夢───。
私の考えていることは、目の前の彼女にはすべてお見通しなのだろうか。彼女はただ、こちらを見てにっこりと微笑んでいる。
- 7 名前:第4話「キボウ」 5 投稿日:2002年06月01日(土)01時45分56秒
- 「ねえ、それじゃあ天使って願いを叶えてくれるの?」
突然、私の隣にいたマキが口を開いた。
「あたし、どうしても叶えてほしい願いがひとつだけあるんだ。」
高鳴る鼓動。静かな部屋の中が自分の心音で満たされる錯覚。唾を飲みこむと、耳の奥に走るノイズがやけに大きく響いた。
しかし、落ち着かない私とは対照的に、マキは身動きひとつせずに目の前の天使を凝視したままで答えを待っている。
そして天使は優しくマキにしゃべりかけた。
「うん、知ってるよ。……でもね、願いは叶えてあげるものじゃないんだ。自分で叶えるものなんだよ。だからマキ、あなたは自分の力でその願いを叶えなくちゃいけないの。なっちにできるのはその手助けだけなんだ。」
「自分の…力で…」
- 8 名前:第4話「キボウ」 6 投稿日:2002年06月01日(土)01時46分48秒
- 微笑みかける天使。
「だいじょうぶ。なっちはね、今日はその手助けのために来たんだよ。」
「えっ?」
「今から1週間後、マキに決断の時が来る。そのとき、願いを叶えることができる。」
「1週間後…。」
「マキはきっと『人間になりたい』って願うっしょ? …でもね、なんにも知らないで人間になるのはタイヘンだからさ、お試し期間ってことでね、なっちがこの1週間だけマキを人間にしてあげる。」
「そんなこと…できるの?」
「できるよぉ。なっち天使だもん。」
そう言うと天使は右手をまっすぐ天井へと伸ばし、手のひらを上に向けてゆっくりと下ろす。彼女を包む光の軌跡が鮮やかな残像を描き出し、それがマキへと飛んでいき、そして散らばって消えた。その光の粒は、あったかくて、なぜかとても懐かしい感じがした。
- 9 名前:第4話「キボウ」 7 投稿日:2002年06月01日(土)01時48分23秒
- やがて光の波がおさまると、天使は口を開いた。
「…さて、と。そろそろお別れの時間かな? なっちはいつでもふたりを見守っているからね。…がんばってね。」
すると、天使の身体が床から少しだけ浮き上がった。だんだんと色が薄くなり、透けていく。
「あ…なっち…。」
「…じゃあね。」
消えてしまう瞬間、天使の残した声が部屋に響いた。私とマキはまるで魔法をかけられたように、ぼんやりとその光景を見つめていた。
- 10 名前:第4話「キボウ」 8 投稿日:2002年06月01日(土)01時49分04秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 11 名前:第4話「キボウ」 9 投稿日:2002年06月01日(土)01時50分01秒
- 月曜日───朝。カーテンの隙間から差しこむ緩やかな光で、私は目を覚ました。
優しくすべてを包みこむような朝の日差し。部屋にうっすらと広がる穏やかなぬくもり。もっといっぱいに太陽を浴びたくなって、むっくり起き上がってベッドを出ると、窓を開ける。
ガラッ、という音とともに部屋の中に飛びこんでくる清々しい空気。そして、鳥たちのおしゃべりや葉っぱの擦れあうざわめき。一日のはじまり。何かが起きそうな、わくわくする予感。私はベッドに腰かけて、しばらくぼーっと窓の外を眺めていた。
不意に、手に何かが触れた。なんだ?と思って振り向いたそこには、マキが横たわっていた。
…あれ? なんでマキが布団の中にいるんだ…? いつものように、寝る前にちゃんとマキを部屋の隅に立てかけておいたと思ったんだけど…。
私はマキを持ち上げようとして気づく。───あたたかい。私と一緒に一晩中布団をかぶっていたにしても、なんか妙にあったかい。
そして、ふと思い出す。昨晩見たヘンな夢のことを。“なっち”が出てきて、テンシって言って、それで……。
───まさか。
- 12 名前:第4話「キボウ」 10 投稿日:2002年06月01日(土)01時50分49秒
- そっとマキの腕に触れてみる。しっとりとした、肌の感触。
マキの頬をなでる。産毛が優しく指先をくすぐる。表面は押した分だけ、柔らかくへこむ。
それはまぎれもない、人間の身体だった。手首を親指で押さえれば、規則正しく脈を打っているのがわかる。
私は慌ててマキの顔を覗きこんだ。すると彼女は気配に気づいたのか、おずおずと目を開けた。
初めての太陽の光。マキは、私と、大空とを、同時に見た。
「…ひとみ?」
寝ぼけまなこで私を見つめるマキ。
「マキ…!」
私は、マキの首に腕を回して思いきり抱き締めた。
「よかった…夢じゃなかった! 夢じゃなかったんだよ、マキ!」
「ひとみ…あたし…?」
「人間だよ! 人間になったんだ!」
鮮やかな青い空、爽やかな朝の日差し、部屋に届く風。すべてが、マキを祝福しているように思えた。
- 13 名前:第4話「キボウ」 11 投稿日:2002年06月01日(土)01時51分29秒
- しばらく抱き合っていた私たちだったが、やがてマキは私の腕をするりと抜けると、ゆっくりとした足取りで窓に向かう。そして外を見回して、つぶやいた。
「すごい…。いろんな色であふれてる…。いろんな音であふれてる…。───これが、昼の世界なんだね。これが、人間の世界なんだね。」
私はマキの隣に並んで立った。あはっ、と無邪気に笑いかけてくるマキ。私も笑顔を返す。そしてふたりで、いつまでも窓の外に広がる光景を眺め続けた。
眺めている間、マキがぽつりと言ったのが聞こえた。
「なっち……ありがとう…。」
- 14 名前:str 投稿日:2002年06月01日(土)01時53分17秒
- お待たせしました。第4話、スタートです。
更新速度は今度こそ本当にきわめて遅くなるかと思いますが、
気長に待っていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。
- 15 名前:blindair 投稿日:2002年06月01日(土)02時28分13秒
- ( ´ Д `)人(^〜^0) <〜♪
後半開始おめでとうございます。
個人的に更新速度が遅くても気にしません。納得のいく文章を心ゆくまで
書かれるのがよろしいかと。
- 16 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月01日(土)10時06分30秒
- なっちありがとう( ● ´ ー ` ● )
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月02日(日)01時57分56秒
- なっちは天使!!!
- 18 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月02日(日)06時07分08秒
- お試し期間・・・きっと色々な事があるだろうけど
マキが人であることを選んでくれるといぃなぁ。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月02日(日)20時23分39秒
- 新スレおめでとうございます!
2話と3話でマキとひとみ以外まったく違うメンバーですすんだのは
巧いなと思いました。
4話は誰が出てくるのでしょうか?
- 20 名前:第4話「キボウ」 12 投稿日:2002年06月11日(火)00時03分48秒
- 人間になったのなら隠しておく必要なんてない。とりあえず天使の決めた期限までの1週間、マキを私の部屋に泊めるように母親に頼みこんだ。母親は少し戸惑っているようだったが、加護の前例もあってか、わりとあっさりとOKが出た。
お昼ご飯を食べ終わってから、マキと一緒に出かけることにした。どこへ行きたいか尋ねたところ、
「あたし、学校に行ってみたい。」
という答えが返ってきた。今は3月、学校は春休みに入っている。部活やってるぐらいで大して面白くないよ、と言ったのだが、マキはそれでもいいから行きたい、と強く主張したのでマキの意見に従うことにした。
- 21 名前:第4話「キボウ」 13 投稿日:2002年06月11日(火)00時05分40秒
- 長い冬がようやく終わりを告げ、生命のエネルギーが一気に解放される季節。風はそんな春の香りを乗せて私たちの間を通り抜けていった。
見慣れた街並みも、マキにとっては初めて目にする光景。落ち着きなくキョロキョロとあちこちに目をやりながら歩いている。
その姿を見て、私は去年の夏───マキと初めて出会った夏休みのことを思い出した。家と学校を往復するだけだった道のりが、急に輝いて見えたあの感じ。私もあの日、こんなふうに自分の周りにあるものひとつひとつを再発見しながら歩いていたのだろう。
そう。私たちはこんなすばらしい世界で暮らしている。マキと歩いていると、当たり前に思っていたなんでもないことが、実はかけがえのないものなんだとあらためて気づかされる。
- 22 名前:第4話「キボウ」 14 投稿日:2002年06月11日(火)00時06分52秒
- 人ごみでいっぱいの交差点にさしかかり、ふと足が止まった。
「…どうしたの?」
マキが不思議そうに尋ねてくる。
「ここ…私がはじめてなっちと出会った場所なんだ…。」
何もできない自分。でも、何か自分にできることを見つけたかった。そんなとき、逃げるように歩く私の前に立ち人なつっこい笑みを満面に浮かべた少女は、私にきっかけを与えてくれた───そしてあれから私の毎日は、少しずつ、少しずつ、変わった。
ふと気がつけば、青信号が点滅しはじめたところ。
「行こっ、マキ!」
「ほぇ?」
私はマキの手をとって横断歩道を駆け出した。渡りきると、信号はちょうど赤に変わる。
「……びっくりしたよぉ、いきなり走り出すんだもん。」
「ははっ…ごめん、マキ。」
きっと天使は、今も私たちを見つめてくれている。だから、私は大丈夫って、そう伝えたかったんだ。
背の高いビルに囲まれた空を仰ぐ。青いキャンバスに飛行機雲が力強く線を引いていくのが見えた。
- 23 名前:第4話「キボウ」 15 投稿日:2002年06月11日(火)00時08分04秒
- いつもの倍くらいの時間をかけて、ようやく学校に到着。グラウンドや体育館から部活動のかけ声がするものの、校舎内に人がいないせいかなんとなくさびしい印象を受ける。
「前に来たときは夜なのにいっぱい人がいたけど、今日は昼なのにあんまりいないね。」
「そりゃあ、あのときは文化祭の前夜祭だもん。休みの日はいつもこんなもんだよ。」
私の返事を聞いて、マキはしばらく考えこんでから口を開く。
「…ねえ、学校って、おもしろいね。」
「え…? どうして?」
「ひとみと同じくらいの仲間がここに集まってくるんだよ。決まった時間になるとワッとやってくるの。それって、おもしろくない?」
別々の場所に住んでるのに、同じ年頃ってだけで集まって、そしてみんなで過ごす。その不自然さが“収容所”って感じがして、正直好きになれないこともあったんだけど…
「人間って、そうやって出会いを重ねていくんだね。」
マキのセリフ。
───そうなんだよね。何度も何度も化学変化を繰り返して、私たちは大人になっていくんだ。
「うん。…中に入ろっか。」
そして私たちは、学校の敷地内へと足を踏み入れる。
- 24 名前:第4話「キボウ」 16 投稿日:2002年06月11日(火)00時09分41秒
- とりあえず、校舎の中に入った。廊下も教室も人の気配はまるでなく、自分だけ置いてけぼりにされた気分になる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、マキは明るく尋ねてくる。
「学校って広いねえ。ひとみは学校にいるときって、いつもどの辺にいるの?」
「私のホームルーム? 3階だけど。」
「ねえ、つれてってよ。」
「いいけど…別に面白くもなんともないよ。ただ机と椅子が並んでるだけで。」
「いいの! …見てみたいんだ。」
マキにせがまれて、ホームルームの教室まで案内する。窓際の自分の席を指差して「ここ。」と言うと、マキは椅子を引いて私の席についた。
この時間、南向きの窓は太陽の光をいっぱいに受け入れて、白い壁に囲まれた教室の中はまぶしいくらいに明るい。窓を開けると、部活の声を乗せた風が勢いよく飛びこんできた。
そして、ふと気がつく。前にずっと感じ続けていた毎朝の退屈な雰囲気を、もう忘れてしまっていることに。さっき置いてけぼりにされた印象を受けたのは、私が学校生活をちゃんと楽しめていたからだということに。少しずつ変わっていった自分は、ゆっくりとクラスの仲間との間に感じていた壁を取り除いていたんだ。
- 25 名前:第4話「キボウ」 17 投稿日:2002年06月11日(火)00時10分34秒
- 福田さんに習った腹式呼吸。そして、声を出してみる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
あのアカペラの練習のときに寂しさを埋めるように出した声は、今、まったくちがう意志を持って窓の外へと飛び出していった。それはまるでここにいない仲間たちに、「私はここにいるよ」と告げるように。
「んあっ!?」
私の声にマキが驚いてガバッと起き上がる。どうやら私の机に突っ伏して、そのまま寝てしまっていたようだ。
「あ…マキ、ごめん。」
とっさに謝ると、マキはふにゃりと笑って訊いてくる。
「…あたしもいっしょに、声出していい?」
「うんっ。」
- 26 名前:第4話「キボウ」 18 投稿日:2002年06月11日(火)00時11分24秒
- そしてふたりで声を出す。そのうちにどっちが長く声が続くかで勝負になって、ムキになってお腹の底から大声を出していると、
「あー、やっぱり吉澤だわ。」
「あれ、マキちゃんも来てんだね。」
ドアのところで声がした。振り向くとそこには飯田さん・保田さん・福田さんが立っていた。
「あ…こんにちは。」
マキも3人に気がついてアイサツ。
「…なんでここにいるんですか?」
「そりゃこっちのセリフだよ。カオリたちは合唱部のね、新入生勧誘の打ち合わせ。」
「卒業したのに?」
「かわいい後輩たちにアドバイスをあげるんだよ。それでわざわざ学校に来たら、吉澤とマキちゃんの声がしたってワケ。」
「吉澤たちはどうしたの?」
「えっと、マキが私の学校を見てみたいって言うから…。」
「ふーん。」
- 27 名前:第4話「キボウ」 19 投稿日:2002年06月11日(火)00時12分04秒
- すると福田さんがポンッと手をたたき、にっこり笑って言う。
「あ、そうだ。梨華ちゃんも今日は学校に来てるんだよ。」
「え…そうなんですか?」
「ちょっと呼び出してみるか。…おーいイシカワぁ、吉澤が来てるよ――! 梨華ちゃんいなくてさびしいってさ――!」
廊下に出て、窓からテニスコートに向かって叫ぶ飯田さん。
「…これでよし。石川は吉澤に目がないからねえ。」
教室に戻ってきた飯田さんは、腕組みしながらニヤニヤ笑っている。梨華ちゃんはすっかり先輩たちのいいオモチャになってしまっているようだ。
- 28 名前:第4話「キボウ」 20 投稿日:2002年06月11日(火)00時14分46秒
- 1分後───。
ダダダダダッ!という盛大な足音とともに、スコート姿のままで梨華ちゃんは現れた。
「ひとみちゃんっ!」
私を発見して顔をほころばせる。…が、隣に視線を移した瞬間、唖然とした表情に早変わり。
「ちょっ……どういうことっ!?」
超音波を出しながら近づいてくる梨華ちゃん。そのまま私とマキの手を引いて、飯田さんたちから少し離れた位置まで連れて行く。そして私たち3人で向き合うと、声をひそめて尋ねてきた。
「マキちゃん、どうしたのっ?」
「いや、その…マキね、人間になったんだ。」
「そーなんだ。よろしくね。」
無邪気に微笑むマキを見て戸惑う梨華ちゃん。
「いったい…何があったの?」
「話すと長くなるんだけど…まあ、その…天使がね、人間にしてくれたんだ。」
「なによそれ? ウソでしょ!」
「ホントだって。福田さんが夢で見た天使が昨日の夜に出てきて…。それで今朝起きたらマキ、人間になってたんだよ。」
「……そんなあ…。」
- 29 名前:第4話「キボウ」 21 投稿日:2002年06月11日(火)00時16分06秒
- ガックリと肩を落とす梨華ちゃんに、マキが尋ねる。
「梨華ちゃん、喜んでくれないの?」
「…だって…ひとみちゃんとふたりだけのヒミツが、なくなっちゃったんだもん…。」
「え…そんなことで…」
呆れてつぶやく私に、梨華ちゃんは口を尖らせて言う。
「じゃあひとみちゃんが新しくヒミツを教えてくれたら喜んであげる。」
「なにそれ、だだっ子みたい。」
「いいの! 教えてくれなきゃぜったい喜ばないんだから!」
そんな私たち3人の様子は傍目にはけっこうな修羅場に見えるようで、飯田さんがからかってきた。
「どーした石川、マキちゃんにジェラシーか?」
「そんなんじゃないですぅ!」
プーッとふくれる梨華ちゃん。飯田さんと保田さんはそれを見て、しょーがないなーもう、と笑っている。
そして落ち着いたところで福田さんが提案。
「ねえ、せっかくみんな集まったんだから思い出の場所で話さない?」
「思い出の場所?」
「そ。」
そう言って福田さんは上を指差した。
- 30 名前:第4話「キボウ」 22 投稿日:2002年06月11日(火)00時18分05秒
- 風が強い。ハッキリ言って寒い。でも私たちはこの特別な場所───屋上で、みんなで話をしたかった。
「あー、なんかもう、すでになつかしいってカンジ。」
「ここからの景色もそうそう拝めなくなるんだねえ。」
卒業生ふたりが妙に年寄りくさい口調で言う。
「これからもちょくちょく来ればいいじゃないですか?」
何気ない梨華ちゃんの言葉に保田さんは苦笑いを返す。
「…それがそうもいかないのよ。もうここはアタシたちの居場所じゃないんだから。」
「うん。ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの…ってね。」
国語の教科書に出てきた詩を持ち出す飯田さん。私と梨華ちゃんは「はぁ」と曖昧な返事を漏らした。
保田さんはフェンスにもたれかかって言う。
「ま、そのうちわかるさ。アタシたちはこれから、居場所を自力でつくっていくんだよ。」
「今まで守ってくれてた学校っていう殻を脱け出して…まさに巣立っていくの。」
そう言って飯田さんは空を見上げる。なんとなくだけど、風の強さが身にしみる。
- 31 名前:第4話「キボウ」 23 投稿日:2002年06月11日(火)00時18分58秒
- しんみりしたムードになったところで、福田さんが口を開いた。
「…さびしくなるね、カオリと圭ちゃんが卒業しちゃうと。」
「なに言ってんのよ、合唱部部長。あんたがしっかりしなきゃダメなんだからね。」
「そうそう。アカペラのときのリーダーシップ、期待してるよ。」
アカペラ。その言葉をここで口にすると、まるで特別な呪文のようにいろんな思い出が蘇ってくる。
「……あれからもう半年か…。」
ぼそっ、と保田さんがつぶやいた。
「もとは、カオリと圭ちゃんのケンカなんだよね。」
福田さんがいたずらっぽく言うと飯田さんは苦笑いを浮かべて、
「やめてよー、今でもけっこう気にしてるんだからさー。」
「いいじゃないの。晴れの日があるからそのうち雨も降る。すべていつか納得できるさ、ってね。」
保田さんがニッ、と白い歯を見せた。
- 32 名前:第4話「キボウ」 24 投稿日:2002年06月11日(火)00時20分10秒
- ふたりの生き生きとした表情を見て、私は言う。
「飯田さんと保田さんのこと、私、すごくうらやましいんです。」
「え…そう…?」
「だってふたりとも、真剣に自分の将来のことを考えてるからぶつかったんですよね。」
私の言葉に飯田さんは顔を赤らめる。
「そんなカッコイイもんじゃないって。内心、不安で不安でしょうがなかったんだから。…時間はどんどん過ぎていくの。待ってくれないの。だから焦って迷惑かけて…。でも立ち止まってても何も解決しないから、思いきってやってみようって。」
すると保田さんも照れた様子でぷいっと横を見ながらしゃべる。
「カオリと別々になるの、アタシも不安でさ。…だけどやっぱり、自分の道を進んでいくしかないんだよね。まあケンカもしたけどさ、結局、行き先が別々になってもふたりががんばってることにちがいはないんだ、って考えたワケ。」
そう言ってふたりは微笑むと、今度は私に訊いてくる。
「それで、吉澤は将来のこと、あれから考えてみたの?」
「もう2年だからさ、そろそろ、ちゃんとしないとね。」
- 33 名前:第4話「キボウ」 25 投稿日:2002年06月11日(火)00時21分00秒
- 私は心の中のもやもやを反芻しながらゆっくり言葉にしていく。
「今までずっとうつむいてて、アカペラがきっかけになって前を見たら、急に視界が晴れたみたいでいろんなことに目移りしちゃって。これだ!って決めるのが、もったいなく思えて…。」
飯田さんは柔らかく微笑んで言う。
「今、吉澤の目の前には無限の未来がひらけているからね。迷うのもムリないんだけどね。」
「でもね、何かを決めて突き進むのは、広く浅いのが狭くても深くなるだけで、全体としては変わんないんだよ。」
保田さんの言葉。すると梨華ちゃん、
「そうだよ、ひとみちゃん。わたしに決めてくれればそれだけたっぷり…」
───これ以上はキケンだ。私は梨華ちゃんのセリフを遮ってしゃべる。
- 34 名前:第4話「キボウ」 26 投稿日:2002年06月11日(火)00時21分56秒
- 「あともうひとつあって…。───怖いんです。バレーのときみたいにまた失敗しちゃったらどうしようって。…それも、決められないでいる理由なんです。」
先輩たちは優しいまなざしを私に向ける。
「もしつまずいちゃっても、がんばった経験はムダにはなんないでしょ?」
「確かにケガするまでムリしたかもしれないけどさ、あのときあれだけやれたってのは胸を張っていいことだと思う。」
「そうだよ、ひとみちゃん。わたしはムリのないようにがんばるから。あ、でもひとみちゃんが毎日でもいいって言ってくれればそうするけど───」
そんな梨華ちゃんを無視するように、飯田さんと保田さんはマキに話を振る。
「そういえばマキちゃんって吉澤と同い年なんだよね。」
「マキちゃんは何か将来の夢とか希望とかあるの?」
「え…?」
突然の質問にマキは首を傾げて考える。そして、ぽつりとつぶやいた。
「……よくわかんないや…。」
それを聞いた保田さんは、ふふっ、と軽く微笑んで言う。
「ま、焦って決めるのもあんまり良くないしね。吉澤とふたりでじっくり話し合ってみるのもいいかもね。」
「うん…」
- 35 名前:第4話「キボウ」 27 投稿日:2002年06月11日(火)00時22分54秒
- なんとなく、話が途切れてしまった。すると飯田さんと保田さんは急にマジメな表情になって、かしこまって言う。
「最高の思い出、ありがと。カオリ、この思い出があるからどんなにつらくてもがんばれる。」
「アタシも。落ちこんだとき、きっと思い出す。そして、前に進む力になる。」
無言でじっと見つめあう私たち。その間をひゅうっ、と風が吹き抜けて行った。ちょっと寒い。
「……そろそろ、戻ろっか。」
福田さんのセリフ。すると梨華ちゃん、
「あ、そうだ! わたし部活の途中だったんだ!」
「…今ごろなに言ってんだか…。」
「ホント、石川は吉澤のことになると他のことが目に入らなくなるね。」
先輩たちにからかわれて赤くなる梨華ちゃん。私たちはひとしきり笑って、そして階段を下りた。
「それじゃ、ワタシたちは音楽室に戻るから。」
「じゃあね、吉澤、マキちゃん。」
「ふたりともがんばってね。」
「ひとみちゃん、またね! マキちゃんとヘンなことしちゃダメだからね!」
- 36 名前:第4話「キボウ」 28 投稿日:2002年06月11日(火)00時24分49秒
- 校舎を出ると、部活のかけ声が大きく聞こえてきた。マキはその声につられるように体育館へと進んでいく。私はその少し後ろを歩いてついていく。
体育館の扉は開け放たれていて、中で練習している様子がよく見える。マキはおもしろいものを見つけた子犬のように、するするとそちらに近づいていく。
「ここって、アカペラ歌った場所だよね。いつもは、こんなふうに使ってるんだね。」
「…そうだよ。」
「ねえ、これってなんていうスポーツ?」
無邪気に尋ねてくるマキ。
「バレーボール、だよ。」
「あ……。」
私の返事を聞いてマキは申し訳なさそうにうつむいてしまった。慌ててフォローを入れる。
「いいんだよ、マキ。…ちょっと見てこうか。」
- 37 名前:第4話「キボウ」 29 投稿日:2002年06月11日(火)00時25分56秒
- 入り口のところにふたり並んでバレー部の練習を見つめる。
黄色い声。ボールをはじく音。擦れるネットの音。耳を澄ませば、思い出が次から次へと蘇ってくる。───かつて、私のすべてだったもの。そして、今は遠くに行ってしまったもの。
そのうち部員の何人かは私の存在に気がついて、愛想笑いを浮かべたりそれとなく視線をはずしたりと、それぞれ複雑な表情を浮かべている。
「がんばった経験はムダにはなんない、か…。」
私がつぶやいたのを見て、マキが上目づかいで声をかけてくる。
「ひとみ…。」
「…大丈夫だよ。」
微笑んでみせても、マキの顔から心配そうな色は消えない。私は優しくしゃべりかける。
「…マキが教えてくれたんだよ、可能性はひとつだけじゃないってこと。」
「それって、もうバレーをあきらめちゃったってこと?」
私はゆっくりと首を横に振る。
- 38 名前:第4話「キボウ」 30 投稿日:2002年06月11日(火)00時26分47秒
- 「今までの私は、無茶をしてた。ひとりでぜんぶを背負ってた。」
「うん…」
「だから…今度バレーをやるときには、みんなと力を合わせてやっていきたいんだ。支えて、支えられて、プレーしたい。」
「……。」
「今ね、練習を見てて、自分だけバレーができないってすごく焦る気持ちがあるんだ。でも、この気持ちがある限り、前と同じ結果になっちゃいそうな気がする。」
眉間にシワを寄せるマキ。私は力をこめて言う。
「もっと落ち着いてバレーを見つめられるようになったとき、もう一度はじめてみようって思ってる。それが、私のもうひとつの可能性。」
「…そっか。また、バレーできるといいね。ううん、きっとできるよ!」
「ふふっ、ありがと、マキ。」
そして私たちは笑顔で体育館をあとにする。去り際、バレー部のみんなに向かって叫んだ。
「みんな…がんばってね!」
- 39 名前:str 投稿日:2002年06月11日(火)00時27分52秒
- 今回はここまでです。このペースで今後もやっていけたらいいのですが。
レス、本当にありがとうございます。励みになります。
>>15 blindairさん
どうもありがとうございます。
更新を遅くすると文章の完成度が上がるってわけでもないんですよね。
腐らないうちにうまく取り出して固めないとダメっていうか…。
ペースを遅くする分、1回当たりの量は多くなると思います。
書いてる感覚としては、結局プラスマイナスゼロですね。…とほほ。
>>16さん
やったー。レス、(●´ー`●)ありがとう
狙って書いたところにきっちりこの手のレスがいただけて、うれしいです。
- 40 名前:str 投稿日:2002年06月11日(火)00時28分39秒
- >>17さん
なっちのしゃべる言葉のクセ、意外と難しいですね。
安易に方言を使わないでいこう、と思ったらこれがなかなか…。
それで新宿なっちのログを読んで慣らす、という苦肉の策をやってます。
>>18さん
実は、ラストまでストーリーはすでにほとんど固まっています。
その結末を、読まれた方がみんな納得していただけるように、
ちゃんとした文章を書いていきたいと思います。はい。
>>19さん
キャストを分けたのは単純に、人数が多いと上手く書けないからです。
ちなみに2話と3話は基本的にパラレルな構造になっていて、
卒業メンバーになっちの夢を見せたり、と細かいことをやってます。
4話以降はなんとか全員が出てくる見せ場をつくりたいですね。
- 41 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月11日(火)09時02分06秒
- 青春時代が過ぎた自分にとって、この話はどこか懐かしく感じます。
真の友情とも愛情ともとれるような主役2人の会話が好きです。
- 42 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月13日(木)16時53分51秒
- 初めてレスしますが、この作品好きです。
マキの今後を気にしつつ、更新を待ってます。作者さん、がんがってください!
- 43 名前:第4話「キボウ」 31 投稿日:2002年06月21日(金)00時25分51秒
- 学校からの帰り道も、私とマキはあちこちを眺めながら歩いた。
夕日は世界をあたたかい色合いに染め上げている。あんず色のフィルター越しに見える街並みはどこまでも穏やかで、今日一日の疲れを癒してくれるようでとても心地よい。
来るときよりも長くなった自分の影をぼんやり見ながら歩いていると、その先に人が立っているのに気がついた。
「…どういうことや?」
クセのある、ハスキーな高い声。視線を上げたそこにいたのは、黒いコートに身を包んだ女性───ユウコさん。
「なんで人形がこんな時間に歩いとるん? おかしいやんか。」
独り言のようにユウコさんはつぶやき、私たちをまっすぐ見つめる。夕暮れの光に映える金色の前髪の間で、青い瞳がきらめいた。
「さては……、なっちやな。」
その鋭い眼光に目を奪われながら、私は3ヶ月前のことを思い出していた。
- 44 名前:第4話「キボウ」 32 投稿日:2002年06月21日(金)00時27分17秒
- ◆ ◆ ◆
───ディズニーランドからの帰り。私とマキは見つめあったまま、動けないでいた。そして、そこに声をかけてきたユウコさん。
ひらひらと舞いはじめた雪の中、彼女は長い爪を見せ、言った。
「ウチは───魔女や」
信じられるはずがない。ありえない。…でも、私は不思議とその言葉をすんなりと受け入れていた。
マキは身じろぎひとつせず、相変わらず証明写真のような無表情でユウコさんを眺めている。
茫然と立ちつくしている私に向かって、ユウコさんは柔らかい口調で語りかけてきた。
「なんでマキが人形だってわかったのか。…それはウチが魔女だからや。魔女はなんでもお見通しや。」
ユウコさんは薄く笑みを浮かべたまま、ゆっくりと私たちに近づいてくる。……コツ、コツ。ブーツの音が辺りに響きわたる。
「…そして魔女は魔法が使える。魔法を使えばマキは人間になれる。カンタンなこっちゃ。」
そう言うと立ち止まって、ふうっと軽く息を吐いた。その息は白くなかった。
- 45 名前:第4話「キボウ」 33 投稿日:2002年06月21日(金)00時28分17秒
- 「なんで…」
「ん?」
「なんで、私たちの願いを叶えくれるって…」
するとユウコさんは目を細めて答える。
「ウチはな、キレイなものが好きなんよ。あんたらみたいな絵になる女の子、めっちゃ好きやで。…あ、ヘンな意味じゃなくってな。」
「……。」
フォローを入れても、いや、そのフォローのせいでなんとなく微妙な間があいてしまう。ユウコさんはコホン、とわざとらしく咳払いをして、
「まあとにかくそういうわけで、望みを叶えてあげたくなったんよ。」
口元を緩めて笑みをつくった。
胸が高鳴る。身体が熱くなる。自分でも興奮してきたのがわかる。
「じゃあ…」
焦る気持ちを抑えて口を開こうとすると、ユウコさんはかぶせるように言った。
「おっと、もったいぶるわけやないんやけど、今すぐってわけにはいかんのや。こないだも言うたけど、いろいろと準備がいるからな。」
「え…? いつ、叶えてくれるんですか…?」
- 46 名前:第4話「キボウ」 34 投稿日:2002年06月21日(金)00時29分37秒
- ユウコさんは眉間にシワを寄せてマキを凝視する。そして、おもむろに言う。
「…あと3ヶ月くらいやね。うん、3ヶ月後、また会おうやないか。そんとき、ケイヤクしよ。」
「3ヶ月後…? ずいぶん先ですね。」
「なぁに、あっちゅう間やで。ま、確かに人間には長いかもしれへんけどな。」
「はぁ…」
「そいじゃ、今日はこれくらいにしとこか。…楽しみにしとるで。」
そう言うとユウコさんは私たちの横をすり抜けて夜の闇へと消えた。彼女が通り過ぎた後、ナイフのように鋭くて冷たい風が私の頬をなでていった。
「……。」
「……。」
ユウコさんの姿が見えなくなって、私とマキは互いを見つめあう。なんとも言えない不思議な沈黙が辺りを包む。
「……行こ。月、かくれちゃったから。」
ようやく出てきたのは、マキの素っ気ないセリフ。
───それは口調とは裏腹に、とても重い言葉だった。家に着くまで、私たちはずっと無言だった。
◆ ◆ ◆
- 47 名前:第4話「キボウ」 35 投稿日:2002年06月21日(金)00時30分46秒
- 「…なにボーッとしとんねん。」
関西弁のイントネーション。ハッ、と気がつくと、目の前には私たちを睨みつけるように立っている魔女がいた。
「なっちがやったんやな? なっちが、マキを人間にしたんやな?」
まるで氷のような視線。……こくり。私は無意識のうちにうなずいていた。
その反応を見て、ユウコさんは腕を組んで考えこむ。私は、思いきって尋ねた。
「あの…! なっちとは、どういう関係なんですか?」
彼女はじろり、と目だけを私の方に向けると、
「昔っからの知り合いや。」
ぶっきらぼうに答える。そして、
「じゃあ今度はこっちが訊くで。なっちがマキを人間にしたんはいつや?」
- 48 名前:第4話「キボウ」 36 投稿日:2002年06月21日(金)00時31分48秒
- 青い瞳に射抜かれて、私の口から言葉が漏れる。
「…昨日の夜…です…。」
「そんとき、なんて言うてた?」
「えっと…、今から1週間後、マキに決断の時が来る。」
「それで?」
「…それまでお試し期間ってことで、この1週間だけマキを人間にしてあげる、って。」
「……なるほどな。それでウチは用無しってわけか。うまいこと考えたで。なっちらしいな、ホンマ。」
ユウコさんはウンウンと何度かひとりでうなずくと、キッ、と私たちを見据えて言った。
「いいやろ。そんならウチも容赦せえへん。」
そして、くるっと回れ右してユウコさんは歩き出す。
「ユウコさんっ!」
私の声にぴくっと反応すると、背を向けたまま横顔を見せてつぶやいた。
「お楽しみは、これからや。」
───それは、背筋がゾッとするほどキレイな笑みだった。
- 49 名前:第4話「キボウ」 37 投稿日:2002年06月21日(金)00時33分24秒
- 「わからないことだらけだよ」
ベッドに腰かけると同時に、私はため息まじりでつぶやいた。
「田舎っぽいなまりの天使に関西弁の魔女…。もうなにがなんだか」
晩ご飯を食べ終えてお風呂にも入ってあとは寝るだけ。マキの相手をするいつもの時間だ。その日のできごとを振り返って要約するのが私の日課になっていた。
ちらっとマキに目をやると、部屋の隅で所在なさそうに立っている。
「あ…マキ、こっちにおいでよ。」
自分の座っているベッドをポンポン、とたたいてみせる。マキは少し戸惑ったような間をおいてから、小さくうなずいて私の隣に腰を下ろした。
- 50 名前:第4話「キボウ」 38 投稿日:2002年06月21日(金)00時34分40秒
- 並んだまま黙りこむ私たち。部屋の中に漂いはじめた重苦しい雰囲気を振り払うように、私は切り出す。
「なっちが言ってた“決断の時”って、何なんだろうね。1週間後、何が起きるのかな?」
マキはうつむいたまま、首を横に振るだけ。私は続ける。
「どうせならお試し期間とか言わずに、マキをずっと人間にしてくれればいいのにね。」
「でも、なっちは自分の力で願いを叶えなくちゃいけないって言ってた。」
「そっか…。」
「……ねえ、あたし、どうすればいいのかなあ? いきなりそんなこと言われても、わかんないよ…。」
「…そうだね…。」
再び沈黙が訪れる。
───ダメだ、わからない。断片的なヒントをつないでも、全体が見えてこない。
…なっち。…ユウコさん。私たちは、今、何に巻きこまれているの?
- 51 名前:第4話「キボウ」 39 投稿日:2002年06月21日(金)00時35分59秒
- すると固まってしまった空気を割るように、マキがおもむろに口を開いた。
「…あたし、ほんとうに人間になったのかなぁ?」
「なに言ってんの、昼間学校に行ったじゃん。」
「うん…でも、もしかしたら、あたしはマネキン人形のままで、昼も動けるようになっただけなのかもしれない…。」
「そんなことないよ。マキは人間だよ。…ほら。」
手を伸ばしてマキのほっぺたに触れる。
「…ちゃんと、やわらかいよ。あったかいよ。」
私がそう言うと、マキも手を伸ばして私の頬に触れる。お互いのほっぺたに手を当てて見つめあってる状態。
マキの顔が少し赤い。私も顔が熱くなってきているのがわかる。───なんとなく、ヤバい雰囲気だ。
「マキは、ちゃんと、人間だよっ!」
照れくさくて、たまらず私はベッドにそのまま倒れこむ。仰向けになってクールダウン。
その様子を見ていたマキも、私と同じようにベッドに寝転がる。そしてふたりでじっと天井を眺める。
「…ねえ、前にもこうして話したこと、あったよね。」
「うん。」
───確か、初めて家を抜け出した夜。初めてマキが人間になりたいと叫んだ夜。そして、初めてユウコさんに会った夜。
- 52 名前:第4話「キボウ」 40 投稿日:2002年06月21日(金)00時37分29秒
- 部屋の中を沈黙が満たしていく。マキも私と同じように、そのときのことを思い出しているのだろう。
「…私ね、あのとき、言いたいことがいろいろあったんだ…。でも、それをしゃべるとマキが人間じゃないってことだけがすごく強調されちゃう気がして、何も言えなくて。」
半ば独り言のようにつぶやいた私に、マキは言う。
「じゃあそのぶん、今とりかえそうよ。」
「え?」
「なんでもいいから話そうよ。いっぱい、いっぱい話そ?」
天井から私に視線を移して、にへっと笑う。
私がうなずくと、マキはアヒルさんみたいに唇を曲げて考えこんでから、楽しそうに話しかけてきた。
「…梨華ちゃんってさ、おもしろいよね。」
「……うーん、おもしろいっていうか……まあ、おもしろいんだけど…」
───梨華ちゃん。飯田さん。保田さん。福田さん。矢口さん。加護。辻。石黒先生…。
私たちは今までに出会った人たちの話をした。ひとりひとり、一瞬一瞬の表情を思い出して。
寝てしまうのがもったいない。私とマキは、ベッドに寝転んでお互いを見つめながら、ずっとずっと、しゃべり続けた。
- 53 名前:第4話「キボウ」 41 投稿日:2002年06月21日(金)00時38分20秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 54 名前:第4話「キボウ」 42 投稿日:2002年06月21日(金)00時39分28秒
- 「空、あかるくなってきたね。」
カーテンの隙間からのぞく色を見て、マキが言う。私はベッドから降りて、カーテンを少し開ける。窓の向こうは黒い闇から少し青みを帯びた色へと変化していた。
するとマキもベッドを降りて、私の隣に立った。そして、静かに窓を開けた。
広がる光景は海の底のよう。薄暗い青い光を浴びた街は、息を殺して太陽を待ち構えている。ふたり並んで、無言でそれを見つめる。
鳥のさえずりの中、うっすらと筋雲を浮かべたスカイブルーが徐々に姿を現す。その端には、輝きを失って背景に溶けこもうとしている白い月。
そして、朝日が昇る。前にふたりで朝まで過ごしたとき、太陽が弱く冷たく感じられた。しかし、今日の鮮やかな光は私の胸に希望をもたらしてくれる頼もしさにあふれている。
「めっちゃいい天気だね。楽しい日が来そうな予感がするよ。」
窓の外を眺めたまま言うマキに、私は声をかける。
「ねえ、マキ。」
横顔に光を浴びて、マキがこっちを向く。私はいっぱいに笑みを浮かべて、言った。
「モーニングコーヒー、飲もうよ。」
- 55 名前:第4話「キボウ」 43 投稿日:2002年06月21日(金)00時40分44秒
- カップの中には褐色の液体。そこから踊り出す湯気。マキはそれをじっと観察している。
「砂糖とミルクは入れないの?」
「んー、このままでいーよ。」
いれたてのコーヒー。香りを嗅いで、マキは満足そうに微笑む。そして、おずおずとカップに口をつける。
「…にがい。」
「そりゃあ、ブラックだから。」
「…でも、あったかいね。」
「うん」
マキはもう一度、コーヒーを一口飲むと、
「あはっ、にがい。」
そう、笑った。
五臓六腑にしみわたる。窓を開け放して冷えた身体に、朝のコーヒーは温度をくれる。少し大袈裟な言い方をすれば、“生きている”って感じをゆっくりと全身に広げていってくれる。
- 56 名前:第4話「キボウ」 44 投稿日:2002年06月21日(金)00時42分31秒
- 「……あたしね、」
両手で包みこむようにカップを持って、マキが口を開く。
「人間じゃなかったときにはご飯を食べたり水を飲んだりする必要がなかった。月があればそれでよかったから。……でも今、コーヒーを飲んで、ちょっと感動してるんだ。」
「…どうして?」
「コーヒーが、にがいから。コーヒーが、あったかいから。コーヒーが、飲み物だから。コーヒーが、コーヒーだから。」
「うん?」
私が首を傾げると、マキは手元の褐色の液体に目をやって、続ける。
「コーヒーをにがく感じるのは、あたしが人間だから。コーヒーをあったかく感じるのは、あたしが人間だから。コーヒーを飲むのは、あたしが人間だから。コーヒーがコーヒーなんだってわかるのは、あたしが人間だから。…あたしは、人間として、今、ここにいる。」
マキは私の顔をじっと見て、そして笑みを浮かべた。それは、今ここにマキがいるのと同じくらい、自然な笑みだった。
私は、目を閉じる。目を開ける。変わらない笑顔に、話しかける。
「…ねえ、今日は人のいっぱいいるところに行こうか。人ごみをかき分けて歩こう。」
「そうだね。…うん、お出かけをしよう!」
マキは大きくうなずいた。
- 57 名前:str 投稿日:2002年06月21日(金)00時45分56秒
- 今日はここまでです。
>>41さん
懐かしい、というのはうれしいお言葉ですね。ありがとうございます。
実は友情なのか愛情なのかが第4話のテーマだったりするわけで、
なんとか魅力的な会話を目指していきたいと思います。
>>42さん
好き、だなんて照れちゃいますね。なるべく嫌われないようにがんばります…。
更新のスタイルはいろいろ試してて、現在は「10日に1回、やや多め」です。
正直いっぱいいっぱいでやってますので、いきなりお休みするかもしれません。
- 58 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月22日(土)11時25分27秒
- ただの恋愛ものの小説にはない温かさを感じますね。
どうか、二人に幸せな結末が巡ってきますように…
- 59 名前:名無し娘。 投稿日:2002年06月24日(月)23時22分35秒
- 話の流れが何だかとても穏やかな感じなんで、レスしちゃってもよいのかな〜
と、少し考えた挙句…やっぱりこの小説好きなんで書きます。
ずっと楽しみに読んでます。更新されてるとウキウキです(w
ラストまでとことん追っかけますんで、頑張ってくださいね。
- 60 名前:第4話「キボウ」 45 投稿日:2002年07月05日(金)01時30分30秒
- 火曜日───昼。
駅前は今日も賑やかだ。あふれんばかりの人でごった返している。よくまあこれだけ集まったもんだ、と感心してしまう。
今、マキの手を握っている。つないだ手は、宇宙空間の命綱でもなければマキを人間にするための絆でもない。フツーの女の子どうし仲良くやってるよ、というしるし。
もう片方の手をかざしてまぶしそうに太陽を見つめるマキ。そして行き交う人々に視線を落とす。その眼差しに、もう憧れの色はない。
たくさんの人とすれちがって歩いていくと、大きく“spring fair”と書かれた垂れ幕の下がっているデパートに着いた。去年の秋、私がマキにあげた服を買ったデパートだ。
ふと、ショーウィンドウのマネキン人形が目に入る。思わず足が止まってしまう。
「…マネキン、だね。」
そう言ってマキはショーウィンドウに近づいていく。
「あ…」
私は間の抜けた声を漏らして、その様子をただ見つめるだけ。するとマキはくるっと振り返って、
「あたしは、あたしだから。」
「マキ…」
- 61 名前:第4話「キボウ」 46 投稿日:2002年07月05日(金)01時31分48秒
- 私を安心させるように、マキは続ける。
「マネキン人形はずっとここで窓の外を見つめてる。でも、あたしは街の人ごみの中にいる。あたしは観客じゃなくて、舞台の上にいるんだ!」
ドラマは、人ごみの中で生まれる。それに参加する喜びを、マキは今、かみしめている。
いつか、コンビニの前でのやりとりがオーバーラップする。あのときの人間になりたいというマキの叫びは、もはや私たちの思い出の中にしかない。
「…そうだね。そうだよね。マキは、人間なんだから。」
微笑んでみせた私の手を、マキは優しく握る。
「ひとみ、行こ!」
そしてマキは私の手を引いて、颯爽とデパートの中に飛びこんだ。
- 62 名前:第4話「キボウ」 47 投稿日:2002年07月05日(金)01時33分24秒
- 洋服、コスメ、アクセサリー、雑貨、CD、雑誌…。マキとふたりで、それぞれのフロアをゆっくりくまなく見て回る。
身の周りの品物ひとつひとつに目を輝かせているマキ。少し離れてその姿を眺める。───色っぽい表情や仕草を無邪気に見せる、オトナでもコドモでもない少女。
ぼーっと見とれていたら、急に視界が真っ暗になった。なんだあ? 何がどうなってんだあ?…なんて慌てていると、
「だーれだぁ?」
おどけた声が背中から聞こえる。笑いをこらえた鼻息も微かに聞こえる。…ふたりか。
「うーん……声は加護だから、手は辻かな?」
ちっちゃくって柔らかい手を取って振り返ると、果たしてそこにはイタズラ大好きな中学生コンビがいた。
「おー、よっすぃーすげー」
「すごいのです」
「まあねっ」
少し自慢げに鼻を鳴らす。と、辻と加護はマキも来ているのに気がついたようで、唇に人差し指を当ててシーッと私に合図すると、コソコソとそっちに近づいていく。そして後ろから素早くマキの目をふさぐ。
- 63 名前:第4話「キボウ」 48 投稿日:2002年07月05日(金)01時34分30秒
- 「だれでしょー?」
マキは特に驚いた様子もなく、マイペースに答える。
「んー? だれだろー。カゴかなー。ツージーかなー。」
「どっちかにしてください」
「わっ、ののしゃべったらあかんって!」
「あ…ごめんなさいあいぼん」
「あはっ、ふたりでばらしあっちゃったね。」
マキに言われて、辻と加護はバツが悪そうにはにかんだ。
私もその場に合流すると、ふたりに話しかける。
「今日はふたりで来たんだ?」
辻と加護は同時にうなずく。ホントに、双子みたい。
「よっすぃーと師匠もふたりで来たんですかぁ?」
「そうだよ。」
すると、マキは少し考えてから口を開く。
「ねえ、せっかくだからみんなでどこかに行かない?」
「…そうだね。ふたりとも、行きたいところとかある?」
私が言うと、辻がグ――――ッとお腹で返事。
「わかったよ。お昼だね、お昼。」
辻は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
- 64 名前:第4話「キボウ」 49 投稿日:2002年07月05日(金)01時35分43秒
- デパートを出て、どこかいい店はないかな、と4人でのんびり歩き出す。すると、
「おーい、よっすぃー! マキちゃーん! つじー! かごー!」
私たちを呼ぶ声。見ると向かいの歩道でぴょんぴょん跳ねながら手を振っている、金髪のちっちゃな女の人。
「あ! 矢口さんだぁ!」
矢口さんは私たちが気づいたのを確認して、
「ちょっと待っててね、今そっちに行くから!」
そう言うと交差点の方に移動して信号待ち。その様子を見て小悪魔ふたりは、今日はどうからかってやろうか、ニヤリと笑みを浮かべている。
信号が青に変わった。しかし、矢口さんが近づいてくるにつれて辻と加護の顔から不敵な笑いは消え、かわりにうろたえる気配が漂い出す。
「あれぇ? 今日はふたりともおとなしいね。」
わざとイジワルな口調で矢口さんは話しかけてくる。
「残念ねえ。先生は元気な辻さんと加護さんが好きなんだけどなー。」
矢口さんの隣、ちょっとだけシニカルな笑みを見せて石黒先生は言う。
- 65 名前:第4話「キボウ」 50 投稿日:2002年07月05日(金)01時36分49秒
- 「なんで先生がいるんですかぁ…?」
「あら、先生だって街で買い物くらいするわよ。」
「さっきそこでグーゼン会ってね、ちょっと話をしたんだよ。…ふたりの成績の話とか。」
「期末テスト、ふたりともがんばったけどまだまだね。矢口さんにはもっとビシバシやってもらわないとねえ。」
石黒先生のキツい一言。辻も加護も上目づかいで私を見つめて助けを求めてくる。
「あの、私たちこれからお昼を食べようと思ってるんで、その話はまた今度ということで…。」
うん、うん!と小さくうなずくふたり。しかし、マキはのん気に話しかける。
「そうだ! よかったら先生とやぐっつぁんもいっしょに食べませんかぁ?」
うげ、と顔をしかめる辻と加護。矢口さんは即答する。
「ヤグチもう食べちゃったんだけど…そうだね、みんないる方が楽しいもんね。お茶でも飲むよ。」
「…そうねえ、いろいろとお話したいこともあるし。ご一緒させてもらうわ。」
6人で歩き出す。ちびっこふたりはうらめしそうに唇を曲げてマキをずっと見つめていた。
- 66 名前:第4話「キボウ」 51 投稿日:2002年07月05日(金)01時38分43秒
- 結局、近場のファミレスに入った。それぞれ注文を済ませると、雑談モードに突入する。
勉強の話になると思いきや、話題はディズニーランドのときの話に。辻と加護の逆襲がここぞとばかりに始まる。
「矢口さんがプーさんプーさんってダダこねてタイヘンだったんですよぉ。」
イチゴパフェをつっつきながら加護が言う。
「つじのポップコーンもハチミツあじだからってどんどん食べちゃうんです。」
バナナパフェをつっつきながら辻が言う。
「そんなに騒いでないだろー! ポップコーンだってほんの2、3粒じゃんか。」
ついつい辻と加護の挑発に乗ってしまう矢口さん。面白いので私もちょこっとからかってみる。
- 67 名前:第4話「キボウ」 52 投稿日:2002年07月05日(金)01時39分40秒
- 「いや、矢口さんけっこう騒いでましたよ。ポップコーンもわしづかみだったし。」
「よっすぃーまでそんなこと言うのかよ! ムカツクぅー!」
マキも続く。
「プーさんのぬいぐるみの中に、やぐっつぁんがならんでてもわかんなかったりして。」
集中砲火を浴びた矢口さんは悔しそうに、
「くーっ! ヤグチの味方はいないのかよ! …だいたい辻も加護も昼からデザート食べてるなんておかしいだろ!」
「べつばらですもん。」
「べつばらなのです。」
「その別腹がふくらんできてりゃダメじゃん!」
「デブっていうなぁ!」
「まだ言ってねーよ」
- 68 名前:第4話「キボウ」 53 投稿日:2002年07月05日(金)01時40分52秒
- すると、私たちのやりとりを見ていた石黒先生が、口を開いた。
「ほんと、あなたたちといると飽きないわ。ディズニーランド、楽しんでもらえたみたいね。チケットあげた甲斐があったわ。」
「あ…、どうもありがとうございました。」
みんなでお礼を言う。と、先生は優しく微笑む。
「お礼を言いたいのはこっちの方よ。」
「…え?」
「あなたたちがいてくれて本当によかった。…ありがとう。」
いきなり感謝されて私たちは目をぱちくりさせる。先生は、ふっと息を吐いて、
「正直、一時はどうなるかと思ってたの。加護さんの悩みをどう受け止めればいいのかわからなくて。」
「あ…。」
誰からともなく声が漏れる。先生は穏やかな口調で続ける。
「先生と生徒って関係じゃ永遠に越えられない壁があるの。…もちろん、どこまでも他人だからできることもあるんだけどね。」
そして、先生はぐるっと私たちを見回して、言う。
「でも、あなたたちは壁を軽々と飛び越えて絆をつくりあげた。だから、悩みを解決することができた。」
- 69 名前:第4話「キボウ」 54 投稿日:2002年07月05日(金)01時42分05秒
- それを聞いて、辻が胸を張ってみせる。
「とーぜんなのです。」
「この5人はぁ、ちっちゃな家族なんですよぉ。」
加護が笑みを浮かべて言う。その言葉に石黒先生はハッと軽く目を見開いてつぶやいた。
「家族…かあ…。そうね、すごくステキね。じゃあこっちも負けないようにがんばらないとね。」
「え? 負けないように?」
先生は恥ずかしそうに一度目を伏せる。そして顔を赤らめながらも、しっかりと私たちを見据えて言った。
「うん。…実はね、結婚するんだ。」
「え…ええええ――――!!」
思わず大きな声をあげてしまった私たちを、先生はいたずらっぽくたしなめる。
「失礼ね、そんなに驚くことないじゃない。」
「あ、すいません。…おめでとうございます。」
「ふふ、ありがと。」
はにかんでお礼を言う先生。なんか、急に先生のことがかわいらしく見えた気がした。
- 70 名前:第4話「キボウ」 55 投稿日:2002年07月05日(金)01時43分13秒
- 「先生…学校、やめちゃうんですかぁ?」
その黒目がちな瞳を潤ませて、加護が尋ねる。
「ううん、しばらく共働きね。安心して。」
先生はにっこりと微笑んでみせる。すごく華やかな感じがして、思わずつぶやいた。
「お嫁さんか…、いいなあ…。」
「すごく平凡だよ。…だけどね、これって、人間がずっと繰り返してきた幸せなのよね。」
「でも先生…あの、失礼なことを言ってると思うんですけど、これで終わりってわけじゃないですよ。」
まっすぐ先生を見つめる矢口さん。先生も真剣な眼差しを返してハッキリと答える。
「わかってるわ。幸せは自分の手でつくっていかなきゃね。これがゴールじゃないわ。そうよね?」
その言葉に納得したように、矢口さんはうなずいた。
すごく優しい空気が、私たちを包みこんでいる。この感じを家に持ち帰ることができれば、誰だって幸せになれるよね───私はそんなことをぼんやり考えていた。
- 71 名前:str 投稿日:2002年07月05日(金)01時44分34秒
- 今日はここまでです。更新遅れちゃって本当にすいません。
>>58さん
どうもありがとうございます。
その「温かさ」にこだわっていますので、純粋にうれしいです。
結末……その前に、完結できるようにがんばりますです。
>>59さん
わざわざレスしていただきましてありがとうございます。
次回はさらにレスをつけづらい展開になるかもしれません。
不快に思われる方もいらっしゃるかもしれないのですが、
見捨てないでやってください。よろしくお願いします。
- 72 名前:名無し娘。 投稿日:2002年07月05日(金)20時53分39秒
- 待ってました!
本当に心温まる話で、何度も読み返してしまいます。
こんなこと言っちゃなんですが、終わって欲しくないなーなどと思ったり。
吉澤の1人称ってギャグっぽいのが多い気がしますが、こういう語り口の
展開も良いですねえ〜…(シミジミ)
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月13日(土)16時20分50秒
- 何と言うか、好きです。
本当に楽しみな小説です。
- 74 名前:第4話「キボウ」 56 投稿日:2002年07月21日(日)23時45分51秒
- 「先生、お幸せに!」
ファミレスを出ると石黒先生にアイサツして、別れた。
それから私たちはカラオケで大騒ぎ。歌い終わり店を出てからも、帰るのがもったいなくってしばらく駅前をウロウロしていたら、ふと映画館の前を通りかかった。ストーカーと戦う刑事ものの映画やら駅伝を走るスポ根青春映画やらいろいろあったけど、先生が結婚するって話を聞いた直後ということもあって、なんとなく全員一致で恋愛映画を観ることにした。
買い物に行ってご飯を食べてカラオケで歌って映画を観て……アタリマエの休日の過ごし方。でも、マキと一緒にこうして過ごすのははじめてだ。これってちょっとだけデートみたいな感じがしないでもないな…なんて思っていたら、
「なんだか“グループこーさい”みたいです。」
いきなり辻が言い出す。
「この中の誰と誰がくっつくんだよ。」
矢口さんがつっこむ。すると加護がちょっと考えてから、
「んー、よっすぃーと師匠なんかいいと思うんですけどぉ。よっすぃーオトコマエやし、師匠キレイやもん。」
「へえ、ヤグチはキレイじゃないんだ。」
「矢口さんはぁ、よっすぃーと師匠の子どもー!」
「なんでだよっ! ヤグチの方が年上じゃんかよっ!」
- 75 名前:第4話「キボウ」 57 投稿日:2002年07月21日(日)23時47分41秒
- しかし矢口さんの抗議を無視して、辻と加護はわざとらしい演技をはじめる。
「マキ…愛してるよ。」
どうやら辻は私の役らしい。ってことは、加護はマキか。
「ひとみ…あたしもだよ…」
そして辻が大仰に腕を広げると、その胸元にさささっと小走りで加護が飛びこむ。見つめあうと、だんだん顔を近づけていくふたり。
「マキ…もうガマンできないよ…」
「ひとみ…しあわせに…してね…」
───ちゅっ。
「うわっ、ホントにキスするかぁ?」
「しゃこーじれーなのです。」
「ニホンゴまちがってるし。こりゃ帰ったらみっちりお勉強だな。」
- 76 名前:第4話「キボウ」 58 投稿日:2002年07月21日(日)23時48分39秒
- すると自分に都合の悪い話題をそらそうと、加護が私たちに矛先を向けてくる。
「あれぇ? よっすぃーも師匠も顔が赤くなってるぅ。」
「なっ…赤くなってなんかないよっ! だいたい私たち、そんなカンケーじゃ…」
「きっと帰ってからこっそりちゅーしますわよ。」
「ういういしーですわねえ、オクサマ。」
私を無視して辻と加護は井戸端会議のおばちゃんのようにどんどん話を広げていく。
ちらっとマキの方を見たけど、いつものぼーっとした表情のままだった。…耳は、少しだけ赤かったような気がしたけど。
矢口さんに手伝ってもらってふたりを黙らせると、チケットを買って5人で並んで席につく。それでもまだからかってくる辻と加護の相手をしているとブザーが鳴った。そして照明が落とされる。みんなで固唾を飲んでスクリーンを見つめる。
- 77 名前:第4話「キボウ」 59 投稿日:2002年07月21日(日)23時49分54秒
- 兄妹のように仲の良いふたりの子どもがいた。
男の子は女の子を優しく世話してやり、女の子は男の子のことを慕っていた。
だが、それぞれの家の事情によって、ふたりは離れ離れになる。
やがて時が経ち、ふたりは再会する。
しかし、あれほど仲の良かったはずのふたりを、時間は遠ざけてしまった。
男には女のいない世界ができあがっていた。
女には男のいない世界ができあがっていた。
親しかったかつての記憶が、ふたりをぎこちなくさせる。
思い出の続きを生きるのか、思い出と決別するのか。
───そんな内容の映画だった。
- 78 名前:第4話「キボウ」 60 投稿日:2002年07月21日(日)23時52分01秒
- エンドロールが終わるのとほぼ同時に館内の照明がつく。んんーっとうなり声をあげ、のびをしながら立ち上がる。
「今日一日でちょっとおとなになった気がする…。」
辻がぽつりとつぶやいた。
「ふふ、そうだね。」
映画を観た後って、なんとなく晴れやかな気分になる。暗く密閉された空間から解放されるってのもあるのだろう、気持ちがふわっと浮き上がる感じ。これから自分を待ち受けているステキなストーリーを、背伸びして追いかけるように。
「それじゃ、帰ろっか。」
- 79 名前:第4話「キボウ」 61 投稿日:2002年07月21日(日)23時52分57秒
- 外に出ると辺りはもう暗くなっていて、一番星がきらめいている。
5人ひとかたまりになっておしゃべりしながら歩いていく。甘えてくる辻と加護、笑いながらつっこむ矢口さん。───ディズニーランドからの帰りを思い出す。
あのとき人通りのなかったこの道は、帰りを急ぐ人やこれから出かける人でいっぱい。隣を見れば、かつて憧れていた人の波の中に違和感なく溶けこんで、一緒に笑みを浮かべているマキがいる。
人間になったマキ。希望に満ちた日々。これからも、何気ないようで、いつもと変わらない、でも少しずつ変わっていく毎日を、私と彼女は紡いでいくんだ。
- 80 名前:第4話「キボウ」 62 投稿日:2002年07月21日(日)23時53分47秒
- 「おやすみなさいっ!」
「おやすみなさぁい!」
辻と加護が家の中に入っていく。それを確認して、私とマキは矢口さんと向き合う。
「…今日はホントに楽しかったよ。こうしてみんなで集まるのって、サイコーだね!」
矢口さんの心の底からの笑顔。いつもの大人びた感じとはちがう、無邪気な笑み。つられて、私たちも頬をゆるめる。
高校を卒業する矢口さんと、高校に残る私。でも、絆は消えない。ずっと、ずっと。
「矢口さん…また、みんなで遊びましょうね。」
「おうっ! …それじゃあね、よっすぃー、マキちゃん。」
「おやすみなさい。」
「やぐっつぁん、またね。」
そして、私たちは手を振って別れた。
- 81 名前:第4話「キボウ」 63 投稿日:2002年07月21日(日)23時55分10秒
- 閑静な住宅街を歩いていく。もうすぐ晩ご飯の時間ということもあって、どこからともなくいい匂いが漂ってくる。いかにも、平和でのん気な日常のヒトコマ。
人間になったマキ。すべては順調。───なのに、言い知れない不安や焦りが私の心の片隅に残ったまま消えない。こっそりとあとをつけられているような感覚。何か、何かを忘れてしまっているのではないか?
「ねーひとみ、やっぱり今日は楽しい日になったね。」
やや間延びした口調。マキが私に話しかけてくる。
「…そうだね。すごく、楽しかったよ。」
せっかくマキが喜んでいるのだから。私は心の中の不安を隠して、つとめて明るい声で返す。
「映画、おもしろかったね。きっとあのふたりもあたしたちと同じで、コトバにできない関係なんだろーね。」
そう言うと唇を曲げて夜空を見上げるマキ。今の時間、まだ月は昇っていない。マキは、ついに月の魔法から逃れたのか。
あともう少しで家に着く。星を数えるように、ふたり肩を並べてゆっくりと歩く。───と。
- 82 名前:第4話「キボウ」 64 投稿日:2002年07月21日(日)23時56分35秒
- 「……。」
突然、マキの足が止まった。それに気づいた私は振り向いて声をかける。
「マキ?」
「……イヤだ、気持ち悪いっ!」
急にヒステリックな声で叫んだマキ。そのおびえた響きに驚いた私は、慌ててマキの前に立つ。
「どうしたの、マキ? 何があったの?」
しかしマキは立ちすくんだまま、こわばった表情でおそるおそる私の顔を見つめ返すだけ。
「マキっ!」
「……なんなの…これ…?」
震える声でようやくそれだけつぶやくと、マキはのそのそとスカートの裾をたくし上げ、内腿にそっと触れた。そして、その手を自らの前に差し出す。
「…?」
私も一緒にその手を見る。街灯に照らされたマキの指先にあったのは───
「これって……、もしかして…」
紅い痕跡。それはまぎれもなく、血液だった。
ゆっくりと、指先から彼女の顔へと焦点が合っていく。マキは虚ろな目で茫然と私を見つめていた。
「…とにかく、早く帰ろう!」
私はマキの手を引いて、急いで家へと歩き出す。
- 83 名前:第4話「キボウ」 65 投稿日:2002年07月21日(日)23時58分13秒
- 階段をのぼってドアを開ける。マキはベッドに腰かけてじっと床を見つめていたが、私に気がつくと顔を上げ、弱々しく微笑んでみせた。
「夜食、買ってきたよ。」
コンビニのビニール袋からおにぎりをひとつ取り出し、マキに渡す。
「…なにこれ? ……おせきはん?」
「…ま、そういうことで、ね。…足りなかったらほかにもいっぱいあるから。遠慮しないで。」
「うん…、ありがと。」
フィルムを剥いて、マキはおにぎりにかぶりつく。私は学習机の椅子に座ってじっとその様子を見つめる。
「…ひとみは食べないの?」
「私? …私はいいよ。」
「そう? もう1個もらうね。」
「うん」
2個目のおにぎりを頬張るマキ。私が変わらずマキを見ていると、心配そうに声をかけてきた。
「……ひとみ、元気ないね。」
「そんなこと、ないよ。大丈夫だよ。」
「ならいいけど。…あ、おいしいねこれ。ふーん、エビっていうんだ。」
- 84 名前:第4話「キボウ」 66 投稿日:2002年07月21日(日)23時59分30秒
- 食べ終わるとマキは3個目に手を伸ばそうとする。私は声をかける。
「あのさ、マキ。さっき『遠慮しないで』って言ったけどさ、寝る前にあんまりたくさん食べると太っちゃうよ。」
マキは一瞬手を引っこめたが、結局おにぎりを手に取り、フィルムを剥がしながら答える。
「そーだけどさ、なんか、おなかがすいてたまんないんだよね。」
「そう…」
あーん、と口を開けておにぎりを飲みこむと、マキは大きなあくびをした。そしてその様子を眺めていた私の視線に気がつくと、えへっとだらしない笑みを浮かべる。
「食べたらねむくなってきちゃったよ。…ひとみ、先に寝ていい?」
「あ…うん…。」
なんとなく中途半端な返事になってしまう。マキは「じゃ、おやすみなさい」と明るく言うと、そのままベッドに横になった。
「おやすみ、マキ…。」
- 85 名前:第4話「キボウ」 67 投稿日:2002年07月22日(月)00時00分15秒
- マキの寝息はすぐに聞こえてきた。今日一日はしゃいで疲れていたのだろう。
私は学習机の椅子から立ち上がると、押入れから布団を引っ張り出して床に敷いた。部屋の電気を消して、そこに寝転がる。
───そして、考える。
- 86 名前:第4話「キボウ」 68 投稿日:2002年07月22日(月)00時02分37秒
- ゴミの山から連れ帰ったマネキン人形。私は、マキと名づけた。
ピーターパン───夢の国から来た歳をとらない少年───だった彼女。しかし今、マキは正真正銘、人間の女の子になった。
願いが、叶った。
人間になったことは、確かに素晴らしいことだ。…でも本当にそれだけ? “素晴らしい”の一言で片付けられるの? マキが人間になったことで、私たちは何かを失ってしまったんじゃないの?
『マキちゃんは何か将来の夢とか希望とかあるの?』
人間として生きていくということ。それは、人間の“ルール”の中で暮らすということ。学校へ行く? 働く? 今までのような自由気ままな生活を、マキはたぶんもう続けることはできない。
そして。
『きっとあのふたりもあたしたちと同じで、コトバにできない関係なんだろーね。』
トモダチ? コイビト? 言葉で説明できないものの存在を認めない、人間の“ルール”。結論を迫られた、映画の中のふたりのように。これまで言葉で縛り付けることのできなかった私とマキの関係は、今、マキがもたらしたリアリティの中であらためて位置づけられようとしている。
- 87 名前:第4話「キボウ」 69 投稿日:2002年07月22日(月)00時04分17秒
- 『マキちゃんとヘンなことしちゃダメだからね!』
デート。レンアイ。ケッコン。女の子と女の子。何が生まれる? 何も生まれない?
『きっと帰ってからこっそりちゅーしますわよ。』
ただの人形に戻るマキを何もできずに見つめた朝。あのときから私たちは何が変わったというのだろう? …ここにいるのは、永遠にマキの唇に触れることのできない私。
なんて、皮肉な。
私とマキに同じ意味づけが与えられることをふたりは望んでいたのだ。だが、いざ願いが叶えられたらどうだろう。ふたりの間の壁はなくなったはずなのに。同じ存在になることが、再び壁をつくり出すなんて。
───ねえ。願いが叶ってしまったら、その先に希望はあるの?
───ねえ。パンドラの箱を開けたとき、本当に箱の底に希望は残っているの?
ああ、徹夜のせいで頭が回らない…。まぶたが……重い…。
- 88 名前:第4話「キボウ」 70 投稿日:2002年07月22日(月)00時05分08秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 89 名前:str 投稿日:2002年07月22日(月)00時06分17秒
- 今日はここまでです。
オムニバス短編集、読んでくださった方はありがとうございました。
>>72さん
どうもです。何度も読み返されるとボロが見つかりそうで、恐縮です。
終わらせないとそれまでがぜんぶムダになってしまいますから。必ず完結させます。
最近の吉澤はボケキャラですもんね。こういう吉澤は珍しくなってしまいました。
「ホントはマジメな吉澤」の存在を信じて細々とやっていきます。はい。
>>73さん
ありがとうございます。うれしいです。
娯楽色が薄いので、読んでもらえるか毎回不安になりつつ更新してます。
書き終えたとき、読まれたすべての方に納得していただけるようがんばります。
- 90 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月23日(火)16時59分48秒
- 短編集第4位入賞おめでとうございます。
ストーリーが動き出しましたね。
楽しみにしてます。ガンガッテクラサイ!
- 91 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)20時58分08秒
- 律儀に赤飯を用意する吉澤さんにワラタ
なんだかもう祈るような気持ちで読ませてもらってます。
2人が、2人なりの幸せを、見つけられますように。
- 92 名前:第4話「キボウ」 71 投稿日:2002年07月31日(水)01時15分10秒
- 「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……からだ、大丈夫…?」
「…うん、いたいけど、なんとか…」
「あ、起きなくていいよ。そのまま横になってて。」
「うん…。」
「……。」
「……。」
「……。」
「ねえ、ひとみもおなか、いたくなる?」
「……なるよ。」
「そう…。」
「……。」
「ロッカーに手をぶつけても、血、出なかったのにね。」
「……。」
「…やっぱりあたし、人間になったんだね。」
「……そう、だね。」
「……。」
「……。」
「……1週間、だったよね。」
「なっちとの約束?」
「うん。…今日って、何曜日だっけ?」
「今日は……水曜日、だよ…。」
「すいよーび…。もう、半分なんだね。」
「うん…。」
「……。」
「……。」
- 93 名前:第4話「キボウ」 72 投稿日:2002年07月31日(水)01時16分48秒
- 「……。」
「……。」
「……。」
「雨、やまないね。朝からずっと。」
「…うん。」
「なんか、息苦しくなっちゃうよ。」
「お出かけ…できないね…。」
「そうだね…。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……ねえ、そういえばさ、あたしたち、はじめて会ったときにも雨ふってたね。」
「あ…そうだね。急に雨が降ってびしょ濡れになって…、高台に行く途中の坂道。」
「そうだ! ひとみ、あした、そこに行こうよ。」
「高台に?」
「うん。あたしとひとみがはじめて出会った場所に、行ってみるの。」
「……」
「いや?」
「ううん。…そうだね、行こうか。明日、高台に行こう。」
「うん!」
「……。」
「……。」
- 94 名前:第4話「キボウ」 73 投稿日:2002年07月31日(水)01時17分55秒
- 「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「ねえ。…私たちは、どうして出会ったのかな。」
「…ひとみ?」
「前にも言ったけど…、最初はね、マキがゴミの中に帰るのがかわいそうで。」
「……」
「でもそれだけじゃなくて。マキが私の知らない世界を教えてくれて、私は退屈な毎日を抜け出すことができるんじゃないか、って。」
「…うん」
「人間関係ってさ、ギブアンドテイク。この人といるとプラスになるから、いい関係でいたいっていう。…私は今まで、そう考えてるところがあった。」
「……。」
「でもちがうんだ。…確かに、マキは私の毎日を変えてくれた。だけど、損とか得とか、そんなリクツじゃないんだ。」
「ひとみ…」
「つまんない損得勘定を超えた何かで、私たちはつながってる。マキがいてくれれば、私はそれでいいんだ…。」
「……」
「……ごめん、マキ。なんか、うまく言えてない。…今言ったこと、気にしないで。」
「……」
「……。」
- 95 名前:第4話「キボウ」 74 投稿日:2002年07月31日(水)01時19分15秒
- 「……ありがと、ひとみ。あたしが人間になりたいって思うようになったのは、ひとみのおかげだよ。」
「……マキ。」
「ひとみはいろんなことを教えてくれた。いろんなものをあたしにくれた。だからすごく、感謝してる。」
「でも…」
「わかってる。ギブアンドテイクじゃないんだよね。」
「……」
「ひとみは見返りを期待してなんかいない。あたしも気に入られようと思ってなんかいない。」
「……」
「ひとみにはあたしが必要。あたしにはひとみが必要。…それでいいと思う。」
「マキ…。」
「こうしておたがいに頼りあえるのって、ステキなことだよね。」
「……」
「……。」
「……うん…。」
「へへっ、あした、楽しみだよ。きっと晴れるよね。」
「…そうだね、きっとね。」
「……。」
「……。」
- 96 名前:第4話「キボウ」 75 投稿日:2002年07月31日(水)01時19分57秒
- 「……。」
「……。」
「……ひとみ…。」
「…なに?」
「あたしはひとみのこと、だいすきだよ。」
「……うん。私もマキのこと……、好きだよ。」
「へへっ、なんか照れるね、こーいうの。」
「……。」
「……。」
「ねえ、マキ」
「どしたの?」
「……なんでもない。明日、晴れるといいね。」
「うん!」
「……。」
「……。」
「……。」
- 97 名前:第4話「キボウ」 76 投稿日:2002年07月31日(水)01時20分34秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 98 名前:str 投稿日:2002年07月31日(水)01時21分42秒
- 今日はここまでです。
今回更新分は6レスですが、つなげて一気に読んでくださるとうれしいです。
>>90さん
ありがとうございます。短編集、あんなに評価していただけるとは思いませんでした。
あくまで後藤の成長がテーマですので、あの終わり方が自分の中で唯一の「正解」です。
それでも続きが気になるという方は、後藤が失くしたシルバーのリングのかわりに、
石川がサファイアのリングをプレゼントするラストシーンを想像してください。
それをもって続編にかえさせていただきます。ご了承くださいませ。
ストーリー、ゆっくりですけど動き始めました。地道にがんばります。
>>91さん
この話では、コンビニは「最も人間らしい場所」という意味があります。
そこで赤飯を手に入れるところに作者の意図があったりするわけでして…。
祈るような気持ちで読んでくださってるとは、本当に恐縮です。
読者の皆さんの気持ちに負けないように、今後も精進していきたいと思います。
- 99 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月07日(水)20時14分51秒
- リアルでもアンリアルでも、今よしごまを見るのは切なくてしょうがないです。
この話の2人に待ち受ける結末はどんなものなのか……
また次回の更新を楽しみに待ってます。
- 100 名前:第4話「キボウ」 77 投稿日:2002年08月10日(土)23時21分41秒
- 木曜日───。昨日降っていた雨はすっかりあがって、3月らしいうららかな陽気が世界を包みこんでいた。
遅めのお昼を食べ終えるてから、ふたりで家を出た。街はずれの高台───私とマキがはじめて出会った場所に向かうためだ。
並んで歩くふたり。でも今、マキと手はつないでいない。それまでごく自然に触れあっていた私とマキの手のひらは、ぬくもりを求める戸惑いを隠し、まだまだ冷たく吹きつける風をそれぞれ別々に受け止めている。
ふと目が合うと口元を緩めてみせる。しかし、それは違和感のある微笑み。自分の顔に仮面を貼りつけることで、感覚を鈍らせる。傷つかないように防御する。
マキは相変わらず、落ち着きなく周りを眺めながら歩いている。ときおり風が勢いよく駆け抜けていって、そのたびマキは無邪気に笑って髪の毛を直す。そしてその仕草に見とれる自分に気がつき、私は密かにため息をつく。
- 101 名前:第4話「キボウ」 78 投稿日:2002年08月10日(土)23時23分09秒
- 行く先にある交差点の角地、生垣の奥に白い影が見えたのも、風が吹いたときだった。
「あれ? …ねえ、あそこ。」
マキが指差した先、何か白いものが視界の端をかすめたように感じた。
「ん?」
しかし、それはすぐに消えた。
歩を進め、生垣まで近づいてみたものの、そこには何もない。
気のせいだったかな、と後ろを振り返ったとき、50mほど先で白い服を着た女の子がこちらを向いてたたずんでいるのが見えた。
「なっち…?」
つぶやいた私に彼女は目を細めてみせる。そして手招きすると、くるりと回れ右して歩き出した。
「……ついて来い、ってこと?」
その背中を見つめたままでいると、マキが声をかけてくる。
「ひとみ、行ってみよう。」
「…うん。」
ふたりであとを追いかける。なっちは振り返って私たちがついて来ているのを確認すると、小さく微笑んでから前を向いて再び歩き出した。
- 102 名前:第4話「キボウ」 79 投稿日:2002年08月10日(土)23時24分00秒
- なっちの足取りはゆっくりに見えるのに、いくら歩くスピードを速めても全然距離が縮まらない。追いかけるというよりも、むしろ導かれているといった方が正しい感じがする。
街はずれの高台に行くつもりだったのに、なっちはどんどん市街地の中心へと入りこんでいく。私たちをいったいどこに連れて行くつもりなのだろう?
横断歩道を挟んだ向こう側、花壇に囲まれた広場の前でなっちは私たちを見てうなずくと、そのまま奥にある建物へと消えていった。
「図書館…?」
信号が青になった。私とマキは小走りで広場にたどり着く。そしてなっちを追って、広場に隣接している市立図書館の中に入る。
- 103 名前:第4話「キボウ」 80 投稿日:2002年08月10日(土)23時25分07秒
- 大きな吹き抜けのエントランスホール。入って右手、南側は大きなガラスがそのまま直接3階まで続いていて、柔らかい春の日差しを直接中へと届けている。絵本に夢中になっている子ども、眉をひそめて雑誌を読んでいるお年寄り、本を探して歩き回っている学生さん。光を浴びた館内は、静かな活気にあふれている。
北側には貸出カウンター、その上には1階の半分ぐらいの面積しかない2階フロアが中央の通路までロフト状にせり出している。
と、その端の手すりに腰かけて足をぷらぷら小さく揺らしている白い服の少女が目に入った。まるで静止した空中ブランコに座るようにして、彼女は階下の人々を眺めていた。そして私とマキが入ってきたのに気がつくと、声をかけてくる。
「ふたりとも、元気にしてたかい?」
田舎っぽい独特のイントネーションが、頭上から降りそそぐ。
「なっち!」
思わず大声をあげた私に対し、なっちは人差し指を唇に当ててみせる。
「ふふ、うるさくすると怒られちゃうよ? …ね、ふたりとも、こっちにおいでよ。」
- 104 名前:第4話「キボウ」 81 投稿日:2002年08月10日(土)23時26分31秒
- なっちに言われて、私たちは階段を駆け上がり2階へと急ぐ。ロフトの端までたどり着くと、手すりに腰かけガラス越しに広がる青い空を眺めている、なっちの後姿が目に入った。その小さな背中にちょこんと乗っかるように、白い羽はさらに小さく折りたたまれていた。
「…ここはね、人間の歴史が収められている場所なんだよ。」
弧を描くように右手を広げて図書館全体を指しながら、なっちは私たちにしゃべりかけてくる。
「天使はね、仕事で疲れるとさ、よくここに来てお休みするんだ。今だってなっちの仲間がいっぱい来てるんだよ。見えないかもしれないけどね。」
そう言ってなっちは手を振る。すると1階の絵本コーナーでひなたぼっこしながら居眠りしている子どもの横で、開いていた本のページが風もないのに1枚、静かにめくれた。
なっちはふわりとわずかに宙に浮き上がると、くるりと回って私たちと向き合う。そして子を抱く母親のような眼差しで私たちを見つめる。
「身体の調子、いいみたいだね。なっち心配してたんだよ。」
- 105 名前:第4話「キボウ」 82 投稿日:2002年08月10日(土)23時27分46秒
- 静かな館内はまるで時間が止まってしまったかのような錯覚をもたらす。私は、白い光を微かにまといながら目の前で笑う天使に、おそるおそる話しかける。
「あの…、なっち…」
「なんだい?」
ちょっとだけ身を乗り出して、天使は尋ね返してくる。
「どうしてマキを1週間だけ人間にしたんですか? 前に言ってた“決断の時”って、なんなんですか? これからいったい、何が起きるんですか?」
今まで心の中に積み重なっていた疑問が次から次へと口をついて出る。なっちはうなずきながら私の言葉に耳を傾けている。
「ユウコさんって人に会ったんですけど…なっちとは昔っからの知り合いだ、って。あなたたちは、どういう関係なんですか?」
するとなっちはつぶやくように言った。
「話さなくちゃいけない時が来たんだね…。」
天井を見上げてふうっ、と息を吐く。そして私たちをまっすぐ見据えて、なっちは力強くしゃべり出した。
- 106 名前:第4話「キボウ」 83 投稿日:2002年08月10日(土)23時28分50秒
- 「マキは、狙われている。」
「…ねらわれている?」
「うん。…ユウちゃん───魔女に、狙われている。」
「ユウコさんに……」
なっちは無言でうなずいた。私は尋ねる。
「どうして? どうしてマキが狙われなくちゃならないの?」
「それは、マキの…」
「マキの?」
「…マキの持っているチカラのせい。」
「チカラ…?」
まっすぐに私たちを見つめたまま、なっちはハッキリと答えた。
「今、マキの中には人形から人間になるための大きなチカラが眠っている。」
「えっ…、じゃあユウコさんが『マキを人間にする』って言ってたのは…」
目を閉じると眉間にわずかにシワを寄せ、なっちは言う。
「そう言ってマキに近づいて、チカラを奪おうとしてるんだと思う。」
- 107 名前:第4話「キボウ」 84 投稿日:2002年08月10日(土)23時30分47秒
- 「……。」
言葉を失う私たち。なっちは続ける。
「なっちはね、マキのチカラをユウちゃんから守るためにね、ずっと見張ってたんだ。」
「じゃあ、マキを人間にしたのは…」
なっちはうなずく。
「人間になっちゃえばユウちゃんがマキに近づく理由がなくなるっしょ? …もちろん、お試し期間の意味もあるんだよ。人間になるといろいろあるからね。」
「あ…」
一瞬、ちらりと私の目を見たなっち。そう、彼女は私の葛藤を見抜いていた。“お試し期間”というのはマキだけでなく、私にとってもそうだったのだ。
なっちは何も言えないでいる私たちに対して、なおも優しく語りかけてくる。
「マキはずっとね、ゆっくり時間をかけて自分の中にチカラを貯めてきたんだ。…マキ自身は気づいてないかもしれないけどさ。」
「あたしの中で、チカラが…」
自分の胸に手を当てて、マキはつぶやく。童顔の天使は精一杯の迫力をしぼり出し、私たちを見据えて言った。
「そして、そのチカラがあと3日で限界になる。人間になりたいって願いを、マキが自分で叶える準備ができる。───それが、“決断の時”。」
- 108 名前:第4話「キボウ」 85 投稿日:2002年08月10日(土)23時32分04秒
- それを聞いた私は、ふと気になって尋ねる。
「あの…こういったことに、前例ってないんですか? 人形が人間になって幸せに暮らしました、みたいな…。」
するとなっちは隅っこにある本棚を指差して言う。
「あそこに置いてある本にも書いてあるんだけどね、ピュグマリオンって人の話、知らないかな?」
「ピュ…、ピュグ………マリオ? …ヒゲ生えてる? キノコ食べる?」
なっちは目をつぶって大きく首を横に振ると、
「ずっと昔のね、キプロスって国の王様。現実の女の子に嫌気がさしちゃってね、自分で象牙を彫ってすごくきれいな女の人の像をつくったのさ。」
「はぁ…」
それでもなんとなくピーチ姫の姿を想像してしまう私をよそに、なっちは続ける。
「したらね、女神が現れてね、その像を本物の人間にしてあげたんだよ。」
「それで、ふたりはどうなったんですか?」
「結婚して幸せに暮らしました、って。いやー、なんだか心があったまる話じゃないのさ、ねえ。」
なっちは照れてぺちぺちと私の肩をたたく仕草をする。でもその手は私の身体をすり抜けてしまい、感触はなかった。
- 109 名前:第4話「キボウ」 86 投稿日:2002年08月10日(土)23時33分27秒
- そりゃあ王様は何不自由ないからめでたしめでたしかもしれないけど、私はただの高校生。しかも、女どうし。スンナリとハッピーエンドってわけにはいかない───そんなことを考えていると、
「…だいじょうぶだよ。」
うつむいていた私の顔をのぞきこみ、微笑を浮かべる天使がいた。
「大事なのは、相手のことを思う気持ちだよ。」
「相手の、ことを…?」
「うん。…確かにさ、人間にはいろんな“ルール”があるよね。みんなその“ルール”の中で、一生懸命がんばってる。」
「……。」
「でもね、なっち思うんだ。原因があるから結果がある。それと同じでさ、最初からふたりの間に関係があるんじゃなくって、関係ってのはふたりがつくっていくものなんだ、ってね。」
目の前の天使は、すべてを許し、包みこんでしまうような笑み、そして声で。
「人間は今までそうやって“ルール”をつくってきたんだよ。がんばれば、新しい“ルール”、できるかもしれないよ?」
「なっち…」
- 110 名前:第4話「キボウ」 87 投稿日:2002年08月10日(土)23時34分27秒
- 「だからさ、マキがこれからどうしていくのかもね、ふたりで考えていけばいいっしょ? 悩みがあったって、ふたりで一緒に解決できる。これってステキなことじゃない?」
「……うん」
「ふたりはお互いを必要としていた。だから出会ったんだ。この世界の偶然はね、ぜんぶ必然なんだよ。」
「じゃあ、私とマキの出会いも、必然…。」
うなずくなっち。と、突然マキが声をあげた。
「───あ、そうだよひとみ、タカダイ。」
「へ…?」
「ほら、あたしたちがはじめて出会った場所だよぉ。早く行こうよ。」
「ああ」
───思い出した。私たちは今日、高台に行くつもりだったんだ。
するとなっちは目を三日月のように細め、言う。
「それじゃふたりとも、いってらっしゃい。…あと3日だよ。なっちはふたりをずっと見守っているからね。」
「あ…、はい。」
私たちはなっちに一礼すると、階段を下りて図書館の入り口へと向かった。
- 111 名前:第4話「キボウ」 88 投稿日:2002年08月10日(土)23時35分13秒
- 振り返ってエントランスホールからもう一度、天使の座っているロフトを眺める。なっちは私とマキに向けてひらひらと手を振ると、
「気をつけるんだよぉー」
まるでお母さんみたいな口調で、私たちを見送ってくれた。
- 112 名前:str 投稿日:2002年08月10日(土)23時36分06秒
- なっち誕生日に合わせて更新です。次回更新は少し遅れるかもしれません。
>>99さん
後藤・保田の卒業、本当にびっくりしました。
正直、ベコベコに凹んでいるのですが、それでもこの話は書き続けます。
そしてあくまで予定どおりに、ラストまで進めていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
- 113 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月11日(日)00時00分31秒
- おお、物語が動き出しましたね!!
べコベコに凹んでいる中の更新、本当に乙です。楽しみに待ってる甲斐がある
内容で、すごく嬉しいです。それにしても、裕ちゃん………なんてことを(w
吉澤さんと一緒にいながら、なっちの話を聞いてるんだか聞いてないんだかな感じ
のマキがとても可愛く思えます。
- 114 名前:第4話「キボウ」 89 投稿日:2002年08月21日(水)00時43分34秒
- 図書館に寄ったせいで少し予定が狂ってしまった。街はずれの方へと歩いていく間にも、空はどんどん暖色を帯びていく。
もうすぐ高台に着く坂道の途中で、私とマキは立ち止まった。そして、周りの様子を眺めながら言葉を交わす。
「…たしか、このへんだったよね。」
「うん、そうだと思う。」
「あのときとぜんぜんかわってないね。」
「そうだね。なんか、懐かしいな…。」
あの夏の夜、雨に降られて急いで帰ろうとする私とボロボロの傘をさしてゴミの山へと戻ろうとするマキが、出会った場所。そして私がマキを家に連れ帰って、すべては始まったんだ。
- 115 名前:第4話「キボウ」 90 投稿日:2002年08月21日(水)00時45分13秒
- ───そんなふうに今までのことを思い返していると、マキが声をかけてきた。
「あ…、でもひとみはそれより前に、竹やぶの中で眠ってるあたしを見つけてたんだよね。」
「うん。マキ、ゴミにつぶされて倒れてたからさ、ちゃんと立たせてホコリを払ってあげたんだ。」
「そうなんだ。…ありがと。」
マキは少し照れた様子でお礼を言った。私はふと気になって、訊いてみる。
「…ねえ、こういう場合って、どっちがはじめて出会った場所になるんだろ?」
「んー、どっちでもいいんじゃない? 両方行っちゃえばいいじゃん。」
「ああ、それもそうだね。…うん、そっちに行ってみよっか。」
そして私たちはもうひとつの出会いの場所を目指し、高台へと再び歩き出す。
- 116 名前:第4話「キボウ」 91 投稿日:2002年08月21日(水)00時46分43秒
- 坂道をのぼりきって展望台にたどり着くと、茜色に染まった空が視界いっぱいに広がった。赤くてまんまるな太陽は、ほぼ正確に西の方角に照準を合わせて着陸態勢に入っている。
「あはっ、ひとみ、まっかだよ。」
私を見て、マキがしゃべりかけてくる。
「そういうマキだって真っ赤なんだけど。」
「…あ、そうだね。みんなまっかだ。」
「ねえ、早くしないと暗くなっちゃう。急ご。」
「うん。」
足元に気をつけながら、木の生い茂っている奥の方へと進んでいく。そして木立を抜けた竹やぶの端、あの時とほとんど変わらない姿でゴミの山があった。
「ここだね、マキ。」
「……うん。」
マキは遠くにあるものを眺めるように、ゴミの山を見つめる。その顔はいつもと同じ無表情だったけど、わずかにさびしそうな印象がした。
- 117 名前:第4話「キボウ」 92 投稿日:2002年08月21日(水)00時49分12秒
- 不意にマキが天を仰いだ。つられて私も見上げると、周りを取り囲んでいる木々がぽっかりと隙間を見せ、鈍い赤みをたたえた空が覗いていた。
「夜になってね、ちょっとだけ街の方に行ってみるんだ。ずっとひとりぼっちのあたしをね、月はずっと見てくれていた。あたしを追ってついてきてくれた。そして帰ってきて、こうして空を見上げるとね、やっぱり月があたしを見守ってくれてるんだ…。」
「……。」
何も言えないでマキの言葉を聞く。と、
「でもね、今ここに来てみて、もうあたしはひとりじゃないんだってわかった。あたしにはひとみがいる。みんながいる。」
そしてマキは私を見て、ふにゃっと笑ってみせた。
そう、かつてここで止まった時間の中にいたマキは今、二度と還らない時間を生きる存在へと変わったのだ。人形でいたときにはここが絶好の居場所だったのかもしれないけど、もうマキがここに来る理由なんてないんだ。
「ひとみ、行こう!」
マキの声にうなずくと、回れ右して歩き出す。私たちは振り返ることなく、ゴミの山を後にする。
- 118 名前:第4話「キボウ」 93 投稿日:2002年08月21日(水)00時50分21秒
- 展望台に戻ってきたときには、もう太陽は沈んでしまっていた。それでものっぺりと浮かんでいる雲がスクリーンのように広がっていて、地平線に沿って鮮やかなピンク色の光を映し出し、夕日の痕跡を空に残している。その上にくすんだ黄色を挟んで、てっぺんの藍色へとなめらかに続いている。
ベンチが並んでいる場所からちょっとはずれた草の上に、ふたりで腰を下ろした。体育座りで無言のまま、じっと地平線を眺める。
やがて何層にも色を溶かしこんだ空は、ゆっくりと光を失っていった。そしてそのヴェールに針で穴をあけたようにして、星が輝き出す。
気がつけば、夜の空気が周囲を包みこもうとしていた。ベンチの方では明かりが灯り、迫りくる闇に対してその姿を強く焼きつけている。
- 119 名前:第4話「キボウ」 94 投稿日:2002年08月21日(水)00時52分21秒
- ふと、隣を見る。───サラサラの髪、長い睫毛、高い鼻。まだ微かな光を残している空に、マキの横顔がシルエットとなりくっきり浮かび上がって見える。黄昏───誰そ彼時。その凛々しい影に、思わず息を飲んだ。
「ん? どしたの、ひとみ?」
「え…いや、その…マキの横顔、キレイだなあ…って。」
正直に、思ったことを口に出してみる。
するとマキは、まっすぐに私の方を向いて一瞬目をぱちくりさせると、いつものだらしない笑みを浮かべて照れてみせた───暗くてハッキリ見えたわけじゃないけど、私にはわかったんだ。
「…ありがと、ひとみ。」
草の上に置いた私の手に、マキはそっと自分の手を重ねてきた。伝わってくる体温。
そして乗せられた手に、わずかに力が込められた。
「なっちの言ってた新しい“ルール”、……がんばろうね。」
「マキ…」
暗すぎてお互いの顔なんてよく見えない。でも、まばたきもしないでじっと見つめ合っているのがわかる。
- 120 名前:第4話「キボウ」 95 投稿日:2002年08月21日(水)00時53分16秒
- 息を殺して、注意深く、ゆっくりと。少しずつ、少しずつ、吸い寄せられるように。それはまるで、万有引力。互いに引き合う力がはたらいて、私もマキも止まらない。
突然、さーっと波の音がするように、横から光が当てられた。───月が昇ったのだ。
月の光が、闇の中にマキの顔を半分だけ浮かび上がらせる。潤んだ瞳、赤みの差した頬、艶っぽい唇は思っていたよりもずっと近くにあって、胸が高鳴る。
驚いたのはマキも同じようで、私を見つめたまま小さくつぶやく。
「ひとみ…、月が…見てる…」
「───いいよ、かまうもんか…」
わずかなためらいの間をおいて、再び引力は加速しようとしていた。
そうだ、この月の光だって、この音楽だって、私とマキのこれからを祝福してくれているんだ。きっとそうにちがいない。……ん? 音楽? あれ?
- 121 名前:第4話「キボウ」 96 投稿日:2002年08月21日(水)00時54分08秒
- 透き通った歌声に、ギターの伴奏。気がつけばどこからかBGMが聞こえてきている。あまりに自然だったからするりと聞き流していたけど、これはすなわち、近くに誰か人がいるということ。
急に恥ずかしくなって、慌てて辺りをぐるりと見回した。すると、明かりの下、ベンチに腰かけてアコースティックギターを弾いているショートカットの女の人の姿が目に入った。
───見られた?
噴き出す冷や汗。と、茫然と見つめている私に気がついたようで、女の人は手を止めるとわずかに口元を緩めて、そして。
「なんだ、いい雰囲気だったからせっかく盛り上げてあげたのに。やめちゃったのか、ザンネン。」
サラリと言ってのけた。
「なっ…!」
言葉に詰まる私。マキはいつものぼーっとした様子で、私と女の人を交互に見つめている。
- 122 名前:第4話「キボウ」 97 投稿日:2002年08月21日(水)00時55分09秒
- 私は立ち上がるとマキの手を引いて、ゆっくりと女の人の方へと歩いていく。彼女もベンチから腰を上げ、おそるおそる近づいてくる私たちの様子を見て、クスリと微笑んだ。
「そんなに怖がらなくったっていいじゃん。」
彼女の笑みは神秘的な雰囲気を漂わせているように思えた。いわゆる、アルカイック・スマイルってやつだ。しかしそれとは対照的なその軽い口調に、なんとなくからかわれているような気分になって、私は少しムッとして尋ねる。
「あの……あなた、なんなんですか、いったい?」
「見ての通り、ストリートミュージシャン。」
「え…? でもふつう、駅前とか人のいっぱいいるところで歌ってますよね…?」
「いつもはね。でもたまにはこういう静かなところで演ってみたくなるときもあるんだな。」
女の人はそう言うと、ジャランとギターの弦をはじいてみせた。そして私たちを見てもう一度微笑むと、
「自己紹介しておこっか。…イチイサヤカ。シンガーソングライターを目指してるんだ。」
- 123 名前:第4話「キボウ」 98 投稿日:2002年08月21日(水)00時55分56秒
- すると、マキが素早く返す。
「はじめまして。マキっていいます。東京都出身の16歳です。」
「…吉澤、ひとみです…。」
「ふむふむ、マキちゃんに吉澤さんね。なるほどなるほど。」
そしてイチイさんは私とマキを何度か見比べると、
「…どう? ふたりともさ、イチイの歌、ちょっと聴いてかない?」
「……いいですけど…。」
私たちの返事を聞いて、イチイさんは再びベンチに腰を下ろしギターを構えると、大きくひとつ深呼吸してから弾き語りをはじめる。
- 124 名前:第4話「キボウ」 99 投稿日:2002年08月21日(水)00時57分16秒
- 「いま私の願いごとが かなうならば 翼がほしい…」
───これは…、『翼をください』だ。小学校のとき、音楽の時間にみんなで歌った記憶がある。
「…この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい」
まったくクセのない澄んだ歌声。それに合わせて風が緩やかに吹き抜けていく。その先では木々がリズムをとるように踊りながら枝葉を揺らせる。まるで今ここにあるすべての物が、イチイさんの歌に耳を傾けているようだった。
マキも子守歌を聴いて眠る子どものように、気持ち良さそうに身体を揺らしている。そして、時間の経過を感じさせないその歌声に、私もいつのまにか目を閉じて聴き入っていた。
- 125 名前:第4話「キボウ」 100 投稿日:2002年08月21日(水)00時58分51秒
- 最後にキュッ、と弦の音をさせて、イチイさんは演奏を終えた。辺りにはまだ余韻が残っている。
「どう?」
ニッと自慢げに唇を曲げ、イチイさんは尋ねてきた。
「あ……、すごく…きれい…でした…。」
「よかったよ、いちーちゃんっ!」
えへへぇー、と無邪気に笑うマキ。それはいつも私に見せるのとはちがう表情だった。
「…いちーちゃん?」
「うんっ、いちーちゃん。」
まるで尻尾を振る子犬のように元気よくうなずいてみせるマキ。イチイさんもその姿を見て、おーよしよし、と言わんばかりに笑みを返す。なんだか一瞬のうちに、私だけ蚊帳の外に置かれてしまった感じだ。
- 126 名前:第4話「キボウ」 101 投稿日:2002年08月21日(水)01時01分00秒
- そんな微妙な空気を察知したのか、イチイさんはふうっと息を吐くと、
「…さて、と。今日はこの辺でおひらきってコトで。ね。」
そう言って足元からギターケースを取り出し、膝の上に置いて片付けをはじめる。
「えー、もう終わりなの? もっと歌ってよ、いちーちゃん。」
腕をつかんでおねだりするマキ。イチイさんは困惑の表情を浮かべながらも手際よく帰り支度をととのえると、
「うーん…。じゃあ明日の夜、またここに来て歌うからさ。それでいい?」
そうマキに尋ねる。マキは不満そうに上目づかいでしばらくイチイさんを見つめていたが、やがてコクリ、とうなずいてみせた。イチイさんは安心したように微笑むと、ギターケースを肩に担いで立ち上がる。
「それじゃ、マキ、またね。…あ、吉澤さんもね。」
バイバイ、と手を振ると、イチイさんは坂道の方へと消えて行った。
- 127 名前:第4話「キボウ」 102 投稿日:2002年08月21日(水)01時02分07秒
- 後に残された私たちの間には、なんとなく気まずい雰囲気が漂っている。黙ったまま突っ立ていると、穏やかに通り抜けていく風に揺れる葉っぱのざわめきが聞こえてくる。それでさっきの歌声を思い出し、こみ上げてくるやるせなさに私はたまらず目を伏せる。
と、マキが沈黙を破って、しゃべりかけてきた。
「ひとみ、すごくキレイな歌声だったよね。」
「…“いちーちゃん”の話はもういいよ、マキ。」
実際に私の口から出た声は、想像していたよりもすごくぶっきらぼうな感触がした。自分でも、少し、驚いてしまう。
するとその気配にマキは素早く反応して、尋ねてくる。
「…どしたの? なんかひとみ、ヘンだよ。」
「なんでもないよ」
- 128 名前:第4話「キボウ」 103 投稿日:2002年08月21日(水)01時03分40秒
- ───なんか、面白くない。
ベンチから離れて展望台の柵の方へと歩いていく。眼下に広がるのは、月の光と街の夜景、それぞれの光が溶け合った姿。それはあの夜、マキを連れて帰る直前に見た光景。これをマキとふたりだけで見ることができればよかったのに。なんだか、水を差されたような気がしてしまって。
たたずむマキを置いて、私はひとり、無言で目の前の景色を眺める。そのうち、ふと、気がついた。
「あのときと、ちがう…。」
今夜の月はわずかに欠けている。満月だったあの夜とはちがう月。
───もう、なんだよ! なんなんだよっ!
あらゆるものが私とマキの間に入りこもうとしているように思えて、私は思わず地面を蹴り上げる。
「ひとみ…?」
「……帰ろ、マキ。」
月と夜景に背を向けて、坂道の方へと歩き出す。マキは戸惑った様子で小さくうなずくと、ずっと黙ったままで私の後ろをついてきた。
- 129 名前:第4話「キボウ」 104 投稿日:2002年08月21日(水)01時04分32秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 130 名前:str 投稿日:2002年08月21日(水)01時06分46秒
- 今日はここまでです。
次回の更新で第4話は完結の予定ですが、少し遅くなると思います。ご了承ください。
>>113さん
おかげさまで、凹んでいたのもだいぶ回復してきました。
この話は9人時代を基準にしてますが、現実に負けてる感覚がして悔しくなります。
吉澤が会話している間のマキの描写、どうも雑でいけませんね。
毎回、なんとかしなきゃーいかんと思ってるんですが。すいません。
- 131 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月21日(水)19時39分24秒
- 市井紗耶香!それは忌み名だ。
おかげで新しいルールを作り損なったようで(笑)
マキの気持ちは純粋。でもひとみは?
まだまだヤキモキさせられそうです。
- 132 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月23日(金)18時14分24秒
- うわあー、こういう展開になってくるとは思いませんでしたよ…
とにかく毎回楽しみでしょうがないです。マキがどんどん人間らしい
感情を持ち始めるのが嬉しいのです。可愛くてしょうがない(w
更新がんばってくださいね。
- 133 名前:第4話「キボウ」 105 投稿日:2002年09月09日(月)00時49分42秒
- 「…ねえ、」
ベッドに寝転がって雑誌を読んでいた私に、マキが声をかけてきた。さっきから書いてある内容なんて全然頭の中に入ってこなくって、機械的にただページをめくるだけだったその手を止める。
「いい天気なのにもったいないよ。お出かけしようよ。」
「……いらない。今日はじっとしてたい気分なんだ。」
そう答えて雑誌に視線を戻す。だけどやっぱり、文字の羅列を目で追いかけるだけ。
よどんだ空気。朝からずっとこんな調子が続いている。でも、それで構わない。こうしていれば、誰にもジャマされずにふたりだけで過ごしていられるから。
部屋の中は再び沈黙で満たされる。ページをめくる音だけが規則正しく時を刻んでいく。
- 134 名前:第4話「キボウ」 106 投稿日:2002年09月09日(月)00時51分29秒
- 「じゃあさ、何か話そうよ。」
学習机の椅子、背もたれを抱えるように逆向きに座って、マキはもう一度しゃべりかけてくる。
「何の話?」
「んー、…そうだ。今夜、歌を聴きにいくからさ、リクエストをかんがえようよ。いちーちゃんの歌う『I WISH』、聴いてみたくない?」
マキの無邪気な口調に、私はため息で答えた。
「…どしたの?」
「マキってさ、“いちーちゃん”が大好きなんだね。」
皮肉をこめて私が言うと、マキは「んー」と小さくうなってから、
「あのひとはね、なんか、あたしと同じニオイがするんだよね。」
口元を緩めてみせた。私は思わず吐き捨てる。
「なにそれ」
マキは不思議そうに私を見つめていたが、一呼吸置いて、尋ねてきた。
「どうしてひとみはそんなにいちーちゃんのことをイヤがるの?」
「…別にイヤがってなんかないよ。」
「ウソだ。あたしが“いちーちゃん”って言っただけで、すぐフキゲンになる。」
「それは……マキがなにかっていうとすぐいちーちゃん、いちーちゃんって言うから。」
「やっぱりいちーちゃんのことイヤがってんじゃん。」
「ちがうって! マキがイチイさんのことばっかり話すのがイヤなんだよ!」
- 135 名前:第4話「キボウ」 107 投稿日:2002年09月09日(月)00時52分24秒
- なんとなく責められているような気分になり、つい、大きな声が出てしまった。マキは眉をひそめて私に食ってかかる。
「じゃあなに? あたしはいちーちゃんの話をしちゃいけないの? あたしはひとみに決められたことしかしゃべっちゃいけないの?」
「そんなこと言ってないだろ!」
「言ってるよ! あたしは……あたしはひとみひとりだけのものじゃない! あたしはあたしなんだ!」
叫び声が、部屋いっぱいに響いた。
私は何も言えなくなってしまい、黙りこむ。マキはすっと椅子から立ち上がり、ドアの方へと向かった。
「……お出かけする。」
「マキ…」
「あたし、ひとみとはこれ以上ケンカしたくないから。ちょっと外に出てるね。」
そう言うとドアを閉める。階段を下りていく足音が、小さく聞こえてきた。
- 136 名前:第4話「キボウ」 108 投稿日:2002年09月09日(月)00時53分02秒
- 「なんだよ…」
残された私はベッドに大の字になって、じっと天井を眺める。
───今日は、金曜日。マキが本当に人間になるまで、あと2日。それなのに。
やってしまった。今まで大切に積み上げてきたものを、崩してしまった。
呼吸することさえうざったい。もし息を止めてしまえば、時間も止まるんだろうか。そしてこのまま何もかもうやむやになってしまえばいいのに。
うつ伏せになり顔を枕にうずめて過ごす。何も見えない、何も聞こえない、何も考えない。
- 137 名前:第4話「キボウ」 109 投稿日:2002年09月09日(月)00時54分07秒
- どれくらい経ってからか、突然着メロが鳴り出した。思わずびくっと反応してしまう。ケータイを手に取って見ると、そこにはおなじみの名前が映し出されていた。
「…もしもし?」
〈ひとみちゃーん! 元気ぃ?〉
聞こえてきたのはやたら明るいはしゃぎ声。耳の奥にキーンと響いた。
「梨華ちゃん…。どうしたの?」
〈ん、ちょっとね。ひとみちゃんとお話したいな、と思って。〉
「……ゴメンね、今そんな気分じゃないんだ。また今度にしてくれる?」
そう言って電話を切ろうとすると、梨華ちゃんは慌てて続ける。
〈あ、待って! えっと、今、駅前にいるんだけど、どうしてもひとみちゃんに来てほしいの。〉
「え…なんで?」
〈え〜っとぉ…そのぉ…そうだ、悪い人たちに追われているの! 助けて、ひとみちゃんっ!〉
「ちょっと梨華ちゃん」
〈いいからとにかく来て! 後でどうなっても知らないからね!〉
なんだかよくわかんないけど、いつになく強い口調に押されて、私はしぶしぶ答える。
「……わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば。」
〈やった! 待ってるからね。ぜったい来てね。〉
「うん…。」
- 138 名前:第4話「キボウ」 110 投稿日:2002年09月09日(月)00時54分44秒
- 電話を切ると、大きくため息をひとつついてから、ゆっくりとよそ行きの恰好に着替える。
着替えているうちにだんだん、梨華ちゃんと話すことで少しでも気が紛れるかもしれない、という気持ちになってきた。そうだ、部屋の中でウジウジしてたって何もはじまらないんだ。ドアを開けて、足取りを軽く階段を下りてみる。
「行ってきます。」
そう言って玄関を出ると、駅に向かって歩き出す。
- 139 名前:第4話「キボウ」 111 投稿日:2002年09月09日(月)00時55分29秒
- 梨華ちゃんは私の姿を見つけると満面の笑顔で手を振ってきた。私も笑みをつくってそれに応えてみせる。
「ひとみちゃん、早かったね。」
「…まあね。ところで梨華ちゃん、悪い人たちに追われてるんじゃなかったの?」
「あ…ごめんね、あれはウソなの。もしかしてひとみちゃん、信じてた?」
「そんなわけないでしょ。梨華ちゃん、演技ヘタだし。」
「でも急いで来てくれたんでしょ? ノドかわいてない? ちょっとお茶でも飲もうよ。」
梨華ちゃんはそう言うやいなや、私の手を取り有無を言わせず近くの喫茶店まで連れて行く。
- 140 名前:第4話「キボウ」 112 投稿日:2002年09月09日(月)00時56分20秒
- 席に着くと梨華ちゃんは紅茶、私はオレンジジュースを注文した。差し向かい、目が合ったのをきっかけに、私の方から切り出す。
「それで、本当は何の用なの?」
「…うん、明日香ちゃんが旅行するっていうから、見送りに来たんだ。」
「へぇ」
すると梨華ちゃんの眉間にシワが寄る。
「そしたらさっき、マキちゃんがひとりで歩いてるのを見かけたの。なんだか、泣くのをガマンしてたみたいだったから、声かけられなくて…。」
一度手元に視線を落とし、それから私の目をしっかりと見据えて、梨華ちゃんは訊いてきた。
「ねえひとみちゃん、マキちゃんと何かあったの? わたしでよかったら相談に乗るよ?」
- 141 名前:第4話「キボウ」 113 投稿日:2002年09月09日(月)00時57分07秒
- ───梨華ちゃんは私とマキの間に入ってくる側のヒトだから。ここで正直に話せば、チャンスとばかりに迫ってくるにちがいない。
私はわざと落ち着いた声をつくって答える。
「…いいよ、なんでもないから。」
「え、でも…。遠慮しないで話して?」
「いい。話したくないんだ。」
そう言うと私は頬杖をついて、ぷいっと窓の外を眺めてみせる。
しばらくして、注文した飲み物がやってきた。梨華ちゃんはふーふーと息を吹きかけてから、おずおずと紅茶をすする。やっぱりカップを持つ小指、立ってるな…なんてボンヤリ思っていると、
「……わかった。じゃあ、これからわたしがしゃべることはひとりごとだから。」
そう前置きして、梨華ちゃんはひとりで勝手にしゃべり出した。
- 142 名前:第4話「キボウ」 114 投稿日:2002年09月09日(月)00時58分09秒
- 「わたしね、好きな人がいるんだ。だけど距離が近すぎるっていうのかな、その人、なかなかわたしのことちゃんと見てくれないの。」
「……。」
「わたし、その人に好きになってもらおうって一生けんめいなつもり。だけど自分の中に、その人のことをひとりじめしたいって気持ちがあって。…そして、それが止められなくなるときがあるの。」
その言葉に、少しだけ、息を飲んだ。梨華ちゃんは淡々と続ける。
「だからときどき反省してるんだよ。あんまりしつこくて迷惑じゃなかったかな? 自分のことばっかりで相手のことを考えてないんじゃないか?って。」
そして私を見つめて、はっきりと言った。
「今のひとみちゃん、きっといつものわたしと同じなんだと思う。自分の気持ちをうまく伝えられなくて、相手に押しつけることしかできなくて。」
「梨華ちゃん…。」
「なぁに? これはひとりごとなんだから。」
思わずつぶやいた私を見て、梨華ちゃんは頬を緩めた。
- 143 名前:第4話「キボウ」 115 投稿日:2002年09月09日(月)00時58分57秒
- その笑顔に勇気をもらって、私はゆっくりと話しはじめる。
「昨日の夜、高台に行ったんだ…。」
「マキちゃんとふたりで?」
「うん。…それで、イチイさんっていうストリートミュージシャンに会ったんだ。」
「ふぅん、そうなんだ。」
なんだか少し悔しそうに梨華ちゃんはあいづちを打つ。構わず、私は正直にしゃべる。
「そしたらマキ、イチイさんのこと気に入ったみたいで、家に帰ってからもずっとその人のことばっかりしゃべって。」
「うん」
「それが悔しくて、ついキツい態度をとっちゃって。それでケンカになっちゃったんだ…。」
「…なるほどね。だからマキちゃん、悲しそうな顔してたんだね。」
梨華ちゃんは静かな口調で言うと、もう一度カップに口をつけた。私は、ふと気がついて尋ねる。
- 144 名前:第4話「キボウ」 116 投稿日:2002年09月09日(月)00時59分45秒
- 「でもなんで梨華ちゃん、私とマキがギクシャクしてるってわかったの?」
「それは…マキちゃんが悲しがるってことは、ひとみちゃんのことしかないでしょ? マキちゃん、すごくこういうことに敏感だと思うの。」
「どうして?」
梨華ちゃんはいったん口をつぐんで、それから私をじっと見つめて、答える。
「だってマキちゃん、お人形さんだったから。ひとみちゃんのことは心から信頼してるけど、だからって“私のマキ”みたいに接してくるのはガマンできなかったんじゃないかなぁ。」
「あ…」
私はマキが人間になることを願っていたクセに、いざそれが叶っても、マキを自分のモノのように扱っていたのかもしれない───。
- 145 名前:第4話「キボウ」 117 投稿日:2002年09月09日(月)01時00分51秒
- 茫然としている私に、梨華ちゃんは優しくしゃべりかけてくる。
「ひとみちゃん、もっとマキちゃんのこと信じていいと思うよ。」
「……梨華ちゃん、やっぱり私より1年先輩だね。マキのことライバルなのに、こうしてアドバイスしてくれて。」
すると梨華ちゃんは少しはにかんで答える。
「え…、口じゃこう言ってるけどね、内心はすごく不安なんだよ。…まあでもひとみちゃんがいろんな経験をして、もっとイイオンナになってからでも遅くないかな?ってね。」
「なんだ、結局いつもの梨華ちゃんじゃん。」
「ふふ、ステキな梨華先輩にホレちゃった?」
「んー、小指立ててるヒトにはホレないなー。」
「あ。…やだわたしったら、もう。」
梨華ちゃんは私が落ちこむことのないように気遣って、わざとおどけた調子で接してくれているのがわかる。おかげでだいぶ、心が軽くなった。
「ほら、ひとみちゃん、早く飲まないと氷が解けて、味、薄くなっちゃうよ?」
「あ、うん。」
慌ててストローに口をつける。飲みこんだオレンジジュースは少し酸っぱくて、そして爽やかな香りを鼻の奥に残した。
- 146 名前:第4話「キボウ」 118 投稿日:2002年09月09日(月)01時01分52秒
- 梨華ちゃんと別れるとまっすぐ家に戻って、マキの帰りを待つ。
私はマキに謝らなくちゃいけない。正直、今でもマキにイチイさんの話をされるのはいい気分じゃないと思う。だけど、無意識のうちにマキを自分の所有物みたいに思っていたことを素直に認めて、それを許してもらわないといけないんだ。
日が沈んで晩ご飯の時間になっても、まだマキは帰ってこない。母親にはマキが帰ってきたらふたりで食べる旨を告げ、私は部屋の中でひとり、彼女をじっと待ち続ける。
もしかしたらいつもと同じのんびりとした表情で、マキがひょっこり顔をのぞかせるかも───そんな淡い期待を胸に、窓の前に立ってみる。そしてマキを驚かすことのないように、静かに開けて外の様子を見る。───いない。
- 147 名前:第4話「キボウ」 119 投稿日:2002年09月09日(月)01時02分59秒
- 月が浮かんでいるのが目に入った。今夜の月は、いつもに比べてわずかに暗く、そして妖しく輝いているように感じた。
マキは直接イチイさんのところに行ってるのかもしれない───ふと、そう思った。私が良くない顔をするから、という彼女なりの考えで、ひとりで高台に歌を聴きに行ったのかもしれない。
ちがうんだ、マキ。私はイチイさんがイヤなんじゃない。マキの中で私が一番じゃなくなるのが怖いだけなんだよ。だからイチイさんに負けないようにがんばるから。───そう、伝えたい。
全身がムズムズしてきた。行こうか、行くまいか。窓の外を眺めて逡巡する。
そのとき、月の光を浴びた雲にうっすらと、像が結ばれた。
「…なっち?」
気のせいかもしれない。ただの光の加減かもしれない。でも一瞬だけ、憂いを帯びた天使の顔を、私は確かに見た。
───マキは、狙われている。
- 148 名前:第4話「キボウ」 120 投稿日:2002年09月09日(月)01時04分00秒
- 次の瞬間、私は階段を駆け下りていた。そして玄関のドアを開けると、自転車を引っぱり出して、全速力でペダルを漕ぎ出した。目指すは、高台。
「マキィ――ッ!」
夜の空気を切り裂いて走り抜ける。目に映った街並みは、突風に煽られて転がるように次々と後方へ飛び去っていく。酸素を肺いっぱいに吸いこみ、全身に勢いよく血液をめぐらせて、一気に吐き出してまた酸素を吸いこんで。
「うおおおおっ!!」
言葉にならない叫び声をあげて、一気に坂道を駆け上がる。長く曲がりくねったイヤらしい坂を、力でねじ伏せていく。膨れ上がる太もも、鉄の匂いのする息、徐々に狭まり霞んでいく視界。───だから、どうした。私を止められるものなど、存在するものか。
「マキぃっ!!」
展望台にたどり着いた瞬間、緊張の糸がぷっつりと切れた。足がもつれて、自転車もろとも倒れこんでしまう。それでもなんとか立ち上がると、酸欠で朦朧としている意識を振り絞って、マキを探す。
- 149 名前:第4話「キボウ」 121 投稿日:2002年09月09日(月)01時04分50秒
- それを目にしたとき、何が起きているのか理解できなかった。全身に響く脈拍のリズムから解放されていくのと同時に、ようやく見ている光景の意味を認識する。
「───イチイさん」
ベンチを照らす明かりの下、マキはイチイさんに抱かれてうつむいていた。いや、マキは気を失い、ぐったりとその身をイチイさんに任せていた。そして私の存在に気づいたイチイさんは、ゆっくりと視線を向けてくる。
「……。」
生気を失った瞳。どこまでも深い闇の色を浮かべた虚ろな瞳。そして、薄い笑みを口元に貼り付けて。
昨日とはまるで別人のようなイチイさんを目にして、背筋が凍りついた。動けない。
- 150 名前:第4話「キボウ」 122 投稿日:2002年09月09日(月)01時05分56秒
- ───ガサッ。
突然、林の方から人影が現れた。金色の髪に黒いコート、そして青い瞳───ユウコさん。鳥肌が立つほどに華やかな笑みをたたえて、ユウコさんはイチイさんに話しかける。
「ようやったで、サヤカ。」
「な…?」
目の前で起こっている事態がまったく飲みこめない。そんな私に対し、ユウコさんは声をかけてくる。
「お、あんたもおったんか。ふふ、悪く思わんといてな。マキのチカラはいただいてくで。」
「え……? え…?」
イチイさんとユウコさんを交互に見る私。ユウコさんはさも愉快そうに言う。
「しかしこんなにうまくいくとは思わんかったわ。…なあ、サヤカ。」
まるで催眠術をかけられているかのように、イチイさんは無表情のままでゆっくりとうなずく。
「いったい……何を…?」
私の口からこぼれた疑問に、ユウコさんはニヤリと笑って答える。
「人形を捕まえるために、人形をつくったまでや。どうや、ようできとるやろ、ウチのサヤカ。」
「───!!」
「苦労したんやで、材料を探すの。条件キビシかったからなあ。…まあおかげで目的は達成できたわけやけど───」
- 151 名前:第4話「キボウ」 123 投稿日:2002年09月09日(月)01時07分02秒
- 全身の毛が逆立つのを感じた瞬間、
「てめええっっ!!」
私はユウコさんに向かって飛びかかっていた。
───許せない。コイツだけは許せない!
きつく握り締めた拳をその顎めがけてねじこもうとしたそのとき、
「ぐぅっ」
後ろから肩をつかまれる。そしてそのまま人間離れした圧倒的な力で押さえつけられた。イチイさんが、素早く私を羽交い絞めにしたのだ。
体力には自信があるのに、少しも身動きが取れない。脚を蹴ってもまるで根っこが生えているかのようにびくともしない。
「離せっ! 離せよおっ!」
私の叫びは、届かない。絶望的なまでに美しい星空へと吸いこまれていってしまう。───絶体絶命。
「ちくしょう! ちくしょうっ!」
必死にもがいている間、ユウコさんは地面に横たわるマキにゆっくりと歩み寄る。そしてその顎をくっと持ち上げると、唇へと近づいていく。
「やめろおおっ!!」
脱臼しそうなくらいに力をこめて、獣じみた絶叫を放って、私は精一杯の抵抗をする。しかし、目の前の事態にわずかな影響も与えることもなく、その努力は虚しく消えていく。
「マキィィィィ!!」
- 152 名前:第4話「キボウ」 124 投稿日:2002年09月09日(月)01時08分07秒
- 叫ぶと同時に、私は胸から地面に倒れこんでいた。慌てて後ろを振り返ると、ひとすじの光が広がって、すべてを包みこんだ。あまりの眩しさに目を開けられないでいると、声が響く。
「───早く、マキを!」
セキズイが反応した。四つん這いのままユウコさんに体当たりをして、倒れている身体を引っぱり起こす。
「マキ!」
肩をつかんで強く揺すると、ゆっくりと目を開いた。
「……ひとみ?」
「こっち!」
そのままマキの手を引いて、転がっていた自転車を起こすと急いでサドルにまたがる。
「後ろに乗って!」
「うんっ」
マキは荷台に乗り、私の腰に腕を回してきた。
「しっかりつかまって!」
言い終わらないうちにペダルを思い切り踏みこんで展望台を飛び出すと、そのままの勢いで坂道に突入する。
「くっ……なっちぃぃっ!!」
年頃の女の子ふたり分の重さに、長い長い下り坂。ユウコさんの絶叫がどんどん遠くなっていく。
- 153 名前:第4話「キボウ」 125 投稿日:2002年09月09日(月)01時08分54秒
- 「ひとみ…。たすけてくれたんだね。」
風を切る音に混じって、マキの声が聞こえた。
「うん。……それより私、マキに謝らなくちゃいけないことがあるんだ。」
すんなりと言葉が出た。こんな非常事態だというのに、自分でもなんだか不思議だった。
「ごめんね。私、今までマキのこと…」
「わかってる。」
そうつぶやくと、マキはつかまる手に力をこめた。そして私の背中にぎゅっと顔をうずめる。
「───ありがとう」
さらに風の音が激しくなっていく中、マキの声は私の身体に直接、振動となって伝わってきた。
もう、何も怖くない。あと2日、絶対に、マキを守り抜いてみせる───。
加速するスピードの中で、加速するビートを感じながら、私はそう、固く心に誓った。
- 154 名前:マネキン。 投稿日:2002年09月09日(月)01時10分28秒
- 第4話「キボウ」 終
→第5話「ツバサ」に続く。
- 155 名前:str 投稿日:2002年09月09日(月)01時11分49秒
- 以上で第4話は終了です。
次回、第5話が最終話になります。気長にお待ちください。
>>131さん
ようやく市井の登場です。役どころ、いかがでしょうか。
第4話も終わって、いよいよラストスパートです。
いいかげん、ひとみとマキの関係もちゃんとしないといけませんね。
それを含めて話の結末をどうまとめあげるか…。キツいですが、がんばります。
>>132さん
この展開は市井紗耶香 with 中澤裕子『FOLK SONGS』がヒントです。
『翼をください』も収録されているので使ってみました。古いネタですみません。
“いちーちゃん”と呼ばせると後藤は急に幼い印象になりまして、
それを不自然にならないように書くのは大変ですね。苦労しております。
- 156 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月09日(月)16時17分15秒
- ハラハラしながら読みました。よっすぃ〜がナイスでしたね。
今回はいつものようなほのぼの路線とは少し違いましたが、引き込まれました。
やっぱり作者さん、最高です!
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月23日(月)21時22分16秒
- 今日、ごっちんは卒業ですが、この話の中でよしごまが離れないことを
祈らずにはいられません。
更新を楽しみに待ってますので、がんばってください!
- 158 名前:青鬼 投稿日:2002年09月30日(月)21時18分07秒
- はじめまして!ここに書くのは、始めてですが、ずっと応援してました。
おもしろいですね!ぜひ!がんばって下さい☆
- 159 名前:第5話「ツバサ」 1 投稿日:2002年10月01日(火)00時15分31秒
- ●第5話「ツバサ」
- 160 名前:第5話「ツバサ」 2 投稿日:2002年10月01日(火)00時16分54秒
- 街灯に照らされた行く先に人影が見えた。ペダルを漕ぐ足を少し速め、私は大声で呼びかける。
「梨華ちゃんっ!」
すると眉根にシワを寄せてこちらを向いた。胸の前で両手を組み、私たちの乗る自転車が目の前で止まるのを見届けると、不安そうに声をかけてくる。
「だいじょうぶ? すごく急いで来たみたいだけど。」
高台から逃げてきた私たちは、自分の家に戻ってもすぐにバレてユウコさんに襲われるかもしれないと考え、梨華ちゃんの家にお邪魔することにしたのだ。自転車で走りながらケータイで連絡をとってみたところ、少し間を置いてからOKしてくれた。そして梨華ちゃんは家の前で私たちを待ってくれていたのだ。
「ん、そうだね…」
曖昧な私の返事に、妙な間があいてしまう。梨華ちゃんはいぶかしげに私とマキを眺めながらも、
「…まあいいや、上がって。」
家の中へ入るように促してきた。
- 161 名前:第5話「ツバサ」 3 投稿日:2002年10月01日(火)00時18分33秒
- 「おじゃまします。」
玄関から2階に上がり、梨華ちゃんの部屋に通される。相変わらず、目の眩むようなピンク一色。少し散らかっていたのをムリヤリ片付けたようで、床の隅っこには下着と思しき布きれやファッション雑誌が無造作に転がっている。
「なにコレ?」
マキが拾い上げたのは綿棒。よく見ると部屋のそこかしこに散らばっている。梨華ちゃんは少し顔を赤らめて「なんでもないの!」とマキの手から綿棒を取り上げると、話題をすり替えるように私に訊いてきた。
「ひとみちゃん、帰れないっておうちに連絡してるよね?」
「あ…、まだだった。」
「ダメだよぉ、早くしなきゃ。」
「うん…。」
ケータイを取り出して家に電話をかけた。するとワンコールで母親が出て、今何時だと思ってんの今どこにいるの早く帰ってらっしゃいとたたみかけてくる。私は、梨華ちゃんとこに泊まる約束してたの思い出したもうマキと一緒にお邪魔してるから今夜は戻らないちょっと待って今梨華ちゃんに代わるから、とバトンタッチ。梨華ちゃんはイキナリのことに緊張して声を裏返らせながらも、一生懸命に説得をしてくれた。おかげで、最終的にはなんとか事後承諾を取ることができた。
- 162 名前:第5話「ツバサ」 4 投稿日:2002年10月01日(火)00時19分41秒
- 一段落ついたところで、グーッとお腹が鳴り響く。
「あれ? ひとみちゃん、晩ごはんまだなの?」
「…そうだ、マキが戻ってから一緒に食べるつもりだったんだ。」
そんな私の言葉を聞いて、梨華ちゃんはチャンス到来とばかりにニンマリ笑みを浮かべる。
「じゃあわたしがつくってあげるね。ヤキソバでいいかなぁ?」
「え…?」
ヤバイ、と思った次の瞬間、
「あ、あたし食べたいな。」
マキが返事をしていた。すると梨華ちゃんは、
「マキちゃんとふたり分だね。わたし、腕によりをかけてがんばっちゃうから!」
鼻息荒くそう言うと、すぐに台所へと下りていってしまった。
「いっちゃった…。」
「ほぇ? どうかした?」
マキは大きくクエスチョン・マークを浮かべて私を見つめてくる。
「ま、“腹が減っては戦はできぬ”っていうし。ガマンするか。」
苦笑いする私を見て、マキもあははと笑ってみせる。その表情はケンカする前とまったく変わらない。私は小さくふっと息を吐いた。
- 163 名前:第5話「ツバサ」 5 投稿日:2002年10月01日(火)00時20分53秒
- ニッコリ笑って梨華ちゃんが目の前に差し出したヤキソバは、案の定妙なニオイを辺りにふりまいている。
「なんかトイレの芳香剤みたいな匂い…。まさか梨華ちゃん、つくってる最中にヘンなモノ入れたんじゃないの?」
「そんなこと、しないよ!」
「まーまー、食べてみるとおいしいかもしれないよ?」
マキはのん気な口調で言うと、大きく口を開けてヤキソバをパクリ。固唾を飲んで見守る私と梨華ちゃんを尻目にモグモグとソシャク。そして。
「……あのー、飲みものがほしいんだけど。」
事実上のギブアップ宣言に、梨華ちゃんはガクッと肩を落とす。
「なによふたりして…。はい、ジャスミン茶。」
「梨華ちゃん…。」
ピンクも、芳香剤も、ホントに大好きなんだね…と、心の中でこっそりつぶやいた。
- 164 名前:第5話「ツバサ」 6 投稿日:2002年10月01日(火)00時21分51秒
- 「ねえ…ふたりとも、何があったの?」
梨華ちゃんが真剣な表情で尋ねてきたのは、お風呂から上がり部屋に戻ってきたときだった。
「家に帰らないのは理由があるんでしょ? 隠さないで、ちゃんと説明してほしいの。」
「え…、でも…。」
今までのことを話してしまえば、梨華ちゃんも危ない目に遭うかもしれない。そう思うと、どうしても言えない。
「ふたりを泊めるってことは、わたしには聞く権利があるってことだよね。…お願い、教えて。」
唇をキュッと引き結んで、まばたきもせずにジッと私たちを見据える。そしてそのまま根競べモードに入る。
- 165 名前:第5話「ツバサ」 7 投稿日:2002年10月01日(火)00時22分36秒
- こうなると梨華ちゃんは絶対に退かない。その強情さにウンザリすることもたまにあるんだけど、今はそれがたまらなく頼もしく思えた。
マキを見る。こくり、無言でうなずいた。私は梨華ちゃんをまっすぐ見つめ返して、しゃべり出す。
「…マキは、狙われてるんだ。ユウコさんって魔女に、狙われてる。」
「えっ…」
───初めてユウコさんに出会った夜のこと。その後も何度か会って話したこと。図書館でなっちに教えてもらったこと。そして、今さっき高台で起きたこと。
すべて順を追って、梨華ちゃんにひとつひとつ伝えていく。マキは時折うなずきながら、私の話に耳を傾けている。
- 166 名前:第5話「ツバサ」 8 投稿日:2002年10月01日(火)00時23分24秒
- 「…わかった。それで、ふたりはわたしのところに来たんだね。」
話が終わると、静かに梨華ちゃんは言った。
「ゴメン…なんか、ヘンなことに巻きこんじゃったね。」
ぽつりと漏らした私に、梨華ちゃんはぶんぶんと首を横に振る。
「わたしは迷惑だなんて思ってないよ! ひとみちゃんはいつもしっかりしてて、わたしは年上なのに甘えてばっかりで。だからね、こうしてひとみちゃんに頼りにされるの、ホントにうれしいんだよ?」
「梨華ちゃん…。」
「それにね……、ライバルのピンチ、放っておくわけにはいかないから!」
チラッとマキを一瞥してから、梨華ちゃんは柔らかく微笑んだ。どこか重苦しかった部屋の雰囲気がうっすらと和らいでいく。
「さあ、今日はもう寝よ? 明日もたないよ。」
「え…だけど…。」
「まだ時間はあるんだし、向こうもムリはしてこないと思う。たっぷり眠ってリフレッシュした方がいいよ。」
- 167 名前:第5話「ツバサ」 9 投稿日:2002年10月01日(火)00時24分36秒
- さて、ベッドはひとつ。どうやって寝るか真剣な議論が交わされた結果、真ん中に梨華ちゃんを挟み3人“川”の字に並んで床で寝ることに決まった。
電気を消してしばらくすると、スースーと梨華ちゃんの寝息が聞こえてきた。私は妙に頭が冴えてしまって、疲れているはずなのになかなか寝付けない。すると、マキの声がした。
「ひとみもまだ眠れない?」
「うん…なんか、いろいろ考えちゃって。」
「そっか。あたしも。」
呼吸する気配だけを残してお互いに口をつぐんだままでいると、高台での記憶が鮮明に蘇ってきた。だけどそれはいつか見たドラマのワンシーンのようで、なぜか現実感がない。もしかしたら悪い夢を見ていただけなのかもしれない───と頭の中で片付けようとしてみる。しかし身体のどこかでサイレンは鳴ったままで、私は暗闇の中でピンと張りつめた空気を周囲に吐き出し続けているのにかわりはなかった。
- 168 名前:第5話「ツバサ」 10 投稿日:2002年10月01日(火)00時25分38秒
- やがて、マキがおもむろに口を開いた。
「ひとみ……、いちーちゃんってユウコさんがつくった人形だったんだよね。」
ごくり。唾を飲みこむ音が部屋に響いた気がした。
マキは、変わらない口調で続ける。
「…ってことはさ、あたしも誰かにつくられたってことになるのかな?」
「あっ…」
確かに最初は気になっていたことだ。マキは何者なのか。どこから来たのか。でも、一緒にいるうちに、それはいつのまにか重要なことではなくなっていたんだ。私にとっては、今、ここにマキがいてくれていることの方がずっと大切だから。
「マキがどういうふうに生まれたのかなんて、関係ないよ。私は、マキを守る。…ただそれだけ。」
いざ声に出してみると、ものすごく恥ずかしい。どんどん顔が熱くなっていく。電気がついてなくてよかった、隣が梨華ちゃんでよかった…なんて思っていると、少しくぐもった声が聞こえてきた。
「うん…あたしはひとみのこと、信じてるよ。」
───そして、私たちはいつのまにか眠りに落ちていた。
- 169 名前:第5話「ツバサ」 11 投稿日:2002年10月01日(火)00時26分10秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 170 名前:str 投稿日:2002年10月01日(火)00時27分35秒
- お待たせしました。第5話、スタートです。
相変わらずの煮え切らない展開で申し訳ありません。でも、そろそろ動きます。
これからは今まで以上に不定期の更新になりますが、よろしくお願いします。
>>156さん
どうもありがとうございます。
今後は「ほのぼの」という言葉が似合わない展開になるかもしれません。
有終の美を飾れるように、地道にがんばりたいと思います。
>>157さん
第5話の開始、9月23日には間に合いませんでした。残念です。
今後もストーリーはあくまで予定通りに進めていきますが、
それが納得していただけるものになるよう、全力で書いていきます。
>>158 青鬼さん
初レス、ありがとうございます。
これからもおもしろいと言っていただけるようにがんばります。
- 171 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月01日(火)22時40分14秒
- 更新、お待ちしておりました〜!
石川さんが何だかいい味出してますね、雰囲気が和やかになるというか…(w
それにしても、段々緊張感のある展開になってきましたね、続きが非常に楽しみ
です!よしごまの2人に、明るい未来が開けることを祈らずにはいられません。
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月03日(木)17時52分55秒
- CPはあまり無いんですが
大好きなんで
がんばってください!
- 173 名前:第5話「ツバサ」 12 投稿日:2002年10月16日(水)04時09分54秒
- 「ひとみちゃん、おはよっ。」
私が目を覚ましたのに気がついて、梨華ちゃんが声をかけてきた。
「あれ…」
部屋に差しこむ太陽の光は、もうお昼が近いことを告げている。早起きが当たり前になっている私としては、それだけで損をした気分になってしまう。
「ぐっすり眠ってたから起こさないでおいたの。朝ごはん、ダイニングに置いてあるから。」
「うん…わかった、ありがとう。」
返事をすると、だいぶ頭がスッキリしてきた。マキの方を見てみると、まだ眠ったままでいる。軽く身体を揺すってやると、「んん〜」とうなりながらゆっくりと目を開けた。
「んぁ…ひとみ、りかちゃん…。おはよう…。」
「おはよ、マキちゃん。…あ、そうだ。ごはん食べたら作戦会議しようね。」
梨華ちゃんはなんだか楽しそう。相手の手ごわさをちゃんとわかってくれてるのか不安な気持ちになりながら、私とマキは朝食をとるべく部屋を出た。
- 174 名前:第5話「ツバサ」 13 投稿日:2002年10月16日(水)04時11分15秒
- 梨華ちゃんの作戦は、“学校に立てこもる”というものだった。高台での話から推測してユウコさんたちと対等に戦うのはまずムリだろう、そう考えた梨華ちゃんは、籠城してタイムオーバーに持ちこむことを提案したのだ。学校なら家族や隣近所に迷惑をかけることもないし、バリケードになるような机や椅子も揃っている。そして何より私たちが隅々まで知り尽くしている空間、かくれんぼで時間を稼ぐにはもってこいの場所だ、というのが主張の根拠だ。
「でも3人だけじゃ、そんな派手に“立てこもる”なんてできないよ。結局学校の中を逃げ回るだけになると思うなあ。」
すると私の言葉に対して梨華ちゃんは、
「まあわたしに任せて! ふたりが朝ごはん食べてる間にバッチリ準備はできたから。」
そう言って満面の笑みを見せた。
- 175 名前:第5話「ツバサ」 14 投稿日:2002年10月16日(水)04時13分38秒
- 梨華ちゃんの家を出た私たちは、まっすぐに学校へと向かう。
土曜日のお昼ということで、街は人で埋め尽くされている。後をつけられていないか注意しながら、その人ごみに紛れるように歩いていく。
途中、デパートの脇を通る。ショーウィンドウのマネキンが目に入った。
「…もしかしたらこの中にイチイさんが紛れこんでて、ガラスを突き破ってわたしたちを襲ってきたりしてね。」
緊張を解きほぐそうとしてか、梨華ちゃんが冗談半分に言ってくる。が、私もマキも引きつった笑みを返すのがやっと。
「ごめんね、わたし、気が利かなくって…」
「いいって、気にしないで。」
そう声をかけた瞬間、視線を感じた。慌てて振り返る。が、街行く人々は私たちには見向きもぜず、それぞれ思い思いに歩き続けている。
気を取り直して歩き出そうと前を向いたとき、視界の端に口元の笑みが映った気がした。その不敵な唇の残像が、焼きついて離れない。
どこにいるのかはわからない。けれど、確実に私たちを監視している。見えない敵はその圧倒的な存在感だけで、じりじりと私たちを追いつめようとしている。
- 176 名前:第5話「ツバサ」 15 投稿日:2002年10月16日(水)04時15分05秒
- 「ひとみちゃん、どうしたの?」
「私たち…たぶん、見られてるよ。」
「見られてるって、その…魔女に?」
無言でうなずく。不安げな表情で見つめてくる梨華ちゃんとマキ。
3人で顔を寄せ、小声で話し合う。
「どうする?」
「どうするって…とりあえず、逃げるしかないよ。」
「じゃ、学校まで走るんだね。」
「うん…1、2の3でいくよ。」
作戦タイムを終えると横一列に並んで深呼吸。そして。
「1、2の……3っ!」
叫ぶと同時にダッシュする。一気にトップスピードに乗って、通りを全力で駆け抜ける。
子どもの群れが、自転車のおばさんが、点滅する信号が、私たちの行く手をふさごうとする。ひとかたまりになって、散らばって、ぐっとスピードを上げて。まるで航空ショーの曲芸飛行のよう。風の尾を引き猛スピードで飛び去る編隊を、観客たちは目を丸くしてただ茫然と眺めている。
疲れたのか、途中で梨華ちゃんの足がもつれてきた。それでも私とマキで手を引いて、目的地まで走り続ける。
- 177 名前:第5話「ツバサ」 16 投稿日:2002年10月16日(水)04時17分50秒
- 燃料切れ寸前、なんとか間に合った。学校の敷地内に入ると、そのまま地面に倒れて寝転がる。荒い息づかいで見上げる空は、何事もなかったように悠然と雲を浮かべている。
「くくっ…あはははっ!」
突然、こらえきれなくなって笑い声をあげるマキ。びっくりしてそっちを見ると、声を弾ませて言う。
「なんかさ、すごく楽しくない?」
「そうだね…ふふっ。」
梨華ちゃんもつられて笑い出す。そしたら私もなんだかどうでもよくなってきた。とりあえず、一緒に笑っておこう。
3人とも大の字になって空に向かって笑い声をあげていると、ザッ、と砂利を踏む音が聞こえた。半身を起こして見ると、怪訝そうな顔つきの先輩がふたり。
「あんたたち、大丈夫?」
いかにも呆れた、という口調で保田さんが声をかけてくる。
「なにか大変なことになってるんじゃなかったの? カオリ心配してたんだよ?」
不満そうに唇を曲げてみせる飯田さん。
「ごめんなさい、あの…」
梨華ちゃんが口を開きかけたところで、タッタッタッ、と軽い足音が響く。
「スキありぃー!」
「カクゴぉー!」
- 178 名前:第5話「ツバサ」 17 投稿日:2002年10月16日(水)04時19分09秒
- 次の瞬間、身体に衝撃が走った。思いっきり体重の乗ったボディプレス。不意打ちを食らって、一瞬、何も見えなくなった。
「いててて…」
顔をしかめながら目を開けると、心配そうにのぞきこんでくる、くりくりした瞳。
「よっすぃー、大丈夫?」
「矢口さん…」
その肩越しに勝利のポーズを決めている辻と加護が見える。犯人はどうやら、あいつらのようだ。
「ごめんね、途中であいつらに捕まっちゃってさ。どうしても一緒に来るって言って聞かないんだよ。」
「えっと、あれ…?」
事態が飲みこめないでいると、梨華ちゃんが自慢げにしゃべり出す。
「今朝ね、ふたりがごはんを食べてる間に応援を頼んだの。みんな、マキちゃんの味方だから。」
「あたしの…ために…?」
マキは目をぱちくりさせて周囲をぐるりと見回す。にっこりと優しく微笑む飯田さん。ウィンクして親指を立ててみせる保田さん。はにかんで顔を赤らめる矢口さん。目を細めて八重歯を見せる辻。まっすぐな瞳でじっと見つめ返す加護。
「これだけいれば、立派に立てこもれるでしょ?」
梨華ちゃんがいたずらっぽく言う。
「そうだけど、わざわざ来てくれるなんて…」
- 179 名前:第5話「ツバサ」 18 投稿日:2002年10月16日(水)04時20分34秒
- すると、私のセリフにみんなが反応する。
「何言ってんの、水くさいよ。」
「そうそう。一緒に歌った仲間じゃない。」
「うちらは仲間ってか、家族だもんね。」
「かぞくのピンチをたすけるのはとーぜんなのです。」
「師匠のためやもん、がんばりますよぉ!」
次々とかけられるあたたかい言葉。いつもと変わらない表情で聞いていたマキが、声を震わせてつぶやく。
「みんな、ありがとう…。───あれ? なんだこれ?」
頬をつたうものを手で拭うマキに、私は言う。
「それはね、涙だよ。」
「ナミダ?」
マキが初めて流した涙。それが悲しい涙じゃないことが、本当にうれしくて、ありがたくて。それは私の目にもいっぱいに溜まって、今にもこぼれ落ちそうだ。
- 180 名前:第5話「ツバサ」 19 投稿日:2002年10月16日(水)04時22分06秒
- 「あたしはひとりじゃないんだね…。あはっ、止まんないや、これ。」
感情を持たない人形なんて、もうどこにもいない。ここにいるのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして笑うひとりの少女。そして気がつけば、私の頬も彼女と同じように濡れていた。
そんな私たちに、梨華ちゃんが声をかけてくる。
「ねえ、とりあえず教室に入ろうよ。勝負はこれから。無事に過ごせたら、みんなでお祝いしよっ!」
「うん、そうだね…」
ぐすぐすと鼻をすすりながら私とマキは梨華ちゃんの後を追って昇降口へと向かう。そして私たちを囲むように、みんな一緒に学校の中へと入った。
- 181 名前:str 投稿日:2002年10月16日(水)04時23分43秒
- 今日はここまでです。遅いワリに少量で申し訳ありません。
次回更新までかなり間隔が空いてしまうと思います。ご了承ください。
>>171さん
本業が忙しくて、進みが悪くなってしまいました。ご迷惑をおかけしてます。
個人的にエキセントリックな石川が好きでして、その影響が出まくりですね。
今後は緊張感の続く展開になります。きっちり描けるようにがんばります。
>>172さん
どうもありがとうございます。ぶっちゃけ、CPという概念は苦手でして。
むしろ「キャラの組み合わせの妙」という観点に立っていければと思ってます。
更新が遅れがちになると思いますが、今後ともよろしくお願いします。
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月19日(土)00時53分40秒
- (・∀・)イイすね!
全員集合、ぞくぞくします!
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月20日(日)00時58分43秒
- よしごまが一緒にいるシーンは、何故かホッとします。
やっぱりいつでも並んでいて欲しいですね。
- 184 名前:str 投稿日:2002年11月11日(月)00時29分01秒
- 気がつけば、スタートして1年が経ってしまいました。
正直、こんなに長くかかるとは思いませんでした。遅筆ですいません。
そんなわけで1周年記念の大量更新、いきます。
- 185 名前:第5話「ツバサ」 20 投稿日:2002年11月11日(月)00時30分56秒
- 「要するに、今日と明日の間マキちゃんを守りきればいいってわけだね。」
そう訊いてきた矢口さんに、私たち3人はうなずいてみせる。
矢口さんの奥の席には、まばたきひとつせず大きな目でこっちを凝視している飯田さん。その横には腕組みしてじっと耳を傾けている保田さん。辻はぽかんと口を開けて茫然としている。すると隣の加護が肩をたたき、小さくうなずいてみせた。
校舎の中に入ってから、とりあえず私の教室で今後のことについて話し合うことになった。マキ・梨華ちゃん・私が教壇に立って現在の状況を説明。そして助っ人5人はそれぞれ席に着いて私たちの言葉を真剣に聞いている、というわけ。こうして集まったメンバーを見ていると、まるでどこか田舎の分校で学級会をやってる気分だ。
「ねえ、相手はかなり手ごわいんでしょ? それならふたりでペアになって動いた方が、イザってときにいいと思うんだけど。」
矢口さんの提案を聞いて、みんなが一斉に辻と加護を見つめる。注目が集まったことで照れ笑いを浮かべる辻に、おどけてみせる加護。みんな黙ったままだったけど、内心「コイツらちゃんとわかってんのかよ」って思っているにちがいない。
- 186 名前:第5話「ツバサ」 21 投稿日:2002年11月11日(月)00時33分02秒
- 「年少さんたちには年長さんがそれぞれついてあげる、ってコトでどう? 頼むよ、カオリ、圭ちゃん。」
「ちょっと待って、なんでアタシたちなのよ! いつもアンタが面倒見てんだから矢口やんなさいよ!」
即座に反対の声をあげる保田さん。すると矢口さんはちびっこコンビにパスを出す。
「ふたりともさぁ、いっつもヤグチばっかで飽きたよね? たまにはちがうおねーさんと仲良くしてみたくない?」
辻と加護は一瞬キラリと目を輝かせるとお互いに向き合い、こしょこしょと小声で相談をはじめる。結論はすぐに出たようで、まっすぐに矢口さんの方を見るとふたり揃って大きく首を縦に振った。
「やったー! これでヤグチは自由だー!」
思わずバンザイをする矢口さん。その様子を見て、今までホントに振り回されてきたんだなぁ、なんてしみじみ思っていると、辻が突然立ち上がった。そして小走りで飯田さんのところまで行く。
- 187 名前:第5話「ツバサ」 22 投稿日:2002年11月11日(月)00時34分50秒
- 飯田さんは目の前ではにかむ辻を食い入るようにじーっと見つめていたけど、にっこりと大きく微笑むと、
「おいで。」
椅子を下げ、自分の膝をポンポン、とたたいてみせた。すると辻は素早くその上にぽてっ、と乗っかる。そして振り返って飯田さんの顔を見て、照れてうつむく。それまで教室の中にはどこか緊張して硬い雰囲気が広がっていたけど、あっという間にリラックスしたものへと変わってしまった。
続いてもうひとりの年少組・加護が保田さんの前に立った。そしてニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。
「な…なによ…」
思わずたじろぐ保田さんに、加護は一言、声をかけた。
「よろしくな、おばちゃん!」
「……お、お、おばちゃんですってぇ?」
保田さんが叫ぶ。瞬間、教室の中はドッと歓声に包まれた。
「なによっ、その反応! それってみんなヒドくない!?」
必死で抗議する保田さんだが、みんなの笑いはおさまらない。結局、保田さんはふうっと軽く息を吐くと「もう、しょうがないなあ…」とつぶやいて、加護の頭をくしゃくしゃと撫でた。
- 188 名前:第5話「ツバサ」 23 投稿日:2002年11月11日(月)00時36分28秒
- 「それじゃ、わたしはひとみちゃんと…」
そう言いながらドサクサに紛れて梨華ちゃんが腕を絡めてくる。するとそれを目ざとく見つけた矢口さんが言い放つ。
「おい石川、お前はヤグチと組むんだよ。マキちゃんを守るって目的を考えたら、よっすぃーとマキちゃんが組む方がいいでしょ。」
その言葉にぷうっと頬を膨らませる梨華ちゃん。が、反論する余地はなかったようで、いかにも不満そうに精一杯の低い声で「はーい」と返事した。
「じゃあペアも決まったことだしさ、お昼にしようよ。」
矢口さんが言うと、辻と加護はバンザイして「さんせー!」と声をハモらせた。
「あ、カオリ買ってくるよ。行こっか、のんちゃん。」
「へいっ」
辻はうなずくと飯田さんの膝から下りて、手をつなぐ。
- 189 名前:第5話「ツバサ」 24 投稿日:2002年11月11日(月)00時40分03秒
- 「それじゃアタシたちは見回りに出るから。何か変わったことはないかチェックしてくる。行くよ、加護。」
「うん、おばちゃん!」
「おばちゃんは余計よ!」
ボケとツッコミみたいに息の合った加護と保田さんのやりとり。すっかり身軽になった矢口さんが、ヒトゴトだからってケタケタと笑っている。
「矢口、笑いすぎ。」
「アハハハハ、ゴメン、圭ちゃん。」
「まったく…」
ブーッと唇を突き出してむくれる保田さん。対照的に加護は白い歯を見せてニンマリ。
「じゃあ行ってくるから。気をつけて待っててね。」
「いってらっしゃーい。」
そして飯田さんを先頭に、4人は外へと出て行った。
- 190 名前:第5話「ツバサ」 25 投稿日:2002年11月11日(月)00時41分31秒
- 教室に残された私たち。人数がいきなり半分に減ってしまったこともあり、なんとなく心細くなってしまう。と、イマイチ実感がわかないのか、矢口さんが切り出した。
「それにしても魔女とはねえ…。もしかして、ホウキに乗って空を飛んだりするワケ?」
「う〜ん…、飛んでるところは見たことないですね。私たちが会ったときには、いつもふつうに歩いてましたけど。」
そう答えると、矢口さんは眉間にシワを寄せて言う。
「相手がどんなふうに襲ってくるのかわかんないと、対策の立てようがないよ。ねえ、なんかヒントになるようなことってないの?」
「ヒント、ですか…。人形のイチイさんを操るってことだけですよね、今のところ。」
すると梨華ちゃんが口を開いた。
「魔女っていうからには魔法とか使うのかなあ? ほら、カエルにされちゃう、みたいな。」
「うわっ、イヤだああぁ! キショい! キショいっ!」
耳をふさいで大声で叫ぶ矢口さんは、梨華ちゃんの言葉にすっかりパニック状態だ。
でも確かにカエルにされたら困る。まさかキレイな歌声で魔法が解けて元に戻る、ってわけにもいかないだろうし。
- 191 名前:第5話「ツバサ」 26 投稿日:2002年11月11日(月)00時43分11秒
- 「…やっぱり、本当にヤバくなったらいつでも逃げ出せるように、できるだけ時間を稼げるような準備をしておいた方が良さそうだね。」
ため息まじりの私に、梨華ちゃんが言う。
「じゃあ早くバリケードづくり、はじめちゃお? 机と椅子を集めてきて、ジャマになるように組み立てるの。」
「…うん、そうだね。」
私の返事を聞いて、梨華ちゃんは具体的にプランを練りはじめる。
「えっと、ふさがなくちゃいけないのは……階段と他の校舎への連絡通路かな?」
「でもそうすると、見回りに出られなくなっちゃわない?」
マキの指摘に、矢口さんが答える。
「それなら屋上からみんなで見張るようにしたら? 一番上までだったら、来るのにかなり時間かかるだろうしさ。一石二鳥ってコトで。」
「なるほど。…じゃ、はじめましょうか。」
- 192 名前:第5話「ツバサ」 27 投稿日:2002年11月11日(月)00時46分25秒
- 教室から机と椅子を引っぱり出してきて、そのひとつひとつをロープで結びつけていく。ちっちゃなブロックを組み立てておいて、後で大きなカタマリをつくる、って寸法だ。
「おー、やってるねー。」
地道に組み立て作業をやっていると、ひととおり見回りを終えた保田さんと加護が戻ってきた。
「今んところは異状ナシ、だね。」
それからやや遅れて、飯田さんと辻の買い出し組も帰ってきた。ケータイで連絡して晩の分も一緒に買ってきてもらったので、両手にさげてるビニール袋はパンパンに膨らんでいる。
「のんちゃんすっごく力持ちだね。カオリ助かったよ。」
飯田さんに褒められて、辻は赤面してしゃがみこむ。いつものイタズラ大好きな辻とはちがう姿に、見ているこっちの顔まで自然とほころんでしまう。
「さて、それじゃ今度はヤグチたちが当番だな。屋上で怪しいヤツがいないかチェックするから。行くぞ、石川。」
「あ、矢口さぁん、ひとみちゃんとお昼…」
「そんなのいつだってできるだろ。ヤグチたちは今できるコトをやるんだよ。」
「ああっ、そんなあ…。待っててね、ひとみちゃーん!」
- 193 名前:第5話「ツバサ」 28 投稿日:2002年11月11日(月)00時47分22秒
- 矢口さんに引きずられながら教室を出て行く梨華ちゃんを見送ると、作業をいったん中断してお昼の時間。ビニール袋の中身をあけるとサンドイッチやおにぎりに混じって、お菓子の箱や袋がチラホラ。なぜかバナナも1房入ってる。
「これは…」
「つじがおやつにえらんだんです。バナナはおやつに入るからいいよ、っていいださんが…」
それを聞いて保田さんがからかうように言う。
「部活じゃ厳しかったカオリ先輩も、辻には甘いんだねえ。」
すると飯田さんがふっ、と口元を緩めて返す。
「そう言う圭ちゃんもね。加護、よく似合ってるよ。」
視線の先には加護の頭。髪の毛を留めているボンボンは、さっきとちがう色になっていた。
「ありがと、おばちゃん!」
加護に満面の笑みを向けられるが、保田さんはふてくされて言う。
「おばちゃんじゃないでしょ。おねーさん。」
「おばちゃん。」
「おねーさん。」
「おばちゃん。」
「……。」
「おばちゃん。」
「もぉ…わかったよ、おばちゃんでもなんでもいいよ。」
ちょっかいを出してくるのが加護なりの甘え方だとわかってきたのだろう。投げやりな口調の中に、なつかれて照れくさい気持ちが透けて見える。
- 194 名前:第5話「ツバサ」 29 投稿日:2002年11月11日(月)00時48分18秒
- 「いいからさ、早く食べちゃおうよ。」
保田さんがそう言うやいなや、辻と加護は目星を付けておいた食べ物をダッシュで素早くつかみ取る。そして、
「いっただっきまーっす!」
ビニールのフィルムを破ってかぶりついた。
がらんとした教室の中にたっぷりと注ぎこんでくる日差し。授業中だったらモーレツな子守歌になりそうな心地よい光を浴びていると、まるでみんなとちょっと変わったピクニックに来たような気がしてしまう。
でも、これから数時間後には魔女との戦いが、きっとはじまる。あんまりのんびりしているわけにはいかないんだ。奥歯をキュッと噛み締めて、自分の中の緊張感を高めていく。
と、私が気合いを入れ直したのを察知してか、飯田さんが声をかけてきた。
「食べ終わったらさ、すぐに作業の続きをはじめようね。吉澤、マキちゃん、やり方教えてくれる?」
「あっ、はい。」
- 195 名前:第5話「ツバサ」 30 投稿日:2002年11月11日(月)00時49分51秒
- 私たちの返事にうなずくと、飯田さんは視線を横に移す。
「…のんちゃんも、きちんと手伝うんだよ。」
夢中でおにぎりを頬張っていた辻だけど、飯田さんの方を振り向くとコクンと大きくうなずいてみせた。
すると保田さんも、加護に向かって言う。
「あんたもね。イタズラしないでキリキリやるのよ。」
「はいっ」
加護はまっすぐに保田さんを見て、歯切れ良く返事する。あんまりつぶらな瞳で見つめられたせいか、保田さんは顔を赤らめてひょいと窓の外に目をやると、
「…もう、返事だけはいいんだから。」
小さな声でこっそり、それだけつぶやいた。
- 196 名前:第5話「ツバサ」 31 投稿日:2002年11月11日(月)00時50分31秒
- お昼を食べ終えると、作業を再開。校舎の東と西にある階段に机と椅子でつくったブロックを置き、それをロープできつく縛りつけていく。念のために下の方から押してみたけど、重くて頑丈なバリケードはびくともしなかった。
2階へと続く階段をふさいだら、今度は3階へと続く階段に取りかかる。途中の連絡通路も、やはり机と椅子で大きな壁をつくって天井まで埋め尽くす。そんな具合に怪しいヤツが紛れこんでないか気をつけながら、上のフロアへと順に上がっていく。
みんな最初は慣れない作業に戸惑っていたけど、途中からだんだん要領がつかめてきた。それでも屋上の見張りを交代しながら4フロア分すべてにバリケードを設置し終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
- 197 名前:第5話「ツバサ」 32 投稿日:2002年11月11日(月)00時51分45秒
- 屋上へと続く階段の踊り場に私たちは陣取った。このすぐ下は倉庫になっていて、いざってときに武器になるであろう道具がいっぱい詰まってる。
少し寒かったので、2組ごと交代で屋上へ見張りに出ることにした。東西南北それぞれの方角を、ひとりひとりがフェンス越しにチェックする。
飯田さん&辻、保田さん&加護が見張っている間、残りの私・マキ・梨華ちゃん・矢口さんは晩ご飯だ。
「魔女、本当に来るかなあ?」
いぶかしげに、矢口さんが言う。するとマキが口を開いた。
「来るよ。…きっと来る。なんかね、胸さわぎがするんだ。」
「マキ…」
「でもきっとだいじょーぶ。逃げきれるよ。みんながいるから。」
そう言って明るい表情を見せるマキ。夜も深くなり、得体の知れない敵に対する不安がどんどん大きくなっていく。マキの笑顔は、そんな中のひとすじの光。マキが「だいじょーぶ」と口にするだけで、不思議と力が湧いてくる。
- 198 名前:第5話「ツバサ」 33 投稿日:2002年11月11日(月)00時54分16秒
- 「おーい、そろそろ時間だよー。」
声が聞こえた。私たちは屋上に出ると、踊り場に戻る4人とハイタッチで見張り役を交代する。
空を仰ぐと、月が浮かんでいた。もうほとんど満月になろうとしている。でも、微かに欠けている。
風が出てきた。もっと厚着しとけばよかったかな、なんて思ってると、背中にドンと何かがぶつかる感触。振り返って見ると、いたずらっぽく笑うマキがいた。
「ひとみ、こうしてるとあったかいよね。」
私はそのままマキを背中に背負ってフェンス際まで寄っていく。そして、両腕を広げる。
「タイタニック!」
お決まりのポーズをキメると、ひゅうっ。髪の毛の間を風がすり抜けていった。
眼下に広がる街並みは、海のようにどこまでも波打ちながら続いている。波間に混じって輝く明かりは月の光を反射してきらめく水しぶきのよう。
その光景に見とれていると、背中にさらに衝撃が走った。梨華ちゃんがマキに負けじと私たちに覆い被さってきたのだ。しばらくそのまま3人でじゃれ合う。
───夜。学校。敵が迫っている。たまらなく不気味なシチュエーションのはずなのに、みんなといると怖くない。
- 199 名前:第5話「ツバサ」 34 投稿日:2002年11月11日(月)00時56分12秒
- 「元気だねー、3人とも。」
やや呆れた感じの口調で矢口さんが私たちに声をかけてくる。
「矢口さんもどうです? あったかいですよ。」
「そうだよー、やぐっつぁんもおいでよー。」
「カモンナ!」
苦笑を浮かべながら矢口さんは首を横に振り、私たちの誘いをやんわりと断る。そして天を仰ぐと、
「はぁ、せっかく辻加護から解放されたってのに…。結局、ヤグチってなんかいっつもこんな感じになっちゃうんだよなぁー。」
少々芝居がかった大袈裟なイントネーションで叫ぶ。それからニッと白い歯を見せて私たちに笑いかけて、最後にこう付け足した。
「ま、楽しいからいいけどね。」
- 200 名前:第5話「ツバサ」 35 投稿日:2002年11月11日(月)00時57分14秒
- それから何度か見張りを交代しているうちに、いつのまにか空を雲が覆いはじめた。
やがて雲は月を隠した。一気に周囲は暗くなる。時計を見ると、11時を回っていた。風が強くなってきていた。
正面の入り口を見張っていた保田さんが突然、声をあげる。
「あれって…? もしかして…?」
みんな保田さんの周りに集まって目を凝らす。そこには悠然と砂利を踏みしめて校舎を見上げる人影がひとつ。
瞬間、闇を切り裂いて閃光が走った。強烈なフラッシュが女性のシルエットを浮かび上がらせる。
金髪。黒いコート。そして、妖しく光る青い瞳。まちがいない。ユウコさんだ。
やや遅れて、重い塊を転がすように雷鳴が低くこだまする。
「あれが…魔女…?」
矢口さんがつぶやいたのが聞こえた。と、乾いた声が響きわたる。
「待たせたな。今から、そっちに行くで。」
どこまでも冷たい声は、ひとつの言葉を連想させた───“狩り”。
- 201 名前:第5話「ツバサ」 36 投稿日:2002年11月11日(月)00時58分10秒
- 魔女は視線を玄関に移すと、ゆっくりと歩き出す。
「来る! 来るよっ!」
上ずった声で梨華ちゃんが叫ぶ。辻と加護は身体をこわばらせて小さく震えている。
「落ち着いて。みんなでバリケードつくったんだからね。」
保田さんがそう声をかけたそのとき、
───ガランガラン、ガタガタッ、ゴトッ。
金属のぶつかる鈍い音が聞こえてきた。西の階段の方からだ。
矢口さんが小さく漏らす。
「今、そのバリケードを崩しているんだ…」
ガシャッ、ガタン。ガタガタッ、ゴゴン。机と椅子が派手に転がる音は、途切れることなく続く。
「なんか……ペース、速くない?」
「まさか、そんな簡単に破られるはずは…」
言い終わらないうちに、ガラガラとバリケードが崩れていく轟音が学校の敷地中に響きわたる。そして、静寂。
「ひとつ。」
───魔女の声。
- 202 名前:第5話「ツバサ」 37 投稿日:2002年11月11日(月)00時59分10秒
- コツ、コツ。一定のリズムを刻む、ブーツの音。階段をゆっくりと上がって、こちらに迫ってくるのがわかる。
ふと足音が止まる。すぐに、今度はもっと近くで机と椅子の転がる音が聞こえ出した。
「ヤバい! ヤバすぎるよ!」
にわかに浮き足立ってきた私たちをよそに音は続く。それから二度目の轟音が聞こえるまで、5分もかからなかった。
「ふたつ。」
魔女が建物の中に入ってからまだ15分も経っていない。残された時間は本当にあとわずかしかない、ということ。
「カオリ、様子見てくる!」
「あっ、ちょっとぉ!」
止めるのも聞かず、正義感の強い飯田さんは長い髪を振り乱して私たちのもとを走り去った。と、
「いーださんっ!」
「待て辻、あぶない!」
しかし辻は食べかけだったバナナを手にしたまま、飯田さんを追いかけて廊下の奥へと消えた。
- 203 名前:第5話「ツバサ」 38 投稿日:2002年11月11日(月)01時01分01秒
- 突然のことに呆気にとられていると、ケータイの着メロが流れ出す。ディスプレイを見ると、飯田さんの名前が表示されていた。
「もしもし! 飯田さん!」
〈吉澤、聞こえる? 今ね、魔女がバリケードを壊そうと……きゃあっ!〉
「飯田さんっ?」
〈光った! 今なんか光ったよ! …魔女の手が……ロープが燃えて……崩し…〉
必死で状況を説明する飯田さんだが、ノイズが入ってうまく聞き取れない。
「もしもし? もしもし?」
〈あっ、ちょっ……あぶな………イヤぁっ……〉
───ザリイッ!
耳を突き破るようなノイズ。キーンと激しい耳鳴りの中で、プーッ、プーッと無機質な通信音だけが虚しく残った。
「もしもし! もしもぉーし! …くそっ、切れてる。」
吐き捨てるように言った私に、矢口さんが訊いてくる。
「なに、どうしたの? バッテリー切れ?」
「いや、なんかこう、すごく大きな雑音が入って…」
その瞬間、バリケードの崩れる音が轟いた。それは嘆いているような、とても悲痛な叫び───
「みっつ。…これで終わりか? 手ごたえないなあ。」
魔女がぽつりと漏らしたのが聞こえた。そしてゆったりとブーツの足音を響かせて、4階へと上がってくる。
- 204 名前:第5話「ツバサ」 39 投稿日:2002年11月11日(月)01時02分35秒
- 「こっ、ここから先は通さない!」
飯田さんの声が廊下にこだました。魔女の前に立ちはだかり、睨み合っているのか。
「ふふ、そんな大きな目で見つめられたらユウちゃん照れるわぁ。」
「動かないでっ! カオリは、真剣なんだからね!」
「あら、そう。そら困ったなあ…」
真っ暗な廊下の奥から、ふたりの声だけが届いてくる。飯田さんの声がわずかに震えているのに対し、魔女の方は余裕に満ちている。まるでゲームを楽しんでいるかのような口調。───いや、彼女にとってこれはゲームそのものなのかもしれない。
「あんたに用はないんやけどな。…どかんのやったら、ちょっと痛い目に遭うで。」
そのセリフは、まるで飯田さんの頬を冷たいナイフで撫でるかのように。
カチ、カチカチ…。震えて歯のぶつかる音。しかし飯田さんは一歩も退かない。
「そっか。残念やね。」
丸めた紙くずをゴミ箱に放り投げるように発せられた言葉。そして。
───バチイイイッッ!
火花が見えた次の瞬間、世界が真っ白にスパークした。光が網膜に焼きついて何も見えなくなる。
- 205 名前:第5話「ツバサ」 40 投稿日:2002年11月11日(月)01時05分08秒
- 目が慣れて再び視界が戻ってきたとき、私たちが真っ先に認識したのは───
「…カオリ?」
床に崩れてピクリとも動かない飯田さんの姿だった。
「カオリ――ッ!」
「お、そこか。せっかくのお出迎えやったけど、あんまり役に立たんかったなあ。ザンネン、ザンネン。」
私たちの叫び声を聞いてマキの存在に気がついた魔女は、ゆっくりとこちらの方へと歩み寄る。すると今度は辻がその前に立ちはだかった。
「なんや、でっかいおねーちゃんの次はちっちゃいコやなあ。いくつ?」
「……あやまってください。」
「ん?」
「いーださんに、あやまってください。」
「謝るもなにも、あのコがそこをどかんかったからいかんのやで。ああなりたくなかったら、あんたも───」
「あやまらないんなら、つじがあいてです!」
辻はまっすぐに魔女を見据えると、手に持っていたバナナの皮を思いっきり投げつける。
「なっ!?」
魔女は一瞬ひるんでしゃがみこむ。バナナの皮はその頭上を越えて廊下の隅へと消えていった。
- 206 名前:第5話「ツバサ」 41 投稿日:2002年11月11日(月)01時06分22秒
- 再び立ち上がった魔女と辻が対峙する。しかし魔女は飯田さんのときとちがい、どこか余裕がないように見える。わずかに焦っているようにも感じられた。
「…どうしたんだろ?」
「わかんないけど…とにかく、今がチャンスだよ。」
辻が魔女を引きつけている隙に、“祝 インターハイ出場”なんて書かれた垂れ幕をみんなで倉庫から引っぱり出す。そして屋上へと続く階段を音を立てずに駆け上がると、その垂れ幕の片側をフェンスにきつく縛り付けてから、一気に下ろした。垂れ幕の先は、連絡通路の屋根へと続いている。これをつたって行けば、とりあえずこの校舎からは脱出できる。
まず私が先陣を切って垂れ幕にぶら下がる。風に揺らされながらも腕力を頼りに屋根までたどり着くと、次の人が下りてきやすいように垂れ幕のもう片方の端を持って待ち構える。
- 207 名前:第5話「ツバサ」 42 投稿日:2002年11月11日(月)01時08分02秒
- 次に下りてきたのはマキ。無事に屋根の上に着地すると、屋上に向かって叫ぶ。
「早く! このままじゃみんなやられちゃうよ!」
すると、マキの言葉を受けて保田さんが言う。
「急いで! 矢口、石川、加護、あんたたちも下りるのよ。もうここはあぶない。」
「えっ…、でも」
「アタシは辻と一緒にアイツを食い止めて時間を稼ぐから、その間に安全な場所をみんなで見つけて!」
「圭ちゃん…」
わずかなためらいの後、矢口さんと梨華ちゃんは保田さんに向かってうなずいた。そしてフェンスを越えると、垂れ幕をつたって通路の屋根へと下り立った。
- 208 名前:第5話「ツバサ」 43 投稿日:2002年11月11日(月)01時10分35秒
- 「加護、あんたも下りなさい。」
「…イヤです。」
「何言ってんのよ! あんたまで危険な目に遭わせるわけにはいかないの! 早く下りなさい!」
「イヤです! ののを放って逃げるなんてできへん! おばちゃん放って逃げるなんてできへん!」
「あんたねえ」
「お願いやから、カゴを一人前あつかいしてください! たしかにカゴはコドモやけど…でも、逃げるなんてイヤや! ののががんばっとんのに見捨てて逃げるなんて、そんなんでオトナになってもそんなんオトナやないもん!」
「加護…」
「ええやろ、おばちゃん! ううん、やすださん、おねがいしますっ!」
加護は保田さんをまっすぐに見て背を伸ばすと、深々と頭を下げて懇願する。
重苦しい沈黙の後、保田さんはフェンスに縛り付けていた垂れ幕をほどくと、無造作に投げ捨てる。それは風を受けて私の手をはじくと高々と舞い上がった。そして、あっという間に闇の中へと消えていく。
「加護、オトナってのはどうなっても自分で責任をとるってことだからね。」
「はいっ」
「…もう、返事だけはいいんだから。」
そしてふたりは笑い合って、校舎の中へと入っていった。
- 209 名前:第5話「ツバサ」 44 投稿日:2002年11月11日(月)01時12分49秒
- 「よっすぃー、よっすぃー!」
矢口さんの声で、茫然と屋上を眺めていた自分に気がついた。
「急いで! 早くここから逃げよう!」
「でも保田さんが…加護が…それに辻も…」
「いいから! みんなカラダを張って魔女を止めてくれてるんだ! 心配だからって立ち止まってる場合じゃない!」
そう叫ぶと矢口さんは私の手を取って走り出した。マキと梨華ちゃんも後に続く。ガンガンガン、トタンの屋根を越え、隣の校舎にたどり着く。
───バリッ! バリッ! バリィッ!
後ろで鮮やかな光とともに何かを引きちぎるような音がした。ひとつ、ふたつ、みっつ。何が起きたのかわからず──いや、本当はわかっていたけど、信じたくないだけなのかもしれない──息を飲んで振り返る。
無音。一瞬だけ弱まった風が連れてきた、あまりにも不気味すぎる空気が身体にまとわりついてくる。ベトついた汗がじっとりと背中を冷やしていく。
「まさか…」
青ざめた顔でつぶやく梨華ちゃん。と、屋上に人影が現れた。口元に薄く笑みを浮かべてたたずむその姿に、戦慄が走る。
- 210 名前:第5話「ツバサ」 45 投稿日:2002年11月11日(月)01時14分12秒
- 魔女はくるり、私たちに背を向けると校舎の中に消えた。おそらく、連絡通路でこっちに来るつもりなのだろう。
「このままじゃマズイよ、なんとかしないと。」
「あの…わたしと矢口さんがオトリになって、その間にひとみちゃんとマキちゃんが逃げるっていうのは…」
梨華ちゃんがおそるおそる、でもハッキリとした口調で言った。
「二手に分かれるの。それでわたしたちが魔女を引きつけているうちに、ふたりが脱出するの。」
「え、でも…」
「何かほかに方法がある? …わたしは思いつかない。」
芯の通った声。返す言葉が見つからず、黙りこくって立ち尽くしていると、
───ガタッ、ガラガラ、ゴンッ。
連絡通路をふさぐ壁が崩されていく音が聞こえ出した。
- 211 名前:第5話「ツバサ」 46 投稿日:2002年11月11日(月)01時17分53秒
- もう迷っているヒマはない。目を閉じ、声を出した。
「…わかった。」
「よし。じゃあヤグチと石川はアイツを昇降口の方に誘いこむからさ、吉澤とマキちゃんはグラウンドの方に出て。」
矢口さんの言葉。4人で小さく円をつくって視線を交わし合うと、小さくうなずいた。
そしてまるで断末魔の叫びのように、最後のバリケードの破られる音が響きわたった。それを合図に、私とマキはスタートを切る。間髪入れず、矢口さんと梨華ちゃんの声。
「おいっ! こっちだ!」
「バーカバーカバーカ! なによっ、やる気? かかってこいやぁー!」
相変わらず空回ってる梨華ちゃんの声がぐんぐん遠くなっていく。私とマキは全速力でグラウンドを目指し、廊下をまっしぐらに走り抜ける。
- 212 名前:第5話「ツバサ」 47 投稿日:2002年11月11日(月)01時20分49秒
- 中庭の裏手に出てあと少しでグラウンド、というところまで来たとき、光の刃が空を切り裂いたのが見えた。それとほぼ同時に地面の揺れる音がお腹の底にまで響きわたる。「きゃあっ!」なんて悲鳴を思わずあげてしまっていた。
「やだなあ、めちゃめちゃ近いよ…」
雷がすぐそこまで来ている。でも、躊躇するわけにはいかない。すくんでいる足をムリヤリ前へと動かす。…だが。
「なによ、コレぇっ!」
弱り目にたたり目。泣きっ面にハチ。グラウンドに足を踏み入れたそのとき、まるで真夏の夕立のような大雨が降り出した。容赦なくたたきつけてくる雨粒は痛みすら感じさせるほどに激しい。そして、その間も雷は休むことなく鳴り続けている。
「ウソでしょぉ…」
「見て、ひとみ! あそこ、中に入れるみたいだよ!」
マキが指差した先にあったのは陸上部の小さな部室。いつもならちゃんとかけてあるはずの鍵は地べたに転がっていた。
このままじゃ埒が明かない。私たちはこっそり中にお邪魔して、雨が弱まるのを待つことに決めた。
- 213 名前:第5話「ツバサ」 48 投稿日:2002年11月11日(月)01時22分15秒
- 木造の古い建物だからか、どこかで雨漏りしているようだ。吹きつける雨風の音に混じってコンクリートの床をたたく水滴の音が聞こえてくる。
私とマキは、隅っこに置かれたハードルと走り高跳びのマットの間に隠れるように座りこんだ。
「くそっ、ぐちょぐちょだ…。」
部室の中は塗りこめたように真っ暗。しかし時折きらめく稲光のせいで、黒と白が反転する。
濡れた衣服がべっとり肌に貼りつき、どんどん体温を奪っていく。寒い。暗い。狭い。怖い。
「みんなどうなっちゃったんだろ…。やぐっつぁんと梨華ちゃん、無事だといいんだけど。」
「うん…」
マキの声を遠くに聞く。うつむいている私の視界には、埃にまみれた足元のコンクリートしか入っていない。ポタリ、前髪から落ちた雫がゆっくりと染みて広がっていくのをただ見つめていた。
- 214 名前:第5話「ツバサ」 49 投稿日:2002年11月11日(月)01時23分58秒
- 「逃げきれるまであとどれくらいなのかなあ。見つかんないようにがんばらないとね。」
「────。」
私は考えることをやめていた。心をここから離してしまえば、苦痛を感じないで済むから。
「ひとみ! ねえ、ひとみ!」
感覚をすべてシャットアウトしていたはずの身体を、ぬくもりが包みこんで解きほぐしていく。気がつけば、私はマキに抱き締められていた。
「どうしちゃったの? しっかりしてよ、ひとみ!」
「マキ……ゴメン…。」
私の口をついて出たのは、謝罪の言葉だった。
「私がもっとしっかりしてたら、こんなことにならずに済んだんだ。みんなを巻きこむこともなかった。……なんかダメだね、私。何をやってもハンパで。女の子ひとり、守ることもできない。あんなに好きだったバレーだってあきらめちゃったし。」
「ひとみ、なにを言ってんの?」
「マキ、他のもっとしっかりしたコと出会ってればよかったのにね。やっぱり私じゃ力不足だったね…」
- 215 名前:第5話「ツバサ」 50 投稿日:2002年11月11日(月)01時29分43秒
- 「ひとみっ!」
ぎゅうっ。マキが私を抱く力を強めた。そしてまっすぐに目を見て、言った。
「あたしはひとみと出会ってよかったと思ってるよ! ううん、ひとみとじゃなきゃ、こんなステキな毎日を送ることなんてできなかったんだ!」
「ステキ…?」
「いっしょに歌を歌ったよね! いっしょにディズニーランドではしゃいだよね! それだけじゃない、映画だって買い物だってごくふつうの毎日だって、ひとみといっしょだったから楽しかったんだ!」
「痛いよ、マキ。離して。」
「離すもんか! 離すもんかっ! あたしとひとみの毎日を、離してたまるもんかぁっ!」
一息に叫ぶ。残された荒い呼吸は私の身体にも直接伝わってきている。マキの激情が、ゆっくりと私の思考を呼び返す。
そして彼女は優しい口調に戻って続ける。
「ひとみは希望を捨てちゃったの?」
「…キボウ?」
「希望を捨てたら絶望しか残らない。あたしは……希望を捨てない。」
どこまでも強い意志を宿した瞳が私を射抜く。
ごくり、マキの喉が動いた。そしてコトバを発した。
「ねえ、キスしようか。」
「……え。」
沈黙。雨漏りの水滴が10を数えた。
- 216 名前:第5話「ツバサ」 51 投稿日:2002年11月11日(月)01時30分41秒
- 触れ合ったあなたは、カタチを自在に変えて私の存在を受け入れる。
───私の運動量の総和とマキの運動量の総和は等しい。
絡め合う舌はどこまでもお互いを求めて。私の中にマキを注ぎこむ。マキの中に私を注ぎこむ。
───浸透圧はいったりきたりして均等になっていく。
ふたりの境界は溶けて曖昧になる。でも、ここに私たちがいるというリアリティだけは加速度を増していく。
───私の水溶液とマキの水溶液を混ぜ合わせてできる水溶液は何パーセント?
言葉も溶けていく。意味すら忘れてしまう。行為と音声だけがすべての私たちはケダモノ。
───水溶液に熱を加えると、結晶が現れる。
そして最後にふたりが理由を拾い出すとき、手のひらに残るのは、きっと、新しい“ルール”。
- 217 名前:第5話「ツバサ」 52 投稿日:2002年11月11日(月)01時32分06秒
- 結末は突然やってきた。
紫がかった白い光が全身を包みこんだ。音は聞こえなかったけど、そのかわりに天地がわからなくなるほどの衝撃で吹っ飛ばされる。
気がつけばやたらと焦げ臭い匂いがしていた。パチパチと弾けるような音がしていた。
「う〜ん…」
目を開けると、マキが頭をぶんぶんと振って起き上がるのが見えた。
「燃えてる…?」
ゆらゆら。揺らめく炎のカーテンが壁一面を覆い、部室の中を明るく照らし出す。
火に包まれた棚が崩れ落ちた。置いてあったリレーのバトンは、燃えながら足元に跳ねて転がる。
窓の外を眺める。薄汚れたガラスの向こうでは魔女が直立不動でこちらを見つめていた。
「カミナリが落ちて、火がついたんだね。」
まるで他人事のようにふわふわとした口調でマキが言った。
「そうみたいだね。」
私もそっくり同じ口調で返す。
「なんか息、苦しくなってきてない?」
「そうだね、このままじゃマズいよね。」
「じゃあ、外に出よっか。」
右手を差し出す。左手が乗せられる。どちらからともなく握り締める。そして、扉を開いた。
───ゴウッ!
空気が急激に流れこんできて一気に火勢が強まった。私たちは外へと押し出される。
- 218 名前:第5話「ツバサ」 53 投稿日:2002年11月11日(月)01時34分30秒
- 燃えさかる部室を出て私たちが目にしたもの───それは翼だった。私たちを守るように大きく広げられた背中の羽。雨も風も、その白い輝きの前に力を失った。
小さな天使は、しゃがみこんで地面に転がっていた板切れを拾い上げた。その端が黒く焦げた「陸上部」と書かれた看板を抱えて数歩前に進み出ると、魔女をまっすぐに見据え、言った。
「なっち、ゆるさないよ。」
雨がやんだ。風は弱まり、やがて消えた。炎だけは前に立つ天使の心に呼応するように、その勢いを緩めることはなかった。
「行きなさい。」
視線を魔女に定めたまま、天使は私とマキに声をかける。魔女は口元に笑みを浮かべることもなければ、眉根にシワを寄せることもなかった。まったく表情を変えることなく、ただ天使を見つめ返していた。
昇降口に向けて私たちは歩き出した。天使と魔女はそのまま動かない。
見上げればいつのまにか雲は去り、星空が戻っていた。
月は昨日と同じように鈍い光をたたえていた。
- 219 名前:str 投稿日:2002年11月11日(月)01時35分32秒
- こんなデキでごめんなさい。
>>182さん
長かったですね、全員が揃うまで。
自分でも呆れてしまうほど時間がかかってしまいました。
この「ぞくぞく」を持続していただけるよう、がんばります。
>>183さん
いずれゴマキペンギンをネタにしよう、なんて思ってたら
ゴマキスズメがスタートしてしまいました。
このコーナー、ずーっと続けていってほしいですね。
- 220 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月11日(月)09時12分36秒
- 大量更新お疲れ様でした。
また、いいところで・・・
もう一年間いつも楽しみにさせて頂いているので、
次回までなんてへっちゃら平家です(w
- 221 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月11日(月)22時44分25秒
- マキがこんな感情を出したのは初めてですね。
どんどん真の人間に近づいてる感じがしてうれしいです!
二人とも最後までキボウを捨てないでほしいです。
更新頑張ってください。いつまでも待ってますので。
- 222 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月11日(月)22時52分06秒
- 楽しみに待ってました!
読みながら緊張しつつ……ソワソワ、ワクワクと落ち着きなく(w
221さんと同じく、強く感情を表すマキがとても可愛いです。
よすぃこ、ちゃんとマキを守ってやってくれ〜と祈るばかり…
- 223 名前:ダンサー 投稿日:2002年11月16日(土)19時16分59秒
- メンバー全員勢ぞろいですね
これからも楽しみにしてますね
strさんは理系ですね(w
- 224 名前:ダンサー 投稿日:2002年11月16日(土)19時19分18秒
- すいませんあげちゃいました
本当にすみません
- 225 名前:第5話「ツバサ」 54 投稿日:2002年12月06日(金)23時49分07秒
- 昇降口まで来たのはいいけど、全身ずぶ濡れで寒くてたまらない。このままじゃ風邪を引いてしまう。
「ふえっ……はっくしょんっ!」
マキの大きなクシャミ。震えながら身体をさすっていると、校門の柱の陰から声がした。
「───マキちゃん? ひとみちゃん?」
「梨華ちゃん! 無事だったんだね!」
「ふたりこそ! …よかったぁ。」
お互いに無事を確認できて、私たちは手を取り合って喜ぶ。が、すぐに気がついて尋ねた。
「あれ…えっと、矢口さんは?」
「矢口さんとも二手に分かれて…わたしは校門から外へ、矢口さんは体育館の方へ誘いこむつもりだったんだけど…。」
梨華ちゃんは眉間にシワを寄せ、うつむいてしまった。そのまま顔を上げない。
「そうなんだ…。」
何も言えなくなってしまう。それまでのやりとりがまるでウソのように、沈黙に包まれる。
- 226 名前:第5話「ツバサ」 55 投稿日:2002年12月06日(金)23時50分31秒
- うっすらと吹きつける夜の風は、濡れた身体を舐めるようにして温度を奪っていく。震えている私とマキを見て、梨華ちゃんが切り出した。
「とにかく、ここを離れないと。」
「うん…。でも、どこに行こう?」
今の私たちに、行くアテなんてどこにもない。しかし、このままここでグズグズしているわけにもいかない。
どうすることもできず立ち尽くしていると、ゆっくりと砂利を踏む音が聞こえた。そして。
「オイラにいい考えがあるよ…」
振り向いたそこにいたのは矢口さんだった。その姿を見て私たちは沸き返る。
「矢口さん、大丈夫だったんですね! よかった…。」
しかし矢口さんは無表情のままでぽつりと言った。
「ついて来て。」
そのまま、校門から外へと歩き出す。私たちはそんな矢口さんの様子に少し戸惑いながらも、後を追ってついて行くことにした。
矢口さんは駅の方へと進路をとっている。奇妙な緊張感が張りつめている夜の街を、寒さに身体を震わせながら無言で歩いていく。
- 227 名前:第5話「ツバサ」 56 投稿日:2002年12月06日(金)23時51分27秒
- 「あそこだよ。」
矢口さんが指差した先にあったのはデパートだった。私がマキの服を買った、あのデパート。
「確かにタオルも着替えもなんでも揃ってますけど…、でもこんな遅くまではやってませんよ?」
しかし矢口さんは立ち止まらない。デパートに着くと裏手の方に回り、従業員通用口の前まで来た。そして、ドアに手をかける。
「ちょっと矢口さん、開くわけないじゃないですか。入れませんって。」
───キイッ。
ところが、軽く軋んだ音を立ててドアは開いた。矢口さんはこともなげにスルリと中に入っていく。
私たちはしばらく茫然とそのドアを眺めていたが、
「ふぇっ…へっ…へっくしょいっ!」
マキのクシャミを合図に3人、デパートの中へと駆けこんだ。
「タオルタオルタオルっ!」
殺風景な従業員用の通路を抜けて1階の売り場にたどり着いた私たちは、必死で身体を拭けるものを探す。が、置いてあるのは洋服や靴ばかり。慌てて階段を駆け上がってお風呂用品の売り場を目指す。
「あったぁっ!」
タオルをそれぞれ手に取ると、ゴシゴシ、全身にまとわりついている水分を拭き取る。
- 228 名前:第5話「ツバサ」 57 投稿日:2002年12月06日(金)23時52分22秒
- 「ふぅーっ。」
やっとのことで落ち着いて、大きく深呼吸をしたそのときだった。
突然、糸の切れた操り人形のように、矢口さんがその場にガクリと倒れこんだ。私たちは慌ててその身体を抱きかかえる。
「矢口さん! 矢口さんっ!」
必死で声をかけて身体を揺すっていると、しばらくしてゆっくりと目を開けた。私たちは一斉に安堵のため息をつく。
パチパチ、何度かまばたきを繰り返すと矢口さんは勢いよく跳ね起きた。そして周囲を見回して、素っ頓狂な声をあげる。
「あれぇ、なにここデパートじゃん! ヤグチ、何してんだ?」
呆気にとられる私たち。梨華ちゃんが言う。
「やだなあ、矢口さんがわたしたちをここに連れて来たんじゃないですかぁ。」
「ヤグチが…? ハァ? ぜんっぜん覚えてない。」
「え? …どういうこと?」
4人でお互いの顔を見合わせる。なんだか妙なことになってきた。
- 229 名前:第5話「ツバサ」 58 投稿日:2002年12月06日(金)23時53分13秒
- とりあえず頭の中を整理して、ここに来るまでの経緯をまとめてみる。
「ふたりと分かれてグラウンドに着いたらいきなり雨が降ってきて、それで陸上部の部室で雨宿りしたんですけど…」
「うん、それで?」
「えっと、その……ユウコさんに襲われたんです。そしたら天使が現れて私たちを助けてくれて、それで昇降口の方に行ったら梨華ちゃんと矢口さんがいたんですよ。」
すると梨華ちゃんがいかにも納得いかない、といった調子で口を挟んできた。
「ちょっと待って、ひとみちゃんたちと別れてから魔女はわたしたちの方に来たよ? それで矢口さんとも二手に分かれたんだけど…」
「……ぜんぜん覚えてない。」
矢口さんは信じられない、といった口調。何がどうなっているのかサッパリわからず、黙りこんでしまう私たち。
- 230 名前:第5話「ツバサ」 59 投稿日:2002年12月06日(金)23時54分02秒
- しばらく経って、梨華ちゃんが明るく言った。
「でも、これでカゼを引かないで済みそうだし、なんだかんだ4人とも助かってるわけだから、結果オーライってことなんじゃないかなあ。」
そしてぐるりと周りを見回して、
「ねえ、せっかくだからこの中、いろいろ見てみない? 夜のデパートなんてめったに入れないよ!」
ポジティブというかノーテンキというか、梨華ちゃんはすっかり気持ちを切り替えたようだ。
「…どうしよう?」
マキと矢口さんに訊いてみる。マキは、笑顔で答える。
「いいんじゃない? もしユウコさんがこっちに来たときに、なにか便利なものが見つかるかもしれないよ。」
「そっか。じゃ、とりあえず回ってみようか。…そうしましょう、矢口さん。」
声をかけると、矢口さんは何か考えごとをしていたらしく、少し驚いた様子で返事をした。
「…え? あ、うん。いいと思うよ。おっし、行こうか。」
- 231 名前:第5話「ツバサ」 60 投稿日:2002年12月06日(金)23時54分51秒
- 夜のデパートも学校に負けず劣らず不気味だ。とりあえずタオルを折りたたんで戻してから、4人でひとかたまりになって歩き出す。
デパートの中央には大きなアトリウム。ガラスが張られている天井は月の光を建物の中へと招き入れている。おかげで、明かりがなくてもだいぶ歩きやすい。
そのアトリウムの両端には上りと下りのエスカレーターがそれぞれ配置されている。動いていないエスカレーターは階段とちがって最初の一歩を踏み出すのが意外と難しく、思わずつんのめってしまう。
タオルの次は着替えを拝借しようと各フロアを回っていると、
「見て見て、ひとみちゃん! これってセクシーじゃない?」
そう言って梨華ちゃんが私に見せてきたのは、フリルがびっしりとついている、白いネグリジェみたいなドレス。
「次々と言い寄ってくる男の人を振って、真実の愛に生きるの。…わたしって、罪なオ・ン・ナ。」
「石川、キショイ。」
冷静に言い放つ矢口さん。しかし梨華ちゃんはものともしない。
「矢口さんはセクシー隊長だから黒ね。はい、これ。」
「セクシー隊長? いやー照れるね、じゃあ着てみようかな…って、オイ!」
矢口さんはすっかり調子が戻ってきたようで、お得意のノリツッコミが飛び出した。
- 232 名前:第5話「ツバサ」 61 投稿日:2002年12月06日(金)23時55分56秒
- 「はい、ひとみちゃんが着るのはこっちね。」
梨華ちゃんが私に差し出してきたのは、白い男物のスーツだった。
「ちょっと、なんで男物なのぉ!?」
しかし梨華ちゃんは答えない。目がすわってる。鼻息が荒い。問答無用、逃がさないわよーと言わんばかりの勢い。
すると、マキが口を開く。
「あはっ、あたし着てみよっかな。」
そして赤いスーツとチェックのパンツを手に取ると、試着室のカーテンを開けて中へと入ってしまった。
「ホラホラひとみちゃん、早くしないとカゼひいちゃうよ? マキちゃんみたくラクになっちゃいなさいよ。」
「ナニ言ってんだよ梨華ちゃん! …ほら、矢口さんも黙って見てないでなんか言ってやってくださいよ!」
助けを求める。が、矢口さんはニヤリと笑みを浮かべて、ヒトコト。
「ヤグチもかっけーよっすぃー、見てみたいなー。」
「や…やぐちさぁん…。」
- 233 名前:第5話「ツバサ」 62 投稿日:2002年12月06日(金)23時56分48秒
- 状況は圧倒的に不利だ。こうなったら奥の手を使うしかない。できるだけマジメな口調でふたりにしゃべりかける。
「学校に4人を置いてきたままなんだし、今だってなっちとユウコさんが戦ってるんですよ? こんなことしてふざけてる場合じゃないでしょう?」
「───僕にはわかる。」
「え?」
声のした方を振り向くと、髪を後ろで束ねてスーツを着たマキが立っていた。涼しげな瞳に、思わずため息が漏れた。
「梨華ちゃんもやぐっつぁんも、不安に押しつぶされないようにわざとそうしてるんだよ。」
「……あ、うん。そうそう、そうなの。」
「ちょっと梨華ちゃん、今の間は何?」
「いーからいーから、早く着替えないとカゼ引いちゃうよ!」
そしてムリヤリ試着室の中に私を押しこむ。結局、無理が通って道理は引っこんだ。
- 234 名前:第5話「ツバサ」 63 投稿日:2002年12月06日(金)23時57分43秒
- 人の気配のまったくない空間。今、デパートの中は私たちだけに貸し切られている。
ドレスに身を包んだ矢口さんと梨華ちゃん、そして男装した私とマキが向かい合う。
家電売り場で見つけたラジカセ。電源を入れると、軽快な音楽が流れ出す。
「おいで、踊ろう!」
いつもとちがう格好。月の光を浴びながら、リズムに合わせてステップを踏む。手をつないでくるくる回って、ポーズを決める。
まるでおとぎ話の中に入りこんでしまったような気分になる。夜、人間が寝静まったころに動き出す人形たちのヒミツの舞踏会みたいに。
いきいきとした表情のマキ。人間になって、この人形ごっこに参加している彼女。湧き上がってくる喜びをそのまま、全身であらわしている。
そして曲は流れ続ける。私たちも踊り続ける。夜が明けるまで、ずっと、ずっと…。
- 235 名前:第5話「ツバサ」 64 投稿日:2002年12月06日(金)23時58分40秒
- ───ガシャァンッ!
デパート中にガラスの割れる音が響いた。突然のことに思わず身体がビクッと震える。
「なに? 今の…」
音は1階の奥の方から聞こえた。何が起きたのか見ようとするが、陰になっていて暗くてよくわからない。
「───あっ!」
いきなり、矢口さんの大声。これまたびっくりして振り返ると、おびえた表情で矢口さんはつぶやいた。
「思い出した…。ねえ、これってもしかしたら、罠かもしれない…。」
「ワナぁ?」
「だっておかしくない? ふつうこういうところって警備装置みたいなのがあるはずなのに、全然ガードマンの人とか来る気配ないし…。」
「そういえば、そうかも…」
- 236 名前:第5話「ツバサ」 65 投稿日:2002年12月06日(金)23時59分22秒
- さらに矢口さんは伏し目がちに、抑えた調子で続ける。
「ヤグチ、学校でさ、石川と分かれてから体育館の方に行ったんだけど…、結局魔女に捕まっちゃって、その……ムリヤリなんだけど…キス、されて…」
「キス…ですか…」
「うん…。ぶちゅーって。」
キス、という言葉に思わず反応してしまう。ふとマキを見ると、目が少しだけ笑っている。そしていたずらっぽく小さく唇を曲げてみせた。
「ねえ、ちょっとひとみちゃん、今マキちゃんの方を見たでしょ。」
「えっ…見てないよ。」
「アヤシイ。なんだかアヤシイっ!」
「別にあやしくなんかないってば。…と、それより矢口さん、それからどうなったんですか?」
変に勘の鋭い梨華ちゃんにいろいろ突っこまれないうちにムリヤリ話題を戻す。そうだ、そもそも脱線しているヒマなんてないのだ。
- 237 名前:第5話「ツバサ」 66 投稿日:2002年12月07日(土)00時00分12秒
- 矢口さんは小さいながらもハッキリした声でしゃべる。
「それが……覚えてないんだ。気がついたらここにいて、よっすぃーたちに抱きかかえられてて。」
「え? …じゃあ魔女が矢口さんを操って、このデパートにわたしたちを誘いこんだ、ってことなの?」
梨華ちゃんの問い。矢口さんは重い口調で答える。
「そんな…気が…する…。」
「じゃあこれって、めちゃめちゃヤバいんじゃ…」
すべては魔女の思惑通りに進んでいる───?
どうする、どうする。ぐるぐるぐる、頭をフル回転させてこれからのことを考えていると、
「あ…」
マキが小さく声をあげた。
「どうしたの、マキ?」
「いちーちゃんだ…。」
慌てて振り返る。マキが茫然と見つめるその先にいたのは、ゆっくりとした足取りでこっちに向かって歩いてくるショートカットの少女。それは確かに、イチイさんだった。
- 238 名前:第5話「ツバサ」 67 投稿日:2002年12月07日(土)00時02分05秒
- 「わぁ――っ!」
私たち4人は大声をあげ、一目散にその場を逃げ出す。
「で…で…出たあっ!」
「くそっ、アイツ最初っからこのつもりだったのか!」
ユウコさんは、学校に来たときにはすでにイチイさんをここにスタンバイさせていたのだ。そして矢口さんを使って私たちがここに逃げてくるように仕向け、天使を自分のところに引きつけることで確実にマキを捕まえるつもりだったのだ。つまり、私たちは最初からずっと魔女の手のひらの上で踊らされていた、ということ。
「ひとみちゃん、どうしよう?」
「どうするって…とりあえず、逃げるしかないよっ!」
しかし、だからといってこのままやられっぱなしの状態でいるわけにもいかない。なんとかして、魔女の計画を失敗させなくちゃいけないのだ。
- 239 名前:第5話「ツバサ」 68 投稿日:2002年12月07日(土)00時03分16秒
- 振り返るとイチイさんはぴったりと私たちの後を追いかけてきている。輝きを失った瞳、無表情のままで執拗に迫ってくるその姿は、まるで冷徹な機械のよう。
「ここはヤグチが食い止めるよ! もとはといえば自分の責任だし。時間を稼いでおくからその間になんとかして!」
言うやいなや、矢口さんは回れ右すると両手を大きく広げてイチイさんの前に立ちはだかる。そして、
「DVDで研究したワザを見せてやる! いくぞっ、アチョ〜ッ!」
ジャンプ一番、走ってくるイチイさんに跳び蹴りを仕掛ける。…が。
「……ジャマだッ」
イチイさんは素早くその足をつかむと、いとも簡単に矢口さんをフロアの奥の方へと投げ飛ばしてしまった。
「うわわわわっ!」
「やぐっつぁんっ?」
ちっちゃくて軽い矢口さんは、キレイな放物線を描いて改装中の店舗に突っこんだ。見ると、中に入れないように張ってあった“CAUTION”と書かれたビニールテープでグルグル巻きになって、目を回している。
- 240 名前:第5話「ツバサ」 69 投稿日:2002年12月07日(土)00時04分12秒
- 「ちくしょうっ!」
転びそうになりながらもエスカレーターを駆け下りる。しかし、追っ手は勢いを緩めない。このままじゃ、捕まってしまうのも時間の問題だ。
イチイさんの手が伸びる。もう少しで届く、というところで最後尾の梨華ちゃんが急に後ろを向いた。
「ほいっ!」
隠し持っていた綿棒を猫だましのようにイチイさんの顔面に投げつける。
「うっ…」
一瞬ひるんだイチイさんの足がもつれる。そして、梨華ちゃんの上に乗りかかるようにしてエスカレーターに倒れこんだ。
「きゃーっ!」
ただでさえ甲高い声がさらに強い周波数でデパート中にこだまする。
「梨華ちゃんっ!」
「いいからふたりとも、早く逃げてえっ!」
梨華ちゃんはイチイさんにしがみついたまま離れない。おかげで私たちとの間に少し、差が開いた。
- 241 名前:第5話「ツバサ」 70 投稿日:2002年12月07日(土)00時05分55秒
- 1階に下りた私とマキは、ブティックの一角へと逃げこんだ。ハンガーに吊るされた無数の洋服の陰に隠れて、ほふく前進で移動する。
その間にもエスカレーターの辺りから梨華ちゃんとイチイさんが取っ組み合いをしている様子が聞こえてくる。とは言っても実際には梨華ちゃんの悲鳴だけが一方的にこだましているんだけど。
そのうち業を煮やしたのかイチイさんは梨華ちゃんを引きずったまま、私たちを追って1階にたどり着いた。そして梨華ちゃんをムリヤリ引き剥がして突き飛ばすと、じりじりと私たちの方へと迫ってくる。
化粧品売り場の机の陰。息を殺して相手の様子をうかがっている私に、マキがささやいた。
「ねえ、あたしがオトリになるからさ、そのスキにいちーちゃんをやっつけられないかな。」
「そんなの危なすぎるよ! もっと他の方法が…」
「いいんだ。あたしが目的なんだから、オトリで出ていけばいちーちゃん、きっと油断するよ。ひとみはそこをねらうんだ。」
「でも…」
- 242 名前:第5話「ツバサ」 71 投稿日:2002年12月07日(土)00時07分22秒
- マキは渋る私の手を取ると、両手で包みこむように固く握り締めて、言った。
「だいじょーぶ。ひとみならきっとあたしを守れるよ。あたしにはわかるんだ。」
「マキ…。」
「約束して。勇気を出して、あたしをぜったいに守りぬくんだ、って。」
そう言ってマキは私の小指に自分の小指を絡めると、ふにゃっ、柔らかく微笑んだ。
マキの瞳に映った影。その少女は男の格好をしていた。
今まで気づかなかった、もうひとりの自分がそこにいる。マキの笑顔を守ることだけを考えて敵に立ち向かおうとしている自分。
昨日の夜を思い出す。高台から自転車で逃げてくるときの、あの気持ち。
ふっと息を吐いて、私は瞳の奥の彼に向けて誓う。
「私は、マキを、守る。」
マキはこくり、うなずいた。
ぶんぶん、不器用な指切り。そしてふたりの手が離れると、マキは立ち上がった。
「いちーちゃんっ! あたしはここだぁっ!」
叫ぶとマキはジャケットを脱ぎ捨てて走り出す。その後を追い、イチイさんも駆け出す。真剣勝負の追いかけっこがついにはじまった。
- 243 名前:第5話「ツバサ」 72 投稿日:2002年12月07日(土)00時08分28秒
- それからやや間をおいて私も走り出す。そしてエスカレーターの前で倒れている梨華ちゃんを見つけると、肩を貸して立ち上がらせる。
「…あはっ、ひとみちゃんだぁ。」
「梨華ちゃん、しっかり!」
するとまだ少し足元をフラつかせながら尋ねてくる。
「マキちゃん…無事?」
「今は逃げ回ってるけど…正直、このままじゃヤバいよ。」
「そう…。何かわたしにできることってない? なんでもするから。」
心配そうに梨華ちゃんは私の顔を覗きこんでくる。
瞬間、ひとつの作戦を思いついた。うまくいくかはわからない。でも、今はこれに賭けるしかない。
「じゃあお願い。一瞬でいいから、イチイさんを立ち止まらせてほしいんだ。それもできれば、このエスカレーターの近くに引きつけてほしい。」
そして、梨華ちゃんに作戦の全容を伝える。
「…わかった。わたし、やってみるね。」
力強い返事をもらった私は、上のフロアを目指しエスカレーターを駆け上がる。
ふと1階に視線を落とす。器用に売り場をすり抜けていくマキ。対照的にイチイさんは陳列された商品を強引になぎ倒しながら、最短距離でマキを捕まえようと迫る。ドミノ倒しみたいに線を描きながら、ふたりは熾烈な追いかけっこを続けていた。
- 244 名前:第5話「ツバサ」 73 投稿日:2002年12月07日(土)00時09分35秒
- 矢口さんの倒れている階にたどり着いた。気を失っている矢口さんを抱き起こす。
「起きてください! 矢口さんっ!」
何度か声をかけると、ゆっくりと目を開いた。
「あっ、よっすぃ……そうだ、マキちゃんは!?」
「今、1階にいてイチイさんから逃げています。それで、あの、矢口さんにお願いがあるんです。」
「…なに?」
「一瞬でいいから、イチイさんの気をマキから逸らしてほしいんです。私がイチイさんに襲いかかる隙をつくってほしいんです。」
そして梨華ちゃんのときと同じように、矢口さんに作戦を伝える。
「オッケー、やってみるよ。よっすぃー、絶対にあの魔女に一泡吹かせてやろうな!」
- 245 名前:第5話「ツバサ」 74 投稿日:2002年12月07日(土)00時10分42秒
- 私たちがケータイで連絡を取り合って準備を進めている間も、追いかけっこは続いていた。身軽な動きで逃げ回るマキ。しかし、イチイさんが売り場を荒らしながら追いかけているせいで少しずつ足場が悪くなっていく。最初は余裕のあったマキの動きが、徐々に精彩を欠いていく。
「あっ!」
そしてついに、マキが足を滑らせて転んだ。決定的なチャンスをつかんだイチイさんは追いつめる態勢に入る───まさに、そのとき。
「動くなっ!」
2階から甲高い声が響き渡った。女スパイ気取りでポーズを決める梨華ちゃんの姿を、天井からの月の光が照らし出す。梨華ちゃんはおもちゃ売り場から持ってきたエアガンをイチイさんに向けて構えている。
「動くと撃つわよ! これって当たるとけっこー痛いんだから!」
イチイさんは立ち止まり、ゆっくりと梨華ちゃんを見上げた。次の瞬間、
「セクシ――ビィ――ムっ!」
アトリウムを満たす闇を、ひとすじの光が貫いた。イチイさんの顔に向けて、矢口さんが強烈な照明を浴びせたのだ。
梨華ちゃんと矢口さんのコンビネーションがイチイさんに一瞬の隙をつくった。すかさず私は大きく息を吸いこむと、真下にいるイチイさんめがけてエスカレーターから飛び降りる───。
- 246 名前:第5話「ツバサ」 75 投稿日:2002年12月07日(土)00時11分35秒
- 「どっす――んっ!」
手ごたえ、あり。全体重を乗せた衝撃がまっすぐに襲いかかる。不意を突かれたイチイさんは、バタンッ!と大きな音を立ててその場に崩れた。
「…や、やった…?」
下敷きになっているイチイさんから離れると、落ちていたハンガーでツンツン、とつついてみる。しかしイチイさんは、倒れたままピクリとも動かない。
「やった…倒したよ! イチイさんをやっつけたよ!」
すると私の声を合図に、マキ・梨華ちゃん・矢口さんが歓声をあげながら集まってくる。
「ひとみちゃん、やったね! ほんとうに、よかった…。」
「今までやられっぱなしだったけど…これでおあいこだ!」
梨華ちゃんも矢口さんもホッと安堵した表情を見せる。と、息を切らせながらマキが声をかけてきた。
「ありがとう、ひとみ。約束、ちゃんと守ってくれたね。」
「マキ…。」
さっきと変わらない笑顔。それだけで無限の力が湧いてくる笑顔。
- 247 名前:第5話「ツバサ」 76 投稿日:2002年12月07日(土)00時12分45秒
- そのままふたりで見つめ合っていると、横から咳払いが聞こえた。おそるおそる視線を移すと、梨華ちゃんが私たちをニラんでる。慌てて、話題を変えるべく切り出す。
「それにしてもコレ…、どうする?」
戦いが終わった1階の様子。まるで台風が去った後のような散らかりようだ。
「どうするって…、どうしよう?」
「うーん、4人じゃ片付けるのムリだからさ、とりあえずこのままにしとこっか。こりゃしょーがないって。」
矢口さんの言葉にうなずく。モタモタしてたら、やって来たデパートの人に見つかってしまうかもしれない。
ふとガラスの天井を見上げると、空は黒から深い青へと色を変えようとしていた。もうしばらくすれば、朝が来る。
「明るくなる前にはここを出ましょう。見つかってドロボー扱いされたら大変ですから。」
「あーあ、このドレスももう返さないといけないのかぁ。気に入ってたんだけどな…。」
いかにも残念そうな梨華ちゃんの声。
「しょうがないよ。さ、早く支度しようよ。」
- 248 名前:第5話「ツバサ」 77 投稿日:2002年12月07日(土)00時13分32秒
- だんだんと空が白みを帯びていく中、着替えを済ませてデパートを出る準備を進めていく。
「あのさ、いちーちゃん…どうしよう?」
マキが尋ねてきた。イチイさんは床に倒れて転がったままだ。
おそるおそるイチイさんの手を取ってみる。日の出が近いからか、彼女はすでに人形に戻ってしまっていた。
「ねえ、いちーちゃんもつれていこうよ。」
「えっ?」
突然のマキの提案に、矢口さんも梨華ちゃんも驚きの声をあげた。
「どうせ夜が来るまで動けないし、それにあたし…いろいろときいてみたいことがあるんだ。」
「きいてみたいこと?」
無言でうなずくマキ。
「どうしよう…?」
3人で顔を見合わせて考える。でも、結論は最初から出ていた。いくら襲ってきた敵とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。
「わかったよ。交代でおんぶすればいいよね?」
「うん、ありがと。」
そしてマキはにこり、笑ってみせた。
「さて、と。どこに行こう? このぶんじゃ、みんなの家はバレてるだろうし…」
「とりあえず、怪しまれないように街の中心から離れましょう。とにかく、ここを出ないと。」
これといって行き先も決まらないまま、私たちは急いでデパートを後にする。
- 249 名前:第5話「ツバサ」 78 投稿日:2002年12月07日(土)00時14分31秒
- 薄いグレーに包まれた早朝の街。閑散とした通りにはスズメの鳴き声だけが響いている。
私たちは無言のまま歩き続けた。5分交代でイチイさんをおんぶしながら、ひたすら街の中心部から離れていく。
やがて商店街は住宅地へと姿を変えた。入り組んだ迷路のような細い道を抜けると、雑草の生い茂る土手にぶつかった。
「川まで来ちゃったね。」
あてもないまま進んできた私たちの行く手を阻むように流れる川。遠くに橋が架かっているのがボンヤリ見える。事実上、ここで行き止まりってことだ。
「ふうっ」
土手のてっぺんにのぼって4人、腰を下ろした。ぼーっと対岸を眺めていると、東の方から日が昇ってきた。白く清らかな光がまぶたを突き刺す。
「今日で、最後だね…」
マキがぽつりと漏らす。ん、軽く鼻にかかる程度の返事。さっきまでのできごとがあまりに強烈すぎて、現実感が湧いてこないのだ。
4人並んで体育座りをして、ただ茫然と日の光を浴びている。流れていく川の水面が反射するきらめきだけが時間の存在を感じさせた。
- 250 名前:第5話「ツバサ」 79 投稿日:2002年12月07日(土)00時15分23秒
- 「飯田さんたちは無事なのかなあ?」
ずいぶん経ってからようやく、梨華ちゃんが口を開いた。
「そうだといいけど…。学校へ様子、見に行ってみる?」
「まだ魔女がいるかもしれないよ。ヤグチも探しに行きたいけどさ、ヘタに動かない方がいいよ。」
確かに、矢口さんの言うとおりだ。再び沈黙に包まれて、時間だけがさらさらと流れていくのをただ見つめていた。
そのうち、河川敷にぽつぽつと人が現れ出した。犬を散歩させる人、ジョギングしてる人、キャッチボールをする親子。
人が増えてきたのを気にしてか、矢口さんがイチイさんの身体を草の斜面に寝転がらせた。なるほど、こうすればひなたぼっこしているように見えなくもない。
カモフラージュ作業を終えると、矢口さんは言う。
「ここってけっこう安全かもね。見通しもいいし、いざってときに周りの人に助けてもらえるかもしれないし。」
「そうですね、怪しまれないでのんびりできますもんね。」
そして4人交代でしばらく仮眠をとることにした。土手の斜面に寝転がる。空は突き抜けるような青さ。疲れた身体を風がさらりと撫でていった。
- 251 名前:第5話「ツバサ」 80 投稿日:2002年12月07日(土)00時15分59秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 252 名前:str 投稿日:2002年12月07日(土)00時16分50秒
- 今回更新分は今までで一番ネタの密度が高くなってしまいました。
なんかもう、こうなると意地の産物のような気がしてきます。
>>220さん
終盤に来て更新が不定期になってしまい、申し訳ありません。
ご指摘の“いいところ”の描写はホントに苦手でして、
1レスにまとめて逃げてしまいました。ごめんなさい。
>>221さん
緊迫した状況がマキの感情を引き出していく場面、
バランス良く書くのはけっこう難しい作業で、苦労してます。
更新速度、上げられるようにがんばります。
>>222さん
楽しんでいただけているようでホッと一安心です。
マキの描写はこれで足りてるのか?と悩みつつ書いてます。
毎回読者さんの想像力に頼ってばかりですいません。
>>223-224 ダンサーさん
そこを突っこまれるのは本当に恥ずかしいです。<理系
日常生活でも物理・化学の例えがよく出る癖がありまして…。
レスのageやsageについてはお気になさらず。
- 253 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月07日(土)14時02分45秒
- 久々の更新が嬉しいです♪
何故か市井サンの心配をしてしまいますが、それ以上に
デパートの方を心配してしまうのは私が社会人だからでしょうか(^_^;
次の更新を楽しみにしています。
- 254 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月08日(日)02時39分28秒
- 更新お待ちしてました!今までになく緊迫したシーンでしたが、それ故いつも以上に主役
1人と1体(人?)の強い信頼関係を感じました。
終焉に近付いているのが少し寂しいですが、結末が楽しみでもあります。
- 255 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月08日(日)09時41分48秒
- 第5話は読んでいて緊張致します。
でも随所にあるネタにニヤリとさせられw、str様の思うつぼに…w
ついに最後の日となってりましたか…
まだまだ先の読めない展開にハラハラしながら、次回更新をお待ちしております!
- 256 名前:名無し 投稿日:2002年12月09日(月)03時34分23秒
- とうとう最後の日…楽しみなようできてほしくないような…
二人が幸せになれることを祈ります
- 257 名前:第5話「ツバサ」 81 投稿日:2002年12月13日(金)21時56分26秒
- お昼を過ぎて、梨華ちゃんが近くのコンビニで買ってきたご飯を食べる。と、矢口さんがひとつの提案をしてきた。
「あのさ、やっぱりヤグチ、学校に行ってみようと思うんだ。」
「えっ? さっき、魔女がいるかもしれないからやめた方がいいって…」
「うん、そうだけど…でもじっとしてらんないんだ。どうしても、圭ちゃん・カオリ・辻加護の無事を確かめたい。」
「矢口さん…。」
「マキちゃんとよっすぃーはここに残って。ヤグチと石川で行ってくる。それならいいよね。」
梨華ちゃんは矢口さんの言葉にうなずいてみせる。まっすぐ私とマキを見つめるふたりの視線。
「…わかりました。必ず、ここに戻ってきてくださいね。」
「わかってる。なるべく早く帰ってくるよ。」
「行ってくるね、ひとみちゃん、マキちゃん。」
「うん、気をつけてね。」
- 258 名前:第5話「ツバサ」 82 投稿日:2002年12月13日(金)21時57分23秒
- 矢口さんと梨華ちゃんが学校に向かってから、私とマキは体育座りのまま並んでじっとしていた。
ふたりっきり。昨日のキスのことでなんとなく照れくさいのと、目の前で横たわってるイチイさんの存在が気になるのとで、膠着状態がずっと続いている。
そうしている間にも河川敷にはさらに人が集まってきて、みんなそれぞれ思い思いに過ごしている。サイクリングを楽しんでいる人、犬にフライングディスクを教えている人、サッカーボールを追いかける男の子、段ボールで土手をすべり下りる子どもたち。
「なんか、平和だよね。」
マキの声。いつもと変わらないのっぺりとした調子に、少しほっとした。
「うん。みんな、のんびり日曜日の午後を過ごしてる。」
聞こえてくるのは力いっぱいはしゃいでいる歓声。そして緩やかに通り抜けていく風の音。私たちが魔女に追われてここまで来たことを誰が想像できるだろう?
- 259 名前:第5話「ツバサ」 83 投稿日:2002年12月13日(金)21時58分09秒
- マキは遊んでいる子どもたちをいとおしそうに見つめていたが、やがて、
「あたしもやってみよっと。」
そう言って立ち上がると、近くに転がっていた段ボールの切れ端を拾い上げた。そして子どもたちがしているように、それをお尻の下に敷いて土手をすべり下りる。
「ひゃあーっ!」
意外とスピードが出たせいか、途中でごろんと転がって一番下まですべっていった。
「……あははははっ!」
マキは天を仰いだまま笑い声をあげる。そしてむっくり起き上がると、てっぺんまでもう一度のぼって、またすべり下りる。
「ひとみーっ!」
大きなえくぼに真っ白な歯。無邪気な笑顔を浮かべたマキは手を振って私に呼びかけてくる。
───世界の平和を守るとかそんなんじゃなくて、ただマキを守るだけの小さな、だけど大きな戦い。今は、その中の一瞬の休息。
それからマキはまた、うんしょ、うんしょと斜面をのぼって段ボールですべって。何度も繰り返す。
しばらく続けた後、疲れて草の上に寝転がるマキ。土手のてっぺんから見つめる私と目が合うと、にひひと笑ってみせた。
- 260 名前:第5話「ツバサ」 84 投稿日:2002年12月13日(金)21時58分57秒
- と、突然マキの表情が驚いたものへと変わる。視線の先を追って振り返ると、傾きはじめた日の光を浴びて暖かい色合いに染まった白いワンピースの少女が立っていた。
「なっち」
「…ごめんね、つらい目に遭わせちゃって。」
落ち着いた柔らかい声。なっちはゆっくりとこっちに歩いてくる。
「あ、昨日は助けてくれてありがとうございました。」
「お礼なんていいよ。結局なっち、ユウちゃんの作戦を完全に見抜けなくて迷惑かけちゃったし。…デパート、大変だったっしょ? よくがんばったね。」
なっちはそう言うと、私の隣に腰を下ろした。
「…そういえば昨日、あれからユウコさんとはどうなったんです?」
「なっちもユウちゃんも本気だったからさ、お互いにずっと様子見て相手が仕掛けてくるのを待っててね。そしたら急にユウちゃんが逃げ出したんだ。」
「逃げ出した?」
「うん。それでさ、追いかけようとしたらデパートの方でみんなが戦ってるってことがわかって。慌ててそっちに駆けつけたんだけど、決着がついた後でさ。なっち、なんだか役立たずみたいになっちゃったよ。ごめんね。」
「そんなことないよ。なっちがいなかったらあたしたち、学校でつかまってたもん。ね、ひとみ。」
- 261 名前:第5話「ツバサ」 85 投稿日:2002年12月13日(金)21時59分44秒
- 私となっちが話しているのを見て、マキもこっちにやってきた。イチイさんの脇に座って話の中に加わる。
なっちはイチイさんが横たわっているのを目にすると、淋しそうな口調で言った。
「このコもこんなことになるはずじゃなかったのにね。」
哀れみのこもった言葉に、マキが反応する。
「それってどういうこと? いちーちゃんって、ユウコさんにつくられた人形なんでしょ?」
すると、なっちはため息をひとつついてから答える。
「そうだよ。でも正確に言うとね、このコは“つくられた”っていうより、“魔法をかけられて人形にされた”んだよ。」
「じゃあ、もしかしてイチイさんって…」
なっちはコクリ、うなずいた。
「彼女、もともとは人間だったんだ。」
ザッ、風が木々を揺らした。なっちは続ける。
「ユウちゃんのよく使う手なんだけどね、まずね、生きる希望をなくした人を探すんだ。それでターゲットを見つけると、絶望のどん底にいるその人に手を差しのべるフリをして、魔法をかけて人形にしちゃうんだ。」
「ってことは、イチイさんもそうやって…」
- 262 名前:第5話「ツバサ」 86 投稿日:2002年12月13日(金)22時00分38秒
- なっちはうなずいて、そして言う。
「このコにはね、シンガーソングライターになりたいって夢があったんだ。でも、報われなかった。そして打ちひしがれているこのコの前にユウちゃんが現れた。今は夢が実現できなくても、将来はできるかもしれない。だけどユウちゃんは、彼女の心から最後の希望を奪った。そして魔法をかけて、マキを捕まえるための人形にしたんだよ。」
「そんなことを…ひどい…。」
目を閉じうなずくなっち。マキは力なく横たわるイチイさんの頭をそっと自分の膝の上に乗せた。そしてうつむいたまま、震える声で尋ねる。
「ねえ…それじゃ、あたしは何者なの? いちーちゃんと同じであたしももともと人間で、誰かに魔法をかけられたの?」
わずかな沈黙の後、なっちはゆっくりと首を横に振った。
「ちがうよ。マキは人間じゃない。」
「じゃあなんなの? あたしってなんなの?」
長い逡巡の空白を置いて、なっちは答えた。
「───マキはね、なっちとおんなじでね、ホントは天使なんだ。」
- 263 名前:第5話「ツバサ」 87 投稿日:2002年12月13日(金)22時01分40秒
- 一瞬、理解できなかった。それはマキも同じようで、声にならない声でつぶやく。
「あたしが…、テンシ…?」
「そう。マキは天使になる予定だったんだ。…だけどね、うまくいかなくて、半分だけしか天使になれなかった。そして今までマキはずっとチカラを貯めてきた。ユウちゃんが狙ってるチカラ。」
「……。」
「ホントはね、それは完全な天使になるためのチカラなんだ。でもね、マキが人間になりたいんならそのために使えばいいって、なっちはそれを見守ってきたんだよ。」
なっちの説明を聞いても、マキは黙ってうつむいたままで動かない。私もなっちも無言でその姿をじっと見つめる。流れる時間の中、太陽はゆっくりと西の果てへと近づいていく。
- 264 名前:第5話「ツバサ」 88 投稿日:2002年12月13日(金)22時02分36秒
- 「───わかんないよ!」
突然、マキが叫んだ。
「あたしのためにいちーちゃんは人間から人形にされた! そしてあたしは人形から人間になろうとしてる! しかも、もともと天使になる予定だったって…。あたし、いったいどうすればいいのかわかんないよ!」
「マキ…」
すると、なっちがマキの前に立った。そして穏やかに話しかける。
「マキは今のままでいいんだよ。何も気にする必要はないよ。」
「でも、いちーちゃんはあたしのせいで…」
「それはちがうよ。確かにマキを捕まえる目的で人形にされたかもしれないけど、だからってマキが責められることはないよ。マキはなんにも悪くない。」
「じゃあ、あたしがちゃんとした天使じゃなかったのがいけないんだ。最初から天使だったら、みんなを苦しめなくて済んだんだ。」
「だけどそうすると、きっとよっすぃーと出会うことはなかったよ? それでもよかった?」
「……よくない。」
なっちは涙をこらえているマキを抱き締めると、耳元で優しくささやく。
「タイセツなのはね、今の自分を受け入れること。自分の存在を否定しないこと。そこから、自分の信じることをすればいい。」
- 265 名前:第5話「ツバサ」 89 投稿日:2002年12月13日(金)22時03分32秒
- そしてなっちは私を見据えて言う。
「よっすぃー、マキをよろしくね。前になっち言ったよね、『ふたりはお互いを必要としていた。だから出会ったんだ』って。マキはね、よっすぃーがマキを必要としてるのと同じくらい、よっすぃーのことが必要なんだよ。」
強い視線に、私は大きな声で応える。
「わかってます。天使も人間も人形も関係ない。私は、マキを守ります。」
「…よろしい。」
なっちは満足そうに微笑むと、右手を差し出してきた。私も右手を出し、握手する。ちっちゃいけど、すごく熱い手だった。
「今夜、ユウちゃんと決着をつけることになる。苦しい戦いになると思うけど、ぜったいにあきらめちゃいけないよ。」
「はいっ!」
手を離すと、なっちは土手のてっぺんまでのぼって、私たちの方を振り返って言った。
「…それじゃ、なっち、行くね。ユウちゃんとの決戦に備えて、力をたくわえておかなきゃいけないから。…またね。」
そしてにっこりと私とマキに笑いかけると、街の方へと消えていった。
- 266 名前:第5話「ツバサ」 90 投稿日:2002年12月13日(金)22時04分21秒
- 「マキ…」
うつむいたままのマキにそっと声をかける。そばに寄る。口を真一文字に結んでいるマキの視線は、長い前髪に隠れて見えない。
「…マキ?」
「───ばあっ!」
いきなりおどけた表情でこっちを向くマキ。驚いて、思わず尻もちをついてしまう。
「ひとみ、びっくりした?」
さっきと同じ自然な笑顔を浮かべてマキが訊いてくる。
「したよっ! もうっ、心配させといて。」
「あはっ、ごめんね。…もう、だいじょーぶだから。」
「うん…。」
夕暮れの中、河川敷にいる人たちはだいぶ少なくなってきた。ひとり、またひとりと家路についていく。
- 267 名前:第5話「ツバサ」 91 投稿日:2002年12月13日(金)22時05分04秒
- なんだかちょっといい雰囲気になってきたかも、なんて思っていると、背中に聞き慣れた声が浴びせられた。
「よっすぃー! マキちゃーん!」
「4人が、4人がタイヘンなの!」
矢口さんと梨華ちゃんが血相を変えて走ってくる。私とマキはその様子に慌てて立ち上がり、ふたりを迎える。
「どうしたんです?」
息を切らせて矢口さんは言う。
「4人は魔女に捕まってたんだよ! それで、返してほしかったら今夜高台に来いって!」
そして梨華ちゃんが横たわるイチイさんを指して付け加える。
「あのサヤカって人形と交換だ、って魔女のヒトが言ってたの! どうしよう! どうしよう!」
「ちょっと待って、焦ったら相手の思うツボだよ。落ち着いて最初から説明してくれる?」
- 268 名前:第5話「ツバサ」 92 投稿日:2002年12月13日(金)22時05分38秒
- あらためて、矢口さんと梨華ちゃんの説明をまとめてみる。
私たちと分かれて学校に向かったふたりは、校舎の中や屋上・体育館裏・中庭など細かいところまで4人を繰り返し何度も探したのだが、結局手掛かりさえ見つけることができなかった。
もしやと思ってそれぞれの家にもお邪魔してみたが、全員帰ってなくて逆にいろいろ訊かれる始末。
途方に暮れたが、それでもと思いもう一度学校に戻ってみると、校門の前に魔女が立っていた。そしてふたりの姿を見つけると、「ウチが4人をあずかってる。返してほしければ今夜9時にサヤカを連れて高台まで来るように」と告げて去ってしまった、ということだ。
- 269 名前:第5話「ツバサ」 93 投稿日:2002年12月13日(金)22時06分29秒
- 「つまり、人質交換ってわけか。」
「うん…。来ないと4人がどうなっても知らない、って…。」
「くそっ、どこまでも汚い手を使いやがって!」
これが魔女の罠だってことはわかりきっている。でも、みんなを助けないわけにはいかない。行くしかないんだ。
「ひとみちゃん、どうしよう…」
「決まってるよ。あれだけ手強かったイチイさんだって倒せたんだ、きっとできる! 魔女をやっつけて4人を助ける。もう誰にもマキのジャマはさせない。」
「でもさ、よっすぃー。何かいい作戦でもあるの? 今朝みたいな作戦があればいいんだけどさ。」
「それは…まだ…」
矢口さんの質問に口ごもる。と、マキが言った。
「カギになるのは───いちーちゃんだよ。…あたしにまかせて。」
- 270 名前:第5話「ツバサ」 94 投稿日:2002年12月13日(金)22時07分38秒
- 真っ暗な河川敷が、静かに照らされる。晧々と輝く月が東の空に現れた。それは今までに見たことないほどに巨大な満月。
「ウ…、ウ……。」
まるで狼男のようなうめき声をあげ、二、三度まばたきをする。イチイさんが、目覚めた。
5mほどの距離をあけて、その様子を私たちは見つめる。イチイさんはそれに気がつき飛び起きると、その場にかがんで臨戦態勢に入る。
鋭い眼光で睨みつけてくる彼女の前に、マキが立った。緊張が走る。
「いちーちゃん。」
包みこむようなマキの声。しかしイチイさんは身じろぎひとつせず、一瞬を狙う野獣のように呼吸を研ぎ澄ましている。
イチイさんの瞳にはマキだけが映っている。マキを捕らえる───それだけが刻みこまれた本能を剥き出しに、時を計っている。
- 271 名前:第5話「ツバサ」 95 投稿日:2002年12月13日(金)22時08分29秒
- 「いいよ、おいで。」
芯の通った声が響き渡った。
わずかな、戸惑い。それを打ち消そうと、野獣は猛然とダッシュをかけた。マキの喉笛めがけてイチイさんが襲いかかる。
「マキぃっ!」
ひらり、紙一重の差でかわすと、マキはイチイさんの身体を思いきり力をこめて抱き締めた。
「うおおおッ! 離せ!」
マキはその手を緩めない。ぎゅっと奥歯を噛み締めて、しかし笑みすら浮かべて、しがみつく。
「離せっ! 離せえっ!」
絶叫するイチイさん、がっちり身体を押さえつけるマキ。激しい消耗戦が続く中、マキが声をかける。
「いちーちゃんはさっ、もともと、人間だったんだよね。」
「うるさい! 離せッ!」
「どうして希望を捨てちゃったの? まだきっとチャンスはあったはずだよ、なんでカンタンに手放しちゃったの?」
「黙れっ! 黙れえええッ!」
なんとかして態勢を立て直そうとするイチイさんだが、マキの力が思いのほか強いのか、うまくいかない。
- 272 名前:第5話「ツバサ」 96 投稿日:2002年12月13日(金)22時09分17秒
- マキはさらにしゃべりかける。
「いちーちゃんはこのまま、魔女のあやつり人形のままでいいの?」
「クッ、お前に何がわかる! 自分のすべてを否定された人間の苦しみが、わかってたまるか!」
「あはっ、いちーちゃん、やっと自分からしゃべってくれたね。」
「うるさいっ! …もうこれ以上、悲しい思いをしたくないんだ! だからイチイは痛みを超える存在になったんだッ!」
「ちがうよ。いちーちゃんは、痛みを感じるのをごまかしてるだけだよ。」
マキの声に一瞬、イチイさんの動きが止まる。が、次の瞬間、再びマキを引き剥がそうと力をこめる。
「うるさい、うるさいッ!」
ほとんど涙声で怒鳴り続けるイチイさん、そしてそんな彼女をただひたすら優しく受けとめているマキ。
- 273 名前:第5話「ツバサ」 97 投稿日:2002年12月13日(金)22時10分06秒
- やがてイチイさんは、まるで電池がなくなったようにゆっくりとなって、そして止まった。
「いちーちゃん。」
抱き締めるマキの陰から嗚咽が聞こえてきた。───泣いている。
「どうして…ねえ、どうして? イチイはもう痛みも、悩みも、苦しみもなくなったんじゃないの? なのにどうして涙が出るんだよ?」
「───よかった。いちーちゃん、心まで完全に人形になりきってなくて。」
「マキっ!」
激しい取っ組み合いに決着がついたのを見て、矢口さん・梨華ちゃん・私はふたりのもとに駆け寄る。
「あたしはだいじょーぶだよ。それより、いちーちゃん。」
振り向いて笑顔を見せると、マキはイチイさんを私たちの前に押し出した。力なくしゃがみこんで、茫然と私たちを見上げる。
- 274 名前:第5話「ツバサ」 98 投稿日:2002年12月13日(金)22時11分10秒
- マキはもう一度イチイさんを抱き締めると、穏やかにしゃべりかける。
「ねえ、いちーちゃん。あたしたちといっしょに戦ってほしいんだ。」
「たたかう…?」
「うん。ユウコさんを倒すんだ。」
その名前を聞いた瞬間、イチイさんはおびえた表情に変わる。
「……ムリだよ。アイツは狙った獲物を捕まえるためなら、どんなことでもする。すごく執念深い。かないっこない。」
「でも、デパートであたしのこと、捕まえられなかったよ? いくら手強いからって、勝てないわけじゃないよ。」
「……。」
うつむくイチイさん。しかしマキはその顔をのぞきこんで、続ける。
「もうこれはあたしだけの戦いじゃない。ひとみ、やぐっつぁん、梨華ちゃん…そして、いちーちゃん自身の戦いでもあるんだよ。」
「イチイ…じしん…?」
「うん。いちーちゃんはもう、ユウコさんのあやつり人形じゃない。自分の力で、自由をとりもどすんだ。」
力強いマキの言葉が夜の闇の中に響いた。そしてその後には、風と川を流れる水の音と月明かりだけが残った。
目を閉じて考えるイチイさん。じっとりとした空気の底で、私たちは固唾を飲んでその様子を見守る。
- 275 名前:第5話「ツバサ」 99 投稿日:2002年12月13日(金)22時11分58秒
- やがて、ゆっくりと目を開けた。まっすぐに私たちを見据えて、そして。
「イチイは───もう一度、歌いたい。魔女の命令じゃなくて、自分の意志で、歌いたい。」
そう、ハッキリと口にした。
「それじゃ、イチイさん…」
「戦うよ。勝てるかどうかわかんないけど、イチイもマキたちの力になる。」
頼もしい声に、思わず笑みがこぼれた。みんなでうなずきあった。
そして振り返り、高台を見つめる。展望台のライトが私たちを呼んでいるかのように煌々と輝いている。
───待ってろ、魔女。
最後の戦いの予感に煽られて、身体はどんどん熱くなっていく───。
- 276 名前:str 投稿日:2002年12月13日(金)22時13分16秒
- 今回はここまでです。
おそらく次回更新で第5話は完結すると思います。
>>253さん
デパートのシーンは映画『マネキン』を参考につくってみたのですが、
アメリカ映画の後片付けを考えない大雑把さまでうつってしまいました。
もしかしたら、なっちが片付けを手伝ったのかもしれませんね。
>>254さん
緊迫したシーンなのにお待たせしてしまい申し訳ありません。
終わりが近づいてきました。取りこぼしがないようにと心がけてます。
なんとか、なるべく早く完結させたいと思ってるんですけどね…。
>>255さん
文章ヘタッピなんで、毎回ネタで姑息に勝負しております。
書いててけっこう不安なんですが、喜んでいただけて一安心です。
期待に応えられるようにがんばります。
>>256さん
ついに最終日ですね。書きながら自分でも感慨にひたってます。
あとはもう、ひたすら話を収束させる態勢に入ります。
読んでくださった方全員が納得できるラストを書きたいですね。
- 277 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月14日(土)15時57分03秒
- いよいよクライマックスに近づいてきた感じですね。
マキの優しさが心に染みます。
次回で最終回というのが待ち遠しくもあり寂しくもあり…。
- 278 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月19日(木)07時27分10秒
- 第5話は完結するという事はもしかして…
なんて淡い期待もし、初めから読み直しテンション上げながら
次回更新を待たせて頂きます。
- 279 名前:第5話「ツバサ」 100 投稿日:2002年12月21日(土)20時32分30秒
- 坂道をのぼりきった先の展望台。誰もいない。
柵の方へと近づいていく。見上げた空には真珠のような満月と、それを隠してしまおうと様子をうかがっている黒い雲。その真下には無数の明かりが散りばめられている。光が溶け合ったその光景はまさに、私とマキが初めて出会ったあの日とまったく一緒だった。
「あと1分。」
ケータイを見て矢口さんが言った。深呼吸。できるだけリラックスして、時を待つ。
- 280 名前:第5話「ツバサ」 101 投稿日:2002年12月21日(土)20時33分54秒
- ───ガサッ。
林の方から音がした。闇の中に金色の髪が浮かび上がり、青い瞳が妖しく光る。それに続いて飯田さん・保田さん・辻・加護が現れた。
「よう来たな。それじゃ約束どおり、サヤカと引き換えに4人を返そか。」
魔女の奥、無表情で立っていた4人がこちらに向かって歩き出す。
それを見て梨華ちゃんが、後ろ手に腕を縛られているイチイさんを魔女に向けて押し出した。ゆっくりとした足取りで、両者がすれちがう。
その瞬間、4人は駆け出し、私たちの方に突っこんできた。
「お見通しだっ!」
ロープを手にして一斉に散らばると、4人を取り囲む。それから一気にお互いの距離を詰める。
「ごめんね、みんな!」
そしてマキが素早くロープをぐるぐる巻きにして4人まとめて縛り上げる。あっという間の早業に、ほとんどこれといった抵抗もないまま、4人の動きを封じこめた。
「へえ…なかなかやるやないか。あんたらをちょっと甘く見てたようやね。」
そうこなくっちゃ、と言わんばかりにうっすらと笑う魔女。
- 281 名前:第5話「ツバサ」 102 投稿日:2002年12月21日(土)20時34分41秒
- と、そのわずかな隙を突いて今度はイチイさんが飛びかかった。あらかじめ切れ目を入れておいた拘束を破ると、まっすぐに腕を伸ばして魔女の首を狙う。
「なっ! サヤカっ!」
身体を反らせてイチイさんの攻撃をかわした。そして二、三歩後ずさりして間合いをとる。
人形が裏切ることなど予想外だったのか、それまでの余裕の表情は魔女から完全に消えた。眉間いっぱいにシワを寄せ、眉尻を引き攣らせて睨みつけるその顔は、“憎しみ”という感情を純粋に取り出したような迫力に満ちている。
「血迷ったかサヤカ…。ウチに逆らうとどうなるかわかっとんのやろな…。」
声を震わせてそれだけしぼり出した。しかしイチイさんは視線をそらさず、ただまっすぐに魔女を見つめ返して言う。
「どうなったって構うもんか! 今の状態よりはマシだッ!」
「……そうか。そんならウチも容赦なくとどめを刺せるっちゅーことやな。」
ニタア。美しい魔女の顔が醜く歪んだ。狂気をはらんだ笑い。
イチイさんはダッシュして魔女の胸元へと飛びこむ。だが、あともう少しというところで魔女が天を指した。
- 282 名前:第5話「ツバサ」 103 投稿日:2002年12月21日(土)20時35分44秒
- 紫がかった白い光の壁。轟音とともにイチイさんを押しつぶした。昨日の夜に私とマキを襲ったのと同じ、すべてをひっくり返すような衝撃が走る。
そして、土煙が晴れたそこに現れたのは、焦げてボロボロになった衣服をまとったイチイさんの姿だった。
「いちーちゃあんっ!」
マキの絶叫。しかしイチイさんは力なく膝から崩れ落ちる。魔女は満足そうにその様子を見つめながら、彼女のもとに歩み寄る。
「コイツらに何を吹きこまれたのかは知らんが…」
ブーツでイチイさんの頬を踏みつけ、グッと力をこめた。抵抗する力さえイチイさんには残っていなかった。魔女は抑揚のない口調で続ける。
「オマエをつくったんはウチやで? ご主人様に歯向かうとはええ度胸しとるな、ホンマ。」
そしてフッと踵を上げると、イチイさんの鳩尾にトゥーキックを入れる。ゲホッ、激しくむせる音がした。
「…オマエ、いらんわ。こんな中途半端な役立たずをつくったっちゅーのはウチにとっても汚点になるからな。ホンモノの人形になれや。」
魔女はイチイさんの髪の毛をつかんで引っぱり上げた。すっかり汚れてしまったイチイさんの頬が、月に照らされてきらめく。
「なんや? 泣いとるん? ハハ、ホンマに不良品やな、オマエ。」
- 283 名前:第5話「ツバサ」 104 投稿日:2002年12月21日(土)20時36分49秒
- そして魔女はイチイさんの胸にもう片方の手を当てた。バチッ!と光った瞬間、イチイさんの身体がびくっと跳ねた。
「せっかくウチが人間の苦痛から救ってやったのになあ。」
そう言うと、イチイさんを無造作に投げ捨てた。乾いた音を立てて地面にバウンドして、イチイさんは止まった。それはまさに、おもちゃ箱に投げこまれた、糸の切れた人形のように。
「腐っても鯛。半分でもやっぱり天使だからか。ますます欲しくなったで、そのチカラ。」
魔女がこっちを向く。視線の先には、マキ。
「おい、そこのもうひとりのできそこない。カクゴはええか?」
「───待ってよ!」
自然と身体が前に出ていた。両手をいっぱいに広げて、マキの前に立つ。
「ひとみ!」
「ひとみちゃん!」
「よっすぃー!」
足がガクガク震えている。今にも泣きそうな顔になっていると思う。でも、私はお腹の底から声を振り絞って叫ぶ。
「どうして? どうしてそんなにまでしてマキを狙うの? 何のためにマキのチカラが必要なの?」
- 284 名前:第5話「ツバサ」 105 投稿日:2002年12月21日(土)20時37分48秒
- 魔女はふっと口元を緩める。
「ホンマにカワイイなあ。どや、サヤカの代わりにウチのモンにならんか?」
「私の質問に答えて!」
「ふふ…ええやろ。教えたるわ。…もしここであんたを人形にする場合、あんたにこの世の絶望を見せることになる。昨日の陸上部室の中みたいにな。」
「───え?」
「せやけどマキがおる限り、完全に希望を奪うことはできんようやな。半分だけとはいえさすがに天使のチカラや。サヤカもそれで人間の心が戻ったみたいやしね。」
陸上部の部室に逃げこんだとき、私は魔女の術中に嵌っていた? そして、それを救ってくれたのは、マキ。
魔女は続ける。
「マキはもともと天使になるはずやったけど、失敗して地上に落ちてきた。そして月の出ている夜だけ動ける人形になって今まで過ごしてきたんや。」
「でも、マキは人間に…」
「せやから急いどんねん。マキが人間になる前にウチがそのチカラをいただいて、有効に使おうっちゅーわけや。」
「有効に使う? マキのチカラをいったいどうするの?」
- 285 名前:第5話「ツバサ」 106 投稿日:2002年12月21日(土)20時38分35秒
- すると魔女は真剣な目になって、答えた。
「───若さや。チカラがあれば、その分だけウチは若返ることができる。」
「そんなことのために? そんなことのためにマキを? イチイさんを?」
「あら、“そんなこと”とは失礼やね。ピチピチのあんたにはわからんかもしれんけどな、重要なことやで。…時間って、残酷やん。時間はすべてを風化させる。物質も。肉体も。そして、記憶も。誰も抗うことができない因果なんや。」
「時間…。」
つぶやいた私に魔女はうなずいた。
「もし時間をこの手でコントロールできたら。まあそれはムリにしても、せめて肉体だけでも時間に逆らうことができたら! …それって、それだけでも大きな価値を持つことや。わかるやろ?」
魔女のセリフの余韻が辺りに響いた。だけど、私は、ゆっくり首を横に振った。
「…わからない。わかりたくもない。」
「ほお? なんでや?」
「私は今、二度と還らない時間を生きている。だから、私の人生は、かけがえのないものになるんだ。」
「───そうだよ。」
- 286 名前:第5話「ツバサ」 107 投稿日:2002年12月21日(土)20時39分36秒
- マキが私の隣に並ぶ。そして、魔女にしゃべりかける。
「あたしはずっと同じ毎日を生きてきた。でも、ひとみが変えてくれた。永遠の若さなんて、退屈なだけだよ。」
「ヤグチもそう思う。ってか、自分のエゴのために他人を狙うなんてサイテー。」
「わたしも。ぜったいにあなたの思い通りにはさせないんだから!」
矢口さんも梨華ちゃんも前に出る。4人一列に並び、魔女と対峙する。
「…そっか。ウチの理想はわかってもらえんのか。そんなら実力行使しかないな。」
魔女はゆっくりと右手を上げる。イチイさんを襲った雷が再び放たれようとしたそのとき───
「待ちなさい!」
声のした方を見る。そこにいたのは背中に純白の翼を広げた少女。
「なっち!」
「ごめんね、遅くなって。フルパワーになるのを待ってたらこんなに時間がかかっちゃったよ。…サヤカには悪いことしたね。」
そして天使は、魔女を見つめてしゃべりかける。
「もう、手加減しないよ。」
魔女は薄く笑って言った。
「ええけど、手加減しないとどうなるかわかってんのやろな?」
「もちろん。」
にっこり微笑んで答える天使。それは、何かを決断したような迷いのない笑み。
「そっか。…そんなら、ウチも容赦せえへんでっ! くたばれえっ!」
- 287 名前:第5話「ツバサ」 108 投稿日:2002年12月21日(土)20時40分25秒
- 言葉と同時に魔女は腕を振り上げる。雷が、天使めがけて落ちる。
地面がえぐり取られ、アスファルトの破片が飛んでくる。さっきよりも一段と激しい衝撃が襲ってくる。
「うわあっ!」
吹き飛ばされて、地面に思いっきりたたきつけられた。が、痛がっているヒマなんてない。
「みんな、無事!?」
慌てて周りを見回す。ひょっこり顔を見せるマキ、立ち上がって様子をうかがう矢口さん、キャーキャー悲鳴をあげてしゃがみこんでいる梨華ちゃん。とりあえず、全員大丈夫なようだ。
そうしている間にも、天使は反撃の態勢に入っていた。雷が落ちる前に素早く移動したようで、さっきいた場所より少し奥の位置から翼をはためかせる。一陣の風が鋭い切っ先になって魔女に襲いかかる。
「くっ!」
間一髪でかわす魔女。しかしその頬を鮮血がツウとつたっていた。
「まだまだユウちゃんにも赤い血が流れてたんだね。」
「ほざけぇっ!」
- 288 名前:第5話「ツバサ」 109 投稿日:2002年12月21日(土)20時41分17秒
- 必死の叫び声をあげて魔女は天使に飛びかかった。その拳からは火花が散っている。
天使は繰り出された拳をつかむと、そのまま腕を奪った。魔女はもう片方の手で天使の喉を狙ったが、翼がふわりと身体を包んでそれを阻む。
すると天使の頭上の輪が輝き出した。今夜の月と同じ銀色の光が周囲を包みこむ。
遠くから見ている私たちの目さえも眩むような閃光。至近距離で浴びせられた魔女の悲鳴が響く。
「ぐおおっ!!」
もはや言葉になってない絶叫。そして轟音。魔女が雷を落とし、力ずくで天使を引き剥がした。
すかさずもう一度、天使めがけて雷を落とす魔女。天使は背中から羽根を1枚抜き取ると、それを頭上に放り投げた。雷は羽根に当たり、はじけて消えた。
ふたりは向かい合うと、お互いに次の攻撃に備えて構える。
- 289 名前:第5話「ツバサ」 110 投稿日:2002年12月21日(土)20時42分12秒
- 一進一退の攻防。前かがみの姿勢で睨みつけ、チャンスをうかがう魔女。背筋をピンと伸ばし、まっすぐにたたずむ天使。どちらも肩で息をしている。それでも見た感じでは、天使の方がわずかに優位に立っているように思える。
私たち4人はとても手が出せる状況ではない。黙ってただ見つめることしかできない。
と、魔女の視線が私たちを捉えた。そしてフッと薄い笑みを浮かべると、天を指した。
「しまった!」
天使は素早く背中から羽根を1枚抜き取り、私たちめがけて投げつける。…しかし。
───バリイイイッ!
魔女は最初から私たちを狙ってはいなかった。狙っていたのは、私たちの背後に植えられていた木。
雷が落ちた木は根元まで大きく裂けて、そして私たちの方へと倒れてきた。───逃げなきゃ? ああ、ダメだ、このままじゃ間に合わない…
- 290 名前:第5話「ツバサ」 111 投稿日:2002年12月21日(土)20時43分16秒
- 目を開けたとき、木は私たちの10cmほど手前の位置に転がっていた。羽根がふわり、地面に落ちるのが見えた。身体がじんじんと痛い。
「ぐぅ…」
うめき声を聞いて状況を理解した。私たちは木が倒れる瞬間、突き飛ばされた。それで助かったのだ。
4人で慌てて木をどける。その下にいたのは、羽根を散らしてうつ伏せになっている天使だった。
「なっちぃっ!」
「う……だい…じょう…ぶ…だよ…。」
荒い呼吸のまま、フラついた足で立ち上がる。
形勢は完全に逆転した。ゾクリ、背筋が凍るほどに残酷な笑みを浮かべてその様子を眺める魔女。
「あらあら、なっち大丈夫? 直撃やん、ムリしない方がええんやないの?」
軽い口調。それでも天使は歯を食いしばり、魔女と向き合う。
「フン。そいじゃ、続けていくでえっ!」
言うやいなや、魔女は拳に火花を散らして殴りかかる。動きの鈍い天使は満足にガードすることもできず、まさにサンドバッグのようにたっぷりパンチを食らって地面に倒れこんだ。
- 291 名前:第5話「ツバサ」 112 投稿日:2002年12月21日(土)20時44分07秒
- 「なんや、さっきまでとはえらいちがいやん。」
イチイさんのときと同じように魔女は髪の毛をつかんで天使を引っぱり上げると、思いきり体重を乗せてボディブローをたたきこんだ。ぐえっ、奇妙な声をあげて天使は宙に浮き、背中から地面に落ちた。
「そんな…ウソだろ…。」
青ざめた矢口さんがつぶやいた。
「このままじゃ…天使さん、負けちゃうよおっ!」
梨華ちゃんの声。私は必死に叫ぶ。
「なっちぃっ!」
だが、反応はない。もうダメなのか───そう思いかけたとき、
「お願い! お願いだから目を開けて! 目を開けてよおっ!」
いっぱいに涙をためて、マキが叫んだ。どこまでも悲痛なその叫びは、黒い雲が覆い尽くして今にも月を飲みこもうとしている空にこだました。
- 292 名前:第5話「ツバサ」 113 投稿日:2002年12月21日(土)20時45分06秒
- 「さぁて、これでキマリや!」
仰向けで倒れている天使。馬乗りになり、魔女はその首に手をかける。次の瞬間、
「なっ…? 誰やっ、離せっ!」
魔女を後ろから羽交い絞めにする影。───イチイさんだった。
「サヤカっ? バカなっ!」
うろたえる魔女に一瞬の隙が生まれた。天使は魔女を素早くひっくり返すと、頭上の輪っかをつかんだ。天使の手のひらに光が移る。そして、魔女の心臓めがけてその光を撃ちこんだ。
「……? ……?」
突然のできごとに魔女は目を丸くして、口をパクパクさせ、何か言葉を発そうとした。しかし、それは音にならなかった。
やがて魔女の身体はうっすらと色を失っていき、そして完全に消え去った。
- 293 名前:第5話「ツバサ」 114 投稿日:2002年12月21日(土)20時46分04秒
- 永遠の長さのような一瞬の間を置いて、イチイさんが崩れ落ちた。続いて、天使が目を閉じて倒れこむ。それを合図に、私とマキは慌ててふたりのもとへ走り寄る。矢口さんと梨華ちゃんはロープで縛っていた4人のもとへと向かう。
「イチイさんっ! なっち!」
ふたりの身体を揺する。すると、
「なっちは…だいじょうぶだよ…。」
掠れた声でなっちは答えた。だが、イチイさんの方はぴくりとも動かない。
「いちーちゃんっ!」
マキがイチイさんの身体を抱き起こす。しかしイチイさんは満足そうな微笑を浮かべたまま、目を覚まさない。
「どういうこと…?」
「マキの願いが一瞬だけサヤカを元に戻したんだよ。……でも、もう戻ることはないよ…。」
なっちがぽつりと言った。
「そんなの! そんなのないよ! いちーちゃんはもう、ずっとこのままだって言うの!?」
声を荒げるマキに、なっちはこくり、小さくうなずいた。
「なっちもサヤカを人間に戻してあげたいけど…もう、チカラが使えないんだ。」
すると、しゃべっているなっちの身体がゆっくりと透き通りはじめた。
- 294 名前:第5話「ツバサ」 115 投稿日:2002年12月21日(土)20時47分25秒
- 「図書館で話したとき、なっちの身体、触っても感触なかったっしょ? でもユウちゃんをやっつけるために、なっちは実体を持ったんだ。これってね、すごくチカラを使うんだ。」
そういえば。陸上部の看板を拾い上げたなっち。握手して、とても熱かった手。
「なっちは限界なんだ。だからサヤカを元に戻すチカラも残ってない。…ごめんね。本当にごめんね。」
「……じゃあさ、あたしが天使になったらいちーちゃんを助けられるの?」
「───マキ?」
聞きまちがえたと思った。アタシガテンシニナッタラ…。天使? 天使になる?
やだなあ、何言ってんの? そう言おうとして振り向く。でも、マキがなっちを見る目は、どこまでも真剣だった。
- 295 名前:第5話「ツバサ」 116 投稿日:2002年12月21日(土)20時48分20秒
- 私は慌てて口を挟む。
「待ってよ、マキ! 私と一緒にいてくれるんじゃないの!?」
「ひとみ…。ごめん…。」
「ウソでしょ? 冗談でしょ? ねえ! ねえってば!」
マキの両肩をつかんで迫る。だが、そんな私をまっすぐに見て、マキは小さく首を横に振った。
「なんでよ!? どうしてよ!? それって私よりもイチイさんの方が大切だってこと!?」
「ちがう…そんなんじゃない…。」
「じゃあなんでだよ! なんでそんなことを言うんだよ! 人間になりたいっていうのはウソだったの!?」
「ウソじゃないっ! ウソじゃないよ! あたしは、人間になるのをあきらめない。でも、今、あたしが天使になればいちーちゃんを救うことができる!」
しんとした空気の中に、マキの声が響いた。
矢口さんも、梨華ちゃんも、ロープを解かれた飯田さんも保田さんも辻も加護も驚いてこっちを見つめている。半透明になったなっちも見つめている。
- 296 名前:第5話「ツバサ」 117 投稿日:2002年12月21日(土)20時49分07秒
- いつのまにか雲が去った空から降りそそぐ月のスポットライトを浴び、マキは言う。
「あたしはひとみと暮らしてわかったんだ。人生がどれだけすばらしいか。人間であることがどれだけステキなことか。…だから、あたしはいちーちゃんを元に戻してあげたい。」
「でも、マキ!」
しかし、私の言葉を遮ってマキは続ける。
「それができるのはあたししかいない。…ねえ、なっち。さっき川の土手であたしに言ったよね、『自分の信じることをすればいい』って。だからあたしは決めたんだ、今の自分にできることをしようって。」
マキのセリフには固い決意がにじみ出ている。確信を持ったマキの瞳は、一点の曇りもなく熱くきらめいている。
すると、なっちがマキの前に立った。苦しみをこらえ、精一杯の穏やかな表情でしゃべりかける。
「マキ…。本当に、天使になるためにチカラを使うの? そして、サヤカを人間に戻すの?」
無言で力強くうなずくマキ。なっちは続ける。
「でもそうすると、今のなっちみたいにチカラを使い果たして消えることになるよ? 消えた天使はこの世界としばらく関われなくなる。チカラが戻るまでには、すごく時間がかかる。」
「……それでも…いいよ。」
- 297 名前:第5話「ツバサ」 118 投稿日:2002年12月21日(土)20時50分01秒
- 「もうひとつ。天使はあくまで世界を見つめるのが仕事なんだ。だから、人間は天使と出会った記憶をすぐに忘れてしまうようになっているんだ。まるで、指からこぼれる砂のようにね。」
なっちの言葉で思い出す。なっちと別れるたび、なっちのことを不自然なくらいすっかりと忘れていたということを。
「つまり、将来もし天使から人間になることができても、みんなはマキのことを覚えていないかもしれないよ? …それでも本当に天使になるの?」
なっちの問い。───決断の時は来た。
マキは笑みを浮かべて、私とみんなの顔をぐるり、見回した。そして、大きく、うなずいた。
「あたしは、天使になる。」
月の光のように透き通った声がこだました。
- 298 名前:第5話「ツバサ」 119 投稿日:2002年12月21日(土)20時50分40秒
- 瞬間、マキの着ている服から色が消え、白一色に包まれた。そして、背中に大きく柔らかい翼が現れた。頭上に月と同じ銀色の光をたたえた輪が輝き出す。
目の前にたたずんでいるのは、まぎれもなく天使だった。はにかみ笑いを浮かべる、初々しく清らかな姿。
私は一歩前に出て、その天使に話しかける。
「私は、マキを守った。…だから、今度はマキが約束を守る番だよ。」
「うん。」
「何年かかってもいい。何年かかってもいいから……必ず。かならず、私のところに戻ってきて。」
「…わかった、ひとみ。ぜったいに、ぜったいにあたしはひとみのもとに戻ってくるから。…だから、待ってて。」
「信じてる。約束だよ。」
「───あ! そうだ!」
突然そう声をあげると、マキは着ている衣の袖を少しだけ破った。そして、できた輪っかを私に手渡す。
「これを身につけていれば、きっと、あたしのことを忘れないよね。」
「マキ…。」
白い布でできた小さな輪。私は、左手首にそれを通した。
「これでひとみとはいつもいっしょだよ。」
マキの言葉に、私はうなずいた。
- 299 名前:第5話「ツバサ」 120 投稿日:2002年12月21日(土)20時51分34秒
- 「───あのぉ」
声がした。振り向くと、今にも泣き出しそうな表情で加護が立っている。
「カゴにも…それ、ください…。師匠のこと…忘れとうない…。」
「うん…、いいよ。」
マキはもう一度袖を破ると、輪っかを加護に渡した。加護は右手首にそれを通した。
「まきちゃん…。」
潤んだ瞳で見つめる加護の頭を優しく撫でると、マキはみんなの方を向いて言った。
「今まで、どうもありがとう。みんながいてくれたから、あたしは本当に大切なものが何なのかわかったんだよ。」
「マキちゃん…」
「カオリ、圭ちゃん、梨華ちゃん…いっしょに歌えて心からうれしかった。やぐっつぁん、辻、加護…いっしょに遊べてホントに幸せだったよ。」
マキの言葉にみんな涙を浮かべている。ぐすぐす、鼻をすする音が聞こえる。
「なっち…ありがとうね、あたしのこと心配してくれて。でも、もう大丈夫だよ。」
お礼を言われ、なっちは目を細めて笑う。そして、そのまま、スウッ。姿を消した。
- 300 名前:第5話「ツバサ」 121 投稿日:2002年12月21日(土)20時52分22秒
- マキはしばらくなっちのいた場所を眺めていたが、やがて振り向いて私と見つめ合う。
「───ひとみ。」
「うん」
「ちょっとの間だけど、お別れだね。」
「…私は泣かないよ。しばらく会えなくなるんなら、私の笑顔を焼きつけておいてほしいもん。」
「うん。そうする。」
そう言うとマキは私の肩をがっちりと両手でつかんで、思いっきり顔を近づけて、そして私のことをじっと見つめたまま───
- 301 名前:第5話「ツバサ」 122 投稿日:2002年12月21日(土)20時53分05秒
- 「ばいばい。」
「またね。」
- 302 名前:第5話「ツバサ」 123 投稿日:2002年12月21日(土)20時53分38秒
- 背中の翼が大きくはためく。力強い風が巻き起こり、ふわり、マキのつま先がゆっくりと宙に浮く。
マキがまっすぐ見上げる先にあるのは銀色の月。するとそれに呼応するように、淡く白い光がうっすらと全身を包みこみ、やがてまぶしいほどに輝き出した。
そして、もう一度翼を大きくはためかせる。闇に染め上げられた大空を切り裂くように鮮やかな軌跡を残して、満月に向かって天使は旅立って行った。
- 303 名前:第5話「ツバサ」 124 投稿日:2002年12月21日(土)20時54分25秒
- みんな、顔をぐちゃぐちゃにしたままで家に帰った。私も家に帰った。
階段をのぼってドアを開ける。よどんだ空気。見慣れているはずなのに、落ち着かない雰囲気。ひとりぼっちの部屋はなぜか広く感じた。
窓を開けると、冷たい風が入りこんできた。ひんやり、とても心地よい。
サッシュをまたいで、窓に腰かけてみる。清らかな温度が全身を包んだ。
足をブラブラさせて月を眺めていると、母親の声がした。
───あれ? そういえば、あの女の子は帰っちゃったの?
月がゆがんだ。
- 304 名前:第5話「ツバサ」 125 投稿日:2002年12月21日(土)20時54分57秒
- ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 305 名前:第5話「ツバサ」 126 投稿日:2002年12月21日(土)20時56分07秒
- 翌朝になって、高台に行ってみた。
大きく穴のあいた地面も、雷の落ちた木も、何事もなかったように元に戻っていた。もちろん、人形は影も形もなかった。
ただひとつ、いつもとちがっていたこと。折れたはずの木の幹に、ピンで紙切れが留めてあった。
『ありがとう。 市井紗耶香』
- 306 名前:第5話「ツバサ」 127 投稿日:2002年12月21日(土)20時56分51秒
- 私はその紙切れを小さく折りたたんでポケットに入れると、林の方へと歩き出した。
薄暗い木立の中を抜けると、竹やぶとゴミの山にぶつかる。その光景をボンヤリ眺めながら、彼女のことを思い返す。
初めてここに来たとき、彼女は人形だった。二度目に来たときは、人間だった。そして今、彼女は天使になってしまった。
竹やぶで出会って、満月の夜に去っていった彼女。まるで、『かぐや姫』みたいだ。
…じゃあ彼女はこのまま私のもとから離れてしまったままなの? いや、確かに戻ってくると約束したんだ。信じてる。
- 307 名前:第5話「ツバサ」 128 投稿日:2002年12月21日(土)20時57分42秒
- 展望台に戻ってきた私は、柵にもたれかかり街を見下ろす。
色とりどりの屋根、あちこちに広がる緑、格子状に規則正しく走る道路たち。その上には、晴れ渡った青い空がどこまでもずっと広がっている。
「この空の下に、あなたはいないんだね。」
そっとつぶやく。と、風が優しく吹いてきて、そして左手首の白い輪を揺らした。
「だけどあなたは、ずっと私たちのことを見つめているんだね。」
あの夏の日と同じように、私たちの暮らしている舞台は生き生きと輝いている。
あれから半年ちょっと、彼女と過ごすことで変わっていった毎日。そして、変わっていった私自身。
きっかけをくれた彼女に応えるためにも、私はもっともっとステキな自分になって、再会したい。
「だから私は立ち止まらない。あなたが隣にいなくても、ずっと、歩き続ける。」
風に言葉を乗せて、そう誓う。
眼下の街、あちこちで桜の花が開きはじめているのが見えた。
- 308 名前:マネキン。 投稿日:2002年12月21日(土)20時59分11秒
- 第5話「ツバサ」 終
- 309 名前: 投稿日:2002年12月21日(土)21時00分22秒
- ...
- 310 名前:str 投稿日:2002年12月21日(土)21時01分18秒
- 以上で第5話は終了です。次回更新で『マネキン。』は完結します。
>>277さん
第5話も終わりました。あと1回で完結です。
マキの決断は、CP重視で読んでいる方にはキツいものかもしれませんが、
ご理解いただけるとありがたいです。
>>278さん
あと1回更新があります。もうしばらくお待ちください。
自分で言うのもなんですが、初めから読み直すのは非常に大変ですよね。
伏線をチェックしながらであれば、少しは楽しんでいただけるかも、です。
- 311 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月22日(日)00時53分36秒
- 真希の決断はとても真希らしくて
それでも、ふたりのキズナに変りがないことを信じています。
- 312 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月23日(月)01時30分34秒
- どんな状況になっても前向きな吉澤さんがとてもイイ感じです。
マキとひとみ、ここの2人には心底情が湧いてしまいます…
- 313 名前:名無し読者278 投稿日:2002年12月23日(月)08時47分50秒
- 現実と重なって涙が…
伏線をたどったりしながらでも、読み直しは苦ではありませんでしたw
ですが余計に涙をさそわれて…
最終回更新も心よりお待ちしております!
- 314 名前:str 投稿日:2002年12月24日(火)18時19分36秒
- まずはレスから。
>>311さん
真希らしい決断、その言葉は本当にうれしいです。
ふたりの約束がその後どうなったか、ご覧下さいませ。
>>312さん
序盤の頃の吉澤はそんなに前向きでもなかったわけで、
まあその辺がふたりの関係のポイントということでしょうか。
>>313 名無し読者278さん
考えてたラストに後藤卒業という現実が重なってきたので徹底してやった、
ってのが真相なんですよね。ミサンガの辺りなんて特に。
読み直しが苦ではない、というのはありがたいお言葉です。
それでは、最後の更新です。
- 315 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時21分59秒
- グラウンドの向こう側が心なしか揺らめいている。少しも間を空けず輪唱しているセミたちの声。突き刺すように降りそそぐ太陽光線。色の白い私にはたまったもんじゃない。
水飲み場。顔を洗って気分をリフレッシュ。タオルで拭いて一息つくと、木陰に腰かけてしばし茫然とする。
今日も世界は鮮やかなコントラストで描き出されている。快晴。入道雲がそろそろ夕立の準備に取りかかろうとしているのが見えた。
- 316 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時22分53秒
- 不意に、後ろから声がかけられた。
「よっすぃー。」
ハモってる。辻と加護だ。まったく、まだ部活の時間内だってのに。
「こら、ふたりとも、キャプテンって呼べよ。」
「ええやんか、よっすぃー。休憩中なんだし。」
「だれも見てないし、おおめにみるのです。」
言いながら抱きついてくる辻と加護。高校生になったってのに、甘えたがりなところは全然変わっていない。
「まったく…」
口を尖らせながらもふたりの頭を撫でてやる。と、加護が私の左手を見て言った。
「あれ? よっすぃー、左手…。」
「ああ、さっき擦り切れちゃったんだよ。大丈夫、なくしたりしないでちゃんと持ってるから。」
「それが…あのぉ、カゴのも切れちゃったんですよぉ。ほら。」
「…ホントだ。なんかふたり同時って珍しいよね。」
「おー、3人とも休憩時間かあ。今から体育館に行こうと思ってたんだけどさ。」
「今年は強いらしいじゃん! 期待してるよ、キャプテン!」
- 317 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時23分45秒
- 声のした方を見る。飯田さんと保田さんが、話しこんでいる私たちを見つけてこっちにやってくる。
「あ、お久しぶりです!」
「元気そうで安心したよ。吉澤ひとみ・奇跡の復活、だね。」
「のんちゃん、あいぼん、キャプテンに迷惑かけてない? ちゃんと言うこと聞いてる?」
すると、即座に満面の笑みでうなずいてみせる辻と加護。ホント、こいつらは外面がいい…。
「お、なんだ? みんな揃ってんじゃんか。」
「ひとみちゃーん、差し入れ持ってきたよぉー!」
今度は矢口さんと梨華ちゃん。このふたりは…あんまり久しぶりじゃない。
「ひとみちゃん、バレーもいいけど勉強もちゃんとしなきゃダメだよ。がんばって、一緒に大学に入ろうね。」
「お前、よっすぃー目当てで浪人してるんじゃないだろーな。」
素早い矢口さんのツッコミに押し黙る梨華ちゃん。もしかして、図星だったりするのだろうか?
- 318 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時24分32秒
- 思いがけずみんなが勢揃いした。くだらない話であっという間に盛り上がる。でも、誰ひとり思い出話なんてしない。私たちは“現在”でつながっているから。
夢に向かって努力を続ける飯田さん。大学に行きながら、たまにそれを手伝ってる保田さん。カテキョを続けながら学生生活を楽しんでる矢口さん。梨華ちゃんは…理由はともかく、勉強に明け暮れる毎日だ。
私はバレー部に戻った。2年前みたいにひとりで突っ走るようなことは、もうしなかった。ゆっくり一歩ずつ、元いた場所を目指している。
そして辻と加護が入部した今年からは、キャプテンを任された。選手としての勢いはまだ前より劣るかもしれないけど、あのときには絶対に見えなかった大切なものを、今の私は手にしている。
みんながそれぞれ、前を向いて進んでいる。笑い合って今の自分たちを見せ合うことができる。私たちは、立ち止まらない。
- 319 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時25分22秒
- 「そういえばひとみちゃん、今年もアカペラ、歌うの?」
「歌うんならヤグチ見にくるよ。歌ってよ、よっすぃー。」
「でも梨華ちゃんたちが卒業しちゃって私ひとりだから…。メンバーが集まればいいんですけどね。」
「あのぉ、カゴ、歌っていいですかぁ? 『I WISH』、めっちゃ歌いたいんです。」
「つじもなかまに入れてください。あとクラスにも何人か、うたいたいってひと、いますよ。」
「それじゃカオリたちがコーチしてあげるよ! ね、圭ちゃん。」
「オッケー。ビシバシ鍛えてあげるわよお。カクゴしなさい!」
「───あ、そろそろ休憩終わりだ。じゃあ部活が終わったら、その話しません?」
- 320 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時26分11秒
- そう言って立ち上がったとき、ふと一瞬、視界の端に天使が映った気がした。にっこりと笑った顔、三日月のように目を細めて。
「…なっち?」
「ん、よっすぃー、どした?」
「あ、いえ…」
「きゃあっ! トリ!?」
突然、梨華ちゃんが悲鳴をあげた。見ると、空から白い羽根が舞い降りている。
じっとその様子を眺めていると、やがて空中に真っ白な服を着た少女の姿が浮かび上がった。
「あれは…もしかして…。」
眠るように目を閉じて動かない少女。無数の羽根に包まれて、ゆっくりと少女は降りてくる。
- 321 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時26分44秒
- 私たちは一斉に、少女の真下を目指して走り出した。ぐるり、円を描くように少女が降りてくるのを待ち構える。
すると、少女はおずおずと目を開けた。それから周囲を見回して私たちを見つけると、───にへっ。あのだらしない笑みで応える。
- 322 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時27分39秒
- 「おかえりなさい、マキ。」
- 323 名前:epilogue 投稿日:2002年12月24日(火)18時28分26秒
- 空に向かって思いきり手を伸ばす。
そして、そっと舞い降りて私の手のひらに確かに触れた、ひとひらの羽根。
- 324 名前:マネキン。 投稿日:2002年12月24日(火)18時29分18秒
- 完
- 325 名前: 投稿日:2002年12月24日(火)18時30分21秒
- ...
- 326 名前:あとがき 投稿日:2002年12月24日(火)18時31分18秒
- 今まで他の作者さんたちに楽しませてもらったお返しをすること。
今の自分が抱えている衝動をカタチにして吐き出すこと。
この2点だけを考えて、今までやってきました。
しかし文才がないため、小説というより脚本に近いデキになってしまいました。
それでも伏線を拾いながらもう一度読み返していただければ、
二割増しくらいで楽しんでいただけるかもしれません。
今まで読んでくださった皆様、そして
この物語を生み出すチカラをくれた娘。たちに最大限の感謝をこめて。
ありがとうございました。
str
- 327 名前:名無し読者278 投稿日:2002年12月24日(火)19時38分02秒
- 脱稿お疲れ様でした!
実際のよしごまとダブる程の爽やかさの残る読後でした…
正直アカペラ辺りからずっと泣かされててw、自分には満足のいくラストでした!
次回作も書いて頂けるなら期待してお待ち申しております。
素敵な作品をどうもありがとうございました。
- 328 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月24日(火)20時36分52秒
- 終わってしまわれたか…
とにかく大好きな小説でした!ヒトミとマキ、最高です!!
作者さんには本当に感謝しています。こんなに素晴らしい作品を提供していただいて。
脱稿お疲れ様でした。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)17時25分37秒
- 完結、お疲れ様でした。
ヒトミとマキの関係が、CPにとどまらずすごく深いところで結びついている
感じで、静かに感動を覚える作品でした。
決断はきっと至るところにあるだろうけれど、その時その時に一番いいと思う選択を
したい、と自分も思いました。
ちょっと後ろ向きの自分に勇気を与えてくれたと思っています。
横アリのDVDを観ると、いろんな想いが交錯しますね。
まずはゆっくり休んで下さい。いつかまた作者さんの作品に会えること、
楽しみにしています。
- 330 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月28日(土)13時05分07秒
- 真希が居なければ動き出さなかったひとみの時間だけど
今、真希がいなくてもみんなしっかり歩いていたんだな、と
それでも当たり前のように真希の帰ってくる場所があって良かった。
ここからふたりにとって幸せな時間がまた始まる事を祈ります。
- 331 名前:ダンサー 投稿日:2002年12月29日(日)02時16分02秒
- お疲れ様です
CP性があまりなく余計そこがよしごまらしいと思いました
ベタベタしなくて現実のよしごまとかぶります
みんなが幸せに暮らしてくれるといいですね
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月29日(日)07時03分13秒
- 作者さんありがとう。
こんな名作を読ませてくれてホントありがとうございました。
- 333 名前:名無しにねん。 投稿日:2002年12月29日(日)10時51分24秒
- 完結ごくろうさまです。
タイトルの読み違いで目を止めたのですが、いつの間にかぐんぐん引き込まれていました。
こんなすばらしい作品と出会えて感謝です。
ありがとうございました。
- 334 名前:きいろ 投稿日:2002年12月29日(日)16時59分53秒
- 遅いレスですが、すべて読ませて頂きました。
これは・・・とても、とても良い作品でした・・・
涙が出るくらい、感動しました。
真希が天使になって市井ちゃんを助ける所、
自分が『人間』になりたいと言っていたのに天使になった事、
すごく、ココの真希らしいと思いました。
最後も、ハッピーエンドでよかったです。
次回作など、ご考えでしたら教えてください。
必ず読みます。
長くなりましたが、作者様、今までお疲れ様でした。
素敵な作品を有難うございます。
- 335 名前:◆fGYOqHlg 投稿日:2003年01月03日(金)23時56分34秒
- あけましておめでとうございます。
そして、遅ればせながら脱稿、お疲れさまでした。
適度に混ざった小ネタと、物語としての本来の面白さ、高いレベルで融合された作品で、
いつも更新分を読むだびに唸っていました。
読後の清涼感はたまりません。
何気に外伝なんかもリクエストしてみつつ… 素晴らしい&面白い作品、どうもありがとうございました。
- 336 名前:すなふきん 投稿日:2003年01月04日(土)00時28分22秒
完結お疲れさまです。
吉後好きの私には友情を超えながらも、愛情だけとはくくれない2人の関係は
初々しく、それを取り巻く人間関係などは何とも温かい気持ちで読めました。
綺麗な作品を有り難う御座います。
- 337 名前:ポンコツろぼっと 投稿日:2003年01月05日(日)12時56分41秒
- 完結お疲れ様です。
初めてこの作品を見た時から惚れに惚れて
でも感想書き込む勇気が無く、ずっとROMでした、ごめんなさい。
『綺麗な言葉』としか形容の無いくらい素晴らしい文章力で、読み手として凄く凄く楽しませてもらいました。
アカペラやコンビニでの会話一つ一つに泣かされて、最後はもぅ、号泣じゃ足りないくらい泣いてました
史上最大の感動を有難う御座いました。
そしてもう一度、完結、本当お疲れ様でした。
- 338 名前:str 投稿日:2003年01月07日(火)19時06分12秒
- >>327 名無し読者278さん
毎回レスをつけていただきましてありがとうございました。
終盤の苦しい時期は特に、大きな励みになりました。
後藤が卒業してしまった影響は本当に大きいものでした。
予定していたラストがそのまま使えたのは、幸か不幸か、はたまた…。
申し訳ないですが、次回作は今のところ考えておりません。すいません。
>>328さん
苦節1年ちょっと、ようやく終わらせることができました。
おっしゃる通り、もともと「提供」という気持ちで書き始めました。
ですからぶっちゃけ、この話は作者の自己満足のカタマリなのですが、
楽しんでいただけたようで、ほっと胸を撫で下ろしております。
読者の方にはいくら感謝しても足りませんね。ありがとうございます。
>>329さん
作者自身、ちょいと悩んでいることがあったりしまして、
この物語の中でそういうモノを吐き出していった側面があります。
それが読者の皆さんのお役に立てたのなら、作者冥利に尽きますね。
連載はもう、本気でキツかったです。次回作なんて今は想像できません。
短編集などでちまちま書いていけたらいいかな、なんて思っています。
- 339 名前:str 投稿日:2003年01月07日(火)19時08分32秒
- >>330さん
時間とは何か? 実はこれがこの話の裏テーマだったりします。
マキとの出会いによってひとみの時間はループをやめて流れ出し、
また、ひとみとの出会いによってマキの時間も動き出します。
そしてこのことは最後、ユウコとの訣別へと通じていきます。
そんなマキだからこそ、人間の世界に還ることができたのでしょうね。
>>331 ダンサーさん
やはり現実のよしごまが随分とまったりなふたりですから、
違和感のないように近づけるのは予想以上に難しい作業でした。
正直、もっとうまくできたんじゃないかなって場面も多いですね…。
よしごまじゃないと表現できないこと、うまく描けていたでしょうか?
>>332さん
シンプルであたたかいレス、ありがとうございます。
読者の皆さんの一言一言に励まされて書き終えることができました。
本当にありがとうございました。
- 340 名前:str 投稿日:2003年01月07日(火)19時09分41秒
- >>333 名無しにねん。さん
おかげさまで、ようやく完結させることができました。
毎回丁寧に読んでくださる方の存在は書いている中で大きな支えでした。
なんのヒネリもなく付けたタイトルが最高に功を奏したようです。
(一応、カナ4文字+「。」という条件にはしていたんですけどね。)
今まで本当にお世話になりました。今度はこちらが応援する番ですね。
>>334 きいろさん
大変申し訳ないのですが、次回作は考えておりません。
それだけこの話には力を注ぎましたし、書き残したこともありませんし。
そんな努力が報われて、あたたかい言葉がいただけるのは幸せです。
あと蛇足かもしれませんが、ネタバレレスは嫌がる方がいるので、
ちょっとだけ注意していただけるとありがたいかな、と思います。
- 341 名前:str 投稿日:2003年01月07日(火)19時11分29秒
- >>335 ◆fGYOqHlgさん
文章がヘタクソなので、どうしても構成で勝負せざるをえないんですね。
ですから、物語について評価をいただけて心底うれしく思っております。
外伝・番外編等を書くつもりはありませんが、エピローグの辻のセリフ、
「あとクラスにも何人か、うたいたいってひと、いますよ。」
ここからいろいろと想像していただけるとよろしいかと。
今までひときわあたたかいご声援をありがとうございました。
>>336 すなふきんさん
個人的には最後まで「CPとは何ぞや?」という問いに直面してまして。
それをうまく消化できたかというと、とてもそうは思えません。
それでもよしごま好きの方々に支えていただけたから完結できました。
本当にどうもありがとうございました。
>>337 ポンコツろぼっとさん
レスがつけづらかったそうで、こちらこそすいませんでした。
文章については好不調の波が激しく、作者自身はあまり満足してません。
それでも褒めていただけたのは努力が認められたということでしょうか。
素直にうれしく思います。今までどうもありがとうございました。
- 342 名前:str 投稿日:2003年01月07日(火)19時13分50秒
- これほどたくさんのレスをいただけるとは思ってもいませんでした。
それだけ多くの方々に支えられていたんだとしみじみ実感しております。
完結できたのは皆様のおかげです。感慨無量、感謝の言葉もございません。
今まで本当に、本当にどうもありがとうございました。
- 343 名前:★お知らせ 投稿日:2003年01月07日(火)19時15分42秒
- 誤字・脱字を修正して整形した倉庫をつくりました。
ちょっと詳しいあとがきも載せてあります。興味のある方はご覧下さい。
http://str_44.tripod.co.jp/
- 344 名前:げんま 投稿日:2003年02月06日(木)18時10分12秒
- 諸事情のため今ごろになって「マネキン。」最後まで読ませていただきました。
全くもって今更ですが完結おめでとうございます。
実は今だから告白いたしますが、この話に最初にレスをつけたのは私だったりします。
なので、感傷的ではありますが一言だけ。
話の細部まで気の配られたとても良い作品でした。
ネタの使い方が自分と似ている気がして、勝手ながら良きライバルとさせていただいてました。
上手いネタの使い方を見ると、ちょっと悔しい思いをしてみたり(w
恋愛に寄り過ぎない展開、生き生きとしたキャラ達も非常に好みでした。
そして現実ともオーバーラップする素敵な結末、楽しませていただきました。
できる事ならば、他の話も読みたいものです。
是非挑戦してみてください。
楽しい一時をいただいた事、本当にありがとうございました。
- 345 名前:str 投稿日:2003年02月22日(土)02時02分11秒
- >>344 げんまさん
一番最初のレスはげんまさんだったんですね。改行、すいませんでした。
ネタのライバルだなんてとんでもない。自分はげんまさんの作品でネタを勉強しました。
第4話、図書館でなっちが吉澤の肩を“ぺちぺち”たたくシーンがありますが、
これは『百姫夜行。』へのオマージュなんです。楽しませていただいたお礼がわりですね。
次回作、期待されているうちが華ですので、なんとか構想をひねり出せればと思います。
今まで本当にありがとうございました!
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