虹を紡ぐ
- 1 名前:_ 投稿日:2002年06月01日(土)06時14分16秒
- ワールドカップで盛り上がっているようなので、テニス小説書きます。
- 2 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時15分55秒
- 空は何もかもを包んでしまいそうな青に塗り固められていました。
たおやかな日差しに彩られた風景は、私の視線の先で行き交う黄色いボール
をいつもと違ったものとして見せるから、思わず昔の感慨なんかにふけってし
まいます。
こちらはもう、春です。
色鮮やかな花が咲き始め、重く淀んだ私の心を無理やりに躍らせようとしま
す。私にもう一度、あの黄色いボールと向き合えと言います。
お体は元気ですか? 風邪など引いていませんか?
一人で呟くならこんなに簡単に出てくるのに、いざ手紙に向き合うとこんな
言葉すら書くことがためらわれます。
きっと私は、いつまでもあなたを、忘れることが出来ないのでしょう。
- 3 名前:SILENT 投稿日:2002年06月01日(土)06時16分41秒
- 春は望む望まないに関わらず、私の背後にゆっくりと歩み寄ってきた。
高校三年間の締めくくりとしての、最後の大会。みな自然とボールを打つ手
にも力が入る。
馬鹿らしい、力を込めれば強く打てるというものじゃない。
私は自分に言い聞かせるように、その言葉を何度も心で繰り返した。
元々、私はハードヒッターではない。
この細い腕から打ち出せる球には限界があるし、プロの選手がみな一様に持
つような腕のしなりもない。
だから、私の隣で気持ちよく鋭い球を相手コートに打ち込んでいる彼女を見
ていると、無性に腹立たしくなってくる。そんなこともあって、テニス部両エ
ース不仲説、というのが一部で話題になっていた。
そんなことを考えているそばから、また鋭いショットが向こう側のコートに
突き刺さった。
吉澤ひとみ。
入学してからずっと続いてきたライバル関係。
- 4 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時17分14秒
- 「ん、何?」
軽く睨みつけている私の方を見て、不思議そうな顔をする。
いつだってこんな感じだから、私はライバルにすら思われていないのかと勘
ぐってしまう。そして、今まで以上に怖い顔で睨み、今まで以上に不思議そう
な顔を返されるのだ。
これが私たちの二年間だった。
そんな関係も、そろそろピリオドを迎えようとしている。
次の大会で、私たちの三年間が終わる。
そしてそれは、彼女との最後の決着を意味していた。
「絶対に負けないんだから」
そう彼女に返すと、私は再びラリーを始めた。
- 5 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時18分32秒
- 彼女との決着。
それは、私に大きな影を落としていた。
今までの対戦成績だけを見れば、私の方にだいぶ分があった。
それも当然のことだ。
私は中学校時代にそこそこ活躍し、将来のエースを期待されながらこの二年
間を過ごしてきた。片や彼女はまったくの素人。それがメキメキと実力をつけ、
今ではテニス部両エースの一角と呼ばれるまでになっている。
成長度では彼女には到底かなわない。
春の大会、彼女が私を越していない保証は何処にもなかった。
不安はもう一つある。
私のプレースタイル。
彼女の直線的なテニスと違って、私のテニスは交わすテニスだ。
中学校時代から綺麗なテニスといわれ、球の勢いで押すテニスではなかった
が、今の様にテクニックに頼り始めたのは、高校に入ってから。吉澤ひとみを
見てからだった。
全ては彼女に負けないため。だから、もしこのプレースタイルで負けてしま
ったら、三年間の意味までも問われてしまう。
絶対に負けるわけには行かない相手。
そしてその勝負は、意外にも早く訪れた。
- 6 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時19分02秒
- 「次の大会のシードを頂きたいんですが」
吉澤ひとみが発した一言に、全員が固まる。それから誰ともなく、チラチラ
と私の方を見始めた。
地区予選でのシード。学校ごとに一人選べることになっているが、それは即
ち学校ナンバーワンの証。
それを先生の目の前ではっきりと言うってことは。
私は鋭い目つきで彼女を睨んだ。
彼女は不適に微笑んでいる。
明らかな、宣戦布告だ。
- 7 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時19分43秒
- 「しかしなあ……」
先生も困った顔で私を見つめる。
今までのシードは常に私だった。そして毎回しっかり結果を残している。も
ちろん、彼女もノーシードで地区を勝ち抜いているわけだけども。
「こう言っちゃなんですけど、シードは一番の実力者がもらうべきだと思いま
すが」
そう言って私の方を見た彼女に、一瞬だけ怯む。ここまではっきりものを言
う彼女を、私は今までに見たことがない。
でも。
ここまではっきりと言われて引き下がるわけには行かない。
- 8 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月01日(土)06時20分20秒
- 「じゃあ、さっさと決着つけちゃったらどうですか?」
「石川……?」
「あそこまで言うってことは、それなりに自信があるんでしょうし」
私は再び彼女を睨む。
負けるわけにはいかない。
「じゃあ、梨華ちゃんもその気みたいだし、試合で決着つけちゃいましょうよ。
まさか、逃げたりしないよね」
「誰が……っ!」
「じゃあ、決まりだね。さっさと決めちゃいたいから、明日でいい?」
「構わないわ」
いつもと違う彼女に戸惑いながらも、勢いに任せて承諾をする。
どうせ遅かれ早かれ決着はつく。
ならば、早く終わらせてしまった方がいい。
私は、ラケットを強く握りなおした。
- 9 名前:更新終了 投稿日:2002年06月01日(土)06時23分01秒
- >>2-8
テニス用語でわからないことがあれば質問を。
後、間違いの指摘、歓迎です。
- 10 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月01日(土)11時47分54秒
- おもしろい!!!
- 11 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月02日(日)06時57分14秒
- 朝。不思議なほど気持ちのいい目覚め。
昨日までの練習の疲れもなく、驚くほどスムーズに体が動く。
……いける。
私は軽い朝食を済ませると、ゆっくりと学校へ向かった。
昼には三年間の決着がつく。それは感慨深くもあったし、少し寂しい気もし
た。
テニスコートに着くと、一人の少女の姿。
まだ試合の時刻までずいぶんあるというのに、彼女はもうそこにいた。
「……ひとみちゃん」
「梨華ちゃん、早いね」
何かを噛み締めるようにコートを見つめていたひとみちゃんが、ゆっくりと
こちらを向く。
- 12 名前:更新終了 投稿日:2002年06月02日(日)06時58分31秒
- 「打とっか?」
手に持っていたボールを高く放り上げ、逆側のコートへ向かった。
彼女の打つボールは、予想通り重くて早かった。
単調な打ち合いでは、私の方がすぐに押され始め、簡単にミスをしてしまう。
何とか流れを変えようとスピードに変化をつけるが、すぐに彼女は順応して
くる。
「梨華ちゃんって、小手先ばっかだね」
そう言われてしまうと、負けず嫌いな私にはもはや、ただ闇雲にハードヒッ
トを繰り返すしか手は残っていなかった。
その結果、軽い腹ごなしのはずが、方で息をするほどへとへとになってしま
った。
そんな私の耳に、クスクスという笑い声が聞こえる。
- 13 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月02日(日)06時59分37秒
- 「梨華ちゃんってホントに不器用だよね」
一瞬私は耳を疑った。
今まで私は非力とか、いやらしいテニスとか、そんな風に酷評されたことは
あったけど、不器用といわれたことはなかった。
タライで頭を打たれたようなショックが広がる。
それも、ハードヒッターの彼女に言われてはなおさら、だ。
「どういうこと?」
切れた息を隠しながら、そう彼女に問う。
「いや言葉のまんまの意味だけど」
納得していない私の表情を見て、彼女は続けた。
「その体の柔らかさと筋肉で、その程度の球しか打てないわけないじゃん。体
の使い方も下手くそだし、右腕のしなりだって何も使ってない」
- 14 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月02日(日)07時00分14秒
- 私は自分の体を見る。
テニスプレーヤーには見えない細い腕。
でも確かに、生まれつきの非力をカバーしようと毎日鍛えているわけだし、
体の柔らかさにも自信があった。
「最後なんだからさ、少しは楽しませてよ」
ちょっとトイレにいってくる。
そう言い残して、彼女は学校の中に入っていく。
少し経って、徐々にテニス部の面々が集まってきた。
みな一様に興味津々と言う顔をしていて、私の姿を見つけるとすぐに俯く。
全員わかっているのだ。現在の私たちの力関係が、逆転していることを。
「みんな集まったみたいだし、そろそろ始めようか」
いつの間に戻ってきたのか、ひとみちゃんが静かな声でそう告げる。それに
頷く私。
太陽は必要以上の明るさで、てっぺんから私たちを照らしていた。
- 15 名前:更新終了 投稿日:2002年06月02日(日)07時06分12秒
- >>11-14
>>10 さん
ありがとうございます。
まだ試合ではありませんが、これからも楽しんでいただけたら、と思います。
- 16 名前:とみこ 投稿日:2002年06月03日(月)09時26分53秒
- おーおもしろそー
- 17 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月03日(月)10時25分39秒
- トスの結果、ひとみちゃんからのサーブ。
私は鋭いフラットサーブを警戒してべースラインに張り付く。
「じゃあ、行くよ」
一呼吸置いた後、予想通りの鋭いサーブが私のバックサイドを襲った。
「くっ!」
必死に腕を伸ばし、かろうじてラケットの先に触れる。フラフラと上がった
打球は相手コートのど真ん中へぽとりと落ちた。
「甘いよ」
待ってましたとばかりに、空いているコートに強烈なショットを打ち込まれ
る。
……予想以上だ。
以前試合をしたときよりも、スピードも正確性も増している。
それでも必死に彼女のサーブにくらいつくが、ラケットの先に当てるのが精
一杯で、あっという間に1ゲームを先取されてしまった。
- 18 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月03日(月)10時26分09秒
- ひとみちゃんはニコリともせずに、自分のベンチに引き下がる。
やはり、いつもとどこか違った。
私が知っているひとみちゃんは、無邪気なひとみちゃん。私がどんなに冷た
い視線を送っても、きょとんとした表情を浮かべ、私の目を見返してくる。
私はひとみちゃんのベンチを見た。
こちらを鋭い目で睨み、ベンチから立ち上がる。
「今回は負けないよ?」
そう言って、レシーブの準備につく彼女。
先ほどの彼女は確実に、私のことを敵として見ていた。
今までの私だって同じように、彼女を敵として見ていたはずなのに、何故か
胸が痛んだ。
- 19 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月03日(月)10時26分45秒
- 先のゲームと入れ替わり、今回は私のサーブ。
テニスはサーバーが非常に有利なスポーツ。このゲームを落とすわけにはい
かない。
私は得意のスピンサーブで彼女のバックサイドを狙った。
コントロールには自信がある。狙い通りに飛んでいったボールは、地面に落
ちると高く跳ね、彼女の最も苦手なコースへと向かっていく。
必死に返した彼女の打球は、緩やかな曲線を描きネット際へと走り込んだ私
の元へと返ってきた。
私はそれを、落ち着いてボレーでさばく。
15−0。
ゲーム前の練習から通して、初めて満足の行くプレーが出来た。
- 20 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月03日(月)10時28分18秒
- 「やるね」
ニヤリと余裕そうに笑うひとみちゃんの表情が癇に障った。
それを押しとどめるように、落ち着け落ち着けと繰り返し、もう一度同じコ
ースへ。
先程よりも厳しいコースに飛んでいったサーブに、ひとみちゃんは片手のス
ライスで対応する。
元来彼女はバックハンド両手打ちのプレーヤーだ。しかし、可動区域の少な
いそのスイングでは、私の打つ高く跳ねるサーブには対応しにくい。
甘く返ってきたそのボールを、私は先ほどと同じように落ち着いて処理する。
今日はサーブの調子がいい。
勢いに乗った私は、簡単にそのゲームを取った。
- 21 名前:更新終了 投稿日:2002年06月03日(月)10時29分53秒
- >>17-20
>>16 とみこさん
ありがとうございます。
本当に面白くなるように頑張ります。
- 22 名前:テニス用語 投稿日:2002年06月03日(月)10時30分26秒
- 【サーブの種類】
(フラットサーブ)
回転を掛けないサーブで、全サーブ中最も速い。ただしその速度ゆえ、入れ
るのが難しい。
(スライスサーブ)
横回転を掛けたサーブで、野球で言うスライダーのように曲がっていく。地
面に落ちた後はあまり弾まずに低く沈む。
(トップスピンサーブ)
縦回転を掛けたサーブで、ネットを越えると落ちるので入れるのが比較的楽。
地面に落ちた後は高く弾む。
- 23 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月03日(月)14時49分56秒
- テニスのことは全く分からないけど面白く読ませてもらってます。
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月05日(水)22時39分35秒
- >>1にウケまくり!
本編もいいよ!
- 25 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月06日(木)03時53分54秒
- 両者共に順調な滑り出しの一戦。
思ったよりも早く、試合は動き出した。
ゲームカウント1−2で迎えた第4ゲーム。
いつも通りバックサイドを狙ったスピンサーブがやや甘く入った。
それでも構わずネットを取りにいった私の視界に、ひとみちゃんの軽やかな
ステップが映る。一瞬でフォア側にまわり込んだ。
ボールの上がりっぱなをシャープなスイングで叩くと、そのままコート隅に
叩き込まれる。
一歩も動けない。
正直どこかで、ひとみちゃんの急激な成長を侮っていたのかもしれない。
私は、ボールが転がっていくのを呆然と見送っていた。
「このゲームも取らせてもらうから」
ひとみちゃんの勝気な台詞に、私はキッと睨み返す。
ここで勢いづかせるわけにはいかない。
- 26 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月06日(木)03時54分34秒
- 力を入れすぎた1stサーブはネットに阻まれた。
もしここで私が2ndサーブを外したなら、0−30。このままゲームを取
られる可能性が高くなってしまう。
スピンの量を多くし、確実に枠の中を狙っていった。
コースが上手い具合にぶれ、相手のバック側へ。あのコースなら、ひとみち
ゃんもフォアには回りこめない。
「甘いよっ」
しかし、バックハンドで確実にボールをミートする。綺麗なトップスピンが
かかったその打球が、ベースライン上から動かなかった私の元へ返ってくる。
コース的には甘い打球。でも。
「……くっ」
体全体を使って、必死にはじき返す。しかし、ひとみちゃんの重い打球に押
されたためか、浅い打球が相手コートに返った。
それを見逃さず、今度はしっかりとコースを狙って返してくる。
必死に走って追いつく。
また、ひとみちゃんがコースを狙う。私は走る。その繰り返し。
結局、がら空きになった反対側のコートに強烈な打球を打ち込まれた。
- 27 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月06日(木)03時55分08秒
- その後、1stサーブがコースに決まり1ポイント返すも、サーブが甘く入
ったところを狙われ、第4ゲームを落としてしまった。
ゲームカウント1−3。
次のゲームがひとみちゃんのサーブだということを考えると、絶対に落とし
てはいけないゲームだった。
自然と表情も暗くなる。
「どうしたの? もう諦めた?」
そんな私に掛けられた声。顔を確認するまでもない。
……諦める? まさか。こんなところで諦めるわけにはいかない。
そう答える代わりに、私はレシーブの準備をしてじっと彼女を見据えた。
- 28 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月06日(木)03時55分51秒
- 第5ゲーム。
このゲームを取られてしまうと、ゲームカウント1−4。
もう、サーバーが有利だとか、そんなことは言ってられない。
体を左右に揺らしながら、ひとみちゃんのサーブに供える。
綺麗なフォームから放たれたそのボールは、限りなく直線に近い放物線を描
きながら、私のフォアサイドを襲う。
ストレート、つまりバックサイド側を予想していた私は、一瞬動き出しが遅
れた。
……反応しきれない!
その場でボールを見送る私の目に、線審の右手が上がっているのが見えた。
フォルト。
大きなため気をつく。
考えてみれば、フラットサーブを武器にするという性質上、ひとみちゃんの
1stサーブの成功率はさほど高くない。
これまで一本も失敗しなかったというのは奇跡に近い確率だ。
行ける。少なくとも2ndサーブは取れないスピードじゃない。
- 29 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月06日(木)03時56分22秒
- 予想通り、適度にスピードを落としたスライスサーブが、フォアサイド一杯
に入る。
待ってましたとばかりに、私は強打する。
そう、ここまでは予定通り。
でも、ここで予定外のことが起きた。
打球の先に現れる影。
「……嘘っ!」
決まったと思われた私のリターンに、ギリギリの所でひとみちゃんが追いつ
く。
しかし、返すのが精一杯だったためかそれほどきつい球は帰ってこない。
もう一度強打。これも取られる。
それを何度か繰り返しているうちに、徐々にひとみちゃんが態勢を整えてき
た。
私の頭の中によぎるのは、試合前の練習のこと。
まともに打ち合ったら勝ち目はない。
咄嗟の判断で、私はボールに鋭いバックスピンを掛ける。
ドロップショット。
ネット際に落としたボールに、強打に備えていた彼女は追いつくことができ
なかった。
- 30 名前:更新終了 投稿日:2002年06月06日(木)03時59分55秒
- >>25-29
>>23 さん
テニスを知らないのに読んで頂いて感謝です。
わからない個所があれば、是非質問お願いします。
>>24 さん
実は全仏オープンも今やってるんですよね。
でも別にサッカーが嫌いというわけじゃないので。念のため。
- 31 名前:テニス用語 投稿日:2002年06月06日(木)04時01分26秒
- 【基礎】
(フォアハンド)
バックハンドの反対。つまり、向かって右手側という意味。
(バックハンド)
フォアハンドの反対。つまり、向かって左手側という意味。
(ベースライン)
コートの一番奥のライン。サーバーがサーブを打つ場所でもある。ここを越
えてしまうとアウト。
- 32 名前:テニス用語 投稿日:2002年06月06日(木)04時01分59秒
- 【サーブのルール】
サーブは基本的に二本打てる。1stサーブが成功したならばそのまま試合
へ。失敗した場合は2ndサーブのチャンスが与えられる。それが成功したな
ら1stサーブのときと同じようにそのまま試合へ。失敗したなら相手の得点
となる。
つまり、1stは威力のあるサーブ。2ndは速度を落とした安全なサーブ
であることが多い。
また、1stサーブのミスをフォルトと言い、2ndサーブのミスをダブル
フォルトと言う。
【得点の数え方】
1ポイント取ると、15。ついで、30、40となる。また、サーブの人の
点数を最初に読み上げる。サーブが3ポイント、レシーブが2ポイント取った
場合、カウント40−30となる。
そして、40からさらに1ポイント取ると、1ゲームとなる。6ゲーム取る
と1セットとなる。
ちなみに、この試合は1セットマッチであるため、6ゲーム取った方が勝ち。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月11日(火)00時26分47秒
- いしよしに惹かれて読みはじめましたけど、
テニスの描写がうまくて試合にも惹きこまれてます。
ルールまったく知らなかったんですけどね(w
- 34 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時46分02秒
- 天を見上げ、ふう、とため息を一つつく。
これが私のかわすテニス。ひとみちゃんに勝つためだけに覚えたテニス。
「相変わらず小手先ばっか」
反対側のコートから聞こえるひとみちゃんの声。負け犬の遠吠えだと聞き流
し、レシーブの準備をする。
「……じゃあ、これならどうするの?」
そう言ってひとみちゃんが打ったサーブは、明らかに力を抜いたゆるい球。
咄嗟のことで虚を突かれた私は、何とかタイミングを合わせて体重を乗せた
フォアを叩き込む。
それに、信じられないような瞬発力でひとみちゃんが追いつく。そして、先
ほどと同じ形に。
頭の中に、ドロップショットという選択肢が浮かぶ。
- 35 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時47分35秒
- ――相変わらず小手先ばっか
……!
思わず、強打をしてしまった。
待ってましたとばかりにひとみちゃんも強打で返す。
ラリーを繰り返すうちに、徐々に押され始めた私は、じっくりとタイミング
を計る。
私の渾身の力を込めたショットに、ひとみちゃんがやや態勢をくずした。
ここだ!
もう一度、得意のドロップショットを打つ。いいコースに落ちた。
- 36 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時48分13秒
- 「……え!?」
ボールの落下点には、なぜか彼女がいた。
ドロップショットはいわば、諸刃の剣。追いつかれてしまえば、それはただ
のチャンスボールで、後は相手のミスを祈るしかない。
もちろん私の祈りもむなしく、彼女はきっちりとそれを決める。
でも。
私のドロップショットは完璧だった。ひとみちゃんの体勢は崩れていた。
なのに、どうして?
そんな私の足元に、もう一つ影が重なる。
「最後くらい、楽しいテニスをしようよ」
そう言った彼女の目はひどく澄んでいて、私の胸に深く突き刺さる。
楽しいテニス。
……勝つためのテニスではなく?
もし彼女が楽しいテニスをしていて、それでも私に勝っていると言うのなら、
それはひどくしゃくなことだ。
- 37 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時48分45秒
- 気付けばひとみちゃんはもう、ベースラインまで戻っていて、私に考える間
を与えることなくゲームは再開される。
あっという間にこのゲームを取られ1−4。私のサービス。
しかし、せっかく私のサーブになっても、完璧に決めたはずのサーブがこと
ごとく彼女のラケットのスウィートスポットに吸い込まれていく。
なすすべがない。
あまりの悔しさに私の視界は徐々に滲んでいって、そのまま地面に黒い染み
を作る。そしてその染みは徐々にあたり一帯に広がっていって。
……え?
- 38 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時49分17秒
- 雨。突然の豪雨。
これでは、このまま試合を続行するのは不可能だ。
すると、先生がすぐさま出てくる。
「雨も降ってしまったし、今回のことはなかったということで……」
あからさまにほっとした顔を浮かべる先生を、私はきっと睨みつける。
「誰がどう見ても、私の負けじゃないですか!」
先生は途端に困った顔になり、オロオロしだす。
試合は終わってみないとわからない。そんなのはただの言い訳だ。
もし終わってみないとわからないというのなら、今の私に何が出来た?
- 39 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月18日(火)10時49分56秒
- 「あ〜、これじゃ続きは無理だな」
気の抜けたようなその声に、みなが一斉に振り向く。
「試合延期しませんか? これじゃちょっと無理です」
その言葉に、私は唇を噛み締める。
ひとみちゃんは決着をつけるつもりだ。もちろん、彼女の勝利という形で。
「今日は梨華ちゃんも調子悪かった見たいだし、これで雨天コールドゲームな
んて言ったら、ちょっとかわいそうでしょ」
そう言ってふわりと笑う。
少し早めの春風がひとみちゃんの栗色の髪を揺らし、私は不覚にもそれを綺
麗だなんて思ってしまった。
私たちは髪から流れ落ちる雫を気にもせずに、ひとみちゃんの言葉を待った。
そして彼女は、もうすぐ春だね、といった後、それと同じような自然さで言
葉を紡いだ。
「一週間後の今日、もう一回最初からやろう」
私は額に髪を張り付かせたまま、わかった、とだけ言った。
- 40 名前:更新終了 投稿日:2002年06月18日(火)10時56分51秒
- >>34-39
>>33 さん
テニスを知らない方に興味を持っていただけるのは嬉しいです。
前作を終わった時点でいしよしを書くと宣言してしまったため、こうして書い
てるわけですけど、いしよしになりきれてない…
- 41 名前:テニス用語 投稿日:2002年06月18日(火)10時57分45秒
- 【ショットの種類】
(ストローク)
皆さんが想像しているような、一般的なショット。
(ボレー)
ネット際に経ち、相手が打ったショットをそのままノーバウンドで、相手の
コートへ跳ね返す。ただ、ワンバウンドした球を打った場合も、ボレーと呼ぶ
ことがある。
(スマッシュ)
高く浮いた球を、サーブと同じ要領で相手のコートに打ち込む。一撃必殺の
ショット。また、ワンバウンドした後に高く浮いた球をスマッシュした場合、
グランドスマッシュと言うことがある。
- 42 名前:テニス用語 投稿日:2002年06月18日(火)10時58分16秒
- 【ストロークの種類】
基本的には、サーブと似ている。
(フラット)
回転をあまり掛けないショット。回転を掛けない分スピードが出るが、やや
正確性に欠ける。
(トップスピン)
バックスピンと逆回転。卓球で言うドライブ。ネットを越えた後に落ちて、
地面につくと高く弾む。一番安定していて、かつ攻撃的なショット。
(スライス)
サーブのスライスとは違い、俗に言うバックスピン。緩やかな弧を描き、地
面に着くとあまり弾まず低く伸びる。守備的な要素が強い。
やや応用編。
(ドロップショット)
スライスの応用系。鋭いバックスピンを掛け、相手のネット際に落とす。あ
まり弾まないため、成功すると追いつきにくい。特に、強い球に備え深く守備
を取っていると、決められやすい。野球で言うところのポテンヒットのような
もので、狙ってやられる分だけ決められると悔しいかも(w
- 43 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月20日(木)17時09分55秒
- チャーミーライジングでリターンエースきめたれ
- 44 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月30日(日)03時00分20秒
- 視界が、まぶたの外側から光に浸食される。
ゆっくりとまぶたを開き、同じくらいゆっくり頭を振る。
朝。あの試合の後でも、いつもと変わらない朝が訪れた。
眠い目をこすり起き上がると、カーテンを勢いよく開く。
昨日とはうって変わっての晴天に、思わずため息が漏れた。
とは言え、晴れた朝は気持ちがいい。
試合の直後ではあるが、軽いランニングでもしておこうかと、パジャマを脱
ぎ捨てアップスーツを手に取る。
そこでようやく気がついた。
携帯が揺れている。
睡眠をとるときはいつもマナーモードと決めていて、それが原因で友達から
の連絡を無視することが多々あった。
- 45 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月30日(日)03時01分19秒
- この揺れ方はメールではなく電話。
緊急の用事かと思い慌てて通話ボタンを押す。
焦って相手先の名前を見忘れたのは失敗だった。
「あ、梨華ちゃん、起きてた?」
吉澤ひとみ。
私にとって、今一番聞きたくない声の主。
「起きてたけど」
今起きたばかりなのだが、精一杯の意地でくだらない嘘をつく。
一瞬の沈黙の後、
「ごめん、起こしちゃったみたいだね」
くだらない嘘が最大級の恥ずかしさに変わる。
「電話で起こされたわけじゃないし」
電話越しの相手にばれるはずもないのに、私は火照った頬を手で覆い隠し、
ぶっきらぼうに答えた。
- 46 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年06月30日(日)03時02分32秒
- 「あのさ、今出てこれない?」
少し遠慮がちに、ひとみちゃんの声が響いた。
電話を通しているためか、独特の低い声が多少の揺れを伴って伝わってくる。
「いいけど、どこに?」
昨日の試合で完全に敗北した私を――結果はともかく、私にとってあれは敗
北以外の何物でもない――次の日に飄々と誘う神経に驚きつつも、私は素直に
頷いた。
元々今日から練習を開始するつもりだったのだ。
それが次の試合の相手だとしても、練習相手がいるにこしたことはない。
「えっと、梨華ちゃんちの前なんだけど……」
「えっ!?」
受話器から声が届くか届かないかのタイミングで、私は窓の外を覗いた。
いつも束ねてある髪をストレートに下ろした、可愛い女の子が一人。いつも
はむしろ、中性的な雰囲気を漂わせている子だけど。
- 47 名前:SILENT 投稿日:2002年06月30日(日)03時03分19秒
- 「あの……」
受話器からの声で、思わずいつもと違うひとみちゃんに見とれてしまってい
た自分に気付き、慌てて我に返る。
「え、何?」
早口で言った。
「梨華ちゃんの格好……」
ひとみちゃんは何故か照れたような声でそう言い、窓の外のひとみちゃんも
声と同時に俯いた。
意味もわからず自分の体を見る。
「下着なんだけど……」
「きゃあっ!」
ひとみちゃんの言葉と私の叫び声が、部屋の中へ同時に響き渡った。
- 48 名前:更新終了 投稿日:2002年06月30日(日)03時05分44秒
- >>44-47
>>43 さん
確かに石川さんには何故かライジングが似合う……。
というのが布石だったり(w
- 49 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時18分35秒
- 「それで、私たちなんでここにいるわけ」
色々なハプニングがありながらも、無事にアップスーツ着替え終わった私が
ひとみちゃんと訪れたのは、なぜかテニスコートではなく竹下通り。
その場所で似合う服装は、当然のごとく私の着ているアップスーツなわけも
なくて。
「だって、入学してからずっと同じ部活なのに、梨華ちゃんと二人で遊びに行
ったことなんてなかったから……」
そんなひとみちゃんの格好はというと、いつもの彼女からは想像もつかない
ような女の子らしい服装。
膝下まであるスカートに、上はカーディガンを羽織っている。髪は先ほど見
たようにストレートに下ろしていて、それが不思議なほど似合っていた。
そんな彼女の姿に不覚にもドキリとしてしまい、慌てて視線を逸らす。
- 50 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時19分32秒
- 「にしても、この格好は恥ずかしいんだけど」
改めて今の自分の服装を見る。
ひとみちゃんの言うとおり、テニスコート以外で会うことなんてほとんどな
いから、すっかり勘違いしていた。
「平気だよ。私みたいなのがどんな服を着たって、梨華ちゃんには敵わないん
だから」
そんな言葉を、ひとみちゃんは臆面もなく言ってのける。
少しして一足早い春風が吹き、なびいた髪がひとみちゃんの視界を一瞬ふさ
いだ。
その隙に、私はこっそり目を伏せる。
そして、電車の音にかき消されないように、少しだけ強めの声で、行こう、
と言った。
- 51 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時21分39秒
- いつもテニスのことばかりを考えてきた私は、久しぶりの買い物に夢中にな
り、気付くと西日に照らされていた。
どうりで疲れたわけだ。
ひとみちゃんも少し疲れた様子で、バックを持つ手を変えたりしている。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
そんなひとみちゃんの言葉に、私はプルプルと首を振る。
むしろ、私が彼女を振り回しちゃったくらいだから。
しかし、それを無視してひとみちゃんは言葉を続ける。
「お詫びって言ったらなんだけど、どこか梨華ちゃんの好きなところ付き合う
よ」
別にいいよ、という私の言葉を断固として聞こうとしない彼女に仕方なく観
念し、行きたい場所を思案する。
そんな状態のまましばらく歩いていると、私の目に一つのものがとまった。
「あそこに行きたい」
「え?」
私は、その場所を指差す。
ひとみちゃんはしばらくそこを見つめた後、吹きだすように笑った。
「わかった、付き合うよ」
- 52 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時22分29秒
- 小気味のいい音が一定の間隔で鳴り響く。
そのリズムに合わせて、私とひとみちゃんは軽やかなステップを踏む。
緑のフィールドで、蝶のようにワルツを踊る。
「きゃっ!」
そこでいったん、音が途切れた。
「やっぱりこのスカートじゃ無理だよ……」
そんなことを言うひとみちゃんを見て、私は両手を腰に当てる。
「なに〜、言い訳?」
ひとみちゃんは、そういうわけじゃないけど……とぶつぶつ呟きながら、右
手に持ったラケットをくるくる回した。
そんな子供っぽいひとみちゃんを見て、つい笑みがこぼれる。
じと目でひとみちゃんに睨まれた。
「あはは、ごめんごめん」
顔の前で両手を合わせ、ぺろりと舌を出す。
すると、今度は何故かひとみちゃんが笑った。
「……何?」
頭の上にたくさんのハテナマークを浮かべながら、ひとみちゃんに尋ねる。
ひとみちゃんは、笑みを絶やさずに言った。
「梨華ちゃんって、ホントにテニスが好きなんだね」
- 53 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時23分03秒
- 好きなところといわれて、私が向かったのは、帰り道の途中偶然目に入った
テニスコート。
運のいいことに、予約が入っていないらしく、すぐに使わせてもらえること
になった。
「まあ、これしか取り柄がないから」
そう言って、これまでのことを思った。
テニスだけに費やした高校二年間。
もちろん、強制されていたわけじゃなくて、休日の日だって気付けばコート
の上に私は立っていた。
みんながファッション雑誌に目を通している時、私は定期購読のテニス雑誌
を熱心に眺め、みんながどんな俳優が好みとかいう話をしている時、私はウイ
ンブルドンの優勝者について熱く語っていた。
浮いた話の一つもない。
そりゃ、友達が語って聞かせてくれるロマンスに憧れだってしたけど。
結局、私はいつまでだって、テニス一筋なんだろうなって思う。
- 54 名前:SILENT 投稿日:2002年07月10日(水)01時23分38秒
- 「きっと、梨華ちゃんの思い出はテニスで一杯なんだろうね」
多分、そのとおりだ。
ひとみちゃんはそれをなんとなく感じたのか、やっぱり、といった表情で空
を見上げた。
テニスコートには不似合いな、ピンクのロングスカートが風にたなびく。
そして、照りつける太陽に目を細めながら、ゆっくり口を開いた。
「梨華ちゃんの思い出に残る人ってさ、一体どんな人なんだろ?」
「え?」
一瞬。そう、ほんの一瞬だけ、私の胸の内側でトクリという音がした。
さっきひとみちゃんのスカートを揺らしたのより強い風が、ネットを揺らす。
「テニスがさ、おっきすぎるんだよ。梨華ちゃんの中で。私は、テニスに勝と
うなんて、そんな無謀な勝負するつもりないから」
風はやむことなく、さっきからずっとバサバサとネットを鳴らしている。
- 55 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時24分12秒
- 「でも、きっと一握り分くらいは、友達スペースってのもあるかと思うんだよ
ね」
少ししてから、なきゃ困るし、と冗談っぽく付け加えた。
私は黙ってその言葉に耳を傾ける。
ますます強くなるバサバサという音に少しだけイライラした後、不意に気付
いた。
この音は、ネットの音じゃない。
私の胸の奥が、ざわめいているんだ。
「その一握りに、私は入ってるのかな」
そんな問いかけに、私はひとみちゃんを見た。
ライバルとしてではなく、友達として。
いや、違う。この感じは、友達なんかじゃなく……。
- 56 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時25分04秒
- 「まあ、そんな簡単に思い出にして欲しくないけどね」
真剣な顔をした私にいたずらっぽく笑い、足元にあるボールを拾った。
「今日はちょっと無理しすぎたかな」
「え?」
両手でスカートの裾をつまみ、くるくると回って見せる。
「友達に勧められたんだよね」
少し窮屈そうにおどけて見せる彼女を見て、服のことを言っているのだと何
となくわかった。
「でも私にはやっぱり、似合わないや」
どこぞのお嬢さまのように着こなしていた服に向かって、ひとみちゃんは平
気でそんなことを言った。
「これじゃ、梨華ちゃんのテニスに付き合うことも出来ないもん」
左手に持っていたボールをネットに思い切り打ち付ける。
- 57 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月10日(水)01時25分52秒
- 「一週間後」
ひとみちゃんが、私の方へ向き直る。
「一週間後、楽しみにしてる」
その言葉を聞いた私の手に、力がこもる。
ラケットと擦れて、乾いた音がした。
「今度は負けないよ」
私も、しっかりと彼女の目を見据える。
しばらく見詰め合った後、ひとみちゃんが大きなあくびをした。
「帰ろっか」
それに、黙って頷く。
そのまま無言で、二人帰路をたどる。
街のざわめきを背に黙々と歩く。
そして、駅についた後、一言だけひとみちゃんが言葉を発した。
「楽しいテニスをしよう」
私の中で、何かが音を立てて動いた気がした。
- 58 名前:更新終了 投稿日:2002年07月10日(水)01時28分02秒
- >>49-57
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月12日(金)10時07分18秒
- テニスを知らない自分にも、おもしろいです!
続き、楽しみに待ってます〜。
- 60 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時14分02秒
- 誰もいないテニスコート。
私の周りに、ネット際に、コートを覆う金網に黄色いボールが散らばってい
る。
答えは未だに見つからなかった。
ひとみちゃんの言った楽しいテニス。
テニスが好きなはずなのに、私には見つけることが出来ない。暗闇の中に一
人取り残されている自分。そんなイメージだった。
「あれ、石川先輩」
名前を呼ばれて、コートの入り口の方に向き直る。そこには、ラケットケー
スを大事そうに抱えた後輩が、ポツリと立っていた。そして、特徴的な大きな
口に右手をあて驚いた様子を表現していた。
「高橋……」
額に浮かんだ汗を軽くぬぐい、後輩の元へと近づく。ぬぐった手の甲が、こ
こ連日の強い日差しに照らされ、キラキラと色を変えた。
- 61 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時14分39秒
- 高橋愛。中学校時代からの後輩で、何かと私を慕ってくれていた。
中学の頃からその実力は群を抜いていて、某有名校からの特待生の話を蹴っ
てうちの学校に来たらしいのだが、その真相を私は知らない。
プレースタイルは私と似ているのだが、決定的に私と違うところがあった。
いざというときに戦況をひっくり返せる鋭いショット。
それが私との決定的な違いであり、彼女の持ち味でもあった。
「先輩も自主練に来たんですか? よかったー、来てみるもんですね」
高橋は目を大きく開くと、ニコリと笑った。私もつられて笑顔になる。
「いきなりですけど、ちょっと打ちませんか?」
そう言うと、ケースの中からおもむろにラケットを取り出す。そして、一二
度素振りをすると、ヨシ、と小さな声を出した。
相変わらず無駄のないフォームに、思わずため息が漏れる。と、同時に、こ
れが才能の差なのかと少し寂しくもなった。
そんな私の様子に気付いてか、高橋が心配そうな表情で、私の方をチラリと
見た。
- 62 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時15分12秒
- 「いいよ、打とう」
我に返った私は、再び笑顔を見せる。お願いします、という言葉を残して彼
女はコートの反対側へ向かった。
そんな彼女の短い影がどんどん伸びて、私の視界を覆った。
私は今広い海の底にいる。樹海の奥にいる。光は見えなかった。それでも、
もがくことは出来るはすだ。
そんな気持ちで、私はボールを打つ。
一定のテンポで、綺麗な放物線を描いたボールが私の元へもどってくる。
もう一度、同じように返す。
しばらく同じようなことを続けた後、高橋が大きくサイドに振ってきた。私
もつられるように彼女のいないところへ返す。
三球目で、ネットに阻まれた。
- 63 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時15分46秒
- また、球を出す。今度は、初めから高橋のいないところを狙ってみた。それ
でも彼女は、正確に私のいないコースへ返す。鋭かった。
一瞬、ひとみちゃんの姿が被った。
――楽しいテニスをしよう。
私にはわからない。
わからないけど、必死に高橋の球をつなぐ。
高橋の打つボールは、余計な考えを振り払ってしまうほど美しかった。
ただ夢中に、私は打つ。その間私は無心だった。ただボールだけに集中して
いた。
いつか感じた感覚。勝つとか負けるとか、相手を騙すとか、ミスを誘うとか
そんなことは考えないで、ただひたすら打っていた頃。
- 64 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時16分31秒
- コースは読まない。来た球を打つ。
躊躇はしない。彼女のラケットからボールが離れた瞬間、私の足は動く。
力の限り球を叩く。
カウンターで、より鋭い球が返ってくる。
私は必死に走った。何とか追いつく。
それでも高橋は手を緩めない。より厳しいコースへ。より鋭いショットを。
遥か遠くにボールがあった。私の目に限界が映る。それでも走った。
私はまだ走れる。一秒でも速く、一瞬でも速く。
地面を蹴って、私の体が中を舞った。ダイビングボレーのようにボールをと
らえる。
両腕から地面に叩きつけられて、一秒後には両足で地面に立っていた。
驚いたような表情をしながらも、高橋は冷静に空いたコースを狙ってきた。
自然と足が動く。必死にラケットを出す。ボールがラケットに吸い込まれる
ようにスウィートスポットに当たる。
手だけを伸ばした体勢から、私は体を大きくひねった。反動でラケットを大
きく振り出す。
思った以上に強い球が返った。それでも高橋には通じない。
威力がもっと必要だ。万全の体勢で、万全のショットを
- 65 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時17分04秒
- さっきよりも確かに速く、私はボールに反応する。体をひねり、腕をしなら
せて渾身のショットを放つ。
高橋が再び返す。
もっと速く走れる。もっと強い球が打てる。だから、もっと速く、もっと強
く。もっと、もっと、もっと――。
「きゃっ!」
高橋の悲鳴で我に返る。ちょうど、私の打ったボールが高橋のラケットをは
じいた瞬間だった。
「あ……」
呆然とその様子を眺める。
私は、肩で大きく息をしていた。全身の筋肉がピリピリする。
「どうしたんですか、一体……?」
戸惑った視線を投げかけながら、高橋が言った。彼女も粒の汗をかいていた。
- 66 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時17分34秒
- 「私、先輩のクールなプレイに憧れて、この学校に来たんです」
休憩中、彼女は突然そんなことを言った。私が奢ったジュースを少しだけ口
に入れ、ゴクリと喉を鳴らす。
「そっか」
ねっころがった私の首元を、カサカサに乾燥した草がくすぐった。まぶしい
光が私の目にとび込んでくる。
雲はなかった。それでも、肌をくすぐるように吹く心地よい風が、もうじき
連れてくることだろう。それは、真っ白か真っ黒かわからないけれども。
「でも、今日の先輩も、結構好きですよ」
そう言うと、彼女は真っ黒に汚れた私を見てクスクスと笑った。
- 67 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時18分51秒
- 「高橋はテニス楽しい?」
不意に、そんな言葉が口を突いて出た。予想通り、高橋はきょとんとした表
情で私のほうを見つめる。
でも、すぐに表情を崩した。
「当たり前じゃないですか。そんなの」
さも当然、といった風に言う。
しばらく黙っていると、思いついたようにもう一度口を開いた。
「でも、先輩のおかげかな、それ」
「え?」
「言ってくれたじゃないですか、昔。打つことを楽しめって」
高橋は遠い目をする。
「それがすごい心に残ってて。だから、私勝ち負けとかこだわらないんですよ
ね。おかげで、先生には闘争心がないとか怒られます」
ぺろりと舌を出す彼女は、光に照らされて、とても綺麗だった。私の目に映
った光が、本当に太陽の光だったのかは、よくわからないけど。
- 68 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月13日(土)04時19分32秒
- わたしは、大きくあくびをして目をつぶった。
心地よい疲れが指先にまで染み渡っていく。
私の口元に、自然と笑みがこぼれる。
「どーしたんですか?」
「別に」
別に、たいしたことじゃない。
多分、今思ったことを高橋に言ったところで、そんなことかって笑い飛ばす
んだろう。
ただ、「テニスが楽しい」って思っただけだから。
- 69 名前:更新終了 投稿日:2002年07月13日(土)04時22分21秒
- >>60-68
>>59 さん
読んでくれる人がいるのは力になります、ありがとうございます。
再びテニスの話に戻りましたが、よろしくお願いします。
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)15時10分02秒
- いつも楽しく読ませてもらってます。
テニスの楽しさを思い出した石川さんがどんなふうに変わるのか、
このあとの吉澤さんとの試合が楽しみです。
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)19時28分49秒
- 今日一気に読ませていただきました。
いしよし良い感じですね。続き期待してます
- 72 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月15日(月)05時21分42秒
- 夢を見ていた。
七色に輝く虹のたもとで、私は立ち往生をしている。
目の前に広がる谷。底は見えない。
遠くから聞こえるのは、どこかで聞き覚えのある声。
私は、必死にその谷を越えようとする。確信もないまま虹に足を掛ける。
そこで、夢は終わった。
けたたましく鳴り響く電話の音に眠い目をこすり、手探りで通話ボタンに手
をかける。
「モシモシ」
明らかに寝起きとわかるその声に、あくびもつけてやる。今回も相手先を見
忘れたが、まあいーやと開き直る。
「先輩ッ!」
その声の主は予想とは違っていて、驚きと落胆が同時に訪れた。
「高橋……?」
珍しい相手だった。電話だと緊張するからメールしかしないんです、それが
口癖の彼女。そんな彼女からの電話に、不思議と嫌な予感がした。
- 73 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月15日(月)05時22分19秒
- 「吉澤さんが……」
ひとみちゃん?
背筋に、冷たい汗が流れる。
「ひとみちゃんがどうしたの!?」
受話器を通して、自分の声が再び自分のもとへ戻ってきた。
「転校…しちゃうって。今日で最後だって……」
最悪の状況ではなかったことに、一瞬だけ安堵する。そして、少しして高橋
の言葉の意味を理解した。
「転校?」
今日私は、彼女と試合をするんじゃなかったの?
勝った方が、シードを獲得するんじゃなかったの?
疑問符ばかりが頭の中に沸いてきて、正常な思考回路が失われてしまったの
かと錯覚した。
- 74 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月15日(月)05時22分59秒
- 外は、先週の分まで晴れ渡っていた。
「本当は、先輩には言うなって口止めされてたんだけど……」
ぼんやりと流れ行く雲を眺めながら、耳を傾けた。ゆるやかに流れる雲を見
て、錯覚をしていた自分に気付く。
雲は本当は、ものすごいスピードで動いてるということ。
歯車は確かに動き出していた。
ひとみちゃんが転校してしまうという事実と、試合の日に今日を選んだ理由。
「私、そろそろ行かなきゃ」
誰に言うでもなく呟く。
「ひとみちゃんが、待ってる」
受話器の向こうで高橋が何事かを話し、電話が切れた。
そこでようやく、自分が電話をしていたということを思い出す。
私は、ベッドの脇に立てかけておいたラケットを両手で掴む。
そして、ひとみちゃんのことを思った。
初めて会った日のことを思った。
テニスをしている彼女を思った。
初めて二人だけで遊んだ日のことを思った。
もうすぐ消えてしまう、彼女の笑顔を思った。
- 75 名前:更新終了 投稿日:2002年07月15日(月)05時27分28秒
- >>72-74
>>70 さん
感想ありがとうございます。
次回より、吉澤さんとの試合になります。前回とは違う石川さんになる、はず(w
>>71 さん
一気に読んで頂いてありがとうございます。
スーパーカー好きですよ。地元なもので。
- 76 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月19日(金)20時59分39秒
- 勝負は劣勢だった。
「クッ!」
ひとみちゃんの鋭いショットにギリギリのところで何とか反応する。
前回の対戦にも増して、鋭く深いところに突き刺さるショット。
右に左にと振り回されて、気付いてみればガソリン切れ。その隙を付かれて
綺麗にショットを決められる。
私の瞳に映るのは、余裕の表情で息の切れた私を見下ろすひとみちゃん。
「へへ、このゲームも私がもらっちゃうよ?」
ラケットをくるくると回しながら、ひとみちゃんが笑みを浮かべる。
「……早くサーブ打ちなよ」
それを相手にせずに私は準備に入った。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
軽く地面を踏み鳴らし、じっとひとみちゃんを見据える。
そして、スイッチがオンになるのをひたすら待った。サーブという名のスイ
ッチ。
- 77 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月19日(金)21時00分45秒
- 「ヤッ!」
綺麗なモーションから、得意のフラットサーブが打ち出される。
ボールがラケットに当たった瞬間、私の両足が地面を蹴る。
最高の出足。厳しいコースに決まった彼女のサーブを完璧にミートした。
不意を疲れた彼女から、チャンスボールが返ってくる。
私の視線が、がら空きになったコートを射抜く。
――転校…しちゃうって。今日で最後だって……。
!?
瞬間、私の動きが止まる。
山なりのボールが相手コートに返る。
……まただ。
今日幾度となく同じような光景が繰り返された。
頭の中に高橋の言葉がよみがえる。
『本当は、先輩には言うなって口止めされてたんだけど……』
なるほどね。
私は思わず苦笑いをこぼした。
そして、そんなことをかんがえている中、当然のようにひとみちゃんの打っ
たボールが、私の横をすり抜けていった。
- 78 名前:更新終了 投稿日:2002年07月19日(金)21時01分58秒
- >>76-77
- 79 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月23日(火)00時57分06秒
- ベンチに戻る途中、ひとみちゃんとすれ違う。
「私は手を抜かないから」
思わず振り向いた私とは目をあわさずに、真っ直ぐにベンチへと向かった。
そして、タオルを顔にかぶせ、天を見上げる。
タオルは、風に吹かれて心地よさそうに踊っていた。
ひとみちゃんの言葉。
私は手を抜かないから、あなたも本気でやって。
なんとなく、そう聞こえた気がした。
……でも。
- 80 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月23日(火)00時57分58秒
- 「石川先輩」
ベンチに座り黙って俯いたままの私に、高橋から声がかかる。
私はそのまま、薄茶色の土を瞳に映し続けた。
足で踏みならすと、細かい土の粒が雪のようにひらひらと舞った。
「吉澤さんがかわいそうです」
おそらく真っ直ぐに私の背中を見詰めているだろう彼女の瞳を、私は見返す
ことができなかった。
諭すようにゆっくりと紡がれる言葉。
それを、背中で受け止めつづける。
「わかってるよ」
やっとのことで声が出た。
わかってるよ、そんな風に叫びたかった。
それをすんでのところで押しとどめ、ギュッと唇を噛み締める。
「わかってないです!」
でも、高橋はそれすらも許してくれなくて。
「……昨日の」
高橋の声が震えていた。
「昨日のテニスは、私に見せるためのものですか?」
- 81 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月23日(火)01時01分21秒
- 「梨華ちゃん、時間だよ」
審判から声がかかる。
ひとみちゃんはずいぶん前にベンチから立ち上がっていたようで、ベースラ
イン上でしきりに体をゆすっている。
「ねえ、高橋」
「はい?」
私は、ゆっくり息を吐き出し、ベンチから立ち上がる。
「昨日の私のテニス、どうだった?」
少しきょとんとした後、高橋は大きな口でニヤリと笑って見せた。
「私は嫌いじゃないですよ」
「そっか」
ラケットをしっかり握り締め、私もひとみちゃんの反対側のサイドに向かっ
た。
その途中、チラリと高橋のほうを振り向き、私も笑顔を返す。
「昨日言いそびれたんだけどさ」
「はい」
「テニスって、楽しいね」
「当たり前じゃないですか」
「わかってる」
そう、わかってる。
でも、ちょっとだけ、忘れてたかもしれない。
- 82 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月23日(火)01時02分51秒
- 「お待たせ」
私は、ゆっくりと地面にボールをつく。
「待たせすぎだよ」
それに合わせるように、ひとみちゃんもリズムを刻む。
私はトスを上げると、精一杯に体をひねった。
「ヤッ!」
たまったエネルギーの全てを、ボールに叩きつける。
鋭いサーブがコースギリギリを襲う。
「ハッ!」
ひとみちゃんも恐ろしい反射神経で、その球に追いつく。
けど、厳しいショットは返ってこない。
もう一度コースギリギリを狙って、ラケットを振りぬく。
必死に追いついたひとみちゃんのラケットから放たれたボールは、チャンス
ボールとなって私の元に舞い戻ってきた。
そのとき、またあの言葉が脳裏に浮かんだ。
- 83 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月23日(火)01時05分13秒
- ――転校…しちゃうって。今日で最後だって……。
うん、わかってる。
だから私は、このショットを決めなきゃならない。
最高の私を見せなきゃならない。
私のショットは、綺麗なアーチを描いてひとみちゃんのコートに突き刺さっ
た。
ひとみちゃんは悔しそうにボールの行方を見送った後、少し笑った。
「ひとみちゃん」
「ん?」
私はボールを受け取るために、彼女の方に体を向ける。
「お待たせ」
ひとみちゃんは地面からボールを拾うと、私に向かってワンバウンドでボー
ルを返した。
私も、ラケットを使わずに手でボールを受け取る。
「……待たせすぎだよ」
でも、そう言ってるひとみちゃんの口元は、気付かない程度の笑みを浮かべ
ていた。
- 84 名前:更新終了 投稿日:2002年07月23日(火)01時06分34秒
- >>79-83
- 85 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時16分26秒
- 先ほどと同じように、渾身の力を込めてサーブを打ち込む。
やや甘いコースに入りながらも、その勢いで、ひとみちゃんにベストショッ
トは打たせない。
それでも厳しいコースをついてきたひとみちゃんのショットに、私の体が自
然と反応する。
伸びのある球にすんでのところで追いつき、確実にミートした。バックサイ
ドのラインギリギリへ。
ひとみちゃんもかろうじて追いつき、私のバックサイドの深いところへ、ク
ロスで打ってくる。
不思議な感覚だった。
細胞の一つ一つが黄色い球の行方に反応する。
ひとみちゃんだって大差はない。彼女の体は私の振ったラケットがボールに
触れるか触れないかの所で左右に飛び出していた。
- 86 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時17分00秒
- コートの中で、黄色いボールが自由に踊る。
私たちはそのボールに操られるように右へ左へ軽やかにステップを踏む。
不意にひとみちゃんの顔が目に入る。笑っていた。と、同時に、自分の顔に
も笑みがこぼれているのに気付く。
外界から遮断されたその空間の中に言葉はない。
でも、確かに彼女の声が聞こえる。気持ちが伝わってくる。
それは、沈黙のやり取り。
互いのショットが虹を描き、それぞれの想いを運ぶ。
私のショットについてこれなくなった彼女の足が、一瞬だけもつれる。
その隙に、私はネットへと飛び出す。
甘いところへ返ってきた彼女のショットを、私は確実にボレーで決めた。
- 87 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時17分30秒
- 4−4。
高橋との会話前に0−3だったスコアを、何とか同点にまで持ってきた。
「ふぅ……、さすがにやるね」
ひとみちゃんが空を見上げ、大きく息を吐く。
「当たり前じゃない」
私も額に張り付いた髪の毛を振り払う。
太陽の光は雨のように降り注いで私たちを包みこんでいた。
太陽もわかっているのだ。
もう、私たちの試合に、中断なんていらないってことを。
「さ、早く続きを楽しもう」
ひとみちゃんが、春の風のようにふわりと言った。
- 88 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時19分02秒
- ひとみちゃんから繰り出される矢のようなサーブ。
前回の試合もそうだが、以前からは考えられないような確率でしっかりと枠
内を捉える。
私はそれを、体のひねりを使い勢いに負けずに押し返す。
自分でも、感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのがわかった。
先ほどは届かなかったショットにも体が反応し、よりひとみちゃんの取りに
くいコースへとボールが飛んでいく。
より速いショットを、より速いテンポで。
ボールが最高点に到達する前に、ライジングでボールを捉え続けた。
遥か上を飛んでいたはずのひとみちゃんが、いつのまにか私の隣にいて、気
付けば彼女を見下ろしていた。
それでもまだ、私の成長は止まらない。
彼女との差が徐々に広がっていく。優越感の裏に、どこか寂しいような気持
ちが溢れ出していく。
- 89 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時19分35秒
- でも、ひとみちゃんはボールを打つのを止めなかった。
必死の形相でボールにくらいつき、取れそうにない球にも飛びついた。
時に私の元へ返ってくることもあったが、それはあまりにイージーなチャン
スボールで、私はそれを確実に決めた。
そんな彼女のショットが、私の心を揺り動かす。
その一つ一つが私の胸に刻まれていく。
きっと、ひとみちゃんがいなくなった後も、目を閉じればこのシーンと共に
彼女の笑顔を思い出すのだろう。
「先輩、後一本です!」
高橋の声が飛ぶ。
ゲームカウント5−4。そして、40−15。
後一本決めれば、私の勝ちが決まる。
- 90 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月24日(水)00時20分33秒
- 私はしっかりと彼女を見据えた。
真剣なまなざし。いつまでも、彼女のこの瞳を覚えておこう。
ゆっくりとトスを上げ、今までで最高のサーブを打つ。
ひとみちゃんも負けじとそれを返す。
鋭い球は返ってこなかったけれど、今までで最高のリターンだった。
一瞬だけ球の行方から目を逸らし、彼女の方を見る。
ひとみちゃんは、思った通り笑っていた。
スローモーションのように落ちてきたボールに、私はしっかりとタイミング
を合わせる。
ラケットの中心で、ボールをとらえた。
「サヨナラ、ひとみちゃん」
虹のアーチを描いたそのショットは、私にひとみちゃんとの別れを告げた。
- 91 名前:更新終了 投稿日:2002年07月24日(水)00時21分37秒
- >>85-90
- 92 名前:LVR 投稿日:2002年07月24日(水)00時23分57秒
- 今回は抽象的な表現が多かったので、用語の説明を避けました。
わからない言葉がある方は、是非質問お願いします。
- 93 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年07月24日(水)07時35分00秒
- けっこう切なさ感じました。
楽しいテニスできて良かです(T▽T)
最後のショット感動。
- 94 名前:43 投稿日:2002年07月24日(水)17時47分09秒
- ついにでたーチャーミーライジング
- 95 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時05分59秒
- 「あのさ、私、転校するんだ」
青く滲んだ空を見上げながら、ひとみちゃんが呟くように言う。
見下ろした先に広がるテニスコートは、先ほどの試合の後を生々しく刻んで
いて、少しだけ、終わらせてしまったことを後悔した。
試合が終わった後、休む間もなく屋上へ連れて来られた。
みんなが不思議そうな顔をしている中、高橋だけが目を潤ませているのが印
象的だった。
「うん、知ってる」
「そっか」
春を告げる風が、心地よく染み渡る。
西日に照らされて校舎の影が長く伸びていた。
「誰から聞いた? 高橋?」
「うん」
「あの子、梨華ちゃんにぞっこんだからねぇ」
おどけたような調子で言って、視線を元の位置に戻す。
- 96 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時06分37秒
- 「今日は楽しかった」
なんとなくそんな言葉が口を突いて出た。それが、別れへの哀愁のせいなの
かはわからないけど。
「それはよかった。元々私が勝手に言い出した勝負だからねぇ」
ひとみちゃんが手すりから離れて歩き出す。
私も慌ててそれについて行った。
「それ言い出したときは、もう転校のことを……?」
「うん」
「だよね」
タンタン、という小気味よい音を立てながら階段を下っていく。
これを下りきったとき、多分それが本当の別れ。
「また、会えるよね……?」
「ん〜、多分」
ひとみちゃんの曖昧な返事にやきもきする。
- 97 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時07分25秒
- 「そういや私、梨華ちゃんの思い出の中に残りそうかな」
突然話を変えた彼女の瞳を見て、思わずドキリとさせられた。
先ほどの高橋と同じ瞳。
「そんな……当たり前でしょ」
「よかった」
ふわりと笑う。
思い出に残るに決まってる。
ずっとエースの座を争ってきた記憶。
鋭くて、そして綺麗なショット。
常に怯えさせられてきた、恐ろしいまでの成長力。
そして、最後の試合での彼女。
何処に打っても返されそうな気がした反射速度と集中力。
試合終了後の握手で見せた、眩しいまでの笑顔。
- 98 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時08分11秒
- そこまで考えて気付いた。
私とひとみちゃんとの繋がり。彼女が突然話を変えた意味。
「あはは……」
「どうしたの?」
階段の途中でひとみちゃんが後ろを振り返る。
バランスを崩して、少しだけ慌ててた。
「いや、私って、ほんとにテニスが好きなんだなって」
「な〜にを今更」
でも、とつなげる。
「梨華ちゃんがテニスを続ける限り、私はあなたの心の中に留まり続ける」
- 99 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時08分46秒
- 階段を下りきった私たちは、ゆっくりとした足取りで校門へと向かう。
私にとってはこれから一年間通う、そして彼女にとっては最後の風景。
「ここまででいいよ、ありがと」
ひとみちゃんが足を止めた。
「梨華ちゃんの家の方向逆でしょ? これ以上ついてきてもらっちゃうと、か
っこ悪いところ見せちゃうかもだから」
私は、わかった、とだけ言った。
「また、会えるよね」
もう一度同じ質問をする。今度は少しだけ、確信を持って。
「全国大会の決勝で会いましょう、なんて言ったらかっこいいかな?」
そんな言葉に思わず吹き出す。
- 100 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時10分04秒
- ひとみちゃんが再び歩き出した。
でも、今度向かった先は私とは違う方向。
「会えるよ。だって二人ともこんなにテニスが好きなんだもん」
背中越しに聞こえるそんな言葉に、私は見えるはずもない頷きを何度も繰り
返す。
「あ、そーだ」
突然立ち止まる。
そして、ポイッと何かを投げた。
「ウイニングボール。大切に取っとかなきゃ」
「……これ、学校のボールだよ」
「はは、返しといてよ。つい持ってきちゃった」
そう言い残して、彼女は歩いていった。
最後に残した言葉があまりに彼女らしかったから、思わず笑ってしまった。
笑いすぎて、涙がこぼれた。
「返せるわけないじゃない」
私は、手に持ってたボールをバックの奥深くにしまった。
- 101 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時10分58秒
- ◇
◇
◇
『空は何もかもを包んでしまいそうな青に塗り固められていました。
たおやかな日差しに彩られた風景は、私の視線の先で行き交う黄色いボール
をいつもと違ったものとして見せるから、思わず昔の感慨なんかにふけってし
まいます』
「せんぱ〜い、練習始まりますよ!」
高橋の声が聞こえる。
ひとみちゃんがいなくなって、もうしばらく経つ。
「部長がさぼってちゃ駄目ですよ〜」
「わかった。今行くよ」
ゆっくりと重い腰を上げる。
ひとみちゃんがいなくなって、少しだけモチベーションが下がったといった
ら、彼女はやはり怒るのだろうか。
- 102 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時11分29秒
- 『こちらはもう、春です。
色鮮やかな花が咲き始め、重く淀んだ私の心を無理やりに躍らせようとしま
す。私にもう一度、あの黄色いボールと向き合えと言います』
もう一度ひとみちゃんに会いたい。
そんなことを考えているだけで不純なのかもしれないけど、彼女の言葉を信
じれば、私たちは全国大会の決勝で会うことになっているらしいから。
だから、私は今日もボールを打つ。
「大会も近いし、気合入れていこう」
私の言葉に、みんなの返事が重なる。
- 103 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時12分03秒
- 『お体は元気ですか? 風邪など引いていませんか?
一人で呟くならこんなに簡単に出てくるのに、いざ手紙に向き合うとこんな
言葉すら書くことがためらわれます』
「あ、先輩」
「何?」
「虹……」
高橋が指差した先には雨上がりの空に輝く虹が映っていた。
先のほうがだいぶぼやけている。
私は手に持っていたボールを高く打ち上げる。
コートを仕切っている網まで、虹と同じ軌跡を描いて飛んでいった。
「先輩?」
「さ、練習練習」
◇
◇
◇
『きっと私は、いつまでもあなたを、忘れることが出来ないのでしょう』
- 104 名前:SILENT YARITORI 投稿日:2002年07月28日(日)02時14分29秒
- 虹を紡ぐ 〜SILENT YARITORI〜 …… FIN
- 105 名前:LVR 投稿日:2002年07月28日(日)02時21分55秒
- ようやく終わりました。
更新が遅くてすいません。
>>93 名無しどくしゃ さん
ずっと読んで頂いてありがとうございます。
最後のショットは力を入れて書いたのでそう言ってもらえて嬉しいです。
結局テニスの試合以上に盛り上がるラストには出来ませんでしたが。
>>94 43 さん
でました、チャーミーライジング。
あのときのレスが嘘にならなくてほっとしています。
本当はもう少し丁寧な描写をしたかったです。
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月28日(日)13時11分20秒
- お疲れさまでした〜。
終わっちゃって寂しいです。
ラブラブな内容ではなかったけれど、爽やかな後味でいいお話、いいラストだと私は感じました。
- 107 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年07月28日(日)13時46分24秒
- 完結おめでとうございます。
同じく、後味がスカッっとしててよかったです。
今までに無い感じで新鮮ですた。
お疲れ様でした。
- 108 名前:LVR 投稿日:2002年08月10日(土)00時49分43秒
- >>106 名無しさん
最後まで読んでくださってありがとうございます。
いしよしを書くぞと意気込んでは見たのですが、ラブラブにはならず(苦笑
続編というか、番外編のようなものを書いてみたいなとは思っています。
>>107 名無しどくしゃ さん
最後まで読んでくださってありがとうございます。
どうせラブラブにできないのなら爽やかにしてやれと頑張りました。
今までにない、というのは大変嬉しい誉め言葉です。
- 109 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)01時59分35秒
- 晴れた日のテニスコート。
乾いた土を踏みしめれば、茶色い煙が舞う。
私の走った跡が煙の道となり、黄色いボールをめがけて伸びていく。
ラケットを大きく振りぬくと、反対側のコートの隅をめがけて鋭い打球が飛
んでいった。
「よしっ!」
ラケットを持たない左手で小さくガッツポーズを作る。
6−0。完勝だった。
「先輩、ナイスゲームでした!」
「愛ちゃん、お疲れ」
口々に賞賛の声を贈る部員たちに囲まれながら、私は違うことを考えていた。
「高橋、怖い顔になってるよ」
だからだろう。久しぶりに会った先輩にいきなりそんなことを言われた。
「石川先輩ッ!」
現金なものだ、と自分でも思う。途端に満面の笑顔を浮かべる私。
「上手くなったね、びっくりしちゃった」
「そんなことないですよー」
そんな私の変化に途惑う一年生たち。
そう言えば彼女たちには、厳しい部長としての私しか見せていなかったか。
- 110 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時00分07秒
- うちの中学校のテニス部は飴と鞭で成り立っていて、飴であるところの副部
長が鞭に代わって一年生に事情を説明する。
つまりは石川先輩のこと。
中学校からテニスを始めた私にとって、二年生ながらチームのエースとして
バリバリに活躍する彼女は、憧れの存在だった。
今の私のプレースタイルはそんな先輩から受け継いだもので、きっとこれか
らも変える事はないのだろう。
「先輩は三年間この学校のエースだったの」
そう説明した副部長の前にずいっと割り込み、
「それでもって、入学した高校でも一年生ながらレギュラー!」
自分のことでもないのに誇らしげに言ってやった。
「もう、ちょっと二人ともやめてよ。恥ずかしいなー」
「いいじゃないですかぁ」
両手で顔を覆ってしまった先輩を見て、みんなで笑った。
- 111 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時01分59秒
- 「どう、いけそう?」
私と共に地区大会を勝ち上がった副部長の応援をするために部員たちが消え、
二人きりになったところで、唐突に先輩は切り出した。
「んー、決勝までは多分」
「そっか、てことは、決勝であの子と?」
「……ハイ」
もしこのまま順当に行けば。
決勝で私と当たることになるのは、去年の新人戦全国ベスト4の松浦亜弥。
昨年県大会での上位入賞が期待された先輩は、一回戦でまだ無名の彼女と当
たり、1−6と完敗。
彼女はそのまま県大会優勝を決めた。
当時二年生ながら県を制した彼女は、三年生になった今年、大きな壁となっ
て私の前に立ちはだかっていた。
「あれは……、ちょっと才能の差を感じたな」
先輩にとって中学校最後となったあの試合を思い出しているのか、苦笑しな
がら言った。
「そんなことないです、先輩の方が上手い!」
思わず力が入ってしまう私を見て、クスリと笑う。
「本当です! 先輩に教わったテニスで、今日それを証明して見せますから」
「うん、期待してる」
優しい口調でそう言った後、囁くような声音で言った。
「私が才能の差を感じたのは、彼女だけじゃないから」
- 112 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時03分54秒
- どうやら副部長の試合が終わったようで、何人かの部員が私の元へかけてくる。
「いくつで勝った?」
「それが……」
口篭もった後輩から話を聞きだしてみたら。
「負けた!? 誰に?」
私たちの中学校は先日の団体戦で県大会準優勝を決めていて、それの原動力
となったのが、うちの部活自慢の飴と鞭。
そんな彼女が。
「紺野あさ美さん、三年生」
「え?」
突然の声に驚きながらも後ろを振り向くと、副部長がラケットケースを片手
に立っていた。
- 113 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時04分37秒
- 「2−6。粘ったんだけどね」
紺野あさ美。聞いたことのない名前だった。
途惑った顔のあたしに気付いたのか、彼女は苦笑いをした。
「ははは、私のほうが押してると思ったんだけどな。気付いたら負けてた」
そう言った彼女の瞳は少しだけ潤んでいて、私はそこでようやく、彼女が負
けたことを実感した。
それに気付いたのか、彼女は私から視線を逸らし、コートから離れていく。
しばらく歩いてから、思いついたように振り返った。
「確か、愛が紺野さんと当たるとしたら準決勝だよね?」
「んと……そうだね。あなたと当たると思ってたけど」
「気を付けて」
真剣な目で私を見つめる。
「愛以外に松浦さんを負かすとしたら、それはきっと彼女だから」
……紺野あさ美。
でも、相手が誰であろうと、私は負けるわけにはいかないのだ。
- 114 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時05分24秒
- 「ゲームセット! 6−2、高橋!」
「よっし!」
準々決勝も順当に勝ち、ついに準決勝へと駒を進めた。後、二つ。
「おお、すげえ!」
勝利の余韻に浸っている私に、隣のコートから大きなどよめきが聞こえてき
た。
「ゲームセット! 6−0、松浦!」
準々決勝にも関わらず、あっさりとストレート勝ち。
相変わらずの笑顔でコートを出る彼女を軽く睨みつけた。
「あれ、高橋さんじゃん」
そう言って、愛想のよい笑顔をふりまく。
「今回こそは負けないから」
「あらら」
変わらず厳しい表情で言う私に、彼女は肩をすくめて見せた。
- 115 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月27日(火)02時05分56秒
- 私には、彼女に負けられない理由がある。
昨秋の新人戦県大会、準決勝で松浦さんに1−6で敗退。
今春の県大会、決勝で同じく松浦さんに3−6。
そして中学校最後の今大会。
先日の団体戦決勝、エース同士の戦いとなったシングルス1で、またしても
松浦さんに4−6と敗北を喫してしまい、そのままうちの学校は0−2で敗れ
県大会優勝を逃した。
このシングルス決勝が私にとって残された最後のチャンス。
負けっぱなしではいられない。
「まあ、まずは高橋さんが決勝まできてから、ね」
なだめるように言う彼女に、私の対抗意識も増す。
「私より、あなたが負けないでよね」
「あはは、それもそうだね」
一本取られたとでもいう風に、彼女は髪をかきあげた。
「でもさ」
そんな彼女が、一瞬だけ挑発するような目つきを見せる。
「油断してたら、食われるかもよ」
「え?」
「じゃ、今回も決勝で会えたらいいね」
バイバイとバックをふって、彼女は控え室へと戻っていった。
- 116 名前:更新終了 投稿日:2002年08月27日(火)02時07分32秒
- >>109-115
- 117 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時06分17秒
- 準決勝。
この試合に勝てば、松浦さんとの四度目の対戦が決まる。
そのせいもあってか、自然と気合も乗ってきていた。
「お願いします」
「あ、お…お願いします」
おどおどした雰囲気の相手だった。
紺野あさ美。今まで一度も聞いたことのない名前だ。
とは言え、うちの副部長がやられてるわけだから。
(油断は出来ないよね)
もう一度気を引き締め、ラケットを握りなおした。
- 118 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時06分59秒
- 私からのサーブ。
いつも通り、さして大きくもない体を目一杯に使い、石川先輩直伝のスピン
サーブを打ち込む。
厳しいコースに決まり、紺野さんは強いリターンを返すことが出来ない。
私は、意外とギリギリに決まった彼女のリターンに苦もなく追いつき、ラケ
ットを振りぬく。
鋭いショットが相手コートに突き刺さり、そのまま壁の方にまで跳ねていっ
た。
今日は調子がいい。
予想以上の手ごたえに左手を軽く握り締める。
彼女はボールの転がる先を呆然と見送っていた。
調子がいいとなれば、こんなところでてこずっている訳にはいかない。
私は、ボールを受け取るとすぐにサーブの体勢に入った。
- 119 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時07分40秒
- 試合開始から一時間ほどが経過した。
私の元にゆっくりとしたボールが、深く入ってくる。
体を目一杯にひねり相手のコート隅へと返す。
決まったと思った瞬間、どちらかといえば小柄な紺野さんの体がボールの後
ろへと潜り込んだ。
そして、私のバックサイドへ深くゆるい球を打ち込んでくる。
「またぁ!?」
いいかげん疲れたのと、一向に攻めてこない相手へのイライラからか、私は
思わず悪態を突いてしまう。
それがプレーにも現れたのだろう。
私のバックハンドから放たれたショットは、真っ直ぐにネットへと吸い込ま
れた。
- 120 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時08分10秒
- 「くそっ!」
ベンチでタオルを被り、足元を見つめる。
紺野さんの方にチラリと目をやると、不安そうな表情で私の顔を伺っていた。
現在、4−3。
いつまでも開かない点差と、こんなはずではないという焦りがプレーに現れ、
今日の私は散々だった。
調子がいいだけに、よりいっそうその思いは募っていった。
まだ時間は余っているようだったが、さっさと立ち上がり、次のゲームの準
備をする。
それを見た紺野さんも、慌ててベンチから立ち上がった。
- 121 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時08分49秒
- 「行きます!」
紺野さんのサーブ。
さして特徴はないものの、相変わらず無駄のないフォームからそこそこの球
がいいコースへと決まる。
こうして見てみると、彼女のプレーは何処となく松浦さんに似ているのかも
しれない。
その精密さゆえにサイボーグと形容される松浦さんのテニス。
現在のところ、県内で彼女の精密さを狂わすことのできるプレーヤーはいな
い。
私も、彼女に勝てる部分は多々持っていると自負するものの、総合力では敵
わないことを自覚している。
しかし、紺野さんの球は、正確性においても、威力においても、松浦さんを
下回っている。
ここ何ヶ月か、ずっと松浦さん対策をしてきた私には好都合だ。
「やっ!」
相手のサーブにも関わらず、しっかりと引き付け思い切り叩く。
鋭い球が返る。
彼女と同じスタイルの紺野さんを倒し、決勝戦へ弾みをつける。
- 122 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時09分25秒
- 「つっ……」
厳しいコースに返したつもりだったのだが、紺野さんがかろうじて追いつく。
不思議なもので、紺野さんの場合、こうやってかろうじて追いついた時のシ
ョットにも、生きた力を感じる。
今までは、この球の力を侮りミスをしていた。
もうミスはしない。
安全に、しかし確実に相手の急所を狙って、私のショットが飛んでいく。
「まだっ!」
それにも紺野さんは追いつき、またしても、私のコートの深いところを狙っ
て返してくる。
これでは、決定的なショットを打つことは出来ない。
このまましばらく走らせて、消耗を狙うか?
でも、あの小さな体の何処から来るのかわからないスタミナで、きっと粘り
きられてしまうのだろう。
……よし!
- 123 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時09分58秒
- 紺野さんのショットがいつもより少しだけ浅くなったのを確認して、紺野さ
んのバックサイドへ、スライスのアプローチショットを打つ。
私が今日初めて打ったスライスに途惑ったようで、やや甘い球が返ってくる。
それを、ボレーで紺野さんのいないサイドへ返した。……はずだった。
「嘘……!?」
私のラケットに当たった瞬間、いや、もしかしたらその一瞬前に、紺野さん
の体は私が打つはずのコースへと動き出していた。
――ははは、私のほうが押してると思ったんだけどな。気付いたら負けてた。
副部長の言った言葉が、頭の中でリフレインされる。
まさか、私たちが、押していると思わされていただけ?
「そんなわけない!」
私は、紺野さんが返したボールに必死に飛びつく。
ラケットの先にあたり、無常にもそのボールはネットを越えることはなかっ
た。
そのまま、地面に左肩から叩きつけられる。
- 124 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時10分31秒
- 「ああ!?」
目の前が真っ白になる。
左肩が自分のものではないような感じがする。
「高橋さん!」
向こう側のコートから紺野さんがかけてくるのが、かすんだ目からかすかに
見えた。
「大丈夫ですか!?」
そう言ってさしのべる手を、私は最後の力を振り絞ってはたく。
「……まだ、勝負は終わってない……」
「でも……」
そこまで言ったところで、外野からチームメイトが駆け込んできた。
「愛ちゃん!」
「部長!」
彼女達の一人の手が左肩に触れた途端、激痛が走った。
「つぅ…!」
「あ、す…すいません!」
大丈夫、と手を差し出そうとして、左手が動かないのに気付く。
- 125 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時11分05秒
- 「これ以上は無理よ」
「なっ!」
反論しようとして、勢いよく振り返った先には、憧れた人の顔。
痛みのせいか涙までこぼれたりしている顔を見せるわけにはいかなくて、思
わず俯いた。
「脱臼してる。早く手当てしなきゃ」
「やです」
「高橋……」
「私はこんなところで負けるわけにはいかない!」
その言葉に、そこにいた誰もが口を閉ざした。
「私の勝ちです」
どこからか、そんな声が聞こえた。
紺野さんだった。
「だから、ゆっくり休んでてください。松浦さんは、私が倒しますから」
その言葉を聞き終わるかどうかの所で、私の意識は闇にのまれた。
- 126 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時11分35秒
- 目を開くと、そこには石川先輩がいた。
「大丈夫?」
突然現れた先輩の顔に慌てて、横を向いた瞬間左肩に激痛が走った。
そして、全てを思い出した。
「もう、急に動いちゃ駄目よ」
「試合は……?」
「え?」
「試合はどうなったんですか!?」
その後石川先輩が言った言葉で、私は自分が負けたことを知った。
結局、逆のブロックは、松浦さんが順当に勝利を収め、決勝戦は松浦さん対
紺野さん。
そしてこれまた順当に、松浦さんが6−4で優勝をしたらしい。
「紺野さんも頑張ったんだよ? あの冷静な松浦さんが苛立ってるところなん
て初めて見たし」
1セットマッチにも関わらず、一時間半を越える試合。
後から聞いた話なのだが、今シーズン松浦さんから4ゲームを取ったのは、
県内では私以外で初めてなのだそうだ。
- 127 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時13分13秒
- 「もう駄目かもしれない」
自然と、そんな言葉が口を突いて出た。
先輩は、それを優しい表情で見つめる。
「ねえ、高橋」
「……はい」
「あなたは何のためにテニスをしてる?」
「え?」
驚いて先輩の方を見ると、先輩は相変わらず優しい笑みをたたえていた。
「勝つため……って言うのもいいけどさ、打つことを楽しんでみたら?」
不意に、目の前がゆらゆらと歪んだ。
そのまま漏れた嗚咽に、涙の色が混ざっていると気付いた。
それを隠そうとすら私の視界を、白い布が覆った。
先輩に包まれていた。
「大丈夫、あなたは強い子だから」
傷ついた私の体に、その声が染み渡る。
- 128 名前:虹を紡ぐ 投稿日:2002年08月29日(木)18時13分44秒
- 私が追いかけていた人。
松浦さんの背中に、重ねていたもの。
「私、先輩に追いつきたかった」
嗚咽と共に、吐き出す。
「え、何?」
抱きしめたその隙間から、先輩の顔が覗いた。
きょとんとしたその顔が可愛くて、私の顔に笑みが戻る。
「先輩、高校でもお願いします」
「あ、はい」
私は、いつのまにか応急処置されていた左手を気にしながら、西日の沈み行
く空を眺めた。
今日が終われば、また明日から関東大会に向け練習が始まる。
でも、何かが変わっている気がした。
空が珍しく紫に染まっているのは、きっとそういうことなのだろう。
- 129 名前:更新終了 投稿日:2002年08月29日(木)18時19分00秒
- >>109-115
>>117-128
虹を紡ぐ 番外編 … FIN
- 130 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月30日(金)00時47分18秒
- 番外編と言うより、新たなる序章って感じで。
続きが読みたくなりますね。
- 131 名前:LVR 投稿日:2002年09月01日(日)00時09分12秒
- >>130 名無し娘。 さん
ありがとうございます。
そうですね、元々長編予定の話なので、序章の意味合いは強いかと。
現在別の長編のプロットがあるのですが、読んでくれる方がいる限り、
是非この話も続きを書いていきたいです。
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)13時24分40秒
- 自分も続きが読みたいですね。
石川・高橋のその後が気になります。
- 133 名前:LVR 投稿日:2002年09月04日(水)14時55分55秒
- >>132
ありがとうございます、レス遅くてすみません。
続編を書くことになれば、石川さんが主人公になります。(やはり番外編とは違うので)
とは言え、今回の番外編では、高橋さんが書きやすくて仕方がなかった……(w
ネタだけはあるので、続編の時には、是非読んでやってください。
- 134 名前:はるかまにあっくす 投稿日:2002年09月06日(金)14時07分58秒
- 続編すごくすごく読みたいです。
お名前は存じていたのですが、はじめて作品を読みました。感動しますた。
つーかなんで今まで読んでなかったんだろう。クヤシー
他作品も教えていただきたいです。
- 135 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月06日(金)14時32分09秒
- 続編してたんですね。
石高…もっともーーっと読みたくなりました。
続編やって欲しいです。
テニスをやってない自分も世界に入り込んじゃいました。
- 136 名前:LVR 投稿日:2002年09月07日(土)04時06分41秒
- レス数が急に増えてたから、荒らされてるのかと思った(w
>>134 はるかまにあっくす さん
ありがとうございます。初めて読んでくださったんですか。
自分の書いた作品が、はるかまにあっくすさんに出会えた偶然に感謝、です。
他作品では銀板倉庫に「ひまわりの丘」というものがあります。
それ以外は恥ずかしくて見せられないです……。
>>134 さん
ありがとうございます。
時代は過去にさかのぼっていますので、続編と取って頂いても、番外編と取って頂いても結構です。
テニスをやっていない方に楽しんでいただけるのは、とても嬉しいことです。
これからもよろしくお願いします。
- 137 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月22日(日)02時45分48秒
- チャミラブたまりません(w
またチャミラブを書いてもらえたら嬉しいです。
- 138 名前:LVR 投稿日:2002年10月29日(火)01時28分22秒
- >>137 さん
ありがとうございます。
更新どころかレスまで遅くて申し訳ありません……。
一区切りついたら、この話も続編を書きます。
おそらく、読者の方々ももうこの話のことを忘れているでしょうが……。
- 139 名前:135 投稿日:2002年10月29日(火)01時38分47秒
- 忘れてません!
自分も石高の続きが読みたいっす
お待ちしております
- 140 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月11日(月)12時54分11秒
- 続編楽しみに待ってま〜す!
- 141 名前: 投稿日:2002年11月25日(月)15時59分07秒
『虹を紡ぐ 〜嫉妬と憧憬〜』
- 142 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)15時59分54秒
- 風の音は聞こえない。
コートのコンディションも――まあ、悪くはないようだ。
「保田さん、頑張ってください!」
「ああ」
後輩の声を背に、一歩足を踏み出す。
金網に仕切られたこの世界に足を踏み入れれば、そこはもう戦場だ。
既に待ちわびていたように見える相手をギロリと睨み、つかつかと歩み寄る。
右手を差し出された。
あたしはそれを握る。少しだけ、力を込めて。
相手の顔が微かに歪むのを視界に捉え、あたしは心の内で声を上げて笑う。
- 143 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時00分24秒
- 県大会準々決勝。
ここまで上がって来れたということは、それなりに優れた選手で――そして、
それなりに才能を持つものなのだろう。
少なくとも、あたし以上には。
ここはもう、戦場だ。
あたしには才能はない。でも、努力だけは、誰よりもした。
審判の声がかかり、サーブ権をかけたラケットトスが行われる。
……レシーブか。
それぞれ、コートの端へと散っていく。
あたしは、相手を見据え、軽く息を吐く。
教えてやるよ。
あんたがどれだけ温い世界にいたかってことをね。
- 144 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時00分57秒
- 試合は、一方的だった。
少なくとも、内容以上にその結果が。
試合内容としては、押しつ押されつ。ラリーも続き、白熱の攻防に見えたか
もしれない。
しかし、結果は6−0。
あたしの圧勝だった。
温いんだよ、あんたのテニスはね。
目が合うと、相手は悔しそうに唇を噛み、あたしを睨みつける。
そう、その顔だ。
あたしはそこから這い上がってきた。
- 145 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時02分07秒
- 「保田さん、さすが小ずるい手を使う」
にししと笑いながら先程の後輩、小川真琴がにじり寄って来る。
コートから出たからか、その後輩の顔を見たからか、あたしの顔にも笑みが
戻る。
「小ずるいとは何よ」
小川はよく笑う。
昔、中学校の頃には部の核となって、強豪だったその学校を切り盛りしてい
たようだが、よく勤まったなと思う。
彼女の笑顔は優しくて、悪く言えば凄みに欠けていた。
それを言うと、彼女はいつもにししと笑って言う。
――部長が厳しかったから、私は甘やかしてりゃよかったんす。
そんな彼女だから、あたしもこうして心を開けているのかもしれない。
- 146 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時03分11秒
- 「いやー、でも見習うとこがいっぱいありますよ」
そう言って、小川は相手選手を見つめる。
「私だって、才能がないから」
それが、彼女があたしを慕ってくる理由の一つ。
あたしのプレースタイルは、一言で表すと泥臭いテニス。
相手のボールを拾って拾って拾いまくって、そしてひたすらに相手の嫌な部
分のみを突く。
場合によっては、精神的にも揺さぶりを掛ける。
こんなのテニスの常套手段だ。
そうは言っても、度を過ぎると、フェアじゃない、などとくだらない野次も
飛ばされたりする。
そんなときは、鼻で笑ってやるのだ。
あんたらは、あたしの十分の一でも努力したのかよ、と。
- 147 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時05分22秒
- しかし、小川の才能がないとは思わなかった。
一年の頃から既にその実力は群を抜いていて、県大会ベスト8の実力を如何
なく見せつけた。
それでも、彼女は練習の手を抜いたりはしない。
彼女の言葉を借りれば、少なくとも県内で、三人の天才を見たのだそうだ。
残念ながら、あたしは未だかつて、天才というものを見たことがない。
才能がある奴なら山ほど見たが、あたしにとって最後となるこの大会、全て
叩き潰してきた。
最も、センスがないのはテニスの腕だけではなく、見る目においてもそうら
しいから、手合わせしなければ、相手の才能なんて分かりもしないのだけど。
もし、天才というものを肌で感じることが出来たのならば。
あたしはこのちんけな才能に、見切りをつけることができるのだろうか。
- 148 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時05分58秒
- 「あれ、保田さんの次の相手」
「ん?」
小川に言われて組み合わせを見る。
赤の線を辿っていって、その名前を読み上げる。
「石川、梨華?」
聞いたことのない名前だ。
いや、以前に何度か試合を見たことがある気がする。
確か、器用なタイプのプレーヤーで、どれも一回戦や二回戦で負けていたよ
うな気がするけど。
「すげー……」
過去の試合を必死に思い返すあたしをよそに、小川は感嘆の声をあげる。
「どした?」
「ほら、これこれ!」
パンフレットに書いてある、出身中学の欄を見る。
……小川と、同じ?
- 149 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時06分57秒
- 「石川先輩って、私らの憧れの人だったんす」
キラキラと目を輝かせる小川に苦笑する。
「で、中学校時代の成績は?」
すると、ばつが悪そうに頭をかき、
「えと、最後の大会、県一回戦負け……」
「なんだ、あんたの方が上じゃない」
思わず失笑する。
要は、何も変わっていないということだ。
適度な才能に、適度な努力。
伸びもしなけりゃ、落ちぶれもしない。
今はっきりと、彼女の試合を思い出した。
中途半端にずるく、大事な所で気後れする。
結局、温いプレーヤーだった。
- 150 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時07分51秒
- 「ほら、それよりあんたは、こっちを気にしてな」
あたしは、逆のブロックを指差す。
準決勝第二試合。
松浦亜弥vs高橋愛。
どちらも二年生だなんて、泣けてくる。
そして、これが才能の差だ、なんて諦観した思いもあった。
「愛ちゃんだぁ……」
再び感嘆の声。
そして、高橋愛という選手の欄には、小川と同じ中学校名。
ああ、高橋とか言う子が例の部長か。
同時に、以前に聞いた小川の言葉を思い出す。
彼女が目にした三人の天才のうちの二人。
なるほど、是非手合わせをしたいものだ。
- 151 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年11月25日(月)16時09分22秒
- 「それにしても、あの子はホント、松浦さんと縁があるなぁ。ま、勝ち上がっ
てきゃ仕方ないことだけど」
ぶつぶつと懐かしそうな瞳で呟く小川を尻目に、あたしはもう一度次の試合
のことを考えた。
一年の頃は県大会を視界に捉えることすら出来なかったあたしが、二年のと
きには何とか手が届くようになり、そして今はベスト4。
努力は才能を上回る。
確信にも似た思いが、あたしを包んでいた。
そう言えば、次の相手。石川梨華はベスト4に上がってこれるような実力の
持ち主ではなかったと記憶しているが。
組み合わせが良かったのか。それとも――
そこで、不意に笑いがこみ上げてきた。
楽しみが増えたと思えばいい。
あたしは、ラケットケースと共に壁際に腰を下ろし、瞳を閉じた。
- 152 名前:更新終了 投稿日:2002年11月25日(月)16時14分26秒
- >>141-151
番外編ではなく、新章です。とりあえずは、やすおが。
見てくれる人いるのでしょうか……。
>>139 さん
ありがとうございます。
本当に長いことお待たせいたしました……。
石高、書きたかったのですが、今回はこのような形に。
よろしければ、読んでやってください。
>>140 さん
ありがとうございます。
本当にお待たせいたしました……。
更新速度、遅いかもしれませんが、見捨てないでください。
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月25日(月)18時48分06秒
- 見てますよぉ〜、テニスは全然わかんないんですけど…(オイ)
この話シリーズ(?)は結構好きです。
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月27日(水)00時04分14秒
- はぁ、とため息をついてしまいました。
テニスと言うだけで敬遠してたのは失敗だと思い知らされましたよ。
次回更新、楽しみにしてます。
- 155 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年12月13日(金)10時28分48秒
- 「保田さん、そろそろですよ」
意識の遥か遠く。小川の声が微かに耳へと届く。
「わかった」
アップスーツを脱ぎ、埃を払いながらコートに視線を向ける。
遠くから黄色い声援が聞こえた。
「先輩ふぁいっ! 先輩ふぁいっ!」
「……高橋、嬉しいけど、せめて試合が始まってからにしてね」
呆れたような表情で声を掛ける少女と目が合う。
すいません、とおどおど謝った後、慌ててコートの中へ駆けて行く。
あれが、石川梨華。
- 156 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年12月13日(金)10時29分28秒
- 「あははは」
不意に、斜め後方から笑い声が漏れる。
「……どした?」
「あ、すんません」
不機嫌そうなあたしの声に、小川は一瞬だけ肩をすくめる。
でも、謝っても一向に反省の色が見えないのが彼女。
噛み殺したように、にししと言う笑いが漏れた。
「何が可笑しい?」
「や、変わってないなと思いまして」
そう言う小川の視線の先には、同じく反省の色の見えない黄色い声援の少女。
ああ、と思い当たり、もう一度小川に視線を戻す。
「友達だったとか言ってたね」
「はは。今も友達だと思ってるんですけどね」
- 157 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2002年12月13日(金)10時30分49秒
- そんな小川の笑い顔を見ながら、あたしの中に変な感情がむくむくと首をも
たげて来る。
口に出すつもりはないのに、自然と出た。
「別に、あたしを応援することないよ。石川さんはこの試合で最後なんだから、
向こうの応援してあげな」
きょとんとした顔の後、小川は、なーにいってるんすか、と言って笑った。
「石川先輩は確かに憧れだったけど、今はヤッスーの方を応援するに決まって
るじゃないっすか」
ヤッスー。
言葉より先に右手が出る。
「イテッ! へへ……頑張ってください」
「ああ」
必死に頭を擦りながら、おどけたように言う彼女を見て、温かな気持ちが溢
れる。
こんなことで安堵している自分自身に、思わず苦笑した。
- 158 名前:更新終了 投稿日:2002年12月13日(金)10時37分37秒
- >>155-157
諸事情により、慌てて少量更新。
次回は大量に……できたらいいなぁ。
>>153 さん
大変お待たせいたしました。
テニスを知らないのに読んでくださる方がいると、非常に励みになります。
シリーズ、と呼ぶのに相応しいくらいに、長く続けていきたいです。
>>154 さん
ありがとうございます。
スポーツだから、と避けるのは仕方がないことです。それでも読んでくれたことに感謝です。
そう言えば、どのリクエストもマイナーな気がしなくもないのですが(w
構想は出来てるんだけどなぁ……。
- 159 名前:154 投稿日:2002年12月13日(金)11時35分17秒
- 復活キター!
スランプ脱出されたのでしょうかね?
色々お疲れだと思うのでマターリと頑張って下さい。
- 160 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月19日(木)10時52分46秒
- 更新いつも楽しみに待ってます。
またLVRさんの描くいしやぐを読みたい今日この頃です。
- 161 名前:ぶらぅ 投稿日:2003年01月04日(土)15時06分33秒
- 更新してあったー!
LVRさんの作品好きなので嬉しいです。
違う視点からの話ですが楽しみです!
また高石が読めるw
- 162 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)15時34分02秒
- 保全
- 163 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月12日(水)17時03分13秒
- 保全
- 164 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月12日(水)19時25分31秒
- 保
- 165 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月21日(金)15時42分54秒
- 全
- 166 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)14時45分14秒
- 保全
- 167 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月23日(水)17時04分30秒
- 保全
- 168 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)07時13分25秒
- 他で書いてるようですがここは無視ですか?
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/yellow/1042460255/
- 169 名前:LVR 投稿日:2003年05月05日(月)07時25分38秒
- 「他」というのと「ここ」というののどちらがどちらを指しているのかわからないので、
きちんとした返答を返せなくて申し訳ないのですが、この作品に関しては少しずつ書き進めています。
本当に申し訳ありません。
いしやぐ聖誕祭に関しては、他の作者様が使ってくださったので、そのままにしておきました。
これから、保全をしようとは考えておりません。すみません。
一応念のため書いておきますと、いしやぐ聖誕祭スレで自分が書いたのは
「矢口真里奮闘記」と「傍にいるから」の2作品だけで、他の作品に関しては全て、
他の作者様が書いてくださったものです。
それでは長文レス失礼致しました。待っていただけるのなら、もう少しだけお待ちください。
- 170 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)20時03分29秒
- 定期的に更新をしないすべての作者に思う事なのですが
一月に一度くらい報告してくれてもよいのではないでしょうか?
保全を作者か読者のどちらがしているのかはわかりませんが
作者→進行状況や書き続ける気の有無の報告
読者→正直甘えている
ほとんど読者だと思いますが・・・
五ヶ月って決して短くはないと思います
- 171 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月12日(月)22時58分23秒
- ごめんなさい、がんばりますが、早い更新は無理そうです。
>>>170さんの言ってることはもっともなので、これからは保全していただかなくて結構です。
必要ならば、自分で保全をします。
- 172 名前:作者さんのファン 投稿日:2003年05月26日(月)14時36分33秒
- 保全!
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)12時39分36秒
- 気長にお待ちしてますよ
- 174 名前:172 投稿日:2003年06月29日(日)21時07分41秒
- 保全
- 175 名前:作者 投稿日:2003年06月30日(月)14時59分28秒
- ごめんなさい。もう少しお待ちください。
- 176 名前:172 投稿日:2003年07月21日(月)11時01分11秒
- 何ヶ月でも待てますよ〜
- 177 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2003年08月06日(水)09時33分52秒
- 「お願いします」
目の前の少女ににこやかに手を差し出され、それをいつものように力強く握
った。
石川さんの顔が歪む。
もはや決まり事となった試合前の儀式。
あたしはにやりと笑いながらその顔を見つめる。
トスの結果、サーブ権は石川さんの物となった。
黄色いボールが彼女へと手渡され、お互いの視線がぶつかる。
「よろしく」
それだけを残して、あたしは彼女と反対側のコートへ向かった。
- 178 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2003年08月06日(水)09時41分12秒
- コートの対角線上で、石川さんがゆっくりとサーブの体勢に入る。体を大き
くのけぞらせてボールを捉える。
スピンサーブ!
球種を読み取ったあたしは、大きく弾む玉に備え、軽くスプリットステップ
を踏む。
比較的イージーなコースだった。フォア側へ、鋭いスピンの掛かったサーブ
が放たれる。
あたしはそれを思い切り叩こうと、大きくテイクバックをした。
しかし。
「近い!」
地面に落ちたボールは、勢いよくキックをして跳ね上がり、あたしの顔めが
けて進路を変える。
慌てて差し出したラケットに辛うじて当たったボールは、緩やかな弧を描き、
ネットをギリギリ越えた。
そこに現れる影。
石川さんはいとも簡単に、あたしとは逆方向にボレーで落とした。
時間にすれば数秒。このゲーム全体から見れば、ほんの一コマにしか過ぎな
いだろう。しかし、あたしの目から見えた景色は、今までの試合を通してみた
ものよりも、長かったかもしれない。
強い。
それが、第一印象だった。
- 179 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2003年08月06日(水)09時42分08秒
- あたしはレシーブの準備をしながら、いつものように才能について考える。
彼女は恐らく、あたしにはないものを持っているのだろう。
石川さんが再び体を反り返らせ、サーブの体勢に入る。スピンサーブ。
彼女が持っているものは、あたしがずっと追いつづけていたもの。そして、
手に入れられなかったもの。
予想通り、スピンのよく掛かったボールが、今度はあたしのバックを襲う。
才能は、もう当の昔に諦めた。そして、彼女がその才能を持つと言うのな
ら、なおさら――
「負けるわけにはいかない!」
あたしの一番取りにくいコース。バックに逃げていくように高く跳ね上がっ
たボールに対し、軽く地を蹴り、宙に舞い、絶好のコースに変える。
渾身の力を込めたバックハンドが、ストレートで彼女のフォア側に飛んでい
く。
- 180 名前:嫉妬と憧憬 投稿日:2003年08月06日(水)09時43分06秒
- 一瞬驚いた顔を見せた彼女だったが、敏捷な動きで追いつき、フォアのスラ
イスを返した。
深いが、それほど厳しいコースではない。
あたしはフォアハンドに回り込み、今度は石川さんのバック側を狙い強打す
る。
しかし、さすがはベスト4に残るだけのことはある、と言うべきだろうか。
ギリギリのところで、あたしのショットに追いつき、バックハンドのスライス
ショットを放つ。
スライスは、フォアよりバックの方が得意らしく、先程よりもアンダースピ
ンのよく効いたボールが、ベースラインぎりぎりの所へ返ってきた。
しかし、これもコースは甘い。
あたしは待ってましたとばかりにがら空きのコートを狙う。ハードヒット。
それでも彼女は喰らいつく。フォアのスライス。しかし、浅い。
今度こそ、とばかりに、あたしはネットにつめより、その勢いのまま、がら
空きのコートへドライブボレーを叩き込む。
一瞬石川さんの足が動いたが、結局そのままボールの行方を見送った。
- 181 名前:更新終了 投稿日:2003年08月06日(水)09時44分25秒
- >>177-180
短くてすみません。
近いうちにもう一度更新します。
- 182 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)02時34分16秒
- スポーツものが好きなので期待しています。
- 183 名前:ななし 投稿日:2003年09月04日(木)13時43分00秒
- 待ってます。
- 184 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/16(木) 15:56
- 言ってる事とやってる事がぐだぐだですね
- 185 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/16(木) 22:31
- がんばれ
- 186 名前:LVR 投稿日:2003/10/19(日) 04:33
- ああもうほんとごめんなさい。
ごめんなさいとしか言えなくてごめんなさい。
何か形で示せたらいいのですが、もう少し待ってください。
- 187 名前:176 投稿日:2003/10/20(月) 21:41
- 待ちます!
頑張ってください
- 188 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/28(金) 01:33
- ho
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 02:15
- また5ヶ月近く経過したんですが・・・
- 190 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 15:30
- >>170
- 191 名前:LVR 投稿日:2004/03/19(金) 01:16
- またしても大幅に遅れてすみません……。
なんとか今週中には書きます。
- 192 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/04/25(日) 20:24
- ほ
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/10(月) 23:58
- 頑張ってください。
応援してます。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/11(火) 21:59
- >>193
ageないで。。。
- 195 名前:( ^▽^) ◆QQiMAh9w 投稿日:2004/06/08(火) 00:25
- もうだめぽ・・・
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 01:01
- ageないで
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:49
- いつまでも待ってます。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/24(木) 08:19
- だーかーらー!!!
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/27(日) 03:18
- また風来音みたいな作品が読みたいです
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/27(日) 14:18
- だーかーらー!!!
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/08(木) 23:06
- がんばれ
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2004/08/07(土) 08:24
- 待ってます。
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