あの日、あの時、あの場所で。

1 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月02日(日)15時58分15秒


後藤、今日私は、この高校を、卒業しました。


「やったぁーーー!卒業だよーーー!」
「みんな単位取れてマジ嬉しいけど!うちとかちょーあやしかったし!」
「ねぇ、みんなでうちあげやろーよ?あたしCMとったんだ。」
「あたしもドラマのレギュラーとったんだよ!」
「あたしもー!」
「んじゃ、やるしかないでしょー!じゃ、7時ごろ学校の前集合ね。」
「あ、ねぇ、紗耶香もいくっしょ?」
「え?」

帰る準備をしてるとこで急に声をかけられて、少し驚いた。

「あ、ごめん、今日あたし用事あんだよね…マジごめん」
「そっか、じゃ、休み中も連絡するから。もう帰る?」
「うん、帰るわ。じゃ、ばいばい。ごめんねー」
「あー、ばいばい」


2 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月02日(日)16時02分30秒


みんなに背を向けて手を振りながら、3年間通ってきた教室のドアをくぐった。
コソコソとみんなが何か話している声がかすかに聞こえたが、気にしなかった。
あたしには、これから行かなきゃならない場所がある。
ともだちとのアソビより、あたしの中でもっとずっと大切なこと。

後藤、あなたは覚えてるかな?
あの日交わした、小さな秘密の約束を。


3 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月02日(日)16時08分14秒

「うっわー、懐かしいなー…。」
みんなと別れて、約1時間後。
あたしは3年前自分が通っていた、中学校へと足を運んでいた。
校庭には誰の姿も見えない。
あのころと変わらない、冷たい風が頬を撫でていった。

みんなと走り回った、汗を流したこの場所。

そして、後藤と初めて出会った場所だった。

2人の間を流れる砂埃のにおい。
今でも、はっきり覚えてるよ。

4 名前:―中3、春― 投稿日:2002年06月02日(日)16時23分06秒


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―――――

「あいてっ!」
「あっ!やばっ!」

どかっと、ぶつかった感覚。
今のは余所見をしていた自分が完全に悪かった。
その子は地面に倒れ、2人の荷物はばらばらに散らばってしまっていた。
ぶつかったのは、どうやら後輩らしい。
2年生のようだった。
上履きと、名札の色でそれを確認できた。
でも、髪の毛はまっちゃっちゃ。
化粧もしてるみたいで。
大人びた顔立ちだったこともあるけど、とても後輩には見えない。

「ごめん、大丈夫だった!?」
怪我なんかしてたらどうしようかと思いながら、座り込んでいるその子に手を差し伸べる。
「あ、大丈夫です。こっちこそ、すみませんでした。」
にこっと笑って、立ちあがったその子は、とてもきれいな顔をしていた。


5 名前:―中3、春― 投稿日:2002年06月02日(日)16時33分00秒


2人で荷物を拾って、バックにつめて整えた。
ふと、その子の顔をみると、にぃっとほほえんだ。

「市井紗耶香先輩、ですよね?」
「はい!?なんで、名前?」
あたしは驚いてその子に尋ねる。
「あ、やっぱり。2年の間で有名なんですよ、かわいい先輩がいるって。
何度か見たことがあったから…。」
「は!?」
そんなこと、聞いたこともなかった。
第一あたしなんて、何のとりえもなく、目立つこともなく生活してるのに。

「顔、赤いですよ?もしかして照れてますかぁ?」
心の中を見破られたみたいで、余計に恥ずかしくなってきた。
「べ、べつに…。」
指摘された赤い顔を隠すために、そっぽ向いて指をいじった。
「あは、やっぱうわさ通りかわいいですねー。
………あーっ、やばいこんな時間だ!
じゃあ先輩、さようなら!すみませんでした!」
「え、あ、うん。ばいばい…。」


6 名前:―中3、春― 投稿日:2002年06月02日(日)16時36分14秒


考えがついていかないままのあたしを残して、
その子は校門の外へと走って消えていった。

「だれ、あれ…?」
名前も知らない、元気な後輩。
出会いは、相当インパクトがあった。
もう一生、忘れることもできないくらいに。
強く強く頭の中に残っていた。


7 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月02日(日)17時16分58秒
続き期待sage
8 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月04日(火)12時03分40秒
タイトルに惹かれて来てみたら‥‥いちごまハケーン!!
かなり嬉しいです。がんばってください。
9 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)22時30分18秒


―――――
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―――――――――

「本当、不思議な奴だったよなぁ…。」
ぽつりと呟いて、3月といえどまだ暗く重たい空を仰いだ。
天気予報では天気が崩れるといっていた。
そろそろ降り出しそうな空の色。

とりあえず、昇降口に向かった。
自分が使っていたはずの下駄箱。
周りの様子は、あたしが通っていた頃とちっとも変わっていないのに、
中身はぜんぜん違う人が使ってるって、何か変な感じがする。

この場所に立つと、毎日の登下校の様子が頭の中に浮かんでくる。
友達と帰った放課後。
夏の暑い日や冬のピンと張り詰めた空気。
憧れの先輩を隠れて見つめていた日。
全て昨日のことのように思い出せる。

そして。
後藤と2度目に会ったのも、この下駄箱だったんだ。


10 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)22時37分23秒


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「おはよう、ございます。」
「あ、おはよう。」
下級生に挨拶されて普通に答えただけなのに、その子達はキャーキャー言いながらかけていった。
昨日見知らぬ子に言われた言葉、ちょっと納得。

自分の下駄箱からいつものように青い上履きを取り出し、ボスっと床に落として。
ふと顔を上げると、昨日出会った女の子の顔がそこにあった。

「うわっ!!」
「あ、ごめんなさい!」
いきなり出てきたその子に驚くと、彼女はすぐに謝った。
「あ、だいじだいじ。でも、どうしたの?」
彼女の顔を見ると、なんだか深刻そうな顔をしてる。
何事かと思って、たずねた。


11 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)22時44分40秒


「昨日から何度もすみません…。でも、これはヤバイかなぁと思って…。」
その子は、自分のかばんの中から、1枚の薄い紙切れを取り出した。

「ん?…………あ……。もしかして、これ………。」
「……すみません……ぶつかったとき、入れ違っちゃったみたいで……。」
その紙が何なのか、私はすぐにわかった。
一番上に、自分の見なれた字で『市井紗耶香』と。
そのすぐ下に、ワープロの文字で『進路調査希望』とかかれている。
そして、その下には………。

「………見た…よね…?」
「……ハイ………。」

 第一希望  桜ヶ丘高校 芸能科

私の希望高校がかかれていた。 
12 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)22時54分06秒


イヤな沈黙。
何か喋ってくれないと、あたしも恥ずかしい思いが募る。
何も言えなくなってしまっていた。

「……あの……。」
「あ、え、なに??」
いきなり口を開いたその子に驚いて、声が裏返ってしまう。
少し笑ったその子が、今度はゆっくりと言った。
「先輩は、芸能科を目指してるんですか?」
「あ、うん、まぁ…。」
いきなりの質問にそう答えるのが精一杯。
そして次にその子からはかれるだろう言葉には、大体予想がついていた。

「ってことは、先輩は女優を目指してるんですか?」

ほら、やっぱり。
予想通りの展開。
「あーうん、一応。まだ決まった訳じゃないんだけど…。」
まだ進路希望状況だし、親にも反対されているし。
はっきりと断言できないけど。
とにかくこの進路の希望を、親や先生以外の誰かに見られたのがめちゃくちゃ恥ずかしくて。
次の言葉が怖かった。


 
13 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)23時03分41秒


「ほんとなんですかぁ!?すっごぉい………。」
ほんとに驚いた様子で、その子は目をおっきくしてあたしを見た。
「え、だからまだ、決まってる訳じゃないんだって…。」
そんな驚かれるものでもないのに。
ほんとに恥ずかしくなって、顔が真っ赤になりそうだ。
「えー、でも頑張ってください。あたし、すごい応援しますよ!
先輩なら絶対なれると思うし。」

こんな言葉を言われたのは初めてで。
少し驚き、そして嬉しい。
親は話も聞かずに反対してたし、先生はやめたほうがいいって言ってるし。
兄弟にはムリだって笑われたし。
応援してくれてる人がいるってことが、単に嬉しい。


14 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月05日(水)23時12分32秒


「ありがと、頑張るよ。」
素直にそう言えた。
でも、本当に頑張ろうって思えた。

「あ、あたし後藤真希っていうんです。
ずっと、名前一方的に知ってて、言わなくてごめんなさい。」
「後藤真希、か…。じゃ、後藤ってことで。それが一番呼びやすい、かな。
ね、また話できるかな?放課後とか暇してる?」
あたしの話を聞いてほしい。
そして、後藤のことももっと知りたい。
不思議な女の子。
「はい、だいじょぶです!いつでも暇です!」
にぃっと笑った後藤につられてあたしも笑顔がもれる。
こんな自然に笑ったこと、いつからなかっただろう。

「うあぁ!!あたし今日、日直だった!」
そう言って、下駄箱の前の時計を慌てて見る。
「じゃ、早く行かなきゃ。あと5分でHRだよ?」
「やばぁい!じゃ先輩、また会いましょう!さようなら!」

くるっと背を向けて、廊下を猛ダッシュしていった。
あんまり急ぎすぎて、途中先生に注意されてたみたいだったけど。
2度目の出会いでもほんと元気な奴。

後藤の姿が見えなくなった後、あたしはそのまま職員室へと向かった。
さっき受け取った進路希望調査の紙を手に。
そしていつもよりちょっぴり強い自信と勇気を持って。


15 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月07日(金)05時54分50秒
いままでにないいちごまの感じで期待大です
作者さん頑張ってください
16 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)14時54分13秒


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ひゅうっと強い風が校舎の中にまで吹き付ける。
その風が私を中へ中へと押し込んでいくような感覚。
いつのまにかあたしは、中学生の頃大好きだった場所―図書室へと足を運んでいた。
毎日あたしが通っていた場所。
朝早く来たり、掃除のあと急いで来たり。
その習慣があたしをここへと連れてきたのだろうか?

ガラリと古めかしいドアを開けるとすぐに、あのかび臭い、懐かしい匂いがあたしを包む。
中に人は誰もいない。
あたしが中学生だった頃も毎日2,3人しか人がいなかった図書室だから、不思議はない。
この静かでゆったりとした空気が大好きだった。
一人でいることに不安を覚えることなんて一度もなかった。



17 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)14時56分12秒


でも、いつからか。
この空気を破って、時には先生に注意されるような奴が飛び込んでくるようになった。
周りの人達は迷惑そうにしてて、ちょっと肩身がせまかったけど。
あたしは、そんな空気も大好きだったんだよ。
暗く湿った空を、太陽が明るく照らしたような。
そんな空気。

ねぇ後藤。
あなたは知ってたのかな。
あたしの生活が後藤のおかげですごく楽になってたこと。
後藤があたしを救ってくれてたってこと。


18 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)15時04分22秒


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がらがらっとあたしが大好きな場所へと続くドアを開けた。
今日はゆっくり物語りでも読んでみようかな。
そう思って開けたドア。
だけど、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
だって図書室にはあまりに似つかわしくない茶色い髪の毛。
そしていつもの明るい笑顔。

「あ、先輩きた!こんにちわ。よく図書室にいるって聞いたから、来ちゃいました。」
後藤が、図書室のちょうど真中あたりの椅子に座っていた。
「どうしたの?すっごいビックリした。」
「驚かそうと思ってきたんです。びっくりしたでしょう?あはっ!」
後藤の笑った声が図書室中に響いてひやっとするが、
幸い掃除の時間がまだ少し残っていることもあってか、人は誰もいなかった。

「ちょっと、一応静かにしてよ。ここは図書室なんだから。」
少しだけ声のトーンを落としてそう言ってみたが、案の定、後藤はそんなのお構いなし。
そこらへんをうろちょろし始める。


19 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)15時17分05秒


「あたし図書室って初めてなんですよ。んー??なになに?
日本史の謎と…争点?……うわっ!こんな細かい字、絶対読めない!!」

ぱさっと本を閉じて棚にしまい、あたしが腰を下ろした隣の椅子に座る。
さっきまで気難しい顔して本を覗きこんでたのに、急に笑顔になってあたしを見つめてくる。
「……なに……?」
「あー、あのー、先輩とたくさん話ししたくてここに来たんですよー?
いいですか、ここにいても。」
「あたし?あたしと話しておもしろいことあるのぉ?」
こんなことを言われたのは初めてだったから、なんて答えていいのかわからなくて。
そう、たずねた。
「おもしろいっていうか…うーん…。先輩をもっと深く知るんですよぅ。
なんていうか、仲良くなりたいって言うか…。とにかく、いろんなこと聞きたいんです。」


20 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)15時23分24秒


あたしを理解しようとする人なんて、今までの人生でいなかった。
人付き合いも悪いし、特別目立つことしてるわけでもない。
告白されることはあっても付き合ってた事はないし。
そんなあたしを理解しようとしてくれる人が、今、ここにいる。

「だめですかぁ?」
黙り込んでたあたしを覗き込んで、心配そうに訊ねてくる後藤。
「そんなことあるはずないじゃん!あたしも、後藤とたくさん話したいよ!」
嬉しかった。
一人が好きだったあたしにとって、誰かと一緒にいたいなんて思ったことはなかった。
そんなあたしが、後藤と話すこれからのことを考えるとワクワクするなんて。
「やった!じゃあ、部活ない日とかはいつでも来ます!
たくさん話しましょう、せんぱい!」
ごとうは、あたしの心と生活に花を咲かせてくれた。


21 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月09日(日)22時04分23秒
これの元ネタ知ってます。いちごまに持ってくるあたりがお上手ですね。
がんがってください♪
22 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)16時30分16秒


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「本当にあれから毎日来るんだから。めちゃくちゃな奴だったよなぁ。」
はじめて後藤が図書室に来た時座っていた椅子。
たしか、この席だったかな?
記憶をたどって、そこへ腰掛けてみる。

どれだけの時間を、後藤とここで過ごしたのだろう。
たくさん話した。
どうしてこの夢を持ったか。
本当は歌もやってみたいこと。
親との対立。
学校での悩み。
高校進学への不安。
何でも真剣に聞いてくれた後藤の姿を鮮明に思い出す。
毎日ワクワクしながらここへ向かった自分。
その心まで呼び戻される。


23 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)16時32分52秒


「後藤、か………。」
そう一言声が漏れた。
重い腰を上げて図書室を後にする。
ガラリと片手で開けたドアは、図書室へ入るときのそれより重く感じる。

「そうだ、あそこ行ってみよう…。」
今度思いついたもは、後藤のお気に入りだった場所。
といっても、サボルのに最適だったからなんだろうけど。
そのサボリぐせのせいであたしも何度か付き合わされたりした。
二人だけの、秘密の場所。

屋上へと、階段を上っていった。


24 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)16時39分48秒


「やっぱ閉まってる、か。……あ、まだあった。」
屋上へのドアは、たいていどこの学校でも同じだろうけど、いつもきっちりとカギが閉まっていた。
けど後藤が作った、針金を曲げたものでカギの代わりになって。
二人で秘密にして、柱のくぼみの影に隠していたのだった。

針金を差し込んでかちゃかちゃとまわしていると、少し鈍い音がして、重たい扉が音を立ててひらいた。
すーっと冷たい風が流れ込んでくる。
少し寒いけど、気に留めずに外に出た。

そう広くない屋上。
その一番端っこの校庭側のフェンスのところが、あたし達の特等席。
後藤はいつも、そこで手を振って待っていたね。
ほんと、不良っ子だったんだから。


25 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)16時47分33秒


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「せーんぱーい!!」
ドアを開けるとすぐ、待ちきれないとでも言うように後藤があたしの胸に飛び込んでくる。
いつもだったら、頭撫でてよしよしって言ってやるのが普通。
でも、今日は後藤とじゃれあう気分にもなれない。
「ん?…どうしたの、先輩?」
いつもと違うあたしの様子に気付いたのか、後藤は抱き着いていた手を緩めた。

「ごめん、ちょっと気分悪い。」
ウソをついた。
心配されるのが恥ずかしかったから。
「あー、ウソつき。そんな顔してたらすぐ分かります。
あたしには、ウソつかないで話すって約束してたでしょ?」
そういって、ほっぺたをふくらましてる後藤。
やっぱり、ウソついても後藤にはばれちゃうんだ。
いつもいつも、気付いてくれてたもんね。

「ん、ごめん。ウソついた。」
「知ってた。あは。」
笑いながらも、真剣な目。
あたしが普通じゃないってことも、後藤にはお見通しなんだろう、きっと。

26 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)16時55分33秒


「このまえさぁ、受けたっていったじゃん?オーディション。」
「…うん、聞いた。すごく有名な監督サンの映画でしょ?」
「そう。」
ついこないだ、あたしは映画のオーディションを受けた。
本当に、素人でも知ってるほど有名な監督さんの映画。
だから当然、応募者もめちゃくちゃに多かった。

「それ、さ。落ちちゃってたんだよね、あたし。」
笑顔を作って後藤のほうに振り返る。
「受かるとは思ってなかったんだけどね。受かったらもうけもんみたいな?
すごい、倍率高かったみたいだし。ね、後藤?」
ムリしてた。
すごいムリしてた。
それでも、後藤に笑い飛ばしてほしかった。
後藤が笑ってくれれば、自分もそれで諦められるような気がしてたから。
自分が惨めで泣けてくる。
すごく恥ずかしい。

27 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)17時03分42秒


「…ね?バカだよね、あたし。笑ってよ後藤…。」
少しも笑ってくれない後藤。
微笑みすらない。
悲しそうな顔で、あたしを見つめてる。
なんでそんな顔してるのか、あたしには分からない。
吸い込まれそうに深い瞳から、一筋の涙が伝っていた。

「後藤、なんで泣くのぉ………?」
なんで後藤が泣いてるのか、悲しそうな顔してるのか、理解できなくて。
頭の中がごちゃごちゃになる。
「せんぱいだって、ないてるよ……?それに、むりして、笑ってる……。」

後藤に言われて初めて、自分が泣いてることに気付いた。
その涙を、後藤のきれいな細い指に拭われる。
28 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月10日(月)17時11分52秒


「…っく…我慢しないで、先輩…。あたしの前では、何でも話してよぉ…。
クールな、先輩じゃなくっていいよ……?」

ひっくひっく泣きじゃくりながら、後藤はあたしに言ってくれた。
“我慢しないで”って。
あたしは小さい頃から、自分の感情を素直に出すなんて醜いことだと思ってた。
なんでも自分の中に隠して生きるのが、かっこいいことだって。
そう思ってた。
でも、違うんだ。
後藤は教えてくれた。
この感情を誰かに話してもいいんだって。
何でも話していいんだって。

「ごめん…ごめんな後藤……。」
謝りながら、涙を流した。
でも今のは半分うれしい涙。
さっきの涙とは、ぜんぜん違うところから溢れ出した涙だよ。


29 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月21日(金)03時45分18秒
元ネタあるみたいだけど続き楽しみ
30 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月03日(水)02時52分49秒
初めて全部読みました。
ここのいちごまの関係好きっす。
31 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月04日(木)08時06分15秒
更新催促sage
32 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月05日(金)22時36分38秒

2人でひとしきり泣いた後。
真っ赤になった目を見て、お互いに笑った。

「ごとー、めぇまっかっかだよ〜」

「先輩だって、ちょー赤いですー!」

フェンスに体を預けて空を仰ぐ。
後藤は床に腰掛けて、最近また茶色くなった髪をいじる。



33 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月05日(金)22時42分21秒

「せんぱーい?」
後藤は髪をいじりながら目線も上げずに話す。

「んー?」
あたしも顔を下げずに、相変わらず空を見上げたまま。

「先輩、諦めないでね。この先、どんなことがあっても。
先輩なら、きっと世界ナンバーワンの女優になるから」

「…うん。ありがと、後藤」


「約束、だよ?」


そう言って小指をあたしのほうにむけてくる後藤。
それに、自分の小指を絡める。


「うん。約束ね!」


太陽が絡んだ二人の小指を照らし、キラキラと輝いた。



34 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月05日(金)22時48分16秒


後藤はあたしに諦めるなっていった。

親は、もう一度落ちたら、女優になるのを諦めろって言った。

友達は、惜しかったねってウワベだけの慰めの言葉をくれた。

その中で後藤は、諦めるなっていった。


後藤だけが、変わらずあたしの次を見ていてくれた。
『未来』を見てくれた。


あたしは諦めない。
きっと女優になって見せる。
日本一の―――世界一の女優に。

だから、後藤。

ずっとあたしのそばにいてね?


「ゆーびきーった!!」
「ぜぇーったいだよ!!」


35 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月06日(土)08時09分48秒
いじらしいなあ、ごま。
淡々としているようで、実は感情的(?)っぽい市井も好きです。
36 名前:皐月 投稿日:2002年07月07日(日)05時43分17秒
ほおほう・・・市井の昔話の始まり〜っ!!!
いやいや期待してますう〜〜!
37 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月08日(月)01時41分34秒
更新感謝sage
38 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)01時48分33秒
待ってます。
39 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)15時35分30秒

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ますます黒みを増してきた空。
本当に雨が降り出しそうだ。
フェンスに寄りかかって空を見上げてみる。
頬を冷たい風が通りぬけていく。

こんな穏やかな時間の流れの中にいると、後藤がいきなり背中に飛びついてくるような錯覚に陥る。

なぜだろう。

涙が溢れそう。

ぐっと唇を噛んで飲み込む。



40 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)15時39分25秒

いつまでもここにはいられない。
いちゃ、いけない。

そう思って、屋上を背にした。
切ない気持ちをソコに残して。

次は、どこへ行こう。
小さな時の旅人はどこへ向かえば思い出とめぐり合えるだろう。
ちょっとクサイ台詞を考えてしまって、自嘲的な笑みが漏れる。

しばらく考えた結果、中庭へ向かうことにした。



41 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)15時44分42秒

中庭には古ぼけたベンチ。
そして最近の暖かい気候のせいか、
例年よりずいぶん早く膨らみ出した芽をつけた木が数本。

三年前、あたしが通っていたときよりずいぶんと寂れた気がするのは、
あたしが大人になったからなのだろうか。

まぁ中庭といっても利用するのは校庭を利用する運動部ぐらいのもので。
それらも、部活のときに荷物をまとめておいておくのに使う程度だった。




42 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)15時52分23秒

後藤はああみえても運動神経が抜群によかった。
本人いわく、「頭が悪い分、神様が運動神経をよくしてくれた」らしいが。

小さい頃から続けていたテニスは、
飽きっぽい後藤からは考えられないくらい一番努力していた。

ただ部活でやるテニスはあまり好きではなかったらしい。
あまりに上手すぎた後藤にねたみを持つ先輩や同級生がいたせいだろうとあたしは考えていたけど、
後藤は一度も弱音をはかなかった。

あたしは後藤がテニスをしているのを見るのが好きだったから、
時々ここでテニス部の活動を眺めることがあった。



43 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)15時56分03秒

テニスをしている時の後藤は、自分に誇りを持っているのが見ていて分かった。
テニスのことでは決して文句を言うことがなかった後藤。

そんな後藤がたった一度だけ。
涙を流したことがあった。

そう、あれは秋だったかな。

周りの木々が真っ赤に燃えて、あたし達を包んでいたのを覚えてる。



44 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)16時05分22秒

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―――――

「かっこ悪いなぁ、ごとー。こんなときに怪我するなんて」

「こんなときったって、しょうがないよ、運動選手に怪我はつき物だもん。
早く治してまた練習すればいいじゃん。
骨折だからおとなしくしてればすぐ治るもんだよ」

首からつられ、包帯でぐるぐる巻きになっている後藤の腕を見る。
痛々しい。

テニスの練習をしていて、打ち返すときに転んで強く打ったらしい。
あたしはその場にいなかったから分からないけど
先輩達が絶対とれないような球をだしたんじゃないかと思う。
でも口には出さなかった。
後藤が一番辛いだろうから。



45 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)16時11分00秒

ざあっと、木々がゆれる。
強い風が木の葉を散らしていく。

ずずっと、後藤の鼻をすする音が風の音と混じって微かに耳に入った。

「後藤どした?腕、いたむの?」

めったに泣かない後藤が涙を流している。
驚いたあたしは、それ以外かける言葉がみつからなくて。

「…ごとーに、ね?…っ…テニスやりに、留学しないかって話、来てたんだって…」

「えっ…?」

突然の言葉に息を呑んだ。




46 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)16時16分50秒

「留学っても、さ。そんなおっきいのじゃ、ないけど…。
外国で、おっきな大会が、あって。
1ヶ月とか、そのくらい?…空気に触れるだけでもいいんじゃないかって…」

「………」

「…っく…行きたかった、ほんとぉは…。行く気だった…っ…だよ?」

怪我をしてしまって、全治2ヶ月。
その話がなしになったってことは、聞くまでもなかった。

「かっこ悪すぎだよ…っ…こんなときに…。
…夢、つぶしちゃってさ…。ばかみたい…じゃん…」

言葉が出ない。
みつからない。



47 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)16時23分31秒

またがんばれよ、とか。

惜しかったよ、とか。

そんなありふれた当たり前の言葉じゃ言い表せない後藤の苦しみ。
その気持ちが、わかるから。

何も言えず、頭を撫でるしか出来なかった。

「ごめん、ね?…こんな話、して」

ブンブンと頭を横にふる。

後藤はひざに頭を埋めて涙を流し続けた。



48 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)16時28分20秒

腹が立った。
こんなときになにも言えない自分に。
いつもあんなに励ましてくれる後藤に何も出来ない自分の無力さに。

涙がでそうになって、空を見上げた。

高い高い。
広い広い。

秋の空。

小さなあたし達。

この悲しみを、この空が吸い込んでくれればイイのに。
そうすればいつも笑っていられるのに。

こらえきれず流れた涙が一粒。
ぽたりと、渇いた土をぬらした。



49 名前:吉澤ひと休み 投稿日:2002年08月10日(土)16時41分17秒
ひさぶりのいちごま(・∀・)イイ!

また〜りがんがって下さい!
50 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)10時04分50秒
おお!!更新されてる。この雰囲気むちゃむちゃ好きだ
51 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)22時57分33秒

―――――
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―――――――――

「ごとー。」

声に出して。
あはって笑う後藤の顔が頭に浮かんでくる。

次の思い出の場所。
そうだなぁ…。

次は、渡り廊下かな。

あたしの、合格発表のその日。
後藤はそこに一人で待っていてくれた。
ぴゅーぴゅー吹き付ける風に手を真っ赤にして。
寒そうに身体を縮めて。

あたしは職員室に結果を報告してすぐ、後藤の待ってる渡り廊下へ走ったんだ。



52 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)23時02分20秒

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―――――――
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雪が降ってきていた。

足が滑りそうになって。
何度か転びそうになったけど。
早く後藤に結果を伝えたくて。

走って学校へと向かった。


途中職員室に立ち寄り先生に結果を報告した。
先生達はなんかいいたそうな顔であたしを見てたけど。

生憎あたしにそんな時間の余裕はないから。

「ありがとうございました。しつれーしました。」

気のこもってない言葉を告げて職員室を後にした。

目指す場所はひとつ。
後藤の待ってる渡り廊下。



53 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)23時09分07秒

「ごとーっ…!…はぁっ…」

走って走って。
後藤の姿が小さく視界に映って。
あたしは後藤に向かって叫んだ。

「…先輩…?」

いそいで後藤の元へ。
足がもつれる。
早く伝えたい、この気持ち。



54 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)23時11分25秒

「ごとー…あたし、あたし…がっこぅ、受かったぁ…受かったよぉっ…!」

「まじですか!?やったぁー!!」

一言、切れ切れな声で結果を伝えてもう限界。
押さえていた涙が溢れ出してしまった。

「すごいよ先輩!一歩夢に近づいたよ?すっごいよー!!」

「ぅん…うん…ありがとー、ごとー…。」

後藤があたしをぎゅっと抱きしめてくれて。
あたしもぎゅーって抱きしめ返して。



55 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)23時15分20秒

ふいに、後藤があたしの顔を覗きこむ。

「先輩泣きすぎだからー!こんな時に泣いてんのもったいないよ?
笑っとけー!!あはははは!!」

後藤につられてあたしも笑う。
涙が出るほど笑う。


いままで支えてくれた後藤への感謝の気持ちでいっぱい。


そのときの気持ちを、言葉になんてとても出来ない。
とにかく、あたしの15年ちょっとの人生の中で。
一番笑って、一番泣いた日。



56 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月18日(水)15時26分05秒
今現在の二人も気になるところ
57 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月03日(火)02時49分36秒
保全
58 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月25日(土)12時47分40秒
この続きってあるんですか?
59 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月12日(土)02時26分39秒
ほぜん
60 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時28分08秒

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―――――――
―――――――――

「さぁて、と。」

思い出の旅も、もう終わりが近づいてきた。
たくさんの思い出が詰まったこの校舎。

渡り廊下から、ぼんやりと校庭を眺める。

61 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時28分44秒

後藤は体育だけは大好きだった。
後藤のクラスが体育の時間、あたしはいつもこうやって校庭を眺めていた。
少し眺める角度は違っていても、そこにも、あそこにも。
駆け回っている後藤の姿が今でも、眼に焼きついている。

体育祭の時も、リレーで代表として走ったり、あたしと違うチームの団に入って、「負けないよ」なんて言って笑ったり。
ここにも、こんなにも沢山の後藤がいた。

62 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時29分20秒

ポツリ。

雨が一粒、頬を打った。
遂に降り出してしまったらしい。
それの落ちてきた空を見上げて、そして目を瞑った。

後藤。
苦手だった笑顔も人付き合いも、大分慣れたよ。
友達だって沢山出来た。
沢山、伝えたい事があるんだよ。
ありがとう、て言いたいんだよ。

覚えてる?
あの日の約束、覚えてる?

63 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時30分04秒

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「もう、明日には先輩じゃなくなるんだね。」
「ん、まぁそうだ。」
「あ、じゃあこれからはその辺で会っても‘市井ちゃん’て呼んでいいんだね!」
「そりゃまぁ、そうだねぇ。何、そんな事気にしてたんだ、ごとーは。」

三年二組、あたしの中学最後の教室で、あたし達はくだらない雑談で盛り上がる。
きっと二人とも、別れの時が恐くて、だから馬鹿みたいに大きな声で笑った。
でもあたしは、一生こんな時間を大切にしていたいと思った。

そんな中で、突然何かを思いついたように後藤は立ちあがる。

「じゃあ、合格祝いのついでに、もう一個約束しよー!」
「へ?何、突然仕切ってんの?」
「もー。いいから黙って聞いて!」
「はいはい、で、何?」
「へへ。んーとね……。どーしよっかなぁ。」

64 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時30分45秒

もったいぶって、寒さの所為で真っ赤になった頬っぺたではにかむ。
こっちとしては、約束、何て言うから気にかかって仕方がないのに。

「もー、教えてよ。」
「へへ!じゃあ、教えてやろーではないか!」

テンションの高い後藤に遅れることなく、あたしも大きく首を振った。

「市井ちゃんは、あと三年後、高校卒業するでしょ?」
「随分早い話だね。まあ、するっちゃするけど。」
「で、多分あたしだって、一年後には高校生になるじゃん?」
「まぁ、その頭でなれるならね。」

冗談を飛ばすと、ひどーい!って言いながらどこか嬉しそう。
あたしもつられて笑顔が溢れる。

65 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時31分22秒

「そんで、こっからが本題だよ!
あのね、夢にどれだけ近づいたか、同窓会しようよ!
市井ちゃんと、あたしと、二人で!」
「はい?よくわかんないけどぉ?」

やけに張り切っている後藤には悪いけど、いまいちよく分からない。
とにかく語彙数の少ない後藤の、いつもながらに繋がらない言葉達。
もうちょっとまとめる様に求める。

「三年後、市井ちゃんが高校の卒業式が終わったら、ココにくるの。
あたしもそれまでに、絶対テニス上手くなっておくから!
それで、どっちが夢に近くなってるか、二人で見せっこしよう。」
「ほーう。いいじゃん、それ!約束、しよう。忘れんなよ、後藤!」

あたしが同意の色を見せると、益々嬉しそうに笑う。
だから、頭をくしゃくしゃ撫でてやった。
ちょっと自慢げにあたしを見上げる後藤が、今までになく可愛くて、そして寂しくてたまらなかった。

時間が、あたし達を煽る。

66 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時32分07秒

「そろそろ、出ないとダメだね。」
「ん……。」
「そーんな、寂しそうな顔すんなよ、ばっかだなぁ。」
「だってさぁ…。」
「約束、したでしょ。三年後、この場所で。」
「うん。」

自分の額を、後藤のそれにこつんとぶつける。
少し驚いて身を引く後藤に優しく笑う。
近すぎてピントが合わずにぼやける。
お互いの顔がぼやけた理由を、涙の所為にはしたくなかった。

「後藤、がんばれ。」
「……市井ちゃんこそ。がんばれ。」

67 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時32分48秒

お互い鼻に掛かった声で。
可笑しくてくすりと笑った。
ゆっくりと額を離す。
後藤の顔が遠ざかる。

もう迷わない。
後藤も迷いのない顔をしてる。
あたし達は進んでいける。
時々振り返りながらも、真っ直ぐに歩いていけるよ。

二人、最高の笑顔で笑いあった。

「じゃ、またね」
「うん!またね」

68 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時33分28秒




「「三年後、またこの場所で」」



69 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時34分10秒
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三年ぶりの教室は、何も変わっていなかった。
黒板の隅の日付欄と週番の名前を書くスペースが、やけに懐かしくよみがえる。

窓から見える校庭の景色。
やっぱりこの角度だ、と思ってまた後藤を探す。

ロッカーの配置。

机の並び。

掲示物でいっぱいの壁。

あの頃と何も変わらないこの景色。

そして、あたしの側にはいつも―――。


「久しぶり、市井ちゃん。」

「ご、とー……」

70 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時34分45秒

目の前に現れた人物を見て、一瞬眼を疑う。

「どうして!?なんで、ここに!?」
「やだなぁ、いっくら馬鹿なごとーだって、市井ちゃんとの大事な約束くらい覚えてるって!」

笑った後藤も、ちっとも変わっていなかった。
まるであたし達とこの教室だけ、時間を逆に走ったような、そんな感覚に襲われる。

あぁ、後藤がいる。
後藤が、ここにいる。

それだけの事で、涙が少し滲む。

71 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時35分25秒

「あのねー、実はあたしも、三年二組だったんだよ?えっと………ほら、コレあたしの机だ!
ここに名前彫ったもん!市井ちゃんのも、あるかもしれないよ?」

言葉は上手く神経を伝わらなくて、あたしはずっと後藤の姿を、声を、側で感じでいたくなる。

「あ、それ市井ちゃんの高校の制服?かっわいいね!すごくよく似合う!」
「あ、え?コレ?かわいくないじゃん。女子の間では不満ばっかり言われてたよ。」

後藤の高校は?
喉元まで出掛かって、やめた。
こんな事、絶対言いたくなくて、頭が先に回ってよかったと心底思う。

「市井ちゃん、かわんないねぇ。あ、でも髪染めたんだね。
市井ちゃんの黒髪も好きだったけど、そっちもなかなかじゃん!」
「そう?ありがと。結構直前まで色悩んだんだ。じゃあよかったね、この色にして。」

72 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時36分17秒

あの日と一緒だ。

くだらない話で盛り上がって、安らいで。
その安らぎが一瞬の物であると知っても。
それでもまたあたしは性懲りもなく、一生この時が続けばいいと思ってしまう。
一つ一つの言葉や行動、全部大事な宝物にしたくなる。

だけど。
だからこそ。

あたしはあの頃より強くなった。
だから後藤に、伝えたい。

73 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時36分57秒

「ちょ、市井ちゃん!?何泣いてるのさぁ!ほら、ハンカチ……。」
「後藤……。」
「ん?」
「後藤、あたし、映画決まったんだ……。
後藤が大好きだった、一緒に見に行った映画、撮ってる監督さんのだよ?
すっごく、すごく頑張ったんだ……!」
「え…マジで!?すごい、すごいよ市井ちゃん!夢叶ったじゃん!
約束全部、市井ちゃん守れたんじゃん!おめでとう、本当におめでとう!」

涙が伝っているのが分かって、羽織っていたカーディガンの裾で拭う。

74 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時37分41秒

「市井ちゃんは、嬉しい時にいつも泣いちゃうんだねぇ。」

何だか見当はずれな事を言って。
優しく、あの頃みたいに笑って、ハンカチを差し出す。
受け取るより早く、後藤に抱きついた。

「おわ、なんだなんだぁ?」
「後藤は。だって、後藤は…それを聞くためにここに来てくれたんでしょう?」
「へへ、まぁそうだ。市井ちゃん、すごいなぁ!ごとーも負けてらんないね!」

75 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時38分12秒

全部白々しくて、余計涙が出た。
だから強く強く後藤を抱いた。
そしてどうにか声を絞り出す。

「全部知ってるんだ!もういいよ後藤。後藤はあたしの、この約束のために来てくれたんでしょう?

         
        ―――天国から、来てくれたんでしょう!?」

76 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時38分50秒

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漸くこの高校にも慣れ始め、そんなに多くもないがいくらかの友達も出来た。
少しずつ、余裕を持ってすごせるようになってきた、六月。


「ねえ、紗耶香って、東地区だよね?」
「うん、そうだけど。なんで?」
「昨日、かな。その辺ですごい事故があったらしくて。
中学生で、うちらの一個下が巻き込まれて、死んじゃったらしいよ。
何か、そういうの聞いてた?」

77 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時39分27秒

あたしは走った。
我武者羅に走った。

嫌な予感がして堪らない。
とにかく、中学校の近くまで漸くたどり着いて、そこからどうしていいか分からずに、そこらの歩いていた中学生を呼び止める。

「ねえ!ちょっといい!?」

大分不信感を抱いた様子だったが、つい三ヶ月前までは先輩だったあたしの顔を知っていたらしい。
少し警戒も弱めてくれた。
校章を見ると、偶然にもあたしの一個下、後藤と同い年の子のようだ。

78 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時40分02秒

「ねえ、昨日、中学生事故あったって聞いたんだけど……?」

走りすぎた所為で息は上がり、汗で髪は額に張り付いた。
それでも、息を付く間も汗を拭う間もなく、尋ねた。

「あぁ…、昨日、ありました。死んじゃって…。うちと同学年の子なんですけど。
同じクラスの子は、いろいろ行くって言ってました」
「名前は!?その、死んじゃったって言う子の、名前!」

79 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時40分35秒

胸の高鳴りは、きっと走った所為だけではない。
それでも必死で、あたしは後藤の笑顔を頭に浮かべた。
「何してんの?」って笑う後藤の笑顔。
どうしてか、こんな時に限って、浮かんでこない。

「えっと…あたしはあんまり喋ったりはしてなかったんですけど、結構人気ある人で。


        後藤、、、後藤真希さん、て人です、確か」

80 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時41分10秒

―――――
―――――――
―――――――――

激しくなった雨の音を聞いて、雨が降っていたことさえ忘れていたのに気付く。
音のなくなった部屋に、あたしの鼻をすする音と雨の音が淡々と響く。

夢の話をするのが、恐かった。
してしまったら、もうお別れのような気がした。
あたしはきっと、わざと遠ざけていた。

「知ってたよ。」

後藤は笑う。
雨にかき消されそうなほど、弱々しく。

81 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時41分57秒

「全部、知ってた。見てたよ。
その監督のオーディションに受かった時の事。
納得いかなくて何度も悩んだり泣いたりした事。
初めて、ちょこっとだけど役がもらえた時の事。
期待してたオーディションに落選して、落ち込んだ事。
たくさん友達が出来た事。
やっと上手に、自然にみんなの前で笑えるようになった事。

―――あたしが、死んだ後の事、全部全部。」

後藤の言葉とともに、思い出がよみがえる。
オーディションの結果に一喜一憂して、泣いて、笑って。
どんな時でも後藤の笑顔が、言葉がそこにあった。
それが、あたしを全部支えてくれた。

82 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時42分43秒

「どうして、何で?何で後藤がぁ……!!」

言葉にならずにしゃくり上げるあたしの背中を、後藤は優しく、あやす様に撫でる。
その温もりが余計に、あたしの涙腺を壊すのに、それでもずっと離れられなかった。

「ごめんね、市井ちゃん。これから、ごとーは、約束果たせそうにないよ。」

あまりに自虐的で、何で、と尋ねずにはいられなかった。

何で後藤が死んじゃうの?
何で、後藤なの?
これからいっぱい、後藤には楽しいことあったのに。
なんで全部、神様は奪ってしまったの?

「こんなの、酷いよ…酷すぎる、よぉ……。」
「いちーちゃん、ごめん。ごめん。」

83 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時43分13秒

後藤の顔は、見えない。
けれど体の震えが確かに伝わって、
後藤も泣いているんだと思うと余計に胸が痛んだ。
いつまでもこのままじゃいられない。

後藤は、あたしから体を遠ざけて、笑った。
涙の後が頬で光っている。
直感で、もうすぐお別れだ、と。
何かが、叫んでいた。

「市井ちゃん、ありがとう。
ごとーを、忘れないでいてくれて、ありがとう。
たくさんごとーのために泣いてくれて、ありがとう。
ごとーの話、真剣に聞いてくれてありがとう。」

84 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時43分50秒

「嫌だ、行っちゃやだよ後藤!」

格好悪い、ガキっぽい。
物分りのいい大人な女に、今更なろうとも思わない。
自分勝手な感情が体の中を走り回って、ただ涙はこぼれる。

「市井ちゃんに会えてよかったぁ。すごぉく、幸せだった。最高の人生だったって、今言える。
だから、お願い。市井ちゃんも幸せになって。後悔なんてして欲しくない。」
「勝手だよ!ずるいよ、そうやって!どうしたらいいの!?あたしは……っ……。」

泣きながら叫ぶ。
汚く罵っても、傷は消えたりしないのに、そうするしか出来なかった。
涙の所為か、それとは違う所為なのか、ゆらゆらと儚く幻想的に映る後藤の姿。

85 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時44分40秒

「ごめんね市井ちゃん、勝手な言い分だって分かってるよ、勝手に死んじゃって。
でも、ごとーは、市井ちゃんが笑ってる顔が好きなんだ。
約束してよ、市井ちゃん。幸せになって。心から、幸せだって思えるように。」

あの日、あの場所で見せた、最後の笑顔。
それと同じ顔をしていた。
そんな笑顔を見せられたら、涙を浮かべたまま、あたしもつられて笑うしかなかった。

「やっと笑ったね、嬉しいよ後藤は。」
「ばぁか、何言って……。」

こつんと音がして、額をくっつけ合う。
あの時と同じ。
すごく近い距離で、後藤を感じる。
きっと―――ううん、絶対。
これで、最後。

86 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時45分16秒

「市井ちゃん。」
「ん?」
「ぜったい、すんげぇ女優になれよ!」
「生意気な。ごとーに言われなくたって、なってやるよ。」

後藤の顔がぼやける。
ぼやけた先で、後藤の目にも涙が見える。
それでもずっと笑っていた。
きっとこれは、最高に幸せな涙だ。

87 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時45分52秒

「後藤、ありがとう。」
「んん?なぁに?」
「ありがとう。なんかずっと、言ってなかった気がして。
ありがとう。あたしの側にいてくれて。
あたしの夢を応援してくれて。
あたしを支えてくれたのは、全部後藤だった。
ありがとう。ほんとにありがとう。」

ありがとう。
何度言っても言い足りない。
後藤に出会ってなかった自分なんて、想像できない。
想像したくない。
それくらい、後藤はあたしにとって大きな存在だった。

そして、これからも。

88 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時46分29秒

「いちーちゃん。」
「ごとー。」

目を瞑る。
あったかい。
後藤の、温もり。



「たくさんたくさん、ありがとう。」



89 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時47分14秒

瞼を開ける。

何もない。
懐かしい空間が、無常に広がっていた。

忘れない。絶対忘れない。
けど、振り返らない。悔やまない。
前を向いて走る。

約束したから。
ずっと、心に生きてるから。

90 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時47分45秒

「……っく、…っ………。」

涙が流れたまま、あたしは立ち上がった。
温もりがまだ残ったままで、あたしは教室を出て廊下を走る。

あと三分。
ちょっとだけ泣いたら、もう泣かない。
前を向いて走っていくから。
だからお願い。
もう少し。

『ぜったい、すんげぇ女優になれよ!』

分かってる。
もう、泣かないよ。
あたしはきっと。


前を向いて、走っていけるから。

                                     END
91 名前:作者 投稿日:2003年07月13日(日)23時50分15秒

突っ込みどころが多くて途中で放置しようと本気で思ってたんですが、
どうにも気がかりだったので完結させました。
長い間ほっといてすみません。
そして今頃上の方に持ってきてすみません。
お目汚しになりましたら、ごめんなさい。

92 名前:一応 投稿日:2003年07月13日(日)23時50分52秒
ラスト隠し
93 名前:一応 投稿日:2003年07月13日(日)23時51分27秒
もういっこ
94 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月14日(月)07時39分41秒
良かったです。
ちゃんと完結させて頂いて有難うございました
95 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月14日(月)14時01分41秒
完結お疲れ様です。
ラストまで読めてかなりすっきりしました。
96 名前:ロマンチスト エゴイスト 投稿日:2004/02/09(月) 07:15
初めて読んだけど引き込まれた。いいね〜この小説www
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 09:41
一瞬更新来たと思ってしまうんでsageてくださいね。

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