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Destiny
- 1 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月08日(土)09時31分17秒
- アンリアル系の重苦しい話です。
いしよしです。
よろしくお願い致します。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2002年06月08日(土)09時34分10秒
- 空が低い…。
吉澤はキーボードを叩く手を休め、
パソコンのディスプレーから視線をはずす。
飾り気のない硬質な部屋。
窓から空を眺める。
雨雲の立ちこめたその鉛色の空。
あの日と同じ…。
全てはあの日から始まった。
いや、あの日に終わったのかもしれない。
愛する家族を乗せた旅客機が太平洋に沈んだあの日。
吉澤は人間らしい感情を、その海の底へ捨ててしまった。
幼い日々。
吉澤はまるで苦労というものを知らずに育った。
ボーイッシュで整った顔立ち。
スポーツは万能。
勉強も出来た。
コンプレックスの欠片もない、明るく、真っ直ぐな気性。
ただ笑っているだけで、周りに人が集まってきた。
気付けばいつもクラスの中心にいることに、なんの疑念も抱かなかった。
この先永遠に続くであろう、明るい未来を信じていた。
あの日…。
あの日を境に全てが暗転した。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2002年06月08日(土)09時34分53秒
- 喪失の苦悩を忘れるため、一心に追いかけた白いボール。
それが唯一の心の支えだった。
とにかく練習した。
毎日、毎日、人の何倍も…。
その結果が右膝靱帯断裂。
選手生命を絶たれ、決まっていた高校の推薦も取り消し。
シャッ
感傷を振り払うように、カーテンを勢いよく閉める。
済んだことだ…。
あの頃の自分はもういない。
闇の世界に片足はすっかり埋まり、この手は血の色に染まっている。
もう、後戻りは出来ない。
- 4 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月08日(土)09時38分32秒
- 今回はプロローグだけです。
次回は来週末頃になると思います。
- 5 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)16時33分00秒
- ぐぐっときますね。期待しております。
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)17時52分21秒
- 期待してます。がんがって!
- 7 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年06月09日(日)00時50分55秒
- 前の作品も読んでましたよ〜!
ついに予告の新作スタートですね。
TVのドラマ見てるよりおもしろいので楽しみです!
- 8 名前:たろ 投稿日:2002年06月10日(月)00時52分59秒
- やったー、新作だ(嬉
開始から読み始めるのって初めてなので、なんかうれしいです。
それにしても今後が気になる出だしですね。
がんがってください。
- 9 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月10日(月)16時14分14秒
- 皆さんと同じく楽しみにしてます。
がんがってください。
- 10 名前:梨華っちさいこ〜 投稿日:2002年06月10日(月)20時27分10秒
- あぁ〜、惹きつけられるな〜。
頑張ってください。
- 11 名前:婆金 投稿日:2002年06月11日(火)00時07分26秒
- 私も・・・何か、映画の予告編みてるみたいにドクンドクン、胸が高まります。
がんがってください。
- 12 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年06月12日(水)14時01分43秒
- 凄く続きが気になるプロローグです。
がんがってください
- 13 名前:遭遇 投稿日:2002年06月12日(水)20時17分35秒
- もう…。
なんで、私って、いつもこうなんだろう…。
暗い夜道、梨華は重い足を引きずるように歩く。
一生懸命になればなるほど、気持ちばかりが焦って空回り。
今日もせっかく話を振ってもらったのに、冗談のひとつも言えなかった。
結局、私にはアイドルタレントなんて無理なのかも…。
司会者の困惑した顔を思い出す。
トン…トン…トン
後ろから聞こえる足音が、少し気になり始める。
ストーカー?
まさか、気のせいだよね…。
梨華は意識して足を速める。
すると、後ろの足音も速くなる。
トントン、トントン
やばいよー。
恐怖に心臓が激しく打つ。
梨華はたまらず駆け出した。
足音はさらに速くなる。
- 14 名前:遭遇 投稿日:2002年06月12日(水)20時18分37秒
- 「キャー!」
梨華の腕を背後から掴む黒い影。
そのまま梨華を突き飛ばす。
地面に倒された梨華は、恐怖でもう声も出ない。
影がゆっくり梨華に近づく。
帽子を目深に被った男。
助けて…。
男の顔が間近に迫った。
言いようのない威圧感。
目の前が真っ暗になる。
と、その時、不意に視界が開けた。
「やめなよ」
どこから現れたのか、男の襟をもうひとつの人影が掴む。
バシッ
男の鳩尾に強烈なパンチが入る。
「うっ…」
低いうめき声。
よろけながらも、男は慌てて逃げ出した。
- 15 名前:遭遇 投稿日:2002年06月12日(水)20時19分29秒
- 「これからは明るい道を通りなよ」
淡々とした口調でそれだけ言う。
男にしては華奢な体、落ち着いてはいるが声も高い。
梨華は放心したように目の前の人を見ていた。
いや、見とれていた。
なんてきれいな顔なんだろう…。
映画の主人公みたいな美少年。
それに、どこかで会ったような…。
だとしたら、こんな印象的な人を、どうして思い出せないのだろう?
「立てない?」
相変わらず淡々とした口調。
責めるでもなく、酷く心配している風でもなく、恩を着せるでもない。
「だ、大丈夫です」
梨華は慌てて立ち上がった。
美少年は、その様子を見届けると、何事もなかったように背を向ける。
- 16 名前:遭遇 投稿日:2002年06月12日(水)20時20分51秒
- 「…待って」
その声が聞こえないのか歩き出す。
「待って下さい!」
もう一度声をかけると歩みを止めた。
「…あの、ほんとうに、ありがとうございました」
なんてことない、
そう言いたげに、背を向けたまま軽く右手を上げるだけ。
そして、またすぐ歩き出す。
「あの!」
再度呼びとめる。やっと振り向いてくれた。
「以前どこかでお会いしませんでしたか?」
「気のせいじゃない?どこにでもある顔だから」
素っ気ない答え。
「あ、あの、名前、お名前教えてもらえませんか…あ、私、石川梨華って言います」
しばらくの沈黙。
「知らない人に、やたらと名前を教えちゃいけないよ。今は名前ひとつで、その人の趣味から年収までわかってしまう世の中なんだから」
そう言うとまた歩き出す。
もう、梨華には呼びとめる材料がなくなった。
- 17 名前:遭遇 投稿日:2002年06月12日(水)20時22分03秒
- “…尾行失敗、A公園付近にて見失う。…
その後、自宅に先回りし、11時35分帰宅確認…“
送信。
日報を送り終え、パソコンの電源を落とす。
らしくない…。
吉澤は小さくため息をつく。
女の子ひとり助けるために、任務を途中で放り出した。
とはいえ、あの状態を放置するのは、いくらなんでも夢見が悪い。
あれは不可抗力。仕方ないことだった。
しかし、少し喋り過ぎだ。
この世界で生きる者にとって、目立つことは厳禁。
「イシカワリカ…」
彼女の名前を呟いてみる。
あの顔、あの声。確かに、以前会った気がする…。
- 18 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月12日(水)20時42分52秒
- さっそくのレスありがとうございます。
>5名無し読者様
ありがとうございます。
がんばてみるつもりです。
>6名無し読者様
期待にこたえられるこどうかわかりませんが、
よろしかったら、お付き合い下さい。
>7いしよしサイコ〜様
まだまだこれからなので、どうなるかわかりませんが、
前作、前々作とも、違うタイプになるかと思います。
>8たろ様
これが、リアルタイム最初というのは、
ありがたいような、申し訳無いようなです。
>9ごまべーぐる様
こんなところまで、ありがとうございます。
私も、レスしにいきたいんですが、どうも苦手で…。
>10梨華っちさいこ〜様
この先、つまらなくならないよう、がんばります。
>11婆金様
こんなところに、来ていただいて申し訳ないです。
予告編だけ面白い映画にならないよう努力します。
>12ぶらぅ様
プロローグが一番面白かったってことにならないように、
がんばります。
- 19 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月12日(水)20時43分38秒
- 更新しました。
プロローグのみで引っ張って、申し訳ありませんでした。
前作が完結しましたので、本格的に開始します。
更新はマメにするつもりです。
今回、週休3日と宣言するのはやめておきます。
とりあえず、次回は明日です。
- 20 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月12日(水)21時35分19秒
- 乾いた感じが自分好みです。
自分もレスするようになったのは最近ですよ。(飼育は初期から見てますが)
( ´D`)<どうぞお気になしゃらずに
お体に気をつけてがんがってください。
- 21 名前:たろ 投稿日:2002年06月13日(木)00時29分55秒
- 何だかドラマを見ているみたいです。
勝手に脳内再生してみました。
前作とはまったく違った雰囲気にドキドキ…
- 22 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年06月13日(木)02時08分57秒
- いやぁ!初っぱなから引き込まれます・・・
今回は、なかなか劇的な出会いですねぇ!
明日も更新あるかと思うとワクワクします。
プレシャーに負けない様に、マイペースでがんばってくださいね!!
ゆっちさんの作品は、ほんとおもしろいですから・・・
余談ですが、HPの方リンクで偶然見つけたので、お気に入りに登録させて
いただきましたよ〜
- 23 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時13分23秒
- レコーディングが終わった。
梨華は憂鬱な気分で帰り支度を始める。
やっぱり歌は苦手。
一応歌手なのに…、
他に何が出来るってわけでもないし…。
バラエティーではそれもギャグにしてしまっている。
けれど、本当のところ、梨華は酷く傷ついていた。
最近何をやってもうまくいかない。
こんな時、誰かにそばにいて欲しい…。
梨華は昔から、どちらかといえば友達が多い方ではなかった。
この仕事を初めてから、知り合いはたくさん出来た。
みんな、優しくしてくれる。
でも…。
例えば、本当に心を許し、何でも話せる友達…。
例えば、ただ黙って側にいる、それだけで安心できるような人…。
- 24 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時13分54秒
- ふと梨華の脳裏に昨夜の出来事が浮かぶ。
長い人生に、ほんの一瞬すれ違っただけの人。
名前も教えてくれなかった人。
おそらく、もう二度と会うことのない人。
もしも…、
もしも、もう一度どこかで偶然会うことができたなら…、
きっとそれは運命。
なに馬鹿なことを考えているんだろう…。
映画のヒーローみたいに突然現れて、危ないところを助けててくれた。
劇的なシチュエーション。
女の子なら、運命だと思いたくなる。
けれど、白馬に乗った王子様みたいな…、
そんなことを信じてしまうような、子供ではもうないはず。
- 25 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時16分04秒
- 「梨華ちゃん、何かあった?」
心配げに梨華の顔を覗き込む後藤。
「…何でもないよ、ちょっとぼんやりしてただけ…」
「なら、いいんだけどさ…」
梨華にとっては、年が近く、話しやすい相手のひとり。
気さくでいい人。だけど、先輩だという思いがどこかにある。
「悩みがあるのなら相談に乗るのに…」
「…」
「いつもひとりでくよくよするの、梨華ちゃんの悪いところだよ」
そう言うと、ポンと梨華の肩を叩き、後藤は帰って行った。
- 26 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時16分42秒
- もうすっかり日は暮れている。
『これからは明るい道を通りなよ』
その言葉を思い出し、人通りの多い道を選ぶ梨華。
道行く人に気付かれぬよう、帽子で顔を隠し、俯きがちに歩く。
横断歩道。黄色が点滅している。
立ち止まり、アスファルトに残る無数の靴跡を見るともなしに眺める。
やがて、信号が青に変わる。
確かめるように、一瞬顔を上げる梨華。
と、その前方に…。
あの人だ…。
これって、ひょっとすると…、
運命…。
気付くと梨華は、跡をつけていた。
どうかしてる…。
これじゃ、私がストーカー。
ほんとうに、何をやっているんだろう…。
- 27 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時18分00秒
- あの人は、気を隠すようにして、何かを追っているみたい。
まるで、刑事ドラマか、探偵小説のよう。
声を掛けられる雰囲気ではない。
なんて声をかけていいのかもわからない。
それに、話しかけたところで、あの人は相手にしてくれないだろう。
大通りから脇道に入る。
そして、さらに細い路地へ。
角を曲がった途端、梨華の目の前から人影が消えた。
慌てて周囲を見回してみる。
しかし、誰もいない。
どこへ行っちゃったんだろう…。
- 28 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時18分44秒
- 「良くない趣味だね」
不意に背後から聞こえた囁き。梨華の心拍数は一挙にして跳ね上がる。
振り向くと、あの人がいた。
「ご、ごめんなさい…」
それだけしか言えない。
あの人の顔が間近にある。
感情の読みとれないその瞳に見つめられる。
けれど、あの人はなにも言おうとはしない。
顔が火照る。
「…ほんとに、ごめんなさい」
「あなたにもう一度会いたくて…そしたら偶然見かけて…だから…」
梨華のうわずった声。
「だから、運命だって、思っちゃいました…」
あの人の頬に、ほんの一瞬、錯覚かとも思えるほどの微かな笑みが浮かんだ。
しかし、すぐ真顔に戻る。
「今日のことは忘れてあげるから、運命は別の人に感じてよ」
それだけ言って歩き出す。
- 29 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時19分33秒
- 「無理です!」
去って行くその後ろ姿に、思わず叫ぶ梨華。
止められない衝動に、突き動かされるまま。
このまま帰したくない。
「無理なんです…」
もう、泣き声に近い。
「何がしたいの?」
ようやく足を止めて振り返る。
「私と、…話を、して下さい…」
再び微かな笑み。
「悪いけど、仕事中なんだ」
「じゃあ、今度会って下さい」
しばらくの沈黙。
「会えるんじゃないの…本当に運命なら」
梨華は立ちすくみ、その後ろ姿を見送った。
- 30 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時20分18秒
- 今日も尾行失敗。
さすがに2日連続はまずいかもしれない。
マンションの部屋。
吉澤は、予感に近いものを感じながら受話器を眺めていた。
そろそろ、何か言ってくる頃かもしれない…。
トゥルル、トゥルル、トゥルル
きたか…。
- 31 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時21分03秒
- 『調子はどうだい?』
電話の向こうは聞き慣れた低い声。
「なんとか…」
『仕事をさぼって、女の子とラブシーンを演じてたそうじゃないか』
背筋が寒くなるような凄まじい情報網。
何でもお見通しか…。
吉澤は平静を装う。
「一応、私は女なんですけど」
『仕事中は男だろ。つまり、1日のうち24時間』
そう言って笑う男。
これ以上ないくらいの冷たい笑い。
『今日のことはまあいいさ』
少し呼吸をおく。
『お前のことは気に入ってるんだ』
「そりゃ、どうも…」
全く嬉しくない。
『プレゼントがある。机の抽斗を開けてみろ』
吉澤は言われるままに抽斗に手を掛ける。
中には見慣れない小さな四角い金属が入っていた。
- 32 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時21分44秒
- カチ、カチ、カチ
微かに時計のような音がする。
時限爆弾?
『5,4,3.2,1…』
男に声とともに、鼓動が激しくなる。
『残念だったな。偽物だよ。次は本物かもしれないがな』
男の低い笑い声。
『辛い思いはさせないでくれよ。お前を気に入ってるんだから』
お前の命はこの手の中。そういう意味なのだろう。
あの男がいったい何者なのか、どんな顔をしているのか、
吉澤はなにも知らされていない。
いつも電話の向こう。
言いたいことだけ言うと、一方的に切れてしまう。
後に残るのは嫌悪感と疲労だけ。
広すぎる部屋にひとり。
疲れた体をベッドに横たえる吉澤。
- 33 名前:再会 投稿日:2002年06月13日(木)21時22分25秒
- イシカワリカ。
女の子の顔が頭に浮かぶ。
運命か…。
そんな言葉を衒いもなく口にしていた。
悲壮感さえ漂わせたその眼差は、真っ直ぐ自分に向けられていた。
可愛い子だった。
もちろん女の子になど興味があるわけじゃない。
けれど、切実なあの子の視線に、全く心が動かないと言えば嘘になる。
可愛い子だった…。
だから、あんな可愛い子を、決して巻き込んじゃいけない。
- 34 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月13日(木)21時32分01秒
- レスありがとうございます。
>20ごまべーぐる様
心の広いお言葉で、感謝です。
私は、seek歴と作者歴がほぼ同じです。
>21たろ様
前作、前々作より、ストーリー重視でいきたいと思ってます。
まだまだ、これからですが、気に入ってもらえたら、
お付き合い下さい。
>22いしよしサイコ〜様
ありがとうございます。なんとかがんばります。
HP、気が向いたら、BBSに書きこんで下さい。
雑談でも、何でも、いいので…。
更新しました。
次回は月曜日です。
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月13日(木)22時36分47秒
- HP持ってらっしゃるんですか?
良かったら訪問してみたいです、教えて下さいな
- 36 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月15日(土)16時07分01秒
- ハードボイルドでいいです。いしかーが今後どのように絡むのか楽しみにしてます。
- 37 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時06分06秒
- 時は過ぎていく。
運命の人との、2度目の再会は果たせぬまま。
早朝、まだ外は薄暗い。
梨華は部屋を出て仕事に向かう。
この東京の空の下、どこかにあの人がいる。
月を見るとき、星を見るとき、
あの人の瞳にも同じ景色を浮かんでいるのかもしれない。
いつしか、それが梨華の心の大きな支えとなっていた。
- 38 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時07分06秒
- 集合場所からロケバスに乗り込む。
朝早いせいかメンバーはみんな眠たげだ。
隣に座った後藤は、まだバスが走り出さないうちに寝息を立て始めた。
車窓を流れる都会の景色。
それがいつしか遠くなって、田園風景が広がる。
その頃には、梨華もすっかり眠っていた。
路面の悪い山道。
激しい揺れに目を覚ました梨華。
「そろそろ到着ですので準備お願いします」
スタッフの声でみんなガサガサ動き始める。
バラエティー番組内の企画ドラマ。
撮影は順調に進む。
やがて日が落ち終了。
明日もう1日撮影があるため、今日はここで宿泊。
- 39 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時07分58秒
- 山の中、大きなホテルなどは存在しない。
古い旅館。部屋の窓から外を眺める梨華。
星がきれい…。
見慣れた都会の夜空とはまるで違う。
あの人は、今日もきっと街明かりの下。
『会えるんじゃないの…本当に運命なら』
その声を心の中で再生する。
何度も、何度も、テープが擦り切れてしまうくらい。
梨華はひとり外に出た。
熱くなった頬を夜風が冷ます。
少しだけ歩こう。
後ろに旅館の明かりがぽつんと見えるだけ。
こんな山の中、人影はどこにもない。
梨華は立ち止まって、じっと夜空を眺める。
- 40 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時08分30秒
- もうそろそろ戻ろう。
そう思って一歩踏み出した瞬間、夜露に湿った枯れ草で足を滑らした。
梨華は急斜面へと落ちていく。
転がりだした体は止まらない。
声を出す余裕もなく、ただ重力に従うだけ。
私、こんなところで死んじゃうの…。
- 41 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時10分02秒
- 暗い夜道、吉澤は淡々と車を走らせていた。
必要なものは何でも手に入る。
高級マンション、車、バイク、肩書き、もちろん免許証も。
まだ17歳になったばかりだというのに…。
その代償をひとことで言うなら、
“絶対服従”
なにも想像してはいけない。
例えば、4WDのリアシートに積んだ箱の中身。
山の中に埋めてこいと言われれば、それに従うだけ。
その大きさ、その重さ、それが、ちょうど人ひとり分であることなど、
吉澤の関知するところではない。
高速を降り、国道を出て、細い道をひたすら走る。
ようやく、山道に入る。
振動がハンドルを握る手に伝わる。
不意に、吉澤の視線が人影らしき物を捕えた。
よく見ると、ぐったりしてうずくまっているようだ。
- 42 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時11分03秒
- 遭難者だろうか?
まさか…?
それにしても、こんな時に…。
だったら、やばい…。
吉澤はそれが違法投棄物かなにかであることを祈りつつ、
徐行して横を通り過ぎた。
あの子…。
10メーター、50メーター。
バックミラーに映る人影は小さくなる。
気を失っているのだろうか…。
きっと、明日の朝には誰かに見付けてもらえるだろう。
きっと…。
運がよければ…。
アクセルを踏む吉澤の右足には力が入らない。
ああ、もうどうにでもなれ…。
心の中でそう呟くと、ギアをバックに入れた。
切り返しの出来る幅もない道。
吉澤はバックで山道を下り、その人影の傍らに車を止めた。
- 43 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時12分49秒
- 遠くで声が聞こえる。
あの人の声…。
私は夢を見てるの?
それとも、死んでしまったの?
「ほら、しっかりしなよ」
確かに聞こえるその声に、ようやく梨華は目を開けた。
「ここは天国?」
上半身を吉澤に抱きかかえられている梨華。
息がかかるくらい、すぐ目の前に愛しい人の顔がある。
「生きてるよ。たいした怪我もしてない」
生きている…。
夢でもない…。
- 44 名前:思慕 投稿日:2002年06月17日(月)21時14分18秒
- 突然、吉澤の胸にしがみついて泣き出す梨華。
「泣きたいのはこっちのほうだよ…」
ため息の混じった呟き。
吉澤は梨華の体を離そうとするが、その手はしっかり背中に回されている。
諦めてしばらくそのままにした。
「もう大丈夫だから、そろそろ泣きやんでくれないかな?」
梨華がゆっくり顔を上げる。
「ち、違うの…う、嬉し…くて…」
梨華はようやく手を離し、涙を拭う。
「…ずっと、会いたかった」
梨華のその真っ直ぐな視線。
あまりにも真っ直ぐな…。
吉澤の呼吸が一瞬止まった。
いけない…。
目を逸らし立ちあがる吉澤。
「送って行くよ」
吉澤は車に乗り込むと、前を向いたまま助手席のドアを開けた。
- 45 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月17日(月)21時22分46秒
- レスありがとうございます。
>35名無し読者様
いしよしオンリーで、手抜きなHPですが…。
ttp://members.tripod.co.jp/yucchi_n/
>36ごまべーぐる様
一応、ハードボイルド系でいくつもりです。
先は、どうなるかわかりませんが。
- 46 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月17日(月)21時30分31秒
- 更新しました。
次回は明日です。
- 47 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月17日(月)23時42分18秒
- 出逢い出逢いがドラマティックで良いです
まさにタイトル通り
- 48 名前:aa 投稿日:2002年06月18日(火)00時52分41秒
- http://members.tripod.co.jp/yucchi_n/
- 49 名前:たろ 投稿日:2002年06月18日(火)03時06分09秒
- ついに2度目の再会だ、よかった。
これはもう運命としか言えないですよね〜。
クールな雰囲気の吉澤さんに惹かれます。
- 50 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月18日(火)20時45分01秒
- 本人はそんなつもりはないんでしょうけど、この大変手のかかるところがいしかー
らしいです。
- 51 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時22分53秒
- 事務的に宿泊先を聞いた後、ずっと車内は無言。
やがて前方に旅館の明かりが見え始める。
「目立ちたくないんだ。悪いけどここでいい?」
梨華は頷いたきり、その場を動こうとしない。
「どうしたの?」
「3度目です」
「ん?」
「…運命だって、思っていいですよね?」
黙り込む吉澤。
馬鹿なことを言うんじゃない。
そう言わなければ…。
けれど、言葉が出ない。
- 52 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時23分37秒
- なにか書くものがあったら貸して下さい」
梨華にそう言われて、吉澤はダッシュボードからメモ用紙とボールペンを取り出す。
“石川梨華 090−XXXX−XXXX”
「お礼したいから…連絡下さい」
メモを置いて車から降りる梨華。
「やっぱり、名前は教えてくれないんですか?」
「…」
「だめ、ですか…」
梨華の声のトーンが下がる。
「…今日は本当に、ありがとうございました」
ドアに手をかけたまま、名残惜しそうに吉澤を見つめる梨華。
「…吉澤」
「え?」
「名前だよ」
- 53 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時24分30秒
- 夜明け前。なんとか仕事を終え、部屋に戻る吉澤。
慎重に辺りを見回し、室内に異変がないかを確かめる。
机の抽斗を調べてみる。
見慣れないものはなにもない。
同じ手は使わないか…。
トゥルル、トゥルル、トゥルル
計ったかのようなタイミング。
死刑宣告か…。
- 54 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時25分24秒
- 『よう、色男』
いつもの低い声。
『あの子に惚れたか?』
「ご冗談を…」
『今度は本当にプレゼントをやるよ』
心拍数が上がる。
『安心しろ。お前を消すつもりはない。利用価値があるうちはな』
安心など出来るわけがない。
つまり、価値がなくなればすぐ消すということ。
『休暇をやる。最高のプレゼントだろ』
男の笑い声。
いつものように冷たい笑い。
『あの子をたっぷり可愛がってやれ』
嫌な予感に血の気が引く。
「どういう意味?」
『そのうちわかるさ。それより、資料を送っておいたから』
「いったい何を…」
『余計な詮索はしない。それが鉄則だろ』
- 55 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時26分28秒
- 吉澤は電話を切ると、すぐパソコンを起動する。
新着メール。
パスワードを入れて添付ファイルを開く。
慣れたはずの作業に指先が震える。
“…アイドル歌手…モーニング娘。結成…
…石川梨華1985,01,19…現住所…スケジュール…”
胸の鼓動が収まらない。
いったい何をやらかそうっていうんだ…。
自分のせいで、
自分が巻き込んでしまったのだろうか…。
アイドル歌手。
過去の記憶が蘇る。
- 56 名前:思慕 投稿日:2002年06月18日(火)21時27分46秒
- あれはまだ、吉澤が普通の中学生だった頃。
そう、あたりまえに幸せな生活を送っていた頃。
第4期追加メンバー募集。
確かそんな触れ込みだった。
石川梨華。
あのときの子だ。
軽い気持ちで応募して最終選考まで通過した。
結局それどころではなくなって辞退したけれど。
芸能界なんてろくなところじゃない。
そう言って両親は大反対した。
ひとみには、ただ平凡に幸せな人生を送って欲しい。
幼い頃から、ことあるごとにそんな言葉を聞かされた。
不自然なほど執拗に…。
この状況を予見していたのだろうか。
今となってはそれがただひとつの遺言。
結局、そんなささやかな望みさへ、叶えてあげられない…。
ふと思う。
もし、あの時辞退しなかったとして、
もし、オーディションに合格していたとしたら…。
馬鹿な話だ。
人生に仮定の話を持ち出したところで、現状はなにも変わらない。
それは、吉澤が一番よく知っている。
- 57 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月18日(火)21時36分33秒
- レスありがとうございます。
>47名無し読者様
過去から未来まで、タイトル通りにする予定です。
>48aa様
最初、意味がわからなかったんですが、
飛べない人がいたようで、リンクしていただいたんですよね?
ご親切に、ありがとうございました。
>49たろ様
まだ、いろいろな出来事が起こる予定ですが、
ずっとクール路線になるかと思います。
>50ごまべーぐる様
手がかかるけど、健気というのが、
石川さんの個人的イメージです。
少量ですが更新しました。
次回は明日です。
- 58 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月18日(火)22時02分45秒
- なるほど。そういう出逢い方もあったかもしれないという事ですね。
明日が楽しみです。
- 59 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時11分00秒
- 控室。台本に目を通す梨華。
隣では、新メンバー達が楽しそうにはしゃいでいる。
もし、私にも年の近い同期がいれば、今とは違っていたのだろうか。
ふとそんなことを考える。
いけない、また考え方が後ろ向きになってる…。
「そろそろ、本番いきます」
スタッフが控え室の扉から顔を覗かせる。
メンバー達は次々スタジオへと向かう。
梨華は、鳴らない携帯をもう一度だけ確認して、その後に続いた。
- 60 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時11分48秒
- 「石川はどんなタイプが好きなの?」
突然、カメラが梨華のアップを捕える。
今、そんな話、振らないで欲しい…。
「…あ、そうですね…石川は、その、優しい人です…」
ありきたりな答えしか出てこない。
「例えば?」
さらに突っ込んでくる司会者。
「ええ…あの…」
吉澤の顔が頭に浮かぶ。
おかしいくらいに顔が熱くなるのを感じる。
「いじめないでやってい下さいよ。石川は純情なんだから」
保田に助けられ、ようやくカメラから開放された。
本番の緊張感からか、
絶えず胸の中を去来する吉澤の幻影のせいなのか、
収録が終わっても、梨華の胸の高まりは収まらない。
電話してくれるだろうか…。
電話番号なんか渡して、軽い子だと思われたらどうしよう…。
やっぱり、迷惑だったかな…。
後悔と、失望、そしてほんの僅かな希望を胸に、梨華は家路に向かう。
- 61 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時12分38秒
- 玄関の前。鞄から小さなマスコットのついたキーホルダーを取り出す梨華。
と、その時。
背後に人の気配。
突然、羽交い絞めにされ、口を手で押さえつけられる。
息ができない。
「声を出すな」
言われなくても声を出せる状態ではない。
鍵を握る梨華の手。その手に被せるようにしてもうひとつの手が扉を開ける。
その声。
忘れるはずがない…。
聞き違えるはずがない…。
吉澤さん…どうして…。
- 62 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時14分03秒
- 部屋に入るとなり、乱暴にベッドに押し倒される。
仰向けになった梨華の身体。
覆い被さった吉澤の手が、梨華の両手首を握り締める。
逃れようとしても、その圧倒的な腕力の差が、梨華の動きを妨げる。
「…どう…して…?」
「お礼がしたいって、言ってたじゃない」
吉澤の梨華を見つめる目が、どこか悲しげに感じられる。
そんな人じゃないはず。
そんな人だったら、どうして私のことを何度も助けてくれたの?
私の気持ち、知ってるんでしょ?
私のこと、どうにかしたいなら、こんなふうにしなくても…。
吉澤の視線は梨華を離さない。ベッドに押さえつけるその力も緩めない。
しかし、それ以上は何もしてこようとはしない。
梨華は、力を抜いて目を閉じた。
「あなたが、そう、したいなら…好きにして、いいよ…」
その閉じた目から、涙が一筋流れる。
不意に身体が軽くなる。
そっと、目をあけると、さっきまで目の前にあった吉澤の顔がそこにはない。
壁にもたれるように、腕組みして立っている吉澤。
- 63 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時15分21秒
- どうしてそんなに健気なんだよ…。
吉澤の心が波打つ。
最初から襲う気などなかった。
少し乱暴に扱って、キスぐらいしてもいいかと思っていた。
あなたなんか嫌い。
もう顔も見たくない。
きっとそんなふうに言われる。それを待っていた。
「人を簡単に信用するなってことだよ」
「簡単になんて信用しないよ…」
梨華は服の乱れを直しながら立ち上がる。
「でも、吉澤さんのことは信じてる…」
ため息をつく吉澤。
「それが、一番いけないんだよ」
「どうして?」
「襲われそうになったじゃない」
梨華は少し笑う。
「襲おうとしといて、そんな、他人事みたいに言わないでよ」
逆効果だったか…。
梨華の口調が、この間より、ずいぶん砕けたものになっている。
- 64 名前:激情 投稿日:2002年06月19日(水)21時17分17秒
- 「帰るよ」
「もう帰っちゃうの?」
今度は吉澤が僅かに笑う。
「強姦魔を引き止めてどうする?」
「何もしなかったじゃない」
まだ何か言いたげな梨華を残し、吉澤は玄関の扉に手をかける。
「本当は、何をしに来たの?」
「教えてあげようと思ったんだ」
「何を?」
吉澤は間を置くように息を吐く。
「運命だなんて勘違いしてる人が、実は、他人の住所ぐらい簡単に調べ上げ、
油断したらいつ襲ってくるかわからないような、危険人物だったってことをね」
「ありがとう。よくわかった」
梨華は挑戦的な視線を吉澤に向ける。
「わかってくれた?」
「わかった。私はそんな危険人物を好きになって、
襲われそうになったのに、やっぱりその人が好きだってこと」
今度は大きく息を吐く吉澤。
「いったいどこがいいの?」
「だって…運命だもん」
絶句する吉澤。
「だから、何があっても、何をされても、私、絶対諦めないから」
- 65 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月19日(水)21時21分30秒
- >58ごまべーぐる様
レスありがとうございます。
全てがアンリアルではなく、
もし、〜であったなら、という感じです。
- 66 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月19日(水)21時22分40秒
- 更新しました。
次回は明日です。
- 67 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月19日(水)22時25分56秒
- 面白いです。任務の目的が気になるなぁ
- 68 名前:. 投稿日:2002年06月19日(水)23時53分22秒
- あ〜っ・・愛の火花が散ってまんなぁ〜
二人ともすんげ〜、かっけーや。
- 69 名前:たろ 投稿日:2002年06月20日(木)01時14分34秒
- 2人の距離がちょっとずつ縮まりつつあるような…
弱そうで、実は強い梨華ちゃんいいですね。
続きが楽しみです〜。
- 70 名前:激情 投稿日:2002年06月20日(木)21時19分57秒
- 吉澤が帰って行った途端、梨華はその場にへたり込んだ。
もう限界。
身体にまるで力が入らない。
私って、こんなに強かったろうか…。
好きな人を目の前にして、絶対諦めないなんて堂々と宣言できるほど、
私は強かっただろうか…。
きっと、あの人が何かを変えた。
どんなに得体の知れない人でも、やっぱりこれは運命なんだ。
- 71 名前:激情 投稿日:2002年06月20日(木)21時20分55秒
- 吉澤はトレーニングルームのサンドバックに、思いきり拳を叩きつける。
なんなんだ、いったい…。
怒りとも悲しみともつかない思いを拳にぶつける。
忘れかけていた感情の高ぶり。
なぜこれほどに苛立つのか、
いったい何に苛立っているのか、吉澤自身よくわからなかった。
どういうつもりだ。
あんなことされて、どうしてまだ運命だなんて言っていられるんだ。
決して彼女が悪いわけじゃない。
それはわかっている。
この先どんなことがあろうと、彼女は完全なる被害者だ。
- 72 名前:激情 投稿日:2002年06月20日(木)21時21分55秒
- 吉澤は肩を落とし、サンドバックに頭を持たせ掛ける。
ひょっとして、こっちが惚れてしまったとか…。
そんなわけはない。
向こうは知らないから仕方ないけれど、相手は同じ女の子なんだから。
ばかばかしい…。
吉澤は慌てて思考を振り払う。
信頼、愛情、友情…。
そんなものは、もうたくさんだ。
手にいれさえしなければ、失うこともない。
再び握る拳には、うっすら血が滲んでいた。
- 73 名前:接近 投稿日:2002年06月20日(木)21時23分38秒
- 1日の仕事が終わる。
ガードマンに挨拶をして、テレビ局を出ていく梨華。
あの人に会いたい。
今日もあの人は来てくれるだろうか?
もう、あんな怖い思いはしたくないけど…。
通りに出た途端、待っていたかのように一台の車が目の前に止まる。
黒いガラス、ビーという低い音とともに窓が開く。
ハンドルを握るのは吉澤。
「送って行く」
吉澤の横顔がそれだけ言う。
呆然とする梨華。
以前山の中で見たものとはまるで違う車。
カチャ
ドアロックが解除された。
「速く」
促す吉澤。
何がなんだかわからないまま、梨華は革張りのシートに身体を沈めた。
- 74 名前:接近 投稿日:2002年06月20日(木)21時24分38秒
- 「どうして?」
「これも仕事だから仕方ない」
言い訳じみた台詞。吉澤自身そう思う。
「うちの事務所の運転手にでもなったの?」
「そんなところだ」
「嘘ばっかり…」
答えを待つようにじっと吉澤の横顔を見つめる梨華。
しかし、無言のまま。
長い沈黙が続く。
もうどうでもいい。
こうして一緒にいられるのだから…。
梨華は話し始めた。
自分のこと、仕事のこと、今日起こった他愛ない出来事。
聞いているのかいないのか、吉澤は相槌も打たず、黙々とハンドルを握る。
- 75 名前:接近 投稿日:2002年06月20日(木)21時25分41秒
- 「それでね…」
あまりの無反応に、いささか疲れてトーンを落とす梨華。
そして、そのまま黙り込む。
「それでどうしたの?」
「なんだ、聞いてくれてたの?」
「聴力はいい方だからね」
聴力って…。
そういう問題じゃないと思うんだけど…。
「私の話って、つまらないよね」
「確かに、オチがないね」
「…よく言われる」
よく言われるけど、
どうしてそんなときだけ反応してくれるの…。
- 76 名前:接近 投稿日:2002年06月20日(木)21時26分40秒
- 車は渋滞を抜け、無事マンションの前に到着する。
カチャ
ドアロックが再び解除された。
「本当に送ってくれたんだ…」
「そう言ったじゃない」
このまま下りるべきなのか、
部屋に誘うべきなのか、
どうしていいかわからず、吉澤の顔を見る梨華。
「また聞きに来るよ」
「え?」
「オチのない話」
- 77 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月20日(木)21時34分49秒
- レスありがとうございます。
>67名無し読者様
本当の目的がわかるのは、かなり先になると思います。
>68 . 様
火花は散りっぱなしという感じで、
この先も、いろいろと…。
>69たろ様
強くなったり、弱くなったり、
揺れていくかと思います。
更新しました。
昨日中途半端なところで、切ったので、
章またぎになってしまいました。
次回は、来週月曜予定です。
- 78 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月21日(金)00時18分14秒
- ふたりとも揺れてますね(特にヨシコが)。
月曜が待ち遠しいです。がんがってください。
- 79 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年06月21日(金)01時06分25秒
- 本日一気に読みました。(遅っ)
すんげ〜面白いです!!
謎な吉が、いいです。
楽しみにしています。がんがってください。
- 80 名前:素人○吉 投稿日:2002年06月21日(金)16時16分44秒
- ミステリアスな吉が最高にかっけー。(><)
今後が一切想像出来ない分、期待大で待ってます。(笑)
- 81 名前:婆金 投稿日:2002年06月22日(土)00時36分38秒
- 過去から未来までタイトル通り、ですか。
二人はどんな運命で繋がっているのでしょう。
ドキドキです!
- 82 名前:接近 投稿日:2002年06月24日(月)19時16分14秒
- 自室に辿り着いた吉澤。
郵便受けに放り込まれた封筒を手に取る。
差出人名のない白い封筒。
よくあること…。
軽く息を吐きながら封を切る。
中にはホテルの宿泊券。日付は明日。
昨日の資料。明後日、梨華がオフだったことを思い出す。
呼吸は、重いため息に変わった。
- 83 名前:接近 投稿日:2002年06月24日(月)19時17分31秒
- もうこれが限界。
これ以上あの子に深入りしたくない。
あの子に近づくこと。
それが暗に示された命令だったから、今日も会いに行った。
それだけだったはずなのに…。
サイドシートに感じた、穏やかな温もりと、僅かな胸の痛み。
あの子の声を聞いているだけで、忘れたはずの懐かしい暖かさが蘇ってくる。
癖にさえなりつつあった、いつもの冷徹な表情を作るのに、
ひどく苦心するくらい。
あまりにも、真っ直ぐだから…、
あまりにも、一生懸命だから…、
あまりにも、純粋だから…。
だから、騙していること、そして巻き込んでしまうことが辛い。
それだけ、
ただ、それだけ…。
- 84 名前:接近 投稿日:2002年06月24日(月)19時18分42秒
- 今日もあなたが横にいる。
何故なの?
何がしたいの?
いったい何を考えているの?
梨華の頭に並ぶのは疑問符ばかり。
今日は送って行くとは言わなかった。
窓が開く低い音と、ロック解除音。それだけが合図。
前を見てハンドルを握る、無表情なその横顔は昨日と同じ。
- 85 名前:接近 投稿日:2002年06月24日(月)19時19分55秒
- 「どこへ行くの?」
あまり方向感覚が優れた方ではない梨華。
けれど、車が自宅へ向かってはいないことはわかった。
吉澤はすぐには答えず、路肩に車を停車させる。
そして、上着のポケットから取り出した紙を梨華に手渡した。
宿泊券…。
「嫌なら、引き返す」
「ずるいよ…」
どうして、私に決めさせるの?
あなたがついて来いというなら、どこにでも行くけど…。
あなたは何も言ってくれない。
第一、あなたが私を好きだとは思えない。
けれど、ただの遊び人には見えない。
あなたの気持ちが、まるでわからない。
- 86 名前:接近 投稿日:2002年06月24日(月)19時21分23秒
- 「…そうだね」
相変わらず前を向いたまま、サイドブレーキを解除する吉澤。
交差点にさしかかると、右にウインカーを出し、
右折レーンから車をUターンさせる。
「行こうよ」
「え?」
梨華の言葉に、驚いて横を向く吉澤。
「やっと、私の顔、見てくれたね」
吉澤は必死で何かを隠すように、引きつった笑顔をみせた。
「じゃあ、行くよ」
「うん、でも、一旦家に戻って欲しい。私、何も準備してないから…」
家に戻っても、心の準備はできそうにないけど…。
- 87 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月24日(月)19時31分21秒
- レスありがとうございます。
>78ごまべーぐる様
揺れているんですが、まだまだ、
真っ直ぐには行かない感じです。
>79よすこ大好き読者。様
読んで頂いてありがとうございます。
まだまだ、量的にも、ストーリー的にも、これからです。
>80素人○吉様
今後の展開は、
まだ、迷っている部分も多分にありますが、
なんとか、がんばっていきたいと思います。
>81婆金様
運命を持ち出すしか、仕方が無いくらい、
繋がってしまっているという話になると思います。
更新です。
毎回少量で、ストーリーも進まず、
まどろっこしくて申し訳ありません。
次回予定は、明日です。
- 88 名前:will 投稿日:2002年06月24日(月)21時04分29秒
- >68です
運命に翻弄される吉子、巻き込まれる梨華
断ち切る事ができるかな?Destiny
- 89 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時25分13秒
- 豪華なホテル。広い部屋。
そして、大きなベッドが1つ。
自ら下した決断とはいえ、思わず後ずさる梨華。
「遅くなったけど、ルームサービスでいい?」
吉澤は何も感じていないような、さりげない口調。
「え?」
「夕食」
「…うん」
向かい合って食事をするふたり。
ぽつり、ぽつりと、他愛ない話を始める梨華。
車中よりずいぶん穏やかな表情で聞いている吉澤。
「…私ね、ほんと、どうしようもないの…焦ると、周りが見えなくなって…」
「それでも、たぶん、伝わってると思うよ」
「え?」
「一生懸命さがね、石川さんの」
初めて聞いた優しい言葉。
ほんの些細なことなのに、涙が溢れそうになる。
- 90 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時26分17秒
- 「汗かいたでしょ?先にシャワー浴びたら?」
「…う、うん」
ふたりの髪に同じシャンプーの匂い。
吉澤のちょっとした視線の動きにさえ、ドキドキしてしまう梨華。
ぎこちなくベッドに潜り込む。
落ち着かなきゃ…。
こんなに緊張してちゃ笑われる。
決心したんだもの。
怖いけど…、
吉澤さんとなら…。
- 91 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時27分29秒
- 「消してもいい?」
照明のスイッチに手を掛ける吉澤。
頷く梨華。
「寝るね」
そう言って横になる吉澤。
そこは梨華の隣ではなく、ソファーの上。
え?
じゃあ、何のために…?
「…ソファーで寝るの?」
「ベッドがひとつしかないからね」
わざわざ、そういう部屋を取ったんでしょ?
- 92 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時29分33秒
- 「…いいよ、こっちで寝ても」
恐る恐る、そう切り出す梨華。
「もしかして、誘ってる?」
微かに笑いが混じった吉澤の声。
そんなこと…。
「ち、違うよ、窮屈かなって、思って…」
「確かに、ちょっと窮屈だね…」
暗闇の中、吉澤の立ち上がる気配。
スプリングの揺れる感覚が、背中に伝わる。
再び、梨華の鼓動が跳ね上がった。
怖くなって、思わず目をギュッと閉じる。
頬に吉澤の息がかかる。
緊張は最高潮に達する。
- 93 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時30分26秒
- 「大丈夫、何もしないから…」
何も、しないのか…。
それは、それでいいけど…、
正直、ほっとしてるけど…、
だけど、あれほど緊張して、一大決心のつもりだったのに…。
「石川さん、もう寝た?」
「…」
「寝たのか…」
「あの…」
「ん?」
「呼び捨てでいいよ。年上なんだし」
複雑な思いで梨華の言葉を聞く。
本当は同い年、厳密に言えば年下なんだけどね…。
安心したような、けれど少し落胆したような梨華の顔が横にある。
吉澤は、楽しんでいる自分を発見して、苦笑した。
「おやすみ、梨華ちゃん…」
「…おやすみなさい」
- 94 名前:休息 投稿日:2002年06月25日(火)19時31分26秒
- なんで、こんなに可愛いんだろう…。
思ってることがすぐ顔に出て、
緊張感がこっちにまで伝染してきそうだった。
仕事だから近づいた…、
それは言い訳なのかもしれない。
どうあがいても、この泥沼からは抜けられない。
それなら、ほんの少し…、
ほんの束の間の錯覚でいいから、全て忘れてこの暖かさに浸っていたい。
もし私が本当に男だったら…、
歯止めは利いただろうか…。
- 95 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月25日(火)19時34分06秒
- >88will様
レスありがとうございます。
いろいろなことが、絡み合うはずなのですが、
なかなか、ストーリーが進みません。
HPに来ていただいた方ですよね?
更新しました。次回は明日予定です。
- 96 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月25日(火)23時13分09秒
- ハードボイルドなのに甘い…。
いしよし好きにはたまらないシーンでした。
- 97 名前:休息 投稿日:2002年06月26日(水)20時09分32秒
- 梨華が目覚めたとき、吉澤は既に服を着替えてソファーに座っていた。
「よく寝られた?」
「う、うん…」
起き抜けの、まだ朦朧とした頭。
それでも確かにわかることがある。
目の前に愛しい人がいる。
夢じゃない。
そう思うと、一晩同じベッドで眠ったことが、急に恥ずかしくなった。
本当に、なにもなかったけど…。
念のために、着衣の乱れを確かめてみる。
「寝てるところを、襲ったりしないよ」
可笑しそうに笑う吉澤。
昨夜よりも屈託のない笑顔。
「前科があるじゃない、未遂だったけど…」
「根に持ってるんだ?」
「当たり前だよ、本当に怖かったんだから…」
ふたり顔を見合わせ笑う。
梨華にとって吉澤の笑顔がなにより嬉しい。
- 98 名前:休息 投稿日:2002年06月26日(水)20時10分36秒
- 「とりあえず、着替えて、顔洗って来てくれるかな。話があるんだ」
急に神妙な表情になって、そう言う吉澤。
「…うん、わかった…」
「一度しか言わない。質問は受け付けない」
身支度を整えて向かいに座った梨華に、吉澤はそう宣言する。
「この先、何が起こるかはまだわからない」
「…」
「出来る限り守ってあげるから、何かあったときには、黙って従って欲しい」
「…」
「以上。わかった?」
「…全然わからないけど…わかった…」
本当に、全然わからない。
だけど、
守ってあげる。
あなたのその言葉が、胸に染みる。
- 99 名前:休息 投稿日:2002年06月26日(水)20時11分35秒
- 「出かけようか」
それだけ言って、歩き出す吉澤。
梨華は黙ってうなずくと、その後について行く。
ガレージに止めた車に乗り込むふたり。
街明かりを抜けて、車は山道を登ってゆく。
「この先に展望台があるんだ」
今日だけ、
今1日だけ…。
吉澤は心の中で何度も呟いていた。
愛情なんて所詮錯覚だ。
わかっている。
けれど、今日1日だけ…。
- 100 名前:休息 投稿日:2002年06月26日(水)20時12分51秒
- 「ここだよ」
そう言って、吉澤は車を脇へ停車させた。
木の柵に寄りかかり、ふたりは肩を並べる。
眼下広がる景色は、緑の山と、遠い街並み、
そして、青い空、ぽっかりと浮かぶ雲。
時折吹く風が、緩やかにふたりの髪を揺らす。
無言のまま、時だけが過ぎてゆく。
「ずっと、空を見てた」
誰に聞かせるともない、ただ呟くような吉澤の低い声。
「全て失ったときも、こうやって雲が流れるのを、ぼんやり眺めてた…」
遠くを見つめる悲しい目。
その中に、梨華は始めて、吉澤の脆弱な一面を見た気がした。
- 101 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月26日(水)20時20分33秒
- レスありがとうございます。
>96ごまべーぐる様
甘いシーンは、この場面だけで、
休息が終わると、また痛くなりそうです。
更新しました。
中途半端な切り方なのですが、
あまり、体調が良くないので、この辺で。
明日は、若干長めに更新できればと思っております。
- 102 名前:夜叉 投稿日:2002年06月26日(水)20時30分15秒
- 一気に読ませていただきました。
影のある吉に惹かれます。これから二人の螺旋階段がどうやって絡んでいくのか楽しみです。
頑張ってください。
- 103 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年06月27日(木)15時26分44秒
- 梨華ちゃんに一体何が起きるんでしょう?(ドキドキ
吉くんしっかり守ってあげてほすぃ。。。
あまり無理をしないよう体調に気を付けてがんがってください。
- 104 名前:休息 投稿日:2002年06月27日(木)21時32分52秒
- 「こんなところ、つまらないよね?」
吉澤の問いかけに、首を振る梨華。
「幸せだよ…言葉も出ないくらい…」
梨華は吉澤の身体にもたれかかる。
吉澤は、躊躇いながら左腕を梨華の肩にまわした。
今日だけ…。
今日だけだから…。
「あったかい…」
その少し掠れた梨華の声が、吉澤の胸に痛みを伴って染み込んでゆく。
それは甘く心地よい痛み。
出来ることなら、この小さな身体を力一杯抱き締めたい。
どこからともなく湧き上がる衝動を、必死で押さえつける。
錯覚なんだ。
今日1日だけの…。
暖かな夢の中に、ほんのひと時、溺れていたいだけ…。
だから、これ以上、踏み込んじゃいけない…。
- 105 名前:休息 投稿日:2002年06月27日(木)21時34分31秒
- 「吉澤さん…」
「ん?」
名前を呼んだきり、何も言わない梨華。
不審に思って顔を覗き込む。
梨華の瞳には、涙が今にも溢れ出しそうに溜まっていた。
「どうしたの?」
「わからない…」
頬に涙が伝う。
「わからないけど…好きなの…大好きで…本当に、どうしようもないくらい…」
息苦しいほどに、伝わる思い。
再び突き上げてくる、激しい衝動。
吉澤は自らの爪が食い込むくらい、右手を握り締めた。
「こんなに近くにいるのに…こんなに…」
「もう、帰ろう…」
吉澤は搾り出すように、それだけ言う。
梨華は黙って頷いた。
- 106 名前:休息 投稿日:2002年06月27日(木)21時35分13秒
- ホテルをチェックアウトし、車を走らせる。
見慣れた街並みが車窓を流れる。
やがて、梨華のマンションの前。
「じゃあ…」
その言葉と同時に、ドアのロックが解除される音。
その音が、梨華の耳に冷たく響く。
僅かに開かれたように思えたの心の扉。それが再び閉じられたように思えた。
「吉澤さん…」
言いかける梨華の言葉を吉澤が遮る。
「休日はこれで終わり」
- 107 名前:懐疑 投稿日:2002年06月27日(木)21時36分18秒
- 梨華の頭には吉澤のことばかりが浮かんだ。
身体に残る温もり。
そして、悲しい眼差し。
私が…、
守ってあげたい…。
わき上がるそんな思いに戸惑う梨華。
あなたは大人で、
私より、ずっと強くて…。
なのに…。
あなたを苦しめる全てから、私が、守ってあげたい。
あなたの心にあいた穴を、私が、埋めてあげたい。
- 108 名前:懐疑 投稿日:2002年06月27日(木)21時37分13秒
- 「石川、ちょっと」
名前を呼ばれて引き戻された現実世界。
事務所のスタッフが、険しい顔で手招きしていた。
スタッフの指示に従い、狭い部屋に置かれた椅子に腰掛ける。
「これ」
そう言ってテーブルに差し出された数枚の写真。
手に取った梨華の表情は、見る間に青ざめていく。
どうして…。
それは、吉澤と梨華を隠し撮りしたもの。
車に乗り込むところ。
ホテルのロビー。
吉澤の姿は判然としない。
おそらく知人であっても、それが吉澤であるとは確認できないだろう。
しかし、梨華の顔ははっきりと写っていた。
まるで、それを狙ったかのように。
- 109 名前:懐疑 投稿日:2002年06月27日(木)21時38分22秒
- 「どういうことだ?」
眉を吊り上げるスタッフ。
しかし、聞きたいのは梨華のほうだった。
どういう経緯でこんな写真が事務所の手に渡ったのか。
混乱して言葉が出ない梨華。
「付合ってるのか?」
責めるような口調。
梨華は目を伏せると首を横に振る。
「危ないところを、助けてもらって、それで…」
「危ないところ?」
「襲われそうになって…」
「そんな大切なこと、どうして早く言わないんだ!」
声を荒げるスタッフ。
焦燥の色がその表情に滲み出ている。
再び梨華は黙り込む。
「もういい…」
トーンを落とした声。
促されて立ちあがる梨華。
「ボディーガードを付けるから、それまでひとりで出歩くな」
「はい…」
「それから、その男にはもう近づくなよ」
「え?」
「写真で脅しをかけてきた連中も、襲ったのも、その男も、恐らく繋がっている」
- 110 名前:懐疑 投稿日:2002年06月27日(木)21時39分09秒
- その日の梨華は、全く仕事に身が入らなかった。
恐らく繋がっている。
その言葉が何度も頭の中をリフレインした。
嘘だったの?
すべて、作り事だったの?
守ってあげるから。
あの言葉も?
あの悲しい目も?
それならどうして…。
最初から騙すつもりなら、もっとうまい嘘がつけたはずだよね。
あなたは、私を拒んでた。
ひとつベッドに寝ても、あなたは何もしなかった。
どうして…。
私は、あなたのこと、何もしらない。
けれど、この気持ちは…。
信じたい…。
- 111 名前:ゆっち 投稿日:2002年06月27日(木)21時46分05秒
- レスありがとうございます。
>102夜叉様
貴重なお時間を割いて頂いて、ありがとうございます。
うまく、書けるかどうかわかりませんが、
がんばっていきます。
お気遣いありがとうございます。
>103よすこ大好き読者。様
石川さんも、吉澤さんも、
この先、いろいろなことがあるかと思います。
がんばります。ありがとうございます。
更新しました。
もう少し進みたかったのですが、迷うところがあったので、
ここで、切ります。
次回は来週月曜日に更新予定です。
- 112 名前:オガマー 投稿日:2002年06月27日(木)21時58分36秒
- 初レスでーす。
繋がっている…謎ですね。
吉は一体何者なんだろうか…
更新楽しみにしています!
- 113 名前:姫子 投稿日:2002年06月27日(木)22時04分00秒
- なんか盛り上がってきましたね。
いしよし主演のドラマを見ているみたいです。
続き期待してます。
- 114 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年06月28日(金)00時09分14秒
- てか、こっちにこのHNで書くのすごい久ぶり。
ゆっちさん、私が誰か分かりますよね?(w
長めの更新お疲れですた♪
いつも書いてるかもしれない事だけど、
ほんとに、ゆっちさんの書くストーリーは綺麗です!
何かドラマのワンシーンの様で・・・
次の更新も、無理せずにマイペースで頑張ってね♪
楽しみにしてます。
- 115 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年06月28日(金)19時48分50秒
- 鳥肌が立ってしまいました。
これからこの二人に何が起こるのかすげー気になります。
- 116 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月29日(土)08時32分38秒
- 本当にドラマを見てるようです。
目が離せません。
- 117 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時37分42秒
- 頭を抱え、ソファーに埋もれるように座る吉澤。
深い後悔の念に捕らわれていた。
心の内など見せるべきではなかった。
たとえ一瞬であっても、安らぎなど求めるべきではなかった。
胸が苦しい…。
何故…。
幻影など、見たくはない。
トゥルル、トゥルル、トゥルル
電話のベルが、遠くに聞こえた。
反射的に手を伸ばすはずの受話器。
しかし、そこから発せられる電子音は、妙に現実感を失っていた。
トゥルル、トゥルル、トゥルル
トゥルル、トゥルル、トゥルル
電話か…。
ようやく立ち上がる。
- 118 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時39分09秒
- 『あの子のことでも考えてたのか?』
「馬鹿馬鹿しい…」
『プレゼントは気に入ってもらえたようだな』
「仕事ですから」
淡々とそう言う。
『惚れるなよ。惚れさせるんだ』
吉澤の胸を怒りに似た思いが突き上げてくる。
「あの子に、なにをするつもりですか」
『詮索するなと言ったはずだ』
受話器の向こうで、低い笑い声が聞こえる。
『そんなに、知りたければ、ひとつだけ教えてやるよ。
ある企業が興味を持っている。あの子のグループと契約を結びたがっているんだ』
「そんなことのために?そんなの、もっと、綺麗なやり方があるでしょ。
金に物を言わせりゃ済む話なのに、なんの罪もない女の子を苦しめなくたって…」
再び笑い声が響く。
- 119 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時40分31秒
- 『成長したじゃないか』
「なにが?」
『金に物を言わせるのが、綺麗なやり方か。
最初に拾われた頃は、嘘ひとつ、つけなかったヤツが』
「…」
『せっかくだから、もうひとつ教えてやろう。
その企業のバックには、ある組織がついている。
そして、本当に興味を持たれているのは、
契約がもたらす利益じゃない。お前の大事なあの子、個人だ』
愕然とする吉澤。
汗ばんだその手から、受話器が滑り落ちそうになる。
『楽しい仕事を回してやったから、せいぜい、がんばるんだな』
ツー、ツー、ツー
いつまでも耳の中で鳴り響く音。
脱力したまま、しばらく立ち竦む。
- 120 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時41分55秒
- 窓にぼんやりと映る月が、妙に眩しく思えた。
闇が無ければ、光は存在しない。
どこかで聞いたフレーズが、頭に浮かぶ。
余計なものは、全て切り捨ててきた。
失うものは、なにもない。
だから、もう二度と、傷つくこともない。
そう思っていた。
追いかけてくる梨華の面影。
吉澤の心を、死の淵までも追い詰めるのは、
鋭利な刃物でも、装填された弾丸でもなかった。
それは、普通の女の子。
その、真っ直ぐな眼差し。
- 121 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時42分49秒
- どうして、
どうして、これほど苦しい。
どうして、これほど、あの子が気になる。
どうして…。
それが運命?
甘い…。
こっちが、乗せられてどうする…。
仮にそれが運命だとして、
この世のどこかに、断ち切れない絆が存在するのだとして、
自分にいったい何ができる?
自らに問いかけてみる。
『嘘ひとつ付けなかったヤツが』
不意に、男の言葉を思い出す。
汚れてしまった…。
- 122 名前:懐疑 投稿日:2002年07月01日(月)22時44分05秒
- 吉澤は何かを振り払うように、大きくかぶりを振る。
そして、机に向かい、いつものように、パソコンの電源を入れた。
ディスプレイに映し出された文字を、目で追う。
またか…。
これが、楽しい仕事?
- 123 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月01日(月)22時55分43秒
- レスありがとうございます。
>112オガマー様
なかなか、謎に絡むところまでいけなくて、
申し訳ないです。
>113姫子様
一瞬の盛り上がりだったような…。
なんとか、がんばります。
>114いしよしサイコ〜様
今日は、いつものように、短い更新です。
すみません。
>115よすこ大好き読者。様
なかなか、たいしたことがおこらないです。
気長に見守って下さい。
>116ごまべーぐる様
とんでもないです。
物語も、書くほうも、前途多難です。
更新しました。
今書いたばかりで、推敲が甘く、申し訳ないです。
明日更新するつもりではありますが、
しばらく、確約できません。
- 124 名前:オガマー 投稿日:2002年07月01日(月)23時33分34秒
- 更新お疲れサマです。
電話のヤツが憎い(爆
ヨシ!梨華たむを守ってあげてくれぇー
- 125 名前:懐疑 投稿日:2002年07月02日(火)23時04分57秒
- 控室で、出番を待つ梨華。
椅子に腰掛け、俯き、目を閉じる。
メンバー達のはしゃぐ声が遠くに聞こえる。
信じていいの?
信じられる?
信じたい…。
「…ちょっと、ねえ…石川」
名前を呼ばれて顔を上げる。
矢口が、怪訝な表情で立っていた。
「どうかしたの?」
「いえ…なんでもないです」
力のない声。
心配そうに、矢口は、梨華の顔を覗き込む。
「ちょっと、疲れてるだけです」
「大丈夫?」
「ええ…」
「そろそろ、本番だよ」
「はい」
既に部屋にはふたり以外、誰もいない。
梨華は矢口に促されるように、立ちあがった。
- 126 名前:懐疑 投稿日:2002年07月02日(火)23時06分27秒
- 扉を開ける。
スタジオに向かい歩き出そうとした瞬間、
背後から微かに視線を感じた。
半ば無意識に振りかえる。
え…。
どうして…。
10メーター程後ろ。
数名の、事務所スタッフが話をしている。
そして、その中に吉澤がいた。
目が合ったのはほんの一瞬。
さりげなく視線を逸らす吉澤。
その表情からは、何の感情も読み取れない。
- 127 名前:懐疑 投稿日:2002年07月02日(火)23時08分00秒
- 「どうしたの?」
硬直したように、その場から動こうとしない梨華。
矢口は、梨華の視線の先を辿る。
「あのひと、格好良いでしょ」
矢口のその言葉に、梨華はっとする。
吉澤を知っているかのような口振り。
「吉澤さんっていうらしいよ」
「えっ…」
「マネージャー見習だって」
「どうして…」
どうして、あのひとがそんなことするの?
そう言いかけて、咄嗟に言葉を飲みこむ。
「裕ちゃんと一緒にいるところを見たんだ。それで、裕ちゃんに聞いたら、
そう言ってた。主に裕ちゃんを担当するらしいよ」
質問の意味を誤解した矢口が、知るに至った経緯を説明する。
「こないだ、ちょこっと挨拶したんだけどね。ほんと、格好良いよ」
梨華の混乱は、ますます激しくなる。
あのひとは、事務所を脅迫した仲間かも知れない。
私のことを騙したのかもしれない。
なのに、中澤さんのマネージャー?
- 128 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月02日(火)23時14分43秒
- >124オガマー様
レスありがとうございます。
どうなることでしょうか。
まだ、しばらく、守ってあげられる状況にはならないかもしれません。
ほんの少しですが、更新です。
ちょっと、不調です。
すみません。
- 129 名前:たろ 投稿日:2002年07月02日(火)23時42分30秒
- 更新お疲れさまです。
何だかヤツ(電話の主)の計画が着々と進行しているっぽいですね。
運命の2人(?)だから、きっと大丈夫だと思うけど…
- 130 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年07月03日(水)00時56分33秒
- 更新おつかれ様!
話が進んでくれるだけで、十分に幸せですよ♪
ありがとう。
なるほど、こう来ましたか!!
潜り込んだヨス子の目的は何だろうか・・・気になる。
さすが、推理小説物が得意なゆっちさん。
次の展開が読めない・・・
まったり更新お待ちしとります!
- 131 名前:オガマー 投稿日:2002年07月03日(水)01時21分40秒
- う〜む、ねえさんか…
まだまだよめませんw
- 132 名前:懐疑 投稿日:2002年07月03日(水)23時44分06秒
- スタッフの一団が、ふたりの方へ歩き出す。
縮まる距離と同じ分だけ、梨華の体温は上昇する。
一歩、一歩、ゆっくり近づいて来る。
吉澤の血液が体を流れる音さえ、聞こえてくる気がした。
聞きたいことはたくさんある。
出来ることなら、駈けだして、その胸の中に飛び込みたい。
けれど、そんなことより、梨華は吉澤の笑顔が見たかった。
ほんの一瞬でいい。
あの時の笑顔。
それさえあれば、騙されてもいい。
しかし、吉澤は、梨華に視線を向けることもなく、
通り過ぎて行こうとする。
まるでそこには誰もいないかのように。
「あの…」
たまらず声をかける梨華。
立ち止まった吉澤の目には、
暖かさも、優しさも、悲しみさえも存在しなかった。
「石川さんですね。初めまして吉澤です」
「…」
軽く頭を下げる吉澤。
「初めまして…」
小さな声でそれだけ言って俯く梨華。
次に顔を上げたとき、目の前に吉澤はいなかった。
再び遠ざかる姿。
それが、心の距離と同じに思えた。
- 133 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月03日(水)23時45分19秒
- 「ひょっとして、一目惚れした?」
からかうように矢口が笑う。
「違いますよ…」
「怪しいな」
「違いますって」
きっぱりと言う。
おそらく、ひとには言えない関係。
しかし、否定する理由はそればかりではなかった。
確かに、一目惚れだったのかもしれない。
けれど、そんなひとことで表現できるほど、簡単な絆ではない。
梨華はそう信じたかった。
その一点を信じなければ、全てが崩れてしまいそうだった。
「でも、格好良いでしょ?よっすぃー」
「よっすぃー?」
「私がつけたあだ名。よっしーじゃ普通すぎるから」
よっすぃー…。
心の中で呟いてみた。
クールなそのイメージには、ひどくそぐわないように思えた。
「ほら、石川、行くよ」
「は、はい…」
- 134 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月03日(水)23時46分20秒
- 吉澤は、中澤のスケジュール表に目を通した。
マネージャー見習い。
それは、もちろん、周囲の目を欺くための仮の姿。
事務所が吉澤を雇った本当の理由。
それは、梨華のボディーガード。
しかし、それすらも仮の姿。
嘘に塗り固められた生活。
既に、罪の意識さえ希薄になりつつある。
今更…。
逡巡の時は過ぎたはず。
当面の目的は梨華を守ること。
まさにボディーガード。
晒されるであろう危険から、梨華を守ることが組織の意志。
しかし、その先にあるのは、安全な場所ではない。
新たな魔の手に売り渡すまでの、単なる護衛に過ぎない。
- 135 名前:懐疑 投稿日:2002年07月03日(水)23時47分46秒
- すれ違った梨華の顔を思い出す。
物問いげな視線が、悲しみの色に染められてゆく。
苦しい…。
出来ることなら守ってあげたい。
そう約束したから…。
苦痛を先延ばしすること。
それが、自分に出来る精一杯。
いずれこの手で苦しめるのなら、せめて嫌われるべきだろう。
- 136 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月03日(水)23時57分09秒
- レスありがとうございます。
>129たろ様
あまり、悲惨な話にするつもりはないのですが…。
>130いしよしサイコ〜様
推理物が得意なわけではありません。
好きなだけです。
>131オガマー様
それほど、複雑にはしたくないのですが…。
仕事もありますので、夜中まで書いているわけにもいかず、
今日も少量ですが更新です。
絶不調です。
- 137 名前:オガマー 投稿日:2002年07月04日(木)00時10分27秒
- うむぅ。
よしが苦しそう…
- 138 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月04日(木)21時20分37秒
- ヨシコに救いをと願うばかりです。
- 139 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時51分18秒
- 「なにを考え込んでるの?」
不意に聞こえた背後からの声に、吉澤は肩を震わす。
音もなく近づいてきた人影。
そこに立っていたのは中澤だった。
常に張り詰めているはずの神経。
気配を察知できなかったことに、酷く狼狽する。
「驚かさないで下さい。心臓に悪い」
「驚くこともあるんやね」
中澤の口元に、僅かな笑みが浮かんでいる。
「一応、人間ですから」
「やっぱり、一応がつくんや」
意味ありげにそう言う中澤。
また、この視線…。
その目は、テレビ画面や楽屋で見せる気の強いお姉さん的なキャラクターとは、
まるで違っていた。
諦めたような…、
見透かすような…。
初めて顔を合わせてから、まだ数日しか経っていない。
けれど、吉澤は、中澤の中に存在する、自分と同質の何かを感じていた。
- 140 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時52分38秒
- 「あんたさ…」
中澤のあまり大きくはない話し声。そのトーンがさらに下がる。
「ただの、ボディーガードやないやろ」
「…」
表向きの肩書きは、あくまでも事務所スタッフ。
一タレントが、吉澤の正体を知っているはずはない。
なんの話?
そんな顔を作るべきだろう。
しかし、吉澤は、表情を変えることなく、じっと中澤の顔を見つめた。
きっと、信じていい。
根拠はなかった。
ただ直感がそう告げていた。
- 141 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時53分41秒
- 「何故、知っているんですか?」
「こういう立場やと、いろんなことが耳に入ってくる。たとえ聞きたくなくても」
いったいどういう立場なのか。
詳しく説明する気はなのだろう。
そう思って、吉澤も、それ以上聞くことはなかった。
言えないことはたくさんある。
言えないことは、決して言わない。
それは吉澤も同じ。
「苦しいんやろ?」
「…」
「あんた、自分が思ってるほど、まだ染まってない」
「…」
「今なら、引き返せる」
頷くことも、否定することも出来ず、再び去っていく中澤の姿を、
吉澤はただ目で追った。
もうすっかり染まってしまった。
引き返すことなんてできない。
きっと…。
- 142 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時55分23秒
- 収録が終わると、梨華はスタッフに呼ばれた。
聞かされた話に、梨華は首を傾げざるを得ない。
新たな企業との契約が決まった。
それは珍しい話ではない。
条件や、今後の戦略については、もちろん企業と事務所の間で進められる。
それは、大人の話。
梨華には直接関係がない。
決められた仕事を、決められたようにこなすだけ。
しかし、企業側が、梨華に会いたいと言ってきているという。
「今から、行ってくれ」
スタッフの重い口調と、苛立ちの混じった表情が、梨華の不安をかきたてた。
「今からですか…」
どうして私が?
私には関係ないのに…。
ふと、先ほどスタッフの口にした企業名に、心の引っ掛かりを覚えた。
どこかで聞いたような…。
テレビや、雑誌なんかじゃなくて、もっと身近な…。
思い出せそうで思い出せない、そんなもどかしいさ。
しかし、いつまでもそんなことを考えてはいられなかった。
- 143 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時56分46秒
- 不意にドアがノックされる。
入室を促すスタッフの声に扉が開く。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、吉澤だった。
途端に梨華の鼓動が跳ね上がる。
吉澤は、気付きもしないように、スタッフの側へ歩み寄る。
「彼女が石川だ。知ってるだろ」
スタッフの声に、チラッとだけ梨華を見る。
「ええ、一度、廊下でお会いしました」
梨華はわけがわからず、ただ呆然と事の成り行きを見守る。
「うちの大事なタレントなんだ。これから、よろしく頼むよ」
「わかりました」
- 144 名前:懐疑 投稿日:2002年07月08日(月)21時57分49秒
- 「説明しておこう」
そう言って梨華の方を向くスタッフ。
「吉澤君の本当の仕事は、石川のボディーガードだ」
梨華にはもう、なにがなんなのかわからない。
「若いが、プロだから、安心していい」
あなたは誰?
私を騙したひと。
事務所のマネージャー。
私のボディーガード。
そして、この世にたったひとりの、運命のひと。
「今から送って行って欲しい」
「はい」
「向こうには、もうスタッフを行かせてるから、終わったら家まで送り届けてくれ」
「はい」
「頼む。くれぐれも無事に」
「わかりました」
- 145 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月08日(月)22時02分45秒
- レスありがとうございます。
>137オガマー様
苦しんでます。
>138ごまべーぐる様
まだ、救われません。
更新しました。
ストーリーは頭にあるのですが、思うように書けない状態です。
今後は、週2〜3回を目処に更新していくつもりです。
- 146 名前:誰か 投稿日:2002年07月09日(火)18時00分22秒
- ヨス子が梨華たんのボディーガード???!
- 147 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時12分07秒
- 吉澤はバックシートに梨華を誘導すると、
回り込んで運転席へ乗り込む。
無言のまま、ハンドルを握る。
梨華は何度も話し掛けようとして、その度に言葉を飲み込んだ。
離れてる…。
こないだは、助手席だった。
ほんのわずかな距離の中に、ふたりを隔てる見えないベールがある。
梨華はそう感じた。
「なにも、言って、くれないの?」
やっとの思いで口にした台詞。
「余計なことは、知らなくていい」
冷たい声が、梨華を突き放す。
それでも梨華は追いすがりたかった。
僅かに感じる、吉澤の息遣い。
そして、ガラスにぼんやり映る横顔。
そのどこかに、吉澤の隠された苦悩が、垣間見れる気がした。
「信じてる…」
「…」
「誰になにを言われても、なにをされても…」
- 148 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時13分14秒
- 左手前方に大きなビル。
ウインカーを点滅させ、速度を緩めビルの中へ入っていく。
守衛と言葉を交わす吉澤。
梨華はその声を聞きながら、襲ってくる不安を今更感じた。
なぜ、私なんだろう…。
なにをすればいいんだろう…。
くれぐれも、無事に。
そんなふうに言われるほど、大変なことなの…。
地下のガレージに車をとめると、1階のロビーに向かう。
そこには事務所のスタッフがいた。
吉澤は軽く梨華の肩を叩く。
行きなさい。
そう言うように。
「一緒に来てくれないの?」
「事務所の新人が、付き合うような場所じゃない」
「守ってくれるんでしょ?」
「それが仕事だからね。今日はただの運転手だよ」
不安と悲しみが入り混じった目。
吉澤は、気付かない振りで、目が合ったスタッフに会釈をする。
そして、梨華に背をむけた。
- 149 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時14分24秒
- 吉澤は歩き出しても、背中に梨華の視線を感じた。
地下に下りても、存在するはずのない視線から、逃れることが出来なかった。
守ってくれるんでしょ?
すがるようなその目が、頭にこびりついて離れない。
痛い…。
わざと質問の意味をはき違えた。
本当は守ってあげたい。
こんなくだらない人生ぐらい、あの子のために、差し出してもかまわない。
それで、守ってあげられるなら…。
あの子は特別…。
馬鹿馬鹿しくて認められなかったその思いは、
もう既に、否定しきれないほど、膨れ上がっていた。
いつからだろう…。
多分、最初に出会ったあの日から…。
惹かれていく。
どうしようもなく惹かれていく。
好きだ…。
- 150 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時15分18秒
- 梨華は拍子抜けしていた。
豪華な応接室に通され、ソファーに座る。
目の前には、中年の男がふたり。
重役だという割には若い。
どんな食べ物が好き?
休みの日は、なにをしているの?
まるでアイドル雑誌の取材のよう。
取り立てて意味がないと思われる会話が、和やかに続くだけ。
しいて言うなら、気になったのは男の視線。
軽口をたたきながらも、その目は笑っていない。
時折みせる鋭い眼差しは、探るような、値踏みでもするかのような、
冷たい光を放っていた。
「では、今日はこのあたりで」
男の言葉が、会談の終了を告げる。
「忙しいところをお呼び立てして、申し訳ありませんでした」
立ち上がる梨華。
挨拶をして、付き添いのスタッフとともに、部屋を後にした。
- 151 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時16分41秒
- 駐車場に吉澤の姿を見つけると、
途端に、梨華は、全身から力が抜けていくのを感じた。
戸惑いと不安の中にいた数時間。
酷く緊張していたことを、そのとき始めて実感した。
あなたが何者なのかわからない。
正直まだ疑っている。
なのに、あなたがいると、安心する…。
やっぱり…、
好きだから…。
「前に乗ってもいい?」
吉澤は、返事のわりに黙ってロックを解除する。
相変わらず表情のない吉澤の横顔が、
何故かさっきより疲れているように思えた。
- 152 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時17分36秒
- 「なぜ私に近づいたの?」
正面から切り出す梨華。
「…それが、仕事だから…」
予想した通りの答え。
しかし、答えるまでに、一瞬の間があった。
それが意味するところを、梨華は計りかねていた。
「写真のこと、知ってる?」
「写真?」
とぼけているのか、本当に知らないのか。
やはり、梨華にはわからなかった。
「吉澤さんと一緒にいるところを、隠し撮りした写真」
僅かに吉澤の眉が動く。
「その写真で、事務所が脅されてるの、吉澤さんもその一味だって言われた…」
吉澤はなにも言わない。
「そんなの嘘だよね。知らなかったんだよね…」
知らなかった。
一言、そう言って欲しい。
梨華は切実に思った。
たった一日の休日。
ふたりだけの大切な思い出。
- 153 名前:交錯 投稿日:2002年07月11日(木)20時18分41秒
- 「ねえ…」
「…」
「お願い。答えて」
吉澤は大きく息を吐く。
「全て仕組んだこと。脅迫するために近づいた。これで満足?」
「嘘…」
「本当」
「吉澤さんは、そんなひとじゃない」
「そんなひとだって、最初から言ってるはずだよ」
梨華はそれ以上なにも言わなかった。
けれど、信じていた。
ほんの一瞬、梨華に向けた吉澤の目が、酷く辛そうだったから。
- 154 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月11日(木)20時20分43秒
- >146誰か様
レスありがとうございます。
一応、ボディーガードです。
更新しました。
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月11日(木)20時40分58秒
- 梨華ちゃんとよすぃ子のちょっとしたやり取りにドキドキしてしまいます・・・。
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月12日(金)01時24分03秒
- う〜む、企業の目論みも気になります
- 157 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月14日(日)13時26分00秒
- よすこがいしかーへの気持ちを認めるシーンが何とも切ないです。
がんがってください。
- 158 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時31分22秒
- 静かに過ぎてゆく日々。
吉澤は、表向きの平穏さを、逆に薄気味悪く感じていた。
嵐の前の静けさ。
眩い光。
視線の先には、スポットライトを浴びる梨華。
精一杯の笑顔が痛々しい。
吉澤はステージに背を向け、人気のない廊下の壁にもたれた。
直視できない。
それは、梨華の危うい未来への憂い。
それとも、自らの胸が痛むから。
おそらく、両方。
- 159 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時33分22秒
- 「見てなくていいの?」
はっとして振り返ると、中澤がいた。
以前と同じように、音もなく歩みより、いつのまにか傍にいる。
「ボディーガード失格やね」
「そうかもしれません…」
中澤はじっと吉澤の顔を見詰める。
「なにを脅えてるの?」
吉澤は首をかしげる。
脅えてる?
そんな馬鹿な…。
怖いものなんてなにもない。
「好きなひとでも出来たん?」
「どういう意味ですか?」
「失いたくないものができると、人間、途端に怖くなるから」
吉澤は力なく笑う。
「今なら引き返せる」
中澤は、前にも言った言葉を、もう一度口にした。
「無理やと思う?」
「…」
「私もそう思ってたけど、こうして引き返せた」
- 160 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時34分52秒
- 遠い過去を辿っているのか、中澤はそれっきり口を閉ざす。
吉澤も、言葉が出ない。
沈黙の中、時が過ぎる。
時折、中澤が吉澤の方を見る。
「どうかしましたか?」
「やっぱり、あんた、あのひとに似てるわ…」
中澤は、懐かしそうな、いとおしそうな目を向ける。
「私があんたぐらいの頃に、向こうの世界から、救い出してくれたひと。
ずっと年上で、妻子のあるひとやったけど、よう似てる」
「そのひとのこと、好きだったんですか?」
中澤は、自嘲ぎみな笑いを漏らしながら、頷いた。
「向こうは、なんとも思ってないみたいやったけど」
「それで、怖くなったんですね」
- 161 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時35分53秒
- 今度は、頷くかわりに、中澤の手が吉澤の背中に回される。
あっと思ったときには、唇が触れていた。
慈しむようなキス。
ひとの温もり。
愛情とは違う何か。
それは、ほんの僅かな安らぎを、吉澤に与えた。
と、ひとの気配。
「あっ…」
ステージを終えた梨華が、そこに立っていた。
「ごめんなさい…」
消え入りそうな声だけを残し、逃げるように去って行く。
- 162 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時37分25秒
- 吉澤は、全身に力を込め、こぶしを固く握り締めた。
そうしていないと、今にも倒れてしまいそうだった。
「ひょっとして、あんたを脅えさせてるのは、石川?」
「そんなこと…」
そんなことはない。
そう言おうとして、言葉が続かない。
「ごめん。誤解させてもうたね」
「…」
「追いかけへんの?」
吉澤は、ゆっくり首を横に振る。
「私から説明するわ」
代わりに梨華の後を追いかけようとする中澤。
その肩を、吉澤が掴んで引き止める。
「なんでとめるの?」
「好きなんです」
吉澤は、自分でも驚くほど素直に、その思いを吐き出した。
「今、あの子にしてあげられるのは、
こうして、このまま、誤解させておくことぐらいだから」
「それでいいの?」
「あの子を苦しめたくない…」
- 163 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時38分07秒
- 梨華はひとり、電気もつけず、外出着のまま、
ベッドの上で、膝を抱えていた。
中澤さんは、私なんかより、ずっと大人。
きっと、あのひとには、中澤さんの方が似合う。
安心した目をしてた。
私では、癒してあげられない…。
疲弊した心と身体。
胸を刺す、昼に見た光景。
けれど、涙は出ない。
- 164 名前:交錯 投稿日:2002年07月15日(月)22時39分20秒
- 暗い部屋の中で、赤い光がチカチカ点滅している。
白い壁に反射する光。
深夜の信号機みたい…。
ぼんやりそんなことを思う。
ようやく、それが、留守番電話の着信だということに気づく。
膝をついたまま、電話機の傍らへ行き、ボタンを押す。
『梨華?…母さんだけど…、元気にしてる?
たまには帰ってきなさいよ…。今テレビ見てんだけど…、
最近疲れてるんじゃないの?心配してるの…』
「お母さん…」
声に出して呟いた途端、涙が溢れ出した。
お母さん…。
あっ…。
不意に梨華の頭に、例の企業名がよぎった。
そうだ。
お母さんだ…。
お母さんが、昔、勤めてた会社だ…。
- 165 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月15日(月)22時49分37秒
- レスありがとうございます。
>155名無し読者様
なかなか話が収束に向かわないので、痛い会話が続きます。
>156名無し読者様
目論みは、だいたい決まってるのですが、
見せ方を、悩み中です。
>157ごまべーぐる様
苦しいシーンばかりです。
頑張ります。
更新しました。
そろそろ、本格的にストーリーを進展させたいのですが、
停滞してます。単調ですみません。
- 166 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年07月16日(火)12時12分38秒
- ゆっちさん更新ありがと!!
もちろん毎回読んでますが、久々にこちらにカキコ(w
吉澤さん苦しそうですね・・・
梨華ちゃんは、開きかけてる吉澤の心を救えるんでしょうか。
姐さんや梨華ママの過去も気になるとこです。
ますます面白くなって来て続きが気になりはしますが・・・
ゆっちさん、無理せずにマイペースで書いてね!!
- 167 名前:皐月 投稿日:2002年07月16日(火)20時03分00秒
- 見つけましたよ。いいですな。クールな吉澤・・・はまりそうです。
がんばってください!
- 168 名前:交錯 投稿日:2002年07月18日(木)22時54分08秒
- 偶然?
それとも…。
何かが大きく動き出そうとしていた。
今は小さなその動きが、やがて大きな波となり、
全てが、渦に飲まれていく。
梨華には、なにもわからない。
しかし、ある種の予感が胸をざわめかせた。
断ち切ることのできない吉澤への想い。
母の心なしか細くなった気がする声。
不安、戸惑い…。
重くなりすぎた荷物を抱え、眠りにつく。
- 169 名前:交錯 投稿日:2002年07月18日(木)22時55分07秒
- それから、1時間も経たない頃、
異様な空気に、梨華は再び目を覚ました。
黒い影が微かに動く。
そして、影はゆっくりと近づいて来る。
恐怖で咄嗟に声が出ない。
誰…。
助けて…。
腕を掴まれる。
「あっ…」
夢中で逃げようとする。
しかし、動くたびに体重をかけられ、ベッドの上に押さえつけられる。
「…んっ…」
口元を手で塞がれ、もう、声を出すこともできない。
- 170 名前:交錯 投稿日:2002年07月18日(木)22時56分07秒
- 殺されるの…。
助けて…。
助けて、吉澤さん…。
恐怖に体を震わせ、耐えきれずにギュッと目を閉じる。
腕を握るその手に、強烈な力が加わる。
痛い…。
やめて…。
私、どうなるの…。
もう、駄目…。
諦め書けたとき、ふっと体が軽くなった。
ガタンと物が倒れるような激しい音が続く。
そして、うめき声。
急に静かになった室内。
おそるおそる目を開けると、闇の中にぼんやりと吉澤の姿が浮かんでいた。
- 171 名前:交錯 投稿日:2002年07月18日(木)22時57分39秒
- 「もう大丈夫」
そう言って、吉澤は部屋の電気をつけた。
「素人だったよ。最初に襲ったヤツと同種だろう」
梨華の鼓動はまだ収まらず、言葉も出ない。
けれど吉澤は、息も乱れず、蝿を一匹追い払っただけのような、軽い調子。
「怪我は?」
梨華は、ベッドから起きあがり、首を横に振った。
「また、助けてくれたんだ…」
「それが仕事だからね」
梨華は吉澤をじっと見つめる。
そして、立ちあがると吉澤の体にしがみついた。
「好き…」
拒むように回された腕を解こうとする吉澤。
その表情が苦痛に歪んでいる。
「悪いけど、心のケアまでは、契約事項に入ってないから」
それでも梨華は手を放そうとはしない。
「中澤さんのことが、好きなの?」
「…好きだよ」
「そう…なんだ…」
ようやく、梨華は体を離した。
- 172 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月18日(木)23時07分51秒
- レスありがとうございます。
>166いしよしサイコ〜様
まったく盛り上げりに欠け、面白くないような気がします。
すみません。
>167皐月様
金板にレス頂いた方でしょうか。
作者の方ですよね。
スランプ中なので期待しないで下さい。
更新しました。
少ない上に、話も進まず、申し訳ありません。
- 173 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年07月19日(金)00時36分41秒
- >まったく盛り上げりに欠け、面白くないような気がします。
とんでもない! メチャ盛り上がって来たじゃない(w
ゆっちさん、更新お疲れさまです。
最近メチャ忙しくて読める時間が遅くなってしまった日々ですが
プーの頃と変わらず、ゆっちさんの更新楽しみです♪
ただ某所でもゆったけど、無理はしないでね。
ゆっちさんが遊び心持って、楽しんで更新してくれるのが1番です!
更新期間あいたっていいじゃない♪
みんなで雑談とかしてる時、フッといいネタ浮かぶかもよ〜(w
ゆっちさん、マイペースでまたーり行きましょーよ♪
アッチデノンビリシヨ>(^〜^0)´▽`#))))<ウン♪
- 174 名前:皐月 投稿日:2002年07月20日(土)08時25分34秒
- はい。たぶん金板にレスを書いたものです。
これでも作者ですよ(笑
スランプ中ですか・・・・
無理をせずにがんばってくださいね。
- 175 名前:素人○吉 投稿日:2002年07月21日(日)00時29分34秒
- 『Destiny』も『No Problem』もノンフィクなのに、
いつも凄く期待しながら待てる自分がいます。
やっぱりゆっちさんの作品はいいなー、と実感。
ゆっくりでいいので頑張って下さい。
- 176 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年07月23日(火)13時20分13秒
- ゆっちさんのハードボイルドはやはりいいです。
マターリお待ちしてます。
- 177 名前:交錯 投稿日:2002年07月23日(火)22時09分45秒
- 吉澤は背を向ける。
「もうさっきのヤツは来ないから、安心していい」
そう言って出て行こうとする。
私のことなんか、最初から見てなかったのかもしれない。
迷惑だったのかもしれない。
でも、私にはあなたしかいない。
だから、行かないで…。
「私、これから、どうなっちゃうの?」
梨華の声が追いすがる。
「わからないよ。人の未来なんて…」
- 178 名前:交錯 投稿日:2002年07月23日(火)22時11分34秒
- 「思い出したことがあるの」
梨華は離れて行く吉澤の背中に話し掛ける。
「あの会社に、うちのお母さん、昔、勤めてたの」
吉澤の足が止まった。
そして、振り返る。
一瞬、その表情に深い苦悩が感じられた。
「それって、関係あるのかな?」
「…」
やっぱりあなたは悪いひとじゃない。
こんな、辛そうな目をしてるんだから…。
「さっき、殺されるかと思った…」
物騒なその言葉とは裏腹に、梨華の表情は穏やかだった。
「あんなヤツには殺されやしない。ただの雑魚だよ」
「じゃあ、もっと大物になら殺されるの?」
「…」
「吉澤さんは大物?」
「…」
「どうせなら、吉澤さんに殺されたい」
「なに言ってるの…」
「吉澤さんになら、殺されてもいい」
吉澤は溜息をつくと、再び扉に向かった。
「馬鹿なこと考えないで、ちゃんと戸締りして寝なよ…」
- 179 名前:交錯 投稿日:2002年07月23日(火)22時12分55秒
- 出てきたばかりの梨華の部屋を見上げる。
カーテンの隙間から漏れる、ほんの僅かな灯りが、
吉澤には、痛いくらいに眩しかった。
いったい、どこへ向かおうとしているのか。
何を失い、何を手に入れようとしているのか。
流されるまま、歩んできた暗く重い日々。
光を失った世界は、吉澤の心の闇をも覆い隠してくれた。
それが唯一の逃げ場だと思った。
しかし、いつまでもそこに留まっていることはできない。
吉澤自信、最初からわかっていた。
荒廃した道のりを、振りかえるべきときが、きたのかもしれない。
- 180 名前:交錯 投稿日:2002年07月23日(火)22時15分07秒
- どうして、今こうしているのか。
きっかけはなんだったのか。
ほんの数年前の出来事が、もう遠く霞んで思い出すことも出来ない。
ただ全てを忘れたかった。
忘れられるものならば、何を引き換えにしてもかまわないと思った。
誘われるままに、手を汚し、
気づいたときには、もう引き返せない所まで来ていた。
嵌められたのかもしれない。
全てが巧妙に仕組まれた罠だったのかもしれない。
吉澤は、ふとそう思うことがあった。
しかし、自暴自棄になったただの15歳の少女を、
そうまでして、組織の歯車に組み込む理由は見つからなかった。
結局弱かっただけだ。
這い上がるより、転がり落ちるほうが、はるかに簡単だった。
堕ちるところまで、堕ちてしまおう。
やがて痛みも麻痺してゆく。
そんなときに、梨華が現れた。
- 181 名前:交錯 投稿日:2002年07月23日(火)22時16分03秒
- 梨華に対する思いが、本当はどういう種類の愛情なのか。
吉澤にも、はっきりわかっているわけではない。
ただ無性にいとおしく。
その眼差しが、その悲しみが、その笑顔が、
吉澤の心を掻き乱した。
壊したくない。
好きだ…。
吉澤は、いつのまにか握り締めていた拳を開いて、じっと見つめた。
守ってあげられるだろうか。
この汚れきった手でも…。
- 182 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月23日(火)22時32分54秒
- レスありがとうございます。
>174皐月様
ありがとうございます。
皐月さんもがんばって下さい。
>175素人○吉様
『No Problem』は、気晴らし書いてるだけなのですが、
そのほうが評判がよかったり…。
HPのBBSにも、よかったら遊びに来て下さい。
>176ごまべーぐる様
お恥ずかしいかぎりで…。
毎度、お気遣いありがとうございます。
更新しました。
単調で申し訳ないです。
- 183 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月23日(火)22時36分26秒
- >173いしよしサイコ〜様
すみません、コピーが切れてしまってて、抜けてました。
励まし、ありがとうございます。
なんとか、がんばります。
- 184 名前:オガマー 投稿日:2002年07月23日(火)22時40分32秒
- ヨシ、まだわからないけどがんがれ!!
- 185 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年07月24日(水)01時04分31秒
- 読んでて久々に目頭が熱くなってしまった・・・
ゆっちさん、更新お疲れさま。
なんて言うか・・・もう表現できんけど、
痛いくらい葛藤する吉澤さんの心理描写お見事でした!
なんかシビレました。 さすがゆっちさん・・・
- 186 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年07月24日(水)11時33分59秒
- 吉くん。梨華たんを守ってください…。
いつも大量更新お疲れ様です。
- 187 名前:皐月 投稿日:2002年07月24日(水)13時51分15秒
- 大量更新おつかれさまです。
吉澤、石川を守ってやれるのでしょうか?
がんばってください!
- 188 名前:CA 投稿日:2002年07月24日(水)20時41分34秒
- やはり、ゆっちさんの書く吉澤さんには、とても惹かれます。
>守ってあげられるだろうか。この汚れきった手でも…。
感情移入してしまい、思わず涙が浮かんできました。
石川さん、吉澤さんを救ってあげて下さい。
- 189 名前:決意 投稿日:2002年07月26日(金)00時58分32秒
- 吉澤は、周囲を気にかけながら、スタジオの廊下を歩く。
そして、その視線が中澤の後ろ姿を捉えると、足早に近づいた。
「教えてもらえませんか?」
中澤の肩が震える。
前置きもなく、そう言う吉澤に、少なからず驚いた様子。
「なんやの、急に」
振りきるように、先を急ごうとする中澤。
しかし、吉澤の切迫した表情に、ただならぬ決意を感じて足を止めた。
「なにが知りたいの?」
「この件に関わる全て」
「私の、知ってることなんか、たいしたことやないで。
昔の仲間から、ほんの少し、聞くぐらいやから」
「かまいません。知ってることを、教えて下さい」
中澤は疲れたように、大きく息を吐いた。
吉澤は、じっと中澤の目を見つめる。
「お願いします」
- 190 名前:決意 投稿日:2002年07月26日(金)01時05分08秒
- 「跡継ぎ争い」
中澤はひとことだけ言うと、しばらく黙り込む。
じっと、続きを待つ吉澤。
やがて、淡々とした調子で話し始めた。
ある組織の頂点にいる人物が、病に伏した。
現在、水面下で後継問題に絡んだ勢力争いが起こっている。
大勢を占めている次男を中心とした一派。
そして、それに反発するもうひとつの勢力。
劣勢に置かれた反対派には最後の切り札があった。
それは、失踪した長男の存在。
長男は既に他界している公算が強い。
しかし、最近になって、娘がひとり存命しているという情報がもたらされた。
はっきりした経緯はわからないが、
テレビ番組に出演しているところを、病床から例の人物が偶然見て、
その娘の存在が露呈したらしい。
- 191 名前:決意 投稿日:2002年07月26日(金)01時06分49秒
- 「じゃあ、石川さんが、その娘って、わけですか…」
吉澤のため息が、暗い声と一緒に漏れる。
「それはどうやろう…」
中澤は首をかしげる。
「あの子は、極普通の家庭で育ったはずやから」
吉澤は昨夜の梨華を思い出していた。
ある組織とはおそらく例の企業のバック。
その企業に梨華の母親が勤めていた。
それが、全くの偶然であるとは考えにくい。
死んだという長男と梨華の母親との間に関係があったとするのも、
さほど無理な話ではない。
組織が興味を持っているのは、契約のもたらす利益ではなく、梨華個人。
電話の男はそう言った。
点と点が繋がる。
- 192 名前:決意 投稿日:2002年07月26日(金)01時08分17秒
- 「本気になったん?」
そう言う中澤の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「なにがですか?」
「石川のこと」
吉澤は曖昧な表情で目をそらした。
「やっぱり、誤解は解いとかんと」
「それは、いいんです」
今度はきっぱりと言った。
「なんで?」
「いいんです。誤解されていた方が」
梨華を守るためなら戦おう。
吉澤はそう決意した。
戦うべき相手が、我が手に余る巨大な存在であろうと。
しかし、梨華が切願する運命のひとにはなり得ない。
素性は明かせない。
性別までも詐称している。
もしもこの手で守り抜くことができたなら、
ほかにはなにもいらない。
思いでだけを残して、
あの子の前から綺麗に消えよう。
- 193 名前:ゆっち 投稿日:2002年07月26日(金)01時22分38秒
- レスありがとうございます。
>184オガマー様
まだ、まだ、わからないかと…。
>185いしよしサイコ〜様
買被りです。
たいした文章じゃないです。
お恥ずかしい限りで…。
>186よすこ大好き読者。様
一応、守る方向ではありますが…。
>187皐月様
大量ではないような気がするのですが…。
なんとか、がんばります。
ありがとうございます。
>188CA様
seek初レスありがとうございます。
泣けるほどのものじゃないです。
更新しました。
それなりに、頑張っておりますが、
なかなか思うような文章が書けず、申し訳ないです。
- 194 名前:オガマー 投稿日:2002年07月26日(金)03時19分22秒
- でもちょこっとだけわかってきたような…
でも吉自身のことではないのか…ん?
続きキターイw
- 195 名前:皐月 投稿日:2002年07月26日(金)16時32分52秒
- 吉澤なんか切ないです・・。
まあ・・・私としては好みなんですけどね。
続き大期待!
- 196 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年07月28日(日)20時15分26秒
- >買被りです。
たいした文章じゃないです。
そんな事ないですよ! 素晴らしい文章力だと思いますが・・・
でも、そんなゆっちさんの謙虚な所に
魅かれるファンが居るのでは。(w
なんたって私、応援のレスしたくなったのは
ゆっちさんの作品が初めてだったんで・・・
書き込みしない時でも、必ず読んでいつも陰ながら応援してますよ♪
ゆっちさん、いつも素敵な作品ありがとね
- 197 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)20時37分02秒
- ゆっちさんの他の作品が読みたいのですが・・・?
探したものの見つからなかった。検索方法がおかしいのかな?
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)20時43分25秒
- ゆっちさん、勝手ながら貼らせて頂きます。
あなたにここにいて欲しい
ttp://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/blue/1015419912/
吉澤さんが天才だった頃
ttp://mseek.obi.ne.jp/kako/gold/1018267254.html
- 199 名前:誰か。 投稿日:2002年07月29日(月)19時55分41秒
- ハ〜イ。
自分、ゆっちさんのファンです!
ずぅーっと応援してますよ(w
- 200 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年07月31日(水)20時15分01秒
- ゆっちさんのいしよし大好きです。
へたれな吉も、かっけー吉もどっちもいいっす。
続き楽しみにしています。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月02日(金)21時00分10秒
- よっすぃー、かっこいい!
- 202 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時49分30秒
- 飾り気のない部屋。
吉澤は、住み慣れたはずのその部屋を、虚しい思いで見渡した。
なにもない…。
人間の住む場所じゃない…。
必要な物だけが、合理性だけを基準に配置されている。
余計な物は全て排斥された空間。
それは、この数年間、吉澤が歩いてきた人生そのもののようだった。
視線が電話機に止まる。
待っていた。
忌まわしいとしか思えなかった電子音。
梨華を救う細い糸を手繰り寄せるための、貴重な情報源。
そして、おそらくその細い糸で、自らの首を締めることになるのだろう。
トゥルル、トゥルル、トゥルル
- 203 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時51分07秒
- 『よう、色男。がんばってるらしいじゃないか』
馬鹿にしたような声。
怒りに手が震える。
『お前の言うことなら、もう、あの子は、何だって聞くだろうな』
笑いを含んだ声。
いいかげんにしろ。
吉澤はそう叫びだしたいのを必死で堪えていた。
「あの子に、なにをさせる気ですか」
『その必要はないかもしれない。案外ことが早くに片付きそうだ』
「ことって?」
その質問には答えようとしない。
『そろそろ、手を引く準備をしておけ』
「手を引く?」
『もうすぐボディーガードの必要はなくなる』
危険がなくなるということか、それとも、危険の中に放置しろということか。
前者であることを、吉澤は心から祈った。
しかし、その可能性が低いことは、経験上、嫌というほどわかっている。
- 204 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時53分08秒
- 「あの子、どうなるんです…」
感情を押し殺すことには慣れているはずが、
その声には、明らかに不安がにじみ出ていた。
『手遅れだったか?』
「なにが…」
『お前があの子に惚れる前に、心の準備をさせてやろうと思ってたんだ』
親切心だとでも言いたげだ。
「馬鹿なこと言わないで下さい。同性なんだから」
『そう言うのならそれでもいい。
個人の感情など考慮して、組織が動くわけじゃない』
男の声が、いくらか、怒りを感じさせるような、きつい調子になる。
僅かではあっても、吉澤は、男の中に、初めて感情を見た気がした。
- 205 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時55分36秒
- 「あの子、なにものなんです?」
『詮索はするな』
その冷たい声からは、もう感情は窺えない。
通話が途切れそうな雰囲気に、吉澤は慌てて言葉を繋ぐ。
「あの子の母親、例の企業に勤めてたそうですね」
息を呑む気配がする。
「偶然だとは思えない」
『誰から聞いた?』
「あの子です」
『そうか…』
「…」
『昔、組織を将来背負って立つ立場の男がいた。
その男が、地位や権力を捨ててまで選んだもの。なんだと思う?』
「あの子の母親?」
『馬鹿な男だ』
吐き捨てるような口調。
「あの子は、その男の子供?」
『そう考えるのが普通だな』
「じゃあ…」
次の質問をする暇は与えられず、そこで電話は切れた。
- 206 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時56分59秒
- 受話器を置き、ソファーに埋もれるように座る。
そして、頭を抱えた。
発端は梨華の出生にあった。
そう確信すると、言いようのない疲労感に襲われた。
健気に、そして懸命に生きる梨華の姿。
華やかであるはずの未来を遮るものが、この世に生を受けた原点であるとしたら、
それは定められた運命なのかもしれない。
戦う本当の相手は、運命なんだろうか…。
- 207 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)21時58分42秒
- 大勢の観客の熱気が溢れるコンサート会場。
梨華は一心に踊っていた。
1分1秒さえも気は抜かない。
それが、今の自分に出来る精一杯。
平生感じる疑問も、不安も、その瞬間だけは忘れていた。
頭の中は空白に近い。
けれど、どんなときでも、吉澤の視線だけは、
意識の外へ出て行くことはなかった。
あなたは、ここにいる。
あなたが、見守ってくれている。
もちろん、吉澤が始終傍にいるわけではない。
視線を向けているとすれば、
ボディーガードという役割でしかないのかもしれない。
吉澤の恋愛の対象は自分ではない。
そう思っていても、梨華は、心の視線を、吉澤から感じていた。
決して錯覚ではない。
少なくともそう信じたかった。
あなたがいるから頑張れる。
あなたがいるから生きていける。
たとえ、愛は実らなくても…。
- 208 名前:決意 投稿日:2002年08月05日(月)22時00分23秒
- アンコールも終わり、無事に幕がおろされる。
まだ興奮も冷めやらぬ中、梨華は事務所スタッフに呼ばれた。
「また、例のところから、お呼びがかかった」
スタッフの重い口調が、梨華の熱くなっていた体温を、急降下させた。
前回は散々心配した末に、拍子抜けする程、何事もなかった。
しかし、これで終わったとは、誰も思っていない。
「本当は、ツアー終了後の予定だったんだ」
スタッフの声はさらに重くなる。
「急な話だけど、明日」
「明日?」
「ああ、朝、迎えをやる」
「迎えって…、吉澤さんですか…」
頷くスタッフ。
梨華の凍り付きそうだった心が、ようやく温かみを取り戻した。
「わかりました」
あなたがいれば、なにも怖くない…。
きっと…。
信じてるから…。
- 209 名前:ゆっち 投稿日:2002年08月05日(月)22時22分25秒
- レスありがとうございます。
>194オガマー様
どうなんでしょうか。
今回もあまり進展はしませんでしたが…。
>195皐月様
私も、切ない方が好きなので、
そういう傾向にはなるかと…。
>196いしよしサイコ〜様
ありがとうございます。
でも、あんまり、期待しないで下さい。
>197名無し読者様
>198様が上げていただいた通りです。
もしも、この作品が気に入って頂けたとすると、
過去のものは、全て系統が極端に違いますので、
申し訳ないです。
検索までして頂いたとは、本当に、謝罪したい気持ちです。
>198名無し読者様
わざわざ、ありがとうございました。
心から、感謝です。
>199誰か。様
ありがとうございます。
ファンになってもらえるほどの、作者ではないのですが…。
>200よすこ大好き読者。様
少し前までのヘタレだったひとを、
こんなふうにしてしまいました。
>201名無し読者様
どこまで、格好良くできるかが、テーマのひとつです。
更新しました。
遅くなって申し訳ありません。
今後も、ペースは上げられないかもしれません。
けれど、絶対完結はさせます。
- 210 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年08月06日(火)00時25分36秒
- ゆっちさん大量の更新ありがとう!
そうですか、梨華ちゃんの出生にそんな背景が・・・
吉澤さん、どうか梨華っちを守って・・・と思わず願ってしまった。
いちばん最後の梨華ちゃんの心中のセリフ、思わずジ〜ンときました。
これだよ!これ!って感じ・・・
ゆっちさんのこういう切なくも綺麗な表現力、大好きです。
更新、気長に楽しみに待ってますね♪
- 211 名前:皐月 投稿日:2002年08月06日(火)10時22分10秒
- 大量更新おつかれさまです!
いや〜・・・更新されるたびに切なくなっていきますね(嬉しい!)
今後もがんばってくださいね!
- 212 名前:吉澤ひと休み 投稿日:2002年08月10日(土)15時53分52秒
- いいっす!切ないっす!
(0^〜^)かっけー過ぎ!だけどそれがまた似合う・・・
また〜り更新がんがってください!
- 213 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時09分21秒
- 二度と光を取り戻さないかとさえ思えた空に、
漸く日が昇り始めた。
梨華は一晩中、ほとんど眠ることもなく、ベッドの中から窓の外を眺めていた。
もうすぐあなたが来る。
あなたに会える。
壊れそうな心には、それが唯一の支えだった。
疲れきった体を起こす。
もうすぐ…。
身支度を整え、時計の針を目で追う。
ただただ、ときが過ぎるのを待っていた。
会いたい…。
今すぐ…。
常軌を逸した切迫感が、梨華の胸を締め付けた。
それは、ある種の予感だったのかもしれない。
- 214 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時10分40秒
- やがて玄関のチャイム。
高鳴る胸を押さえつけて、玄関を開ける。
立っていたのは事務所のスタッフ。
「おはよう」
「おはようございます…」
「準備は?」
「はい、出来てます」
スタッフについて、部屋を出る。
表には一台の車。
押し込まれるように、後部座席に乗り込む。
運転席には、見なれない男がいた。
あなたは、どこにいるの…。
いつ会えるの…。
- 215 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時12分40秒
- 滑らかに動き出す車。
「…吉澤さんは…」
梨華は、堪り兼ねて、隣に座るスタッフに訊ねた。
「ああ、辞めたよ」
「え…」
梨華の顔からは、見る見る血の気が引いていく。
「今日から、彼がボディーガードだ」
そう言うと、スタッフは運転席に視線を送る。
吉澤とは似ても似つかない屈強な体。
いかにもボディーガードといった風体。
「どうして…」
「こっちではわからない。斡旋してる業者の都合だ」
苛立ったような声。
急な交代に、事務所も困惑しているのだろう。
「そんなことは、どうでもいいだろう」
スタッフは今日の段取りと、今後のスケジュールについて、
話し始める。
ただ漫然と頷く梨華。
しかし、その耳には、なにも入ってこなかった。
会いたい…。
あなたに、会いたい…。
今すぐに…。
遠く霞んでゆく吉澤の面影。
押し寄せる不安。
梨華は、手足をもぎ取られたような、痛みに襲われた。
「どうした、着いたぞ」
その声で現実に引き戻された梨華。
スタッフの指示にしたがって、車から降りた。
- 216 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時14分03秒
- 以前と同じ応接室。
以前と同じふたりの男。
以前と同じ無意味な会話。
緊張していた梨華も、次第に落ちつきを取り戻す。
警戒を解いたわけではないが、疲労と寝不足のせいか、
瞼が重くなる。
いけない…。
梨華はテーブルに置かれたコーヒーカップに口をつけた。
にがい…。
談笑は続く。
ふいに、梨華は体に異変を感じた。
なんだろう?
疲れてる…。
でも、なんだか、おかしい…。
- 217 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時15分18秒
- 集中しなければいけない。
そう思っていても、話を理解することが出来ない。
なんとか繕っていた笑顔。
次第に、それさえも維持できなくなる。
ほんとに、おかしい…。
ひょっとして、毒…。
まさか…。
「どうかしましたか?」
男の声に答えようとした瞬間、眩暈がした。
「大丈夫ですか?」
「しっかりして下さい」
「病院に運びましょう」
薄れていく意識の中、周囲のざわめきを、梨華は遠くで聞いていた。
- 218 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時16分36秒
- “潜入終了”
ディスプレイに映し出された文字。
吉澤は思いきり拳でキーボードを叩きつけた。
それだけか…。
これで、手を引けってことか…。
冗談じゃない。
人間は、機械じゃないんだ。
残骸となったキーボードは赤く染まっていた。
右手の甲から、血が流れ出している。
吉澤は、自嘲気味な笑みを浮かべた。
まだ、血が通っていたんだ…。
車のキーを握り締める。
向かう先は梨華の部屋。
会いたい…。
今すぐに…。
- 219 名前:決意 投稿日:2002年08月14日(水)02時18分28秒
- 梨華の部屋の前。
中からはひとの気配がしない。
吉澤は、妙な胸騒ぎを感じていた。
いない?
何故?
今日はオフだと聞かされていた。
だからと言って、家にいるとは限らない。
買い物にでも出かけたんだろう。
けれど…。
胸で鳴り響く警鐘は、次第に音量を増す。
吉澤は針金を取り出すと、鍵穴に差込みドアを開けた。
以前と変わらない部屋。
荒らされた形跡もない。
しかし、警鐘は鳴り止まない。
カチカチと響く時計の音とともに、時だけが流れる。
カチャ
ノブの回る微かな音。
吉澤は敏感に察知して玄関に向かった。
「やっぱり、来てたんやね」
立っていたのは中澤だった。
「どうして…」
「石川が、病院に運ばれた」
「え?」
- 220 名前:ゆっち 投稿日:2002年08月14日(水)02時28分31秒
- レスありがとうございます
>210いしよしサイコ〜様
気長に待ってもらえるとありがたいです。
>211皐月様
思うように書けないのですが、
なんとかがんばります。
>212吉澤ひと休み様
少しでも、格好良さが伝われば、嬉しいです。
ありがとうございます。
更新しました。
ペースが落ちる一方で申し訳ないです。
- 221 名前:オガマー 投稿日:2002年08月14日(水)02時44分34秒
- どうなっとるんじゃえぇ!!(爆
ハラハラ よちこ梨華たんを守ってー
- 222 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2002年08月14日(水)18時27分32秒
- うわ〜すごい続きが気になります。
梨華たん。。。。。
ゆっちさん。ガンガッテください!
- 223 名前:皐月 投稿日:2002年08月14日(水)22時54分15秒
- 毎回すごいハラハラして読んでます。
作者さんがんばってください!
すご〜い続きが気になります・・。
- 224 名前:読者 投稿日:2002年08月17日(土)16時48分49秒
- がんばれ〜(0^〜^)
…ここの中澤さんは何者?(w
- 225 名前:決意 投稿日:2002年08月19日(月)20時25分53秒
- 吉澤は、心臓を抉られたような、鋭い痛みを感じた。
「どういうことですか!」
気づくと、中澤の肩を力一杯掴んでいた。
「痛い」
「まさか、殺されたんじゃ…」
「痛いって」
「あっ、すみません」
放した手は、行き場をなくし、小刻みに震えている。
「会談中に、気分が悪くなっただけみたいやけど」
その言葉に、ようやく冷静さを取り戻した吉澤。
安堵の息を漏らした。
「けど、あの病院、組織がらみやから…」
「え…」
「放っといたら、なにされるかわからへん」
再び吉澤の目の色が変わった。
「ここ」
そう言って、中澤は病院の住所が書かれたメモを吉澤に渡す。
吉澤は、その手の中に、見えない何かを包み込むように、きつく握り締めた。
- 226 名前:決意 投稿日:2002年08月19日(月)20時28分21秒
- 「落ちつかなあかんで」
興奮気味な吉澤を、中澤の穏やかな視線が捉えていた。
「大切なときほど、落ちつかなあかん。わかってる?」
「わかってます…」
そう答えたものの、焦燥と、じわじわ湧き上がる恐怖に、心は乱されていた。
「覚えてるやろ、前、話した、あんたに、似てるひと」
中澤は遠くを見詰める。
「私を、組織から、救い出してくれたひとのこと」
「…」
「そのひとがくれたお守り」
そう言うと、中澤は、はめていた銀色の指輪を差し出した。
「これ、持って行き」
「そんな、大切なもの…」
「いいから、持って行って」
「でも…」
「強くなるためのお守りやから、私にはもう必要ない」
中澤は、無理矢理吉澤の手に指輪を握らせる。
- 227 名前:決意 投稿日:2002年08月19日(月)20時29分50秒
- 「これは、そのひとが、本当に好きなひとにあげたかった指輪なんやけど、
好きなひとから離れることが、愛情やと思ったから、渡せへんかったんやって」
「…」
「けど、たとえ、届かへんでも、大切にしたい、
どうしても守りたいものがあるから、強くなれたって、言ってたわ」
「…」
「はよ、行かんと」
中澤はポンと吉澤の肩を叩き、笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
吉澤は、頷いて部屋を後にした。
- 228 名前:逃亡 投稿日:2002年08月19日(月)20時31分18秒
- メモを頼りに車を走らせる。
ポケットに入れた指輪。
誰とも知らないひとの想いを、ずっしりと感じた。
たとえ、想いは届かなくとも…、
叶わなくとも…、
大切にしたい…。
どうしても、守りたい…。
それは、今の吉澤の気持ちと、皮肉なまでに一致していた。
傷つけたくない。
傷つけるものには、指一本触れさせたくない。
穏やかな幸せに包まれていて欲しい。
それが、この腕の中ではないにしても…。
- 229 名前:逃亡 投稿日:2002年08月19日(月)20時32分57秒
- 到着した病院。
人の気配を気にしながら、中へ入っていく。
漸く、探し当てた病室。
吉澤は、ゆっくりと、その重い扉を開けた。
梨華は眠っている。
周りにひとはいない。
音を立てずに、傍らへ寄った。
顔色は少し悪い。
苦しげな寝顔。
吉澤は、衝動に近い思いに駆られて、梨華の頬に手を添えた。
暖かい…。
人肌の温もり。
そんな、当たり前のことに、胸が熱くなった。
同時に、押さえ続けてきた感情が、溢れ出しそうになる。
- 230 名前:逃亡 投稿日:2002年08月19日(月)20時34分11秒
好きだ…。
抱き締めてあげたい。
いつひとがくるかわからない。
一刻の猶予もない。
わかっている。
けれど、吉澤は、声を出すことさえ、出来なかった。
心が捕らわれたように、梨華の顔から目を離せなかった。
ただ、ずっと、このまま、黙って傍で見つめていたかった。
頬にあてた手を、そっとずらして、指先で唇にふれる。
その柔らかい感触が全身を震わす。
いけない…。
なにをしてるんだ…。
- 231 名前:逃亡 投稿日:2002年08月19日(月)20時35分24秒
- 「…んん」
梨華が僅かな声を漏らした。
閉じた目元に力が加わる気配がする。
吉澤は、慌てて手を離した。
- 232 名前:決意 投稿日:2002年08月19日(月)20時36分42秒
- 梨華は夢を見ていた。
誰もいない闇の中をひとり歩いていた。
淋しかった。
不安だった。
吉澤さん…。
なんどもその愛しい名前を呼んだ。
不意に頬に温もりを感じた。
すると、途端に穏やかな気分になった。
吉澤に抱き締められている気がした。
吉澤さん…。
ここにいるの?
夢?
夢なら覚めないで…。
次第に闇がなりをひそめ、光が射し始める。
夢から覚め、現実へ引き戻されていく。
重い瞼をゆっくり開ける。
夢じゃなかったの…。
- 233 名前:逃亡 投稿日:2002年08月19日(月)20時38分37秒
- 「吉澤さん…」
目の前の吉澤は、狼狽したように、一瞬、身を強張らせていた。
しかし、すぐに、いつもの落ち着いた表情に戻った。
「私、どうしちゃったの…ここは…」
目を覚ました梨華には、そこに吉澤がいることが、なによりも驚きだった。
しかし、それ以前に、見知らぬベッドに寝ていたこと自体が理解できない。
「気分が悪くなって、病院に運ばれたらしい」
そこで漸く会談の経緯を思い出した。
「ここ、病院、そっか、あの会社へ行ったんだ…、
あのコーヒー、やっぱり、毒、入ってたのかな…」
ぽつり、ぽつりと、記憶を手繰るように、呟く梨華。
吉澤の表情が、急に険しくなるのが、梨華にもわかった。
吉澤は膝を落として、梨華に顔を近づける。
「歩ける?」
少し掠れた囁きが、梨華の耳に響いた。
「たぶん…」
「ふたりで…」
吉澤は躊躇うように、いったん言葉を切る。
「ふたりで?」
「ふたりで、逃げようか…」
- 234 名前:ゆっち 投稿日:2002年08月19日(月)20時53分57秒
- レスありがとうございます
>221オガマー様
いつもありがとうございます。
とりあえずは、無事でした。
>222よすこ大好き読者。様
たいした続きは書けませんでした。
また、よかったらHPにも遊びに来てください。
初期の頃とはだいぶ変わってます。
>223皐月様
日に日に、レベルが落ちているような気がするのですが、
なんとか、がんばります。
>224読者様
中澤さんの設定には、無理があると思うのですが、
いろいろ知ってるひとを出さないと、収拾がつかないので、
大目に見てください。
更新しました。
すみません。ずっと、不調です。
- 235 名前:いしよしサイコ〜 投稿日:2002年08月19日(月)21時38分00秒
- ゆっちさんが更新したという自らのカキコ見て飛んで来ました!
赤の更新 すごく楽しみにしてたので嬉しいです。
やっぱ私はこういうシリアスな話に弱い・・・
最後のセリフ、読んでてドキッ!としました。
2人で逃げようなんて・・・吉澤さんカッコイイ!!
ゆっちさんがんばってね
- 236 名前:素人○吉 投稿日:2002年08月20日(火)00時41分00秒
- もう見てられない…と思っていました。
最後の台詞…、
吉と石の想い…、
二人を幸せにしてあげて下さい…。
- 237 名前:オガマー 投稿日:2002年08月20日(火)04時12分20秒
- ヨチコォー
カッケーよ、アンタ!
ゆっちさん
無理しない程度にがんがってくださいね!!
- 238 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年08月23日(金)01時53分55秒
- 切ない…。
ここのふたりには幸せになってほしいです。
- 239 名前:CA 投稿日:2002年08月25日(日)21時50分14秒
- 最後の台詞、吉澤さんはどんな表情で言ったんだろう…
二人に笑顔が訪れますように…
- 240 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)16時01分33秒
- (・e・)ノ<ここまで読んだ…ラブラブ
- 241 名前:逃亡 投稿日:2002年09月04日(水)23時26分21秒
- なにから逃げるのか。
なにに追われているのか。
梨華にはわからなかった。
しかし、そんな不安よりも、恐怖よりも、吉澤の暖かな眼差しが嬉しかった。
あなたと一緒なら、どこへでも行く。
行きつく先は、どこだって構わない。
梨華は目に涙をため、それでも笑って頷いた。
- 242 名前:逃亡 投稿日:2002年09月04日(水)23時29分01秒
- 着替えを済ませた梨華。
ふらつく体を吉澤の腕が支える。
梨華も吉澤にしがみついた。
なにも言わない吉澤。
けれど、その体から、確かな温もりが伝わった。
ふたり車に乗り込む。
梨華の視界は、まだいくらか霞みがかかったように、ぼんやりしていた。
前だけを見つめる吉澤の横顔。
その整った顔立ちに、苦悩の色が浮かんでいる。
なにが苦しいの?
教えてくれないの?
駅の前で停車する。
「どこへ行こうか」
吉澤が、半ば独り言のように正面を向いたまま呟く。
「どこって…」
返答に困る梨華。
吉澤は、横顔まま、わずかに笑みを漏らした。
そして、ポケットを探ると、コインを1枚取り出す。
「表が出たら東、裏が出たら西」
親指で弾くように、投げたコインを手の上へ乗せる。
「西だね」
吉澤はそう言うと、後部座席に置いた帽子を無造作に梨華の頭に載せる。
「目立つから、その顔」
今度は、梨華に向いて、笑顔をみせた。
- 243 名前:逃亡 投稿日:2002年09月04日(水)23時30分40秒
- 雑踏の中、ふたり寄り添って歩く。
ひといきれも、ざわめきも、梨華には届かなかった。
まるで、この世にふたりだけ、取り残されてしまったよう。
そして、それが嬉しかった。
テキパキと切符を買う吉澤。
そのあとに従い、車両に乗り込む。
ふたり掛けのシート。
吉澤は、黙ったまま、缶ジュースのプルトップを引いて、梨華に手渡す。
梨華も何も言わず口をつける。
果汁の甘みが、身体に染み渡る。
心地良い沈黙の時が過ぎていった。
「辛くない?」
漸く口を開いた吉澤は、どこか諦めたような、それでも優しい視線を梨華に向けた。
身体を心配しているのか、
それとも別のものなのか、
どちらにしても、答えは決まっていた。
梨華は、笑顔で、首を横に振った。
- 244 名前:逃亡 投稿日:2002年09月04日(水)23時32分08秒
- 「なにも聞かないんだね」
「だって、約束したじゃない」
まだ、身体が思うようにならない梨華の声は、弱く、掠れていた。
「約束?」
「なにかあったときは、黙って従うって」
梨華は思い返していた。
まだ出会って間もない頃。
ふたりで一夜を過ごしたホテルの一室。
なにもなかったけれど、
初めて、吉澤の優しさと弱さに触れた気がしたあの日。
「覚えてたんだね、そんなこと」
「忘れるわけないよ」
忘れられない。
あなたの、ひとこと、ひとことが、
表情、ひとつ、ひとつが…。
だから、こうしてついて来た。
どこまでも、ついて行く。
「疲れてるでしょ」
「大丈夫」
「眠った方がいいよ」
そう言うと、吉澤は、梨華が握っているュースの缶に手を伸した。
梨華は、頭を吉澤の肩に預ける。
吉澤の身体が一瞬ピクンと震えた。
しかし、その体勢を崩そうとはしなかった。
受け入れてくれた。
ほんのわずかなことに、そう思うと、
梨華は、身体から、急に力が抜けていくのを感じた。
- 245 名前:逃亡 投稿日:2002年09月04日(水)23時33分23秒
- やがて、安心したように、穏やかな寝息を立て始める梨華。
しかし、吉澤は複雑な思いを、拭い去ることは出来なかった。
目の前にある梨華の寝顔。
寄りそう身体。
いとおしさは、痛いぐらいに募る。
どうして好きになったんだろう…。
女の子を…。
こうしてふたりでいる時間の重さが、
傷口をさらに深くするだろう。
守ってあげたい。
だから、今は、こうして寄り添い歩いていく。
けれど、ふたりで歩く道はいずれ終わりが来る。
考えてあげなきゃいけない。
その道の続きを、ちゃんとひとりで歩いていけるように。
わかっている。
けれど…。
出来ることなら、なにも明かさず、
どこまでも、ふたり、逃げ続けていたい。
そっと梨華の顔を覗き込む。
そして、目を閉じ、いつまでも消えない残像を胸に、
浅い眠りに落ちた。
- 246 名前:ゆっち 投稿日:2002年09月04日(水)23時42分52秒
- レスありがとうございます
>235いしよしサイコ〜様
更新遅くてすみません。
がんばります。
>236素人○吉様
幸せにしてあげたいです。
結末は2パターンほど考えてます。
>237オガマー様
気遣いありがとうございます。
なんとか、がんばります。
>238ごまべーぐる様
出来れば、幸せにとは思ってます。
>239CA様
笑顔はまだ遠そうです。
>240名無し読者様
読んで頂いてありがとうございます。
更新しました。
かなり間をあけてしまいました。
待って頂いている方がもしいたら、申し訳ありませんでした。
依然、思うように書けませんが、必ず完結させます。
- 247 名前:名無し読者。。 投稿日:2002年09月04日(水)23時52分02秒
- 待ってました。!待ってた甲斐がありました。
マイペースでがんばってください。気長に待たせてもらいますよ。
- 248 名前:オガマー 投稿日:2002年09月04日(水)23時58分32秒
- ゆっちさんご苦労様です。
我が物事のように安心しました(笑)
なんかすごくゆったりとした空気感が素敵です。
ヨシは何を抱えているんだろう…
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)06時58分55秒
- 更新、お疲れ様です。
悲劇的な感じもしますが、二人には幸せになってほしい。
これからも、執筆頑張って下さい。
- 250 名前:逃亡 投稿日:2002年09月11日(水)21時02分31秒
- いつのまにかぐっすり眠っていた梨華。
そっと肩を揺らす吉澤の手に、目を覚ました。
「降りようか?」
「着いたの?」
「着かないよ」
「え?」
「目的地は、どこにもないから」
吉澤は静かに笑う。
「じゃあ、ここは?」
「昔、来たことがある。ふと、思い出したんだ」
吉澤は窓の外を眺め、懐かしそうに目を細めた。
「眠いなら、もっと先まで行ってもいいよ。終着駅でもかまわない」
「大丈夫。降りよう」
安心して眠ったせいか、歩くのがやっとだった梨華の体は、随分軽くなっていた。
それでも、気遣うように支える吉澤の腕に、もたれかかった。
こうしているとホッとする…。
なにも怖くない。
- 251 名前:逃亡 投稿日:2002年09月11日(水)21時04分29秒
- “京都”
降り立ったホームにはそう書かれていた。
「昔って、いつ来たの?」
「修学旅行」
吉澤のあまりにありきたりなその回答に、梨華は違和感を覚えた。
「おかしい?そんなときも、あったんだよ」
梨華の思いを読んだかのように、吉澤がそう付け加える。
それっきり黙って歩く。
簡単な食事を済ますと、駅ビルで当座の必要な物を購入する。
そして、近くのホテルにチェックインした。
- 252 名前:逃亡 投稿日:2002年09月11日(水)21時06分39秒
- 梨華はぐったりとして、ベッドに腰を下ろす。
吉澤は梨華の肩に手を置き、労るような眼差しを向ける。
「疲れた?」
「少し」
「今日はゆっくり寝た方がいい。先にシャワー使っていいから」
梨華に続き、吉澤がシャワーを浴びて、部屋に戻った頃には、
夜もすっかり更けていた。
「まだ、寝てないの?」
僅かに咎めるような口調。
ベッドの上で膝を抱えて座っている梨華に、吉澤はゆっくり歩み寄った。
「寝られない?」
今度は囁くような優しい声。
ふたりきり、誰もいない部屋。
間近にある吉澤の顔。
その心までもう一歩。
届きそうで届かないもどかしさが、梨華の胸を締め付ける。
私のこと、どう思ってるの?
梨華は吉澤を真っ直ぐに見つめた。
「どうしたの?」
吉澤の表情に戸惑いが浮かぶ。
- 253 名前:逃亡 投稿日:2002年09月11日(水)21時08分17秒
- 「私じゃだめなの?」
「ん?」
「私じゃ、全てを受け止めてあげられないの?」
吉澤は、ひどく狼狽したように視線を泳がせた。
梨華は、その姿に、道に迷った子供を連想した。
私が守ってあげたい…。
梨華はベッドに膝をついて、吉澤を抱き締めた。
「こんなに、好きなのに…」
自然と涙が溢れ出す。
「私じゃ、だめ…」
吉澤は崩れるようにしゃがみこむ。
「なにも、してあげられないの…」
吉澤の濡れた髪を何度も撫でる。
「なんでも、してあげたい、のに…」
吉澤は、ただ力なく、されるがままになっていた。
ようやく梨華の涙が止まった頃、吉澤も生気を取り戻したように、
そっと立ち上がった。
「疲れてるんだよ。もう、寝よう」
そう言って、梨華の腕をほどくと、ベッドに寝かしつけた。
そして、吉澤も、隣のベッドに横になる。
「私じゃだめなのは、中澤さんが好きだから?」
「そうだって言ったら、納得するの?」
「…」
「なら、答えたって仕方ない」
- 254 名前:逃亡 投稿日:2002年09月11日(水)21時09分48秒
- やがて、梨華の、規則正しい寝息が聞こえる始める。
吉澤の身体には、細い腕に抱き締められた感触が残っていた。
傷つけたくないと思った。
守ってあげたいと思った。
けれど、本当に求めているのは、自分の方なのかもしれない。
信じられるのもは、この世に、何もないと思っていた。
だから執着することもなかった。
たぶん、それは、失うことが怖かったから。
もし出会ってなかったら、気づくことなく、
淡々と、暗い道をひとり歩いていただろう。
けれど、出会ってしまった。
身体の鍛錬と同時に、心を閉ざす技術も身につけたはず。
なのに、惹かれる気持ちは止めることが出来ない。
後悔はしていない。
きっと、それが運命だから。
なぜ運命の相手が女の子なんだろう…。
もし本当に男に生まれていたとしたら、
躊躇うことなく抱き締めていた。
けれど…。
スタンドの明かりに照らされた梨華の顔を見つめる。
信実を知ったら、どれほど傷つくのだろうか…。
- 255 名前:ゆっち 投稿日:2002年09月11日(水)21時20分02秒
- レスありがとうございます。
>247名無し読者。。様
待ってくださる方がいるなんて、嬉しいです。
ありがとうございます。
>248オガマー様
書けないあがきに付合ってもらってたんですね。
ありがとうございます。
>249名無し読者様
自作に関しては、異常にハッピーエンド好きなので、
その方向に向かう可能性の方が高いかもしれません。
少量ですが更新しました。
- 256 名前:モン太 投稿日:2002年09月18日(水)00時02分42秒
- 今日、いっきに読ませていただきました。
…めちゃめちゃおもしろいっす!!!!
今までこの作品を知らなかったのがめちゃめちゃ悔しいくらいでして。
ゆっくりでもいいですので更新がんばってください。
- 257 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月18日(水)09時33分45秒
- 続きが気になる。。。切ないよぉ。
- 258 名前:セプリカ 投稿日:2002年09月23日(月)09時09分52秒
- これから二人はどこに向かうのでしょうか?
できれば、幸せになって欲しいっすね。
- 259 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時19分05秒
- まるで、この世にふたりだけ。
時の流れから、取り残されたような生活は、穏やかに過ぎていった。
時折、逃げていることさえ、忘れてしまう程に。
「そろそろ、騒ぎになるかもしれないね」
外出から戻ってきた吉澤は、ソファーに腰をおろし、
スポーツ誌をポンとテーブルに投げた。
“石川梨華重病か?”
そんな見出しが躍っていた。
長期にわたる、梨華の失踪。
いつまでも隠しとおせるものではない。
このまま逃げつづけ、もしこの先、全てが収束に向かうことがあったとして、
そのとき、梨華に戻る場所はあるのだろうか。
吉澤の脳裏には、ステージ上で輝いていた梨華の姿が浮かんでいた。
「戻りたい?」
いつまでも、こんなところに閉じ込めて、
それが、幸せなんてはずがない。
梨華は、曖昧に笑みを浮かべる。
「わからない…」
「後悔してる?」
今度ははっきりと首を振った。
「こうして一緒にいれるなら、それでいい」
梨華の熱い眼差しが、ひどく痛かった。
梨華は立ち上がり、吉澤の隣に、しなだれかかるように座った。
- 260 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時20分25秒
- じっとそのまま、密着した体に帯びた熱が、
お互いの存在を確かに伝え合っていた。
こうしていたい。
ずっと、このまま…。
僅かに開けた窓から、心地よい風が流れ込んだ。
空には薄い雲がかかっている。
「好き…」
何度も聞いた言葉が、再び梨華の口から漏れる。
吉澤が、心の内で叫びながら、どうしても口に出来ない一言。
「吉澤さんが、どう思っていても…、私は好きだから…」
「梨華ちゃん…」
- 261 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時21分24秒
- 風が梨華の髪を揺らす。
その頬にかかった髪にそっと手を触れた。
目を閉じる梨華。
吉澤の次の動きを待つように、梨華は身動きもしない。
この髪が、この頬が、この唇が…、
全てがいとおしい…。
吸い込まれるように、顔を寄せる。
梨華は、間近にある吉澤の呼吸を感じた。
あと1センチ。
その距離が、果てしなく遠い。
「雨が降りそうだ…」
耳元でそう呟くと、吉澤は、立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
ソファーに取り残された梨華は、その後ろ姿を虚ろな目で追った。
- 262 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時22分20秒
- カチャリ
窓を閉める音が静まりかえった室内に響く。
空一面の雲。
西の空が暗く沈んでいた。
窓にポツント雫が落ちる。
それを合図に、大粒の雨がガラスを叩きつけた。
ぼんやり映る梨華の姿が、吉澤の目には涙に濡れて歪んでいるように見えた。
ガラスに額を押し付ける。
ごめんね…。
苦しい思いばかりさせて…。
- 263 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時23分54秒
- 日は昇り、また沈んでゆく。
吉澤が思っている以上に、梨華は満たされていた。
多くの喪失が、吉澤の存在を、さらに大きなものにしていた。
あなたがいればそれでいい。
それだけでいい。
だけど…。
吉澤の息遣い、体温、ごくたまに見せるちょっとした表情の変化。
すぐ傍で吉澤を感じることが、今の梨華には全てだった。
けれど、もう一歩、どうしても踏み入れることのできない吉澤の心。
それが、ただひとつの大きく開いた穴。
その空洞が、時折梨華の胸を締め付けた。
苦しいよ…。
どうしたらいいの。
もし、抱いてくれたら…。
- 264 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時26分09秒
- よほど疲れが溜まっていたのか、珍しく先に眠った吉澤。
規則正しい寝息が、隣のベッドから聞こえてくる。
蓄積された疲労と苦悩が充ちた苦しげな寝顔。
梨華は傍らに潜り込むと、そっと肩に手をかけた。
そして、鼓動を確かめるように、顔を寄せた。
好き…。
指を滑らせ、シャツの縫い目を辿る。
そっと胸元に触れた。
その瞬間、梨華の呼吸が止まった。
なぜ?
違和感を伴った、柔らかい感触。
その意味することを理解するまでに、数分の時を要した。
まさか、
でも…、
女の人…だったんだ…。
- 265 名前:逃亡 投稿日:2002年09月23日(月)21時28分51秒
- 胸に触れたまま、硬直した梨華。
その気配に気づいたのか、ぐっすり眠っていた吉澤が、うっすらと目を開けた。
「…梨華ちゃん?」
異変に気づいた瞬間、吉澤は逃げるかのようにパッと体を離した。
ひとりベッドに沈む梨華。
背を向けて座る吉澤。
ふたりは、ともに青ざめた顔で、暗闇の中、身動きも出来なかった。
「とんだ喜劇だったね」
吉澤が、背を向けたまま、ため息と笑いの混じった声で呟いた。
「これでわかったでしょ?運命なんて、錯覚だったんだよ」
錯覚だったの?
本当に?
「じゃあ…迷惑な、だけ、だったんだね…」
やっとの思いで搾り出したような梨華の声。
「ほんとに…好きだった、のに…」
梨華の目からは、知らず知らず涙がこぼれた。
悲しみなのか、淋しさなのか、梨華自身にもわからなかった。
「悪かったね、勘違いさせて」
そう言うと、吉澤は、さっと立ちあがり、バスルームの方へ消えた行った。
- 266 名前:ゆっち 投稿日:2002年09月23日(月)21時41分26秒
- レスありがとうございます
>256モン太様
読んで頂いてありがとうございます。
そんなふうに言っていただけるような話ではありませんが、
頑張ります。
>257名無し読者様
なかなか進まなくてすみません。
もう、終盤には来ていると思いますので、
完結にむけて、頑張ります。
>258セプリカ様
幸せにしたいとは思います。
まだわかりませんが。
更新しました。
滞りがちで、申し訳ありません。
自分で書いていながら、なんて面白くないのだろうと、思い悩む毎日です。
でも、必ず、完結はさせます。
- 267 名前:オガマー 投稿日:2002年09月23日(月)21時52分51秒
- いや、そんなことないです。
涙が、滲みました。
切ない…
- 268 名前:CA 投稿日:2002年09月23日(月)22時15分27秒
- …言葉になりません。凄く切なくて。惹き込まれてしまいます。
大変だとは思いますが、更新ありがとうございます。いつまでも待ってます。
- 269 名前:セプリカ 投稿日:2002年09月23日(月)22時24分30秒
- とうとう梨華ちゃんも気付きましたか…。
微妙な関係の二人が切ないですね。
更新はいつでもいいので、これからも、ぜひ頑張ってください。
- 270 名前:通りすがり 投稿日:2002年09月23日(月)23時34分30秒
- なんだか思いつめられておられるようですが、面白いですよ。とても、いつも。
楽しみに読ませてもらってます。
- 271 名前:通りすがり 投稿日:2002年09月23日(月)23時38分28秒
- 思いつめられて ×
思いつめて 〇
すいません。
- 272 名前:辻斬り 投稿日:2002年09月25日(水)23時02分35秒
- 今日はじめて読ませていただきました。
すげぇー引き込まれます。
クールな吉と一途な石がツボにヒット☆ミーです。
ゆっちさんがんがってください。
- 273 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月30日(月)22時34分58秒
- ゆっちさんが書く、いしよしは、切ないけどすっごく面白いですよ。
これからも、がんばって下さい!
- 274 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時47分46秒
- 洗面台に両手をつくと、吉澤は脱力感に襲われてた。
目の前の鏡には、ひどく疲れた顔があった。
部屋からは、微かに、梨華のすすり泣く声が聞こえる。
泣きたいのは、同じなんだよ…。
ほんとに好きだったのに。
過去形になった梨華の言葉が、胸を刺す。
好きだよ、きっと、同じくらいに…。
今でも、好きなんだ…。
隠していたのは、綺麗に別れるため。
知られたくなかったのは、失いたくないから。
矛盾している。
鏡に向かい、小さく笑った。
- 275 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時51分29秒
- 「ごめんね、隠してて」
部屋に戻ると、ベッドにうずくまったままの梨華に、軽い調子で声をかける。
「もう、泣き止んでよ」
梨華は、赤い目元を気にしながら、起き上がった。
「私を受け入れてくれなかったのは、中澤さんのせいじゃなかったんだね…」
「昔好きだったひとに似てるって言われてキスされた。それだけだよ」
淡々と答える。
「どうして、そう言わなかったの?」
梨華の座るベッドに歩み寄り、隣に腰をかけた。
「それで諦めた方が、傷つかずに済んだんじゃないの?」
「一緒だよ…」
そう言うと、梨華は、吉澤のシャツの裾を掴む。
「もう手遅れなんだもん…」
泣き声に近い。
「好きに、なっちゃったんだから…」
「梨華ちゃん…」
「出会ったときから、手遅れだったんだもん…」
シャツを掴んだまま、梨華は吉澤の胸に額を付けた。
「ほんとに、好きだったんだから…」
声を出すたびに、梨華の湿り気を帯びた熱い息がかかる。
「どんなこと聞かされても、今日から好きじゃなくなりました…、
なんて、そんな簡単にいくわけないよ…」
「強いんだね…」
「そんなことない、泣いてばっかりなのに…」
強いんだよ。
素直に泣けるんだから…。
- 276 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時53分32秒
- 「そのうち、忘れるよ」
両手を頭の後ろに組んで、バタンとベッドに倒れこむ。
「全部悪い夢だったって、思える日がくるから」
そっと目を閉じる。
全ては夢。
消せるものなら、消してしまいたい。
二度と元には戻らない、暖かい家庭。
ありふれた日常。
もしも、別の形で出会うことが出来ていたなら…。
「悪い夢なんかじゃないよ…」
梨華の声が、耳元で聞こえた。
「忘れたくなんかない…」
頬に梨華の指先を感じる。
はっとして、目を開けると、間近に梨華の顔があった。
抗う間もなく、微かに唇が触れる。
「やめなよ」
覆い被さる体を、腕で遮る。
それでも梨華は必死にしがみつく。
「やめろって…」
圧倒的なはずの腕力の差も、真っ直ぐな視線の前には無力だった。
「やめないと…止まらなくなるよ…」
梨華は吉澤をじっと見つめる
「それでも、いいの?」
頷く梨華。
そっと、梨華の髪に触れる。
もう、戻れない…。
「…好き、だ…」
搾り出すように、そう言うと、泣き出しそうな梨華を抱き寄せた。
- 277 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時55分57秒
- 梨華は吉澤の腕の中で目覚めた。
疲れた体。
涙の跡が残った頬。
それでも、心は満たされていた。
先に目覚めた吉澤は、じっと天井を見つめていた。
慈しむように、そっと回された腕。
「起きた?」
「…うん…ごめんね、重かったでしょ?」
吉澤は、答える代わりに、強く抱き締める。
やっと追いついた…。
夢じゃないのね。
昨夜のことも…。
「梨華ちゃん…」
名前を呼ぶ吉澤の声が暖かい。
「安心する…」
「もう少し、こうしていようか…」
時の流れが止まった部屋。
言葉もなく、静寂のなかに沈んでゆく。
これが幸せ…。
もう、放さないでね…。
- 278 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時57分28秒
- 高く昇った太陽が眩しくふたりを照らす。
ゆったりと食事を済ませ、並んでソファーに腰を下ろした。
吉澤の肩に頭を預ける。
吉澤は、囁くように、ぽつりぽつりと語り始めた。
子供の頃のイタズラ、
バレー選手時代のこと、
亡くした家族との幸せだった日々。
「なんだ…普通だったんだ?」
吉澤は、唇の端で笑う。
「普通だよ」
「私も普通だよ」
「普通のアイドル?」
今度は、可笑しそうに笑う吉澤。
つられて、梨華も笑顔になる。
「アイドル歌手なんて、馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「オーディション、受けたぐらいだからね」
一瞬、なにか重大なことが、頭をよぎった気がした。
過去の記憶。
頭を上げて、吉澤の顔を見つめる。
まさか…、
あの時の…。
- 279 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)19時59分08秒
- 「…もしかして…ひとみちゃん?」
吉澤が、照れくさそうに、視線を逸らす。
「覚えてたのか…」
顔も雰囲気も随分変わっている。
けれど、颯爽とした美少女の面影が、確かに、感じ取られた。
「辞退したんだよね?」
「いろいろあったから…」
「もし辞退してなかったら、選ばれたのは私じゃないかも…」
「同じステージに、立ってたかもしれない」
吉澤の珍しくはにかんだ笑顔。
その表情の中に、ひとつ年下の繊細な少女を見た気がした。
「よっすぃー」
「え?」
意味がわからず、目も見開く吉澤。
「矢口さんがつけた、吉澤さんの愛称」
「なんだよ、それ」
「そんなの、似合わないと思ってたけど、
もしふたりで合格してたら、今頃、そう呼んでた気がする」
「合格してたと思うの?」
「思うよ」
自信ありげにそう言う。
「そうかな」
「そうじゃなきゃ、出会えないじゃない」
「…」
「絶対、どこかで出会うはずだもん。運命なんだから」
「梨華ちゃん…」
「どこにいても、必ず出会って、きっと好きになる」
吉澤は肩に手を置き、見つめる梨華の唇に優しく触れた。
- 280 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)20時00分22秒
- 「どこへ行きたい?」
「え?」
「そろそろ、ここも足がつくよ」
この暮らしを初めてから、何度も宿泊先を変えた。
どれほど、穏やかに見えていても、
そのたびに、危うい逃亡生活であることが思い出された。
けれど、今度は少し違った。
ふたりの心の繋がりは、なにもかもを吸い込んだ。
「遠くへ行こうか?」
「遠く?」
「どんな景色が見たい?」
考えるように上をむく。
「空が綺麗で、海が見えて、いちめんお花畑で…」
吉澤が笑った。
「どうしたの?」
「ほんとに、女の子だね」
「女の子だもん…」
少し拗ねた表情。
- 281 名前:逃亡 投稿日:2002年10月01日(火)20時01分09秒
- 「探してくるから、ちょっと待ってて」
「なにを?」
「いちめんのお花畑」
そう言って笑う吉澤。
立ち上がり、帽子をかぶる。
「出かけるの?」
頼りなく、不安げな視線。
「大丈夫。すぐ帰ってくるから」
「絶対、帰ってきてね」
その目が潤んでいる。
「当たり前だよ」
吉澤は、きつく梨華を抱き締めた。
「なにがあっても、放さないから…」
- 282 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月01日(火)20時11分56秒
- レスありがとうございます。
>267オガマー様
そんなこと、ないことは、ないんですが、
ありがとうございます
>268CA様
あまり待たせないように努力します。
>269セプリカ様
前進はしましたが、まだ、これからです。
がんばります。
>270通りすがり様
励ましありがとうございます。
>272辻斬り様
読んで頂いてありがとうございます。
がんばります。
>273ななしのよっすぃ〜様
サイト拝見しました。
ありがとうございます。
更新しました。
もう少しペースが上げようと思ってますが、
無理かもしれません。
これからも、がんばって下さい!
- 283 名前:オガマー 投稿日:2002年10月02日(水)05時53分35秒
- うぉぉ…
感動しますた。
二人がどうか幸せなままでいられますように…。
- 284 名前:辻斬り 投稿日:2002年10月02日(水)14時48分21秒
- 幸せですね。しかし行間から漂ってくる一抹の不安…
吉、絶対帰ってこいよ。俺も目を潤ませてお願い(w
ゆっちさんのペースで更新してください。
マターリお待ち申しあげております。
- 285 名前:セプリカ 投稿日:2002年10月02日(水)20時55分52秒
- え〜〜〜!
よっすぃーひとりで行っちゃて大丈夫なんですか〜?
これからの展開に期待!
- 286 名前:逃亡 投稿日:2002年10月03日(木)20時14分05秒
- ひとり部屋に取り残された梨華。
どこからともなくわき上がる不安に苛まれていた。
吉澤の言葉が信じられないわけではない。
けれど、その後ろ姿を見送ったとき、
もう二度と会えないかもしれない。
わけもなく、そう思った。
部屋を片づけてみたり、紅茶を飲んでみたり、
気を紛らわそうとしても、不安感は拭えない。
周りを見回す。
綺麗に整頓された部屋。
その無機質さが、さらに不安をかき立てた。
花を飾ろう。
不意に思い立った。
けっしてひとりで出歩いちゃいけない。
そう吉澤から言われた。
吉澤の言葉に逆らいたくはなかった。
けれど、じっとしてはいらななかった。
少しくらいなら…。
バッグに財布だけを入れると、部屋を後にした。
- 287 名前:逃亡 投稿日:2002年10月03日(木)20時15分53秒
- 吉澤は、手に入れたばかりの包みを脇に抱え、
人の気配を避けながら、細い路地を歩いた。
闇から逃れるために、闇の力を借りる。
皮肉なもんだ…。
もう、この国にはとどまっていられない。
しかし、世界中、どこへ行っても、痕跡を消すことは出来ない。
買い取った戸籍。
パスポート。
勝算があるわけではなかった。
追っ手に通じている可能性は高い。
けれど、僅かな望みでも、賭けてみるしかない。
ただ、ふたり、ひっそりと生きていくために。
記憶の片隅に蘇る、美しい景色。
澄み渡った空、青い海、薄紫の花が一面に咲き誇る。
それは、幼い日に見た写真集の1ページだったのかもしれない。
探そう、そんな場所を。
いつかふたりで…。
力のこもった目で、前方を見つめる。
そして、梨華の待つ部屋へと足を速めた。
- 288 名前:逃亡 投稿日:2002年10月03日(木)20時18分19秒
- 部屋の扉にキーを差し込む吉澤。
その瞬間、嫌な予感がした。
「梨華ちゃん?」
ひとの温もりが消えた薄暗い部屋。
「梨華ちゃん…」
どこにも梨華の気配はいない。
胸騒ぎがする。
部屋に、荒らされた形跡はない。
梨華と一緒に、靴と鞄がなくなっている。
少なくとも、乱暴に連れ去られたわけではない。
自らの意志で出かけたと考えるのが普通だろう。
冷静にそう判断していても、胸で鳴り響く警鐘が、治まることはない。
不安に駆られ、じっとしていられず、意味もなく歩きまわる。
ちょうど数分前の梨華と同じように。
どこへ行ったんだ…。
なぜ、ひとりで…。
ソファーに座り、硬く握った右の拳を、左手で包み込む。
祈るように、その手を額につけた。
手に触れた途端はじけてしまうシャボン玉。
捕まえた瞬間、大切なものは儚く消えてしまう。
そんな気がしてならなかった。
先のことはわからない。
ふたりで生きていく事が、正しいという確信もない。
せめて、この一瞬だけでいい。
精一杯抱き締めてあげたい。
苦しめた心の傷を、埋められるくらいに。
お願いだから…、
無事で帰ってきて…。
- 289 名前:逃亡 投稿日:2002年10月03日(木)20時19分45秒
- カチャ
玄関で微かな音。
その音に、ホッと胸をなで下ろした。
急いで、扉へむかう。
なにしてたんだ。
心配したよ。
おかえり。
かけるべき言葉を探す。
「梨華ちゃん」
そう呟きながら、ドアに手をかけた。
しかし、そこに立っていたのは、梨華ではなかった。
「手間かけるなよ」
聞き慣れた低い男の声。
安心感が、気の緩みをもたらせたのかもしれない。
突きつけられた銃口。
こめかみに、その冷たさだけが、妙にリアルに感じられた。
- 290 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月03日(木)20時24分41秒
- レスありがとうございます
>283オガマー様
幸せのままではいられませんでした。
>284辻斬り様
一抹の不安。
鋭いです。
>285セプリカ様
大丈夫じゃありませんでした。
少しですが更新しました。
次回から次章です。
- 291 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月03日(木)21時49分01秒
- 梨華ちゃん無事でいて欲しい〜よ。
よっすぃ〜、何とかして、2人で逃げてくれ!!
>273 サイト拝見しました。ありがとうございます
ゆっちさん、つたないつくりで申し訳ありませんが、しっかり保存して行きたいと思います。
これからも更新を楽しみにしています。
これからも、よろしくお願いいたします。
- 292 名前:オガマー 投稿日:2002年10月04日(金)05時54分25秒
- ウワーン…
どうなってしまうんだろう…。
- 293 名前:辻斬り 投稿日:2002年10月04日(金)11時21分13秒
- AHああ嗚呼…なんてこった。。。。
よすぃこさん生きて…そしてはめられた?梨華ちゃんは
無事なんでしょうか・・目が離せません。
- 294 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月07日(月)17時50分45秒
- 山場でせうか?
いよいよ話は佳境に入って来ますた。
- 295 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時14分15秒
- 押し入るように、部屋の中へと進む男。
吉澤は逃れるように、後ずさり、床の上に崩れ落ちる。
その距離は数メーター。
しかし、銃口は真っ直ぐに吉澤の頭を捉えている。
「おとなしくしていればいいものを」
「殺したければ、殺せばいい」
半分は本心だった。
不思議と恐怖は感じない。
しかし、今ここで死ぬわけにはいかない。
たったひとつ、守るべき者のために。
- 296 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時17分04秒
- 「強がるなよ」
見透かしたように、男が言う。
「あの子も可哀想にな、お前に惚れさえしなきゃ、
死なずに済んだかもしれないのに」
表情のない男の顔。
「どういう意味?」
男の唇に、薄い笑みが浮かぶ。
「あの子は、最初から、全くの無関係だったんだ」
「え…」
一瞬、思考が停止した。
無関係?
なぜ…。
組織の頂点に立つ男の孫娘。
そうだったはず。
「あの子は、ただのおとりさ」
「おとり?」
「あの子を泳がせて、時間稼ぎをしてくれれば、それでよかった。
親父が逝ってしまうまでの間だけ」
一向に男の言葉は、吉澤の頭の中で、意味を成さない。
- 297 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時18分48秒
- 「親父の孫娘だと疑われてた。それぐらい調べたんだろ?」
「…」
「テレビ出演、出生時期、母親の過去。面白い偶然だな。
おとりにするには、もってこいだ」
「…」
「親子鑑定の結果も出てる。もうあの子を追う者はいない」
おとり…。
時間稼ぎ…。
そんなことのために…。
沸沸と怒りが湧き上がった。
しかし、今大切なのは、梨華の命。
胃の淵に溜まった思いを、ぐっと飲み込んだ。
「あの子はなにも知らない。関係ないならもういいでしょ?」
男は暗い目で、じっと見つめるだけ。
「なんでもするから…、命が欲しいなら、今ここで死んでもいい…」
なにも言わない男。
静まりかえった部屋で、交差するふたりの視線に、冷たい火花が散る。
- 298 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時20分29秒
- 「似てるな…」
漸く口を開いた男の声は、さきほどより、さらに低い。
「父親とそっくりだ」
「え?」
「お前の親父、女のために全てを捨てた、馬鹿な男だった」
「…」
最後に会った父の姿が脳裏に浮かぶ。
優しい笑顔。
一介のサラリーマン。
家族のささやかな幸せだけを願っていた。
バレーで活躍したときも、
オーディションの予選を通過したときも、
決して喜ぶことはなかった。
目立つことを酷く嫌っていた。
ひとみには、ただ平凡に幸せな人生を送って欲しい。
何度も聞かされた父の言葉。
まさか…。
娘の存在が明るみに出たテレビ出演。
それが、あのオーディションであったとしたら…。
辿り着いたひとつの推測に、目の前が真っ暗になった。
- 299 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時21分56秒
- 「やっとわかったか?」
「…」
「お前は邪魔なんだよ」
「だけど、殺したくはなかった。兄貴の娘、たったひとりの可愛い姪だからな」
にわかには信じがたい話だった。
しかし、それでいくつかの謎が解ける。
そもそも、自暴自棄になって荒れていた、ただの中学生を組織に引き入れた理由。
末端の構成員に過ぎないはずが、常に監視されていたらしい理由。
そして、わざわざ男の格好をさせられた理由。
しかし、同時に理解できないこともあった。
おとりである梨華を、どうして吉澤自身と絡ませたのか。
「兄貴は、運命だと言ったよ…」
吐き捨てるようにそう言う男。
「あの子の母親のことをな」
「…」
「組織は譲るから、あの人にだけは手出しするなって…」
「…」
「兄貴の惚れた女に、ちょっと興味を持っただけなんだ。
なのに、兄貴は女のために全てを捨てちまった。馬鹿な奴だ」
男の瞳に一瞬の翳りが浮かんだ。
本気で好きだったのかもしれない。
吉澤は、その目を見てそう思った。
- 300 名前:真相 投稿日:2002年10月11日(金)17時23分03秒
- 「お前は兄貴と一緒だ」
「…」
「可愛い姪だが、同じくらい憎い」
男の目が冷たく光る。
狙いを定めた銃口。
指先に力を込める気配が伝わる。
ガチャ
もう終わりか。
そう思ったとき、扉が開いた。
部屋中に広がる甘い香り。
見知らぬ男と、銃を向けられた吉澤。
花束を抱えた梨華は、その光景に驚愕して立ち尽くした。
- 301 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月11日(金)17時29分00秒
- レスありがとうございます。
>291ななしのよっすぃ〜
まだ、無事ですが、これからです。
こちらこそ、よろしくお願いします。
>292オガマー様
どうなってしまうか…。
これからです。
>293辻斬り様
嵌められたわけでもなかったのですが…。
まだ、無事でした。
>294ひとみんこ様
なんとか、終盤まできたかと…。
更新しました。
もう、それほど長くない予定です。
- 302 名前:オガマー 投稿日:2002年10月11日(金)17時38分26秒
- わぉー…。
ハラハラ…。
これからですか…ウワーン…
- 303 名前:辻斬り 投稿日:2002年10月13日(日)01時04分37秒
- 明かされるよすぃこさんの因縁・・・最近、いしよしの二人を見るのが
辛くて仕方ない僕はこの小説の中毒なのでしょうか。。
あぁ・・生きろ〜(泣)
- 304 名前:セプリカ 投稿日:2002年10月13日(日)20時23分48秒
- ひょえぇ〜〜〜!
…としか言えません………
どうなるのでしょう…
- 305 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月14日(月)10時47分24秒
- いよいよ、全ての謎が!!
もつれた運命の糸が、今解き明かされる!!
物語は最大のクライマックスを迎える!!
我望更新。
>辻斬りさん
ここにも約1名、中毒患者がいますよ。
- 306 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月15日(火)10時58分01秒
- 自分の中では、いしよし小説屈指の作品。。
- 307 名前:真相 投稿日:2002年10月21日(月)20時48分16秒
- 吉澤は這うように男に飛び掛り、足にしがみつく。
「逃げろ!」
懸命なその姿をあざ笑うかのように、男の体はびくともしない。
依然、銃口は吉澤を捕えている。
「逃げるんだ。早く!梨華ちゃん!」
吉澤の呼びかけで、我に返った梨華。
しかし、その場から動こうとはしない。
「お願いだから、逃げて」
男は余裕の表情で、吉澤の腹部を蹴り上げる。
衝撃で体が中を舞う。
床に蹲った吉澤。
男の指は、再び引き金にかけられる。
「嫌っ!」
叫び声を上げ、梨華は吉澤に駆け寄る。
「来るな!」
パンッ
乾いた銃声が響く。
- 308 名前:真相 投稿日:2002年10月21日(月)20時51分31秒
- 梨華の手から滑り落ち、舞い散るラベンダー。
その場に崩れていく梨華の華奢な体。
吉澤の目に、その全てがゆっくりと映る。
まるでスロー再生された画像のように。
嘘だ…。
「梨華ちゃん!」
抱きかかえたその腕の中で、ぐったりとした梨華。
「ずっと…、一緒、だって…」
血の気の引いた唇から、途切れ途切れに、言葉が紡ぎだされる。
「だから…、ひとり、じゃ…嫌…、約束…」
「わかってるから、もう、なにも言わないで…」
きつく抱き締め、頬を寄せる。
「ずっと一緒だよ。絶対離さない」
「大好き…」
弱々しく、それでも幸せそうな笑みがこぼれ、そっと目が閉じられる。
「梨華ちゃん!」
ひとりになんかさせない…。
どこにも行かせない…。
そうじゃない…。
ひとりにしないで欲しい…。
どこにも行かないで欲しい…。
この世でたったひとり。
愛してるから…。
- 309 名前:真相 投稿日:2002年10月21日(月)20時53分27秒
- 「病院…」
自ら呟いたその言葉に、いかばかりかの冷静さを取り戻す。
一刻も早く、医者に診せなければならない。
梨華を抱いて立ち上がる。
首筋に、梨華の微かな呼吸を感じた。
まだ間に合う。
目の前には、さきほどまでとはまるで違う、うなだれた男がいた。
その豹変振りに戸惑う吉澤。
しかし、そんなことに、構ってはいられない。
「殺っちまったか…」
力を失った男の声。
「あのひとの、娘…」
間近にいる吉澤にさえ、聞こえるか、聞こえないかという小さな呟き。
銃を持つ手が震えている。
「死なせやしない!」
男を睨みつける視線に力を込める。
- 310 名前:真相 投稿日:2002年10月21日(月)20時55分16秒
- 「待てよ」
歩き出す吉澤に、男の声が追いすがる。
「行かせるわけにはいかないんだ」
男の垂れ下がった腕が、もう一度吉澤に向けられる。
「今度は外さない」
「…」
「一緒に死ねたら、本望だろう」
パンッ
脇腹が熱い。
しかし、痛みは感じなかった。
目の前で崩れ落ちる梨華を見たときの方が、よほど耐えがたい苦痛だった。
早く、病院へ…。
梨華ちゃんを…。
早く連れて行かなきゃ…。
この手で、守ってあげるんだ…。
焦る思い。
梨華を思う一心で、迫り来る闇に抗う。
しかし、体からは力が抜け、しだいに視界がぼやけていく。
「嫌…行かないで…お願い…」
遠くで梨華の声を聞いた。
薄れてゆく意識。
それが、現実なのか、幻なのか、既に判然としない。
- 311 名前:真相 投稿日:2002年10月21日(月)20時56分36秒
- パンッ
再び銃声が響く。
続けて大きな物音。
守ってあげられなかった…。
だけど、ずっと、一緒だよ…。
視界は完全に閉ざされた。
しかし、温もりは消えない。
間違えるはずのない、腕の中にある、暖かく柔らかな感触。
全てを甘く包み込む、ラベンダーの香り。
「愛してる…」
漸くそれだけ口にした。
同時に、意識は、闇の中へと沈んでいった。
- 312 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月21日(月)21時09分49秒
- レスありがとうございます
>302オガマー様
よくわからないような、こんな感じになりました。
>303辻斬り様
ひどいところで、切ってしまいました…。
楽しい小説を読んで下さい。
>304セプリカ様
最悪な感じになりました。
>305ひとみんこ様
そんなたいそうなものじゃないので、
落胆させたら、申し訳ないです。
>306名無し読者様
ありがとうございます。でも、とんでもないです。
もっといい作品が、ほかにたくさんあります。
少量ですが更新しました。
もうラストに近いのですが、いまだスランプ中です。
- 313 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月22日(火)09時57分14秒
- あちゃ〜 えらいことになってきた〜
ただただ無事を祈るのみです。
- 314 名前:辻斬り 投稿日:2002年10月22日(火)15時22分30秒
- いえいえ、この作品は痛いですがそれが僕には快感ですw(ヲイ
スランプだそうですが、ラストに向けてがんがってください。
>ひとみんこさん
我也想了。同志ハッケン(w
- 315 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月23日(水)19時27分10秒
- >辻斬りさん
貴女だけが頼りです! よろしこ!
おいおい、読者どうしで盛り上がるなよ。
- 316 名前:真相 投稿日:2002年10月23日(水)23時39分00秒
- 吉澤が長い眠りから覚めたのは、見慣れない部屋だった。
白い壁、パイプベッド、僅かに消毒液の臭い。
病院?
なぜ?
縛り付けられてでもいるかのように、重く、思うままにならない体。
頭には、厚い靄がかかり、意識を集中させることが出来ない。
ゆっくりと息を吐く。
すると、脇腹に痛みが走った。
あのとき…。
ホテルの部屋で放たれた3発の銃弾。
耳に蘇ったその銃声とともに、記憶の断片が脳裏をよぎる。
自らの心音が聞こえるかと思うほど、不安と焦りが胸を突き上げた。
「うっ」
鋭い痛みに身をよじらせながら、上体を起こす。
生きているだろうか?
生きていて欲しい…。
- 317 名前:真相 投稿日:2002年10月23日(水)23時41分42秒
- ガチャ
「目覚めましたか?」
扉を開け入ってきたのは、白衣の男。
「まだ、動いちゃいけませんよ」
その声に感情はない。
「梨華ちゃんは?」
足音もたてず、静かに近づいてくる医師に、身を乗り出して問いかける。
「寝てなきゃ駄目です」
医師は、無表情に吉澤の肩に手を載せる。
「梨華ちゃんはどこ?」
「さあ、横になって」
「どこなんだっ!」
今にも掴みかかからんばかりの勢い。
しかし、医師は表情を変えることもない。
「今、面会の方を呼びますから」
「梨華ちゃん?」
質問にはは答えず、入って来た時と同じように、医師は静かに出て行く。
吉澤は、じっと扉を見つめた。
ただ、愛するひとのことだけを思いながら。
生きていて…。
お願いだから…。
もし、なくしてしまったら…、
生きている価値は、なにもない…。
- 318 名前:真相 投稿日:2002年10月23日(水)23時43分43秒
- ガチャ
再び扉が開く気配に、身を強張らせた。
祈る思いで、視線を一点に集中する。
現れた男ふたり。
老人と、老人の乗った車椅子を押す中年の男。
ベッドの傍らまで来ると、老人は目配せし、男は小さく頷いて、部屋から出て行く。
吉澤は、落胆し、がっくり肩を落とした。
「探したよ」
老人はそう言うと、深いため息をつく。
土色の顔、痩せた頬。
体が弱っていることは、一目で読み取れる。
しかし、その眼光は鋭く、しっかりと吉澤を見据えている。
「すまなかったね」
穏やかで優しい声だった。
そしてそれは、どこか懐かしい響きがした。
ひょっとしたら、この人が…。
「君の父親は、私の息子だ」
吉澤の疑問を先読みしたように、老人がそう言う。
「君を撃ったのも、私の息子、ふたりとも亡くしてしまったが…」
「…」
- 319 名前:真相 投稿日:2002年10月23日(水)23時46分03秒
- 亡くしてしまった…。
どうして…。
部屋で聞いた3発の銃声。
その意味するところは、吉澤、梨華、そして男。
「自殺だった」
「…」
「息子たちの人生をを狂わせたのは、私の責任だ」
「…」
「君だけには幸せになって欲しい。たったひとりの孫娘だからな…」
いとおしい者を見つめるように、老人の目が優しく吉澤に向けられる。
「もう少し早く見つけ出せれば、こんな思いはさせなかった…」
死期が迫った老人は、吉澤を探したという。
それは、孫娘を思うひとりの人間として。
自らが死んだという誤報を流し、動き出した息子を追い、
漸く、吉澤に辿りついた。
兄弟の確執。
追い討ちをかけた、梨華の母を巡る争い。
遠い過去を淡々と語る老人。
その言葉に耳を傾ける吉澤。
しかし、吉澤にとって大切なのは、過去ではない。
聞きたいことは、ただひとつ。
- 320 名前:真相 投稿日:2002年10月23日(水)23時48分29秒
- 「あの子は、どここにいるんですか?」
老人はなにも言わず、首を横に振る。
「嘘だ…」
信じない…。
信じたくない…。
「嘘だよね」
そう言って、何度も車椅子を揺する。
もう、脇腹の痛みなど感じない。
「嘘だって言ってよ」
しかし、老人は表情を変えない。
やがて疲れ果てたように、吉澤はベッドの上で頭を抱える。
これで、全て終わった…。
もう、なにもない…。
「生きてくれよ」
「…」
「あの子は、命懸けで君を守ったんだ」
「…」
「そんな大切な命、粗末にしちゃいけないだろ」
いつのまにか先ほどの中年男が入って来て、車椅子を押す。
「元気でな。もう会うことはないだろう」
最後にそう言い残すと、老人は部屋から出ていった。
- 321 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月23日(水)23時53分03秒
- レスありがとうございます。
>313>315ひとみんこ様
終盤で、どう言っていいのかわからないのですが、
とりあえず、今回はこんなところで。
>314辻斬り様
まだ痛いですね。
ありがとうございます。がんばります。
更新しました。
次の章と、エピローグで終わる予定なのですが…。
>ひとみんこさん
我也想了。同志ハッケン(w
315 名前 : ひとみんこ 投稿日 : 2002年10月23日(水)19時27分10秒
>辻斬りさん
- 322 名前:ゆっち 投稿日:2002年10月23日(水)23時54分15秒
- >321
すみません、コピーが残ってて、変になりました。
- 323 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月24日(木)06時53分03秒
- ゆっちさん、更新お疲れさまです。
よっよぃ〜、生きてて良かったよ。
本当に梨華ちゃんは、逝ってしまったんですか?
梨華ちゃん...(泣
いつも楽しく読ませていただいております。
次回の更新も楽しみに待っています。
- 324 名前:辻斬り 投稿日:2002年10月24日(木)12時04分41秒
- ぐはぁっっ(吐血)こ、更新お疲れ様です。
次章とepilogueで終わりですか。固唾を飲んで見守らせて頂きます。
- 325 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月25日(金)08時52分41秒
- 無言。
- 326 名前:通りすがり 投稿日:2002年10月31日(木)02時19分20秒
- 続きが気になります。
- 327 名前:ごぶ 投稿日:2002年11月10日(日)05時09分57秒
- 気になりますな。
- 328 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月10日(日)19時58分38秒
- 愛読させてもらってることと、余計なお世話だって分かってること、
それから極私的意見である、ということを大前提として、ですね。
擬音をもう少し省けば、印象がもっとスマートになるような、
そんな気がするんですよ。あえてやっておられるのかもしれないけど。
例えば、ですけど、銃声なんてパンでもバンでもズキューンでも
何でもいいと。あなたの読者なら、場面に相応しい音を脳内で再生
してくれます。
なんか、ずっと悩んでおられるのが気になって、ほんとに余計なお世話でした。
失礼しました。無視してくださって構いませんので。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月10日(日)22時02分34秒
- 作者さんの世界に引き込まれます。
スランプだそうで…
頑張ってらっしゃるだろうとは思いますが
敢えて
「頑張って」下さい。
- 330 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月11日(月)15時26分37秒
- マターリ待ってますよ〜
- 331 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月11日(月)19時29分50秒
- 今日はポキポキポッキーの日〜♪
ゆっちさん頑張ってください!応援してます!
- 332 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時03分00秒
- 窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえた。
空は青く、心地よい風が病室に流れ込んでくる。
穏やかな朝。
まるで、何事もなかったかのように。
銃弾を受けた傷口は、日ごと、回復に向かう。
しかし、傷跡はいつまでも消えない。
ぽっかり開いた胸の空洞を、埋める術がみつからないのと同じように。
日本に留まっていないほうがいい。
用意されたパスポートが、暗にそう指し示さしていた。
記された本名、“F”の文字。
もう、なにも偽る必要はない。
今更訪れた平穏な生活に、吉澤は虚しい笑みを浮かべる。
どうして、生きているんだ。
どうして、ひとりだけ…。
結局、守ってあげられなかった…。
命に未練はなかった。
もう何ヶ月も前から、捨てる覚悟は出来ていた。
なにを引き換えにしても惜しくはないものが、そこにあったから。
「ずっと一緒だよ…」
誰もいない部屋。
窓から空を見上げ、声を出してそう呟いた。
- 333 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時08分43秒
- 退院して以来、次第に生活は乱れていく。
まるで、坂道を転がり落ちるように。
どこに行けばいい?
なにをすればいい?
どうすれば、もう一度会える?
もう、会えないんだね…。
都会の夜。
あてもなく彷徨い歩く。
管を巻く酔っ払い。
喧嘩に巻き込まれては、抵抗もせず、ただ殴られる。
束になってかかってきても、左手一本で、軽く捻り上げられるはずの相手。
「殺してよ」
血を流しながら、笑みを浮かべる吉澤に、
やがて取り囲んだ男たちも、脅えたように去って行く。
追われているわけでもないのに、ホテルを転々とする。
流し込むように、アルコールを口にする。
昼とも夜ともわからない暮らし。
荒んだ生活が、体も心も蝕んでゆく。
- 334 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時10分44秒
- 眩しい朝の光で目を覚ました。
アルコールも抜け、いつになく体も軽い。
何気なくつけたテレビのニュースに、吉澤は息を呑んだ。
今日だったんだ…。
旅客機が墜落した日。
愛する家族の命日。
思えば、全てはそこから始まった。
暗く歪んだ日常に追われ、墓参りすらしていない。
鏡に映った生気のない青ざめた顔。
吉澤は、ぞっとして目を背けた。
乱れた暮らしを洗い流すかのように、熱いシャワーを浴びる。
新しいシャツを着て、丁寧に髪を梳かす。
大きく息を吐き、上着を羽織ると、吉澤はホテルの部屋を後にした。
- 335 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時13分00秒
- 何年ぶりかに踏んだ故郷の土。
懐かしい匂い。
吉澤は、一瞬、なにも知らなかった平和な時へ逆戻りした、
そんな錯覚を覚えた。
長い坂道を登ると、建ち並んだ墓石が見える。
迷うことなく、目指す場所へと歩みを進める。
そして、そこに、覚えのある女の姿を見つけた。
中澤さん?
なぜ?
疑問を感じながら、ゆっくりと近づいて行く。
気配に気付いた中澤は、驚いて目を見開いた。
しかし、すぐ、なにかを納得したように、穏やかな微笑を吉澤に向けた。
「どうしてここに?」
吉澤は、わけがわからず、問い掛ける。
「…やっぱり、あんた、あのひとの子やったんやね」
中澤は、静かに口を開く。
「え?」
「似てると思ったわ」
似てるひと。
救ってくれたひと。
以前に中澤が言った言葉を思い出す。
そして、それが父であったことに、思い至った。
- 336 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時14分25秒
- 「良かったわ」
「…」
「あの指輪、あんたの手に渡って」
その言葉を聞くまで、吉澤は指輪のことを失念していた。
ポケットを探ると、糸くずに絡まるように、小さな金属の感触があった。
おそらく、吉澤の父が、梨華の母へ贈ろうとしたもの。
その、愛するひとのために、あえて渡さなかった指輪。
「荒れてるみたいやね」
吉澤は、諦めたように笑う。
今の心情を、押し隠すことはできない。
「ショックなんは、わかるけど…」
俯く吉澤。
ショック…。
そんな、簡単な言葉?
- 337 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時15分51秒
- 「いつまでも、そんなんしてたら、あの子のためにならへんよ」
中澤は諭すようにそう言う。
「あの子があそこまでした理由、わかってるやろ?」
あの子は、命懸けで君を守った。
そんな大切な命、粗末にしちゃいけない。
もう、この世にはいないかもしれないひと祖父が、残した台詞。
わからないわけではなかった。
何度もその言葉が、吉澤の頭を巡っていた。
しかし、激しい喪失感は、なにをもうち破ることができなかった。
なくしてしまったら、終わりなんだ。
あの子が全てだった。
愛してたから…。
愛してる…。
- 338 名前:決別 投稿日:2002年11月14日(木)20時17分09秒
- 「会ったん?」
「え?」
吉澤は、顔を上げる。
「石川とは、もう会った?」
一瞬のうちに表情を変える吉澤。
その目に、先ほどまでは微塵も感じれれなかった力が込められる。
「生きてるんですか?」
「知らんかったんか…」
訴えかける吉澤の視線を、中澤は僅かに逸らす。
「会わへん方が、いいんかもしれんけど…」
「生きてるんですね!どこにいるんですか!」
声を荒げ、身を乗り出す吉澤。
中澤は、目を伏せ、しばらく黙り込む。
「教えて下さい!」
「…」
「お願いします!」
「このままじゃ、納得でけへんよね」
静かにそう言うと、中澤は鞄から取り出したメモ帳を破り、
病院の名前を書いて、吉澤に手渡した。
- 339 名前:ゆっち 投稿日:2002年11月14日(木)20時31分13秒
- レスありがとうございます。
>323ななしのよっすぃ〜様
こういうふうになりました。
お待たせして申し訳ありません
>324辻斬り様
長い間、吐血させてしましました。
すみません。
>325ひとみんこ様
こんな場面で、滞って申し訳ないです。
>326通りすがり様
ほんとに、すみませんでした。
>327ごぶ様
お待たせして、すみませんでした。
>328名無し読者様
丁寧なレスありがとうございます。
参考にさせて頂きます。
言葉が浮かばないあまり、擬音に走っていたような気がします。
>329名無し読者様
ありがとうございます。
がんばります。
>330名無し読者様
ありがとうございます
>331名無し読者様
優しさが心に染みます。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
それでも、待っていただける方がいることに感謝しています。
今回は、仕事のことや体調不良なども重なりました。
もう少しですので、よろしければ、お付き合い下さい。
- 340 名前:オガマー 投稿日:2002年11月14日(木)20時35分40秒
- ゆっちさん、信じててヨカタ!(T▽T)
更新、お疲れ様です!!
- 341 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年11月14日(木)22時30分53秒
- ゆっちさん、待ってました。
でも、更新は、ゆっちさんのペースでかまわないですよ。
石川さん、生きてるんですね。
よっすぃ〜の変わりに御礼を!
梨華ちゃん、生きててくれてありがとう!
生かしててくれてゆっちさん、ありがとう!
では、次の更新も楽しみに待ってます!
- 342 名前:たる 投稿日:2002年11月15日(金)03時51分27秒
- 最初から読み返してみました。
ありきたりな言葉ですが、すごくいい!です。
梨華ちゃんが生きててよかった…。
更新お疲れさまです。
寒いですし、無理しないでくださいね。
- 343 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月01日(日)14時25分19秒
- いよいよクライマックスですね。続き期待してます。
- 344 名前:読者 投稿日:2002年12月21日(土)16時51分51秒
- 続ききぼん。
- 345 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)21時51分45秒
- 教えられた病院に到着すると、吉澤は、梨華の病室へ向かった。
はやる気持ちを押さえ、一歩一歩足を踏み出す。
不安がないと言えば嘘になる。
梨華の身を案じ、胸は張り裂けそうに痛んだ。
病状が思わしくないないであろうことは、
躊躇う中澤の表情から、容易に想像ができる。
けれど、少なくとも梨華は生きている。
その事実がもたらした一滴は、乾ききった吉澤の心に、
枯れ果てる寸前で、命を救う潤いを与えた。
ここだ…。
名前のプレートは、はずされている。
しかし、そこは梨華がいるはずの病室。
今度こそ離さない。
なにがあっても、ずっと傍にいるよ。
ノブに手をかけ、祈るように目を閉じる。
そして、重い扉を開けた。
- 346 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)21時54分03秒
- 部屋の中、梨華はベッドに横たわっていた。
思いのほか、顔色は良く、重症を負っているふうには見えない。
久しぶり。
具合はどう?
会いたかった。
頭に浮かんだ言葉を、梨華の目を見た瞬間、全て飲み込んだ。
その虚ろな目は、焦点が定まらず、吉澤の姿を捕えても、
その存在が透けているかのように、閉ざされた扉を見ていた。
どうしても会いたかったひと。
ずっと一緒にいると誓ったひと。
もし、生きて会うことが出来たら、駆け寄って抱き締めるに違いない。
そう思っていた昨日までが、嘘のように両足は動きを止めた。
- 347 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)21時56分15秒
- 「あなた…」
僅かに開かれた唇から漏れたのは、確かに特徴のある梨華の声。
既に懐かしくさえ感じる優しげな声に、
吉澤の凍りついた心が、ようやく融けだした。
ベッドの傍らへ足を進める。
「梨華ちゃん…」
掠れた声で名を呼び、じっとその顔を見つめる。
梨華の虚ろな目が、一瞬生気を取り戻したように光った。
愛しいものを見る目、しかし、それは、すぐに脅えに変わった。
「あなた…誰?」
梨華の声が震えている。
「わからないの?」
吉澤は深い失望の息を吐いた。
梨華が失ったものは、健康な体ではなく、記憶。
長い時をかけ、漸く繋ぐことができた、ふたりの思い。
予測はしていたことだった。
病室に足を踏み入れ、梨華の顔を見たそのときから。
「吉澤…覚えてない?」
脅える梨華を気遣い、優しい笑みを浮かべ、そっと話しかける。
梨華は、身を強張らせ、首を横に振る。
「怖がらなくてもいいよ…」
- 348 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)21時58分38秒
- 記憶喪失。
それが、一時的なものなのか、それとも恒久的なものなのか、
吉澤にはわからない。
けれど自信があった。
前者であるとすれば、自らの力で再び引き戻す。
例え後者であったとしても、時間をかけ、ふたり、やり直すことが出来るはず。
もう一度、ふたりは必ず愛し合う。
あれほど惹かれ合ったのだから。
もう二度と放さない。
好きなんだ…。
運命だって、何度もそう言ったよね。
別人のように、気の抜けた表情の中にさえ、
その奧から、ふたりの大切な時間が、読みとれる気がした。
愛おしさは、堪えようもなく溢れ出す。
「梨華ちゃん…」
そっと肩に触れようとした吉澤の手から、逃れるように梨華は身を引く。
「大丈夫だよ」
「やめて」
細い梨華の声は、心の底から怯えていた。
触れる寸前で、行き場を失った手。
拒絶という言葉が、初めて吉澤の脳裏に浮かんだ。
ゆっくりと後ずさり、後手でドアを開ける。
最後に見た梨華の表情は、すっかり感情を失い、
先ほど見せた恐怖さえも、消えていた。
- 349 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時01分05秒
- 吉澤は、ほんの欠片さえ、梨華の心に触れるこができなかった。
病棟の待合室で、頭を抱え、ひとり腰をかける。
思い出してくれる…。
わかりあえる時が来る…。
きっと、いつか、もう一度…。
気持ちを引き立てようと、明るい未来を思い描く。
しかし、吉澤にはわかっていた、
梨華の目に宿った恐怖の色が真実であることを、
ふたりを隔てた厚い壁が、完全に光を遮ってしまっていることを。
なにがいけない?
なにが変わった?
ホテルの部屋で起こった出来事。
それは、繊細な梨華を、酷く傷つけたのであろう。
3発の銃弾は、ひとつの命を奪い、梨華の心に、深い傷を負わせた。
しかし、吉澤は、納得できないでいた。
守ってあげたい。
辛いときこそ、傍にいたい。
なのに、何故…。
明らかな梨華の拒絶。
ふたり、今、同じ建物の中にいる。
けれど、頑強な扉を開く術がみつからない。
- 350 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時03分13秒
- ひとり沈む吉澤の耳に、近づいてくる足音が響いた。
咄嗟に姿勢を正し、耳を澄ます。
次第に、大きくなる音とともに、死角から現れたのは、見覚えのある人影。
それは、いつか祖父を乗せた車椅子を引いていた中年男。
「やっぱり、君だったか」
穏やかな低い声だった。
「いったい、どうなったるの…」
吉澤は、わけがわからずそう言う。
「彼女の様子がおかしかったからね」
「どうして…」
「きっと、君が探し当てたんだと思ったよ」
梨華が死んだと言ったのは、祖父だった。
その祖父と一緒にいた男が、吉澤の登場を“やっぱり”と言う。
渦巻く疑問に、言葉も出ない。
- 351 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時04分48秒
- 「彼女は、記憶をなくしてしまった」
男は、確認するように、吉澤を見る。
吉澤は頷いた。
「体はもう大丈夫だ。傷ついた心もきっと回復する」
「記憶は?」
その問いかけに、男はしばらく黙りこんだ。
「駄目なんですか?」
男は首を横にふった。
「思い出さない方が、いいことだってあるだろ?」
「え?」
梨華と共有した記憶が蘇る。
ふたりで過ごした大切な時間。
愛しい思い。
初めて抱き締めた夜。
確かに、いいことばかりではなかった。
苦しみ、傷つけたこともあった。
しかし、それも、ふたりにとって、かけがえのない記憶。
どんな出来事も、いつか思い出に変わる。
吉澤はそう思っていた。
- 352 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時06分34秒
- 「君と会えば、きっと彼女は思い出してしまう」
「なにがあっても、傍にいる、だから、きっと…」
きっと、大丈夫。
そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
男の目が悲しげに光った。
「彼女に耐えられるかな?」
「なにを?」
「銃弾が3発」
そう言うと男は黙り込む。
目は、じっと吉澤を見据えている。
銃弾が3発…。
言葉が頭を駆け巡る。
そして、到達したひとつの推測に、眩暈を覚えた。
梨華と吉澤を撃った2発、そして、男が自らに放った1発。
そのはずだった。
吉澤がはっきりと覚えているのは、最初の2発。
最後は、薄れてゆく記憶の中で、音を聞いただけ。
まさか…。
- 353 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時08分37秒
- 「撃ったのは、梨華ちゃん…」
男は答えようとはしない。
「そうなの?」
「思い出さないほうがいいことがある、そうは思わないか?」
「梨華ちゃんが…」
吉澤の声が震えている。
「あれは、自殺だったよ」
男は、きっぱりとそう言った。
「え?」
「女の子ひとりに、どうにかできる相手じゃない」
わけがわからないというように、男を見る。
「あれは、自殺だったんだ。たとえ、直接手を下したのが、本人でないにしても」
男は、自ら死を選んだ。
梨華の放った銃弾で。
あのとき、朦朧とした状態で、梨華は、銃を手に取った。
それは、おそらく、愛する者を守るため。
守ってあげたかったのに…。
苦しめてしまった…。
- 354 名前:決別 投稿日:2002年12月26日(木)22時10分35秒
- 「どうするかは、君の意思だ」
男は穏やかにそう言う。
「今は薬で眠っている」
「…」
「もう一度顔を見て、考えてみたらどうだ?」
吉澤は、考え込むように俯いた。
「あまり時間はない」
「…」
「君の祖父はもう長くない」
男は吉澤の肩に手を置いた。
「その時が来たら、しばらくは日本を離れた方が賢明だろう」
やっと、みつけた。
離したくない。
ふたりで、歩いていきたい。
ずっと、どこまでも…。
だけど…。
再び顔を上げたとき、既に男の姿は消えていた。
吉澤は、決意を胸に立ち上がった。
- 355 名前:ゆっち 投稿日:2002年12月26日(木)22時19分10秒
- レスありがとうございます。
>340オガマー様
また、こんなに、遅くなってしまいました。
>341ななしのよっすぃ〜
物凄い、遅いペースで、すみません。
>342たる様
せっかく最初から頂いたのに、また、間をあけてしまいました。
>343名無しさん様
もう、ほんの少しなのですが…。
>344読者様
待って頂いてありがとうございます。申し訳ありませんでした。
更新しました。
待って頂いている方、
いらっしゃったら、本当に申し訳ありませんでした。
ラストまでいくつもりでしたが、ここまでです。
次は、完結できるかと思います。
- 356 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月26日(木)22時30分17秒
- お疲れ様でした。
身勝手な読み手としては、ゆっちさんの復活を確かに感じる、
そんな更新でした。次回も気長にお待ちしております。
- 357 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年12月27日(金)10時04分19秒
- 思わず泣いてしまいました。
もう1度最初から読んでみて、じーんときました。
次回の更新までまた最初からゆっくりと読んで待っていたいと思います。
更新気長に待っています。
- 358 名前:オガマー 投稿日:2002年12月27日(金)13時56分41秒
- うわ…
苦しいですね…
待った甲斐があったと思わせる展開でございました。
幸せになって欲しいです。
- 359 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月27日(金)23時44分12秒
- ああ、ああああ。最後まで見守っていても宜しいのでしょうか・・・r▽;)
- 360 名前:辻斬り 投稿日:2002年12月28日(土)15時47分52秒
- ヒサブリにこちらにきましたら、更新キテター------!!
梨華ちゃんを想う吉は、結果どのような行動に出るのか
自分も復習しつつマターリマターリ待たせていただきます。
- 361 名前:楽羅 投稿日:2002年12月29日(日)15時52分05秒
- 初めまして、楽羅です。
今までの全部読みました。
思わず、涙が・・・。
吉と梨華ちゃんには幸せになってもらいたいです。
ゆっちさん、頑張ってください。続き、期待しています。
- 362 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月07日(火)22時30分55秒
- (;0^〜^)ドキドキ…
- 363 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年01月08日(水)22時34分43秒
- ゆっち様
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
よっすぃ〜が梨華ちゃんと上手く行きますように...。
お祈りしつつ更新を楽しみに待ってます!
- 364 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)16時25分53秒
- 待ってます
- 365 名前:ゆっち 投稿日:2003年02月04日(火)19時42分41秒
- レスありがとうございます
>356名無し読者様
暖かい言葉、ありがとうございます
>357ヒトシズク様
何度も読ませてしまって申し訳ないです
ありがとうございます
>358オガマー様
お待たせしました
ようやくラストです
>359名無し読者様
見守って頂いて、ありがとうございます
>360辻斬り様
何度も復習させてしまいました
>361楽羅様
はじめまして
読んで頂いてありがとうございます
>362名無し読者様
遅くなってしまいました
>363ななしのよっすぃ〜様
新年の挨拶ができなくなってしまいました
すみません
>364名無し読者様
ほんとうに、お待たせしました
遅くなりましたが、更新します
ラストです
- 366 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時43分54秒
- 再度踏み入れた病室。
ベッドの上には、梨華の穏やかな寝顔があった。
苦しみなどなにもないように、静かに眠っている。
しかし、それは錯覚。
その華奢な体に、限界を超えた苦悩を抱え込んでいる。
ごめんね…。
吉澤は梨華の顔をじっと見つめる。
そして、そっと手を伸ばした。
好きだよ…。
- 367 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時44分52秒
- ゆっくりと髪に触れる。
薬が効いているのか、梨華が目を覚ます気配はない。
先ほど拒絶された手が頬を撫でる。
ただ、指先に、愛しさを感じるために。
幸せになって…。
触れた手を離し、梨華の顔を見つめる。
愛しい面影を瞼に焼き付けるために。
忘れないよ…。
静寂の中、ゆっくりと時が流れる。
窓から差し込む陽射しが、
いつのまにか梨華の頬をオレンジに照らしていた。
もう、会えないね…。
- 368 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時46分20秒
- 枕もとのテーブルにリンゴがひとつ。
傍に置かれた果物ナイフが、不意に目にとまった。
木製の柄にそっと手をかける。
運命だって言ったね。
全て、運命だったんだよ。
出会ったことも、
こんなに好きになったことも、
別れることも…。
ポケットを探り、銀色の指輪を取り出す。
そして、ナイフで文字を刻み込んだ。
思いを込めて、丁寧に一字一字。
「お守りだよ…」
呟くようにそう言うと、眠る梨華の指にはめる。
父が愛するひとの幸せを祈って、
渡すことの出来なかった指輪。
運命の手に委ねられるように、娘へと受け継がれた。
そして、漸く愛するひとの元へ。
けれど、それは別れの印。
遠く離れてしまうひとに、ただ幸せを祈って。
忘れない。
ずっと、心はそばにいる。
「さよなら…」
最後の別れを言葉にすると、愛する者に背を向けた。
- 369 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時48分51秒
- 梨華は夢を見ていた。
夢から覚めても、体は宙に浮いたよう。
現実感が乏しく、視界はぼやけていた。
けれど、忘れていた暖かさに包み込まれている、
そんな穏やかな気分だった。
物音に気付いて視線を上げる。
扉のあたりに、人影が浮かんで見えた。
誰かの後ろ姿。
行かないで…。
見覚えもないその人影。
わけもなく、すがりつきたい衝動に駆られた。
けれど、喉の奧に言葉は詰まったまま。
声に出すことは出来ない。
愛してる…。
意識から解離した、言葉だけが頭を駆け巡る。
扉が閉ざされ、ひとり取り残された病室。
けれど、梨華はしばらくそこから目が離せなかった。
- 370 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時50分38秒
どうかしてる…。
当たり前か…。
全てを失って、病室のベッドで目覚めたあの日。
おそらく大切なものをなくしてしまったあの日。
それが、なんであったかさえもわからない。
あの日以来、不安と恐怖に苛まれながら、今日まで過ごしてきた。
疲れた心に横たわるのは、虚しさだけ。
それでも、前を向いて生きていかなければならない。
いつまでも、失った過去に拘っていてはいけない。
漸くそう思い始めていた。
頑張らなきゃ…。
いつも一生懸命だった。
訪ねてきた人たちは、以前の梨華を表して、異口同音にそう言った。
梨華自身、それが本来の自分の姿だと思える気がした。
どんな困難にも決して負けない。
負けたくない。
けれど、なにかが足りなかった。
明日へ向かって踏み出すためのもう一歩。
- 371 名前:決別 投稿日:2003年02月04日(火)19時51分53秒
- 誰か助けて…。
頭を抱えるように手を上げると、頬に冷たい金属が触れた。
見ると、左手の指に見覚えのない指輪がはめられていた。
なに?
どうして?
右手でそっと触れた。
途端に暖かな思いが染みた。
なにかに守られているような感覚。
お守り…。
きっと、私を守ってくれる…。
刻み込まれた文字に、梨華の心が僅かにざわめいた。
その意味するところが、思い出せそうで思い出せない。
大切な言葉。
陽射しに照らされて光る左手を、右手で包み込んだ。
「きっと、運命…」
声に出してそう呟くと、なぜだか勇気が湧いてきた。
負けない…。
ちゃんと、生きていける。
私は、ひとりじゃない。
きっと…。
- 372 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時53分29秒
- 最後の客がゆっくりと席を立つ。
足音が遠くなる。
ライトを落した店内には、ジャズが流れる。
吉澤は、最後のグラスを丁寧に磨いた。
「ほんとに辞めるのか?」
男の深く刻まれた皺が、寂しさに歪む。
吉澤がこの店に流れ着いたのが3年前。
それは、物静かな男が、初めて見せた弱気な表情だった。
「そろそろ隠居しようかと思うんだ」
男はそう言うと、微かに笑った。
「え?」
戸惑いを隠せない吉澤。
同じカウンターの向こうに肩を並べた日々。
それは長いとは言えない。
お互い言葉数は少なく、向き合って、語り合うこともなかった。
けれど、吉澤には、店に対する男の愛情がひしひしと伝わっていた。
- 373 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時54分30秒
- 「もう潮時だろう」
「でも…」
「吉澤」
「はい」
「君になら、譲ってもいいと思っていたよ」
「…」
突然の意外な言葉に、吉澤は声も出せなかった。
「どうしてだろうな…信頼しているんだ」
「…」
「孫娘のような君を」
男の目が吉澤に問いかける。
吉澤は堪らずに視線を逸らせた。
- 374 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時55分34秒
- 「わかっているよ」
男は優しくそう言う。
「探し物が見つからないんだろ?」
「え?」
「最初から君はなにかを探していた」
「そんなことは…」
「なにを探しているのかも、わからないのかもしれない」
「…」
「探しに行きなさい」
男はそれっきり黙り込む。
吉澤もなにも言わない。
煙草の煙、レコードに触れる針の音。
閉店後のいつもと同じ空気。
「お世話になりました」
支度を終えた吉澤は、深々と頭を下げる。
「お疲れさん」
何事もなかったように、男はそう言う。
そしてまた、吉澤の新たな旅が始まった。
- 375 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時56分51秒
- 吉澤は列車に揺られていた。
鞄ひとつ、行く当てもない。
見るともなしに、ぼんやり車窓を眺める。
探しているのか…。
そうかもしれない。
海を渡り、何度も場所を変え、再び日本へ戻った。
長い月日、探し続けていたのかもしれない。
足りないなにかを。
見つかりはしないことを、半ば確信しながら。
次はどこへ行こうか…。
列車は北へ向かう。
駅をひとつやり過ごす度、窓から漏れる風が、心なしか冷たさを増す。
その風に乗って、甘い匂いが運ばれて来た。
遠くに薄紫の花が見える。
ラベンダー…。
- 376 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時58分03秒
- いつか記憶を擽った光景が、頭の中に蘇る。
澄み渡った空、青い海、薄紫の花。
いったい、いつ見たのか、どこで見たのかもわからない。
どんな景色が見たい?
そう訊いたとき、梨華が言った言葉。
空が綺麗で、海が見えて、いちめんお花畑で…。
そして、あの日、梨ホテルの部屋。
梨華の手かから、飛び散ったラベンダー。
記憶が交錯する。
鞄を握り締めると、憑かれたように立ち上がった。
見つかるはずのないなにかが、見つけられる気がした。
- 377 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時58分56秒
- 一面のラベンダー。
小高い丘から、遠くに海が見える。
吉澤は、ベンチに腰掛け、青く広がる空を見上げた。
訪れたことなど、ないはずの土地。
けれど、これが探していた風景。
なぜかそう確信した。
それでも、足りないなにかは見つからない。
目の前の景色が、どれほど美しくとも、
心にあいた穴に、風は吹き抜けてゆく。
忘れられない。
忘れるはずがない。
忘れないと誓った。
後悔?
- 378 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)19時59分57秒
- あの日から、何度も考え尽くした疑問が頭を巡る。
愛しているから決別した。
別れることが、ただひとつの優しさだと確信していた。
間違ってはいなかったはず。
けれど、ふたりなら、どんな高い壁でも、
乗り越えられたのかもしれない。
たったひとり、転がる小石にさえ躓いて、
結局、抜け出せない迷路のように、同じ所を回っている。
彼女も…。
答えは見つからぬまま、日は傾いてゆく。
体は芯から冷え切っていた。
諦めて、立ち上がると、近くにぽつんと見える、
小さなホテルの明かりを目指した。
- 379 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時01分22秒
- 入り口の脇にもラベンダーが咲いていた。
何気なく覗き込むと、異質なオレンジ色が目に入った。
よく見ると、財布だった。
落し物か…。
拾い上げると、フロントへ預けた。
宿泊カードを書き込むと、キーを受け取り、足早に部屋へ向う。
入浴を済ませ、ベッドに潜り込むと、途端に睡魔が押し寄せた。
朝から、ろくに食べ物も口にしていない。
けれど、空腹は感じなかった。
とにかく、疲れていた。
いつのまにか、眠りに落ちていた。
深い闇の中、夢も見ない。
気付いたときには高く上がった日が、眩しく顔を照らしていた。
- 380 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時02分46秒
- 身支度を整え、部屋を出る。
なにをするわけでもない。
昨日と同じ景色の中に、なにかを見つけるために。
夜中に雨が降ったのか、湿った土を踏みしめながら歩く。
スニーカーのめり込む音が、妙に大きく感じられた。
「あの…」
不意に背後から聞こえた声。
吉澤は、心臓の高鳴りを感じた。
まさか…。
そんなはずはない。
そう思っていても、聞き違えるはずのない声。
足を止め、振り返る。
吉澤の時計は、逆回転した。
そこに立っていたのは、紛れもなく梨華。
- 381 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時04分08秒
- 「どうして…」
声が震えている。
長い時の流れが、少女を大人に変えていた。
けれど、面影は、はっきりと残っている。
呆然と立ち尽くす吉澤に、梨華は戸惑いの表情を浮かべていた。
吉澤は我を失った。
見えているのは、ふたりで過ごした、あの頃のままの梨華。
けれど、梨華は大切な記憶を失っている。
「会いたかった…」
聞き取れないほどの、小さな声。
「え?」
戸惑いの色を濃くする梨華。
吉澤は、落胆と共に、平静を取り戻した。
再び出会えたことは、有り得ない偶然。
しかし、状況は、なんら変わったわけではない。
- 382 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時05分18秒
- 「なんですか…」
「あ、財布…」
吉澤に促され、思い出したように梨華は口を開く。
「あなたが、財布、拾ってくれたんですよね」
「ああ、あれですか…」
「ありがとうございます」
「いえ、偶然見つけただけですから」
「大切なものだったんです」
梨華の表情が、パッと輝いた。
「財布ですか?」
梨華は曖昧に首を振っただけ。
「どこへいくんですか?」
答える代わりに、そう問いかける。
「ラベンダー…」
「え?」
「ラベンダーを見に」
- 383 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時07分09秒
- 「…私も、行って、いいですか?」
梨華が、躊躇いがちに切り出した。
「え…ええ」
ふたり並んで、静かに歩く。
「旅行ですか?」
吉澤がそう訊くと、梨華は頷いた。
「今日、東京へ帰ります」
「そうですか…」
吉澤は、横を向いて、ひっそりと溜息をついた。
昨日と同じベンチに、ふたりで腰掛ける。
しばらく、なにも言わず、景色をぼんやり眺めていた。
「名前、教えて下さい」
ほんの少し、思いつめたような、梨華の顔。
「え?」
「私、石川梨華って言います」
「吉澤、吉澤ひとみです」
- 384 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時08分20秒
- 長い沈黙。
突然、梨華の表情が、耐えかねたように崩れた。
「…なんで…だろ…」
目には涙が浮かんでいる。
「…ずっと…この景色を…見たかった気がするの…」
「…」
「この景色…」
梨華は、吉澤にもたれかかる。
吉澤の肩は梨華の涙で濡れる。
梨華ちゃん…。
こみ上げる愛しさに、吉澤は堪らず、抱き締めた。
その感触は、あの頃と同じ。
会いたかった…。
愛してる…。
お互いの心を、温もりで埋める。
ふたりの時間が止まった。
- 385 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時09分17秒
- 「ごめんなさい…」
顔を上げた梨華が、申し訳なさそうに、吉澤を見た。
「初めて会ったひとなのに…」
「…」
「…私…どうしたんだろう…この景色を見てたら…」
「…」
「ほんとに、ごめんなさい…」
「気にしないで下さい」
吉澤は、なんでもないといった表情を作る。
「そろそろ、行かなきゃ」
「帰るんですか?」
梨華は頷いて、立ち上がった。
「元気で…」
- 386 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時11分43秒
- 歩き出した梨華が、不意に足を止める。
「大切な物…」
梨華は持っていた鞄から財布を取り出した。
「これなんです」
梨華が財布の中から出してきた物に、
吉澤は、再び呆然とした。
「お守りなんです」
銀のリング。
最後の日、吉澤が贈った指輪。
「ほんとうに、ありがとうございました」
そう言って、再び歩き始める梨華。
ずっと、持っていてくれた。
大切だと言ってくれた。
愛してる…。
やっと、会えた。
これは、運命。
- 387 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時15分09秒
- 「待って!」
遠くなった後ろ姿に、吉澤は、夢中で叫んだ。
驚いて、振り返る梨華。
「東京で、会いたい!」
梨華は、吉澤のもとへ、もう一度引き返して来た。
「私も会いたい」
そう言うと、連絡先のメモと一緒に、指輪を差し出した。
「どうして?」
「預かってて…」
「でも…大切なんでしょ?」
「ちゃんと、会えるように…お守りだから…」
吉澤は指輪を受け取り、去って行く梨華を見送った。
澄み渡った空、青い海、薄紫の花。
記憶に住みついたその風景は、いつかどこかで見た景色じゃない。
きっと、今日ここで、ふたりで見るための景色だった。
- 388 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時16分01秒
- ふたりの恋はまだ始まらない。
けれど、きっと会える。
ふたりなら、どんな困難も乗り越えられる。
それが運命だから。
掌に握り締めた指輪。
そっと開いて、刻み込んだ文字を見つめた。
Destiny
- 389 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月04日(火)20時16分38秒
fin
- 390 名前:ゆっち 投稿日:2003年02月04日(火)20時19分02秒
- 完結しました
長い間お付き合いいただいた皆様
ほんとうに、ありがとうございました
- 391 名前:オガマー 投稿日:2003年02月04日(火)20時44分58秒
- ゆっちさん、貴方、最高だよー!
涙が出て来た…。
すげー温かくて素敵なラストでした。
完結おめでとうございます。
お疲れさまでした!!
素晴らしかったです。
- 392 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年02月04日(火)21時05分09秒
- すばらしい。
それしかいえません。
涙がもう止まらなくて・・・素晴らしいお話でした。
ラストがすごい暖かくて、長い間待っていたかいがありました。
完結お疲れ様でした。
暖かい泣けるお話をありがとうございます。
- 393 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年02月04日(火)21時17分37秒
- 感動です。おもわず涙しちゃいました。
なんかスゴイっすゆっちさん!ゆっちさんスゴイ!
すごくホットな気持ちになりました。
素敵な作品をありがとうです。
完結、お疲れさまでした。
- 394 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月04日(火)22時44分58秒
- 完結、お疲れ様でした。
昨日ゆっちさんサイトをたまたま覗いたら、書き上げたっておっしゃって
ましたので、今日はずっと楽しみにしていました。
せつないけど甘い、ひたすら静かに涙が溢れるような、本当にイイ作品でした。
自分の思い描く、最高のラストでした。
素敵な世界をどうもありがとうございます。
ゆっくり休んで下さいね。
- 395 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月04日(火)23時29分12秒
- 複雑に絡み合った謎が段々と解明されていく心地よさ。
それと同時に2人の真実を知るたびに湧き上がる切なさ。
そして、ラストシーンのすがすがしさ、ささやかな希望の光。
ただ、ゆっちさんの筆力に脱帽です。
完結、お疲れ様でした。。。
- 396 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年02月05日(水)01時37分21秒
- 脱稿おめでとうございます。
上手くは言えませんが、この作品に出逢えて本当によかったです。
心の底から、ありがとう。
そして、お疲れ様でした。
- 397 名前:婆金 投稿日:2003年02月05日(水)02時53分13秒
- 完結お疲れさまでした。
最初から最後まで、そしてその先まで
本当にタイトル通りで、心揺さぶられました。
かっこいい作品に出会えて、嬉しいです。
ありがとうございました
- 398 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)09時35分32秒
- 素敵でした。
読み終わった後、こんなに優しい気持ちになれるとは・・・。
お疲れ様でした。
- 399 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)09時57分44秒
- 完結お疲れ様です。
待っていた分喜びもひとしおで、でも終わってしまって残念という
相反する気持ちが同居しています。
読後に幸福感が残る素敵な作品をありがとうございました。
えーっと、また待たせていただきます。
- 400 名前:よすこ大好き読者。 投稿日:2003年02月05日(水)12時50分03秒
- 完結お疲れ様でした。
感動&泣きました。。。
素敵な作品をありがとうございました。
- 401 名前:娘。 投稿日:2003年02月08日(土)17時15分41秒
- ありがとう
- 402 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)20時36分12秒
- お疲れ様でした。
うまく言い表せなくて悔しいのですが、
こう、なんと言うか、いろんな感情をじっくりと味わうことができ、
さらに、いろんな気持ちをもらった気がしています。
一体何が言いたいのか、よくわからない感想ですみません。
とにかく、
本当に、本当にありがとうございました。
- 403 名前:ゆっち 投稿日:2003年02月19日(水)13時24分37秒
- レスありがとうございます
>391オガマー様
まったく最高ではないのですが
長い間お付き合いありがとうございます
>392ヒトシズク様
お待たせしてすみません
読んでいただいてありがとうございます
心から感謝です
>393名無しどくしゃ様
ありがとうございます
感謝の気持ちでいっぱいです
>394名無し読者様
サイトまで来ていただいたんですね
ありがとうございます
>395名無し読者様
筆力なんてまったくないのですが
そんなふうに言っていただいて感謝です
ありがとうございます
- 404 名前:ゆっち 投稿日:2003年02月19日(水)13時25分33秒
- >396ごまべーぐる様
ありがとうございます
何とか完結することができました
>397婆金様
かっこいい話を目指したのですが
こういう結末になりました
ありがとうございます
>398名無し読者様
ラストはこういう感じにしかできないタイプのようです
読んでいただいて、ありがとうございます
>399名無し読者様
ありがとうございます
今後もなにかの形で書いていくつもりです
よろしくお願いします
>400よすこ大好き読者。様
とんでもないです
最初の作品から長い間お付き合いありがとうございます
>401娘。様
読んでいただいたんですね
ありがとうございます
>402名無し読者様
こちらこそ本当にありがとうございました
読んで頂けることが心の支えです
- 405 名前:ゆっち 投稿日:2003年02月19日(水)13時33分41秒
- お礼遅くなって申し訳ありません
少し脱力してしまってました
しばらくは自サイトでやっていきたいと思ってます
ずいぶん時間がかかったことをお詫び致します
読んで頂いた方
感想まで書いて頂いた方
本当にありがとうございます
- 406 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月18日(火)01時20分14秒
- ほぜん
- 407 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月23日(日)20時29分33秒
- age
- 408 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月23日(日)22時45分12秒
- 保全の必要はあるのか…?カンケツズミダヨネ?
- 409 名前:凄い 投稿日:2003年04月03日(木)11時35分52秒
- お疲れ様でした。
凄く感動して、凄く泣きました
出来たらまた書いてください。
ありがとうございました。
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