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ESCAPE

1 名前:書く人 投稿日:2002年06月16日(日)00時06分38秒
目指すはシリアス系。味気ない文ですが、レスいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします
2 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時11分14秒

 天気予報なんて当たらない。
 一体いつまで降るつもりなのだろう。
 かれこれ一週間は降っている‥気がする。 霧のような雨。
暖かい雨。
お寺の縁側から見える山が霞んで映り、とても幻想的で、此処だけ別世界なのではと瞼を擦った。
でも、目の前に広がる世界、その時 私が立っていた世界、両方ともちゃんとした現実で。
何度 瞼を擦ろうと母が死んでしまったことになんら変わりはなかった。
「お母さん‥死んじゃった」
不思議なことに涙は出なくて、頬に触れても、指先に伝わってくるのは少しカサツク皮膚の感触。
 そのことが私のギリギリの精神に追い討ちをかけていた。

3 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時16分16秒

 大好きな母にもう二度と会えないのに。
 あの声がもう二度と名前を呼んではくれないのに。
 なんで涙が出てこないの?
 自分に生を与え、幸福を教えてくれた人がいなくなったのに、悲しくないの?
「冷たい奴だね、私って」
 母の友人、親戚、母の母と父‥つまりは おばあちゃんとおじいちゃんたちの鳴咽が式の途中、至る所から漏れてきてた。
 顔にあてられたハンカチ。
 鼻をすする音。
 私は母の写真が見ていることができず、膝に置いた拳を握りしめて、弔問に訪れた人々があげてゆくお線香の火を見つめていた。
 飾られた母の写真がどんなに微笑んでいようと、私には母の笑顔が、涙を流さない私に対して恨めしく歪んでいる気がしたのだ。

4 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時19分46秒

 式が終わった後、生前母にお世話になったと言う人や、親戚らしき人が 入れ代わり立ち代わり私に話しかけてきた。
 そのたくさんの言葉は皆ありきたりなものばかりで、いっそ何も言わないでくれてる方が有り難く感じた。
 暫くして、ぽつりぽつりと人が帰って行っても、父が帰ろうと遠くから呼んでも、私は動けない。
 真新しい喪服の匂いと 微かに染みついている お線香の匂いは嫌でも悲しい現実を私にダイレクトに伝えてくるから 私自身 早くこの場から立ち去り、服を脱いで 身体にまでついてるであろう匂いをお風呂で洗い流したかったのにもかかわらず、身体は凍ったまま。
 ぼんやりと外を眺めてた。
5 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時28分17秒
 まだまだやまない雨音。
 三度目の正直があるのなら、明日には晴れるはず。
 でも、私の心は晴そうにない。
 どんなに凄い天気予報の学者でも、こればっかりは予知できないだろう。


「大丈夫?」


 くせのある声と共に、誰かが傍に寄ってくる気配。
 古いお寺の床がギシギシと一定のリズムを刻んで鳴る。
 かなりの間を置いてから私は振り向いた。
 だれ?

 そこに立っていたのは、私よりも二才か三才くらい上の、身体の線が細い少女。
 恐らく高校生になったばかりだと思う。
「愛ちゃん‥‥」
 悲しそうな笑顔で私の名前を その人は呟いた。
6 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時35分04秒

 母の知り合いだろうか?
 遠い親戚なのだろうか?
 褐色の肌と、前髪はぴっちりとサイドにわけてあり、長い黒髪は肩に垂らしてある。
 どこかエキゾチックな雰囲気を持つ人だった。
 不謹慎なことだけど、その女性の喪服姿はとても妖艶なモノを感じさせ、胸の奥がトクンと小さく鳴った。
 それが何を意味するのかは、この頃の私はまだ気付いていない。 その人は私のそんな胸の鼓動には何も気付かないで隣に立つと
さっきまでの私と同じように雨の向こうの山を見つめて喋りだす。「私も泣けないの」
「‥‥‥」
「悲し過ぎて、泣けないみたい」
 そう言って笑った声は震えてて、私は笑えない。
 梨華との出会いは、のちに再会と分かる。 その後も暫く雨は降りつづけた。

7 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時39分22秒

 学校の帰り、いつものように亜弥とあさ美の三人で街をぶらついてた。
 大学受験に向けて勉強しなきゃいけないんだけど、図書館に行こうか〜、などと話しに立ち上るものの、結局はこうやって意味もなく遊んでる。
 遊ぶと言っても、カラオケ・ゲーセン・マックとかに行く程度。 特別これといった遊びはない。
 もし、身近に『特別』があるなら体験したい。
 嫌なことを忘れさせてくれるようなコト。 過去も今も明日も見失わせてくれるコト。 今すぐ此処から、今すぐ過去から抜け出したい。

 
8 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時45分22秒

「愛ぃ、これからカラオケいかない?」

 ボーっと歩いてる私に、悪友の亜弥が 近頃脱色したと嬉しそうに話していた栗色の髪を弾ませて、携帯をマイクに見立て歌う真似をする。
「今日こそは愛に勝つんだから」
 前回 採点式のBOXに行った時のことを言っているのだろう。
 初めは面白がってやっていたものの、遊びとは言え負けるのが嫌いな私と、闘争心に火をつけた亜弥は喉がつぶれるまで競ったのだった。
 結果は私の全戦全勝なわけで。
「どうでしょう?勝てるのかな?」
「なにそれ、なんかムカツクぅ」
「前みたいにオールするのやだからね」
「ミートゥー。次の日の授業ふけちゃったもん」
 もうこりごりだと亜弥は うんざり顔。

9 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時47分42秒
 その表情が いつも元気な彼女には似つかわしくない滑稽なもので 思わず吹き出してしまう。
「なんで笑うの〜?‥って、あさ美まで」
 よく見ると亜弥の隣にいる あさ美までクスクスと笑ってる。
 口に手をあてて お上品に肩を上下に揺らしてる。
「だって、亜弥ちゃんの顔が‥」
 お餅みたいに柔らかそうな白い頬が少しだけ赤い。
 おっとりとした喋り方と黒いロングの髪、雪のように白い肌。
 父親は代議士で、通学は車で‥絵に描いたような お嬢様。
 唯一の幼なじみ。

10 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時53分53秒

「顔がなんだってぇ?」
「それは‥ね、愛ちゃん」
 私にふりますか。
「ね、あさ美」
「なによ 二人とも。‥よしっ!今日もし私が勝ったら あの指輪買ってもらおっと」
 笑う私と あさ美からプイっと顔を背けて亜弥は 通りかかった店のショーウィンドウへ軌道修正。
「は?指輪?なんでそうなるの」
 亜弥はたまに突拍子もないことを言う。
「二人して意地悪すから。あっ、あれがいいなぁ」
「高っ!!」
「そうかしら」
 値札に驚く間抜け面な私と、目を輝かせてガラスにはりつく亜弥、なかなかいいわね〜なんてノンキに言うあさ美が、カタチを少しだけ変えてショーウィンドウに映ってる。
 ところで、あの値段にそうかしらって‥あさ美‥‥。
 さすが人生の勝者。

11 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月16日(日)00時59分17秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

12 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月16日(日)02時12分28秒
見た感じ文章が整ってて面白いです!自然な感じの日常とかも実際にありそうな感じでいいです!
これからも頑張って下さい
13 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月16日(日)03時14分53秒
高石でしょうか?
なんか最初から凄く引き込まれます。
この先どうなっていくのか凄く続きが読みたいです。
頑張ってください
14 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時44分10秒

 亜弥のお目あての指輪は、ちょっと古めかしいデザインリング。 シルバーのリング台にのっている赤い小粒のルビーが照明の下で魅惑的な色を鈍く放ってる。
「綺麗だけどさ‥ケタが一つ多いって、亜弥」
 亜弥につられてそんな夢みたいなまばゆい光に私もつい見入ってしまったけど、

[¥100,000]

 現実はキビシー。
 目線を下にずらして見えた値札が、一気にテンションを下げる。「一万ならいいの?じゃ、こないだ渋谷で見つけたやつにしよっかな」
「もう一つケタ下げて‥」

15 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時46分51秒

 情けなく言う私に亜弥は片眉だけを器用に上げて、
「はぁ?千円?‥ふ〜ん、歌を歌わせたら右に出るものがいないと言われる天下の高橋愛がそんな弱気に勝負するんだぁ」
 わざとらしく顎に手をあて私をチラッと見上げる。
 なんかムカツク。
 私は亜弥が負けた時のことを思って安くしてるのに、なんてね。 実は結構 勝つ自信がない。
 物がかかった時の亜弥の異常なまでの勝負魂(火事場のバカ力)がいかに凄いか知ってる。
 それで何度泣いたことか。

16 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時51分00秒

「なんとでも言いな。挑発にはのらないよ」「え〜、あの指輪ほしい〜ぃ」
「ちょっと駄々こねないでよ。あさ美ぃ」
 道端で駄々をこねる高校三年生って かなりイタイ。
 さっきから会話に入ってこない あさ美に助けを求めると 今までの私と亜弥のやりとりを全く聞いてなかったみたい。
 何かをボーッと一点を見つめていた視線をたっぷり十秒は置いてから 私に向けた。
「あさ美?だいじょうぶ?」
「え?なんで?」
 なんでって、問題集の分からないところで行き詰まっているような顔してるんだもん。「なんか難しい顔してたから」
 あさ美の場合の難しい顔って、世間で言うとこの間抜け面ってのは内緒。

17 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時52分52秒

「あぁ‥えっと‥此処にこんな店あったんだなぁと思って」
「そういえばそうだね」
 一歩、二歩と下がって店の外観を見ても記憶にはなく、やはり初めて見る建物だ。
 路地裏に近い 目立たない場所にあるから気付かなかったのか。 飾ってある指輪や首飾り、その他の物と同じような年代を感じさせるように造られた店で、ショーウィンドウの向こう側に見える店内も、真っ白な電灯じゃなくて、薄暗いシャンデリアが天井から吊されてとても中世的。 こうゆうのってなんて言うんだっけ?

18 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時56分11秒

「アンティークジュエリーの店かもね」

 駄々っ子モードを解除した亜弥が面白くなさそうに言う。
 亜弥ナイスッ!
 まさにビンゴ。
「そうだ!それそれ」「なに〜?愛ってこうゆうの好きなの?」
 さっきまで誰も相手にしなかったからかなり不機嫌な口調だ。
 自分だって指輪に見とれてたくせに。
「いや好きとゆうか」 少し惹かれるものはある。
 そう。自分でも知らないうちに惹かれてて、店の様子を伺ってしまってるし。
 中に入って見たいと思ってる。
19 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)03時58分44秒

「あのさ――」
「ねえ、少しだけ寄ってもいいかな?」
 私を遮り、そう言ったと同時にあさ美はレトロな深い茶色のドアの金ノブに手をかけてさっさと店に入ってしまった。
 チリンチリーン、と可愛らしい音が 唖然と立ち尽くす私と亜弥の耳に響く。
 あさ美って 大人しいけど、マイペースで意外と大胆な娘なんだよね。
 どうしようか?とアイコンタクトすると、亜弥は大袈裟に肩をすくめて溜息をつくふりをした。
「あさ美お嬢様のおおせのままに、でしょ?」
「ですね」
 亜弥に振り回されてる私とあさ美なようで、実は あさ美に振り回されてる私と亜弥。 どちらにしろ振り回されてる私ってダメじゃん‥。
20 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時05分53秒

 コレを貰ったのはいつだったか確かな記憶はない。
 ドラマみたいな素敵なシチュエーションではなかったと思う。
 ごくごく普通な。
 「はい、プレゼント」って感じ。
 だけど、貰った時の言いようのない嬉しさと恥ずかしさは よく覚えてるんだよね。
 心がこもってるのが渡す時の その笑顔から伝わってきてた。

 
21 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時08分49秒

 あの店に寄った後、お約束どおりにカラオケへと直行。
 景品は指輪。
 しかも、あの指輪。「てことで、あさ美が景品を用意する係ね」 亜弥が物珍しいアクセサリーに囲まれて興奮したその場のノリで言ったことが、何故か異論なく進んでた。
 あさ美なんて、
「分かった〜。まかせといて」
親指立てるし。
 まあ冗談だとは思うけど。
「なに頼む〜?」 
「いつものでいいよ」「右に同じく」
 はぼ週三は通っているから特に選ぶ気にもならない。
 ろくにメニューも開かないで亜弥が適当に頼んで、暫くすると顔馴染みのバイトのコがポテト、烏龍茶、ピザ‥を運んできて テーブルに並べた。
22 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時13分45秒

 いつものメンバーでいつものメニュー。
「ほんとよく飽きないよね」
 芋類が大好物なあさ美がポテトを何本かまとめて口に入れるのを笑ったら、
「おまえもな」
と、無意識にポテトにのばしていた手を目で指された。
 曲選びより食べることに集中する私とあさ美とは違い、亜弥は鼻歌まじりにページをめくってる。
 すごく居心地が好かった。
 世間から隔離されたこの空間が、私の安息の地。
 でも、今日は少しだけ違う。
「あーやあややっやっやっやっやぁ♪」
「いいぞぉ〜あさ美ぃ」
 亜弥と同じく興奮が冷めないのか、私への罪ほろぼしなのか、あさ美は珍しくハイテンション。
 両手を交互に上げたり下げたりする変なふりつけつきで歌う。
23 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時17分35秒

「‥‥‥。」

 二人の盛り上がりとは逆に、私は言葉では言い表せないもどかしい気分に陥ってる。
 亜弥とあさ美を眺めながら、熱気の溢れる個室の中で一人、悲しみと懐かしさが混ざり合った複雑な面持ちで制服の上からソレに手をあてていた。
 首にしてるペンダントヘッドを、久しぶりに意識してしまう。
 昔はペンダントヘッド代わりにしてるソレが服の下で揺れる度に泣き出しそうになってたくせに。
 久しぶりと言っておきながら、今だって本当は毎日眺めているくせに。
 そうやって物思いにふけてる間、何度かあさ美の視線を感じた。
24 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時18分42秒

 目が合うとあさ美は何か言いたげに口を開きかけ、唇をかむ。
 その瞳は、ご主人の顔色を伺う忠実な犬のようでもあり、罪びとを優しく包み込む聖母のようでもあった。
 ごめんね。でも、私は全てを受け入れてるから。
 そう言ってる気がした。
 ねえ、あさ美。
 落ち込んでいるのは、あさ美のせいじゃない。
 まだどこか断ち切れない自分がいけないんだよ。
 だから、あさ美がそんな目をする必要はないんだよ。


25 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時20分29秒

 いい加減、コレ捨てようかな?
「愛ぃ 辛気臭い顔してないで歌おうぜ〜」「ぜ〜」
「マイクで叫ぶな!」 ほんとしょーがない悪友どもだ。
「一番 高橋愛。『みずいろの雨』いっきまーす」
 マイクをうけとっておもいっきり歌う。
 服の下でペンダントヘッドが揺れる。
 ‥‥捨てられるわけがないよ。
 悔しいことに、裏切られたショックよりも、月日が経つにつれて増す愛おしさの方が勝っているから。
 だから この指輪は捨てられない。

26 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時26分07秒

 おばさまが亡くなったのは、私と愛ちゃんが中学生になって初めての中間テストが迫っている時期でした。
 じめじめした空気が肌にまとわりついて不快な六月の半ば。
 その年は、今までに類を見ない長期間で雨が降り、お葬式のあった日も当然雨は容赦なく降ってました。
「私もうダメかもしれない」
 乾いた声で寂しく笑う愛ちゃん。
 こうゆう時になんだけれど、愛ちゃんは喪服が似合うと思いました。
 黒が似合うからでしょう。
 普段 励まされてばかりの私は、今度は私が愛ちゃんを支えなきゃ‥そう自分に言い聞かせてました。

27 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時29分30秒

「ダメなんて‥愛ちゃんらしくないよ!おじさまもいるし‥‥私もいるから」
 ちょっと声が大きくなってしまった私を、愛ちゃんのクリッとした瞳が驚いたように見つめていて、急に恥ずかしさが込み上げてきて俯きました。
 愛ちゃんはなかなか何も言ってくれないんです。
 「そんな気安め言わないで」とか「あさ美がいてもしょーがないじゃん」でもいいから何か言ってほしい。
 なんの感情もこもっていない笑顔より、怒ったり、呆れて笑う声が聞きたい。
 そう必死に願いました。

28 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時34分52秒

「お母さんがいなくなったからダメなのもあるんだけど‥」
 部屋に立ち込めていたお線香の香りが薄くなり始めた時、愛ちゃんはさっきよりも幾分しっかりした口調で喋りだしました。
 顔を上げると愛ちゃんは 微かに開いた襖から見える外を 幻を追いかけるような目で眺めてました。
「私の顔‥見て」
 不意に振り返った愛ちゃんの顔は 生気を感じさせない、黒目がどんよりとしてて、思わず息を呑んでしまって。
「元気がない、ってこと?」
「ううん、違うよ」
 意図が全く掴めません。

29 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時37分54秒

 愛ちゃんは私が答えられなくてもあまり気にしてないみたいで、また少しだけ外に視線を映してから、
「泣いてないでしょ?」
自嘲気味に問い掛けてきました。
「私どっかおかしいのかも。ダメなのかも。お母さんが死んだのに‥なんで?なんで泣かないの?こんなに悲しいのに。こんなに胸が苦しいのに‥」
 虚ろだった呟きは激しさを増してゆき 悲痛な叫びに変わりました。
 でも、愛ちゃんの悲しい声とは裏腹に、その目に涙は流れることはなくて。
「愛、どうしたんだ!?」
 その場は 愛ちゃんの声で異変に気付いたおじさまや親戚の方によってなんとか治まったものの‥。
30 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時40分40秒

 私は、大人しくなった愛ちゃんの後ろ姿に泣きそうになってました。
 このまま愛ちゃんはどうなるのだろう?
 本当にダメになってしまうかもしれない。 ‥‥私じゃ支えになれない?
 その日はずっと傍にいるつもりだったのに家からの呼び出しがかかり、私は 式の途中で帰らなくてはいけなくなりました。
 それが間違いだったんです。
 その時 帰ってしまったことを私は今でも後悔しています。
「あさ美っ♪」
 次の日に会った会いちゃんは 昨日のことが嘘のように笑顔で。「お、おはよう‥元気だね」
 それを望んでいたのに、何故か あまり嬉しくなかった。
31 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時46分30秒

 私が愛ちゃんを笑顔にしたんじゃないと分かっていたから、愛ちゃんの笑顔を素直に喜べなかったのです。
 気持ちが歪んでました。
「それがさぁ‥」
 私が帰った後にあった出来事を嬉々と話す横顔を見るのが辛い。 この頃のことを思い出すと、当時の私が本当に私なのかと不思議になります。
 幼さからくる愚鈍な嫉妬心や、焦り、不安が私を変えてたのだと思います。
 今はそんな焦りなどを感じる必要はないから大丈夫です。
 時折その影を見せるものの、
 愛ちゃんを救い、愛ちゃんを裏切った彼女は、もういないんですから。

 
32 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)04時47分07秒
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
33 名前:書く人 投稿日:2002年06月18日(火)04時57分47秒
すみませ。
携帯で書いてるので
かなり改行とか変かもです。

12名無し読者さん>レスありがとうございます。
出だしはかなり気合い入れたので整っているように見えるだけかもしれないです(汗
続くよう頑張ります。

13名無し読者さん>レスありがとうございます。
高石ですっ!
今回は 見た感じだと高紺ぽいですが(汗
頑張ります。

34 名前:書く人 投稿日:2002年06月18日(火)05時04分09秒
訂正です。
レス30の
×:次の日に会った会いちゃんは
は、
○:次の日に会った愛ちゃんは
です。
35 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時45分18秒

 外に出ると街は色鮮やかなネオンで賑わっていた。
「涼しいね‥」
 あさ美が風で乱れる髪を耳にかけながら呟く。
 明るい繁華街をバックにする清楚なあさ美の立ち姿は、実に不思議なコントラストを描いてる。
 その呟きどおり、頬なでる夜風は梅雨のじっとりした湿気を含んでおらず、清々しい。 久しぶりに飲んだアルコールで火照った身体には調度いい感じ。 遠くから、酔っ払いの陽気な歌声や男女数人の楽しげなお喋りが聞こえてきた。
「なんか気持ちーね。‥このまま」
 このまま この夜に溶けてしまえれば 楽になれるのに。

36 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時47分08秒

 たくさんの人々の夜に酔う陽気なバカ笑いに耳を傾けて闇に潜められたら、と本気で思ってる。
 いつ爆発するか分からない爆弾を胸に秘めて生きるくらいなら
いっそ‥‥。
「結局またこんな時間だぁ」
 携帯のディスプレイを覗いて亜弥が叫ぶ。 時は既に シンデレラの魔法が解ける時刻を過ぎていた。
 私の魔法も解けてきてる。
 抑えていた胸の痛みが本格的に疼きだしそう。
 アルコールじゃ誤魔化せない。
「勝負は次回に持ち越しケッテー」
 亜弥は完全にできあがってて、話す声のキーが心なしか上がっていて聞き取りずらかった。

37 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時48分54秒

「じゃっバイバーイ♪」
 帰る方向が違う亜弥は反対の道へと消えていった。
「バイバイ」
「亜弥ちゃんおやすみ〜」
 そして、私たちは亜弥とは逆の道へと足並みを揃える。
「亜弥のやつかなり酔っ払ってるよ。だいじょぶかな?」
「亜弥ちゃんはいつもああじゃない?それより愛ちゃんは 大丈夫なの?」
 頑張って歌ったせいで紅潮した頬をひらひらと右手で扇ぎ あさ美が顔を覗きこむ。
 私もつられて扇ぐ。
38 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時51分42秒

「ん〜?平気。久しぶりだから 少しきてるけど」
「愛ちゃんもいつもきてるじゃない」
 思わぬ言葉に一瞬止まると、
「うそうそ。そんなに驚かないでよ」
慌てて両手を胸の前でブンブン振る。
「あ〜 今かなりヘコんだぁ」
「ごめんねごめんね」 他愛ないやりとりを交わして繁華街から段々と遠ざかった。
 私とあさ美を照らす明かりが、人通りの少ない道に ぽつぽつと点った心細い外灯だけになってくると、それにともなって会話が途切れた。
 黙って隣を歩く あさ美を見ても 言葉が出てこない。
 心なしか風が熱を帯びだして 肌の上をねっとりと滑る。

 気持ち悪い――

39 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時53分02秒

「大丈夫?」
 あさ美が再び訊いてきた。
 だけど、今度はもっと心配そうに。深刻そうに。
「うん。覚めたよ。二日酔いまではいかなさそう」
 おどけて言った私とは対照的に、あさ美の表情は冴えない。
 怒っているともとれた。
「‥‥今日はどうするの?」
 あっ、口調が怒ってる。
 その一言で何が大丈夫なのかが分かった。「今日はいいよ。お父さんいるし。それに最近 頻繁に外泊してるからアイツがちょっとね」
「そう‥おじさまがいるなら安心ね」
 覗きこませていた顔が緩み、ホッと息をついた。

40 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時54分32秒

 私なんかより あさ美の方が心底安心してるのが とても可笑しい。
「でも、無理はしないで。ウチならいつ来てもいいからね」
「分かってる。じゃね」
 あさ美はまだ何か言いたそうにしていたけど、これ以上 優しくされると余計に心配させるようなことを言ってしまうから、二人が別れる十字路に歩調を早めて 背を向けた。「じゃ、明日ね」
 背後から あさ美の声が聞こえる。
「あと‥ごめんね」
 やっぱり気にしてたんだ。
 あさ美は気を遣い過ぎだよ。
 全然気にしてない、と言う代わりに手を振った。
 すると、あさ美の足音が動きだす。
41 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時55分59秒

「いつもありがと」

 その音が聞こえなくなってから、誰にも届かない声量でやっと言った。
 正面きって言うのは恥ずかしいから 舌先に転がしとくんだ。
 一人になると途端に色々な思いが津波の如く押し寄せてきて、頭も心もパンク寸前。
 気を紛らわす為に空を見上げても、星は目で数えられるくらいしか出ていない。
 家はもうすぐそこ。 あの日から もう三年近く経った。
 もっと遡れば まる六年?
 でも、歳月なんて関係ないし。
 門の前に立つと 身体が知らないうちにガタガタと震えてくる。 何年経とうが慣れるわけがない。

42 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)17時58分08秒

 二階の部屋の明かりがカーテンの色を淡く輝かせてる。
 お父さん帰ってきてるかな?
 不気味に静まりかえった住宅街に、冷たく重い鉄格子の錆れた音が吸い込まれてゆく。 この瞬間は いつだって私を 中学三年のあの日に戻す。
 あさ美、私 嘘ついてるんだ。
 今日 空に輝いてる星の数だけじゃ足りない たくさんの嘘。
 それはちょっと大袈裟かもしれないけど。

43 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)18時01分28秒

 躊躇する私に、ドアは突然開かれた。

「おかえりなさい」

 声が出てこない。一歩も動けない。

「何処に行ってたの?」
「‥‥お父さんは?」
 『今』と『過去』の手は がっちりと私の足首を掴んでいて、

「まだ帰ってきてないわ。それよりも‥」

 私は此処から抜け出せない。

44 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月18日(火)18時02分43秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

45 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月19日(水)00時45分45秒
なんか凄い痛いことになりそうな予感…
こういう話大好き。頑張って下さい。
46 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年06月20日(木)00時01分26秒
この間の13番です。HN書き忘れてまして(^^;ゞ
携帯から書いてるんですか?分かりせん。
この後がどうなってくのか凄く気になります。
高橋どうなるのかな…
47 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)01時51分14秒

 夕暮れの部屋に、ドアの隙間から一筋のオレンジの光が入りこんできていた。
「んっ‥ちょっ、と‥‥やめて」 
 塞がれていた唇を強引に離す。
 それでも身体だけは、まだあの人の腕の中にあった。
「なんで‥ですか?」 強気に言うつもりが、出した声はあまりにも弱々しい。
 当然の反応、あの人は少し笑って、その優雅な仕草で髪を耳にかけた。
「だって、可愛いから」
 ふわっと耳に吹き込まれて、私の身体は痺れそうになる。
 私の反応を見てあの人は満足げに目を細めると、
「ねえ、面白い話してあげよっか?」
引き寄せる腕に力を込めて囁いた。
48 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)01時53分27秒

 悪戯をしたくてウズウズしてる子供みたいだ。
 こんな顔は初めてみ気がした。
 中等部の窓から見つめていただけの頃には見られなかった 先輩の本当の顔。
「聞きたくない?」
「‥‥とりあえず離してくださ‥」
 そう言って目を背けた時、壁にかかった一枚の鏡の中に彼女が立っていた。
 ストレートの黒髪にクリッとした瞳。
 透るような白肌は溜息が出る程に私の心と目を奪う。
 そして、その存在を知ってか知らずか、あの人は腕を緩めようとはしないで、私の返事も待たずに喋りだす。 この場にそぐわない陽気な声で。
49 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)01時56分37秒

「梨華ちゃんは可愛いから特別に教えてあげるね」
「‥いいです」
 嫌な予感がする。
「まあまあ聞いてよ。ああみえてね意外と‥‥淫乱なんだな〜」
 『淫乱』を強調して、急に声が大きくなった。
 すると、不思議なことに鏡の中の彼女の表情が遠目からでも分かるくらい真っ青に‥。 彼女は何かを知っている。
 いや、この場合、あの人が彼女の何かを知っているのか。
 私は、抗うのをやめた。
「‥いいコだね」
 好奇心が勝ってた。「続けるよ‥‥」
 そして、全てを知った時、私は一体どんな目を鏡越しの彼女に向けていたの?

50 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時01分40秒

「愛ちゃんっ!!」

 あの人の話しはまだ続きそうだったけど、最後まで聞くには辛過ぎて、鏡から完全に消えた彼女を追った。
 笑い声と、叫び声、走り去る音が頭の中をぐるぐると漂う。
「ねっ?面白かったしょう?」
 何も聞かなければよかった。
 何も見なければよかった。
 愛ちゃん、いかないで。お願いだから。
 私を連れ出せるのは貴女だけなの。
 永遠に追いつくことのない小さな背中。
「愛ちゃん、いかないでよぉ‥」
 夢は いつもそこで終わった。

51 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時05分40秒

 あぁ‥またあの夢。

 寝ぼけて霞む目に見えるのは、太陽に照らされてキラキラと輝きながら何処までも紡がれた道。
 そんな中、梅雨の束の間の快晴に、タイヤと地面の激しい摩擦音が響き渡る。
 車体の悲鳴が小刻みな振動へと変化して座席から伝わって気持ち悪い。
 スピードをもう少し落としてからアクセルを踏めばいいのに‥。 左手を口もとにあてた私の様子に全く気付かずに男は煙草を吸いながらハンドルを握ってる。

52 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時09分03秒

「ったく。この辺りは道が狭くて頭にくるなぁ」
 低い声で唸ると 前方に見える車にクラクションを鳴らした。
「車はとろいし」
 キュッと鳴る高い音とともに 車は閑静な住宅街に佇む 赤茶色のレンガ造りのマンションの前で止まった。「やっと着いた。早く降りろよ」
 煙草臭い息が乱暴に言う。
 「本当に此処でいいのか?」
 あんなに話し合ったのにまだ何か不満があるの?
 今ならまだ間に合うんだぞ、とA4サイズの封筒を数枚取り出してちらつかせてくる。「嫌なの?」
「そりゃあ 通勤が面倒だからな」
「車で三十分。調度いいじゃない」
「お前なぁ‥」
 カチッとライターを開いて煙草に火をつけて気怠そうに煙は吐かれた。

53 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時10分59秒

 男には最低の場所なのだろう。
 それもそうだ。
 恋人との逢瀬にも何かと不便なのだから。 延々と続きそうな愚痴に目を閉じると 純粋に この土地の空気を感じられた。
 気持ちいい。
 スカートが風で揺れて、はらはらと膝下で踊り もやついた気分が 今日の空と同じ色になった。
 目を開けると、ずっと先に鳥が飛んでいるのが見える。
 鳥は苦手だけど こうやって空を舞っている姿は まあまあ好きかな。
「そういえばさ、お前昔 此処の辺りに住んでたんだっけ?」
「‥少しだけね」
 何故か こうゆう話しになると、私の声は小さくなる。
54 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時12分33秒

 ほんの数年だけ住んでいた街。
 何処に何があったとかなんてあまり覚えてない。
 まあ、地形がある日突然に変わっていない限り 特別分からないことはないと思う。
「だから此処にしたわけ?」
 煙と一緒に吐き出された この問いは、男にしては珍しく私に関心を示してしている。 私は すぐには答えないで小さくのびをした。
 答えは、ノスタルジックな感情からとか、この街が凄く良かったからとかじゃないのは確か。

55 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時14分54秒

「此処からなら 飛び立てる気がするの」
「は?」
「どこまでも、どこまでも。ずーっと先まで」
 視界からはいつの間にか鳥は消えていて、代わりに、向こう側の空が淀んできているのに気付く。
「ホントお前って時々分からないこと言うよな」
 そろそろ行こう、と男は言って、ぼんやりと雨雲が来るのを見てる私の手を掴んだ。
 掴まれた部分の体温が一気に下がる。
 冷たい冷たい金属を繋がれたような錯覚。
56 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時29分33秒

 今はまだ籠の中だけど、いつかは自由にどこまでも息をきらして飛んでゆける。
 迷ったって構わない、引き返せなくたって構わなかった。

 
57 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月20日(木)02時42分34秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

58 名前:書く人 投稿日:2002年06月20日(木)02時49分10秒

更新しました。
おもいのほかレスいただけて嬉しいです。
励みになります。

45 名無し読者さん>レスありがとうございます。
やはり痛いですよね(汗
甘い場面も書きたいので精進します。

46 ぶらぅさん>レスありがとうございます。
高橋さんには頑張ってほしいです(何を?
辛いことが続きそうなので。

59 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時03分17秒

 六月△日。晴れ。
 今日もまた寄った。 やっぱりほしい。
 バイトしよっかな。 早くしないと売れちゃうよ〜。

 六月×日。晴れのち雨。
 最悪な日。朝は晴れてたのに放課後 待ち伏せていたかのように雨が降った。
 傘がなくて困っている時に限って あさ美は委員会、亜弥はサボり。
 仕方なく濡れて帰ろうとしたら アイツが迎えにきた。
 今日は店に行けなかった。

 六月○日。曇り。
 まだあった。
 亜弥にカラオケに誘われたけど断った。
 最近 付き合いが悪いと文句を言われた。 バイト雑誌買ったのはいいが受験のことを思うとなかなか踏み切れない。

60 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時05分34秒

 六月◇日―――

 今日もまた私は あの店の前で立ち止まっていた。
 初めの何回かは店の中に入って見てたのだけど、毎日のように通って店員に不審がられるのも困るから 今はただ外から眺めてる。
「ほしいなぁ‥」
 そのことが余計に思いを募らせた。
 バイト‥‥か。
 ショーウィンドウに少し太めに映る自分に深い深い溜息をついて歩き出す。
 近くの公園で適当に空いているベンチを見つけると いらない紙を敷いてから座った。 このベンチだけ砂場に近いせいか 風に舞い上げられた砂埃が積もって 他のベンチに比べ鮮やかな空色の塗装が濁ってる。

61 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時08分13秒

「サービス系、事務系、体力系‥お水系」
 漏れる声は あまりパッとしない。
 ページをめくる手も鈍る。
 この際 仕事内容は問わないんだけどね。 問題は時給よ時給  高校生だからって安く雇おうって魂胆がみえみえ。
「‥‥ダメでもともとで お水系とかにしよっかなぁ」
 時給二千円。十八才から。週払い。服貸します。
 条件は完璧なんだけどもね〜。
 私 まだ十八じゃないし、高卒じゃない。 現役ばりばりの高校生。
 付け加えるなら 背が低くくて たまに中学生にも見られるし。 これ以上は伸びないんだろうなぁ、で、また溜息。
62 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時25分25秒

 自分で自分を そんなふうに思ってたら 情けない気分になってきて 視線を雑誌から上げた。
 さき程までベンチでくつろいでいた人々の姿はなく、少し離れた所で誰かが歩いているのが見えた。
 やけに歩くのが遅くて、ちょっと恐い。
 お年寄りが散歩でもしてるのかな?
 気になって見てたけど、夕焼けが眩しくて、人が歩いていること以上は何も分からなかった。
 公園を囲む木々が初夏の風に撫でられてゆらゆらと揺れてる。
 髪を梳く風が心地好いな〜、なんて思ってた ほんの数分の間にも 陽はかなり傾きかけてた。

63 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時28分50秒

 ‥‥そろそろ帰ろっと。
 このままじゃ、今にも沈みそうな太陽につられて こっちまで沈んじゃいそう。
 鞄に雑誌を仕舞おうと再び視線を下に向けた。
 その時、人影が私を覆った。

「愛ちゃん」

 えっ?

「‥あ、さ美?」

 呼ばれた先には あさ美が悲しそうな顔をして立っていた。
 そう見えたのは 夕焼けが いつもより輝いていなかったせいだと思う。
 きっと‥‥たぶん。
64 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月21日(金)22時29分45秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

65 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時14分51秒

「あさ美‥‥」

 俯いているわけでもないのに 顔には暗い影ができていて、眩しいはずの夕焼けが あさ美だけを照らしていない感じ。
「もう、おどろかせないでよ」
 場の空気が重くて、精一杯の笑顔で 驚いたふりをしても あさ美は何も言ってこなくて。
 頼りない瞳で黙って私を見てる。
 沈黙、沈黙、また沈黙。
 空虚な層が二人の間にできる。
 なんで‥‥そんな目で見るわけ。
 哀れな者を見るみたいに見ないでよ。
「あさ美なんでここにいるの?何してんの?なんか言いなよ」
 全てを見透かしているような 私を見下げる瞳に向かってまくし立てた。

66 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時18分22秒

 ここ最近の出来事で知らず知らずのうちに溜まっていたらしいストレスが余計にそうさせる。
 これじゃただの八つ当たりじゃん。
 私の悪い癖だ。
 しまった、と心で舌打ちしてももう遅かった。
「‥‥ごめんなさい」 風に躍らされる長い黒髪が横顔を隠すけれど、案の定 あさ美の瞳に困惑の表情が見てとれる。
「あっ、いや‥‥こっちこそごめん。なんかきつかった。‥あさ美も座りなよ」
 ベンチの隣を叩くと、私の手が置かれたその場所を一瞬 躊躇したもののあさ美は私から顔が見えないように俯き気味に座った。

67 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時23分47秒
 今日のあさ美は、やけにに素直だ。
 あさ美のことだから意地張って帰るかと思ってたのに。
「珍しー。帰えるかと思ったよ」
 あさ美の意外な行動に内心驚いていながらも意地悪く笑って言う私に、あさ美の肩がピクッと反応した。
「そんなこと‥するわけ」
 そこまで言ってから、視線を辺りに迷わせる。
 もしかしたらあさ美自身も自分のした行動に驚いているのかもしれない。

68 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時29分33秒

「‥‥私 見てた。愛ちゃんが あの店の前で止まってるの。声かけようかと思ってて、でも、かけられなくて」
 二人の髪が風に煽られて 薄暗くなった宙の中で絡み合う。
 一つになる黒と茶色の二つの筋。
 あさ美の訥々とした喋りに耳を傾け、近くに佇むビルにぼんやりと青白く映る月に、私の視線は注がれてた。 初夏。月。あさ美と私。
 雨を含んだ柔らかい地面から立ち上る あの日と同じ空気の匂いが 生まれたばかりの青葉の香りと共に鼻をくすぐって、私を過去へと誘う。

69 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時33分40秒

 あの日、最後に見た梨華の表情も 今日の月のように青白くて 強張っていて。
 それ以上に、鏡に映っていた自分の顔は白かった。
「気してる?」
 あぁ、でも、そーいえば。
「何が?」
 私を見た あさ美の方が真っ白な顔してたかも。
「‥指輪のこと」
「ちょっとだけね。それよりもさ、あさ美は知ってるんだよね?コレが梨華から貰ったものだって。なんで知ってるの?」
 私は狡い。
 自分の気持ちをはぐらかして あさ美を逆に責めたりして。
 襟元に手を突っ込んで 指輪を通したネックレスを取り出して
戸惑うあさ美の目の前で揺らした。

70 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時37分22秒

「それは‥愛ちゃんが前に言ってたじゃない」
 月明かりを反射して煌めくチェーンとシルバーのリングが眩しいのか あさ美は長い睫に縁取られた瞳を さっと外した。
 膝の上に置かれてる二つの小さな拳がキュッと握られて うっすらと細い血管の筋が浮かぶ。
 もちろん私は言った覚えはない。
 なにかのはずみで見られたことはあったとは思うけど。
「まあ、いいや。てゆーか、あさ美が そんなこと気にしないでよね」
「‥無理だよ‥気になるよ。ねえ‥‥大丈夫なの?本当に石川さんのこと‥」
 あさ美は昔からそうだった。
 その名前を口にする時 私に顔を見られまいと俯く。

71 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時50分44秒

 私はあさ美の言葉をすぐさま遮った。
「コレと似たような指輪を見つけて 過剰に反応する あさ美の方が大丈夫なのか心配だね。それと‥」
 他人の口から梨華の名前を聞くのは嫌い。 それがどういった感情からくるものなのかは分からない。
 理屈とかそんなんじゃないし。
 遮られたまま口を行き場なくパクパクさせたままの あさ美に私は一呼吸置いてから 「梨華のことは言わないで」
声を低くして言い放った。
 誰の口からも その名を聞きたくない。

72 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)01時54分25秒

「‥‥‥愛ちゃん」
 梨華のことで訪れる気まずい空気には お互い慣れっこで。
 これもまた よくある日常の風景で。
「‥‥‥‥なに?」
 でも、あまり上手くいかなくて。
 忘れたい私と忘れさせたい(はずの)あさ美の思いは空回りしてるのが現状。
「また雨降り出しそう」
 空を仰いで あさ美が言う。
 私は その横で大人気なくまだ不機嫌に月を見つめてる。
 って言っても、月なんか見えてない。
 あさ美の言う「雨の予兆」‥灰色をした雲が月を隠す。
「帰ろう?」
 あさ美には感謝してるけど。ありがとうって心の中でいつも言ってるけど。

73 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月25日(火)02時00分07秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

74 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月25日(火)18時13分02秒
高橋と石川に何があったのか気になります。
続き期待しております。
75 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)04時59分31秒

 遠い親戚だと紹介された彼女は とても綺麗な少女でした。
 とおった細い鼻筋、魅惑的に潤んだ切れ長の瞳、薄く開いたピンク色の唇から白い歯が覗き。
 華奢な肩、細い腰、涼しげな白のワンピースから伸びた スラッとした手足。
 褐色の肌は 夏の太陽の下で健康的に輝いていて。
 笑顔は少しだけ彼女を幼く見せて。
「こう見えても 愛ちゃんとあさ美ちゃんよりも三才上なんだよ」 その声は 甘い甘い砂糖菓子みたいで。
 夢のような少女でした。
 幸の薄い、どこか影のある少女でした。

76 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時01分18秒

 放課後、相変わらず私は窓辺から、校庭を歩く愛ちゃんの後ろ姿を黙って見送っていました。
 今日も天気は すぐれません。
 ずっと向こうに見える たくさんの屋根は雲と同じグレーの濁った色に染まっていて、この街全体が荒廃しているようで、深い深い溜息をつくと 窓を閉めました。
 気が滅入ります。
「どうしたの?」
 少々乱暴に閉めた窓の音に、何事かと携帯から顔を上げた亜弥ちゃんと目が合う。
 その顔 猫っぽいなぁ‥と思ったら、
「ううん、別に」
自然に微笑むことができました。

77 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時03分49秒

 公園での事以来、愛ちゃんは何かが ふっ切れたのか、たまに自分の方から指輪の話しや彼女‥‥石川さんの話しをするようになりました。
 愛ちゃんの話しに黙って私は相槌を打ち、何も知らない亜弥は頭に疑問附を浮かべる。 そんな光景が よくある日常の風景になりつつありました。
 そして、毎日のように あの店の前で立ち止まり、思いをはせることもまた愛ちゃんのよくある日常の一貫になりました。

78 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時11分49秒

 一度 冗談ぽく「買ったら?」と言ってみたら、愛ちゃんは苦笑いをして 高校生では考えられない値段を言い、「だから、バイトしようかな‥って」とポツリ。
 もう苦笑いは消えていました。
 代わりに真剣な目で考え込む愛ちゃんがいて、背中に冷たいものが走りました。
 愛ちゃんを何がそこまでそうさせるのか? 確かに愛ちゃんの持つ指輪と 売られていた指輪のデザインは全く同じです。
 アクセサリー関係の仕事につきたいと彼女は言っていたらしいけれど、だからといってその指輪が彼女に繋がっているだなんて‥。

79 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時13分35秒

 ただたんに 彼女がその指輪を真似て作って愛ちゃんに贈っただけの話し。
 私の言うことは何一つ的外れではないと思います。
 しかし、そんな私の思いを伝えたなら、愛ちゃんは きっとこう言うでしょう。
 それでもいい、と。

80 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時21分28秒

 忘れよう、忘れたい、忘れさせて、お願いだから。
 そうもがいていながらも 愛ちゃんは心のどこかで求めているのです。
 再び石川さんが救ってくれることを。
 彼女と繋がりがあると思われるあの指輪を手に入れたいとゆう代償行為がそれを物語っています。
 石川さんは今、何処で何を思って今日のこの空を見上げているのでしょうか。
 自分だけ逃げるように飛び立ち、愛ちゃんを傷付けたまま。
 
「亜弥ちゃん そろそろ帰ろう?」
 長考し過ぎてふらつく目頭を押さえると、カチカチとメールを打つ亜弥ちゃんに声をかけました。

81 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時24分32秒

 形の良い爪が 物凄い早さでメッセージを打ち込んでゆきます。 何をするにもトロい私からしてみれば 目が回る早さ。
「愛のやつ また先に帰った〜?」
「‥みたい」
 指の動きも目線もそのままで亜弥ちゃんは一向に帰る気配がありません。
 あまりにも懸命に打つものだから、誰に送るんだろうなんて思っていると、何も聞いていないのに、この前の合コンで知り合った人に‥だと説明してくれました。
 私って顔に出やすいのかしら?
「あさ美が もたもたしてる間にゲットしたんだ〜」
「だって‥なんか恥ずかしくて‥」

82 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時30分12秒

 そのことを思い出すと意味もなくあたふたしてしまいます。
 ねっとりとした視線、熱い息、汗ばんだ体温。
 いきなり隣に座られて 手を握られて‥。「あさ美お嬢様には刺激が強かったね〜。愛なんか手慣れてたけど」
 カチカチカチカチ。 リズムよく奏でられるプラスチック音は止まらない。
「あぁ、もしかしたら愛ってば 合コンの相手と会ってたりして」「それはないよ。いつものトコでしょう。こないだ会ったから」
 すかさず否定した私に亜弥ちゃんは やっと身体をこちらに向けて、ニヤニヤと上目遣いに私を見ました。

83 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時38分23秒

 こうゆう顔の時の亜弥ちゃんには要注意。「あさ美お嬢様は『愛ちゃん』のことをなんでも知ってるんですね〜ぇ」
「亜弥ちゃん‥何が言いたいの?」
「べっつに〜ぃ」
 言うのも野暮だと亜弥ちゃんは教科書を数冊ロッカーに隠し、鼻歌を歌いながら教室から出ていった。
「‥‥なんでも知ってなんかないよ」 
 亜弥ちゃんの後を追うのも忘れ、一人 教室に残された私は両手の平を見つめて思います。
 私が知っていることなんて この手の平に納まる程度の事しかない。
 知りたい。
 もっと知りたい。
 両手から零れ落ちるほど。
 私の手ではアナタを救えませんか?

84 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)05時39分34秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

85 名前:書く人 投稿日:2002年06月26日(水)05時51分15秒

74 名無し読者さん>レスありがとうございます。
石川さんと高橋さんの話は まだまだ先になりそうです。
紺野さんの回想シーンで断片的には 書いて行きます。

(;^▽^)<石高を期待している方(いるのかな?)、今しばらく お待ち下さい。

86 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時33分07秒

 一昨日より前の帰りがけ、履歴書を買おうと思って ノートとかシャーペンの芯をよく買いに行く文房具店に寄った。
 けれど、その日は何故か休みで。
 仕方なく ほとんど来たことのない道を通って駅ビルの大きな文房具店に行った。
 てゆーか、後々 考えてみればコンビニでも履歴書って売ってるんだった。
 買い終えて、車が ひっきりなしに行き交う十字路に架かる幅の広い歩道橋を、薄紫にぼやけて沈む夕日を眺めながら歩いてた。
 真っ赤な夕焼けなら明日は天気だって聞いたことあるけど、この場合は どうなのだろうとか どうでもいいことを考えてた。
87 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時36分11秒

 運命って必然なことなんだよね?
 だって『運命』と書いて『さだめ』なんだから。
 始めから決まっていることなんだから。
 どんなに抗っても逃れられない事。
 それじゃあ 今 あの後ろ姿を瞳に私が映すことも運命ってことなの?
 まさか‥偶然‥‥でしょ?
 そう思いながらも
運命を感じて鳥肌を立てている私を梨華は笑うよね。
 私だって笑っちゃったよ。

88 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時38分04秒

 悩んだ末に 私はバイトをすることに決めた。
 手早く稼げて あまり苦にならないモノ。 今日は部屋で右手でページの端を持ち、情報誌を広げて ベッドの上に寝転んで お菓子をポリポリと検討。 と言っても 実はもう一つだけ面接に行ってきた。
 連絡は早くて明日くれるらしい。
 ダメ元で受けに行ったトコだから 良い結果を期待はしていないけど。
 でも、私の機嫌は上々で。もうあの指輪を手に入れたつもりでいる。
 ページをめくる手も軽い軽い。
 最近あさ美の家に行ってないなぁとか、亜弥との勝負つけてないなぁとか‥心の片隅で気になってたことも 鼻歌で流せた。
89 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時40分42秒

 私の眼下に広がるのは薔薇色の世界‥なはずなんだけど、
「愛ちゃーん、ごはん出来たよー」
 来たよ、来た来た。 階段を上るスリッパの音と 大嫌いな呼び声が 私の弾む心を一気に萎ませた。
 おおげさに溜息をつき 雑誌を伏せ ベッドから体を起こした。
 いらないと言ったって どうせアイツは部屋まで入ってくる。
 なら 大人しく出ていった方が賢い。
 何かにつけて反抗していた頃の自分を思い出すと、世の中をなんの問題もなくスムーズに生きようとしている今の自分が随分 冷めてしまった気がしてやるせなくなる。

 
90 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時41分58秒

 でも、これでいいんだ。
 割り切ることも 愛想笑いも 生きて行く上で必要不可欠なのだから。
 ベッドのに腰かけてドアに体を向ける 自分の姿がドレッサーに映って見えた。
 あの頃の私とは違うんだから。
 自分に皮肉っぽく笑いかけて立ち上がり
ドアノブを握った。
「早くっ。冷めちゃうよー」
 今年 二十四になるアイツの 歳と図体に似合わないブリッコな声が ドアに迫ってきている。
 お父さんは アイツの何を気に入ったのだろうか。
 これは私の永遠の謎だ。

91 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時43分33秒

 当時 十九だったアイツは今に比べたら
まだ普通の女子大生って感じで 中一だった私から見ても 優しそうな年上のお姉さんだった。
 美しい長い黒髪を特に結びもしないで腰の位置まで垂らし、モデルばりのスタイルは
目を奪う程に完璧で、そこら辺に歩いているような美人さんとは違った。
 だから、まだまだ子供だった私は、こんなに綺麗な人ならお父さんも好きになっちゃうよね。なーんて納得してた。
 今思うと猫かぶりもいいとこ。
「今‥行くから」
 わざとらしく 低い声を出して ドアを開けた私を、アイツの満面の笑みが待ち伏せていた。
92 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時45分20秒

「あのね、今日ね、カオリ頑張ったんだよー」

 開けた途端にこれだもん。
 さっきまでのハッピーだった私の気も知らないで。
「どうしたの?」
 大きな瞳が心配そうに覗き込む。
 あれから五年ちょいの歳月を経て アイツの髪は茶色くなり、美貌にも一段と磨きがかかった。
 料理をしていたため長い茶色の髪は束ねられ 毛並みの良い品格のある馬の尻尾みたいな艶を放っている。
 まさにポニーテールだ。
「べ、べつに‥いいから顔近づけないで」
「ははーん。さてはカオリのエプロン姿に見とれてるなー」
 こうゆう電波なとこは変わっていない。
93 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時55分09秒

 エプロンを誇張して私に見せつけてくるモデルポーズに呆れ、
「夕飯呼びに来たんでしょ?下行くから」
そのまま通りすぎた。「あっ、待ってよ」
 慌ててポーズを解除してアイツもついてくる。
「今日はソースカツ丼だよーん♪」
 そう言いながら アイツは無理矢理に私の腕を組んで、狭い階段を二人並びで下り始めた。
 母が死んでから すぐに父は再婚した。
 その相手が、アイツ=カオリ=飯田圭織。 父と結婚する前は、都心の美大に通っていたらしい。
 父とは二十六、私とは七、梨華とは四の年の差。
 そんなメチクチャな年の差も感じさせず、カオリはいとも簡単に輪に入ってきた。 
94 名前:ESCAPE 投稿日:2002年06月26日(水)21時56分13秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

95 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)22時04分39秒
ますます気になってく展開ですね。
石高自分は好きなんで来るのお待ちしてますよ(w
がんがってください
96 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月10日(水)21時40分03秒
まだっすか〜???(w
97 名前: 投稿日:2002年07月12日(金)21時36分10秒
この、お話し好きです!
頑張ってください!
98 名前: 投稿日:2002年07月12日(金)21時37分07秒
上げちゃいました。
ごめんなさい。
99 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)00時57分40秒

 雨が降り去った後に訪れた 切ない夕日。 薄紫を溶かしたような淡いオレンジの光がビルの隙間を 擦り抜けて 私を照らしてくれた。
 私を導いてくれた。 ふと見上げた先に
十字路を跨いで交差する大きな歩道橋があった。
 素敵な必然。
 思い通りの偶然。
 どちらにしろ いつかは出会うと分かっていたから。
 忙しく行き交う車の音も、首筋をつたう汗も 何も不快に感じなくなっていた。
 眩しいくらいの夕焼けの中に あなたを見ていた。
 伸ばした この手を握りしめて。
 夕日に掻き消されてしまう前に。
 遠くに見える雨雲と共に運命が去る前に。
100 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)00時59分03秒

 起きたのはお昼の一時頃。
 久しぶりの寝坊。
 でも、特に慌てもしないで時計を寝ぼけ眼で見つめてから、また毛布を被った。
 今日こそは荷物を片付けなきゃとか、お昼は何を食べようとか、考えながら暫くベッドの中でゴロゴロ。
 ようやく視界が鮮明になりだし頃、鼻の頭から上だけを毛布から出した。
 カーテンが閉まっているから外の陽気は分からないけれど、たぶん雨が降っているのだろう、六月も下旬になると言うのに部屋の空気が随分冷えている。
101 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時01分07秒
 こんなに寒いのに、デパートではかなり前から水着が陳列されていたし、街を歩いていてもノースリーブの人や軽装の人が多い。  まあ それはお天気がいい日の話しなわけなんだけど。
 私の場合はTシャツを着るにしても その上にもう一枚何か羽織らないと寒くて。
「寒いよぉ‥」
 今日一日こうやって毛布に包まって のんびり過ごしたい〜、なんて思って あと五分あと十分と時計と睨めっこ。
 でも そうゆわけにはいかなくて。
 寝室の押し入れから覗く封をきってない段ボールの山。
 そろそろ片付けないと怒られちゃう。
102 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時02分29秒

 仕方なく渋々 体を起こして のびを一つした。
 学生の時よりも のんびり目覚められるだけいいじゃない‥。
 どこか不機嫌になりつつある自分を そう納得させて カーテンに手をのばした。
「天気予報あたってないし‥」
 昨日の夕方に見ていたニュースで 自信たっぷりに『明日は晴れるでしょう』と言っていた あまり予想が当たりそうにない陰気くさい男性キャスターの顔が浮かんだ。
 今度から違うチャンネルを見よう。
 って、それより洗濯物どうしようかな。
 マッタリしたい私の気持ちとは逆に することはたくさんある。
103 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時03分50秒

 片付けだけで夕方迄家に時間を取られると思うと考えただけで頭が痛い。
 なのに、こうゆう時でもお腹が空いちゃうのが悲しい。
 素足の裏をピリピリと冷たく刺すフローリングを のたのたと歩いてキッチンに向かった。
104 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時05分23秒

 あっ、あっ、手が手がちぎれるぅ。
「きゃうっ」
 漫画の活字みたいな声を出して尻餅をつく私。
 ドテンとフローリングに引き寄せられる段ボール。
 鉛でも入ってるんじゃないかと疑いたくなるくらい重い。
 でも、誰にも文句なんか言えない。
 だって、そのぉ‥コレ自分の荷物なんだもん。
 こぽこぽとお湯の沸く音がする優雅な午後の一時に私は こんな力仕事を始めてた。
 トースト一枚のエネルギーじゃ段ボール二つを運ぶのが限界。
 今日は これぐらいでいいよね。
 頑張ったお陰でリビングの面積が段ボール二個分は広がったもの、ね。
105 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時06分28秒

 ほんの申し訳程度に出来た、人が一人座れるスペースに満足。
 あとすることは‥。 う〜ん、いいや。
 とりあえず お茶にしよう。そうしよう。 強く打ったお尻をさすりながら体を起こした。
 既に沸点に達しているヤカンが真っ白な湯気をのぼらせ、ヒューヒューと私を急かす。 蓋からはお湯が溢れ出して 熱くなったガス周りに飛び散ってジュッと微かな悲鳴を上げて 一瞬にして蒸発していた。
「っっ!!」
 声にもならない叫びってこうゆうこと。
 取っ手まで伝わっていた熱に お約束みたいに熱がる私って‥。
106 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時07分47秒

 色んな意味でちょっと半泣きになりながら手を流水で冷やしていると 革靴のような固い足音がマンションの廊下から聞こえた。
 目的が不確かな、廊下を迷走する音。
 ここの住人ではなさそうだった。
 少しの間 このフロアをうろうろとした後、その足音は ちょうど私の部屋か隣の部屋の前辺りで止まり インターホンを押すでもなく動きをみせない。 初め 新居者を目的とした新聞の勧誘かと思っていた私は、予想とは違う不審な気配を悟り、キッチンから離れた部屋のドアに神経を集中させた。
 顔が強張ってゆくのが分かる。
107 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時08分56秒

 顔が強張ってゆくのが分かる。
 もしかして今流行りのピッキング‥とか? チェーンかけておけばよかったなぁ。
 冷やす手もそこそこにして蛇口を捻った。 キュッと閉まった音とステンレスの流しに落ちた水滴の音が切迫した緊張を高める。
 調理用具の入った引き出しを静かに開け、さすがに包丁は躊躇われて胡麻すりに使う棒を取り出した。
 ないよりはマシって感じで。
108 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時12分50秒

 フローリングの上を音をたてないように玄関のドアに近づいた。 自然と息が止まる。(恐いよ、逃げたいよう)
 腰をひきながら覗き穴を覗こうとした時、そこで意外にもそう思う私よりも先に足音の方が逃げた。
 ――カッカッカッカッカッカッカッカ。
 ―カッカッカッカ
 弾けたように突然 走り去る。
 
109 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時14分17秒

 足音は暫く消えなかった。
 一体なんだったのかな‥。
 気が抜けて、右手に握っていた胡麻すり棒がスルリと手の中から抜け落ちた。
 寝起きの心臓にはいいとは言えない。
 
 ――ピンポーン。

 ‥‥もうっ!誰なのよ!なんなのよ!
「はいっ!どちらさまですかっ?」
 ドアを乱暴に開けると、雨降りとは言え
暗い玄関には充分過ぎる外の光が差し込んできて目を眩ませた。
 そのせいで目の前に立つ人物の顔も姿も上手く見えない。
 やだ、私ったら。
 ちゃんと確認してから開ければよかった。
110 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時15分47秒

 そう後悔してるのに、恐いと頭では思っていても、不思議と心は正常に脈打っていた。「だれ‥?」
 なんとなくその人は私に微笑んでくれているような気がした。
 何故だかなんて根拠はない。
 強いて言うならば、その人の背中に見えかくれする太陽の光が温かったから。
 雨は いつの間にか小降りになっていて
雲の合間から 柔らかい陽が私を照らしていた。
「ダメじゃないですか、ちゃんと確かめてから開けないと」
 太陽をバックにしたその人の笑顔に神々しさを感じ ほうける私の額をコツンと拳がこずいた。
111 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時18分39秒

「‥‥吉澤さん、か」「あ〜、その反応ヘコむなぁ」
「ちがっ、そうゆう意味じゃ」
「冗談ですよ。からかいがいがあっていいですね」
 彼女の求めていた通りに焦った私を、彼女は口元に人差し指をあててクスッと笑う。
 その仕種は 普段 大人びている吉澤さんを可愛くみせた。


「もしかして、ご機嫌ななめですか?」
 さっきの出来事で放置していたお湯は冷めかけていて、今はお茶よりも冷たいジュースが飲みたいからヤカンの中身はそのままにしておいた。
 過度の緊張で喉が渇ききっていた。
112 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時20分48秒

 グラスにオレンジジュースを注いでいると、リビングのソファに腰かけた吉澤さんが遠慮がちに声をかけてきた。
 私よりも背の高い吉澤さんが上目遣いに様子を伺ってくる姿は いつもの二人の位置と違って面白い。
「ちょっとね。変なことがあって」
 照れ笑いをして答えた私に 吉澤さんは表情を和らげて、
「いきなり訪ねたから怒ってるのかと思いましたよ」
と言って、
「そういえば この部屋の前で誰かうろついてたな〜ぁ。まあ、女の子だから不審者とは思えないけど」
今度は真面目な顔をしながら付け足した。
113 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時22分43秒

「女の子‥?そうだ、オレンジジュースで良かった?」
「全然オッケーっす。ありがとうございます」
 トレイに乗せてきたグラスをテーブルに
そっと置く。
 茶色に脱色された髪をサラッと揺らして
吉澤さんは そこまで畏まらなくてもと思うくらい丁寧に頭を傾けた。
 良い子なんだけど今だに敬語なのが ひっかかる。
 年だって一歳しか違わないのにな。
  グレーのスーツの上着を脱いで寛ぐ端正な顔立ちの彼女と、七分丈のシャツにGパン姿のアニメ声な私。
 第三者から見たら
きっと吉澤さんの方がずっと年上に見えるだろう。
114 名前:ESCAPE 投稿日:2002年07月26日(金)01時25分54秒

「ねえ、いい加減 敬語やめよう?」
「‥じゃあ、梨華さんは私のこと『吉澤さん』て呼ぶのやめて下さい」
 まずはそれから、と吉澤さんはまた意地悪く笑い、白くて長い指でグラスを引き寄せ
上品なベージュのルージュをひいた唇に運んだ。
 氷が崩れてグラスにあたり 涼しい音を響かせる。
 ソファにもたれてグラスを持つ吉澤さんは一枚の絵になっていて、つい見とれてしまった。
 
115 名前:書く人 投稿日:2002年07月26日(金)01時36分23秒
更新しました。
1ヶ月放置していました。すみません。

95 名無し読者さん>レスありがとうございます。
石高好きな方がいて良かったです。
なのに、なかなか再会しない二人(ニガワラ

96 名無し読者さん>レスありがとうございます。
大変お待たせ致しました。

97・98 翔さん>レスありがとうございます。上げ下げは気にしてないので大丈夫です。
頑張って更新するので読んでやって下さい。
116 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年08月08日(木)18時14分53秒
おぉ!久しぶりに来たら交信してあって嬉しい(w
吉澤も出てきましたね。
女の子とはひょっとして?(w

作者さん携帯で書いていると言ってましたけど今もそうなんですか?
凄いですねー。あぁ自分も書いてみたい。。。(w
117 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月19日(月)23時09分04秒
マータリ待ってますよ〜
118 名前:書く人 投稿日:2002年08月30日(金)16時40分43秒
一ヶ月ぶりに更新しました。
待っていた方がいましたら 申し訳ございませんでした。
他に浮気してました。

116 ぶらぅさん>レスありがとうございます。
13人全員出すつもりではいます。
携帯が主ですね。

117 名無し読者さん>レスありがとうございます。
(;^▽^)<お待たせしました。
119 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)16時42分22秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

120 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)16時43分04秒
 会いたくない。

 神様は意地悪。
 
 会いたい。

 神様は慈悲深い。

 みんなを惑わせ見守っている、本当のアナタは どれですか?
 
 空を薄紫に染める夕焼けが……目にしみてきた。
 黄色い月がぼんやりと世界を見下ろして
笑っている。
 真の支配者。
 チェシャ猫の厭らしい笑顔と、アルテミスの高貴な冷笑、二つの矛盾した笑みを連想させました。
 全てを闇に返す為に、太陽は沈みます。  でも、光りはまだ消えません。
 それは二人の淡い希望にも似た灯でした。
121 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)16時43分58秒
 一人は、天へと続く階段の前で頭を抱えており、もう一人は羽を失い、地に生える樹の根に足をとられて救いを待つ。
 それでも、めぐり逢う運命。
 悪夢のような奇跡に私は立ち尽くしていました。
 しかし、二人が握る細い糸は 手繰り寄せられることはありませんでした。
 幕は開きませんでした。
 交わる二つの歩道橋は ちょうど十字架のようにクロスを作っていて、『カミサマ』
『ウンメイ』などと言う 陳腐な単語を私に思い起こさせました。 信じる?信じない?信じたい?
 いや……私の ちっぽけな考えなんてどうでもいいんです。
122 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)16時44分42秒

 広くて狭いこの世界で 二人は再び出会いました。

 
123 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)16時45分46秒
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
124 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時22分40秒
 カタンと乾いた音を立てて グラスがテーブルに置かれた。
 吉澤さんは笑顔はそのまま、しなやかな白い指先で金髪にも近い茶色の髪を耳にかけると、部屋の中を無造作に見渡す。
 部屋の片隅に積まれた段ボールに視線を止めた時、笑みが深さを増した。
「まだ片付いてないんですね。引っ越してからどれくらい経ちましたっけ?」
「……まだ一週間よ。それに、さっきまで片付けてたわ」
 吉澤さんは いっつもこうやって私をイジメる。
 黙ってれば可愛いのに…。
125 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時24分35秒
「わたし手伝いましょうか?」
 グラスについた水滴をなぞる私に、思いついたふうな言葉がかけられた。
「それならすぐ終わりますよ」
 拗ねる私を知ってか知らずか、そう言いながら吉澤さんは、仕立ての良いクリーム色のブラウスの袖を捲くり上げる。
 ……まあ、基本的にイイ子なんだよね。
「ありがとう。でも、あとは明日やっちゃうからいいよぉ」
「遠慮しないで下さいよ。わたし体力には自信ありますから」
 捲くり上げたブラウスから晒された ほどよく筋肉のついた腕で、吉澤さんは力こぶを作る真似をして、ソファから立ち上がった。
126 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時25分37秒
 そして、積まれた段ボールの一角に手を伸ばす。
 美人で、性格は男前で、
「これ何処の部屋に運びます?……うわっ!」
 意外と、ドジ。
 吉澤さんはコンセントに足をとられ、両手で抱えていた段ボールから飛び出し床に散乱したモノの中にダイブしたのだった。
127 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時26分48秒
「吉澤さん大丈夫!?」

 ――応答なし。

 ばらまかれた雑誌と本へ突っ伏した吉澤さんに慌てて駆け寄り、震える手で髪にそっと触れたものの、ピクリとも動かない。
 もしかして打ち所が悪かったのかな!?
 そうよね、あんな派手な音立てて倒れたもんね!?
「け、け、け、警察に、警察に電話しなきゃ」
 早く、早くしないと吉澤さんが――。


「……あー、もう駄目だ」

「っ!?」
 リビングの棚にある電話を掴んだ瞬間、背後から突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには ムックリと頭だけを起こして私を見て笑っている吉澤さんが。
128 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時28分01秒
「梨華さん、こうゆう時は まず病院…」
 のろのろと体を起こし、折れ曲がったスカートの裾を直す。
 特に怪我をした様子のない吉澤さんの姿に、呆気にとられる私の手から受話器がスルスルと滑って落ちた。
 これは…騙されたってこと?
「警察に電話は 2時間ドラマの世界っすよ」
 悪びれたふうもなく、吉澤さんはニコリ。「お医者さんの奥さんが 病院に電話しなくてどーすんですか?
梨華さんらしくて可愛いですけどね」
 さらにニッコリと笑い、外れてツーツーっと鳴っている受話器を元に戻した。
129 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時29分21秒
 そして、フローリングに膝をついてしゃがみ込むと、雑誌類を拾い集めて段ボールに綺麗に積めながら、
「先生は 梨華さんみたいな可愛い人と結婚できて幸福だなぁ」
弾むような声で私に振り向いた。
「そうかな…」
 その言葉に私は、からかわれたことも忘れて曖昧に笑う。
「ええ」
 吉澤さんは頷いて、テンポ良く作業を進める。
 時折、物珍しげに雑誌をパラパラとめくっては、
「これ何年前の雑誌ですかぁ?平成12年てことは…」
「う〜ん、四年前?」こんなやり取りをしたりした。
「昔のやつばっかですね」
「そうだねぇ」

130 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時37分03秒
 自分でも この段ボールに どんな本や雑誌を詰めたかは覚えていない。
 もしかしたら、ずっと開けずに押し入れに封印しておいたものなのかも。
 それを裏ずけるように 手に取って見た本は吉澤さんの言う通り、どれも随分古いものばかり。
 学生時代の頃に読んだ懐かしい本もあって、少しだけ胸が締めつけられた。
 楽しかった日々。
 大切な人がいた。
 秘めていた夢があった。
 かなり普通な毎日だったけれど、幸福だった。
131 名前:ESCAPE 投稿日:2002年08月30日(金)21時38分03秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆


132 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時07分15秒

かなり普通の毎日。

 でも、もし私の今まで歩んできた全てを曝出したなら、人は愛想笑いさえ出来ないかもしれない。
 哀れみ又は罵倒されることだろう。

 優しい言葉をかけておきながら結局は自分のことが可愛い偽善者な奴。

 アナタが悪いんじゃない。あの女とあの娘がいけないんだ。

 愛情を与えられないで育ったから心が歪んでいる。

 アナタの選択は間違ってはいない。

 あぁ、どれも空虚な台詞。
 偽りの同情よりも私は強く罵られたい。
133 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時09分57秒
 時には本物の優しさも、安っぽい慈悲も、傷を癒すことは出来ない。
 負のエネルギーで成り立っている世の中、正のエネルギーでなんか救われない。 

『今日から此処がキミの家だよ』
『キミと結婚したい』

『今日からこのヒトがお前のお母さんだ』
『私が救ってあげる…』

 だからこそ 告白したいんです。
 愛ちゃん、ごめんなさい、と。
 今度こそ二人で抜け出そう、と。
 何にも心揺らされない世界へ。
134 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時11分01秒
 鉛筆の柔らかなタッチで描かれている本の挿絵は少しだけ色あせていた。
 特に印象的な絵が描かれているわけじゃなけど、内容よりも絵に惹かれてこの本を買ったんだよね。
「その表紙 綺麗ですね」
 本から顔を上げると散らばっていた本も雑誌も片付けられていて、吉澤さんが困ったように微笑んでいた。
「あ、ごめんね。ちょっと考えごとしてたわ」
「いいんです。散らかしたのわたしだし」
 吉澤さんは眉を下げて微笑みから苦笑いへと表情を変化させる。 本を閉じて その表紙を見つめながら、おもむろに私は思い出話しを語るような口調で喋り出した。
135 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時12分53秒
「雪の降る夜に森に捨てられた赤ん坊がいました……」
 赤ん坊は森に住む動物たちに育てられ、心優しい少年に成長しました。
 そして、ある日、少年は 一人の少女に出会い、人間の手によって破滅してゆく世界を解放する為に二人は旅立ちます。
 少女は少年から貰った指輪だけを持ち、
 家族も、思い出も、大切なモノを捨てて、新な世界の扉を開くべく走り出しました。

「……駆け落ち?」
 話しが終わった後、吉澤さんの口から出たのは ちょっとズレた感想。
 だからって 特別なにか凄い感想を求めていたわけじゃないからいいけれど。
136 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時14分39秒
「かなり違うけど…まあ、いいわ」
「わたしそうゆうの疎いんで」
 照れ臭そうに本を眺める吉澤さん。
 挿絵を気に入っただけで買った私も 実はこうゆう感じの本を読まないってのは内緒。 でも、読んだ後は内容も気に入った。
「表紙も綺麗なんだけど挿絵もいいよ〜」
「なんか上手く言えないけど 幻想的ですね」
「うん。こんなとこに行ってみたいなぁ…」 本に描かれたこの風景は きっと現実にはない世界。
 自分が求めている地がそこには存在している。
 仰ぐことは出来るが走っても走っても追いつくことは出来ない雲のように。
 所詮は理想の地。
137 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時16分01秒
「ねえ、吉澤さん」
「ん?なんですか?」 私から受け取った本を段ボールに仕舞う吉澤さんが こちらを上目がちに覗く。
「……ううん、なんでもない。片付けよっか」
 そう言って立ち上がった私に吉澤さんは不思議そうに首を傾げ
続いて立ち上がった。 窓の外から見えたのは ビルの間から 私を射る真っ赤な太陽。
 陽は既に沈みかけていた。
 
138 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月01日(日)23時17分06秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆


139 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月02日(月)02時08分21秒
お待ちしてました!
ん〜なんか不思議な感じが…
どうなるのかな…?!
140 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時14分04秒
「悲し過ぎて泣けないみたい…」
 少女は そう言って唇を寂しそうなカタチにした。
 心から滲む悲しみが私の傷を深めさせないように目元だけは少し微笑んでいる。
 私は少女から視線を外へと逸らす。
 少女もまた同じ方へと顔を向けた。
 やまない霧雨。
 さらさらと降り続ける。
 まるで私の代わりに母の死に涙しているようだった。
 暫く 少女も私も雨の向こう側に霞んで見える山々を黙って見つめていた。
 そして、少女が隣にいることを忘れかけていた時、不意に少女が声をかけてきた。

「愛ちゃん、私のこと覚えてる?」

141 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時14分56秒
 自信なさげに問いかける少女は、はにかんだ笑顔で私を覗き込んでいる。
 唐突な質問だな、などと思っていると、
「覚えてないのかぁ」 期待はしていなかったど…と 苦笑しながら少女は付け足した。 私のことを『愛ちゃん』と呼ぶからには
それなりに親しかったのだろう。
 そう考えながら改めて少女の顔を見た瞬間、あるイメージが頭を掠めていった。
 目の前に立つ少女に似た幼い女の子に手を引かれて走っている幼稚園生の私。
 後ろからは見知らぬ中年の男女が追い掛けてきている。
142 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時16分17秒
「愛ちゃんとは昔よく遊んだんだけどな」
 瞬きをした。
 なんだろう今のは。 もう一度 少女の顔を見たけれど、今度は何も見えなかった。
 イメージにしてはやけにリアルだったな。「昔遊んだ…?」
 復唱するように返すと、少女は今までとは違う華やかな笑顔で頷いた。
 この笑顔、見たことある。
 さっきのイメージは少女との昔の思い出が浮かんだものなのかもしれない。
「……名前」
「え?」
「名前…教えて下さい」
 雨に掻き消されてしまいそうな声で尋ねた私に、少女は ふんわりと微笑んで言った。

「石川梨華……お久しぶりです、高橋愛ちゃん」

143 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時17分15秒
 繋がったのは7コール目。
 時間が時間だったから繋がるか不安だったけど あさ美は やはり起きていた。
「………はい」
 眠いような不機嫌なような声がボソリと答える。
 これは起きていたってゆーより、
「ごめん、寝てた?」起こしちゃったってやつ?
「……ううん、明日の予習してた」
「あぁ…そう。ならよかった」
 どことなく続かない会話に気まずさを感じ、私はベッドから体を起こしてMDコンポの電源をいれた。
「なにか用?」
「いや、特に何もないけど……あさ美 何してるかなぁって」
144 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時18分16秒
 眠くて機嫌が悪いのか、それとも元々機嫌が悪いのだろうか?
 突き放したような口調に たじろいでしまう。
 自分のバカ…こんなこと言う為に電話したんじゃないだろ…。
 私の間抜けな返答に、携帯の向こう側から小さな溜息が漏れた。 何かあったのかな…もしかして私のせいっすか?と思い巡らせながらも私の手はリモコンを握ってMDの選曲している。
 これ聴くか。
 ボリュームを下げ、部屋に流れ始めたのは最新のJ−POP。
 ちょっと暗めで、でも、ラップ部分が気に入っている。
 ついつい鼻歌を歌って追随ちゃう。
145 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時19分48秒
「愛ちゃん?」
「ごめんごめん。MDいじってた」
「あのさぁ……もう切るよ…」
 そういえば、よく思い出してみると、今日の帰りも こんな雰囲気だったなぁ。
「今から そっち行ってもいい?」
 携帯を切りそうな
あさ美の言葉を遮り、私は思いきって言ってみた。
 たっぷり十秒は置いてから、
「……今日は無理」
 なんとなく返事は予想できてたけど。
「そっか…」
 いつの間にか部屋はバカ明るいメロディで溢れていた。
 宙を適当に掴んだら音符が掬えちゃうくらい。
 今の私には合わないBGM。
146 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時23分30秒
「……運命って…あるのね」
 感慨深く自分自身に呟いたような あさ美の声が聞こえる。
「でも、点と点が結び合わないと線が出来ないように…」
 それは段々と変化しさっきまでとは違うしっかりした声で喋り続ける。
「人と人が出会わなければ道も開かれないわ……上手くいかないね」
 その言葉の意味が気になって 先を促そうとしたが やめておいた。
 話したかったら あさ美は自分から言ってくるタイプだし。
「曲なに聴いてるの?」
「えっとねぇ…」
 あさ美は何事もなかったように話題を変えた。意図的ではない
自然な感じ。
 ふと頭に浮かんできたのは、この前の歩道橋でのことだった。
147 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月02日(月)18時25分24秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆


148 名前:書く人 投稿日:2002年09月02日(月)18時29分13秒
更新しました。

139 名無し読者さん>レスありがとうございます。
お待たせしました。
不思議とゆーか ワケ分からないって感じで読みにくいですね(汗

読みにくいかとは思いますがお付き合い頂ければ幸いです。
149 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時52分33秒

◆◆◆◆◆◆◆◆◆


150 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時53分25秒
 夕日、歩道橋、私、梨華、ビルの群れ。
 二日前、私は梨華を見た。
 確かに見た。
 歩道橋からその姿を見下ろす私に、彼女は手を伸ばした。
 瞼の裏に鮮明に焼き付いている、夕日に消されてしまいそうな微笑み。
「あぁ……うん…それでさ」
 なのに何故こんな普通に喋ったり、今までと変わらずに普通でいられるのか。
「え〜…マジで…?」 こうして冷静に、何も動揺せずにいられるのは、再会した事実を信じていないから。信じられないから。
 可笑しいよね、目までバッチリ合ったのにさ。
151 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時54分13秒
「勉強ばっかしてないで 早く寝なよ……うん…じゃ、オヤスミ…」
 だって絶対ありえないよ。
 話したかったことの1ミリも話さずに携帯を切って 背中からベッドに倒れ込んだ。
「ありえないよ…」
 そう呟くしか術がない。
 この街にいたからなんだ、梨華がいたからって…。
 私の前から梨華が姿を消して約三年経つ。 ずっと…ずっと思っていた。
 憎しみにも近い悲しみで いつかまた梨華に会えるのではないかと待っていた。
 仰向けのまま何気なく宙を掴んだ手の平。 四年前、右薬指にはめていた指輪はそこにはない。
152 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時56分36秒
『私が愛ちゃんを救ってあげる』
 裏切られた。
 梨華は私を置いて逃げた。
 待っていた……けど、私はもう信じない。 梨華のことも、梨華がいたことも。
「きっと似てる人を見ただけ……ううん…幻かも」
 この時期になると毎年 嫌でも考えちゃってばかりだし。
 神経が過敏になり過ぎてるとか。
 それとも、
「憂鬱な雨のせい…なんてね…」
 雨が窓にぶつる音が耳に入ってきた。
 段々と激しいものになり、どんよりとした粘着質の空気を裂いてアスファルトを叩く。「バイトの合否の連絡もこないし…最近ついてないなぁ」
 考えるのが面倒になって タオルケットを体にぐるっと巻いて瞼を閉じた。
 夕日に照らされた梨華の姿は オレンジ色の光へと溶け、私の周りは闇となった。
153 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時57分49秒
 まだ子供だった私には、気休めなそんな慰めの言葉しかかけてあげられなかった。
「愛ちゃんのお父さんはね、愛ちゃんの為を思って…」
 さっきからクッションに顔を埋めたまま
愛ちゃんは声を漏らさずに泣いている。
 しゃくり上げている小さな背中を私は撫でているだけで 他には何も出来ない。
 アナタたちは、私たちの気持ちを考えたことがありますか?
 アナタたちは、私だけじゃなく、愛ちゃんまで傷つけますか?
 人間は汚い。
 憎悪を押し殺して私は囁く。
「そう………愛ちゃんの為だよ…愛ちゃんの…」

154 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時58分58秒
 学校が終わり 真っ直ぐに家へと帰ると、玄関の前に見知った顔の少女が立っていた。「……梨華」
 弱々しく言って私を見上げたその目は、真っ赤に泣き腫らしていた。
 高校に友達がいなく、小・中学生の頃からの友達もいない私にとって、彼女は従兄弟でもあり唯一の友達でもある。
 何故自分に友達が出来なかったのかは随分後からになって理解した。
 とにかく、愛ちゃんは大切な人だった。
「愛ちゃん、どうしたの!?」
 愛ちゃんは瞳に溜まっていた涙を そっと指先で拭うと 私の制服の端を掴んで 恥ずかしそうに笑った。
155 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)00時59分56秒
「お父さんは お母さんのことを……もう忘れちゃった…み…たい…」
 震え声で気丈に言葉を紡ぐ愛ちゃんは、最後まで言い終えた途端にポロポロと真珠のような涙を流した。
 愛ちゃんの父親が再婚したらしい。
 彼の最愛の人であろう愛ちゃんの母親が亡くなってから まだ一ヶ月しか経っていなかった。
「私の為なんかじゃないっ!!」
 クッションから顔を上げて 愛ちゃんは叫んだ。
「梨華だって そう思うでしょ!?」
 整えられた爪がクッションの生地に深く食い込んでゆく。
 私は背中を撫でる手を止めて 涙の流れる頬に手を添えた。
156 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時02分47秒
「お父さんを信じないの?」
 涙の軌跡を親指で拭う。
 愛ちゃん、貴女にだけは私のように歪んでほしくない。
「私が言っても信じない?」
 人を信じる強さを持っていてほしい。
 世の人の真実が嘘でも笑って。
 建前でも許して。
「信じる…?」
 呆けたように声を舌で転がす愛ちゃん。
「駄目かな?」
 慌てて首を横に振る様子が可愛らしくて
ギュッと抱きしめた。 愛ちゃんもおずおずと抱きしめ返す。
「梨華…私、梨華のこと……」
 信じて。私が愛ちゃんを あらゆる痛みから解放してみせる。
 だから、愛ちゃんも私をずっと…ずっと放さないで。
157 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時03分36秒
 肩を揺さぶられて目が覚めた。
「……あっ、おかえりなさい」
 慌てて声をかけると返事代わりに肩を竦め彼は寝室へと行ってしまう。
 ソファに横たえていた体を起こし ボサボサになった髪を指ですいながら時計を見た。 針は午前一時を指している。
 仮眠をとるつもりだったのに、どうやら随分と眠ってしまったらしい。
 夕飯の洗い物をしようと立ち上がると、ズキッと鈍い痛みが肩や背中に走った。
 どうしたんだろ…筋肉痛かしら?
 疑問に思いつつキッチンに向かう途中、今朝まであった段ボールの山が消えていることに気付いた。
158 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時05分16秒
 そうだ、吉澤さんと一緒に片付けたたんだったわ。
「やっとあの荷物片付けたんだな」
 パジャマに着替えた彼が珍しくリビングに入ってきた。
 帰る時間帯はいつも通り遅いし、お風呂に入らないのも同じ。
「うん。吉澤さんが手伝ってくれたの」
「アイツがねぇ…。夜食になんかある?」
 ただ、どうやら今日は 夕飯を食べそこねたらしい。
 吉澤さんの名前を出すと彼は感心したように呟き、冷蔵庫から取り出したビールを一口飲んだ。
159 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時07分08秒
「まさか手伝い頼んだんじゃないよな?」
「そんなことするわけないじゃない。あなたに借りた専門書返しに来たついでに手伝ってくれたの」
 カウンターから覗かせた頭を振って否定する私に彼は、
「冗談だよ」
と、ビールを口に寄せる。
 油っぽい厚めの唇がおいしそうに黄金色の液体を飲みほしてく。

 人間は汚い。

 彼の横顔を見ながら思った。
 壁にかけてある鏡に映った私も、もちろん汚い。
「少し熱いから気をつけてね」
「あぁ」
 リゾットとサラダをテーブルに並べる。
 彼はTVに視線を固定したまま生返事をして椅子に座った。
160 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時08分42秒
 今年で三十五才になる彼の髪には白いモノが混じり、実年齢よりもっと上に見える。
 体型も それに合わせて どこかしら中年くさい。
 二人で出掛けるとたまに親子に間違えられる。
 無理もないわよね。「私、先に寝室行ってるから」
 トレイをカウンターに置いて 彼の背中へ声をかけたが 今度は返事はなかった。
「おやすみなさい」
 人間は汚い。
 そう思うようになったのは今に始まったことではない。
 寝室に入って 目についたのは ベッドの上に脱ぎ捨てられた彼のスーツ。
 ハンガーに掛けようと手に取ると 煙草の苦い臭いと、甘い香水の香りがした。
161 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時11分13秒
 彼の煙草の臭い。彼のものではない香水の香り。
 前々から知ってはいた。彼には好きな人がいることを。
 病院に行った時に一度だけ会ったことがある。
 私なんかとは違って、美人で感じの良い看護婦さん。
 大人の女性。
 けれど、私は少しも気にしない。
 愛してなんかいないから。
 彼も私もお互いをそうゆう目で見たことはないもの。
 可笑しな話し、まだ一度も私と彼は肉体的な接触をしたことがなかった。
 彼が結婚した相手は私じゃなく、叔父様の地位や名誉。
 私が結婚した相手は……誰なのだろう。
162 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)01時11分54秒

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163 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)15時26分34秒
 低血圧の頭はクラクラ、歩く度に背骨はミシミシ。
 結構 短気な私だけれど朝は弱い。
 背骨が痛いのはコイツのせい。
「愛ちゃん まだ怒ってるの?」
 悪びれたふうもなくカオリは笑う。
「……当たり前でしょ」
 寝ている無防備な人を起こすのにダイブするってどーかと思う。 これなら起こされずに寝坊した方がマシ。 背中をさすりながら血の気の引いた顔を上げて 怨みを込めた目でカオリを睨む。
 短気で執念深い。
 朝食を乗せたトレイを運ぶカオリは視線に気づき、
「目覚めのキスの方が良かった?」
唇をアヒルみたいな形にして突き出した。
164 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)15時27分48秒
 ……頭 痛い。
 当然 カオリを無視の方針で 目の前に出されたトーストを一口サイズにちぎって 口に放り込んだ。
 噛む気力すらなく、かりかりに焼かれたトーストは口の中で 唾液によってふやけてゆく。
 学校行きたくないなぁ、こんな日は。
 キッチンから聞こえる食器の触れ合う音をバックに、白のレースのカーテン越しに差し込む絹を練ったような柔らかい朝日に目を細めた。
 カーテンの向こう側には綺麗に手入れされた庭が見え、季節の花がポツリポツリと その愛らしい姿に輝く朝露の衣裳を纏って咲いている。
165 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)15時28分59秒
 こんなにも素晴らしい朝なのに、私は二ヶ月遅れの五月病。
 何を見てもブルー・ブルー。
「ごちそうさま…」
「愛ちゃん もう少し食べてよぉ。カオリ頑張ったんだからぁ」
 トースト以外には手をつけないで立ち上がった私のジャージの袖をカオリが掴んだ。
 引っ張られた反動で私は再び席につく。
「見て見て!目玉焼きの黄身が潰れてないんだよ!」
 カオリが得意気に突き出したお皿には、確かに見事な黄色の満月が。
 てか、ただの目玉焼きじゃん。
「お〜、スゴイスゴイ、月みたいだねぇ……」
 でもね、今は朝だから お願いだから大人しく引っ込んでいて。
166 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月04日(水)15時29分59秒
 今度こそリビングを立ち去ろうと 腰を上げると、
「…あっ、そうだ!今日は早く帰ってきてね」
ご自慢の目玉焼きを食べながら カオリが たった今思い出したように大きな声で言った。 また頭がクラクラ。「…なんでよ?」
「そんな恐い顔しないでよぉ。パパの伝言なんだから」
「お父さんの?」
「そっ、だから絶対に帰ってきてね」
 あさ美の家に逃げるな、と釘を刺し、カオリはフォークで器用に切り分けた白身に黄身を絡めて口に入れた。
 
167 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月06日(金)20時57分15秒
「はいはい、分かったよ」
 肩を竦めて適当に相槌をしたけれど もちろん私はカオリの言うことを聞くつもりはない。
 お父さんの命令だとしても。
「愛ちゃん今日なんの日か……」
 まだ何か言おうとしていたカオリの言葉を背中で受けながら、わざとスリッパをバタバタ響かせ部屋へと向かう。
 白のシャツにグレーのネクタイを さっと結び、同じくグレーのスカートを履いて、
ハイ、ポーズ。
「出来上がり、っと」 ドレッサーの前に立ち、鏡に映った自分に今日もスマイル。
 でも、ホントの私は笑ってない。
 だけど それでも全然かまわない。
 むしろオッケー?
168 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月06日(金)20時58分40秒
「いってらっしゃい」 玄関を出る時、カオリの声が背後から聞こえた。
 そして、私には珍しく、
「あぁ…いってきます」
なんて言っちゃった。 今のやりとり ちょっと親子っぽかったじゃん。
 もう五年も一緒に暮らしてるんだから当たり前か。
 玄関のドアを開けると、外は昨夜の雨で湿った庭の花壇から土の匂いが立ちこめて、空には寝ぼけ眼の雲が緩い朝日の中をふわふわ夢心地に漂っている。 視界の端に映った花壇の角に植えられた向日葵に夏を感じつつ、手入れの行き届いた庭を見て、「カオリってマメだよなぁ」なんて感心。
169 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月06日(金)21時01分46秒
 向日葵はかんかん照りの太陽がご希望らしく、陽が南の空のてっぺんに輝くのをまだかまだかと顔を上げていた。
 不思議と足がリズムをとるように弾んでしまう。
 頭痛いなんて言ってる場合じゃないね。
 夏の威力は絶大。
「さて、行きますか…」
 古びて所々錆びた青銅の門を閉める。金属の擦れ合う耳障りな音は 青い青い空に飲み込まれていった。
 
170 名前:ESCAPE 投稿日:2002年09月06日(金)21時04分42秒

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171 名前:名無し〜! 投稿日:2002年10月03日(木)09時30分00秒
この話、謎なんですが好きなんで、頑張ってください!応援してます!
172 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月27日(日)19時01分37秒
保全
173 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月30日(水)16時00分20秒
age
174 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年11月15日(金)23時01分45秒
マータリ待ってますよ
175 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月28日(木)18時52分19秒
マータリ待ってるっす
176 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月04日(水)21時09分18秒
マータリ待ってるんで完結頑張って下さい!!!!
ここの高石凄く気になるんで…
177 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月22日(日)06時04分57秒
もう書かないのでしょうか…?
凄く楽しみにしています、更新遅くても頑張って下さい

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