インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
青のカテゴリー
- 1 名前:金田 投稿日:2002年06月17日(月)00時13分01秒
- 主役は石川、後藤の青春物を書こうと思います。
出てくるメンバーはいっぱいです。
宜しくお願いします。
- 2 名前:金田 投稿日:2002年06月17日(月)00時16分23秒
―――――青のカテゴリー―――――
- 3 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時21分49秒
- 雨だった。重要なイベントがある日は必ず雨が降った。
高校の入学式、この日も例外なく雨が降った。
新天地で出だしからこんな調子だとやる気も萎えてしまう。
自分の運の無さに苛立ち、つい卑下してしまう。
ネガティブに物事を考える自分がどうしても好きになれない。
石川梨華は午前中で終わった行事の後、すぐには家に帰らず図書室を見に行こうと考えていた。
- 4 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時24分05秒
- 私立T女子高。創立五年。ケヤキ並木の坂道を上った頂上に建てられた珍しい学校である。
並木道を中心に左右には閑静な住宅街が広がっている。
四階建ての学校の屋上から見下ろす景観は、まるで一国の長になった気分になれるらしい。
必要以上に大きい正門の門扉が特徴のこの学校はまだ歴史が浅く、進学校でもあり体育会系のクラブは
一つのクラブを除いて殆ど実績を残すことができていない。ある一つを除いて・・・
梨華の第一印象は「場違い」という印象だった。
こういう俗に言う《お嬢様学校》は元々自分には無縁の存在だと思っていた。
公立高校に受かっていれば、ここに来ることは無かったのだ。
駄目もとで受けたこの高校に受かり、有頂天になって受ける予定だった高校より少し偏差値の高い
公立高校を受けたのがいけなかった。
- 5 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時26分52秒
- いまさら後悔したってそんなの意味なんて無いじゃない)
一年の教室は二階にある。学年は八組まであり梨華のクラスは一組で出席番号も一番。
(なんで一番なのよ・・・これじゃ注射も一番に受けなくちゃいけないじゃない)
ますますネガティブ思考に陥る。
- 6 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時28分56秒
- 本を読むのが好きだった。読書している時だけは何も悩むことなく、
自分だけの世界に入れる。
図書室は別館にある。
渡り廊下を抜けた体育館の隣にある教会のような作りの建物だ。
校長の趣味なのかこんな作りの図書室は見たことが無い。
一階に下りるためにゴム張りの廊下を歩く。
廊下には誰もいない。生徒達は入学式の後早々に帰ってしまった。
この雨の所為で廊下は湿り、意識しないと滑ってしまう。
規則正しく並べられた窓も湿気で曇っている。
煌々と照らされているが薄暗く不気味な雰囲気を漂わせる。
学校や病院のみの特権だ。
- 7 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時31分36秒
- 「ドガッ」
鈍い音がした。
前方にヘッドスライディングの格好をした生徒がそのままの姿で瞳をを潤ませていた。
思わず鞄を置いて駆け寄る。
「だ、大丈夫?・・じゃ・・ないよね・・・。」
「うっ、うっ、制服まだしんぴんなんですよなのにあんまりじゃないですか!」
どうやら新入生のようだ。体より服を気にする所は他人のような気がしない。
頭の上に乗っている二つの団子がなんともかわいらしい。
「あの、すいませんしんぱいしてもらって、でもだいじょうぶですよののはあの・・・」
「それより、まず起き上がったら?その格好は面白いし悪くは無いんだけどね。」
「あっ・・・へいっ!」
- 8 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時33分22秒
- へい?なんだかわからないがこの少女はきっといい子だ。
梨華は直感でそう思った。
「それと、私も今日入学した新入生だから敬語は使わなくていいよ。」
なぜかやさしく、お姉さんのような口調で話し掛ける。
「うぐっ、そうなの?ののはいちくみの辻希美。しんぱいかけて申し訳ない。」
申し訳ない?今時の女子高生はそんな言葉使わない。でも面白いと梨華は思った。
それよりも同じクラスだったことに梨華は喜んだ。
新しい環境での一番自分の苦手な事は友達作りだ。
中学の時は五月半ばまで友達ができなかった苦く辛い思い出がある。
- 9 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時36分17秒
- 「同じクラスだよ!私は石川梨華。よろしくね。」
「うん、よろしくね。なんか恥ずかしいよ、こんな出会いは。」
希美は制服についた湿った埃を払いながら舌足らずな口調で喋る。
「じゃあののは用事あるから、あっそれとのののことはののって呼んで。
そう呼ばれるの好きだから。」
「うん、わかった。私も梨華って呼んでよ、私もそう呼ばれるの好きだから。」
「じゃありかちゃんまた明日ということで。」
「また明日ね、のの」
希美は少し照れたように微笑み、梨華が歩いてきた方向に駆けていった。
- 10 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時38分04秒
- 「また、転んじゃうよ・・・あれじゃ。」
そう梨華は呟いて鞄を拾い階段を降りる。
まさかこんなに早く友達ができるとは思っていなかった。
そう考えると、この雨も悪くは無いと思えてくる。
(ののかぁ、あの子にはピッタリのあだ名だなぁ、最初に考えた人はセンスあるよ)
物思いに耽ながら渡り廊下に向かう。
(私、梨華って呼ばれるの好きだったっけかなぁ?まあいいかそんなことは)
その時、梨華は傘を教室に忘れてきたことに気付いた。
(はあぁ、最悪。・・・)
- 11 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時40分19秒
- 渡り廊下はもう目前、今から戻るのも億劫なので梨華は走り抜ける事にした。
図書室までの距離は二十メートル程あり、梨華は少しばかり雨に濡れなければいけない。
(屋根ぐらい付ければいいのに・・・)
校長の意向で、渡り廊下には屋根がない。理由は謎だ。
鞄を頭の上に乗せ、深呼吸を一つ。
準備ができたら一気に駆け抜ける。
「バシュ」
- 12 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時41分13秒
- 立ち止まる。水分を多く含んだ野菜を潰したような音がした。
(気のせいかな)
「ドシュ」
- 13 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時42分04秒
- 疑問は確信へ変わる。
ザアザアと降る強い雨の中、
小柄な体躯をした体操着姿の金髪の少女が、テニスラケットを持ち左右を駆け回る。
そのはっきりとした顔立で、無表情のままボールを撃つ姿に梨華は見惚れる。
(・・・・・)
「ブシュ」
- 14 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時43分22秒
- 体育館の外壁にテニスボールをうちつける。
ボールは特徴のある音をたて、細かい飛沫を撒き散らす。
そして、走る。
- 15 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時45分11秒
- その動きの流れはあまりにも優雅で滑らかで繊細で、
それは梨華に妖精を連想させた。
少女の周りの全ての物は彼女の為にだけに作用しているような錯覚に梨華は陥った。
この雨も、あの壁も、あのボールも、全て、全てだ。
華麗に舞う。
この少女はこの世界を味方にしているのだ。梨華はそう確信する。
やがて少女は立ち止まる。上半身からうっすら蒸気が上がっている。
梨華を見つける。
- 16 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時46分23秒
- 「制服、びしょ濡れだよ。」
少女は鷹揚と、抑揚のない声色で話す。
梨華は見惚れていて、自分が雨の中に佇んでいる事を忘れていた。
「あっ・・・・いいんです!あの・・」
少女の雰囲気に梨華は辟易してしまう。
- 17 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時47分18秒
- 少女の雰囲気に梨華は辟易してしまう。
「なに?」
「あの・・・練習頑張って下さい!」
梨華は勢いよく言い切り、そのまま図書室の中に駆け込んだ。
(あの人は違う、私なんかとは居る世界が違う)
梨華は心からそう思った。
- 18 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時51分22秒
- 図書室に入ったのはいいものの、
中の様子を見るだけでこれといってすることは無かった。
びしょ濡れの体で本を読む生徒はいない。
- 19 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月17日(月)00時52分40秒
- 白い大理石の床はぼんやりとした光を含んでいて心を落ち着かせる。
天井には大きな長方形の天窓が備え付けられていて、
天気のいい日はこの床に日光を落とす。
それはとても綺麗に違いない。
梨華はあてもなく辺りを見回し、
見た目よりも広くない図書室をひとまわりして帰路についた。
金髪の少女はまだ悠然と、壁うちをしていた。
―――――――――
- 20 名前:金田 投稿日:2002年06月17日(月)00時58分42秒
- 今回はここまでです。
すいません、追加であとメンバーの年齢も滅茶苦茶です。
不束者ですが、これからどうぞ宜しくお願いします。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月17日(月)12時53分34秒
- いしごま(?)でスポーツ物、ありそうで今までなかったジャンルですね。
面白そうなんで期待してます!
- 22 名前:金田 投稿日:2002年06月19日(水)00時04分35秒
- >>21名無し読者様
レス有難う御座います。
本当に励みになります。
いしごまには、ならないと思いますが読んでくれると嬉しいです。
続きです。
- 23 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時07分35秒
- 翌日、空は嫌味なほど晴れた。
梨華は電車の中で、昨日の光景を蘇らせる。
あの、金髪の少女は何者なのだろう?
流れるようなフォームでボールを捕らえ、うつ。
周りの全てを味方にして、見るものを引き込ませる。
電車を降り駅の改札を抜ける。
目の前には、ケヤキ並木の坂道。
学生が雑談しながら、坂道を上る。
朝の日差しが木漏れ日を落とし、その光景は梨華の気持ちを和ませた。
- 24 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時09分49秒
- 今まで新しい環境は不安だったが、梨華は安心していた。
昨日出会った舌足らずな子、希美と友達になれたからだ。
坂道を上っていると不意に後ろから声を掛けられた。
「おはよう!晴れたね。」
「おはよう、のの。私今ちょうどののの事考えてたんだよ。」
「どんなこと考えてたの?」
「喋り方おもしろいなあって」
「へー、まさかりかちゃんに言われるとはよもすえですな。」
「それ、どういう意味よ?」
「じぶんの声に聞いてみなー」
希美は一言一言喋る度に表情を変える。
それが可笑しくて梨華は少し微笑した。
二人は会話をしながら、木漏れ日の坂を上る。
- 25 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時13分34秒
- 希美は一言一言喋る度に表情を変える。
それが可笑しくて梨華は少し微笑した。
二人は会話をしながら、坂を上る。
「りかちゃん、何嬉しそうに笑ってるの?」
「別にぃ何でもないよー」
「そのしゃべり方、ブリッ子なお人だったんだね・・・」
「ち、違うよ!」
「いんや、あんたはブリッ子だ!」
「もう、知らない!」
希美は二本の真っ白な八重歯をのぞかせながらテヘテヘ笑い、
ウソウソと付け足した。
梨華は人見知りするたちだったが、
希美とはずっと昔からの友達だったような気がした。
どんなに話をしても、会話が途切れる気がしない。
- 26 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時15分55秒
- 「それよりりかちゃんさあ、クラブとか入るの?」
「いやまだ決めてないけど、何かには入ると思うよ。」
「そんじゃあさあ、テニスとかしてみない?」
「テニス・・・・」
梨華は昨日の光景を無意識のまま思い出した。
「こう見えてもさあ、私中学の時テニス部だったんだよ。」
「ほんと!?」
「うん。しかも部長なんかやってたりして。」
「すごいじゃん!」
やってたというより、
やらされていたという表現のほうが正しいのだが梨華は続ける。
「まあ、私より上手な子は居たんだけど、私は人望が厚かったから。」
「いや、すごいよ!テニス部いっしょに入ろうよ!」
- 27 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時18分08秒
- 梨華はテニスを自分の中で完結させていた。
三年間真摯に取り組み、部長をこなし、最後は部員と共に涙を流した。
未練は無かった。
「うーんでも、テニスはもういいかな。」
「えーなんでよお、やろうよう!」
希美は目を潤ませて梨華に懇願する。
表情豊かな希美の説得に圧され梨華は見学してから決めると言ってしまった。
「やったー!約束だよ?」
「うん。」
やがて、正門が見えてくる。
両開きの門扉はその羽を全開にさせていた。
梨華は門をくぐると、別世界に来たような印象を受けた。
昨日は傘をさし、俯きながら歩いていたので気付かなかった。
―――――――――――――――――――
- 28 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)00時21分02秒
「今日の放課後、クラブ紹介があるので皆さんは体育館に集合してください。」
まだ若い、血のように赤い口紅を塗ったクラス担任が説明する。
「・・・・・・・以上でホームルームを終わります。」
チャイムが鳴り初めての休み時間。
まだぎこちない生徒を余所目に希美が梨華の席にやってきた。
「ねえ、りかちゃんクラブ紹介だってさ、楽しみだね。」
「うん。でもなんでののはそんなテニスに拘るの?」
「へへん、何をかくそうののも実はテニス部だったのです。」
希美はドンッと胸を叩き、嬉しそうに得意げに話す。
「へーそうなんだ。上手なの?」
「まあまあかな。」
この時、梨華はまだ知る由も無い。
希美の実力も、テニス部の謎も。
そしてこれから起こる、様々な出来事も。
- 29 名前:カネダ 投稿日:2002年06月19日(水)00時32分47秒
- 少ないですが更新です。
どうでもいいことなんですが、HNをカタカナにします。
- 30 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時14分05秒
放課後、体育館。
生真面目そうな二人の上級生が舞台に上がり、緊張した面持ちでマイクを握る。
一人はメガネを掛けたショートカット。もう一人は前髪をそろえたセミロング。
「今から、クラブ紹介を始めます。新入生の皆さんは、
できるだけ、クラブ活動に参加し有意義な、
学校生活をおくるように、努めましょう。そして―――――」
ショートカットのほうがスピーチする。
手に持ったメモ用紙に何度も目をやり、言葉を切りながら話す。
スピーチが終わると、拍手が起こる。
次にセミロングのほうがクラブ紹介をする。
「まずは、書道部のクラブ紹介です。」
書道部の部員が何人か舞台袖から俯き加減に舞台にやってきて、
パフォーマンスをする。
「みんな!書道部に入部して、汗を流そうじゃあないか!」
「書道じゃ汗は流せないだろ!」
「そんな細かいことは気にしない!」
「「みなさん書道部を宜しくお願いします!!」」
- 31 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時16分01秒
- 体育館から笑いと拍手が起こる。
そういった具合に、何組かのクラブが紹介される。
体育館は絶え間なくざわめき、緩慢な空気が流れる。
しかし、あるクラブによってこの雰囲気は静寂に変わる。
緊張が走る。
「さ、最後にテニス部です。」
セミロングはなぜかこの短い言葉を詰まらせる。
梨華はなぜこんな緊迫とした空気が漂っているのか見当もつかない。
後ろの方を見ると、希美が目を輝かせている。
- 32 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時17分24秒
- テニス部の部員一人が舞台袖から太陽のような笑顔を浮かべながら、
トテトテと走ってきた。
こける。
しかし会場は物音一つたたない。
「いやーどもども、ずっこけちゃいました!」
「テニス部はこんなドジも大歓迎です!」
「して、今テニス部は私を含めて二人しかいないのね、
だから本当にお願いしますよ。」
独特な喋り方をするこの先輩に梨華は好感を持った。
しかし、体育館の空気は変わらない。
- 33 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時19分19秒
- 「確かにね、練習は厳しいかもしれないよ、でもさ、
青春んてのはそういうことじゃない?」
やがて、先輩の目つきが、真剣になる。
その、容貌はとても綺麗だった。
「なのにさあ、そんな顔しないでよみんな。」
「本当に、テニス部を宜しくお願いします!」
そう言って先輩はキリッとした表情を崩さず、舞台袖に帰っていった。
梨華は見逃さなかった。その先輩の瞳に涙がたまっていた事を。
- 34 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時25分48秒
- そしてクラブ紹介は終わった。
体育館には元の緩慢とした空気が漂い、
生徒達は雑談を交わしながら帰路についた。
学校の帰り道、梨華は希美と先程のクラブ紹介について話していた。
「ねーのの、どうしてあんなにテニス部の時だけ、静まり返ってたんだろ?」
希美はきょとんとした表情をして、梨華の方を見る。
「りかちゃんしらないの?この高校のテニス部のひとりがね、
全国大会に出たんだよ。まあ部員は二人しかいないけどね。」
それとあの空気は別のような気がしたが、梨華は違う疑問を抱いた。
「そうなの?すごいじゃん!でもなんで部員二人しかいないんだろ?」
「みんな、やめたんだよ。せいかくに言えば、やめたのはずっと前でねえ
きょねんからずっと二人らしいんだよね。」
希美は顎に手をやって、渋い顔を作りながら喋る。
- 35 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時32分18秒
- 「なんでなんだろ・・・」
「なんでなのかはわかんないけどこのテニス部にはねえ、ピクシーがいるんだよ。
ののはそのピクシーにあこがれてここの高校に入ってきたというわけですよ。」
「ぴくしー?」
梨華は「ピクシー」の意味がわからなかったのだが、
漠然としたイメージは掴めたような気がした。
「へーその「ぴくしー」っていうのは、今日いた先輩のこと?」
希美は目を爛々と輝かせ言い切った。
「ちがうよ、あの人もきょねん県大会ベストエイトにはいったんだけどね。
なんていえばいいのかなピクシーはそのプレイで人に魔法をかけることができるんだ。
そしてピクシーと試合をしたひとは口をそろえてこういうんだ。
「こんなに心地のいい試合はしたことがない」って。
ボロ負けでもそういうんだよ?訳わかんないでしょ?
ののも一回しか見たこと無いけど本当にスゴかったよ・・・。」
- 36 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時34分18秒
梨華は魔法という言葉で確信した。
「ふーん。その人さあ、金髪じゃない?」
「うん。りかちゃんしってるの?」
「やっぱり。その人、私昨日会ったんだ。雨の中で、壁うちやってたんだ。」
「すごいなあ、ピクシーは雨の中でもれんしゅうをおこたらないんだね。」
「そう言えば、私もその人に見惚れちゃってた・・・。」
「りかちゃんもピクシーの魔法にかかったんだあ。でも見てるだけで?」
梨華は昨日のことを思い起こしながらゆっくり頷いた。
「りかちゃん、それうんめいだよ。もうテニス部にはいるしかないよ!」
- 37 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月19日(水)23時40分33秒
- 梨華は曖昧に返事をして、夕刻の空を見上げた。
空は薄いオレンジ色をしていて、あの太陽のような笑顔の先輩を思い出させた。
その先輩は涙を含んだ瞳で力強い表情で去っていったのだ。
梨華はとても切なくなった。
やがて駅に着いて、希美と別れた。
電車の中で、梨華は何故部員達が辞めていったのか分かるような気がした。
自分もたった一度見ただけで、世界の違いを垣間見たのだ。
揺ぎ無い自信が、同じ空間に居るだけで塵のように崩れ去ったのだろう。
梨華は車窓を流れる景色を見ながら、もう一度あの笑顔の先輩を思い出した。
―――――――――――
- 38 名前:カネダ 投稿日:2002年06月19日(水)23時45分46秒
- 少ないですが、更新しました。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月20日(木)16時49分58秒
- 石川さんと辻ちゃんがほのぼので良いです。
恋愛ものにならないことを祈ります。
更新が早いことも祈ります。(w
- 40 名前:カネダ 投稿日:2002年06月20日(木)22時35分49秒
- >>39名無しさん様
レス感謝です。
恋愛にはなる予定無いですが、いいんですかね?萌えなくてごめんさい。
更新できるだけ早くがんばります。
続きです。
- 41 名前:カネダ 投稿日:2002年06月20日(木)22時38分39秒
- 翌日の放課後、
梨華と希美はテニス部を見学しに運動場に隣接されたテニスコートに赴いた。
テニスコートは高い金網に囲まれ、中に三つのコートが並列されている。
金網を囲むように繁っている背の高いポプラの木が中の様子を遮っていて、
遠くからはその中の様子を覗うことができない。
梨華はその外観から、外界から隔絶された孤島のような存在という印象を受けた。
近づくと、樹木の隙間から二人の生徒が準備体操をしているのが見えた。
入り口付近にその様子を真剣に見つめる、生徒が一人。
梨華と希美はその生徒の五メートルほど離れた場所で見学することにした。
梨華は生徒の顔を、気付かれないように窺う。
端整な顔立ちで、腕を組み、股を広げて仁王立ち。
梨華は吹き出しそうになったが耐えた。
- 42 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時40分14秒
「ねえのの、あの子さあうちのクラスに居なかった?」
希美に耳打ちする。
希美はチラッと窺うと、梨華に耳打ちする。
「まちがいないね。たしかいちばん後ろの席でいつもうで組んでる子だよ。」
「やっぱり。」
端正な顔をした生徒は、中の様子を目を細めながら真剣な面持ちで見ている。
「きっとすごい子なんだよ、あんなに真剣に見てるもの。」
「うん。あの格好はまちがいなくつわものだね。」
二人がゴニョゴニョ話していると、とんでもない事が起こった。
そのつわものの頭に小さなメロンが飛んできたのだ。
「ゴッ!」
「キャ」「うわっ」
- 43 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時43分07秒
- 重い音。つわものの体が微かにぶれる。二人が同時に小さな悲鳴をあげる。
そのメロンは、
ソフトボール部の部員が見学している生徒に見せる為に打ったホームランだった。
もちろんそれはソフトボールで、つわものの脳天に直撃した。
二人は驚愕した。つわものはソフトボールを喰らっても微動だにしないのだ。
中の様子を見ながら、時折微笑したりしている。
「の、のの、やばいよあの人。」
「う、うん。かかわっちゃいけない。りかちゃん見ちゃダメだよ。」
二人は声を震わせながら、気付かれないように話す。
ホームランを打った部員が駆け寄ってくる。
「だっ大丈夫?ごめんねほんと、悪気は無いんだよ。」
体格のいいホームランバッターはつわものに何度も頭を下げる。
つわものはとぼけた様に話す。
「えっ?なにがっすか?」
「いや、あの・・ごめん!」
「はあ?。」
「えっ、いっ・いや、ごめんなんでもないから。」
そう言ってホームランバッターはボールを拾い、物凄いスピード帰っていった。
つわものはポカンと口をあけてその後ろ姿を見届ける。
そしてまた同じようにテニスコートを見ている。
時折見せる薄笑いがとても怖い。
- 44 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時44分34秒
- 「の、のの、私達は何も見てないよね?」
「あっあたりまえじゃん!りかちゃんなに言ってんだよー。」
声は震えている。
その時、準備運動をしていた昨日の先輩が近づいてきた。
「うっわー、見学に来てくれたんだ!ありがとね。」
太陽のような笑顔で、二人に話し掛ける。
梨華はとても嬉しくなった。
「昨日のクラブ紹介どうだった?」
「私はとても好感が持てました。気持ちがとても伝わってきましたし・・」
「ののもすごくよかったと思います。」
希美は少し照れながら話す。
先輩はとても嬉しそうに笑う。
- 45 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時46分25秒
「そう?なっちはさあ、ほら、あの雰囲気じゃない?
絶対失敗したと思ったんだよねー。」
梨華はいえいえと言うと、先輩はまたニコッと笑う。
「あれ、あっちの子は知り合いじゃないの?」
「うーんと、同じクラスの子なんですけど話したこと無くて・・・」
梨華はつわものの方を窺った。希美はテニスコートの方をチラチラ覗いている。
つわものは自分の事を話していると思ったようで、
目を細めたままズンズンと近づいてくる。
「あの、あたし吉澤っていうんですけど、
先輩あたしテニス部入部します!っていうかマジで!」
「ほんとに?見学しなくていいの?」
つわものは吉澤と名乗った。
「はい!あたし昨日から決めてましたから。先輩に心奪われました。」
「いやだー、なーにいってんの!そんなこと言って煽てても練習はきっついぞー。」
「覚悟の上です!あたし、練習大好きです!」
- 46 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時48分33秒
- 梨華は吉澤の勢いに圧倒される。
なんでこの人はこんなに安易に決めることができるのだろうか?
昨日のあの雰囲気を忘れたのかな?と梨華は思った。
「えーと、二人とも同じクラスだよね?」
突然吉澤が二人に話し掛けてきた。
「う、うん私石川梨華。よろしくね吉澤さん。」
「ののは、辻希美。ののって呼んでよ。」
二人は内心、少し怯えていた。先程の光景は夢でも幻でもないのだ。
「宜しく!私は吉澤ひとみ。共にテニス部に入ろうじゃないか!」
「い、いや私たちは、見学してから決めようかなあと・・・」
「ののはもう入る気まんまんだよ。」
(のののバカッ!見学してからって言ったじゃない!)
梨華は希美を睨みながら、心の中で叫んだ。
- 47 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時49分54秒
- 「いやーののちゃん。話が合うねー。」
「ふふふ、そういうよっすぃこそ、なかなかいいキャラしてるよ。」
(ちょっと!よっすぃってなによ?まさか二人ともグルなの?)
梨華は狼狽する。
「二人とも、ちゃんと練習見てから決めたら?
生半可な気持ちだとやっていけないよ?」
先輩が真面目な面持ちで言う。
梨華はやっぱりなにかあるんだと思った。
吉澤と希美はそれでも屈しない。
「生半可?あたしは猛烈に真剣ですよ!」
「ののだってしんけんです!」
「ちょっと二人とも、まだ・・・うっ」
- 48 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時53分04秒
- 吉澤と希美は、梨華に冷たい哀れみを含んだ視線を向ける。
なぜこの人はこんなに執拗に引き止めるんだ?
悪いものでも食べたのか?いや、何も食べてないんだね。
きっと家計が苦しいんだね。嗚呼、カワイソウ。
そんな心の声が聞こえたような気がした。
いや、少なくとも梨華は聴いた。
「か、家計が苦しくて悪かったですね!やるわよ!やってやろうじゃあない!
言っとくけどね!金持ちだからってね、そんな目で人を見るのはやめなさいよ!」
梨華は一息で言い切った。
「あ、あの石川さん・・・そんなこと一言も言ってないし、
思ってもいないんだけど・・・」
「り・・りかちゃん、なんかわかんないけどごめんね、ののはただ・・・」
ハッとなって梨華は顔を両手で覆った。
羞恥心で顔が紅潮していくのがわかる。
つい、なんでもネガティブに考える悪い癖が出てしまった。
梨華はしばしばこういう発作を起こすことがあるのだ。
- 49 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)22時57分31秒
- 「よっ、よーし!三人ともホントにテニス部に入部するんだね?
なら明日担任の先生に入部届を出して、体操服を持って放課後ココに集合だ!」
先輩は空気を変える様に、不自然なテンションで言い切った。
「はーい。」 「はい!」 「ハ・・・・ハイ。」
三人はそれぞれ返事をし、お互いに握手をし合った。
梨華の顔はまだ真っ赤だった。
そのとき、あの金髪の少女がテニスコートから出てきた。
言わずと知れたピクシーだ。
三人には目もくれず、先輩に走ってくると一言いって運動場に駆け出した。
希美は敬慕するように暫く少女の姿を望見していた。
先輩はやれやれといった風に言った。
「矢口はあんな感じなんだけど全然悪い子じゃないからさ、気にしないでよ。」
それから忘れ物に気付いたような仕草をして、笑顔で付け足す。
- 50 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)23時01分00秒
- 「自己紹介忘れてたね、私、三年五組の安倍なつみ。これからよろしくね。」
宜しくお願いしますと三人は声を揃えて言った。
梨華は先程の事が頭から離れず、
居心地が頗る悪いので二人に今日はもう帰ろうと促した。
「りかちゃんが見学してからきめるっていったのにー。」
希美は意地悪そうに言う。
吉澤はくすくす笑いながら梨華に同意した。
希美もしぶしぶ同意する。
「じゃあまた明日ね。」
「はい、じゃあお先に失礼します。」
「あっ、矢口に挨拶はいいよ、あの子まだまだ帰ってこないからさ。」
ピクシーは矢口と言う名前らしい。
安倍は最後に太陽のように笑うと、矢口の後を追い駆けるように走り出した。
そして三人は帰路についた。
ケヤキ並木の坂を下る。
その途中、吉澤に異変が起こった。
- 51 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)23時06分00秒
「いってーーーーーーー!」
頭のてっぺんを抑えながら蹲る。
希美はアッと言うと思い出すように喋る。
「よっしぃさあ、ソフトボール頭にちょくげきしたんだよ。」
「そうそう、なのに全然気付かないから私達、
ちょっと危ない人かと思っちゃったんだよ。」
「そんなの言ってくれればいいのに酷いなあ。」
言ったらどうにかなるのかと二人は思ったが、
吉澤とはとても鈍い人なんだろうという事で割り切った。
「ほらさ、安倍先輩さあ、めっちゃくちゃかわいいじゃない?
あたし見惚れてたからさ、だから気付かなかったんだと思う。」
吉澤は立ち上がり、身振り手振りをしながら弁解する。
なぜか必死だ。
うん、きっとそうだねと二人は言って軽く流した。
まともに対応してたら、神経が持たない。
しかし希美はすっかり吉澤と意気投合している。
「あしたからたのしみだねー」
「うん。バリバリ練習してやるぜ!」
「オー!」
- 52 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月20日(木)23時07分37秒
- 希美と吉澤はなぜか夕陽に向かい駆け出した。
梨華は二人の変わり者にとても好感を持った。
この二人とならどんな辛い事でも耐えていけるんじゃないだろうかと思えた。
梨華は空を見ながら明日に思いを馳せて微笑した。
「おい、のの。梨華ちゃん空見ながらニタニタしてるけど、あれなんなの?」
「あれはきんだんしょうじょうだよ。りかちゃんたまにああなるんだよねー。」
「変わり者だね。顔は可愛いのに。」
「どうじょうしちゃうよね。」
「うん。」
前を行く二人がどんな会話をしているのか露知らず、梨華は二人に微笑みかける。
空は神秘的な雲を形作り、まるで三人を祝福してるようだった。
―――――――――――――――
- 53 名前:カネダ 投稿日:2002年06月20日(木)23時08分34秒
- 更新しました。
- 54 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月21日(金)00時07分23秒
- 文章表現がすごくうまくて引き込まれますね。
ピクシー矢口・・・。似合いますね。がんばってください。
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月21日(金)00時50分16秒
- ピクシー=後藤だと思ってました(汗
もう一人の主役の登場楽しみにしてます。
- 56 名前:カネダ 投稿日:2002年06月23日(日)00時18分06秒
- レス有難う御座います。
>>54名無し読者様。
有難う御座います。読んでくれているだけで嬉しいのに・・・・
頑張ります。
>>55名無し読者様。
すいません。後藤はもう少し出てきません・・・
年齢以外はなるべく現実に近づけようと思います。
続きです。
- 57 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時19分52秒
- 翌日の授業中に事件は起こった。
後ろの席のメガネのポッチャリが梨華に話し掛けてきた。
「石川さん、クラブ何に入るか決めた?」
梨華は少し体を横向きにし、黒板を見ながら話し掛けた。
「うん。私はテニス部に入ろうと思ってるんだ。」
「テニス部!!!!」
メガネのポッチャリは奇声を上げる。
クラス全体が一斉にこちらを向く。
「す、すいません・・・」
- 58 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時22分36秒
- メガネのポッチャリが、申し訳無さそうに教師に頭を下げる。
梨華も教師に目を逸らしながら頭を下げた。
授業が再開する。
懲りずにメガネのポッチャリが話し掛けてくる。
「石川さん、テニス部の噂聞いたことないの?」
「噂って?」
「そう・・・それはこの学校ができて、二年目に起こった。」
メガネのポッチャリは昔を懐かしむようやや顔を上向きにして語りだした。
「それまで平穏だったテニス部に、一人の赤鬼が顧問としてやってきた。
赤鬼が顧問になってテニス部は変わった。いや、変えられたのだ!」
「そ、それで?」
- 59 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時25分34秒
メガネのポッチャリは喋りに熱を帯びてくる。その仕草は演劇部さながらだ。
「そしてテニス部は赤鬼の手によって、スパルタ練習を余儀なくされ、
部員は一人、また二人とやめていった・・・」
梨華は赤鬼の容貌を想像した。
メガネのポッチャリはオーバーヒートする。
「やがて一人の部員がこう提案した。
「私達は、こんなことしてまでうまくなりたくなんかない!
ただ、ただ青春を共有したいだけなんです!」と。しかし、赤鬼はこう言い返した。
「だったら他のクラブに入ったらいいやん。」それを聞いた部員達は驚愕した。
やがて部員は一人を残し全員やめた。楽しいテニスをしたいという意見は却下された。
何故か?
その次の年、二人の部員がしっかりと学校の歴史に県大会出場、
全国大会出場という実績を刻んだからだ。やがて元部員の訴えは風化した。」
- 60 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時27分33秒
- メガネのポッチャリは言い切る。ヒートしすぎて眼鏡が曇っている。
その顔はとても満足そうだった。
梨華は生唾をゴクリと飲み込み、浮かんだ疑問を訊ねる。
「それは、わかったけど。
なんでそれだけでテニス部はあんな扱い受けてるんだろう?」
「私も詳しいことは分からないけど、
やめていった部員がいろいろと手をうったらしい。
テニス部に入部したり、
部員達と仲良くしたりすると学校でまともにやっていけない。
それはこの学校の暗黙の了解になっているんだよ。
だから石川さん、テニス部はダメだって!」
「う、うん考えてみる。」
- 61 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時29分09秒
- その時だ、
「ゴルァ!!そこの二人!いいかげんにしろ!廊下に立っとけ!」
二人は仲良く廊下に立つことになった。
いつかの梨華の推測は外れた。部員が辞めたのが矢口の所為ではなく、
赤鬼と呼ばれる顧問の所為だったのだ。
余計に入部するのが怖くなる。
梨華はふと安倍の事を思った。
あの太陽のような笑顔が三年間も他の生徒から疎外されてきたのかと思うと
泣きそうになった。
――――――――――――
- 62 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時31分00秒
- 昼休み、教室で梨華は希美と吉澤と三人で弁当を食べていた。
「りかちゃんなにゴチャゴチャしゃべってたの?」
「そうそう、廊下行きは今時ないって普通。」
「うん、実は・・・」
梨華は重い口を開き、テニス部の噂を二人に話した。
「マジで?安倍さんずっと苛められてきたの?」
「ゆるせないよ。ぜったいゆるせない。」
希美と吉澤はまだ気付いていない。
テニス部に入るということは、件の状態でこの先やっていかないといけないのだ。
「私達が入部したら、私達も同じような扱いを受けるんだ。」
「・・・そ、それは入部しないとさ、わかんないじゃん。」
「そうだよ、たんなるうわさかもしんないじゃんか。」
- 63 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時32分14秒
- 三人とも内心では気付いていた。
クラブ紹介のあの雰囲気は紛れも無い事実。
重い沈黙が三人を包み込む。
そして、この沈黙を打破するように希美が口を開く。
「・・・にゅうぶしたって友達だよね。」
「当たり前じゃん、のの馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。」
「・・・・・・・」
梨華は心の中で自分に叱咤した。
少しでも懸念した自分がとても憎かった。
この二人は敢えて茨の道を進もうとしている。
- 64 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時34分00秒
- 「私達、ずっと友達だよね。三人が一緒ならどんな事でも耐えていけるよ。」
「耐えていける・・か、カッケー梨華ちゃん。」
「きょうのりかちゃんはいつもとちがうよ、なんかもえたぎってるね。」
梨華は昨日の帰り道の事を思い出した。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫。)
何度も大丈夫という言葉を反芻する。この三人なら大丈夫だ。
放課後、担任に入部届を提出するため三人は職員室に赴く。
担任は入部届を受け取ると、少し眉根を顰めるような仕草をしたが、
分かりましたと言ってまた元の作業に戻った。
もう後戻りは出来ない。この先どんなに過酷な事があってももう戻れない。
- 65 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時35分16秒
- テニスコートに赴くと、安倍がとても嬉しそうに声を掛けてくる。
その表情は、迷子の子供を見つけた母親のような安堵した表情だった。
「ホントに来てくれたんだ。
なっちさ、てっきりもう来てくれないんじゃないかと思ったよ。
ごめんね、信用できなくてさ、ホン・・ト、ご・・め・ん。」
語尾が嗚咽に変わる。
今まで、何度も裏切られてきたのだろう。
無意識に三人はそう思った。
「安倍さん、私、安倍さんの笑顔が好きだから、入部したんですよ。
だから、泣かないで下さい。笑ってください。」
- 66 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時36分10秒
- 梨華は泣きそうになった。
こんなに真剣に自分を必要としてくれる事に、素直に感動したからだ。
それに、安倍の泣き顔はとても痛々しい。その表情を見ているだけで悲しくなる。
この人を泣かしてはいけないと梨華は思った。
噂の事は聞かないことにした。
「安倍さん、あたしは約束は破らないっすから。」
「ののもさいしょからきめてたんですよ。」
安倍は三人に笑顔を見せ、ありがとうと言った。
そして、準備運動をしていた矢口に話し掛ける。
- 67 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時37分16秒
「矢口、新入部員に自己紹介して。」
矢口はこちらを一瞥し、無表情のままこちらに近づく。
「矢口真里。二年五組。よろしくね。」
抑揚の無い声色でそう言うと、また準備体操を始める。
三人は矢口の雰囲気に戸惑う。
矢口を見て嘆息した安倍が更衣室で体操服に着替えるよう三人に促した。
着替えが終わり、テニスコートに再びやってくると噂の赤鬼が待っていた。
- 68 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時38分48秒
- 「へーあんたらが噂の三人組か?こんなとこに入部なんて物好きやなー。」
関西弁のイントネーションで話す。
細身で腕を組み、その右手の人差し指と中指の間には細長いタバコが挟まっている。
スーツにスカートとオーソドックスなスタイルだが、醸し出す雰囲気は噂どおりのものだ。
虚ろな目。いかにも気だるそうに首を傾げながら三人を見渡す。
宜しくお願いします、と三人が声を揃えて挨拶をする。
自己紹介を緊張しながら行う。
赤鬼は口を少し歪めて微笑する。
- 69 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時43分32秒
- 三人は元気よくハイと返事をし、中澤の指示を待った。
すると中澤は希美の方を見て僅かに驚いた様な仕草をする。
「まてよ、あんたあの辻か?」
「はい。多分あのつじだと思います。」
「なんでこんなとこ来たんや?相棒はどうしてん?」
「・・・K学園にいきました。」
K学園と聞いて、安倍と矢口の動作が一瞬止まる。
しかし、またすぐに準備体操を始める。
中澤は続ける。
「・・・コンビ解消したんか?」
「はい。」
「シングルでやるつもりか?」
「まだ、わかりません。」
「ふーん、まあええわ、頑張りや。なんか訳あんのやろ。」
- 70 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時44分50秒
- じゃあ取り敢えず準備運動した後、ランニングや。
そう指示を出した後、中澤は二つ並んだベンチの日陰になってる方に腰をおろした。
安倍が号令を発し、五人は筋肉を伸ばす。
ストレッチをしながら吉澤が梨華に話し掛ける。
「なんか全然イメージと違うくない?」
「うん。私ももっと厳つい人だと思ってた。」
「美人だよね。あれのドコが赤鬼なんだよ。」
「でも、多分只者じゃないと思う。そんな気がする。」
「えーそうかなあ?」
- 71 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時46分29秒
準備運動が終わった後、五人は運動場に行きランニングをする。
運動場は一周、約三百メートル。
安倍が指示を出す。
「運動場を二十周。そのあとは三十メートルダッシュ二十本。はい、開始!」
そう言うと、安倍と矢口は走り出す。
吉澤はヨッシャーと言って、二人に続く。
希美は声を震わしながら、二十?と言って、俯き加減に走り出す。
梨華はやっぱりね、と一言ぼやき、納得したように走り出す。
安倍と矢口は二人並んで、一定のペースで走る。
吉澤は二人にアピールしたいのか、ダッシュで一周する。
梨華と希美は、安倍達の約十メートル後方を走る。
- 72 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時48分09秒
- 「よっすぃあほだね。」
「うん、あれじゃ二十はおろか二周もできないよ。」
予想通り吉澤は一週半でダウンした。
安倍は追い越す時吉澤に笑いかけたが、矢口は目も合わさぬまま、そのまま走る。
希美は吉澤にバーカと意地悪く言って走り抜ける。梨華も吉澤に愛想笑いをしたが、
すぐに、前の二人に目を向ける。
(絶対、付いて行くんだ。)
十週したころ希美がばてた。梨華は希美を少し気にしたが、
すぐに前の二人に目を向ける。
吉澤はヨロヨロと顔をぐしゃぐしゃにしながら走る。
いや歩いていると言ったほうが適当だ。
前の二人は、相変わらず一定のペースで走る。梨華は付いて行く。
安倍と矢口と梨華がランニングを終えたころ、
吉澤と希美は見るに耐えない姿になっていた。
- 73 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時49分33秒
- 「も、もう、だめぽ・・・」
「よっ・・すい後・・五周」
声にならない言葉を二人は必死に紡ぐ。
そんな二人を他所に、三人はダッシュを開始する。
少し離れた所で走り高跳びをしている陸上部の部員はあからさまに嫌な顔をした。
気にせず三人は並んでダッシュ。
希美と吉澤がやっとランニングを終えた頃、三人はダッシュを終える。
矢口は汗を拭うと、テニスコートに戻る。
その後ろ姿を見つめながら、梨華と安倍は息が上がりながらも会話する。
「石川、やるねえ、なんか、やってたの?」
「いや、特には、三年間テニス部に、居ただけで。」
「うちらと、同じペースで、走るなんて、すごいよ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、辻と吉澤、終わるの待っててあげて。」
- 74 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時51分59秒
そう言うと、安倍はテニスコートに戻っていった。
梨華は運動場に腰を降ろし、息を整えながら二人の様子を覗う。
二人のあまりにも無残な醜態に、梨華は笑いを堪える事ができなかった。
二人がダッシュを終えた頃には、太陽は色濃い西日に変わり、影を伸ばす。
「り・・・・かちゃんすげえよ。」
吉澤はそう呟いて梨華の前にうつ伏せになる様に崩れ落ちた。
希美も声にならない言葉を話し、仰向けに倒れる。砂埃が舞う。
暫くした後、息を整え、テニスコートに戻る。
テニスコートの中は背の高いポプラの木が斜陽を所々遮り、その密集した菱形の葉の
隙間から、キラキラ落ちる幻想的な陽を落としていた。
その幻想的な空間で、矢口と安倍がラリーをしていた。
希美がピクシーのプレイが見れる!と嬉々とした声をあげ、
食い入るようにラリーを見つめる。
梨華もまた矢口と初めてあった時の事を思い出し、矢口の動きを観察した。
吉澤はまだ足元が覚束なく、ベンチに座ると肩を落とし項垂れていた。
- 75 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時53分31秒
- そのラリーはなにか、妙な違和感を含んでいた。
安倍の打つ球を返すのに、矢口はあの優雅なフォームではなく、
一々丁寧にボールの中心を打つように返す。
梨華は矢口が安倍に気を使っているんだろうと思ってそのラリーを見守っていた。
梨華も希美も矢口の魔法に掛かることは無かったが、
やはり矢口のテクニックは素晴らしく、終始矢口が優勢で展開を進めていた。
薄暗いテニスコートで二人は正確にボールを打ち合う。
やがて、中澤から集合が掛かる。
「よーし、今日は終了や、お疲れさん。三人ともテニス部続けるか?
明日からはもっと厳しくなるで?」
中澤は薄笑いをしながら、三人に艶のある声で喋る。相変わらず、その目は虚ろだ。
- 76 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時54分45秒
「はい、頑張ります。」
「もちろんですよ、ののはこれ位じゃあ、へこたれません。」
「あたしは、やりますよ。やってやるっつーの。」
中澤はハハハと高笑いをし、物好きやなぁと言った後、
今日は解散やと号令を掛けた。
「あ、そうそう安倍と矢口は、またいつものメニューや。」
安倍と矢口は勢い良く返事をし、今度は筋トレを始めた。
梨華等三人は呆然とその様子を見つめながら、更衣室に向かう。
その時中澤から声が掛かる。
「あんたら、ラケット持ってんのか?」
- 77 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時56分57秒
- 三人は持ってますと元気よく返事をする。
じゃあ明日から持ってきい、かわいがったるわ。
と言った後、中澤はベンチに腰掛け、足を組む。
更衣室、汗でびしょびしょになった体操服を脱ぎ捨て、制服に着替える。
「やばいよ、死んじゃうかと思っちゃったよ。」
「ののも、もう少し楽かとおもってた。」
「私はこれ位覚悟してたんだけど、やっぱりつらい。」
三人はそれぞれ、今日の事を振り返りながら更衣室を出る。
外は夜の帳がおり、雲一つ無い夜空は、綺麗な星と月が姿を現していた。
空気はとても新鮮で、梨華はそれを無意識に思い切り吸い込んだ。
- 78 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)00時58分19秒
- 「りかちゃんなにしてんの?」
希美が怪訝そうに訊ねてくる。
「外の空気がとてもきれいじゃない?だから吸っておこうかなあって。」
「あ、そう。」
そう言うと希美はトテトテ吉澤の方に向かい、なにやら吉澤に耳打ちする。
「やばいよ、でたよ、りかちゃんのきんだんしょうじょう。」
「見た見た。空気おもいっきり吸ってたよ。酸素不足じゃないんだからねえ。」
「ぷっ。」
「ははっ!」
- 79 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)01時00分31秒
- 梨華は、何故、希美と吉澤が笑っているのかわからない。
「なによう?私何かした?」
「いやいや、何にもしてない、してない。」
「うんうん、くうきがきれいだね。」
「ぷっ、ののやめろって。はははっ。」
「もう、知らない!」
三人はそんな雑談を交わしながら帰路につく。
正門の門をくぐると、急に夢から現実に戻されたような錯覚に陥る。
そう、三人はテニス部に入部したのだ。
もう後戻りは出来ない。
学校生活は始まったばかりだ。
―――――――――――――
- 80 名前:カネダ 投稿日:2002年06月23日(日)01時02分20秒
- 更新しました。
- 81 名前:カネダ 投稿日:2002年06月23日(日)01時08分20秒
- すいませんコピペミスです。
>>69の最初に、
「へー、最近の子にしてはしっかりしてるやん。よろしく。
顧問の中澤や。早速やけど、練習開始やで。」
を追加です。申し訳ない。
- 82 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月23日(日)01時42分24秒
- よっすぃ〜の「もうだめぽ」にワラタ(w
- 83 名前:( T Д T)<あれぇ?ごとーは?? 投稿日:2002年06月23日(日)15時36分55秒
ごっちんいつ登場するのかな?
というか部活の練習、俺とほぼ同じメニューとオモワレ。
なんか感動。カネダさん、感動をありがとう!!
- 84 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月23日(日)21時37分52秒
- お、面白い!
梨華ちゃん、顔可愛いのに禁断症状持ちなんだね……。
期待SAGE
- 85 名前:カネダ 投稿日:2002年06月23日(日)23時36分17秒
- レス大変感謝です。励みになります。
>>82名無し読者様。
有難う御座います。真面目に書こうとしても吉澤がでると
こんな感じになってしまいます。
>>83( T Д T)<あれぇ?ごとーは??様。
有難う御座います。
そろそろ、後藤が出ないとやばいので、さわりだけでも出します。
>>84名無し読者様。
有難う御座います。
自分では面白いか全然わからないので、そう言ってくれると嬉しいです。
続きです。やっと後藤です。
- 86 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時38分01秒
- 薄暗い部屋。壁の染み。外を走る電車の音。
その時微かに揺れる床。部屋の隅に置かれた仏壇。
後藤真希はこの家の何もかもが嫌いだった。
そして何より一番嫌いなのは、優しくて美しい母親の、荒れた手だった。
父親が死に、環境は一変した。
母親は真希が起きる頃には既に仕事に行き、真希が眠る頃に帰ってくる。
弟はどうしようもないならず者で、最近は家に帰っても来ない。
この日は特別だった。
高校の入学式の日、母親は何故か家に居て、真希に優しい声を掛ける。
- 87 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時39分58秒
- 真希は小さい声で母親に訊ねる。
「お母さん、仕事はいいの?」
母親はまた優しい声で、荒れた手を後ろに回し、微笑みながら答える。
「お母さんの事は心配しなくてもいいから、それに真希のお陰でだいぶ楽になったのよ。」
「別に、お母さんの為に高校選んだつもりは無いよ。」
「ふふふ、わかってるわよ。ほら早く行きなさい。」
「はーい。」
私立K学園。
言わずと知れた、スポーツ進学校である。
ありとあらゆるスポーツが他の高校よりも秀でていて、数々のプロを生み出してきた。
こんな高校に真希が入学する事になったのには理由がある。
――――――――――――――
- 88 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時41分47秒
- 中学三年の晩秋、担任から自分に会いたいと尋ねてきた人物がいると言われた。
真希は断る理由もなく、その人物を家に招いた。
母親にも会いたいと言っていたので、その日は母親に仕事を休んでもらった。
若い、鼻にピアスをした女が来た。
女は家に来るなりいきなり母親にこう言った。
「真希さんに、是非うちの高校に来てもらいたいのです。」
母親は何がどうしたのかまったく分かっていない様子で真希に訊ねる。
「真希、いったいどういうことなの?」
真希も何がなんだか見当もつかない様子で答える。
「そんなの、私が訊きたいくらいだよ。」
- 89 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時43分39秒
- 女は冷静に、整然と答える。
「真希さんの、テニスの才能は計り知れないものがあります。
この才能をこのまま埋めておくのは勿体無いのです。」
真希は驚いた様子で質問する。
「はあ?私、テニスなんて中学一年の時以来全然やってませんよ?」
「いや、やってたじゃない。一ヶ月ほど前、学校で。」
「はあ?」
真希は必死にテニスをした記憶を辿る。
そう言えば、いつかの放課後に遊びでやったような気がする。
「それ、友達と遊びでやってたやつですよ。第一、K学園なんてスポーツの名門でしょ?
私なんて全然ついていけませんよ。テニスなんて辞めたのずっと前ですよ。」
「いや、あなたは気付いてないだけだと思うわ。」
- 90 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時45分58秒
- 母親が真希を擁護するように女に説得する。
「あの、家はその、母子家庭ですし、私立に通わせるお金も、なんというか・・・」
「お母さん!!」
真希が憤怒の声をあげる。
その時、電車が通り、家を揺らす。
真希は電車が通り過ぎるまで、喉まで来ていた言葉を押し黙る。
やがて電車が通り過ぎ、真希は堪えていた言葉を吐き出す。
「そんな事、この人に関係ないでしょう!元々行くつもりなんて無いよ!
そんな事言わないでよ、そんな事・・・・」
「真希・・・ごめんなさい・・・。」
- 91 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時48分10秒
- 女は動揺する事も無い様子で、淡々と喋る。
「わかっています。心配しないで下さい。もしウチに来てくれるんでしたら、
入学費、授業料、総て免除させて戴きます。
ただし、必ずテニス部に入部する事、練習に必ず参加する事、それが条件です。」
真希と母親は同時に女の方に視線を向ける。
真希は意味がわからなく、一気に捲くし立てる。
「免除って、何考えてるんですか?私、テニスなんてしてないんですよ!?
私なんかいなくても、なんの不備も無いでしょ?」
「いや、あなたはウチにどうしても必要なの。あなたはこの先、必ず重要な戦力になる。
それじゃあ、用はこれだけなので失礼します。」
- 92 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時49分49秒
- 女は用件を伝えると立ち上がり、人が一人立つのがやっとな位の玄関に向かう。
母親は腰を低くしながら、女に礼を言う。
「今日は、わざわざどうも。」
「いえ、真希さんは必ず光りますよ。」
「・・・・はあ。」
「それじゃあ、入学するかどうか、決まったら連絡ください。」
そう言うと、女は深く頭を下げ、お邪魔しましたと言って帰って行った。
その後暫し沈黙が続いた。電車が一つ通り、部屋が揺れる。
夕日が台所の格子付きの窓から挿しこみ、縞模様の影を部屋に落とす。
やがて母親は不安そうに真希に話し掛ける。
「どうするの?真希?」
- 93 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時51分20秒
真希は釈然としない様子で、母親に少し強めの声色で話す。
「どうするもこうするも、テニスなんて意味わかんないよ。なんで私なの?
テニス部の子を誘えばいいのに、ほんっと訳わかんない。」
・・・すると母親は、少し微笑を浮かべ、真希に優しくこう言ったのだ。
「真希の好きにしなさい。真希の人生なんだから。
お母さん、真希の為だったらなんだって協力するわよ。嫌だったら、嫌でいいのよ。」
その時、真希は何故か父親の、あの狭い玄関で自分に見せた最後の笑顔を思い出した。
もうすぐ大きな家に住ましてやるからな、と言って父親は二度と帰ってこなかった。
- 94 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時56分39秒
- 暫くの沈黙の後、真希は、母親の毅然とした、明晰な視線を受けながら、
荒れた手を見ながら、泣きそうになりながら答えた。
「・・・・行くよ。私。ほら、元々テニス好きだったしさ。なんていうの?
あんだけ誉めてたじゃん私のこと、絶対いいようにしてくれそうだし。」
母親は、ゆっくりとだが一言一言、強く、意思を込めて話す。
「本当に、真希がそうしたいんならお母さん何も言わない。
でもお母さんを楽させたいとかそんな理由で行くつもりなら絶対にやめなさい。
真希の人生なんだから、お母さんは関係ないわ。心配しないでいいのよ。」
真希は思った。いままで自分は、母親に何をしてきただろうか?何もしていない。
ただ生きてきただけだ。当たり前に生きてきたんだ。父親が死んだ後、
苦労を知っていながら、何も無かったように、ただ、強がってきただけだ。
朝、朝食が置いてあるのも、夜、夕食が作り置きされているのも、何も感じることなく、
当たり前の中学生としてただ毎日生きてきた。
母親の口癖は、いつも心配しないでいいのよ、だった。
- 95 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月23日(日)23時59分16秒
- 「いや、別にお母さんの事なんて考えて無いって。
私は単純に、ただ単純にテニスがしたいんだよ。
なんていうかさ、私、才能あるみたいだしね。」
「本当に後悔しないの?」
「・・・うん。」
「・・・じゃあ、お父さんに報告しなきゃね。」
そう言うと、母親は狭い部屋の隅に置かれた小さい仏壇の前に座り、
目を閉じ、手を合わせ、真希が高校に行く事になったわよ、と言った。
その両瞼には、光るものが零れずに揺れていた。
――――――――――――
- 96 名前:カネダ 投稿日:2002年06月24日(月)00時01分02秒
- 取り敢えず、後藤のさわりだけ更新しました。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月24日(月)17時00分06秒
- お、遂にごっちん登場しましたね。
梨華ちゃん達のライバルになるのかな?
続き期待sage
- 98 名前:カネダ 投稿日:2002年06月25日(火)23時38分09秒
- >>97名無し読者様。
レス感謝。
時間軸が石川と後藤で飛びます。ストレス感じたらすいません。
ライバルになるかはまだ未定です。
- 99 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時41分37秒
- 外は雨が降っていた。
傘を差し、アパートの薄い鉄の階段を下りる。
カン、カン、カン、カン・・・・
最後に父親が残した音がこんな滑稽な音だと思うと悲しくなる。
この音を聞く度に、父親との思い出が一つずつ無くなるような気がした。
T学園は歩いて四十分ほどで着く。
洒落た店が並ぶ通りを抜けると河原沿いの畦道に出る、そこを真直ぐ行くと、聳え立っている。
かなり大きく、高い塀が学校の周りを囲んでいる。その外観は要塞さながらだ。
運動場が合計四つあり、テニスコートはそれとは別に存在している。
二つある体育館の一つで、入学式を行う。パイプ椅子が列を作り、体育館を占領する。
母親には来なくていいと断った。自分の隣の椅子は二つとも空席だ。
周りの生徒は皆親同伴で、真希は少しばかり後悔したが、常に平静を保ち、
孤独を楽しんでいるように装った。
(高校生にもなって、べたべたくっついてんじゃねーよ。おめでてーな。)
不満げに前の方を見ると、一人で俯いている生徒を見つけた。
(あれ?あの子も一人じゃん。)
- 100 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時45分18秒
- 入学式の後、頭に白髪混じりの中年男の担任が先導し、教室に向かう。
一年は十五クラスあり、一クラス約五十人程で構成される。
尤も、スポーツ推薦で入学した生徒は、
出場停止行為や怪我などで何らかの負荷が懸かると即退学になる。
二年に進級すると一クラスか二クラス減るのは恒例になっている。
真希のクラスは三組で、真希の席は窓際の一番後ろの席だった。
(やった!日光浴しながら眠れるじゃん。)
担任の自己紹介や、これからの行事等のくだらない話を真希は真面目に聞くわけも無く、
キョロキョロ、クラスの様子を窺う。
真希の席から三つ前の席に、一人で入学式に来ていた子を見つけた。
(終ったら話し掛けようっと。)
放課後、各々が帰路に着こうとする時、真希はその生徒に話し掛けた。
真希の性格はかなり恣意的なので、こうすると決めたら必ず実行する。
真希は明るく笑顔で振舞う。
「ねえ、朝一人だったよね?私も今日一人だったんだあ。それで気になったからさ。」
その子は吃驚した様子で、黒目がちな双眸を何度もパチパチと瞬きする。
そして、ニコッと笑うと、真希に緊張しながら話し掛けた。
「あの、どっかで会ったっけ?」
- 101 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時47分47秒
- 頭の上の二つの団子がかわいく、とても幼く見える容貌は、真希をとても安心させた。
真希は第一印象でこの子は悪い子じゃないと決め込み、大袈裟に明るく振舞う。
「いや会った事ないよ、たださあ、一人の子ってウチ等だけだったじゃん。だから
なんか気が合うかなと思ってさ。」
「うん、ウ・・・私も一人なのは自分だけだと思っていたから、なんだか嬉しいなあ。」
ぎこちない標準語を話す。
それを聞き、真希は少し微笑しながら喋る。
「もしかしてさあ、地方出身?言葉使いすんげーぎこちないよ。
別に標準語使わなくていいじゃん。」
「・・・・・はあ、もうバレタんか、やっぱ不自然かなあウチの標準語。」
「ウチ、って関西人。わあすっげえ、初めてだよ、関西人。」
「そんな驚かんでもええやんか、宇宙人じゃあるまいし。」
「あはは、ゴメン、ゴメン。私、後藤、後藤真希。ごっちんでいいよ。」
「ウチは加護亜依。あいぼんでよろしゅう。」
加護はすっかり緊張が解れたようで、饒舌になった。
真希と加護はその後、他愛もない話をしながら帰路に着く。
- 102 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時49分39秒
- 「あいぼんって寮とかで一人暮らししてんの?」
「いや、ウチは中二の時にこっちに引っ越してきてん。それでも大阪弁は全然直らん。」
「いやいや、直さなくていいよ。似合ってるし。」
「ホンマに?ごっちんはええ子やなあ。」
「へへへ、まあね。あいぼんはさ、なんでこの高校に来たの?」
加護は得意げに傘を回しながら、一気に喋る。
「ウチは推薦。テニスの推薦やねん。いろんな所から推薦きてんけど、ここにした。
え?訳は何でって?しゃあないな、ごっちんやから教えたるわ。
ウチなあ、ここの高校に憧れの人がおんねん。それはすごいねんで。
優勝候補の相手をなぁ、こう、ねじ伏せたんや。
ウチもあんな選手になりたいなあと思って、入学したって訳。」
「ふーん。奇遇だねえ。私もテニス推薦なんだ。理由はね・・・・」
真希は入学までの経緯を話した。
家の事情は言わなかった。
その時、少し雨の粒が大きくなった。
- 103 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時51分17秒
- 「・・・・すごいやん。ごっちんはこの高校の凄さも知らんのか。
ここ、去年、個人と団体で優勝した高校やで。そんな所から、家に来て、
直々にお願いに来るなんてよっぽどすごい腕なんやろうなあ。」
真希は笑いながらそんな事無いよと言って、河原沿い畦道から、洒落た店の並ぶ通りに
続く曲がり角を曲がろうとした。
すると加護が足を止める。
「ウチ、ここ真直ぐやから。また明日ねごっちん。」
真希はわざとしみじみと感慨深く話す。
「うん、あいぼん今日は楽しかったよ。あいぼんみたいなのと友達になれて
私は幸せだなあ。」
加護はクスっと笑ってじゃあね、と言い、帰って行った。
加護の後姿は理由はないのだがとても重い何かを背負っているような印象をうけた。
真希は何故か不安になり、小さくなっていた加護に聞こえるようにとても大きい
叫び声のような声を掛けた。
- 104 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時53分07秒
- 「あーいぼーん!!!また明日ねえ!!!」
すると加護は振り向き、真希に満面の笑顔を向け、手をブンブンと大きく何度か振る。
真希はそれを見て安堵し、これはきっとこの大粒の雨が齎した悪戯なんだ、と考えた。
初対面の子の何が分かんだよ。真希はそうぼやくと自嘲気味に少し笑った。
やがて雨はより一層勢いを増す。
真希は家路を急いだ。
早足に、アパートの階段を上る。
ただいま、と大きな声でドアを開ける。
部屋の中はぼんやりとした闇が広がっていて、
うっすら見えるテーブルの上に、ラップで包まれた晩御飯が乗っていた。
真希は少し、ほんの少しだけ落胆して、部屋の電気をつけた。
それでも部屋は薄暗かった。
――――――――――
- 105 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時55分10秒
- 翌日、真希は授業初日から遅刻した。
時計の針は既に九時を回っていた。
急いで制服に着替え、ラケットと体操着を持ち、ドアを開ける。
学校まで、体力の続く分だけ走る。
空は晴れていて、春の強い日差しは、外の町並みをキラキラと輝かせていた。
真希は意外に自分に体力がある事に驚きながら走る。
洒落た店の通りに出ても、息は上がらない。
河原沿いの畦道に出る。
段々、足や、体が軽くなる錯覚に陥る。鼓動が良い具合に高鳴る。
ちょっと大きい水溜りなんかを飛び越えたりもする。
周りの景色が混ざって、不規則な線のように見える。
学校が見える位置まで走ったが、そこでばてた。
膝に手を置き、肩で息をし、下を向きながら声をあげて笑った。
真希はおもいっきり走ったことが訳も無く楽しかった。
(走るの、悪く無いじゃん。)
- 106 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時56分45秒
- 学校に着いたのは一時間目の授業の中間で、思ったよりも早く着いた。
後ろのドアから体を縮めて進入する。
加護の方を見ると、クスクス俯きながら笑っていた。
それを見て、真希はなぜかとても嬉しかった。
暫し、加護の方を見ていると、国語の教諭に怒鳴られた。
「ゴルァ!!さっさと席に着けえ!!」
「す、すいません!!」
真希は申し訳無さそうに席に着き、即座に熟睡した。
真希はそのまま昼休みまで熟睡していた。
誰かに肩を揺すられる。
(あと、あと一時間、)
ごっちん!!と叫ばれた。
真希は眠い目を擦り、声の方を見る。
そこには加護が呆れたように突っ立っていた。
- 107 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時58分07秒
- 「あれえ、あいぼんじゃん。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、もう昼休みやで。襟も立ってるし、だらしないなあ。」
「うそだあ、今来たばっかじゃん。」
「もう、ええわ!それより、今日からクラブやで」
加護の目はメラメラ燃えていた。
真希はどうでもよさそうに相槌する。
そして二人は食堂に赴き、昼御飯を食べながらクラブの話で盛り上がる。
「・・・・うん、でもそんな張り切らなくてもいいじゃん。」
「あほやなあ、競争メチャメチャ厳しいで。だらけとったらあかんよ。
それに、あの人もいるしなあ。」
「あー、その憧れの人?」
「うん、ごっちんもあったら絶対すごいと思うわ、楽しみやなあ。」
- 108 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月25日(火)23時59分55秒
- 放課後、二人は更衣室で体操着に着替える。
テニスコートに向かうと、あの女の姿が見えた。
部員は五十人ほど居り、その中の十人がテニスウェアを着ている。
十のコートが横一列にずらりと並んでいて、
その景観はこの部の強さを誇示しているように感じられた。
全員が整列すると、まずテニスウェアを着た、モデルさながらの背の高い女が喋りだす。
「部長の飯田です。この先、厳しい道程になると思うけど、頑張ってね。」
陳腐な挨拶だったが、真希は静謐さを含んだ話し方に好感を持った。
そして、あの女が首を二、三度振ってから話し出す。
「顧問の石黒だ。新入部員に説明する。ここのテニス部は完全実力主義だ。
学年、経験、まったく関係ない。優れている者だけが生き残れる。自信の無い奴は
今すぐ去っても構わない。わかったか!!」
- 109 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時04分09秒
- 新入部員は真希以外、大声をあげて返事をする。
真希はがっかりした。余りにもイメージ通りだったからだ。
最初会った時はもっと特殊な感覚を受けたのに、蓋を開ければただの陳腐な鬼顧問。
(はあ、ありがち。)
すると石黒から声を掛けられる。
「おい、後藤!返事は!」
真希は少し石黒を睨むように一瞥し、だらけた声でハイと返事をする。
石黒は微笑しながら真希に近寄る。
「あんた、わかってないようだね。返事は?」
真希は石黒を睨みながら怒声のような返事をする。
「ハイ!!!これで、いいんですよね?」
石黒は見下すように真希を見て、よろしい、と低い声で言うとまた元の位置に戻る。
すると、テニスウェアを着た部員の一人が大声を上げて笑い出した。
「ハハハハ!!面白いなあ、粋の良いのが入ってきた。」
- 110 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時07分30秒
- 真希はその部員を見つける。
髪は白っぽい金色でショートカット。灰色の瞳。
このテニス部には異質な存在だと真希は思った。
その部員は薄ら笑いを浮かべつつ、何か、嘲るような視線を真希に向ける。
真希も目を合わせ怯まず睨みつける。
・・・・そこで真希が味わった感覚は恐らく一生忘れる事ができない。
その灰色の視線は人を罵るとか蔑むとか、そんな優しいモノじゃない。
全てを根底から否定するような、絶望させるような、
やっと手に入れた物を破壊するような・・・
上手く形容できないが、恐ろしく気分を害するようなモノだ。
真希は思わず目を逸らす。
その部員はまた高笑いする。
その時、石黒が怒声を上げる。
「市井、止めろ!!調子に乗るな!!」
- 111 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時08分55秒
- 市井と呼ばれたその部員は白けたようにハイハイとだらしなく返事をする。
真希は、俯きながら少し震えていた。こんなに気分が悪いのは初めてだった。
石黒は市井を征した後、新入部員に指示をする。
「今日はおまえらの実力を見る。それぞれウォーミングアップをして
準備ができたら軽い練習試合をしてもらう。開始!」
新入部員は各々、体を動かす。その目は野心に燃えている。
真希はまだ気分が悪かった。
その様子を見た加護が、心配そうに真希に話し掛ける。
「ごっちん。大丈夫?なんか顔色悪いで。」
「・・大丈夫、なんでもないよ・・・。」
「あの人、ウチが言ってた憧れの人やねん。」
- 112 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時10分43秒
- 加護は市井の方を向きながら話す。
真希は驚いて加護の黒目がちな瞳を凝視する。
あんな人間をどのように憧れたらいいのか真希は見当もつかない。
「あいぼん、あいつ、なんかやばいよ。それに・・・あいつ、なんだかとっても
カワイソウな人間だよ。誰も信用してない。そんな感じ。」
真希の声は少し震えている。
加護はそんな事を分かりきっているかのように真希の目を見つめながら話す。
「あの人なあ、勝つためやったらなんでもするんや。
対戦相手を殺してしまう。殺す言うても実際殺すんとちゃうで、
あの人と試合をしたあと、その相手は決まってこう言うねん。
「もう、テニスなんてしたくない。怖い。助けて。」って。
つまり再起不能にしてしまうんや。ウチもあの人の試合見たことあるけど、
怖かった。でも、でも凄いと思った。こんな選手になりたいと思った。
死神、それがあの人の通称や。テニスやってる人間やったら大概知れ渡ってんねん。」
- 113 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時13分12秒
- 加護はそう言った後、とても儚い視線を市井に向けた。
真希は訳も分からなく加護に話し掛ける。
「そこまでして、なんで勝たなきゃいけないんだよ。そこまでして・・・」
「・・・ごっちん、この世界、勝たなきゃ意味が無いねん。
ただ上手いだけの選手やったらいくらでも居る。勝たなきゃ、生き残れないねん。」
加護はそう言うと、自嘲気味に少し笑う。その表情は、それが間違いだと分かっていて
敢えてその道を選んでいるのを示唆していた。
真希は理解できなかった。
こんな所に居たくないと思った。
この、どの部員からも湧き上がっている野心はなんなんだ。
この世界で自分はやっていく自信は無い。
・・・・でも、辞める訳にもいかない。
そう、石黒と約束してしまった。母親を絶望させたくない。
「私は、あんな奴を認めない、絶対に認めないよ。そんなことまでして勝ちたくない。」
「・・・ごっちんにはごっちんのスタイルがある。
別に、誰でもあの人を真似ろとは言わんよ。」
「あいぼん・・・・」
- 114 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時15分34秒
- 真希は言葉に詰まった。
加護の決心はどうやっても揺るぎそうにない。
加護は何かを背負っているのだ。自分には無い、勝利をしなければならない
圧倒的な何か。
ウォーミングアップを済ませた後、
半分のコートを使い、新入部員の試合をする。
残りの半分のコートは先輩部員が練習している。
やがて、真希と加護等五組が石黒に呼ばれ試合をする。
――――真希がテニスを辞めたのは父親が逝った中学一年の夏だ。
小さい頃によく父親と近所のテニスクラブに通っていた。
父親に誉められるように必死に練習をした。
しかし父親が死んでからは、テニスをする意欲は霧散した。
今ではテニスをした記憶も殆ど断片しか残っていない――――。
- 115 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時17分29秒
- 横一列に並べられた、右端のコートで試合を行う。
真希の相手はショートカットでスタイルのいい美少女。
強そうには見えない。
真希は少し希望を抱く。
(めちゃ細いじゃん。いけるかも・・)
久しぶりに握ったラケットを二、三度握り直し、感覚を思い出そうとするがどうも
イメージが浮かばない。
やれるだけやってやる。そう、自分に言い聞かせ、相手のサーブに備える。
真希は最初何が起こったのかわからなかった。
強烈なサーブが、コートのラインをえぐる。
そのスピードは真希の予測する範囲を遥かに凌駕していた。
(なんだよ・・・こいつ)
が、真希は絶望しなかった。
(まだだ、次、次だ。)
しかし、悉くサーブを決められる。
一球も返す事ができない。
汗まみれになりながら、左右に走らされる。
反応する事も出来ない球を打つ事が出来るのに、ワザとスライスサーブを打って
真希を操る。
- 116 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時19分04秒
- 「・・・タイム、」
真希はそう言うと、肩で息をしながらコートに跪く。
ふと相手の表情を窺う。
汗一つかかず、涼しい顔をして、嘲笑っていた。
真希は憤りを覚える。
しかし、なにもできない。ここは力の世界。自分は余りにも無力。
隣のコートを見ると、加護がその小さい体で、体の大きな相手を手玉に取っていた。
(なんだよ、あいぼん、十分すげえじゃん。)
突然、強い視線を感じた。
遠くの方で、試すような視線を真希に向けている二つの視線―――。
市井と石黒が、真希の力量を量るように冷めた目を向けていた。
真希は立ち上がり、一つ大きな深呼吸をする。
(見てろ、一球、一球だけでも返す。)
相手が、高く球を上げる。
(この時は、速球だ。)
サーブを打つ前に真希は左に走り出した。
相手は動揺したのか、若干甘い球が入る。
- 117 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時21分01秒
- 「っらあああーーー」
そう叫び、がむしゃらにボレーを打つ。
小気味よい音をたて、ラケットに懐かしい感覚が蘇る。
ギリギリ、ラインオーバーしてしまったが、
相手はその球に追いつく事ができなかった。
そこで号令が掛かる。
「そこまで!!終った部員はここで一列で立って待ってろ。」
真希は気分が良かった。
最後の球は外れたものの、悪くは無い球だった。
コートの中央、ネット越しに握手をする。
「あんた、めちゃくちゃ強いね。歯が立たなかったよ。」
「・・・・どうも・・・」
そう言うと、相手は不満そうに踵を返す。
疲れきった体で真希は加護の方に近づく。
- 118 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時23分34秒
- 「どうだった?あいぼん。」
「まあ、楽勝やったで。相手全然無名やし。それよりごっちん・・・」
「なに?」
「ごっちんの相手、去年の中学全国大会のシングル覇者やで。」
「マジで?そりゃあ勝てないよ、ていうかラブだったし。」
「でも、最後の一球惜しかったやん。」
「あーあれ?あれマグレだって、もう一回やれって言われても無理だよ。
ヤッパ私はテニスむいてないよ。」
「いや、ごっちんは何か持ってるそんな気がする。」
やがて、次の試合をする部員がコートにつき、また試合が始まる。
石黒は、何か呟きながらノートに筆を走らせている。
真希は一列に並んだ端に立ち、試合は見ず、腰を曲げて疲れた足を揉んでいた。
そして、ふと隣の加護を見る。
隣に立っている加護は西日を横顔に受けて、その瞳に神秘的な光を含ませていた。
加護は羨望の眼差しでテニスウェアを着ている部員を見ていた。
真希もその瞳に誘われるように加護の見ている方向に目を向ける。
テニスウェアを着た部員は全員貫禄のある風貌で、新入部員の試合を見ている。
あれが、勝ち組。
真希と加護は説明されなくてもそれを理解する。
- 119 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時25分43秒
- その日のメニューは試合だけで終った。
テニスウェアを着た部員はさっさと更衣室に向かい、体操着を着た部員が
コート整備やら、後片付けやらをする。
終る頃には夜の帳が下りていた。
「今日は解散。もう一度言う、自信の無い奴は無理してここに居る必要は無い。
私が認めない限り、試合にはださないからそのつもりでいろ。以上!」
残っていた部員が大きな声で返事をし、更衣室に向かう。
着替え終わり、加護と真希は共に帰路に着く。
帰りの畦道、夜の川は不気味な音を奏る。
その音を聞きながら、真希と加護は横に並んで歩く。
- 120 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時29分12秒
- 「今日は疲れたあ。私の相手さあ、勝てんのにワザと私をさあ、走りまわしたんだ。
捻くれてるよ。」
「あれは、藤本言うてなあ、結構意地悪い奴なんや。でも実力は凄い。
なんてったって全国覇者やからなあ。」
「ったくちょっと位手加減しろよなあ。」
それを聞いた加護が陰鬱な表情で一言一言、確かめるように言った。
「・・・・でもしゃあないで。それが勝負の世界やから。勝たないと、生き残れないねん。」
「あいぼん・・・・」
加護のこういう発言を聞くと真希は心が痛む。
だから真希は加護に優しく諭す。
「あいぼん。あいぼんの言ってる意味は痛いほどわかるけど、
私の前では言わないでくれない?なんかさあ、すんごい辛いんだ私。」
「・・・ごっちん。」
「あいぼん可愛いんだからそんな思い詰めたような顔すんなって。」
「・・・うん。」
- 121 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時36分10秒
- 真希は加護のように、テニスをする理由が無い。
ただ、石黒に呼ばれただけ。だから勝ち組に入る必要も無い。
だったらなにをすればいいのか?自問する。
こんな自分にできること、忽然、加護を応援しようと思った。
友達の加護の為になにかしたい。そう思った。
それが、テニス部にいる理由でも構わないでしょ?
真希はそこはかとなく、星空に訊いた。
「あいぼん、頑張れ、応援するよ。」
「・・・・うん。ごっちんは?」
「テニス部は続けなきゃなんないけど、私はずっと負け組でいいや。」
「でも、ウチは思うねん。絶対ごっちんは上手くなるよ。」
加護が真希に視線を向け、真剣な面持ちで言う。
それを真希は加護が自分を元気付けるためのやさしさだと解釈した。
「・・・ありがと、でも私は負け組でいいよ。そのかわり私の分まで頑張れ。」
「・・・うん、絶対勝ち組に入るわ。」
加護はそう言うと、とても優しい微笑を真希に向ける。
真希はやはり加護にはこういう顔が似合うなと思った。
「そう。それでいいから私の前では普通の友達でいてね。」
- 122 名前:一話、妖精と死神 投稿日:2002年06月26日(水)00時42分02秒
- 真希は加護と別れ、シャッターが下りた店舗の通りを歩く。
夜の町は、死んでいるように物音一つ出さない。
無音。自分の家と同じだ。
静寂に足音が響く。
歩いていると、何故かあの市井の顔が脳裡をよぎった。
真希は無意識に早足になる。頭を振って灰色の瞳を暈そうとする。
しかしあの感覚が真希の体を浸食していく。
真希は走った。無我夢中で走った。疲れた体など関係なく、走った。
市井の、死神の陰影をそこで振り切るように走った。
真希のアパートを通り過ぎ、住宅街を右へ左へ駆け回る。
住宅街の脇道を何度か抜けると、丘陵へ続く坂道がある。
そこの、道とは言えない道を進むと、十メートル四方の平原に出る。
その一方は崖になっていて、この町の夜景が見渡す事ができる。
そこからの景色は絶景だった。
真希は寂しい時や辛い時は時々ここに来て、
崖に両足をぶら提げながら物思いに耽る。
この日は頭を空っぽにし、目前に広がる光の調和に身を委ねた。
何時の間にか、あの感覚は消えていた。
―――――――――――
- 123 名前:カネダ 投稿日:2002年06月26日(水)00時44分31秒
- 更新しました。
一話、妖精と死神、完。
- 124 名前:カネダ 投稿日:2002年06月26日(水)00時48分21秒
- ああ、すいません。
>>99のT学園はK学園の間違いです。
- 125 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)11時12分25秒
- 話がカッケー。藤本登場、目新しい。
- 126 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月28日(金)19時29分03秒
- ヽ^∀^ノ が死神か…
むう、続きが気になるな…
- 127 名前:カネダ 投稿日:2002年06月30日(日)23時04分09秒
- レス大変感謝です。
>>125名無し読者様。
カッケ―・・・有難う御座います。
藤本には頑張ってもらう予定です。
>>126名無し読者
続き行きます。
ヽ^∀^ノ ファンの方、死神にしてすいません。
続きです。
- 128 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時08分00秒
- 朝、梨華は両足の激痛で目が覚める。
昨日の急な運動で足が筋肉痛になっていた。
聞き慣れない、小鳥の囀りが梨華に今が早朝だという事を知らせた。
光を遮るピンク色のカーテンが朝の日差しで透き通り、
ベッドに薄いピンク色の光彩を落とす。
それを寝癖頭の呆けっとした表情で数分間、見詰める。
突然、ハッとして立ち上がり、独り言をぼやく。
「あいさつ、あいさつ。」
机の上のピンク色の大きな熊のぬいぐるみに挨拶をする。
このぬいぐるみには梨華の特別な思いが込められている。
小学校三年の冬、母親がこの熊のぬいぐるみと、猫のぬいぐるみを買ってきた。
梨華は初対面で、黒いガラスでできたその熊の双眸に訳もなく惹かれてしまった。
しかし、姉もこの熊を気に入ったらしく、
梨華は生まれて初めて兄弟喧嘩というものをした。
梨華は姉に初めて歯向かい、初めて抑えきれない欲をだした。
結局姉があきらめて熊は梨華の物になった。
その日以来、姉とは一度も喧嘩をせず、仲良く今日までに至る。
- 129 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時11分54秒
- 挨拶を済ませると、体を伸ばして、制服に着替える。
いつもより一時間程早く目が覚めてしまい寝不足を気にしたが、
取り敢えず一階のリビングに下りることにする。
階段は一段一段軋み、その音を聞く度に梨華は落胆する。
(ぼろっちい家。)
狭い台所にいる母親に挨拶をする。
母親は台所で、朝ご飯の用意をしていた。
味噌汁の仄かな香りが梨華の鼻孔をくすぐる。
「おはよう。」
「あら、梨華早いじゃない?今日何かあるの?」
「足が筋肉痛で、それで起きちゃった。」
「無理するんじゃないわよ。年頃の高校生が。」
「はーい。」
- 130 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時14分19秒
- リビングには会社に出社前の父親がいた。
スーツに着替え、コーヒーを飲んでいる。
普段、梨華が起きる頃には父親は出社しており、朝、顔を会わすことは無い。
「梨華、なんだ、早いじゃないか。」
「おはよう。」
そっけない挨拶を交わし梨華は新聞に手をやる。
「梨華、学校はどうだ?友達できたか?楽しいか?」
質問攻め。梨華はこんな父親が嫌いだった。
鬱陶しそうに、応対する。
「もう、うっさいなあ。まだ始まったばっかりじゃない。」
「そんな、怒った言い方しなくてもいいじゃないか、父さんはな、お前の為に
一生懸命働いてるんだぞ。」
「はいはい、感謝してますよ。それなら家でも買って頂戴よ。」
「うっ・・・・・」
父親は沈黙しそのままトボトボと肩を落として家を出て行った。
- 131 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時19分06秒
- 母親は、父親の情けない背中を見ながら、お盆に乗せた朝ご飯を持ってくる。
「もう、お父さんを苛めるなんてなんて娘なのかしら。」
「だって情けないんだもん。なんで私のことそんな知るたがるんだろう。」
「かわいい娘の事を思ってるのよ。感謝しなさい。はい、ご飯。」
朝食を食べ終わり、学校に行く身支度をする。
自分の部屋に戻り、押入れの中にしまっていたテニスラケットに手を伸ばす。
ラケットバッグは埃塗れになっていたが手に持つと、
沸々と湧き上がってくるものを感じた。
(よーし、がんばるぞ!)
ラケットバッグからラケットを取り出し、軽く素振りをする。
中学の引退試合を思い出した。あの時、テニスとは決別したはずなのに
今こうして、三年間テニスに費やそうとしている自分がいる。
いつか希美が言ったようにこれは運命なのだと梨華は信じることにした。
よし、と大きな声を出して、階段を駆け下りる。
そのまま玄関に向かう。
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい。」
- 132 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時20分38秒
- 梨華は元気よく挨拶すると学校に向かう。
いつのも電車の中、無意識に異変に気がつく。
同じ制服を着た生徒が、一斉に梨華に白い目を向ける。
梨華は反射的に窓外に目をやり、自分に言い聞かせる。
(わかってた事じゃない。がまん、がまん)
木漏れ日の並木道を上りながら、必死に自分に檄を飛ばす。
(よーし、がんばれ、負けるな。)
それでもやはり恐い。不安が徐々に拡大していく。
(机が無かったらどうしよう。上靴が無かったらどうしよう。
ののとよっすぃが一緒の日に休んだらどうしよう。)
ネガティブ思考一辺倒になる。
不安が飽和状態に達しかけたその時、
「おっはよう、梨華ちゃん何暗い顔してんの?そんな顔似合わないって。」
吉澤が覗き込むように梨華の背後から話し掛けてきた。
- 133 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時22分19秒
- 「おはよう。よっすぃ・・・怖くないの?」
「なにが?」
「学校。」
吉澤は口をへの字に曲げてだらしない表情を作り、肩を竦めるポーズをする。
「全然。寧ろ楽しみ。」
「・・・強いね、よっすぃは。私も頑張んなきゃ。」
「ははは、強くなんかないよ。寧ろ激弱。」
「いや、よっすぃは私なんかよりずっと強いよ。」
梨華は心からそう思った。
「なんで?あたし、テニス暦一年ぐらいだよ?全然素人。」
「はあ?テニスの事言ってたの?」
「他に何が強いの?」
「いや、もういいです・・・」
梨華は吉澤とまともに会話しようとした自分が情けなくなった。
ソフトボールをまともに喰らってもびくともしない神経を持っている人間だ。
学校で少々の事があってもこの人は大丈夫だと梨華は思った。
雑談しながら坂を上ってると後ろから希美が話し掛けてきた。
- 134 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時23分53秒
- 「おはよう、お二人さんきぶんはいかが?」
「のの、おはよう。」
「あっそうだののさあ、昨日赤鬼に何聞かれてたの?」
吉澤が希美に何気なく質問する。
希美は少し嫌な顔をした。
「べーつにーたいした事じゃないよ。」
「いや、あの赤鬼があんたのこと知ってたって事は、とっても怪しいぜ。」
吉澤は希美の全身をなめ回すように視線を向ける。
梨華もその事は気になってたのでやはり訊ねる。
「でもあれ本当になんだったの?」
「もう、なんでもないってば。」
希美は鬱陶しそうに対応する。
いつもの希美らしくない雰囲気に嫌な空気が流れる。
- 135 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時25分37秒
- 「まあ、人には一つや二つ訊かれたくない事はあるよ。のの、忘れてやるよ。」
そう言うと吉澤は希美にウインクをする。
「よっすぃにもきかれたくない事なんてあるの?」
希美が小さな声で訊ねる。
吉澤は暫く腕を組んで考えたあと、ないかな、と言って笑った。
梨華も希美も面白くて声を出して笑った。
この頃は、まだ吉澤がどんな苦悩を抱えているかなんて、
誰一人として知る由も無かった。
やがて、正門が見えてくる。
梨華は気持ちを引き締める。
(大丈夫、大丈夫。)
巨大な翼を広げている門構えは、今日は不気味な悪魔のようなイメージだった。
- 136 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時27分47秒
- 教室に入ると全員がこちらを振り向く、女の子らしくない厳つい視線を向けてきた。
噂とは怖いもので、一日でぎこちなかったクラス全体が結託しているようだった。
一番仲間が結束するのは共通の敵を作ること、そんな話を梨華は思い出した。
三人はそれぞれ席に着く。
梨華は後ろの席のメガネのポッチャリに挨拶をした。
メガネのポッチャリは昨日の態度とは打って変わり、そのメガネの奥からあからさまな
敵意を剥き出しにしていた。
「話し掛けてくんなよ。」
そう小さい声で呟き、席を立つ。
後ろの方でなにやらクラスメイトと話しながら梨華の方を向き、嘲笑する。
やがてチャイムが鳴り、梨華はホッと胸を一撫でする。
(これを三年間はきついよ・・・・)
昼休み、教室の隅で三人は弁当を食べる。
「こんな状態で私達は毎日過ごさなくちゃいけないの?」
「思ったより全然楽だよ、あいつ等あたしらに無視を決め込んでるだけで、
何もしてこないじゃん。」
「そうだよ、こんなのぜんぜん平気だよ。」
「二人とも逞しいね。私、大丈夫かな・・・・」
- 137 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時30分28秒
- 梨華は話題を変えようと、足の筋肉痛の事を二人に話した。
「全然、痛くないよ、あたし毎朝走ってるし。」
「ののもぜんぜん。りかちゃん運動不足すぎだって。」
「二人ともすごいね、私朝早く起きちゃったよ。」
「梨華ちゃんさっきからあたしらの事誉めすぎ。全然普通だって。」
「そうだよ。りかちゃん女々しいよ。」
女なので女々しいのは当然なのだが、梨華はこんな二人と居ると、とても安心する。
昼休みが終わり、ビクビク怯えながら授業を受ける。
梨華はふと、安倍も矢口もこんな毎日を過ごしてきたのだろうかと考えた。
放課後、三人は体操服に着替えてテニスコートに向かう。
すると、一人の生徒が制服でテニスコートの中に立っていた。
中澤と会話している。
「・・・・私、テニス部に入部します。」
「おーなんや、キリッとした顔して、かわいいなあ。あんた知らんのか?
テニス部の噂。多分、昨日入った三人もなあ今ごろ後悔してんで。」
「知ってますよ。噂。そんなの関係ありません。
入部します。もう入部届出したんですよ?なんで止めるんですか?」
- 138 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時33分45秒
- どうやら入部希望者のようだ。典型的な美少女でとても意志の強い瞳をしている。
三人はそのやりとりを見ながらテニスコートに入り、挨拶をする。
「先生、昨日と同じメニューですか?」
「おお、噂の三人トリオ。ほんまに来るとは思ってなかったわ。
取り敢えず筋肉解しといて。」
「「「はい。」」」
安倍と矢口は既に来ていて、準備運動をしている。
三人も、筋肉を解す。
「あんたみたいな子、この部には似合わんねんけどなあ、あの三人トリオみたいに
馬鹿そうじゃないし。」
「私、経験者ですよ。中学三年の時、県大会ベストエイトまでいきました。」
「はいはいわかった。もう、しらんでどうなっても。名前は?」
「松浦あやです。宜しくお願いします。」
「わかったわかった。そんな顔で見つめんのやめえ。あんたは今日は見学や。」
松浦は相変わらず、きつい目付きを保ちながらベンチに座る。
ふてぶてしい態度だが、誰もその態度を咎めようとしない。
安倍が優しく声を掛ける。
- 139 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時36分12秒
- 「よろしくね、松浦さん。部長の安倍です。うっれしいなあ。」
「あなたが部長なんですか?てっきりあっちの金髪の人かと思いましたよ。」
松浦は異常なくらい横着に安倍に振舞う。
安倍は終始笑顔を絶やさず、松浦に優しく応対する。
「あっちのはね、二年の矢口っていってすごいテニス上手なんだよ。
でも部長はなっちだから。」
「へー、そうなんですか。あなたより上手なのに何であの人が部長をしないんですか?」
「いや、そんな事を言われてもねえ、なっちの方が人生の先輩じゃない?だからさ。」
「一番強い人が部を纏めるのが普通じゃないんですか?
少なくとも私の所はそうでしたよ。」
安倍は言い返してくる松浦の強い態度に狼狽しながら、中澤の方を一瞥する。
矢口はこの諍をまったく気にせず、いつものように鷹揚と運動場にランニングに行く。
三馬鹿トリオは口をあけて松浦の態度に瞠目している。
見兼ねた中澤はハァと大きな嘆息を漏らし松浦に話し掛ける。
- 140 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年06月30日(日)23時38分24秒
- 「おい松浦、あんた自分より強いやつにやったら従うねんな?」
「はい。もちろんですよ。それがこの世界の条理です。」
「よーし言ったな、安倍、準備しい。」
「えっ?なっちがですか?」
「あんた以外に安倍が居るんか?」
「おい松浦、あんたあの三人の誰かにラケット借りて、準備せい。
制服でやってもらうで。」
松浦は水を得た魚のように急に声を張り上げ、ハイと返事をする。
つかつか、気品の漂う歩き方で希美の所に行き、
ラケット貸してくれる?、と品のある喋り方をした。
希美が不満そうにラケットを貸してやると、松浦は不敵な笑いを浮かべる。
「ありがと。もうすぐ私が部長になるから待っててね。」
「ぜったいむりだよ、安倍さんをなめると痛い目にあうよ。」
「それはこっちのセリフだよ。」
梨華は呆気に捕らわれていた。こんな厚顔無恥な人間には会った事が無い。
その自信は何処からくるのか、皆目見当もつかなかった。
- 141 名前:カネダ 投稿日:2002年06月30日(日)23時40分09秒
- 中途半端ですが、更新しました。
- 142 名前:カネダ 投稿日:2002年07月02日(火)22時21分18秒
- 続きです。
- 143 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時22分35秒
- 中澤がルールを説明する。
「ルールは簡単。一セットマッチ。ええな?」
安倍と松浦は頷く。
さらに中澤は続ける。
「松浦?後悔せえへんな?約束は守ってもらうで。なんなら辻とやるか?」
中澤は辻を一瞥し、そして松浦に虚ろな目を向ける。
松浦は微笑しながら中澤に呆れた表情で言う。
「あんなトロイ子じゃあ勝負になりません。それに・・・私はあの人とやりたい。」
「よーし、もしオールラブでもやられてみい、
あの三馬鹿トリオの奴隷になってもらうで。」
「かまいませんよ。」
- 144 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時24分38秒
- ―――――松浦には勝つ自信があった。
中学の時、ただ人に認めてもう為にテニスを始めた。
それまでなんの取り柄も無かった。
誰も自分の事を誉めてくれなかった。
誰も親しくしてくれなかった。
闇雲に、唯、唯、認めてもらう為に練習をした。
友達が欲しかった。
三年の時、県大会を順調に勝ち進んだ。
気付けば自分は学校での憧れの存在になっていた。
気分が良かった。
あれだけ存在感の無かった自分が今は人に敬われている。
しかし、準々決勝の試合、予想外のアクシデントが松浦を襲った。
無理な体勢で打ったボレーで、松浦は足を痛めた。
しかし誰もそんな事には気づかなかった。
完膚なきまでに叩きのめされた。
無様だった。
ボロボロになった自分を、頑張った自分を、誰もが誉めてくれると思った。
が―――振り向くと侮蔑する眼差しや、虐げるような視線の的になっていた。
松浦は・・・人間の本質を見た。―――――
- 145 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時28分17秒
- 試合が始まる。
松浦は制服のブレザーを脱ぎ、カッターシャツの袖を捲り上げ、
学校指定のネクタイを緩める。
コートの硬さを足でトントンと確かめると、
綺麗なフォームでサーブを打つ。
(私は、今なら誰にも負けない。)
安倍は難無くバックハンドで返す。
松浦は軽快なステップですぐに球の正面に追いつくと、微笑しながらボレーを打つ。
(弱い玉。こんなもんか。)
が、ボールは明後日の方向に飛んでいく。
(なんで?)
中澤はクスクスと笑っている。
その顔は悪戯に成功した子供のように無邪気だ。
希美は松浦の驚いた表情を見てバーカと一笑する。
松浦はその時ただの打ち損じだと解釈していた。
先程と寸分狂わぬフォームでサーブを打つ。
今度はラインぎりぎりに入るが、安倍はそれを辛うじて拾う。
松浦は大きく上がった絶好球に体を撓らせ、渾身の力でスマッシュを放つ。
が、ボールの中心を捉える事ができず、ネットに引っ掛けてしまう。
(なんでなの?)
このまま松浦は何も出来ず、困惑したまま第一ゲームを落としてしまった。
- 146 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時31分33秒
- 第二ゲームも同様だった。
安倍のサーブを松浦は返す事ができない。
そのままずるずる、第二ゲームを落とす。
梨華は目を疑う。
安倍の打つ全ての球には奇妙な回転がかかっていた。
それは意思を持っているかのように奇妙に跳ね、軌道を予測不可能にする。
拾う事さえままならない。
昨日の安倍と矢口のラリーを思い出す。
薄暗闇の中、矢口はあの球を返していたのだ。
やはり格が違うと再認識する。
結局松浦は、あの意思を持ったボールを一球も打ち返す事が出来ず、
オールラブで負けた。
松浦は茫然とコートに跪いていた。その瞳から大粒の涙がポトポト落ちる。
(結局、あの試合と同じじゃないか。)
中澤はその姿を見ながら、うんうんとワザとらしく二度大きく頷いた。
悲劇のヒロイン。
梨華は松浦のその姿にそう連想した。
コートを暫し湿らした後、漸く立ち上がり、安倍の方に近づいて頭を下げた。
- 147 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時33分14秒
- 「あんな球、始めて見ました。すいません完敗です。」
「いやーでもホントなっちもやばかったよ、絶対上手くなるよ。松浦がんばろ!。」
「・・・・こんな私でもいいんですか?」
「なーに言ってんの、いいに決まってるでしょう。」
「・・・・・・・」
そう言うと、安倍は太陽のような笑顔を松浦に向ける。
松浦は思った。あの時と同じなのにこの人は違った。
この人はやさしく笑いかけてくれる。
(この人になら、私は、私は・・・・)
松浦は天使を見た。
その時、中澤がズカズカと闊歩で松浦の背後に近づき、肩に手を置く。
嫌な予感。
「松浦、あれが安倍の魔球や。日本であれを使えるのは安倍とウチだけや。
なあに、くやしがらんでもええぞ、あの球返す奴はそうおらん。」
「別に、くやしくなんかありませんよ。」
松浦は嗚咽混じりな声ながらも、強がる態度を見せる。
- 148 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時35分14秒
- 「うんうん、じゃあ泣くなよあほんだら。
約束は守ってもらうで、お前はあの三人の下僕や。」
松浦の首に腕を回し、どすの利いた声を耳元で押し出すようにネットリと言った。
松浦は口を尖らせ、拗ねたような表情をする。
「・・・・・・約束は守りますよ。」
「よー言った。かわいがったるで。」
中澤は三馬鹿トリオに、こいつ好きにしてええぞと言い放つと、ベンチに悠然と腰掛ける。
それを聞いた吉澤と希美の瞳が怪しく光る。
「ちょっとこっち来てよ。」
「きてくんさい。」
松浦は俯きながら二人の方にトコトコと近づく。
口を尖らせ、吉澤に上目使いで喋る。
「何?」
すると二人はおどけたような仕草をし、顔を見合わせ、同時に松浦の方を見る。
- 149 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時36分39秒
- 「なに?なにってなに?」
「なにってなにってなに?」
「なには無いでしょう?あんた奴隷だよ。」
「どれいがタメぐちとはいかがなものかと?」
松浦は一瞬驚いたが渋々納得する。
「・・・・すいません・・。」
「よーし。」
「わかればいいんだよ。わかれば。」
希美が身長の高い松浦の頭を、ワザと苛立たせるようにくしゃくしゃ撫でる。
その様子を見兼ねた梨華は三人の間に割って入った。
「ちょっと二人とも、松浦さんだって同じテニス部で頑張っていく仲間じゃない。
その態度は何よその態度は。」
希美が腕を組み、薄笑いを浮かべる。
「あーらりかちゃん。さんばかトリオのリーダーがなにを言ってんの?
のの達はこの奴隷のしいくをたのまれたんだよ。」
「なんで私がリーダーなのよ!?
その前に何で三馬鹿トリオなの?どう考えても私関係ないよ!」
- 150 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時38分55秒
- 吉澤が希美に加勢する。
目の前の梨華を、目を細めて遠くの方を見るような仕草をしながら見詰める。
その仕草は梨華の気持ちを頗る不愉快にした。
「梨華ちゃん。気付いてないの?梨華ちゃん・・・どう見ても・・・・」
「何よ?最後まで言ってよ?」
「それはさすがにあたしの口からは言えないよ。のの、後は頼んだ!。」
そう言うと吉澤は運動場に向かって走り出した。
後を任された希美はキョロキョロしながら、梨華の顔を一瞥し、その鬼のような
形相にたじろぎ、吉澤の後を追うように走ってテニスコートを出て行った。
中澤はその様子をゲラゲラ笑いながら見ている。
残された梨華は茫然自失している。
その様子を見て、松浦は一つ嘆息を漏らし、安倍の方に向かった。
「安倍さん私、何をしたらいいでしょうか?」
松浦は敬慕の眼差しで安倍に質問した。
安倍は両手を腰に当て、斜め上を見ながらわざとらしく考える仕草をする。
- 151 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時41分41秒
- 「うーん、今日は松浦、制服だしねえ。
今日はもう帰っていいよ。明日ラケットと体操服持ってここに来て。」
安倍がそう言うと松浦は胸の前で掌を組み、ハイと元気よく返事をする。
松浦は中澤に挨拶すると、テニスコートを出て行く。
出ようとする寸前で安倍が大きな声を掛けた。
「入部してくれてありがとね!」
松浦はもう一度大きな声で返事をすると、梨華にもペコリと頭を下げ、帰って行った。
梨華は下を向きながらなにやらブツブツ呟いている。
気になった安倍が、梨華の傍に近づき声を掛ける。
「石川、ランニング行くよ!なにボーっとしてんの?」
梨華は縋るような瞳を安倍に向ける。
「安倍さん・・・私・・・馬鹿に見えますか?」
「は?」
「だから、あの・・・馬鹿に見えますか?」
- 152 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時43分39秒
- 「ううん、全然。ほら、それより練習練習!」
「本当ですか?やっぱり私は関係ないですよね?よーし練習だあ!」
梨華のあまりにも早いテンションの切り替えに驚きながら、
安倍は梨華と共にランニングに行く。
今日は昨日よりも一時間早く昨日のメニューをこなす。
そして、悪夢の筋トレ。
これは、梨華以外の四人は難無くこなす。
腕立て百回、腹筋百回、スクワット・・・・・
あらゆる筋肉を鍛える。
夜になり、テニスコートが眩いライトに晒される。
残っている生徒はテニス部員だけだ。
黒い空と、不自然な程明るいのに静寂が漂うテニスコート。
影を四方向に落とす。
梨華には初めての経験で、不思議な感覚を持った。
その後には素振り三百回。
ボールを使う事は無かった。
今日のメニューが終わる。
- 153 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時47分25秒
- テニスコートを整備し、五人は更衣室に向かう。
矢口と安倍の五メートル程後ろに三馬鹿トリオ。
梨華は思った。
練習の時もどんな時でも矢口とはこれ位の間隔が空く。
それはもちろん心の距離もだ。
普通に会話している安倍が羨ましかった。
更衣室に向かう途中で、吉澤が梨華に話し掛けた。
「ねえ梨華ちゃん、そろそろ矢口さんにも何か話さない?」
「何かって何を?」
「いや、練習のコツとかさいろいろあるじゃん。」
「なんか変じゃない?」
二人が矢口へのアプローチの仕方を考えていると希美も加わった。
「どうやったら魔法をかけられるのか訊かない?」
「のの、それいいねえ、さすがだ!」
「魔法のかけ方かあ、いいかもね。」
三人は矢口と会話できると思うと、気持ちが昂ぶってきた。
- 154 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月02日(火)22時50分30秒
- 希美が矢口の肩を叩く。
安倍は理解したのか、ワザとらしく鍵を忘れた、と言ってその場を離れる。
矢口が振り向いた。
「なに?」
鷹揚とした喋り方。
「あのですね、どうやったら矢口さんみたいに魔法がかけれるんですか?」
希美が緊張しながらそう質問すると、矢口は少し眉根を寄せたような気がした。
「魔法?」
一瞬、希美を見詰めて、そう聞き返す。
希美は強張った声で返事をする。
「そういうこと言ってると、あんたら一生上達なんかしないよ。」
矢口はいつもの無表情で抑揚の無い声でそう言い放った。
その後安倍が戻ってくるまで、重い沈黙が続いた。
安倍と矢口が先に正門を出たあと、三人も距離を置いてその後ろに続く。
矢口の背中は手を伸ばせば届きそうな程近いのに、夢のように遠かった。
それは今、この夜空に輝いている大きな丸い月のようだった。
―――――――――――
- 155 名前:カネダ 投稿日:2002年07月02日(火)22時51分29秒
- 更新しました。
- 156 名前:カネダ 投稿日:2002年07月02日(火)23時09分17秒
- やってしまった。
>>152の最初に
安倍は暫く梨華の顔を見つめる。
梨華の口をへの字にし、愁眉を開いている今にも泣きそうな顔は、
何処からどう見てもアホ面だった。
しかし、安倍は優しい。
を追加です。
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月03日(水)13時17分46秒
- 矢口の雰囲気がいつもと違うので新鮮ですごく好きですね。
みんなが世界を持ってて気になって仕方ないです。
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月04日(木)21時15分26秒
- あやゃはそっちですか…
他のメンバーは…
期待してます。
- 159 名前:カネダ 投稿日:2002年07月04日(木)22時53分30秒
- レス有難う御座います。本当に励みになります。
>>157名無し読者様。
一人、一人、大切にキャラを作っていこうと思っていましたので
そう言ってくれると大変嬉しいです。
その所為で、展開が進むのが遅くなっています。
まったりしてて申しわけない。
>>158名無し読者様。
他のメンバーも早く登場させたいのですが、
増えれば増えるほど、自分の首を締めていく事に気付いてしまった今日この頃。
期待に応えられるように頑張ります。
続きです。
後藤です。
- 160 名前:カネダ 投稿日:2002年07月04日(木)22時55分15秒
- 翌日、真希は例の如く寝坊する。
用意されていた朝食を素早くたいらげ、身支度をする。
そして、学校まで走る。
今日は学校までのペースを考え、体力を残し登校する。
後ろのドアから、物音を立てずに進入する。
ふと加護の方を見る。
昨日とまったく同じく、くすくすと笑っている。
それを見て真希はホッとする。
席に着き熟睡。
昨日と同じ時が流れる。
昼休み、同じく加護に起こされる。
「ごっちん、飯食いに行こうや。」
「んあ?もう昼なの?」
「そうやで、行こ。」
「うん。」
- 161 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)22時58分33秒
- 加護と二人で食堂へ赴く。
隅の席で、二人向かい合ってちびちびとソバを食べる。
加護が何か見つけたようで、しきりにその方向に目配せをしている。
「ごっちん、あっこの席に居る子見てみ、昨日テニス部居ったやろ。」
真希は目を細めてその生徒を見るが、見覚えがまったくない。
「ごめん、わかんない。覚えてないよいちいち。」
「ウチ、昨日あの子の試合見てたんや。ええ腕しとった。きっと地方の実力者やで。」
「私には関係ないからどうでもいいよ。」
「ちょお待ってて。」
加護は徐に立ち上がり、その生徒に近づいていく。
そしてなにやら、加護が笑顔で一方的に話し掛けている。
真希はその様子を見て、
昨日の加護のあの思い詰めた顔は夢じゃなかったのかと錯覚した。
今の加護の表情は、気だるさを含んだ何処にでもいる普通の女子高生だ。
真希は嬉しくなった。
やがてその生徒が加護に腕を引っ張られながら、真希の席にやってきた。
俯き加減のその生徒を他所に、加護は嬉しそうに真希に話し掛ける。
- 162 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)22時59分54秒
- 「ごっちん、やっぱ思った通りこの子、福井大会の優勝者やて。なあ愛ちゃん。」
「・・・うん。」
俯きながら、強張った声を出す。
真希は、そのぎこちなさに加護と始めて会話した時の事を思い出した。
優しく話し掛ける。
「福井ってさあ、遠いの?」
「うん。」
「優勝したんでしょ?県大会。すごいじゃん。」
「うん。」
「顔も可愛いし、言う事無いね。」
「うん。」
「うんしか言わないね。」
「うん。」
真希はこういう子が苦手だ。
いくら話し掛けても心を開かない。
馴れ馴れしい子も嫌いだが、人見知りしすぎる子も嫌いだ。
「名前なんて言うの?」
「高橋愛。」
「だから愛ちゃんか。待って、あいぼんと同じじゃん。」
「うん。」
- 163 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時01分25秒
- そこで加護から合いの手が入る。
「ごっちん、漢字はちゃうで。」
「ふーん、よろしくね愛ちゃん。私、後藤真希。ごっちんでいいよ。」
真希はそう言うと、ニコッと笑う。
「私、高橋でいいよ。愛ちゃんなんて・・・・私・・恥ずかしい・・。」
高橋は顔を高潮させ、それを隠すように、両手で顔を被う。
「・・・・・ははは。」
(やりづらい・・・)
三人は隅の席で仲良くソバを食べる。
高橋があんまり俯き加減なので、真希は非常にやりにくい。
「愛ちゃんさあ、なんか喋ろうぜえ。私らの事嫌?」
「そ、そんなこと・・・」
「ごっちん、愛ちゃんはピュアなハート持ってるんや。
あんまり迫ったら泣いてまうで。」
「違う。」
- 164 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時02分52秒
- 違う?真希と加護は高橋の殆ど開いてない唇から、
そんな言葉が聞こえたような気がした。
「あれ?愛ちゃん、なんか言った?」
高橋は俯きながら、謙虚に喋る。
「あの、私、その、訛ってない?」
「「はあ?」」
真希と加護は同時に気の抜けた声を上げる。
「訛ってるって、それがどうしたの?」
「そうや、そんなん恥ずかしがってたら、ウチは一生外歩けへんやん。」
「ほんとに?」
高橋は持ち前の大きな目を見開く。
高橋はたしかに訛っていたが、こんな私立の強豪高校に全国中から人が集まってること
なんて、真希でも分かる。
「気にする事ないよ、ここは実力の世界じゃん。訛りなんて気にすんなって。」
「そうやで、でもプライベートでは友達同士や。」
「あいぼん・・・。」
(あいぼん、大人じゃん。)
「そうだよね、ありがとう、なんか急に元気でた。」
- 165 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時04分32秒
- 高橋はそこから急に饒舌になった。
地方出身者は訛りが公認されたら、饒舌になる習性でもあるのかと真希は思った。
「ごっちんさあ、昨日、先生と揉めてたよね?なんだったの、あれ?」
「それウチも思ったわ。」
真希は昨日の石黒との諍いを思い出し、適当に説明する。
「・・・・あれねえ、あれはさ、なんていうのかな、ありがちじゃない?
ああいうタイプの体育馬鹿教師。だからがっかりしたっていうかそんな感じ。」
「そんな理由でやりあっとったんか・・・こりゃごっちん、勝ち組は無理やな・・・」
「ははは、元々狙ってないよ。」
「勝ち組って?」
惚けた顔をして高橋は真希に質問する。
「ほら、テニスウェア着てた連中居たじゃん。あれが勝ち組。」
「あー、たしかに凄い人ばっかりだもんねえ。」
「そうなの?」
「うん。ダブルスで全国ベストエイトの戸田さんに木村さん。
同い年ではあの藤本さんもいるしそれに団体で優勝したメンバーの
人達も殆ど残ってるしね。保田さんや、飯田さん。それに・・・」
「全国覇者の死神、市井さん。」
- 166 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時06分49秒
- 加護が高橋の言葉を遮り、言い切る。
真希は市井という言葉を聞いて寒気がした。
加護が市井の事を話すときは、いつも思い詰めた顔になる。
すると、その噂の人物が食堂に颯爽と入ってきた。
真希は気を引き締める。
突然、食堂内のテニス部員らしき連中が市井に近づき、畏まって頭を下げたり
媚を売るように、安くて下品な愛想笑いなんかをしていた。
真希はそれを見ると虫唾が走った。
市井はその連中に何か尋ね、キョロキョロ辺りを見渡すとすぐに帰って行った。
「・・・理由。」
「えっ?」
高橋が市井が出ていった方をぼんやり見ながら何か喋った。
「理由。私がここに来た理由。
私、市井さんとだけは試合したくなくて。それでここに来たの。」
「試合したくないって、勝ち上がったら当たるかもしれんやん。」
「元々シングルでは限界あるし、団体か、もしくはダブルスでやりたいんだ。」
「まあ、そんなん決めるのはあの顧問次第やろ。」
「うん。そうだけど、あっそう言えばあいぼん、あいぼんのダブルスのパート・・・」
「言わんといて!!」
- 167 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時08分55秒
- 突然、加護が大声を上げる。
黙って二人のやりとりを聞いていた真希は驚いた。
加護は食べ終わったソバの器を険しい表情で見詰めながら、訥々と喋った。
「ごめん・・・。忘れたいんや。悪いな、愛ちゃん・・・」
「・・・うん。」
「・・・・・。」
真希は加護の辛そうな顔を見て、悲しくなった。
勝ちに固執する理由。
それとなにか関係があるのだろうかと真希は思ったが、訊かない事にした。
加護は余りにも純粋で繊細なのだ。
チャイムが鳴り、教室に戻る。
真希は新しい友達ができた事に喜びながら熟睡した。
- 168 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時10分23秒
- ――――今日の練習は異常だった。
真希は人間の体力の限界を知らないのか?と心の中で石黒に叫ぶ。
走った。鍛えた。振った。そしてまた走った。
馬鹿みたいに体を動かす。
加護も高橋も、もちろん他の部員もドロドロになりながら練習する。
勝ち組以外は。
勝ち組は別メニューだ。
テニスコートを存分に使い、軽い打ち合いなどの実戦的な練習をしている。
負け組みはその様子を羨望の眼差しで見つめる。
早く、あっちに行きたい、と負け組みの心の声が聞こえる。
しかし、真希にはどうでもいいので、無関心に練習をこなす。
真希は練習中、市井とは一度も目を合わさなかった。
真希は練習をしている中で、一度か二度、あの全力で走った時の
不思議な解放感に襲われる事があった。
体が突然軽くなり、心臓の鼓動が小気味良い音を立てて、高鳴る。
周りの騒音が消え、心音だけが脳に響く。
その感覚は、真希を不思議な境地へと誘った。
不可能を感じなくなるのだ。
どんな事でも可能になる。
そんなわけもわからない自信をその解放感は連れて来るのだ。
- 169 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時13分25秒
- しかし、その感覚はほんの数分で消えてしまう。
消えてしまった後の脱力感と疲労感は、とても真希を不快にさせた。
夜、練習が終る。
負け組みはそこから後片付けやら整備やらいろいろ仕事が残っている。
真希は不平を呟きながら、ボールを拾う。
その時、何故か市井が話し掛けてきた。
真希は俄かに鼓動が早くなり、嫌な汗が体中に滲み出る。
「へーあんた辞めなかったんだね。さすが私が見込んだだけの事はある。」
「・・・・なんの用?」
真希は目を合わせず、ボールを拾いながら喋る。
あの、嘲るような視線で、薄笑いを浮かべながら喋っているのが口調から想像できた。
「お前ね、先輩には敬語を使うもんだよ。・・・まあいっか、そんなこと、
ココでは実力が全てだからね。よっぽど自信があるみたいじゃん。」
真希は市井に心を開かずに、淡々と読み上げるように喋る。
- 170 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時14分48秒
- 「自信なんてない。私はあんたが、その、
人を小ばかにするような、そんな態度が気に食わないだけ。
そんな最低な人間に、敬語を使う必要は無いでしょ?。」
「ははは、おもしろいなあ、やっぱり。私はお前に期待してるんだ。辞めんなよ。」
「私は辞めないよ。もう・・・話し掛けないでくれない?」
「そんな事は私が決める事でお前が決める事じゃない。お前名前なんていうの?」
「・・・後藤真希。」
「ふーん。後藤ね。覚えとくよ。」
そう言うと、市井は石黒と一言二言喋り、帰って行った。
真希は、ボールを拾いながら、考える。
市井が自分に話し掛けてきた理由。
ふと昨日、加護の言っていた言葉を思い出す。
- 171 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時16分19秒
- ――――あの人は人を殺す事が出来る。――――
(なるほど、私を殺す気か。)
帰り道、真希は加護と高橋と三人で川沿いの畦道を歩く。
相変わらず、川は不気味な音を奏でている。
「ねえ、ごっちん。市井さんと何話しとったん?」
加護が興味深そうに真希に訊ねる。
高橋もうんうんと頷いている。
「・・・別に、なんでもないよ。」
真希が俯きながら、小さい声でそう言うと、加護が真希の顔を訝しげに見つめる。
「なんでもないことであの人が話し掛けてくるわけないやん。
他の部員も目え見開いておどろいとったで。」
「私を・・・殺したいらしいよ。あいつ。」
- 172 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時18分05秒
- 真希はそう言うと加護から目を逸らし、下を向く。
「えっ・・・」
高橋が驚いたように真希に上擦った声を出す。
そして気まずそうに真希に訊ねる。
「そんなこと言われたの?」
「言われてないけど、分かるよ。」
加護が心配そうな表情を真希に向ける。
「ごっちん、大丈夫?」
「ははは、あいぼん、私の性格もう分かってるでしょ?
私はあんな奴にいいようにやられないって。」
「ごっちんは知らんねん。あの人の怖さ。」
「あの人は、本当の死神だよ?ごっちん。」
「・・・・大丈夫だって。それより二人とも早く勝ち組に入れるように頑張れよ。
私の心配してる暇があったらさ。」
- 173 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時21分18秒
- 高橋と加護は神妙な面持ちで頷く。
暫し嫌なムードが流れていたのを、加護が笑い話で払拭してくれた。
笑いながら歩いていると、やがて加護と別れる曲がり角に来た。
「ほなウチはこっちなんで。また明日。」
「あいぼん、今日は話し掛けてくれてありがとね。
私、あんまり友達作るの上手じゃないから凄い嬉しかった。」
「愛ちゃん、ウチは愛ちゃんに引き寄せられたんや。同じ名前を持つ者として
当然の事やで。」
「ははは、意味わかんねぇよあいぼん。」
真希が笑って加護にツッコミ、そこでオチた。
加護と別れて、真希と高橋はシャッターの降りた店舗沿いの通りを歩く。
まだ、夜の九時過ぎだというのに、その通りは死んだように音を出さない。
その通りの異常な程の物静かさは、真希と高橋から二人以外の全ての注意を奪い去った。
- 174 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時23分14秒
- 「愛ちゃん、家どのへんなの?」
「もう、すぐそこ。」
そう言うと、高橋は並んだ店舗の向こう側を指差す。
店舗と店舗の間の細い脇道の向こうに、まだ新しいアパートがあった。
「私、一人暮らしなの。」
「そうなんだ、寂しくない?」
「毎日、親から電話がくるし、そんなに寂しくないよ。」
高橋は笑ってそう言ったが、明らかに強がっているのがわかった。
だから真希は優しく言う。
「じゃあ寂しくなったら呼んでよ。私、ここだったらいつでもこれるし。」
「ありがとうごっちん。やさしいね。」
「ははは、まあね。」
「それじゃあ。また明日。」
「うん、じゃあね。」
- 175 名前:二話、それぞれの月 投稿日:2002年07月04日(木)23時25分55秒
- 高橋は早足でアパートに帰って行った。
その姿を見送ってから、フウっと溜息を吐き、とぼとぼ歩きながら帰路に着く。
(下手したら私の家より広いかも・・・)
一人になると市井の顔が浮かんでくる。
でも、今日はあの感覚は襲ってこなかった。
ふと、夜空を見上げる。
大きな灰色の丸い月が、薄い雲の隙間から不気味なぼやけた光を纏い、
真希を見下ろしていた。
真希はそれに市井のあの瞳をだぶらせた。
今日は逸らすことなく、凛然と睨みつける。
死神市井。真希はこの先ずっと対峙していかなくてはならない
その存在に、心の中で宣戦布告した。
――――――――――――
- 176 名前:カネダ 投稿日:2002年07月04日(木)23時28分33秒
- 更新しました。
二話、それぞれの月、完。
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月06日(土)12時04分20秒
- 面白いっす!市井さんの不敵な笑みが目に浮かびます…。
市井と後藤の対峙、あまり見ない加護、高橋らの取り合わせ、今後の
展開を非常に楽しみにしてます。
- 178 名前:カネダ 投稿日:2002年07月08日(月)22時22分27秒
- >>177名無し読者様。
有難う御座います。
こんな萌えない話を読んで頂いてるだけで感謝です。
期待に応えられるように頑張ります。
続きです。
- 179 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時24分36秒
- それから一週間、安倍と矢口以外は基礎練習を続けた。
学校生活でも、生徒がテニス部員に直接何かしてくるということは無く、
完璧に無視を決め込んでいるだけだった。
安倍と矢口は二人で軽い打ち合いをしたり、
悪い癖を直したり、実戦的な練習をしている。
中澤も安倍と矢口以外には直接指導するような事は無かった。
梨華が一番驚いた事は、矢口の練習に対する意欲だ。
もちろん表情に出す事は無いのだが、その双眸からは技術を習得するという
欲が、ひしひしと伝わってきた。
それはもう、鬼気迫るほどに。
理由はわからない。
あの、優雅で人に魔法をかける技術を持ちながら、さらに自分を高めようとしている。
梨華はやはり格が違うと思った。
安倍ももちろん、地味なのだが、あの意思を持つ球の変化をさらに上達させようと
中澤に指導を受けながら、手首の捻り方や、腕の角度などを修正し、回転をかける
練習をしている。
松浦は相変わらず、吉澤、希美の奴隷をやっている。
と言っても、適当に二人をあしらっているだけだが。
「ああ疲れたあ、松浦。肩揉んで。」
「いいですけど、練習が終った後ですよ。」
「・・・・・」
「ねえ、あやちゃん。ののは、喉が渇いた。」
「先生に許可貰って、お金くれたら買いに行ってもいいですよ。」
「・・・・・」
と、そんな具合に。
- 180 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時28分41秒
- 四人が地獄のような基礎練習を不満も言わず続けているのは、
やはり、矢口と安倍の練習試合を見てレベルの違いを見せ付けられているからだ。
矢口と安倍は一日に一度、夕陽が落ちる前に必ず一回練習試合をする。
それを観戦するために、四人は運動場でのランニングやダッシュを素早く終らせる。
そして、それを観戦して毎回驚嘆する。
西日が齎す幻想的な空間が、二人のレベルの高いテクニックと相俟って、
試合は四人にとても神秘的な映像となって提供される。
試合は必ず矢口が勝つのだが、安倍の変化する球を見ると、四人は一々小さな感嘆の
声を漏らす。
その先達を畏敬しつつ、四人は同じ思いを抱く。
(上手くなりたい。)
その日も四人は、ボールを使った練習をしなかった。
しかし、練習する意欲が萎える事は無い。
四人はいつも安倍が言った事を思い出す。
- 181 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時30分34秒
- ―――なっちさあ、中澤先生が来た時はどうしようかと思ったんだ。
それまで、まったく本気でテニスなんかしてなかったしさ、
他のみんなは辞めていくし、でも、なっちなんかピンと来たんだ。
あの人に。
だから、辞めずに言われた事ずっと続けてたのね。
したら、たった一人なっちだけになっちゃった時に先生が話し掛けてきてね、
この球の打ち方を教えてくれたんだ。
あんたは手首が強い。
もしかしたらウチのとっておきを使いこなすことができるかもしれん。
そう言われた時はもう、凄い嬉しくてさあ。
でも、最初のうちは全然曲がらないし、手首が折れるかとも思った。
でもあの人信じてずっと続けたら、打てるようになったんだ。
最初はちょこっとしか曲がらなかったけどさ、それでも嬉しくて。
ついて行ってよかったなあって思ったんだよ。―――
- 182 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時31分43秒
- そう、安倍が本当に嬉々として言った時、四人はあてもない希望を抱いた。
矢口が今の自分に妥協せず、さらに自分を高めようとする姿にも感化された。
いつか、自分達もこの人達と肩を並べたいと願いながら、四人は全力で練習に励む。
もちろんそんな様子を中澤が見逃すわけも無く・・・・
「おい、三馬鹿トリオプラス松浦。
もし、今の内容の練習を三十分早く終る事ができたらボールつかわしたるわ。」
その言葉を聞いたとき、四人は心の底から喜びを叫喚した。
それから三日経つが、まだまだ三十分は遠い。
その日も四人は安倍と矢口の練習試合を憧憬の眼差しで見つめる。
しかし、その日はもう一人、校舎の屋上から観戦している人物がいた。・・・・
――――――――――――
- 183 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時32分40秒
- 五月初め、三十分がやっとゼロになろうとしていた日の昼休み。
梨華は本を借りる為に図書室に向かおうとしていた。
「なんの本借りんの?」
吉澤が興味なさげな口調で訊く。
希美は弁当に夢中だ。
「うーんとね、フランスのね・・・」
「あーもういい。」
「むっ、なによう、よっすぃが聞いてきたんじゃない。」
「ごめん、あたしにはわかりそうもないや。」
「じゃあ、行ってくるね。」
「ちょっと待って、道中気を付けないと、危ないよ。」
「・・・・・うん。ありがと、よっすぃ。」
梨華は慎重に図書室に向かう。
廊下の端を歩き、俯き加減に早足で階段を下りる。
何度も生徒と擦れ違ったが、幸い睨まれるだけですんだ。
矢口と初めて会った渡り廊下に出る。
すると、前方に図書室が見える。
日光が渡り廊下を照らし、図書室までの道が光る橋のように見えた。
- 184 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時34分41秒
- 「綺麗・・・・」
思わず梨華は言葉を溢す。
梨華は校長が何故屋根を付けなかったのかわかった。
その光の橋を味わうように進む。
まるで、なにかの小説の主人公になった気分になった。
上機嫌のまま扉を開ける。が―――
―――そこで見た光景に梨華は畏怖してしまう。
天窓から落ちる長方形の日光の柱を隔てた向こう側で、
三人の生徒が一人の生徒の腹を殴りつけていた。
髪を乱暴に掴み、何度も何度も殴る。
瞬間、殴られている生徒と目が合った。
その瞳には、なんの光も無かった。ただのガラス玉。
助けて、と訴えているわけでもなく、涙を浮かべ、許しを乞う訳でもなく・・・
その瞳を見つめていると、三人の生徒が梨華に気付いた。
- 185 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時36分53秒
- 「誰?見てんじゃねーよ!!!」
お嬢様学校にはおよそ相応しくない乱暴な言葉。
梨華は恐々と、扉を閉めてしまった。
(いじめ・・・・)
どうやらテニス部員とは関係なかった。
梨華は少し安心する。
でも、どうすることもできなかった。
もう一度扉を開け、やめろと叫ぶことができない。
どうしても体がそうしようとしない。
梨華は目の前の扉が、特殊な力を帯びて、威圧してくる感じを覚えた。
ちっぽけな自分は、その扉を開けるどころか、触れることもできなくなっていた。
梨華は余りにも不甲斐無い自分を嫌悪した。
(結局、自分が一番かわいいんだ)
どうしようもなく、走って教室に戻る。
必死な形相で戻ってきた梨華に吉澤、希美の二人は辟易する。
- 186 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時37分42秒
- 「ど、どうしたのりかちゃん?なんかされたの?」
希美が驚きながら訊く。
吉澤も頷く。
「い、いじめ。図書室で、いじめ・・・」
「えっ?」
「図書室で、誰か苛められてた。・・・」
「誰が?もしかしてテニス部員?」
梨華は首をブンブンと振る。
「だれかわかんないけど、叩たれてた。お腹。なのに、私、なにもできないで・・・」
梨華は涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ。
- 187 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時38分49秒
- 「私、私、ただ見てすぐ閉めて、それで帰ってきて、
・・・あの子、きっと私の事見たわ・・それで、うっ、うっ・・・」
「梨華ちゃん、落ち着いて、行こ、図書室。」
「いじめなんてこすいことののはゆるさねえ。」
「うっ・・うっ・・・うん。」
「苛めてた側は何人居たの?」
「うっ、三人。」
「取り敢えず、止めよう。」
三人は走って図書室に向かった。
吉澤が扉を乱暴に開ける。
・・・しかし、中には図書委員が受付でちょこんと座ってるだけだった。
- 188 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時39分51秒
- 「梨華ちゃん、本当に見たの?」
「うん。」
「かくれやがって、でてこい、ののがしばきあげてやる!」
図書委員はあからさまに三人に早く出て行けと目で促していた。
吉澤はそんなこと関係なく図書委員に問う。
「あの、ここにだれか居ました?」
「・・・今来たばっかりだし知らねえよ。話し掛けてくんなよ。」
「・・・・」
吉澤は梨華と希美に出ようと促し、三人は教室に戻った。
重い空気が漂う中、各々がいろいろと考える。
「こんなお嬢様学校にしては、堂々としてるもんだよね。普通殴るか?」
「女の子がぼうりょくなんてあほかと、ばかかと。」
「あの子、きっと私にがっかりしたわ。あああ。」
「梨華ちゃんは悪くないって。泣く理由なんかないよ。」
「そうだよ、かおは見たの?」
「・・・うん。」
- 189 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時41分52秒
- 梨華は一瞬しかその凄惨な光景を見なかったが、
四人とも一度見たら忘れる顔ではなかった。
「うんと、苛めれてた子は色白でね、髪は背中の真ん中くらいまででそれで・・・」
「いや、梨華ちゃん、そんなこと言われてもわかんないから、
取り敢えず見つけたら教えてよ。
あたしさ、苛めとかくだらない事、本当に嫌いなんだよね。
別に偽善者じゃないけどさ。
苛められてる方にも責任はあるかもしれないけど、殴るかよ、普通!!」
「ののがしばきあげてやる!」
「二人とも・・・」
いつか思ったようにこの二人はとても強かった。
梨華は自分の情けなさを改めて悔やむ。
チャイムが鳴って午後の授業が始まる。
梨華はあのガラス玉の瞳を思い出し、
胸に尖った物を突き刺されたような感覚を覚えた。
授業中、何度も涙が零れそうになるのを堪える。
梨華は行き場の無い思いを窓外に見える、楡の木に向けていた。
- 190 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時43分17秒
- 放課後、釈然としないまま三人は更衣室に赴く。
更衣室で一番熱くなってるのは吉澤だった。
「ゆるさねえ、絶対・・・」
その様子を見て、先に来ていた松浦が吉澤に話し掛けた。
「どうしたんですか?」
「おー松浦、お前、苛めについてどう思うよ?」
「苛めですか・・・・」
着替えながら松浦は考える。
自分も、苛めまではいかないものの、疎まれていたのは確かだ。
しかし、理由はわからなかった。
なぜ自分に友達ができないのかわからなかった。
「最低なことなんじゃないんですか?一般論ですけど。」
「おまえ、奴隷なんだから、もっとまともな意見無いのかよ?」
「吉澤さん。そういうのが苛めなんじゃないんですか?」
「・・・・・・」
- 191 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時44分56秒
- 吉澤は三分ほど凝然と沈黙した。
希美が吉澤にバーカと、だらけた声を掛ける。
梨華はそのやりとりを興味深そうに見ている。
吉澤がやがて口を開く。
「・・・馬鹿。あたしのは愛があるじゃない?愛。」
「奴隷に愛ですか。そんなの聞いた事も無いですね。おめでたいですね。」
「・・・だ、か、ら、あたしは苛めてるなんて思ってないしさ。」
「苛めてる側がそう思って無くても、
苛められてる側がどう考えてるのかわかりませんよ。」
「・・お前、あたしに苛められてると思ってるの?」
「・・・さあ。」
松浦は意味深な笑みを浮かべる。
吉澤は松浦に揶揄されているのに気付いてない。
「と、に、か、く、あたしは許さない。苛めかっこ悪い!」
「ふふふ、なら吉澤さんもかっこわるいですよ。」
「なにおう!てめえ、あたしはカッケーよ。」
「はいはい、分かりました。かっこいいですよ。
第一、女の苛めなんて陰湿なものですよ。
吉澤さんには向いてないです。」
「・・・どういう意味よ?」
「もう、鈍いですね。自分で考えてください。」
- 192 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時47分05秒
- そう言うと松浦はさっさと着替え終わり、更衣室を出て行った。
希美もその後に続き、更衣室を出る。
梨華は、腕を組み、顰めっ面で思案している吉澤に話し掛ける。
「よっすぃ、私よっすぃの事、凄い見直したよ。だから練習行こ。」
「・・・・わかった!!」
「なにが?」
「松浦はあたしが苛めを否定している事に嫉妬してるんだ。」
「・・・・・はぁ。」
梨華は吉澤のアホさ加減に大きな溜息をつく。
「そうだよね?梨華ちゃん。あいつあたしが良いこと言うもんだからさ。」
「うん、そうだよ。行こう。」
梨華は適当に流す。
そして梨華と吉澤は二人揃って更衣室を出る。
涼しい風が二人を包み込み、練習の意欲を倍増させる。
テニスコートでは、既に吉澤と梨華以外は練習を始めていた。
遅れて来た二人に中澤がニコニコしながら、とても優しい艶のある声を掛ける。
- 193 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時50分03秒
- 「お二人さん、仲良く遅刻ですか?」
二人は顔面蒼白になる。
まずい、何かが起きる。
「本当にお似合いやね、二人とも。いしよしですか。」
「あの、先生、これには訳が・・・」
吉澤が下を向き、震えながら言い訳をする。
梨華は目を瞑って歯を食いしばり、ある程度の体罰に耐える覚悟をしている。
体罰を訴えるという、最近の学生の流行は、梨華の選択肢には無い。
「なんや、言うてみ。先生、タップリ聞いたる。」
それを聞いた吉澤が必死に訴えるように中澤に言った。
「苛めは良くないですよね?最低ですよね?」
「苛めね。良いか悪いか、先生アホやからわからん。でもね、吉澤さん。
先生、これだけは分かる。あんたが今日、特別メニューのダッシュ三十往復を追加
するという事だけは。」
「さ、三十往復追加!!?」
- 194 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時51分48秒
- 吉澤がおったまげる。
「そうや、なんや、もっと欲しいか?ええ?欲しいんか?」
「先生!!とんでもねえ、あたしゃ人間だよ。そんな事出来るわけ無いですよ。」
「吉澤、騙されたと思って走ってみい。苛めの答えわかるかもしれんで?」
「答えが・・・やります。走って答え分かるなら、走りまくってやる!」
「よし、行って来い!!」
梨華は吉澤のアホさには慣れているつもりだったが、ここまでとは思っていなかった。
中澤の標的は梨華に移る。
「石川。なんか言い残す事あるか?」
「びた一文ありません。」
「よろしい。あんたは運動場十週追加で許してやる。」
「あ、ありがたき幸せ。」
踵を返し、運動場に向かおうとする。
出口で中澤に呼び止められる。
- 195 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時53分00秒
- 吉澤がおったまげる。
「そうや、なんや、もっと欲しいか?ええ?欲しいんか?」
「先生!!とんでもねえ、あたしゃ人間だよ。そんな事出来るわけ無いですよ。」
「吉澤、騙されたと思って走ってみい。苛めの答えわかるかもしれんで?」
「答えが・・・やります。走って答え分かるなら、走りまくってやる!」
「よし、行って来い!!」
梨華は吉澤のアホさには慣れているつもりだったが、ここまでとは思っていなかった。
中澤の標的は梨華に移る。
「石川。なんか言い残す事あるか?」
「びた一文ありません。」
「よろしい。あんたは運動場十週追加で許してやる。」
「あ、ありがたき幸せ。」
踵を返し、運動場に向かおうとする。
出口で中澤に呼び止められる。
- 196 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時54分42秒
- 「おい、吉澤苛めとかいってたな。」
「はい。」
「あんたら、この部に入った時点で標的に入ってる事忘れたんか?」
「・・・・・・。」
そうだった。テニス部はこの学校で最も危険な存在。
梨華にあの、図書室での光景が蘇る。
「よっすぃ、忘れてたみたいですね。」
「あいつのアホさには頭が下がるわほんまに。よう思い出させたれよ。」
「はい。」
そう言うと、梨華は運動場を走る。
他の部の邪魔にならないように、こそこそと気配を消しながら。
(私は空気。空気は見えない。)
俯き加減に走りながら、梨華はあの光景を思い起こす。
髪を掴みながら、腹に拳を連打連打。
異常だ。今時の女子高生には考えられない。
あの子はいったい何をしたんだ?
梨華はガラス玉の瞳を持つあの生徒の事が気になって仕方が無かった。
その生徒の事を考えながら走っていると、
自分が今何週走ったのか忘れてしまっていた。
辺りを窺う。
希美と吉澤と松浦がダッシュをしている。
矢口と安倍は既にテニスコートに帰っている。
(うーんまだ二十くらいかな。)
- 197 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時56分43秒
- ダッシュをしていた希美が、肩で息をしながら吉澤と松浦に話し掛ける。
「りかちゃん、むちゃくちゃ走ってない?」
「うん、ぐるぐるぐるぐる。五十はいってるよ。」
吉澤があぐらをかいて座り、ゼェゼェ声を嗄らしながら言った。
松浦が怪訝そうに、梨華の走る姿を望見しながら、誰にというわけでもなく質問する。
「凄いですよね。石川さん。なんでバテないんですかね?」
それを聞いた希美が、梨華に儚い視線を向けながら言う。
「りかちゃんバカだからねえ。バカの体力はそこがないね。」
「うん、天然なのか計算なのかわかんないけど、
たまに意味わかんないこと言うしね。空とか見ながら。」
「うん。バカのリーダーは凄いね。」
- 198 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時58分12秒
- 吉澤と希美の会話を聞いていた松浦が、興味ありげに二人に訊ねる。
「石川さんて馬鹿なんですか?」
希美が驚いた表情をする。
「あやちゃん、きづかないの?見てりゃわかるでしょ?」
松浦が落胆した表情で大きな溜息をついた。
「ハァ、わかりませんよ。いい人なのになあ。馬鹿なんですか・・・がっかり。」
吉澤が松浦の肩にポンと手を置き、うんうんと頷きながら諭す。
「落ち込むな松浦、人間、見た目じゃわかんないもんだ。馬鹿っていうのはな
自分じゃわかんないんだ。だからって同情するなよ。それが一番酷い事なんだから。」
松浦は吉澤の顔を穴があくほど凝視し、なるほど、と呟き、感心する。
- 199 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)22時59分46秒
- 「おお、やけに素直じゃん。やっとあたしをリスペクトしだしたな。」
「・・・馬鹿は自分じゃ気付かない。吉澤さん、良い事言いますね。」
「うんうん。松浦、そんなあたしの奴隷でいられる事に感謝しなよ。」
感謝という言葉を松浦はサラっと聞き流す。
「じゃあ、私テニスコート戻りますね、もう運動場のメニュー終ったので。」
「よし、逝ってよし。」
「ののも終ったから行くよ。じゃあねよっすぃ。」
「えーのの行っちゃうの?待っててくれよう。」
吉澤は子供のような口調で希美にお願いする。
希美は吉澤に哀れみを含んだ視線を向け、
バカ、と一言言ってテニスコートに戻っていった。
残された吉澤は渋々立ち上がり、ダッシュを続ける。
すると、梨華が吉澤の所にやって来た。
- 200 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時01分53秒
- 「なに話してたの?」
「いやあ、梨華ちゃん良い子だなあって。」
「んもう、よっすぃ、ウソばっかり。」
「嘘なんかついてないよ。それよりさ、苛めてた奴ら絶対見つけようよ。」
「うん、許せないよね。でも私たちだっていつやられるか・・。」
(これでアホじゃなかったら完璧なのにな。)
「・・・そうだった。大丈夫だって、あたしはやられる前にやってやるしさ。
でも梨華ちゃんはやさしすぎるからなあ、あたしにまかせなよ。」
(梨華ちゃん馬鹿じゃなかったらもてるだろうなあ)
上辺だけのやりとりを終えた後、二人はそれぞれメニューをこなす。
テニスコートに仲良く二人で戻った頃には、矢口と安倍の練習試合は終っていた。
矢口と安倍が、なにやら喋っているのを希美が憧憬の眼差しで見つめている。
それに気付いた梨華が希美に話し掛けた。
- 201 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時03分19秒
- 「凄いよね、安倍さんも矢口さんも。遠い存在に見えるもんね。」
「・・・・うん。ののは矢口さんがテニスを続けてるのがわかっただけで嬉しいんだ。」
「えっ?」
「いや、・・・ゴメンなんでもない。ののも絶対矢口さんみたいになるんだ。」
そう言った後の希美の矢口に対する強いキリっとした視線は、
梨華に不思議な感覚を齎した。
暫し希美のその横顔を見詰めたあと、梨華も矢口を注視する。
「・・・がんばろ、のの。」
「うん。」
「練習練習。」
- 202 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時04分59秒
- ――――今日のメニューを終える頃、いつものように夜の静寂がテニスコートを包む。
中澤がベンチから重い腰をあげ、解散を告げる。
虚ろな目で、タバコをチビチビ吸いながら喋る。
「お疲れさん。特に石川、吉澤、おまえらはよく不満も言わずに頑張った。
うちはあんたらみたいな部員をもって誇りに思うで。んじゃあ今日は解散や。」
六人は大きな声で返事をし、それぞれ更衣室に向かう。
着替え終わり、帰路に着く。
門をくぐると、心地の良い風がテニス部員達を迎えた。
ケヤキ並木の坂道をやはり、矢口と安倍が先行して下る。
四人はその背中を見ながら坂を下る。
ふと梨華が口を開く。
「この距離、ちょっとは縮んだかな?」
「そら縮んでるよ。あんな練習してたらさ。」
吉澤が間髪入れず即答する。
希美も矢口の背中を見つめながら頷く。
松浦は何か思い出すような仕草をして三人に訊ねた。
- 203 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時06分19秒
- 「そういえば、今日苛めがどうとかいってませんでした?
あれなんのことなんですか?」
梨華が今日あったあの出来事を詳しく松浦に話した。
すると、松浦はなにか心当たりがありそうな顔をした。
「あやちゃん、なにか知ってるの?」
「うーん、もしかしたらあの子の事かなあ。確信は無いですけど。」
「その子、ガラス玉のような瞳してない?」
「あっ、してるかも。なんの意思も持たないようなそんな感じですね。」
「きっとその子だ。明日会わしてくれない?」
「なにするんですか?」
松浦が肝心な事を言った。
そう言えば、会って何をしたらいいかなんて梨華は考えてもいなかった。
それに自分は逃げたんだ。
恐くなって逃げたんだ。
- 204 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時07分55秒
- 「・・・・わからないけど、友達に、友達になれたらいいな。」
それを聞いて松浦が手を振りながら、首を二、三度振り、気の無い声で言う。
「無理だと思いますよ。あの子、死んでるみたいだもん。この世に絶望してる感じ。」
「じゃあ、なおさら会いたいな。この世は希望で一杯なんだよ。世界は素晴らしいのに
そんなの悲しすぎる。」
梨華は夜空を見つめながら、祈るように言う。
松浦はそれを見て希美に耳打ちする。
「辻さん、あれが例のやつですか?」
「ビンゴ。ね、やばいでしょ?」
松浦は梨華を確認して感心しながら頷く。
「たしかに。」
- 205 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月08日(月)23時11分43秒
- 梨華は相変わらず星空を見ながら歩いている。
やがて、吉澤と別れる交差点に差し掛かった。
吉澤はこの閑静な住宅街の一角に住んでいて、いくつめかの交差点で別れる。
「じゃあ、今日はみんなお疲れ。また明日。」
希美と梨華は、じゃあねよっすぃ、と声を揃えて言い、
松浦は今日は為になりましたと言って吉澤と別れた。
吉澤は松浦の方を見て、薄気味悪い微笑をした。
駅に着き、安倍と矢口は一緒に電車に乗る。
安倍は振り向いて、挨拶をしてくれるのだが、矢口は相変わらず愛想がない。
後ろを歩いている三人はワザと一つ電車を遅らす。
一緒に乗るのは、肩を並べれた時にしようと希美が言ったのでそうする事にしている。
梨華以外は上りの電車に乗るので、それぞれ別れの挨拶をして別れた。
梨華が電車の中で考える事は、いつも悩み事ばかりだった。
その日は、ガラス玉の瞳を持つ件の生徒の事を考えた。
何処かで見たことのある瞳、そうだ、あのぬいぐるみの瞳と同じだ。
車窓に写る自分の瞳を見つめながら、梨華は不思議な心境になった。
――――――――――――――
- 206 名前:カネダ 投稿日:2002年07月08日(月)23時13分09秒
- 半分位まで更新しました。
- 207 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月08日(月)23時40分44秒
- ガラス玉のような、というとあの子かな…?
淡々としているようで緻密な情景描写がすごいですね。
萌え〜的な展開でなくても十分惹きつけられる面白さですよ、あと半分だそうですが
頑張ってください!
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月09日(火)14時49分48秒
- なんかあやゃがすっごくかわいい!
- 209 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月10日(水)17時36分57秒
- 凄くおもしろいです!!
後藤&加護&高橋とか石川&吉澤&辻&松浦とか
友人関係の組み合わせも珍しくて良いですね〜。
これからも読んでるので頑張ってください。
- 210 名前:カネダ 投稿日:2002年07月10日(水)23時36分39秒
- レス有難う御座います。大変励みになります。
>>207名無し読者様。
お褒めの言葉、恐縮です。
まだガラス玉は名前出てきませんが、恐らく想像通りだと。
半分というのは説明不足でした。
三話のしかも石川の部分の事です。話自体はまだ終わりのおの字も・・・
>>208名無し読者様。
そう言ってくれて、嬉しいです。
自分もこの松浦のキャラは気に入っています。
>>209名無し読者様。
本当に読んでくれるだけで感謝感激です。
組み合わせは、下手するともっと複雑になるかも・・・
期待に応えられるように頑張ります。
続きです。
- 211 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時38分13秒
- 翌日の昼休み、梨華は松浦の居る五組に赴いた。
ドアを開ける度に襲われる白眼視にも、ある程度の免疫が出来ている事に
梨華自身は気付いていない。
教室を見渡すが、件の生徒は居なかった。
松浦は教室のほぼ真ん中の席で、一人、憮然と本を読んでいた。
梨華は気兼ねしながら、座って本を読み続けている松浦に小さな声で話し掛ける。
「ねえ、あやちゃん、その子、何処に居るの?」
松浦は本を読みながら淡々と喋る。
「さっき連れていかれましたよ。例の三人組に。」
梨華は数秒、間を置き、神妙な面持ちで訊ねる。
「何処に連れて行かれたかわからない?」
- 212 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時40分55秒
- 松浦はクスっと微笑して、
「そんなのわかるわけないじゃないですか。」
と味気ない言い方をした。
松浦は本をパタンと閉じ、手を膝に置いて梨華を上目使いで見詰めた。
梨華はそんな松浦のあまりに煌めいている視線に何故か照れて、
目を逸らしてしまった。
松浦は少し首を傾げる仕草をしたが、梨華に憮然と訊ねた。
「吉澤さんや辻さんはどうしたんですか?」
梨華は改めて目を合わし、謙虚に答える。
「あの二人が居ると、あやちゃんに悪いかなと思って置いてきた。」
松浦はまた微笑をする。
「確かに私は奴隷ですからね。それより、昨日は図書室に居たんでしょ?
だったら今日も居るんじゃないですか?」
「・・言われてみれば、そうだよね。」
「なら、私は用無しですね。」
「ゴメン、図書室行ってみる。」
- 213 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時43分22秒
- そう言うと、梨華は教室を出ようとする。
そこで松浦が引き止めた。
「石川さん、あんまり深入りしない方がいいんじゃないですか?
こういう問題は関わったら、石川さんも只じゃすみませんよ?。」
そう言った松浦に梨華はニコッと微笑み掛けると、
でもほっとけないから、と言って教室を出て行った。
松浦は首を傾げてその姿を見送り、
やっぱり馬鹿なんだ、と呟き、読みかけの本を開いた。
梨華は教室に戻る途中、松浦の言った言葉を反芻する。
―――只じゃすまない。
自分はいったい何処に向かっているのだろうか?
一組のドアをゆっくりと開けて、希美と吉澤に図書室に行こうと促し、
三人で図書室に向かった。
その道中で吉澤が梨華に話し掛ける。
「松浦はなんで来てないの?」
「あやちゃんはあんまり関わりたくないみたい。」
「ったく、あいつは人情ってもんが無いのか?人情ってもんが。」
そこで希美が怪しい笑みを浮かべて言う。
- 214 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時45分45秒
- 「あやちゃんには今日、すこし痛い目に合ってもらおうかな・・・ふふふ。」
吉澤はその様子を見て、ワザとらしく自分の肩を抱き、震える仕草をする。
「おお、怖ええ。のの、あんた、今日は悪魔の化身に見えるよ。」
梨華は呆れたように二人を征す。
「ちょっとふざけてる場合じゃないでしょ。」
そんな事を言い合っているうちに、図書室の扉の前に着いた。
梨華が唾をゴクリと一つ飲み込み、ゆっくり慎重に扉を開ける。
中には昨日と同様に図書委員が一人座ってるだけで、連中は居なかった。
また例の如く睨みつけてくる。
「帰れよ、テニス部のアホども。」
どうしてこの学校の生徒はこんな汚い言葉を使うのか梨華は不思議で仕方無かった。
どうしようもなく、三人はトボトボと肩を落とし、教室に戻ろうとする。
- 215 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時46分55秒
- ―――――忽然、梨華は思った。
いつまでもこの二人に頼っていていいのだろうか。
自分は今までずっと人に頼ってきた。
いつまでも誰かに甘えていていいのだろうか。
そう思うと、口が自然と動いていた。
「ねえ、もう二人とも忘れて。私の見間違いだったかも・・・・」
希美と吉澤が唖然としている。
「梨華ちゃん、そりゃ無いよ。嘘でしょ?」
「ののを騙したの?」
梨華は二人にゴメンと小さく頭を下げる。
「はあ、しらけたよ・・・昨日の事はなんだったの?」
「ののがあれだけ心配したのに・・・・」
「殴ってたんじゃないの?見間違いってなによ?」
「ののは、心底りかちゃんを信じてたのに・・・」
- 216 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時48分25秒
- 何を言われても梨華はゴメンとしか答えなかった。
元々、この二人は関係が無い。
逃げたのは自分なんだ。
だから、この問題は自分で解決しようと思った。
吉澤も希美も単純で、即座に新しい話題で盛り上がっている。
その二人の背中を見ながら、梨華は改めて一人で解決しようと思った。
授業中、梨華はいくら授業に集中しようとしても、
あの瞳が脳裡にちらついて離れない。
何も語らないガラス玉の瞳。
信じられないくらい、自分の心の一部を捉えて離さない。
目を瞑るとあの光景が蘇ってくる。
部活の方も、釈然としないまま練習することになり、
集中力を欠いた梨華は中澤に何度か怒鳴られてしまった。
漸く三十分がゼロになり、梨華以外の三人は達成感から喜びの声を連呼している。
梨華も無理に合わせるが、あからさまに心ここに在らずといった感じだ。
今日のメニューが終ると、異変に気付いた安倍が笑顔で梨華に話し掛けてきた。
- 217 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時49分33秒
- 「石川、なんか考え事してたみたいだけど、なんかあったの?」
「・・いえ・・・なんでもないんです。ちょっと、疲れてるだけで。」
それを聞いて安倍は太陽のような笑顔を浮かべる。
「なら、いいんだけど。なっちさあ、一応、部長だからさ、なんか悩み事あったら
相談乗るから、いつでも言ってよね。」
梨華はどうしようもなく返事をする。
「はい、ありがとうございます。すいません、心配かけて。」
安倍の優しさは、梨華の葛藤を催促した。
しかし、梨華はこの問題は自分で解決しようと心に決めた。
あの子を見放してしまったのは、私なんだから、と呟き、
更衣室に向かう一歩を踏み出した。
――――しかしすぐに立ち止まる。
梨華の心の中で今まで不安定だった何かが爆発した。
- 218 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時51分05秒
- 心の声に耳を澄ます。
(自分は逃げたじゃないか、あの子を置いて逃げたじゃないか。
なんでそんな綺麗事が言えるんだ?)
梨華はあのガラス玉の瞳が、体を蝕んでいくような錯覚に陥る。
(かわいいのは自分だけのくせに。ただの偽善者だ。
実際なにもできなかったくせに。)
自分を卑下する。
(そう言えば、生まれてから今日まで、私は人の為に何かしたことがあるか?
いや、ない。中学の時だって、人の顔色ばかり窺ってきた。
自分から何か行動したことなんてない。
よっすぃとののがいなかったら、この問題もきっと見て見ぬふりしてたに決まってる。
それなのに、今度は二人には関係ないだ?都合がよすぎる。)
ネガティブ思考が発作を起こし、とめどなく飽和状態を保つ。
そのままふらふらと歩いていると、何故かテニス部の事が頭をよぎった。
疎外されてから三年目を迎えるテニス部。
このままでいいのだろうか。
そんなこと自分が悩む資格があるのだろうか?
- 219 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時52分11秒
- 「りかちゃん、どうしたの?顔色悪いよ。」
希美が心配そうに梨華に話し掛ける。
静寂のテニスコートに響く希美の声は、梨華の不安定な心を余計にぐらつかせた。
「・・・・・なんでもないよ。なんでもないんだ。」
梨華は焦点の定まらない目で希美にそう言った。
さすがの希美もこの梨華はおかしいと思い、本気で心配する。
次に、何も気付いていない吉澤が話し掛けてくる。
「・・・ちゃん、梨華ちゃん!!」
「・・・え、何、よっすぃ。」
「何じゃないよ。ぼうっとしてさ、早く更衣室行こ。」
「・・・うん。」
- 220 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時53分12秒
- 梨華は吉澤に腕を引っ張られて更衣室に向かう。
ぼんやりと、朦朧とした意識の中にあの瞳が現れては消える。
梨華は着替えている途中、ふと矢口の方を窺った。
自分の事をどう思っているのだろうか?
俄かに梨華はそんな事を考えた。
が、すぐに考えるのを止める。
恐らく矢口は何も感じていないだろう。
一ヶ月経っても矢口からは協調性はおろか、心を開こうとする予兆さえ見せない。
それに、そんな愚問を訊ねると、返ってくる答えは一つに決まっている。
(矢口さんには私なんて必要ないじゃない。)
- 221 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月10日(水)23時54分43秒
- 帰り道も梨華はぼんやりとネガティブ思考に陥っていた。
誰に話し掛けられても、適当に返事をするだけで、
まともに対応しない。
吉澤と別れても、希美と松浦と別れても、思考は泥沼の淵まで没入する。
自分はテニス部に居てもいいのだろうか。
あの子を救えるのだろうか。
不甲斐無い自分がこんな事を考えても、答えなんて出てこないことはわかってる。
なのに、どうしても止まらない。
(なんにもできないくせに・・・・)
(なんにもできないくせに・・・・)
翌日、梨華はテニス部に存続の危機を招く事になる。
―――――――――――
- 222 名前:カネダ 投稿日:2002年07月10日(水)23時57分22秒
- キリのいい所まで更新しました。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月12日(金)15時12分48秒
- 司法への訴えですか?
- 224 名前:カネダ 投稿日:2002年07月13日(土)01時02分35秒
- >>223名無しさん様。
また説明不足ですいません。
見切って欲しかったのは石川の暴走の事なんですが・・・
続きです。
- 225 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時03分57秒
- 翌日、梨華は今日こそ件の生徒に会おうと決心した。
電車の中で何度も会った時の事を想像する。
(ごめんね・・・友達になろう・・・だめだめこんなんじゃ。)
あの時逃げた事を謝るだけでもいい。
会わなければ、自分は一生後悔するだろうと思った。
いつものように三人でケヤキ並木の坂道を上る。
「昨日の梨華ちゃん、どっか遠くに行っちゃうかと思って心配したよ。
何思い詰めてたの?」
吉澤がそう梨華に訊いてきたので梨華はそれに笑って答えた。
「昨日はちょっと考え事してたんだけど、でももう大丈夫。
ありがとうよっすぃ。」
吉澤はその梨華の様子に安心して、昨日は少し禁断症状が長かっただけだと解釈した。
希美も安堵したのか、テヘテヘ笑いながら梨華にちょっかいを出したりする。
梨華は二人に心配させないように、空元気を努めた。
この日はどんよりと重い雲が太陽を遮り、木漏れ日を落とす事は無かった。
風も湿っぽく、それだけで気分を鬱にさせた。
巨大な門扉をくぐると、梨華は改めて決心をする。
- 226 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時05分08秒
- 梨華はいつものように上靴を履こうとする。
すると足の裏に激痛が走った。
「つっ・・・」
顔が苦痛で歪む。
吉澤と希美も同じように軽い悲鳴をあげた。
上靴の中に、画鋲が数個散らばっていた。
梨華は絶望の淵に落とされたような気持ちになった。
(なんで、なんでなの)
吉澤が顔を顰めながら上靴の中の画鋲を振り落とし、緊張した声色で呟いた。
「くそ、とうとう行動を起こしやがった。」
希美も少し怯えた表情をしている。
「なんで、今までなんにも無かったじゃん。」
梨華には思い当たる節があった。
(私がいろいろ嗅ぎ回っていたからだ。)
- 227 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時06分19秒
- 「二人とも、ゴメン・・・・。」
「「えっ?」」
梨華は虚ろな表情でそう言うと、ふらふらと教室に向かった。
残された希美と吉澤は、二人で顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
そして後を追うように教室に向かう。
教室に入ると、梨華は机に突っ伏していた。
三人の机は、中傷する言葉や、猥雑な言葉で埋め尽くされていた。
希美はじんわりと涙を浮かべてそれを見る。
突然、吉澤が叫んだ。
「だれだ!!!こんなことした奴は!!」
クラスに居る生徒はワザとらしく聞こえないふりをし、
何も無かったように会話をしている。
希美が吉澤の袖を申し訳ない位にほんの少しだけ引っ張った。
そして、声を押し殺して言う。
「よっすぃ・・・テニス部に入った時からいつかこうなるとわかってたじゃん。」
それを聞いた吉澤は釈然としない様子でクラスを見渡しながら大きな声で言い放った。
「やるなら直接言ってこいよ!!お前ら恥ずかしくないのかよ!!!」
- 228 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時07分39秒
- しかし、生徒は何の反応も示さない。
やがて、チャイムが鳴る。
三人はそれぞれの机の文字を教科書やノートで隠した。
一度も席を立たないまま、昼休みを迎える。
ヒソヒソと聞こえてくる嘲笑や、罵詈雑言を突っ伏したまま聞いていた梨華は、
吉澤や希美に申し訳ない気持ちで一杯になった。
梨華はある決心をし、この問題に決着をつけようと気持ちを昂ぶらせた。
昼休みも三人はそれぞれ席を立たないまま、弁当に手もつけずに凝然と座っていた。
放課後になり、机に書かれた忌々しい言葉を消して、
ある程度の生徒が帰ってから吉澤が梨華に話し掛けてきた。
「梨華ちゃん、大丈夫?気にすんなって、これ位なら平気だよね?」
そう優しく言った吉澤に、梨華は精一杯の笑顔で答える。
「うん、大丈夫、なんとか、なんとか大丈夫。」
(私の所為だ。)
- 229 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時10分17秒
- 吉澤は二人に部活に行こうと促した。
吉澤を挟むように三人はくっついて歩く。
梨華はふと背後が気になって首だけで振り向いて見る。
その時、梨華は見つけた。
あのガラス玉の瞳を。
例の三人に腕を乱暴に引っ張られて、階段の方に向かっていた。
(ここで行かなくちゃ私は一生後悔する。)
梨華は立ち止まる。
吉澤と希美が同時に梨華の方に振り向く。
梨華は不自然な笑みを浮かべる。
「ゴメン、私、用があるから、先に行っててくれない?」
それを聞いた希美が吃驚した面持ちで叫んだ。
「りかちゃん!一人でどこいくんだよ?あぶないよ。」
梨華はまた不自然な笑顔を浮かべ、大丈夫だから、
と言って廊下を反対方向に走っていった。
吉澤と希美は訳もわからず、梨華の後姿を呆然と見詰めていた。
- 230 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時12分27秒
- 梨華は階段を駆け上がった。
根拠もなく駆け上る。
すると、ばったり部活に向かう途中の矢口に出くわした。
梨華は矢口に会って何故か安堵した。
そして、矢口か安倍に会ったら言おうと心に決めていた言葉を笑顔で言った。
「矢口さん、今まで有難う御座いました。私、今日で退部します。
中澤先生に言っておいてくれませんか?辛くて、もう顔を出せそうもないんです。」
矢口は一瞬緊張し、すぐに例の如く淡々と言う。
「なんで辞めるの?」
「私の所為で、みんなに迷惑かけたんです。
いっぱい、いっぱい迷惑、かけ・・たんです。」
梨華は精一杯の笑顔で、語尾は嗚咽にかわりながらも言い切る。
- 231 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時14分06秒
- 梨華はペコリと矢口に頭を下げ、また階段を駆け上がった。
ここの階段からでしか屋上には行けない。
何故、屋上に居ると思ったのか、根拠は無かった。
でも、なぜか梨華には屋上に居るという確信があった。
(私の所為で、よっすぃやののまで巻き込まれた。もしかしたら、あやちゃんや
安倍さんや矢口さんだってなにかされたかもしれない。)
矢口は立ち止まったまま、梨華の言った言葉の意味を考えた。
(アリガトウ?メイワク?)
矢口の中で、何か、明晰としない今まで感じた事も無い、
煩悶とした感情が湧き上がった。
梨華は屋上へ続く鉄扉を開ける。
予想通り、例の三人組が件の生徒を殴りつけていた。
梨華はその光景に今度は怯むことなく叫んだ。
「やめて!!!」
- 232 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時15分18秒
- 三人が同時に険しい顔をして振り向く、
梨華はその形相を見ると鼓動が一つ、大きく弾けた。
(ここで逃げたら、私は、またあの子を絶望させてしまう。)
梨華は震える足で連中の所に向かおうとする。
なかなか前へでない、震える足を梨華は憎んだ。
それでも今日は進んでいる。
一歩一歩、確実に前に進んでいる。
髪の長い、パーマをかけた茶髪の女が梨華に話し掛けた。
「なんだよ、お前は、何の用なんだよ?つけまわしやがって。」
梨華は震える体で、それでも凛とした表情を作る。
「なんで、暴力ふるうんですか?」
ショートカットで化粧の濃い女が言い放った。
「お前に関係ないだろうが!こいつとなんの関係があるんだよ?」
件の生徒の髪を鷲掴んで、梨華の前に差し出してきた。
- 233 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時17分29秒
- 梨華はその瞳と目が合った。
死んでいる。
光はない。
なにも映っていない。
人形。
その瞳を見つめていると、三年だろうか?リーダーらしい、
高慢な表情を浮かべている黒いロングヘアーの女が、
梨華の周りを舐め回すようにゆっくりと一周した後、背後から耳元で囁くように言った。
「お前、一年だろ?それで例のテニス部。そんな立場の人間が、よくもそんな
生意気な事を言えるよね?壊すよ。お前も。」
そのとてつもない圧力は、梨華に希望という名の概念を打ち砕くには十分だった。
どうしようもない絶望感が梨華を襲う。
しかし、梨華は怯まない。
「私はもうテニス部じゃないんです。テニス部は関係ない。お願いです。
その子を離してやってください。」
- 234 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時19分33秒
- 震える声で、それでも強い口調で言った。
パーマ頭が嘲笑しながら梨華の顔を覗き見る。
「お・ま・え、何もわかってないよ。大人しくしてれば隔離だけで許してやってたのに
こうも生意気だとわねぇ。あいつら全員テニスできない体にしてやろうかな。」
梨華は忽然、テニス部のみんなの顔が頭に浮かんだ。
目の前が真っ白になった。
何かが壊れる音がした。
それでも、梨華は挫けなかった。
「わたしは、一人で止めにきたんですよ。テニス部は関係ないです。」
高慢な女がゆっくりと意地悪く喋る。
「お前にどうやって止めることができるのかな?」
「お願いします。」
- 235 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時20分50秒
- 梨華は精一杯の気持ちを込めてそう言うと、頭を深く下げた。
(私はいつも人の顔色ばかり窺って、自分の事ばかり考えてた。)
頭下げてどうするつもりだよ、とショートカットの女が高笑いをした。
(この子だけはこの子だけでも救いたい。)
その時、ポツリ、ポツリと大粒の雨が落ちてきた。
ガラス玉の瞳は、何も訴えるようなことをしなかった。
パーマ頭が頭を両手でおさえながらだるそうに、
「雨じゃん、今日はもういいか。」
そう言うと、三人が下品な笑いを浮かべながら校内に戻ろうとした。
「待って下さい。」
「あっ?」
パーマ頭の女が立ち止まり、振り向く。
「お願いします。私はどうなっても構いませんから、この子と、テニス部の
みんなだけは・・・」
- 236 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時22分02秒
- 言葉がすらすら信じられない程出てくる。
雨は満遍なくその場にいる全員を濡らした。
梨華は背中に小石がパラパラ当たる感覚を覚えながら、覚悟をした。
(これが迷惑をかけた罰なら・・・。)
「へえ、じゃあお前が代わりにあたしらのオモチャになってくれるんだ?」
「・・・・はい。その代わりテニス部とあの子だけは・・・」
(私は・・・・)
「どうするよ?こいつに切り替えるか?あっちのは殴っても反応無いから
つまんなかったしねえ。」
ショートカットが梨華の髪を掴む。
(私は・・・・)
「やめろ。」
三人が同時に鉄扉の方を向く。
ショートカットが思わず髪を掴んだ手を離した。
梨華はその声を聞いて反射的に顔をあげた。
初めて会った日も、こんな雨の中だった。
- 237 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時23分43秒
- 「やめろよ。」
無表情の矢口が、腕を組みながらこちらにゆっくりと歩いてきた。
梨華は見逃さなかった。
件の生徒の瞳に一瞬、光が宿った。
パーマの女が矢口を嘲弄する。
「おい、ちび、お前確かテニス部だろ?なんだよ、
やっぱり関係あるじゃん、キャハハ。」
梨華は堪らず声を掛ける。
「矢口さん、どうして・・・・」
矢口は無表情のまま、高慢な女の目を見つめながら抑揚の無い声で言った。
「私の後輩に何してんだよ、お前ら。手でも出してみろ、許さないよ。」
高慢な女が不気味な笑みを浮かべる。
「お前の後輩、テニス部じゃあないんだろ?お前には関係ないよ。
今すぐ帰ったら、今まで通り隔離で許してやるよ。」
「私には関係がある。石川、お前は部活に行け。」
- 238 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時24分43秒
- 矢口は梨華には目を向けず、高慢な女の目を見ながらそう言った。
梨華は訳がわからなかった。
「どうしてですか?どうして・・」
「いいから、行けよ。」
梨華は、矢口の小柄な体躯ながらも毅然とした態度に甘えそうになった。
しかし、梨華の決心は揺るがない。
「お願いします。矢口さん。引いてください。
もう、誰にも迷惑かけたくないんです。」
それでも矢口は抑揚の無い声で高慢な女から目を離さずに言う。
「迷惑?生意気な事言ってるんじゃないよ。それに、」
「えっ?」
矢口はそのまま続けて、
「私はあんたに礼を言われる事なんて、した覚えは無い。」
- 239 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時25分56秒
- 梨華を一瞥してそう言った。
それまでの矢口では考えられ無い、とても意志の籠もった声だった。
その時、バン、と大きな音を立てて扉が開いた。
そこに汗塗れで息を切らした吉澤が仁王立ちしていた。
「・・・えっ?矢口さん?梨華ちゃん?」
三人組は次第に余裕を無くす。
「おい、なんだよ。またテニス部か?どういう事だよ。もう飽きたよ。」
ショートカットが顔を引きつらせて言う。
吉澤が唾を一つ飲み込み、息をスウっと吸ってから、怒声を上げる。
「お前ら!!!梨華ちゃんか矢口さんに何かしてみろ!!許さないからな!!!」
その迫力に、パーマの女とショートカットが、一瞬ビクっと震えた。
しかし、すぐにショートカットが下品な笑いを浮かべる。
「はあ?許さない?どういう意味だよ?なんなら私を殴るか?ほら、殴ってみろよ?」
- 240 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時27分08秒
- 吉澤は、その時気付いた。
自分がテニス部だということに。
どうする事もできない怒りを歯軋りで中和させ、
ショートカットに殺気の籠もった視線を向ける。
ショートカットは吉澤の視線を受けながらも、余裕の薄ら笑いを浮かべる。
そのやりとりの後、矢口が口を開いた。
「吉澤も石川も、早く部活に行けよ。ここは私がなんとかするから。」
矢口は高慢な女を睨みつけながら言う。
しかし、梨華も吉澤も動こうとしない。
梨華はひたすら矢口と吉澤に部活に行ってくれと催促する。
吉澤は殺気を込めた視線を一人一人に順番に向けている。
その時、高慢な女がこの世の物とは思えない気色の悪い表情を浮かべた。
「ヒヒヒヒ、友情ごっこ?気分悪い、気分悪いぃぃぃぃ。」
- 241 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時28分15秒
- 突然奇声を上げた高慢な女が梨華の腹を蹴り上げた。
梨華は腹をおさえてその場に蹲る。
瞬間、吉澤が咆哮をあげて高慢な女に向かって突進した。
矢口が何か叫んだ。
梨華は腹をおさえながら、やめてと言おうとしたが言葉にならなかった。
もし吉澤が殴ってしまえば、テニス部は窮地に立たされることになる。
良くて大会無期限出場停止、最悪で廃部。
吉澤の拳が高慢な女の顔にあと数センチで届こうという寸前、
なぜか当たってもいないのに重い音と同時にその女が吹っ飛んだ。
件の生徒が、吉澤よりも一瞬早く殴った。
続けざまに残り二人の胸のあたりに重い正拳突きを入れる。
三人は無様な格好で気絶した。
吉澤が唖然と件の生徒を見つめる。
「あ、あんた・・・強えーじゃん。・・・」
- 242 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時30分38秒
- しかし、吉澤の言葉に反応する事も無く、
三人を気絶させた件の生徒は、俯きながら、死んだように静止していた。
濡れた髪の所為で、その表情を窺い知る事は出来なかった。
暫く、重苦しい沈黙がその場を包んだ。
矢口は気絶している三人組を、腕を組みながら、軽蔑するように見下していた。
雨の音だけが、ザアザアと音を立てていた。
やがて、件の生徒が俯きながら小さな声で呟いた。
「私なんかの為に・・・やめて下さい。」
とても、寂しい声だった。
そう言うと、帰ろうとする。
しかし、吉澤が腕を掴み、止める。
「なんで?」
件の生徒は俯いたまま顔を上げようとしない。
吉澤は大きな声で続ける。
「あんた、私なんかの為って言ったよね。それ、もし梨華ちゃんに言ってるんなら
ぶっ飛ばすよ。」
「・・・・・・・」
- 243 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時31分42秒
- 吉澤は件の生徒の顔を乱暴に挟むように掴んだ。
そして、額と額を合わせて、言い聞かすように囁いた。
「梨華ちゃんに礼ぐらい言えよ。」
「・・・・・・・」
吉澤は、何も写らない件の生徒の瞳を見つめながら、それでも続ける。
「梨華ちゃん、ずっとあんたの事心配してたんだ。それを一人で抱え込んで・・
それで、あんたの事助けに来たんだよ。それを私なんかの為?ふざけんな!!」
「・・・・・・・」
「あんたが梨華ちゃんに礼を言うまで、私はあんたを絶対ここから帰さない。」
そう言うと、吉澤は踵を返して鉄扉に項垂れるように座り込んだ。
ゆっくり起き上がった梨華が、腹を抑えながら、
件の生徒によろよろと近づき、とてもやさしい笑顔を浮かべて、穏やかに話し掛けた。
- 244 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時32分27秒
- 「ねえ、名前なんて言うの?」
「・・・・・・・。」」
「教えてくれないかな?
「・・・・・んの。」
「えっ?」
俯きながら、小さな、小さな声を出した。
「紺野あさ美です。」
梨華は笑顔を絶やさない。
「紺野さん、私、石川梨華っていうの。怪我とかしてない?」
紺野は俯きながら小さな声を出す。
「私は、大丈夫です。それより・・・・」
「私は大丈夫だよ。テニス部で馬鹿みたいに体鍛えてるから。」
- 245 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時33分31秒
- 梨華はそう言うと、無理をして不細工なガッツポーズを作る。
紺野は梨華の振る舞いに安堵したのか顔を上げて梨華の瞳を見つめた。
そこに、ガラス玉の瞳は無かった。
脆弱な、それでも優しい光を宿していた。
「なんで、私なんかの為に?」
「私、初めて会った時、逃げちゃったでしょ?だから、謝まりたくて。」
「謝る?」
「うん、逃げちゃったから。酷い事したんだ。・・・許してくれるかな?」
梨華はあの光景を思い起こしながら言った。
「許す?」
「うん。」
「・・・・・当たり前じゃないですか。」
梨華はそう言った紺野に、屈託の無い笑顔を向けた。
- 246 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月13日(土)01時35分00秒
- 「私と友達になってくれる?」
「え?私なんかとですか?」
「ねえ、紺野さん。なんかなんて、言うのやめて。
私、悲しくなるから。」
「・・・・・はい。」
「それに、私、同い年だから、敬語もやめて。」
「・・・・・うん。」
「・・・・なんか疲れちゃった。・・・・・あっ・・」
梨華はそこでばたんとうつ伏せに倒れた。
今までいろいろ蓄積されていた不安や、緊張や、安堵や、その他諸々。
それら全てが今梨華に降りかかった。
「梨華ちゃん!!!」「石川!!!」「石川さん!!!」
いろいろな叫び声が聞こえたような気がしたが、意識はぼんやりとした闇の中に
吸い込まれてしまった。
雨は、満遍なくその場にいる全員を濡らしていた。
―――――――――――――――
- 247 名前:カネダ 投稿日:2002年07月13日(土)01時36分23秒
- 更新しました。
- 248 名前:カネダ 投稿日:2002年07月13日(土)01時54分16秒
- またコピペミスだ・・・
>>236の最初に、
高慢な女が頭を下げていた梨華の顔を屈んで覗いてきた。
「どうなっても構わないってどういう事だよ?」
雨は本格的に土砂降りになった。
「あの子の代わりになります。だから、テニス部とあの子だけは・・・・」
を追加です。
本当に申し訳ないです。
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)05時38分18秒
- コンコン…
矢口さんカコイイですね!
この話めっちゃスキです。ガンガッテ!!
- 250 名前:カネダ 投稿日:2002年07月14日(日)18時36分05秒
- >>249名無し読者様。
有難う御座います。
励みになります。
こんな駄文に時間を割いてくれるだけでも嬉しいです。
それでは続きです。
- 251 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時38分10秒
- 梨華は目を開いて前を見ると、真っ白いタイル張りの天井がそこにあった。
意識を周囲に向ける。
消毒液の臭い。
硬いベッド。
時々廊下側から聞こえる、壁に遮られて篭って聞こえる喧噪。
何気ない関西弁。
何気ない関西弁?
「おい、石川、目ぇ覚ましたか?」
「あれ?先生、なんで?」
「なんでもくそも、ウチこの学校の保健室のティーチャ―やもん。」
「そうなんですか・・・あっ今、何時ですか?」
中澤はタバコに火をつけて、プウっと一服し、虚ろな瞳を腕時計に向ける。
「六時や。」
「六時って・・・私どれ位寝てました?」
「お前が吉澤に乗っかって来たのが、五時くらいやから一時間位か。」
梨華は吉澤の背中を思い浮かべる。
「あの・・・部活の方は・・・?」
「部活なあ、安倍以外誰も来ないし、雨降ったから中止にした。」
「えっ?ののやあやちゃんは?」
「知らんがな。お前ら集団でボイコットしたんやないんか?」
「いや、私は・・・その・・・」
- 252 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時39分32秒
- その時、ドアが勢い良く開いた。
びしょ濡れの吉澤が、驚いた表情をしている。
その全身が先の諍いを色濃く物語っていた。
「先生!・・・えっ、梨華ちゃん起きたの?」
梨華の様子を見て吉澤は安堵の表情を浮かべる。
梨華は吉澤の表情を見て泣きそうになった。
「よっすぃ・・・。」
すると、吉澤が険しい表情をして梨華のベッドの横に立ち、
厳しい視線を梨華に向けた。
その吉澤の様子に梨華は少し萎縮する。
「梨華ちゃんあたし、怒ってるんだ。」
「えっ?」
「なんで一人であんな無茶したの?」
「だって、もうみんなに迷惑かけたくなかったし・・・」
「梨華ちゃん、言ったよね?三人だったら耐えていけるって?」
「・・・・うん。」
「じゃあなんであの時あたしとののに言ってくれなかったの?」
「それは・・・」
「もう、やめてよそんなの。私達友達だよね?友達っていうのはお互いを
助け合う事なんだ。だからもう、自分一人でああゆう行動するのやめてよ。」
「よっすぃ・・・・ゴメンなさい。」
「もういいから、今は安静にしてなくちゃ。」
- 253 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時40分32秒
- そう言った後、吉澤は梨華に優しい笑顔を向ける。
そして徐に保健室の壁に腕を組んで凭れ掛る。
梨華は吉澤の優しさに胸が痛んだ。
中澤が、タバコを灰皿に押し付けると、淡々と喋りだした。
「まさか矢口がお前らと関ってるとは思わなかったなあ。」
梨華は矢口のあの毅然とした姿を思い出した。
「あの、矢口さんは今どこにいるんですか?私、お礼言わなくちゃ。」
「矢口?さっきまでココにおってんけどな。どっか行ってもうたわ。」
「ココに?そうなんですか・・・・」
外で降る雨の勢いは、より一層強くなっていた。
吉澤が、窓外の雨を見詰めながらゆっくり話し出した。
「ねえ、梨華ちゃん、あいつ、一人で全部責任背負い込んだよ。」
「えっ?あいつって、紺野さん?」
「うん。一人で職員室行って、全部自分がやったって。テニス部は関係ないって。」
- 254 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時42分06秒
- 梨華は上半身を勢いよく起こした。
中澤はもう一本タバコを取り出し、火をつける。
「紺野さんは何も悪くないじゃない!なのになんで!!」
吉澤は窓外を見詰めながら、淡々と続ける。
「あいつ、梨華ちゃんにありがとうって、力強い声で言ってたよ。」
「・・・・・・」
「借り、作っちゃったよね。あいつに。」
「紺野さん・・・。」
梨華は紺野の事を思った。
もうガラス玉のような瞳をしていない事を心から希望した。
その時、保健室のドアが開いた。
安倍が泣きそうな表情で梨華の傍らに寄ってきた。
「石川!もう大丈夫なの?怪我してないの?」
「・・・はい、すいません。私の所為でクラブ中止になっちゃって。」
「バカ!そんな事どうでもいいんだよ。なんでなっちに相談してくれなかったの?
なっちの事がそんなに信用できないの?」
- 255 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時43分16秒
- 安倍は一気にそう言うと、一滴、涙を零した。
梨華は安倍を泣かしてはいけないと心に決めていたのに、結局泣かしてしまった。
(私、なにやってんだろ。)
重い沈黙がその場を包んだが、すぐにそれは騒然へと変わる。
ドアが開く。
「矢口さん!!」
梨華は思わず甲高い大声を上げてしまった。
矢口は無表情のまま梨華の傍らに近づく。
濡れた金髪、ブレザー、スカート。
あれはやっぱり現実なんだと梨華は再認識する。
小さな体躯ながらも巨人のように大きかった矢口。
無表情のままの矢口が梨華に話し掛けた。
「石川、腹、大丈夫か?」
梨華は矢口の声を聞くだけで泣きそうになった。
「・・・はい。本当に、迷惑ばっかりかけて私、私、・・」
「もう、いいよ。お前は悪くないんだろ?」
- 256 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時44分24秒
- 矢口はそう言うと一瞬口端を上げたような気がした。
「あの、矢口さん、言ってくれました?先生に。」
梨華はもう、テニス部員ではない筈だった。
矢口は窓外を一瞥し、もう一度梨華の顔を見る。
「あれは・・・・無し。明日、絶対練習に来いよ。」
そう言うと、矢口は踵を返し、保健室を出て行った。
中澤も安倍も、矢口の後姿を口をポカンと開けながら唖然と見ていた。
「おい、石川、お前矢口に何しやがった?」
「えっ?」
「あんな矢口、見たことないで。誰か心配するなんて、信じられん。」
「なっちもおったまげたよ。矢口、どうしちゃったんだろ?」
「矢口さん、私を助けてくれたんですよ。」
「あの矢口が・・・こりゃ雪降るで。」
さらにドアが開く。
- 257 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時45分28秒
- 「梨華ちゃん!!」 「石川さん!!」
中澤が今日は騒がしいなぁ、と微笑しながらタバコをふかす。
希美と松浦が泣きそうな顔で梨華に近寄ってくる。
「なんで、梨華ちゃんののに黙ってたんだよお!!ののだったらそんな奴ら
しばきあげてやるのにぃ!」
希美が泣きそうな声を梨華に掛ける。
松浦は梨華とは目を合わせず、後ろに手を回し、明後日の方を向いている。
「だから言ったじゃないですか。只じゃすまないって。」
「ゴメンね。のの、あやちゃん。」
「ののは梨華ちゃんが死んだらと思うと・・・・あああぁ。」
希美が意味不明な事を言って泣き崩れる。
松浦はあさっての方を向いたまま、
「石川さんて、本当に、馬鹿ですよね。」
とサラっと言った後、でもそういう所、私好きですよ、と付け足した。
- 258 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月14日(日)18時47分17秒
- 梨華は思う。
自分は凄い勘違いをしていたんじゃないのかと。
世の中の何一つ理解していなかったのではないかと。
それは、中澤の言った一言で、確信にかわる。
「おい、石川、仲間ってええもんやろ?」
梨華は大きくハイっと言った後、涙がとめどなく溢れてきた。
保健室を、暖かくて優しい、澱みの無い空気が包み込んだ。
その束の間――――
「お前ら、今日サボった分、分かってるやろうな?」
中澤のドスの利いた声で、その空気は掻き消された。
―――――――――――――――
- 259 名前:カネダ 投稿日:2002年07月14日(日)18時48分21秒
- 更新しました。
- 260 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月14日(日)23時57分21秒
- なかまって、いいな…
- 261 名前:名無し 投稿日:2002年07月15日(月)04時04分50秒
- お初にカキコさせて頂きます。今、一気に読み終えたところです。
えと…まだ、過去がベールに包まれた人物が多いですね。
これからどう明かされるのか非常に興味深いです。
作者さん、期待しております。是非是非、がんばって下さい。
- 262 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月15日(月)19時12分35秒
- 自分も初めてのカキコ。
クールな矢口が新鮮な感じで良いです。
続き期待してます。
- 263 名前:カネダ 投稿日:2002年07月16日(火)19時58分12秒
- レス有難う御座います。
本当に本当に励みになります。
>>260名無し読者様。
少しクサイ話になってしまい、上手く表現
できたか、かなり不安でした。
仲間って(・∀・)イイ!!です。
>>261名無し様。
一気になんてすいません・・・こんな駄文に時間を割いて下さって・・
上手く出来るかわかりませんが、期待に応えられるように頑張ります。
>>262読んでる人様。
クールな矢口が新鮮という事に最近気が付きました。
いい感じなんて滅相も御座いません。
期待に応えられるように頑張ります。
続きです。後藤です。
- 264 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)19時59分32秒
- 真希がテニス部に入部して、二週間が過ぎた。
部員の数は大分減った。この練習内容、それに勝ち組に上がる事の難渋さ。
自分の限界を知った者は例外なく挫折し去っていった。
しかし、新入部員で勝ち組に上がった者が一人。
――――藤本美貴。
全中シングル覇者で、その実力は、この部の中でもかなりのものだった。
週末で、太陽が真上にあった時分にそれが起こった。
藤本と勝ち組でハワイからの留学生、ミカ=トッドとの入れ替え戦が行われた。
石黒がルールを説明する。
「三セットマッチ。勝った方が一軍だ。」
- 265 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時00分51秒
- そっけない説明で試合が始まる。
試合の方も無味乾燥で藤本のたんなる公開リンチみたいなものだった。
真希と同じようにミカをぼろぼろになるまで走らせ、十分に苛めぬいた後、
目の覚めるようなサーブで息の根を止める。
真希はその試合を正視する事ができなかった。
いや、正確にはなるべく見ないように努めた。
藤本の薄ら笑いを浮かべながら相手を貶めるテニス。
それは見ている者に、甚だしい怒りを促す。
しかし加護と高橋は平然と興味深そうにその試合を観戦していたが。
ミカは結局、一矢報いることもできず、完敗した後、その場に呆然と突っ立っていた。
その惨めな姿は、住家を失ったか弱い小動物を連想させる。
石黒が残酷な言葉をあっさりと掛ける。
「ミカ、あんたは明日からあっちだ。」
負け組みのコートに親指を向ける。
ミカは納得いかない様子で、石黒に食って掛かる。
- 266 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時02分21秒
- 「ナゼ?ワタシハニホンジンニナイモノモッテルノニ。」
「ミカ、見苦しいぞ、ココのルールは分かってるだろ?」
「ファック!!」
ミカは石黒に品の無い中指を立てる仕草をし、舌打ちしながら帰って行った。
それからミカがテニス部に来る事は二度と無かった。
藤本は然も当然といった様子で、悠然とその後姿を見送っていた。
こ憎たらしい、嘲笑を浮かべて。
真希は改めて、この部の全容を理解する。
―――入れ替え戦。
その制度は実力を示すには単純明快で完璧なものだ。
強い者が残る。
しかし、負けた方は余りにも惨めだ。
「藤本、今日練習が終ったら、ウェアを渡す。よくやったな。」
「はい、当然ですけどね。」
練習で石黒の目にかかれば、入れ替え戦ができるのだ。
真希はそんな制度は糞喰らえと思っている。
- 267 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時03分33秒
- 厳しい練習を、負け組みの連中は必死になってこなす。
加護は練習の時は普段とは別人のように真剣に取り組む。
高橋も持ち前の運動量の多さで、負け組みの中では秀でている。
ひたむきに己を高める練習。
真希はその懸命に練習する二人を見て嬉しくなる。
真希は勝ち組の練習を時折覗くのだがその中で最も人目を引くのは
部長、飯田のテニスだ。
あの長身から生まれる、鋭角的に突き刺さるようなサーブ。
バランスのとれた、隙の無いスタイル。
静謐さを秘めながら綺麗なテニスをする。
真希も心中では尊敬していた。
真希は練習しているうちに、昔、父親に教わったいくつかの
テクニックを漠然とだが、取り戻していた。
それを試す時間が三十分だけある。
メニューの中で、打ち合いがある。
一日のうちのたった三十分程度の打ち合い。
その中で、父親の指導を思い起こすようにラケットを振る。
- 268 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時04分58秒
- この日の真希の相手は加護だった。
加護相手に舐めたテニスは出来ない。
当然、全力で向かってくる筈だ。
真希もそんな加護に応えられるように、今の力を全て出し切ると心に決めた。
加護はキリッとした視線を真希に向けた後、サーブの体制にはいる。
真希は唇を舌で湿らせ、腰を落とし、
ラケットのガットを左手の五指の第一間接でキュッと握る。
加護に少しでも役立てるように、気を引き締めてサーブを待つ。
加護はサーブを打とうとするが、勝ち組のコートの方をチラチラ見ている。
その方向には、負け組みの打ち合いを見ている石黒がいた。
真希は頻りに石黒の方を窺う加護を見ると、どうしようもない笑いが込み上げてきた。
「あいぼん、そんなに気にすんなよ。私が気になっちゃうじゃん。」
「・・・・アピールや、アピール。ほらいくでごっちん。」
「もう、集中してんのに、気抜けたよ。」
- 269 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時06分09秒
- 加護の小さいフォームで打ったサーブは、驚くほど、普通だった。
特殊な回転も特徴も何もなく、ただインさせる為のサーブ。
(なんだそりゃ?)
真希はその打球を、確かめるようにボレーで確実に返す。
すると、何故か加護がネットについていた。
(えっ?)
加護はサーブを打った後、ダッシュするようなそぶりは見せなかったのに
何故かそこにいる。
切れの良いスライスをかけた打球を、左コートのライン際に当然のように打ってきた。
真希はダッシュして飛びつくようにラケットを伸ばすが、逃げていくような
球に追いつく事はできなかった。
「あいぼん、いつの間に詰めてたの?」
「ごっちん隙を見せたらあかんで。ウチの嗅覚は、それを見逃す事ができへんのや。」
「わけわかんねえけど、すごいじゃんあいぼん。」
「ごっちん、時間無いから、プリプリいくで。」
「プリプリ?」
- 270 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時07分37秒
- 真希が聞き返す前に加護は先程と同様のサーブを打ってきた。
加護の表情の活き活きとした様は、
時折見せる鬱な表情を嘘ではないかのかと錯覚させる。
勝つ為のテニス。
加護はそれをする為にココに来た筈なのに、とても楽しそうじゃないか。
真希はなんだか嬉しくなって、笑いながらスライスをかけたボレーを打つ。
今度は加護はそこに打球が来るのがわかっていたかのように、
真希の打球の正面に立っていた。
その打球を奇妙なフォームのアンダーハンドで返す。
真希は左コートに当然のように走りだす。
なぜなら、アンダーハンドを振り抜いた方向が左コートの方を向いていたからだ。
なのに、加護の打った球は、誰もいない右コートに吸い込まれていった。
(?)
真希は息を弾ませながら加護に訊く。
「今度は何したの?」
「それは企業秘密どす。」
「それは京都弁だよ。くっそー、プリプリいくよ!!」
「へへへ、さあ、こーい!」
- 271 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時08分42秒
- その後も真希は加護に翻弄され続けた。
加護のテクニックは憎たらしいほど凄い。
真希は加護は近いうちに勝ち組に行くと思った。
これだけの技術がありながらも、死神に憧れる加護がどうしても理解できない。
真希はそんな事を考えながら、加護のやさしいサーブをバックハンドのボレーで返す。
しかし加護の容赦ない攻めで、すぐに思考を中止させられる。
対応することすらできない加護の独特のテクニック。
真希は、感動さえしそうになる。
感心しているうちに三十分はあっという間過ぎた。
高橋も興味深そうに真希と加護の打ち合いを見ていたが、
そんな場合じゃない。
高橋だって、加護には負けていられない。
名前も知らない相手だったが、高橋はもてる全ての力で挑んだ。
高橋も結局、相手になにもさせないまま三十分を終えた。
終った後も高橋は加護の方をやたらに気にしていた。
真希はどうして高橋が異常に加護を気にするのかその時は
わからなかったが、翌々考えると当然だ。
石黒の目にかかれば入れ替え戦が出来る。
加護と高橋は負け組みの中では特に秀でている。
ライバル視しない訳が無い。
- 272 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時09分50秒
- 二週間経って、このテニス部にして、意外な事がわかった。
それは、勝ち組の連中は意外とその権力を誇示しないという事。
部長の飯田は部員全般に優しいし、ダブルスの戸田、木村も苦しい練習をしてる時に
激励してくれたりする。
恐らく、入れ替え戦の所為だろうと真希は考えた。
もし、あの試合に負けると負け組みに来る事になる。
その事を危惧しているのだろう。
下手に威張り散らすと、負けた時に居場所が無くなる。
もちろん、例外も居るが・・・・
「おい、二軍、邪魔だよ。ゴミども。」
勝ち組の二年、斎藤と大谷のコンビ。
この二人の怒涛の倣岸な態度は、
負け組みの連中の全ての怒りや鬱憤を一心に受けている程だ。
見下すような視線を常に保ち、勝ち組の特権を惜しみなく使い尽くす。
三年の部員にすら、どでかい態度を崩さない。
しかし、そんな二人にも、頭の上がらない人物はいる。
死神、市井。
市井に対するこの二人の態度はまるで、
生で官僚かなにかに対する接待を拝んでいるような印象を受ける。
弱きを挫き、強きに媚びを売る。
真希はこの二人が死ぬほど嫌いだった。
- 273 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時10分58秒
- 市井は毎日、必ず練習が終ると真希に話し掛けてきた。
中身の無い話を、執拗に真希に掛ける。
後藤、お前やる気あるのか?、辞めるなよ?等。
真希は適当に相槌を打ったり、聞き流したりしてるのだが、
何故か市井は毎日話し掛けて来る。
当然、真希は面白くない。
「あんた、なんで私に話し掛けてくるの?キモイよ、正直。」
「だから、言ってるじゃん、私はお前が気に入ったって。」
「意味わからない。あんたになんの得があるって言うの?」
「お前、自分じゃあ気付いてないんだね。
いや、ここに居る連中も殆ど気付いてないか・・・」
「何が?」
「そのうち分かるよ。取り敢えず辞めるなよ。」
真希は市井と会話する時、必ず目を合わせない。
あの灰色の目を見ると、殺されるんじゃないかと錯覚する。
あの時の感覚は今でも思い起こそうとすれば容易に思い出せる。
次は壊れてしまうかもしれない。
そう思うと、全身に軽い悪寒が走った。
- 274 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時12分01秒
- その日の後片付けやら整備を終えて、更衣室に向かう。
更衣室で新入部員の一人が真希に話し掛けてきた。
セミロングで、顎の出た特徴のある顔立ち。
「ねえ、あんたなんで市井さんと馴れ馴れしく会話してんの?」
更衣室の中は、蒸し暑い滞った空気が常に充満していて、
それだけでも幾分気を短くさせる。
そこで、喧嘩腰の口調を投げ付けられた真希は気分を頗る害した。
真希は鬱陶しそうにその部員をあしらった。
「あんたには関係ないじゃん。」
すると、その部員は真希を睨みつけ、口を歪ませて言った。
「ムカツクんだよ。カスのくせによ。」
「は?カス?なんであんたみたいな奴にそんな事言われなきゃいけないのよ?
気分悪い。」
「ド下手のくせに、気に食わないんだよ。あんまり調子乗ってると痛い目に合うよ。」
「やれるもんならやってみろよ。」
- 275 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時13分07秒
- 真希はその部員を睨みつけて威圧した。
喧嘩には自信がある。
(もし何かしてきたら顎を砕いてやるよ。)
睨みつけている間、二人の間に無言のやりとりが行われる。
睨み合いを征したのは真希で、その部員は少したじろぎ、舌打ちして帰って行った。
着替え終わって、心配した高橋が話し掛けてくる。
「なに?あの子?」
真希はその後姿を睨みつけながら高橋に話す。
「なんか、私が死神と喋ってるのが気に食わないらしい。
そんなもん私だって嫌なのに。」
「・・・でもなんとなく分かるな。市井さん、一年生で全国を制した人だしね、
羨ましいんだよ。ごっちんのこと。」
「一年で!?中学の時じゃないの?あいつが全国制覇したのって!!?」
「いや中学の時はしてないよ。
あの人は高校生になってからその才能が開花した人だから。」
「私、てっきり去年のシングルは飯田さんが優勝したのかと思ってた。・・」
「飯田さんも凄い人だよ。去年、県大会ベストフォーだから。」
「あの人でもベストフォー止まりか・・・・私にはマジで異世界だ。」
その時、高橋が少し思い詰めたような表情をした。
- 276 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時14分06秒
- 「相手が悪かったからね。飯田さんは。でも市井さんがその人に勝って県大会優勝。
そして、全国大会優勝。それも一年生で。」
「そうなんだ・・・すげーんだね。あいつ。」
「凄いなんてもんじゃないよ。」
「もう意味わかんないね。」
真希は驚愕した。
そんな人物が自分に毎日話し掛けていたのかと思うと、
いよいよ本当に訳がわからなくなる。
更衣室を出ると、気持ちの良い風が汗を冷やし、三人を軽く身震いさせた。
更衣室という名の簡易サウナを、外の空気は途端に三人の記憶の中から奪い去った。
三人はいつものように雑談しながら帰路に着く。
ムードメーカーは加護で、話を盛り上げてくれる。
「ごっちん、今日の練習いかがでしたか?」
加護はコミカルな動きをしながら真希に訊ねる。
真希は漫才のように、テンポ良く答える。
- 277 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時15分06秒
- 「アホみたいにしんどかった。それにあいぼんの腕がやばかった。」
「それはこのプ二プ二の二の腕の事か?」
「ははは、違うよ。」
そんな小ネタを挟みながら、加護が真希に嬉しそうな声色で話し掛ける。
「でも、ごっちん凄いやん。ウチ、本気でやってたんやで。それを
何度か返してきたやん。」
「私がまともに返したのサーブだけじゃん。」
「でも、ごっちんテニス殆ど忘れとったんやろ?
それであれだけできたら凄いよ。練習もちゃんとこなしてるし。」
そこで高橋も加わる。
「私も思うよ。私達は結構キツイ事やってきたからまだ耐えられるけど、
ごっちんスポーツやってなかってんでしょ?
それであの内容を毎日こなすなんて本当に凄いよ。」
「あんたら私を誉めてもなんにもでてこないよ。
それよりさあ、本当に今日はむかついたよ。なんなんだよ、あいつは。」
- 278 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時16分02秒
- 真希はあの部員の事を思い出すとまた苛立ちが込み上げてきた。
加護が同意してくれる。
「たしかに、気にくわへんなそいつ。何様のつもりやねん。別にごっちんが
誰と何を話すかなんて関係ないやろ。」
「あいぼんさあ、死神に憧れてるんだよね、同じ立場として私と死神が
話してるの見てどう思う?」
加護は顎に手を当てて渋い顔を作り、考える仕草をする。
「うーん難しいなあ。なんも思わないって言ったら嘘になるけど、
そこまで気にならへんな。それに・・・」
「それに?」
「ウチは市井さんがごっちんに話し掛けるの分かる気がすんねん。」
真希はハア?といった表情をする。
高橋もそれに頷く。
「私も分かる気がするな。なんとなく。」
「どういう意味よ?二人とも。」
「理由はわからんねん、ごっちんこの前「私を殺したいらしい」って言ったやろ?
それは違うと思うねん。」
「うん。市井さんそんな事思ってないよ。」
「二人ともマジで言ってるの?」
- 279 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時17分14秒
- 加護と高橋は同時に頷く。
真希はまったくわからなかった。
市井が自分と関る事に何のメリットがあるというんだ?
技術、立場、その他諸々。
何をどう考えても市井にとって利益のある事など自分には無い。
真希が思案してると、高橋が口を開いた。
「私、市井さんを見てるとね、何だか寂しい気持ちになるんだ。」
真希が訝しげに高橋に訊ねる。
「どういう意味?」
「ごっちんは市井さんの試合を見た事ないでしょ?だから、
市井さんは普段も、何と言うか・・・恐い人だと思ってたんだけど、
一週間過ぎても全然そんな印象受けなかった。」
「でも、私は最初に会った時、めちゃくちゃ恐かったよ!!
あんな気分悪いの初めてだった!!」
真希は吐き捨てるように叫ぶ。
高橋は続ける。
- 280 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時18分13秒
- 「市井さん、孤立してるんだよ。市井さん、みんなと仲良くしてるけど、
それでも一人なんだ。
理由はわからないけど・・・だから、ごっちんと仲良くなりたいんじゃないかな?」
「絶対、無い!!。」
加護も加わる。
「ウチも市井さん、イメージと全然違うかった。意外やった。
あれが全国覇者の雰囲気とは思えない。一人ぼっちって感じや。」
「・・・・あいぼん、あいつの試合って、どんなのなの?」
「そのうち見ることになるよ。嫌でも。」
「・・・・・・」
(死神のテニス、人を殺すテニス。
それが寂しい?なんだそれは。
いつも媚売ってる連中がいるじゃないか。
勝ち組の連中だって常に仲良くやってるじゃないか。
それが寂しいだって?支離滅裂だ!!)
市井の事が気になって仕方なかった。
なんの接点も無い、赤の他人が何故か真希の心の中を埋め尽くす。
真希は髪の毛をワシャワシャと掻き回して、市井の事を頭から消そうとする。
自分の中でこれほど他人の事で頭が一杯になった事などありえなかった。
(私は常にマイペースを保ってきたじゃあないか。)
- 281 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時19分45秒
- 深呼吸をおもいっきりする。
その様を加護と高橋は怪訝そうに見ていたが、
真希は気にせず平静を取り戻す事に努める。
程よく落ち着いてきた心を感じ、加護と高橋を確かめるように一瞥する。
そして今日の更衣室の出来事を再度思い出す。
「あー明日あいつに会いたくないよ。殴っちゃうかも。」
「あかんでえ、それはあかんでえ。殴ったら退部になっちゃうでえ。」
「ははは、冗談、冗談。」
それから加護と真希の打ち合いの話や、入れ替え戦の話で盛り上がった。
暫くした後は、加護と高橋二人で入れ替え戦の話、一辺倒になった。
同い年で先に行かれた藤本の事や、試合の中での出来事など、
真希には付いていけない専門的な話を二人は延々と議論する。
その二人のやりとりを無言で聞いていた真希は少し寂しくなった。
そのまま加護と別れて、高橋と二人並んで歩く。
真希は高橋と何を話したらいいのか話題が見つからなかった。
テニスの話は自分にはわからないし、学校で特に何があった訳でもなかった。
- 282 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時21分05秒
- 真希は気を紛らわすため、ワザと足音を響かせながら歩く。
この通りは死んだように音を出さないのだ。
風の音も、車が通り過ぎる音も、自動販売機が発するあの沈んだうねり声も無い。
堅苦しい雰囲気を自ずと完成させてしまっている。
ふと高橋の方を窺うと、高橋は宙を見上げていた。
つられるように真希も夜空を見上げる。
空には真希が名前なんて考えた事も無い様々な星が、くっきりと姿を現していた。
それを見ながら、二人は歩く。
すると、高橋が星を見ながら真希に諭すように言った。
「ねえ、ごっちん。ごっちんは気付いてないと思うけど、
ごっちんはすごい人を引き付けるなにかを持ってるよ。」
真希はワザと吃驚したように、おどけた仕草をした。
「なーに言ってんの、私はフツーの女子高生ですよ。他人と違うといえば
ただ、ピチピチのナイスバデーなだけで。」
高橋はそれにうけたようで、やわらかい微笑をする。
- 283 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時22分45秒
- 「ふふ、ごっちん、テニス続けなよ?絶対上手くなるから。」
真希は無意識にそれを否定した。
「うん、でも別に上手くならなくてもいいなあ。」
「なんで?」
「上手くなる理由ないから。」
高橋はそこで怒った。
「ごっちん、私、ごっちんには才能があると思うんだ。
人が持ってないもの持ってるのに、それをそのままにしておくなんてダメだよ。」
高橋らしくない強い口調だった。
ほんの数秒、静寂がその場を包む。
それから真希は思案するように俯きながら歩を進めた。
無言のまま歩いていると、高橋と別れる脇道まで来た。
真希は立ち止まり、高橋の双眸を見詰め、先程の答えを真剣に言った。
「愛ちゃん。私ね、テニスする理由なんてないんだ。あいぼんや愛ちゃんはさ
ずっと続けてきて、それで好きだからやってるんでしょ?」
「・・・うん。」
「私、本当にテニスなんてどうでもいいんだ。なんで推薦来たのかもわかんないし。
訳は言えないけど辞めれないんだ。だから続けてるだけ。」
高橋は寂しい表情をした。
- 284 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月16日(火)20時24分09秒
- 「テニス・・・・好きじゃないの?」
それを聞いて、真希は正直に答える。
「・・・・いきなりやらされたからわからない、それにあいぼんや愛ちゃんみたいに
ずっと続けてきた人に対して、私みたいな奴が、俄かテニスするのは失礼じゃん。」
「・・・そんなことない。そんなことないよ。ごっちん。」
高橋は凛然としてるが、潤んだ視線を真希に向ける。
真希はどうしていいのか分からず目を星空に逸らしてしまった。
「ごっちん、テニス好きになるよ。私やあいぼんの為に気を使って
るんだったら本当にやめて。」
「・・・・・・・」
「お願い。」
「・・・・・・うん。」
真希は星を見ながら確かめるように頷いた。
「約束だよ。」
そう笑顔で言って高橋はアパートに帰って行った。
真希は考える。
テニスをする理由。
もしかして、
加護や高橋に対して自分は物凄く失礼な事を言ってきたのではないのだろうか?
真希はいつかと同じように星に訊く。
しかし、今日は答えをくれなかった。
でも、真摯にテニスに取り組んでみようと思った。
加護や高橋が信じ続けてきた、テニスというスポーツを。
―――――――――――――――――――
- 285 名前:カネダ 投稿日:2002年07月16日(火)20時25分39秒
- 更新しました。
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月17日(水)21時37分04秒
- ごっちんの方にもいい友達がいるようで
よかったです。
期待してます。がんばって!
- 287 名前:名無しaibon 投稿日:2002年07月17日(水)22時17分12秒
- スポーツ物なのでしょうが、心理描写にも引き込まれます。
後藤が徐々に友人2人に心を開いていく感じがすごく好きです。
作者さん、続きを大人しく待ってます、頑張ってください。
- 288 名前:カネダ 投稿日:2002年07月19日(金)01時43分50秒
- レス有難う御座います。
大変感謝です。
>>286名無し読者様。
有難う御座います。
こんな話に期待してくれて、アホになりそうなほど嬉しいです。
>>287名無しaibon様。
読んでくれて有難う御座います。
自分の心理描写なんて他の作者さん達に比べたら到底及びません。
でも、嬉しいです。
それでは続きです。
- 289 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時45分35秒
- それから真希は変わった。
真剣にテニスを取り組むようになった。
退部者が急増していて、新入部員たちの野心に満ちたあの雰囲気は何処へやら。
加護曰く、
「これは自然淘汰や。当然の結果やで。」
らしいのだが、真希には難しく意味が理解できなかった。
しかし真希の頑張りは、倦怠気味だった部員達を俄かに刺激していた。
真希の上達は素人目から見ても顕著で、
部員達の一部は真希の上達ぶりを面白く思っていなかった。
その中でも特にあの顎の出たセミロングの新入部員、小川真琴は真希を敵視していた。
更衣室や、練習中に毎日一回は二人で睨み合う事がある。
常に真希が勝つのだが―――。
真希は休憩時間中も加護や高橋にいろいろなテクニックのコツを訊いたりしていた。
「ねえ、あいぼんサーブ打つ時さあ・・・・・・」
「それはな、ごっちんウチの場合は・・・・・・」
と言った具合に。
加護も高橋も真希が真剣にテニスに取り組んでいるのが嬉しかった。
もちろん、当の自分達も真希に負けず練習を怠らない。
三人はいい緊張感を保ったまま、それぞれ上達していった。
―――――――――――
- 290 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時46分44秒
- 五月初旬、高橋より先に加護が入れ替え戦に呼ばれた。
藤本に続いて二人目の挑戦者になる。
加護は抑え切れない喜びを、真希と高橋に飛びついて表現する。
「やったー!!ウチのテニスが認められたんや!!」
真希は心の底から喜んだ。
(やったじゃん、あいぼん。)
しかし、高橋は違った。
「あいぼん、先に行って待っててよ。私もすぐに追いつくから。」
「愛ちゃん。悪いな、あんまり遅いと見捨ててしまうで。」
「ふふふ、取り敢えず頑張ってね。」
「うん、頑張るわ。」
ピリピリとした雰囲気が漂うやりとりをする。
高橋と加護はお互いを認め合った最高のライバルだと思っている。
二人の間にはそんな関係が成り立っていた。
真希と高橋は素振りをしながら横目で試合を観戦する。
加護の相手は勝ち組の中でも目立たない二年の里田まいだった。
綺麗な容貌をしているが、野心に満ちた強い瞳を持っている。
石黒の説明を受ける。
- 291 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時49分28秒
- 「ルールは三セットマッチ。勝った方が一軍だ。」
そっけない説明を受けて、加護と里田は力強く頷いた。
加護は顔を両掌でパチンと一つ叩き、気合を入れる。
その様子を見ていた高橋が真希に話し掛けた。
「あいぼんは元々ダブルス専門だったから、この試合勝つかわからないよ。」
真希はそれを聞くと、顔を不機嫌に顰める。
「なんでそんなこと言うの?やってみないとわかんないじゃん。」
高橋は淡々と話す。
「私、あいぼんの試合を見たことあるからわかるんだけどね。あいぼんは
元々、二人で一つみたいなもんだから、シングルでどこまでやれるか・・・」
真希は訝しげに高橋に訊く。
- 292 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時50分17秒
- 「二人で一つってどういう意味?」
「あいぼんはダブルスでこそ本来の力を発揮するんだ。
私は、あいぼんの試合でダブルスの完成形を見せ付けられた。」
「完成形?」
「うん。つまりお互いがお互いの欠点を完璧に補ってたんだよ。」
「じゃあ、あいぼんは相方がいないと通用しないってこと?」
「まだわからないけど、私はそう思う。」
真希は加護がパートナーの話を聞かれて酷く動揺した時のことを思い出した。
真希は高橋に不満そうに頬を膨らませる。
「私、あいぼんと打ち合いした事あるからわかるよ。あいぼんは間違いなく勝つ。」
「もしあいぼんがシングルで生き残りたいのなら、市井さんのようなスタイルにならないと
無理だろうね。」
「死神の?」
「うん。あっ試合始まるよ。」
- 293 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時51分24秒
- ―――――入れ替え戦が始まる。
生温い、湿気を含んだ五月の風が、石黒の試合開始の声と共に、加護、里田に届いた。
里田のサーヴィスから始まる。
ふわっと浮かせた球を回転をかけずに打つ、つまり、フラットサーブ。
様々なサーブの中でも最速を誇るサーブ。―――が、遅い、凡庸だ。
加護は里田のおよそ早いとは言えないフラットサーブを独特のアンダーハンドで返す。
以前、真希に打ったトリックショットだ。
それに里田はまんまと騙された。
加護がしてやったり、といった感じで微笑する。
(負けられないんや。)
里田はオーソドックスなテニスを最後まで徹底的にするタイプのプレイヤーだ。
加護はそんなタイプを料理するのが最も適した狡猾でいやらしいテニスをする異色のタイプ。
加護はサーブを返す度に何かしら、罠を張る。
- 294 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時52分31秒
- 序盤、里田は一々加護に裏をつかれ、成す術が無いといった感じだった。
第一ゲーム、第二ゲーム、第三ゲームと加護は脅威のスピードで連取する。
第四ゲームから里田は次第に加護のトリッキーな試合展開に慣れだす。
加護はそうなってくるともう一つの武器、スピードを披露する。
(さすがに、一筋縄ではいかへんか。でもこれからが本番やで)
加護は緩いスライスサーブをコートの中心から左コートに曲がるように打つと、
里田がそれを拾う為に、打球に注意を向けたのを見逃さなかった。
里田が勢いのあるボレーをライン際に打ち放つ。
良い球だった。
里田は恐らく確実に加護は返せないと踏んだだろう。
しかし、加護はそこに当然の様に待ち構えていた。
(プリプリいくで。)
加護はその里田の打球を、誰もいないコートにゆっくりとしたレシーブで返した。
加護の鮮やかなテニスに、部員達は手を止めて、恍惚と見惚れていた。
しかし市井や保田、飯田に藤本は殆ど動揺も見せずに、唯、憮然と見ていたが。
- 295 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時53分55秒
- 石黒が一喝して、また元の状態に戻った。
加護の活躍を、真希は自分の事のように喜んだ。
我が物顔で辺りに目配せする。
(どうだ、あいぼんはスゲ―んだ。)
加護のスピードは勝ち組の里田を圧倒していた。
独特の捉えどころの無いゲーム展開も、あきらかに一流のものだった。
そのまま第一セットは加護が有無も言わせずままに取った。
「すげえ。あいぼん」
真希が思わず声を漏らす。
高橋は憮然とした表情でベンチで休憩している加護を見つめている。
「あれが無敵のツインズと謳われた加護亜依のスピード。そして意外性を持つ
試合作り。でも・・・・」
第二セットの第二ゲームまで、加護は同じ調子で連取する。
しかし、第三ゲームから異変が生じた。
何度かストロークの打ち合いが続く。
打ち合いになると、加護がネットに引っ掛ける回数が多くなる。
里田は加護の技量を把握したのか、加護の打つ球を困惑する事もなく、
冷静に打ち返すだけのテニスをするようになった。
- 296 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時54分58秒
- その時、素振りをしながら観戦していた高橋が大きな声を出した。
「焦っちゃダメだよ!!あいぼん!」
真希は少し驚いた。
何だかんだいっても、やっぱり高橋だって加護を応援してるんだ。
高橋の言った言葉に、加護は親指を立てて返事をする。
(ありがとう、愛ちゃん。絶対勝つで。)
しかしその時、加護は露骨に落ち度を曝け出してしまっていた。
加護の体中から涌き出る様に滴る汗、汗、汗。
口を大きく開けて上下するような呼吸。
里田がそれを見逃すわけも無かった。
里田はそこから執拗に加護を走らせた。
右にふり、左にふり。
加護は余力で追いつくと、何度かは切れの良い打球を里田の裏をついて返していた。
しかし、里田は攻め方を変えなかった。
冷静に、加護の体力を削り取っていった。
加護は心理戦にも落ち度があった。
打ち合いになるとやはり焦って負けてしまう。
- 297 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)01時56分17秒
- 里田はそこから執拗に加護を走らせた。
右にふり、左にふり。
加護は余力で追いつくと、何度かは切れの良い打球を里田の裏をついて返していた。
しかし、里田は攻め方を変えなかった。
冷静に、加護の体力を削り取っていった。
加護は心理戦にも落ち度があった。
打ち合いになるとやはり焦って負けてしまう。
次第に里田のペースになる。
里田はスライスとスピンを上手く使い分け、加護を翻弄するようになった。
とうとう加護は返すのがやっとになってしまった。
ふわりと浮き上った絶好球にも、里田はスマッシュを打たず、ストロークで
執拗に加護に球を打たせた。
里田は加護に自滅させるテニスをするようになった。
綺麗なバラには棘があると言うが、
里田のやっている事は、棘どころか、毒針で体力を抉り取っているようなもんだ。
里田のその瞳は、冷徹な光を絶えず放っていた。
第二セットは里田が取る。
- 298 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時00分32秒
- 高橋は決まったな、と言った。
真希ですら、加護の弱点はあからさまにわかった。
加護は打ち合いになると、打ち方に粗が出てくる。
そしてなによりスタミナが無かった。
スピードはやがて衰え、凡庸な選手に成り下がる。
それが齎す焦燥感は、加護の想像力を無くさせ、動きを単調にする。
(あいぼん、勝たなきゃいけないんだろ?がんばれ!!)
第三セット、真希の思いも空しく、
加護は里田の冷静な試合運びになすすべなくやられた。
加護のプライドすら蹂躙するような結果になってしまった。
―――――試合終了の声と共に、加護が崩れ落ちた。
石黒が加護に吐き捨てるように言い放つ。
「あのツインズの加護が、この程度とはな・・・失望したよ。」
加護は石黒とは目を合わせずにただ歯を食いしばっていた。
立ち上がり、トボトボ負け組みの方のコートに戻る。
「あ、あかん。また悪い癖がでてもうた。こんなんじゃ、いつまでたっても・・・」
加護は俯きながら確かめるように呟いている。
高橋が戻ってきた加護に声を掛けた。
- 299 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時01分51秒
- 「あいぼん、仕方ないよ。あの人、予想以上に強かったし。ぼやっと
してると、私が先にいっちゃうよ。」
高橋はそう言うと、すぐに素振りを始める。
最高のライバルからの精一杯の優しさに、加護は悔しさを隠し切れず、言葉にならない
声を吐き出すように言った。
(クソ、クソ、クソ、ウチはウチは何やってるんや。チャンスを無駄にしやがって。
何が、勝利こそ全てや、当の本人が負けてるやんけ。)
加護が拳を握り締めて俯いていたのを見て、真希が話し掛けた。
「あいぼん、まだ始まったばっかりじゃん。人生そんな甘くないよ。
練習がんばろうぜ!」
「ごっちん・・・ウチ、最初あんな事言ってたのに・・・まるでピエロやな。」
「なに言ってんだよ。あいぼんらしいテニスだったじゃん。」
「それで、通用しなかった。つまり、ウチのテニスはそんなもんや。」
「あいぼん、怒るよ?あいぼんはもっと器のでけえ奴だと思ってたのに・・・
がっかりだよ!!」
「・・・・こんな所で終ったら、ののに示しつかん・・」
「えっ?」
「いや、なんでもない、ウチ頑張るよ。」
- 300 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時02分51秒
- 加護は真希に安っぽい笑顔を浮かべると、すぐに練習を始めた。
真希だって心の中ではくやしかった。
加護はチャンスを逃した。加護には勝たなくてはいけない強い思いがあるのに
無情にも世界は甘くない。
思い通りにならない、不条理なこの世に唾を吐いて、真希も練習に没頭する。
真希の今日の打ち合いの相手は高橋だった。
これまでの練習で、真希は驚くほど成長している。
今なら、高橋にだって形になる位にはテニスをする自信がある。
真希は、ラケットのガットを左手の五指の第一間接でキュッと握る。
この感覚は真希の集中力を無意識に高めているのだが、真希自信は気付いていない。
癖で唇を湿らす。
準備はできた。
全力を出す。
(さあ来い。)
対面の高橋はラケットを何度か振り、サーブの形を確かめていた。
真希は湿り気のある大気の所為で、少し苛立っていた。
「愛ちゃん早く打ってこーい。」
- 301 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時03分50秒
- 対面の高橋はラケットを何度か振り、サーブの形を確かめていた。
真希は湿り気のある大気の所為で、少し苛立っていた。
「愛ちゃん早く打ってこーい。」
真希が催促すると、高橋はニコリと笑い、高らかに球を垂直に上げる。
真希は歯を食いしばり、高橋のサーブに備える。
トップスピンサーブを真希の正面に打ってきた。
真希は高く跳ねた打球をハイボレーで返す、が、腕を振り切ることができなかった。
高橋は微笑を浮かべる。
「次、いくよー」
そう呑気な声で言った後の、高橋の目の覚めるようなフラットサーブに真希は動けなかった。
真希が高橋の最大の武器はサーブだと気付いたのは、十五分程経った後だ。
真希には見当もつかない。
同じ腕の振りで、どうしてこのように、回転やらスピードが変わるのか。
高橋は幾種類ものサーブをほぼ、ミスすることなく完璧に決める。
- 302 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時04分52秒
- 真希がサーブを打ち、ストロークの打ち合いにもっていても、高橋は加護のような
奇想天外なテニスはしない。
テニスという紳士的なイメージを保つ、気品の漂うテニス。
真希は打ち合いで何度か返す事ができるのだが、
高橋だって伊達に県大会を制覇していない。
ボレー、ストローク、ドロップショット、・・・・
どれもこれも一流で、真希はなんとか返すのがやっとだ。
加護とはまったく正反対のタイプの選手。
一見、オーソドックスなのだが、高橋は運動量の多さと幾種類のサーブを武器に、
正当なテニスをより深みのあるものにする、玄人うけする選手だ。
真希は目が覚めた。
付け焼刃の自分のテニスなど、所詮こんなものだ。
まともに高橋と打ち合えると思った自分が馬鹿だった。
もしかして自分は物凄い偉人と友達になったのではないか?とも思った。
「おい、愛ちゃん!!手加減しろい!!」
「ふふふ、ごっちん。そんな事したらごっちんの為にならないじゃん。」
「・・・・よーし。」
- 303 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時05分46秒
- 真希はラケットを強く握り締め、気持ちを鼓舞させる。
(練習したこと思い出せ!!)
軽くその場でステップを踏む。
その時、あの感覚がやってきた。
(キタ・・・・体が宙に浮いているみたいだ・・・)
高橋が強烈なトップスピンのサーブを打ってきた。
「えっ?」
信じられなかった。
鼓動の音を聞きながら、真希は目を疑う。
球が目の前で止まっているじゃあないか。
打ってもいいの?そんな事を心の中で呟いた。
腕が軽い。
真希はボールの中心をえぐるようにぶっ叩いた。
球がガットにめり込まれていくのがわかったような気がした。
回転を無くして飛んだその球は、高橋が反応する前にコートの隅に吸い込まれた。
余りに鮮やかな軌道を描いた打球に、真希は自分でも驚いていた。
「おい、愛ちゃん手加減しないっていったじゃんか。」
「ごっちん・・・私、本気で打ったよ。」
「うっそだー。」
「本当だって。」
その直後、真希をあの脱力感が包んだ。
体中が重くなって、やる気を霧散させる。
その後、二度と高橋のサーブを返す事はできなかった。
- 304 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時06分47秒
- 三十分はあっという間に過ぎた。
この後は部員の残り少ない体力を削り取る、辛い二度目のランニングだ。
でも真希は、なぜか浮き足立っていた。
高橋のサーブを一回でも打ち返したからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、どうも気分が高揚して仕方なかった。
その日の練習は、真希にとって一番気分のいいものになった。
練習が終った後、いつものように市井が真希に話し掛けてきた。
夜のテニスコートに閑散とした空気が流れている時だ。
「お前の連れ、全然ダメだね。あれじゃあここでは通用しないよ。」
その言葉に真希は無意識に市井を睨みつける。
真希は市井と初めて会った日以来、市井と目を合わせた。
すると市井は驚いたような表情をした。
真希もその様子に少し、逡巡した。
気を取り直し、言い聞かすように市井に言葉を浴びせる。
- 305 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時07分53秒
- 「あんたにあいぼんの何がわかるんだよ?あいぼんはなあ・・・」
市井の灰色の瞳は、はじめて会った時のように恐怖心を煽るような要素を含んでいなかった。
その瞳には、ある種の哀愁さへ漂わせていた。
―――――寂しくなる。―――――
真希は高橋の言った言葉を思い出した。
しかし、真希は否定する。
(こいつは最低の人間だ。)
市井は真希の言葉を聞いたあと、顔を横に向け、軽い嘲笑をした。
「へえ、あいつ私に憧れてるの?ははは、それでなんだよ?だから優しくして
あげろって言いたいのか?」
「違う!!・・・・あいぼんは勝たなきゃいけないんだ。
あんたのテニスを求めてるんだ。」
「私のテニス?お前は見たことあるのか?私のテニス。」
「・・・・・・。」
「勝たなきゃいけない?お前、そんな事、あいつだけがそうだと思ってんのか?」
「そ、それは・・・」
「つくづく甘いよ。お前。」
そう言うと市井は踵を返し、テニスコートを出て行った。
市井が振り返る刹那、灰色の目がとても哀しく写った。
真希は市井の背中を見詰めながら
市井の言った言葉を反芻した。
「ちくしょう、何でもわかったような口ききやがって・・・」
- 306 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時08分53秒
- でも、市井の言った事は本当だと真希は思った。
辞めていった部員や、怠慢になっている部員は、趣味程度に始めた初心者ばかりだ。
ここの殆どの部員はテニスに一生を捧げると決めた者だけなんだ。
誰もが負けれないのだ。
真希はテニスをする事に戸惑った。
本当に自分はここにいてもいいのかと考えた。
思案してると、加護が心配そうに話し掛けてきた。
「ごっちん、なんか嫌な事言われたんか?」
「・・・いや、そんなんじゃないよ。ただ・・・・」
「ただ?」
「私ってさ、ココに居てもいいのかな?」
それを聞いて加護は途端に強い視線を真希に向けた。
「ごっちん、そんなこと当たり前やないか。テニス楽しいやろ?」
・・・・真希は言われて始めて気付いた。
自分は既にテニスに夢中になっていることに。
今はテニスが無い生活なんて考えられなかった。
テニスが大好きになっていた。
練習するたびに、昔のスタイルを取り戻していくことを。
日毎上達するのが自分でもわかることが、とてつもなく楽しかった。
- 307 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時09分45秒
- 「・・・うん。」
加護はニコッと屈託の無い笑みを浮かべると、優しく言った。
「だったらココに居てもいいに決まってるやん。
もし辞めたら、ウチ、絶交したるからな。」
「うん、あいぼん。ありがとう。」
「へへへ、ごっちんがテニスを楽しいと思うようになったなんて、
ウチなんか良い事した気分やわ。」
加護は嬉しそうにそう言うと、真希に更衣室に行こうと促した。
真希は最高の友達を持てた事を心から喜び、そのまま更衣室に向かおうとする。
しかし真希には一つ仕事が残っていた。
「あっごめん、私今日、ボールもっていかなくちゃなんないから。」
そう言うと、加護はじゃあ先に行ってるで、と言って更衣室にむかった。
真希は部室にテニスボールが溢れるほど入った篭を持っていった後、
鼻歌なんかを歌いながら更衣室に向かった。
更衣室に向かう途中、市井と保田が会話しているのが見えた。
すると真希は反射的に傍らに立つ木の陰に隠れてしまった。
(なんで隠れなきゃいけないんだよ。)
気を取り直し、平然とした表情を作る。
そして、歩みだそうと左足を前にだした時にその声が聞こえた。
- 308 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時11分32秒
- 『・・・・後藤、あいつおもしろいよ。圭ちゃん、気を付けないと
居場所奪われるかもよ。』
『あんたがそこまで他人を気にするなんて珍しいじゃない。矢口の試合を
見たとき以来じゃない?』
『・・・・矢口。』
『ご、ごめん。それは言わない約束だったよね。』
『矢口、たしかに、そうかもね。』
『・・・私には全然わからないなあ。別にたいしたプレーヤーには見えないけどね。』
『私の目は節穴じゃないよ。近いうちに上がってくるよ。』
『あんた藤本はどうなのよ?私はあの子の方が才能あると思うけど。』
『藤本?ゴメン、全然気にしてない。』
『もう、私にはわかんない。早く帰るわよ。ベッカム見たいのよ。』
『じゃあ帰りますか。』
真希は二人が居なくなったのを確認して、更衣室に向かう。
着替えながら、市井と保田の会話を思い出す。
そう言えば、石黒も初めて会ったときそんなことを言っていたし、
いつかの高橋も言っていた。
――才能。
果たしてそんなものが自分にあるのだろうか?
母親には適当な事を言ったけれど、実際そんなもの無いと思っていた。
真希はぼんやりとそんな事を考えていると、高橋に声を掛けられた。
- 309 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時12分27秒
- 「ごっちん、なにぼうっとしてんの?帰ろ。」
真希はハッとなって返事をする。
帰り道、真希は高橋と加護の半歩後ろを歩いていた。
真希はまだ市井の言った言葉を思い出していた。
前を行く加護は今日の入れ替え戦の結果からか、少し気が滅入ってる印象を受けた。
高橋はそんな加護を元気付けるように、無理に明るくふるまっている。
真希はその二人の背中をぼんやり見つめていると、
忽然《矢口》というフレーズが気になった。
真希は前を行く二人に少し大き目の声で訊ねた。
「ねえ、矢口って人知ってる?」
加護と高橋は吃驚した表情をして同時に振り向く。
「矢口って、あのピクシーの事?」
ピクシー?なんだその胡散臭い名前は、真希はそう思ったが、二人の反応を見ると、
該当しているのが如実にわかった。
- 310 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時13分28秒
- 「た、多分、そのピクシーだと思うけど、なんか知ってるの?」
高橋が思い起こすように真希に説明する。
「ごっちん、矢口っていう人はね、
十年に一人のテニスの申し子って言われた人なんだ。」
「・・・・そうなんだ、その人今どこにいるの?」
高橋は辛そうな面持ちで言う。
「・・・もう、テニスはしてないと思う。」
「えっ?テニスの申し子なんでしょ?」
加護がそこで言い加える。
「市井さんに、やられた。」
真希は忽然、嫌な予感がした。
加護は淡々と続ける。
- 311 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時15分01秒
- 「市井さんと、県大会の決勝で戦ったんや。誰もがピクシーの勝利を
疑わなかった。でも、市井さん・・・死神になったんや。」
「・・・・・・・」
「矢口っていう人はな、対戦相手に魔法をかけることができるんや。
なんちゅうかな、相手を味方にするっていうか、
全てを味方にするって言うかそんな感じ。」
そこで高橋が加わる。
「でも、市井さんは魔法にかからなかった。いや、あの試合はそんな雰囲気じゃない。
もっとなんていうか・・・言うなれば市井さんが矢口さんを壊していた。」
「あの目だ・・・」
真希は無意識に言った。
高橋は首を傾げている。
「あの目、私が死神に初めて会った時に、見たあの目にやられたんだ。」
「目?」
「うん、きっとそうだ。」
加護はそのやりとりを聞いた後、わかり切っているかのように言い放つ。
「そうや、市井さんが勝ったんや。市井さんは前評判を覆してピクシーの羽を
もいだんや。ウチはあの試合、怖かったけど、凄いと思った。
だからこの高校に来たんや。」
- 312 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時16分31秒
- 真希は想像した。
死神に羽をもがれた無残な妖精の姿を。
真希は静かに加護に訊ねる。
「その人、テニス、辞めたの?」
加護は眉間に皺を寄せて、首を傾げた。
「それはわからんけど、でもやってないと思うで。
矢口さん、特別枠で全国大会出てんけどもうそこにはピクシーの姿は無かった。
怯えきった子犬のようやった。そんで一回戦で敗退や。」
「かわいそう・・・」
「かわいそうやけど、それが全てや。
どっかのアホは何を思ったか知らんけどその人を追っかけて
その人のいる高校に行ったけどな。」
「えっ?」
「ごめん、聞き流して。喋りすぎたわいらん事。」
高橋はそれを聞いてなにか納得したような仕草をした。
真希はそのままずっと何も知らない矢口の事を考えた。
どんよりと重い空気が流れるまま、三人は俯き加減に歩を進める。
川が奏でる不気味な音だけがその場に響いている。
やがて加護と分かれる曲がり角に差し掛かる。
- 313 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時17分33秒
- 「ごっちん、・・・ウチ等はウチ等の事だけ考えよう。いくら思ったって
ピクシーは死んだんや。」
「・・・うん。」
「・・ほな、また明日ね。二人とも。」
加護と別れた後も真希は妖精の無様な姿が脳裡から離れなかった。
沈黙を保ったまま歩いていると、高橋が俯き加減に静かな声で呟くように言った。
「私、矢口さんに憧れてたんだ。矢口さんのスタイルは誰もが求めていたと思う。
でも、市井さんを見て、私はこの世界の怖さを知った。限界を知った。
市井さんがいる限り、私はテニスに怯え続けなくちゃいけない。」
それを聞いた真希は、ただ、やるせなかった。
だから、確かめるように高橋に訊いた。
「・・・愛ちゃん、テニス好きなんだよね?」
高橋はゆっくり頷く。
「だったら怯えなくてもいいじゃん、・・・・いいじゃんか!!」
- 314 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時18分37秒
- 真希は叫んだ。
静寂に包まれた通りは真希の叫び声を拡張するように反響した。
真希は喉を押し潰されるような感覚を覚える。
この感覚は、泣いているんだ。
歯を食いしばって、気持ちを強く保とうとしても、どうしても止まらない。
子供のように泣きじゃくる真希を、高橋は呆然と見ているしかなかった。
暫くした後、高橋はそっと真希を抱きしめた。
「えっ、なんで、えっ、好きなのに、そんなこと、思わなく、ちゃなんないんだよ。」
真希は嗚咽混じりの言葉を、高橋の胸の中で、それでも力強く紡いだ。
高橋も真希を抱きしめながら、辛そうに言う。
「ごめん、ごっちん。そうだよね。私、何でそんな事思ったのかな。
好きなんだよね。テニスが。」
「えっ、えっ、間違ってるよ・・・あいぼんも愛ちゃんも何もかも・・・
私に言ったじゃんか、テニス好きかって・・私、やっとテニスの楽しさに気付いたのに
やっとテニスが好きになったのに・・・なのに・・・。」
- 315 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時19分45秒
- 高橋は真希の言った事を考えながら、そっと真希を抱きしめていた。
どれ位、時間が流れたのだろうか。静寂は二人に時間の感覚を失わせていた。
真希は人前で涙を見せるなんて事は無かった。
なのにこの日は泣かずにはいられなかった。
真希は大切なものを見つけ、途端に否定されたのだ。
だから、ただ、やるせなかった。
やがて、泣き止んだ真希は高橋の腕を離れ、ぐしゃぐしゃな顔のまま
踵を返し、帰ろうとした。
五メートル程離れた後、突っ立っていた高橋が声を掛けた。
「ごっちん、私間違ってたよ。私はテニスに怯えるなんて思わないから。」
- 316 名前:三話、雨、夜風 投稿日:2002年07月19日(金)02時21分33秒
- たいした音量でもないのに真希はその声が直接脳に響くような感じを受ける。
真希は振り向かず、左手を二、三度振ってその声に答えた。
(私、なに泣いてるんだよ、かっこわりい。)
真希はそのまま家に帰らずに、あの夜景の見える平原に向かった。
その道中、何度も無様な妖精の姿が、切なく脳裡をよぎった。
夜景を見下ろしながら、物思いに耽った。
いろいろな事を考えた。
今日の夜景は、腫れた目の所為でぼんやり霞んで、
光の大きさを不細工に膨張させていた。
やわらかい夜の風は、ただ、優しかった。
――――――――――――
- 317 名前:カネダ 投稿日:2002年07月19日(金)02時22分48秒
- 更新しました。
三話、雨、夜風 完
- 318 名前:カネダ 投稿日:2002年07月19日(金)03時23分43秒
- 今読み返すと、かなりコピペミスしてる・・・
すいません。読みづらくなってしまいました。
(もう殆ど毎回です。)
今後は細心の注意を払って掲載します。
申し訳ありませんでした。
- 319 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月19日(金)14時05分13秒
- 二つが同時進行で、それがちょっとずつ交わってきていて
すごいどきどきします。
気になりますなあ。
- 320 名前:261 投稿日:2002年07月19日(金)14時10分55秒
- せわしないテス勉の合間にこの小説を読む
ささやかなひと時が、いい意味でホッとします
作者さんの更新もスムーズですし、嬉しい限りです
これからも是非是非、頑張って下さい
- 321 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月19日(金)14時54分32秒
- 矢口がクールなのは市井に負けたのが原因?
- 322 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月19日(金)18時57分57秒
- だんだん話がつながってきましたね。
にしても、加護は辛いですね。
最後は、後藤だけでなく高橋・加護も勝ち組にはいってテニスを極めて欲しいですね。
これからも応援しています。
- 323 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月20日(土)14時33分21秒
- 今、一番続きが楽しみな小説だな
- 324 名前:カネダ 投稿日:2002年07月22日(月)00時09分53秒
- レス有難う御座います。
やるせないほど嬉しいです。
>>319名無し読者様。
有難う御座います。
続きを期待させる文章力は殆ど無いですが、そう言ってもらえると
めちゃくちゃ嬉しいです。
>>320、261様。
有難う御座います。
すいません・・そんな貴重な時間をこんな駄文に割いていただいて・・
なるべく、ほっとさせれるように頑張ります。
>>321読んでる人様。
ギクリ・・・そうですよね。今の段階ではわからないです。
四話で少しだけ、昔の矢口を出そうと思います。
読んでくれて感謝です。
>>322名無し読者様
有難う御座います。
加護はこの先、もう少し辛くなるかもしれません。
勝ち組に行ってくれたらいいんですが・・・
>>323名無し読者様。
そ、そんな事無いです。
でも、本当に嬉しいです。
そう言っていただくと、書く意欲も湧きます。
それでは続きです。
- 325 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時11分27秒
- あれから一週間が経った。
紺野は無期停学をくらったらしいのだが、吉澤の情報なので定かではない。
紺野が蹴散らした三人はどうもこの学校を纏めていたらしく〔俗っぽく言うとスケ番。〕
三人がやられたという噂は、次の日には校内全体に広がっていた。
テニス部員と冷徹無比な一年、紺野あさ美が手を組み、気絶させるまで三人を
殴りつけた。三人はその日以来学校に来なくなった。
噂の内容についてはかなり装飾され誇張されているが、テニス部には
何の被害も無かった。
変わったのは、今まで疎まれていたテニス部が、この件以来恐れられいるという事だ。
結局テニス部が訳ありなのは変わらない。
何にせよ、テニス部員は堂々と廊下の真ん中を歩ける立場になったのだ。
しかし梨華の勇気の暴走が齎したのは、それだけじゃなかった――――――。
- 326 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時12分58秒
- 中澤はあの件でサボった罰を、一週間ボールを使うの延期の刑
プラス筋トレ二倍の刑に処し、
一週間後の今日、ボールを使った練習が始まった。
蒸し暑い日で、ボロボロになって練習をしている時だった。
運動場でのメニューが終った後、中澤から説明をうける。
「よし、新米ども、取り敢えず、サーブ打ってみろ。」
漸くボールが使える事に、新米は声を張り上げて喜ぶ。
まず、それまで舌を出してヘロへロになって項垂れていた吉澤が、
急に息を吹き返して名乗り出た。
「先生!!あたしの爆裂サーブ見てください!!」
吉澤の子供のような発言に、
中澤は呆れたように溜息を吐いて、ほな打ち、と四文字で適当に返事をした。
希美が対面で吉澤のサーブに備える。
吉澤は首を何度か得意げに振った後、急に真面目な表情をした。
「のの、悪いけど、あんたじゃ止めらんねえよ。」
「早く打って来い、バカよっすぃ!!」
- 327 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時14分15秒
- 希美の怒声とも取れる即答で、吉澤は球を宙に上げた。
一瞬、緊迫した空気が流れる。
吉澤はオリャーと叫ぶと、信じられないスピードでラケットを振った。
球を打つ音と共に、ブォン、と風の切る音が聞こえた。
隣のコートで練習試合をしている矢口と安倍以外の全員が瞠目した。
――――それも当然。
吉澤の打球は希美の頭の上を遥かに超えて、そのまま金網に突き刺さった。
「よっすぃーさあ、テニスした事あるの?」
希美が首を傾げながら呆れたように言った。
吉澤は妙な動きをしながら、あたりまえじゃん、と吠えた。
呆れた中澤が頭をバリバリ掻きながら吉澤に闊歩で詰め寄る。
「吉澤、正直に言え。おまえどれ位テニスやってたんや?」
吉澤が目を泳がせながら、いっ一年くらいかな、とあやふやな返事をすると、
中澤は鬼のような形相になった。
- 328 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時15分38秒
- 「それであんだけ張りきっとったんか?おまえ?」
吉澤はこれ以上は人間には不可能なほど萎縮して、小さな小さな返事をした。
「ふーん。よし、お前にはお手本がいるな。おい、辻、一発打って来い!!」
そう中澤が希美に向かって大声を出すと、
希美はその双眸に、メラメラと燃え上がる炎を宿した。
「おい、石川、お前受けてみろ。」
「は、はい。」
梨華は指名を受けて、緊張しながら希美のサーブを待った。
曲がりなりにもテニスは三年間続けた。
この学校ほど厳しい練習はおそらく、三年間通してもしていないが
試合にも勝った事は幾度かあるし、吉澤のような無様な轍は踏まない自信があった。
ラケットを握り直し、中腰にし、軽く息を吐いた。
- 329 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時17分00秒
- 希美は何度かコートにボールをバウンドさせて、感覚を確かめている。
軸足を気にしながら、サーブの体制に入った。
梨華は呼吸を止める。
トップスピンサーブだった。この球の特徴は大きく弧を描いて、高く跳ね上がる。
梨華は捉えた。
とても良いフォームで、打球の中心を捉える事が出来た。
そのまま、ボレーを打ち返そうとする。
その刹那、信じられない事が起こった。
ラケットが打球に圧し負けてしまい、宙に舞った。
そして梨華の手首に鈍くて重い激痛が走った。
「つっ・・・」
「りかちゃんだいじょうぶ!!?」
舌足らずの叫び声が梨華に届いた。
捻挫したような痛みの所為で、手首を抑えながら梨華は顔を顰める。
中澤が素早く救急箱を持って駆け寄ってきた。
「悪い、悪い、大丈夫か?忘れとったわ。辻のサーブの説明するの。」
- 330 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時18分47秒
- 梨華は顰め面のまま、中澤に訊く。
「サーブの説明ってなんですか?」
「あいつのサーブは鉛のように重いんや。あいつの腕力、握力、
桁外れらしいからな。」
中澤はてきぱき慣れた手つきで梨華の手首に湿布と包帯を施す。
その作業をしながら続けて喋る。
「おまえ知らんかったんか?同い年で辻のテニスの実力。」
「ののの、実力ですか?」
「あいつ、あんな顔して、
中学の時は最強のダブルスの一人として期待の星やったんや。」
「・・・ののが、ですか?」
「そうや、それがなんでこんな所に来たのかねえ。」
噂の渦中の希美が心配そうに近づいてきた。
「りかちゃんだいじょうぶ?ゴメン。もっと緩いの打てばよかったかな。」
「おー辻。お前、健在やないか。てっきり錆付いてるかと思ってたで。」
希美は少し、鬱な表情をした。
- 331 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時20分01秒
- 「毎日がんばって練習してますから・・・」
「でもあの試合見とったら、もう終ってしまったかと思ってたよ。
やっぱり原因は加護か。」
「・・・あいぼんは関係ないですよ。それよりりかちゃんだいじょうぶなんですか?」
「心配いらんわ、石川、お前まだ痛いか?」
梨華は希美と中澤の会話に聞き入ってしまって、注意が薄れていた。
「あ、えっと、はい。全然、もうあんまり痛くないです。」
不器用に手を忙しく動かしながら、焦った口調で言った。
「取り敢えず今日は見学しとけ。基礎練も済んだし。」
「あ、・・はい。でも、ラケット振れますよ。」
「いいから休んどけ。念の為や。」
中澤はそう言った後、希美に向かって意味深な笑みを浮かべた。
「辻、お前、松浦と一戦やってみるか?」
希美は目を輝かせて玩具を買ってもらう子供のように、何度も大きく首を縦に振った。
「よーし、ならあっちで用意しとけ。久しぶりで嬉しいやろ?」
「へい!!」
- 332 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時21分42秒
- 希美は嬉しそうに大きくそう返事をすると、ドタドタ駆けて行った。
中澤は続いて松浦を呼ぶ。
松浦はいつに無く真剣な面持ちで中澤の所にやってきた。
「松浦、やってくれるな?本気でいかな恥かくぞ。」
「・・・辻さんて、凄い人だったんですね。」
松浦は対面のコートでウォーミングアップをしている希美を、
目を細めて諦観するように見つめながら、説得力のある声色でそう言った。
中澤はそれを聞いて、虚ろで艶のある微笑を松浦に向けた。
「お前最初来た時、トロイとか言ってたな。辻の事。」
「・・・・・はい。それは失言でしたね。」
「いや、・・・あいつはマジでトロイ。それが弱味や。」
「・・・なんで教えてくれるんですか?」
「お前なら言わなくても気付くと思うけど・・・とにかく勝ってこい。」
「勝てるものなら、勝ちたいですけど。」
「素直に返事したらいいんや!どうしてお前はそう、
なんちゅうか・・・可愛げないかなあ。」
「勝ちます。勝ちますよ。」
- 333 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時23分10秒
- 松浦は念入りにウォーミングアップを始めた。
心中で色々と対策を練りながら。
(恐らく、辻さんの武器はサーブ。それさえ返していけたらなんとかなるか・・・)
何度もサーブの形を確認する。
(驕りは禁物。丁寧に、丁寧に。スピードで勝負すればいける・・・)
その時、大切な事を思い出した。
「あの、石川さん!!ちょっと来てくれますか?」
ちょこんと、申し訳無さそうにベンチに座っていた梨華がトコトコやって来た。
「どうしたの?何か必要?」
「あーそんなんじゃ無くてですねえ。」
「ならどうしたの?」
「耳貸してくれますか?」
「いいけど・・・。」
松浦がゴニョゴニョ耳打ちする。
吉澤はその様子を興味深そうにコートの隅から見つめていた。
梨華は口をパカッと開けて、突然、嬉々とした大声を出す。
- 334 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時24分22秒
- 「本当に!!?」
「はい。確かです。」
「まだいるかな?」
「そこまでは分かりませんけど・・・まあそれだけです。」
そう言った後、松浦は淡々とウォーミングアップを再開する。
松浦は梨華の歓喜している様子を気付かれないように一瞥して、気付かれないように
微笑んだ。
「ちょっと探してみる。」
梨華はあたふたしながら松浦にそう言うと、ベンチに座っている中澤の所に向かった。
中澤は怪訝そうな目付きで梨華を見ている。
「なんや?石川、便所か?」
「それはありえないですけど、ちょっとだけ外していいですか?」
「何でや?」
「あの、用事を思い出して・・・」
中澤は眉間に皺を寄せて、立ち上がり、梨華に顔を近づけた。
「お前、最近、問題起こしたばっかりやろ?次何かあったら許さんぞ?」
「・・・・ハイ。」
- 335 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時26分37秒
- 梨華は恐縮に返事をする。
中澤はその返事を聞くと、しゃあないな、と言ってベンチにドカっと足を組んで座った。
梨華は走ってテニスコートを後にしようとする。
中澤のすぐ帰って来いよ!!という叫び声を背中に受けながら、走って校舎に向かった。
コートの隅で萎縮していた筈の吉澤がトコトコ寄ってきて、
中澤にだらしない声色で訊ねた。
「梨華ちゃん何処行ったんすか?」
中澤は吉澤を座ったまま睨み付けた。
「お前、あんな失態晒してよく舐めた口叩けるなあ?お前にはまったく関係ない。
お前は黙って辻と松浦の試合を見とったらええんじゃ。あっ、まて、お前審判やれ。」
吉澤は吃驚した面持ちで、首を横に素早く何度も振る。
「無理です。実はルールも完全に知りません。」
「ボールがインかアウトか見るだけでええ。軽い練習試合やしな。」
「・・・・わかりやした。やってみます。」
「ちゃあんと、見て勉強しろよ?」
- 336 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時28分56秒
- 中澤は虚ろな目でドスの利いた声で言った。
吉澤はバツが悪そうに小さな小さな声で返事をすると、審判台に向かった。
松浦と希美がウォーミングアップを済まし、
中澤にそれを腕で輪を作ったジェスチャ―で伝える。
中澤は座ったまま大きな声を大空に向かって出した。
「一セットマッチ。試合開始!!」
松浦のサ―ヴィスから始まる。
松浦は絶対にサーブを決め、第一ゲームを必ず取ると自分に言い聞かせた。
隣のコートでは矢口と安倍は練習試合を終え、
二人の試合を興味深そうにベンチで観戦している。
と言っても安倍だけだが。
俄然、両者とも気合が入らない訳が無い。
希美はあの憧れの矢口が自分の試合を見てくれているというだけで身震いがした。
松浦も、この世で唯一尊敬してる安倍の前で恥をかく事は許されない。
陽光が西日に変わり、コートに色濃い影を落とし始めた。
いつも眺めていたこのコート。
今は二人が主役だ。
涼しい風が吹き出し、二人のモチベーションを最高の状態にさせる。
この空間、この空間で試合が出来るのだ。
- 337 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時30分52秒
- 松浦は自分を客観視して、異常に興奮している、らしくない自分に気付いた。
(落ち着け、冷静に、冷静に。)
希美は慣れた様子で、軽いステップを踏みながらサーブに備えている。
松浦は心を落ち着かせた所で、球を高らかに上げた。
希美は松浦のスタイルを一度、安倍との試合で拝見している。
松浦の性格から、最初のサーブはフラットサーブだと山を掛けた。
予想通り、松浦のサーブはフラットサーブだった。
(当ったりー。)
希美は落ち着いて両手打ちのバックハンドでリターンした。
松浦は比較的、甘いその打球をフォアに回り込んで打ち返し、ストロークの打ち合いに
持ち込もうとした。
が――――甘かった。
希美の打球は恐ろしいほどの重さがあり、松浦は打球をネットに引っ掛けてしまった。
軽く右手が痺れる感覚を覚える。
(重い・・・なんだあの球。)
- 338 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時32分09秒
- 松浦は攻め方をすぐに切り替えた。
(ストロークの打ち合いでは向こうに分がある。)
松浦は寸分狂わぬフォームで今度はスライスサーブを打った。
希美はやはり同じく両手打ちのバックハンドで返してくる。
重い球。
松浦はわかりきっているその打球を、
アプローチショットで返し、ネットに詰めた。
しかし重さに負けて勢いを無くした絶好球が希美のもとにいってしまった。
すると希美は冷静に松浦の位置を確認し、トップスピンのかかったロブをあげた。
その打球は、松浦の遥か頭上を越えてコートに吸い込まれる。
松浦は完全に後ろを向いてダッシュをし、
打球を掬い上げるように相手のコートを見ずにただ打ち上げた。
が、希美はネットに詰めていて、意地悪い微笑をし、冷静にスマッシュを打った。
これで希美はポイントを連取して優位に立った。
松浦は軽い焦燥感を覚える。
(強い・・・・)
- 339 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時33分38秒
- 吉澤が審判台から、すげえ、と感嘆の声を漏らしている。
松浦は考えた。
希美に勝つ為にはどうすればいいのか。
どうしてもあの重い球にやられてしまう。
(このままやられてたまるか。)
松浦はサーブに懸けることにした。
サーブしかない。
(何万回も練習をしたサーブを打てばいい。
完璧に決まれば、そう易々とは返せないはずだ。)
松浦は気を取り直し、ライン際ギリギリの所に打つ、フラットサーブに懸ける。
(これでミスをしてもしかたがない。これしかないんだ。)
綺麗なフォームでサーブを放った。
「アウト!!」
- 340 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時35分24秒
- 吉澤の無情の声が響く。
(落ち着け・・・・落ち着け・・・)
松浦は再度同じサーブを打った。
ラインを抉る、完璧なサーブが決まった。
松浦は思わず、よし、と声を出していた。
希美は無理な体勢のバックハンドでその打球を辛うじて返す。
松浦はその力の無い打球を冷静にスライスをかけたクロスで返すと、
希美の足ではそれに追いつく事が出来なかった。
体制を崩した分、希美は打球を完璧に捉える事が出来なかった。
(やるじゃん・・・でも負けないよ。)
松浦はそれから、終始サーブをラインギリギリの所にばかり集めてきた。
希美は拾うのがやっとになり、松浦は冷静に希美の足では届かない場所にクロスを
決める。
松浦のサーブが冴え渡り、第一ゲーム、松浦が予定通り取った。
(よし、このまま行ければ・・・)
コートチェンジの際に希美と擦れ違う。
二人はお互いに闘志剥き出しの言葉を掛け合った。
「次はとるよ。」 「取らせませんよ。」
- 341 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時36分28秒
- 希美は松浦に気付かれないように落胆していた。
(やっぱりあいぼんがいなかったら・・・・)
しかし、すぐに否定する。
違う。
こんなテニスをしにココに来たんじゃない。
矢口のテニス。
妖精のテニスをする為にココに来たんじゃないか。
矢口の試合を毎日食い入るように見つめていたのだ。
見学という、文字通りの学習で。
希美は矢口のスタイルを漠然と模倣する事に決めた。
(感情をけせ、むだなうごきをなくせ、そして、ピクシーになるんだ。)
そこからの希美は見る者全てに疑問符を抱かせた。
無表情で球を優雅に宙に上げる。
そして、品のあるフォームでサーブを打った。
- 342 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時38分55秒
- 松浦はそんな希美の変化にも怜悧に対処する。
(所詮は真似事。矢口さんと同じ訳じゃあない。)
希美のフラットサーブを、松浦は両手打ちのバックハンドでリターンした。
両手打ちじゃなければ、まともに返せないと踏んだのだ。
以前の自分なら、プライドが許さなかったかもしれない。
しかし、希美の実力は、屁理屈で通じるほど優しくは無い。
(常に相手を敬え。それが勝ちに繋がる。)
希美は松浦が両手打ちで返してきた事に、余裕を無くした。
希美は当初、サーブで松浦を圧倒しようと思っていたのだ。
松浦の力なら自分のサーブをまともに打ち返すことはできない。
しかし、松浦は自分のスタイルを捨て、不細工で慣れない両手打ちで返してきた。
(どうしても勝つつもりだね?あやちゃん。)
希美は矢口のように、滑るように打球に回り込むと、フォアのボレーを無駄な動きを
無くして返した。
重い球だ。
松浦は慣れない両手打ちの所為で、回転を上手くかける事が出来なかった。
希美はそれを、無表情で誰もいないコートに打ち返す。
第二ゲーム、まず希美がポイントを先取する。
- 343 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時41分13秒
- ポイントを取ってもピクリとも微笑まない希美に、中澤は、あのアホ、と
口を歪め、顔を顰めながら小さな声で呟いた。
希美はサーブを完璧にインさせた。
一度もネットに引っ掛けず、回転を変えて打ち込むそれは、
松浦にとてつもない脅威を与える。
しかし、松浦はサーブだけを両手打ちで返し、
それからは自分の普段通りのスタイルで努めた。
サーブ以外はなんとか返せるまでに松浦は希美の打球に慣れはじめていた。
しかしラリーではやはり希美に分がある。
スピードを行使できる所まで持ち込めば、勝てない相手ではない。
松浦は攻略法を垣間見た。
希美は矢口のスタイルをやめなかった。
次に、そこを松浦は狙うようになった。
もともと器用な選手ではない希美では到底あのスタイルを確立することは不可能。
当然、魔法にかかる事は無い。
(猿真似は所詮、猿真似。)
- 344 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時42分48秒
- 普段の希美ならば、ズッコケても拾う打球でさえ、
希美は矢口のように綺麗に腕を伸ばし、それで返そうとする。
もちろん、届くわけも無い。
微妙な打球を松浦は打つように専念した。
体制を崩させる微妙な打球。
それさえ打てれば、今の希美では返すことは出来ない。
この日の松浦の策は悉く的中した。
希美は無理なフォームで無理に打球を返そうとする。
そんな曖昧にやって来た打球を、松浦ほどの選手が、
甘い打球で返すわけも無く、希美の届かない位置まで逃げるような、
切れのいいスライスをかけたボレーを決める。
第二ゲームも松浦が取る。
そこで中澤が怒鳴った。
- 345 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時44分35秒
- 「いいかげんにせえ!!!辻!!お前、ふざけとったらいてまうぞ!!」
希美がビクッと体を震わせた。
希美は恐々と中澤の様子を窺う。
顔が真っ赤になって歯を剥き出しにしているそれはまさに赤鬼だった。
一気に目が覚めた。
(ピクシーのようになんて、今すぐにできるわけないじゃん)
希美はラケットで頭を一つ、コツンと叩いた。
するとテヘテヘと破顔した。
今度はその様子を見た松浦が中澤を鋭い視線で一瞥し、そして余裕を無くした。
(先生、私に勝たせてくれるんじゃないんですか?)
松浦はこれでサーブにしか勝機を見出せなくなった。
いや、これでサーブに全てを懸ける事ができる。
こんな博打のようなテニスは、自分の中で最も嫌悪していたテニスだ。
(変わったな、私。)
希美は、さぁこーい、と一つ舌足らずな大きな声を出して自分を鼓舞している。
松浦はニコリと笑うと、冴え渡ったフラットサーブを当たり前のように決めた。
- 346 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時45分50秒
- 希美はそれを片手打ちのバックハンドで返してきた。
松浦は焦った。
(片手?どういうこと?)
スピンをかけた不規則に曲がる打球。
安倍にしか使えない筈の無軌道の球。
躊躇した松浦は、それをレシーブで返そうとしたが、ネットに引っ掛けてしまう。
(うそでしょ?)
希美は後ろを向いてニシシと口に手を当て悪戯に笑う。
試しに打った球があれほどうまく回転をかけられるとは思ってなかった。
しかし、二度と打てぬだろう。
これは神が一度だけくれた起死回生の一打なのだ。
自分はまだ見捨てられてはいない。
- 347 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時47分00秒
- 松浦は表情に出さなかったが、かなり動揺していた。
サーブを打つが、大きくアウトしてしまう。
(落ち着け、落ち着け。)
もう一度同じフォームでサーブを放つ。
しかし今度はネットに引っ掛けた。
一番やってはいけないミス。
―――自滅―――
テニスの世界の一番アホなミスだ。
その時、松浦に理由も無い、とてつもない重荷が覆い被さった。
杞憂した松浦はサーブをトップスピンに変え、安全にインさせる。
希美はその甘くやってきた球を今までに無いほど、思い切りぶっ叩く。
恐ろしく勢いがついたその打球は、松浦のラケットを無様に弾き飛ばした。
松浦は一番してはいけない、妥協という餌に釣られ、サーブに懸けるという
初志を忘れてしまっていた。
第三ゲーム、希美が取る。
- 348 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時48分48秒
- 希美のサーブで松浦は更に窮地に追い込まれる。
(こんな打球、返せないよ・・・)
脆い心が露になり、心理戦でも希美が優位に立つ。
希美の弱点、スピードをつく事すら、松浦の頭の中には無くなっていた。
なんとかサーブを返しても、自分の得意だったストローク合戦に持ち込む。
到底、希美に打ち合いで勝てるわけが無い。
第四ゲームも希美が取る。
これで、二=二、で並ぶ。
第四ゲームが終った所で、吉澤が審判台の上から情けない声で叫んだ。
「ちょいとトイレ―!!」
その声に拍子を抜かしたのか、二人は同時に大きく笑いだして、
仲良く二人でベンチに向かった。
吉澤が戻るまでの、長めの休憩になる。
松浦にとっては起死回生の天の声になった。
(吉澤さん、一応、お礼言っておきます。)
- 349 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時49分55秒
- 試合を観戦している安倍がベンチで休憩をしている二人を見ながら、
「辻、息吹き返したねえ。」
と、ほのぼのと誰にという訳もなく呟いた。
すると、隣で座っていた矢口が抑揚の無い声で喋りだした。
「辻はあの一球で松浦の心を折った。」
「え?」
安倍は驚いた。
いつも自分の独り言のようなぼやきを、適当な相槌などで意見など言わなかった
矢口が、自分の言葉を言った。
しかも、他人のテニスに対してだ。
今まで他人のテニスに興味を示した事など矢口には無かった。
刹那、堪らなく嬉しくなった。
- 350 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時51分00秒
- 「うんうん、あの一球からだよね。辻が活き活きしだしたの。
私のとっておきをまさか辻も打てるとはねえ・・・」
安倍は嬉々とした、不自然に上擦った声になって言った。
矢口は相変わらずの抑揚の無い声だが、はっきりと喋る。
「あの球は本当になっちと先生だけのとっておきだよ。
辻が打ったのはマグレ。もう打てないよ。」
「したって完璧だったっしょ?」
「辻が仕掛けたんだよ。あれが失敗してたらこの試合は決まってた。」
「・・・・・ねえ、矢口はどっちが勝つと思うのさ?」
「・・・・さあね。吉澤のおかげで松浦も落ち着いたようだし、
辻はあの一球から流れを掴んでる。それにしても・・・」
「それにしても?」
「面白い奴らだね、あいつら。」
「・・・うん!!」
- 351 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月22日(月)00時57分20秒
- 矢口の中で、何かが変わったんだ。
安倍はどうしようもない嬉しさを、二人に対する激励に変えた。
「頑張れー二人とも!!」
ベンチで休んでいた希美と松浦は同時に振り向いて、大きく頷いた。
西日が濃くなって、薄暗さと、ある種の仄かな幻覚を同時に運んできた。
その場にいる全員の表情が、それの所為で、妙に立体的に写った。
吉澤がいそいそと帰ってきて、第五ゲームが始まる。
そのころ・・・・
- 352 名前:カネダ 投稿日:2002年07月22日(月)00時58分49秒
- 申し訳ないところまで更新しました。
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月22日(月)13時22分46秒
- ( ^▽^ )<しないよ
は
いいとして、
マジ面白いです。
今一番更新楽しみにしてます。ガンガッテ!!
- 354 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月22日(月)18時12分13秒
- 試合の行方も気になるけど、梨華ちゃんの行方も気になる・・・。
- 355 名前:カネダ 投稿日:2002年07月24日(水)23時15分29秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>353名無し読者様。
有難う御座います。
ツッコンでくれて、なにやらめちゃくちゃ嬉しいです。
これからもよろしければ、読んでやってください。
>>354読んでる人様。
気になるところで止めてすいません。
続き一気にいきたいと思います。
読んでくれて感謝です。
それでは続きです。
- 356 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時17分19秒
- 梨華は学校中を走り回っていた。
三十分程、休みなく走り回っていた。
一年五組、図書室、体育館、中庭、職員室、・・・
あてがありそうな所は殆ど調べ尽くした。
「やっぱり帰っちゃったのかな?」
梨華はぼやきながら廊下を駆け回る。
梨華の姿を見つけた生徒は、モーゼが紅海を渡った時のそれのように、
一斉に壁にへばり付いて視線を逸らす。
梨華は異常に単純なこの学校の生徒に、呆れるほど嫌気がさす。
(私が何したっていうのよ。)
梨華は最後の場所に望みを託した。
屋上。
もしそこに居なければ、諦めてテニスコートに戻ろうと思った。
梨華はスピードをあげて階段を上る。
屋上が近くなるほど鼓動が高鳴る。
それは疲れの所為ではなく、あての無いただの期待なのだが。
- 357 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時18分31秒
- 勢いよく鉄扉を開ける。
色濃い夕陽によってシルエットになっている生徒が柵沿いに一人いた。
気持ちのいい風が吹いていて、シルエットの髪が緩やかに揺れている。
梨華は見間違える訳も無い。
顔が見えなくともそこにいるのは間違いなく紺野あさ美だった。
「紺野さん!」
梨華は大声で呼びかけた。
ゆっくり振り返ると紺野は小さな声を出す。
「・・・石川・・さん?」
梨華は駆け足で紺野のいる所まで行くと、うん、と大きく頷いた。
紺野は優しい優しい柔和な光を宿した瞳をしていた。
梨華はそれを見て、心の底から安堵した。
暫し見詰め合った後、梨華は溜まりに溜まった質問をする。
- 358 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時19分28秒
- 「停学、もういいの?」
紺野は少し微笑しながら頷く。
「うん、一週間でよかったから・・・」
「よっすぃの奴、適当なこと言って・・・・」
梨華は吉澤のこ憎たらしい笑顔を思い出した。
紺野は怪訝そうに首を傾げている。
「その人、あの時、凄く大きな声出してた人?」
「あ、うん。なんかあいつねえ、無期停学とか言ってたんだよ。だから
凄い心配しちゃって。」
「・・・どうして石川さんは私の事、そんなに気にしてくれるの?」
「へへへ、なんでだろうな。理由なんかないかな。」
「ねえ石川さん。私、ここからテニス部の練習見るの大好きなんだ。」
「え?」
「ほら、ここからテニスコートが見えるでしょ?」
「どれどれ。」
- 359 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時20分47秒
- 梨華は紺野の隣に立ち、鉄柵をしっかりと握り、下を見下ろした。
ポプラの木で囲まれて、底が深い箱の様になっているテニスコートがはっきりと見えた。
西日で金色に染まった幻想的なそこで、小人の松浦と希美が試合をやっていた。
「私の人生の唯一の楽しみなんだ。」
人生。この一言で梨華はひどく悲しくなった。
紺野は続ける。
「私、子供の頃からずっと苛められててね。なんか嫌われちゃう性格なんだと思う。
もう、どうでもよくなって、世界なんか、滅べばいいんだなんて思ってたりしてね。」
紺野はゆっくりと悲しいセリフを淡々と紡いだ。
梨華はテニスコートをぼんやり見ながら、相槌だけを打つ。
「だから、死のうと思ったんだ。ここで、ここから落ちて。
私なんか生きてても仕方がない。そう思ってね。」
梨華は泣きそうになった。
が、泣いてるのは紺野だった。
- 360 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時22分05秒
- 「その時、テニス部の練習が目に入ってね。他のだらだらしたクラブより明らかに
輝いているテニス部が。」
「テニス部?」
「うん。ほら、あの金髪で小さい人いるでしょ?」
「矢口さん・・・」
「あの人のね、テニス見てると、魔法にかかったみたいに引き込まれて、
途端に死ぬのなんか馬鹿らしくなったんだ。」
紺野は泣き声で続けた。
「毎日、一度試合するでしょ?それだけが私を支えてたんだ。それだけが。」
梨華はベンチに座っている一際小さな矢口を見下ろしながら心の中で呟く。
(矢口さんのテニス、世界を全て味方にするテニス。)
「おかしいでしょ?毎日苛められてもあのテニスを見たら嫌な事なんて忘れちゃうんだ。」
「矢口さんは凄い人なんだよ。とっても。」
「あのテニスを見るまで、私は本当に唯の人形だったんだ。人形になりきった。」
「人形?」
「一々、考えてたら、それこそ私は壊れてたと思う。」
「紺野さん・・・」
「だから学校では感情を殺す事だけに努めてたんだ。」
「・・・私を図書室で見たとき、紺野さんはがっかりしたでしょ?」
「・・・ううん。慣れてたから、見放されるの、慣れてたから。」
「・・・・・・・」
- 361 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時23分11秒
- 梨華は何も言えなくなった。
紺野が抱えてた苦悩、味わってきた絶望は、
梨華には理解できない程、肥大で甚大な物だった。
それなのに自分はいっちょまえにうじうじとこの世の誰よりも不幸なんて
思ってたりしてたんだ。
「なんであの時、石川さんが頭を下げてるのか理解できなかった。」
「私は・・」
梨華が何か言う前に紺野が続けた。
「有難う。石川さん。」
「え?」
「私は、上手く言えないけど、あの時、とても嬉しかったはずなんだよね・・・
それなのに、それなのに、えっ、えっ。」
紺野の顔は全てを吐露した後、涙でぐしゃぐしゃになった。
言葉を喋る事が出来ないほど、わんわんと泣く紺野に、梨華は
テニスコートを見ながら優しく言った。
- 362 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時24分39秒
- 「ねえ、紺野さん。テニス部入らない?」
「えっ、っえ?」
「テニス好きでしょ?一緒にやらない?」
「こんな・・・こんな、私なんかでいいの?」
「紺野さん、なんか、なんて言わないで。私悲しくなるから。」
梨華はあの時言ったセリフをもう一度、強い口調で言った。
すると紺野はぐしゃぐしゃの顔のまま微笑み、ゴメン、と言った。
紺野が泣いている間、梨華はぼんやりとテニスコートを見ていた。
紺野に掛ける言葉なんて、自分には見つからなかった。
どんな優しい言葉を掛けても意味が無いと思った。
暫く、テニスコートの矢口を見ていた。
(矢口さん・・・有難う御座います。)
カラスの鳥影が五回ほど、二人の頭上を通り過ぎた所で、梨華は紺野の様子を横目で窺う。
漸く紺野が泣き止んだのを確認して、梨華は屈託の無い笑顔で話し掛けた。
「おもいっきり泣くのって、気持ちいいでしょ?」
「・・・うん。」
「紺野さんは一人じゃないんだよ。うん。一人じゃない。」
「・・・うん。」
「頑張ろうよ。頑張ろう。」
「・・・うん。」
「よし、じゃあ私はテニス部に戻らなきゃいけないから。」
「私は・・・」
- 363 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時26分12秒
- 紺野が何か言う前に梨華が大きな声を出した。
「明日、待ってるから!」
そう言うと梨華はおもいっきり走って運動場に向かった。
道中、堪えていた涙が溢れてきた。
まだいっぱい聞きたいことがあった筈なのに、気が付いたら
走り出していた。
でもいいじゃないか。
これからはテニス部でずっと一緒にやっていくんだから。
梨華は紺野に何か救われたような気がした。
根拠もなく、とても漠然としているけれど、自分は救われたんだ。
梨華は運動場に赴くと、備え付けてある水道で顔をバシャバシャ洗う。
そして、うん、と一言言って、テニスコートに向かった。
一片の曇りも無い明晰とした表情で、明るく大きな声を出す。
「すいませーん!!遅くなりました。」
テニスコートには、ばててヘトヘトになってベンチに
座っている希美と松浦がまず目に入った。
吉澤はなにかとんでもないような物を見たという表情をしている。
安倍と矢口は素振りをしていた。
そんな様子を見ていると、中澤が座ったまま梨華を招いた。
- 364 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時27分38秒
- 「お前、遅すぎるぞ。なっがい便所やな。」
「いや、ありえないですから・・・」
「ほなお前は何をしとったんや?小一時間も。」
「それは・・・明日わかります。」
梨華は悪戯を含んだ意味ありげな笑みを浮かべて言った。
中澤はキショ、と言って、身を捩じらし、顔を顰めている。
すると梨華は、なんでですかあ、と気色悪い声を出した。
「まあええわ、終るまでテニスコートの整備と球拾いしといてくれ。
他の奴はまだメニュー残ってるからな。」
「はい、喜んで。・・試合どっち勝ったんですか?」
「・・・十ゲームまでいった後、止めさせた。」
「なんでですか?」
「なんか、決着さすのが悪い気がしてきてな。わかるやろ?」
「まあ、なんとなく。」
梨華は希美と松浦を一瞥する。
「つまりやな、まったく互角、どっちも勝ちで、どっちも負けや。」
「凄いですね。二人とも。」
「お前、あいつらよりも二倍も三倍も練習しないと、背中も見えなくなるぞ。」
「・・・はい。がんがります。」
「がんがり?」
「いや、頑張ります。」
「よし、じゃあ整備お願いな。」
- 365 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時28分56秒
- 梨華は複雑な心境になった。
今まで普通に接してきた二人なのに、妙に遠く感じてしまう。
(私はあの二人を捕まえる事ができるのだろうか?
いや、あたりまえじゃないか、もう、ネガティブに物事を考えるのは止めた。
これからはポジティブになるんだ。)
梨華は素振りをしている松浦と希美に、
「お二人さん、乙カレー。」
と気色悪い笑みを浮かべ、奇妙な声を掛けた。
それはもう、とてつもなく奇妙な。
走りながら鼻歌を歌い、そして高速でボールを拾っている。
その姿を見た松浦と希美は真剣に恐怖を覚えた。
恐々と会話する。
- 366 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時30分07秒
- 「あやちゃん・・・うそだといってくれ。うそだと。」
「・・・辻さん。・・・進化しましたね。石川さん。」
「なにがどうなったの?どっか行ってた時になにかしたの?」
「あー薬物。ありえないとは言えないですね。」
「そんなのいやだよ。こわいよ。こわいよ。」
「大丈夫ですよ。慣れです。慣れ。」
二人の会話など露知らず、梨華はルンルン気分のスキップでボールを拾い、
コートを整備する。
(ポジティブ、ポジティブ。)
そこで吉澤も加わる。
ラケットを振りながら、カニ歩きで希美に近づき、耳打ちをする。
「どうしちゃったの?アレ」
とても失礼な呼び方をして梨華を指差す。
希美は渋い顔を作りながら、
「しんかだよ。バカはしんかをくりかえす。」
- 367 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時31分11秒
- と舌足らずの声で言った。
吉澤は、ホー、と大きく頷いて納得する。
今日のメニューが全て終ると、中澤から集合が掛かる。
「えー本日の感想。辻に松浦、お前らはよくやりました。吉澤、要練習。
そんで石川、お前は便所が長い。んで安倍に矢口、いつも通りお疲れさん。」
適当な事を適当にだらしなく話すと、タバコを一服する。
その後、ほな解散、と言って締め括った。
六人は大きな声でハイ、と言った後、更衣室に向かう。
着替えている時も梨華はニコニコと軽くて安い笑顔を絶やさない。
吉澤が瞬く間に着替え終わると、松浦を呼んだ。
肩に腕を回し、梨華に聞こえないように耳元で囁く。
- 368 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時32分23秒
- 「お前、梨華ちゃんになにがあったか聞いてこい。」
松浦はブスっとした表情をして、
「そんなの自分で聞けばいいじゃないですかあ。」
と不満そうに言った。
しかし吉澤は強い。
「ユー、ドレイ。ミー、ゴシュジン。ワカル?」
外人よろしく片言でそう言うと、松浦の背中をドン、と押した。
松浦は渋々梨華に近づくと、少し恐縮して話し掛ける。
「石川さん。なにかあったんですか?」
梨華は太陽とまではいかないが、向日葵のような笑顔で答える。
「そうそう、あやちゃん。会えたよ。」
「えっ?会えたんですか?」
「うん、聞いてよ、それでねえ、明日入部すると思うよ。」
「えええ!!?」
- 369 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時33分35秒
- 松浦がとびきり大きい声を上げた。
その声に矢口以外がこちらを向く。
松浦はすぐに平静を取り戻すと、さっさと着替え途中のブレザーを着て訊ねる。
「本当ですか?それ。なにかしたんじゃないですか?」
「もう、あやちゃんたら人聞き悪いなあ。そんな訳無いよ。」
梨華はそう言うと、着替え終わり、続きは帰り道で、と意味深な笑みを浮かべながら
言って、更衣室を出て行った。
松浦は色々思案しながら吉澤の元に帰還する。
吉澤が興奮して話し掛けてくる。
「おい、なんだ、なにがあったの?」
「もう、そんな発情した犬みたいに息を荒立てないで下さいよ。
紺野さんいるでしょ?あの子が明日入部するみたいですよ。」
吉澤はそれから何十秒かピタっと静止した。
吉澤がなにか思い詰める時の現象だ。
そして、ゆっくりと喋りだした。
- 370 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時34分43秒
- 「まず一つ、なんで梨華ちゃんそんな事知ってるの?」
「今日学校に来ていて会ったからです。」
松浦は即答する。
「二つ、なんで紺野さんは学校に来てるの?」
「停学が解けたからです。」
即答。
「三つ、梨華ちゃんは何時会ったの?」
「私と辻さんが試合している時です。」
やっぱり即答。
そして吉澤はまた静止した。
松浦は先行ってますよ、と言って更衣室を出て行った。
希美もそれに続いて出て行く。
安倍と矢口は既にいない。
一分ほどした後、吉澤が口を開く。
「四つ、なんで梨華ちゃん進化したの?」
- 371 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時36分17秒
- 同じ口調でそう言っても、更衣室には誰もいない。
水をうったように静まり返った更衣室で、吉澤は自分を見失う。
数秒後、今の状況を理解したのか、突然顔を真っ赤に紅潮させ、
駆け足で更衣室を出て行く。
全速力で正門まで行くと、やっと集団を捕まえる。
「ゴルァ!!松浦、なんであたしを置いていったんだぁ!!」
吉澤が憤慨ながらも少し泣き声じみた声で松浦の背中に飛びついた。
松浦はキャ、と悲鳴を上げると、先行くって行ったじゃないですか、
と頬を膨らませて言った。
梨華と希美は声を上げて笑いながらその様子を見ている。
いつものように、坂道を下りる。
安倍と矢口が五メートルほど前方を歩いている。
少し落ち着いた所で、梨華が喋りだした。
「ねえ、明日から紺野さんもテニス部に来るんだよ。みんな暖かく迎えようよ。」
- 372 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時37分15秒
- しかし、松浦だけが釈然としない様子だ。
「でもあの子、すっごい暗いですよ。空気悪くなるかも。」
吉澤が松浦の肩を掴んで、諭すように喋る。
「お前、あの子の事何もわかってねえな。お前なんかコレでやられちまうよ。」
吉澤は空手の型を模倣したような突きをだした。
すると、松浦は微笑する。
「ププ、なんですかそれ、相撲の張り手みたい。」
「なにおう、てめえ、これはな、空手の突きだよ、ほら、」
そう言うと、吉澤が何度も同じ突きを連打する。
松浦はそれがツボに嵌ったようで声を上げてゲラゲラ笑っている。
そんな二人を置いて、希美と梨華は早足で前に進んだ。
- 373 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時38分29秒
- 「ねえ、のの、ののは紺野さんの事どう思う?」
「うーん、会ったことないからなあ、でも、友達がふえることはいいことだよ。」
「そうだよね。仲良くしようね。」
「あったりまえじゃん。」
梨華は向日葵のような笑顔を希美に向け、話題を変えた。
「そうそう、今日の試合、どうだった?」
「・・・・あやちゃんは強かったよ。・・負けてたかも・・いや。」
希美は言葉を濁しながら訥々と喋る。
「そっかー、二人とも凄いよね。」
梨華は夜空を見ながら明るい口調でそう言った。
希美は沈思している様子だったが、梨華は構わず続けた。
「ねえ、先生が言ってた加護っていう子がのののパートナーだったの?」
「・・・・・・」
- 374 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時39分46秒
- 梨華の問いに、希美は視線を下に向け、下唇を噛むように口をつぐんだ。
数秒の間がその場を包んだが、梨華は呆れたように前を行く矢口を見ながら
言った。
「気にする事ないじゃん。過去の事なんだし。私なんて、毎日ビクビクしながら
過ごしてたんだよ。中学の時なんて。」
「・・・・うん。」
希美はゆっくり、一度大きく頷いた。
梨華は深く干渉するのは止めようと思ったが、
その時、保健室で吉澤に言われた言葉を思い出した。
「ねえ、私だったら何でも相談乗るよ?頼りないけど。」
「・・・いや、りかちゃんには関係ないから・・・」
「・・・残念だなあ。友達だよね?私たち。一人で考え事しないでさ、言ってみたら?」
希美はいつにない梨華の積極的な姿勢に少し、逡巡していたが、
俯きながらゆっくりと話し出した。
- 375 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時41分05秒
- 「かごって子はののの、最高の友達だったんだ。」
「それで?」
「ののは矢口さんに憧れてここの高校に来たんだけど、あいぼんは、
矢口さんをめちゃくちゃにした、死神のいる高校にいったんだよ。」
「死神?」
梨華は思わず持ち前の甲高い声を、さらに上擦らせて聞き返した。
「最低な奴なんだ。最低なテニスをするんだ。あいつのせいで矢口さんは
壊されたんだ。」
「・・・・ねえ、なんで加護って子はその人のいる高校にいったの?」
「・・・・勝つためだよ。あいつの所に行けば、
試合で勝つためのテニスをできるから。」
「勝つためのテニス?」
「ののは違う。ののは矢口さんみたいに、人を惹きつけるような、ようせいのような
テニスがしたかったんだ。」
「矢口さんをめちゃくちゃにしたって、どういう意味なの?」
「・・・・・・矢口さんが壊されたんだ。ピクシーのテニスが、死神につぶされた。」
「その人に負けたんだ・・・矢口さん。」
「ののは、絶対あいつを許さない。」
- 376 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時42分21秒
- 希美は少し顔を上げ、矢口の背中を見ながら、強い口調でそう言った。
―――死神―――
矢口が無様に敗北した姿など、梨華には想像もつかなかった。
前にいる矢口に視線を移すと、普段は感じる事の無い、
ある種の憐憫さを感じた気がした。
「それでも矢口さんはテニスを続けてるんだね。」
「ののは、それがわかっただけでもココに来てよかったと思ってるよ。
あの試合はいじょうだったんだ。
あの矢口さんが、おびえて、ふるえて、もう、見るに耐えなかった。」
梨華は言葉を捜したが見つからなかった。
浮かんできたのは矢口が死神という、漠然とした対象に怯え、震えている
映像だけだった。
重苦しい沈黙が二人を容赦なく取り囲んだ。
後ろで笑い声を上げている松浦と吉澤の場違いな声が、
否応なしにその場に響いている。
- 377 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時43分46秒
- 「やっぱり、こんな話しないほうがよかったなあ。」
希美は自嘲するようにそう呟いたあと、ゴメンね、と空虚な声色で付け足した。
「ううん。そんなことないよ。私、頼りないけど、なんでも言ってよ。
ののは私にとって最高の友達なんだから。」
梨華は希美に視線を向け、強い口調で言った。
希美は今までの梨華にはありえない、凛とした表情に数秒見惚れていたが、
もう一度道路に視線を移して、うん、と小さいながらも、
意志の籠もった声で返事をした。
その時、梨華は紺野の言った言葉を思い出した。
「ねえ、のの、紺野さん、矢口さんに救われたんだって。」
「えっ?」
キョトンとした表情をしている希美を気にせずに、梨華は続けた。
「上手く説明できないけどね。紺野さんも矢口さんの魔法にかかったんだ。
矢口さんは凄い人だよ。本当、尊敬しちゃうよ。」
「・・・・あったりまえじゃん!!凄いなんてもんじゃないよ。」
- 378 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時45分09秒
- 希美は矢口の背中を見ながら、確かめるようにそう言った。
やがて、吉澤と別れる交差点に差し掛かる。
吉澤が別れ際にまたあの突きを二度行うと、松浦がまた笑い出す。
吉澤は嬉しそうに、じゃあね、と言って去っていった。
その後、松浦も会話に加わる。
「それで、更衣室で言ってた続きってなんですか?」
「だからね、紺野さんは矢口さんの魔法にかかって、それでテニス部に入るの。」
「意味不明です。」
「ごめん、私、説明するのへたくそだから・・・」
「取り敢えず、あの子はテニス部に入部するんですよね?それでいいじゃないですか。」
松浦はサラッとそう言うと、爽やかな表情をした。
「こんなに笑ったの、生まれて始めてかも。」
「え?」
「いや、なんでもないです。」
「よっすぃアホだもんね。」
「本当に、アホですよ。あの人。でも・・」
「でも?」
「ああ、もうなんでもないです。今日私なんか変だな。」
- 379 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時46分07秒
- 松浦はそう言った後、ワザとらしく咳をした。
駅が見えてきて、いつものように安倍が振り返って、じゃあねえ、と言って
手を振る。
三人は同時に頭を下げて、お疲れ様でした、と大きな声を出す。
ここまでは毎日の恒例だ。
いつもなら、その後、二人が電車に乗るまで駅の前で見送るのだが、
信じられない事が起こった。
矢口がこちらに半身だけ振り向き、手を振ったのだ。
たった一回、たった一回だけ。
それでも三人は驚愕と同時に形容する事が不可能な位の喜悦を覚える。
特に希美が。
暫くその余韻に浸っていると、梨華がぼんやりと口を開いた。
- 380 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月24日(水)23時48分33秒
- 「・・矢口さん、ちゃんと私達の事見てくれてるんだ。」
「「・・うん。」」
二人が同時に頷く。
「頑張ろう、なんか、めちゃくちゃやる気出てきたよ!!」
梨華は二人と別れた後、電車の中で、テニスをしたいという意欲と同時に、
矢口が死神に、成す術が無く、怯臆としている姿が脳裡をよぎった。
(違う。)
矢口はあの時屋上で、身を呈して自分を守ってくれた。
あの時の矢口は、とても大きくて、とても強かったじゃないか。
梨華は死神の姿を振り払った。
窓外に写る一つ一つの景色が、梨華の心に間断なくある種の昂ぶりを齎した。
梨華は徐に右手の包帯を取り、思い切り力を込めた拳を作った。
―――――――――――
- 381 名前:カネダ 投稿日:2002年07月24日(水)23時49分44秒
- 更新しました。
- 382 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)00時18分25秒
- よしあやマンセー
奴隷とご主人、いいね(笑)
- 383 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月25日(木)18時07分50秒
- 嗚呼、素晴らしき青春。
- 384 名前:カネダ 投稿日:2002年07月28日(日)00時38分54秒
- レス有難う御座います。
大変励みになります。
>>382名無し読者様。
どうも有難う御座います。
真面目な話にしたいんですが、その二人を描くと、そんな関係になってしまいます。
もう、止められません。
>>383読んでる人様。
素晴らしい青春が、続けばいいんですが・・・
本当に読んでくれて有難う御座います。
それでは続きです。
- 385 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時40分36秒
- 朝起きると、とてつもない違和感が真希を襲った。
時計を見ると朝の八時半。
自分にしては上出来。
そんなこと考えている場合じゃない。
(何の音?)
小さな穴だらけの襖の向こうから、なにやら物音が聞こえる。
母親は仕事に行っている筈だし、弟はこの時間は寝ているか、家にいないかどちらかだ。
(泥棒?)
四畳半の真希の部屋とリビング兼台所を隔てている襖を慎重にそっと開ける。
真希は一瞬目を疑った。
久しぶりに、母親と御対面した。
「あれえ?お母さん。何でいるの?」
寝惚け眼を装うが、内心、嬉しくて堪らない。
母親はエプロン姿で、朝ご飯を作っていた。
- 386 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時42分38秒
- 「ふふふ、今日は仕事休みなの。早く着替えなさい。もう学校に行く時間でしょう?」
そう優しく言うと、母親は振り向いて、朝ご飯の仕度を再開する。
「久しぶりにまともに会ったんだから学校なんていいじゃん。」
真希は頬を膨らませる。
学校なんて大した事じゃない。
母親が台所で朝ご飯を作っていて、その後姿を見つめている方がよっぽど自分には大切だ。
「どうなの?テニス。頑張ってるの?」
「・・・うん。まあぼちぼち。」
「友達はできた?」
「うん、あいぼんにねえ、愛ちゃんにねえ、それにクラスの子達とも仲良くやってるよ。」
真希はそう言った後、母親の後姿を、ちゃぶ台の上に肩肘をついて、ぼんやりと見つめる。
(まるで、亭主じゃん)
真希はそう思うと、座っているのが妙に恥ずかしくなった。
忙しく着替えをしに部屋に戻る。
戻るといっても、たった二歩で部屋に着くのだが。
- 387 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時44分46秒
- 「真希は昔から友達作りだけは得意だったものね。」
着替えながら真希は、
「へへへ、まあね。」
と、得意になった時の口癖を少し大きめの声で口走る。
真希はさっさと着替え終わり、また同じようにちゃぶ台の前に座り、
今度は両肘をたて、両手の甲で顎を支える。
「お母さんの仕事はどうなのさ?」
「こっちも順調よ。真希のおかげで大分楽になったから。」
「んな事無いって。」
こういう普通の会話が真希にはとても新鮮で嬉しかった。
真希は母親に、訊いておきたい事が一つあったのを思い出した。
「ねえ、私って最近いつ泣いたっけ?覚えてる?」
母親は朝ご飯をちゃぶ台に並べながら思案している。
その時、電車が一つ通る。
電車が通り過ぎるのを確認してから母親は話し出した。
- 388 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時45分50秒
- 「真希はお父さんが死んだ時も泣かなかったからね。いつだろう?
小学生の時位じゃない?」
「そんなに泣いてなかったっけ?」
「真希は強い子だったからね。」
漬物をポリポリ齧りながら真希は複雑な心境になった。
(昨日はなんであんなに泣いたんだろう?しかも女の子の胸の中で。)
「それがどうしたの?」
母親が怪訝そうに訊いてきた。
真希は、漬物を勢いよく飲み込むと、
「別に、ちょっと気になったから。」
と素っ気なく言った。
母親は、優しい微笑をしながら真希を見つめる。
「テニスおもしろい?」
「・・うん、すっごい楽しい。」
「お父さんもテニス大好きだったもんね。」
「そうだったよね。」
- 389 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時46分48秒
- 不思議な事に、今父親の事を思い出そうとしても、
テニスをしている姿しか思い出せなかった。
「お父さんってテニスどれ位やってたの?」
「お母さんと知り合った時よりもっと前だから、もう何十年も。」
「へえ、お母さんとお父さん、恋愛結婚だもんね。たしか高校生の時だっけ?
付き合いだしたの?」
「そうよ、お母さんの一目惚れ。」
「・・・のろけ話はもういいや。テニス強かったの?」
「それは凄い上手だったのよ。
なんたってテニスをしている姿にお母さんは一目惚れしたんだから。」
朝ご飯を素早く食べ終わると、真希はさっさと器をシンクの中に沈める。
そして、すぐに元の位置に座る。
「へえ、なんか私が今テニスをしてるのも運命のような気がしてきたなあ。」
「お父さん、真希にテニス教えてる時、すごく嬉しそうだったものね。」
「・・・うん。私、頑張るよ。」
- 390 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時47分45秒
- 時計を見ると九時を過ぎていた。
真希は渋々立ち上がり、学校に行く仕度をする。
「いってらっしゃい。」
「いってきまーす。」
今日はできるだけすぐ家に帰ろうと思った。
真希はいつものように、走って学校に行くと、
いつものように熟睡した。
――――――――
- 391 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時49分09秒
- 放課後、真希は更衣室で着替えている途中、高橋を呼んだ。
「何?どうしたのごっちん。」
「あのさあ・・」
真希は気まずそうに言葉を濁してから、耳打ちをした。
「昨日の事、あいぼんには黙っててくれない?」
「え?」
高橋は大きな声を出す。
真希はあたふたしながら、唇に人差し指を立てる。
そしてまた辺りを気にしながら耳打ちをする。
「だから、泣いた事。」
「あー、うん。ごっちんかわいかったなあ。」
「もう!!頼むよ愛ちゃん。」
「任せといてよ。口は堅いから。」
「お願いね。」
- 392 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時50分54秒
- そう言って真希は着替えようとする。
すると高橋が真剣な面持ちで話し掛けてきた。
「昨日ありがとう。」
「何が?」
「私、ごっちんのおかげで、テニスを純粋に楽しめそうだから。」
「・・・うん、私もめっちゃ楽しむよ。」
着替え終わった加護がいやらしく高橋に詰め寄ってくる。
「おいおい、二人でなんの話ししてんねん?ウチはのけ者か?」
高橋は怖気ずきながらも、なんとか相対している。
真希はその様子を見て微笑をし、この学校に来て本当によかったとしみじみ思った。
着替え終わり、テニスコートに加護と高橋といつものように赴くと、
石黒が憮然と加護と高橋に話し掛けてきた。
「おい、加護、高橋、お前ら、ダブルスでやってみる気は無いか?」
- 393 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時52分00秒
- 加護が顔を顰めた。
高橋も釈然としない様子だった。
「ダブルス・・・ですか?」
「そうだ。お前らは今、シングルでは通用しないが、ダブルスなら
入れ替え戦をさせてやってもいい。」
「・・・嫌です。」
加護が強い口調で言った。
「何?お前、シングルでは通用しないと昨日わかったろ?」
「いや、あれはウチの本気では無いです。」
「どういう意味だ?」
「もう一度、もう一度シングルでやらせてくれないでしょうか?」
「駄目だ。お前の実力はもう把握している。お前の付け入る隙はない。」
「待って下さい。」
- 394 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時53分01秒
- 高橋が口を挟んだ。
「私も入れ替え戦やらせてくれないですか?私はまだ試合をしてません。」
「お前のスタイルは良くわかってるよ。」
「どういうことですか?」
「残念だが藤本が既にいるんでね。お前と似たタイプの選手だ。それも
実力は遥かにお前より上だ。」
「・・・・・・。」
真希はそのやりとりを聞いて、無性に納得いかなかった。
「なんでだよ?試合させてあげてもいいじゃん。そんなのやってみないと
わかんないだろ!!」
石黒は嘲笑じみた笑みを浮かべる。
「後藤、お前は一軍に入れてやる。今日練習が終ったらウェアを渡す。」
加護と高橋が同時に真希の方を驚いた様子で見た。
真希は訳がわからなかった。
- 395 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時55分14秒
- 「どういう意味だよ?訳わかんないよ。なんで?私はド下手じゃん。
全然二人よりも、この部にいる誰よりも下手糞じゃん。」
真希は一気に諭すように喋った。
しかし石黒は憮然とした態度を崩さない。
「お前は気付いていないかもしれないが、お前には才能がある。
この二人より、この部にいる誰よりもな。」
「ハア?あんたいかれてるよ。頭おかしいんじゃない?」
「なんとでも言え、お前は合格だ。」
そう言うと、石黒は集合を掛け、今日のメニューを部員にさっさと説明した。
真希も、加護も、高橋も、三人とも放心状態だった。
真希をとてつもない重圧が包み込む。
(なんで、なんで、あいぼんやあいちゃんはずっと続けてきたんだ。
それなのに、なんで私なんだ。どうなってんだよ。)
真希は加護を一瞥する。
今まで見てきた加護の表情の中で、最悪な表情だ。
涙を双眸に溢れるほど溜め、口をへの字に曲げながらも歯を食いしばっている。
だれが加護をこんなにしたんだ?
自分だ。
- 396 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時56分00秒
- 高橋を一瞥する。
口を半開きにして、テニスコートをじっと見つめている。
じっと、じっと。
(早く声を掛けて説明しなくちゃ。)
何を?
何を説明するんだ?
自分の所為で、三人の間に、ザックリと大きい軋轢ができたのに。
(謝らなきゃ。)
「ゴメン・・・二人とも。」
加護も高橋も口を開こうとしない。
その場に突っ立ってるだけだ。
「ゴメン・・・ゴメン・・・ゴメン。」
「なんでごっちんが謝るの?」
- 397 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時57分17秒
- 高橋がテニスコートを見つめながら言った。
「だって・・・私、二人みたいな努力もしてないのに・・・」
「そんなの関係ないよ。先生がごっちんを認めたんだ。」
「でも・・・」
「ごっちん、ゴメン、私今は何も考えられない。」
そう言うと、高橋は茫然と練習を開始した。
加護を一瞥する。
加護もそのまま嗚咽を漏らしながら練習を始めようとしている。
真希は加護の肩に手をかけ、ひたすら頭を下げた。
「ゴメン、あいぼん。私・・・・」
「ごっちんなんで謝るの?・・・・そんなの残酷だよ。」
加護は真希が言い終える前に泣き声でそう言って、その場を離れていった。
- 398 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)00時59分00秒
- 練習も集中できない。
(なんで私なんだ?)
同じ疑問が何度も何度も繰り返し頭の中で響き続ける。
(才能があるから?)
真希はサイノウを憎んだ。
そんなもん、自分には必要ない。
加護と高橋と、三人で仲良く出来たらそれでいい。
思案していると、時間だけが過ぎていった。
打ち合いの時間、真希の心とは裏腹に、太陽は意地悪いほど燦々と輝いている。
真希の相手はあの小川だった。
最悪の心境の時に、最悪の相手だ。
真希は自暴自棄になっていた。
小川は口を歪めながら、気分を害させる笑みを浮かべている。
「お前が相手とは、願ったり叶ったりだ。泣かしてやるよ。」
- 399 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時00分04秒
- 真希はどうでもよかった。
相手にする気なんて起きなかった。
常に緊張していないと、何処かにいってしまいそうだ。
加護と高橋は自分の事をどう思ってるんだろう?
きっと憎んでるに違いない。
それは当たり前じゃないか。
才能?才能って何だ?
加護と高橋はずっとずっとテニスを信じてきたんだ。
加護と高橋に才能を与えるべきだ。
どうしてこの世はここまで不条理なんだ。
(テニスの才能なんていらない。いらない。いらない。)
「さっさと打ってこいよ。」
- 400 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時01分32秒
- 真希は俯きながら空虚な声色で言った。
小川は乱暴に宙に球を上げると、奇声を上げて、乱暴にサーブを打った。
フラットサーブ。
真希は無意識にそれを返した。
打ち返した刹那、視界が二つに引き千切られるように分裂した。
そして、感情が消えて行く。
なんだ?
あの感覚ではない。頭が真っ白になっていく。
透明のペンキで脳みそを塗り手繰られていく感じだ。
無だ。無。無の侵食。
消える。消えていく。意識が無くなっていく。
小川は顰め面で、下品な言葉を掛けてそのリターンを返してきた。
鋭いボレー。
その打球を真希が返した時、打ち合いを見ていた勝ち組の部員、加護、高橋が
動きを止めた。
- 401 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時03分18秒
- 信じられなかった。
真希の動きは、紛れも無く、ある人物とまったく同じだった。
虚ろな目で、流れるような動作、優雅に打球を返す。
誰もが、言葉を失った。
あの石黒でさえ、真希のテニスに瞠目していた。
小川は真希の返した、完璧なハイボレーに追いつくことが出来なかった。
――――妖精、矢口真里。
真希の動きは、表情こそ違うが、間違いなく矢口と同一のものだった。
これは試合ではない。
ポイントも勝ち負けも無い。
しかし、小川は間違いなく真希に心を奪われていた。
- 402 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時04分50秒
- 真希は完全に意識が無かった。
おかしな話だが、真希は小川と打ち合いをしている時、
父親の姿を空想で思い描いていた。
頭が空っぽになった後、父親の映像が浮かんできたのだ。
父親と、頭の中で試合をしている。
いつも通っていたテニスクラブで、父親に誉めてもらえるように、
一生懸命、一生懸命、テニスをしている妄想だ。いや、夢を見ていた。
真希は焦点の定まらぬ瞳のまま、球を宙にふわりと浮かすと、
トップスピンのサーブをライン際に完璧に決めた。
小川はその時、魔法にかかっていた。
ラケットを振るが、打球はネットに引っ掛かる。
しかし小川は微笑していた。
とてもおかしな光景だ。
真希はまったく同じ所に今度はフラットサーブを決めた。
恐ろしく切れのある、完璧な打球。
小川は成す術もなく、突っ立っていた。
微笑を浮かべて。
- 403 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時06分07秒
- 真希はその後も怒涛にサーブを決めまくった。
その様子を見ていた加護は、握っていたラケットをガタンと落とした。
「ピクシー・・・・」
そうぼんやりと誰にと言う訳では無く、呟いていた。
高橋は恍惚とその打ち合いを見ていた。
瞬きする事も無く、口を半開きにして、じっと見ていた。
もちろん、対面にいる相手も。
市井は笑っていた。
声を出すまではいかないが、市井にしては珍しく、とても嬉々として笑っていた。
そして、打ち合いを見ながら市井は保田に話し掛けた。
「圭ちゃん、言ったろ?あれが、天才だ。」
保田は何も言えなかった。
市井は誰にも聞こえないように、ぼんやりとした独り言を呟いた。
「あいつがもし去年いたら、私はテニスなんて続けてなかったのに。」
- 404 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時07分23秒
- 飯田は愕然としながら、訥々と市井に問い掛けた。
「紗耶香、あの子、いったいなんなの?」
「あいつの潜在能力、私らには想像つかないよ。」
「だって、あれは矢口じゃない。矢口とまったく同じじゃない。」
「圭織、黙って見てよう。まだまだあいつは何かしそうな気がする。」
真希は不意にラケットをその場に落とした。
するりと右手から滑るように落ち、それでも焦点の定まらぬ瞳でその場に立っていた。
小川はそれに気付かずにサーブを打った。
その時、真希の頭の中は父親とテニスをしている映像だけが広がっていた。
小川の打ったサーブはトップスピンで地面に着いた後、高く跳ね上がる。
その打球が真希の左目を直撃した。
悲鳴じみた喧噪がその場を包んだ。
- 405 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時08分16秒
- 真希は意識が戻った。
左目には特に痛みも無かった。
しかし、気分が悪い。頗る悪い。
父親と楽しくテニスをしていたのに、目の前にいるあいつが壊した。
真希は小川を睨みつける。
両手をだらりとさげ、猫背になって睨みつける。
小川はビクリと震えたあと、首を振って自分を確認している。
魔法が解けた。
そして、いつもの小川に戻った。
「なに、睨んでんだよ。泣かしてやる!!」
しかし、真希の瞳を再び見た後、小川の様子は一変した。
震えている、ガタガタ震えている。
迷子の迷子の子猫よろしく、気色の悪いステップを踏んでいる。
- 406 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時09分49秒
- 真希は、ラケットを、小川を睨み付けたままゆっくりと拾うと、両足を
揃えたまま不恰好にサーブを打った。
「おらああ!!!」
低音で直接心臓に響くような、獣の様な咆哮をあげて、打った。
回転も特徴もなにもない、ただのサーブ。
小川はそれをガタガタ震えながら返そうとするが、打球を捉えられない。
ひい、と泣き声を出したが、どうしてか、返そうとする。
気持ち悪い光景だ。
小川は震えながら、それでもテニスをしている。
そして、その真希の姿を今度はテニス部員全員が見つめていた。
そして錯覚した。
その場にいる全員が。
当たり前だ。
真希の姿はまさしく、試合中の市井のスタイルそのものだ。
――――死神。
相手を殺すテニスだ。
(残酷だよ。ごっちん。)
- 407 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時10分38秒
- 「がああああ」
真希は続けざまにサーブを打ち放つ。
小川は震えながら、頭を抱えて蹲った。
それでも真希はサーブを続ける。
球を高らかに宙に上げ、振り下ろそうとしたその瞬間、腕を掴まれた。
市井だった。
「やめろ。」
「離せえええええ。」
「お前は!!お前はそんなテニスしちゃいけない!!」
「離せええええ。」
市井は真希を振り向かせ、目を合わせた。
灰色の、とても孤独な瞳だ。
真希はその瞳を見て、意識が戻った。
- 408 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時12分34秒
- 「え、え、あれ・・・・私。」
「お前、無意識でやってたのか?」
「なにを?」
「相手、見てみろよ。」
真希は小川を見た。
蹲って、ガタガタ震えていた。
「これ以上やったら、あいつテニスできなくなるぞ。」
「?」
「・・・・お前は、私みたいなテニス、しちゃいけない。」
そう悲しい表情で言うと、市井は踵を返し、勝ち組のコートにゆっくり戻っていった。
真希はぼんやりとした意識で、市井の言った事を思い起こしていた。
(私みたいなテニス?)
- 409 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)01時13分26秒
- 続いて石黒が憮然とやって来た。
「お前、あれだけの力があるのに、隠してたのか?」
真希は何を言われてるのかさっぱりわからなかった。
ただ黙って俯いていた。
石黒は微笑する。
「明日から、楽しみだ。」
石黒が去っていった後も、真希はぼんやりと俯いていた。
何を考えようとしても、途中で消えてしまう。
部員達も騒然として、練習を再開するような雰囲気では無かった。
石黒が号令を掛けて、練習が再開したが、空気は重苦しくて、誰も口を開こうと
しなかった。
そのままその日の練習は終った。
市井はその日は話し掛けてこなかった。
- 410 名前:カネダ 投稿日:2002年07月28日(日)01時14分27秒
- 更新しました。
- 411 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)08時12分31秒
- 今一番楽しみにしている小説です。
期待してます。
- 412 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月28日(日)18時17分32秒
- 後藤スゲー!!
そーいえば、もう一人の主役である梨華ちゃんの実力が
どれ程のモノなのかまだ書かれてませんね。
やっぱりかなりの潜在能力を秘めているのかな?それとも・・・・。
- 413 名前:カネダ 投稿日:2002年07月28日(日)23時29分03秒
- レス有難う御座います。
大変感謝です。
>>411名無し読者様。
そんな、こんな駄文に期待をしていただけるなんて勿体無いです。
できるだけ期待に応えられるように頑張ります。
>>412読んでる人様
後藤、ちょっと爆発してしまいました。
石川は馬鹿という設定なので、どうなるでしょう?
読んでくれて有難う御座います。
- 414 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時31分09秒
- 更衣室に一人で向かおうとすると、石黒が純白のウェアを持って近寄ってきた。
「ほら、お前のウェアだ。明日から楽しみだよ。」
「・・・・・・」
真希はそれを俯いて視線を合わせずに乱暴に受け取った。
その場で破いてやりたかったが、それでは余りに他の部員に対して失礼だ。
いや、自分がこれを受け取っている時点で失礼だ。
更衣室で着替えていても、加護と高橋に対する罪悪感でいっぱいだった。
小川は真希に対する嫌がらせなどを一切しなくなった。
目を合わせることすらしなくなった。
真希はさっさと着替え終わり、一人で帰ろうとした。
もう、二度と元の関係には戻れないと思ったからだ。
俯き加減にトボトボ畦道を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
笑顔の加護だった。
- 415 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時32分23秒
- 「ごっちん、一人で何処行くねん?」
「・・・・・・・」
「もしかして、気にしてんのか?」
「・・・あいぼん・・」
高橋も走って追い駆けてきた。
「ごっちんもあいぼんも先に帰るなんて酷いよ。ほんと。」
息を切らしながら一息でそう言った。
加護も高橋も妙に明晰とした表情をしている。
真希は理解できない。
「ねえ、二人とも、私、テニス辞めようかと思ってるんだ。」
加護はその真希の自嘲気味に言った発言を聞いて、
笑顔のまま、なんで、と素っ気無く言った。
「だって、私は二人みたいに・・・」
「ごっちん!!!ウチ、言ったよな?辞めたら絶交するって。」
- 416 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時33分46秒
- 強い口調でも、それでも加護は笑顔だった。
続いて高橋が宙を見ながら呑気な声を出した。
「あーあ、ごっちんに先行かれちゃったよ。でも、仕方ないな。
ごっちんはテニスの天才だったんだもん。」
真希は俯きながら首を大きく何度も横に振った。
「いらないよ!!才能なんて!!なんで私なのさ!!?二人とも、本当は
嫌なんでしょ?私みたいな奴が、勝ち組に上がったんだよ!!?」
加護はまだ、笑顔を崩していない。
「あほちゃうか。ごっちん。ごっちんやからこそ嬉しいんや。
最初言われた時は訳わからんかったけど、あれは自分に対して思ってた事やで。
ウチ、シングルでは本当は通用しないなんてわかっとったんや。ずっと前から。」
「えっ?」
「ウチ、意地っ張りになってたんや。本当はシングルで強豪に勝った事なんて
一回もないんや。ウチはな、T高校にいった辻って子に、いつも頼ってたんや。」
- 417 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時34分49秒
- 加護は笑顔のまま、その双眸に涙を溜めていた。
真希は加護の表情を一瞥した後、すぐに地面に視線を戻した。
「・・・それって、あいぼんのパートナーだった子?」
「・・・うん。」
その後、高橋が口を開いた。
「私も心の何処かで自信過剰になってたんだ。シングルでは限界があるなんて
わかってたのに、先生に突っかかっちゃった。・・・」
高橋は空を仰いで、続けて加護に諭すように話し掛けた。
「ねえ、あいぼん、私とダブルス組んでみない?」
「・・・ウチと?」
「うん。私、辻さんみたいに完璧にあいぼんの事サポートできるかわからないけど、
私とあいぼんだったら、いいコンビ組めるんじゃないかな?おなじアイどうしだし。」
そう言うと、高橋は恥ずかしそうに笑った。
加護は俯いて思案している。
- 418 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時36分39秒
- 「それは悩むよ。あいぼんと辻さん、完璧だったもん。私だって尊敬してたんだ。」
「違うよ。ののは、ののとはもう、パートナーでもなんでもない。」
「どうして全中ダブルスのベストエイトの試合、
いつも完璧に意思疎通していた二人があそこまで崩れたの?」
高橋は抑揚は無いながらも、重みのある口調でそう言った。
「その試合の前の日に、ののと二人で、
高校の県大会シングル決勝の試合見にいったんや。
二人とも一年で決勝やで?しかも、あの時ピクシー矢口っていったら、
ウチ等の憧れやったんや。」
「・・・市井さんが、死神になった試合だ。」
高橋が俯きながら、小さな声で言った。
「うん。だれも市井さんなんて知らんかった。
誰もがピクシーの勝利を確信していた試合。
市井さんは、どんな罵声浴びせられても、あのスタイルを崩さなかった。
まるで、矢口さんに勝つ為だけに生きてきたような、それだけ凄まじい試合や。」
真希は二人のやりとりを俯きながら、黙って聞いていた。
- 419 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時37分47秒
- 「その試合を見た後、どうなったの?」
「そこで、ウチとののは喧嘩したんや。初めてや。いままで一度も喧嘩なんて
した事無かった。お互い、譲らんかった。」
「あいぼんは市井さんが正しいと思ったの?」
「・・うん。どんな事しても、勝たないと意味が無い。
卑怯やけど、それがこの世界で生き残る全て・・」
「違うよ!!」
真希が加護の言葉を掻き消すように叫んだ。
「あいつ、私にこう言ったんだ今日。お前はそんなテニスしちゃいけないって。
あいつ、本当は嫌なんだよ。自分のスタイルが。」
加護は茫然としながら、首を横に振っている。
「嘘や、死神にならなかったら、矢口さんには勝てなかったはずや。」
「・・・私、今日、あいつのテニスしてたんでしょ?」
「・・・うん。ごっちん凄かった。ウチが求めてたスタイルや。」
「それを、あいつ自身が否定してるんだよ。あいぼん。」
「・・・・・・」
- 420 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時39分51秒
- 加護は黙り込んだ。
真希もわからなかった。
何故市井が自分のテニスを否定するのか。
その後、暫く沈黙が続いた。
各々がそれぞれ、色々な事を思案していた。
川の音だけが、三人の寂寥感を煽るように響いていた。
「愛ちゃん、ウチと組んでみるか?」
前振りも無く、加護が突然、明るい口調でそう言った。
高橋は加護の目を見つめながらわかっていたかのように頷いた。
その後、高橋は二人よりも一歩前に進んでからこちらに振り向く。
そのまま高橋は後ろ向きで歩きながら、意味深な笑みを浮かべて、
「ねえ、二人とも、今日、うち来ない?」
と、真希と加護を交互に見やって言った。
真希と加護は同時に顔を見合わせ、同時に高橋の方を見る。
- 421 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時41分20秒
- 「行ってもいいの?」
加護が嬉々とした声色で言った。
「ごっちんも行くやんな?な?」
加護は嬉しそうに真希の表情を窺っている。
さっきまでの思い沈黙はなんだったんだろう?
天と地がひっくり返った様なテンションの切り替え。
真希はふとそんな事を思った。
(でも、あいぼんらしい、愛ちゃんらしい。)
真希は気付いたら微笑していた。
しかし今日は母親が家にいる特別な日だったので微妙だった。
が、大切な親友二人の為だ。
ここは一肌脱ごう。
何時の間にか、あれだけ重くて暗かった気持ちが、台風が過ぎ去った
大気のようにスッキリしていた。
不思議なもんだ、友達とは。
- 422 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時44分11秒
- 「じゃあ、行きますか!!」
「よっしゃー!!」
加護はとても嬉しそうに笑顔でそう言ったが、真希は見逃さなかった。
加護のその瞳だけは笑っていなかった。
三人は仲良く高橋のアパートに向かった。
曲がり角を曲がり、死んだように静寂が漂う店舗の通りを通る。
加護は初めてこの通りに来たようで、キョロキョロと首を振りながら
歩いている。
「あいぼん、なんか泥棒みたいだよ。」
真希が微笑しながら言った。
加護は渋い顔を作ってそのままキョロキョロしている。
「なんでここの道こんな静かなんや?気味悪いな。」
「毎日ここを二人で並んで帰ってんだよ。」
「なんや、こんなエロい道、二人実はええ仲になってんちゃん?」
- 423 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時45分35秒
- 加護は酔っ払いのような下品な笑みを浮かべて二人に訊いてきた。
真希が微笑しながら答える。
「そうだよ。あいぼん。知らなかったの?」
「ええ!?じゃあブチュっとブチュっとしてんのか?」
「んなこたーない。」
高橋がツッコンだ。
意外な展開に、奇妙な間が生まれる。
すると加護が堰を切ったように笑い出した。
続いて真希が声を上げて笑い出した。
高橋はキョトンとした表情をしている。
「はははは、愛ちゃん、キャラ変わったなあ。」
「本当に愛ちゃん?マジで?今の?」
「・・だって二人ともいつも漫才みたいなのしてるから、私も参加したいなあって。」
「そんなら、早く言わなあかんで。これからは三人トリオや。ははは。」
「愛ちゃん、最高。」
「もう、ここだよ。」
- 424 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時46分35秒
- そう言うと、高橋は顔を真っ赤にしながら脇道に二人を招いた。
細い道で、それなりの体躯の人なら体を横にしないと通れないような狭さだ。
そこを、三分ほど歩くと、アパートが見えた。
真希は無意識にアパートを睨みつける。
すると、怪訝そうに加護が真希に話し掛けてきた。
「なんや、なんか怨みでもあんのか?」
「え、いやいや、そんなんじゃないよ。綺麗だなあって。」
(ウチより広いかも。)
「へんなの。」
階段を上がって二階の一番奥が高橋の家だった。
高橋がどうぞ、と言って得意そうに二人を中に招いた。
1DKの、一人暮らしには丁度いい小奇麗な部屋だった。
装飾を殆どしていないシンプルな部屋の作りは、高橋らしさが醸し出されている。
「へえ、綺麗やん。ウチの部屋とは月とすっぽんや。」
「いい部屋じゃん。憧れちゃうよ私。」
「まあまあ、二人とも座って。」
- 425 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時47分45秒
- 高橋は正方形で木目の浮き出た、洒落たテーブルの周りに、黒の座布団を二つ置いた。
するとすぐに、いそいそと簡易キッチンに向かった。
真希と加護は荷物を置くと、よっこらせ、と声を合わせて座った。
暫し部屋を見回していると、高橋がコーヒーを盆に三つ乗せてやって来た。
「お召し上がれ、お二人さん。」
「ありがとう。」
「おおきに。」
真希は部屋の隅に置かれた十四インチのテレビデオの周りに
山のように詰まれたビデオテープが無性に気になった。
「ねえ、愛ちゃん。あのビデオなんなの?」
すると高橋は嬉しそうに喋りだした。
「これはねえ、去年の選抜高校選手権の決勝でしょ。それに・・」
「あーいいや。わかった。テニスのビデオなんだ。」
「うん。・・・市井さんと矢口さんの試合もあるよ。」
- 426 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時48分52秒
- 高橋は加護の方をチラリと一瞥してそう言った。
「ウチ、もう、ええわ。」
「ふふ、そうだね。私達は私達だもん。」
「それより、今日のごっちんにはほんま驚かされたで。」
「うん、私もはっきり覚えてるよ。」
真希はあの打ち合いをまったく覚えていない。
「ねえ、私何したの?」
「ごっちん、とぼけたあかんで。まず、ピクシーのテニスで相手に
魔法を掛けた後、死神に変身して小川をこてんぱんにしたやろ?」
「なんか、無意識のうちにやってたみたい。」
「本当に覚えてないの?」
高橋が訝しげに訊ねてくる。
「うん。」
「天才は訳わからんな。」
「私の実力じゃないんだよ。うん。みんな勘違いしてるだけだよ。」
「いいや。ごっちんにはあれだけのテニスが出来る能力があるってことや。」
「・・・ねえ、その矢口さんの試合、見せてくれない?」
- 427 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時50分57秒
- 真希は高橋の煎れた湯気の立っている甘いコーヒーを一口啜った後、
高橋に諭すように言った。
真希は無性に矢口の事が気になった。
妖精のテニスとは、どんなテニスなのだろうか?
高橋は無言のまま頷いて、いそいそとビデオテープをセットしだした。
まず流れたのは、去年の県大会、シングル準決勝の試合だった。
型の古い家庭用のホームビデオで撮影されていたそれは、少しセピア色に色褪せた
映像を三人に提供してくれた。
一人は見間違えるはずも無い、部長、飯田だった。
そして、こちらからは表情が窺う事が出来なかったが、
小柄で、場違いな金髪という事だけがその後姿から確認できた。
「この人が、ピクシー、矢口さん。」
高橋は一言一言確かめるように呟いた。
真希は飯田の緊張した面持ちよりも、矢口の後姿をじっくりと見ていた。
その背中から、ある種のカリスマ性と、
抑え切れない程醸し出される貫禄を、真希は俄かに垣間見た。
加護は興味深そうにその映像に見入っている。
- 428 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時52分29秒
- 矢口がサーブの体制に入った。
・・・・凄まじい光景を真希は見た。
矢口のその小柄な体躯から打ち出された強烈なサーブで、
飯田はまずポイントを失った。
反応できなかったのだ。
観客は、盛大で豪華な演劇でも見て感心するかのように、品のある嘆息を同時についた。
そこから怒涛の矢口の攻めが始まった。
あの飯田が、何もしていない。
いや、させてもらえない。
いくら飯田がベテランらしい切れのあるボレーを打っても、
矢口はどうという事は無く簡単に打ち返す。
コートチェンジで今度は矢口の表情を窺う事が出来た。
無表情で、鷹揚とサーブを待ち構えている。
その容貌は、無条件で人を惹き込ませる魅力を持っていた。
矢口は飯田の鋭角的に突き刺さる、矢のようなサーブを難なく返すと、
水の流れのようにコートを駆け回り、飯田の攻めを完全に封じていた。
- 429 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時53分55秒
- 凄い。
次元が違う。
どうやったらこんなテニスが出来るんだ?
真希は矢口に見惚れていた。
ポイントを取っても、一セットが終っても
その表情は変わることなく、まるで無表情の仮面を着けている様だった。
まったく隙がない。
何処にも穴が無い。
どういう攻めをしても、矢口は難なく対応する。
(妖精・・・か)
飯田は二セットを成す術もなく連取された。
それでも試合後、飯田は悔しい顔一つ見せず、
無表情の矢口に力強く笑顔で握手をしていた。
・・・納得のいく敗北を味わえる。
矢口のテニスに、真希はそういう言葉を連想した。
しかしその時、真希にはどうにも一つ気になる点があった。
「この矢口さんがどうなったと思う?」
加護がテレビの画面をぼんやり見つめながら呟いた。
高橋はそこでテープを止めようとする。
- 430 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時55分59秒
- 「なんで止めんの?」
真希は特に意味も無くそう言った。
高橋は神妙な面持ちで視線を床に落として呟いた。
「次、決勝戦なんだ。矢口さんが壊れる試合。」
真希は忽然、動悸が早送りのように早くなった。
高橋が停止ボタンを押そうとしたのを、画面を見ながら遮った。
この試合は見なくてはいけない。
根拠も無くそう思った。
数秒間、砂嵐が画面を被った後、鮮明な画像が現れた。
準決勝の時と同じコートだが、雰囲気は全然違う。
コートの中央、ネット越しに握手をする際、
市井が矢口になにか話し掛けたのがわかった。
そして、すぐに踵を返し、お互い試合が始まるのを待った。
試合開始の声と共に大歓声が上がった。
この映像の市井は少し強張った表情をしていて、およそ死神とは思えない。
- 431 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時57分15秒
- 第一ゲ―ムは矢口の一方的な試合展開だった。
市井は飯田よりは善戦していたが、それでも到底矢口に通用する技量ではない。
真希はその瞬間を待った。
常に覚悟していた。
もう一度、市井と初めて会った時の、あの感覚が自分を襲うかもしれない。
でも、目を逸らさず、しっかりと見つめようと思った。
第一ゲームを矢口が取った後のコートチェンジで、市井が矢口と擦れ違いざまに
微笑を浮かべてまたなにか話し掛けた。
矢口は相変わらずの様子で、市井のサーブを鷹揚と待っていた。
その時だ。
こちらから市井の表情は窺えないが、市井は恐らくあの瞳で、
奇声を上げてサーブを打った。
- 432 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月28日(日)23時58分45秒
- 矢口は難なくそれを返し、完璧なクロスを決めた。
次のサーブ。
もう一度、今度は怒声のような声を上げて市井はサーブを打った。
そこからだ、矢口の額から、画面越しでもわかる大粒の汗が光りだしたのは。
矢口の表情が徐々に強張っていく、もう妖精のような精細な動きは
していなかった。
市井は球を打つ際、不気味な叫び声を上げる。
その一声一声が、矢口の仮面を少しずつ削り取っているようだった。
矢口がネットに引っ掛けるようになった。
妖精にして、ありえないミス。
もう、その表情は怯えきった子犬さながらだ。
あの優雅なスタイルは姿を消し、打球をただ追い駆ける哀れな子犬だ。
市井の表情は窺えなかったが、真希は鮮明に脳裡に市井の顔を思い浮かべた。
- 433 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時00分43秒
- 観客から悲鳴のような声がちらちら聞こえてきたあと、それは全て市井への
罵声に変わる。
しかし市井はスタイルを変えなかった。
寧ろその空気を楽しんでいるかの様に、動きは逆に機敏になった。
第二ゲームを市井が取った。
この時点で勝負はもう誰の目から見てもついていた。
コートチェンジで市井の表情が露になった。
あの瞳に、獲物を狙うように、醜い、薄い笑みを浮かべていた。
加護と高橋は目を逸らした。
しかし、真希はその瞳を見つめ続けた。
あの感覚はやってこなかった。
真希は認めた。
この時、観客を含め誰もが市井を最低最悪な人間だと思っただろう。
しかし、真希は違った。
真希は市井のあの灰色の瞳の遥か奥底から、
溢れて止まない訴えかけるような悲しみを認めた。
死神の、人を殺すテニスの中に、真希は市井の泣き声を聞いた。
- 434 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時03分15秒
- 高橋はそこでビデオを止めた。
真希も、もうこれ以上は見る必要は無いと思った。
加護は俯いて押し黙っている。
暫く重い沈黙がその場を包んだが、高橋が不自然な明るい声を出した。
「そうだ、ごっちんのお祝いしようよ。」
「・・・・・そうやな。」
「お祝いは、三人とも勝ち組に上がった時にしよう。」
真希が優しく諭すようにそう提案した。
「そうやな。うん、愛ちゃん、頑張ってウチ等も勝ち組にいこう。」
「あいぼん・・・先生も言ってたよね。ダブルスならチャンスをくれるって。」
「うん。愛ちゃん、ダブルスはな、チームワークが全てや、
これから作り上げていこう。」
「おおお、なんか夫婦みたいだね。」
真希が大袈裟な口調でそう言うと、その部屋に一瞬の沈黙が生まれた。
「・・愛ちゃん、ウチと結婚してくれ・・・ってなんでやねん!!ごっちん!!」
「ははは、のりツッコミ上手いじゃん。あいぼん。」
「・・はーあ、なんか上手い事笑えへんなあ・・・」
「・・・あの試合を見た後じゃ仕方ないよ。」
- 435 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時04分19秒
- すぐに、空虚で閑散とした空気が部屋を満たす。
真希は居心地の悪さを隠すように部屋を見渡すと、
ベッドの寝台に写真が二枚飾ってあるのを見つけた。
真希は藁にも縋る思いでその二枚の写真に話題を振った。
「あれ、何の写真なの?」
待ってましたとばかりに、
高橋は目を輝かせてその写真を取りに行くと、テーブルの上にきちんと並べた。
「これはねえ、福井大会の優勝した時の写真なんだぁ」
高橋の訛りに磨きがかかった。
郷愁を思うとつい、方言が出てしまうものだ。
どうやら、この空気はこの写真で流せそうだ。
- 436 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時06分30秒
- 「それにこれは団体戦の写真。みんな嬉しそうに笑ってるでしょ?
でもね、三回戦で負けたんだあ。でも、私はこの時が一番テニスを
やっててよかったと思った瞬間。」
「へえ、ウチは団体戦出えへんかったからわからへんな。」
「どんな感じなの?」
真希は興味深そうに高橋に訊ねた。
「団体戦は自分の為じゃなくて、みんなの為に試合するんだ。だから勝った時は
シングルで勝ったときよりも何倍も嬉しいんだ。」
「ふーん。いいねえ、そういうの。」
「うん、ウチ等も今年の団体戦、レギュラーで出れるように頑張ろうや。」
「そうだね。まず団体戦が最初にあるもんね。大会は。」
「・・・・うん。三人で出れたら最高だね。」
その時加護が右拳を握り締め、スクっと立ち上がった。
「よーし、ウチ等の目標は取りあえず団体戦や。がんばんぞぉ!!」
「「おー!!」」
- 437 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時07分41秒
- 無理に加護がその場をしめる。
この時初めて三人は共通の目標を持つ事ができた。
その後、数十分雑談やらをし、真希と加護は帰路に着いた。
加護は脇道を抜けると、真希とは反対側に帰るのだが、真希はそこで加護を引き止めた。
「ねえ、あいぼん。時間ある?」
「・・・あんで。」
加護は真希に強い視線を向け、わかっていたかのように、瞭然と力強い返事をした。
「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ。すぐ着くから。」
「なんや?いかがわしい所とちゃうやろうな?」
「ははは、なわけ無いじゃん。」
真希は加護をあの平原に連れて行こうと考えていた。
どうしてもあの夜景を加護に見せたかった。
理由は漠然としていて、上手く説明できないけれど、どうしても見せたかった。
- 438 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時10分35秒
- 丘陵に続く坂道を、二人は無言で上る。
真希は不思議に思った。
今、加護と会話をしていなくても、心が通い合っている気がする。
加護は奔放に生い繁った、雑草で埋め尽くされた道とは言えない道を、
怪訝そうな顔一つせずにただ真希の後ろを付いてきた。
やがて、あの平原に出る。
真希はおまたせ、とさっぱりした言葉を加護に言った。
加護のその黒目がちでつぶらな瞳は、夜景の光を溢れるほど含んで、
宝石のようにキラキラしていた。
この日は大気の流れが速く、空は忙しく星を出したり消したりしていた。
相変わらず、ここの夜風は命の息吹のように優しい。
- 439 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時12分11秒
- 真希は得意そうに微笑をして、加護の第一声を待った。
数十秒間、加護が夜景を吸い込まれるように見つめたあと、ゆっくりとした声で言った。
「自由や。」
「え?」
真希は意外な加護の第一声に、掛ける言葉がみつからなった。
加護はそのまま突っ立っていたが、また、同じ言葉を唱えるように言った。
真希は無言のまま、加護を高級レストランのギャルソンよろしく崖まで誘った。
「ここで足を放り投げて、座りながら見るのが一番いいんだ。」
真希は、加護をゆっくり座らせた後、綺麗でしょ?と風で乱れた髪を梳きながら
優しく言った。
加護はうんっとかわいらしく返事をした。
二人は解放した視線を夜景に委ねるように向けながら、優しい口調で喋り始めた。
- 440 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時15分16秒
- 「ココに来るとね、私は私を見つけることができるんだ。」
「どういう意味?」
「・・・言ってる本人が意味わかんないけど、そういう意味だよ。」
「ごっちんは凄いなあ、こんな所もしってんねんな。」
「へへへ、まあね。」
「なんでウチを連れてきたん?」
「何でだろうな?理由なんかないよ。あいぼんにただ見せたかっただけ。」
「ウチ、なんか泣きそうになってきたわ。」
「・・・・あいぼんさあ、死神のテニスなんかしちゃだめだよ。」
「・・・・・・・。」
「私、あの試合見てわかったんだ。あいつは自分で自分を傷つけてるよ。」
「なんで、ごっちんは、そんなにウチの心を掴む事ができるんやろ?」
「ねえ、あいぼんはさ、あの楽しそうにする、悪戯っぽいテニスが一番似合ってるよ。」
「・・・へへ、ただの悪ガキやもんなウチは。
・・なあごっちん、ウチがごっちんはなにかもってる、って言った事覚えてるか?」
「うん。」
「ウチの予想はドンピシャに当たった。ごっちんはテニスの天才やったんや。
否定したらあかんで。もうそれは事実やねんから。」
- 441 名前:四話、動き出す心 投稿日:2002年07月29日(月)00時16分36秒
- 「・・・うん。」
「だからさ、お願いや。ウチの代わりなんて思わんでええから、ごっちんはもっと
上を目指して欲しい。」
「うえ?」
「うん。高校のクラブなんかじゃなく、もっと、もっと、遠くまで。」
「・・・・・・。」
「ウチは高校卒業したら多分、テニスを真剣にせえへんと思う。」
「・・・・・・。」
「でもごっちんはテニスで何処まででもいける。ウチはそう思うねん。」
「あいぼん。」
「ウチはこの先、めいっぱいテニス楽しむ事にするわ。」
「そうだね、私だってテニスを楽しむよ。」
「ごっちんありがとうな。ウチもっと早くごっちんと会ってたら、
ののとも喧嘩しなくて済んだかもしれん。」
「・・・・・。」
「ここの夜景はごっちんと同じで、自由や。」
「・・・どういう意味?」
「わからんけど、そういう意味や。」
―――――――――――
- 442 名前:カネダ 投稿日:2002年07月29日(月)00時19分09秒
- 更新しました。
四話、動き出す心 完。
- 443 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)10時52分08秒
- いい話だ…
市井については、哀しい話だ…
- 444 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月29日(月)14時48分41秒
- 話は面白いし、文章は上手いし、更新ペースもイイし、作者さん最高!!
- 445 名前:カネダ 投稿日:2002年08月01日(木)22時57分41秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>443名無し読者様。
読んでくれて有難う御座います。
そう言ってくれて嬉しいです。
市井、どうなるでしょう。
>>444読んでる人様。
すいません。
誉めてもらったのに更新遅れています。
更新ペースは拘ってたのに・・・
・・これからも読んで頂けたら幸いです。
余談ですが、五話がこのスレでは収まりきりそうに無いので、
恐縮ながら今週中には新スレを立てようと思います。
改めて、この駄文にお付き合いしていただける方に感謝です。
更に余談。
パソコンを久しぶりに起動したら、訳のわからない事が一変に起きすぎていて、
意識が飛びそうになりました。
気が気でないのですが、それを糧にして、これからも頑張りたいと思います。
(タンポポ返せゴルァ!!)
- 446 名前:カネダ 投稿日:2002年08月01日(木)23時14分41秒
- 一応、ショートカット。
一話、妖精と死神 二話、それぞれの月
石川、>>3-81 石川、>>128-156
後藤、>>86-124 後藤、>>160-175
三話、雨、夜風 四話、動き出す心
石川、>>179-258 石川、>>325-380
後藤、>>264-316 後藤、>>385-441
- 447 名前:カネダ 投稿日:2002年08月01日(木)23時24分31秒
- ズレたし、失敗しました・・・すいません。
- 448 名前:カネダ 投稿日:2002年08月02日(金)02時42分57秒
- >>445の「お付き合いしていただける方」っていう日本語はおかしいですね。
「お付き合いしてくださっている方」に訂正です。
- 449 名前:カネダ 投稿日:2002年08月03日(土)00時27分09秒
- 恐縮ながら新スレをまた「空」で立てさせてもらいました。
理由としては、どうしても長くなりそうなので。
読んでくれた方、
こんな駄文に貴重な時間を割いて頂いて、本当に改めて有難う御座います。
新スレ http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1028301702/
Converted by dat2html.pl 1.0