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『ヴァンパイアの恋』
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月18日(火)02時24分02秒
- ヴァンパイア=綾小路文磨風の後藤真希
男か女かこだわらない設定(中性?)
ヴァンパイアの恋の相手=石川梨華
石川梨華の恋人=吉澤ひとみ
石川梨華の先輩で友人=保田圭
ヴァンパイアに仕える少女=紺野あさ美
エロっぽいところもほんの少しあり。未熟ですがよろしくお願いします。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月18日(火)02時30分18秒
―1―
昔、住宅街から離れた小高い山の上に薔薇の花咲く古びた洋館がありました。
その家の住人は、誰もが魅了されずにはいられない美しく翳りのある瞳、意
志の通った鼻筋、艶のある唇、千すじの流麗な長い金髪を後ろで一つに束ね
漆黒の詰め襟を紳士的に着こなした麗人でした。
その浮き世離れした美しさは、物静かな本人の雰囲気もあってどこか神秘的
で妖しく、小高い山の麓にある小さな女子校では、彼女(彼?)の噂でいつ
ももちきりなのでした。
- 3 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時34分32秒
- そんな女子校の中に噂話に全く関わろうとしない一人の女の子がいました。
黙っていれば美人の部類に入るのではないかと思われる、控え目な感じの
少女。けれども実際は、舌足らずのような高くて甘い声がかわいらしい、
明るくて少しドジな女の子でした。女の子はその儚げ外見に似合わず、
意志が強く一途だと評判でした。もうずっと、あるひとりの人だけに心
を捧げていたからです。
授業がすべて終わった放課後、その少女――石川梨華はとなりのクラスの
吉澤ひとみのところへ駆けつけていました。整った少年のような顔立ちが
パッと目をひく、サッパリした性格の吉澤ひとみが梨華の想い人でした。
二人は両思いでした。
「ひとみちゃん、一緒に帰りましょう」
「帰ろっか、梨華ちゃん」
- 4 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時35分28秒
- 学園一の麗しいカップルとして有名な2人は、廊下を通り過ぎる女生徒達
の憧れの的でした。けれども当人達はそんな視線など気にもしていません
でした。
「バレー部のエースアタッカーがいなくなっちゃうなんて、朝比奈女子も
すごい痛手よね」
「あはは、梨華ちゃんが褒めてくれるのはうれしいけど、ウチはそんなで
もないよ。先輩達のほうが頑張ってるし、現にチームをひっぱってって
るのは2年生だしね」
「でもっ、ひとみちゃんは入部した時からエースで試合に出てたじゃない。
バレーでアメリカにだって留学することになって、本当にすごいなって
思ってるの。これからもずっとずっと応援するから頑張ってね」
言葉とは裏腹に、少し拗ねたような口調でした。梨華は、もうすぐ来る恋
人との別れのことで胸が張り裂けそうな日々を送っていたのです。
- 5 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時36分50秒
- 「あぁ、ありがとう。
留学っていっても半年だけだし、すぐ帰ってくるサ。
春の全国大会前には――」
「……うん。」
そう言われても梨華は俯いていました。上を向けば、たった今溢れ出した
涙がひとみにバレてしまうと思ったからです。
「ウチも梨華ちゃんを置いて行くのはそ〜と〜辛いんだ。
だってこの辺りには変な噂もあるしね」
「変な噂?」
「丘の上の……麗人の噂。
そいつが実はヴァンパイアで夜な夜なウチの女子寮の生徒の血を吸って
いるっていう。吸われた者はヤツの虜になって、しまいにはあの洋館に
閉じ込められるっていう噂だよ」
- 6 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時38分43秒
- 妙に深刻なひとみの低い声。梨華は涙をサッと拭いて、明るく答えました。
「うふふ、まるで本とか映画みたいなお話ね。
ひとみちゃんはそんな噂、信じてるの?もしそれが本当だったとしても、
私はヴァンパイアに心を奪われたりしないわ。絶対よ」
「梨華ちゃんは綺麗な女の子だから……心配だな」
「あり得ないわ。だって私が愛しているのはたったひとり、あなただけ
だもの……」
「梨華ちゃん……」
切実に自分を見つめる梨華の潤んだ瞳に、ひとみは胸をギュッと絞られる
ような苦しさを覚えて、物陰に身を寄せると、思わず梨華を抱きしめてい
ました。離したくない、そう何度も耳許で囁いて、花びらのような梨華の
唇に、自分の唇を押し当てました。ふだん感情をさほど表に出さないひと
みの情熱的なキスを受け止めながら、梨華は溢れる涙で頬を濡らし、この
まま時が止まってくれたらいい、と心の底から願うのでした。
- 7 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時39分59秒
- なんて一途で美しい心の持ち主だろう……。
あんな女性の血を吸うことができたら、きっと身の内が震えるほどの
快感を味わえるに違いない――。
偶然、2人の抱擁を目撃してしまった彼女(彼?)は、しばらくその場に
立ち尽くしていました。黒い詰め襟のホックを苦しそうに緩めると、彼女
(彼?)は翳りのある美しい瞳に力を込め、梨華の制服のポケットから生
徒手帳をテレポートさせて手にとっていました。毎日毎日が義務のように
なっていた退屈な彼女(彼?)の日々はこの時を境にして、大きく変わろ
うとしていました。
「石川梨華、ね……。
フッ、さぁどうやってその血を戴こうか、ンフ、フハハ、ハハハ…」
そう無気味に呟くと、彼女(彼?)はあっという間に姿を消しました。
- 8 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時41分16秒
- ―2―
昼間だというのに薄暗い洋館では、メイドの格好をした童顔な顔立ちの
少女が彼女(彼?)の帰りを待っていました。華奢な身体に似合わず
ふっくらとした頬、透き通った大きな瞳に、ぽってりとした唇、なかな
かの美少女です。
「おかえりなさいませ、御主人様」
「んん」
御主人様、と呼ばれた彼女(彼?)は、暑そうな詰め襟を脱いで少女に
預けると、広間の大きなソファーに座って瞼を閉じました。
「……なにか、良い事でもございましたか?」
「別に。なぜそんなことを聞く?」
「とても嬉しそうな顔をして入っておいででした‥‥。
もしやお気に入りのご婦人でも見つかったのでは?」
「あさ美。お前は私の何だ」
- 9 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時43分49秒
- 突き放すような冷たい瞳。あさ美、と呼ばれた少女はその視線にゾクゾク
と痺れる快感を感じながら、おずおずと答えました。
「あなた様に最初に血を捧げた、女でございます。
あなた様がヴァンパイアとして目覚められたその時からお側にお仕えして
おります。わたしはあなた様のためなら……」
「だったら出過ぎた真似をするな。私はウザいのは大嫌いだ」
「は、はい。申し訳ございません、御主人様」
- 10 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時44分25秒
- 重いドアをギィと開け、消え入るようにあさ美は部屋を出ていきました。
独りになると、ヴァンパイアは束ねていた美しく長い金色の髪をほどき、
生徒手帳をズボンのポケットから取り出しました。そして最初のページに
貼られている石川梨華の写真を、――その笑顔が可愛らしい表情を、時を
忘れるほど念入りに眺めては、深いため息をつくのでした。
(恋人がいる……そんなのは手に入れてしまえば障壁にすらならない。
だがこの胸の苦しさはなんなのだろう?)
(こんなことは初めてだ。私は一体どうしてしまったというのだ。
私はただ、あの純粋で一途な心を持った少女の血を吸って最高の快感を
得たいだけだというのに)
あさ美がその姿をドアの隙間から無表情で眺めていることに、気がつかずに――。
「御主人様……」
- 11 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時45分01秒
- ―3―
梨華にとって最愛の人との別れの時が、望まずやってきました。
街にある小さな駅で恋人達は別れを惜しんでいました。ひとみは夢と希望
と少しの着替えを詰め込んだボストンバックを手に、涙をとめどなく流す
恋人にお別れのキスをしました。
「ずっと会えなくなるわけじゃない。
電話だってするし、手紙だって書くよ。だから……」
「きっとよ? ひとみちゃん。……っく……ひっく……
私、……お……応援してるから……いっぱい大きくなって……っく……
その腕で私をまた抱きしめてね」
肩を震わせる梨華を、ひとみは両腕に力を込めてギュッと抱きしめました。
- 12 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時46分19秒
- 「じゃあ、もう電車出るから」
「ひとみちゃん!」
ひとみを乗せた電車は、ホームをゆっくりと滑り出し、やがて遠く離れて
見えなくなりました。見えなくなるまでちぎれんばかりに手を振っていた
梨華は、音を失ったホームのその場に、力なく座りこんでしまいました。
「大丈夫ですか?」
低く優しい声に、ようやく梨華は頭を上げました。
見上げるとストレートな美しい金髪を後ろで一つに縛った、詰め襟姿の
人物が、自分に手を差し伸べていました。梨華はその手をとるとようや
く立ち上がり、近くのベンチに腰を降ろしました。その隣に、彼女(彼?)
も座りました。嗚咽が止まない梨華に彼女(彼?)は、刺繍の施された
純白のハンカチを胸元のポケットから出し、渡しました。
- 13 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時47分37秒
- 「今の人は、あなたの恋人だったんですか?」
「だった、じゃなくて、恋人です」
「これは失礼。あぁ、変な事を聞くヤツだと心配しないでください。
私も駅に用事があって、たまたま貴女たちを見かけたものだから」
少し落ち着いたのでしょうか、梨華は受け取ったハンカチを両手で握りし
めてポツリポツリと話し出しました。
「ひとみちゃんは……バレーが上手で、それでアメリカに留学することに
なったんです」
「そうですか」
「でも半年後には戻ってくるから……もう泣きません」
甘いなかにも凛とした響きを持ったその声に、彼女(彼?)は意表を突か
れました。彼女(彼?)は石川梨華をじっと見つめ、言いました。
- 14 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時48分45秒
- 「私も昔、恋をしていたことがあります。
髪の短い、あなたのように凛とした声の人でした。
……彼女は私と結ばれる前に姿を消しました」
もうずいぶん昔の記憶を辿り、彼女(彼?)は話していました。
石川梨華に出会ってしまった今では、あれは恋ではなく憧れだったのかも
しれないと、思いはじめていました。
「まぁ、どうして姿を?」
「さぁ、どうしてでしょう。今でもわかりません」
「それから恋人は……?」
「いくつかありましたが、どれも本気にはなれませんでした」
そう語る彼女(彼?)の瞳は、こんなにも晴れた日だというのに翳りを宿し、
ひどく淋しそうに、梨華には思えたのでした。
- 15 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時49分39秒
- 「あぁ、どうでもいい話でしたね。もう立てそうですか?」
「は、はい」
「そういえばあなたは私の探している人に良く似ている。
少し前に、これを落としませんでしたか?」
「あっ……それは……私の生徒手帳です。無くしてしまったと思って
いたの。ありがとうございます」
「ふ、あなたとはきっともう一度会う事になるでしょう」
「……えっ?」
- 16 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時50分23秒
- 彼女(彼?)はベンチから腰を上げると、あっという間に駅から姿を消して
しまいました。梨華は介抱してもらったお礼に、せめて名前を聞こうと追い
かけましたが、もうどこにもその姿は見当たりませんでした。
(不思議な人……。もう一度会うってどういうことかしら?
あ、そうか、ハンカチ! ちゃんと洗って返さなきゃ)
「もう泣かないから。ひとみちゃん……早く帰ってきてね」
梨華はそう呟くと力の入らない脚を奮い立たせて、自分の部屋のある女子寮
へ戻りました。この後に襲い掛かる運命を知らずに――。
- 17 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時51分42秒
- ―4―
月も出ない漆黒の夜――。
丘の上の古びた洋館では、金髪のヴァンパイアが2階のベランダに出て
街を見下ろしていました。
(ふぅ、昼間に出歩くのはやはり疲れる。いくら末裔で血が薄くなった
とはいってもやはり私はヴァンパイアなのだ)
あさ美が運んできた貯蔵してあるねずみの血をグラスに注ぎ、不味そうに
一杯飲み干して、ヴァンパイアはため息をつきました。いつもいつも人間
の血、といわけにもいかないのが情けない事(この洋館に住まわせている
女性はたくさんいるのだが気が乗らないとあえて手を出さない)だと思い
ながら、ヴァンパイアの視線は、山のすぐ麓の女子寮を捕らえていました。
「邪魔者はアメリカ……。ふ、後は、いつ“それ”を実行するかだな」
(思った通りの、いやそれ以上の女かもしれない)
- 18 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時52分33秒
- ヴァンパイアは、石川梨華のやわらかい首筋に牙を立て、ピュアで美味な
溢れんばかりの血を吸う自分と、吸われる事で陶酔し絶頂を味わうことに
なるだろう石川梨華のその表情を想像していました。
(はぁ……胸が……苦しくなってきた……なぜなんだ?)
「御主人様」
「あさ美か。なんだ、邪魔をするな」
「申し訳ございません。お薬を、お持ちしました‥‥」
「ああ、そこに置いておいてくれ。
どういうわけか、最近、胸がキリキリと痛むんだ。棺桶に入っても眠れ
ないし……こんなことは初めてだよ」
それが“恋”の痛みだということを、ヴァンパイアは知らなかったのです。
ただメイドのあさ美だけは不気味は笑みをたたえていました。彼女は薬を
テラスのテーブルの上に置き、部屋を出ると、呟きました。
「お薬は……完璧です」
- 19 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時53分55秒
- ―5―
「淋しいんじゃない?」
ランチタイムに学食で独りパスタを食べる梨華に、声をかけてきたのは
合唱部の先輩で2つ年上の保田圭でした。梨華にとって圭は数少ない心
を許せる友達であり、よき理解者なのでした。
「保田さん……。淋しいのは仕方ないと思ってる。
だけど周りの声がちょっと辛いんです」
「ふーん、吉澤は女生徒にやたら人気があったからねぇ。
アンタのこと、いい気味だって思ってるバカも多いかもしれないわね」
彼女達の後ろの方で眉をひそめる女生徒の姿がちらほら。
かまわず、圭はランチセットの餃子を箸で摘んで口の中にかっ込みました。
- 20 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時54分37秒
- 「吉澤は? 連絡入れてくれるの?」
「うん。国際電話だから毎日はダメだけど……。
すっかり向こうになじんじゃってるみたい。楽しそうでホッとしてるの。
私のことなんてもうどうでもいいんじゃないかって、思うぐらい」
「全く、アンタはすぐネガティブになる。
吉澤は恋人には弱いところ、見せたくないヤツなのかもよ?」
「えっ、そ、そうなのかな!?」
ガタンッ
動揺した拍子に、梨華の腕が近くにあったグラスを引っ掛けてしまいました。
- 21 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時55分12秒
- 「バカ! み、水がこぼれちゃったじゃないのよっ」
「ご、ごめんなさい」
梨華は慌ててポケットからハンカチを出して拭こうとしましたが、ハッと
してまたポケットに戻しました。
「なにやってんのよっ。拭かないでどうすんのよっ」
「このハンカチは人から借りたもので、返そうと思って入れてたんです」
「説明はいいから、なんか拭くものないの!?」
「ティ、ティッシュなら……」
ようやくこぼれた水を拭き終わり、梨華はホッと息をつきました。
- 22 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時56分35秒
- 「見せなさいよ」
「はい?」
「ハ・ン・カ・チ」
圭は梨華が差し出した純白のハンカチを両手で広げて、まじまじと眺め
ました。
「ふぅん、凝った刺繍がしてあって、ずいぶん高価そうなハンカチじゃない
の。間違っても吉澤は持ってないわね」
「それ、どーいう意味ですか!?」
「少女趣味なハンカチだと思って。吉澤が安いハンカチしか持ってないとは
いってないわよ。ま、ケチらしいから実際、安物かもしれないケド」
ポンポンと出てくる小気味良いほどの毒舌に、深い意味はありません。
梨華もそういう圭を知っているからこそ、笑って聞いているのですが、
さすがに今回はカチンときたようです。
- 23 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時57分17秒
- 「もぅ、返してください!」
ハンカチを圭の手から奪い取って、丁寧にたたみ、制服のポケットに入れ
ました。
「どんな人?」
「はぁ?」
「どんな人だったのよ、それ貸してくれた人。
もしかしてイケメン?」
圭は面食いで、有名なのでした。恋愛、友達、男女とわず、好きになる人
はいつも美男美女揃いでした。梨華はパスタをフォークに巻き付けながら、
ハンカチを貸してくれた詰め襟姿のその人を思い出していました。
「えっ…と、髪は長くてストレートで金髪で……黒の詰め襟を着た……
淋しそうな瞳(め)をした人でした」
- 24 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時58分00秒
- 「な、何ですってぇ!」
圭の素頓狂な声に、一瞬、学食中が静まり返りました。
「ちょっと、ここじゃ話しにくいわね。
体育館の裏に行くわよ」
「えっ、あのっ、私まだ食べ終わってない……」
「いいから来なさいっ。後でアタシがやきそばパン買ってあげるから!」
- 25 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時58分46秒
- 午後の授業のチャイムが鳴っているというのに、圭と梨華は体育館の裏の壁
にもたれて座っていました。
「あ〜あ、授業、始まっちゃいましたよ?
5時間目の物理の先生、サボると怖いんですよねぇ。後で宿題どっさり
出されちゃうし、あ〜あ〜」
「うるさいわよ、アンタ。
それより、そのハンカチの人、もしかしたら丘の上の王子様……じゃな
くて、丘の上のヴァンパイアかも!」
大きくて少し恐ろしげな瞳をぐるりと輝かせている圭の隣で、梨華はあき
れたようにため息をつきました。
「保田さん、くだらないお話なら、私、教室戻ります」
- 26 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)02時59分56秒
- 「アンタ、あの噂、知らないの?」
「丘の上の古い洋館にはヴァンパイアが住んでいるってお話でしょう?
知ってますよ。でもそれは、噂じゃないですか。
あの人とはなんの関係も……」
「素敵な噂じゃないの〜。アタシ、一度会ってみたかったのよ。
本物に。だって超がつくほど美形だっていうじゃないの。そんなのに
血ィ吸われてみなさいよ、ダメ、考えただけで昇天しちゃうわ!」
「な、な、なに言ってるんですか」
「ハンカチ返す時、アタシも呼びなさいよっ。
そんでもってアタシに紹介して頂戴。わかった!? 石川。
吉澤がいないからって浮気しちゃダメよ?」
「浮気だなんて酷いですっ。冗談でもそんなこと言わないでください!
美形っていっても、ひとみちゃんほどじゃなかったですし、ひとみちゃん
以外に素敵な人なんて石川には考えられません!」
- 27 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時01分24秒
- (保田さんってば、何考えてるんだろう。私がひとみちゃん以外の人に
心を動かされるなんてあり得ないのに。ねぇ、ひとみちゃん、酷いと
思わない?)
放課後、まっすぐ寮に戻った梨華は頬を膨らませて部屋に飾ってある
ひとみの写真に向かって呟いていました。
(あの人がひとみちゃんほど美形じゃないっていうのはちょっと間違って
たかもしれないけど……。第三者から見ればひとみちゃんと同じぐらい
にはカッコ良かったかもしれない。泣いてる私にお話してくれたり、優
しい人だったな……。ハンカチ、いつになったら返せるんだろう?)
「ひとみちゃん、今日はお電話くれないのかなぁ。
かけてきてほしい時に、かけてきてくれないんだもん」
自分からかければ良いものを、向こう(ひとみ)にとって邪魔になるかも
しれないなど余計な事ばかり考えてしまう梨華は今日も眠れない夜を過ご
すのでした。
- 28 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時02分35秒
- ―6―
夜。
月が雲に隠れて街を漆黒につつんでいました。
カタンッ
小さな物音で、ベッドに横になっていた梨華の瞼は開きました。
「……だれ?」
暗闇に向かって不安そうに呼び掛けましたが、誰の返事もありません。
気のせいかと思って寝返りを打とうとしたその時、誰かに布団の上から
身体を押さえ付けられ、梨華は例えようもないほどの恐怖を覚えました。
声を出そうにも声がでないのです。身体が震えるのがわかりました。
暗くて何者かさえわかりません。ただ、その何者かの身体から漂ってくる
香水のようないい匂いには、かすかに覚えがありました。
- 29 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時03分59秒
- (誰? 私、この匂いを知ってる……!)
混乱する頭を落ち着かせ、梨華は考えました。
しかしどんどん強くなる何者かの力に、梨華は考える力さえも奪われて
しまい、絶望に涙だけがどんどん溢れてきました。
(だめ、わからない。怖い! ひとみちゃん助けて!)
梨華の心の叫びがひとみに、いえ、天に届いたのでしょうか。
突然、雲が切れ、爪の先のような細い月が闇の中空に現れて、微かな光
を部屋に注ぎました。その光に照らされて、何者かの姿も梨華の目に映
りはじめました。
(金髪の長い髪に黒の詰め襟――!)
梨華は目を丸くしました。
髪はあの時のように縛ってはいませんでしたが、たしかに駅で出会った
その人でした。
ただ、はっきりと違うのは口許から鋭い牙が2本出ている事――。
- 30 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時04分54秒
- 「……あっ……あなた……は……」
開かない口を無理矢理開いて必死に声を発すると、その人と目が合いました。
翳りを宿した、美しい瞳。彼女(彼?)は「フッ」と口許に笑みを浮かべて
低い声で言いました。
「またきっと会うと言ったでしょう」
その人が、なぜ今自分を襲おうとしているのか。
恐怖にこわばり話せない梨華の疑問に、彼女(彼?)は答えました。
「ふ、噂になってませんでしたか?
丘の上の、ヴァンパイアだと」
(!)
「……なにす……や……だ……やめ……」
- 31 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時06分19秒
- 再び、雲が月を隠しあたりは闇に包まれました。
コトに及ぼうと首を押さえ付けるヴァンパイアに、梨華は頭を振って必死
に抵抗しました。静かに翳りをたたえていた瞳は、ただ恐ろしく燃えるよ
うなくれない色に染まっていました。それが生々しい血の色のようにも見
え、その瞳に捕らえられた瞬間、梨華は再び動けなくなってしまいました。
「私から逃げる事はできない。
今は何もかも忘れて、私と痺れるような陶酔の刻(とき)を――」
(私には心に決めた人がいます!
もしも血を吸われたとしてもあなたなんかに絶対に私の心は渡しません!)
梨華は心の中でそう叫びました。
言葉には出なくとも、このヴァンパイアにはそれを読む能力があるという
のだとわかったからです。ヴァンパイアは冷たく絶望的な言葉を返しました。
「ヴァンパイアに血を吸われた者は、そのヴァンパイアに心を捧げるよう
になるのです。例外なく」
- 32 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時07分18秒
- 梨華の頬を辿っていたヴァンパイアの牙が、とうとう首筋に降りてきました。
冷たい汗が吹き出すのを全身に感じながら、梨華は何度もやめてと心の中で
叫びましたが、ヴァンパイアの息は恐ろしいほどに荒く、梨華の考えを読む
どころではなくなっているようでした。聞こえたところで、欲望を遂げよう
とするヴァンパイアを喜ばせるだけにしかならなかったでしょう。
「ひっ」
梨華は首筋を硬くして、心の中でただひたすら吉澤に助けを求めました。
ふと、梨華はアメリカに立つ数日前のひとみとの会話を思い出しました。
“もしも何かあったら枕の下をさがしてみるんだよ”
その時、姿を隠していた月が再び現れました。
ヴァンパイアが月の光にわずかに気をとられたそのスキに、梨華は渾身の力
でヴァンパイアを突き飛ばし、枕の下を探りました。
- 33 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時08分29秒
- そこには、なんと十字架のネックレスがありました。
「……うあっ」
ヴァンパイアは怯んで、苦しそうな声を上げると部屋の隅に飛び退きました。
梨華はそれをヴァンパイアの目の前でかざして言いました。
「私には心に決めた人がいます。
これをくれた人です。あの人は離れていても私を助けてくれる。
だから絶対に私はあなたのものになったりしません!」
「……くっ……」
ひとみが残した十字架と梨華の強い意志の前に、これ以上ヴァンパイアは
手を出すことができませんでした。ヴァンパイアは悔しそうな表情を浮か
べると、闇に姿を消しました。
梨華は恐怖から解放された安堵で張り詰めていたものがフッと途切れ、
その場に倒れて気を失ってしまいました。
- 34 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時09分14秒
- ―7―
丘の上の古い洋館に戻ったヴァンパイアは荒れていました。
拒絶されたのは、生まれて初めてだったからです。狙った獲物に関しては、
これまでむしろ向こうから吸ってくださいと言わんばかりの待遇を受けて
きた彼女(彼?)にとって、それは物凄い屈辱でした。
「おかえりなさいませ、御主人様」
「うるさい! 私に話しかけるな!」
「も、申し訳ございません」
「………あさ美、部屋にいる女をすべて集めろ!」
これまで彼女(彼?)が血を吸い、心を捧げるようになった女性達はすべて
洋館に身を寄せていました。最古参ということであさ美がすべての女性達の
面倒を取り仕切り、血に飢えた御主人様の気が向いた時にだけ、この中から
お召しがかかるという仕組みになっていました。(ひとみが話していた夜な
夜な女子寮の、というのは間違いで実際は女子寮の生徒が襲われることはこ
れまでなかったのです)
- 35 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時09分58秒
- その夜、何人の女性の血を吸ったことでしょう。
しかしヴァンパイアの全く心は満たされませんでした。心の中でただひとり
の女(ひと)を思い浮かべ、憂さを晴らすように貪っても、かえって虚しさ
が増すばかりでした。求めれば、しっぽを振って応じる女どもが手ごたえも
何もなくただ浅はかに見えて仕方がありませんでした。
(くそうっ……胸が……また……)
「あさ美、薬だ!」
「は、はい!」
“私には心に決めた人がいます。
これをくれた人です。あの人は離れていても私を助けてくれる。
だから絶対に私はあなたのものになったりしません!”
- 36 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時10分29秒
- 立ち去る際(きわ)に、梨華が言っていた言葉を思い出してヴァンパイアは
可憐とも見える少女の内に秘めたしなやかさに正直なところ、舌を巻いてい
ました。もちろん思いを遂げられなかったのは自分の油断もありましたが、
必死に貞操を守りながら訴えた石川梨華のあの一途な瞳が、胸に焼け付くよ
うでヴァンパイアは人知れずにがい思いに苦しめられていました。
(馬鹿な。……恋心を一途に捧げる少女を求めたのは私じゃないか。
むしろこれぐらい骨があったほうが手に入れた時の歓びも大きいはずだ)
「御主人様、お薬です」
「……ん……」
ヴァンパイアはあさ美に渡された薬を、ねずみの血とともにゴクリ、と音を
立てて飲み干して口許を手でごしごしと拭きました。
(次こそはあの人の血をゴクリと飲み干してやる)
- 37 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時11分28秒
- ―8―
「ったく、深刻な顔してお願いがあるっていうから何かと思ったら」
圭は梨華の部屋に貼られたおびただしい数の十字架の絵や、吊るされた
にんにくに呆れていました。
「アンタ、これどういうつもり?」
「……出たんです」
「何が」
「ヴァンパイア」
「ぶぁははははっ。アンタ夢でも見たんじゃないの?」
「信じて……くれないの? だって、保田さん、丘の上の洋館に
ヴァンパイアがいるって言ってたじゃないですか!」
「そんなのあくまでも噂でしょ?
楽しみこそすれ、本気にするヤツなんていないわよ」
「保田さん……」
- 38 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時12分46秒
- 笑い飛ばす圭に梨華は失望を覚えていました。
確かに血を吸われた痕があるわけでもないし、証明できるものは恐ろしく
忌まわしい自分の記憶以外になにもありませんでした。伝説の存在である
ヴァンパイアに襲われたなどと、いくら真面目に説明したところでこちら
の頭が疑われるのがオチでした。幸い、圭は突飛なことを言い出した梨華
を放っておけるような心の冷たい人ではありませんでした。
「まぁ、アンタがそこまで怖がるならアタシだって放ってはおけないからね。
お願い通り、ルームメイトになってあげてもよくってよ?」
「ほ、ほんとう?」
「もともとここは2人部屋だし。荷物は近いうちに運ぶからいいとして。
なぁに、階違いなだけだもの、寮長さんに許可さえもらえば今日から
だってOKよ」
「ありがとうございます!」
- 39 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時13分26秒
- ホッと一安心したところで、部屋のドアをノックする音が聞こえました。
「石川さ〜ん! 吉澤さんからあなたに電話よ」
ニヤニヤしている圭に腕を突かれて、梨華は頬を染めて「はい!」と返事
をしました。寮の玄関にある電話に出ると懐かしく愛おしい人の声が聞こ
えました。
“梨華ちゃん、元気?”
「ひとみちゃん……元気、元気よ?
私……ひとみちゃんの声が聞きたかった……」
“声が震えてるみたい。どうした? 何かあった?”
「あ」
梨華は迷いました。全てを話してひとみに余計な心配をかけていいものかと。
- 40 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時13分58秒
- 「ううん、なんでもないの。私は大丈夫よ」
“そっか。こっちも順調だよ。地元のバレーチームでシゴかれててさ、
もうあちこちが筋肉痛で。でも周りは良いヤツばかりだし、ウチも
ちょっと英語を覚えたりして”
「うふふ、英語話せるの? ひとみちゃん」
“there is only one thing.
I’ll love you more.”
「ひとみちゃん……」
“こっちじゃ愛の告白なんて日常茶飯事なんだよ。オープンなんだね。
ただこれだけ、伝えたかったから。それじゃgood−night.”
「おやすみなさい」
梨華はひとみの流暢な英語をぽーっとしながら反すうし、静かに受話器を
置きました。
- 41 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時15分23秒
- 「なにがおやすみなさいよっ。こっちはこれから日曜の朝よっ」
「きゃっ……保田さん!」
梨華の後ろにいつのまにか圭が立っていて聞き耳を立てていたようです。
「吉澤ってば、なんなの!?すっかりアメリカナイズされてきたわね。
朝っぱらから愛の告白なんてアタシみたいなシングルには胸くそ悪いっ
たらありゃしない」
「聞いてたんですか?」
「アンタそのうちハニ−なんて呼ばれるかもしれないわよ?」
「そしたら私はひとみちゃんのこと、ダーリンって呼びます」
- 42 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時16分05秒
- 大真面目に即答されて、圭は首をすくめてブルブルとしました。
「……ったく、バカ。復活したみたいね、アンタの元気」
「はい!」
「せっかくの日曜日なんだからショッピングに付き合いなさいよ」
「はい!」
(今はどんなことだって乗り越えられる気がする。
ひとみちゃん、私、負けないから。遠くから守っていてね)
- 43 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時18分07秒
- ―9―
丘の上の古びた洋館。
裸のヴァンパイアは棺桶から身を起こすと、金色の髪をひとつに束ね、
詰め襟に着替えました。鏡でその美しい顔を念入りにチェックし、日焼け
止めクリ−ムを肌に塗っているところへ、あさ美が姿を見せました。
「御主人様、どちらへいかれるのですか?」
「街へ」
「今日は陽射しが強いと思われます、外出は控えられたほうがお体の為に
はよろしいかと」
(わかっている。けど、いてもたってもいられないのだ)
「あさ美、外出する前におまえの薬を飲んでおこう」
「かしこまりました」
(私は、あの人の顔を見たくて仕方がないんだ)
- 44 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時18分38秒
- あさ美から受け取った薬を飲み干して、ヴァンパイアは洋館を出ました。
昼間の、まして夏の陽射しが厳しい中を普段通りに歩き回るのは相当な
精神力のいることでした。
「御主人様、命を賭しても、あの女性のことを――」
あさ美はぽってりとした唇を噛んでその後ろ姿を見つめていました。
無表情なその大きな瞳から、涙がひとすじ、こぼれ落ちました。
- 45 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時19分12秒
- 圭と梨華は駅の近くにある商店街にやってきて、そのうちのお店の一つに
入って品定めをしていました。わりとクールで大人っぽい服のディスプレ
イが目を惹くそのお店は圭のお気に入りのお店でした。どうやら夏物の服
を探しているようです。
「う〜ん、こっちの服の方がアタシに似合うかしらね」
「保田さん、これはどうですか?」
「ちょとアンタ、さっきから勧めるの、ピンクばっかりじゃないの。
いくら自分がピンク好きだからって、もっと考えなさいよっ。
そんな趣味のワルイ服じゃ、勧められたってアタシは着ないわよ」
「はぁ〜い(趣味、悪いかなぁ。ピンク、すごく可愛いのに)」
- 46 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時20分01秒
- ひとみからのラブコールが気に障ったのか、今日の圭はすこぶる機嫌が悪い
のでした。買い物を終えると、2人は近くの小洒落たオープンカフェのお店
でランチにすることにしました。ちょっと陽射しが強いけど、外の方が気持
ちがいいからと、圭はお店の外の席を選びました。
「ココのお店美味しいらしいのよ」
「クロワッサンサンドとオムレツのセット……」
浮き浮きとメニューに見入る梨華に、声をかけてきたのはボーイではなく――。
- 47 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時20分34秒
- 「やぁ、また会いましたね」
「!」
梨華は言葉を失って青ざめました。そこに立っていたのは、ゆうべ、鋭い牙
に舌を舐めずらせ紅蓮のような恐ろしい瞳(め)をして自分を襲ったヴァン
パイアだったからです!
「石川、誰? ……もしかして!」
「……あなた……丘の上のヴァンパイア……」
彼女(彼?)は昨晩とは打って変わって落ち着いた表情をして、梨華にヴァ
ンパイアと呼ばれても平然としていました。襲った時は振り乱していた金色
の髪も今日は駅で出会った時と同じに後ろで一つに束られ、漆黒の詰め襟は
ちり一つ纏わず、きちんとホックが閉じられていました。
- 48 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時21分08秒
- 「ヴァンパイア、おもしろいですね。
今でもそんな伝説を信じる人がいるんでしょうか、もちろん、私も興味は
ありますが」
翳りを宿したその瞳を圭に向けて、彼女(彼?)は同意を得ようとしました。
あまりに美しい顔に見つめられて、陶然としてしまった圭は1も2もなく頷
きました。
「そ、そうですよねえっ。今どき吸血鬼だなんているわけないですわよね。
ちょっと、失礼。お待ちになって?」
- 49 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時22分10秒
- 圭は梨華の手を無理やり引っ張って店の奥に入り込みました。
「石川、あの人に失礼な態度をとるのはやめて」
「ちょ……保田さん……あの人はヴァンパイアなの!
とっても危険な人なんですよ?」
梨華は顔を恐怖でこわばらせて真剣に訴えましたが、圭には相手にして
もらえませんでした。止めたことがかえって、圭の感情を害してしまい――。
「まだ言ってるの? ヴァンパイアなんていやしないわよ。
それともアンタ、イケメンを私に渡すまいとしてそんなコト言ってん
じゃないでしょうねっ」
「そ、そんなぁ!」
「いい? アタシの運命の出会いに協力すると思って大人しくしてなさい。
協力してくれないんだったらルームメイトの話はなかったことに……」
そうまで言われて梨華は圭に反対することができませんでした。
- 50 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時23分31秒
- 詰め襟のヴァンパイアはしばし外に待たされました。
内心この炎天下に冗談じゃない、と思いましたがそんなことはおくびにも
出さず涼しげな笑みを浮かべて戻ってきた圭と梨華を迎えました。
「おまたせしましたぁ(はあと)
あのぉ、もしよろしかったらなんですけどぉ、ランチ、御一緒しません?」
「あぁ、ちょうどお腹がすいていたところだったんです。
よろしいですか? 御一緒しても」
圭の隣にいた梨華に許可を求めたのですが、この場にいることすら嫌な
彼女は答えませんでした。それならなぜこの場を去らないのかと言えば、
自分は逃げ出せば、ひょっとしたら圭に危害が及ぶのかもしれないと思
うと梨華は席を立てなかったのです。彼女(彼?)は梨華と真向かいの
椅子に腰かけました。
- 51 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時24分15秒
- 「えっとぉ、アタシは石川梨華の先輩でぇ保田圭っていいますぅ。
あなたのお名前は……?」
「名前、ですか。真希です。後藤真希」
「なんだか強そうで、素敵なお名前ですね。(日本人っぽい名前があるのよ。
ヴァンパイアなわけないじゃないの)」
圭が梨華の腕を肘でつつきました。
「そんなの今考えた名前かもしれないじゃないですか」
「石川!」
「あは、ふはははは、面白いことを言いますね。
確かに今ここで私の名前を証明するものは何もありません」
「あン、気になさらないで。(石川、アンタもう黙ってて!)」
- 52 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時25分02秒
- 奇妙な会食の風景でした。圭と“真希”の話は弾むものの、梨華はニコリ
ともしませんでした。それゆえ、圭がどう取り繕っても会話は空中分解し、
どことなく気まずい雰囲気が3人を取り囲んでいました。
ピルルルルッ
「いやん、アタシのケータイだわ。
ごめんなさい、ちょっと席外しまぁす(石川、失礼のないようにね)」
「あぁ、どうぞ」
急なコールで、圭は店の中のテレフォンボックスに入っていきました。
席に残された梨華は“真希”と名乗ったヴァンパイアをキッと睨んで問い
糺しました。
「……どういうことですか?」
「ここに現われた理由ですか?
……あなたに会いたかったから」
- 53 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時26分20秒
- まっすぐに梨華の顔を見つめて言うなり、“真希”はテーブルの上に載せ
られていた梨華の細い手をとりました。梨華はビックリして手を引っ込め
ました。彼女(彼?)の手は、氷のように物凄く冷たい手でした。
それは直感的に“死”を思わせました。
「ふっ、心配いりませんよ。
日の出ている間は吸わないことにしているんです」
「……………」
梨華は下唇を噛んで黙っていました。信用できない、と思っているようで
した。その表情を読み取って、“真希”はニヤリと笑い、目の前にある美
味しそうなクロワッサンサンドのトマトだけを指でつまみ出してペロリと
口の中に入れました。
- 54 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時27分55秒
- 「血、以外は動物性の物を受け付けなくてね。
私はベジタリアンなんですよ」
「だからなんなんですか!?」
「……あなたの先輩は私に気があるみたいだ」
“真希”はケータイで何か一生懸命話している圭にちらりと目をやりました。
「まさか! 保田さんには絶対に手を出さないでください!
あなたなんかに血を吸われたら、オカシクなっちゃうに決まってる」
「ふ……オカシク、ですか。たしかに私に血を吸われている間はどんな
女性も気が狂いそうに喘いでますけどね。気持ちいいんですよ、あなた
も拒ばんでなんかいないで大人しく吸われてみればいいんだ」
「絶対に嫌です」
- 55 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時28分45秒
- 頬を紅くして断わる梨華の耳許にあっという間に唇を寄せ、彼女(彼?)は
低くセクシーな声で言いました。
「残念、だな。吉澤とかいう恋人とのセックスよりも、ずっと気持ちよく
させる……自信があるのに」
パシッ
「ひとみちゃんを侮辱するのだけは許さないから!」
梨華は“真希”の頬を、震える右手で力一杯ひっぱたいていました。
しかし彼女(彼?)は何事もなかったかのように、会話を続けました。
「アハッ、これは失礼、吉澤さんとはまだキス止まりでしたね」
(いやっ、この人、どうして知って……!)
- 56 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時29分44秒
- 「どうして知ってるかって?
私は処女の血しか吸わないんです。それかどうかは匂いでわかります。
あなたは今まで私が出会った女性の中で最高の人だ。一途でまっすぐで、
ピュアな血の匂いがする。だから私は――」
こうまで美しい人に、出会った女性の中で最高の人だと言われて、頑な
態度でいるのは並み大抵の女性には無理なことでしょう。彼女(彼?)
の目に捕らえられた女性達は本来自分から首を差し出すほどなのです。
「それ以上近づくと……」
梨華は息を詰めて手を震わせながら胸元にある、ひとみが梨華の為に
残していった十字架のネックレスを握りしめました。
- 57 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時30分40秒
- 「石川!」
頬を張った音にビックリして圭が慌ててテレフォンボックスから飛び出し
てきました。
「アンタ、後藤さんに何やってんの!?」
「保田さん、でしたね。気になさらないでください。
彼女、少し神経が高ぶっているようだ。私はこれで失礼することにします。
素敵なランチをありがとう」
“真希”は静かに席を立って、圭に向かって紳士的にお辞儀をしました。
そして去り際に、座ったまま“真希”の方を見ようともしない梨華の耳に、
こう囁きました。
「ひとつ教えてあげましょう。最近のヴァンパイアは十字架やにんにくも
平気なそうですよ。くっ……免疫力があるんですね(笑)」
- 58 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時31分41秒
- ―10―
丘の上の古びた洋館。
ヴァンパイアは玄関に入るとガックリと膝を落としました。呼吸が小刻み
になり喉の奥を「ヒューヒュー」といわせていました。メイドのあさ美が
慌てて駆けつけて抱きかかえ、広間のソファーに運びました。
「うっ…」
「ご、御主人様!
しっかりしてくださいませ。か、顔色が真っ青になって
汗までこんなに……」
「ふ、やはり真夏の昼に出歩くのは自殺行為だったか……」
「お薬が効かなかったのでしょうか」
「そんなことはない。ここに戻るまで不思議と胸が苦しくならなかった
んだ。気が張っていたせいかもしれないな。彼女が首にかけていた十
字架にもなんとか耐えることができた」
- 59 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時32分13秒
- あさ美は顔色の悪いヴァンパイアに洋館に住まわせている女性の血を吸う
よう勧めました。しかし、彼女(彼?)はきっぱりと断わりました。
「今の私の身体はあの人の血しか求めていない」
(たぶん、これからも――)
「今日は胸だけじゃなく身体まで少し痺れている。こんなことは初めてだ。
日に当たりすぎたせいだろうか。あさ美、悪いが、倉庫に行ってねずみ
の血を持ってきてくれ」
「はい」
- 60 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時33分29秒
- あさ美はランプを手にして薄暗い階段を洋館の地下へと降りていきました。
冷凍処理してあるものの、せまい倉庫の中は血の生臭い匂いが充満しとても
普通の人間が入れるようなところではありませんでした。そのねずみの血は
あさ美が洋館の地下でねずみを養殖し、捌いて地下の倉庫に貯蔵しているも
のでした。
「御主人様、お薬は効いているはずです。少しずつ……」
あさ美はそう呟いて、白い長袖シャツの袖をまくりナイフで腕を傷つけま
した。華奢で青白い腕につけられた傷は無数にあり、苦痛の表情すら浮か
べないで新たに切り裂いた傷口から血を絞る姿は、鬼気迫るものがありま
した。
「私だけの御主人様……」
真っ赤な血が、ポタリ、ポタリ、とグラスの中にゆっくりと落ち、やがて
容れ物を満たしました。
- 61 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時34分07秒
- 「御主人様、ねずみの血をお持ちしました……」
「遅かったな。待ちくたびれていたところだ」
「どうぞ」
グラスに満たされた生々しい血をヴァンパイアが一気に飲み干す姿を見て、
あさ美は嬉しそうに口許を緩めました。
「ふぅ、一息吐(つ)けたよ。さがっていいぞ。
今日は疲れた。もう眠ることにする」
「はい。夏とはいえ夜は少し冷えます。どうか寝冷えをされませんように」
「わかっている」
- 62 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時34分44秒
- ヴァンパイアは髪を解いて上半身裸になり、寝室にある全身を映し出すおお
きな鏡の前に立ちました。昼間、石川梨華に平手を張られた左の頬が少し赤
くなっていて、頬に指先で触れるとその時の痛みとともに、石川梨華の怒っ
た表情が思い出されて、ヴァンパイアは胸が疼くのを抑えられませんでした。
(くっ……左向きの顔は私のお気に入りだというのに……。
あぁ、憎くて、可愛い人だ。ハァ、一刻も早くあの人の血が吸いたい)
- 63 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時35分46秒
- ―11―
ヴァンパイアが梨華の為に眠れぬ夜を過ごしていた頃、梨華もまたヴァン
パイアの為に眠れぬ夜を過ごしていました。
(いつまた姿を現わすのかと思うと、怖くて眠れない……。
十字架やにんにくも効かないなんてどうしたらいいの?
ひとみちゃんがくれた十字架のネックレス……。たしかに今日だって身
につけていたのに、あの人、全く平気そうだった)
「……ぐー……むにゃむにゃ……ケメぴょん……」
隣のベッドに眠っている圭の寝言に、梨華はほんの少しの安堵を覚えま
した。独りだったら、この恐ろしい夜に耐えることなんて出来ないに違
いありません。“真希”が去ってから圭は「あのあと映画に誘おうと思
ってたのに」と暫くプリプリ怒っていましたが、梨華の元気がない様子
を見て話を聞いてくれたのでした。
- 64 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時36分23秒
- (保田さん、怒ってたけどカフェで私の話も聞いてくれた)
『後藤さんがヴァンパイアなんて信じられないけど、アンタが嘘
をついてるとも思えないのよね』
『あの人が言うには、その、そういう経験のない人しか吸わないん
だそうです』
『じゃあアタシはどっちにしても眼中にないんじゃないのよっ。
なんなの!? ムカついてきちゃったわよ全くもぅ。
キ〜、ババアは相手にしないっていうことじゃないのよっ』
『私、どうしたらいいんだろう?
なんか狙われちゃってるみたい』
『オイ、この流れでそれかよ。アンタも微妙にムカツクわ』
『???』
- 65 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時37分03秒
- 『もうアンタさぁ、吉澤のところにいって一回やってこれば?』
『……そ、そんなこと、そういう理由ですることじゃないと思うんです』
『アホくさ。2人の愛が高まって自然に……とか思ってるんじゃない
でしょうね。そんなもん理由なんかいらないのよ。勢いよ、勢い』
『もぅ真面目に答えてくださいよぉ〜』
『アタシは真面目に解決策を教えてやってんじゃないよぉ。
吉澤だって喜ぶと思うけど。離れていた恋人が自分に抱かれたくて
北ウイングを旅立つのよっ。ステキ!』
『私、留学中でバレーに真剣になってるひとみちゃんの邪魔はしたくない
んです』
- 66 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時38分15秒
- 『じゃあもうヴァンパイアさんに吸わせちゃいなさいよ?
一回エッチしたと思って。すごく気持ちがいいらしいし損な話じゃない
と思うけど。吉澤には黙っといて、さ』
『そんなことできません!』
(それだけはできないわ。私の愛している人はひとみちゃんだけだもの。
でもあの人……最初に出会った時とても淋しそうな瞳(め)をしてた)
梨華は初めて駅で出会った時のヴァンパイアの翳りある瞳を思い出して
いました。
(ううん……きっとあれもお芝居よ。あんな風に言って私に近づいただけ。
あの時、優しい人だって思った私がバカだったわ)
梨華はベッドから降りてデスクの一番上の引き出しから純白のハンカチを
取り出しました。その無垢な白さがなぜか無性に腹立たしく悔しくなんだか
裏切られたような気持ちになるのでした。
(考えるのも煩わしいのに、どうして考えちゃうの?
あの人は私の血を吸うことだけしか考えてない吸血鬼なのよ?)
(……明日、これもゴミに出しちゃおう)
- 67 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時38分56秒
- ―11―
「ちょっとアンタ、それ捨てるの?」
翌日、梨華が純白のハンカチをゴミ箱に入るのを見て、圭がちょっと待った
をかけました。
「捨てます……気味が悪いし」
「待って、捨てるんならアタシにちょうだい。
出所はともかく、モノは極上なんだから。質屋に持ってけば高く交換して
もらえるわ♪」
「えぇ!? や、やめましょうよ。そんなの」
「気にしない、気にしない。どうせ返す気はないんでしょ?
放課後、駅前の質屋さんに寄ってきましょ! アンタもついてきて」
- 68 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時39分52秒
- 放課後、2人は駅前にあるボンボン時計が目印の古びた質屋さんに来て
いました。その質屋さんは女学園の有名な卒業生である姐御肌な女性が
3代目として経営していました。圭はふとしたことでこの女性にお世話
になり、以来質屋にも顔を出していたのでした。
「すいませぇ〜ん、あのぉ、これ質に出したいんですけどぉ」
「やっぱりやめましょう、こんなの。邪(よこしま)すぎるわ」
「しっ、黙ってて。今は恋人からの贈り物を質に入れる時代なのよ?
心配しなくても大丈夫よ。リッチな夕食代ぐらいにはなるから」
店の奥から主人が姿を見せました。古びた店構えとは似つかわしくない
ような迫力のある美人が出てきました。
「はいはい、まいど〜。なんや、あんたか」
「裕子姐さん、これなんだけど、見てもらえますか?」
「へいへい、商売やからなんでも見させてもらいまっせ」
- 69 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時40分41秒
- 圭はヴァンパイアの純白のハンカチを女主人に渡しました。
女主人は今までのやる気のなさそうな表情を一変させ、眼鏡をかけると慎重
に鑑定を始めました。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥アンタ、これ、どこで手に入れたん?」
「あの、この子が人に(貸して)貰ったんです」
「ふぅん。質に入れるんか?」
「え……私は、その、手放したかっただけで。
保田さんがここに連れてきて」
「ほな、これぐらいで替えさしてもらおか」
女主人は近くにあった電卓の数字をパチパチと弾きました。
圭と梨華は提示された数字に目をまん丸にして驚きました。
- 70 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時42分08秒
- 「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん」
「バカ。ゼロが6つよ。いっ、100万円!?」
「うそ……」
「高価いとは思ってたケド、裕子姐さんどういうコト?」
「聞きたいのはこっちのほうや。今ではもう採られへん天然の、特殊な
繊維でできとるんよ。不思議な手触りやろ?ほっこりするような。
極上のシルクよりもはるかに上質なんよ。2000年前に絶滅したはず
のモウムスっていう木から採れる繊維で織られた最高級品やで。
………コレクターの間じゃ、幻て言われてる」
「この刺繍がまた絶品や。
正直、ウチじゃ値段がつけられん。悪いけど引き取れんわ。
どうしても売りたいゆうんやったら、ウチがある人に口きいてもええけど」
- 71 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時43分51秒
- 結局、圭は諦めて梨華にハンカチを返しました。
「これ、アンタに返すわ。アタシが勝手にどうこうしていい値段のものじゃ
ないし。石川の、好きにしたらいい。100万円、このハンカチにそんな
価値があったなんて……」
「でも私にとっては、そんなものなんの価値もありません。
あの人が持っていたものだと思うだけで、気味が悪いんです。
やっぱり寮の焼却炉で燃やします。ごめんなさい…」
「燃やしちゃうのね……嗚呼」
- 72 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時44分35秒
- ―12―
丘の上の古びた洋館。
2階の広間でヴァンパイアはソファーに座って大きな水晶玉を眺めていま
した。そこには寮の焼却炉でハンカチを燃やす梨華となんとも言えない表
情でそれを見つめる圭が映っていました。
「御主人様、あのハンカチは……!
御主人様の家に代々伝わってきた大切なハンカチではありませんか」
「黙れ、あさ美。それがなんだというのだ。
ふ、あの人の好きにしたらいい」
「でも」
あさ美が言葉を継ぐ前に、ヴァンパイアは立ち上がって部屋を出ました。
赤い絨毯が敷かれた長い長い廊下をブツブツとつぶやきながらヴァンパ
イアはとても愉快そうに寝室へ戻っていきました。
- 73 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時45分22秒
- 「私は彼女にそ〜と〜嫌われているらしいな。くっ……アハハハハ!」
(あそこであなたが金に変えたら私は失望していたところだ。
石川梨華、ますます、気に入った……!)
(今夜は月もでない。これから少し眠り、真夜中にあなたの血を戴きに
行くことにしよう)
「フハハ、アハ、フハハハハ!!!」
- 74 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時46分47秒
- 棺桶に入って眠りにつき、どのくらいの刻(とき)が経ったのでしょうか。
あさ美が服と薬を持って、寝室に入ってきました。
「御主人様、着替えとお薬をお持ちしました」
「………………」
ギイイイイ……。
無気味な音と供に、棺桶の黒い蓋が開きました。
上半身裸のまま身体をゆっくりと起こすヴァンパイアから、あさ美は遠慮
して頬を赤らめながら目を背けました。
均整の採れた美しい背中、細く括れた腰、金髪の美しい髪に埋もれた、胸。
世の中にこれほど美しいものがあるでしょうか。
- 75 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時47分41秒
「今、何時だ」
「ちょうど2時、でございます」
ヴァンパイアはあさ美から詰め襟を受け取って着替えると、薬を一気に
飲み干しました。
「いってくる」
「……いってらっしゃいませ」
寝室のベランダからヴァンパイアは蝙蝠に姿を変えて、闇空を翔てゆきま
した。
(身体が熱い。血が滾るとはこういうことを言うのか)
- 76 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時48分32秒
- 蝙蝠は女子寮の建物にあっという間に辿り着き、石川梨華の部屋の窓の前に
姿を現わしました。蝙蝠がキィと人の耳には聞こえない特殊な音で鳴くと、
鍵がしてあるはずの部屋の窓はすんなりと開きました。
梨華の部屋の中で蝙蝠は漆黒の詰め襟姿のヴァンパイアに戻りました。
(むぅ、随分にんにく臭い。私には役に立たないと忠告したのに。
全く、あなたのような乙女には似合わない景色だ)
ヴァンパイアはパチンと指を弾いて、部屋中のにんにくと十字架を一瞬に
して消してしまいました。
2つのベッドには気付かず、圭と梨華が眠っているようでした。
「……むにゃ……ぎょうざたべたい……」
(まずはこちらを縛にかけよう。騒がれると面倒だからな)
- 77 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時49分37秒
- ヴァンパイアは圭のほうに視線をチラリとやりました。圭はたちまち寝言も
言えぬほど深い眠りに落ちてしまいました。そしてとうとう梨華のベッドの
前に、ヴァンパイアは立ちました。
(あぁ、この刻(とき)をどれほど待ち焦がれたことか。
今宵、あなたと私はひとつになる……愛しい人……)
それを思うだけで、ヴァンパイアは身のうちが震えるほど興奮してきました。
瞳はあのときと同じに紅蓮に燃え、口許に恐ろしく鋭い牙を光らせて梨華の
身体に布団の上からのしかかりました。
「……はあっ……もう我慢できない……」
切ない吐息をつき、布団を剥いでその人に襲い掛かろうとした瞬間、ヴァン
パイアは覆い被さっていたのが人間ではなく、縫いぐるみだったことに気が
つきました。それは吉澤ひとみが以前、梨華のバースデーにあげたピンクの
プ−さんの縫いぐるみでした。匂いに敏感なヴァンパイアが誤解するように
石川梨華の匂いがついたネグリジェが着せてあったのです。
- 78 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時50分12秒
- 「くそっ………騙された!
どこだ!どこにいるっ。今日こそは許さない」
逆上して部屋の中をガタゴトと漁るヴァンパイアに隠れて、石川梨華は部屋
の押し入れの中で下着姿のまま息を詰めて身体を震わせていました。
ヴァンパイアが梨華の部屋にやってくる数分前、嫌な予感が微かに彼女を襲
いました。梨華は直感を信じ、慌てて着ていたネグリジェを脱いで、人の形
に似たプ−さんに着せ、自分は押し入れの中に隠れました。そこへ、ヴァン
パイアがやってきたのです。押し入れの隙間から僅かにのぞくヴァンパイア
の姿は、怒りに荒れ狂い、きっと見つかったら生きてはおれないと思わずに
はいられないものでした。
- 79 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時50分58秒
- 押し入れにいたところで見つかるのは時間の問題でした。
ところが、ヴァンパイアはにわかに激しく苦しみだしたのです。
「………ぐっ……こんなときに……はぁ……くす……り…がぁぁぁッ……」
胸を掻きむしり、ヴァンパイアはその場にのたうちまわりました。
その苦しみようはすざまじいものでした。押し入れの中にいた梨華は耐え
きれず耳をふさいでしまいました。
(な、なんなの? この人、病気なの!?)
「……くそっ……」
ヴァンパイアはゼイゼイと息を切らせて、それでも梨華のベッドに近づき
ネグリジェを掴むと、蝙蝠に姿を変え、部屋の窓から外へ出ていきました。
- 80 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時51分37秒
- 「私っ、助かったのね? ひとみちゃん……ありがとう」
静まり返った部屋で、梨華はプ−さんの縫いぐるみを抱き締めました。
安堵で涙がどっと溢れてきました。
「むにゃ……なんかドタバタしてたけど……どうしたの?」
縛から解き放たれた圭が目を覚ましました。目の前で下着姿のままプ−さん
を抱きしめている梨華を見て、圭は焦りました。
「ア、アンタ、いくら吉澤とできないからって……何考えてんのよっ!」
- 81 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時52分53秒
丘の上の古びた洋館。
ヴァンパイアは蝙蝠の姿のまま寝室の窓に飛び込み、姿をやっとのことで
戻して棺桶の中に倒れ込みました。
「……はぁっ……はぁっ……あさ美……くす……り……を……」
か細く苦しげなヴァンパイアの声を聞き付けて、あさ美がすぐにやって
きました。
「御主人様!」
「身体が痺れる……はやく薬を……」
「……どうぞ」
ヴァンパイアはあさ美に抱き起こされ、薬を飲み干しました。
彼女(彼?)は珍しく弱気になっていました。
- 82 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時54分21秒
- 「この頃、ずっとこんな具合だ……。
私にはもう時間があまりないのかもしれない」
「御主人様……」
「聞いてくれ、あさ美。
今日も失敗だ……ははは……私は何をやっているんだろうな……あんな
小娘の血さえ吸えないで……」
自嘲気味に笑うヴァンパイアが、あさ美には哀れに思えました。
「御主人様、あまりお話になりますとお身体に障ります」
「あの人の血が吸えたならこの命、尽きてもいい……」
慟哭、と呼ぶのに相応しい、心の底から絞り出したような声でした。
その瞬間、充血したヴァンパイアの瞳からキラキラとした涙がひとすじ、
青白い頬にこぼれ落ちました。はっきりしない意識の中で彼女(彼?)は
石川梨華ただ一人だけを思っていました。奪い取ってきたネグリジェを抱
き締め、梨華の甘くピュアな匂いにつつまれると、ヴァンパイアはようやく
眠りにつきました。
- 83 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時55分20秒
- (御主人様が誰かを想って涙するなど、今までになかったこと。
それほどまでに……あのかたのことを)
ヒュンッ。
あさ美の投げたナイフが、地下室の岩壁に突き刺さりました。
危うく刺されるところだったねずみは、チュ−チュ−と騒いで倉庫の奥に
消えていきました。あさ美は突き刺さったナイフをゆっくりと抜き、無表
情のまま、薄暗いその部屋で主人の為の薬の調合をはじめるのでした。
- 84 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時56分24秒
- ―13―
梨華にとって平穏な日々が暫く続きました。あの夜、ひどく苦しんでいた
ヴァンパイアのことが気にならないこともありませんでしたが、気にする
義理なんてないはず、と思い直して、何もなかった頃のように学園生活を
送っていました。淋しいのは、愛するひとみが隣にいてくれないこと。
あいかわらず、ひとみは頻繁に電話をよこし、近況と、覚えた英語で毎回
一言ずつ愛の言葉を囁いては、梨華を喜ばせるのでした。それが淋しがっ
ている恋人から遠く離れた自分が唯一してあげられる事、ひとみなりの優
しさだったのです。
この日、梨華は駅前の商店街にあるドーナツ屋さんでクラスメイト数人と
とお茶をして帰るところでした。
「ほな、ウチらこっちの道やから。梨華ちゃん」
「ばいばいなのれす、梨華ちゃん」
「ばいばい、あいぼん、のの」
- 85 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時56分57秒
- 夕方、友人と別れて、梨華は寮までの道のりをひとりで歩いていました。
歩道橋を渡ると赤く染まった西の空に小高い丘が見えました。ヴァンパイ
アが住んでいるといわれる、洋館がある丘でした。
(ヴァンパイア……死んじゃったのかしら?
心臓発作とか……怖いなぁ……身寄りとかあるのかしら……)
「私のことを……心配してくださってるんですか?」
「!!!」
梨華が胸をドキリとさせて振り向くと、夕日に反射していつもよりさらに
輝く金色の髪を風に靡かせた詰め襟姿のヴァンパイアがそこに立っていま
した。その美しい顔立ちは、病み窶れのせいか少し頬がそげ、通った鼻筋
を強調させ、より気高さが増しているようにも見えました。日が出ている
うちに会った時は、いつもひとつに束ねられていた髪が、今日は束ねられ
ていないことに梨華は気が付いて、並々ならぬ恐ろしさを感じるのでした。
- 86 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時57分36秒
- 「この間はあなたにしてやられましたよ」
皮肉な笑いを浮かべてヴァンパイアは言いました。
「やだ、来ないで!」
「心配いりません。
今日は私の家にあなたを御招待したいと思いまして――」
「あ、あなたの家に!?」
「私だって馬鹿じゃありません。すこし学習しましたよ。
無理やり吸おうとしても、あなたは逃げるだけだ。
この間ランチを御一緒させていただいたお礼に、夕食を御馳走
しましょう」
と、ヴァンパイアが言い切るか切らないかのところで、梨華は気を
失いました。彼女(彼?)が梨華の身体を抱き、ピュウと口笛を吹
くと、空から漆黒の棺桶が飛んできました。ヴァンパイアは棺桶に
梨華を入れ、自分は蝙蝠の姿になり棺桶とともに西の空へ飛んでい
きました。
- 87 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時59分13秒
ホテルの最高級スイートルームのような広い客間の、フカフカのベッドに
横たわり気を失っていた梨華はようやく目を覚ましました。「あっ」と気
が付いて条件反射のように腕時計を見ると、夜の11時半でした。
(私、気を失って……ここはヴァンパイアの家?)
キョロキョロと部屋を見渡しましたが、誰もいません。梨華はベッドから
降りて出口を探そうとしました。こんなところに閉じ込められたらあのヴ
ァンパイアに血を吸われてしまう。この場に一刻だっていたくないと思い
ました。廊下を音を立てずにそぅっと歩くと、後ろから大人しそうな女の
子に声を掛けられて梨華はびっくりしました。
「お客様、お目覚めになりましたか?
食堂で御主人様がお待ちです」
白いエプロンを纏った色白で華奢な少女。年は14、5ぐらいでしょうか。
童顔で、潤んだ大きな瞳が印象的だと梨華は思いました。
- 88 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)03時59分51秒
- 「あなたは?」
「はい、私はここでお世話になっているあさ美と申します」
「あの、あなたも……あの人に血を吸われて?」
「さぁ、なんのことでしょう。私は頭が悪いので、いつも御主人様に余計
なことは話すなと叱られているんです」
(この子、若いのに全然元気がないのね。言葉にも抑揚がないし。
こんなところに閉じ込められているせいかしら)
見つかった以上、いきなり逃げ出すのは得策ではないと考えた梨華は、
あさ美と名乗った少女に大人しくついていきました。長い長い廊下は永遠
と思えるほど続きました。ひとつひとつの部屋のドアからは人の住む気配
がしないのに、なんだか突き刺さるような視線をたくさん感じました。
“あの女が御主人様の……”
「?」
- 89 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時00分29秒
- コンコン。
「御主人様、お客様をお連れしました」
「あぁ、入ってくれ」
長い長い廊下のつきあたりの部屋が食堂でした。広い食堂にはヴァンパ
イアがすでに席についていました。白のシーツがかけられた長いテーブ
ルにはキャンドルが1、2、3、4、とにかくたくさん立てられており、
まるで中世のお城を思わせる造りでした。あさ美に促されて梨華はヴァ
ンパイアとはテーブルの角を挟んで斜めの近い席に座りました。
「ようこそ、私の家に。まずは乾杯しようか」
「なんであなたなんかと……!」
「御主人様がお勧めの、カクテルです」
あさ美にずいっとグラスを渡されて梨華は受け取らざるを得ませんでした。
- 90 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時01分06秒
- 「私、お酒は……」
「それはブラッディマリ−と言うんだ。
(血にくらべて)飲みやすいからのんでごらん」
(睡眠薬が入ってるかも)
「アハッ、そんなものは入っていない。そんなことをしなくてもここに
いる限りあなたは私の自由だからね」
梨華はゾクッとしました。袋の中の鼠という言葉が頭の中を掠めました。
ヴァンパイアはぞっとするような笑顔で「乾杯」と言い、梨華のグラスに
自分のグラスを小さくぶつけると、真っ赤なブラッディマリ−を一気に飲
み干しました。
- 91 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時02分08秒
- 「ふぅ、今日の料理は私が作ったんだ。ぜひ食べていってくれ」
「えっ?」
「御主人様は料理がお得意でいらっしゃるんです」
「滅多に作らないんだけど、たまに気が向いた時にね」
(ヘンなの。料理を作るヴァンパイアなんて聞いたことないわ)
「変ですか? フハハ。
あなた、角煮が好きでしょう。
これは大鍋でまる3日、豚を煮込んだものです」
目の前の美味しそうな角煮を、ヴァンパイアは小皿に取りました。
- 92 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時03分06秒
- 「残念ながら私はベジタリアンなのでいたたけませんが(笑)」
「…………」
「毒味役がいりますか?」
詰め襟のヴァンパイアはそばに控えていたあさ美のほうをチラリと見ました。
(それじゃ、私がすごく嫌な人みたい。だ、大丈夫よね。だってこんなに
美味しそうなんだもん。お腹すいているし、え〜い、食べちゃえ)
もぐもぐもぐ。
「……おいしい」
「喜んでいただけましたか、よかった」
ヴァンパイアは本当に嬉しそうににっこりと笑いました。
梨華はそれを見て、美味しい料理に絆されたのも手伝って、本当は
それほど悪い人じゃないのかもとさえ思いはじめていました。ヴァ
ンパイアの料理はどれも美味しく、プロ級の腕前と言ってもいいほ
どでした。
- 93 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時03分56秒
- 「ごちそうさまでした。それじゃ私帰ります」
知り合いの家におよばれに来たような感覚で、梨華は食べ終わると
席を立ちました。立ち上がった梨華の手をヴァンパイアはサッと掴
んで「今夜は返さない」と言いました。
「こ、困ります!」
「私は困らない」
梨華が「あっ」と声を上げる間もなく、ヴァンパイアは梨華を軽々
とお姫様抱っこして広間のソファーに連れていってしまいました。
グレーのブレザーと詰め襟の制服、はた目から見れば彼女たちは
美しい高校生カップルのように見えました。
- 94 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時04分44秒
- ヴァンパイアは梨華を膝の上に乗せ、後ろからぎゅっと抱き締める
形でソファーに座りました。ヴァンパイアの熱い息が梨華の首筋に
かかり、梨華は恐ろしさで声もでないのでした。
(用心してお酒は飲まなかったのに、か、身体が動かない……!)
「逃げようとしても無駄です。縛であなたの動きを止めること
ぐらい、私にはわけもないことなんですよ」
(なんてこと。どうしよう、ひとみちゃん。助けて!)
「吉澤さんも今ごろ私たちのようによろしくやっていますよ」
「ど、どういうことですか?」
「………こういうことです」
- 95 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時05分34秒
- ヴァンパイアはテーブルの上に置いてある水晶玉に映る、ひとみの
姿を梨華に見せました。ひとみは自室らしきところで金髪の女性と
抱き合い、キスをしていました。キスの後は服を脱いで激しいFU
CK。梨華は思わず目を反らしました。
「ひとみちゃんが……うそよ、こんなの……!
あなたがつくり出した幻でしょ!?」
梨華をソファーに座らせたまま、ヴァンパイアは立ち上がって語気
荒くまくしたてました。
「幻を作り出せるほど私は万能ではない。
………これでもあなたはあいつを愛すのか!」
「わ…たし……はひとみちゃんを信じてる。
もしもこれが事実だとしても、私はひとみちゃんを愛しています」
- 96 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時06分45秒
- 強い言葉とは裏腹に、梨華の頬には水晶のようにきらきらした涙が止め
どなく溢れていました。その潤んだ瞳は酷く傷つき、深い悲しみに満ち
ていました。
「……あ……泣かないでくれ」
(あなたの涙を見ていると胸が苦しい、これは何なのだ?
あなたの痛みなのか? あなたの痛みが刃となって私を突き刺すのか?)
ヴァンパイアは胸がじわじわと縮むような苦しみを覚えました。
あとからあとから溢れ出すその人の涙。
耐えていた嗚咽は鋭い声の迸りとなって更にヴァンパイアの胸を突きま
した。顔を手で覆い、肩を激しく震わせ涙にくれるその人にかける言葉
を彼女(彼?)は見つけることができませんでした。
(それほどまでに……あいつのことを……くっ……)
息が詰まり、サーっと血の気がひくのがわかりました。
胸の痛みは激しさを増し、とうとうヴァンパイアは悶えてその場に倒れ
込んでしまいました。
- 97 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時07分16秒
- 「御主人様!」
あさ美が血相を変えて部屋に飛び込んできました。額にびっしりと汗を
かき、真っ青な顔をして目の前で倒れているヴァンパイアを抱き起こし
棺桶を呼びました。棺桶はどこからかやってきて、ヴァンパイアを乗せ
るとまたどこかへと消えてゆきました。梨華は突然起こったことに茫然
とし、涙さえも止まっていました。
しばらくしてあさ美が広間に戻ってきました。
「このことはどうか他言なされませんよう。
今宵はどうぞお引き取りください。玄関に棺桶を用意してあります。
あなたさまをお宅まで運びますので、どうか――」
「あの人、この間も……もしかして病気なんですか?」
「御主人様はもう長くないのです……」
「え」
- 98 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時07分52秒
- “御主人様はもう長くないのです……”
玄関までの迷路のような廊下を歩きながら、梨華はあさ美の言葉を
心の中で何度も反すうしていました。彼女(彼?)が自分を激しく
求めてきたのも、己の寿命を知っていたからかもしれないと思うと
梨華は胸が塞がる思いがしました。もしも、自分の命が残り少なく
愛する人と別れなければならないとしたら……。どれほどつらいだ
ろうと思うと、今まで散々嫌っていたけれども、梨華はヴァンパイ
アに対して同情の気持ちが涌いてくるのでした。
「あの女よ」
「たいしたことないわね」
「血だって不味そうだし」
「あんな女のどこがいいのかしら」
廊下にずらりと並んだ部屋のドアのいたるところからおびただしい
数の女の人の声が聞こえて梨華は震えました。ヴァンパイアに血を
吸われて洋館に囲われている女の人だとすぐにわかりました。自分
を襲ってこないのは主人の統制がきいているのでしょう。梨華は小
走りでそこを通り抜けました。
- 99 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時08分27秒
- あまりに広いお屋敷で、玄関に出るつもりが、いつの間にか、梨華
は道に迷ってしまいました。突き当たりに当たってしまい、引き返
すとさっきとは違って全く見覚えのない景色になっていました。
どうしようもなくて、少しドアのあいた部屋を覗くと、そこには大
きな棺桶がおいてありました。
「………はぁっ……はぁっ……げほごほっ……」
棺桶の中からヴァンパイアの苦しげな声が聞こえました。
どうやらここはヴァンパイアの寝室のようです。部屋には誰も――
あさ美もいませんでした。その声があまりに苦しげなので梨華は気
になって部屋に入り、棺桶の中を覗きました。棺桶の中には汗をび
っしょりとかいて顔色が真っ青のヴァンパイアがいました。
ヴァンパイアは梨華の顔を目に留めるとか細い手を差し出して何事
かを言いました。美しいはずの瞳は苦痛に濁り、苦しそうな息も肩
を大きく揺らしやっとのことでしていました。梨華は自分でも気が
付かぬ間にヴァンパイアの冷たい手をとっていました。
- 100 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時09分42秒
- 「見ての通り、私はもう長くないらしい。
さっきの水晶は……私があなたを惑わせようと作った……幻だ」
「……わかったわ。もう話さないで」
「血が……あさ美のやつ、何をしているんだ……」
「血がいるんですね?」
梨華はハッとしました。すぐ目の前に、ヴァンパイアにとって格好
の生き血があるじゃないか、と。恐る恐る梨華は聞きました。
「……わ……私の血は吸わないの?」
震える声で向けられた質問に、ヴァンパイアは虚ろだった目を
しっかりと開けて言いました。
- 101 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時10分14秒
- 「私に血を吸われればどうなるかわかっているだろう。
この屋敷の女達のように……」
「……あなたをそんなふうに縛りつけることはできない。
縛り付けたところで……今の私にはなんの意味も……ない。
……血のかわりに……キスをくれないか?」
「バカ…」
梨華は瞳に溢れるほどの涙をためていました。
(なんて穏やかな優しい瞳で私を見るの?
あれほど私の血を欲しがっていたのに、この人は……!)
- 102 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時11分06秒
- ヴァンパイアは棺桶からゆっくりと身体を起こし、梨華の潤んだ瞳を
見つめました。そして細い指で頬を優しく撫で、瞼を閉じ、梨華の唇
に自分の唇をそっと重ねました。優しく唇を撫でるようなキスでした。
ヴァンパイアは梨華の唇を愛おしむように味わいました。その深い想
いは梨華の胸に痛いほど伝わってきて、唇がそっと離れると、彼女の
頬には涙が溢れていました。
「ふ……淋しいものだな、最期というのは。
どうか私が眠るまでそばにいて……くれ」
「さ、淋しいだなんて何言ってるの? あなたにはたくさんの女の
人がいるじゃない。あさ美さんだって!」
「……私が血を吸ったからなんだ……みんな……血を吸ったから私
を好きになった。それだけなんだ……それ以上でも以下でもない」
- 103 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時11分48秒
- 梨華はヴァンパイアの孤独を初めて思いました。
はじめて会った時、ヴァンパイアが淋しそうな瞳(め)をしていたの
は、本当の愛に飢え、孤独を感じていたからだったのです。
「……あなたに出会って気が付いた……私が欲しかったのは血では
なく、愛……だった、と……」
「リカ、愛してる……私の命を賭けて……」
「真希、しっかりして!」
「……あぁ……そう呼ばれたのは久しぶりだ」
(まだ父上も母上も生きていた頃――)
棺桶に横たわるヴァンパイアを抱き締めて、梨華は声を上げて泣いて
いました。自分を精一杯愛してくれた、去りゆくこの人に対して「私
も愛している」と声を掛けられないことがひどく遣る瀬なく――。
- 104 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時13分17秒
- ガシャーンッ。
ガラスの割れる凄まじい音がして、梨華は後ろを振り向きました。
そこにはトレイからグラスを落とし、割ってしまったあさ美が能面の
ような無表情で無気味に立ち尽くしていました。床には真っ赤な血が
海のように溢れ、生臭い匂いがたちまち部屋に広がりました。
「お引き取りくださいと申し上げましたのに……」
「あっ……ごめんなさい。
でもお願い、朝まではここに、この人のそばにいさせて!」
あさ美には梨華の声が聞こえていないようでした。
「ほほほ、御主人様、私の血はもういらないのですか。
私の血がなければあなたはとっくに……」
「あさ美、どうしたというんだ」
ヴァンパイアはあさ美の様子がおかしいのを感じ取り、しんどい身体
に鞭を打って起き上がりました。あさ美は突然、長袖のシャツをまく
り、傷だらけの腕をヴァンパイアに見せました。その有り様はあまり
に惨く、梨華は「きゃっ」と声を上げてヴァンパイアに抱きつきました。
ヴァンパイアは梨華の目を自分の手で覆いました。
- 105 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時14分13秒
- 「ねずみの血は……おまえの血だったのか!?」
「初めて血を捧げた時から……私は誰よりも御主人様をお慕い申し
上げておりました……なのにその女に夢中になって……!」
「でもその煩わしさももうすぐでお終いです。
薬が……思ったよりも早く効いてくれましたから」
「薬? まさか、お前……」
「御主人様は私だけの御主人様です。誰にも渡しません、ほほほっ」
「薬ってどういうこと!? あさ美さんっ」
「教えてほしいですか? 石川梨華さん。
寿命が短くなる呪いをかけた薬です」
こぼれそうな瞳をランランに輝かせて、にっこりと完璧な笑顔を浮かべた
あさ美を見て、梨華は背筋が凍るほどゾッとしました。愛する人の命を縮
める呪いをかけるなんて、絶対に許せないと思いました。
- 106 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時14分51秒
- 「……あなたのしたことは間違ってる。
そんなの、自己満足でしかないわ。自己満足で人を愛してるって
いえるかしら!?」
「ほほほ、もうお引き取りください」
「何言ってるの? 話を聞きなさいよ!
あなたのような人に真希は渡せないわ。私が連れて帰ります」
梨華はヴァンパイアを抱きかかえました。しかし、彼女(彼?)は応じま
せんでした。
「リカ、もういいんだ。帰ってくれ」
「どうして!?」
「これ以上あなたに迷惑をかけるわけにはいかない。
こうなったことはすべて私のせいなんだ」
「そんな……!」
- 107 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時16分18秒
- あさ美は無表情のまますこぶるイライラして、うわずった声で言いました。
「早くっ、帰らないとあなたのお命もありませんよ?
サヤカさんと同じ運命を味あわせてあげましょうか?」
サヤカ、と聞いてヴァンパイアの顔色はさらに青ざめました。
(昔、私が憧れていたあの人を殺めたのもあさ美だったのか!?
なんてことだ!)
あさ美はグラスの鋭い破片を手にとっていました。そして微動だにせず
梨華を睨み付けました。
「あさ美さん……可哀想な人……」
梨華が呟いたその時、グラスの破片を持っていたあさ美の腕は振り上げ
られ、梨華に向かって襲い掛かろうとしていました。
- 108 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時17分16秒
- 「もうやめろっ あさ美!」
刹那。
後ろから周りこんで梨華を庇ったヴァンパイアの背中にグラスの破片は
グサリと突き刺さり、おびただしい血が吹き出しました。
「う……あぁぁぁ!!!」
「真希!」
「リカ、はやく……にげ……ろ……」
「いやあああああああああ!!!」
あさ美は顔に返り血を浴びながら立ち尽くしていました。
ビー玉のような瞳から涙がこぼれ落ち、頬にべったりとついた赤い血と
混ざり、滲みました。
「ほほほ、私が与えた血です、ぜんぶ御主人様に」
- 109 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時20分10秒
- ―エピローグ―
真希は私の顔を見つめた後、倒れ込むとたちまち灰になってしまいました。
消えてしまう前のその表情(かお)はとても清らかだったように思います。
その後、洋館は取り壊しになり、
血を吸われた女性達は、真希の死とともに、みな正気に戻りました。
その間の記憶は全くないそうです。
あさ美さんも、つい最近までは入院していたけれどこの間退院しました。
身寄りがないので私たちの学園の寮に入りましたが、
洋館のあった小高い丘を眺めてはぼーっとしていることが多いそうです。
すべてを忘れてしまっているはずなのに……。
- 110 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時20分45秒
- ねぇ、真希。
みんなが忘れても、私は覚えているよ。
すっごく怖い思いもしたけど、
あなたと出会って、私も大切なことを教わった気がする。
本当に人を愛することがどういうことだか、教えてくれた。
ねぇ、いつだって、私の心の中にあなたはいるから。
だからもう淋しくなんかないからね。
- 111 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時22分18秒
- (いろいろあったなぁ……)
朝比奈学園女子寮。
梨華は寮の庭の縁側に腰かけて秋空を眺めていました。
深々と物を思い、感傷にひたりつつ……。
と、いつもの騒々しい声が聞こえてきました。
「ちょっとアンタ、びっくりよ!」
「保田さん、どうしたんですか?」
「じゃ〜ん!」
「これは!!!」
「そう。この間燃やした、白いハンカチ、燃えてなかったのよっ。
焼却炉にゴミと一緒にハンカチ突っ込んで火入れて、アタシ達戻った
でしょう?」
「焼却炉の掃除当番が言ってたんだけど、ハンカチだけ全く燃えずに残って
たらしいのよ。落とし物の掲示箱にコレがあるんだもん、ビックリしちゃ
ったわよ、もうっ」
「うそ……」
「……あのヴァンパイアがアンタの為に遺したのかもね」
「私、今度は大切にします」
「うん、そうしな」
その時、圭から受け取った純白のハンカチを、梨華は生涯大切に持ってい
ました。
- 112 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時24分34秒
- 2人でしんみりとしていると、寮の建物の中から梨華を呼ぶ声がしました。
「石川さ〜ん、吉澤さんからラブコールよ〜!」
「忙しいわね〜、アンタも相変わらず。冬休みにアメリカに会いに行く
んだって?あんまり仲が良すぎると天国のヴァンパイアが焼きもち妬
くわよっ」
「……ひとみちゃんには真希のこと、なにもかも全部話したの。
だって恋人に隠し事はしたくないと思って」
「そう。で、なんて?(隠しておいた方がいいってこともあるのに、
石川もまだまだね)」
「負けられないなって(笑)」
「へぇ、吉澤もなかなか根性あるわね。
気に入ったわ、惚れちゃおうかしら」
「やめて〜。ひとみちゃんは私の恋人ですっ!(泣)」
「バカ、冗談よぉ。早く、電話出な、ダーリンが待ってるゾ」
「はい!(笑)」
- 113 名前:『ヴァンパイアの恋』 投稿日:2002年06月18日(火)04時26分24秒
愛している人がいました
生まれて初めての本気の恋でした
私の肉体は滅びたけれど、
私は今も、あなたの心の片隅で生きている
あぁ、今日もあなたの心はなんて澄み切っているんだろう
たまには怒ったり、悲しんだり、迷ったりすることもあるけれど
あなたの痛みは、私の痛み
いつまでも見守っているから だから誰よりも幸せになれ
Fin
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月18日(火)04時38分24秒
- 厚顔にも、一気に上げてしまいました。
(↑最後まで書いた後だったので)
ヴァンパイアに関してなんの知識も持たず書いたのでオカシなところ
だらけだと思います。話の最後のレスでこんなことを言うのは変です
がよろしければ、読んでやってください。
- 115 名前:しーちゃん 投稿日:2002年06月18日(火)18時05分15秒
- 泣けた・・・切ないごっちん吸血鬼
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月18日(火)21時03分43秒
- 本当に切ない…
- 117 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月19日(水)01時23分19秒
- 泣けました・・・
真っ直ぐな愛情、屈折した愛情。
とても綺麗だと思いました。
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月20日(木)08時10分58秒
- >>115しーちゃん様、>>116名無し読者様、>>117名無し読者様、
レスありがとうございます!伝えたいことが伝わってうれしい
です。最初は男前で美しく哀しいごっちんが書きたくて書き始
めました。嗚呼、もっと文章力があれば……。結果はハッピー
エンドじゃないけど、ヴァンパイアにとって不幸なものではな
いと思ってます。
次、何か思い浮かんだらまた書かせてください。
御免なさい、訂正あります。
>>113 たまには を 時には に
- 119 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月20日(木)21時21分58秒
- 泣きました。感動です。
ぜひまた書いてください。待ってます。
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月23日(日)02時29分10秒
- >>119名無し読者様、ありがとうございます。
くださったお言葉を励みに、精進します!
- 121 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年06月26日(水)10時06分57秒
- ああ切ないですよほ。でも感動しました。感無量です。
紺野陛下なんか悲しいっす。ただごっちんを愛していただけでその愛しかた
が間違っていただけ。紺野陛下にも幸せは訪れるんでしょうか。
読ませていただきありがとうございました。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月10日(水)02時22分38秒
- 遅レスごめんなさい。
>>121いしごま防衛軍様、あさ美さんは最後まで可哀想でした。
いつか幸せになってほしいですね。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月27日(火)00時31分13秒
- ごっちんから卒業の話を聞いた次の日の朝の石川さんイメージです。
短いです。
- 124 名前:「もうすこしだけ」 投稿日:2002年08月27日(火)00時33分29秒
“梨華ちゃん”
そう呼んだあなたの声が
私の大好きな
あなたの照れたような笑顔が
光 に 溶 け て 透 明 に な っ て い く。
- 125 名前:「もうすこしだけ」 投稿日:2002年08月27日(火)00時34分54秒
瞼に眩しさを感じて、 浅い夢から目覚めました。
カーテンの隙間から入ってくるやわらかい光が
シーツにくるまった私たちをつつんでいて。
手を伸ばしてカーテンを少しだけ開けると、
ゆうべの恐ろしい雷が嘘のような、いいお天気。
ふと気が付くと、あなたの重みでからだの左側が痺れてる。
ピッタリくっついちゃって、甘えん坊さんですねぇ。
うふふっ、ねぇ、本当は暑いんでしょう? 寝汗かいてるよ?
汗で湿ったあなたの前髪を指先で掻きやって。
そして、額に、内緒のキスをした。
ほんの少し、汗の匂い。
小さな子どものような、お日さまの匂いがする。
瞼を閉じたまま胸が痛くなるほど吸い込んで――。
それだけで私は幸せな気持ちに包まれるんです。
- 126 名前:「もうすこしだけ」 投稿日:2002年08月27日(火)00時36分00秒
“♪”
枕元のCDデッキから聞き覚えのある音楽が流れてきて。
ごっちん、私たちの歌、目覚ましに使ってるんだ。
“あなたが持ってる未来行きの切符 夢は叶うよ 絶対叶うから”
ゆうべからだを重ねた時はせつなくてたまらなかった。
あなたの声、あなたの唇、あなたの……頬をつたう涙。
「泣かないで。ごっちんの夢が叶うんだもの。
私ね、本当にうれしい」
あなたの涙を指先で拭って、そう言うのが精一杯だった。
- 127 名前:「もうすこしだけ」 投稿日:2002年08月27日(火)00時39分06秒
1年前、ごっちんからソロになりたいって夢の話を聞いた時、いつか
こういう日が来るんだって、わかってはいた。その時のために、一緒
にいられる時間を宝物のように大切に大切にしてきたつもりだった。
いつか進む道が分かれても、私の心はいつもあなたの傍にあるから。
そう心に決めてたのに。
ふと、私を抱き締めて眠るあなたがすごく遠くへいってしまう気がして、
涙が溢れてきちゃったの。ゆうべは我慢できたのに、ね。
……ごっちんが自分で決めて、選んだこと。
ねぇ、もうすこしだけ目を覚まさないで。
この涙が乾くまで。
どうかあと少し、私だけの甘えん坊なごっちんでいて。
Fin
- 128 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月27日(火)01時31分40秒
- 別名義(名無しさん)で書いていたいしごまっぽくなってしまい
ました。この場で申し上げるにはとてもあつかましく恥ずかしい
のですが、風板の話が放置のまま過去ログに……読んでくださっ
た方、大変申し訳ありませんでした。一度離れてしまった話を、
完結させるということの難しさを思い知りました。
ごっちん卒業で、リアルいしごまがどうなるのか不安な今日
この頃を送っています……。
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月27日(火)20時46分42秒
- 切ないですね…
あの作者さんでしたか、ビクーリ
すごく楽しみにしていたのでできれば続き読みたいです
無理にとはいいませんが気が向いたらまた書いてくれると嬉しいです
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)08時36分44秒
- >129名無し読者様、ありがとうございます。
当方の勝手で中途半端にしてしまったものなのに、心広いお言
葉、本当に恐縮です。続きのメドは立っていませんが、いつか
なんらかの形で完結だけでもさせることができたら、と思って
おります。
- 131 名前:AYAYA 投稿日:2002年09月07日(土)13時39分52秒
- ヴァンパイアといい、もう少しだけといい
すばらしい
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月09日(月)09時37分28秒
- >>131AYAYA様、ありがとうございます。励みになります。
蛇足になってしまいそうで迷いましたが、『ヴァンパイアの恋』の
加筆版を書きました。ラストまでの流れは変わっておりません。
貴重なスぺースのこちらに同じものをのせるわけにはいかないとい
うこともあり、別の個人的なところにのせました。このために急に
作ったので駄文しかないところですが、お立ち寄りいただければ嬉
しく思います。
ttp://k-server.org/cooltohot/index.html
- 133 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月24日(火)08時28分25秒
- 後藤さん卒業おめでとうございます。コソーリ
後藤×石川のお話をひとつ作りました。
こんな時にですが、エロですのでお気をつけください。
それでは以下、『愛のカタチ』です。
- 134 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時30分19秒
あたしは信じてる。
あたしたちの「愛のカタチ」を。
- 135 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時31分58秒
熱いシャワーのお湯は、その下に立つふたりの女の子の肌の上を弾ける
ように勢いよく転がり落ちた。あたりに漂う湯気がふたりの躯の匂いを
吸い、バスルームは生暖かい湿り気と酔うような甘ったるさに包まれて
いた。
後藤はボディーソ−ブを両手にとって泡立て、出来上がった泡を慣れた
手つきで石川の両手に乗せると、自分の手と一緒に更にかき混ぜた。
ふたりのてのひらに、たちまち夏の入道雲のように真っ白な泡が出来る。
石川はてのひらをくすぐるように走る快感に頬をほんのりと染めながら、
たっぷりと泡立ってきた両手の泡を、後藤の顔に向けていたずらっぽく
「ふぅ」と吹いた。
- 136 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時33分58秒
「う、泡が目にはいるよ…。
梨華ちゃんってさ、なんかけっこう子どもっぽいよね」
いつもみたく低いトーンで言いながらも後藤は決して不快そうではない。
泡だらけになってしまった顔を傍にあったタオルで拭き取ると石川の包
み込むような優しい微笑みが視界に入って、後藤は照れくさそうに「ふ」
と口許を緩めた。
「ごっちんは、子どもっぽいのは嫌い?」
「……ううん、すき。」
恥ずかしがって素直に好物が好きだと言えない子どもが白状するように
後藤は少し躊躇いながら答えた。実のところ強烈に惹かれていた。自分
より一つ年上なのに、時々童女のように無垢な微笑みを浮かべる石川に。
- 137 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時35分09秒
「ごっちん、洗ってあげる」
頭の中をとろかすような石川の甘せつない声が浴室に響く。決してこう
いうコトに慣れているわけではないのに、欲情させるような言葉が、声
が、薄く上品な唇から飛び出す。そのギャップに後藤はいつも頭がクラ
クラしてしまうのだけど、石川には全く自覚がないのだった。ただ単に
体育会系人間(元テニス部部長)の世話焼きな性格だからなんだろう、
と、後藤は思ってみる。後藤は程よく泡だらけになった石川の手を見つ
めると、風呂桶に腰かけたまま長い髪を胸の方に寄せて背中を向けた。
「‥‥あとでごとーも洗ってあげる」
「うん。かゆいとことかあったら言って?」
常日頃激しいダンスと腹筋背筋を欠かさないせいだろうか、後藤の背中
は均整がとれ、適度に浮き出た肩甲骨がなまめかしく、背骨は細竹のよ
うにしなやかにそこに有った。石川は彫刻のように美しいその造けいに
うっとりと見蕩れ、そっと唇で触れてみたい気持ちを押さえて、泡立て
た指先を、後藤の背中にそうっと滑らせた。
- 138 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時36分33秒
(んっ)
どうして求めているところにちゃんと指が来るんだろう。後藤は自分の
感じやすさに呆れながらも、石川の的確さに舌を巻いていた。石川の指
は肩甲骨のみぞを下から掬い上げるように撫で、背骨から中心に円を描
くように広がっていく。まるで静かな水面に小石が投げかけられたよう
に、後藤の背中を心地良い波紋が幾重にも広がっていった。
「……ごっちん、気持ちいい?」
小さく震えるような声だった。首筋や背中の至る所に指を滑らせても何
も言ってくれない後藤に、石川は不安になって急に弱気になる。背を向
けられて顔を見ることができないから尚更だ。後藤は恍惚として閉じて
いた瞼をようやく開き、振り向いて、濡れそぼった石川の額の髪に優し
く口づけをした。
「スゴクいいよ……。」
- 139 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時37分37秒
吐息まじりに耳許で低く囁かれ、愛しくてたまらない思いに駆られた石
川は、その潤んだ美しい瞳で後藤の艶っぽい唇を求めた。後藤の素顔は
あどけなく、それでいてどこか挑戦的で、いたずらっぽく石川の瞳を躱
(かわ)した。
「まだ、だめだよ……。
もっとしてくんなきゃ、あげない」
後藤は石川の手をとって、自分の浮き出た鎖骨に当てた。石川は恥ずか
しそうに再びゆっくりと指を動かしはじめた。
首筋、耳の後ろ、耳たぶ――。
- 140 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時39分27秒
泡だらけの両手で襞のない大きな耳に指をそっと滑らせると、後藤は耐
えきれず瞼を閉じて「あぁ…」と声を漏らした。髪を降ろしているとち
ょこんと髪の間から飛び出す立派な耳があまり好きではないのだが、そ
んな部分も好きな人の前だけでは何も考えずに曝け出せる。愛しさを込
めて優しく撫で摩られると、後藤は至上の安らぎを感じるととともに、
何故だかひどく興奮するのだった。
耳を弄っていた石川の細い指が、後藤の肩を撫で、締まった二の腕を滑
り、手首からてのひらに到達する。ふたりはどちらともなく指を絡ませ
て、強く手を握ったり、感じやすい指の間を撫でたり、手のひらをくす
ぐったりして、しばらくの間遊んだ。密やかな忍び笑いの声が清らかな
石鹸の匂いとともにバスルームを満たす。日頃の慌ただしさを忘れ、ふ
たりは自分たちだけの時間を楽しんでいた。まるで今だけ刻(とき)が
止まってしまったかのように。
- 141 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時41分36秒
十分遊んだ後、石川はてのひらに再び泡を立て、後藤の躯を隅々まで綺
麗にするべく、指を動かし始めた。細い指は後藤の躯を首筋から躊躇う
ように下に降りてくる。後藤は息を詰めてそれを待ち焦がれていた。
はち切れんばかりに盛り上がる、美しい双丘。
天辺にある薄アズキ色をした小さな蕾が石川と対峙する。恐る恐る、石
川は泡だらけの指先を震わせながら後藤の胸に滑らせた。指先が戸惑う。
石川はただ後藤の胸をキレイに洗うことだけに思いを集中させた。乳房
をなぞる指先にずしりとした重みと弾力を感じる。その胸を受けるよう
に指先がアンダーバストに回った時、てのひらの中心につんとした小さ
な塊を感じて、石川は思わず手を引っ込めた。
- 142 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時42分28秒
「ご、ごめんなさい。触っちゃった……」
俯いて恥ずかしそうに言う。自分のものでもそう触らないものなのか、
石川にとってはどこかに罪悪感があるようだ。後藤は自分の額を石川の
額にコツンとぶつけて言い聞かせるように言った。
「さわってくんなきゃ、洗えないじゃん?」
「だめ、やっぱりできないよ。
だって恥ずかしいの……」
まるで消え入りそうな石川の声。
身も捩らんばかりな素振りで躊躇されたら、余計やらせたくなるのが人
の情というものだろう。後藤も例外ではなかった。
「だいじょーぶ。できるって。
だから、ね?」
- 143 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時43分33秒
有無を言わせない後藤の手に導かれて、石川の手は再び後藤の乳房の上
にあった。石川は湯あたりしたわけでもないのに頬を真っ赤にし、目を
ギュっと瞑って、後藤の胸の上で指を動かした。最初はこわごわとして
いたその動きも、後藤の手が助け舟を出したのもあって、次第に手のひ
らを上手に使って優しく丹念に後藤の乳房全体を撫でられるようになっ
た。手のひらにプチプチとそれが擦れる度に、目を瞑ったままの石川の
羞恥と鼓動は高まる。その戸惑う姿を目の前で見ながら敏感な部分をな
ぶられている後藤の快感と陶酔は、さらに深くなっていった。
- 144 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時44分23秒
「…っん……はぁ…っ…」
切なそうな吐息は、なまめかしい喘ぎと一緒に後藤の唇から漏れた。
熱い湿り気を含んだ艶のある声。後藤の低く掠れたセクシーな声は甘高
い声の石川にとって憧れでもあった。石川はただそれをもっと聴きたく
て、キュッと締った腰のくびれに指を滑らせた。後藤の腹筋に力が入る
のが指先に感じられる。悩ましげな色香が匂い立つその辺りを、石川は
優しく下から上へと撫で上げた。
「ひゃっ…んっ」
跳ねるような息が後藤の唇から吸い上げられ、高い声を伴って響く。
後藤本人にとってもそんな声が出てしまうのは予想外だったのだろう、
面はゆそうに睫を伏せて、石川の躯を強引に抱き寄せた。耳許で囁く。
「梨華ちゃんさ、なんだかんだ言っても上手だよね」
「そ、そんなこと……」
そのまま耳たぶを甘噛みされ、石川はたちまち波にさらわれた。
- 145 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時45分20秒
「だめ、ごっちん、まだ……」
眉を寄せ、濡れた唇で、まるでうわ言のように呟く石川。
後藤は石川を抱き締めたまま、別の風呂桶に作っておいた泡を片手にと
って、石川の背中に載せた。後藤は背中に廻したてのひらと、しなやか
な指で、石川の背中を撫でていく。時に荒々しく、時に繊細に。
シャイな後藤は行為の時も、滅多に『愛の言葉』を囁かない。
言葉には出さなくても、背中を撫で摩るその指先が何を伝えようとして
いるのか石川にはわかる。石川は後藤の指だけを感じたくて、そっと瞼
を閉じた。後藤の指以外がもたらすすべての感覚をシャットダウンして、
思う存分後藤の想いを受け止めるのだ。石川にとってこの上もなく幸せ
な気分になれる瞬間。後藤の指が石川の背中の一番感じる部分を探り当
て、そこをじっくりと撫で摩ると、石川は身も心も溶けてしまいそうな
気がして、とうとう耐えきれずに「あンっ…」と甘い喘ぎを漏らした。
- 146 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時46分32秒
甘い声を獲得した後、後藤の指は石川の背中を滑り降りて、熟れた桃の
ように甘やかな色香を放つ臀に到達する。果肉を分ける溝から、尾てい
骨の、うっすらと産毛の生えたあたりを後藤は指で巧みに撫で摩る。く
すぐったいような、ゾクゾクするよう不思議な感覚に、石川の下腹部に
は熱が集まり、無意識のうちに股が擦り合わされた。躯に力が入り、後
藤の背中に廻した爪の力が強くなっていく。後藤は石川の臀から指を離
すと、下腹部には手を伸ばさず、擦り合された腿に置いた。ゆっくりと
股を開かせ、風呂桶に腰掛けている自分の腿の上に乗るよう促す。石川
は恥ずかしがりながらも後藤の締まった腿の上にまたがって躯を預けた。
後藤は石川のむっちりとした腿や括れた腰を優しく撫であげる。石川は
息を弾ませ、後藤の首筋に両腕をまわし、濡れた髪に熱い吐息をついた。
「梨華ちゃん……」
後藤が石川の名前をゆっくりと呼んだ時、石川と後藤の唇は吸い寄せら
れるように激しく重なった。ふたりは舌を絡ませながら上り詰めるよう
に立ち上がり、後藤は石川の背中をバスルームの冷たい壁に押し付けた。
- 147 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時47分37秒
「きゃっ…」
小さな悲鳴も荒ぶる後藤の唇にのまれていく。
後藤は石川の両手首を掴んで頭の上に持ち上げるようにして、躯を隅々
まで絡ませた。温かく湿った舌、弾力のある豊かな胸、締まった腰、す
らりと伸びた脚。石川は重なる肌の熱さと背中の冷たさに、小さな声を
あげて身を捩らせた。
後藤は石川の両手首を放したものの、両手を壁について石川の自由を封
じている格好になっている。少し躯を離して、夏のよく晴れた日の雲の
ような白く厚い泡に埋もれた、石川の乳房を見つめた。そしていきなり
唇を丸く尖らせ、「ふぅっ」と泡を吹いた。「ぅん…」と呻く石川。真
っ白の泡の中から薄アズキ色の慎ましい蕾が顔をのぞかせる。後藤はそ
の固い蕾を躊躇なく口に含んだ。
- 148 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時48分55秒
「…あぁっ…だめぇ…そんな…」
せつなく甘い声を出しながら石川は頬を紅潮させ、辛そうに顔を横に背
けて、後ろの壁についていた自分の手を握り締める。敏感な胸の天辺に
勢いよく息を吹きかけられただけでも、声を上げてしまうほど感じてし
まうのに、後藤が蕾を口に含んで舌でゆっくりと転がし始めたから、石
川は声をかみ殺すのが大変だった。後藤は湿った温かい舌を蕾に押し付
け、甘い飴をしゃぶるように舐め、柔らかい唇で軽くつまんだと思った
ら口の中に思いきり含んで吸ったりを繰り返した。その唇や舌の動き、
ひとつひとつに、狂おしいほどの愛おしさを溢れさせて。石川の鼓動は
後藤の想いを浴び続けて激しく打ち、かみ殺した声とともに飲み込まれ
た悩ましげな吐息は胸の中に逆流し、熱い塊となって石川の胸に溜まっ
ていく。胸が締め付けるように苦しい。石川はせつなさに胸を焦がしな
がら愛しい人の名前を心の中で呟き続けた。
(ごっちん……あぁ…ごっちん……)
- 149 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時49分57秒
石川の潤んだ瞳から堪えきれずに涙が溢れだし、紅潮する頬を濡らした。
石川の胸が小刻みに震え出したので、後藤はハッと顔を上げて石川の顔
を至近距離で見つめた。石川は唇を噛んで涙を堪えていたが、堰が切れ
たように後藤の顔にキスを浴びせた。締まった感じのする見た目よりも
ずっとやわらかい頬、通った鼻筋、うすい瞼、熱い唇……。後藤は激し
い石川のそれに、一瞬戸惑ったが、涙もキスもすべて受け止めて、石川
を優しく抱き締めた。
「声……聞きたい」
後藤は手を伸ばしてシャワーのコックを捻った。
シャーと勢いの良い音とともに、ふたりはたちまち湯気に包まれる。
躯の泡をすべて落とした後、バシャバシャと激しく床に打ちつける水の
音を背に、ふたりは再び躯を絡ませた。これだけ水を激しく出していれ
ば、声を上げても隣の部屋には聞こえないだろう。絡めた指を後ろの壁
に押し付け、後藤は石川の首筋に唇を這わせる。石川の頭の中に浴室を
満たす湯気のような靄が広がって、理性を忘れさせてゆく。
- 150 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時51分41秒
「梨華ちゃん、もぉ出していいよ、声」
後藤は瞼を半分だけ開いてせつなそうに息を吐き出し、熱い塊がひっか
かって苦しそうな石川の喉を優しく、且つ、しごくように舐めた。
「はぁ…ん、…だめっ…聞こえちゃ…う」
「いいよ、聞かしてよ。ごとーだけに」
低く、優しく、その言葉が石川の耳の中に注がれた途端、彼女の意識は
真っ白になり、自分の躯を蕩かす後藤の唇や手の動きに、ただもう感じ
るまま声を振り絞っていた。後藤は石川の甘くせつない声を独り占めし
て高い興奮を味わう。恥じらって耐える風情の石川もいいが、素直に声
を出す石川も可愛いと後藤は思うのだった。
- 151 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時52分57秒
「ごっちん…もう…」
石川の躯から力が抜けていく。
「……うん。」
石川が求めていることを了解し、後藤は短く答えた。シャワーのコック
を閉めて、石川を抱きかかえバスルームを出る。石川は少しふらつきな
がら用意してあったバスタオルを手にとった。後藤は濡れた躯を拭こう
ともしないで、まっすぐに部屋のベッドに向かう。水滴がカーペットの
の床にポトポト落ちた。
「ごっちん、ちゃんと拭かなきゃ」
「いいよ、どうせすぐ濡れるんだから。
梨華ちゃんもそのままおいで」
- 152 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時53分54秒
石川の年上らしい注意も後藤には封じられてしまう。石川は「あたしの
家のベッドだと思って」と苦笑いするしかない。ううん、ごっちんなら
たとえ自分の家のベッドでも気にしないに違いないと思った。
(子どもっぽいのはどっちなのかしら…?)
躯を重ねた後、何も纏わぬ姿で抱き合いシーツにくるまって後藤のぬく
もりを感じながら眠るのが、石川は好きだった。濡れてしまったベッド
じゃそれができない…と残念に思う。でもごっちんがそうしたいなら…
…と石川は覚悟を決め、自分もあえて躯を拭かずにベッドに滑り込んだ。
躯が濡れたままベッドインするなんて、普段してはいけないことだから
だろうか、石川の胸は妙に高ぶった。後藤は石川の手を引いて、自分が
上になって躯を重ね、石川の首筋に顔を埋めて囁いた。
「濡れてるほうが好き」
- 153 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時54分51秒
後藤は、濡れて少しクセッ気が出てきた石川の長い髪を手に巻き付けて
唇に持っていき、キスをして胸が痛くなるほど香りを嗅いだ。清潔な香
りに間違いないのだが、乾いている時よりも重くて濃い女の匂いがする。
後藤はもう一度囁いた。
「濡れてるほうが好き。
髪も……」
後藤は石川の濡れている華奢な鎖骨にそっとキスを、ひとつだけ、した。
「……カラダも」
- 154 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)08時56分04秒
どちらからともなく目を合わせ、ふたりは微笑んだ。
石川は躯の上を散る後藤の濡れた長い髪の冴えた冷たさと、キスをする
唇の灼けるような熱さに、後藤本人の魅力を重ねながらうっとりとし、
濡れた背中に両腕をまわして唇を重ねた。求め合う度に、重なったふた
りの躯が湿った音をたてる。永遠に終わりがないように思える交わり。
後藤は石川の下腹部に手を伸ばしたが、「そこ」に指を入れようとはし
なかった。
何故ならふたりにとっては「それ」がなくとも十分だったから。
もちろん後藤も最初の時は、試みた。しかし初めての石川は酷く痛がっ
たし、自分もこれまで3人の異性との経験があるけれども、「それ」が
気持ち良いと感じたことは無かった。むしろ、こちらの気持ちも思い遣
ってくれず「それ」にばかり固執する男たちの型通りのHに嫌悪感すら
抱いていた。
- 155 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時06分22秒
-
……後藤にとって3人目の男は、同じ芸能界のアイドルだった。体毛が
どこにも見当たらないような中性的なルックス。華奢だが筋肉が適度に
ついた彼の躯は理想的だったが、ベッドを共にしてみると、あまりに短
くしかも自己中心的な「それ」に、後藤は失望を通り越して怒りすら感
じた。何度か躯を重ねてみてもいっこうに変わらない「それ」に、不快
感を抑えられなくなった後藤が(それでも後藤なりに相手を傷つけない
言い方で)気持ちを伝えた途端、男は次第に自分と疎遠になっていった。
プライドが傷ついたのだろうか。メールの連絡も途絶えてしばらくして、
友人からその男が自分のことを「アイツは遊んでる」と言いふらしてい
たことを知って、後藤のテンションは一気に冷めた。
結局のところ、(すべての、とは言わない)男というのはベッドの上で
主導権を握りたがり、「そこ」を舐めてもらうことと、入れることがす
べてみたいなところがあって、入れて自分が勝手に気持ちよくなって、
こちらの求めていることを少しも察してくれないうちに終わってしまっ
たりするくせに「気持ち良い?」という確認の言葉だけはウザいほどか
けてくる。
- 156 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時09分07秒
それでもこんなふうに思う自分がおかしいのかもしれないと、後藤は以
前、親友吉澤に相談したこともあった。吉澤もそういう相手とのHには
不満を持つこともあるという。しかし「結構古い考え方してる男の人っ
ているよね。ウチら女が受け身にならなきゃいけないことが多いのは、
女が受け入れる生殖器を持っているからって何かの本で読んだことある
よ。入れるのは男の生理だし、好きだったら騙されたフリをして騙して
あげるのもエチケットじゃない?」とク−ルな言葉を返してきた。たと
え好きな人が相手だったとしても、感じてもいないのに、感じているフ
リをするなんて、自分に正直な後藤には出来なかった。
- 157 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時11分01秒
それなら、と、吉澤は意外な提案をした。
“ん〜じゃあ、女の子とやってみなよ?”
“よ、よしこはしたことあんの?
…オンナノコと”
“あたしは無いけどさぁ、女子中の先輩が勧めてくれたことがある。
お互いのカラダのことわかってる分、イイんだってサ。
ワクに囚われたくないなら、アリだと思うけど。
あっ…ウチは勘弁してね。ダチと寝る趣味はないから”
“ご、ごとーだってだよ!”
気になる女(ひと)が、実はいる。
年上の後輩で、親友の同期で、初めて逢った時、恥ずかしそうに頬を染
めて「後藤さん…」と呼んでくれたあのコ。何事にも一途で一生懸命で。
自分にはない女の子っぽさも、とても新鮮だった。その印象が強烈だっ
たせいだろうか、夢で何度か犯してしまったこともある。あの頃は同性
にそんな夢を見てしまう自分に酷く罪悪感を感じて、本人にもそっけな
い態度をとってしまった。
- 158 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)09時12分28秒
「梨華ちゃん……」
「なぁに、ごっちん?」
至福の瞬間を何度も分かち合った後、ふたりは濡れてしまったベッドの
シーツを洗濯機に突っ込んで、ピンクのソファーに寄り添って座り、柔
らかい肌触りのプ−さんの大きなタオルケットに一緒にくるまっていた。
窓から注ぐ月明かりに照らされて、ふたりの澄んだ瞳は綺羅綺羅と美し
く輝いている。
- 159 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)09時14分29秒
「梨華ちゃんってさ、最初、あたしのことビビってたよね」
「……えっ、そ、そんなことないよ!」
「ふふンっ、気ぃ使わなくていーから(笑)
実際、ごとーそっけなかったし」
――多分、あの頃から梨華ちゃんのこと、実は好きだったんだ。
「あたし…ごっちんに憧れてた」
(なにをしてもカッコよくて、歌もダンスも上手でクールで)
「あたしは地味だったし何の取り柄もなかったから」
後藤は首を小さく横に振って、悲しそうな声を出した石川の唇をキスで
軽く塞いだ。
「初めての時……ごとーのことさ、受け入れたの、男の人が苦手だった
から?」
- 160 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時17分09秒
……今ではそうでもないが、出会った頃の石川は男の人が隣に座っただ
けでも席を立ってしまうようなことが何度もあった。ある時、メンバー
が数人参加していた内輪の合コンで、隣に座っていた男にしつこくされ
た石川がトイレにたった後、なかなか戻らなかったことがあった。もう
みんな随分酒が入っていて、場がぐちゃぐちゃになっていたので、心配
した後藤が探しにいくと、飲み屋のトイレで石川は席が隣だった男に乱
暴されかけていた。男はどうも酔っ払っているらしい。それを見た瞬間、
キレた後藤はその男を履いていた靴のヒールで思いきり蹴倒し、ショッ
クで涙が止まらない石川をそのまま自分の家に連れて帰ったのだった。
- 161 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時18分37秒
“たまに酔っ払ってわけわかんなくなるヤツとかいるから。やぐっつあ
んには悪いケド、今日の面子はヒドすぎだよ。てかあのヤロー、超ム
カつくっ。もぉ一発ぐらい殴ってやればよかったっ”
そういう場に出るという免疫のなかった石川にとっては相当なショック
だったらしい。お膳立てをした矢口に誘われて断われずに参加、最初は
無理して笑っていたが、途中からは帰りたくて仕方が無かった。飲み屋
に充満する酒やタバコの匂いも嫌だったし、何より隣にいた男が得体が
知れなくて恐かった。
“もぉだいじょーぶだから。
今日はウチに泊まっていったらいいよ”
怯える石川を、ひとりにしておけなかった。その夜、後藤は震えが止ま
らない石川を自分のベッドに寝かせ、自分もその隣で眠った。明け方、
目を覚ますと、眠っている石川の唇がすぐ目の前にあった。自分の唇と
5センチと離れていないところに。頬を伝った涙の跡と、慎ましくも無
防備な唇が、強烈に後藤を揺さぶる。
後藤は「ごめん…」と呟いて、石川の唇に自分の唇を重ねた――。
- 162 名前:愛のカタチ ―回想― 投稿日:2002年09月24日(火)09時20分24秒
唇が離れた時、石川はパッと瞼を開いた。
横になっていた石川の目尻からたちまち、涙がひとすじふたすじ零れ、
枕を濡らした。後藤は酷く狼狽えた。
“ごめん、これじゃ昨日の野郎とおんなじ…”
“同じ、なの?”
悲しそうな色を瞳に浮かべて、真直ぐに後藤を見つめる石川。
“同じ、じゃない。
ごとーは梨華ちゃんのことが……好きだ……”
これまで何人かの男の人と付き合ってきたが、自分からはっきりと言葉
にして気持ちを伝えたのは初めてだった。
- 163 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)09時23分27秒
“ごとーが梨華ちゃんを守ってあげるよ”
“ほ、本当?”
“うん。”
普段から口下手で、クサい台詞なんて一番言えないのに、この時は人生
最大にテンパってたのかもしれないと、後になってみて後藤は思った。
“ごっちん”
“んん?”
“……ずっと石川の、そばに、いてね”
震える涙声が後藤の耳に届いた時、後藤はベッドの中で石川をきつく抱
き締めていた。そして、ふたりは髪の先から足の指の間までキスを浴び
せあい、躯中にお互いの刻印を刻み付け合った。翌日が偶然オフだった
ので、次の日は日が暮れるまでベッドの中で躯を重ねていたのだった。
- 164 名前:愛のカタチ 投稿日:2002年09月24日(火)09時25分48秒
「初めての時……ごとーのことさ、受け入れたの、男の人が苦手だった
から?」
後藤の隣に座る石川は首を静かに横に振り、タオルケットの中の後藤の
右手をそっと握った。
「…ううん、ごっちんだったから。
ごっちんだったからあたし……!」
石川は後藤の右手を自分の唇にそっと重ねた。
「愛してる……石川にとってごっちんは最初で最後の人なの」
「ごとーも。本当に人を好きになった初めての恋だよ」
後藤の目に涙が溢れていた。
石川は小さく微笑んで、後藤の涙をキスで優しく拭い、頭をそっと撫で
て、華奢な両腕で後藤の肩をしっかりと抱き締めた。
「泣かないで…」
抱き締められることがこんなにも心の底から満ち溢れるほど嬉しいと思
ったのは、後藤は初めてだった――。
- 165 名前:ラスト・きみの腕の中で。 投稿日:2002年09月24日(火)09時29分08秒
きっと世間じゃ理解してもらえないんだろう。
あたしたちの気持ちもカラダの関係も。
フツーじゃないって言われちゃうのかもしれない。
だけど。
ねぇ、恋愛にきまったカタチなんて必要なの?
それが「ふたり」で作るカタチならば、
いびつだってなんだって、きっと何よりも尊いハズ。
あたしはそう信じてる。
Fin
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月24日(火)09時34分38秒
- >>159 名前欄に ―回想― を、入れ忘れてしまいました。
迂闊でした。ごちゃごちゃしていて申し訳ありません(汗
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月24日(火)09時38分41秒
- >>159ではなく>>163でした。重ね重ね申し訳ありません。
やはり卒業の動揺が……。
- 168 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月28日(土)22時07分26秒
- めちゃ(・∀・)イイです
ごま卒業、寂しいですがいしごまは永遠
- 169 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月04日(金)01時52分15秒
- 作者さんの「おまじない」シリーズを読んでいしごまフリークになりました。
ヴァンパイア完結だと思ってノーチェックだったんですが、
新作に出会えて感激です。しかも作者さんのHPも発見できて二重の喜びですよ。
「SNOWSTORM」の続きも楽しみにしてます。
石川さんの卒業コメント「またクッキー焼こうね」に、
卒業しても普通に仲いいんだな〜と萌えました。
- 170 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月05日(土)14時35分45秒
- 愛のカタチ エロ有りなのに心に染みますね・・・
名無しさんのページも拝見しました
某娘。カップリングについての考察に激しく同意
そんないしごまへの想いを文章で具現化できるって羨ましいです
「抱きしめても届かない」と「SNOWSTORM」も楽しみに待ってますね
- 171 名前:aki 投稿日:2002年11月19日(火)00時36分47秒
- 風板で書かれていた作者さんだったんですね。かなりびっっくりしました。
『おまじない』の頃から風板のSNOWSTORMまでずっとリアルで読んでいた
ので再開してるとは本当に感激です。しかもHPまで見れるとは…。
いつ読んでもどれも独特な惹きつける文章で関心します。
とにかくびっくりしました。また作者さんの話が読めるとは本当に感激です。
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