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来年の夏も

1 名前:本間家 投稿日:2002年06月21日(金)02時39分09秒
石川さんメインのお話です。
やぐりか予定ですが、話の展開次第ではこの限りではありません。
よろしくお願いします。
2 名前:来年の夏も 1 投稿日:2002年06月21日(金)02時40分32秒
『 来年の夏も 』



澄み切った青空、穏やかに広がる青い海。
岬の灯台を遥かに望む断崖上の草原で
梨華は独り佇んでいた。

「いい気持ち。」

優しくそよぐ風が、心地よく梨華の頬を撫でる。
幸せそうな恋人達が、二組、三組、腰を下ろして語らっている。
さわやかな陽射しの下に広がる幸せな風景に、梨華は微笑んで眼を細めた。
3 名前:来年の夏も 2 投稿日:2002年06月21日(金)02時42分02秒
初めてここに来たのは、一年前のこの季節。
ひとみは行く先を教えてくれなかった。

「ねぇ、どこに行くの?」
「内緒。着いてからのお楽しみ。」
「もぅ、よっすぃ〜のイジワル。」

ほんとはイジワルなんて思っていない。
どこに連れてってくれるのかドキドキしていた。
バスを降りると、視界が開けて海が見えた。

「うわぁ、キレイ…」
「梨華ちゃんにこの景色を見せたかったんだ。」
「とってもステキ…」
「いちばん大切な人とここに来ようって、決めてたんだ。」
「よっすぃ〜、わたし……うれしい…」

草原の新緑が目に眩しかった。
澄み切った青空、穏やかに広がる青い海。
時を忘れて二人で語らった。
とても幸せだった。

「また、来ようね。」
「うん、約束だよ。来年の夏も、きっときっと、二人で来ようね…」
4 名前:来年の夏も 3 投稿日:2002年06月21日(金)02時43分23秒
今年の夏。約束した夏。

梨華は独り草原に佇む。
一年前と何も変わらないこの場所。
でも……ただひとつ、一年前とは違うことがある。

隣にいるはずの人は、いない。
5 名前:来年の夏も 4 投稿日:2002年06月21日(金)02時44分48秒
……よっすぃ〜があの人を選んだのだから、わたしは身を引くわ。
それで、よっすぃ〜が幸せになってくれるのなら、わたしは嬉しい。
わたしは平気だよ。独りでも平気だからね……
6 名前:来年の夏も 5 投稿日:2002年06月21日(金)02時45分42秒
空が茜色に染まる頃、梨華は静かに立ち上がった。
パンパンと軽くスカートをはらう。
芝生の切れ端が風に舞って流れてゆく。

「さぁ、帰ろっと。」

歩き出した梨華は、ふと立ち止まる。
視線の先には、幸せそうに肩を並べて歩くカップル。
一年前は、わたしも、あんなふうだった。
この幸せは、いつまでも続くものと信じていた。
7 名前:来年の夏も 6 投稿日:2002年06月21日(金)02時46分59秒
「なぜ、わたしは独りなの……」

寂しい気持ちを見透かすように、冷たい風が吹き抜ける。
不意に、ピンク色の帽子が風に飛ばされ、転がってゆく。
誰も帽子を拾ってはくれない。
拾ってくれる人はもういない。

「……独りでも……平気だからね………平気なんだから……寂しくなんか…」

涙が溢れてきた。
強がってみても、心にウソはつけない。
胸の奥からこみ上げてくる想い。
もう押さえきれない。
8 名前:来年の夏も 7 投稿日:2002年06月21日(金)02時48分03秒
「よっすぃ〜……どうして、わたしの側に、いてくれないの?」

返事は無い。誰もいない。沈黙のなか、ただ、風だけが吹き抜ける。

「いつまでも一緒だって……約束したじゃない…」

募る想いが涙にのせて止め処なく溢れる。

「わたしの気持ち……ずっと、穴があいたまま……どうにかしてよ……助けてよ……苦しいよ……」


冷たい風が吹き抜けてゆく。
傾いた夕陽が西の空を悲しいほど赤く染めていた。

9 名前:本間家 投稿日:2002年06月21日(金)02時50分05秒
更新は遅めになると思います(週一くらい?)
ダメダメな作者ですが、お付き合い頂ければ幸いです。


10 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月21日(金)20時47分54秒
矢口さんの登場シーンが楽しみです。
どんな出会い方とか。
続き期待してます。
11 名前:来年の夏も 8 投稿日:2002年06月23日(日)23時08分00秒

「ごめーん、遅刻しちゃった」
「梨華ちゃん、遅いよ」
「だってぇ……よっすぃ〜ったら、急に呼び出すんだもん。
 わたし、お洋服、なに着て行こうか、迷っちゃって……」
「ふーん、迷った割には、今日もピンクなんだね」
「だって、ピンク好きなんだもん……ねぇ、突然呼び出したりして、何の用なの?」
「……実はね、あたし、ごっちんと付き合おうと思ってるんだ」
「えっ? えっ?」
「梨華ちゃんのこと、嫌いになった訳じゃないんだけど……ごっちんとは同い年で話も合うし…」
「ウソでしょ? もう、やだなぁ、よっすぃ〜ったら、冗談きついよ」
「……本気だよ」
「ウソ……ウソでしょ…………


突然……何も聞こえなくなった。
涙に濡れる梨華の声も、吉澤の声も、雑踏のざわめきも、何も聞こえない。
こわくなるほどの静寂の中で、周りの景色が暗闇に飲み込まれるかのようにフェイドアウトして行く。
梨華の視界は次第に暗転して行き、やがて、薄暗がりの中、ぼんやりと白い天井が浮かび上がった。
12 名前:来年の夏も 9 投稿日:2002年06月23日(日)23時09分53秒

「…………また、あの日の夢だ……」


静まり返った薄暗い部屋。カーテンの隙間がわずかに白んでいる。
梨華は虚ろ気に時計を見た。薄暗がりの中で、蛍光塗料がほのかに浮かび上がっている。

「よく見えない…」

手を伸ばして、時計を掴み寄せる。時計の針は午前5時を指していた。

「まだ早いよ……」

のっそり起き上がると、ベッドに腰掛ける。
悪夢から覚めたかのような、寝覚めの悪さ。少し息が荒い。
さっきまで見ていた夢が、まだ頭の中でぐるぐる回っていた。

「……汗びっしょりだ。シャワー浴びなきゃ」

よろよろと、おぼつかない足取りでバスルームへと向かう。


「……もう……忘れたいのに…」

シャワーを浴びながら、何度も首を横に振る。
吉澤のことは吹っ切ったつもりでいた。だが、今でも時々、あの日の夢を見る。
思い出したくもない、あの日……
13 名前:本間家 投稿日:2002年06月23日(日)23時11分23秒
少しだけ更新。

>>10
ありがとうございます。
期待に添えられるよう、がんばります。

14 名前:来年の夏も 10 投稿日:2002年06月25日(火)23時57分46秒
……突然、吉澤から呼び出された。


「ごめーん、遅刻しちゃった」

吉澤の姿を見つけて、嬉しそうに手を振る。
すぐに出かけていれば、約束の時間にはギリギリ間に合うはずだった。
しかし、洋服選びに手間取って、30分の遅刻。

「梨華ちゃん、遅いよ」

イルミネーションきらめく時計塔の下で、吉澤は腕組みをして立っていた。
梨華は息を切らしながら、吉澤のもとに駆け寄る。
午後8時。家路へと急ぐ人、街へと繰り出す人、二人の周りを人の波が行き交う。
隣では待ち人顔のOLが携帯を睨んでいる。

「だってぇ……よっすぃ〜ったら、急に呼び出すんだもん。
 わたし、お洋服、なに着て行こうか、迷っちゃって……」

頬を膨らませて、とりあえず言い訳をしてみる。
吉澤は時間に厳しい。今までも、梨華は遅刻するたび吉澤に怒られてきた。
だから、今日も当然、怒られるものだと覚悟していた。しかし……
15 名前:来年の夏も 11 投稿日:2002年06月25日(火)23時59分30秒
「ふーん、迷った割には、今日もピンクなんだね」

吉澤は遅刻を咎めようともせず、さらりと話す。怒る気配はまるで感じられない。

……あれ? よっすぃ〜、怒ってない……よかった…………でも、どうしちゃったのかな…

怒られずに済んだ安堵感に、梨華はホッと胸を撫で下ろす、と、同時に、一抹の不安を覚えた。
いつもとは違う素振りを見せる吉澤に、なにかしら胸騒ぎを感じずにはいられなかった

「だって、ピンク好きなんだもん………ねぇ、突然呼び出したりして、何の用なの?」

不安げに、問いかける。
だが、吉澤は押し黙ったまま、口を開こうとしない。
沈黙……いやな予感がした。梨華の背中に冷たい汗が一筋、流れる。
ついさっき生じた小さな不安が、もやもやと大きくなってゆく。
二人の間に流れる空気が滞ったような気がした。

……ねぇ、なにか言ってよ…

言いようのない不安に耐え切れなくなった梨華が何か言おうと口を開きかけた、そのとき、
吉澤が唐突に話を切り出した。

「……実はね、あたし、ごっちんと付き合おうと思ってるんだ」
16 名前:来年の夏も 12 投稿日:2002年06月26日(水)00時00分59秒
「えっ? えっ?」

思いもよらない吉澤の言葉に、頭の中は真っ白になった。頭の周りを?が飛び交う。
ぽかんと口を開ける梨華をまっすぐ見据えて、吉澤は静かに話を続ける。

「梨華ちゃんのこと、嫌いになった訳じゃないんだけど……ごっちんとは同い年で話も合うし…」

ようやく話が見えてきた。
それはまるで冗談のような話。そう、冗談に決まっている。あまりにも悪い冗談。

……よっすぃ〜は時々そうやって、わたしを困らせる。わたしの困った顔を見るのが好きなんだって、
笑ってる。今日もきっとそうに決まってる……

「ウソでしょ? もう、やだなぁ、よっすぃ〜ったら、冗談きついよ」

うそうそ、梨華ちゃん驚いた?ごめんね……いつもなら吉澤はそう言って、梨華の肩をぽんぽん叩く。
しかし、今日は……吉澤は瞬きもせず、まっすぐ梨華を見つめている。
その澄んだ瞳が冗談ではないことを物語っていた。

「……本気だよ。」
17 名前:来年の夏も 13 投稿日:2002年06月26日(水)00時05分53秒
青ざめた顔、震える口唇……梨華は呆然と立ち尽くす。
小脇に抱えていたピンク色のバッグが、腕をすり抜けて落ちてゆく。
梨華はそれを拾おうともせず、何か言おうとして、口をパクパク開けるが、言葉にならない。
もう、いてもたまらず、吉澤にしがみ付くと、あるったけの声を振り絞った。

「ウソ……ウソでしょ…………ウソだと言って!」

梨華は吉澤の胸に顔をうずめる。しかし、吉澤は梨華を抱きしめようとはしなかった。

「梨華ちゃん……ごめんね……」
「どうして……どうしてなの…………そんなのイヤ…」

もうそれ以上、言葉は出なかった。梨華は力なく吉澤から手を離すと、頭を抱えてその場にへたり込んだ。
そこへ、頭の上から吉澤とは別の声が聞こえてきた。

「梨華ちゃん、ごめんね。梨華ちゃんからよっすぃ〜を奪うとか、そんなつもりはないんだけど、
 でも、結果的にはそうなっちゃうんだけど……梨華ちゃんのことは嫌いじゃないんだよ……
 あたし、何言ってるか、わかんないね……」

恐る恐る見上げると、後藤が、吉澤に寄り添うように立っていた。
18 名前:来年の夏も 14 投稿日:2002年06月26日(水)00時07分05秒
もしも吉澤の“相手”が、見知らぬ誰かなら、文句の一つでも言えただろう。
だが、後藤は梨華の友達。仲のいい友達。

「梨華ちゃんには悪いとは思ってる……でも、あたしだって、この気持ちにウソはつけない。
 あたし、後悔なんてしてない。よっすぃ〜もそうでしょ?」

「うん」

吉澤が頷いた。

“うん”……そのたった一言が梨華の胸を深く貫いた。
吉澤の心が自分から離れてしまっていることを、そのほんの短い一言で、まざまざと思い知らされた。
梨華はがっくりと頭を落とした。その目の前には、さっき落としたバッグが転がっている。
梨華は手を伸ばして、それを掴むと、気が狂れたかのように何度もバッグを地面に叩きつけた。
そして、後ろに放り投げると、すっと立ち上がり、そのまま、顔を手で覆って走り去った。
19 名前:来年の夏も 15 投稿日:2002年06月26日(水)00時14分17秒

一晩中、泣き明かした。

まさかこんな日がくるとは思ってもいなかった。
二人はうまくいっていると信じて疑わなかった。
いつからだろう……吉澤の心が離れてしまったのは……全く気付かなかった。

……ほら、梨華ちゃん、これ、あたしが作った、よっすぃ〜スペシャル。かっけーでしょ……

いつか、見せてくれた、その笑顔。

……梨華ちゃん
……梨華ちゃん
……梨華ちゃん

梨華の胸に吉澤の声がこだまする。
二人で過ごした日々の思い出が走馬灯のように胸を巡る。もう戻ることのない、甘い日々。

「ひどいよ、ごっちん……よっすぃ〜を返して……」
20 名前:来年の夏も 16 投稿日:2002年06月26日(水)00時16分37秒
大切な人を奪った、仲のいい友達。

………ねぇねぇ、梨華ちゃん。あたしの新曲、聞いてくれた? いけてるかどうか不安なのよね……
ふと思い出す後藤との会話。

初めて会ったときは、ちょっと苦手なタイプだと思った。でも、いつのまにか打ち解けていた。
先輩だけど、仲のいい友達。大人っぽいところもあるけど、同級生のような、妹のような感じもする、
仲のいい友達。大切な人を奪った、仲のいい友達。

………ねぇねぇ、梨華ちゃん。見てよ、この辻のお腹! すごいよね……
梨華の胸に浮かぶ、後藤の笑顔。無邪気に笑う眩しい笑顔。

「……ごっちん……そんな顔しないでよ……何も言えなくなるじゃない…」
21 名前:来年の夏も 17 投稿日:2002年06月26日(水)00時17分41秒
やり場のない切なさが梨華を容赦なく攻め立てる。
泣いて泣いて泣いて泣いて、涙は涸れ果てることなく。
何もかも投げ出したくなる。もうこの世が終わってもいいとさえ思った。
それでも、いつもと同じように朝が来る。

「行きたくないな……」

吉澤と顔を会わせたくなかった。仕事に行けば、否応なしに顔を会わせることになる。
きっと吉澤は微笑んでいるだろう、いつものように。
でもそれは、自分に向けてのものじゃない。


ふと、顔を上げて、鏡に映った自分の姿を見つめる。

「…ひどい顔……」

鏡を見つめてつぶやく。こんな顔、誰にも見せられない。
やっぱり、今日は休もうか……そんな思いが頭をよぎる。

「でも、行かなきゃ……プライベートの理由で仕事に穴を開けちゃ、いけないよね…」

ふらふらと立ち上がると、出掛ける仕度を始めた。
22 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)01時28分20秒
パラレルだと思ったら、リアルだったんですね。
最近この組み合わせの小説激減しているんですが、
自分は大好きなんで…頑張ってくださいね。
23 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)14時26分59秒
やぐいし!!!
最近見なくなったけど自分は好きなんですよ〜。
頑張ってください。
この後どうなるのかなぁ…
24 名前:名無しさん 投稿日:2002年06月27日(木)15時35分28秒
オソロでのやぐいしは最高やね。
この小説も最高になる可能性があるわけやね。
期待大やね。自分関西人ちゃうけどね。
25 名前:来年の夏も 18 投稿日:2002年06月30日(日)23時51分58秒
「梨華ちゃん、眼が腫れてるよ? どうしたの?」
「ちょっと寝過ぎちゃったみたいで……メイクでごまかします」

誰かに会うたび、同じことを言われた。そのたび、自分のウソがばれていないか、ヒヤヒヤする。
誰とも喋る気がせず、人気の無いスタジオの片隅で、隠れるように沈黙していた梨華に、
吉澤が歩み寄ってきた。

「梨華ちゃん、こんなとこにいたんだ……」

「……」

「ねぇ、このバッグ……昨日、梨華ちゃん、忘れていったから……」

「うん……」

梨華は遠慮がちにバッグを受け取る。だが、吉澤の顔を直視できない。
俯きがちに、視線を落とす。

「ねぇ、梨華ちゃん、あたしのこと、嫌いになったでしょ?」

吉澤がつぶやく。消え入りそうな声が梨華の耳元で悲しく響く。

「ごめんね……ほんとにごめん……謝ったって済むことじゃないけど……
 梨華ちゃんとは、これからも友達の関係でいられたらいいなって思ってたけど、
 そんなの虫が良すぎるよね。もうあたしのこと嫌いなんだよね……」
26 名前:来年の夏も 19 投稿日:2002年06月30日(日)23時53分36秒
あまりにも悲痛な吉澤の告白に、梨華は思わず吉澤と目を合わせる。
梨華をまっすぐ見つめるその瞳は、涙で潤んでいた。
吉澤と出会ってから、今まで、いろんな表情を見てきた。
笑ったり、泣いたり、怒ったり……しかし、これほど悲しみに沈む吉澤を
梨華は今まで見たことがなかった。

「……よっすぃ〜、そんな顔しないで…」
「……やっと、あたしを見てくれたね…」

吉澤は寂しげに微笑む。その頬をつたう一筋の涙。


……そんなの、よっすぃ〜らしくないよ…

年下なのに、まるで年上のように落ち着いた人。小憎らしいくらい堂々としていて、年上のわたしを
いつも年下扱いする。そんな彼女が今は、少女のように泣いている。

……慰めてあげなきゃ…

本当は泣きたいのは自分のはずなのに。
梨華は、優しく静かに話し掛ける。
27 名前:来年の夏も 20 投稿日:2002年06月30日(日)23時55分09秒
「わたし……よっすぃ〜のこと、嫌いなわけないじゃない……好きで、好きで、たまらないんだから…
 好きだよ……大好き…………」

「梨華ちゃん……でも、あたしは……」

「……いいの…もういいの……わたしは元気なよっすぃ〜が好き。
 それなのに、わたし、よっすぃ〜を困らせてる。わたしのせいで、よっすぃ〜が悲しんでる。
 よっすぃ〜が悲しむと、わたしまで悲しくなる。よっすぃ〜のそんな顔、わたし見たくない。」


……大好きな人が幸せなら、わたしはどうなってもいい。
わたしがよっすぃ〜の側にいる限り、よっすぃ〜は幸せになれない。それなら、わたしは潔く身を引こう…

梨華は精一杯の笑顔を作ると、吉澤に言った。


「よっすぃ〜があの人を選んだのだから、わたしは身を引くわ。
 それで、よっすぃ〜が幸せになってくれるのなら、わたしは嬉しい。
 わたしは平気だよ。独りでも平気だからね……」

28 名前:来年の夏も 21 投稿日:2002年06月30日(日)23時57分21秒

「ふぅっ……すっきりした」

バスルームから出て来た梨華は、下着だけでベッドに倒れ込むと、大の字になって天井を見上げる。
うーん、と伸びをしてから、ふっとため息をついた。

吉澤に別れを告げたあの日から、2週間が経った。
もう吉澤のことは吹っ切ったつもりでいた。だが、今でも時々、あの日の夢を見る。

「わたしは平気だよ。独りでも平気だからね……」


ふと気が付けば、カーテンの隙間から、キラキラ光が差し込んでいる。
さっきまで薄暗かった部屋が、いつのまにか、明るさを増していた。

「もう朝かぁ」

カーテンを開けると、朝の光が目に眩しい。
手をかざしながら、窓の外を眺める。

「今日も、いい天気」

抜けるような青空の下、通りに並ぶ街路樹が鮮やかな深緑に萌えている。

ふと、梨華の脳裏に、ある風景が甦った。
澄み切った青空、穏やかに広がる青い海。
岬の灯台を遥かに望む断崖上の草原……吉澤と二人で行った思い出のあの場所。

あれから一年が経ち、再び夏を迎えようとしていた。

「もう……そんな季節なんだ……」
29 名前:来年の夏も 22 投稿日:2002年06月30日(日)23時58分35秒

澄み切った青空、穏やかに広がる青い海。
岬の灯台を遥かに望む断崖上の草原で
梨華は独り佇んでいた。

「いい気持ち」

優しくそよぐ風が心地よく梨華の頬を撫でる。
幸せそうな恋人達が、二組、三組、腰を下ろして語らっている。
さわやかな陽射しの下に広がる幸せな風景に、梨華は微笑んで眼を細めた。


初めてここに来たのは、一年前のこの季節。
ひとみは行く先を教えてくれなかった。

「ねぇ、どこに行くの?」
「内緒。着いてからのお楽しみ」
「もぅ、よっすぃ〜のイジワル」

ほんとはイジワルなんて思っていない。
どこに連れてってくれるのかドキドキしていた。
バスを降りると、視界が開けて海が見えた。

「うわぁ、キレイ…」
「梨華ちゃんにこの景色を見せたかったんだ」
「とっても素敵…」
「いちばん大切な人とここに来ようって、決めてたんだ」
「よっすぃ〜、わたし……うれしい…」

草原の新緑が目に眩しかった。
澄み切った青空、穏やかに広がる青い海。
時を忘れて二人で語らった。
とても幸せだった。

「また、来ようね」
「うん、約束だよ。来年の夏も、きっときっと、二人で来ようね…」
30 名前:来年の夏も 23 投稿日:2002年06月30日(日)23時59分31秒
今年の夏。約束した夏。

梨華は独り草原に佇む。
一年前と何も変わらないこの場所。
でも……ただひとつ、一年前とは違うことがある。

隣にいるはずの人は、いない。


……よっすぃ〜があの人を選んだのだから、わたしは身を引くわ。
それで、よっすぃ〜が幸せになってくれるのなら、わたしは嬉しい。
わたしは平気だよ。独りでも平気だからね……
31 名前:来年の夏も 24 投稿日:2002年07月01日(月)00時00分37秒
空が茜色に染まる頃、梨華は静かに立ち上がった。
パンパンと軽くスカートをはらう。
芝生の切れ端が風に舞って流れてゆく。

「さぁ、帰ろっと」

歩き出した梨華は、ふと立ち止まる。
視線の先には、幸せそうに肩を並べて歩くカップル。
一年前は、わたしも、あんなふうだった。
この幸せは、いつまでも続くものと信じていた。

「なぜ、わたしは独りなの……」

寂しい気持ちを見透かすように、冷たい風が吹き抜ける。
不意に、ピンク色の帽子が風に飛ばされ、転がってゆく。
誰も帽子を拾ってはくれない。
拾ってくれる人はもういない。

「……独りでも……平気だからね………平気なんだから……寂しくなんか…」

涙が溢れてきた。
強がってみても、心にウソはつけない。
胸の奥からこみ上げてくる想い。
もう押さえきれない。
32 名前:来年の夏も 25 投稿日:2002年07月01日(月)00時01分29秒
「よっすぃ〜……どうして、わたしの側に、あなたは、いてくれないの?」

返事は無い。誰もいない。沈黙のなか、ただ、風だけが吹き抜ける。

「いつまでも一緒だって……約束したじゃない…」

募る想いが涙にのせて止め処なく溢れる。

「わたしの気持ち……ずっと、穴があいたまま……どうにかしてよ……助けてよ……苦しいよ……」


冷たい風が吹き抜けてゆく。
傾いた夕陽が西の空を悲しいほど赤く染めていた。

33 名前:来年の夏も 26 投稿日:2002年07月01日(月)00時02分44秒

帰りの電車の中、ずっと窓の外を見ていた。
すでに陽は落ち、夜のとばりの中で、いくつもの灯りが流れてゆく。
あの灯りの数だけ人がいる。それぞれの生活の中で、何かを思い、日々暮らしている。
たぶん一生出会うことのない人々。

自分の一生のなかで、いったいどれだけの人と出会うのだろう。
星の数ほど人がいて、でも、出会える人はほんの一握り。
だから、出会えることは、運命と言っていいかもしれない。
吉澤と出会ったことが運命なら、別れもまた運命なのか……

そんなことを考えながら、ふと窓ガラスに映る自分の顔に気付く。
涙をこらえて引きつる顔が、ガタガタ震えている。
そっと窓に指を這わせてみた。ガラスの冷たい感触とともに窓の震えが指に伝わってくる。
それが、今の自分の胸の内を表しているように思えた。
34 名前:来年の夏も 27 投稿日:2002年07月01日(月)00時04分40秒
部屋に戻ってくると、電気もつけずにベッドに飛び込む。そのまま朝まで動かなかった。

思い出の草原に行くつもりなんてなかった。だが、自然に足が向いていた。
そして、自分の本当の気持ちに気付いた。
2週間もの間、胸の奥に押し込めてきたその想いは、今や堰を切ったように溢れ出し、
朝を迎えても、消えることはなかった。

この想いを過去の思い出に変えることが出来たなら、きっと、新しい光が見えてくる。
それは誰よりも、自分自身がいちばん分かっていることだった。
でも、胸の想いを振り払えない。
もう吉澤は戻ってこない。
わかっている。わかっているけど……

35 名前:本間家 投稿日:2002年07月01日(月)00時10分30秒
レスありがとうございます。
プロローグはこれで終わりです。次から本筋に入る予定です。

>>22
なるべくリアルっぽく書こうと心掛けてます。
>>23
この後の展開は……これから考えます……
>>24
オソロの二人はめっちゃええ感じやね。

36 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)00時44分38秒
やぐりかですか!めっちゃ楽しみです。
CDTVの二人、テンション高いりかっちとナイスつっこみの矢口さん
めっちゃいいコンビでしたもんね。
矢口さんの登場を楽しみにしてます。
37 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月01日(月)19時47分11秒
やぐいし発見!!
っていっても、まだ矢口は全然出てきて無いんですね・・・。
この次の更新あたりから出てくるかな?
続き、楽しみにしてます。
38 名前:LVR 投稿日:2002年07月01日(月)23時12分23秒
面白いです。
吉澤さんの心はもう戻らないのでしょうか?
ともかく、続き期待。
39 名前:来年の夏も 28 投稿日:2002年07月08日(月)00時45分07秒

その何時間か後には、TVカメラに向かって微笑む梨華がいた。
いつものスタジオ、いつものメンバー。
吉澤もいる。後藤もいる。
何かもかもが、いつもと同じ。
こんなにも心が苦しいのに、切なさで胸が張り裂けそうなのに、
誰もこの気持ちを知らない。知る必要もない。
モーニング娘。の石川梨華は、泣くことを許されない。


「……はぁっ……やっと、終わった…」

時間の経ち方がいつもより長く感じられた。
今日という時間がこのまま永遠に続くのかと思うくらいに。
ときには不意に泣きたくなったりもした。そんなときは気力を振り絞って笑顔を作った。
そして……この日の仕事がようやく終わった。
40 名前:来年の夏も29 投稿日:2002年07月08日(月)00時46分28秒

「いしかわー、ご飯食べに行こうよ」

帰る仕度をしていた梨華の背後から、矢口が声をかけてきた。
しかし、梨華の耳には入らない。

「……」
「こらーっ! いしかわーっ!」
「うわっ、びっくりしたぁ……もう、矢口さん、驚かさないで下さいよ」
「石川がボーッとしてるからだろ」
「ごめんなさい……なにか用ですか?」
「これから、ご飯食べに行こうよ」

誘ってくれるのは嬉しい。だが、とてもそんな気にはなれなかった。

「ごめんなさい。わたし…」

視線を矢口からそらして、遠慮がちに断ろうとする。
しかし、矢口はそんな梨華には構いもせずに、話を続ける。

「どうせこの後、予定なんてないでしょ」
41 名前:来年の夏も 30 投稿日:2002年07月08日(月)00時48分00秒
そのセリフが梨華には気に入らなかった。

「なんで予定がないって決めつけるんですか。わたしにだって、
 予定の一つや二つくらい………ないけど……」

「ほら、やっぱり予定ないんじゃない」

「どうせ、わたしは友達いないです!」

梨華はふくれっつらで矢口を睨む。


「まぁまぁ、オイラだっていないから気にすんなよ。おごってあげるからさ」

「……矢口さんのおごりですか?……タダってこと?」

梨華の表情が変わった。思わず顔がほころぶ。
タダ……この言葉にはめっぽう弱かった。

「はーい、行きましょう!」
42 名前:来年の夏も 31 投稿日:2002年07月08日(月)00時49分27秒

「矢口さーん、カルビ焼いていいですか?」
「いきなりカルビかよ。まあいいけど。好きなの焼きな」
「はーい、矢口さん、大好き!」

嬉しそうにカルビを焼き始める梨華。その姿を矢口は微笑ましそうに見つめる。

「よかったね、元気になって」

矢口の言葉は、カルビを焼く音にかき消された。

「えっ? 何か言いましたか?」
「なんでもないよ」
「ねぇ、矢口さんも食べましょうよ」
「うん、食べるよ。っつーか、オイラがお金だすんだから、そりゃ食べるって」

43 名前:来年の夏も 32 投稿日:2002年07月08日(月)00時58分49秒

夜の並木道を二人で歩く。

「あー、もうお腹いっぱい、矢口さんごちそう様でした」
「オイラもお腹いっぱいだよ」
「うふふふ……久しぶりに焼肉食べたなぁ。美味しかった」
「そうだね、オイラも焼肉は久々だったな。たまにはこういうのもいいよね」
「あー、夜風が気持ちいいな」

梨華はスキップしながら矢口の2,3歩先を行く。

「梨華ちゃん、よかったね」
「よかったです。わたし、焼肉大好き」
「元気になってよかったよ。最近、梨華ちゃん元気なかったし、心配してたんだよ。
 特に今日は死にそうな顔してたからさ」

思わず立ち止まる梨華。
今日はずっと、いつもと同じように振る舞っていた。
しかし……その笑顔とは裏腹に心の中では泣いている梨華に
矢口は気付いていた。


……矢口さん……わたしのこと、心配してくれてたんですね……食事に誘ってくれたのも…
44 名前:来年の夏も 33 投稿日:2002年07月08日(月)01時03分44秒
「何があったのか知らないけどさ、早く元気になりなよ。
 落ち込んでる梨華ちゃんは、いつも以上に暗すぎてシャレになんないんだから」

梨華が振り返る。
その瞳は涙に濡れていた。


「ウソウソ、暗いってのはウソだから。冗談だってば、梨華ちゃん。
 暗いとかそんなのウソだって…」

元気付けるための軽い冗談のつもりだった。
それがまさか、泣かせてしまうとは思いもしなかった。慌てふためく矢口。
しかし、梨華は涙ぐみながら微笑んだ。

「違います……そうじゃないんです……この涙は……矢口さんが優しいから……」


うろたえていた矢口も、真顔になった。

「もしよかったら話してみてよ、何があったのか。悩みを独りで抱えていても苦しいだけだよ」

「……」
45 名前:来年の夏も34 投稿日:2002年07月08日(月)01時08分58秒

梨華は矢口の問いかけには答えようとせず、黙り込んでしまった。
二人を沈黙が包み込む。
矢口はその間、腕組みをして何か考えているようだったが、
やがて、なにか妙案でも思いついたのか、ポンと手を叩く。

「そうか、わかった。梨華ちゃん、今夜はウチに泊まっていきなよ」

その思いがけない言葉に、梨華はきょとんとした顔で、矢口に聞き返す。

「え? 矢口さん家にですか?」
「そう。オイラん家に来なよ」
「でも……ご家族の方が…」
「それは気にしなくてもいいから。今夜はウチで泊まりな」
「でも……独りで考えたいこともあるし…」
「それがダメなんだって。梨華ちゃん、独りで悩んでたら、どんどん泥沼にハマってしまうでしょ?」
「……それは……そうですけど…」
「はい、決まり。じゃ、タクシー拾うからね」
46 名前:本間家 投稿日:2002年07月08日(月)01時14分33秒
更新、遅くて申し訳ないです。

>>36
…見逃した……仲良しの二人が瞼に浮かぶようです。
>>37
当たりです。今回から登場しています。
>>38
吉澤さんとはどうなるのか……これから考えます……
47 名前:来年の夏も 35 投稿日:2002年07月12日(金)02時06分38秒
手をあげて車道へ駆け出ようとする矢口を、梨華があわてて引き止める。

「ちょっと待って下さい……わたし、お泊りの用意とか、してないし…」
「そんなのオイラが貸してあげるよ。気にすんなって」
「でも…」
「あーもう! 梨華ちゃん、ぐずぐず言わないの! 今夜はウチに泊まる、もう決定だから」
「……わかりました…」

梨華はもう観念した様子で矢口に従う。
やがて、二人は矢口一家の暮らすマンションへとやって来た。

「さぁ、遠慮しないで上がってよ」
「はい、おじゃまします」

玄関を上がった二人。そこへ、奥から現れた一人の男。

「お! 石川さんじゃないか。よく来たね。さあ、お上がり」
「おじゃまします。矢口パパさん、ご無沙汰してます」

48 名前: 来年の夏も 36 投稿日:2002年07月12日(金)02時07分38秒
満面の笑みを浮かべる矢口パパ。

「いやー、石川さんが我が家へ来てくれるとは、お父さん、感激だなー。
 真里はこう見えても友達が少なくてね。滅多に友達を家に連れてこないものだから…」

「ちょっと、お父さん! 梨華ちゃんはお父さんに会いに来たわけじゃないんだから。
 あっち行っててよ」

「ちょっとくらい、いいじゃないか。お父さんだって、石川さんと話がしたいぞ」

「いいから、あっち行ってよ!」

「そうか……」
うなだれて、奥の居間へと消えてゆく矢口パパ。

その哀愁を帯びた後姿を見送りながら、梨華がポツリと呟く。
「なんだか、かわいそう……」
49 名前:来年の夏も 37 投稿日:2002年07月12日(金)02時09分28秒

「ここがオイラの部屋だよ。ちょっと、散らかってるけど」

「うわぁ、カワイイ!」

矢口の部屋に一歩足を踏み入れた梨華は思わず歓声を上げる。
部屋のあちこちに、大小様々のプーさんが置かれていて、彩り鮮やかに散りばめられた
小物達とともに、いかにも女の子らしい雰囲気を醸し出していた。

「きれいに片付いてますね」
「いや、これでも散らかってるほうなんだけど」
「そんなことないですよ、とてもキレイなお部屋。わたしの部屋と大違い」
「あぁ、そういえば、梨華ちゃんの部屋って、ずいぶんと汚いらしいね。掃除しろよ」
「えー、だって、お掃除キライ」
「梨華ちゃんって、掃除しないの?」
「ママがしてくれるから…」
「掃除くらい、自分でしろよ」
「えー、だって面倒だし…」

50 名前:来年の夏も 38 投稿日:2002年07月12日(金)02時10分48秒
「まぁいいよ。それより、こんなところで突っ立ってても何だし、ちょっと待ってて。
 飲み物持ってくるよ。梨華ちゃん、何が飲みたい? コーヒーにする?」
「コーヒーは苦いし、眠れなくなるから……お水でいいです」
「あのねぇ、梨華ちゃんは一応、お客様なんだから、いくらなんでもお水なんて出せないよ。
 それじゃあね、ジュースでいい?」
「はい、ジュースも好きです」
「じゃあ、待っててね」

程なくして、トレイを手にした矢口が戻ってきた。

「……はい、梨華ちゃん、お水…」
「……ジュースじゃないんですか?」
「……なかった。冷蔵庫、空っぽだった。もうお母さんったら…ちゃんと買い物してるのかな?」
「ひょっとして……矢口さん家って、貧乏?」
「そうそう、デパートに出かけて、試食品をつまんでは喰い、つまんでは喰い……って、なんでやねん!
 オイラの稼ぎぐらい知ってるだろ!」
「矢口さん、のりつっこみ、すごーい」
「まったく、オイラをからかうなよ……ふふふっ…」

矢口は半ば飽きれながらも、元気そうな梨華にホッとする。
やはり、家に連れてきて正解だった。

51 名前:来年の夏も 39 投稿日:2002年07月12日(金)02時12分04秒

「じゃあさ、ゲームでもしよっか。オイラが今、ハマってるやつを…」
「あの……」
「なに? ゲーム嫌い?」
「いえ、そうじゃなくて……わたしの悩み…」
「あー、それね。いいよ、無理して話さなくても。今夜は何もかも忘れて、パァーッと騒ごう」

そう言うが早いが棚の下からゲーム機を取り出すと、鮮やかな手付きでケーブルをつなぎ、
AC電源をつなぎ、ソフトをセットし、メモリーカードを差し込む。まさに電光石火の早業。
梨華はその様子をただ呆然と見ている他なかった。

「よし、準備完了! じゃあ、始めるよ」
「でも……わたし、操作の仕方がわからない……」
「細かいことは気にするな。ゲームは勘と反射神経がモノを言う。いいか、身体で覚えるんだっ!」
「そんなこと言われても……」

52 名前:来年の夏も 40 投稿日:2002年07月12日(金)02時13分02秒

どれくらいの時間が経っただろうか。
……実は1時間ほどしか経っていないのだが、梨華にはとてつもなく長く感じられた。
まるで拷問のような1時間…

「やっりー! またオイラの勝ち! 梨華ちゃん弱いね」
「あのー、もうやめにしませんか?」
「ダメダメ、負け逃げは許さないよ。あっ、ほら、次のステージに入った! 梨華ちゃん構えて!」

負け逃げなんて言葉は聞いた事がない、そう思いながらも梨華はコントローラを構える。そして……

「ふわぁぁーーー……」

大あくび。

53 名前:来年の夏も 41 投稿日:2002年07月12日(金)02時14分01秒
「梨華ちゃん、すごいアクビ。そんなに口が開くんだ」
「やだ、もう……恥ずかしいよ…」
「眠いの?」
「……夕べ、寝てないんです…」
「そっか……うーん、これからいいとこなんだけどな……寝てないんじゃ、しょうがないよね…
 じゃあ、お風呂入って、寝よっか」

矢口はまだ少しゲームに未練があるようだったが、それでも、てきぱきとゲーム機を片付けると、
入浴の準備を始める。そして…

「お風呂の用意が出来たよ。一緒に入る?」
「いやーん」
「冗談だって。ウチのお風呂、そんなに広くないから、二人も入らないって」
「もう、矢口さん、からかわないでください」
「ははっ、ごめんごめん。梨華ちゃん、先に入っていいよ。着替えとかも用意しといたからね」

54 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月12日(金)17時29分09秒
矢口エエ奴やなあ。
55 名前:とみこ 投稿日:2002年07月13日(土)08時46分22秒
矢口切なげ・・・・
56 名前: 投稿日:2002年07月14日(日)01時27分25秒
矢口さん優しい。
57 名前:来年の夏も 42 投稿日:2002年07月18日(木)00時15分05秒

チャポン…チャポン…

「はぁ……わたし、矢口さん家のお風呂に浸かってる……なんか不思議な感じ…」

梨華はバスタブに身体を沈めながら、バスルームを見回す。

「ウチのお風呂よりも、ずっと広いなぁ。足だって伸ばせるし、わたしもこんなお風呂が欲しいな。
 そういえば、矢口さん、一緒に入る? なんて言ってたなぁ。冗談だろうけど、でも、このお風呂、
 二人でも充分、入れそうな広さ…」

ガタッ

そのとき、不意に脱衣場から物音が聞こえた。梨華は思わず身をすくめる。

「な、何……?」

おそるおそるバスルームのドアに目を向ける。
ドアのすりガラスに映る人影。

「だっ、誰っ?」

梨華の甲高い声が響き渡る。
58 名前:来年の夏も 43 投稿日:2002年07月18日(木)00時16分25秒
だが、ドアの向こうから聞こえてきたのは、よく聞き慣れた、あの声だった。

「梨華ちゃん、湯加減どう?」
「なんだぁ、矢口さんかぁ、びっくりした…」

梨華はホッと胸を撫で下ろす。そういえば、この人影、よく見ると随分と小さい。

「お湯加減はですねぇ……ちょうどいいですよ」
「そうなんだ。じゃ、オイラも一緒に入ろっかな」
「えっ? ちょ、ちょっと待って…」
「じゃ、入るよ」

ゆっくりとドアが開く。そこには、服を着た矢口が立っていた。

「だから、冗談だって。一緒に入るわけないじゃん」
「もぅ、矢口さんったらぁ、からかわないでください! 本気にしちゃったじゃないですか!」

梨華は、水面をバシャバシャ叩いて悔しがる。

「梨華ちゃんって、ほんとに騙されやすいんだね」
「もうっ!」
「ははっ、ごめんごめん。梨華ちゃん、ゆっくり入ってってね」

59 名前:来年の夏も 44 投稿日:2002年07月18日(木)00時18分44秒
矢口は、梨華に軽くウインクすると、ゆっくりドアを閉めた。
バスルームからは、まだ、バシャバシャと音が聞こえてくる。

「よかった…」


微笑みながら、脱衣場を後にすると、足取りも軽く、部屋へと向かう。
その途中、廊下で、ばったり矢口パパと出くわした。
やけにソワソワした矢口パパ。

「お父さん、何してるの?」
「いやー、我が家の風呂に石川さんが入ってると思うと……なんだかワクワクするぞ」
「まさか……覗いたりしないでしょうね」
「そ、そ、そんなこと、するわけないだろ」
「怪しい……お父さんのエッチ…」
「お、お父さんは覗きなんてしないぞ。石川さんがお風呂に入っている……このシチュエーション
 だけで、お父さんは満足だ」
「……さっきのエッチってのは取り消す……お父さんの変態…」
「真里……」

60 名前:来年の夏も 45 投稿日:2002年07月18日(木)00時19分57秒

やがて、梨華が部屋へ戻ってきた。

「あぁ、いいお風呂だった。もうポカポカです」
「じゃ、オイラもお風呂に行ってくるよ。そのあいだ、テレビでも見てて」
「はーい、行ってらっしゃい……あっ、そうだ!」
「なに?」
「矢口さん、わたしと一緒に入りませんか?」
「ダメダメ。その手には乗らないよ。オイラを騙そうったって、そうはいかないからね」

矢口はニヤリと一瞥すると部屋から出て行った。
一人、残された梨華は、地団太を踏んで悔しがる。

「悔しいなぁ、わたしも矢口さんをギャフンと言わせたいな…」

腕組みをして何やら考え始める。
どうやら、矢口を驚かす方法について真剣に考えているらしい。
その真剣な眼差しが、やがて、だんだんとニヤけ始めてくる。

「ふふふふ……よし、決めた……わたしもお風呂を覗いて、矢口さんを驚かそう!」

61 名前:来年の夏も 46 投稿日:2002年07月18日(木)00時21分44秒
梨華は早速、行動へと移る。誰にも見つからないように、そろそろとバスルームへ向かう。
だが、廊下で、あの男と出くわしてしまった。

「おー、石川さんじゃないか!」
「あ、矢口パパさん…」
「……洗い髪がステキだ…」
「えっ? 何か言いましたか?」
「あ、いやいや、何でもないよ。ところで、石川さんはこんなところで何をしているのかな?」
「えっと、わたしは……その……おトイレに…」

矢口を驚かすためにバスルームへ行くとは、なんとなく言えなかった。

「そうか、トイレならあっちだよ」
「はい、ありがとうございます」

梨華はバスルーム行きをいったん諦めてトイレへと向かった。
その後姿を見送る矢口パパ。

「するのか……そりゃそうだな。石川さんも人間だからな。しないはずないよな…」

うなだれて、奥の居間へと消えてゆく矢口パパ。

62 名前:来年の夏も 47 投稿日:2002年07月18日(木)00時24分16秒

その10分後には、再び、廊下をそろそろと歩く梨華がいた。
一度の失敗で諦めたりはしない、何としても矢口を驚かせてみせる、
梨華は不屈の精神で、打倒矢口を胸に、バスルームへと挑む。
……決して、根に持っている訳ではない。

そして、今度は、無事に脱衣場への潜入に成功した。


「さっきは矢口パパさんに会ってしまったけど、今度は成功だ……さぁ、矢口さんを驚かすぞ…
 ……お湯加減はどうですかーって言って、お風呂に突入……よし、これだ!
 ふふふ……矢口さんびっくりするだろうな……」

ニヤつきながら、ドアのノブに手をかけると、勢いよくドアを開けた。

63 名前:来年の夏も 48 投稿日:2002年07月18日(木)00時25分56秒
「お湯加減はどうで………え?」

そこにいたのは……今、まさに、バスタブを跨ごうとしている矢口パパ。
もちろん、全裸。

「あ、あ、あ…」
梨華は言葉を失って、凍りつく。

矢口パパも、突然の出来事になす術もなく、バスタブを跨いだ状態のまま動けない。
見つめ合う二人。
ふと梨華が視線を落とすと…

「あ、あ、あ、あの……ごめんなさいっ!」

梨華は慌ててドアを閉めると、バスルームに背を向けて、立ちすくむ。

「見ちゃった…」

64 名前:来年の夏も 49 投稿日:2002年07月18日(木)00時27分04秒

「…見てしまった…」

うわ言のように繰り返しながら、梨華は茫然と廊下をさまよう。

「何を見たの?」
「うわっ!」

ふと気がつくと、いつのまにか、目の前に矢口が立っていた。

「梨華ちゃん、何を見たの?」
「えっと……その……何も見てませんっ!」
「顔真っ赤だよ」
「何も見てないったら見てないんです! それよりっ! 矢口さん、なんでお風呂に入ってないんですか!」
「なんで、って……キッチンでお母さんと立ち話してたから……今から入るんだけど」
「もう、遅いんです!」
「梨華ちゃん、なんで怒ってるの?」
「……怒ってません!」

梨華は顔を手で覆って、走り去った。

「変な梨華ちゃん……」

65 名前:来年の夏も 50 投稿日:2002年07月18日(木)00時28分50秒
首をかしげながら、バスルームへと向かった矢口。
脱衣場に入ると、人の気配に気付いた。

「あれ? 誰か入ってるの?」

傍らのバスケットに目を落とす。そこには、しおれたトランクスが…

「あーっ! お父さん、なんでお風呂に入ってんの! ちょっと! お父さん!」

思わずドア越しに怒鳴りつける。しかし、バスルームからは返事がない。

「お父さん、どうかしたの?」

矢口はバスルームに耳をそばだてる。かすかに聞こえてくる矢口パパのささやき。

「見られてしまった……」

66 名前:本間家 投稿日:2002年07月18日(木)00時32分56秒
毎度のことながら、更新が遅くて申し訳ないです。
どうしても週一くらいになりそうなので、ご了承下さい。

>>54,55,56
矢口さんはもちろん、みんないい子です。
67 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月19日(金)11時44分06秒
矢口パパがなんかイイ味出してますね(w
68 名前:来年の夏も 51 投稿日:2002年07月28日(日)03時30分05秒

「矢口さん、遅いなぁ」

梨華は部屋の真ん中にペタンと座り込んで、おとなしく矢口の帰りを待っていた。
さっきの矢口パパとの不慮の遭遇があまりにも衝撃的だったせいで、
矢口を驚かそうなんて魂胆は、もう何処かへ吹き飛んでしまっていた。

何気なくテレビを見ながら、梨華はふと思う。
今日は楽しかった……

……楽しかった?………今日は最悪の一日だったはず……

半ば、強引に連れてこられた、この部屋。
だけど、もしも、今日、矢口が声をかけてくれなかったら…
きっと今頃は夕べと同じように、一人、泣き濡れていたに違いない。

……ありがとう、矢口さん……

矢口の優しさが身に染みて感じられた。
たぶん、照れくさくて、直接、「ありがとう」とは言えないかもしれない…
でも、とっても感謝してる……

69 名前:来年の夏も 52 投稿日:2002年07月28日(日)03時31分13秒
梨華は静かに目を閉じる。
この部屋にいると、なんだか心が落ち着く。穏やかな気持ちになれるような、そんな感じがする。
今、自分を包み込んでいる時間さえも、ゆっくりと流れていくような、不思議な感覚に満たされる。
すぐそばで鳴っているはずのテレビの音も、まるで、遥か彼方で鳴っているよう…

だが、その心地いい時間は、突然のドアのノックによって、あっけなく終わりを告げた。

ドンドン

「えっ誰?」

ドンドンドン

ノックにしては随分と乱暴な叩き方だ。
もし矢口なら、こんな叩き方はしない。

「誰なの……?」

ふと梨華の脳裏に浮かぶ、矢口パパの衝撃映像。
全裸の矢口パパが、梨華めがけて突入してくる……そんなシーンを思い浮かべて、
恐怖に震える梨華。

70 名前:来年の夏も 53 投稿日:2002年07月28日(日)03時32分22秒
しかし、そんな梨華の妄想をよそに、ドアの向こうからは、聞きなれたあの声が。

「梨華ちゃーん、開けてー、手がふさがってて、ドア開けらんないんだよー」
「なんだ、矢口さんか、お帰りなさい」

梨華はホッとしてドアを開ける。
そこには、布団を身体一杯に抱えた矢口が立っていた。
だが、矢口よりも布団のほうが大きいため、梨華には矢口の姿が見えない。

「うわっ、おふとんオバケ!」

思わず後ずさる梨華。


「梨華ちゃん、そこにいるの? どいてどいて……重いんだから…ふとん下ろすよ…」

ドサッ

矢口は放り投げるように布団を下ろした。だが、そこには…

「あー、重かったー」
「たすけてー、おふとんにつぶされるー」
「あっ、ごめんごめん。梨華ちゃん、そこにいたんだ。前が見えなくってさ」
「もぅ、矢口さん、ひどーい」

71 名前:来年の夏も 54 投稿日:2002年07月28日(日)03時33分45秒

来客用の布団を敷くために、二人でテーブルを移動させる。
ベッドの横に布団が敷かれると、部屋は一杯になった。

「さてと、布団も敷き終わったし、ベッドメイキングも完了!」
「あの……ほんとにわたしがベッドに寝てもいいんですか?」
「いいんだって。遠慮することないよ」
「はい、それじゃ、ベッドを借りますね」
「じゃ、寝よっか」

おもむろに服を脱ぎ始める矢口。

「ちょ、ちょっと! 矢口さん、何してるんですか?」
「なにって、寝るんだけど」
「裸でですか?……ま、まさか……あ、あの…わたし…そんな…
 …でも、お布団は別々だし……」
「梨華ちゃん、何、ごちゃごちゃ言ってるの?」

素っ裸になった矢口は、そのまま布団に潜り込むと
蛍光灯からぶら下がった紐に手をかける。

「もう、電気消すよ?」

72 名前:来年の夏も 55 投稿日:2002年07月28日(日)03時35分05秒
「わかりました……」
梨華は思い詰めた表情で布団に近付く。

「ちょっと、梨華ちゃんはあっちでしょ!」
あわてて、ベッドを指差す矢口。

「…あ……そう…そうですよね……わたし、なに勘違いしてるんだろ…」
「……梨華ちゃんのエッチ」
「ち、ち、ち、ちがいますっ! だって、矢口さんが裸になるから…」

梨華は顔をユデダコのように真っ赤にしながら、何度も何度も首を横に振る。

「梨華ちゃん、そんなにマジにならなくても……冗談だってば。
 あのね、オイラが裸で寝るのは、健康にいいってことと、シーツの感触が気持ちいいから」
「もぅ……矢口さんのいじわる…」
「さ、お遊びはこの辺で終わり。梨華ちゃん、早くベッドに入りなよ。ほんとに電気消すよ」
「ちょっと待って下さい。今、お布団に入りますから」

梨華は、あたふたとベッドに潜り込む。

「はい、電気消してもいいですよ」
「うん、わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」

73 名前:来年の夏も 56 投稿日:2002年07月28日(日)03時36分16秒

暗闇の中で、矢口はぼんやりと天井を見つめる。

これで良かったのだろうか。
梨華にとって、いい気分転換にはなっただろう。しかし、梨華の悩みが解消したわけではない。
明日になれば、また、いつもの日常が梨華を待っている。
その中で、果たして梨華は、いつもの自分自身を取り戻すことができるのだろうか…
やはり、梨華の悩みを聞いてあげたほうがよかったのかもしれない…

「あのさ……梨華ちゃん……よっすぃ〜と喧嘩してるでしょ。早く仲直りしなよ」

梨華の最近の行動を見ていて、矢口が思い当たることといえば、これしかなかった。
いつも仲の良い二人が、このところ会話を交わしている様子がない。
それどころか、お互い、顔を合わせることを避けているようにも見えていた。

「喧嘩が長引いて、仲直りしづらいの? オイラが仲を取り持ってあげようか?」

74 名前:来年の夏も 57 投稿日:2002年07月28日(日)03時37分33秒
返事がない。
矢口は布団から起き上がると、ベッドを覗き込む。
梨華は、すでに安らかな寝息を立てていた。

「梨華ちゃん、もう寝ちゃったのか…」

梨華の寝顔を見つめる矢口。

「こうして見ると、やっぱり梨華ちゃんってカワイイよね。でも、喋ったら
 この可愛さも台無しだけど」

梨華の寝顔を覗き込みながら、クスリと笑う。

「悩みはまた明日、聞いてあげよう。オイラも、もう寝ないと」

しかし、何故だか、梨華の寝顔から目が離せない。

「なんか……ほんとにカワイイ……」

75 名前:来年の夏も 58 投稿日:2002年07月28日(日)03時39分06秒
ふと、キスがしたい衝動にかられた。
梨華に限らず、メンバーとのキスなんて、普段よくやっているし、別に珍しくもない。
矢口は身を乗り出して、ゆっくり顔を近づける。
間近に迫る梨華の寝顔に、思わず息を飲み込む。高鳴る胸の鼓動。

キスなんて、珍しくもない……それなのに、この胸の高まりは何だろう。

静かに顔を寄せる。
梨華の寝息を唇に感じながら、そのまま、そっと、唇を重ねた。

76 名前:本間家 投稿日:2002年07月28日(日)03時40分50秒
うたばんを見て、内容を一部、書き換えました。その分、更新が遅くなりました。←言い訳

>>67
序盤から暗めのシーンが続いたので、
ちょっと楽しげなシーンを書いてみました。
77 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月28日(日)16時55分36秒
果たしてキスだけで終わるのだろうか・・・(w
78 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)21時29分23秒
絶対自分だったら我慢出来ないだろうから…
矢口(w
君の気持ちはわかるっ!(w

続き期待(w
79 名前:名無しのゴンベイ 投稿日:2002年07月31日(水)08時40分24秒
いしよしに期待!!
80 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)21時38分33秒
やぐいし♪やぐいし♪(w
81 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)03時16分22秒
いしよしはいくらでもあるのでここはやぐいしで
82 名前:来年の夏も 59 投稿日:2002年08月18日(日)02時57分12秒
その瞬間、稲妻が身体を突き抜けたような気がした。
重なり合う唇。
自分でも驚くほど激しく脈打つ鼓動が、はちきれそうなくらいに鳴り響く。
切なさで胸がいっぱいになる。
ただのキスなのに……なぜ、こんなにも胸が締め付けられるのか…

しかし、そんな矢口とは裏腹に、梨華の吐息はゆっくりと穏やかに、規則正しくリズムを刻む。
その二人の温度差に、ふと虚しさを感じて、そっと、唇を離した。
顔を上げて、気持ちよさそうに眠る梨華の寝顔を見つめる。

「人形にキスしてるみたいだよ…」

矢口は、静かに布団に戻る。

「梨華ちゃん、おやすみ」

83 名前:来年の夏も 60 投稿日:2002年08月18日(日)02時58分27秒

「うーん……」

梨華は、ふと、目を覚ました。
見慣れない天井。ここはどこだろう。
少し視線をずらしてみると、飾り棚の一番上にプーさんが座っているのが見えた。

「……そうだ、矢口さんの部屋だった…」

のっそりと上体を起こして、軽く伸びをする。
「あぁ、よく寝た…」

横を見ると、矢口が布団にくるまって寝ている。
その姿がなんとなく、ハムスターが新聞紙の屑に、くるまって寝ているように見えて、
なんだか微笑ましい。

「ふふっ、矢口さん、かわいい…」

いつも口やかましい矢口が、おとなしく寝ている。そのギャップがたまらない。
くすくすと口元をほころばせながら、その寝姿を眺めていた梨華の目に、
ふと、枕もとに置いてある時計が目に入った。

11時。

「うわっ、もうこんな時間! 今日は、お昼から仕事なのに…」

84 名前:来年の夏も 61 投稿日:2002年08月18日(日)02時59分37秒
梨華はベッドから飛び降りると、矢口を揺さぶり起こす。

「矢口さん、起きて下さい!」
「……うーん……………梨華ちゃん、おはよう…」

矢口は寝ぼけまなこで梨華を見つめる。
「……今、何時?」
「11時です」
「…………えっ!」

矢口は慌てて飛び起きる。眠気も一瞬で吹き飛んでしまった。

「やばいじゃんか! 早く出掛ける準備しないと、遅刻する!」
「……」
「梨華ちゃん、なにぼうっとしてるの! 早く仕度を…」

矢口は急いで立ち上がると、梨華に外出の仕度を始めるよう促す。
だが、梨華の様子がおかしい。
それまで慌てていたはずの梨華の動きが、何故だか固まってしまっている。

85 名前:来年の夏も 62 投稿日:2002年08月18日(日)03時01分18秒
「梨華ちゃん、どうしたの? ……あっ、オイラ、裸のままだった…
 もう、梨華ちゃんったら、エッチなんだから……そんなにオイラってセクシー?」

矢口は、裸のまま軽くセクシーポーズを決めて、梨華をからかってみる。
だが、梨華は恥ずかしがっているようには見えない。
梨華が固まってしまったのは、矢口の裸が原因ではないようだ。

「梨華ちゃん、なんで固まってるの? っていうか、さっきからどこ見てるの?」

矢口は梨華の視線を追う。
梨華は、矢口の顔の少し上の辺りを凝視している。

「梨華ちゃん……どこ見てるの? まさか……」
「矢口さんの頭、すごい…」
「あっ、梨華ちゃん、見ないで!」
「すごい天パ……クスクス」
「見るな、見るなって! 恥ずかしいってば…」

矢口は頭を両手で覆って、転がるように部屋を飛び出して行った。

86 名前:来年の夏も 63 投稿日:2002年08月18日(日)03時02分28秒

午後からの仕事には、ギリギリ間に合った。
だが、寝坊したおかげで、結局、矢口は梨華の悩みを聞く事が出来なかった。
しかし、矢口の心配をよそに、梨華は思いのほか元気そうだった。

その様子を見守りながら、矢口はホッと胸を撫で下ろす。
とはいうものの、やはり、梨華のことが心配で仕方がない。
彼女の性格からすると、突然落ち込んだりすることがあるかもしれない。
そう思うと、なんだか居ても立ってもいられなくなる。
ふと気がつくと、梨華の動きを目で追っている自分がいた。

今回に限らず、これまでも、いろいろと梨華のことを心配してきた。
しっかり者の後藤や吉澤と比べると、梨華はいかにも頼りがない。
辻加護も心配だが、彼女達はまだ子供。だが、梨華は矢口の2歳下にすぎない。
なのに、ガラスのように儚く、傷つきやすい彼女は、その年齢差以上に、矢口をハラハラさせた。
梨華の寂しげな表情を見ると、ついつい世話を焼いてしまう。
それはまるで、しっかり者の姉が、頼りない妹の面倒を見るように。

87 名前:来年の夏も 64 投稿日:2002年08月18日(日)03時06分03秒
矢口は、ふと、昨夜のキスを思い出す。
梨華とは、これまで何度となくキスをしてきた。
今までのキスは……

  「いしかわー! チューさせてよー」
  「ちょっと矢口さん、やめて下さいよ。恥ずかしいじゃないですか」
  「別にいいじゃんか。チューしようよ」
  「だからー、イヤですってばぁ」

  迫り来る矢口。逃げようとする梨華。
  だが、梨華は不意に背後から両腕を掴まれてしまった。
  振り返ると、辻加護がニヤリと笑って、梨華を抑えつける。

  「ちょっとぉ、離してよ!」
  「チューしろー、チューしろー」
  はやし立てる小悪魔2匹。

  「よくやった! 二人ともそのまま石川を抑えてろよ…」
  「いやーーー……」


「フフフ…」

いつしかのキスを思い出しながら、矢口の顔から思わず笑みがこぼれる。だが、すぐに真顔に戻った。
昨夜のキスは……今までの、どのキスとも違っていた。
胸が締め付けられるような切なさ……こみ上げてきた想い…

88 名前:来年の夏も 65 投稿日:2002年08月18日(日)03時07分42秒

「矢口ぃ、どうしたの? 今日の矢口、なんだか、ぼぅっとしてて、変だよ?」

不意に背後から声を掛けられて、矢口は我に返った。
振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべた安倍が立っていた。

「あぁ、なっち、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。それ、なっちが言いたいセリフだよ。矢口、なんか元気ないよ?」
「そんなことないって。ちょっと考え事してただけだから」
「そうなんだ、ならいいけど。じゃあ、なっち、行くね」
「うん、心配かけてごめんね。オイラもすぐに行くよ」

安倍の後姿を見送りながら、矢口は頭を掻く。

「いけない、いけない……梨華ちゃんを心配しているつもりだったのに、逆になっちから心配されてしまったよ。
 確かに……ちょっと上の空になってたかな……気合いを入れないとね」 

矢口は、頬を軽く二、三度、叩くと、安倍の後を追いかけて行った。

89 名前:来年の夏も 66 投稿日:2002年08月18日(日)03時08分56秒

この日のスケジュールを全てこなし終える頃には、時刻は既に深夜近くになっていた。
矢口は家に帰ってくるなり、ホッと息をつく。
この部屋にいるときが、何よりも落ち着く。
気の置けない仲間や信頼できるスタッフ達と一緒に過ごす時間は楽しい。
だが、やはり一番安心できるのは、自分のこの部屋。
プーさんは何も語らないけれど、誰よりも自分のことを分かってくれている。

矢口はバッグを放り投げると、ばったり、ベッドに倒れ込んだ。
張り詰めていた気持ちがほぐれてゆく。
冷たいシーツの感触が心地いい。
そのまま、ベッドに身を任せて、目を閉じる。


昨夜、ここに梨華がいた。
このシーツの上で、梨華が寝ていた。
シーツを指でなぞってみる。
なんとなく、まだ温もりが残っているような気がした。

90 名前:来年の夏も 67 投稿日:2002年08月18日(日)03時10分02秒
「梨華ちゃん、今頃、どうしてるかな……心細くないかな……
 泣いてなきゃいいけど……」

ふと、梨華の泣き顔が脳裏に浮かぶ。
涙にゆがむ梨華の顔が矢口の胸を突き刺した。
締め付けられるような切なさに、矢口は耐え切れなくなって、
思わず、携帯電話に手を伸ばした。

ワンコール、ツーコール…
「もう寝てるのかな…」

電話を切ろうとした、その瞬間、電話が繋がった。

91 名前:来年の夏も 68 投稿日:2002年08月18日(日)03時11分15秒
「もしもし……矢口さん?」
「梨華ちゃん、ゴメン! 寝てた?」
「いいえぇ、起きてました。それより、何ですかぁ?」

妙に間延びした梨華の声。元気そうなその声に、矢口はホッとした。
と、同時に、肩透かしをくらったような気もした。

「何でもないよ。梨華ちゃん、元気かなって、思っただけ」
「わたしは元気ですよ」
「そっか、なら、いいんだ。じゃあ切るね」
「はーい、おやすみなさい」

矢口は、携帯を置くと、ため息をつく。

「もう、ほんとに……オイラがこんなにも心配してるっていうのに……
 梨華ちゃんったら…のん気なんだから…」

92 名前:来年の夏も 69 投稿日:2002年08月18日(日)03時12分28秒
嬉しいような、呆れたような笑みを浮かべて、フフッと笑う。
とにかく元気そうで何よりだった。あの様子なら、今夜はもう大丈夫だろう。
だが、これで心配の種が尽きた訳ではない。早く梨華の相談に乗って、彼女の悩みを解消させてあげたい。

「明日こそ、梨華ちゃんの悩みを聞いてあげよう。
 それに、こんなに心配してばかりじゃ、いい加減、オイラの身がもたないよ」

それがいい、とばかりに自分で納得する矢口だったが、ふと、あることに気付く。

「オイラ、こんなに心配性だったっけ?」

そう、確かに世話好きではあるが……こんなにも誰かを案じたことなど、今まで、あっただろうか。

「いや、オイラは、心配性じゃないんだけどな……なんでだろ……
 どうしてこんなにも梨華ちゃんのことを心配してるんだろう…」

93 名前:来年の夏も 70 投稿日:2002年08月18日(日)03時16分57秒
矢口は、傍らのプーさんを抱え上げると、そのまま目の前に差し出して、プーさんと向かい合う。

「ねえ、プーさん……オイラ、どうして梨華ちゃんのことが、こんなにも気になるんだろ?」

プーさんは何も答えない。
矢口は、問いかけ続ける。

「梨華ちゃんは大切な仲間だから……心配して当然だよね。心配したっていいよね」

プーさんが答える。
「だからといって、一日中、心配しているのも、おかしくないかい?」

「そんなことないよ。オイラは先輩なんだから、後輩が困ってたら助けてあげて当然じゃんか」

「その心配の仕方が尋常じゃないんだよ。先輩だから…本当にそれが理由なのかい?」

「そ、そうだよ……他に理由なんて…」

「先輩だから、とか何とか言って、本当は梨華のことが好きなんじゃないのかい?」
94 名前:来年の夏も 71 投稿日:2002年08月18日(日)03時18分23秒
「そ、そんなこと……そりゃ好きだよ、梨華ちゃんは本当の妹みたいに思えるし…」

「妹、ねえ……姉妹愛って訳だ」

「そうだよ。姉が妹を心配するのと同じだよ」

「まあ、真里がそう言うのなら、それでもいいけどね。でも、真里らしくないな。もっと素直になりなよ」

「オイラはいつでも素直だよ。梨華ちゃんは妹みたいに可愛いくて………妹みたいに………妹……」

95 名前:来年の夏も 72 投稿日:2002年08月18日(日)03時19分52秒
矢口は、プーさんを抱きしめると、黙り込んでしまった。
辺りを静寂が包み込む。

「ねえ、プーさん……オイラ、どうすればいいのかな…」

「……」

「ねえ、何か言ってよ」

「……」

プーさんは何も答えない。

「ねえったら…」

プーさんはただ、矢口の腕の中で微笑みを浮かべている。

96 名前:来年の夏も 73 投稿日:2002年08月18日(日)03時21分36秒
矢口はプーさんを膝の上に置いて、頭を何度か撫でると、
天井を見上げて呟いた。

「オイラ……気付いたんだ……昨夜、キスをしたときに……
 もう、この気持ちを隠せないってこと…」

一旦、唾を飲み込んでから、再び、話を続ける。

「……オイラ、今までずっと、梨華ちゃんを、妹みたいに思ってきた…
 ………でも……それは、自分の本当の気持ちをごまかしてただけ……
 ……本当は………オイラ、本当は……梨華ちゃんのこと…」

膝の上のプーさんがポツリと呟く。
「真里が、自分の本当の気持ちに気付いたのなら、答えは一つじゃないのかな?」

「そうだよね………オイラ、決心がついたよ。プーさん、ありがとう」

矢口は、プーさんを抱き上げると、鼻先にキスをした。
プーさんは、矢口の腕に抱かれたまま、ずっと変わらない表情で笑っていた。

97 名前:本間家 投稿日:2002年08月18日(日)03時23分28秒
更新が途絶えてしまって申し訳ないです。
いろいろあって、何も書けずにいました。
再開する目処が立ったので、ひっそりと再開します。
98 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月19日(月)16時55分29秒
更新、お待ちしていました。

矢口はようやく自分の気持ちに気付いたんですね。
でも、果たして梨華ちゃんの気持ちを振り向かせることが出来るのかな?
続き楽しみです。
99 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月21日(水)22時01分01秒
お待ちしてました。
矢口気持ちに気づいたんですね。後は石川ですね。
この後二人がどうなるのか・・・
続きお待ちしてます。
100 名前:来年の夏も 74 投稿日:2002年08月26日(月)03時34分20秒

夜遅くになって、梨華は自分の部屋に帰ってきた。
ドアを開けると、真っ暗な部屋が梨華を出迎える。
明かりをつける。蛍光灯のバチバチッという音だけが密やかに響く。
他には何も聞こえない、誰もいない部屋。

昨日は……矢口の家に招かれたときは……玄関には明かりが灯っていた。
そして、矢口パパが迎えてくれた。

「待ってくれる人がいるって、いいよね…」

少しだけ寂しくなる。いつもの梨華なら、そのまま落ち込んでいたかもしれない。
しかし、今日は、ずっと、梨華の心は温かかった。

「お風呂にでも入ろうっと」

101 名前:来年の夏も 75 投稿日:2002年08月26日(月)03時36分22秒
入浴を終えると、パジャマに着替えて、毎週楽しみにしているテレビ番組『タモリ倶楽部』を見る。
去年の暮れに、タモリ倶楽部の特番に出演して以来、すっかり番組のファンになっていた。
くすくす笑いながらテレビを見ていると、少し小腹がすいてきた。

「何か、食べるもの、あったかな?」

番組が終わるのを待ってから、梨華はキッチンへ行くと、冷蔵庫から三色団子の詰め合わせセットを
引っ張り出してきた。
こんな時間に食べると太るかも……そう思いながらも、団子をつまむ手は止まらない。
一個、二個と、ほおばっていると、不意に、携帯の着メロが鳴り響く。

……誰だろ?……こんな時間に?

携帯を手にとる梨華。

……矢口さんからだ…

102 名前:来年の夏も 76 投稿日:2002年08月26日(月)03時38分09秒
早速、電話に出ようとしたものの、口の中は、あんこでいっぱい。
出たくても、出られない。

「んぐ、んぐ」 (待って、待って)
「んぐー」 (切れないでー)

焦る気持ちとは裏腹に、口の中のあんこは、なかなか消えてくれない。
団子と一緒に用意していたウーロン茶を口に含んで、あんこを胃に流し込むと、胸をドンドン叩く。

「ぶはぁーーっ!」

大きく息をつくと、携帯を持ち直す。

「はいはいはい、お待たせー、間に合ったかな?」

ピッ

「もしもし……矢口さん?」

「梨華ちゃん、ゴメン! 寝てた?」

矢口の声が返ってきた。どうやら間に合ったらしい。
梨華はホッと安堵する。

103 名前:来年の夏も 77 投稿日:2002年08月26日(月)03時39分50秒
「いいえぇ、起きてました。それより、何ですかぁ?」
「何でもないよ。梨華ちゃん、元気かなって、思っただけ」
「わたしは元気ですよ」
「そっか、なら、いいんだ。じゃあ切るね」
「はーい、おやすみなさい」

梨華はそっと携帯を置くと、胸に手を当てて、静かに目を閉じる。
また、心が温かくなった。

「矢口さん…………矢口さんに、こんなに心配してもらってるんだから
 わたし、もう、ウジウジしてちゃいけないよね……」

目を閉じたまま、自分自身に問い掛けるように、つぶやく。

「わかってた……ずっとわかってたんだ……もう、よっすぃ〜とは終わったんだって。
 でも……認めたくなかった………だって……よっすぃ〜のこと、今でも好きだから…」

104 名前:来年の夏も 78 投稿日:2002年08月26日(月)03時41分28秒
そのまま、しばらく押し黙っていた。
だが、やがて、何かを決意したかのように、カッと目を見開く。

「だけど……ダメだよね……このままじゃ、ダメだよね……よっすぃ〜のことは諦めなきゃ……
 うん、もう大丈夫。きっと大丈夫。矢口さんの優しさで、わたしの胸の隙間が、少しは埋まったような気がする。
 もう、よっすぃ〜とは、お友達として付き合っていかなきゃ……
 明日、よっすぃ〜に普通に話し掛けてみよう…」

105 名前:来年の夏も 79 投稿日:2002年08月26日(月)03時42分55秒

翌日、梨華は、昨夜誓った一大決心を胸に、仕事場へと向かった。
だが、いざとなると、なかなか吉澤に声を掛けることが出来なかった。
躊躇している間にも、ただ、いたずらに時間は過ぎ去り、
気がつけば、とうとう今日のスケジュールは全て終わってしまっていた。

控え室では、メンバーが各々、帰り支度を始めている。
もう、ここで声を掛けなければ、せっかくの決心が鈍ってしまう。
明日に持ち越すことなんて出来ない。
これが最期のチャンスと、梨華は意を決して、吉澤に声を掛けた。

「ね、ねぇ……よっすぃ〜……」
「……な、なに?」
「えっとね……」

何の話をするのかは、あらかじめ考えてはいた。しかし、いざ、声を掛けてみると、
それだけで頭の中が真っ白になってしまい、何を話していいのか、わからなくなってしまった。

「その……あの……えっと……」

106 名前:来年の夏も 80 投稿日:2002年08月26日(月)03時45分44秒
焦れば焦るほど、何も思い浮かばなくなる。視線だけが、右に左に、せわしなく揺れる。
一方、吉澤も、突然話し掛けられて、戸惑いを隠せない。

「……」
「……」

気まずい沈黙が二人の間に流れる。
どうしよう……困り果てた梨華の脳裏に、ふと昨夜見たテレビが思い浮かんだ。

「ねぇ……よっすぃ〜………昨日のタモリ倶楽部、見た?」

「……うん、見たよ………昨日の「空耳」は面白かったね…」

以前の二人の間では、オンエアの翌日に、『空耳アワー』を批評し合うのが日課となっていた。
だが、吉澤が梨華に別れを告げて以来、この日課も立ち消えていた。
久しぶりに交わす会話。懐かしい「空耳」談義。
別れてから今までの経緯が、この瞬間だけ忘却の彼方に消え去り、ほんの束の間、昔の二人に戻ったような気がした。

「昨日の空耳は、久々のヒットだったね」
「そうだね……でも、わたしのお気に入りの『チン○すごい』には、まだまだ及ばないけどね」
「確かに、あれは最強だからね………フフフ」
「ウフフフ…」
「ハハハハ…」

107 名前:来年の夏も 81 投稿日:2002年08月26日(月)03時48分47秒
久しぶりに二人で笑った。
ひとしきり笑うと、二人は目を合わせて、微笑む。
もう随分と、こんなシーンはなかったような気がする。

「……梨華ちゃん、もう、口きいてくれないんだと思ってた」
「そんなことないよ……わたし、今まで、ちょっと取り乱してたから………でも、もう大丈夫だから…
 よっすぃ〜とも、ごっちんとも、今までみたいに、お話できると思う…」
「ありがとう……ごっちんも、きっと喜ぶと思うよ」
「ほんとによかった。こうして、よっすぃ〜とまた、今までのようにお話できるなんて」
「そうだね、きっかけをくれたタモリさんに感謝しないとね」
「チン○にもね」
「ウフフフ…」
「フフフフ…」

切ないけれど、心地いい。
心地いいけれど、切ない。


……これでいいんだ…

108 名前:本間家 投稿日:2002年08月26日(月)03時54分13秒
待ってくれてる方々がいて、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからもどうぞよろしく。

タモリ倶楽部は一応、全国ネットらしいので、今回ネタにしましたが、
もし知らない方がいれば、ごめんなさい。
なお、この作品はフィクションなので、現実の石川さんはタモリ倶楽部なんて見ませんし、
チン○なんて言葉は口にしません(たぶん)

109 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月26日(月)15時09分10秒
石川の心はまだ矢口には向いてませんね。
110 名前:名無しの読者 投稿日:2002年09月19日(木)08時22分03秒
続きが気になるぅ〜
111 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月20日(金)14時48分52秒
まだかなまだかな〜♪
112 名前:名無しの読者 投稿日:2002年09月27日(金)03時58分22秒
待ってまーす。
113 名前:来年の夏も 82 投稿日:2002年09月29日(日)18時02分23秒

梨華と吉澤が笑っている、いつもの見慣れた光景。
でも、なんだか久しぶりに見るその光景を、矢口は遠目で見守っていた。
嬉しそうな二人。梨華の笑顔が眩しい。
矢口は目を細めながら、そっと控え室を後にした。

「あの二人、ようやく仲直りできたことだし、今日は仲良しさん同士にしてあげよう」

一足先に帰途に着こうとした矢口。
ところが、後ろから自分を呼ぶ声が近付いてくる。

「矢口さーん!」

その声に振り返ると、梨華が息を切らしながら駆けてくる。
114 名前:来年の夏も 83 投稿日:2002年09月29日(日)18時11分49秒
「矢口さん!……はぁはぁ…」
「どうしたの、梨華ちゃん?」
「はぁはぁ……やっと追いついた……矢口さんを…追っかけてきたんです…
 ……走ってきたから…息が切れちゃった……わたし、矢口さんにお礼が言いたくて…」

梨華は前屈みになって、肩で息をしている。

「ちょっと、梨華ちゃん、だいじょうぶ? そんな走ってこなくても、
 また明日会えるんだから…」

「どうしても、今、お礼が言いたかったから…」

「お礼ったって、オイラ何もしてないよ」

梨華はまだ息が整わないのか、はぁはぁ言いながらも、身体を起こして矢口と向き合う。

「いえ、矢口さんが励ましてくれたから……わたし、矢口さんから勇気をもらいました。
 おかげで、よっすぃ〜と話をすることが出来ました…」
115 名前:来年の夏も 84 投稿日:2002年09月29日(日)18時13分38秒
「そっか、よかったね、よっすぃ〜と仲直り出来て。心配してたんだよ。
 ずいぶん長い間、ケンカしてたみたいだから。」

「はい……そう…なんです………ありがとう……ございます…」

梨華の返事がトーンダウンしてゆく。
確かに吉澤と仲直りが出来た。それは梨華にとって、嬉しいことに違いなかった。
でも、ケンカをしていたわけじゃない。
いや、ケンカのほうがどれだけ良かったか。
ケンカだったなら……仲直りさえすれば、元通りの二人に戻れる。
しかし現実は……仲直りしたのに、二人はもう元には戻れない。
116 名前:来年の夏も 85 投稿日:2002年09月29日(日)18時15分06秒
そんなことを知る由もない矢口は、だんだん曇ってゆく梨華の表情に首をかしげる。
仲直りできたというのに、まだ何か梨華を不安にさせることがあるというのか。
それとも、ここまで走ってきて息切れしたせいで、まだ息苦しいのだろうかとも思う。

「仲直りできたんでしょ。嬉しくないの?」

「……仲直りできたんですけど、だけど…よっすぃ〜とは、もう……」

伏目がちに答える梨華。その歯切れの悪さが気に掛かる。

「なにか不安なことでもあるの?」
117 名前:来年の夏も 86 投稿日:2002年09月29日(日)18時17分05秒
梨華は胸に手を当てて一息、静かに深呼吸すると、矢口をまっすぐ見つめる。

「その………あの……わたしとよっすぃ〜は…」

だが梨華は、喉まで出掛かった言葉を押し込めて、口をつぐんだ。

自分と吉澤の関係をおそらく矢口は知らない。
恋愛ご法度のモーニング娘。その中での交際。なおかつ女の子同士の関係。
誰にも知られる訳にはいかなかった。
この一年、吉澤との思い出は楽しかったことばかり。ただひとつ、辛かったことは
仲のいい友達の顔をしていなければならなかったこと。
どんなに楽しい出来事も、吉澤と二人だけの秘密にしなければならなかった。
118 名前:来年の夏も 87 投稿日:2002年09月29日(日)18時18分26秒
だから……吉澤との別れも、今回の仲直りの真相も、誰にも言えない。
いや、たぶん……矢口なら理解してくれるかもしれない。
いつも自分を気に掛けてくれる矢口。
今も……目の前の矢口は心配そうに自分を見つめてくれている。
そう、いつも心配そうにしているから……もうこれ以上、心配を掛けさせたくない。
だから……もう何も言わない。

「……いえ、なんでもないんです。おかしなこと言って、ごめんなさい」

梨華は、そう言ってニコッと微笑む。
先程とは一転して明るい梨華の表情に、矢口は戸惑いながらも、その胸を撫で下ろした。
たぶん、まだ梨華は何か不安を抱えているのだろう。それは気に掛かることではあるけれど、
でも、きっと大丈夫だろう。
こんなにも眩しい笑顔を見せてくれている。だから、きっと大丈夫。

119 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月05日(土)06時22分37秒
どうなるんでしょー。
展開が楽しみです。
120 名前:名無しの読者 投稿日:2002年10月19日(土)00時18分25秒
待ってま〜す。
121 名前:名無し 投稿日:2002年10月31日(木)02時34分00秒
続き希望
122 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月30日(土)02時03分55秒
2ヶ月に渡って放棄してしまい、読んで下さっていた方々には誠に申し訳なく思います。
もう倉庫送りになってるだろうと思っていましたが、まだ残っていたので
続きを書くことにします。
123 名前:来年の夏も 88 投稿日:2002年11月30日(土)02時08分40秒

「そっか。まぁ、よかったよ。梨華ちゃんが元気になってオイラも嬉しいよ。
 それじゃあさ、これから一緒にご飯でも食べに行く?」

「はい! お供します!」


矢口が連れて行ってくれたのは、この前と同じ焼肉屋だった。
もちろん梨華にとって不満はないが、他にお店を知らないのかも、と思ったりもする。
テーブルを挟んで、二人で肉をプレートに乗せていく。

「ちょっと、梨華ちゃん、そんなに乗っけたらダメだってば。食べきれないって」
「大丈夫ですよ。わたしが食べますから。ふふふ…」

だがしかし…

「あーあ……黒焦げになっちゃったよ。これ、どうすんのさ」
「うぅ……」
「だから言ったじゃんか。梨華ちゃん、お肉乗せすぎなんだって。食べる分だけ焼けばいいのに」
「……そんなこと言ったって……わかりました。食べます。食べたらいいんでしょ」
「ちょ、ちょっと、無理しなくても……」

矢口の制止を聞かず、黒焦げの肉を口に放り込む梨華。その顔がみるみる赤くなっていく

「あーあ、食べちゃったよ……お腹こわしても知らないよ」

「…………おいしくない…」
124 名前:来年の夏も 89 投稿日:2002年11月30日(土)02時11分19秒

食後の散歩がてら、夜の並木道を二人で歩く。
蒸し暑い夏の夜。だが、ここだけは、木々の間を密かに吹き抜ける微風が心地よい。
さわやかな空気を肌に感じながら、穏やかな気持ちで歩く梨華。
ただ、気になることといえば、さっきまではしゃいでいた矢口が
今は、言葉少なに俯き加減で歩いている、ということ。

「おいしかったですね」
「そうだね…」

問い掛けても、一言つぶやくだけ。
ついさっきまで饒舌だった矢口とはまるで別人のよう。
梨華は矢口の前に回りこむと、少し前屈みになって矢口の顔を覗き込む。

「どうしたんですか? 矢口さん。さっきまで元気だったのに」
125 名前:来年の夏も 90 投稿日:2002年11月30日(土)02時14分19秒
思い詰めたような矢口の表情に、梨華が首を傾げていると
突然、矢口がキッと顔を上げ、梨華の両肩を掴んだ。

「あのさ、梨華ちゃん、聞いてくれる?」

「はい……な、なんですか?」

語気を強めた矢口に、梨華はビクッと肩をすくませる。
その動きが肩に置いた手を通して矢口にも伝わる。

「梨華ちゃん、落ち着いて聞いて。
 あのさ……こんなこと言ったからって、軽蔑しないで欲しいんだけど…
 オイラ、梨華ちゃんのことが好きなんだ」

梨華は目をパチクリさせる。

「わたしも好きですよ」

「いや、そうじゃなくって……真剣に好きだってこと……どう言ったらいいのかな…
 わかってくれないかもしれないけど…」
126 名前:来年の夏も 91 投稿日:2002年11月30日(土)02時16分35秒
矢口の瞳はまっすぐ梨華を見つめている。
梨華は、自分の肩に置かれた矢口の手の上に、自分の手をそっと重ねる。


…その気持ち……わかります…


不安そうな矢口が目の前にいる。

いつも自分を心配してくれていた矢口。
思い悩んでいた自分を励まし、立ち直らせてくれた。
もし矢口がいなかったら、今、自分はどうしているだろう。
矢口がいてくれたから、辛いことも乗り越えられた。
だから……今度は自分が矢口の想いに答えなければ…


「矢口さん……その気持ち、嬉しいです……これからも一緒に、わたしと一緒に…
 わたしに出来ることなら…」
127 名前:来年の夏も 92 投稿日:2002年11月30日(土)02時21分21秒
矢口の顔に笑みが広がっていく。

「ほんとに? ほんとにいいの?」
「はい。わたしでよければ」
「はぁっ…」

矢口は大きく息をついて、その場にしゃがみこんでしまった。

「あの? 矢口さん、だいじょうぶですか?」
「よかった……わかってくれなかったら、と思うと、不安で不安で…
 ……あぁ、なんか、全身の力が抜けてしまった…」
「ふふっ、矢口さんったら……立てますか?」
「待って……無理みたい……もうちょっと座らせて…」

矢口は、しゃがんだままで梨華を見上げると、満面の笑みを浮かべた。
128 名前:来年の夏も 93 投稿日:2002年12月02日(月)23時38分26秒
「もし断られたらって思うと、なかなか切り出せなくて。あぁ…でも、勇気を出してよかった…」

嬉しそうに梨華を見上げる矢口。
梨華は微笑みながら何度も頷く。


「そろそろ、立とうかな。よっこいしょ…」

矢口が姿勢を正して立ち上がろうとする。
梨華は黙って手を差し出す。矢口は梨華の手に掴まると、たぐり寄せるように立ち上がった。

「うーん、ちょっと腰が痛い…」
「矢口さん、おばさんみたい」
「うるさいな。オイラはまだ若いんだってば」

矢口は文句を言いながらも、その顔からは笑みがあふれている。

「ふふ……矢口さん、怒っても迫力ない」
「うぅ…それは……だって嬉しいんだもん…」


矢口の少し照れたような困ったような顔がかわいい。
腰に手を当てて、うーん…と背中を伸ばしている矢口を横目に
梨華はスタスタと歩き出す。

「あぁ、梨華ちゃん、待ってよ」
「ふふふ、置いてっちゃいますよ」

すぐに矢口が追いつき、二人は手をつないで並木道を歩いて行く。
129 名前:来年の夏も 94 投稿日:2002年12月02日(月)23時40分24秒
「ね、これからオイラの家に来ない?」

少し甘えるような口調で矢口が問い掛ける。
だが、梨華からは返事が返ってこない。

「だめなの?」
「うーん……今日は……帰ってお洗濯しないといけないから…」
「そっか……それじゃしょうがないね…」

残念そうな矢口。先程まで喜びすぎたせいもあって、一気にトーンが下がる。
梨華はあわてて矢口を慰めようとする。

「あの、今日はだめなんですけど……次はきっと…」
「ううん、いいよ。梨華ちゃんにも都合があるし、二人時間のあるときに遊ぼうよ」

矢口はそう言うと、にっこり笑って梨華の肩をポンポンと叩いた。

「そうですね」

梨華も矢口に向けて微笑を浮かべた。

130 名前:来年の夏も 95 投稿日:2002年12月02日(月)23時41分34秒

夏の夜、蒸し暑さの中で、しかし、そんなことは気にも留めず、二人で語らいながら歩く。
ずっと、こんな時間が続けばいいのに……矢口はそう思いながら梨華の手を握り締める。
だが、至福の時間はいつまでも続かない。やがて二人は地下鉄の駅へとたどり着いた。
切符を買って、自動改札を通り抜け、そしてコンコースで立ち止まる。

「わたし、銀座線だから、あっちの階段です」
「うん。オイラは千代田線だから、そっちに行かなきゃ。ここでお別れだね」

「じゃあ、また明日」
「また、明日、おやすみなさい」
「おやすみ」

二人、小さく手を振って、それぞれの家路へと就く。
梨華は一度、階段の上り口で後ろを振り返ったが、矢口の姿は雑踏の中に消えていた。


ホームに上がると、すでに電車が入ってきていた。
梨華は急いで乗り込むと、ドア横の手すりに掴まる。
ドアが閉まり、電車が動き出す。
ガラスに映る梨華の顔。

……その顔からは、すでに笑顔は消え失せていた。
131 名前:来年の夏も 96 投稿日:2002年12月02日(月)23時43分22秒
思いがけない矢口の告白。

矢口のことは好きだ。
頼りになる先輩。時には厳しく、時には優しく、梨華を包んでくれる。
梨華にとって矢口は大切な人。
しかし、それは恋愛感情ではない。

にもかかわらず、矢口の想いに答えたのは、今までの恩に報いたいと思ったから。
今度は自分が矢口を癒してあげる番だと思った…



…………ううん、違う……わたし、ウソをついてる……


告白された瞬間、梨華の胸に去来した思い。
……矢口と付き合えば、吉澤のことを忘れられるかもしれない……そんな思いが胸をよぎった。


……わたし、卑怯だよね……矢口さんの想いを利用して…

ガラスに映る自分に問い掛ける。
ガラスの中の梨華は悲しげに梨華を見つめていた。
132 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月04日(水)20時53分01秒
続きキタ━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━( ゚)━━( )━━(゚ )━━(∀゚ )━━(゚∀゚)━━!!!
う〜ん、いしやぐの関係はどうなっちゃうんだろう・・・続き期待!
133 名前:来年の夏も 97 投稿日:2002年12月09日(月)02時05分55秒

「メール、こないな……もう、20分も経つのに…」

告白の夜から3日間、二人は会えないでいた。
控え室の片隅で、矢口は携帯を握り締め、梨華からのメールを待ちわびる。

「こないな……もういっぺんオイラからメールしよっと…」


毎日顔を合わせることも珍しくないというのに、
会いたいときに限って、何故だか一緒の仕事が入らなかったりする。
遠く離れている訳ではないのに、たぶん、明日か明後日かには会えるというのに、
その日がとても待ち遠しく、まるで遠い日のように思える。


「矢口、ずっとメールしてるけど、相手は誰?」

矢口が一心不乱にメールを打っていると、いつのまにか
飯田がスルスルと忍び寄ってきていて、矢口の携帯を覗き込む。

「ちょっと、見ないでよ」
「見せてくれてもいいじゃんか。誰とメールしてるの?」

飯田が疑問に思うのも無理はない。
今日の矢口は、ずっと携帯を握り締めている。
134 名前:来年の夏も 98 投稿日:2002年12月09日(月)02時06分50秒
「えっとね……誰でもいいじゃんか。大したメールじゃないよ」
「あっ、わかった。彼氏でしょ。矢口いつの間に、そんないい人作ったんだよー」

飯田は肘で矢口を小突く。

「違うってば」
「いーや、ぜったい彼氏だ。その携帯を私に見せなさい」

矢口に迫る飯田。矢口は後ずさりしながら腕を伸ばして携帯を取られまいとする。
だが、二人の身長差は如何ともし難い。あっさり携帯は飯田の手へと移った。

「なんだ、石川かよ。てっきり彼氏だと思ったのに。つまんなーい」

飯田はふくれっつらで携帯を矢口に差し返す。

「つまんないって言うなよ」

矢口は飯田の手から携帯を奪い返すとバッグの中に仕舞い込んだ。

「オイラに彼氏なんかいないっての。まったく……」
135 名前:来年の夏も 99 投稿日:2002年12月09日(月)02時07分40秒
矢口はぶつぶつ言いながらも、梨華との関係を飯田に突っ込まれなかったことに、
内心ホッとしていた。
これだけ盛んに梨華とメールをやりとりをしていたのだから、
何かしら、勘付かれたとしても不思議ではない。


「あー、そうそう矢口さー」
「えっ何?」

……やばい、やっぱりばれてるかも……ホッとしたのも束の間、
不意に話し掛けられた矢口は二人の秘密を守るべく、とっさに身構える。

「明日、メンバーみんなお休みだって。矢口、どうする?」

しかし、飯田は全く気付いていないようだった。
136 名前:来年の夏も 100 投稿日:2002年12月09日(月)02時09分06秒
「えっ………明日、お休み? ……なんだ、そういうことか…」

矢口は、なんだか肩透かしを食らったような気がして、へたりこんだ。
そんな矢口の怪しげな態度に、飯田はいぶかしげに問い掛ける。

「なんだと思ったの?」
「あっ、いや、その、なんでもないよ……そっか、明日はお休みなのか。オイラ知らなかったよ」

気の抜けたような顔で答える矢口に、飯田は首をかしげる。

「そうだよ、お休みだよ……矢口、おでこに汗かいてるよ……どしたの?」
「な、なんでもないって……そっかー、お休みかー」
「だから、さっきから何度もお休みだって、言ってるでしょ」
「オイラ何しようかな……えっ? かおり、今、メンバー全員お休みって言わなかった?」
「言ったよ。もう、同じこと何回も言わせないでよ」
「そっか……みんなお休み……それじゃ明日は……ふふふ」

思わず笑みを浮かべる矢口。そんな矢口に、飯田は呆れ顔で首をかしげる

「今日の矢口、変だよ」

137 名前:本間家 投稿日:2002年12月09日(月)02時10分29秒
>>132
ありがとうございます。
相変わらず更新は遅いですが、長い目で見て頂けたら、と思います。
138 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月09日(月)16時28分17秒
更新ペースは気にしてません。マータリと待ってます♪
139 名前:来年の夏も 101 投稿日:2002年12月25日(水)00時57分43秒

「矢口さん、お待たせ」

梨華は待ち合わせ場所に10分遅れで現れた。

「梨華ちゃん、遅いよ」
「ごめんなさーい」
「……反省してないだろ」
「わかります? 10分ぐらい遅れてもいいかなって」
「まったく……なんで、遅れたの?」
「何を着てこようか迷っちゃったんです」

今日の梨華は、ブルー系のノースリーブセーターに白のスカート、白のジャケットという出で立ち。

「梨華ちゃん、今日のファッションいいじゃん。似合ってるよ」
「そうですか? 本当は、お気に入りのピンクのワンピースを着て来たかったんですけど…
 クリーニングに出してて…」
「あぁ、よかった……ピンクじゃなくて、本当によかった…」
「それ、どういう意味ですか……矢口さんったら、もう」
「まぁまぁ、いいじゃんか。それじゃ行こうか」
「はい、ディズニーシーに行きましょう。あぁ、すごく楽しみ!」

140 名前:来年の夏も 102 投稿日:2002年12月25日(水)00時59分49秒
二人は電車を乗り継いで、ディズニーシーへと向かう。
やがて電車は、舞浜の一つ手前の駅に着き、ドアが開く。

「ねぇ、ここって、大きな水族館があるんだよね」
「……」
「梨華ちゃん、聞いてる? ここ、水族館があるんだよね」
「えっ? あぁ、そうですね…」

矢口の問いかけに、梨華は浮かない顔で生返事を帰すだけ。
もう、心はディズニーシーへと飛んでしまっているのか。

「葛西臨海公園か………あっそうだ」

電車の窓越しにホームを見つめていた矢口は、ふと何か思いついたのか、
隣に座っている梨華のほうに体を向ける。

「ねぇ、梨華ちゃん。ディズニーシーの後で、ここにも行ってみようよ」

「えっ…」

梨華の顔が曇る。


「いやなの?」
「いえ……その……今日は目一杯、ディズニーシーで遊びたいから…」
「あぁ、それもそうだね。今日の目的はディズニーシーなんだよね」
「そうですよ、矢口さん。ディズニーシーは、一日かけても遊びきれないんですから
 水族館なんて行ってる時間ありませんって」

電車はいつの間にか動き出しており、程なくして、アナウンスが舞浜到着を告げた。

「さぁ、着いた!」

141 名前:来年の夏も 103 投稿日:2002年12月25日(水)01時01分44秒
意気揚揚とディズニーシーへと乗り込んだ二人。
午前中はアトラクションを満喫していたが、正午が近付くに従って
混雑が目に付いてきた。


「あぁ、ここも二時間待ちだ。梨華ちゃん、どうする?」
「うーん……そんなに待ってられないですよね。あっちに行ってみましょうよ」


「うわっ、三時間待ちだって。さっきよりひどいよ」
「さっきのほうがマシですよね」
「仕方が無いよね。さっきのところに戻ろっか」


「あれ? 三時間待ちになってる。さっきまで二時間だったのに…」
「確かに行列が長くなってる……それじゃ、あっちに……あぁでも、あっちもダメかも…」
「どこ行けばいいんだろ…」


どのアトラクションにも長蛇の列が出来ていた。
それでも、行列に並びさえすれば、今日中に、あと2,3のアトラクションは見られるかもしれない。
だが、人が多い、ということは、それだけ、二人が衆人の環視に晒される、ということをも意味していた。


「もう、出よっか?」
「そうですね…」


どこにいても、見られているような気がしてならない。
もう、二人の居場所はなかった。

142 名前:来年の夏も 104 投稿日:2002年12月25日(水)01時03分12秒

「これからどうする?」
「どうしましょうか」

駅の券売機の前で佇む二人。
料金表を見上げていた矢口は、何かに気付く。


「ここの次は葛西臨海……あぁそうだ。水族館があるじゃんか」

「水族館…」

「オイラ、水族館がいいな。梨華ちゃんは?」

「……」

「梨華ちゃん、いやなの? いやなら他に行くけど…」

「いえ、いやって訳じゃ………そうですね、水族館がいいですよね。
 それじゃぁ、水族館に行きましょう!」

元気にこぶしを振り上げる梨華。
矢口はそんな梨華をいとおしそうに見つめた。

143 名前:来年の夏も 105 投稿日:2002年12月25日(水)01時05分07秒

水族館では色とりどりの魚たちが二人を迎えてくれた。

「あー、きれい! 水族館って、やっぱいいよね」
「そうですね。おさかながいっぱい」
「ほんと、来てよかった」


衆人環視の元に晒されたディズニーシーとは打って変わって、水族館は薄暗く、
二人に気付く客も少ない。
二人は、自分達のペースで、自分達の世界に浸りながら、館内を歩いた。


「ほら、矢口さん、あれ見て!」

梨華の指差した先には、巨大な水槽をマグロの群れが回遊している。

「うわ、すごいね、迫力あるな」
「マグロがいっぱい、おいしそう」
「……梨華ちゃん?」



「見て見て、矢口さん、ペンギンさんが!」
「あー、ペンギンだー。かわいい!」
「ちっちゃっくて、よちよち歩いてる! かわいー、まるで矢口さんみたい」
「……それって褒めてるんだよね…」

144 名前:来年の夏も 106 投稿日:2002年12月25日(水)01時06分31秒
二人、肩を寄せ合いながら館内を巡る。やがて、二人の前に巨大な水槽が現れた。

「うわっ、すごい。矢口さん、見て。大きなサメがいる」
「こわいよ。梨華ちゃん、あっち行こうよ」
「矢口さん、サメ、見ていかないんですか?」
「うん、こわいから。早くあっち行こうよ」
「そうですか…」



それまではしゃいでいた梨華が無口になった。
愛らしいラッコを見ても、アザラシの水槽の前でも、黙って俯いていた。


「ねぇ、梨華ちゃん、どうしたの? 急に元気がなくなったけど、具合悪いの?」

心配げに問い掛ける矢口に、梨華は力なく答える。

「いえ、なんでもないです…」
「もうここ、出ようか」
「はい…」

145 名前:来年の夏も 107 投稿日:2002年12月25日(水)01時08分16秒
元気なく駅のベンチに座る梨華を、矢口が不安げに見守る。

「梨華ちゃん、だいじょうぶ? ひょっとして、体調が悪いのに、無理して来てくれたの?」
「いえ、そうじゃないんです……ただ…」
「ただ?」
「実は……」

梨華は何か言おうとして口ごもる。矢口の顔を横目でちらりと見ると、
何も無かったかのようにゆっくり頭を振る。

「……いえ、なんでもありません……あの…ちょっと気分が悪くなっただけ…」
「今日は帰ったほうがいいよ。ゆっくり寝ていたら、きっと気分もよくなるから」
「そうします……矢口さん、ごめんなさい…」
「謝ることないって。オイラのほうこそ無理させてごめん」
「そんなことないです……ごめんなさい……せっかくのお休みなのに、台無しにしてしまって…」

146 名前:来年の夏も 108 投稿日:2002年12月25日(水)01時09分50秒

「わたしって、最低……」

梨華は、部屋に帰ってくるなり、バッグを放り投げてベッドに倒れ込んだ。


「気分なんて悪くないのに……ほんとは……」




    ………矢口さん、サメ、見ていかないんですか?
    ………うん、こわいから。早くあっち行こうよ…



         ………よっすぃ〜見て見て! 大きなサメがいるよ!
         ………おおお、サメだー、でっけー、かっけー!




「矢口さんのことだけ考えるって決めたのに……よっすぃ〜のことは忘れるって決めたのに…」

147 名前:来年の夏も 109 投稿日:2002年12月25日(水)01時11分34秒
水族館には、吉澤との思い出がいっぱい詰まっていた。
だから、矢口に誘われたとき、行くのをためらった。

だが、矢口の顔を見ていると、断れなかった。
矢口の残念がる顔を見たくなかったから。
それに…

ここで、矢口と一緒に新しい思い出を作ったら、吉澤との思い出を忘れられる……そんなことを思ったりもした。



しかし、甘い胸算用は、粉々に打ち砕かれた。
隣にいるのは矢口。吉澤ではなく、矢口だという現実。
わかっているつもりだった。
だが、知らず知らずのうちに、矢口と吉澤を比べている自分がいた。
そして、サメの水槽で思い知った。二人は違うのだと。矢口は吉澤の代わりではないことに。

148 名前:来年の夏も 110 投稿日:2002年12月25日(水)01時13分10秒
矢口のことだけ考える、矢口と一緒に歩いていく……理屈ではわかっていても……心が、体が、覚えている…
自分の気持ちをごまかしきれない。

そんな簡単なことを思い知っただけなのに、
こんなにも胸が痛い。



不意に携帯が鳴る。

「矢口さんからメールだ…」


   梨華ちゃん、気分はどう? 今日はゆっくり休んで、早く元気になってね。
   明日からまた忙しくなるけど、がんばろうね。



「矢口さん……」

梨華の瞳から涙が溢れた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


梨華はベッドに突っ伏すと、そのままずっと肩を震わせていた。

149 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月30日(月)12時45分36秒
痛い展開になりそうな予感・・・。
150 名前:勝田領 投稿日:2003年01月11日(土)10時57分08秒
裸姿を見せて下さい





151 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月02日(日)23時06分49秒
待ってます
152 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月21日(金)07時00分19秒
153 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月26日(水)21時53分11秒
154 名前:名無し 投稿日:2003年04月04日(金)03時07分46秒
待ってます!

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