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それぞれの旅立ち
- 1 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)12時26分00秒
- (はぁ、疲れたなぁ。)
明日から始まるコンサートツアーの最終リハーサルを終えた辻は
重い体を引きずりながら実家へと戻っていた。
このコンサーツアーには、万全を期して一ヶ月前からリハーサルを
繰り返してきたのだが、ある不測な出来事により直前になって構成を
一から見直さなければ成らなくなった為、稽古は連日深夜まで
続いていたのだ。
しかも今回のコンサートには、急遽決まった特別な意味が含まれている。
まだ発表を控えている為、関係者以外は誰も知らない極秘情報だが
明日のコンサートの冒頭で、飯田から今回のツアーがモーニング娘の
【解散コンサート】になる事と、そうなってしまった経緯を報告する手筈に
なっていた。
- 2 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)12時30分09秒
- 辻は風呂から上がるとベッドに倒れ込むように横になり、脇に
置いてあったアルバムをそっと開き始めた。
このアルバムには、掛け替えの無い仲間達と過ごしたモーニング娘の
歴史が、ぎっしりと詰め込まれており、今では大切な宝物になっている。
なかでも、辻は最初のページに飾られた写真が、とても気に入っていた。
自分達四期メンバーが、モーニング娘に加入した日に撮った1枚の
写真である。
にっこり笑いながら自分達を祝福してくれた素敵な先輩達。
そんな先輩達に囲まれて、少し緊張気味に微笑む同期達四人。
辻の隣には、後に大親友となる加護が肩を並べている。
記念すべき新生モーニング娘の新たな旅立ちの瞬間だった。
- 3 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)12時31分03秒
- あれから約2年…。
色々な出来事が辻の周りを駆け抜けていった。
ミニモニでデビューした。
紅白にも出場して、両親を大喜びさせた。
リーダーだった中澤が脱退した。
新たに後輩も出来た。
そして、……体重もちょっとだけ増えた。
気付けばあっという間の2年間だったが、その旅もいよいよ終焉の時を
迎えようとしている。
辻はゆっくりとアルバムをしまうと部屋の電気を消して、そのまま
静かに瞳を閉じた。
(楽しかったよ…モーニング娘。…さようなら…あいぼん。)
- 4 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時54分29秒
- 明日からのツアーに備える為に、いつもより早めに床に就いた辻が
ちょうど眠り始めた頃だった。
「私に任せて。」
近くで誰かが囁いた声が、はっきりと聞こえてきた。
「えっ、誰?。」
すぐに飛び起きた辻だったが、部屋の中には誰の姿も見当たらない。
壁に掛かった時計に目をやると、時刻は夜の11時5分を指している。
(……お化けってこんな早い時間にも出るのかな?。)
不思議に思いながらも、再び就寝しようとベッドに潜り込んだ
その時だった。
隣の部屋にいた姉が、自慢の黒顔を真っ赤に紅潮させながら
血相を変えて怒鳴り込んで来た。
- 5 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時55分21秒
- 「うっせーなー、何だ、さっきの足音は?。すげえ勢いで外に
出てったみたいだけど、誰が居たんだよ?。」
「………………誰だろ?。」
「何、寝ぼけてんだよっ。どうせ友達でも呼んでたんだろ。
今度来たら階段は静かに降りろって言っとけよっ。」
一方的に怒りをぶちまけた姉は、それですっきりしたのか
そのまま自室に戻って行った。
しかし、残された辻には全く身に覚えが無い。
慌てて窓を開けて辺りを確認したが、しんと静まり返った夜道には
人っ子一人見られなかった。
(………最近のお化けって………足が有るのかな?。)
開けた窓の鍵を閉め直し、首を捻りながら部屋の中を振り返った
辻の目に飛び込んできたものは、最初のページを開きながら
転がるように床に落ちているあのアルバムだった。
- 6 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時56分16秒
- 加護がTV番組の収録中に倒れたのは、今からちょうど3日前。
その日は、朝から加護の様子がおかしい事に気付いた辻が、スタッフに
彼女を休ませるよう頼んだのだが、その願いも聞いてはもらえなかった。
「うちには休む暇なんて無いんや。」
正確には、番組サイドは加護抜きでの収録を検討していたのだが
当の本人がこう言って聞かないものだから、周りの大人達も加護に
押し切られた格好になってしまった。
結果、加護はその2時間後に苦しそうに左胸を押さえたまま意識を失い
そのまま救急車で病院へ運ばれて行く事になる。
(あの時、無理やりにでも加護を休ませていれば…。)
辻は勿論、メンバーや現場スタッフ等、その場に残された全員が後悔した。
ただ一人、冷めた表情で加護を見送った保田圭を除いて………。
- 7 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時57分06秒
- 動揺する気持ちを押さえながら、何とか収録を済ませたメンバーは
マネージャーと共に一目散に病院へと向かった。
「現在、加護さんは治療室に運ばれていますが、依然意識不明です。
とても危険な状態なので面会は出来ません。」
「…………で、原因は何なんですか?。」
青ざめた顔をひきつらせながらマネージャーが質問した。
そこで担当の医師から聞かされたのは、驚くべき事実だった。
「実は加護さんは………以前から心臓病を患っていたようです。」
「えっ!…………心臓病?。」
「ご家族は勿論、加護さん本人にも伝えてあるそうです。」
メンバーの誰もがお互いの顔を見渡しながら絶句し、言葉を発する
事さえ出来なかった。
- 8 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時59分21秒
- 追い討ちをかけるように、尚も医師の冷酷な言葉は続いていく。
「先程、加護さんが通院していた奈良の病院からカルテを取り寄せました。
病状が発覚したのは上京する直前の12歳の頃だったそうですが
もう既にその時点で手遅れだったようです。当時の診断書には、余命は
あと1,2年と」
「嘘ばっかり言うなー。」
黙って聞いていた辻は突然医師の胸倉に掴みかかると、硬く握り締めた
拳で彼の胸を何度も殴りつけていた。
「何であいぼんが…。そんなの…そんなの嘘に決まってるじゃんかー。」
「辻っ!。止めなさい。」
メンバーの中では最年長であり、サブリーダーも努める保田が
錯乱している辻を押さえつけるようになだめていた。
- 9 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)14時59分57秒
- 「はっ、離せーっ、離してよっ。」
最初は保田に羽交い絞めにされても、必死にもがいていた辻だったが
体から抵抗する力が抜けていったのか、どんどん大人しくなっていき
やがて最後にはその場に力無く座り込んでしまった。
「先生は……お医者さんでしょ?。………とっても頭いいんでしょ?。
………だったら、………だったら……………あいぼんの病気ぐらい」
辻は涙でぐしゃぐしゃに歪んだ表情でそこまで話すと一気に泣き崩れ
あとは言葉に成らない嗚咽を繰り返すばかりだった。
- 10 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時00分47秒
- 「もう、………助かる方法は………無いんですか?」
ようやく平静を取り戻したリーダーの飯田が、【この場に居る全員が
聞きたくても怖くて聞けない質問】を勇気を持って口にした。
「残念ですが、どうする事も出来ません。この先、意識が戻るかどうかは
加護さんの精神力次第ですが、恐らく余命は……1週間前後でしょう。」
「………そう………ですか。………………解りました。」
飯田は医師に一礼すると、ふらふらした足取りでそのまま部屋を
出て行ってしまった。
リーダーという立場を考え、他のメンバー達に動揺した姿を
見せられなかったのであろう。
扉が閉まった瞬間、その廊下からは悲鳴のような泣き声が聞こえてきた。
今まで必死に涙をこらえていたメンバーも、押さえていた感情が一気に
爆発したかのように大声で喚き散らした。
「加護にっ…加護に会わせて下さいっ!!。」
「お願いです!。」
メンバーの願いもむなしく、担当の医師は首を横に振るばかりだった。
- 11 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時01分27秒
- それから、数十分が過ぎた頃だった。
メンバーのすすり泣く声だけが室内を包んでいたその時、しびれを
切らしたかのように保田が口を開いた。
「もう加護は助からないわ。………みんな、帰りましょう。」
「こんな時に何言ってんだよっ。」
矢口が保田の言葉に噛み付いた。
「そうだよ圭ちゃん、加護はうちらの大事な仲間なんだよ。
その仲間が死にかけてるのに、よくそんな事が言えるわねっ!。」
矢口に続いて、安部が保田に向かって吐き捨てた。
隣では、吉澤と石川が無言で保田を睨みつけている。
「じゃあ聞くけど……、私達が此処に居たところでどうなるって言うの?。
さっきから泣いてるだけで……何も出来ないじゃない。」
保田の言葉に、矢口も安部も誰も反論出来なかった。
「みんなの気持ちは解るが、ここは保田の言う通りだ。とりあえず今日は
みんな帰れ。此処には俺が残って、何か有ったら必ず連絡するから。」
マネージャーの言葉に、メンバーは後ろ髪を引かれる思いで帰って行った。
- 12 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時02分42秒
- 「まだ会えないのかな?。」
他のメンバーが帰った後も、辻だけは病院を離れようとはしなかった。
ほぼ10分おきに浴びせられる質問にうんざりしながらも、マネージャーは
携帯電話を片手に事務所のスタッフと連絡を取り合っていた。
待合室のロビーには、明日からのスケジュール変更で大忙しの
マネージャーと、目を真っ赤に腫らしながら心配そうにうつむく辻の
二人しか居なかった。
- 13 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時03分14秒
- 「はい、…そう言うことで、…はい、よろしくお願いします。」
会話を終えたマネージャーは携帯電話を懐にしまうと、近くに置いてある
自動販売機の前へと歩を進め、辻の方を振り返った。
「何が飲みたい?。」
「……」
普段なら喜んで飲み物を注文する辻だったが、今はそんな気分では無い。
ただ俯いているだけで、何の反応も示さなかった。
適当に買った2本の缶ジュースの片方を辻に差し出すと、マネージャーは
再び辻の隣に腰掛けた。
「なあ、辻…………、もしモーニング娘が無くなったらどうする?。」
「………そんな事、どうでもいい。」
「そっか、そうだよな。こんな時にごめんな。
……でもあの会長、………本当汚えよな。」
マネージャーは、飲み干したジュースの空き缶を片手で軽く握りつぶした。
- 14 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時07分34秒
- 「そろそろ帰ったらどうだ?。」
「まだ、あいぼんとお話出来ないのかな?。」
さっきから二人の会話は平行線を辿ったままだった。
業を煮やしたマネージャーが、多少語気を強めて辻を説得に掛かった。
「だから先生も言ってただろう。今は危険な状態で絶対安静だって。
そっとしておいてやらないと助かるものも助からなくなるぞ。
だから今日は加護を信じて帰りなさい。」
「でも。」
「いいから帰れっ!!。」
遠くに居た看護婦が、驚いてこちらの様子を伺うほどの凄い怒号が
広いロビーに鳴り響いた。
「…………解りました。」
辻はびっくりしたような表情を見せながら消え入りそうな声で小さく呟くと
病院の廊下を出入り口へと向かい歩いて行った。
- 15 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時08分58秒
- 10分後…。
「まだ会えないのかな?。」
気が付くとマネージャーの横には、何処から戻ってきたのか
今にも泣き出しそうな辻がちょこんと座っていた。
「またか?。」
これで何度目だろうか。
マネージャーは、ようやく悟った。
いくら説得しても、今の辻には全く効果が無い事を。
どんな言葉を並べたところで、辻の加護を心配する気持ちには
到底及ばない事を。
窓にかかったファインダーの隙間から覗く風景は、いつの間にか
どっぷりと夜の闇に包まれていた。
- 16 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時09分46秒
- 「おい、辻!。何してんだよ。」
静まり返った病院のロビーで、辻の背後から若い女の声が聞こえて来た。
辻はその声に聞き覚えが有るのか、何事も無かったかのように
ゆっくりと振り返った。
「保田さん、帰ったんじゃないんですか?。」
「しようがねえなぁ、全く。」
不機嫌そうに近付いてきた保田は、辻の頭を軽く小突きながら苦笑いを
浮かべていた。
- 17 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時10分24秒
- 保田はマネージャーに呼び出されたのである。
一向に帰る様子の無い辻にしびれをきらしたのか、このまま一人で
帰しては危険だと判断したのか、いずれにしても比較的近い場所に
住んでいる保田が、辻を家まで送るよう頼まれたのだ。
「さあ、帰るぞ。送ってやるから。」
「嫌だー。」
無理やり引っ張られる腕を強引に引き戻そうとする怪力自慢の辻だったが
男を含む大人2人対子供1人では勝負に成らない。
ずるずると病院の外へ引きずり出されると、保田の乗ってきた車の助手席へ
乗せられてしまった。
「悪かったな、わざわざ。何か有ったら連絡するよ。」
「では、行ってきます。」
保田の車は静かに走り出した。
助手席の辻は、遠ざかる病院が見えなくなるまで何度も何度も
後方を振り返っていた。
- 18 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時11分19秒
- 「辻、よく聞きなさい。」
保田はハンドルを握りながら、助手席に座る辻に諭すように語りかけた。
「人にはそれぞれ生まれた時から決められた寿命ってのが有るの。
よく交通事故なんかで亡くなった人を不慮の死って言うけどあれは違うわ。
最初からそう決められた運命なの。運命は変わらない。……解る?。」
「…全然。」
辻はうつむいたままの姿勢で、唇を尖らせながらぽつりと呟いた。
- 19 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時23分09秒
- 「うーん、辻にはちょっと難しかったかな。
私が言いたかったのは、寿命は最初から決められてるって事。辻も加護も
もちろん私だってね。 それが90歳や100歳って決まってるか、13、14って
決まってるかの違いだけよ。………だから、どうにもならないの。」
「じゃあ、あいぼんはこのまま死んじゃうの?。」
「そう決まっていればね。」
「それは神様が決めるの?。」
「……多分そうよ。」
「そんな神様おかしいよ。不公平だよ。あいぼんはとっても
いい子なのに。………私の寿命と変えて欲しいよ。」
辻は瞳一杯に涙を溜めながら、じっと保田を見詰めた。
- 20 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時24分24秒
- 対向車のライトや町のネオンが反射して光るその瞳は、とても純粋で
きらきらと輝いている。
保田は美味しそうに吸っていたタバコの火を揉み消すと、辻と瞳を
合わすのが気まずかったのか、視線を前方へと送った。
「神様…か。」
保田は、隣の辻にも聞き取れない程の小さな声で呟いていた。
辻の家に到着するまでには、まだ多少の時間が掛かったが
それ以降二人の間に会話が交わされる事は無かった。
車内には、エンジン音とカーラジオから流れる聞きたくも無い陽気なDJの
耳障りな笑い声だけが、延々と流れていた。
- 21 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時25分56秒
- それが三日前の出来事だった。
コンサートを明日に控えた今も、加護の状況に変化は見られない。
「意識不明の危険な状態」、「絶対安静」、「面会謝絶」
リハーサルの合間を縫って、暇を見つけては病院へと足を運ぶ
辻だったが、いつもそれらの言葉で追い返されていた。
医師の話によると、加護の心臓病が発覚したのは2年前で
その時点で本人にも伝えてあるという。
2年前といえば、モーニング娘に加入する以前の事である。
辻の知っている加護は、元気で明るくて面白くていつもニコニコ
笑っている女の子。
だが当の本人は、その明るく笑った仮面の裏で胸の中に死の十字架を
背負いながら、早すぎる死を待ちながら、毎日を暮らしていたのだ。
顔では笑って心でいっぱい泣きながら。
- 22 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時27分07秒
- 加護とは、親友であるが故によく喧嘩もした。
「あいぼんなんか死んじゃえー。」
よくある子供の口喧嘩だが、加護の耳にはどのように聞こえていただろう。
きっと泣きたかった筈。……どうしようもない程悔しかったに違いない。
だが、どんな喧嘩でも先に謝るのは必ず加護の方だった。
「のの、ごめん。うちが悪かったわ。………あっそうや、…仲直りの印に
今日一緒にどっか遊びに行かへん?。」
残り少ない人生を少しでも楽しく過ごそうとしていた加護の思いだったが
当然の事ながら、当時の辻には理解出来るはずも無い。
「今日は疲れたから帰る。また今度ね。」
時には一緒に遊ぶ約束をしていながら平気ですっぽかした事もある。
辻は悔しかった。
「あいぼん、ごめんね。…………今まで有難う。」
その言葉を伝えられない事が、悔しくて悔しくてたまらなかった。
- 23 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時27分42秒
- 今回の一件で、モーニング娘を取り巻く全ての環境が一変していた。
まず、所属事務所の会長がメンバー全員に頭を下げた。
加護の心臓病を知っていたにも関わらず、敢えてオーディションで
合格させてしまった事。
過密なスケジュールを与え、休ませる暇を与えなかった事。
病状が悪化する前に脱退させて、お茶を濁そうと考えていた事。
そして、加護の人気が予想以上に高くなってしまったため、目先の利益に
目がくらみ脱退のタイミングをぎりぎりまで引き延ばしていた事。
それらの事を、メンバー全員に対し、一人一人の前で土下座して謝った。
さらにこれらの事がマスコミに知れ渡れば、モーニング娘は勿論
事務所の存続自体も危なくなるだろうと告げられた。
- 24 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時29分06秒
- 「お前らの意見を聞かせて欲しい。」
じっと腕組をしたまま会長を見詰めていたプロデューサーのつんくが
メンバーに意見を求めた。
「解散させたいんですよね?。今回の件は事務所とは関係の無い事で
あくまでもモーニング娘というグループの問題だから、そのグループを
解散させてけじめをつけましたって事にして。
…………まあ、私はそれでも構いませんよ。」
真っ先に口を開いたのは、妙に納得した表情を見せた保田だった。
- 25 名前:PP 投稿日:2002年06月28日(金)15時29分55秒
- そこからは一気に話が進んでいった。
・今回のツアーを解散コンサートとし、最終日をもってモーニング娘の
活動を停止する。
・派生ユニットであるたんぽぽやミニモニはもちろん、後藤のソロ活動や
石川のカントリー娘へのレンタルも同時に終了する。
・最終日までの仕事は、コンサートツアー以外はキャンセルし、既に
収録済みの出演番組も全てお蔵入りとなる。
・芸能界を引退するか事務所に籍を残すのかは、本人の意思を尊重する。
辻には、ついこの間までは考えもつかなかった事がとんとん拍子で
決定していくのを、ただ黙って聞いている事しか出来なかった。
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月01日(月)13時51分32秒
- 「希美、起きなさい。遅れるわよ。」
辻は母親の声に起こされていた。
今日はコンサートツアーの初日。
モーニング娘の解散へのカウントダウンが始まる日でも有る。
辻は、大きく伸びをするとベッドを飛び降り、机の上の携帯電話に
手を伸ばした。
「もしもし、辻ですけど…。」
「あぁ、おはよう、こっちは変化無しだ。」
「そうですか、………それじゃあ、また。」
ここ数日の日課となっている、マネージャーへの電話だった。
辻には加護の命が長くない事を認める事は出来なかったが
それを理解することは出来ていた。
【変化無し】
この言葉の持つ意味は、どっちなのだろう。
まだ命が有るから、嬉しいのか。
まだ意識が戻らないから、悲しいのか。
その答えは辻自信にも解らなかった………。
- 27 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)13時56分33秒
- 「おはようございます。」
コンサート会場に到着した辻が楽屋へと入って行くと、部屋の中では
メンバーがゆっくりと時を待っていた。
以前ならにぎやかだった筈のこの楽屋も、今日はまるでお通夜のように
静まり返っている。
『こらーっ、辻ぃ加護ぉ。お前らいい加減にしろよ。』
『ははは、逃げろー。』
もう、二度と戻らない黄金の日々だった。
- 28 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)13時57分20秒
- ふと気付くと、楽屋から保田の姿が消えていた。
「あれ、保田さんは?…。」
「スタッフに話が有るってさっき出てったよ。」
吉澤が、ぶっきらぼうに教えてくれた。
「何か保田さんの目、真っ赤だったよね?。」
「昨日全く眠れなかったんだって。一番平気そうな顔してたのに。」
安部が以外そうな口調でみんなに説明した。
「圭ちゃんってさ、ああ見えて結構………センチメンタル南向きだから。」
楽屋の雰囲気を何とかしようとした矢口渾身のギャグに、部屋の中では
この日初めての笑い声が起こっていた。
だが、辻には解っている。
矢口の言葉が、ただの照れ隠しなのだという事を。
何故なら、矢口だって、安部だって…。
メンバー全員の目が真っ赤なのだから。
- 29 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)13時57分50秒
- 「がんばっていきまっ」
「しょーい。」
いつもの掛け声で、いつものように気合を入れると、いつものように
舞台袖にスタンバイした。
ただいつもと違うのは、人数が一人足りない事と、メンバーのほとんどが
号泣している事だけ。
時よ止まれ。
メンバーの願いも虚しく、時間は刻一刻と過ぎていく。
開演時間が迫り、客席のざわめきも最高潮に達していた。
「ねえ、かおり…、よく聞いて。」
一人だけ涙を流していない保田が、飯田に対し何かを必死に
訴えかけていたが、泣きじゃくるリーダーには何も届いていなかった。
- 30 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)13時58分39秒
- 「うおぉぉーー!!。」
舞台袖から飯田を先頭に次々とメンバーが登場すると、会場は
大歓声に包まれた。
が、歓声がどよめきに変わるまでに、それほど時間は掛からなかった。
「?、何でみんな泣いてんだ?。」
「あれっ、加護が居ないぞ?。」
興奮とざわめきに包まれた異様な空間で、飯田が静かにマイクを取った。
「みなさん、聞いて下さい。」
メンバーの只ならない雰囲気に、観客の誰もが固唾を飲んで
飯田の言葉に耳を傾けた。
「ご覧の通り、…今ここにはメンバーである加護亜依の姿がありません。
加護は、………4日前に倒れました。………実は……2年前から
………重い心臓病を煩っていたんです。
あの子は………私達にも隠しながら、………一生懸命頑張ってました。
…………一生懸命生きていました。
もう倒れてから…………しばらく経ちますが、…………今も
…………意識は戻っていません。
恐らく………この……ツアー中にも…………、加っ……加護は
…………加護の命は」
「絶対助かります。」
飯田の言葉を遮ったのは保田だった。
- 31 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)13時59分21秒
- 「加護は戻ってきます。ファンのため、私達のため、親友の為
あいつは絶対戻ってきます。
ただ、それまでにはもう少し時間が掛かります。
しばらくの間は治療に専念させる意味も含め、私達モーニング娘は
このツアーが終了すると同時に、一旦活動を休止します。
そして再び、このステージに私達が、加護が立つその日まで
どうかモーニング娘を忘れないでいて下さい。」
(パチパチパチパチパチパチ。)
客席からは激励の拍手が降り注いでいた。
だが、保田以外のメンバーは、どうしていいか解らずに
呆然と立ち尽くしている。
加護は不治の病である心臓病で、助かる見込み等、微塵も無い筈。
それに、モーニング娘は休止では無く解散なのだ。
この後、ファンに対して別れの挨拶を行う段取りになっていたメンバーが
戸惑うのも当然だった。
「さあ、もうMCは終わり。歌いくよ歌っ。」
保田はメンバーみんなに声を掛けると、辻の顔を見てにっこりと微笑んだ。
- 32 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時00分07秒
- 「頭おかしなったんちゃうか?あいつ、………何言うとんねん。」
舞台裏では、モニターを見詰めるつんくが、青冷めながら頭を
抱え込んでいた。
モーニング娘の解散を伝える為に、関係各社へFAX送信するはずだった
声明文書が、つんくの頭上でブルブルと震えている。
「トゥルルル…トゥルルル…」
不意につんくの携帯電話が、けたたましく鳴り響いた。
「全く……何や、……こんな時に。」
事務所からだった。
「はい、つんくです。……はい、えっ!?。………ほっ、ほんまですか?。」
携帯電話を切ったつんくは、モニターの中で歌い踊るモーニング娘を
眺めながら目を細めていた。
「……あいつら…………、奇跡を起こしよった。」
部屋の片隅にあるゴミ箱に、くしゃくしゃに丸められた1枚の紙切れが
無造作に投げ捨てられた。
- 33 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時00分44秒
- 「ねえ、大丈夫なの?。あんな事言って?。」
「あれって本当なんですか?。」
コンサートが終わり楽屋に戻ったとたん、保田はメンバーから
質問の集中砲火を浴びていた。
そこへ飛び込んできたのは、満面の笑顔を浮かべた事務所の
社員だった。
「加護の意識が戻ったぞっ!。心臓も何故か回復に向かってるそうだ。
保田が言ったように、加護の復帰と共にモーニング娘も再開する。」
思いがけない報告に、メンバーは抱き合って喜んだ。
「何だよ、圭ちゃん。知ってたんなら早く言ってよー。」
「あ、ああ…ごめん、…みんなを驚かせようと思って。」
保田は表情を崩さないまま、一人黙々と帰り支度を始めていた。
- 34 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時01分49秒
- 「ねえ、今からみんなで加護に会いに行こうよ。…って、あれ?辻は?。」
「意識が戻ったって聞いた瞬間、飛び出してったよ。」
「くそー、あいつ抜け駆けかよ。………よーし、みんな急げっ。」
セクシー隊長から号令が下った。
一気に慌しくなった楽屋は、完全に以前の雰囲気に戻っていた。
「ねえ、お見舞い何買ってく?。」
「あいつの事だから食べ物がいいよね。」
メンバーは口々に何かを話しながら、一度は諦めかけた加護との再開に
胸を躍らせていた。
- 35 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時12分57秒
- 「はっきり言って奇跡です。」
病院の診断室に招かれた加護の両親は、担当の医師から説明を
受けていた。
「私もこの業界に関わって随分経ちますが、こんな前例は聞いた事が
有りません。恐らく現代の医学を遥かに超えた未知の力が 、娘さんの
体内に芽生えたんでしょう。
娘さんの死にたくないという思いが、そうさせたのだと思います。」
医師は数日前の加護の心電図と、先程撮ったばかりの心電図とを
見比べながら、驚きとも喜びとも取れる複雑な微笑みを浮かべた。
- 36 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時14分35秒
- 「助けて頂いて、…本当に有難うございます。」
「いえ、私は何もしてませんから。……それにまだ完全に治った訳では
有りませんよ。
あくまでも、手術で完治するレベルまで自然回復したに過ぎませんから。
ただ今回のケースは明らかに特殊なので、………恥ずかしながら
私の手には負えません。専門の医療機関に手術を頼みましょう。」
「解りました。……本当に、……色々と有難うございました。」
加護の両親は何度も礼を述べると、互いの手をとりながら
部屋を出て行った。
「………それにしても、…………………考えられん。」
医師は、手元の心電図を食い入るように眺めながら
うめくように呟いていた。
- 37 名前:PP 投稿日:2002年07月01日(月)14時15分20秒
- 「さあ、そろそろ行こっか。」
「よし、加護ちゃんに会いに出発進行ー。」
全員が立ち上がったその時だった。
「ごめん、……私、……用が有るから帰るわ。」
活気を取り戻した楽屋に、保田の沈んだ声が響き渡った。
「えっ、圭ちゃん行かないの?。」
「うん、………それに当分加護には会えないから、よろしく言っといて。」
保田は足早に部屋を出て行ってしまった。
「何なんだよ、全く…。」
楽屋では、残されたメンバーが保田の影口を叩き始めた。
『もう加護は助からない』、病院で自信満々に言い放ったのは保田。
『解散』、メンバーの中で一番最初に口にしたのも保田だった。
それなのに、『加護は戻ってくる』、『活動は一時休止』、今までの言動とは
180度違う言葉で、ファンに感動の報告をしたのも保田。
そして今度は、『当分お見舞いには行けない』らしい。
今回の1件で、彼女は完全にヒールの座を射止めてしまっていた。
- 38 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時33分10秒
- 「あいぼんっ!。」
辻は、加護のいる病室の扉を力一杯こじ開けた。
窓から差し込む日差しに照らし出され、ポカポカに温まっている室内には
大きなベッドがどーんと置いてあり、その上には上半身を起こしながら
備え付けのテレビを退屈そうに眺めている一人の少女が佇んでいた。
「あっ、………のの!。」
「あいぼーんっ。」
辻はその少女に飛び掛るように抱きつくと、そのまま固まったように
強く強く抱きしめた。
「ちょっ、のの……苦しい………、うち病人やでぇ。」
辻は苦しそうな少女の呟きを聞き、はっとした様にゆっくりと手を離すと
今度は少女の両肩に軽く手を添えながら、改めてその顔を覗き込んだ。
涙で歪んではっきりとは見えなかったが、目の前に居るのは
とても会いたかった、とても話したかった、一番身近な親友で
時には良きライバルで……、いつまでも一緒に笑っていたい
大好きなその人だった。
- 39 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時34分13秒
- 「あいぼん…………もう、会えないかと思ったよ…。」
「……………うちは、………………毎日思っとった。」
辛かった日々を思い出したのだろう。
加護の瞳からも大粒の涙が溢れ出した。
「ごめんね、あいぼん。………解ってあげられなくて…。」
「何でののが……謝んねん。…うちこそ、………隠してて……ごめんな。」
「……ううん、……いいよ、そんなこと。…………あいぼんが、……もし
あいぼんが………………居なくなっ。」
加護は、辻の顔を自らの胸で覆い隠すように優しく抱き寄せると
それ以上は何も喋らせなかった。
「聞こえるやろ?……うちの心臓の音。……うち、……生きてるでぇ。
…病気なんかに……負けへんからな。……ののが……悲しむような事
……大事な人を泣かすような事……絶対……絶対せえへんからな。」
辻は、加護の胸から伝わってくるしっかりとした命の鼓動を聞きながら
保田の言っていた神様に少しだけ感謝していた。
- 40 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時34分49秒
- 【モーニング娘活動休止】
昨日から始まったモーニング娘のコンサートツアーの冒頭で、リーダー
の飯田からファンへ衝撃の事実が告げられた。話によると、メンバーの
加護亜依(14)は2年前から心臓病を患っており、それが数日前に突如
悪化、意識不明のまま病院へ運ばれたのだという。現在は意識も取り
戻し元気な姿を見せているようだが、将来的な事も視野に入れ、近々
手術に踏み切る予定らしい。それに伴いモーニング娘は今回のツアー
最終日を持って活動を一旦休止する。今後は加護の復帰を待って再び
活動を開始する予定だが、日時は今の所未定との事。所属事務所の
会長は、「心臓病とは知らなかった。知っていたらあんなに激しい踊りは
させなかったのに…。まあ幸いにも命に別状は無かったので、復帰後は
更にパワーアップしたモーニング娘を皆さんにお届け出来ると思います。」
と力強くコメントした。ただ一部の関係者やファンからは、未成年の少女を
預かる立場として事務所の管理責任を追及する声も挙がっており、どちら
にしても、この国民的アイドルグループを襲った突然のアクシデントは
今後更に波紋を呼びそうだ。
- 41 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時36分24秒
- 翌日のスポーツ新聞は、各誌とも一斉にこのニュースを一面トップで
伝えていた。
「希美、よかったね、亜依ちゃん元気になって。」
朝食を取りながら新聞を眺めている母親の声も、心なしか弾んでいる。
今日のコンサートは午後からの予定。
仕事と学業を両立しなければ成らない辻にとって、午前中は学校
午後からコンサートと慌ただしい一日になるが、今の辻は心の底から
漲ってくるパワーによって、元気の塊と化している。
「行って来まーす。」
台所で洗い物をしている母親の背中へ、ここ数日間とは比べ物に
成らない程の明るい声を投げ掛けると、そのまま勢い良く家を
飛び出していった。
- 42 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時37分00秒
- 「行ってらっしゃい。勉強頑張ってね。」
母親は少し安心していた。
学校での辻の成績は、決して誉められるものでは無い。
ただでさえその状態なのに、最近は芸能活動が忙しいたため、本業で
あるはずの学問が疎かになっていたのだ。
そこへ急遽決まった、モーニング娘の活動休止。
少しでも勉強の遅れを取り戻して欲しい、…母親の切なる願いだった。
だが、母親は知らない。
辻が着ていった筈の制服は、まだ彼女の部屋のハンガーにぶら下がった
ままだという事を。
- 43 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時37分32秒
- 「おっはー、……あ、おはようございます。」
「あら、希美ちゃん、おはよう。有難うわざわざ来てくれて。」
病室では、加護と両親が何やら話し込んでいた。
「…亜依、それじゃあ帰るわね。」
加護の両親は辻に一礼すると、そのまま部屋を出て行った。
ベッドの上では加護が涙を浮かべている。
「あいぼん、どうしたの?。」
「うちな、……何かアメリカに行くらしいわ。…………向こうやないと
手術出来へんのやって。……それに手術終わっても……色々検査が
有るらしくてな、…………しばらく日本には戻られへんみたいや。」
「…そっか。…でも仕方無いよ。…あいぼんが元気になる為だもん。
それに良く解んないけど、アメリカってそんなに離れてないんでしょ?。
会いに行ってあげるよ…絶対に。」
「ありがとな………。のの。」
加護はベッドに腰掛けながら、窓から覗く大きな空を見上げていた。
- 44 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時38分05秒
- 「テレビでも見よか?。」
加護はテレビの電源を入れると、面白い番組でもやっていないかと
せわしなくチャンネルを変えていった。
「ええっーー!。」
加護の叫び声に驚いた辻がTVの方へ目をやると、ブラウン管の
中では、レポーターが信じられないニュースを伝えていた。
「昨夜未明、人気グループ【モーニング娘】らが所属する芸能事務所
【UFA】の山崎会長が、自宅で睡眠中、何者かによって刃物で襲われる
という事件が起こりました。山崎会長はすぐに近くの病院へ運ばれまし
たが、出血多量で間もなく死亡しました。尚、まだ犯人は捕まっていま
せんが、警察では昨日発表されたモーニング娘の休止決定に関わる
何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高いとして、捜査を続けて
います。」
「……………う、嘘やろ?。」
「………どういう事?。」
二人は顔を見合わせながら、ぐっと息を飲み込んだ。
- 45 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時38分39秒
- モーニング娘のメンバーに収集が掛けられたのは、それからすぐの
ことだった。
「お前らは心配せんでええからな。今日のコンサートに集中せい。
ただその前に………色々聞きたい事が有るそうや。」
つんくに送り出されたメンバーは、一人一人警察からの事情聴取を
受けさせられた。
昨日の夜は何をしていましたか。
最近、会長に会ったのはいつですか。
何か気になる事は有りましたか。
辻は涙ぐみながら俯いているだけで、何も答える事は出来なかった。
「別に辻さんを疑っている訳じゃ無いんだ。情報が欲しいから聞いてる
だけなんだよ。警察の協力してくれないかな。」
取り調べ官の優しい言葉も、何の気休めにも成らなかった。
だがそれも無理は無い。
まだ幼い辻は、事情聴取という言葉の響きだけで、怖くて逃げ出したい
気持ちで一杯になっていたのだ。
それも、身近な人物の殺人事件となれば尚更だろう。
結局辻の事情聴取は、調書を取る警察官が一度もペンを握らないまま
終わりを迎えた。
- 46 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時39分14秒
- 「何か気分悪いよね、疑われてるみたいで。」
「でもさ、昨日の会長のコメント見た?。」
「見た見た。何が『心臓病とは知らなかった』だよ。
人の命を何だと思ってんだ。……って本人は死んじゃったけど………。」
メンバー達は、山崎に対しあまり良い印象を持っていない。
先の加護の件もそうだが、この男は商業第一主義者だった。
デビュー当初のオリジナルメンバーである福田明日香から、初めて脱退
の意思を告げられた時、引き止めるよりも先に、『凄い話題になるぞ』と
手を叩いて喜んだ人物である。
だが、そんな男でも実際死んでしまうと悲しいものだ。
何よりも、モーニング娘の産みの親なのである。
「誰何だろ?、犯人。」
「早く捕まるといいね。」
コンサート後の楽屋では、みんなが今回の事件に関する思いを
口にしていた。
- 47 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時42分31秒
- そこへ、飯田と保田が何やら言い争いをしながら戻ってきた。
「圭ちゃん、今日のコンサート何よ。全く気合が入ってないじゃない。」
「だから精一杯やってるって言ったでしょ。こっちにも色々都合が有るの。」
保田は憮然とした表情で言い放つと、昨日と同じように一人だけ早々と
帰り仕度を始めた。
飯田の言っている事は、辻も感じていた。
コンサートでは、フォーメーションが目まぐるしく変わる歌を何曲も
こなさなければ成らないが、近い位置で踊る機会の多い辻と保田は
何度も体をぶつけていたのだ。
「ごめんなさい。」
最初は条件反射でそう口にしていた辻も、途中からは間違えているのは
保田の方だと気付き始めた。
- 48 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時43分26秒
- モーニングで一番歌が上手いのは誰?。一番踊りが上手いのは?。
どのメンバーに聞いても、必ず保田の名前は上位に挙がるだろう。
そんな誰もが認める【ライブの鬼】が、初歩的なミスを連発したのである。
リーダーの飯田が怒るのも当然だった。
「動揺する気持ちも解るけど、私や圭ちゃんがしっかりしないと…。」
「それじゃあ、お先。」
保田は、飯田の言葉などまるで眼中に無いかのように無視すると
そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。
- 49 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時44分03秒
- 「確かに、昨日から保田さん少し変。それに今日も目が真っ赤だったし。」
「って事は、………………まだ南向いたまま?。」
「………………もういいです、それは。」
矢口渾身のギャグは、石川にさらっと交わされた。
「あーーーっ。」
突然、吉澤が何かを思い出したように奇声を発した。
「よっしー、突然喚き出すその悪い癖、いい加減直しなよ。」
「ち、違います。私、…すごい事に気付いちゃったんです。」
「すごい事って、何よ?。」
メンバーは、只でさえ色白な顔を更に青白く引きつらせながら
ブルブルと小刻みに震えている吉澤に、一斉に注目した。
「犯人です。…会長を殺した犯人が、…解っちゃったんです。」
「えぇーっ、……本当なの?。」
「……………はい。」
吉澤は気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると、その場に立ち上がり
周りに居るメンバーを見渡しながら静かに口を開いた。
- 50 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時48分05秒
- 「驚かないで下さい。…………犯人は多分、…………保田さんです。」
「えっ!?。……まさか。…………どういう事よ、ちゃんと説明して。」
「私も信じたく無いんですけど、そう考えるほうが自然なんです。
いいですか。良く聞いて下さい。」
吉澤は大きな目を見開きながら、信じられないといった表情で
ゆっくりと語り出した。
- 51 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時48分36秒
- 「昨日のコンサート前の楽屋、保田さんだけ居なかったじゃないですか。
私、トイレに行った時、見たんです。廊下の隅で会長と保田さんが
言い争っているのを…。内容までは解らなかったんですけど、二人とも
凄い剣幕でした。多分、その時に殺意を抱いたんだと思います。
昨日のコンサートの後、保田さん急いで帰ってったじゃないですか。
あれはきっと会長を殺す準備の為で、『当分加護には会えない』ってのも
刑務所に入るからって意味で、今日も目が赤いのは昨夜遅くに犯行の為
会長の自宅へ…」
「おーい、捕まったぞ犯人。金目当ての強盗による犯行だった。」
吉澤の言葉を遮ったのは、犯人逮捕の一報を伝えに来た
マネージャーだった。
「ん?、何やってんだお前。」
マネージャーの視線の先には、熱弁を振るうが如く拳を頭上に掲げたまま
目を点にして固まっている吉澤が居た。
- 52 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時49分09秒
- 「メンバーを疑うなんて…。」
「い、嫌だなぁ、矢口さん。冗談に決まってるじゃないですか。ははは」
「ひどいよね、いくら何でも。」
「そんな、ごっちん。ジョークだよジョーク、世界のジョーク。」
「見損なったよ、………よっしー。」
「り、梨華ちゃんまで………。」
吉澤は先程とは違う突き刺さる様な冷たい視線を受け、先程とは別の
意味で全身が震えていた。
「まあまあ、みんなその辺で許してあげなよ。別によっしーだって悪気が
有った訳じゃないんだし。…それに、最近の圭ちゃんの様子がおかしい
のは事実だもん。…………本当、どうしちゃったんだろう。」
飯田は大きな目を見開きながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
- 53 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時49分48秒
- その夜、吉澤は保田の携帯に何度も電話を入れていた。
「ただいま、電話に出ることが出来ません。…」
よほど忙しいのか、何か事情が有るのか、いくら掛けても保田には
繋がらなかった。
「明日にしようかな。」
吉澤が諦めかけたその時である。
「…はい。」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、あきれたような怒ったような
とても不機嫌そうに呟く保田の声だった。
「あ、吉澤ですけど。」
「…お前、しつこいんだよ。何回も何回も……………で、何?。」
「すみませんでしたっ!。」
吉澤は電話にも関わらず、見えない保田に対しきちんとお辞儀を
しながら謝った。
「私、……会長を殺した犯人………保田さんだって疑ってしまいました。
本当にすみませんでした。」
「……………。」
電話の向こうからは何の反応も返ってこなかった。
- 54 名前:PP 投稿日:2002年07月05日(金)16時50分21秒
- 携帯を握り締める吉澤の左手には、じんわりと汗が浮かんできていた。
「保田さん?…やっぱり、怒ってます?。」
「……当たり前だ。」
保田の返事は、先程のトーンより更に低く小さなものに変わっていた。
「大事な仲間を疑うなんて、…私って馬鹿ですよね、…最低ですよね。」
「………何言ってんだ吉澤。…………私が怒ってるのは、そんな事で
電話掛けてくるなって事だよ。私は疑われた位で怒るような、心の
狭い女じゃ無いからね。それに、………………まぁいいや。
とにかく許してやるから、次からは気を付けな。……じゃあな。」
電話は一方的に切られてしまった。
いまいち怒られた理由に納得がいかなかったが、取り合えず許して
貰えた事で一安心した吉澤だった。
気付けば吉澤の携帯は、まるで水にでも浸けたかのように
ビショビショに濡れていた。
- 55 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時10分53秒
- 加護の渡米は明日に迫っていた。
「保田さん、……とうとう来てくれへんかったな。」
「…きっと忙しいんだよ。」
辻の声も心なしか沈んでいる。
「うち気ぃ失ってるときな、夢に保田さんとののが出てきたねん。
うちを助けるとか何とか、そんな事言うとった気がする。
その声に答えよう思ったら、パッて目ぇが覚めてん。」
「じゃあ、私と保田さんが命の恩人じゃん。」
「うん、そやから、会ってお礼言いたいねんけどなあ。
オバチャンオバチャン言うてたの、根に持ってるんやろか。」
加護は寂しそうに呟くと、悪戯な作り笑顔で微笑んだ。
- 56 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時11分24秒
- コンサートは、連日大盛況だった。
しばらく娘達に会えなくなるという焦燥感なのか、色々有ったモーニング娘
に対する同情なのかは解らなかったが、どこの会場でも大変な盛り上がり
をみせていた。
なかでも、一際目立つのがアンコール後のMCだった。
正確には12人のMCが終わった後、一人の少女がスクリーンに映された
瞬間に会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれるのである。
スタッフが事前に録画した加護のコメントだった。
「加護です。今回は色々迷惑を掛けてしまって、本当に御免なさいでした。
手術が終わったら、又元気な加護に戻るので、それまで待ってて下さい。
それでは。…………みんな大好きだー。」
スクリーンに向かって手を振る者、加護の名前を絶叫する者、手術の
成功を祈って手を合わす者や、思わずハンカチで涙を拭う者まで。
観客は思い思いの方法で、病気と闘う加護を応援した。
- 57 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時12分01秒
- 「えー今日は皆さんにお願いが有ります。」
マイクを取ったのは飯田だった。
「明日の早朝、加護は手術のためにアメリカへ飛び立ちます。
だから加護にとって、今日のコンサートは送別コンサートです。
そこで、私達からエールを送りたいと思いますので、加護の耳に届くように
みなさんも一緒に宜しくお願いします。…………せーのっ」
「ガンバレガンバレ加護、ガンバレガンバレ加護、おーう。」
その瞬間、会場の照明が一気に落とされた。
- 58 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時13分03秒
- しばらくは騒然としていた観客も次第に落ち着きを取り戻し、会場は
暗闇と静寂に包まれていた。
そこへ静かに流れ出したのは、あのメロディーの優しい歌声だった。
「一人ぼっちで少し退屈な夜……♪」
一本のスポットライトが舞台の上を照らし出すと、そこには車椅子に座る
加護の姿と、その周りを笑顔で囲んでいる仲間達が居た。
「うおぉぉぉーー。」
客席からは地鳴りのような歓声が鳴り響いた。
やがて、車椅子の上で一生懸命歌う加護を励ますように、客席の至る所
から歌声が湧き上がると、あっと言う間に1万人の大合唱が始まった。
観客もスタッフもメンバーも、どの顔もみんな最高の笑顔だった。
人生って素晴らしい。
誰かと出会ったり恋をしたり出来るから。
人生って素晴らしい。
夢中で笑ったり泣いたり出来るから。
人生って素晴らしい。
素晴らしい誰かと巡り会う道を、見つける事が出来るのだから。
加護はこの歌詞の意味を、生きることの素晴らしさを
心の底から実感していた。
- 59 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時13分34秒
- 「でも笑顔は大切にしたい、愛する人の為にー♪」
歌が終わる頃には、全員が子供のように泣きじゃくっていた。
だが、メンバーの誰もが目頭を押さえているなかで、加護だけは涙を
拭おうとはしなかった。
夢中で涙を流せるのも、生きている証なんだ。
そう言わんばかりに、しっかりと目を見開きながら満足気に微笑んでいた。
「加ぁー護。加ぁー護。」
耳を劈くような大加護コールのなか、車椅子の少女はそれに応えるように
静かにマイクを握った。
- 60 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時33分37秒
- 「えー、お久しぶりです。加護亜依です。
今日は、みんなにどうしても私の気持ちを伝えたくて、先生に無理矢理
頼んで、この舞台に上がりました。
もうみんな知ってると思いますが、私はずっと前から心臓病でした。
もうすぐ死ぬって言われた時は、とてもショックでした。
何で私なんか産んだんだってお母さんを責めました。
その後、お母さんの胸で一杯泣きました。……ごめんねって言いながら
お母さんも泣いてました。
モーニング娘に入ったのは、ただのわがままでした。
どうせ死ぬのなら好きな事をしたい、平凡に死んでいくより色々な事を
経験したい。単純な好奇心でした。
入ってみると凄く忙しい日々だったんですが、少しでも時間を無駄に
したくない私にはとても充実していました。
もう、いつ死んでも悔いは無い、最初はそう思ってました。
でも、ある時大事な事に気が付いたんです。
私は一人じゃ無いんだって。
- 61 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時34分10秒
- 私には、親友が居て仲間が居て家族が居て、そしてみんなが居ます。
このまま死んでいったら、みんなを裏切る事になるって思ったんです。
私の事を愛してくれる人達の為にも、死んでたまるかって気持ちに
なりました。
その気持ちが通じたのか、不思議な事に心臓病の症状も軽くなりました。
…………もうすぐ私は手術します。
その手術が終わったら、もう一度モーニング娘として頑張ります。
今度は好奇心でもわがままでも無く純粋な気持ちで、みなさんを
楽しませる事が出来ると思います。
だからそれまでの間、少しだけ待ってて下さい。
今までありがとうございました。そして、これからも宜しくお願いします。
それでは。………さよならじゃ無いんで、笑って見送って下さい。」
加護は涙に濡れる辻の大きな瞳と目を合わせると、二人で声を揃えて
大声で叫んだ。
「せーのっ、し・も・て・は・けー。」
辻に押された車椅子は、客席に向かい両手で手を降る加護を乗せたまま
ゆっくりと舞台袖へと消えていった。
会場には、いつ果てるとも解らない程の加護コールが、延々と
こだましていた。
- 62 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時34分46秒
- 翌朝。
空港のロビーには、保田を除くメンバー全員が揃っていた。
「ほんなら、行って来ます。」
「元気でな。」
「早く戻って来いよ。」
別れの挨拶を済ませた加護は、大きなカバンを抱えながら搭乗口へと
入っていった。
「あの、お客様、………これはちょっと……。」
苦笑いを浮かべる係員によって開かれたカバンの中には、口元に
2本線を入れただけで腹話術の人形に扮したつもりの辻希美が
入っていた。
- 63 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時35分21秒
- 「すみません、本当にすみません。…良く言って聞かせますから…。」
飯田は真っ赤な顔で、係員に何度も頭を下げていた。
「何、考えてんだよっ馬鹿。」
「だってパスポートお母さんが持ってるもん。絶対渡してくれないもん。」
辻はぷっくりと頬を膨らませると、拗ねたように俯いた。
「そんな顔したって駄目なものは駄目。加護は遊びに行くんじゃ
無いんだからねっ。」
飯田は恥ずかしかった。
それでもお前は中学生か。
同じグループの一員として、恥ずかしいというよりも少しだけ情けなかった。
- 64 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時36分00秒
- 加護を乗せた飛行機は、ゆっくりと大空へ飛び立っていった。
「アメリカってどれ位遠いの?。」
辻は、青空に描かれた飛行機雲をぼんやり眺めている飯田に尋ねた。
「学校で習ってないの?。近いようで結構遠いのよ、アメリカは。」
「25mプール何往復くらいかな?。」
「……………………絶対死ぬ。泳いで渡ろうなんて考えちゃ駄目よ。」
売店に並んだ浮き袋の前で所持金を確認している辻に、飯田は
呆れながら首を横に振った。
「じゃあ、トンネル掘っ。」
「駄目。…………………なぁ辻、…そんなに加護の事が心配?。」
小さく頷いた辻を見て、飯田は思い直していた。
- 65 名前:PP 投稿日:2002年07月12日(金)11時38分16秒
- 確かに辻の考えは情けないほど幼稚で馬鹿げている。
世間一般の中学生と比べたら、驚く程の低レベルな知能指数を
叩き出すだろう。
だが、それがどうしたと言うのだ。
【優しさ】、【素直な心】、【思いやり】
どれだけ勉強しても決して得る事の出来ない、とても美しくて尊いものが
辻には全部備わっている。
「…………ずっとそのままでいてね。」
飯田は人間として女としてリーダーとして、幾つも年が離れた幼い少女
から、何か大切なものを教えられた気がした。
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月12日(月)01時38分12秒
- ヤスは一体何者なんだ!?
マターリ待ちます。
- 67 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月01日(火)02時51分20秒
- ずっと待ってます。
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