インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
Stellar memory
- 1 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時27分58秒
- 小説書きたくなったので書かせていただきます。
更新はまちまちになると思いますが、よろしくお願いします。
- 2 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時28分56秒
「…ぃ……〜ぃ、ぉ〜い…」
うるさいな…誰だよ、人がせっかくいい気持ちで寝てるってのに…。
ペチペチと頬にあたる感触。
深い眠りが一気に不快な眠りへ変貌していく。
それにも拘らず、声はより一層大きく高く頭の中に響く。
「お〜い、生きてますかぁ?返事どぉぞぉ〜」
聞いたことのない高い女の人の声。
「…はぃ」
寝起きが不機嫌なあたしはぶっきらぼうに返事を返した。
この暴れたい衝動をかろうじて抑えて…。
- 3 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時29分26秒
「おっ!生存者、発見いたしました!」
ぶん殴ってやろうか…という思考が頭を掠めた。
重い瞼をうっすらと開く。
設置されてた柱時計がすでに夜の9時を回っていた。
ところどころに配置されている電灯がチカチカと小さく光を放ってる。
「やっほ〜♪」
ひらひらと小さな手のひらを翻して笑顔な見知らぬ少女の姿がそこにあった。
辺りは薄暗くその顔は見えないけど
サラサラした白に近い金色の髪をキャスケットで覆い、
ノースリーブの白いトレーナーにストレートジーンズ。
しゃがんでるから分かりにくいけど、小さい人だ。
身長は…150も無いだろう。
- 4 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時29分58秒
「え…と、誰?」
もっともな質問だよね。
「ん…まぁ、それはおいといてさ」
平行に並べた両手をそろえてパントマイムのように「おいといて」って。
「そっから出た方がいいよ、気に入ってるなら止めないけど」
「え?」
手元に視線を下ろす。
ビニールのポリ袋に包まれたゴミたちに囲まれて、あたしは大の字で寝転がっていた。
上半身を起こしてみると、あたしの形でゴミは凹んでいて
どれだけ長い時間あたしがこの場にいたのかを教えてくれた。
- 5 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時30分31秒
- はっとして自分が着てるTシャツを引っ張って匂いを嗅ぐ。
…臭くはない、セーフ。生ゴミじゃなかった。
「…ご丁寧に、どうも」
プライドに反して頭を下げる。
「いいえー、どういたしましてー」
「…じゃ」
さっきした質問なんか気にしない、お礼はしたからこれでサヨナラ。
「あっ…ちょっと!」
誰が振り向くもんか。
ダッシュでそいつの横を駆け抜ける。
ボクシングで鍛えたこの足で、コンクリートを思いっきり踏みつける。
- 6 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時31分03秒
- 路地を抜けると周りは繁華街。
むこうにはいかがわしいお店なんかがゴロゴロしてる。
あたしが寝てた所は目立たなかったから助かった。なんて、
自分勝手なことを考えながらも足は止まらない。
走ってる途中もずっと考えた。
なんだったんだろうあの人…。見たところ一人だったみたいだけど。
恥ずかしいなぁ、寝顔見られちゃったよ。
いびきかいてなかったよね…。歯軋りとか…。
なんてもやもや考えてるうちに駅の入り口はすぐ目の前にあった。
あの人は追って来ないみたい…よかった。
- 7 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時31分36秒
- ざわざわ賑わう駅のホーム。
仕事がえりのサラリーマンとか多いこの時間帯。
切符売り場にはたくさんの人、人、人。
早くこの場を去りたいと思った。
誰も居ない、一人きりの空間をあたしは望んでいた。
なんとか人の波を掻き分けて切符売り場とご対面。
小銭用意。
お気に入りのボーダーシャツの裾を少し上げ、確認。
そこであたしは絶句。
ドリフやコントでいうなら、タライが天井から落ちてきてゴーン。。。
なんてやってるバアイか…財布がない!!
やっば…どうしよ、今月の生活費…。
ていうかそれより家にすら帰れない。
落ち着いて、落ち着いて…。冷静に考えよう。
財布はあたしのズボンのベルトに挟んでおいた。
そんな簡単に落とす筈ない。
- 8 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時32分08秒
- 「…あ!さっきの…!!」
嫌な予想。こんなの当たっても嬉しくない。競馬だったら万事OK。
あたしが寝てる間に取って、それから起こせば気付かれない。
大いにありうる。ヤラレタ。
「…もうっ、サイアク!!」
もときた道をもう一度駆けていく。
最高新記録。おめでとう、なんて。
- 9 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時32分38秒
- さっきまで自分が寝てたゴミステーション。
改めて見るとかなり汚い場所だったっていうのが今更になって分かった。
今日は生ゴミの日じゃないって事で少しは安心…かな。
ほっとしてる場合じゃないって。
さっきの人どこ行った!?
はたまた冷静になって考える。
路地裏のきったないゴミ捨て場。
普通の思考の人間なら、こんなとこ一秒だって余計に居たくない。
それが普通。当たり前。
それなのにそこでグースカしてたあたしって…。
「…もう居る訳ないよね…はぁ」
居たとしたって返してくれるかどうか。
自分で盗んだ物を。
「帰ろ…」
だから帰れないんだって。
「あぁ〜!!んもぉっ!!!」
- 10 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時33分08秒
- 「お探し物はコレですか?」
背後からするハイトーン。殴りたくなるような、ふざけた呼びかけ。
間違いない。
ばっと勢い付けて振り返ると、さっきの少女。
手にはまたまたお気にのグッチの財布がしっかりと。
「…言っとくけど盗ってなんかないよ?拾ったんだよ、ゴミの中で」
国語の勉強してる?主語が間違ってるよ。
『ゴミの中で寝てたあたしから』拾ったんだろ?
ハイ、と財布を差し出した。
無言でそれを受け取った。少しムッとした顔で。
当然でしょ、お礼なんか言わないよ。言う必要ないし。
- 11 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時33分38秒
- 中身を確認。
お金は減ってる様子ナシ。
カードも免許証もいつも行く店の割引券も全部無事。
「だから盗る気はないって言ってるでしょーが」
信用できるかっつの。
「ねぇ?財布拾ってあげたんだからさお礼に何かおごってよ」
はぁ?何言ってるのこの人。
自分から盗ったくせに。
そういうのは普通言わないだろ、自分から。
仮にあたしが「おごらせてください」って言ったにしても、
遠慮するのが日本人ってもんじゃない?
「ね?いいでしょ?」
「結構です」
使い方間違ってるよ。あたしがおごる方なのに。
それだけ言うとくるっと後ろに向きなおしてスタスタと駅に向かう。
「あっ…ちょっと!」
さっきと同じことの繰り返し。
けどあたしはそこで立ち止まった。
- 12 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時34分13秒
- 「………」
「へへへ」
チャラチャラといい音色の金属音。
あたしの好きなアンパンマンのキーホルダーと一緒に揺れてる
あたしの家のカギ。
「…返してください」
「だったらおごってよ、飲み物だけでもいいからさ」
「………」
渋々その人の手とテンションに連れられて、近くの喫茶店でお茶す
る事になった。
…費用はあたし持ちだろうな、やっぱり。
- 13 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時35分08秒
- 喫茶店に入ると人はあまり居なかった。
まぁこんな時間だし、カップルとかもどうせならこんなくたびれた
喫茶店よりその辺に密集してるホテルの方に行くよなぁ。
「あ、あそこにしよ」
カウンターの一番奥を指差した。
あたしはどっちかっていうとボックス席の方が落ち着くんだよね。
えり好みはしないからいいんだけど。
大体、出会って5分で喫茶店行く?ナンパじゃないんだし。
おまけにゴミに埋もれた出会いって…哀しいし。
- 14 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時35分39秒
- 「ふぅ〜やっと落ち着けた」
あたしは奥の席、この人はその左隣のイスに腰掛ける。
キャスケットを取って膝に置く様子を見ていた。
「あ〜ぁ、頭ボサボサだよ」
帽子を取った途端、手ぐしで大雑把に整える。
綺麗なストレートの髪がサラッとなびいた。
「ね、なんにする?」
「…え…じゃコーヒー…」
「えー、そんなんでいいの?もっと高いの頼みなよ」
お金払うのはあたしなんだけど、ってツッコもうかと思ったけどで
きなかった。
- 15 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時36分12秒
- キャスケットを目深に被ってて身長差もかなりあるから鼻か
ら上がよく見えなかったんだけど…。
目はパチッとした黒目、キュッとした唇にグロスがキラキラ光ってる。
さっきあんだけうるさいと思ってた高い声も、これなら似合うなんて思う。
しかもちっちゃいからそういう人って普通、可愛いし幼く見える。
だけどこの人は全然そう思わせない。
なんていうか…ほのかに大人の色気漂う、ってなカンジ。
…カワイー。
- 16 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時36分42秒
「………」
「おーい聞いてるー?」
「あっ、はいはい」
ヤベェ、何見とれてんのさあたしは…。
「…パフェ食べてもいい?」
「飲み物だけじゃなかったんですか?」
「そういう時はちゃんと返事するんだね…」
チェッと舌打ちする。
頼む気だったんだな…。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「あ、えっとコーヒーとぉ、オレンジジュース…」
最後の方が少し小さくなった。…そんなに食べたいの?
ちょっとかわいそうになってしまった。仕方ない。
- 17 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時37分15秒
「パフェも追加してください」
「!!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ウエイトレスさんが水の入ったコップを2つ並べて厨房に入っていった。
「いいの?」
少し驚いた様な顔であたしを見る。
「食べたかったんでしょう?」
「えへへ…ありがと」
さっきの印象とはうって変わって子供っぽく笑う。
何だか照れくさくなって、小さな声で「いいえ」って返した。
- 18 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時37分48秒
- 「名前、なんて言うんですか?」
ジュースが来るのを待ってる間、独り言のように尋ねた。
「ん?」
オレンジジュースを頼んだために渡されたストローの紙袋を
くしゃくしゃと縮めて、加えたストローからポタッと水滴を一
つ垂らして遊んでる。
「名前教えてください」
「あ、おいらの?」
「他に誰が居るんですか」
話を聞かれてなかった事でやや不機嫌。
でもこの人はキャハッ、と一つ笑うとすぐに答えてくれた。
「真里、矢口真里って言うんだ」
「へぇ」
屈託の無い純粋な笑顔。
あたしには到底できそうもない。
どうしてこんなにキレイに笑える人がいるんだろう。
自分の気持ちも素直に表せない人間がここにいるのに。
神様って意地悪だね。
「人に聞いたら自分も言いなよ、なんてーの?」
くわえてたストローを持ち替えてプルプル振りながらそれで
あたしを指した。ちょっと、飛んでます水。
- 19 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時38分22秒
「…吉澤…ひとみです」
「へえぇ、よろしくね♪吉澤さん」
「はぁ…」
そして、ストローをコップに差し込んでチュウチュウ飲み始める。
不思議な人。
それが彼女の第一印象だった。
- 20 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月28日(金)20時42分39秒
- 最初の投稿でこんなに書いちゃっていいのかよ!ってな感じですけど、
…いいですよね?すいません、こんな駄文を…(汗
はい、とゆーわけでよっすぃ〜とヤグチさんです。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月29日(土)02時56分36秒
- おお〜!
やぐよしですか〜、大好きです。
メチャメチャ期待してます。
ココナッツさんのペースで更新がんがってください!
- 22 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時07分46秒
「お待たせしましたー」
待つ事数分、思いのほかメニューは早くきた。
頼んだコーヒーとジュース。
パフェは追加注文したので遅れてくるらしい。
「ねぇ?何であんなとこで寝てたの?」
カラカラとストローでグラスの中の氷を混ぜながら
あたしに聞いてきた。
「眠たかったからです」
間入れず即座に答えた。
「ウソばっか、あんな汚いゴミの中で?」
「ホントに眠かったんです」
「ウソだ」
「本当です」
「ウソ」
「…もういいです」
「やっぱウソじゃん」
「………」
はいそうです。ウソついてました。
人には言いたくないことの一つや二つ、あってもいいでしょう?
- 23 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時08分17秒
カラン、と氷がグラスの中ですべり落ち、涼しげな音がした。
「…やな事でもあったんだ?」
そうです、あったんです。
だからもういいでしょう?聞かないで下さい。
「そっか…」
あれ?聞かないんですか?
絶対聞いてくると思ったのに…別に話したい訳じゃないけど。
「おまたせしましたー」
そこでその話題にはもう触れないでくれていた。
- 24 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時08分48秒
「ふあ〜、満足ぅ〜♪」
ググゥ〜っと伸びをして、満足そう。
自分の顔ほどもある特大パフェ(ちゃっかり特大サイズ)
はこの人の胃に全て納まってしまった。
もちろんオマケのようなオレンジジュースも。
「うぅ〜さすがにちょっと苦しいカモ」
それが当たり前です。少なくともあたしは全部なんて入りきりません。
さて、用は済んだことだし、気付いたらもう11時回ってるし
「そろそろ帰ります」
「え?」
え?って…、奢ってあげたでしょう?
それともまだ足りないとか?
これ以上は無理です、終電が…。
「ま…まだ少し位ならいいでしょ?さ、散歩しよ、ね!サンポ!!」
「あ…ちょっと」
「ありがとうございました〜」
行っちゃった…。
そこでほうって行く気にはなれずに、あたしはとりあえず後を追った
- 25 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時09分18秒
着いたのは小さな公園。
いや、公園と言えるのか?
6〜7段くらいしかない低いすべり台に、
土から50センチ位しか離れてないブランコ。それだけしかない。
あの人はというともうすでにブランコに乗ってキィキィ漕いでいた。
「お〜い、早くおいでよ」
子供なのは見た目だけにしておいてください。
「星キレイだねぇ…」
うっとり…そんな言葉が当てはまるかのような姿で夜空を見上げた。
あたしもつられて一緒になって見上げる。
「…わぁ」
「ね?キレイでしょ?」
あたしは一度で星空に見入っていた。
そこには雲一つない晴天で、黒の壁紙を背景に星が光り輝いていた。
白く光る星の中に時折、赤や青の星なんかも見える。
小さい頃よく遊んでひっくり返したビーズみたいだった。
- 26 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時09分54秒
「知ってる?今こうやって光って見える星はね、
とっくの昔に死んじゃって、もうそこには無いんだよ
光だけが届いてて、だから今見えてるのは何億光年もず―――っと離れてる星なんだって」
「へぇ…」
なかなか教養がありますね、なんて言おうと思って彼女の方を向いた。
でも夜空を見上げている彼女の横顔は、なんだかとても悲しそうで、美しくて見る者
全てを引き付ける。そんな感じがして言えなかった。
「悲しいよね、なんか…ここからじゃすっごいキレイに光ってるのにさ
もうこの世にはいないんだよ」
気がつくとあたしは星ではなく、彼女のことをじっと見ていた。
星なんかよりもずっとキレイな彼女の横顔を。
- 27 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時10分26秒
「っくしゅんっ!」
何とも言えない間抜けな彼女のくしゃみであたしは正気に戻る。
見ると、腕を手でこすって暖めていた。
いくら夏だからって、さすがに夜中にノースリーブは…。
まぁあたしも半袖だから人の事はあんまり言えないけど。
「寒いんじゃないですか?」
「へへ…ちょっとね、でも大丈夫だよ」
いや…どう見ても寒そうです。
てか見てるこっちが寒くなってくる。
「やっぱりもう帰った方が…」
「ダメッ!!」
急に立ち上がった彼女。
なんですか?そんなに帰りたくないの?
「帰りましょう、風邪ひきますよ」
「だから、ダメだって!!」
頑なにあたしの誘いを断る。
- 28 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時10分58秒
そこで一つ気になった事。
さっきからこの人、あたしが帰らせようとすると『ダメ』って言う。
普通この位の歳の人がこの時間帯なんか
家に帰りたくないとか言う理由で『イヤダ』って言うと思うんだ。
なのに『ダメ』って言うってことは…。
これはもう気になって仕方ない。
- 29 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時11分33秒
「送っていきます、どこですか?この近くなんでしょう?」
「うぅ〜…!!」
もう何を言っても通用しないと思ったのか、
彼女は決心してキッとあたしを睨みつけた。
それでも口調は暗いまま。
「ぃ…」
「え?」
「…ゎ…なぃ、の」
「なんですか?」
「分からないの」
「…は?」
「自分の家がどこだったのか…分からないの…
それどころか、ここがどこなのかもあたしはどうしてここにいるのかも…」
「えええぇぇぇぇ〜!!!??」
そ、それはつまりドラマやアニメなんかでよくいうところの…。
「記憶喪失…?」
「そうみたい」
なんですとぉ〜!?
嘘…マジかよ。ホントにそんな事ってあるんだ、などと納得する。
「はあぁぁ、だからさ〜困ってんだよね矢口
行く当てって言ってもこの通りだからどうすればいいか分かんないし
お金は一円も持ってないし…」
ガックリうな垂れてため息混じりにポツポツと不平を口にする。
「はあぁぁ〜…ホントにどうしよう」
- 30 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時12分05秒
「あの…うち来ませんか?」
「え?」
な、何言ってんの!?あたし。初対面の人に!
「あたしどうせ一人暮らしだし、とりたていい部屋ってわけでもないですけど」
わああぁぁぁぁぁぁ!!口が勝手にぃ!!
思いがけない言葉が次から次へと溢れてきて止まらない。
…ほらぁ、この人も困ってるじゃんか…。
こんなに笑顔になって…。
って笑顔?
「ホント?それ本気で言ってる?」
「え?あ、…はい」
「やったぁ!!じゃ、ヨロシクお願いしまぁ〜す」
彼女から返って来た思いがけない返事。
嘘、これもマジですか?
ほっぺた引っ張っても…痛い。
夢じゃない…。
ここからあたしと彼女の奇妙な同居生活が始まった。
- 31 名前:ココナッツ 投稿日:2002年06月30日(日)06時19分48秒
- あっ、レスがついてる!
>>21名無し読者様
やぐよしって最近少ない気がして…(ただの気のせいかもしれないけど)
同士がいらっしゃってよかったです。ありがとうございます。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月30日(日)06時40分49秒
- うれしいです♪やぐよし大好き。
しかもいきなり同棲ですか。
やぐ、よし共になにか過去がありそう。
続き楽しみにしてます。
- 33 名前:名無し☆ 投稿日:2002年06月30日(日)14時09分57秒
- よしやぐいいですねぇ〜☆
よっすぃ〜と記憶喪失の矢口がこれからどうなるか楽しみです!
続き期待してますよ〜!!
- 34 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時01分37秒
「散らかってますけど…」
「お気になさらずに♪」
あの後あたしはどうする事も出来ないでいたので
とりあえず彼女を連れて家に帰ってきた。
あのまま公園にいつまでもいる訳にいかないし…。
この古いマンションに住んでから、1年になる。
東京には行きたい大学へ通うためにわざわざ埼玉の実家から引っ越してきた。
つまり一人暮らしなんだけど、2LDKはなかなか快適。
親には少し仕送りしてもらってるけど、それにばっかり頼っていられない。
ちゃんとバイトもしてる。なので不自由もしていない。
- 35 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時04分43秒
「なんだ、全然キレイじゃん!」
そりゃあ毎日掃除してますから、散らかってるってのは…
ちょっとした謙遜ってやつです。自分で言うことじゃないけど。
「ソファにでも座っててください、今お茶いれますから」
「ありがとー」
棚に無造作に置かれた紅茶のパックを取り出して適量をポットに移す。
いい香りが鼻をくすぐってそこらに広がっていった。
「おぉ〜いいにお〜い、ダージリンだね」
雑誌をめくっていた彼女が顔を上げる。
「矢口コレ好きだよ、なんか…なつかしい」
コトリ、とテーブルの上に紅茶入りの客用の新しいカップを置いた。
白い湯気とさっきよりも香る紅茶の匂いが合わさっていい気分。
かすかに頬を上気させて紅茶をひと口飲む彼女をじっと見つめていた。
「…ふぅ〜、あったかい」
それを聞くとあたしも笑って、紅茶を口に流し込んだ。
- 36 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時05分41秒
「…ごめんね、こんなことまでしてもらって」
「え?」
笑顔がふっと消え、寂しげな顔を見せた。
「いや…今日会ったばっかりなのにさ、ようするに他人じゃん?
なのに泊めてもらっちゃったりしてさ…
しかもそいつが記憶喪失なんです、みたいな事いっちゃってさぁ
ホント…ごめんね」
申し訳なさそうに話す。
不安だよね…、記憶をなくしてわからなくてどこに行けばいいのか見当もつかなくて、あたしだったら絶対笑ってなんていられない。
「あ、それ写真?見せて見せて」
あたしの横に置いてあった小さいアルバムに目をつけた。
あたしも別に自分の写真を人に見られるのは
キライじゃないから。
「これ吉澤さんの大学?」
「ええ、まぁ」
ペラペラとページをめくっていく。
あたしはそれを紅茶を飲みながらただ眺めていた。
- 37 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時06分11秒
「あはっカワイイ〜♪」
あ、それは…。
サークルでやった飲み会であたしがバカ殿のかっこしたやつ。
酒が入って調子に乗っちゃったんだよね。
なんかあらためて見るとかなり恥ずかしい…。
なんだってこの人にはこう恥ずかしい事ばっか見られるんだろう。
「あ」
「え?…ちょっと」
ついアルバムを閉じた。
「…お風呂沸かしましたから入ってください」
「え、いいの?」
「風邪ひきますから」
そう言ってアルバムをテーブルに置くと、用意しておいた
Tシャツとハーフパンツを手渡した。
ありがと、と一言返して彼女はバスルームに向かった。
しばらくするとシャワーの音が聞こえてきたので、
あたしはまたソファに座りなおしおもむろにアルバムを開いた。
- 38 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時06分45秒
今さっき彼女が開こうとしていたページ。
見られたくなかったからごまかして、お風呂をすすめた。
ゆっくりとそのページを開いた。
アルバムの一番最後のページに、それ一枚だけしか入れてない。
その写真の中のあたしは笑顔だった。
本当のあたしの本当の笑顔。
隣には同じく笑顔の愛しい人。
『バイバイ、ひとみちゃん』
その言葉が何度も何度も頭の中で響いてた。
いくら忘れようとしても忘れられないその声は、
鼓膜にすっかり記憶されてしまったみたいで。
「…梨華ちゃん」
- 39 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時07分22秒
「あれ?吉澤さん?」
わしゃわしゃと頭をバスタオルで拭きながら矢口さんが出てきた。
小柄な彼女にあたしのTシャツはやっぱり大きくてダボダボ。
ハーフパンツもいらないんじゃないかい、というような。
あ、別にヤラしい意味で言ったんじゃないよ?
「おっきいですね、それ」
リビングから声をかける。
ペタペタという足音が段々近づいてくる。
ピョコッ、と顔を覗かせたその姿は、
よく童話とかで森に住んでるリスのようなカンジがして可愛かった。
「何してんの?」
「小腹がすいたので」
チーズやらハムやらトマトなんか、冷蔵庫に残ってた物を
ありったけぶち込んで作ったミックス・サンド。
「おぉ〜!おいしそぉ!」
「矢口さんお腹いっぱいじゃないんですか?さっきのパフェで」
「さっきはさっき、今は今!とゆ〜ワケでいただきます!」
- 40 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時07分55秒
「ん、おいひー」
口に思いっきり頬張って…プ、ほんとにリスみたい。
「何笑ってんだよぉ、全部食っちゃうぞ」
「あ、ちょっとそれは食べ過ぎ…ああっ!」
「んぐんぐ…ん〜ごちそうサマ!」
「あ〜あ…」
結局あたしはひとつしか食べられなかった。
よくそのちっちゃい体に入るよな。
でもおいしそうに食べてくれたから…いいか。
「あ、そうだ、服洗っておきましたから」
「え、そんな事まで…ありがと」
「明日には乾くと思いますよ」
なんだかちょっと恥ずかしそうにしてたけど、…まずかったかな。
だってさぁ、洗い物あると洗濯したくなっちゃうんだよ。あたし。
そういう性格なんだって。
- 41 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時08分26秒
「ふぁ…なんか眠たくなってきちゃったよ、寝てもいい?」
おっきなあくびをして伸びる。
「いいですよ、ベッド使ってください」
「ありがと…あふ…」
ベッドに仰向けに寝っころがるとすぐさま寝息が聞こえてきた。
すごいな…3秒で寝るなんて。
よっぽど疲れてんだな。無理も無いか。
「あたしももう寝ようかな」
そのままソファに横になって、眠りにおちるのを待った。
なんだか今日は不思議な一日だったなぁ…なんて考えながら。
- 42 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月01日(月)13時13分31秒
- >>32名無し読者様
展開が少し早すぎますかね…?ま、いいですよね。
>>33名無し☆様
ここにも同士の方が!嬉しいですね、ありがとうございます。
- 43 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月01日(月)22時44分21秒
- あ、なんかかなり良さげな作品を発見!!
続き楽しみにしてます♪
- 44 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時05分43秒
♪♪♪♪♪♪♪♪〜…
携帯に備え付けのアラーム機能。
いつもと同じ9時に鳴るようにセットしてるんだけど
今日は日曜日だから大学は休み。バイトだけ。
はれぼったい瞼をおさえながらゆっくり立ち上がった。
休みの日でもあたしはゆっくり寝てようとは思わない。
せっかくの休みなんだから、どうせならエンジョイしたいでしょ?
寝てるのなんかもったいないよ。
今日はどうしよう。一日中家でまったりってのも結構好きだし。
買い物に行くってのもなかなか。
でも一人で行くのもなんかなぁ…。
「あ」
そういえば矢口さんは。
- 45 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時06分20秒
ベッドの上を見るとそこには誰もいなかった。
昨日あたしが整えていったまま。
夢だった…のかな?
でもそのベッドの脇にあたしが矢口さんに貸したTシャツとハーフパンツ
がキレイに折りたたまれてあって、昨日の事が真実だった事を教えてくれた。
しかしその上にはご丁寧に小さい紙に可愛い文字で
『ありがと』
って。
- 46 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時06分54秒
一応部屋中を探したけどどこにもいない。
玄関を見てもあのスニーカーだけがなくなっていたから。
「…帰っちゃったのかな?」
やっぱりそうなのかな…。…そうだよね。
いきなり「うちに来ませんか?」なんて言われたら、誰でも引くよね。
目を覚まそうとインスタントコーヒーを取り出してお湯を沸かす。
やかんに水を入れてコンロにかけてしばらくそのまま凝視してた。
そこでふと彼女の事が思い浮かんだ。
大丈夫かな…。何か思い出せたのかな…。
もし記憶が戻ってなかったとしたら…、どうしてるんだろう。
もしかしたらまだその辺にいるかも。
「でもこっちだって知らない人だったんだし、あんまり気にする事も…」
………………。
- 47 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時07分26秒
やっぱり気になる!
勢いで玄関から飛び出した。
頭はボサボサ、服装は寝てたときのまま。
カギをかけるのも頭には無くて、どこに行ったのかわかりもしないのに
ただひたすら走り始めていた。
- 48 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時07分58秒
とりあえず近くにあったコンビニに目をつけて駆け込んだ。
ちょうどいい時間帯だったために人も多くはないけど結構いる。
「矢口さん!?いたら返事してください、矢口さん!!」
回りも気にせずに大声で叫ぶ。
周りの人はチラチラとあたしを見て何か言っていたようだけど
彼女がいないことを確認すると、すぐ次の探し場所に向かった。
ゲームセンター、レストラン、喫茶店、本屋
ショッピングセンター、それからケーキ屋、おまけに100円ショップ。
とりあえず若い人が集まってきそうな所を隅から隅まで探しまくった。
「はぁ…はぁ…はぁ…っはぁ…」
ったく…どこ行ったんだよ…。
…あの人が行きそうな所…どこだ?
必死になってそこら中を走り回った。
息も切れ切れになって足もすでにガクガクになるくらい。
- 49 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時08分28秒
…………なんで?
なんであたしこんなに必死になってるの?
昨日あっただけのただの人じゃん。
ゴミの中で起こされただけの人じゃん。
なのにこんなに汗だくになって…、疲れて…。
なんでだよ…。
心配だから?
違う。
可哀想だと思ったから?
それも違う。
じゃあ、なんで…?
- 50 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時09分04秒
「…ハハッ、バッカみたいだな…帰ろ…」
お湯も沸かしっぱなしだったことに気付き
足を止めて息を整えると、家に帰る道を戻っていった。
あ〜ぁ、まったく災難だったなぁ。
朝っぱらからこんなに走らされて、っていうか自分で走ったんだけど。
暗い階段を一つ一つゆっくり上っていく。
やたら足が重くなってて、地球の重力を2倍に感じた。
- 51 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月02日(火)19時10分49秒
- >>43読んでる人様
いやそんな…大それたものでは…。(汗
でも、ありがとうございます。
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月03日(水)13時25分14秒
- やぐ!どこいった!!
- 53 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時21分37秒
ようやく自分の部屋がある階まで到着した。
なんかもう早く帰ってまた眠りたくなってきたよ…。
ため息をつきながら角を曲がった。
ん…?あたしの部屋の前に誰かいる…。うずくまってるみたい。
- 54 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時22分10秒
よ〜く目をこらして見ると、あれは…。
遠くからじっと見ていると、向こうもこっちに気がついたみたいで
でかい声で名前を呼ばれた。
「吉澤さぁ〜ん、遅いよぉどこ行ってたんだよ!」
「や、矢口さん!?」
それはこっちのセリフですよ!!
急いで彼女のもとに駆け寄った。
足が重いなんて言ってたのも今じゃすっかり軽くなった。
あたしも現金だ。
「もぅ、帰ってきたら吉澤さんいないんだもん
ビビッたじゃんかぁ」
頭をポリポリ掻きながらアハハと笑う。
「いや…!矢口さんこそどこ行ってたんですか!!?」
- 55 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時22分57秒
「パチンコ」
「は?」
あまりにも堂々と発言する彼女に一瞬言葉を無くす。
「昨日のお礼しようと思って、ホラ見て!たくさん景品貰っちゃったよ」
ドアの横に置いてある大きめの紙袋を指差した。
中はたくさんのお菓子が入ってて、もうどうするんですかって感じで。
「フィーバーフィーバーでさ、もぅ気持ち良かったぁ
あ、テーブルの上にあった千円札、借りちゃったけど勝ったから許して♪」
「はぁ…」
「へへ〜♪」
口では謝っているけど悪びれた様子も見せない。
なんだか怒る気も失せてしまう。
かわりに、ホッとするような安心感が胸いっぱいに広がる。
「帰ったんじゃ…なかったんですね」
「え〜?だって矢口の記憶が戻るまでお世話してくれるんでしょ?」
そこであたしは少し恥ずかしくなった。
知り合ったばかりの人とはいえ彼女はあたしを信用して着いてきてくれた筈。
なのに誘ったあたしが疑ってちゃ…ダメだよね。
「中…入りましょうか」
「うん」
- 56 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時23分30秒
「ねー、吉澤さんはどこ行ってたの?」
コーヒーの用意をしてる時に何気なく聞かれてしまった。
…言えない、「矢口さんを探し回ってました」なんて。口が裂けても。
「そんな格好してるくらいだから、遠くには行ってないんでしょ?」
あまり迂闊な事は言えない。すぐに怪しまれる。
「ねぇ、ホントにどこ行ってたの?」
「走ってきたんです」
「走って?寝てたときの格好のままで?
コンビニ行ってたって言うならまだ分かるけどぉ…」
しまった…それが一番自然な理由だ。
もぅこうなったらごまかし通すしかない。
「着替えるのめんどくさいし、どうせこれ今日洗っちゃうつもり
でしたから…」
「あ、そっか、ふーん」
なんとかごまかせたようで、胸を撫で下ろす。
- 57 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時24分09秒
「てっきり矢口の事探しに来てくれたんだと思ったのに、残念」
「あっちゃあっ!!!!」
手から滑り落ちたカップのお湯が足に掛かった。
「あやややや、大丈夫?」
「あづっ!あづっ!」
「タオルタオル…どこぉっ!?」
- 58 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時26分54秒
- >>52名無し読者様
こんな所行ってました。
ギャンブラーやぐっつぁん。
- 59 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月04日(木)19時28分33秒
- いい忘れてました、ここの中では皆少し年齢が上です。(3歳くらい)
一部の人の年齢はそのままですが。
- 60 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月05日(金)16時59分42秒
- 矢口が吉澤さんってよんでるのがすごい新鮮。
- 61 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時37分18秒
そうして何日かが過ぎていった。
人見知りしない矢口さんは、なんだか何年も付き合ってきた友達みたい
な感覚がして堅苦しくなく、楽な居候だった。(ヘンな日本語)
名前の呼び方も変わった。
『吉澤さん』から『よっすぃ〜』と変化。
「よっ”すぃ〜”ね、”すぃ〜”」
と、とても親切に教えてくださった。『よっしー』じゃなくて『よっすぃ〜』と呼ぶのは彼女なりのこだわりがあるらしい。
記憶の方はまだまだ戻る気配は見られないけど、『なんとかなるって!』と
本人は異常に明るい。
こっちが励まされてるみたい。
驚いたのは矢口さんの年齢があたしより2つも上だった事だ。
若く見えるって言うか、幼く見えるって言うか…。多分後者の方だろうけど。
大学も夏休みに入ってあたしはバイト一直線に走ってた。
- 62 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時38分51秒
「どうします?今日これから…」
日曜日午前7時。
休日だからこそ早く起きる。それで遊ぶ…じゃなくて
矢口さんの記憶を探すお手伝い。
「え?うーん…あらかた近くは周ったし…
他に行く所あるかなぁ?」
それはあたしの記憶には入ってない。この近所、至るところは全て行った。
そういえば記憶喪失って聞いてて一番肝心なとこ行ってない。
「病院はどうです?」
記憶喪失って頭に強い衝撃なんかが加わるとなることがある、って
どっかで聞いたことある。
だから病院行けばなにか解決策が見つかるかも。
「うわあぁぁ!ヤダヤダヤダ!!矢口病院って苦手でさぁ
あの薬臭い空気がもぅ気持ち悪くて…」
あたしも別に好きな方じゃないけど。
「それなら警察って手もありますよ、捜索願い出されてるかも」
「えぇ〜…それもやだなぁ、警察ぅ〜?」
それじゃあどうしようもないじゃないですか。
せっかく色々考えてるのに。
「それじゃ今日はとりあえず、色んな所ブラブラしましょう
どこかで何か思い出すかもしれないですから」
「オッケー!」
「でも、いつかは病院か警察行きますからね絶対」
「ぶえぇぇ〜…」
- 63 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時39分23秒
その後朝食をとった。
あたしの好物、ベーグルを主食に
グリーンサラダ・目玉焼き・ウィンナーなどなど
いかにも朝ごはんってカンジの。
ここでも矢口さんはおいしそうに食べてくれた。
手抜きって言うか野菜切って卵焼いてウィンナー炒めて
ベーグル袋から出しただけなんだけど。
「ん〜おいしかったぁ、ごちそーさま」
…でもこういうのって嬉しいよね。
「ねぇ、今日はバイト何時まで?」
着替えてるあたしに顔だけ向けて聞いてきた。
あたしも手は止めないで服を被りながら答える。
「9時から、午前中全部です」
「あのさぁ…?」
その下からの上目使い止めてください。
「ビデオ見たいなら借りてきてあげますよ?」
「えっ!マジで!?」
いい顔してる。ほんとに嬉しそう。
なんだかあたしも嬉しくなってくる。
「じゃあ何でもいいから面白そうなやつ」
「分かりました、じゃ行ってきますね」
「いってらっしゃ〜い♪」
矢口さんの声を背中に受けて、あたしはマンションを後にした。
- 64 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時40分06秒
バイト先は家からバイクで20分くらい離れた所にある、商店街のど真ん中。
ちょっと小さくて古いビデオショップだけど、結構お客さんの評判はいい。
店員専用の裏口から中に入ると、既に更衣室には誰かがいた。
「よしこ〜おはよ〜」
聞きなれた眠たげな声に挨拶を交わす。
「おはようごっちん、めずらしいね」
「んぁ?何がよ?」
「いつもあたしより遅いじゃん、来るの」
彼女の名前は後藤真希。あたしと同じバイト店員。
あたしよりごっちんは先にここのバイトをしていた。
それでも先輩というより同期ってカンジで接してくれて、
今じゃ親友っていう言葉がぴったり。
その親友の服が昨日と同じなことに気がついた。
「ごっちん服…」
「アハハ、昨日いちーちゃんとこに行ってたんだよぉ」
つまりは朝帰りか。
「いいよね〜、二人はラブラブでさ」
「エヘヘ…」
お〜お、赤くなっちゃって。
『いちーちゃん』というのはごっちんの恋人で市井紗耶香さんのこと。
あたしも一回会ったことあるけど結構気立てのいい人で好感を持った。
- 65 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時40分39秒
「よしこも早く忘れて、いい人見つけなよ!」
バシッと背中を叩かれた。
ごっちんにとっちゃ軽い気合の入れ方なんだろうと思うけど、
痛いんだよ…。
「はいはい、ご忠告ありがとう」
この店の刺繍が入ったエプロンをつけてごっちんは先に行ってしまった。
多分、あたしの心情を察して。
「忘れて…か、できるかなぁ」
ごっちんのこういう所が好き。さりげなく明るく励ましてくれる。
同情なんて二文字はごっちんの中には欠片もインプットされてない。
その天真爛漫さがあたしにとってすごい存在。
「よし!行きますか!」
ごっちんと同じエプロンをつけてあたしも仕事を始めた。
- 66 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時41分20秒
8時48分、店を開けるまであと12分。
さぁて今日も張り切っていくかな。
「ねぇよしこ、圭ちゃんまだかな?」
そういえば、今日はまだ見てない。
「え、もういるんじゃない?」
「ううん、探してみたんだけど圭ちゃんいないんだよね」
おかしいな、いつもならあたしたちよりかなり前に来て
『後藤!吉澤!あんたら遅いのよ!!』
なんて出会い頭に言われるのが日課だったのに。
「来るとは思うけど、もし来なかったらうちらで始めちゃっていいのかなーって」
「そうだね…どうしようか」
「電話でもかけてみる?」
そう言ってごっちんが携帯を手にとった…その時。
―――――――――ドドドドドドドドド…
バァンッ!!
「後藤!吉澤!あんたら早いのよ!!」
ハァハァと息切れしながらあたしたちに向かって罵倒する。
「圭ちゃぁ〜ん」
「遅刻したら素直に謝ってよ」
- 67 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時41分52秒
この人こそ、ここのショップの店長保田圭。
通称、圭ちゃん・オバちゃん・ケメコ・ヤッスーetc…。
とにかくこの近所じゃなかなか人気がある人。
きつめの外見(ごめん圭ちゃん)とは裏腹に、意外なロマンチストでもある。
将来は真っ白な家に住んで、夫と子供2人で毎日幸せに暮らしたいらしい…。(願望)
恋人がいるのかどうかは…定かではない。
圭ちゃんと出会ったのはあたしがちょうど、この店に貼ってあった
『バイト募集!』の張り紙を眺めていたとき。
文面を読んでいたら、いきなり後ろから現れて話し掛けてきた。
あたしが「バイトを探してる」って言ったら
『それならここにしなさい!保田大明神のご利益があるわよ!!』
なんてあまりにも強気で言われたもんだから…。
それでバイトを始めて約4ヶ月。大明神のご利益というのは…まだない。
どちらかっていうと不幸かも…。
- 68 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時42分25秒
「吉澤!ボーッとしてる場合じゃないわよ!!」
「…あっ、はいはい」
「圭ちゃん、人の事言えないでしょー?遅刻しといてさぁ」
「目覚し時計が不機嫌だっただけよ!」
寝坊したのか…。ある訳ないことをよく真面目に言える人だ。
「とにかく!もう開けるわよ!」
「「は〜い」」
ガラガラとシャッターが開けられた。
すると外にはお客さんが並んでいて、開店時間と同時に数人が入ってきた。
- 69 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時42分57秒
「ほ〜んと繁盛してるよね、ココ」
あたしが言おうと思っていた事をごっちんが先に言ってしまった。
「だよね」
「まったく、なんでこんなボロいビデオ屋が…」
―――――――――ゴッチン!!
ごっちんというだけにそれに見合った音が響いた。
「いったあぁ!何すんの圭ちゃん!!」
「ボロくて悪うございました!」
「ホントのこと言っただけなのに〜」
「だから頭に来るのよ!!」
また始まった…。こんなんじゃ来てくれるお客さんも寄り付かなく…
ならないのが不思議なんだよね。
「ほら二人とも、仕事しようよ」
「大体あんたは…!!」
「そういう圭ちゃんも…!!」
だめだ…あと30分は止まらないだろう。
はぁ…それまでまたあたし一人で会計するのか…。
「あのー、コレ借りたいんだけど」
「あっ、はいはい7泊8日でよろしいですか?」
「もういいかげんに…!!」
「ごとーは悪くない…!!」
いいかげんに仕事しようよ、二人とも…。
- 70 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月06日(土)06時48分21秒
- ごっちん&圭ちゃん登場っす!
>>60名無し読者様
いや〜、出会い頭に『よっすぃ〜』はどぉもなぁ…と
思いまして。多少仲良くなってからの方がいいかなと。
- 71 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月06日(土)17時23分57秒
- 矢口の世話をするよっすぃ〜がいい感じですねぇ〜♪
続き期待してます!
- 72 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時14分11秒
「「ありがとうございましたー」」
あれからごっちんと圭ちゃんの奮闘は止まりそうもなかったので
無理やりあたしが阻み、仕事につかせた。
とてもじゃないけどあたし一人でお客さんの相手をするのは無理。
さっきも言ったとおり、この店は結構お客さんの足が多い。
しかも中にはあたしたち(あたしとごっちんね、この場合)店員目当てで
ビデオ借りに来る人もいて…。
ま、こっちとしては売上倍増!だからバンバンザイなんだけど、
人間ていうのはカッコイイ人とかカワイイ人ばかりじゃないんだよ。
いかにもアニメオタクな奴もいれば、エッチなビデオばっか借りに来る
バーコード親父とか、つり銭渡す時ワザと手ぇ握ってくるやつとか…。
う…、思い出したら気分悪。
しかしそこは仕事人の意地。
どんな客にもスマイル・スマイル・スマイル、百万どころか一億ドルの笑顔。
あたしカッケェー。
- 73 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時14分43秒
「ねぇ…だから明日さぁ…」
横を見るとごっちんがサラリーマン風の男と話していた。
なにやら食事に誘われてるらしい。
ごっちんも大変だ。
「ごっめーん、あたし明日はデートなんだぁ」
わざわざでっかい声で辺りにまで聞こえるように言うごっちん。
「え…恋人いたんだ」
「うん♪かなり前からね〜」
「あ…はは、そう…」
その男はガックリうなだれて店を出て行った。
お〜い、ビデオ借りに来たんじゃないのかよ。
その後ろに並んでた男の人や女の子たちも、なんだか少し悲し
そうな顔をしてた。
つまりは皆ごっちん目当ての客なのね。
そっとごっちんの後ろに回ってボソッと一言。
「モテる女は辛いね」
ごっちんも一言。
「お互い様」
そう言うとポン、とあたしの肩を叩いてニヤニヤしながら
顎でお客さんの方を指した。
見るとレジの所には一人女の子がいた。
はいはい、つまりはあたしに行けと。そういうこと。
- 74 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時15分15秒
「はい何でしょう?」
お客様専用の営業スマイル。
「コレ…お願いします」
あ、どっかで見たことあるなと思ったら
「2泊3日だけどいい?愛ちゃん」
「あ、えっと…は、はい!」
高橋愛ちゃん。最近ここによく立ち寄る大事なお客様。
友達とよくビデオ借りに来てるから名前覚えてしまった。
なんかビックリした顔も印象的だし。
なんにせよカワイイからOK。(何が?)
という愛ちゃんが借りるのはなにやら恋愛物ばかり。
この前は『冷静と情熱の間』とか借りてたし、
その前は定番『タイタニック』だった。
これを家で見て一人で泣いてたりするんだろうなぁ…。
カワイイな、なんか。
あたしだったらさしずめ『少林サッカー』とかなんか見て…。
ヤバイ…容易く想像できる…。
- 75 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時15分48秒
「あの…吉澤さん…?」
「あ、ごめん、えーと210円です」
お客さんを待たせちゃダメダメ。
いや、でも、さっきのはホントにありうるぞ。
あ、そうだ。矢口さんのビデオそれにしよう。
なんとなく趣味が合う気がするし、あたしも見たいかも。
でもそれ一本じゃむなしいから、他のも一緒に借りようかな。
「ねぇ愛ちゃん、この前愛ちゃんが借りてたビデオ、おもしろかった?」
「え?…えぇかなり、私部屋で一人で泣いてました」
やっぱりそうなのか。予想が当たってなんとなく嬉しい自分。
「そっか、ありがとね」
「いいえ、それじゃ…」
そう言うと愛ちゃんは少しため息をついて帰っていった。
- 76 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時16分21秒
「あーぁよしこも罪だねぇ」
ニマニマしたごっちんがあたしの肩を抱いた。
「へ?何が」
「気付いてないとは…鈍・感、しかしそれもまた罪…」
「何言ってんだか…」
「さて、鈍感な吉澤ひとみさん?そろそろ帰りましょうか?
バイトの時間も交代になりますし」
そういえばお腹すいた…。もうこんな時間だったんだ。
矢口さん、何か食べたかなぁ?何にも言わずにでて来ちゃったから…。
電話でもするかな。
「ごっちん、あたしちょっと電話してくるね」
「んぁ〜い」
- 77 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時16分54秒
そそくさと更衣室に戻って家の番号を押す。
えーと…***−****。
――――――――プルルルルルル…
――――――――プルルルル…ガチャ
『はい、吉澤です…よっすぃ〜?』
「はい、…ってよく分かりましたね」
『親機に「ヤッスー・レンタルビデオ」って表示されてたから
よっすぃ〜のバイト先からかなと思って』
そうか。あたしの家の電話なんてほとんど使ってないから気付かなかった。
『で?どうしたの?』
「いえ、あのお昼何か食べましたか?
あたし何も言わないで出てきたから…何も食べてないんじゃないかって」
『え?あーもうお昼だったんだぁ、ヤグチ寝て起きたばっかりだから知らなかった』
また寝てたんですか…。ちょっと、寝すぎ。
ため息を抑えて何事もなかったかのように尋ねた。
「てことは何も食べてないんですね」
『うん、…そう言われたら急にお腹すいてきた…』
「あたし今終わったんです、だから…」
『あ、OK!じゃお昼作っておくから一緒に食べよう』
「すいません、お願いします」
『ラジャー!なるべく早くね〜♪』
- 78 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時17分28秒
―――――――――ピッ
『なるべく早くね〜♪』
という矢口さんのセリフにちょっとだけ顔が綻んだ。
そうかぁ、ご飯作ってくれるんだ。
いつもあたしが作ってたから、少し楽しみだなぁ…、フフフ♪。
「何?誰よ誰よ?」
「うわあっ!?」
- 79 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時17分58秒
「け、けけ圭ちゃん!!」
いきなり背後から現れた。
びっくりしたじゃんか。そんなドアップで…。
「…なにか妙な視線だけどまぁいいわ、で?今のは誰?」
矢口さんのことはまだ誰にも話してない。
説明すると長くなるし、その対応に困る。
「だ、誰でもいいじゃん」
携帯をたたむ手がどうにもこうにも動揺して振るえる。
圭ちゃんに見つめられるとこうなるのは必須。
「あのね、アンタ、これはあたしの親心よ?」
しみじみと話し始める。あたしの親じゃないじゃんか、圭ちゃん。
「アンタがいい相手を見つけられるかどうか、あたしがしっかり
品定めしようとしてるんじゃない」
品定めって…。圭ちゃんが選ぶのかよ。
「だから、そういう人じゃないんだってば!!それじゃ!!」
早々と帰る用意をして帰ろうとしたら、腕をつかまれた。
- 80 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時18分30秒
「…まだ何か用?」
「石川が来てないのよ、だからアンタまだ交代じゃないのよ?」
「!…はい」
「…?素直でよろしい」
そして何も知らない圭ちゃんは出て行った。
梨華ちゃん…そうだよね。
一緒のバイトしてても、それはもう梨華ちゃんには関係ないよね。
誰と付き合おうと、誰と別れようと、あたしたちはもう…。
- 81 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時19分01秒
「よしこ」
圭ちゃんが出て行ったそのすぐ後、ごっちんがドアから顔だけ出した。
「梨華ちゃん来るって?」
「うん…」
「よしこ帰りな、梨華ちゃん来るまではごとーがなんとか切り盛り
しといてあげるよ」
ニコッと笑って作った拳をあたしに向かって差し出した。
「でも…」
「逃げろって言ってんじゃないよ?ただ平気になるまで時間掛かるだろうから
それまであんまり会わない方がいいんじゃないかなと思って」
「ごっちん…ありがと」
「いえいえ、でもごとーがまだ平気じゃないけどぉ
梨華ちゃんにパンチが飛ぶかも」
「ごっちん…」
「アハハ!冗談!よしこがやめてって言ったんだから、そんなことしないよ」
「うん…」
そうして『じゃね』と一言言うと、またごっちんは仕事場に戻っていった。
ゴメンごっちん。ごっちんの言うとおりだよ。
今のあたしは梨華ちゃんの全部を拒否する。
会う事も話す事も、想う事も全て。
弱いね、あたし…。
「早く帰ろう…矢口さん待ってるし」
自分の荷物を整理して、ロッカーのカギも閉める。
焦る気持ちが段々と湧いて出てきて胸が高鳴る。
だから…落ち着けって…。大丈夫。あたしは…。
- 82 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時19分35秒
――――――――カチャ
「あれ?ひとみちゃん」
ドアが開かれて今一番会いたくない人物が笑顔であたしに話し掛けて来た。
「ぁ…梨、華ちゃ…」
「ひとみちゃん、もう帰るんだ?」
「あ、うん、まぁ…」
ちゃんとした言葉が出てこない。
彼女の顔を見ようとしても勝手に目を逸らしてしまう。
「やぁだぁ、また飲んでて早退?ひとみちゃんいっつもそうだもんね」
「アハハ…まぁね」
「やっぱり、別にいいけどね」
- 83 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時20分07秒
「私も昨日ね、飯田さんのとこ行ってたんだよ」
ズキンと胸に痛みが走った。
「あ、あ…そう…」
「今もね、送ってもらってきたんだ」
彼女とは正反対の心の中。
引きつった笑顔で対応するしかない。
「じゃ、あたし…もう行くから…」
「あっごめんね引き止めて、バイバイ」
サヨナラも言わずにあたしは逃げるように扉を出た。
悔しい…なのに、何も言えないあたしは…。
- 84 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月07日(日)13時28分44秒
- >>71名無し☆様
世話女房…?いや、ダンナか、吉さんの場合は。(w
期待ありがとうございます!
- 85 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)06時57分27秒
「おっ、よっすぃ〜おかえり〜」
玄関のドアが開くなり、わざわざココまで挨拶をしに来る。
「ただいま…です」
「ご飯もう出来てるからさ、食べ…どうかした?」
「え?」
「いや…なんか、顔色悪いよ何かあった?」
心配そうにあたしの顔を覗き込んできた。
「すいません…少し休みます…」
「えっ、よっすぃ〜…」
矢口さんの顔も見ずに部屋に戻った。
- 86 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)06時58分09秒
着替えもせずにそのままでベッドに倒れこむ。
仰向けに姿勢を変えて、天井を見上げた。
眠ろうとはしない。
目を閉じると梨華ちゃんの顔が浮かんでくるから。
「よっすぃ〜」
矢口さんの声。
首だけ横に向けると薄い笑みを浮かべていた。
「なんかあったの?」
「あ…ちょっと…」
苦笑い。それでも矢口さんはニコッとあたしに微笑んで
「そう」
「ヤグチ何も聞かないでいい?」
「はぃ…お願いします」
「うん」
そうしてまた微笑んだ。
あたしもようやく微笑み返した。
「じゃ、ゆっくりね」
「はい」
- 87 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)06時58分41秒
部屋で一人きりになってやっと冷静になった。
矢口さんには悪い事したな。せっかくご飯待っててもらったのに。
早く帰ってればよかった。
そうすれば矢口さんとご飯食べてられたし。
それに…梨華ちゃんとも会わないで済んだかもしれないし。
『飯田さんのとこ行ってたんだよ』
普通に笑顔でそう告げる彼女が、頭から離れなかった。
なんでそんな事平気で言えるの…?
少しくらい…罪悪感とか感じないの?
「分かってるよ」
自分に言い聞かせる。
そうだよ、梨華ちゃんがそういう女の子だって事、分かってた筈じゃん。
分かってるのに好きだという気持ちが勝って…どうにもできない。
体を入れ替え、枕にうつ伏せた。
息苦しさも忘れるくらい、グッと力を込めて顔をうずめた。
- 88 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)06時59分12秒
「よっすぃ〜…起きてる〜?」
いつの間にかうとうとしていたのに気付いた。
囁くような声がドアの外から聞こえ、それで目を覚ます。
こしこしと瞼をこすってゆっくり上半身をあげた。
「起きてますよ」
「開けるよ〜」
「どうしました?」
「携帯、鳴ったから持ってきた、すぐ切れちゃったけど」
「多分、メールですよ」
携帯を手渡されて、着信履歴を見た。
【着信メール 1件】
【ごっちん】
【はろ〜大丈夫だったかぁ〜?
今日は大変だったにぃ。まぁ
気にせずがんばれや。
いい人見つけろよ!よしこな
ら大丈夫だぁ
ごとーでした!】
- 89 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)06時59分45秒
「友達から?」
「え、えぇまぁ」
「ふーん」
もう一度メールを読み返す。
不思議だね、ごっちんが言うといい加減に聞こえるんだけど
なんか信用できるんだよね。ホントにそうなるような気がして。
「いい子なんだね」
ふと矢口さんと視線を合わせる。
「よっすぃ〜、嬉しそうだもん」
「アハハ…分かりますか?」
「分かるよぉ、そんなになるくらいなんだもんね…いいなぁ…」
「え?」
「ん?あ、友達とか親友とかってホントいいなぁって
思ってさ…矢口そういうのって憧れ…みたいなのあるんだよね」
まただ、また寂しそうな顔してる。
「ヤグチには…誰か心配してくれる人、いるのかなーって…」
「矢口さん…」
「そう考えたら何か…さみしくなっちゃった」
矢口さんはペロッと舌を出しておどけてみせた。
でもあたしは分かってしまった。瞳は嘘をついてない。
なんだか少し…潤んでいたような気がした。
- 90 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)07時00分23秒
「あたし…心配ですよ?」
「え…?」
胸の奥からどんどん思った事が喉を通って表に出た。
「あたし、矢口さんの事心配します」
それは慰めなんかじゃない、久しぶりに素直になったあたし自身の
言葉だと思う。
「まだ知り合いになってそんなに経ってないですけど
でも、ウソじゃないし…、ホントですよ…!」
自分でも何を言ってるのか分からなくなった。
「よっすぃ〜…」
「矢口さんて結構フラフラしてるし…、今日だってあたしが電話
するまで寝てたなんて言うし…」
「フラフラって…、あのねぇ…」
「この前だって、いきなり朝いなくなっちゃって…」
「だから…それはさぁ…」
なんだか最初とは裏腹に段々と、自分の矢口さんに対するグチに
なってきていた。
「そしたら…「パチンコ行って来た」なんつって笑って済まされるし…」
「…………」
矢口さんもバツが悪そうな顔になってたけど、かまわず話し続けた。
でもそれがいけなかった。
- 91 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)07時00分54秒
「汗だくで探し回ったあたしの身にもなってほし…」
それを聞いた途端、矢口さんの顔はハッとしたようになった。
あたしもそこで自分が犯したヘマに気付いたけど、もう後の祭り。
「やっぱり…探しに行っててくれたんだ…」
「………」
バレた…あれだけ無理に隠しとおしてきたのに。
「………」
「………」
ヤバイ…気まずいぞ、この雰囲気は…。
「…いや、その、別に深い意味は…」
なんだよ、深い意味って。
「…………」
矢口さんは何も言ってくれない。
ジッとあたしの顔を見ているだけ。
「…ぁの…」
- 92 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)07時01分45秒
「よっすぃ〜…」
「はぃ…?」
「ありがと」
- 93 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)07時02分32秒
「よっすぃ〜にそう言ってもらうと…なんか安心するよ」
「矢口…さん」
顔の温度が一気に上昇したのが分かった。
あの時、探しに行ってたことがバレてしまったというのもあるけど
それ以上に、矢口さんの笑顔に、やられた。
そんな事を考えてるうちにあたしの手は矢口さんにとられ、
見詰め合う体制になる。
もしかしたら、もしかするぞこれは…。
「よっすぃ〜…」
「矢口さん…」
「ご飯食べよっか、さっきより顔色良くなってるから大丈夫でしょ?」
期待は大きすぎるとろくな事がない。
- 94 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月08日(月)07時04分18秒
- 朝から更新いたしました。
- 95 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月09日(火)00時30分08秒
- よしやぐ最高です!!
でも2人とも切ないですね〜。
あとモテ吉、好きデス^^
続き期待してます!
- 96 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月09日(火)21時14分52秒
- なにげによっすぃーが可愛いですね。
続きが楽しみです。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月10日(水)15時19分07秒
- 久々にやっと、やぐよし発見しました!!(遅
よっすぃ〜、近くにいい人がいるんだから、元カノは早く忘れなさい!!
梨華ちゃん好きなんですが、ついそう思ってしまいました(w
作者さん、楽しみにしてますんで、がんがって下さい!!
- 98 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時22分31秒
「おっまたせ〜、矢口特製のトマトパスタだよ〜♪」
意気揚揚とスパゲティの乗ったお皿を2つ、リビングまで運んできた。
スパゲティからはほこほことしたいい具合の湯気が立っていて、
トマトとバジルの香りがふんわりと鼻をくすぐる。
「おいしそうですね〜」
「でっしょ〜?実際おいしいんだから!」
さ、食べた食べた、とフォークを渡され、それを使って麺を一本口に運んだ。
「………」
「…どう?」
おそるおそるあたしの顔を覗き込んでくる矢口さん。
口ではあんなこと言ってたけど、やっぱり気になるらしい。
- 99 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時23分05秒
「おいしいです!」
新鮮なトマトとちょっと固めの麺がちょうど良くマッチしてて、
思わず舌鼓を打つ。
「あはっ、よかったぁ♪」
なんとも嬉しそうな表情をしている。
何だか見ているあたしも嬉しくなりそうで、
『おいしい』って言うだけでそんな顔をしてくれるなら、どんなにまずくても
言っちゃうよ、みたいな。
いや、そんなことしなくてもおいしいけど。
- 100 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時23分35秒
「あ、そうだ!ビデオ借りてきました、見ませんか?」
「見る見る!今見よう!」
フォーク片手に、自分のバックが置いてある所まで這いつくばって行く。
開いてる方の手でズルズルと引っ張りながら、今度はビデオデッキの前まで移動する。
「矢口さん、どれがいいですか?」
借りてきた3本のビデオを、ちょうど自分の顔の前まで上げて見せる。
まず一つ、『冷静と情熱の間』愛ちゃん一押しの一作品。
二つ目、『タイタニック』ちょっとマイナーな感じもするけどこれも愛ちゃん一押しのラブストーリー。
そして三つ目はあたしのオススメ、『少林サッカー』。
さぁ矢口さんは一体どれを選ぶか。
「ヤグチこれがいいな!『少林サッカー』!」
見事ビンゴ!やっぱりあたしと矢口さんは趣味が一緒だった。
- 101 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時24分08秒
「じゃ入れますね」
ビデオをケースから取り出す。
チャンネルを合わせようとテレビ本体のスイッチに手を伸ばした。
『―――作夜未明、○×駅近くの雑居ビルで女性の遺体が発見されました』
その時、なんとなく今始まったニュースに耳が入る。
あ、ここうちの近くじゃん。やだなぁ物騒で…。
『女性の名前は中澤裕子さん29歳、近くのMビルに就職していたという事が
遺体のそばに落ちていたバッグから判明しました』
- 102 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時24分41秒
『女性は腹部をナイフのようなもので突き刺され死んでおり、凶器はその場からは発見されていません。
これらの状況から判断し警察は殺人事件として調査を進めている模様です』
げっ、オマケに殺人事件ってか…。
『それでは次のニュース―――――…』
その時、
「…―――――!?」
テレビの上に置いてあった小さな鏡と目が合った。
そこにはちょうどキッチンが映っていて、さっきから料理を頬張っている
矢口さんの姿があった。
矢口さんもテレビを見ていたのか鏡を通してあたしと見詰め合うような
感じだった。矢口さんは鏡に映っていることに気付いてなかったみたい
だけど。
- 103 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時25分15秒
「矢口さん…?」
「…え、あぁ何?」
あたしが話し掛けると矢口さんはいつものようにニコッと微笑んで
また食事を再開した。
…いつもの矢口さんだ。そう思うとふぅっとため息が出る。
矢口さんを見ながらコクッと喉を鳴らした。
鏡に映っていた矢口さんの顔は…冷たかった。
今までで見た事もない、おそろしく冷たい氷のような瞳をしていて
思わずあたしは背筋が凍るような感覚を覚えた。
この時あたしは矢口さんに初めて『恐い』という感情が起きた。
- 104 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時25分48秒
「矢口…さん?」
「ん〜?」
首だけこちらに向けて返事を返してきた。
「何?」
「あ、いえ…あとで買い物行きませんか?」
「いいよ〜!おいらもどっか行きたいなと思ってたから」
うん大丈夫。いつもの矢口さん。
さっきのは多分気のせいだよね…うん、そういうことにしておこう。
でも…さっきの矢口さんの顔は、あたしの中からしばらくの間消えなかった。
- 105 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月10日(水)20時36分34秒
- 更新です。
祐ちゃんファンの方、もしいたらごめんなさい。(汗
>>95名無し☆様
自分もモテ吉は大好きっすよ〜♪
>>96名無し読者様
ありがとうございます!自分の書く吉さんはカワイイというか、
アフォというか(r
>>97名無し読者様
ありがとうございます!自分も梨華ちゃんは好きな方なんですが、
ここの梨華ちゃんはちょっと…(汗 みたいになると思います。(w
- 106 名前:97 投稿日:2002年07月10日(水)22時29分15秒
- 矢口はテレビ見て何か思い出しちゃったのかな。。
読んでで、すでに一人でハラハラドキドキオタオタ(w
今一番続きが楽しみな作品です!!
- 107 名前:あおのり 投稿日:2002年07月11日(木)02時25分25秒
- >「ヤグチ何も聞かないでいい?」
あの場面でこのせりふが出るとは、さすが人生経験が豊富ですな・・・(w
なんか、みょーにこのせりふにはまってしまってしばらく忘れられそうにありません。
やぐよしの師弟コンビいい感じです。
- 108 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時23分57秒
「よっすぃ〜コレ!コレ安いよ〜!」
「矢口さんあんまり大きな声出さないで下さいよ〜」
あれからすぐご飯食べてビデオ見て、近くのスーパーに買い物に来た。
特にこれと言って欲しい物は無かったんだけど一応、冷蔵庫の中身が乏しくなってきたということで食料の補充。
出かける事になり矢口さんは嬉しそうだった。
今も店の中で大きな声で会話してる。
子供じゃないんだから、もうちょっと…。
「ねぇねぇ玉ねぎ5個で180円だって!」
「嘘っ!安い!」
「あっ!あっちにタマゴ1パック98円!」
「マジで!?絶対買わなきゃ!」
あたしまで一緒になってやっちまった。
「はい♪タマゴ」
生卵10個入りのパックを両手で持ってあたしに差し出した。
片手じゃ持てないんだね、…カワイイ。
「よっすぃ〜?お〜い、吉澤さ〜ん?」
「ふぇっ…あっ、はいはい」
「タマゴ」
「あっすいません!」
何やってるんだろ、あたし…。恥ずかしい。
- 109 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時24分28秒
「そういえばシャンプーももうなくなってきてたよ」
思い出した、というように手を合わせる矢口さん。
「じゃああっち行きましょう」
そう言って生活用品売り場の所まで歩き出した。
矢口さんがあたしの横に来て、荷物はあたしが持っている。
矢口さんは隣のあたしの顔をじっと見るとクスクス笑い出した。
「? どうしたんですか?」
「なんかさぁー、こうやってるとヤグチたち…」
- 110 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時24分59秒
「新婚さんみたいだね」
新婚さん?っていうのは結婚した人たちってことだよね。
「はいぃ!?あたしと矢口さんがですかぁ?」
「そうそう」
新婚さんっていうのはつまり、夫と妻、旦那さんと奥さん。
「ヤグチはカワイイ奥さ〜ん♪」
と、実ににこやかになっている。
「あたしはなんですか?」
「カッケーダンナに決まってんじゃん!」
やっぱり…。分かってましたよ、分かってたけどさ…。
でも不思議と悪い気はしなかった。
どっちかというと…嬉しいかも。
夫婦か…あたしと矢口さんが…。いいかも…。
まぁあたしも結婚願望がないって訳じゃないし。
ただダンナの方になるとは考えてなかったけど。
そうかぁ…矢口さんと結婚かぁ…。
- 111 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時25分29秒
『あなた、今日は何時まで?』
『今日は残業で遅くなるよ』
『えぇ〜またぁ?昨日もそうだったじゃん』
『仕方ないよ、仕事だもん』
『…ヤグチと仕事どっちが大事なのぉ?』
『バカだなぁ…真里の方が大事に決まってるだろ?比べようが無いよ』
『エヘヘ…よっすぃ〜大好き!』
『あたしも好きだよ』
『はい、行ってきますのキスは?』
『はいはい、行ってきます…』
ん―――――…チュッ
ってか?…いいかも、これ…。
ていうか結婚してんのになんで『ヤグチ』と『よっすぃ〜』なんだよ。
「よっすぃ〜何してんの?」
「あっ、すすすいませぇん!」
アホか…あたしは…。
- 112 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時26分03秒
「あれ〜?吉澤じゃないかぁ?」
「えっ?」
「あーほらやっぱりそうだ!」
不意に名前を呼ばれてキョロキョロと周りを見回す。
少し離れた所にある化粧品売り場の所から、手を振りながら
こっちに向かってくる人物がいた。
「市井さん!」
「よっ、買い物かぁ〜?」
「ええ、市井さんは?」
「あたしも買い物だよ、付き合って」
ということは、当然この人がいると言う事は…。
「いちーちゃ〜ん、口紅見つけた〜!!…ってあれ?よしこ!」
「やっほーごっちん」
やっぱりね。
あたしの姿を見つけると、せっかく見つけたらしい口紅をほっぽって
走りよって来た。
- 113 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時26分33秒
「何何何?よしこも買い物なのぉ?」
「まーね」
「ほほ〜う、…あれ?」
あたしから視線を外し、矢口さんの方に手をやる。
しいて言うならエレベーターガールみたいな。
「初めまして、矢口真里って言うんだ」
ニコッと笑って自己紹介をする矢口さん。
「あっどーも、後藤真希で〜す、よしこの友達やってます!」
「市井紗耶香、よろしく」
続いてごっちん、市井さんも頭を下げる。
「後藤さん?は知ってるよ」
「え?ごとーどっかで会いました?」
「ううん、さっき携帯のディスプレイに『ごっちん』って…んぐっ!」
矢口さんっ!!余計な事言ったら…!!
それ以上余計な事を言わないように矢口さんの口を塞ぐ。
でももう遅かったらしい…。
「へ〜…♪」
なんだ?ごっちんその不適な笑みは…?
市井さんもこらえてるみたいだけど、分かります。
口の端上がってます。
- 114 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時27分04秒
グイッ!と服の襟を引っ掴まれる。
「よしこちょっと!」
「ぐえっ…!ちょっとごっち…!?」
「いちーちゃんちょっと待ってて!」
「はぁーい」
ごっちんの馬鹿力に引きずられ、二人はなれたところに移動した。
「ちょっとどーゆーこと!あの人なんなの?」
「いや…その…」
ずいずいと詰め寄ってくるごっちんに、あたしはもごもごと後ずさりする。
「…付き合ってんの?」
「まさか!…あたしは…」
「あたしは?まさかまだ梨華ちゃんに未練があるとか?」
「…………」
はっきり言葉にされ、多少ショックを受ける。
「まぁそれがよしこの気持ちならあたしは止めないよ
でも、新しい人を作るってのも幸せになるための手段の一つだと思うよ」
「だから矢口さんはそういうんじゃ…」
「はいはい、分かった分かった」
「全然分かってない…」
ため息もそうそう尽きてきた。
- 115 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時27分37秒
「お〜い後藤!話長いぞー!」
痺れを切らした市井さんが叫ぶ。
「あっゴメンゴメン!今行くよ!
…ま、そんなわけでがんばんなさい!いろいろと」
「何をがんばるのさ!!」
「だからい・ろ・い・ろと!ほんじゃね〜♪」
『いろいろと』の後にチュッ、とふざけて投げキスをするごっちん。
ごっちんのばかぁ…。
「じゃーな吉澤、また」
「二人ともバイバーイ」
そう言って、幸せバカップルは化粧品売り場を後にした。
- 116 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時28分08秒
「よっすぃ〜何話してたの?」
「はぅあっ!?」
「『はぅあっ!?』って…そんなに驚かなくてもいいじゃん」
矢口さんだった。びっくりしたぁ…。
ごっちんと話をしてからなんか妙に矢口さんと顔を会わせづらい。
「い…いやその、大したことではありません」
なに丁寧語になってんだ、余計怪しまれるだろが。
「…ふ〜ん、じゃもうそろそろ帰ろ、買う物は決めたでしょ」
「え…あ、ちょっと矢口さ…!」
あたしの横を通り過ぎて、スタスタと先を行ってしまった。
な、なんだ?何ツンツンしてるんだ?
あきらかにさっきまでと態度が…。
とか考えてるうちに矢口さんは出口に向かっていってしまった。
ああちょっと!?まだ会計済ませてないんですよぉ!!
- 117 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月12日(金)17時35分48秒
- ちょっとだけ更新。多分明日もします。
>>106名無し読者97様
>今一番続きが楽しみな作品です!!
ありがとうございます!そんなお言葉を頂けてメチャメチャ嬉しいです!
>>107あおのり様
やぐっつぁんのあのセリフは自分でもちょっとお気に入りです♪
はまっていただけたら最高です!
- 118 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月12日(金)20時31分07秒
- 新婚よしやぐがカワイイデス!
よっすぃ〜、いろいろがんばれ〜♪
- 119 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時14分03秒
「矢口さ〜ん!!」
既に道路にまで行ってしまっていた矢口さんを慌てて引き止める。
「矢口さん!ちょっと…まってくださいよ!!」
「…………」
「なんで怒ってるんですか」
「…怒ってるわけじゃないよ」
明らかに怒ってるじゃないですか。
なんとなく暗いし。唇はとんがってるし。
「あたし、何したか分かんないから言ってください
あたしが悪いならあやまりますから…」
「…よっすぃ〜は悪くない」
「? じゃなんで…」
「ちょっと…心配になっちゃって…」
「心配?」
- 120 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時14分38秒
「市井さんとよっすぃ〜のこと話してたんだ、ちょっとだけ…
その時『吉澤は優しいやつなんだ』って言ってた
ヤグチもやっぱりとは思ったよ、実際ヤグチはよっすぃ〜にお世話に
なってるし、ここしばらくの間でよっすぃ〜がどんな人かも分かったし」
少し俯き加減になって矢口さんは小さい声で話し始めた。
「よっすぃ〜言ってくれたよね?『矢口さんの事心配します』って…
嬉しかったよヤグチ」
フフッと少しだけ笑みをこぼす。
今思うと…ちょっと恥ずかしい事言っちゃったなあたし…。
「でもそれはね…ヤグチが記憶喪失、だからなんだよね…
そうやって考えたらなんか…なんかね…」
「矢口さん…」
「あ、あははっ!な、何言ってるんだろねヤグチってば!
そんなのあたりまえじゃんね!!ごめん変な事言って、帰ろ!!」
矢口さんはあたしの手を引いて家路を戻った。
その間、始終あたしは何も言えなかった。
- 121 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時15分08秒
矢口さんが心配だったのは、もちろん記憶喪失だということから。
それは本当。初めからそうだった。
でも、それだけじゃない。そのはず、とも思ってしまう。
じゃあどういう理由なの?って聞かれると、やっぱり何も言えない。
記憶喪失だから?それとも矢口さんという存在自体が心配なの?
…分からない。自分の気持ちが。
あたしの気持ちは…どっちなんだろう。
- 122 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時15分42秒
「「………」」
二人とも帰る間はずっと静かなままだった。
玄関のドアをくぐっても、聞こえるのは二つの足音と乾いた布のすれる音。
リビングに向かうがどうにも会話が出来ないあたしは、買って来た物を冷蔵庫に入れてすぐに自分の部屋に戻っていった。
荷物を置いてくる、と言って。
でもそれは単なる口実。
自分の心の内を打ち明けてくれた矢口さんに、一言もかけてあげられなかった。
自分が恥ずかしくてますます何も言えなくて。
「…だめだよね、こんなんじゃ…でもどうしよう…」
そのままあたしは部屋から出ることも出来ず、夕食も食べないでずっと部屋にいた。
- 123 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時16分14秒
「…ん…あ、寝ちゃってた…?」
目を開ける。部屋の中は真っ暗で、かろうじて物の位置は確認できるほどだった。
「…矢口さん、どうしたかな…?」
そーっとドアを30センチ位開いて、辺りの様子を見た。
「あれ?」
リビングに足を運ぶと、誰もいなかった。
確かに矢口さんはリビングの方にいたのに。
まさか…今度こそホントに出て行ったんじゃ…!?玄関に突っ走った。
- 124 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時16分51秒
「あれ…?靴ある」
おかしいと思いもう一度リビングに戻る。
部屋の真ん中辺りまで進むと、頬に冷たい風を感じた。
よく見ると、ベランダの戸が少しだけ開いている。
「…矢口さん?」
いた。矢口さんはベランダであぐらをかいて、空を見上げていた。
「矢口さん」
「あ、…よっすぃ〜」
弱く笑う。
あたしの方をチラッとは見たけど、すぐまた視線を空に戻した。
「星…見てたんですか?」
「うん…ヤグチ星好きだから…」
- 125 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時17分22秒
「迷惑だよね」
「えっ…」
「ゴメンね、ヤグチみたいなのが一緒にいたら好きなこと出来ないよ
…だから、もぅヤグチ……」
矢口さんが何を言おうとしてるのかは分からなかった。
でもそれが何か悪い知らせのような気がしてならない。
それなのにあたしは口を開く事が出来ない。
『迷惑なんかじゃありません』って一言でも言えば矢口さんは安心する事が出来るのに、あたしに意気地がないせいで事態はサイアクの方向に向かおうとしてる。
- 126 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時17分53秒
「ヤグチ…もぅここには…よっすぃ〜の家にはいられな…!」
そこで矢口さんの動きは完全に停止した。
だけどあたしは何も言っていない。じゃあどうやったのかと言うと
…何か思いを伝えるのに言葉は必ずしも必要ではないと言うこと。
あたしはさっきから前を向いてこっちを見ようとしない矢口さんの背中を後ろから思いっきり抱き締めた。
何故かは分からない。分からないけど、…矢口さんと離れてしまう事を考えたら胸が痛い。
「よっ…すぃ〜…」
矢口さんはあたしの顔を見ようと首を動かすけど、あたしは矢口さんの肩に顔をうずめてそれを拒否する。
多分、今のあたしの顔はとんでもなく情けない顔になってるだろうから。
「…グスッ」
「な、なんでよっすぃ〜が泣くんだよぉ」
「…だって…」
「どっちかっつーと、ヤグチの方が泣きたいよこの場合」
ぐしゃぐしゃとあたしの頭を掻く。
ちょっと痛かったけど、なんだか嬉しかった。
- 127 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時18分23秒
最後にギュッと力を込めて、スッと腕を解いた。
ゆっくり振り向いた矢口さんも泣いているのが分かった。
瞳が少し潤んでいる。
「矢口さ…!」
あたしが言い切る前に矢口さんはあたしの胸に顔をうずめた。
「ゴメン…ゴメンね…」
ギュッと細い小さな手であたしの腕を掴む。
気のせいかもしれないけど、矢口さんの肩は少し震えていた。
あまりに突然の事であたしは何もしないで矢口さんの言葉を待った。
「…ゴメンね…ヤグチ、よっすぃ〜に甘えてばっかりで…」
「そんなこと…ないです」
「いいんだ…分かってるから、よっすぃ〜に頼りすぎちゃいけないって
分かってるんだよ?分かってるけど…」
「お願い…今だけ…」
「今だけ…ちょっと寄りかからせて…」
- 128 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月13日(土)16時25分54秒
- 更新終了です。
>>118名無し☆様
(0^〜^)>よぅし!おいらがんばるよほ。。。応援ヨロシク!!
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月14日(日)01時19分29秒
- やぐよし(・∀・)イイ!!
続き期待してまっせ!
- 130 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月14日(日)16時59分27秒
- このままやぐよしが良い関係に発展してくれるコトを願ってるけど、
梨華ちゃんのコトや裕ちゃんが殺害された件など、いろいろ心配事が・・・。
- 131 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時18分59秒
「へぇ〜なるほどねぇ〜」
バイト中、お客さんの出入りも少なくなって、あたしはごっちんと昨日の事について談笑中。
肘を突きうんうんと満足げにうなづくごっちん。
「で?よしこは好きなの?その人のこと」
「…分かんない」
ガクッと力が抜けたらしいごっちん。
「…じゃあさ、その〜…矢口さんだっけ?、に抱きつかれた時どーだった?」
「どーだったって…え〜っと…」
昨日の事を振り返ってみた。
矢口さんがいなくなるかもって考えた時、少なくともいい気分はしなかった。
その後急に抱きつきたくなって、抱きついた。
またその後、矢口さんに抱きつかれた時…。
「ドキドキした…」
「それが『好き』って事じゃあないんですかい?よしこさ〜ん」
そ、そうなのかな?そういうもんなのかな?
- 132 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時21分47秒
「ねぇ?聞くの忘れてたんだけど、いつからそーゆー関係になったのよ」
「そ、そーゆー関係って…!あたしは別に!!」
「はいはい、で?どーゆー出会い?まさかナンパしたとかじゃ」
頭を思いっきり横に振るった。
ごっちんも納得し、すぐ『じゃあどんな?』って聞いてきた。
「…まさかナンパしたんじゃなくてされた方、とか?」
う〜ん…それは微妙に違うけど、お茶しに行ったのは事実だし…。
「…そうなの?」
「…そうとも言えなくもない…」
「何それぇ〜!!」
メチャクチャつまんな〜い、っていうような振りをしてごっちんは脱力した。
「別にいいじゃんかぁ、どんな出会いでもさぁ〜」
「いいけどさ〜、もっとこう運命感じるような出会い方はないワケ?
例えば大学の廊下でぶつかって…とかさぁ」
何年以上前の話だよソレ…。そもそも運命的な出会いって言われても、ゴミステーションの中で起こされましたなんて言ったら余計に運命なんてものは遠くなる。
「そんで別れる時も、涙を流しつつ『あなたの事は忘れないわ…』
なぁ〜んてさ!」
「勝手に別れさせるなよ!!」
「付き合ってないじゃん」
「う…」
- 133 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時22分21秒
「ふふ、でもごとー安心したよ」
「ふぇ?」
「梨華ちゃんのこと、平気になったんじゃない?
昨日あんなことあったのに、その事全然気にしてないみたいだからさ」
「あ…」
そういえば、昨日あれだけ落ち込んでいた理由である梨華ちゃんのことから
すっかり矢口さんのことに変化していた。
梨華ちゃんのことは好きだ。多分まだ変わってない。
でも、今あたしの心に広がっているのは明らかに矢口さんだ。
- 134 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時22分51秒
「…もぅよしこには関係のない事だと思うけど
昨日あれからよしこ帰ったでしょ?その後、梨華ちゃんが携帯かけててさ
多分あれ恋人からだと思うんだよね」
ポソポソと小さく話す。
あたしも耳をちょっと傾けて話を聞いた。
「聞いちゃったんだよね、…別れ話っつーの?そんなカンジの」
「え?」
「多分別れたんじゃないかなー、と思う」
- 135 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時23分23秒
「誰が別れたの?」
背後から声がした。
振り向くとそこには梨華ちゃんがいて、薄い笑みを含んで立っていた。
ごっちんはこれ以上ないっていうような顔をしていた。
そ〜と〜焦ってる。
「あ…り、梨華ちゃん」
「じ、じじつはごっちんの友達が恋人と別れるってものらしい会話をしてた
ような、してないようなそんなことを聞いちゃって…!」
パコン、と頭を殴られる。
(バカ!それじゃそのまんまじゃん!!)
(だ、だって…梨華ちゃんだって一言も言ってないからいいかなと思って…)
(直接言わなかったとしても、バレるっつの!!オマケにそんなしどろもどろしてたら余計怪しまれるでしょうがっ!!)
お互いの襟首を掴んで組み合う。
- 136 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時23分54秒
「後藤―――!!ちょっと―――――!!」
「あっ圭ちゃんが呼んでる!ごとーは行かなきゃ!!」
こいつ…逃げやがったな。なんてタイミングのいい…。
「そんじゃね…梨華ちゃんと『よっすぃ〜』」
わざわざ最後の所だけ強調して…。
っていうかそれは(あたし曰く)矢口さん専用のあたしの呼び方だぞ!!
いつの間に知ったんだ!?
「へへへ〜♪昨日いちーちゃんが矢口さんと話してた時にそうやって
言ってたんだって、キャハハハ!い〜ねぇ〜♪」
「なっ…!!」
「よっすぃ〜ねぇ…いいねこれ、ごとーもそうやって呼ぼうかなぁ」
「ダメ!絶対ダメ!!それだけは許さん!!」
いきり立って大きな声で叫んでしまった。
ごっちんも梨華ちゃんも驚いた様な顔してる。
と、そこでごっちんの顔が笑い崩れた。
「なるほどね〜、それは矢口さん専用ってことか」
ボッと顔が赤くなる。思っていた事を見透かされて、つい焦る。
「矢口さんだけにしか呼ばれたくない、と…ほぅほぅ」
「それ以上言ったら殴る…」
そう言うとごっちんは『おぉ、怖』と言って、でも顔はニヤけたままこの場をあとにした。
- 137 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時24分28秒
さて、困ったぞ。
ごっちんがいなくなったのはいいが、梨華ちゃんと二人、残されたあたしはどうすりゃいいんですかね。
「…ひとみちゃん」
「え!?」
「そんなに驚かないでよ」
「あ、ごめん」
梨華ちゃんの言葉に一つ一つ反応してしまう。
でも昨日のような気持ちにはならなかった。
普通に梨華ちゃんと話が出来るし、変に暗い気分に陥る事もなかった。
- 138 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時25分00秒
「ひとみちゃんも、もう付き合ってる人いるんだ」
「へっ…!?い、いやだから矢口さんは別にそんなんじゃ!!」
「…いるんだ」
バカ。名前なんかだしたらその人のこと意識してますってのバレバレじゃん。
あたしもその辺、学習能力ないなぁ…。
「もぅ知ってると思うけど…私、飯田さんと別れちゃった」
「え…」
ごっちんの言ってたことは本当だった。
「性格の不一致っていうのかな?この人とは合わないって思っちゃったの」
「梨華ちゃん…」
「…何も言わないんだね」
「え?」
「自信過剰だと自分でも思うけど…ひとみちゃん、私と別れたことまだ
ショック受けてるんじゃないかな〜と思って」
受けてたよ、受けないはずないでしょ。あんなに好きだったのに。
でも今は過去形になってる『好きだった』
「『別れよう』って言った日もそう、怒るどころかただ『分かった』って
すぐ帰っちゃって…私、ひとみちゃんのこと裏切ったのに」
- 139 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時25分31秒
「だから私と飯田さんが別れたって言った時、
少しは喜んでくれるかなって期待してたのに」
「だめだよ、そんな期待したら」
笑って梨華ちゃんの頭をポンッと叩く。
梨華ちゃんもそれに合わせて少し笑ってくれた。
「どうして?」
「いや、どうしてって…」
「ここで私が『もう一度やり直そう』って言ったら…
ひとみちゃんどうする?」
いつもだ。いつもこんな調子でからかわれ続けてきた。
こんな時の梨華ちゃんの顔はいたずらした子供みたいで。
- 140 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時26分03秒
「はい、もうおしまい!仕事しよ、仕事!!」
梨華ちゃんのペースに乗せられないように、あたしは話題を変えて
梨華ちゃんの頭にのせた手を下ろそうとした。
その時、不意に梨華ちゃんがあたしの手首を掴んだ。
「…梨華ちゃん?」
「…ひとみちゃん…私…」
「…何でもない」
けどすぐに手首を離して受付に向かっていった。
何だか梨華ちゃんは少し、悲しそうな目をしてた。
梨華ちゃん…どうしたんだろう。
- 141 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時26分34秒
『ごめんね、ひとみちゃん』
いきなりその言葉を耳にして、あたしは自分の時間が止まったような気がした。
信じられなかった。信じようとしなかった。
あたしをじっと見つめる梨華ちゃんの瞳。
『飯田さんが好きなの』
彼女は普通に、至って平然としてあたしにそう告げた。
あたしは何も言わず黙って梨華ちゃんの顔を見ていた。
『ずっと好きだったの』
憎かった。殺してやりたいくらい。
極端だと思うかもしれないけど、あたしは本気になりそうだった。
- 142 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時27分11秒
でも、弱いあたしはプライドを傷つけられた事と、これ以上言い寄って梨華ちゃんに
しつこい、と嫌われるのが怖くて何も言わなかった。
一言『分かった』と言う事しかできなかった。
「まぁだ覚えてるとは…あたしも対外あきらめ悪いなぁ…」
あたしと梨華ちゃんは同じ高校出身。クラスも違ってた。
じゃあなぜ付き合うことになったのかと言うと、梨華ちゃんから告白された。
いきなりの出来事だったし、あたしも顔はよく知らなかったから曖昧な返事し
かしなかった。
けど梨華ちゃんは積極的にアプローチしてきて、いつしかあたしは少しづつ
梨華ちゃんに惹かれていった。
- 143 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時27分41秒
けど付き合い始めて1年近く経ったある日、急に別れを切り出された。
理由は、…梨華ちゃんは元から飯田さんの事が好きだったらしい。
飯田さんはあたしの二つ上の先輩で、結構仲良くしてもらってた。
家も結構近かったし、いろいろ相談とかにも乗ってもらって、お姉さん的な存在。
- 144 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時28分15秒
それを梨華ちゃんは利用した。
その時、飯田さんと接点が無かった梨華ちゃんは、仲間内で飯田さんと一番近い所
にいたあたしに近づき、少しづつ少しづつその距離を縮めていった。
あたしは…つまり、梨華ちゃんが飯田さんとくっつくための踏み台にされた訳だ。
「それであたしもよく怒らないでいられたなぁ〜…」
でも、今となってはそれほど気にもならない。
だって今のあたしにはもう関係ないことですもんね、矢口さん。
さぁて、帰ったら今日のご飯は何にしようかな!
- 145 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月14日(日)18時35分06秒
- 更新終了。やぐっつぁん出てこなかった…。
>>129名無し読者様
期待どうもありがとうございます!答えられる様がんばります。
>>130読んでる人様
その心配事は見事にビンゴです。
これから少しづつ明らかになっていくと思います。
- 146 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月15日(月)19時59分34秒
- 梨華ちゃん・・・魔性の女って感じですね。
この先、よっすぃ〜を惑わしていくんだろうなぁ〜
- 147 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時29分49秒
「さぁ〜てと」
スーパーで買ったじゃがいも・にんじん・玉ねぎ・お肉を抱えて、
マンションのあたしの部屋へと向かう。
シチューです。カレーじゃないよ。
「…しょ、ただいま〜」
―――――シーンとしていた。
いつもなら矢口さんが『お帰り〜♪』と嬉しそうに出迎えてくれるんだけど
今日はどうしたのか声すら聞こえてこない。
カギは掛かっていたから出かけてるとは思えない。
「…矢口さ〜ん」
応答なし。寝てるのか?
「とりあえず荷物冷蔵庫に入れるか…」
そうしてあたしはリビングに向かった。
- 148 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時30分19秒
「あれ?リビングにもいないぞ?」
てっきりソファで昼寝か何かしているのかと考えてたのに。
「どこ行ったんだろ、矢口さん…」
…トイレか?いや、だとしたら返事くらいするはず。
「矢口さ〜…!」
そこであたしは言葉を止めた。
あたしの部屋に矢口さんはいた。
ベッドの上で少し丸まって、まるで子猫みたいな風に眠っていた。
(お〜危ない、でっかい声出す所だった…)
とっさに口を抑えたのでかろうじて矢口さんは起きなかった。
矢口さんを起こさないように近づいて
ちょうど顔が覗き込めるくらいの位置に座る。
矢口さんの微かな寝息が、肩の上下の動きと一緒に聞こえた。
「お休みですか…」
ポソッと一言呟いて、さらに顔を近づける。
あたしはその時、胸の鼓動が少し激しくなっているのを感じた。
- 149 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時30分54秒
『それが『好き』って事じゃあないんですかい?』
突如、ごっちんの言葉が頭の中にリフレインする。
矢口さんといると、特別な気持ちに駆られる。
それは親とも、姉弟とも、親友とも違う、特別な存在。
そう、まるで…梨華ちゃんと付き合っていた時に抱いていた感情。
- 150 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時31分29秒
綺麗な顔…してるよなぁ。
あたしより年上で大人でなかなか物知りで、だけどカワイイ矢口さん。
昨日みたいに弱いところも発見したけどあたしはちょっと嬉しい。
記憶を無くした矢口さんの、本当の姿を垣間見た気がしたから。
「…ぅ、ん…」
寝苦しそうな顔をして、矢口さんが少し体制を変えた。
起こしちゃったかな?と心配になったけど、そうではない事を確認すると
再び矢口さんを観察し始めた。
見ると、目の前に矢口さんの細い手が投げ出されていて
あたしはややためらいながらその手を軽く握った。
(あったかい…)
- 151 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時32分04秒
ねぇ、矢口さん…。一体あなたはどこからやって来たんですか?
あなたが一体どんな事に巻き込まれたのか、どうしてこんな事になってしまったのか、…あなたは本当はどんな人なのか。
知りたい。でも怖い。
記憶を取り戻したら、あたしの傍から離れていってしまうような気がして。
ごめんなさい…こんな事思ったら失望させてしまうかもしれないけど、
矢口さんの記憶は戻らずに…このままでいられたらいいな、なんて思った。
「矢口さん…」
軽く頬に口付けた。
起こさないように、そっと…触れるだけの。
面と向かって言えればいいけどあたしは満足だった。
なんとなく、なんとなくだけど
――――矢口さんが手を握り返してくれた気がしたから。
- 152 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時32分34秒
「よっすぃ〜?どしたの?」
「……いぇ、なんでもないです」
あの後、矢口さんを起こして夕食の用意をした。
矢口さんもシチュー作りを手伝ってくれたお陰で味は最高だった。
でも…今のあたしはそれどころじゃなかった。
- 153 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時33分08秒
「よっすぃ〜何かあったの?」
「…あたしはいつもどぉりです」
俯いて答える。顔が熱いのは見なくても分かってる。
後悔先に立たずとはよく言ったもの。
あんなことしちゃったから矢口さんの顔がまともに見れなくなってしまった。
「よっすぃ〜、大丈夫かぁ?顔赤いぞぉ」
「……平気です」
平気ですから顔近づけないで下さい。
余計に悪化しちゃったら責任とってくれるんですか。
…って言ってる傍から!わっ、わっ、わっ!!!
「ん〜…」
「……!?☆%#*;…!!」
矢口さんはあたしのおでこに自分のおでこをくっつけてきた。
そんな訳だから、当然矢口さんの顔は目の前にある訳で、矢口さんの吐息がか
かっている訳で…勇気を出せばキスくらいできちゃうような距離な訳で…。
あぁ…矢口さん、いい匂い…。甘〜い香水の匂いが…なんとも…。
- 154 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時33分43秒
「熱は無いなぁ、どうしたんだろね?」
おでこを離して首をかしげる矢口さんの仕草に…。ため息…。
ど、どうする、吉澤ひとみ!!
早くしないとこんなチャンス滅多にないぞ!?
いやでもいきなり変なことして嫌われたら…、って!それがダメなんだろ!!
あたしに足りないのは度胸!根性!そして勢い!!
大丈夫だ!さっきベッドであんなことできたんだから!矢口さん寝てたけど。
え〜〜い…なんとでもなれ!!
「矢口さん!!」
「ふぇ?…えっ!?」
矢口さんの腕を掴んで思い切り引き寄せた。
あたしの方が力が強いのと、不意を突かれた矢口さんは、
簡単にあたしに抱きすくめられる。
- 155 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時34分16秒
もう少し、と力を加えると矢口さんの体がピクッと反応した。
でもそれにも構わずに、あたしは矢口さんを離さなかった。
「よっ…すぃ〜…?」
あたしの腕の中で矢口さんはいささか抵抗していたようだった。
だからって、あたしは少しも力を緩める気はない。
「よっすぃ〜…ってば、ちょっと…」
「何ですか?」
「あのさ…ヤグチ寝て起きたばっかだから、汗臭いから…その」
「あたしもですから気にしないで下さい」
「あ…そ」
それを聞くと矢口さんは一変して大人しくなった。
- 156 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時34分52秒
「…よっすぃ〜、どうしたの?」
「どうした、とは?」
「ぃや…なんかいつもと違うなぁ…って」
もごもごと口の中で答える。
なんだかその仕草が可愛くてつい照れ隠しにごまかした。
「矢口さんがまた寂しがったんじゃないかなぁ〜と思って♪」
「なっ…!?ヤグチがいつ寂しがったんだよ!」
矢口さんは腕を突っぱねて体を逸らして見せる。
でもその顔はやっぱりと言っていいほど真っ赤で。
「あれ、昨日のは違うんですか?そうですか、へぇ〜」
「ぅ…」
ふふ、カワイイ
「…いいじゃんか、甘えたい気分だったんだもん…」
「へ?」
膨れる矢口さん。頬はまだ赤い。
「…………」
「…………」
「…あ――――!!もぅヤグチ何言ってんだろ、ハズカシ―――!!!」
バシバシ、とあたしの胸を叩き出した。
いや、勝手ですけど痛いです…。
動き回る矢口さんの手首を掴んだ。
- 157 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時35分51秒
「甘えてもいいですよ」
真正面から見据えると、微妙に顔を背けられたので無理やり顔を
こっちに向かせた。
「な、何言ってんの!からかうのも度が過ぎると…!!」
からかってなんかいません、本気です。
表情を崩さずにゆっくり顔を近づけていった。
矢口さんは強張って再び顔を逸らしたので、左手を右頬に添えて戻したと
同時にキスした。
今度は頬っぺたじゃなくて、ちゃんと唇に。
- 158 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月17日(水)05時46分03秒
- ハンパに終了。自分、ちょっと焦りすぎだと思う今日この頃。
>>146読んでる人様
(^▽^)<え〜?そんな事ないですよぉ〜
(;0^〜^)<バケノカワガハガレルノモジカンノモンダイ…
- 159 名前:97 投稿日:2002年07月17日(水)10時45分14秒
- ぜんぜん焦ってないですよ〜!!
にしてもいいところで切りますね(w
続き楽しみにお待ちしてますm(--)m
- 160 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月17日(水)15時05分10秒
- よしやぐ〜〜!!(謎
これからもよしやぐに目が離せませんね!
続き期待です!!
- 161 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時35分48秒
「………ん」
矢口さんの声が漏れてきたのが耳に入ると唇を離した。
完全に体も離してお互い下を向いた。
「…好き、です」
「…え」
「矢口さんが、好きです…」
気がつけばそんな事を口にしていた。
でも不思議と照れくささとか、そういうのはまったくなかった。
「好きです…」
はっきり、何回もその単語だけ繰り返し続ける。
矢口さんに伝わるまで、あたしが満足するまでずっと。
- 162 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時36分22秒
「好き…」
「え」
あたしの声の中に一回、あたしじゃないほかの声が混じったのに気付き
顔を上げた。矢口さんはいつの間にか既に顔を真っ直ぐあたしに向けていた。
「ヤグチも…よっすぃ〜のこと、好き」
ニコッと笑って、でもやっぱり顔は真っ赤に染まってて、
矢口さんは言ってくれた。
あたしもそれに答えて微笑むと、またその小さな体を抱き締めた。
「好きです…大好き」
「ヤグチももっと、大好き」
「…もっともっと好きです」
「じゃもっともっともっと大好き」
「あたしの方が好きですよ」
「ヤグチの方が好きだもんねー」
「勝負してもいいですよ、負けません」
「それはこっちのセリフだぁ!」
「…………」
「…………」
「…フフフ」
「…プッ…」
- 163 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時36分55秒
すごいくだらない事だけど、すごい嬉しかった。
お互い好き好き言い合って、結局勝敗なんて決まらないのに。
でもそれでお互いの心を満たしあって。
どんな意味がある勝負なのかもあんまりよく分からない。
でも負けた方が嬉しい、そんな勝負。
…変なの。
「ね、よっすぃ〜?」
「はい?」
あたしの胸に顔を埋めたままの矢口さんに答えた。
「あのさ…」
「はい」
「ずっと…一緒にいようね」
「…はい」
コクンと頷いた。
そうしてまた唇がどちらからともなく引き合おうとしていた。
- 164 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時37分25秒
「…うっ!」
「!矢口さん?」
あとキスまで3センチという所で急に矢口さんがうめき出した。
頭を抑え、肩がフルフルと痙攣を起こしている。
「矢口さん!?どうしたんですか!!」
「…っ!…あ、頭…痛い…!!」
顔をしかめうずくまる矢口さんを、あたしはどうする事もできずに
名前を叫び続けた。
「矢口さん!!」
「…う…!だ…じょぶ…、多分…」
様子から見て、明らかに平気とは言わない状態。
こんな時まで矢口さんは…!なんで強がるんですか!!
あたしは矢口さんを抱えて急いでベッドまで運んだ。
矢口さんはフワッと軽く持ち上がった。身長のせいもあるだろうけど、
思いのほか、矢口さんは軽かった。
- 165 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時38分41秒
「………ぅん…」
「矢口さん…まだ痛いんですか…?」
「…んゃ、だいじょぶ…へーき」
まだ肩で息をしているけど、矢口さんの顔は穏やかなものになってき
ていたので胸を撫で下ろした。
氷を入れ水を張った洗面器にタオルを浸し、それを絞って矢口さんの
額に乗せる。矢口さんもなんだか気持ちよさそうだ。
「どうしたんです?」
「ヤグチにも…よく分かんない」
瞳を閉じたまま、息をゆっくり吐きながら答えた。
「でも、なんだろう…なんか思い出しそうな気が…」
「記憶が戻りそうだったんですか?」
「…多分、ね」
その言葉にあたしはいささか動揺した。なんだか不安な気分になる。
矢口さんは顔色も少しづつ戻ってきたようだけど、いくらかつらそうだ。
「ちょっと休んだ方がよさそうですね、ベッドこのまま使ってください」
「ありがと…」
- 166 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時39分14秒
「それじゃ、あたし向こうにいますから何かあったら…」
邪魔にならないよう部屋を出ようとして立ち上がったけど、
その時右手首をつかまれ、ちょっと体勢を崩しかけた。
「行かないで…」
潤んだ瞳で見上げられ、体の動きを封じられた。
手首を握る手の力は弱く、ちょっと振り解けばすぐに解放されそうだった
けど、あたしはあえてそれを実行しなかった。
「お願い…ここにいて…」
「…矢口さん…」
「お願い…」
- 167 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時39分50秒
今にも泣き出しそうな矢口さんの手を軽く握って、
またその場に腰をおろした。
安心したのか矢口さんの手の力は一気に緩み、あたしにそれを委ねた。
「…少し寝てください、あたしここにいますから」
「ぅん…」
安心しきった微笑を浮かべて、しばらくすると矢口さんはスヤスヤと寝入って
しまった。もちろん、あたしの手を握ったまま。
- 168 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月18日(木)06時51分38秒
- 更新終り。ちまちまとしか進んでいない…真にスマソ(汗
>>159名無し読者97様
そうですか?自分ではちょっと話の展開が早いかな〜と思ったんですが、
安心しました。ありがとうございます。(ぺこり
>>160名無し☆様
期待サンクスです。
じゃあ自分も、よしやぐ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!(w
- 169 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月18日(木)16時17分25秒
- やっと両思いになってくれたと思ったら・・・
このままどうなってしまうのでしょう?
楽しみに待ってます。
- 170 名前:スカウトマン!? 投稿日:2002年07月19日(金)08時21分25秒
- よしやぐいいですね〜^^
最高!!
でも、梨華ちゃんが気になる・・・w
- 171 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月19日(金)11時42分28秒
- 幸せの始まりの中に小さな不安が・・・
- 172 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時10分20秒
「ねぇいいでしょお?」
「ダメです、寝ててください」
「だからぁ、ヤグチは病気なんじゃないんだからいいんだって!」
次の日の朝、矢口さんは昨日に比べだいぶ調子がよくなってきたらしく、今日はあたしがい
ない間またパチンコに行きたいとねだりはじめた。
あたしは当たり前と言っていいほどそれを反対。
「外でまたあんなことになったらどうするんですか?」
「大丈夫だってば!…多分」
「とにかく!ダメって言ったらダメです!!」
「もぉっ!!」
ギャアギャア喚いている矢口さんを尻目に、せっせと行く支度を進める。
「いい子にしててくださいね」
「子ども扱いするなってーの!よっすぃ〜のバカッ!!」
あれだけ悪態がつければ大丈夫だ。
「あ、何分かごとに電話しますんで、出てくださいね」
「ヤグチを外に出さないつもりだな!!」
「そうです、あたしが傍にいれば外に行ってもいいんですけど」
ピクッと眉を動かして、矢口さんはしばし考え込んだ。
「…よっすぃ〜がいれば、外出ていいんだ?」
「? ええ、安心できますから」
ニヤ〜ッと不敵な笑みを浮かべ、あたしの前に立ちはだかる。
何か…嫌な予感…。
- 173 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時10分53秒
「矢口真里です、よろしくお願いしまぁす!」
「はぁ…」
元気よく挨拶を交わし、深々と頭を下げる矢口さん。
圭ちゃんもペースに乗せられ軽く挨拶した。
まさか矢口さんが『一緒に行く!』なんて言うとは思っても見なかった。
しかもこのビデオショップでバイトもしたいとは…、
驚くべき行動力。少しは見習いたい物だね。
難しい表情の圭ちゃん。じっと矢口さんを見定めて、腕組んで仁王立ち。
ちょっと…怖いね。
「あの…やっぱダメですか?」
おそるおそる聞く矢口さんに、圭ちゃんは何も言わない。
「あの…」
「いいよ、ここで働かせてあげる」
「「えっ!?」」
あたしも一緒になって声を荒げた。
「圭ちゃんホントに!?」
「ええ、そのかわりキッチリ働いてもらうわよ!」
「よっしゃ!ドンと来い!!」
胸を張って勢いづく。ホントにいいの?
まぁ食費を稼ぐのも少し楽になったからいいか。
- 174 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時11分27秒
「ちょっと」
ツン、と裾を引っ張られる感触。
圭ちゃんがいつの間にかあたしの服を掴んで、目の前にいた。
だから…やめてってば、怖いんだから。
「あの娘、アンタとどういう関係?」
「へっ…、なっ、何言ってんの、圭ちゃん!!」
「あ〜、そうなんだ、そういう関係」
ニマニマと嫌な微笑を返し、ウンウンと一人で頷いてる。
「別にあたしはとやかく言いはしないけど、程ほどにしときなさいよ」
「何をだよ!!」
うやむやの内に矢口さんはあたしと一緒のところでバイトする事になった。
- 175 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時11分57秒
「いらっしゃいませ〜♪」
矢口さんと仕事中、あたしは驚いてばかりだった。
「コレ借りたいんだけど」
「はい、7泊で300円になります」
矢口さんは受付を持ち場にする事となった。
馴染むと言うか、その場に溶け込むみたいな、いわゆる順応力がありあり
なんだと思う。
記憶を無くす前にこういう事は経験してるのかもしれないけど、それでも
2年くらいこのバイトを続けているあたしよりも人当たりがいい。
てきぱきと行動も早く、ここは初めてだからまだいろんな事は分からない
だろうけど、それでも仕事はスムーズに進んでいった。
「ありがとうございましたー!」
- 176 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時12分31秒
「矢口さんすごいですね、仕事早くて」
手の空いた少ない時間を見つけて矢口さんに話し掛けた。
「へへっ、なんか体が勝手に動くんだよね
どういう風にお客さんと話せばいいのか、分かるみたい」
「あたしより上手ですよ」
「ホントー?才能あるかもね♪ヤグチ」
「止めてくださいよー、あたしの客盗られちゃうじゃないですか」
「だーいじょぶ!そん時はヤグチがよっすぃ〜養ってあげるからさ!」
アハハ、と笑い合う。
始めは心配だったけど、近くにいればそれもほとんど解消される。
それに…一日で矢口さんといられる時間が限りなく増えた。
外に出られて嬉しいと言う矢口さんだけど、その矢口さん以上に
あたしの方が嬉しかったりする。
「あたし倉庫の整理してきますね」
「OK!まかして!」
うん、いい感じ。
- 177 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時13分03秒
「えっと…これが4本で、これは5本…」
暗くて湿っぽいビデオ倉庫の中。
いくら掃除してもキリがないほこりでむせ返る。
う〜ん、少しかび臭いかも…。風通しも悪いしなぁ。
さっさと終わらせちゃおう。こんなとこずっと居たら気分悪くなる。
「え〜と………よし!こんなもんかな」
整理も無事終了して、あたしは意気揚揚と戻った。
受付に繋がる扉を開けようとノブに手を伸ばす。
「ふふ〜ん♪矢口さんがんばってるかな〜、っと」
- 178 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時13分36秒
―――――――――キィッ
「あ」
「おはよう、ひとみちゃん」
「おはよう、梨華ちゃん」
従業員専用出口のドアから梨華ちゃんが入ってきた。
一応挨拶はしたけど…あれ?今日梨華ちゃんバイトあったっけ?
「梨華ちゃん、今日バイトの日?」
「ううん、違うけど、今日ごっちん休むって保田さんから電話あって
その代わりに来てくれって頼まれたの」
そっか、今日ごっちん休みなんだ。
あ、だから圭ちゃん、矢口さんの事OKしたのかな?
梨華ちゃんにも言っといた方がいいか。
- 179 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時14分07秒
「梨華ちゃん、実は今日新しいバイトの人、入ったんだ」
「え?」
「矢口真里さんって言うんだけど」
梨華ちゃんは別段、驚くという風でもなく話を聞いていた。
「今日いきなり入ったの?誰かの紹介?」
「あ、それはあたし」
「! …ひとみちゃんの?」
スッと梨華ちゃんの瞳が一瞬細まる。
そこで会話が途切れた。
あたしは何故かそれ以上言葉を発することができなかった。
- 180 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時14分37秒
――――――――バンッ
「よっすぃ〜、どこ行ってんだよぉ!お客さん増えてきたんだから早く!!」
突然、矢口さんが現れて体中の力がフッと抜けたような気がした。
「あ、い、今行きます」
「早くね!…って、他のバイトの人?」
梨華ちゃんを指差し矢口さんは首をかしげる。
「そうです、高校からの同期で…」
「石川梨華です、よろしく」
あたしが言う前にそれを遮って自ら梨華ちゃんは自己紹介をした。
「あ、えっと矢口真里です、今日からここでバイトする事になりました」
矢口さんはさっき圭ちゃんにもしたような挨拶を再び交わした。
二人ともニコッと笑っていて傍から見れば、それはほほえましいものだろう。
- 181 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時15分11秒
でも、あたしはそんな気分にはならなかった。
当然かもしれない。
以前好きだった梨華ちゃんと、現在好きな矢口さんが会っているのだから。
梨華ちゃんに対する心残りと矢口さんに対するそのうしろめたさが交差
している。
それだけじゃない。さっきの梨華ちゃんのあの瞳。
大したことではないと思うけど、嫌な感じがした。
「私もお手伝いしますね」
「あ、ありがとう」
普通に会話を進める二人を見てると、やっぱり気のせいかもしれない。
あたしの思い過ごしだといいんだけど。
- 182 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時15分44秒
「よっすぃ〜も早くね!」
矢口さんに渇を飛ばされ、急いで受付につこうとした時、
「…………」
梨華ちゃんがこっちを見ていた気がした。
その日、仕事をしている間ずっと梨華ちゃんの視線を感じた。
梨華ちゃんの方を見ると、もう梨華ちゃんはあたしから視線を外して
いるけど、でもやっぱり見られているという意識があった。
そっちの方に目がいっていて、仕事中、圭ちゃんに注意されてもあたし
の気は散ったまんまだった。
- 183 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月20日(土)23時16分15秒
更新終了。これで話の2分の1くらい行ったかな?
169名無し読者様
ようやく話が本題に近づいてきました。
期待を裏切らないよう、がんばりたいと思います。
170スカウトマン!?様
はい、ここの梨華ちゃんは物語的に言うと悪い人…ぽい人です。(謎
171読んでる人様
ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか…悩んでます(w
- 184 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月21日(日)15時28分18秒
- ぜひハッピーエンドの方向で・・・。
- 185 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月21日(日)15時49分19秒
- よしこの動向が気になりつつ、裕ちゃんの事件も気になる。。。
- 186 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月22日(月)16時31分37秒
- う〜ん、梨華ちゃんはどういう行動に出てくるんだろう。
矢口とよっすぃ〜をただ黙って見ているとは思えないし・・・。
- 187 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時19分06秒
「ありがとうございましたー」
最後のお客様に向けた言葉が静かに響いた。
もう店の中には、あたしたち従業員を残して人の姿はない。
外もオレンジ色の夕焼けが綺麗に広がっている。
ガラガラと圭ちゃんが店のシャッターを降ろす。
「よし!おつかれさん、今日もごくろうさま」
「「「おつかれさま〜」」」
あたし、矢口さん、梨華ちゃんはこの店のエプロンを外しながら帰る準備。
圭ちゃんは店の中をいつもどおり再チェックしていた。
「矢口さんご飯食べて帰りましょうか?」
矢口さんにだけ聞こえるように小さな声で聞いた。
あたしと矢口さんが同居してる事は誰にも言っていない。
もちろん、矢口さんが記憶喪失だということも、まだ誰にも話してない。
「何でもいいよ、よっすぃ〜にまかせる」
「そーですか?じゃ、その辺で適当に…」
- 188 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時19分41秒
「ひとみちゃん」
そこで梨華ちゃんが話に割り込んできた。
「今日…空いてる?ちょっと相談したいことあるんだけど」
「え…これから…?」
「うん、できれば…二人きりで」
ここであたしが優柔不断だという事がはっきり再認識できる。
矢口さんを食事に誘っといて、それを断る事はできないし
本来なら梨華ちゃんの相談を後回しにして、あとで電話してもらう…とか。
それが最善か。
「あとで…電話じゃダメかな?」
「電話じゃできないの、お願い」
弱った…。そんな大事な事なの?
- 189 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時20分13秒
「よっすぃ〜行ってきなよ、ヤグチのは明日にしよう」
あたしが二人の間でオロオロしてると、矢口さんが痺れをきらした。
「え、でも矢口さん…」
「いいから、相談乗ってあげなよ」
ポンと背中を叩かれる。
「でも矢口さん、帰りは…」
「タクシー拾うから大丈夫」
ちょっと…矢口さんの顔は笑ってない。…いいの?
「あ…じゃぁ、いいよ」
「ありがと、ちょっと待ってて、荷物持ってくる」
小走りで梨華ちゃんは従業員のロッカールームまで戻っていった。
- 190 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時20分49秒
「…………」
なんだか気まずくなってしまった。
チラッと矢口さんを見ると、上目使いにこっちを睨んでいる。
「…ホントはイヤなんだからね…」
じゃあ、どうして「いいよ」なんて言ったんですか。と聞けるはずもなく、
「…はい…すいません」
素直に謝った。
「…よっすぃ〜」
名前を呼ばれ、クイクイ、と指で『こっち来い』という仕草を見て
なんだか分からないまま顔を寄せた。
「なんです…ぐっ!」
襟首を掴まれ首が絞まる。
矢口さんも…なかなか力が強かったり…。
「浮気するなよ?」
「す…するわけないじゃないっすか!!」
苦しい…ちょっと矢口さん…。
「あた、しが好きなのはっ…矢口さんですから…」
- 191 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時21分20秒
それを聞いて矢口さんはニコッと笑うと
「よし」
「んっ…!?」
キスをした。というより唇を押し付けられた。
「なるべくすぐ帰ってきてよ」
「…はぃ…」
じゃね、と言って矢口さんは圭ちゃんのとこに行って電話を借りていた。
多分タクシー会社への電話だ。
……絶対何が何でも、一分でも早く家に帰ろう…。
店から出て行く矢口さんの背中を見て、そう決心した。
- 192 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月22日(月)19時28分08秒
- >>184名無し読者様
う〜ん……(悩
一応そっちに近い方になるカンジを狙います(謎
>>185名無し読者様
この吉の行動が、あとあと悲劇の引き金に…。
なっちゃったりするかな?(w
>>186読んでる人様
はい、次はそこのところの話になります。
- 193 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時04分49秒
「で?どうする、これから」
夕焼けのオレンジも消え、辺りは薄暗い青い闇に包まれた。
そう感じるわけじゃないけどなんだか肌寒い。
「家に行こう」
耳を疑った。もうこの言葉を聞くことは二度とないと思っていたから。
「え…梨華ちゃん、家…?」
「そう、イヤ?前はよく来てたのに」
それが皮肉に聞こえて、いい返事を返さずに頷く。
「…じゃ行こうか…」
「うん」
ヘルメットを渡し、バイクに跨いでエンジンをかけた。
シートに座るとすぐさま腰に暖かい感触が伝わってくる。
「つかまっててね」
「うん」
そして、黒い排気ガスを噴きながら教えてもらう必要のない道を走り出した。
- 194 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時05分23秒
走ってる間、気が気じゃなかった。
あたしの腰に回されている腕が、なんだか前よりもリアルに感じられて
運転に集中できないでいた。
赤信号に掴まり歩道に近い方の脇で停止し、青になるのを待つ。
「梨華ちゃん、相談って何?」
噴いているガスの音にかき消されないように、やや大きめの声をあげた。
「家に行ってから話す」
つっけんどんな梨華ちゃんの声に少し肩を潜め、また前に向きなおした。
―――相談って、やっぱり飯田さんの事かな…?
それくらいしか思いつく事無いし。
再びアクセルを入れると、回されている腕にさらに力が入っているようだった
けど、それが一体どんな意味を持っているのか、今のあたしには分からなかった。
- 195 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時05分49秒
「ごめんね、散らかってるの」
その言葉の通り、梨華ちゃんの部屋の中はすごいものだった。
あっちこっちに服やコンビニのゴミとかが放置されてて、足の踏み場がない…
とまではいかなくてもあと一歩でそれに近いような。
「変わってないね、梨華ちゃん」
「そんな簡単に変わったら人は苦労しません」
「おっしゃるとおりです」
速急で片付けてくれたソファに腰かける。
「コーヒーしかないんだけどいい?」
「おかまいなく」
梨華ちゃんはキッチンに向かって用意をし始めた。
- 196 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時06分21秒
こんな光景、もう見ることはないと思っていた。
この部屋にももう来ることはないと思っていた。
別れてからまだ1ヶ月も経ってないっていうのに、あたしは梨華ちゃんの部屋
にいる。
今はただの友達という境界線で区切られている。
単なる…相談相手。
「おまたせ、入れといたから」
コト、とテーブルにコーヒーのカップが置かれた。
そのコーヒーは真っ黒く、香ばしい匂いを放ちながら湯気を立てている。
ミルクは入れず、砂糖だけが2杯程入っている。
いつもあたしが飲んでいるように。
- 197 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時06分56秒
「で?相談って何?」
コーヒーにはまだ手をつけず用件を言った。
梨華ちゃんは紅茶をひと口含むと、黙ったままカップを置いた。
「…飯田さんとのコト?」
聞かないほうがいいかな、とも考えたけどそれしかないとも考え、やっぱり聞
いてみた。
「それも…あるかな……?」
「矢口さん、って付き合ってるの?」
「へっ?」
反対に質問されてしまい、言葉が詰まった。
「いいから答えて、そうなの?」
「…な、何でそう思うの?」
「だって、ひとみちゃんの事「よっすぃ〜」って
それにひとみちゃんが初めて会った人を食事に誘うとは思えないもん」
やっぱり彼女は変わってなかった。すごい洞察力。
あたしは観念して本当のことを告げようと思った。
「…付き合ってるよ」
「…ふーん」
- 198 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時07分29秒
「…私ってね、すごいワガママだと思うの」
急に何を言い出すのかと思ったら、いつもの梨華ちゃんらしくない。
もっと前向きで、強引で、少なくともあたしと付き合ってるときの梨華ちゃん
はそういう人だったはず。
「飯田さんと付き合うつもりでひとみちゃんと別れたのに
今度はその飯田さんと別れちゃったし…」
そうだね、それは否定しないけど。でもなんでいきなりそんな事を…。
「ねぇひとみちゃん?」
- 199 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時08分26秒
「今幸せ?」
「何…?急に」
「いいから、幸せ?」
さっきから段々近寄って来る梨華ちゃんに、後ろへ追いやられる。
ずい、と顔を近寄せて何度も問い詰めてくる。
あたしが何か言うまで離れる事はないだろう。
「ね、どうなの?」
「幸せ…だよ」
そうだ、あたしは幸せ。
矢口さんと一緒に過ごしている現在の時は間違いなく。
「…そっか」
何故かそこでニコッと微笑む梨華ちゃんの心境が分からなくて、
あたしは戸惑いを隠せなかった。
「それが…何?」
「うらやましいな」
梨華ちゃんの顔が目の前にある。
「私も…幸せになりたい…」
その言葉を耳にした瞬間、あたしの唇は塞がれた。
- 200 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時08分56秒
「んっ…」
梨華ちゃんの甘く切ない吐息と、低く漏れた声が唇を浸透してあたしの頭の中
にまで響いてくる。気がつくといつの間にか、梨華ちゃんの手のひらがあたしの後頭部の髪を掻き乱し、まさぐっていた。
さまざまに角度を変えて、梨華ちゃんの舌はあたしの口内を舐め尽していく。
久々に味わった梨華ちゃんのキスに、内心驚いていたあたしは動けなかった。
拘束されてしまった。
「んんぅ…っ…ふ…」
あたしは、間違いなくその行為に酔っている。
柔らかい唇の感触、懐かしい体温、梨華ちゃんの味。
―――――――やっぱり忘れてはいなかった。
- 201 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時11分58秒
『浮気すんなよ!』
「!!」
矢口さんの顔が頭を掠めた。
それでやっと、あたしは梨華ちゃんの肩を押し戻し、唇を拭う。
「なっ…何すんの!?」
「私って…やっぱりワガママ…」
俯いたまま、さっきから同じ言葉を繰り返している。
けど、梨華ちゃんの次の言葉を聞くと同時にあたしはどうしようもない罪悪感
に襲われた。
「愛してる…ひとみちゃん」
「梨華ちゃん…」
「ひとみちゃん…やっぱり、私あなたが好き…」
それを認識するまで時間がかかり過ぎた。
まるで脳の神経が異常をきたしたみたいになって。
「り、梨華ちゃ…どういう…」
「愛してるの…」
そうしてまたあたしは、唇をあっさりと奪われた。
何度も、何度も、唇を合わせられて、あたしは今非常にヤバイ状態だった。
- 202 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月23日(火)21時13分57秒
- 更新終了です。
ただいま梨華ちゃん暴走中!!
- 203 名前:97 投稿日:2002年07月24日(水)10時23分17秒
- あ゜〜梨華ちゃん爆走しすぎ!!
いしよし好きでよしやぐ好きな私は只今、
この流れに軽いパニック状態です(w
毎回凄い楽しみにしてるんで、がんがって下さい!!
- 204 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月24日(水)13時15分34秒
- 吉絡みが好きな自分としてはいしよしもいいけどやっぱり矢口が・・・。
よっすぃ〜、浮気はダメだぁ〜!!
- 205 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月24日(水)21時27分35秒
- ヤグヲタとしては・・・
石川〜、よっすぃ〜を矢口から取らないでくれ〜!!
- 206 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時31分40秒
「やめてっ!!!」
力を込めて思い切り突き放した。
あたしと梨華ちゃんの力の差は歴然としているけど、
そんなことお構い無しに押し飛ばす。
案の定、梨華ちゃんは軽く吹っ飛んでしまい、少し悪いような気も起きた。
でも、だからってあのままされるがままになっている事なんてできはしない。
「何すんだよ、梨華ちゃん!!」
「…ひとみちゃんが好きなの」
「そんな事聞いてない!ちゃんと答えて!!」
半ばキレた状態になったあたしは怒鳴り散らした。
- 207 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時32分12秒
「…自分から離れていくと、いらないって思った物が急に取り戻したくなるよね」
梨華ちゃんの目を見てしまった。
それは真剣で、真っ直ぐあたしだけを見つめている瞳。
違う。いままでの梨華ちゃんとはまったく。
あたしは、体中全部に鳥肌が立った気がした。
「絶対に渡したくない物って…あるよね」
そう言ってまたもや距離を縮めてくる。
「人を物扱いしないで!!」
あたしはそのまま梨華ちゃんの部屋を飛び出していった。
- 208 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時32分42秒
バイクにエンジンをかけ、息をつく暇も持たず走らせた。
梨華ちゃんに迫られたあの時――――――
あたしは少しばかり期待を持っていた。
もしかしたら、梨華ちゃんはあたしのところに戻ってくるのかもしれないと。
でもそれはすぐ打ち砕かれた。
結局、あの人は自分の思い通りにならなければ気に入らないんだ。
全ては自分のエゴ。
まるで、小さな子どものように。
そんな人に腹が立った。
そんな人に恋をしていた自分にも腹が立った。
「最低だ…」
- 209 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時33分18秒
―――――――――――ブロロロロロォォォ…
悶々と自分を攻め立てているうちに、家に帰ってきてしまった。
早く帰りたかった半面、帰りたくないという気持ちもある。
矢口さんに対する、自分のふがいなさ、軽率な行動。
一方的だったとはいえ、自分の中にそれを望んでいた気持ちが少しでもあった
ことに恥じた。
階段を一歩一歩上がっていく度に足取りは重くなる。
あともう少しで自分の部屋についてしまう。
あと50メートルほど…40メートル…その距離は段々近づいてくる。
そしてついに開けたくないドアの前に到達してしまった。
- 210 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時33分49秒
開けようか開けまいか右往左往していると、ドアはいきなり開かれ
「よっすぃ〜お帰り!」
満面の笑顔で矢口さんが出迎えてきた。
暗い表情を一気に取り払い、なんとかあたしも笑顔を作り「ただいま」と
一言だけ言って目を逸らしてしまった。
矢口さんの顔をまともに見る事ができなかった。
矢口さんの笑顔を見れば見るほどあたしの胸は締め付けられ
るほど苦しくなる。
「よっすぃ〜?突っ立ってないで中入ろうよ」
「あ…はい、すいません」
- 211 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時34分23秒
楽な格好に着替えて、矢口さんの待つリビングに向かった。
「よっすぃ〜も飲む?」
コーラの缶に口をつけながら、もう一個の缶をあたしに差し出した。
「もらいます」
「はい」
程よく冷えたコーラはあたしの心を落ち着かせるのにちょうどよかった。
プルタブを引き上げると、カシュッという音が響き後から炭酸が抜けていく。
口に含むと、ちょっときつめの泡が喉を流れていった。
「おいしい?」
「はい」
「ふふ」
さっきの事が嘘みたいだ。
ソファに頭を乗せて脱力する。
矢口さんに会いたくないと思ってたけどやっぱり安心する。
こうやって笑い合ってるだけであたしは満足だ。
- 212 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時34分53秒
「…………」
ポテッと左肩に何かが乗っかった。
矢口さんだ。
「…どうしました?」
「ん〜なんとなく」
肩に頭を乗せてあたしに寄りかかっている。
あたしはその薄い金色の髪を優しく撫でた。
「へへっ」
まるで子猫みたいに頭を擦りつけて喜ぶ矢口さん。
- 213 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時35分26秒
矢口さんの頭に顔を寄せると、自分と同じシャンプーの匂い。
くすぐったいなぁ。
「寂しかったですかぁ?」
ふざけて聞いてみた。矢口さんはあたしを一睨みして
「ん〜…ちょっとね」
だってさ。嬉しいけど『ちょっと』…なんですね。
「よっすぃ〜?」
「はい?」
「ずっと一緒にいてね」
「…はい」
矢口さんもあたしの傍にいてくださいね…お願いです。
- 214 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月26日(金)12時45分54秒
- 少しですが更新しますた。
>>203名無し読者97様
自分もいしよし・よしやぐ好きです。コレ書く時どっちにしようか迷いました。
毎回凄い楽しみにしてるんで>ありがとうございます!
>>204名無し☆様
やっぱり吉さんはいいですよね!最高です。。。。。。
>>205読んでる人様
梨華っちの野望が始まりました。(w
- 215 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時54分47秒
次の日、
今日のバイトは休み。
昨日の事があって梨華ちゃんとは、また顔を合わせ辛くなってしまったからち
ょうどいい。明日までに心の準備をしておこう。
「ん〜、だるぃ…」
コキコキ首を鳴らしてなんともオヤジ臭いと自分でも思う。
昨日はあのまますぐソファで眠っちゃったけど、何時に寝たのか覚えてない。
矢口さんは…ベッドでまだ寝てるのかな?
今日は特に何もないからもうしばらく寝かせといてあげよう。
- 216 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時55分23秒
体を起こしリモコンを手にとってテレビをつけた。
朝っぱらから面白いのはやってないと思うけど…何もすることが無いとテレビ
ぐらいしか暇つぶしは無い。どこかに遊びに行くのも手だけど、どうせなら矢
口さんが起きてから一緒に…ね。
『……事件についてです』
あ、これこの前やってたやつだ。
近くのビルに女の人の死体があったってやつ…。どうなったんだろ。
『調査によると中澤さんは殺された日の昼間、誰かと会う予定があったらしく
仕事が終わると一人どこかに出かけていたそうです』
- 217 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時55分58秒
『凶器はどこにでも売っている家庭用の包丁であることが判明いたしました
ですが、犯人らしき者を見たという人は未だ現れておりません』
うーん…やっぱ怖いなぁ…。
殺人事件が起きた所の近くって、よく警察の人とかが聞き込みに来たりするん
だよね。それはそれで何だかおもしろそうだけど…。
―――――…ピンポ―――ン
その時ちょうどよくインターホンが鳴った。
重い腰をだるそうに上げながら玄関に向かって「はーい!」と声を上げた。
- 218 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時56分33秒
――――カチャ
ドアを開けると、茶髪でショートヘアの女の人が立っていた。
身長は矢口さんよりはいくらか高い。
それでもあたしにしたらやっぱり低い方で、おまけにやや童顔なものだからよ
り幼く見えてしまう。でもその人のかもし出している雰囲気は落ち着いたもの
で、あたしよりも年上だということが実感できる。
「こんにちは」
その人は笑顔で挨拶をしてきた。あたしも軽く会釈をする。
「あなた、吉澤ひとみさん?」
「はぃ…そうです…」
そう言うとその人は自分の胸ポケットから何かを取り出しあたしに向ける。
「警察の者ですケド」
「警察…!?何で警察が…」
当然の如く、あたしは驚く。
あたし悪いことしたっけ?してない。そんな覚えないし…。
「ちょっとあなたに聞きたいことがあって」
それなら…と家の中に入ろうと誘ったが、
「急いでるから、お構いなく」
と言って断られてしまった。
- 219 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時57分06秒
「えっと…石川梨華さんって、あなたの友達?」
さっき見せてもらった手帳を開きながら、あたしに尋ねてきた。
「そうですけど…」
少し言いにくい気もしたけど、一応あたしと梨華ちゃんはもう恋人同士ではな
い。友達と言った方が一番近いのかもしれない。
「実はね、昨日の夜中に彼女が誰かに襲われたらしいの」
「えっ!?」
耳を疑った。
梨華ちゃんが襲われた?どういう事だ?
「ナイフか何かで切りつけられて…でも刺されてはいないよ
自宅療養で大丈夫だって」
そっか…大丈夫なのか…。
昨日あんなことされたけど、やっぱり心配になる。
「あんまり酷いケガはじゃないから大丈夫なんだけど、この近くで事件があっ
たから…知ってる?」
多分この人が言ってるのはあのビルのでの殺人事件の事だろう。
「えぇ…少し、さっきもニュースでやってましたから」
「うん、それでその犯人はまだ捕まってないでしょ?もしかしたらその犯人が
彼女を襲った、っていうのも考えられるから…」
なるほど。その犯人と梨華ちゃんを襲ったやつが同一人物かもしれないと。
「でも、それでどうしてあたしの所に?」
- 220 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時57分36秒
「それは彼女が…えぇっと石川さん?、が襲われた時にあなたの家に向かう途
中だったみたいなの」
梨華ちゃんがあたしの家に?
「それでちょっとね、悪いんだけど昨日の夜にあなたは何してた?」
いわゆる事情聴取ってやつか…。
あたしは後ろめたいことなんて一つも無い。
「昨日は家に帰ってすぐ寝ちゃいましたけど…」
「それを証明できる人は?」
証明?って言ったらもうこれは矢口さんしかいない。
でもどうしよう、今寝てるんだよね。
「部屋にいるんですけど…今はまだ」
「あ、寝てる?だったらまた後ででも…」
- 221 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時58分08秒
「よっすぃ〜水――――――!!」
二人でこけた。
「…起きたみたいです」
「…アハハ、らしいね」
もぅ矢口さん、起きて第一声が「水――――!!」ってことはないでしょう。
渋々矢口さんがいる部屋に呼びに行く。
覗くと、半身起こしたまま矢口さんはアクビをしてた。
あたしを見つけるとまたおっきな声で
「よっすぃ〜水!」
分かりましたって。それより今は
「矢口さん、こっち来てください」
- 222 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時58分40秒
「ん〜…なんだよぉ…!」
眠たそうに目を擦る矢口さんに、ちょっと苦笑い。
「こんにちは」
「こんにちは…」
グイッと引っ張られた。
(誰かいるなら早く言ってよ!恥かいたじゃん!!)
もぅかいてますよ。遅いです。
「ごめんなさい、えっと…昨日の事ですよね?」
少し苦笑いなあたしと矢口さん。
二人してエヘヘ…、と頬を染めながら笑いあった。
「…………」
「あ、あの…」
けど、その警察さんは矢口さんの顔を真剣な顔で凝視していた。
「あっ、ごめんなさい!どっかで見た事あるなぁ…と思って」
「知り合いですか?」
「ううん、分からないけど思い出せないから、気のせいみたい」
そうか…ちょっと残念だな。矢口さんの知り合いだったら良かったのに。
「えっと話を聞かせてもらうね」
そうしてまた刑事さんは元の仕事の顔に戻った。
- 223 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時59分11秒
「…そう、分かったありがとう」
矢口さんに事情を聞くとニコリと一つ微笑んだ。
「いえ、ご苦労様です」
「それじゃ、まだ聞き込みが残ってるから」
そうしてその人はクルッと背を向けて去ろうとした。
「あ、そうだ、何かあったら連絡くれるかな?
まだあんまり進んでないんだよね、調査が」
ペロッと舌を出すその仕草が、何だか『警察』という名をほど遠く
感じさせた。
肩にかけていたバッグからペンと紙を1枚取り出して何やら書き始める。
「はいコレ、あたしの名前と署の電話番号」
小さく折りたたまれたメモを開いてみた。
そこには丸っこいカワイイ文字で
<安倍なつみ ****―**―****>
- 224 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)11時59分54秒
「安倍…さん?」
「そ!とゆーわけでヨロシク!バイバイ」
そんなに忙しいのか、慌てて駆けていく姿を見てるとこっちまで焦ってくる。
ふぅん…警察って言っても皆制服じゃないんだな。私服でいいんだ。
しかもあの人そうとう若そうだし…まだ20くらいじゃない?
「大変だね〜警察さんは」
後ろからアクビが混ざった気の抜けた声が聞こえた。
「そうですね」
「朝から晩まで仕事でしょ?しんどそ〜」
ペタペタという裸足の足音が遠のいていった。
- 225 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)12時00分24秒
そうだ…梨華ちゃん、どんな具合なのかな?
やっぱり心配だ。お見舞いにでも行こう…。
「矢口さん、あたしちょっと梨華ちゃんち行ってきます」
返答が返って来ない。
そんなに小さい声じゃなかったと思ったけど、聞こえなかったのかな。
「矢口さん?」
「…ん?」
「あの…あたし」
「聞こえたよ、いってらっしゃい」
声だけでそう答えた。
機嫌が悪い風には聞こえないが、いいという風にも聞こえない。
「すぐ帰ってきてね」
その言葉は、やっと普通の矢口さんだと思った。
「はい、速攻で帰ってきます」
- 226 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)12時00分58秒
ブロロロロォォ――――……
休みの筈なのに何だか現在が一番忙しい気がする。
梨華ちゃんは大丈夫なんだろうか?
梨華ちゃんを襲った奴は、例の犯人なのだろうか?
様々な疑問が頭の中でぐるぐる回っている。
いいや、今はただ梨華ちゃんの家に向かっているだけなんだから。
そうだ、その事だけ考えよう。
余計なことに首を突っ込むとろくなことが無い。
- 227 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月27日(土)12時02分04秒
- 終了です。
う〜ん、やっと話が進んできた…気もする。(汗
- 228 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時04分46秒
――――――――ピンポ―――ン…
インターホンを鳴らした。
昨日のキスの事もあり、ここに来るには少し抵抗があった。
でも今はそんな事言ってる場合じゃない。
彼女の友達としてあたしはここにいるんだから。
彼女の―――――友達の吉澤ひとみとして。
「あれ?留守…かな」
出て来る気配はない。
音はあたしにも聞こえたからインターホンが壊れているという訳でもない。
どこかに出かけたのか。でも念のため、もう一度。
――――――――ピンポ――――ン…
- 229 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時05分31秒
『…だ、れ…?』
微かに聞こえた例のあの声。
梨華ちゃんはいた。その声を聞いただけで、さっきまでの不安はほとんど無く
なった気がした。
「あ、梨華ちゃん?あたし…ひとみだけど」
『…ひと、みちゃん…?』
「うん、大丈夫?梨華ちゃんが誰かに襲われたって聞いて、それで…」
――――――カチャ
「…………」
無言で重そうなドアが開かれた。
「梨華ちゃん大丈夫!?」
腕の包帯を見ると、思わず彼女に掴みかかった。
- 230 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時06分04秒
「痛っ…」
「えっ!」
驚いて手を離す。
見ると着ている黒いTシャツから、スッ、と伸びた腕には真っ白な包帯がグル
グルに巻かれている。
「これ…その時に?」
「…ん」
彼女の細い腕に巻かれたそれは、見ていてなんだか痛痛しい。
「…とりあえず、中入って」
暗く沈んだ声で、梨華ちゃんはあたしを招きいれた。
- 231 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時06分35秒
「…何の…用?」
部屋に踏み入ると、冷たく突き放されるような声で問われた。
「いや…ケガしたって聞いて心配になって…」
「へぇ…お人よしな所も全然変わらないね、ひとみちゃん」
今日の梨華ちゃんは、昨日と変わって明らかにケンカ越しの体勢だ。
こんな事まで言われて黙ってられるほど、あたしは人間できてない。
「彼女の所にいなくていいの?」
「…何、その言い方」
「余計なおせっかいはいらないのよ?」
「折角…心配して来たのに」
「そんなものはいらないって言ってるの」
スタスタと玄関に向かって、ドアを開きあたしを招き睨みつける。
「帰って」
「なっ…今来たばっかりじゃん、少しくらい…」
「そんな事知らないわ、勝手にひとみちゃんが来たんでしょ」
「どうしたのさ、梨華ちゃんおかしいよ!」
「おかしくなんかない、私真面目だもん」
- 232 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時07分13秒
「さっさと恋人の所に戻れば」
「梨華ちゃん…!」
「帰って!!今すぐ!!」
本気で梨華ちゃんは怒ってる。
じゃあなんで…
「なんでドア開けたの?」
「…え?」
「あたしが来たときなんでドア開けたの?あたしがここに来た理由くらい、ち
ょっと考えればすぐ分かるでしょ、心配してきたって事、そこですぐ追い返
せばいいのに…なんで?どうしてさ」
「それは…!」
- 233 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時07分45秒
「寂しかったんでしょ?」
「!?」
「ね…梨華ちゃん」
ゆっくり歩み寄っていく。少しづつその距離は縮まって。
あたしは彼女の目の前まで来ると、足を止めた。
- 234 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時08分18秒
「どうしてよ…」
ポソッ、と呟いたのが聞こえた。
「え?」
聞こえなかった訳じゃないのに、もう一度聞き返す。
「どうして来るのよ…」
「梨華ちゃん?」
「私のこと放っておいてくれれば、余計な期待持たなくて済んだのに!!」
大声を張り上げながら、梨華ちゃんは泣いていた。
目から大粒の涙が頬を伝って床に着地する。
ポタポタと、それは留まる事を知らずに。
- 235 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時08分50秒
震える小さな肩が、
華奢な体が、
初めて見た涙が、
とても愛しくて。
いけないとは思っていてもあたしは思わず―――抱き締めてしまった。
- 236 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時09分20秒
梨華ちゃんはあたしの後ろに腕を回し、肩にしがみ付いて泣き喚く。
「こゎ…た…こわか、った…」
「うん…分かった…」
あたしの肩に顔を押し付け「怖い」と何度も繰り返した。
腕の痛みに耐え、さらにきつく抱きついてくる。
「きのぅ…っ!…っとみちゃんの…家、に…行こ…としてっ…」
「うん…知ってる…」
「キ、スした事…謝り…たくって…そ、れで…ゎたしっ…っ…」
「うん」
「ごめ…なさ…、ごめん…なさぃ…!」
茶色に光る髪の毛を優しく撫でて落ち着かせようとする。
それでも、彼女の涙はいっこうに止まらない。
彼女の埋めている肩の部分に暖かいものが広がっていくのが分かる。
「…好、き……」
泣き声と混じって、その単語が鼓膜にまで届いた。
「飯田さ…と、別れて…っからもずっと…ひとみちゃんの事だけ…考えてて」
- 237 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時09分52秒
「あんな…っ事、言っ…て…信じられないと、思ぅけっ…ど、わた…私っ…」
「梨華ちゃん…」
「来てくれ…て…うれしっ…か、た…!」
襲われた事に恐怖を感じているのか、それとも昨日あたしにした事を詫びているのか、彼女のこの涙の意味は分からない。
けれど。
愛しかった。
恋しかった。
あたしの胸の中で泣き崩れる彼女が、本気で可愛いと感じた。
- 238 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時10分22秒
やめろ。
この辺でやめとけ。
どうなっても知らないぞ。
お前が好きなのは誰だ?
それはもちろん、
もちろん?
- 239 名前:ココナッツ 投稿日:2002年07月28日(日)17時11分52秒
- 中途ハンパですが終了。
ヤベェ…いしよし書いてて楽しくなってきてしまった…。
やぐよしなのにいしよし寄り…。(汗
- 240 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月28日(日)19時17分09秒
- (〜T◇T〜)<作者さんとよっすぃ〜の浮気者〜
- 241 名前:スカウトマン!? 投稿日:2002年07月28日(日)19時57分49秒
- よっすぃ〜!
やさし〜&カッコイイ!
- 242 名前:97 投稿日:2002年07月28日(日)23時19分59秒
- あ゛〜ぁ。
いしよし、やぐよし、いしよし・・。
もうどっちに転んでも作者さんについてきます!!(w
- 243 名前:娘。 投稿日:2002年07月29日(月)00時43分42秒
- よっすぃ〜・・・・どっちを選ぶの?
(〜^◇^)ヽ(0゚ 〜゚0)丿 (^▽^ )
- 244 名前:名無し☆ 投稿日:2002年07月29日(月)00時47分13秒
- うわぁ〜っ!!
よっすぃ〜、本当はどっち・・・?!
それも気になるけど矢口には何かがありそうな感じっ。
続き期待してます!!
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)23時29分34秒
- 矢口〜大変だぞ〜!
とられちゃうよ〜!
吉揺れ動きすぎ(w
- 246 名前: 投稿日:2002年07月31日(水)23時53分48秒
- ハッピーエンドニキタイセリ
- 247 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時23分52秒
ポンポン、と彼女の頭を軽く叩いて、一旦体を離した。
梨華ちゃんはまだ泣き止んではいなかったけど、大分落ち着いたようだった。
「平気?」
「…っく、…ぅん…なん、とか…」
俯いたまま恥ずかしそうに、梨華ちゃんは答えた。
あたしの肩には涙の後が残っており、外の空気に触れて冷やっとする。
しゃくりあげる肩をもう一度抱き締めて言った。
「大丈夫だよ…あたしがいるから、もぅ怖くないよ」
「…っ…うん…」
梨華ちゃんが泣き止むまで、ずっとそうしてた。
「にしてもよく無事だったね、驚いたよ」
抱き締めたまま、安心させるようにあたしは言った。
「うん…私も必死だったから…」
「ソイツの顔、見たの?」
ふるふると首を横に振った。
「暗かったから…よく見えなかったの」
「そっか…」
「でも…すごく、怖かった…」
背中に回された腕が、一層力を込めてしがみ付いてきた。
- 248 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時24分23秒
「怖くて…、腕を切られた時は必死で逃げてた…」
左右の腕に巻かれた包帯が、その時の事を思い描く材料になる。
「近くのお店に逃げ込んで、警察にもすぐ連絡したんだけど…犯人分からなか
ったんだって…」
そこで、あたしだったら反撃して警察に突き出してやるのに…なんて思った。
「あたしのマンションまで来ればよかったのに…」
「ううん、行こうとしたよ、ひとみちゃんの家まで逃げようと思った」
「じゃあ何で?」
- 249 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時24分56秒
「あのね…気のせいかもしれないんだけど…私がマンションに向かおうとする
と、余計に激しく切りかかってきた気がしたの…」
あたしは訳が分からなかった。
「だからね?当然、マンションとは逆の方に逃げるでしょ?
そしたら…今度は急に大人しくなって、追いかけてこなかったの」
なるほど。だからこんな風に軽傷ですんだのか、とあたしは納得した。
「それ、警察の人とかに言った?」
「ううん…あんまり関係ないかな、って思って言わなかった」
一応、安倍さんには言っておいた方がいいかもしれない。
「そっか、よく分かった、ありがとう」
体を離し玄関のドアへ向かう。
「もぅ…帰るの…?」
先ほどとまったく正反対のことを言ってのける彼女に、少し微笑んだ。
「すぐ帰るって言っちゃったから…」
「…………」
「ゴメンね、何かあったら連絡してくれていいから」
「…うん…、来てくれてありがとう…」
梨華ちゃんは笑顔と泣き顔が入り混じったような表情をして、あたしに手を振
った。あたしは後ろ髪惹かれる思いで、ドアの外へと一歩踏み出した。
「また来るよ」
余計な一言を残して、あたしはその場を後にした。
- 250 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時25分26秒
あたしのずるい所。
好きだと言われて返事も返さずに帰ってしまった。
もう他に好きな人がいる、と分かりきっていた事も言えずに。
梨華ちゃんを受け入れた。
この行動が後でとんでもない事態を引き起こしてしまう事も知らずに…。
- 251 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時26分19秒
「ただいま…」
あれからバイクをすっ飛ばして、全速力で帰ってきた。
あたし…いいかげんこういうの止めなきゃな。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、口では『好きです』なんて言って、結
局、矢口さんは笑って許してくれてるけど…。
「おかえり」
リビングでソファにもたれている矢口さんはやっぱり笑顔だ。
「ごめんなさい…何か…」
「ううん、いいよ、よっすぃ〜の性格は分かってるから」
矢口さんにしたら皮肉っぽく言ったつもりなんだろうケド、あたしは嬉しい。
こいこい、と手招きをされソファの手前に居る矢口さんの隣にしゃがみ込む。「…石川さん、大丈夫だった?」
「ええ、傷は痛そうでしたけど、なんとか」
「そっか…」
- 252 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時26分53秒
「よっすぃ〜さぁ…、ヤグチがケガしたら、看病してくれる?」
その質問にあたしは目を丸くした。
「へ…何言ってんですか?」
「してくれるの?」
矢口さんの目は真剣だ。冗談とかおふざけとかじゃない。
手はいつの間にかあたしの腕を強くつかんでいる。
「ねぇ…してくれるの?」
「や、矢口さん…」
「どっち?ねぇ…」
- 253 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時27分29秒
チュッ
「…!」
唇に向かって軽くキスをした。
「そんなん、当たり前じゃないっすか」
掴まれていた腕に加わっている力がフッとゆるむ。
「ケガだろうと病気だろうと、あたし看病します」
「…ホント?」
「はい、風邪だろうが、腹痛だろうが、頭痛だろうが、捻挫だろうが…」
「…ヘヘ」
嬉しそうに頬を染めると、満足したらしい矢口さんはあたしの肩口に顔を埋め
てきた。
「うれしー…ありがと」
「いえ…別に」
矢口さんの頭に顎をのせた。
- 254 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時28分01秒
甘えて擦り寄ってくる矢口さんはいつもと何ら変わりない。
ヤキモチを焼いて膨れるのも、すぐに機嫌が直ることもまったく変わらない。
でも、時々さっきのようにとても冷たい瞳になる事がある。
それは今までの矢口さんとは違った、別の誰かのような…。
- 255 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時28分35秒
―――――――――トゥルルルルルル
急に鳴り響く電子音に肩を震わせた。
くっついていた体を離し、電話機のディスプレイの表示を確認する。
そこには何だか見覚えのある数字が並んでいて、別段誰かと考えずに受話器を取った。
「はい、もしもし」
『あ!吉澤さん?なっちだけど』
“なっち”という名詞に心当たりは無い。
「え?…あの」
『あ、ゴメンゴメン!えーと、安倍です、安倍なつみ』
「あぁ」
本人が居るわけでもないのに頷く。
多分、“なっち”というのは彼女のあだ名なんだろうけど、自分で自分をそう呼ぶのはどうかな…などと考えていた。
『実はね、ちょっと聞いて欲しい事があって』
- 256 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時29分05秒
「あたしも、安倍さんに知らせたい事があったんです、梨華ちゃんの事で」
『そうなんだ、でもなっちの方は事件に関係あるのか分からない事なんだけど…』
事件に関係のない事?それであたしに関係のある事?
何度も言うようだけど、あたしはやましい事は何一つとしてしてないよ。
『あの…それで、ちょっと今から出て来れるかな?できれば吉澤さん一人で』
おまけにあたし一人、ときたもんだ。
「え、あの…あたしが何かしたんでしょうか…?」
心とは裏腹に、弱気なあたし。
『違う違う、吉澤さんは無実だよ』
無実って…。ま、少し安心したけど。
『それはいいとしてマジメな話、矢口さんの事』
「え…?」
目を丸くする。意外な人の情報。
一番知りたくて、一番望まなかった事。
「どんな…?」
『あのね…』
- 257 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時45分41秒
- >>240読んでる人様
(;0^〜^)<ち…違いますよぉ!
(;作^〜^)<誤解だぁぁぁ〜!!
>>241スカウトマン様
そうですかねぇ?自分にはどうも優柔不断に見えてしまうのですが…(w
>>242名無し読者97様
じゃあ、裏をとっていしやぐ!!
…はありません、ゴメンなさい、言ってみたかっただけです(汗
>>243娘。様
(;0^〜^)<いや、それは、その、あの…ねぇ?
>>244名無し☆様
これからやっとやぐっつぁんの過去が暴かれてゆきます。
期待に添えられればいいなぁと思っております。
>>245名無し読者様
吉揺れ動きすぎ>ごもっともです、はい(w
>>246 様
悩んでます、非常に悩んでおります。
- 258 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月01日(木)14時46分41秒
- すいません、メール欄間違いますた。
逝ってきます…。
- 259 名前:スカウトマン!? 投稿日:2002年08月01日(木)15時44分16秒
- や、やぐちがなんかしたのか!?
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月01日(木)21時48分12秒
- き、気になります!!
はやく更新を〜
- 261 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時22分37秒
――――――――カチャ
静かに受話器を置いた。
振り返ると矢口さんが首を傾げてこっちを見ていた。
「どしたの?」
「あ…いえ」
にっこりと笑い返す。
それを見て矢口さんも笑顔になった。
「ちょっと、あたし出かけなきゃいけなくなったんで…」
何度目かの謝罪にもごもごと口を篭らせる。
「えー!またぁ?何回出かけてんのさぁ!!」
ストレートに自分の不満をぶつけてくる彼女に、タジタジなあたし。
でも今回だけは、キャンセルするわけにはいかないんです。
「ごめんなさい」
「もぉっ!」
- 262 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時23分09秒
――――――――ガウッ ボボボボボボボボ…
ヘルメットを被り、シートに跨いだ。
さぁ出発、と足を地面から浮かせた瞬間に、矢口さんが階段から駆け下りてくるのが見えて、また足を下ろした。
「……く、…って…てね!」
バイクのエンジン音と混ざって何を言っているのか聞き取れない。
ヘルメットを取り、もう一度聞き返す。
「なんですかぁ?」
「早く帰ってきてね!」
「はい」
大丈夫、約束通り帰ってきますよ。
何があっても絶対、矢口さんのところに。
- 263 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時23分39秒
バイクを走らせる事数十分。
ジリジリと焼ける日差しの中。
辺りは家やマンションなど、住宅地といえるものは無い。
あるのは木と電柱と小さな店がポツポツと立っているだけ。
お世辞にも都会とは言い切れない。
そんなもの等の中に、あたしが目指している目的地はあった。
「ここか…」
それは小さな孤児院。
樹木が生い茂る土地の中に、こじんまりとした古い建物。
少し心配になってしまったけど、一人、また一人と少ないがその入り口に向か
う人たちの姿を見てホッと胸を撫で下ろす。
バイクから降りて、孤児院に備え付けの駐車場まで押していった。
周囲人達に迷惑が掛からないようにと考えたあたしなりの気使いだ。
でも…さすがにちょっと坂はキツイ…。
- 264 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時24分09秒
「おーい!吉澤さ〜ん!!」
聞き覚えのある声に、顔を上げ前を見る。
坂のちょうど一番上。白いボディのスポーツカーと一緒にいる女性。
そのやや高い声に合わない黒いサングラスが判断しかねたけどすぐに答えた。
「安倍さ〜ん!」
「ガンバレ〜!もうちょっと〜!!」
「見てないで手伝ってくださぁい!!」
「ムリ〜!なっちか弱いも〜ん!!」
警察がか弱くてどうするんだ、なんて言えるわけも無く、あたしはただ黙々と
バイクを押していった。
- 265 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時24分40秒
「はあっ…はぁっ…はぁっ…」
「お疲れさん!」
ポンと肩を叩いて天使のような笑顔。
でもあたしにはそれが悪魔のように思えてしょうがない。
「ちょっ…休ま、せて…くださぃぃ…」
「え〜ここ暑いからさぁ、せめて中入らない?」
その中で200kgもあるバイクを押してきたあたしに、容赦ない言葉だ。
「ほら!早く!」
「…鬼ぃ…」
安倍さんに無理やり連れて行かれた。
- 266 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時25分12秒
「ふあ〜、中はさすがに涼しいねぇ〜」
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
「およよ、大丈夫かい?」
あんたのせいですよ…。
目で訴えてみるがそれも効かない。
うぅ…きっつー…。
「えっと…院長さんは、と」
あたしを無視して安倍さんはとっとと先に行ってしまった。
オイオイオイ…それはいくらなんでも…。
膝に手をつき中腰の状態になって息をつく。
乱れた呼吸を整え安倍さんを追いかけようと体を翻した。
- 267 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時25分42秒
その時、
「?」
クイクイ、と服の裾を誰かが引っ張った。
振り向くと、そこにおだんごで二つにしばった小学生くらいの女の子が、あた
しのシャツの裾を握っていた。
「あ…え〜っと…」
「お姉ちゃん、どっから来たん?」
あたしが何か言う前に、関西弁のその子はあたしに質問してきた。
「一応、東京だけど…」
あたしがそう言うとその子は『東京』という言葉に反応して、目をキラキラと
輝かせた。
「ホンマ!?お姉ちゃん東京の人なんや!」
「うん、まあね」
「ええなぁ!ええなぁ!うち、東京ってあんまし行ったことないねん」
ピョンピョンと跳ねながら、その子は本当に楽しそうだ。
「なぁなぁ、東京の街って芸能人とか歩いてるんやろ?」
「あ〜そうだね、たまに見かける時もあるよ」
「ええなぁ!ええなぁ!」
「そうかなぁ?」
何だかもってもいない妹のような感じがしてカワイイ。
あたしも段々とその子のテンションに引っ張られて、ちまちまと会話をするよ
うになってきていた。
- 268 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時26分12秒
「で?お姉ちゃんはこんなとこに何しに来たん?」
はっ!そうだ、こんな事してる場合じゃなかったんだ。
言われてようやく自分がここに来たことの意味を再認識した。
「院長さんって、どこにいるか分かる?」
「みっちゃんせんせー?せんせーならそこの廊下ずっと行って、奥の部屋がせ
んせーの部屋やで」
そうしてその子は右に続く廊下を指してあたしに教えてくれた。
「連れてったる、行こ!」
急に手を繋がれ、あたしはその子の案内を元に『みっちゃんせんせー』と呼ば
れる人のところへと向かった。
- 269 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時26分45秒
――――――コンコンコン
「せんせー!お客さんやでー!!」
まるで魚屋のオヤジのような勢いで、その人の名前を呼んだ。
しかし返事は返ってこない。
「あれ?おかしいな、せんせー!!お客さんやって!!」
もう一度呼んでみるが声はやはり返ってこない。
段々と苛立ちを隠せなくなってきたおだんご少女はしまいに叫びだした。
- 270 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時27分17秒
「はよ出てこんかい!!このババァ!!」
「誰がババァやねん!このアホォ!!」
「「わっ!?」」
突如、後ろからドスの効いた関西訛りが聞こえてきた。
「加護ぉ、アンタほんまに口悪いわ、直し」
「みっちゃんかて、人のこと言えんやんかぁ」
茶髪で長髪、多分歳は20歳前後の女性が仁王立ちしていた。
この人が『みっちゃんせんせー』か…。
『みっちゃんせんせー』なる人が、あたしの方を見た。
「あ、えーっと今日来るって言っとった刑事さん?」
そう言って首をかしげる。
「え!?お姉ちゃん警察やったんか!?」
加護と呼ばれていたその子はまたしてもキラキラと目を輝かせる。
あたしはそれに反し、ブンブンと首を思いっきり横に振った。
「い、いや違います!あたしはその付き添いで…!」
「あ、そうなん、まぁええけど」
- 271 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時27分47秒
「あたしの名前は平家みちよ、この孤児院の院長や」
ニコッとあたしに微笑み返した。
「うち加護亜衣いうねん!」
おだんごの子も元気よくあたしに挨拶をしてきた。
「あ、あたし吉澤ひとみです」
「吉澤さんな、あともう一人は…?」
「何か…先に行っちゃってどこ行ったのか分からなくなりました」
安倍さん…あなたはどこ行ってるんですか…。
「しゃーないな、加護、アンタ探してき、みっちゃんはこの人と話するから」
「えーっ!なんでや!?うちもひとみ姉ちゃんと話したいわ」
あたしの後ろに隠れて不満を言いまくる。
ちょっと苦笑いだったけど、悪い気はしない。
「このお姉ちゃんは遊びに来てるんやないの!大事〜な話をみっちゃんから聞
きたい言うて東京からわざわざ来たんや、おこちゃまの相手しに来たんとち
ゃうで?」
「いつまでも子供扱いせんといてや!うち中学生やで!!」
あっ、そうだったんだ…。てっきり小学生だと思ってた。
- 272 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時28分19秒
そんなあたしの表情を、せんせーは見逃さなかったらしい。
「お姉ちゃんは小学生や思とったらしいで」
ニヤニヤしながらこっちに目線を向けている。
…なんで分かったんだろう?
「もうっ!…ええわ、探して来たる、どんな人やの?」
「あ…えっと、安倍なつみさんって言って、茶髪でショートカットの女の人」
「分かった、お〜い!のの〜!!一緒に探そうやぁ〜!!」
その子はまたもや叫びながら、トテトテと歩き出した。
- 273 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時28分56秒
「なんやねん、アタシがからかうとすぐ怒るクセしよって」
加護ちゃんの背中を見送りながら、みっちゃんせんせーは文句をたれていた。
でも顔は笑っていたから、それが本当の気持ちではないと思う。
「すまんなぁ、なんや騒がしくて」
「いえ…楽しそうですね」
「まぁ実際楽しいんやけどな、さ、入り」
いつの間にか開けていたドアを開いて、あたしを招き入れた。
- 274 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時30分13秒
中には木で作られた小さな机と、簡易ベッドが一つ。
後は本棚とかお客さん用のソファ、目立つ物はまったくない殺風景な部屋。
簡単だけど、シンプルなこの人の性格が現れてるみたい。
しばらく部屋を見回していると、コーヒーの香りが辺りを包んだ。
「どうぞ」
「あ、どうも」
言われるままにソファに腰をおろすと、テーブルにカップが置かれた。
「で、どうする?お連れさんが来てからでもええねんけど…」
カップに口をつけながら、
安倍さん…始めてますよ。いいですね?
「いえ、先に聞かせてください」
「矢口さんが…ここの孤児院にいた時の事を」
- 275 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月02日(金)09時36分36秒
- 更新終了。
あいぼん、へーけさん登場。(ののちゃんは…登場といえるのか…)
>>259スカウトマン!?様
そぉ〜なんです。やっちゃったんです(w
内容はまだ秘密。
>>260名無しさん様
ありがとうございます。続きが気になる作品…自分が目指しているものです。
- 276 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月02日(金)11時13分33秒
- 矢口は孤児院出身だったのか・・・。
次回更新で明かされるであろう矢口の謎の一部(?)を楽しみにしてます。
ところでなっちはどこに消えたんだろ(w
- 277 名前:名無し 投稿日:2002年08月02日(金)12時26分09秒
- ああ!次の展開が気になりまくり〜ッ!!
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月02日(金)14時40分09秒
- 続きが気になりまくりですよ〜
- 279 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月03日(土)02時48分07秒
- みちかごCPはまります。
関西人のつぼをつきまくりですよ!
- 280 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時37分23秒
『孤児?』
『何だか見た事のある人だと思ったんだよ、でも雰囲気違ったし…』
『どうしてそんなこと分かったんですか?』
『うんと…2年くらい前かな?とある孤児院から脱走した女の子の調査があっ
てね、なっちが一番最初に任された仕事だったから覚えてるんだ』
『…その女の子が…?』
『うん、その時の写真と今は髪の毛の色が違ったから分かりにくかったけど、
でもやっぱり本人だと思う、びっくりしたよ、失踪した女の子が調査中にみ
つかったんだもん』
『そうですか…』
『吉澤さん、そこ家でしょ?話し辛いから出て来てもらってもいい?』
『はい…あたしも…聞きたいですし』
『うん、じゃあその孤児院までの住所教えるから…そこまで来てね』
『はい』
- 281 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時37分52秒
矢口さんが記憶を失う前の情報。
どんな事があったのか、どんな過去を送っていたのか。
どんな理由でこの孤児院から逃げ出したのか。
「全部、話して下さい」
「アンタ…その矢口さんと、どんな関係?」
キリッとあたしを見つめて平家さんは訪ねた。
「これは他人にはあんま話しとうないねん、興味本位とか言うんやったら、ア
タシはなんも話さへん」
まるで獲物を睨みつけるように、平家さんの目は険しかった。
でもあたしはこんなところでウダウダやってるヒマはない。
反対に平家さんを睨みつけ、言ってやった。
「矢口さんは…あたしの大事な人です」
- 282 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時38分25秒
平家さんはじっとあたしの目を見つめ、「そ、か」と呟くとおもむろに話し始
めた。
「ここはな、アタシのオヤジの代から始めた孤児院でな、矢口…真里ちゃんは
小学生の頃にここに来たんや、12歳くらいの時からやったかな?
アタシも結構仲良うしてた、よく遊びに連れてったりもしたし」
「なんつーか、アレなんやけど…真理ちゃんは別に両親がおらんっちゅう訳や
なかったんや、その…お父さんに虐待っちゅうの?受けてたらしくてな…
警察に保護されてこの孤児院に引き取られたんや」
体が凍りついた。
自分が思っていた以上に、矢口さんの過去は重い。
「虐待言うてもなぁ…殴られたり、蹴られたりとかそういうんちゃうねん、
小さい頃から可愛かってん、分かるやろ?ちょい早いけど年頃やったし…」
平家さんの表情も暗くなる。
あたしはますます言葉を失った。
- 283 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時38分58秒
「そ、れで…?」
唇が震えて止まらないのを必死で堪える。
「…でな、それを真理ちゃんのお母さんが見つけたらしくてな、お父さんとケ
ンカになったんやて、当たり前やろうけど」
目の前に置かれたコーヒーを凝視する。
「でもな…それで虐待が収まる訳やなかった」
「! どういう事ですか…?」
やっと平家さんの顔を見た。
- 284 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時39分39秒
「お母さんは見て見ぬ振りしたんや、お父さんと別れるんがイヤでな…
真理ちゃんがどんな事されてるのかも知ってて、黙って見てたんや」
…あり得ない、そんな事…。
「信じられんっちゅう顔してるな、でもホンマのことや」
「…………」
それでも…あたしは逃げちゃいけない。
「そしてこの孤児院に保護されることになって…父親の虐待から逃れた
でも可哀想にな…ろくな人生歩んでないねんで、過去を忘れることができれ
ばどんなにええやろな…」
過去を忘れる…。
- 285 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時40分13秒
「あの…矢口さん実は…記憶喪失になったらしいんです」
気付かないうちにあたしの口は動いていた。
平家さんは何も言わずにあたしを見つめている。
「1ヶ月くらい前に…あたしが路上で眠りこけてて、そこを矢口さんに拾われ
たっていうか…そんなカンジで、その時にはもう記憶が…」
「…ホンマか?それ、全部ホンマの事か…?」
あたしが全部言いきる前に、平家さんは神妙な面持ちで尋ねてきた。
あたしはどうすればいいのか分からず、ただ頷いた。
「なんちゅーこっちゃ…もしかしたら…」
- 286 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時40分43秒
――――――――…
「あっ!吉澤さん!」
ドアを出ると、そこに安倍さんと加護ちゃん、そしてもう一人、加護ちゃん
とよく似た髪形の女の子がいた。
「もしかしてもう終わったの?」
「当たり前じゃないですか、安倍さんは何してたんです?」
「このお姉ちゃんな、ののと一緒になって食堂でアイス食ってたんやで!」
「あ!ちょっと亜衣ちゃん!!」
「……いいですけどね」
ホントにこの人は刑事なんだろうか…。
そんな不安があたしの頭の中を行き来していた。
「ヘヘ…ゴメンね、でもおいしかったぁ、ありがとねののちゃん」
後ろに引っ込んでいた子にニコッと笑いかけた。
その笑顔は可愛いんですけどね…。
「遊んでくれてありがとうなのれす」
ののちゃんと呼ばれた子もニッコリと微笑んだ。
「なんやねん!うちも後で食ってこよ!!」
- 287 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時41分09秒
「じゃ、そろそろ帰る?」
「はい、聞きたいことは全部聞きましたし…」
「「えー!?」」
チビッコ二人が声を揃えた。
「もう帰るんかぁ?」
「まだ遊んで欲しいのれす」
二人してあたしと安倍さんの服を掴み離さない。
「ごめんね、なっちたちこれからまだやらなきゃいけない事があるんだ」
「そんなぁ…」
「ごめんね」
- 288 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時41分43秒
「こぉら!お姉ちゃん達に迷惑かけたらアカンやろ!!」
「あっ、みっちゃん!!」
奥から平家さんが腕を組んでやってきた。
「ほらほらほら、邪魔するんやないの」
加護ちゃんらの服の襟首を掴み、あたしたちから引き剥がした。
「ゴメンな、ホント、この娘らよそから人来ると毎回同じことやってんねん
お姉ちゃんやらお兄ちゃんや言うて…」
「いえ…ゴメンね、また今度来るから」
あたしがそう言うと二人はパアッと満天の笑顔になる。
「ホンマ!?ホンマにまた来てくれるん!?」
「うん、安倍さんも来ますよね?」
安倍さんに話を振ると、最初は「へ?」って顔してたけど、話の話題に気付き
「そーだねー、仕事がない時に来るよ」
「ホントれすか!?やったのれす!!」
「それじゃ、またね」
来た道を、また同じようにバイクを押して降りていく。
安倍さんはもう既に車に乗り込み、窓から手を振っていた。
「バイバーイ!」
「絶対来てなー!!」
「おつかれさーん!」
最後にもう一度振り返って、あたしも手を振った。
- 289 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時42分13秒
「元気な子たちだったねー、院長さんもおかしな人だったし」
「そうですね」
車の窓から顔だけ出して安倍さんが言った。
「無邪気で明るくて、ホントの妹みたいだったな」
「あ、安倍さんもそう思いました?」
「思う思う」
「…でもさぁ…あんな子達を捨てる親が居るんだよね…」
安倍さんの言葉にハッとする。
そうだ、あの子達がここにいるのは、どんな理由にせよ親と離れてしまった子
どもたち。
「…そうですね…」
「悲しいね…人ってさ…」
「はぃ…」
- 290 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時42分39秒
「吉澤さんはもうコレで帰るでしょ?」
暗く沈んだ空気を突き破るかのように、安倍さんは言った。
「はい、あの…安倍さんに調べてもらいたい事があるんですけど…」
「何?」
自分の腰ポケットから一枚の白い紙を取り出し、安倍さんに手渡す。
「これを…」
「…ふぅん、分かった、何とかしてみるよ」
「お願いします」
ペコリ、と頭を下げた。
「遠慮しないで、なっちだって今日何にもしてないんだし」
「すいません」
「だからいいってば…、じゃあ調べがついたらなっちの方から連絡するね」
サングラスをかけ直し、エンジンを吹かすとあたしに手を振った。
そうしてそのまま車は排気ガスとエンジン音を残して去っていった。
- 291 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時43分39秒
あたしは一人、帰り道にバイクを走らせる。
もう風も段々と涼しくなってきて肌寒い、バイクに乗っていると余計に。
安倍さんが調査の報告をくれるまで、あたしは何もする事ができない。
じっと家で待っていることしか。
平家さんの言っていたことが本当なら…。事態は急を要する。
まぁいいや、それまでの時間をゆっくり堪能しよう。
矢口さんと一緒に…この時を…。
- 292 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時51分29秒
- >>276読んでる人様
ちょっとだけ明かされました。やぐっつぁんの過去です。
でもまだ残っております。
>>277名無し様
いやいやいやそんな…
>>278名無しさん様
こちらの方も!いやいやいや…
>>279名無し読者様
実は関西弁書くのちょっと自信なかったんで…良かったです。
関西の方ですか?あと…CPって…なんですか?
すいません…無知なもんで…(ニガワラ)
- 293 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月03日(土)12時55分15秒
- え〜っと、段々とラストに近づいているのですが…続きを書いているうちになんだか自分でもごちゃ混ぜになってきております。なので、もし分からない事、質問等ございましたらレスしてください。付け加えたいと思います。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月04日(日)09時51分42秒
- 質問です。
2年前は、なっちは矢口さんを見つけられたのですか??
- 295 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月04日(日)19時09分21秒
- そーか・・・矢口にそんな過去が・・・。
この先の展開にますます期待!!
- 296 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月05日(月)01時54分13秒
- え〜と>>279です。
ココナッツさん関西の人じゃないんですか?
めちゃめちゃ関西弁が自然ですよ(ちなみに私は関西です)びっくりしました。
で、CPなんですがカップリングという意味で使っておりました。
いやいやこちらがもっとちゃんとした言葉を使わないといけないですよね
反省しきりです、すいません(汗)
ラスト近くとのこと、どうなるのかドキドキして次の更新お待ちしております。
- 297 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時29分08秒
マンションに着いた頃には、外はすっかり青い闇に包まれていた。
かろうじてマンションの立ち並びは確認できたので、すぐに走って階段をかけ
上がっていく。
一刻も早く矢口さんに会いたかった。
一分でも一秒でも早く、矢口さんの声が聞きたかった。
- 298 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時29分40秒
ふと、自分の部屋のドアの前に、一つの影があるのが見えた。
「…矢口さん!」
「あ、お帰りよっすぃ〜」
何度も聞いたその言葉が当たり前のようになってきた。
「へへへ〜…ヒマだったから」
「もぉ…風邪ひいたらどうするんですか!」
「いいもん、そしたら、よっすぃ〜看病してくれるんでしょ?」
ニカッと歯を見せて笑う。
その笑顔を見た途端、あたしの胸は例えようのない苦しみを訴えた。
「矢口さん…」
「ん?どした?よっす…!」
気付いた時にはあたしは矢口さんに抱き締めていた。
- 299 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時30分13秒
自分の本当の過去を知った時、どうしますか?
その笑顔を絶やさずにいてくれますか?
あたしに笑顔を向けてくれますか?
ずっと――――――傍にいてくれますか?
「…よっすぃ〜?」
やんわりとあたしの肩を押しのけて顔を覗き込む。
その途端、矢口さんの手があたしの頬をこすった。
知らず知らずのうちに、あたしは泣いていたみたい。
「…ど、どしたのよ?」
「なんとなく…こうしたかったんです」
「なんだよ、それぇ〜」
あたしの泣き顔に、矢口さんはそうとうビビッたようだった。
「ホントに大丈夫かぁ?具合悪いの?」
そんな矢口さんの声も今のあたしには何だか分からない。。
ただ矢口さんの小さな体にしがみ付いて、そのぬくもりを味わっていた。
この人に、あたしは何ができるだろうか――――。
- 300 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時30分47秒
日差しがギラギラと照りつける中、ベンチにもたれ気分を休めていた。
最近オープンしたというテーマパーク。
多種多様なアトラクションが設備され、多種多様な人々がここに足を運ぶ。
「吉澤ぁ…」
隣からくぐもった声が聞こえた。
首を横に捻ると、顔を真っ青にした市井さんが横になって休んでいる。
「後藤は…どうしたぁ…?」
「あそこでまた新しいヤツ探してますよ」
「なんで…アイツ、あんな元気なんだよ…」
そんな会話をしていると、その話題の人物がやってきた。
- 301 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時31分18秒
「よしこぉ!今度はアレ乗ろぉ!!」
「ごっちん次はもう少し静かなのにしようよ…あたしもぅ…」
「なんだ、だらしないなぁ!せっかく遊園地来たってのに」
ごっちんが元気すぎるんだよ……頭クラクラする…。
あたしの意見も聞かずに、ごっちんはこれ以上ないってくらいの眩しい笑顔で
つぎのターゲットを探している。
もちろん、スリル満天のジェットコースター系の物に的を絞って…。
今日のバイトは休みだった。何か圭ちゃんが急用で実家に戻らなくちゃいけな
いらしく、急きょビデオ屋は臨時休業に入った。
暇ができたあたしたちは計画を立ててちょっと遠くの遊園地へ出かけることに
した。昨日の事もあったし、それを忘れるのにちょうどよかった。
- 302 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時31分52秒
けど…あたしはそんなに乗り物に強いって訳じゃない。
長時間、車や電車に乗っていれば時が経つほどあたしは不機嫌になる。
それが、激しい遊園地の乗り物なんか何個も乗っていたら、不機嫌を通り越し
てダウン。唯一あたしのか弱い一面だ。
「もぅしょうがないなぁ、いちーちゃんも弱いよねぇ」
「お前が…強すぎ…おぇ……」
ていうか同じアトラクションに何回乗ってんだ、ってカンジ。
市井さんはすで口と胸を抑えていて吐きそうだ。
「平気なのはごとーとやぐっつぁんだけかぁ」
「おーい!アレ!アレ楽しそうだよぉ!!」
矢口さんが人ごみの中から大声で走り寄ってきた。
ごっちんと同じく元気すぎる。
「ほら見ろ!やぐっつぁんは楽しんでるぞ!」
「だーから、矢口さんとごっちんが元気すぎるの」
「若さがない!!」
いや若さとか関係ないし…。
- 303 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時32分25秒
「およ、なんだぁ?よっすぃ〜もうギブアップ?」
「矢口さん…よく平気ですね…」
「おおぅ!パワーが余りまくってるぜぃ!!」
ブンブンと腕を回し余裕のピースサイン。
「だらしないねぇ?やぐっつぁん」
「ねー、ごっちんは平気なのかぁ、アレ、紗耶香さんもダウンしてる」
「………ぅぇ…」
あーぁ、市井さん本格的にヤバイよ。
って言ってるあたしもそろそろヤバイなぁ…。
他になんか楽なもの…楽なもの…。
「あっ!あれ入ろう、アレ」
そして人ゴミの中、遊園地の隅にある黒い建物を指差した。
それはこの暑い夏にはもってこいの、アレ。
気味悪い黒い看板に、赤い血文字を真似て『ヘル・ハウス』と書かれている。
言わずと知れた、オバケ屋敷だ。
「ねっ?市井さん、アレなら大丈夫でしょ?」
「…ん…まぁ、なんとか…乗り物じゃないし…」
むっくりと体をだるそうに起こして市井さんは立ち上がった。
- 304 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時33分06秒
「よぉし!行きましょう!…って」
威勢のいい二人の腕を掴み、引っ張っていこうとした時、なにやら頑なにその
ベンチの近くから動こうとしない。よく見ると顔が引きつっている。
「…ヤグチ…あれは…ちょっと…」
「ごとー、オバケ嫌い」
さっきと一変して弱気になっている。
何だ?今の今まであたしと市井さんに「だらしなーい」と口を揃えて言ってた
くせに。今じゃまったく逆の立場になっている。
「…………」
「…………」
あたしと市井さんは顔を見合わせ、そしてニヤッと笑い合った。
おそらく市井さんも同じ事を考えてるハズ。
アイコンタクトを交わし、無言でこっくりと頷く。
その時にはもうさっきまでの不快な酔いは消えていた。
- 305 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時33分36秒
――――――ガシッ!
それはほぼ同時に、あたしは矢口さん、市井さんはごっちんの肩を掴んだ。
「よっすぃ〜何すんだよぉ!!?」
「何って、行きますよ!オバケ屋敷!」
「イヤァ――――!!いちーちゃん離してぇ!!」
「えぇ〜い、神妙に縛につけ!!」
市井さん、さっきのあの酔いはどこへ…。現金な人だ。
まぁ元気になったらしいから、それはそれでいいでしょう。
「ねぇマジで行くの!?ヤグチだめなんだって、マジで!!」
マジです。本気です。“本気”と書いて“マジ”なんです。
「あたしだって散々なメにあったんですから、一個くらい好きな所行ってもい いでしょう?」
「あ゛―――――――ん!!」
ジタバタする矢口さんを取り押さえて引っ張っていった。
というより抱えていったの方が合ってる。
こういう時、体が小さいと不利だね。
「いちーちゃんのバカバカバカバカバカバカ!!!!」
「痛っ!痛い!!後藤ヤメロ、痛いっ!!」
あっちは…大変そう。
- 306 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時34分09秒
「このアトラクションは2名様ずつとなっております」
従業員さんの優しい笑顔で、丁寧に教えてくれた。
ニヤニヤしながらすでに諦めたらしい矢口さんに振り返る。
「…ですって♪」
「…………」
矢口さんは何も言わなかった。
最後の方に「オボエテロ」と小さく聞こえたのは気にしないでおこう。
「じゃあ先に入りますね」
「おぅ、達者でな」
「いちーちゃんのバカバカバカバカバカバカ…」
まだやってる…。
心配な事と言ったら、暴れるごっちんを市井さんが抑えられるかどうかって事
くらいかな?ごっちん、力強いから。
「絶対イヤァ――――――!!」
「どああああっ!!いでぇ―――――っ!!」
…やっぱり。
- 307 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時34分39秒
「お気をつけください」
従業員さんの言葉が、妙によく通って聞こえた。
暗いから足元に、って意味なんだろうけど何だか別の意味に聞こえる。
赤くペイントされたドアが重くギィ―――…っと音を立てて開く。
そこから見ただけで中が真っ暗なのは明々白々。耳を澄ますと奥の方から微か
に「キャ――ッ」という悲鳴が聞こえた。多分、あたしたちの前に入った人の悲鳴だ
ろうけど、そんなに怖いのか?
何かあたしまでちょっと怖くなってきちゃった。
「…矢口さん、大丈夫ですか?」
ブルブルブル、と高速で頭を振り乱す。
でも戻りませんよ、入りますからね。と矢口さんの手を引っ張った。
- 308 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時35分10秒
よし、と気合を入れて一歩中に入るとすぐにドアは閉まってしまった。
ドアを開いた時に外から中が見えないように黒いカーテンで道は遮られてる。
「ぅわ…暗ぇ…」
カーテンをくぐると少し長い道が広がっていた。
「矢口さん、行きますよ」
「……コレもう戻れないの…?」
「ダメです」
「…ぅー…」
矢口さんはグッと握っている手に力を入れてまた俯いてしまった。
そしてズンズンとあたしたちは先へと進んでいった。
「うっわあ!!」
「もぉヤダ―――――ッ!!!」
キキキッ、というコウモリらしき生き物の鳴き声があらゆる所から響いて、天
井からは牙をむき出しにしたドラキュラが顔を覗かせる。
その度に、自分の体に巻きつく矢口さんの腕。あたしの頬は緩む。
…これこそ、オバケ屋敷の醍醐味だ…。
「ヤグチもういいよぉ…早く出たい…」
あたしはまだ出たくない…と思う事を許してください。
あぁ…しゃーわせ…。
- 309 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月06日(火)12時37分13秒
- 更新終了。日にちあけてるのに話が進んでいない…。(涙
>>294名無しさん様
えーその質問に対しては『NO』です。
詳しい事はこの先に書く予定なので、後々分かると思います。
>>295読んでる人様
期待どうもです!このペースを崩さずにガンバリマス!!
>>296名無し読者様
いや〜自分は、かおなちこんと同じ北の人です。
そ、そんな!謝る必要なんてないです!自分が無知なだけなんですから。
なるほど、そういう意味なのですか。ありがとうございました。
- 310 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月06日(火)15時57分58秒
- やっぱこの話好きです・・。
- 311 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時52分29秒
「ふぇええ〜…もぅヤダァ…!」
「矢口さん、終わりましたって目ぇ開けても大丈夫ですよ」
ガチガチの矢口さんを引っ張って(抱えて)なんとか外に出る事が出来た。
しかしあたしの幸せは未だ続いている。
「ひっく…っく、怖いよぉ〜…」
「…………」
オバケ屋敷から出たものの、恐怖が拭いきれていない矢口さんはあたしの腰に
しがみついたまま顔を上げようとしない。
「矢口さ〜ん、もぅ出て来ましたよ」
「…うぅぅ〜…」
子どもみたいだなぁ…、とも思ったけど、それ以上にカワイイなぁ…っていう
気持ちの方が大きかった。
よしこしゃーわせ…。
仕方ないので(?)そのままの体勢であたしはごっちんたちが出てくるのを待
っていた。
- 312 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時53分00秒
「よっ…吉澤ぁ!!」
「あっ市井さん」
あれから数分もしないうちに、市井さんが出て来た。
アレ?ごっちんはどこ行ったんだ?
「助けてくで〜!後藤が…!」
「ごっちんがどうか…」
したんですか?と聞く前にオバケ屋敷のドアが勢いよく開かれ、そこからすご
い顔をしたごっちんが飛び出してきた。
「市井っ!!コノヤロォ――――――ッ!!!!!!」
「お、お前口調変わってるぞ…って、わあぁぁ!!待てっ、待てって!!」
どうやらごっちんは、余りの恐怖に耐え切れず壊れてしまったらしい。
目の色が変わってる…。あんなごっちんはじめて見た。
「ギャアアアアァァッ!!!」
本来はオバケ屋敷の中で聞こえる筈の悲鳴が、何故か外で響いていた。
「市井さん…大丈夫ですか…?」
「…オバケよりなによりも…後藤が怖い…」
- 313 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時53分30秒
あれから約30分ほど、ごっちんも正常に戻り、市井さんもなんとか解放され
あたしたちは予約しておいたホテルへと足を運んだ。
遊園地に備え付けの大きなホテル。観光客もちらほら窺える。
そこであたしたちはツインの部屋を2つ借りた。
もちろん、市井さんとごっちん、あたしは矢口さんと。
いやぁ〜照れちゃうなぁ。一緒に暮らしてるんだけどさぁ。
「明日7時から朝食だって」
フロントまで行ってカギをもらい、エレベーターに乗り込む。
「じゃあそれまで解散ですね」
「ごとー疲れちゃったよ」
「あんだけ暴れりゃあなぁ…」
エレベーターの中に本日2回目の悲鳴が響いた…。
- 314 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時54分00秒
「じゃね、よしことやぐっつぁん♪」
「う、うん…」
「ほら!いちーちゃん行くよ!」
ズルズルとごっちんは市井さんを引きずりながら、あたしたちの隣の部屋へと
入っていった。
市井さん…大丈夫なのかなぁ…。
「よっすぃ〜ヤグチたちも入ろうよ」
「あ、そうですね」
まぁいいか、矢口さんとの二人っきりを楽しもう。
- 315 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時54分35秒
「うっわぁ〜〜、広いね〜〜」
中に入った途端の矢口さんの第一声。
シングルベッドが2つ、バスルームも大きいし、
外にはベランダまでついている。
そうだよなぁ、結構高い部屋とったんだもん。これくらいはなくちゃ。
「おぉ〜いい眺め!」
矢口さんはいつの間にかもうベランダに出て外の景色を眺めていた。
あたしも続いて窓を覗く。
外は暗くて、さっきまでいた遊園地の明かりがついている。
多分ナイターかなにかだろう。まだ動いてるみたい。
「ん〜ここからなら、空も綺麗に見えるね」
「今日晴れだったから、星が綺麗ですね」
「そだね〜」
ニコニコしながらまた視線を外に向ける。
- 316 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時55分09秒
ホントに綺麗な笑顔だ。
透き通ってて純粋で…。
矢口さんの横顔を見ながらあたしは考えていた。
矢口さんはこのまま記憶が戻らない方がいいんじゃないかって。
あたしの事を忘れてしまう可能性もあるかもしれない。
そんな話をなにかで見た記憶がある。記憶をなくした人が、今までの出来事を
すっぱり忘れてしまい、またそこからやり直す、とかいう。
自分を忘れられてしまうのがイヤだ、というあたしのワガママもあるけど、そ
れよりなによりも、矢口さんが記憶を取り戻した時、矢口さんはどんな顔をす
るんだろう…って。
この笑顔がなくなってしまったら…。
矢口さんの悲しんだ顔なんて見たくない。
いつも笑っていてほしい。
これもあたしのワガママ。
- 317 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時55分40秒
すると急に矢口さんは立ち上がった。
「ヤグチ汗かいちゃったから、シャワー浴びてくるね」
そう言い残してスタスタと矢口さんはバスルームに消えていった。
シャワーという言葉に何か反応してしまった。
何考えてんだあたしは…。思考がオヤジ化してきてるみたいだ。
バカバカバカバカバカバカ…。
- 318 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時56分11秒
空を見上げると、星がいくつも瞬いていた。
そこで矢口さんが言っていたことを思い出す。
『今こうやって光って見える星はね、とっくの昔に死んじゃって、
もうそこには無いんだよ
光だけが届いてて、だから今見えてるのは何億光年も
ず―――っと離れてる星なんだって』
今あたしに見えている矢口さんは偽りのモノだ。
話し掛けて、笑いかけてくれるけど、それはホントの矢口さんじゃない。
ホントの矢口さんは、あたしの事なんて…知らない。
ず――――っと、ず―――――――っと離れてる…。
その距離は…どうしたら縮まるのかな…。
- 319 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月07日(水)10時57分32秒
- 書いたところまで更新。
>>310名無しさん様
いやぁ〜嬉しいです、ありがとうございます!(照
- 320 名前:名無し 投稿日:2002年08月07日(水)11時34分20秒
- 「ごとー面白い」
「やぐよしせつない」
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月07日(水)13時26分24秒
- あ、そういえば市井さんと後藤さんは
吉澤さんと矢口さんが一緒に住んでる事知ってるんですか?
- 322 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月07日(水)14時04分20秒
- 嵐の前の静けさっぽいですね・・・。
- 323 名前:雫 投稿日:2002年08月07日(水)22時01分44秒
- わお・・・いしよし切ないっすね・・・。
いしよしになるんでしょうかね?
あ・・・矢口さんの過去すごい気になります。
更新楽しみに待ってます!
- 324 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時09分54秒
ベランダを後にし、ベッドに体を投げ出して天井を見上げる。
途端に今日の疲れがどっと押し寄せてきて、瞼に重力を感じた。
このまま眠っちゃおうか…と思ったけど、歩き回った時にかいた汗をどうして
も流したくて、グッと堪えた。
それでも人間の本能とは強いもので。
一度眠気がやってくるとそれを取り払うのは困難だった。
それでしばらく、あたしは睡魔と格闘していた。
矢口さん…まだかな。
- 325 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時10分24秒
―――――――――カチャ
「おまたせ〜、よっすぃ〜次どうぞ」
これ以上ないというくらいのグッドタイミング。
「早いですね」
「ん〜、頭と体洗ってすぐ出てきた」
ほんのりと頬をピンク色に染めて、濡れた髪を拭きながら出て来た矢口さん。
その濡れた髪が頬に張り付いて…なんとも色っぽい。
いや、だから、オヤジの思考を取り除けって…。
「よっすぃ〜?入んないの?」
「あ、入ります入ります」
「お湯張らなかったけど…」
「いいです、シャワーだけ浴びますから」
お風呂なんか入ったらのぼせちゃうよ…。
バッグから洗面道具を取り出して、足早にバスルームへ向かった。
- 326 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時10分54秒
――――――――…
シャ―――――――…
「ふうっ…」
湯の雨を体中に受けながら、全身の汗を満遍なく洗い流す。
気持ちいー。やっぱスッキリする。
―――――――キュッ
「さぁてと、体でも洗おう」
えーと、ボディソープは…と、どこやったっけか。
お、あったあった。
スポンジで泡立てて丁寧に体を洗っていく。ちゃ〜んと綺麗にね。
磨き残しがないようにしっかりと…。
- 327 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時11分25秒
…なんで丁寧に洗わなきゃいけないんだよ。
バカ、何を期待してるあたしは!!普通でいいんだよ!ふつーで!!
いや、しかし…万が一って事もありうる訳だし…。
だから!そういう事考えんなって!!
でも、でもだよ?そういう事態になったらどうすんだ…?
余計な事考えんなっつーの!!ムッツリか、あたしは!!
「ぐああああっ!!」
ダメだ!こんな事ばっか考えんな!!煩悩を洗い流せ!!
冷たいシャワーでも浴びよう!!
――――――――キュッ…シャア―――…
- 328 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時11分58秒
興奮していたあたし。
勢いあまってコックを最後まで思い切り捻ってしまった。
おかげで…シャワーは一番冷たくなってあたしに降りかかってきた…。
「キャアアアァァァァッ!!!」
「よっ…、よっすぃ〜!?どうしたのっ!?」
- 329 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時12分29秒
「…へっくしっ!」
「もぉ何やってんのー、こんなとこまで来て風邪ひかないでよ?」
「…すいません」
あー情けないにも程があるね…。
矢口さんが入れてくれた紅茶を飲みながらあたしは毛布に包まっていた。
「それ飲んだらもう寝た方がいいよ」
「はぃ…」
はぁ…これじゃさっき悩んだのはなんだったのかなぁ…。
きっとバカな事ばっか考えてたからバチが当たったのかもね。
残った紅茶を一気の飲み干し、カップを矢口さんに渡す。
そのぬくもりが消えないうちに布団の中に潜り込み瞼を閉じた。
まぁそんな事しなくても夏だから寒くは無いだろうけど、冷水を体中に浴びて
しまった今のあたしにとって、それは必要だった。
- 330 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時13分00秒
テレビの音が聞こえる。
多分、矢口さんが見てるんだろう。いつも見ている恋愛ドラマかな?
あたしも見たいけど…だんだん眠くなってきた…。
まぁいいやぁ、明日矢口さんに聞こうっと…。
おやすみなさい…。
- 331 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時13分30秒
「…ん」
眠りに落ちてから、およそ数時間。
喉の渇きを覚え、寝ぼけ眼でゆっくりと冷蔵庫の所まで行った。
…ウーロン茶もらお…。
扉を開くと、ヴォーン、という機械音が響く。
同時に、冷蔵庫内のクーラーの冷気が顔に降りかかり火照った頬を冷ます。
「……んっ…プハァ…」
程よく冷やされたお茶が喉を通る。
時間を知りたくてベッドの横に備え付けのサイドボードの時計を見た。
………AM2:30の表示…。
げぇー…まだこんな時間なのか…、丑三つ時じゃん…。
どうせする事もないし…もっかい寝よ。
- 332 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時14分00秒
もそもそとまたベッドに潜り込む。
ベッドの中に妙な手触り。
………………ん?なんかあるぞ。
「……………」
「……スゥ…スゥ…」
えーと…矢口さんが、丸まって、気持ちよさそうに寝てた。
- 333 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時14分33秒
「おわあああぁぁっ!?」
――――――ドッシン!!
あたしのベッドですやすやと寝入ってる矢口さんにビビって、あたしはお尻か
ら勢い良く落下した。
ぐっ…痛い…。
そ、そんなことより!何で矢口さん、あたしのベッドで寝てんの!?
「ん〜…」
ベッドの上のふくらみがモソッと動く。
矢口さんも目を覚ましたらしい。
「…なぁにやってんの…?よっすぃ〜…」
こしこしと瞼をこすりながらあたしの方を見た。
「ややや、矢口さんこそああああたしのベッドで何で寝てるんですか!」
「え〜?」
矢口さんは何だか分かってない、と言うような顔をしている。
まだ寝ぼけてるんじゃないのか…?
「…………」
「…………」
「…あっ…」
今の事態に気付いたらしい。
- 334 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時15分06秒
「い、いやぁ〜…なんつーか…そのぉ…」
モジモジと上目使いになる矢口さん。
だからそれ反則なんですってば…。
「いやぁ…寒いかな〜、…と思ってさ…」
「汗かいてんですけど」
「……いや、ヤグチがね…?」
「キャミソール着てるのに?」
「…………」
容赦ないあたしの突っ込みに、出る言葉も無くなった矢口さん。
「だ…だってさぁ」
「はい」
「……怖かったんだもん」
「はい?」
「……今日の…アレが…」
アレ?ってなんだ?
怖い?何が?
ちんぷんかんぷんなあたしはどう応答していいのか分からず、ただ首を捻る。
「……オバケ屋敷が…」
あ、な〜るほど!
- 335 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時16分11秒
「プッ………」
「あ゛――――!今笑ったろぉ!!」
エイ!と矢口さんは枕を投げつけてくる。
それを見事キャッチしても、あたしはまだ笑っている。
「笑うなよぉ!」
「ご…ごめんなさい…ウハハ……!」
「笑ってんじゃん!コノォ!!」
今度はバフバフと枕で殴ってきた。
や、ちょっとこれはさすがに痛い。
「や、矢口さん!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「許すゎ〜ん!!」
矢口さんの力は緩まるどころか、どんどん激しくなってくる。
えぇい!こうなったら…!
「やあぁ!!」
「ふぇ?…うわぁっ!!」
―――――――――ボフッ
「謝ってるじゃないですかぁ〜、許してくださいよ」
叩きつけてくる枕をかわし、それ以上襲撃を食らわないよう、矢口さんをベッ
ドに押し付けた。案の定、矢口さんは大人しくなり話が前に進む。
「ね?謝ってるんですから…」
「…………」
- 336 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時16分43秒
あ、あれ?何で矢口さん黙ってんの?
「あの…矢口さん?」
「…やめてよ…」
何が?って聞こうとした時、ふと今の自分の体制が気になった。
両手で矢口さんの手首を掴んで、矢口さんはあたしの下。
つまりはあたしが矢口さんを組み敷いている状態になってる。
……え?
「あっ…やっ…その、……ごめんなさぃ」
さっきから何回謝ってんだ、ってな位、あたしはごめんなさいを口にしてる。
「…………」
「…………」
ど、どうしよう…。この体勢は嬉しいけど、反面気まずい…。
さっさと離れればいいものの、思うように体が動かない。
でも…
- 337 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時17分33秒
「…矢口、さん…」
そう低く囁いて、少しづつ顔を近づける。
「よっすぃ〜…?」
矢口さんの発した言葉は最後の方が小さく消えていった。
あたしが矢口さんの唇を塞いだから。
少し熱を帯びた矢口さんの唇は心地よくて、それを確かめるように何度も角度
を変えて味わった。最初は強張ってカチカチだった矢口さんだけど、ちゅ…と
軽く唇を吸うと、簡単にあたしを受け入れてくれた。
その薄く開いた唇を舌でなぞり口内に滑り込ませる。
矢口さんは抵抗しなかった。
- 338 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時18分03秒
近くで感じたかった。
矢口さんの存在を。
もっと、もっと。
何億光年なんていう単位じゃ収まらないその距離を、少しでも縮めたかった。
- 339 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時18分35秒
時折、何かを堪えるように矢口さんの拳にグッと力が入る。
それを見たあたしは、その拳を開き、あくまでも優しく指を絡ませた。
そろそろ息苦しさを感じ始めた時、ゆっくりと唇を離す。
矢口さんのトロンとした瞳に後押しされ、今度はその白い首筋に顔を寄せた。
―――――もう、あたしは止まらない。
―――――止まれない…。
- 340 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)08時25分33秒
- 更新終了。書いててちょっとハズくなってきた、今日この頃…。
>>320名無し様
いやぁ〜自分が書くごとぉさんのキャラは、どうしても
こんなカンジになってしまうのです。
>>321名無しさん様
え〜っとチャムとごとぉは知りません。
すいません、分かりにくかったですね(ニガワラ
>>322読んでる人@ヤグヲタ様
あっなかなか読みが鋭い!
>>323雫様
いやぁ〜今のところは…。一応よしやぐ(やぐよし?)なので。
いしよしも書きたいですけど(w
- 341 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)11時58分16秒
- 毎回見る度に更新されてるので嬉しいです。
- 342 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月08日(木)17時37分46秒
- なんかイヤな予感が・・・。
考えすぎかな?
- 343 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時24分15秒
『大好き』
眩しいくらい綺麗な笑顔で、あたしにそう言ってくれる。
あたしも好きです。
あたしがそう言うと、矢口さんの顔はドンドン変わった。
笑顔が取り除かれ、残ったのは不信を抱いた様にあたしを見る瞳。
どうしたんですか、矢口さん。
近づこうと手を伸ばすと怯えてさらに離れようとする。
『誰…?』
何言ってるんですか。冗談でもそんなこと言うと怒りますよ。
『やだ…』
矢口さん…?
- 344 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時24分47秒
もう一度手を伸ばす。
でも、距離は近づくどころか、一層遠くなって。
『来ないで…』
止めてください…そんな瞳であたしを見ないで…。
あたしを拒否しないで…。
『…あなたなんか知らない』
- 345 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時25分21秒
―――――――…
「!!…ハァ…ハァ…ハァ……っ」
ベッドから半身起こして息を整えた。
横を見ると矢口さんが白いシーツに包まって小さく寝息を立てている。
…夢だった。
ホッと息をつく。
着ていたTシャツが少し湿っていて、酷く汗をかいているのが分かった。
……ヤな夢…今まで見た中で一番サイアクな気がする。
「…ん…」
あ、やべ…いきなり起き上がったから矢口さんまで起こしちゃった。
「………おあよー…よっすぃ〜…」
まだ目覚めたばかりでろれつがまわってない。
なんだかボーっとしてるし。ごっちんみたい。
「おはようございます」
「……ん…」
そう言ってまた瞼が下りようとしていた。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたね」
「…ん…いいよぉ…別に」
- 346 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時25分53秒
「…ん〜…」
もそもそと動いたかと思うと、あたしの腰にギュッと抱きついてきた。
「ねむぃ…」
「なんですかソレェ〜」
「ふふ…」
あたしももうちょっと寝ようかな…。
矢口さんと向き合うように、もう一度ベッドにもぐる。
全体が横になった所で同時に、その唇に自分のソレを当てる。
柔らかい感触。
甘くて、甘くて、甘すぎる。
クラクラする。これ以上味わってしまうと…危険だ。
- 347 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時26分25秒
それでもあたしの体は言うことを聞かない。
そのまま矢口さんの上に覆い被さる。
「ん…眠たいんだけど…ヤグチ」
半分くらいしか開かれていない瞳が、気だるそうにあたしを見る。
「…じゃあ止めます?」
その胸においた手を止めて、ワザと聞き返す。
答えはもちろん
「…止めない」
「フフッ」
- 348 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時26分55秒
―――――――――♪♪♪♪〜
二人の間にあるシーツをはがそうとした瞬間、携帯が鳴った。
今流行の明るい軽快なテンポ。
いい雰囲気をぶち壊されてちょっと不機嫌になるあたし。
「ケータイ鳴ってるよ?」
「…はい」
矢口さんに言われるがままに携帯を手に取る。
ディスプレイには見慣れた電話番号の表示。
未だ鳴り続ける携帯、それが何故かあたしには、危険を告げる前奏曲のように
聞こえてやまなかった。
- 349 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時27分41秒
携帯は鳴り止む事を知らないみたい。
「矢口さん」
不意打ちのキス。
「んぅっ…!」
矢口さん。
「ふぅっ…よっすぃ〜…?」
大好きです。
―――――――♪♪♪〜……ピッ
「もしもし安倍さん?」
- 350 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)07時28分41秒
- 一旦ここで切ります。後でまた更新すると思われ。
>>341名無しさん様
書けたらすぐ更新していますので…早く終わらせちゃおうと思いまして。
こちらも毎回レスしていただいて嬉しいです。
>>342読んでる人@ヤグヲタ様
いやぁ〜〜〜〜それは……ねぇ?(何
- 351 名前:雫 投稿日:2002年08月09日(金)15時46分21秒
- 何か切ない・・・・
そうですか・・今のところはやぐよしですか・・
書けたらいしよし買いてほしいなー・・・っと思ったり・・
更新楽しみに待ってます!
- 352 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月09日(金)15時58分06秒
- 一瞬、「イヤな予感的中!」と思ったら夢オチでしたか(w
とりあえずはホッとしました。とりあえずは・・・。
- 353 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)17時46分43秒
ごっちんと市井さんには「急用ができた」と言った。
二人とも(ほとんどはごっちんが)ブチブチ言ってたみたいだけど、なんとか
納得させて帰ってこれた。
事情を話せば一発だろうけど、そんなこと出切るはずが無い。
「よっすぃ〜、どこ行くの?」
ガタガタと揺れる車両の中で、あたしの肩にもたげたまま眠そうに矢口さんは
聞いてきた。
「ちょっと…」
「ぶぅ、どこだよぉ〜」
不満そうに頬を膨らます。
それがなんだか可愛くて、プニプニと指で突っつくと「やめろよぉ〜」とあた
しの手を払いのける。それでも顔は嫌がってなくて。
だから何度も何度もふざけて頬っぺたをプニプニ。
ははっ、楽し〜。
「いいかげんにしろっつの!」
「あはっ、ごめんなさ〜い」
そんな風にふざけていて何時間かたった頃だった。
電車の外を見ると目的地の駅にちょうど止まった。
結構人も多くて街の活発さが目に見える。
「あ、矢口さんここで降りますよ」
「えっ!ちょ、ちょっとぉ!」
- 354 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)17時47分16秒
――――――――…
「えっと…安倍さんは、と」
一応目的地に着いたものの、安倍さんの姿を探さなければならなかった。
といっても人が多くそんなに簡単に見つけられるとは思えない。
とりあえず駅の外に出て、それらしい人を探す事にした。
「始めの時に待ち合わせ場所決めときゃよかったよ」
「…………」
あたしがブツブツと独り言を言っていた時、矢口さんは無言だった。
いつもの矢口さんなら、ここで「よっすぃ〜どこ行くんだよ〜」とか、「疲れ
ちゃったぁ〜」などと不平不満をいいまくる所だ。
「…矢口さん?」
「…………」
呼んでも一切応答なし。
周囲の建物や人などを睨みつけている。
「…よっすぃ〜…オイラ、ここ見た事あるかも…」
ポツリと口にした。
「え…マジですか?」
「…うん…」
頷くと、矢口さんはまた辺りを見回している。
なんだかそれは様子を探っているというよりも、何かに怯えて周りを気にして
いる小動物のようなカンジ。表情もどことなく暗め。
その時、ズボンのポケットから、バイブレーションの振動と例の曲が流れる。
- 355 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)17時47分51秒
♪♪〜…ピッ
誰からなのか確認もせず通話ボタンを押した。
誰なのかは大体予想がついている。
「もしもし安倍さん」
『吉澤さん早いね〜、まだ2回しかコールしてなかったのに
なっち驚いたっしょ』
「そんなことより、今どこです?外ですか?」
『あ、うん、車の中にいる』
キョロキョロと周りを見回す。
するとちょうど正面の交差点の所から、パッパーッ!という大きなクラクショ
ンが響いた。
「今のですか?」
『うん、今信号待ちに入った』
「今そっち行きます、じゃ」
携帯を切って未だ放心状態の矢口さんの手を引っ張った。
「急いでください」
「あ…うん」
クラクションの聞こえた所まで急いだ。
「お〜い!吉澤さ〜ん!矢口さ〜ん!」
「安倍さん!」
「早く早く!信号変わりそぉ!!」
- 356 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)17時48分26秒
―――――――ガチャッ!バタンッ!
「「ふぃ〜…」」
「はいっ、セーフ」
車は息つく暇もなく、早々に走り出した。
「ハァ…ハァ…まったく…なんなのさ…、駅に着いたと…思えば、急に…走っ
ったり…ヤグチ疲れたぁ」
「あははっごめんねぇ、矢口さん、なっち迎えに行ければ行ったんだけどさ」
「…ふぅ、いいけどさ…で?どこ行くの?もう教えてくれたっていいでしょ」
「…………」
あたしが行き先を告げようかどうか迷っていると、バックミラー越しに安倍さ
んと目があった。
安倍さんは何も言わずにただ一度だけ頷いた。
「ねぇ、どこ行くの?」
「この先にある…総合病院の精神科です」
- 357 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月09日(金)17時56分05秒
- 更新終了。このペースでもう少しで終わりそうです。
>>351雫様
今からいしよしはちょっと難しい…。すいませんです。
でもこれが終わった後、また作品を書く予定があるので…(早ぇよ
多分それに。読んでいただけたら嬉しいです!
>>352読んでる人@ヤグヲタ様
まぁ、今のところは(w
でも正夢………っていうのもありますよね(ニヤリ
- 358 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月10日(土)01時26分40秒
- 精神病院って・・
いったい何が分かるんだろう
- 359 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時09分45秒
「え?な、何?病院って…オマケに精神科?…誰か入院でもしてんの…?」
驚きを隠せないといったような表情の矢口さん。
「矢口さんの記憶のヒントがあるんですよ」
「え…マジで?」
「ええ」
それから矢口さんは何も言わなくなった。
それが一体どんな意味を示しているのか、あたしには分からない。
嬉しさからか、恐怖からか、それとも…。
- 360 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時10分18秒
「着いたよ」
安倍さんに言われて窓の外を覗き込んだ。
さっきの騒がしい街から離れた少し静かな場所に、その建物はあった。
大きな病院――――、ここで…。
「おぉ〜い!」
車から降りると病院の正面玄関から大きな声で手を振っている人が見えた。
「平家さん!?」
驚いたのは自分だった。
「安倍さん一体…」
「あれ、言わなかったっけ?ここの院長さん、平家さんのお父さんだって
そして精神科のお医者様」
「聞いてませんよ…」
そうか…だから、まだ若い平家さんが孤児院の院長なんかやってたのか。
なるほど…平家総合病院。
- 361 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時10分50秒
「よっ、よく来たな」
「「こんにちは」」
頭を一つ下げる。
すると平家さんは矢口さんの方に向かって
「初めまして、ここの院長の娘の平家みちよや」
「あ…初めまして、矢口真里、です」
そしてニコッと一つ笑うと病室までの案内をしてくれた。
「こっちや」
病院の中はなかなか広く、足を運ぶお客さんも少なくはない。
まぁこういうとこの場合は少ない方がいいんだろうけど。
長い廊下をしばらく歩いていると、一つだけ病院のドアとは違う素材で作られ
た立派なドアが目に入った。
平家さんはそこで立ち止まり2・3ノックをした。
「失礼します」
- 362 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時11分53秒
―――――――カチャ
「おぉみちよ」
「父さん連れてきたで」
白髪の混じった髪にちょっと小太りした、気のよさそうな男性。
この人が平家さんのお父さんで院長先生か。
「おぉ〜皆えらいべっぴんさんやないかぁ、どや?いっぺんここの病院来ぃへ
んか?おじさんが診察したるで?」
―――――――ガンッ
「アホか、このエロオヤジッ!!」
「あった〜…グーで突っ込むな、グーで!!」
関西の人っていうのはいつでもどこでも漫才を始めてしまうのだろうか。
さすが父娘…息もピッタリ。
- 363 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時12分25秒
「ほらそんなんええから、患者さん見ぃや!」
「あ〜はいはい、…っとに、いつからこないな乱暴な娘に…」
「何か言うたか?」
「いや、なんも…」
まかせていいのか不安になってきた。
「え〜と、矢口真里さんやったか、初めまして」
先生はにっこり笑って手を差し出した。
「初めまして…」
「さて…本題に入ろか、確か記憶喪失…やったかな?」
急にふざけた空気が消えて、張り詰めた雰囲気になる。
先生も医者の顔になっていた。
矢口さんの顔も強張っている。
「…はい」
「なんも覚えてない?」
「…はい…全然」
- 364 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時13分00秒
そこからは単なる質問攻めだった。
先生の質問に矢口さんが、はい・いいえで答える。
そのほとんどの質問は他愛もないことだった。
歳はいくつ?とか、身長・体重は?とかほんとに必要なのかも分からない。
それでも先生はただ頷いて話を聞いて、質問を繰り返していた。
そのやりとりを横目で見ながら、小声で平家さんに尋ねた。
「平家さんと矢口さんて初対面じゃないですよね」
「あれ、言わんかったっけ?」
「言いましたけど、でもさっき矢口さんに「初めまして」って…」
「当たり前やろ、記憶がない時に記憶がある頃に会った人や、なんて言うたら
混乱して治療やりにくくなるやんか」
「あ、なるほど」
さすがだ。全然分からなかった。
「…ま、それがホントに記憶喪失やったらの話やけどな…」
「…ですね」
- 365 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時13分31秒
「…ふっ…!あぁっ!!」
「!?」
いきなり聞こえた悲鳴に全員が目を合わせる。
「矢口さん!!」
「…ぅあっ…あたま…いた…」
頭を抱えて矢口さんが床にうずくまっていた。
駆け寄って抱きかかえた。
「矢口さん!大丈夫ですか!?」
「……ぅ…っ…!」
「もう今日は止めた方がいいな…」
先生も顔をしかめて言った。
「すまんかったな、ちょい質問しすぎたみたいや」
すまなそうに先生は頭をさげた。
「ほなもう帰り、気ぃつけて」
「はい、ありがとうございました」
ふらふらした足取りで矢口さんは立ち上がった。
なんだか危なっかしいので、その肩を支えて院長室を出ていった。
- 366 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時14分03秒
「ごめんね…よっすぃ〜…」
「いえ…気をつけてください」
矢口さんを支えて歩きながら、あたしは考えていた。
これで矢口さんが治るのか…一か八か賭けてみよう。
もしかしたら今のこの状況よりも悪くなるかもしれない。
それでも何もしないでこのまま行くよりずっといい。
外に出ると目の前に車が一台止まっていた。
運転席の窓ガラスが降りて安倍さんが笑顔で言った。
「送ってくよ」
「すいません」
あたしと矢口さんは車に乗り込んだ。
- 367 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月10日(土)11時14分57秒
更新終了。あともう少しで…!
>>358名無し読者様
すいません、この時点ではまだ分かりにくいですね(汗
多分後から分かると思います。
- 368 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月10日(土)13時48分26秒
- もうすぐ終わりですか〜・・・。
先が気になるんですけど終わってほしくはない・・
- 369 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月11日(日)17時33分41秒
- 矢口は記憶を取り戻せるのかな?
そして記憶を取り戻したトキ、矢口はどうなっちゃうんだろう・・・。
- 370 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月16日(金)12時54分45秒
- 先が気になるとこですね。
- 371 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月16日(金)15時57分41秒
- 中澤さんは関係あるんでしょうか?
- 372 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月17日(土)13時45分08秒
- 更新まだですか〜?
待ちきれない・・・。
- 373 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時20分14秒
「ありがとうございました、何から何まで…」
車で送ってもらった後、矢口さんの肩を支えていたので、荷物を安倍さんに部
屋まで持ってきてもらっていた。
「気にする事ないっしょや、なっちが勝手にやった事なんだし」
「え?仕事じゃなかったんですか?」
「最初の事情聴取の方まではそうだったんだけどね…、後の方はなっちが気に
なってやった事だからさぁ」
バツが悪そうに頭を掻きながら、何故か照れる安倍さん。
「そうだったんですか…」
「えへへ…あ、荷物部屋の中に持ってった方がいいね、おじゃましまーす」
そう言って安倍さんは頬を少し染めて部屋に上がった。
あたしも矢口さんを休ませなきゃ、と思って矢口さんの肩を押した。
「今日はもう寝ましょう」
「…うん」
- 374 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時20分48秒
靴を脱がせて矢口さんをベッドのところまで連れて行くとすぐに寝かせた。
「まだ頭痛いですか?」
「ううん…もう平気…」
ニコッとこちらに笑顔を向けてきたのを見てあたしも笑い返し、見送りのため
に安倍さんのところへ行った。
廊下に出ると、安倍さんはすでに帰る用意をして玄関にいた。
「荷物、勝手にソファの上に置いといたから」
「ありがとうございます、もう帰るんですか?」
「うん、お邪魔しちゃ悪いかなーと思って」
「そんな事ないです、上がってってください、お茶くらい出しますよ」
しばらく考えていた安倍さんだったけど、お茶にお菓子もつけますよ、という
あたしの言葉に素直に靴を脱いだ。
「こんな所でアブラ売ってたら、なっちまた上に叱られるっしょや」
とかなんとか言って、あたしが出したケーキにパクつく安倍さん。
「でも今から戻っても後から戻っても同じでしょ?」
「そー言われるとミもフタもないべさ」
「アハハハ!」
それからあたしは安倍さんと何分も話しこんだ。
- 375 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時21分24秒
安倍さんは高校を卒業してすぐに就職を決めたんだとか。
給料が一番安定してる公務員が最有力候補だったらしい。
それでなんで警察なのかって聞くと安倍さんは「かっこいいっしょ?」と即答
した。いいのか、そういう理由で…。
それでも仕事にかける情熱は凄い物だと思う。
今回の事もそうだけど、親身になって捜査するその姿にあたしは感服する。
まぁ、仕事中に脱線するのは困りものだけど…。
「ふぅ、もう食べれな〜い」
お腹をさすりながら満足そうに安倍さんは笑った。
そりゃそうでしょう、ケーキ4つに紅茶3杯…よく食べれるなぁ。
「あ〜ぁこんなに食べたらまた太っちゃう」
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい太ってた方がカワイイです」
「…なっ、何言ってるべさ!年上のお姉さんをからかうもんじゃないべ!!」
「え〜、からかってませんよ〜」
頬をますます赤く染めて恥ずかしがる安倍さんが面白くて、その後も安倍さん
反応を楽しんだ。早口になるとついつい訛りが出てしまう事も分かった。
「安倍さんカワイイですね〜」
「だからぁ!からかうんじゃないの!!」
- 376 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時21分57秒
すっかり話し込んでしまった頃、外はもう暗くなっていた。
「安倍さん、大丈夫なんですか?」
「へ?何が………あ"っ!!」
お腹もちょうどよく膨れてゆったり気分を満喫していた安倍さんを、現実に引
き戻す。
「ヤバイヤバイ、ゆっくりしすぎちゃった
いっぱいゴチソウになって悪いけど、なっちもう帰るね」
「はい、ありがとうございました」
見送りのため、玄関まで一緒に足を運ぶ。
途中、部屋のベッドで眠っている矢口さんの様子を見ると、体は規則正しく上
下に動いていた。
「今度なっちなんか奢るよ」
靴をはき終えて玄関の外に出たところで、安倍さんが言った。
「あはっ、楽しみにしてます」
「うん、またね」
「はい、また」
他愛もない、一言二言の会話を交わしてドアは閉められた。
- 377 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時22分29秒
急に静まり返った空間の中で、小さな息遣いや足音までもが大きく聞こえる。
「…あたしも、もう寝ようかな…」
安倍さんもいなくなった事だし、あとは…。
ベッドの上の矢口さんに視線を向ける。
こちら側に向いている顔は、本当に安らかで、綺麗。
起こさないよう静かに近づき、頬に軽く口付けた。
そして、言い聞かせるように呟いた。
「あたしが…守りますからね…」
- 378 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月17日(土)20時33分35秒
- うわ〜こんなに開けてしまいますた…。
ドーモスイマセン。鬱だ…。
>>368名無しさん様
そんな風に言って頂けて嬉しいです!ありがとうございます!
>>370読んでる人@ヤグヲタ様
それは終盤で明らかに…。
>>371名無しさん様
関係アリアリです(笑)
>>372名無しさん様
遅れてすいません(汗)実は…パソコンを止められておりました。
使いすぎで…そんな自分はアフォです。すいません(滝汗)
- 379 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月19日(月)19時14分00秒
- >「あたしが…守りますからね…」
頼むぞ吉澤・・・
- 380 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月19日(月)19時15分27秒
- >>378
誰に止められていたか気になる所
- 381 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)16時53分21秒
窓から差し込む月明かりが唯一の光源。
その光に照らされて、リビングの様子がうっすらと見えている。
時計の針はもう2の時をさしていて、あたしもいい加減眠気を感じる。
暗がりの中で、あたしは瞼をこすった。
時が流れている。
それを止める事はできない。
どんなにそれを拒んでも、受け入れることしかできない。
逆らう事など出来ない―――――。
カチャリ、と金属同士が擦れ合う音が聞こえた。
ドアが開かれる。
その向こうもやはり真っ暗で、いっそう色濃い闇が広がった。
けれどあたしはそこに、その闇とは正反対の輝きを持つモノを見つけた。
そして表れた黒い影。
それらは明らかに獲物を狙って輝いている。
鈍く銀色に光る鋭い刃先―――――。
- 382 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)16時54分11秒
布ずれの音と、足音が混ざり合う。
それを息を潜めて見守る。
影はゆっくりとゆっくりと、獲物を捕らえるべく近づいてくる。
影はソファの前で動きを止めた。
そしてその影は、手にしていたナイフを己の頭上に掲げ
―――――振り下ろした。
- 383 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)16時55分00秒
――――――――カチッ
「!?」
刃が完全に振り下ろされる直前、一瞬にしてリビングが人口の光に包まれる。
その発生源となるモノのスイッチから手を離した。
「…………」
その影なる人物はひどく驚いた様子を見せ、ソファの上の丸めた毛布を憎らし
そうに睨みつけていた。
まるで――――――獲物を取り違えた獣のように。
- 384 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)16時56分14秒
「もう全部知ってます」
「…………」
その人は冷たく鋭く、あたしをも睨みつけた。
「目を覚ましてください…」
「矢口さん!!」
顔を揺らすたびに流れる肩までの金髪。
あたしに笑いかけてくれていたあの瞳。
それが今では―――――
「……殺されるのが分かってたの?」
上目使いにあたしを睨む。
けどそれは、あたしの知っている矢口さんの、あの瞳とは違う。
別の―――――誰か。
- 385 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)16時57分31秒
「ねぇ、何とか言いなよ」
「…………」
「…だんまり、か」
いつもと何ら変わりない矢口さん。
でもあたしには分かる。
今のこの人は――――こいつは矢口さんじゃない。
「まぁいいか、静かにしてくれた方がオイラには都合がいいから」
クッと持っていた包丁を、あたしに向かって構えた。
「動いたら痛いよ」
笑った。
凶器をあたしに向けて、この人は笑っていた。
静かにあたしに歩み寄ってくる。
「真里を裏切った罪は重いんだよ…」
- 386 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月20日(火)17時06分55秒
- 更新終了。
このまま行くと多分(多分ですよ)2〜3回更新で終わると思います。ハイ。
>>379読んでる人@ヤグヲタ様
さぁ吉はどう出るか…。
>>380名無しさん様
えーと、親です。父母です。
パソコンのお金は自分で払えない為、払って貰っている身なので…(ニガワラ
- 387 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月20日(火)23時46分51秒
- うぉい!ついに修羅場か!?
がんばれ、吉澤!!
- 388 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時32分19秒
「勝手に罪状、決めないでくれる?」
「!?」
「こういうのは警察の仕事なんだから」
「安倍さん…」
「ナイスタイミングだったね、吉澤さん」
ふんわりとしたその笑顔に、手に持った拳銃が似つかわしかった。
その黒い鉄の塊を矢口さんに向ける。
二人とも睨み合い、動かなかった。
「包丁を捨てて」
「…………」
「捨てて!」
- 389 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時32分56秒
――――――カチャン
観念したのか、矢口さんは持っていたナイフを床に落とした。
「両手を頭の上に乗せて」
「…………」
安倍さんの指示に素直に従い、そしてフッと小さく笑って、ポツリと言った。
「…ハメたんだ」
「なぁーにを、人聞きの悪い、なっちと吉澤さんはこの事件の真相を確かめる
べく、ちょーっと仲良いフリしただけだよ」
ね、とこっちに向かってウインクをし、そして話し続けた。
「さっき吉澤さんが言ってた通り、全部分かってるよ?
これ以上おかしな事しないで、おとなしく病院に戻りなさい」
「…全部?」
そいつは顔をしかめた。
「全部ってどこまで?」
「全部って言ったら全部っしょ!あなたに関連していた所には全て行ったし、
知り合いの所にも行った」
そう言うと何故か安倍さんは誇らしげに微笑んだ。
- 390 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時33分31秒
そんな安倍さんをまるで無視し、そいつはあたしに目を向けた。
「よっすぃ〜も知ってるの?」
そう呼ばれることにいささか嫌悪感を持ったが、あえてそれを言わずあたしは
静かに答えた。
「…知ってます…あなたが、一体どんな過去を負ってきたのか…どんな生活を
歩んできたのか…そして…、どんな傷を負ったのかという事も…
あなたが居た孤児院で、平家さんに聞きました…全部」
- 391 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時34分04秒
「矢口さんは小さい頃、お父さんに虐待を受けていたって…
それであの孤児院に保護されて、しばらく生活してたって」
消えてしまいそうな声でポツポツと話し続けた。
そんな事だけでも、今のあたしには重労働だった。
「…でも、それだけじゃ済まなかった…」
「虐待を受けてた事によって、後遺症が残った…
自分の身を守る為に…本能的に…」
こいつも安倍さんも何も言わずに、あたしの次の言葉を待っている。
「…矢口さんの中に…他の誰かが現れてしまったって…」
- 392 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時34分34秒
「多重人格は一種の人間の自己防衛本能なんだって。その人におきたある辛く
苦しい事…、それを自分で認めようとせず『コレは自分におきていることじ
ゃない、他の誰かにおきている事だ』と無意識のうちにそう考えてしまい、
その結果、人格の中に別の人格が存在してしまうものだそうです…」
「多重人格者の多くは過去に虐待や暴行を受けたりした者に多い。
自分自身を心の奥底にしまい込んで、他の人格を身代わりにしてしまう
そうすることで自分の身を守ってる」
後に安倍さんが付け加えた。
あたしの足が震えていたのがバレてたみたいだ。
あたしは喉の奥から搾り出したような声を上げていた。
「今のあなたは…矢口さんじゃない」
- 393 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時35分05秒
「たいしたもんだなぁ、情報が早い」
そしてそいつは笑いながらパチパチと拍手をした。
「でも、もしそれが嘘だったらどうしてたの?真里が嘘をついてたかもしれな いじゃん。孤児院から逃げ出したところに君を見つけて、記憶喪失だと偽っ
ていた…ってなカンジでさ」
「それはあり得ませんよ」
間入れずにあたしは答えた。
「もし仮に矢口さんの人格統合が成功してふつうに生活を送ってたとします。
でもそれだと、矢口さんが孤児院を抜け出すための理由がない。矢口さんが
孤児院を抜け出したのが13〜14歳くらいの時、そんな子どもが一人で生
活しようとは到底考えられませんし」
それだけで終わらず、さらにあたしは口を動かした。
「…それに」
「それに?」
「初めて矢口さんと会ったときの事を考えれば…確信が持てました」
- 394 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時35分41秒
「どういう事?」
こいつの顔から笑顔がなくなった。
余裕という感覚が初めて感じられなくなった瞬間だった。
「あたしと初めて会った時…、自己紹介してくれましたよね…」
「…それが、何か?」
『矢口真里って言うんだ』
「出来る訳ないんです、自己紹介。記憶を失っているはずだったのに…
あたしもバカでしたよ。記憶を失ってるのに普通に名前聞いてたなんて」
フッとそいつはまた笑顔を取り戻した。
「それはどうかな…、名前だけはかろうじて覚えてたかもしれないよ?
名前が書いてあったものを持っていたのかもしれないし」
それでも、あたしは怯みはしなかった。
「それもありません。あたし、洗濯物ってすぐ洗っちゃうんですよね、自分の
ものでも、家族の物でも、それ以外の人のものでも、クセなんですよ」
「だから、最初の一日目、矢口さんの服も洗濯しちゃったんですけど、名前ら
しいものが書いてあるものなんてありませんでした。バッグみたいなものも
なかったです」
「…そうか、なかなか頭いいね、よっすぃ〜…」
- 395 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時36分25秒
「それじゃ、認めるんだね?」
安倍さんが凄む。
それにこいつは怯みもせず、それどころか笑顔で淡々と話し出した。
「確かにオイラは真里の中から生まれたよ。
でもよっすぃ〜、君の言ったことは一つだけ間違ってるよ」
「え…?」
「『今のあなたは矢口さんじゃない』それはありえない事だよ」
- 396 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時37分05秒
「だって…オイラと真里は二人で一つなんだから…」
背筋が凍る感覚に襲われた。
さっきからこいつは笑顔を絶やす事は無い。
けれど、そこから感じるものは安心ではない。
黒い狂気、冷たい恐怖――――。
- 397 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時50分02秒
「もうそれ以上何か言う必要はないよ。さ、なっちと一緒に来てもらうよ」
「どうして?」
戸惑いもせず、そう吐き捨てる。
「どうしてって…もう分かってるでしょう?あなたは、自分の…いや、矢口真
里さんのお父さんとお母さんを…」
「そんなの分かりきってる。オイラはその二人を殺したんだ」
悪びれた様子も見せずに、安倍さんをにらみつけた。
「それなのにどうしてオイラは捕まらなくちゃいけないの?」
「今さら何を…!人殺しは立派な犯罪である事、分かるでしょ!?」
それでもこいつの表情は変わらなかった。
- 398 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時51分30秒
「…全部…あの男が悪いんだ…
無理やり真里の服を引きちぎって、無理やり真里に口付けて…真里の体を汚
した、…真里は嫌がっていたのに…泣いていたのに…あの男は自分の欲望を
満たすために真里を傷つけた」
瞬きもせず、ただ一点だけを見据えて話す。
こいつの話を聞いているだけで、その場に居合わせていた訳でもないのに、
生々しいビジョンが頭の中で構成される。
思わず歯を食いしばった。
「許さなかった…、真里を汚したあの男も、見てるだけだったあの女も…
真里はオイラの全て…真里の望む事なら何でもしてあげる
憎いヤツがいれば変わりにオイラが殺してあげる…なんだってする
真里は…オイラが守ってあげる…」
「だから…アイツも殺したんだ…アイツは真里の気持ちを裏切った…」
「…アイツ?アイツっていうのは…誰?」
「名前なんか知らないよ、真里は“裕ちゃん”って呼んでたけど」
「…まさか!あのビルで死んでた中澤…!」
安倍さんがグッと詰め寄った。
こいつはそれにたじろぎもしない。
- 399 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時52分38秒
- 「あぁ、そんな名字だったかな…?
アイツは真里をほっぽって結婚しようとしてた、真里はずっと泣いてたよ…
可哀想に…だからオイラは…」
目の前が赤い幕で閉じられるような感覚――――。
「話したいことがあるからってあのビルに呼んで…包丁で、ね。
アイツ泣き喚いてたよ、「殺さないでくれ」って…」
また矢口さんは笑っていた。
いや、こいつは矢口さんなんかじゃない。
するとそいつがいきなりあたしを睨みつけた。
「ねぇよっすぃ〜、君は真里を捨てたりしないよね…?
真里を泣かせたりは…しないよね?」
「…………っ」
あたしは動けなかった。
そいつの瞳の奥の潜んでいるものに縛り付けられる。
- 400 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時54分06秒
「…どうして何も言わないの?…まさか、あの娘と一緒になるつもりなの?」
こいつの言う「あの娘」が安倍さんではない事が分かるがさっぱり
検討がつかない。
「…あの娘?」
そう聞き返すと、こいつは
「なんだ…違うのか、ならいいけど」
「あの娘…って」
「…あの娘のおかしな声、耳にキンキン響いてさ、高いから余計にうるさかっ
たんだよねぇ…ヘリウムガスでも吸ってんのかな?」
あたしの知人から、その条件に当てはまる人物を割り出す。
そしてこいつにとって、一番邪魔だったと思われる人物―――――。
「…まさか…梨華ちゃんを襲ったのも…」
「襲ってなんかいないよ、ただ君の家に近づこうとしたからちょっと脅かした
んだ、マンションに一歩でも入ったら…殺すつもりだったけどね」
もう声も出なかった。
間違っていたら梨華ちゃんはあたしの家の前で…。
「あの娘はきっと邪魔になる、そう思ってね…
真里もあんまり好きじゃなかったみたいだし」
- 401 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時54分45秒
―――――――パァンッ!!
「………いったぁ…」
あたしは矢口さんをひっぱたいた。
ありったけの力を込めて、その頬目掛けて平手をかました。
叩かれた左頬を抑えて、そいつはゆっくりと顔を上げた。
「なんで叩くんだよ…真里が嫌いになったのか?」
「……ハァ…ハァ…ハァ…」
「よっすぃ〜答えろよ…、こんなに痛かったら真里が泣いちゃうだろ…」
「…………」
「なんだ…?そんなにあの女が大事なのか?」
瞳が変わった。
「どうなんだ…?はっきり言えよ…なぁ、よっすぃ〜…」
- 402 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)06時55分17秒
その瞳に捕らえられた時、あたしは平家さんと話していた時に聞いた、平家さ
んの忠告を思い出した。
『多重人格やってわかったんなら…真里ちゃんに気ぃつけろよ
真里ちゃんの中のもう一人の<マリちゃん>は、真里ちゃんの事を溺愛して
いて、真里ちゃんを傷つける者を襲う可能性がある』
『せやから…十分気ぃつけるんやで?』
- 403 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)07時04分15秒
- 更新終了。いつもこれくらい更新できたら……いいのになぁ〜☆
>>387名無し読者様
この後、よっさんにはもぉっとがんばってもらいます(微笑)
- 404 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)07時06分17秒
- え〜と、少し付け加え。一人称の確認です。
記憶喪失だと言った時の矢口さんは『ヤグチ』です。
今のキケンな矢口さんは『オイラ』。
今までの物語中でも時々入れ替わってる所があるので、よかったらそれを踏まえて見て見てください。
よっすぃ〜は『あたし』で、なっちは当然『なっち』です。
どうでも良い事ですが、一応載せました。
- 405 名前:名無し 投稿日:2002年08月21日(水)07時13分23秒
- 今、初めて読ませてもらいました。
すっごくおもしろいです。
これからも頑張ってください。
- 406 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月21日(水)07時32分12秒
- あっ!もはやレスが!
>>405名無し様
ありがとうございます。文章力もさほどありませんが精進していきます!
もう一つ付け加えです。矢口さんが逃走したのが8年程前、
調査が進んでいった後になっちが加わってさらに調査、という事を入れたかった
のですが…もう遅い(泣)
- 407 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月21日(水)14時22分51秒
- いや〜、なんか凄い展開になりましたね〜。
よっすぃ〜とマリちゃんの対決(?)・・・どうなるんだろう・・・。
矢口の一人称で>>404みたいな設定があったとは気が付きませんでした。
後で読み返してみようと思います。
- 408 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月22日(木)14時56分57秒
- なんこか質問いいですか?
・>>381からの矢口さん、誰を殺そう(?)としてたのですか?
・なんでなっちは(>>381の時)によっすぃ〜の家にいたのですか?
・矢口さんが逃げたしたあとは、なかざーさんのとこにいたのですか?
・オイラのほうの矢口さんは、記憶があってヤグチのほうの矢口さんが
記憶喪失なんですか?
・石川さんのをケガさせたときいつ、外にでてたんですか?
・オイラのときの矢口さんに、ヤグチの記憶ってか意思はあるんですか?
- 409 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時39分04秒
「吉澤さんっ!!」
安倍さんの声で正気に戻る。
見ると安倍さんは銃を両手で構えていた。
そしてあたしの喉には、一度床に落ちたはずのナイフ――――。
あたしの後ろには…あたしの愛しい人。
「撃ってみなよ、よっすぃ〜に当たるかもしれないけど」
「っ…!?」
苦虫を噛み潰したような顔で、安倍さんは銃を構えたままどうする事もできず
その状態で停止してしまった。
「そう…そのまま銃をこっちに投げな」
それに安倍さんが動く事はない。
黙ってこマリを睨みつけているだけ。
「…………」
「投げろ!!」
- 410 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時39分41秒
――――――――…ガチャッ
「…フフッ、これでさっきと立場が逆になったね」
「……っ…!」
ゆっくりとあたしに向けていたナイフを下ろすと、足元まで滑り流れてきた拳
銃を手に取り安倍さんに向ける。
そして―――――…
――――――――パンッ!!
「っ!?」
「あらら、はずしちゃったよ」
何のためらいもなく、マリは安倍さんに向けて発砲した。
拳銃には慣れていない(?)ものなのか、弾はそれてかろうじて安倍さんには
当たらなかった。
しかし安心する暇もなく、マリは続けて撃とうと再び銃を構えた。
「動かないでね」
にっこりと笑顔を見せ、そうしてトリガーが引かれようとしたその時、
- 411 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時40分15秒
―――――――ドンッ
―――――――パァンッ
「なっ…!!」
「安倍さん逃げて!」
あたしはマリに体当たりをした。
弾丸はまたしても壁に当たり、安倍さんは無事だ。
そのままあたしは勢いを止めることなく、安倍さんの手を引いて
外へと飛び出した。
- 412 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時40分45秒
「よっすぃ〜、待って!!」
「!」
「よっすぃ〜…!!」
その言葉に足が止まる。
だめだ、止まっちゃ…あいつは矢口さんじゃないんだ。
「よっすぃ〜!!」
でも…その声は…。
矢口さん…。
- 413 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時41分23秒
―――――――パァンッ
「…っうぁっ!!」
「吉澤さんっ!!」
急所は外れていたが、右の二の腕を撃たれてしまった。
そこから止めどなく真っ赤な血が溢れ出てくる。
「…っ大丈夫です…早く!」
安倍さんの背中を押して玄関から出ると、薄暗い照明すらも消えてしまった渡
り廊下を必死で走った。
後ろから何度か銃声が聞こえてきたけど、それらはあたしたちに当たることな
く、なんとか下まで降りられた。
けど安心しているヒマは全くない。
逃げてしまっては矢口さんは何をするか分からない。
標的がいなくなれば、見境なくその辺の住人をも襲う可能性だってある。
そんなことより何よりも、あたしが逃げる事は絶対に出来ない。
- 414 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時41分53秒
でもどうすればいい?
あたしの腕から流れてる血が、矢口さんに居場所を教えてしまう。
暗くてよく見えないかもしれないけど、時間が経てばいずれかバレる。
どうすればいい?どうすれば…。
「吉澤さん、どうしたの!?」
「え…?」
頬に何か伝い落ちるものの感触。
なんで…泣いてんだ、あたし。
「痛い?やっぱり…」
「あ…いえ…痛いことは痛いですけど」
傷の痛みじゃない。そんなもんじゃない。
もっと痛い…他の何か…。
…なんだ…?
- 415 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時42分24秒
ああそうか。
撃たれた事が痛かったんだ。
矢口さんに迷いもなく撃たれた事が…。
その事が辛かったんだ。
矢口さんの中のあたしは消えたのかな…。
- 416 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時42分55秒
「吉澤さん!あの中!!」
何分か走り続けた頃、走りながら安倍さんは指を指した。
そこは、あのニュースで事件があったという廃ビル。
矢口さんが…中澤という人を殺した場所。
「とりあえず中に!!」
安倍さんに手を引かれて、ひとまずその中に逃げ込んだ。
- 417 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時43分29秒
暗く湿った階段を駆け上がっていく。
あまり高さはないビルだったけど、視界が見えにくいせいか不安で足が重くな
っていた。おまけに腕の傷もプラスされ、疲労も激しくなってくる。
「…ハァッ…ハァッ…ハァッ…!」
「吉澤さん、大丈夫?腕…」
「…なんとか…っ、平気ではないですけど…」
腕を抑え、階段を上る。
腕が振れないために、いつもの半分以上もの遅さになっている。
「…くっそぉ!」
- 418 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時44分05秒
―――――――――カンカンカンカン...
後ろからの足音。
階段から身を乗り出して下を見ると、そこに憎しみに瞳を光らせたヤツがいた。
「!早い、もう…!?」
「吉澤さん、ここ!」
あたしたちはちょうど5階に着いていて、目前にあるドアへ足を踏み入れた。
「…っ!?」
中に入るとそこには何もない部屋。
どうやら以前はオフィスとして使われていたのか、デスクなどその形跡は残っ
ているが、それら全てを次に利用する所へと運び込んだ様だ。
もちろん、隠れる場所なんて見つかるわけがない。
どうするか…。
- 419 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時45分06秒
「やぁっと追いついた」
時既に遅し。
マリはドアの前にいた。
息を切らしながら、それでも笑顔でゆっくりと近づいてくる。
「懐かしい…、このビル。あの女が死んでいった場所…」
やさしい顔をしてとんでもない事を言っている。
「また同じ場所で誰かを殺すなんて…なんだか滑稽だなぁ」
- 420 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時45分46秒
「抵抗しても無駄だからね…」
ゆっくりと銃口を向ける。
そしてゆっくりとトリガーが引き抜かれた。
―――――――カキンッ
しかしそこに響いたのは銃声ではなくはじかれたような金属音。
「…!」
マリは舌打ちをすると銃を投げ捨てた。
「不発…」
それはそうだ。
あんな小さい護身用のハンドガンになんて、そうそうたくさんの弾丸が補充で
きる訳がない。マリはここに来るまでの間、それらを全て撃ち切っていた。
それなら…殺される可能性は、少しばかり縮まった筈。
- 421 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時46分22秒
「矢口さん…お願いです、もう止めて…」
さっき言えなかった事を口にする。
「…オイラは真里じゃない、オイラは真里の望む事をするだけだよ」
そして、マリはいつの間にか手にナイフを忍ばせていた。
「ぅああああああっ!!」
叫び声を上げてマリはナイフを構えたまま突進してきた。
その先は…安倍さん。
「危ないっ!!」
- 422 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時46分53秒
―――――――ボグッ
「く…っはぁ…!」
慌てたあたしは矢口さんに思い切りボディーブローをはなった。
右利きだったのでやや威力はなかったが、それでも矢口さんの体には相当の衝
撃が加わった事だろう。
「…うあっ…かはっ…!!よ、っすぃ〜、なんで…」
腹を抑えてむせこんでいる。
ちょうどみぞおちの辺りに綺麗にヒットしたから当然だろう。
「なんで…邪魔するんだよぉ…。オイラ、は…ただ、邪魔なモノを始末してる
…だけ…なのに…っ…よっすぃ〜と…真里の間に入った邪魔者を…始末して
る…だけ、なのに…!!」
この時マリの様子を見て、あたしは頭の中で、ある事を考えていた。
一か八か…二度と同じ事は出来ない。
矢口さん…。
- 423 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時53分40秒
「何か言ってよ、よっすぃ〜…」
「…………」
ぐっと口を噤んで矢口さんを見つめ続けた。
必死で恐怖と対決しながら、あたしは最後の決断をした。
「そう…やっぱり、よっすぃ〜もあいつらと同じなんだね…。可哀想な真里…
やっと信じあえる相手と巡り会ったと思ったのにね…」
そしてマリはまたナイフを構えた。
気味の悪い薄笑いを浮かべているマリの表情は狂っていた。
もうあたしの声なんて、耳に入っていないだろう。
「ハハ…あの男もあの女も…よっすぃ〜も同じなんだ…。
こんなヤツもう信用できない、やっぱり真里の近くにいなくちゃならないの
はオイラだけなんだね…」
「嘘だよね、よっすぃ〜…。ヤグチの事嫌いになってないよね…?」
「え…」
「もう遅いんだよ…よっすぃ〜も所詮やつ等と同じなんだよ…」
矢口さんは一人で二人分話していた。
おそらく…『マリ』と『ヤグチ』が入れ替わって話しているんだろう。
「ヤグチ信じないよ…、だから…こっち来てよよっすぃ〜…。
だからムダなんだよ…これ以上オイラを困らせるなって。
ヤダよ…よっすぃ〜…一緒に居てよ…ねぇ」
- 424 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時55分45秒
「よっすぃ〜…ヤダよぅ…。
真里のためだ…死んでもらうよ。
よっすぃ〜行かないでよぉ…」
何言ってるんですか。
あたしちゃんと言ったでしょう?矢口さんに。
矢口さんの事心配します。
いつも矢口さんの事考えてます。
たとえあなたがあたしを忘れても
あたしはそれを貫き通します
だから最後にもう一度だけあたしに
「…うああああああああぁぁぁっ!!!」
あなたの笑顔を見せてください――――――
- 425 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月22日(木)17時56分39秒
- 残りあと2回ほど更新いたします。
>>409読んでる人@ヤグヲタ様
もっと凄くしたいです、自分では(w
>>408名無しさん様
・>>381で矢口さんが殺そうとしていたのは吉さんです。
説明が足りなかったですね、すいません(汗
・矢口さんが外に出た時は夜中です。さらに加えると、星を見てた時に外に
梨華っちを見つけたということで。この辺も書いておけばよかったですね。
もう一個付け足しで、梨華っちはタクシーで来ました(w
・オイラとヤグチは両方の意志を共通しています。
でもまだ他にも…、それは本編の方で。
あとの質問に対してはこの後の話に出す予定ですので、あしからず。
たくさんのご指摘ありがとうございます。
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)13時59分36秒
- この先どうなるのでしょうか・・・?
- 427 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月23日(金)17時48分24秒
「矢口…さん……」
彼女を腕の中に閉じ込め、折れよとばかりに力を込めた。
「よっ、すぃ〜……何で…」
足りない…これだけじゃ、まだ…。
もっともっと近づきたくて、矢口さんの体を自分の方に引き寄せる。
そうする度に滴り落ちる赤い鮮血が、グレーの床に華を咲かせた。
喉から何かが湧き上がってくる。
口の中が鉄の味で覆われ、しまいにはそれらは口から溢れ出し、辺りを赤く変
色させてしまった。
- 428 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月23日(金)17時49分09秒
腹部が燃えるように熱い。
腕に力を込める度、お腹の筋肉が収縮され異物の存在を知らしめる。
ナイフはすでに柄の部分まで自分の中に食い込んでいた。
「何で…避けなかったの……」
少し体を離して顔を見た。
怯えと、疑いとが入り混じり、今にも泣きそうなその顔。
矢口さんはナイフから手を離した。
それを見計らって、もう一度強く抱きしめる。
「…ぁたしは…逃げません、から……」
「よ、っすぃ…」
「ちゃんと…一緒、に…います…から、だから……」
- 429 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月23日(金)17時49分40秒
立ってられない。
足の力が入らない。
矢口さんの肩を掴みながら、ズルズルとあたしは膝をついた。
「よっすぃ〜…!!」
ああ、その顔。
矢口さんですね。
大丈夫。
心配しないで。
あたしここにいますから。
だから泣かないで――――――。
- 430 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月23日(金)17時50分22秒
既に瞳が潤んできている彼女の頬に手を添えて、
その唇に優しく口付けた。
吐血によって赤く汚れていたために、当然彼女の唇は赤く染まる。
生々しい筈のそれは、何故かそう感じさせる事はなかった。
薄暗い部屋で、微かにもれる月明かりに照らされる真っ赤な口紅―――。
綺麗だった。
ごめんなさい…汚しちゃって…。
そんな悠長な事を考えながら、あたしの体はとうとう耐え切れなくなって崩れ
落ちた。
瞼を閉じる直前、ビルの窓の外に大きく輝く一つの星が見えた。
また…一緒に星…見たい、な………。
- 431 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月23日(金)17時57分28秒
- 次回でラスト。多分大量更新になると思います。
さぁて本腰入れますよ!
>>426名無しさん様
それは見てのお楽しみ(w
- 432 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年08月23日(金)20時43分49秒
- よ・・よっすぃ〜!!!!!!!
- 433 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月23日(金)22時23分25秒
- ああ・・・よっすぃ〜・・・。
ラスト、激しく楽しみにしてます。
- 434 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月24日(土)16時57分19秒
- 一気に読みました!
ラスト期待してます!
- 435 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時53分17秒
「……ん……」
眩しい………。
どこだろう…ここ…。
真っ白いその空間が目の前に広がって、瞳を開ける事ができない。
矢口さん…どうしたかな…。
―――――――…ゎ……ん……し…わさ……
誰…?誰か呼んでる…?
矢口さん…どこですか…。
- 436 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時53分49秒
「――――矢口さんっ!!」
「おわっとぉ!びっくりしたぁっ!!」
そこにいたのは愛しい人ではなく、酷く驚いて間抜け面な安倍さんだった。
「あ…べさん…」
「あ、なんか残念そう」
そんなこと言うとお見舞いあげないぞ、と安倍さんは目の前にケーキの箱をブ
ラブラさせながら笑っていた。
「やっと目ぇ覚めたねー、よかったよかった」
なんて言いながら、ちゃっかり安倍さんはケーキの箱をごそごそやっていた。
それあたしのお見舞い品じゃないんですか?
- 437 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時54分23秒
「ここは……っ」
上半身を起こすと右腕と腹部に痛みが走った。
辺りを見回してそこでようやく自分がベッドに寝かされている事が分かった。
「近くの病院だよ」
ショートケーキにパクつきながら、安倍さんは答えた。
外はもう朝を迎えていた。
眩しかったのはこのせいか…。
「あの後吉澤さんの携帯借りて、病院に連絡したの。
まずここと、あと署の方に」
そして安倍さんは、もはやひと口大の大きさになってしまったケーキをひと口
で飲み込み、立ち上がった。
「さて!行きましょうか」
「え…?」
「矢口さんのトコ」
- 438 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時54分53秒
病室を抜けて白い廊下を安部さんと談話しながら歩いていく。
安倍さんから聞いたところによると、あの時…あたしが倒れてしまった後に、
矢口さんも気を失って倒れてしまったらしい。
そして連絡がいき、あたしと矢口さんはこの病院に運ばれたのだそうだ
「にしてもさぁ、吉澤さんも無茶するよねぇ。あんな事するなんて聞いてなか
ったからなっち驚いたっしょ」
「包丁だったらちょっと戸惑いましたけど、ペーパーナイフでしたから」
そのお陰でこうして歩く事も出来るわけだ。
「まぁねぇ、でもなんでわざわざ刺されたりなんかしたの?」
「賭け、だったんです」
「賭け?」
「はい」
なんていうか一種のショック療法みたいなものだった。
あの場所で中澤という人を殺してしまったという衝動を逆手に取り、同じ再現
を繰り返した。マリに取っては思いがけない事だろうその行為を、彼女がどう
受け取るかによって、良い方向にも悪い方向にもいってしまう危険なギャンブ
ルだった。
- 439 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時55分24秒
「ていうかなっちも怖かったよ。吉澤さんの言うとおりやってたらさぁ、銃は
取られるし発砲はされるし、挙句の果てに追いかけられて…」
おぉ、なんて言いながら安倍さんは肩を竦めた。
「死んだらどうしようかと思った」
マリは衝撃的な感情によって心を動かされる。
恨み、苦しみ、辛み、嘆き…そして妬み。
矢口さんの中に引き起こされるそれらのものにより、マリは姿を現す。
だからその中のどれかの感情を引き出してやれば、マリは出て来るだろうと考
えたあたしの作戦。それは見事に的中した。
「だからって、なっちを浮気相手役にしなくてもいいでしょーが」
「あのくらいの事、浮気っていいませんよ」
ケーキあげて紅茶出して、何時間か話してただけなのに…。
「おんなじだよ!」
- 440 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時55分55秒
作戦を企てた時に、安倍さんに頼んであたしと仲のいい振りをしてもらった。
それでマリが矢口さんの中に沸き起こる、嫉妬の感情に反応して出てくると思ったのだ。もしそれでマリが現れなかったら…あたしは絶望してた。
つまりそれは愛されてなかった、ってことでしょ?
相手役をごっちんや梨華ちゃんに頼めばいいとも思ったけど、何も知らない部
外者の人たちを危険なことに巻き込むわけにはいかない。
第一、梨華ちゃんはすでに一度襲われていたのだからこれ以上関わればホント
に殺されてしまうと考え、結果、相手は安倍さんに決定したのだった。
「関係ないのに危なかったべ」
「よく考えたらそうですね」
「無責任だべさ…」
- 441 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時56分26秒
「おぉい!二人とも!!」
「あれっ」
なんでここに?というあたしの顔を見て安倍さんは言った。
「なっちが呼んどいた。必要かな、と思って」
「あ〜ぁ、あれほど気ぃつけぇよ、言うたのに!刺されたんやろ!?」
「平家さん…声大きいですよ…」
「まぁそんな事はええねん、そんな事は」
いや、あなたがよくても周りの人に迷惑かかるでしょう…。
仮にも大病院の院長の娘なんだからその辺の事は…。
「そんな事より、はよおいでや。真里ちゃんもう気ぃついてんで?」
「え…」
平家さんが指差す病室のドア。
その横に設置されているテンプレートには彼女の名前が書かれていた。
ドアを開こうかと躊躇していると、安倍さんに背中をポンと叩かれる。
振り向くと安倍さんが「大丈夫」というような瞳であたしを見つめていた。
でもその横で、平家さんの面持ちが暗かったのをあたしは気がつかなかった。
- 442 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時57分11秒
―――――――カチャ…
ゆっくりとノブを引くと、そこに一人矢口さんはいた。
半身を起こし、ただ何もせずにポーッと光が差し込んでくる窓から外の景色を
眺めているようだった。
「真里ちゃん」
その言葉に彼女はゆっくりと顔だけをこちらに向けた。
「…みっちゃん」
「!?」
「頭の方はもう大丈夫か?」
「…うん、まだズキズキするけど…平気」
もしかして―――――…!
あたしは安倍さんと目を合わせた。
安倍さんは何も言わずに、でも嬉しそうに笑顔で大きく頷いた。
よかった…矢口さん……よかった…!
- 443 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時57分43秒
「…………」
ふと会話が途切れた事に気がついて、あたしは視線を戻した。
矢口さんがじっとこっちを見たまま制止している。
あたしは何の言葉も見つからなくてただ見つめあう体制をとる。
平家さんも安倍さんも何も言わないであたしたちの様子を窺っていた。
その時、矢口さんがふっと微笑んで見せた。
「…!」
あたしの見たかった笑顔。
戻ってきた…やっと…。
それに答えるようにあたしも矢口さんに笑みを返した。
「こんにちは」
矢口さんは笑顔であたしに向かい、そう言った。
足元が音を立てて崩れ落ちるような感覚だった。
- 444 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時58分13秒
――――――――――……
「…人格っちゅうんはその役割が決められてるモンなんや」
「例えば?」
「おそらく<ヤグチ>の人格は<矢口真里>を名乗る仮の人格。
真里ちゃんが小さい頃、貰い受ける事の出来んかった優しさや情愛を欲し、
<マリ>を突き動かす元凶…やな…」
「じゃあその<マリ>の方は?」
「前に言ったとおり、真里ちゃんを溺愛しそれに近づく一切の物を傷つける。
凶暴な守護の人格かもな」
「へえ〜…」
そんな安倍さんと平家さんの会話を病院の待合室で聞きながら、あたしは頭の
片隅でそれに反した答えを出していた。
- 445 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時58分49秒
<マリ>は凶暴な人格…?
いいや、そんなことない。
人には多かれ少なかれ、愛情というモノが備わっている。
愛しいという気持ちは誰でも持っているはず。
<マリ>はただ、その気持ちが強すぎただけなんだ。
それが狂気となって周りの人間を傷つけてしまって。
だって好きな人を守りたいという気持ちは、誰だっておんなじだから―――。
- 446 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)18時59分34秒
あの時のショックで人格の分裂は解消され、<マリ>と<ヤグチ>は消えた。
けれど――――それと引き換えに、その間の記憶は一切無くなっていた。
もちろんあたしの事なんて覚えている筈もなかった。
泣きたかった。
でも泣けなかった。
矢口さんはあたし以上の悲しみと向き合わなければならない。
背負っている罪を、矢口さんは償わなければならない。
人を殺したという事実。
それは彼女自身が拭い去らなければ決して消える事はない。
それに彼女は真正面から向かって行けるだろうか―――。
大丈夫、矢口さんなら…大丈夫。
- 447 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)19時00分15秒
その夜――――診察時間を終えた病棟は次々と閉まっていく。
安倍さん、平家さんもお見舞い品を残して帰っていった。
明日、ごっちんや梨華ちゃん、圭ちゃんにも連絡してくれるらしい。安倍さん
には何から何までお世話になってるなぁ、あたし。
感謝感謝。
「消灯でーす」
看護士さんの声と同時に室内の灯りという灯りが消えた。
もう10時を回っていた。
でもあたし…まだ眠くないなぁ。
足音が遠ざかったのを感じると、首だけを廊下に出し辺りを窺う。
――――よし、いない。
足音を消す為にスリッパを脱いでゆっくりと階段までの道のりを歩いていく。
あたしの部屋は個室だったので、誰かに発見されるということもなく無事に外
に出る事が出来た。念の為に毛布を丸めて布団の中に突っ込んでおいたから、
そう簡単には見つからない。
暑いな…どっか涼める場所…。
「あ…そうだ…屋上」
- 448 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)19時00分54秒
――――――……
「ふぅ〜…」
冷たい風が頬をくすぐって気持ち良い。
体と心を落ち着かせるのにちょうどいいカンジ。
フェンスに近寄って見下ろすと、色んな店の明かりやネオンが綺麗に見える。
なんだか下にある星みたいだ。
上の星空と下の星空、その境界でその二つを独り占めにしている様な気に思
えて何だか嬉しかった。
- 449 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)19時01分29秒
「わっ…」
急に突風が吹いて体がよろけた。
「ちょっと寒いなぁ…」
来たばっかりだけど戻ろうかな…。風邪ひくよりはマシだし。
腕をさすりながら来た道を戻ろうと振り返った。
その時
「あ…」
「あ、先客がいた」
「矢口さん…」
- 450 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)19時02分30秒
「ん〜気持ちい〜!」
ぐぐぅ〜っと伸びをしてあたしの横に来て空を見上げた。
「え〜っと…吉澤さん…だよね」
いつかの懐かしい呼び名に、あたしは目を細めて、頷いた。
ホントに覚えてないんですね…。
「そのケガ…あたしがやっちゃったんだよね…」
右腕を指して言った。
「みっちゃんに聞いたよ…ゴメンね」
「え…聞いたって…?」
「全部。吉澤さんにお世話になってた事も、あたしに何が起こってたのかも
、…裕ちゃんが死んじゃった事も…」
その名前を聞いた途端、左胸が痛んだ。
「裕ちゃんはね、孤児院から逃げ出して途方に暮れたあたしを引き取ってく
れたの。…何にも言わないで黙って「おいで」って…」
「大好きだった…」
- 451 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月24日(土)19時03分25秒
「でもさ…いくらあたしが裕ちゃんの事好きでいても、裕ちゃんはあたしの
事なんて、ただの同居人としか思ってなかったんだよね。
それで裕ちゃんが結婚するなんて言ったもんだから…」
「矢口さん…」
「でも…でもさぁ…、あたしが…あたしが殺しちゃったんだよね…」
すんだ瞳から流れ落ちる雫。
泣かないで―――――お願いだから…もう見たくない…。
誰の事を好きでいてもいいから――――。
だから泣かないで――――…。
Converted by dat2html.pl 1.0