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『オムニバス短編集』8thStage〜ブルーBLUE青〜
- 1 名前:第8回支配人 投稿日:2002年06月29日(土)00時01分37秒
- 色とは不思議なものである。
いろいろなものを連想させる。
白といえば雪などの具体的なものを思い浮かべるかもしれないし、ただ明るい色と思うかもしれない。
赤といえば太陽を思い浮かべるかもしれないし、熱いと思ってしまうかもしれない。
では、「青」と言われて何を思い浮かべますか?
作品を投稿する >>2-5
作品を楽しむ >>6-999
- 2 名前:作品の投稿の仕方 投稿日:2002年06月29日(土)00時03分32秒
- 1)まずは作品を完成させてください。
(投稿の際、コピペを使用することが望ましいので、できればその準備も)
2)次に登録用スレッドにて参加登録してください。
登録用スレッド
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=989174315
登録する際の例
「★〇〇番目「タイトル」●●●レスより開始します。」
もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおしてください(書き込み例は上記と同様)。
ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをしてください。
- 3 名前:作品の投稿の仕方 投稿日:2002年06月29日(土)00時05分34秒
- 3)続いては作品の投稿です。
「名前欄」には「タイトル名」、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載してください。
投稿レス数は25レス以内、一度投稿しはじめたら最後まで一度に投稿してください。
作品の最後に必ずそうと判る目印(fin.や-完-など)を入れるのも忘れずに。
なお、あとがきは投稿用スレッドには書かないようにしてください。
書き込みたいときは、感想用スレッドに書き込んでください。
もし、書き込み(登録スレ)から24時間以内に更新されなかった場合、
その作者さんの登録番号は登録キャンセル/投稿無効と見なします。
無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
登録番号が無効になった場合、登録スレに
『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。
4)最後に投稿が終わったら、登録スレッドにその旨書き込んでください。
例
「☆〇〇番目「タイトル」●●●レスで終了しました。」
- 4 名前:作品の投稿の仕方 投稿日:2002年06月29日(土)00時06分31秒
- なお、投票締め切りまで参加作者がハンドル等を公開することは禁止されています。
これは作者による先入観を無くすためと、新人作者さんが参加しやすくするためです。
支配人による公開解禁の合図が出た後のカミングアウトは任意です。
今回のテーマは「青」です。
別れを連想させるものならばどのようなものでもかまいません。
ただし、必ず25レス以内におさめてください。
投稿期間は6月29日0時〜7月6日23時59分までです。
- 5 名前:作品を楽しむ 投稿日:2002年06月29日(土)00時07分15秒
- 読者としての注意点。
作品に対する感想や批評は案内板の感想スレッドに書き込んでださい。
投稿スレッドに感想を書き込むのは厳禁です。
感想スレッド
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1014391000
感想は積極的におねがいします。
普通の感想、批評、酷評、どんなことでもかまいません。
ただし、作品に対する話でお願いします。
投稿締め切り後、投票がありますので、そちらにも振るってご参加ください。
投票は作者、読者どちらでもかまいません。
投票期間は7月7日0時〜7月13日23時59分までとなっています。
なお、今回は『最も印象的だったキャラクター』に特別賞が贈られます。
- 6 名前:今までの作品を見る 投稿日:2002年06月29日(土)00時10分01秒
- ・第一回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/989646261.html
・第二回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/purple/993979456.html
・第三回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/flower/998168613.html
・第四回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/white/1004797991.html
・第五回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/1007385455.html
- 7 名前:今までの作品を見る 投稿日:2002年06月29日(土)00時10分37秒
- ・第六回─http://mseek.obi.ne.jp/kako/yellow/1014390660.html
(二枚目)http://mseek.obi.ne.jp/kako/yellow/1015124202.html
・第七回―http://mseek.obi.ne.jp/kako/sea/1019314468.html
それではお楽しみください。
- 8 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時15分22秒
- 降りしきる雨の中、傘もさすずに一人の女の子が足早に歩いていた。
彼女―吉澤ひとみ―は、一人、あの公園に向かっていた。
右のポケットには手紙と、アネモネの花・・・・
左のポケットにはキッチンナイフ・・・・
自分のやっていることが、彼女が望んでいたことと違うことはわかっている。
しかし・・・・・ひとみはそうせずにはいられなかった。
大事な梨華を失ったひとみは、もうどうでもよかった。
- 9 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時16分42秒
- ひとみが梨華と出会ったのは、バイトの帰り道の傍の公園だった。
もともとこの公園に人はほとんどいなかった。
ましてやひとみが帰る時間に人がいるなんて・・・・
街灯の下の花壇で梨華はじっと座っていた。
何かに魅せられたかのようにひとみは梨華に近づいていった。
「あの・・・何してるんですか?」
「え・・・・」
不意に声をかけられ、梨華は驚いて振り返った。
その目には涙が浮かんでいた。
その涙を見たひとみは、後に続く言葉が出なかった。
「誰?」
ポツリと梨華が言う。
「え・・・吉澤ひとみ。えっと・・・・こんな時間にこんなとこにいるから・・・
気になって・・えっと怪しいものじゃ・・・ただ、バイト帰りで・・・・」
しどろもどろに答えるひとみに梨華は笑いながら言った。
「私は石川梨華。よろしく、ひとみちゃん」
「え・・・うん。で、石川さんはどうしてこんなとこに?」
「梨華でいいよ」
「じゃあ・・・梨華・・・ちゃん・・・どうして?」
ひとみは真っ赤になっていた。
- 10 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時17分46秒
- 「この花なんていうか知ってる?」
梨華は足元にある青い花を指差して言った。
花なんて、ヒマワリとアサガオくらいしか知らないひとみは、その青い花が何か知るはずも無かった。
「これはアネモネっていうの。私はこの花がとても好き・・・」
そう言った梨華の顔は、言葉とは裏腹に寂しそうだった。
結局梨華は、ここにいる理由を言うことは無かった。
けれど、ひとみはそれでよかった。
梨華に出会えたこと、それだけで十分だった。
- 11 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時19分03秒
- ひとみは梨華とそれから何度も公園で会った。
梨華はいつも花壇の前に座っていた。
そして、ひとみは段々梨華に惹かれていく自分に気がついた。
「ねえ・・・・梨華ちゃんは普段何してるの?」
「え・・・駅前のお花屋さんで働いてるの」
「ふーん・・・ね、今度いっていい?」
「なんか恥ずかしいな、知りあいが来るなんて・・・」
こんな他愛もない会話が、ひとみにとってはかけがえの無い時間だった。
だが、ひとみは梨華が時折見せる寂しそうな表情がとても気になっていた。
しかし、それを梨華に聞くことはなかった。
聞けば全てが終わりそうな予感がしていたから・・・・・
- 12 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時20分36秒
- 「いらっしゃいませ」
そう言った梨華の表情が緩む。梨華はひとみの方に駆け寄ってきた。
「いいの?」
「いいよ。丁度暇な時間だし」
ひとみは花屋に入るなんて初めてだった。
梨華がいなければ、きっと一生来ることがなかっただろう。
そんなひとみに、梨華は一つずつ丁寧に花の説明をしてくれる。
「えっと・・・この赤い花はバーベナ。美女桜とも言うの。春から秋までね、赤だけじゃなくって、青や黄や白の色んな色の花が咲くんだよ。」
花のことになると、梨華は本当に生き生きしている。
ひとみは、そんな梨華に見とれていた。
「バーベナの花言葉は『魅了』なの」
「へー、じゃあさ、梨華ちゃんがいつも公園でみてる花・・・・
えっと・・・何だったっけ?」
「アネモネのこと?」
「そう、それそれ。その花の花言葉は何なの?」
「えっと・・・・ごめん。忘れちゃった」
梨華の表情が一瞬曇ったのを、ひとみは見逃さなかった。
梨華が時折みせるあの表情・・・・・それだった。
- 13 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時21分59秒
- 「あれ?梨華ちゃん、その人、恋人?」
気まずい雰囲気を破ったのは、店主の中澤だった。
「「違います」」
思わず声が揃った二人は、吹き出してしまった。
「まあええわ、今日はもう帰ってええよ」
「え・・・・いいんですか?」
「ええよ。今日はそんなに忙しくならんやろし、二人でデートでもして、楽しんでおいで」
「違いますってば!!」
そんなこんなで店を出て、二人は歩き出した。
- 14 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時23分43秒
- 「ごめんね、店長が変なこといって・・・」
不意に梨華は言う。
「そんなこと・・・・・私は・・・・・・迷惑なんかしてない・・・・」
消え入りそうな声でひとみは言う。
「え?よく聞こえなかったけど・・・」
ひとみは何も言わず、梨華を抱きしめた。
「ちょっと・・・ひとみちゃん・・・・」
「梨華ちゃん・・・・・迷惑なんかじゃなかったよ・・・ずっと梨華ちゃんのことが好きだったんだ・・・・ずっとこうしたかった・・・・」
「ひとみちゃん・・・・・」
そして、二人は静かに唇を重ねた。
ひとみはその時、目を閉じていたからわからなかった。
梨華がどんなに悲しそうな表情をしていたか・・・・
そして、二人を遠くから見ていた一人の人物のことを・・・・
- 15 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時24分44秒
- 「梨華、吉澤ひとみに関わるのはやめなさい」
いつもの寝室で、梨華から体を離し、保田はそう言った。
急に保田から出たひとみの名前に、梨華の表情はこわばった。
ひとみの知らない梨華のもう一つの顔・・・・・保田は梨華の婚約者だった。
しかし、梨華は最近保田からの愛に疑問を感じていた。
事が終わると、さっさと梨華を部屋に送り返す保田に、梨華は不安を感じていた。
この人は本当に私を愛してくれてるの・・・・
そんな思いが梨華の頭に巡っているとき、梨華はあの公園でひとみに出会ったのだ。
アネモネの咲くあの公園で・・・・
アネモネの花言葉を、梨華はもちろん知っていた。
『薄れていく恋』『恋の苦しみ』
それがアネモネの花言葉だった。
「わかったね、梨華」
「・・・・はい」
梨華は答えた。梨華は保田のことも本当に愛していたから・・・・
「まあ、もう会うことはないと思うがね」
そう言って保田は薄笑いを浮かべた。
「え・・・・どういう・・・・」
- 16 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時26分13秒
(ヤバイッ)
ひとみはとっさに感じた。さっきのでアバラ骨が折れたに違いない。
鈍い痛みが全身に広がっていく。
3人の男に連れられ、例の公園にきたひとみは、いきなり男の蹴りを食らった。
「あんたら・・・何なんだよ・・・・」
ひとみは痛みを必死にこらえながら言った。
「保田さんからの命令でね・・・あんたが悪いんだよ。あの人の女に手を出すから」
聞き覚えのない名前と同時に発せられた、『女』という言葉が、ひとみをハッとさせた。
しかし、ひとみは必死に自分の考えを否定した。
まさか・・・・彼女がそんなはずは無い。そう思いたかった。
けれども、男の口から出た言葉は、ひとみのそのはかない期待を打ち砕いた。
「石川梨華って女を知らないとは言わせないぞ」
「あんたに恨みは無いが、こっちも仕事でね、二度と近づかないように、痛い目にあわせろって言われてるんだよ」
そうして、男たちの暴行は続いた。
ひとみも必死で抵抗するが、3対1の上に、相手はその道のプロだ・・・
薄れていく意識の中、アネモネの青い花がひとみの目に映った。
(梨華・・・・・ちゃん・・・・)
- 17 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時27分02秒
- 意識が戻ったとき、ひとみは病院のベットの中だった。
アバラを含め、5ヶ所の骨折と全身の打撲。
ひとみは2週間の入院を余儀なくされた。
しかし・・・・その間、梨華がひとみの前に現れることはなかった。
中澤に電話をしたが、梨華は最近は店にも出てきていないとのことだった。
梨華・・・・
保田のことを聞いても、梨華への気持ちは変わらなかった。
梨華の口から真実を聞くまでは、信じることが出来なかった。
- 18 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時27分58秒
- ひとみは退院すると、急いであの公園に向かった。
しかし、いつもの時間になっても梨華は現れなかった。
ただ、アネモネの花だけは、いつもと変わらず咲き誇っていた。
あきらめきれないひとみは、中澤から教えてもらった梨華の住所を頼りに、梨華の家を探した。
梨華の家は例の公園のすぐ近のアパートだった。
覚悟を決めて、ドアをノックする。
しかし、返事は無い。
鍵は・・・・開いていた。
「梨華?入るよ?」
そう言ってひとみはドアをあけ、中に入る。
「梨華?いるの?」
ひとみの声はそのまま部屋に吸い込まれていった。
胸騒ぎがして、ひとみは上がっていった。
扉をあけると、そこはリビングだった。
机の上に、アネモネの鉢と一通の手紙が置いてあった。
『ひとみちゃんへ』
そう書かれていることに気付いたひとみは、手紙を手にとった。
- 19 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時29分22秒
- ひとみちゃんへ
本当にごめんなさい。保田さんのことをずっと黙っていて
でも、あなたのことは本当に好きだった。
あなたのやさしさは、私を救ってくれた。
でも、そのことが、結局、あなたも保田さんも傷つけてしまった。
私の愛する人が、愛する人を傷つける
そのことは私には絶えられなかった。
延々と詫びの言葉が続いていった・・・・
そして、最後に・・・・
もう二度とあなたの前には現れません。
これは二人を傷つけた自分に対する罰です。
ありがとう
- 20 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時30分05秒
- 読み終わったひとみは呆然としていた。
二度と現れないって・・・・
最悪のことをひとみは思い浮かべた。
そして・・・・・
そのことはすぐに現実のこととなった・・・・・
梨華は浴室で、赤い絨毯の上に横たわっていた。
- 21 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時30分48秒
- 「梨華ちゃん・・・・梨華・・・・嘘だろ・・・・おい、おきてよ、ねえ、私はどうなったっていいからさ・・・・おきてよ!目を覚ましてよ!!」
ひとみは必死に梨華の体を揺らす。しかし、梨華の体が再び動くことはもう無かった。
リビングに戻り、アネモネの花を摘み、梨華の髪に挿してやった。
「綺麗だよ・・・・梨華ちゃん・・・」
ひとみは涙を拭き、梨華に口づけた
二度目の口づけは、冷たく、死の味がした・・・・
- 22 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時32分41秒
- そして、梨華の携帯から保田の電話番号を探し、ひとみは電話をかけた・・・・
「もしもし・・・・吉澤です。梨華のことで話があります・・・・会っていただけませんか?」
「・・・・・はい」
「・・・・・じゃあ例の公園で待ってます」
ひとみは梨華の手紙とアネモネの花、そしてキッチンナイフを手に取り、梨華の部屋を後にした。
- 23 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時33分13秒
- そうして、今ひとみはここに来た。アネモネの花が咲くあの公園の前に・・・
「梨華ちゃん・・・・・ごめんね」
ひとみはそう呟いて、公園に入っていった・・・・
- 24 名前:忘れえぬ君へ 投稿日:2002年06月29日(土)00時33分57秒
〜fin〜
- 25 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時46分16秒
- 青々とした大海原
青々と繁った草木たち
果てしなく広がる青い空
誰もが夢見る青い土地
それが地球
あの人の星
- 26 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時47分40秒
- 或る日、突然現れた
小さなポッドでひとりだけ
初めて見た
地球の人
『ポッドが直ったら、出て行くから、それまでここに住ませてくれないかな?』
降りてくるなりそう言った
なんで言葉が通じるのか、ホンヤクキとかいうやつを使ってるって言った
ちょうどごとーの家のそばに落ちて
ちょうどごとーが起きた時に落ちて
おかあさんが死んで、ちょうど淋しかったときに現れた。
ちっちゃくて、子供みたいな大人の人。
『オイラ、ポッドで寝るから気ぃ使わなくても良いよ?』
『ううん、ごとー、ひとりぼっちで淋しいから、暇だから、ごとーのうちで一緒に居て。』
『ひとり暮らしなの?』
『三日前におかあさんが死んだの。だからひとり。』
『そか・・・じゃあお言葉に甘えて入れてもらおうかな。』
『うん。』
おかあさんが居なくなったことの穴埋めだと思ってた。
ううん、確かに最初はそうだった。
淋しさを紛らわすためだけに、そう言った。
- 27 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時48分56秒
- 『ごっつぁん、この星には他に誰も居ないの?』
『ん?たくさん居るよ。でもちょっと離れてるの。おかあさん人見知りだったから。』
『そっかー友達とか、恋人とか、なんか・・・そういう人居ないの?』
『ん〜・・・友達なら居るけど恋人は居ない。』
『欲しくないの?』
『・・・そういうの、良くわかんない。そういうやぐっつぁんは居ないの?』
『ん〜・・・・そうだなぁ。地球に居るのかなぁ。』
そう言って遠くに浮かんでる地球を思い浮かべているのか、柔らかく微笑んだ。
その笑顔がどこか淋しくて、どこか切なかった。
『やぐっつぁんぽっど直りそう〜??』
『う〜ん・・・なかなか上手い事行かない。』
『ね、中、ちょっと見て良い?どんななの?地球のきかいって。』
『見ても良いけどそんな大したものはないよ?おもしろくもないだろうし。』
『良いから良いから。』
やぐっつぁんが長いこと旅してきたぽっど
やぐっつぁんの家
何故だかずっと見たかった。
- 28 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時50分16秒
- 『わぁ・・・。』
外から見るより中は狭くて。
操縦席がひとつ。
仮眠を取るための小さなベッドがひとつ。
歩くスペースはほとんど無かった。
やぐっつぁんが言ったみたいにこれといって面白いものは無かったけど。
期待していた以上の何かを得た気がした。
『面白くないっしょ?』
『ううん!ね、操縦席座っても良い?』
『どうぞ〜』
そう言いながらベッドに腰掛けたやぐっつぁん。
ごとーの方をにこにことした顔で嬉しそうに見てた。
『・・・?』
操縦席に座ってすぐに目のつくところ。
操縦桿のすぐ横に、見たこともない人が居た。
すっごい笑顔で色白で。
撮ってる人を心から愛してるって顔をして。
- 29 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時51分22秒
- 『やぐっつぁん、これ・・・誰?』
ん〜??って言ってごとーの後ろから顔を出して。
『あぁ〜・・・あはは。』
『誰?』
『ん〜・・・地球に居たとき恋人だった人だよ。』
『過去形なの?』
『ん〜だってもう居ないし。』
『なんで?死んじゃったの?』
『ちょっと病気でね。もう居ないんだ。』
『・・・変なこと聞いて・・・ごめんね。』
『いや、全然。』
そう言ってやぐっつぁんが写真を取ろうと手を出した。
ちょうどその時ごとーの頬に、偶然だけど手が触れた。
ドキン!
触れられた頬がなんだか熱くて。
一瞬のことなのに長く感じられて。
何故だか胸がドキドキした。
- 30 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時52分11秒
- ひょいっと取って戻る手。
その手を思わず掴まえた。
『ん?どしたの?』
『あっ・・・えっと・・・なんでもない。』
自分でも良く分からなくてすぐに手を引っ込めた。
それでもその手を追う様に、くるっと後ろに振り向いた。
やぐっつぁんはとても懐かしそうに、愛おしそうに、優しい顔で写真を見ていた。
『よっしゃ、ほんじゃあ今日はもうお終い!』
- 31 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時53分13秒
- 『・・・んん・・・・・やぐっつぁん・・・?』
いつも隣で眠ってる。
小さな小さな地球の人。
夜中に目が覚めて何気なく見たら居なかった。
トイレかな・・・?
居ないことがなんだか気になって
居ないことがなんだか淋しくて
寝ようとするのに眠れなかった
もしかして。
もしかして。
もしかして。
急に不安になって飛び起きた。
慌てて探しに行った真夜中のこと。
昼間に見た、あの顔が。
何故だか不安に感じられ、居ても立ってもいられなくなった。
家から出て少し歩いてみた。
やぐっつぁんは小さいから。
やぐっつぁんはいつも消えそうで。
急に居なくなるような、いつも、なんか、そんな感じだった。
- 32 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時54分09秒
- 『ぽっどはある・・・』
ほっ
地球に帰ったんじゃないって分かって。
途端にほっとしたあの夜。
理由はひとつ。
別れたくなかったから。
ごとーの家から離れた場所
ぽつんとひとり、座ってた。
『やぐっつぁん・・・?』
ごとーが声を掛けてもすぐに振り向いてくれなくて。
淋しくて。そばに歩み寄って行った。
『・・・なに、してるの?』
『・・・ここからだとはっきり見えるの。』
『・・・見える?何が?』
『地球。』
あっ・・・
『ほんとだ・・・』
その時まで気付かなかった。
そこから地球が見えるなんて。
- 33 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時54分45秒
- 『地球を見てたの?』
『うん。ごっつぁんは初めて?地球見るの。』
『うん。家から遠いし、地球なんて知らなかったし。』
『そか。地球はさ、ここと違って青いの。』
『青い?』
『そう。大きな海があって大きな川があって青々とした草木が生い茂ってて・・・
すごくきれいなんだよ。』
『ウミ?カワ?クサキ?』
初めて聞く言葉ばかりやぐっつぁんは言った
- 34 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時56分34秒
- 『あーっ・・・この星にはどれも無いもんね〜。なんて言ったら良いのか・・・とにかく
すごく綺麗なんだよ?オイラはずっと自然に囲まれて、ずっとそれを守って
生きて行くって決めてた。ふたりでそう決めてやってたの。』
『ふたり?』
『今日写真見たっしょ?なっちって言うんだけど・・・自然が大好きでね。
いつも地球に生まれて良かった、青々とした地球で生きられること、すごく幸せだねって、
そう言ってたの。』
『・・・でも、死んじゃったんだよ・・ね?』
『・・・うん。それでさっ、オイラも地球が好きだったけどなんか耐えられなくて。
気が付いたらこうやって宇宙を旅してた。それで、やっと帰る気になったんだけど、
故障しちゃって。』
『・・・やぐっつぁんはさ、やっぱりいつかは地球に帰るの?』
『そうだね。直ったら。そういう約束だったよね。』
『・・・帰ってもなっちさんは居ないんだよ?』
『・・・そうだね。』
それっきりやぐっつぁんは何も言わなかった。
ごとーも何も言えなかった。
やぐっつぁんの横に座って、ただ、じっと同じように地球を見ることしか出来なかった。
- 35 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時57分32秒
- 或る日――
すごく良い天気になった或る日
やぐっつぁんが修理に取り掛かってる傍でごとーは地球を見ていた。
と、言ってもほんとに見える訳じゃなくて。
やぐっつぁんと見た時のことを思い出しながら座ってるって感じだった。
やぐっつぁんが生まれた星。
やぐっつぁんが暮らした星。
やぐっつぁんが捨てた星。
でも、戻りたい星。
ごとーには全然想像も付かないし、思い浮かべることなんて出来るはずが無かった。
浮かんでたのは地球を語るやぐっつぁんの顔。
それだけがごとーにとっての地球。
- 36 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)00時59分08秒
- どれくらいそこに居たのかな。
気が付いた時はもう真っ暗で。
地球と同じような星々がきれいに瞬いているのが見えた。
中々出てこないやぐっつぁんの様子を見に行った。
『やぐっつぁ〜ん・・・そろそろ・・・あっ・・・!』
ごとーが迎えに行ったら。
ちっちゃい体をぽそっと埋めて、ベッドで眠るやぐっつぁんを見つけた。
なんとなく、なんとなくだけど寝顔が見たくて傍に寄った。
落ちそうになるくらいのスペースに乗って覗き込んで見た。
- 37 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時00分12秒
- 『・・・帰らないでよ、やぐっつぁん・・・ここに・・・ここでごとーとずっと・・・ずっと居てよ・・・。』
『・・・ん?ごっつぁん・・・?』
『・・・もう遅いよ?帰ろう?』
『・・・うん・・・って・・・何泣いてるの?』
やぐっつぁんがいつかは居なくなる事を、いつか地球に帰っちゃうことを考えてたら
気が付かないうちに・・・泣いちゃってた。
やぐっつぁんに言われるまで気が付かなかった。
『ん〜・・・っ。なんか淋しくなっちゃった。おかあさんのこと思い出しちゃった。』
なんて嘘だったけど。
やぐっつぁんは信じたのかな、寝転がったまま腕を伸ばしてごとーを掴まえた。
『やぐっつぁん?!』
『よしよし・・・淋しいよね、傍に居た人が急に居なくなったら・・・
悲しかったね・・・頑張ったね・・・』
やぐっつぁんはごとーの頭を撫でながらそう言った。
その言うやぐっつぁんの瞳に、なっちさんを思い浮かべて言っている事がなんとなく分かった。
それが分かったことがまた悲しくて。
次から次へと溢れて来て・・・やぐっつぁんの胸で泣いた。
おさまるまで泣いた。
- 38 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時01分23秒
- しばらく泣いて顔を上げたら・・・
やぐっつぁんが優しい顔でごとーを見てた。
顔が近くて。
唇が近くて。
息が鼻にかかって・・・
吸い込まれるように近づけた。
どっちからかなんてわからない。
気が付いたら、ごとーの唇と、やぐっつぁんの唇はひとつに。
ひとつになってくっ付いてた。
離したのはやぐっつぁん。
離したくなかったのはごとー。
唇を離したあとに見た顔。
笑顔でもなく、迷惑顔でもなく、
困惑した顔に見えた。
それから言葉が続かなくて。
気がついたらまたやぐっつぁんの胸に抱かれてた。
ぎゅーって、ぎゅーって強く、抱かれてた。
そのあと何かあったわけじゃないけれど。
やっぱりなんだか気まずくて。
まともに顔を見ることが出来なかった。
- 39 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時02分06秒
その日を境にやぐっつぁんはぽっどに入り浸るようになった
- 40 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時02分51秒
一日中修理をする音が聞こえて。
帰って寝るだけ。
繰り返し。
そんな毎日が数日続いた。
必要最低限の会話しか交わさなくなった。
それでもごとーは毎日ぽっどの傍に座っていた。
あの時したキス。
やぐっつぁんは何も言わないけど、夢じゃないよね?
『ごっつぁん!久しぶりに地球見に行かない?』
『行く行く!!嬉しい!』
あのキスから10日経った或る日のこと。
久しぶりに話しかけられてすごく嬉しかった。
- 41 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時04分53秒
- 『あのさ、オイラさ、地球が大好きなんだよね。なっちが居ないって分かってても、
愛する人が居ないって分かっててもやっぱりふるさとなんだ。大好きなの。』
『うん・・・。』
『ここからでも分かる青い星。大地は青くはないけれど、地上から見上げる空は青い。
すごくきれいで、すごく温かくて、すごく・・・大事な星。』
『・・・』
『オイラは、地球に帰りたい。』
『・・・やぐっつぁん・・・!!』
『ポッド、直ったの。今日、このあと・・・地球に帰る。』
『そんなっ・・・!!』
『急でほんと悪いけど・・・』
『ごとーも連れてって!ここには誰も一緒に居てくれる人は居ないもん!』
『ポッドは二人乗れるようには出来てない・・・。それにオイラはなっちを裏切れない。』
『だって・・!!じゃあどうしてキスしたの?なんだったの?!分からないよやぐっつぁん!!』
『ごっつぁんのこと妹みたいに最初は思ってた。でも、一緒に居るうちになんか違うって
気がしてきて。・・・ごっつぁんに惹かれてた。キスして・・・初めてそのことに気が付いた。』
『じゃあっ!じゃあ帰ることないじゃんか!!ここに、ここでごとーと生きていけば良いじゃんかあ!!』
- 42 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時05分59秒
- 『なっちと約束した・・・。』
『何を約束したって言うのよお〜!』
『“地球に生まれた以上、地球で暮らそう。地球に最期まで居よう”そう約束した。』
『そんなのっ・・・!・・・だって・・・やだよ・・・』
『たくさんお世話になったし、楽しかった。でも、地球に帰らなきゃいけない。
分かって欲しいの。』
『やだよ!!納得出来ない!!』
『ごっつぁん・・・。今日一日傍に居るから。』
『やだって言ってるのぉ〜・・・』
納得なんて出来るわけなかった。
そりゃあ最初に『直るまで』って言ってたけど・・・
それでも理解出来なくて。
いつまでもやぐっつぁんを困らせた。
- 43 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時06分36秒
『ここから見える青い星。そこからごっつぁんのこと見てる。いつも想ってる。』
- 44 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時07分15秒
- そんな言葉が聞こえてきて・・・
目を覚ますとやぐっつぁんは居なかった
急いで戻ってぽっどを見てもそこには何も無くて
あるのはぽっどを支えるために立っていたポールで出来た丸い穴。
それしかなかった。
『なんでっ・・・!!なんでなの?!・・・やぐっつぁん・・・やぐっつぁん・・・ばかあっ・・・!!!』
- 45 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時08分05秒
- やぐっつぁんは帰った。
自分の星へ。
何も残さずに。
きれいに持って帰って行った。
それからごとーは毎日行く。
地球が見えるあの場所へ。
やぐっつぁんは居ないけど。
横にやぐっつぁんは居ないけど。
そこから見える星には居る。
きっと笑ってこっちを見てる。
だからごとーもいつも笑って見てる。
行った事無いけど。
行く事も無いけど。
何故だか浮かぶ地球の風景。
その風景にはいつもやぐっつぁんが居る。
楽しそうに誰かと笑うやぐっつぁんが居る。
- 46 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時08分50秒
- 青々とした大海原
青々と繁った草木たち
果てしなく広がる青い空
誰もが夢見る青い土地
それが地球
あの人の星
- 47 名前:あの人の星 投稿日:2002年06月29日(土)01時09分21秒
〜終わり〜
- 48 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時01分21秒
- 十六歳になった朝。
枕もとの紙袋には薄い水色のカーディガンと白いレースのスカートが入っていた。
私にだけ春が来たようなさわやかな色合い、と言っても朝早くから着て出かけようとは
思わなかったけど。やっぱり寒いし。
着替えて鏡の前に立つと、いつもよりやや大人びた私がこちらを見ていて、くるっと
回ると鏡の中のスカートもふわっと浮いた。
見せに行こう、と思った瞬間、鏡の中に未来が見えた。
この服を着て友達と遊ぶ私。家族と食事に出かけている私。男の子と手をつないで
街を歩いたりする私。
目を閉じると、笑みがこぼれた。
「十七歳のテラリウム・メイカー」
- 49 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時02分14秒
- なんとなく選んだこの高いビルの階段を、私はひとり登り続けていた。
屋上への鉄の扉を力いっぱい押し開け、季節はずれの汗をふく。
「ふぅ」
息切れにはずむ胸を押さえながら、柵に寄りかかって金網ごしに地上を見下ろした。
小さな建物。細い道路。小さい車。そして小さな人達。
ちまちまと小さな動きなのに、あれは男の人、あっちは女の人、あの集まりは子供達と
すべてはっきり区別がついた。
「うん。よく見える」
下からの風に揺れる黒のコートとレースのスカートを手で抑えながら。
- 50 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時03分06秒
- 私が選ばれた夢を、昨日見たように思い出せる。
「きれい…」
暗闇の中で遠くに浮かぶ、青い光り。その輝きに向かって歩く私に「美貴ちゃん」と
呼ぶ声が聞こえて振り返った。
誰も居なかった。
また青に向かって歩き出すと、誰かが「美貴」とまた呼んだ。さっきとは別の声。
どっちも聞き覚えのある声だったのに。
ふいに。
誰にも渡したくない、と思った。私は呼び続ける声を無視して駆けだした。
- 51 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時04分26秒
- たどり着いた先には知らない女の子がいて、そしてその手のひらには私が欲しかった
青い光りがあった。ビー玉だった。
先に取られた、と思った瞬間、その子が「あげる」と言った。
「いいの?」
私の問いかけにうなづいてくれた彼女に、私は笑顔を返した。
彼女も笑ってくれたけど、まるで泣き笑いにしかに見えなかった。
呼ぶ声ももう聞こえない。
その手にふれて青い球を受け取った私は――。
- 52 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時05分10秒
- 夢が終わり、見慣れた部屋が瞳に飛び込んできてもまだ、頭はぼんやりしていた。
ビー玉を受け取った手をじっと見つめていた。
「おはよ。ねぇねぇ、なんか今日ね、不思議な夢見ちゃった」
いつものように制服に着替え、いつもの時間にいつものように行った台所。
誰も居なかった。
やわらかい陽射しの中に、すべて存在してふたりだけが足りなかった。
私を呼んだ聞き覚えのある声。
父も、母も。
あの春の朝からずっと、姿を見ていない。
- 53 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時06分46秒
- 空は青くどこまでも透き通っていた。
地上を離れ空に近いここで、私は顔を上げる。全身に力をこめて、空を見つめた。
「んっ…」
肌がぴりぴりしてきて、はるか上空の景色がゆらぎ始めるのがわかる。それは
ゆっくりだけど、じわじわと空を包み込み始めた。
私は息を吐き出した。
「準備、できた」
後は落とすだけだった。それだけで終わる。そしてまた始まるんだ。
- 54 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時07分37秒
- 田舎の祖母の家に引き取られた私は、「藤本」という母方の姓を名乗ることになった。
ひっそりと生きよう、と思った。
夏の暑さも加わって、泣くことにも笑うことにも疲れていたけど、田舎の景色は
私にやすらぎをくれた。
語りかけてくれた。
透き通るような空、澄み切った川、深く息づく森。私の中に青さが溶けていく。
それでも。
「お前、自分の親を殺したんだってな」
「気持ち悪いから、もう学校に来ないでくれる?」
人の心はそれでも汚れていた。
バッグが泥の中に捨てられ、制服が踏みつけられた瞬間、私は空をにらんだ。
- 55 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時08分26秒
- 田舎の村人全員が消えた事件は、神隠しだとか宗教だとかと騒がれたりしたけど
夏が終わる前には世間の関心は消えていた。
私だけが隣の町で発見されて、破片も記憶にないと口を閉ざした。
「さよなら」
私のことなんて誰も知らないところへ行った。
あの夢のことを何回も考えた。
自分が誰より偉く、誰より孤独に思えた。
思い出したように空をにらんだ。そしてその度に後悔し、落ち着き、忘れた。
眠り続けた。
久々に着たカーディガンはちょっと袖が短く感じた。
秋になってコートを着た。
それは、去年の冬に祖母が買ってくれた黒のダッフルコートだった。
- 56 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時09分14秒
- 地上からかすかにざわめきが聞こえる。
私はバッグからリボンのかけられた紙袋を出した。丁寧に開いて、出て来た黒の
マフラーを首にかけると、心地よいやわらかさが私を包んだ。
「あったかい」
ここまで来るのに、こんなにかかった。
ちょっと無理して買ったこのカシミヤは、自分へのプレゼント。
「ハッピーバースデー、美貴。十七歳おめでとう」
温もりに頬をうずめる。
…最後にこれくらいの嬉しいこと、あったって良いよね。
- 57 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時10分32秒
- 昔読んだ小説。
超能力者に目覚めた主人公は、いつも独りきりで今を生きていた。その能力を
使いまくることもなかった。
私だったらこう使うのに、なんて思ってたのはいつの頃だったんだろう。
「返すよ」
手すりをぎゅっ、とつかんだ。
地球の名のもとに私がしてきたことは、私という存在を消した。人間を消すほどに
私の身体は青く透き通った。
また鳴りだした胸を押さえて崩れるようにしゃがみ込んだ。
そのまま見上げた空には、ゆらぎが私の言葉を待って浮かび続けていた。
「…落ちて来て」
目を閉じると、涙がこぼれた。
- 58 名前:十七歳のテラリウム・メイカー 投稿日:2002年06月29日(土)08時11分44秒
- 「あれ、何か落ちてきた」
「マフラーじゃん。…よっと」
「これカシミヤじゃん。ねぇ亜弥、それそのままもらっちゃいなよ」
「え、マズくない? それ」
「あんな高いビルから落ちてきたんでしょ。絶対拾いになんて来ないって」
「それもそうかも…んっ?」
「どうしたの?」
「ビー玉がくっついてる。なんか、青くてすっごくきれい――」
「十七歳のテラリウム・メイカー 終」
- 59 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時53分31秒
- 雨なんか、嫌いや。
だって、外で遊ばれへんもん。
それやのにとなりにおる、のの――辻希美は、嬉しそう。
「やったー! 初めてあいぼんに勝ったぁ」
「え? 何が?」
「何がって、ゲームだよ」
嬉しそうに満点の笑顔で、テレビを指差す。
見てみるとそこには、地面に倒れてるうちのお気に入りのキャラ。
「あぁっ」
「へっへーん。ののの方がつよーい」
「ちがっ、うち考え事してたから!」
「でも勝ったもん」
鼻息荒く胸を張りながら、これでもかっていうくらいの笑顔でうちを見る。
……………なんやねん。
――ブチッ!
- 60 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時54分12秒
- なんかちょっと、頭来て。
自分がこんなに負けず嫌いやったんかと、悲しくなる。
もう一回やろうよぉ、と誘うののを無視して、うちはゲームの電源を切った。
「……………」
「ゲ、ゲームなんかおもんないやん。な、ち、違う遊びしよ」
「……………ぅ」
「のの…? ののちゃーん……?」
「…っ」
こりゃあかん。
絶対、泣く。もう泣く。
うちらもう中3やねんで? それくらいで泣きなや。もうちょっと大人になろうや。
……そんなセリフは、悔しくてゲームを勝手に切ってしまったうちが言えるはずもない。
でも、ののが泣いたら、おばあちゃんに怒られる。
また泣かしたんか、って。
実際、そんなに泣かせてないねんで? ののが勝手に泣くねん。
……そんなイイワケも、前科が何10回もあるうちの言葉は通用するはずもない。
- 61 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時54分53秒
- じゃあ、どうしたらいいんやろう。
泣かさんかったら、いいねん。
「…っく…ぅえ……うぅ、うわぁ――」
「そうやののっ! 冷蔵庫にアイスあったんや!!!」
「――ホント?」
……ののがまだまだ子供で、ほんまによかった。
- 62 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時55分34秒
- それから、まだちょっと涙目になりながらも、冷たいアイス頬張ってゲンキンなのの。
…ほんまはそれ、うちのやったのに。一番高いやつやから、置いとったのに。
そんなうちの心情なんか、ののは察してくれるはずもなく、ひたすらアイスに夢中。
「おいしい?」
「うんっ!」
「そっか」
でも、なんかもう、そんな嬉しそうな笑顔見たら、全部許してしまいそうになる。
…いや、全部許してもらいたいのは、こっちの方やねんけど。
幸い、アイス食べてごきげんなんか、さっきのことなんか忘れてくれてる。
……ののがまだまだ子供で、ほんまによかった。
で、アイスも全部食べて、次は何しようって話になって。
しばらく考えてたけど、何もでてこない。
- 63 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時56分46秒
- 外は雨降ってるから、家の中で出来ることって限られて。
ゲームはもう、却下。
お昼寝は、寝たら夜寝られへんようになるから却下。
でもそう言ったら、ののに、
「あいぼんこどもー」
ってからかわれた。
ののは昼寝しても、夜もばっちり寝れるらしい。
そんなん、こどもとか大人とか関係ないやん。
…それは、ののがおかしいねん。
「じゃあ、何しよっか。トランプ? ビデオでも見る?」
「…りかちゃん人形で遊ぶ、とか」
「アンタ年いくつやねん!!!」
すかさず突っ込むと、ののが「じょうだんだよぉ…なんでそんなおこるのさ」と弱く反論した。
……ほんまに冗談やったんかどうか、それはまだ判明してない。
- 64 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時57分29秒
- 「でもさ、家の中って、つまんないよねぇ…」
「うん……いっつも外で遊んでるし」
でも今日は、あいにくの雨。
外は、真っ暗。
いつもあたしらが遊んでる時の、青い青い空じゃない。
「外だったらさ、こんちゃんとかまこっちゃんとかも誘って、おにごっこできるのにね」
「おにごっこって…うちら年いくつやねん」
でも、悪くないな。想像して思わず笑ってしまう。
「遊びたいねぇ、外で」
「うん。遊びたいねぇ……」
カーテンから覗くのは、真っ黒な空。
雨も、しっかり降り続いてる。
「明日は、晴れるかなぁ…」
「晴れるよ、絶対」
「でもあいぼん、雨女」
「じゃあ、亜弥ちゃん誘おう」
「いいね、じゃあ絶対晴れるや」
うちがおったら、絶対に晴れんのかい。
そんな、またののを泣かせてしまいそうな突っ込みは、しない。
- 65 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時58分26秒
- 「明日も絶対、遊ぼうね…」
「…うん」
「こんちゃんもまこっちゃんもあやちゃんも誘っておにごっこしようね…」
「…うん」
「ずっとずっと、空が青かったらいいのにね…」
「それやったら、夜にならんやん」
「いいの。じゃあずっと、あいぼんたちと遊んでられるもん」
「のの……」
思ったことは、素直に口に出すのの。
聞いてるこっちの方が、恥ずかしくなる。でも、嬉しい。
だから、うちもたまにはののを見習って、思ったことを素直に口に出してみよう。
いつもやったら恥ずかしくて言えんこと、口に出してみよう。
いつのまにか寝てしまってるののの横に、自分も寝転がって。
「ずっとずっと、遊ぼうな。ずっとずっと、一緒にいような……」
そしてうちも目を瞑る――――。
- 66 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)10時59分11秒
- だけど、そのおかげで、夜寝られへん事件が発生。
ののももしかしたら同じかも、という1ミリの期待をして、メールを送ってみる。
だけど一向に返ってこーへん、返事。
携帯電話の隣で、いびきもかいてそうなののの寝顔が頭に浮かんだ。
こうなったら無理やり目を閉じよう。
同じ真っ暗でも、何か出てきそうな天井見てるよりか、マシ。
そしてうちは目を瞑る――――。
- 67 名前:「あした天気になーれ」 投稿日:2002年06月29日(土)11時00分18秒
次に目を開けた時は、真っ暗じゃなく、キレイな青空が見えてますように――。
ののの幸せそうな寝顔と、ののの楽しそうな笑顔を想像しながら、うちは祈った。
end
- 68 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時31分44秒
- たまに文房具屋へ行ってみると
何故だか無駄にウキウキとしてしまうのは何故だろう。
別に趣味で絵を描いているというわけでもないのに
カラフルなペンとか可愛い筆箱などを見てると
使いもしないのに欲しくなってしまうのだ。
しかし今日は自分の欲しいものを買いに来たわけではなかった。
部屋の壁の色を変えると言っていた弟の為にペンキを買いに来たのだ。
私こと後藤真希がペンキを置いてそうなフロアを
キョロキョロと見回しながら歩いていると誰かに思いきりぶつかり
その拍子で床に尻餅をついてしまった。
前を向いていなかったせいで
目の前で人がしゃがんでいた事に気が付かなかったのだ。
「あ、ゴメンナサイ!」
ぶつかった相手が慌てて私に手を差し伸べてきた。
まじまじと見てみると髪の長い美人さんだった。
きっと私よりも年上だろう。
「大丈夫〜」
ヘラっと笑いながら私が立ち上がっても彼女の表情は変わらなかった。
変わらなかったというよりも顔色が青ざめており、視線が一定で固まっている。
キョトンとして私は彼女の視線を辿っていくと自分の足元で止まった。
「…げ」
思わず、声をもらしてしまった。
- 69 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時33分19秒
- 何故か右足にべったり絵の具がついていた。
よく見てみるとかなりの数の絵の具が私達の周りに散らばっていた。
そしてその中の一個のチューブがグチャグチャに裂けていたのだ。
それを見てどうやって自分の足に絵の具がついたのかという謎が
解けたような気がした。
「ゴメンナサイ!」
ひたすら彼女は謝ってくる。
なんだか、何度も謝られると逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
「いや、こっちがちゃんと前を見てなかったから。
それより、これ弁償しないといけないのかな…」
潰れた絵の具を摘みつつ、私がため息をついていると
また彼女の表情が変わった。
「…や、やばい。それ、1700円するんだよ」
「え〜!?…絵の具一個で1700円!?」
「だって、それ9号チューブのコバルトブルーでしょ?ほら、ここ見て」
そう言いながら彼女は価格一覧票らしき物を指差した。
確かにそれを見ると言われた通りの値段が表示してある。
無言になって顔を見合わせた私達は
とりあえず、散らばっていた絵の具を片付け
そそくさと建物から脱出した。
自分達がいたフロアに誰もいなかったので助かった。
- 70 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時35分34秒
- 私達は文房具屋から少し離れた人通りの少ない道で
まだ息を弾ませていた。
急いで逃げてきたのでなかなか胸の鼓動が収まらない。
ちょっとした犯罪者気分だ。
万引きをしたわけではないけれど似たようなものだろう。
「…バレなかったね。よかった〜」
自分の手元に残らない物に1700円も払えるほど
私の懐は裕福じゃないのだ。
「本当にゴメンね。圭織があそこで落としてなかったら
こんな事にはならなかったのに。それに、それどうしよう…」
どうやら彼女の名前は圭織というらしい。
大人っぽい姿をしているのに自分の事を名前を呼ぶのは少し面白く思えた。
普通ならある程度の年齢になれば『私』とかに変わりそうなものなのに。
「家に帰って洗濯すれば大丈夫でしょ。そんなに目立たないし」
ついた絵の具がジーンズと同色だったのでまだ救いがあるのだ。
しかし圭織はそれには同意しなかった。
そして「家に来て」と私に有無を言わさず
圭織の家へと引っ張って行ってしまったのだった。
- 71 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時38分54秒
- 圭織の家は文房具屋から歩いて行ける距離にある
ワンルームマンションだった。
表札を見てみると何も書いていなかった。
一人暮らしだから用心しているのかもしれない。
そのわりに初対面の私を入れようとしているのだから
本当に用心してるのかどうかは謎だけど。
「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。
えっと、名前は飯田圭織って言うの。歳は20歳」
「うへ〜。年上だ〜。こっちは後藤真希で16歳ね」
「うわ。思ったより若いなぁ」
そんなこんなでお互いに和みながら部屋に入ったのだけれど
入った瞬間、私は鼻と口を片手で押さえてしまった。
何かが臭うのだ。
圭織は「ちょっと待っててねー」と部屋の奥にある棚の引き出しの中を捜索し始めた。
私はため息をついて部屋の中を眺めてみた。
綺麗に片付いてはいたけれど不思議な気持ちになった。
「…ここってさっきの文房具屋っぽい部屋だね」
「あー。圭織、絵を描くからさー」
振り向きもせずに圭織は答えた。
確かにそれらしき物が沢山この部屋にはあり
窓辺に置いてあるイーゼルにはキャンバスが乗っている。
まだ途中らしく、それは薄い色一色だけで描いた窓から見える油絵の風景画だった。
- 72 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時39分41秒
- そういえば母が何気に見ていた教育テレビの番組か何かで
油絵の絵の具は渇くのに時間がかかると聞いた事がある。
色んなジャンルのテレビや雑誌を見る母の傍にいたおかげで
自分にとって全く役に立たない妙な知識を私は他にも色々と持っていた。
机の上にはパレットや筆などが並び
木炭で描いたデッサンや水彩画など色んな種類の絵が壁に数枚立て掛けられている。
それらを見て何を専門として描いているんだろう、と首を捻った。
「あった!」
ようやく引き出しからお目当ての物を見つけたらしく
瓶を片手に私の元へ戻って来た。
「何それ?」と私が訊くと「油絵用の洗浄剤」と答えた。
どうやら、私のジーンズについたものは油絵の絵の具だったらしい。
「あ、ゴメン。ちょっと換気するね」
慌てて圭織は部屋の窓を全開にしてくれた。
ようやく新鮮な空気が吸えてホッとした。
部屋の中に充満していたのは油の臭いだったらしい。
しかし残念ながらジーンズの汚れは綺麗に落ちなかった。
また圭織は謝ってきたけど私としては汚れが落ちなかったのは別にいい。
ただ洗浄剤がまたしても臭かったのだ。
これで圭織が嫌な奴だったら文句を言ってるところなんだけど。
- 73 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時40分19秒
- 「ねぇ…油絵の絵の具ってあんなに高いもんなの?」
「ああ、あれは高い色だったから。色の種類によって値段が違うんだよ」
「へ〜」
水彩絵の具とかとはまた違うというわけか。
「そういえば後藤って何を買いにあの文房具屋に来てたの?」
「あ…忘れてた。ペンキを買いに行ってたんだった」
「ペンキ?」
「うん。弟が部屋の壁の色を変えるって言うから代わりに買いに来てたんだ〜」
「へー、仲がいい姉弟だね」
羨ましそうに言う圭織を見て私は慌てて首を振った。
そんなにいいものではないのだ。
「違う、違う。アイツは今、学校だから代わりに買いに来てただけだよ。
やり始めたらとことんやるタイプだから早く終わってくれた方がこっちも助かるしね」
「あれ?そういえば、今日って平日じゃん。後藤って高校生じゃないの?」
「あ〜、後藤は高校辞めたから。今はお母さんの店の手伝いしてる」
「…なるほどね」
圭織が頷くのを見ながら私は立ち上がった。
早く戻らないと弟が帰って来てしまう。
急いでペンキを買いに行かないと。
- 74 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時41分05秒
- 「そろそろ、帰るよ」
「あ、うん。今日は本当にゴメンね。これクリーニング代…」
申し訳なさそうに圭織が財布からお金を取り出そうとしたのを私は止めさせた。
「いいから、いいから。それよりさ、また来ていい?」
「別にいいけど…ここ、何もないよ?」
「こうやって会えたのも何かの縁だし。
今度、絵を描いてるところ見せてよ。圭織って美大生なんでしょ?」
「はは。残念ながら違うよ」
笑いながら圭織が答えたので私は驚いた。
てっきり、年齢や部屋の様子を見て美大生だと思い込んでいたのだ。
「美大を受けたけど落ちたんだよね。
で、今は絵本作家を目指して勉強してるところ」
「絵本作家?」
「うん。物語とか作るの好きだからさ。それに小さい頃から絵本は好きだったし。
油絵とかをやるのは気分転換程度だよ」
「ふ〜ん。スゴイね、夢があるっていうのは」
「後藤にはないの?」
「ん〜、特にはないかな」
「そっか…」
苦笑いしている圭織に別れを告げて私は来た道を戻りだした。
今の時代に夢を持ってる人の方が少ないと思う。
何も考えずに生きていく方が楽だとも私は思っていた。
だから自分には合わない女子高も辞めたのだ。
- 75 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時42分18秒
- それからしばらくして約束通り、圭織のところへ遊びに行った。
何もない部屋なので私が退屈そうにしていたら
「後藤も描いてみる?」とある日、圭織に言われた。
絵を描く事は嫌いじゃないけれど才能がないのは自分でもわかりきっているので
その事を伝えると圭織は「そんなの関係ないのよ」と笑いながら私に何かを握らせた。
「何これ?クレヨン?」
幼稚園児でもあるまいし、と思っていたのが表情に出ていたのか
私の顔を見て圭織はまた笑い出した。
「これはパステルって言って顔料の粉を固めたもの。
まあ、クレヨンの仲間みたいなもんかな。絵本とかにもよく使われてるよ。
有名なのはダヤンとかかな。あの大きなツリ目の猫の絵知らない?」
それを聞いてWachiFieldとか言うのを思い出して私は頷いた。
何気に私も絵本は好きなのだ。
「で、これはソフトパステル。あとハードパステルっていうのもあるよ。
言葉の通り、柔らかいのと固いのに分かれるんだけど…」
専門的な事を言われてもチンプンカンプンな私は曖昧に頷き
手にあったパステルとやらをまじまじと見つめた。
初めて圭織と会った時に私のジーンズについた絵の具と同じような色に見えた。
- 76 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時42分54秒
- 「これもなんとかブルー?」
「うん。コバルトブルーね。これをこうやって…」
圭織は私の手を取り、普通の手触りとは一味違う白い紙に
そのまま勢いよく青色を塗りたくった。
そして近くにあったティッシュでそれをまた擦りつける。
どうやらパステルの粉をティッシュで広げているらしい。
たまに練り消しで消し、何度か同じ作業を繰り返していると
いつの間にか目の前にある紙に青空が出来上がった。
子供が落書きしたような雑な絵じゃなくて
柔らかい優しい青空の絵が目の前にある。
練り消しも色を消す為ではなく
ぼやけた雲を作る為に使われていたらしく
その雲も本物っぽく見えた。
私はただされるがままの状態だったのに
自分が描いたかのような錯覚に陥ってしまい、妙に感動してしまった。
「どう?面白いっしょ?圭織もこれを使って絵本を描いてるんだ」
「へぇ〜…すご〜い」
私は感嘆の声をあげた。
それから私も圭織に道具を借りて色々と絵を描いてみたけれど
彼女が描いた絵のようになるわけがなく子供の落書きのような絵が沢山出来た。
やはりこれが才能の差というやつだろう。
- 77 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時43分46秒
- しかしプロの絵本作家になる為には狭き門をクリアしないといけないらしく
圭織はいつも必死で何かを描いていた。
目の下に必ず存在している隈を見れば睡眠時間を削ってまでも
彼女が頑張っている事がよくわかる。
圭織は数年前に北海道から上京して来てプロの作家になる為に
色んな絵本コンテストなどに出しているのだそうだ。
でも皆に見せるのを前提にしているものを描いているはずなのに
私には一度も見せてくれた事がなかった。
何度か「見せて」と言ってみたけれど決して首を縦には振ってくれない。
彼女は「プロになったら」と笑って誤魔化していた。
そして圭織はたまに抜けたところがあるらしく
私が遊びに行くと必ずと言っていいほど玄関のドアが開いていた。
普通だったら有り得ない。
しかし彼女は「絵を描いてると熱中して鍵かけるのを忘れちゃうんだ」と
笑いながら答えるような人だった。
人付き合いが苦手な私でも何故だか圭織とは気が合う。
性格も全く似通ってないのにそれが不思議だった。
そして夢なんてなくてもいいと思っている私だったけれど
絵に打ち込んでいる彼女を見ていたらなんとなく羨ましく思えた。
- 78 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時44分25秒
- しかし平穏な日々はあっという間に崩れ去る時もある。
それはいつも通りに圭織の家に行った時だった。
その日は朝から天気が悪く、昼過ぎに私が圭織のワンルームマンションへ向かっていると
雲行きが怪しくなりだした。
目的地に近づけば近づくほど悪くなっていく天候と共に何故だか私は妙な胸騒ぎがしてきた。
そしてそれは見事に当たっていた。
圭織の部屋の前に見知らぬ歳のいった男女二人が立っていたのだ。
嫌な予感がしたので知らない振りをして引き戻そうとしたのだけど
タイミング良く、というか運悪くクシャミが出てしまった。
そして私に気付いた人の良さそうなおばさんが遠慮がちに私に声をかけてきた。
「あの…圭織のお友達かしら?」
やっぱり圭織のお母さんだ。
という事は後ろにいるのはお父さんだろう。
顔を見た時からなんとなくわかっていた。
圭織と顔が似ているのだ。
「え…あの…えっと」
適当に誤魔化せばいいものを私は馬鹿正直にしどろもどろとなって
いかにも知っていますという態度を取ってしまった。
そのせいで圭織のお母さんの頭の中では
『私=圭織の友達』と決定されてしまったのだろう。
ちょっと安心した表情になっていた。
- 79 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時45分24秒
- 「部屋の鍵は開いてたんだけどね、本人がいないのよ…。知らないかしら?」
「…すみません。私も部屋にいると思って今来たばかりなんで。
きっと近所に買い物に行ってるんじゃないですかね」
どうせいつもみたいに玄関の鍵をかけ忘れたまま
コンビニにでも行っているのだろう。
遊びに来るのはまた今度にしよう。
せっかく両親がわざわざ来てくれているのだし。
「帰ります」と頭を下げて私は来た道を戻り始めたのだが
何だか変な感じがして首を傾げた。
圭織のお母さんの後ろでずっと黙り込んでいたお父さんと思われし人が
不機嫌そうにしていたのが気になったのだ。
「あれー?後藤じゃん。うちに来てくれてたの?」
建物から出て歩き出すと圭織の能天気な声が後ろから聞こえてきた。
部屋着のままで外に出ていたらしく、手にはコンビニ袋を下げている。
私が思っていた通りの行動をしていたらしい。
「あれ〜?じゃないよ…部屋の前で圭織の両親と会ったよ」
呆れながら私が言うと急に圭織の顔色が変わった。
「……それはマズイ」
「マズイって何が?」
私が首を傾げながら訊いても圭織は何も答えてくれない。
そして私の手を取り、歩き出した。
- 80 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時46分05秒
- 「ちょ、ちょっと…部屋に戻らなくていいの〜?」
「今日は後藤の家に泊めて!」
「えぇ〜!?」
初めて会った時から強引な人だとはわかっていたが
またしても有無を言わさず、圭織は自分の部屋に背を向けて
不機嫌そうにズカズカと歩き始めた。
そして私は握られた手を振りほどく事が出来ずに
一緒に歩く事しか出来なかった。
うちの家は居酒屋をしている。
夕方からの営業で私も毎日手伝っているのだが
今日は圭織を連れて来たという事もあって一緒にカウンターに座った。
時間が早い事もあってまだ他のお客さんはいない。
母は私が珍しく友達を連れてきたという事に驚き
そして喜んだ。
少し早い夕飯になるが圭織に店の料理とお酒を出した。
本当は両親から何故逃げたのかという事を訊き出したかったのだけれど
圭織がずっと不機嫌そうにしていたので私からは触れられず
ただひたすらクシャミを繰り返しては母に「汚い」と罵られた。
更にいつもなら私もお酒を飲ませてもらえるのだが
「後で風邪薬を飲まないといけないから酒はダメ」と母に言われてしまい
それに対して私は不満の声をあげた。
- 81 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時46分44秒
- そしてそれまでずっと黙り込んでいた圭織だったけれど
お酒が入るとようやく徐々に口を開き始めた。
どうやらアルコールに弱いらしい。
普段は色白の頬が今は桃色に染まっている。
「後藤はこのお店の手伝いをしてるんだ?」
「そうだよ。料理は昔から得意だからね〜。
今は手伝いってるだけなんだけど。
でも最近ね、いつでもお母さんの後を継げるように
調理師の資格を取ろうかな〜って思ってる。
うち片親だからさ〜」
言いながら無意識に私は顔を伏せた。
妙に照れくさかったのだ。
今までずっと自分の心の中にしかなかった事を
初めて人前で話したのだからだろう。
「へー。偉いじゃん!」
圭織が感心してグラスを口に運ぶ。
かなりの上機嫌になっている。
しかし憎らしい声が頭の上から聞こえてきた。
「馬鹿ね。アンタなんかにこの店はやらないよ。
本当にやりたいんなら自分で店を持ちな」
顔を上げるとニヤニヤしている母の顔が見えた。
本当に憎らしい。
「腕を磨いて無理やり強奪してやる」
「何十年かかるかねぇ〜?」
私も強がってみせたけれど母には敵わない。
そのやり取りを見て圭織はケタケタと笑っていた。
- 82 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時47分26秒
- しばらくして圭織は自分から両親の事について語り始めた。
両親は圭織の一人暮らしに反対らしい。
見知らぬ土地に娘を置いておくのが不安なのだろう。
どこか抜けている圭織だから余計に心配なのかもしれない。
私でも大丈夫かな、と思うくらいなのだから。
しかし地元にいると親に甘えてしまう。
そして自分を追い込む形を取らないと
作業に集中出来ないと自分でわかっているから
わざと今の生活をしているという事らしい。
それに画材を買うにも地元よりこの街の方が手に入りやすいというのと
直接、編集部に持ち込みをする事もあるので地元では不便で暮らせないのだとか。
その話を聞いて私よりも先に母が「う〜ん」と唸った。
「私も一応出来の悪い娘の親だからアンタのご両親の気持ちがよくわかるけどねぇ。
やっぱ心配なもんよ。目の届かないところに娘を置いておくっていうのはさ」
聞き捨てならない事をサラッと母は言う。
しかし私がツッコミを入れる前に圭織が口を開いた。
「それは私にもわかるんです。自分が我侭な事をしてるっていうのは。
でもやっぱり今の環境がベストだから…。それに…」
「それに?」
私が訊き返すと圭織は俯いた。
- 83 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時48分01秒
- 「そろそろ夢を見るのはやめて地元で就職しろって言うんだ…」
「ははぁ〜…でもちゃんと話し合ったらわかってくれるかもよ?」
「ダメダメ。今まで何度も言ってきたけど無駄だったんだから。
だから今日だって無理やり押しかけてきたんだよ。
この街に来る前も強引に連れ戻そうとしてたから逃げたんだ」
「逃げた?」
「そう。連絡先も何も言わないで引っ越してきたの。
でも友達から聞いたんだろうな…」
それを聞いて私は「そんな事をしてたら親に勘当されるんじゃない?」と言おうとしたけれど
さすがにこれは洒落にならないと思い、口をつぐんだ。
親のやり方が強引だと言うけれど圭織のやり方も十分強引だ。
どうやらこれは血筋らしい。
圭織はそれから黙り込んでしまい
ガバガバとお酒を飲んでいた。
私と母はそれから何も言えずにその姿をぼんやりと見つめていた。
その後、すっかり出来上がってしまった圭織を私の部屋に苦労しながら連れ込み
ベッドに寝かせた。
私は散らかっていた床を簡単に片付け
自分用に布団を運び込んで一息ついた。
布団の上にあぐらをかいてベッドの上にいる圭織を眺めてみると
顔に腕をやり、表情が窺えなかった。
- 84 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時48分41秒
- 圭織の両親に連絡しなくてもいいのかなぁ、と思いつつ
ため息をついた。
夢を追いかけている圭織と現実を見つめろという両親。
どちらの気持ちもわかるけれど私はやっぱり圭織の味方になりたかった。
「…ごとぅ〜」
てっきり寝ていると思っていた圭織が突然口を開いたので私は驚いた。
「何〜?」
「圭織は…間違ってると思う……?」
相変わらず圭織の表情はよくわからない。
「迷いがあるの?」
「ないよ…。でもたまに思うんだ。
予備校時代の友達は皆諦めちゃって普通に就職しちゃってたりするのね。
それでいつまででも夢にしがみついている圭織は格好悪いのかなって」
迷ってないと言っておきながら十分迷っているような発言に聞こえる。
しかしどうやらまだ続きがあるようだ。
「なんかね、周りのみんなは妥協して行くのね。
だから今まではそれが普通で圭織一人だけがおかしいんだって思ってた。
でも今日後藤の話聞いてたら嬉しくなっちゃった。
後藤って何も考えてないのかと思ってたのにちゃんと未来を考えてるんだ
ちゃんと自分の夢を持っているんだって思えたからさ…」
- 85 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時49分33秒
- 最後の方はどうも散々な言われようだな、と思ったけれど
それは圭織が酔っ払っているから出た言葉なのか
本心で語ってくれて出た言葉なのかはわからない。
でも私は少し嬉しくなった。
圭織の意思が変わっていないとわかったからだ。
調理師の資格というのもそれは今まで漠然と思っていた事だったけれど
圭織と出逢って彼女を見ているうちにそれが変わってきた。
自分も本腰を入れて何かをしようという気になったのだ。
圭織と比べたら私の夢はちっぽけなものなのかもしれないけれど。
それに圭織には頑張って欲しい。
親に勘当される一歩まで来ているというのに
それでも自分の夢を追いかけているのだから
最後までそれをやり通して欲しい。
「後藤は圭織と会うまではな〜んにも考えてなかったよ。
でも圭織と会えたから色々と考えるようになった。
だから圭織も頑張りなよ。
早く自分の夢を叶えちゃえば親だってわかってくれるって」
「…うん」
くぐもった声で圭織は頷き、そしてしばらくすると規則正しい呼吸が聞こえてきた。
どうやら本当に眠ってしまったらしい。
- 86 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時50分27秒
- 翌日、目が覚めると圭織はいなくなっていた。
慌てて母に訊くと早朝になって礼を言い、自分の家に戻って行ったそうだ。
そして運が悪い事に私はその日から
体温計では測りきれなくなりそうな高熱を出してしまい
三日ほど寝込んでしまった。
すっかり薬を飲み忘れていて苦しむ事になってしまった私に
母は三日間ずっと笑いながら「バカだね」と心から有難くない言葉をくれた。
ようやく外に出歩けるようになってから
私はすぐに圭織の家へ向かった。
病み上がりの身体では満足に走る事も出来ず
早足で歩くのが精一杯だった。
寝込んでいる時もずっと気になっていたのだ。
圭織が両親と上手く和解出来たのか心配でならなかった。
部屋の前に着いてドアのノブを握ると
いつものように簡単に開いた。
無用心なのは相変わらずだ、と思いながら
部屋の中を窺って私は立ち尽くしてしまった。
家具などが一切なくなり
部屋がもぬけの殻になっていたのだ。
- 87 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時51分13秒
- 呆けたまま私はフラフラと部屋の中に上がりこんだ。
部屋の中を埋め尽くしていた画材類もないし
ベッドなどの家具もなくなってしまっている。
私が寝込んでいた三日間の間に全て運び出されたという事だろう。
身体中の力が抜けてヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
親に連れ戻されたのか。
それとも自分の意思でまた姿をくらましたのか。
どっちなのか私にはわからない。
わかる事といえば、もうここには圭織がいないという事だけ。
締め切られた窓のせいで部屋中に染み付いた油の残り香が充満している。
それに気が付いて鼻の奥がツンとした。
泣くもんか、と洟をすすりながら立ち上がって部屋を見渡した。
すると壁の一角に何かが立て掛けてあるのが見えた。
近寄って手に取ってみるとそれは二人で描いたあの青空の絵だった。
そして私はハッと息を飲んだ。
前に見た時と違う点が二点ほどあったのだ。
前にはなかった空高く背を向けて飛んで行く二羽の白い鳥。
きっと消しゴムで付け足したのだろう。
そして鳥達が向かっていると思われる場所に
圭織らしき人の文字で「夢」と書かれてあった。
それを見て私は少しだけ笑った。
圭織らしい置き土産だ。
- 88 名前:切なく青い空のページ 投稿日:2002年06月29日(土)11時52分25秒
- ――数年後。
私は無事に調理師の資格を取り、相変わらず母の手伝いをしていた。
しかし店の乗っ取り計画はまだ進んではいない。
何も変わらない日々だ。
あれから圭織から連絡は一度も来ていない。
こちらから連絡しようにも圭織の携帯番号は知らないし
実家の住所もわからない。
ただ圭織は私の家を知っているのでいつかは向こうから連絡してくれるだろう。
忘れられていなければの話だけれど。
それにまだ約束は果たされていないのだ。
プロになったら絵を見せてくれるという約束を。
圭織が残していった二人で描いたあの絵は私の部屋に飾ってある。
いつか彼女が絵本作家になった暁にはサインを書いてもらおうという
ミーハー的な考えがあったからだ。
きっとその日は遠くないと私は信じている。
店の扉が開き、誰かが入ってくると共に母が「いらっしゃーい」と声をかける。
私もそれに続く形で同じように声を出す。
そして相手の顔を見て笑顔を浮かべながらまた口を開いた。
「久し振りだね」
―終わり−
- 89 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時09分43秒
- ののはその日、とても悲しかったんです。
昨日、飼ってたハムスターのハム太郎が死んじゃったから。
ハム太郎はキレイな青い瞳をしてて、とってもかわいかったんです。
ののはその青い瞳がとっても好きでした。
だからホントはお仕事にも行きたくなかった。
でも、ののが行かないといろんな人に迷惑がかかるから
ちゃんと行きました。(えへん、ののは大人なんです)
それにみんなに会えば、元気になれると思ったから。
ののはモーニング娘。のみんなが大好きなんです。
- 90 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時10分59秒
- おはようございまーす」
今日はダンスレッスンの日だからレッスンスタジオに来ました。
「おはよー」
「おっ、辻。おはよー」
「おはよー、のの」
スタジオにはもう飯田さんと安倍さんと梨華ちゃんがいました。
「飯田さーん」
ののは早速飯田さんにハム太郎が死んじゃった事を話しました。
飯田さんはすごく優しくて、のののお姉さんみたいなんです。
それに大人だからきっとののの事を慰めてくれます。
「それでね、お庭にハム太郎のね……」
「……………」
「お墓を作ってあげて…」
「……………」
「……飯田さん?」
「……………」
……飯田さんは………交信中でした。
- 91 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時11分52秒
- ふん。いいんです。飯田さんが聞いてくれなくても
安倍さんがいるもん。
「安倍さーん」
ののは鏡の前で髪の毛を直してる安倍さんの所に行きました。
安倍さんはちょっといもっぽいけど、すごく明るくていつも笑顔で
きっとののを元気にしてくれます。
「それでね、お庭に」
「なっち昨日映画観に行ってさー」
「ハム太郎のお墓を」
「それがすごいよくてー、」
「作って……」
「なっちちょっと泣いちゃったよ」
「…………」
……安倍さんは………あんまり人の話を聞かない人でした。
- 92 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時12分27秒
- ふん。いいもん。飯田さんも安倍さんも聞いてくれなくても
梨華ちゃんがいるもん。
「梨華ちゃーん」
ののは相変わらず小指を立てながら漫画を読んでる梨華ちゃんの所に行きました。
梨華ちゃんはちょっとネガティブだけど、とってもいい子です。
きっとののの話もちゃんと聞いてくれます。
「それでね、お庭に」
「ううっ、かわいそうなハム太郎…」
「ハム太郎のお墓を」
「ののも悲しいよね…」
「作って……」
「シクシク……」
「…………」
……なんだか……よけい悲しくなっちゃいました。
- 93 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時13分08秒
- ふん。いいもん。まだいっぱいメンバーはいるもん。
ののはその後もメンバーが来るたびに話をしました。
「後藤さーん、聞いてくださーい」
「ん〜?」
「昨日、家で飼ってたハム太郎が死んじゃってー」
「ふ〜ん」
「お庭にお墓を作ったんですけどー」
「ふ〜ん」
「後藤さん?」
「ふ〜ん」
「…………」
……後藤さんは……無関心な人でした。
- 94 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時14分05秒
- 「よっすぃー、聞いてー」
「ん〜?何〜?」
「昨日、家で飼ってたハム太郎が死んじゃってー」
「え〜、うそ〜、かわいかったのに…」
「うん、それでね、お庭にー」
「…………」
「お墓を作ってあげて……」
「どわーーーーーー!!」
びくっ!「えっ?何?」
……よっすぃーは……いきなり叫ぶ変な人でした。
- 95 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時14分45秒
- 「あっ、矢口さーん、聞いてくださーい」
「何?またお菓子食べちゃったの?」
「それもあるんですけど…昨日家で飼ってたハム太郎が…」
「も〜、あれだけ食べちゃダメだって言ったでしょ!」
「ごめんなさい…それでハム太郎が死んじゃって」
「あっ!加護ー!それで遊んじゃダメって言ったでしょー!」
「…………」
……ミニモニリーダー矢口さんは……大変そうでした。
- 96 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時15分38秒
- おばちゃんは顔が怖いし、
あいぼんはライバルだからこんな弱音は吐けません。
愛ちゃんは訛ってて早口でよく分からないし、
あさ美ちゃんはぱくぱくしてるし、
麻琴ちゃんは………………
……………………
- 97 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時16分14秒
- もーー、誰も話を聞いてくれないです。
もしかしてののは嫌われてるのかな?
みんな、ののの事嫌いだからいじわるしてるのかな?
もしかしてののは悪い子なのかな?
そんな事ばかり考えていたから、ダンスレッスンでも失敗ばかりしちゃいました。
夏先生にもいっぱい怒られました。
- 98 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時17分02秒
- 「辻!そこ違うでしょ!」
「何やってんの!辻!そこで安倍の横に入る!」
「もういい!ちょっと休憩!辻は練習してな!」
そう言って夏先生はレッスン場から出て行っちゃいました。
夏先生が出て行ったら、みんながののの所に来ました。
「どうしたの?辻」
「今日全然できてないよ。」
「ちゃんと集中してやらなきゃ置いてかれるよ」
(だって…だって……)
「なんかあったの?」
「黙ってちゃわかんないでしょ」
「どうしたんやー、のの」
- 99 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時17分32秒
- (だってみんなは……ののの事…嫌いなんでしょ?)
ポロポロ…
「あー、ほら泣き出しちゃったじゃない」
「もー、泣かないの」
「辻ももう15才なんだからしっかりしなさい」
「新メンバーが見てるでしょ」
(みんなののの事嫌いなんだ)
「ほらほら、夏先生戻って来るよ」
「涙ふいて、ちゃんと練習しなさい」
「みんなに迷惑かけないの」
(誰もののに優しくしてくれないんだ)
「……な、………いだ…」
「え?何?なんて言ったの?」
「みんなみんな大っ嫌いだーーーー!!」
ダーーーーーーーー!!
「あっ、辻ーーー!」
- 100 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時18分02秒
- いいもんいいもん。みんなののの事嫌いでもいいもん。
ののだってみんなの事嫌いだもん。
一人でも淋しくないもん。
誰もののの話なんて聞いてくれないんだ。
そりゃののは飯田さんみたいにスタイル良くないし
安倍さんみたいに歌が上手じゃないし
おばちゃんみたいにしっかりしてないし
矢口さんみたいに頭良くないし
後藤さんみたいにダンス上手くないし
よっすぃーみたいにカッコ良くないし
梨華ちゃんみたいに可愛くないし
あいぼんみたいに器用じゃないし
新メンバーの皆みたいに細くないけど…
- 101 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時18分41秒
- でも、でも、ののだって一生懸命頑張ってるんだもん。
みんなと一緒にモーニング娘。でいたいもん。
それなのに…それなのに……
みんな嫌いだよ。顔も見たくないよ。
でも……でもどうしてこんなに悲しいんですか?
どうして涙が出そうになるんですか?
ハム太郎が死んじゃったからかな?
それとも………
- 102 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時19分15秒
- 辻ーーー!」
(あっ、矢口さんの声だ)
「早く出ておいでー」
(安倍さんの声…)
「みんな心配してるよー」
(ふん、だまされないもん。誰も心配なんかしてないもん)
「怒んないから出てきなー」
(嘘だもん。きっと怒られるんだ)
「どこ行ったのー?」
(みんなののの事嫌いなんだ)
(誰もののの話なんか聞いてくれないんだ)
(誰も……)
- 103 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時19分47秒
- ガチャ!
「あ、こんなとこにいたー」
「え?どこー?」
「うわっ!ロッカーの中かよ!」
(きっと怒られるんだ)
「早く出ておいで」
「こんなとこに隠れちゃって」
(みんなののの事嫌いなんでしょ?)
「心配かけんなよー」
「よかったー、見つかって」
(なのに、なのに……)
「どうした?出れないの?」
「ほら、手に掴まって」
(どうしてそんなに優しい顔をしてるんですか?)
(どうしてこの手はこんなに温かいんですか?)
(どうして……)
- 104 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時20分30秒
- ポロポロ…
「辻?」
「うわ〜〜〜〜〜ん」
「ど、どうしたの?」
「ごめんなさ〜い。大嫌いなんて言ってごめんなさ〜い」
「…辻……」
「うわ〜〜〜〜〜ん、ごめんなさ〜い」
「よしよし」
そう言って、頭を撫でてくれた飯田さんの手は
とても温かくて優しくて、涙がよけいに出てきました。
- 105 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時21分07秒
- そうして、誰もののの事を怒らないで慰めてくれました。
みんな全部分かっているみたいでした。
やっぱりみんなは優しくて、大切な仲間で…
そんなモーニング娘。が、ののは大好きなんです。
青い瞳のハム太郎はののの大切な友達で、
ののとみんなとの友情のキューピットなんです。
今日は帰ったら、ハム太郎のお墓に
大好きなひまわりの種を供えてあげようと思いました。
- 106 名前:友情のキューピット 投稿日:2002年06月29日(土)15時22分21秒
―エピローグ―
「それでね、お庭にハム太郎のね……」
「……………」
「なっちお弁当作ってきたのー」
「加護ー!コントの小道具で遊ぶなー!」
「お墓を作ってあげて…」
「ふ〜ん」
「どりゃーーーーーー!!」
「シクシク……」
「…………」
…やっぱりののは嫌われてるんでしょうか……
- 107 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時29分39秒
- 屋上に出る階段の屋根は、遠くから見るとそこだけひょっこり突き出た形になっている。学校でいちばん空に近い場所は、授業をサボるあたしの指定席。
「まずいことになったぞ…」
なんとかしないといけない。あたしは日除けの教科書を顔に乗っけたまま初夏の空気を思いっきり吸い込むと、両手を伸ばしてウ〜ンとうなり声をあげた。
- 108 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時30分37秒
- その日、あたしはちょっと賭けをしただけなんだ。それがこんなオオゴトになるなんて思ってもみなかった。
オトコとオンナ。男が女みたいなカッコウで街を歩くのはキショイけど、女が男みたいなカッコウで街を歩くのはそうでもない。どこまでバレないでいられるか、試してみよう。
そういうワケで、弟の服を借りてみたんだ。身体のラインが出ないように、ゆったりとしたシャツとパンツを選んだ。念のため、胸にはホータイを巻いた。髪の毛を後ろで束ねると、最後にキャップを目深にかぶって、準備オーケー。
- 109 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時31分38秒
- 昼過ぎの渋谷はウンザリするほど人がいる。もし日本と戦争をするんならココにゲンバクを落とせばまちがいない、なんて思った。
ハチ公前の交差点から何も考えないで歩いていたら、自然と足がマルキューに向かってた。イカンイカン、今日の目的はそれじゃない。針路変更してセンター街へ。
逆ナンされたらあたしの勝ち。見破られたらあたしの負け。証拠のプリクラをとれれば学食1週間オゴリ、というそれなりに気合いの入ったこのゲーム。
ところがいざやってみるとなかなか思うようにいかない。道の真ん中を歩いていても、誰も相手にしてくれないのだ。周りじゃ2対2、3対3でキャーキャー言ってる連中がいるってのに。
どうやらひとりでいるのがいけないみたい。グループ同士ってパターンじゃないと声をかけづらいようだ。ひとりぼっちでウロウロしてても、それはただのキョドーフシンってワケか。
ここはいったん、仕切り直しだ。あたしはセンター街を離れると、とりあえず何かイイ手を思いつくまで他の場所で過ごすことにした。
- 110 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時32分27秒
- 「きゃあっ!」
甲高い女の悲鳴が聞こえたのは、薄汚い狭い路地を横切ろうとしたときだった。無視しようかとも思ったけど、なんとなく気になってコッソリ声のした方に近づく。聞き耳を立てる。奥まったビルとビルの間から、やっぱりガサゴソと物音が聞こえる。なんだろう?
物陰からそっと顔を出す。そこにあったのはいかにも薄幸そうなひとりの女子高生が男3人に囲まれている、という絵だった。
「やめて! はなして!」
女子高生は腕をつかまれて必死に叫ぶ。あまりのキンキン声にちょっと頭痛がした。
「おい、ダマらせろ!」
腕をつかんでる黒いマスクの男が怒鳴る。すると脱色しまくりのイガグリ頭がムリヤリ女子高生の口を押さえた。もうひとり、赤いモヒカンはニヤニヤとイヤらしい笑いを浮かべてその様子を満足そうに眺めてる。
あたしは足元にあった空き缶を塀の上に立てると、見つからないように急いで反対側へと回り込む。そしてシルバーのリングをはずすと、その空き缶めがけて投げつけた。当たれ!
- 111 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時33分12秒
- ───カランカランカランッ!
リングが当たった缶は派手な音を立てて転がった。男たちは一斉に音のした方を向く。今だ!
あたしは勢いよく助走をつけて体当たりをかましてやる。そして倒れていた女子高生の手を取ると、
「いくよっ」
思いっきり走り出した。
「待てっ!」
スキをつかれた男たちは慌てて追いかけてくる。片やスカートの女子高生の手を引くオンナノコ。片やヤル気マンマンの男3人。勝負は火を見るより明らか、ってヤツだ。
「こっち!」
人ごみをすり抜けて走る、走る。あたしたちは空いてるスペースを鋭く攻めるサイドカー。馬力だけの後続を、フットワークを利かせて振り切る。
- 112 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時33分56秒
- そのうち、なんとかあたしの知ってる店までたどり着いた。急いで中に飛び込む。
「すいませんっ、トイレ貸してくださいっ!」
「えっ、わたし、しないよ。」
「いいから!」
店の奥にあるトイレに入ると窓を開ける。
「ここから出れば、わかんないよ。」
「あ…はい…。」
窓枠に足をかけてあたしは飛び降りる。ところが女子高生は2mもない高さが怖くて仕方がないらしい。泣きそうな顔で地面を見つめている。
「だいじょうぶ、受け止めてあげるから。」
その言葉に安心したのか、女子高生は目をつぶると「えいっ」と叫んで、あたしの腕の中におさまった。
- 113 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時34分42秒
- 「あの…今日は本当にありがとうございました。」
「いいって、気にしなくていいよ。」
「わたし、石川梨華っていいます! …あなたのお名前は?」
「ほぇ?」
胸の前で両手を組んで、うるうる潤んだ目で見つめてくる石川さん。アコガレのマナザシってヤツですか。
これも一応逆ナン成功、お礼代わりに証拠のプリクラもとったし正直もう彼女に用はないんだけど……なんかこういうのも悪くないかも。よし、こうなりゃお姫様をお助けする白馬の騎士を気取って思いっきりゴージャスな名前にしてやる!
あたしはできるだけ声のトーンを抑えて答えた。
「綾小路…文麿です。」
「フミマロ…さま…?」
きょとんとした顔の石川さん。ヤバイ、この名前はハズしたか? 他に何かいい名前…いい名前…。
- 114 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時35分30秒
- 「えーっとぉ…、じゃあボクのこと、“サファイア”って覚えておいて。」
「サファイア?」
「うん。9月生まれなんだ。誕生石。…ボクのニックネームさ。」
咄嗟に出たウソだったけど、石川さんはナットクしてくれたようでコクンとうなずく。
「それじゃ、ボクはこれで。」
切符を買おうと歩き出したあたしの背中に声がかかる。
「サファイアさんっ! …また、逢えませんか?」
「…え?」
「今度の日曜日のお昼、わたし、ここで待ってますから…よかったら来てくださいね!」
それだけ言うと石川さんは恥ずかしそうにうつむいて、くるっと回れ右して人ごみの中にダッシュで消えてしまった。
「ええーっ!」
思わぬ展開。あたしはしばらく渋谷駅のコンコースに茫然と立ち尽くしていた───。
- 115 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時36分39秒
- 「ごっちーん、授業終わったよー」
階段をのぼってくる足音が聞こえたと思ったら、のん気な声。あたしと賭けをした相手の声だ。
「よっすぃー、ちょっと聞きたいんだけどさぁー」
あたしが言うと、よいしょっ、と屋根に手がかかる。ひらり、とジャンプしてあたしのすぐ横に着地したのはトモダチのよっすぃーこと吉澤ひとみ。
コイツは黙っておとなしくしてりゃ天才的にカワイイのに、ちょくちょく男っぽいカッコウをしては街に繰り出して女の子を口説いてる。「キミにできるかな?」なんて挑発してくるからついつい乗ってしまった。その結果がコレであります。
「どしたの、ごっちん?」
よっすぃーはそのまま腰を下ろすと、あたしの顔から教科書を取って尋ねてくる。
「こないだのプリクラのコなんだけどね」
「うん?」
「実はさ、別れ際に『今度の日曜、逢えませんか?』って。」
「逢えばいいじゃん。」
「なんかねー、あたしそういうのに慣れてないからさ。ひとむセンパイにゴシドーゴベンタツをお願いしたいと」
「それじゃ月謝ちょーだい」
「ヤダ。」
「じゃ、こっちもヤダ。」
透き通った空をゆーっくりと雲が流れていく。なんとも間抜けな時間だ。
- 116 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時37分38秒
- よっすぃーは相変わらずのくだけた口調で言った。
「さてはおぬし、ホレたな。」
「そんなんじゃないよ」
「う〜ん、BABY それは恋…恋煩いさ。」
「ホレたのはむしろ石川さんでしょ」
「ごっちん、自信家だねえ。」
「よっすぃーにゃ負けるけどね。」
あたしのセリフによっすぃーは一瞬苦笑して、すぐにそれを打ち消すように言った。
「ははっ、まあとにかく、女の子を悲しませるマネをしちゃいけないよ。コレ鉄則。」
「あたし女だよ」
「好きになっちゃえばオトコもオンナもカンケーないっ! 健闘を祈るっ!」
そう言い残してよっすぃーは屋根から飛び降りた。スタンッ!って着地した音が空いっぱいに響いた。
「でもあたしはそんなスッパリ割り切れないよ」
- 117 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時38分34秒
- 結局、渋谷に来てしまった。卒倒しそうになるくらいの人だかりの中、キャップのひさしの陰から彼女の姿を探す。
「サファイアさんっ!」
後ろから、いかにも女の子ですぅってカンジの甘い声。振り向くと、目を細めてあたしを見つめる石川さんの顔が飛び込んできた。
「…やあっ!」
われながら気の利かない間抜けな挨拶だと思う。それでも石川さんは嬉しそうに話しかけてくる。
「来てくれたんですね!」
「待たせちゃった?」
「ううん、わたしも今来たところです。」
フリルのついたピンクのシャツに白いミニスカート。チラチラと健康的なフトモモが見えて、女性的な魅力にあふれている。それに比べてあたしゃいったい何をしてるんだ?
「お昼ごはん、食べちゃいました?」
「いや、まだだけど…」
「よかった。ずっと考えてたんです、お昼ごはん、なに食べたんだろう?って。」
「それじゃ、いっしょに食べよっか。行こっ」
- 118 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時39分33秒
- 近くの喫茶店に入ってランチを食べながらおしゃべり。石川さんはあたしについていろいろと聞いてきたので、弟の行動パターンを思い浮かべて受け答え。差し向かいであんまりジロジロ見られるとバレちゃうかもしれないから、できるだけ早く済ませて外に出た。
どこに行きたいか尋ねると、
「サファイアさんにおまかせします!」
暗い場所ならバレにくいよね、と映画館に入る。石川さんがいかにも好きそうな恋愛モノだ。
「これ、ずっと観たかったんですよ。」
思惑通り石川さんの目はずっとスクリーンに釘付け。あたしはめちゃくちゃ退屈であやうく寝ちゃいそうだったけど、お昼のコーヒーのおかげで何とか持ちこたえた。
お次は石川さんの行きたいところに行く番だ。
「えっと、お洋服、見てもいいですか?」
連れて行かれたブティックは、カワイイ系の服でいっぱい。あたしの趣味とちがう分、いかにもキョーミないけどついてきた男の子って感じは出たと思う。
最後にゲーセンでもう一度プリクラをとってデートはおしまい。バレずに済んだ。無事シューリョー。
- 119 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時40分21秒
- 駅に向かう途中、できたてのプリクラを自分のケータイに貼り付けながら石川さんは言う。
「…あの、サファイアさん…もしよかったらケータイの番号、教えてくれませんか?」
「えっ…?」
男のカッコウでプリクラが貼られて。そして“後藤真希”ではなく“サファイア”って名前でメモリーに登録されるんだ。
石川さんは男のあたしを好きでいてくれてる、だからあたしは自分のコトを隠し続ける。…ヒントはあげない。本当のコトがわかっちゃったら、それでオシマイだから。
「…ゴメン。ボク、今ケータイ壊れちゃってて…」
「そうですか…。」
石川さんは眉根に皺を寄せてうつむいた。そのまま、いつまでたっても顔を上げない。…様子がおかしい。
- 120 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時41分18秒
- 「石川さん?」
「…サファイアさん、今日ずっと、ソワソワしてた。まるで何かにおびえてるみたい…。」
ドキッとした。石川さんは上目づかいであたしを見つめて続ける。
「わたしを助けてくれたとき、あなたはもっと堂々としていたのに…。ねえ、何が怖いの? 何をムリしているの?」
「…別に何も怖くないし、ムリだってしてないよ。」
「どうしてウソをつくの? わたし、あなたのことがわからない!」
「石川さん…」
「わたしはあなたのことをもっと知りたいの! こんなの悲しすぎるっ!」
そう叫ぶと石川さんは長い睫毛に涙をためて、駅とは逆の方向に走り出した。
「あ…」
背中がどんどん遠くなる。そしてとうとう石川さんは人の波の中に飲み込まれてしまった。
「ボクにもわからないよ…。」
ひとりぼっちになったあたしは、そうつぶやくことしかできなかった。
- 121 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時42分15秒
- 「ねえよっすぃー、あたしどうしたらいいのかなぁ?」
昼休み、体育座りのあたしの隣でよっすぃーはベーグルをかじっている。よく噛んで、よく飲み込んで、答えた。
「前に言ったよね、『女の子を悲しませるマネをしちゃいけないよ』って。」
「そうだよ、だから…」
「お姫様を男たちから助ける度胸はあるクセに、お姫様のお相手をする度胸がないなんて…」
よっすぃーは大きな口を開けてベーグルをペロリとたいらげると、
「まだまだ青いね、ナイト様!」
屋根から飛び降りて、そのまま校舎の中に入ってしまった。
「ちょっと、よっすぃー!」
屋上にはあたしひとりが取り残される。
- 122 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時43分06秒
- そのまま午後の授業をサボって考える。
あたし、石川さんに嫌われたくない。嫌われたくないから必死でウソを固めてる。
でもそうすると、あたしはいったいどこまで男の子を演じ続けないといけないのだろう?
もしかして、今のあたしがやってることは、石川さんをダマしてもてあそんでるのと同じなのかもしれない。そうだ、それならこっちの方が、女の子を悲しませる結果になるに決まってるじゃないか!
…もう演じるのはやめよう。そして本当のコトを石川さんに知ってもらおう。ありのままのあたしを石川さんに見てもらうんだ。
「よっし!」
あたしは勢いよく屋根から飛び降りる。キレイに決まった着地。空いっぱいに乾いた音が響き渡った。
- 123 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時43分53秒
- 日曜日。先週と同じ場所。先週と同じ時間。人の群れをかき分けて、あたしは彼女の姿を探す。
───いた。ステンレスの手すりに腰かけて、彼女は淋しそうに人ごみを眺めていた。
「おまたせ。」
あたしは彼女の前に立つ。
制服姿の女の子を瞳に映し、彼女はふわり、笑みを浮かべた。
- 124 名前:ブラウエライター 投稿日:2002年06月29日(土)15時44分24秒
- end.
- 125 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時53分59秒
『ウチ、いつまで頭お団子にしとらなあかんのやろ。』
- 126 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時55分04秒
ののと並んで、メイクさんに髪を結ってもらう。
鏡に並んで映る、ウチとのの顔。
二人ともまん丸や。
ウチは、髪の毛少ないし、あんまりぎゅうぎゅうに結ぶのは好きやない。
前髪とかぺったんこになるし。地肌見えるし。
ののの隣ではまこっちゃんが髪の毛外巻きに巻いてもろとる。
ふわんって。
大人っぽいなぁ。
ウチかて、たまには髪の毛巻いて欲しいなぁ。
ああ、飯田さんが来た。
綺麗やなぁ。スタイルええなぁ。大人やなぁ。
ウチもハタチになったらあんな風になれんのやろか。
飯田さんがウチとののに言う。
「あんたらはほんっとにお団子頭が似合うね」
- 127 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時55分34秒
『ウチ、もうちょっと痩せた方がええんかなぁ。』
- 128 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時56分11秒
ののとウチの衣装がきた。
またピンク。ののは水色。
ジャンパースカートとオーバーオール。
ピンク色は嫌いやない。せやけど、余計まん丸に見えるやん。
今時小学生でもこんな服着てへんのと違うの?
衣装に着替えた愛ちゃんがののに何か話しかけとる。
おへその見えそうなチビTにショートパンツ。
大人っぽいなぁ。
ウチも痩せたらあんな衣装着せてもらえるんかな。
ああ、よっすぃーが来た。
よっすぃーかて、最近まん丸になってきたやん。
衣装が入らんってマネージャーに怒られとった。
よっすぃーがウチとののに言う。
「おまえ達はそのまんまでいいんだからいいよなぁー」
- 129 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時56分47秒
『なんで、可愛くしたらあかんのやろ。』
- 130 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時57分27秒
ウチもののも、顔丸いしふとっとるからこそ。
髪の毛下ろして、黒とか濃い色の衣装着た方が、絶対可愛く見えるのに。
テレビじゃないときの方が、ウチもののも可愛いのに。
なんで、わざとこんな格好させられるんやろう。
もう、大人やのに、子供のフリしとらなあかんのやろう。
新垣ちゃんが一生懸命、雑誌用のコメントを考えとる。
うちらより下やのに。
はっきりしゃべる。しっかり話す。
今度、テレビで、関西弁でぶわぁーとしゃべったら怒られるかなぁ
ああ、中澤さんが来た。
いつもみたいに、ウチとののの頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。
香水のいい匂いがする。
中澤さんがウチとののに言う。
「あんたらはいつまでも今のままでおってな」
- 131 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時57分59秒
せやかて、ウチもののももう中3やで。
まこっちゃん達が入ってきて、新垣ちゃんもおるし、もう一番年下やない。
まこっちゃん達みたいに大人っぽい服も着たいし。
何かっていうと、ののとユニゾンでコメントするのも飽きたわ。
ののは、どう思とるんやろう。
もう、こんなん嫌やて思とらへんのやろか。
「ねぇ、ののはさぁ、嫌じゃない?」
「何が?」
「いつまでもお団子でさぁ、衣装もいつもこんなんだし」
「んー別に」
興味ないんかな。
安倍さんに貰ったお菓子に気をとられとるのか、生返事。
そういうののの子供っぽいところに、ウチが引っ張られとるような気がして。
ちょっと腹が立った。
- 132 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時58分42秒
「なー、聞いとんの?」
「何が?」
「まこっちゃん達は大人っぽいカッコとかしてるのに、私らばっかりこんなんで」
「んー」
「衣装とかも、いっつもののとお揃いみたいな感じで!」
ののは、やっとお菓子から顔を上げて、ウチをみた。
突然そんなことを言い出したウチを、不思議そうな顔で。
「あいぼんは、私とお揃いは嫌?」
そういうこと言うとんのと違うやん。
ののが嫌とかそーゆーこととちごて。
いつまでも子供の振りみたいなんさせられるのが嫌やねん。
ののの口元にチョコレートがついとる。
もう、ええわ。
ののは子供なんや、まだ。
無性に腹が立ってきた。
ののがおらんかったら、ウチも他の子らみたいに、普通のカッコできるんやろか。
いつまでも、こんなお団子頭なんかしとらんくてもええんやろか。
- 133 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時59分18秒
「もう、ええわ!」
ウチ、ばんっと机叩いて大声でいうたのに。
ののが、笑う。
口元にチョコレートをつけたまま。
「あいぼんは、怒ると関西弁」
「うるさい」
「ウチがいっつもこんなカッコばっかさせられるんはののせいや!」
いつもやったら、ここでケンカになるのに。
ののは、まだ笑顔のまま。
「そんなの、長くても今年いっぱいのガマンだよ?」
「え?」
「こーゆーカッコするのも」
「何で?」
「来年は高校生だから、いつまでもこのままのワケないじゃん」
- 134 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)15時59分51秒
ののは、さらっと言った。
妙に大人っぽい顔で、ちょっとドキッとした。
口には、チョコレートついたままやったけど。
そやな。
そらそうや。
今、こんなカッコさせられんの、すごい嫌やったけど。
来年のことまで考えとらへんだわ。
のの、賢いな。
チョコレートついとるけど。
「あいぼん、そんなことで悩んでたの?」
自分より、ずっと子供やと思っとったののに、笑われた。
- 135 名前:おだんごあたま 投稿日:2002年06月29日(土)16時00分34秒
『ウチもまだまだ、青いなぁ』
おわり
- 136 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時13分02秒
- …西暦二○一四年の東京都。
昔とは比べ物にもならないけれど、一応、青く澄んだ空。
その良き日に、一人の女性が花束を抱えて、この場所を訪れた。
ばっさりと肩で切れ整っている短髪に、薄い黄緑色のセーター。
そうか。
お嬢さんはまだ、忘れていないんだね。
- 137 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時14分03秒
- …西暦二〇〇二年の東京都。
雨だ。
吉澤ひとみが思うと同時に、車のウインドウを叩きつける雨音が大きくなった。
「あちゃあ、降ってきたな」
隣でハンドルを握る中澤裕子がぼやく。
常日頃から、雨の中の運転は苦手だと公言している彼女は、腹立たしそうにタバコを一本取り出した。
「中澤さん、事故ったりしちゃダメですよ」
「当ったり前やん。ここで事故ったら、アタシは世界一不幸な女やで」
顔を見合わせて笑う二人を乗せ、一台の乗用車が雨を切り裂き、颯爽と駆け抜けていった。
- 138 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時15分06秒
- 「中澤裕子結婚!!」
世間を驚嘆させたこの報道がなされたのは、秋も深まる九月末のことだった。
中澤裕子が、同い年の青年実業家と熱愛の末、ゴールイン。
結婚に至る経緯だとか、二人を取り巻く情報は一切公表されず、ただこの事実だけが日本中を駆け巡っ
- 139 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時16分30秒
- 「どんな人なんですか?青年実業家ってよく聞きますけど」
「どんな人って、やさしい人やで。見た目と性格が一致してる」
「ふ〜ん・・・・・・あんまり中澤さんの好みじゃなくないですか?」
「どう言うことよ?」
「やさしい人ってダメじゃないでしたっけ?」
「ああ・・・・・・まぁ、好きになってしまえば、よ」
「うひゃあ、お熱いもんですね〜、わざわざ吉澤に見せ付けなくてもいいじゃないですか」
「アンタが言ったから答えただけやん」
- 140 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時17分23秒
- 「到着やで〜、寝たふりすんな」
「ああ・・・・・・着いたんですね」
「うん・・・・・・着いた」
「着いちゃったんですね・・・・・・」
「着いちゃったな・・・・・・」
「・・・・・・よし、ありがとうございました。わざわざ送ってもらって」
「構わんよ、またどっか行こうな」
「そんなぁ、旦那様がいるのにそんなこと言っていいんですかぁ〜?」
「・・・・・・また連絡するわ、おやすみ」
「・・・・・・おやすみなさい」
- 141 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時19分03秒
- 「中澤裕子事故死!!」
「『信号無視の車に追突された』と証言、信号無視か?」
この報道がなされたのは、冬の足音もはっきりと聞こえる、十一月初めのことだった。
- 142 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時20分05秒
- …西暦二〇一四年の東京都。
あれから十二年か。
時の経つのは早いものだ。
私のような老いぼれになると、時間の感覚がはっきりしなくてね。
私はね、お嬢さん。
心配していたんだよ。
毎年のようにね。
今年も来てくれるだろうか、もし来なかったらどうしようか、とね。
あんただけだよ。
毎年必ず、同じ日時、同じ時間にここに来てくれるのは。
私の唯一知っている、黄緑色のセーターを着てね。
- 143 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時20分52秒
- 花束を抱えた女性は、一本の信号の袂に立ち、腰をおろした。
そしてゆっくりと、抱えていた花束を備え、手を合わせた。
- 144 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時21分43秒
- 十二年前、お嬢さんはこう言ったね。
当然、覚えているだろう。
「こっちの信号が、青だったんだろ?」
私を拳で何度も叩きつけながら、涙を流しながら繰り返した言葉だ。
その通り。
私はその時、確かに青だったんだよ。
あの女性は、信号無視などしていなかったのさ。
- 145 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時22分33秒
- 女性は立ち上がると、髪をかきあげ、信号を見上げた。
信号は赤、空は青。
すると突然、小さく笑って話し出した。
「信号、青だったんだろ?・・・・・・残念だよ、せっかくの証人が話ができないんだから」
- 146 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時23分49秒
- 申し訳ないね、あいにく人間の言葉は話すことができない。
話すことができれば、彼女の無実を証明できるのにね。
しかしお嬢さん、もし私が話すことができていたら、私はあんたにしたい質問があるんだ。
あんたはなぜ、毎年同じ日時、同じ服装で、花束を抱えてここに来るのかね?
あの女性の婚約者らしき男など、私はこの十二年間一度も目にしなかった。
あんたと同年代の女性ならば何度も見かけたが、あんたのように几帳面に来る人は一人もいないよ。
残念だよ私も、あんたと話ができなくて。
あんたの気持ちを、一生知ることができないんだから。
- 147 名前:青信号の先には 投稿日:2002年06月29日(土)16時24分50秒
- 女性は一度、あらん限りの力をこめて、信号を殴りつけた。
手の甲が真っ赤に染まり痛々しいが、女性はまったくそれを感じさせることなく、身を翻して歩いていった。
信号が、青に変わった。
終わり
- 148 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)21時59分04秒
- スキップ、スキップ、ランランラン。
スキップ、スキップ、ランランラン…。
「…ダァーッ!やってられっかぃ!!」
ウチはこの世のすべてがイヤになって、バシッ!とそのヘンの壁にケリを入れた。
ウチの名前は加護亜依。
奈良が生んだ天下の美少女や。
年は11。小学校6年や。
「スキップ、スキップってホンマあほちゃうか!」
カンペキなウチにも弱点はあって、運動が苦手やねん。
「加護さんってスキップでけへんねんてぇー」
同じクラスのムシの好かん女どもに、体育の時間、周りを取り囲まれて笑われてん。
「小6にもなってなぁ」
…くぅ〜っ!
あの時の悔しさったら!
「分かったわい!絶対スキップできるようになったるわい!!」
ほとんどケンカ腰でウチはそいつらに挑戦状をたたきつけた。
10日後に披露するという約束で。
- 149 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時00分37秒
- 「スキップ、スキップ…」
それでこうやって家の前で特訓してるってワケや。
日のあるうちは恥ずかしいから、こうやって夜こっそり秘密の特訓をやってる。
約束の期日は10日後。
それまでにカンペキにマスターするんや。
「スキップ、スキップ…」
不意に、人影が現れた。
「…やばっ!」
ウチは固まってもうた。
ここはコンビニに行く近道やから、油断すると誰が通るか分からへん。
よく見ると、ウチと同年代くらいの女の子やった。絵の具にあるセルリアンブルーみたいな、
首がよれてるTシャツにひざに穴開いてるジーンズ。
ウチもちっこいけど(楽勝でミニモニ。入れんで)、その子も小さかった。
ポニーテールのしっぽをひょこひょこ揺らして、不覚にも「カワイイ」って思ってもた。
目が合った。
大きいけど、何やたれ目やな。
そんなことを考えてたら、その子はニコって笑った。
「行くわよ」
おとなのひとの声がした。多分この子のお母さんやろ。
「ウン、今行く!」
タタタタと走って行ってもうた。
…何にせよ。
秘密のスキップ見られてもたがな!
- 150 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時03分39秒
- 翌日。
朝から雨やった。教室ではヒマをもてあました連中がギャーギャー騒いどった。
「コラー、静かにー!転校生を紹介します!」
担任の保田先生が『入りなさい』って言って、その子は入ってきた。
…あ!
昨日のウマのしっぽアタマや!今日は黄色のワンピースなんか着とるけど!
「東京から来ました辻希美れす。よろしくれす」
トウキョウ?何で、こんな田舎に?
みんなそう思たんか、ヒソヒソと囁きあった。
「辻さんはお家の都合でこちらに引っ越して来ました。皆さん仲良くするように」
保田先生のひとことでますます皆ナゾを深めた。
『トウキョウから来た転校生』はクラス中の注目を浴びた。
その子は給食を食べるのが誰よりも早く多く、誰よりも腕相撲が強い。
体育のリレーでも、弾丸のようなイキオイで走って行った。
―――でも不思議なんは、別にいじめられキャラではなさそうやのに、
クラスの女子のどの『はばつ』にも属そうとはせんかった。
まぁ、ウチにはかんけーないけどなぁ。
- 151 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時05分18秒
- 「スキップはできるようになったれすか」
ある日の放課後、スキップについて本で調べようと図書室におったら、例の辻希美が声をかけてきた。
「な、なんやの!アンタ!」
思わず大声を出すと、カウンターにいはった司書の飯田先生が指を立てて『シーッ!』と合図した。
「のの、思ったんれすが」
「なんや」
「加護さんはリズム感悪いれす」
「な!なんやと!?」
またデカイ声で怒鳴ってもた。
しまった!と思った時にはもう遅く、飯田先生がカウンターで黙ってイエローカードを掲げた。
次、レッドが出たら退場や。
「まぁまぁ」
辻希美が腕をひっぱってウチを外に連れ出した。
- 152 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時07分13秒
- 「なんやねん!一体!こんなシケたトコ連れ出して」
ウチが連れてこられたのは、体育館のウラやった。わしゃ、カツアゲされる生徒っかちゅうねん。
しかも雨はやんだけど、足元は水たまりだらけや!
「何でもいいから歌を歌ってみてくらさい」
「ハ!?」
「いいから」
ウチは辻希美にガンたれたった。
でも、しばらくして、あやゃの新曲をフリつきで歌ったったわ。
「♪イエ〜イ めっちゃホ〜リデェ〜 ウキウキな夏 き〜ぼう!」
こんなトコにまでサービス精神を発揮する。
関西人の悲しいサガや。
「どうや!」
歌い終わってウチは胸を張った。
辻希美はウ〜ンとうなった後、
「悪くないれす。というか、何であんなにスキップヘタなのかますますもって
分からなくなったれす」
「ナニゲにほめてへんぞ」
「へいっ。ほめてないれすよ」
「…イイ性格してんな、自分」
- 153 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時11分32秒
- 「あんな遅くにスキップしてる理由ってなんれすか?」
体育館のそばの低い鉄棒にジャンプしてすわり、辻希美は足をブラブラさせた。
「…カンケーないやん」
「そうれすか」
「…早ッ!なんちゅうあきらめのよさや!…クラスの女どもにバカにされたんや、
『スキップもでけへん』て。だからついムキになってもうて、『絶対できるようになったる! 』
ってタンカきってもうたんや。夜遅くやってんのは人に見られたら恥ずかしいから。
…そんでエエか?」
「…ふぅん。なんらかタイヘンれすね。でも」
「なんや?」
「おもしろそうれす」
辻希美はニカッと笑った。
とにかく、これがきっかけでウチの秘密特訓にスパルタなコーチがつくことになった。
- 154 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時13分39秒
- 「スキップ、スキップ!」
「もっと足を高く上げるれす!」
「スキップ!スキップ!!」
「足がもたついてるれす!腕ももっと振って!!」
「ス!スキ…ップ!スキップ…ゼエゼエ」
鬼コーチ・辻希美にしごかれてウチはふらふらになって地面に倒れた。
「もうへたばったれすか。決戦まで日にちはないれすよ」
「てか…自分、やってみーや」
空を見上げながら文句を言う。
お空はもう真っ赤に染まり、近くの小学校からは下校をうながす校内放送が流れた。
「あれ〜、あいぼん。何やってんの〜♪」
「うわっ!」
上からお隣の梨華姉ちゃんが覗き込んだ。
トモダチの吉澤とかいう姉ちゃんも一緒や。
- 155 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時15分10秒
- 「何やねん!びっくりするやないか!!」
「あいぼん、でっかくなったなぁ〜。イヤ、相変わらずちっちゃいか」
吉澤は無礼なことを言って快活に笑った。
「こんなトコで寝てたらおばさんに叱られるぞぉ〜」
梨華ちゃんがニヤニヤしながら言う。
「またオカンにチクるんかい!」
「フフッ。ハイ、そこの子も」
梨華ちゃんはウチと辻希美にメロンパンを一個ずつ手渡した。
「なんやの?ニセアリバイつきの外泊を目撃した時の口止め?」
「も〜お、カワイクないんだから。高校の近くのパン屋さんでタイムサービスやってて安かったから、
多目に買ってきたのよ」
「お姉しゃん、ありがとれす」
「どーいたしまして。誰かさんと違っていい子ね〜」
「うっさいわ!吉澤ひと休みとどっか行ってまえ!」
お〜、コワと言ってふたりは去っていった。
あの姉ちゃん、苦手や。
ぶりぶりしてるし。そのくせ、怒らせたらタチ悪い。
- 156 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時18分33秒
- 「…いいこと思いついたれす」
メロンパンをじっと見ながら、辻希美が言うた。
「なんやねん」
「何かごほうびがあれば根性出せると思うのれす」
「なにーな」
「たとえば…あやゃのライブチケットがタダで手に入るとしたらどうするれすか?」
「ママママ、マジか!?ホンマならスキップのひとつやふたつ、1万回でも1億回でも
すんぞ!!!」
「決まりれすね」
辻希美はうなずく。
「名づけて『ウマの鼻先にニンジン作戦』!れす!!」
「♪ピードンドンドンパーフーパーフー!…て!オイ!ウチはウマかい!」
しかもあやゃはニンジンかい!
「文句あるれすか?」
「…ございません」
えっへん!と、辻先生は誇り高く胸を張った。
- 157 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時20分52秒
- 「てか、チケットなんかどーやって手に入んねん。もうフツーに買うには
売り切れなんちゃうん」
発売当日にどんだけ電話かけたコトか。また全然つながらんし。
「チッチッチッチ!」
辻希美は自動車のワイパーのように人差し指を動かした。
「そこがシロートのあさはかさ!のののおとーさんに頼めばイッパツれす!」
「お父さん、ナニモノ?」
「音楽業界のひとれす」
あ、ナルホドね。意外にフツーの答えでかえって拍子抜けしてもたわ。
「決戦まで、後5日れす」
夕日をバックに、辻希美はものすごいイキオイでメロンパンをかじりだした。
- 158 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時23分53秒
- スキップ、スキップ…。
特訓の甲斐あって、ウチは何とか足がもつれるコトなく、スキップでけるようになった。
辻希美は放課後、毎日ウチにつき合ってくれる。
おこるでもなく、ほめるでもなく、それでもスパルタに指導はつづいた。
「…ハァハァ、ハァハァ」
「だいぶ上達したれすね。ののの教えがいいのれす」
辻希美は満足げにうなずいた。
地面にごろんと寝転ぶ。
視界に、青い空とこの前も着てた、辻希美のセルリアンブルーのシャツが入った。
「なんや、お空の色みたいなTシャツやね」
そのままお空に溶けるんじゃないかってくらい、それはよく似たいろだった。
「へへ、のののお気に入りれす。東京の古着屋さんでお父さんが買ってくれたれす」
…ナニゲに東京じまんかよ。これやから東京モンは…。
- 159 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時25分17秒
- 「なぁ、前から気になってたんやけど。きーてエエ?」
「なんれすか」
「自分、なんでこんな田舎に転校してきたん?」
「知りたいれすか」
「まぁ、言いたくないならエエけど」
「なら教えないれす」
ふり向いて、ニッカと笑う。
…くぅ〜!ハラたつわ〜。
「お父さんが浮気をしたのれす」
帰りぎわ、辻希美はぽつんと言った。
「それでお母さんがおこって、ののをつれて実家に帰ってきたのれす」
ウチはしーんとなってもた。
聞くんやなかったわ…。
うわ、マジ…キッツイなぁ〜。
- 160 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時26分17秒
- 次の日、ウチは絶不調やった。
原因はクラスの例の女どもに『チビ同士つるんじゃって』と辻希美とまとめて
バカにされたんや。
かんけーない辻希美までバカにすることにむっちゃハラたった。
…別にトモダチやないけどな。
「加護さん、今日は調子悪いれす。少し休むれす」
「なんでや」
「こころにもやもやがあると、何やったってうまくいかないかられす」
「…そうか」
素直にしたがって、地面に体育すわりする。
「ちっちゃいっていいれすね〜」
唐突に辻希美は言った。
「なんでや、ウチはちっともいいことあらへん」
「小さいと鴨居に頭をぶつけなくていいのれす」
「…そこにいくんかい」
「加護さんはイヤれすか?」
辻希美はウチの顔をのぞきこんだ。…デカイ目やなぁ。たれてるけど。
- 161 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時27分27秒
- 「てか、体育とか朝礼で背の順にならぶやん」
「へいっ」
「ウチ、たいてーイチバン前やねん。男子の山田なんかウチよりちっちゃいクセに更にちいさい
森村がおるおかげで前から二番目ってポジションをカクホしとんねん。めっちゃハラたつわ」
「…なんかよくわかんないけど、そうなんれすか」
「おかげでウチはいつも、『まえにならえ』する時、『腰に手をあてるポーズ』や」
ウチは立ち上がって、イチバン前のひとの『まえにならえ』をした。多少モデルティストも入れて、
ちょっと腰をひねってお色気もサービスしたった。辻希美は困惑するように笑ってる。
「それなら今するれす」
辻希美も立ち上がった。そんでウチの前に立った。
「まえに〜ならえ!」
ウチは号令にしたがい、あわてて両腕を前に出した。辻希美も腰に手をあててる。
「ちいさく、まえならえ!」
今度はちょっとひじをまげた。
「ゆめはかなったれすか?」
「…ウン!」
ふたりで顔をみあわせて笑った。
- 162 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時28分58秒
- 「調子はどうれすか」
決戦の前日の晩、辻希美が家にひょっこり現れた。
ウチは家の前で軽くスキップをしてた。まぁ、リハーサルっていうかね。
「まぁ、上々ってトコかいな」
「そうれすか。明日、がんばってくらさいね」
「おう!いろいろおおきにな」
そう言うと、辻希美はふっと笑った。
「ののはなにもしてましぇん。加護さんががんばったかられす」
「まぁ、そない言わんと。ひとからの言葉はありがたくちょうだいするモンや」
「そうれすか」
また笑った。
「それよか自分、こんな時間に大丈夫か。家のひと心配してはるんちゃうの」
そうや。今日梨華ちゃんトコに吉澤ひと休みが来とったわ。アイツに送らせたらエエんや。
カァ〜ッ!ウチってカワイイだけじゃなくてカシコイなぁ〜。自分で自分がコワなるわ。
- 163 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時30分37秒
- 「大丈夫れすよ、それじゃ」
ふっと辻希美は歩いて行った。
気がつくともう10メートル先の電柱まで歩いてて、
「…オイ!コラー!」
ウチが叫ぶと、振り返って笑顔で手を振った。
「…なんやねん」
ウチはただ手を振り返すコトしかでけんかった。
闇のなかに、辻希美のセルリアンブルーのシャツがまぎれて消えた。
それはまるで、青いお空が消えてゆくようやった。
- 164 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時32分38秒
- 「ハ〜イ!席に着いて!」
終業式の日。いよいよ通信簿が手渡される。
ウチは体育の成績だけが気がかりやわ。ハ〜ァ、神様っていけずやわ。ウチがいくら
目もくらむびぼーの持ち主で打てばひびきまくる知性の持ち主やからって、運動神経をさしひかんでも。
…そーいや。さっきの朝礼でも気になったが、辻希美は欠席みたいや。
今日はあいぼん様のスキップ披露の日やのに。
なんや、おししょうはんのくせに弟子の勇姿をみとどけてくれへんのかいな。
「今日で1学期はおしまいです。みんなよく頑張ったわね。さて、通知表を配る前に残念な
お知らせがあります」
「なんですか」クラス委員の山本いう男が言うた。
「辻さんがお家の都合でまた転校することになりました」
「…エ〜!?」
てか、転校してきたばっかやん。周りの声が聞こえる。
ウチはあほみたいに口開けたまま、アゼンとしてもうた。
「今度はどこに?」
「イギリスです」
…奈良の次はイギリスかいな。やるなぁ。
- 165 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時34分09秒
- 「これ、辻さんから預かってたから」
終わったあと、保田先生に呼ばれてスカイブルーの封筒を渡された。
あのTシャツとは違ういろやけど、これもお空のいろや。
礼を言って、即ダッシュしてひとのあんまりこーへん階段トコに行って開いた。
「加護亜依さま
加護さんがこれを見るころは、ののはもうイギリスに向かう飛行機に乗ってると思います。
だまって行ってしまってゴメンナサイ。お父さんとお母さんがイギリスでやり直したいと言い、
ののもついてゆくことになりました。
加護さんはがんばりやさんだから、スキップも成功するだろうと思います。
短いあいだだったけど、なかよくしてくれてありがとう。
加護さんはとってもおもしろくてすきでした」
『でした』って…。過去形かいな。
「約束のあやゃのライブチケットもどうふうします。
2まいあげるので、だれかと行ってください。
げんきでね
辻希美」
- 166 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時35分19秒
- 封筒には、あやゃのチケットが2枚入ってた。席は前から5列目やった。
辻希美は今頃、お空をぐんぐん飛んでるにちがいない。
もう、ウチの手のとどかへんくらい遠くに――― 。
「おおきに、おおきに…」
封筒をひたいにおしあて、ウチは礼を言った。
「こんなトコにいたのね」
挑発的に言いおるヤツがおった。クラスの女どもや。
「なんや、オマエらか」
「約束よ、スキップしてみせなさいよ」
「おう!いくぞ!」
ウチはバックしてまず助走をつけた―――。
- 167 名前:夜にスキップ 投稿日:2002年06月29日(土)22時36分29秒
おわり
- 168 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時42分17秒
- 今時ウインドブレーカー?
なんで?ねぇなんで?
レッスンで着るにしたってもっとマシなのあるでしょ。
しかもいっつも同じやつだし。
洗ってるの?ねぇ、臭くないの?
- 169 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時43分48秒
- 「なんでいっつも同じの着てるの?」
レッスン中だったけど、あまりにも毎日同じやつ着てるから言っちゃった。
もう着て欲しくなかったし。
「駄目?気にいってるんだけどなあ〜これ。」
「駄目なことないけどさーちゃんと洗ってるかぁ〜?」
「ああああ洗ってるよおっ!」
動揺しちゃって怪しすぎ!
「別になっちが気にならないなら良い・・・のかな・・・?」
「もうっ!なっちが好きなんだから良いっしょ、やぐち邪魔しないでよ!」
なんだよ、みんなに陰で言われたら可哀想だから言ってやったのに。
「だって臭いんだよっ・・・!」
「・・・洗ってるのに。やぐち、ばか。」
あっ・・・!しまった・・・。
- 170 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時45分40秒
- それからなっちはずっとぶすくれてて、頑張って声を掛けても相手にしてくれなかった。
確かに酷いこと言っちゃったって思うよ?思ったからあのあと謝りにだって行ったんだよ?
それなのに・・・でも・・・矢口が悪いね。
次の日、なっちは真白な無地のTシャツを着てきた。
なんでだよう・・・矢口が言ったから?そんなの・・・気になるじゃんか。
「なっち、今日はいつものウインドブレーカー着てやらないの?」
「あ、圭織。あれ、飽きちゃったから。それにスタジオで風除けもナイダロ!って思って。」
「そう。でも、あれ似合ってたのに。」
「良いの。これからは白の時代なのっ!」
「あれ〜なっつぁん青じゃない〜」
「ウインドブレーカー着てないと変な感じー」
「もう良いっしょ!レッスン始まるよ。」
なっちは青が似合うのに。
なっちはウインドブレーカーが良いのに。
なんでだよう。なんであんなこと言ったんだようばかやぐち。
「似合ってたのに」
そんなの矢口だって思ってる!
だからっ・・・コレだって・・・なっちに・・・
- 171 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時47分08秒
- レッスンがひと段落着いて休憩をしているとき、飲み物忘れた矢口は自動販売機へ向かった。
そこにはなっちが居て・・・
「あっ・・・!な、なっちも忘れたの?」
「うん。」
普通だけどなんかやっぱり怒ってるっぽい!
「あのさっ、いつもの服、着ない・・・の?」
「・・・臭かったら困るから。」
!やっぱり・・・そうだよね?矢口が原因だよね?それにしたってそんなあからさまに言わなくたって。
「臭くないよ!!」
「昨日言ったじゃない。」
「あんなのっ・・・!ウソに決まってるじゃん!」
「どうして。無理しなくて良いよ。矢口がやめた方が良いって思ったからそう言ったんでしょ。
どうせ青なんて似合わないしそれにいつも同じやつだしどうせなっちは臭いもん汚いもん。」
ああああああ、もうっ!言っちゃう!!
「ちっがーうの!昨日言ったことは続きがあるの!!」
「・・・どんな続きよ。」
「ちょっと待ってて!!」
そう言い残して矢口は大急ぎで楽屋へ戻った。
- 172 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時49分15秒
- そして大急ぎでなっちのもとへと帰ってきた。
走りまくったからかなりキツイ。
でも早く言いたいから我慢する。ハァハァとなりながら肩で息をしたけれど一気に言った。
「これっ・・・、なっちに着て欲しい。」
矢口は小さな紙袋を渡した。
受け取ったなっちがそれを開けるのがなんとなく恥ずかしかった。
「・・・これ、どうしたの?くれるの?」
「・・・それさ、こないだ街で見つけてさ、なっち、青が好きだしウインドブレーカー
好きなのかなって思ったから買ったの。そんで・・・それを着て欲しかったから
いつものやめて欲しくて・・・あんなこと言ったの。だからっ・・ごめんなさい。」
ふかぁく頭を下げてなっちの言葉を待つのに何もくれなくて、不安になって顔をあげたら
・・・なっちはそれに腕を通しているところだった。
「なっち!着てくれるの?!」
「・・うん、すっごく嬉しい。アリガト、やぐち。」
「あの、ほんとにごめんね?ひどいこと言ってさ、・・・嫉妬してたんだ、いつものやつに。」
「なんで嫉妬?」
- 173 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時50分53秒
- 「だってすごく大事そうに着てるし、誰か・・・娘。になるまえとかにもらったものなのかなって思ったし。
せっかく買ったけど渡せなかった。」
なんか想い出があるんだろーなーって思って淋しく思ってた毎日を思い出して
また切なくなってたらなっちは急に矢口にデコピンを食らわせてきた。
「痛っ!」
な、なっち?
「ばかやぐち。」
なにが???
「なんでばかなの?それに痛いし!」
「矢口が、最初なっちがあれを着た時に似合うとか、青が良いとか言いまくったんじゃない。
だからっ・・・ずっと着てたのにさ!」
え〜??そんなこと言って・・・言ったかもしれない。
でも、そんなの覚えてないし。
「じゃあ、矢口が言ったから着てたの?」
「うん。」
「なんで?」
「だって・・・矢口ウソ付かないし。だから矢口が似合うって言うならほんとかなって思うよ?」
「なっちは何着ても可愛いよ!矢口なんかの言葉なんて気にしないでさ、好きなの着てね?これからは。」
そう言った矢口に、頷くでもなく首を振るわけでもなく、返事を返さなかったなっちだったけど
すっごく笑顔だった。
- 174 名前:ウインドブレーカー 投稿日:2002年06月30日(日)01時52分01秒
- その後さっそくレッスンで着てくれたなっちは、次の日もその次の日もそのまた次の日も
矢口があげた青のウインドブレーカーを着てきた。
せめて、交代に着るとかしなよ・・・
でも、ほんっとに似合うんだよね。可愛いんだよね。
仕方がない、あと5着。
なっちのために買ってくるか。
〜fin〜
- 175 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時34分08秒
- 「なんで、空は青いんだろう?」
今日も仕事中だというのに、高層ビルに切り取られた空を見上げてそんなことを考えていた。
- 176 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時34分51秒
- 時間に余裕ができて、良くも悪くもいろいろなことを考えるようになった。
些細なことから、ありきたりなこと、人類の存在に関わることまで。
大抵はどうでもいいことで、きちんとした結末に至る前にどこかに消えてしまうのだけど。
- 177 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時35分57秒
- 以前の自分は、考えるよりも先に行動していた。
体じゅうが熱いもの……よくわからないけど、これを情熱と表現する……に支配されて、ただがむしゃらに突き進んでいた。
初めは、私たちを取り囲む物事が進んでいくものすごいスピードに、ついていけなかった。
芸能界をよく知らなかったってこともあるけど、怖くて逃げていたんだと思う。
でも、一度流れに乗るとそれは結構楽しかった。
様子がわかって慣れると、自分で流れを作ったりもして、それがまた楽しかった。
今思うと、調子に乗りすぎていたのかもしれない。
- 178 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時37分17秒
- しかし、ごたごたが起きて、多忙から突然に解放されることになった。
いろいろなことを考えるようになったのはそのころからだった。
初めは行き場の無くなった情熱を浪費するためだと思っていた。
けれど、再デビューして、それなりに忙しくなった今でもそのクセは消えなくて。
本当の自分は、こういう人間なのかもしれないと考え直したりもした。
「市井さん」
「あ、はい!」
「今度の番組のことですけど…聞いてました?」
「すみません、ここのところからもう一度お願いできますか?」
またやってしまった。
このクセの良くないところは、ところかまわず考え込んでしまうことだ。
さっきみたいに仕事に支障が出ないようにしないと。
大体、こんな集中力散漫状態になること自体、ありえない事だったのに。
- 179 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時38分00秒
- 最近は自分でも、自分が変わったことがよくわかるようになった。
一番は、やはり情熱が湧いてこないこと。
歌を歌うことも、テレビに出ることもイヤじゃない。楽しいし続けていきたいと思ってる。
でも、あのころのようにがむしゃらな感じでなく、考えて考えた末に動いてる。
そんな感じなのだ。
それが良いことなのか、あるいは悪いことなのか。
もしくは、自分が成長したのか、それとも元に戻ったのか。
わかるような気もするし、永遠にわからないかもしれない。
- 180 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時38分51秒
- 打ち合わせが終わって会議室を出た私の視界に、見慣れた人影が映った。
なんで、こんなところに。
人違いではない。見間違えるはずなど無いから。
でも、冷静になって気がつく。
ここはテレビ局で、相手も芸能人なのだ。
いてもおかしくない。
時間の余裕は、ある。
心の中は複雑だったけど、気持ちの方向は定まっていた。
足早に近づいて、声をかける。
「よっ、後藤!」
- 181 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時39分52秒
- 栗色の綺麗な長髪がくるっと回転して、こちらを振り向く。
こぼれるような笑顔と、柔らかな視線が返ってくる。
私に見せるのと同じ笑顔を、ファンの前でも見せなって言ったことを思い出した。
もう、だいぶ前のことだけど。
「いちーちゃん! 久しぶりだね。どうしたの?」
「どうしたのって、仕事の打ち合わせでね」
「そっかぁ。いちーちゃんも忙しいんだ」
「まね、売り出し中だし」
二人で声を上げて笑った。
同時に、私はちょっとだけ安心した。
- 182 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時41分16秒
- 私がモーニング娘。を脱退した理由に、後藤は深く深く関わっている。
でも、後藤は本当の理由は知らない。少なくとも、誰も教えていないはずだ.
あんな不条理な、納得行かない思いを後藤にはさせたくなかった。
あの日のことは、ただ暑い日だったと記憶している。
首尾は覚えていないし、そこに大きな意味は存在しない。
家族が留守のときに、後藤が私の家に遊びに来た。
夕焼けが綺麗な真っ赤で、二人して眺めていた。
そして、教育係と新メンバー以上の関係を結んだという事実だけが存在する。
誤解を恐れずに言えば、二人とも情熱に突き動かされていたのだと思う。
でも、何かのはずみとか、間違えで至ったのではない。
少なくとも、その時の自分は後藤を好きになっていたし、愛していた。
だから、今でも後悔はしていない。
そして、確認したわけじゃないけど、後藤も同じだと思う。
- 183 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時42分13秒
- 二人の関係が漏れるのは予想以上に早かった。
それ以上に、メンバーやマスコミよりも、事務所が先に気がついたのが驚きだった。
当然、問題になった。詰問されたのは私だけだった。
事務所なりの損得勘定があったのだろう。
簡単に言えば、私より後藤の方が儲かるとの、判断。
事務所のお偉いさんに囲まれて、アイドルとしての清純なイメージがどうとか、芸能人としての心得がなんたら、などとさんざん説教されたあと、私は選択を迫られた。
といっても、選択肢はわずかしかなくて。
自分は間違った事はしていないつもりだったし、戦うつもりだった。
しかし、そのときに言われた一言が、私を大きく打ちのめした。
「ったく、よりにもよって女同士かよ。気持ち悪いな」
- 184 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時44分22秒
- そうして、脱退と同時に、私と後藤は疎遠になった。
いや、疎遠になるしかなかったのだ。
後藤のため、そしてモーニング娘。全体のために。
当然、後藤は私に連絡を取ろうとしてきた。
私はそれを拒否した。それでも後藤はあきらめなかった。
いつしか、後藤は返事を期待しない長い手紙を送ってくるようになった。
それを心待ちにしながらも、何も返すことができない自分がもどかしかった。
事務所に飼い殺しにされ、時間を持て余すだけだったのもあるだろうけど。
親友が今は雌伏の時だよ、励ましてくれたけど、私はただ考え事ばかりを繰り返すだけだった。
- 185 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時45分20秒
- 後藤は窓に寄りかかって、空を見上げていた。
私も、隣で同じようにして空を見上げてみた。
「いちーちゃんさ、知ってる? なんで空が青いのか」
なんでそんな事を思ったのだろうか?
自分と同じじゃないか。
思わず笑い出しそうになったのをこらえて、首を振った。
後藤は胸を張って、ちょっと偉そうにして言った。
「えっへん。それはね、青の光の波長ってのは短くて、だから空気の粒子にぶつかって拡がりやすいんだって…」
「へえ、よくわかんないや。難しいんだね」
「……って、紺野が言ってた」
「ごと〜」
予想通りの展開に、思わず笑ってしまった。
- 186 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時47分10秒
- 「実のところ、後藤もよくわかってないんだよね。光の長さとか」
やっぱり、思った通りだった。
後藤も笑っていた。
「でさ、いちーちゃんはどう思ってるの?」
「なにが?」
「空が青い理由だよ」
「…わかんない」
「少しは考えてよ〜」
以前と変わらない、とりとめもない会話。
空白の影響を恐れていた私をよそに、後藤はそれを一瞬で帳消しにしてくれた。
それだけでなく、凝り固まっていた私の心を一気にときほぐしてしまった。
こういうところは、持って産まれた才能なのかもしれないと思う。
- 187 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時48分58秒
- 後藤からの手紙が途絶えるのと入れ替わりに、事務所から連絡が来るようになった。
それは、皮肉にもユウキとのスクープ記事が出回ってからのことだった。
事実と架空に加えて、偶然も作用したゴシップは私の予想以上の影響を及ぼしていた。
後藤はひどく落ち込んだらしい。
そりゃそうだ。私だって同じ目にあったらショックを受けるだろう。
でも、完全な誤解。そこまでデリカシーのない女じゃない。少なくとも。
一方で事務所は、記事の反響の大きさに驚き、私の商品価値を見直したらしい。
まだ商売になるぞ、って。
それで、もう一度どうだと話を持ちかけてきた。
私を追い出した理由をもう一度問いただそうかと思ったけど、意味のない抵抗はやめた。
虫の良すぎる話だったが、このまま飼い殺しで終わるよりかはマシだと判断した。
もちろん、それなりに大変なのは覚悟しての上で。
- 188 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時50分31秒
- 「後藤はね、」
「どした?」
「赤だと世界が情熱的になりすぎるからだと思ってるの」
「なにが?」
「空が青い理由だよ〜」
「それ屁理屈じゃんかぁ」
「いいの。後藤がそう思ってるんだからそうなの!」
「なに言ってるんだか」
二人してまた笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ。
ましてや、後藤と一緒になんて。
「でもさ、さっきのことは本当だよ」
後藤が、真顔になっていた。
- 189 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時53分10秒
- 「後藤がそう思って信じているから、それが真実なんだよ。
どんなに迷っても、悩んでも、間違っても、本当の真実は自分の中にしかないんだから」
「……」
「自分が正しいと信じられなきゃ、正しくないのと一緒なんだよ」
後藤の言葉が、私を揺さぶった。
波が引くようにすっと心が開いていく。
気づかないうちに薄い膜で全身が覆われて、身動きできなくなっていた自分。
でもそれは考えてばっかりで、正しいと信じることができない自分のせいだったんだ。
「後藤…」
「わかるんだから。いちーちゃんが悩んでることぐらい」
後藤はもう一度、胸を張って偉そうにした。
- 190 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時53分59秒
- 「でもさ、いちーちゃんも変わらないよね。優柔不断で、うじうじしてて…」
後藤の声が、掠れた。
「…いざって時に頼りにならなくて、それでいて自分のことは全部背負い込んじゃってさ…」
静かに啜り泣く背中を、私は柔らかく包んであげた。
「……こんなに、こんなに心配してるのに、ちっとも気が付かない…」
「…後藤」
ぎゅっと、強く抱きしめた。後藤の身体は思っていたより華奢だった。
「一言、たった一言違うよって言ってくれれば良かったのに……」
- 191 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時54分57秒
- 誤解を解くチャンスがなかったわけではない。
しかし、なぜか躊躇われた。
勇気が出なかったのかもしれないし、自分に後ろめたいところがあったのかもしれない。
あるいは、事務所に言われたことに囚われていたのかもしれない。
ともかく、自分の未熟さが後藤を傷つけていたことは間違いない。
どうしようもない後悔が心を満たしていって、かける言葉すら見つからなかった。
- 192 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時56分34秒
- 「…でもね、こうやって話できてうれしいんだ。また、仲良くなれるよね」
赤い眼をこすりながら、後藤は顔を上げた。
私も泣きそうだった。後藤の眼を見てうなずくのがやっと。
もう、いつもの笑顔が戻っていたけど、マスカラが大変なことになっていた。
私は後藤の頭をぐちゃぐちゃっと撫でて、ニカッと笑う。
後藤も、負けじと笑い返す。
「また、手紙出すね」
「今度は、返事出すよ」
そういって、別れた。
- 193 名前:青空の真実 投稿日:2002年06月30日(日)02時57分38秒
- 後藤からの手紙が、復活した。
内容は、以前とさほど変わらないもの。
起伏の無い話が延々と続くけど、慣れたもんだ。
でも、返事を出すのは初めてで緊張する。
何度か書き直して、ようやく納得できるのかできあがった。
最後にもう一度読み返して、それから封をしようとして、大切なことを忘れたのを思い出す。
もう一度ペンを取って、書き加える。
”P.S. 空が青いのは、自分が未熟なのを空がいつも教えてくれてるからです”
〜fin〜
- 194 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時53分01秒
『青』は、あのひとのイメージ。
キレイで、澄んでて、汚れてない。
『青』は、彼女のイメージ。
無垢で、無邪気で、純粋。
- 195 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時53分41秒
- 「飯田さん」
「ヨシザワ」
唐突だった質問に答えた声が見事にカブる。
飯田も吉澤も同じ楽屋内にはいたけれど、
だからと言って互いの声が届くくらい、近い距離にいるわけではなかった。
それなのにキレイにハモッた声に、
飯田に質問を向けた安倍と、吉澤に質問を向けた矢口は揃って笑い出す。
「なんだよ、相思相愛かよ」
笑いながら矢口は言って、ばしばしと無遠慮に吉澤の背中を叩く。
叩かれながら、吉澤は飯田の方を見た。
バチッ、と音が鳴りそうなくらいしっかり目が合って、
思わず顎を引いた吉澤に飯田も困惑気に小さく笑う。
- 196 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時54分31秒
―――メンバーで『青』のイメージって誰?
何とはなしに聞かれただけの質問だった。
けれど前から思っていたことを口にしたら、
その相手も自分の名前を告げたというワケで。
そうなのか、と思う。
自分がそう思ってるように、相手も同じように感じていたのか、と。
- 197 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時55分05秒
- 接点なんてまるでないけれど。
だからこそ、気になる存在でもあった。
キレイなひとだと思った。
可愛い子だと思った。
きっかけなんて、そんなもの。
好意的な印象は、気持ちを恋へと簡単に成長させる。
- 198 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時55分41秒
- キレイで、澄んでて、汚れてないひと。
無垢で、無邪気で、純粋な子。
けれどもそれが、
決してあのひと自身の、彼女自身の、本質ではないことを知っている。
それでも惹かれるのは、これが恋だから?
それとも、そうではないことを知ったのが自分自身のせいだから?
- 199 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時56分19秒
- 触れて初めて気付いたこと。
キレイで、澄んでて、汚れてないけれど、
脆くて、臆病で、泣き虫なひとだった。
無垢で、無邪気で、純粋だけれど、
強くて、子供で、危なっかしい子だった。
それでも二度と、離れられないひとだとさえ、感じる。
恋から進歩した、これが愛のカタチか。
それともただの独占欲か。
- 200 名前:イノセントブルー 投稿日:2002年06月30日(日)23時57分14秒
- 飯田から目を逸らし、目線を落として口元だけで笑う。
見られていることを承知で、声には出さずに唇だけを動かす。
―――壊していいよね。
あなたが持つ、あたしのイメージを。
あたしが持つ、あなたのイメージを。
………それは、お互いだけに許された特権。
――END――
- 201 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時30分22秒
- 『青春時代に何をした?』
って聞かれたら、僕はきっとこう答える。
「漫才でちゅ!大好きなケメ子ちゃんと、漫才をして沢山の人を笑わせる事でちゅ!」
そう胸を張って答えると思う。
「今日は楽しかったでちゅ!また明日遊ぶでちゅ!」
「うん!ケメ子ちゃん、バイバイでちゅ!」
二人はいつもの様にそう言って別れた。
きっとケメ子は何の不思議も感じてはいないだろう。
しかしかわもちは違っていた。
- 202 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時31分34秒
- 「ハァ…。今日もダメだった…。」
帰り道、かわもちは一人そう呟いた。
「いつになったらケメ子ちゃんは…。」
溢れ出しそうな涙をこらえ、かわもちは道端の空き缶を蹴った。
「クソ〜!」
ガン!!!
「イッタァ〜イ!イッタイ、なにごと〜?」
「あっ…。すいましぇん!」
しかし素直に謝る僕を他所に、空き缶を食らった女の人は笑っていた。
「アハハハ〜、ワタシおもしろいネェ〜!」
「へ?あ、あのゴメンなさいでちゅ…。」
「イタイとイッタイ!おもしろいネェ〜!」
「デワ、またライシュー!」
そう言ってその女の人は去っていった。
「あ、あのぉ〜…。」
僕は去っていくその女の人の背中を見つめながら、ため息をついた。
家に着き、玄関を開けると静かに言った。
「ただいまぁ〜。」
そして部屋に向かおうとすると、お姉ちゃんが駆け寄ってくる。
「ケメ子ちゃんと遊んでたんかい?」
「うん。」
「そう。で、ケメ子ちゃんはどうだった?」
「ううん。今日もダメだったでちゅ…。」
「そっかぁ〜。でも頑張るんだよ!」
「うん。頑張るでちゅ。」
部屋に戻って僕は呟いた。
「もう…、一年になるのかぁ…。」
- 203 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時32分49秒
- 一年前…。
二人はバス停のベンチに腰をかけ、バスを待っていた。
「バス…、遅いね。」
「うん…。一体いつになったら時間通りに来るんだろうね。」
そう答えながら地面に散らばる小石を蹴っていると、ケメ子ちゃんは僕の方を向いて言った。
「ねぇ、かわもち君。」
「なぁに?」
「かわもち君の夢って何?」
「夢?どうしたの?突然…。」
「ううん。別に…。ただ気になって…。」
「夢かぁ…。パイロットかな〜…。」
「そっか…。」
ケメ子ちゃんは何故か寂しそうに、僕からバスの来る方向に視線を移した。
僕は少し焦って聞いた。
「ケメ子ちゃんは?」
「私?私はね、漫才師になりたい!」
「まんざいしぃ〜?」
思わず顔を上げる。
しかし、ケメ子ちゃんはそのまま答えた。
「変?」
「いや、そういう訳じゃないけど…。」
「笑う事って素敵じゃない?幸せな感じしない?だから私、そんな人を笑わせて幸せにできるような人になりたい。」
「ふ〜ん…。」
「……かわもち君と…。」
「え?何?」
「ううん。なんでもない…。」
- 204 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時33分31秒
- 決して聞こえなかった訳ではない。
ケメ子ちゃんの言った事はちゃんと僕の耳には届いていた。
しかし照れくささのあまり、聞こえなかった振りをしてしまった。
「あっ、ケメ子ちゃん。バス来たよ。」
しかも誤魔化してしまった。
「ホントだ。やっと来たね。行こっか。」
ケメ子ちゃんもそれにあわせる様に答えると、僕の手を握り立ち上がった。
二人はバスの中では夢の話などせず、いつもの様に話をしていた。
ケメ子の話を楽しそうに聞くかわもち。
いつもの風景だった。
その時だった。
二人には見えてはいなかったが、バスの前に一台の車が飛び出してきた。
そしてそれを避けようとしたバスは、急ブレーキと共に大きく道を外れ、壁に衝突した。
- 205 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時34分40秒
- 僕が気がついたのは病院のベッドの上だった。
「あ、あれ?ここは…?」
すると、隣に腰掛けたお姉ちゃんが答えた。
「病院。かわもち事故にあったんだよ。憶えてないかい?」
「あっ、ケメ子ちゃんは?」
「違う部屋で寝てる。ちょっと頭を強く打っちゃったらしいけど、命に別状は無いって。」
「そっか…。なら良かった。」
しかし、決してよくなかったという事はすぐにわかった。
翌日ケメ子ちゃんが目を覚ましたという連絡を聞いて、僕は病室に走った。
そしてへやに入るや否や叫んだ。
「ケメ子ちゃん!」
しかしケメ子ちゃんは不思議そうな顔をして言った。
「あなた、誰でちゅかぁ?」
「は?何言ってるんだよ、ケメ子ちゃん!」
「はじめまちて。ケメ子でちゅ!」
「まったくケメ子ちゃん、いきなり意味わかんないよ。」
「あなたのお名前はなんて言うんでちゅか?」
「え?どういう冗談…?」
記憶喪失…。
それがケメ子ちゃんに起きた現実だった。
「ここ何年もの記憶が失われて、幼児退行を起こしている。」
と、僕はお医者さんに聞かされた。
「記憶は何かのきっかけで戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。」
そんなマンガみたいな話だった。
- 206 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時35分19秒
- 大好きだったケメ子ちゃんに、僕は忘れられてしまった。
何を話しても、ケメ子ちゃんは知らないという感じだった。
自分が記憶喪失になった事さえ分かっていない。
「何言ってるのかわかんないでちゅ…。」
「それはこっちのセリフだよ!」
「うえ〜ん…、怒ったでちゅ〜!」
話にならない…。
「泣きたいのはこっちだよ!」
そう叫んで声を出して泣いた。
どれだけ泣いても次から次へと涙が出てきた。
「泣かないで欲しいでちゅ…。元気出して欲しいでちゅ。」
余計に涙は止まらなかった。
- 207 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時36分15秒
- 一週間もすると、他に異常のないケメ子ちゃんは退院する事が出来た。
記憶を取り戻すきっかけになれば、という事で前と同じように学校にも通った。
しかしケメ子ちゃんの記憶が戻る事はなかった。
「かわもち〜、お前の彼女おかしくなっちゃったな!」
クラスメイトにそんな事を言われた。
「おかしくなんかなってないよ!」
そうは言ったものの、僕の中にもそう思ってしまっている自分がいた。
そして、それを否定したくてクラスメイトに殴りかかったりした。
傷だらけの僕を見て、ケメ子ちゃんは言う。
「ゴメンでちゅ…。ケメ子のせいでこんな…。」
「ううん。ケメ子ちゃんは悪くないよ!ヒドイ事言うあいつらが悪いんだ!」
僕自身、この気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からなかった。
毎日同じ事の繰り返しだった。
僕はケメ子ちゃんの悪口を言うヤツ全員に殴りかかった。
先生にも怒られた。親にも怒られた。
「ケメ子ちゃんの事でツライのはわかるけど、暴力はイケナイ。」って。
でも止めなかった。許せなかった。
- 208 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時37分55秒
- そのうちに直接悪口を言うヤツは居なくなったけど、みんな陰で悪口を言っていた。
「何あの話し方?『〜でちゅ』って。キショ!やっぱりおかしいよね?」
「うんうん、絶対おかしいよ。記憶喪失だかナンだか知らないけど、要は頭がおかしくなっちゃったんだろ?」
「おい!あんま大きい声で言うなよ。かわもちに聞こえるぞ。」
……聞こえてるよ。
でも、もう殴る気も起きなかった。
ムカツクってより、悲しかった…。
大好きなケメ子ちゃんの悪口ほど、イヤなものはなかった。
ケメ子ちゃんは何も悪くない。
こんなにツライ目にあってるのにどうして…?
「かわもち君、どうしたんでちゅか?」
「ん?なんでもないよ…。」
「悲しそうな顔してるでちゅ…。」
「……。」
答えられなかった。
笑って否定したかった。
でもできなかった…。
少し離れた所から「でちゅ!でちゅ!」って聞こえてきたから…。
なぜかケメ子ちゃんの顔が見れなかった。
- 209 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時39分02秒
- その日の帰りは初めてケメ子ちゃんと一言も話さなかった。
いや、話せなかった。
ケメ子ちゃんも最初は話しかけてきてたけど、最後の頃は何も言わなかった。
僕はどうしたらいいか分からなかった。
次の日も、そのまた次の日も「でちゅ!でちゅ!」って陰口は僕の耳に入った。
それから一週間、僕はケメ子ちゃんに話しかけなくなった。
ケメ子ちゃんも僕に話しかけなくなった。
一緒に帰る事もなくなっていた。
そんな僕達を見て、クラスのみんなはケメ子ちゃんをいじめ始めた。
僕は止めなかった。
もうそんな気力もなかった。
ケメ子ちゃんは泣いていた。
でも、僕は何も言わなかった…。
- 210 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時40分05秒
- 一人きりの帰り道はスゴク長く感じた。
家が遠く感じた。
そして家に帰ると部屋に閉じこもっていた。
何も考えたくなくて、音楽ばかり聴いていた。
ふと我に返ると、後ろにお姉ちゃんが立っていた。
「どうしたのさ?最近元気ないけどぉ。」
「うん…。」
「ケメ子ちゃんとうまくいってないのかい?」
「うん…。ケメ子ちゃんとはもう…。」
「何があったのぉ?」
僕は全部話した。
最近の事を全部…。
きっと誰かに聞いて欲しかったんだと思う。
でも、僕はなんて言って欲しかったんだろう…?
きっとそれさえ分からなかったから、話したんだと思う。
お姉ちゃんの返事は言葉じゃなかった。
「パァン!」って音と共に、左のほっぺがピリピリした。
「バカァ!男の子でしょぉ?かわもちが守らなかったら、誰がケメ子ちゃんの事守るんだよ!誰がケメ子ちゃんを救ってあげられるのぉ?」
「……だって…。」
「だってじゃないでしょぉ?かわもちはケメ子ちゃんの悲しい顔見てて平気なんかい?泣いてるケメ子ちゃん放っておいて、ホントにそれでいいんかい?」
「……。」
- 211 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時40分36秒
- ドコが痛いのか分からなくなった。
なんか…、体中が痛くなった気がした。
夜も眠れなかった。
頭に浮かぶのが悲しそうなケメ子ちゃんの顔だけだったから。
僕の心の中でもケメ子ちゃんは泣いていたから…。
昔とは違っていた。
いつからこんな風になっちゃったんだろう…?
いつからケメ子ちゃんの笑った顔が、浮かばなくなったんだろう?
……僕のせいだ。
僕がケメ子ちゃんを笑わせようとしなくなったから…。
ケメ子ちゃんの言葉を思い出した。
『笑う事って素敵じゃない?幸せな感じしない?だから私、そんな人を笑わせて幸せにできるような人になりたい。』
ケメ子ちゃんはそう言っていた。
明日ケメ子ちゃんに謝ろう。
そして、いっぱい…、いっぱい笑わせよう。
ケメ子ちゃんの事幸せにしよう。
…そう思った。
- 212 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時41分57秒
- 次の日、久しぶりにケメ子ちゃんの家に迎えに行った。
ケメ子ちゃんには内緒で待っていた。
十分ほど待っていると、玄関の方から声が聞こえた。
「いやでちゅ〜!学校なんて行きたくないでちゅ!」
……え?
「何を言ってるんじゃ!ダメじゃよ!ちゃんと学校には行きなさい!」
「やでちゅ〜!もう行きたくないんでちゅ〜!」
「本当に困った子だね〜…。」
ケメ子ちゃん…。
僕は玄関に走った。
すると、保田のおばあちゃんがケメ子ちゃんを外へ引きずり出そうとしていた
「行きたくないでちゅ〜!」
僕は叫んだ。
「ケメ子ちゃん!」
僕の声に反応して、二人は振り返った。
ケメ子ちゃんはまた泣いていた。
- 213 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時42分31秒
- もう、ケメ子ちゃんを悲しませないって決めたんだ。
「ケメ子ちゃん!一緒に学校行こう!そんで休み時間も、給食も、お昼休みもずっと僕が一緒にいるから。学校行こう!」
「かわもち君…。」
「ほら!かわもち君も来てくれたんじゃから、学校にお行き!」
「行こう!ケメ子ちゃん!」
僕はそう言ってケメ子ちゃんの手を取った。
半分強引に連れて行ったつもりだった。
でも、気付いたらケメ子ちゃんに引っ張られてた。
ケメ子ちゃんは笑っていた。
それが嬉しくて僕も笑った。
- 214 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時43分15秒
- 教室に入ると、一緒に来た事に驚いてた人もいたけど、またすぐに「でちゅ!でちゅ!」が始まった。
ケメ子ちゃんを見ると、また悲しそうな顔をしていた。
僕はケメ子ちゃんの前に立ち、クラスメイトに向かって言った。
「でちゅ!の何がおかしいんでちゅか?かわいくていいじゃないでちゅか!」
固まったクラスメイトが面白かった。
「ね?ケメ子ちゃん。なんにも変じゃないでちゅよね〜!」
するとケメ子ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。
調子に乗って言いまくってやった。
「でちゅでちゅでちゅでちゅでちゅでちゅでちゅでちゅでちゅ〜!!!」
スゴクすっきりした。
その日ずっとケメ子ちゃんと「でちゅ語」で話していた。
使ってみると結構面白くて、それから毎日使う様になっちゃった。
そしてケメ子ちゃんもいっつも笑ってくれた。
でも、決して全てが解決した訳じゃなかった。
ケメ子ちゃんの記憶はずっと戻らないままだった。
僕とケメ子ちゃんは、ホントは何年もの付き合いなのに、今のケメ子ちゃんにはここ数ヶ月の記憶しかない。
昔の事は何も覚えていなかった…。
それがホントは一番辛かった。
- 215 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時44分18秒
- でもある日、ケメ子ちゃんが言ったんだ。
「ケメ子、かわもち君と一緒に漫才したいでちゅ!」
「漫才…?」
「漫才ってスゴク面白いんでちゅよ!だから一緒にやりたいでちゅ!」
「ケメ子ちゃん…。」
―――――――――『私はね、漫才師になりたい!』
ケメ子ちゃんの記憶が帰ってきそうな気がした。
唯一、昔と同じ事を言ったから…。
「うん!漫才するでちゅ!」
「やったぁ〜!かわもち君と漫才するでちゅ〜!」
- 216 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時44分57秒
- 一緒に漫才をしていれば、いつか思い出してくれる。
一緒に笑っていれば、きっと戻ってくる。
そしてなにより、楽しそうなケメ子ちゃんを見るのが純粋に嬉しかった。
それから毎日の様に漫才をした。
いつか、きっと…。
そう信じて…
- 217 名前:かわもち君の青春 投稿日:2002年07月01日(月)00時45分44秒
そして今日もかわもちとケメ子の漫才は始まる。
「はい、どうも〜!」
「はい、どうも〜!」
「いやぁ〜、ホンマ最近暑いでんなぁ〜」
「ホンマやね〜。」
いつ、記憶が戻るか分からない。
もしかしたら、もう戻らないかもしれない。
でも、かわもちは漫才を続ける。
今はケメ子とこうして漫才をして笑い合う事が、かわもち君の青春だから…。
〜完〜
- 218 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)00時53分49秒
《 私は覚めない夢を見ているのだろうか? 》
- 219 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)00時54分26秒
5月21日。
「モーニング娘。の市井紗耶香」を演じ切って、疲れに疲れた身体で、割り当てられたホテルの一室に転がり込む。
シャワーを浴びて、ベッドに横たわってつけたテレビをなんともなく眺めている。
疲れと不快感で、安堵はない。
…… 終わったよね? 終わったんだ。
明日から「モーニング娘。の市井紗耶香」はいない。
でも実感が湧かない。
痺れるような身体、思考。
まるで夢のようで、もしかしたら、それは夢なのだろうか…。
- 220 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)00時54分56秒
5月22日。
ホテルをチェックアウトしたのは午後にさしかかる少し前。
陽光の眩しさに、思わず手をかざした。
明るさに慣れると、ゆっくりと顔を上げた。
… 青い …
いつも時間に追われる日々だった。
空を見る余裕なんてなかったから。
昼間の空が、こんなに青く明るいなんて、思ってもみなかった。
- 221 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)00時55分33秒
《 私は覚めない夢を見ているのだろうか? 》
眠れない。
ゆっくりと眠れない。
すぐに目が覚めて、ハッとなって時計を見る日々が続く。
もう、時間を気にしながら眠る必要はないはずなのに。
まるで、戦場帰りの若い兵士。
理想に燃えて戦いに行ったはずなのに、現実は残酷だ。
戦場から帰ってきてもなお、戦場の悪夢を見るように。
そして、それは周りの人たちには理解できない苦しみなんだ。
- 222 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)00時56分34秒
6月26日。
MDウォークマンをジーンズの後ろポケットに突っ込んで、お気に入りの洋楽を聴きながら、街を彷徨う。
陸橋から見下ろす道路は灰色。
見上げる空は薄く濁った青色。
何故か不意に、子供の頃にマンションから見下ろした街並みのことを思い出して、目頭が熱くなった。
―――― 別になぐさめて欲しいわけじゃない。
―――― 別にねぎらいの言葉が欲しいわけじゃない。
ただ、そっとしておいて欲しかっただけ。
そんな甘い考えが通じないことは分かっていても。 それでも。
『うちの金に卵を潰す気か』
『いつまでもダラダラしてないで』
『あの子とはどういう関係だったの?』
『もうモーニング娘。辞めたんだから、しっかりしなさい』
私は家族も友達も愛しているよ。
でもだから、結局、私は私の抱える弱さを曝け出すことが出来なかった。
- 223 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)00時58分09秒
―――― 遠くへ…。
―――― 綺麗な青い空の見える遠くへ…。
モーニング娘。を辞めて、本当は1人でいたかった。
1人で遠くへ行って、私が失った空と風を取り戻したかったんだよ。
だけど、私はみんなに対して「大丈夫」としか笑うことができなかった…。
生きていることの迷路に入り込んでしまった気分。
《 私は覚めない夢を見ているのだろうか? 》
もしかしたら、今度目が醒めた時、そこはロケバスの中かもしれない。
もしかしたら、ロケバスの中で揺られながら、醒めない夢でも見ているのだろうか?
そう錯覚しそうになる、とても空虚な毎日…。
- 224 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)00時59分02秒
12月10日。
今年は暖冬なのかな。
昨年はとても寒かった。 あんなに寒いと感じて、いつもつらい冬の寒さなのに、今年はそれほど寒いと思わない。
白いコートを着て、夜の道を歩いてみる。
夜の道を歩くのは好き。
夜の闇は都会の濁った空を覆う。
夜の闇は都会の薄汚い地面を覆う。
夜の闇は人の顔を見えなくする。
そして、夜の闇は、惨めな敗残者の姿を、その闇の中に溶かしてくれる。
なのに、想像以上に私は壊れていると「私」は思った。
外に出た時に襲われた強い不安、心細さ、恐怖、違和感。
自分の弱さが剥き出しになったようで。
夜の闇の中でさえ、浮かび上がる白は、惨めな姿を嫌が応でも映し出し、「市井紗耶香」の存在があることを認識させられる…。
- 225 名前: depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時00分07秒
追加オーディションに受かった時―――― 。
私は自分の周りの空気の存在、風を感じることが出来た。
夕暮れの色合い、雨に濡れる感触、風の冷たさ、生ぬるさ。
そして、空の青さ。
私の周りを息づく、空気、空間。
世界があって、私がある。
私は小さな1人の人間でも、私は生きていて、世界の中にいて、風を感じている。
―――― 今の私には何もない。
―――― 本当はとても泣きたい。
―――― 本当はとてもつらい。
とても疲れた。 もうずっと眠っていたい。
夢さえも見ずに深く眠りたい…。
不安、怯え、それから無力感。
忘れてしまえばいいのに。 それが出来ないからつらい。
「モーニング娘。」を辞めてもなお、私は「モーニング娘。の市井紗耶香」。
誰も、「私」のことなんか知らない。
- 226 名前: depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時02分29秒
《 私は覚めない夢を見ているのだろうか? 》
- 227 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時04分03秒
7月15日。
うだるような暑さ。
買い物の帰りに、湾岸を歩く。
靴と靴下を脱いで、裸足で砂浜を踏みしめる。
きっと、暑い。
そして、しばらくの間、座り込む。 海の水は綺麗とは言えない。
きっと、潮風の香りがする。
何もかも、「感じる」のではなく「考えて」それらを自分に認識させることのもどかしさ。
砂の熱さも、潮風の香りも感触も、「きっとこう感じるべきだ」と考えて感じている。
ぼんやりと空を見上げる。
空虚な心に空の青さが突き刺さる。筋をひく白い雲。
それでも
空が
… 青い …
- 228 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時05分15秒
そして、再び、うだるような暑さの中を歩き出す。
電車に乗れば楽なのは分かりきっていても。
でも、今の私は無性に歩きたい。
服の中で、汗がしたたり落ちる。
―――― 私は苦しいのだろうか?
―――― 私は苦しいと感じるだろうか。
その答えは“NO”。
肉体の疲労なら、あの頃のほうがもっと酷かったわけで。
苦しさで風を取り戻すことは出来ないよ…。
それでも私は自分に対して、自虐的な気分にならずにいられない。
- 229 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時06分21秒
《 私は覚めない夢を見ているのだろうか? 》
- 230 名前:depersonalisation 投稿日:2002年07月01日(月)01時08分40秒
娘。内で、「男性的な役割」が必要だって。
イメージチェンジを強いられた時から、違和感というか、疑念があった。
そして、自分よりも全然、才能のある人間の「教育係」にでっちあげられて、私はとても惨めな気がした。
それでも「私」は「後藤真希の教育係」で「教育係以上の関係を持っているかもしれない」「オトコマエ」な「市井紗耶香」を演じ続ける。
仕事の間、私は「私」を消し去ることで、屈辱と苦痛の日々を過ごした。
モーニング娘。を辞めて、私は「私」に戻るはずだった。
でも、「私」も周りも、すっかり変わってしまっていた。
いつもでたっても、私は「モーニング娘。の市井紗耶香」。
いつまでたっても、私は「オトコマエな市井紗耶香」。
いつまでたっても、私は「後藤真希の教育係の市井紗耶香」。
何もかも、しっくりこない。
違和感。
それは、あまりにも長い間、「私」を消し去り続けた代償だった。
- 231 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時11分09秒
―――― 何もかも、無意味で無価値な人生。
―――― 何もかも失ってしまった失望感と絶望感。
この世界の私の居場所は何処にもなく。 帰る場所を失った。
それはもしかしたら、「私」への「市井紗耶香」からの罰なのかもしれない。
「私」は苦しかった。 苦しみから逃れることしか考えていなかった。
「シンガーソングライターになりたい」。
その言葉は少しは真実。
だが、半分以上は大義名分。
それはもしかしたら、「私」への「市井紗耶香」からの罰なのかもしれない。
どこに居ても、どこへ行っても、私に平穏はないということだった。
- 232 名前: depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時12分15秒
砂上の楼閣。
無駄で無意味で空虚なこと。
あんなに私の周りを吹き抜けていた空気の感触は失せ、ガラス越しでしか、その世界を見ることが出来ず、触れることが出来ない。
この世界に「私」が在ることの違和感。
行き詰まった人生。 何処にも行けない人生。
無謀にも慎重にもなれなかった人生。
取り返しのきかない時間。
遠くに行きたかった私。
それでも人生はまだ、続いている。 それでも時間は過ぎていく。
それでも空は青い。
世界は遠い。
穏やかな日々はもう、戻ってこない。
- 233 名前: depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時14分42秒
8月10日。
なけなしの理性で、事務所の人にメールで残暑見舞いを送ったら、再デビューの話が返ってきた。
散々、迷った。
とても怖くて仕方ない。
戦場の狂気を知るのは、その戦場に居た人間だけ。
今でも、その頃のことを思い出すと、苦しいし、悲しい。
とてもつらかったのに。
嘘でもいいから「頑張ったね」と「ご苦労さま」と言ってほしかった。
私が大切だと思う人たちに。
でも、現実は残酷だ。
私を迎えたのは冷ややかな目だった。
だた、「市井紗耶香」だけが「私」を哀れむしかなかった。
- 234 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時21分18秒
―――― だから、どこかで決心したのかもしれない。
君 は 何処へ 行っても 「市井紗耶香」。
君 は どこへ 逃げても 「市井紗耶香」。
君 の 居るところ は 此処じゃない。
多くの人々を蹴落として、「モーニング娘。の市井紗耶香」として選ばれた。
多くの人々の夢と希望を振り切って「モーニング娘。の市井紗耶香」になったこと。
君 には 義務 が ある。
最後まで「市井紗耶香」であり続けることの義務が。
- 235 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時22分50秒
とても迷ったよ。再デビューの話。
本当はね…
直前に、再デビューの話を断ろうとして、電話した。
でも、その時、担当者は外回りで不在だった。
だから。
だから、その時、私は再デビューするべきなんだ、と悟った…。
- 236 名前:depersonalisation neurosis 投稿日:2002年07月01日(月)01時24分18秒
9月1日。
契約しに行くために、外に出たのは午後にさしかかる少し前。
またこれから始まるだろう、人生の猶予期間。
陽光の眩しさに、思わず手をかざした。
明るさに慣れると、ゆっくりと顔を上げた。
… 青い …
青い、空。
それでも青い空。
空虚な心に、空の青さが突き刺さる。
風を失った「私」、そして、私に風が流れる。
それでも人生はまだ始まったばかり。
夢も希望もなくても。
それでも人生は続いている。
そう。
人生がもう始まっている。
おわり
- 237 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時47分37秒
- 1、疑惑
さっきから何かおかしい。
クラスのみんなが青い顔をしてあたしを見てる。
まるでおばけでも見るみたいな青い顔で。
そのくせあたしと目が合うとみんな目をそらす。
そりゃ遅刻してきたあたしも悪いけどさ、
みんながそんな顔して見る事ないじゃん、と思った。
いつもなら「また遅刻か!吉澤!ちょっと廊下に立っとき!」と
いつの時代の人なんだ、というような罰を与える中澤先生まで
今日に限って青い顔をしてあたしを見てる。
- 238 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時48分47秒
- 隣の席の子に聞いても「な、何でもないよ」と言ってあたしから目をそらす。
でもあたしが前を向くとまた青い顔であたしを見てる。
一体なんなんだよ!
とあたしはだんだん腹が立ってきた。
みんななんでそんな青い顔してあたしの事見てんだよ。
「言いたい事があるなら言えばいいじゃん!」
と言おうとして立ち上がった瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
怒りの言葉の行き先を失ったあたしは、なんだか居ずらくなって教室を出た。
あたしが教室を出た瞬間、今まで静かだった教室の中がざわつきだした。
それを聞いてあたしはまた腹が立ってきて、早足でお気に入りの場所の屋上へ向かった。
- 239 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時49分22秒
2、思考
屋上の心地良い風に吹かれながら、
あたしはみんなの青い顔の理由を考えた。
でもいくら考えても全く分からなかった。
「別にいつもと変わった所なんてないんだけどなぁ」
あたしは独り言の様に呟いた。
今日、遅刻はしてきたけどそんなのいつもの事だし
確かにちょっと遅くて3時間目から来たけど、
そんな事だけでみんながあんな顔をするとは思えない。
じゃあどうして……
- 240 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時49分54秒
「あ〜、むしゃくしゃする」
あたしは屋上のコンクリートの床に寝転んだ。
コンクリートはひんやり冷たくて気持ちよかった。
熱と共に怒りまでも吸い取っていくようだった。
抜けるような青空を見つめながら、あたしは今日の出来事を思い返した。
確か今日は、朝起きたらもう8時半でびっくりして……
そういえばなんで寝坊したんだっけ?
あっ、そうだ。昨日弟達とけんかして、むかついてなかなか寝付けなかったんだ。
……それでダッシュで着替えて、鏡も見ないで家を出て、
急いで走ってたら後頭部に激痛が走って、気を失ったんだ。
- 241 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時50分30秒
しばらくして目を覚ましたら近くに野球のボールが転がってて、
たぶんそれが当たって気を失ったんだよね。
っていうか誰だよ!あたしにボールをぶつけた奴は!
目を覚ました時、近くに誰も居なかったって事は……
逃げやがったな!なんて奴だ!まったく。
思い出したらまた腹が立ってきた。
- 242 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時51分04秒
でもまぁ今はそれどころじゃないからちょっと置いといて、
それで目を覚まして時計を見たらもう11時前になってて、
慌てて学校まで行ったらみんなが青い顔であたしの事見てて……
何でなんだよ。別にボールが当たった事は関係ないよね。
血が出てる訳じゃないし、もう全然痛くないしね。
「う〜ん、分かんない」
そう呟いてあたしは、空に浮かぶ雲を見つめた。
(あ、あの雲なんかライオンみたいだな。かっけー)
そんな事を思っていた時、ふと思い出した。
……そういえば前にもこんな事があったな……
- 243 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時51分37秒
3、解答
あれはまだあたしが中学一年生の時…
たしかその日も前の日に弟達とけんかして、寝坊しちゃって鏡も見ないで家を出て、
遅れて学校に行ったら、みんなが今日みたいに青い顔してあたしの事を見てて……
……その時は確か……
「!!」
その時の事を思い出したあたしは急いで駆け出した。
そうだ、その時は確か弟達がけんかの腹いせにあたしが寝てる間にあたしの
- 244 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時52分13秒
――ひとみが出て行った直後の教室――
ざわざわ、ざわざわ
「ちょっとどういう事!?」
「あれ、吉澤さんだよね」
「信じらんない!?」
「びっくりしたー」
「…………」
「……」
- 245 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時53分35秒
あたしはダッシュで階段を降りて、トイレへ向かった。
そうだ、あの時は弟達が信じられないような下品な、
放送禁止用語連発の言葉をあたしの顔中に書きなぐってたんだ。
その落書きを発見した時は、あたしは卒倒しそうになっちゃったくらいだった。
先生も友達もしばらくはあたしの事を避けてた。
その落書きが原因で、緊急職員会議まで起こったくらいだ。
それぐらいひどい落書きだった。
- 246 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時54分11秒
そういえば今日は一度も鏡を見てない……
あたしの脳裏をあの悪夢がかすめた。
気が遠くなりそうなのをなんとか繋ぎとめて、あたしは走った。
誰よりも早く、韋駄天のように、風に乗って……
遂にあたしはトイレに辿り着いた。
そしてゆっくりと鏡を覗き込んだ。
その瞬間……また卒倒しそうになった……
- 247 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時54分47秒
――再び教室――
ざわざわ、ざわざわ
「一体どうすんのよ」
「先生、どうすればいいんですか。吉澤さんは……」
「分かってる…。うちかてびっくりしてんねん。
でも、みんなかてちゃんとその目で見たやろ?」
「見ましたけど…」
「じゃあ、これはちゃんと現実として受け止めなあかんねん」
「でも…それじゃ吉澤さんは気付いてないって事ですよね?
それでいつも通りに学校に来ちゃって……」
「ああ…たぶんな。でもその内気付くやろ」
「そんな……」
- 248 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時55分24秒
4、真実
覗き込んだ鏡には……
とんでもない落書きがされているあたしの顔が映るはずだった鏡には……
なにも映っていなかった。
いや、正確には“あたしだけ”が映っていなかった。
トイレの壁も、鏡の前に置かれた石鹸もみんな映っているのに……
あたしだけが何も映らない。
どういう事なの?
なんだか頭が混乱してきた。
どうしてあたしだけ鏡に映らないの?
透明人間になっちゃったの?
それじゃあどうしてみんな……
――あんな青い顔であたしを見つめていたの?――
- 249 名前:青い顔の理由 投稿日:2002年07月01日(月)01時55分57秒
――三度教室――
「そんな……」
「とにかく、さっきみんなに話したやろ。
さっき病院から電話があったって。
吉澤はボールが頭に当たって、打ち所が悪くて……」
「……それじゃあの吉澤さんはどうなるんですか」
「その内消えていくやろうな…、だって吉澤は……」
「もう死んでんねんから」
―終―
- 250 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時01分32秒
- 遠くに見えるのは、ウィンドサーフィンのセイル。
青い海、白い砂。
青い空、白い雲。
波の音、海の匂い。
そして、ぴりぴりと痛みを感じるほどのまぶしい日差し。
「マリンブルーの海、スカイブルーの空。気持ちいいね!」
私は思わずそう叫びました。
きらきらと輝く美しいビーチ。
抜けるような青い空。
そして、地元のFMから流れる軽快なメロディー。
耳をすませば、英語に混じって
時折聞こえるスパニッシュの響き。
イーストコーストの南端。ここはフロリダ州マイアミビーチ。
そう、それは、本当のアメリカンリゾート。
- 251 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時02分16秒
- 「梨華ちゃん、マリンは海、スカイは空なんだから、あたりまえじゃん」
「……そうかもね」
「かもじゃなくて、そうなの。まあ、英語は私にまかせてよ」
自信たっぷりによっすぃーはそう言います。
そんな横顔につい見とれてしまう私。
すばらしいシチュエーション。
きっと神様が与えてくれたチャンスなのかもしれません。
今日こそは私のホントのキモチを伝えたい。
なのに、なのに……。
「なあ、よっすぃー。遊ぼうや」
「やるのれすやるのれすやるのれす」
私は近づいてくる二人の姿にため息をつきました。
そしてよっすぃーは二人に連れられて、中学生メンバーたちと、
海で暴れています。私のことなんか、まったく眼中にないみたい。
結局、現実はこうだなんだよね。
だって、二人っきりじゃないんです。
あるテレビ番組の収録でメンバー全員で来てるんです。
そして今日は14階建ての高級ホテルにお泊りです。
- 252 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時02分58秒
- 「梨華ちゃん、海入らないの?」
しばらくすると、よっすぃーが海から上がって、
私の元にやってきました。
もう、やっと来てくれたの?
せっかく今日は気合入れて勝負水着を着てきたんだよ?
今はパーカーで隠してるから分からないけどね。
「うん、ちょっと……」
「なんで?」
よっすぃーは普通にたずねます。
もう、素できかないでよぅ。
まだ、よっすぃーに水着姿をみせる心の準備ができてないの。
それに、白だからちょっとすけちゃうかもしれないんだよ。
いや、だいじょうぶかな……。
実は胸パット沢山入れちゃったんだよね。
「ほら、焼けちゃうし」
私はとりあえず、そう言いました。
「もう焼けてるのと一緒じゃん」
よっすぃーはけらけらと笑います。
な、なにそれ?ちょっとそれってひどいんじゃない?
ネタにしてるけど、こうみえても気にしてるんだよ。
そう思って、ちょっと唇を尖らせて見る私。
- 253 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時04分04秒
- 「よっすぃーこそ、ほくろが増えても知らないんだから」
そして、私はちょっぴりいやみを言ってみました。
「大丈夫。強力な日焼け止めを塗ったんだ。SPF10000だって。
アメリカってほんとグレイト。梨華ちゃんも使いなよ」
よっすぃーは嫌味に気づくことなく、嬉しそうな顔をします。
私はそんな無邪気さが、ちょっと恨めしかったりします。
「あ、そう。じゃあ塗ろうかな」
「オッケー。あいぼん、日焼け止め返して。梨華ちゃんが使うって!」
よっすぃーがそう言うと、あいぼんはパラソルに戻ってきて、
自分のかばんから日焼け止めを出しました。
「ほい」
「サンキュ。梨華ちゃん、じゃあ塗ってあげるから、パーカー脱いでよ」
よっすぃーの急な申し出に私は驚きました。
ちょ、ちょっと待って。
水着をみせる心の準備ができてないんだってば。
それにみんなのいるところじゃいやだよう。
- 254 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時04分46秒
- よっすぃーは私のそんな気持ちに気づくそぶりもなく、
さっさと日焼け止めの蓋を開け始めます。
まあ、みせるつもりだったしね。
ちょっぴりドキドキした気持ちのまま、
私は覚悟を決めました。
「塗るのはいいんだけど、ここじゃちょっと……」
「じゃあ、あっちいこうか」
よっすぃーは私の手をひいて、
メンバーたちから離れた日陰のところに向かいました。
ちょっと強引。もしかして私の水着を早く見たいの?
どうしよう、恥ずかしいなあ。
でも、かなり慎重に水着えらんだし。
きっとよっすぃーも喜んでくれるはず。
やっぱり、ポジティブに考えないと。
そう思って、私はゆっくりとパーカーを脱ぎました。
- 255 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時05分39秒
- 白のビキニの水着。
ロイヤルミルクティー色のワタシの素肌には、
この色が一番似合うって店員さんが言ってました。
写真集の黒ビキニとはまた違って、少し清純なイメージを。
でも、ちょっとハイレグ過ぎちゃったかな……。
それに、大目に入れてしまった胸パット。
なんか視線を感じます。
私は思わず目をつぶってしまいました。
よっすぃー、いやん、あんまり見ないでえ。
でも、見て欲しいなあ。
うーん、やっぱり恥ずかしいよう。
えーい、覚悟を決めて目を開けちゃう。
ねえ、よっすぃー。今日の私、美人ですか?
- 256 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時06分18秒
- 目をあけると、数羽のカモメさんたちが不思議そうに私をみてました。
「ん、どうしたの?はやく横になってよ」
私の様子に気づくこともなく、よっすぃーは日焼け止めのボトルを眺めてました。
……自意識過剰ですか?
見てくれたっていいじゃない。
少しぐらい何か言ってくれたっていいじゃない。
実はちょっぴり自信あったんだよ。
これじゃあ自信喪失だよお。
私はまたまたブルーな気持ちで、うつぶせに横たわりました。
すこしひんやりと、そしてぬるっとした感触が背中に伝わります。
よっすぃーはやさしく撫でるように日焼け止めを塗っていきます。
なんだか、皮膚がいつもより何倍も敏感になっている気がします。
あっ、ダメ。太ももはくすぐったいよう──
- 257 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時07分02秒
- よっすぃーの優しい指使いが私の内股を刺激します。
私は我慢できなくて、ピクッと動いてしまいます。
徐々にくすぐったさが、心地よい刺激へと変わってきます。
なんかゾクゾクと、そしてしびれるような感覚が体に広がります。
あ、結構上手かも……、って思ったりしておもわず声が出そうになった時でした。
パチン──
予想もしない衝撃が背中に伝わりました。
もしかして水着のホックをはずしたの?
「よ、よ、よ、よっすぃー?」
「あ、水着の跡がつくからね」
よっすぃーは平然とそういいました。
そういうものなの?
私の胸は、ものすごい速さで脈を打ち始めました。
そして、キュッと体に力が入ります。
でも、よっすぃーは気にする様子もなく
水着の後ろをはだけさせて、塗っていきます。
皮膚の感覚が、さらに敏感になっていくのがわかります。
そして、予想もしない場所によっすぃーの指が移動しました。
あ、ちょ、ちょっと。あっ、ダメぇ。胸の横は……。
- 258 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時07分50秒
- 「あっ、くふっ……」
思わず声が漏れてしまいました。
その瞬間、ピタッとよっすぃーの手が止まりました。
あ、や、やめちゃうの?変な声だしちゃったからかな……。
ちょ、ちょっと気持ちよかったんだけどな……。
「梨華ちゃん、すごい……」
なにがすごいんだろう。反応のよさ?それとも胸のカタチ?
いやん、よっすぃー、そんな誉めないで。
恥ずかしいじゃない……。
でも、よっすぃーならみせてあげてもいいんだけどね。
私はよっすぃーの方へ振り返りました。
そのとき、彼女の視線の先にあったものは……。
- 259 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時08分21秒
- 「胸パット、沢山いれてるんだ」
全然、誉めてないじゃん……。
しかも、ばれちゃったよぉ……。
「ご、ごめん。ちょっと見栄はっちゃった……」
「い、いや、べ、別にいいと思うよ。に、似合ってるし」
よっすぃーも焦ったようにそう答えます。
似合ってるって……。やっぱり胸パットが?
私のスタイルってそんなものなの?自信あったのに……。
ブルーな気持ちが私を包みます。
「よっすぃー!なにしてるん?」
「梨華ちゃんと二人っきりれすね?」
二人で固まっている間に、ののとあいぼんがやってきました。
- 260 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時09分14秒
- 「写真とろうや」
あいぼんはそう言ってカメラを出します。
「梨華ちゃんと、よっすぃーのツーショットでとるのれす」
そんなことを言いながら、てへてへと笑うのの。
「のの、やっぱりみんなで撮ろうよ」
「ふたりで撮るのれす。しかもくっついて撮るのれす」
ののは、真剣な表情でそういいました。
その表情におされて、よっすぃーと私はピタリとよりそって写真をとることにしました。
よっすぃーの体温が、私の皮膚を通して伝わってきます。
それを感じて、また、胸の鼓動が速くなっていきました。
嬉しいのと恥ずかしいので、どんな顔をしているか分からないまま、
パシャリとシャッターは切られてしまいました。
写真を撮り終わった後、私たち四人は砂浜で、
背中に書いた文字を当てるという、くだらない遊びをしました。
「じゃあこんどはののの番れす」
ののがそう言って嬉しそうに私の背中を指でなぞります。
「なんかぬるぬるするけど?」
「せっかくだから、日焼け止めをぬってあげてるのれす」
- 261 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時09分54秒
- そして、ののが書いた文字を頭で並べた瞬間、
私の心臓はドクンと大きくなりました。
「I」「L」「O」「V」「E」「ひ」「と」「み」
なんで、こんなこと書くの?
私のキモチ、ばれてるの?
そういえば、写真撮るときも強引だったし……。
「言えないれすか?」
ののはてへてへと笑っています。
ばれてる……。
ということは、よっすぃーにも伝わってるの?
そういえば、上から眺めていたよっすぃーは、
ののが、何を書いたか分かってるはずです。
言ってもいいの?迷惑じゃないの?
私はよっすぃーの方をみます。
ねえ、よっすぃー、まっすぐに打ち明けてもいいですか?
そのとき、よっすぃーは私の口元をじっと見つめていました。
うん、きっと大丈夫。
もう伝わってるよね、私のキモチ。
「……アイラブひとみ」
私は、意を決して言ってみました。
- 262 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時10分34秒
- こんなこと言ったら嫌われちゃう?
そんなことないよね。
本当のキモチは、きっと伝わるはず。
私は恐る恐るよっすぃーの顔をみます。
ガーン──
まるで、たらいが頭の上に落ちてきたような衝撃でした。
残念なことに彼女の表情はさえなかったのです。
えーん、嫌われちゃったよお……。
言わなきゃ良かったよお……。
大きな後悔が私の胸を駆け巡りました。
そして、よっすぃーはため息をついた後、ゆっくりと口を開きます。
嫌っ、聞きたくない。聞きたくないよう。
私は思わず目をつぶってしまいました。
「Vの発音は、ちゃんと下唇に歯をあてないとダメだよ」
強い脱力感が私を包みました。
伝わってないじゃん……。
ま、まあ、嫌われてはないよね。
良かったんだよね、きっと。
そんなことを思いながら、結局よっすぃーが
中学生メンバーたちと暴れているのを
海の中で見ていただけだったんです。
- 263 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時11分17秒
- 私たちは海から戻り、早めの夕食をとりました。
そして、飯田さんから部屋割りが書かれた紙が配られました。
1441 飯田・安倍
1442 保田・矢口
1443 後藤
1444 石川・吉澤
1445 加護・辻
1446 高橋・新垣
1447 小川・紺野
そうかかれてました。
よっすぃーと一緒なんです。
確かにそうです、なんででしょね。
「んあ、私ひとり?同期がいないと寂しいねえ」
ごっちんは少し寂しそうに私を見ました。
でも私はあえてそれに気づかないふりをしました。
ごめんね。だって二人っきりになりたいんだもの。
これはきっと神様が与えてくださったチャンスなんです。
しかも、最上階です。きっとすてきなオーシャンビューなんだろうな。
そんなことを考えていると、なにか視線を感じました。
ふと横を見ると、ののがまた、てへてへと笑ってこっちを見てました。
- 264 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時12分03秒
- 私たちは部屋に入ります。
「それじゃあ先にシャワー浴びるね」
そういってよっすぃーはシャワールームに消えていきました。
私は一人、ホテルの部屋をゆっくりと見渡します。
真っ白な壁には、おしゃれなアンティークの調度品。
そして、きちんとメイキングされた、キングサイズのベッドが二つ。
ベランダには品のいい観葉植物と、籐でできたチェア。
そう、それは古きよき、アメリカンリゾート。
きっと今までも、アメリカンドリームを実現した人たちが、
心の休息を求めてここに泊まったことでしょう。
そんな雰囲気を楽しむように、私はベランダへと出ます。
- 265 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時12分42秒
- 視界に広がっているのは、夕暮れの海。
そして、波の音が聞こえてきます。
青い海はきらきらと光りつづけて、白い砂浜はオレンジ色に変わっていました。
深呼吸すれば、海の匂いが胸のなかへと広がって、体の中へ溶け込んでいくようです。
素敵──
この眺めを見ながら、今日は愛しいあの人と……。
「梨華ちゃんもシャワーあびたら?」
「あ、もう少し景色をみてからね」
そう言ってよっすぃーはベランダへと出てきました。
「気持ちいいね」
バスローブを着たよっすぃーは、その眺めを見ながらそう呟きました。
海の風が私たち二人を祝福するように流れていきます。
それを髪で感じながら、吸い込まれるように海をみるよっすぃー。
そして、彼女のその横顔をじっと見つめてしまう私。
「梨華ちゃん、焼けた?」
ふと、私の視線に気づいたのか、よっすぃーは私のほうに振り向きました。
- 266 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時13分36秒
- よっすぃーの呼吸の音が聞こえてきます。とても近い距離です。
緊張で彼女の顔が見れなくなります。
おもわず私は、視線を下に落としました。
「あ、そ、そうかな?日焼け止め塗ってくれたのに、おかしいなあ」
私はうつむきながらそう答えます。
「私は大丈夫だったけどね。焼けた梨華ちゃんも、健康的で可愛いよ」
可愛い?カワイイ?かわいい?
今、そう言ってくれたよね。
私は、ゆっくりと視線を上に向けました。
そこにはいつもの笑顔で微笑んでくれるよっすぃーがいました。
「今回の収録でメンバーたちのことを知れたらいいよね」
よっすぃーはそう言います。
誰のことを知りたいのかなあ……。
私が知りたいのはただひとりだけ。
それは、よっすぃーなんだよ。
私はそのキモチが伝わるように、
じっと彼女の大きくてきれいな瞳を見つめて、
「そうだね」
と、答えました。
- 267 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時14分25秒
- 「梨華ちゃんも一緒なんだ」
それに気づいた、よっすぃーはまた微笑みます。
その笑顔は、麻薬のように、私の心をしびれさせました。
「……ねえ、私のことも知りたい?」
私はその微笑に吸い込まれるように尋ねる尋ねてしまいました。
暫くの沈黙。聞こえるのは細波の音だけ──
「……うん」
よっすぃーは小さく頷きました。
みるみるうちに私の顔が赤くなっていくのがわかります。
「あ、シャワー浴びてくるね」
恥ずかしさと緊張で、私はその場を離れました。
彼女は私のことをもっと知りたいって言ってくれました。
そしてこれから始まる二人っきりの夜。
それを想うと胸がきゅんとして、鼓動が速くなっていくのが分かりました。
私は着ているパーカーを脱ぎます。
パーカーからも白い水着からも海の匂いがします。
今日は楽しくなりそうです。
この後、私たち一体どうなるんですか?
- 268 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時16分26秒
- 「梨華ちゃん。背中が……」
よっすぃーがベランダから声を掛けました。
私はよくわからないまま、鏡で背中を確認します。
その瞬間、大きな衝撃が私の頭を貫いて、
さっきまで赤かった顔色が、青くなっていくのが分かります。
『I LOVE ひとみ』
背中にくっきりと浮かぶ文字。
「あのときだ……」
私は急いで、あいぼんとののに電話をかけます。
「あいぼん!どういうこと?」
「あはは、焼けたやろ?よっすぃーに渡したのはベビーオイルやねん。
まあ、梨華ちゃんやったら、あんまり分かれへんと思ってんけどな。
あ、ののが変わりたいって」
「ののが字をかいたのは、ちゃんと日焼け止めなのれす」
ののは、電話口でそう言うと、てへてへと笑いました。
それを聞いて、私は脱力感に包まれながら電話を置きました。
「梨華ちゃん、背中カッケー。で、なんだって?」
よっすぃーの問いかけに、私は二人から聞いた話を伝えました。
「ああ、それでかあ」
よっすぃーは疑問が解決して満足そうな表情をしています。
- 269 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時17分11秒
- 「しかし見事に焼きついてるねえ。あははは」
よっすぃーは背中をみながら、けらけらと笑っています。
せっかく二人っきりになれたのに。
せっかくいい雰囲気だったのに。
全部ぶち壊しだよぉ……。
よっすぃーもよっすぃーです。
ほんとだったら、やさしく慰めてくれたりするんじゃないの?
傷ついた乙女心を何だとおもってるのよう!
だんだんと私はよっすぃーに対して怒りが込み上げてきました。
「よっすぃーがちゃんと確認してくれないからじゃない!」
「ええ?わ、私のせい?」
「もう!責任とってよ!」
私は恥ずかしさと、腹ただしさで、よっすぃーにそう叫びました。
ぽろぽろと涙がこぼれてきました。
きっとすごい表情だったのでしょう。
彼女の表情が驚きに変わりました。
よっすぃーは慌てて、
「ちょっと、あいぼんたちのところに行ってくる」
と、言って部屋を出て行きました。
- 270 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時18分01秒
- 私は泣きながらシャワーを浴びて、ベッドにもぐりこみました。
戻ってきても絶対許さないんだから。
寝た振りして絶対起きないんだから。
そんなことを最初は思ってました。
でも、シンとした部屋の外からは、メンバーたちの楽しげな声が聞こえてきます。
今日はよっすぃーと二人っきりの夜だったのに……。
私は寂しさと悲しさで布団を頭から被りました。
ねえ、よっすぃー、はやく戻ってきてよぅ……。
そっと枕もとで謝ってくれたら、すぐ機嫌なんか直るのに。
そして一緒にお互いのキモチを分かり合おうね。
そう思いながら、布団の中でよっすぃーの帰りを待ちました。
でも、私が覚えているのはそこまででした。
- 271 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時18分49秒
- ──1443室のドアの前。
「んあ、よっすぃー?そんな格好でどうしたの?」
「あ、ごっちん。締め出されちゃった。カードキー部屋の中に置いてきた」
「梨華ちゃん寝てるの?じゃ、フロントに頼んだら?得意の英語で」
「いや、実は自信ないんだよね」
「あはは、やっぱ自信なかったんだ。んじゃ、ウチの部屋来る?一人だし」
「そうしようかな……」
──1445室。
「どないしたん、のの。なに笑っとるん?」
「本当のキモチってなかなか伝わらないものなんれすよねえ」
- 272 名前:ホントのキモチ 投稿日:2002年07月01日(月)03時19分45秒
- ◇
そんなことを思い出しながら、楽屋で一枚の写真を見つめていました。
二人でとったビーチの写真。バックには、真っ青な海と空。
そして照れたような、嬉しいような複雑な私の笑顔。
でも、私のキモチはこんな透き通った青じゃなくて、
ちょっぴり濁った感じの青。
「あ、なに?マイアミの写真?」
よっすぃーがふと私に話し掛けてきます。
「そういえば、背中の文字消えた?」
「消えたけど、消えてない」
私はそう言って、彼女をじっと見つめました。
あのね、よっすぃー。
ののが背中に書いたあの言葉。
日焼けが落ちた今でも、ずっと私の心に焼きついたままなんだよ──
「私、ほくろ増えちゃった?」
あわててよっすぃーは手鏡を探し始めます。
私は小さくため息をつきました。
ホントのキモチなんて全然つたわらないよぉ……。
ふと横をみると、ののがこっちをみて、てへてへと笑っていました。
おしまい。
- 273 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時13分58秒
雲に覆われた空は、星も見えなかった。
夜風に梨華の髪が靡いている。
ひとみは、その横顔をぼんやり眺めていた。
どうして好きになったんだろう?
梨華を思うと、ひとみの胸はキュッと締め付けられた。
けれど、それは心地よい痛み。
胸の内を打ち明けたことはない。
梨華がひとみをどう思っているか。
それも知らない。
ひとみにとって、それんなことはどうでもよかった。
今こうして、ふたりきり、同じ空の下にいる。
それが何より大切だった。
電池が切れかけた秒針のように、時は緩やかに流れる。
ベンチの上、僅かに触れる肩の温もりが、ひとみの心を穏やかにした。
「出会えてよかった…」
好きだと言うかわりに、そっと、それだけ口にする。
「偶然だよね…」
しみじみとそう言う梨華の目が、限りなく優しい。
- 274 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時15分08秒
- 偶然…。
全てが、偶然…。
もしも、オーディションを受けていなかったら…。
もしも、合格者にふたりの名前がなたったら…。
もしも、あの時…。
もしも…。
無数の選択肢の中から、絡んだ糸を手繰り寄せるよう、こしてふたりは出会った。
ひとみは、梨華の細い肩に軽く頭を乗せる。
どこか懐かしい甘い匂い。
瞼が重くなる。
「眠くなってきた…」
「いいよ、眠っても」
「お姉さんみたいだね…」
「私の方がお姉さんだもん」
- 275 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時16分04秒
みんなが眠った後、ボクはひとり病室を抜け出した。
腕にぐっと力を込めて、でも、気付かれないように、ゆっくりと重い扉を開けた。
「おねえちゃん…」
ベッドのそばへ行って、小さい声で呼んでみた。
おねえちゃんは、こないだよりまた少し痩せたみたい。
ボクはなんだか悲しくなった。
おねえちゃんは、ボクよりひとつ年が上。
ボクと同じ病気。
看護婦さんがそう言ってた。
ママは、もうおねえちゃんに会っちゃ駄目だって言う。
仲良くなると悲しくなるから。
仲良くなるのはいいことだよね。
ママはいつもそう言ってるのに…。
どうして悲しくなっちゃうの?
そんなのボクにはわからないよ。
でも、ママはとっても悲しそうな顔をしてた。
だから、ボクはもう会わないって約束した。
約束したけど…。
ママ、ごめん。
- 276 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時17分20秒
- 「来てたんだね…」
目を覚ましたおねえちゃんの声は、少し掠れてた。
「おねえちゃんに会いたかったんだ…」
そう言った途端、照れくさくて、顔が真っ赤になった。
おねえちゃんは、なにも言わなかった。
だけど、とっても優しい顔で笑ってくれた。
「もうすぐ、お月さまに行くの」
「知ってるよ。アポロ計画って言うんでしょ」
ボクはちょっと得意だった。
アメリカの宇宙船が、もうすぐ初めて月に行くんだ。
こないだ、パパが教えてくれた。
「違うの」
おねえちゃんの顔は淋しそうだった。
「あたし、ひとりで行くの」
「やだよ、そんなの。おねえちゃんがひとりで行っちゃうなんて嫌だ。
ボクも一緒に行く」
涙が出てきた。
男の子は泣いちゃいけないのに…。
なのに、どうしても止まらなかった。
おねえちゃんは、ボクが泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。
恥ずかしかったけど、嬉しかった。
- 277 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時18分05秒
- 「お月さまが見たい…」
「ボクが連れて行ってあげるよ」
ボクは、どうしても、おねえちゃんの願いを叶えてあげたかった。
おねえちゃんの行きたい所は、どこへだってボクが連れて行ってあげる。
だから、ずっと、ずっと、ボクとおねえちゃんは一緒。
ふらついてるおねえちゃんの体を支えながら、ボクは部屋を抜け出した。
「本物のお月さまだね」
おねえちゃんがそう言った。
ボクもそう思う。
部屋の窓から見る月だって本物だけど、やっぱりどこか違う。
おねえちゃんは、ちょっと息が荒かった。
だけど、とても嬉しそうだった。
だから、ボクも嬉しかった。
ベンチに座って、ずっと空を見上げてた。
気持ちがよかった。
おねえちゃんの甘い匂いがした。
そしたら、だんだん眠くなってきた。
「お月さまって青いね」
遠くでおねえちゃんの声が聞こえた。
おねえちゃん、ずっと一緒だよ。
おねえちゃん、ボクをひとりにしないでね。
おねえちゃん、大好き…。
おねえちゃん…。
ボクは夢の中で、何度も、おねえちゃんを呼んだ。
- 278 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時19分07秒
- 目を覚ましたら、ボクはいつものベッドの中にいた。
「もう、勝手なことしちゃだ駄目だよ」
ママが言った。
怒られるかと思ったけど、ママはそれだけしか言わなかった。
それからほんとうに、ボクはおねえちゃんに会えなくなった。
メンカイシャゼツってなんのこと?
どうして会っちゃいけないの?
そして、おねえちゃんはいなくなった。
病院中を探したけど、おねえちゃんはどこにもいなかった。
おねえちゃんに会いたい。
看護婦さんにいくら頼んでも、会わせてもらえなかった。
なんでもするから…。
もう、我儘なんか、絶対言わないから…。
だから、お願い…。
返してよ…。
おねえちゃん。
ボクのおねえちゃん…。
おねえちゃんは遠くへ行ってしまったの。
ママがそう言った。
お月さま?
ボクが聞くと、ママは悲しそうに頷いた。
ボクも行きたい。
- 279 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時19分57秒
- テレビの画面に月が映っていた。
赤い旗が揺れていた。
ボクはもう、体を動かすのも辛かった。
だけど、一生懸命探した。
きっと、どこかにおねえちゃんがいるはず。
テレビの中の月は、あまり綺麗じゃなかった。
おねえちゃんと一緒に見た青い月の方が、ずっと綺麗だった。
だけど、ボクは月に行きたい。
月にはおねえちゃんがいるから。
「ボクも月に行けるよね…。おねえちゃんに会えるよね…」
ママは頷いてくれた。
嬉しかった。
だけど、ママの目には、涙がいっぱいたまっていた。
- 280 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時20分39秒
浅い眠りから覚めたひとみ。
隣に梨華がいることに、不思議なくらい安堵した。
「よかった…」
「なにが?」
「目が覚めたら、梨華ちゃんがいなくなってるような気がした」
「よっすぃーを、こんなとこに放っておくわけないでしょ」
「お姉さんだもんね」
おねえちゃんか…。
「おねえちゃん」
「なによそれ」
「なんか、そう呼んでみたくなった」
ふたりだけの優しい時間。
「夢をみてた…」
「どんな?」
「よく覚えてないけど…悲しかった…」
「そろそろ戻らないと、みんな心配してるかも」
梨華はそう言って立ち上がると、名残惜しそうに空を見た。
- 281 名前:アポロ11号 投稿日:2002年07月01日(月)07時21分44秒
- 月が見たいな…。
昼のステージが終わったとき、突然梨華がそう言った。
ひとみは日が暮れるのを待って、ホテルから梨華を連れ出した。
「月、見れなかったね…」
「うん…」
ホテルの前、梨華は最後にもう一度、空を見上げた。
つられるように、ひとみも上を向く。
雲の切れ間から、ようやく月が顔を覗かせた。
「よっすぃー…」
「…青いね…」
「たぶん、こんな青い月が見たかったの…」
「…」
「よっすぃーと一緒に、もう一度…」
THE END
- 282 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)18時58分55秒
- 2002年6月────
日本中がサッカーフィーバーに包まれた。
―――― ワールドカップ ――――
視聴者数はオリンピック以上とも言われる、世界最大のスポーツの祭典である。
しかし、モーニング娘。にはそんなことは関係なかった。
ミュージカル、シャッフルユニット、新曲レコーディング・・・・
過密スケジュールをこなしている彼女達に、そんなことは関係なかった・・・・・・・
はずだった・・・・
- 283 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)18時59分51秒
- 「おはようございま〜す」
あいさつとともに、控え室に入った私の目に飛び込んできたのは・・・
部屋中に張られたポスターと、白い服を着た保田さんだった。
「グッドモーニング!」
めちゃめちゃなカタカナ英語で保田さんは言った。
「あの・・・これ何なんですか?」
私はポスターの人物をまじまじと見る。
青い目をしたなかなかの美男子だった。
そして、この白いユニホームは保田さんが着ているのと同じであった。
しかし、私が1番気になったのは・・・・髪型だった・・・
(モヒカン?)
思わず出そうになる言葉を飲み込んだ。
「あんた、知らないの?ほらほら、わかるでしょ?」
そう言って保田さんが背中を見せる。
そこには”BECKHAM 7”と書かれていた。
- 284 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時00分29秒
- 「えっと、べ・・・べ・・・・ベックハム?」
バシッ
保田さんのパンチが飛んできた。
「いったーい。何するんですか?」
反論する私に、保田さんは詰め寄ってくる。
よく見ると、目の色が青だった。
(カラーコンタクトまで・・・・)
「あんた、ベッカム様知らないの?」
「ベッカム?」
(ベッカム・・・ベッカム・・・)
呪文のように私は頭の中でその名前を繰り返した。
(確か・・・・最近よくTVにでてたような・・・)
「そうよ、イングランド代表よ。あんたがサッカー知らないとは言わせないわよ!!」
(・・・・・)
詰め寄ってくる保田さんに恐怖を覚え始めた頃、控え室の扉が開いた。
- 285 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時01分30秒
- 「おはよーございまーす」
入ってきたのはののと加護だった。
「あれ?なんや?このポスターは?」
私たちに目もくれず、二人はポスターを観察した。
しばらくして、ののが叫んだ。
「この人、モヒカンなのれす」
バシッ
保田さんのパンチがののをとらえた。
「いったー!痛いのれす」
「あんた、この人が誰か知らないわけ?」
すごむ保田さんに、半泣きになりながらも、ののは反論した。
「知るわけないのれす!こんなモヒカン男!!」
バシッ ドコッ
さらに保田さんの制裁が加わった。
(のの・・・・その勇気は認めるよ・・・)
- 286 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時02分16秒
- その時、ポスターを見ていた加護が口を開いた。
「ふふん、甘いな、のの」
「加護ちゃん、あんたは知ってるの?」
さっきまでとは正反対の表情で、保田さんは加護に近寄っていった。
「当たり前やがな!!うちを誰やと思てんねや?」
得意げに加護は言う。
「さすが、加護ちゃん!!」
保田さんは青い目をキラキラ輝かせている。
「この人はな・・・・」
「この人は・・・・」
保田さんが相づちを打つ。
- 287 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時03分14秒
- 「このモヒカンは、日本代表の戸田や〜!!」
バシッ ドコッ
ワンツーがヒットした加護は、たまらずその場に崩れ落ちた。
「知らないじゃないの!!第一、戸田って誰よ!!」
「うそやん・・・モヒカンといえば、戸田やろ!!」
涙ながらに反論する加護。
(戸田しらない保田さんも、問題あるよな・・・)
二人のやり取りを見て、ため息をついていると、後ろから声が聞こえた。
「フッフッフ・・・加護ちゃん・・・まだまだだね」
振り返ると、1本のバラの花を持ったごっちんが立っていた。
なぜか目線はこっちを向いてないんだけど・・・・
「後藤さん・・・」
辻加護の目が光る。
「僕にはわかる・・・・その人の名前が、僕にはわかる・・・」
バラの花を投げ、保田さんの肩を抱くごっちん・・・
「さすが、後藤。かっこいい!!」
保田さんも胸の前で手を組んでいる・・・・
- 288 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時04分01秒
- 「このモヒカン男は、トルコ代表のウミト・ダバラだよ。そうだね、圭ちゃん」
バシッ ドコッ ズカッ
見事なコンビネーションがごっちんに炸裂した。
「嘘・・・・このモヒカンは・・・日本戦で点をいれた、ウミト・ダバラじゃ・・・」
そこで、ごっちんは力尽きた・・・・
(ごっちん・・・・意外とマニアなんだね・・・私知らなかったよ)
ごっちんを介抱しながら、私は思った。
- 289 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時04分50秒
- 「保田さん、買ってきましたよ!!」
息を切らせ入ってきた梨華ちゃんは、袋から何か取りだした。
それは・・・・
『'02イングランド代表ワールドカップ・トレーディングカード 8枚入り300円(税別)』だった。
「ありがとう!石川!!」
そう言って保田さんはトレカを開け始めた。
「それ、コンビニに売ってなかったんですよ。わざわざスポーツショップ行って来たんですから」
自慢げに言う梨華ちゃんの頭には、コブが出来ていた。
(梨華ちゃんも知らなかったんだ・・・・しかもパシリまでさせられて・・・)
「石川・・・」
トレカを開け終えた保田さんが言った。
「はい!」
梨華ちゃんはうれしそうに近寄った。きっと褒められると思ってたんだろう・・・
しかし、私は知っている。この声は保田さんが怒っている時の声だ・・・
- 290 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時06分26秒
- 「あんた!!何これ!!シーマンばっかりじゃない!!ベッカム様1枚もないじゃないの!!こんな変な髪形のおやじいらないのよ!!
だいたい、シーマンって・・・人面魚じゃないんだから!!」
せっかく買ってきたのに、文句を言われたのが不満だったらしく、珍しく梨華ちゃんが反論した。
「え・・・だって・・・それは、モーニング娘。のトレカで保田さんばっかりでて、私やごっちんが出にくいのと同じ現象じゃ・・・・・」
バシッ ドコッ ズカッ バキッ
言い終わらないうちに、梨華ちゃんはKOされていた。
(梨華ちゃん・・・・言ってはいけないことを・・・)
その時、私は足元にあるファイルに気がついた。
開いてみると、ベッカムのカードが・・・・・
1ページに同じカードが何枚も入っていた・・・・
(これって・・・・モーニング娘。通選手権で、梨華ちゃんヲタがやってたのと同じじゃ・・・)
私は何も言わずに元の場所に戻した。この事実を忘れたかった。
- 291 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時07分17秒
- 「あ・・・おはよ・・・これ何があったの?」
矢口さんの第一声はそれだった。
確かに、ポスターが張り巡らされている部屋に、ごっちんと梨華ちゃんが倒れこんでいるんだから、当然か。
「そういえば、昨日イングランド負けたね、圭ちゃん」
矢口さんの声に、ビクッと保田さんの体が反応した。
私とののと加護の三人は、集まって身をすくめた。
「今日の新聞に書いてたよ。ほら。ベッカム、3Rに敗れるって」
矢口さんから新聞を受け取った保田さんは、食い入るように読み始めた。
「よっすぃー、すりーあーるって何れすか?」
「あほやな、のの。3Rっていうたら、”汚い、危険、きつい”やないか」
「加護、それは3Kだよ」
私たちが囁いていると、後ろからごっちんの声が聞こえた。
「3Rって言うのはね、ブラジルのトップのロナウド、ロナウジーニョ、リバウドの3人のことだよ。まだまだだね、3人とも・・・」
そう言って再びごっちんは力尽きた。
(ごっちん・・・・なんでそんなに詳しいの・・・・)
- 292 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時07分51秒
- 「こ、この人・・・・」
急に保田さんが呟いた。
ののは身をすくめ、今にも泣きそうな顔をしている。
私たちも息をのんだ。
「かっこいい!!」
「へっ?」
予想外の保田さんの言葉に、私たちは声を上げた。
「この青いユニホームの人・・・・ロナウドっていうのね・・・・かっこいい」
私は、保田さんに近づき、そっと新聞を覗くと、そこには世にも奇妙な髪型をした人が映っていた。
(これは・・・・俗に言う大五郎カット・・・・)
「ちょっと待って、圭ちゃん!!ベッカムはもういいの?」
「決めたわ。私はこの人についていくわ。このヘアカットにしようかしら」
矢口さんの問いに答えず、保田さんはとんでもないことを言い出した。
「やめて、圭ちゃん!こんな頭にしたら、TVに出られないよ」
矢口さんは必死に説得する。
「いいの。私はおどる11ですもの!!カツラかぶるから関係ないわ〜
恋する乙女は止められないのよ〜」
そんな矢口さんを振り切り、保田さんは部屋から出て行った。
「ちょっと、圭ちゃん!!」
慌てて矢口さんは追いかけていった。
- 293 名前:愛しのモヒカン王子様 投稿日:2002年07月01日(月)19時08分26秒
- 取り残された私たちは、お互い顔を見合わせた。
「ねえ、なんで私たち、殴られたんだろう?」
「やってられんわ、あの人には」
「全くなのれす」
部屋中に張られたポスターと梨華ちゃんとごっちんの倒れている部屋で、私たちは立ち尽くしていた・・・
終
- 294 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時04分44秒
- 怖いものなんて何も無かった。
いつも一緒に居て、いつもふざけあって・・・
外で見せてる顔とふたりのときの顔、全然違ったよね。
お互いがお互いを必要として四六時中くっついてて・・・
楽しかったよね。
- 295 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時07分09秒
- 「でねぇ、気付いたら夜中だったんだよ〜」
「16時間寝っぱなし?相変わらずだなぁ。」
「あはっ だって気持ち良いんだもん。やめらんないよ〜」
「・・・ほかは?他には何かあった?」
「ほか?そーだなー・・・あっ、昨日のご飯はスキヤキとカツ丼とハンバーグだったよ。」
「全部食べたの?!」
「うん〜美味しかったよお〜」
なんてくだらないことばかり言って日頃会えていない時に何をしているのかを報告し合ってた。
そんなくだらないことばかり言ってもなにしても可愛くて、つい笑ったら怒られた。
「なんで笑ってるんだよ〜?なにがおかしいの〜?」
「や、笑ってないって。可愛いなぁって思ってさ。」
「ぶぅ・・・。」
「いつまでもそのままで居てよね。変わらないでよね。」
「やぐっつぁんは?」
「ん?」
「やぐっつぁんは何してた?」
- 296 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時08分57秒
- 「矢口はーごっつぁんのことばかり考えてた!ずうっとずっとごっつぁんのことしか考えてなかったよ。」
「・・・うそばっかり。」
「うん、ウソ。」
「あー!!最低だーちょっと感激してたのにぃっ!」
「わははっごめんごめん。でも考えてたのは本当だよ。今何してるかなぁ?今幸せかなぁ?
どこに居るんだろーってね。」
「・・・ほかは?」
「ほかはねーなっちんちに泊まりに行ったり〜梨華ちゃんと焼肉行ったり〜
・・んー・・・メンバーと過ごしててあんまり家に居なかったかも。」
「やだなぁ〜後藤の知らないところで梨華ちゃんとご飯いったりなんかしちゃって!!」
「ユニット一緒だもん。普通でしょ。」
「うん。・・・まぁそれは良いや。後藤もよっすぃーや圭ちゃんと食事行ったしね。
でもなっちんちに泊まるのはどうだろー・・・?後藤んちに来たら良かったじゃん。」
- 297 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時10分06秒
- 「久しぶりだったから。」
「変なことしてないでしょうね?!」
「するわけないでしょー?!疑ってんの?」
「やぐっつぁんは後藤のものだから、なっちには渡さないんだから!」
「なんだ。良かった。」
「・・?」
「矢口を疑ってるんじゃなくてなっちを警戒してるんだね?」
「あったりまえだよ!後藤とやぐっつぁんは離れられない運命ですから。」
なんて笑顔で言ってたっけ。
まぶしかったなぁあのときの顔。
忘れたくても忘れられないよ。
- 298 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時11分30秒
- 「やぐっつぁんはさーメンバーに後藤とのことどうして言いたくないの?」
「言いたくないなんて思ってないよ。でもごっつぁんに憧れてる子多いし、
なんか夢壊したくないなぁって思っちゃうから。」
「ふ〜ん・・・そんなもんかなぁ。」
「でもさ、ふたりでいるときはこうやってずっとくっ付いてたいもん。」
「後藤はいつだってくっ付いてたいけどね。」
どうして素直に付き合っていることをメンバーに言わなかったんだろう。
あのとき言えてたら何か変わってたのかな?
今の関係はなかったのかな?
後悔ばかりがずっと残ってる。
- 299 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時13分58秒
- 「やぐっつぁんとさーこうやって手ぇ繋いで歩いてる時が一番幸せ。」
「矢口も。何も話さなくたって気持ちが伝わってくる感じ。」
「出会ったときはこんな関係になるなんてちっとも思わなかったのになぁ〜」
「矢口は一目惚れだったけどね。」
「あはっ そうだったね♪」
「そう。それで迫りまくった。」
「で、落ちちゃった、と♪」
「そそ、落とした♪でもさ、今思えばあの頃はごっつぁんがここまですっとぼけた子だとは
思いもしなかったよ。正直全然見た目と違うもんね。」
「がっくりした?こんな後藤で。」
「ばか。もっと好きになったよ。付き合えて本当に良かったって思うもの。」
「後藤もね、やぐっつぁんを好きになって良かった!」
「へへへ。」
「えへへ。」
はたから見たら変なふたりだったかもしれない。
手を繋いで立ち止まっては微笑みあい、たまに突き飛ばしたりしながらふざけあって・・・
女同士で何やってんの?って思われてたかもしれない。
でも、ごっつぁんとだったらどんな風に思われても良いって思ってた。
誰になんて批判されても気にするつもりなかった。
ごっつぁんもそうだったもんね。
- 300 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時15分41秒
- 『・・んっ・・・』
ごっつぁんとのキス。
何度もしたのに毎回胸がドキドキした。
唇を交わすだけでふたりだけの世界になっちゃったみたいで、
甘い目をするごっつぁんが大好きだった。
キスから先には進めなかったね。
意気地なしでごめん。
それも・・・出来てたら何か変わってたのかな。
「やぐっつぁん大好き!ずっと一緒に居ようね。」
「矢口もごっつぁん大好き!!約束だよ。」
あれはいつだったっけ?
オフになると決まって、並んで歩いた海岸通
夕暮れ間近の生温かい風が流れているとき
急に立ち止まって言ったんだよね。
- 301 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時17分38秒
- 「やぐっつぁん、話があるの。」
「話?なにかな?」
俯いてなかなか話そうとしなかったね
「後藤・・・後藤ね?その・・・・あの・・・」
「ちゃんと最後まで聞くから、落ち着いて。言えるようになるまで待つし。」
それでもなかなか言おうとしなかったよね。
「後藤・・・・今日告白されたの。」
「えっ?」
今度は誰だよ〜小川かぁ?ほんとごっつぁんモテるんだから・・・
今までも何度かあったから特に驚かなかった。
ごっつぁんが矢口を捨てるとも思わなかったし。
「今度は誰?もう断ったの?」
いつものセリフだった。
「・・・OKした。」
聞き間違いだと思った。
- 302 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時19分28秒
- 「―-なんて?ちょっと聞こえにくかった。」
「OKしたの。はいって言ったの。」
ごっつぁんらしくない冗談。
しつこくそう思ったっけ。
「なんでっ?!矢口は――」
「やぐっつぁんのことは好き。大好き。だけど・・・」
「ずっと一緒だって言ってたじゃん。約束したじゃんか。」
「一緒だよ!でもそれは・・・・・・恋人としては無理なの・・・」
「あのときっあのときも恋人としてじゃなくてそう言ってたの?矢口は違う、
ごっつぁんのこと一生恋人として見て行くつもりで言ってた。ごっつぁんもそうでしょ?」
「そうだけど・・・ごめんなさい。」
泣きたいのは矢口の方なのにごっつぁんは俯いて涙を流してたっけ。
- 303 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時21分48秒
- 「どうして急にっ・・矢口に飽きたの?誰なの?その子が良いの?矢口より良いの?!」
「・・・・・・・やぐっつぁんの方が良いけど・・・・・だって・・・・やぐっつぁんは・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女だもん。」
「!!!そんなの・・・最初から分ってたことじゃん・・・え?なに?メンバーじゃないの?」
「・・・うん。・・・・男。ちゃんと働いている人。」
「・・・・・女の矢口じゃ駄目なんだね。」
「だって、だって仕方ないじゃない、好きでもどうしようもないじゃない、隠して付き合って行くんだし、
子供だって欲しいもん!!」
子供が欲しい。
ノックアウト
矢口にそれを叶えてやることは一生かかっても出来ない。
矢口だって子供は欲しい。でもそれ以上にごっつぁんと居たかった。
- 304 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時23分33秒
- 「・・・・分かった。もう、良い。」
「・・・」
「別れてあげる。もうプライベートでは会わない。今までのことも忘れる。」
そう告げて去ろうとしたっけ
「ヤだ!!待ってよやぐっつぁん、行かないでよ!置いていかないでよ!」
“自分勝手なこと言わないで!”“矢口を捨てるんでしょ?!”
そう言いたかった。
キツイ言葉言って矢口も忘れたかったし忘れて欲しかったから。
でも、言えなかった。
「仕事では普通にするから、ごっつぁんも、ね。」
「ヤだよお!」
「・・・さよなら。」
「ヤだぁっ!!」
- 305 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時24分11秒
- ヤなのはこっちだよ。
自分から振っといてなんなんだ。
なんでごっつぁんが泣くんだよ。
泣くくらいなら矢口を捨てるなよ!
自分で決めといてなんで泣くんだよ。
男が良いんでしょ?
ちゃんと働いてるし、世間体も気にしなくて良いし・・・
矢口はどうして女に生まれたんだろう?
どうしてごっつぁんを幸せに出来る男じゃなかったんだろう?
ごっつぁんを守ってやれる強い腕を持ってないんだろう?
ごっつぁんと一緒になれないなら、同じ時代に生まれたくなかった。
そう、思った。
- 306 名前:若かったふたり 投稿日:2002年07月01日(月)21時25分18秒
- あれから一年が経って、相変わらずごっつぁんとはメンバー同士でそれなりに仲良くやってる。
仕事以外で話すことはなくなったけど。いつもごっつぁんを見てしまってる。
他のメンバーから聞いたごっつぁんの恋人の話。
幸せにしてもらえてるようで、幸せなようで、・・・良かったって思ってる。
ごっつぁんのことはやっぱり忘れられてないけど、祝福できるようになった。
今度は途中で終わらないように、ずっと続くように祈ってる。
ごっつぁんさえ居れば何も要らない。
矢口を必要としてくれてふたりでいれば何も怖くなかった。
世界が矢口たちを中心に回っているとさえ本気で思っていた。
なんて青かったんだろう。
お互いがお互いしか見えてなくて他を見ようともしなかった。
何も知らなかったんだよね、うちら。
恋をするってことがどんなに難しいか。
ううん、恋は誰でも出来る。続けて行くことが難しいんだよね。
それを知った矢口たちは、強くなれるよね。
〜おわり〜
- 307 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)21時58分08秒
- ある梅雨の中休み。
私は撮影の昼休みの時にそっと外に出てみました。
せっかくの梅雨時の晴れ間なんですから。
それにどうしてもあの言葉が頭から離れません。
「紺野。モーニング娘。はモーニング娘。だけでいれば
いいってわけじゃないんだよ?」
…わかりません…
さっきまできつい照明と薄暗い舞台裏にいた私には
外の光は都会とはいえあまりに新鮮過ぎました。
「こんのちゃん!」
「!!」
どうして!?
こっそり出てきたはずなのに!?
私が振り向くと後ろにはニコニコと笑う辻さんがいました。
- 308 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)21時58分54秒
- 「どこにいくんですか?」
私はうつむきました。
「え…えっと…」
おどおどとしていると辻さんはあぁと小さく漏らし
私の横を擦りぬけてぴょんと外に出ました。
「お天気いいですもんね!」
ぱっと咲いた笑顔。
じめじめとした梅雨なんか感じさせないその笑顔に
私は頬が緩みました。
「はい!」
- 309 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)21時59分30秒
- 私達はそのまま二人でゆっくりと散歩することにしました。
本当はゆっくりしている暇なんてないはずなんですけど
私達(踊る!11)の撮影は午前中、午後に8.7と撮影をすることに
なっているのでちょっとだけお昼休みが長いんです。
…でも大丈夫なんでしょうか…
だんまりこんでそんなことを考えていると辻さんが
駆け出しました。
「こんのちゃ〜ん!こっち!きてきて!」
「は…はい!」
私は辻さんの所まで行き手招きする辻さんの横に
同じようにしゃがみこみました。
「…これこれ…」
私はじっと辻さんが指差す所をみると緑色の葉がぴくと
動いた気がしました。
「??」
ごしごしと目を擦ると辻さんはくすくすと笑いました。
- 310 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)22時00分14秒
- 「どうしたの?ほら。ここにカエルさんがいるんです」
よく見るとそこには小さな雨蛙がいました。
さっき葉が動いたように見えたのもこの蛙が動いた
所為だったんですね…
「なにがえるかなあ…?」
「え?雨蛙じゃないんですか?」
私が思わずそう口にすると辻さんはぐるんと顔を上に向けました。
私も慌ててぐるん。
そこにはふうわりと浮かぶ甘そうな雲と
雨雲の切れ目を喜ぶようにぱあっと透き通るような空の青。
「…」
「…」
耳の横をざわざわと風が通りぬけました。
- 311 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)22時01分13秒
「青いですね…」
「はい…青空です…」
薄い雲が太陽を覆いふうっと視界が薄暗くなりました。
「あめふってないからあまがえるじゃないですよ…」
「はい…そうですね…」
ゆっくり…
ゆっくり…
ゆっくり…
むくむくとした雲が流れてもうそこまで
夏が来ている事を告げていました。
「…じゃあ…この蛙はなに蛙でしょうね…」
私はぽーっと空を見上げながら呟きました。
また薄い雲は太陽に空を譲りゆっくり流れ
太陽は満足そうに輝き始めました。
「…ああ!」
- 312 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)22時02分08秒
- 辻さんは顔を前に戻して蛙に目を戻しました。
「あおがえる!雨の日のみどりのかえるは
あまがえるになって〜きれいに晴れた
青空の日のみどりのかえるはあおがえるになるんですよ!」
私も蛙に目を移しました。
…『あおがえる』に…
梅雨を告げる蛙。
夏を告げる蛙。
どちらも蛙。
「そうですね!」
私達は向かい合って笑いました。
「なんでこのみどりのかえるがいろんな風に呼ばれるか
こんのちゃんのおかげで謎がとけました!」
「はい!私もです!」
- 313 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)22時02分52秒
- 私達は一緒にまたもときた道を歩いて行きました。
日差しがさっきよりもちりちり暑くなっていました。
あおがえるさん…大丈夫かな?
ずっとそこにいてはいけません。
きっと今日はお水が足りなくなってしまう。
「かえるさんはさぁ…あまがえるとあおがえる…
どっちになりたいのかなあ…?」
辻さんはポケットにいれてあったキャンディーを
私の手のひらと自分の口の中に押しこむと青い空を
見つめながらそう言いました。
「どうでしょう?どっちも蛙ですし…」
きちっと音を出してキャンディーの包みをはがすと
私はその青い宝石を口に放りました。
夏のソーダの味がしました。
「ののは…どっちにもなれるあのかえるがいいな〜」
そう言って辻さんは天に向かって伸びをしました。
「あ…」
- 314 名前:あまがえる 投稿日:2002年07月01日(月)22時03分50秒
- モーニング娘。の私
モーニング娘。ではない私
どちらも私。
どちらにもなれる私。
「…そっか…」
また風が私を擽りました。
明日もまた雨なのか少し湿った暖かい風。
それでも私は嬉しかったです。
「私、それでもモーニング娘。がいいです!」
私は拳を天に力の限り突き上げました。
「ほえ」
辻さんは目をぱちくりさせました。
げこと聞こえました。
きっと「あおがえる」が笑った声です。
-FIN-
- 315 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)01時57分22秒
- 同期ということもあり、私たち4人は仲が良かった。
仕事場でも傍に同期がいるのと落ち着くし、一緒にいると楽しい。
でも、それも仕事場という限られた空間での話で、
プライベートまで一緒にいることは殆ど無い。
しかし、今日は珍しく私の部屋で同期の三人がUNOなんぞをしている。
もちろん私は一抜けで、三人の勝負がつくまで暇を持て余してた。
烏龍茶を注いだグラスを手に取り、表面の水滴を指でなぞる。
指を伝わる冷たい感触が気持ち良い。
濡れた指先をグラスから離し、激戦が繰り広げている三人に視線を戻した。
高橋も紺野も真剣な表情で勝負をしている。
新垣は何を考えているのか分からない。
「はぁ、なんでかなぁ」
一つ、溜息を付くと小声で呟いた。
- 316 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)01時58分13秒
- 元々は紺野だけを誘うつもりだった。
最初はそれほど意識していなかった。
レッスンは遅れ気味だし、何かととろいし、
つんくさんも変わったのばかり良く選ぶなぁと思っていたぐらいだ。
もちろんその中――変わった連中――に私は含まれていない。
先輩たちには悪いが、唯一のまともなキャラクターだ。
でも、何時からだろう。
私はなにかと紺野を視線で探すようになった。
どこに居ても直ぐに見つけ出せたし、私たちはよく視線が合った。
そんな時はつい口元が緩んでしまう。
紺野と話していると楽しい。
紺野がいないロケは詰まらなかった。
- 317 名前:very 投稿日:2002年07月02日(火)01時59分10秒
- 私は女の子で紺野も女の子だ。
紺野は話すと面白いし、見ていて飽きない。
高橋や新垣といても楽しいし、よく話もする。
でも、紺野と話しているとなんか違う。
なんだろう、わくわくする……かな。
私はおかしくなったのだろうか。
私は、自分がノーマルだと信じている。
この感情も親友として以上はありえない。
そう、紺野は親友だ。
それを確認したかった。
前日の収録が終了した後に、私と紺野の二人だけになった。
そこで、家に遊びに来ないかと誘ったまでは良かった。
もちろん、紺野のオフ日が今日である事は調査済みだ。
しかし、運悪くその日は5期メン全員がオフ日であり、
さらに運悪くデビルイヤー新垣がその話を聞いていたのだった。
そして、今日に到る。
- 318 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時00分10秒
- 4人で遊んでいてまず感じた事は、高橋と新垣は邪魔だということだ。
何時もだったら気にもならないが、今日は崇高な目的がある。
何とか2人には消えて頂くしかない。
そこで考えたのが、UNOでウハウハ買出しゲームである。
ルールは簡単。
カードの重ね出しあり、上がり時の札は数字札のみ――最後の一枚が
数字札以外だと上がる事が出来ない――というローカルルールで、
ゲームの結果が三位と最下位のニ人は買出しに出かけるというもの。
私はUNOには自信があったし、頭の良い紺野ならニ人を負かす事など
造作も無いだろう。
もちろん、買出しのメニューは、ここから10分ほど歩いた所にある
駅前のコンビニにだけ置いてあるどっさりゼリーをリストに加えている。
しかも、めったに見ない『ナタデココ&パイン』バージョンだ。
これで暫くは帰ってこれないだろう。
かくして私の目論見通りに事は運び、三人は勝ち組みの残り一席を巡って
熾烈な戦いを繰り広げていた。
- 319 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時01分23秒
- ゲームも山札のカードの数が少なくなり、二巡目に差し掛かろうとしいた。
私が場に出されたカードの一番上以外を束ね始めた頃、ついに紺野が勝負でた。
「ワイルドカード、赤で、ウノです」
カードを場に出すと、勝利を確信した笑みを浮かる。
この時点で紺野が残り1枚、新垣が14枚、高橋が2枚である。
ここで、仮に新垣が『Reverce』や『Skip』を出したとしても
結果的には紺野を上がらせる事になる。
危険なのは、色を変えられるか『Drow two』『Drow four』を
連続で出される事である。
しかし、手札を減らしたい新垣は何も考えずに喜び勇んで
数字札を捨てるだろう。
問題は高橋だが、ローカルルールの制約上1枚は数字札の筈だ。
一周前に高橋は、手札が1枚で、場のカラーが赤の時にカードを山札から
引いていたので、その手持ちのカードは赤以外の数字札であると推測できる。
問題はもう一方のカードだ。
現在場に出された『Wild』は3枚、『Drow four』は2枚である。
先程引いたカードが『Drow four』である確率はかなり低い。
つまり、高橋に余程の幸運が無い限り、紺野の勝利は動かない。
紺野も私と同じ考えなのだろう。
- 320 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時03分46秒
- しかし、私たちは新垣が裏工作に長けている事を見落としていた。
「あまいラヴね、ドローフォーで、黄色ラヴ!」
新垣は吠えながら『Drow four』を場に出した。
確かに『Drow four』のカードを持っている可能性はあった。
しかし、あの鼠娘にこの局面でそのカードを出す知能があったとは……。
だがそれは、悪夢の始まりでしかなかった。
「同じくドローフォー、青での、ウッノ〜」
高橋が眼光を光らせてカードを場に出す。
その瞬間全ての時間が止り、紺野は、驚愕の表情を高橋に向けた。
「ドローフォー、持ってたんだ……」
「うん、さいぜんウノやったんやざ時に、
うっかりドローフォーを残しちゃってて上がれなかったんでの。
ほんでぇ、さいぜんは仕方なくカードを引いたんでの」
紺野とは対照的に嬉しそうに話す高橋。
- 321 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時04分31秒
- まさに、ゲームを有利に進める為に設けたルールがここで仇となるとは……。
ともかく、MUSIX!のクイズで信じられない日本地図を書いた新垣の
奇跡としか言い様が無い機転と、高橋の結果的には良策となったミスの為に、
形勢は一変して紺野が不利な状況になってしまった。
おまえら、頼むから紺野を勝たせてやってくれよ。
紺野に視線を向けると、悲しそうに私を見つめていた。
そして、普段よりも低い、哀愁に満ちた声で言った。
「……まこっちゃん、8枚下さい」
- 322 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時05分34秒
- 結局、新垣が青を持っていなくて高橋の勝利に終わった。
この時点で、紺野、新垣が買出し組みに決定である。
あれ?待てよ?
「新垣ってさぁ、ワイルドカード持ってなかったの?」
「あっ!」
「っ!今『あっ!』って言わなかったか」
「いっ、言ってないラブよ。それに、たとえ持ってたとしても、
あさ美ちゃんとの対決の為に取っておいらラブよ」
「おまえ、二位以上にならないと意味が無いって気づいてたか?」
「ラッ、ラヴラヴゥ〜」
「殺す!!その潰れた顔面をさらに中央に寄せてやるよ!!」
「まって、落ち着いて!!里沙ちゃん、逃げて!!」
今にも飛び掛ろうとする私を高橋が必至に抑える。
その隙に新垣は立ち上がるとさっさと部屋を飛び出した。
「あばよ麻琴!」
しかも捨て台詞を残して……。
紺野もその様子に慌てて立ち上がる。
「それでは逝ってきます」
軽くお辞儀すると新垣の後を追うように部屋を出て行った。
- 323 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時06分43秒
- 高橋に羽交い絞めにされたままポツンと部屋に残され、
先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。
「……行ってらっしゃい」
既に見送るべき人物が出て行った扉に向けて声を掛けた。
振り上げた右手が虚しさを引き立たせる。
「はぁ」
ため息を交えつつ扉から視線を逸らすと室内を見渡した。
UNOのカードが部屋中に散乱している。
あのやろう、去り際にばら撒いて行きやがったな。
仕方なく片付けようと体を屈めようとする、が、体が沈まない。
「……あのさ、もうそろそろ腕解いてくんない」
「暴れん?」
「暴れない暴れない」
私の言葉に安心したのか、 高橋はいきなり腕を解いた。
「うわぁ!」
先程体を屈めようと重心を前方に傾けていたので
突然体を解放されて前のめりに倒れそうになった。
咄嗟に何かを掴んで引き寄せる。
「きゃあぁっ!!」
悲鳴と共に全身に鈍い痛みが走る。
あれ?さっきの悲鳴は私じゃないぞ。
見ると、高橋を巻き込んで床に倒れていた。
その手はしっかり高橋の服の袖を掴んでいる
- 324 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時07分32秒
- 「あぁ!ごめん。大丈夫?」
私は上半身を起こすと高橋の様子を確かめる為に両肩を掴み揺さ振った。
今思えばそれが悪かった。
突然ドアが開く音がした。
「お財布忘れちゃ……た」
扉の方を見ると、驚愕の表情を浮かべた紺野がこちらをじっと見ていた。
そして、扉が閉まった。
おい!今何を考えた?
もしかして、下手な展開って奴ですか?
再び扉が開いて、紺野が室内に入る。
「財布」
それだけ言うと、バックを手にして再び部屋を飛び出した。
私をちらりと見る時に侮蔑とも悲嘆ともとれる表情をしていた。
なんか、すっごい勘違いをされた気がする。
何だろう、この胸の痛みは。
これじゃまるで……ホントにそうなのかな?
私はそんな事ばかり考えていたので、高橋が話し掛けてきても
適当に相槌を打つだけで、何を話していたか碌に覚えていなかった。
高橋も次第に私の相手をしなくなり、紺野たちが帰るまで
漫画を読んだりして時間を潰すようになった。
- 325 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時08分05秒
- 随分と時間が過ぎた気がする。
今月号のなかよしも読み終わり、先月号をぱらぱらと捲っていると
紺野たちが戻ってきた。
心なしか目付きが怖い。
紺野は高橋の隣に座り、その隣に新垣が座る。
何か、避けられてるみたい。
気のせいだよね。
コンビニの袋を部屋の中央に置くと、私たちは中身を取り出し始めた。
ポッキーやチップス系のお菓子の他に、どっさりゼリーもちゃんと入っていた。
ナタデココヨーグルトだが……。
- 326 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時09分15秒
- 私たちはそれぞれに飲み物を手に取るとお菓子を開けて雑談を始めた。
あれ?私の飲み物は?
「ねぇ、私が頼んだきり……」
「はい、コーラ。仮面ライダーボトルキャップ付です」
「わーい。やったぁ」
私、きりりをお願いしたのに……。
私はこれ以上怒らせない為に取り合えず調子を合わせる事にした。
「何かな何かなぁ。やったー、仮面ライダーアマゾンだぁ。しかもシルバータイプの」
駄目だ、ぜんぜん嬉しくねぇ。
なんだよこのテンション。
頼むからそんな目で見ないでくれよ。
「ププッ、何がそんなに嬉しいラヴか?」
そう言う新垣は、嬉しそうに歯を見せて笑っていた。
こいつ、その自慢の前歯総入れ歯にしてやろうか。
- 327 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時10分23秒
- この後はテレビや学校の事などを話して盛り上がっていた。
でも、私は紺野の事が気になって話に乗れないでいた。
次第に紺野の頬が桜色に染まり、耳まで真っ赤になりだした。
それに、この匂いは明らかにアルコールだ。
「ねぇ、紺野のそれ何?」
私が紺野が手に持っている缶ジュースを指差す。
「あっ、これは、ブルーベリージュースです」
とろんとした目で答える。
その姿に色気を感じて胸がドキドキする。
私、やっぱり変だ。
「あれ?それお酒だよ」
隣に座っていた高橋が、今ごろ気づいたのか紺野の飲み物を指差しながら言った。
確かに珍しい缶タイプのブルーベリー リキュールを手に持っていた。
「うわぁ、あさ美ちゃんフリョー。チョーこわーい、ラヴラヴゥ?」
あっ、だめだ、こいつ埋めてぇ、頭を下にして地下20メートルに埋めてやりてぇよ。
二度と地上に出て来れないように。
- 328 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時11分02秒
- 完全にお酒に酔っている紺野は、頭をゆらゆら動かしながら、
うつらうつらと夢路をさまよい始めた。
やばいな、先程チョークスリーパーで鼠を落とした時もそんな表情をしていたっけ。
ちらりと横で意識を失って寝ている新垣に視線を向けた。
あっ、やっぱり見なきゃよかった。
とにかく、私は紺野に視線を戻すと、心配して声を掛けた。
「ねぇ、少し横になった方が良いんじゃない?」
紺野に声を掛けながら、私はベットから枕を取り出す。
紺野は頷くと、私が渡した枕を受け取って横になった。
寝顔が可愛らしい。
- 329 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時12分00秒
- 私が見取れていると、高橋が声を掛けてきた。
「ねぇ。そろそろ帰ろうと思うんだけどの」
「あっ、うん。下まで送るよ」
私は立ち上がると横目で新垣を見た。
「おいつんく♂、金髪ロリ男。いいかげんあたしをセンターに使え。むにゃむにゃ……」
こいつの寝言をテープにとってつんく♂さんに聞かせてぇよ。
幸せそうに眠っている新垣の脇腹を足で小突く。
「うっ」
新垣は小さく呻き声を上げてくの字に体を捩った。
「悪いけど、こいつも連れて帰って」
「あっ、うん、分かった」
高橋は頷くと、新垣の体を揺さぶった。
「ほら、帰るよ新垣」
「んにゃ?もう朝ラヴか?朝食はキャビアで良いぞよ。
チョウザメで超覚めなんつって」
「さっさと起きろ!」
平らな胸を足で踏み躙る。
「はうぅっ、くっ苦しぃ。でも、なんかラヴラヴゥ」
はっ、私とした事が……つい怒りに任せて感情のままに動いてしまった。
その後、目を覚ました新垣を無理やり立たせると
高橋は肩を貸して部屋を出てた。
- 330 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時12分40秒
- 玄関まで二人を案内すると、お決まりの挨拶をする。
「じゃあ、また」
「うん」
高橋も手を振って帰ろうとするが、思い出したように振り向くと
顔を近づけて小声て話し掛けてきた。
「んなの、まこっちゃん。紺野と上手くやりなよ」
「へっ?きっ、気づいてたの?」
「うん、もうバレバレ」
そう言うと、優しく微笑んで道端に放置している新垣を拾って駅へと歩き出した。
「うん、ありがとう。気をつけてねぇ」
私は、気恥ずかしさ半分、嬉しさの半分の気持ちで手を振って二人……高橋を見送った。
- 331 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時13分25秒
- 部屋に戻ると、紺野は規則正しい寝息を上げて寝ている。
まじまじ見つめると、紺野は可愛い顔をしていた。
特に、今は程好く頬も朱色に染まって可愛らしさを引き立てている。
つややかに濡れた唇を眺めていると、つい引き込まれてしまう。
いや、実際に顔が近づいてきた、もとい、私が近づけてるんだ。
あれ?もしかして私、紺野にキスしようとしてる。
あぁ、不味いよぉ、でも、もう止められない。
後、数センチで唇に触れる。
紺野とキスをする。
と思った瞬間、急に声を掛けられた。
「まこっちゃん。女の子だと誰でも良いんですね」
「うわぁ、おっ、起きてたの?」
目を開くと、潤んだ瞳で私を見上げていた。
哀しいような、責めるようなそんな表情だ。
- 332 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時14分10秒
- 「愛ちゃんともキスしようとしてた」
「いや、違う。あれは事故だよ。足を滑らせて……」
「じゃあ、あたしにキスしようとしたのは如何してですか?」
「それは、好き、だから」
見る間に顔が熱くなるのが分かる。
どうしよう。まともに顔が見れないよ。
でも、先に視線を逸らしたのは紺野の方だった。
「嘘つきですね」
ゆっくりと息を吐き、拗ねた口調で言う。その仕草が可愛らしい。
これはもうヤキモチだって思っても良いよね。
「んもうっ」
私は紺野に強引にキスをした。
生まれて初めてのキス。
それも女の子と……。
- 333 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時15分07秒
- 唇を離すと、紺野は顔を真っ赤にして私を見ていた。
とても驚いた表情をしている。
紺野は暫く見つめていたかと思うと、突然話しを始めた。
「ブルーベリーはとてもデリケートな品種で、
一つの品種だけでは実が付きにくく、
同系統を2品種以上一緒に植える必要があるんです。
如何してでしょうか」
「さぁ」
突然の謎掛けに答えられるはずもなく、曖昧に返事を返す。
「それは、自分の花粉だと実を結びにくいからです。
だから、他の品種と協力し合い、実を結ぶ。
私は、一人は寂しいから、だから、哀しくて実を結ばないんだと思います」
それが紺野の答えだった。
- 334 名前:very berry 投稿日:2002年07月02日(火)02時16分16秒
- 何となくだけど、言いたい事が分かった気がする。
今まで散々苛められたから、私はちょっと意地悪をしたくなった。
「分からないよ、何が言いたいの?」
そう言うと、少し困ったような顔をした。
瞳にうっすらと涙を浮かべ、それでも真っ直ぐ私を見つめる。
そして、とても小さな声だけど、はっきりと答えてくれた。
「傍に……居て欲しいです」
紺野が漏らす言葉に満足げに頷くと、私は、満面の笑みで答えた。
「居てあげる。ずっとね」
そして、もう一度口付けを交わす。
ずっとそばに居るよ。これは誓いのキス。忘れない。
二人で交わす口付けは、甘くて酸っぱい青い果実の味がした。
それと、ほんの少しお酒の味。
お酒は二十歳になってから、だね。
―おしまい―
- 335 名前:第8回支配人 投稿日:2002年07月02日(火)02時36分52秒
- 容量制限が近くなったので次スレ建てました。
『オムニバス短編集』7thStage〜ブルーBLUE青〜(2枚目)
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=blue&thp=1025544872
23番目以後の方はこちらにどうぞ。
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