Come Rain Or Come Shine
- 1 名前:オースティン 投稿日:2002年07月01日(月)22時34分28秒
- いしよし大学生バージョンジャズ風味小説やります。
年令設定が多少実際と変わりますがご了承下さい。
- 2 名前:Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月01日(月)22時35分57秒
- 他の誰もが愛せなかったほど強く、君を愛してみせるよ。
雨が降っても、晴れた日も。
山よりも高く、川よりも深く。
雨が降っても、晴れた日も。
- 3 名前:君の指が 投稿日:2002年07月01日(月)22時43分36秒
- 今日はとても天気がいい。
ひとみはいつものように日当たりのいい芝生に立ってトランペットを構えた。
大学に入って三ヶ月。それなりに友達もできたけど、なんとなく物足りない。自分の居場所も心もとない。頑張って現役で入った有名私立大だけど、本気になれそうなものもまだ見つからないし、。落ち着けるのは、一人でトランペットを吹くときだけだ。
ひとみは空いている時間はいつも、ここで一人ペットを吹いた。学部の教室からは離れているから、そんなに人は来ない。飛び抜けてうまいわけではないけど、ひとみはペットが好きだった。とりわけ、ジャズナンバーが。
今日は天気がいいからご機嫌な曲にしよう。そう思って、『A列車で行こう』を吹いた。
風がすごく気持ちいい。
「ん?」
ひとしきり吹き終えて息をつくと、ここに一番近い音楽練習室から音が聞こえた。
柔らかくて、力強い。胸が締め付けられるようなピアノの音色。
聴いたことのあるジャズナンバーだったけど、タイトルが思い出せなかった。
音色に惹かれるように、ひとみは練習室の方へ歩く。そっと、窓に耳を寄せるように近づいて中を覗くと、少女がピアノを弾いていた。
- 4 名前:君の指が 投稿日:2002年07月01日(月)22時44分29秒
- 「…うわ。」
ひとみは思わず息をのんだ。ピアノの音色もさることながら、よく見るとなんてきれいな人なんだろう。
肩まで伸びた髪がさらさらと揺れる。鍵盤を走る指は、楽しげに踊っているようだった。
この人と、演奏したい。
沸き上がる衝動に耐えられなくなって、ひとみは死角に立ってトランペットを構えた。もう二度と会えないかも知れない。だから、一度だけでも…。そんな思いがひとみの背を押していた。
ピアノの音が途切れてしまわないことを祈りながら、最初の一音を吹く。相手は突然のことに少々戸惑ったようだが、そのまま弾き続けた。柔らかいピアノがトランペットを絡め取り、ペットがテーマを吹き終えると、ピアノがアドリブでソロをとる。それを受けるように今度はペットがソロをとる。顔の見えない同士の二人の音はお互いを高め合って、より一層凛としたものに色を変えていた。
気持ちいい。
こんなに感情が高ぶる演奏は、生まれて初めてだった。
- 5 名前:オースティン 投稿日:2002年07月01日(月)22時45分39秒
- 今日はここまでです。どうなることか。
- 6 名前:オガマー 投稿日:2002年07月01日(月)23時39分33秒
- ほぅ。
なかなかの萌えシーンw
なんかいーですね、こういうの
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月02日(火)03時03分06秒
- かなり好みの設定です
- 8 名前:オースティン 投稿日:2002年07月02日(火)22時25分06秒
- >6.7 ありがとうございます、最後まで頑張ります。
- 9 名前:2.いた。 投稿日:2002年07月02日(火)22時26分47秒
- ひっそりと隠れるようにセッションをしたあの日から早くも一週間。
ひとみはあれから毎日音楽練習室を覗きに行ったが、一度も彼女のピアノには会えなかった。
やっぱり、二度と会えない運命だったんですね、神様。
たった一度でも、彼女と演奏しておいて良かった。いや、もしかしたら幻覚を見ていたのかも知れないね、吉澤ひとみ。そうだ、あんなにきれいな人だったんだから幻でもおかしくない。あれはきっと妖精だ。
そんなふうに思いながらあきらめて帰ろうとすると、門の側の広場から楽器の音が聞こえた。
- 10 名前:2.いた。 投稿日:2002年07月02日(火)22時27分37秒
- 「…枯葉か。」
どうやらサークルの定期演奏会らしい。
他に聴いてる人全然いないけど、知っている曲だし、ちょっと聴いていこうかな。
思い立ってふらりと近づいてみた。割とみんなうまい。燃えるようなアルトサックスと、安定したウッドベース。軽快なドラムと、それから…。
「あ」
そこには、ピアノの前で楽しそうに笑っている妖精がいた。
- 11 名前:2.いた。 投稿日:2002年07月02日(火)22時28分38秒
- …幻覚じゃ、なかったのか…
立ちすくんでいるひとみに、部員らしき人が近づいてきた。
「どうぞ、椅子あるからゆっくり聴いて行ってよ。」
「あ、はい、ありがとうございます…」
ちらりと顔を上げると、多分上級生なのだろう、猫を思わせる大きな目をした女性が微笑んでいた。
「ジャズ好きなの?」
「ええ、父が好きなんで…」
その間も、ひとみは演奏から目が離せずにぼんやりとしていた。
「あのー、今演奏してる人たちは全員ここの部員さんなんですか?」
「そうだよ、ジャズ同好会のね。そんなにメジャーなジャンルじゃないから部員は少ないけど。興味ある?」
そうか、あの妖精さんもこのサークルに所属してるのか…
- 12 名前:2.いた。 投稿日:2002年07月02日(火)22時29分08秒
- ひとみは一週間前のセッションを思い返した。
退屈だった日々と対照的な、身体が震える高揚感。
ずっと探していた何かが、見つかるかも知れない。
「ときに、部員さん?」
「ぶ、部員さん?えーと、あたしは保田って名前だけど…」
あまりにも真剣なひとみの目に困惑する保田をしっかりと見据えて、ひとみは言った。
「時季はずれの入部は可能ですか?」
突然の言葉に保田は少し驚いた表情をしたが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「もちろん。歓迎するよ。」
- 13 名前:オースティン 投稿日:2002年07月02日(火)22時30分47秒
- 更新です。先が見えないままに。
- 14 名前:オガマー 投稿日:2002年07月03日(水)01時12分21秒
- ほぉ。期待w
- 15 名前:部長です。 投稿日:2002年07月04日(木)00時17分31秒
- というわけでその場で突然入部を決めたひとみは、その日の演奏会を聞き終えた後早速片付けの手伝いをした。どうせ暇だったし、少しでも早く馴染みたかったからだ。演奏に使った機材の運び込みのために、ひとみは部室に案内された。
こじんまりとした教室程度の広さの部屋には、古いピアノと、ドラムセット。それにアンプが数台。大きめのテーブルには楽譜やペンが無造作に散らばっている。
「ここがうちの部室だよ。汚いけど、今日から吉澤さんも部員だから荷物自由に置いてね。あ、ちなみにあたしは部長の飯田香織。よろしくね。」
「よ、よろしくおねがいます。あの、先輩のウッベかっこよかったっす!」
先ほどまで自分よりも大きなウッドベースを悠々と奏でていた長身の先輩に敬意を表して、ひとみは慌ててぴょこんとお辞儀をした。
- 16 名前:部長です。 投稿日:2002年07月04日(木)00時18分45秒
- 「ありがとう。あ、それから。」
「はい?」
顔を上げたひとみに、圭織は床に寝かせてあったウッドベースを起こして見せた。
「一応紹介しておくね。これ、あたしの相棒のみちよさん。」
「は?」
「みちよさん。この子の名前だよ。楽器には命があるんだから、名前があってもいいでしょう?」
「え、えーと、まあ、そうですけど。」
ふざけている様子は微塵もない。ベースを抱き寄せるようにかかえる圭織は真剣そのものだ。
「それにウッドベースっていうのはね、もともとは女の人の体をモチーフに造られたものなんだよ。どう、きれいでしょう?」
ウッベを見つめる視線は妙に熱っぽく、それをうっとりと撫でる仕草は妙に艶めかしい。
…綺麗だけど、アブナイ人だなあ。
- 17 名前:部長です。 投稿日:2002年07月04日(木)00時19分32秒
- 「カオリ!吉澤さん困ってるじゃんよ。」
後ろから現れたのは、圭織とは対照的に背の小さい女の子だった。
「よろしくね、吉澤さん。あたしは矢口真里。今日は参加しなかったけど、一応ボーカルやってるから。吉澤さんは、ペットだよね?長いの?」
「いや、高校入ってから始めたし…部活に入ってたわけでもないからずっと一人で吹いてました。」
はにかみがちに言うひとみに、真里はにっと笑う。
「そっか。じゃあますます、楽しいよ。みんなで音楽やるのって。」
「…そうですね。」
そっと微笑み返しながら、ひとみは思い出していた。あの、柔らかな音色を。それに、自分の造る音が絡まり合う喜びを。
- 18 名前:オースティン 投稿日:2002年07月04日(木)00時21分15秒
- 更新です。圭織の漢字間違えました。すみません。
いしよしっていうより、単なる音楽小説になりそうだなあ。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月04日(木)01時16分12秒
- 自分もよく娘メンバーで楽器やってくれないかなぁ…とか思ったりしてるので
作品楽しめてますよ
- 20 名前:オースティン 投稿日:2002年07月04日(木)17時21分42秒
- >19 ありがとうございます。とりあえず、全編ジャズの歌詞に絡めた内容で
進めようと思います。
- 21 名前:3.マイペースキング 投稿日:2002年07月04日(木)17時22分56秒
- 片付けが終わった後は、ひとみのために簡単な自己紹介が交わされた。
四年生でテナーサックスの保田圭、三年生で部長の飯田圭織と、ドラムの安倍なつみ。二年生の矢口真里に、一年生でアルトサックスの後藤真希とピアノの石川梨華。
そしてひとみは、自己紹介を終えた梨華をぽけっと口を開けて見つめていた。
…妖精さんは石川梨華さんっていうのか。ピアノの前にいないとなんか普通の人に見えるなあ。いや、まあそもそも普通の人なんだろうけど。
それにしても、少ないとは聞いていたけど6人って本当に少ないな。その分、みんな仲よさそうだけど。
…あたし、こんな時期からの入部でちゃんとなじめるかな。
- 22 名前:3.マイペースキング 投稿日:2002年07月04日(木)17時23分38秒
- 少し途方に暮れかけたひとみに、なつみが声をかけた。
「吉澤さん、この中に知り合いは居ないよね?同じ学部の人とかいる?」
「えーと、あたしは文学部ですけど…」
「ありゃ、じゃあごっちんと一緒だ。」
自分の名前があがって、真剣に楽器の手入れをしていた真希が顔を上げた。
「吉澤さん文学部なの?」
「え、うん…」
「そうかぁ…じゃあ授業も結構かぶってるよねえ。同じ教室にいたのかあ。」
「そう…だねえ。」
じっと見つめられて少し戸惑うひとみからなおも視線を外さず、真希は神妙な面もちをして見せた。
- 23 名前:3.マイペースキング 投稿日:2002年07月04日(木)17時24分16秒
- 「なぜだろう。学年も同じなのにまったく記憶にないのは…」
「そうだね、そういえばあたしも後藤さん見たことないなあ。」
ふたりで見つめ合ったまま首をかしげるのをみかねて、圭が横から口を挟んだ。
「当たり前でしょ。後藤アンタ、授業全然出てないんだから。」
「あぁっ!なるほど!」
「なるほどじゃないっ!」
…早く気づけよ、後藤さん。あえて口には出さないけど。
「こいつったら授業も出んと、食うときと寝るとき以外朝から晩までずーっとサックス吹いてるんだから。」
「だって授業キライだし…」
「そんなもんみんなキライよ!ちょっとは我慢しなさい!」
「いやん、ごとー我慢は苦手だから授業なんて耐えられない☆」
「アンタなんのために大学入ったのよ!」
- 24 名前:オースティン 投稿日:2002年07月04日(木)17時26分22秒
- 更新です。矢口がボーカルでなっちがドラムなのはミスキャストな気もしますが、
今後の展開に響くかもしれないので一応そういうことに。
- 25 名前:4.ファースト・コンタクト 投稿日:2002年07月04日(木)20時34分34秒
- 掛け合い漫才のようなテンポで言い合う二人を『誰か止めないのかなあ…』なんて悠長に眺めていたら、石川さんに声をかけられた。
「あの二人、姉妹みたいでしょ?」
「え?」
「ごっちんが入部したときからなんとなく保田さんが世話係みたいになっちゃってね。ああ見えて保田さんもすごくごっちんのこと可愛がってるみたい。」
確かに、ぎゃーぎゃーとわめく保田さんは心なしか楽しそうだ。
「吉澤さんもすぐここに慣れるよ。みんないい人だから、心配いらないからね?」
「あ…うん。」
びっくりした。なんであたしがさっきから不安に思ってたことがわかったんだろう。そういうふうに見えちゃったかな?
- 26 名前:4.ファースト・コンタクト 投稿日:2002年07月04日(木)20時36分07秒
- どんな返事をしていかわからずに曖昧にうなずいたままのひとみに、梨華はそっと右手を差し出した。
「きっと長いつきあいになるから。よろしく、ね?」
「あ、え、と…」
ひとみは自分の右手を慌ててジーンズでごしごしとこすると、その手を握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ひとみはそう言って、ありがとうと言う代わりに、精一杯感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
うまく伝わってるかな、と心配する頭の片隅で、あたたかく柔らかな梨華の手を感じながらひとみは『この手があの綺麗な音を奏でているんだなぁ』なんてことをぼんやりと考えていた。
- 27 名前:オースティン 投稿日:2002年07月04日(木)20時37分54秒
- 再び更新。やっと石が喋りました。
- 28 名前:皐月 投稿日:2002年07月04日(木)21時08分59秒
- やっと見つけましたぞ!
いや〜いいっすね。なごやかで・・・・(遠い目・・・)
よしいしになるのかな?
がんばってください!
- 29 名前:ナナシー 投稿日:2002年07月04日(木)23時25分29秒
- 題名の『Come Rain Or Come Shine』で「おっ!?」と思い、
>2を読んで確信しました。
『For The Boys』という映画でベッドミドラーが歌ってるのしか知りませんが、
すごい好きなんです、この歌。原曲は誰か分かりませんが…(w
オースティンさん、がんがってください!期待してます。
- 30 名前:オースティン 投稿日:2002年07月06日(土)16時47分06秒
- >28
ありがとうございます。
なごやかでノスタルジックな学生時代の思い出をテーマに
がんばろうと思います(笑)
>29
僕もこの曲が大好きです。がんばります☆
- 31 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時47分36秒
- 「「「「「「かんぱーーい!!!」」」」」」
「か、乾杯…。」
みんながたたきつけ合うジョッキの勢いに圧倒されつつ、ひとみも戸惑いがちに自分のジョッキを持ち上げた。
…それはほんの30分前にさかのぼる。
部室で少し話した後、突如立ち上がった圭織が叫んだ。
「よーし、じゃあ突然だけど今日は吉澤さんの歓迎飲みやるぞー!行く人手ぇあーげろー!」
「「「「「はーい!」」」」」
…全員だった。
- 32 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時48分31秒
- しかしなんだね、すごいな、この結束力。さすが学生。
時計を見るとまだ7時を少し回ったところで、しかも今日は金曜日。
「今日は朝まで飲むぞー!なっ!?」
真里が元気良くひとみの背中を叩いた。
矢口さん、ノリノリだなあ。
保田さんに聞いたところによると、学校がない日の前の晩に飲むときはいつも、この居酒屋に深夜まで居座った後矢口さんの家で朝まで飲み直すらしい。
大学入ってからまだそういう飲みをしたことないから、ちょっと楽しいな。
「吉澤、お酒は?」
横に座った圭がうかがうようにひとみに話しかける。
「いや、あんまり飲み会とか行ったことないからわかんないですけど、そんなに強くはないと思う…」
「へえ、そうなんだ。ちょっと飲めそうな感じに見えるけどね。…ところで、飲み会気をつけた方がいいわよ。」
「え?」
きょとんとするひとみの肩に腕を回して圭は声を潜めた。
- 33 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時49分07秒
- 「…うちの連中、みんなあんまり酒グセよくないからさ。…特に石川とか。」
「へぇっ?」
石川さんが?どっちかって言ったらお酒弱くて、すぐ寝ちゃうみたいな感じだけどなあ。
「まあ人は見かけによらないってことよ。」
「そうですねえ。じゃあ見かけによらず保田さんもお酒弱かったりするってこともあるわけですか。」
頬を緩めてひとみは無邪気に笑った。
「…なにげに無礼者ね、アンタ。」
「え?」
ひとみはきょとんとして首をかしげた。どうやら天然らしい。
- 34 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時49分49秒
- 「吉澤さん!!」
「へ?」
ジョッキ片手の真希が四つん這いでひとみの隣にやってきて正座した。
「いつまでも吉澤さんじゃ堅苦しいでしょ。あだ名つくろ、あだ名。」
「はぁ。」
つられてひとみも正座。
「後藤、もう酔ってんの?」
少々呆れ顔の圭を、少し顔を赤くした真希が睨んだ。
「失礼な。まだ酔ってないよ!でもあだ名はやっぱり必要じゃない。」
なにが『でも』なのかわからなかったが、ひとみは何も言わなかった。
「じゃあ、あだ名作ってもらおうか。」
「よぉし。待って、考えるから。えーと…」
一口ビールを飲んでから、真希はまじまじとひとみを見た。
- 35 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時50分23秒
- 「…アンパンマ」
「却下。」
「なんだよぉ、まだ最後まで言い終わってもなかったのに。」
「ダメです。いやです。」
ぴったりなのに…とつぶやきながら、頑なに拒否するひとみをつまらなそうに見ると、再び真希は考え始めた。
「じゃあ、吉澤だからよっすぃーでどう?」
「よ、ヨッシー?」
「ちがう、よっ、すぃー。この、『すぃー』がポイントです。」
「よっ、すぃー、か。うーん、それもちょっとどうかと…」
ひとみが渋ると、真希は困ったように首をかしげた。
- 36 名前:5.歓迎歓迎歓迎。 投稿日:2002年07月06日(土)16時50分57秒
- 「それじゃあやっぱりアンパ」
「よっすぃーがいいです。よっすぃーでお願いします。」
ひとみが早口でそう告げて頭を下げると、真希は満足そうに頷いた。
「よーし皆の衆!吉澤さんは今日から『よっすぃー』でーす!」
「いえーい!」
「よっすぃーっ!」
立ち上がらんばかりの勢いで叫ぶ真希にみんなも同意。
「…はぁ。」
ひとみはあきらめてビールをあおった。
- 37 名前:オースティン 投稿日:2002年07月06日(土)16時51分45秒
- 更新です。ここの後藤は基本的にいい人です。
- 38 名前:オガマー 投稿日:2002年07月07日(日)04時51分57秒
- 梨華ちゃんの酒癖に期待w
圭ちゃんの「無礼者」発言に藁た
- 39 名前:皐月 投稿日:2002年07月07日(日)05時25分05秒
- 石川の酒癖どうなるんでしょう?
期待!!!!!!!!
- 40 名前:オースティン 投稿日:2002年07月07日(日)23時39分55秒
- >38
吉はさらっと失礼なことを言っている印象があります。
それも、悪意なく(笑)
>39
ここの石はわりと積極的です。妖精だし。
- 41 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時42分06秒
- 飲み始めて一時間半。ひとみの歓迎会という名目であった飲みも今やすっかりただの馬鹿騒ぎだった。なつみはひたすらけらけらと笑っていたし、圭織はなぜか日本酒のとっくりと見つめ合ってなにやらぶつぶつ独り言を言っていた。いい具合に酒が入った真里に至っては、おもむろに歌い始めて他のお客さんからご褒美(?)のなんこつ揚げをいただいていた。
「…ほぅらね、ひどいもんでしょみんな。」
ひざの上で真希に寝られてしまって身動きがとれない圭がため息をついた。
- 42 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時44分03秒
- 「いやー、おもしろいっすねー。みんなたのしそうだなあ。」
他人事のように笑っているひとみも、かなり顔が赤い。
「誰かが何かやらかすんじゃないかと思ったら面白がってもいられないけどね…」
膝の上の真希のほっぺをうにうにとつねりながら愚痴をこぼす圭も、心なしか楽しそうだ。
保田さん、ここのみんなのことほんとに好きなんだなあ。
ひとみがほわほわする頭で考えていたら、梨華が勢い良く抱きついて、というより飛びついてきた。
「いえーーー!飲んでましゅかー?」
「わぁー」
「…来たわね、石川。」
圭は警戒して後ずさったが、ビールを片手にににこにこしている梨華がなんだか可愛くて、ひとみもへらっと笑った。
- 43 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時44分50秒
- 「飲んでるよー。石川さんも飲んでるね。」
「あー、石川さんじゃなくて梨華でいいよぉ。えーと、よ、よっすー?」
真希が付けたあだ名を忘れているらしい。
「ごっちんは、よっ、すぃーって言ってたよ。梨華ちゃん。」
「よっちぃ…ん?あー、舌まわらないやー。ひとみちゃんって呼んでいー?」
「おー、いいよー。」
ひとみちゃんかあ。今まで誰にも呼ばれたことないからちょっとくすぐったいなあ。悪い気はしないけど。
「わー、ひとみちゃんまつげ長いねえ。すごいすごい。いーなあー。」
「そ、そう?」
- 44 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時45分33秒
- 酔っぱらいというものは脈絡がない。
マッチ何本乗るかなー、と言いながらまつげをいじられるのがくすぐったくて目を閉じると、唇に何かが触れた。
「ん…んぅっ!?」
驚いて目を開けたら、目の前にあるのは梨華のアップ。
え、えーと、まてまて吉澤ひとみ、冷静になるんだ。今思い切り首に回されている腕は梨華ちゃんのもので、目の前の顔も梨華ちゃんで、つまり、つまり今あたしの唇に触れてるのは…
「あー、梨華ちゃんまたちゅーしてるー。」
いつの間にか目を覚ましていたごっちんの声でやっと我に帰った。
- 45 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時46分29秒
- 「りっ、梨華ちゃん!!!!」
「へへへー、お近づきのしるしでーす!ごちそーさま☆」
ごちそーさまって…アンタはオヤジか!お近づきのしるし!?また!?……また?
「えーと…ごっちん、梨華ちゃんていつもこうなの?」
座敷にがっくりとうなだれてひとみは肩を震わせている。
「うん。あ、でも唇にしてるのは初めて見たかな?」
「ちがうよ、石川としては唇狙いでも、みんなあっさりかわして逃げてたから。」
「あー、よっすぃー意外とどんくさい人?」
動転しているひとみとは対照的に真希と圭の態度は至って普通である。
「ごっちーん、ごっちんもちゅー」
「はいはい、唇はヤメてねー」
真希は眠たげに、かつなんでもないように頬にキスを受けている。
- 46 名前:6.心の準備はさせません。 投稿日:2002年07月07日(日)23時47分43秒
- ああ。
…今日の昼までは妖精だと思ってたピアニストが実はけっこー普通の学生さんで…それどころかちょっと普通じゃないキス魔で、ましてや酔った勢いで唇を奪われて…
…はじめてのキスだったのに。
いまだにまともにものを考えられないでいるひとみは、ただただ放心するばかりだった。
- 47 名前:オースティン 投稿日:2002年07月07日(日)23時49分33秒
- 更新です。なんこつゲット矢口。酔っぱらい梨華ちゃん。
傷心吉子。
- 48 名前:オガマー 投稿日:2002年07月08日(月)02時49分26秒
- よっちぃ、そうだったのねw
かわぃぃ
- 49 名前:オースティン 投稿日:2002年07月09日(火)23時20分10秒
- >48
よっちぃは割と純情派であります。
- 50 名前:7.○○係。 投稿日:2002年07月09日(火)23時22分44秒
- ひとみがショックでぼんやりしているうちに時間はあっという間に過ぎて、もう真夜中の1時近くになっていた。店を出ると、夏の匂いがする。
「じゃあ吉澤。あんたは石川係よ。ほい。」
「いえーい。よろしくー☆はっぴー?」
圭はぐでぐでに力の抜けた危なっかしい梨華を、ぽいと吉澤の方に押しやった。
「ええ!?な、なんであたしが」
その体を一応受け止めつつも、さっきの今なのでひとみが慌てる。
- 51 名前:7.○○係。 投稿日:2002年07月09日(火)23時23分21秒
- 「あのね、考えても見て。ほろ酔いでご機嫌な矢口やなっちやカオリがあてになるはずないでしょう!」
「そ、そりゃあそうですけどでも保田さんは…」
力無く反論するひとみを圭は睨み付けた。
「…この上まだあたしに何かさせようって言うの?」
疲れ切った圭の背中には、足をじたばたさせて真希が負ぶさっている。
「走れ〜ケメ子〜」
「誰がケメ子よっ!ってかアンタ自分で歩けるでしょ!」
「僕は死にましぇん。」
「あーもう!」
…保田さん、もしかして生活そのものがごっちん係なんじゃ…。
大変な人生を歩んでおられますね。
- 52 名前:7.○○係。 投稿日:2002年07月09日(火)23時23分59秒
- 「…あ、あの…じゃあ梨華ちゃんはあたしが引き受けます…」
ひとみは泣く泣く梨華の手を取った。
…あ、手小さい。
「お願いね。じゃあみんなで矢口んち向かうから、ちゃんと誰かについてって。」
「はい。」
真里を筆頭にぽてぽてとおぼつかない足取りで歩いていく一団を見つめて、ひとみは小さく息をついた。
…なんかすっかり酔いがさめちゃったなあ。
- 53 名前:オースティン 投稿日:2002年07月09日(火)23時25分31秒
- ちょっとだけ更新。やすごまフライング気味。
この後から多分いしよし水入らずの予定です。
- 54 名前:オガマー 投稿日:2002年07月10日(水)02時30分44秒
- よいですw
生活そのものって…ワロタ
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月10日(水)16時08分31秒
- 水入らずキターイ!
- 56 名前:オースティン 投稿日:2002年07月11日(木)00時28分36秒
- >54
うまいこと軌道に乗ったらやすごま編も書きたいと思ってます。
>55
甘くはないかも知れませんが(苦笑)
- 57 名前:8.はぐれっ子。 投稿日:2002年07月11日(木)00時29分19秒
- 「ひとみちゃーん。」
「ん?」
梨華がつんつんとひとみのシャツを引っ張った。
「…あたし、酔ってないですじょ?」
「それは嘘ですじょ。」
…だって梨華ちゃん、すげーふらふらしてるし。
「…ほんとなのにー。」
口をとがらせて、ひとみの腕に絡みついて歩く足取りはやはりおぼつかない。
- 58 名前:8.はぐれっ子。 投稿日:2002年07月11日(木)00時29分56秒
- 「…ほら、行こ。のんびりしてたらみんなに置いてかれちゃうよ…ってもういねえー!!」
ひとみたちの歩く路地の先に、もう真里たちの姿はなかった。
「大丈夫だよー。あたし、矢口さんちわかるから。」
「い、いや、でも…」
ホントに大丈夫なのか?この人にまかせて。
なんて不安に思ったが、機嫌良くひとみの手を引く梨華があまりにも無邪気に微笑んでいたのでなんだかどうでも良くなってしまった。
「あ、星!ひとみちゃん見て、すごい星が綺麗!」
「おー、ほんとだ。この辺こんなに見えるんだー。」
漆黒の空にぽつぽつと点在する星たち。
口を開けて見入っていたら、視界から梨華が消えた。
- 59 名前:8.はぐれっ子。 投稿日:2002年07月11日(木)00時30分35秒
- 「あ、あれ?梨華ちゃーん?」
「ひとみちゃーん、こっち!」
声の方に駆け出すと、梨華が通りに面した公園の中から手を振っていた。
「こんなとこに公園あったのかあ。知らなかった。」
ブランコとジャングルジム、それに砂場だけの小さな公園。誰かが置き去りにしたおもちゃのバケツが転がっていた。
「高いところの方がよく見えるよー、きっと。」
おもむろにジャングルジムに登り始めた梨華をひとみは慌てて追いかけた。
- 60 名前:8.はぐれっ子。 投稿日:2002年07月11日(木)00時31分06秒
- 「ちょっと、危ないよ?」
「大丈夫、運動神経はいい方じゃないから。」
いや、それじゃなおさらダメじゃん。ってか自分が何言ってるかわかってるのか?
するするとてっぺんまで登りきった梨華に何とか追いついて、後ろから体を支えた。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だってばー。あ、ほら、やっぱりここのほうがよく見える。」
指さす先には、確かにさっきより輝きを増した星たちがあった。
- 61 名前:オースティン 投稿日:2002年07月11日(木)00時31分50秒
- 更新です。振り回され吉子。
- 62 名前:オガマー 投稿日:2002年07月11日(木)01時46分45秒
- 梨華ちゃんかわいすぎるーw
惚れますじょ(爆
- 63 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月13日(土)04時59分46秒
- いやぁ…無邪気な感じで萌える
もうお持ち帰りしちゃったら?(w
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月14日(日)16時32分30秒
- やすごま好きなので、なんだか嬉しい。
甘えてるごまがかわいい。
続き楽しみです。
- 65 名前:オースティン 投稿日:2002年07月14日(日)20時33分24秒
- >62
イシカワさんもきっと喜びます(笑)
>63
いしよしに関しては無邪気な「度を超えた友情系」を目指してるので
本望です☆がんばります。
>64
やすごまは今後もぽろぽろ登場する予定なのでよろしくおねがいします。
- 66 名前:9.シンパシィ 投稿日:2002年07月14日(日)20時34分13秒
- 「ね、そういえばさ、ひとみちゃんはなんでうちのサークル入ろうと思ったの?」
「う」
そりゃもちろん『梨華ちゃんのピアノが忘れられないから』なんて今はまだ言えるはずもなく。
「えーと…お、お父さんの影響でジャズ好きだから。…かな?」
「へー、そうなんだあ。あたしもね、高校の時先生がビル・エヴァンスのCD貸してくれて、それではまっちゃった。あたし、昔からピアノ習ってたし、自分でも弾いてみたいなーって…うわっ」
「うああっ」
バランスを崩した梨華を慌てて支え直す。完全にひとみにもたれる体勢になった梨華がぽつりと呟いた。
- 67 名前:9.シンパシィ 投稿日:2002年07月14日(日)20時34分47秒
- 「…なんでかな。会ったばっかりなのに、ひとみちゃんといると落ち着く。おかしいんだけどね、もうずっと前から一緒にいるような気がするんだ…。」
ひとみの腕の中でゆったりと呼吸する梨華は、少し眠たげに体をよじる。
「うん…そうだね。」
他にいいたいことはたくさんあったのに、それしか言葉にならなかった。
ひとみは今日一日のことを思い返した。突発的にこのサークルに入って、それまで知らなかった人たちと飲んで騒いで、今こうして梨華と二人でいる。
- 68 名前:9.シンパシィ 投稿日:2002年07月14日(日)20時35分18秒
- そういえば、まだたった一日なんだ。
一週間前に初めて見かけて、ピアノを聴いて。あの日から、体中をあの音色が染みついて離れない。
あの日一緒に奏でたのが自分だと言うことは知らないはずなのに、この人も無意識に何かを感じ取っているのかもしれない。そう思うと、ひとみはたまらなく嬉しかった。
- 69 名前:9.シンパシィ 投稿日:2002年07月14日(日)20時35分53秒
- 「…ひとみちゃんの心臓の音、気持ちいいね。」
「え?」
「心臓の音。静かな2ビートみたい。」
胸に耳を押し当てている梨華に戸惑ったけど、ひとみはそのまま動かなかった。
「飯田さんのベースと、安倍さんのドラムと…まだ聴いたことないけど、ひとみちゃんのトランペットも聞こえる気がする…」
まだ酔ってるんだろうな、と思いながら抱える腕に力を込めると、ひとみも小さく呟いた。
「…あたしにも聞こえるよ。梨華ちゃんのピアノ…」
暖かな体からは、確かに静かなピアノの音色が聞こえたような気がした。
- 70 名前:オースティン 投稿日:2002年07月14日(日)20時37分07秒
- 久しぶりに更新です。
まるで音楽バカな二人。
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月20日(土)10時02分12秒
- うぉ〜〜〜!
面白い!!!
続きも期待してます!
- 72 名前:オースティン 投稿日:2002年07月20日(土)20時17分52秒
- >71
ありがとうございます。嬉しいです☆
- 73 名前:10.おやっさん。 投稿日:2002年07月20日(土)20時18分46秒
- 「うぁー…」
翌日、土曜の昼下がり。ひとみはふらつく頭で部室に向かっていた。
昨日はあれからまったりと真里の家に行って、文字通り朝まで飲んだのだ。
そして、補講があったことを思い出して慌てて学校に来て授業を受けて、今に至る。
それにしてもひどい二日酔いだよ。
すぐに帰る元気もないから部室で寝かせてもらってもいいかな…
なんてことを思いながら、部屋のドアに手をかけた。
…あれ、ベースの音がするな。飯田さん?
部屋に入ると、そこにはやはり圭織が一人でベースを奏でていた。
- 74 名前:10.おやっさん。 投稿日:2002年07月20日(土)20時19分27秒
- 「おー、よっすぃー。もう補講終わったの?」
「あ、はい…。すごいっすね、さっきまで飲んでたのに練習ですか?」
ひとみは顔をしかめてふらふらと椅子に座り込んだ。
「あたしは少し寝たから大丈夫だよ。よっすいーは辛そうだね。」
圭織は丁寧にベースを置くと、部室の冷蔵庫からペットボトル入りの水を出してひとみに渡した。
「ほら、水飲んだ方がいいよ。」
「あ、ありがとうございます…」
水をゆっくりと口に含んで飲み込むと、少し気分が良くなった。
- 75 名前:10.おやっさん。 投稿日:2002年07月20日(土)20時20分48秒
- 「そういえば昨日さ、よっすぃー石川とだいぶ仲良くなってたみたいだけどどう?気が合いそう?」
「え?ああ、そうですね。同じ学年だし、なんかまだ会ってすぐなんだって気がしないし、梨華ちゃんもそう言ってたし…」
つらつらと思い出すように話すと、圭織は目を丸くした。
「石川がそう言ってたの?」
「はい、なんかあたしといると落ち着くって言ってくれました。へへへ。」
嬉しそうにへらへらと笑うひとみとは対照的に圭織は真剣な目つきをすると、ひとみの正面に椅子を持ってきてきっちりと座った。
「…よっすぃー。お姉さんと少しお話しようか。」
「はい?」
なんだこれ。取り調べですか?誘導尋問?カツ丼一丁?
そんな空気を感じずにはいられない圭織の表情に少しおびえつつも、ひとみは素直に「はい」と頷くしかなかった。
- 76 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時22分13秒
「大丈夫、そんなに固くならなくても、怖いことなんてしないから。ただね、カオリは石川が心配なの。それで、よっすぃーなら石川をまかせられると思ったのよ。あのね、人も音楽も同じなの。一人で演奏するのもたまにはいいけど、それがいつもじゃダメなのよ。わかるでしょ?」
「はぁ。」
さっぱりわかりません。
話すのが下手なのか、しばらく要領を得ないたとえ話が続いたが、やっと本題に入った。
「あのね、あたし中学、高校、ずっとこの大学の付属に通ってたの。で、石川も同じでさ、中学の頃同じ吹奏楽部だったんだよ。その時の石川、すっごいおとなしくて引っ込み思案で、友達もなかなかできなくてさ。でも音楽だけは一生懸命だったし、みんなと演奏するのは楽しそうだったから心配ないと思ってたんだけど。」
そこで一息つくと、圭織はひとみの飲みかけていた水を一口飲んだ。
- 77 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時22分56秒
- 「あいつが中2のときに大きな大会があってさ。うちの部、結構レベル高かったから全国ねらえるかもって張り切ってたんだ。…そしたらさ、緊張してたせいかな。本番で石川が演奏大ゴケしちゃって、予選落ち。」
「………。」
ひとみはわけもなく悲しくなった。
「石川が大会メンバーに抜擢されて必死に練習してたの知ってるだけに、なんて言ってあげたらいいかわからなくてさ。誰もあいつを責めてなんかなかったのに、それからあいつみんなと音を合わせるの怖がるようになっちゃって。…結局吹奏楽部辞めたんだ。」
「…そんなでもっ、梨華ちゃんが辞めること…」
思わず腰を浮かせて立ち上がりかけたひとみを見つめて、圭織は苦しそうに笑った。
「わかってるよ。石川は辞めることなかった。…でもさ、自分の失敗でまわりの足を引っ張る辛さも、あたしはよくわかる。だから、そんな思いを抱えたまま演奏して行かなきゃいけない石川のことを思うと止められなかった。余計に辛い思いするかも知れないって思ったから…」
- 78 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時23分49秒
- 「……でも。」
梨華の気持ちも圭織の気持ちもわからないわけではなかったが、何か納得がいかなかった。
「…そうだね。今は後悔してるんだ。石川が辞めてから、あたし何度も一人でピアノ弾いてるあいつを見たんだ。それで、ああ、人と演奏するのが怖くなっても、この子はピアノまで切り捨てることはできないんだなあって思ったら…あのとき、力ずくでもあいつを止めるべきだったんじゃないかなって思えて仕方なくて…だからあたし、あいつがこの大学に入ってきたときにこのサークルに誘ったんだ。…まあそれも、自分の罪悪感を消すための、単なる自己満足なのかも知れないけど。」
どこか自嘲気味に笑うと、また水を一口飲む。
- 79 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時24分44秒
- 「…それは、そんなことないですよ。だって今、みんなでセッションしてる梨華ちゃん、すごく楽しそうに見えるし…」
ピアノの前にいるときの柔らかな表情。枯葉でセッションする梨華ちゃんはとても楽しそうだったから。
「うん。それは良かったと思ってる。最初は嫌がってたけど、セッションってすごく自由じゃない。だから少しは慣れたみたいだね。でも、いまだにあの子、ちゃんとバンドとして客に聴かせる場には出れないよ。そういうときになると、途端にあの頃の顔に戻っちゃうんだ。」
ゆっくりと立ち上がると、気分を変えるためか圭織はCDをかけた。
やさしいピアノが唄いだす。
- 80 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時26分16秒
- …あれ、この曲。
聴いたことある。ていうか…
「飯田さん、これ何て曲でしたっけ?知ってる曲なのにタイトル思い出せないんですよ。」
「これ?これは『COME RAIN OR COME SHINE』だよ。このCDはウイントン・ケリーの演奏だけど、『たとえ雨が降っても晴れても、誰よりも貴方を愛してあげる』っていう曲なんだよ。いいよねえ、これ。」
「…降っても、晴れても。」
―そうだ。思い出した。
あの日、音楽室の外壁を隔てて梨華ちゃんと演奏したのは、この曲だった。
COME RAIN OR COME SHINE。
ほのぼのと曲に聴き入っていると、圭織がひとみの肩にがしっと手を置いた。
「わっ、な、なんですか?」
「…話はまだ終わってないのよよっすぃー。むしろここからが本番。」
「……なんでしょう。」
なぜだろう、あんまりいい予感がしないのは。
- 81 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時26分57秒
- 思わず身構えたひとみにぐっと顔を近づけて、圭織が言った。
「再来週、知り合いの店で演奏を頼まれてるの。バーだから、もちろん客が入る演奏をね。…その演奏によっすぃー、あなた石川と一緒に出なさい。」
「はあっ!!?」
いきなりバーで演奏だとーー!!!
「無理っすよ飯田さん!ていうかあたし昨日入ったばっかりだしそんなに吹けないし、そもそもここのみんなとのセッションだってまだしてないじゃないですか!!」
「…言い逃れはダメ。カオリ知ってるんだ、よっすぃーらしき女の子がよく総合棟裏の芝生でペット吹いてたのを…。」
「ぐはあ!!」
なぜそれぅお!!!
にこやかに目を細めて遠くを見つめるその横顔が憎い。
- 82 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時27分27秒
- 「い、飯田さん、そのことまさか…他のみんなに言ってないですよね?」
しょっちゅう一人でペット吹いてたのがみんなにバレるのはいただけない。…恥ずかしい。
「ほほ、まだ誰にも言ってません。あ、そうそうそういえば、一週間前くらいに妙に石川が機嫌良かった日があったのよ。そん時あいつ『人と演奏することの楽しさを思い出した気がする』なんて言っててさ。理由を聞いたら、『知らない人と顔を見ないでセッションした』って言うのよ。……どういうことかなあ〜。」
バ、バレてるのかーー!!!!?
背中を冷たく汗が伝う。
- 83 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時28分03秒
- 「…あのう飯田さん、それって脅迫なんでしょうか…」
「ん?そんなわけないじゃない。ただ、実力があって石川とも気が合いそうなよっすぃーが石川の初舞台を飾るパートナーをするには適役なんじゃないかなあーって思うだけで…まあ、どうしても嫌だって言うんなら無理強いはしないけど、その場合カオリも悲しみのあまり石川に秘密のひとつもバラしちゃうかも知れないね、『一人音楽室で練習していた石川にこっそり愛の返歌を送っていたのはよっすぃーですよー』って…。よっすぃーはカオリにそんなことをさせたいの?」
よよよ、と泣き崩れる仕草をみせる圭織の背中を見つめて、ひとみは肩を震わせた。
…脅迫だ!この人ゼッタイ脅迫してやがる!!
- 84 名前:11.過去に対する悲しみと愉快な提案。 投稿日:2002年07月20日(土)20時28分46秒
- 「…わかりました。やればいいんですよね?梨華ちゃんと演奏を。やらせていただきますよ。」
意を決してそう言うと、途端に圭織は笑顔になった。
「ありがとう、よっすぃーならそう言ってくれると思ったよー。大丈夫、バーって言ってもちょっとしたライブハウスみたいなもんだから心配ないない。曲は二人の好きなやつでいいから頑張ってね☆」
「……はー…。」
まったく、とんだことになったもんだ。
ひとみは盛大なため息をついて机の上の水を飲み干した。
- 85 名前:オースティン 投稿日:2002年07月20日(土)20時30分33秒
- 多めに更新です。やっと先が決まったので。
部長はなんでも知ってます。
- 86 名前:ナナシー 投稿日:2002年07月20日(土)21時10分09秒
- 部長、怖いっす(0^〜^0;)
なんかお話が進んできましたね!
これからが楽しみなのです。
小ネタ満載で(w
- 87 名前:なっなし〜 投稿日:2002年07月20日(土)21時46分29秒
- 次回セッションするのだ!編に突入ですか。 楽しみです。
(;O^〜^)ヒエー ガオー!ヽ( ゜皿 ゜ヽ)イシカワト セッションシロー
ジャズは有名な曲を数曲知っている程度の知識しかないのですが、とっても好きです。
ですからこの小説、いつも楽しみにしています。
これからもがんばってください。
- 88 名前:オガマー 投稿日:2002年07月21日(日)08時39分31秒
- カオリは全てお見通しですかぁw
- 89 名前:オースティン 投稿日:2002年07月21日(日)23時08分53秒
- >86
自分では小ネタに気づいてないんですが(笑)
>87
ありがとうございます、今後もジャズ満載で進める予定です。
>88
ロボですから(笑)
- 90 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時12分30秒
- 翌週、昼下がり。なんとなく集まって、それぞれに好きなことをしている部室で、圭織の半ば命令に近い『提案』が梨華にも告げられた。
「ええっ!!?無理です、あたしできません!!」
予想を裏切らない見事な梨華の拒否っぷりに、圭織は心を鬼にして叱りつけた。
「バカっ!いつまでも逃げてちゃなんにもならないでしょ!ここで逃げたらあんたあの頃のままだよ?それでもいいの?」
「…それは…でも…」
俯く梨華。ひとみはそんな二人の様子を、昼食のベーグルをむさぼりながらのほほんと眺めている。
- 91 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時13分23秒
- 「大丈夫、よっすぃーがついてるから。あいつはステージ経験が皆無のド素人だから怖いもの知らずよ。…本人の前じゃ言えないけど。」
…いやいや、思いっきり聞こえてます飯田さん。
「…確かに、ひとみちゃんと演奏してみたいとは思うけどあたしまだ…しかもいきなりデュオなんて。」
やはり顔を上げない梨華を見かねて、真希が横から口を挟んだ。
「梨華ちゃんは考えすぎるからダメなんだよ。責任感が強いのはいいことだけど、そればっかりじゃつぶれちゃうでしょ?いいじゃん、ホントにダメそうならよっすぃー置き去りにして逃げちゃえばいいんだから。」
こらこらこら。あたしの立場はどうなる?
「後藤、アンタはもう少し責任感を持ちなさい。」
ひとみの代わりに圭がきっちりとつっこんだ。
- 92 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時13分53秒
- 「だーもう!!うじうじしてないでやりなさい!っていうかやれ!!」
「そ、そんな。」
四の五の言わさない圭織の態度に、梨華は絶望的な表情を見せた。
―梨華ちゃん、泣きそう。
気がつくとあたしは立ち上がって、梨華ちゃんの頭を撫でていた。ほとんど、無意識的に。
「梨華ちゃん、やろうよ。」
「……ひとみちゃん?」
「…一緒に、やろうよぅ。」
ひとみは大きな目を潤ませて、耳を垂れた子犬のように梨華を見つめた。
「…う」
- 93 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時15分31秒
- 「おおっと、吉澤選手のお目々うるうるおねだりパンチが石川の脳天にクリーンヒットぉ!」
「押しに弱い石川、これは効いてます!ノックアウトかぁ!?」
外野で真里となつみが実況を始める。
なぜひとみまで説得に回っているのかというと、実はその日の早朝ひとみの携帯には圭織からのメールが入っていたのだ。
『よっすぃーからも石川を説得してね。じゃないとカオリ…』
という、意味深かつ分かり易いものであった。
寝起き間もないひとみがそれを読んで携帯をベッドに叩きつけたのは言うまでもない。
- 94 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時16分14秒
- 「梨華ちゃん、あたし梨華ちゃんと一緒に演奏したい。ね?いいでしょ?」
「で、でも…」
「吉澤選手の猛攻は続きます!石川絶体絶命!!」
「お願い梨華ちゃん、お礼は体で払うから。」
「…それはちょっと…」
「おおっと吉澤これはちょっと外したか!?しかし石川依然不利!!」
…矢口さんに安倍さん、うるさい…
- 95 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時21分02秒
- 「…あたし、梨華ちゃんのピアノすごく好きだよ。一緒に演奏したいんだ。」
「……」
真摯なひとみに、梨華の目が見開かれる。
まるで、吸い込まれるように。
「…一緒に、やろ?」
「………うん。」
梨華はうなずいていた。
- 96 名前:12.説得説得。 投稿日:2002年07月21日(日)23時21分37秒
- 「「石川選手ついにノックアウトーー!!!」」
ゴング代わりに二人はフライパンの底をおたまでガンガンと鳴らした。
「あーもう!!うるさいっすよ二人とも!!」
「ていうかなんでフライパンがあるのよこの部室。」
どこまでも平和な部室に、ひとみの怒声と静かな圭のつっこみが響いた。
- 97 名前:オースティン 投稿日:2002年07月21日(日)23時22分27秒
- 更新です。石川城陥落。
- 98 名前:オガマー 投稿日:2002年07月22日(月)07時28分19秒
- はずしたよすこがかわいいw
- 99 名前:オースティン 投稿日:2002年07月23日(火)02時32分15秒
- >98
よっちぃは一生懸命なのです。
- 100 名前:13.確信。 投稿日:2002年07月23日(火)02時37分21秒
- 「えーと、やっぱりブルースを一曲やっといて、あとはスタンダードなやつを二つくらいやればいいよね。キーはとりあえずFとー…」
楽譜をぱらぱらとめくっている梨華の横で、ひとみは申し訳なさそうに小さくなっていた。もししっぽがあったなら、弱々しく丸まってしまっていたに違いない。
「…梨華ちゃん、ホントによかったの?」
他に誰もいない部室に、ひとみのつぶやきが小さく響いた。
「ん?なにが?」
「だって…飯田さんの手前とは言え、梨華ちゃんやりたくないの知ってて、お願いしちゃったから…。無理してるんじゃないかなあ、なんて…」
- 101 名前:13.確信。 投稿日:2002年07月23日(火)02時37分53秒
- 楽譜をめくる手を止めて、梨華はひとみの顔をのぞき込んだ。
「それは仕方ないよ。確かに、あたしだっていつまでも演奏しないって訳にいかないじゃない。ひとみちゃんのせいじゃないよ?」
「…だって…あたし梨華ちゃんが演奏したくない理由知ってたのにさぁ…」
いかにもばつの悪そうなひとみの表情に、梨華は思わず微笑ましくなってしまう。
「…それも知ってるからいいって。ほら、そんな顔しないの。」
- 102 名前:13.確信。 投稿日:2002年07月23日(火)02時38分31秒
- うにうに。
「うー。」
ふざけてひとみの頬をこね回す梨華は、至極楽しそうだった。
「じゃあ、一緒に曲決めよう?」
「…うん。」
やっと顔を上げたひとみは楽譜を受け取ると、しばらくぼんやりとそれを眺めたあと独り言のように呟いた。
「…あたしがついてるから。」
「え?」
「本番で梨華ちゃんが不安になっても、あたしがついてるから。…あたし確かにステージ経験ないけど、絶対大丈夫だから。」
- 103 名前:13.確信。 投稿日:2002年07月23日(火)02時39分01秒
- まわりの音がすっと遠くなるように、ひとみには自分の声と、梨華の声しか聞こえていなかった。
―なんでだろう。あたしなんで、こんなこと言えてるんだろう。
自分でも、なぜこんなに強気でいられるのかわからなかった。演奏力に自信があるわけじゃない。ステージ経験もない。でもなぜか、自分がいれば梨華は大丈夫だという気がしていた。
ただの自惚れなどではなく、それがまるではじめからそうと決まっていることのように。
そして自分もまた、梨華がいれば大丈夫だという気がしていた。
「…ありがとね、ひとみちゃん。」
屈託のない梨華の笑顔を見て、ひとみはますます自分の思いつきに確信を強めるのだった。
- 104 名前:オースティン 投稿日:2002年07月23日(火)02時39分43秒
- 更新です。少ないけどコツコツと。
- 105 名前:オガマー 投稿日:2002年07月23日(火)12時12分04秒
- いいスねぇ〜無償の信頼w
- 106 名前:なっなし〜 投稿日:2002年07月23日(火)21時25分36秒
- あおぅ!
ほのぼのした空気…いいですね。
- 107 名前:オースティン 投稿日:2002年07月25日(木)00時47分56秒
- >105
自分が相手のためにできることがあると自覚することもまた愛(笑)
>106
ほのぼのは当店のモットーであります。
- 108 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時51分21秒
- 結局、出演自体が前座的なものなので、曲は2曲で行こうということに決まった。
ひとみの好きな『酒とバラの日々』と、梨華の好きな『ビリーズ・バウンス』。
本番までそんなに日がなかったせいもあって、二人は暇を見つけては毎日練習した。
部室に人が居るときは、その時のノリで誰かが練習に加わることもあった。圭織がベースを流したり、真希がアルトでハモりを入れたり。時折なつみや真里がふざけて調子外れなパーカッションを叩くこともあったけど、ひとみにはそのすべてが自分たちを励ましているように思えた。
- 109 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時52分15秒
- そして本番を前日に控えた夕方。すでに夜八時を回った部室で、二人は最後の音合わせを終えて帰る準備をしていた。
「…ねえ、ひとみちゃん。いよいよ明日だね。」
「うん、明日だねえ。」
「うまく、できるかなぁ。」
そっと自分の手を見つめて、梨華が呟いた。
まだ不安が拭い切れていない表情。それを見て、ひとみはふと何かを思いついた。
「…よし、梨華ちゃん、お願いしに行こう。」
「え?」
少し興奮気味にそう言うと、ひとみは梨華の手を引いた。
「お願いだよ。ほら行こう、思い立ったら休日っていうじゃん!」
「ひとみちゃんそれ違う。」
控えめにつっこむ梨華を無視してロッカーをを開けると、予備のヘルメットを出して梨華に投げた。
「…え、ひとみちゃん、バイク乗ってたの?」
「うん、ウチ最近原付通学なんだ。バスより早いし。駐輪場あっちだから、はい荷物持って。」
妙に楽しそうなひとみの意図が分からないまま、梨華は慌てて自分のバッグを抱えた。
- 110 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時52分47秒
-
*
- 111 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時53分27秒
- ぬるい夜の空気を切りながら、ひとみは原付を走らせた。
背中には、梨華がしっかりとしがみついている。
「あたしバイクの後ろのるの初めてだなあ。」
「えー?なにー?」
「なんでもなーい。ねー、どこに行くのーー?」
「ひーみーつー!!」
あくまでも何も言わず、黙々と走る。いつもの居酒屋の前を通り過ぎて、新緑に染まった並木道を突き抜ける。細い路地をいくつか曲がって砂利道にさしかかると、空色の原付はやっと止まった。
- 112 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時53分59秒
- 「はーいお待ち!」
ラーメン屋のおやじのようなかけ声と共に仰いだその景色は、小さな神社だった。
「よーし、じゃあレッツ願掛けだー!行くぜ梨華ちゃん!!」
「…すごい。こんなところに神社なんてあったんだ。」
ひとみに手を引かれて細くいびつな石段を上がると、控えめな鳥居と社があった。
小さな森に囲まれた、小さな神社。
ひとみはジーンズのポケットに手をつっこんで10円玉を取り出すと、それを勢い良く賽銭箱に投げて手を併せた。
- 113 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時54分30秒
- 「明日、梨華ちゃんが緊張しないでちゃんと演奏できますよーに!!!」
腹の底から声を出してそう言ったあと、梨華を振り返ってニヤリと笑った。
「…完璧じゃね?」
「…ひとみちゃん。」
はにかんだその笑顔を見た途端、ひとみは自分のためにここに来てくれたのだということに気づいてしまって梨華は胸がいっぱいになった。
「じゃあ、あたしも。」
梨華もバッグから財布を出すと、同じように10円玉を取り出して投げた。
ひとみにならって律儀に手を合わせ、ぎゅっと目を閉じる。
- 114 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時55分00秒
- 「明日、ひとみちゃんが初舞台をかっこよくキメられますよーに!!!」
しばらくの沈黙の後、梨華が薄目を開けて隣を見ると、最初きょとんとしていたひとみはぷっと吹き出した。
「なーにその顔、おもしれー。」
「なっ、なんなのなによ、なに笑ってんの?!」
「いや、笑ってないよ、あはは」
「笑ってんじゃん!」
「だって、なんか可愛かったから。すげー、でも嬉しい。」
お腹を抱えて笑っているひとみを睨み付けていた梨華も、終いには吹き出してしまった。
- 115 名前:14.ねがいよかなえ。 投稿日:2002年07月25日(木)00時55分31秒
- 「あたしだって嬉しいよ。ていうか、ひとみちゃんも可愛いぞぉー。」
「なんだとー?あたしは可愛いんじゃなくてカッケーんだよ。」
「カッケー?なにそれ、変だよー。」
小さな森に囲まれた小さな神社には、二人の笑い声とヒグラシの歌が響いていた。
お互い、自分たちでも知らないうちにこんなに心が近づいていたことに気づくこともなく。
ただ二人とも、一人で居ることの方が多かったそう遠くない過去をもう忘れていた。
- 116 名前:オースティン 投稿日:2002年07月25日(木)00時56分30秒
- 更新です。次回はいよいよ本番。いしよし編はもうすぐ大詰め。
- 117 名前:オガマー 投稿日:2002年07月25日(木)02時00分59秒
- ほぉぉ!
よかよかw
なんかほのぼのまたーりしあわせ?w
- 118 名前:なっなし〜 投稿日:2002年07月25日(木)22時14分42秒
- ん〜最近の殺人的な暑さを忘れさせるような爽やかさイイ!
でも…原付二人乗りは危険ですw
ヒエー(;^▽^);O^〜^) ガ−ヽ( ゜皿 ゜ヽ)タイホシチャウゾ
- 119 名前:オースティン 投稿日:2002年07月27日(土)21時16分12秒
- >117
まったり幸せでございます。
>118
吉の運転技術でどうにかなります、多分…
- 120 名前:15.ウサギちゃん? 投稿日:2002年07月27日(土)21時17分29秒
- ついに本番当日。ステージの準備は着々と進み、すでに演奏ができる状態になっていた。
バーの開店まではあとわずか。この店と一番なじみの深い圭がサークルを代表して店側のスタッフに挨拶に行くと、すらりとした美形の女性が飛び出してきた。
「Hi.Kei!long time no see!Are you fine?I really miss you!!」
「うひゃあ」
勢い良く飛びついてきた体を受け止めきれずに圭はバランスを崩し、その体は背後でマウスピースを暖めていたひとみにぶつかった。
- 121 名前:15.ウサギちゃん? 投稿日:2002年07月27日(土)21時18分01秒
- 「うわっ!」
ゴッ。
バーカウンターとひとみの頭は見事にお見合い。
「いってぇ〜!!」
「あららら、大丈夫かいよっすぃー。」
「ぎゃはははは、コントかよ!」
のんきななつみと真里は、早くもカウンターで飲んでいた。
「…安倍さん、可愛い後輩がこれから緊張の初ステージを踏むというのに心配じゃないんすか?」
涙目で頭をさすりながら非難の目を向けるも、そんなことで動じる先輩たちではない。
「あー、心配さぁ。心配すぎて飲まなきゃ見てられないのよ。」
「そうそう、シラフじゃこっちまで緊張しちゃう。」
わざとらしくくねくねとしてみせる二人にため息をついていると、背中になにかが抱きついてきた。
- 122 名前:15.ウサギちゃん? 投稿日:2002年07月27日(土)21時18分31秒
- 「なっ…」
「Hello!あなたね?ジャズの新入りさんは。トランペッターなんだって?名前は?」
振り返ると、綺麗なお姉さんがマシンガンのように話しかけてきた。
「よ、吉澤ひとみです。」
フレンドリーな物腰と過剰なスキンシップに戸惑っていると、カウンターのなつみがぱたぱたと手を振った。
「よっすぃー、怖がらなくても大丈夫よ、印象ほど変な人じゃないから。それ、ここの娘のアヤカ。帰国子女だから多少のお触りは許してあげてねー。」
「は、はあ。」
- 123 名前:15.ウサギちゃん? 投稿日:2002年07月27日(土)21時19分05秒
- ガチガチに固まっているひとみの頬をするりと撫でると、アヤカはどこか妖艶に微笑んだ。
「ヒトミ。綺麗な名前ね。顔も綺麗。ここのサークルは本当に美形揃いね。」
「ど、どうも。」
…危ない人だなあ。
「そう、美形と言えばリカ!もちろん今日も来てるんでしょ?」
「ああ、いるよ。あいつ今日は演者だからな。今はちょっとフリーズしてるけど。」
真里がバーの隅を顎でしゃくると、そこには小動物のようにカタカタと震えながらうずくまっている梨華がいた。
- 124 名前:15.ウサギちゃん? 投稿日:2002年07月27日(土)21時20分21秒
- 「リカ!What's up?顔が青いじゃない。」
「あ、あの、ちょっと、緊張しちゃって…」
引きつった作り笑い。体も強ばっている。
「…梨華ちゃん。」
大丈夫なのか?
「だ、大丈夫、がんばるから。」
今にも泣き出しそうなハの字眉毛で弱々しいガッツポーズ。
それを見ていたカウンターの二人は同じ動作でため息をついてビールをあおる。
飲まなきゃ見てられない、というのもあながち嘘ではないようだ。
- 125 名前:オースティン 投稿日:2002年07月27日(土)21時22分22秒
- 更新です。最近アヤカがお気に入り。
- 126 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月27日(土)21時45分06秒
- なんか、いいですね〜。
昔楽器をやっていた頃を思い出します。
続きも期待して待ってます〜。
- 127 名前:オガマー 投稿日:2002年07月27日(土)21時52分07秒
- 禿しくタイムリーですなw
素敵です。
本番がんがれっ
- 128 名前:オースティン 投稿日:2002年07月28日(日)22時21分26秒
- >126
ありがとうございます☆音楽はいいですよね。
>127
いしよし編はあと2,3回で終了です。
- 129 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時22分11秒
- 本命バンドがそこそこ名の知れたセミプロバンドのせいか、客の入りは上々だった。
他のメンバーも見守る中、ひとみと梨華はステージにあがった。
…結構、緊張するもんだなあ。
簡単なバンド紹介はアヤカがしてくれた。MCは、一曲目のビリーズ・バウンスの後にひとみが喋ることになっている。つまり、ステージに上がってしまえば前置きなしで曲が始まるわけだ。
経験も自信もないけど、梨華ちゃんと二人だから大丈夫。
そう腹をくくってひとみはトランペットを構える。深呼吸をして梨華のイントロを待った。
- 130 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時23分31秒
- 『…あれ?』
しかし、ちゃんとピアノの前にいるのに、しばらく待っても梨華の音は聞こえてこない。
…梨華ちゃん?
ちらりと梨華を見ると、白い顔で梨華は固まっていた。
梨華ちゃん…!
ひとみは必死で梨華にサインを送ろうとしたが、梨華は頭を動かすことすらしない。
困って圭織の方を見てみたが、彼女もやはり不安げに揺れる目で梨華を見つめるしかないようだった。
…あたしが、なんとかしないと…梨華ちゃん、せめてこっち見て!
焦り始めたひとみの心の声も届くことはなく、梨華はすっかり落ち着きをなくしていた。
――指が、動いてくれない。
ふるえを通り越して動かなくなってしまった指は、鍵盤に触れるか触れないかのところで止まったまま。
- 131 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時24分33秒
- ――どうして!!!
梨華は、混乱していた。
どんなにつらくても、ピアノだけは心の支えだった。
演奏が怖くても、観客が怖くても、ピアノは自分を包んでくれた。
なのに今、人が見ていると思うだけでピアノに触れることもできないなんて。
――怖い。
みんなが、自分を見ている。
もつれる指。ピアノに飲み込まれる自分。同情に満ちた目。
恐ろしい映像ばかりが頭を駆けめぐる。
これは、過去のものなのか、それともこれから起こる現実なのか。
――わからない。怖い。怖い。怖い…!
- 132 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時25分13秒
- もうなにがなんだかわからなくなった梨華の耳に、音が届いた。
颯爽としているのに、とても優しい音。
――ひとみちゃん…?
顔を上げると、ひとみがじっと梨華を見つめたままトランペットを吹いていた。
―梨華ちゃん。あたしの目をみてて。何も怖くないから…
思い出して。演奏は、楽しいでしょう?
- 133 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時26分03秒
- 梨華は気がついた。
―これは、Come Rain Or Come Shine…
あの日、音楽室で聴いた音と同じ。
優しく抱きすくめられるように音が絡み合ったあの瞬間。
…あれは、ひとみちゃんだったの?
ひとみの目は微笑っていた。吹きながら、一歩梨華に歩み寄る。
―おいで、梨華ちゃん。
そう言っている気がした。
――ひとみちゃん、楽しいんだ。音楽が。
…じゃあ、自分は?
好き。とても。音楽と出会えて、良かった。
- 134 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時26分57秒
- ―楽しいんだ。
…ひとみちゃん。
そう思った瞬間、指が、動いた。白い鍵盤がひやりと冷たい。
吸い寄せられるような木の感触。
ひとみがテーマを吹き終えると同時に、ピアノが歌い始めた。
指が鍵盤を走る。体が、ピアノと一つになる。
梨華は笑っていた。
ときどき、ひとみと目を合わせながら。
絡み合う音は、まるで優しい言葉を交わすように。
二人の音が、踊っている。
- 135 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時28分15秒
- 他の誰もが愛せなかったほど強く、君を愛してみせるよ。
雨が降っても、晴れた日も。
山よりも高く、川よりも深く。
雨が降っても、晴れた日も。
雨が降っても、晴れた日も。
- 136 名前:16.Come Rain Or Come Shine 投稿日:2002年07月28日(日)22時29分27秒
- カウンターで固唾をのんでいたサークル員たちも、ほっとしていた。
「…やるじゃん、よっすぃー。いきなり違う曲始めたのは驚いたけど、石川もやればできるんだな…って、おいカオリ?泣いてんの?」
真里が慌てたようにかけた声も耳に入らない。
「…石川ぁ」
ぼろぼろと涙が止まらない。何年も、梨華と共に抱えてきた苦しさが溶けていくようだった。
ステージが怖くなったと泣いていたあの頃の梨華はどこにも居ない。
「ありがとう、石川…」
見えない足枷を、どうしてあげることもできないと思っていた。それを、梨華は自力で外したのだ。
きらきらと光を浴びて歌い続ける姿は、本当にピアノに愛された妖精のように見えた。
- 137 名前:オースティン 投稿日:2002年07月28日(日)22時30分39秒
- 更新です。梨華ちゃん復活。
- 138 名前:オガマー 投稿日:2002年07月29日(月)00時36分06秒
- 最後の一文素敵ですw(T_T)
- 139 名前:娘。 投稿日:2002年07月29日(月)01時03分37秒
- ( ^▽^)(^〜^0)
- 140 名前:ナナシー 投稿日:2002年07月29日(月)09時56分31秒
- よかったよぉ梨華ちゃん!
梨華ちゃんを見守るよっすぃ〜。情景が眼に浮かびます。
…萌え(w
- 141 名前:オースティン 投稿日:2002年07月30日(火)12時08分57秒
- >138
あ、ありがとうございます☆(恐縮)
>139
ほのぼのまったり。
>140
熱い友情でございます。
- 142 名前:17.興奮冷めやらぬ。 投稿日:2002年07月30日(火)12時10分48秒
- 「「「「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」」」」
プロバンドをみんなで観た後、そのまま急きょお疲れさま会が開かれた。
アヤカが早めに店を閉めてくれたのだ。
あの後、予定していた二曲を二人は無事に演奏した。客の受けも上々だった。
まだまだ荒削りな演奏だったけど、ひとみは一度も音を外すことはなかったし、梨華ももうフリーズしなかった。二人とも、ずっと微笑んでいた。
たくさんの拍手をもらったあと、ステージを降りた梨華に抱きついて圭織は大泣きしていた。
みんな嬉しそうだった。
- 143 名前:17.興奮冷めやらぬ。 投稿日:2002年07月30日(火)12時11分22秒
- 「梨ー華ちゃーん!!いえい!!」
興奮が冷めないのか、ひとみはビール半分でほろ酔いになってしまっていた。赤い顔でよく笑い、梨華の頭をくしゃくしゃとなで回す。
「ちょ、なにー?やめてよぉー。」
それでも嫌な顔はしないで笑っていた梨華に気をよくしたのか、悪ノリしたひとみは梨華を抱き上げてぐるぐるとフロアを回転しだした。
「うわっ!!おーいちょっと!怖い怖い、やめってって〜」
「うおーーーー!あっははははは」
何周めかの回転を終えると、ふらふらとおぼつかない足取りでひとみは後ろに倒れた。
無論梨華は抱いたままで。
- 144 名前:17.興奮冷めやらぬ。 投稿日:2002年07月30日(火)12時12分08秒
- ゴッッ
「「いてー!!」」
二人そろって床に頭をぶつける。
「なーにやってんのさ二人して。」
「よっすぃー飛ばしてるなあー。」
呆れているなつみたちに見向きもせず、ひとみたちは笑い転げていた。
音楽がこんなに楽しいと思えたことなかった。
大学で、本気になれるほど楽しいことがあるなんて思えたことなかった。
こんなに愛しい友達ができるなんて思えたことなかった。
- 145 名前:17.興奮冷めやらぬ。 投稿日:2002年07月30日(火)12時12分40秒
「…後藤?なに笑ってんの?」
それまで黙ってピスタチオをかじっていた真希がくすくすと笑い出したのを怪訝そうに圭が見つめる。
「いや、なんかさあ、あんなに楽しそうな梨華ちゃん初めて見たんだもん。よっすぃーもさ、今までなんとなくみんなに気使ってるみたいだったけどすごく楽しそうだから。なんか嬉しいなあって。」
そう言いながら目を細める真希の頭を、圭はぽんぽんと撫でた。
「…後藤は、いい子だね。」
きょとんとした顔で圭を見つめると、真希はまたピスタチオをかじって笑った。
「うん、ゴトーはいい子だよ。」
笑い合う二人の耳に圭織の怒声が響いた。
「吉澤ー!!暴れるなっっ!!」
- 146 名前:17.興奮冷めやらぬ。 投稿日:2002年07月30日(火)12時13分17秒
- 「ごめんなさーい」
と言いつつ、いまだひとみはプロレスごっこをやめずに梨華にじゃれついていた。
首に腕を回して、そっと耳打ちする。
「ねえ、ちょっと外でない?」
「え?」
「みんなこれからセッション始めるからいなくなっても平気だよ。ね?」
しばらく考える素振りを見せて、梨華は小さく頷いた。
- 147 名前:オースティン 投稿日:2002年07月30日(火)12時13分57秒
- 更新です。次回最終回です、多分。
- 148 名前:オガマー 投稿日:2002年07月30日(火)16時08分16秒
- ぉぉw
顔がニヤけて と ま り ま せ ん
- 149 名前:皐月 投稿日:2002年07月30日(火)20時52分56秒
- おもろすぎですーーーーー!!!!
はまりまくりです。
次回は最終回ですか・・・がんばってください!
- 150 名前:オースティン 投稿日:2002年07月30日(火)23時43分43秒
- >148
光栄です☆
>149
一応最終回ですが、できればシリーズで
4部くらいまでいけるといいなあなんて思ってます…
- 151 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時44分32秒
- 外は少し昼間の熱気が残っていたけど、夜風は涼しかった。
ひとみは街灯の下の自販機でビールを二本買うと、一本を梨華に手渡した。
「吉子のおごりじゃ。もっかい乾杯しよう。」
「誰よ吉子って?」
梨華は笑いながらビールを受け取ると、ぷしゅっとプルタブを上げる。
「何に乾杯するの?」
「えーと、そうだなあ、じゃあとりあえず演奏お疲れさまの乾杯。」
「お疲れさまね。」
「よーし、じゃあいくぞー。演奏お疲れさまでしたー!せーの」
「「かんぱーい!」」
がちんと缶をぶつけ合うと、ひとみはそれを満足そうに飲んだ。
- 152 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時45分18秒
- 「ところで、ひとみちゃん?」
「んー?」
「あたしが音楽室にいたとき一緒に演奏してくれたの、ひとみちゃんだったんだねー。」
「ぶっっ」
げほげほとむせるひとみの背をさすってあげながら、梨華はひとみの顔をのぞき込んだ。
「なんで黙ってたのー?さっきあれを吹いてくれたってことは、あのとき音楽室にいたのがあたしだって知ってたってことじゃん。ねえねえ。」
やっと呼吸ができるようになったひとみはうらめしそうに梨華を見つめる。
「…だってなんか、はずかしいじゃん。隠れてこそこそ演奏してさあ…あたし陰から音楽室覗いてたわけだし…」
- 153 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時46分02秒
- ばつが悪そうにもそもそと喋っていると、頬をぐにっとひっぱられた。
「おバカ。」
「いひゃひゃひゃひゃ」
「あたしはねー、あのことがあったから演奏楽しいって思い出せたんだよ?ずっと、あの人にもう一度会いたいなあって思ってたんだから。」
そう言って、ぎゅっとひとみに抱きついた。
「わっ」
ひとみは少し慌てて缶を持ち直す。
- 154 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時46分50秒
- 「…まだ出会ってちょっとしか経ってないけどさ、あたしすごいいっぱいひとみちゃんに助けられた気がするんだ。もう何年も昔から一緒にいたような気がする。」
――あたしも同じだ。
「あたし大学入ってまだ素でつき合える友達っていなかったし」
そうだな、学生なんてバカばっかりだと思ってたし。
「音楽なんて一人でやってたっていいじゃん、って思ってたし。」
確かに、一人でもいいやって思ってた。
「でもひとみちゃんに会って、一緒に演奏するって決まってから、練習するのもすごい楽しかったし。」
そうそう、みんなも応援してくれてたね。
「だからあたしね…ひとみちゃんに会えて良かったと思ってるんだ。」
腕の中で笑う梨華ちゃんは最高に可愛かった。
- 155 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時47分23秒
- 「………あたしも、梨華ちゃんに会えて良かったよ。初めてピアノを聴いたときから、なんつーか…もっと近づいてみたいって、思ってたから。」
「ほんと?」
「本当だよー。」
上目遣いが女の子チックだなあ、なんて思っていたら、いきなりほっぺにキスされた。
「…梨華ちゃん酔ってる?」
「酔ってないよー。なんか嬉しかったから、ちゅーしちゃった。」
「嬉しいとキスするんだ?」
にやりと笑って、あたしは梨華ちゃんのおでこにキスした。
梨華ちゃんちょっとびっくりしてる。
「あたしも、嬉しかったから。」
ふにゃ、と笑ったその頭を撫でてみる。
梨華ちゃん、いい匂いするなあ。
なんだかんだ言ってあたしちょっと酔ってるのかも。なんか頭まわんなくなってきたし。
- 156 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時47分59秒
- 「あ、あのさあ。」
「んー?」
「これから先また演奏怖くなったりすることあるかもしれないけど…あたしがいるから。いや、つってもあたしまだまだだし、演奏的にどうとかじゃなくて…ただ、梨華ちゃんひとりじゃないし、みんなもいるし…あー、なんかあたし何言ってるのかわかんなくなってきちゃったけど、つまり…」
ひとみはわしわしと頭をかいた。
「…あたしがちゃんと梨華ちゃんのこと見てるから。そのー…降っても、晴れても。」
「…………。」
うわ、あたしそーとークサいこと言った?
梨華ちゃんなんも言ってくれないし。絶句ってやつ?
しまった、気持ち悪いと思われたかな…?
- 157 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時49分06秒
- おそるおそる梨華の様子をうかがった。
「…梨華ちゃん?」
「…………すー…すー…」
「ん寝てんのかいぃ!!!」
思わず激しくつっこむと梨華ちゃんがびくりと体を揺らした。
「…ぁ、ごめん、つい。」
「ついじゃねえー!!もういい、ほらそろそろ帰るぞっ!」
ヤケのようにそう叫ぶと、ひとみはビールを一気に飲み干して缶を放り投げた。
銀色の缶はゴミ箱の縁にバウンドしてナイスシュート。
「吉子を怒らせた罰だ!そりゃ!!」
「うわっ!」
ひとみは梨華を抱き上げた。いわゆるお姫様だっこで。
- 158 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時49分59秒
- 「スーパー吉子スピンハイパーー!!!」
ぐるぐるぐるぐる。
「ぎゃー!!ごっ、ごめんなさあぁい!おっ、おろして〜!!」
「だめだ、許さねぇー!!あっはははは!」
ひとみが笑う。
梨華も笑っていた。
少しだけ酒くさいけど、甘い匂いを放つひとみに包まれて。
『降っても、晴れても…』
本当はさっきのひとみちゃんの言葉を聞いていたこと、もう少し黙っていよう。
やっと回転をやめて、それでもその腕から降ろしてはくれないやんちゃな親友に梨華は強くしがみついた。
「じゃあみんなのところへ戻るぞー!」
「おうっっ!」
- 159 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時50分38秒
- 私たちは、はしゃぎすぎているただのバカな子どもかもしれない。
それでも、愛しい場所を見つけたのだ。
降っても、晴れても。
- 160 名前:18.降っても晴れても 投稿日:2002年07月30日(火)23時52分06秒
- 走り出したひとみは回転していた余韻も手伝ってか、思い切りバランスをくずしてひっくり返った。
…当然、梨華を抱えたまま。
ズザッッ
「「いてー!!」」
――夏はまだ、始まったばかりだ。
-END-
- 161 名前:オースティン 投稿日:2002年07月30日(火)23時55分33秒
- いしよし編、終了です。
一線を越えない、それでも限界までボーダーに近い二人を書きたくて始めましたが、
思いのほか世界観も広がって楽しかったです。
読んで下さったみなさま、レスを下さったみなさま、本当にありがとうございました。
…というわけで、次回はやぐちゅー編を予定しております(笑)
- 162 名前:なっなし〜 投稿日:2002年07月31日(水)01時49分06秒
- 乙ですた。
いしよし編完結おめでとうございます!
そして、楽しい作品ありがとうございました!
甘いけど爽やかな二人がツボでした。
次はやぐちゅー編ですか…こりゃまた楽しみです(w
- 163 名前:ナナシー 投稿日:2002年07月31日(水)10時45分05秒
- やぐちゅ〜マンセ━━(゚∀゚)━━!!!!
楽しみにしています!
- 164 名前:オガマー 投稿日:2002年07月31日(水)15時25分25秒
- さわやかでかわいかったです。
爽快な夏w
- 165 名前:オースティン 投稿日:2002年08月02日(金)02時19分51秒
- >162
最高の賛辞です。ありがとうございます。
>163
やぐちゅー初めてなんですが、頑張ります。と言っても
まともに文章書くこと自体ほとんど初めてですが…
>164
今後も爽やか路線を目指したいです(笑)
では、やぐちゅー開始です。
タイトルは『All Of Me』で。
- 166 名前:オースティン 投稿日:2002年08月02日(金)02時20分55秒
- 「あれえ?」
夏休みに入って何日かが過ぎたある日の午後。
ひとみが部室のドアを開けると、見知らぬ金髪の女性がいた。
先日圭が知り合いから譲ってもらったと言って置いていたソファーに腰掛け、スイングジャーナルを読んでいる。
「どうしたの?」
入り口で立ち止まっているひとみの後ろから、梨華が中を覗いた。
「梨華ちゃん、知らない人が居る。」
「知らない人…?あ、中澤先生じゃないですか、こんにちわ。」
にこりと一礼。
- 167 名前:1.はじめまして先生。 投稿日:2002年08月02日(金)02時22分11秒
- 「おー石川ぁー。お邪魔しとるよー。誰もおらんかったから勝手にくつろいでもーたわ。」
「かまいませんよ。矢口さんですか?」
「そうそう。もうちょいで4限終わるからここで待たしてもらうわ。」
「はい、じゃあコーヒーでも煎れますね。」
ぱたぱたと動き出そうとした梨華のシャツがくいっと引っ張られる。
「…どちらさま?」
「ああ、ここのサークルの顧問で、矢口さんのゼミの先生だよ。」
「へえー。じゃあ心理学部の先生なんだあ。」
感心しているひとみを、彼女は手招いた。
「こら、そこのデカいの。ちょっとこっち来。」
「は、はあ。」
おそるそる歩み寄る。
- 168 名前:1.はじめまして先生。 投稿日:2002年08月02日(金)02時22分41秒
- 「そんなに怖がりなや。あたしはここの顧問の中澤裕子…っつっても名前だけやけどな。顧問がおるなんて知らんかったやろ?」
「そうですね。でもこんな若い先生いたんだなあ。」
しかもけっこーキレイ。
心の中だけでそうつけたしたが、それでも裕子は嬉しそうに頬を緩めた。
「まあー嬉しいこと言ってくれるやないのー。そんでアンタが新入りのトランペッターやな?ほほー、噂通り可愛い顔しとるなー。」
「ど、どうも…」
つい最近もどこかでこんな会話を交わした気がするなあ、なんて思いながら、ひとみはぺこりとお辞儀した。
その次の瞬間。
- 169 名前:1.はじめまして先生。 投稿日:2002年08月02日(金)02時23分19秒
- ばんっ
「裕子おぉぉ!!!」
「うわっ!」
突然大きな音をたてて入ってきた真里に思わずのけぞる。
真里はつかつかと裕子に歩み寄ると、ひとみの体をぐいっと引き寄せた。
といっても、身長差があるので真里がひとみに張り付いているだけのように見えるのだが。
「うちの可愛い一年生に手ぇ出すな!!」
「へ?」
何がなんだかわからずに突っ立ったままでいると、梨華がコーヒーを持ってやってきた。
「はーい先生、コーヒーですよー。」
「お、ありがとう。」
「梨華ちゃん!お茶なんか出さなくていーんだよ!」
やたらキリキリしている真里の様子にひとみは首をかしげる。
- 170 名前:1.はじめまして先生。 投稿日:2002年08月02日(金)02時24分45秒
- 「矢口さん、なんでそんなに冷たくするんですか?」
「そーやで矢口ぃ、あたしはこんなに矢口のこと愛してるのに」
そう言ってひとみの体からべりっと真里をはがすと、腕の中に閉じこめて頬ずりした。
「やめろよっ!キショ!っつーか暑い!」
「仲いいですねえ。」
「よくねえっ!」
梨華は二人を眺めてにこにこしている。
裕子の腕から逃れようとしてバタバタと暴れる真里をしばらく黙って見ていたひとみは、梨華のシャツのすそをつんつんと引っ張った。
「梨華ちゃん、おなか空いたー。」
「あーはいはい、じゃあ矢口さん、あたしたち学食行ってきます。先生はゆっくりしてってくださいねー。」
「あいよー、いってらっしゃーい。」
むすっとしたままの真里を残して、二人は部室を出た。
- 171 名前:オースティン 投稿日:2002年08月02日(金)02時25分36秒
- 更新です。依然いしよし色も抜けないまま。
- 172 名前:オガマー 投稿日:2002年08月02日(金)05時42分41秒
- よしこが甘えとるw
やぐちゅーですか?かぁいいですねw
- 173 名前:なっなし〜 投稿日:2002年08月02日(金)15時06分38秒
- おお!!新作ですね。
や、やぐちゅ〜…楽しみです。
そしていしよし色が残ってるのもまたイイ(浮気者)
オースティンさんの作風が好きなので、これからも読ませていただきますよ〜。
- 174 名前:オースティン 投稿日:2002年08月07日(水)20時03分27秒
- >172
よしこ、だいぶ心開いてます。
>173
ありがとうございます☆だいぶペースはゆっくりですが(^_^;)
- 175 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時13分17秒
- 「…で、裕ちゃんどうしたの?」
裕子の腕を逃れた真里はちょこんとソファーに腰掛けた。
「あー、今度のゼミ合宿の資料渡しに。まあ急ぎやなかったんやけど、一応。」
ばさりと封筒に入った資料を手渡す。
割と責任感があってしっかりしている真里はゼミ長を任されていた。
入部当初から裕子は真里をバカ可愛がりしていたが、裕子のくだけた性格のせいか、なんだかんだ言って真里もだいぶ心を開いているようだった。
- 176 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時14分04秒
- 「そっかあ、もうそんな時期だね。あたしが取りに行こうと思ってたのに、ごめん。」
「いや、どうせ今日仕事やし、矢口に会いに来たかったからええねん。」
「またそういうことばっか言うー。」
口を尖らせる様子が妙に可愛らしい。
ひとみたちが居たときよりも真里の口調が柔らかくなっていることに気づいてくすりと笑うと、「なんだよっ」と脇腹をパンチされた。
「いったいなー、何すんねん。」
「裕子が笑うからだろおー。あーもう。てゆーかオイラ補講続きでくたくただよ。世間は夏休みだってのにさあ。」
不機嫌そうに足をぱたぱた。
「あたしかて大変やで、せっかくの夏休みなのにご出勤や。」
裕子も不機嫌そうにコーヒーを一口すすると、ピアノに目を止めた。
- 177 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時14分51秒
- 「ところで、最近はピアノ弾かへんの?」
「んー?ああ、最近梨華ちゃんが頑張ってるからさ。あたしはボーカルに専念できてるんだ。」
小さい頃からピアノを習っていたので、真里は人並みにピアノが弾ける。
梨華が人前で演奏できなかった頃は、ライブでピアノが必要になると真里が代わりにピアノを弾いていたのだ。
「…なあ、矢口。なんか唄ってくれへん?去年弾き語りとかしてたやん。」
「えー、ここで?やだよぉ。」
「ええやん。矢口の声ききたいなあー。」
裕子は立ち上がると、ピアノの前に座って蓋を開けた。
- 178 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時15分34秒
- 「ピアノなんて小学校のときやめてもうたから全然やなあ。」
ポン、と鍵盤をひとつ。
「今の音なーんだ。」
「…レ。」
「おお!当たり!」
至極無邪気に手を叩いて喜ぶと、鍵盤をもうひとつ。
「じゃあこれは?」
ポーン
「…えーと…シのフラット?」
「おーおー、すごいなあー。」
子どものような裕子の様子に少し可笑しくなる。
真里はそっと近づいて隣りに座ると、小さな手を鍵盤にかけた。
- 179 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時16分21秒
- 「…なにがいい?」
「え?」
きょとんとして真里を見つめると、少し首をかしげた。
「唄ってくれんの?」
「そうだよ。ほら、早くしないとヤグチの気が変わっちゃうよー。」
「ああー、ちょっと待って、えーとえーと、何がいいかなあー」
大慌てで目の前にあったスタンダード譜をめくると、真ん中あたりで手を止めた。
「あ、じゃあこれ!」
裕子が指さしたのは『FLY ME TO THE MOON』だった。
「あたしあんまりジャズ詳しくないけど、これは好きやなあ。」
「わかった。…あんまり、ピアノは自信ないけど…」
小さくそう付け加えると、やさしいイントロからメロディーを奏で始めた。
- 180 名前:2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時17分11秒
- Fly me to the moon
And let me sing among those stars
Let me see what spring is like
On Jupiter and Mars…
- 181 名前: 2.In Other Wards 投稿日:2002年08月07日(水)20時19分03秒
- 真里の声は、透明でよく通る。
鈴の音のようで心地よくて、とても幸せな気分になる。
甘い響きに胸が締めつけられる感覚を覚えて、そんな自分に裕子はひっそりと苦笑した。
- 182 名前:オースティン 投稿日:2002年08月07日(水)20時20分08秒
- 更新です。難しいなあ。
- 183 名前:オガマー 投稿日:2002年08月07日(水)22時41分08秒
- 矢口の声の表現いいですw
なんか聞こえてきそうw
- 184 名前:オースティン 投稿日:2002年08月15日(木)00時23分45秒
- >183
矢口の声が好きなんです、個人的に☆
- 185 名前:3.悪い噂 投稿日:2002年08月15日(木)00時39分16秒
- その日は補講最終日だった。
夕方とはいえまだ昼間の熱気があちこちに残っている。
冷房のない大教室を呪いながらひたすら早く終わることだけを願って板書していると、遅刻してきたらしい女の子が隣に座った。
「あー、真里ちゃんおはよー。」
「あ、おはよ…」
夕方でもおはようと言ってしまうことのはなんでだろうなあ、なんてぼんやり考えながらも一応同じように返事をする。
親しげに声をかけてきたのは友達の友達で、ちゃんと話したことはなかったから真里は彼女のフルネームさえ思い出せなかった。
「あっついねー、もう信じらんない。あ、そういえばさあ、真里ちゃんて中澤ゼミだったっけ?」
「ん、そうだよ?」
- 186 名前:3.悪い噂 投稿日:2002年08月15日(木)00時39分47秒
- 裕ちゃんかあ。今日も学校来るって言ってたよなあ。
お願いしたらご飯おごってくれたりしないかなー。
ぼんやりとそんなことを考えて一人で楽しくなっていると、隣の彼女は真里をのぞき込んでニヤリと笑った。
「知ってる?中澤先生ってバイなんだって。」
「は?バイ?」
バイってアレ?バイセクシャルのバイですか?
- 187 名前:3.悪い噂 投稿日:2002年08月15日(木)00時40分24秒
- 「なんかねー、男も女もイケるらしいよ。女の人と付き合ったりしたこともあるんだって。真里ちゃんカワイイから気をつけた方がいいかもよー。」
何が楽しいのか、くすくすと笑っている彼女に何故か不快感を覚えつつ、とにかく一言だけこう訊いた。
「誰が言ってたの?それ。」
「んー?みんな言ってるよー。あ、ねえねえめぐみちゃーん」
こともなげにそう言うと、彼女は逆隣りにいた子としゃべり始める。
取り残された気分になった真里は呆然としていた。
――男も女もイケるらしいよ
――気をつけた方がいいかもよ
真里はそれについて自分がどう思ったのかわからなかった。
- 188 名前:3.悪い噂 投稿日:2002年08月15日(木)00時44分06秒
- 授業が終わって、部室に行ってみると真希と圭がトランプをしていた。裕子がそばでそれを眺めている。
「…なにやってんの?」
「ババ抜きー。」
真希が最後の二枚になった自分の手札から目を離さないまま返事をする。
ちょうど圭が真希から札を抜くところらしい。
「アタシは一抜けしとるから今この二人の勝負やで。」
なるほど、ババが一抜けしてるからババ抜きだな。
と思ったけどもちろん口に出すのはやめておいた。
勝負の様子を見ると、どうやらババは真希の手の中にあるらしかった。つまり、圭がババではない方を引けば圭が勝つ。
「これかなー…それともこっちかなー…」
顔色をうかがいながら圭が札の上で手をさまよわせると、真希の目もそれにあわせてきょろきょろと動く。
「こっちだ!」
「あっ!」
圭がうまくババを回避し、あっさり勝利。
- 189 名前:3.悪い噂 投稿日:2002年08月15日(木)00時48分15秒
- 「うあー、負けたあ〜!」
「ごっちんは意外と顔に出るんやなあ。」
「後藤正直だからなー。」
二人にからかわれてほっぺた膨らましている末っ子ちゃんが妙に微笑ましい。
「お、もうこんな時間かあ。みんなこのあとヒマなん?ご飯でも食いに行こかー。」
「行くっ!」
素敵な誘いに真里が一番乗りで元気良く挙手。
「よしよし。あんたらは?」
「ごめん、あたしパス。今日レッスンなんだ。」
「あたしバイトだよ〜」
圭は済まなそうな顔、真希はぶーたれ顔である。
「そうかー、しゃあないなあ。…どうする矢口、二人だけでもええ?」
「え?ああ、あたしはかまわないよ、うん。」
もちろんもともと嫌なわけではなかったし、率先して乗っただけに断るわけにもいかないというのもあって頷いた。
――気をつけたほうがいいかもよ?
昼間の彼女の言葉がちらりと頭を掠めてしまった自分を、少し嫌悪しながら。
- 190 名前:オースティン 投稿日:2002年08月15日(木)00時49分23秒
- 更新です。うーん…。
- 191 名前:オガマー 投稿日:2002年08月19日(月)14時04分46秒
- なんか純粋?な感じのヤグがイイ!!
- 192 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)06時23分00秒
- ヤグも作者さんも待ってるで〜!!
- 193 名前:マーチ 投稿日:2002年09月01日(日)23時31分20秒
- >191
ヤグ、純粋っすか。よかった(笑)
>192
ありがとうございます、更新遅れてすみません★
- 194 名前:4.突然に。 投稿日:2002年09月01日(日)23時32分56秒
- 「おいしいですかあ?」
「んー、おいひー。」
あなごの寿司を頬張りながらこくこくと頷く。
「回転寿司久しぶりに来たなあー。実家に住んでたとき家族で行った以来かも。」
満足そうにお茶をすする真里を、裕子も楽しそうに見ている。
「矢口はホントうまそうに食うなぁ。」
「だっておいしーもん。裕ちゃんもういらないの?」
「あたしはもうええから、矢口はもっと食べなさい。大きくなれへんで。」
もう伸びねえよ、と心の中で思いつつもまぐろの皿を取った。
- 195 名前:4.突然に。 投稿日:2002年09月01日(日)23時33分30秒
- 「…そういえば、今日変な噂を聞いた。」
「んん?」
まぐろをもごもごと口からはみ出させ、神妙な顔。
「うちの学部の女の子がね、裕ちゃんがバイなんだって言ってた。」
言葉の意味を解りかねるように眉根にしわを寄せた裕子だったが、しばらくしてニヤリと笑った。
「ほぅ。で、それ聞いて矢口はどう思ってん?」
「あたしぃ?」
あたしは…
「わかんない。わかんないけど、なんか…イヤだった。」
「あたしが?」
「ううん、そうじゃなくて…その子の言い方とか…根拠もないのに。」
真里は自分のことのように唇をかんだ。
- 196 名前:4.突然に。 投稿日:2002年09月01日(日)23時34分21秒
- 「そうか…」
湯のみを手の中で弄びながら、一息。
考えあぐねるような表情はほんの一瞬で、裕子はすぐにまっすぐ真里を見つめた。
「本当やよ、その噂。」
「え…?」
冗談を言っているような顔ではない。その代わりに、気丈で、それでいて寂しげな笑顔が揺れていた。
「人好きになるのに性別関係あらへんしな。…なんて言うのは綺麗事かも知れんけど…少なくとも好きになってしまったもんは仕方ないし。」
「…それって、今まで女の人好きになったことがあるってこと?」
深く訊いてもいいのか少し不安になったけど、率直に訊いた。
- 197 名前:4.突然に。 投稿日:2002年09月01日(日)23時35分25秒
- 「…そうやな。今までホンポーな恋愛してきたし、今もそれは変わらんよ。」
「…へえ…」
頷いてはみたものの、なんと言っていいかわからなかった。裕子の背中の向こうに広がっているであろう、自分の知らない世界。
それはとても不思議な感覚だった。
「…びっくりした?」
「う、うん…びっくりした。」
思わず素直に頷くと、裕子はくすくすと笑った。
「矢口は正直やな。」
「や、ごめん、つい…。」
取り繕うように曖昧に俯いて、ごまかすように新しい皿を取った。
「いやいや、ええんよ。そこが矢口のええとこやし。」
- 198 名前:4.突然に。 投稿日:2002年09月01日(日)23時36分26秒
- …わ。
すごい、こんなに柔らかく笑う人だったんだ、裕ちゃんって。
そういえば最初会ったときは怖そうな先生だって思ってたけど、実際そんなことなかったしなあ。
ぼんやりとそんなことを思っていると、裕子がふと寂しげな表情を浮かべた。
「…あんまり、好きにさせんといてな。」
「えっ?」
周りの一切の音が遮断される感覚。
今、なんて?
「こんなタイミングで言うのもどうかと思うけど、あたし矢口が好きや。好き…です。」
なんですとぉぉ!?
かっぱ巻きを片手に持ったまま、真里はただただマヌケに固まるのみだった。
- 199 名前:オースティン 投稿日:2002年09月01日(日)23時37分05秒
- 更新です。ちょっと難産…
- 200 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月03日(火)01時28分58秒
- 難産なんて・・・やぐちゅーをどうもありがとうです!!
裕ちゃんさらっと告白なんかいいです(w
- 201 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月03日(火)18時49分19秒
- やっぱりやぐちゅー最高!
- 202 名前:オースティン 投稿日:2002年09月13日(金)23時22分14秒
- >200
200ゲットおめでとうございまーす。リク権いりますか?(笑)
>201
やぐちゅーやっぱ人気だなあ…がんばります☆
- 203 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時23分39秒
- 家に着くとまだ九時過ぎで、夜更かしも夜遊びも日常茶飯事な真里にとってはまだまだ早い時間だった。
あれから裕子に送ってもらって帰ってきたけど、ちゃんと食事のお礼を言ったかどうか覚えていない。
…冷静に受け止めたつもりでいたけど、やっぱ動揺してたんだなあ。
そんな自分に不甲斐なさを感じつつ、部屋の真ん中にごろりと仰向けになった。
『矢口が好きや。好き…です。』
- 204 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時24分13秒
…普段はあんなに態度デカいくせに、敬語なんか使っちゃってさ。でも、それだけ本気ってことなのかな。それとも、からかってるとか…
そこまで考えてぶんぶんと首を振った。冗談でそんなことが言えない人だってことくらいは知ってるし、何より気持ちが本気ならそんなふうに考えるのは失礼だ。
…とはいえ、彼女の気持ちに自分が応えられるのかと言われればわからないとしか言いようがない。
女の人との恋愛なんて、考えたこともなかった。
- 205 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時24分45秒
- 「ああ〜、おれもうだめだー」
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしって寝返りを打つと、こないだみんなで撮ったばかりの写真が目に入った。
ひとみが入部してからの、初めての集合写真。
…そういえばよっすぃーって女子高出身だって言ってたよなあ。
安直な考え方だけど、何か参考になる話も聞けるかもしれない。
「…行こ。」
お互いヒマな大学生。おまけにお互い一人暮らし。
真里は原付のキーと財布だけ掴むと、いそいそと家を出た。
- 206 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時25分19秒
- *
- 207 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時25分57秒
- 「ふー。」
風呂上りの牛乳をぐいっとイッキ飲みして、ひとみは大きく息をついた。
たまたま手にとってかけていたCDはマイルス・デイビスで、ご機嫌なサウンドが部屋を満たしている。
「…ひとみちゃん、オヤジくさい。」
「え?」
咎める梨華の目線からすると、どうやら牛乳を飲む姿勢のことを言われたらしい。
「でも、牛乳飲むとき腰に左手は基本じゃない?」
「いや、そんな真顔で言われても…」
気にする様子もなくふんふんと鼻歌を歌いつつ、ひとみは濡れた髪をがしがしとタオルで拭いている。
- 208 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時26分52秒
- 「梨華ちゃんもお風呂入ってきたら?」
「あー、うん。タオルとか借りていい?」
「いいよ。いつもの棚ん中。」
簡単に返答して梨華が洗面所に消えるのを見届けると、ひとみはどっこらしょと腰を下ろした。
時計を見ると、九時半を少し回ったところ。
家がそんなに遠くないこともあってか、二人はこうしてよくお互いのアパートに泊まるようになっていた。
お互いヒマな大学生。おまけに寂しい一人暮らし。
夜ご飯もひとりで食べるよりずっとおいしい。
- 209 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時27分49秒
- …梨華ちゃんが出てくる前になんか飲み物でも買いに行こうかな…
そんなことを考えて立ち上がろうとすると、突然けたたましくドアが開いた。
「よっすぃー!たのもー!!」
「うわあ!!」
日本酒を手にした真里が元気いっぱいのご登場。
あまりの驚きに、ひとみはしりもちをついたまま口をぱくぱくさせている。
- 210 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時30分52秒
- 「やっ…矢口さん!チャイムくらい鳴らしてください!!」
「だってカギ開いてたんだもん。」
「いや、だからって…」
なんつー先輩だ、この人は。
「まあまあいいじゃん、ちょっと付き合えよ、飲もーぜー!どうせお互いひとりの夜だろ?」
「あ、あの、まあ飲むのはかまわないんですけどなんていうか…」
言いよどむひとみの背後の洗面所から、タオル一枚だけの梨華がひょこっと顔を出した。
- 211 名前:5.集え一人暮らし。 投稿日:2002年09月13日(金)23時31分34秒
- 「ひとみちゃん、リンス切れて……ってうわ、矢口さん!!?」
「り、梨華ちゃん!!?な、なんだよそういうことか、さすがだなよっすぃー!じゃ、オイラやっぱ帰るや!」
慌てて帰ろうとした真里をひとみがひょいと羽交い絞めにする。
「なにがさすがなんスか!変な誤解しないでください!飲みに来たんでしょ?こら暴れるなっっ!!」
「うー、うーーー!」
じたじたと暴れ続けるちっちゃいのを抱き上げて、ひとみはやれやれと息をついた。
- 212 名前:オースティン 投稿日:2002年09月13日(金)23時34分26秒
- 更新です。やっぱり吉は使いやすい(笑)
- 213 名前:オガマー 投稿日:2002年09月14日(土)10時18分54秒
- 待ってましたー!(w
続き期待w
- 214 名前:マーチ 投稿日:2002年10月06日(日)02時10分54秒
- >213
ほんとにお待たせして申し訳ないです…
- 215 名前:オースティン 投稿日:2002年10月06日(日)02時12分05秒
- 名前間違えた!ひどい失態を…
- 216 名前:6.脳みそぷよんぷよん。 投稿日:2002年10月06日(日)02時13分07秒
- 「さ、観念して飲みましょーか。」
捕獲した真里を梨華と二人がかりで部屋のコーナーに追い詰めてディフェンス体勢をとると、ひとみは酒ビンの蓋を開けた。
「うう…梨華ちゃんがいるとは思わなかったよ。」
諦めたようにコップを突き出す真里にと、わくわくした顔で体育座りしている梨華に酒をそそいでやる。
「…ところで矢口さん、もしかしてこれからあたしがいたらまずい会話なり行為なりが展開されるんでしょうか?」
「あー、そういうんじゃないよ、ただよっすぃーに聞きたいことがあったから…」
少し不安げな顔を見せた梨華を慌てて制するも、梨華は何かを思いついたように手を叩いた。
「…じゃあ、あたし耳ふさいでますね。」
「…や、いいって。ていうかもっとうまい方法あるだろ。」
やけに可愛い顔で耳をふさいだ梨華の手をはずさせると、真里は小さくため息をついた。
- 217 名前:オースティン 投稿日:2002年10月06日(日)02時15分05秒
- 「じゃあ単刀直入に訊こう。よっすぃー、高校時代女の子に告白されたりしたことはおありか?」
ちょっぴり神妙な真里とは裏腹に、「ほへ」とかいう擬音語がぴったりな間抜け面を浮かべたひとみはあっさりとうなずいた。
「おありですよ。しょっちゅう。」
「しょっちゅうかよ!」
「すごーい、よっすぃー。モテモテだー。」
立ち上がらんばかりの勢いでつっこんだ真里は『そこは問題じゃねえ』と梨華に二段構えの突っ込み。
「…で。そんときどう思った?」
「どうって。うーーん…」
ひとくち酒をあおって少し真剣な様相を見せたひとみに、また耳をふさぎかけた梨華の手を真里がはずさせる。
- 218 名前:オースティン 投稿日:2002年10月06日(日)02時15分42秒
- 「その中に本気で恋愛できそうな相手は見当たらなかったので丁重にお断りしました。」
「ええ?」
ボケかと思ったが、そうでもないらしい。
「な、なに、ってことは本気で恋愛できそうならOKするのか?」
「しますよ?そりゃあ。」
『なにかおかしいですか?』と言わんばかりの表情で首を傾げられてしまった。
「だって…相手は女の子だぞ?」
「あー。うーん…まあ、それなりに障害はあるでしょうけど、別に女とか男とか大きな問題じゃないんじゃないですか?人間関係はいろんな形がありますしー。」
どこまでもマイペースな口調で二杯目をつぐひとみに真里は脱力してしまった。
- 219 名前:6.脳みそぷよんぷよん。 投稿日:2002年10月06日(日)02時16分43秒
- 「…そういう問題なのかな。…つーか、いいのかな、それで?」
「いいんじゃないすかねー。実際男女のカップルだってどこまで愛し合えるのかなんてわかんないじゃないですか。つきあってるなんて名目上だけ、ってカップルはごろごろいますよ?」
真里は腕組みをして考えた。たしかに、そういうカップルはたくさんいる。名前ばかりが恋人同士でも、まったく分かり合ってなければそんなに恋愛感情もない、ってやつらは意外といるもんだ。
「…実際、あたしなんかは過去に付き合った男よりも梨華ちゃんとの方がよっぽど深く分かり合っている状態でございます。」
「やーん、うれしいひとみちゃん☆」
やたらオトコマエな顔で梨華の肩を抱き寄せたひとみの目はもうほろ酔いで、それにのって悪ふざけする梨華もまた赤い顔でごきげんさんだ。
- 220 名前:6.脳みそぷよんぷよん。 投稿日:2002年10月06日(日)02時17分14秒
- 「…よっすぃー、オマエが高校時代どんなだったかがわかった気がするぞ。」
いささか大仰なため息をついた真里がなおもイチャイチャと悪乗りしている二人を眺めてつぶやいた。
「…なあ、もういっこ単刀直入に訊いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「…オマエらって実はもう付き合ってたりする?」
伺うような目線にひとみと梨華はきっかり2秒黙り込んだ後、お互いの顔を見合わせてから再び同時に真里を見た。
「「そーんなわけないじゃないですかぁー。」」
けらけらと笑う二人のあっけらかんとしたようすになんとなく安堵感を覚える。
「そ、そうだよな、そんなわけないよなあ。なんだよおれちょっと緊張しちゃったじゃん!」
「なに言ってるんですか矢口さーん。ねえひとみちゃん?」
「おー、そうだよなー、付き合ってなんかないよなあー。」
赤い顔でうんうんとうなずくひとみはしかしすぐに梨華に向き直った。
- 221 名前:6.脳みそぷよんぷよん。 投稿日:2002年10月06日(日)02時17分53秒
- 「でーもー、ひとむは梨華ちゃんが大好きだぞー!」
「やーん、うれしいひとみちゃん☆」
再び肩を抱かれた梨華がくねくねと妙な動きを見せて、ちゅ、とひとみにキスをした。
「あーもうなんなんだよこいつら!!もういいよ、オイラ帰るや!!」
頭をわしわしとかきむしって立ち上がると、やってられないというふうに真里が玄関へ向かった。
「矢口さーん、帰っちゃうんですかぁー?」
「あー、帰る帰る。」
背中に絡みつくような梨華の声を適当に追い払う。
「また遊びに来てくださいねー。あ、そういえば矢口さん。」
「ん?」
ふいに真顔になったひとみがたずねた。
「もしかして女の子好きになっちゃったりしてます?」
「なぬ!?」
一気に顔を赤くした真里がばたばたと手を振った。
「違うよ!!そんなわけないだろ!逆だよ!!」
「「逆?」」
いよいよ怪しんでいる風なユニゾンに真里はしまったと口をふさいだ。
- 222 名前:6.脳みそぷよんぷよん。 投稿日:2002年10月06日(日)02時18分28秒
- 「ちっ…違うよ!ただほら、友達!そう、友達が女の子に告られたとかいって相談してきやがったからほら、それでな?そんだけだよ!気にすんなって!じゃ、またな!!」
「あ、は、はい、さようなら…」
いまいちフォローしきれなかった感もあるが、気迫とノリでその場を切り抜けてひとみの部屋を後にした。
「ふう…」
原付にまたがると、真里の小さな頭には大きすぎるくらいのヘルメットをすっぽりとかぶって空をあおいだ。
都心から離れたこの場所には、原付のエンジン音が場違いなほど大きく響く。
『女の子好きになっちゃったりしてます?』
「…んなわけねーじゃん。まったく…」
にやりと笑った裕子が頭の中をかすめたことに気づかないふりをして、真里は冷たくなり始めた夜の空気を切り裂きながら走り去った。
- 223 名前:オースティン 投稿日:2002年10月06日(日)02時19分31秒
- 更新です。ペース遅くてすいません…でもまあ、
こんな駄文だし…いいか。(よくない)
- 224 名前:世紀 投稿日:2002年10月07日(月)18時35分51秒
- 全部読みました。
なんかあったかくていい感じです。
- 225 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月07日(月)23時19分58秒
- おもしろすぎです!!
なんか、矢口の葛藤が透けて見えるようです。
続きも楽しみ〜にしてます。
- 226 名前:オースティン 投稿日:2002年10月10日(木)03時13分05秒
- >224
最高の賛辞でございます☆がんばります!
>225
すごい、励みになりました。
ちょっとペースあげたいなあ…
- 227 名前:7.冷やし映画券はじめました。 投稿日:2002年10月10日(木)03時14分06秒
- 結局、はっきりした答えが出せないままに真里はその後の数日間をぼんやりと過ごした。
最初の二、三日はなんとか自分なりの答えを出そうと必死に頭を使っていたのだが、堂々巡りのようなその作業に疲れてしまいいつしか考えることをやめていた。
と言っても投げやりになったわけではなく、その場しのぎな答えを出すのが嫌だったから「保留」にしたに過ぎない。元来真面目な真里は、「めんどくさいから振る」という選択肢を考えてはいなかった。
「あーーー…」
外はうるさいほどの蝉の声。ベッドに体を投げ出して仰向けに空を眺めると、それはそれは良く晴れた青色だった。
「不健康…」
ぼそりと呟くと、のろのろと起き上がった。花の女子大生が夏休みこんな過ごし方でいいんだろうか、と少し自己嫌悪。冷蔵庫からお茶のペットボトルを出してラッパ飲みするついでに、ちらりと食料のチェックをいれてみたがろくなものは入っていなかった。
- 228 名前:7.冷やし映画券はじめました。 投稿日:2002年10月10日(木)03時15分12秒
- …ますますもって不健康だなこりゃ。
買い物行かなきゃなー、と思いつつ、冷蔵庫に頭を突っ込んだまま座り込んでいると部屋のチャイムが鳴らされた。
「ごめんくださーい、ハロー急便でーす。」
「あー、はいはーい」
宅急便?はて、誰からだろう。
寝癖だらけの頭を手でぐしぐしと直すと、ハンコを持ってドアを開ける。受け取った荷物はクール便で、実家の母親からだった。
「…おー。」
宅配のお兄さんにご苦労様、と言った後に部屋の真ん中でその箱をばりばりと開けると、母親お手製の煮物や漬物、干物などのおかずに、自家製のヨーグルト。それに地元の名産品であるシウマイや肉まんが入っていた。
「…こりはありがたい。」
冷えたままの肉じゃがをつまみ食いして感動。持つべきものは気が利く母親だ。
「ん?」
たくさんの食料たちを取り出すと、底のほうに白い封筒が入っていた。
- 229 名前:7.冷やし映画券はじめました。 投稿日:2002年10月10日(木)03時16分01秒
- なんだこりゃ、と封を開けると、なかにはひんやり冷えた映画の招待券が二枚。
手紙が入っている様子もないので対処に困っていると、家の電話が鳴った。
「もしもし?」
『ああもしもし真里?荷物届いた?』
「お母さん?あーうん、今届いたよ。ちょうど冷蔵庫空っぽだったから助かった、ありがとね。で、あの映画の券はいったい何?」
「あああれねー、あれはほら、真里に荷物送るって言ったらお父さんも何か入れたいって言い出してねー。たまたま持ってたあの券を入れたのよ。」
「…おとーさん…」
わが父ながらお茶目な人だ。きっと娘のためになにかしたかったんだろうなあ…
『せっかくだから誰かといってらっしゃい。どうせ夏休みだからってダラダラしてるんでしょ?』
「うっ」
悔しいけど図星だ。さすが母親。
しかし今はあたしなりに悩んでることがあるんだよ、ただダラけてるわけじゃないんだよ、と自分に言い訳。さすがに口には出さなかったが。
その後家族の話や学校の話でひとしきり盛り上がり、母は『たまには帰ってきなさいよ』と言って電話を切った。
- 230 名前:7.冷やし映画券はじめました。 投稿日:2002年10月10日(木)03時16分33秒
- 「ふむ…」
映画券をぺたりと床に並べて腕組みをする。
映画の内容は今話題のラブコメディ。真里としても観たいと思っていたやつだった。
さて、問題は誰と行くか。
普段つるんでるなっちもいいけど、圭ちゃんも映画好きだし。たまには圭織と二人で出かけるってのもいいなあ。
いろんなやつの顔を思い浮かべていると、ふとある顔が思いついた。
…裕ちゃん?
そーだ、ハタから見れば先生と二人でお出かけってちょっとおかしい気がするけど、裕ちゃんはもう友達と同じくらい仲良しだしなあ。おごってもらったお礼もあるし…
うんうんとうなずいて一人納得。しかし、あっけらかんとしたその思想を妨げるのはやはりここ数日真里の頭を悩ませているあの一言。
『好きや。好き、です。』
- 231 名前:7.冷やし映画券はじめました。 投稿日:2002年10月10日(木)03時19分57秒
- 「うわぉーーーー!」
パブロフの犬よろしく、条件反射的な動きで頭を抱える。
どうしよう、こっちから映画なんかに誘ったりしたらまるでオッケエしたみたいじゃん?
でも意識しすぎるのもどうかと思うし…いや、普通に考えたら絶対あやしいよな。だいたい映画なんてベタすぎるし。…だけど、たかが映画だぞ?うう…
またしても思考がループ状態に陥った真里はしばらくフリーズした後、結局『部室に顔出してそこにいたやつを映画に誘う』というギャンブルちっくな結論を出した。
…そして30分後。
「なあんでお前がいるんだよおお!!!!」
「え?な、なに?なんなん??」
ジャズ研部室には、ドアを開けるなり怒号を上げた真里と、その驚きでコーヒー片手にソファーからずり落ちそうになっている裕子のヘタレた焦り声が響いたのだった…。
- 232 名前:オースティン 投稿日:2002年10月10日(木)03時21分05秒
- 更新です。
矢口、かなりテンパってます。
- 233 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月22日(火)09時25分33秒
- 映画編楽しみにしてますよ。
やぐち、かわいい。
- 234 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月26日(土)21時58分00秒
- お待ち申し上げ中。
- 235 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)14時32分23秒
- まだかなまだかな
- 236 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月15日(金)08時18分16秒
- そうか、「いしよし」付き合って無かったのか?
付き合わせてやって下さい、お願いします。
- 237 名前:オースティン 投稿日:2002年11月18日(月)01時17分25秒
- 更新滞っててごめんなさい。
今月の終わりまでは忙しいので、それ以降に更新する予定です。
「いしよし」は、付き合ってないんです。ていうか、二人に「付き合ってる」自覚がないだけなんですけど(w
- 238 名前:8.変化 投稿日:2002年11月29日(金)00時41分40秒
- その次の日曜日。待ち合わせ場所である駅に行くと、すでに裕子が待っていた。
授業のときもそんなにカタい格好はしない裕子だが、今日はカットソーにジーンズというさらにラフなものだ。
ちょっとカッコイイ、と思いながら近づいていくと、向こうの方が先に気づいて手招きした。
「おーす矢口ぃ。2分15秒の遅刻やでー。」
どっかのアイドルみたいなことをヘラヘラとのたまっている。
「うるさいなー、誘ってやったんだから細かいこというなっ!」
挨拶代わりに悪態をついてやったが、裕子はあっさり頷いた。
「そうやなー、矢口から誘ってくれるやなんて思うてへんかったし。めっちゃ嬉しいで?」
「う…」
にっこり笑った無邪気なカオは、油断していただけにダメージ大。
不覚にも跳ね上がってしまった心臓をなだめすかして、何事もなかったように歩き出した。
- 239 名前:8.変化 投稿日:2002年11月29日(金)00時42分13秒
- 「…行こう、席なくなっちゃうぞっ」
ぷいと背を向けてしまった可愛い後ろ姿に思わずくく、と笑うと、裕子は急いで後に続いた。
「でもホンマにびっくりしたで?矢口、めっちゃ怒ったカオで映画の券つきつけてくるんやもん。」
映画に誘われたときの真里の様子を思い出したのか、裕子は思い出し笑いをかみ殺している。
「だーって!部室にいる奴の中から選ぼうかと思ってたんだもん!しかも裕ちゃんが一人で居るなんて思わなかったし…」
「しゃーないやろー、圭坊にCD返そうと思って待ってたんやから。つーか、アタシと映画見るの嫌やったん?」
顔を覗き込まれた真里は少しだけ下を向くと、小さな声で呟いた。
「…ホントに嫌なら誘ったりしないでしょ。」
それは自分でも気づいてた。部室にいた奴を誘う、というのは誰と交わした約束でもない。嫌なら誘わなければいいだけのことだ。
『…あたし、なにがしたいんだろ?』
ときどき、自分がわからなくなる。
なんとなく腑に落ちない思いを抱えつつ、真里は映画館に向かった。
- 240 名前:8.変化 投稿日:2002年11月29日(金)00時42分57秒
- *
「…あー、けっこー面白かったなあ。」
「うんうん、すっごい笑えたねー。泣けるとこはちゃんと泣けたし。」
映画を見終えて、二人はロビーでさっそく感想を言い合った。
あの役の誰がよかった、とか、あのシーンが面白かったとか。
「そういえば、わりとジャズ多く使われてたねー。」
「そうか?ようわからんかったけど。」
「えーとね、ほら、海のシーンでミスティ流れてたし、ダンスパーティーにはアイガットリズム使われてたでしょ。あとは、スイングしなけりゃ意味ないぜ、とか。」
音楽のことを語る真里は、とてもいい顔をする。
「やっぱり矢口は音楽好きなんやな。」
「え…」
思いもよらないところでやさしく微笑まれて、真里は少し戸惑った。
「かーわいいなぁー」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、胸の辺りがむずむずする。
「…もーいいから、なんか食べに行こうよ。おなかすいちゃった。」
裕子の手を振り切って下を向くと、真里は小さくため息をついた。
…最近裕子といるとちょっとおかしいよなあ、自分。
- 241 名前:8.変化 投稿日:2002年11月29日(金)00時43分37秒
- なんだかんだと思うところはあったけど、それでも真里はその日を楽しく過ごした。
いい店知ってるから、とついて行ったパスタの店は本当に美味しかったし、ふらりと立ち寄った店にあったプーさんのぬいぐるみが可愛いと言ったら裕子は『今日のお礼』と言って買ってくれた。
裕子と過ごす時間は、楽しかった。
「…じゃ、気ぃつけてな。」
帰りは裕子が駅まで送ってくれた。改札の入り口で、次の急行を待つ。
電車がくるまで、あと5分。
「ありがとなぁ、今日誘ってくれて。裕ちゃんめっちゃ楽しかったわ。」
「あたしも楽しかったよ。ありがとね、プーさん。」
屈託なく微笑むと、裕子は一瞬淋しげな顔をして見せた。
「…なあ、矢口。」
「何?」
「こないだ言うたこと、忘れてくれるか?」
「え…」
こないだのこと、といえば思い当たることは一つだけだった。
- 242 名前:8.変化 投稿日:2002年11月29日(金)00時44分20秒
- 「なんで…?」
「あー…なんていうか、気持ちが大きくなりすぎてほとんど勢い任せに伝えてしまったけど、考えたら矢口に対する配慮と言うか、そういうのが足りなかったなあ、と思ったんよ。困らせるってわかってたはずなのになあ。…それでも今日いつもどおり接してくれて、それですごい楽しかったから…今のままの方がえーんちゃうかな、って…」
そこで言葉を区切ってふわりと笑うと、軽く髪をかきあげる。
真里はなぜだか不安になった。
なんだろう、なんでだろう。
今まで通りが一番だって言うのは自分でもよくわかる。
なのに、どこか悲しい。
もどかしさから曖昧に頷くと、『電車、もう来るで』と促されて、そのままお別れになった。
思いがけず生まれた胸のつかえは、電車に乗ってしばらくたっても、自分の家に帰り着いても、治まることはなかった。
- 243 名前:オースティン 投稿日:2002年11月29日(金)00時45分17秒
- ちょっとだけ更新です。だいたい現実の季節に合わせたかったのにもう冬!ショック
- 244 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月29日(金)01時12分18秒
- 更新ありがとうです。
寂しげな裕ちゃんの表情想像できます(w
写真集にもあったし(w
矢口の心の変化に期待。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月29日(金)21時20分33秒
- わ〜い、更新されてる!
矢口の微妙な心の揺れがいいですね。
今後に期待!です。
- 246 名前:オースティン 投稿日:2002年12月04日(水)21時24分44秒
- >244、255
お待たせして申し訳ありません。ついてきていただいてありがとうございます☆
そしてうちの矢口さんは結構苦労人です(w
- 247 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時25分30秒
- 胸のもやもやの正体に気づかないまま、毎日だらだらみんなと遊んだりピアノを弾いたりしているうちに、真里の夏休みが終わろうとしていた。
結局あれから裕子に会っていないし、連絡も取っていない。
「…なんだこりゃー…」
例のごとく自分の部屋に仰向けになって呟く。
最近の自分は少しおかしい。意味もなくイライラしたり、何もないのに泣きたくなったり。
そしてそういう時は決まって、いたずらっぽい表情で笑う裕子と、少し淋しげに俯く裕子が同時に脳裏を掠める。
〜♪♪♪〜
- 248 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時26分08秒
- 「お?」
放り出していた携帯の着信に体を起こす。ディスプレイに映し出された『保田圭』の文字を確認して、通話ボタンを押した。
「はーい。もしもーし。」
『あ、矢口?今大丈夫?』
「大丈夫よー。オイラ一人でゴロゴロしてたし。」
『…暇人だなー。あのさ、じゃあ今から部室来れる?こないだ話した学祭の打ち合わせなんだけど、あさってだとカオリが来れないらしいから今日やれないかなって。』
唐突な誘いではあったけど、真里にとっては都合がよかった。一人で家にいると気が滅入ってしまいそうだし、ちょうど外の空気も吸いたいと思っていた。
「わかった、すぐ行くよ。」
軽く体の関節を鳴らしてから、真里は原付のカギを手に取って家を出た。
*
- 249 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時26分47秒
- 真里が到着した頃には、すでに大半のメンバーが来ていた。そして。
「おっす矢口ぃ。なんか久しぶりやなー。」
…裕子もいた。
しかも、梨華にべたべたとちょっかいを出している。
「石川〜、あんたまた黒くなったんとちゃうか?」
「えー、そんなことないですよぉー。あはは」
石川も、逃げる素振りを見せつつも楽しそうに裕子とじゃれている。
『…なんだよ裕子のアホ。あたしのこと好きだとか言ったくせに、梨華ちゃんの方がイイってのか?』
ふと、そんな気持ちが胸に湧いて。真里は、愕然とした。
…今、あたし何思った?
これじゃ、ヤキモチ妬いてるみたいじゃん。
ていうか…
ヤキモチなんだ。これはきっと。
あたしは、裕ちゃんが…
にこにこと笑っている裕子を見て、ずっと胸にたまっていたもやもやも正体がわかった気がした。
- 250 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時27分21秒
- 「矢口さん?何ぼーっとしてるんですか。」
「わっ。あ、ああよっすぃー…何でもないよ、大丈夫。」
いつの間にか隣に立っていたひとみに必要以上に驚いてしまい、慌てて取り繕った。
「なんでもないって感じじゃないですよ?最近ちょっと矢口さん変です。ぼーっとしてることが多いっていうか、何してても上の空みたいで。」
「え…そう見えた?」
「はい。かなり。」
…あちゃー。ダメだなあ、まわりに心配かけるようじゃ…
「ごめんごめん。オイラは大丈夫だよ。ちょっと夏休みボケしてただけだからさあ。」
「そうですか?ならいいんですけど。……あー、ていうかなんか…」
「ん?」
ひとみが見つめる視線の先を真里も追う。
そこにいるのは、先ほどと同様に梨華に絡む裕子。
「ヤキモチですかね、これ?」
「えっ!?」
心を読まれたような思いがして、思わず体が硬直する。
- 251 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時28分41秒
- しかし、真里の予想に反してひとみはきょとんとした目でこちらを見下ろしていた。
「なんでそんなにびっくりするんですかー?…あー、やっぱおかしいっすよね、先生にヤキモチ焼くなんて。」
「え…あ、…もしかして吉澤の話?」
内心ドキドキしながら言ったセリフに、ひとみは『他に誰がいるんですか』と頬を膨らませた。
「最近、梨華ちゃんが他の人と仲良くしてるとちょっと不安になるんですよねー。あたしよりもその人の方が梨華ちゃんにとって大事な人になっちゃったらどうしよう、とか。あたしだってまだ梨華ちゃんのことそんなに深く知ってるわけじゃないかもしれないのに、おかしいなって思うんですけど。…なんか、子供みたいですね、こんなこと思うの。」
ひとみはあはは、と笑うと、『あたしももうちょっとジリツしないとなあ』と言いながら梨華たちの方へ歩いていった。
- 252 名前:9.気づいちゃった 投稿日:2002年12月04日(水)21時29分23秒
- ……それすっげーよくわかるよ、よっすぃー。
真里は心で呟いて少し苦笑すると、ある決意を固めた。
どのみち、このままにしとくわけにもいかないんだし…
「ねえ、カオリ。学祭でやる曲のことなんだけどさあ…」
あたしはまた、とんでもなくバカげた道を選ぶのかもしれないけど。
バカで結構、上等じゃん。
- 253 名前:オースティン 投稿日:2002年12月04日(水)21時29分54秒
- 更新です。
矢口さんは何かを決めたようです。
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月06日(金)00時27分59秒
- 続きが楽しみです。
- 255 名前:読者 投稿日:2002年12月09日(月)12時59分31秒
- 矢口がんばれ〜!!
よっすぃがんばれ〜!!
裕子がんばれ〜!!
- 256 名前:オースティン 投稿日:2002年12月11日(水)12時45分09秒
- >254
ありがとうございます、もうすぐやぐちゅー編も完結の方向です。
>255
がんばっててもどこかマヌケな三人に愛着が湧いている作者です(w
- 257 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時46分14秒
- 長いと思っていた夏休みもあっという間に過ぎ、真里たちの大学では学祭に向けての動きが盛んになり始めていた。
三日間の学祭期間中ずっと演奏するわけだから、みんな練習にも気合が入っている。
もともと吹くのが大好きな真希はほとんどサックスを手放すことなく一日中吹いていたし、ジャズ研でありながら『ジャズは苦手』だと普段から言っているなつみも、年に一度の大きいイベントだからと必死で練習していた。
そして、学祭前最後の打ち合わせの日。全員で当日の動きを確認しあって解散した後、真里はひとみを呼びだした。
「…あのさ。ちょっといい?」
「?なんですか?」
- 258 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時47分07秒
- 「急な話で悪いんだけどさ。ちょっと事情があって、午後の部の頭に急遽もう一曲入れたいんだ。どの曲にしようか迷ってるうちに言うのが遅れちゃって申し訳ないんだけど、できるかな?」
ひとみは一瞬首をかしげると、軽く頷く。
「いいですけど…キメの入った難しいこととかはできないですよ?もう来週本番ですし。」
「ああ、全然かまわないよ。あたしがテーマとったあと適当にソロ吹いてくれればいいから。バックはもう頼んであるし。…で、曲なんだけどさ…」
そう言いながら楽譜をめくると、付箋をはさんであったページで手を止めた。
「…これ、やりたいんだけど。いい?」
「これですか?あたしはかまわないですけど…あれ、でも矢口さん前にこの曲歌うの苦手だって言ってませんでした?」
譜面をさして指摘したひとみに決まり悪そうに頭をかくと、真里はさっぱりと笑って見せた。
- 259 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時47分48秒
- 「そう、なんだけどさ。ちょっとこれしかないんだよね。」
「?…よくわかんないけど、まあ矢口さんがいいなら。」
「悪いね、わがまま言って。ていうか、よっすぃーにはなんだかんだ世話になった気がするから一緒にやって欲しかったんだ。」
しし、と笑った真里を、ひとみは怪訝そうに見つめた。
「…あたしなんかしましたっけ?」
「いーや。なんつーのかな、つまり道は右か左かだけじゃないってことなのだよ。」
「…?」
ますますわからないといった風情の後輩とは対称的に、真里はどこまでもたのしそうに笑っている。
- 260 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時49分29秒
- そして、学祭当日。
ジャズ研一同は、例年通り借りた小さな学生ホールで演奏準備を進めていた。
「ごっちん!外音どう?」
「んー…ピアノ、もう少し上げて。」
音のチェックをするために演奏をして、真希は客側から手の動作で指示を出す。
開演まで、あと少し。
やることのなくなってしまった圭はホールの隅でその様子を眺めている。
「Hey、ケイ!暇ならこっち来て、カクテルの味見してくれる?」
「あ、うん。いただくよ。ありがとう。」
ここのジャズ研の一番のファンであるアヤカも、今年は学祭企画に協力してホールに仮設バーを設置することになっている。
ジャズの演奏に加えてカクテルを売れば、客も増えるだろうというアヤカの提案である。
圭はよっこらしょと立ち上がって、グラスを準備しているアヤカの前に座った。
- 261 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時51分09秒
- 「ケイ、学祭がんばってね。ここの売り上げの一部はジャズ研にカンパするつもりだから。まあ、普通のバーにしたらチャージ料くらいにしかならないけど。」
きれいな手つきでカクテルを作り始めた仕草に見惚れつつ、圭は首を振った。
「いや、そこまでさせられないよ、アヤカ。気使わなくていいのに。」
「いいの、あたしはこのサークルの一番のファンなんだから。何かさせてくれたっていでしょ?」
いつもニコニコしているくせに言い出したら聞かないアヤカの性格をわかっている圭は、黙って微笑んだ。
「はい、どうぞ。これ、ケイのために作ったオリジナルよ。」
「おっ、サンキュー。…きれいだね、これ。名前は?」
薄いブルーのカクテルを日に透かしてみる。
「そうね…じゃあちょっとジャジーに、『summer time』なんてどう?」
「いいね、過ぎ行く夏に乾杯…って?」
カウンターの端にカチンとグラスを合わせたところに、ばたばたと裕子がやってきた。
- 262 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時52分34秒
- 「いやー、すっかり遅くなってごめんごめん。うあっ!ずるいで圭坊、朝から一人で飲みやがって!アヤカ、裕ちゃんにもなんかカクテル作ってやー。」
「ユウコは飲みすぎるから後でね。」
くすくすと笑って裕子を一蹴したアヤカはさすがツワモノだな、などと圭が考えていると、矢口が緊張した様子で歩いてきた。
「あぁ〜、もうすぐ本番だー!歌詞忘れるっっ!!っていうかこの部員数じゃ出番多すぎ!」
頭をぐしゃぐしゃとかきむしっているしかめっ面の先輩に、でかい後輩がプープーとマウスピースを鳴らしながらくっついてくる。
「大丈夫ですよ矢口さん、あたしなんて自分の出る曲がどれだったか忘れてますから。」
「おおさすがよっすぃー!なかなかの大物っぷりだな……ってオイ!ちゃんと確認しろよ!!ほらプログラム!!」
「ぷー。ぷぷぷぷーー」
さらにテンパる真里をひとみは困ったように見降ろす。
- 263 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時54分09秒
- 「なんかだいぶ先輩っぽくなってきたなあ、矢口。去年は最年少でちょろちょろしてたのに。」
裕子は大小コンビを見ておかしそうに笑っている。
「うあ、そうだ裕ちゃん。ゼミの課題の件で話があるからちょっといい?二分で済むから。」
「ん?ええよ?」
突然の呼び出しに面食らったようだったけど、裕子はすぐに頷いた。
「ごめんねみんな、すぐ戻るからさ。」
真里はホールの外に裕子を連れ出してドアを閉めると、小さく息をついた。
「矢口がゼミの質問するなんて珍しいなあ。改心か?」
すっとぼけた顔ですっとぼけたことを抜かす裕子に内心呆れつつ、真里が振り向く。
「…裕ちゃん。そんなのみんなの前で呼び出す口実に決まってるでしょ?鈍いなー。」
「え?そうなん?…んじゃ何?」
きょとんとした表情で首をかしげるしぐさがちょっと可愛いな、なんて思えて、自然に笑みがこぼれた。
- 264 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)12時59分07秒
- 「あのさあ、裕ちゃんはあたしに好きだって言ってくれたけどさ、あたしはなんの返事もしてなくてずっとすっきりしなかったんだよ。なんか裕ちゃんは『忘れてくれ』とか言うからますます不完全燃焼で。…でね、いろいろ考えたんだけど、今日あたしなりの返事するから。」
「え…今日?」
「そう。今日の午後の部で一番最初にやる曲が、あたしの返事。」
曲が返事といわれてもわけがわからない裕子は、しきりに首をひねっている。
「…ようわからんけど…とりあえずそれを聴いたらええんやね?」
「うん。それでよし。…じゃ、あたし行くから。ちゃんと聴いてよね。」
今まで裕子が見た中でもかなり上位に食い込むほどキレイな顔で笑った真里を見送ると、裕子はまたしても首をかしげた。
- 265 名前:10.本番本番。 投稿日:2002年12月11日(水)13時01分00秒
- 更新です。あと二、三話でやぐちゅー終了…のつもり。
むしろやぐちゅー終わったあとが心配です。マイナーだから…
- 266 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)00時07分38秒
- カクテルコンビ???
読みたい、マイナーでもいい。
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)00時17分14秒
- マイナー??
やすごま???
でも読みたい…。
つうかもしやすごまなら小躍りして喜びます。
- 268 名前:オースティン 投稿日:2002年12月12日(木)02時50分38秒
- >266
ありがとうございます☆こういうレスをいただけるとやっぱり活力源になりますね。
次回は某リーダーと、「いい子なのにね」でお馴染みのあの人の話です。(バレバレ)
>267
やすごま、シリーズ完結編で書く予定です。気長にお待ちいただけたら嬉しいです(w
- 269 名前:11.All Of Me 投稿日:2002年12月12日(木)02時51分24秒
- 定刻通り始まった演奏会は、順調に滑り出していた。
スタートは一年生トリオが中心で、真希の好きな『confirmation』から始まる。
相変わらずパンチの効いた真希のアルトと、アップテンポでもどっしりとして落ち着いたひとみのトランペットは絡み合うと素晴らしく厚みが出る。梨華のバッキングもキレイに入っていて、好調な出だしだった。
途中でひとみが次にやる曲を忘れたり、梨華がイントロをとちって焦ってしまう場面もあったけれど、みんなそれぞれに演奏を楽しんでいたし、アヤカのバーが功を奏したのか客もそこそこ入っていた。
そして、真里のボーカルが中心である午後の部が始まった。
- 270 名前:11.All Of Me 投稿日:2002年12月12日(木)02時54分12秒
- 「みなさん、今日はありがとうございます。はい、無事に午後の部が始まったわけで一安心なんですけども、えーと、ここで一曲、ほとんど予定外だったんですが、私が急遽みんなにお願いして練習した曲を演奏したいと思います。」
ちらりと顔を上げて薄暗い客席の方を見ると、裕子がバーカウンターからこっちを凝視してうんうんと頷いていた。
…どうやら、ちゃんと気づいているようだ。
「歌は気持ちだ、ってよく聞く言葉ですが、実際気持ちを全部歌に込めるってすごく難しいことなんです。…でも今日は、できるだけそれを忘れないようにこの歌を歌おうと思います。では、聴いてください。」
そこで真里は梨華に合図をすると、軽快なイントロが始まった。
ブラシを使ったなつみのドラムも心地よく響く。
- 271 名前:11.All Of Me 投稿日:2002年12月12日(木)02時55分17秒
- 「All of me… why not take all of me
Can't you see …I'm no good without you…」
裕子は、真里に言われたとおり、食い入るように聴いた。
それこそ、小さな子供のように口を開けたまま。
「Your good-bye …left me with eyes that cry
How can I get along without you…」
裕子の大好きな、愛らしい鈴のような歌声。その声に酔いしれつつも、裕子は必死にこの曲に潜む見えないメッセージについて考えた。
- 272 名前:11.All Of Me 投稿日:2002年12月12日(木)02時56分27秒
- 「You took the part… that once was my heart
So why not… why not take all of me!」
しかし、ジャズをよく知らない裕子にこの曲の意味はわからなかったし、英語だってそう得意な方ではない。
そうこうしているうちに、ひとみのソロが始まり、場内は真里のテーマに対しての拍手が響き渡った。
「…All Of Meね。マリ、また上手くなったみたい。すごく綺麗な声。」
カウンターに頬杖をついてにこにこと真里を見ているアヤカを慌てて振り返る。
「なー、この曲ってどんな意味の曲なん?曲自体は聴いたことはあるような気がするんやけどなあ…」
腕組みをして考え込む裕子に、アヤカは悪戯っぽい笑みを向けた。
「…ふふ。これはね、歌詞の内容としては、『あなたがいないとダメだってことわかってるでしょ、どうして私のすべてを奪っていってくれないの?』っていう意味の曲なのよ。キュートでしょ?」
「……へ?」
- 273 名前:11.All Of Me 投稿日:2002年12月12日(木)02時58分07秒
- この上ないマヌケな顔で再びステージに目を向けると、照れたような苦笑いの真里と目が合った。
「矢口……?」
客席を暗くしていなかったら、きっとアヤカに指摘されてしまうくらいに赤い顔をしているであろう裕子の表情は、いまだマヌケに固まったままである。
「All of me… why not take all of me…」
真里がテーマに戻って再び歌いだした時、裕子にはこの曲がさっきより何倍もいい曲のように聞こえていた。
- 274 名前:オースティン 投稿日:2002年12月12日(木)02時59分08秒
- 更新です。訳あってハイペースに。
- 275 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)09時46分46秒
- ハイペース更新嬉しいです〜!
いい感じの展開。
楽しみです。
- 276 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)13時36分48秒
- イイッスねぇ〜!
「All Of Me」、自分もとても好きな曲なんで嬉しいです。
次回更新、お待ちしておりますね。
- 277 名前:オースティン 投稿日:2002年12月13日(金)02時32分43秒
- >275
ありがとうございます。
いい感じになってきたところで最終回です(笑)
>276
おお、ジャズ好きさんですか?いいですよね、All Of Me☆
- 278 名前:12.あたしのすべて 投稿日:2002年12月13日(金)02時34分42秒
- 「やっ、やぐやぐやぐち!!」
「…な、なんだよー。」
その日の演奏終了後。
学食前の自販機でコーヒーを買って一息ついていた真里のセーターをしっかりと捕まえて、裕子は息も絶え絶えに声をかけた。
「お、お話があります!」
「…だからなんだよー。」
子供のように狼狽している裕子の震える声に思わず笑ってしまいそうになるが、ここはひとまず我慢。
…だって、真里は知っているのだ。
真里のあの歌が終わった瞬間から、裕子が客席でずっと落ち着きなく立ったり座ったりしていたことを。おまけに、持っていたカクテルグラスを派手にひっくりかえして圭に怒られていたことまで。
- 279 名前:12.あたしのすべて 投稿日:2002年12月13日(金)02時35分51秒
- 「な、矢口。あの曲…アヤカに曲の意味聞いたんやけど…そのー…なんか、まるであたしにとって都合のいい解釈みたいで…でもそれが間違ってたらあたしアホみたいやし、だから矢口に訊こうと、思って…」
しどろもどろになりながら俯き加減に喋る裕子が、たまらなく可愛い。
――まったく、追いつけないほど大人かと思えば、ふっと子供みたいなカオするんだよなあ…。
胸に生まれた甘い疼きを苦笑いで誤魔化して、真里は大げさにため息をついて見せた。
「あのねえ、あの曲を他にどう解釈しようっての?自分の今の気持ちをどうやって表現しようか、あたしだって必死だったんだよ?」
「そ、そうですよね…ごめんなさい…」
なぜか子犬のように縮こまってしまっている裕子を安心させるように、真里はやんわりと微笑んだ。
- 280 名前:12.あたしのすべて 投稿日:2002年12月13日(金)02時42分53秒
- 「…あたしはさ。裕ちゃんみたいに割り切った考え方できないし、まだ子供だし…それに正直、今裕ちゃんに対して感じる気持ちが恋愛感情だって言い切れる自信もない。でも、すごく必要としてるし、そばにいて欲しいと思ってる。」
「…うん。」
裕子は頷いた。さながら、誓いの言葉のように。
「だから、もう『忘れろ』なんて言わないで。あたしのこと好きだって言うんなら…もう裕ちゃんなしじゃいられないって思っちゃうくらい、好きにさせてよ。中途半端じゃなくて、あたしの全部、持っていって。」
「…うん。がんばる。絶対好きにさせたる。」
二度目の頷きは、最高の笑顔で。
- 281 名前:12.あたしのすべて 投稿日:2002年12月13日(金)02時43分43秒
- 「約束、な?」
小指を立てて、右手を差し出した。
少し笑って同じように手を出した真里の小指に自分のそれを絡めて、軽く上下に振る。手が離れてしまう前に、裕子はすばやくその小さな手を口元に引き寄せてキスをした。
「あっ」
咎めるような真里の声に、裕子は上目遣いで応えた。
「…これくらいは、ええやろ?」
「………今はまだ、ボーダー…かな?」
戸惑いを含んだ様子にくすりと笑うと、そのまま手をつないだ。
「じゃ、戻ってアヤカになんか作ってもらおーや。どうせみんなこのまま飲むんやろ?」
「そーだね。あー、オリジナルのカクテルとか飲みたいなあ。なんかカッコイイ名前付けてもらってさ。」
- 282 名前:12.あたしのすべて 投稿日:2002年12月13日(金)02時44分29秒
- ここ数日見せたことのなかったすっきりとした表情を取り戻して、真里はニカッと笑った。
――これから自分たちがどうなるかなんて、きっと誰にもわからない。
でも、どんな形であれあなたが必要なことに変わりはないから。
「名前つけるなら、絶対『All Of Me』やな。これだけは譲れへんで。なんせ今日はある意味記念日やし。」
「えー?何の記念日だよー。ていうかそもそも裕ちゃんその曲今日聴くまで知らなかったでしょ?」
「そ、そんなことないよ、ちゃんと知ってたって!もーここ最近は三度の飯よりAll Of Meやったで?」
「うわ、超嘘つきだよこの人!」
――名前なんてつけられない関係かもしれないけど、とにかく今は一緒にいよう。
演奏会は終わったというのに、二人が向かうホールからは相変わらず楽しげな音楽が溢れ続けていた。
―END―
- 283 名前:オースティン 投稿日:2002年12月13日(金)02時52分34秒
- やぐちゅー編『All Of Me』終了しました。
えーと、正直今回結構苦しかったんですけど、なんとか書ききれて一安心です。
本来やぐちゅー書きじゃないもんで読み手の萌えどころを掴むのも難しくてイマイチな点もあったと思いますが、読んでくれた皆さんありがとうございました☆
…というわけで次回はまったくの新境地である「かおみち」です。よろしければまた読んでください。
- 284 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月13日(金)08時45分26秒
- こういう雰囲気のやぐちゅーって中々無いですよね
ハッキリ言ってすっごく良かったですよ
気が向いたら二人のその後も書いて下さい
お疲れ様でした
- 285 名前:Strong Four 投稿日:2002年12月14日(土)19時01分24秒
- “あなたは私の心を奪ったのに
どうしてすべてを奪ってくれないの?”
アソコで矢口に“All of Me”歌わせるなんざ、作者さん絶対卑怯!!
おぢさん泣いちゃったよちくしょぉ〜
それでも“All of Me”は矢口ではなく
キーが高くてちょっとしゃがれたビリーホリデーの声しか想像できない自分って・・・
- 286 名前:オースティン 投稿日:2002年12月17日(火)00時59分02秒
- >284
そういってもらえるとすごく嬉しいです。ありがとうございます。今後もちょくちょくこの二人は出てくるんじゃないかな…と思ってみる。
>285
してやったりですな(笑)
矢口は自分の中では、けっこういつもの矢口らしく可愛く歌っております。
矢口の声はあんまりジャズ向きじゃないんですけど、可愛いからよし!(爆
- 287 名前:Lover,Come Back To Me〜1.冬ですじょ。〜 投稿日:2002年12月17日(火)01時01分08秒
- 12月に入って、キャンパスもだいぶ冬めいてきた。
構内に植えられた木々たちも、枯葉を落としつくしてすっかり裸になっている。
…そしてここジャズ研も、部員のくつろぐ様はすっかり冬である。
- 288 名前:1.冬ですじょ。 投稿日:2002年12月17日(火)01時02分27秒
- 「…いやー、この時期はやっぱり焼き芋だよねー。」
「ほんほ、はべものがおいひぃっへ幸せだね。」
ひとみと真希は、部室のダルマストーブの上で焼いた焼き芋を手にほくほくしている。
「…後藤、口にモノ入れて喋るのはやめなさいって…。しっかし古いなーこのストーブは…。エアコン入れてもらえれば夏も楽なのに。」
銀紙に包まれた焼き芋をストーブからおろしつつ圭がぼやく。
「いーじゃん、これのおかげで焼き芋食べれるわけだし。あ、正月はお餅も焼けるねー。」
にこにこと嬉しそうな真希にうんうんと頷くと、ひとみは部室の隅のセッション場をちらりと見た。
「…それにしても…」
- 289 名前:1.冬ですじょ。 投稿日:2002年12月17日(火)01時03分04秒
- その目線の先には、心ここにあらずといった表情でベースの『みちよさん』を奏でる圭織がいた。
「飯田さん、最近おかしくない?」
「まあ、カオリはもともとちょっと変だけどねえ。」
「いや、確かにそうなんだけど…。なんていうのかなあ、なんか落ち着かないっていうか、そわそわしてるっていうか。一日中あーやってぼんやりベース弾いてるかと思えば突然ため息ついてどっか行っちゃったり、しょっちゅう携帯眺めたりしててさ…」
思い出せる限りの圭織の行動を真希に話して見せると、真希も思い当たったように頷いた。
- 290 名前:1.冬ですじょ。 投稿日:2002年12月17日(火)01時03分40秒
- 「そういえば、こないだあたしが練習してたらさー、圭織がすごい真剣な顔で『クリスマスって今月だよね?』って言うんだよ。『当たり前じゃん?どうしたの?』って言ったらなんか『そうだよね…』とかってぶつぶつ独りごといいながらどっかいっちゃってさ。確かにちょっと変かもね。」
なんかあったのかな?と、焼き芋片手に二人で首をかしげていると、圭がぽつりとつぶやいた。
「…そっか、もうすぐクリスマスだもんね…」
「?」
なにか特別な理由があるような気がしたけど、圭の深刻そうな目に二人とも何か訊くことはできなかった。
- 291 名前:オースティン 投稿日:2002年12月17日(火)01時05分09秒
- こんな感じで、第三部「Lover Come Back To Me」開始です。
なんか毎回タイトルが長い気もしますが…
- 292 名前:2.まだ見ぬ先輩。 投稿日:2002年12月19日(木)01時55分34秒
- その後二人して図書室に向かう途中、ひとみと真希はさっきのことについてあれこれ
と話し合っていた。
「…なんかあるのかな、クリスマスに。ごっちんなにか知ってる?」
「うーん…圭織がクリスマスに??」
ひとみより早く入部していた真希も、何も知らないらしい。
二人して考え込んでいると、図書室から出てきた梨華とばったり鉢合わせた。
「あっ、梨華ちゃん。」
「あー、ごっちん…うわっ」
梨華がバランスを崩して落としかけた大量の本を真希が支える。
- 293 名前:2.まだ見ぬ先輩。 投稿日:2002年12月19日(木)01時56分18秒
- 「あーあー。一人でこんなに持ってたら危ないって。何処まで持ってくの?」
「えーとね、経済棟の研究室。」
「じゃあ一緒に行くよ。半分持つから。」
真希が梨華から本を受け取って、さりげなくエスコート。
「ありがとー、ごっちん優しい☆」
「いやいや、そんなことあるけどね。あはっ」
…ああ、乗り遅れた。
仲良く歩き出す二人の背中をぽかんと見詰めて、ひとみ愕然。
「よしこー?なにボーっとしてんのさ。行くよー。」
「あ、はい…」
吉澤ひとみ、ポジション・オトコマエ。
弱点:意外とヘタレ。
- 294 名前:2.まだ見ぬ先輩。 投稿日:2002年12月19日(木)01時57分11秒
- 三人で冬枯れの校舎を歩きがてら、真希が例の話を持ちかけた。
「そういえばさあ、梨華ちゃんあたしたちの中で一番早く入部してたじゃん?圭織のこと、なんか知ってる?」
「飯田さんの?どんなこと?」
「なんかさー、最近圭織がいつもに増してヘンなのね。したら圭ちゃんが『そっか…もうクリスマスだもんね…』って、意味深なこと言うからさ。」
微妙に圭のモノマネを交えて話す姿にひとみは噴き出す。
「ごっちん、似てない。」
「いーの!とにかく、なんか含みのある言い方だったから気になってるんだけどちょっと訊けなくてさあ。」
「飯田さん?クリスマス……あ。」
何か思い当たったように、梨華が立ち止まった。
「なに?なんか知ってるの?」
- 295 名前:2.まだ見ぬ先輩。 投稿日:2002年12月19日(木)01時58分23秒
- 「クリスマスで思い出したんだけど…保田さんのひとつ上の代の先輩で、平家さんって人がいるの。卒業遅らせて、去年のクリスマスからニューヨークに留学してるんだけど、一年間だけの短期留学みたいだから今年のクリスマスには帰ってくるらしいんだよね。」
意外な『影のサークル員』の存在に、ひとみと真希は感心したように口を開けている。
「へー、じゃあ帰ってきたら来年もう一回四年生やるわけか。そしたら一年間、あたしたちとも一緒にサークル活動するんだねー。全然知らなかったなあ。」
うんうんと頷く真希の横で、ひとみは首をひねっている。
「でもそれって、飯田さんとどう関係が?」
「あたしもそれはわからないけど…ただ、一つだけ気になる関連はあるんだ。」
「え、なに?」
意味深な言い方に興味を惹かれたように、二人が梨華に顔を寄せた。
「その人のフルネーム、『平家みちよ』さんって言うんだよね。」
「みちよさん…」
「みちよさんって…」
二人の脳裏には、圭織が艶かしくあやつるウッドベース(通称みちよさん)のことがくっきりとよぎっていた。
- 296 名前:オースティン 投稿日:2002年12月19日(木)02時01分19秒
- 少しずつですが更新です。はたしてこのカップリングでどれだけの人が読んでくれるのか甚だ疑問ではありますが…
川‘〜‘)‖<ミッチャン、イイコナノニネ
- 297 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月19日(木)10時24分08秒
- みっちゃん大好きですよ!
圭織とみっちゃんの組み合わせって見たことないんで楽しみです(w
- 298 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月19日(木)19時13分48秒
- この二人のは初めて読むんですげぇ楽しみです。
クリスマス、どうなるのかめちゃ気になります。
- 299 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月20日(金)22時39分34秒
- 平家さんとカオリは仲良しさんだし、カオリの悩みとか
よく聞いてもらってたって話してましたよね。
ザ・テレビジョンでも、らぶらぶツーショットを連続で
披露してくれたし…カオリは本当に平家さん大好きなのでしょう。
続き、楽しみにしてます♪
- 300 名前:3.枯葉、想い、時間。 投稿日:2002年12月21日(土)02時34分47秒
- 「一年かあ…」
「ええ、一年です。」
「早いなあ、一年って…」
ひとみたち一年生三人組とは場所が変わって、圭となつみと真里の上級生チームは学食の隅でぼんやりとお茶を飲んでいた。
学年も学部もばらばらだが、サークル以外でも一緒にいるほどみんな仲はいい。
ちなみにここにいる三人、全員授業サボリ中である。
- 301 名前:3.枯葉、想い、時間。 投稿日:2002年12月21日(土)02時35分31秒
- 「いやーしかし、みっちゃんいつ帰ってくるんだろうねー。楽しみだなあ。すっげーアメリカナイズされてたりして。超アフロになってるとか。」
「はは、似合わないっての。…それにしても一年間手紙もほとんどよこさないで、一体なにやってるんだろうねえ。向こうで男でもできたかぁ?」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていたなつみが、その言葉にぴくりと体を揺らせた。
「…?どしたの、なっち?」
「ぅいや…あー、なんでもない。あはは。…あ、なっちちょっとトイレ行ってくるわ。」
「ああ、うん、いってらっしゃい…」
少し訝しげな顔をした真里に気づかないふりをして、なつみはその場を離れた。
- 302 名前:3.枯葉、想い、時間。 投稿日:2002年12月21日(土)02時37分08秒
- 「……ふー。」
学食を出て、長い廊下を歩く。
暖房が効きすぎていたくらいだったから、ここの寒さは逆に心地いい。
突き当りの非常口を出れば、きっと彼女がいるはずだ。あの子はこの時間、授業はないはず。
だってほら、もうあの音が聞こえる。
メトロノームと、弓を使った淋しげな低音。
「…圭織。」
音が途切れた。
「…なっち?」
「風邪ひくよ、圭織。」
圭織はロングコートにマフラーをしていたけど、ほとんど田舎といっていいほど山に近いこのキャンパスはかなり寒い。
枯葉に敷き詰められた非常口で、一人ウッドベースを奏でる圭織はとても悲しげで、綺麗だった。
- 303 名前:3.枯葉、想い、時間。 投稿日:2002年12月21日(土)02時38分09秒
- 積みっぱなしになっている古びたビールケースに腰掛けて、なつみはぽつりと呟く。
「…もうすぐ会えるね。」
圭織は小さく頷いた。
「…みんなはさ。一年経つの早かった、って言うんだけど…あたしには長かったよ。毎晩毎晩、一人であの部屋に帰るの、すごい淋しかった。」
表情だけでふっと笑うと、指先で軽く弦をはじいた。
「ねえ、なっち。」
「…なに?」
振り返って、圭織は少しだけすがるような目をした。
「あたし、何も変わってないよね?みっちゃんと過ごしたあのときと…なんにも変わってないよねえ?」
今にも壊れそうに揺れる圭織の表情に、なつみは無意識にその手を取った。
「変わってないよ。圭織、なにも変わってない。みっちゃんが好きな、やさしい圭織のままだよ。」
冷たい手。
少し赤くなった指先をそっと握ると、圭織はやっと表情を崩した。
「…ありがとう、なっち。」
――みっちゃん。
早く、圭織を迎えに来てあげて。
ここ数週間で少し痩せたような圭織の手を撫でて、なつみは心底そう思った。
- 304 名前:オースティン 投稿日:2002年12月21日(土)02時40分56秒
- >297
確かに、探してもなかったですみちかお(w
>298
できればクリスマスに完結するのが理想ですが…無理だろうなあ★
>299
おお、そんなことがあったのですね。プチ情報ありがとうございます!
設定は固まってるけど書くのは難しいなあ…
- 305 名前:4.じゃ、そうしちゃえば? 投稿日:2002年12月22日(日)01時14分19秒
- 「えぇ?!飯田さんと平家さん、同居してたんすか?」
「うん、そう。ルームシェアリングってやつ?あの二人仲良かったしさ、その方が家賃とか生活費も浮くからって。みっちゃんが留学してからはカオリが一人で住んでるけど、帰ってきたらどうするんだろうなあ。」
ひとみの部屋で自分ちのようにくつろぐ真里が、湯豆腐に新しい白菜を投入しつつ呟いた。
「でも、そんなこと全然知らなかったですよー?あたしだって飯田さんと付き合い長いのに。」
ひとみの分を皿に盛ってあげながら梨華が心外そうな声をあげる。
- 306 名前:4.じゃ、そうしちゃえば? 投稿日:2002年12月22日(日)01時14分57秒
- 今夜はプチ鍋大会。
真里が豆腐と野菜持参でひとみの家に押し掛けたところ、例のごとくすでに梨華が来ていたわけだ。
「つーか石川、オマエはいつもいるな。」
「いやー、家近いからつい来ちゃうんですよねえ。」
ひとみは盛ってもらった豆腐をひたすらはぐはぐと食べている。
「いっそのことおまえらも一緒に住んじゃえば?」
「ぶっっ」
突拍子もない真里の一言に、ひとみは咀嚼中だった豆腐を勢いよく噴出した。
- 307 名前:4.じゃ、そうしちゃえば? 投稿日:2002年12月22日(日)01時15分40秒
- 「うわっ!なんだよよっすぃー、汚いなあ。」
「ごほ、ごほっ…いや、ちょっとびっくりしちゃって、ェホッ」
むせるひとみを不思議そうに見てティッシュを渡すと、梨華は再びひとみの皿に豆腐を入れる。
「ところで、平家さんてどんな人なんですか?」
「えー?どんな人って言われても、そうだなあ…」
缶ビールを一口煽って、一息。
「あー、みっちゃんは本来ギター担当なんだけどね、ほとんどマルチプレイヤーだからベースやドラムもできるんだ。だからカオリにベース教えたのはみっちゃんだったらしいよ。まあこれはあたしが入る前の話だけどね。」
「へえー、マルチプレイヤーかあー。かっけぇー!じゃああたしもそれ目指します!」
「…やめときなって。」
ノリノリなひとみに、梨華は少々呆れ気味だ。
- 308 名前:4.じゃ、そうしちゃえば? 投稿日:2002年12月22日(日)01時16分15秒
- 「…あーそうそう、みっちゃんってさあ、黙ってればすごい美人なのに、なーんか今ひとつ要領悪いんだよねえ。騙されやすいっていうかさ。それでよく裕ちゃんにもからかわれてたんだ。でさ、みっちゃん勉強の方も要領悪くて、前期の時点でほぼ留年が決定したときなんてもうみんなで留年パーティー!本人半泣きなのにみんな大爆笑でさ、ふふ。みっちゃん、いい子なのにね。」
何かを思い出すように遠い目をした真里を見て、ひとみは少しうらやましく思った。
自分のいない頃の、サークルの思い出。
でもきっと、来年自分に後輩ができたら、こんな風に今のサークルの話をするんだろう。
梨華ちゃんと二人で初舞台を踏んだことや、梨華ちゃんが実はキス魔なことや、梨華ちゃんが…
…あれ?梨華ちゃんの思い出ばっかりじゃん、あたし。なんで?
豆腐を口に運ぶ作業を再開して、一人首をひねるひとみ。
世の中には不思議がいっぱいである。
- 309 名前:4.じゃ、そうしちゃえば? 投稿日:2002年12月22日(日)01時17分02秒
- 「でも、その平家さんが帰ってくるって言うのに、なんで飯田さん元気なさそうなんでしょうね?もうちょっと浮かれたっていいはずなのに。」
「そうそう、それはオイラも気になってたところなんだよなあ。圭織だけじゃなくてなっちもちょっとおかしいしさ。なんでだろう?」
ひとみとは別の理由で、こちらの二人も首をひねった。
ほんとうに、世の中には不思議がいっぱいである。
- 310 名前:オースティン 投稿日:2002年12月22日(日)01時17分56秒
- ちょっと更新。
どんくちゃい吉子。
- 311 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時03分10秒
- 街にクリスマスの匂いが漂い始めた十二月の始まり。その晴れた日、なつみはカオリ
に呼び出され、キャンパス近くの喫茶店に来ていた。
なつみの前には、カオリとみちよがどこか緊張した様子で並んでいる。
「んで、どしたの?みっちゃんまでいるなんて知らなかったよ。何、話って?」
平和そうにホットココアをすするなつみとは対称的に、みちよはかなり思いきった様
子で口を開いた。
「…あー、そうやな。そのー…話、なんやけど…。単刀直入に言うで?実はな…あのー…アタ
シら、付き合ってんのよ。」
- 312 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時03分55秒
- 真剣そのものなその口調に、なつみはしばし絶句。
数秒後、きょろきょろと店内を見渡してカレンダーを探し始めた彼女をみちよは慌て
て制する。
「あのー、一応言うとくけど今日はエイプリルフールちゃうからね。」
「あっ、そ、そうだよね…ごめんごめん。えっとー…で、なんだっけ話は?」
狼狽して天然ボケをかますなつみを困ったように見つめて、みちよは頭を掻いた。
「いや、だからあのー…。あたしにとって圭織は一番大事な人なんよ。圭織もそう
言ってくれてるし…。一緒に住み始めたあたりからかな、お互いなんとなくそういう
風になったんは。」
照れたみちよをぽかんと見つめて、なつみは記憶の糸を手繰り寄せた。
- 313 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時05分02秒
- ええと、確かこの二人が一緒に住み始めたのはあたしたちが二年生に上がってすぐだ
から、四月くらいだ。
で、今は十二月。…ってことは…
「なぁんで半年以上も黙ってたのさぁ!っていうか、ほとんど同棲じゃん、それ!み
んなは?みんな知ってるの?」
「いや、あの、ほら、言いにくいやんこんなこと!だから誰かに話すのは、今なっち
が初めてだよ!」
みちよは今にも席を立ち上がらんばかりに興奮しているなつみを必死になだめる。
「へ?誰も知らないの?…四年生は?石井ちゃんやユキドンも知らないの?」
「うん。あいつらも知らんよ。」
…ほんとに、誰も知らないんだ。
- 314 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時05分45秒
- 少し落ち着いて椅子に座りなおす。ちらりと圭織の様子を伺ってみたけど、ちょっと焦ったようなみちよとは違って、ただにこにことしているだけだった。
「でも…なんでなっちだけなの?」
素朴な疑問をぶつけると、やっと圭織の方が口を開いた。
「みっちゃんね、今月、クリスマスになる前に…留学するんだ。アメリカに。」
へ?
……アメリカ…?
- 315 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時06分26秒
- 「なっち、またカレンダー探しとるやろ。」
「え?い、いや、そんなことないって。え?な、なんでまた?」
ああ、驚き続きで頭がついていかない。
「留年決定してしもたし、ここでもう一年くらい出るのが遅れても一緒かなあと思ってさ。留学なんて学生のうちくらいしかできひんし、本場の音楽にも触れたい。やりたいことはいっぱいあるんよ。」
あたたかな喫茶店の色に溶け込んで、みちよはわずかに目を細める。
「…一年間の短期留学だから、来年には帰ってくるけど…やっぱり圭織を残して行くのは心配やから。せめてなっちには全部話しておいた方がいいじゃないかと思ってさ。」
静かにミルクティーを飲む圭織は、やっぱり微笑んでいた。
…なんでだろう。淋しくないのかな?
みっちゃんの夢、本気で応援してるってことなのかな…?
- 316 名前:5.思い出される彼女の記憶。〜一年前〜 投稿日:2002年12月22日(日)15時07分03秒
- なにかしら胸に残るものはあったけど、気にしないことにしてなつみも微笑んだ。
「…そっか。うん。いろいろびっくりはしたけど…ありがとね、話してくれて。」
「おう!…なっちにそう言ってもらえると安心するわ。」
みちよが、さっぱりと笑った。
圭織も、元気そうだった。
だから、あたしは気づけなかったんだ。
二人がお互いをどれだけ深く愛しているかということに。
圭織が倒れたのは、みっちゃんが旅立つ二日前のことだった。
- 317 名前:オースティン 投稿日:2002年12月22日(日)15時07分45秒
- なにやら焦って更新更新。
クリスマスに間に合わないとは知りつつも…
- 318 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年12月23日(月)07時22分27秒
- 何かすごい面白いです!
がんばってください!
更新楽しみに待ってます!
- 319 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)15時57分51秒
- 「…圭織。本当に、帰らなくていいの?」
「うん…ぎりぎりまでずっと一緒にいたら、笑顔で見送る決心が鈍っちゃうかもしれ
ないし…」
みちよの出発の二日前。
圭織が突然、みちよの出発までなつみの家に居させてくれと頼んできたのだ。
「このまま二人で過ごしてたらあたし、本当は行かせたくないってこと言っちゃうか
もしれない…けど、そんなこと言いたくないし…みっちゃんも結構淋しがりだから
さぁ…」
ずっと俯いてなつみの部屋の隅に座り込んだまま、圭織はぼそぼそと語っていた。
暖房は効いているはずなのに、上着もマフラーもしたままで。
確かにふさぎこんでるようだけど、何か様子がおかしい。
- 320 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)15時58分21秒
- 「…とりあえずさ、なっちはいいんだよ?圭織がここにいても。圭織が後悔すること
になったりしなければさ。…あ、ちょっとお茶入れてくるね。」
そう言って、なつみが部屋を出て行きかけた瞬間だった。
ドサッ
「……圭織!?」
振り向くと、脱力したようにその場に倒れている圭織が目に入った。
苦しそうに、肩で息をして。
- 321 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)15時59分15秒
- 「圭織!大丈夫!?……!すごい熱じゃん!!何で黙ってたの!?」
急いでタクシーを呼んで、ぐったりとした体をどうにかソファーに横たえさせる。
「…なっち…圭織は大丈夫だよ。大丈夫だから…」
「大丈夫じゃないじゃん!みっちゃんは?このこと知ってるの!?」
真っ赤な顔で薄く目を開けると、圭織はそれでも十分強い目でなつみを見た。
「…みっちゃんには、言わないで。絶対……。言ったら、みっちゃんが行きづらくなる…」
「…圭織。」
こんなにつらいくせに。
淋しいくせに…
ごめんね、圭織。
あたしはどこかできっと、女の子同士の恋愛は一時的なものだなんて思っていた。
…みっちゃんのこと、本当に愛してるんだね…
- 322 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)15時59分49秒
- ――病院に向かうタクシーの中でもうわごとのように『みっちゃんには言わないで』
と繰り返していた圭織は、結局入院することになってしまった。
熱が高い上、体力もかなり落ちていたらしい。
二、三日で退院できると言われたものの、みっちゃんの見送りはできない。
- 323 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)16時00分31秒
「…迷惑かけちゃってごめんね。」
腕に点滴の管をつけられた圭織が、ぽつりと呟いた。
「迷惑だなんて、思ってないって。」
病室の窓から外を見る。
今にも雪が降りそうなほど、外の空気は冷たく凍っていた。
「…なっち。迷惑ついでに、ひとつわがままきいてくれるかな。」
「なに?」
圭織はベッド脇においてあった紙袋をなつみに渡した。
「みっちゃん、明日出発前に部室に顔出すと思うから。そのときにこれ、渡してくれ
ないかな。」
飾り気のない紙袋からは、ミルキーホワイトのマフラーがのぞいていた。
「…隠れて編むの、大変だったんだよ。」
くすくすと笑う圭織は、どこか儚げだった。
- 324 名前:6.友情・愛情〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)16時01分08秒
- きっとこうして自分に微笑みかける今でさえ、頭の中を彼女でいっぱいにして悲しみ
に耐えているんだろう。
そう思うと、なつみはいたたまれない気分になった。
「…わかった。必ず渡すね。」
灰色に揺れる空からは、霧雨が降り始めている。
- 325 名前:オースティン 投稿日:2002年12月24日(火)16時02分45秒
- >318
ああ、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。ありがとうございます☆
思ったより、長い。つらい(苦笑)
- 326 名前:7.旅立ち〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)16時03分47秒
- 圭織の言ったとおり、昼前にみっちゃんは部室に現れた。
みっちゃんを見送る計画をこっそりたてていたみんなで、嫌がる彼女を無理やり胴上げした。
まだ一年生の矢口はずっと涙目で、裕ちゃんにからかわれていた。
圭ちゃんは餞別にCDを渡していた。
同期のユキドンや石井ちゃんは、みっちゃんの肩を叩いて励ましていた。
圭織だけが、そこにいなかった。
- 327 名前:7.旅立ち〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)16時04分25秒
- 「…みっちゃん。」
「なっち?どうした?」
みんなでみちよを見送った後、なつみは一人で彼女を追いかけた。
キャンパスの入り口は息が白く舞い上がる。
「これ、圭織から。」
なつみが例の紙袋を勢いよくみちよに押し付けた。
「ぅわっ…と。え?…あ、マフラーや。」
中の物を取り出して、みちよはほんの少し嬉しそうな顔をする。
いつまでもそれを眺めたまま動かないみちよを見かねて、なつみがマフラーを巻いてやった。
- 328 名前:7.旅立ち〜一年前〜 投稿日:2002年12月24日(火)16時04分57秒
- 「…圭織、なっちのとこに泊まっとるんやろ?元気にしとる?」
「うん。…今日ほんとは見送り来るつもりだったらしいけど、ちょっと風邪気味だからって…。」
圭織に言われたとおり、なつみは嘘をついた。
「そうか…。」
何か想うように黙り込んだみちよは、カバンからテディベアを出してなつみに渡した。
「ほんとは直接渡そうと思ってたけど、これ。圭織に渡してくれへんかな?…あの子、淋しがりやから。」
みちよは、圭織と同じことを言っていた。
「…圭織、喜ぶと思うよ。」
なつみの言葉に嬉しそうに笑うと、彼女はぽんぽんと頭を撫でた。
「頼んだで、圭織のこと。」
「うん。みっちゃんも、気をつけて。」
お互いに秘めた自分の気持ちを押し隠しながら、二人は別れた。
―一年前。これが、なつみのみちよに関する最後の記憶になった。
- 329 名前:オースティン 投稿日:2002年12月24日(火)16時06分07秒
- 続けて更新。
なんていうか状況的にどんどんシリアスっぽくなってしまいまふ。
- 330 名前:8.そしてもうすぐクリスマス。 投稿日:2002年12月26日(木)02時16分57秒
- 「ただいまー…」
圭織は自分のアパートに入って、ぼそりと一人ごちた。
二人で住むにはやや狭いけど、学生が一人で住むには広いくらいの、この部屋。
ベッドに寝転がって、いつも枕元においてあるテディベアを抱きしめる。
二人で使ったベッド。みちよの枕。春まではうっすら残っていたような彼女の匂い
は、とっくに消えてしまった。
お互い、とても寂しがり屋だったから。
これが恋愛なのかどうかとか、正しいのかどうかなんて確認しあうこともなく、ここ
でいっぱい抱き合って、キスして、遊びの延長みたいに絡み合ってた。
だって、一人になっちゃいけない二人だったんだもん。
お互いが、必要だったんだもん。
そう思ってるのは、あたしだけじゃなかったよね?
- 331 名前:8.そしてもうすぐクリスマス。 投稿日:2002年12月26日(木)02時17分46秒
- 寂しさに耐え切れず、圭織は幾度となく聴いた留守電の声を再生させた。
一年前、退院した圭織がこの部屋に帰ってきたときに入っていたものだ。
ガチャガチャという機械音の後に、擦り切れたレコードのようにくぐもった声が流れ出す。
『――…圭織。風邪は治ったか?あたしはこれから飛行機に乗ります。…日本を出る前に会いたいと思ったけど、離れがたくなりそうなので今は逆に有難かったと思っています。…で、あのー……あたしが帰ってくるのは一年後やけど、もし、その間圭織に別に好きな人ができて、その人と一緒にいたいと思ったら…あたしのことは気にせず幸せになるんやで。でも、もしあたしが帰ってきたときもお互いに気持ちが変わってへんかったら…そのときは、また二人で暮らそうな。……じゃ、体に気をつけて。―――』
ピーッという音と共に、みちよの声が途切れる。
懐かしい、彼女の声。
- 332 名前:8.そしてもうすぐクリスマス。 投稿日:2002年12月26日(木)02時18分36秒
- …みっちゃん。
あたし、なんにも変わってないよ。
一年間離れて暮らしたけど、何をしてもみっちゃんのことを思い出さないことなんてなかった。
つらいことがあると、決まって夢にみっちゃんが出て来た。
みっちゃんの使ってたパジャマを抱きしめて、泣きながら眠っちゃったこともあるんだよ。
…もう、あなたのいない部屋に一人でいるのは嫌なんだ。
重たい頭を抱えてラジオをつけると、どこかのFM局から「Lover Come Back To Me」が流れてきた。
- 333 名前:8.そしてもうすぐクリスマス。 投稿日:2002年12月26日(木)02時19分21秒
- 『♪When I remember every little thing you used to do, I'm so lonely…
Every road I walk along, I walk along with you, no wonder I am lonely…』
――あなたがしたどんな些細な仕草でも、思い出すたび寂しくなる
あなたと歩いた道を歩けば、ひとりぼっちでどうしたらいいかわからない
優しく切ない歌声に、涙があふれた。
「…っ…う…会いたいよ…早く帰ってきてよぅ…」
ベッドに崩れるようにもたれて、圭織はただただ泣いた。
今でも相手を好きでいるのは、自分だけなんじゃないかという不安を抱えて。
―クリスマスが、もうすぐそこまで来ていた。
- 334 名前:オースティン 投稿日:2002年12月26日(木)02時19分58秒
- 更新です。
クリスマス終わっちゃったしね…
- 335 名前:オガマー 投稿日:2002年12月26日(木)05時41分25秒
- カオリン…
幸せになれるといいね…
更新楽しみにしてますよ!
- 336 名前:9.サンクス後輩。 投稿日:2002年12月28日(土)02時34分54秒
- 最近、よく眠れない。
重たい体を引きずって、それでも圭織はベースを弾きに部室に行った。
『みちよさん』と戯れているときは、楽しかった日々を思い出すから。
セッション場の椅子に座って、弦をはじく。
低く柔らかな音色。なめらかに滑る弦の心地いい感触。
ふと昨日部屋で『Lover Come Back To Me』を聴いたことを思い出して、ベースラインを弾いてみた。
♪Lover Come Back, Lover Come Back, LoverCome Back To Me
「〜♪・♪・♪!」
- 337 名前:9.サンクス後輩。 投稿日:2002年12月28日(土)02時35分38秒
- 「…?」
一人でいると思っていたはずの部室から、サックスの音が響いた。
圭織のベースにあわせて、セッションを始める。
ストーブの前にちょこんと座ったまま音を紡ぎ続けていたのは、真希だった。
互いに音を途切れさせないまま、しばらく二人だけの演奏が続く。
テーマに戻って最後の音を吹き終えると、真希は圭織に向かってニッと笑った。
「ごっちん、いたの?物音一つしないから誰もいないのかと思っちゃったじゃん。」
「うん。朝からひとりで練習してたんだけど、ストーブの前にいたら寝ちゃってたんだ。あたしも圭織が来てたの、気づかなかった。」
サックスをストラップから外してスタンドに置くと、ストーブの上からホイルに包んだじゃがいもを持って圭織の隣に座った。
- 338 名前:9.サンクス後輩。 投稿日:2002年12月28日(土)02時37分19秒
- 「…あ。圭織、なんか痩せた?」
「え、…そう、かな?わかんないや。」
まじまじと顔を覗き込まれて戸惑いがちにそう言うと、自分の腕をさすってみる。
…確かに最近食欲はないけど。
「もー。ちゃんと食べてる?ほら、おいもあげるから食べなさい。うわ、熱っ」
真希は母親のような口調で、ほくほくと焼けたじゃがいもを半分に割ると圭織に渡した。
「…ありがとう。」
年下だと思っていた真希の包み込むような優しさに、少し胸があたたかくなる。
「ふふ、今日はじゃがいもなんだね。」
「うん、だって家にさつまいもなかったんだもん。あ、バターと塩も持ってきたよ。」
もぐもぐとおいしそうにじゃがいもを頬張る真希を見てなんとなく食欲が湧いてきた圭織も、一口それをかじった。
「あ、おいしい。」
「でっしょー?圭ちゃんの実家の方のおいもだよ。こないだ遊びに行ったとき貰ってきたんだー。」
へにゃっと笑った後、真希は少しだけ神妙な顔をして見せた。
- 339 名前:9.サンクス後輩。 投稿日:2002年12月28日(土)02時38分20秒
- 「…あの、さ。へーけさんて、圭織にとって大事な人?」
「え…?」
みちよのことを知らないはずの後輩の口から彼女の名が出たことに少なからず驚いた。
「みんなに聞いたよ、圭織とへーけさん、すごい仲良かったってこと。でもあたしはそれだけじゃないんじゃないかなって思ってたんだ。本当に、いないとダメになっちゃうくらい大事な人だったんじゃないかなあって。」
淡々としているようで温かみのある口調は、なんだかとても説得力があった。
「…なんで、なんでそう思ったの?」
「うーん…なんていうか…勘?最近の圭織なんか元気なかったし。あと、あたし圭織好きだからさ。」
そう言ってまたへにゃっと笑った真希の優しい表情を、圭織もとても好きだと思った。
- 340 名前:9.サンクス後輩。 投稿日:2002年12月28日(土)02時38分53秒
- 「…ありがとね。ごっちん。」
「どーいたしまして」
――なんでもない顔して、よく見ていてくれてたんだなあ。
圭織は、知らないうちに人を遠ざけてしまっていた自分に気がついて少し反省した。
それと、自分は一人ではないということにも。
真希と二人だけで部室にいるのは滅多にあることではないけれど、ちっとも気詰まりでなく、むしろあたたかい気持ちでいられたことを嬉しく思いながら。
- 341 名前:オースティン 投稿日:2002年12月28日(土)02時40分02秒
- 更新です。もう少し…かなあ…
>335
自分も圭織が幸せになれることを祈ってます。(無責任
- 342 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月05日(日)00時40分25秒
- 王道のいしよしよりも、逆にあまり見かけないかおごまが素敵です。
2人の並びって絵になりますよねえ・・・
- 343 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時30分22秒
- 「あーーー…」
一年ぶりの駅。
実家とはまた違う、『帰るべき場所』の匂い。
クリスマスイブの午前中。
みちよは、あの日一人旅立ったこの場所に、帰ってきていた。
――圭織、元気にしとんのかなあ。
駅近くの公園のベンチに腰を下ろして、みちよはぼんやりと天を仰いだ。
日本には、三日前に帰ってきていた。本当はすぐにでも圭織のところに帰りたかったけど、決心がつかなかったのだ。
- 344 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時30分58秒
- …だって、圭織は美人さんやし。
ましてや花の大学生、圭織に言い寄る輩がいないなんて保証は何処にもない。
…そして、圭織がそれを断る保障も。
どうして別れ際に『自分が帰ってくるまで待ってて』と言えなかったんだろう。
あの頃は彼女を束縛したくないからと大人のふりをしてみたけど、本当は寂しくて仕
方なかった。指輪の一つも交換して別れていたら、どんなに気持ちが楽だったろう。
「…あたしってダメなやつ…」
ため息混じりにカバンから一枚の写真を取り出して眺めた。
夏に、なつみが送ってくれたものだ。
見慣れた後輩たちと、それに混じる知らない少女たち。背の高い彼女は一番後ろで
ひっそりと微笑んでいる。
…やっぱキレイやなあ。
彼氏とか、できてしまったんかな?
悲しい想像がぐるぐると渦巻き始めて、またため息。
一つ首を振って顔を上げると、一人の少女が公園の中に歩いてくるのが見えた。
- 345 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時31分36秒
- …あれ?
白いダッフルコートを着こんで、幸せそうに肉まんを頬張っている少女。
少しタレ目だけど大きな目に、柔らかそうな茶色い髪。
会ったことないはずやのに、どっかで見たことあるなあ…
黙って眺めていると、彼女はみちよの座っていた隣のベンチに腰掛けた。
「…あっ!」
そうだ、見覚えあるはずや。この子、この写真の…
手の中の写真のもう一度目を落とすと、確かに今隣にいる少女の姿。
アルトサックスを持ってにこにこしている新入部員だった。
…しかしまた、えらい可愛い子が入ったなぁ…。写真より数段可愛いわ。
なんとなくまじまじと見ていたら、ふと横を向いた彼女と目が合ってしまった。
「…?」
きょとんとしてこちらを見つめる目に少し焦って言葉を無くしていると、彼女はみちよの手の中の写真に気がついた。
- 346 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時32分32秒
- 「あ、それ…」
「あっ、これ?え、えーと…」
しどろもどろになって意味を成さない言葉を呟くと、少女はニコッと笑った。
「ジャズ研の誰かのお知り合いですか?」
「う、うん…あたし、ジャズ研の、OBで…前田有紀です。」
とっさに、嘘をついた。
「そうですかぁー。あたし、一年の後藤真希です。あ、肉まん食べますか?」
人懐っこい笑顔で、暖かそうな肉まんを差し出してくれた。
「え、…ええの?」
「はい、どーぞどーぞ。おいしいですよ。」
子供のような表情になんとなく和んでしまったみちよは、じゃあお言葉に甘えて、と
肉まんを受け取った。
- 347 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時33分04秒
- 「…ところであの…みんなは、元気にしとんのかな?」
「え?」
「いや、えと…ほら、アタシOBやで、しばらくみんなに会ってないから…」
おもわずしどろもどろになる。
「あー、みんな元気ですよ。仲良しです。」
にこにこと答えてくれた真希の表情を伺いながら、一番訊きたい事を遠まわしに切り出した。
「…部長は、ちゃんとやっとる?」
「圭織ですか?」
「う、うん。」
心拍数があがっていることを自分で感じつつ、真希の返答に全神経を傾ける。
「…圭織は、部員思いのいい部長ですよ。みんな圭織のこと、信頼してるし。」
「そう…か。」
いまいち核心を外した返答ではあったが、みちよは少しほっとした。
- 348 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時33分35秒
- 「でも、最近ちょっと元気ないです。」
「え?」
すこし、ドキッとする。
なにかあったんだろうか。
「…圭織、大事な人を待ってるんです。」
――待ってるんです。
そのとき、時間が止まったような気がした。
圭織…
アタシを?
「あ、もうこんな時間だ。」
時計を見ながら呟いた真希の声で我に返った。
「あたしそろそろ行きますね。」
「あ、ああ、うん…」
上の空に、間抜けな返事しかできないみちよにニコッと笑いかけると、真希は立ち上がった。
柔らかな日差しが頬に当たって、その表情を見えなくさせる。
立ち去る間際の真希は、数メートル歩いてからみちよに向かってひらりと振り向いた。
- 349 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時54分48秒
- 「へーけさん。」
「…え?」
- 350 名前:10.ここにいるでぇ 投稿日:2003年01月07日(火)00時55分31秒
- 風が、冷たくなった頬をさらりと撫でる。
「圭織、待ってますよ。」
「…なんで…」
嘘の名前を教えたはずなのに。
どうして…
「へへ。勘です。あと、ほら。おっきい荷物。」
真希はベンチの後ろに置いていたトラベルケースを指差した。
…たしかに、ちょっとその辺に出かける荷物ちゃうなあ…
みちよは軽く頭をかくと、顔を上げて真希に笑いかけた。
「あなたみたいな後輩できて、圭織は幸せやね。」
「…へーけさんが帰ってきたら、圭織はもっとしあわせですよ。」
先に行ってます、と言い残して去っていった真希の背中が、みちよにはまるで天使の
ように映った。
…初対面の後輩に勇気付けられるとは思わんかったけど…。
「まきちゃぁーーーん!!」
かなり小さくなった真希が振り返る。
「ありがとなーーーーー!!!」
手を振った恩人。
表情はわかりにくかったけど、真希は確かに笑っていた。
「……さて、と。」
帰ろうか、愛しい彼女の待つ部屋へ。
- 351 名前:オースティン 投稿日:2003年01月07日(火)00時56分58秒
- あけましておめでとうございます。再開です。
>342
ちょっとほのぼのかおごまでした。(かおごまって言うよりかお&ごまでしたが…)
- 352 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年01月07日(火)13時54分53秒
- 待ってましたー!!!
とうとうかえってきましたね!へーけさん^^
それにしてもごっちんすごいですね!勘で当てるなんて!!!
これからも更新楽しみにしてます!
頑張ってくださいね!
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)23時18分09秒
- お待ちしております。
ほぜん〜。
- 354 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)16時49分18秒
- ほぜむんむん
- 355 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月24日(月)04時30分17秒
- いつまでも待ちます。
- 356 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時50分56秒
- 「…………。」
愛しい彼女の待つ部屋の前に立って、約30分。
みちよは迷っていた。
ドアを開けて彼女を見た第一声は、なんにしよう?
他の人が聞いたらくだらないと思うかもしれないが、当のみちよにとっては死活問題
だ。
「ひさしぶり、か…いや、元気だったか?の方がええかな…もしくは、いきなり『好
きだ』とか…いやいや、それはおかしいな…」
アパートのドアの前に座りこんで考える。
どうして自分は何から何までこうなんだろう。
「…ええい、迷っててもしゃあない!」
意を決して、ドアホンを鳴らした。
ピンポン、という機械的でどこかマヌケな音がうららかに響く。
……
…………
……………
- 357 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時51分41秒
- 「って留守かよ!!」
一気に力の抜けたみちよは、一年ぶりに使う合い鍵でドアを開けた。
ガチャリと重たい音がして、それは以前毎日聞いていたものだということを改めて思
い出す。
玄関は、懐かしい匂いがした。
「…ただいま」
小さく呟いて、音を立てないようにそっと中に入った。
窓際のサボテン。壁にかけられている、圭織が描いた絵。冷蔵庫のマグネット。
変わってない。何一つ、変わってない。
きちんと整頓されたキッチンはいかにも彼女らしく、少し笑えてしまった。
「…あ。」
以前二人で使っていたベッドを振り返ると、ひとつだけ馴染みのないものを見つけ
た。
薄いブラウンの毛並みがふわふわとはねた、華奢なテディベア。
これ、アタシがあげた…
- 358 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時52分16秒
- ただの飾りのお人形のつもりであげたはずのそれは、まるで長年使い古した毛布のよ
うにくたびれ、それでいてとてもやさしい表情をしていた。
「圭織…」
そっと抱き寄せると、懐かしい圭織の匂い。
離れている間に薄れていた面影が、一気によみがえる思いだった。
柔らかく波打つ髪、長い手足。
いまでもはっきり言える。
自分はこの匂いの持ち主を、渇望にも似た気持ちで愛してる。
「圭織……どこ?」
みちよはテディベアを持ったまま部屋を飛び出した。
いつも二人で音楽を奏でた、あの場所へ。
- 359 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時52分53秒
- 『ねえみっちゃん、もしみっちゃんにアメリカで新しい恋人できちゃったら、私どう
しよう?』
『そんなんアタシだって不安やで。圭織美人やしなー。』
『私は寂しいからって浮気したりしないよ!』
『みっちゃんが帰ってきたあとのクリスマスさ、二人で学校の近くの神社行かない?』
『へ?クリスマスなのになんで神社なん?』
『いいじゃん、同じ神様でしょ?ずっと二人一緒にいられますようにってお祈りするんだよ!』
一年前に交わされた会話が、次々とフラッシュバックする。
あたし、あんなにも愛されてた。
なのになんで、信じられなかった?
喉の奥に苦い物がこみ上げても、みちよはひたすら学校へ急いだ。
見慣れた懐かしい店を、看板を、横目で通り過ぎて構内に入る。
あの乾いた部室の古臭い匂いがひどく恋しかった。
- 360 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時53分31秒
- 「ああ…」
最後になつみと会った場所。マフラーを託され、このテディベアを託したイチョウの木の下。
涙が出そうなほど澄んだ木々の匂いに、体が震えた。
「………?」
風の音に混じって、かすかに聞こえる淡いメロディ。
「これ…」
心地よい低音に惹かれるように歩を進める。
Lover Come Back ToMe…
まるで、自分を呼んでいるようだ。
恋人よ。恋人よ、我に帰れ…と。
枯葉が散らばる道をたどっていくと、音源にたどり着いた。
「圭織…!」
思わず声が漏れる。
自分の身の丈よりも大きいウッドベースを抱くようにかかえ、長い指が愛しげに弦を揺らしている。
ロングコートを着て、彼女はこちらに背を向けている。
…なんて美しいんだろう。
- 361 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時54分03秒
- みちよは深呼吸を一つして、その背に静かに歩み寄った。
怖くない。もうなにも怖くない。
「♪every little When I remember thing you used to do…」
ベースに合わせて低く口ずさむと、音が止まった。
彼女は、背を向けたまま硬直したように動かない。
「…続けてや。」
できるだけやさしくそう言うと、少しだけぎこちなくなったベースラインが再び鳴りだした。
「♪Every road I walk along, I walk along with you…」
――もう、ひとりじゃないね。
「♪no wonder I am lonely…」
――もう、離れたくない。
ベースを奏でる肩が、小さく震えているのがここからでもわかった。
「♪Lover Come Back, Lover Come Back, LoverCome Back To Me!」
- 362 名前:11.マイホーム 投稿日:2003年03月05日(水)02時54分42秒
- ベースの最後の一音が風に溶けていくのを待って、みちよは自分より背の高い背中をそっと抱きしめた。
「…ただいま、圭織。」
「……みっちゃあん!!」
やっと振り向いた顔は、涙でぐちゃぐちゃだったけど。
やっぱり、キレイだなと思った。
「…みっちゃん。あのね、あた、あたしっ…」
圭織の代わりにベースを置いてやり、泣き過ぎて言葉がうまく出てこない頭をそっと撫でた。
「…寂しくさせて、ごめんなあ。」
「うっ…ぅあぁあああ…」
『おかえり』も言えないままに本格的に泣き出してしまった圭織の耳元で、みちよはそっと
「またよろしく」
と呟いた。
白く透明な空気の匂い。
クリスマスの匂い。
すっかり年季が入ってくたくたになっているマフラーに、圭織の涙が静かに吸い込まれていった。
- 363 名前:オースティン 投稿日:2003年03月05日(水)02時56分34秒
- めちゃめちゃお待たせしてすみませんでした!!ていうか彼らはまだクリスマスです。ああ★
なんとか多めに更新再開して、最終章書きたいと思います。見捨てず待っていてくれた皆様ありがとうございました!m(__)m
- 364 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月05日(水)12時47分08秒
- おわっちゃうのですか?
残念ですね。
4月からしばらくネットできません。(TT)
ぜひそれまでに.....
P.S.とりあえず、今までの保存しなきゃ。
- 365 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月05日(水)16時22分35秒
- っぷはー。待ってましたー。
嬉しいです。でも終わっちゃうのですね。残念だけど。。。(;;)
次回の更新、楽しみにしてます。
- 366 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時04分25秒
- 「「「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」」」
元気いっぱい声を張り上げて、ビールのジョッキが互いに叩き合わされた。
「みっちゃんおかえり!!」
「おかえり〜!」
「平家さん、はじめまして。」
「あは、二度目まして〜」
てんでばらばらなみんなの声だったが、みちよは嬉しそうに笑った。
「ありがとなあ、みんな。」
今日はみちよの『おかえりなさい会』とクリスマスパーティーを兼ねているということで、現役サークル員に加えて裕子も混じっている。
- 367 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時05分08秒
- 「しっかしみっちゃん、びっくりしたでぇ?部室行こかと思って通りかかったらみっちゃんが圭織となっち泣かしとるんやもん。」
「や、あれは…なんやろね…」
―そう、あの後。
みちよにしがみついて大泣きしていた圭織の声に最初に気付いたのは、部室にいたなつみだった。
それでなくても人一倍圭織のことを気にかけていたなつみは感極まってもらい泣きしてしまい、みちよは泣き続ける二人に抱きつかれて動けなくなっていたのだ。
「まあでも、無事に帰ってこれてよかったじゃん!みっちゃんのことだから、帰る間際にお金盗られて帰れない、なんてことになっててもおかしくないと思って心配してたんだよー。」
あっけらかんと笑う真里に、みちよはしょんぼりと下を向く。
「アタシって、そんなに運悪そうなイメージなんかい…」
後輩にからかわれ、それでもどこか楽しそうなみちよを隣で眺めて、圭織はニコニコと幸せそうに笑っている。
- 368 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時05分42秒
- 「…ところでみっちゃん、乾杯終わってんのになんで一口も飲んでへんの?」
裕子の訝しげな指摘にぴくりと反応したみちよは少し緊張した面持ちを見せると、少し大きく息を吸った。
「…ええと…実はな、みんなに話しておきたいことがあるんよ。冗談に取られたら嫌やから、シラフで言おうと思って。」
突然の事できょとんとするサークル員たち。圭織も、首をかしげている。
「あのな。えーと…アタシ、圭織と…つき合ってる。」
「「「「「ええええ!???」」」」」
思いも寄らない発言に、部員みんなが驚愕した。
…ただし、もとより事情を知っていたなつみと、野生のカンでそれに気づいた真希は例外であったが。
「な…ホントに?」
「うん。ホントに。」
しれっと答えるみちよの隣で、圭織は思ってもみなかった展開に少し落ち着かない様子だ。
- 369 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時06分20秒
- 「アメリカに発つずっと前からつき合ってた。でも、みんなには堂々と言えなかった。うちらを見る目が変わっちゃうんじゃないか、とか、傷つくかもしれないとか、そんなことばっか考えてたから。…でも、一年離れてわかったんよ。アタシのそういう気持ちが、圭織を余計寂しくさせてたんやろなあ、って。」
みちよのまっすぐな物言いに、裕子は目を細めてうんうんとうなづいた。
「…なんか、しばらく見ない間にだいぶ成長したみたいやなー。裕ちゃん嬉しいでぇ。」
「裕ちゃん、おじちゃんくさいよ〜。」
横から茶々を入れた真里を軽く睨むと、裕子は真里にしか聞こえない小声で呟いた。
「…なんならアタシもこの場で矢口とのことカミングアウトしてもええねんで。」
「ごめんなさい。心の底からゴメンなさい。」
マッハで謝る真里。
どうやら、まだ半端な関係を続けている真里に公言する勇気はないらしい。
- 370 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時07分00秒
- 「…とにかくそういうわけなんやけど…どうかな。やっぱ気持ち悪いとか、思う…?」
少し弱気な目でみんなを見ると、全員一斉に首を振った。
…特に、激しく否定したのはひとみである。
「そんな、気持ち悪いわけないじゃないすか!!恋愛に法律なんてないんですから!カッケーっす、二人ともカッケーっすよ!!」
「そ、そうか…?ありがとう…」
初対面の後輩の勢いに押されたみちよが、強引に握手された強さに少し引き気味で答える。
「…まあ、びっくりしたけどいいんじゃない?あんたたちならビジュアル的にも問題ないしね。」
髪を掻きあげてさらりと言い放った圭に、梨華が横から突っ込んだ。
「じゃあ保田さんだったらビジュアル的に問題ありって事ですかぁ?」
「うるさいわね!そんなこと一言もいってないでしょ!!」
ぽかりと頭を叩かれて、梨華は頭を抱え込む。
「ひどーい、保田さんがぶったぁ〜」
- 371 名前:12.君といつまでも 投稿日:2003年03月06日(木)02時07分32秒
- みんなの笑いと楽しげな声の中で、なつみはちらりとみちよを見た。
少し離れた席にいた彼女に、口の動きだけでそっとささやく。
『よかったね』
そしてそれを見たみちよも、小さくささやいた。
『ありがとう』
言いながら、机の下にある圭織の手をそっと握った。
もう二度と、寂しくさせない。
そう誓うように、絡まった指先に力を入れた時ににぎやかな真里の声が響いた。
「よぉし!じゃあ、もっかい乾杯すっかぁ!」
「おっ、いいっすねー!…でも、何に乾杯するんすか?」
ひとみの素朴な疑問にしばし考えると、真里はおもむろにジョッキを掲げた。
「…よくわかんないけど、なんか楽しいから乾杯!!」
なんじゃそりゃ、と突っ込みたくなる言葉だったけど、誰一人それを口に出すものはいなかった。
「「「「「かんぱーーーーーい!!!!」」」」」
そこにいた誰しもが、真里の言葉どおりの気持ちを共有していたのだから。
- 372 名前:オースティン 投稿日:2003年03月06日(木)02時11分37秒
- >364
こんな文保存するなんて言ってくれて嬉しいです(涙)ありがとうございますm(__)m
>365
一応、みちかお編があと一、二話で終わる予定なんで、その後のやすごま編が最終章でございます☆
しかし自分の中で四部は長い…(^_^;)
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)18時21分35秒
- はじめて読ませてもらいました。
素敵な話だなあ・・・ジャズと絡めたムードの良さにホレました。
みちかお完結編やすごま編と楽しみにしてます。
- 374 名前:13.プレゼント 投稿日:2003年03月08日(土)19時42分09秒
- その日、飲み会が終わった帰り道。梨華とひとみはぽてぽてと星空の下を歩いていた。
「…飯田さんが平家さんとつきあってたなんて、ぜんぜん知らなかったなあ。」
「うん、平家さんには今日初めて会ったけど、飯田さんにそんな素振りなかったし。…でも、あの二人幸せそうだったね。」
「だなー。」
あの後、みちよは裕子や真里、なつみといったジャズ研の『問題児三人集』によってひたすら飲まされ、へろへろになったところを圭織に回収されて帰っていった。
「…平家さんて、いい人だね。」
「うん。…いい人なんだけど…」
ひとみは目を細めて空を仰いだ。
『お祝い』と称してビールを頭からかけられ、鬼のように『一気』をやらされ、酒まみれになった細い体を縮こまらせてくしゃみを繰り返していたみちよの姿が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「…なんか、かわいそうな人だね。」
「…うん。いい人なのにね…」
- 375 名前:13.プレゼント 投稿日:2003年03月08日(土)19時42分59秒
- 二人して遠い目をしたあと、ひとみはふと思い出したように顔を上げた。
「そうだ梨華ちゃん、ひとみ様がクリスマスプレゼントをあげよう。ちょっと待って。」
バックパックからごそごそと包みを取り出すと、自らそれを開けて中身を手渡した。
「じゃーん!ピアニストの手を寒さから守る、手袋だー!」
いかにも梨華の好きそうな淡いピンクの手袋を、さっきから寒そうに擦り合わせていた梨華の手にはめてやった。
「うわぁ、いいの?やった!ありがとひとみちゃん。」
ふわふわと逆立つ毛に頬ずりして、梨華は白い息を大きく吐き出した。
「じゃあ、私もひとみちゃんにクリスマスプレゼントがあります!」
楽しそうに持っていた紙袋を開けると、取り出したマフラーをひとみの首に巻いてやる。
もこもことした毛糸で作られたベージュのマフラーが、ひとみの髪の色にとても似合っていた。
「飯田さんにね、編み物教えてもらったんだー。気にいってくれるといいけど。」
「うお!これ手作り?すげー!!」
マフラーに頬を埋めたひとみは、感動したようにマフラーの端をじっと眺めている。
- 376 名前:13.プレゼント 投稿日:2003年03月08日(土)19時43分33秒
- 「あたし編み物なんかしたことないよ…はー…人間ってすごいなあ…」
どうやら思考は『人類と織物の出会い』までさかのぼったらしい。
「私だって編み物なんて初めてだったんだよー?クリスマスに間に合わないかと思った。」
決して器用な方ではない梨華が、自分のためにがんばってくれたことを思うと胸がじんとした。
「梨華ちゃん、ありがとう。大事にします。」
ぺこりとお辞儀をしたひとみに、梨華も同じようにお辞儀でかえした。
「こちらこそ、手袋大事にします。」
へへ、と笑いあった後、ひとみがふと路地に目をやった。
「どうする?あたしこっちだけど、寄ってく?」
「あー、うん。行く。」
あっさり同意して、梨華は同じ道に向かって行く。
「…しかしなんだね。いよいよ梨華ちゃんと違う家で寝る事が少なくなったね。」
「…そうだねえ。」
最近は、ほとんどどちらかの家に行き来している。まるで家が二つあるみたいだった。
- 377 名前:13.プレゼント 投稿日:2003年03月08日(土)19時50分56秒
- 「こうなったらさー、一緒に住まない?」
「ええ!?」
突然の提案に、ひとみはぱっくりと口を開けて梨華を見ている。
「だってそしたら家賃も半分ずつだし、楽しくない?」
「そ、そうだけどでも…」
どこか歯切れの悪いひとみに、梨華は首をかしげた。
「あ、ひとみちゃんが嫌ならいいんだよ?ちょっと思いついただけだし。」
「いや、嫌だとかそういうんじゃなくて…」
なんだろう。嫌なわけじゃないけど、なんとなくくすぐったい。
「あ、あのでも…あたしも、梨華ちゃんと一緒に住んだら楽しそうかなあって、思ったことあるよ?」
「じゃあ決定!そしたらもう少し広いとこ探さないとねー。」
はしゃいだ梨華が、どすんと背中に抱きついてくる。
まだ少し酒が残っているのか、ちょっと陽気だ。
『…はー…友達と同居することになるなんて、大学生みたいだなあ…』
自分も大学生だということをすっかり忘れたひとみは、またしても遠い目で夜空を仰ぐのだった。
- 378 名前:オースティン 投稿日:2003年03月08日(土)19時52分24秒
- >373
ジャズ色は薄れゆく今日この頃ですが、あたたかく見守ってやってください(^_^;)
残り一話のはずだったのに終わらんかった…
もう一話くらいかな??
- 379 名前:14.恋人よ、我に帰れ 投稿日:2003年03月16日(日)00時36分17秒
- 「…みっちゃん、大丈夫…?」
「へへへへぇ、だいじょうぶぅ〜」
内側も外側も、全身アルコールまみれのみちよ。
そしてそれを抱えるようにしてアパートの階段を登る圭織。
「お酒臭ーい!」
「ごめんなしゃい」
自分が悪いわけでもないのに圭織に怒られ、それでもみちよは嬉しそうだった。
圭織がカギを開けて、二人で部屋に入る。
「…ただいまぁ」
うわごとのようにつぶやいて、へにゃへにゃと玄関に倒れこんだみちよの手を慌てて
引いた。
「…もう。」
「ふふ、圭織と二人でここに帰ってくんの一年ぶりや〜」
ちゃんと頭が回っているのかどうかは不明だったけど、心底嬉しそうに、まるで小さ
な子供のような顔で笑うみちよを見ていると圭織も幸せな気分になった。
「そうだよ、一年ぶりだよ。…もう、寂しくないね。帰ってきたら、どっちかがいる
んだから。」
よいしょ、とみちよを抱えなおすと、そのまま風呂場へ運んでいく。
「はい、体あっためようね。」
コートだけ脱がせて投げ出すと、ワイシャツも下着もそのままに頭から熱いシャワーを浴びせた。
- 380 名前:14.恋人よ、我に帰れ 投稿日:2003年03月16日(日)00時36分58秒
- 「あつっ!」
「我慢して。これ全部洗うからね。」
ホルダーにシャワーをかけると、お湯を出したままシャツのボタンを外しはじめた。
「圭織も濡れちゃうよー。」
「いいよ、もう。」
冷え切った体にお湯をかけてやりながら、圭織は目の前の冷たい唇にそっと口付けた。
「…みっちゃんの唇だ。」
いきなりキスされたことに少し戸惑いつつも、みちよはふわりと笑った。
「あ、そうや。ちょい待って。」
這い出すように風呂場の外にあったコートに手を伸ばすと、ポケットから小さな包みを取り出した。
「へへ、クリスマスプレゼント。」
「…包み紙、濡れちゃってるじゃんよー。」
圭織の小さな悪態を軽く交わして、すっかり柔らかくなってしまった包装紙を破った。
「買ったのは半年くらい前やけど…ずっと、クリスマスに日本に帰ったときに圭織に渡そうって決めてたんよ。」
四角い箱のふたを持ち上げて、中身を圭織に見せた。
「…つけてくれる?」
みちよがそっと取り出したのは、シルバーのリングだった。
- 381 名前:14.恋人よ、我に帰れ 投稿日:2003年03月16日(日)00時37分41秒
- 「…きれい。」
「指輪なんて圭織を縛るだけだから、って思ってたけど…」
言いよどみながら、圭織の右手薬指にリングをはめてやった。
「ううん…嬉しいよ。すっごい嬉しい。」
「うわっ!」
思い切りみちよの首に抱きついた拍子に、二人して床にひっくり返ってしまった。
「いったー…」
「あっははは」
この上なく情けない表情のみちよがたまらなく愛しく思えて、思わず笑ってしまう。
二人とも、もうシャワーのお湯でびしょ濡れだ。
「ねえ、今日一晩で、一年分キスしようよ。」
悪戯っぽく笑って、またキスをする。
「えーよ?一年分って言ったら、何回かなあ。」
「んー、とりあえず、365回以上ね。」
「うーん、大変やなー。」
「いいから。はい、三回目ね。」
くすくすと笑って、みちよの体を引き寄せた。
――メリークリスマス。
END
- 382 名前:オースティン 投稿日:2003年03月16日(日)00時39分11秒
- みちかお編、終了です!ぐあー!こんなつもりじゃ…なところ多かったんですが、一応終われてよかったです。
とりあえず、次のこと考えなきゃなあ…
レス下さった方、読んでくださった方、ありがとうございましたm(__)m
- 383 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月17日(月)12時58分50秒
- よかったっす。
次回はやすごまかな?それともいしよし??
なんにせよ次を楽しみにしてます!
- 384 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月21日(金)00時31分21秒
- みちかお良かったです。お疲れさまでした
やすごまも楽しみに待ってます
- 385 名前:My Funny Valentine〜1.別れの予感〜 投稿日:2003年03月26日(水)02時21分18秒
- 「…もういやだ。」
最初に沈黙を破ったのは、ひとみだった。
「やってらんねえ!もうやめる!!」
そして立ち上がりかけたひとみの腕を必死に掴んだのは梨華。
「だ、ダメだよひとみちゃん!ひとみちゃんの明るい未来のためじゃない!」
「それでももう耐えられないっての!」
「ひ、ひとみちゃ〜ん…」
平和な二月の午後が、よもや修羅場になろうとは。
レポート用の資料と教科書が山と積まれている部室の机で、真希は発狂しだしたひとみをぼんやりと眺めている。
「もう明日からテストじゃん!ちょっとでもやっとかないと進級できないでしょ!」
「いいよもうー、カンでどうにかするよぅ〜」
「論文記述問題、どうやってカンで答えんの!」
- 386 名前:1.別れの予感 投稿日:2003年03月26日(水)02時23分49秒
- 吉澤ひとみ、ストレスがかなり脳に来ているらしい。
「まあまあ梨華ちゃん、多少テキトーにやったって進級くらいできるよー。ほっといてあげなさいな。」
他人事丸出しで、真希は楽譜になにやら書き込みをしている。
「まったく、ごっちんは呑気なんだからー。自分だって明日からテストでしょ?」
眉をハの字にさげてぶつぶつ言っている梨華はまるで母親のようだ。
「だってぇ、勉強嫌いだし…」
しょうがないじゃん、どうしたらいいんですかと言わんばかりに困った顔をしている様子に梨華はため息をついた。
こりゃもうどうしようもない。
さじを投げかけたそのとき、部室のドアが開いた。
「おいーす。あれ、勉強?めずらしー。」
「あ、保田さん。おはようございます。」
頭の後ろから聞こえてきた先輩の声にぴくりと反応した真希の様子に気づいて、梨華はわずかに眉を上げた。
- 387 名前:1.別れの予感 投稿日:2003年03月26日(水)02時24分25秒
- 「…保田さーん。ひとみちゃんとごっちんがテスト勉強したくない病にかかっちゃって大変なんです。どうにかしてくださいよー。」
「またぁ?もー、あんたら前期試験のときもそんなこと言ってたじゃん。ていうか特に後藤!あんたはもう少し授業のことにも身を入れなさい!」
ぐりぐりと真希の頭を押さえつけて説教し始める圭。
「…だってレポート大変だもん…あんないっぱい文章書けないもん…」
精一杯の抵抗とばかりに抑えられた頭を下からぐいぐいと押し上げて、こちらも愚痴を垂れ始める。しかし梨華に対するときとは違って、どこか拗ねた様子だ。
「苦手なこともしなきゃダメだよ!見ててあげるからとっととやんなさい!」
「あーー」
真希の手から譜面を取り上げて、自分はどかっと隣の椅子に座った。
「資料ぐらい用意してあるんでしょうねー?ほら、早く持って来いっ!」
「…うー。探してくる…」
渋々立ち上がってロッカーを探りに行った真希の後姿を見送って、梨華とひとみは感嘆のため息をついた。
- 388 名前:1.別れの予感 投稿日:2003年03月26日(水)02時25分01秒
- 「…あのごっちんにレポート書かせられるなんて、さすが保田さんですねえ。」
「うんうん。ほとんど神業っすよ。いよっ、敏腕調教師!」
後藤は一体どんな猛獣なんだよ、と内心呆れながらも圭はくすっと笑った。
「まあねえ、あいつ入ってきたときから問題児だったじゃない?サックスはやたらうまいくせに寝坊して本番ギリギリだったり、なんとなくボーっとしてて人の話聞いてなかったりさ。」
圭の言葉と共に一年間を振り返り、梨華もうんうんと頷いた。
「なんか、ほっとけないんだよねー。…でも、あたしがあいつの面倒見てあげられんのもあと一ヶ月か。さすがに卒業しちゃったら、さ。」
「あ…」
どこか寂しげにつぶやいた言葉でひとみは気がついた。
- 389 名前:1.別れの予感 投稿日:2003年03月26日(水)02時26分10秒
- そうか、保田さん、もうすぐいなくなっちゃうんだ…
四年生なんだから、卒業していなくなるのは当たり前。でも、その当たり前のことを今まで忘れていた。
そのことに、今更ながら絆の深さのようなものを感じる。
「あんたたち一年生とは、もう少し一緒にやりたかったけどね。…でもまあ、かなり濃い一年間だったからいいか。」
ふっと笑って、圭はいまだロッカーに首を突っ込んでいる真希の背中に怒鳴った。
「ごとー!!いつまで探してんの!!」
「…教科書なくしたー…よっすぃー貸して〜」
「うぉい!!まじでか!」
しっとりムードから一転、再び騒がしくなった部室からは、さよならの色など見る影もなく消えていた。
- 390 名前:オースティン 投稿日:2003年03月26日(水)02時28分30秒
- みちごま編の感想くださったみなさん、ありがとうございましたm(__)m
一応最終章の予定で、やすごま編始まりです。
恋愛というよりは、師弟愛になりそうですが…
- 391 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時39分49秒
- 「んじゃ、日程は3月10日、場所はアヤカのバー。オッケ?」
「「「「「「ういーす。」」」」」」
部長である圭織の締めで、ミーティングが終了した。
今日は卒業していく圭のためのラストライブの話し合いだった。
圭が休みの日を狙ってみんなで集まったのだ。
「…いやー、しかし圭ちゃんが卒業かあ。早いなあ。」
ぽつりとつぶやいた真里の言葉に、みちよがうんうんとうなづいた。
「まったくね…入ってきた頃はなんか怖そうな子やと思ってたけど…そうかぁ、圭ちゃんが卒業かあ…」
「「「「…………」」」」
周囲の視線が、みちよに集中する。
みんなの考えてることはきっと同じだろう。
- 392 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時40分25秒
- 「…みっちゃん、自分で言ってて悲しくない?」
誰もが遠慮して言わなかった言葉を、なつみがざっくりと切り込んだ。
「…うっさい!悲しいよ!そりゃ悲しいわ!!自分より後に入ってきた後輩が卒業するのになんでアタシは居残りやねん!!」
「せめて留学しなけりゃ今年圭ちゃんと一緒に出れたのにねえ…」
しみじみと圭織がつぶやく。
「あれえ?でも飯田さんは平家さんに卒業されちゃったら寂しいんじゃないですかあ?」
ひとみにどこか意地悪に茶化されて、圭織はマッハで振り向くとひとみの口をねじり上げる。
「んぐう〜〜〜!!!」
「そんなこと言う悪いお口はこれですかぁ〜…?」
ばたばたと手だけで梨華に助けを求めるも、ひとみの期待に反して困ったように眉毛を下げられるだけだった。
「しかたないよ、今のはひとみちゃんが悪いんだから。」
「ぐうううう」
瞬殺。唇をつかまれたままひとみががっくりと肩を落とす。
傍観していた外野がその様にげらげらと笑っていた。
ただ一人、真希を除いて。
- 393 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時41分05秒
- 「…ごっちん?」
様子のおかしい真希の肩を叩いた梨華にはっとしたように顔を上げ、真希はどこか苦しげに笑った。
「…なんでもない。なんでもないよ。…あたし、ちょっと先帰るわ。」
「え?あ、うん…」
梨華だけに聞こえるようにそう告げると、サックスの入ったケースを抱えて部室を出て行った。
真希のわずかな異変に気づいたのは、この時点では梨華だけだった。
相変わらず部室では楽しげな笑い声が響いている。
- 394 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時41分51秒
*
- 395 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時42分27秒
- 「…ちょっと、気になるんだよね。」
「え?」
ぽつりと言った梨華の言葉に、住宅情報誌を見ていたひとみが顔を上げた。
「大丈夫だよ梨華ちゃん。ちゃんと南向きの部屋にするから。あと、やっぱりお風呂とトイレは分かれてた方がいいよね。」
「いや、物件の話でなくて。」
静かに突っ込むと、じゃあ何ですかと言わんばかりにひとみは不思議そうな顔をした。
「ごっちんだよ。なんか、元気なかったでしょ?」
「ああ…」
曖昧に頷いて、また雑誌に目を落とす。
「保田さん、もうすぐいなくなっちゃうから。なんか、実感湧いちゃったんじゃないかな。」
- 396 名前:2.とまどい 投稿日:2003年04月03日(木)03時43分16秒
- 「…そうかなあ。」
ひとみはこともなげにそう言って見せたけど、梨華はそれでもどこか心配げな表情を崩さない。
「寂しそうとか悲しそうって言うよりは、なんか思いつめた感じだったけど…」
「うーん…でも、うちらにはどうにもできないよね…。保田さん、引き止めることはできないんだから。」
冷静に聞こえるその言い方が気にかかってちらりと横顔を見た。
ひとみの読んでいる雑誌が、ドイツ語講座かなんかの広告のページで止まっている。
『…ドイツ語なんてさらさら興味ないくせに。』
ちょっと笑いそうになったのをこらえて、気づかなかったふりをした。
なんだかんだ言っても、ひとみだって寂しいんだろう。
- 397 名前:オースティン 投稿日:2003年04月03日(木)03時51分57秒
- 更新です。なかなか走り出さないやすごま。
まあ、リリカル狙いで。
- 398 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月03日(木)23時54分31秒
- ごまの心中やいかに・・・
やすごま好きなんでうれしいっす。続き期待〜
- 399 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月04日(金)20時08分57秒
- ごま寂しいのね…。
圭ちゃん!この際留年しちゃえ!!(ムリ)
- 400 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時06分40秒
- 「いやー、終わった終わった!!」
いかにも幸せそうな顔で、ひとみが大教室の天井を仰いだ。
ひとみにとっての最後の試験が終わって、心からせいせいしているらしい。『こんなもんもう当分見ないもんね』と言わんばかりに、いそいそと教科書を片付けている。
「あぁー、うん。終わったねえー…」
同じ文学部でほとんど同じ授業を取っている真希も今日から春休みだ。
「じゃあごっちん!『今日から春休みだぞ祝い』で何か食べに行かない?たまにはちょっと豪華に駅前の回転寿司とかさぁ。」
「あー…行きたいのは山々だけど…やめとくわ。ちょっと用事があってさ…。」
残念そうにそう言って薄く笑うと、真希は早々に席を立った。
- 401 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時07分23秒
- 「え、もう帰るの?」
「うん、ごめんね。また今度飲みに行こう。」
ぽんぽんとひとみの頭を叩くと、真希は例のごとくサックスケースを抱えて教室を出て行った。
「…なんだよ。」
残されたひとみは真希が置きっ放しにしていった試験問題をざくざくと折って飛行機にすると、ドアに向かってひょいと投げる。
弧を描いて飛んでいったそれは、壁に当たってぱさりと落ちた。
*
- 402 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時08分00秒
- 「ぜってーなんか隠してるっすよ!」
玉子の握りを一口で頬張って憤慨したひとみを、まあまあと真里がとりなした。
「なんか事情があるんでしょうよ。今はわかんなくても、そのうち何か言ってくるんじゃない?」
「そうだよ、わざわざ隠し事するような子じゃないもん。」
梨華もひとみに卓上ポットのお茶を注いでやりながら頷いている。
…結局真希に振られてしまったひとみは、梨華と、部室で暇そうにしていた真里を誘って回転寿司屋に来たのだ。
- 403 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時11分05秒
- 「それにしても、ごっちんがお寿司の誘いを断るなんて…なんかよっぽどの理由があるのかなあ。」
四人掛けのテーブルの空いた席に、真希の好きなエビの寿司が一皿ぽつんと置いてある。
ひとみと梨華は同じ動きでエビを見やると、ふう、とため息をついた。
「…おまえらいない席にエビ置くのやめろよ…故人みたいじゃんか。」
「だってー気になるじゃないですかー。」
ひょいとエビを口に入れて、もごもごと抗議。
「まあ、後藤のことだから今何か訊いても答えないだろうなあ。もうちょい待ってみたら?」
「そうですねえ…」
ぼんやりと返事をしながら、梨華は真希の浮かない表情を思い出していた。
- 404 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時22分35秒
それから二、三日がたったある日。
春休みに入っていた梨華が部室に練習しに行くと、みちよと圭が二人で談笑していた。
昼間だというのに、みちよの手にはチューハイの缶。
「…平家さん…なに昼間っからのんでるんですかあ?」
「おー梨華ちゃん。いやね、喉渇いたなー思て冷蔵庫あけたらビールとチューハイしか入ってなかったんよ。あはは。」
いいわけする割には嬉しそうに飲んでいる。
「…ああ、ところで石川、最近後藤見てないんだけど…なんかあった?」
圭に訊かれて、梨華はわずかに表情を曇らせた。
「それが、なかなか連絡取れないんですよ。メールしても返事ないし、部室にもこないし…」
「…そうなのよ。あいつ、夏休みだってほとんど毎日ここに入り浸ってたじゃない?三日も顔出さないなんて具合でも悪くしたのかなあ…」
少々心配そうにため息をつく。
- 405 名前:3.心配だってするさ。 投稿日:2003年04月09日(水)02時23分15秒
- 「…保田さんも何も知らないんですか…」
真希の保護者的存在である圭が何もわからないことに、梨華は少なからず驚いた。
「まあ、そっとしておくしかない、か…」
諦めにも似た言い方でつぶやくと、半ばヤケのようにみちよの手からチューハイを取り上げて一口あおる。
「あっ!こらっ、私のやぞー!」
「部室にあったもの勝手に飲んでるくせに文句言わないの!」
『…平家さん、後輩に怒られてるよ…』
どこか不憫に思わざるをえないところがある先輩に、どことなく親しみを覚える梨華であった。
- 406 名前:オースティン 投稿日:2003年04月09日(水)02時25分59秒
- 更新です。なかなか進みが遅くてごめんなさい★
>398
>399
先のことは言えないんですが、期待に応えられるようにがんばりますm(__)m
ていうかやすごまで完結させようと思ってるのに新入生オガタカ絡みで二年目に突入させたくなってきてしまった…。
- 407 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)20時59分20秒
- 更新、いつまでも待ってます。
無理をせずに、作者様のペースで進めてください〜。
- 408 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)14時24分44秒
- おがたかも読みたいですー。
- 409 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時09分23秒
- 春らしさを感じ始めた空気の流れに、私の音は溶け合わずに淀んだままいつまでも耳の奥に焼きついている。
「だぁめだあーー!!」
真希はサックスを抱えたまま芝生に倒れこんだ。
ほとんど人の来ることのない、音楽練習室裏の芝生。
ここ一週間近く一切サークルにも顔を出さずに一人きりで練習を重ねたにもかかわらず、ちっとも納得のいくフレーズができない。
焦れば焦るほど気持ちの余裕のなさが音に現れてしまって、ひどい悪循環だった。
……圭ちゃんのために、最後の演奏キメたいのになあ…
ごろりと寝転んだまま、誰もいない音楽練習室を眺めた。
真希が新入生としてサークルに入って、一番最初にサックスを吹いた場所だ。
――あの頃はサックスどころか楽器なんて全然やったこともなくて、それでも新入生歓迎会でサックス吹いてた圭ちゃんがかっこよかったから絶対あの楽器ができるようになりたい!って思ったんだよなあ…
- 410 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時10分08秒
- 音楽練習室で自分のサックスを真希に貸して吹かせてあげたのも、『後藤はアルトの方が向いてると思うよ』と言って一緒に楽器を選びに行ってくれたのも圭だった。
マイペース過ぎる真希が孤立してしまわないように世話を焼いてくれたり、時には本気で叱ってくれたりもした。
――いなくなっちゃうなんて、考えてなかったなあ…
芝生に顔をうずめるようにして、ふんふんと草の匂いをかぐ。
泥だらけになって遊んでいた小さい頃を思い出して、真希はそのまま目を閉じた。
――そういえば、なんでかなあ。圭ちゃんの前だと、子どもみたいになっちゃうのは。
フレーズがひとつできるようになるたびに頭を撫でてくれたこと。飲み会で酔って眠ってしまったときに、背負って帰ってくれたこと。試験前に『勉強しろ!』と怒られたこと。
一年間サークルの中で交わした些細なやり取りを一つ一つ思い出して、思わず口元が緩んだ。
「…最後の演奏、がんばるからね…」
口の中で小さくつぶやいて、真希はそのまま浅い眠りに落ちていった。
- 411 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時10分58秒
- *
ラストライブまで二週間をきったある日。
梨華とひとみは練習のために部室に向かっていた。
「…じゃあ、昨日も会えなかったんだ。」
「そうなんだよ。昼ごろからずっと部室にいたんだけどさ…」
自分の家にピアノがない梨華はほとんど毎日のように部室に顔を出していたのに、結局一度も真希には会えなかったのだ。
顔をあわせるのは、ただひたすらグダグダとだらける先輩ばかり。
「サックスが部室にないからどっかで練習してるんだろうけどね…」
会話を続けながらひとみが部室のドアを開けた瞬間、大量の煙が顔に降りかかってきた。
「うわっ」
「げほっ…な、なんですかこれ?」
「おぅお二人さん、いいとこにきたね!おいで、さあおいで!」
部室の中にセッティングされたカセットコンロの上で網焼きされているのは、エビやら貝やらホッケやらの魚介類。
煙の発信源はどうやらこのホッケだ。
- 412 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時11分44秒
- 「なっちの実家から大量のお魚たちが送られてきたんだぁ。うまいよー、これ。」
「いやほんと、うまいなー。」
焼き担当のなつみと、食べる担当の真里。
その後ろでシシャモをかじっている圭織とみちよは、やっぱり飲んでいる。
「…ここは一体何のサークルなんだろう…」
「…まったく、うちの先輩たちは…」
やれやれと首を振った梨華が、なつみに歩み寄った。
「とりあえず、エビください。」
「はいエビ一丁!」
「って食うのかよ!!」
思わず全身でつっこんだひとみに、梨華は困った顔で振り向いた。
その口には、さっそくエビがくわえられている。
「だってエビおいしいでしょ?」
「いや、そりゃうまいけどさ…」
なんとなくちぐはぐな梨華に呆れつつ、ひとみもホッケをもらった。
- 413 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時14分02秒
- 「ところで、後藤はまだかねー。」
ビールを飲みながらつぶやいた圭織の言葉に反応して、ひとみが振り向く。
「え、ごっちん今日来るんですか?」
「いや、来るとかそういう話を聞いたんじゃなくてね、つまりこれは作戦なんだよ。」
ほろ酔いの部長は妙に誇らしげに胸をそらせた。
「…作戦?」
「そう。最近後藤、ちっともここに来ないでしょ?心配してるのは上の学年も一緒なわけなのよ。…だからね、ここでごっちんの大好物のエビを焼いていれば後藤はきっと現れる!というわけで、後藤が匂いに釣られてやってきたところをこの網で捕獲しようという壮大な計画さ!」
「…飯田さん。そんなんで来るわけないじゃないすか…」
網まで持ち出してやる気満々。この人そんなに酔ってんのか?と思わなくもなかったけれど、普段の彼女の性格を考えれば『酔っているから』とかいうレベルではないだろう。
- 414 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時15分05秒
- 「だって、昨日なっちと夜中に相談して考えたんだよ?そしたらちょうど家にエビがあるからって…」
「おう!絶対うまくいくっしょ!」
もごもごと弁解する圭織の後ろで、なつみは元気良くガッツポーズ。そしてその横にいた真里は、
「あたしはおいしいものが食べれればそれでいい。」
と、ツブ貝の身を殻から取り出すことに熱中している。
「…よっすぃー、あきらめや。ここはそういう世界やで。」
ぽんぽんとみちよに肩を叩かれて、ひとみはそっと目頭を押さえた。
「…まったくもうこのサークルときたら…煙が目にしみるぜ…」
あきらめてビールでも貰おうと思った瞬間、部室のドアが開いた。
- 415 名前:4.はめられる人、はめる人。 投稿日:2003年04月16日(水)03時15分55秒
- 「うわっ!??」
「「「「「「あっ!!!!」」」」」」
奇跡が、起きた。
「な、なんでこんないっぱい人居るの?ていうか何この煙!」
真希が驚きでおろおろしている隙に、なつみが素早く指示を飛ばす。
「圭織!!」
「よし!!後藤、捕まえたあぁぁああああ!!!」
「んあぁあああぁ!!?」
…圭織があざやかな網さばきで真希を捕らえたその一瞬が、ひとみにはスローモーションに見えていた。
『…飯田さん…。この人に逆らうのはやめよう…』
ホッケを口いっぱいに頬張りながら、堅く心に誓ったのであった…
- 416 名前:オースティン 投稿日:2003年04月16日(水)03時19分20秒
- 更新です。ごっちん、ゲッツ。
>407
お気遣いありがとうございますm(__)m更新が滞ることがあっても、放棄はしないつもりなんでがんばります☆
>408
オガタカ、すごい書きたいんですよ(笑)もしやるとしたら、新スレを立てることになるかと思います。(そしたらシリーズまだまだ続けないとなあ…)
- 417 名前:Strong Four 投稿日:2003年04月28日(月)01時04分28秒
- 新スレ 喜んでっ!!
オガタカ 喜んでっ!!
その他のCPも喜んでっ!!
…って、どっかでスレ建ってるのでしょうか?
そういえば“Come Rain Or Come Shine”の着メロダウンロードしました。
聴いたことない曲だった…(鬱
- 418 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時32分03秒
- 「さぁて話してもらおうか後藤さんよぅ!」
嬉々とした表情で立ちはだかるなつみ。
「………うぅ。」
その目の前で拗ねたように座り込み、『餌付け』と称して与えられたエビをもそもそと食べている一年生。
そしてそれを見守る部員一同。
「今まではほとんど住み着いているかのようにここに入り浸っていたごっちんが、最近ちっとも寄り付かない。…それは何故?」
「………うぅ。」
問われた真希は相変わらずもそもそ口を動かし、黙りこくるばかり。
「…ふっ。だんまりかい?こりゃ長引きそうだな…」
机の上にあった蛍光灯を手に持って、真希の顔をちらちらと照らす。
「うぁ、まぶしいまぶしい。」
- 419 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時32分40秒
- 「……安倍さん、捕物のつもりなのかな?」
「多分ね。最近刑事物小説にハマってるって言ってたし。」
圭織からビールを奪って一口拝借した真里が答えた。
「…へえ…なんていうか…似合わないですね。」
「そうだねえ…」
見守っている割には、みんなどこか他人事のように二人を眺めている。
「なっち、カオリわかった。」
「え?」
今まで考え込んでいた圭織が、やおら立ち上がって二人に近づいた。
「ごっちんがここにこなくなった理由、わかっちゃった。ごっちんが言いにくいなら、あたしが代わりに言ってあげる。」
「か、圭織…?」
真希が少し動揺したように視線を泳がせる。
何か起こりそうな展開に、一同は固唾を呑んで圭織の言葉を待った。
- 420 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時33分40秒
- 「ごっちんが、なかなか自分の気持ちを表現できない子だって知ってるよ。サックスが大好きなのに、ここでは吹けない理由があるんでしょう?」
「う……」
まっすぐに見つめる目に、真希は居心地が悪くなる思いだった。
圭織は妙に鋭い。どう言い訳したものか考えていると、圭織が言葉を続けた。
「ごっちんがここに来れない理由。それは…」
「………。」
「みっちゃんが嫌いだからでしょう!!?」
「ぶっっ!!!」
いきなり矛先を自分に向けられたみちよが勢いよくビールを噴いた。
「ま、まてカオリ!なんでいきなりそーなんねん!!」
「だって、ごっちん来なくなったのみっちゃんが帰ってきてからじゃない。」
「あほ!年末から先週くらいまでは毎日来てたやん!なんで…って…」
一気にまくし立てた後、みちよは少し不安げに真希を見た。
「アタシのこと嫌いなん?」
「いや、好きですよ…だからあの、そ、そんな悲しそうな顔で見ないで…。」
- 421 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時34分23秒
- 思いっきり的を外した会話に、傍観者一同は深いため息をついた。
「…ごっちん。あのさ、今日は保田さん、用事があるらしくて学校にはいないのね。」
唐突といえば唐突なひとみの話に、真希はぴくりと反応した。
「…だからさぁ、話してみない?うちらでよかったら、だけど…。」
ちゃんと目を合わせず、それでも精一杯真摯に紡いだひとみの言葉。
「…よっすぃー。わかってたの?」
「わかんない。けど、なんとなくね。確信もてなかったから訊けなかったけど。」
曖昧なまま進んでいく会話に痺れを切らしたのか、真里が後ろから乗り出してくる。
「おーい、あたしたち全然訳わかんないんだけど…ていうか、みんなの前でしてもいい話なの?大丈夫?」
聞いていいのかな、でも聞きたいなあ。
そんな気持ちが、真里の全身からはにじみ出ていた。
- 422 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時35分50秒
- …気になって仕方ないくせに気使うんだから。
真里のさりげない優しさに、真希は思わず和んでしまう。
「…いいよ。なんかねえ、みんながすごいあたしのこと大事に思ってくれてるんだなあって思っちゃった。」
まあみんな座んなよ、と促して、真希もソファーに座りなおした。
「もうすぐね、圭ちゃんの卒業ライブでしょ?だから、あたしがけーちゃんに教えてもらった全部、演奏にぶつけてプレゼントしたい。一年間ありがとうございましたって、音で表したいんだ。」
脇に置いたアルトサックスのケースをそっと撫でて、少し笑った。
「でもここで練習したら圭ちゃんにバレちゃうし…やっぱ、驚かせたいじゃん?独りよがりかもしんないけど、喜んで欲しいし…」
照れ笑いと共に顔を上げた真希は、ぎょっとした。
目と鼻の先まで迫りよって、涙にむせぶ小動物コンビ。
「い〜い話だべ、ねー矢口?もー、ごっちんいい子!すごいいい子だよこの子!」
「まったくだっ!ごっちん!このバカ!水臭いじゃねーかよぅ!!なんでうちらに言わなかったんだよぅ!」
困惑する真希に構わずその手を握り、うんうんと頷いている。
「あ、あの…怖い、二人ともちょっと離れて…」
- 423 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時36分34秒
- 「いーや離さねえ!」
「圭織!どうするべ、この子どうしてくれよう?」
意見を求められた部長は、しばらく何か考えるとおもむろに真希に近づいて、そっと微笑んだ。
ゆっくりと圭織は手を伸ばし、真希の頭を撫で……
なかった。
スパァァァァーン!!!
「ふぎっ!!」
圭織のビックハンド平手が真希の頭にクリーンヒットした。
「バカっ!なんでまたそうやって一人で抱え込むの!」
「いや、だって…」
「だってじゃないっ!罰としてごっちん。あんた、卒業ライブの仕切りやんなさい!」
「えぇ!?」
- 424 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時37分19秒
- 仕切りとはもちろんその名の通り、イベントの進行の一切を仕切る係りのことなのだが、一年生である真希は今までこの係りについたことは一度もない。
「ま、待って!あたしまだ一年だし、圭ちゃん送り出すそんな大きいイベント仕切れないよ!」
慌てて食って掛かった真希を軽く受け流し、やれやれとため息をつた。
「もー、なーんもわかってないね。だからごっちんがやるんだよ?」
「え?」
「志の高いものがイベントを仕切るのは当然でしょう?」
顔を上げた真希の前では、自信に満ちた表情で圭織が笑っていた。
大丈夫。あなたなら、大丈夫。
まるでそう言っているようで。
- 425 名前:5.すっごい仲間。 投稿日:2003年04月28日(月)22時37分49秒
- 「それにね、どんなに練習したって、独りじゃうまくならないんだよ。」
「あ……」
――ジャズはね、みんなの音を聴いて、音と気持ちを合わせなきゃいけないんだ。だから、独りで練習するばっかりじゃうまくならないんだよ。
それはまだ真希がサークルになじめなかった頃、よく圭が話してくれたのと同じ言葉で。
「そーだぞ、ごっちん。セッションしよーよ。ヒサブリっしょ?」
「みんなで、ね。」
ひとみと梨華も、楽器の準備を始める。
「よぉし!オイラ歌っちゃうぜぃ!」
「しょーがないなぁ、叩いてやるべさぁ。」
真里やなつみも、元気よく立ち上がった。
「…あぅ…みんなぁ…」
目を涙で潤ませ、声が出ない真希の肩をみちよが叩いた。
「涙はラストライブにとっとき?」
「……う、うん…」
それで、真希は一週間ぶりにみんなと音を合わせた。
みんなの顔を見て、みんなの音を聴いて。
――圭ちゃん、待ってて、ね…。
- 426 名前:オースティン 投稿日:2003年04月28日(月)22時39分44秒
- 更新です。
>417
間空けてしまってすみませんでした★新スレはいつ立てればいいかと考え中です(^_^;)
応援ありがとうございますm(__)m
- 427 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月01日(木)18時20分07秒
- いいなぁ・・・。
みんないい奴らだぁ…(感涙)
- 428 名前:6.ひさしぶりだよアヤカさん。 投稿日:2003年05月06日(火)01時42分40秒
- 「…おはよー。開いてる?」
「あらケイちゃん。珍しいじゃない、こんな時間に。」
真昼間から店に現れた圭に、アヤカは少し驚きつつも歓迎した。
ここは昼は喫茶店、夜はバーの形態を取っているのだが、酒好きな圭が現れるのはもっぱら夜なのだ。
「ちょっとね、いろいろあってさ…」
カウンターについて、メニューを眺めはじめる。
「今日はひとり?サークルのみんなは?」
「いや…それが…練習でもしようかと思って部室に行ったのよ。そしたらさあ…」
そこで言葉を切って、ごそごそとポケットから何かを取り出して見せた。
「見てよ、これ。部室のドアに貼ってあったんだけど…」
「んー?なになに?」
折りたたまれて少ししわになったルーズリーフ。
その紙いっぱいに油性ペンで大きく書かれた文字。
- 429 名前:6.ひさしぶりだよアヤカさん。 投稿日:2003年05月06日(火)01時43分14秒
- 『今の時間、ケメコ立ち入り禁止!』
「…ぷっ、なにこれ?」
「そんなんこっちが聞きたいわよ!なんじゃこりゃ!追い出すにしたって、あんまりじゃん!ロコツじゃん!」
さすがに少し凹んでいるのか、圭は頭を抱えている。
「それで部室に入れなくてここに来たってわけね?」
くすくすと笑ってコーヒーを淹れると、圭の前に置いてやった。
おおらかなようで細かい事を気にする圭のことだ。冗談だとわかっていても気になるものは気になるんだろう。
「でも、そろそろケイも卒業でしょ?なにか考えあってのことだと思うよ。大丈夫、大丈夫。」
「だといいんだけどね…。でも後藤も相変わらず姿見せないし…ったくどこで何やってんだか…」
不機嫌そうにコーヒーをすする圭を見て、アヤカはおかしそうに笑った。
「ほんと、昔から後輩の面倒見は良かったけど、マキに関しては特に過保護ね。」
「…しょーがないでしょ。後藤は特に問題児だったし…それにあんだけ懐かれたら可愛くもなるわよ。」
- 430 名前:6.ひさしぶりだよアヤカさん。 投稿日:2003年05月06日(火)01時43分54秒
- ぼんやりと、あいつに初めて会ったときのことを思い出す。
新入生歓迎会が終わって一週間くらい絶った頃、『毎日のように一年生がそーっと見に来るけど、声をかけようとすると逃げちゃう』って矢口たちが言ってたんだっけ。
それで、あたしが一人でサックス練習してるときに少し離れて見てたところを呼び止めたんだ。
『…ジャズ、好きなの?』
『いや…ジャズは全然知らないけど…サックスが吹けるようになれたらなあ、って…』
今からは考えられないような、遠慮がちな後藤。
思えば部員の中で、後藤と始めて話したのはあたしだったんだ。
一緒にいる時間が長かったせいか、あの日のことは遠い昔みたいに思える。
- 431 名前:6.ひさしぶりだよアヤカさん。 投稿日:2003年05月06日(火)01時44分34秒
- 「…ケイちゃん、寂しい?」
「えっ?」
ふいにかけられたアヤカの言葉に一瞬戸惑う。
「マキも寂しいだろうけど、本当はケイの方が寂しいんじゃないのかなって思ったんだよね。ちょっと。」
特に返事は求めない、といった様子でアヤカは後ろを向いた。
「お昼まだなんじゃない?サンドイッチでも作ろうか。」
「あ、うん…ありがとう。」
――ケイの方が寂しいんじゃないかなって。
後藤を寂しくさせてるだろうという思いは、自分が寂しかったから?
もう少し面倒見てやりたいって思ったのは、後藤のためじゃなくて自分のため…?
ふと湧き上がってしまった思いに自分自身で困惑して、圭は少しぬるくなったコーヒーを飲み干した。
- 432 名前:オースティン 投稿日:2003年05月06日(火)01時47分29秒
- 更新です。
>427
ありがとうございます☆ここの部員はみんな気持ち悪い程いいやつらです(笑
- 433 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時19分35秒
- そしてついにラストライブの日がやってきた。
アヤカのバーに集結した圭以外のメンバー一堂。
真希がわざと一時間遅い集合時間を圭に伝えたのだ。
先に集まってセッティングを済ませ、万全の状態で迎えようという真希の作戦である。
「いやー…ごっちんもしっかりしてきたねえ…」
例のごとく、一足先にビールを煽っている真里がしみじみつぶやいた。
「入ってきたばっかのころは心配だったけど…」
それを受けたなつみも、カルアミルク片手に想いを馳せる。
二人の脳裏をゆっくりと駆け巡る真希との思い出。
笑う真希、食べる真希、眠る真希、さぼる真希、ふてくされてブーたれる真希…。
- 434 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時21分00秒
- 「………なんか…動物みたいなやつだよな…。」
「……だね。ああ、春になったら一年生が入ってくるって言うのに…」
やっぱり心配してしまった。
「ほらー、さぼってないで!そろそろ圭ちゃん来ちゃうよ?あと10分で開始予定なんだから。圭ちゃんには二番目以降から参加してもらって…」
「ぷーーー。ぷぷぷぷぷ」
圭織が流れの確認をしながら、真里たちのところにやってくる。
その後ろにくっついて歩いているのは、例のごとくマウスピースを暖めるためプープー鳴らしているひとみ。
「とりあえず圭ちゃん到着と同時に吉澤フロントでセッションから入ってー」
「ぷーぷーーーーー」
「キメバンドは後藤だから一応トリでしょ、で時間は…」
「ぷっぷーぷぷーーー」
「あぁもう!!吉澤うるさいっ!!」
圭織の叱咤にひとみは困った顔で首をかしげている。
そしてさらにその後ろでは、指をくにくに動かしながら梨華がうろうろしていた。
「…あぁ〜、保田さんの最後なのに私失敗したりしないよね?うう…大丈夫、私は大丈夫、ひとみちゃんがいるからきっと大丈夫…」
「ぷぷぷぷぷぷぷーーー」
- 435 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時21分40秒
- 「…心配な一年はごっつぁんだけじゃないようだな…」
「ほんとだべ…」
ジャズ研は問題児だらけである。
*
- 436 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時22分47秒
- その頃。
圭はサックスケースを抱えて、アヤカのバーに向かっていた。
大学生活最後のステージ。なんだか、まだ実感が湧かない。
『…でも、最後なんだよね…』
少し足を速めながら、ポケットの中のメモを取り出す。
英語で書かれたそれを2、3度流し読みすると、大きく息を吐いて再びポケットに戻した。
肩にずっしりとくいこむサックスと、四年間の思い出。
思い出すのはなぜか、他愛もない雑談や、バカ騒ぎして朝まで飲んだ記憶ばかりで。
それでも素直にいとおしいと思えるのは、なぜだろう。
卒業していった先輩たち。これから卒業していく自分。そして後に残される、後輩たち。
みんなみんな大好きだ。
- 437 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時24分25秒
- あれこれ思いをめぐらすうちにバーに到着し、圭はドアの前で少しだけ立ち止まる。
『…楽しく演奏しよう…最後まで。』
妙な緊張感を振り払うようにひとりうなずいて、ドアを開けた。
パアン!!!
「わっ!?」
突然の音にびっくりして、圭は一瞬言葉を失った。
火薬の匂い。
鮮やかに細く舞う、紙テープ。
…何事だ?
「…せーの」
「「「「「「「圭ちゃん、卒業おめでとうー!!!」」」」」」」
「…え?」
ステージには、演奏準備万端でクラッカーをひく部員たち。
カウンターにはアヤカと裕子もいる。
「…あの…え?」
- 438 名前:7.ラストの意味。 投稿日:2003年05月21日(水)03時25分15秒
- 何が何だかわからないでいると、フロントに立つひとみが照れながら口を開いた。
「えーっと…今日まで、みんなで協力して準備をしました。部室立ち入り禁止にしたのは、練習したり準備したりしてたからです。保田さん、ごめんなさい。でも、保田さんのためにごっちんが仕切りとして動いて、最高のライブをセッティングしたつもりです。最後まで楽しんでいってください。」
どこかよそ行きの語り口で、聞いてる圭も少しくすぐったい気持ちになる。
…そして何より。
後藤が…仕切りを?
久しぶりに見る真希は少し誇らしげな様子でこちらを見て、照れ笑いしていた。
あたしの、ために…
「じゃあ一曲目は、ヨシザワがフロントで圭ちゃんに捧げます。『Over The Rainbow』」
やさしいメロディがバー全体を包み始め、少し泣きそうになった。
髪をかきあげる振りをしてそれを隠すと、カウンターの中のアヤカと視線がぶつかり、頬杖をついてニコニコしていた彼女は口の動きだけで
『な き む し』
と言って悪戯っぽく舌を出す。
軽く笑い飛ばして目を向けたステージの真希は、少し大人になっているように見えた。
- 439 名前:オースティン 投稿日:2003年05月21日(水)03時26分07秒
- 少し間が開きましたが更新です。
なんていうか、師弟愛。
あと2回くらいで終わらせたい…
- 440 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月22日(木)02時41分32秒
- 泣けます。
うぅ。
続きも心待ちにしてます〜。
- 441 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月24日(土)14時10分50秒
- 仲間って・・・いいね。
- 442 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)01時58分46秒
- このサークルに入ったばかりの頃、圭ちゃんは『音楽は心だよ』と教えてくれた。
それは、圭ちゃんが先輩たちに教わったことなんだそうだ。
伝えていかなければならないこと。それを、『ちゃんと伝わったよ』って、身をもって示せる最後のチャンスが今日なのだ。
みんなのテンションも徐々にあがり、セッションも10曲を越え始めた頃に、真希はそっとみんなに合図をしてから壇上に立った。
「えー、宴もたけなわになってまいりましたが。ちょっとお時間を拝借いたしまして、これから後藤バンドの演奏をしたいと思います。」
「おやじくせーぞごっちん!」
妙に古風な口上をみんなに笑われて照れ笑いを浮かべる。
「ええとですねー、今日は大好きな圭ちゃんのために、一年生三人が中心で練習した曲をやります。みんな一生懸命練習したんだよ。曲は…圭ちゃんが一番好きだって言ってた、『酒とバラの日々』をやります。」
- 443 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)01時59分35秒
- 梨華のイントロから始まる、流れるようなメロディ。
それに真希のテーマが乗せられたとき、圭は心臓を射貫かれたような気分になった。
彼女の特徴と言ってもよかった、熱く燃えるような激しいフレーズとはまったく違う。
こんなに重く響く、やさしい音は初めてだった。
――私が知らないうちに、こんなに心を打つ音が出せるようになっていたなんて。
少しも途切れることなくなめらかに伝う音階。
ひとみとのユニゾン、ハーモニー。
洗練され、生半可な練習では完成しなかったであろうと思えるほどに研ぎ澄まされたソロ。
一年間の自分への感謝の気持ちが、これなのだとしたら。
私はどんな感謝の気持ちを返したらいいんだろう。
曲が完全に終わるまでの数分間、圭は指先さえも動かすことができなかった。
- 444 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時00分34秒
- 「…圭ちゃんにささげる曲。酒とバラの日々でした。」
少し頬を紅潮させた真希が、サックスを抱えたままマイクを取った。
「この曲は、本当は悲しい意味を持った曲らしいんだけど…でも、私たちにとっては違ったよね。毎日音楽やって、お酒飲んで、みんなで騒いで…。私が圭ちゃんと過ごした一年間は、言葉どおり酒とバラの日々だったと思う。だから、圭ちゃんも、そう思ってくれてるといいなあって思いながら演奏してました。」
だんだんかすれていく声に気づいたのは、おそらく圭が一番早かっただろう。
ああ、後藤泣いちゃいそう。頭撫でてあげなきゃ…。
なんて、条件反射で思ってしまった自分に自分でおかしくなる。
泣き虫な後藤。
見た目よりずっと甘えん坊な後藤。
それを一番近くで見てきたのは、自分だった。
- 445 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時01分50秒
- 「圭ちゃんは、私にとって一番の先輩で…ときどきお姉ちゃんで、ときどきお母さんで…ほんとにもう、一言じゃ全然言い表せないくらい、お世話になりました。大好きな、仲間でした。」
もう涙声は隠せない。
途切れそうになるのを必死にこらえて、ひときわ大きく息を吸っているのがわかる。
「本当に、ありがとうございました!!」
そのまま腕で顔を隠してしまった真希に、圭はほとんど何も考えずに駆け寄っていた。
ステージに上がって、泣き崩れてしまいそうな真希の肩を強く抱きしめる。
「後藤…よく頑張ったね。びっくりしたよ、ほんとに。ありがとね、ありがとう…」
「…っう…うわあぁあぁあ」
よしよし、と頭を撫でたら、張り詰めた糸が切れたような泣き声が響き渡った。
きっと、すごく緊張していたに違いない。
…こんなに大きな気持ちを貰ってしまった。
私も、まだ後輩たちに伝えなくちゃいけないことがある。
そう、特にこの、涙で顔をぐちゃぐちゃにしている、どうしようもない妹分に。
圭はそっと真希から離れると、よく通る声でみんなに伝えた。
- 446 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時03分09秒
- 「…私もこの子達にお礼がしたい。圭織、なっち、矢口、みっちゃん…突然で悪いけど、手伝ってくれるかな。」
ごめん、というふうに片手を上げて見せた圭に、圭織は『あやまんなよ』という風に眉を動かす。
客席側にいた真里も、口元だけで笑って見せるとすぐにステージに上がってきた。
「今回あたしはピアノかな?」
「正解。さすがだね。」
「そんぐらいわかるって。」
一年生三人をステージから下ろさせ、梨華の代わりに真里がピアノの前に座った。
ベースに圭織、ドラムになつみ、ギターにみちよ。
やりたい曲目だけを個々に伝えると、圭はサックスを持ってマイクの前に立った。
「……この曲は、あたしからの答辞です。で…実は、ここでこれを披露することは何日か前から決めてました。なっちたちにも相談してなかったけどね。どの曲を贈ろうか散々悩んだけど、ぴったりだと思えるものを見つけました。それで、今日はサックスだけじゃなくて、歌も唄いたいと思います。」
- 447 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時03分57秒
- 最後の一言に真里が一瞬驚いたように圭を見る。
圭はふっと笑って、『適当にイントロお願い』とちいさくつぶやいた。
唐突な要求にしばらく考えながらも、真里はマイナーコードのフレーズをつむぎ始めた。
ゆったりと重い、バラードのようだ。
「これ…『My Funny Valentine』だね。どんな歌詞だったかわかんないけど…」
客席のひとみが、そっと呟く。
「…あ、ほんとだ。ほら、ごっちん。保田さんの、現役最後の演奏だよ。」
梨華は、隣でまだぐずぐずと泣いている真希の鼻にティッシュを押し付けている。
「はい、ちーんして。」
「ううっ……ずず…ちーん!」
ステージでは、圭がサックスを持ったまま、右手でマイクをとったところだった。
「My funny valentine…
Sweet comic valentine
You make me smile with my heart…」
- 448 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時04分30秒
- 「…うっわ、圭ちゃん歌うまっ!ボーカルでもいけんじゃん?」
ひとみが思わず感嘆の声を漏らす。
確かに、その通りだった。
しっかりとした低めの声は、とてもこの曲に合っている。
テーマを歌い上げて、すぐにソロが始まった。
圭の吹くテナーは、とてもよく伸びる。
激しく熱い真希のアルトが「動」なら、圭の落ち着いたテナーは「静」。
もう泣くのも忘れて、真希はステージに見入っていた。
初めて彼女の音を聞いたあの日から、胸の中から消えることのなかったサックスの音色。
スポンジにしみこむように、心は音楽でいっぱいだった。
圭のソロが終わり、それがみちよ、真里…と回ったところでまた圭がマイクを取る。
涙をこらえるみたいなしぐさでわずかに上を見て、緩い照明に目を細めた。
- 449 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時05分02秒
- 「My funny valentine Sweet comic valentine
You make me smile with my heart
You looks are laughable, unphotographable
Yet you're my favorite work of art
Is your figure less than greek Is your mouth a little bit weak
When you open it to speak, are you smart?
Don't change a hair for me Not if you care for me
Stay little valentine stay
Each day is valentine's day…」
- 450 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時05分44秒
- 曲が終わった瞬間、一瞬店が静まり返る。
梨華の拍手で我に帰って、ひとみと真希も手が痛くなるほど拍手をした。
「えーと…サックスの私が突然歌なんて唄ってびっくりしただろうけど…この曲の歌詞を見て、やっぱりこれは歌詞をつけて聞いてもらいたいなあって思ったから、アヤカに教えてもらって練習しました。…っていっても、勉強もしないで楽器ばっかりの後藤たちにはわかんなかっただろうから説明します。」
気まずそうに頭をかいた真希たちに、ステージからも笑いがこぼれる。
ポケットから歌詞の日本語訳が書かれたメモを取り出して、それをそのまま読んだ。
- 451 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時06分23秒
- 「…へんてこりんな、バレンタイン。可愛くて、おかしなバレンタイン。
あなたを見てると、微笑ましくなっちゃうわ。
あなたはこっけいで、写真映りもいい方じゃない。
でも、私好みの芸術よ。
体型はギリシャ彫刻より落ちるし、口元はちょっと締まりがないし、
話し方だってスマートじゃない。
けれど、私を愛してるなら髪の毛一本変えちゃダメ。
そのままでいてね、可愛いバレンタイン。ずっとそのままで。
私には、毎日がバレンタインデーなの。」
一文一文、ゆっくりと読み終えると、大きく息をついてメモを閉じた。
「…これは古い映画の中で使われてた曲で、バレンタインっていうのは男の人の名前だそうです。ダメなところもいっぱいあるけど、そんな彼が大好き、っていう歌詞なんだけど…」
圭はしばらく何か言いたげに視線をさまよわせると、真希たちに向かって手招きした。
「ステージ、上がっておいで。」
どうせ私たちしかいないしね、と笑って、目の前に三人を並ばせた。
- 452 名前:8.My Funny Valentine 投稿日:2003年06月02日(月)02時07分17秒
- 「私にとってのバレンタインは、あんたたちだよ。頼りないけど、可愛い後輩。ずっと変わらないでいて欲しい。」
「…保田さぁん…」
梨華が目を潤ませ始めた。
ひとみも涙は見せなかったけど、口を真一文字に結んで何かを堪えているようで。
真希は相変わらず、鼻水をたらす勢いで泣きじゃくっている。
その光景に圭は目を細めて、三人を順番に眺めた。
生真面目で、上がり症な梨華。でも、ときどきぶっとんだことも平気でしてくれるツワモノだ。
そして、マイペースでお調子者なひとみ。だけど実は神経質で、とても優しい。
…それから、真希。
本当に手がかかる奴だったけど、可愛くて仕方なかった。
頼られてるようで、どこかで頼ってた。
あんたに会えて、よかった。
「…大好きだよ。」
よしよし、と真希の頭を撫でたところで、店は暖かい拍手に包まれた。
- 453 名前:オースティン 投稿日:2003年06月02日(月)02時08分34秒
- 8話更新。このまま最終話に突入です。
- 454 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時09分17秒
- 「んあー…」
圭のラストライブが終わって、一週間。
部室の椅子にぐでーんと座って、ふにゃふにゃと惰眠をむさぼる少女が一人。
「…ごっちん、だらけとるなあ。」
片手間にぺれぺれとギターをいじっていたみちよが横から声をかける。
「だって春だもん。春眠暁を覚えるってやつー?」
「覚える、じゃなくて覚えずやで。しっかりせーや。」
そう言うみちよの方も、いかにもやる気が起きないといった様子で机の上のスルメをひとつ取ってかじった。
部室に常備してある乾物(安倍家からの差し入れ)である。
平和、というよりいささか気の抜けた時間をまったりと過ごしていた二人のところに、けたたましい人たちがけたたましく喋りながら入ってきた。
- 455 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時09分47秒
- 「…いやー、よかったべさあ。なっち、テストちょっと不安だったんだよねえー。一つ落としただけですんで助かったー。」
「でもなっち四年で残り12単位っしょ?余裕じゃん。」
「あたしは今年もフル単!いえい!!」
なつみと圭織と真里である。
どうやら単位の話をしているようだ。
「あ、そういや今日進級発表やったな。みんなどうなん?」
相変わらずのんびりとスルメを咥えるみちよのまわりをぐるぐる回りながらなつみが茶化した。
「みっちゃんと違ってちゃんと進級してました〜」
「なんやとー!?あたしは今年休学してたの!!」
みんなにつられてあははと真希が笑ったところで、背後にものすごい気配がした。
- 456 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時10分21秒
- 「…おはよう。」
「ん?うわっ!!」
振り返ると、そこには圭が立っていた。
「圭ちゃーん、一週間ぶりじゃん。卒業の準備とか忙しかったの?」
真里がぽんぽんと頭を叩くと、地を這うような声が返ってきた。
「……卒業…しない。」
「は?」
「………ていうか、できない。」
顔を上げないままぶつぶつと何かを呟き続ける様子に嫌な予感を覚えて、おそるおそる伺った。
「……圭ちゃん、まさか…」
「留年してもーーたーーーーーー!!!!!」
「「「「「えええぇえぇえ!?」」」」」
「内定も決まってたのに!!絶対自信あった教科が落とされてたあぁああああ!!」
がっくりと崩れ落ちる圭。
なんとも声をかけづらいこの光景。
ていうかラストライブはなんだったんだ。
- 457 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時10分53秒
- 「圭ちゃんっっ!!!」
「おわっ!?」
泣き出さんばかりの圭に、真希が思い切り飛びついた。
「じゃあ、じゃあ来年も一緒に演奏できるんだよね?そうだよね?!」
キラキラの笑顔満面な後輩。
「いや、まあそうなんだけど…ていうかあんたあたしの気持ちはどうでもいいのね…」
そしてどん底な先輩。
悲喜こもごも、さまざまな感情渦巻く部室に、ひとみと梨華が入ってきた。
「…な、なにがあったんですか。」
部室のドアを開けるなりひとみが見たものは、死ぬほど落ち込んでいる圭と子犬のようにはしゃぐ真希。
そしてちょっと離れてそれを見ているみちよたち。
確かに今入ってきた彼女には意味不明だろう。
「よっすぃー…なんていうかその…まあ簡潔に言うと……圭ちゃんが留年らしいんだよね…」
とってもいいにくそうに重い口を開いたなつみの言葉に、あっけらかんとひとみが返した。
「ええ?保田さんもですかあ?」
- 458 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時11分32秒
- 保田さん。も。
部室の空気が一瞬凍りついた。
「も、ってことは…もしやよっすぃー…」
「え?ああ、あたしは進級してましたよ。そうじゃなくて…」
助けを求めるように、ちらりと隣を見る。
ひとみに代わって、梨華が呟いた。
「…ごっちん、留年だって…」
「…へ?」
今の今まで笑っていた真希がフリーズする。
まさに鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているのを見て、真里が深く頷いた。
「…あの出席率を考えたら、まあ当然だよな…」
「まじでかあぁああぁあ!!!!」
今度こそ圭と同じように崩れ落ちる。
やれやれ、だ。
「…誰も卒業しないって、逆に悲しいですよね…」
「留年三人か…評判下がるな、うちのサークル。」
来年度も全員居残りという現実は、喜んでいいのか悲しんでいいのか。
梨華と真里の寂しげな会話で、ジャズ研の一年は幕を閉じたのだった…
- 459 名前:9.私の可愛い、バレンタイン。 投稿日:2003年06月02日(月)02時12分42秒
- 「My funny valentine」
-完-
- 460 名前:オースティン 投稿日:2003年06月02日(月)02時22分22秒
- 終了です。長かった!!!
四部に渡り書いてきました大学ジャズ研物語、一応完結。
書き始めた時点から、ここまでの大筋はできてたんですが、実際書くとかなり時間かかりましたね。
やっぱり圭ちゃんは卒業させてあげようかとも思ったけど、最初の予定通り留年させちまいました。
途中で「留年させちゃえ!」ってレスがあったときは「バレた!?」って思って怖気づいたんですけど(笑)
ここまで読んでくださった皆様、レス下さった皆様、本当にありがとうございました。
…と、本当はここで終わりにする予定だったんですが、二年目に突入させたいネタ(小高)ができてしまったんでもう少し続けたいと思います。
ジャズ研2シーズン目もよろしくお願いしますm(__)m
>440
>441
あたたかいレス、ありがとうございました。
仲間はいいですよね、ほんとに(笑
- 461 名前:名無し作者。 投稿日:2003年06月02日(月)02時47分18秒
- 圭ちゃんには申し訳ないけど、留年決定おめでとう?!
それから、二年目突入決定、おめでとう!
ここのJazz研、自分も入部したくなっちゃうくらい、大好きです。
これからも楽しみにしてます。
- 462 名前:名無しパート2 投稿日:2003年06月02日(月)10時06分14秒
- 完結お疲れさまです!
次回で終わりと聞いてなんともやるせない気持ちだったのですが…
こんな展開になってしまって正直嬉しいです。
何がともあれお疲れさまです!
個人的には石川さんと吉澤さんのことが知りたいのですが…[笑]
新たなメンバーも加わるみたいですね!
これからも陰でこっそり応援してるので頑張ってください!
- 463 名前:ナナシ 投稿日:2003年06月02日(月)15時40分02秒
- お疲れ様でした!!
この話大好きだったんでとりあえず完結・・・嬉しいです◎
いしよしも気になるんですけど、やすごま、もうちょっと進展してほしいような
気もします(笑
ではでは、二年目もがんがってください!!
- 464 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月02日(月)21時22分51秒
- 完結おつかれさまでした。4作ともいい話でした・・・
ジャズの醸し出すマターリとした雰囲気とかスゲー好きでした。
自分もやすごまの仲がカプモードになってほしい気もしましたが、でもこの二人は
こういう先輩後輩というか姉妹っぽいのが確かに似合っているとも思います。
これから2年目に続くということで嬉しいです。楽しみにしてますので頑張って下さい。
- 465 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月19日(木)11時07分12秒
- 今日一気に読みましたです。マジでよかったです。
感動しましたし笑えるところは大いに笑っておりました。
これから続きを書かれるとこのこときたいしてお待ちしております
- 466 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時28分53秒
- 春である。
新しい生活、新しい学年。
そしてひとみと梨華はこの春から同居を始める。
「ウエルカーム!おいでませ我が新居!!」
引越しもすべて完了して、ひとみは前より少し広い2DKの部屋にごきげんである。
時計は夜の十一時。
引越しの作業中、ひとみは一番働いていたというのにやたら元気だ。
「よっすぃー、ほらそんなにはしゃぐとホコリが…あーもう…」
困ったように梨華がたしなめるも、まったくおかまいなし。
「だあってさー、はしゃがずにいられないんだもん!新しい家だよ?」
ひとみは心底嬉しそうに、新しい部屋の空気を吸い込んだ。
今まではなかったベッド。
今まではなかったプーさんのぬいぐるみに、今まではなかった可愛い食器。
- 467 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時30分02秒
- 「ぜーんぶ梨華ちゃんのモノ!!」
「そうだよ!ていうかそのベッドも私のなんだから暴れないで!」
「だって私の持ち物なんてほとんどなかったし…実家でも自分のベッドなんてなかったし…」
ひとみはよほどベッドが嬉しいらしい。
「ねえねえ、今夜一緒にベッド使っていい?」
「う…うん…」
そんな無邪気に微笑まれたら、嫌とは言えない。
なんだかんだ言っても、梨華はひとみに弱いのだ。
「やったぁ♪じゃああれだ、今日はここに越してきてはじめての夜だから、初夜だな!!」
「ひ、ひとみちゃんそれ間違ってるから!!」
二人の生活は、始まったばかりである。
*****
- 468 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時30分48秒
- 次の日。
学年始めのガイダンスに出席するため、学校に来たひとみたちは校門でばったり真希と圭に出くわした。
「あれー?ごっちんおはよう。保田さんと一緒に来たの?」
「うん。家のパソコン調子悪かったから、圭ちゃんちに借りに行って、そのまま泊まった。」
レポート今日まででさー、とぶつくさ言いながらも、真希はなんだか楽しそうだ。
「…ごっちん、なんか楽しそうっすね。」
圭だけに聞こえるようにひとみが囁くと、なんとも微妙な表情が返ってくる。
「…そうなんだよね…なんか、留年決定してから妙にべったりでさ…。まあ、可愛いっちゃー可愛いんだけど…」
しかめっつらで、それでもどこかまんざらでもなさそうな雰囲気を感じ取ってひとみはニヤリと笑った。
「保田さん、嬉しいくせにー。」
「そ、そんなことないって!いや、まあ嫌だとかそういうわけじゃないけどさ…」
微妙な圭の心境など知る由もなく、真希は二人の会話に割り込んできた。
- 469 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時31分35秒
- 「ねえ、そういえばよっすぃーと梨華ちゃんって昨日から同居始めたんだよね?どんな感じ?」
「どんなって言われてもまだ一日だからわかんないけど…楽しいよ。ね?梨華ちゃん。」
「うん、やっぱり一人だと寂しいしね。」
にこにこと話す梨華をまじまじと見つめると、真希は納得したように頷いた。
「そっかー…いいなあ、楽しそうで。…あ!ってことはさー、昨日の夜は梨華ちゃんとよっすぃーの同居生活最初の夜だから、初夜だね!」
「…後藤それ間違ってるから。」
「え?違うの?」
素でボケる真希の隣でため息をつく圭。
その後ろで圭よりも深いため息をつく梨華。
そして『やっぱそう思うじゃんねえ』と頷いているひとみ。
これも文学部コンビが問題児扱いされるゆえんだろうか。
- 470 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時47分13秒
- 「…あ、ガイダンスまでちょっと時間あるから部室寄っていい?あたしテキスト置きっぱなしなんだよね。」
「お、じゃあみんなで行こうよ。新年度だし。」
新年度じゃなくたっていっつも行ってるじゃん、と梨華は思わないでもなかったけど、真希のつきあいがてらひとみの提案についていくことにする。
「誰か来てるかなあ〜。」
ぞろぞろと部室の方に向かっていくと、ドアの前に見知らぬ人影が見えた。
「…ん?」
「誰かいますね。…知らない人が。」
誰の知り合いでもなさそうな女の子が、落ち着かない様子でじっと座り込んでいる。
「入部希望者かな?」
「えー?だって新歓もまだしてないんだよ?こんな早い時期に…」
一同首をひねりながら近づいていくと、こちらに気づいた少女が勢いよく立ち上がった。
- 471 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)02時51分51秒
- 「あっ…あの、ジャズ同好会のみなさんですか!?」
「え…まあ、そうだけど…」
たまたま一番先頭にいた圭が話しかけられる格好になり、あまりの勢いに半歩後ずさる。
興奮しているせいか見開かれた目は少々怖いが、よく見れば整った顔立ちの美少女である。
「…ぅわー、すっげー可愛い…。」
思わずうっとりと感嘆の声を漏らしたひとみの頭をぽかりと叩くと、圭の代わりに梨華が一歩前に出た。
「えっと…なにか御用ですか?」
「あ、えっとぉ、そのー…ここに、オガワマコトって子いませんか!?いますよね?一年生でぇ、身長は普通くらいで、見た目はちょっとクールっぽいんやけど目がおっきくて可愛い顔しとって、学部はちょっとまだわからないんですけどぉ…」
「あぁあー、待って、ちょっと待って。」
一気にまくし立てられて、梨華もやっぱり半歩下がってしまった。
見た目の印象とかけ離れた喋りに戸惑いを隠せず、それでもそこを指摘することを自粛した梨華と圭の努力をかき消す二つの声がキレイにハモった。
「「………どこ語?」」
恐るべし、文学部コンビ。
…かくしてこの出会いが、ジャズ研にとって新たな一年の幕開けとなるのであった。
- 472 名前:Misty〜1.四月です。 投稿日:2003年06月25日(水)03時00分17秒
- 更新です。小高編、やっと始まりそうな予感。
>461
ありがとうございますm(__)mていうかこんなメンバーなら私も入りたいです(爆)
>462
石吉も同居を始めたので、ちょっとは描写が増えるといいなあ…と人事のように思っております。
とりあえずプロローグ的に入れてみましたがどうかなあ?
>463
>464
うちの後藤さんはちょっと恋に疎いので読んでる方はもどかしいかもしれないですね。すみません★
やすごまもちょびちょび頑張ってもらいたいです。
>465
そういっていただけるととても嬉しいです。ありがとうございますm(__)m
嬉しいレス貰うと頑張ろうって気になる単純野郎なんで(笑)
- 473 名前:オースティン 投稿日:2003年06月25日(水)03時02分32秒
- 472の名前がタイトルとサブタイのままになってますね。ごめんなさい★
第五部本編のタイトルは「Misty」です。
- 474 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月30日(月)23時50分50秒
- はじめまして。一年前に始まってからずっと
愛読しています。
ここのいしよしに限らず、他CPも爽やかな感じで
いいですね。あと読んでいて、情景が瞳に浮かんで
きます。娘。小説で、他人に薦められる作品です。
小高編、楽しみにしております。
- 475 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月09日(土)01時47分49秒
- 保全
- 476 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時23分27秒
- 「…それにしても、なんなんだろうね、あの子。」
「うーん…確かなんとかって子を探してるとかそんな様子だったような…」
学部の廊下をほてほてと歩きながら、真希とひとみは先ほどの少女についてあれこれと想像をめぐらせていた。
―あの後。
異国の言語を操る美少女に興味を示したひとみたちは彼女との会話を試みたのだが、たまたま通りかかった部長の『あんたらはガイダンスに出なさい』の一言で部室を追い出されてしまったのだ。
そして渋々ガイダンスに出席し、しかし大半の時間を居眠りに費やして元気いっぱいになった二人は再び部室に向かっている次第である。
「それにしても飯田さんずるいよ、なんだかんだ言ってあの子と二人で仲良く話をしたかったに決まってる!」
ぐっとこぶしを握り締めて力説するひとみの横顔をぼんやり見つめ、
「…よっすぃーじゃないんだから、そんなわけないじゃん。」
と、真希は少々呆れ顔だ。
「そーかなあ?だってあの子すっごい可愛くない?」
「うん、まあそれは賛成するけどさあ…。」
言いながら部室のドアを開けると、中にいたのは圭織一人で、先ほどの少女の姿はなかった。
- 477 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時27分03秒
- 「…あれ?カオリ一人?あの子は?」
「ん、なんか履修説明会があるって出てったよ。終わったらまた来るって言ってたけど。」
ベースの『みちよさん』を磨きながらどこか満足そうな顔をしてるあたり、大方またベースについて熱く妖しく語ったんだろう。
「なーんだぁ、あの子いないのかあ。せっかく初めての後輩ができると思ったのに。」
心底残念そうなひとみの肩をぽんと叩くと、圭織は自信たっぷりに微笑んだ。
「大丈夫、そんなよっすぃーのために、カオリがいろいろ話を聞いておいてあげたから。」
「おおっ!さすが部長!…で、なんなんですかあの子?やっぱ新入部員?」
わくわくと身を乗り出したひとみをまあまあとなだめるように座らせると、おもむろに口を開いた。
「とりあえず、あの子の名前は高橋愛。それで、どうやら『マコト』っていう彼氏を探しているらしいんだ。」
「……彼氏?」
いきなりな言葉が飛び出たことに少々面食らいつつも、ひとみは先を促す。
- 478 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時29分33秒
- 「…でもなんでこのサークルに?」
「うん、それがねえ、訛りがきつくてところどころよくわからなかったんだけど…とにかくフルートが上手で、ジャズが好きな人らしいよ。で、その人を追いかけてこの大学に来たんだって。……カオリの読みでは、生き別れた恋人だと思うんだけど。」
ふふん、と面白そうに笑う圭織の表情を見て、『ああ、なんか変なこと考えてるな』と感づいてしまう真希。これも一年間同じサークルで過ごした経験の賜物だろうか。
「生き別れた恋人って…今どきそんなんあるの?」
「あるでしょ、そりゃあ!…例えばさ、高橋さんはマコト君と結婚を約束した仲なのに、マコト君がなにかの事情で地元を離れる羽目になったとか…もしくはすでに高橋さんのお腹の中にはマコト君との子供がいるのに、マコト君が逃げちゃったとか…」
昼メロもびっくりな筋書きが真顔ですらすら出てくるあたりがかなり怖い。
「…そんな状況だったら大学受験してる場合じゃないんじゃ…。っていうか…」
やたら生き生きした表情でなにやら考え込んでいる圭織に、嫌な予感が走る。
- 479 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時30分09秒
- 「もしかして探してあげるつもり?その、マコト君を。」
「あったりまえじゃん!だってフルートだよ?しかも何年かぶりの男子部員!あわよくばあの子もサークルに引き入れて、新入部員の数確保!完璧!!」
キラキラと目を輝かせてガッツポーズをする圭織を眺めて、ひとみがぽつりとつぶやいた。
「…っつっても、どうやって探すんですか?いくらジャズ好きだからって本当にジャズ研入るとは限んないじゃん?」
「…確かに…。」
考え込む部長と、たいして考えていない後輩二人が沈黙した部室。
そこに例のごとくけたたましく現れたのは、裕子と真里だった。
「おいーす。久しぶり久しぶりぃ〜。」
「おいーーっす!久しくないけど久しぶり!…ってどうしたの?三人とも」
沈黙を守っている三人を不審に思った真里が訪ねると、ひとみがほえほえとした表情で顔を上げた。
「あのねー、可愛い新入生を孕ませた生き別れの恋人を探す方法を飯田さんが考えてるんです。」
「は?」
何を言っているのだこの娘っ子は。
- 480 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時31分26秒
- はたで聞いていた真希も、ぎょっとしたようにひとみを見た。
ただ圭織の言ったことを復唱してみただけなのか、それとも案外本気なのか。平和そのもの、といったひとみの表情からは何もわからない。
一方まったく話が読めない真里は、半ば助けを求めるように圭織を見た。
しかし、今の彼女は交信中のビジー状態。フリーズ寸前、といったところか。
「…ごっつぁん、どういうことだ?」
「うーん、まああたしにもよくはわからないけど…」
一応、という感じで真希が一通りのことを二人に説明した。
「……ほぉー…つまり、その一年生の恋人がこのサークルに入るかもしれないから、その子がここに先回りしてたずねてきたってわけか。」
「うん、あたしの読みではむしろ逃げたオトコに一発ぶちかますために追いかけてきたんじゃないかって思うんですけど。」
「…よっすぃー、なんか話広がってるから。」
真希のつっこみもむなしく、みんなの妄想は止まらない。
「いやぁしかしそんなに可愛い子なら是非見てみたいもんやね〜。」
「だねー。セクシー系かな、キュート系かな。」
「圭織の見たところはラブリー系って感じだけどね。」
- 481 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時32分27秒
- 好き勝手なことをあれこれ話していると、突然大きな物音がした。
ガンッ!!!
「!!?」
「な、なに?」
「ドアか…?」
ドアに何かが激しく叩きつけられたような音に、一同入り口に駆け寄った。
「あいたたた…。」
おでこを抑えてうずくまっていたのは、噂の一年生・高橋愛。
何をどうしたらそうなるのか、ドアに額を強打したらしい。
「…圭織、この子がその…」
「そう、ラブリー系の高橋さん。」
「ほほう、確かに美人やなぁ。」
- 482 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時33分02秒
- 頭の上で好き勝手なことを言われてちょっと面食らったらしい愛は、それでもぴょこんと立ち上がってお辞儀をした。
「あっ、あの、度々すみません、高橋愛です!」
「うんうん、二度目まして。とりあえず入んなよ、お茶でも入れてあげるから。」
ありがたい部長のお言葉に恐縮したのか、愛は口をぱくぱくさせてから大きく頷く。
お邪魔します、と部屋に入ろうとした愛の手をとって、ひとみが優しくエスコートした。
「あんまり大きなリアクションすると体にさわるからね、ゆっくりでいいから。ほら、椅子はそこだぞ。足元気をつけて。」
「…?え、あ、すみません…」
なんだかわからないまま丁重に扱われて戸惑う一年生を見つめて、圭織以外の三人は遠い目をした。
『…よっすぃー、腹に子供がいることを前提にして接してるな…?』
『どこまで本気かわからんとこが恐ろしい…』
『バカなのかやさしいのか…』
- 483 名前:2.ノンストップ先輩。 投稿日:2003年08月13日(水)02時34分05秒
- おずおずと椅子に座らされた愛は困ったように部長を見るが、しかしこの人に愛の戸惑いが伝わるわけもなく。
麦茶をがつんと机に置くと、興味津々と言った感じで口を開いた。
「で、どうすんの?産むの?」
「…はぁ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった愛に構いもせず、今度は横からひとみが割り込んだ。
「ねえ、その男うちらが捜してあげるからさあ、一発殴らせてよ。」
「え…えっ?えぇ??」
もうなにがなんだかわからん、と言った表情で愛は真里たちのほうを見た。
しかし、真里たちとしても助けを求められたって困るわけで。
「…高橋さん、とりあえず納得いかないことがあったら今のうちにつっこんどいた方がいいよ。後々面倒だから。」
真里の言葉に、真希も神妙に頷く。
「なんやったらこいつらの話は一切スルーするとかいう方法もあるからな…」
追い打ちをかけた裕子の言葉に、真希はもう一度大きく頷いた。
- 484 名前:オースティン 投稿日:2003年08月13日(水)02時36分31秒
- ヒサブリの更新です。
話の持っていき方が難しいよ…(凹)
>474
ありがとうございますm(__)mそんなふうに言ってもらえて光栄です。
遅筆ながらがんばっていきますです。
- 485 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)14時13分40秒
- 楽しみにしてます。
にしても吉澤さんのノリサイコー!
- 486 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年08月18日(月)21時38分25秒
- 皆、勘違いしてるのが笑えます・・・・(w
高橋さんこれからどうなるのかなー?
マコト探すのかなー?
と。(笑。
次回の更新楽しみにしております♪
作者さんのペースで頑張ってくださいね^^
- 487 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/16(火) 18:16
- ほ
- 488 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/02(木) 00:19
- hozen
- 489 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/12(日) 22:55
- この作品のおかげで以前より興味のあったJAZZにはまることができました。
最初は曲もわからず読んでおりましたがある程度JAZZを聞いてから読み直してみて
すごいその曲の持つイメージがぴったりで最高でした・長々とすいません。
更新楽しみに待っております。
- 490 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:06
- 「ええ!?マコト君って、女の子なの!?」
「妊娠説はガセかよ!!やっべー、してやられた!!!」
数分後。愛から事の真相を聞いた一同は、心底驚愕した。
「…や、普通思わないだろ、妊娠は…。」
「だいたいあんたら飛躍しすぎやっちゅーねん。」
…もとい、驚愕したのは二人だけだった。
「…まあとにかく、話をまとめようよ。」
再び話がややこしくなる前に、真希がさえぎった。
「つまりこういうこと?高橋さんは高校のとき吹奏楽部だった。で、他校から全国大会に出場してた『小川麻琴』さんのフルートに感動して彼女を追いかけてきた、と…。」
「そうです。」
笑顔満面、にっこり微笑む愛。
「……で?」
怪訝そうな顔を隠そうともしない真希を見て、愛は首をかしげた。
- 491 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:07
- 「?で?って言われても…」
なにか問題でも?と言いたげな愛の前に、真里とひとみが身を乗り出してきた。
「あ、あなたそんな理由で大学選んだの?それでいいのか?っつーかなんでその子がこの大学選ぶって知ってんのさ!他校で面識なかったんでしょ?」
「ストーカー!?もしやストーカーだなぁ!?」
ストーカー、という言葉に反応した部員一同は、途端に表情を変える。
「…そう言われてみれば、そこはかとなくストーカーっぽいような…」
「うん、きっと女子校出身だよ。そんな顔してるもの。」
圭織や真希までが勝手なことを言い始めると、愛は平生からのびっくり顔をさらに強調させて反論した。
「そ、そんなわけないやないですか!!確かに女子校出身やけど…違います!あたしが忘れられへんのは麻琴でなくて、麻琴のつくる音っちゅーか…。と、とにかく、あたしのそれまでの音楽観とか、全部変わっっつんたんです!」
あまりにも真剣な愛を見かねて、裕子がぽんぽんと頭を撫でた。
「ほら、わかったからそんなに興奮しなさんな。もっとゆっくり喋らんと、みんなが困ってるで?」
裕子の言うとおり、興奮で訛りが強くなってしまったために、みんなすっかり黙り込んでいる。
「あ……すいませんでした…」
落ち着きを取り戻して頭を下げた愛に、圭織も頭を下げた。
「うん…こっちこそごめん、変なこと言って。…で、なに?そのマコトって子のフルート、そんなにすごいの?」
「…はい。話すとちょっと長くなりますが…いいですか?」
申し訳なさそうにつぶやかれた言葉に何かを感じ取って、全員が無言で頷いた。
- 492 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:08
-
**********
- 493 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:08
- 誰よりも練習を重ねた。
どの学校にも、負けない自信があった。
県ではもちろん、さらに上のブロックでも『優勝候補』と言われる吹奏楽部。
それが、私の所属する部だった。
小さい頃から習っていたフルートの経験を買われた私は部長も任されていて、今日までみんなをここまでひっぱってきた。
なにより高校生活最後の大会で、全国まで進めたことが心底嬉しかった。
- 494 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:10
- 「全国だとさすがにレベルちゃうよなぁ。予選のときみたいに、ロコツにつっかえてる子とかおらんもんな。」
「うん…そうやね。」
隣からのほほんと声をかける同級生の言葉を、私もどこかリラックスした気持ちで聞いていた。
午前中に演奏を終えた私たちは、力を出し尽くした開放感と、満足のいく演奏をやりきったという思いでいっぱいだったし、正直なところみんな安心しきっていた。
吹奏楽部にしてはめずらしく、『A列車で行こう』をジャズアレンジに挑戦した点や、『基礎練を大事に』という伝統を受け継いだ演奏力。こうして落ち着いて他校の演奏を聴いていて、「へえっ」と思うことはあっても、「かなわない」というほどの演奏を見せてくれるところはなかった。
…うぬぼれてる、と思うかもしれない。でも、私たちは常に、胸を張れるだけの練習をしてきた。結果はいつでも努力のあとについてくると信じていたから。
「優勝できるかどうかはわからんけど、入賞は確実やろな。…まぁ、金とれるにこしたことはないけどのぉ。」
はやる喜びを抑え切れないようにつぶやいた友人の声をやりすごしていると、最後の曲目が始まった。
- 495 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:12
- ―――最後は、新潟県・朝日高校による「スペイン」です。
ステージに現れた生徒たちを見て、正直拍子抜けした。
部員は10人そこそこ。雰囲気的にも『場慣れ』していない感じが伝わってくるような、落ち着きのないバンド。
総部員数が100人を超えるうちの高校とはえらい違いだ。
しかし、緊張でガチガチになっていた部員たちが、一人の少女の声で変わった。
「みんな、楽しんでいこう。」
フルートを携えた彼女のその一声で、部員が落ち着きを取り戻す。
屈託のない笑顔が、客席からでもよくわかった。
そして、演奏。
カウントの後に始まったテーマの、迫力のあるメロディラインに驚愕した。
こんなの、聴いたことない。
私は、久しぶりに高鳴る鼓動を感じながらじっと聴き入っていた。
ユニゾンが終わり、パートごとの演奏に移る。
私は、なんだか妙な気分だった。
技術が特に秀でているわけではない。人数が少ない分、音の厚みももちろん少ない。
……なのに、なぜか魅力がある。
不思議な感覚に戸惑っていると、先ほどのフルートの子が颯爽とソロをとり始めた。
フルートパートは、たった一人。
- 496 名前:3.思い出の中の君。 投稿日:2003/10/23(木) 03:13
- 「………・!」
――その瞬間、私の体は動かなくなった。
圧倒的な力に満ち溢れたテーマと、その疾走感。
なにより、演奏が楽しくて仕方がないとでもいうような表情が目を引く。
音色も、音階も、…いや、むしろフルートそのものを『味方』につけた演奏力。
かなわない。
そう思わざるを得なかった。
「なんやあれ、すごい力押しやなぁ。ベースついていけてへんやん。」
隣で何かいう友人の声は、もはや耳に入らない。
ただただ、全身で音を奏でる彼女の姿に、鳥肌を立てていた。
***********
- 497 名前:オースティン 投稿日:2003/10/23(木) 03:23
- 本当に久しぶりの更新になってしまいました。多忙により、長いこと放置してしまい申し訳ありません★
高橋さんの回想シーン、小高出会い編です。私は吹奏楽のことはさっぱりなので、大会シーンでおかしなところがあっても目をつぶっていただければと思います…
>485
シリアスになりがちなところに、吉澤さんのようなキャラはとてもありがたいです(笑
>486
高橋さんはこれから…どうなるんでしょう?とりあえず一筋縄ではいかない展開が待ってます、彼女には(w
>489
素敵なレス、ありがとうございました。とてもやる気につながりました。嬉しいです。
完結には程遠いですが、温かく見守ってやってください☆
- 498 名前:489 投稿日:2003/10/23(木) 09:01
- やったー!!更新きてたーー!!オースティンさんお疲れ様です
また楽しみに次回までマッタリ待たしていただきます
- 499 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 13:39
- そして、運命の結果発表。
…結局、金賞はうちの学校のものになった。
評価されたのは、安定した演奏力と、チームワーク。
ほっとした顔をする同級生や、涙ぐんで抱き合う後輩たちの中で……私は、煮え切らない思いを抱えて立ちすくんでいた。
例の新潟の高校は、なんの賞も取れなかった。
- 500 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 13:39
- 輪から外れて一人ぼんやりしている私を見かねて、顧問の先生が近づいてくる。
「どうしたん、部長。なぁんでそんな浮かないカオしとんね?高橋がずーっと欲しがってた、金賞やぞ?」
「はい…嬉しい、です。でもあの…さっきの、『スペイン』を演奏したところ…あそこは、なんで入賞やないんですか?」
胸に何かがつかえたような気持ちを思い切って吐き出すと、先生は不思議そうな顔でこう言った。
「なんでって…あそこは人数も少ないし、多少そろってないところもあったやろ?あのフルートの子はかなりいい音出しとったけど、まだまだ荒削りって感じやったでな。……まあ、高橋はマジメやからいろんなとこ気になってまうんやろが、お前らの演奏は完璧やったで?自身持ちね。」
ぽん、と私の肩を叩く先生を見て、私は『なにもわかってない』と思った。
先生だけじゃない。みんな、なにもわかってない。
……そして、私も。彼女の演奏を聴くまで、なにもわかっていなかった。
「…まだ、帰るまで時間ありますよね?私ちょっと、忘れ物取りに行ってきます。」
「え?いや、そら構わんが…忘れ物ってなんなん?」
戸惑ったような先生の声を半ば無視して、私は走った。
- 501 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 13:41
- 今なら間に合う。
この気持ちを、このままにしたくない。あんな演奏を見せ付けられてこのまま二度と会えないなんて、悔しすぎる。
ロビーを抜けて、会場の入り口へ。そして、正門のあたりで彼女の姿を見つけた。
「小川さん!!」
「え?」
仲間と談笑していた彼女が振り返る。
「えーっと…なんですか?」
困ったように私を見ている彼女に、同級生らしき子が囁いた。
「マコ、福井の高校の人らて。ジャズバンおったて喜んでたじゃろ、さっき。」
「あぁー、金賞とったとこらね!あたし、絶対金取ると思てたんさ。」
北の訛りと思われる口調でそう言った後、ふいとこちらに向き直った。
- 502 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 13:41
- 「…ところで、なんであたしの名前知ってるんですか?」
「あ、えっと…プログラム見て…。フルート、あなただけだったから。…すごく、よかったです。演奏。」
いきなり声かけて、馴れ馴れしかったかな?と心配になっていると、人懐っこい笑顔と共に、目の前に右手が差し出された。
…握手、ってことでいいんだろうか。
少し迷ってからその手を握ると、そのまま手をぶんぶんと上下に振られる。
まさにシェイクハンドだ。
「いや、そちらこそ、Aトレインすごかったです!あたしジャズ好きなんで、すごい嬉しかったんですよぉ。金賞、おめでとうございます。」
なんの他意も嫌味もない言葉。私は何だかいたたまれない気持ちになった。
「あ…そんな…小川さんの方が、すごかったですって。…あたし、初めてなんです、あんなにはっきり、『負けた』って感じたんは。」
初対面の相手にこんなことを言ってもいいのかと思わないでもなかったが、言わずにはいられなかった。
この胸のつかえを。そして、正直に感動したことを。
しかし、当の本人は不思議そうに首をかしげた。
「…?なーに言ってんですか、負けたのはこっちですよ。だいたい、うちは全国大会経験できただけでも大満足なくらいなんで。やっぱ、たくさんの人に聴いてもらえるとこでやるのは楽しいですよねえ。」
なあ、と仲間に同意を求めて、彼女は相変わらずニコニコとしている。どうやら、本当に順位や賞には頓着していないらしい。
- 503 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 13:42
- 「あ、そろそろバスの時間だ。…じゃ、お疲れっした!」
施設内の大時計を確認して、あっさり去っていこうとする背中に私は慌てて声をかけた。
「あっ…あの!!」
「え?」
「………お、小川さんのこと、ライバルって思っててもいいですか?」
我ながらおかしな要求だ。もう、この先会えるかどうかだってわからないのに。
どんな反応が返ってくるのか、汗びっしょりの手のひらを握りしめて待っていると、彼女はまたのほほんと笑った。
「ライバルかぁ。いいですね。…でも私今年で引退だし、来年からは東京の大学通うんですよぉ。」
「ええっ!?も、もう決まってるんですか?どこに!?」
受験生のくせに、もうすぐ11月になろうとしているこの時期まで部活ばかりしていた私には、かなり衝撃的な言葉だった。
「MM大です。あたし受験勉強とか無理なんで、推薦で入ろうと思って。」
「!!!」
MM大学と言えば、割と有名な私立校だ。
こっ…この子、頭良かったんだ…。
「じゃ、またどこかであえるといいね。ばいばい!」
「………あ、うん、ばいばい…。」
私は半ばどん底な気分で手を振る。
…吹奏楽の全国大会に来て、進路関係の事で凹むなどとはついぞ考えていなかった。
そして同時に、私はそのとき思ったのだ。
『小川麻琴に、負けたくない』ということ。
それから、『帰りに参考書を買っていこう』ということを。
- 504 名前:オースティン 投稿日:2003/10/25(土) 13:44
- ちょっとだけ更新。
>498
広い心に感謝します(涙
- 505 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 22:41
- 「……と、いうわけで。受験までの数ヶ月間死ぬ気で勉強して、無事にここの経済学部に入学できましたぁ!」
笑顔満面の言葉で締めた愛に、拍手が向けられた。
「えらいっ!何事も努力だよ高橋!受験勉強、よく頑張ったねえ〜!」
天使の微笑で手を叩くなつみ。
「ライバルはいいよね。人生で、ライバルは必要だよ。私も大学に入ってから、やっとめぐりあえたライバルがいてね…」
やたら長い話に発展しそうなことを言い出す梨華。
「やっぱねえ、音楽は技術だけの問題じゃないんだよね。高校生でそこに気づいたのって、すごいと思うんだ。」
やけに感心している圭。
「なあ、アタシ最初の方ちょっといてへんかったからようわからんけど…なに?オガワって結局誰?」
そして間の悪いみちよ。
- 506 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 22:41
- 「ってなんでいつの間に全員おんねん!!」
突如振って湧いた感想の数々に、裕子がおもむろに突っ込んだ。
「いや、なんか部室来てみたら面白そうな子が面白そうな話してたから。」
しゃーしゃーと言ってのけたのは圭。それにしたって、声くらいかけてもいいようなものだが。
「…まあそれはいいとして。結局高橋さん、どうすんの?」
話を元に戻されて矛先が向いた愛は、ちょっとぴくりと動いた。
「…あたしも、勢いだけでここに来つんて、正直どうしていいかとかってわかんないんですけど…でも、きっと、ここで待ってれば小川さんは来るんじゃないかって。」
ぽつりとつぶやいた所在無げな声に、なつみがぽんとその頭を撫でる。
「待つって言っても、あなたはどうしたいの?ただ毎日ここに来て、じっと待つ?それとも…」
やさしく微笑み、続けようとした言葉は叶わなかった。
「「入部しなさい!!」」
両側から割り込んだのは、圭織とひとみ。
「高橋さんもフルート吹けるんでしょう?欲しい!そしてジャズにはまりなさい!君、ストライクゾーン!」
「そうだ!あたしももう二年だし、初めての後輩が欲しい!そして願わくば可愛い子がいい!君、ストライクゾーン!!」
寸分の誤差もなく、二人そろってサムアップ。
- 507 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 22:43
- 「オイ!二番目の奴の意見おかしいぞ!」
遠くから真里が叫び、なつみはガックリしている。
「……キメ台詞、言いたかったのに…。」
「あきらめなさい、あいつらはアホや。…まあ、なっちも大概アホやけど…」
うなだれる肩をみちよが叩き、妙なフォローを入れた。
「…で、どう?高橋さん。吹奏楽とは勝手が違うから戸惑うかもしれないけど、楽しいことは保障するよ?…なんせ、こーいう人たちだからね。」
ダメ押しで真希がニッと笑うと、愛もやっと微笑んだ。
「…はい。よろしくお願いします!」
…かくして、この年初めての新入部員が決まったわけだが。
- 508 名前:3.思い出の中の君 投稿日:2003/10/25(土) 22:43
- 「やった!後輩一号〜♪」
ひとみが浮かれて愛の肩に腕を回したとき、静かな声が響いた。
「…よかったねえ、ひとみちゃん。可愛い後輩が入ってくれて。」
「!!!」
一瞬で顔中から汗を噴出させたひとみが振り返る。
そこにいるのはもちろん、同居人のピアニスト。
「りりり梨華ちゃん!!あ、あたしはそんな、別に高橋に手を出そうとかそういうんじゃ…」
「当たり前でしょ。」
ぴしゃりと言い放たれて、ひとみはがくんとうなだれる。
「じゃあ高橋さん、わからないことがあったら教えるから、何でも言ってね。……ただし、このしまりのない人以外に。」
「は、はい…。」
床に埋まってしまうんじゃなかろうかというほどガックリしているひとみを横目で見て、愛はさっそく不安になるのだった。
- 509 名前:オースティン 投稿日:2003/10/25(土) 22:48
- キリがいいと思って更新したがあまりキリがよくなかったので妙な更新を繰り返してしまいました。
ああ。
- 510 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/25(土) 23:29
- 更新お疲れ様です。
軽ジャズ好きがここで本格的に大好きになりました。
頑張って下さい。
- 511 名前:510 投稿日:2003/10/25(土) 23:30
- ageレスすみません。
- 512 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 07:09
- 最後のいしかーさんの台詞に爆笑してしまいました。
いいらさん・よしこのストライクゾーンって・・・
こんな先輩達に囲まれて、テッテケさんどないなるん
でしょう?
- 513 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/09(日) 02:34
- 更新お疲れ様でございます。また次回を楽しみにしております。
- 514 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/25(火) 22:45
- 早く更新求む!!
- 515 名前:名無しアゴン 投稿日:2003/11/27(木) 19:56
- >514
ageるなよ。
- 516 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:36
- その日から、愛は毎日部室に顔を出した。
フルートを吹いたり、みんなにアドリブを教えてもらったり。
しかし愛がすっかり上級生に受け入れられ、新入生歓迎ライブが終わったあとも、小川麻琴は姿を現さなかった。
「…高橋ー、小川さんてホントにこの大学で合ってるの?」
新歓に来てくれた一年生のリストを見ながら、真里が遠慮がちに口を開いた。
「けっこー大々的に宣伝したから、今年は去年よりもたくさん人来たけど…小川って名前はないみたいだよ。」
同じくリストをチェックしていた愛は少ししゅんとうなだれる。
「私も、探してはいるんです。どこの学部かもわからないから、とりあえず暇な時間にいろんな校舎に行ってみたり、学食の中にいる人をひとりひとりチェックしたり、窓の外から教室をのぞいたり……。でも、それらしき子はいないんですよねえ…。」
あまりにも深刻な表情で話すものだから本人には言えなかったが、真里は『この人怖いよ!』と正直に思った。
「……ま、まあでも…そんだけ探してるのに見つからないってことは、ここにいないって可能性もあるかもよ?高橋の情熱はわかるけどさ…。」
「そうなんですかね…」
しょんぼり、という形容がぴったりくる表情でうなだれる愛。
しかし、そんな感傷に浸る暇すら与えない絶叫が響いた。
- 517 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:37
- 「おぉい!!行った行った行った!!パスパス!」
「待ってちょっと、無理だって!!うわぁあ!!」
部室の外から聞こえてくる騒ぎ声。
しばし続いた掛け合いはひとみと真希のものだったが、この手の騒ぎはいつものことなので真里は平然としている。
「…何してるんですかね。」
「大方サッカーでもしてるんだろうよ…ホントうるさいなぁ…」
やれやれ、と息をつく真里。しかし、いつもと違うのはここからだった。
ガチャーーーン!!!!
「うわっ!?」
「な、おぉい!!楽器が…!」
慌てて駆け寄ると、開け放していたドアから飛び込んだボールが激しく楽器を蹴散らしていた。
「うあぁーー、あたしのフルート倒れとる〜!」
ケースに入れてあった楽器たちは無傷だったが、スタンドに立ててあっただけの愛のフルートは無残にも床に投げ出されている。
「お前らぁ!!楽器壊れたらどうすんだよ!!部室のそばでサッカーすんのはやめなさい!!」
打ちひしがれている愛をいたわりつつ部室の外に向かって叫ぶと、でかい体を縮こまらせてひとみが入ってきた。
- 518 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:37
- 「す、すいませぇ〜ん…」
「ごめんね、大丈夫ー?」
そして続いて入ってきたのは真希。
「堪忍やぁ〜」
そんでもって最後はみちよ。
「コラー!!みっちゃんまで何やってんだよもう!」
「いや、ちょっと最近運動不足やで、そのー…」
ヘコヘコと言い訳を続けるみちよに怒られ役を押し付けて、ひとみと真希は愛のフォローに回った。
「ごめんね、もしかしてフルートに当たった?」
「いや…直接当たったかどうかはわかんないんですけど…ここのキーがちょっと…」
そう言いながらかちゃかちゃと押してみるキーは、緩んでしまっている上に音も不安定に揺れている。
「あっちゃぁ〜…ごめん!マジごめん!弁償するから、ね?」
がばっと頭を下げるひとみに慌てて手を振って、愛は笑った。
「いや、大丈夫ですよ。どっちにしろそろそろ点検に出そうと思ってたんで、気にしないで下さい。」
「いやいや、そういうわけにもいかないっしょ。うーん…わかった、せめて修理代は出すよ。……部費から。」
さらっと言ってのけた真希のセリフ。その最後に小さく付け加えられた言葉に違和感を感じつつも、一応それで納得することにした。
「じゃあ…吉澤さんたちも一緒に、楽器屋行きませんか?壊れてなくても、たまにはお店で楽器見てもらうといいですよ。」
思わぬ後輩からの誘いに少し驚きながらも、二人は顔を見合わせてニッと笑った。
- 519 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:38
-
*****
- 520 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:38
- 「…つーかさぁ、ゴトーさん。バイト休んでまでついてくることないんじゃないでスかー?」
いかにも不服そうにそう言って帽子をかぶり直したひとみに、真希も同じ口調で返した。
「そーいうヨシザワさんこそ、語学サボってまで高橋につきあうなんてかなりの気合いの入れようじゃないでスかぁ?」
愛のフルートを壊してしまった翌日。午前中で授業が終わりだという彼女に付き合って、二人は隣町まで来ていた。
ちなみに今は自分たちの楽器の点検が終わり、少し時間がかかるという愛を待って近くのカフェに入っているところである。
「だぁってさ、やっぱ初めての後輩じゃん…。なんだかんだでごっちんだって嬉しいっしょ?」
ぼそぼそとつぶやいてアイスティーのストローを噛んだひとみに、真希は悪戯っぽく笑う。
「まぁねー。でもよっすぃー、あんまり高橋かまうと梨華ちゃんがヤキモチ妬くんでないの?」
「!なんだよ、梨華ちゃんはカンケーないだろ!?」
痛い所を突かれたのか、ひとみの声は少々裏返っている。
- 521 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:38
- 「終わりましたよー……って二人とも、何してるんですかぁ?」
修理の手続きを終えて戻ってきた愛は、子どものケンカムードをかもし出す二人に不思議そうな顔を向けた。
「いや、なんでもないない。…それよか、どうだった?フルート。」
「あぁ、一週間ほどで直るそうですよ。思ったよりお金もかからないらしいで、良かったです。」
明るく笑って見せる愛の表情に、二人もほっとしたようだった。
「よかったぁ。直んなかったらマジ弁償しようと思ってたからさ。」
「うんうん。…でも、そしたら楽器戻ってくるまでフルートふけないんだよねぇ。どうする?みっちゃんあたりが持ってそうだから、貸してもらえるかもしんないよ?」
真希が首をひねりつつそう提案すると、愛は首を振って椅子にかけた。
「いいですよ。一週間くらい楽器吹けなくても、私は全然構いませんから。…あ、でも。」
「ん?」
一瞬迷ったように視線をさまよわせてから、愛は少し困った顔で二人を見た。
「楽器なくても、サークル行っていいですか?」
なんともけなげな言葉に、『初めての後輩バンザイ』な二人は一気に愛に詰め寄る。
「もちろん、いいに決まってんじゃん!ガンガン来いよ!」
「そうそう!むしろ授業なんて出なくていいから!」
「いや、それはちょっと…」
最後の真希のセリフにはさすがに賛同できかねたのか、愛は戸惑いがちに言葉を濁した。
「ははは。まぁ、とにかくさ。みんなに馴染んでもらえて嬉しいよ、うちらはさ。」
にこにことしている真希の横顔を見て、ひとみも頷く。
- 522 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:39
- 「…と、ごめん、ちょっとトイレ。」
「おー。いってらっしゃい。」
ガタガタとオトコマエに椅子を動かしながら、ひとみが席を立った。
その後姿がトイレに消えるのを見送ってから、真希はちらりと愛を見、少しだけ声を潜める。
「……あのさ、高橋。ひとつ気になってることがあるんだけど、いいかな?」
「?いいですよ?」
突然真剣な顔になった同学年の先輩の顔に、愛は首をかしげた。
「もし、さ。高橋の探してる『小川さん』が見つからなかったとしたら……そしたら、どうする?」
「え?」
質問の意図を測りかねたのか、大きな目がくるくると動いている。
「だから、えっと…もし小川さんが見つからなくても、高橋はサークルに残ってくれるかなぁって、思ったんだよ。」
「あっ…あー、そういうことですか。えーと…」
愛もこのことを真希に訊かれるとは思ってなかったらしく、改めて首をひねった。
- 523 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:39
- 「…そうですね。それでも多分、残ると思います。」
ためらいも遠慮もないその表情を見て、真希はほっとしたように笑った。
「よかった。…やっぱさ、仲良くなったからには一緒にやっていきたいじゃん?よっすぃーもあんなに喜んでることだし。」
真希がここにはいない親友の名前を引き合いに出したことに、愛も少し噴出す。
「…でも実際、考えてなかったわけじゃないんです。あの子はやっぱりこの大学来てないんやないやろかとか、そういうことは。でも、もし見つからなくてもみんながいるから…楽しくやっていけると思います。」
さっぱりと笑った後輩を見つめて、真希はミルクティーを一口飲んだ。
「そっか。それなら嬉しいよ。…でもやっぱ、あたしもその子に会ってみたかったな。高橋の進路をあっさり決めちゃうくらいの人にさ。」
「…そうですね。あたしも、みなさんに会わせたかったです。」
そうつぶやいた愛の目は、やはり探し人である『彼女』を見ているのだろうけど。
せっかく落ち着いてくれたこの場所なのだから、と思い、真希は黙って微笑んだ。
- 524 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:39
-
*****
- 525 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:40
- その翌日。
年度が変わって初めての語学の授業のため、真希は午前中から学校に来ていた。
さすがの真希も、出席が重視されるこの授業はむやみに休めない。
とはいえ、開始2分にしてすでにやる気が底をついたのか、さっそく机にうつぶせてうだうだとしていた。
『…あぁー…眠い。ってか周り一年ばっかりだよ…当たり前だけど…。』
確かに真希以外はほとんど一年生なので、知らない顔ばかりである。
『はやく部室行って練習したいなぁ…。』
カチカチとシャープペンシルを弄びながら前を見ると、教師が名簿片手に、誰を指名するか思案しているところだった。
「えーと、次のページからの訳ですね。ここを…」
『やべ、目合わせないどこう……』
さっと目を伏せると、教師は真希のすぐ隣で立ち止まった。
「小川さん。訳できる?」
「…はい。」
『よし!!』
真希は心の中でひそかにガッツポーズをする。指名されたのは、通路を挟んで隣の席の子だった。
『よかった…日頃いい子にしてて…。』
圭や真里が聞いたら迷わずツッコミを入れるであろうことをほんのりと考えつつ、ほっとしたのもつかの間。
思わぬ言葉が耳に入った。
- 526 名前:5.そんなこんなで。 投稿日:2003/11/30(日) 01:40
- 「えーと、これは…小川、マコトさんでいいのかな?」
「はい、そうです。」
……なぬ!?
真希が慌てて隣を見ると、すでに彼女は教科書の訳を読み始めているところだった。
肩にかかる茶色い髪に、人懐っこそうな眼差し。
身体的特徴は一切聞いていなかったが、同姓同名の人違いにしては珍しい名前だ。
『まさか文学部の、しかも同じ教室で見つけるとは…。』
この教室のある文学部棟から、一番離れた経済学部棟に通う愛が発見できなかったのも無理はない。
『……それにしても。』
ひととおり訳を終え、教師が黒板に書く説明を聞いている少女を横目で眺め、真希は思う。
『なーんか、イメージ違うよなぁ…?』
フルートの名プレーヤーであると聞かされていた「オガワマコト」。しかしその実態は、気の抜け切った表情で授業を聞く、隣の席の少女だった。
ついにはポカンと口が開き始めた彼女を見て、真希はひっそりと首をかしげた。
- 527 名前:オースティン 投稿日:2003/11/30(日) 01:47
- 更新です。遅くなって申し訳ありません★
なんか『どうせあんまり見られてないだろうし…』とダラダラ書いていたら、またしても日が開いてしまいました(汗
さて、これからどうなることやら。
>510
ありがとうございますm(__)m
最近めっきり、ジャズというよりはギャグですが…
>512
テッテケさん、これからが大変ですよ(笑
>513
亀の歩みですが、何卒よろしくおねがいしますm(__)m
- 528 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 06:44
- 作者さん、更新乙です。あっぽん口の彼女がついに
キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!
これからどう転ぶか楽しみです。
<『どうせあんまり見られてないだろうし…』とダラダラ書いていたら、またしても日が開いてしまいました(汗
んぁこたないですよ。ここの空気と一緒で、マターリと
暖かい目で見守ってる読者さんも多いと思われ。それに
レス多い=良作とは限らないしね。 作者さんの情景の
見えてくる文章、ヨロシアルヨ。
これからもがんがってくらさい。マターリまってます。
- 529 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/06(土) 04:52
- >>オースティンさん
更新お疲れ様です。上で528サンもおっしゃっておられるように
結構みなさん読んでらっしゃると思いますよ。あまり感想など書き込む
と作品の邪魔になるかもと考える人も多いかとおもわれます。
僕はホンと楽しみで更新いつも待っております。
- 530 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 11:59
- 保全
- 531 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/17(土) 22:32
- 初レスです。
こちらの作品の時間がゆっくり流れてるような雰囲気とか、それでいて登場人物が
みんな生きてるっ!て感じがするとこが好きです。更新マターリお待ちしてます。
- 532 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/03(火) 23:52
- たしか昨年の今頃も書き込みの間隔あいてましたよね。
保全しておきます。
- 533 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 07:39
- >>532
レスをつける前に自治FAQに目を通しておくこと。
読者による保全レスは意味がなくなりました。過度の保全レスは荒らしとみなすこともあります。
とのことです。
- 534 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 12:58
- 自治厨
- 535 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/11(水) 06:30
- 作者さん、がんがれ!みんな待ってるよ。
- 536 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:05
- この授業内で観察した『オガワマコト』行動記。
・机の端に、真剣に落書きをする。→しかし、すぐ飽きる。
・どうやら、ちゃんと授業を聞いているときは口が開いてしまうらしい。
・しかしすぐに居眠り。隣の席の生徒につつかれること数回。→でも起きない。
・ついに机にうつぶせ、熟睡モードに。なぜかこっち側に顔を向ける。
・まつげが長い。ぱっと見、愛らしい顔立ちをしている。→でもやっぱり口が開いている。
・寝言で「かぼっ…」と口走る。とても意味不明。
エトセトラ、エトセトラ…。
- 537 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:06
- これが、真希の観察結果である。
面識はないが、なぜか親近感が湧くことは確かだ。
真希は授業そっちのけでオガワマコト観察に勤しみ、そのおかげで一度も睡魔に襲われることなく授業は終了した。
終鈴と共に教室は一気に騒がしくなる。
この授業の次の時間は昼休みということもあり、学食へ移動していく生徒や、そのまま教室に残って仲間同士で弁当を広げ始める者もいた。
いつもなら真希は部室に直行するところなのだが、今日はそうもいかない。
…後輩の探し人を見つけた以上、どうにかこの子を部室に連れて行かねばならなかった。
- 538 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:07
- どう声をかけたものか迷っていると、教室に一人の女子が入ってきた。
「まこっちゃん!」
「おー、こんこん。早かったねー。」
こんこんと呼ばれた少女は、ふわっと笑って空いている席に座った。どちらかというと活発そうなオガワマコトと対称的に、どこかおっとりして見える美少女である。
真希は教科書を片付ける素振りを見せながら、ちらちらと隣を見る。
- 539 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:07
- 「今の授業、なんだった?」
「えっとうちはねえ、児童心理だった。なんかもー、専門用語多くて全然意味わかんなくてさー。」
…え、この子もしかして心理学部?…わざわざ文学部の校舎までオガワさん迎えに来てるのか。…なかなかアツイな。
「うちは語学だったよ。ホントもう眠くてさー、やばかった。」
うん、ていうか寝てたよね。寝言も言ってたよね。『かぼっ』て。
- 540 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:08
- 「まこっちゃん、お昼持ってきた?」
「いや、今日寝坊したから買ってくるヒマなかったんだよね。どうしよう、あさ美ちゃんは持ってる?」
「あたしは持ってきたけど…じゃあ売店行く?」
「あー、うん。でも今から行って、弁当残ってるかなあ。」
ひとしきりの会話の流れを聞いて、真希は焦った。
このままだと部室に誘うチャンスを逃してしまう。
今にも教室を出て行ってしまいそうな二人に、慌てて声をかけた。
- 541 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:08
- 「ね、ねえっ!!」
「…はい?」
きょとんと二人がこちらを見る。
しかし、特に策があったわけでもない真希は困ってしまった。
「えーと…」
よくよく考えたら、まったく面識のない子をサークルに誘うのはおかしな話で。
でも、今ここであたしの口から高橋の名前を出してしまうのは違う気がするし…。
しばし悩んだ末、真希は自分の鞄をかき回して、ビニール袋をつかみ出した。
「…あたしのカレーパンあげるから、一緒に来てくれない?オガワさんと、ついでにお友達さんも。」
「…………。」
「…………。」
ぽかーんと口をあけているオガワさん。
明らかに引いているこんこんさん。
- 542 名前:6.それ、誘拐? 投稿日:2004/02/12(木) 03:09
- 作戦を誤ったか…!と内心猛省した瞬間、オガワさんがへらっと笑った。
「いいっすよー。」
「いいの!?」
マッハで突っ込んだこんこんさんは正しい。
…オガワさん、小さい頃に散々『お菓子くれるって言われても、知らない人についてっちゃダメよ。』って言われたタイプだろうなあ。
……と、真希はぽつりと思った。
- 543 名前:オースティン 投稿日:2004/02/12(木) 03:12
- めちゃめちゃ空いてしまって申し訳ありませんでした!もう少しがんばって更新したいと思います。
待っててくださった皆さん、ありがとうございました☆
あたたかい励ましのレスをくれた方々には、本当に感謝しております。再開の励みになりました。
これからもよろしくおねがいしますm(__)m
- 544 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 11:45
- 更新乙です!
うわあーーーすっごくおもしろいです。
高小紺の絡みもすっごく期待してますんで!
どんな展開になるかドキドキです!
- 545 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/13(金) 00:21
- いえい! 再会万歳!
- 546 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/13(金) 02:26
- 更新 キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!! 乙です。
このジャズ研にあの3人がどう絡んでいくのかズゴック楽しみです。
いつ読み返してみても、暖かい気持ちになれるこの作品大好きです。
個人的に、サブタイトルのつけ方も面白いですね。 それと<536
夜中に爆笑させてもらいました。
これからも、がんがってくらさい。マターリ待ってます。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/13(金) 12:42
- 更新乙です。
カレーパンで釣られたオガーさんさいこ〜っ。
コンコンはどうなるの?
- 548 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:09
- 「…というわけで、オガワマコトさん、無事保護いたしました!!」
「「「おぉおー!!」」」
部室にて。
真希が連れて来た一年生・小川麻琴と、その友人紺野あさ美を、一同はものめずらしそうに囲んだ。
「…いやぁー、実在したんだねえー。」
「うん、ちょっとイメージとは違うけど、可愛い子やよね。」
勝手なことを言い出すなつみとみちよ。
「でもさぁ、無事に見つかってよかったじゃん!よくやったぞ、ごっちん!」
「ホント、留年した甲斐があったってもんだよ。」
そして、至極満足そうな真希の頭を撫でる真里。
…どう考えても真希の言ってることはおかしいが、誰も突っ込まないあたり感覚がマヒしてしまっているのだろう。
- 549 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:09
- そして当事者である麻琴は、もぐもぐとカレーパンを食べながら居心地悪そうにしている。
「まこっちゃん…この状況でなんで食べれるの?」
「いや、だってお腹すいたし…。」
縮こまってぼそぼそと会話を交わす二人を見かねて、圭がたしなめた。
「まあまあ、あんまりじろじろ見るとかわいそうでしょ。とりあえずお昼にしない?」
「そうだね。じゃあ、みんなで一緒に食べようよ。もうすぐ高橋も来るだろうし。」
圭の後押しでそれぞれが昼食を用意しはじめると、圭織が自分の弁当を持って麻琴の隣に座った。
「まこっちゃん、ここ座っていい?」
「え、いいですよ?」
きょとんとした表情で顔を上げた麻琴。その口の周りには、カレーパンのカスがくっついている。
「…………!」
そのとき、圭織の脳裏にアイ○ルのCMがよぎった。
- 550 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:10
- 「…かわいい…。」
「はっ?え、あの…」
「…いやー!すっごいかわいい〜!」
「え…えーと…。」
困惑する麻琴と、そんなことにはまったくお構い無しな圭織。
それを遠巻きに眺めて、真里たちは口々につぶやいた。
「おい、あれ…。」
「うん。完全にペットを見る目だね。」
「……そういえばあたしも入部したての頃、同じような目に遭ったような…。」
身を持って実感していたらしい真希が遠くを見つめる。
ペット扱いされる友人を隣で見ているあさ美が少々不機嫌そうなことに気づいているのかいないのか、圭織はいそいそと自分の弁当箱を開けた。
- 551 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:10
- 「じゃあ麻琴、卵焼きあげる。あーんして?」
「あ、あーん…」
半ば強制的に突き出された卵焼きに最初は戸惑っていた麻琴だったが、ぱくりとそれを食べるとぱっと笑顔になった。
「あ、おいしー。」
「でしょー?カオリの手作りだからね。タコさんウインナーも食べる?」
「はぁい♪」
一瞬で打ち解けた麻琴の人懐っこさに、観衆がどよめく。
「ツワモノだよあの子!」
「ペットだ、限りなくペットだ…。」
「無意識の世渡リストやな、ありゃ…。」
みんなでひそひそと新入生(と、部長)観察をしているところに、騒がしく部室のドアが開いた。
- 552 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:10
- 「こんにちわー。いやぁ、お腹すいたなぁー…って、あぁーーーーー!!!」
「お、高橋。タイミングいいなぁ。」
のんびりとそう言った真里の言葉など聞こえていないらしく、愛は麻琴を指差したまま固まってしまった。
ずっと探していた、フルートのライバル。
…その彼女が、なぜか部長によってほとんどペットのような扱いで餌付けされている。
愛にとってはかなり珍妙な光景だろう。
- 553 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:11
- 「高橋、探してた小川さんって、この子で合ってた?」
フリーズしたままの愛の肩をぽんぽんと叩いて真希が促すと、しばらく固まっていた反動からか、愛ははじかれたようにこくこくと頷いて麻琴に歩み寄った。
「…小川麻琴さん。また、会えたね。」
「………。」
一同は、固唾を呑んで事の成り行きを見守った。
積年の思いを持つ者同士、感動の再会である。
片や、吹奏楽の名門校のトップ。
片や、無名の高校に潜んでいたダイヤの原石。
一瞬で『ライバルの目』になった愛を、麻琴も同じようにじっと見据える。
そして、重々しく口を開いた麻琴が、第一声を放った。
- 554 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:11
- 「…どっかで、お会いしましたっけ…。」
「……………え?」
拍子抜け、という言葉がぴったりなびっくり顔で、愛は再び固まる。
そして見守る部員もまた愛と同じ気持ちだった。
『忘れてる…?』
『いや、実は人違いだったとか…』
『でも高橋、あの子で合ってるって言ったし…』
しかし部外者がここでうかつに口を挟むわけにもいかず、部室にはただただ気まずい沈黙が流れた。
- 555 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:12
- 「た…高橋!あたし、高橋愛やよ!なぁ、覚えてるやろ?」
愛が慌ててそう付け足すと、麻琴はしばらく考えてから、あっという顔をして愛を指差した。
「あぁーあぁ、思い出した!!えっと確か高一のときに、あたしが道を歩いてるところをチャリで思いっきり轢いてきた…」
「…まこっちゃん、それは二つ上の高井先輩じゃん。違う人だよ。」
横からあさ美に突っ込まれて、麻琴はまた困った顔になる。
「…あ、じゃああれだ、中学の頃盲腸で入院したとき、注射失敗しまくって17回差し直してきたあのときの看護婦さん…」
「いや、それは確か高嶋さんだった。」
「あれ?そしたら、えぇと、えぇと……」
- 556 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:12
- 必死で記憶の糸を手繰り寄せる麻琴。
高橋さん、高橋さん……と呪文のように繰り返すものの、表情は険しくなるばかり。
聞いている部員としてはむしろ麻琴の難儀な人生秘話の方が気になってしょうがなかったのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ここで麻琴が愛を思い出してくれないと、感動の再会は台無しになってしまうのだ。
いや、もうこの時点で台無しになりかけていると言われてしまえばそれまでだが、ともかく思い出してさえくれれば結果オーライ。そのままの勢いで『じゃあ今夜は歓迎会だな!』とか言って強引に飲みに連れて行ってしまえばすべては丸く収まる。
- 557 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:13
- 「えぇと、万引きの濡れ衣着せようとしてきたのは隣のクラスの高田さんだったし、小学校の頃に夏休みの宿題で作った貯金箱壊しちゃったのは高畑さんだし…」
相変わらずひどい目に合わされた思い出ばかりが芋づる式に溢れてくる麻琴。
しかし、結局愛のことは思い出せなかったようで。
「…ごめん、思い出せないや。どこで会ったか、教えてくれないかな?」
「………マジで。」
致命的な一言を浴びせられ、愛はがっくりと肩を落とす。
…無理もない。
ライバルだと思って、必死に追いかけてきた相手が自分を覚えていなかったのだ。
- 558 名前:7.再会、それは… 投稿日:2004/02/19(木) 03:13
- どう声をかけたものか誰も口を出せずにいると、愛は突然顔を上げてがしっと麻琴の胸倉を掴んだ。
「ひぁっ!?」
「ちょ、ちょっと…」
慌てて止めに入ろうとしたあさ美に構いもせず、愛はめいっぱいの至近距離で麻琴を睨みつける。
「……こんな再会、納得できん!…麻琴があっしのこと思い出しすまで、がっつり付きまとったるからな!」
噛み付くような勢いでそれだけ言うと、愛は部屋を出て行ってしまった。
後に残るは、微妙な空気。
「…歓迎会は…延期だな。」
「だね…。」
そして一方的に言い逃げされた麻琴は、襟が伸びてしまったシャツのせいで余計にしょぼくれた風情をかもし出していた。
- 559 名前:オースティン 投稿日:2004/02/19(木) 03:21
- 更新です。
小川さんがやたら不幸な人生なのはいじめられてたとかではなく、単に運がないだけということで。
>544
高小紺は…どうなるんでしょう。自分でも謎です(苦笑
温かく見守ってやってください。
>545
お待たせしてすみませんでした。果たしてうまくまとまるのか…。
>546
暖かい気持ちになってもらえたら、この作品は大成功です。始めた甲斐がありました。
ありがとうございますm(__)m
実はサブタイつけるのすごく苦手なんですよ(苦笑
>547
こんこんは…とりあえず小川さん情報にはとても詳しそうです(笑)
- 560 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/19(木) 23:45
- イイー!なんか今後の展開が・・・待ち遠しいです!
小川がいい味出してていいですね。
三人の関係がどのように描かれるのか楽しみです。
では、更新お待ちしております。
- 561 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/20(金) 01:43
- 作者さん、更新乙です。今回も楽しませてもらいました。
ここのマコさん、凄すぎです。モーム素。部屋でのいいらさん
とのカラミを思い出したのは、私だけではないはずです。
それにしても、テッテケさんあんたストー○ーかよ!最後の
台詞だけみたら危ないヒトですね。 こんこんは・・・
横レスですが・・・ハロ○ロ大百科のこんこんの特技に
トロンボーンとあったので、こんこんの入部も想像してしまい
ました。 横レス、スマソ。逝って(r
- 562 名前:8.哀が止まらない。 投稿日:2004/03/01(月) 02:04
- 愛が啖呵をきって、部室を飛び出して行ってから約一分。
もはや修正しようもないほどにしらけきった部屋の空気を最初にブチ破ったのは、麻琴の一言だった。
「……えっとぉ。」
相変わらずマイペースに襟元を直し、ちらりと真希の方を伺う。
「なんだかよくわかんないんですけど、そもそもあたしたち、なんでここに連れてこられたんですか?」
「え?」
今さらそこかよ!とでも言いたげな様子で、真里も真希を見た。
「ごっつぁん、なんも説明しないで連れてきたの?」
「あ、いやぁだって詳しい事情を先に話しちゃったら、高橋と会ったときの感動が薄れると思って……もう意味ないけど…。」
ぼそぼそと語る真希には、そこはかとない哀愁が漂っている。
彼女なりに気を使った結果が、よもやこんなことになるとは。
- 563 名前:8.哀が止まらない。 投稿日:2004/03/01(月) 02:04
- 対処に困った二人は、無言で隣にいたみちよを見た。
そして、それに気づいたみちよは逆隣にいたなつみを見る。
なつみは慌てて、さらに前方にいた圭を見る。
圭はちょっと眉をひそめてから圭織の方を見たが、圭織はそれには気づかずにぼんやりしている。
「…えーっと。」
圭の心労は計り知れないな、と、誰もが思う瞬間であった。
「とりあえず小川さん。ここは、ジャズ同好会なのね。」
「はぁ。」
「入部、してみたいとか考えてた…?」
期待を込めて問いかける圭。
麻琴がジャズ好きという裏づけが取れているだけに、ここは安心して訊ける部分なはずだった。
…しかし。
- 564 名前:8.哀が止まらない。 投稿日:2004/03/01(月) 02:05
- 「……いや、別に…。」
「マジで!?」
あっさりきっぱりそう言われてしまい、圭のみならず全員が動揺する。
「いや、でもあたし、ジャズは大好きなんですよ。高校のとき吹奏楽部で、何曲かジャズもやってたんで。」
「え、それなら…」
「…けど、音楽はもういいんです。すごく好きだったけど、あれはあれで終わり、って感じだから。」
はっきりそう答えられると、それ以上何か言うのは難しい。
それでも愛の気持ちを考えるとこのまま帰してしまうのは気が引けて、真里が深追いを試みた。
「で、でもさぁ、ここはここでいいところだよ?高校のときとは違った楽しみもあると思うし…」
ダメ押しの言葉に、麻琴はちょっと困ったように首をかしげた。
「はぁ…まあ、そうかもしれないですけど…でもあたしもう、他のサークルに入部決めてるんです。すみません。」
「え!?…ち、ちなみにどこに?」
「えーっと、チアサーです。運動したいなーって思ってたんで。」
- 565 名前:8.哀が止まらない。 投稿日:2004/03/01(月) 02:06
- チアサー。
言わずと知れたチアリーディングサークルの略称で、およそジャズ研とはかけ離れた、爽やかこの上ないサークルである。
「チアのユニフォームって可愛いじゃないですかぁ。あれ、憧れてたんですよねー。」
あっさりと言ってのけてへらへらしている麻琴を見て、その場にいた全員が心配になった。
……これはいよいよ、人違いなんじゃないだろうか。
さもなくば、愛の見込み違いなのかもしれない。
「そっか…じゃあまあ、無理にとは言わないけど…気が向いたら、またきてね?聴きに来るだけでも大歓迎だからさ。」
しかなたくそう言って麻琴たちを解放する。
隣のあさ美は一瞬何か言いたそうな顔をしたものの、すぐに頷いて麻琴の手を引いた。
「いこ?まこっちゃん。」
「うん。じゃ、そういうことで。カレーパンごちそうさまでした!あとお弁当も!」
律儀に頭を下げた麻琴を名残惜しそうに見つめる圭織の両脇をしっかりホールドして、一同は二人を見送った。
……なんだか、釈然としない思いを抱えて。
- 566 名前:8.哀が止まらない。 投稿日:2004/03/01(月) 02:06
- 「…ありゃ、音楽やる気はなさそうだね…。」
「まったくだべ。あわよくば紺野ちゃんも入部してくれるかと思ったのに。」
小動物コンビが残念そうにつぶやくと、麻琴たちが今出て行ったばかりの部室の扉が重々しく開いた。
「………チアサー…」
「うわっ!?た、高橋!」
怨念にも似たオーラをまとい、愛がゆっくりと入ってくる。
…はっきり言って相当怖い。
「てっきりどこかに行ったと思ってたけど…まさかずっと部室の前にいたの?」
「ええ、飛び出したまではよかったんですがやっぱり気になったんで、一部始終聞いてました。…裏側の窓のところから。」
「…………そうかい。」
部室のドアとは反対側についている窓を眺めて、圭はぽつりとそれだけ言った。
ていうかもうそれしか言えない。
窓の隙間から中の会話に聞き耳を立てる後輩の姿を想像すると、なんだかちょっぴりブルーな気分だ。
「小川麻琴…チアサーになんか入れさせるわけにはいかん…!」
煮えたぎる思いを搾り出すかのようにそう言った愛を止めようとする者は、誰もいなかった。
- 567 名前:オースティン 投稿日:2004/03/01(月) 02:13
- ちょっと更新です。まだまだいろんなことが起こりそうな予感ですが何卒お付き合い下さい。
>560
三人の関係、自分なりにまとまってはいるんですが、読者様の期待に添えるものではないかもしれません。
どうなるかはわからないけど…(苦笑
>561
モーム素部屋のかおまこが個人的にスマッシュヒットだったんで、こんなことになりました(笑
こんこんは…特技がトロンボーンだったことなど記憶の隅にも無かったので、ちょっと愕然としましたが(爆
まあ、今後のことはまだ内緒、ってことで…
- 568 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/02(火) 02:20
- 作者さん、更新乙刈れさんです。毎回楽しませてもらってます。
まだまだ大波乱ってとこですね、小高編。とことん付きあわせて
もらいますよ。作者さんの情景の見えてくる文章が大好きですが
「こう来たか」って展開もいいですし。
サブタイトル、また笑わせてもらいました。いい味だしてますね。
これからも、がんがってくらさい。次回の更新も楽しみにして
マターリ待ってます。
- 569 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/03(水) 20:06
- 更新おつかれです。
この後、高橋がどんな行動にでるのやら・・・楽しみです。
非常にイイ空気感っているか、文章全体に漂っている雰囲気が
大好きです。更新お待ちしております。
- 570 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/04(木) 00:54
- 更新おつかれさまです。
いやーもうほんと楽しみで仕方ない作品です。
がんばってください
- 571 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 18:47
- 諦めず立ち向かっていく姿が素晴らしい
それぞれ個性があって面白いですわ
続き期待しております
- 572 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:42
- 「えぇ!?噂の小川さん、高橋のこと覚えてなかったの!?」
口の端からラーメンをはみ出させつつ、ひとみが驚愕の声をあげた。
「うん、そーそー。なんかまるっきり覚えてないみたいで、高橋かわいそうだった。しかもジャズ研入る気はさらさらないみたいだった。」
同じくラーメンのどんぶりを抱えつつ、真希が答えた。
ちなみにここはキャンパス内で一番広い学食。
一連の『事件』のときに部室にいなかったひとみと梨華に、真希が事の運びを説明していたところである。
- 573 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:44
- 「うっわーマジでかぁ〜!どうせもう来ないんなら、せめて一度顔見てみたかったなぁ…。」
あからさまに悔しがるひとみが、どんぶりからつまみだしたナルトをぴしゃりと自分の頬に貼り付けた。
凡人には理解されにくいが、彼女なりの悲しさ表現らしい。
「でもよっすぃーはまだいいじゃん、同じ文学部なら顔見れるチャンスはあるでしょ?」
こちらは梨華がぶつぶつとオムライスをつついている。
「まぁそうなんだけどさ…。で、ごっちん。小川さんどんな子だった?」
「んー?…えーとねえ、なんここう、にくめない感じの子だったよ。人懐っこくてね、カオリがすごい気に入ってた。」
周りが止めなければ連れて帰ってしまうんじゃないかと思うほどに麻琴を可愛がっていた圭織を思い出して、真希はちょっと笑った。
「へえー…。でも、入部する気がないとはどういうことだ?高橋があそこまで言うんだから確実に入るもんだと思ってたのに。」
「そう、問題はそこなんだよね…。ちょっと、軽く修羅場みたいになっちゃってさ…」
真希が深々とため息をついたとき、すぐ近くで聞き覚えのある声が響いた。
- 574 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:44
- 「いーから来ね!どーせチアなんか向いてへんで、な?ホラこっちやざ!!」
「うああぁ、見えない、前見えない!!」
「あ、高橋だ。」
「ホントだ。…って、何やってんだアイツ?」
学食の真ん中で喚く愛の腕の中には、がっちり首をホールドされた上に、体操着で頭をすっぽり覆われてしまっている少女の姿。
顔はまったく見えないが、例のごとく隣で迷惑そうな顔をしているあさ美の姿からも、真希には腕の中のジャージ覆面の正体が容易に想像できた。
…やりよった。あの子マジでやりよった。
- 575 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:45
- 「あ!ごとーさん!!」
頭を抱える真希のところに、愛が目隠しのままの麻琴を引きずってきた。
「高橋…なにをやっとるのかね君は…」
「いや、見ての通り拉致を…ていうか吉澤さん、ほっぺたにナルトくっついてますよ?」
「あぁ、これはあたしなりの悲しさ表現でだな」
四方に飛び散りまくる会話に、視界を遮られた麻琴がじたばたと暴れる。
「なに!?拉致?ナルト?わけわかんないけどあたしはどこに連れてかれるの!?た、助けて!あさ美ちゃん!あさ美ちゃーん!!」
泣き出さんばかりの麻琴を見かねて、あさ美が口を挟んだ。
「もうその辺にしてあげてよ、愛ちゃん。」
「そーいうわけにはいかん。あたしやってプライドくらいあるで。」
眼光を鋭くさせる愛に、あさ美はやれやれとため息をつくほかなかった。
- 576 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:46
- 「で、高橋。そこの拉致被害者はどちらさまで?」
いまだナルトがついたままのひとみが声をかけると、愛はぐいと胸を張った。
「…うわさの小川麻琴です。」
「「なにぃ!?」」
そのことを初めて知ったひとみと梨華が身を乗り出す。
「馬鹿者、なんでそれを早く言わないんだよ!ちょうどさっきまでその話をだなぁ…っていうか、その状態じゃ顔見えねーだろうが!!」
「高橋、除幕!そのジャージを除幕しなさい!!」
梨華がそう促すと、愛より先にひとみがジャージに手をかけた。
半ば強引にそれを剥ぎ取ると、息苦しさから顔を真っ赤にした麻琴が『ぶはっ』と息を吐く。
念願の対面である。
- 577 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:47
- 「うわさの小川麻琴さん、はじめまして。」
「は、はじめまして…。ってあのー、顔にナルトついてますよ。」
至近距離で向かい合うひとみに、律儀にも麻琴はそう声をかける。
「これはほら、あたしなりの悲しみの表現だからね。」
真顔で言ってのけられると、つられた麻琴も真顔で返した。
「はぁあ、そうなんですか。奇遇ですね、私も今非常に悲しいんですよ。なんか体育の授業終わって歩いてたら、いきなり後ろから拉致られて。」
「ほー、そんなときはじゃあ是非これを。」
何だか妙にかしこまったノリで、ひとみは自分の頬から剥がしたナルトを麻琴の頬にぺたりと貼った。
「あらやだっ!奥さんとってもお似合いですよぉ〜」
「…そ、そうですか?コレで悲しみ癒えますかねえ。」
「ええそりゃあもうバッチリ癒えますとも!」
- 578 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:48
- 初対面とは思えないほど息のあった寸劇を繰り広げる二人を見て、梨華が不安げに口を開いた。
「…高橋、ホントにこの子が小川さんなの?人違いってことはない?」
「梨華ちゃんそれ軽くヒドいから。」
とは言え、かねてから同じようなことを思っていた真希も、じっと麻琴を見る。
頬にナルトをくっつけてへらへらしている様子からは、フルートの名プレーヤーのオーラは露ほども出ていない。
「大丈夫です!間違いないですって!……多分!」
「…自信があるのかないのかわからない言い方だなぁ…。」
真希が感慨深い声をあげたところで、麻琴が思い出したように非難の声をあげた。
- 579 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:49
- 「…そうそう、ところで愛ちゃん、そろそろ離してくれないかな?あたしこれからチアの練習見に行きたいんだけど…」
いまだに首の後ろを掴まれたままの麻琴がそう言うと、愛はその手に力を込めて引き寄せた。
「それはあかん。…つきまとったるって、言ったがし。」
耳元で低くつぶやく愛の声に、麻琴はびくりと体をこわばらせる。
見ていた四人も思わず身震いした。
怖い、怖すぎる。
- 580 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:50
- 「…ねえ、愛ちゃんはなんであたしに構うの?」
弱々しくそう尋ねると、愛は拗ねたように呟いた。
「麻琴があたしのこと覚えとらんのが悔しいから。…あと、麻琴に音楽やめさすのがもったいないから。」
その言葉で、今までそっぽを向いていた麻琴がはっと愛のほうを見る。
「なんで音楽やらないんさ?音楽好きでしょうがないって顔でフルート吹いとったくせに。」
「……なんでそんなコトまで知ってんの?」
「…………さぁ、なんでやろな?」
愛にしてみれば、『なんであたしを覚えてないんだよ』と逆に突っ込みたいところではあったが、なんとかそこは抑えた。
いっそのこと、あの大会の日、自分がどれだけ麻琴のフルートに感動したかを伝えてしまえば、もう少し事はスムーズに運ぶのかもしれない。
けれど、再会を願っていたのは自分だけだったという事実を認めてしまいたくはない。
愛が心の中に浮かんだ選択肢に葛藤している隙に、麻琴は勢いよく愛の腕を振り払った。
どことなく動揺している様子だ。
- 581 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:50
- 「と、とにかくっ!あたしはもう音楽はやんないの!!もう構わないでよ!」
「あっ、ちょっと…」
止める間もなく、麻琴は逃げ出した。
「まこっちゃん!待ってよ!」
取り残されそうになったあさ美も、慌てて後を追う。
「まこっちゃーん!顔にナルトついたままだよ〜〜!!」
妙に気の抜けるあさ美の言葉だけを残し、二人は学食の外へと消えていった。
- 582 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:51
-
「…逃げられつんたわ…」
あからさまに残念そうにそう言って椅子に腰を下ろした愛に、ひとみが冷静につっこんだ。
「…高橋、オマエのやり方怖いって。北風と太陽の話を知らんのか?」
確かに愛のやり方は強引この上ない。
「…ほやけど、こうするしかできないんです。あたし、不器用ですから。」
不器用にも程がある、と思う一同だったが、誰も口には出さなかった。
- 583 名前:9.「自分、不器用っスから。」 投稿日:2004/03/17(水) 03:51
- 「…ところでさ。あの子チアサーに行くみたいなこと言ってたけど…本当にチアやりたいのかな?」
「ん?どういうこと?」
少々神妙な面持ちでそう言った梨華の横顔を、ひとみが不思議そうに見つめる。
「なんとなく、ね。無理やり音楽忘れようとしてるような気がしたから。…私の勘違いかもしれないけど。」
どことなく影のある表情。
それは、かつて音楽をやめようとしたことのある梨華だからこそ気づいたことなのだろう。
ひとみはちょっと悲しくなったが、そこで何かを言うことは控えた。
「…とりあえずさ、高橋。もう一度、小川さんを部室に連れて来てみたら?今度はもっと、自然にさ。」
「え?あぁ、はい…。」
何か考えでもあるのか、梨華は先ほどとは打って変わってにっこりと微笑んだ。
- 584 名前:オースティン 投稿日:2004/03/17(水) 03:59
- 更新しました。なんかいつもに増してバカっぽいのはよしまこがそろってしまったせいでしょうか。
週一回更新を目指しているのですが、なかなか文章がまとまらなくて申し訳ないです。
>>568
ありがとうございます。なにぶん登場人物が1シーンでたくさん出てきますんで、情景描写に関しては毎回苦労しております(苦笑)
こだわっているところを褒めていただけるのはとても光栄です。がんばります。
>>569
高橋さん、大暴走ですな。実は5期メン推しなんで、個人的にすごく楽しいです(w
>>570
最高の賛辞をありがとうございます。
楽しみにしてくれている方がいるのが一番の喜びであります。
>>571
個性という点ではどこにも負けないサークルです(笑
ていうかみんな濃すぎます。
- 585 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 20:56
- 不器用…過ぎるよ健さ…高橋愛…
紺野に泣きつく小川もヘタレ過ぎるんだけど簡単に絵が浮かぶし…
この先どうなっちゃうんだろう。
- 586 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 23:03
- 更新乙です。
五期メンの絡みが楽しくて仕方ありません・・・
強引な高橋とヘタレな小川・・・
登場人物の絡みのテンポ感が非常にイイ!!読んでて楽しくなってきます。
5期メン押しなのでこの展開がとうなっていくのか、とても楽しみです。
ああ、早く続きが読みたい・・・
- 587 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/21(日) 22:03
- 作者殿、更新乙です。
テッテケさん不器用過ぎ!でも、実際の哀さんと
かぶるような気がします。それにしてもこんこんが
どうからんでいくのか、楽しみです。ただの放置キャラ
では、ないような気がするので。
今回のよっしぃを見て、たら子さんとプッチダイバーの
なるとちゃんを思い出したのは濡れだけでつか?
キャラ
- 588 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/26(金) 15:51
- 更新きてましたねお疲れ様です。なんかほんと
いい個性出してますね。がんばってください
- 589 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:08
- 「ねー、梨華ちゃん。」
「ん?」
図書室で楽譜をコピーしている梨華の後ろで、ひとみはぽつりとつぶやいた。
「昨日さぁ、高橋に小川ちゃん連れて来いって言ってたじゃん?あれって、なんで?」
ガチャガチャと動作し続けるコピー機から目を離して、梨華は顔を上げる。
「あぁ…えっとね、純粋に、音楽聴いてってもらいたかったから。」
「音楽?」
「そう。だってあの子新歓来てないから、うちらの音楽知らないわけじゃない。…しかも高橋の勧誘の仕方、明らかにアレだし…」
ふっと遠くを見つめる動きに合わせて、ひとみもあさっての方向を見た。
「……うん。…高橋のアレは間違いなくアレだよね…。」
言葉にならない言葉を吐き出して、二人同時にため息をつく。
「なんであの子ってその…あんなにまっすぐなんだろうね。」
「憎めないけど、当事者にはなりたくない感じだな…」
そのとき二人の心の中に浮かんだ言葉は、まったく同じだった。
『『小川さん、可哀想…。』』
- 590 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:09
- 「…よっすぃー、学部で会ったらいたわってあげてね。」
「うん、そうしたいのはやまやまだけど、一年生とはなかなか授業もかぶらないし…。そのへんのことはごっちんに頼んだ方が…。」
そんな会話を交わしつつ、二人は部室まで歩いた。
最近益々暖かくなり、五月とはいえ日差しはもう夏のように鮮やかだ。
「ところでさぁ、小川さんと一緒にいた子、可愛くない?」
「あぁー、紺野さんだっけ?」
可愛い子好きなひとみが、何かを企むように口の端を歪める。
「…小川さんを入れれば、絶対あの子も入るよな…。欲しい、むしろあの子が欲しい!」
「……よっすぃー、またそんなこと言って…。」
梨華が何か言いたげに眉をひそめつつ部室に入る。
…すると、そこには奇妙な光景があった。
- 591 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:09
- 部屋の真ん中にあるソファーに、麻琴が寝ている。
そして、立ち尽くしたままそれを眺めているのは圭織だ。
「……飯田さん?何してるんすか。」
「小川さんだ。…なぜここに…。」
後ろから声をかけられて、圭織はびくりと体をこわばらせる。
どことなく、困った様子だ。
「…!飯田さん、まさか小川さんを…」
昨日真希から聞いていた、『飯田・小川溺愛疑惑』が頭をよぎる。
「ち、違う違う!!カオリ何もしてない!!」
慌ててぶるぶると首を振った圭織は、ものすごい勢いで弁解を始めた。
「あたしも今ここに来たばっかりなんだけど、なんか小川さんが一人で寝てるから、どうしたんだろうなぁって思って…いや、確かに寝顔が子犬みたいで可愛いなあとは思ったけど別にどうこうしようなんてこれっぽっちも」
「あーあーあー、わ、わかったっす。そこまでぶっちゃけなくてもいいっすから!」
こちらも慌てて手を振り、ひとみが言葉を制した。
- 592 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:10
- 「…でもだとしたら、なんで一人でここにいるんですかね?」
「うーん、高橋に用があってここに来たとか…」
「…それにしちゃ、よく寝てるよね…。ん?」
すやすやと眠る麻琴の手に紙が握られていることに気づいた梨華が、それをそっと取り上げた。
「なんだろうこれ。…メモ?」
二つ折りになっている紙を開き、三人で覗き込む。
メモには、こう書かれていた。
『寝てるところをらちしてきました。これから授業なんで、あずかっておいてください。 高橋愛v』
少々雑な文字。
余白には、可愛さと不気味さが微妙に入り混じる、女の子のイラストが描いてある。
- 593 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:10
- 「………えーーーと…。」
「これは…。」
「またやりやがったな、あいつ…。」
三人一斉に頭を抱える。
どこからつっこんだらいいのやら、という顔だ。
妙な沈黙が流れたそのとき、麻琴が寝返りを打った。
「あっ」
「危な…!」
- 594 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:10
- 何せ麻琴が寝かされているのは、さして大きくもないソファー。
寝返り半回転で、その体はあっさりと床に転げ落ちた。
「!!いったぁ……んんー…あれ…?」
床の上で半覚醒状態の麻琴が、見下ろす三人をじっと見ている。
…無理もないことだが、状況が把握できていないようだ。
「…おはよう、小川ちゃん。」
ひとまずそう言ったひとみに、びっくり顔の麻琴はぽかりと口を開けた。
「…あ、ナルトの人。」
「ナルト言うな。」
「す、すんません。」
床に落下した体勢のままぴょこんと頭を下げた一年生に、今度はひとみがおもむろに頭を下げる。
「いや、むしろ謝らなければならないのはこっちでした。…ごめん、またウチの後輩がやらかした。」
「ふえ?」
意味がわからない麻琴の目の前に、例のメモが静かに突きつけられた。
きっかり五秒後。
- 595 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:11
- 「…んじゃこりゃああぁあぁああ!!!!!え、えー…。うわ、そういやここ!あたし、大教室で昼寝してたはずなのに!!」
素晴らしいまでのテンパりっぷりであたりを見渡している。
どうやら本当に熟睡していたらしい。
「…高橋一人で運んできたのかな…」
「いや、これはもうイリュージョンだよ。そうとしか思えない。」
先輩三人としても想像だにしないの出来事ではあったが、呆然としてしまっている麻琴を放っておくわけにもいかず。
「…とりあえず、一曲聴いていかない?」
そう言ってベースを取り上げた圭織に続いて、二人も立ち上がった。
「あ、でも…」
少しためらうような表情を見せた麻琴の肩を叩き。梨華が笑う。
「大丈夫、入部しろなんて言わないから。それに、高橋が帰ってくる前には帰してあげるよ。」
圭織も至極神妙に頷いてから振り向いた。
「そうそう。ただ聴かせたいだけだからね。…なんかリクエストある?ジャズ好きだって言ってたでしょ?」
「えっと…じゃあ…」
- 596 名前:10.プリンセス高橋。 投稿日:2004/04/11(日) 16:11
- しばらく考えてから、麻琴はぽつりと言った。
「…Aトレイン。」
「おっ!あたしそれ得意だぜ〜」
ひとみのお気に入りでもあるこの曲のリクエストに、嬉しそうにトランペットを取り上げる。
「じゃ、やりますか。イントロは梨華ちゃんいける?」
「オッケー。速さは?」
「こんぐらいかな。」
ベースの圭織が指を鳴らしてリズムを確認する。
軽快なイントロから走りだすAトレイン。
大好きなメロディ。
絡み合う三人の音に合わせて、麻琴の体は自然にリズムを刻んでいた。
耳が覚えている。
わくわくするような、空色の音色。
楽しげに音を紡ぎ出す三人を見ながら、心底引き込まれている自分に気づいて、麻琴は静かに戸惑っていた。
- 597 名前:オースティン 投稿日:2004/04/11(日) 16:12
- 久しぶりの更新ですみません。たくさんのレス、ありがとうございましたm(__)m
…まだまだ終われそうにないっす(苦笑
- 598 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/11(日) 18:13
- 待ってました!高橋すごすぎる…よく運べたな、おもry
小川さんこれを機会に何とか入って欲しいです!!
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/11(日) 19:30
- まってましたー!本当に待ってましたよ!高橋の暴走振りがかなりツボです!次回も首を長くしてまってますよ!
- 600 名前:桜満 投稿日:2004/04/11(日) 23:21
- 更新おつかれっす。
次の高橋イリュージョンを期待してます。
頑張ってく〜ださ〜い!
- 601 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/12(月) 01:20
- 作者さん更新キタキタ━━川‘〜‘)|━川‘〜‘)||━川‘〜‘)||━川‘〜‘)||━━!!!!
乙です。
テッテケまだまだ暴走中ってとこですか。でも自分的にはここの哀さんかなりすきです。
そんな中でも、面白さだけに走らず瞳に映る文章もツボです。これからも頑がって下さい。
よしこ、かわいい子好きなのはいいけど、石が泣(r
よしこ、
- 602 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/20(火) 20:52
- 一番最後の三人の演奏、想像したらすごい絵になるなぁ・・・
高橋暴走の他にも、魅せてくれますね。
オースティン 、がんがれ、オースティン。
- 603 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/26(月) 04:46
- 更新きてた!!作者様おつかれさまです。楽しみに待っていた甲斐がありました
また次回までお待ちしております。頑張ってください
- 604 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:27
- キーを動かす、久しぶりの感触。
いつもどおり構えたときに感じる金属の匂い。
音色は、良好。
「どうです?問題ないですか?」
「はい、ありがとうございます!」
愛は、フルートを修理に出していた隣町の楽器屋に来ていた。
メンテナンスまで完璧に終えて帰ってきたフルートは、以前にも増して澄んだ音を奏でる。
「…やっと練習できるなあ。」
ほくほくした気持ちで店を出ると、目の前の道路に見覚えのある顔を見つけた。
本屋のものらしい袋を下げて、信号待ちをしている少女。
- 605 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:27
- 「…あっ!えーっと…」
とっさには名前が思い出せず、それでも体が先に反応して駆け寄った。
相手もこちらに気づいたのか、少し驚いた顔をする。
「麻琴といっつもくっついとる人や!」
…指差して言った一言は、悪意は無いもののかなり不躾だった。
差された方もちょっと憮然としたように言い返す。
「…まこっちゃん追い回してる人に言われたくないなー。」
「あ、ごめん…」
- 606 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:28
- 横断歩道前での遭遇。
双方に、微妙な空気が流れる。
ともすれば険悪なものになってもおかしくない状況ではあったが、あさ美の方が先に苦笑した。
「ごめん。言い過ぎた。」
「いや、こっちが先に変な言い方してもーたから。ホントごめん。あさ美ちゃん、やろ?」
「うん。…すごいね、あたしの名前知ってたんだ。」
信号が変わるのに合わせて、並んで歩き始める。
「麻琴がそう呼んでるの聞いたから。あと、『こんこん』とか。」
「あはは、それあだ名。まこっちゃんしか呼ばないけどね。…あ、こっちでいいの?」
駅の方向を指差すと、愛は頷いた。
「うん。あさ美ちゃんも帰るとこなん?家どこ?」
「えっと、あたしは朝野台。」
朝野台とは大学周辺の住宅街で、学生向けのアパートや寮が多くある地域である。
- 607 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:28
- 「あ、じゃあ一人暮らし?」
「そうだよ。愛ちゃんもでしょ?」
「あぁ、あたしは一人やのーて下宿なんやけども。まあ実家は福井やで、同じ上京組やね。」
そんな他愛もない話を続けながら二人で歩き、駅の構内に差し掛かる辺りで、ふとあさ美が歩を緩めた。
- 608 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:29
- 「…ところでさぁ、気になってるんだけど…。」
「ん?」
言葉を選ぶように視線をさまよわせた後、あさ美はぽつりとつぶやく。
「……私、愛ちゃんのこと知ってるかも。」
「え?」
あさ美のいい回しに愛は首をかしげた。
知ってるもなにも、あさ美とは大学で初めて会ったはずだ。
「…前に、どっかで会った?」
不思議そうに首をかしげる愛の手元を、遠慮がちに指差す。
「それ。フルートでしょ?」
「あ、そうやけど…。」
ぽん、と持ち上げてみたケース。『やっぱり』とつぶやくと、あさ美は立ち止まった。
- 609 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:29
- 「…去年の、吹奏楽全国大会。福井代表。……もしかして、出てなかった?」
「!!な、なんで知っとんの!?」
意外な人の意外な言葉に、元来のびっくり顔が五割増くらいに驚いたものに変わる。
「…見てたから。私は吹奏楽部じゃなかったけど、まこっちゃんたちの応援でね。」
「あ…え…ってかあさ美ちゃん、麻琴と同じ高校やったんや…。知らんかった。」
驚きの連続で、思考が追いついていないらしい。一生懸命頭の中で整理している、といった感じだ。
「……けどなんで、あたしのこと覚えとんの?まさか、あさ美ちゃんて超人?」
真顔でアホなことをのたまう愛に苦笑して、手を振った。
「そんなわけないじゃん。…愛ちゃん、すごくうまかったからさ。それに、ああいう大会だと他校が話してる情報だって耳に入るもんだし、ね。」
確かに、優勝候補の学校に関しては、何かと情報も流通するものである。
…いや、それならばなぜ。
愛の脳裏に素朴な疑問が浮かんだ。
- 610 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:29
- 「…ほやったらなんで麻琴はあたしのこと覚えてへんのやろか…?ちゃんと、大会の後に会話もしたんやよ?」
「……うーん…。そのへんのことはわからないけど…。でも、まこっちゃんって他校の情報には疎かったから。自分が楽しく演奏出来ればいいって感じだったし。」
その意見には、愛も大きく頷けた。
他校の情報を気にするような者ならば、あんな無邪気なまでに楽しげな演奏はできない。
「……でもなんか、悔しいなぁ…。ホントにあたしのことなんて記憶にも残ってないんか…。」
大きくため息をついた愛を、あさ美は複雑そうな表情で見つめた。
「…愛ちゃんはさ、なんでそんなにまこっちゃんにこだわるの?」
「なんでって…」
愛は首を捻った。
- 611 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:30
- 正直、自分でもよくわからなくなっている。
でも、強いて言うならば…。
「麻琴みたいに音楽とつき合ってる人、あたしはそれまで知らんかったから。…私にとってフルートは、『小さい頃からの習い事』やったしね。正直、窮屈に感じる時もあったんよ。」
自発的に始めたこととはいえ、親の期待を感じないわけではない。一種の義務感のようなものは、確かにあった。
「…けど、麻琴はそういうんと違うやろ?どういうきっかけでフルート始めたのかとかはわからんけど、向き合う姿勢が根本的にあたしとは違う。敵わん。」
諦めにも似た表情で笑う愛に、あさ美は少し顔を曇らせた。
「…なんか、うらやましいな。」
「ん?」
「あたしは音楽のこととか全然わからないから。愛ちゃんなら、あたしよりもまこっちゃんのことがわかるのかもしれないね。」
寂しさが入り混じった笑いを見せて、あさ美は駅の改札をちらりと見る。
「…そろそろ、行こうか。愛ちゃん、どっち方面?」
「え?あ、えーと…横浜寄り、かな…」
「じゃあ逆だね。」
ポケットから定期を出して歩き始めるのを見て、愛もそれにならった。
- 612 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:30
- 改札を抜けて、二人は分かれ道になる階段にさしかかる。
じゃあね、と言いかけたあさ美よりも幾分早く、愛が口を開いた。
「…なあ。」
「え?」
「…あのさ。…麻琴は、ホントにあたしのこと覚えてへんと思う?」
階段を二段ほど上がったあさ美と、それを見上げる格好の愛が向き合う。
下から見られているせいか、その表情はどこかすがるようでもあった。
あさ美は思案げに視線をさまよわせると、小さくつぶやいた。
「……ごめん。わかんない。」
- 613 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:31
- 「…そっか。」
そらそうやよな、と続けて、愛は笑った。
「ごめんな、引きとめてもて。もうすぐ電車来るんやない?」
「うん…。じゃあ、ね。」
「ばいばい。」
階段を上がっていく背中を見送る。
あさ美の姿は、一度も振り返ることなく消えていった。
「…なんだかなぁ…。」
ぽつりと吐いた言葉が、汚れた駅の通路に吸い込まれる。
なんかもうくじけそうや、アタシ。
心に湧いたそんな言葉を振り払えないまま、愛は逆方面のホームに向かって駆け出していった。
- 614 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:31
-
******
- 615 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:32
- 「…はー。」
ほどよく空いた電車に乗り込んで、あさ美は息をつく。
なんだか、胸の中がぐるぐるして気持ち悪かった。
なんとなく座る気になれずに、ドアの側に立つ。
流れていく街を見ながら、愛との会話のひとつひとつを思い返した。
…大丈夫、嘘はない。
ただ、言葉が少し足りなかっただけ。
- 616 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:32
- 『ねえ、あさ美ちゃん。すごくない?あのフルートの人。』
『え?どれ?』
『えっと…フルートの中の、右から二番目の人かな。他の人とは全然違うよ、あれは。すっごい綺麗な音…。』
『…あたしにはよくわからないけど…。でも、可愛い子だね。あの人。』
『え、ホント?…あさ美ちゃん目いいねー。あたしよく見えないや。』
『まこっちゃんが目悪いだけだって。』
- 617 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:32
- 大会中の会話は、確かこんな感じだったと思う。
…他校のうわさが耳に入ったというのは本当だ。
でも、高橋愛の名前を知ることになった本当のきっかけは、まこっちゃんとの、この会話だったのだ。
彼女が興味を持った人。だから、私は名前を調べた。
けれど、まこっちゃんが興味を持ったのは『音楽』そのものだったから、そういうことはしなかった。
しかも、顔すらよく見えていなかった。
…どうやら大会後に愛ちゃんと言葉を交わしたらしいけど、相手が誰だかわかっていて話していたのかどうかは疑わしいところだ。
- 618 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:33
- (……しかたないよね…。)
自分の口から、まこっちゃんに愛ちゃんの正体を明かしてしまうのは簡単だ。
けど、それをしてしまうのは何だか違う気がするし。それに、まこっちゃんだってもう音楽はやらないって言ってるし……
そこまで考えて、あさ美はまたひとつため息をついた。
…もうやめよう。
なんだかんだ言い訳したところで、自覚してしまっている。
- 619 名前:11.傍観者、一名。 投稿日:2004/04/27(火) 03:33
- こんなのは、ただの独占欲だ。
(バカだよね、あたし…。)
そう思っても、やはりどうすることもできない。
これは愛と麻琴の問題なのだ
どう転んでも見ているしかできない自分の立場が、何だかとても不安定なものに思えた。
- 620 名前:オースティン 投稿日:2004/04/27(火) 03:43
- 更新です。なんかこう過去のやりとりとか今後の複線を考慮しながらおっかなびっくり書いてます。
いつか矛盾点とか出てきそうで怖いなあ…。
ていうか小高編に入ってから急にレスが増えた気がするんですが…あの、あんまり期待なさらないで下さいね(苦笑
>>598
さぞ重かったことでしょうが、そこは高橋さんなんで。
なにか魔法でも使ったんだと思います。(適当
>>599
高橋さんを暴走させすぎてることに一抹の不安を覚えます(苦笑
>>600
今回のイリュージョンは『不躾』でした。
いや、なんかこうちょっと殺伐とした高紺が好きなんで…
>>601
ステキな賛辞の言葉、ありがとうございますm(__)m
うちのテッテケさんは危ない人です。これからもきっと危ない人です。
そして吉澤さんはこれからも可愛い子好きです。
>>602
個人的に飯田さんとウッドベースの組み合わせが大好きなんで、そのへんの画が伝わればと思いつつ書いてます。
なかなか難しいですが…。
>>603
ああ、こんな長ったらしいのを待っていてくださるとは…!
ありがとうございますm(__)m
ていうかいつ終わるんだかわから(ry
- 621 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/27(火) 07:39
- 作者さん、更新キタ━━川o・-・)o・-・)o・-・)o・-・)o・-・)o・-・)o・-・)o・-・)━━!! 乙です。
>>ていうか小高編に入ってから急にレスが増えた気がするんですが…
527のレスがきっかけと思われ。良作の作者が凹んでたら、隠れ読者でも
励ましたくなるものです。作品と一緒で心温かい読者がいるのでせう。
こんこん複雑なんでしょうね。マコ早く思(r
- 622 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/27(火) 16:04
- 更新乙です!イイ感じですね!高橋小川紺野の三角関係?どうなるか!次回が待ち遠しいです!
- 623 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/04/27(火) 17:05
- まこあいヽ(*・∀・)ノウッヒョー!
- 624 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/04/27(火) 18:45
- 621さんの読みは大当たりです。これからも影ながら応援してますよ〜。
- 625 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/28(水) 19:35
- 初レスですが、まこあい大好きです
そこに紺野さんが絡んでる三角関係も好きです
オースティンさん頑張ってください
- 626 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/04(火) 13:46
- 更新きてたー!!いいかんじに五期メンが絡んできてますね。
どうなるんでしょうかたのしみです。待つなといわれても
待ちますよ。がんばってくださいませ
- 627 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/28(金) 00:54
- そろそろ禁断症状がでてきましたよ!オサーンも昔を懐かしみつつ呼んでるよ!
- 628 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/31(月) 22:43
- 読みたいーーーーー
- 629 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/31(月) 22:52
- 5.24事件でうちのめされたんじゃ・・・
オースティンがんがれオースティン
ここのジャズ研はまだおわってないですよ。
皆の心にいてるよ。
- 630 名前:12.故郷の夢、親友。 投稿日:2004/06/02(水) 09:31
- 新潟生まれ、新潟育ちの私にとって、東京は憧れの地だった。
…そしてそれは、地元の仲間たちのとっても同じ事で。
実際故郷を離れるときには、仲間たちはみんな祝福してくれた。
「…はぁ…」
家に着くなり、私は自分の部屋のベッドに勢いよく飛び込んだ。
まだ少し慣れないワンルーム。
……今日は不覚だった。
あんなに逃げ回っていたジャズ研で、気づけばご機嫌で曲に聞き入ってしまっていた。
…まあその後、部室に戻ってきた愛ちゃんと目が合った瞬間ダッシュで逃げたんだけども。
「…もう音楽はやらないんだってばよー…」
ぽつりとつぶやいて、壁にかかったTシャツを見上げた。
かつての部活仲間からのメッセージがいっぱいに書かれた、色紙代わりのTシャツ。
『音楽』ということに関しては、上書きしたくない思い出が、たくさんある。
*****
- 631 名前:12.故郷の夢、親友。 投稿日:2004/06/02(水) 09:31
- 「マコ!トーキョーの大学、決まったんだって?」
「あー、うん。来年から一人暮らしさぁ。」
ぐっと親指を立てて見せると、彼女も同じポーズで返した。
「…ってことは、大会で最後かねえ。マコと、みんなと、演奏できるのも。」
入学当初からの部活仲間である彼女は、ひっそりと笑った。
弱小である我が校の吹奏楽部が全国大会まで行けたのは麻琴のおかげだと、みんなが言ってくれる。
けれど、そんなふうに思われるのは嫌だった。
『みんなでやるから楽しいんだよ?この部のみんなでさあ。』
私は口癖のようにそう繰り返し、その証拠に、地域の吹奏楽サークルや、個人での大会出場なども全部断ってきた。
私にとって音楽はみんなで楽しむものだし、なにより仲間たちとの絆でもあったから。
「…そういえば、ここ離れたらどうするんさ?本当にフルートやめちゃうの?」
「うん。フルートはここに寄付する。なんつーか、けじめ?」
おどけてそう言うと、部長である彼女はため息をついた。
「あんたねえ、昔のヤクザじゃないんだから。別にここ以外でだって音楽続けてもいいんだよ?誰もマコを責めたりしないって。」
「はは、わかってるけどさあ。…でも、そうしたいの。みんなと過ごしたこと、すごく楽しかったし。私にとっては人生最大の思い出かなあって。」
教室から眺める校庭の景色に妙な哀愁を感じて、目を細める。
感傷に浸っていると、彼女に軽くはたかれた。
「…まだ高校生のくせに、なに年寄りくさいこと言ってんの。」
そう言われて、二人で笑って。
大会、がんばろうねって拳をつき合わせた。
*****
- 632 名前:12.故郷の夢、親友。 投稿日:2004/06/02(水) 09:32
-
「…まこっちゃん。まこっちゃーん。」
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
故郷の夢を見ていたら、聞き馴染んだ声が降ってきた。
「…あさ美ちゃん?」
「マコ、鍵開けっ放し。」
気をつけなよ、って言っている彼女がなぜここにいるのか、寝起きの頭ではわからない。
「あれ…今何時?え?なんでいるの?」
「…夜の7時だよ。うちの方に実家から荷物届いたからさ、まこっちゃんにも分けてあげなって、お母さんが。」
ほら、と持ち上げた袋には、地元の食材がたくさん詰まっていた。
「ああ…ありがとう。」
それだけ行って、再びぱたんと寝返りを打った。
…なんだか、地元に戻ったみたいな錯覚を覚える。
「…夢、見てた。」
「え?」
きょとんと首を傾げるあさ美ちゃんを見上げて、つぶやいた。
「地元の、吹奏楽部の夢。」
「あぁ…。」
彼女は、ちょっと笑って目を伏せる。
それは、高校時代から見慣れた表情だった。
「…ねえ。」
「ん?」
今なら、聞けるかもしれない。
そう思って、思い切って、口を開いた。
「…私が吹奏楽部で…毎日練習行ったり、大会出たりして…そんでさあ…」
「…うん?」
じっと私を見つめる目。
そこから目をそらして、続けた。
「…あさ美ちゃん、寂しくなったり…してた?」
「えっ…?」
- 633 名前:12.故郷の夢、親友。 投稿日:2004/06/02(水) 09:32
- 的外れなことを言っているかもしれない。
でも、確かに感じていた。
あさ美ちゃんは帰宅部で、私とは一番の仲良しで。
練習で遅くなる日は一緒に帰れなかったし、休みの日でも大会があれば遊んだりできなかったし、何より音楽の話で仲間と盛り上がっているとき、あさ美ちゃんはどこか居心地悪そうにしていた。
「…えっと。」
言葉を選ぶように遠くを見た彼女の様子を見て、はっと気がつく。
…こんなこと、――例えその通りだったとしても、―彼女は言いたくないに決まってる。
そう思って、慌てて取り消した。
「ごめん、今のなし。…忘れて?」
「う、うん…」
どこかぎこちない空気が流れて、私はそれを打ち消すようにがばっと起き上がる。
そして、今度は兼ねてから言おうと思っていた話題を取り出した。
「…ところでさ。」
「ん?」
再びまっすぐ私の顔を見た彼女に、私は悪戯っぽく笑いかけた。
「…あさ美ちゃん、運動得意じゃん?」
「?…うん、まあ。」
でもなんで?とつぶやくあさ美ちゃんに顔を近づけて、言った。
「チアサークル、一緒に入ろうよ。先輩たちも、いい人そうだったしさ。」
「へぇ?」
…チアサークルがどんなところかわかったら、誘うつもりだった。
今度は、一緒だよって。
口には出さなかったけど、そういう気持ちがあって。
…そして突然そんなことを言われた彼女の方はというと、大方の予想通り素っ頓狂な顔をしていたけれど。
それでも戸惑いがちに、ちょっとだけ笑っていた。
- 634 名前:オースティン 投稿日:2004/06/02(水) 09:34
- 相当間が開いてしまって申し訳ありません。
ここ最近忙しかったので…
少しずつでも続けて行きたいんで、これからもよろしくお願いします。
レスは後ほど…。
- 635 名前:オースティン 投稿日:2004/06/02(水) 16:51
- レスです。
>>621
温かい言葉ありがとうございます。癒されます。
…しかしこんこんはますます複雑なことに…(苦笑
>>622
泥沼は苦手なんで、なんとか爽やかな三角関係にしたいと思っています。
単なる恋愛的な三角関係ともまた違うんですけどね。
>>623
まこあい…じゃ、ないかもしれない…ごめんなさい(^_^;)
>>624
ありがとうございます。自分も陰ながらがんばります。(爆
>>625
爽やかな友情目指してがんばります。ありがとうございます。
>>626
基本的に5期メン好きなんで、これからどんどん5期メインになるような…
後々、今出てきてない人も出る、かも知れないです。
>>627
懐かしいですか。嬉しいです!
あぁ、そういえばこの話始まってもう二年になるんだ…
>>628
本気で遅くなりました!!ごめんなさい!!(汗
>>629
例の事件はまあ、感慨深いですが…。大丈夫です!
更新遅くても、この話は大事にしてますから!
…とりあえず夏のうちに終わればいいなあ…。
- 636 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 14:16
- 更新お疲れ様です
まこがチアに拘るのは、そういうことでしたか・・感動しました
5期、好きなのでこれからも楽しみです
- 637 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/06(日) 07:38
- 作者さん更新 キタ━━━(川o・-・)∬´▽`)━━━!! 乙です。
マコいい子だよ、マコ。>>633の文章でマコのこんこんへの気持ち
からするとこの二人はりょ(r なんだかますます哀さん・・・r
三者複雑なんですけど、ここから爽やかな友情関係にどう展開していくか
楽しみです。(特に川*’ー’)川o・-・)
これからも読ませる文章楽しみにマターリ待ってます。
- 638 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:57
- 「…諦める?」
生協マークの入った弁当を開きつつ、圭が頓狂な声をあげた。
「……はい。麻琴のことはあきらめます。」
フルートを磨いている愛。
そして、その傍らでは真希・梨華・ひとみが同じく昼食を摂っている。
「でもさぁ、今まであんだけ追っかけまわしてたのに。どうしちゃったの急に?」
もっともな梨華の問いかけに、愛は神妙に頷いた。
「…ここんとこ、麻琴に近づいていって目が合うだけで逃げられるんです。」
「「「「……。」」」」
みんなが一斉に黙り込む。
そりゃあれだけのことしてれば当然だよ、と誰もが思ったが、口に出す者はいなかった。
- 639 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:58
- 「でも、さすがにこのままじゃ納得行かないんで。せめて、最後にちゃんと話をして、自分の中でケリをつけたいと思ってるんですよ。」
「…うん。いいんじゃない?でも、何を話すつもり?」
カレーパンを齧りながら真希が口を挟む。
「はい。ええと…あれから色々考えて。今更だけど、やっぱり、無理に入れても麻琴が楽しくないんじゃないかな、なんて思ったりして。」
愛はゆっくりとそう話し、ふうっと大きく息をついた。
「…でも、せめて最後に私の正体明かして、そんでできれば私の演奏も聴いていって欲しいって、思ったんです。」
「……高橋…。」
至極真面目な空気をまとった愛の横顔に、圭は感心した。入部以来暴走しているところばかり見せられていたけれど、これが本来の愛の姿なのかもしれない、と。
「…で、相談なんですけどぉ…。」
「うん?」
重々しく口を開いたところを圭がやさしくのぞき込むと、愛はおにぎりの包みをばりっと破いてつぶやいた。
「…最後のトラップは、網とトリモチどっちがええですかね?」
「はあ?」
コントばりにずるっとバランスを崩した圭が、本日二度目の頓狂な声を披露してくれた。
- 640 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:58
- 「…梨華ちゃん、トリモチって何?」
隣では、違うところが気になったひとみがボソボソと梨華に耳打ちしている。
「…鳥を捕まえる、べたべたしたやつのことだよ。」
「あぁー、はいはい。それよりあたしは落とし穴がいいと思うな。」
「あっ!ごとーもそれ賛成。二メートルくらいの深さにすると楽しいよね。」
「…あんたら話し合う場所はそこじゃないでしょうが!!」
スパーン、と真希の後頭部にツッコミが入った瞬間、控えめな声が響いた。
「…あのー。」
「ん?」
入り口を振り返ると、そこには所在なさげにあさ美が立っていた。
- 641 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:59
- 意外な珍客にいち早く反応を示した真希が、あっと表情を変える。
「…小川といつもくっついてる子だ!」
ズビッと指差されて、あさ美は少々肩を落とした。
「…そ、そうですけど…みんなそんな印象なんですね…」
「あ、いや、その…」
「……ごっちん、言葉選ばなきゃダメでしょ!ね!」
不躾な真希をたしなめるように梨華がそう言う横で、先日まったく同じセリフをかましてしまった愛はあさっての方を向いて黙っている。
「…まあ、それはおいといて…あの、今日はみなさんに相談があって来ました。」
「…相談?」
キラリと目を光らせて、ひとみがあさ美の隣にさっと移動した。
「いいよいいよー、なんでも話してごらん?この優し〜い先輩にうべっ!!!」
ナンパ男よろしく声をかけようとしたひとみの頭を、思いっきり机に押し付けたのはもちろん梨華だ。
「…で?なあに、紺野ちゃん?」
「は、はい…えーと…私がこんなこと言うのもなんなんですけど…。…麻琴に、ジャズ研のみなさんの演奏を聴かせてあげて欲しいんです。…できれば、愛ちゃんも交えて。」
「ええ?」
ついさっき愛からも似たような相談を持ちかけられていた先輩組は、一同驚愕した。
- 642 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:59
- 「そ、それって…小川が聴きたいって言ったの?」
「…いえ、違います。…私が、勝手にそうしたいだけで…。」
俯くあさ美の顔を、愛が不思議そうに見つめる。
「でも、なんていうか…。どっちかっていうと、あさ美ちゃんは麻琴をジャズ研に近づけたくないっていうか、そんな気がしてたんやけど。…あ、でもこれ単なる思い込みやで、違ってたら謝るけども…。」
ぼそぼそとそう言われて、あさ美も少し頷いた。
「…ううん。確かに、そうだったかも。」
「えっ?」
困惑する愛と、わずかに視線がぶつかる。
「…あのね、私、音楽の才能とか全然ないから。まこっちゃんが、客席よりずっと高い場所で演奏してるところ何度も見て、なんか遠いっていうか…そういう寂しさみたいなのは、いつもどこかにあって。…だから、まこっちゃんが愛ちゃんのこと思い出して、ここに入ったら、私ますます置いてかれちゃうんじゃないかなって、心配だったんだ…。」
やはり顔を上げないまま小さな声で語られるそれは、まるで懺悔のようだった。
- 643 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 14:59
- 「…じゃあなんで今、小川をここに近づけようとしてるの?」
梨華がやさしく問うと、あさ美は少しだけ表情を和らげた。
「…昨日、まこっちゃんに言われたんです。『高校時代、寂しい思いしてたんじゃない?』って。…それで私、ああ、バレちゃってたんだなあって、思いました。」
「……へえ…。あの小川がねー。」
ぽつりと真希がつぶやく。
愛に引っ張りまわされて困っている麻琴しか見ていない真希には、想像がつかないらしい。
「…ああ見えてあの子、バカみたいにやさしいんです。…チアサーに入るって言ってたのも、私のためだったらしいんですよ。私が運動の方が得意だからって、一緒に入るつもりだったみたいで。」
「え?そうだったの?」
ふっと表情を曇らせたあさ美の横から、ひとみが身を乗り出した。
「どーすんだよオイ高橋ぃ!ブロークンハートじゃん!小川、高橋より紺野ちゃん選んだってことじゃん?コレさぁ。」
「…いや、別にあたしは麻琴に恋してたわけでなくて、麻琴のフルートが…」
「でもさあ、小川を追い回すアンタ、ストーカーみたいだったよ?」
「!!ちっ、違います!!」
「あーーーもうアンタたちうるさいっ!!」
わちゃわちゃと言い合うひとみと愛を制して、圭が机を叩いた。
- 644 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 15:00
-
「…つまり、紺野はどうしたいの?一緒にチア、やりたいんじゃないの?」
「……別に、特にチアがやりたいってわけじゃないんですけど、純粋に嬉しかったし…。やってみてもいいかな、とは思ってます。でも、本当にそれでいいのかなって。…なんとなく、まこっちゃん音楽の方に未練あるような気がして。」
その言葉に、梨華が反応した。
「あぁ、それは私も感じてた。前にここで私たちの演奏聴いたとき、すっごくいい顔してたよ、あの子。」
ひとみも、うんうんと頷いている。
「…やっぱり、そうですよね。」
あさ美は今日初めて、にこっと笑った。
そのことに、愛は少し意外に思う。
「……ねえ、あさ美ちゃん。」
「え?」
「…もしかして、麻琴をここに入れさせようとしてへん?」
遠慮がちにそう訊くと、あさ美は曖昧に頷いた。
「そういうわけでもないんだけど…。ただ、まこっちゃんが私に気を使ってチアサー入ろうとしてるんなら、それは嫌だなって思ったの。なんだかんだ言って私だって、まこっちゃんのフルート、大好きだったしね。」
「…………そっか。」
あさ美のその表情は、まるで『愛ちゃんも、そうでしょ?』と、同意を求めるような。
まったく、屈託のない笑顔だった。
- 645 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 15:00
- 「…わかった。じゃあ来週あたり、小さい定例会を開くように話し合うから。高橋は、そこで演奏すること。それで、紺野はそこに小川を連れてくること。…もちろん、紺野も客として参加する、ってことでね。それでいい?」
圭がそう提案すると、二人はそろって頷いた。
「…なーんか。どっちかって言うとこっちの二人がライバルみたいじゃない?」
ししし、と笑ったひとみに、愛とあさ美が同時に振り返った。
「「そ、そんなんじゃないですって!!」」
「うわっ」
思いがけずきれいに声をハモらせてしまった二人は、お互いびっくりしたように見つめあった。
「…似たもの同士だね、意外と。」
ぷっ、と笑った真希の声を皮切りに、みんなも笑う。
顔を赤くした愛とあさ美も、決まり悪そうに笑っていた。
- 646 名前:13.似たもの、二人。 投稿日:2004/06/07(月) 15:04
- 更新しました。
高紺はマコを思いやってるあたりで似たもの同士、ってことで…。
>>636
ありがとうございます。
そろそろ佳境ってとこでしょうか…もう一息がんばります。
>>637
三角関係は難しいですね…(汗
これからがまた難関ですが、こっそり見守っていてください。
これからも読ませる文章楽しみにマターリ待ってます。
- 647 名前:オースティン 投稿日:2004/06/07(月) 15:05
- >>646
すみません、最後の一行に頂いたレスの文章が残ってちょっこすおかすなことになってしまいました。
ごめんなさい(汗
- 648 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/07(月) 23:31
- 作者さん、更新乙です。いつも楽しませてもらってます。
こんこん、いい子だよ、こんこん。リアル娘。もこの3人
凄くいい関係だとおもいます。その事とこの小説がかぶって
自分的にかなりツボです。オースティン さんのこの作品と
3人への思い入れが伝わってきますね。まだまだ難関途中だとは
思いますが、我々読者たち、マターリ・ヒソーリ・コソーリ
お待ちしてます。
>>639の文章をみてPCに食べかけのラーメンを直撃
させそうになったのは、私だけでしょうか?
- 649 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 21:57
- あぁ・・本当に登場人物が魅力的に描かれてますね!
高橋と小川がとてもイイ味だしてますね。紺野のキャラも
とても好感が持てますね。つまりは萌えまくりということで・・
個人的にはなっちをうまく使って欲しかったと、思ったり
思わなかったり・・・
- 650 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/18(金) 23:29
- 美形揃いの定例会、濡れも客として参加したい・・・
耳と眼の保養に良さそうだ・・・
- 651 名前:名無し飼育 投稿日:2004/07/01(木) 01:31
- 三年目突入ですね。
難航中でしょうが、作者さんのペースでどうぞ。
- 652 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 01:58
- その日はとても天気が良くて、風が気持ちよくて。
新しい日々の始まりとしては、持って来いだった。
「…まこっちゃん。おはよう。」
「ん?」
退屈な日本文学史だかの授業が終わって、一斉にざわつき始めた教室の中、すぐそばにあさ美が立っていた。
「…あれ、早くない?そっち、今日は四限からって言ってなかった?」
二限が終わり、これから昼休みに入ろうという今の時間、本来なら彼女は学校にいないはずだ。
「うん、そうなんだけどね。…ちょっと、一緒に来て欲しいんだ。」
「え?なになに、愛の告白ぅ?」
冗談めかしてそう言うと、『違うよ、バカ』と返される。
「いいから、来てよ。西門前に、用があるからさ。」
「…用って?あさ美ちゃんが?」
首をかしげる麻琴に、あさ美はひっそりと笑いかけた。
「…どっちかっていうと、麻琴かな。」
「?」
さっぱり飲み込めていない表情で、麻琴はもう一度首をひねった。
- 653 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 01:59
- *****
「…いやぁ、晴れてよかったでゲスなぁー。」
「ホントホント、やっぱ定例は屋外だよねえー。」
例のごとくチューハイを飲みながら、真里となつみはステージを眺めた。
と言っても、セッティングされているのはドラムセットと電子ピアノ、それに2台のアンプのみ。
客席もパイプ椅子を並べているだけの簡単なものである。
部員一同は朝からまるで宴のように演奏しまくり、すっかりご機嫌だ。
ちなみに今は、ひとみとみちよ、それに圭織が『someday my prince will come』を演奏している。
通りすがる学生たちも興味ありげに視線を送ってくるのだが、席に座るまでにはいたらないようだ。
「…やっぱりジャズって人気ないんですかね、安倍の奥さん。」
「まあ、近寄りがたいってのは否定できませんわよね、矢口の奥さん。…ていうかあたしだってジャズよりロックの方が好きだし。」
身も蓋もないなつみの言葉に閉口しつつ、真里は遠くを眺める。
そして、一人の後輩の不在に気がついた。
「…そういえば、肝心の高橋はどうした?もしかして初演奏で緊張しちゃったりしてないかな?」
去年の梨華のことを思い出して、真里が心配そうにまわりを伺っていると、後ろに座っていた真希が顔を出した。
「ああ、高橋ねえ、なんかさっき向こうの方で誰かに電話してたよ。『おやつは冷蔵庫の二段目です』とかなんとか。」
「…なんだよそれ!余裕だなオイ!」
「うん。なんつーかこう…高橋の私生活って謎だよね…。」
しみじみと話ていると、二人のそばに立つ人影があった。
- 654 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:00
- 「…こんにちは。」
「ん?」
「あっ!」
はにかみながら声をかけてきたのは、あさ美だった。そして後ろには、戸惑った表情の麻琴もいる。
「よく来たねこんこ〜ん!まあ座んなって!」
「酒もあるからね〜」
「あ、はい…」
手厚い歓迎を受けているあさ美を不思議そうに見つめて、麻琴がその肩をつついた。
「…い、いつのまにこんな打ち解けたの?」
困り顔のまま着席させられた彼女に、真希が微笑みかる。
「ここは、そういう人ばっかりだからね。」
「…はぁ…。」
よくわからなそうな顔をしていると、ステージの演奏が終わった。
次のバンドのためにみちよが準備に向かう。
そして…
- 655 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:00
- 「…愛ちゃん?」
いつのまにか戻ってきていた愛が、離れたところから麻琴を見ていた。
瞬間、身構える麻琴に、先手を打つように声を張り上げる。
「…最後やから!!!」
「え…?」
ステージに入り、圭織と梨華に視線を送ると、もう一度愛は叫んだ。
「もう、無理強いせんから!!ただ、最後にあたしの音楽、聴いて欲しいんよ!」
「………。」
立ち尽くしたまま黙り込む麻琴。
ステージから目を離さず、フルートを構えた愛を見つめて一言だけ、
「……フルート…。」
とつぶやいた。
いつものように、圭織の合図で始まる演奏。
しかしいつもと違うのは、新入生の愛がフロントにいることだった。
「……愛ちゃん…?」
梨華の前奏で始まるその曲は、とてもとてもやさしくて。
まるで露に濡れた森の中に迷い込んだように、儚いメロディ。
―――これは…Misty?
- 656 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:01
- 愛が奏ではじめたテーマは、張り詰めた糸のように美しかった。
深い深い霧の中、行き場を無くして閉じ込められた少女が、愛しいものを求めてさ迷い歩き続ける。
Mistyは、そんな曲だった。
「……この音…」
突然頭をかすめた記憶に反応して、麻琴はきつく目を閉じた。
――知ってる。
こんなに綺麗なフルートなら、忘れるはずがない。
……初めて聞いた音じゃ、ない。
「…あさ美ちゃん…。」
傍らで同じようにステージを見つめているあさ美に、すがるように語りかけた。
「あたし、知ってる気がするんだ。この音、前にもどこかで…」
結びつかない記憶がもどかしいのか、落ち着きなく視線をさまよわせている。
そしてそんな麻琴を諌めるように、あさ美は柔らかく言った。
「……顔を覚えていなくても、麻琴の耳は愛ちゃんを覚えてるんだね。」
「え…?」
言われた言葉には何か深い意味がありそうで、それでも記憶はつながらない。
ただ、初めてこの音を聴いたときも、隣にあさ美がいたということは思い出しかけていた。
- 657 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:02
- 三年間、吹き続けたフルート。
そのとき、誰と出会ったか。どんな音を聴いてきたか。
沈黙したままで考えていると、演奏が終わった。
「…あ…。」
鳴り響く拍手に便乗することも忘れて思いつめていると、頭の中にぽつりと小さな明かりが灯った。
こことは違うステージ。
もっともっと、高い壇上。広いホール。
「…………。」
吸い寄せられるように立ち上がると、麻琴はステージを離れかけていた愛に問いかけた。
「…愛ちゃん。アンコール。」
「……え?」
突然の言葉に、見守っていた部員たちもそっと二人を伺う。
麻琴はあやふやで定まらない記憶のかたまりを抱えたままで、言葉をつむいだ。
「愛ちゃんが誰なのか、確かめたい。だから、吹いて欲しい曲があるんだけど…」
「…なに?」
妙に緊張した空気を断ち切るように、少し笑う。
――これは、小さな賭けだ。
「…Aトレイン。」
まっすぐに、愛を見つめて。そう言った。
あの日聴いた、あの曲。
最後の大会で、胸が震えたあのフルート。
あれは、愛ちゃんなんだよね?
- 658 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:02
- 驚いた瞳で麻琴を見つめ返す愛に、麻琴はもう一度笑って
「まだ覚えてるでしょ?」
と問いかけた。
「……うん。もちろん。」
満面の笑みで、愛はくるりと身を翻した。
いいですか?とステージに向かって合図する声に、皆はサムアップで答える。
「…ありがとうございます。」
ふわっと笑って歩きだす愛の背中を見ている麻琴は、やはり立ち尽くしたままで。
「……。」
まるで吸い寄せられるのをこらえているような姿勢で立っていると、すぐ後ろから頓狂な声が響いた。
「…あっれぇ〜、こんなところにフルートがあるべさぁ。なぁんでかなあ〜?」
「え…」
振り向くと、それはフルートを持ってひらひらさせているなつみだった。
- 659 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:04
- 「…なっちからのリクエスト。一緒に、やんなよ。」
「え、いや…でもそんないきなり…」
後込みする麻琴に、なつみはずいっとフルートを差し出す。
「部室のものだから、気にしないで使っていいよ?」
「……そういうことじゃなくてですね。」
「じゃあ、何?」
いたずらっ子のような顔でニヒッと笑って、なつみはステージに叫んだ。
「みんなぁ〜、フルートの飛び入りオッケー?」
「ちょ、ちょっと!あたしいきなり演奏なんかできないですから!それにもう音楽は…」
必死でそう言う麻琴などおかまいなしに、ステージからはオッケーの声が飛んでくる。
「…好きなんでしょう?フルート。」
「………それは…。」
言い淀む麻琴をじっと見つめると、なつみはフルートを差し出した手を下げないまま問いかけた。
ゆっくりと、心の奥を見透かすように。
「まこっちゃんさ。…ここに来て演奏聴いてる間、一度でもチアのこと思い出した?」
「……!」
はっと顔を上げ、麻琴はなつみを見つめる。
「…そういう、ところにあるんじゃないかな。本当の気持ちはさ。」
「…あ…。」
少し伏せた目が、フルートを捕らえ、そして…
ゆっくりと手をかけた。
- 660 名前:14.ミスティ 投稿日:2004/07/07(水) 02:05
- ――何ヶ月ぶりかの感触。
冷えた金属から伝わる重みは、記憶から変わっていない。
「…ありがとうございますっ!借ります!」
握りしめたフルートを手に、ステージに立った。
愛と並んで、互いにちらりと視線を交わす。
「…ライバル。だっけ?」
「そぉーやぁ。…やっと思い出したか。」
くく、と笑い合っていると、前奏が始まった。
軽快なリズム。
やっと走り出した、二人の間のAトレイン。
ぴったりと揃ったピッチでテーマをユニゾンした後は、それぞれのソロが始まった。
透き通った川の流れのような愛の音。
そして、真夏の空のように突き抜けた、麻琴の音。
「……あれはすごいね、確かに。」
麻琴の演奏を見てぽつりと漏らした圭の言葉に、真希は首をかしげた。
「そうなの?…あたしは、高橋の方がすごいような気がするけどなあ。」
「…あぁー。まあ、技術的には高橋の方が上かもね。でも、違うんだよ。……才能なのかな。本当に音楽を好きな人だけが身につけられる、リズムを持ってる。」
全身で奏でるとは、ああいうことを言うのだろう。
フルートが、まるで体の一部のようだ。
「…うーん。なんか難しいこと言ってるなあ。」
わからなそうな顔をする真希の頭を、圭はぽんぽんと撫でる。
「わからないのは、後藤と小川が似たもの同士だからかもしれないね。」
「えー?どのへんがぁ?」
「……音楽性。」
笑ってそう言う圭を、真希はやはり不思議そうに見つめていた。
- 661 名前:オースティン 投稿日:2004/07/07(水) 02:12
- 更新しました。次あたりで終わると思います。
…長かったなあ。
>>648
ありがとうございます!メンバー間の愛、そしてメンバーへの愛を大事にして書こうと心がけておりますので、とても嬉しいです。
相変わらずバカな描写も多いですが…(苦笑
>>649
貴重なご意見ありがとうございます☆とても参考になります。
というわけで今回のキーパーソンにはなっちを持ってきてみたんですが、どうですか?(汗
>>650
客どころか、こんなメンツのサークルがあったら即入部ですよ、ええ。
禿同です。
>>651
そういえばもう三年目なんですね…
なんていうかダラダラ書いてるから長くなってるだけなのに、なんだか大仕事をしている気分に浸ってしまいました。
書きたいものを全て消化できるのはいつなんだろう……。
- 662 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/07(水) 21:54
- (つд`;)
更新乙です。
終に終に・・・とても感慨深いものがあります。
読ませていただいて、二年になりますが・・すべてのキャラが大好きでした。
ラストスパート頑張ってください!!!
- 663 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/10(土) 10:12
- 作者殿、更新キタヤヨ━川*’ー’)*’ー’)*’ー’)*’ー’)*’ー’)━!! 乙っす。
今回天使がいい味だしてますね。あの笑顔で誘われたら断れないでせう。
>>660のヤスと護摩の会話、リアル娘。での川’ー’)∬´▽`)の自分的見方と
ダッぶてちょっとビックリしてしまいました。
2年前にこの良作に出会って、7.31事件からのハロプロ内での怒涛の出来事に
何度も凹まされてきた自分を癒してくれてもらった気がします。できれば、
四年生4人が卒業するとこ見届けたいですけど・・・
>>客どころか、こんなメンツのサークルがあったら即入部ですよ、ええ。
禿同です。
加護胴。 でもヲレ歌チャー○ー・シ○さん以下で楽器できない・・・
_| ̄|○
- 664 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:17
- 演奏が終わって、拍手が響く懐かしい感覚。
久しぶりに奏でた音は自分でもとても心地よく、隣に立つ愛も満足そうに笑っていた。
「…やっぱスゴいわ、麻琴のフルート。」
「…こっちのセリフだよ、それ。」
少し苦笑いをしてステージを降りた麻琴は、あさ美を見て俯いた。
何を言っていいのかわからないといった顔。
しばらくそうやって視線をさまよわせた後、ぽつりと
「…ごめん。」
とつぶやいた。
それを見守る部員たちは、なにも言わない。
そして明らかに注目の視線を向けられていることに気づいたあさ美は、困ったように笑った。
- 665 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:18
- 「…なんで謝るの?」
「だってさ、チア、一緒にやろうって言ったのに…」
うなだれたままか細く吐き出された声の小ささに、思わずぷっと噴き出す。
「いいって。別に、私そんなにチアに興味あったわけじゃないんだから。」
そう言って、麻琴の背を押した。
「それに私だって、まこっちゃんのフルートが大好きだったんだよ?…入りなって、ここに。」
「…でも。」
沈んだ麻琴の声のトーンは変わらない。
「あたし、朝日高のあのメンバー以外では音楽やらないって、決めてたから。フルートだって、吹奏楽部に寄贈しちゃったし…。」
渋る麻琴の背中に、何かが押し当てられた。
「……?」
「これ。…なんだかわかる?」
硬い箱。
……ケース…?
- 666 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:18
- 「まさか…」
振り向いた麻琴の目の前には、かつて愛用していた自分のフルートがあった。
「…なんで…!」
「卒業した日、部長から預けられたんだ。……麻琴は頑固だから一度は受け取ったけど、また必要になるときが来るかもしれないから、そうしたら返してあげて、って。」
差し出されたケース。
故郷の友人の心遣いに、胸が熱くなった。
「…迷うことなんて、もうないんじゃない?」
「………。」
やさしく笑う、あさ美。
けれど、麻琴はまだ頷けなかった。
これで、いいんだろうかと。
あさ美も、ステージもどっちも見れないまま、麻琴は立ち止まってしまった。
何に従い、どれを選べばいいのかわからずに戸惑っていると、離れたところからあっけらかんとした声が響いた。
「…つーかさあ。」
――ひとみである。
「紺野も一緒に入ればいーじゃん。」
いとも簡単に言ってのけた彼女の肩を、真里がぽんと叩いた。
「…あのな、よっすぃー。こないだの話聴いてただろ?紺野は音楽が…」
そこまで言って、真里はふと考え込んだ。
一瞬感じた、ある違和感。
- 667 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:19
- 「……ときに紺野。……音楽は、『嫌い』なの?」
「え?」
突然矛先を向けられたあさ美は、ふるふると首を振った。
「いや、好きですよ。高校の頃はずっと吹奏楽部の演奏聴きに行ってたんで。……本当はまこっちゃんたち見てて音楽に憧れたこともあったんですけど、でも私楽器なんてなんにもできないし、歌も下手だから…。」
しゅん、と小さくなるあさ美とは対称的に、真里は目を輝かせた。
「…なぁんだ。」
ニヤっと笑って、ひとみが真希の首根っこをぐっと捕まえる。
「にゃっ!?」
「紺野紺野、見てごらーん。…さっきまでバリバリにサックス吹きまくってたこの人、大学入るまで楽器触ったことなかったんだよ。」
「えっ!?」
急に引っ張り出されて困った表情の真希も、捕まえられた体勢のままうんうんと頷いた。
「やっぱねえ、好きになったからここまでできるようになったんだよねえ。…おかげで留年したけど…。」
都合の悪い話を持ち出してきた真希を慌てて引っ込めると、代わりになつみが前に出てきた。
「…まあ、留年は困るけど。……でも得意なこと選ぶよりもさ、好きなことした方が楽しいと思わない?」
「………。」
- 668 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:20
- …今度は、あさ美が迷う番だった。
自分が楽器をやるなんて、想像したこともなかった。
できるわけないって、思い込んでいたから。
「…あさ美ちゃん。」
今まで黙っていた麻琴が、あさ美の腕を掴む。
「……あたし、あさ美ちゃんと一緒に、音楽やってみたい。」
「…まこっちゃん。けど私…」
「………やろうよぉ。」
捨てられた子犬のように見つめられると、さすがに何も言えなくなってしまった。
成り行きを見守っていた愛も、くすくすと笑っている。
「…どーする?あさ美ちゃんが頷かんと、麻琴も入らんとか言い出すでぇ?」
「……そんなあ。」
なんだか妙なことになってしまって、あさ美は困ったように頭を掻いた。
――でも、悪くないかもしれない。
麻琴と同じステージに立つことができるようになれば、麻琴を遠くに感じることもなくなるだろう。
それになんと言っても、せっかく始まる長い大学生活なのだ。
少し笑って、あさ美は顔を上げた。
- 669 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:20
- 「…私でも、入れますか?」
屈託のない表情。
もちろん、それを否定する者などなく…
「よぉーーし!!じゃあ今日は死ぬほど飲むぞ!な!」
「そうだね、結局まだ歓迎会やってなかったし。」
「みっちゃん、いつもの店予約お願いね。」
「えぇ!?なんであたし?」
――こうして、騒がしいジャズ同好会に、また新しい仲間が加わることになった。
- 670 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:22
- *****
…その後のことであるが。
麻琴の話によって、意外な事実が発覚した。
「…そういえばあたし、愛ちゃんがフルート吹くって知らなかったんですよね。」
「何ぃ!?」
横で飲んでいたひとみがビールを噴き出す。
部員一同は、例の如くいつもの居酒屋に来ていた。
「…じゃあお前、今まで高橋をなんだと思ってたんだ?」
「いや、マネージャーかなんかかなって…。楽器やるなんて、定例で初めて知ったから…」
ぼそぼそと背中を丸めた麻琴を見て、愛は遠くを眺める。
「…確かにフルートは修理に出してたけども…。」
「…それに愛ちゃんさあ、大会で話したときに名乗らなかったじゃん。」
「え……マジで?」
「マジで。」
「嘘やあ。ちゃんと言ったがし!」
「いやいやいや、言ってないから!!」
顔つきあわせたままで、二人は言い合いを始めてしまった。
- 671 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:23
- 「…まったく、困ったやつらだわ。」
「いーんじゃない?『ライバル』なんでしょ?」
傍観していた圭と真希が、のんびりと笑っている。
「そーいえば紺野。まだ聞いてなかったんだけど、紺野はなんの楽器がやってみたいの?」
「うーん…そういえば考えてなかったです。何がいいかなあ…」
圭織とあさ美が話しているところに、麻琴と愛が乱入してきた。
「はいはいはい!あさ美ちゃんはクラリネットがいいと思います!」
「いやぁー、あさ美ちゃんはピアノとかの方がえーやろ。」
「む?あたしの方が付き合い長いんだぞ?ピアノだって。」
「付き合いの長さはカンケーないがし!サックスや!」
またにらみ合う二人の頭を、あさ美は同時にばちんと叩いた。
「どうでもいいところでケンカしない!!」
「…いてぇ…」
「ご、ごめんなさい。」
- 672 名前:15.霧の晴れた、その後は 投稿日:2004/07/13(火) 13:24
- 意外なあさ美の行動っを見て、周りは驚いたように笑っている。
「紺野、やるじゃん!カッケー!」
「……なかなか大変そうだねえ、今年の一年も…。」
やれやれ、と苦笑したなつみの言葉は、それでもとても楽しそうだった。
――動き出した、新しい季節。
これからもきっと、楽しいことは尽きないのだろう。
「よっしゃ、じゃあ歓迎の意を込めて、矢口歌いまーす!!」
「いやいや矢口、店で歌うのはやめようよ、ね?」
「よーーーし、じゃあヨシザワ、脱ぎます!!」
「「「「やめんか!!!」」」」
-END-
- 673 名前:オースティン 投稿日:2004/07/13(火) 13:32
- なんとか完結しました。
長々と見守っていてくださった皆様、本当にありがとうございました。
ここまで長い話を書いたことはなかったので、自分自身とても勉強になりました。
今後は、番外編等を思いついたりしたときにちょっとずつ書いていけたらと思います。
なんだかんだで、複線を残したまま終わってしまったところもあったので…。
それでは、またお会いしましょう。
>>662
そう言って頂けると、がんばった甲斐があったなあと思えます。
ありがとうございました。
>>663
かなり平坦でのんびりしたストーリーだったと思うんですが、それでも癒しになれたことがとても嬉しく思います。
楽器ができなくてもいいじゃないですか。得意なことよりも好きな(ry
- 674 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/13(火) 17:07
- 更新!乙です
あぁ・・終に最終回・・・寂しい・・ひたすら寂しい・・
ですが、とても楽しかったとともに本当に癒されました。
正直、飼育の中で一番楽しみに読ませてもらってました。
心地よい空気感と魅力的なキャラ、本当に・・寂しい
番外編も続編的な視点で書いてくださるととてもうれしいです。
よろしくお願いいたします。完結おめでとうございます!
- 675 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/13(火) 23:04
- 完結ごくろーさまでした。
番外編も待っています。
- 676 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/15(木) 16:05
- 作者さま大変お疲れ様でした。番外編もあるかもということですが
楽しみに待っております。だいぶ昔に書き込みましたがここを
読ませてもらってJAZZにはまりましてそれ以来いろいろ勉強してます。
そういう意味でもほんとうにこの作品には感謝してます。
ありがとうございました。またがんばってくださいね
- 677 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/17(土) 01:23
- 作者殿、更新乙です。そして有難うございました。
昨今スレ立てても、放置棄してしまう作者さんが多い中
こういう良作が読めたのを大変幸せに思います。
それと>>674さんに禿胴。書きたいことを全部書いていただいた
ので。
>>ここまで長い話を書いたことはなかったので、自分自身とても勉強になりました。
他でも書かれてるのですか?差し障りがなかったら公表してもらえますか?
最後に、 よしこ脱(r
- 678 名前:オースティン 投稿日:2004/07/22(木) 01:33
- >>674
なんかものすごく素晴らしい褒め言葉を頂いてしまって、嬉しいやら恥ずかしいやらです。
途中で苦しくなったときも放棄せずにいられたのは、こういう素敵なレスのおかげでした。
ありがとうございました。
>>675
実は番外編のネタが割とあるんで、どうしようか迷ってます。(苦笑
>>676
私自身そんなにジャズに詳しいわけではないんですが、そういってもらえると嬉しいです。
今後は是非、指摘やツッコミ等よろしくお願いします(笑
>>677
…他の…と言いますか、他の板でも違うハンドルで、最近まで連載していたものがあったんで。
それもだいぶ長かったですけど…。
- 679 名前:オースティン 投稿日:2004/07/22(木) 01:34
- 続編で中編を書きます。
ちょっと番外的ですが…
- 680 名前:over the rainbow 投稿日:2004/07/22(木) 01:37
- 虹の向こう側には
青い鳥が飛んでいる
鳥たちが虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだって飛べるはず
- 681 名前:1.また巻き込まれた。 投稿日:2004/07/22(木) 01:38
- 「…最近ちょっと暑くなってきたねー。」
「そうだねえ。やっぱり東京は地元より暑いよね。」
「でも、雨はまだそんなに降らないね。」
「東京だからねえ。」
「……。」
なんだかかみ合わない会話を交わしながら、麻琴とあさ美は駅前の商店街を歩いていた。
まだ六月とはいえ、最近はだいぶ蒸し暑い日が続いている。
米屋の前を通りがかったときに、ふと麻琴がつぶやいた。
「そういえばあたし、一人暮らし始めてまだ一回もご飯炊いてない気がする。」
「…実家は米どころなのにね…。けど確かに、あたしもパンばっかり食べちゃってるかもなあ。」
なんとも不健康な会話をしていると、米屋から何かが飛び出してきた。
「うわっ!?」
「え?…ぬあ!」
米の袋を二つ抱えた女性が、勢いよく麻琴にぶつかった。
はずみで転んだ麻琴の腹に、米が一袋落下する。
「ぐぇ!」
「あっ…」
そのことに一瞬戸惑いを見せたようだったが、女性は残りの一袋だけを抱えて走り去っていった。
- 682 名前:1.また巻き込まれた。 投稿日:2004/07/22(木) 01:39
- 「ま、まこっちゃん、大丈夫?」
「…な、なんだ今の…」
腹に5キロの米を乗せたまま情けない顔をしていると、米屋から店のおやじが出てきた。
「……あっ!おい!!おめぇか、米泥棒は!!」
「はっ!?」
尻餅をついた体勢の麻琴の頭上から、米屋の怒号が降り注ぐ。
「いや、これは私でなくてさっき飛び出してきた女の子が…」
「はぁ?そんなのどこにもいねえじゃねえか!!」
「だ、だって向こうに逃げて行ったから…」
取り付く島もない米屋の声に完全に負けている麻琴では、誤解は解けそうにない。
「…あのー、私も見てたんですけど。髪が短めで若い女の人が、米持って走っていきましたよ。そこの路地に入ってったから、多分駅の方かと…。」
助け舟を出したあさ美のおかげか、米屋の表情が少し和らぐ。
「……本当か?」
「はい。間違いないです。…多分。」
間違いないのに多分ってなんだよ、と思いながらも、麻琴は黙って見守っていた。
こういうことに巻き込まれたら、第三者に助けてもらうしか道はないと、経験上わかっている。
……自分に非がなくても面倒ごとに巻き込まれてしまうのは、運命なのかなあと、麻琴はぼんやり思った。
- 683 名前:1.また巻き込まれた。 投稿日:2004/07/22(木) 01:39
- *****
「…ってなことがあったんですよ。もー、怒鳴られるわ腰痛いわで散々でした。」
次の日の昼休み。
部室にある机にべったりと頬をつけ、麻琴はいじけたように例の一件の話をした。
「…しかしオマエはホントに運が悪いんだな。そんな万引き現場にたまたま居合わせるなんて。」
ソファでジャンプを読んでいたひとみが顔を上げる。
「なんかこう…呼んじゃうんだよね?厄介ごとを。」
あさ美が麻琴に代わって放った一言は、付き合いが長いだけに生々しい。
「…なかなか難儀な人生送ってるんだね…。」
隣で譜面を見ていた梨華にも同情されてしまい、麻琴は益々うなだれた。
「……んでも、なーんかどっかで見たことあるような気がするんだよなあ、あの米泥棒…。」
ぼんやりとつぶやいていると、それまで黙っていた愛がおどおどと口を開いた。
「…あのー。ちょっといいですか?」
「…ん?何?」
低く潜められた声に、三人も釣られて声のトーンを落とす。
「……あのですね。さっきから、入り口あたりでうろうろしとる人がいるんですけどぉ…。」
「…なんだ?不審者か?」
そう言って入り口近くの窓を見ると、確かに人影が見え隠れしている。
「待て、じゃああたしがばしっとドア開けてくるから。みんないつもどおり普通にしててな。」
「…ラジャ。」
ひとみの指示通り、一同は普段どおり雑談を再開した。
そしてひとみは、外から見えない死角を通ってゆっくりドアのほうに近づいていく。
ドアノブに手をかけ、一呼吸置いて…
一気に開けた。
- 684 名前:1.また巻き込まれた。 投稿日:2004/07/22(木) 01:40
- 「ばかやどおぉおおおおーーーーー!!!!」
「ぎゃあぁああああ!!!!!」
吠えるひとみ。
ひっくり返る不審者。
中で待機していた部員たちも、わらわらと入り口に集まってきた。
「…あっ。」
「あぁああーーー!!!」
腰を抜かしている少女を指差して、麻琴は叫ぶ。
「米泥棒ーーーー!!」
「「「「何ぃ!?」」」」
一同は一斉に少女を見たが、米泥棒をするような人には見えなかった。
「…しかもどっかで見たことあると思ったら…。チアサーの、藤本さん…ですよね?」
座り込んだままの少女は、気まずそうに俯いていた。
- 685 名前:オースティン 投稿日:2004/07/22(木) 01:41
- 今回は基本的にギャグです。
- 686 名前:2.空腹でした。 投稿日:2004/07/22(木) 01:42
- 「……本っ当にごめん!!」
開口一番そう叫んだ彼女は、土下座せんばかりに麻琴に向かって頭を下げた。
「いや、そんな…。」
勢いのいい謝りっぷりに、麻琴の方が困った顔をしている。
「こちらこそ、すみませんでした。チアサークル入りたいって言ってたのに、仮入部で辞めちゃって。」
「ううん。それはいいんだよ。別に仮入部したら入らなきゃいけない、ってわけじゃないんだから。」
――藤本美貴。
チアサークルの二年生で、新入生の仮入部期間によく麻琴の面倒を見てくれた人である。
「…そっかぁ。ミキティ、チアやってたんだね。知らなかったよ。」
学部が同じ梨華も、美貴とは顔馴染みのようだ。
「…とにかく、昨日のこと謝りたかったんだ。…あの後さ、やっぱり気になって米屋に戻ってみたら、まこっちゃん思いっきり怒鳴られてるじゃん?もしかして、濡れ衣着せられたりしてたんじゃないかな、って…。」
ぶつぶつとそう話す彼女に、聞いていたあさ美が首をかしげた。
「…でも、なんであんなに重たいものを盗ろうと思ったんですか?しかも、二袋も。」
あさ美の言うとおり、普通万引きをするならば、鞄に入るくらいの大きさのものを狙うのが妥当である。
五キロの米を二袋も盗もうとするなんて、よほどのチャレンジャーか、もしくは罰ゲームかくらいしか考えられない。
「……それは…。」
美貴が下を向いて、しばし考える。
そして、意を決したように口を開いた。
- 687 名前:2.空腹でした。 投稿日:2004/07/22(木) 01:43
- 「……米が食べたかったんだよ!!」
「…はい?」
まるで戦後の孤児のような理由に、あさ美はぽかんと口を開けた。
「いや、本音を言えば肉が食べたかったんだけど、肉を盗めそうな店はなかったから…」
心底悔しそうにそう語る美貴の顔には、悲壮感さえ漂っている。
「……藤本さんて、もしかして…。」
切なそうに口を開く麻琴。
嫌な予感を感じた部員たちは、不安そうに麻琴を見る。
そして、その予感は的中した。
「……貧乏なんですか?」
「「「「オォーーイ!!」」」
スパーンといい音を立てて、四方八方からつっこみが入る。
「い、痛いっ!!」
もぐらたたきばりに叩かれた麻琴の体は、足元から崩れ落ちた。
「…オマエなあ、言葉選べよ!なんかこう、もっとあるだろう?ちょっと遠まわしに、『銭金出演希望者ですか?』とか…」
「よっすぃー、それじゃたいして遠まわしじゃないから!しかもなんか余計失礼だよ!」
ぼそぼそと言い合うひとみと梨華。
それをフォローするように、愛はひたすら『スイマセン!スイマセン!』とぺこぺこしている。
「…いや、いいよ。現在ビンボー学生なのは本当のことだから…。」
遠い目をして語る美貴になにも言えず、部員たちは静まり返る。
何かつらいことでも思い出しているのだろうか。
- 688 名前:2.空腹でした。 投稿日:2004/07/22(木) 01:44
- 「……一ヶ月ぶりに食べた炊きたてのご飯、おいしかったなぁ…。……おかずないから、焼肉屋のチラシ見ながらの食事だったけど…。」
「「「「「………。」」」」」
悲しすぎるコメントに、やはり誰も何も言えなかった。
この飽食の時代、こんなに飢えた女子大生が身近にいようとは。
「……あっ、あの、ちょっとここにいてください!」
そう言っていそいそと立ち上がった麻琴が、慌しく部室の外へと消えて行った。
「……何しに行ったん?麻琴。」
「まあ、大体予想はつくけど…」
愛とあさ美がのんびりとそんな会話を交わしつつ待っていると、3分ほどしてまた慌しく麻琴が帰ってくる。
「お、お待たせしました。…あ、あの、よかったらこれ。」
走ってきたのか、ゼーゼーと息を切らせた麻琴が美貴にビニール袋を手渡した。
「仮入部のときにお世話になった、お礼です。」
「……これ…。」
袋から出てきたのは、大学の売店で売っている、350円のカルビ弁当だった。
「ちゃんとチンしてもらってきたんで!」
そう言ってニコッと笑った麻琴を見て、急に落ち着きを無くした美貴が声を上ずらせる。
「…ほ、ほんとにいいの?これ食べていいの?」
「はい、どーぞ。」
「……って言いつつ、もうフタ開けてるな。」
「箸も割ってますね。」
冷静につっこむひとみとあさ美などおかまいなしに、美貴はもう肉を食べ始めていた。
- 689 名前:オースティン 投稿日:2004/07/22(木) 01:46
- 更新しました。
…えっと、藤本さんの設定はネタですから。
- 690 名前:konkon 投稿日:2004/07/22(木) 23:33
- めちゃおもしろいです!
今日発見してずっと読みふけってしまいました♪
ミキティすごい生活してそうですね・・・
- 691 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/23(金) 23:18
- 作者殿更新キタ━从VvV)VvV)VvV)VvV)VvV)VvV)━!! 乙です。
このお方がでてくるとは、思ってもみなかったです。って有価基本的に登場人物の
殆どが押しメンなのですが。
基本的にギャグということですが、持ち味(?)のリリカル系文章と合わさって
いい感じです。マコここでは、薄幸少女ですね。滝川さん、実際そういう行動を
しても違和感なさそうです。
また、ジャズ研の仲間たちが見れて嬉しいです。オースティン がんがれ、オースティン
- 692 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/26(月) 20:28
- 更新乙テーーーーーーーーーーーーーーー!!!
期待してた以上の展開です!!!!
ほんとうに作者さんはキャラを光らせるのがうまい!
本物藤本以上の魅力がでてるんじゃないかと・・貧・・
このテンポ!待ってました!思わず更新わかったとき
飛び跳ねちゃいました。次回も楽しみですよ!うれしい!ほんとにうれしい!
- 693 名前:オースティン 投稿日:2004/08/01(日) 09:55
- >>690
ありがとうございます。
ここのF本さんは相当すごい生活してます。たぶん。
>>691
リリカルですか?ありがとうございます(笑
小川さんは、自分は悪くなくてもひどい目にあっている印象なので何となく…。
>>692
そんなに喜んでもらえると嬉しいです☆ありがとうございます。
貧……は、ほら、ね。まぁ、ついやってしまったってことで…
- 694 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:56
- 「…さて、おなかもいっぱいになったところで…。」
ものの数分でキレイにカルビ弁当を完食した美貴が、よっこいせと立ち上がった。
「……あたし、そろそろ行くね。大学生活の最後で、いい思い出ができてよかったよ。」
「えっ?最後って…?」
ぽろっと飛び出した発言が気にかかった梨華が聞き返す。
美貴は、少し顔をゆがめてから笑った。
「…あたし、大学辞めるんだ。これから手続きしに行くところ。」
「!…ど、どうして?」
明らかに動揺している梨華の肩をぽんぽんと叩いて落ち着かせると、代わりにひとみが身を乗り出した。
「……まあまあミキティ。ここで会ったのも何かの縁だ。ここはひとつ、理由を話してみないかい?」
「……ミキティって。」
初対面の緊張感ゼロでそう言うひとみに、美貴も少し苦笑した。
どこか似たもの同士的なオーラを感じ取ったらしい。
「…わかった。ちょうど誰かに聞いてもらいたいと思ってたところだから、話すよ。…ただ、ちょっと長くなるかもしれないけど。」
「…うん。」
ひとみは静かに頷く。
周りのみんなにも見守られる中、美貴はおもむろに口を開く。
が、先に声を発したのは愛だった。
- 695 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:57
- 「……むかーし、むかしのことでした…。」
「ちょっと待て。」
秒速で美貴のストップがかかる。
「なんであんたが喋るんだよ!」
ビシッと手振りつきでつっこまれ、愛はきょとんとしている。
「…いや、盛り上げようと思って。」
「大学辞めるプロセスの話に盛り上がりとかいらないよ!空気読めよ!しかもその語り口、ビミョーだよ!!」
「スイマセン。」
真顔で謝る愛に、傍観していたひとみはちょっぴりセンチな気分になった。
「…まあいいや。とりあえず、あたしが大学に入るに至った話からね。…えっと、私、実家が北海道なんだ。」
そう言った美貴の言葉に、あさ美が嬉しそうに手を挙げる。
「あっ、あたしも中学まで北海道に住んでたんですよ〜」
「マジで!?どこどこ?」
…同郷同士の話というのは概して盛り上がるもので。自分の話そっちのけで、美貴はあさ美の言葉に食いついた。
「えっと、私は札幌なんですけど。藤本さんはどこですか?」
「…………。」
「…あれ?」
急に黙り込んだ美貴に不安になり、その顔をのぞき込む。
「ふ、藤本さん?」
「黙れ都会人め。」
「え…」
テンションの急降下した美貴に、あさ美は少しおびえた。
- 696 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:57
- 「……札幌って都会なの?」
「都会だよ。少なくともよっすぃーの地元よりは。」
「うるへー。」
ひとみと梨華の会話を流しつつ、美貴は話を再開させる。
「…まあそれもいいや。その…北海道の真ん中らへんで、美貴は四人兄弟の末っ子として生まれました…。」
*****
- 697 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:58
- 初めてそれを見たのは、中学生のとき。
地元の高校生の、チアリーディングだった。
可愛いユニフォームに、華麗な身のこなし。
自分も絶対にああなるんだ、と、そのときすでに心に決めていたように思う。
そしてその衝動に動かされるまま、高校ではチアリーディング部に入り、部長も務めた。
…チアが好きという気持ちは、どんなにつらい練習を重ねても、変わることはなかった。
「…MM大?」
「そう。東京の私大でね、チアが有名な大学らしいよ。」
部活を引退した後、友人の何気ない一言に美貴は揺れた。
地元の短大に行こうと、半ば当然のように決めていたのに。
でも、自分のわがままで親に迷惑はかけたくない。
そう思ってはいたものの、やはり微妙に気持ちを引きずったまま。
美貴は受験の時期を迎えた。
そして――。
「………マジで…。」
合格通知を前に、美貴は座り込んだ。
もともと行くつもりだった短大と、滑り止めの専門学校。
……それに、あきらめきれずにこっそり受験していたMM大にも、美貴は受かっていたのだ。
- 698 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:58
- 「…どうしよう…。」
落ちたのであれば諦めもつく。
しかし、目の前には憧れの大学への切符があるのだ。
美貴はどうしていいかわからず、それからの日々をしばらくぼんやりと過ごした。
「…美貴、元気ないね。第一志望の短大、受かったんでしょ?」
「うん、まあね…。」
「まだ実感が湧いてないんじゃないの?今週の土曜日にでも、お祝いしようか。ね、美貴。」
「……うん。ありがとう。」
姉や母の言葉も、美貴にはほとんど耳に入っていなかった。
期限までに入学金を収めなければ、入学資格は無効になってしまう。
ただ、悶々とその日を待って、やり過ごすしかなかった。
――そして、四日ほど経った日。
美貴はついに動いた。
- 699 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 09:59
- 「……お父さん、お母さん。………私、東京の大学に行きたい。」
「…え?」
それなりの覚悟はあった。
いろいろと、悩みもした。
でもやっぱり、あきらめられなかった。
美貴は、MM大の合格通知を出して、二人に見せた。
「…奨学金もらえるように、勉強がんばる。……なんだったら、学費を自分で稼いでもいい。美貴、どうしても行きたいの。」
両親の顔がまともに見れなくて、美貴は下を向く。
相談もせずにこんなことをしたのだから、怒られたって仕方がない。
そう、思っていた。
「…美貴。顔、上げろ。」
低い声で父にそう言われて、美貴はおそるおそる目線を上げる。
「どうして今まで黙ってたんだ?」
「……だって…お兄ちゃんは高校出たらすぐ就職したし…お姉ちゃんたちも、短大だから…。美貴一人だけ四年制の私大なんて行けないと思って…。」
ぼそぼそとつぶやくと、父はそっとため息をついた。
「お前なあ、子どもはそんな心配しなくてもいいんだぞ?」
「…え?」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、自分たちがそうしたい道を選んだだけなんだから。美貴が遠慮することはないじゃないか。」
思っても見なかった言葉に、美貴は面食らう。
きょとんとしたままでいると、母もうなずいた。
「そうよ。それに、MM大って優秀なんでしょう?そんなところに美貴が受かったなんて、お母さんも嬉しいよ。」
「…お母さん…。」
長いこと悩んでいたのが嘘だったように、気持ちが軽くなっていくのがわかる。
父は、美貴の頭を撫でてくれた。
「学費のことは気にしするな。お父さん、まだまだ頑張れるから。安心して行って来い。」
「……お父さん。ありがとう…。」
二人とも、笑っていた。
喜んでくれた。
何よりそれが、美貴には嬉しかった。
*****
- 700 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 10:00
- 「……というわけで、チアが大好きな美貴は、上京して憧れのチアサークルに入ったってわけよ。」
そこまで話し終えて顔を上げると、麻琴と愛が目を潤ませていた。
「……いい話っすねえ…。」
「美しい家族愛やざ…。」
そして、二人の後ろで腕組みをしたひとみもうんうんと頷く。
「なかなか素晴らしい才能をお持ちだな、ミキティ!…どうだろう紺野、彼女に優秀脚本大賞をあげるっていうのは。」
「あぁ、賛成です!きっとステキな脚本家になれます!」
「……脚本じゃないんだよ!実話だよ!!」
美貴に即座に突っ込まれて、ひとみたちは首をすくめた。
「…でも、そんなにまでして入った大学、何でやめようとしてるの?」
「そう、そこなんだよ。」
梨華の素朴な疑問に頷き、美貴は神妙な顔をした。
「やっぱさ、学費を払ってもらってる以上、生活費くらいは自分で稼ぐべきだよなあと思ってたんだよね。…でも、家賃とか光熱費とかそういうのもろもろ含めたら、月に10万以上稼がなきゃならないわけよ。」
「うんうん。」
確かに、授業を受けつつ生活費を稼ぐのは大変である。
- 701 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 10:01
- 「で、一ヶ所だけじゃ足りないから、バイト三ヶ所かけもちしてたんだけど。…そのうちのひとつのコンビニ、店長とソリが合わなくてさ。先月辞めたんだよね。」
「…あぁー、うんうん。よくあるよね。」
バイトというものは、往々にしてそういった人間関係のトラブルが起こってしまうものである。
「そんで、残りの二つのうちのひとつのレストランも、客とケンカして辞めさせられて。」
「……ケンカ?」
「だって、マナーが悪くてムカついたから。」
…確かにマナーは大事である。
「…ま、まあそれも仕方ないけど…。ちなみに最後の一つは?」
「……居酒屋だったんだけど、オーナー殴ってクビになった。」
「…………。」
今度こそ、梨華は絶句した。
「…おい高橋、これ、いい話か?」
「なんかだんだん雲行きが怪しくなってきましたね…。」
ひとみと愛がひそひそと言い合う中、美貴が盛大なため息をついた。
- 702 名前:3.何度も言うけどネタだから。 投稿日:2004/08/01(日) 10:02
- 「…いや、大変なのはこれから。なんと先月、ついに家の電気と水道が止められてしまったわけよ。」
がっくりと肩を落とす美貴を、麻琴が感心したように眺める。
「……すごいなぁ。ホントにあるんですね、そういうことって。」
「あるよー。もうマジで容赦ないからね、デンコちゃんは。」
デンコちゃんが電気を止めるわけではなかろうに、美貴は忌々しそうにそう言った。
「でさ、電気止められたらさすがに生活できないから。…借りるつもりで、サークルの部費に手ぇ出しちゃったんだ。」
「え……」
それはまずいんじゃ…と言いかけた麻琴が、美貴の表情を伺って踏みとどまった。
今更人に言われなくても、十分に後悔した人間の顔。
しかし、それでも美貴は笑って見せた。
「……ほんの二日待てば、先月分のバイト代が出るからってさ。そう思って、黙って借りたんだよね。…本当に、盗むつもりなんてなかったよ。でも、バレちゃった。」
目の前に投げ出されていた割り箸をパキ、と一本折って、下を向く。
つらい話とは、笑顔で語られるほどにその重みを増すもので。
聴いていた誰も、声をかけるすべはなかった。
「もう、サークルにはいられない。……退部、するしかなかったんだよ。」
「……でも。」
麻琴が口を開きかけて、少し黙る。
隣にいたあさ美にも、麻琴が言いたいことはわかっていた。
しかし、それを簡単に口に出せるほど、美貴の傷は浅いものではないだろう。
どう言葉を選ぼうか二人が迷っていると、横から愛があっさり言ってのけた。
「…でも藤本さん!そんなことで夢を諦めちゃっていいんですか?」
渾身の一言。
しかし、大方の予想通り、美貴はむっつりとしてつぶやく。
「……アンタにゃ私の気持ちはわからん。」
「………あぁ。」
しおれた風船のような表情でうなだれた愛を横目で見て、麻琴とあさ美はため息をついた。
- 703 名前:オースティン 投稿日:2004/08/01(日) 10:04
- 更新しました。
こういうネタをシリアス絡みでやっちゃうのは反則だとわかりつつも、勢いでやってしまいました。
藤本さんファンの人には申し訳ないですが…。
- 704 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/02(月) 00:33
- 作者殿 更新乙です。
>>藤本さんファンの人には申し訳ないですが…。
もっさん・・・すいません、今時こんな生活をしている
女子大生の滝川さんと空気嫁の哀さんに大爆笑させてもらいました。
ここから、JAZZ研連中とどう展開していくのか、次回更新が
楽しみです。
もっさんと貧という単語をからませると、貧乏ではなくち(rという
単語がでてくるのは、私だけでしょうか?
- 705 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/08/02(月) 21:49
- 更新乙ですよ!
藤本の自戒?に笑わせてもらいました。
高橋らジャズ研がどうからんでいくのか気になります。
次回更新楽しみにしてます。
- 706 名前:名無し飼育 投稿日:2004/09/11(土) 23:58
- リアル美貴帝えらいことになってますね。
まさか貧乏生活が・・・
- 707 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:11
- 「……えーと。」
何をかいわんや、と言った様子で、ひとみがぼそりとつぶやいた。
不機嫌そうに拗ねている美貴。
戸惑う梨華。
傍観を決め込むあさ美と麻琴。
愛がぶち壊した場の空気は、今や煙のように行き場を無くして澱んでいた。
「…まあ、とにかくさ。マジで大学辞めるつもりなの?」
「……うん。だってチアやれないんなら、この大学にいる意味ないし。お金もないし…。」
俯いたまま、ぐりぐりと机に指をこすりつけている様は、小さい子どものようだ。
「でも正直もったいないと思うんだけどなあ、私なんかは。せっかく入ったわけだしさ。」
ふう、と息をつく梨華の意見はもっともだ。
そもそもサークルに入るためだけに受験をするというケースは珍しいんではないだろうか。
「けど、藤本さんにとってはそれだけここのチアサークルが楽しいって事なんですよね。」
しみじみと言った麻琴の言葉に、あさ美も頷く。
「…しかしアレだ。なんていうか、そんなにぽこぽこバイト辞めさせられるような人が、よくサークル続けられてたよなぁ。」
「…よっすぃー、それ失礼だって。」
眉をひそめた梨華をまあまあと取り成して、美貴は少し苦笑した。
「確かに私、人と衝突しやすいところがあるからさ。その通りだよ。…あのままサークルにいても、どのみちトラブル起こしてたと思う。……だから、だからさ…。私はもう…」
泣き出しそうに震える声で言いかけた言葉はしかし、大音量の声によってかき消された。
バンッ
「違あぁあああーーーーう!!!!!」
「「「「「うわあぁああ!!!?」」」」」
- 708 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:11
- 突如開いたドア。
見知らぬ人物の、とんでもない叫び声。
麻琴に至っては、腰が砕けている。
「あ、亜弥ちゃん!?」
「美貴たぁーーん!!」
亜弥と呼ばれた珍客。その少女が、まるでスローモーションのような動きで、美貴のもとへと一直線に駆けていく。
涙を流し、鼻水をたらしながら、ひたすらにまっすぐ、一直線に。
たとえその直線上に、腰が砕けたままの麻琴が転がっていようとも。
「みぎだあぁあーーん!!」
「ぐえっ!!」
思い切り腹を踏まれた麻琴は、ぐったりと倒れ伏す。
「ま、麻琴ぉ〜〜!!」
「まこっちゃぁん!!」
「…轢かれた…。人に轢かれたよ……。」
慌てて駆け寄る同級生二人。
「小川…今日は厄日だな。」
麻琴に同情いっぱいの視線を向けたひとみを、あさ美が即座に否定した。
「違います!まこっちゃん、いつもこうですから!ある意味予定調和です!」
「…どうなんよ、それ…」
麻琴の人生を愛は心底不憫に思ったが、変わってやりたい、とは毛頭思わなかった。
- 709 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:12
- そしてその頃、すぐそばでは別のドラマが回っていた。
「みきたん!!あたし聴いてた!一部始終、そのドアのところに張り付いて聴いてたよ!」
「いや、なにやってんだよ!立ち聞きするなよ!」
鼻水を美貴のシャツに擦りつけながら、亜弥は訴え続ける。
「だってみきたん、何にも言わないでいきなり退部しちゃうんだもん!寂しかったんだもん!」
「あ、それは…そのー…」
ドラマはドラマでもどこか昼メロコメディくさい雰囲気をかもし出す亜弥に、梨華が恐る恐る声をかけた。
「…ところであのー…アナタはどちらさまですか?」
「私はチアサークル二年の松浦亜弥でぇーす!」
「…………はぁ。」
妙なイントネーションで自己紹介した珍客を前に、梨華は少々眉を下げたものの精一杯普通に対応した。
「…てことはアレ?あなたがここに来たのはミキティを連れ戻しにきたとかそういうコト?」
「そうそう!それ!…だってみきたん、見かけによらず臆病だから。戻りたくても戻れないんだろうなってわかってるもん。」
「んなっ」
したり顔でそう言った亜弥に、美貴は慌てて食いついた。
「あ、あのねえ!あたしは別に臆病だから戻れないとかじゃなくて、人として正当な判断をした結果『戻らない』って決めたの!…サークルに対して裏切るようなことしたんだから、けじめつけるのがスジでしょ!?」
「そんなの言い訳だもん。だってみきたん、サークルに対して何もしてないでしょ。『ごめんなさい』って言って、次の日にはもう退部届け?それじゃみきたんが本当にただお金が欲しいから盗んだ、って思われてもしょうがないじゃん!」
突如始まってしまったケンカの雰囲気を察知して、一同は一歩ずつその場から離れた。
…別段空気を読む気がない愛を除いて。
- 710 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:14
- 「みんなの前でお金借りた理由話したって、それこそ言い訳にしかならないじゃん!…それにどうせ、あのままサークル続けてたっていずれトラブル起こしてたに決まってるよ。バイトだってそのせいで…」
「だからそれが違うって言ってるの!!!!!」
「…は?」
訳がわからない、といった顔をする美貴。
亜弥は、じっと美貴の顔を見据えた。
「コンビニのバイト。トラブル起こした原因は、店長が出稼ぎの外人さんにちゃんと給料払ってなかったことを美貴たんが抗議したからでしょ。」
「……!な、なんでそれを…」
驚愕する美貴のリアクションを満足そうに受け止めながら、亜弥は続ける。
「レストランで客とケンカしたのだって、介助犬連れて入ってきた人に『ペットは入れるな』って言ったオッサンがいたから、美貴たんが文句言ってケンカになったんでしょ。それから、オーナー殴ったのだって、バイトの女の子がしょっちゅうセクハラされてるの知ってたからやったんじゃない。……あたし、全部知ってるんだから!美貴たんの優しいところ、全部!!」
興奮気味にそう言った亜弥を見て、美貴は俯いた。
「……亜弥ちゃん…。」
美貴の意外な一面を知った部員たちも、互いに顔を見合わせている。
数々のトラブルも、すべて美貴の正義感からだったということ。
美貴の不器用なやさしさの表れだったということ。
どこかほのぼのとした空気に変わった部室の中で、しかし美貴だけは顔を上げなかった。
「…美貴たん。恥ずかしがることないよ、美貴たんは間違ったことしてないんだから。…いつでも。」
「……うん…いや、違うの。そうじゃなくて…」
しばらく言いあぐねるように視線をさまよわせた後、美貴はきっぱりと亜弥を見据えて、真顔で口を開いた。
- 711 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:14
- 「…バイト先ひとっつも一緒じゃないのに、なぁんでそんな所まで知ってるのかな…?」
「………。」
ぽん、と亜弥の肩に手を置いた美貴の目は据わっている。
それに気づいた亜弥は首をぎこちなくぎぎぎ、と動かし、汗だくだくの顔で天井の隅を見つめると、棒読みで言った。
「…ほら見て美貴たん。星がとってもキレイだよ?」
「ごまかすなよ!!オイ、どこでその情報を得た!?ていうかストーカーかアンタ!!」
がくがくと亜弥の肩を揺さぶる美貴。
頑として天井を指差したままの姿勢を変えず、シラを切り通そうとする亜弥。
愛は、そんな亜弥を見つめながら、不思議そうにつぶやいた。
「…星なんてないよな。なぁ?」
「……そうだね。」
あさ美は『愛ちゃん、間違ってるよ』と思ったが、なにも言わなかった。
「あたし、美貴たんが心配だったの。」
「はぁ?」
遠くを見たまま、ふっと真剣にそう言った亜弥に、美貴は拍子抜けしたように首をかしげた。
亜弥は相変わらずの姿勢で続ける。
「…バイトやめたとき、あたしに何にも話してくれなかった。ただ『クビになっちゃった』って言っただけ。…サークルだってそう。『もう辞めるわ』って言って、それっきり。……それじゃ、敵を作る一方じゃない。」
「………。」
正論だ。
まったく正論だった。
- 712 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:15
- 「でも、あたしは美貴たんを信じてた。身勝手だけでトラブル起こすような人じゃないって、信じてたから。…だから美貴たんのバイト先全部回って、真相聞いたの。」
至極落ち着いた口調が逆に切なくて。
美貴は、何も言えなかった。
「美貴たんは誰にも迷惑かからないからいい、って思ってるかもしれないけど、そんなん全然違うんだからね。…人と関わることは、責任があるの。あたしは、美貴たんが勝手にいなくなっちゃったら寂しいし、それは、私の生活を変えちゃうってことなんだから。」
「あ…」
目をそらしたままでいる理由を、美貴はやっと理解する。
亜弥の声は、わずかに震えていた。
「ご、ごめん亜弥ちゃん…あたし、亜弥ちゃんがそんなにあたしのこと思っててくれたなんて、考えてなくて…」
「…いまさら気づいたの?ばか…」
顔を覆って泣き出してしまった亜弥をどうしていいかわからずに、美貴はただおろおろしている。
助け舟を求めるように梨華たちの方を見ると、ひとみが『抱きしめろ』というジャスチャーを出した。
「…あ、亜弥ちゃん…。ごめんね…?」
指示されるがままに抱きしめると、亜弥はぎゅっと抱きしめ返してくる。
「…あたし、チアやってる美貴たんが好き。」
「え?」
突然なんだろう、と思わないでもなかったが、亜弥の中では話がつながっているらしい。
「今まで一年間、一緒にやってきたじゃん。…こんなことで、美貴たんの夢諦めちゃうの?」
「……亜弥ちゃん…。」
美貴も、涙ぐんでいた。
本当は、サークル辞めたくなんかなかった。
全身で、そう言っているかのようだった。
「あたしがついてるからさ。一緒に、サークル帰ろう?みんなもわかってくれるよ。…美貴たんがどう思ってようと、仲間なんだから。」
「……うん…。」
やっと頷いた美貴を見て、見守っていたジャズ研もほっとした顔をしている。
がっくりと落ち込んでいる、愛を除いて。
- 713 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:16
- 「…松浦さんが言ったの、さっきあたしが言った言葉と同じやよね…?」
「……しかたないよ。大事なのはプロセスだから。ね?」
あさ美に慰められている愛を見て、傍観していた麻琴はちょっぴりセンチな気分になった。
「…とりあえずまあ、なんとか丸く収まったって事かな?」
「そっすね。大団円だね。」
ひとみと麻琴はそう言って頷きあった。
「…じゃあ、ミキティの新しい門出を祝って、いっちょ演奏でもしますか!」
「そうだね。せっかくだし。」
ひとみの合図に合わせて、梨華と愛も楽器の準備を始めている。
「Over the Rainbowとかどうよ?」
「あ、いいんじゃない?門出にぴったりだしね。」
「じゃ、それで。イントロは梨華ちゃんね。」
てきぱきと流れが決まっていく様子に、勝手を知らない美貴は面食らった。
「な、なに?なんでいきなりそうなるの?」
「うちのサークルって、ひと段落着くたびに演奏始まっちゃうのよ。…なんていうか、ミュージカルで劇中に突然歌が始まる、みたいなノリで。」
梨華が苦笑しながらそう話すと、ひとみも真顔で頷いた。
「チアサーだってそうじゃん?なんか嬉しいことがあるたびに、女の子がいっぱい出てきてダンスが始まったりするんでしょ?」
「いや、始まんないから!なに普通に言ってんだよ!」
精一杯突っ込まれているにもかかわらず、ひとみはうんうんと納得しながらトランペットを用意している。
「…あのー。」
「ん?」
着々と演奏の準備をしている一同を見守りながら、あさ美がおそるおそる口を開いた。
「…あたしは、何をすればよいでしょうか?」
「あ。」
そういえば、あさ美はまだ何の楽器をやるか決まっていなかった。
そのことを思い出し、ひとみはしばし考えた。
- 714 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:17
- 「あ、じゃあ、とりあえず今日はボーカルやればいいじゃん。この曲知ってるでしょ?歌詞もあるし。」
「そうだね。試しに、って事で。」
「え!?あ、あのー…」
歌詞カードとマイクを押し付けられ、あさ美は困惑している。
すると、麻琴が焦ったように前に出てきた。
「え、えっと、あたしも一緒に歌っていいですか?ほら、フルートは愛ちゃんがいるんで。」
「あー?いいよ、フルートが二人いたって。それにあたし、こんこんの歌が聞きたいし。」
ひとみにあっさり却下され、麻琴は困った顔でポジションに戻った。
「じゃあいくよ〜。」
のんびりとした合図とともに、梨華のイントロが始まった。
美貴と亜弥は、パイプ椅子に座ってそれを眺めている。
二人とも、どこかさっぱりした表情だ。
しかし、それも長くは持たなかった。
「♪さ〜〜む でぇ〜〜 おーばーざれいんぼ〜…」
「………。」
「………。」
梨華の演奏が止まらなかったのがせめてもの救いだった。
「……だから言ったのに。」
小さく小さく、ひとみにしか聞こえない声でぼそりとつぶやく麻琴。
「……ごめん。」
ひとみは、先ほどの麻琴の行動のすべてを理解した。
あさ美は、音痴だった。
- 715 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:21
- ワンコーラス終わり、間奏に入る瞬間。
何か言いたげに口を開いた愛に気づいて、美貴はあさ美の横に並んだ。
「…美貴も一緒に歌っていい?」
「あ、じゃああたしも歌う!!」
美貴に合わせて、亜弥も隣に並ぶ。
ナイスフォローだった。
それはもう、思わず麻琴が泣きたくなるくらいのナイスフォローだった。
「♪さ〜むうぇ〜 おーばーざれいんぼ〜、うぇいあ〜っぱ〜ぃ…」
あさ美は歌った。
決してうまくはないけれど、珍妙な先輩の門出のために歌った。
「There's a land that I heard of once in a lullaby…♪」
亜弥は歌った。
ずっと気にかけていた親友のために。大切な仲間のために歌った。
「♪Somewhere over the rainbow, bluebirds fly
Birds fly over the rainbow, why then oh why can't I?」
美貴は歌った。今日出会った優しい人たちと、ずっと自分を見ていてくれた人のために。
そして、自分自身の未来のために歌った。
――幸せの小さな青い鳥たちが、虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだってできないはずはない
できないはずは、ない。
*****
- 716 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:22
-
「…なんか、いろいろお世話になっちゃったみたいで。ありがとね。」
律儀にぺこりと頭を下げた美貴にちょっと噴出して、梨華も笑った。
「何かしこまってんの。いいって。」
「そうそう、暇なときはまた遊びに来なよ。小川がなんか食わしてくれるから。」
「な、なに言ってんスか!あんたそれでも先輩かぁ!!」
へらへらと笑っているひとみにふにゃりとつっこんで、また笑いを取っている。
相変わらずの平和集団である。
「でもホント、また機会があったら遊びに来るね。…まこっちゃん、いろいろごめんね。カルビ弁当、ありがとう。」
「いやいや、こちらこそ。」
笑って、二人はがっちり握手を交わす。美貴は、隣にいたあさ美にも声をかけた。
「紺ちゃんも、歌ってくれてありがとね。嬉しかったよ。」
「…私も、一緒に歌ってくれて嬉しかったです。」
ふわっと笑って、こちらもそっと握手をした。
一年生二人と握手をして、美貴はふと気づく。
その隣にいた愛の存在に。
そこはかとなく期待のこもった目をしているように見えるのは、気のせいだろうか。
- 717 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:22
- 「…えーと…」
美貴は困った。
特に世話にはなってない。
しかし、この子だけ放置するわけにもいかないし。
しばし迷った後、美貴はがっちりと愛の手を握って言った。
「……つっこみどころ満載だったよ!」
『あたし、良い事言った!』とばかりにキラッキラの笑顔で。
「………喜んでいいんですか?それ…。」
がっくりとうなだれた愛を見て、傍観していた梨華はちょっとセンチな気分になった。
つっこみどころ満載の部員、これ以上増えてどうする。
「…まあ、いいじゃん、これから夏だし!」
「そうそう!夏!」
「いや、夏は関係ないよ!!(ビシッ」
無駄にテンションの高いひとみと麻琴に、美貴のツッコミがこだまする。
…こうして、ジャズ研の夏は始まるのだった…。
- 718 名前:4.ピンクタイフーン。 投稿日:2004/09/22(水) 15:29
-
-END-
- 719 名前:オースティン 投稿日:2004/09/22(水) 15:37
- 藤本さん編、完結しました。
期間がだいぶ開いてしまったんですが、設定的にはまだ初夏です。
川 ’−’)<スミマセン
とりあえずかっとんだキャラの藤本さんを書きたかったんで満足ですが、思いのほか高橋さんがアレなことになってしまいました。
高橋さんファンの人にもごめんなさい。
今後もしかしたらもう一本くらい続編を書くかもしれないんで、そのときはまたよろしくお願いします。伏線張ったまま終わるのも後味悪いんで…。
>>704
某A.Tさんを必要以上に 空気嫁キャラにしてしまいました。これでよかったのかどうか…(苦笑
応援ありがとうございました☆
>>705
藤本さん、書いてて楽しかったです。やっぱりツッコミは良いですね。(何
今後ともよろしくお願いします。
>>706
リアル藤本さん、なんとか復帰したようで。よかったよかった。
貧乏生活は良くないですよね、やっぱり。(爆
- 720 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 02:30
- 更新&藤本編完結乙です。
やー大団円に終ってヨカッタヨカッタ。
藤本さんとニコイチの人の登場に
「おいしいとこどりかよ!」と思ったのですが
何気に全員おいしかったのでほんわかなりましたw
JAZZ研最高w
では続編マターリお待ちしておりますです。
- 721 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 02:17
- 更新乙です!
松浦が強烈でやられました・・
あいかわらずの空気感でなごませていただきました。
次回更新お待ちしております
- 722 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 00:54
- 楽しく読ませて頂きました。ジャズはあまり聴かないんですが、『ミニー・ザ・ムーチャー』は大好きです。Hi-De-Hoでひとネタリクさせて下さい
- 723 名前:オースティン 投稿日:2004/10/22(金) 23:34
- >>722
Hi-De-Hoって、白雪姫のアレですか?…よく知らなくて申し訳ありませんが、ひとネタリクは歓迎です。
具体的な希望ありましたら教えてください。
- 724 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/28(火) 20:30
- 作者さん、生きてますかーーーーー
- 725 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/01/11(火) 19:14
- どうなってるの?
- 726 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/09(水) 20:22
- 3日で全読みさせて頂きました!この作品は前から読みたかったのですが、時間帯があまりなくずるずると延びてしまい・・洋楽はあまり知らないのですが、すごく面白いです!オースティンさん、いつまでも更新待ってます。
- 727 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/20(日) 16:00
- いつまでも待ってますよー。
- 728 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/21(月) 13:16
- まってます
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