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『オムニバス短編集』8thStage〜ブルーBLUE青〜(2枚目)

1 名前:第8回支配人 投稿日:2002年07月02日(火)02時34分32秒
容量制限が近いので建てます。
23番目以降の作品はこちらでお願いします。



『オムニバス短編集』8thStage〜ブルーBLUE青〜
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登録用スレッド
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感想スレッド
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話し合いの経緯
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=imp&thp=1015169512
投稿期間は6月29日0時〜7月6日23時59分までです。
2 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時43分11秒
じりじりと照りつける太陽の日差しを感じて目覚めると、
私の体は海辺の砂浜に横たわっていた。

…暑い。

どうしてこんなところで眠っていたのか、どうしても思い出せない。
3 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時43分58秒
砂浜で大の字になり、雲ひとつない青空をぼーっと眺めながら、
私はゆったりとした思考に身を任せる。
何故、私は一人きりでこんなところにいるのか。
昨日は、何をしていたっけ。
一昨日は。

ぼーっとした頭では思い出すことが出来ない。
仕方なく私は立ち上がり、ふらふらと歩きだした。
4 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時44分50秒
私がいるのは、小さな島らしい。
ちょっと歩いたところに小さな林が見える。
木々には南国のフルーツがたくさん生っている。
美味しそうな果実なのだが、どれも味がしない。

…そういえば、音が聞こえないな…

砂浜にいたはずなのに、波の音を聴いた覚えがないのだ。
林でも、木々の繁る音も、鳥の鳴き声も、何も聞こえない。

私がどうにかしてしまったのだろうか。
それとも、この島がおかしいのか。
フルーツの味も匂いも、さっぱりわからない。

なんだか悲しくなった。
5 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時45分54秒
30分くらいの散歩でこの小さな島を一周し、元いた砂浜に戻ってきた。
目覚めたときと同じように、太陽照りつける砂浜に大の字になる。
背中の砂の熱さが、顔に浴びる日光が、ちょっと痛い。

目には、いっぱいに広がる青空。

空があんまり青すぎて、泣きたくなった。
どうしようもない悲しさを抱えながら、私はいつのまにか眠っていた。
6 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時46分50秒
次に目を覚ましたとき、空はみどり色に見えた。
みどり色の空を眺めながら、また考える。
どうして、私はここに来たのか。
何故、私は一人なのか。
昨日、私は何をしていたのか。

みどり色の空は、何も答えてくれない。

あれほど暑かったのに、今は何も感じない。
起き上がることもできず、私は空を眺め続けていた。

私は一人だ。
私は一人きりだ。
私は一人ぼっちだ…。
7 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時47分22秒
気がついたとき、私はベンチの上で横になっていた。
目の前には…空は見えず、代わりによく知った顔があった。
声が聞こえてくる。

「紺野ちゃん!!」
「あさ美ちゃん、気がついた?」
「急に倒れちゃって…心配したんだから」

…急に記憶が鮮明になる。

ダンスレッスンをしていたんだっけ。

北海道にはない梅雨の、変わりやすい気候のせいで、
ちょっと体の調子がおかしかったのに、
周りに心配をかけまいと黙っていたんだっけ。

…私一人、みんなについていけてなくて…
…だから、無理してでも追いつこうと思って…
8 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時48分17秒
…私一人、みんなについていけてなくて…
…だから、無理してでも追いつこうと思って…

でも、ふと起き上がって窓を覗くと、
青空にはいつものようにたくさんの雲が浮かんでいる。

真っ青な汚れなき空なんてないんだ。
そう思うと、なんだか気持ちが晴れた。

思わず、私はこんなことを口走っていた。

「私、一人じゃないですよね…だから、頑張れるんですよね…」

みんなのあっけにとられた顔が、ちょっとだけ可笑しかった。
9 名前:この青い空、みどり 投稿日:2002年07月03日(水)00時48分54秒
〜おわり〜
10 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時18分33秒
「ここ雰囲気いいね」

石川さんは笑顔で店の照明を見上げた。
「だしょだしょ!」
あたしは得意げに笑う。

大学で同じゼミの石川さん。前から何となくいいな、と思ってた。
何度か話をするうちにふたりともジャズが好きだと分かり、今日、ジャズクラブに
誘うことに成功した。

ジャズシンガーの平家みちよのミニ・コンサート。
ナット・キング・コールの『ルート66』など、その美声をあますことなく
聴かせてくれた。
大人の時間を充分に堪能し、今こうしてすぐそばのバーに来ている。

「んあ、よっすぃー久しぶりー」
カウンターに座ると、顔なじみのバーテンダーのごっちんが笑顔で迎えてくれた。
11 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時20分06秒
「よー!ひさしぶりー!」
「あっは!今日は友達と一緒?」
「そ。大学で同じゼミの石川さん。石川さん、こちらは後藤真希さん。
バーテンダーの卵なんだー」
「へえ!カッコイイ!」
石川さんが言うと、ごっちんは照れたように笑い、グラスを拭いた。

「お客様、ご注文をどうぞ」
「石川さん、何にする?」
「んー、そうだなー。ワイルドターキー、ロックで」
…ぎょっとした。
てっきり、ストロベリー・マルガリータとか、かわいらしいものを注文するとばかり
思ってたから。
「よっすぃーは?」
「あ…ジントニック」
「かしこまりました」

待ってる間、
「石川さん、お酒強いんだ」
それとなく言ってみる。
いきなりバーボン…。
その顔で、サギじゃん。
12 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時20分56秒
「ん。お正月に日本酒を一本空けて、お母さんに呆れられた」
「あの…一本ってお銚子?」
「ううん、一升瓶」

うわばみだ…。
このうえ酒乱だったら、どうしよう。

「石川さん、強いんだねー。ごとーそんなに飲めないよ」
注文したカクテルを置きながら、感心したようにごっちんは言った。
てか、フツーそんなに飲まないって。
13 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時22分52秒
あたしは石川さんの様子を伺うように飲んだ。
彼女ははしゃぐでもなく、泣くでもなく、淡々と飲んでいる。

「…石川さんって、ホントお酒強いんだね」
何とはなしにまた言ってみた。
「そうかなぁ。フツーだと思うけど」
そう言いながら、5杯目のロック。
石川さんはまるで麦茶を飲むかのように淡々と飲んでいる。

「あたしさ」
石川さんがポツンと言った。
「こういう風貌のせいか、何か飲めないって思われてるらしくて、
シタゴコロいっぱいで色々近づいて来るのがいるのね」
「ハハ」
ひきつったように笑う。
14 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時24分48秒
何故なら、
石川:『アタシ、酔っちゃったみた〜い』
吉澤:『それはいけないね。どこかで休もうか』
石川:『いいけど…いやらしいコトしないでね』
吉澤:『ベイベー、ボクは紳士さっ(フフフフフ…)』
というベタな予定があたしの脳内にあったから。
それがムリでもキスくらいは…。
大体、邪な気持ちなしでバーに来るヤツなんかいるのか!?

「あたしはただフツーにお酒が好きなのにねぇ」
…ソレを見抜いてて言ってんのかな。
「そう。それが本来の目的だよねぇ」
またしらじらしく笑う。
「本当にそう思ってる?」
石川さんがあたしの顔を覗き込んだ。この人…エスパー?
「エ?思ってるけど」
…ウソです、スミマセン。
「そうだよね、吉澤さんはそういうセコいことしないよね」
これって…先に封じ込める作戦?
15 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時26分38秒
「吉澤さんは好きなひといるの?」
「い、いるさぁ〜」
分かってて言ってんのかな、このヒト?
「へぇ〜。じゃ、付き合ってるひとは?」
「…いない」
「今は、ってヤツ?」
「ウン。むこー就職して、時間とか合わなくなってさ」
「へぇ。そうなんだ」
「石川さんは?」
「いないよ。付き合ってるひとも、好きなひとも」
「…そう」
何故だか、がっかりした。
邪でも何でもいいから、アタシに少しは関心持っててくれてるだろうと
自惚れてたから。
「あたしね」
「はぁ」
力なく返事する。
「次に恋するときは、あたしが大酒飲みなのを、笑って受け止めてくれるひとと
恋愛しようと思うんだ〜」
「…そうですか」
うう。ますますダメじゃん、あたし…。
うわばみなのを目の当たりにしてうろたえてるし。
16 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時27分56秒
―――そのままずるずると飲んでると、
「隣、座ってもエエかなぁ?」
女性の関西弁が聞こえた。
ふと見ると、平家みちよだった!
マジ、びっくりした…。
近くだし、飲みに来てもおかしくないんだけど。
「あ、ハイ!どうぞ!」
「デート?」
平家さんはニヤニヤして言った。
「え、えっと…」
返答に困っていると、
「まぁ、そんなようなモンです」
石川さんは余裕の笑顔で言った。
「ホッホー!若いっていいわね〜。ごっちん、いつもの」
「んあ、しばらくお待ちください」

しばらくたって出てきたのは、何とも言えない、幻想的なブルーのカクテルだった。
「…きれー。それ、なんていうカクテルですか?」
石川さんがうっとりして言った。
17 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時29分19秒
「『BLUE NOTE』ごっちんオリジナルや。飲んでみるか?」
「ハイ」
「ごっちん、この姉さんらにも。お近づきのしるしにウチのおごりや」
「んあ」
スミマセン、とふたりで頭を下げる。

ウチらの分もできあがり3人でカンパイした。
「今日の出逢いに感謝して」
さすが歌手!言うコトかっけーよ!
飲んでみると、それはかなりクールで奥の深い味だった。
ドライな中に何ともいえない甘さがあり、まさしくオトナの味だ。
18 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時34分23秒
「お、腕上げたやん!」
平家さんとあたしは顔を見合わせて頷く。
「ごっちん、これでウチは心おきなく行けるわ」
平家さんは満足そうにグラスを置いた。
「え?行くってどこへ?」
石川さんが言った。
「アメリカや」
「…へ?さっきのステージではそんなことひとことも…」
「行くのは次のライブの後や。あ、悪いけど黙っててな」
「はぁ」

ごっちんの方を見ると、泣いてるような笑ってるような複雑な顔だった。

「…ズルいよ、平家さん。ごとーも連れてってよ」
しばらくして、ごっちんは声を絞り出すように言った。
「アカン」
厳しい顔で、平家さんがごっちんをまっすぐ見た。
19 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時35分32秒
「アンタはここで一人前のバーテンダーになり。ウチはアメリカで一人前の
ジャズシンガーになるから」
「…ひどいよぉ〜!ごとーのキモチ知ってて!」
ついにごっちんはオンオン泣き出した。

「あほやなぁ」
平家さんが今度は優しく言い、指でごっちんの涙を拭った。
「また、逢えるやん」

「…ごとー、他に好きなひとできるかもよ?」
「かまへん。ホンマにアンタが惚れたんなら」
「へーけさんのばかぁ…」
「そうや、あほや。こんなコドモに惚れてもてなぁ」

平家さんは苦笑して、あたしたちにウィンクしてみせた。
20 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時36分58秒
「また飲もなぁ〜!」と約束し、あたしたちは別れた。
平家さんはあたしたちが店を出る時も、
「アンタが一人前になったらまた飲ませてぇな」とか懸命にごっちんを慰めていた。


「楽しかった」
石川さんは伸びをして言った。
「素敵な日だったね」
「ウン…」
ごっちんが可哀想な気もするけど。
「また逢えるよ、きっと」
夜空を見上げながら彼女は言う。
「その自信はどこから?」
ちょっと意地悪したくなり、わざと石川さんに絡んだ。
「願えば、かなうんだよ」
「ほ〜」
21 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時38分21秒

並んで空を見上げた。
都会の空で星を探すのは難しい。
それでもかろうじて、6等星くらいの淡い瞬きを見つけた。
石川さんは『月って青いんだね』と言った。

―――その横顔を見てたら。
さっきまでのもやもやしてた気持ちが、何だかスッと消えた気がした。
こうして今、石川さんの隣にいる。
それだけで、充分―――。


「アタシに今日何か言いたいコトあったんじゃないの?」
いたずらっぽく石川さんは笑った。
「あ、えっと…」
しばし見つめあう。
「言ったでしょ」
「願えば、かなうって」

あたしは微笑んで、
「あのね」
石川さんを、まっすぐ見た。
22 名前:BLUE NOTE 投稿日:2002年07月03日(水)03時49分07秒



〜fin〜
23 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時20分51秒
「「おはよーございまーす。今日はよろしくお願いしまーす」」

「おはよう。辻ちゃん加護ちゃんは色違いでお揃い衣裳かい?かわいいね」
「てへへ、かわいいでしょ」
「お、おおきに…」

ウチとののはこの業界において、もはやセットなってる。コンビやの相方やの言われとってな
漫才かいっ!お笑いかいっ!っていつもツッコミたくなる。
これはウチに関西の血が流れとる証拠やけどな。

って、いきなり話が違う流れになりそうやないか。

最近では写真集が典型的な例やな。タイトルからダイレクトやん?
ウチはののがおって『加護』なんやて。ののはウチがおって『辻』らしいわ。つんくさんが言うてた。
そうそう、そやからな、ピンで番組とか出たりすると物珍しい目で見られるんや。
業界、番組だけとちゃう。世間様でもそうや。
24 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時22分02秒
何やようわからんけど、世間様には『いしよし』なるものが存在するらしい。
これをウチが初めて聞いた時は『石良し』や思うて、石の収集家かいな、けったいな趣味の人も
おるもんやなって思ってたけど、これは梨華ちゃんとよっすぃの括りを指すんやて。
括ってどないすんねんや、女の子の典型とボーイッシュっちゅうギャップがそんなにエエんか?

ま、業界ではそんな定着してないんやけどな。

次に聞いたんは『いちごま』や。てゆうか全然わからへん。意味が。その意味が。
前を受けてたら絶対『いちごと』やん、って激しくツッコミたい。まぁエエわ。
これはウチら四期メンバーと入れ代わりで脱退した市井さんと、ごっちんの括りを指すんやて。
二人は旧プッチ時代、相当仲が良かったらしいわ。保田さんが嫉妬するくらいに。
それは冗談っぽく言うてたけど、あの人の嫉妬は本気に見えるから恐い。

で、『辻加護』や。『あいのの』って言われる時もあんねんけどな。
これはどっちの世界でも定着してるし、ある意味グローバルスタンダードな言葉やな。
それくらい、ウチとののっていうのは浸透してたりするんや。


でもな、最近はそれがうっとおしくなってきた。
25 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時22分33秒
「あいぼんこれ見て」
「ん?あー、それウチとまったく一緒のパーカーやないかぁ」
「この前着てるの見てかわいかったから買っちった」

そうや、番組では同じ衣裳とか、色違いの衣裳を着せられることが多いんやけど
近頃はプライベートでもこんな感じになってきた。ののがウチをまねっこするんや。
同じ服、同じ帽子、同じ携帯。
ジュースでもそうや。いっつもウチが先に自動販売機のボタンを押す展開になる。

「迷ってるから、あいぼんが先に決めて」

やて。
で先に決めると、ののも絶対同じジュースのボタンを押すんや。
なんでやねんっ!ってツッコンだ時もあった。でもな、いつもごまかされる。

「てへへ」
26 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時23分53秒
矢口さんには完全に姉妹扱いされとる。しかも双子の。二卵性のな。
てゆうか娘。の中でもセットで扱われとることに腹が立つ。

「辻加護ー、あんまりお菓子ばかり食べちゃ駄目だよー」

「辻加護、さっきマネージャーさんが呼んでた」

「辻加護―――

辻加護―――

辻加護―――


口とか表情には出さへんけどな、加護は…


加護は加護やで…
27 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時24分33秒
それはある日のこと。
ハロモニの収録のためにテレビ局へ来た時やった。
余裕をもって到着。楽屋に向かって廊下を歩いてると、後ろからののに声を掛けられた。

「あいぼんおはよー」
「ののか、おはよう」
「ねぇねぇ!これ見てぇ!このTシャツ、またあいぼんの見てかわいかったから買っちゃった」

得意げに話すののが着ていたTシャツは、この前ウチが一目惚れして買うたものと一緒やった。
白地にラクダの顔がプリントされてるやつ。一点物やと思ったのに、まだあったんかいな。

何でウチと同じやねん。

何でウチの真似すんねん。
28 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時25分21秒
でもな、いつもは軽いツッコミで済むんや。
済むねんけど、今日はタイミング悪く、今ウチが着てきてる服がそのラクダのTシャツやった。
それが溜まってたことに火を着けてしもたんや。

「エエかげんにしいや!!!」
「あ…いぼん…?」

もう限界やったんかな。
大人げないと思ったけど、どうにもこうにも止まらへんかった。

「いっつもいっつもウチのまねばっか!」
「………」

「もうやめてや!!」
「ご…ごめん…」





その日は楽屋でも収録でも、ののは元気がなかった。よっすぃが持ってきたお菓子を目の前に置いても戻らへん。
飯田さんと安部さんがはウチらの様子がおかしいことに気が付いたらしく、声を掛けてくれたんやけど
「何でもないです」って答えた。ほっといてほしかったから。

あれから1週間、番組の収録以外ではののと口をきいてない。
29 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時25分56秒
あー、せいせいした。
ののはもう同じ服を着てきたり、帽子も被ってこうへん。
さすがに携帯は同じのままやったけどな。それと仕事で衣裳さんが似たような服を用意した時も。
それくらいはしょうがない。仕事やからな。
でもののはその度、ウチの顔を覗き込んで様子をうかがってた。気にしてるんやろか。

とにかく、これで加護は加護になった。

これを望んでたんや。

加護は、加護に…





ほんとに望んでたんやろか…





ののと喋れへんと、やっぱり…さみしい…な…
30 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時26分59秒
次のハロモニの収録。この日は何故か早く終った。
予定はなく、今日はこれでオフになる。時間はいっぱいあるし、誰か誘って遊びに行くのもええな。

でも何を思ったんか、その日ウチは、ののの帰る後ろをこっそりとついていった。





相変わらずののには元気がない。うちにはその理由がわかってた。
わかってたけど…

しばらく歩くと街に入り、気が付くとウチの行きつけのショップの前やった。
どこで知ったかわからんけど、ののもここで服買うてたんか。
そりゃそうやな、そやないと同じ服なんて買えへんし。
31 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時27分51秒
何気にののが手に取ったプリーツスカート。それは今日ウチが履いてきたスカートと同じものやった。
また一目惚れして、昨日ここで買ったんや。

スカートを手に持ったののは、それを少し掲げにっこりと微笑んでる。
ウチと同じスカート。。

でもしばらくすると首をプルプルと振り、スカートをもとの売り場に返した。
そして、隣にあったジーンズに手を伸ばす。
それは少し短めのかわいいデザインで、色は奇麗なインディゴブルーやった。
試着も程々にそれを買い、ののはショップを後にした。

それを目の当たりにしたウチは、何とも言えへん気持ちが込み上げてきた。


もうウチのまねっこはしてくれへんの?
加護は加護やけど…加護でありたかってんけど…


なんでやろ…


───涙が止まらへん
32 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時28分49秒
「すいません、これください」

買い物をした。ジーンズ。少し短めのかわいいデザインで、色は奇麗なインディゴブルー。
これを明日履いてく。そしてあやまるんや。



のの、ごめんな。
33 名前:インディゴブルーの治療薬 投稿日:2002年07月03日(水)13時29分43秒

★おわり★
34 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時04分18秒
「ということで、罰ゲームは矢口、よっすぃー、辻ちゃん。」中澤の声が響く。
ある日のハロモニのワンコーナーである。
「罰ゲームはこちら!じゃん!」
中澤がアクションすると、後ろの扉がスモークと共に開き3つの箱が台車に乗せられて登場した。
「ここに赤、黄色、青の箱があります。この中にはその色の食べ物が入っています。それぞれくじを引いて色を決めてから目隠しをして実食してもらい、それが何なのか当ててもらいます。いいですか。」
くじ引きして矢口は黄色、吉澤は赤、辻は青ということに決まった。
35 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時06分36秒
まずは矢口。
「えー、やだなー。変な物じゃないよね。変な物はやだよ」
矢口は、お約束のへたれキャラを演じている。
黄色の箱が開けられて、バナナと書かれた名札と切られたバナナの皿が現れる。
みんな大げさに「うえー」とか「こんな物は食べれないよー」とか騒ぐ。
「じゃあ食べてもらいましょう。」
保田が一切れフォークにさして矢口の口元に運び、それを矢口は怖々と少しづつ噛む。
「えーこれ何?」
目隠ししていると案外ふだん食べなれているものでも味が分からないのだ。味というのは味覚だけでなく視覚や臭覚が総合して感じる物らしい。
「ぐにゃぐやしてるな。豆腐?筋があるよなぁ。まさか白子?」
「黄色だよ。」保田のつっこみ。
「卵豆腐だぁ!」
結局、目隠しを取ってバナナと分かった。
36 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時09分10秒
次は吉澤。
赤の箱が開けられた。にんじんと書かれた名札とバターソテーしたにんじんが皿に乗せられていた。
やはり、みんな大げさに騒ぐ。
今度は飯田が食べさせる。矢口がバナナだったこともありゲテモノ系はないと思ったのか大胆に半分ほど食べた。
「バターの味がする。さくっとしてる。甘くてちょっと苦い。あっ。にんじんだ。楽勝だね。んんーbaby、にんじんも食べなきゃダメだぜ。」
と吉澤はカメラに向かってポーズを決める。
37 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時16分31秒
よっすぃーが難なく正解を出して、ついに辻の番となった。
青の箱が開けられた瞬間、メンバー全員がなぜかシーンとする。
「これ何?青い魚?」加護が小さい声で言った。しかし、誰も答えない。
「えーなになに。何かしゃべってよ。」辻はみんながわざとそういう態度をとって不安がらせていると判断したらしく、無邪気な声で言う。
「とりあえず辻ちゃんに食べてもらいましょう」中澤がみんなの不安を破るように叫んだ。
石川が“それ”を辻の口に運ぶ。
石川自身も“それ”が何か分からないのか少しためらいがちな様に見えた。
そんな周りの様子は目隠ししている辻は当然分かるはずもなく、大きな口を開けて“それ”を一口で飲み込んで噛みしめる。
38 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時18分21秒
「んー。もこもことした舌触りがする。これは肉かな。味噌味だよね。豚の味噌漬け焼き!」
誰も「ぶー」とか「当たり」とすら言わない。
辻が内心予想していた(青くないじゃん)というツッコミもない。
辻は急に不安になり目隠しを外して“それ”の皿の前の名札を見る。
まじまじとたっぷり5秒は見つめてから
「えー。青魚って何よ。熱帯魚とか?ナ、ナ、ナポレオンフィッシュとかですか?毒とか持っているんじゃないんですか。食べちゃったよぅ。」
辻ちゃんは完全にパニック状態に陥り、座り込んで大泣きを始めて、収録は一時中断を余儀なくされたのだった。
39 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時20分17秒
“それ”の皿の前の名札には一言“鯖”と書かれていた。
さばの味噌煮だったのだ。
40 名前:青いさかな 投稿日:2002年07月03日(水)18時21分22秒
今日のタメゴト
モー娘。のメンバーは漢字をもっと勉強したほうがいいですね(除く紺野)。
                      
〈おしまい〉
41 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時17分21秒
ふわり、と部屋のカーテンが揺れた。

まるでそこらへんに散歩にでもいくような気軽さで、彼女は洒落にならないようなことを
さらりと言ってのけた。
飯田はその言葉に一瞬戸惑い、そして何を言っていいのかわからないままにまじまじと彼
女の顔を見つめる。

そこには全てを悟りきったような微笑だけがあった。
何かを諦めた、迷いのない表情。

ただならぬ雰囲気を察した飯田は、ぎこちなく笑いながら彼女の言葉を否定した。

「・・・・・・悪い冗談、やめなよ」
「なっちもそう思ったんだけどさあ、なんかホントみたい」

相変わらず菩薩のような笑みを浮かべながら安倍が応えた。
そして飯田は再び言葉を失う。

少し気の早いセミの鳴き声が、二人の間に響いていた。
42 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時18分04秒
やがて沈黙に耐え切れなくなった飯田が立ち上がる。
そして部屋の隅に置いてある花瓶の花を活け直そうとするが、意識ははるか彼方へ飛んだ
ままだった。

「・・・・・・オリ、カオリってば! ちゃんと聞いてるの?」
「ん、ああ・・・・・・ゴメン」
「まーた交信してたなあ? しっかりしなきゃダメっしょ」

安倍は普段と変わらぬように見える。
あの言葉が本当なら、なぜこんなに穏やかに笑えるのだろう。
飯田にはそれがたまらなく不思議で、また安倍の顔をまじまじと覗き込んだ。

「何さ、そんなに見つめられたらテレるべさ」

おどけたような仕草が痛々しくて、飯田は思わず覗き込んだ顔をそむけて言葉をつなぐ。

「あのさ、何かの間違いじゃないの? ほら、最近ミスが多いって新聞にも出てたし・・・・・・」
「だったらよかったんだけどねえ」

そういって安倍はさりげなく窓の外へ目をやる。
そのとき初めて、安倍の表情が微かに曇ったように見えた。

「・・・・・・もう、手遅れだってさ」
43 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時18分55秒
全てを共にしてきた飯田が、その表情の意味に気づかないわけはなく。

「だって・・・・・・なっち、いつもと変わんないじゃん。 どっか痛そうなわけでもないし。
 そんなんで急に言われても、嘘だと思うしかないしょや!」

何かが胸の奥からこみ上げてきて、飯田は自分でもよくわからないまま叫んでいた。 最後
は涙混じりで、地元の言葉に戻っていることさえ気づかないまま。
ベッドに顔を埋め、メイクが落ちるのも気にせず泣きじゃくる飯田の頭を、半身を起こし
たままの安倍の手が優しげに撫でる。 それは哀しいほどに白く透きとおっていた。

「リンパ節と腎臓に転移してるんだってさ・・・・・・っていってもなっちにはよくわからない
 んだけど。 見つかるのが早ければ何とかなったかもしんないけど、って先生は言ってた。
 忙しくて病院なんか行ってるヒマなかったですよーって言ったら渋い顔してたけどさ」

安倍が淡々と語る。
それとは対照的に、飯田はしゃくりあげながらそれでも安倍の言葉を信じようとはしなか
った。
44 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時19分49秒
結核。

発病イコール死、という時代はとうの昔に過ぎ去り、予防注射や薬の発達などで日本では
ほぼ絶滅されたかのように捉えられていた伝染性の病気。
しかし99年7月、38年ぶりに結核患者が増加し、厚生省から「結核緊急事態宣言」が発
表されるなど、近年再び増加の傾向が見られていた。
結核菌が肺に入り込み、本人の体調(免疫力)の低下に伴って発病。 肺の組織を食い破っ
た後にリンパ球や血液に乗って全身に転移することもある。(肺外結核)
初期症状は咳、痰、微熱など風邪と混同しやすく、治療が遅れる場合があり、今回の安倍
はまさにその典型だった。

「いやー、血吐いたときはさすがに自分でもびっくりしたさ。 確かに痛かったけどこんな
 おおごとになるなんて思ってなかったし」
「・・・・・・おおごとって・・・・・・なんでつらいならつらいって言わなかったのさ・・・・・・」
「あ、今は痛くないんだよ? モルヒネ打ってもらってるし。 隠してたのは・・・・・・
 なんでだろうねえ」
45 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時20分29秒
そう言って安倍はまた小さく微笑んだ。
飯田はようやく身体を起こし、ベッドの横のパイプ椅子に座りなおす。
そして何か言いたそうな安倍の、次の言葉を待った。

「必要とされなくなることを認めたくなかったから、かな。 うまく言葉になんないけど」
「・・・・・・どういう意味?」

飯田が怪訝そうに尋ねる。
安倍は静かに話を続けた。

鳴いていたセミがジジ、と音をたてて飛んでいった。
46 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時21分56秒
「あのね、何のときだったか忘れちゃったけど、ずっと前に裕ちゃんと話してたときにさ。
『世の中にあるモノはみんな何かに必要とされてるんや。不必要なモノなんてひとつも
 あらへん』って言われて」
「うん」
「そんときは『あーそうかもなー』なんて思ってたんだけど。 でもね、体調悪くなり始め
 た頃に思ったのさ。『じゃあ世の中から消えたモノ、最初からないモノ、いなくなっちゃ
 った人とかって、もう誰にも必要とされないからなのかなあ』って」
「・・・・・・」

「そんなこと考えたらさ、休みたいなんて言えなくて。 だってさ、イヤじゃない? 自分
 がいなくても娘。は動いてて、そのうちみんななっちがいたことさえ忘れてくの。
 現在の娘。になっちは必要なかったんだって言われちゃうの。・・・・・・そんなの、ヤだ」
47 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時22分27秒
そこまで話すと、安倍は枕元においてあった水差しに手を伸ばしながら、飯田の反応を待
った。 口元に哀しげな微笑を浮かべながら。
少しばかり自虐的すぎたかもしれないけれど、それは安倍の本音でもあった。
何度目かの沈黙が、病室に流れる。

「・・・・・・違うよ」

長い長い静寂のあと、飯田がようやく口を開いた。 それは絞り出すような声で、まるでい
つもの雰囲気ではなく。 コップに口をつけていた安倍は、その様子に驚いて小さくむせた。

「カオリ、ばかだからうまく言えないけど・・・・・・それ、絶対違うと思う」
「そうかな」
「そうだよ! 今までも現在もこれからも、カオリにはなっちが必要だもん!」
「・・・・・・ありがと。 カオリがそう言うんだから、そうなのかもね」
48 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時23分16秒
言葉にはならなかったけれど飯田の優しさが痛いほど伝わってきて、安倍はたまらず視線
をそらした。 その先に、先程飯田がいじっていた花瓶が置いてある。

安倍の脳裏にこれまでの二人の記憶が甦った。
オーディションで出会ったこと、一つ屋根の下で暮らしたこと、喧嘩したこと、慰めあっ
たこと。 互いを許せない時期もあったけれど、それがあったからこそ現在の二人があるわ
けで。

最も近くにいて、同じ時間を共有して、同じ感情を体験し続けた唯一の仲間。
最も憎み、最も愛した大切な仲間。

言葉に出来ない感謝と共に、安倍は飯田に最後の挑戦状を送ろうと決意した。
負けず嫌いの飯田なら、きっと乗ってくるはず。

もう二度と同じところには立てないから、せめて最後は勝ったまま終われるように。
そして自分がいなくなってからも、飯田が自分の最後の願いを叶えられなかった負い目を
持って生きる事で、自分を忘れてしまうことのないように。

安倍は既に生きることを諦めていた。
49 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時24分30秒
安倍が一つせきこんで言葉を続ける。 口元を押さえた手に、うっすらと紅い血がにじんだ。

「でもね、なっちが見たいモノはこの世の中にないんだ。 それはさ、なっちが必要とされ
 てないってことじゃないのかな。 神様がなっちを生かしておきたいなら、それもまたど
 こかにあるはずじゃないのかなあ」
「なっちが見たいモノがあるんだったら、カオリが用意する。 いくらかかったって、どん
 なに大変だって。 それでなっちが生きてくれるんなら、絶対に」
「そう? でも絶対無理だと思うよ。 だって、存在しないんだもん」
「カオリがやるっていったらやるの! カオリに不可能はないの!」

「ほんとにい? じゃ、頼んでみようかな。 それ見たら、なっち、頑張ろうって思えるか
 もしんないから。あのね、なっちは―――」
50 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時27分17秒


「あかん、そりゃ不可能っちゅーもんや」

中澤は冷たく言い放った。 飯田が安倍の病室を訪れた翌日、たまたま重なった収録で。
しかし、その言葉は決して無知に対する蔑みや無謀な願いを馬鹿にする口調ではなく、む
しろ何とかしてやりたいと願う感情に満ち溢れていた。

「あんな、科学が錬金術とか魔術とか呼ばれてた時代から ――― ひょっとしたらもっと
 前からかもしれんけど ――― ずっとずっと、人間は『それ』を作ろうとしてきたんよ。
 けどカオリ、そんなニュース聞いたことあるか? うちはあらへん。 そりゃどっかで完
成してるんなら、どんな手使うてでも持ってってやりたいけど ――― あかん、無理や」
「けど・・・・・・」

飯田が諦めきれないように食い下がる。
中澤の話を理解できないほど子供ではないし、それが存在する可能性の低さも十分理解し
ているけれど、そこであっさり引けるほどには飯田は大人ではなかった。

「けども何もないわ・・・・・・。 うちかて何かしてやりたい気持ちはやまやまやけど、うちが神様でもない限り、
存在せえへんモノを創りだすことなんてできひん」
51 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時28分29秒
「みたことないれすねえ」
「そんなん探すんやったらツチノコ捕まえるほうが簡単ちゃうん?」
「福井には見当たらなかっただす」

最後の頼みの綱だったメンバーからも、まるで頼りになる情報は手に入れられなかった。
むしろそこに頼った飯田が悪いと言われても反論できないのは飯田自身がよくわかってい
る。 それでも、そのときの飯田には他に頼るすべがなかった。

「はあ、やっぱ自力で探すしかないか・・・・・・」

大きなため息をついて飯田がつぶやく。
でもどこをどうやって?

残されている時間が長くないことは、昨日の安倍との会話で痛いほど感じている。
なのに飯田にはそれを探す手がかりも方法もつかめずにいた。
52 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時29分03秒


安倍は誰もいない病室で、一人天井を見上げていた。
昨日の飯田との会話を思い出しながら。

不可能なことをたきつけたことをいささか後悔しながら、それでもどこかに期待している
自分がいる。 飯田がどんな答を持ってくるか、楽しみにしている自分がいる。
もし本当に見つけてきたら ――― そのときは、素直に飯田の言葉に従ってもう一度生き
る努力をしてみようと。

先日の検査の結果、胃と肝臓にも転移していることを今朝担当医から聞かされた。
最初に告知されたとき、過度の延命治療はしないよう申し入れてある。 そして病気の進行状況を、隠さずに逐一報告してくれるようにも。

残された時間は、本当に少ない。
53 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時30分24秒


何も手がかりはなくても、何が何でも探し出さなくちゃいけない。
飯田はそんな強迫観念に襲われながら、とりあえず手当たり次第に動くことに決めた。

黙って悩んでいたって、何もはじまらない。

しかし ――― それは砂漠の中から一粒の砂金を探し出す作業に似ていた。
仕事前、仕事の合間、仕事を終えた後。
睡眠時間さえも削りながら、持てる時間の全てを使って安倍の求めるものを探したけれど、
手がかりどころかデマの情報さえも耳に入ることはなく、いたずらに失望だけが積み重な
っていく。

やがて目の下はくぼみ、肌のハリは失われ、負と絶望のオーラが飯田を包みはじめた。
それは安倍とは違った意味であまりに痛々しいもので、たまらなくなった矢口がある日の
仕事明け、とうとう口をはさんだ。
54 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時31分50秒
「カオ、いい加減自分の身体も大事にしなよ。 このままいったらカオの方が先に死んじゃ
 うよ? そんなことなっちが望んでないってカオだってわかるでしょ?」
「・・・・・・それでもやめらんない。 なっちの挑戦、逃げるわけにはいかないから。――― 賭
 金がなっちの命なんだよ? それとも矢口はこのままなっちが死んじゃってもいいの?」
「誰もそんなこと言ってないだろ! オイラはカオもなっちも同じくらい大事だって言っ  
 てんだよ!」

飯田だって売り言葉に買い言葉で反論したけれど、矢口たちの気持ちはよくわかっている。
自分がここ最近まともな状態ではないせいで、矢口や保田がそのフォローに走り回ってい
てくれていることも。

それでも ――― このまま諦めることは、それがそのまま安倍の死に直結してしま
いそうで、飯田にはどうしても許せなかった。

「あーあ、『もしもボックス』でもあればなっちの願いなんてすぐ叶えられるのに」

矢口がぼそりとつぶやいた。
55 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時32分45秒
「もしもボックス?」
「あれ、カオ知らない? ドラえもんにでてくる道具」
「知ってるよっ。 ドラえもんももしもボックスも」
「だってさ、あれがあればなんでも出来るじゃん? 『もしもこの絵の中のことがホントの
 ことだったら』とか、『もしもこの石ころがダイヤだったら』とか」
「それだ!」

飯田が突然声をあげた。
そのあまりの大きさに矢口が思わず両手で耳を塞ぐ。

「???」
「ありがと矢口、カオリようやくわかったよ。 明日から仕事もちゃんとする、なっちも絶
 対満足させてみせる」
「なんだよ突然。 わけわかんないよ」
56 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時34分04秒
安倍だって『それ』が存在しないことはわかっている。
それを理解した上で出した挑戦状。
その問いの答に、飯田はようやく辿りついた。

慌てて家に帰ると、ここ最近忙しさの中で使ってなかったイーゼルとキャンバスを引っ張
り出して、絵の具をオイルで溶く。
子供騙しだと笑われるかもしれないけれど。
実際に『それ』が存在しないなら、本物と見まがうような絵を描いてやる。
それが飯田の出した答。

決して自分の絵が上手いと思ってるわけじゃない。
だけど、今回ばかりは気合が違う。文字通りの命がけ。

飯田はキャンバスに正対すると、手にした木炭で荒々しく下書きを始めた。
57 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時35分27秒


「そっか、ほな圭坊も矢口も少しは楽になったな」
「まあ、ね。 けどねー、楽屋にまで持ってきて描いてるから楽屋が油くさいのなんのって。
『これじゃまだダメ』とかいいながら何枚も」
「いっぺんはまるとカオリはこうやからな、アイツのええトコなんやけど」

中澤が両手を顔の横に持ってきて前へと突きだすような仕草をしながら微笑んだ。
TV局の地下の喫茶店、中澤と保田がコーヒーを啜りながらの世間話。

「っつーかね、最初に裕ちゃんがカオリに冷たいこというからここまでうちらが泣きみた
 んでしょうが」
「何でうちのせいやねん、責めるんなら無茶な要求しよったなっちの方やろ」
「それが無茶って程でもないんだって。 これ、ネットで調べたんだけど」

そう言って保田はバッグから紙の束を取り出す。

「これ・・・・・・」
「ね? ま、なっちのご希望どおりかどうかって言われたら、多分違うんだけどさ」
「けど、現地に行かな手に入らんのやろ? このクソ忙しいのにどうやって・・・・・・」

チッチッチッ、というように保田が顔の前で人差し指を振った。

「仕事してない娘。もいるってこと、忘れてない?」
58 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時36分46秒


リノリウムの床の上を、乾いた音をたててストレッチャーが走る。
その横で酸素マスクを患者の口に当てながら走る看護士の足音が響く。 安倍をのせたそれ
が集中治療室へと運びこまれると、再び廊下へと静寂が戻った。

安倍の病状はのっぴきならないところまで進行していた。

髄膜炎、しかも急性。
結核に付随して発症する病気の中でも、最もたちが悪い。 髄膜とは脳を包んでいる膜。
そこに結核菌が病巣をつくることで発症する。 化学療法が進んだ現在でも患者の三分の一
が死に至り、治っても半数以上が脳に障害を残す。

既に体力の限界を越えている安倍の未来に、微かな光さえも見えなくなりかけていた。
59 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時37分20秒
その頃飯田は、自宅にいた ――― 完成目前の絵を目の前に。
何十枚、何百枚と描いた先に辿りついた絵。

これならどうだ、なっち。
満足できないなんて言わせない。
明日、病院にこれを持ってってビックリさせてやる。

最後の一筆をパレットからキャンバスへと運ぶ。
そしてその先の鮮やかな青がキャンバスに載った瞬間、部屋中に電話の音が鳴り響いた。
不吉な予感を押さえ込んで飯田が受話器を取る。
その向こう側から、中澤の泣きそうな声が聞こえてきた。

「カオリ、早よ病院来い!」
60 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時37分58秒
とるものもとりあえず、それでも絵だけは持って飯田が部屋を飛び出した。
エレベーターを待つ時間さえもったいなくて階段を一段飛ばしに駆け下りる。
タクシーを呼び止めようと大通りに走り出た飯田の目の前で、一台の車が急ブレーキをか
けた。 スモークのかかった窓がゆっくりと開き、同時に後部座席のドアが勢いよく開く。

「早く乗んな!」
「彩っぺ!? 明日香!?」
「挨拶は後! それより早く!」

半ば無理矢理飯田が引きずりこまれると、ドアが閉まるのも待たず、猛スピードで再び車
は走り出した。

「二人ともなんでうちの目の前に?」
「圭ちゃんに頼まれたモノ、カオリに届けに来たんだけどさ。 途中で裕ちゃんから電話あ
って、ついでだから拾ってこうって」
「二人とも黙ってないと舌かむよ!」

石黒が思いっきりアクセルを踏み込んだ。
61 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時38分28秒
深夜の病院に足音が響きわたる。
しかしそれは飯田の耳に届いてはいない。 ただ自分の心臓の音と荒くなった息だけが聞こえる。

ズルイよ、なっち。
せっかくカオリの絵、完成したのに。
みんな協力してくれて、本物まで手に入ったのに。
ズルイよ。

集中治療室の前、安倍の家族とメンバーたちの姿が見える。 地方にいたはずの市井の姿も
あった。 どうやら飯田たちが最後に到着したらしかった。

「なっちは!? なっちの容態はどうなの!?」

弾む息を抑えながら、半ば絶叫に近い声で飯田が尋ねる。
そこに集まった人々はその声に少し驚き、そしてみな唇を噛みながら下を向く。
中澤が悔しそうにゆっくりと首を横に振った。
62 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時39分22秒
「死んじゃおらん。 けど、意識はもうあらへん。 息しとるだけや・・・・・・」
「生きてるんでしょ? まだ死んじゃったわけじゃないんでしょ? なんでみんなそんなに
 暗い顔してるの? なんで諦めちゃうの? なっちが死ぬわけないじゃん! 」

飯田が涙を浮かべながら中澤の身体を揺する。
そんな飯田を正視できずに、中澤もまた涙を浮かべながら顔をそらした。

「過度の延命治療はせえへん、っちゅうのが本人の意思や。 ご家族も同意してはる。
 うちらにはもうなんもできひんよ・・・・・・」
「せっかく約束果たしたのに・・・・・・なっち、これ見たら頑張れるって言ってたのに・・・・・・」

言葉にならない嗚咽を吐き出しながら、飯田が膝から崩れ落ちた。
同じようなすすり泣きが、メンバー達の間に広がる。

「・・・・・・うちらはもう別れは済ましてきた。 カオリが最後や、会ってきたり」
63 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時40分08秒
白衣と帽子、マスクを身につけ、石黒・福田と入れ替わりに飯田が部屋へと入っていく。
飯田たちが持ってきた荷物は、菌が入るからということで持ち込みは許可されなかった。

無菌に保たれた治療室の一番奥に、安倍が目を閉じたまま横たわっている。
その横で心電計が弱々しい音を発信し続けていた。

酸素マスクを口に固定された安倍は、最後に会ったときよりもさらにやせ細っていて、骨
と皮だけになってしまったような錯覚を覚えた。
それでも美しさを感じたのは、その肌もまたさらに白く透きとおっていたかもしれない。

「・・・・・・ズルイよ、なっち」

それだけ言うのが精一杯だった。

飯田が部屋を出て、入れ替わりに安倍の両親が中へと入っていく。
そして酸素マスクが外され、心電計はその役割を終えた。
64 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時41分10秒
――― 一年後。

飯田は静かに御影石の前で手を合わせていた。
相変わらず仕事は忙しく、まるで何もなかったかのように毎日は続いているけれど、飯田
は安倍のことを忘れたことは一日たりともなかった。 もちろん、ほかのメンバーも。

飯田が描いた絵は、結局事務所に飾ることになった。
飯田は、是非安倍の両親に貰って欲しいと言い張ったけれど、二人の『皆さんの側に置い
てやってください』との言葉で、事務所の中でもいちばん目立つ所に飾られた。

しばらく目を閉じて祈っていた飯田が立ち上がって、ゆっくりとその場を後にした。
誰もいなくなった墓石の前で、初夏の風に揺れている花があった。
65 名前:ANGEL FACE 投稿日:2002年07月03日(水)20時41分52秒



安倍が最後に見たいと願った花 ――― ANGEL FACE。
淡い色をした、青い薔薇。



fin.
66 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時45分25秒
体が大きく揺れ、前に垂らした首が跳ね上がる。
そのことが私の意識を覚醒させた。
曖昧な頭が記憶を辿り、ここが電車の中だと知る。
窓からは見える景色は後ろへ流されていく。
私は軽く髪を掻き上げて、眠気を完全に断ち切った。
いちよ周りに人がいないか確認し、重い窓ガラスを開けようとする。
でもそれは容易には開いてはくれなかった。
私の手はその重さで赤くなり、微かに荒い息が車内に漏れる。
そんな悪戦苦闘して何とか窓は開いた。
すると冷たい風と草木の匂いが車内に流れ込む。
私は窓から外へ顔を出し、都会では味わえない空気に触れる。
見たところ乗客は私一人だけなので、他人に迷惑をかけることもない。
しばらく目を瞑って自然に浸っていた。
でも不意目を開けると、そこには心踊らせる海が広がっていた。
67 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時46分19秒
それから10分もしないうちに、私は駅のホームに降り立った。
でも別にここが目的地というわけではない。
私は人があまりいなくて、海が見えればどこでも良かった。
この人気のない町に来たのはただの気紛れだった。
地元から各駅停車に乗り、ふと思い立ち降りただけのこと。
予想はしていたが駅は無人だった。
でもここは私にとって、かなり理想的な場所のようだ。
どこか古びた感じがする名もない田舎町。
それは自分の求める景色にかなり近い。
私は肩にかけたスポーツバックを置き、愛用のカメラを取り出した。
そして、それを首にぶら下げる。
これがなくては今日は話にならない。
私がここに来たのは学校のためなのだから。
必ず提出の卒業製作に、私はポートレートを作ろうと考えていた。
ここにはそれの素材集めに来たのだ。
68 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時47分21秒
私はふと道の端に錆ついた看板を見つけた。
それはもう字は擦れていて、色も剥げかかっていた。
でも海岸行きという文字がなんとか見える。
その時代を感じされるデザインは、どこか懐かしい感じがした。
私はバックを地面に置き、被写体にカメラを向ける。
そして、フラッシュが眩しく光った。
69 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時49分02秒
多少不安を感じながらも、私は看板通り海を目指す。
まるで引き寄せられるようだった。
整備されていない砂利道は歩きにくく、でも何だか心を楽しげ。
それから洋服屋のような店構えが見えてきた。
でも今はもうやっていないらしい。
ショーウィンドーには時代遅れの服が並び、その安直的さに苦笑する。
それはいかにも昭和といった感じだった。
そんな服を着せられたマネキンは、少し無気味で空虚な感じがした。
私は興味が沸いて、そのマネキンにカメラを向けた。
ガラス越しのフラッシュが眩しかった。
70 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時50分31秒
次に気を惹かれたのが一軒家だった。
今は珍しい木造建てで古いものだと思う。
その家の玄関の横に、小さな自転車が立てかけてあった。
昔は奇麗な赤だったろう自転車は、今は錆びて赤茶色になっている。
でもその片輪には今だ補助輪がつけられていた。
だからまだ使っているのかもしれない。
だってそこには確かに、まだ動く意志のようなものを感じるから。
私は思わずカメラを向けてしまった。
手が勝手にピントを合わせ、シャッターを押してしまう。
自転車の赤が光に反射して眩しく感じた。
71 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時51分25秒
それから懐かしい大衆食堂や、放置された年代もの車達を撮った。
どれもこれも心を締め付けるものばかりだった。
全てのものが懐かしさで溢れていた。
その時代に生まれてはいないけど、でもそういう感覚はある。
時代に置き去りにされたものはどれも美しく、とても儚いものだから。
だからカメラを向けてしまうのだと思う。
それを写真でもいいから残したいという衝動が走る。
私は時代の産物達を写真に撮りながら、確実に海に近づいていた。
72 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時53分32秒
あの特有の潮の匂いは、歩き進めるほどに鼻に薫る。
心が弾んでしまうのは子どもの頃のままだ。
あの地平線まで広がる雄大さには、大人になっても心惹かれてしまう。
微かに波の音が聞こえると、私の足は自然に早まっていた。
コンクリートの階段を駆け上ると、そこには果てしなく広がる海が見えた。
揺れる水面は太陽の光に反射して青い宝石のようだ。
私はすぐにバッグを地面に置くと、カメラのピントを合わせ始める。
まるで取り憑かれたように海の写真を撮り続けていた。
それからどれくらい経ったんだろうか。
私は一息つくためにさきほどの階段へと戻る。
潮風になびく髪を押さえながら、少しだけ海に見惚れていた。
でもすぐ作業再開のために立ち上がる。
今度は違った視点で撮ろうと、辺りを見回していたときだった。
私の視界に少し遠くの岩場が目に入った。
そこがなぜだか気になって、試しに行ってみることにした。
73 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時54分39秒
行く途中にやっていない海の家を何件か見かけた。
時期になったらここも人で賑わうのだろう。
その海の家に張り付けられた看板もまた年代物だ。
当時の流行っていたものや、芸能人達の色褪せた笑顔はなんだか切ない。
そんなものを横目に見ながら、照れ返しの強い道を歩いた。
歩き進めるほど建物は少なくなっていった。
それに比例して道の条件は悪くなっていく。
私の息が少し荒くなる頃に、その岩場へと辿り着いた。
岩場は近くで見ると思ったよりも小さかった。
大体が人の背を半分付け足したくらいだ。
中には大きなものも幾つかあったが、比較的小さな岩場だった。
でもそんな岩場より私の興味を惹くものがあった。

それは一人の少女だった。

74 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時56分01秒
大きな目な岩に座り、遠くの海を静かな瞳で見つめている。
物憂げなその瞳に私は見入っていた。
胸まである茶髪の髪は風で軽く揺れ、端正な横顔をたまに覗かす。
水色のキャミソールから覗く細くて白い腕。
濁緑色の短パンから見える長い足も綺麗だった。
私は言葉を出す方法を忘れていた。
名も知らぬ少女は海を見つめ、私は少女を見つめていた。
それからやっと我に返り、私は自分の行動に羞恥心を覚えた。
すぐに顔が熱を持ったのを感じる。
少女は突然私の方に向き直り、思ったより低い声で言った。
「・・・・私に何か用ですか?」
私はその不意な質問に対して頭が混乱した。
「あ、いや、その・・・・。」
正直に見惚れていたとも言えず返答に困る。
少女はそんな私を見て悟ったのか、それとも天然なだけなのか。
「カメラマンの方なんですか?」
と軽く話題をすり替えられてしまった。
「いや、違うよ。私はそういう系の専門学生。」
私は変に慌てて答えてしまった。
「ふっ。別に怪しい人とか思ってないですよ。」
少女は微かに笑い声を上げると、岩から軽々と飛び降りた。
75 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時57分19秒
私は初めて少女の全身を見ることができた。
やはり綺麗な体のラインをしていた。
少女はまだ16、7歳といったところだろうか。
でもどこか妖艶な雰囲気を漂わせている。
「変に思われないで良かったよ。」
私は苦笑を浮かべてその言葉に答えた。
今だに心中は動揺し、頭の混乱は治まらなかった。
少女は何の警戒もせずに私に近づいてくる。
逆に私の方が緊張してしまって、少しだけ唾を飲み込んだ。
その一方でありえない期待もしていた。
少女と私の距離は30cmもないような状態になった。
私は自分の脈が徐々に早まっていくのを感じる。
少女は平然とした顔つきで、何を考えているのか読み取れない。

そして、それは随分と不意討ちだった。

少女が一歩近づいて私の頬に優しく手を添える。
あまりに突然のことすぎて、身を引くなんてできなかった。
次の瞬間、二人の唇はしっかりと重なっていた。
耳には波の音だけが微かに聞こえた。

76 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)22時58分34秒
私はその事態を飲み込むのに時間を要した。
それは唐突で予想外の出来事だから。
確かに内心ではそういうことを期待はしていた。
でもそれはあまりに非現実的で、妄想上のことだと思っていた。
だけど現実にそれは起こってしまった。
少女が手が私の頬から腰へと、体をなぞるように移動する。
まるでそれは誘っているかのようだった。
いや、本当に誘っているのだと思う。
私は少女の背中に手を回し、その誘いに乗ってしまった。
でも乗らないなんて私には無理だった。
それで了承したと思われたのか、少女がより激しく唇を重ねてきた。
その荒れた艶のある吐息が少女の口から漏れる。
私はそれに答えるように強く抱き寄せた。
すると、少女の体から火照った熱が伝わってくる。
もう二人とも無我夢中だった。
77 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)23時00分19秒
潮の薫りと甘い匂いがする少女の髪。
少し乾いていたはずの唇は、今はもう湿っている。
その柔らかくて心地いい唇の感触。
そして、少女の舌が私の口内へ伺うように入ってくる。
私の舌を探る仕草はまだ躊躇してるようだった。
でもそれは焦らしてるようにも感じる。
口内をゆっくりと動き回る少女の生温い舌。
私はもどかしくなって自分から絡めた。
濡れた少女の舌と触れ合うと、私の体は大きく震えた。
そして理性が飛ばないように堪える。
すぐに絡み合う舌同士の厭らしい音が聞こえた。
でもそれに顔を紅潮させることなく、私達はより深く唇を交わす。
お互いに少し痛みが走るほど強く抱き寄せて。
もう本能のまま情熱的に愛し合った。
息苦しくなって唇を離しては、また強引に相手の唇を塞ぐ。
無言で行なわれる熱い行為。
何かを求めるように、私達は口づけを繰り返した。
78 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)23時01分50秒
それはどれくらいの時間だったんだろう。
私にはそれがとても長い時間のように感じられた。
でも実際はごく短い時間だったと思う。
私達はどちらともなく唇を離し、お互いに少し距離を置いた。
それは行為のわりにあっさりとした終わりを迎えた。
刹那的な感情の高揚で起きた出来事。
そんな言葉が冷静になった私の頭に浮かんだ。
「・・・・したかったから。理由はただそれだよ。」
そう少女は唐突に言い放った。
その顔は初めて見たとき同じ、虚ろな瞳を私に向けている。
それはまるで質問を拒んでいるように感じた。
実際、私は少女に聞こう思っていた。
どうして見ず知らずの私にあんな行為をしたのかと。
その理由が気にならないわけはない。
でも拒むものを無理に聞こうとは思わなかった。
不思議と追求する気が起きなかった。
79 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)23時03分16秒
「・・・・分かったよ。」
私は少女の言葉に何一つ反論しなかった。
「随分とあっさりしてるんだね。」
それは予想外のことだったのか、少女が逆に聞き返してくる。
「だって、聞いても答えてなら無理に聞かない。」
と私は軽く乱れた服を直しながら言う。
「その方がいいよ。私にとっても、そっちにとってもね。」
少女は顔にかかった髪をよけて、少しだけ微笑んだ。
私もなぜか自然に頬が緩んで微笑み返す。
私達はしばらくそのままで見つめ合っていた。
海から流れてくる心地いい潮風が、二人の髪を静かに揺らしていた。
80 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)23時04分54秒
あれから私達は何事もないように別れてしまった。
私は一人駅に戻る長い道を歩いている。
あれから会話は弾みそうもしないし、そろそろ帰る時刻だった。
思えば、二人とも互いの名前すら知らない。
私は多少の質問に答えたが、少女については何一つ分からない。
それを聞く機会はいくらでもあったと思う。
だけど二人ともそうしなかった。
それにきっとあの子は、聞いても答えてはくれないと思う。
別に聞いたところで何があるわけでもない。
私達はもう会わないだろうから。
これはただの初夏の思い出であり、いつか忘れゆくものだ。
きっとすぐに少女の顔も声も忘れてしまう。
だから少女は何も質問させなかったんだと思う。
変に相手のことを知り過ぎると、忘れるときに切ないから。
でも私は少しばかり後悔していた。
少女の写真を一枚でも撮れば良かったと、そう悔やんでいた。
いい卒業製作の素材になると思ったから。
少女の若さゆえの美しさ、そしてあの刹那的な物悲しさ。
それは今日色々と撮ってきた中で、一番時代を感じさせるものだと思う。
81 名前:生温い季節 投稿日:2002年07月03日(水)23時06分35秒
だから私は後ろに振り返ってみた。
そして、カメラを岩場へ向けてピントを合わす。
でもそこには少女も写っていなし、あのときの情熱も感じない。
そこはただの岩場でしかなかった。
不意に強い風が吹いて私の髪をなびかせて過ぎる。
そのときなぜだか指が唇に伸びた。
でも、そこはもう乾いていた。
あの厭らしい生温さは微塵も残ってはいない。


波の音が少し遠くから聞こえてきが、それは妙に寂しく聞こえた。




Fin
82 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時18分57秒
『とっかえっこ』

あるいは、隣の芝生は青いでも可
83 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時19分47秒
 よっすぃ〜。
 なーに、梨華ちゃん。
 いいなあ、よっすぃ〜。
 なにが?
 よっすぃ〜の肌白くていいなあ。
 そう? 梨華ちゃんの肌のほうが健康的でいいよ。
 じゃあとっかえっこしようか。
 いいねえ。じゃあそうしよ。
84 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時20分25秒
 二人はお互いの肌の色を交換しました。
85 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時20分55秒
 よっすぃ〜って目が大きくてうらやましいなあ。
 梨華ちゃんのかわいらしい声がうらやましいなあ。
 よっすぃ〜の背の高さが……
 梨華ちゃんの大きな胸が……
 よっすぃ〜の……
 梨華ちゃんの……
86 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時21分26秒
 二人は次々と交換しました。

 二人はすべてを交換しました。
87 名前:とっかえっこ 投稿日:2002年07月03日(水)23時22分00秒
 ですので、以前となんら変わるところはありませんでした。


 おしまい
88 名前:斉唱! 投稿日:2002年07月04日(木)00時05分19秒
2002年6月30日、午後8時。
 
横浜国際総合球技場は、サッカー・ワールドカップ(W杯)最後の試合を迎えていた。
 
スタンドは、すべて青に染まっていた。
89 名前:斉唱! 投稿日:2002年07月04日(木)00時07分03秒
波乱の多い大会だった。
強豪が敗れ去り、いくつかの新興国が待望の勝利をもぎ取った。
しかし、それも勝負の世界では当然のこと。
勝った者が生き残る、弱肉強食の世界。
 
日本代表も、勝者にふさわしい闘いを繰り広げた。
若手がゴールで自らの存在を主張すれば、ベテランが魂を見せつけるシュート。
なったばかりの日本人が見事なフリーキックを決め、新たな母国の歓声を受ける。
守備もよかった。
モヒカンと金髪がピンチを未然に防ぎ、その裏では黒いマスクが鉄壁の守り。
際どいシュートも雌伏の時を経て成長したGKがキッチリとセーブ。
 
サポーターが、そして日本国中が青のイレブンの快進撃に湧いた。
勝ち続けた日本代表が迎えた最後の試合は、決勝戦。
泣いても喚いてもこれがラスト。
 
日本中が、青に染まってエールを贈る。
90 名前:斉唱! 投稿日:2002年07月04日(木)00時10分00秒
アンセムとともに入場する選手達。
極東の小さなチャレンジャーは、お仏蘭西の魔術師によって大変身を遂げた。
胸を張って、堂々と王国と対峙する。
ここで勝っても、奇跡とは呼ばせない。
 
ピッチに整列する両軍のイレブン。
歓声が飛び交い、フラッシュが耐えない。
やがて、国歌斉唱が宣言されると、静まる。
 
同時にピッチに飛び出した、青い大小13の人影。
彼女たちが素早くマイクの前に整列する。
91 名前:斉唱! 投稿日:2002年07月04日(木)00時11分12秒
君が代の荘厳な伴奏が流れる。
選手が、サポーターが、そして13人の少女が国歌を歌い上げる。
皆が、想いを乗せて。
 
13人のユニゾンがきれいに響く。
この日のためにハードスケジュールを縫って特訓を重ねた彼女たち。
その成果がここに発揮されていた。
オペラ歌手並みにマイクが離れているのが、その証拠。
想いを力いっぱい歌声に乗せて、決戦の夜空を震わせた。
 
スタンドからの5万を越す後押しを受けて、近年稀に見る素晴らしい国歌斉唱がここになされた。
92 名前:斉唱! 投稿日:2002年07月04日(木)00時13分42秒
少女たちが足早にピッチを後にする。
13人が奏でたハーモニーは、青のサポーターを強く結束させた。
歓声と拍手が、止まない。
青のイレブンを後押しするように、そして相手を萎縮させるように。

想いをはひとつ。
 
夢を叶えるために、全力で。



〜 E N D 〜
93 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時22分55秒
幼さとは残酷なもので、子供の頃、戯れに虫を殺したり、などと云った事は誰にでも経験がある筈だ。
そして、そんな事をふと思い返し、奪ってしまった命に対して申し訳無く思う。
だから、辻希美が楽屋の床でもがく蝿を見つけた時、助けてやろうと思ったのは単なる気紛れではない。
辻は、読みかけの雑誌を座っていた椅子の上に伏せると、そっと蝿に近づいて行った。
94 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時23分42秒
金属的な青い光沢を放つ蝿は、羽を震わせながら幾つもの円を描く様に床を転げ回っている。
助けようとは思うものの、虫は苦手である。直に触ることなど到底出来ない。
どうしたものか。上から覗き込む姿勢のまま、辻は思案した。
「あれれす」
何か無いか。周りを見回した辻の視線は、テーブル上のコンビニの袋を捉える。
それは、先程から仲良くトイレに行っている5期メン達がおやつにと買ってきた物だった。
95 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時24分31秒
「どうせ袋なんていらないのれす」
中に入っていたジュースやスナック菓子やパンやおにぎりを取り出し、袋を持って再び蝿に近づく。
相変わらず蝿はブンブンと羽を鳴らしているが、動きが止まった一瞬の隙を突いて、辻は袋を被せた。
「やったのれす!」
蝿を捕らえることに成功した辻は、誇らしげに胸を張る。
だが、辻は気付いた。今は捕まえただけに過ぎない事に。
室内に居てはいずれ誰かに始末されるであろう蝿を無事に逃がすまで、終わりではないのだ。
96 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時25分20秒
「どうしたもんれすかね……」
急な変化に驚いて袋の中で暴れる蝿を見ながら腕組みしていると、背後から声が掛かった。
「んあ〜? 辻〜 何してんの〜?」
振り向くと、長椅子で昼寝をしていた後藤真希が伸びをしながら眼を擦っている。
「ハエを捕まえたのれす」
「ハエ〜? そんなのさっさと殺しちゃいなよ〜」
後藤は辻に歩み寄り、さっきまで辻が読んでいた雑誌を丸めるとそれを振りかざした。
97 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時27分07秒
「ダメなのれす! 一寸の虫にも五分の魂なのれす!」
辻は慌てて両手を広げ、後藤の前に立ち塞がる。
「じゃあどうすんの? そのままにしとく訳?」
「そ、それは……」
辻が返答に困り俯いていると、買出しに行っていた安倍なつみが、大きな袋を抱えて戻ってきた。
98 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時27分56秒
「ふぅ、重かったべ。……って辻、ごっちん、何してるんだい?」
安倍は荷物をテーブルに下ろすと、額の汗を拭いながら尋ねた。
「後藤しゃんがハエを殺すって言うのれす。ののは無益な殺生は好まないのれす」
辻が蝿の入っている袋を指差しながら答える。
すると安倍は、「ハエなんて殺しちゃえばいいべさ」と言うが早いか、袋ごと蝿を踏み潰してしまった。
辻は絶句した。後藤は黙って十字を切った。
99 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時28分41秒
「あ〜 お腹減ったべ。あ、辻、後始末よろしく〜」
どっしりと椅子に腰を下ろすと、安倍は買ってきたスナック菓子を貪り始めた。
「……寝よ」
後藤は元の長椅子へと戻って行き、そして呆然と立ち尽くす辻だけがその場に残された。
「ののの所為れすか……」
辻は心で泣いた。
100 名前:メタリックブルー 投稿日:2002年07月04日(木)00時30分17秒
101 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時15分23秒
「あっちゃん。あっちゃん。しっかりして。」
遠くでお母さんの声がする。霧の中にいるみたいだよう。ここはどこなの?
急に意識がはっきりして目が開いた。
私はベットに寝かされて、上からお母さんが心配そうにのぞいていた。

頭ににぶい痛みが走る。
「お母さん、頭が痛い。」
「手術したばかりだからね」

そうだった。ジャングルジムから落ちたんだっけ。雨でぬれていて足を滑らした。それもほとんどてっぺんから。
頭に触ってみると包帯が巻いてあった。
「あっちゃんは頭を強く打ちゃったの。しばらく病院にお泊まりして、先生がもう大丈夫ですよって言うまで我慢してね。」
「うん」
102 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時16分45秒
お隣のベットには“よっちゃん”と呼ばれている、同じ年の女の子が入院していた。私は検査入院みたいなものだから、お医者さんが毎日一回やってきて傷口を見るのと、看護婦さんが呼びに来てCTとかを撮って脳に出血がないか検査するだけだから一日が退屈でしょうがない。
最初の日から、もう退屈っ。て感じだ。

お隣のよっちゃんは、もう長いこと入院している風だった。なれなれしく話しかけるのも何だから、とりあえずじっくり観察してきっかけを探す。
よっちゃんは、さっき看護婦さんがやってきて点滴の針を刺していった。点滴が終わるまでベットで静かに寝てるようにって言われていた。
103 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時18分32秒
「ねえ、痛くないの?」
「えっ。」よっちゃんがこっちを見る。きれいな顔だと思った。

「針を刺されて、青くなっているじゃん。」
よっちゃんは何回も点滴用の針を刺されたせいで腕の内側の静脈が内出血して青い斑点が出来ていた。

「もう慣れたから。」大人びた口調で答える。
「わたしの、おなかの中に悪いできものがあるんだって。それをやっつけるために、お薬を注射しているから。」
「ふーん」
104 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時19分49秒
その当時のわたしにはよっちゃんの言っている意味がよく分からなかった。
よっちゃんは子宮にできた腫瘍と闘っている、小児ガン患者だったのだ。
わたしみたいに、おてんばして怪我したのとは訳が違う。

でも二人は仲良くなった。
互いに“あっちゃん”“よっちゃん”と呼び合う仲にすぐになった。
よっちゃんは歌手になりたいんだと、よく言っていた。
しばしば童謡や歌謡曲を(半分強制的に)聞かせてくれたし、自分で“作った”でたらめな歌も歌ったりした。その声は透き通り子供心ながら上手だなと思っていた。
よっちゃんの抱えているものの重さを知らなかった私は
「じょうずだよ。きっと歌手になれるよ」なんて無責任に言っていた。
わたしの夢はバレリーナになることだった。
105 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時21分44秒
ある夜のことだった。誰かがしくしく泣いている声に目が覚めた。それがよっちゃんであることにすぐに気がついた。

「よっちゃん?」ふとんを抜け出してよっちゃんのベットの側に行った。
よっちゃんは枕に顔を埋めて泣いていた。
消灯された病室に影だけが浮かびあがっている。
こんな時、どう言ったらいいか分からなかった。

「ジュースでも飲みに行こうか?」なんか間抜けなセリフだが、それでもよっちゃんは起きあがり、パジャマを着た子供2人で夜の病院の青い闇が支配する廊下をとことこ歩いて、自動販売機のあるロビーまで行った。

「遠いね。」よっちゃんがポツリと言う。
「よっちゃん。手をつなごうか」
「んっ。」よっちゃんが手を差し出す。
よっちゃんの手は思ったより大きく熱を帯びていた。
横目で見たよっちゃんの目は赤く腫れあがっていた、だいぶ泣いたのかも知れない。
106 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時24分47秒
「すわろっか。」ロビーのソファーに腰を下ろす。
灯りを落とされて、非常灯だけのロビーに自販機の光が強く照らす。

「どうしたの?」わたしが聞く。
よっちゃんは紅茶の缶を両手で握りしめて、下を向いていた。
「怖いの。」
「何が?」

今にして思えば、よっちゃんの辛さを全然分かってないよなって思う。

よっちゃんは顔を上げて言った。
「わたし、死んじゃうのかな。」

この質問に答えられる子供はたぶんいないと思う。わたしも答えられなかった。
よっちゃんは普段は見せない表情で言葉を続けた。
「歌手になりたい。わたしみたいに病気で苦しんでいる子供に歌を届けてあげたい。でも・・・」

よっちゃんは腕の青い斑点に目を落とした。
「こんなになるまでお薬を注射しても、髪の毛が抜けるくらいお薬を注射しても駄目だって。できものは小さくならないんだって。」
よっちゃんは抗ガン剤の副作用で毛が抜けてカツラをつけている。
107 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時25分55秒
「わからないよ」正直に言った。
「よっちゃんが生きるか死ぬかは分からないよ。でも、わたしもやるよ。万が一よっちゃんが死んじゃっても、わたしが歌って踊れる歌手になって、よっちゃんみたいな子供を元気づけられるようになるよ」

バレリーナと歌手の足して2で割る案だった。でも、真剣にそう思った。自分の人生をかけても歌ってダンスも出来る、そういう歌手になる。
108 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時27分33秒
わたしの退院の日が来た。頭の方は無事だった。
青空がまぶしい初夏の日、病院の玄関でよっちゃんが目を細めてわたしを見送ってくれた。そういえばお互いにちゃんとした名前を知らないことに気付いて、改めて名乗ることになった。

「わたしは福田明日香。手紙を書くね。」
よっちゃんは、ちょっと泣き出しそうだった。
「わたしは、より子。小笠原より子。」
109 名前:ここから始まる 投稿日:2002年07月04日(木)19時29分02秒
モーニング娘。の福田明日香とより子の伝説はまだ始まっていない。

〈fin〉
110 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時50分11秒
今日のように日和の良いと暖かい朝は、
ピンクのパジャマ着のまま自宅のテラスで
レモンティーを片手にお茶をするのが
あたしの大切な儀式の一つ。

あたしは、空気を胸いっぱいに吸い込むと、

「ハッピィィーーーーーィ!!」

両手を広げお決まりの挨拶をする。

木々に止っていた小鳥たちは、私の美声で
目を覚ましパタパタと空へ飛び立った。
何匹かはポタポタ落っこちてたけど……。
きっと酔いしれて枝から落ちちゃったのね。
あたしって罪なお・ん・な、ウフッ。
111 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時51分50秒
あたしが朝の儀式に酔いしれていると
開け放たれた窓の傍で初老の男性が声をかけてきた。

「お嬢様、そろそろお出かけのご準備を……」
「まぁ、もうそんな時間?もう!早く言ってよ!」

あたしは、急いで仕度の為に部屋に戻ると
パジャマを脱ぎ捨てて制服を着た。

「セバスチャン!パジャマ畳んどいてよ」
「畏まりました。梨華お嬢様」

彼の名前はセバスチャン、あたしの屋敷で執事をしてるの。

本当の名前は加藤栄吉って言うんだけど、
かっこ悪いのであたしがセバスチャンって名前を付けてあげたの。
112 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時52分38秒
あっ!あたしの自己紹介がまだだったね。
あたしは、石川梨華。
石川財閥の一人娘で、頭脳明晰、容姿端麗、
おまけに運動神経抜群なの。

誰もがあたしに憧れるけど、ごめんなさい♪
もう、あたしには決まった人がいるの。

「お嬢様。ひとみ様がお見えです」
「きゃっ!それじゃあ行ってきま〜す」
「行ってらっしゃいませ」

あたしは、セバスチャンから鞄を受け取ると、
天女の舞としか形容しがたい軽やかなステップを
踏みながら玄関へと向かった。
113 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時53分25秒
玄関には、背が高くてすらっとした
色白でとても綺麗な人が立っていた。
そう、この人があたしのだ・ん・な・さ・ま。
きゃっ!言っちゃった♪
名前は吉澤ひとみちゃんと言って、
同い年なんだけど私より学年が一つ下だったの。
でも、あたしの力でひとみちゃんもあたしと同じ3年生♪ウフッ♪
もちろん、クラスも同じで隣の席よ。

「おはよう!ひとみちゃん」
「おはよう、梨華ちゃん」

あたしは、いつものように抱きついて挨拶すると
ひとみちゃんと手を繋いで学校に向かった。
始めは、手を繋ぐのを凄く恥ずかしがっていたけど、
最近はとっても素直になってくれた。
114 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時54分10秒
「毎日有難う!迎えにきてくれて」
「ううん、いいよ。それに、迎えに来ないと……」
「なに?どうしたの?」
「いっいや、何でもない。それよりも、昨日も出たんだってね」
「出たって?」
「美少女怪盗、チャーミ―仮面」

美少女怪盗チャーミ―仮面とは、最近この界隈で
大活躍している美少女の女怪盗の事なの。
罪もない人を苦しめる頭の弱い資産家から
困った人の為に泥棒をする正義の味方。
その正体は謎のベールに包まれていて誰も知らないけど、
貴方にだけこそっと教えてあ・げ・る。

美少女怪盗チャーミ―仮面の正体は……実はあたしなの。

きゃっ!言っちゃった♪

ひとみちゃんにも内緒なの。
だから、貴方もこの事を人に言ったらダメだよ。
115 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時54分55秒
「そうっ!!昨日も大活躍だったわね!
 素敵だわっ!チャーミ―仮面」

「でも、やっぱり許せないよ。人の物盗むなんて……」

「どうして!?悪いのは山崎君の方でしょう?
 幾ら好きだからって、女の子の下着を盗むのは立派な犯罪よ。
 だから、チャーミー仮面が山崎直樹の部屋から
 彼が今まで盗んだ下着を盗み出して、
 ついでに彼をフリ○ンにして近所の公園の木に縛り付けて
 盗み出した下着をばら撒いて晒しただけでしょう?」

まったく、女の敵よね!
これぐらいされて当然だわ!!
ねぇ、そう思うでしょう!
ひとみちゃ……ってどうたのかしら?
顔が引きっつてるわ。
116 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時55分41秒
あたしが心配そうにひとみちゃんの顔を覗き込むと、
ひとみちゃんは、「ははっ」て乾いた笑を浮かべていた。

「……随分と詳しいんだね」

それはそうよ!何てったって
チャーミー仮面の正体はあたしなんだから。
でも、それは秘密だから、ここは誤魔化しておいた。

「セバスチャンが教えてくれたのよ。
 彼ったら、何でも知ってるから」

「なるほどね……」

う〜ん。これで納得されるとちょっと悔しいわね。
何だか、あたしがおばかでセバスチャンがおりこうさんみたい。
まぁいいわ。
それよりも、今夜の計画の方が大事だものね。
117 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時56分22秒
あたしは、それとなく今夜の予定を聞き出してみたの。

「ねぇ、ひとみちゃん。今夜ひま?」
「えっ!?暇じゃないけど……」
「あのね!デートしましょう!」
「えぇ!でも今夜は……」

あたしは、スカートのポケットから数枚の写真をちらつかせると
「暇なんでしょう?」と言ったの。
そしたら、ひとみちゃんったら
「暇!うん!すごい暇だよ!デートしよ、デート」
と言ってくれたの。

わーい!よかったぁ!何も予定が無くて♪
これで今夜、ひとみちゃんのハートはあたしのもの♪

あぁ!今日の夜が待ち遠しいわ!!
118 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時57分06秒
あたし達は、今夜の事に思いを馳せながら仲良く登校していたの。
そしたら、前方に冴えない顔をした女性が歩いていたの。
その女性って、良くみると、音大3年生の安倍なつみさんだった。

「安倍さん、おはようございます♪」
「あっ!おはよう、二人とも、相変わらずラブラブだべ」

やだぁ、安倍さんったら。
この、しょ・お・じ・き・も・の。うふっ♪

そしてあたしが「ええ!そうなの!!ねーっ、ひとみちゃん♪」
と言って、ひとみちゃんに抱きつこうとしたら、
ひとみちゃんったらとんでもないこと言うのよ。

「恋人じゃありません。唯の友達ですよ」

ですって!そんな、ひどい!!
幾ら照れ隠しだからって、あたしの前で言わなくてもいいじゃない。

「えっ?そうなの?」

安倍さんにそう言われて、ひとみちゃんは首を縦に振ってる。
もちろんあたしは、その横で残像が出来るぐらい激しく横に首を振ったの。

首を振った回数であたしの勝ちね!
119 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時57分37秒
あーっ!!
もう、ちょっと聞いてよ!

わたしが頭の振りすぎでふらふらしている隙に、
ひとみちゃんと安倍さんがすたすた並んで歩き出したの。

私を置いて行くなんてひどぉい。
わたしは二人の追い付くと、強引に間に割り込んでやったわ。
ひとみちゃんの隣りはあたしの場所なんだからね!!

ちらりとひとみちゃんを見ると、
眉間に皺を寄せてあたしも見つめてるの!

あぁん、ひとみちゃん、そんなに見つめないで♪
分かってるって、あたしがいなくて寂しかったんだよね。
120 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時58分12秒
それからあたし達は、学校に着くまでおしゃべりをしていたわ。
それで、話題は自然ともう直ぐオープンする博物館の話になったの。

「そういえば、今度オープンする湖の上の博物館の目玉展示品ってあれだべ」

そうなの、その博物館って、和田って資産家が話題を集める為に
何十億って出して湖の上に建てたらしいの。
ほんっとに、迷惑な話よね。
そして、その目玉展示品ってのが……。

「ブルーローズ!!薔薇の形に彫刻されたサファイアだべ」

そう、ブルーローズって、あ〜ん、安倍さんのいけずぅ。
あたしが言おうと思ってたのにぃ〜。
121 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時58分52秒
まぁいいわ。
でも、これだけは言わせてね。
そのブルーローズにはちょっとした秘密があって……。

「ブルーローズには、満月の夜に大好きな人へ送ると永遠に結ばれる
 っていう伝説があるんだべ。知ってたべか?」

ひどい!!
それもあたしが言おうと思ってたのにぃ。

「へぇ、そうなんですか。安倍さんって物知りですね」

もう!ひとみちゃんまでなに感心してるのよ。
しかも、それは昨日あたしが教えてあげたじゃない!!

ひどい、ひどいわ二人とも。
あたし何かした?
悪いけど何も心当たりないわ。
強いて上げるなら、この美貌が罪ね♪
122 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時59分26秒
はーい、ここで、取って置きの情報を教えます!

今夜はお月様が満月の日なの。
そして、今夜はひとみちゃんとデート♪

そう!ここまで言えば分かるよね。

今夜、湖の博物館に潜入してプルーローズを頂いちゃいます!
そして、コクっちゃいます。

もちろん告白する相手はひとみちゃん。
ひとみちゃん、ビックリするだろうなぁ。
うふふっ、今夜が楽しみ♪

博物館の情報はセバスチャンに調べさせておいたわ。
ブルーローズが最上階にあることはもう分かってるの。

だから問題ナッシング♪
あ〜ん、早く夜にならないかなぁ。
123 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)20時59分58秒
 
 ーCMー
 「ポキポキポッキー
  デートほっぽり出して ポキキキキッ(ウキィー?)
  
  ポキポキポッキー
  ポキキポキポキポッキッ ポキキキキー(ウヒョー)
  
  ポッキィィィィィ!!(デュワッ)」
 
124 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時00分36秒
そしてあたしは、ピンクのレオタードに蝶々の仮面とウサ耳を付けた姿で、
華麗な潜入テクニックを駆使して博物館の最上階へと辿り付いた。

ごめんなさい♪

私の華麗な潜入テクニックをお見せしたかったのだけど、
25分枠だと全てをお見せ出来ないの。
まさか、導入部だけでCMに入るなって思わなかったわ。
お詫びにここからのチャーミー仮面の活躍をたっぷり見せてあげるからね。

ドーム上の部屋の中央に、赤いロープで囲われた
一際立派な台の上にガラスケースが置かれていた。

あたしは、ガラスケースに近づくと
ポシェットから石を取り出して振り上げ……ない!!
いえ、石は振り上げたんだけど宝石がなくなってたの。

もう、セバスチャンの馬鹿!!
場所間違えてるじゃない!!
125 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時01分12秒
その時、聞きなれたあの声が聞こえた。
ああん、もう、今日は聞きたくなかったわ。

「ベイベー、君がお探しなのはこれかなぁ?」

声の方を振り仰ぐと、そこには白いタキシードを着た男が立っていた。
その右手には、プルーローズが握られていた。
天窓から差し込む光がスポットライトのように照らしている。

「やっぱり貴方だったのね。Mr.ムーンライト」

そう、彼の名はMr.ムーンライト。
略してミスムン。
あたしが盗みに入ると、必ず邪魔に入る正義感を気取った泥棒さんなの。
しかも、あたしが盗むはずだったものを必ず横取りして、
後日もとの場所に返しているのよ。

なんか、あたしの邪魔するのに生きがいを感じてるみたい!
嫌な奴!!

見てなさい!!
いつか必ず正体を暴いてやるんだからっ!!
126 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時01分45秒
ミスムンは天窓から吊り下げられたロープを使い、
器用に天窓から外へと出ていった。

「待ちなさい!今日は逃がさないんだから」

あたしはミスムンによって巻き上げられ始めてたロープに飛びつくと、
素早くロープを昇って天窓から外へ出る事ができた。

そこは、ちょっときつい傾斜の屋根の上で、
ミスムンは屋根の天辺に登って満月の逆光を受けていた。

あたしは不覚にもかっこいいと思っちゃった。

ごめんね、ひとみちゃん。
世界で一番かっこいいのはあたしだけど、
二番目はひとみちゃんだから安心して♪
127 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時02分24秒
ミスムンは不敵な笑みを浮かべ、あたしを見下ろしていた。

「良くここまで来れたね、子猫ちゃん。いや、ウサギちゃん」
「ふふっ、当然よ。今度こそ負けないわよ!」

互いに睨み合うあたし達。
そして、あたしはミスムンに飛びかった。

「えいっ!」
「はははっ、ここまでおいでぇ!」
「もうっ!逃がさないんだからぁ!」
「まだまだ捕まらないよぉ、ほらこっちぃ!」
「もうっ!イジワル!ぜったいに捕まえてやるんだからぁ!」

あたしの追撃をひらりとかわすミスムンは、
さながら月光のライトを浴びて舞台で踊る花形スターのようだった。

でも、あたしも負けないわよ!
あたしもプリマドンナさながらの美しい舞いでミスムンに追いすがる。

そして、あたしのウサ耳が彼が持つブルーローズにヒットしたの!

「しまった!」

ふふっ、今夜はあたしの勝ちね!!
あたしはウサ耳に弾かれて宙を舞うブルーローズに飛びついた。
128 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時03分00秒
あたしは空中三回転半捻りを決め、
見事にブルーローズをキャッチする事ができた。
ふふ、後は地面に着地するだけ。

あたしは悔しさに歪む顔を見てやろうとミスムンに視線を向ける。

フフッ、あんなに驚いた顔をして。
あたしに負けたのがよっぽど悔しかったのね。

後は地面に着地と同時に逃げるだけ。
そう、地面に着地って……あれ?地面は?

そうなのです。
あまりに跳躍力がありすぎて、
あたしは屋根から随分と離れたところで自由落下していたのでした。

あぁ〜ん。どうしよう!
空中2回転半捻りにしとけばよかったよぉ〜。

そして、水飛沫とともにあたしは湖に落ちてしまったのでした。
129 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時03分31秒
暗く冷たい水の中。
全身がバラバラになったような痛みが走る。

あぁ〜あ、あたし、泳げないんだった。
このままあたし死んじゃうのかなぁ。
やだよぉ、誰か助けてよぉ。

苦しいよ、痛いよ、怖いよ。

お父さん。
お母さん。
セバスチャン。

ひとみちゃん!
助けて!ひとみちゃん!

あたしは薄れ行く意識の中、誰かに抱かれたような気がした。

あなたは誰?

最後に覚えていた景色。
あたしを抱き締めてくれたのは、ひとみちゃんだった。
130 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時04分12秒
ふわふわふわふわ気持ちいい。
ここは何処だろう、天国かなぁ。
それともまだ水の中?
あたし、お魚さんになっちゃったのかな?

くちびるに触れる感触。

そして、あたしは目を覚ました。

あたしは湖のほとりに寝かされていた。
直ぐ隣りにはミスムンがいる。

さっきの感触、あれは何?
もしかして!
あたしは飛び起きるとミスムンを睨みつけた。

「卑怯者!今、キスしたでしょ!」
「してないよ。あんなのはキスの内に入らない」
「やっぱりしたんだ、嫌い!大っ嫌い!!」

足腰が震えて力が出ない。
本当は殴ってやりたいのに!
あたしは倒れそうになり、彼に支えられた。
131 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時04分48秒
「危ないよ、まだ無理はしちゃだめだ。
 君はさっき死にかけてたんだから」

彼はとても優しかった。
そうか、彼が助けてくれたんだ。
御礼も言っていないのに、あたし、あたし……。

悲しくって、悔しくって、情けなくて……涙が止らない。

右手には、ブルーローズが握り締められていた。
そっか、罰が当たったんだ。
自己欲のために盗みなんかしたから……。

あたしはバカだ。
大事なファースト・キスをこんな事に無駄使いして、
挙句の果てに、敵に助けられるなんて。

あたしは、Mr.ムーンライトに向き直るとブルーローズを渡した。

「お願い、これをもとの場所に返してきて」

彼はあたしを真っ直ぐ見つめ、しっかりと頷いた。
そして、私を寝かせるとこの場から姿を消した。
132 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時05分26秒
セバスチャンが待つキャンピング・カーまでなんとか辿り付くと、
濡れた体を拭いて着替えをした。

そのまま、ひとみちゃんが待つ約束の場所まで移動する。
ひとみちゃんと初めて出会った公園。

あたしは流れる外の景色をぼぉっと眺めていた。

そして、車が止る。

「お嬢様。只今着きました」
「ありがとう」

夏の初めだというのに夜はまだ肌寒い。
夜空は雲ひとつ無く、綺麗な満月が昇っている。

あたしは震いえていた。

寒くて、凍えそうで、風邪でも引いちゃったかな。
もう、どうでもいいや。

ひとみちゃんはまだ来ない。
133 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時06分08秒
ふと、背後から話し掛けられた。

「ごめん。遅くなって」

振り向くと、ひとみちゃんがいた。
遅れてきた事を申し訳なさそうにしている。

あたしはひとみちゃんの顔を見たら、
急に体の力が抜けて、ほっとして、涙が出ちゃった。

そしてひとみちゃんの胸に飛び込むと強引にキスをした。
ひとみちゃんは驚いていたけど、ゆっくりと肩を抱いてくれた。
あたしを優しく抱き締めてくれた。

離れるくちびるが名残惜しかった。

「あたしはひとみちゃんが好き。世界中で一番好き。ずっと好き。
 誰よりも、あたしが一番あなたを愛しています」
134 名前:美少女怪盗 チャーミ―仮面 投稿日:2002年07月04日(木)21時06分53秒
ひとみちゃんは、あたしをじっと見つめていた。
そして突然噴出した。

「まるで伝説みたいだね」
「えっ?」

わたしは訳がわからず聞き返したの。
そしたら、ひとみちゃんったら、

「だって、梨華ちゃんのくちびる真っ青で、まるで青い薔薇みたいだよ」

そう言って優しくあたしのくちびるに触れてくれた。

ブルーローズの伝説。
 満月の夜に、大好きな人へブルーローズを送って告白すると
 その二人はと永遠に結ばれる

それって、もしかして……。

「これで私達、永遠に離れられないね」

ひとみちゃん!梨華嬉しい!

「あっ、でも、本物のブルーローズじゃないからなぁ。
 永遠じゃなくて一年にしよう。うん」

独り納得して頷くひとみちゃん。
ひっどぉい!一年だけだなんてあんまりだよぉ。

「それじゃあ、一年経ったらどうするの?」
「その時はまた決めよう。この場所でね」

んもう!ひとみちゃんったら大好き!
もう、一生離さないんだから!


〜 fin 〜
 
135 名前:Adusay 投稿日:2002年07月04日(木)23時33分36秒

音を立てて扉が開いた。


「おっはよー!!今日も元気モリモリでいっちゃおうね!!
ファァイトッ!!あぁっ、コラァ〜、辻加護ぉ!!ダメでしょ!
お菓子ばっかり食べてたらぁ!石川!ピンクは私の色なんだから
もうピンクの服着るのやめてよね!!ん?なっち?どうしたの?
もぉー、変な顔してぇ・・・。私達はアイドルなのよ!!もっとプリティー
プリティー!!あはっ!なになに?皆私見ちゃって!後藤まで!
やんっ、照れるぅ。キャハッ。ちょっと私カワヤ行ってくるね!
さぁ、今日も元気にアイドルっちゃうぞー!いってきまーす!!」


クネクネと腰をくねらせながら、保田は入ってきたばかりの楽屋を出て行った。


中にいた娘。達は皆が皆、真っ青な顔をしていた。






【END】
136 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時15分06秒
アタシは"なっち"っていう名前を貰った。
生まれてからもう20年くらい経ってる。
でももう10年くらい、誰からも話し掛けてもらえなくて
ずっとここに座ってる。

なぜ彼女はアタシを必要としなくなったのかな…。

それが分かれば今の自分が置かれている場所が
理不尽なものじゃないって、無理やり納得できそうだけど。

例えば、形ある何かから当時の記憶を蘇らせるのは容易い。
彼女もそうに違いない…なのに…。
137 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時15分37秒
「ただいま。」

部屋に入ってくるなり無感情にそう言ってベッドに飛び乗った。
アタシは彼女をずっと見てきたから知っている。
破られた教科書を床に投げ出して泣いていたことも、
折れた鉛筆を見て泣いていたことも。
彼女はいじめられっこだった。

そんな過去を忘れたつもりなんだろうけど。
今の彼女はアタシから見たら少しも強くなってない。

強くなってないんだけど…決して彼女に非があるわけじゃない。

「す〜……はぁ〜…。」

未成年なのに煙草なんか吸うから
アタシは煙たくてしょうがないよ。
ただでさえ埃が舞って汚い場所だっていうのに。
138 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時16分19秒
昔はよく遊んでくれたのになぁ。

彼女の前にアタシが現れたのは
4年も暇な時間を過ごした後。
だからホントに嬉しかった。

まだ言葉も喋れない彼女が
アタシを持って振り回す。
目が回るけど、根が張りそうなほどに
同じ場所に座らせられていたことを思えば
贅沢な悩みだったかな。
砂場で服の中に砂がいっぱい入ったり
口に泥団子押し付けられたり。
もちろん悪気は全然ないことは分かってるから
アタシも悪い気分はしなかった。

彼女が赤いランドセルを使わなくなってからかな
全部変わっちゃったのは…。
今の彼女から、昔の思い出なんて浮かんでこないよ…。
139 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時16分58秒
『お母さん…何であたしの目は青いの?』

アタシには、微かだけどパパさんの記憶がある。
でも彼女にはそれがないから
自分の目の色とママさんのそれが違っていることを疑問に思ったみたい。
そのときのママさんの言葉…忘れちゃった?
140 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時18分06秒
いつか、彼女は右目から血を流して帰ってきたことがある。
そのおかげでずっと灰色の右目を持って生活することになった。
でも、彼女は喜んだ。
少なくともアタシにはそう見えなかったけど
彼女は笑っていた。

それよりも前から
彼女は明るい性格だったけど
そんな強がった笑い顔をすることはなかった。

その笑みを今日、また見ることになるなんて思ってなかった。

『ひとみ!?晩御飯作って置いとくからねー!?』

ママさんの言葉に生返事もしないで、
彼女は灰皿をドアに向かって投げつけた。
その後に笑った。
141 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時18分48秒
毎日前を塞いでいるテレビの箱が退けられると
おもむろにアタシの目の前が開けた。
こんなのは何年ぶりだろう。
彼女の両目はしっかりとアタシを見てくれている。
でも埃に塗れたアタシの身体を
綺麗にしてはくれない。

きっと今日も何か嫌なことがあったに違いない。
彼女はハーフだから、その事で色々悩むことだってあるんだろうし。
日本語も普通に喋れるのに
そんなに辛いことが起きるなんて可哀想だよ。

アタシは軽々と持ち上げられて
久しぶりにこの部屋を出た。
やっぱり埃っぽくない所はいいね。
アタシに触れる空気も
優しく柔らかい感じがする、
彼女の冷たく硬い手のひらとは対照的に。

アタシを隣りに座らせてご飯でも食べるのかな
と思ったけど、違うみたい。
142 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時19分25秒
ラップで被われた皿の前を通り過ぎて
彼女が向かっているのは庭だった。

彼女はアタシを玄関先に座らせて
新聞紙と木の枝を用意している。

ちょうど、タンスの上の景色ばっかで退屈してたとこなんだよ。
あたしにも見える。
空は青くて、雲は白くて、葉っぱは緑。
…合ってるよね?

一斗缶の中で燃え盛る炎は…赤色。
143 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時20分05秒
分かってるよ
ひとみちゃんんことは全部分かってる

昔の自分を思い出したくないんだよね?

だからアタシは邪魔なんだよね

彼女が望むなら、アタシにはどうする術もないから

これで少しでも救われるなら
サヨナラでもいいよ

僅かな寂しさはあるけど
ひとみちゃんの中のほんの片隅に場所をちょうだい
そこに、アタシを住まわせて欲しいんだ

アタシのことを早く忘れたいんならいいよ

でも

分かってるんだよ、アタシのことを忘れてなかったって
探すことなくアタシのいる場所にやって来たんだから

ただの人形を

青い目の人形を

覚えていてくれてありがとう
144 名前:例えば、形あるもの 投稿日:2002年07月05日(金)02時20分47秒
最期に

いつも誰もいない部屋に帰ってきて"ただいま"って言ってたの、
もしかしてアタシに言ってくれてたのかな?
なーんて、思い上がりかな。

「黒い目に生まれたかった……。」

そんなこと言わないで。
目の色が違っても、見えるものは同じだよ。
そうママさんも言ってたじゃない?

アタシも

人間に生まれたかったなぁ…

そうすれば…ひとみちゃんのことを助けてあげられたのに…

過去を忘れたいのは分かる

でも

その青い左目は

ずっと大事にしなきゃダメだよ

〜終〜
145 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)16時59分55秒
2002年6月。

奇妙なことが起こっていた。
「青いサイリウム買います、一本500円程度希望。」
売ります買いますの掲示板でこのような書き込みがぽつぽつと見られ始めた。

「青いサイリウム、一本千円でお分けします」
ヤフーのオークションサイトでこのような掲示が出始めたのもこの頃である。
おかしい、と思った人間が東急ハンズで確認したときには既にサイリウムの青だけが品切れ。
入荷未定という一種異常とも言える状況に陥りつつあった。

サッカーの応援だろう、というのが大方の見方であったが、最初のベルギー戦、
次のロシア戦でも青いサイリウムがスタジアムを照らすことはなかった。
昼間のチュニジア戦、トルコ戦に至っては、
既にそのようなことがあったことさえ忘れられていた。
ピッチで躍動する青いユニフォームの活躍の影で、
サイリウムの青は次第に人々の口に上らなくなっていった。
146 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時01分49秒
2001年3月。

新垣里沙は母親に食い下がっていた。
「ねぇ、お母さん。あたし、バスケ止める」
夕食時、唐突に話しを切り出した娘に母親はどうした心境の変化かと訝しんだ。
当の娘は秘めた決意でもあるものか、淡々とおかずを口に運んでいく。
「どうしたのよ、急に?」

「私、中学入ったらモデルの仕事、気合入れてやるよ」
やや険しかった母親の表情がみるみる崩れていく。
長いこと、その言葉を待っていたのだ。
「里沙……あなた……」
ついにこの自分の希望を受け入れてくれたのか、と光るものを目に感じながら母親は
言葉を詰まらせた。

「その代わり……」
「なに…?」
再びやや警戒する色を帯びた母の瞳にまっすぐな視線をよこし、娘は要求した。
「モー娘。のコンサート、行ってもいい?!」
なんだ…そんなこと…
ほっと胸を撫で下ろして母親は尋ねた。
「いいわよ…誰と行くつもり?」
母親はもっと無茶なお願いでもされるのかと冷や冷やしていただけに、
やや肩透かしを喰らった感じだ。

「いいの?やったぁ!友達と二人で行くんだ!」
「えっ…ああ、左近山団地の子ね。」
戸惑いつつも、自分に言い聞かせる。
147 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時02分17秒
しっかりしてるもの、二人でも問題ないわ…
なにしろ自分からモデルを頑張ると明言したのだ。それくらいは大目に見なければ。
「気をつけて行くのよ。でもチケット今から取れるの?」
「うん!友達がね、お母さんと行くつもりで取ったチケット、私に回してくれるって」
「いつなの、それ?」
本当に大丈夫だろうか…この子はまだ、こんなに小さいのに…

「うん、横浜アリーナで4月8日の日曜日!昼の部だよ!」
ほっと胸を撫で下ろす。
「あら、お昼なの」
なぁんだ、という声が喉の奥まで出そうになり慌てて押しもどす。
「ふふ、そんなことでいいなら全然OKよ」

やったぁ、と歓声を上げてテーブルから降り、自分の部屋に駆け込んでいく娘の後ろ姿を
目で追いながら、母親は思った。
それにしてもモー娘。だなんて…
「あゆくらい可愛い子を好きになってくれたらいいのに」
知らずと口をついて出た言葉に意外なほど説得力がある。
あなたの方がぜんぜん可愛いわよ…
母親は娘がようやくモデルの仕事に本腰を入れる決意を固めてくれたことで
浮き立つ心を押さえきれず、少々、気が大きくなっていた。
148 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時02分40秒
2001年4月8日、日曜日、午後2時半、横浜アリーナ。

「うわぁっ!こんないっぱい人いるんだ、凄いねぇっ!」
「モー娘。だもん、もっと大きい会場だっていいくらいだよ」
先程からすごい、すごいを連発する里沙に、ハマっ子を自負する友人は少し苦り気味だ。
「里沙ちゃん、田舎の女の子じゃないんだからさぁ、もっとクールに決めてよ。
それじゃ、舐められちゃうじゃん。あたしら一応横浜市民なんだしさ」
じろじろと露骨に寄せられる同世代の少女達からの視線が痛い。
しかし、自分の忠告を気にもせず、尚もはしゃぐ里沙に注文をつけるその視線は優しい。

里沙が興奮するのもしかたがない。
アリーナの比較的前方の席が取れたことはファンクラブ先行予約の特典とはいえ、
やはり僥倖と言わざるを得ない。
その喜びを素直に表現する里沙のはしゃぎようが、また微笑ましい。
あんた、好きだもんね…モー娘。…
それにしても、とアリーナ席の周りを見回すと、女子の姿ももぽつぽつと見られるとはいえ、
やはり男子の人数が圧倒的に多い。

大丈夫かな…
傍らの里沙をちらりと眺めては不安になる。
この子小さいからなぁ…
149 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時03分05秒
突然場内の照明が落とされた。
ざわざわとしていた客席が一瞬、の沈黙の後、盛大などよめきへと変わる。
期待と興奮を乗せてステージ上の大型スクリーンが大音響とともに
今日の出演者を次々と紹介していく。
いきなり席を立ち出す周りの観客につられて里沙と友人も腰を上げるが、
心配した通り、前方は背の高い男子がずらりと並び、ステージの様子がまったくわからない。
「ね、ねぇ…」
太い眉を寄せて困ったように自分をみつめる里沙に、友人もただ首を横に振らざるを得ない。
身長160cmと同年代の中では大柄な友人はまだしも、150cmにも届かない里沙には
ステージを見ようとしても前席の客の頭が視界を塞ぐ。

「どうしよう…」
途方にくれる里沙の困惑が移ってしまったのか、友人もただおろおろとするばかりで
いいアイデアは浮かばない。
「椅子…」
そんな中で唯一思いつくのが椅子の上に立つことだけだったが、そうなればなったで
今度は自分の影が後部席の観客の視界を塞ぐことになる。
「どうしよう…」
椅子を眺めながらなおも逡巡する里沙に友人はたまらず声をかける。
「とりあえず立っちゃいなよ」
「う、うん…」
150 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時03分35秒
そそくさと靴を脱ぎ、おっかなびっくりといった様子で椅子の上に上がると案の定、
真後ろの席から苦情が飛んだ。
「おい、のぼんなよ!見えねぇだろ!」
びくっ、として後ろを振り返ると若い男が、怒い顔でにらみつけている。
泣きそうになりながら、「すみません」と消え入りそうなか細い声で謝ると、
再び足を降ろしかけた。

「おい、あんた、俺と席替わってくれ」
突然聞こえた別の声に振り向くと、里沙の右斜め後ろ、
つまり見えないと文句を言った男の右横の席の人のようだった。
降りたものかどうか判断がつかず、中腰のまま後方の成り行きをうかがう。

「……」突然声をかけられた真後ろの若者は、自分の行いをとがめられたと思ったのか、
気色ばんだ様子で無言のまま、右横の青年をにらみつけている。
次々とメンバー紹介していくスクリーンの動きに合わせて観客のコールが始まる中、
里沙を中心とした一角だけは、取り残されたように、
二人の若者のやりとりに気を取られているようだった。
151 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時03分58秒
「俺なら前、平気だから…」
たしかに青年は里沙の真後ろの若者よりもだいぶ背が高い。
里沙が椅子の上に立ってもそれほど変わらないだろう。
無骨なもの言いだが、自然な態度で若者の警戒心を解いたようだ。
それ以上争うのも格好悪いと思ったのだろう、若者は相変わらず黙ったまま席を譲った。

ツン、ツン…
友人に脇腹をつつかれ、ようやく我に帰った里沙は、慌てて二人に向けて交互に頭を下げる。
「あ、ありがとうございます、す、すみません」
ぺこりと腰を屈めたまま前を向いた頃には、メンバー紹介も終わり、
「プロデュースト、バイ、つんく!」のコールに歓声は最高潮に達していた。
いくら背が高いとはいえ、まっすぐに立っていては見にくいだろう…
里沙は気をつかい、中腰のままメンバーが現れるのを待つ。

「気にするな、見えるから」
再び後ろから声がかかる。
そうは言われても、やはり一人だけ浮きあがる恥ずかしさもある。
腰を伸ばしたものか躊躇している里沙の肩を、とんとん、と叩く手。
びくっとしておそるおそる振り向くと、青年はなにか白く長細いペンのようなものを二本、
目の前に突き出していた。
「持ってきてないだろ、これ」
「?」
152 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時05分03秒
何かわからず、戸惑っていると、青年はそのうちの一本をおもむろにポキッと折った。
瞬時に浮かび上がる青い光に里沙は思わず、うわっ、と叫ぶ。
「サイリウムだ、ほら」
青年は折った方のサイリウムというやつを傍でぼぉっと見ている友人に渡すと、
もう一本を里沙の手に握らせた。
「あ、ありがとうございます…」
再び頭を下げ、前を向くとこわごわといった感じで両端を持って少し、曲げてみる。
何も変わらない。

もう一回。
今度は少し力を入れて折り曲げると、ポキッと音がして、
ぼわんといった感じの青白い光を放つ。
うわっ…きれい…
手許のサイリウムに気を取られていると、前方から矢口のものらしい掛け声が飛んできた、
「ミニモニっ、行くぞぉっ!!」
うぉおっ、という歓声に続いてバンっとステージが弾け、
ミニモニの四人が元気良く飛び出して来る。
うわぁっ、加護ちゃんだぁっ、すっごい近いっ!!すごい、すごいっ!!
もうそこからは何が起きたのかわからないほどの興奮状態で、
里沙はサイリウムを振り回し、会場の喧騒に身を委ねた。
153 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時05分31秒
気づいたときには会場の明かりが煌々と辺りを照らしていた。
アンコールが終わって尚もぼぉっとステージを眺めていた里沙は慌てて、後ろを振り向く。
だが、そこにはもう、自分にサイリウムを渡してくれたあの青年の姿はなかった。
出口へと流れていく観客の列の中に背の高い人を探したが、
考えて見ればおどおどとして、はっきりと顔も確認していない。
里沙にはただ、青年の背の高いシルエットと
無骨だが、優しげな声だけが印象として残った。

もう一回、お礼、言いたかったのに…
里沙はもう一度だけ後ろの席にぺこりと頭を下げると、友人に急かされるまま、
そそくさとその場を離れた。

154 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時05分56秒
2001年10月。

青年がその顔に気づいたのは、モーニング娘。が第5期メンバーを追加して
しばらく経ってからだった。
既に中澤が脱退して以来、娘。からは疎遠になっていた。
以前のように、TVやラジオをこまめにチェックしなくなっていたし、
新メンバー追加には端から興味がなかった。
たまたまチャンネルを合わせていた歌番組で、娘。が出ていれば目を向ける、
といった程度の関心。

だが、その日は違った。
吉澤がセンターを務める新曲「Mr.Moonlight―愛のビッグバンド―」
冒頭のフレーズを唄っている小さな少女。
どこかで見た顔だと思ったときには、春のコンサートの情景が浮かんできた。
あのときの子だ!

青年は驚くとともに、その少女の名前をインターネットで調べ始めた。
Googleで検索するとすぐにわかった。
新垣里沙…神奈川県出身の13歳…
だが、その評判は必ずしも芳しくないようだ。

コネがき氏ね…
久しぶりに覗いたモー娘。関連の掲示板では、そんな書き込みが
至るところに見られた。
なんてことだ…
あの会場で青いサイリウムを振り回しながら、声を限りに娘。に声援を送っていた
小さな少女の姿が瞼の裏に焼きついている。
155 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時06分14秒
その様子からは本当に娘。が好きで好きでたまらない様子がひしひしと伝わってきた。
実際にコネがあったのかどうかわからないが、娘。に対する気持ちは本物だ。
青年は久しぶりに、何か血が滾るような、そんな熱い正義感にかられている自分に驚いた。
応援…しなきゃな…

その日から青年はモー板に復帰した。
以前は名無しだったが、今度は「里沙ヲタ」という固定とともに。
里沙ヲタは格好の標的となり、その名が現れるすべてのスレで叩かれた。
だが、そんなことでめげる彼ではない。
爽やかに切り返すそのレスは好感を与え、
少しずつではあるが彼の登場を楽しみにするものも出てきた。

彼は夢を語った。
里沙との出会いを彩った青い光で、いつかコンサートを染め上げてみたいと。
きっと里沙はそのメッセージに気付いてくれるはずだと。
その色がある限り、心ない罵声に里沙の心が惑わされることはない。
そう語る彼の純粋はマジヲタ、キショヲタと罵倒されながらも決して傷つくことはなかった。
里沙を応援する者の輪は少しずつ広がっていった。
156 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時06分38秒
◇◇◇◇◇

「まただよ…」
「あいつら、いくらファンだからって許せねぇ!」
相変わらずの、コネかぎ氏ね!のコールに正義感の強い後藤と吉澤はぶち切れ寸前。
2002年4月27日、土曜日。さいたまスーパーアリーナでのコンサート夜の部を終えた楽屋では、
一仕事終えた開放感からか、普段より辛辣な意見が飛び出していた。
吉澤は地元だけに、より一層、そのような輩が幅を利かせていることに我慢がならない様子だ。

興奮してさらに過激なことを言いかねない二人に矢口が声をかける。
「新垣は大丈夫だよ…」
もちろん、窘(たしな)める矢口だとて、そうした発言を容認しているわけではない。
だが、里沙には矢口の言うように、確かに芯の強いところが見受けられた。
「お前ら、サイリウムのお兄さんの話、聞いたか…?」
顔を見合わせて首を横に振る二人。

「あいつ、娘。のコンサート見に来たとき、背が低くて前が見えなかったんだってさ。
困ってたら、なんか親切にしてもらったらしい。」
「えっ?何かいい話っぽいじゃないすか…」
落ち着きを取り戻した吉澤が興味深そうに聞く。
157 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時07分01秒
「いや、いい話さ。で、新垣はそんときにもらった青いサイリウムを今も探してるんだと。」
「青いサイリウム…?」
不思議そうな顔でその言葉を繰り返す後藤。

「ああ、ひどいこと言うやつがいてもさ、青いサイリウムを見ると
きっとその人が自分のことを応援してくれてるって思えるんだって。」
「なんだか、泣けますねぇ…」
しんみるする吉澤に、
「バカヤロウ、俺らんときだって、氏ねだの止めろだのは日常茶飯事だったんだぞ!
おいらはまだしも、圭ちゃんなんて…」

傍らで里沙と談笑する保田に視線を移し、三人は顔を寄せて頷き合う。
そうだ…たしかにあの人に比べれば…
里沙のやや弾んだ声に三人は思わず顔を綻ばせた。
「なんか、明日は来そうな気がするんですよ、その人。」
来るといいな…いや、きっと来るよ…
三人の想いを知ってか知らずか、里沙は楽しそうに語り続けていた。
158 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時07分26秒
◇◇◇◇◇

里沙ヲタとしてモー娘。関連のネットコミュニティにおいてそれなりの立場を確立していく中、
仕事の日程と重なったりで、 なかなかコンサートに行けない状態が続いていたが、
春コンになってようやく参加できる目処が立った。

2002年4月28日、日曜日、さいたま浦和スーパーアリーナでのコンサート当日、朝。
久しぶりのコンサートを前に前日まで、ネットでの熱い書き込みを続けていた彼は、
危うく寝過ごしそうになった。
自宅の横浜から浦和までは2時間以上かかる。
慌てて飛び起きると荷物をまとめて家を飛び出した。
まずいな…時間がない…
コンサートの開始には間に合うだろう…だが…

彼は焦っていた。現地で調達しなければならなものがある。
横浜の東急ハンズには立ち寄る暇さえなかった。
電車に乗っている間、一刻も早く到着するようひたすら祈り続ける。
今回は、4thアルバムからの曲目が中心になると聞いていた。
であれば、里沙の出番は少なくない。

彼女が気付くかどうかはわからないが、できるだけ多くかき集めて応援してあげたい。
電車が駅につくと、彼は人波をかき分けて前へ前へと進んでいった。
159 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時07分51秒
会場周辺で必ず売っているはずだ…
キョロキョロと高い背をさらに伸ばして辺りを見回すが、今日に限って見つからない。

開始10分前…
人混みの流がれが絶え、遠くまで見通せるようになって、ようやく、
道路の向い側でサイリウムを掲げている露店を見つけた。
あった…
気ばかり焦せる中、車の通りが途絶えるのを待ちきれない。
ようやく道路を渡りきって青いサイリウム10本を買ったときには、
開演まで5分に迫っていた。

まずい…急がなきゃ…
サイリウムをデイパツクのポケットに無造作に突っ込むと、一目散に走り出した。
横断歩道まで戻るのさえもどかしい。
ガードレールを跳び越えて走る彼は気づかない。
彼の視線はまっすぐ、会場だけを捉えていた。

「キャーッ!誰かぁっ!」
後ろで発せられた女性の甲高い悲鳴に振り向くと3〜4歳くらいの小さな女の子が
道路の真ん中で筒状のものを拾っている。
誇らしげにそれを持って顔の上に掲げると、少女は彼に向かってにっこりと微笑んだ。
ハッとして背中の荷物に手をやると手応えはない。
迷っている暇はなかった。
160 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時08分18秒
再び道路に引き返すと急いで女の子を抱き抱え、
そのまままっすぐ道路を突っ切ろうと走る。
もうすぐだ…里沙にもうすぐ会えるんだ…
だが…

一瞬の激しい衝撃とともに視界はそこで途切れた。
彼の体は、翼を得たかのように大きく空に舞い上がる。
けれども翼のない彼の体はすぐに放物線を描いて落下した。
道路に叩きつけられた彼の腕はそれでも女の子をしっかりと抱きかかえている。
猛スピードで突っ込んできたその車の色は皮肉にも青だった。


室安室に横たえられた青年の遺体の前で女の子と母親は
小さく手を合わせ、深々と頭を下げていた。
青年の頭上には医師の配慮でか、買ったばかりのサイリウムが
青白い光を煌々と投げかけている。
その光は今まさに、ステージから青い色の動きを探しているであろう
里沙の想いに応えるかのように静かに青年の顔を照らし続けた。
161 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時08分50秒
2002年7月28日、日曜日、午後6時、東京代々木第一体育館。

続々と集まるファンに混じって、会場の入口付近に並び、大声で、
お願いしまぁす!と叫びながら何かを配っている一団の姿があった。

子供連れで訪れたある母親は、サッカー日本代表のユニフォームを着用したその集団に
あまり良い印象を受けなかった。、
ワールドカップの熱狂冷めやらぬ中、きっといろんなコンサートでこうして騒いでいるのだろう。
入口で受け取ったものに大して注意を払わず、すぐにゴミ箱に捨てようとした。
だが、捨てようとした長細い包みに子供が興味を持ったため、しかたなくそれを渡し、
母親は一緒に配布された書面に目を落とした。

2002年4月29日、月曜日、朝日新聞21面地方版の記事が掲載されている。
「幼女を救った青年、死して魂は青い光とともに。」
なんだろう?気になって読み進めると、モーニング娘。ファンの青年が、
道路に飛び出した幼女を身を挺して救ったとの内容だった。
162 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時09分04秒
キャッキャッとはしゃぐ子供が手に取る長細いものは
どうやらサイリウムというらしい。
「2ちゃんねる」とか「ヲタ」とかわからない単語を読み飛ばし、
さらに読み進めて母親はハッと息を止めた。
思わず紙を握る手が固まる。

母親は子供に声をかけた、
「お姉ちゃん…」
その響きに何か固い物を感じ取ったのか、
不思議そうに母親を見つめる子供の瞳に真剣さが宿る。

「今日はこれを使って里沙ちゃんも応援しようね…」
こくりとうなずいた女の子は、それっきりサイリウムには興味を無くしたかのように、
買ってきたばかりの加護のうちわをパタパタと扇いでは、
ミニモニの振りを確認するのに余念がなかった。
163 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時09分42秒
午後8時50分。

2時間半近いライブも既にアンコールを残すのみとなった。
「よーし、ラスト気合入れていくよっ!」
「おお!」
勢いよく舞台に駆け出したメンバーは驚きの余り、息を呑んだ。

一面の青。
一瞬、青い海原を前に立ち竦んでいるかのような錯覚さえ覚え、
娘。たちは声を失った。
会場一杯に隙間なく並べられた青、青、青の光たち。
さながら青い絨毯のように隈なく敷き詰められた青白い照明は
なにか言葉では説明できない荘厳なメッセージを発しているかに思えた。

そしてアンコール一曲目、「なんにも言わずにI LOVE YOU」のイントロが流れ始め、
その音楽に合わせて会場全体が揺れた。
いや、一面の青が動いたため、揺れたように見えた。
ゆっくりと、そしてしっかりと手のひらに握られた青いサイリウム。
ひとつひとつのそれは小さな青い光でしかないけれど、
一万人の手が掲げるそれは今や青い奔流となって会場に溢れ出した。

青く塗れ!
青年の夢は今、無限の翼を得て羽ばたく。
そして里沙は漕ぎ出していく。
青年の、いや、彼を愛するものすべてが夢見た青い海原の上を。

その夏、日本にもう一度、青い奇蹟が舞い降りた。
164 名前:青く塗れ! 投稿日:2002年07月05日(金)17時10分29秒





おわり
165 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)17時56分46秒
しあわせしあわせ
しあわせって何だろうね
どこにあるんだろうね

「ハイ、OK!お疲れー!」

その声を合図にあたしたちは営業用スマイルを崩して
一気にいつもの疲れた表情に戻る。

シャッフルの歌収録は一日に何本あるかわからないくらい
詰め込まれていて、あたしは自分のユニットの曲中で
しあわせですかーと歌うたびに、
しあわせってなんだよーって心の中で呟いてる。
そんな最近の日々。
166 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)17時57分55秒
あたしだってお年頃。
恋もするしそれなりに悩みだってある。

彼氏はいるにはいるけど微妙な感じ。
ちゃんと付き合うのはやっぱり無理で
ひたすら隠れるように逢うのも
ふたりで写真を撮るたびに少し憂鬱になるのも
今の疲れ果てたあたしには、面倒くさくって。

面倒くさいってことはこれはもう恋じゃないのかな。
あー。考えるのも面倒くさいよ。

167 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)17時58分46秒
次の収録まで待ち時間が少し。
やった。少し眠れるかもー。

楽屋のドアを開けるとその中は
ぐったりとしたメンバーたちが
ぐったりとした重たい空気につつまれていた。

いつもは元気な中学生チームも相当疲れているみたい。
そりゃそうだ大変だ。ツアーの後そのまんまミュージカルで
それが終わったら今度はシャッフルでしょー。合間にはレッスンの嵐だし。
それに加えて学校まで行ってるんだから。いくら若いっつってもねぇ。
そんなことを思いながらソファに横になる。はぁ、ダルい。

「あー。誰かのののお菓子また食べたでしょー。」

いきなり大声を出した辻にびっくりした。
168 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)17時59分32秒

「…っさいなー。起こすなよー辻!」

そう叫んだやぐっつぁんは起き上がっていらいらと頭を掻き毟った。

「だって…」

ふてくされて黙り込む辻。ちょっとかわいそう。それでも誰もフォローしない。

昨日の夜はラジオだったやぐっつぁんが人一倍疲れてることだってわかるし
辻に悪気が無いことだってよくわかってる。
それでも面倒くさいんだな、揉め事が。

たまーに全員が集まれば流れるこんな空気。
疲れのせいにして甘えてるあたしたち。
誰もが見て見ぬフリでやり過ごすのね。
こんなんであたしたちは大丈夫なんだろーか。
まともな大人になれるんでしょうか?教えてつんく先生!
169 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時00分16秒
そのとき加護がぽつりと呟いた。

「あ、鳥。」

加護の指差す方に目をやると
楽屋の出窓の外側に鳥が1羽降り立っている。
珍しい、青い鳥だ。うあーきれいな鳥。

「きゃあっ!」と叫んでよすぃに抱きつく梨華ちゃん。
大丈夫だよぅ。外にいるんだからさぁ。ホント大げさなんだから。
あれ、よすぃもまんざらでも無さそう。鼻の下伸びてますよ。
あは、このバカップルが!

「…オオルリですね。」
「さすが紺野だね。すごい知識。」
「…オオルリが都内で見られるなんてすごい奇跡です。
 この鳥は森林性ですし滅多に見られないんです。
 バードウォッチャーに人気も高く…」
170 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時01分05秒
紺野の熱弁を遮ってかおりが叫ぶ。

「しあわせの青い鳥じゃん!!」
「それって童話だっけ? えっとお菓子の家が出てきてー」
「それはヘンゼルとグレーテルでしょ、なっち。」

さすがやぐっつぁん、的確なつっこみ。

「青い鳥はぁ、チルチルミチルじゃないですかぁ。」

さすが梨華ちゃん、なぜかかちんとくるつっこみ。

「…そうです。原作はメーテルリンクです。チルチルミチルという兄弟が
 しあわせの青い鳥を探して旅をするんですが、なかなか見つけられないんですよね。」
「さっすが紺野だね。すごい知識。」

「うおーー!なっつかすぃーー!!」
「ちょっとよっすぃ突然叫ばないでよぉ。」

「それって最後どうなるんだっけ。結局見つけられないんだっけ?」

圭ちゃんの言葉に全員が考え込む。


171 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時01分51秒
そのとき青い鳥がばさばさと飛び立っていった。

…思い出した。

世界中を旅して回ったチルチルミチルは
結局青い鳥を見つけられずに、お家に帰るんだよね。

そしたら、結局青い鳥はお家にいたんだっけ。

小さい頃そのお話を読んだとき、あたしは
それじゃあふたりが旅にでた意味は無かったんだね
ばっかだなーなんて思ってた。

けどほんの少しだけおとなになった今

しあわせってしあわせって

ここに、近くにあるけど、普段は気づかないって
そんなもんなのかなーって。そういうことですか?
メーテルなんだっけ…シロップさん?て違うか。
172 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時02分34秒
じゃああたしのしあわせはすぐ近くにあるってことか。

例えば、家族。大好きな家族。
強い母、強い姉。
馬鹿だけど憎めない可愛い弟。

例えば、メンバー。
ぐるりと楽屋を見回す。

めちゃめちゃ疲れているくせに
誰もが多分さっきの沈黙を気にかけていて
青い鳥の話に全員が目を輝かせて、一斉に食いついている。
173 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時03分13秒
やぐっつぁんが辻の頭を撫でながら

「そういえばさーお菓子の家、加護だけ貰ったんだよね、ずるくなーい?」

なんて言い出して

「そうだ!あいぼんだけ!」

嬉しそうに叫んだ辻はそのまんまやぐっつぁんの膝の上へ。

「ぐぇ。」
と潰れたやぐっつぁんは辻の下でもがいている。あは。



174 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時03分52秒
「私もそれテレビでオンエア観ましたよ!」
「マジで!」
「でじま!」
「マジでじまぁ!!!」

頑張って話題に加わる五期メンズ。
お豆ちゃん、顔が必死でちょっとおもしろい。

「な、なんですか急に。それがどうした!!ていうか青い鳥のハナシは!」

耳を真っ赤にさせた加護をみんなでけらけらと笑う。

175 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時04分33秒
いろんな面を見せ合って
ケンカしたり泣いたり負けたくないって思ったり
嫉妬したり憧れたりうざかったり煙たかったり

それでも助けられたり
こんなふうに元気をもらっちゃったり

はぁ。なんとなくため息が出た。これがあたしのしあわせ?
勘弁してよー。お年頃なのにぃー。
けどなぜか優しい気持ちになれちゃうんだな、不思議と。

こんな気持ちになれるなんてね。らしくないかも。
あたしも変わったなー、なんて。
あたしはこっそり微笑んでから穏やかな気持ちで目を閉じた。

今だに青い鳥の結末を話し合う声と
永遠に続きそうなまじでじまーが段々遠のいていく。
おやす、みー……
176 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時05分22秒



「あーよく寝てる寝てるー。」
「口開いてるよ、ごっちん。」
「こうして見るとこいつもまだまだ子供だなぁ。」
「そろそろ起こさないと、メイクさん待ってるし。」
「おーーい、ごっちーーん。」

うーーん… 「こ、紺野好きだ―!」


177 名前:幸せですか? 投稿日:2002年07月05日(金)18時06分02秒
はっ。あたしまたミュージカルの夢見てたぁ。
よだれをごしごし拭いながら起き上がると
げらげらと笑いながら楽屋を出て行くメンバーたちが目に入った。
なぜか赤い顔をした紺野が

「ご、ごとうさん…。じ、時間ですよ。」

と潤んだ瞳であたしを見つめて呟くと
恥ずかしそうに目を伏せてだだだっと走り去って行った。

んあー?どしたんだろあのコ。
やけに色っぽいじゃないの。負けてらんないよー。
なんてったってあたしはセクシー8ですからね。
よし。行きますかぁ。

あたしは伸びをして顔をぱしゃりと叩いてから、立ち上がった。



                             おわり





178 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時24分31秒

――― ―――

「なんかさぁ‥‥」
「ん‥‥」
「久しぶりだよね」
「‥ん‥‥」
「なごむよな」
「‥‥ん‥‥」
紗耶香の言う言葉に、真希は目を閉じて、頬を赤く上気させながら、気持ち良さげに頷いた。
  
179 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時25分06秒

――― ―――

近頃は、同じ仕事になる機会はめっきり減ったものの、今日は偶然にも、紗耶香も真希もそれぞれ予定されていた打ち合わせが午前中で終わった。
そういうわけで――真希の提案により、疲れた身体を癒すため、こうして真希行きつけの銭湯に、二人して向かうことになったというわけだ。

後藤は変わった。
変わってしまった。
銭湯の脱衣所で、あらためて紗耶香はそう思った。

昔の真希は裸に対する羞恥心はないに等しく、素っ裸で前も隠さずにいたのに、今の真希は先に裸にはなったものの、タオルでしっかり前を隠し、恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジしながら紗耶香の脱衣を待っている。

紗耶香も、久しぶりに見る真希の身体が、知っているものとはかなり異なっていて、そこらあたりで、妙に緊張している自分に気づいてかすかに苦笑した。
丸みを帯びた曲線、白い柔和な肌の色。
かもし出す雰囲気は妖艶な女性のようで。

昔はおこちゃま、だったのにな。
自分の成長は棚に上げて、その事実が紗耶香を少しばかり寂しい気持ちに浸らせた。
  
180 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時25分41秒

――― ―――

「ったく。寝るんじゃないのっ」
紗耶香はむっとしたように口を尖らせると、浴槽のふちに顎を乗せている真希に、自分の肩をぶつける。
柔らかく熱い皮膚同士がこすれあって、何ともむずがゆい感覚に襲われた。
真希は目をパチパチと2〜3回瞬かせて、ぼーっと紗耶香の顔を見つめる。

平日昼間の銭湯は人影もまばらで、ガラガラにすいている。
背中に青いタイルで描かれた富士山を背負いながら、紗耶香と真希は仲良く肩までお湯につかっていた。

「しっかし、あたしはともかく、天下の『後藤真希』に誰も気づかないのかね?いくら年寄りが多いからってさぁ」
「こんなとこにいると思ってないんじゃない?ごとー、何度も来てるけど、何も言われたことないよ」
真希は嬉しそうにニコニコと笑う。
  
181 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時26分19秒

湯船につかる二人の視線の先に、湯気の間から、おばあちゃん達の白い、年月を感じさせるまろやかな肢体が見え隠れする。
浴室内の古いスピーカーから、おばあちゃん受けしそうな演歌の有線放送が、ゆったりと流れている。

若い子が、このような昼間という時間帯に銭湯に入ってくること自体が珍しいのか、大浴場に入った時こそ、ジロジロと好奇の視線をあびたが、二人が並んで身体を洗い終わるころには、マイペースなおばあちゃん達は、温泉につかったり、サウナに入りはじめていた。

「いいじゃん。久しぶりにマッタリできるし」
浴槽の淵に顎を乗せたまま、真希は柔らかい微笑を浮かべる。

「あたしは、この一年間、十分マッタリ過ごしてきたから‥‥」
真希の言葉を受けて、紗耶香は独り言のようにぶつぶつと呟くと、いきなり立ち上がった。
真希の目線の位置に、紗耶香のぷりっとしたお尻がさらされ、湯船につかって上気した真希の頬がさらに赤くなる。
そこには青い花が咲いていた。
  
182 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時27分08秒

「少しは刺激的に過ごしたいー」
まるで夏、誰もいない海に向かって叫ぶかのように、腹の底から声を出す。
浴場中に紗耶香の叫び声がエコーのかかった状態でこだまして、おばあちゃん達の視線が一斉に二人に向けられた。

自分の声とおばあちゃん達の冷たい視線にはっと我に返った紗耶香は、赤面し、ポチャンと音を立てて湯船に沈み込む。

「‥‥温泉でも騒がれるくらい?」
静かに声で、真希の遅い突っ込みが入る。
「う‥‥ごめん」
「じゃあさぁ、いちーちゃん、叫ぶのはやめようよ」
「‥‥後藤に諭される日が来るとはね。‥‥嬉しいような、悲しいような」

自分の知っている後藤は『いちーちゃぁん』と甘ったれた声を出す、可愛い可愛い子供だったのに。
今では後藤も、先輩として、背中を追われる立場にいる。
‥‥わかってはいるけど‥‥やっぱり‥‥寂しいな。

紗耶香が大げさにため息をつくと、真希ははにかんだような笑顔を浮かべて、エヘヘヘ、と笑った後、「‥‥市井ちゃんの‥さぁ‥‥青い‥‥よね」とためらいがちに呟いた。
  
183 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時27分40秒

「‥‥‥‥」
紗耶香は返す言葉に詰まり、黙って真希の顔を見つめた。
「‥‥いちーちゃん、怒った?」
自分で振った話題にも関わらず、真希は泣き出しそうな顔で尋ねる。
「‥‥全然」
「嘘だぁ。‥‥怒ったでしょ。‥‥いちーちゃんの鼻の穴がヒクヒク動いたもんっ」
真希がほとんど泣き声で叫ぶ。

「‥‥‥これは、あれだぞ。りっぱなアザなんだからな。赤ちゃんの印じゃないぞ。」
紗耶香はため息をつくと、苦笑いで立ち上がり、真希の鼻先にお尻を突き出し、青い花に触れる。
真希の上気した頬がまた赤くなった。
「‥‥そうなの?」
かすれたような声で真希が呟く。

「当たり前だろ。市井をいくつだと思ってるんだ!」
照れくささを隠すように紗耶香は早口でそう言うと、『ドブン』と音を立て、勢い良く、お湯の中に身体をつける。
  
184 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時28分18秒

「‥‥赤ちゃんとは思ってないけど‥‥でも、ほら、みんなと一緒にお風呂入ったことあるじゃん?あの時も‥‥みんな、お尻のことには触れないようにしてた」
「あ?」
「真っ先に、裕ちゃんにクギさされたもん。『青いなんて言ったらアカン』って」
「‥‥‥」
「‥‥‥モーコハンなんて、言っちゃいけないって」
「‥‥蒙古班じゃないって」

「何だぁ、市井ちゃん、気にしてないんだ。ごとぉ、いちーちゃんのお尻が、気になって気になってしょうがなかったのに」
「‥‥‥」
じろっと無言で、紗耶香が真希の顔を睨む。
「‥‥あはっ」
先ほどまでの泣き顔が嘘のように、真希は心から嬉しそうに笑った。
  
185 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時28分59秒

しばらくすると、店の人が有線放送のチャンネルを変えたらしく、およそ銭湯には似つかわしくない、アップテンポの曲が流れはじめる。

「‥‥この曲」
真希が眠そうな声で呟く。

「あー‥‥FIFA公式ソングだね」
「‥‥最近、この曲ばっかりだよね」
「あー、世の中、ワールドカップだからねぇ。だから、この温泉もこんなに空いてるのかな」
「‥‥関係ないんじゃない?」
「日本代表の、青いユニフォームね。あれって富士山をイメージしてるんだってさ」
「‥‥ふーん」
「あのなぁ、日本中が盛り上がってるんだよ。もうちよっと、こう‥‥」
「‥‥んー‥‥」
紗耶香が何を言っても、真希は気持ち良さげにコクコク頷くだけで、ほとんど眠ってしまいそうだ。

「‥‥後藤はサッカー、何人でやるか知ってる?」
「ん?‥‥それくらい知ってるよぉ」
「何人だよ?」
「11人‥‥‥市井ちゃんだよぉ」
「はぁ?」
「11で、イチイじゃん」
「‥‥‥」
「ねぇ、ごとー、すごいこと思いついた。ねぇ、ねぇ、『笑点』やろう!『笑点』」
先ほどまでの眠たそうな顔が嘘のように、真希は瞳を大きく見開き、紗耶香の肩をつかんで力任せにグイグイと揺さぶる。
  
186 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時29分48秒

「何だよっ」
真希の柔らかい肌がこすれる感触が照れくさくて、紗耶香は大きな声で叫んだ。

「ねぇ、ねぇ、やろうよぉ」
「あー‥‥わかったから、そんな、ひっつくなっ」
「いちーちゃん、やるよぉ」
「このやろう‥‥聞いちゃいねえな‥‥」

「日本サッカーチームとかけて、いちーちゃんと解きます」

「‥‥‥その心は?」

「『青いイレブン』‥‥あはっ」

「エヘヘヘ‥‥市井ちゃんも青いしさ」
真希がはにかんだような笑いを浮かべる。
真希の言わんとすることの意味がわかって、紗耶香の頬は、そのお尻とは反対に赤みがさしてくる。
  
187 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時30分25秒

『ポカッ』

「痛いよぉ。いちーちゃん」
真希は両手で頭のてっぺんを押さえ、唇を尖らせた。
「痛いように叩いたんだから、当たり前」
「ぼうりょくはんたい」
「‥‥‥」
涙目になった、真希を見て、『トクン』と心臓が大きく跳ねたが、それを無視して、紗耶香は隣の薬草湯の尾黒くにごった浴槽に飛びこんだ。
温度を幾分高く設定しているのだろう。
チリチリと皮膚の焼けるように熱い。
  
188 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時31分00秒

「いちーちゃあん」
真希の情けない声が、銭湯内に響いたが、振り向かず、黙って聞き流した。
背中に、じぃっと自分の背中を見つめる真希の視線を感じる。

‥‥『青いイレブン』か。
不覚にも少し笑ってしまった。
今日はやられっぱなしだけど。
かっこいい、いちーちゃんはこれからだからな。
覚悟しとけよ、後藤。

紗耶香はふつふつと沸いてくる闘志を胸に秘め、自分の背中をを見つめているであろう真希に、無言で手招きをした。
  
189 名前:青いイレブン 投稿日:2002年07月05日(金)23時31分44秒

おしまい。
  
190 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時52分43秒
「記録的な暑さ」なんて言葉は毎年の様に使われるけど、今日は本当に暑い。
気温は軽く40℃を超え、そこら中で次々と人が倒れている。もはやこれは異常だ。
そんな感じだから、メンバーが皆ぐったりしているのも無理は無い。
椅子の背もたれにだらしなく体を預けたり、テーブルに突っ伏したりで楽屋内は静まり返っている。
クーラーを使えばいいのだが、無情にも故障中だ。
ならば他の部屋に行けばいいと言われるかもしれないが、何時呼び出しが掛かるか分からない待機状態がそれをさせてくれない。
191 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時53分39秒
私はもう気が狂いそうだ。着ている物を全部脱ぎ捨てて、大声で叫び回ったらどんなに爽快だろう。
それをやってしまわないのは、動く元気すらないからだ。
こんな事を、買って直ぐに温くなってしまったジュースを手で転がしながら考えている。
この暑さ、どうにかならないのだろうか。
ん……なんだか、意識が薄れてきた……。猛烈な眠気を感じる……。
眠い。このままでは……。
192 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時54分47秒
私は、砂漠に立っている。どこまでも続くかの様な砂漠だ。空と砂以外には何も無い。
何だ? 何がどうなってる? 私は何故ここに居る? 全く理解できない。私は、夢を見ているのだろうか?
太陽の光が遠慮無く肌を突き刺し、眩暈で立っていられなくなった私は、膝を突いて頭を抱えた。
暑い。さっきまでの暑さなんて比べ物にならない。汗がダラダラと全身から噴き出す。
仮にこれが夢だとしても、この渇きは本物だ。体が干上がってしまいそうだ。
ここに居ては危ない。どこか安全な場所へ行かなくては。
しかし、ここは砂漠だ。空と砂以外には何も無いのだ。どこに安全な場所なんて有るというのだ。
この絶望的な状況下で、とにかく私は歩き始めた。
193 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時55分24秒
時間感覚が狂っている。歩き始めてからどれ位経ったろうか?
もう何時間も歩いた気がするが、ほんの数分しか歩いていない気もする。
だが結局、行けども行けども何も見つからない。私の疲労は頂点に達し、後ろ向きに倒れ込んだ。
もう1歩も動けそうに無かった。太陽光線が容赦無く私に降り注ぎ、皮膚を焼く。
今はただ、この青空が憎かった。こんなにも雨が恋しくなったのは初めてだ。
……。……また意識が薄れてきた……。猛烈な眠気を感じる……。
眠い。このままでは……。
194 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時55分58秒
目が覚めると、視界に空が飛び込んできた。
体を起こすと、やはり砂漠だった。
が、さっきまで無かった物が視線の先に存在している。あれは……オアシスだ!
私は夢中で駆け出した。砂に足を捕られて上手く走れないが、それを振り切る様に全力で走った。
水が飲める! 水が飲める! 水が飲める!
水辺へと辿り着くと、私は、空よりも青く透き通る水の中へそのまま頭から飛び込んだ。
全身を包む冷たい水は、何よりも気持ち良く、焦げた素肌に染みた。そして水に潜ったまま、存分に喉を潤す。
息が苦しくなるのもお構い無しに私は水を飲み続けた。今は苦しさより、渇きを癒すほうが最優先だと思った。
195 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時56分33秒
満足して水面から頭を出すと、涼しい風が頬を撫でていった。
生き返った様な気分とは、こんな感覚のことを言うんだろう。
今なら全てを受け止められる。
どうしてこんな事になったのかは解らないけど、なってしまった以上はここで助けを待とう。
そんな考えが頭の中に浮かんで、私は水から上がろうとした。
!? 体が進まない。何かに足を掴まれている。何が起きたのだ? 
私は恐る恐る足に目をやった。……信じられない。
196 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時57分44秒
私の足には無数の手が絡み付いていた。一瞬間を置いた後、私は絶叫し、激しく手足をバタつかせる。
すると、手は一斉に私を水中へと引っ張り始めた。物凄い力だ。私はあっという間に水底へと引き摺りこまれてしまった。
苦しい……息ができない……。器官に水が入り、激しくむせ返る。焦りが冷静な判断力を奪う。
何? 何? これは一体何なのだ? 私はここで死ぬのか? 
段々と意識が薄れて行く。こんな時なのに猛烈な眠気を感じる……。
眠い。このままでは……。
197 名前:砂漠とひとみとオアシスと 投稿日:2002年07月05日(金)23時58分40秒
目が覚めると、私は元の楽屋に居た。
同じ姿勢のまま壁にもたれて座り、手には温いジュースを持って。
体中汗でびっしょり濡れている。なんだ、やっぱり夢か。しかし随分と質の悪い悪夢だ。
まだ心臓が早鐘を打っている。私は頭を振って経ちあがった。
え……胃の中で水が揺れる音がした。
198 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時46分51秒

ここはどこなんだろう?
私は誰なんだろう?

飯田圭織。
国民的アイドルグループ『モーニング娘。』のリーダー。
北海道出身、東京在住、20歳。

ここはどこなんだろう?
私は誰なんだろう?
 
199 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時48分26秒
ラジオの収録を終え、誰も待つ人のない部屋へとタクシーで帰る。
見慣れた夜の街にはとくに目を向けたくなるようなものはないし、
運転手さんと話したいこともないから、まぶたを閉じてうつむいて、
疲れきったふりをして、ドアにもたれて静かに死んだふり。

モーニング娘。の名前だけリーダー・飯田圭織。
ソロで、メジャーで、歌を続けていけるほどの人気は、たぶん無い。
その気になれば事務所がなんとかしてくれるんだろうけれど、
そんなものにいったいどんな意味が、価値があるんだろう。

モーニング娘。じゃない私は、いったいどんな存在なんだろう。
ときどき、カラッポの自分を感じる。
私はいったい何者なんだろう。
私はこれからどうなるんだろう。
私はどこへ行くんだろう。
どうすべきなんだろう。
ときどき、そういうことを考える。
200 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時49分29秒
できるだけ悩まないように、悩み事なんかに深くとらわれないように
しようと心がけているけれど、一度そういうことを考え出してしまうと、
深く深く自分の中に沈みこんでいってしまう。

そうやって深刻に考えすぎてしまう性質だけれど、その深刻な悩みを
自分の中で消化して解決できるほど、私は言葉が上手じゃない。
だけど、自分一人の憂鬱を周囲にまで広めてしまいたくはないから、
誰にも何も言わず、助言をもらうことも、あまりできない。したくない。

そうは思っても、結局、お酒の勢いに任せてぶちまけてしまうことも
あって、でも、それは、その場限りの話で終わって、ただのストレス
解消にしかならなくて、それはそれで救いにはなるけれど、根本的
には何の解決にもならなくて、ただただ自分の弱さをさらけ出して
しまったことに落ちこみ、自己嫌悪におちいってしまう。
 
201 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時50分06秒
少し歩きたかった。
最初に告げた行き先──自分の部屋のかなり前でタクシーを降りる。
10分は歩けるだろうか。もっと歩くかもしれない。

見上げた空に月はなく、星もなく、ただ真っ黒。
いくらも歩かないうちに、真っ黒な空からポツリと雨が降ってきた。
雨はまったく助走をつけずに、いきなり、バケツをひっくり返したような
どしゃ降りになる。
202 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時50分59秒
たとえば私は、傘を用意していけば雨は降らず、
用意しないときに限って雨に降られる──そういう女だ。
タイミングが悪いんだか、運が悪いんだか。
そういうタイプの人というのはどこにでもいて、私がそれで。

自分の心の中だけの問題かもしれない。
それだけじゃないかもしれない。
知らない。わからない。

それでも、たぶん、私はそういう女だ。
この状況がまさにそれだし。
おとなしくタクシーに乗っていればこんなことにはならなかったのに、
ただ少し歩きたくなって、そうしようと思って行動した結果が、これだ。
203 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時51分39秒
痛いほどの雨に打たれながら、小走りで部屋を目指す。
歩いて10分。
そんな距離を走り続けるのはきつい。

マンションだか雑居ビルだかの、細長い建物の出入口に緊急避難して、
とりあえず一息つく。
そういえば、スタッフの誰かが、明日は大雨だとか言ってた気がする。
思いっきり、今、降ってるんですけど。

通り雨だろうか? 本降りだろうか?
すぐにやみそうだけれど、このまま朝までやみそうにもない。
たぶん、きっと、このまま私がここで雨宿りしている限りは、朝まで
やまないかもしれない。そして、私がこの雨の中を走って部屋まで
帰ると、着いた途端に雨がやむ。
そんな気がする。
いや、きっとそうなる。
204 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時52分17秒
げんこつみたいな一滴一滴の雨がアスファルトにはじけて、
個のない水のかたまりになって、排水溝に流れ落ちていく。
真っ黒な空から降り注いだ雨粒たちは、雨粒という自分自身の
姿をなくして、アスファルトに広がる水の一部となって、
まるで何かを求めるように、排水溝へと殺到していく。

彼女たちは、彼らは、どこへ行くのだろう?
あの排水溝はどこへと繋がっているのだろう?
私はそんなことも知らない。
雨粒という個を失った水のかたまりは、下水道を流れ、
汚濁に混ざりこみ、川に合流して、いくつもの流れと同化しながら、
海へと流れて行くのだろうか?

私はその行く先を知らない。
205 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時52分53秒
雨は降り止む気配を微塵も見せない。
私は足を踏み出し、雨の中へと飛び出す。
走ろう。

冷たく汚い雨に打たれながら、アスファルトから立ちこめる埃の
匂いを振り払いながら、走った。
この雨と一緒に、ごちゃごちゃしていて重たくのしかかるモノを、
黒い、青い、私の思いを、流してほしかった。

あの排水溝に流れ落ちていく雨水のように、私の思いも、
下水道を漂い、川を伝い、いつか海になる日がくるのだろうか。

この雨のように、私もいつか海になれるだろうか?

明日は晴れるだろうか?
 
206 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時53分41秒


飯田圭織の、今夜も交信ちゅ〜!
今週も、ざぶざぶ〜んと、波、出してくぞぉ!


信じた道を突っ走れ。迷信高速道路!


ねぇ〜、でも、なんで海って青いんだろうね?
だってさ、普通、水って透明じゃん。
え? なんか青くなる成分とか入ってるから?
そんなわけないじゃん。
成分って何? え? 塩?
絶対違うから。(笑)
ねぇ〜、どうなんだろう?
だってさ、普通の水に塩溶かしたって青くなんないじゃん。
海の水と、水道とかの水って、ぜんぜん別なのかな?
だから、塩はいいから!(笑)
そんなねぇ、海水と真水の違いくらいわかってるって。
光とかなのかなぁ?
ねぇ〜、でもね、どうなんだろうね?
えーと、どうして海が青いのか知ってる人は、番組までおたよりか、
メールか、ください。
 
207 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時54分30秒



○月○○日(木) 11:29

海が青いのは、空が青いからです。
たぶん。

じゃ、おやすみ。

 
208 名前:海になりたい青 投稿日:2002年07月06日(土)00時55分10秒


部屋に帰り着くと、やっぱり雨はすぐにやんで、
何もなかったかのように夜は静かだ。
湯船につかりながら少し笑って、こんな自分を愛してあげられる、
そういう自分に、私はなりたいと思う。
愛する自分と、愛する仲間たちと、愛するすべての人たちと、
一緒に海を目指し、流されるのではなく、走っていきたいと思う。


ここはどこなんだろう?
私は誰なんだろう?

飯田圭織。
国民的アイドルグループ『モーニング娘。』のリーダー。
北海道出身、東京在住、20歳。

私は、飯田圭織だ。



・OVER・
209 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時43分27秒
ある日、こんなメールが届いた。
210 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時44分27秒
『拝啓、吉澤ひとみ様
 暑さ厳しき折いかがお
 過ごしでしょうか。

 早速ですがこの度、私
 が殺し屋。あなたがタ
 ーゲットとして決定い
 たしました。
 つきましては、今日、
 あなたの命をいただき
 ます。

 ではそれまで、くれぐ
 れもお体にお気をつけ
 ください。

         敬具

     FROM 青』
211 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時45分32秒
──なんだこりゃ。

殺し屋? ターゲット? 命をいただくって……。
これってあたしを殺すってこと?
にしてはこの書き方……。
こんな丁寧な殺人予告なんて初めて見た。
いや、他のを見たことある訳じゃないけど。
だいたい、あたしには殺される理由なんか無い。

差出人のアドレスに見覚えは無い。
加護のイタズラだろうか?
しょっちゅう矢口さんや梨華ちゃんにイタズラメール出してるって言うし。
でも、あいつ『拝啓』なんて知ってんのかな?

……まあ、いいや。

この携帯のアドレスを知ってるのはメンバーだけだし、
きっと誰かのイタズラなんだろう。
そう判断したあたしは、携帯をポケットにしまった。

ごった返す駅のホームで、ぼんやりと電車を待つ。
高額納税者なのに、電車で通勤なんてどうなんだろ。
ていうか、アイドルがこんなところにいていいのかね。

目深にかぶったキャップ。
飾り気の無いシンプルなグレーのシャツとジーンズ。
誰もあたしには注目しない。
こうしてると意外と気付かれないもんだ。
周りには朝からぐったりとして見えるサラリーマンたち。
日本のお父さんは大変だぁ。
いや、あたし達も充分大変だけどね。
212 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時46分34秒
ガタンガタン

リズミカルな音を立てて電車がやってきた。
あたしはMDを聞きながら、どんどん近づいてくる電車をなんとなく眺めていた。

とん

背中に軽い衝撃を感じた。
ふわりと体が前に泳ぐ。
あたしはまだ電車を見続けていた。
どんどん大きくなる鉄のカタマリ。

「あぶない!」
ぐいっと手を引かれた。
目の前を鉄のカタマリが通り過ぎてゆく。

「大丈夫かい、あんた。急に飛び出したりして」
「あ……だい…じょうぶ。大丈夫です」
こわばった舌を無理に動かしてどうにかそう答えた。
自分でも何が起こったのか理解できていない。
深呼吸をして、ふっと顔を上げた。

そのとき、視界の端に人の流れに逆らって進む、青いシャツの姿が映った。
213 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時47分09秒
……まさか…ね。

いろいろと聞かれたせいで、二つほど後になってしまった電車に揺られながら、
あたしはまだ半信半疑だった。
確かにさっきは下手をすると大怪我をしていたところだ。
いや、もしかすると命さえも。
でも、正直実感が湧いてこない。
それはそうだろう。
誰だって自分が命を狙われてるなんて信じられる訳が無い。

あのふざけたメール。
『青』とか言うやつの送ってきたアレ。
あの殺人予告は本当だったんだろうか。
でもなぜ?
あたしには殺される理由なんて思いつかない。
そりゃあ、芸能界にいればいろいろと恨みを買う事だってあるかもしれない。
それにしたって、殺されるなんてこと……。

流れていく窓の外の景色を見ながらため息をひとつ。
やっぱり偶然だよ。
メールはイタズラ。
押されたと思ったのもあの混雑で誰かがぶつかっただけ。
そう、全部あたしの勘違い。
214 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時49分56秒
駅について、電源を切っておいた携帯を取り出す。
ボタンをしばらく押していると、カラフルな画面が現れる。
メロディとともに可愛いアニメーションが表示される。
メールが一通届いていた。


『これはただのご挨拶で
 す。
 今日一日はまだ長い。
 必ず約束のものはいた
 だきます。
 それまではゆっくりこ
 の続きを楽しみましょ
 う。

 では、そのときまで。


     FROM 青』


あたしはぎゅっと携帯を握り締めた。
……勘違いじゃ…なかった。
本当にあたしは命を……。
そんな馬鹿な! どうしてあたしが!

携帯がまた軽快なメロディを奏でた。
あたしはびくりと体を震わせる。
再びメールが届いていた。
液晶に浮かぶ差出人は……さっきと同じ。
震える指でボタンを押す。
215 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時50分34秒
『きっとあなたは今ごろ
 疑問に思っているでし
 ょう。なぜ自分が命を
 狙われるのかと。

 これは一種のテストな
 のです。
 人の強さを確認するた
 めのテスト。
 毎年、殺し屋とターゲ
 ットがランダムに選ば
 れます。
 指定された日に、マー
 ダーがターゲットを殺
 せばマーダーの勝ち。
 逃げ切ればターゲット
 の勝ち。
 勝者には望むもの全て
 を。そして、敗者には
 ……死を。

 失われつつある日本人
 の闘争本能を試す。
 これはそういうテスト
 なのです。

 警察に頼ろうとしても
 無駄です。 
 このテストを行ってい
 るのは……この国その
 ものなのですから。


     FROM 青』
 
216 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時54分23秒
膝に手をついて、ようやくあたしは足を止めた。
はあはあと声が聞こえ、自分が肩で息をしてる事に気付く。
背中は汗でびっしょり濡れていた。
いつの間にかあたしはスタジオの前まで来ていた。
でもどうやってここまで来たのか記憶がない。
夢でも見てたみたいだ。

夢……。
ずっと握ったままだった携帯を見る。
……夢じゃない。さっきのメールはそのまま残っている。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。
自分が怖がっているのか、怒っているのか、それさえも分からない。
もちろん、こんな話信じられない。そう思ってる自分もいる。
でも……。
さっき、駅員さんはあたしの言う事を信用してないように見えた。
事故に違いないって決め付けてるように見えた。
もしかして全部知っててわざと……。

さっきのメールが本当なら警察は頼れない。
もともとこんな話信じてもらえそうにないけど。
今のあたしはひとり。
頼れる人はいない。

ううん、違う。
あたしには仲間がいる。ずっと一緒にがんばってきたメンバーが。
だから無意識のうちにここに来ていたんだ。
みんながいればきっと大丈夫。
とにかく、みんなのところへ。
あたしはスタジオの中へと入っていった。
217 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時55分19秒
まてよ。

『青』はどうしてあたしのメールアドレスを知ってたんだろう。
用心のため、携帯の名義はお父さんになっている。
あたしがこれを使ってる事を知ってる人は少ない。
そりゃ国が絡んでるなら、そんなこと調べるのも簡単かもしれないけど……。

でも……でも、もし。
もし、あたしの知ってる人が『青』だったら。

「どーーん!!」
「わああああ!!」
背中に感じた衝撃にパニックになったあたしは、しがみついてきたそれを力任せに振り払った。

振り返ったあたしが見たのは、口元に手を当ててこちらを見つめる加護と、
廊下にしりもちをついて、まん丸になった目でこちらを見上げる辻の姿。

「うわぁぁぁぁん! よっすぃーがぁ!!」
泣き出した辻を、加護が心配そうに伺う。
「ご、ごめん、ちょっと考え事してたからびっくりして……」
必死でなだめようとするのに、辻は頭を振って聞いてくれない。

弱ったな……。こうなったらののはしつこいんだよね。
やれやれと首を振るあたしの目に、楽屋のドアが開き誰かが出てくるのが見えた。
スタッフの人かな?
見覚えのない姿。ただその青いシャツがあたしの意識に引っかかった。

今のは……。
218 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時56分32秒
「ちょっと、なに廊下で騒いでんのよ!」
聞き覚えのある厳しい声が聞こえた。

「保田さん……」
仁王立ちのサブリーダーに、喚いていた辻もぴたりと泣き止んだ。

「あ、すみません。それが……」
「あーー! おばちゃん、その服へんなのー!」
言い訳しようとしたあたしの声を遮って加護が叫ぶ。

加護が笑った保田さんの格好。
白いハーフパンツに黄色いTシャツ。
その胸には四角い布が縫い付けてあり、
いかにも手書きの文字で「ケイ」と書かれていた。
「ほんとだ! 運動会みたい! かっちょわるーい!」
辻も指を指して大声を出す。
今泣いてたカラスがもう笑ってる。
けたけた笑う辻加護を保田さんは睨んだ。

「なに言ってんの。これ今日の衣装だよ。あんた達の分もあるんだからね」
「まじっすか!」
つい、あたしも叫んでいた。
どうしてこうあたしたちの出る番組のスタッフはセンスないんだろう。
確かに今日はゲーム大会だって聞いてたけど……。
がっくりと肩を落とす。

「とにかく、遊んでないで早く着替えちゃいな」
「はーい」
怖い顔でせかされあたし達は楽屋に向かった。
219 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時57分45秒
楽屋には誰もいなかった。

畳の上に置かれたテーブルの上には、さっきの衣装とゼッケン、それと黒のマジック。
どうやら自分で名前を書かなくちゃいけないみたいだ。
はしゃいだ声をあげて、大きな文字で自分の名前を書き始めた二人を見て、あたしは思わず微笑んだ。

メンバーと会ったせいか、さっきまでの不安な気持ちがどこかに消えていた。
今までのことは全部あたしの妄想だったんじゃないかって気持ちにさえなってくる。
全く我ながら現金なもんだ。

「あれ!? よっすぃーそれなに?」
あたし用の衣装の上に置かれた小箱を目ざとく辻が見つけた。
箱には『吉澤ひとみ様へ』と書かれた紙が貼ってある。
「差し入れじゃん! ずるーい、よっすぃーだけ!!」
目にもとまらぬ速さで箱を奪い取る辻。
あっという間に包み紙をはがし、中のものを取り出す。
「やった! チョコレートだ!」
「ちょっと、人のもの勝手に取らないでよ」
「いいじゃん、さっきのお詫びに貰ってあげるよ」
勝手な事を言って箱を開け始める。

そのとき、あたしの頭にある光景が浮かんだ。
駅のホームで見た青いシャツ。楽屋から出てくる青いシャツ。
その二つが重なり合う。
220 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時59分05秒
「食べるな! のの!」
「やだよー」
ふざけてると思ったのか、辻は変な顔を作ってチョコレートを口に入れた。
「ダメだ!」
あたしは辻に飛び掛り、無理やり半分ほどの塊を吐き出させた。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、吉澤!」
保田さんがあきれたように声を出す。
「チョコレートぐらいでそんなに怒るなんてあんたらしくないわよ」
「そうだよ。なんか変だよ、今日のよっすぃー」
加護も責めるような目でこちらを見る。

「……気持ち悪い」
「辻?」
小さな声に全員の注目がそちらに移った。
辻は青い顔で俯いていた。その額に汗が浮かぶ。
「どないしたんや! のの!」
「すぐマネージャー呼んで来る」
慌てる二人を尻目に、あたしはゆっくりと立ち上がった。

──甘かった。

メンバーがいれば大丈夫だと思った。
みんなが助けてくれると思った。
それが間違いだった。
あたしのその考えが、辻まで巻き込んでしまった。

──許せない。

あたしの中にふつふつと湧き上がってくるものがあった。
これが闘争本能なんだろうか。
いいよ。これがテストだって言うんなら乗ってやる。
でも……ただでやられると思うなよ!
あたしは楽屋を飛び出した。
221 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)01時59分53秒
確かこっちに……。

さっきの青いシャツを追って、あたしは使われていないスタジオの中にいた。
慎重に歩を進めながら、あたりを伺う。
相手は本気であたしの命を狙ってる。
でも負ける訳にはいかない。
あたしは生き残ってやる。
このテストを勝ち抜いてやる!

かたん

小さな音がした。
振り返ったあたしは目を見開いた。
すごい勢いでこちらに倒れてくる木材から全速力で逃げ出す。
床に体を投げ出し、ごろごろと転がった。
間一髪。木材はあたしの足先を掠めて大きな音を立てた。

もくもくと立ち込める埃の中を、セットの陰から飛び出した青いシャツが走っていく。

逃がすもんか!

走っていくその後姿に、飛び起きたあたしは必死でしがみついた。
そのまま二人でもつれ合ったように倒れこむ。

男っぽいと言われていても、本当の男の腕力にはやっぱり敵わない。
いつの間にかあたしは下に組み敷かれていた。
必死でもがくあたしの首に、青シャツの指が食い込む。

……目の前がかすむ。
悔しい。
こんなやつにやられるなんて。
こんな馬鹿げたテストで死んでしまうなんて。
222 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)02時00分34秒
がん

大きな音がして、首に加えられていた力が緩んだ。
青シャツはずるずるとあたしの横に倒れこむ。

「だいじょーぶか? 吉澤」
「飯田さん!」

目の前には木材を抱えた飯田さんが立っていた。
青シャツをKOしたリーダーは、にっこりと笑う。

「良かった。その様子じゃ大丈夫そうだな」
「あ、はい」

飯田さんは既に例の衣装に着替えていた。
ゼッケンには丁寧なレタリングで「KAORI」と書いてある。

「いやー、こんなところに入っていくのが見えたからさ。
 どうしたんだろうって思って」
「すみません」
「いやー、本当に無事で良かったよ。
 吉澤に何かあったらカオリ困るもん。
 それにしても、こいつ……」
飯田さんは青シャツをごろりと転がした。
そして懐を探る。
「あったあった」
取り出されたのは革の財布だった。
「これ、圭ちゃんの財布だよ。
 最近良く出るって聞いてたんだ。楽屋荒らし」
「え?」

楽屋荒らし……。
それじゃ、こいつが楽屋から出てきたのって……。
そんな……こいつは……『青』じゃない?
223 名前:ブルー・マーダー 投稿日:2002年07月06日(土)02時01分28秒
「それにしても、無茶しすぎだよ吉澤。
 何回も言ったじゃんか。体には気をつけろって」
「……え?」
聞き返そうとしたあたしは、頭に強い衝撃を受けて床に倒れた。
霞む目で見上げると木材を抱えた飯田さんの笑顔。

「事故とか他の人の手に掛かって、っていうんじゃ勝ちになんないんだよね。
 だから、ホントあせったよ。さっきは」
「い……いいだ……さん。もしかして……あなたが……」
「なんだ、まだ気づいてなかったんかい」

そう言うと飯田さんは、ゼッケンにかかれた自分の名前に手を伸ばす。
右手で「K」、左手で「R」と「I」を隠した。そこに浮かび上がった名前は……。

「ね」
殺し屋はにっこりと笑って木材を振り上げた。


──END──
224 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時34分58秒
 よっすぃー、知ってる?─
どこまでも突き抜ける青に、彼女の真っ赤なワンピースが映える。
 この辺の潮の流れって複雑で、沈むと絶対に上がらないんだって。─
海と空と雲の曖昧な境界の、そのまた向こうを見つめている。
吹き上げる潮風に彼女の艶やかな髪が巻き上あがり、言葉はさらわれ消えてしまう。
岬の岸壁まで進むと振り返り、少しおどけたように話す。
 私ね、思うの。いくら複雑だといっても、必ずどこかに辿り着くはずだ、って。─
225 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時35分51秒
彼女の言葉を追いながら、私は少し苛立っていた。
ふらっとコンビニでも行くようにこんな所まで連れてきて、わけのわからない話だ。
本当なら今日は昼まで寝て、ごろごろ過ごす予定だったのに。
彼女は私の微妙な変化に気付いたのか、こちらに向けていた視線を水平線に戻す。
その何気ない一連の動作に、一部の隙も見当たらない美しさが見えたような気がした。
どこまでも彼女に吸い込まれていきそうな意識に力を込める。

再び彼女へと向き直す。
後ろから僅かに覗く、端に浮かべた笑みはどこか狂気じみていて、心が冷えた。
何かが剥がれ落ちていきそうな、そんな嫌な寒気が背筋を走る。
 きっとね、この世の全てが集まる場所に続くんだよ。─
ふっと微笑を寄せる。
いつもの彼女だ。
226 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時36分26秒
ちょっと見てくるね。─
彼女の周りに光が少しずつ集まり、その一帯が仄かに輝いていく。
やがてキラキラと透き通った青が溶け、そのまま彼女は光源に向かって飛び込んでいった。
赤いワンピースの間抜けな残像が焼き付き、青空で揺れていた。
彼女を飲み込んだ海は、何事もなかったかのように静かに息をしている。
227 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時37分39秒
目の前で起こったことを受け入れられず、呆然と立ち尽くしていた。
慌てて彼女のいた所まで駆け寄ると、海を覗き込む。
当然、彼女はいない。
波が岸壁を打ち付ける度、揺れる水面に白い飛沫が舞う。
現実的な手段なんて何一つ浮かばなかった。
夢がいつまでも醒めないような気分。
何もできず、夢が終わるか、目が覚めるのを待っている。

そんな間に、頭上でギラギラと輝いていた太陽が高度を下げ、
緩やかに赤い灯を地平線に灯していた。
薄い橙に縁取られた雲が、ゆっくりと流れていく。 
「ああ、現実なんだ。」
言葉にすることで、私は私と世界の感触を確かめる。
紛れもなく、ここは私の生きる世界。
228 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時38分25秒
彼女の消えた岬をちょうど見渡せる、海岸沿いの小高い丘。
その日から、私はここにいる。
 ちょっと行ってくるね。─
そう言った彼女を考える。
しかし、思考はループして、わからないことばかりが増えていく。

大きく伸びをして、弱気を振り落とす。
ここから動かない方が、私の中で上手くいく。
また彼女がひょっこり現れそうな気がして。
その時、私はここで迎えてあげなければいけない。
何かあった?と聞いてあげげなければいけない。

─どうして連れて行ってくれなかった。
そう思ったりもする。
いつまでも青く揺れる赤い名残が私を支配し続けるのだろうか。
──
229 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時41分33秒
海はいつもどおり穏やかで、鴎がゆっくりと旋回しながら、静かに着水する。
潮風が私の頬をそっと撫で、陽光が波に跳ねて瞬く。
波と風と鴎の甲高い泣き声。
全てが優しく、思わず涙が零れてしまいそうになる。

突如、視界が影に覆われ、小さな女の子が身を屈めて顔を覗き込んでいた。
「何やってるの?」
舌っ足らずな吐息が鼻の頭をくすぐる。
「待ってるの。」
私は視線を彼女の向こうに置いたまま、短く答える。
「なにを?」
彼女が私の隣に座ると視界が開け、変わらない青がそこにある。
「・・・わかんない。」
「何かわかんないのに待ってるの?変なの。」
彼女はケタケタと、「でも、ずっと一人でいるよね」、笑いの隙間にそう挟んだ。
「いや、本当はもう一人いるんだ。」
「そうなの?でも、前に見たときも一人でブツブツ言ってたよ。」
訳がわからないという風に口をぽかんと開けて、きょろきょろと視線が旅を始めた。
230 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時42分38秒
ひとしきり記憶を探った後、まあいいや、と、女の子は勝手に話し始める。
「海って初めてなんだ。」
アクなく整った幼い顔立ちの少女は、嬉しそうに海と向き合う。
「こんなずーっと遠くまで綺麗だって思わなかった。」
相変わらず少し開いた口のまま、爛々と瞳を海になびかせている。
私はそれを視界の隅に捕らえながら、女の子に習う。
凪いだ海が静かに佇んでいた。

「のんちゃん、行くよぉ。」
少し歯切れの悪い、けど甘く響いた声が風に運ばれてきた。
「あ、お姉ちゃん、おそーい。」
のんちゃんと呼ばれた少女は、じゃあね、そうはにかむと、
バランスの悪い走り方で、姉のいる海へ駆けていった。
彼女のように消えたりはしない。
「何やってるんだ、・・・私は。」
その場に寝転がり、顔を伏せた。
231 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時46分20秒
星が綺麗で、月明かりで微かに見える海は黒く光り、生きているようにうねっている。
いっそのこと、私も飛び込んでしまおうか。
そんな誘惑に駆られたりもする。
でも、私はそうしない。

頭が重くなり、天を仰ぐ。
闇夜に散りばめられた星屑が、小さく強く輝いている。
その群れを一つ一つ数えていたが、途中でわからなくなり、ボーっとしていた。
すると、星が少しずつ私の元へ降りてきた。
この手に届きそうなくらい。
掴み取ろうと、近くの赤い星に手を伸ばす。
澄ました顔をして、星はまた遠くに帰ってしまう。
あの先は彼女のいる世界なのだろうか。
少しでも彼女の見えていたものを知りたかった。

しかし、私の錯覚が勝手に作り出した世界では、それは叶わない。
232 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時48分07秒

[ねぇ・・・」
変わらない青い空の下、どこかで聞いた声がした。
すぐに薄れてしまう記憶に苦笑しながら、聞いた声を思い出す。
「あなた、いつもここにいるね。もしかして、ずっと? 」
紡いた連鎖が、一つの像を結んでいく。
いつかの女の子の姉だろう。
「圭織の話し相手になってよ。」
窮屈そうに身を屈めて、座った私と無理に視線を合わせようとする。
シャツから胸元が覗く。
しっとりと汗ばんでいて、胸の間に水滴が溜まっている。
その血管の浮いた白い肌に目を奪われた。
私の固まった視線を辿ったカオリという女は、開いた胸元を掴んだ。

「聞いてる?あなた、名前はなんていうの?」
「吉澤ひとみ。」
「ふーん、ひとみちゃんね。じゃあ、私のこと圭織って呼んで。」
「カオリ・・・?」
「そう、よくできました〜」
233 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時51分36秒
カオリのペースで話は進んでいく。
「待ってるってののは、ののって妹なんだけど、知ってるっしょ?
で、ののは待ってるって言ってたんだけど、本当は何もないんでしょう?」
「なくはないですよ、っていうか、本当に待っているんです。」
カオリの邪推に沸き立つ感情を抑えながら、冷静に返す。
「えーっ、でも、あなたずっと一人じゃない。実はひとみちゃんがここに来た時から見てたんだ。
こんな寂れた所に一人で来る女の子なんて珍しいじゃない。私も人のこと言えないけど。」
あ、でも、私はののとか・・・、そう呟いて、一人納得している。
234 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時52分21秒
「じゃあ、何か隠してるんだ。当たり?ちょっとでいいから、カオにもお裾分けしてよ。」
「だから、何もないんですって!ただ彼女を待ってるだけなんです。」
思いのほか、大きな声が出た。
しかし、カオリは怯まずに突っ込んでくる。
「彼女?彼女って言ったよね?彼女って何?誰?教えてよー。」
ねだるような少し鼻にかけた声で、私の腕にしがみつく。
私はそれに取り合わず、黙って海を見つめていた。
「もういい。何があるのかはわからないけど、圭織には教えてくれないんでしょ?」
唇を尖らせ、ケチ、と残して去っていった。
彼女を守ったような気がして、なんだか誇らしかった。
235 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時53分39秒

今日も彼女は帰らない。
カオリには強い態度を取ったものの、どうしていいのかわからない。
何となく、彼女の存在が私の中で薄れていくような気がした。
そんな折、ごっちんは現れた。

236 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時54分32秒
「やっぱりここにいたんだ。」
悲しげな顔をしたごっちんが、優しく顔を強張らせながら、小さく言った。
「・・・なんでここがわかったの?」
「わかるよ、それくらい。彼女を探しに来たんでしょ?」
探しに?言葉の奥に潜んだ棘を感じ、思わず口調が荒くなる。
「違うよっ!探してるんじゃなくて、待ってるの。海に消えたまま戻ってこない、から・・・」
「・・・そうなんだ・・・・・・・」
彼女は俯き、その影が深くなる。
そのまま彼女は黙りこくり、神経質そうに視線を泳がせている。
沈黙が呼び寄せたのか雲が太陽を遮り、私とごっちんの間を一層重く遮る。
私は再び海へと向かう。
全てが否定された気になって、意地でも彼女が帰るまでここにいようと思った。
237 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時56分33秒
停滞した空気が淀み、潮風がさらっていく。
また、二人の間が痛んでいく。
そんな繰り返しの中、ごっちんは意を決したように沈黙を突き破った。
「いい加減、・・・認めなよ。彼女なんていないって。なかったんだよ。」
「はぁ?何言ってんの?意味わかんない。一緒にここに来たんだから。」
彼女は辛そうに顔を歪め、泣き出しそうな声を張った。
「だから、いないんだってば!そんなのわかりきってることでしょ!!」
「だからなにそれ!怒るよ、いくらごっちんでも、そんなの・・・」
何が何なのか、さっぱりわからない。
ごっちんは切れたように崩れ落ち、行き場のない感情の鬱積を留めている。

「二人で退屈しのぎに作った架空の人でしょ。何から何まで私たちまで決めて。なのに、なんでかのめりこんでいっちゃうんだもん。みんなも悪乗りするから・・・なんか本当にいた人、みたいになっちゃって。怖かったんだから。不安だったんだから。」
「だから、なに?本当にいた人みたい、って。」
私は精一杯に言葉を荒げて、ごっちんに詰め寄る。
238 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)06時57分52秒
「だから、始めからよっすぃーの探してた人はいないんだって。」
堅い口調と反するように、ごっちんの小鼻が微かに開いた。
その言葉を嘘だと見抜いた私は、彼女のいた場所目掛けて走っていく。
「駄目だよ〜、そんな所から落ちたら死んじゃうって。」
張り詰めながらも、妙にのっぺりと抜けた声が追いかけてくる。
そこから取れる感情が私の中で確信と変わり、一気に海との距離を縮める。
嘘つき、そう心でごっちんに罵声を浴びせながら、私は駆けて行く。

ふと顔を上げると、夕日になりきらない太陽が力を弱めながらも輝いている。
その足元に、海を弾きながら黄金色に輝く陽光が見える。
それは、私と太陽を真っ直ぐ結ぶような道を作っていた。
彼女へと続くはずだ。
私はそれ目掛けて、断崖の端に足を掛ける。
ごっちんの間延びした叫びが急に高くなり、金切り声に変わる。
今になって常識ぶった現実を知った彼女を嘲りながら、心を決めた。
もう一つ踏み出せば、私は彼女へと向かうことができる。
私は恐怖を吹っ切り、つま先に力を込めた──
239 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)07時00分11秒
私は込めた力を真逆に放り、岬の突端に尻餅をついた。
「まあ、こんなもんでしょ?」
内心ドキドキだったが、ヘラヘラとごっちんを向く。
「やりすぎ。本当に飛び降りちゃうのかと思った。」
まだ呆けて現実に帰れないごっちんは、絶え絶えに声を出すのがやっとだ。
「ゴメン、今回はちょっとやりすぎだったね。さすがに無理があった。」
「まさかここまでするとはおもわなかった・・・」
「ほんとゴメン、海と赤っていうのが厳しかった。
  わたし、自分で何やってるのか、途中からわかんなくなっちゃったもん。」
私はそう言葉にするが、どこか嘘臭く、乾いた音がふらふらと出てきた。
ごっちんは怒りに安堵が入り混じり、泣き笑いの顔がヒクヒクと引き攣っている。
「ばか、そういうことじゃないんだってば。」
240 名前:紫の行方 投稿日:2002年07月06日(土)07時06分36秒
「もうこれっきりだからね。こんな、ガキみたいな、遊び。ばかよっすぃ。
 なによぅ、刺激とか夢とか、ロマンとか、冒険だとか、私にはわかんないことばっかで、
 よっすぃー、自分のことばっかで。もう付き合ってらんないっ。」
ごっちんは涙をちょちょぎらせながら、搾り出すように悪態をつく。
これ以上昂ぶらせるべきではないと判断した私は、ごっちんの髪を直し、
何でもないように口付けると、そのまま手を取り引っ張り上げる。

「さ、帰ろう。」
浮くばかりで説得のない台詞を吐いて、
おぼつかない足取りのごっちんを極めて軽やかにエスコートする。


 おしまい
241 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時18分56秒
 私にとってモーニング娘。ってなんやろう?
 娘。を離れて仕事に追われる日々。そんなことを考えてる余裕なんてちーっともなかった。
 団体行動の苦手な私が、リーダーをやっていたなんて、今でも夢の中の出来事だった気がする。
 この気持ちは故郷を思う心によく似ている。

 ふるさと…
 
 東京で一人暮らしたら〜♪
 カ〜〜ン
 はやっ!もう少し歌わしたれや。
 なっちすまん!せめて鐘三つくらい鳴らせるようになるわ。

 ふるさと…か

 ふるさとは遠くにあって思うもの…近くば寄って目にも見よ……
 …なんか違う…
 すまんなぁ、かなり酔いがまわってきたわ。

 私にとって娘。がふるさとだとすると、ウチ中澤裕子は娘。にとっていったいどういう存在なんやろう?
242 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時21分22秒
 それを見たのはハロモニに復帰してすぐのことだった。
 マネージャーとの打ち合わせを終え楽屋へと戻る途中に耳に入ってきた言葉。
「ねえ、あさ美ジュース買ってきて」
「…うん、わかった」
 なんということのない会話。
 タッタッタッ……
 廊下の切れ目から出てきたのは、紺野。
 出会い頭にぶつかりそうになり立ち止まった彼女は私に気がつくと恥ずかしげに顔を伏せる。
「廊下を走ると危ないから気をつけなさい」
「…はい」
 軽く頭を下げそのまま自動販売機コーナーへと歩いていく。気がせくのかしばらく見ているとまた小走りになっている。
 彼女が出てきた先を覗いてみる。廊下の隅にソファーが並べてあり、そこに三人腰掛けて談笑している姿が目に入ってきた。
 高橋愛。小川麻琴。新垣里沙。
 時期を同じくモーニング娘。のメンバーになった三名。先ほどの紺野とあわせて五期メンと呼ばれている。
「…紺野が使いっぱになっとるんか…」
 意外だと思う気持ちがある一方、よく考えてみると理由は理解できる。
 控えめでおとなしく、オーディションでもおまけのように入ってきた彼女は、現在三人の中で少し見劣りがしていた。
243 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時22分27秒
「実力主義…か…」
 弱肉強食がモットーの私だが実際こういった場面を目にすると少し落ち込む。
 タッタッタッ……ペタン、ペタン
 私の姿が目に入ったのだろう、後ろから聞こえてきた足音のリズムが途中で変わる。
「紺野…」
「…はい?」
 思わず声をかけたが、なんと言ったらいいわからない。
 彼女はキョトンとした顔をして私を見上げている。
 ポンポン…
「まあ、なんだ…とにかく、がんばりや」
 軽く肩を叩き、短い言葉を伝える。なんとなく間が抜けてる。
 それでも気持ちが通じたのか、彼女はニッコリ微笑んで頷いた。
 そして同期の元へ…
「遅いよ!あさ美」
「ごめんなさい」
 ん?
 真ん中で偉そうにジュースを取り上げているのは…
 思わず目を疑った。いま見ている彼女は私の知っている彼女と同一人物なのだろうか…
(――新垣!?)
244 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時23分14秒
 その日から彼女の言動、行動、がいちいち気にかかる。
 とはいえ、娘。を卒業した今、直に接する機会はハロモニの収録ぐらいだ。
「おはようございます」
「おつかれさまでした」
 挨拶は問題ない。いやむしろ娘。の誰よりもよく出来ているといえるだろう。
 小さい頃からこの業界に居たとの話もまんざら嘘ではないようだ。
 ハキハキと子供らしく。
 子供らしく?
 あの光景を見た今、なんともわざとらしく。そう、作られた子供らしさのようにも見えてくる。
245 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時24分19秒
 めずらしく時間のあいた私は矢口が出ていると言っていた子供番組にチャンネルを合わせていた。
 絶対見ないでくれと言っていたから、そのうちかならず見てやろうと思っていたものだ。
「お〜お〜無理してるんちゃうんか〜」
 お姉さん役をしている矢口にツッコミを入れながらそれなりに楽しむ。
『犯人はどっちだ?』
(紺野と新垣…)
 どうやら二人だけのコーナーらしい。楽しげに笑っているふたり。
 しかし私の目には新垣がカメラ前を占拠しているように思えてならない。
 いままでであればおそらくは見過ごしていただろう。些細なことがなぜか心に引っかかる。

 疑惑が心を浸食していく…
246 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時25分01秒
「まあ、どんどん飲んだって」
「裕ちゃんが部屋に呼んでくれるなんてめずらしいね」
「たまにはいいやろ、たまには圭坊としみじみとやりたいねん」
 やはり重い口を開かせるには酒に限る。
「差し向かいで飲めるようになるなんて、入ってきた当時は想像も出来んかったわ」
「三人とも子供だったしね…」
「そや、ほんま子供だったわ」
「あやっぺが居なくなってからの裕ちゃん寂しそうだった」
 圭坊は当時を思い出したのか感慨深げだ。
「圭坊、飲んどるか?…って聞くまでもないか」
 お銚子が彼女の前に転がっている。
(そろそろ…かな?)
「なあ、圭坊は入ってきたとき、どう思った?」
「どうって?」
「ん〜緊張したとか…うれしかったとか…」
「……裕ちゃんが怖かった」
「……そ、そうか〜、まあもう一杯飲んでや」
 圭坊のコップ――いつのまにかお猪口から変わっている――に注ぐ。
 気を取り直して…
「なあ、今回の新メンはどうなんや?緊張してへんか?」
「やっと緊張は取れたみたい、みんなと仲良くやってるよ」
「そっか仲良くやっとるか」
 空になったコップにまた注ぐ。
「…いじめ…なんかはないんか?」
247 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時26分11秒
「…なにが言いたいの?」
 圭坊の目がすっと細まる
(動揺……しておるんやろか?)
 あいかわらずのポーカーフェイスでよくわからない。
「……裕ちゃん卒業したし、いまはそんなのないよ」
 そう言うとニヤリと笑い、グッと一気にコップを空ける。
 憎たらしい…
「それより裕ちゃん全然飲んでないじゃん…ほら」
 グイッっと一升瓶を突き出される。
「ウチはビール専門やで…」
「聞こえませ〜ん。それにビールなんてお酒のうちに入りませ〜ん」
(こいつ、ほんまに二十一歳か…)
 言われるままに、注がれた冷酒を口に運ぶ。
「大体、自分の方はどうなの?こっちの心配するよりほかに……」
(あかん、説教モードに入りおった)
「聞いてるの?」
「は、ハイ…」
「ほい」
「?」
「空にして、注げないじゃない」
「……」
 そのあとのことはハッキリとは覚えていない。
 ただひたすら頭を下げていた気がする。
 朝、目が覚めると毛布が掛けてあり、テーブルの上に置き手紙があった。

『人の心配をするより自分の心配をしなさい。
 PS 娘。は大丈夫です』

 どっちが年上かわからない。敗北感と嫌疑心が心を埋める。
 …二日酔いの頭の痛さと共に
248 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時27分22秒
 今日、矢口のラジオを聞いた。
 しばらく聞かない間にずいぶん達者になったものだと感心する。私のラジオより面白い。悔しいけれど…
 フリートークのコーナーで新垣の名がやたらに耳に入る。
 黒い思いが再びわき上がってくる。
 番組が終わるのを待って矢口に連絡を入れた。
「なに?めずらしいね、こんな時間にかけてくるなんて」
「ラジオ聞いてな、直に話したくなったんよ」
「ほんと!どうだった矢口のラジオ」
「裕ちゃん感心したわ、ウチのよりずっとオモロイやん」
「おだてても、なにもでないよ〜」
「おだてじゃないがな、マジで思っとる」
「そっかな〜うれしいよ〜」
 携帯の向こうで真っ赤になってモジモジしている姿が目に浮かぶ。
 矢口は、ほんまかわいいわ。
249 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時28分12秒
「それでな、ちーと気になったことがあるんや」
「なに?ダメだし〜?」
「まあ、そんなとこ」
「ちぇ、よろこんで損した…」
「まあそう言わずに……で、新垣のこと話とるやろ?」
「……」
「あれ、なんでや?」
「…新垣、裕ちゃんに何かした?」
「イヤ、別に…」
 向こうで、ホッっと息をつく音が聞こえた。
「可愛い後輩だからに決まってるじゃん」
「なら、紺野話の時はではなんであんなにキツイん?」
「ネタに決まってるでしょ!ボケにはツッコミが必要なの!」
「もしかして……」
「あっ、ごめん、反省会が始まる、聞いてくれてありがとう。まったね〜」
 ツーツーツー

 怪しい…めっちゃあやしいやん!
250 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時29分24秒
 今日パソコンが届いた。
 機械音痴の私には、ある意味画期的な出来事だ。
 設置など無理なのはわかっていたのですべて業者任せ。圭坊にやってもらえばただなのだが…
 事は秘密を要する。多少の出費は仕方あるまい。
 矢口の挙動不審が気になった私は、娘。以外の人間から情報を集めようとした。
 しかし、周りの人間で気づいている者はいないようだ。
 行き詰まった私は前に圭坊に聞いた言葉を思い出した。
『インターネットには情報が溢れている。ネットで見つからない情報などない』
 そしてそれを証明するために私が出した問題をアッという間にネットから探し出したものだった。
「えーと、http://www.google.co.jp/ っと」
 一緒に買い込んだパソコン雑誌を片手に何回か間違えながらも打ち込む。
「…ここに調べたい文字を打ち込むんやったな……『矢口真里』っと」
 リターンキーを押す。
「おお〜、出てきた出てきた……ポチッとな」
 画面には矢口のアップが映っている。
「おお〜懐かしい写真やな〜、これは入ってきたばかりの時や……本人に見せたら恥ずかしくて走り回るやろうけど…っと、次は…」
251 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時30分15秒
 本当に便利な世の中になったものだ。
 懐かしい矢口の姿を追いかけながら、いつしか娘。時代の記憶が、頭の中によみがえってくる。
 体力的にはきつかったし、年齢の離れたメンバーとのギャップに悩んだ時期もあった。
 それでも、今ではすべてが懐かしく、忘れられない思い出ばかりだ。
「いかん、本来の目的を忘れておったわ…『新垣里沙』っと」
 画面に文字が踊る。
「プロフィールっと…………か〜、知っておったけど、やっぱり若いわ……次は、ん?なんやこれは?」
 映し出された『こねがき』の文字。何気なくクリックする。
「……」
 読み進むうちに、酔いが醒めていく。
 それと入れ替わりに心に生まれる感覚。
 怒りでも悲しみでもなく、ただ『感じる能力』がなくなっていく感覚。
 
 
 電源を切る。何やらめんどくさい手続きが必要だった気がしたが調べる気力もない。
 新しい麦酒を冷蔵庫から持ってきて机の上に並べる。
 端からガンガン空にする。
 いつしか意識が飛んでいく。
252 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時31分28秒
「てへてへ、中澤しゃんおはようごじゃいます」
「おはよう辻」
「辻?それは誰のことれすか?」
「何を言うとんのや」
「訳がわかりましぇんね…では行きましょう矢口しゃん」
「じゃあね、裕ちゃん。さようなら」
「まて!こら。おまえ辻じゃないな!」
「誰が辻さんだと言いましたれすか?」
「その口調や!それはなんやねん」
「ああ、これですか。これはミニモニに入るためのキャラ立てれす」
「ミニモニに入る?」
「そうれす、チェンジなのれす」
「チェンジするならミ○やろ!」
「○カしゃんとのチェンジは英語が出来ないのでNGれす」
「……」
「質問がないならこの辺で…」
「…矢口をどうするつもりや」
「矢口しゃんは小さくてかわいいからあたしの下僕にするのれす」
「ごめんね、裕ちゃん、矢口のことはもう忘れて普通の女性としての幸せを掴んで」
「ウチの矢口をかえせー」
「ちょっと待った!それはなんだよ裕子!」
「なにがや?」
「いつ矢口が裕子のものになったんだよ!」
 フルスイングされたハリセンが頭を襲う。

 スパーン
253 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時32分30秒
 チュンチュンチュン……

 外でスズメの鳴いてる声が聞こえる。
「なんちゅう夢や…」
 完全に窓の外は明るくなっていた。
 嫌な汗に湿った肌着を替えながら気分転換のつもりでとりあえずテレビのスイッチを入れた。
「なんや、あのかっこは…」
 画面の中で辻と加護が着ぐるみを着てニコニコしているアップが映っていた。
「ぶははっは、かごじぞうにののぽん?アホやアホやがな!」
 朝の芸能ニュースで新番組の情報を流しているらしい。どうやら日テレはこの間の失敗を懲りてないようだ。
「おっ矢口も出るんか……………な、なんやて!」
 矢口と新垣が並んで映っている。ワンコーナーを二人で受け持つらしい。
 先ほど見た夢がよみがえる。
 思わず握りしめた拳に力がこもる。

 許さん!
 絶対に許さんぞ!
 ウチの芸能人生命を賭けてでも娘。と矢口を守ってみせる!
254 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時35分49秒
 いま私は娘。の楽屋前に来ている。
 最初は直接社長に直談判しようとも考えた。
 だがそれはあまりにもリスクが大きすぎることに気がついたからだ。
 まずは本人の意思を確かめてからと…
 こんな所だけは大人な自分に少し気恥ずかしくなった。

『モーニング娘。様』
 楽屋のドアをそっと開ける。
 隙間から中の様子をうかがう。
 いつものようににぎやかだ。
 彼女を捜す。
 部屋の中央奥に居た。五期メンで固まっている。
 不意に彼女が立ち上がった。
 そのまま、スタスタと部屋の隅に向かう。そこには…辻がいた。
「辻ちゃんそれちょうだい」
「…はい」
 辻は手に持っていたアイスを手渡す。背中しか見えないが肩が震えている。
 カッーとなった私はドアを開け放つとツカツカと歩み寄る。
 接近に気がついた新垣は、最初いつものような笑顔を返したがそれも困惑の表情に変わる。
 よほど怖い顔をしているらしい、まあ自分でも想像つくがね。
 彼女の視線で気がついたのであろう辻が振り返る。目に涙を浮かべて…
 もう一段血の気が上ったのが自分でもハッキリわかった。
 久しぶりに見るその表情に怯えたのか、辻も腰が引けている。
255 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時37分35秒
「だ、ダメれす中澤しゃん!」
「うっさい、のけ!」
 遮る辻を片手ではねのけると、新垣の前に仁王立ちになる。
 今では怯えた表情になったその顔を見下ろす。
「裕子何する気だよ」
「裕ちゃん!だめ」
 私の侵入に気がついたメンバーから声があがる。
 無視して新垣の手を掴み立ち上がらせた。
「痛い!」
 そのまま、椅子に腰を下ろして彼女を膝の上に腹這いに寝かせる。
 感情をそのままぶつけるには彼女は小さすぎた。
 子供には子供に対するお仕置きの仕方がある。
 尻の数発も叩くことは教育の範疇だと考えた。
 私は大人だ。
「大体子供を甘やかすからつけあがるんじゃ!」
 膝の上で新垣が暴れる。スカートが腰までめくれ上がる。苺プリントのパンツが目に入った…
「!?なんや…」
 私の手は振り上げられたまま固まってしまった。
「なにすんだよーはなせー!」
 私は呆然と周りを見回す。
 見ないふりをしているメンバーがそこにいた。
256 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時38分17秒
 もう一度膝の上に視線を戻す。
 ガッ
 そのとき、バタバタさせていた彼女の足が私の脇腹を蹴った。
「痛〜」
 思わず彼女を取り落とす。
 立ち上がり、こちらに向き直ったその顔からは、いつもの見慣れた営業スマイルは消えていた。
 ショックで呆然と見ている私に向かって、
「なにするんだよ!」
「い、いや、なんや…」
「怒りの顔面パ〜〜〜ンチ」
 バチ〜ン
(あかん、油断した……)
 フェードアウト……
257 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時39分04秒
 ボンヤリした視界に辻の顔が浮かび上がる。
(なんや、辻またそんな泣きそうな顔して、アイスでも落としたんか?…アイス…アイス!)
 ガバッ
「あっ生き返った」
「生き返ったって…なんや人をゾンビみたいに」
「でも、鼻が上を向いちゃってる…」
「これは昔からや!」
「てへっ」

 二人の掛け合いを聞きながら年輩のメンバーがニヤニヤしているのが目に入った。
 混乱した頭を整理する。
 とりあえず表情を引き締めると正面にいる現リーダーに質問する。
「で、どういうことなんや?」

「どういうことって…ほら。隠れてないで…」
 かおりの後ろから、新垣が現れる。うつむいていてその表情はこちらからは見えない。
「ふ〜ん、なんや謝ってくれるんか?」
 勢いよく顔があがる。
 やはり泣いてなんかいやしない。
「誰があやまるかい!べー」
「こ、こら、何を…」
 かおりの手をすり抜けると、出口まで一直線。ドアを閉め際に振り向くと一言、
「くそばばあ!」
 そして、もう一度あかんべーをしてそのまま逃げていってしまった。
「待って里沙ちゃん!」
 慌てて追いかける紺野。
258 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時40分23秒
 残された私はため息を一回つくとあらためて聞き直す。
「で、どういうことなん?」
「怒った?」
「ま、最初はな…でもアレを見たら怒る気失せたわ…」
「だよね…あはは」
 気楽に笑うかおりの顔を見てると急にまた腹が立ってきた。
「笑っとる場合か?あんなんでええと…」
 かおりは片手で私の言葉を制すると逆に質問してきた。
「最初に新垣を見たとき、裕ちゃんはどう思った?」
「聞いてるのはウチやで……う〜ん、そやな小さいのにずいぶんしっかりした子や思ったわ」
「でしょ?大丈夫。外面は完璧だから」
「なら、ウチに対するあの態度はなんやねん!」
「ん〜、身内と認めたんじゃない?よかったね裕ちゃん」
 ニヤニヤ笑いながら脇から口を出す圭坊。ほんま可愛くなくなったわ。
259 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時41分39秒
「…蒙古斑か…」
「アレを見たとき思い出したんだ…ああ、この子はまだ子供なんだなぁって、きっと周りの大人の期待からずっと自分自身を偽ってきたんだよ」
「……」
「だから、身内の中でくらい、娘。の中でくらい自由にさせてあげたいなって」
「事務所の方針…圧力じゃないんやな?」
「なに言ってるんだか。上の考えなんか憶測しても仕方がない。自分たちは出来ることをやるだけだ。そう言ってたの裕ちゃん自身じゃない」
「…そうやった…か」

 娘。は変わらない。
 私がいなくなっても、
 新しいメンバーが入っても
 これから先もずっと…

 それにしても。
260 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時42分43秒
「それにしても何でウチに教えておいてくれなかったんや?」
「ばれないだろうと思ってたし、裕ちゃんは自分の仕事で手一杯でしょう?…よけいな負担はかけたくなかったの。それに…」
「それに?」
「ねえ」
 矢口となっちに目配せをするかおり。ニヤニヤし始める三人。
「なんや、気持ち悪いハッキリ言いや!」
「裕ちゃんも子供だから」
 なっちが笑いながら言う。
「なんやて!」
「ガキ同士は喧嘩になるからだよ!アホ裕子」
 キッツイことを口走りながら笑い転げる矢口。実際その通りになったから反論も出来へん。
 くっそ〜
「なあ、辻〜、辻はアイス取られても平気なんか?」
「辻は〜子供じゃないから〜へいきれす」
「…そっか、平気か」
(さっき泣きそうになってたやんけ!)
 やりとりを聞いていっそう笑い声が大きくなる。
「まあ、こんな良い面もあるしね」
 辻の頭を撫でながら笑いを堪えるかおり。
 確かに自分より子供が入ることにより今まで幼かったメンバーがしっかりすることもあるかもしれない。
 いや、現実にみんなそうして大人になったんだった。
261 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時43分43秒
「しっかし、先輩は良いとして五期メン同士のことはどうなんや。たとえば紺野なんかはあれでええのか?」
「紺野?ああ、あれは紺野自身が志願したんだ…それに……」
 バタン
「…ただいま帰りました」
 噂をすれば紺野が戻ってきた。
 肩に新垣を乗せて…
 私は呆然とする。口がアホみたいに開いているのも自分でわかってる。
「紺野、今日は何人だった?」
「…三人でした」
「やったね!ごっちん、梨華ちゃん帰りにケーキよろしく」
「ちぇ、またよっすぃの一人勝ちか…」
「そんなに食べて太っても知らないから!」
 圭坊に視線を向ける。
「三人っていうのは途中で会った部外者」
「……」
「三人とも今の新垣みたいに眠らせただけ」
「眠らせたって…」
「ん?大丈夫何があったか覚えてないはずだから。ねえ紺野?」
「…はい。大丈夫です」
 頭痛がしてきた…
 これは二日酔いだけのせいじゃない…
262 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時44分59秒
 しかしな…
「で、いつまで続けるつもりや?」
「いつまでって?」
「ずっと、わがまま言い放題ってわけにはいかんやろ?」
「まあ、お尻の青いのがとれるまで…かな」
「ふ〜ん」
 なるほど。
 し か し な …
「まあ、無難なとこやろね」
 ご丁寧に鼻に詰めてあったちり紙を抜く。
 鼻血が止まっていることを確認してゴミ箱に投げ捨てる。 
「でもな…まあええか…」
「なによ。なにかあるの?」
「別に〜」
 パタパタと付いてもいない埃をはたきながら立ち上がる。
「気になるじゃない、教えてよ」
「青いのな〜」
「うん」
「大人になってもとれない人もいるんやで」
「……」
「さぁて、そろそろ行こか…」
 ザワザワしているメンバーを無視してさっさと出口へと向かう。
 ドアを閉める前に矢口が声をかけてきた。
「まさか、裕ちゃん…」
「さてと…」
 振り返りニヤリと笑ってやる。
263 名前:蒼き暴君 投稿日:2002年07月06日(土)18時45分56秒

「ええ歳してるのにいつまでたっても子供の裕ちゃんは次のお仕事に行って来ま〜す」


  ――FIN――

264 名前:青空 投稿日:2002年07月06日(土)22時36分56秒
真っ暗な夜空の下で真希は上を見て寝転がっていた。
何かを考えている風でも寝ている訳でもなく、ただじっと空を見上げてた。
「真希、何してんの?」
「あぁまりっぺ〜おはよ!」
「おはよ。」
おいらたちは吸血鬼。夜になってから行動する。
おいらの問いかけにしばらく返事を返さなかった真希は、むくりと起き上がるとおいらを呼び寄せた。
「なにさ。」
「うん・・・うちらってさ、夜にならないと動けないじゃん?」
「そうだね、太陽に当たると死んじゃうもんね。」
「私はさ、青空ってものを見てみたいの。」
「青空ぁ?」
「そう。いっつも見てる、こんな真っ黒な色じゃなくて青い空。きっときれいだと思う。」
「ふぅん・・・おいらはあんまり考えたこともないけど。」
真希はいつもおいらが思わないような、考えつくこともないような事ばかりを言う。
「いつか、見たいな。」
「・・・真希はさ、吸血鬼ってことイヤ?」
「ん〜?」
「おいらはさ、吸血鬼じゃなかったら真希にも会えてなかったと思うし、そりゃ出来ることは
 限られてるけどヤじゃないよ・・・真希は、青空を見れる人間が良かった?」
265 名前:青空 投稿日:2002年07月06日(土)22時37分46秒
「ん〜・・・ううん。まりっぺと同じで良かったって思ってる。」
「そか・・良かった。」
真希が青空を見たいって言ってまた上を向いて寝転がったからおいらも真似をして隣に転がった。
あぁほんとに真っ暗だな。
おいらたち夜目がきくから生活には困らないけど・・・色は青じゃないよね。
なんて思ってたらすっごいことに気付いた。
「真希!真希!あそこ見てみなよ!!」
「んあ?」
隣でぼーっと眺めている真希に大きな声で呼びかけて指差して教えた。
「・・・月?・・・月がどうかしたの?」
「月じゃないよ、その周り!良く見てよ!!」
「んん〜??・・・・・・・・・あっ・・!!」
「見えたでしょ?青いよね?月の明るさで空、見えたよね?ちゃんと青いよね?」
「うん、うん!!青い色してる!すっごいよ、まりっぺ!」
「ほんとだよ!」
「なんで気が付かなかったんだろう・・・毎日見てたのにさ・・・なんだ・・ちゃんと私にも
 青空見れたじゃん・・まりっぺ・・嬉しいよ!!」
「おいらも!良かったね、真希。」
266 名前:青空 投稿日:2002年07月06日(土)22時38分25秒
おいらたちは人間じゃないから出来ることも許されることも限られてる。
一日のほとんどを家で過ごさなきゃならないし、こんなだから友達も少ない。
おいらたちはいつも吸血鬼だってことで諦めていることが多かったけど違うんだね。
なんでも、可能性は無限大。青い空だって、夜でも見ようと思えば見える。

見方を変えるだけで、ほら、あんなにも青い空が見える。


〜fin〜
267 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時52分26秒
「いい天気だね」

潮の匂いを微かに含んだ風を気持ちよさそうに浴びながら、保田さんは言った。

一ヶ月近く続いたミュージカルも終わった七月のある日。
シャッフルユニットの活動が慌ただしくなる中、奇跡的にお休みをもらえた私たちはこっそりと海に繰り出した。
頭上には突き抜けるように青く澄みきった空がスクリーンのように広がっている。
その上には綿菓子みたいな白い雲が浮かんでいて、少しだけ鋭さを増した陽射しが砂浜に影を二つ伸していた。
268 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時53分04秒
「あのさぁ…」
「な、なんですか?」

隣を歩いていた保田さんが急に振り向いた。
その視線に私は思わず身を固くしてしまう。
保田さんはそんな私にかまわず、下からじっと舐め上げるように私を見つめると、ニコリと笑った。

「石川ってさ、ほんとピンクが好きだよね」
269 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時53分46秒
「保田さんはピンク、嫌いですか?」
「そんなことないよ。だけど、そんな服は着れないね」

そう言って、保田さんは笑いながら持っていた缶コーヒーをぐびっと飲んだ。
私は保田さんの斜め後ろを歩きながら、自分が着ている服をじっと見つめる。
淡いピンクのワンピース。
ガラスの向こうのマネキンに一目惚れして、つい衝動買いした服だった。
保田さん、気に入ってくれると思ったんだけどな……

「……じゃあ何色が好きですか?」

保田さんの好きな色の服を着たい。
そう考えた私は、思わず聞いてしまっていた。
270 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時54分45秒
「好きな色? 私の?」
「はい」

変なこと聞くんだね、とでも言いたそうに保田さんは一瞬だけ私を見た。
そしてすぐに前を向くと、右手で顎をそろりと撫でる。
保田さんがこんな風に顎に手をやるのは、真剣に考え事をしている証拠。
この仕草が、私はなんとなく好き。

「特にないね」
素っ気ない返事。保田さんらしいけど。
「それじゃ嫌いな色ってあります?」
一応参考までに聞いておきます。
「嫌いな色?」

ふむ、と頷いてまた右手を顎にあてる。
ざざぁ、と波の音が風に乗って届いた。

「……青、かな」

保田さんは笑っていた。寂しそうに笑っていた。
271 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時55分18秒
「なんでですか? 青ってとっても綺麗な色じゃないですか?」
「綺麗……か。うん、綺麗だね」

保田さんは目を細めて空を仰ぐ。

「何もかも忘れて失ってしまうくらい、綺麗…」

遠くを見つめるような視線。
何を見ているんだろう?
私は手を額にかざして、保田さんの隣りに立った。
世界の一番遠くで海と空が溶け合っている。
何もかも吸い込んで消してしまいそうな、スカイブルー。
全てを溶かして飲み込んでしまいそうな、マリンブルー。
この青を見ていたら、ほんとに全部忘れてしまいそう。
そんな気がした。

「綺麗ですね……」
「うん」
「なのに嫌いなんですか?」

少しだけ、沈黙。
流れていく潮風が髪を梳かして消える。

「だから嫌いなんだよ」

青く澄みわたる海面の上を見つめながら、保田さんは呟いた。
空から零れた光の粒が、ガラス玉のように弾けていた。
272 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時55分49秒


翌日からまた慌ただしい日常が始まった。
時計の針に追い立てられるように私たちは仕事に打ち込んだ。
束の間の休憩時間、メンバーたちは皆忙しさを忘れるかのように思い思いに騒いでいる。
狭い楽屋の壁に彼女たちの声がぶつかっては床に落ちた。

そんな中、私は一人、四角い窓に切り取られた青い空を見つめていた。
静まり返った心の中で、リピートし続ける保田さんの声。

――青が、嫌い。

なんで保田さんは青が嫌いなんだろう?
理由が、知りたい。
不覚にも私はその時、そんな事を思ってしまったのだ。

悩んでいても仕方ない。
保田さんに聞いてみよう。
私は意を決するように立ち上がり、喧噪がこもる楽屋を抜け出した。
273 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時56分36秒
ガラス窓に折れた太陽の光が廊下を静かに照らしている。
その突き当たり。
ちょうど建物の南東の一角のスペースに見慣れた背中を見つけた。

「やす……」

声を掛けようとしたその時、保田さんの隣にもう一つ背中が見えた。
肩の下あたりまで伸びた黒い髪。

(あれは……紺野?)

私は廊下の角に隠れてそっと二人を窺った。
何やら楽しげに話しあっているようだ。
最近、保田さんは紺野となぜか仲が良い。

(なにを話してるんだろう?)

出ていくタイミングを逃してしまった私は、その場に立ちつくすことしか出来なかった。
274 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時57分13秒
「石川、何やってんの?」
「……!」

突然背中を叩かれた。
思わず声を出しそうになったけど、なんとか耐えた。
一つ息を吸って振り向くと、見えたのは金色の髪。
矢口さんだった。
そうだ、同期の矢口さんなら知ってるかもしれない。

「……矢口さん、ちょっといいですか?」
私は辺りをきょろっと見回すと、空いていた部屋に矢口さんを押し込んだ。

「なんだよ? こんな所に連れ込んでさ」
「あの…、一つ聞きたいことがあるんです」
「え? ヤグチに聞きたいこと? 何?」
「保田さんの事なんですけど……」
「圭ちゃんがどうしたの?」
「保田さんって、どうして青が嫌いなんですか?」

矢口さんの顔が、氷みたいに固まった。
275 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時57分46秒
「青が嫌いって……圭ちゃんがそう言ったの?」
「はい」

信じられないといった表情を浮かべる矢口さん。
私はその顔を見て、やはり何かあるのだ、と確信する。
矢口さんはため息を一つつくと、壁に寄りかかって天井を見上げた。

「ヤグチもね…、青はあんまり好きじゃないんだ……」
「え?」
「最初のシャッフルユニットでね、ヤグチ、青色7だったんだ。
 青ってオリコンの順位が一番下だったでしょ?矢口、結構ショックでさー……」
青にはいい思い出がなくてね、と矢口さんは寂しそうに笑った。

……なるほど。
矢口さんが青を好きじゃない理由はわかった気がする。
だけどそれは、保田さんが青を嫌う理由にはならない。

「でも…保田さんは黄色だったじゃないですか」
――そう、保田さんは青じゃなかった。
276 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時58分18秒
「違うよ、石川」
それは違う、と矢口さんの目が私を冷たく射抜く。

「確かに圭ちゃんは青じゃなかった。
 でもね、仮に圭ちゃんが青のメンバーだったとしても、そしてオリコンの順位で負けたとしても、
 圭ちゃんはそんなことを気にしたりなんかしない。
 だって圭ちゃんは歌が、歌うことが、誰よりも好きだから。
 アンタならわかるだろ? 石川」
「でも…、だったらどうして?」

なおさら、わからない。
保田さんがなぜ青を嫌うのか?

「……圭ちゃんがホントに青が嫌いって言ったんなら、その理由はヤグチには一つしか思いつかないよ」
「知ってるんですか!?」

その言葉に私は思わず詰め寄った。
矢口さんは視線を私から外すと、一瞬沈黙して、口を開いた。

「紗耶香だよ」
「市井…さん?」
277 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時58分57秒
「石川も知ってるだろ、圭ちゃんと紗耶香がどんな関係だったのか」
「………」

もちろん知っている。
かつて二人が恋人だったこと。
だけど市井さんは保田さんを置いて、娘。を飛び出していったこと。

「プッチモニ、青色7…。一番輝いていた頃の紗耶香はいつも青い服を着てた。
 だからずっと前、三人で話してたときに、誰かが冗談っぽく言ったんだ」

――『青は紗耶香の色だね』って

矢口さんは穏やかに笑うと、白い壁に埋め込まれた小さな窓に目をやった。

「もしかして圭ちゃんは、青を見て紗耶香の事を思い出す自分が嫌いなんじゃないかな?」

薄暗い部屋の向こう。
窓一杯に広がる青。
保田さんはあの空に彼女を重ねて見ているんだ……。
そしてそこに、私の姿はきっと無い。
青に染まった窓を見るのが、なんだかとても辛かった。
278 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月06日(土)23時59分53秒


結局その日は保田さんと言葉を交わせないまま何事もなく終わった。

その翌日。
ほとんど眠れなかった私は集合時間より二時間も早く事務所に到着した。
さすがにまだ誰もいないだろう。
そう思って部屋のドアを開けると、二つの人影が中に見えた。

(保田さん!……と紺野?)

二人とも私にまだ気付いていないみたいだ。
入口の方に背を向けて、二人肩を並べるようにして座っている。
こんなに早くから何をしているんだろう?
私は二人の背後からそっと様子を窺うことにした。

「ああっ! また青くなったよ……。ホント、む〜か〜つ〜く〜〜〜!」

青!?
私は思わずその言葉に反応し、入口から身を乗り出した。
保田さんの背中の向こう。
机の上にあるノートパソコンの画面が綺麗な青に染まっていた。
279 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月07日(日)00時00分49秒
「MEなんか使ってるからですよ。2000にしましょうよ、2000に」
「やっぱ2000にしたほうがいいかな〜?」
「少なくともMEよりマシですよ。それとも保田さんはこのブルースクリーンが好きなんですか?」
「いや、見たくもない」

二人はなにやら訳の分からない会話を交わしている。
だけどそんなこと、どうでもよかった。
その時、私の頭の中には、ある一つの仮説が浮かび上がっていた。
――いや、そんなはずがない。
私は必死に自分の仮説を否定しようとする。
だけど結局、出来なかった。

「でも、ホントこの青い画面見るとむかつくわね」
「だから2000にしましょうって」

もしかして保田さんが青を嫌う理由って………

(あの青い画面?)

市井さんの事を思い出すからじゃなくて……
ただ単にパソコンが壊れるのが嫌いだから……?

突然視界がぐにゃりと歪む。
世界が青く霞んでいくような錯覚。

矢口さん…、市井さん……
石川は…保田さんのことがわかりません……

そして私の思考は、停止した。
280 名前:Blue Windows 投稿日:2002年07月07日(日)00時01分39秒
「あれ? あそこにいるの石川じゃない? 何やってんの?」
「石川さん、フリーズしてるみたいですよ」
「は? フリーズ? なんで?」
「さあ? 私にはわかりません。原因不明のエラーですね」
「しょうがないわね……。 そうだ、石川もOS入れ替えようか?」
「ついでにサウンドボードも入れ替えましょう」
「……アンタ、なかなか面白いこと言うわね」
「はい、完璧ですから」


----------------------
Blue Windows の終了(U)
281 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時04分58秒
ジグソーパズルの最後のピースみたいに、きっと行き着く場所は1つしかないんだ。
だから、行き違うことさえもない。

――あれから3度目の春が訪れて、またここに来た。
タクシーから降りると、道路の表面に散らばる小石と真っ黒なミュールがジャリと擦れ音をたてた。
視界を遮る目障りな信号も、空を狭めるビルも無い。
河川の音と、靴が地面と擦れる音が重なり合り、静寂の中にストリングスを奏でる。
東京とは違う、穏やかで優しい風が吹く場所。
ゆっくりした時間が過ぎていく、きつめに締まられていた時間のネジが緩く解かれていく。
それは心地よくもあるし、心を抜けていくと何処かで引っかかるものでもある。
いつもより眺めがいい景色がザラザラと心を削っていく。
空には飛行機雲が垂直に、空を2つに分けていた。

頭の中に確かに刻まれた記憶に従って道を歩いてく。
すれ違う風が気軽に声をかけてくるみたいに優しい。
「………」
河の向こう、町のその上に見える聡明な模様に向かって呟いた。
深い青緑と紫のコントラストは切なく図々しく、遠い目でこっちを見ていた。
282 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時06分05秒
「真里ちゃん?」
いつの間にか景色の先には、柔らかいクリーム色の外壁と濃紺の屋根があって、
その中心に彼女が立っていた。あの人の面影を残す彼女が。
「おばさん…」
おばさんは柔らかく笑った。

「毎年御免ね、東京から。あの子も天国で喜んでると思うよ」
「あ、いや、そんなんじゃ…」
あたしを迎えに来た彼女と並んで歩きながら数分、声に詰まった。
本当に申し訳なさそうに笑みを浮かべた彼女に、
何かを知っているような自分を作って、中途半端に首を振った。

――天国なんてきっとない。
あったとしても、あの人は天国なんて行けないよ。
あたしを独りぼっちにしたんだから…。
――絶対に許してやらない。
283 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時06分42秒
「真里ちゃん」
気が付くと、さっきは遠くに見えた建物が目前だった。
「さ、上がって、今お茶用意するから」
「あ、ちょっと…」
その声におばさんは振り向く。
もう玄関を潜り、あたしを迎え入れようとしているところだった。
「お墓、行ってきます…」
おばさんは小さく沈んだ表情を見せたけど、すぐに「うん」と、丁寧な笑顔を浮かべた。
目尻に浮かんだしわが一層深くなり、現在の彼女の心の虚空をそこに見たような気になった。
「そう、暗くなる前に戻ってくるようにね」
「…はい」
284 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時07分39秒
虫かごにすべり台、麦わら帽子と机の上の落書き。
結びつかないほどに遠い記憶が周りの景色に呼び起こされて、
次の瞬間には、切れた間違え電話みたいに急に孤独を投げてよこした。

河原に沿う道路を歩き、砂利の坂を上るとそこに並ぶ幾つもの墓石の中に、彼女の墓はあった。
修羅と騒然に溢れたその人生を今頃覆すように、そこはひっそりと緑の葉っぱが風に揺れる、そんな場所だった。
墓前には先程おばさんが置いていったのか、真っ白な灰に変わった線香が添えてある。
その前に立ち、途中の自販機で買った缶ビールを添えた。
線香を買ってくるのを忘れたから、マルボロライトを2つ咥え、火を付けて1つを傍らに横たえた。
タバコは引退後から吸い始めていた。
意味なんてなかった。あるとしたら、時間の流れが忘れられそうな気がしたから。
未だその実感はないけれど。

まぶたを開き立ち上がって、もう一度、ムラのない灰色の石を眺めた。
その石に刻まれた文字を、宙でなぞった。
煙の壁をゆっくり裂いて、同じ字がそこに刻まれた。

『中澤家之墓』
285 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時08分24秒
◇        ◇        ◇        ◇


「この命な…あと半年なんやて…。お医者さんがゆうとっとわ…。
せやから、こうして矢口と一緒にいられるのも…」
最後を濁したのは、信じたくなかったから…、それとも、単に伝え難かったから…。
「バーカ、なに弱気になってんだよ」
下を向いて掛け布団の白を見つめる目がいつもより多く光を蓄えていて、見ていられなくなった。

「矢口ぃ…」
まさに搾り出したような最後掠れた声、聞きなれない。
「な、何?…どっか苦しいの?」
横目をそのまま向けると、パジャマとお揃いで水色に彩られた指先が向けられていた。
差し出された手を取った。心なしか震えが伝わったような気がした。
あたしのよりもジワリと熱のこもったその手があたしの小さな手をしっかりと包む。
やるせない思いがあたしの中でも面積を広げていくのが分かった。
286 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時09分21秒
そして、次の瞬間には淡い水色のパジャマが目前に迫っていた。
柔らかい肌をその布の傍に感じて、息苦しくなる。
でも、きっとめい一杯込めたはずの腕の力は、半端に優しいだけでしかなかった。
「…絶対化けて出たったるからなぁ。覚悟しとくんやで」

体調が思わしくない自分を棚に上げて、またあたしを手玉に取る。
変に心配して、変に気を遣ってた自分が間抜けに思えた。
「いいよーだ、速攻で陰陽師呼んで来るから」
強引に手を振り解いて、舌を出して言った。「ベー」って。
「アホ、恩師を成仏させる奴がどこにおんねん」
そう言って、あたしの髪の毛をかき回す。

絶対に裕ちゃんは死なない。
そう、思ってたんだ。


◇        ◇        ◇        ◇
287 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時09分58秒
「化けてみろよ…」
搾り出したような声は風に掠れ消えた。
「化けて出てきてみろよ…」
聞いたことのある話、今までは在りえないと思って信じてなかったものも今では信じられる。
信じられるというよりも、あって欲しいだけ。

あんなあっけない終わりだなんて思わなかった。
せめてもっとドラマみたいに…。
別れはあたしに何もくれなかった、小さな言葉も何も。
求めていたものは何も無かったけど、納得できない。
言いたいことも、何も表せてない。
残ったのは、虚無と孤独感、やるせなさ…痛み。
どれもいらないものばかり。

触れた墓石の冷たさに、最後に握った裕ちゃんの手の体温を思い出した。
言いたいことも満足に声に出来ない、すれども頼りならない掠れ声になるだけ。
冷たくて、それでも懸命に笑って見せる裕ちゃんの痛々しさに、
思い出すだけでまた胸が締め付けられた。
タバコの弱い灯りが消え、フィルターを残し後は頼りない灰色へ変わっていた。
288 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時10分37秒
家に戻ると、ダイニングのテーブルには料理が並び、
4人がけのテーブルには2人の人数には勿体無い眺めが広がっていた。
「こういう時くらいしか、作る機会ないから」
毎年同じ台詞を口にする彼女に、
「気遣わなくていいです」
と曖昧に頬を緩ませる自分がいて、そんな自分が好きになれない。
もともと、自分のことは嫌いだけど。

「最近お仕事の方はどう?」
見ていたテレビがCMに入って、おばさんが言った。
「あ、まぁ…相変わらずってトコかな…」
毎回同じ台詞言ってる気がする。
「そう、大変だと思うけど頑張ってね」
この返しだって。

モーニング娘。が解散してもう2年が経った。
振り返れば、あっという間だった。
むしろ、何もない時間が過ぎた。そんな表現が正しいのかもしれない。

私は事務所の反対を強引に押し切って芸能界を後にした。
裕ちゃんのいないあの世界にいても、なにも意味はない。
そう考えた上での行動。後悔は一切なかった。
光に照らされる、眩しいステージの上は失うものが多すぎる。
弱虫の私なんかには到底無理な場所。1人じゃ押し潰さる…。
289 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時12分41秒
今は当時の貯金を注ぎ込んでショップを経営している。
インテリアとアクセサリーを扱う、ショップ。
まだ小さくて、満足にバイトも雇えないそんなトコで、
年収も芸能界にいた時の5分の1にも満たないけど、
1日1日を1つの仕事に費やす。そんなところに充実感を覚えていたのかもしれない。
もうすぐ軌道に乗りそうな感じだし、素直にいい仕事。って、そう思っていた。
楽しい、なんて思ったことはないけど、必死にやるだけだった。

もうトップになりたいなんて思わない。お金も地位もいらない。
なりたいのはあの頃、本気で笑えていた自分。欲しいのはただ1つだけ、
最後に聞きたかったはずの裕ちゃんからの言葉。
それ以外には何だっていらないから。

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
先に寝室に消えた彼女に一言告げた後、
一時間程ビール片手に居間に残り、そうしてから客間に移った。
290 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時14分03秒
無性に眠れない夜。たまにそんな日がある。
ここに来た時はいつもそう、この場所に特別な思い出があるはずでもないのに、眠くはならない。
そして、何もしてないと時を刻む時計の音がウザったく聞こえる。
時間はいつでも何かを奪っていくから、それだけだから、だから嫌い。大っ嫌い。

起き上がるのも面倒だったから、布団の中で友達にメールを送ってみた。
それでも20分が経っても返事は来なかった。
ディスプレイの時間は2時半を示していた。
――寝ちゃったか…。
諦めの気持ちで携帯をたたんで、再び木目の天井を見上げた。

静かに時は流れた。
音も水も風も、生命、そして感情さえも流れループして、なお巡る。
また静かに誰にも気付かれずに続いて、何度だってこの身体を包む。
291 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時14分37秒
静かに時は流れた。
音も水も風も、生命、そして感情さえも流れループして、なお巡る。
また静かに誰にも気付かれずに続いて、何度だってこの身体を包む。

三たび、まぶたを開けて、そこに木目を映すと目を閉じることを本能的に忘れた。
――これって夢…? 寝ちゃったのかな?
何の音も存在しない。
人間は音の無い世界にいると精神が狂ってしまう。
そんな話を聞いた覚えがあるけど、今の状態はむしろ安らぎ。
現実の世界にはない浮遊感。地に身体が着いてないみたいな。
でも、夢かどうか、確かめようとはしなかった。
夢なら無理に覚ますことはない。
――夢の中にいよう。そうすれば時間はすぐに過ぎるから…。


『や……ち…』


声が、聞こえたんだ。
292 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時15分46秒

――気のせい?

聞こえるはずのない声だった。
そして、この3年間ずっと求めていたものでもあった。
耳を澄ます、春の始めの夜は必要以上に静まり返り、痛みすら感じそうだった。

『矢口…』

――また…

嘘でしょ…でも、間違いない、この声って…。

「ゆ…ちゃん?」
久しぶりに発音したその言葉は喉の奥に詰まり、口元で歪んだ音に変わった。
『そや…』
耳で聞こえるのとは違う。
脳の中の感覚に直接響くような声だった。
でも、何故か分からないけどその声が聞こえる方角だけは分かった。

布団から抜け出てすぐ傍の障子を横に引いた。
声は縁側の向こう、庭のその向こうから届く。
ただ、そこには静かな闇の音と何処までも透き通る空気しかなかった。
裸足のままで庭に降り、その向こうへと歩みを進めた。
薄っすら湿り気を含んだ芝の感触がくすぐったかった。
夜空の月は厚い雲に覆われ、長い間隔の街灯が道を所々ぼんやり照らしてた。
293 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時16分24秒
風が止んでいる。
初春の夜はまだ肌寒いのに、不思議と寒さは感じなかった。
けど涼しくも温かくもなかった。
なにかの気流が私の周りを渦巻いてるような、そんな感覚だった。
土の上に散らばった小石が足の裏を刺し、
その度に軽い痛みが麻痺させるような緊張と、困惑で満たされた身体の中を昇っていく。
それは幼い頃に感じた、遊園地に足を踏み入れる時のような期待と心地よさにも似ていた。

『こっちや』
その声は昼間に来た墓地に続いている。
敷地に足を踏み入れた瞬間、その光景に目を奪われた。

――青い光…、
いや違う、火だ。青い炎。

半径4,50メートル程の敷地内を幾つもの青い火の玉が飛び交っていた。
灰色の石を全て青に染め、幾つかは素早く、幾つかは大きい。
見たこともない異様な光景だった。
それでも、怖さ、それは感じなかった。

不規則的に宙を行き交っていたまばらな炎がある一点に収束して、形を作っていく。
大きな炎の塊は優しき温かさを持ち合わせている。
肩までの細くて綺麗な髪の毛。
華奢で細い体に、柔らかい顔立ち。
炎で出来た筈のそれは、生々しい程に人間そのもの、故に美しい。
294 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時17分00秒
「ゆ……うちゃん」
動転していた。目前の目を背けられない事実に。
「う…そだ」
夢。そう思っていても信じられない。予想も出来ない、出来るわけない。
『ウソやあらへんよ、オレやって驚いてんねんから。ま、足はあるんやで』
そう言って、青い炎の裕ちゃんはおどけて笑った。

「マジ…裕ちゃんなの…?」
無意識のうちに口内の唾液を飲み込んだ。
ゴクン、空気を振るわせる程の音が鳴った。
『そや…。ま、ホンマはもうちょい早く会いたかったんやけど。ま、ひさぶり』
「マジ…かよ…」
もしも会えたら。
そんなこと何も考えてなかったから、何を言ったらいいのか、何も思いつかなかった。
言いたいことはたくさんあって、聞きたいことも負けないくらいたくさんあるって、知ってるのに…。

『元気しとった?』
「あ、うん」
記憶の中と同じに裕ちゃんは屈託の無い表情で喋る。
『こっちも元気やってで。ってか、
この体になると痛みもあらんし、腹も減らへんねん。
せやから、生きてる気ィせいへんねん。
まぁ、思いっ切り死んどるんやけど』
なんて、1人でウケてる。
「はは…」
洒落にならないような冗談も同じだ。
295 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時17分39秒
『そういやー矢口にそっくりな女の子がおるんよ。
 似てるわけちゃうんやけど、小さくてカワイイくて、思わず抱きしめたくなる感じでな』
そう自分の前に像を作りながら話す裕ちゃんは、何処となく嬉しそう。
『最近じゃあその子追っかけるのに夢中なんやで。
 でもやで、不自然に追っかけるのはストーカーやん。
 せやから、偶然を装う感じにやっとるんよ。最近は行動パターンも掴めてきたしな』
ニヤーって、不適な笑いと共に手を握り締める。
『せやけど「いやー」ってな、いっつも逃げられんねん』
さっきとは打って変わって悲しそうに「なんでやろ…」と愚痴を漏らす声に、
「はは…バッカじゃねえの」
と思わず笑った。

スー。
その炎の体が風に似た何かに揺れて歪んだ。
空はまだ雲が隅っこで月を隠している。

『もう時間やわ…そろそろ行かな』
「え…」
何…それ?
そんなのないよ。って、そう思った。
296 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時18分47秒
「もう行っちゃうの…?」
『こうやんのも結構労力使うんやで、アンタには分からんかもしれへんけど。この年には効くで、ホンマ』
「じゃあ明日も来るよ、だからさ裕ちゃんも来てよ、ねえ」
言葉を受け止めたからか、炎はまた揺れた。
『もうヤグチの前には現れへん』
「何でだよ、今日だって会えたじゃん。だから明日も明後日もきっとさ――。
 ヤグチさ、言いたいこといっぱいあるんだ。だから明日も話そうよ…ねえ。
 仕事だったらサボるよ。ちょっとぐらいなら大丈夫なんだ…」
言いたいことがたくさん在り過ぎて逆に言葉を選べないあたしの、
その隙間を縫うように裕ちゃんは口を開いた。
『行くゆうのはな、旅立つっちゅうことやねん。
 時間がもう残ってへんねん。行かな、怒られてまう…』
トーンの変えた、その言ってる意味が分からない。
それでも、直感的に本当の別れが近いことは受け止めなきゃならない事実だと感じた。
――これが最後、もうどんな形でも会えない。って。
喉の奥で「キュー」と音が鳴った。胸が苦しい、息が詰まる。
297 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時19分33秒
『なんか変やな。ずっと会ってへんかったのに、こんなに別れが惜しいなんてな』
「………」
いつかみたいに、裕ちゃんは私の頭に掌を乗せて優しく言う。
生身と何一つ変わらない温度のその手に触られて何も言えなくなった。
何も変わってない。
裕ちゃんが娘。を卒業した時も、あの最期の時だって。
気持ちばかり先走って、何も言葉を紡ぎ出せない。
いつまでも私は子供だ。

『昔のもんに囚われて、本当の幸せ逃したらアカンよ』
最後に、裕ちゃんはお母さんみたいに優しく頭を撫でて言った。
『ほな、さいなら』
そうしてその影は青い幾つもの炎に変わりながら、夜の闇に溶け込んでいった。
静かに緩やかに、清流を流れる水のように。何もかも――。

サーっと近くで草が風に揺れた。
いつの間にかその前に座り込んでいた、裕ちゃんのお墓の弱い輝きで月光が差していることに気付いた。
夜の霞を一筋の光で灯し、それを中心に光の面積を広げていく。
やがて視界がぼやけ遠くになり、そして閉じた。一瞬だった。
真っ暗な世界で、遠ざかる意識の狭間で、何かが頬を静かに転がる…それだけ感覚が残っていた。
298 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時20分11秒
目を開けると障子を透過する光が網膜を刺激し、反射的にまぶたを降ろさせた。

――夢…か…。
変に気だるい身体を横にしたままで、夕べの夢を思い出した。やけに鮮明に覚えている夢だった。
ただ、やけに現実感の帯びた夢だったな。と思った。
墓地までの道のりもその景色も、全てのものが現実と一致する。
でも、記憶の繋がりが曖昧だった。
そもそも現実だったとしても、どうやって戻ってきたのか分からない。

考えることも思い出すことも億劫だっだので、出発の準備をすることにした。
東京には今日戻る。午後の新幹線で。
携帯には昨日のメールの返事が返ってた。
寝ぼけ眼でそれを見送り、携帯をバッグにしまった。
299 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時20分50秒
「おはよう」
サーっと障子が開いて、エプロンをかけたおばさんがそこに現れた。
朝でも真心に溢れたおばさんの顔は荒んだ心に優しい。
「あ、あはようございます」
「どう? 昨日はよく眠れた?」
「ああ…なんか、あんまりって感じ」
いつ眠りに入ったのか分からないけど、
ドッとする体の疲れから、眠りに入ったのはそんな遠くないのは予想できた。
「そう」と頷いたおばさんが何かに気付いた。
「あら、どうしたの、その足?」
「えっ?」
おばさんが指したその指の先は畳の床の上のこげ茶色の土を差していて、
元を辿ると、それは私の足元から続いていた。足の裏が真っ黒な土で汚れていた。

――夢…じゃない?
――うそ、だって…。
300 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時21分23秒
「夕べ、何かあった?」
答えを求め戸惑うあたしに、おばさんが問う。
「あ…っとぉ〜、昨日、月綺麗だったから、庭で見てたんです。
 だから、足汚れちゃったんだと思います。ってゆーか、そうだからですよね。
 すみません、なんか…。迷惑かけちゃって…」
ハハハ…と弱々しい声が漏れた。
裕ちゃんの幽霊に会った。なんて言えない。
言ったって、嘘つきでも誠実な人間でもないから。そんな気がする。
「ああ、いいのよ気にしなくて。
 それより、なんか明るく笑ってる真里ちゃんが見れてよかったぁ。
 朝ごはんの用意出来てるから汚れ落としたら来てね」
おばさんはニッコリ笑った後、何も無かったように振り返って部屋を後にした。
――あたし…笑ってる?
301 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時22分11秒
「お邪魔しました」
「また機会があったら寄ってね。またお料理、作るから」
「来年も――」おばさんはそうは言わなかった。
そういう所、この人はやっぱり裕ちゃんのお母さんなんだなぁって思った。

帰りの新幹線までまだ時間があった。
何も考えずに墓地へと足を向けた。
なにかを確かめるためかもしれない。
大事な人の存在を確かめるためかもしれない。

「裕ちゃん」
ザワザワとした、植林が風と戯れる音の中にワザとらしい1つの声色が流れて、そして溶けた。
返事の代わりに再び、風が墓地の中を走り抜けていった。
優しく、頬を撫でて潤んでた瞳を乾かしてく。
昨日の昼と何も変わらない場所だった。
ただ、まだ東よりの太陽が南向きの裕ちゃんのお墓に影を作っていた。
あの時、私が見たものが夢だったのか現実だったのか、それは分からない。
けど、もうここに来るのは今年で最後だと。
そう確信していた。
302 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時23分20秒
風の音を切り裂くように、不意に携帯が鳴った。
この着メロは仕事用、店の電話からだ。
ディスプレイを眺めたまま、暫く、昨日の裕ちゃんを思い出していた。
あたしの知らない裕ちゃん、新しい裕ちゃん。

――あたしは…
今日から、たったこの時から私の人生を生きよう。
もうあたしは何にも縛られない。

「何? どうかしたの!?」
張り上げた声は、朝の光に負けないで、町に響く。
こんな声、久々に出した気がする。

――ごめんね、裕ちゃん。あたしが幸せになるにはまだ早いや。
でも、いつかきっと裕ちゃんが惜しむぐらいに幸せになったげるから。

ボストンバッグから、まだ中身のある煙草を取り出して、
片手でグシャッと握りつぶした。



青、いつか、サヨナラ
-fin
303 名前:青、いつか、サヨナラ 投稿日:2002年07月07日(日)00時23分56秒
風の音を切り裂くように、不意に携帯が鳴った。
この着メロは仕事用、店の電話からだ。
ディスプレイを眺めたまま、暫く、昨日の裕ちゃんを思い出していた。
あたしの知らない裕ちゃん、新しい裕ちゃん。

――あたしは…
今日から、たったこの時から私の人生を生きよう。
もうあたしは何にも縛られない。

「何? どうかしたの!?」
張り上げた声は、朝の光に負けないで、町に響く。
こんな声、久々に出した気がする。

――ごめんね、裕ちゃん。あたしが幸せになるにはまだ早いや。
でも、いつかきっと裕ちゃんが惜しむぐらいに幸せになったげるから。

ボストンバッグから、まだ中身のある煙草を取り出して、
片手でグシャッと握りつぶした。



青、いつか、サヨナラ
-fin
304 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時28分05秒
今日は暑いね。
あたしは白く遠い天井をぼんやりとみつめた。
窓は全開なのに涼しい風なんてちーっともこない。
変だねえ。カーテンはずうっとゆらゆらゆれてんのに。
生ぬるいじめじめ感ばっか。
でもフローリングの床はいいね。
冷たくて、気持ちいい。
こんな暑い日は、ほんとそう思うよ。
できるだけ床の冷たさを味わう為に
あたしはうつぶせのまま、体を少し動かした。
305 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時28分38秒
頬をぴったりと擦りつける。
そおっと目を閉じる。
気持ちいいなあ。

あたしは死んだ魚のように動かない。
あ、なんだろ。
遠くから歓声が聞こえるよ。プールかな。
水しぶきの音。
いいなあ。
今日とか、きっと気持ちいいよ。
梨華ちゃん。
あたしは首を少しだけ動かした。
306 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時29分24秒
梨華ちゃん、さっきから俯いたままだね。
なんで?
もしかして、
ごとーが、ここにいるから?
そうなの?
でもここ、ごとーんちだしね。
それよりもさ、ほら、飲んでよ。
ソーダ水だよ。
梨華ちゃんおすすめの、
レモン汁もちょっと入れたんだよ。
すごくおいしくなったよ。
307 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時29分57秒
コップのなかでちっちゃい泡が出口を探して上へ上へと吸い込まれていく。
どんな青より冷たくて寂しくて。
こんな綺麗なものだったんだね。
ごとー、ずっとわかんなかった。
ずっと。

しばらくして梨華ちゃんが立ち上がる音がした。
あたしもしばらくしてゆっくりと体を起こした。
ああ〜、だるい。重い。
クーラー壊れて一週間。
変だな、もう慣れてたのに。
なんで、今日はこんなくるっしいのかなあ。
梨華ちゃんはどう?
あはっ、聞いてばっかだね、今日は。
上目づかいで梨華ちゃんの答えを探す。
梨華ちゃんはじっとソーダ水を見つめていた。
308 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時31分07秒
覚えてる?
梨華ちゃんが
ごとーに教えてくれた
初めての味だったんだよ。

梨華ちゃんは、静かにコップを手に取ると
こくこくと飲み始めた。
白い喉の優しい動きを三角座りで眺める。
きれいだなあ。

唐突に、飲むのをやめて
梨華ちゃんは淋しげに微笑んだ。
そして半分だけ飲んだソーダ水を
そおっとごとーの口元に運んだ。
梨華ちゃんの手からごとーの口へ。
かなしいあお。
あたしは目を閉じる。
もう見えない、何も。
この冷たさが、全て。
309 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時32分17秒
一気に飲み干したら
喉がきゅーんって悲しい音を出した。

梨華ちゃん、泣かないで。
あたし、泣かないから。
小さく震える梨華ちゃんの唇に
壊さないように触れるだけのキスを。

ごめんね。ごめんね。

ばいばい。

梨華ちゃん。
310 名前:lionomade 投稿日:2002年07月07日(日)01時33分09秒
fin.

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