霧の向こうに咲き誇る華
- 1 名前:クロ 投稿日:2002年07月16日(火)23時57分14秒
- はじめましてで、書かせていただきます。
おもっきり某小説の影響を受けた小説になると思われます…
あと、あまりカップリングない予定です。
よろしくお願いします。
略して「キリサキ」。特に意味なし(w
- 2 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時19分12秒
- 「人間はね、世界に感情を放出して存在してるの」
「へ、へぇ……」
私、矢口真里は、いつものように飯田圭織の独特の世界観に、曖昧に返事をした。
彼女の話は、聞いている時には訳のわからない話だけど、後になると、ああ、そう言うことだったのか、と実感することがある。
そんなわけで、私は彼女の話はよく聞いているんだけど、やっぱり聞いている間は訳がわからなかった。
そんな私の顔を見て、圭織はなにがおかしいのか、ふふ、と笑った。
- 3 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時19分55秒
- 「矢口ってさ、一番大切なものの為に、一番嫌いなことが出来る人だよね」
「へ?」
今の話の流れから、なんでそんな言葉が出てくるの?
「そう言う人って、たいてい辛い目に遭うよ。ううん、自分から突っ込むの、辛いって分かってても。でもね、それでも一番大切なものの為に突破しちゃうのよ」
嬉しいような悲しいような、そんな不思議な表情で笑う圭織を、私はキレイだな、なんて、関係ない事を考えていた。
「だから、そんな矢口だから、私、大好きだよ」
今にも泣きそうな、そんな笑顔……
その笑顔は神秘的なまでに美しく、だからこそ儚かった。
手のひらに降りてきた一番最初の雪みたいに、触れたら溶けて消えてしまうことが分かっているのに、それでも触れてみたくなってしまうような、そんな不思議な魅力の笑顔。
私は思わず手を伸ばし、
圭織の頬に手を伸ばし、
そして──
- 4 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時23分05秒
目が覚める──
- 5 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時28分17秒
- 1999年の夏、飯田圭織は私の前から、私たちの前から姿を消した。
それはあまりにも突然で、私は驚くことさえ忘れてしまったほどだ。
あの時、驚き損ねたおかげで、私はいまだにこんな夢を見てしまう。
圭織がいなくなる、ほんの少し前に交わした会話。
相変わらずよく分からないことを話していたけど、やっぱり後になってよくわかった。
あれだけ強烈な感情を世界に放出していた圭織は、その感情は、いまだに残り香のように私の中で息づいている。
だからたぶん、これが圭織の言ってたことの意味なんだろう、と思う。
私なりの解釈では。
- 6 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時32分27秒
- 「よし!」
考えるのはもうヤメ。
私は、寝てる間に蹴飛ばしたんだろう、ベッドから落ちている掛け布団を適当にたたみ、立ち上がって伸びをする。
思いっきり体を伸ばしても、小さな私の体。
この躰は、いつか辛いことの中に突っ込んでいくんだろうか。
あの時、圭織に言われたように……
- 7 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)00時37分05秒
- と言う感じのプロローグ部分です。
これからの更新は、基本的に会社で仕事の合間にやっていくので、
早かったり遅かったりだと思いますが、温かい目で見てください。
- 8 名前:クロ 投稿日:2002年07月17日(水)15時08分33秒
- あ、ちなみにアンリアルです。
イマサラですけど…
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月18日(木)10時37分21秒
- すごく ひきこまれてます。
頑張って下さい。
- 10 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)19時19分42秒
- 最近ヒマだったから油断してたら、いきなり忙しくなりやがんの、仕事…
更新遅れて申し訳です。
>9
うお!
読んでいてくれる人がいたなんて感動!
アリガトーございます! がんばります!
- 11 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)19時31分52秒
- 圭織がいなくなっても、私は日常生活を送らなくちゃいけなくて、いつの間にか、なんとなく、勢いで女子大生になっていた。
成績は中の下程度だったけど、受験するか、なんて進路を決めたら、中の上から上の下くらいにまで成績が上がっていて、それなりにいい大学に入れた。
大学に着くと、私が受けようとしていた講義が休講になっていて、やることもなくなってしまった私は、しかたなく、ちょっと早いけど、バイト先のファミレスに行くことにした。
- 12 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)19時47分15秒
- 普段はヒマなのに、なんでこんなに混んでるんだろう。
ファミレスに顔を出すと同時に、ヘルプしてくれと頼まれ、嫌と言えるわけもなく、せっせと仕事にいそしむ私。
いかに親と同居とは言え、自分の使うお金くらい、自分で稼がないといけない。
お金をもらう以上は、それに見合う働きをしなくちゃいけない。
なんて考え方は古い、と先週辞めた先輩に言われたけど、考え方じゃなく、性分で、性分だから修正の仕様もない。
- 13 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)19時52分48秒
- さっきまでの忙しさが嘘のように、店内にお客はいなかった。
比喩ではなく、正味の話、人がいない。
呆然と立っている私の耳に、いらっしゃいませー、とバイト仲間の営業ボイスが聞こえた。
入り口を見ると、見たことのない制服を着た女子高生が、一人で来店してきた。
この店に女子高生が一人で来店、なんて、はっきり言って目的は一つだった。
……私のもう一つの仕事。
やれやれ、また厄介なことに巻き込まれそうだな……
- 14 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)22時27分49秒
- 「ご注文はお決まりですか?」
タイミングを見計らって、私は彼女のテーブルの前に立つ。
彼女は聞こえなかったのか、私の胸を凝視している。
そんなに立派なものではい。……ほっとけ。
何かを確認したように、彼女は、ぱっと顔を上げ、私の顔を見た。
背の低い私だから、座っている彼女にとっても、顔を上げた、という感覚は、あまりないかもしれないけど。……それもほっとけ。
「あの、矢口真里さんですか……?」
- 15 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)23時09分52秒
- ……やっぱり。
さっき見ていたのは、私の胸ではなく、胸についているネームプレートだった。
私の名前を確認した彼女は、やはり、あっちの方のお客さんだ。
「ネームプレート見たんなら分かるでしょ?」
「あ、はい……すみません」
別に怒ったつもりではないんだけど、彼女は顔を赤くしてうつむいてしまった。
「えと、あの、ウワサ……聞いて、その、来なった、じゃなくて、来たんですけど、矢口さんは、解決してくれるって、それで、聞いてほしいことがあって……」
何度もドモりながら、変な言葉と変なアクセントに気をつけながら、彼女はうつむいたまま、自分がここへ来た理由、というより、私に会いに来た理由を伝えようとしているようだった。
けれど、『私に会いに来た理由なんて、たった一つしかない』ということに、彼女は気付いていないんだろうか?
- 16 名前:クロ 投稿日:2002年07月18日(木)23時10分33秒
- 私は溜息をつき、いつまで経っても終わりそうにない彼女の言葉を強引に遮る。
「仕事、あと1時間くらいで終わるけど、それまで待ってられる?」
「へ? あ、は、はい!」
大きな目を、真ん丸くさせて、うつむいたままだった顔を私に向けて、返事をする。
「そ。なら何か注文して、待っててくれる?」
「は、はい! えっと、じゃあ……抹茶オーレを」
……一番、微妙なものを頼まれてしまった。
- 17 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)00時01分31秒
- 「ウェイトレスと出てっちゃたよ、彼女。どうする? つける?」
『分かりきったことやろ?』
「はいはい、全く人使いが荒いんだから……」
『私ほど優しい上司なんて、世界中どこ探してもおらへんで』
「いるよねぇ、自分のこと善人だと信じ切ってる小悪党」
『な、なんや──』プツ。
通話強制終了。
ついでに電源オフ。
さて、お仕事お仕事。
- 18 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)00時09分57秒
- 「そう言えば、まだ名前聞いてなかったね」
「あ、はい。高橋愛って言います」
高橋愛と名乗った彼女は、さっきからあらぬ方に目線を漂わせている。
話し掛ければこちらを向くけれど。
「で、何?」
「え、あの、ですから、相談事が……」
「違うわよ。何が起こってるの、あなたの周りで? それとも、あなた自身が?」
「!」
もともと驚いたような顔をしている彼女が驚くと、マンガのキャラみたく、表情がデフォルメされて見える。
それにしても、驚くことじゃないでしょうに。
私に相談しに来たってことは、つまり、そう言うこと。
“身の回りに今まで培ってきた知識や経験、ましてや常識なんかでは解決できない出来事”が起きたということ。
そんなことは私にとってはわかりきった事で、それくらいのことは容易に想像できるだろうに。
- 19 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)00時14分16秒
- 高橋さんは、こう言う。
自分には、“人の気持ちが見える”と。
それは、誰かが誰かに向けた感情と言うのが、光る帯のような形で視覚で捉えられるらしい。
私が彼女に対して抱いている感情も? と聞いたら、すまなそうにうなずいた。
それが見えるようになって、仲のいい友達が一瞬抱いた自分への嫌悪感が見えてしまって、この力をどうにかしてほしい、という相談だった。
けれど、私はこう答える。
- 20 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)00時23分10秒
- 「無理。出来ない」
あまりにもあまりな、身も蓋もない答えに、彼女はぽかんと口を開けたまま固まった。
お先真っ暗って顔。
しょうがない。アドバイスくらいしてやるか……
「一つだけいえることがあるわ」
「な、なんですか!?」
闇の中ほど光はよく見える、といったのは誰だったっけ。まあ、いいや。
まさに、藁にもすがるって顔、彼女は私に詰め寄るような勢いだ。
「どっちか選ぶのよ。その力と向かい合うか、それとも見て見ぬふりをするか」
- 21 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)00時35分08秒
- すみません、今日はここまで。
中途半端なところですみません。
sageチェック入れ忘れてageちゃうし…
やれやれですなぁ。
ちょっと失敗。
『』は“”として考えてください。
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月19日(金)22時15分28秒
- 矢口も何者なのだろうか‥
- 23 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)22時45分17秒
- >22
それはおいおい、わかることでしょう…たぶん。
呼んでくださってアリガトさんです。
来週も忙しい予定。
何かはじめようとするとこれだ…
タイミング悪っ!
- 24 名前:クロ 投稿日:2002年07月19日(金)23時52分23秒
- 「そ、そんな……そんなこと……」
「できないって? だったら、ずっとそのまま悩み続けることね」
肩をすくめて、彼女を半ばあざ笑うように、私は言う。
「悩むこと自体は悪いことじゃないよ。“より良くしたい”という気持ちの現れだもん。けどね、悩んでるだけじゃあ、決して良くはならない」
これは確か、圭織が私に向けた言葉だった。
それを今は、高橋さんに伝えている。
「悩みを何とかして、“別の何か”に成長、ううん、進化させないといけない。でないと、悩みは悩みのまま凝り固まって、あなたの心に呪いをかける」
「の、呪い……?」
「そうよ。“どうせ自分はこんなもの”とか、“こうなる運命だった”とかいう、諦めることすら選択できない呪いがかかるわよ」
- 25 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)01時17分29秒
- 絶対に知られてはいけない秘密を握られて脅かされているような、そんな表情で、私の顔を見る高橋さん。
私は彼女に対して、どんな感情を向けているだろう。
それが見える彼女は、どんな気持ちでいるんだろう。
そんな疑問を抱きながらも、私には続けるべき言葉があった。
「いい? 諦めることすら選択しない、というのは、その問題に対して何の感情も抱かないと言うこと。つまりそれは──」
“人間はね、世界に感情を放出して存在しているの”
「──この世界に存在していないと同じこと」
溜息にも似たその言葉は、冬の吐息のように、世界に溶け込んでいった。
- 26 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)01時29分23秒
- 今日はここまでです。また中途半端…
オイラの書き方って読みにくいですか?
どなたか感想をお待ちしております。
あとちょっと修正。
21の訂正の部分ですけど、17のような電話での会話の時は『』のままで。
- 27 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)11時56分23秒
- 生きていることが世界に対して感情を放出し続けることなら、それはきっと、鼓動のように、“止まっている瞬間”がある。
その瞬間、人は世界に存在していない。
暗闇の中で明滅する光のように、ほんの一瞬、人は世界から消えている。
- 28 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)12時29分29秒
- けど、それでも、人は世界に対して、自己主張を続けていかないといけない。
それだけが生きているということなのだから。
高橋さんはどうなんだろう?
ある日、突然、手に入れてしまった力。
できるなら無い方が良い力のせいで、自分の存在を世界から隠そうとしていないだろうか。
そんなの、生きている意味がない。価値がない。理由がない。
呆然と、ただ呆然と私の顔を見ていた彼女が、うつむいて唇をかみ締める。
肩が震えている。
「……って……」
消えそうな、というより、かろうじて存在しているようなその呟きが、彼女の心の内側から漏れ出した、熱い感情。
「うらだって、好きでほんな力、手に入れたわけじゃない! ほんなのいらないのに、何でうらだけ……」
うつむいたまま、彼女は叫んだ。
今まで心の内側に溜まっていた感情が、全て噴き出した、そんな叫び。
まあ、方言が出てきたのは、正直驚いたけど。
- 29 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)12時34分31秒
- 驚いたけど、平静に、私は言い放つ。
「好きででも好きでなくても、その力があなたにあるという事実は、どうがんばったって変えようがないわよ。あなたに選べるのはたった二つの未来」
握っていた手を彼女の前に差し出し、人差し指を立てながら、
「その力を全く無視すること。信じないものは、たとえなにが見えようと、存在しないことと同じ。徹底的に無視して気にならなくするか、」
続けて中指を立てて、
「その力を目や耳や鼻なんかと同じ、自分の一つの感覚器官として受け入れるか」
- 30 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)12時39分30秒
- 私の指に目線を合わせていた高橋さんが、
「で、でも、そんなの、そんなこと……」
弱気な声で呟く。
私に言ったわけではなく、ほとんど独り言のような響きだった。
「受け入れられないなら、受け入れたふりをしてるのよ。ある日、突然、手に入ったんだから、ある日、突然、なくなるかもしれないし、誰かその力を消してくれる人が現れるかもしれない。そんな時まで、受け入れたふりを続けるのよ。そうしたら、いつの間にか気にならなくなってるもんよ」
ピースみたいにしていた手を広げて、肩をすくめて見せる。
「……そうかもしれませんね……」
- 31 名前:クロ 投稿日:2002年07月20日(土)12時43分28秒
- 今回はここまで。
短くて申し訳ない。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月20日(土)23時58分21秒
- 文章が整っていて読みやすいですね。
不思議がちりばめられていて こうゆう雰囲気好きです。
- 33 名前:クロ 投稿日:2002年07月21日(日)23時21分49秒
- >32
そう言っていただけると安心できます。
このままのスタイルでいかせてもらうっす。
- 34 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時19分14秒
- 「矢口さんって、優しい人ですね」
「え?」
「だって、こんなに私のこと思っててくれてる……」
さっきまでの表情が嘘のように晴れやかな笑顔で、高橋さんが言う。
ああ、そうか。
彼女には、私が彼女に向けている感情が見えるんだっけ。
それを思い出すと、私はなぜか照れくさくなって、鼻の頭を掻いた。
- 35 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時31分37秒
- そんな私を見て、彼女はまた笑った。
笑われるのはいい気分とは言いがたいけど、ともかく、悩み事はすっきりしたみたいで安心だ。
すっきりしたところで、私はいつもこの手の相談を受けた時にしている質問をしてみる。
「あのさ、高橋さん」
「愛で良いですよ」
「あ、そう。じゃあさ、愛、ちゃん」
なんかちょっと照れる。
「愛ちゃんがその、人の気持ちが見えるようになったのって、いつ頃から?」
「え? えーと、たしか、3年くらい前だったと……」
「……そう、ありがと」
また、だ。
この子も“1999年に不思議な才能に目覚めている”。
- 36 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時39分39秒
- 1999年、圭織がいなくなった年、私が不思議な相談を受けるようになったのもこの頃で、相談しに来た子の誰もが“1999年に目覚めている”。
どういう符合なんだろう?
偶然……にしては出来すぎている。
1999年で真っ先に思いつくのは、やっぱり、ノストラダムスの滅亡の予言とか言う、例のアレだ。
けれど、人類が滅亡することはなかったし、人類の滅亡と不思議な才能に目覚める人間が現れたことに、何か関係があるとも思えないけど……
- 37 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時40分31秒
- ──────
- 38 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時57分06秒
- 『ほんとにか? やとしたら、うちらが監視してたことにも気付いてたかも知れんっちゅうことか?』
「その可能性は大、だね。ここまで離れても向けられる感情が見えるんなら、もうお手上げよ、私には」
『……で、そのウェイトレスの方はどうなんや?』
「さあ? 話だけ聞いてると、ただ相談にのっただけ、と言えなくもないけど……」
『問題は相談の内容を、当たり前に受け入れてるとこ、か?』
「まあ、ね。しかも、話の内容から察するに、今回が初めてって訳でもなさそうだしね」
『計画を見直す必要があるかも知れへんな……』
「そうね。あのウェイトレスが問題よね……」
- 39 名前:クロ 投稿日:2002年07月23日(火)23時58分13秒
- 今回はここまで。
またよろしく。
- 40 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月24日(水)01時31分20秒
- 読んでいて鳥肌立った。謎は深まるばかり‥
- 41 名前:皐月 投稿日:2002年07月24日(水)16時48分15秒
- 謎が迷宮入りしたって感じです。
作者さんがんばれ!
- 42 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)22時09分00秒
- >40
鳥肌立つほどですかー!?
嬉しいっす! オイラやるっす。
>41
新たなる読者さんが!?
応援感謝です〜! がんばりまっす!
- 43 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時05分54秒
- 「何かあったら、また連絡して」
そう言って、私は高橋さん……じゃなくて、愛ちゃんと別れる。
しかし、こう言ってもう一度、連絡してきた子はいないって事は、それなりに私も役に立っている、と言うことだろう。
まあ、連絡してきた子がいないと言っても、それほど多くの子が相談に来たわけでもないけど。
“1999年に何かがあってから”3年が経つけれど、その人数はまだ10人を超えるという程度だった。
それだけ、不思議な才能に目覚める人間が少ない、ということかな。
しかし、それにしても──
世界中にどれだけの、才能に目覚めた人間がいるかはわからないけれど、そんな人たちは、自分の力を使ってお金儲けをしようとか、有名になろうとか考えないんだろうか?
- 44 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時06分35秒
- それとも、私が気付いてないだけで、そう言う人はたくさんいるのかも。
或いは、誰かが隠しているとか。
でも、世界に何人いるのかわからない才能を持った人たちを隠すなんて、そんなことが可能とは思えない。
もしも存在するとしたら、どれくらいの規模なんだろう。
それこそ国とか……いや、そんなものではすまされない。世界そのもの、それ以上の存在でなければ、そんなことは無理だろう。不可能だ。
だけど、
もしも、
そんな組織が存在していたら──
- 45 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時16分09秒
- ──────
- 46 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時46分01秒
- 「感情そのものには正とか負とかなくて、それは出発点にすぎないのね。それをどの方向に持って行くかが、問題なのよ」
「ふーん……」
納得できるような、なに言ってるか分からないような……
圭織の話はいつもそんなものだってわかっているのに、ついつい聞いてしまって、同じような感想しか抱けない自分がちょっと笑える。
「でも、その方向は決まって、“未来”にしか向いてなくて、そのほとんどは望んだ場所にたどり着けない。“望まない未来”にたどり着いた感情は、もうとっくに別の物になっているのに、その感情の持主にはそれに気付いていなくて、それでも未来に向かって進んでいる……」
圭織は私の顔を、どこか遠くを見るように見つめる。
私を透過して、その先にある何かを見ているような……
「でも、だからこそ人は幸せってヤツを感じられるのかも。“望んだ場所にたどり着いてしまった感情”は、行き着いてしまった感情は、決して報われることはない」
- 47 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時52分23秒
- 圭織はこういう話をする時、決まって悲しそうな表情をする。
なんていうのか、“存在しない架空の人間を思って泣いている”とでも表現すればいいのか。
漠然としすぎている表情が、逆に嘘っぽくなくて、なんだか圭織に似合っているような気がしてしまう。
笑顔もステキな子なんだけれど。
「その先には何があるのかな……」
私は、そんな事を口にしていた。
つまり、“行き着いてしまったその先”には。
- 48 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時56分34秒
- 「そうだね……何があるのかな。案外それが“希望”なのかも」
私の呟きを、その中に込められた感情を、全て理解したように圭織は笑った。
私もつられて笑う。
圭織が手を差し出す。
手をつないで歩こうってこと?
私は少し照れながら、その白磁のような手に、自分の手を重ね──
- 49 名前:クロ 投稿日:2002年07月24日(水)23時58分39秒
- ──♪〜〜♪♪〜♪〜〜〜〜〜〜
手に触れたのは圭織の柔らかですべらかな手ではなくて、固くて触りなれたケータイだった。
- 50 名前:クロ 投稿日:2002年07月25日(木)00時08分08秒
- あいかわらず中途半端ですけど、今日はこの辺で。
う〜む、ageとかsageとかは作者が気にすべきことだろうか…
いいや、気にしない。レスつけもお気軽に(w
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)01時31分29秒
- お気に入り登録完了!
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月26日(金)02時04分03秒
- この作品のいいらさんすっごく好きです。
こんなに( ゜皿 ゜)が楽しみな作品は久しぶりだ…。
頑張って下さい。
- 53 名前:クロ 投稿日:2002年07月26日(金)20時26分33秒
- >51
うひょお! お気に入られ(w
やる気が出てきますなぁ〜。
>52
圭織はかなりキィなヤツです。
言うまでもないですね(w
- 54 名前:クロ 投稿日:2002年07月26日(金)20時48分06秒
- 「……もしもし?」
私は寝ぼけた声のまま、電話に出た。正確に言えば、声だけじゃなく寝ぼけてるけど。
『あ、矢口さんですか? えと、私、高橋ですけど……』
「高橋……ああ、愛ちゃんね。なに? 何かあったの?」
頭の中にかかっていた眠気のもやが、すっきりと晴れてくるのを感じる。
というもの、一度、相談を受けた相手が、翌日に連絡を取ってくるなんて言う経験が初めてのことだったからだ。
『あの、え〜と、今日、お時間はありますか?』
なんて改まった聞き方をしてくる。
私は、頭の中でスケジュール帳のページをめくりつつ、
「ん、あるよ。一日中。全面的に。オールで」
めくるまでもなかった事を思い出す。
『ほんとですか! じゃ、じゃあ、あの、その、え、映画の招待券があるんですけど、ご一緒にどうけ、ですか?』
……
……
「つまり、デートのお誘い?」
『デ、デデデデ、デートとかそんなんじゃなくて、この前、相談に乗っていただいたお礼と言うか、感謝と言うか、ありがとうと言うか……!』
全部おんなじよ、それ。
- 55 名前:クロ 投稿日:2002年07月26日(金)20時58分47秒
- 相当、焦っているようで、愛ちゃんのアクセントはかなり変だし、早口。
それにしても、初めて会った翌日にデートのお誘いとは、なかなか大胆な子だ。
いや、本人は否定してるんだし、まあ、お礼と言うことにしておいてあげよう。
「ん、いいよ。さっきも言ったけど、今日は一日中ヒマだから」
『ほんとぉにぃ〜!? あんがとの……ありがとうございます!』
興奮しているらしく、私にはわからない彼方の言葉を、必死に訂正している。
「ほらほら、電話で頭なんか下げない」
『へ!? な、何で分かったんですか!?』
……本当に下げてたんだ。
- 56 名前:クロ 投稿日:2002年07月27日(土)18時36分36秒
- ──────
- 57 名前:クロ 投稿日:2002年07月27日(土)18時44分52秒
- 『と、いうわけや。別にやばい仕事とちゃうやろ?』
「その依頼を受ければ、私たちに手出ししないのね?」
『ま、そういうことや。約束は守るで』
軽い声。こんな状況でなければ、絶対に信用しない。
電話の向こうのあいつに出会ってしまったときから、私の敗北は決まっていたのかもしれない。
「……わかった。引き受ける」
『そう言ってくれると思ってたで。ま、よろしく頼むわ。報酬の受け渡しはいつもの方法で連絡する。なら、頼むで』
沈んで行く気持ちとはうらはらに、憎たらしくなるほど青い空を、何も考えずに流されるだけの白い雲が流れていく。
もう引けないところまで来ているんだ。
あの子のためにも、私はやるしかなかった。
- 58 名前:クロ 投稿日:2002年07月27日(土)18時45分42秒
- ──────
- 59 名前:クロ 投稿日:2002年07月27日(土)18時49分47秒
- 「ふわ、ん……」
薄暗い映画館の中で、私はアクビを噛み殺した。
最近、流行っているラブロマンス。
休日と言うこともあって、座席は完全に埋まっていて、立ち見が出来るほどの人気作だ。入るときに1時間ほど並んだし。
招待券っていうより、前売り券じゃん。
まあ、タダで映画が見られるんだから良いか、とも思ったけれど、私にはこの映画の何が面白いのか、よくわからない。
- 60 名前:クロ 投稿日:2002年07月27日(土)18時55分34秒
- ちらり、と隣に座る愛ちゃんを見る。
なんでそんなキラキラした目で見てるのか、分からない。
周囲に目をやれば、たしかにスクリーンに釘付けで、私のように場内をキョロキョロ見回しているような、製作者や映画館関係者に失礼なお客なんていない。
それだけ良い作品なんだろうなぁ、きっと。
私はそう言う感覚がズレているんだろうか。
ふう、と溜息をついて、スクリーンに目を向ける。 せめて、隣で見入っている愛ちゃんには気付かないようにしないと。
- 61 名前:クロ 投稿日:2002年07月28日(日)00時43分33秒
- 何が面白いんだ、この映画……
確かによく出来た作品だとは思う。
ストーリーもしっかりしてるし、俳優も良い演技している。
けれど、何かが足りない。
なんというか、決定的、圧倒的に欠けているものがある。
それはなんだ、とか聞かれても困るけど、それが足りないおかげで、私は退屈な時間を過ごさないといけなくなっている。
そういえば、映画を見て感動する、なんて最近、なかった事を思い出す。
来る前に思い出せばよかった、なんて意味のない事を考え付く。
- 62 名前:クロ 投稿日:2002年07月28日(日)19時24分31秒
- 「ふあ……んん」
何度目かのアクビを噛み殺して、私は重くなってきたまぶたをこする。
いかんいかん。
例え面白くもない映画でも、誘ってくれた人が熱心に見ているというのに、横で寝るだなんて、そんな失礼なことは出来ない。
私はちらり、と横目で愛ちゃんに目線を送る。きっとまだ見入っているんだろうなぁ……
けれど、彼女の横顔は、さっきまでスクリーンに張り付いていたキラキラした目を、青ざめた表情で足元に送っていた。
- 63 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)00時10分32秒
- この薄暗闇のせいで青ざめて見えるだけかも、と思ったけれど、よく見れば、体が小さく震えている。
明らかに様子がおかしい。
「どうしたの?」
私が小声で尋ねると、愛ちゃんは震えた声で答える。
「……誰か、誰かが、私たちのこと、見てます……」
「見てる? 見られてるってこと?」
見られてるくらいで震えるはずはない、と思うのだけれど、私の言葉に彼女は首を横に振って否定した。
「そんなんじゃないです。もっと、なんていうか、監視しているような……」
監視?
言葉としては割りと聞くけれど、実際に体験した記憶はない。
私はキョロキョロと周りの様子をうかがいそうになったけれど、こういう場合、監視者に気付かれるとマズイ、というドラマなんかで得た知識が、それを留まらせた。
「外に出るよ?」
耳元で囁くように言うと、彼女は首肯し、まるで寒さに震えるように自分の体を抱いていた。
私は彼女を支えながら、前かがみで見ている人の迷惑にならないように、座席を立った。
あわよくば、監視者に見つからないように、なんて考えたけれど、そんなことは不可能だと言うことは、さすがの私にもわかっていた。
- 64 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)00時22分00秒
- これだけ人気のある映画なんだから、途中で席を立つなんて言う人は、どれだけもいないだろう。
もし出てきて、トイレにも向かわずにうろついていたら、きっとそれが監視者だ。
出入り口が見られる物陰に隠れ、私たちは様子をうかがう。
どれだけも経たないうちに、一人の女の子が出てきた。
明るく染めた髪と、すらりとした手足、ぱっちりした大きな目。
どこからどう見ても美少女で、せいぜい16、7歳にしか見えなかった。
彼女はキョロキョロとあたりを見回すと、怪訝な表情を浮かべて、足早に外へ出て行った。
- 65 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)00時37分33秒
- 「あの子、かな……?」
独り言のようなものだったけど、思いがけず、愛ちゃんからの返事がある。
「わかりません、私には感情の種類と方向は見えても、誰のものかは判断つきませんから」
「……そう。それって、どのくらい離れてると見えなくなるの?」
「えーと、正確にはわからないですけど、せいぜい見える範囲くらいです」
そういえば、視覚として捉えているのだから、見えなければ当然意味がない、か。
私は少し考え込んで、
「う〜ん、だとしたら、遠くから望遠鏡とかで見張られてたら?」
「気付かないと思います、たぶん……」
今日はじめて監視されていることに気付いたようだけど、もしかしたらもっと前からかもしれない。
我ながら、嫌な事を思いつくものだ……
- 66 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)00時40分30秒
- 変な更新の仕方…
相変わらず中途半端だし…
- 67 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)16時39分48秒
- 出入り口から外の様子をうかがっても、人ごみが行き来しているだけで、あの少女の姿は見えない。
ひょっとしたらどこかに隠れているのかもしれないけど、私にはわからなかった。
それにしても、何者なんだろう……?
愛ちゃんが監視、という表現を使う以上、たまたま見ていたということは有り得ない、と思う。
だとすれば、愛ちゃんの“才能”に気づいた何者か……と考えるのは、ドラマの見すぎかもしれない。
同年代の女の子が監視、というのも、あまりにもおかしな話だ。
スーツを着たサラリーマン風のオジサンだったなら、まだ納得できるけど。
愛ちゃんの言う事には、クラスメイトではなさそうだし、学校で見かけたことも無いらしい。
となると、一方的に愛ちゃんの事を知っているという事になる。
私が少女の正体に頭をひねっていると、愛ちゃんが私の服をつかんだ。
- 68 名前:クロ 投稿日:2002年07月29日(月)16時46分16秒
- 映画館を出て、いくらか良くなっていた愛ちゃんの顔が、さっきよりも青ざめている。
単に明るいところで見ているから、そう見えるのかもしれないけれど、怯えた表情は、絶対に苦手なものを鼻先に突きつけられたように見える。
私は何も言わず、彼女の手を握る。
弱々しい光をたたえた瞳が、私を捉える。
私は精一杯、力強い光を宿した瞳で、彼女を見つめる。つもりになる。
こちらの感情が見えているんだから、それだけでも伝わるはずだ。
彼女が薄く笑う。
よし。大丈夫。空元気も元気のうちって言うし。
さて、あとは監視者をどうするか……それが一番、大きな問題でもあるんだけれど。
- 69 名前:皐月 投稿日:2002年07月29日(月)17時49分54秒
- 監視・・・!?
だ・・誰なんでしょうかね?
すごい気になります!がんばってくださいね!
- 70 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時06分47秒
- >69
監視者、それは…
これから書きます(w
応援感謝感激!
- 71 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時07分33秒
- ──────
- 72 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時15分32秒
- 「やばいね、やばい雰囲気よ。あっちが動き出したのかも……」
『なんやて!? あのアホどもが動き出したとなると……』
「本格的に動き出したのかもね」
『……予定より早いな。こっちも時計の針を進めなあかんっちゅうことか……』
「とりあえず、あの子達を追うわ。あっち側に引き込まれても困るでしょ?」
『当たり前や! 頼むで。すぐに応援を向かわすから』
「亜光速でお願い」
気付かれないように、でも急がないと。
けれど、あいつが戦闘タイプだったら、私に勝ち目はない。
たとえ、ポケットに忍ばせた拳銃を向けても、敵わない時だってあるんだ。
心臓を凍らすほどの緊張感が、私を支配していた。
- 73 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時17分06秒
- ──────
- 74 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時23分34秒
- 私たちのありとあらゆる無知が、私たちを死に近づける──
誰の言葉だっけ。TVのインタビューを受けていた映画監督が、だれかれの言葉だ、と言っていた気がする。
目の前に立ちはだかる壁に、私はそんな言葉を思い出した。
焦って、監視者をどうにか撒こうと思って、ぐるぐると回ったのが良くなかった。
よく分からない道を歩いているうちに、こんなところに着いてしまった。
愛ちゃんの様子を見れば、監視者はまだ追ってきていることは、容易に察することが出来た。
困った……
今さら引き返すわけにも行けないし……
「私のミスなのかな? それとも、あんたの“才能”のせい?」
- 75 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時30分38秒
- 高圧的な声に振り返ると、そこには、さっき映画館で見た少女が立っていた。
やはり、この子が監視者だった。
真正面から見ると、どこか男の子っぽい目つきが魅力的で、ボーイッシュな美少女と称するに相応しい。
少女は威圧するように、愛ちゃんに鋭い視線を向けている。
怯える愛ちゃんをかばうように、その視線を遮るように、私は愛ちゃんの前に立つ。
そこで初めて私に気付いたような表情をする少女。
失礼なヤツだ。私は眼中にないってか?
ふふ、と不敵な笑みを唇に乗せると、少女はケータイを取り出し、どこかに連絡を取ろうとしている。
私はとっさに駆け出す。
ここで連絡を取らせてはいけない!
直感的に私は感じ取り、直線的に少女に飛び掛る。
- 76 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時37分48秒
- ケータイに飛びつこうと手を伸ばす。
──ガッ!
視界が回転する。
あれ? なんで愛ちゃんがサカサマに立ってるの……?
──ドサッ!
息が詰まる。
背中から押しつぶされたような衝撃。
目の前にチカチカと光る虫が飛ぶ。
嫌だなぁ、虫キライなのに……
暗く狭まった視界。
その端に、
その片隅に、
あの懐かしい表情が、
あの時のまま立っていた──
「圭織……」
私の声はしかし、ついにこの世界に誕生することなく、ただの呼吸として大気に溶け込んだ。
私の意識と一緒に……
- 77 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時38分29秒
- ──────
- 78 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時53分02秒
- 金髪の小さな少女が飛び掛ってきた時、私、吉澤ひとみは“視る”までもなく、体を開き、軽く手をひねるだけで少女を投げ飛ばした。
受身も取れずに背中からアスファルトの上にたたきつけられた(というか、私がたたきつけた)少女は、しばらく視線を泳がせて、何かを呟くように唇を動かすと、そのまままぶたを閉じた。
好都合、としておこう。
私が依頼されたのは、あの高橋愛とか言う、壁際で震えている彼女の身柄の確保。
どこで実行しようか悩んでいたけれど、こうも都合よく人目のつかないところに来てくれるとは、思ってもみなかった。
まさしく、好都合。
なんたる、幸運。
私は高橋愛に近づきつつ、
「どうやらあんたには一緒に来てもらわないといけないみたいね。“才能”を持っているとなると」
「そう言うわけにはいかないな、吉澤さん」
- 79 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時53分47秒
- 振り向きつつ、私はポケットに手の突っ込んで、忍ばせておいたネジを投げつける。もしも職質をかけられても、これなら言い訳が出来る。
狙いは声のした大体の方向。
命中しなくても、牽制くらいにはなる……
──キン、キキン……
……はずだった。
ネジはむなしくアスファルトに弾んで、まるでリズムを刻むみたいに弾んでいる。
私は目を見開いた。
それはたしかに、そこに立っていた少女の手前で、“何かにはじかれた”。
- 80 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)00時54分57秒
- すんません、今日はここまで。
というわけで、というわけでした(意味不明
では、また次回、お会いしましょう。
- 81 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)11時14分49秒
- 「バリヤー……」
私は思わずそんな事を呟く。
ありえない、とは言い切れないけれど、そんな人間がいていいの……?
私の投げたネジを“見えない壁”で防いだ少女は、ショートカットの髪を軽くかきあげ、私に向かって笑いかける。
「そんないいもんじゃないって。ただそのネジに“飛んでいたくない”“地面に転がっていたい”って思わせただけ」
私よりも少し背は低い、壮年の雰囲気を持つ子供というか、子供のように笑う老婆のような、その不思議な少女は、こともなげに言う。
私は少女と対峙して、背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
少女に対する“勝利”が見えない──
- 82 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)11時24分26秒
- 私がそれを見えるようになったのは、3年程前のことだった。
最初は何がなんだかわからなかったけれど、私には“線”が見えた。
その線に沿って体を動かす、線をなぞる、線に触れると、その時にほしいものが得られた。
それはつまり“勝利”。
単純にケンカというだけでなく、例えばじゃんけんだったり、テストだったり、勝負と呼べるほとんどの事には“線”があり、それが見えている限り、私はまさしく敵なしだった。
調子に乗って探偵だとか、傭兵と呼ばれるようなものの真似事をして、今回のような依頼を受けて小遣い稼ぎにしている。
けれど、敵なしとは言ったけれど、実際には勝てない敵とは戦わない、ということも、どうやら“線”が導く勝利のひとつの形でもあるみたいだ。
それはたぶん、“生き残ったものの勝ち”とかそういう意味合いかもしれない。
- 83 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)11時33分47秒
- 生き残ったものが勝者──
目の前で不敵に笑う少女と戦ったら、私は死ぬんだろうか……
これまで、“勝利”がまったく見えない相手なんていなかった。
ほんのわずかでも、“勝利の線”は見えていたのに……
今はまだ、死ぬわけには行かないのに……
「どうする? ここでおとなしく退けば、見逃してあげるけど」
私の心を読んだように、少女が告げる。
まるでいたずらした子供をたしなめる母親のようだ。
今はまだ、死ぬわけにはいかない……
けれど!
退くわけにもいかないんだ!
- 84 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)12時00分50秒
- 両手を体の前で構える。ちょうどボクシングのガードのような感じだ。
私の体が、数メートルあった距離をワンステップで縮め、少女の間合いに入る。
そのスピードを乗せて右ストレートを……
……出せない!?
やけに体が重い。
いや、体の周りに何かがまとわりついているような、まるで水の中にいるみたいに、体の動きが鈍い。
攻撃を中断して距離をとろうにも、体が重くて動けない。
少女の唇が、三日月のように、まるで夜空を鋭利な刃物で切り裂いた、その傷口のような形に歪んでいる。
「今、自分が何をされてるか、だいたい想像がつくでしょ? “あなたの周りにある空気の気分を沈めてやった”……まあ、気が重いってヤツ? そんな感じよ」
おどけて肩をすくめる。
“空気の気分を沈めた”だって!?
それでこんなに体が重くなるって言うの!?
わけがわからない……
この少女が、私のような“才能”を持っていることは確かだ。
だけれど、こんなに圧倒的な差は何なんだ!?
──ネジに地面に転がっていたい気分にさせて、落とす。
──空気の気分を沈めて、空気抵抗を増大させる。
そんなの、そんなのってありなの!?
- 85 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)12時29分38秒
- 私の体は最初の勢いのまま、ただし、ゆっくりと、まるでスローモーションのように、少女に向かっている。
少女が横に身をかわすと、その先には、やけに目つきの鋭い女性が立っていた。
ただ立っていただけならまだしも、その手には、小型拳銃が握られ、銃口が私に向けられていた。
“気が重い空気”から解放された、と思った時には、女性の銃が容赦なく突きつけられ、背後からは少女の圧倒的な存在感が圧迫してきた。
「まさか、あんたが来てくれてるとはね……紗耶香」
女性が、少女に向かって言う。
サヤカ、というのが、少女の名前らしい。
「ま、私も興味あったから。彼女に」
彼女、というのが私の事なのか、監視対象の高橋愛なのかは分からないけれど、サヤカの声はまるで、ちょっと髪でも染めてみようか、とかそんな軽い気持ちしか込められていないように聞こえた。
「で、連絡しなくていいの、圭ちゃん?」
「するわよ。ちゃんと見張っててよ」
ケイちゃんと呼ばれた女性(ケイという名前なんだろう)が、私に銃口を向けたまま、片手でケーたいを取り出し、見もしないで番号を押し始める。
- 86 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)12時30分13秒
- 番号を押し終わって通話ボタンを押すと、なぜかすぐに切ってしまって、ケータイを操作している。
「相変わらず、メンドクサイことしてるね。一回一回消してるの?」
「当たり前でしょ。もし取られたり、落としたりしたら、連絡先分かっちゃうじゃない」
「どうせ、メモリに何も入ってないくせに」
「それも当たり前で──」
──♪〜〜〜〜♪♪♪〜
「もしもし、裕ちゃん?」
ユウちゃん……中澤裕子? だとしたら、こいつら、MMのメンバー……
「うん、おかげさまでね。で、あっち側のエージェントらしい子を確保してるんだけど……」
と言ったところで、ケイからケータイを奪うサヤカ。
なにすんの、とケイが声を荒げたけれど、そんな事お構いなしに、
「私に任せてくれないかな?」
サヤカは私の身柄について、そう言った。
どういうこと?
なに考えてるのよ、こいつ。
- 87 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)12時30分54秒
- 「うん、悪いようにはしないから。……そう、うん……分かってる。ええ、分かった。アリガト」
電話の向こう側にいる中澤に、サヤカが礼を言っている。
私をどうするつもり?
「どういうつもり? あんたのことは信用してるけど、時々、わけわかんないことするからね……」
「ごめんね」
ケイの言葉に苦笑いを浮かべるサヤカ。
とても先ほどまで、凍るような、夜空の傷跡のような笑みを浮かべていた少女と同一人物とは思えなかった。
「ねえ、おとなしく帰って、何もありませんでしたって報告してくれるんなら、このまま帰してあげてもいいよ」
「ちょ……っと、何言ってンのあんた!?」
当然の抗議だ。
そう言われた私自身、なぜこんな事を言うのか、さっぱり理解できない。
ケイの言葉を無視すように、サヤカは、
「待ってる人がいるんでしょ?」
- 88 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)12時35分35秒
- ──────
- 89 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)23時20分05秒
- 今日の圭織は何か変だ。
さっきから一言も喋らず、ただ私の隣を歩いている。
私が圭織を横目で見ても、真っ直ぐ前を向いたまま歩いている。
けれど、それがなんだか気持ちよかった。
いつまでも同じ方向を見て歩いていたい、そんな気分だった──
- 90 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)23時25分17秒
- 私を呼ぶ声が聞こえるまでは──
「矢口さん!」
- 91 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)23時38分52秒
- 自分の体に帰ってきた。
私はそんな感覚を覚え、うっすらとまぶたを上げる。
「矢口さん!? 良かった……」
私の体を抱き上げて、顔を覗いているのは愛ちゃんだ。
……えーと、いったいどうなったんだっけ?
ひどく気分が悪い。背中が痛い。後頭部もズキズキする。
「投げ飛ばされて、地面にたたきつけられたのよ」
愛ちゃんの背中の向こう側から、聞きなれない女性の声がした。
痛む体を起こしながら、声のした方に目を向けると、見たことのない二人の女性が立っていた。
一人は鋭い目つきで、口元にほくろのある女性。歳はたぶん20を少し超えたくらい。
もう一人は、濃い茶髪のショートカットの少女で、不敵な笑みを浮かべている。私と同じくらいの年齢だろう。
「あの、この人たちが助けてくれたんです」
愛ちゃんは無防備な笑顔で、私が思考に浮かべる前の疑問に答えてくれた。
けれど、敵の敵が味方、なんて単純な考え方は、私にはどうしても出来なかった。
- 92 名前:クロ 投稿日:2002年07月30日(火)23時56分06秒
- 体のあちこちが痛んだけれど、私はムリヤリに体を動かし、二人との間に壁を作るように、愛ちゃんを背中にかばう。
二人は顔を見合わせて、やれやれ、という表情をした。
「あの、この人たち、悪い人じゃないです」
意外にも、声は背後から聞こえた。
「なんで、そんなこと言えるの?」
「だって、見えますから……」
あ、そうか。彼女には感情が見えるんだっけ……
「私は保田圭。よろしくね」
保田圭、と名乗った女性は、ウィンクを飛ばしながら、手を差し出す。
握手を求めているんだろか、と私がおそるおそるその手を握ると、よっと、という掛け声とともに引っ張り上げられた。
私は勢い余って、前につんのめる。
それを支えてくれたのが、
「市井紗耶香よ。よろしく」
そう言う名前らしい、彼女だ。
「あ、えっと、矢口真里です……」
まだ思考が状況に追いついていない私は、間の抜けた声で自己紹介していた。
- 93 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)00時00分36秒
- ──────
──────
- 94 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)00時03分37秒
- 「恐怖の大王?」
「そう、恐怖の大王」
ちょっと裏声になりつつ、私はそんな声を出したが、彼女、保田圭は平然と答えた。
昼間とは言え、人影の少ない公園に場所を変えて、私と愛ちゃんは彼女らの話を聞かされていた。
突拍子もない話、とでも言えば、彼女らは満足するだろうか……いや、しないな。
- 95 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)00時10分09秒
- 1999年、空から恐怖の大王が降ってきて、人類を滅ぼす、とかいう予言は確かにあった。
しかし結局、何事もなく新世紀を迎えてしまった私たちにとって、あまりにもばかげた話に聞こえた。
1999年に恐怖の大王は“実は降っていて、それが人類に不思議な才能を開花させた”という。
有名なオカルト雑誌でも取り扱うかどうか微妙なネタだ。
真顔で語る保田さんとはうらはらに、市井の方は薄ら笑いを浮かべていた。
- 96 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)00時11分30秒
- 相変わらず中途半端な更新ですみません。
だんだん引いていく予感…
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)00時26分15秒
- まだ矢口の能力はわからないのか…
そして圭ちゃんの能力は?
気になります。
- 98 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)01時24分06秒
- >>96
気のせいだ!(w
更新オツカレ
- 99 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)16時24分02秒
- >97
矢口の能力ですか〜。
こいつはかなり核心…
というわけで、明かされるその日をお楽しみに(w
>98
心強いお言葉に感謝。
じゃあ、がんばっていきます(w
- 100 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)16時44分45秒
- 「それを信じろって?」
「まあ、信じられないのも無理ないけどね。私たちだって、そういう話を聞かされてるだけで、自分の力が“恐怖の大王”が覚醒させたものだなんて、実感無いもの」
苦笑いを浮かべた保田さん。
「でも、あなただって、身に覚えがあるんじゃない? 3年前、1999年から起こったおかしな体験に」
「え? う〜んと、3年前からって言うと、確かにおかしな相談を受け始めたのはその頃だったし、相談に来た子全員が1999年におかしな才能を持ったって言ってたし、それに……」
圭織がいなくなったのも、と口からこぼれそうになって、慌てて飲み込んだ。
なんで私、こんな事ぺらぺらとしゃべってるんだ?
特に、圭織の事なんて、今まで人と話していて話題にした事なんて無かったのに……
私は、ぱっと保田さんの顔を見る。
「あれ、初めてなのに、気づいちゃった? 私の“才能”に」
悪びれた風でもなく、彼女は口元を綻ばせる。
こいつ……
- 101 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)16時58分45秒
- 「私の“才能”はね、まあ、なんていうか、“相手にしゃべりたい気分にさせる”のよ。時々あるでしょ? ついつい余計な事までしゃべりたくなるような気分って。そういう気分にさせるのが、私の“才能”。相手をおしゃべりにするのね、ようするに」
「実際はそんな単純なものでもないけどね」
保田さんの説明に補足する市井……さん。市井さん。
愛ちゃんが“才能”に目覚めたのも3年前。
この人たちも同じ。
相談しに来た子達も。
“恐怖の大王”というのも、案外、その通りなのかも。
少なくとも、3年前に何かあったのは確実だし。
考え事をしていた私に、保田さんは意外な事を聞いてきた。
「で、あなたの“才能”はなんなの?」
- 102 名前:クロ 投稿日:2002年07月31日(水)17時09分24秒
- 「私!? 私は別に……」
特に何も無い。
「そうなの? じゃあ、なんで“才能”を持った子達の相談に乗ってたの?」
「なんでって……相談しに来るから」
「じゃあ、なんであなたのところに相談に来るの?」
語気が荒くなってきた保田さんの視線から逃れるように、愛ちゃんに目を向ける。
相談に来た本人なんだから、そっちに聞いた方がいいと思う。
私と目が合うと、愛ちゃんは慌てて、
「あ、あの、クラスで噂になってたんです! 不思議な事に悩まされている時に、相談に行けば解決してくれるって」
「ふぅん……なんでだろうね? いつの間にそんな事になったのかな?」
納得がいかないらしく、顎をつまんで悩んでいる保田さん。
- 103 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月01日(木)20時04分50秒
- 今更ながら面白い作品発見!!
この先も期待してます。
- 104 名前:クロ 投稿日:2002年08月03日(土)09時42分31秒
- すみません、あまりのショックに更新できませんでした…
一応、なんとか立ち直りつつあるので、再開です。
>>103
期待に応えられるよう、がんばります。
応援感謝〜!
- 105 名前:クロ 投稿日:2002年08月03日(土)10時28分03秒
- よくよく考えてみればおかしな話だ。
私のところに相談に来るのが、じゃなく、“私に相談すれば解決してくれる”という噂が広まっているにも関わらず、“本当に才能を持った人しか現れていない”ということがおかしい。
3年も続いている噂の割には、いまだに10数人程度しか現れず、その全員が“才能”を持っていた。
私は保田さん以上に納得がいかず、頭を抱える。
愛ちゃんは、クラスで噂になっていた、という。
だとすれば、そうとう大きな噂、というか、広範囲にわたって私の噂が知れ渡っているはず。
それにしては、なぜ“才能”を持たない子の相談や、単なる冷やかしの連中が来ないんだろうか。
- 106 名前:クロ 投稿日:2002年08月05日(月)14時09分38秒
- 「相談に来るってことが、あなたの“才能”かもね。“才能に悩む人間を呼び寄せる才能”とかね」
保田さんは納得がいったのか、そんな事を言う。
私としては、なんでもかんでも“才能”によるものと考える、その考え方の方に納得がいかない。
けれど、反論できるほどの材料を、私は持っていないので、それを口にする事は出来なかった。
「でも、だとすると、吉澤を呼び寄せたのもこの子の“才能”なわけ?」
市井さんが保田さんの導き出した考えに、質問をしている。
ヨシザワ、というのが誰の事かピンと来なかったけれど、さっきの監視者の子のことだろう、と思い当たる。
よく考えてみれば、この人たちも愛ちゃんを監視していたわけで、そう言った意味では、ヨシザワという子も、この人たちも変わりないわけで。
私はやはり、油断してはいけない、と思う。
「そうね……私たちも案外、その“才能”に呼び寄せられたのかもしれないわね」
何か恐ろしい事を言われている気がする……
保田さんも恐ろしい事を思いついてしまった、という顔で、私を見ていた。
- 107 名前:クロ 投稿日:2002年08月05日(月)15時15分41秒
- 保田さんの鋭い眼光に気圧され、私はそれをごまかすように、
「もし、その考えが正しかったとして、あなたたちは私たちをどうしたいの?」
震えそうになる声を必死で押さえつけながら、言う。
保田さんは一瞬、ほんの一瞬だけ驚いたような顔をして、不敵な、或いはシニカルな、と表現できそうな笑みを浮かべ、
「そうね。私たちと一緒に来て……と言いたいところだけど、来てくれるとも思えないし。無理やりつれてくんじゃあ、あいつらと変わりが無いし」
悩んでいるようなしゃべり方だが、実際には答えは出ている、そんな感じの口調だった。
「あなたたちが望めば今のままでいいけど、あいつらがどう出るかは、正直言って責任もてない。私たちに着いて来てくれた方が、まだ安全だと言えるわね」
つまり、ついて来い、てことか……暗に。暗じゃないか。
- 108 名前:クロ 投稿日:2002年08月05日(月)17時38分43秒
- 悪い人たちじゃない、という愛ちゃんの言葉を疑うわけではないけれど、悪い人たちじゃないからといって、安易に信用してしまっていいものか……
私が迷っていると、市井さんが、
「今すぐに結論出せって言ったって無理でしょ? ちょっとくらい時間をあげてもいいんじゃない?」
さっきから顔に貼り付けられたままのような笑みで、保田さんに提案した。
私たちにとっては(少なくとも私にとっては)都合の良い提案をしてくれた人に言うのも悪いけど、私はどうにも、この人を好きになれない。
なんと言うか、“絶対に会いたくない場所で、絶対に会いたくない人と会ってしまった”と言うか。
イライラすると言うか、ムカムカすると言うか、モヤモヤすると言うか、とにかく落ち着かない。
「……そうね」
保田さんはしばし逡巡し、誰にとも無く呟いた。
ポケットからメモ帳を取り出し、さらさらと何か書いている。
書き終わると、それを私に差し出し、
「これ、私のケータイの番号だから。決心がついたら連絡して」
断る、という選択肢は、彼女の頭の中には無いようだ。
実際、断る事なんて可能だろうか……
- 109 名前:クロ 投稿日:2002年08月06日(火)23時18分07秒
- 「じゃ、そろそろ行くか。裕ちゃんも待ってるだろうし」
「なんて報告すればよいのやら……」
市井さんの言葉に、愚痴を言いつつも立ち上がって同意を表現する保田さん。
言葉の内容から、ユウちゃんというのが彼女らの上司のような存在だというのが窺える。
それをユウちゃんだなんて呼べてしまうのだから、上下関係は厳しくないんだろう。
「じゃあね」
そう言って手をひらひらと動かして立ち去る保田さん。
それを追って市井さんが立ち去……るかと思ったら立ち止まって振り返る。
「そうだ、矢口さぁ」
呼び捨てにされたことに対する怒りが込み上げようとした時、私は予想だにしない、想像すら追いつかない、空想でさえ届かない、そんな言葉を、市井紗耶香の口から聞くことになった。
「いつまでも、飯田圭織に縛られてると、“行き着いた先”にはたどり着けないよ」
- 110 名前:クロ 投稿日:2002年08月06日(火)23時19分34秒
- ──その先には何があるのかな……
──そうだね……何があるのかな 案外それが“希望”なのかも
- 111 名前:クロ 投稿日:2002年08月06日(火)23時20分51秒
- ──────
- 112 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月07日(水)02時01分29秒
- 面白くなってきましたね!
期待してます、がんがって。
- 113 名前:クロ 投稿日:2002年08月08日(木)17時12分37秒
- >>112
期待されてます(w
がんがるです。
- 114 名前:クロ 投稿日:2002年08月08日(木)17時47分38秒
- 「そうか、MMが動いとったか……まあ、初めてってわけやないけどな」
《プロデューサー》と呼ばれるその男が、高そうな椅子の背もたれに体重を預けて、電話の向こうに話し掛けている。
いつ聞いても聞きなれない、胡散臭い関西弁。
相手はたぶん、吉澤……なんだっけ? めぐみとか、ひろみとか、たしかそんな名前の子だ。
依頼を受けたら手は出さないとか何とか、言ってたような、言ってないような……
……まあ、いいや。
ソファに座る私の膝枕で眠る、加護ちゃんの頭をそっとなでた。
「んん……」
かわいいなぁ。
「おい、後藤」
いつのまにか電話を切っていた《プロデューサー》が私の名前を呼ぶ。
返事もせずに顔を向けた私に、なぜか苦笑いを向けてくる。
「吉澤が任務に失敗した。約束通り、あいつらにはうちに来てもらうことになった」
何が来てもらう、だか。
- 115 名前:クロ 投稿日:2002年08月08日(木)23時28分09秒
- 「不満そうやな」
別に不満ではないけれど、面倒なことになるのはキライだ。
「でも、それってたしか、“依頼を受けたら手を出さない”っていう約束だったんでしょ? だったら、失敗したからって変じゃない?」
「……、……、……それもそうか」
あっさり認めやがるし。
そんなこと関係あるか! とか言うかと思っていたのに。
「そういう事やったら、しゃあないな。次の仕事でも回したるか」
この男の感覚では、依頼することというのは、“手を出さない”の範疇には入らないらしい。
いっそのこと、一切関わらないことにしてやればいいのに。
まあ、そんな性格の奴なら、交換条件なんて出さないか。
- 116 名前:クロ 投稿日:2002年08月09日(金)11時44分25秒
- 「で、監視してた子に“才能”はあったの?」
「ん〜、『おかしな様子は無かった。おそらくは普通人。』ということや」
納得してないってしゃべり方。
たしかに、その報告を信じるなら、“任務に失敗した”なんてことは言わないだろう。
任務の内容はおそらく、“監視対象に才能の覚醒が認められた場合、保護する”とかそういう感じだ。何が保護だか、とは思うけど。
「MMの連中とバッティングしたとなると、そろそろかもしれんなぁ……」
《プロデューサー》が誰にとも無く呟いた。
独り言と言うレベルですらなく、偶然、生まれ出たような言葉の意味は、私には理解できない。
しかし、その響きには、どこか不吉な色が混じっていた。
私は柄にも無く、背筋を冷え切った手で撫でられたような感覚に襲われ、身震いしそうになる。
膝の上では、加護ちゃんがあどけない寝顔で、心地よい寝息を立てている。
「そうしてると姉妹……ちゅうより、母娘みたいやな」
私はその声を、ひどく不快に感じた。
- 117 名前:クロ 投稿日:2002年08月09日(金)11時45分30秒
- ──────
- 118 名前:クロ 投稿日:2002年08月16日(金)00時26分29秒
- 予想通り、《プロデューサー》との会話は、私の気分を沈ませる。
まるっきりウソの報告をしたわけでもないけれど、肝心なところを偽っている。
《プロデューサー》に対する罪悪感や、恐怖心は無い。
ただ、サヤカという少女の言葉に従ってしまった、という屈辱が、私の中にある。
まったく“勝利”が見えない相手……
どうやれば勝てるのか分からないけれど、それでも、“負ける”というのは耐えがたい屈辱だった。
それに、私の事を良く知っているようだし。
彼女の事を何故……
──♪♪〜♪〜〜〜♪〜
私の思考を中断して、着メロが鳴る。
ディスプレイには見慣れた彼女の名前が浮かび上がっている。
迷うことなく私は通話ボタンを押した。
『あ、ひとみちゃん?』
「うん。なに、梨華ちゃん?」
- 119 名前:クロ 投稿日:2002年08月16日(金)01時03分12秒
- 石川梨華。
1年程前に受けた依頼で知り合った少女。
彼女の両親は新興宗教の教祖をしており、彼女の“才能”を利用して、信者を増やしていた。
彼女は“人の心の傷を埋める才能”を持っている。
心の傷をヒビのように認識し、それを“自分の心を削って埋める”らしい。
そのせいか、彼女の感情はひどく希薄だ。
いつも張り付いたような、仮面のような笑顔を浮かべている。
私は、その笑顔を見た瞬間から、彼女を守ろうと誓った。
恋とか愛とか、そんな感情ではなく、使命と言うか、運命のようなものを感じた。
王を守る騎士のように、子を守る親のように、私は彼女を守らなければいけない。そんな気がしてならない。
- 120 名前:クロ 投稿日:2002年08月16日(金)01時15分57秒
- 『あのね、あの……』
不安そうな彼女の声。
こんな声も聞き慣れてしまった。
「また料理失敗したの?」
溜息混じりに私は言った。
『う、うん。ごめんね。それで、帰りに何か買ってきてほしいなぁって……』
「わかった。コンビニ弁当でいい?」
『うん、まかせる。ごめんね……』
いつものことだから、なんてことは言えず、
「気にしないで。じゃ、後でね」
梨華ちゃんとの会話が終わると、気分が軽くなっている自分に気付く。
守っているつもりが、拠り所にしているだけなのかもしれない。
でも、それでも、それだからこそ、私には彼女が必要だった……
- 121 名前:クロ 投稿日:2002年08月16日(金)01時16分31秒
- ──────
- 122 名前:クロ 投稿日:2002年08月22日(木)12時10分01秒
- 「人って自分のキズを見つけるのは得意なのに、他人のキズを見つけるのは苦手なんだよね……」
「そう……かな」
「うん、そうだよ。だから自分は世界から切り離されてるなんて感じちゃうのね。自分が幸せだって思うより、不幸だって思い込んでた方が生きるのが楽だからね」
相変わらずの圭織の世界観は、私にはいまいち理解できない範囲に広がっていた。
遠くの方を見ながら私に語りかける圭織の横顔は、いつ見ても綺麗で、どんな芸術品でもかなわない気がする。
雄大な大自然の景色を見たような、人の手では決して作り出せないあるがままの美しさを感じさせる横顔。
「でもね、自分が不幸と思い込んでしまっているうちは、自分のキズの上に咲いてる“華”に気づく事は出来ないんだよね……」
「“華”?」
「うん、“心のキズの上に咲く、心の華”は、自分のキズが不幸の象徴じゃなくて、自分の美しさだと認められないと、その“華”に気づけないんだ。それこそが不幸な事なんだって、誰も気づいてないんだよね……」
- 123 名前:クロ 投稿日:2002年08月22日(木)13時41分58秒
- 心に咲く華……
言葉だけ聞くととても綺麗なものに聞こえる。とても美しく感じる。
けれど、圭織の横顔に浮かぶ憂いを見ると、そんなものではないように思う。
その美しさはきっと、歪に儚い。
「その“華”はいつもどこかが欠落してて、“華”とは呼べない形をしていて、それでも咲こうとしている。たぶん、それこそが、人間の美しさなのに……」
誰も気づかない。
気づいたとしても、それを自分の美しさとは認めようとしない。
途切れてしまった圭織の言葉は、そう続くような気がした。
私が圭織を見上げると、泣き出しそうな、喚き出しそうな表情で、私を見つめ返してきた。
「矢口の心に咲く“華”はこんなにも綺麗なのに、矢口はそれに気づいてないんだね……」
心底悲しそうに、圭織は呟いた。
その表情に、言葉に、想いに、私はとても悲しくなって、うつむいてしまった。
「矢口はいつか気づけるよ。その“華”の美しさに」
圭織が私の頭をなでる。
やわらかい手と、やわらかい気持ちが、私の心に満ちていく。
うつむいた私の目が、胸の上に何かがあるのを捕らえた。
それはまるで、
太陽を目指すように、
咲き誇る、
一輪の──
- 124 名前:クロ 投稿日:2002年08月22日(木)13時44分08秒
「矢口っ!」
- 125 名前:クロ 投稿日:2002年08月22日(木)22時20分22秒
- 「……んっ!? へ、なに!?」
「なに、じゃないよ〜。講義の間、ずっと寝てるんだもん。もう終わっちゃったよ」
「あ、なっち……おはよ」
「うん、おはよう……じゃなくて!」
寝ぼけた私の前で大声を出しているのは、年上だけど同期の安倍なつみ、通称なっち。一人称もなっちだ。
「……もういい。それより、お昼どうするの?」
ため息混じりのなっちの言葉に、私は、
「ん〜、学食。給料日前だし」
「ふ〜ん。じゃ、私もそうしようかな」
「あれ、今日はお弁当じゃないんだ?」
「ん? うん、ちょっと起きれなくて……」
はにかむ彼女は、同性の私から見てもかわいいな、と思えるくらいだから、異性が見たらどれほど胸を高鳴らせる事か……
そんな彼女だから、男性からの人気はかなりのものなんだけど、誰かと付き合ったとか付き合っているとか言う話は聞かない。
まあ、だいたい理由はわかるんだけど。
「そんなこといいから、早く行こ!」
まるっきり照れ隠しって感じで、私の手を取ったなっちに、私は意見なんて聞かれずにぐいぐいと引っ張られる。
「ちょ、まっ、まだ片付けてないってば!」
時々、強引なんだよなぁ。
- 126 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)12時31分36秒
- そろそろかな?
- 127 名前:クロ 投稿日:2002年09月01日(日)01時21分54秒
- >>126
すみません、お待たせしました。
- 128 名前:クロ 投稿日:2002年09月01日(日)01時47分13秒
- お昼の食堂が混んでいるなんてことは、予想するまでもなくわかりきったことで、私たちは相席するしかなかった。
先に座っていたのはショートカットでやや目つきの鋭い女の子と、ぽっちゃりした顔とそれに似合いのためた目尻の女の子。どちらも中学生くらいだ。
学生以外の利用者も多い食堂はしかし、彼女らを周囲に溶け込ませてはいなかった。
周囲がそれに気づいていないのが不思議なくらいだ。
彼女らが食堂を利用するのは珍しい中学生だからということだけじゃない。
何か、決定的な何かが、私の背中に違和感を貼り付けている。
「どしたの? 座らないの?」
「え? ううん、座るよ」
なっちが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
きっと気のせい……なんていうふうには思えないけど、私が気にするほどのことでもないのかもしれない。
そう思い込むことにした私は、トレイを置いて腰を降ろした。
違和感は消えないままだった──
- 129 名前:クロ 投稿日:2002年09月05日(木)14時29分50秒
- 「でさぁ、その時、なんて言ったと思う?」
「さ、さあ?」
「込みで、だって! 何が込みなのよって話でさぁ……」
本当に何の話なんだか、となっちには言ってやりたいが、今の私はそれどころじゃなかった。
彼女らは、いったい何なんだ……?
さっきから何か会話を交わすわけでもなく、食事をしているわけでもなく、ただ座ってなっちのことを見ている。
私もそのことには触れないようにしているけど、あまりにも気にしなさすぎじゃないの、なっち?
何で見られてる張本人のなっちよりも、私の方が気にしてないといけないんだ……
「ねえ、あさ美、反応がないってことは、違うのかな?」
「そうね……でも、“才能”をテレビの電源みたいにオンとオフの切り替えが出来る人もいる見たいだし、もうちょっと気にしてみた方がいいと思うよ、まこちゃん」
不意に、彼女らの口から言葉が漏れた。
目つきの鋭い子がまこちゃん、丸顔の子がアサミと言うらしい。
そしてこの子達も、“才能”に関わっているようだ。
そして、なっちの才能の事を、知っている……
- 130 名前:クロ 投稿日:2002年09月05日(木)15時46分23秒
- “人の心のキズを外科的に治療する才能”、心療外科医とでも呼べばいいだろうか。
患部を切除したり、健康な精神を移植したりして、人の心を癒す。
それがなっちの持つ“才能”。
私に初めて“才能”に関わる相談をしてきたのがなっちだった。
それは全くの偶然だった。
- 131 名前:クロ 投稿日:2002年09月05日(木)15時47分01秒
- “医療ミス”で人の心を深く傷つけてしまった彼女が、陸橋から線路を見下ろしていたのを、私が自殺しようとしてると勘違いした事からはじまった。
暗く落ち込み、沈み込み、自嘲的・自虐的に笑い、生きているのが辛いというその時の彼女に、私はこんな言葉を投げつけた。
「楽に生きていきたいなら簡単な事よ。自分に嘘をつけば、それで済む話。でもね、そんなのは生き方とは言わない。自分に嘘をつくって言うのは、自分の感情を影で覆ってしまう事。そんな感情は、精神は、決して育つことなく、枯れていくか腐っていくか……どちらにしても、それは生きているなんて言わない。生きたふりをしているだけ」
そうだね、と彼女は応えていた。強い意志を湛えた瞳で。
彼女との付き合いは、それから数日後、大学内で再会したことからはじまった。
今の彼女は、望んだ時にだけ“才能”を使えるようになっている。
そう、テレビの電源みたいに、オンとオフが切り替えられる。
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)02時25分51秒
- ( ´ `)ノ<いいらさんのお話はためになるのれす。
作者様がんがってくらさいっ!
- 133 名前:クロ 投稿日:2002年09月07日(土)20時30分36秒
- >>132
圭織の言葉にはいろいろと深い意味があったりなかったり…(笑
がんがらせていただきます!
- 134 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)20時37分12秒
- 彼女達がいったい何者なのか、保田さんと同じ組織に属しているのか、或いはヨシザワというこの側の人間なのか。
そんなことが判断できるほどには、私はこの“才能”に深い関わってない……つもりだ。
だけど、保田さんの言うように、私に“才能をもつ人間を呼び寄せる才能”があるのだとしたら、なっちと知り合ったのも、なっちを監視しているこの子達も、そしてなにより、なっちが監視されているこの状況も、私が原因ということになる……
なにもかも自分に原因があるなんて言うのは、ネガティブ思考もすぎるというものだけど、あの一件以来、私はどうもそんな考え方が頭をかすめてしまう。
- 135 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)20時47分01秒
- “反応がない=才能がない”というのが、もし私の考えている通りだとしたら、つまりそれは、私にも“才能”があるということになる。
その“才能”が本当に“才能がある人間を呼び寄せる才能”なのかはわからないが、“才能”があるという事実に変わりはない。
「それで、ぬいぐるみのことも忘れられてたらしくって……」
彼女らのことが気になってちらちらと様子をうかがってしまっていたおかげで、なっちがどこをどう進んで今にいたるのかさっぱり分からない。
そして、私がそれを後悔するのは、すぐ次の瞬間だった。
それはなっちの話を聞き逃したからでは、決して、ない。
アサミが不意にこちらに目を向けた。
目が、
合う──
- 136 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)20時54分59秒
- まともに目が合ってしまった。
ごまかしようがないくらい、まともに、正面から、視線がぶつかった。
まるで瞳の奥の奥の、さらに奥を覗き込むような視線が、私に向けられた。
見開かれる目。
椅子を倒しながら突然、立ち上がる。
隣に座っていたまこちゃんが、何事かとアサミを見る。
そして私は、アサミの口から世界でたった一人のはずの、彼女の名を聞いた──
「まこちゃん! この人、飯田圭織を認識してるっ!!」
- 137 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)20時58分47秒
- “飯田圭織を認識してる”だって?
まったくどう言う意味よ……?
あの子はいったい、どこで何をしてるって言うの……?
もう嫌だ……
他人の口から圭織の名前を聞くのは……
自分の心の中に土足で踏み込まれたような、ひどく不快な気分になる……
もう、圭織の名前を口にしないで……
- 138 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)21時13分49秒
- アサミが倒した椅子は、たまたま通りかかった学生にあたり、持っていたコーヒーを床にぶちまけるけど、その学生はそれを咎めるようなことは言わなかった。
あれだけ派手な音を立てたというのに、誰もこちらを向くことはない。
アサミが原因で起こったことは、全てアサミという存在に行き着く。
それはつまり、アサミという存在を認識しているということ。
逆に、存在を認識していなければ、彼女が起こしたあらゆる現象は、誰にも認識されない。できない。
そして、彼女らの言う“反応”とは、彼女らを認識するか否か、ということだろう。
“才能”をオフにしているなっちには彼女らを認識できず、無意識のうちに、自分でも気付かないうちに“才能”を使っている私は、彼女らを認識した。
私は突然に、いつの間にか逃げ場を失っていることに気付いた。
- 139 名前:クロ 投稿日:2002年09月08日(日)22時15分38秒
- ──────
- 140 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)17時41分47秒
- 紺野と小川は何か知ってる…?
続き気になっとります
- 141 名前:クロ 投稿日:2002年09月13日(金)19時07分25秒
- 「まこちゃん! この人、飯田圭織を認識してるっ!!」
あさ美の悲鳴のような声に、私、小川麻琴は、ほとんど反射的に“激しい敵意”を右手に集中させる。
渦を巻く円錐、いわゆるドリルが形作られ、私の右手を覆う。
古臭いロボットアニメのような見た目になったが、このドリルはどうせ“才能”のある人間以外には見えないわけだし、私たちの存在すら、普通人には認識できないわけだから、気にはしないし、気にしてる場合でもない。
右手のドリルを突き出す!
小柄な女子大生(たしかヤグチとか呼ばれていた)は、それを椅子に座ったままのけぞって避ける。
ガタッ! と派手な音が響いて、彼女が椅子ごと倒れた。
「何やってんの? 矢口?」
監視対象の安倍なつみが、ヤグチの奇行に眉をひそめた。
偶然倒れたのではなくて、明らかに自分たら倒れていったのだから、眉をひそめるくらい、当然と言えば当然だ。
- 142 名前:クロ 投稿日:2002年09月13日(金)19時14分18秒
- 私は机の上に飛び乗り、仰向けに倒れて私をにらんでいるヤグチに向かって、ドリルを突き込む。
彼女は体をひねってかろうじて私の突きをかわした。そのまま体のうつぶせの状態にして、腕立ての要領で体を起こそうとしているが、そうはいかない。
私は“ドリルを回転させて”起き上がりつつあるヤグチの体を、薙ぐ。
ドリルは、
彼女の体に迫り、
すり抜ける──
「──!」
- 143 名前:クロ 投稿日:2002年09月13日(金)19時25分02秒
- ヤグチが声にならない悲鳴をあげた時、私の唇は自分でも気が付かないうちに歪んでいた。
勝利を確信した、笑み。
私の“才能”──それは、“感情の塊を武器にして、相手の精神を攻撃する”こと。
物理的な攻撃力はまるでないが、私が攻撃した人間は“心に怪我”をする。
冷たい言葉を投げつけられた時のような、絶望的な出来事に遭遇した時のような、しかし、それらの経験を踏まずにして、心に傷がつく。
簡単にいえば、ショックを受けている状態だ。しかも、人に話して紛れる程度のものではなく、言葉も出ないほどのショックを。
そして、心が激しく傷つけば、人間の精神は崩壊する。
自分の殻に閉じこもったり、永遠に夢を世界に逃げ込んで、心のキズから目をそらす。
このヤグチとか言う女子大生も、そうやって連れて帰ればいい。
飯田圭織に関する事は、それから調べればいい。
私は回転する右手のドリルを振り上げ、ヤグチに止めの一撃を──
- 144 名前:クロ 投稿日:2002年09月13日(金)22時35分04秒
- しかし、突き下ろしたドリルは、先端から3分の2ほど、私の右手ギリギリまでなくなっていた。
「右手のそれが感情の塊だって事はわかった……だったら私には、それを切る事が出来る」
静かな、それでいて力のこもった声が、私の鼓膜を揺さぶった。
体の奥底の、さらに底。私のもっとも深い場所から、這い上がってくる感情は、体を細かく震わせる。
いや、細かくなんだろうか……
よくわからない。
よくわからないほど、私の思考が乱されていく。
それは、地獄の底から這い上がってきたような感情の、“恐怖”のせい。
感情を塊にして武器とする私の“才能”のリスクは、武器化した感情の塊が破壊されると、私自身の心も傷つけられるということ。
今まで感情に直接作用するような進人類と出会ったことはなかった。
だから油断していた……
「その“恐怖”も切除したげようか?」
安倍なつみの“全然、笑ってない笑顔”が、私を真正面から捉えた。
私は逃げることも出来ないくらい、その表情に、その存在に恐怖した。
- 145 名前:クロ 投稿日:2002年09月13日(金)22時35分48秒
- ──────
- 146 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月14日(土)16時44分26秒
- 読んでてドキドキ。
- 147 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年09月17日(火)11時25分34秒
- >>140
読んでくださってありがとうございます。
小川・紺野に関する事もいずれ分かると…
>>146
ドキドキですか〜(w
ありがとうございます。
嬉しいお言葉ですね。
- 148 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年09月17日(火)11時48分48秒
- 1999年以降、“恐怖の大王”によって“才能”を覚醒させた人間を“進人類”と呼ぶ。
私、紺野あさ美は、まこちゃんの“感情を武器化する才能”を切った安倍なつみの横顔を見ながら、≪プロデューサー≫と初めて会い、自分の“才能”について説明されたとき、そう言っていたのを思い出していた。
“相手の瞳を通して、心に刻まれた名前を見る才能”というのが、私が持っている“才能”で、刻まれた名前に対する感情を見ることも出来る。
ヤグチという女子大生は、飯田圭織に対して、人生の師と言うか、偉大な友人、というような感情を持っていた。
飯田圭織を認識している者は、“才能”の有無に関わらず、どのような状態であっても生きて連れ帰ること、それが私たちが保護されているUFAの命令だった。
- 149 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年09月17日(火)11時49分30秒
飯田圭織なる人物がいったい何者なのか、私たちは知らされていないけれど、UFAにとってかなりの重要人物らしい。
私は自分のうかつさを責めずにいられなかった。
あの時、飯田圭織のことを言ってしまえば、責任感の強いまこちゃんなら、こういう行動に出る事は分かっていたはずなのに……
安倍なつみの“才能”のことも、自分で“才能のスイッチ”の事を口にしておきながら、油断していた。
私のせいだ……
- 150 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年09月24日(火)20時11分46秒
- 攻撃能力のない私は、安倍なつみが恐怖に震えるまこちゃんに手を伸ばしているのを見ても、何をする事も出来ず、それを見ているしかなかった。
ううん、きっと違う。
ただ単純に、怖いだけだ。
安倍なつみの、注射針のように鋭く立てられた人差し指が、まこちゃんの額に触れる。
すると、まこちゃんの顔から恐怖が、いや、恐怖だけじゃなく、あらゆる感情が抜け落ちた。呆けたように安倍なつみの顔を見ている。
私の背筋に、氷の皮膚を持つ蛇がのたうつような、雪で出来たナメクジが這い上がってくるような、生理的嫌悪感と恐怖を混ぜ合わせたような感覚が走った。
何をされたのか分からないけれど、まこちゃんの意思や感情をことごとく無視した、冒涜した行動だという事だけは、なんとなく分かった。
- 151 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年09月24日(火)20時22分55秒
- 安倍なつみが、ゆらり、と私に顔を向ける。
背筋を這っていた薄気味悪い感覚さえも停止する。
何も考えられなくなりそうだ。
安倍なつみの中には、その心には、“ヤグチに対する絶対の信頼”が刻み込まれている。
私たちに対するものは、怒りなんてものはとっくに通り越して、憎しみすらも追い抜き、純然たる敵意のみ。
ここまで激しい感情は、感情の起伏が激しいまこちゃんにすら見たことがない。
人は誰かのために、こんなにも感情を高められるものなんだ……
私は状況も考えず、目の前にある敵意に対して、感動していた……
- 152 名前:kattyun 投稿日:2002年09月24日(火)21時00分30秒
- 更新途中でしたらすみません。
面白いっす!!続き期待大!!
- 153 名前:クロ 投稿日:2002年09月25日(水)19時29分46秒
- >>152
感謝感激です!
更新は突然止まったりするので気にしないで下さい・・・
最近、やたら仕事が忙しくて、なかなか更新できない状況にあります。
放置はしませんので、見捨てないで下さい(w;
- 154 名前:クロ 投稿日:2002年10月13日(日)02時21分08秒
- 自分で保全・・・
カッコワル・・・
- 155 名前:北斗の犬 投稿日:2002年10月14日(月)22時35分11秒
- 小説投票の紹介で見て全部読みました。
非常に面白いです!
設定が良いと思います。
圭織の言葉もためになります。
期待しています。頑張ってください!
テスト前だってのに・・・
またチェックする小説増えちゃった。
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)00時50分26秒
- すっごいこれおもしろいです。
待ってます。
- 157 名前:クロ 投稿日:2002年10月23日(水)10時58分35秒
- >>155
日にちからするとテストは終わってる頃ですか?
更新激遅作者ですが、よろしく。
>>156
待っていてくださる方がいるのは励みになります。
ありがとうございます。
前回の更新から1ヶ月。
ようやく仕事にも余裕が出来つつあるので、そろそろ再開させます。
小説投票にキリサキを紹介してくださった方、投票してくださった方に感謝を。
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月27日(日)19時42分09秒
- 影響を受けた某小説とか関係無くおもしろいっす!!
またりまたりと待っております。
頑張って下さい、応援してます!!
- 159 名前:クロ 投稿日:2002年11月02日(土)10時28分49秒
- 再開宣言から10日…オイラはアホダナ…
>>158
マターリしすぎるのもアレなので、気合入れなおします。
応援感謝です。
なっちの一人称「私」にしちまった…
皆さんの脳内校正で「なっち」にしておいてください…
- 160 名前:クロ 投稿日:2002年11月02日(土)10時30分55秒
- 安倍なつみは私の目の奥をにらみつける視線で、
「あなたたちが何者かは知らないけど、これ以上、矢口を傷つけたら許さないから」
あくまでも柔和な声質。棘があるわけでも、ナイフの刃を秘めているわけでもない。
ただ、恐ろしく、深い。
どこまでも飲み込まれてしまいそうな深さを持つ彼女の言葉に、声に、私は音に反応して動く玩具みたいにうなづく。
それに満足したのか、安倍なつみはまこちゃんを指し、
「この子、今は“感情が麻痺”してるけど、一日も経てば治るようにしてあるから」
そう言って倒れている矢口の隣にしゃがみこんだ。
どうやら、まこちゃんに攻撃されて“傷ついた精神”を直す(治す?)つもりらしい。
- 161 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月02日(土)10時32分14秒
- 彼女がヤグチに対して“治療”を試みているうちに、私は机の上に乗ったままのまこちゃんに手を差し出す。
まこちゃんは私の手を取り、机から降り、
「ありがとう……」
呟くような、乾いた声で、礼を言われる。
その言葉には何の感情も宿ってなくて、こういう場面ではこういう言葉を使うんだ、という知識によって発した言葉にすぎない。
私にはそれが悲しく思える。
人から感情を奪ってしまうと、こんなにも乾いた、硬質の響きしか出てこないということが、悲しい。
まこちゃんの手を引いて歩き出す。
“感情が麻痺しているだけ”で、足元がふらついているわけでもないし、どうやって歩いていいのか忘れているわけでもない。
手を引くと言うより、手をつないだ暖かさで、恐怖と心細さを忘れたい、という気持ちの方が強かったのかもしれない。
ついさっき、まこちゃんをこんな状態にした安倍なつみに対する感動も、一緒に忘れたかった。
なんとなく、まこちゃんに悪い気がして……
- 162 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月02日(土)10時33分18秒
- ボーっと歩いていたせいで、歩いていた学生にぶつかりかけた。
考え事をして注意してなかった私の方が悪いのに、
「あ、ごめんなさい」
「あ、いえ……」
向こうの方から謝られる。
私は溜息を……つこうとして、そのまま飲み込んだ。
今の人、私を認識した?
あの人も“才能”を持ってるって言うの?
しかし、その考えが間違いであると言う事に気づく。同時に、戦慄と表現しても良いほどの冷たい電流が、神経を駆け巡る錯覚に襲われる。
すれ違う人たちが、明らかに私たちの事を見ている。認識している。
中学生にしか見えない私とまこちゃんが平日の昼間に大学にいることを訝る目、或いは好奇の感情を向けられている。
それ自体は当然の事だろうけど、私たちは今、後藤さんの“才能”によって“普通人から認識される事を忘れている”はずなのに。
まさか……
後藤さんに何かあったのだろうか……
- 163 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月02日(土)10時34分08秒
- ──────
- 164 名前:北都の雪 投稿日:2002年11月05日(火)21時16分48秒
- 名前気にいらなかったので変えます。
旧、北斗の犬です。
テストは終わりました。
成績も終わってます。
いやあなっちかっこいい!
次はごまの登場ですか?
楽しみに待ってます。
- 165 名前:クロ 投稿日:2002年11月17日(日)14時17分05秒
- ワイルドカードで決勝に入ってる(w;
更新遅いのに投票してくださった方々、感謝です。
- 166 名前:クロ 投稿日:2002年11月23日(土)19時21分05秒
- >>164(北都の雪さん
読んでくださってありがとうございます。
なっちはもっと活躍させるべきでしたねぇ…(w;
今後ともよろしく〜
ほとんど1ヶ月ぶりの更新かぁ…
まったくあほ丸出し(鬱
- 167 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時21分55秒
- 「あ、後藤さん、今の人こっち見た!」
加護ちゃんが今日、何度目になるか分からない言葉に対して、
「ん〜、気のせいでしょ」
私は今日、何度目になるかわからない言葉を返した。
自分でもわかるほどにやる気のない声。
けれど、加護ちゃんはそんなことお構いなしで、きょろきょろと落ち着きなく、あたりを見回している。
何をそんなにはしゃいでるんだか……
だいたいそこいらに歩いているような普通人に私たちが見られるわけがない。
私の“才能”で普通人から認識される事を忘れているんだから。
- 168 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時24分04秒
- 私の“才能”は“忘れさせる”こと。
“忘れさせる”と言っても、記憶を消すって事じゃなく、“感情を忘れさせる”ということ。
といっても、記憶を消す事が出来ないわけじゃあない。
記憶とは脳の機能だけれど、しかし、思い出とは感情によるものだ。
その思い出、そのときに抱いた印象、感情を忘れさせてやると、その時にあった出来事そのものまで薄れていき、最後には忘れてしまう。だから、“記憶を消す”と言うより、“忘れさせる”と言った方が正しいのだけど。
他にも、例えば私たちに向けられた敵意を忘れさせてやると、対立している理由はわかっているのに、どうしても攻撃的になれない。
或いは、人間とは、感情によって自分の存在を世界に認識させているらしく、“世界に自分を認識させる感情”を忘れさせてやると、誰からも認識されないようになる──
今の私たちや、UFAに所属している二人の“進人類”、紺野と小川が、まさにそういう状態で、普通人からは全く認識されない。
- 169 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時24分56秒
- しかし、どういうわけだか“進人類”からは認識されてしまう。
《プロデューサー》が言うには、“進人類”は世界からズレた存在だから、と言う事らしいけど、まあ、つまり、私たちは“はみ出し者”ってことか……はみ出し者って死語?
とりあえずそれは置いといて、ともかく、“進人類”を探したり、それと思しき人物を確認したりするのに、この性質を逆利用することもある。
……こともあるっていうか、今がそうなんだけど。
紺野と小川は、今回の監視対象である安倍……なんだっけ? “な”ではじまる3文字だったぞ。な、なぁ、な〜……まあ、いいや。
その安倍と言う女子大生に“才能”があるかないか確認させている。
二人を認識できたら、彼女は“進人類”ということになる。世界のはみ出し者ってわけだ、私たちと同じに。
- 170 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時25分33秒
- 「後藤さん……」
またか、と思ったけれど、加護ちゃんの言葉はそれ以上、続かなかった。
不思議に思って彼女の表情を伺おうとすると、私の上着の袖を、ぎゅっと掴んで背後に隠れる。
「どしたの?」
私が尋ねると、加護ちゃんは少しだけ顔をあげて、
「……あの人、なんか怖い」
そう言って、少しだけ顔を出す。
その目線の先を追って、私も視線を向ける。
そこには、
そこに立っていた人、少女は、
こちらをただ見つめて、無表情に、まるで観察するように私たちに目線を飛ばしていた。
- 171 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時27分26秒
- 少女は多分、私と同じくらいの歳だろう。
いや、本当にそうか? わからない。なにか、年齢を感じさせない存在感と言うか、そもそも年齢なんてものからは切り離されていそうな、そんな雰囲気すらある。
別の写真から切り取ったものが、そこに貼り付けられているような存在感。
そこにいるはずの、あるはずの無いものがそこにある、そんな違和感。
「あの人、宇宙人ですか……?」
私の背後に隠れたまま、加護ちゃんがそんな事を呟く。
「……かもね」
しかし、そんなわけはない。
宇宙人であるはずが無い。
宇宙人なんていうのは、たかが他天体の人類に過ぎない。
そう言えてしまう圧倒的な違和感と存在感が、少女にはある。
そう、きっと人間ですらあり得ないんだ。
何か別の存在が、たまたま人の形をしていただけ。
そう言った方が、宇宙人と言われるよりも、まだ納得できる。
- 172 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時28分10秒
- ──早すぎる
え? 今何か言った?
私が加護ちゃんを見ると、驚いたような表情で私の顔を覗き込んでいた。
どうやら加護ちゃんにも聞こえたらしい。
──あなたたちは、まだ早すぎる
私は少女に向き直る。
私は思わず後ずさる。しかし、背後にいた加護ちゃんにぶつかって足を止めざるをえなかった。
少女が、人の流れの向こう側に立っていたはずの少女が、目の前に立っていた。
まるで穴をあけただけのような、うつろで光彩の無い瞳が、私を、私と加護ちゃんを視界に入れている。
息を飲む。
──あなたたちは、まだこの世界には、早すぎる
この少女だ!
口も動かしていない少女の声が、異様なまでに透き通った、美声と言っても良いその声が、頭の中に直接響いてくる。
それを理解した瞬間、少女の瞳に光が見えた。
- 173 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時30分42秒
- 本来眼球があるはずの場所が、そのまま宇宙と繋がったように、まるで、目そのものが星空のように、光を宿して私たちをその視界に、世界に引きずり込む。
「きゃあ! 後藤さん! な、これ、何っ!? 助けてっ!!」
加護ちゃんの悲鳴が聞こえる。
意識や心を引きずり込もうとしているんじゃない!
これは比喩的な表現じゃない!
私たちの体を、私たちの存在そのものを、あの目の中に、彼女が本来いるべき世界に引きずり込もうとしている!
- 174 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時31分48秒
- 吸い込まれているわけじゃない。見えない力によって引きずられている。
少しずつ、少女に近づいていく私たちの体。
魂を掴まれて、体がそれに引きずられているような感覚。
体から、心の内側から何かが引き剥がされそうになるような痛み。
地面を掴むように力を込めた脚が、踏ん張りが利かなくなっている。
意識が、世界から遠ざかっていく……
もうダメかも……
私が諦めかけたその瞬間──
ごうっと、私たちと少女の間を、何かが通り過ぎた。
私たちを掴んでいた力から、解放される。
どさり、と加護ちゃんが倒れこむ音が聞こえた。
私は、何とか意識は保っていたものの、加護ちゃんを何とかできるほどの余力は残っていなかった。
なんとか少女を見上げると、私たちではない、誰かに視線を送っていた。
その視線を追って、何とか目だけ動かす。
見慣れぬショートカットの女の人が立っていた。
- 175 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時32分51秒
- 外見は私とそんなに変わらないけれど、この人も少女と同様に年齢なんてものを連想させない雰囲気を持っていた。
しばらく何も話さずに向かい合っていた二人だったが、唐突に、彼女は少女に向かって、
「邪魔はそっちでしょ」
何をいきなり、と思ったけれど、私たちと同様に、頭の中に直接響いてくるあの声に答えたんだ。
たぶん、邪魔をするなとか言われたんだろう。
「私の“可能性”を否定しないでくれる……明日香?」
- 176 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時33分24秒
- 少女の名はアスカというらしいけど、相変わらずの無表情で、例のテレパシーを飛ばしているらしい。
「そうね、それはお互い辛いところね」
なんておどけて言う彼女は、言葉とはうらはらに楽しんでいるような印象さえ受ける。
「まさか、気のせいでしょ?」
アスカが何を喋っているのか分からないから、会話の内容がいまいち見えてこない。
どういうわけなのか、アスカがはじめて表情らしい表情を見せた。
呆れたように、溜息をついたのだ。
そして、きびすを返し立ち去っていく。私たちの事は諦めたんだろうか……?
「あ、そうだ、言っとくことがあったんだわ」
立ち去るアスカの足を、彼女が引きとめた。
- 177 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時34分41秒
- 正確には引きとめようとした、だ。アスカの足が止まる様子はない。
そんなことにはお構いなし、といったふうの彼女は、
「“蒲公英”は根付いてる」
ぴたり、とアスカが足を止めた。
ゆっくりと振り返った。
「本当なの、紗耶香?」
それが誰の声か一瞬、わからなかった。
アスカが口を開いてこちらの世界の言葉で話した声だと気付いた時、アスカはどこか寂しそうに、懐かしそうに、そして少し怯えたように、
「そう、“蒲公英”は枯れないのね……」
まるで人間の少女のように呟いた。
- 178 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時36分31秒
- アスカが立ち去ったあと、サヤカと呼ばれた彼女が私のところに近づいてきた。
アスカから助けてもらったわけだけど、よく考えたら、この人だった正体はわかっちゃいないんだ。
だからといって、今の私には“才能”を使う力も、加護ちゃんを抱えて逃げる力も残っていない。
私の前で、顔を覗き込むようにしゃがんだ彼女が、
「まあ、そのうち快復するとは思うけど、ほっとくわけにはいかないよね……うちくる? 私、MMだけど」
そう言って不敵に笑う彼女は、私がUFAだということなんてお見通しで、断れないような状況にある事を知ったうえで、そんな言い方をしているとしか思えない表情だった。
うなづくよりも、首を振るよりも先に、私の意識はまるで踏み台を外されたように、深いところへと落ちていった……
- 179 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年11月23日(土)19時37分11秒
- ──────
- 180 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年11月24日(日)16時05分28秒
- 新キャラ登場で、先の展開がますます気になります。
- 181 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月29日(金)22時00分44秒
- 新しいキャラが出てきましたね、
どうなるのか楽しみです!頑張って下さい!
- 182 名前:霧の向こうに咲き誇る花 投稿日:2002年12月13日(金)17時22分05秒
- 「ねぇ、矢口。“強い”ってどういうことだと思う?」
えーと、どこからこんな話になったんだっけ?
圭織の話ときたら、ルートどころかゴールまで自分で決めてしまって、こっちの事を考えずに話を進めるから、ついていく方は大変だ。
私が首を傾げて考え込んでいると、圭織はくすり、と笑って、
「誰かより強いって言うのは、相対的な強さは、“強さ”の基準であると同時に“弱さ”の基準でもあるよね。そんな相対的の強さなんて“強い”なんて呼べるかな。所詮は比べないと分からない程度の“強さ”なんて」
いつもの澄んだ声。
いつもの泣きそうな笑顔。
でも、少しだけ違っているのは、いつもは哀しげな圭織が、どこか怒っているような雰囲気だった事だ。
その“少しだけ”の違いが、決定的な差のようにも思える。
- 183 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月13日(金)17時23分15秒
- “強さ”っていうのはさ、とっても異質なんだよ。周りに溶け込めないくらいに異質で、孤立して、孤独で孤高なんだよ。“強いから孤独”で“孤独だから強い”のね。強いって事はそれだけ世界に放出する感情も大きくて、その存在自体が周囲に大きな影響を与えて、変質させる。言ってみれば、“自分に合わせて世界を刻んでいる”。世界すらも変えてしまうほどでないと、“強さ”とは言えないんだよね……」
世界を変える、か……
それは多分、自分の周囲とか、人の価値観とかそういう意味なのかもしれない。ひょっとしたら言葉通り世界と言う事なのかもしれない。
けれど少なくとも、圭織は自分が強いとは思ってないみたいで、自分がなぜこんなにも弱いのかと言う事に対していらだっているようにも感じられる。
- 184 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月13日(金)17時24分25秒
- そんな圭織を見ていると、自然と、
「でもさ、強くなる必要なんてあるのかな。弱いままでいいじゃん。弱い部分も自分なんだし」
なんて言葉が出てきた。
圭織の横顔が、あまりにも痛々しかったからかもしれない。
なんとか、慰めると言うか、気を紛らわすくらいの言葉をかけてあげたかったのかもしれない。
まるで呪文で金縛りにでもあったように、圭織は固まってしまった。
たっぷり10秒は固まってから、ゆっくりと私に真顔を向ける。ちょっと、目が怖い……
- 185 名前:霧の向こうに咲き誇る花 投稿日:2002年12月13日(金)17時25分05秒
- 「そう、そうだね……そうなんだよね、きっと……」
そう呟いてやんわりと表情を緩ませ、いつもの哀しげな影など感じさせない笑顔で、
「“強い”っていうのは完成されてしまっていて、それ以上にも以下にも、以外にもなれなくて、それは“結果”で、その先なんかない。でも、“弱さ”はどんな風にでもなれるよね。何にでもなれて、何にもならなくて、何者でもなくて何者でもある。そう、それは“可能性”そのものだね。うん、そうだ。きっとそれが、それは“美しさ”なんだよ……」
私のさっきの言葉を、どうしたらこんな答えに辿り着くのかは分からないけど、圭織の笑顔は素敵だった。
初めて見るんじゃないかって思えるような、陰りなどない、憂いなどない、儚くすらない、まるで子供のような笑顔。
私はそれが見られただけで、満足な気分だった。
- 186 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月13日(金)17時25分52秒
- 「矢口はきっとさ、その“美しさ”を持ったまま強くなれるよ。うん、きっと、なれる」
圭織は独り言のようにそんな事を言う。
それは私に対する言葉であると同時に、自分に中で何かを確認するようにも見えた。
不意に、私は陽だまりのようなぬくもりに包み込まれる。
そのぬくもりに身をゆだねる。
「いつか矢口は、“世界を支えること”ができるよ」
私は圭織の腕の中で、その言葉をどこか遠い場所で響いた音のように感じていた。
心までも温めてくれる圭織の抱擁。
そのぬくもりを返したくて、
私もこの小さな腕を、
彼女の体に回し、
抱きしめ──
- 187 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月13日(金)17時26分57秒
- ──────
- 188 名前:クロ 投稿日:2002年12月13日(金)17時33分22秒
- >>180(読んでる人@ヤグヲタさん
新キャラ出す前にまだ出てないメンバー出せよって話で(w
しかしまあ、話の展開上、こんな感じです。
>>181(名無し読者さん
読んでくださってありがとうございます!
ご声援に応えられるようなものを書きたいです。
これからは定期的にかけるといいなぁ…
って、書けよって話で。
作者が言うのもなんですが、マターリで(w;
- 189 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月24日(火)17時54分44秒
- 「わ、ちょっと、待って! ほんと……目ぇ覚ませ、矢口っ!」
抱きしめた圭織は思ってたより小柄で、なっちみたいな声で……ん? なっち?
「……はれ?」
「はれ、じゃない! もう、寝ぼけるのもいいかげんにしなっ」
目の前にあるなっちの唇から、私を責める言葉が出てくる。
なんか、なかなか面白い光景だ。
「ん……思ってた以上に華奢だね」
「いいから、とりあえず離しなさいって……」
ん? あ、そうか。
圭織の夢見てて、なっちに抱きついたわけか……なんてゆうか、ベタな展開よね。
なっちの言う通り背中に回していた手を離す。
赤くなった頬を、ごまかすようにさすりながら、なっちが身を起こす。
その向こう側に、私も良く知る人物の、不機嫌な顔を見つけた。
「え? あれ? なんで愛ちゃんがいるの!?」
どういうわけか、何が気に入らないのか、不機嫌で顔中、体中を塗り固めたような愛ちゃん、高橋愛がそこに立っていた。
そしてなぜか私の言葉に応えてくれない。
え? てゆうか、今更だけど、ここどこ?
私なんで寝てたんだっけ?
あれ? えっと……
「ああ、起きてたんだ」
謎と混乱を解決してくれる人物は、突然、現れた。
- 190 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月24日(火)17時55分31秒
- 目つきの鋭い、笑いぼくろの彼女、保田圭がドアを開けて入ってきた。
そうか……そうだ、たしか、学食で二人組みの女の子に襲われたんだっけ。
そこで気を失ってたのか……で、ここどこ?
まるで心を読んだように、
「矢口が気を失った後、圭ちゃんが来て、ここに連れてきてくれたの。“えむえむ”のアジトだって」
なっちが笑顔で言った。
え? えむえむ? MMってこと? 何それ?
てゆうか、アジト? 圭ちゃん? なんで愛ちゃんがいるの?
謎は解決したけど、混乱はますますひどくなるばかり……
それをフォローするように保田さんが、
「MMってのが私が所属してる組織の名前。上からの指示であんたの様子を見に行ったら、倒れてるあんたと、なっちを見つけたってわけよ」
なっち? なんでそんなに、いきなり仲良くなれるのよ?
……まあ、なっちだからそんなもんか。
「で、なんで愛ちゃんがここに?」
- 191 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)08時16分31秒
- 「あ、あの……えと」
不意に話を振られたからか、不機嫌だった顔を崩して、しどろもどろに喋って、というか、喋ろうとしている。
「この子、少しでもあんたの役に立ちたいからって、ここに来たのよ」
助け舟を出すように、保田さんが愛ちゃんを指して言った。
愛ちゃんを見ると、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「ま、どう役に立つかは今後の彼女次第だけどね」
役に立つか立たないか、ではなくて、どう役に立つか、という言葉から察すると、どうにかして役立たせる事は確かなようだ。
愛ちゃんの“才能”を考えれば、それも当然だろう。
そういえば、愛ちゃんの“感情を視覚で捉える才能”は、“才能”に関しては素人の私から見ても、かなり有用だと思える。
けれど、そんな事はともかく、私には小さな疑問が浮かんだ。
「なんで、私の為に……?」
私なんかの為に。
「え、や、その、それは……あの、相談に、答えてくれましたし、それに、映画、見に付き合ってもらって、で、私のせいで投げられて、だから、えと、お詫びとお礼で、その……」
「要するに、ここにいれば“才能”に関してあんたに迷惑がかかるような事が無いだろう、ってことでしょ」
- 192 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時02分11秒
- 焦って何喋ってるか分からない、何を喋っていいのか分からない様子の愛ちゃんの思いを、保田さんが解説してくれた。
どうやら当たっていたようで、愛ちゃんは顔を下に向けていた。
「ま、あんた自身が“才能”を持ってる限り、どうしようもないんだけどね」
そんな実も蓋も無い……
俯いていた愛ちゃんの肩が、はっきり分かるほど落ちる。
もうちょっとデリカシーと言うか、そう言ったものは無いんだろうか、この人。
「ここにいればそういう心配はいらない、て続けたいんでしょ?」
市井さんが、ドアに背中を預けて、立っていた。
いったい、いつの間に……?
「帰ってきてたの」
「うん、ついさっきね。久しぶり、矢口」
白い歯をニッと見せて笑う市井さんは、私じゃなかったらきっと好感の持てる人と判断したんだろう。けど、どうも胡散臭いと言うか、作り物っぽい気がしてならない。
あいかわらず呼び捨てだし、馴れ馴れしいし。
- 193 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時03分57秒
- よ、と小さく呟いてドアから離れた市井さんが、私の寝かされているベッドに近づいてきた。
脇に立っていたなっちに向かって手を差し出し、
「私、市井紗耶香。よろしくね、安倍さん」
「あ、はい。よろしく。なっちでいいよ」
手を握り返しながら、いつもの満面の笑み。
「なっちか……じゃあ、私も紗耶香でいいよ」
「うん。よろしく、紗耶香」
なんでこう、この子は警戒心がないというか、人懐っこいというか、誰とでも仲良くなっちゃうんだ?
ほんとはそっちの方が“才能”なんじゃないか?
いきなりなっちのうちとけ合った市井さんを、睨みつけるように見て、
「ところで、どこ行ってたの? いきなりいなくなるから……」
保田さんの声は不機嫌そのものって感じだった。
- 194 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時04分34秒
- 「心配した?」
「あんたほど心配に値しない人間もいないわよ。はぐらかさないで答えなさい」
「散歩……って言っても納得しないよね。ま、UFAの“進人類”を二人拾ってきたってところかな」
「……は? 何、どういうこと?」
「ん〜、“進人類”同士は引かれ合うって感じ? まあ、そういうことなのよ、本当に」
ふう、と盛大な溜息をついた保田さんは、これ以上何を言っても応えない、という雰囲気を読んでか、顔をしかめる。
「まあ、いいけど。それなら裕ちゃんに報告……」
「その報告なら聞いた」
- 195 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時05分12秒
- 声と同時にドアが開いた。
年齢はおそらく20代後半。明るい金色の髪、強すぎると言って過言ではない青い視線。カラーコンタクトだろうけど、なんだか似合いすぎてて本物と言われても信じてしまうかもしれない。
「この人が私の上司で、MMのリーダー、中澤裕子」
中澤裕子、と紹介された彼女は、保田さんの言葉を気にもしていないのか、カッカッカッ、とハイヒールの鋭い音を響かせて、その女性は部屋に入ってきた。
ヒールの刻むリズムが、なっちの目の前で止まる。
流石に怖気づいているなっちの顔を覗き込んで、
「ふーん」
何かに納得したように頷く。
私がその様子を見ていると、瞬きをした彼女の青い目が、こちらを向いていて驚いた。
やがて目だけでなく、顔全体をこちらに向ける。
視線が引力でも持つように、私の視線を引き付けて、離さない。
睨まれているような、覗かれているような、そんな、鋭く、青い視線。
- 196 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時05分43秒
- 私は時間の感覚を破壊されてしまったように、思考を停止させた。させられた。
それがどれくらいの時間経った後だったのか、ふ、と彼女が微笑んだ。
「なるほどな……あんたやったら、わかるわ」
関西のイントネーションが、彼女の口から漏れた。
その声には、少しだけためらいがあったように感じる。
しかし、それよりも……
「わた……」
「悪いけど、とは言わん──」
「しだったらって……え?」
- 197 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時06分17秒
- 「あんたらはMMで保護する。あいつらに渡すわけにはいかんからな」
私が言いかけた言葉なんて全く気にせず、中澤さんはそれだけ言うと踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
肩をすくめてそれについて部屋を出る市井さん。
こめかみを抑える保田さん。
呆気に取られるなっち、愛ちゃん。
私は……
私は、篭に閉じ込められた鳥の気分ってこんな感じなんだろうか、と思った以上に平静な心の中で呟いた。
私は今、世界の流れに巻き込まれているんだろうか。
或いは、巻き込んでいるのは私のほうなんだろうか。
今とても、
圭織に、
会いたい──
- 198 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2002年12月25日(水)11時07分14秒
- ──────
- 199 名前:クロ 投稿日:2002年12月25日(水)11時10分14秒
- 今日はここまでです。
年末は何かと忙しいですが、今年中に後一回くらいは更新したいと思ってます。
- 200 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月12日(日)18時12分15秒
- 私、加護亜依が目を覚ました時、視界に入ってきたのは知らない天井だった。
なんか、昔のアニメにそんなセリフがあったような気がするけど、この場合、どうでも良かった。
ぼーっとしていた頭を無理矢理フル回転させて、宇宙人の女の子(予想)に襲われて、気を失ったことは思い出せたけど、ここはどこだろう?
キョロキョロと部屋の中を見回すと、隣のベッドで、後藤さんが寝ているのを見つけた。
なんで、こんなに安心しきって無防備な寝顔をさらしてるんだろう……かわいいけど。
ひょっとして、後藤さんがここまで連れてきてくれた……という雰囲気ではないなぁ。
この部屋をいくら見回しても、来たことのない場所、ということ以外わからない。
病院と言うわけでもなさそうだし、UFAの誰かが連れ帰ってくれたんだろうか……?
「あ、気がつきましたか」
- 201 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月12日(日)18時12分47秒
- ガチャリ、とドアが開くのが早いか、やけに明かるい声と共に、女の子が一人、部屋に入ってきた。
「良かった。市井さんが運んできた時は、顔色も真っ青で、とても寝かせておけば大丈夫、なんて思えませんでしたよ」
入ってきたの女の子は、私より少し幼く見える。髪を頭の両サイドでまとめており、広いおでこと太い眉毛がやけに印象的。
「あんた、誰?」
「私、新垣里沙って言います。お二人のお世話をするように言われてます」
少なくとも、UFAの中で見たことはない顔だった……と言っても、あんな大きすぎる組織の全体像を知っている人間なんて、組織内の人間でもいないんじゃないかって思う。
初めて会う人間を、それが例えどんなに親切だったとしても……いや、親切だからこそ、私は無条件に信用できるような温い頭はもっていなかった。
私は体の奥の方に意識を集中させる。
私の持つ“才能”を湧き上がらせるために……
けど、
- 202 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 203 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 204 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 205 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時31分36秒
- 「あ、“才能”を使おうとしてもダメですよ。失礼ですけど、貴女方の“才能”は抜かせてもらいました。こんな風に」
新垣は明るい声でそう言って、鉢植えの奇妙な華を私に向ける。
たしかに、私の中から何かが沸きあがってくるような、いつもの感覚がない。
けれど、この華はいったいなに?
「私の“才能”は、“才能の華を抜き取る才能”を持ってるんです。1999年に目覚めた“才能”って華として見えるんですよ」
こいつも、進人類!?
いや、充分に考えられたことだけど、まさか、“才能を抜き取る才能”なんてものがあるなんて……
- 206 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時32分50秒
- 私は植木鉢に植えられた自分の“才能”に目を向ける。
……なんだか、めちゃくちゃな華、てゆうか、華?
捩れたまま生長したような茎と、その茎のいたるところに生えているギザギザの葉と水色の花びら。
とても光合成するような植物には見えない。
ひどく、歪で……醜い。
- 207 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時34分47秒
- むしろ、新垣の背後の机に置いてある華の方が、華らしかった。
薄いピンク色の花びらが、計算され尽くしたように広がっていて、葉はとがっているけれど青々と健康的な色。ただ、華を支える茎が今にも折れてしまいそうなほど細かった。
「あ、そっちは後藤さんのです」
ああ、そうか。
なんとなく納得できる……
「後藤さんの名前、知ってんだ?」
「知ってますよ、有名人ですし。それにMMの情報力ってすごいんですよ、加護さん」
そうか、MMだって言うんなら、今の状況も納得できなくはない。
要するに、気を失った私たちを見つけたのは、UFAよりもMMの方が先だったって事だろう。
後藤さんは寝てるし、“才能”は鉢植えになってるし、絶体絶命ってやつ?
- 208 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時39分05秒
- ここから抜け出す方法はないものか……なんて考えていたら、ドアを開けて金髪の女の人が入ってきた。
こちらに向けた青い目が、値踏みされているようで不快だ。
金髪、青い目、そして20代後半の容姿。
ひょっとして、こいつが……
「あ、中澤さん。お疲れ様です」
反UFA組織・MMのリーダー、中澤裕子。
軽く頭を下げる新垣に、中澤は満足げに頷いた。
「ご苦労やったな。向こうで休んどってええよ」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございます!」
でたらめに元気のいい声が、ちょっと癇に障る……
中澤はそれに笑顔を返し、新垣の頭を撫でている。
気持ち良さそうに、撫でられた猫みたいな顔で、新垣は笑った。
- 209 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時40分26秒
- 「さて……ええと、この子の名前は?」
「あ、起きてる方が加護さんで、まだ寝てるのが後藤さんです」
そういえば、後藤さんはまだ寝てるのか……こんな時に限って。
「福田明日香に“持ってかれそうに”なったんやから、しかたないやろ」
フクダアスカ……それがあの少女の名前だろうか?
持ってかれそうになったって……なんだ?
「あんたらはしばらくうちで預かる。そっちの子も起きたら、改めて話するけど、あっちにおっても、あんたらとってええことなんてない。断言したるわ」
- 210 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時42分10秒
- 「なんであんたに、そんなこと言われなきゃいけないの?」
「実際、なんかええことあったか?」
「この“才能”のこと、誰も怖がらなかった。あそこでは、“才能”を持ってることなんて珍しくなかった、普通だった。UFAに来てからは私は普通でいられた。……後藤さんとも逢えた」
「ここではあんたの“才能”をだれも怖がらへん。“才能”を持っとる“進人類”しかおらん。それに、その子とおりたいんやったら、別にUFAやなくったってええんやろ?」
「それは……」
「やったら、その子さえ頷けば、ええっちゅうことやな?」
「……」
「……」
「いいよ」
- 211 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時43分52秒
- それは、私の口から出た言葉じゃない。
中澤でもないし、新垣でもなかった。
だとすると、残るは一人しかいない。
「後藤さん!?」
「ん、おはよ、加護」
「おはよ、じゃなくて!」
「別にいいじゃん。あそこにいなきゃいけない理由なんてないし。むかつくやつはいるし」
そりゃ、《プロデューサー》のことは私だって気に入らないところはあるけど……って、ホントに《プロデューサー》のことであってるんだろうか。
- 212 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時44分22秒
- それにしても、そんな簡単に決めちゃっていいことなのかな?
UFAからは裏切り者として狙われるだろうし、MMからは元UFAって事で変な目で見られるかもしれないって言うのに。
そんな私の心配事など、全く意に介さず、後藤さんは中澤に向かって、
「ね、サヤカって人、いるんでしょ?」
サヤカ? って誰?
「紗耶香がどないしたん?」
「……別に。借りは返すって言っといて」
借り? 何の話だろう?
いまいち見えてこないけど……
私が気絶してる間に何かあったのかな?
「あと、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
後藤さんの鋭い声を、中澤は軽く受け止める。
「あんたたちの目的って何?」
中澤が、ふ、と笑って、
「あんたらが“普通”に生きられる世界を創ること、かな」
- 213 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時44分59秒
- それは、
それは、私が、
私たちが願って止まないことだった──
ただ“普通に生きることの難しさ”を知っている私たち“進人類”が──
- 214 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時46分13秒
- ──────
- 215 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月13日(月)02時48分24秒
- 昨年中に更新するといっておいて出来なかった…
オイラはアホダナ…
しかし、6期やら藤本の扱いはどうしたものか…
- 216 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月13日(月)16時23分49秒
- 更新乙。
> しかし、6期やら藤本の扱いはどうしたものか…
元々予定には無かった (当然か) んだろうから、無理にはめ込まんでも、
と思う。クロさんの思うが侭に書き進めてください。
- 217 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月24日(金)01時19分10秒
「そうか、あいつら、UFAを抜けるか……」
『はい。そちらにいなきゃいけない理由はないって言ってました』
《プロデューサー》の声は平静を装っていたが、かすかに動揺を隠していた。
受話器の向こう側から聞こえる若い、というよりも幼いといえる少女の声は、それに気付いた様子はない。
「わかった。またなんかあったら報告してくれ」
相手の返事も聞かずに、受話器を下ろす。
「オレの予定にはこんなんないぞ……なら、“蒲公英”が関わっとると考えてええっちゅうことか……なあ、飯田」
何もない空間に、問い掛けるような言葉。それに応えるものは、いない。
どこか寂しげに目線を落とし、
「まだ、あのこと根にもっとるんかなぁ、中澤は……」
唇に乗せられた笑みは、自嘲を通り越えて、自虐とすら言える形に歪んでいた。
- 218 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年01月24日(金)01時20分35秒
- ──────
- 219 名前:クロ 投稿日:2003年01月24日(金)01時22分29秒
- >>216
そうですな。まあ、仕方ない・・・
レスありがとう
今回は1レスだけ更新・・・
まあ、マターリ頼みます(w;
- 220 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時18分32秒
「ねえ、保田さん」
「ん?」
まるで物語から取り残された端役みたいに、私たちはそのまま固まっていた。
それが解けたのはついさっき、新垣とか言う子が、愛ちゃんを呼びに来た時だった。
さっきの中澤という女性が、愛ちゃんに用事があるとかで部屋を出て行った。
愛ちゃんは少し不安そうな顔を向けたが、その時の私には何も声をかけてあげることが出来なかった。
彼女が出て行って、この部屋の空気がようやく動き出し、私は保田さんと市井さんに初めて出会った時からずっと気になっていた事を聞いてみることにした。
「保田さんは、飯田圭織の事を知ってますか?」
- 221 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時19分20秒
そう。
市井さんは、圭織の事を知っていた。
私たちを襲ったあの二人組も、彼女の名前を口にしていた。
3年前、私の前からいなくなった圭織。
私と出会う前には何をしていたのか、いなくなった後はどこで何をしていたのか、私は何も知らない。
私は知っておかなければいけない。
それは使命のように、意義のように、執着のように、私を駆り立てる。
- 222 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時20分13秒
- 保田さんは少し驚いたような顔で、
「あんた、何でその名前を知ってんの?」
やっぱり知ってるのか。
私はこの言葉で確信できた。
圭織も“才能”に関わっている、ということ。
「友達だから……」
- 223 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時21分14秒
- 3年前に離れ離れになって、それ以来、一度も連絡してくれないということは、私は彼女にとってたいした友人ではなかったのかもしれない、と思ったこともあった。
けれど、そうじゃあない。
私にとって圭織が友人だったように、圭織にとっても私は友人だった。
これは勝手な思い込みなんかじゃなく、実感として分かる。
- 224 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時22分29秒
- 「飯田圭織って?」
これは、なっちの発言だ。
「あ、なっちには言ってなかったっけ? 私の友達だよ」
そういうと、なっちの表情が少し翳った。
その理由を、私は思いつかなかった。
「あんた、何も知らないの?」
私がその理由を聞こうかどうか迷った瞬間、保田さんがそれに先んじた。
彼女の発言で、私はなっちの表情が翳った事を、忘れてしまっていった。
- 225 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時24分29秒
- 「知ってるんですか、圭織のこと……?」
「まあ、私も詳しくは知らないんだけどね。MMでもUFAでも、飯田圭織の事を“蒲公英”って呼ぶことがある」
「“蒲公英”?」
「そう聞いてる」
「……その、今、どこにいるとか、何してるとかは……?」
「さあ? 私が知ってるのは、そのくらいなもんよ。“才能”に関わってるあらゆる組織が、飯田圭織を捜してる。その理由は……よっぽど上の人間しか知らないけど。うちでは裕ちゃんだけよ」
「そう、ですか……」
「役に立たなくて悪いわね」
「いえ……」
結局、なんにもわからなかったもおんなじだ。
圭織の事を“蒲公英”と呼んでるって分かっても、それが今の彼女の行方とか、動向とか、そう言ったことは何一つわからない。いろんな組織が捜してるって言っても、それはただ謎を深めただけじゃないか。
- 226 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時26分06秒
- 私が肩を落としていると、なっちが、
「大切な、友達なんだね」
私は彼女がそんな声を出すのを、初めて聞いたかもしれない。
はじめて会った時、あんなに落ち込んでいた彼女の声を思い出す。けれど、この声は、あの時とは違う響きを持っている。
もっと暗い何かを秘めた、そんな声だ。
「なっちには、そんな大切な友達のこと、話してくれなかったね……」
その声に、責めるような語気は絡んでいなかった。
ただ、寂しい声だった。
- 227 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時27分37秒
- 痛みに耐えている子供のような、そんな感情が込められた声だった。
私は胸が締め付けられる。
息が出来ないくらいに。
さっきの翳りの正体もこれだったんだ。
たぶん、置いてけぼりになった気持ちになんだろう。
私にも、そういう経験があるから……
「圭織はね……」
- 228 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時29分44秒
- 私は、決意する。
そう、この話は、簡単に出来ることじゃない。
ひどく気分が重い。
2日目の生理よりきつい。
「圭織は、3年前のある日、突然、私の前からいなくなったの」
「え?」
なっちが固まる。
- 229 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時31分30秒
- 私は自分の声が、異様に乾いているのに気付く。
できるだけ感情をこめないように、喋っている。
「なんの相談もなく、いなくなっちゃった。3年間、一回も連絡なくて、どこで何してるかさっぱり分からなくて……この前、市井さんが圭織の名前を出したの。いなくなって、初めて、あの子の名前を聞いた……私、あの時、頭真っ白になっちゃって、圭織のこと聞けなくて、この前の女の子達も圭織のこと知ってるみたいで……」
「矢口……」
なっちが呟いた。
- 230 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時33分03秒
- いつの間にか……
「それなのに、圭織はどこで何してるか分からなくて……」
私の頬は……
「ずっと会いたいって思ってるのに……」
涙で濡れていた。
「圭織は……どこにもっ……」
- 231 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時33分33秒
- それ以上、喋ることは出来なかった。
これ以上、考えるのも億劫だった。
頭の中が、圭織の事でいっぱいになった。
まるで、好きな人の事を思い浮かべてる中学生みたいで、でも、そんな事を恥ずかしがったり、可笑しく思ったりする余裕すらなくて、私は、涙が流れるのを止められなかった。
シーツを掻き抱き、顔をうずめて、声を押し殺す。
圭織の事で泣くのは初めてだ。泣きたくない。あの子の事で悲しみたくない。
涙は、止まってくれなかった──
- 232 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年02月21日(金)02時34分31秒
- ──────
- 233 名前:クロ 投稿日:2003年02月21日(金)02時35分31秒
- 超・ヒサビサに更新です。
待っててくれた人はいるんだろうか(w;
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月21日(金)15時27分09秒
- 待ってました。
これからもがんばってください。
- 235 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月23日(日)16時53分50秒
- 待ってたよん。
時間かかってもいいんで完走までガムバッテ。
- 236 名前:北都の雪 投稿日:2003年03月12日(水)22時33分29秒
- 保全
待ってます。
- 237 名前:クロ 投稿日:2003年03月22日(土)12時42分30秒
- 長い間放置しといてごめん・・・
今、書いてるから、もうちょっと待っててください
- 238 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月02日(水)16時47分44秒
- ホゼン
- 239 名前:ナナシー 投稿日:2003年04月13日(日)01時17分27秒
- お待ちしてます
- 240 名前:クロ 投稿日:2003年04月28日(月)17時15分55秒
- もはやいいわけでしかないですが、
自宅のPCがネットにつながらなくなったので、漫画喫茶から書きこんでおります
もう少し時間を下さい…
- 241 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時26分15秒
- 太陽の光は優しく私たちを照らし、そのぬくもりで包んでくれている。
けれど、それでも、私、吉澤ひとみは憂鬱だった。
隣には、石川梨華が座っている。
普段は部屋に引きこもりっぱなしの彼女が、久しぶりに出かけたいと言うので、とりあえず公園まで出てきたが、彼女は相変わらず薄っぺらな表情のまま微笑む。その表情のまま固まっている。
私は彼女に、笑顔を取り戻してあげたいなんて思っていながら、結局、何をしてやればいいのかわからなかった。
彼女の両親が教祖である宗教団体から連れ出して以来、彼女は一度も“才能”を使っていないはずだ。にも関わらず、希薄な感情が治る様子はない。ひょっとしたら、一度失ってしまった感情は、二度と戻らないんだろうか……
そうだとしたら、彼女は一生、この偽物の笑顔を張り付かせて生きていかないといけないんだろうか。
「ねえ、ひとみちゃん」
「ん? なに?」
不意に彼女が、私の名前を呼んだ。
- 242 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時27分47秒
- 「無理、しないでね。私なんかのために、ひとみちゃんが辛い想いするの、嫌だから……」
「梨華ちゃん……」
何もかもわかっている、という口調で、私を見ないままに言う。
実際、彼女には分かっているのかもしれない。少なくとも、“見えて”はいるはずだ。
私の胸にヒビが見えて、それが、自分自身が原因では、と考えたんだろうか。
自分の心にヒビがあるのかは、私にはわからない。それは彼女にしかわからない。けれど、それが彼女が原因であるかどうかなんて、彼女にさえわからないことのはずだ。
「無理なんかしてないよ。私は私のやりたい事をやってるの。だから、梨華ちゃんは気にしなくていいんだよ」
「でも……」
「でも、じゃないの。それとも、梨華ちゃんは、私といるの嫌?」
「そんなこと……ないけど」
「けど?」
「……私だってひとみちゃんといられるの、嬉しいよ。嬉しいけど……」
「嬉しいなら、それでいいじゃん。“けど”はナシ、ね?」
梨華ちゃんは弱々しく微笑んで、うなづいた。
私もそれに答えて微笑み、胸をなでおろす。
- 243 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時29分18秒
- 冗談っぽく言ったけれど、彼女を連れ出して以来、ひょっとしたら私のしたことは、彼女にとって迷惑だったんじゃないか、といつも思っていた。
彼女の言葉は、私に気を使ってのことだったかもしれないけれど、気を使ってくれると言うことは、少なくとも嫌われているわけではないだろうから。
それだけではダメなんだけど。
それでも、今はそれだけで良かった。
「さて、どっか行こうか?」
「え? あ、うん」
いきなり立ち上がった私に、丸くした目を向けつつも、梨華ちゃんは頷く。
梨華ちゃんは人ごみが嫌いけど、私の方はいいかげん、誰もいない公園と言うのも飽きてしまった。
この前やっていた映画は、まだやってるんだろうか。
あの時は仕事だったから見てるひまがなかったけれど、けっこう騒がれている話題作なんだから、一度は見てみたいと思っていた。
もう封切りからは結構、時間が経っているし、あそこならあまり人がいないかもしれない。
我ながら名案。
- 244 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時31分08秒
- 梨華ちゃんに手を差し出す。
それを少し不思議そうな顔で見た梨華ちゃんだったけど、自分の手を重ねてくる。
私の手を取って立ち上がった梨華ちゃんは、薄く微笑んで、
「どこ行く?」
少し甘えるような声を出す。
「映画なんてどうかなぁ、って」
「映画かぁ。そういえば、最近の映画ってぜんぜん、知らないなぁ」
「行けば何かやってるよ」
私の言葉に、梨華ちゃんは、眉を寄せた。呆れているような、困っているような、そんな、一見判断しづらい表情。
けれど、私にはそれが、苦笑いしているんだとわかる。
「なんか、変なこと言った?」
「ううん。そういうとこ、ひとみちゃんらしいなって」
「そういうところ?」
腑に落ちない私はさらに聞くけれど、梨華ちゃんは、
「なんでもない。行こ」
と言って手を引いて歩き出した。
納得いかないところもあるけれど、梨華ちゃんに引かれるままに、私は歩き出す。
- 245 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時31分27秒
- 私の顔に浮かびかけた笑顔が、瞬間、凍りつく。
“視える”──
私は立ち止まって、それを凝視した。
「ひとみちゃん?」
私を引っ張っていた梨華ちゃんが足を止める。私の顔を見て、不安げな色を浮かべた。
“勝利の線が視える才能”が発動したと言うことは、私の身に、“争い事”が降りかかりつつある、ということだ。
この線がどこにつながっているか、過程はどうあれ、結末はわかりきっている。
それはつまり“勝利”以外にありえないけれど、どのようなことが“勝利”と言うのかは、私にはわからない。
けれど、どうせなら、厄介事には巻き込まれたくなかった。
- 246 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時34分23秒
- せっかく、梨華ちゃんと出かけられたというのに……
「ごめんね」
梨華ちゃんが、謝る。
「梨華ちゃんのせいじゃないよ。私がそういう星の下に生まれちゃってるんだよ」
苦笑いを浮かべつつ、彼女の謝罪を丁重にお返しする。
なんでもかんでも、自分の責任にしてしまうのは、彼女の悪い癖だ。
今度は、私が梨華ちゃんの手を引いて歩き出す。
線に沿って、歩き出す。
それが、私にできる、ただひとつのことなのだから。
けれど、
「待って」
梨華ちゃんが、私の手を引っ張って止める。
- 247 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時38分36秒
何事かと振り返ると、こちらに向かって走ってくる少女が一人。いや、三人。
位置関係を見れば、二人の少女が、一人の少女を追いかけているのだと分かる。
“線”は彼女(正しくは彼女ら)と絡んでいる。
先ほど見えた“線”は彼女らと関わらないことも、一つの“勝利の形”と言うことだったんだろう。
しかし、関わってしまった以上、別の“勝利”へ向かわないといけない。
この場合、彼女らを追い払うことなんだろうけど。
逃げている黒髪、ポニーテール女の子が、梨華ちゃんの袖を掴む。
「た、助けて! あの子達に……」
- 248 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時39分42秒
- 「見れば分かるよ」
追われていることなんて。
梨華ちゃんにすがる少女をあしらうように、少し冷たい声を出す。せっかく梨華ちゃんと出かけていたというのに、それを邪魔されて少し苛立っていたせいだろう。
押しのけるように二人を背中に隠し、追いかけてくる少女たちに目を向ける。
二人の少女は私を警戒してか、一定の距離をおいて立ち止まった。格闘の間合いじゃなく、何か武器を持っている間合いだ。
しかし、“線”は見えている。問題ない。
目つきの鋭いショートカットの子と、垂れた目がとろそうな印象を与える子。どちらも息は上がってない。単に運動なれしているのか、それとも、それなりの訓練を受けているのかは、よく分からない。
「貴女、吉澤ひとみさん、ですよね」
垂れ目の子が私の名前を口にした時、驚かなかったと言えば嘘だけど、大した事ではない。
- 249 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時41分23秒
- 私のような事をやっていれば、少なからず顔を名前は売れるものだ。
逆を言えば、私の名前がすんなり出てくる彼女らも、こちら側の人間だろう。
相棒の言葉に、もう一方の子が、
「ああ、あの……」
“あの”かよ。
失礼この上ない発言に、心の中で毒づきながらも、表情には出さなかった。
「じゃあ、話は早いね。私は小川麻琴。この子は紺野あさ美。UFAの“進人類”よ。その子を連れて帰るように命令されてるんだ。だから、こっちに引き渡してくれる?」
なるほど。UFAなら、私の事を知っていて当然だ。
私としては、気に食わないやつはいるものの、お得意先と事を構えるのは避けたいところだけど。
背後の梨華ちゃんに、肩越しに目を遣ると、これでもかってくらいに眉を歪めて、私の目を見つめ返してきた。彼女の精一杯の意思表現だ。
なにもそんな顔をしなくても。
分かったから。
- 250 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時42分09秒
- 「あんたらの仕事も大切だろうけどさ、この子は渡せない」
「何言ってんの?」
マコトは理解できない、そんな顔で私を見る。
それはそうだろう。下請け会社に契約持っていかれるようなもんだ。
「その判断は、貴女にとって得策とはいえませんが」
雰囲気とは不釣合いに鋭い口調で、アサミが警告してくる。
けれど、そんなことは分かっている。
それでも私は、梨華ちゃんの願いを叶えてあげたい。
「まあ、こっちにも事情があんのよ」
そう言ったところで、納得してくれるとは思わないけど。
案の定、眉間にできたしわを深くして、睨みつけてきた。
「だったら、力づくってことになるけど……?」
マコトが身構える。
こちらに引く気がないことが分かってのことだろう。
「しかたないね」
私は“線”を確認する。
やはり“進人類”だからだろうか。普通人よりも視える“線”が少ない。
けれど、どうにもならないわけではなさそうだ。
- 251 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時45分52秒
- マコトの眉がくっとつりあがると、両手に力が集まるのが判る。
凝縮された“力”が形を作る。
右手の“力”はドリルに、左手にはゲームに登場するモンスターみたいにバカデカイ鉤爪。
ほとんど漫画だな、これって。
戦闘準備の整ったマコトに、アサミが何か耳打ちしている。
私から目を離さないまま、それに頷いた。
“線”が減った。
何かの作戦でも思いついたのだろうか。
けれど、まだ大丈夫だ。
一本でも見えている限り、問題ない。
- 252 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時51分15秒
- 私は予備動作なしに間合いに踏み込む。
それに反応して、腹部に目掛けて、マコトが右手のドリルを突く。
しかし、私の体はすでに、そこからさらに一歩踏み込んだ位置にあり、何もない空を貫く。
マコトは外したと判るや、そのまま走り抜け、間合いを置いて振り返る。
ここではない。まだ、ここではない。
チッ、と舌打ちをして、マコトが走りこんできた。
ドリルを体に引き付けて、突く──
と思った瞬間、そのまま回転して後ろ回し蹴りが私の鼻先を掠めた。
私が避けたのは予想外だったのか、その顔は驚愕に歪んでいた。
けれど、それは私としても同じことで、まさかこういう器用なマネができる相手だとは思わなかった。
私の視える“線”は、あくまでも“勝利”を視せてくれるもので、未来が見えているわけではないから、予想外の動き、というものはある。当たらないという結果は変わらないのだけど。
蹴りがかわされたマコトはそのまま回転を利用して、左手の鉤爪で手刀を作り、打ち込む。
- 253 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時52分18秒
ここに“線”が、繋がっていた。
- 254 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時54分53秒
- 胸の前を、マコトの鉤爪が吹き抜け、私は体を回転させながら紙一重で避け、手刀を作ってカノジョの延髄に打ち下ろす──
「!」
しかし、それは空を切った。
私はそれが、その事が、信じられなかった。
というより、何が起こっているのか理解できなかった。
突き出した左手に引きずられるように、私との距離を置くマコト。
その体に絡みついている“線”が、位置を変えていた。
時間が経てば“線”の位置が変わるなんてことは、今まで何度でもあった。
しかし、こんなにも急激に、突然に変わるなんてことはなかった。
向かい合う私とマコト、寄り添う梨華ちゃんとポニーテールの少女、見守るアサミの位置は、ちょうど四角形の角に立っているというか、向き合っているお互いを線で結べば十字架を描けるが、そんなことにはたぶん、意味がない。
- 255 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時58分44秒
- 「“運命”は人の意思が作るんだよ」
事態を整理しようとする私に、それは、まるで詩のように、耳に届いた。
梨華ちゃんの後ろに隠れていた少女が、静かに、けれど頭蓋骨に直接響かすような、力強さで、呟いていた。
“運命”?
私が見ていたのは“運命”だったって言うの?
少女の発言に、空気が変わる。
張り詰めていたはずのそれは、いきなり弾けて、激しい流れとうねりで、私を、私たちを飲み込んだ。
「“運命”はね、世界に放たれた感情がぶつかって、交わって、絡まって出来てるの。だから、強い感情は、意思は、“運命”を変えることが出来てしまう」
芝居じみたセリフだったけれど、そんなものではなかった。
強い意志が後押ししているような、圧倒的なまでに存在感があった。
「それはでも、“世界”にとっては、“自分の体を削られる”ような苦痛なんだよ」
- 256 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時59分16秒
- 少女が言い終えると同時に、私は、“それ”に気づいた。
ある異変。
大きな、しかし小柄な異変。
いつの間にだろうか、私とマコトの間に、ぽつん、と、その子は立っていた。
そして、その子を見た瞬間、私は戦慄する。
背筋を冷たい電流が走りぬける。
あの時と同じだ。
サヤカを目にした時と同じ。
一本も“線”が絡み付いていない。
“線”が“運命”だとしたら、この子は、世界に一切係わり合いがない、とでも言うのだろうか。
視線はまっすぐに、少女に向けられていた。
- 257 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)01時59分54秒
- 途中にいる梨華ちゃんなんてまったく気にしていないというか、障害にすらならないとでも言うような、圧倒的な力を持った視線だった。
それまで怯えて、マコトやアサミなんて言う存在から逃げて隠れていた少女が、掴んでいた梨華ちゃんの服を離して、その影から一歩、踏み出した。
その目は、まっすぐ、圧倒的な、私さえもたじろいでしまうだろう視線と、真っ向から相対している。
そして、
「あなたの“可能性”を否定する気はない。たしかに、この世界に私たちのような存在は、あなたの言う通り“早すぎる”んだと思う。けど、だけど、ね、私たちは生まれてしまっているから、ここに、今に、生まれてしまったからには、ここで生きていくしか、他に道はないんだよ。それは、“可能性そのもの”であるあなたも同じだよ」
少女がいったい何を言っているのか、私にはいまいち理解できなかった。
しかし、この2人、向かい合うこの2人の少女は、なぜか、どこか、似ている気がした。
「あなたも、この“世界”を愛してるんだから、だから、この世界で生きていけるよ」
少女は微笑んで、もう一人の少女に言う。
- 258 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時00分51秒
- それに対する答えはない。
けれど、そんなものは最初から期待していないというか、それが当然といった顔で、少女は微笑んでいた。
事態を飲み込めず、状況の流れに乗れず、なんとも中途半端な立場の私たちは、2人の少女を、ただ見つめて、状況が過ぎ去ることを待つしかなかった。
「貴女は、“蒲公英”になれたかもしれないけれど、でも、違うのね」
それが誰の声だったのか、私は一瞬、判断できなかった。
遥か彼方から聞こえたような、現実感のない声だった。
2人の少女が同時に微笑む。
「私はただ、飯田さんといっぱいお話しただけだから」
梨華ちゃんの横で、子供のようでいて、なにかを超越した者のような笑顔を浮かべる少女に目をやったその瞬間、現れたときと同じ唐突さで、もう一人の、私たちの中心に立つ少女が消えていた。
- 259 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時01分48秒
- 向かい合う位置にいたマコトと目が合う。
私たちは毒気を抜かれたというか、気勢を削がれたというか、とにかく、さっきの続きをしようという気には、どうしてもなれなかった。
両手のマコトは感情の塊を消して、構えを解く。
どうすればいいかよく分からなくって、気まずい空気が漂う。
そのうち、意を決したようにアサミがマコトに駆け寄り、耳打ちしている。
どこか救われたといった顔で頷く。たぶん、この場から離れる口実みたいなものが欲しかったんだろう。私だってそうだ。
「今回は、帰ります。福田明日香が現れたといえば、上も納得するでしょうし」
フクダアスカ、というのが、さっきの少女の名前、か。
- 260 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時02分46秒
- それからアサミは、
「けれど、飯田圭織を知るその人を、きっとUFAは諦めませんよ」
そう言ってマコトの肩を叩き、足早に立ち去った。
主導権を握っているのは彼女の方なんだろうか。少し戸惑いながら、マコトはそれを追う。
私はなぜか取り残された気分で、二人の後姿を見送った。
完全に2人の姿が見えなくなって、私はようやく梨華ちゃんを見た。
梨華ちゃんもやはり、あの二人の後姿を見えなくなるまで見送っていて、ようやう私に目を向けた。
目が合うと、少し照れて、頭を掻いた。
そんな私を見て、梨華ちゃんがちょっと顔を歪ます。笑っているんだ、と判断できる。
その隣では、少女が満面の笑みを私に返してくる。
思わず比べてしまって、勝手に罪悪感が沸いてくる。
いつか、私は梨華ちゃんに、こんな笑顔を取り戻してあげることができるんだろうか。
- 261 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時03分39秒
- 「私、辻希美。飯田さんはね、ののとかのんちゃんとか呼ぶの」
舌っ足らずな言葉で、自己紹介する少女。
さっきもイイダさんとかイイダカオリとか言ってたけど、イイダさんって誰?
私がその事を聞こうとした時、それを遮って希美が、
「梨華ちゃんはね、もっと自分の弱いところ、認めて良いんだよ」
その笑顔を梨華ちゃんに向ける。
突然にそんな話をされた梨華ちゃんは、きょとん、とした。
私も、彼女が何を言っているのか、上手く理解できなかった。
「自分の弱いところを否定してるだけじゃ、辛いでしょ? だから、良いんだよ、弱くて。もっと自分のこと、悲しんでいいんだよ」
その言葉は、何かを否定するわけじゃないし、梨華ちゃんを馬鹿にしてるわけでも、傷つけようとしているわけでもない。
ただそれは、重くて暖かくて、辛いくらいに優しかった。
何もかもを認め、受け入れ、その上で何も傷つけない。
無限の抱擁。
私は誰からも、もちろん実の母親からも感じたことのない、母性というものを、初めて希美の中に感じた。
自分よりも年下の、舌っ足らずな少女に。
- 262 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時04分36秒
- 「うう、ううう……」
それが、私には声だという事が、一瞬判断できなかった。
しかも、それが良く聞きなれていた、梨華ちゃんの声だという事に、私は実際に彼女を見ても、いまいち実感がなかった。
そんな声を聞いたことがなかった。
その声を私は、聞くことがなかった。
それは、彼女の泣き声だった
堪えていた嗚咽を、梨華ちゃんはとうとう解き放ち、声を出し、涙を流し、希美に抱きついて、泣き喚いた。
子供みたいに。
感情のままに。
それを見ている私もまた、泣きそうだった。
悔しかった。
梨華ちゃんに感情を取り戻そうとして、今まで一緒にいたっていうのに、たったこれだけの言葉で……
彼女に必要だったのは、笑顔じゃなく、涙だったのか……
私は悔しくて、妬ましくて、そして、嬉しかった。
泣き続ける梨華ちゃんを見て、私は、確かに、嬉しかった。
- 263 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時05分06秒
- ──────
- 264 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時06分04秒
- ──────
- 265 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003年05月25日(日)02時07分03秒
- ある意味、これだけ放っておいたものを再開させるとは…
オイラは勇敢なんだかアホなんだか…
…あほだな。
- 266 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月25日(日)22時40分56秒
- 楽しみに待ってました。
そう言わずこれからも頑張ってください。
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月29日(木)19時48分11秒
- 更新おつ。
展開が気になるとこだ。
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月01日(日)15時50分07秒
- 再開ありがとうございます。
楽しみにしてますので。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)10時58分24秒
- 保全
- 270 名前:TOY 投稿日:2003年08月10日(日)22時16分17秒
- 面白いです!!なんで、今まで気づかなかったんだー!
どんだけ、遅くても待ちますので、ゆっくり更新してください。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/13(月) 13:05
- がんばれクロ!!待ってるよ
- 272 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:13
-
辻希美が、梨華ちゃんと私、吉澤ひとみの部屋にやって来て1ヶ月が経つ。
彼女の話によると、両親はなく、施設で育ったらしい。
最近では珍しい話でもないと思うのだけど、両親から歪んだ愛情を注がれて育った梨華
ちゃんはそれに同情して、引き取りたいと言い出したのだ。
梨華ちゃんがそう望めば、私がそれに逆らえるはずがない。
お揃いのマグカップや歯ブラシが、1セット増えた。
そうなって最も大きな変化は、生活費だった。
2人分の生活費と、3人分の生活費ではずいぶんと出費が違う。
家計を支える一家の大黒柱としては、今まで以上に稼がないといけなくなり、学校と仕
事を両立させると言う、女子高生アイドルのような問題に頭を抱えた。
今日も依頼が入っていて、日曜の朝だと言うのに出かけなければいけなくなった。一日
中、家でゆっくりしようと思っていたのに、などとぼやくと、
「なんか、おじさんみたいだね、よっすぃーって」
と梨華ちゃんが笑う。
- 273 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:14
-
“よっすぃー”というのは、辻につけられた私のあだ名で、梨華ちゃんも気に入ったら
しく、ひとみちゃんという呼び方から、よっすぃーに切り替えられた。ひとみちゃんと
呼ばれるのも捨てがたいが、まあ、どちらかと言うとより親密になった気はしている。
玄関を出る私の背中で、
「出かける準備しとこう!」
辻が、梨華ちゃんに向かって話し掛けるのが聞こえる。
私が仕事をしている間、何処かに出かける気らしい。
溜息とともに重くなった肩を落として、私は部屋を出た。
- 274 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:15
-
──────
- 275 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:15
-
「吉澤ひとみさん、ですか?」
2人は今頃、どこかで遊んでるんだろうか。そう考えていじけながらソフトクリームを
嘗めていると、声をかけられた。
腕に赤ん坊を抱いた、近所のお母さん、といった姿ではあったけれど、目付きの鋭さは
どことなく“侍”というイメージが浮かぶ。それも、一瞬で抜刀し斬り伏せる“居合の達
人”のような佇まいだった。
腕に抱かれている赤ん坊は、そんな女性に抱かれていながら、すやすやと気持ち良さそ
うに寝ている。大物だな。
「はい、吉澤です」
「前田です」
頭を下げて、私の隣に腰を下ろした。
不思議と緊張はしない。
必要な時に、必要なだけの力を込めて、斬りたいものだけを斬る。斬るその瞬間まで殺
気を出さない。達人とはそういうものらしい。
正直な気持ち、私より強いんじゃないかって思う。もちろん“線”のことを含めても、
の強さだ。
そんな人からの依頼っていったい……
- 276 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:16
-
「この子を預かっていただきたいんです」
「は?」
唐突な言葉に、私は困惑すらも出来ずに、思考が白くなった。
「依頼の件です」
「あ、あぁあぁ……え? その子を預かる、ですか?」
「はい」
何かの冗談だろうか、などとも思ったが、前田さんは一向に真顔で、それどころかどこ
か切羽詰った色さえ滲み出てさえいた。
「この子は、私の子供ではありません」前田さんはそこでいったん言葉を区切り、「UF
Aの実験で生まれた子です」
- 277 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:16
-
その告白に、私は息を飲み、穏やかな寝息を立てている赤ん坊を見た。
どこにでもいそうな子だ。特別な何かは感じない。
梨華ちゃんや辻だったらなら、或いは何か見えたのかもしれないけれど。
「あなたがUFAと関わっていることも、少し前に対立したと言うことも知ってます」
それはつまり、彼女自身、なんらかの“組織”に組する者、ということだろう。
わざわざ私みたいな“傭兵もどき”の何でも屋に、依頼する必要があるのか。
「それで、なんで私に?」
組織の人間なら、自分たちで保護なり管理なりすればいいのだ。
「私はUFAで、ある研究に携わっていました」
過去形で語るってことは……
「けれど、今はUFAから離れています。この子を連れて、逃げています」
逃亡中の身、というわけだ。
ここ最近、私はよほどUFAに縁があるらしい。
正直、うんざりだったけれど、真剣な前田さんの手前、そんな表情を出すわけにも行か
ず、奇妙な表情になっていたに違いない。
- 278 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:17
-
「この子だけは、彼らに渡すわけにはいかないんです……この子は、“蒲公英の種”なん
です」
私の意思を察しているのかいないのか、前田さんは穏やかな第一印象からは想像出来な
いほど饒舌になっていた。
「今、ある組織に接触を取っています。そこに受け入れられるまで、この子を、預かって
いただきたいんです」
「“蒲公英の種”ですか……」
それが何を意味するのか、私には判らないけれど、前田さんにとってもUFAにとって
も、重要な意味を持っているんだろう。
“蒲公英”……?
どこかで訊いたことがあるような……?
- 279 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:17
-
しかし、それがなんだったか、どこで訊いたのか思い出す前に、前田さんは、
「この子の保護を、依頼します」
きっぱりと言い切った。
瞬間、“線”が走った。
鮮烈な、とはこういう時に使うんだろうか。
初めて見る、光放つそれを、今まで見てきたものと同質のものとは、私には思えない。
黄色、いや、金色に光るそれは、たしかに、その赤ん坊と私の間に、そして遠く離れた
何処かへ繋がっていた。
「わかりました。この子、お預かりします」
赤ん坊を見たままの私は、無意識のうちにそんな言葉で、依頼を受けていた。意識した
としても、同じことを言っていただろうけど。
- 280 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:17
-
「ありがとうございます」
前田さんは頭を下げ、安堵の息をつく。
それまで硬かった表情が、柔らかく緩んで、微笑んだ。
「では、よろしくお願いします」
眠っている赤ん坊に気をつけながら、前田さんが腕を伸ばした。
私は腕の中の赤ん坊を、やはり起こさないように気をつけながら、受け取る。
……意外と重い。
けれど、温かみのある重さだ。命の重み、ってヤツだろうか。
「それでは、よろしくお願いします」
立ち上がった前田さんに、
「あ、この子の名前は?」
私は慌てて声をかけた。
「リム、と言います」
- 281 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:18
-
──────
- 282 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:18
-
「2人とも、女の子なんだから」
そう言って腕の中のリムに笑顔を向ける辻。
拗ねたように唇を尖らせる梨華ちゃん。
ただ疲れきった顔で、肩を落としたのは私。
リムは……辻に笑顔で応えていた。
前田さんと分かれてから、私が帰ろうと立ち上がった瞬間、泣き出したのだ。
わけも判らずあやしてはみたが、どうにもこうにも泣き止まず、救いを求めて梨華ちゃ
んを呼んだのだった。辻までついてくるとは思わなかったけど。
何とか梨華ちゃんにバトンタッチしたかったが、梨華ちゃんも赤ん坊なんて扱ったこと
がないようで、私から受け取るのにも苦労して、手間取っているうちに泣き声はさらに大
きくなり、周囲が何事かと騒ぎ始めた時、
「もうっ。なにやってんの!」と辻が2人の間で行き来するリムを取り上げ、あやし始め
たのだ。
- 283 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:18
-
するとどうだろう。
まるで魔法でもかけたみたいに、泣き止んだのだ。
私と梨華ちゃんが目を丸くしていると、
「施設ではね、けっこう、ちっちゃい子の面倒とか見てたんだよ」
辻はリムに目を向けたままで言う。
なるほど。ならば納得だ。
「それにこの子、飯田さんによく似てる」
懐かしそうに目じりを下げながら、辻が呟いた。
そういえば、今更になって“蒲公英”をどこで訊いたか思い出す。
- 284 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:19
-
1度目はフクダアスカと対峙した時。
2度目は辻のことをいろいろと聞いている時。
たしか、《飯田圭織》がそう呼ばれている、とか言ってたっけ。
でも結局のところ、話を聞いていたのはほとんど梨華ちゃんで、私はそのとなりで2人
の会話を聞いていただけ。その上、辻自身、《飯田圭織》が“蒲公英”と呼ばれているの
か判らないようだったから、私自身、深く考えたって仕方ないと思い、すっかり忘れてい
た。
だとするとこの子は、《飯田圭織》あるいは“蒲公英”を必死に探しているUFAにと
って、かなり重要な位置にいるのではないだろうか。
《飯田圭織》を認識するという辻希美。
“蒲公英”の種であるというリム。
そして、UFAに盾突いた私。
決して平穏に暮らせそうにない組み合わせだ。
- 285 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:19
- この組み合わせに唯一、関係ない梨華ちゃんは、辻の腕の中で笑うリムを覗き込んで、
つられたように微笑んでいる。
私は突然、言い様のない不安に襲われる。
この笑顔を、この3人の笑顔を、私は守れるんだろうか。
「ねえ、よっすぃー。この子の名前は?」
辻が、リムに向けていた笑顔のまま顔を上げた。
「あ、ああ、リムって言うんだって」
「リムちゃんかぁ、かわいい名前だね」
梨華ちゃんがリムに、笑顔を向けて言う。
不安の塊が心に引っかかったまま、私は2人に笑顔を返した。たぶん、返せているはず
だ。
- 286 名前:霧の向こうに咲き誇る華 投稿日:2003/10/17(金) 11:20
- 私は強さがほしいと願った。
こんなにも強さがほしいと思ったことは、今までになかった。
誰にも負けない、フクダアスカにも、サヤカにも負けない強さが……
……いや、それではダメなんだっけ。
たしか、誰かと比べた程度の強さじゃあ、ダメだとか、言われた気がする。
強さには孤独が伴う、とか、強さとは異質だ、とか。
そうだ。
それは、私だけの強さだ。
誰と比べるでもない、私自身の、私だけの、私の強さ。
世界を変えてしまうほどの強さを、私は今、欲していた。
- 287 名前:クロ 投稿日:2003/10/17(金) 11:22
- 大変お待たせいたしました。
書いてはいたんですが……あ、いや、言い訳はやめます。
申し訳ございませんでした。
今後は……とは思いますが、あまり期待しないでお待ちください。
いや、頑張ります。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/17(金) 20:46
- キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
頑張ってなんて言いません。
ただただ待ってます。
- 289 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/10/21(火) 21:44
- もー本当にまってました!!
次の更新楽しみにしてます
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/11/26(水) 12:54
- ho
- 291 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:48
- 安倍なつみ、辻希美、それから、飯田圭織を認識する矢口真里。
私たちは失敗続きだった。
隣を歩くまこっちゃんに目線を送りつつ、私、紺野あさ美は溜息をつく。
「なに? 人の顔見てため息ついて」
「口開きっぱなしだよ」
見られないように気をつけたつもりだったけれど、まこっちゃんは意外と鋭い。
気を抜くと口を開いてしまうのは、彼女のチャームポイントだ。悪い癖だという人もい
るけれど。
「あ、うん」指摘すると口を閉じるけれど、再び開き、「で、どっちなの?」
「えっと、あの角を右、だったはず」
急な呼び出しを受けて、私たちは指定された喫茶店に向かっていた。
辻希美の確保に失敗した私たちだったけど、“福田明日香の介入”を報告したら、おと
がめもなしだった。ただ、それ以来、なんの指令も下されなかった。
とうとう愛想をつかされたのか、なんて冗談っぽく思っていたけれど、一ヶ月経って呼
び出され、今、指定された場所へ向かっているところだ。愛想をつかされたとしたら、私
たちは今頃こんなところを歩いていないだろう。
- 292 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:49
- 「あれかな?」
まこっちゃんの声に回想と思考を中断し、彼女の指す方向を見る。
「うん、あれだね」
たしかに、指定された喫茶店があった。
駅前通から少し離れたところではあるけれど、外から見るからには、けっこう繁盛して
いるようだった。
そしてその窓際に、あの人がいた。
金髪、サングラス、胡散臭いスーツ。
《プロデューサー》が、こちらを見つけて、手を振っている。
まこっちゃんの口がまた開いている。
でも、私はそれを指摘しなかった。
私も口を開けたい気分だったからだ。
- 293 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:50
-
──────
- 294 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:50
- 「久しぶりやな。早速やけど、今回の指令や」
《プロデューサー》はそう言うなり、スーツの内ポケットから一枚の紙片を取り出し、
私たちに向かって放り投げる。紙片はテーブルの上を、私とまこっちゃんの間へと、引き
寄せられるように滑り込んできて、なにかの細工でもあるかのようにピタリと止まった。
私はそれを手にとって、内容を確認する。
まこっちゃんは横からそれを覗き込んで、眉をひそめる。それは私も同じだ。
「これって……」
まこっちゃんが不思議そうに呟いた。
「書いてある通りや」
何かを言う前に、《プロデューサー》はそれを制す。
指令の内容についての詮索はタブーだ。それをしてしまってどんな目に会うのか、想像
したくもない。
その内容というのは、ある女性の調査と、その女性が保護している乳児の確認、場合に
よっては確保。
今までいろんな指令を受けて、その中にはわけのわからない、何のためのものなのかわ
からないような指令は数多かったけれど、これほどあからさまに犯罪めいたものはなかっ
た。
けれど私たちに、それを拒否する権利なんてなかった。
あるのは、それを確実に遂行する義務だけだ。
「分かりました。じゃあ、さっそく……」
と、席を立とうとして、私は息を飲んだ。
- 295 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:51
- 向かいの席に、《プロデューサー》しかいなかったはずのそこに、少女が座っていたの
だ。
突然現れた少女は福田明日香を連想させ、私は体が竦む。
福田明日香の瞳には、一瞬覗いてしまった瞳の奥には、何も刻まれない、虚空、虚無、
どこまでも深い暗黒が広がっていた。
あのどこまでも底のない穴のような、果てのない闇を思い出し、泣きそうになる。
まこっちゃんも少女に気づき、“才能”を発動させようとするが、《プロデューサー》
はそれを止めた。
「なんの用や?」
ちらり、と目線を少女に向けて、《プロデューサー》が呟いた。
- 296 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:51
- 「上の指示で“蒲公英”の捜索ですよ」
少女はそう言うと、いつの間にか、目の前に置かれていた水を一口、飲んだ。
私の分、まこっちゃんの分、《プロデューサー》の分、そして、少女の分……
水は間違いなく人数分あった。
店員が持ってきたはずはない。
「事前の連絡もなしに……俺の信用も落ちたもんや」
《プロデューサー》が溜息をつきつつ、呟いた。
「仕方ないんじゃないですか? 真希はMMに行っちゃうし、辻希美は逃がすし、飯田圭
織は見つけられないし」
嘲るわけではなく、ただ、事実を言っている口調だった。
少なくとも、辻希美に関する責任なら私たちにある。
だからと言って、ここでそんなことを言っても意味がないし、声を出せる雰囲気でもな
かった。
「それにしたって、“完全体”のお前を送り込んで来るほどのことなんか?」
「少なくとも《プランナー》は、この地区に“蒲公英”がある可能性が高いって考えてる
らしいですよ」
- 297 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:52
- 《プランナー》といえば、UFAの中枢に関わる人物らしい。私たちのような下っ端に
は、会う機会は訪れないだろうけれど。
“蒲公英”……それは飯田圭織の別称だったはず。飯田圭織という名前、“蒲公英”と
いう呼称、私は、少女がそれを使い分けているのが気になった。
それに、“完全体”って……
「お前一人でやるんか?」
《プロデューサー》が聞くと、少女は首を横に振って、
「第6世代を使えって。実験も兼ねてるみたいですね」
第6世代という言葉には思い当たることがある。
私たち“進人類”を生み出した“恐怖の大王”。UFAのある部署では、その組織の一
部を移植して人工的な“進人類”を生み出そう、という実験が行われているらしい。
“概念の存在”でしかない“恐怖の大王”の組織と言われても……と思うけれど、“進
人類”やあの福田明日香といった存在のことを考えると、何でもありのような気もする。
その“人工的な進人類”を“調整人間”と言うそうだけど、その6世代目という意味な
んだろう。
調査や実験など様々な任務に、この“調整人間”を使うこともあると言う噂を聞く。
実際に会ったことは……判らない。
本当にいるのかどうかさえわからない存在なのだ。
- 298 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:52
- 「ところで、辻希美以外にも“飯田圭織”を認識してる人がいるって訊きましたけど?」
「ああ、それは……」
考え事をしていたところに目を向けられて、私は一瞬焦る。
「え、えと、あの、調査で、前に……」
「安倍なつみと一緒にいた、たしか、矢口って名前の女子大生です」
混乱してしまった私の代わりに、まこっちゃんが応えてくれた。ちょっとやそっとの物
事には動じない彼女は、こういう時に頼りになる。
「ヤグチ、ねぇ」
少女は呟いて、目を細めた。
焦点がずれていく。
しかし私には、それが宙にある何かを凝視しているようにも見えた。
なんらかの“才能”を使っているんだろうけれど、いったい何が見えているんだろう。
不意に、少女の眉が歪む。何か妙なものでも見たという風に。
- 299 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:53
- 「どうしたんや?」
それに気づいた《プロデューサー》が問い掛ける。
しかし、少女の方はその声が聞こえてないように、
「……なるほど、ね。それなら……」呟く。
それから、ふふん、と鼻を鳴らして笑い、水を一口含んでから、立ち上がる。
「じゃあ、行きますね。ちょっと、面白いことになりそうなんで」
その顔は、実に楽しそうだった。
どこか挑戦的な笑顔は凛々しく、美しかった。
その表情を見て《プロデューサー》は溜息をつく。
「……なんや、またシナリオが変わりそうやな」
「しかたないですよ。“蒲公英”に関わる以上、ね」
2人のやり取りを聞いていた私は、不意に少女から向けられた視線に、驚く。
鋭い少女の意思が、まるで私の中に入り込んでくるみたいで、動悸が激しくなる。
- 300 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:53
- 「あなた、名前は?」
「え!? あ、こ、紺野あさ美です」
「気をつけなさいよ」
「え?」
「あなたも、“蒲公英に近しい者”だから」
「え……?」
“蒲公英に近しい者”?
いったいどういう……
私がその疑問を頭に浮かべた時には、少女の姿はどこにもなかった。
現れたときと同様、いつの間にか消えていた。
「あの人、何者なんですか?」
呆気にとられる私の代わりに、まこっちゃんが《プロデューサー》に問う。
《プロデューサー》はしばし逡巡した様子を見せ、視線をテーブルに落としたまま、答
えた。
「藤本美貴」それが、少女の名前だろう。《プロデューサー》は続けて、「人の進化の可
能性……その、“一つの答え”やな」
“人の進化の可能性”。
つまり、私たち“進人類”の、到達点、ということだろうか。
少女は、私たちよりも“先”にいるということか……?
そして、私は……
- 301 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:54
-
──あなたも、“蒲公英に近しい者”だから
- 302 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:54
-
いったい私は、私には、どんな“答え”が待っているのだろうか……
- 303 名前:クロ 投稿日:2003/12/18(木) 16:55
- 前回の更新から2ヶ月か・・・
真性のアホだ、オイラ・・・
それでも読んでいてくださる方々には、全身全霊感謝しまする
- 304 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/18(木) 23:29
- 乙です
楽しみにしてお待ちしますので
作者さんのペースでどうぞ
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/21(土) 07:33
- がんばってください
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 23:41
- ( ^▽^)<大の大人が保全なんて、おかしくって
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