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恋愛爆弾

1 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年07月23日(火)13時36分42秒
黄板で書いていたんですが、新しい話を書きたくて立てました。
長編ではないですが少し長めだと思います。
内容はシュールな感じで、カップリングはかなりマイナーです。
更新はなるべく多くするようにします。
2 名前:皐月 投稿日:2002年07月23日(火)20時07分14秒
おもしろそうですね。がんばってください!
3 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年07月23日(火)23時03分49秒
>皐月さん レスありがとうございます。
良かったらまた見にきてやって下さい。
4 名前:All the beginning 投稿日:2002年07月23日(火)23時05分48秒


キッカケは金だった。


でも別に困ってるわけじゃない。
親からの仕送りで十分に暮らしていけた。
だけど服とか、CDとか、外食もしたいし、だから金が欲しかった。

そんなの欲を言えばそんなことキリがない。
でもお金というのはあって迷惑なものではないから。
この世の中ではもはや必需品になっている。

・・・・だけど本当の理由は違う。

あの不思議なバイトをやろうと思ったのは、
どこかに逃げたかったから。

この平和ボケした日常から、私を連れ出してくれると思ったんだ。

それはよく考えれば出来すぎた話だった。

でも本当は分かってたんだ、あれが危ない話だってこと。

5 名前:All the beginning 投稿日:2002年07月23日(火)23時09分02秒
クーラの切れた蒸し暑い部屋で、私は寝苦しくなって起き出した。
タイマをもう少し延長しなきゃダメらしい。
首周りにかいた汗を拭ってそう思った。
ふと部屋の時計を見ると、二つの針は昼を表している。

私はとりあえず遅い朝食を食べることにした。

パンとその辺の有り合わせのもので作った質素なおかず。
こんなときはいつも、もう少し料理を勉強するべきだった反省する。
朝食が終わるとしばらくソファーで横になっていた。

今日のバイトは夜だからまだ時間がある。
だからってこんな暑い日は出掛ける気はなかった。
でも今日が例え暑くなくても、私は外に出掛けないだろう。

窓の方を見ると外はまさに夏といった感じだった。
太陽は眩しいくらいに輝いている。

その熱で遠くの景色が少し歪んで見えた。

6 名前:All the beginning 投稿日:2002年07月23日(火)23時12分14秒
私は新聞を取りに行うと思い、重い腰を上がって立った。
ダルい体を引きずって玄関まで歩いていく。

郵便受けの中から、全てのチラシや新聞などを掴む。
そして雑にテーブルの上にばらまいた。
私はカーペットに座って、その散らばったチラシや新聞を軽く見渡す。

そんなとき一枚のチラシが目に入ってきた。

思えばその日が・・・・・私にとって最後の平凡な日常だった。
何の変哲もないそれから朝を私は失ってしまう。


そう、全ては一枚の黒いチラシから始まった。

7 名前:とみこ 投稿日:2002年07月24日(水)09時36分10秒
文章力がすごくありますね。
その場の様子もわかり易く、視点でここまでうまくかけるのは尊敬します。
8 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年07月28日(日)23時00分04秒
>とみこさん いやぁ、文章力なんて全然ないですよ。
まだまだ上手い人はたくさんいますから。
自分もまだ書き方とか不十分なので勉強中です。
9 名前:Black letter 投稿日:2002年07月28日(日)23時01分56秒
それはよくあるアルバイト募集のチラシだった。

内容はというと、

『まず仕事は誰にでもできる簡単な仕事です。
おまけに都内の高級マンションでの寮生活もできます。
食費や交通費はいくらでも会社が全て負担。
年齢は18〜35歳迄で男女問わず。
そして、3ヶ月でなんと300万も稼げます!』
10 名前:Black letter 投稿日:2002年07月28日(日)23時04分12秒
悪いバイトではない、むしろかなりいい方のバイトだと思う。
条件も報酬も言うことがないくらいだし。

でもそれはここに書いてあることが、全て事実ならばの話。

だけどこれはあまりに怪しすぎる。
それに露骨なものだった。
紙に一社だけ載ってるのもそうだし、黒紙に白字もヤバすぎる。

つまり・・・・上手い話には裏がある。

そんなこと今時は小学生でも知ってることだ。
私はそのチラシを投げ捨て、新聞のテレビ欄に目を向けた。

でも一時間後、私はその怪しいバイト先に電話をかけていた。

それなりに危ないとはもちろん思った。

でも知らない世界に足を踏み込むみたいだから。
それがたまらなく心弾ませる。
まるで誰も知らない秘密の道を見つけた、子どものような気分。

未知なるものへの興味が足を動かす。
だからその先にある危険なんて、もう目に入らないんだ。
興奮だけが先走って体が勝手に行ってしまう。

私は子どもに戻ったような感じがした。


でもそれは・・・・本当に子どものような甘い考えだった。

11 名前:Black letter 投稿日:2002年07月28日(日)23時06分55秒
私は明日面接することになった。

会社に電話をしたら、すぐにでも面接したいと言われたから。
私はその事に驚きながらも内心は喜んでいた。
もう人が決まったかと思ったから。

こんないいバイトだから、怪しくても人は集まると思った。
世の中はまだまだ不景気だし。
誰だって楽して大金を稼ぎたいと思うはずだ。

私は会社の場所を聞き、丁寧にお礼を言って電話を切った。

そうしたらなぜだか無性に笑えてきた。
だから私は床に倒れ込んで、しばらく腹を抱えて笑っていた。

きっともう後には退けないから。

この部屋には二度と戻ってこれないもしれない。
その自虐的なことが、今はたまらなくおもしろく感じるんだ。

私の体は微かに震えていた。

確かに恐怖も感じているし、だけど楽しいと間違いなく思ってる。


そして翌日、緊張をしながらその会社へと向かった。

12 名前:スカウトマン!? 投稿日:2002年07月29日(月)01時25分22秒
どんなバイトだ?
気になるw
早く更新よろしくお願いしますw
13 名前:皐月 投稿日:2002年07月29日(月)16時40分10秒
おおっ!主人公は誰だ?とゆーかバイトの方も気になります。がんばってください!
14 名前:とみこ 投稿日:2002年07月30日(火)09時45分17秒
バイトってなんだー!
15 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年07月30日(火)23時21分11秒
>スカウトマンさん バイトについては今回の話で分かります。
更新遅くなってスイマセン。

>皐月さん 主人公も今回の話で分かります。そんなに詳しい描写は
していないので、見逃さないようにして下さいね。

>とみこさん バイトはこの話で分かりますが、まだ色々と裏があるような
感じになっています。
16 名前:A dangerous condition 投稿日:2002年07月30日(火)23時25分00秒
その会社は裏道にあるかと思いきや、人通りの多い大通りにあった。

あのチラシの怪しさからは全く考えられない。

ビルは結構大きくて、最近建てたばかりなのか綺麗だった。
私の住所を書いたメモを確認したけれど、間違いなく合っている。
アップルフロント社という名前も一致する。

少し気が抜けたけど、内心はどこか安心していた。
思うほど危ない仕事じゃないのかも、そんな考えが頭を過る。
所詮は自分勝手な妄想だったのかもしれない。

でもやっぱりイメージと違うのが、少しつまらなく感じていた。

でも入るときはやっぱり緊張する。
あんまり真面目に就職活動してなかったから。
会社訪問とかしたことないし。
バイトの面接は何回かあるけど、企業というのは初めてだ。

私は軽く深呼吸をして中へと入った。
けれどそこは何の変哲もない普通の会社のようだった。
受付の女性に面接のことを告げると、すぐに応接室へと案内された。
17 名前:A dangerous condition 投稿日:2002年07月30日(火)23時26分48秒
少し待たされてから、人の良さそうなおじさんが入ってきた。

典型的なサラリーマンといった感じ。
ヨレた茶色のスーツに、少し細面の顔、髪がやや薄いのもそれらしい。
それに何より腰が低い感じがするから。

「いやぁ、わざわざ来ていただいてスイマセンねぇ。」
とオヤジは人が良さそうに笑う。

でも私はなぜだかそれに嫌悪感をを覚えた。

それでも面接の相手だから、礼儀正しくは接しておく。
「いえ、こちらこそ忙しい時間を割いていただき、ありがとうございます。」
と私は丁寧な言葉遣いで挨拶してから、会釈程度に軽く頭を下げた。

我ながらよく敬語が言えたものだと少し感心した。

そのとき不意にオヤジと目が合った。
気のせいかもしれないが、含み笑いをされたように感じた。

「まぁ、そう堅くならないで。どうぞ座って下さい。」
でも何事もなかったかのように、オヤジは私に椅子に座ることを勧める。

やっぱりこのオヤジは好きになれないと思った。

だって顔は笑っているけど、目はあまり笑っていないから。
何を考えてるのか分かったもんじゃない。


だから私の第一印象は、食えないオヤジだった。
18 名前:A dangerous condition 投稿日:2002年07月30日(火)23時28分18秒
お互いに椅子に座ると、すぐにオヤジは名刺を出して自己紹介をする。
「私はこの面接を担当する和田というものです。」

それがあまりに唐突だったから、私は少し慌ててしまった。
「えっ、あぁ、保田圭です!本日はよろしくお願いします!」

でもオヤジは相変わらず嫌な微笑みを浮かべている。
「ではさっそく、仕事の内容について話させてもらいますよ。」
そして、突然仕事の話を切り出された。

私はその予想外な展開に驚いて呆然となった。

「えっ?!私はもう合格ってことですか?」
でもそれから我に気づいてすぐオヤジに質問する。
まだ自己紹介しかしてないのに、もう仕事の話に入ろうとしてる。

どうやらここは適当な会社らしい。

「いやぁ〜、今は人手が足りなくて困ってたんですよ。」
オヤジは他人事のように笑いながら言った。

どうやらここは本当にかなり適当な会社らしい。

私はそのことに呆れながらも、楽に受かったことを喜んでいた。
19 名前:A dangerous condition 投稿日:2002年07月30日(火)23時32分19秒
オヤジはすぐに仕事の内容について説明しだした。
「仕事は・・・・・モニターっていうんですかねぇ。マンションに仮想の
恋人と一緒に3カ月住んでもらって、その様子を見させていただくんです。
最近テレビで流行ってるじゃないですか、新婚とか恋人同士の企画もの。
あぁいうものだと思ってくれて結構ですよ。」
オヤジはセールスマンのような口調で話してくる。

「は、はぁ・・・・。」
私はいまいち想像がつかなくて、曖昧に笑って頷いた。

オヤジは構わずに話の続きを話していく。
「マンションはこちらが用意しますし、3カ月間の食費や光熱などは全て
こちらが全て負担します。但しその3カ月間の映像記録は、社の新たな住居
空間作りの研究資料させてもらいます。勿論プライバシーを悪用するなんて
ことはありません。お金はその研究協力費としてお支払いします。」
本当にセールスの人と話しているみたいだった。
20 名前:A dangerous condition 投稿日:2002年07月30日(火)23時33分38秒
でも言いたいことは何となく分かった。
つまり私は期間限定の恋人と適当に暮らし、撮影される代わりに多額のお金
が給料みたいな感じで貰えるらしい。
その話が本当ならば、思っていたほど悪い話ではない。

「内容は大体分かりました。私でよければその仕事やらせて下さい!」
私はにやる気溢れる強い口調と、にこやかな作り笑いを浮かべて言った。
「そうですか。いやぁ〜、やってもらえて本当によかったですよ。」
とオヤジは軽く頬を掻きながら安堵の溜め息をつく。

少し緊張していた室内は、一転して和やかな雰囲気になった。

21 名前:コウ 投稿日:2002年07月31日(水)04時26分24秒
相手は誰なんだろ...ドキドキw
楽しみ〜だな〜。
22 名前:とみこ 投稿日:2002年07月31日(水)09時30分58秒
ヤッスーだったのかぁ!
同居相手が気になるvv
23 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月04日(日)22時32分31秒
>コウさん 相手はきっと予想もしない人だと思います。
自分はマイナー好きですから。

>とみこさん 主役は保田さんでした。
特に理由とかないんですけどね。
同居相手は次の更新で明らかになると思います。
24 名前:Good−by yesterday 投稿日:2002年08月04日(日)22時34分44秒
そして、私の前にたくさんの書類が並べられた。

契約書やその他諸々に署名しないといけないらしい。
私はそれらを適当に読み流しながら、多くの書類に次々とサインしていく。

その中になぜか生命保険らしき書類も混じっていた。

それを不思議には思いつつも、質問するのも手間だと思ってやめた。
きっと念には念を入れてのことなんだろう。

私は全ての書類にサインした。

終わったときに思わず溜め息をついてしまった。
そして、私がペンを机に置いたと同時にぐらいだろうか。
部屋のドアが突然ノックされて、一人の女性が飲物を運んできた。

「紅茶ですが、よかったらどうぞ。」
とオヤジはテーブルに置かれた飲物を勧めてくれる。

「あっ、・・・・どうも。」
私は特に断る理由がないので、それを飲むことにした。

その瞬間オヤジの目が変わった気がした。

でもきっと見間違いだと思って紅茶を口に入れた。

だけど何か起こらない保障なんて、私には何一つなかったんだ。

25 名前:Good−by yesterday 投稿日:2002年08月04日(日)22時36分56秒
「それではお仕事がんばって下さいね、期待してますから。」
オヤジはなぜか急に立ち上がってそう言った。

私も失礼のないように、すぐ立ち上がろうとしたときだった。

不意に全身の力が抜けて床に崩れ落ちた。
それから目が徐々に霞んできて、辺りの景色がぼやけていく。

「・・な・・・なに・・を・・・。」
口も痺れてるようで上手くしゃべれない。

「こちらでも色々と準備がありますから。それまで眠っていて下さい。」
とオヤジは声色を変えずに平然と言う。

私は渾身の力を振り絞って、そのオヤジの顔を見上げた。

やっぱり楽しそうに潮笑っていた。

こいつは絶対好きになれないタイプだ、と思った。

「本当にいいバイトだと思いますよ・・・・・・命かかってますけどね。」
そのオヤジの言葉を最後に、私の意識は完全に途切れた。


それがゲームの始まり。


26 名前:Good−by yesterday 投稿日:2002年08月04日(日)22時38分59秒
目覚めは最悪だった。

あの変な紅茶のせいで、頭はまだはっきりとしない。
そんな様子で私は軽く辺りを見回す。

ここはどこかのマンションの一室らしい。
どうやら私は今までソファーで寝っていたようだ。
窓から見える景色で今が夕方だと知る。

にしても、いかにも女性受けしそうな綺麗な部屋。
床は掃除されて輝いているフローリング。
大きすぎる窓からは、オレンジ色した太陽の射光が入ってくる。
蛍光の青色した背の低いテーブルは、前に何かの雑誌で見たことがある。

部屋の趣味は意外にいいと思う。

ただ、やってることはかなり最低だけど。

でも軽く見渡したところでは、普通の部屋らしかった。
だけど普通じゃ終わらないだろうね。
こんな手荒い扱いことをする連中なんだから。

私は今更になって、自分の軽率な行動に後悔した。
でも気づくのが少しばかり遅すぎた。

この危険なバイトに、私は足を突っ込んでいるのだから。

そう、もう逃げ出すことなんてできない。

27 名前:Good−by yesterday 投稿日:2002年08月04日(日)22時41分55秒
そのとき突然、部屋にチャイムが鳴り響いた。
私はすぐ玄関に向かって走り出す。
体が無意識に動きだしていた。

でもいつもならTVモニターや、音声などで確認してるはずだ。

だけどそんなことしてもムダ。

今の私に安全の保障なんてないから。

あっちが勝手に入ってくるかもしれない。
ドアを開けたら銃を突きつけられるかもれない。
すぐに殺されてしまうかもしれない。

その程度のことが予想できないわけじゃない。

でも今の私に動かないなんて無理だった。
それは頭がまだ上手く回転しないせいもあると思う。
だから普通に行動できなかったのかもしれない。

でも本当は助けが来たかもしれないと、淡い期待をしてたから。

それは一種の賭けだった。

私は焦りながら震える手でドアノブを回し、勢いよくドアを開けた。

28 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月06日(火)18時51分15秒
相手は誰なんだー!!?!(叫
激しく気になります。がんがってください(w
29 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月08日(木)22時26分09秒
>名無し読者さん やっと相手が出てきます。
あまり期待に添えない人だと思いますが・・・・・。

30 名前:Girl maat girl 投稿日:2002年08月08日(木)22時28分42秒
あまりに予想外で言葉も出なかった。
まさかこんなのが現れるなんて思わなかった。

そいつは手に腰を当て、ピースサインを横にして目の横に置き、体を少し
斜めに傾けている。
そんな訳の分からないポーズをした、随分と小柄な少女だった。
髪は少し明るめの金髪で二つ結びにしている。

その少女は明るい笑顔を私に向けて言った。

「こんにちわ!デリバリーヘルスーで〜すぅ!」
それは今時のギャルみたいな声だった。

私はしばらく呆然としていた。

そして深い溜め息をついてから、ドアを閉めようとする。
どうやら何かを勘違いして来たようだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ!今のは軽い挨拶のジョークだってば!」
と少女が急に慌てた顔をして、ドアの間に強引に体を挟む。

残念だけど、そんなジョークには笑えないよ。
そんな気分じゃないんだ。
期待が裏切られてしまったんだから。

だって・・・・・こいつが私を助けるはずがない。

31 名前:Girl meet girl 投稿日:2002年08月08日(木)22時34分51秒
「それで、一体誰なの?」
私は訝しげに少女を見つめて言った。

「私はアップルフロント社から派遣された、イミテーションの矢口真里。」
少女、もとい矢口はまるで普通の会話のように話す。

・・・・イミテーション?

私はその聞き慣れない言葉に顔をしかめた。
「まぁまぁ、詳しい話は中でしようよ。」
矢口は部屋の中へと私を押し込み、自分も靴を脱いで上がり込んだ。

32 名前:Girl meet girl 投稿日:2002年08月08日(木)22時36分02秒
そして、私達はテーブルに向かい合うようにして座る。

「それでその、イミ・・・・何だっけ?」
「イミテーションだよ。そっちで説明受けてるところの、仮想恋人だよ。
やっぱ何も説明されてないんだね。まぁ、本当のことなんて言えないか。」
矢口は軽くため息をついてから、少し面倒くさそうに頭を掻いて言った。

本当のことね。
一体これ以上何があるっていうんだか。
できることなら無視したいけど、でも妙に引っかかる言い方だから。

「何なの?その本当のことって。」
私は深いため息をついてから、露骨に嫌そうな顔して聞いた。

「なんかさぁ、すごい聞きたくなそうな顔してるよね。」
矢口は少し呆れた顔をしながら笑っていた。

私は何も言う気になれなくて、ただ無言でその言葉に頷く。

「なるべく簡単に説明するよ。これは金持ち達が主催するゲームなんだ・・・
命がけのね。」
矢口は一度言葉を区切ると、私の方を見て微笑みかけた。

それは体に悪寒が走るような冷笑だった。

33 名前:Girl meet girl 投稿日:2002年08月08日(木)22時41分53秒
私はイミテーション、そっちはプレーヤー。それが私達の通称の呼ばれてる
名前だよ。ゲームの内容は簡単。私達は3カ月間一緒に暮らしてイミテー
ションに好きになったり、性的行動を起こそうとしたらプレーヤーの負け。
そしたら体内に埋め込まれてる小型爆弾が爆発する。それで3ヶ月を何事も
なく過ごせたら、プレーヤーの勝ちで賞金はそちらのもの。どう?かなり
簡単なルールーでしょ。」
矢口は平然と言ってしまうけど、かなりの問題発言だと思う。

私はまだ信じられるずにいた。
いや、そんなこと信じられるはずがない。

体中に爆弾が仕掛けられているなんて。

私は思わず胸に手を当てた。
そこはまだしっかりと鼓動を打っている。
私は確かに生きているのに、だけど常に死と隣合わせ。

だけど今までのことからすれば、仕掛けられていても不思議はない。
私は本当に危ない仕事に手を出したようだ。

でもあのオヤジも言っていた

「命がかかってる」と。


34 名前:Girl meet girl 投稿日:2002年08月08日(木)22時42分39秒
どうやら大金に目が眩んで大事なものを忘れていた。

・・・・人間にとって一番大事なものを。

だってもしこれがなかったら、私達は生きていけないから。


キッカケは金だった、でも今は命が欲しい。

35 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月09日(金)04時27分12秒
や、やぐやすだ〜!!
楽しみです〜。
36 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月13日(火)23時30分04秒
>名無し読者さん カップリングはやぐやすでした。
かなりマイナーだと思うんですが、自分的にこの2人が好きなんです。
楽しみと言ってくれる人がいてよかったです。
37 名前:Character disorder 投稿日:2002年08月13日(火)23時35分28秒
『で、どうして女なわけ?』

部屋に僅かな沈黙が流れた後、私達の声は綺麗にハモっていた。

だけどそれは当然ともいえる疑問だった。
恋愛をするのなら、私がそういう趣味でない以外は男の方がいい。
そんなにこっちを有利にしていいんだろうか。

「そんなの私が知るはずないでしょ。」
「こっちだって知らないよ。」
私達はお互いに怪訝な顔をして、しばらく見つめ合っていた。

どうやら矢口は本当に知らないらしい。

その顔は嘘をついているようには見えないから。

「手違いとかじゃないの?」
私は念のために再度問い返した。

「それはないよ。多分・・・・・新しい趣向なんじゃない?」
その問いに矢口は私から視線を外して笑う。

まるで鼻で笑っているような、どこか挑発的なものを感じた。

でもそれを誰に向けて言ったのかは、私には分からない。

「ふ〜ん。まぁ、女なら楽にクリアできそうでいいけどね。」
私は話を逸らすように小さく呟いた。

「ふっふふ、あんまり矢口を甘く見ないほうがいいよ。」
矢口はその言葉に反応して不敵な笑いを漏らした。

38 名前:Character disorder 投稿日:2002年08月13日(火)23時37分39秒
「そんなことよりさ、なんかご飯作ってよ。お腹空いちゃったぁ〜。」
矢口は急に床に手ついて子どもみたいなことを言い出す。

こんな危機的な状況だっていうのに、よくそんなことが言えるよ。

私はただもう呆れて言葉も出なかった。

「ねぇ〜、ご飯作ってよ。」
何も言わずに黙っていると、矢口は子どものようにダダをこね始める。

「もう分かったから騒ぐな!何か作ればいいんでしょ!」
私はいたたまれなくなって、立ち上がってキッチンに行こうとした。

それからゆっくりと振り返って付け加える。
「・・・・マズくても私は責任取らないからね。」

その瞬間、矢口は顔が少し青ざめたような気がした。


こうして私達の奇妙な同棲生活が始まりを告げた。

39 名前:Character disorder 投稿日:2002年08月13日(火)23時41分16秒
「ねぇ〜、バター取ってよ。」
「自分で取れんでしょうが、これぐらい。」
私達は同じテーブルで遅い朝食をとっていた。

でもそこに置かれているのは、2枚のトーストとバターとジャムだけ。

冷蔵庫には色々な種類の食べ物がかなりの量で入っていた。
だから食には困ることはなさそうだ。
少なくとも飢餓にはならなそうで安心した。
ただ作り手がいなくて危機的だった。

昨日の料理の件で私はインスタント以外却下になった。

「いいじゃん。一晩を同じベットで過ごした仲なのに、つれないねぇ。」
矢口は笑いを堪え切れないのか、手で口元を押さえている。

どうも人をからかうのが好きな性格らしい。
できることなら、あまりお友達になりたくないタイプだ。

私は深いため息をついてから、冷静な口調で矢口に言い返す。
「別に好きで一緒に寝たわけじゃないし。」
40 名前:Character disorder 投稿日:2002年08月13日(火)23時42分58秒
この部屋にはベットが一つしか備わっていなかった。
大きなダブルベットが置いてあるだけ。
そこでかなり色々揉めたけど、結局は二人で一緒に寝ることになった。

ということがあってさっきの矢口のセリフになる。

でも男だったらかなり辛い状況かもしれない。
確かに矢口はかなり嫌な人間だけど、顔はそれなりにかかわいいし。
だから、きっと一つのベットなんてキツいんだろうね。

「何?ひょっとしてさぁ、圭ちゃん照れてる?」
矢口はまたからかうように軽い調子で言った。

考え込んで黙っていた私を照れて何も言えないと思ったらしい。

「照れるわけ・・・・・って、その圭ちゃんって何?」
私は言い返そうとして、ふと言い慣れない呼び名に気がついた。

「あだ名だよ。フレンドリーになる第一歩ってやつ。」
とあっけらかんと表情で矢口は答える。

フレンドリーねぇ・・・・。

確かにそれは一理あることなのかもしれない。

でも今はそんな安い友情はいらないよ。

41 名前:Character disorder 投稿日:2002年08月13日(火)23時46分14秒
「じゃぁ何?私も真里ちゃんとか、呼ばないといけないの?」
今度は私がからかうようなことを言い出した。

「あ〜、真里ちゃんは勘弁。普通に矢口でいいよ、圭ちゃん。」
何か嫌な思い出でもあるのか、矢口は手を振って私の案を拒絶した。

「じゃぁ、矢口って呼べばいいんでしょ。」
私は少し納得がいかなかったが、もう反論する気力がなかった。

それになぜが踏み込むべきではない気がした。
他人が容易に入ってはいけない領域、彼女はそれを持っている。
どうやら、見た目ほど安易な人間ではないらしい。

その微かな人間臭さが私を少し安心させた。

だけど口からでる言葉は最悪、性格はかなり子悪魔。

他人をからかうことは好きだけど、自分がそうされるのを嫌う。

まして顔はそれなりにかわいいときてる。


あぁ、なんて嫌な女。

42 名前:  投稿日:2002年08月14日(水)03時59分48秒
体内に爆弾てネタ、何かの映画にも合ったネタのパクリ?
43 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月18日(日)01時48分09秒
同じネタが合ってもおかしくないな。
でもそれだけではパクリとは言わない。
それを言ったら、娘。を主人公にしている時点で
全てパクリだからな。設定の一部が一緒でも
パクリとはいわん。
44 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月19日(月)22時30分08秒
>42さん 別に何かの作品をパクってはないです。
確かにありきたりな話だとは思いますが、ストーリーはオリジナルです。

>名無し読者さん 同じネタがあってもおかしくないと思います。
でも娘。小説に限らず、この世に話のかぶらないものはないですからね。
どこかしら何かの話に似てしまうものです。
とはいえ、結局はオリジナリティーさがない自分の責任ですね。
45 名前:The game theory 投稿日:2002年08月19日(月)22時34分52秒
「で、これから私達はどうすればいいの?」
私は朝食の食べ終えた皿を重ね、口元を拭きながら言った。

「う〜ん。・・・・・Hでもしちゃう?」
矢口は少し考え込んだ後で、笑いながら下ネタを言い放つ。

私は平然と立ち上がり皿を持って台所に向かう。

「ちょ、ちょっとムシしないでよ!矢口がバカ見たいじゃんか!」
すると矢口が突然立ち上がって文句を言ってくる。

・・・・・普通にバカだろうが。

とでも言おうかと思ったが、それは相手の思うツボなのでやめた。

「あっそ。」
と私は冷淡な言葉でその場を受け流す。

朝からそのテンションでいることに、少しだけは感心する。
でもついていくのは絶対に無理だ。

「そういうときは何か返そうよ。朝からテンション低いって!」
どうやら矢口はもうハイテンションらしい。

こんな奴と3ヶ月も暮らすのかと思うと、今から頭痛がしてくる。

それに私の命がこいつと天秤にかかってるなんて。

自分の命はこの程度なのかと思うと、少しだけそれが笑えた。

46 名前:The game theory 投稿日:2002年08月19日(月)22時38分07秒
「でも・・・本当に何しようかなぁ。」
矢口はソファーに寝転がって考え込んでいた。

私は特にすることもないし、やることも思いつかない。

だからとりあえず皿とカップを洗うことにした。
とはいっても両方とも2ずつしかない。
だから大した時間潰しにはなりそうになかった。

水の流れる音ともに矢口の呟きが微かに聞こえてきた。
どうやら遊ぶことで悩んでいるらしい。

その一時が、なぜかすごく普通な日常のように思えた。

一般の同居生活のように感じた。
そのことが私の切なく胸を締めつける。

だって、今いるここはあまりに異常な世界だから。

あの抜け出したいと願った日々が懐かしい。
近いようで遠いその距離。

もうあの生温い日々には・・・・帰れないかもしれない。

それが何だか暗く嫌な気分させる。
だから矢口のその脳天気な声に、少しだけ救われた気がした。

でも突然、耳障りな足音がこっちに向かってくる。

矢口はカウンターに身を乗り出して叫ぶ。
「ねぇ、やっぱり脱衣マージャンしようよ!」


とても救われない気がした。

47 名前:The game theory 投稿日:2002年08月19日(月)22時40分06秒
「・・・・一人でやってろ。」
私は反論したくもなかったのだが、つい口から出てしまった。

「楽しいと思うけどなぁ。もしかしたら矢口の裸が見えちゃうかもよ。」
矢口は両手で頬に手を当て「イヤ〜ン」とか言っている。

「別に興味ないし。」
私はあくまでも冷静な口調で言葉を返す。

でもその反応もまた矢口にしては楽しいらしい。
「しょうがないなぁ。じゃ、適当に何か持ってきてもらうか。」
そうまるで諭すように言われた。

「好きにすれば。」
だって私は矢口のすることに無関心だから。

一人で勝手にやってればいいんだ。

「何か欲しいものある?頼むなら一緒のほうがいいからさ。」
矢口が思い出したように私の方に振り返る。

「えっ?あぁ・・・・今話題になってる本が読みたいかな。」
私はその不意な質問に少し考えてから答えた。

でもその質問に一つの疑問が浮かぶ。

だけどそれは当然の疑問だった。

頼むって一体誰に?

48 名前:The game theory 投稿日:2002年08月19日(月)22時43分22秒
それは思ったまま私の口から出ていたようだ。

「なんて言えばいいのかなぁ。ここを総括している人?生活担当みたいな
ものでさ、私達の要望を大体は叶えてくれるよ。例えば、今言ったゲーム
とか欲しいものは大体届けてくれるかな。」
矢口は眉間にしわを寄せながら、それなりに分かり易く説明してくれた。

「へぇ、随分と手厚くもてなしてくれるんだね。」

やってくることは外道なクセに。

でももしかしたらその反動なのかもしれない。
それとも僅かに残る良心のせいなのか。

でも所詮は偽善だよ、だってやってることは最低だから。


この狂ってたゲームに偽悪なんて存在しない。

49 名前:とみこ 投稿日:2002年08月20日(火)09時56分16秒
初めまして。おもしろいです!!!
50 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月20日(火)21時51分06秒
>とみこさん こんなマイナーな話ですが、良かったらこれからも
見てきてやって下さい。


それから訂正
        
     × 狂ってた
    
     ○ 狂った
51 名前:A hallucination 投稿日:2002年08月22日(木)22時37分44秒
「ボーっとしちゃってどうしたの?」
ふと気がつくと矢口に顔を覗き込まれていた。

「別になんでもないよ。」
と私は顔を逸らしてぶっきらぼうに答える。

「ひょっとして、エロ本頼もうとか思ってたでしょ?」
矢口は口元を微かに歪めて含み笑いをする。

「・・・・はいはい。」
私はまた冷淡な口調でその場を流す。

「あのねぇ〜。マジでノリが悪いよ、圭ちゃんは!」
矢口はじれったいのか床に足踏みをする。

その姿がすごく子どもに見えた。

「そりゃ悪かったね。」
それでも私の返す言葉は淡泊だった。

「もう!矢口の欲しいものだけ頼んじゃうからね!」
矢口は怒ったのか頬を膨らましている。

そして、私を軽く睨むと電話のところへ行ってしまった。

その姿は本当の子どものようだった。

52 名前:A hallucination 投稿日:2002年08月22日(木)22時40分12秒
けれども考えみれば、私は矢口の年齢を聞いていない。
私だって自分の年齢のことは言ってない。

私達はお互いに何も知らない。

分かっているの名前と性別ぐらいだろうか。
でもその名前だって、矢口の場合は偽名という可能性もある。

私達は何も知らないんだ。

本当にただの他人。
でもそれについて不満はない。
見知らぬ他人でいたほうが生きるのに楽だから。

私達は触れ合うことを恐れている。
でもいつからか世の中の殆どがそうなってしまった。
深入りせずに微妙に相手のことを避けている。

それに矢口の全てを知ったところで、別に何が変わるわけでもない。
私達の関係はきっと何も変わらない。
仲良くもならないだろうし・・・・・矢口を愛するはずももない。


53 名前:A hallucination 投稿日:2002年08月22日(木)22時42分51秒
それから矢口はどこかに電話していた。
プレステ2とよく分からないゲームのソフトらしき名前。
それから最後に本らしき題名が聞こえた。

電話が終わると、矢口は頬を掻きながら戻ってきた。
「いちよ・・・・頼んでおいたからね。」
顔を軽く横に逸らしながら、小さな声で呟くように言った。

「あぁ、ありがとう。」
私は平然な顔をしてお礼を言った。

すると矢口は意外そうな顔をして見つめてくる。
「お礼言うんだね。また適当に流されるのかと思ったのに。」
どうやら私がお礼を言ったのが意外だったらしい。

「別にお礼ぐらい言うよ。そこまで冷たい人間でもないしね。」
だから自分でも言ったけど、あまり説得力がないと思った。
でも今までの矢口に対しての態度からすれば、確かに驚くのも無理はない
かもしれない。

「ふ〜ん、結構優しいんだね。」
矢口は少しだけ感心したような声を出す。

でもきっと言葉で言うほど思っていない。

だって、その目はどこか私を嘲笑っているから。

それはあのオヤジに似ていて、何だか不愉快な気分になった。

54 名前:A hallucination 投稿日:2002年08月22日(木)22時46分00秒
私は洗い物を終えてソファーに腰を下ろす。
矢口はゆっくりと歩いてきて、私の横に静かに座った。

そして、私の顔を覗き込んで上目遣い見上げてくる。
その行為は誘惑以外の何でもなかった。

「そういう人・・・・・ちょっと惚れちゃうかも。」
矢口はそう耳元で囁くと、少し目を細めて艶かしく笑う。

それは女から見ても妖艶だった。

でもそんなことで心は揺れ動きはしない。
さっきの子どもぽっさから一転して、突然大人みたいな顔をしたから。
その正反対な面に少し驚いただけだ。

「誘ってるの?」
私は少し挑発するように鼻で笑ってみせる。

「そうだとしたら?」
矢口はこの状況を楽しんでるかのように笑う。

「乗らないね。この命賭けるほど、あんたに価値があるとは思えない。」
「ふ〜ん。でもそう言われると逆に燃えちゃうんだよね。」
私達は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべる。

なぜかこのくだらないことに胸が弾んだ。

けれどきっとそれは錯覚。


だって命がけのこのゲームに、そんな思いは必要ないから。

55 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)18時59分40秒
今の荒んだ世の中に生きる少女の、リアルな心情表現にびっくりです。
設定も上手くてドキドキしてしまうし、保田さんが主人公でかなり嬉しいです♪
この先どうなるのかハラハラしちゃいます!あるいさん頑張ってください!!
56 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年08月26日(月)22時54分44秒
>名無し読者さん 心理描写には少し頑張っている書いているので、そう
言ってもらえると嬉しいです。保田さんが主人公なのが好評みたいなので、
よかったと思っています。
なるべく更新を多くするので、たまに見に見てきてやってください。
57 名前:Forbidden ground 投稿日:2002年08月26日(月)22時58分22秒
それは5日目の昼のことだった。


私はそのときキッチンでラーメンを作っていた。

そんなとき突然、部屋のチャイムが一度だけ鳴った。
すると矢口が慌てた様子で走っていく。

鍋のお湯が沸騰しそうなので、私は急いで袋から麺を取り出す。
「荷物を届けに来ました」と遠くの方から聞こえた。

私は無器用ながらに葱を刻んでいく。
特に会話もなかったのか、矢口はすぐに戻ってきた。

その顔はどこか嬉しそうだった。

私は食器棚から適当に深い器を二つ用意する。
矢口は焦るようにガムテープを剥がし、すぐに箱をこじ開けた。

この部屋はキッチンからリビングが見渡せる。
小さい子がいても安心だとか、会話のしやすを考慮しているのだろう。
だけど最近のマンションにはごく普通に備わっている機能だ。

でもその構造に今は感謝している。
だって・・・・矢口の行動がちゃんと見れるから。
私は背を向けることに抵抗があったから。

矢口をまだ信用していない。

こんな適当に生きてる奴に好意なんて持たない。

だからこの3ヶ月間、好きなんてなるものか。

58 名前:Forbidden ground 投稿日:2002年08月26日(月)23時02分54秒
矢口は随分とご機嫌のようだ。
さっき言ったものが届いたんだろうか?
だとしたら意外に早いんだな、と妙なところで感心していた。

生活資材だけは充実しているらしい。
やってることは外道なのに、細かいことに変に気が利いている。
そう思うと釈然とない怒りが込み上げてきた。

私は軽く舌打ちをして、チューブのニンニクを器の中に少量入れた。


「圭ちゃん、さっき頼んだやつ届いたからね。」
と矢口は少し弾んだ声で言ってくる。

「ふ〜ん、くだらないことで気が利いてるんだね。」
私は矢口の方に視線を向けず、興味なさそうな感じで答える。

それはどう聞いてもキツい皮肉だった。
59 名前:Forbidden ground 投稿日:2002年08月26日(月)23時03分54秒
いつもなら言わないのに、そのときに限って口から出た。
きっと平然と笑っている矢口に腹が立ったから。

それはただの八つ当たりだった。

すると部屋が急に静まり返った。
矢口が溜め息を吐く音が聞こえて、すぐに真剣な声で言われた。
「・・・・・あんまそういうの言わない方がいいよ。」

その声の低さに私はつい顔を上げた。
矢口は初めて見るような真面目な顔をしていた。
私は何だか目が離せなくなって、ただずっと見つめていた。


鍋のお湯が溢れ出てるのも気づかないほどに。
60 名前:Forbidden ground 投稿日:2002年08月26日(月)23時06分15秒
私がお湯の噴きこぼれに気がつき、すぐにガスの火を止める。
すると矢口は別人のようにバカぽっい笑顔でいた。

まるで何事もなかったかのように笑っている。

「あぁ〜あ!もうお腹減っちゃったよ。ラーメンまだできないの?」
そしていつものように催促してくる。

そんな矢口の戸惑いつつ、私はラーメンの仕上げに入った。
器に鍋のお湯を6分目ほど入れて、菜箸でラーメンを均等に分ける。
それから冷蔵庫からハムを取り出し適当に切った。
それにさっき刻んだ葱を最後に加える。

「自分の分ぐらい持っていてよね。」
と私が声をかけると、嫌そうな顔した矢口が見えた。

そんな顔したって持って行くほど甘くない。
私は自分の器だけをテーブルに運ぶ。

「・・・・分かったよ。持ってけばいいんでしょ。」
矢口はダルそうに立ち上がり、キッチンまで歩いていく。

そして、二人向かい合って昼食を食べる。

私はこれが食べ終わったら聞こうと思っていた。

どうしてあんなことを言ったのか。

61 名前:Personal space 投稿日:2002年08月30日(金)22時50分52秒
私達は無言のままラーメンを食べる。
聞こえるのはエアコンの音と、窓の外から聞こえる騒音。
そして二人の麺をすする音だけ。

矢口も何となく悟っているのかもしれない。

私がさっきのことを聞くと、薄々は気づいているはずだ。
だってこんな静かな食事は初めてのことだから。
それに矢口は思うほど単純な人間じゃない。

その場を一瞬で明るく変える雰囲気を持ち。
意外に頭の回転も早く、おまけにおしゃべりも巧みだ。
きっとクラスでは人気者になれるだろうね。

でも結構なポーカーフェイスだし。
内心は何を考えているのか全くの不明。
上辺では笑っているけど、見せかけかもしれない。

だから信用がおけないんだよ。
上手く丸め込まれてしまいそうだから。

きっと甘く見ていると、ケガするのはこっちの方だ。

62 名前:Personal space 投稿日:2002年08月30日(金)22時52分57秒
それから二十分くらいして、二人共ラーメンを食べ終わった。
軽く一服してから切り出すつもりだった。
でもそれは予想外なことに、矢口の方から話を振ってきた。

「さっきはちょっとマジになりすぎたよ。」
と少し照れくさそうに笑いながら言う。

「そうだね、あんたにしては珍しいと思ったよ。」
私は表情を変えずに矢口の様子を伺う。

「そう?これでも結構熱血系なんだけどなぁ。」
と矢口は軽いノリでその場を茶化す。
でもそれはどこかぎこちなくて、私は違和感を感じた。

部屋に緊張した空気が流れる。

「やっぱり・・・・聞くべきじゃないみたいだね。」
私はわざと自分から否定的なことを言う。
そうすれば、矢口の性格からして乗ってくると思った。

「いや、別に話してもいいと思うよ。多分だけどね。」
矢口は少し気きずそうな表情をする。
けれど、満更話さないわけでもないようだった。

それから矢口にしては珍しく沈黙していた。

63 名前:Personal space 投稿日:2002年08月30日(金)22時57分59秒
でも軽く髪を掻き上げると、諦めたようにため息を吐く。
「これは前に言ったことなんだけど、このゲームはお金持ちが主催してる
わけ。で、中には気難しい人とか、ちょっとキレやすい人がいるんだよね。
だからあんまり調子に乗って挑発すると、いきなり爆弾が誤爆しちゃうかも
ってこと。」

まるで普通の会話をするように話してくれた。

だけど言ってることは相変わらず危険。
私は運が悪かったら、もうこの世にいないことになる。
矢口の言ったことは要約するとそういうことだ。

「解説どうもありがとう。」
私は大体の内容を理解して苦笑いを浮かべる。

「この発言だって結構微妙なんだよ。うちらはさぁ、自分達が思ってるほど
優遇されてないんだよ。所詮・・・・ただのゲームの駒だからさ。」
矢口は初めて会ったとき見た、あの体に悪寒が走るような笑いを浮かべる。

その言葉が胸に重たくのしかかる。

私は今まで甘く見ていたのかもしれない。

矢口の言った通り、私達はただのゲームの駒なんだ。

64 名前:Personal space 投稿日:2002年08月30日(金)23時02分17秒
「はいはい。今度から会話には気をつけるよ。」
「まぁ、その方が無難だね。長く生きたいと思うならさ。」
そう言って矢口の顔はいつものように笑う。

その笑みはバカみたいで、脳天気で、でもとても楽しそうに。

「ねぇ、こういうことで死んだ人っているの?」
私はふと沸き上がった疑問を口にする。

「私が会った中じゃ一人だけかな?そう考えると多いいのかもね。」
矢口は少し考え込んでから平然と答えた。

「ふ〜ん、そうなんだ。」
と私は大して興味なさそうな口調で相槌を打つ。

でもその言葉を聞いて思った。
一体矢口はどれだけの死と出会ってきたんだろう。

だって今生きているのは、ゲームに勝ったという証拠だから。
ということは何人かの死に様を見てきたわけだ。
それは微かな興味を私に抱かせた。

「・・・・矢口ってさぁ、今まで何人くらいの死を見てきたの?」
私の不意の質問に矢口は少し驚いていたが、それから何も言わずに笑った。

その笑みは冷たくて、少し大人びていて、でもどこか悲しそうに。

そしてその瞳は無言のまま語っていた。


「それが何なの?」と

65 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)23時27分37秒
なんかむっちゃ矢口のキャラに引き込まれる・・・。
66 名前:とみこ 投稿日:2002年09月01日(日)19時04分04秒
痛いかも・・・
67 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月02日(月)22時43分47秒
>名無し読者さん 苦労して考えたのでその言葉は嬉しいです。
今までにない矢口さんを目指してキャラ作りしました。
この破天荒すぎるところを楽しんでください。


>とみこさん そうですね。
結構ふさげ合ってますが、かなり痛い話だと思います。
68 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
( `.∀´)ダメよ
69 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)22時49分23秒
「それよりさ、なんかヒマじゃない?ゲームでもしようよ。」
と矢口にすぐに話題を変えられてしまった。

まるで何事もなかったかのように。

「別に構わないけど。どうせ特にすることもないしね。」
私も矢口に合わせて何事もなかったように振舞う。

「へぇ〜、めずらしいじゃん。絶対断られるかと思ってた。」
矢口は軽く感嘆の声を漏らして言った。
その誘いを断れなかったのは、微かな罪悪感からかもしれない。

あれは聞くべきことではなかったから。
入っていけない領域だった。
それに土足で上がり込むなんて、私らしくないことだ。
他人なんていつも全く興味ないクセに。

いつもありそうなフリをしているだけ。

「それじゃ、やろっか。二人の愛のs・e・xを。」
矢口のお決まりの下ネタがまた飛び出す。

「はいはい、プレステ2ね。」
と私はそれを平然とした顔で受け流す。

「ホントにノリ悪いよねぇ。」
「あぁ、下品なネタについてけなくてごめんね。」
不満そうな矢口と、呆れ顔の私。

やっと雰囲気が元に戻ったような気がした。

70 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)22時53分45秒

「・・っ・・・あっ。」
と矢口は妙に色っぽい声を上げる。

「この程度じゃまだまだだね。」
私は顔色一つ変えずに平静を保っている。

「・・・うぁ・・・イヤだ・・・。」
と矢口は体を捩らせながら抵抗を続ける。

「さっきの威勢がなくなったね。」
私はどこか嘲笑うように口端だけを上げて笑う。

「はぁ・・・っ・・・くぁ、ズル!それは・・・・。」
矢口は焦燥の表情を浮かべ、悔しそうに奥歯を噛みしめる。

「悪いけど、もうこれで終わりにするよ。」
私は非情にも最後の仕上げに入る。

「ん・・・・くっ・・・あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大きな叫び声を上げると、矢口は体を反らして床に倒れ込んだ。


2Pコントローラを放り投げて。

71 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)22時55分45秒
テレビ画面には「1P Win」と赤字で表示されていた。
赤い鉢巻をしたやや筋肉質の男が、両手を上げて勝利のポーズをしてる。

「ズルいよ、圭ちゃん!スライディングばっかりやってきてさ。隙を見て
ガード解いたら、いきなり超必殺コンボで一瞬にしてKOだし。それって
ハメ技じゃないの?」
矢口はかなり悔しそうな顔で文句をつけてくる。

「確かにこれはハメ技だけど、それがどうかした?」
私は平気な顔して残酷な真実を告げる。

「なんだよそれ!あぁ〜、もう!クソ最悪だよ。」
矢口は床で子どものように駄々をこねる。

「だってハメ技なしって言われてないし。」
「圭ちゃんってそんなに性格極悪だったけ?」
矢口はまだ納得がいかない顔をしていた。

「一週間のお風呂掃除に、朝昼晩のご飯係がかかってたからね。」
だから絶対に負けたくなかったんだ。

それに教えてないけど、私は意外に卑怯な人間なんだよ。

72 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)22時58分42秒
「あぁ!もうマジで最悪だよ。」
矢口は不機嫌そうな顔つきでグチっていた。

「言い出したのはそっちでしょ。」
私はテレビを見ながら平然とそれに言い返す。

最初はそんなくだらない賭けに乗る気はなくて断った。

だけど矢口があまりにしつこく言ってきたから。
よほどゲームの腕に自信があったらしい。
でも負けるんだから世話がない。

キッチンからは包丁の音が小刻みに響いている。
口では色々と文句を言いながらも、矢口は真剣に作っているようだ。
料理の熱気でキッチンはかなり高温状態らしかった。

矢口はたまに額や顔の汗を服で拭っている。
その様子を見て私は少し感心した。
どうせ手抜き料理でも作ると思っていたから。

それからしばらくして、食欲を掻き立てる匂いが漂ってきた。

「もうすぐ出来るから待ってて。」
矢口の声をさっきと変わって、妙に楽しそうに弾んでいた。

料理を作っていて気分が変わったんだろうか。
一生懸命になると周りが見えなくなるタイプなのかも。
つまり、一つのことに熱中すると他のことを忘れるニワトリか。

何にしても客観的に見てるとおもしろい。

73 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)23時03分42秒
「はい、おまたせ〜。」
矢口は両手に料理を持ってキッチンから歩いてくる。

「意外に早かったね。」
大体作り初めて20分と少しかかったくらいだから。

「当たり前じゃん!この矢口がかなりマジになったんだよ。」
と矢口はテーブルに料理を置いて得意気に笑う。

「それは偉い、偉い。」
私は気の抜けた拍手と不自然な笑顔を作って言った。

「なんだよそれ!なんかすっごく無理して誉めてない?」
私の誉め言葉を矢口はお気に召さないらしい。

その明らかに不満そうな顔で私の向かい側に座る。

「・・・・分かったよ。ちゃんと作れて偉いね、矢口。」
私は少し苦笑しながら矢口の頭を撫でようとする。

それは特に深い意味もない、からかうような行為だった。

でも矢口は首を横に曲げて体を捻る。
撫でようとした私の手は、あっさりとかわされてしまった。
それは明らかに避けられていた。

「子供扱いしないでよね。ほら、料理が冷める前に食べようよ。」
だけど矢口はすぐにいつも調子で料理を勧めてくる。

楽しそうに笑いながら、避けたことなど微塵も感じさせない。

74 名前:Unknown girl 投稿日:2002年09月02日(月)23時04分20秒
こういうところは本当に不思議だ。
自分からは平気で触れてくるのに、他人に触れられるのは拒む。
色々と手を出すくせに深いところまでは入ってこない。

本当は私に興味なんてないのかもしれない。

そういうフリをしているだけで。


だから矢口真里という女は不思議だった。

75 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月03日(火)18時26分27秒
おもしろい!
やぐやす好きです。
76 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月04日(水)10時34分14秒
初めて読みましたが、かなり面白いですね。
これからも頑張って下さい。
77 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月05日(木)23時28分00秒
>名無し読者さん そう言ってくれる人が1人でもいると、書き手としては
ちょっと安心しますね。
やぐやすってあんまり需要なさそうですから。

>読んでる人@ヤグヲタさん この話を書いてから、自分もヤグヲタになり
そうな雰囲気です。
この頃、つい矢口さんに視線がいってしまいます。
78 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月05日(木)23時32分18秒

同棲生活をして2週間が過ぎた。


何事もなく過ぎる毎日、特に刺激もない平穏な日々。
それはあの生温い日々と似ている。
矢口はちょっとかいを出し、私はそれを受け流すといった会話。

それは全く変わらなかった。

相変わらず色々と話しかけてくる矢口。
私はこの3週間で随分とたくさんしゃべった気がする。
ご飯と掃除などは交代でこなしている。

そして、寝るのはいつの間にか必ず二人一緒。

初めは嫌だと思ったけど、この頃は変に慣れてしまった。
けれど矢口に対する関心を持つことは許されない。
それは明日への命を縮めることになるから。

生きたいなら好意や興味は禁物だった。

だからこの生活に不意に違和感を感じてしまう。
自分が思うほどこの世界は普通じゃない。
時々感じる殺伐とした感覚、常にまとわりつている胸の不安感。

でもこの異常な暮らしはまだ始まったばかり。

79 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月05日(木)23時36分21秒
そして、私達は部屋から一歩もでなかった。
でも出ることはいつだって出来た。
だってドアはいつでも開いているから。

だから正確に言えば、部屋から出ようとはしなかった。

逃げることなんて簡単なんだ。
そのことに気づいたのは、結構最近になってからだった。

それはいつものように郵便物が届いたときのこと。
その日は気温が急に高くなって、蝉が早くも鳴き始めていた。
窓を締め切っているのに鳴き声はまだ聞こえている。

私達は朝からクーラーをかけっぱなしでいた。
体に悪そうだとは思うけど、さすがに暑さには耐えきれなかった。
だから日本の夏は嫌いだ。

私はソファーに座って本を読んでいた。
矢口は朝っぱらからゲームばかりしている。
それはいつもと何も変わらないお昼過ぎ。

でもその日は違った。

突然、部屋にチャイムの音が響き渡った。

80 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月05日(木)23時42分11秒
その日は矢口はゲームで手が離せないとか言って、しょうがなく代わりに
私が出ることになった。
郵便物を受け取るのがその日が初めてだった。

私がドアを開けようと思い、ノブに手をかけたときのことだった。

ふと鍵がないことに気がついた。
そのときは鍵がかかってないと思わなかったから。
私がどうしようか考えているうちに、ドアノブが急に回ってドアが開いた。

そのときはただ呆然とその場で固まっていた。

「ご注文の品です。」
帽子を深くかぶった男が、愛想のない低い声で荷物を差し出す。

「・・・・あ、あぁ、どうも。」
私は何とか平静を取り戻して荷物を受け取った。

「それじゃ。」
宅配便の男は軽く頭を下げると、すぐに行ってしまった。

私はただ湿気の多いこの国特有の空気と、輪唱するセミの鳴き声に包まれて
その場に立ちつくしていた。


81 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月05日(木)23時46分33秒
「荷物もらったのぉ?」
戻るのが遅かったためか、矢口が玄関まで様子を見に来たようだ。

「えっ?あ、あぁ、ちゃんともらったよ。」
私はその言葉で我に返った。

そして、さっき届いた荷物を矢口に渡す。

「ふ〜ん、戻ってくるのが遅いから・・・・・もうないのかと思ったよ。」
すると荷物を受け取ってから、独り言のような呟きを付け加えた。

私にはその言葉の真意が理解できなかった。
それは荷物のことを言っているようで、でも私に向けて言っているようにも
聞こえたから。

矢口はそれから何も言わずに笑っていた。
私がこの状況に困惑しているのを楽しむかのように。
矢口は玄関の壁に寄りかかって、軽く髪を掻き上げて外を見ていた。

ずっと遠くのほうを見ている気がした。

その瞳に何が映っているのかは分からない。
別に大して知りたくもない。

82 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月05日(木)23時56分46秒
「さてと・・・・そろそろ部屋に戻ろうかな、ゲームの続きもしたいし。」
矢口は気が済んだのか部屋に戻ろうとする。

私はドアを閉めてからその後ろに続こうと歩き出した。
でもふと鍵のことを思いだして問いかける。

「ねぇ、このドアって鍵閉めなくいいの?」
すると矢口はその言葉を待っていたかのように振り向く。

「別に大丈夫だよ、鍵なんて元々ついてないから。」
それはあまりに平然とした口調だった。

「それって・・・・どういうこと?」
私は怪訝な顔つきで矢口に問う。

「そのまんまの意味だって。この部屋のドアには鍵がかかってないよ。」
矢口は普通の会話のような言い方だった。

私は一時呆然となって言葉が出てこなかった。
二人は廊下に向かい合うと、しばらくその場を動かなかった。
矢口は笑いもせずただ私を見つめていた。

83 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月06日(金)00時01分15秒
「つまり・・・・・ここから逃げられるってこと?」
私は軽く唾を飲み込んでから、真剣な面持ちで重い口を開いた。

「まぁ、そういうことだね。逃げるも逃げないも別に自由だよ。」
矢口はまた嘲笑うような表情をして言った。

やっぱりそれは私を嫌な気分にさせた。

「じゃぁ、逃げても止めないの?」
「止めないよ。そんなの矢口が決めることじゃないじゃん。」
でもそんなの聞くまでもなく答えは分かっていた。

矢口が私を止めるばずかない。
きっと引き止めるより、逆に逃げることを勧める気がする。
そういう奴だというくらい分かる。

「ただ・・・・明日のニュースに一番で出るだけだよ。」
矢口はあまりにあっさりと言い放った。

残酷な現実を平気で口にする。
デリカシーなんてきっと全く持ってない。
そういう奴なのを改めて知った。

それから矢口は試すような、挑発的な視線を私に向ける。

その言葉の意味が分からないほど、無知ではないし、鈍感ではない。

84 名前:Foolish freedom 投稿日:2002年09月06日(金)00時04分22秒
自由になることは簡単だった。

でもその自由にどれくらいの価値はあるんだろう。

逃げ出してはすぐに消えてしまう命。


それは一週間で死んでしまうセミより、価値があるものなんだろうか。

85 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月06日(金)00時31分11秒
やべー!おもしれー!
期待してます!
86 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月08日(日)14時41分40秒
続き楽しみです。速く読みたいです。
87 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月09日(月)22時30分40秒
>名無し読者さん おもしろいと言われるのは嬉しいです。
まだ話は中盤ですが、話のおもしろさを最後まで維持していければと思って
います。期待に応えられるようがんばります。

>名無しさん 更新をもっと多くしたいんですが、そろそろストックがなく
なりつつあるので、今は追いつかれないように書いてる状態です。
時間があれば多く更新していきたいと思ってます。

88 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時34分41秒
だから私は今も逃げずにここにいる。

「ほ〜い、お昼ご飯できたよ。かなり激レアの矢口特製うどん。」
テーブルには食欲をそそるきつねうどんが置かれる。

錦糸たまごやキュウリとハムの色合いも綺麗だし。
細めの麺は食べるのを誘うように輝いている。
そして、琥珀色のつゆからは微かに鰹節の匂いがする。

「でも、これって一体何が特製なわけ?」
少しは豪華だとは思うけど、特製と言うほどのことでもない。

「んな細かいこと気にしないの。さっさと食べちゃおうよ。」
どうやら大して意味はないらしい。
矢口は微妙に苦笑を浮かべながら、私の向かい側に腰を下ろす。

「はいはい、そんなこと聞いた私がバカだったよ。」
私は軽く溜め息をついてから箸を取る。

「おいひかったらそうなのへつにいいひゃん。」
矢口はうどんを食べながらしゃべる。

通訳すると、
「おいしいかったらそんなの別にいいじゃん。」だと思う。

「汚いなぁ、しゃべりながら話さないでよね。」
私はそんな矢口に呆れた顔をする。

こういうところは本当に子どものようだ。

内心もそうなら楽なのにね。

89 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時42分59秒
「いいじゃん。こんな昼飯くらいで堅いこと言わないでよ。」
矢口は麦茶で麺を流しこんでから、少しうざったそうな口調で言った。

「見てて汚いから嫌だ。」
私はその言葉にきっぱりと言い返した。

確かにここにはルールなんてものは存在しない。

好き勝手やればいいのかもしれない。
それに元々矢口は束縛されるのが嫌いなタイプなんだと思う。
けど相手を縛るのは好きなのにね。

「何それ?アハハハハ、そんな子どもみたいなこと言わないでよ。」
と矢口はツボに入ったのか腹を抱えて笑い出した。

言ったことは真面目だと思うが、どうも言い方が子ども染みていたらしい。
でもそんなことお子ちゃまに言われる筋合いはない。

「ガキに子どもって言われたくないんだけど。」
私は箸をテーブルに置き、頬杖をつきながら少し低い声で言う。

「はぁ?このセクシー矢口様のどこがガキなわけ?」
矢口もテーブルに箸を置き、ガンをつけるとケンカ腰の態勢になった。

けど私達は目が合うとすぐに吹き出して、しばらくそのことで笑っていた。

90 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時43分51秒
私は逃げることができなかった。
やっぱり死ぬは恐いし、この生活にもそれなりに満足していた。
だって私達は互いに深く触れ合わないから。

いつも微妙に避け合って、そして誤魔化すように笑うんだ。
それは曖昧な関係だけどこのゲームでは十分。
だって私達の関係は偽物だから。


ただ、それらしく模造しているだけなんだ。

91 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時48分14秒

同棲してちょうど1カ月目が過ぎた。


その知らせが来たのは随分と突発的だった。
私はソファーに座って今日の夕飯の献立について悩んでいた。

この頃何だか料理にハマってしまい、本を頼んで色々と勉強していた。

私は何事にも熱しやすく、冷めやすい性格なのだ。
だからどうせすぐに飽きると思う。
人でも物でも趣味でも、私は持続的にハマったことなんてない。

いつもすぐに飽きて捨てるんだ。
私は一生何にも心奪われないのかもしれない。
共同生活をしていて、そのことを確実に懸念してしまう。

でもそれは矢口にも言えることだと思う。
矢口は毎度のことながら朝からゲーム三昧だった。
だけどゲームをやっていても、すぐに飽きて新しいものに手を出す。
いつも一時的に熱中しているだけ。

そういうところは互いに似ているのかもしれない。

私は本から目線を外してテレビの方を見る。
そんなとき、不意に聞き慣れない電子音が部屋中に響き渡った。

私はとりあえず本を置いて辺りを見回す。
矢口もゲームを中断して怪訝そうな顔をしていた。

でも思い立ったように立ち上がると、突然電話の方へ走っていった。
92 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時51分18秒
それから少ししてFAXが送られてきた。
どうやらさき程の変な機械音は、FAXを受信するためだったらしい。
矢口は出てくる紙を微妙な顔つきで読んでいる。

どうやらあちら側のものらしい。
でもそれぐらいしか送ってくるとこなんてないか。

けれどFAXなんて初めてのことだった。

電話だってあっちからはない。
いつも私達の方から一方的に行なっていた。
それはまるで日常との接触を一切断ち切るかのように。

それは何だか隔離されたような気分にさせる。

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何かあったのか、矢口が突然大声で叫び出した。

私はその声に少し驚いて体が震わせた。
でもすぐに落ち着きを取り戻し、軽くため息をついたから、
「何かあったの?」といつも通りの平然とした口調で言った。

そんな私とは対称的に矢口は妙に興奮している。

目が合うとFAxを手にして、飛ぶようにこっちへ走ってくる。

「超マジすごいよ!心臓止まるくらいにビックリするって!」
と目を輝かせて手振り付きで力説された。
93 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)22時56分12秒
「で、何がそんなすごいわけ?」
大して興味もなかったけど、一応聞いてみることにした。

「聞きたい?すごく聞きたい?」
矢口は嬉しそうな顔をして詰め寄ってくる。

「いや、別に。」
「聞いたほうがいいと思うけどなぁ。」
矢口は最初不満そうだったが、すぐに腕を組んで得意気に笑う。

「特に興味ないし。」
私は冷静に言い放ってソファーに戻ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ!本当に聞きたくないの?」
矢口は私の前に回り込むと、少し焦った様子で聞いてくる。

「聞きたくない。」
「えぇぇぇぇ!ねぇ、聞いてよぉ。絶対いいことだからさ。」
矢口は私の服の袖を掴んで揺らす。

まるでダダをこねる子どもそのものだった。

それがあまりにしつこいから、私の方から折れてしまった。
「・・・・分かったよ。さっきのFAXの内容は一体何だったの?」

そう言うと、やっと矢口は袖を離してくれた。

94 名前:Be bewildered 投稿日:2002年09月09日(月)23時00分17秒
それからまた目を輝かせ、嬉しそうに笑いながら言った。
「なんと!?外でお買い物ができます!」

「ふ〜ん、それが?」
私にとってそれは興奮する程のことではなかった。
確かに多少の驚きはあったが、別にそれほど騒ぐことでもない。

「それが?じゃないよ!こんなの今まで初めてなんだよ!ホントにすごい
ことなんだって。」
と矢口の興奮は冷め切らないのか、今度は部屋中を駆け回りだした。

でも本当に矢口は嬉しいんだろうか。
いつものようにただのフリなんじゃないのか。

その心弾むような笑顔でさえ、私に猜疑心を抱かせる。

そう思ったら何だか軽く頭痛がした。
私はいつからこんなに人間不信になったんだろう。
前からこんなに疑い深くはなかった。

なのに、今は矢口を信じられずに疑っている。
その存在を避けて拒んでいる。
だからそんな自分に少しだけ嫌悪した。

でも元々、このゲームに信頼なんていらないんだ。
矢口は私の友達というわけじゃない。
勿論、仲間でもないし家族でもありはしない。

矢口は私の命を奪う敵。

そんなこと分かってるはずなのに。


なのに、この胸の奥が詰まるような感覚はなんだろう。

95 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月10日(火)00時09分56秒
>私はいつからこんなに人間不信になったんだろう。

そうか、そういう落とし穴もあるのね。
さあ外での買い物、どうなるのでしょうか?期待してます。
96 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月10日(火)04時44分10秒
やぐは無邪気な悪魔!
振りまわされるヤスがいいです。
97 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月10日(火)09時32分06秒
まあ、こんなゲームに巻き込まれたら、人間不信にもなりますね。
98 名前:とみこ 投稿日:2002年09月10日(火)17時41分58秒
外で買い物・・・保田が矢口に惹かれていく何かがあるのでしょうか?
それはやはり落とし穴なのか。。。。期待っ!
99 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月13日(金)22時43分08秒
>95さん 人間不信になった保田さんが外に出てどう変わるのか、それは
この話の一つの見どころだと思います。

>96さん 矢口さんの悪魔ぶり自分でも気に入ってます。
破天荒な矢口さんと常識的な保田さん、2人が正反対だからこそ多分この話
は成り立っているんだと思います。 

>読んでる人@ヤグヲタさん 確かにそうですね。
誰だって命賭けのゲームをしてたら人を信じられなくなるでしょうね。
まして、相手は何考えているか不明の人ですから。


>とみこさん この外での買い物は2人の関係に大きく影響を与えますね。
それはいい意味と悪い意味の両方あると思います。
100 名前:Out of yearning 投稿日:2002年09月13日(金)22時47分09秒
私は走り回る矢口からFAXを奪う。
ちゃんと内容を確かめたいと思ったから。
それに対して矢口は別段怒った様子はなかった。

どうやら完全に浮かれているようだ。

一方、FAXの内容はというと
『明日一日だけ外出することを許可する。
行動範囲は特に制限はない。
出発時間は午前10時に迎いを行く。
終了時間は午後12時まで、最寄りの駅まで迎いに行く。
その前の時間に戻ってきても構わない。
ただ二度と戻ることはできないので、よく考えて行動すること。
事故か何かで遅れる場合は必ず連絡を入れる。
天候による実行の中止はない。
買い物する際の種類や価格の制限はなし。
だが上限は50万円以内。
その他、特に制限される事柄はない。
現金は当日に手渡す。
キャッシュカードも同じ手法で渡すようにする。
                     以上』

101 名前:Out of yearning 投稿日:2002年09月13日(金)22時50分52秒
それが書かれたことの全てだった。
淡々と目的だけが書かれた簡潔な文章。
いかにもお国的な感じがした。

でも意外にも規制が緩いので私は少し驚いた。

もっと制限されていると思ったから。
それとも一日くらいは自由にさせてやろう。
とでも思っているんだろうか。

だけど相変わらず嫌味なところは変わっていない。

『ただ二度と戻ることはできないので、よく考えて行動すること』
もはやここまで露骨だともう嫌味の範囲を越えている。
でもこれを読んだとき情けないけど体が震えた。

忘れたいけどこれが現実なんだ。
私は命の賭かったゲームに参加している。
それは間違いない今の実状。

まるで狭いカゴに捕われた小鳥だ。
檻から見える空に憧れを抱いているだけ。
飛べる翼を持っているのに、死を恐れて逃げずにいる。

だから私は愚者なんだ。

でもムダに散らしたくはないから。

まぁ、別に大した価値もないこんな命だけど。

102 名前:Out of yearning 投稿日:2002年09月13日(金)22時53分22秒
このゲームに勝って貰える賞金は300万。
それが私の命の価値。
その値段が安いなのか、高いのかは分からない。

でも慰謝料とか保険にしては少し安いと思う。
きっと500万くらいは平均して貰えるだろうから。

でも私を300万出して買え、と言われたらこの値段は高いと思う。
自分でも買いたいとは思わない。

だけど現代はくだらない理由で人が殺される時代だ。
遊ぶ金が欲しかったとか、フラれたからとか、怒られたからとか。
親とか子とか関係なしに平気で殺人を犯してしまう。

今はそんな狂った世の中。

だから私みたいな人間に300万なんて、結構いい大金なのかもしれない。
でもそんな賞金のことを考えている場合じゃない。
先のことなんて分かりはしないから。

思うことはただ一つ、この外出がラストチャンスにはしたくない。
必ず生きて外へと戻ってみせる。

矢口は部屋を飛び回るのをやめて、不意に私の方へとは走り寄ってくる。
「ねぇ、明日が超楽しみだよね。」
とジャンプして肩を軽く叩くと、嬉しそうに笑いながら言った。

「あぁ・・・・そうだね。」
私は微かな笑みを浮かべて、静かな声でそう答えた。

103 名前:Merit or demerit 投稿日:2002年09月16日(月)22時48分02秒
電子音が耳元で鳴り響く。
私は意識が覚醒しないまま、手探りで音を止めようとした。
多少は悪戦苦闘しながら何とか音を止める。

でもそのまま二度寝する気にもなれず、私は上半身を起こした。

目覚まし時計を見ると9時と少しほど経っていた。
この時間に起きたのは久しぶりな気がする。
いつもお昼くらいまで寝ていることが多かったから。

私は軽く欠伸をしてから髪を掻き上げる。
隣を見ると、矢口の姿は既にベットからはなかった。
こういう行事には積極的らしい。

私はベットから抜けだして立ち上がろうとした。
そのとき軽く目眩がして体がよろけた。
思わずベットに片手をつき、目を瞑って深く深呼吸をした。

何だが全身がダルい感じがする。
それに頭の奥が響くような鈍い痛みを発している。
いつもクーラーの効いた部屋にいるから、調子を崩したのかもしれない。

にしてもタイミングが悪すぎるな。
こんな日にならなくてもいいのにと、私は一人苦笑を浮かべてた。

それから軽くため息をついてダイニングに向かった。

104 名前:Merit or demerit 投稿日:2002年09月16日(月)22時50分20秒
テーブルにはちゃんと朝食が並んでいた。

「おはよう、圭ちゃん!」
私の姿を見つけるなり、手を振りながら甲高い声で叫ぶ。

今日の矢口は一段とテンション高めだった。

「・・・・あぁ、おはよう。」
私はいつもより少し低めの声で答える。
元気な挨拶が出来る気分では到底なかったから。

矢口は鼻歌を歌いながら、既に化粧をして出掛ける準備をしている。
よほど今日のことが嬉しいらしい。
顔なんて見ていられないほどの笑顔だった。

だから喉の奥まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「今日は具合悪いから行きたくない」という言葉を。

私は密かに小さな溜め息を吐いた。

別に本当のことを構わないような気もする。
矢口が悲しかろうが何だろうが、別に受け流せばいいだけのこと。

でも今の私は矢口の為に無理しようとしている。
平気な顔して一緒に出掛けようと思ってる。
それには何のメリットもない。

そこまでする意味が一体あるのか、私には分からない。

105 名前:Merit or demerit 投稿日:2002年09月16日(月)22時58分32秒
ただ
きっと断ったら矢口は笑うだろうから。
悲しいはずなのに、何もなかったように笑うだろうから。

その顔を見るのが嫌だった。

まるで約束を破ったときの親みたいだから。
正当な理由があるのになぜか罪悪感を感じてしまう。
こっちは別に間違っていないはずなのに。

でも心を痛ませる殊勝な親なんて、今のもういないかもしれないけど。
子どもは傷ついても平気で笑ってるんだ。
それに気づかずに親も何事もなかったように笑う。

矢口はそういう面では、本当の子どもなのかもしれない。

だから・・・・恐いんだよ。

106 名前:Merit or demerit 投稿日:2002年09月16日(月)23時01分08秒
私はテーブルに置かれた食パンを手にとった。
正直、あまり食欲がなかった。
けど食べないと変に心配されそうだから。

私はパンを口に入れてオレンジジュースで流し込んだ。

矢口は部屋の時計を見ると、慌てた様子で部屋の奥に行ってしまった。
きっと着替えと髪のセットに行ったんだと思う。
私は矢口がすぐに戻ってこないのを見越して、薬を探すことにした。

さすがにこのままでは辛いすぎるから。
この部屋には元々なのか、薬やハンドエイドが備わっている。
ならば風邪薬ぐらいあってもおかしくない。

私は静かに棚を開けて薬を探した。
とりあえず総合の風邪薬を飲むことにした。
私は何とか朝食を食べ終わえて、素早く風邪薬を飲んだ。

見つかったら何を言われるか分からない。

朝と夜だけ飲めばいいと書いてあったから、お昼は多分大丈夫だと思う。
でもそれはその薬が効けば話だけど。

私はすぐに薬を棚に戻し、何事もないような顔をしてテーブルに戻る。
それとほぼ同時だった。

矢口がダイニングに戻ってきたのは。
107 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月17日(火)21時13分54秒
確かに、断っても矢口は笑顔を見せてくれそうですね。
でも、断った側としては、怒ったり泣いたりされるより、
笑顔で許される方が辛いかも・・・。
無理する圭ちゃんの気持ちがなんか判る・・・。
108 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月18日(水)22時42分33秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 断っても笑うだろうというのは、それは
保田さんの勝手な解釈にすぎないんですよね。それでも付き合ってあげる
のは、少なからず心の変化も影響していると思います。
109 名前:Bonus stage 投稿日:2002年09月18日(水)22時47分46秒
思ったより速く戻ってきたなと思った。
もっと時間ギリギリまで髪型にこだわるかと思ってから。
矢口ってそういうタイプぽっいし。

でも今日は髪を普通に下ろしているだけだった。
いつもは二つ結びとかにしているから、妙に大人びて見えた。
髪は普通だけど服はかなり外行き用だった。

この気合いの入り具合から考えて、やっぱり言わなくて正解だと思った。

矢口は少し丈の短い白いチェニックに細身のジーパン。
首には十字架のネックレス、それに珍しく耳にピアスをしていた。
両方の指にはシルバーの指輪が2、3個はめられている。
二の腕には黒いチョーカーが巻き付いていた。
肩にはピンク色した革製の小さなポショットを下げている。

格好は今時のギャルって感じだろうか。
けれども違和感はなく、結構似合っていると思う。

「圭ちゃんも早く着替えなよ。もうあんまり時間ないんだから。」
矢口は時計を軽く見てから落ち着かない感じで言った。

「はいはい。私はすぐに終わるから大丈夫だよ。」
私は朝食のお皿をキッチンに戻し、それから着替えることにした。

110 名前:Bonus stage 投稿日:2002年09月18日(水)22時50分12秒
とはいえ矢口ほど凝ったものではない。
それでもいつもよりはかなりオシャレしている。
普段はTシャツにジャージだから。

今日は上は七分袖の黒のシャツ、下は灰色に近い黒のデニムパンツにした。
それと腕には白を基調とした時計をする。

この時計はあの面接をするときにつけていたものだ。

する機会がなかったので今までしていなかった。
服装は少し堅い感じがするけど、あまり派手なのは好みじゃない。
これでも私にしてみれば外行きだ。

でも矢口はなぜか不満そうな顔つきだった。

「えぇっ!もっと華やかにしようよ、せっかくのお出かけなんだからさ。」
「派手ならいいってわけじゃないでしょ。あっ、髪とかさないと。」
私は誤魔化すように洗面所に方へ逃げた。

そしてリビングに戻ってきたとき、時計の針は10時を指していた。
すると、まるで計ったかのようにチャイムが鳴った。

「あっ、は〜い!」
矢口が玄関に向かって駆け出していく。

私は軽くため息をついてから、ゆっくりとその後を歩いていった。



そして、長い一日が始まった。

111 名前:Bonus stage 投稿日:2002年09月18日(水)22時53分37秒
ドアを開けると、そこにはスーツを着たサラリーマンぽっい男がいた。
私はその男に見覚えがあった。
あの顔は一生忘れることはないと思う。

このゲームに参加するキッカケになった、人を嘲笑うような目をした男。

それは相変わらず変わっていなかった。
男は私に向かって笑いかけてくる、それに私はやはり嫌悪感を覚えた。

「お久しぶりですね、保田さん。」
ドアの前にいたのは第一印象最低オヤジ、和田だった。

「あぁ、それから矢口さんも。」
オヤジは思い出したように矢口の方に向いて挨拶する。

「矢口はついでかよ!」
警戒している私を余所に、矢口に平然とオヤジと話していた。

おまけにツッコミまで入れている。

オヤジは私の方を向き直って話しかけてくる。
「そんなに嫌な顔しないでくださいよ、あのときは少し荒すぎたと反省して
いるんですから。」

私はそんな露骨に嫌な顔をしていたんだろうか。
オヤジは頬を軽く掻きながら、困ったような表情をしていた。

でもその言葉はきっと本心じゃない。
とりあえずの社交辞令な言葉、そうとしか私には思えなかった。

反省なんてしているはずがない。

112 名前:Bonus stage 投稿日:2002年09月18日(水)22時58分27秒
「さて、そろそろ行きましょう。時間は有効に使わない勿体無いですよ。」
オヤジは自分の腕時計を見ると、軽く微笑んで私達を軽く促した。

「あっ、そうだよ!今日はたくさん遊ぶんだから。」
矢口は私の腕を掴んで嬉しそうに笑う。

「下に車を用意してありますから、行くところまで乗せていますよ。」
と言ってオヤジはエレベーターの方へと歩いていく。

私は矢口に腕を組まれて引っ張れていった。

マンションの外に出ると、眩しい太陽の光に思わず目許を手で覆った。
少しして慣れてから上を見上げると、そこには綺麗な青空が広がっている。
夏の太陽は白く輝いて私達を照らしている。
それから思いだしたように風が吹いて髪を優しく撫でる。

冷静に考えれば一カ月ぶりの外の空気だった。

でも思ったほどの感動はない。
ただ、久しぶりに田舎に帰ったような懐かしさを感じた。

113 名前:Bonus stage 投稿日:2002年09月18日(水)22時59分37秒
「そこに止まっているのがそうですよ。」
とオヤジは高級そうな黒い車を指差して言った。

政治家とかがいかにも乗ってそうな車だ。
そして私達がそこまで行くと、タクシーの運転手みたいな人が出てきた。
お仕えの運転手といったところだろうか。

私達に軽く会釈をすると、後部座席のドアを開けてくれた。

「さぁ、どうぞ。」
オヤジは妙に楽しそうに笑いながら言った。

私はどうも釈然としない気分だったが、とりあえず車の中に乗り込んだ。
矢口はというと見た限りでは特に警戒した様子もない。
それとも得意のポーカーフェイスだろうか。

そんなことを考えている間に、オヤジが助手席に乗り込んでいた。


運転手は全員が乗ったことを確認すると、車を発進させた。

114 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
川o・-・)ダメです…
115 名前:Crazy drive 投稿日:2002年09月23日(月)22時41分07秒
それからすぐにオヤジが後ろに振り返り、私達にアイマスクを渡してきた。
「お手数なんですが、それつけてもらえますか?」

その言葉に私達は顔を見合わせる。

矢口は少し複雑な表情をしていたが、別に抗議もせずアイマスクをした。
私もそれに習って何も言わずにそれを装着する。

「上からの申し出でしてねぇ。ここの場所を知られると、何か色々と困る
そうなんですよ。」
ため息と共に乾いた笑い声が聞こえてきた。

オヤジも所詮はただの使い捨ての駒なのかもしれない。
でもそれは私達にもいえることだった。
いくらだって代わりはいる。

・・・・やっぱり普通じゃないな。
私は改めて自分の状況の異常さを思い知らされる。

116 名前:Crazy drive 投稿日:2002年09月23日(月)22時42分19秒
「それで今日はどういうコースで行くつもりなんですか?」
いきなりオヤジは普通の会話をしだした。
それに矢口も合わせるような感じで受け答えをする。

「予定だと表参道から渋谷に出て、それから原宿、新宿と行くつもり。」
「それでは表参道まで行けばいいんですね。そして最後は新宿で待って
いればいいんですか?」
二人はそんな軽い調子でこれからの予定を話していた。

「では、横浜の方へは行かれないんですか?」
オヤジの一言で矢口の顔つきが変わった気がした。

「・・・・・行かないよ。あそこにはもう二度と行かない。」
そして珍しく張りつめた真剣な声で言った。

私は二人の話を聞き流しながら、背もたれに寄りかかっていた。
そして軽く目を瞑ると睡魔に襲われた。

だからそれ以上の続きは聞くことができなかった。

117 名前:Crazy drive 投稿日:2002年09月23日(月)22時45分04秒
私は真っ黒の空間に浮かぶように立っていた。
そこは何もない、何の音もしない無の空間に思えた。

「・・・・ん・・・・。」
でもどこか遠くの方から小さな声が聞こえてきた。

けれど遠いからなのか、その声はあまり明確ではなかった。

でも不思議と恐怖感はなかった。
逆にその声に応えないといけないように思えた。

「・・・け・・・・・・・ちゃん・・・・。」
私は声がする方へ導かれるようにして歩いていく。

闇しかないこの世界を私は思うままに進む。
正しいかなんて分からない。
ここには存在するものは闇だけだから。

でもまるで体が道を知っているかのように、迷うことなく足が動く。

声は段々と大きくはっきりと聞こえてきた。
それからどれくらい歩いたのか、闇の中に一人の女の子が見えた。

118 名前:Crazy drive 投稿日:2002年09月23日(月)22時47分39秒
「・・・・っ・・・ひっく・・・うっ・・・。」
近づいていくと、その女の子はしゃがんで泣いていた。
でもそれは女の子というより少女のようだ。

別に根拠があるわけではないのが、少女はどこか悔しそうだった。
ただ直感的にそんな感じがした。

そして、私がその子の真後ろに立ったときだった。
「・・・くっ・・・ズル・・いよ・・・け・・い・・ちゃ・・ん・・・。」

途切れた言葉だったけれど、確かに少女はそう言った。
私の名前を呼んだのだ。

それを聞いたとき、なぜかこの少女を抱きしめたいと思った。
心の底からひどく愛しく思えたのだ。

「死ん・・・じゃ・・イヤだよ・・・うっ・・・けいちゃん・・・。」
私が後ろから包み込むように少女を抱きしめる。

壊れ物を扱うみたいに優しく抱いた。

すると少女の柔らかな温もりのせいか、不思議なほど心が満たされる。
でも突然、白い光が輝いて暗闇の世界を眩しく照らした。
少女がゆっくりと私の方へと振り返ろうとする。

その顔はもう少しで見えそうだった。

119 名前:Crazy drive 投稿日:2002年09月23日(月)22時51分11秒
でも残念ながらそこで夢は終わってしまった。

「・・・・ちゃん!圭ちゃんってば!もう着いたから起きてよ!」
聞き覚えのある声が私の名前を叫んでいた。

体を何度か左右に揺すられて、私の意識はやっと覚醒した。
既にアイマスクを取られている。
軽く欠伸をして首を横に向けると、不機嫌そうな矢口がいた。

「あぁ・・・・なんだ矢口か。」
「なんだ矢口か、じゃないよ!時間がないんだから早く行こう。」
まだ上手く回転しない頭に矢口の甲高い声が響く。

かき氷の早食いをさせられたような気分だ。

「はいはい、今行くよ。」
私は大きくため息をつくと、なまった肩や首などを軽く回した。
どうやら今までずっと熟睡していたらしい。

体の調子が悪いからだろうか。
それにしても一体さっきの夢は何なんだろう。
もしかしたら予知夢なのかもしれない。

あれがこのゲームの結末とでもいうのだろうか。
ならかなり最悪な最終回だ。

それに夢の中の少女はどこか矢口に似ていた。


だから余計に胸くそ悪いんだよ。

120 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月24日(火)09時46分47秒
いよいよ次回から、本格的に圭ちゃんにとって長い一日(?)が始まりですね。
いったいどんなコトが待ち受けているんだろう・・・楽しみ。
121 名前:名無し虫。 投稿日:2002年09月24日(火)23時46分46秒
うあぁ・・・いいところで切られたぁ・・・
お話しの中にどんどん引き込まれます。
マターリと続きを楽しみにしてます。頑張ってください。
122 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月26日(木)05時01分58秒
人としての尊厳を守るためにはこの場合自決しかないかと。
123 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月27日(金)15時15分46秒
圭ちゃんがいつ矢口に心動いてしまうのかハラハラドキドキです!
続きを楽しみにしてます。頑張ってください。
124 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年09月27日(金)22時52分43秒
>読んでる人@ヤグヲタさん いよいよ、というかやっと出掛けられます。
ここでは保田さんの心に大きく変化が訪れると思います。
楽しんでもらえるよう試行錯誤して書いてます。

>名無し虫。さん 自分ではいいところで切ったつもりはないです。
いつも適当なところで切って書いてますから。
これからもマイペースでがんばっていきたいです。

>名無しさん この話の保田さんは自決しそうなタイプですね。
でも1人で死ぬも何だから、きっと矢口さんと一緒に無理心中しそうな気も
します。

>名無し読者さん 保田さんの心の動きは、このお出掛け編の見どころの
一つだと思います。それに矢口さんの過去も少しだけ明らかになるので
結構この話では重要なところです。

125 名前:Go out in omotesandou 投稿日:2002年09月27日(金)22時58分24秒
「それじゃこれお財布ですから。中に現金五万円とクレジットカードが
入ってます。」
オヤジが後ろを向いて黒い財布を二つくれる。

「ちゃんと時間通りに戻ってきてくださいよ、でないと怒られるのは自分
なんですから。」
それから少し不安げな表情をしてルールの再確認をした。

「分かってるって。もう出掛けていいんでしょ?」
矢口は財布を自分のポッシェトに入れると、待ち切れない様子で言った。

「いいですよ。どうぞ一日遊んできてください。」
オヤジのその言葉と共に、矢口は外へと飛び出して行った。

私もその後に続いて出ようとしたときだった。

「あっ、そうだ。変なこと考えないでくださいね、ムダですから。」
オヤジは思い出したように私に向かってそう言った。

全てを見透かしたような笑みを浮かべて。

126 名前:Go out in omotesandou 投稿日:2002年09月27日(金)23時01分30秒
逃げ出したとしても、お前達を捕まえなんて容易いことなんだよ。
とでも言いたいんだろうか。

それとも

代わりなんてたくさんいるんだから平気で殺すよ。

どっちの意味でも、逃げたら絶対いいことがなさそうだ。

それにしても本当に心底腐りきってる奴だと思った。
私は何も言わず、ただ敵意を込めてオヤジを強く睨みつける。
一緒に話すことでさえ嫌気を覚える。

オヤジはそれに全く動じず、逆に鼻で笑うような表情を見せた。

しばらく私達はそのまま佇んでいた。

127 名前: Go out in omotesandou 投稿日:2002年09月27日(金)23時06分26秒
「もう!何やってるんだよ、早く出てきてよ!」
今だ車内にいる私に痺れを切らしたのか、矢口に外へ引っ張り出される。

「ん?あぁ、ごめん。ちょっと色々あってね。」
私は少し低い声で言ってから、横目でオヤジを睨みつけた。

「時間あんまりないんだからさぁ、もっと急いでいこうよ。」
矢口は腕を組んで不満そうな顔をしている。
「分かった。今度から気をつける。」

オヤジが車の窓を開けて、軽く手を振りながら私達に笑いかける。
「では、楽しい一日を。」
と嫌味なほど微笑みを浮かべて言った。

そして、車は何事もなかったかのように走り去っていった。

128 名前:Go out in omotesandou 投稿日:2002年09月27日(金)23時07分46秒
「圭ちゃんって意外に挑発に弱いよね。」
矢口は車の姿が消えてから、独り言のように呟いた。

「あのオヤジだけ特別だよ。」
私は吐き捨てるような悪態をついて言った。

そう、自分でも驚くほど相手の挑発に乗っている。
いつもの私なら簡単に受け流せるはずなのに。

「それは置いといて。今日は一日ぶっ倒れるぐらい楽しもうよ!」
矢口はもう気持ちを切り替えてはりきっている。

そして、相変わらずのハイテンションで歩き出していく。

「ほどほどに楽しむようにするよ。」
と私は疲れた笑いを浮かべた。

でも、今はそういうところに少し救われてる。

129 名前:Go out in omotesandou 投稿日:2002年09月27日(金)23時12分16秒
降ろされた場所から5分くらい歩くと、表参道の駅が見えてきた。

青々とした杉の並木道が見た目にも美しい。
まるでテレビのセットのような街だった。
日本というより、ヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している。

そういう不思議な雰囲気の街だ。

今日は確か平日のはずだけど、夏休みのため多くの人で賑わっていた。
「ひゃぁ〜!表参道なんてかなり久しぶりだよ。」
矢口は辺りを見回しながら、さっきから一人で歓声を上げている。

まるで子どものようにはしゃいでいた。

「恥ずかしいからそんなにキョロキョロしないでよ。」
私は矢口の服の袖を引っ張り、他人のフリをしながら忠告する。

「いいじゃん!久しぶりの外出なんだよ?それよりどっかでお茶しよ。」
けれどもその忠告は気にも止められずに受け流された。

「はぁ・・・・。別にいいけど、ちょっと喉が乾いてるから。」
それにこの興味と白けた視線から逃げ出せるならね。
と私は内心密かに言葉を付け加えた。

「じゃぁ、いいお店知ってるから行こうよ。」
矢口は私の気持ちも知らずに楽しそうに笑っている。


これはまだまだ先が思いやられるな、と思った午前11時30分。

130 名前:Orange the world 投稿日:2002年10月01日(火)23時22分31秒
矢口の案内で着いたお店は、裏道にひっそりと佇んでいた。
コンクリートの打ちぱっなしで造られた銀色の建物。
近代的な感じのするお店だった。

「ここでいいの?」
私は矢口に一応確認をする。
でも仮に間違えたとしても、たかがカフェだから別にいいけど。

「うん、合ってるよ。雑誌で見たのと全く同じだから。」
矢口はかなり満足げにその建物を見上げていた。

「ふ〜ん。で、入らないの?」
私が少し先に歩いて促すと、矢口は慌てたように走ってくる。

「あっ、そうだね。つい見惚れちゃってた。」
そして照れくさそうな笑いを浮かべていた。

店内に入ると、そこは全てがオレンジ一色に染まっていた。
壁から細かいインテリアに至まで統一されている。

私はその奇妙さに呆然としていた。

すると、矢口に服の袖を軽く引っ張られる。
「どうしたの?入らないの?」
それからさっき私が言った言葉を逆に言われた。

「あぁ、ごめん。ちょっとすごいなぁと思ってさ。」
我に返えると苦笑を浮かべて返した。

それから店員さんに席へと案内された。

131 名前:Orange the world 投稿日:2002年10月01日(火)23時25分55秒
まだピーク時ではないのか、そんなに人は入っていなかった。
私達はソファー席に向かい合うように座る。
これもまたオレンジ色をしていて、一人で座るには少し大きかった。

ふと後ろを見ると、柔らかい光を放つスタンドが置いてある。
矢口は早くもメニューを開いて読んでいる。
雰囲気を楽しむ気はないらしい。

それから店員さんが水を持って来ると、ついでに注文を聞かれた。
「ご注文のほうはお決まりですか?」
「あっ、えっと、シフォンケーキとハーブティーのケーキセット。」
と矢口は既に決まっているらしくメニューを指差していた。

「そちらのお客様は?」
と今度は店員が私の方に向いて言った。

私は矢口のところからメニューを引き寄せて軽く眺めた。
でも特に頼みたいと思わせるものはない。

「コーヒーとシフォンケーキで。」
私は無難なところでコーヒーと、小腹が空いたのでケーキを頼んだ。

店員は私達の頼んだものを確認して行ってしまった。

132 名前:Orange the world 投稿日:2002年10月01日(火)23時28分18秒
矢口が軽いため息をついて、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「結構いい感じでしょ?雑誌で見たら気にちゃってさ。」
「まぁ、悪くはないんじゃない。」
最初はオレンジ一色で統一されてるなんて奇抜だと思った。

でも今はすごく暖かくて、良いところだと感じてる。

注文したものは思ったほど早く来た。
それらがオレンジ色したテーブルに置かれる。

コーヒーは思ったよりも大きめのカップに入っていた。
そしてハーブの匂いなのか、涼しげで甘い香りが鼻をくすぐる。

「うわぁ〜!めちゃくちゃおしいそうじゃん。」
矢口は軽く腰を浮かせて、前のめりになるほど身を乗り出す。

「はいはい。分かったから少し落ち着きな。」
私は相変わらずテンションの高い矢口を冷静に諭す。

けれどその忠告はムシされて、矢口は早速ケーキに手を出していた。

よほどおいしいのか食べる度に声を漏らす。
私はコーヒーを飲みながら、矢口について色んなことを思っていた。

おいしいそうに食べるなぁとか。
きっと親になったらこんな気分なんだろうなとか。
ケーキこどきで幸せそうな顔をするなよとか。

そんなとき、不意に私は車の中での2人の会話を思い出した。

133 名前:Orange the world 投稿日:2002年10月01日(火)23時30分31秒
曖昧な記憶にだけど引っかかる言葉があった。

「そういえばさぁ、車の中で横浜が嫌いとか言ってなかった?」
私はコーヒーの香ばしさと苦さの堪能を中断し、軽い気持ちで話かけた。


すると一瞬だけ矢口の顔が強張る。
だけどすぐにほぐれていつものように笑い出した。

「えぇ?そんなこと言ったっけ?聞き間違いじゃないの。」
それは明らかに何かを隠している感じがした。

だって目が全然笑っていない。

「別に話したくないならいいけどさ。余計なこと聞いて悪かったね。」
私はそれ以上追求することなく、話そこで流すことにした。

別にさほど興味のあることではなかったから。
それに他人の事に深く介入する気はない。

でもその話をしてから、矢口は何もしゃべらなくなった。
ただずっと黙って俯いていた。

それは考え込んでいるのか、私に対しての嫌味なのか。
それとも何か思うことがあるんだろうか。

横浜に。

134 名前:Orange the world 投稿日:2002年10月01日(火)23時32分16秒
私は平然とコーヒーを飲みつつ、たまにケーキをつまんでいた。
こっちから話しかけてもムダだと思ったから。

それは私がケーキをちょうど食べ終わった頃だろうか。
矢口は長いため息をついてから、ゆっくりとその顔を上げる。
その表情は何かを決心したようだった。

私と目が合っても逸らさずに、まっすぐ見つめ返してくる。

それから少し苛立ったような口調で言われた。
「ホント余計なこと聞くよね。」

でもその苛立ちは私にというより、自分に対してのように思えた。

135 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月03日(木)16時36分53秒
次回、矢口の過去が聞けるかな?
136 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年10月07日(月)23時02分27秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 全てはないですが、その手がかりになる
ようなことが起きると思います。

137 名前:Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時07分28秒
「だから聞いたのは悪かったって思ってるよ。」
私はコーヒーを一口飲んでから、落ち着いた声で矢口を諭す。

「悪いと思うなら聞くなよ・・・・・昔のこと思い出しちゃったじゃん。」
矢口は顔を逸らして独り言のように呟いた。

昔のことって一体何。
その言葉が気にはなったが、聞くと面倒くさそうだからヤメた。

「たっく・・・・・横浜は地元だから帰りたくないんだよ。」
矢口は頭を掻きながら吐き捨てるように言った。

「地元?横浜が?」
その言葉は多少なりとも私の関心を引くものだった。

138 名前: Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時11分22秒
「そう。家族や友達とかの思い出がいっぱいあるし、懐かしくてとっても
好きな場所なの。そこに今更行ったって、虚しくなるだけじゃない?
美しい思い出は心の中に閉まっておけばいいんだよ。だから行きたくない。
どう?素晴らしい答えで満足でしょ。」
矢口は突然前に身を乗り出すと、捲し立てるような早口で言った。

「・・・・あぁ、とっても満足できるお答えだった。」
私は矢口の肩を押し返してから、軽くため息をついて言った。

もう少し冷静な会話はできないんだろうか。
まぁ、期待してないけど。

「どうしてオイラは教えちゃったんだろ。バカだな・・・・・本当にさ。」
私がソファーに座り直していると、矢口は不満そうな呟きが聞こえた。

自分でも納得がいかないのか不機嫌そうに舌打ちをする。

確かに自分のことを話す矢口は初めてだった。
他人のことは知りたがるくせに、自分のことは一切話さない奴だから。

「・・・・・なら行こうか、横浜。」
私は軽くため息をついてから、静かな口調でそう切り出した。

139 名前:Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時12分55秒
そう言い出したのはなぜだろう。
自分でもその言葉の真意は分からなかった。
不意に横浜へ行きたいと思った。

別に何か不粋な考えがあったわけではない。

「何?それって嫌味?」
矢口は露骨に鼻で笑ったような表情をする。

「そう思われても仕方ないけど、別にそんなつもりはないよ。」
「なら、一体どんなつもりなわけ?」
矢口は挑発するような視線を私に向けて嘲笑う。

けれどその笑みには、なぜか嫌悪感というものがなかった。
きっと何だか自虐的な感じがするから。

「ただ横浜に行きたいだけ・・・・・他に何か理由がいる?」
私は勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべて言った。

こんなの理由にならないのは分かってる。
自分でも無茶苦茶なこと言ってる自覚もあった。
だけどきっと矢口は納得する、そんな変な確信も自分の中にはあった。

「そんなの全然理由になってないじゃん。」
矢口は軽くテーブルを叩くと、憮然とした態度で立ち上がった。

「まぁ、そうかもね。」
その反対に私は焦らすくらいゆっくりと立ち上がった。

140 名前:Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時17分33秒
矢口が会計の書いてある紙を手で弄びながら言う。
「ならせめてオゴってよね。」
「ヤダ、絶対に割り勘。お金あるんだから払えるでしょ。」
私は矢口の言葉を聞き流してレジへと向かう。

「わざわざ横浜行ってあげるんだから、それぐらいしてもいいじゃん。」
矢口は不満そうに言いながらも財布からお金を取り出す。

「合計で2573円になります。」
レジで店員さんに言われた金額は結構高めだった。

「これでお願いします。」
私は財布から一万円を取り出してトレーに乗せる。

「なんだよぉ。割り勘とか言ってさ、結局おごってくれるんじゃん。」
矢口は嬉しそうに笑いながら肘で小突いてくる。

「だからおごらないって。こまかいのがないから払っただけ。」
私は変な勘違いをしているようなので解説する。

「セコっ!」
と矢口はまるでコントのようにその場でコケる。

別にお金はたくさんあるんだから、払ったって問題ないと思うけど。
こういうところは本当に分からない。

141 名前:Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時22分37秒
「仲のいいご姉妹ですね。」
とおつりを返されるとき、レジの店員さんにそう言われてしまった。

傍から見るとそんな感じなんだろうか。

「姉妹じゃないですよ。二人は愛ある恋人同士なんです。」
不意に矢口が横から顔を出すと、人差指を唇に当てて店員さんに囁いた。

「バカッ!何言ってんだよ!」
耳が一気に熱くなるのを感じて、私は声を張り上げた。

「まぁ、秘密なんですけどね。」
矢口はイタズラっ子のように笑って、逃げるように店内から出ていった。

「あいつの言ったことウソですから!全然気にしないでくださいね。」
唖然としている店員さんを他所に私も素早く店を出た。

142 名前:Make up one's mind 投稿日:2002年10月07日(月)23時23分33秒
外に出ると小雨が降っていた。
そして、笑いを堪えたような顔した矢口が立っていた。

「アッハハハ・・・くっ・・ぷはぁ・・ハハハ、超おもしろいんだけど。」
と私が出てきたと同時に糸が切れたように笑い出した。

「アホらしい、あんなこと二度と言わないでよ。」
すごく呆れているはずなのに、なぜだか少しだけ笑えた。

「それじゃ行こうか、横浜へ。」
矢口は笑い終えるとすっきりとした顔をしてた。

私にはその笑っていたことが、踏ん切りをつけるための行為に思えた。

143 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月08日(火)22時40分09秒
更新ありがとー。
なんか圭ちゃんが素敵。
144 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月13日(日)14時41分36秒
初めて読みました。
おもしろいです。
話の内容とか。
頑張ってください。
145 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年10月14日(月)22時36分15秒
>143の名無し読者さん あんまり更新できなくてスイマセン。
保田さんはクールなカッコ良さを目指しているので、そう言ってもらえる
と嬉しいです。

>144の名無し読者さん 読んでくれてありがとうございます。こんな
マイナーカップリングの話ですが、これからも読む人に飽きられないよう
がんばっていきたいです。

146 名前:While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時40分09秒
私達はととりあえず一度本道に出ることにした。
雨が降ってきたからか、さっきよりも人出は少なくなっている。
でも人混みはあまり好きじゃないから好都合だった。

「横浜ってことは・・・・東急東横線か。なら渋谷に行くしかないね。」
だから私は普通に表参道駅に向かおうとした。

「渋谷までなら歩いたほうがいいよ、そんな時間もかからないし。」
けれど矢口はそんな私の袖を掴んで引き止めた。

「まぁ、別にいいけど。」
歩くのも悪くないかと思ったから、矢口の提案を飲むことにした。

雨だってそんな降ってないから。
でも数分後、私はその言葉を激しく後悔することになる。

突然夕立のような雨が降ってきたのだ。

まだ街にいた人達もさすがに適当に店へ避難していく。
道に立っているのは私達くらいだ。
雨足は強くなるばかりで一向に止む気配はない。

「圭ちゃん、走ろっか!」
不意に矢口が私の手を掴んで勢いよく走り出した。

「おいっ!ちょ、ちょっと待ってよ。」
私はその突拍子もないことに驚きながら、引っ張られるようには走り出す。

147 名前: While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時43分01秒
雨はどんどん服に染み込んでいきその質量を重くする。
街はもう全く人がいなくなっていた。
私は矢口に手を引かれながら、雨弾くコンクリートの道を走る。
ズボンに水がかかるけど既に全身がずぶ濡れだった。

でも体の熱がどんどん奪われていくのに、手だけは生温かかった。

しっかりと二人は手を握って繋がっていた。
最初はバカみたいだと思っていたけど、今は妙な爽快さを感じてる。
誰もいない街を駆け抜けるのがおもしろかった。

そんなとき矢口が急に後ろに振り返る。
その顔は本当に楽しそうに、無邪気に笑っていた。
私は不意なことに思わず胸が高鳴った。

だって、それが矢口の本当の笑顔のように思えたから。

けど胸の高鳴りなんて認めたくないから、強引に気のせいだと思い込んだ。
でもそのとき本気で心の底から思ったんだ。

このままどこかに行きたいと。

そんなとき急に雨が目の中に入って視界を歪ます。
私は空いている手で顔を拭ったときには、矢口はあれが夢に思えるくらい
平然と前を向いて走っていた。

148 名前:While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時47分58秒
それから数分しないうちに私達は渋谷駅に着いた。
道行く人たちが奇妙なものでも見るような視線を向ける。
その頃にはもう雨は止んでいて、空には嘘のように太陽が輝いていたから。

つまり今の私達はどう見ても異様だ。

「はぁ・・・あぁ・・・くはぁ・・・バカ・・・じゃ・・ないの?」
私は中腰になり膝に手をついて、荒い息を吐きながら遅い文句を言った。

「っぁ・・・はぁ・・・・・でも・・・楽し・・かった・・・でしょ?」
矢口も言葉を途切れさせていたが、顔は満足したように笑っていた。

そのとき人々の白けた視線なんて気にならなかった。

矢口は全く気にした様子はなく、服を絞って水気を切っていた。
「あぁ〜あ、下着透けちゃってるよ。どう?ちょっとSEXYでしょう?」
と唇を前に突き出して、自称セクシーポーズをしながら言った。

「いや、全然、全く、微塵も色気なんて感じない。」
私は真剣な顔で即答した。

「最悪。普通はお世辞でもいいから言うもんじゃない?」
「はいはい、気が利かなくて悪かったね。」
そんなやり取りをしながら、私達は駅の中に入っていった。

149 名前: While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時51分42秒
そして横浜まで切符を買おうとしたら、矢口に石川町まで買えと言われた。
本人曰く「横浜はショッピングモール中心で、観光するには石川町まで行く
方が絶対にいいよ。」とのことだった。

そんなことを人差し指を左右に振り、得意気な顔をされて言われた。
私はそれに適当に相槌を打ち言う通りにする。
もし変に逆らったりすると、色々と文句を言われそうだから。

それから東急東横線のホームで電車を待つ。
電車の流れは早いようで10分ぐらい待ってやってきた。
乗り込むと夏休み効果で人が多いので、椅子に座ることはできなかった。

でも何にしても濡れてる私達に座る権利はない。

電車に乗っても人々の好奇の視線は相変わらず続いていた。
けれど蒸し暑いこの気候のせいで、思ったよりも服の乾きは早い。
その視線は時間が経つにつれて逸れていった。

電車は一度大きく揺れて動き出した。

150 名前:While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時54分04秒
「はぁ〜、マジで横浜なんて久しぶりだよ。」
矢口は大きなため息をつき、軽く下唇を噛んで言った。
それは少し緊張しているように見えた。

「なら行かなきゃいいじゃん。」
私は自動ドアに寄りかかると、まるで人事のように言った。

「ここまで来て行かないのもヤダよ。っうか自分から誘ったくせに。」
矢口もドアに寄りかかり、腕を組んでこっちを睨んだ。

「まぁね。でも別に強制じゃないよ。」
「そりゃさぁ、行くって決めたのは自分の意志だよ。でも勧めたのはそっち
じゃんか。」
「だけど誘いに乗ったのは自分の責任でしょ?」
私にはその会話が今の現状を表わしてるように思えた。

このゲームに参加を決めたのは自分。
強制されたわけじゃなく、自ら望んだのは紛れのない事実だ。
だから誰を責めるわけにもいかない。

「・・・・決めたのは自分なんだから、仕方ないってことか。」
矢口は後ろに流れていく景色を見ながら静かに呟いた。

「まぁ、そういうことだね。」
私は軽くため息をついてから小さく舌打ちをした。

それから二人はの会話は止まってしまった。

151 名前:While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時56分45秒
ふと矢口はドアから身を離すと、私の耳元に唇を寄せて囁いた。
「ねぇ、このままどっか逃げちゃおっか?」
私はその言葉に普通に驚いた。

それがあまりに唐突なのもだけど、矢口が言い出したことでより驚いた。
逃げようだなんて、絶対に言わない言葉だと思っていた。
それとも私の出方を伺うつもりなんだろうか。

「はぁ?逃げるってどこに?」
私は顔色を変えずに一応小声で返答する。

「場所なんてどこだっていいよ。ただどっか遠くに行きたいだけ。」
矢口の息が耳元にかかって、何だか全身がこそばゆくなった。

「そんなことして爆弾は早押しされないの?」
私には当然その疑問が頭に浮かんだ。

「きっとされるだろうね。」
すると矢口は当たり前のように即答した。

「それで私が行くと思う?」
「いや、思わない。」
私は呆れてしばらく次の言葉が出でこなかった。

152 名前:While traveling a rainfall 投稿日:2002年10月14日(月)22時59分15秒
「あんた少しは・・・・・って、もういいよ。話すのもイヤになった。」
「まぁ、かなり無理な話だけどね。絶対に見つかるだろうから。」
矢口は何事もなかったように離れて、私達は普通の会話する大きさで話す。

「だと思ったよ、そこまで甘い人達じゃないなさそうだしね。」
そんなことを苦笑いしながら自分で言うのも悲しかった。
だけど実際問題そうなんだからしょうがない。

「そう、このゲームは途中退場なんて許されない。一度参加してしたら、
与えられた条件でゴールを目指すしかないんだよ。」
矢口は口元に微かな笑いを浮かべながら、私の瞳をまっすぐ見つめた。

私も軽く微笑みながら矢口の瞳を見つめ返した。

そんなこと知ってるよ。
それに私はもう逃げる気なんてないから。
だって逃げられないし、逃がしてくれないでしょ。

そんなタルいゲームじゃないくらい、バカな私もいい加減分かったよ。


153 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月15日(火)13時31分22秒
一瞬ですが、圭ちゃんが初めて矢口にトキめいた(?)ようですね。
今後の展開に更に期待!!
154 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)21時31分47秒
初めて読んでます。自分的にツボにハマルな〜。
やぐやす好きなんですが、このカップリングが活かされた内容ですね。
更新楽しみにしてます。
155 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月17日(木)02時55分03秒
俺に点火ボタンを押させてくれー。
156 名前:読む人 投稿日:2002年10月18日(金)00時59分27秒
某やぐやすスレのリンクから来ました(w

二人の心模様がとても良く表現されていて(・∀・)イイ!!
続きを楽しみにさせていただきます
157 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年10月18日(金)22時45分36秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 本当にやっとという感じです。
2人ともかなり素直じゃないですから、書く方も色々と大変です。
これからの2人の心の動きに注目して下さい。

>名無し読者さん 読んでくれてありがとうございます。
ツボにはハマってもらえたようで嬉しいです。滅多にないやぐやすなので、
好きな人には思いきり楽しんでもらいたいです。

> 名無しさん 点火って爆弾ことですか?ちょっと良く分からなかったん
ですが、もしそうなら簡単には押させませんよ。

>読む人さん わざわざありがとうございます。
楽しんでもらえたようなので、リンクを貼った甲斐がありました。
これからも2期メンらしさがでる話にしていきたいです。


158 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)22時49分57秒
「それじゃオイラはちょっと寝るから、着いたら起こしてくれる?」
矢口は私の返答を聞かずにドアに寄りかかって目を瞑る。
それからすぐに眠りに入ってしまった。

しゃべる相手がいなくてヒマなだけど、内心は結構嬉しくもある。
子どもの頃から1人でいるほうが好きだった。
他人といるよりも、一人でいるこの落ち着いた空気が心地いい。

そう思うこと自体が冷たい人間なのかもしれない。

それに何にしてもあれ以上会話したくない。
っていうか、こんな公共の場でする話でもないだろうし。
でも私が命賭けのゲームをしているなんて、誰も信じはしないだろうけど。

もし他人から言われても自分だってきっと信じない。
そんな非現実的なことがあるわけないだろう、ってきっとバカにしたように
笑うと思う。
でも残念ながら今の私はその笑われる立場にいる。

金持ちや政治家相手の愉快で楽しく、金に目が眩んだ愚かなピエロ。
死ぬまで踊るか、踊って死ぬか。
そんなバカげた道しか私には用意されてはいない。

159 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)22時51分10秒
何気なく車内を見回すと、家族連れやカップル達が楽しそうに笑っている。
皆それぞれにちゃんと明日がある。

平凡かもしれないけど、確実に今日から明日へと時は流れている。

私はまるでその流れから外れたみたいだ。


存在を置き去りにされたまま、それでも平気で世の中は動いていく。

160 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)22時53分50秒
急に列車が大きく揺れて、熟睡してる矢口の頭が大きく上下に動く。
私は危ないと思って軽く抱き寄せようとした。

でも手は伸ばしたまま動きを止める。

私は何をやってるんだろう。
なんで、こんな普通に矢口を助けようとしてるんだろう。
相手は自分の命を奪う敵だというのに。

変なことして爆弾が爆発するかもしれない。
なのに、こんなにも平然と矢口に触れようとしている。
本当に何やってんだろう。

矢口に手を出すつもりはないけど、不安が消えた日は一度もない。
いつも心のどこかで死ぬ恐怖を感じている。
けれど、心の中ではまだ信じきれていない部分がある。

矢口に手を出したってどうせ死なないよ。
きっとこれは三流テレビ番組の企画じゃないの。
そう今だに思うときがある。

それに一カ月過ごしてきたことで、どこか怠慢的な油断もあった。
このまま結構楽勝に3ヶ月いけるんじゃないかって。
でも思うほど簡単じゃない。

そのことは自分が一番分かってるはずなのに。

161 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)22時58分14秒
それからまた電車が揺れて、今度は矢口の頭が私の肩に押しつけられる。
今日早起きをした反動なのかもしれない。
全く起きる気配がなかった。

肩にもたれかかる矢口がいやに重たく感じて。
その重みで私は何だか泣けてきた。

これは自分の想さなのかもしれない。

だからいつか、この想さに押し潰されてしまう気がして。
それがひどく恐ろしく思えた。

でもこんな所で泣くわけにはいかないから、私は俯いて目を瞑りながら感情
が治まるのを待った。

162 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)23時02分36秒
やっと落ち着いて来た頃、車内に次の停車駅が横浜と知らせるアナウンスが
繰り返し流れた。
私は顔を上げると意味なく深いため息をついた。
けれど矢口は相変わらずの爆睡中。

それを見て私は再び深いため息をついた。

そろそろ起こしておくか。
そう思って矢口の肩を軽く揺らして声をかけた。

「矢口、そろそろ着くよ。」
でも予想はしてたけど起きる気配が全くない。

「おいっ!もうすぐ着くんだから起きなよ、矢口!」
そういえば反対のドア近くに座っていた親子が、さっきこんなやり取りを
していた気がする。

私はこいつのお守じゃないっうの!
何だかだんだん腹が立ってきて、足で矢口にひざカックンをした。

すると、面白いくらい決まって床に膝を打ちつけた。

「ぷっ!」
それがちょっとだけウケた。

「痛ったあぁぁぁぁぁ!何するんだよ、超ビビったじゃんか!」
矢口はようやく起きたようで、すぐさま怒りの形相で私に詰め寄ってくる。

あまりに大声で叫けぶから迷惑になるので口を塞ぐ。
「はいはい。車内の人に迷惑がかかるから、小さな声でしゃべろうね。」
そう子どもに言い聞かせるような口調で言った。

163 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)23時05分19秒
初めはかなり暴れていたけど、すぐに大人しくなった。
私は落ち着いたのを見計らって手を離す。

「ぷっはぁ!っうか・・・・息止めすぎて・・・死ぬかと・・・思った。」
矢口は肩を上下させながら深呼吸を繰り返している。

どうやら大人しくなった理由は、酸素不足だったかららしい。

「あぁ、ごめん。騒ぎすぎるからついさ。」
「ついじゃないよ!全く、死ぬかと思ったじゃんか!」
矢口はかなりご立腹のようだ。

「あぁ、分かった、悪かったよ。少しやりすぎたと思ってる。」
確かにやや人道的ではなかったので素直に反省する。

「っうかさぁ、普通寝てる人間にひざカックンなんてしないよ!」
「それはあんたが起きなかったからだって。」
一応、私には正当な理由があるのだ。

でもやったことが正当かは分からない。

「にしたって、もう少し優しい起こし方はないわけ?」
この説明でも矢口はまだ納得していないようだ。

「色々やって最終的に行き着いたんだよ。」
「ひざカックンに?ただムカツいてやったんじゃないの?」
矢口は疑いの眼差しを私に向ける。

こういうとこだけは変に鋭いんだよね。

164 名前:Mind in weight 投稿日:2002年10月18日(金)23時11分27秒
次の返答に困っていると、列車が止まって石川町と聞こえてきた。
それからすぐに反対側のドアが開く。

「ここで降りるんでしょ?早く行かないとドアが閉まるよ。」
私は言葉が言い終わらる前にホームへと出た。

「ちょ、ちょっと誤魔化さないでよ!話はまだ終わってないんだからね!」
と矢口が不満そうな顔をしつつも、後を追うように慌てて出てくる。

「だから悪かったって。そうさっきも謝ったでしょ。」
「そんな謝罪で許されると思ってんの?」
私の謝罪の言葉に矢口は顔を顰めるだけだった。

「だったら何したら許してくれるわけ?」
一向に機嫌が直りそうにないので、仕方なくこちらが折れることにした。

「えっ?そうだなぁ・・・・・。じゃ、何か買ってよ!おみやげとか何か
色々その他のものたくさん。」
矢口は少し考え込んだあと、弾んだ声を出して私を見上げる。

「別にいいよ、お金はたくさんあるから。でもそんなことでいいの?」
「いいよ。だって圭ちゃん的にも安上がりでいいでしょ?」
矢口は何を思っているのか嬉しそうだった。

本当にたまにだけど理解不能な奴だ。

165 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月19日(土)20時56分33秒
立ったまま爆睡するとは、なかなか器用ですね矢口は(w
166 名前:読む人 投稿日:2002年10月19日(土)23時53分05秒
膝カックンが何気にウケました(w
ふと矢口さんが番組で福澤アナに膝カックンをかましていたのを思い出したり(w
167 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年10月23日(水)22時45分41秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 何となくそんなイメージがしただけです。
どこでも寝れるような感じがするんですよね、矢口さんって。でも確か
保田さんの方はどこでも寝れるが特技らしいですけど。

>読む人さん ウケてもらえて少し安心しました。そういえばモ−たいの
バツゲームでやってましたね、言われてから思い出しました。
なので、別にそれを意識したわけではないです。

168 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)22時56分22秒
私達は改札を抜け、階段やエスカレーターを使って地上に出た。
外は相変わらずの晴天で太陽が眩しくて目を細めた。

「それでこれからどこ行くの?」
まずはとりあえず矢口に意見を求める。

「そうだなぁ、まずはお昼食べるから中華街と言いたいところだけど、今日
は元町で食べてみようかな。それからヒマつぶしに中華街を軽く回って、
外人墓地、山下公園ってルートにしようと思うんだけど、いいかな?」
「それでいいよ。横浜ってよく分からないから。」
私にはこの辺の地理が殆どないので、全て矢口に任せることにした。

「じゃ行こっか。元町なんてすぐだよ、大体歩いて7、8分くらいかな。」
というこで矢口の先導で横浜探索へと出掛けた。

でも元町には本当にすぐに着いた。

そこは裏通りのような感じのする、落ち着いた雰囲気のある場所だった。
「元町は流行を発信地のような場所で、見た目通りファッショナブルな所
だけど、美術館や古い洋館とかもあるんだよ。 カッコいいカフェや雑貨屋
がたくさんある、横浜の観光名所の一つとも言える場所なんだよ。」
と矢口はまるでガイトのように元町について語ってくれた。

169 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時02分33秒
「あんた、密かにるるぶでも読んでたの?」
私はあまりに知り過ぎている口振りに疑問を持った。

「読んでない・・・・・とは言えないかな。だけどこの日のために読んでは
ないよ。昔に友達と遊びに行くから参考にね。 それに地元なんだからある
程度はことは分かるし。」
矢口は照れくさそうに笑っていたが、でもどこか哀愁を感じるものだった。

「まぁ、いいや。それで矢口のお薦めのお店をどこなの?」
私は話を逸らすように昼食をとるお店を聞く。

「お薦め?そうだなぁ・・・・すぐ近くにある高級レストランかな。もう、
すっごくおいしいんだよ!その分めちゃくちゃ高いけどね。」
矢口はその味を思い出したのか、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

私は特に反対する理由もなかったので、そのお店に行くことになった。
けれどいざ店の前まで行くと少し後悔した。

そこは思ってたよりかなり正統派で、立派なフランス料理店だった。

170 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時06分34秒
確かに味にはかなり期待できそうだ。
でもフォーマルな格好していない、私達が果たして入れるのだろうか。

私はぎりぎりセーフでも矢口のは絶対にアウトだと思う。
こんなギャル系ファッションではまずムリだ。

矢口はそんなこと考えもしないのか、ドアを開けて入ろうとしている。

まぁ、断られたらその時に考えればいいか。
軽くドアを開けると、備え付けられていた小さなベルが音を響かす。
それからすぐに若いボーイが寄ってきた。

「レストラン・トレフィーにようこそ。お客様は2人様で宜しいですか?」
声のよく通るそのボーイに問いに頷いて、私達は席へと案内された。

店内はランチタイムともあって席の殆どが埋まっていた。
でもそれほど形式ある格好をした人は少ない。
考えていたよりもカジュアルなお店なのかもしれない。

その証拠にボーイは何も言わず、普通に私達は通してくれた。

テーブルには白いクロスがひかれ、清潔な感じがして心地いい。
それにフォークやナイフがちゃんと置いてある。
ナプキンも用意されているし、多少は店構えの通りに本格派らしい。

171 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時12分13秒
只今のお時間ランチメニューだけになりまして、1500円と2000円
のコースしかないのですが、どちらに致しましょうか?」
「じゃ、2000円のコースにしてください。」
と矢口は迷うことなく高い方を選んだ。

絶対にそうするだろうと、私は変な確信を持っていた。

「そちらのお客様も同じもので宜しいですか?」
「はい、同じものでいいです。」
でもボーイに聞かれて私も高いコースを選んだ。

お金に余裕があるのもそうだけど、この店内の高級そうなイメージに反して
ランチにしては安いから少し興味があった。

「では、ワインのはどういたしますか?」
私はそうボーイに突然聞かれて、こういう場の知識がない私は困惑した。

「えっと・・・・そちらに全てお任せします。あの、グラス一杯だけでも
いいんですか?」
「結構ですよ。ではワインはこちらでお選びします。お客様の方は飲みもの
はいかが致しますか?」
ボーイは今度は矢口の方に飲み物を聞いた。

「えっ?あぁ・・それじゃぁ・・・オレンジジュースでいいです。」
すると少しふてくされた様子で答えていた。

172 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時17分00秒
「では、少々お待ち下さいませ。」
ボーイは丁寧にお辞儀をしてテーブルから去った。

「あぁぁぁぁ〜!!今絶対に子どもだって思われたよ。だってワインは?
って聞かれなかった。」
矢口はボーイの姿が消えてから、不満そうに椅子の背もたれに寄りかかる。

「見えたもんは仕方ないでしょ。それよりちょっとは行儀正しくしたら?
かなり恥ずかしいんだけど。」
高級レストランにしてはかなりガラの悪い行為だ。

この雰囲気に飲まれないのはすごいけど、少しは周りに順応してほしい。
そういう人間じゃないのは分かってるけど。

「うん、ゴメン。今のはちょっと悪ノリしすぎたかも。」
矢口は頬を掻きながら首をすくめて謝った。

「ま、まぁ、大人に思われたかったら格好を何とかすれば?」
珍しく反抗しないで素直に謝るから調子が狂った。

「えぇぇぇぇ!老けた格好なんてしたくないよ。それにこれは年相応だと
思うんだけどなぁ。」
私のアドバイスに矢口は自分の服を見ながら考え込む。

173 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時21分25秒
「そういえば今まで聞かなかったけど、あんた年っていくつなの?」
年齢なんて興味がなかったら聞いたことがなかった。

けれど私より年上という可能性もなくはないのだ。
こんなのが年上って考えたくもないけど。

「えっ?言わなかったけ?オイラは今年で12になったけど。」
矢口は首を傾げていたけど、すぐに平然とした顔で言った。

「ぶはっ!」
私は事態が予想を遙に越え過ぎていて、思わず唾を吹き出してしまった。


飲み物がまだきてないで良かったと思った。
もしワインでも飲んでいたら、テーブル一面を汚すところだったから。

「汚いなぁ、こっちまでツバ飛んできたんだけど。」
「そんなよりも今のは本当なの?!」
私はテーブルから身を乗り出して矢口に詰め寄る。

「ウソに決まってんじゃん。矢口はピチピチの19才だよ。」
少し呆れた顔をされて言われたが、すぐ本当らしい年齢を教えてくれた。

でもよく考えれば分かることだった。
今の場合はどうも冷静さが欠けていたようだ。
確かに矢口は多少幼く見えるけど、間違っても12才なはずがない。

もしもそうなら私はロリコンだ。

174 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時24分21秒
それに何が悲しくて、21才が12才のガキと恋愛するだろうか。
私もそこまで墜ちていない自信はある。
でも19才ってことは私とは2才違いなんだ。

それも少し驚きだった。

「・・・・19才ね。結構年いってるんだ、もう少しは若いと思ってた。」
私はだいぶ平静を取り戻して椅子に座り直す。


「ひっどいなぁ、圭ちゃんだってどうせ25才ぐらいじゃないの?」
「あんたの方が暴言だよ。これでも21なんだけど。」
私は軽くため息をついてから矢口を睨んだ。

25はちょっとショックだった。

「そうなの?圭ちゃんも思ってたより若いんだね、落ち着いてるのは年じゃ
なくてキャラってことか。」
そんなことを言ってるいると、ボーイが飲み物と料理を持ってきた。

どうやらワインは白が選ばれたらしい。
矢口にはオレンジジュースがストロー付きで置かれる。

「こちらはスープのガスパチョになります。」
薄い緑色したスープが置かれた。
その横にフランスパンの入ったバスケットが添えられる。

ボーイはまた丁寧に頭を下げて行ってしまった。

175 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時27分55秒
私はナプキンを手に取り、輪になっている方を自分に向けて膝にひいた。
矢口も意外なことに迷うことなく同じことをする。

「こういうことできるの意外だった?」
内心を見透かされたような言葉に私は返答に詰まった。

「・・・・ちょ、ちょっとだけね。」
私は気まずくなって曖昧に苦笑を浮かべた。

「これでも一般的な教養はあるつもりだよ、そんなバカにしないでよね。」
と矢口は一番外側にあるスープ用のスプーンを手に取った。

今回は完全に私の方が悪かった。

でも今まで一緒に生活してきて、教養があるとは思えなかったから。
それはある意味正しい勘違いともいえる。

それから矢口はスプーンを手にしたまま固まっていた。
神妙な顔つきをして眺めている。

「スープ飲まないの?」
と私は不思議に思って声をかけてみる。

「だってこれマズそうなんだもん、色からして食欲減退させるよ。」
「ガスパチョって冷たい野菜のスープだよ。確かピーマンとかキュウリが
入ってると思ったけど。」
幻滅している矢口に多分合ってると思われる解説をした。

176 名前:How old are you? 投稿日:2002年10月23日(水)23時32分03秒
「ふ〜ん、そうなんだ。それでおいしいの?」
「それは人によってじゃない?私は別に嫌いじゃないけど。」
と言って音を立てないように静かに口に入れる。

さっぱりとした口当たりで、この季節に合うスープだと思った。
味も店構えに恥じない上品なものだった。

矢口はまだ怪訝そうだったが、試しという感じで一口だけ飲んだ。
「あっ、これ結構おいしいかもしんない。」
でもどうやら口に合ったようだ。

「ここ結構いい店みたいだし、そんなマズいの出すはずないでしょ。」
「だって見た目が悪いんだもん。緑色だよ?気持ち悪いじゃん。」
そんな会話をしながら私達はスープを飲み終えた。

矢口は高級料理店に一緒に行きたくないタイプだな、とスープを飲みながら
1人そんなことを思った。

177 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月24日(木)00時32分07秒
>もしもそうなら私はロリコンだ。

 ってえのが気になっちゃったんですけど。
 ひょっとして矢口に惹かれはじめてる?
178 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月24日(木)02時10分21秒
非常識で我が儘な矢口を否定しつつも、
そんな矢口が気になっていく圭ちゃん。
意外と年が近くて内心嬉しいのでは??
179 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年10月28日(月)22時49分49秒
>名無しさん 言葉に深い意味はないです。もし仮に好きになったら、
ロリコンだよなと思っただけです。でも全く気がないわけでもない、
保田さんは今の時点では微妙な心境だと思います。

>名無し読者さん 年が近くて嬉しいというより、安心したという感じ
ですね。これからの展開に注目してください。

180 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)22時53分49秒
それからすぐに魚料理、肉料理、ロースト、デザートと続き、今は食後の
コーヒーを飲んでいる。
矢口はコーヒーは飲めないらしいので紅茶を用意してもらった。

「はぁ〜、かなりおいしかったね。特にあの羊の肉と何とかソース、って
いう料理が最高だった。」
「確かにおいしかったけど、あんた本当に肉好きだよね。」
肉料理が来たときの矢口の顔を思い出し、思わず深いため息が漏れた。

「悪い?でもそういう圭ちゃんだってお肉好きでしょ?」
私はそれが図星だっのたで言葉に詰まった。

「・・・・ま、まぁね。」
「やっぱ肉好きじゃんか。ってそれより、時間がもったないから行こう。」
私はもう少し休んでいたかったが仕方なく矢口に従う。

二人は立ち上がってレジに向かった。

「ランチの2000円コースですので、お会計は4400円になります。」
と会計のボーイさんがレジを打ちながら言った。

私は矢口がポシェットから財布を取り出すのを手で制す。
「いいよ、ここは私が払うから。」
カフェや切符代でくずれていたので、ちょうどのお金を支払った。

矢口は呆気にとられた顔をしてた。

181 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)22時56分35秒
ボーイの丁寧なお辞儀に見送られ、私達はフランス料理店を後にした。

「どういう風の吹き回し?」
私の後ろを歩いている矢口が面白そうに呟いた。

「別に深い意味はないよ、たださっきバカにしたお詫び。」
私は振り向かずに淡々とされた質問に答えた。

それ以上の理由なんて存在しない。
お金も十分に持ってたし、今回はちょっと悪いと思ったから。

「ふ〜ん、そうなんだ。」
「他の理由でも期待してたわけ?」
矢口がつまらなそうに言ったので、何となく意地悪な質問をしてみた。

「さぁ?どうだろうね。」
けれど返ってきたのは曖昧な言葉だった。

それから矢口は私の横に並ぶと、嬉しそうに私の顔を見上げて言った。
「でも・・・・・ちょっと嬉しかったよ!」

それは予想外な言葉だったから、何だか照れくさい気分になった。

その言葉の私は率直な感想を述べた。
「まぁ、4400円分の200円ぐらいは得した気分かな。」
「たった200円かよ!」
と、まるでどっかの芸人ようなツッコミをされた。

182 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)23時01分01秒
それから私達は近くにある中華街に寄ることにした。
でも本当に近くて、元町から歩いて大体10分くらいだと思う。
そこは多くの人で賑わっていた。
とはいっても、表参道より人の入りは多くないように見える。

「ここがあの有名な中華街なんだ。でももっと人が多いのかと思ったよ。」
「まぁ、もう2時だから昼のピークは過ぎてるしね。それに他に見るとこ
あるからね、上手く散らばってるんじゃないの?」
と矢口にしてはまともな答えが返ってきた。
「で、どうすんの?私達もうお昼食べてるし、まさかまた食べるわけにも
いかないしね。」
「見るだけでもいいじゃん。中華街って日本みたいじゃなくて面白いよ、
それに3時のおやつ用に甘い点心でも買いたいしね。」
ということで私達はこのチャイナタウンを歩くことにした。

でも確かにここは日本離れはしていると思う。
たまに耳に入ってくる中国語らしき言葉と、豪華でド派手な色使いをした
建物が道の横に並んでる。
中国かと錯覚しないにしてもそれらしくはある。
でも店の前には大体屋台が出ていて、それは日本の下町を思い起こさせた。

183 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)23時06分27秒
矢口は歩きながらこの店はウマいとかマズいとか説明してくれる。
私はよく知ってるなぁと少しだけ感心した。
疑ってたわけじゃないけど、地元だと言ったのはウソではないと確信する。

「この先で点心売ってるお店はマジすごいよ。手作りなんだけどね、作る
そばから売れていくほど人気が高くてさぁ、そこのゴマ揚げ団子がもう絶品
なんだよねぇ。」
矢口は軽く舌舐めずりをしてから唾を飲み込んでいた。

でもその顔はすぐに凍りついた。

まるで瞬間冷凍されたみたいに唐突に表情が変わった。
「・・・なん・・で・・・こんな・・ところに・・いるの・・・。」
矢口は振り絞ったような掠れた声で呟いた。

「どうかしたの?」
私はその様子をみてためらいがちに声をかけた。
その突然の出来事を理解はできなかったが、異常だということは分かった。

でも矢口は私の問いには答えなかった。

ただ目を見開いて一点だけをずっと見つめている。
私はその視線の先を追ってみると、人混みの中に一組の家族の姿が見えた。

184 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)23時09分22秒
でもそれは別に何の変哲もない普通の家族に見える。
ひょうきんな感じのする父親、母親は優しそうで奇麗な人だ、そんな両親に
挟まれて笑う中学生くらいの女の子。

まるで絵でも書けそうなくらい幸せそうな家族だった。

「あの人達がどうかしたの?」
私は思ったままの疑問をそのまま言った。

けれど言ってから仮定の答えが浮かんで口元を押さえた。

矢口はその質問には答えずに、姿が見えなくなった家族を見つめている。

それから何事もなかったように笑った。
「あの人達は私の家族だよ。いや、家族だった人達って言ったほうが正しい
のか。でもよかったぁ〜、みんな結構元気そうじゃん。暗そうな顔してたら
どうしようかと思ったよ。」
矢口は動揺することなく話すと、最後に一人納得したように頷いていた。

それから私に背を向けて跳ねるように2、3歩前に進む。

「矢口はさ・・・・泣かないんだね。」
そう思わず口から漏れた。

泣かないのか、泣けないのか、泣きたくないのか。
そういえば今まで一度も泣いたことがない。


矢口は黙って私の方に振り返ると、何か諦めたような顔をして笑っていた。

185 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)23時13分12秒
「追わなくてよかったの?」
私は矢口の横に並ぶと静かな声で言った。

だけど聞かなくたって言われる答えは分かっていた。
「別にいいよ。だってさぁ、あの人達の前から消えてもう4年だよ?
ちょうど忘れてきたところに出ていって、今この保田さんと一緒に同棲生活
してるから心配しないで、とでも言えばいいわけ?きっと悲しませるだけ
だと思うよ。それにどうせ・・・・帰れるわけでもないんだし。」
矢口はその問いを笑い飛ばしながら茶化すように言った。

でもどこか寂しそうな顔をしていた。

「それもそうだね。」
私はそれに反論することなく同意した。

もっと他に言うべき言葉はたくさんあると思う。
でも今の私には言えないよ。

2人の関係が偽物じゃなければ、もっと無責任に色々と言えただろう。
きっと簡単に背中を押すことができたかもしれない。
でも私には勇気がないから、責任を負う覚悟がないから、背中を押せない。

何も言い返すことができない。

私は体中の空気を抜くぐらいのため息を吐くと、なぜだか不思議なくらい
笑えてきた。

186 名前:Baby don’t cry 投稿日:2002年10月28日(月)23時17分08秒
それから矢口の金髪に手を伸ばして乱暴に撫でた。
「なっ?!ちょ、ちょっと何するんだよ!髪がボサボサになるじゃんか。」
口では嫌がっているけど特に抵抗はされなかった。

「ちょっとした気紛れだよ。」
「気紛れでこんなことされても困るんだけど。」
矢口は顔を少し紅潮させながら、恥ずかしさからか目を逸らされた。

最後に軽く頭を叩いて撫で終えた。

「それより他に行こう、立ち止まってても時間のムダだし。」
それから珍しく私が先導して歩き出した。

「あぁぁぁぁぁ!そういうの矢口のセリフなんだけど。」
と矢口がわけの分からないことを叫びながら、小走りに後を追ってくる。

「別に私が言ってもいいでしょ。」
「ダメ。年齢制限が20歳までだから。」
「自分だってもう19でしょ?大して変わらないと思うんだけど。」
「でも今はなってないもん。まだギリギリ10代をキープしてるんです。」

二人は横に並んでバカなこと言い合いながら、大した宛もなく歩き出した。

そんなときふと思った、矢口の頭を撫でたのなんて初めてだなと。


だって今まで触れるような機会もないし、それに触れる気もなかったから。

187 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月29日(火)03時22分13秒
相変わらず矢口は強がりですね
でも今回2人はさり気なくいい感じなのかな
この先、甘い展開にも期待したいのだけど、そうなると爆弾か・・・うーん
188 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月29日(火)14時33分33秒
矢口って、もしかしてかなり可哀相な状態なんじゃ・・・
と、憶測してみますた。
189 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年11月02日(土)23時02分59秒
>名無し読者さん 矢口さんの強がりは魅力の一つだと思ってます。
確かに好意を持ってしまうと爆発、前にも後ろにいけない状態なんですが、
それで保田さんが色々と葛藤するのも見どころだと思います。

>読んでる人@ヤグヲタさん そうですね、実は保田さんより不幸なのかも
しれません。それでも笑っていられる強さと健気さに、保田さんは思わず
頭を撫でたって感じですかね。

190 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時09分58秒
でも先導したはいいものの、横浜の地理がないので案内なんてできない。
そういうわけでまたすぐに矢口のガイドで観光が始まった。

「それで次はどこへ行くんだっけ?」
その質問に矢口は少し考え込み、腕を組みながら一人で唸っていた。

「オイラが考えたコースでは・・・・定番の外人墓地、山下公園ルート
だけどそれでいいの?」
「全てそっちに任せるよ、横浜ってあんまり分からないから。」
別にどこに行ってもあまり変わらない気がした。

確かに多少は新鮮でおもしろいけど心弾むほどでもない。
そんなこと言うと隣の横浜通が怒りそうだから、無難に心の中に閉まって
おいた。

「外人墓地はすぐだよ、歩いて10分もかからないはずだし。山下公園も
そのすぐ近くにあるし、この辺は歩きで殆ど回れるから好きなんだよね。」
矢口は軽く一回転すると、両手を頭の後ろに置いて空を見上げた。

その姿を見て本当に横浜が好きなんだなと思った。
でも今の一連の動作が、まるで少女マンガの主人公みたいで少し笑えた。
「ぷっ!ははは・・・・。」

何とか口元を押さえて笑いを堪えようとした。

191 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時12分12秒
「どうかした?」
矢口は不思議そうな顔をして私を見つめている。

「いや、あぁ、横浜はいい観光スポットだなと思ってさ。」
だからつい褒めるようなことを口走ってしまった。

でも言ってから私は激しく後悔した。

言ったおかげで、それから10分ほど横浜について熱心に語られた。
ただでさえしゃべりだしたら止まらないのに、それに輪をかけてマシンガン
トーク炸裂だったから。

そういえば矢口は褒めると調子に乗る奴だった。

「あっ、外人墓地が見えたよ!」
やっと現地に着いたときには、私はもう既に疲れきっていた。

それにしてもさっきのはかなり誤算だった。

大ききなため息を吐いて顔を上げると、今度は感嘆のため息を吐いた。
そこは年代を感じさせる色褪せたレンガの門があった。
墓地の周りは錆ついた柵で囲まれ、日本とは違いどこかオシャレな造りだ。

「入る?そのためには200円くらい払うけど。」
矢口が後ろに振り返って私に意見を求める。

「時間はまだあるんだし、ヒマつぶしにいいんじゃない。」
「それじゃ中に入ろっか。」
ということで私達はレンカの門を抜け、墓地を見ていくことにした。

192 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時17分16秒
そこは思ったよりも綺麗な所だった。
きっと管理がちゃんと行き届いている証拠だろう。
芝生も短く整えられているし、周りの木々も邪魔に枝を切った跡がある。

それにしてもここは日本の墓地と違って湿っぽっくない。
さすが外人墓地といったところだろうか。

飾ってある花も菊やリンドウではなく、洋ランなど明るい感じの花が多い。
それに墓石が全体的に白系なのも明るく見える要因だと思う。
ここは墓地なのに暗い感じがあまりしない場所だ。

私達は何をするわけでもなく、ただルート通りに歩いてるだけだった。

特に会話するでもなく辺りを見回しながら歩いていた。
でも不意に沈黙を破り、矢口が珍しく落ち着いた声で言った。
「ここって結構いい所でしょ?」

それは当たり障りのない普通の会話だった。

何を思って聞いたのかは知らないが、その意見に反対する理由はない。

「まぁ、思ってたよりはいいところかな。」
「ふ〜ん、なら良かったよ。」
でも矢口は自分で聞いてきた割に、かなり素っ気無い返事をする。

それから私達はまた黙って歩き続けた。

193 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時19分23秒
夏にしては少し冷たい微風が吹いて、私達の髪や周りの木々を撫でていく。
すると矢口が突然立ち止まる。

それからしばらく動こうとはしなかった。

「どうかしたの?」
私はどうも事態に発展がないので、ため息混じりに聞いてみた。

でも矢口はその問いに答えることはなかった。

けれど少しして軽く辺りを見回しから、口元だけの笑みを浮かべて言った。
「圭ちゃんはさぁ・・・・もし矢口が死んだら泣いてくれる?」

それはあまりに突拍子もない言葉だった。

「はぁ?どうしたのいきなり。」
私は微かに声を上擦らせて怪訝そうな顔をする。

「いや、何となくさ。」
矢口は頭を掻きながら誤魔化すように笑う。

「はぁ?」
私は意味不明すぎて、思わず間抜けな声を出してしまった。

194 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時22分04秒
今日の矢口は本当にどうかしてる。
いつもならそんな言葉は絶対に言う奴じゃないのに。

それは墓地なんか来たからか、それともさっき親御さんに会ったからか、
もしくはこの横浜がそういう気分にさせるのか、または別の理由なのかも
しれない、何にしてもかなり矢口らしくない。

「泣くわけないでしょ。」
私は軽く髪を掻き上げてから呆れた顔をして言った。

「あぁ、やっぱりね。でもちょっと残念かも・・・・。」
矢口は予想が的中して嬉しいのか歯を見せて笑う。

でもそれはどこか自嘲的な笑みだった。

「じゃぁ、あんたは・・・・矢口は私が死んだら泣いてくれんの?」
私はまっすぐその瞳を見つめて、いつもより低くでも稟とした声で言った。

なぜそんなこと聞いたんだろう。
聞いたところで答えなんて知れたことなのに。

「泣かないね、今までと同じようにさ。きっと死体見ながら笑ってるよ。」
矢口も私の瞳を逸らさずに、少しだけ目を細めて微笑んだ。

その笑みになぜだか優しさを感じた。


そしてもし私が死んだら、こんな風に笑うんだろうなと思った。

195 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時24分46秒
私はため息つきながら頭を掻くと、先へ進もうと歩き出した。
けど唐突に服の袖を掴まれたので立ち止まる。

「ん?どうかしたの?」
でも袖はすぐ離されて、引き止めた張本人の矢口はただ笑っていた。

「いや・・・・別に何でもないよ。」
「そう、ならいいけど。」
矢口は妙に戸惑っている様子で、私はそれを不思議に思っていた。

けれど二人は何事もなかったかのように歩きだす。

でも不意にあの不審な行動の意味が分かり、私はそれが似合わなすぎるから
軽く吹き出した。
「笑ってあげるよ。死ぬほど大笑いしてあげる。」
とそれから私ははっきりとした口調で言った。

矢口がさっき何を言おうとしたのか分かったから。
そんなくだらない言葉言われたくないし、聞きたくもなかった。

だから私ははっきりと言った。

196 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時25分58秒
すると矢口はしばらく黙っていたが、すぐに顔を上げて笑顔を見せる。
「うん。でも矢口は絶対死なないけどね。」
その子どものような笑顔を見るのは、ひどく久しぶりのような気がした。

「私だってバ、バリ死ぬ気なんてないんだけど。」
「プッ!ダサッ!今の時代にバリなんて言わないよ。まして噛んでるし。」
「あんただって表参道で超とか使ってたくせに。」
「だって超はまだ使うよ。でもバリはないって、いくらなんでもさぁ。」

そんなバカらしいことを言い合いながら、私達は墓地を進んで行った。

どうも二人のシリアスは長く続かないらしい。


197 名前:Draw near at that time 投稿日:2002年11月02日(土)23時28分30秒
危ないゲームに関わる私達だから、死は平然と近くにある状態だ。
でも恐怖に怯えもせずに笑いながら生きている。
それは嫌味の意味合いもあるし、元々の性格のせいでもあると思う。

きっとお互いにバカなんだろうね。
でも暗くて悲しみに満ちた暮らしなんてまっぴらだ。
だったらバカでもいいから笑っていたい。

どうせ太くて短い人生なら、綺麗に散って死にたいから。
でも別に死ぬ気なんて全然ない。
ただもしその時が来たら、笑ってほしいだけ。

ウソぽっい涙なんていらない、欲しいのは心からの微笑み。

死んでまで人間の醜い性なんて見たくない。

それを矢口も知っているからこそ、きっと笑って見送るのだと思うし、
あのとき私にそう言ってほしかったのだと思う。

198 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月04日(月)01時57分54秒
>不審な行動の意味が分かり

すいません行動の意味分かりませんでしたw
出来れば教えて下さい
199 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年11月07日(木)22時36分02秒
>名無し読者さん やっぱり分らないですよね。そんな気はしてたので、
解説します。あの場面で矢口さんは保田さんがもし死んだときに笑って
ほしい、そう思ってることを知って、なら自分が死んだときも笑ってほしい
と言いたかったが、恥ずかしくて言えずに黙る。保田さんは自分と同じこと
思ってると分かり、あのセリフになるわけです。
つまりあのとき矢口さんは「だから矢口が死んだら笑ってほしいんだ。」
みたいなことを言いたかったわけです。長い説明になってスイマセン。
この説明自体もかなり分かりにくいと思いますけど、上手い説明方法が
書けないので、何となく分かったと思ってくれればいいです。

200 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)22時40分34秒
私達は外人墓地を抜け、次に海を見ながら山下公園へと向かう。
風が吹くと微かに潮の匂いを感じることができる。
遠くに汽笛を鳴らしてる船があったりして、かなりムードがある場所だ。

デートコースとしてはかなり理想的な所だとは思う。
ただ、女二人で歩き回ると少し虚しい。

「山下公園に行くまでは結構色んな名所があるんだよ。人形の家、氷川丸、
その他資料館とかかがたくさんあるし、さっき行った中華街だってすぐ近く
にあるんだから。」
と矢口はまた横浜観光一口メモみたいなことを話してくれた。

私はその言葉の一部分が気になって頭を回転させる。
「・・・ふ〜ん。って、つまり私達はただ中華街の周りを回ってるだけ?」
そう考えると少しアホらしいけど、こんな狭い範囲に色々と見所があるのも
すごいと思う。

「まぁ、そうことになるのかな。でも別にいいじゃん、あんまり移動しない
ほうが楽でいいでしょ?」
「それはそうだけど、何も近場で済まさなくてと思っただけだよ。」
私はせっかくの外出なんだから色々見た方がいいと思った。

でも矢口の方がそう思ってるのではないだろうか。

201 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)22時45分41秒
「山下公園で少し休んだら移動するよ。ただ初心者にはこの辺りが一番無難なだからさ。」
「まぁ、確かにそれは言えてるかもね。」
などと言っている間にすぐ山下公園が見えてきた。

夏休みだけあって人数は多い。
公園と呼ぶには大きすぎるその場所は、海を見渡せる奇麗なところだった。
カップルも多いが、それにも増して家族連れがとても多かった。
ピクニックなんかには最適な場所だと思う。

私達は休憩するため、海にほど近いベンチに腰を下ろした。

「海っていいよね。」
矢口が後ろを振り向きながら、目を細めて遠くを見ている。

「別に悪くはないんじゃない。」
私はそれに淡々と答えた。

「ねぇ、こんな暑い日は海にでも入りたくない?」
と矢口が突然私の方に振り向くと、顔を近づけて誘ってきた。

「さっき死ぬほど雨に濡れたから勘弁。」
それに面白味もなく冷静に返す。

202 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)22時51分38秒
「もうっ!相変わらず話に全くノリがないよね。」
「悪かったね、ノリノリで話せなくて。」
そう私が悪態をつくと、矢口は何かを思いついたような顔をした。

「あっ、分かった!本当は泳げないんでしょ?」
絶対に当たったと確信してるクイズ回答者、そんな顔をされて言われた。

「泳げるよ。運動神経は悪いけど水泳だけは得意だから。」
でも残念ながらその回答はハズレ。

水泳だけは唯一自信のある体育の種目だった。

「へぇ〜、ちょっと意外。運動神経悪そうだから、泳げないと思ってた。」
矢口は少しだけ感心したような声を出した。
何気にひどいこと言ってくれるが、でも今に始まったことではない。

「ふぅ・・・。それよりノド乾いてきたから、ジュ−スでも買わない?」
私は軽くため息をつきながら生唾を飲み込む。

空には白い太陽が今だに眩しく、例年より涼しい夏とはいえやっぱり暑い。

しばらく水分をとってない私達には少々キツかった。

203 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)22時53分21秒
「賛成〜!確かに水分補給は必要かもね。」
矢口も私の意見に賛同してくれた。

「それじゃ、ほい。」
私は矢口に片手を差し出してお金を要求する。

「えぇ!おごりじゃないの?」
「昼のときは特別。私が全部おごる気はわけないでしょ。」
私は呆れた顔しながら片手を上下して催促する。

「・・・・ケチ。」
と矢口は小声で文句を呟きながらも、結局お金を私の手に乗せた。

とはいってもたったの200円。

「それで、あんたは何を買ってくればいいの?」
「う〜んと・・・・・メロンソーダかな。なければコーラでいいや。」
と矢口は少し考え込んだ後でそう答えた。

「それじゃ買ってくるから、返ってくるまでそこにいてよ。」
私はゆっくりと立ち上がると最後に忠告をした。

「子どもじゃないんだから、それぐらい分かってるよぉ。」
注意された矢口は少しふて腐れた顔をしていた。

「念のためだよ。戻ってきたら・・・・いない気がしたから。」
私はさっきの言葉の補助を言ってその場を後にした。

204 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)22時58分35秒
別に何か根拠があるわけじゃない。
ただ矢口は私の中のイメージだから。

振り返ると全てが幻だったように消えている、そういう何か雰囲気がある。
でも別にそれは儚さじゃない、どっちかっていうと猫の気紛れって感じ。
目を離した隙にいなくなるような気がした。

私は少しして後ろを向くと矢口はちゃんといた。
それに何か安心してる自分がいて、思わず眩しい太陽を見上げた。

それから髪を掻きながら静かに呟いた。
「あぁ・・・・夏の暑さにでもやられたかな。」

205 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)23時01分11秒
私がジュースを持って帰ってきたときも、矢口は確かにそこにいた。

ただ見知らぬ男達3人にベンチを囲まれている。
見た限りナンパってところだろうか。
男達は茶髪で年は20前半か10代くらい、どこにでもいそうな感じだ。

でも矢口は別に臆することなく楽しげに話している。
けれど私がベンチに着く前に、その男達はどこかへ行ってしまった。
軽く見ただけだが3人とも残念そうな顔をしていた。

どうやらフラれてしまったらしい。

まぁ、矢口は見た目だけならしたくなる気持ちも分かる。
ただ内容がクセありすぎで問題だけど。

「おっ、圭ちゃん。」
私の姿に気がつくと、矢口は手を上げて招き寄せる。

「今のってナンパ?」
大して興味もなかったけど聞いてみた。

「なんだ見てたのか、せっかく自慢しようと思ったのに。」
矢口はつまらなそうな顔をして言った。

「別に見たくもなかったよ。でもナンパに乗らなかったんだね。」
「ちょっと好みじゃなかったから。それに乗ってもさ、オイラの場合は
あんま意味ないし。」
矢口は軽く溜め息を吐いてから、苦笑いを浮かべていた。

206 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)23時05分50秒
「ほい、メロンソーダ。」
私はその言葉に何も返さず、ベンチに腰を下ろしてジュースを渡した。

「えっ?あっ、うん・・・・・ありがとう。」
矢口は私からジュースを受け取ると、一口飲んでから笑顔でお礼を言う。

「あぁ、どういたしまして。」
私は抑揚なく言葉を返してから空を仰いだ。

それから私達はしばらく何も言わず、黙って水分補給をしていた。

「圭ちゃんは何にしたの?」
矢口が不意な質問をするから、始めは意味が分からなくて困惑した。
でもすぐに飲み物のことだと理解して答えた。

「えっ?あぁ、ジンジャーエルだけど。」
「へぇ〜、炭酸飲むなんてちょっと意外かも。」
矢口は楽しそうに笑いながら言った。

そういえば外に出掛けてから、殆ど笑っているなぁと思った。
それは前から少し気になっていた。

207 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)23時15分24秒
「矢口は何がそんなに楽しいわけ?」
「えっ?それじゃ圭ちゃんは楽しくないの?」
私の率直な質問は、不思議そうな矢口に逆に返される。

「まぁ楽しいとは思うよ。でもあんたは少し異常じゃない?」
私は口のはしゃぎぶりが異様すぎる気がした。

一体何がそうさせるのだろうか。

「だって・・・・外に出たの久しぶりだからさ。」
矢口は両手を上に伸ばすと、体を弓なりに曲げながら言った。

とても平然に言うから普通に聞き流しそうになった。

「えっ?!今まで外に出たことなかったの?」
私はあまりに意外な発言だったので、少し声が上擦ってしまった。
でも少し恥ずかしかったので咳払いをして誤魔化す。

けど矢口はそれを茶化すことはなかった。
「そりゃゲームが終わったら外に出れるけど、でも遊びに行ったりとか、
そういうことはできなかったから。」
ただ少しだけ顔を俯けて寂しそうに笑っていた。

「でもこういうのは前からあるんでしょ?」
「全然ないよ!こんなの始めてだからさ、聞いたときはオイラだってマジ
驚いたもん!」
矢口は興奮気味な様子で私に詰め寄り、言葉の最後にはまた笑顔を見せた。

208 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)23時17分45秒
だからずっと嬉しそうに笑っているんだ。
外に出て遊べるというのが、矢口にとって価値あるものとは知らなかった。
私はずっと遊べて楽しいからだと思っていた。

でも全く違かった。
矢口だって閉じ込められていたんだ。
なのに、自分1人があの部屋から出られない思っていた。

勝手に矢口をいい身分になんだと思ってた。
だから心のどこかでは、出掛けてはしゃぐ矢口を嘲笑っていた。
でもそれは本当に独り善がりの考えだった。

矢口は私よりもずっと重いものを背負っている。
だけどそれを自分なりに理解して、ちゃんと全て受け止めている。
それを踏まえていつも笑っているんだ。

今までバカにしてたけど、それは私の方かもしれない。
何も知らずにはしゃいでたのは自分の方だ。

どうやら伊達に、内容にクセがあるわけじゃないらしい。

209 名前:The feeling still slept,as 投稿日:2002年11月07日(木)23時20分04秒
「・・・・・そっち方が私には驚きなんだけど。」
私は言葉の割に大した動揺もせず、いつもと変わらない感じで言った。

「これが特例なのか、実験なのかは知らないけどさ、でもいい気分転換には
なるよ。」
矢口は欠伸を噛み殺してから、軽く深呼吸をしてまた笑う。

「まぁ、私達は引き籠もりみたいなものだからね。」
私はあまりボキャブラリーがないから、他にいい言葉が思いつかなかった。

「その言い方嫌なんだけど。」
矢口が本当に嫌そうな顔して言った。

「じゃぁ、他に何かいい言い方あるわけ?」
「・・・・・う〜ん、そうだなぁ。」
矢口は腕を組んで少し考え込んでいたが、何かを思いついたのか手を叩く。

「監禁ってどう?」
「私にはそっちの方がよっぽど嫌なんだけど。」
どうやら矢口に聞いた時点で全てが間違いだったらしい。

「じゃぁ、軟禁くらいでいいんじゃない?」
「監禁よりはまだマシか。」
大して変わらないと思ったが、とりあえずその辺りで妥協をした。

「オイラ達って結構嫌な生活してるんだね。」
「気づくの遅すぎなんだけど。」
とりあえずツッコんでから、私は残り少ないジンジャーエルをストローで
音を立てて吸った。

210 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年11月08日(金)14時44分40秒
なんか、どんどん矢口のコトが心配になってきます・・・。
誰か(つーか、圭ちゃんが)矢口を救ってくれないかな・・・・。
211 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)16時32分28秒
やぐち、なんかありそうですね。
212 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月11日(月)22時25分45秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 本当に矢口さんは色々と背負ってますね。
保田さんには本当に救ってほしいものです。きっと最後は色んな意味で救う
ことになると思います。

>名無し読者さん 矢口さんの過去については、全て明らかにすることは
ないと思いますが、いずれこのゲームに参加するキッカケになった話は
書きたいと思っています。

213 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時33分55秒
それから少しして矢口が立ち上がる。
「じゃ、次の観光スポットへ行きますか。」
「ジュースも飲み終わったしね。」
と私もそれに習ってベンチから腰を上げる。

2人は同意したので山下公園から出ていくことにした。

それから関内という駅に行って、電車で桜木町という所に向かった。
そこはさっきの下町ぽっさとは正反対の場所で、近代的で斬新なデザインの
ビルが建ち並んでいる。
見た感じでは複合都市ってところだろうか。

住宅、ビジネス、ショッピング、その全てを兼ね備えている未来型の都市。
最近できたのかまだ真新しい感じのする街だった。
通称でみなとみらい21、と言うのだと矢口が教えてくれた。

それから私達はランドマークタワーへと向かった。

そこは横浜の東京タワーみたいものらしい。
かなり有名な場所なのか、私も名前だけは聞いたことがあった。

214 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時36分12秒
ランドマークタワーはオフィス、ホテル、ショッピングモールを中心に、
展望フロアや多目的ホールなども兼ね備えているビルで、地上70階建て、
高さは296mートルもある日本一高いタワー楝。
だと矢口が丁寧に解説してくれた。

私はよくパンフット見ないで言えるな、と変なところに感心していた。
でもここまでくるともうマニアだとも思う。

ここでは矢口に付き合わされて、服やアクセサリーのお店を見て回った。
ましてヒザカックンをしたお詫びに奢る約束をしたため、その全ての代金は
私が支払うことになった。
まぁ、別に元手は全くかかってないからいいけど。

でも私はあんなこともう忘れたと思っていた。
結構根に持つタイプなのか、それともそういう約束事に限って記憶力が抜群
に良いのか。
私の推測だが、多分後者のほうだと思う。

私達は普通のショッピングを楽しんだ。

215 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時45分00秒
私はなぜか両手に荷物を待たされ、次は赤レンガ倉庫に向かった。
そんなに遠くないので歩いても良かったが、荷物が重かったのでタクシー
を使って行った。

その頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

腕時計を見ると、早いもので針はもう8時を指していた。
赤レンガ倉庫というのは今年の4月にオープンした、横浜の新名所らしい。
現在は外観はライトアップされ、辺りには当然のようにカップルだらけ。

そして私達はここで夕飯を食べることにした。
どうやらその為だけに、矢口はわざわざ寄ったらしい。

その理由は店に入って分かった。

窓から見える夜景は見惚れるほど綺麗だった。
レインボーブリッチや街の明かりが宝石のように輝いていた。
入ったお店はバーみたいなところで、勿論食事することもできるが雰囲気に
酔える場所だ。

まさに大人の店という感じだった。

でもその料理の金額もまさに大人。
その美味しさは勿論だが、夜景の美しさも多少は上乗せれてるのだろう。
かなり高級な店だが十分に満足できる店だ。

でも、二人で3万は大したものだと思った。

216 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時47分33秒
私達が食べ終わって外に出たとは11時に近かった。
辺りは完全に夜になっていて、こんなに遊んだのは久しぶりだった。

私達は山下公園からゲームのことは口に出さなかった。
それに関する会話を一切せず、この奇跡的な一日を純粋に楽しんだ。
それは私と矢口にとっていい選択だと思う。

私に爆弾が埋まってるのは間違いない事実、矢口が敵なのもまた事実だ、
ただ一瞬くらいはそんなこと忘れたかった。

同居してからもう1カ月が過ぎている。
あと1カ月経てば、このバカげたゲームは終わってしまう。
でもこの頃は楽勝じゃない気がしてる。

大変なのはここからだと、私の中の何かがそう忠告していた。

217 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時50分20秒
桜木町から電車に乗って集合場所の新宿へと向かう。
時間は余裕ではないが間に合いそうだった。
もう夜も遅いためか、車内にはあまり人がいなかった。

なので私達は座ることが出来た。
結構疲れていたから座れるのは有り難い。

それにしても少しはしゃぎすぎた。
案外子どもだなと思って、そんな自分を密かに笑った。

でもこの体のダルさはちょっと異常だ。
それに何だか全身が火照っていて、頭は響くような痛みを発してる。
私はとても嫌な予感がした。

どうやら朝飲んだ風邪薬が切れたらしい。

「なんか顔色悪いよ、大丈夫?」
矢口が顔を覗き込んできて心配そうに言った。

「別に大丈夫だよ、ただ久しぶりの人混みに少し疲れただけ。」
私は平静を装いながら誤魔化すように笑みを浮かべる。

自分の弱みを見せるみたいで嫌だから。
それに人に心配されるのはあんまり好きじゃない。

「ホントに?顔が少し赤いよ、風邪でもひいたんじゃないの?」
矢口は私の言葉に納得せずに疑いの目を向ける。

惜しいね。ひいたんじゃなくて、朝からひいてたんだよ。

218 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時56分18秒
「そう?別に私は普通だけど。」
私はあくまでもシラを切るつもりでいた。

「まぁ、圭ちゃんがそういうならいいんだけどさ。」
矢口は納得してなさそうだったが、その話題を終わらせた。

「じゃ、私は新宿に着くまで寝るから。」
「残念。せっかく色々話そうと思ったのに。でもそれなら、この矢口様の
肩を貸してもいいけど?」
矢口はつまらなそうな顔をしたが、すぐ肩を突き出して意地悪そうに笑う。

「間に合ってます。」
私はその言葉に冷たい声で即答した。

「もうっ!そんなこと言ってると、新宿着いても起こさないからね。」
「着いたらちゃんと起きるよ。どっかの誰かさんみたいに起きなくて、ヒザ
カックンされるほどバカじゃないからね。」
私はそう言ってから、思った以上に口が回る自分に少し驚いた。

風邪のせいでテンションが高くなってるのかもしれない。

「めずらしい〜!圭ちゃんがノリノリじゃん。」
だから矢口に笑いながら茶化された。

219 名前:There was nothing 投稿日:2002年11月11日(月)22時58分15秒
でもその笑った突然歪んで見えて、吐き気が胃から込み上げてくる。
私は深呼吸をすると目を瞑って頭を窓へと傾けた。

「・・・・バカが移ったのかもね。」
それからそう静かに呟いた。

「誰がバカなんだよ!これでも頭は結構良いんだからね!」
私はもう怒った矢口に反論する気力がなかった。

どうやらこれ以上楽しい会話はできそうにない。

「悪い、本当に寝る。」
と私は矢口の返答も待たず眠りに入った。

220 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月13日(水)00時09分18秒
>大変なのはここからだと、私の中の何かがそう忠告していた。

その何かが・・・気になりますね
今後の展開に期待!
221 名前:ななしくん 投稿日:2002年11月15日(金)22時25分05秒
具合悪いのに矢口に頼ってくれないのがなんか寂しい。
仕方ないけど。
222 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年11月19日(火)23時27分11秒
>名無し読者さん 私の中の何か、というのは抽象的表現で具体的何かは
保田さん自身もまだ分かってません。
でもいずれ、その何かを確信するときが来るとは思いますが。

>ななしくんさん 意地張ってるところもあると思います。 
それに良くも悪くも、クールなのがこの話の保田さんのキャラですから。

223 名前:Not a fable something. 投稿日:2002年11月19日(火)23時30分34秒
「・・・ん・・・・圭ちゃん・・・・もう・・・着くよ・・・。」
何度か肩を揺すられて私はゆっくり目を開けた。

あれから熟睡してしまったらしい。

私はふと自分の体が斜めに傾いてるのに気づく。
どうやらいつの間にか、矢口の肩に頭を乗せていたようだ。

誰かに寄り添って眠ったなんて初めてだった。
いつも部屋で寝るときは、絶対に一人分くらい空いている。
わざとそうされることはあっても、無意識に自分からしたことはない。

他人に体を預けて眠ったのは本当に初めてだった。

でもそれを私が風邪をひいてたからだ。
普通の健康状態だったら、他人に寄りかかることなんてない。
頼ることなんてないはずだ。

「もうすぐ新宿だよ。」
頭を上げると矢口の少し呆れている顔が見えた。

「・・・うん・・・・分かった。」
私はまだ半分寝惚けたような声を出して答えた。

それから深い溜め息を吐いて、両手で首回りを触るとやはり熱がある。

「ごめん、何か寄りかかってたみたいだね。」
「別にいいよ、昼間は寄りかかってたでしょ?お互い様ってことでさ。」
矢口は意外にも怒ることなく、私の肩を少し強めに叩いて言った。

224 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時33分20秒
「ふへぇ〜、怒らないんだ。」
私は大きな欠伸しながら頭を掻いて言った。

「そこまで心狭くないよ。」
と矢口は少しふて腐れたような顔をする。

そんなことを言っていると、車内にアナウンスが流れ始めた。
それはもうすぐ新宿に着くというものだった。
だから荷物を持とうとすると、矢口がそのいくつかを横から取る。

「どういう風邪の吹き回し?」
私は怪訝な顔をして、その意外な行動の理由について聞いた。

「アハハハ、ちょっとは人間的に成長したんだよ。」
矢口は笑いながら自分で言って照れていた。
それから荷物を持って立ち上がると、空いたほうの手で吊革を掴む。

スピードが徐々に落ちてホームの明かりが微かに見えた。
それからゆっくり列車は止まった。

「まぁ、確かに身長以外はしたかもね。」
私は深いため息ついて立ち上がり、横目で矢口を見ながら呟いた。

すぐに矢口が激しく反論したのは言うまでもない。

225 名前: Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時38分38秒
外に出て時計を見ると、もう11時40分だった。
何とか12時まで間に合ったらしい。

けれど周りの雰囲気を見ると、あまり遅い時間には思えない。
私は眠らない街の異名を改めて実感した。
まだそれなりの人数はあるし、街のネオンは消えそうにない。

私達が出たのは西口でハチ公があった。
集合場所が12時に新宿ということだけど、ここの場所でいいんだろうか。
でも例え違っていたとしても移動する気はない。

二人とも一日中歩き回って疲れがピークに達していた。
思えば初めは渋谷や新宿辺りで遊ぶはずが、横浜とは遠出したものだ。

私達はとりあえず花壇を囲む石のところに腰を下した。
辺りを軽く見回してみたが、オヤジ達らしき姿は見当たらなかった。

「もうすぐ12時なんだね。」
少ししてから、不意に矢口が当たり前のことを言い出した。

「そうだけど・・・・だから?」
私は生暖かい息を吐き出して掠れた声で言った。

体がさっきよりダルさを増しているから、しゃべるのは少し面倒くさい。
風邪が悪化してきているのは確実だった。
私はこんな状態で普通に会話できないし、できればしたくもなかった。

226 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時40分57秒
「なんかシンデレラぽっくない?」
矢口は嬉しそうに笑いながら、私に同意を求めてくる。

私は背筋を直立から曲げて楽な体勢に変える。
「でもまぁ、12時で魔法解けるのは合ってるかもね。」
と何度か深呼吸を繰り返してから言った。

「それってまた部屋に閉じ込められるってこと?」
矢口もまた花壇に後ろ手をつく体勢に変えた。

「そういうこと。っていうか、なにげにロマンチックなんだね。」
私は火照った体を手で扇いで少しでも体温を下げる。

でもそれさえ本気で言ったかは分からない。
だって矢口の真意は分かり難くて、だからいつも理解に困る。
解読するのが毎回面倒くさいんだよ。

「今まで気がつかなかったの?こんなに純情な乙女な・の・に。」
矢口はわざとブリっ子ぽっい声を出して言った。

私は何も言わずに夜空を見上げる。

「って何か言ってよ!バカみたいじゃんか!」
「言ったら言ったで怒るくせに。」
それが図星だったのか、矢口は言葉に詰まって黙り込んだ。

でもそれから小さな声で静かに呟いた。
「・・・・王子様が助けに来てくれれぱいいのにね。」
と言ったきりしばらく夜空を見上げていた。

227 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時43分38秒
私だって初めの頃はそう思った、誰でもいいから助けてくれと。
早くこんなゲームから抜け出したいから。
手に入るか分からない大金の為に、命なんて賭けたくはない。

だけど逃げることがムリなのを知った。
今はただ日が過ぎるのを待って、普通に同棲生活をするしかない。

そういえば矢口がこんなこと言うのは初めてだ。
助けを求める言葉を言うなんて、今まで一度もないことだった。
まぁ、言うキャラじゃないとは思っていたけど。

ただそれはムダと知っているからか、それともそう思う必要がないのか。
どちらなのかは私には分からない。

でもきっとこれは最初で最後の弱音だと思った。

228 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時49分17秒
「助けなんか来ないよ。」
私は呆れた顔して軽く髪を掻き上げた。

「まぁ、オイラ達はガラスの靴を履いてないしね。」
矢口は俯きながら足を宙で弄びながら笑った。

でももし今履いてるのがガラスの靴なら、誰か拾って来てくれるだろうか。
そうしたら素敵な王子様が助けてくれるだろうか。
別に微塵も期待していないけど。

だけど本当のシンデレラくらい、楽に話が進めばいいのにと思った。

「履いてても誰も来てくんないって。」
「あっ、来たみたいだよ。」
矢口は人の話を聞いていないのか、急に指をさして立ち上がった。

「・・・・・あれが王子様なわけ?」
私はその方向を目で追うと、そこには黒い高級外車が止まっていた。
あれは間違いなくオヤジの車だった。

「チョー嫌だね。」
「私なんてその100倍は嫌だけど。」
私達は互いに顔を見合わせて、その黒い外車を見つめて幻滅していた。

229 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時52分31秒
「じゃ、かぼちゃの馬車に乗って家に帰りますか。」
矢口は荷物を一度地面に置くと、肩や首を回しながら言った。

「ネズミの付き人もいることだしね。」
私は軽く気合いを入れてから立ち上がった。

「それって和田さんのこと?確かに似てるけどさぁ、聞いたら怒るよ。」
矢口は気まずそうな言い方なのに、顔はちゃんと笑っている。

忠告しながら同意してたら意味がない。

「聞かれてないからいいんだよ。」
私はまるで子どもの言い訳みたいに言い返した。

それからオヤジの車に向かって、ゆっくりと歩き出した。

230 名前:Not a fable something 投稿日:2002年11月19日(火)23時55分04秒
これから待ち受けてるのはハッピーエンドか、それともバットエンドか。
その結果は私達には分からない。
二人はただこの話をラストまで続けるだけ。

魔法使いのおばぁさんも、王子様も、誰も助けに来てはくれない。
現実はそんなに甘く優しくもないから。
私達はあの部屋に戻ってまた監視される生活をする。

賭けをしてる金持ち読者達は、この話を最後まで見たらどう思うだろう。
コメディー映画を見たように腹を抱えて笑うのだろうか、それとも切ない
感動作でも見たかのように静かに泣くのだろうか。

でもそんな三流批評に興味はない。

こっちにとっては大金か死ぬかの二者選択。


ただ私は最後に笑うのだろうか、それとも泣くのだろうか。

231 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年11月20日(水)09時58分07秒
外出日が終ってしまいましたね。
今回の外出日で、矢口のコトが少しだけ判った気がしました。

残り1ヶ月(?)2人がどーなっていくのか楽しみです。
232 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年11月25日(月)22時34分39秒
>読んでる人@ヤグヲタさん やっとお出かけ編が終わりました。ここでは
矢口さんの意外な一面を見せることで、保田さんの心境の変化を書いて
いければと思っていました。書き方のせいかもしれませんが、残りは一応
あと2ヶ月あります。これからの2人の関係に注目しててください。

233 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時37分03秒
車に近づくと、ドアが開いてオヤジが出迎えに出てくれた。
「来ないかと思いましたよ。」
相変わらずその嫌味な態度は変っていない。

というか開口一番にそう言える自体、私には全くもって理解できない。
まぁ、死ぬほど嫌な奴っていうのは分かるけど。

「悪かったですね、ご期待に添えられなかったみたいで。」
私は鼻で笑ってから皮肉な言葉を送り返した。

「いえいえ、意外にも期待には添えてくれてますよ。」
オヤジは楽しそうな含み笑いを浮かべる。

私はその意味ありげな言葉について問おうとした。

「そんなことよりさ、重いからこの荷物乗っけたいんだけど。」
でも矢口に横から不満そうな声で割り込まれる。

「それはすいません。すぐ後ろのトランクに乗せますよ。」
オヤジは今気づいたような感じで、運転手のいるドアのガラスを軽く叩く。

その行動が私にはとてもワザとらしく見えた。
話を逸らされたような気がした。

矢口はというと、早くもドアを開けて後部座席に乗り込んでいる。
運転手は荷物をトランクへと無言で運んでいた。

234 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時41分07秒
「さっきのどういう意味ですか?」
私の所に戻ってきたオヤジに低い声で問い返した。

「そのままの意味ですよ、こちらの期待に答えてくれたってことです。」
オヤジは平然といつものように微笑みながら答えた。

この程度じゃ動揺はしないか、食えないところも相変わらずだな。
私はその様子に密かに舌打ちをした。

「でもまぁ、期待してされてないよりはマシですね。」
それから静かに笑って軽く挑発してみる。

でも予想通り乗ってこない。
オヤジは何も言わずに微笑んでいるだけだった。
どうやらこれ以上話してもムダだと思い、私は車に乗り込もうとした。

真実を語ってくれるほど親切な奴じゃないのは知ってる。

けれどオヤジが不意に口を開く。
「ふぅ、どうやらご自分では気づいてないようですね。」
と期待が外れたのかつまらなそうな顔をされる。

「だから一体何のことですか?」
私は顔色は変えないが苛立った口調で問い返す。

「・・・・すごく優しい目をして矢口さんを見てますよ、保田さん。」
オヤジに突然顔を近付けてきて、薄笑い共に耳元で小さく囁いた。

235 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時42分51秒
「なっ!」
私はそれから言葉に詰まって、ただ目を見開いてオヤジを見つめていた。

反論の言葉なんて一つも浮かんでこなかった。
頭が一瞬真っ白になった。
思考回路が完全に停止したような感じだった。

でもしばらくすると、私はその言葉に呆れて怒る気も失せた。
だってあまりにバカらしいから。

私が矢口を優しい目をして見てた、そんなのタチの悪い冗談だよ。
だって心変わりするはずがないから。

矢口は命を奪う敵。

他に形容する言葉なんてない。
それが答えのはずなのに心は釈然としない。
それ以外の答えはない!

なのに、納得できない自分に無性にイラつく。

オヤジは満足そうな笑みを浮かべて車に戻っていった。
私は片手で頭を押さえると、重いため息をゆっくりと吐き出した。
それから車の後部座席へと乗り込んだ。

頭を掻きむしるように両手で乱し、舌打ちしてドアに寄りかかる。
けど座席に座ってからも何だか居心地が悪かった。

しばらくオヤジの笑い声と、あの言葉は忘れられそうになかった。

236 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時47分45秒
少しして荷物を運んでた運転手が戻り、それからすぐに車は動き出した。
「楽しい一日でしたか?」
オヤジはそうどちらにでもなく話しかけた。

「うん、楽しかったよ。色んな所に行けたし、買い物もたくさんしたし。」
矢口は嬉しそうに今日の出来事を簡略に話した。

私は話せる気分ではないので、黙って返答することはなかった。

オヤジはそのことを気にしないのか話を進める。
「どこに行ったんですか?」
「知ってるくせに。どうせ盗聴とか、見張りの人つけてたんでしょ?」
矢口は笑いながら茶化すように言葉を返す。

でも気軽に言ってはいるが、その内容はかなりの大事だ。

「それって本当なの?」
だから私は思わず席から身を乗り出して聞いた。

「本当ですよ、あなた達の行動は全てビデオに納めています。盗聴もして
ましたし、行動も見張ってました。素敵な番外編が撮れましたよ。」
オヤジは矢口が答える前に笑いながら話してくれた。

237 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時49分50秒
盗聴くらいは予想してたけど、まさか見張りやビデオ録画までしてるとは
思わなかった。
でも思えばオヤジは私達の待っている場所に来た。

一切連絡はしていないから、居場所を知る術は何もないはずなのだ。
でもちゃんと新宿の西口まで迎えにやってきた。
ということは仕掛けていたわけだ。

でもよく考えれぱ、けして予想がつかないことではなかった。
私は少し脳天気すぎた自分が恥ずかしくなった。
だけどもし初めから知ってたら、きっとここまで楽しめなかっただろう。

けれど話では矢口は初めから全て知っていたらしい。
それでもあんなに楽しそうに笑って、無邪気にはしゃいでいた。

何も考えずに遊んでいたのは私の方だったんだ。

矢口の方がずっと色んなことを知っていて、それなのに普通に遊んでいた。
何も知らないような顔をしていつも笑っていた。

もしかしたら一日付き合ってもらってたのは、私の方なのかもしれない。

238 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時54分47秒
「じゃぁ・・・・横浜に行ったのも知ってるんでしょ?」
矢口は少しだけ顔を俯けて声のトーンを下げる。

沈んだ気持ちになる理由は大体のところ想像がつく。

「お二人が楽しげに食事していたり、ナンパされのも知っていますよ。
それから勿論、ご両親に会われたのも知っていますよ。でも勿体なかった
ですねぇ、お話すれば良かったのに。久しぶりの再開・・・・・。」
「悪いですけど、寝たいんで静かにしてもらえますか?」
私はドスの利いた低い声で、楽しげなオヤジの声を遮って言った。

それは自分でも驚くほど低い声だった。

「いや〜、それは気が利きませんでした。お二人とも疲れてるんでしたね。
どうぞ、家に着くまで寝ていてください。」
オヤジは顔をこちらに向けると、済まなそうな顔をして謝る。

でも言葉の最後に確かに嘲笑っていた。

私は何も言わずにただオヤジを強く睨み返した。
それからため息を吐いて、座席の背もたれに頭を置いたときだった。

「・・・・・ありがとう。」
ボーっとしたら聞き逃すような、そんな小さな声で矢口に耳元で囁かれる。

「ん?・・・・あぁ。」
私は軽く頷いて抑揚のない言葉を返した。

239 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時56分59秒
別に矢口を庇ったつもりはなかった。
オヤジの言葉があまりに無神経だから、それに少しキレただけのこと。
今のはあまりに嫌味の範囲を越えすぎているから。

ブラックジョークにも限界がある。
まぁ、あいつの場合は普通なんだろうけど。

私は矢口の勘違いを訂正したかったけど、する気になれなかった。

今は誰とも話したくない気分だった。
けれど肯定したくもなかったけど仕方ない。
それからオヤジにまたアイマスクを渡されて、二人共に何も言わずに黙って
それをつけた。

言ってもムダなのは分かってるしね。
それから体が軽く揺れて、どうやら車が動き出したことが分かった。


240 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)22時59分46秒
寝気はもうすっかりなくなった。
さっきまでは絶対に車の中では寝ると思っていた。
なのに今は眠れなくて困っている。

でもアイマスクをしているのですることもない。
だから私は暇を持て余していた。
外の景色も見えないし、オヤジとは死んでも話したくない。

考え事をしようと思っても出来なかった。

何だか考えが一つにまとまらず、そのことにイライラしていた。
私はまださっきの言葉に振り回されていた。

忘れてしまえばいいのに、なぜか心の中に引っ掛かる。
でもそれこそオヤジの思うツボな気がして、また余計に腹が立った。

矢口は早くも熟睡に入っている。
見えないので定かではないが、寝息が聞こえるのでウソではないと思う。
それにタヌキ寝入りをする意味もないし。

聞こえてくるのは車の走る音と、強い風の音、たまに他の車から音楽と、
後は矢口の寝息だけ。
ラジオでもかかっていれぱ少しは暇も潰せただろう。

でもそんなものは全く聞こえこない。

一時は矢口を叩き起こそうと思ったが、ロクなことにならない予感がして
ヤメた。

241 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)23時04分36秒
そんなとき最悪な展開がやってきた。

「・・・・保田さん、もしかして起きてますか?」
とオヤジが突然そう話しかけてきたのだ。

「熟睡中なんですけど。」
私は重いため息を吐いてから、明らかに嫌そうな声で答えた。

「起きてるじゃないですか。」
「起きてますけど話す気はないですから。」
前置きに忠告するつもりが、もう会話をしていることに気がついた。

「もう話してますよ。」
オヤジはさすがというか、やはり痛いところを突いてくる。

「そんなこと自分でも気づいてます。」
私は少し恥ずかしくなって声を荒げて言った。

なぜムシしなかったんだろう。
ある程度黙っていれば、きっとオヤジだって諦めたはずだ。
まるで会話を待ってたみたいじゃないか。

そう思われるのは心外だ。
「言っておきますけど、私は話したいわけじゃないですから。」
だから私はまるで言い訳みたいなことを言った。

「別にそれで構いませんよ、聞いてもらうだけ結構です。」
と言ってオヤジは一人で勝手に話し出した。

242 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)23時10分07秒
「私も昔はあなたと同じ立場だったんですよ・・・・プレーヤーとして
ゲームに参加していたんです。」
その突然の発言に驚いたが、会話する気がないので私は黙っていた。

それに信じられなかった。
死ぬほど嫌悪していた奴が、自分と同じ立場だったなんて。
お得意の悪い冗談だと思いたかった。

けれどそんな私の思いを知らずに、オヤジはさらに話を続けていく。
「あの頃は自暴自棄でしたね。何も夢中になれるものがなくて、誰に対して
も心惹かれなかった。」
顔が見えないので表情は分からないが、その声はどこか寂しそうだった。

それから微かにため息を吐いたのが聞こえた。

私はその言葉に私を射貫かれた。
まるで自分の事を言われたみたいだったから。
将来の夢もないし、バイトだってただの小遣稼ぎ、恋人とはその場凌ぎで
付き合っていた。

まさに今のオヤジの言葉は私そのものだった。

243 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)23時16分01秒
「そのときですよ、黒いチラシが舞い込んできたのは。私は喜んでそれに
飛びつきましたよ、楽して大金が手に入るなんて最高ですし。でも本当は
そんな 生活から逃げ出したかったんです。どこか他の世界に行きたかった、
だから危ないのを承知で行ったんです。それから余談ですが、あのときは
賞金は2000万だったんですよ。まぁ、バブル真っ盛りでしたからね。
今の賞金300万と聞くと、物価の落ち込みを実感してしまいますよ。」
オヤジはいつもの軽い感じで話し、自分で言ったジョークに笑っていた。

けれど私は笑えなかった。
確かに昔に比べて賞金が少ないのはショックだけど、それ以上に衝撃を
受けることがあった。
オヤジがゲームに参加した理由、それが私の思ったことと同じだった。

つまらない世の中全てから逃げ出したかったんだ。

244 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)23時19分49秒
「それからどうなったんですか?」
だからその先が知りたくて、思わず自分から声をかけてしまった。

「おや、話す気になりました?そうですよね、自分の事を言われたみたい
だと思ったんでしょ?」
オヤジは私が話に飛びつくと急に楽しそうな声で言った。

そのとき話しかけたことを激しく後悔した。
けれど言っていることは図星。

オヤジの言うことは全て私に当てハマっている。

「私は初めてあなたを見たとき驚きましたよ、あの時の自分にソックリ
でしたから。具体的には言えませんが、醸し出す雰囲気で分かりましたよ。
あぁ、この人は私と同じだと。未来に夢も希望もなく、心は乾いて干から
びて、そして救いを求めるような瞳をしていました。そう何もかも、不気味
なほどあの時の私に似ていましたよ。」
オヤジに言われたい放題だったが、私には言い返す言葉もなかった。

だって全て事実なのだから認めざるおえない。
だから反論せずに話の続きを待った。
これからまるで自分の未来を聞くような気がして、だから焦る気持ちを
押さえながら言葉を待った。

けれどオヤジはそれっきり話そうとしなかった。

245 名前:be myself in a mirror 投稿日:2002年11月25日(月)23時22分38秒
躊躇っているのか、わざと焦らしているのか、言いたくもないのか。
そのどれにしても最悪だ。

それからどれくらい時間が経ったのだろう。
「タバコを吸っていいですか?」
と不意にオヤジが見当違いのことを言ってきた。

私は断る理由もないので咎めなかった。
「どうぞ、別に匂いとかダメじゃないですから。」
それから窓を開ける機械音がして、少し冷たい風が車内に入ってくる。

外を走る車の音がはっきりと聞こえるようなった。
それから甘いダバコの匂いがした。

私は催促もせずに話の続きを黙って待っていた。
オヤジは深いため息を吐き、何だか戸惑っているように思えた。

「・・・・あなたはきっとこのゲームに負けます。」
それから初めて聞くような重い口調で言った。

246 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年11月26日(火)12時56分01秒
和田にそんな過去があったなんて・・・。
オヤジの過去を知ったせいかもしれませんが、
最後のセリフは重みがありますね。
247 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月30日(土)02時27分03秒
まだまだ矢口の存在が謎ですね
これ保田の視点で読んでいく感じだと思うので、矢口の本心が見えない・・・後でわかるのかな?
早く続きが読みたいです
248 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年12月03日(火)23時37分14秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 初めはそんな過去のあるキャラじゃなかった
んですけど、いつの間にか出来上がっていました。結構勢いで書いたので、
最後のセリフに重みを感じてもらえて良かったです。

>名無し読者さん 矢口さんの心理は誰にも分かりません。この話は保田
さん視点で話が進みますが、矢口さんの視点では絶対に書けないです。
本当に何を考えてるか分からない人ですから。多少の過去などはこれから
少しずつ明らかにするつもりですが、きっと最後になっても謎の人物のまま
終わると思います。

249 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時43分26秒
私は何一つ言葉を返せなかった。

それは浮かばないからではなく、詰まって出てこないから。
何か言いたいのに声が出ない。
だから私は息を呑むことしか出来なかった。

それから少しだけ体が震えた。

そんな私を見て悟ったのか、オヤジは勝手に話しだした。
「私も本当は死ぬはずだったんです。イミテーションに恋をしたんですよ、
こんな私ですけど。それで告白しようと思ったんです。死ぬことは分かって
いましたよ。それでも伝えたかったんです。」
オヤジはその時を思い出しているのか、懐かしそうな声を出して言った。

けれど似合わないその発言に私は少し驚いた。
自分から告白するなんて、絶対にしないタイプだと思っていた。
今までの言動と行動から考えて想像できない。

「意外でしたか? 」
それが顔に出ていたんだろうか、オヤジは笑いを含んだ声で言った。

「ま、まぁ・・・・そういう感じには見えませんから。」
私は軽く咳払いをしてから言い難そうに答えた。

250 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時47分02秒
「でも恋とは恐ろしい魔物ですよ、落ちたら180度自分を変えてしまう
のですから。モノクロの世界がカラーに見えるんです。でも恋に落ちた私は
死ななかった、どうしてだか分かりますか?」
オヤジは相変わらず軽い口調で言うと、なぜか私に質問をしてきた。

そんなこと突然言われても分かるはずない。
だから私は黙って首を横に振る。
するとオヤジは軽くため息をついてから鼻で笑った。

でもそれは私じゃなくて、自分を嘲笑っているような気がした。

「相手から告白されたからですよ。裏技というのも言い方が変ですけど、
イミテーションの方から告白されると、プレーヤーの勝ちになるんですよ。
今も多分そうだと思います、ルールが変わったって話は聞きませんから。」
オヤジは話の内容にそぐわない明るい声だった。

「だから死ななかったんですか?」
私はそれに反するように冷静な口調で質問をした。

251 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時52分43秒
「そうですよ、ルール上は勝ちですからね。でもそのときは勝ったのに全然
嬉しくなくて、逆にしばらく塞ぎ込んでいました。 まぁそうですよね、
愛する人を失ったんですから。だから遊ぶ気にもなれなくて、せっかくの
大金も意味ナシですよ。」
オヤジは平然といつもの調子と変わらずに話している。

私にはそれが全く理解できなかった。

重い過去をどうして人事のように、そんなに普通に話せてしまうのか。

「なら、なぜこんな仕事してるんです?絶対ゲームのこと思い出すのに。」
私は少し興奮したためか言葉が強くなってしまった。

「思い出しますよ、だからやってるんじゃないですか。」
けれどオヤジに余裕で受け流されてしまう。

「やっていて辛くないんですか?」
私は軽く深呼吸をして、熱くなった自分を落ち着かせて言った。

「辛いですよ。でもその辛さこそ、私が一生背負うべき痛みですから。
この仕事をやっているのは一種の贖罪ですよ、私の為なんかに死んだ・・・
あの人への。」
このとき初めてオヤジが声のトーンが少しだけ落ちた。

252 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時53分39秒
話の内容はかなり重いのに、本当に日常会話のように話している。
でもそれは自分が納得しているから。
心にちゃんと決心をしたから、揺らぐことなく普通に話せるのだと思う。

重い過去なんてもう全て精算して忘れてしまったから。
今までの印象ならそう思ったはずだ。
だからいつも微笑みを浮かべて、軽い口調で話しているんだと。

でも話を聞いて違うのが分かる。
だって見えないその顔は、きっと悲哀に満ちていると思うから。

253 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時55分12秒
償いえない罪ほど辛いものはない。
でも罪自体が本来を償えなえきれないものだから。
贖罪なんてないのかもしれない。

だって人殺しの犯人がどんな奉仕をしても、殺した人は生き返らない。
だから被害者達は犯人を恨み続けるのだ。

罪は一生忘れることのない痛み。

死ぬまで背負い続けなければならない、重い十字架なんだ。
けれどもそれを一切顔にも言葉にも出さず。
相手に悟られせることもない。

それが偉いのか、バカなのかは結構紙一重だと思う。
ただその事実を知ったところで、他人が一緒に背負うことはできない。
それに真実を知ったら大概の人は軽蔑して避けるだろう。

だから罪の重さは自分以外には分からない。

どんなに重いかなんて他人には想像がつかないんだ。
それを分かっているからこそ、誰にも罪を告白しないのだと思う。

だから一人で抱え込んで話さない。

254 名前:A crime and the past 投稿日:2002年12月03日(火)23時59分49秒
どっかにそんな奴いたなと思ったら、横で寝息を立てて眠っていた。
でもこいつの場合は罪じゃなくて過去だ。

一見すると両方共全く違うものだけど、重なる部分はあると思う。
それは一生背負い続ける痛みと癒えない傷。
でも痛みを感じても、矢口は何も知らないフリして笑う。

けれど心に確かな悲しみを持っている。

でもそんなこと微塵も感じさせずに、子どものように無邪気に笑う。
それが似合いすぎてるから勘違いするんだよ。
行動がガキみたいだから、中身もその程度しかないだろうってさ。

見た目だけじゃ絶対に分かるはずない。
本当は色んなことを受け止め、自分の中に溜めているなんて。
それを隠して笑ってるなんて分かるわけない。

でもそれは矢口がは知っているから
その過去は他人で傷は癒せないし、重すぎて持つことができないことを。

だから一人で抱え込んで離さない。

255 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月04日(水)23時30分23秒
和田の過去、重いですね・・・。
256 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年12月07日(土)22時21分54秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 初期の設定では本当にこんな重い過去を
背負った人じゃなくて、ただの意地の悪いオヤジでした。でもサブキャラ
なのであまり深くは書かないですけど。

257 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時26分45秒
「それで贖うことができたんですか?」
私は軽く咳払いをしてから真剣な声で言った。

「さぁ?どうでしょうね。金品で解決できないから、自分に罰を与え続ける
ことで購おうとしている。いやぁ〜、自分でも愚かだと思いますよ・・・・
そんなことでは許されないのに。」
オヤジはまた普通の話し方に戻り、自分のことを卑下して笑った。

最初はその人を見下してる態度が気に入らなかった。
でもやっと分かった気がする、一番見下しているのは自分なんだ。
ただそれを知られたくないから他人を見下してる。

自分の本心を隠す為に。

「それで死んだその人は救われるんですか?」
私は俯いて振り絞ったような声を出す。

「それも本人に聞いてみないと何とも。ただ贖罪とか何かの形にしないと、
自分が納得できないだけです。所詮はただのエゴだと思いますよ。」
オヤジは明るい感じに言っていたが、切ない苦笑いが最後に聞こえた。

私は何も言葉を返すことが出来なかった。

258 名前: The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時28分08秒
「まぁ、それに生きるのはあの人が望んだことですし。私の命を救う為に
死んだのですから、生きないと筋が通らないんですよ。全く、大きな約束を
したものですね。」
オヤジは呆れた口調で言葉を付け加えた。

でも私には見えないその顔は泣いてるように思えた。

259 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時31分32秒
何が正しいのか私には分からない。
その償いが正しいことなのか、それで死んだその人は救われるのか。
けれどそんなのは他人が決めることじゃない。

忘れてしまうこともできるし、ゲームだからと割り切ることもできる。
その他の方法なんていくらでもあったと思う。
色んな可能性を上げたらキリがない。

けれどオヤジは償うと決めて、痛みを抱えて仕事をすることを決めた。
そのときの起こった事を常に胸に刻む為に。
心から愛しんだ人の為に。

自分で正しいと決めた道だから、それが間違ってない信じたい。
でも何が正しいなんて本当は誰にも分からないんだ。
だから答えがあるかすら分からない。

ただ自分が正しいと思ったのなら、それで十分に正論だ思う。
理論的じゃないけど私はバカだから。
だからその意味を説明できる理屈は何一つない。

でも罪を抱えて生き続けるだけで、それはきっと重い罰だと思う。
それを背負いながら約束の為だけに生き続ける。

でも生きる理由ならそれで十分。

260 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時34分33秒
「なんでこんな話したんですが?」
私は唐突に湧いた疑問をそのまま口にした。

「本当にどうしてでしょうね・・・・自分でもよく分かりませんよ。」
オヤジはとぼけるように質問には答えなかった。

それから会話は途切れてしまい、車内には長い沈黙が訪れた。

だからその言葉が嘘か事実かは分からない。
何か考えがあって話したのか、それとも本当に思いつきなのか。
けれど私に話されても迷惑なだけだ。

受け止められないし、背負うこともできない、ただ話を聞くだけ。
それは矢口にも言えることだった。
過去を色々と話してくれたけど、私は何もしてあげられない。

気の利いた言葉一つ言えやしない。
そんなこと二人とも分かってるはずなのに。

なのに、私に話しをする理由が全く分からなかった。

期待されたって応えられない。

救いを求められたって、私にはどうすることもできない。

261 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時38分05秒
「あっ、もうすぐ着きますよ。」
不意にオヤジが思い出したような口調で言った。

「じゃ、そろそろ矢口を起こします。」
私はそう言って肩に手をかけたとき、気になることがあって動きを止めた。
あの意味深すぎる言葉の意味をまだ聞いてない。

「そういえば今まで忘れてたんですけど、私がゲームに負けるって一体
どういうことですか?」
話が逸らされたままだったので改めて問いかける。

危うく聞きそびれるところだった。

「あぁ、あれですか?すっかり忘れてました。つまり、あなたは恋に落ちる
ってことですよ。私の場合は逆に告白されたから勝ちましたけど、矢口さん
の場合はそうはいかないですよ。それに仮に勝ったとしても、あなたは罪を
背負うことになる。どっちにしてもあなたは負けるんです。」
オヤジはわざとらしく思い出すと、嬉しそうな感じに言ってくれる。

でも予想に反して悪いけど私は負けないよ。
恋になんては落ちるはずがない。
今までもこれからも、他人に心奪われることはないんだ。

だから勝っても罪なんて背負わないし、負けることなんてあるはずない。
それに矢口となら死んで方がマシだよ。

262 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時44分04秒
「あなたと同じ道は辿りませんよ。例えどんなことが起きても、必ず勝って
みせますから。」
私は鼻で笑って言葉を返すと、矢口の顔を手で探り出してから鼻を摘んだ。

その言葉がムカツいたから少し八つ当たり。

「そう思ってる人ほど一瞬で魔物に食われるものです。」
オヤジは不敵な笑い声を上げて言った。

息が苦しくなったのか矢口が暴れ出す。
「プハッ!ハァ・・・・アッ・・・・ハァ・・・。」

それから起き上がって何度も息を吸っていた。

263 名前:The answer which cannot respond 投稿日:2002年12月07日(土)22時44分59秒
「あっ、やっと起きた?」
私は手を離すと人事のように平然と言った。

「・・もう・・少し・・・普通に・・・・起こしてくれない?」
「考えておくよ。」
きっと半ギレ状態だろう矢口を、私はいつも通り冷静にかわした。

「もうっ!マジで死ぬかと思ったじゃんか!」
相変わらずの甲高い声が耳元に響く。

「死なないって・・・・多分。」
私は軽く耳を塞ぎながら小さな声で呟いた。

「その多分ってなんだよ、多分って!」
その呟きが聞こえてしまったらしく、矢口にまた耳元で叫ばれた。

「いやぁ〜、仲が良いですねぇ。」
オヤジは楽しそうな口調で話に割って入る。

やっぱり、こんな奴と恋に落ちるはずがない。

264 名前:ななしくん 投稿日:2002年12月08日(日)05時03分08秒
読んでる側としては恋に落ちてもらわんとね(w
265 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月08日(日)19時20分59秒
ゲーム期間はあと2ヶ月・・・圭ちゃんの自信(強がり?)は
どこまでもつんだろう・・・。
266 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年12月15日(日)23時16分17秒
>ななしくん(敬称略) 確かにこれで恋に落ちなきゃサギですね。
題も恋愛爆弾なわけですし。ここまでの話は長い前置きだと思って下さい。

>読んでる人@ヤグヲタさん やっと少し終わりが見えてきて、ようやく
本題に入れるって感じです。これからは保田さんの恋愛に葛藤する話に
入ろうと思ってます。

 
267 名前:Hypocrites' conversation 投稿日:2002年12月15日(日)23時22分58秒
「素敵なお城にご到着ですよ。」
オヤジの嫌味な言葉と同時くらいに車は止まった。

「ねぇ、ねぇ、もうこのアイマスク取っていいんだよね?」
矢口はじれったそうに足踏みをして言った。

「えぇ、いいですよ。」
オヤジの了承がでたので私もマスクを取る。

けれど取っても外が暗いので、あまり視界的な変化なかった。

横を見るともう既に矢口の姿は消えていた。
どうやら外へと出たらしい。
けれど私にはそんな行動力は全く残っていない。

でも別に立てないわけじゃないし、辛いけれどまだ歩ける。
私はドアを開けてゆっくり外へ出た。

冷たい風が頬を撫でるのが気持ち良くて、少し車に寄りかかっていた。
それは身体の熱を冷ますのには丁度いい。

「圭ちゃん!休んでないで荷物持つの手伝ってよ。」
でもいつの間にか目の前にいた矢口が、私の顔を見上げて催促してくる。

「・・・・はいはい。持てばいいんでしょ。」
文句の一つでも言いたかったが、言い返す気力が足りなかった。

でもさっきよりも体が重く感じる。
車の中で寝れば良かったんだろうけど、オヤジのおかけで寝れなかったし。

それに病人を使うバカはいるし、最悪だね。

268 名前:Hypocrites' conversation 投稿日:2002年12月15日(日)23時30分54秒
私は矢口から荷物を受け取ると、手で体を押した反動で何とか歩く。

「では、お二人共頑張ってくださいね。」
オヤジが車から出てくると結局最後までそれだった。

嬉しそうに笑いながら、相変わらずの毒舌を吐いてくる。
最後ぐらい嫌なこと言わなきゃいいのに。
って、期待してもムダだろうけど。

「えぇ、皆さんを満足させられるように頑張ります。」
私は振り返って爽やかな笑顔で言った。

「オイラもがんばるよ。圭ちゃんと絶対にベットインに持ち込むから!」
矢口もそれに続いて手を振って笑いながら答える。

こういう光景は傍から見ると、果たして微笑ましく写るんだろうか。
私は全員わざとしくて激しく嫌なんだけど。

269 名前:Hypocrites' 投稿日:2002年12月15日(日)23時36分36秒
「お二人共仲良くやって下さいね。あっ、それと保田さん?魔物には突然
襲ってきますから、くれぐれも気をつけてくださいね。」
オヤジは急に微笑みを浮かべると、何かを思い出したように付け加えた。

だからわざとらしいって。
でもなぜか前ほどの嫌悪感はない。

「素敵なご忠告ありがとうございます、先輩。」
私はにこやかに微笑んでそれに応える。

「いえいえ、後輩に優しくするのは先輩として当然ですよ。」
オヤジもそれに負けず劣らずで言い返してくる。

それからオヤジが軽く会釈して車に乗り込んだ。

「では、おやすみなさい。」
とわざわざ窓を開けて、手を振りながらまた微笑む。

それから車は発進して、すぐに闇に溶けてその姿を消してしまった。

私はしばらくその方向を見つめていた。

270 名前:Hypocrites' 投稿日:2002年12月15日(日)23時39分20秒
「いつの間に二人は仲良くなったの?」
と何も知らない矢口に不思議そうな顔して聞かれる。

そういえば二人の話聞いてないんだっけ。
だったら急に仲良くなったように見えなくもないか。

「別に仲良くないって。ただ・・・・少し分かり合えただけだよ。」
私はオヤジのことを思い出して静かな声で呟いた。

お互いに似ていることは分かったけど、でも好きになれないタイプだ。
それは初めて会ったときから変わっていない。
ただ前ほど嫌悪しなくなっている。

「ふ〜ん、そうなんだ。」
矢口はそれに大して興味なさそうに答えた。

自分で聞いてきた割りに教えた反応は素っ気無い。
でもオヤジとの会話を全部聞いていて、それで振ってきた可能性もある。
矢口は意外に策士なところがあるから。

でも今はそんなことを詮索する気分じゃない。

「こんなところに立ってても仕方ないし、部屋に戻らない?」
「あっ、そうだよ!オイラ帰って即効寝たいんだけど。」
矢口は欠伸をしながら私の言葉に同意した。

こっちだって寝ないとヤバいんだよ。
私は重いため息を吐くと、荷物を持ち直してから歩き出した。

それから私達はマンションへと入って行った。

271 名前:Hypocrites' conversation 投稿日:2002年12月15日(日)23時49分28秒
もうお互い疲れているので、部屋に戻る道中の会話は殆どなかった。
というか会話の大半が矢口中心なので、話さないと自動的に成立しない。

けどその方が今の私には都合が良かった。

だって話しかけられても返す余裕はないから。
会話まで頭が回る自信もない、もう歩くだけで精一杯だった。
そんな状態で何とか自分達の部屋の前までやってきた。

私にはそれが奇跡に思えた。

そして矢口は鍵も出さず、平然とノブを回してドアを開ける。
一瞬驚いたがすぐに思い出した。

この部屋には鍵がついてないってことを

272 名前:Hypocrites' conversation 投稿日:2002年12月15日(日)23時53分51秒
まず矢口が先に中に入って玄関と廊下の電気をつける。
私もその後に続いたが、1歩踏み出した瞬間に視界が歪んだ。

それでも気合いで2歩目を何とか踏み出した。
けれど不意に全身の力が抜けて、もう立っていられなかった。

それはどっかで感じたような感覚。

あぁ、私がオヤジのところへ面接に行ったときだ。
紅茶に入っていた変な薬、あれを飲まされた感覚によく似ている。
その時も全身の力が急に抜けていった。

なんだよ、もう二度と思い出したくなかったのに。
あんなこと忘れたかと思ってたよ。

私はもう目さえ開けていられなくて、視界がゆっくりと暗転していく。
それから自分が床に倒れたのは分かった。
でも感覚がないせいか、倒れたときに痛みは感じなかった。

「け、圭ちゃん!」
驚いたような矢口の声が遠くから聞こえて、それから後の記憶はない。

273 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月16日(月)00時01分47秒
やっと家に戻って来ましたね!
外出も面白かったけど、やっぱり同棲(?)生活してる2人がいいな〜
つーことで今後に期待!
274 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年12月16日(月)19時33分41秒
これからが圭ちゃんの心の動きが活発化になるわけですね。
続き、ますます楽しみです。
275 名前:ななしくん 投稿日:2002年12月17日(火)20時12分32秒
保田の風邪が悪化か?!
276 名前:弦崎あるい 投稿日:2002年12月21日(土)22時42分07秒
>名無し読者さん 戻って来れて本当に良かったです。書いてる方としても
外出してると行動範囲が広すぎなので、部屋で生活してるところを書く方が
とっても楽です。これからの展開に期待して下さい。

>読んでる人@ヤグヲタさん そうですね、ここから結構保田さんの心は
揺れ動いていくと思います。やっとここまできたって感じです。

<ななしくん 雨の中を走らされ、重い荷物を持たされて、休む暇さえ
与えられなければ、普通に考えて風邪は悪化するでしょうね。それにこの話
の保田さんは身体弱そうですし。

277 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)22時45分53秒
私が目を覚ますと、一番初めに見知らぬ天井が見えた。
だから一瞬まだ夢の中なのかと思った。
でもすぐにここがあの部屋だと分かると、期待が外れて少し残念だった。

今までのことが全部夢なら良かったのに。
けれどそう思う反面、なぜか安堵している自分も存在する。
その理由を問い詰めたいけど思考が働かない。

でも別に大して知りたくもない。

私はふとさっき見ていた夢のことを思い出した。
あまり詳しくは覚えてないけど、でも断片的には記憶は残っている。

私は10人くらいの女の子達と一緒にいた。
そこは会議室みたいな大きな白い部屋で、そこで私達は適当に遊んでいた。
話の感じから察すると芸能人みたいだった。

でも私がそういう世界にいるのも少し想像しにくい。
自分で言うのも何だけど不釣合いだと思う。

だけど楽しそうだった。

夢の中の私は腹を抱えて笑っていた。
あんな風に笑っていたのは何年前のことだろうか。
きっとあまりにその女の子達が笑うから、釣られてしまったのだと思う。

その居心地の良さと高揚した気分の余韻がまだ残ってる。


278 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)22時53分08秒
でもそれは夢の中での出来事だ。
けれど私にはパラレルワールドのように思えた。

でもそれを証明する方法はないし、夢だと言ってしまえばそれで終わり。
なのに私にはそんな気がしてならなかった。

もし仮にそうでもあの世界から追い出されてしまった。
けどあの子達と楽しく芸能界で生きる、そういう道も悪くないと思う。
でも私はこの世界へ戻ってきてしまった。

つまりそれが答えなんだ。
私のいるべき場所は此処だけなんだよ。
生温くて、薄汚れていて、壊れかけたこんな醜い世界だけど。

私の居場所はここ以外にはない。

お前はここに必要ないと、きっと神様なんかが思ったのだろう。
だけどそれで正解だと思う。
まだこのイカれたゲームは終わっていないから。

ただ、あの世界なら幸せなになれただろうか。

笑いながらあの子達といれたなら、私は幸せな人生を送れたんだろうか。
少なくともここよりマシなのは断言できる。
同居しているバカがいないだけ、きっと幸せな生活が送れたことだろう。

私にはふざけた世界がお似合いなんだ。

279 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)22時55分35秒
私は深いため息を吐いて辺りを見回した。
いつもと何も変わってない、この頃は少し見慣れてきた部屋。
起き上がろうとしたけど体に力が入らなくて諦めた。

そういえば風邪で倒れたんだっけ。
倒れたまでは覚えているけど、それから後の記憶は全くない。
ということは矢口が私をベットルームまで運んで、それからパジャマに
着替えさせってことか。

随分とご親切なことで。

「ははっ・・・それは少しウケるね。」
一人奮闘している矢口を想像し、私はその滑稽さに軽く吹き出した。

けれど現状はあんまり笑ってもいられない。
ゲームの終わりまであと2ヶ月。
勝つ自信は勿論あるし、初めからそのつもりでいる。

でも胸の中にはなぜか不安が渦巻いてる。
負けることなんてありえない、なのにこの気持ちは何だろう。
その気持ちがよく分からない。

私は軽く目を瞑ると、自分の胸に手を置いて深呼吸をした。

だけど余計に焦るようで心が落ち着かない。

280 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)22時58分07秒
「はぁ〜い!天使界のプリンセス、ミニマム矢口様が看病しに来たよ。」
不意に脳天気な声がしたかと思うと矢口が寝室に入ってきた。

怒りが胸の中の大半を占めるようになった。

「・・・・地獄だったか。」
「天使がいるんだから天国に決まってるじゃん!」
私のため息混じりの呟きは、すぐにお馴染みのツッコミで返される。

「だから看病なんてしなくていいって。」
そんな1人漫才をムシして私は話の本題へと戻った。

「ちょっと!勝手に話をすり替えるないでよ!」
でも矢口はそれが気に食わなかったらしく怒っていた。

「はいはい。とにかく私は平気だからさっと部屋から出てって。」
私は起き上がろうともせず、虫でも追い払うかのように手を振って言った。

「ひっでぇー。せっかく心配して来てあげたのに。」
矢口は両手を軽く上げると、やる気のなそうな棒読みで言った。

怒りが胸の中の全てを占めるようになった。

281 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)23時00分22秒
言い返したいけどそんな気力はないし、それは少し大人気ない気がする。
だから私はため息を吐いてから落ち着いた声で諭した。
「ご好意は嬉しいけど、近くにいると風邪がうつるからいいよ。」

「へぇ〜、オイラのこと心配してくれてるんだ。」
すると矢口は少し意外そうな顔をする。

「別に。それにまぁ・・・・・何とかは風邪ひかないって言うしね。」
私は素知らぬふりして言いながら、顔は完全に鼻で笑っていた。

「誰がバカなんだよ!」
「別に私はそこまで言ってないけど。」
矢口はふてくされてベットの端に座り、私はとぼけて冷静に対応をする。

それから部屋には久しぶりの沈黙が訪れた。

「ケッ!本当に性格最悪だよね。」
矢口は沈黙を突然破ると、吐き捨てるようにそう言った。

私は怒りはしなかったが語尾は強調する。
「あんただけには言われたくないよ、その言葉は。」

282 名前:A dream gentle to 投稿日:2002年12月21日(土)23時02分22秒
どっちが性格最悪なんだか。
外見とは正反対に色んなこと考えているし。
ただのカギかと思っていれば、私以上に物事を理解してる。

初めはただの脳天気なバカだと思ってた。

だから子どもみたいな顔をして笑うんだって。
嫌味なくらい明るくて、初めはそういうのを疎ましく感じてた。
だけど本当は心には暗い過去を背負ってる。

でもそんなこと微塵も感じさせないくらい、いつも普通に笑っているから。
だから分かりにくくてしょうがない。
見た目は単純そうな割には、その中身が複雑すぎるんだよ。

一日出掛けてみて今までの印象が一変した。

だから不思議なんだけど、矢口のことが前ほど嫌じゃない気がしてる。


283 名前:本庄 投稿日:2002年12月26日(木)22時28分12秒
圭ちゃん…
なんかどんどん矢口にはまってきてる気がするのは私だけ??
でもそれが人間なんだよ、きっと!(偉そうですみません…)

この先どうなるのか期待してます!
284 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月31日(火)00時29分50秒
圭ちゃんが夢で見た世界ですが、
何か意味があるんでしょうか?
なんとなく気になりました。

あー、あとミニマム矢口(?)の看病いいなあ
早く続きが読みたいです。
285 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月04日(土)14時40分41秒
待ってるよ
286 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年01月11日(土)22時07分19秒
>本庄さん 保田さんは初めの頃よりは、矢口さんを好きになったとは思い
ますが、まだ恋愛的な好きまではいかないですね。でも正反対な人間ほど、
人は惹かれるのかもしれません。

>名無し読者さん 保田さんが見た夢は、もう一つの人生の選択肢みたいな
意味合いをつもりで書きました。本当はもっと細かい描写を入れる予定が、
書けなかったので短くまとめました。

>名無し読者(285)さん 本当にスイマセン。風邪が悪化してしまい、
PCの前に向かう状態じゃなかったもので、ついこんなにも更新が遅れて
しまいました。これから更新は多くしたいと思ってます。

287 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時10分01秒
「そういえば・・・・あと2ヶ月だよ。」
矢口が部屋に掛けてあるカレンダーを見ながら呟いた。

「ん?あぁ、正確には1ヶ月と29日だけどね。」
私はその言葉に動揺することなく返す。

初めは何のことだか分からなかったが、すぐに察しがついた。
矢口はゲームのことを言ってるんだなと。

でもそれが私には少し意外だった。
全然そんな素振りを見せないから、興味ないのかと思ってた。
まぁ、そのポーカーフェイスには慣れたけど。

だって何考えているか分からない奴だと、初めて会ったときから思ってた。

「死ぬのは恐い?」
矢口は不意に私の方にを見ずに問いかけてきた。

相変わらず何を考えているかは不明。

「さぁ、どうだろうねぇ。・・・・今の時点じゃあんまり実感ないよ。」
私は頭の後ろに手を置きながら呑気に答える。

でもその言葉にウソ偽りはない。
確かに爆弾に怯えている、でも実感がないのもウソではない。

それに負ける気がしないのもそう思う要因の一つ。

288 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時13分37秒
「まぁ、分からないでもないよ。突然ゲームに参加させられて、負けたら
あなたは死にますって言われてもねぇ。まして体の中に小型爆弾が埋め
こまれてる、というのもあまりに非現実な話だし。」
矢口はこっちに顔を向けると、軽い口調で話しながら笑っていた。

そのときふと一つの疑問が頭に浮かんだ。

「そういえば矢口ってさぁ、何でこのゲームやろうと思ったの?」
私は特に戸惑うことなく平然と質問した。

自分にはちゃんと理由があるけど、矢口の場合思いつかない。
だから何となく気になって聞いてみた。

すると、矢口はなぜか寂しそうな笑みを浮かべる。
「別に大した理由じゃないよ。それに全然話す気もないしね。」
と少し荒く前髪を掻き上げ、遠くのほうを見つめるような瞳をして言った。

「そう言うと思った。ならもし矢口が負けた場合ってどうなるの?」
私は呆れた顔をしながら再度質問する。

珍しく質問ばっかりしてるなと思った。
風邪のせいで少し頭がイカれてるのかもしれない。

「ん?あぁ、死ぬよ。」
矢口は全く戸惑うことなく、何事もないように笑って答えた。

289 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時16分03秒
「えっ?!」
私は思わずベットから身を乗り出して叫んだ。

どういう意味なのか分からなくて。
でも問い返したいのに声は詰ったように出なかった。

「さてと、ちゃんと寝ててよ。オイラが後で特製のお粥持っていくから。」
矢口はベットから跳ねて立ち上がると、子どもを注意するみたいに窘めた。
私は頭の中が混乱してて返事すらできなかった。

そして矢口は鼻歌を歌い、いつも別段変わった様子で部屋から出て行く。

私は閉められたドアをただ呆然と眺めていた。
それから重いため息をつくと、額に手を当てながら天井を見つめた。

「・・・・アホか。」
と呟いて力が抜けたようにベットに倒れ込んだ。

でもそれは自分で言いながら、何だか負け惜しみみたいだと思った。
確かに言葉を返せない時点で私は負けてる。
けどあれに似合う言葉を早々に見つけるのはムリだ。

なぜ矢口は平気で口にするのだろう。

そんな簡単に言われても私には重すぎるんだよ。
あまりの重圧に耐えきれないんだ。
だから持てやしないし、投げ返すことすらできない。

ただ迷惑するだけなのに。

290 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時20分36秒
でも思えばこれまで特に説明もなかった。
今まで気にもしてなかったけど、軽く興味が沸いたから聞いただけ。
だって矢口に負けなんて関係ないと思ってたから。

ただの会社から派遣されてる、それだけの人間だと思っていた。
だから死には無関係だと思ってた。
でもそれは自分の都合の良いように思ってただけ。

その可能性だって十分に考えられた。
だけど勝手にこのゲームはイーブンじゃないって。
私は一人で思い込んでいたんだ。

私は自分だけが被害者だと思ってたけど、矢口だって同じ被害者なんだ。

でもそんなの気づくわけないじゃないか。
だってもしそれが事実だとすれば、私も矢口にとっては敵なんだ。
自分の命を奪うかもしれない敵。

だから今までの行動の意味が理解できなかった。

いつも積極的に話しかけてくるのは矢口の方だし、暇だとすぐに近寄っても
来るし、それに過去だって平然と教えてくれた。
命を奪う敵なのに、どうして自分から近づくのだろう。

それに一番分からないことがある。

本当に無邪気すぎるほどの笑みを、私へと向けるその理由が。

291 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時25分58秒
矢口が過去の話をしてくれたのは、それから5日目のことだった。

そのときには風邪はもう治りかけていた。
でも完治したわけでもないのに、なぜか私がお昼ご飯を作らされていた。
矢口としては「風邪で寝込んでいる間に看病したんだから、今日くらいは
作ってよ。」という言い分らしい

それで私は少しダルい体なのに台所に立っている。

全く、バカみたいに人使いが荒すぎだよ。
軽く一人で愚痴を呟きながらも私は料理を作っていた。
適当な仮病で逃げることもできたけど、でも看病してもらったのは事実だ。

そのお礼だと思えば矢口にしては安いほうだ。
それにこの頃料理にハマっているので、作ることはそれほど苦ではない。

冷蔵庫にある材料との兼ね合いで冷たいパスタに決めた。
だってあるのがトマト、ニンジン、ダイコン、鳥肉が100g、その色々。
その中から考えつくのはそれしかなかった。

まだまだ料理は勉強中のレベルだ。
勿論、パスタがあったから作ることにしたんだけど。
さっき矢口が頼んだって言ったから、早めに食材も届くことだろう。
それまではあるもので何とかするしかない。

292 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時29分42秒
今は熱湯に通したトマトの皮を剥き、ヘタと種を取って切ったところだ。
それに手抜きでチューブのニンニクとオリーブ油を入れる。
オリーブ油やナンプラーなど、滅多に使わない調味料だけは充実している。

だからふと必要になったとき困らなくて便利だ。
そして軽く実を潰したトマトにレモン汁を加え、麺が茹で上がるまで冷蔵庫
に入れておく。

それからさっき沸かしておいた鍋の様子を見に行く。
すると、もうすぐで沸騰しそうだった。
私は鍋に適量の塩を入れて二人分のパスタを茹でる。

そんなとき不意に矢口がキッチンカウンターから顔を覗かせる。
「まだできないのぉ〜。」
相変わらず進歩の兆しはなく、子どものようにご飯の催促をしてくる。

「もうすぐできるから待ってな。」
私は矢口の方を一切見ず、部屋の時計を見ながら時間を計っていた。

「じゃ、ここで待っててもいい?」
と上目遣いの視線を向けながら、カウンターに肘をついて矢口は言った。

いつもならふてくされてまたテレビを見に行くのに。
珍しいこともあるもんだ。

私はそう思っただけで大して気にせず、またスパゲティー作りに集中した。

293 名前:The 投稿日:2003年01月11日(土)22時34分12秒
パスタが茹で上がると、すぐにざるに上げて冷水に浸した。
それから手早く洗って一気に冷やす。
その後は水気をしっかり切ってから皿に盛りつける。

そして冷蔵庫からトマトペーストを取り出して味付けする。
そのソースをパスタにかけたら出来上がり。
本当はパセリの微塵切りしたものや、適当に香草を刻んで入れるとこだけど
ないものは仕方ない。

矢口に皿を渡すと嬉しそうにテーブルに運んでいく。
私はコップに氷を入れて、冷蔵庫から水出ししてある紅茶を取り出す。

それはこの前に出掛けたとき買った紅茶だった。
私はコーヒーが良かったんだけど、矢口が飲めないって言うから。
だから妥協して紅茶を買うことにした。

その店はかなり良いところだったから、かなりの金額を遣ってしまった。
ましてアールグレイなんて買うから余計に。
矢口はダージリンぐらいで十分だと思ったけど、別に私が払うわけじゃない
から構わないし。

というわけで、現在は紅茶を一日5杯くらいは飲んでいる。
もう殆ど意地で飲んでいるようなものだ。
そういえば「これじゃイギリス人じゃん。」と、矢口が意味が分からない
こと口走っていた気がする。

294 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時36分28秒
私がアイスティーを持っていくと、矢口の向かい側に腰を下ろす。
それは別に何の変哲もない普通の昼。

冷たいスパゲティーにアイスティー、それがハワイアンブルー色のテーブル
に乗っている。
オシャレという言葉がよく似合う部屋だと改めて思った。

周りの家具も色はカラフルだけど趣味は悪くない。
大人びたシックな雰囲気はないけれど、とても女の子らしい感じはする。
でも別にファンシーってわけでもない。

色的にはそっち系だけど、受ける印象は結構スタイリッシュだ。
急に微風が入ってきて優しく髪を撫でる。
今日は比較的涼しい陽気なので窓を少しだけ開けてある。

見ると淡い水色のカーテンが微かに揺れていた。

まるでテレビや雑誌の中で見るような、現実感がない作られた生活。
客観的に見れば憧れるような生活かもしれない。
私だってこの風景を雑誌などで見たらそう思うはずだ。

でも傍から見れば理想だとても、実際に暮らしてみると味気ない。
作られすぎてて何だかつまらない。
非現実な世界にいる気がして、たまに居心地が悪いときがある。

色鮮やかな部屋だけど本当はモノクロなんだ。

295 名前:The abnormalities in every day 投稿日:2003年01月11日(土)22時45分30秒
「・・・・・プッ、アッハハハハハ!タモリが超おもしろいんだけど!」
矢口はテーブルを叩きながら腹を抱えて笑っている。

現実感あり過ぎな奴が部屋に約一名。

「悪いんだけど・・・・テレビ消してくれない?」
私は頭を抱えながら呆れた声で呟いた。

「なんで?圭ちゃんっていいとも嫌いだっけ?」
「嫌いじゃないけど、今はそういう気分じゃないんだよ。」
不思議そうなに首を傾げている矢口に、私はため息混じりに言葉を返した。

テレビではこの部屋に場違いな昼の定番番組がやっている。
周りは綺麗に作られているのに、実際の生活はあまりに庶民的だから。

「ヤダ。」
矢口に即答で返され、すぐにテレビの方へ向かれてしまった。

文句を言って聞くような奴じゃないのは知ってる。

「ならそれが終わったら消してよね。」
私は再びため息を吐くと、冷たいスパゲティーを口に運んだ。

そんなわけで日々とても庶民的に暮らしている。
それが良いことなのか、悪いことかというのは判断しづらい。
というか別にどっちでもいい。

ただモノクロの世界が色づいて見えるだけ。

296 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年01月12日(日)14時46分00秒
やっぱり負けたら矢口も・・・。
う〜ん、今のところ、この作品でハッピーエンドは想像できないですね・・・。
続き期待。
297 名前:ななしくん 投稿日:2003年01月15日(水)16時39分00秒
ふたりで悪態つきながら飯食う姿好き。
作者さん描写上手いね。
298 名前:ななしくん 投稿日:2003年01月15日(水)16時54分01秒
あ、間違いた
飯食うというより、飯作ってる時のやりとりかな。
299 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年01月19日(日)22時47分42秒
>読んでる人@ヤグヲタさん 自分の中では結末は決まってるんですけど、
でもそれは人によって感じ方が違うと思うので、何にしても終ってみないと
分からないですね。

>ななしくん 料理作りのところは自分も書いてて楽しいです。本当は
そんなところ適当でいいと思うんですが、変にこだわって料理本まで見て
毎回書いてます。なので、そう言ってもらえると嬉しいです。

300 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)22時52分52秒
矢口は目的の番組が終わると、珍しく言われた通りにテレビを消した。
それから大きな欠伸をしてテーブルに突っ伏していた。
私は食べ終わった皿を戻しに行き、ついでにアイスティーを持ってきた。

「ねぇ、楽しい話聞いてみたくない?」
矢口は急に顔を上げると、不敵な笑みを浮かべて私を誘う。

こういう顔しているときは大抵ロクなことがない。

「別にヒマだからいいけど?」
私は疲れたような深いため息を吐いた。

「へぇ、めずらしいー。いつもなら絶対に乗ってこないのに。」
矢口は驚いた顔をして作ったような感嘆の声を上げる。

初めは嫌味のつもりかと思ったが、言うとしたらもっと露骨に言うはずだ。
つまり本音なのだがかなりの毒舌だけ。

「ただしつこく聞かれる手間を省いただけだよ。」
私は近くにあった新聞に軽く目を通して、頭を掻きながら愛想なく答えた。

聞きたくないって言っても、どうせ100回くらい同じことを言われる。
ならば最終的に初めから聞いたほうが賢い選択だ。
という結論に至ったので、私は一回言われた時点で矢口の話に乗った。

1ヶ月の同棲生活で少しは学んだのだ。

でもそれで何を得するわけでもないのだけれど。

301 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時00分33秒
「私の友達の話なんだけどさ。今から4年前の話で、そのときは中学3年
だったかな?その子は県でもトップの進学校に通っててね、将来も有望
されたんだって。明るくて気が利くからクラスでも人気があったし、友達も
たくさんいた。家庭だって別に問題はなく、家族のみんなと楽しく暮らし
てたらしいよ。」
矢口はそこでアイスティーを一口飲み、話を一度途切らせた。

私は興味なさそうに、今だ視線は新聞に向いたままだった。

特に何か惹かれるような話でもなかったし。
それに自慢話なんて聞きたくない。
そんな私の態度を気にしてないのか、それとも言ってもムダと悟ったのか。

矢口は文句も言わずに話の続きを始めた。
「何もかも満たされ、不安から守られた幸せな生活。でもなぜかその子の
心の中には埋まらない空虚感があった。」
別に声のトーンも相変わらずで、特に悲しそうな顔さえしていない。

ただその瞳は昔を懐かしんでいるようだった。

302 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時07分09秒
何かも満たされた幸せな生活、昔そういうの昔は憧れたりもしたよ。
でも家とか食事ならどうにでも出来た。
親が仕送りくれるから金銭的な問題はなかったから。

けどそれはただ困らないだけで、それ以上のことは何もないんだ。
お金だけじゃ満たされた生活は送れない。
だから今まで生きてきて、満たされたことはなかった。

私は矢口の言葉を軽く聞き流しながら、そんなことを思っていた。

それから黙って話の続きを待った。
何か文句でも言って話の内容が逸れるのもイヤだから。
でも矢口の話に深く興味があるわけでもない。

特に何もすることなかったし、軽く暇つぶしにはなると思った。
新聞を見ても大して進歩しない祖国は虚しいだけだし。
それならまだ話を聞いてるほうがマシだ。

矢口は身振り手振りを交えながら、まるで世間話でもしてるようだった。
「だから酒やタバコにも手を出してみたんだって。でもそういう不良的な
行為でも埋まらなくて、次に当時流行ってた援助交際をしてもダメだった。
けど金には苦労しないからやってたらしいよ。そんなある日にね、一人の
怪しい中年オヤジに会ったんだってさ。」

その話の最後に矢口は私の方を見て笑った。

303 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時13分20秒
それはまだ暮らして日が浅かった頃の、冷たくて近寄りがたい笑みだった。

ここまで聞いて何が言いたいのか大体分かる。
まぁ、話し始めたときからある程度の予想していたけど。

でも話を聞きながら思う、私達は結構似たような人生を歩んでいるんだと。

「初めはいつもの客と同じだと思ってたんだと、でもいきなり話を持ちかけ
られたらしいんだ。「楽して大金の入る話があるよ」って。当然怪しいとは
思ったらしいけど、でもなぜかその話に乗っちゃったんだよね。そうして
その子は怪しいオヤジに誘われるまま、日常世界から飛び出したんだと。」
矢口は話し終わると退屈そうに欠伸をした。

それから飲むわけでもなくアイスティーに手を伸ばすと、まるで子どもが
するようにコップを軽く回して弄ぶ。
すると、氷がコップとぶつかって澄んだ音を響かせる。

「でもホント・・・・・どうしてあの時話に乗っちゃったのかな。」
矢口は氷を見つめながら目を細めて呟いた。

顔は少しだけ笑っていたけど、それは自虐的な笑みに見えた。

304 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時19分33秒
それから部屋には長い沈黙が訪れる。
矢口の友達という表現の意味や、その怪しい中年オヤジの正体も分かる。
別段難しいことはない表現の仕方だった。

あまり学校行ってないから分かんないけど、国語の比喩の問題でもここまで
簡単じゃないはずだ。

にしても、唐突に過去を話し出されるから本当に困る。
それにまた返答しにくいことを言うし。

私は読んでるフリをしていた新聞を雑に畳んで投げ捨てた。

「ストーリーが平凡だから減点40、読み方に起伏がないから減点30、
例え話の安直さは減点25、話が簡潔じゃないのは減点10。 トータルで
45点ってとこだね。一応言っておくけど、150点満点中だから。」
「点数低いよ!」
と冷静に感想を述べた私に対して、矢口はズレたツッコミで返してくる。

そんなバカな言い合いのおかげで空気が一変する。

私がそう茶化すようなに言ったのは、矢口の話が重かったからじゃない。
ましてや気を遣ったわけでは全くない。
甘い言葉なんて望んでないだろうし、言うつもりもなかった。

それに矢口の求める答えを言えないから。

305 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時26分08秒
「同情とか慰める言葉でも言えば良かった?」
私はアイスティーで喉を潤してから、バカにするような笑みを浮かべる。

「そんなのいらないよ。だって・・・オイラは後悔してないから。」
矢口はいつものように無邪気に笑って答えた。

「良かった。こっちも言う気なんて全然なかったし。」
「っていうかさぁ、圭ちゃんが慰めるなんて考えられないよ。」
私の安心したような言葉に、矢口は苦笑しながら大げさに首をすくめる。

「別に望むんだったらいくらでも言ってあげるけど?」
売り言葉に買い言葉の勢いで、私はついそう言ってしまった。

その言葉は勢いにしても自分で言って驚いた。

「ウエッ!」
すると、矢口は胸の辺りを押さえて吐くようなマネをする。

「他にリアクションないわけ?」
私は普段より低い声で言って軽く睨みつける。

「心の叫びはともかくとして。そりゃぁ、ゲームを初めたての頃は色々と
悔やんだりもしたよ。でも今は良かったって思ってる。 だって求めてた
答えが分かったから。オイラはただ純粋に知りたかったんだ、日常世界から
抜け出したらどうなるか。」
矢口は軽く皮肉を流してから自信満々に言った。


306 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時29分23秒
色々と言いたいことはあるけど、それを指摘すると話がズレるのでヤメる。
それに今大事なのは矢口の脳のことだ。

一瞬の間があってから私は悲しそうな顔をした。

「・・・頭大丈夫?」
「初めから大丈夫だっうの!」
と矢口の額に手を置こうとすると、乱暴に振り払われて怒鳴られた。

勿論、本気で心配しているわけでは全くない。
ただからかって遊んでいるだけだ。
でもバカにはしたけど、矢口の言おうとする意味は何となく分かる。

ただあまりに言い方が抽象的すぎるだけ。

けど私も同じことを考えていた。
確かに口に出して説明すると、常人には怪訝な顔をされるだろう。
つまりそれは感覚的な問題なのだと思う。

でも私は理解できる、この世界から逃げ出したいという気持ち。
そう思ったから現に危険なゲームをしているわけだし。
こういうことを心の隅では望んでいた。

裏の世界に行きたいと、そんな空想は心のどこかにはあった。
でも本当は別にどこでもよかった。
あの世界ではない何処かへ行きかたかったんだ。

そうすれば自分に足りない何か、それを埋めるものが手に入る気がした。

307 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時32分57秒
矢口も同じことを思ったのだと推測できる。
平和で幸せな日常世界、だけど心にはいつも空虚感がある。
それを埋める術はあの世界にはない。

だから少しでも違う所へ行けば、それが埋まるような気がした。
ガキの戯言といえばそれで済む話だ。
まぁ、または頭がおかしいとも言うかもしれない。

けれど現実に私はそう思っていたし、矢口もまた多分そう思っていた。
私達は自分が思っている以上にお互いに似ている。
それはあまり認めたくない事実だけど。

でも堕落した日々を送りながら傷を隠してたり、人と触れ合うのをどこか
避けているところや、妙に何に対しても冷めてる態度をする。

見た目は正反対なのに心はまるでコピーしたようだ。
それくらい深い部分は似ている。

だから私達はまるで一枚のカードみたいだ。

308 名前:The reverse side and a table 投稿日:2003年01月19日(日)23時39分59秒
「そういうの・・・・・やっぱ変だと思う?」
矢口は珍しく人の顔色を伺うような目をして言った。

いつも他人なんて気にしない、マイペースで身勝手な奴なのに。
矢口も感傷的になることがあるのだろうか。

「別にいいんじゃないの?」
私は放り投げた新聞を拾って読みながら、顔も上げずに曖昧に言い返す。

「それチョー適当な言い方じゃない?」
矢口は不満そうに言って服の袖を引っ張ってきた。

「・・・・あのねぇ。他人がどう思うとさ、矢口は矢口じゃないの?」
あまりにしつこいので私は顔を上げると声を荒げた。

「えっ?あぁ・・・・そうだよね。」
矢口は照れくさそうに笑ってから大きく頷いた。

それから私はまた新聞の続きを読み始め、でもふと手探りでその小さな頭を
探りだして少し乱暴に撫でた。

「なにすんだよ、バカ!」
私は新聞に視線が向いていたので、怒ったように呟いていた矢口の本当の
表情は分からなかった。

309 名前:ななしくん 投稿日:2003年01月21日(火)23時00分07秒
矢口切ないな。
お互い甘え合えない立場なのが辛いね・・・。
310 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)16時44分37秒
2人ともホントは淋しがり屋なんですよねぇ
早くお互いの距離が近づいてほしいです。

更新待ってますよ
311 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年02月05日(水)22時10分18秒
>ななしくん そうですねぇ、2人は普通に明るく会話してますけど、
本当はすごく重いこと言ってますから。それを重く感じさせないところが、
切ない感じをさせるのかもしれません。

>名無し読者さん 互いに素直に慰め合えなくて、でも命が賭けてあるので
迂闊に近づくことはできない。本当に2人の関係は微妙です。


更新なんですが、もうストックがない状態なのと話が終わりが近いので
慎重に書きたいという理由から、少し間が空いてしまうと思います。

312 名前:It is suddenly too much. 投稿日:2003年02月05日(水)22時14分23秒
あれから特に気まずくもならないで、私達は平然と好き勝手にやっていた。
お互いに束縛することを嫌う性格らしい。
自分は自分で、相手は相手。

でもそう割りきって付き合えるほうが気楽でいい。
恋人や友達だから何かを共有したい、私はそう思うタイプではない。

あれから3日が経った。

その日の夕方くらいに宅配便のお兄さんがやってきた。
私の知らない間に矢口がかなり頼んだらしくて、玄関に呼ばれるとそこには
3箱も段ボールがあった。
箱の中には数多くの食材と本やゲームソフトが入っていた。

それからなぜか二人で料理することになった。
二人でというより、矢口がメインの料理を作るから後のやつは作れと。
つまりはそういうことだ。

なんでも美味しいパエリアを作ると張り切っていた。
だからカニやイカなどの魚介類が豊富にあったのも納得できる。
でも矢口がパエリアを作るのは初めてらしく、その味に期待は寄せない方が
良さそうだ。

本を見ながら調理してる時点で既に諦めはついている。
願うことは一つだけ、人間の食べられる範囲のものを作ってほしい。

313 名前:t is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時20分14秒
矢口はそんな思惑など露知らず、キッチンを忙しそうに走り回っている。
私は自分の担当するサラダとスープの下ごしらへに入った。
担当といっても強制的に決められていた。

部屋は広いシステムキッチン仕様なので、二人で作業しても狭くはない。
無論、一人の方が動きやすいのは言うまでもないけど。
けれど二人でやっていても手狭な感じはしないのは、元々それも踏まえて
作られているからだろう。

今は男が料理しても普通な時代だし。
だからこういうことも計算に入れた設計なのだと思う。
これまたご丁寧な設計だね。

これもあくどい事の一環なのだと思うと、私はちょっと笑えてきた。
それはゲームに様々な思考凝らす主催者達への皮肉でもあったし、その罠に
平然とハマっている自分への自嘲も含んでいた。

314 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時24分56秒
にしても二人でキッチンに立って料理なんて。
そんなこと考えもしなかった、というか想像すらしていなかった。
まるで少女マンガの一場面にでもありそうな光景だ。

恋人の二人は軽く寄り添いながら、照れくさそうに料理を作るのだろう。
それを自分達に変換すると胸焼けを起こしそうだ。

でも現象は甘い雰囲気ではなく、辺りは熱気に包まれた戦場と化している。

「圭ちゃん、冷蔵庫に入ってるカニ取って!」
矢口はフライパインで炒め物をしながら、私の方へ顔を向けずに叫ぶ。

「・・・・はいはい。」
私は軽くため息を吐きながら冷蔵庫に向かう。

どっちかっていうと、料理マンガに近いような気がする。

私がちょうどサラダを完成させた頃、矢口も仕上げの段階に入っていた。
「ねぇ、少し食べてみてよ?」
矢口は炒めて終えたお米をスプーンに乗せ、少し不安そうな顔してこっちに
差し出してくる。

私はスープの仕上げがあるのでそんな暇はなかった。
「はぁ?面倒くさいんだけど。」
「いいじゃん!ねっ?少しだけでいいからさ。」
忙しくて邪険に振舞っているのに、矢口はしつこく食い下がってくる。

315 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時26分21秒
「分かったよ。食べればいいんでしょ!」
私は呆れた顔してため息をついて、機嫌悪そうに申し出を承諾した。

「じゃ、熱いから気をつけてね。」
矢口はスプーンに息を吹きかけて冷ましてくれる。

一体私は何をやってるんだか。

自分でいいと言ったくせに内心は呆れていた。
だって新婚さんじゃあるまいし、それにこういう雰囲気はどうも苦手だ。
私はもう一度ため息を吐いてからスプーンを口に入れた。

けれど意外にも味は結構良かった。
米には味がしみ込んでいるし、炒め具合の感触も別に悪くない。

「・・・・うまい。」
私はちゃんと味わってから唸るように呟いた。

「えっ?今なんて言ったの?」
すると矢口は怪訝そうな顔をして、耳に手を当ててもう一度聞いてきた。

初めは嫌味かと思ったが顔つきからして本当のようだ。
でも私は二度と言う気になれなかった。
恥ずかしいし、照れくさいし、それに絶対に調子に乗るだろうから。

316 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時28分33秒
「マズイ。大したものでもないよ。」
私は冷淡な口調で言い放つと、中途半端だったスープ作りに戻ろうする。

「はぁ?これがマズイわけないじゃんか! 」
とキレた矢口に腕を掴まれ、強引に振り向かされて詰め寄られた。

確かにマズイというのは言いすぎかもしれない。

「・・・・ごめん。今のは言葉が悪かったよ、別に普通の味だった。」
私は自分でも反省して今の言葉を訂正した。

「ウソつき。本当は超ウマいって思ったんでしょ!」
すると矢口は突然嬉しそうな顔になって、私の体を肘で突きながら言った。

こうやって調子に乗るから言いたくなかったんだ。

「自信過剰すぎ。」
「そっちだって意地張りじゃん。」
私達は顔を見合わせると互いに睨み合って言った。

でもすぐに吹き出して笑い出す。
そのときふと思った、普通に出会っていたらこんな感じなのかなって。
結構良い友達になれたのかもしれない。

だけど今の私達は互いに敵同士で、命が賭けられたゲームをしている。
そんな皮肉な現実に少しだけ胸が痛んだ。

317 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時32分32秒
それから夕飯を食べ終え、いつものように自由時間が訪れる。
私はソファーに座りながら本を読んでいた。
矢口はお風呂に入るとかで、20分前くらいにリビングから出ていった。

だから部屋は静まり返っている。

一人しか居ないそこは寂しげで、夏なのに冷たい空間だった。
でも私自身はそれをいつも求めていた。
うるさい奴がいなくて落ち着いて本が読める部屋。

なのに、実際そうなると何だか物足りない気がしてる。
でもそんなことを思って苛ついてる自分もいる。
本当なら思べきことじゃないから。

軽くため息をついて本を膝に置くと、改めて自分しかいない部屋見回した。
一人いないだけでまるで別の部屋のようだった。

今日は何だかどうかしてる。

318 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時36分10秒
そんなことを思っていたら、矢口がバスタオルを巻いて戻ってきた。
そしてなぜか私の目の前に立つと前屈みの姿勢になる。
すると胸の谷間が軽くだけど見える。

「ムラッときちゃう?」
と矢口は自称かわいい声を出しながら、唇を突き出して何度か瞬きをする。

私は呆れた顔をしながら深いため息を吐いた。

「ムカッとはくるけど?」
と視線を本に戻してから素直な感想を述べた。

「あのさぁ、なんで圭ちゃんはそういうことしか言えないの?!」
すると答えが不満だったのか矢口は逆ギレして叫んだ。

「見て思ったことを口にしただけだよ・・・・本当に思ったことをね。」
私は手で軽く耳を塞ぎながら、平然と本を読みながら言い返す。

矢口は何も言わずにただ歯を剥き出しで強く睨んだ。
そうしてしばらく機嫌悪そうにしていた。
でもなぜか気を取り直すと、今度は不敵に笑って私の隣に座った。

私はその言葉にすぐには反応できなかった。

どうしたらその自分に都合のいい、楽天的な方程式が浮かぶのだろうか。
そっちの方がよっぽど興味深いんだけど。

319 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時39分24秒
でも何も言わないと話が変に逸れそうなので、とりあえず否定はした。
「ドキドキなんてしないよ、スケベじゃないから。」
「じゃぁエッチってことで。」
と矢口は自分で言ったことに一人で笑っていた。

全く人の話を聞いていなのか、それともからかっているだけか。
いや、きっとただのバカだ。

「・・・・アホらし。あんたと話してるとバカになりそうだよ。」
私は頭を抱えながらため息混じりに呟いた。

「バカでいいじゃん!オイラは頭が良い奴よりバカの方が好きだよ。」
矢口は突然立ち上がると、振り返って子どものように笑いながら言った。

それは少年のような爽やかさと純粋さを持ち合わす笑顔。

その顔を見たとき私は一瞬だけど胸が高鳴った。
だけど本当にそれは一瞬の出来事。
でも矢口のそんな顔は見慣れてるのに、けれど間違いなく鼓動が早まった。

320 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時41分23秒
私的には勘違いだと意地でも思い込みたい。
もし仮にこれが会った当初に起こっていれば、ただ警戒心を強めただけの
出来事だっただろう。

だけど今はゲームの中盤過ぎくらいのところ。

そんな微妙な状態で突然起こるから、私はかなり動揺していた。
水中で足が攣って焦った感覚と少し似ている。
一気に色んな事が流れ込んできて、頭の中はしばらく混乱が続いていた。

「圭ちゃん?ボーってしてどうしたの?」
不意に矢口が不思議そうな顔して顔を覗き込んできた。

どうやら呆然と立ちつくしていたらしい。
まだ完全に立ち直っていなかったが、そのことを悟られたくなかった。
だから私はなるべく平静を装ってう普通に接した。

だってもし知られたら命取りだから。

321 名前:It is suddenly too much 投稿日:2003年02月05日(水)22時46分38秒
「その格好で風邪ひかないのかなぁ、って思っただけだよ。」
私はいつものように突き放すような言葉を言った。

「マジでそう思ってた?本当はオイラの体で妄想してたんでしょ。」
矢口は初めは少し疑っていたけれど、すぐにお馴染みのエロトークに走る。

「悪いけどロリには興味ないから。」
だいぶ元に戻りつつ自分に安心して、私は悪態をつきながら少し笑った。

「誰がロリなんだよ!ホントに圭ちゃんって毒舌だよねぇ。」
矢口は顔は膨れてるのに声はどこか楽しげだった。

「きっと死んでも直らないだろうね。」
と私は諦めたようなため息を吐いてから苦笑する。

死んでも今思ったことは言えない。
矢口を見て胸が高鳴ったなんて、口が裂けても言いたくない。
言ったら私の死ぬ可能性が高まるから。

それに自尊心も大いに傷つくし。
やっぱり今日はどうかしてるな、と横でバカ笑いする矢口を見て思った。

でもそのときは私はまだ安易に考えていた、だって自分の心境が大きく変化
するなんて思いもしなかったから。
322 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月06日(木)06時54分20秒
更新お疲れ様です
保田さんの心境・・・どう変化するのかな
323 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月07日(金)00時31分17秒
更新待ってました!

少しギコチなく寄添ってキッチンに立つ2人が目に浮かびます・・・萌え・・・
風呂上り矢口の小悪魔的挑発もなんともカワイイです
圭ちゃんの心境の変化に期待だw
324 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年02月19日(水)22時04分58秒
>322の名無し読者さん 本当に全然更新できなくて申し訳ないです。
かなりというか、保田さんの心境は急激に変化しすぎてます。

>323の名無し読者さん かなり間を空けてしまってスイマセン。
あまり甘いシーンがないので、少しで入れとこうと思って書きました。
ここは萌えてくれれば言うことナシですね。
保田さんの心境の変化は、多分期待に応えられると思います。

325 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時09分32秒
それから数日経って、その日私が朝食の用意してるときだった。
矢口はソファーに横になって眠っている。
昨日ゲームで徹夜したらしく、どうやらまだ寝足りないらしい。

「ご飯できたら起こして。」とだけ言い残し、私の答えも待たずに勝手に
眠ってしまった。
私は好きなだけ寝てればいいのに思った。
別にやることもないので、私達はいつも適当に時間を潰している。

だから本当はいくらでも寝てていいんだ。
なのに矢口は勝手に起きてきて、そしてまたソファーで二度寝している。

相変わらず行動の意味が分からない。
一人でいるのが寂しいとか、そんなかわいい理由は想像したくもない。
どうせお腹が減ったから起きただけだろう。

私は大して気にもせずに黙々と料理を作っていた。
でも朝食なので大した時間はかからずに終わり、矢口を起こすことにした。

初めはこのまま寝かせておこうとも考えた。
けどご飯を食べ終えた後に起こして、色々と文句を言われるのは面倒だ。
もし起きなければそのまま放っておけばいい。

なんで私はこんなことしてるんだか。
呆れたような深いため息を吐くと、矢口の寝てるソファーに向かった。

326 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時16分28秒
お互いに干渉せずに勝手にやってればいい。
会った当初はそうしていた。
触れ合うことを拒み、上面だけで曖昧に付き合っていた。

いつからこんなに意識してるんだろう。
いつからムシできなくなったんだろう。

私はいつの間にか変わったらしい、自分でも気がつかないくらい。
それはとても急速で意外な方向に。

今だって嫌々ながら世話を焼いて、そうしてまた自己嫌悪してる。
それは一人相撲してるみたいでバカらしい。

矢口は何の苦悩もしてないような、呑気な顔して寝てるというのに。
でもその心の奥底には重い過去を隠してる。
何も分かってない強気さと、知り過ぎてる弱さを持ち合わせてる。

「全く、カッコつけすぎなんだよ。」
私はふてくされように呟いて、眠ってる矢口に軽くデコピンをした。

すると少しだけ苦しそうに顔を顰めて唸る。
その姿は本当に子どもみたいで、私は自然に笑ってしまった。

327 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時18分02秒
でも整えられた細い眉、艶のあるピンク色の唇、やや青みかがった銀色の
アイシャドー。

化粧して整えられた顔は大人そのもの。
私はその場で膝を曲げると、改めて矢口の顔を見ながらそう思った。
そういえばこんな視近距離で顔を見たのは初めてだ。

普段は行動がガキだから忘れてたけど、しゃべらなければ本当は色ぽっい。
私は無意識のうちに矢口の頭に手を伸ばしていた。
その金髪を優しく撫でながら、ふと引き込まれるように顔を近づけた。

その小さな寝息が聞こえるくらいの距離まで。

でも私はすぐに我に返ると、ソファーから逃げるように離れた。
そして口元を押さえながら呆然としていた。
不意に全身の力が抜けていって、私はそのまま床に座り込んだ。

「は、ははっ・・・・マジで勘弁してよ。」
私は引き釣った顔で笑いながら、乾いた唇から掠れた声を漏らした。

328 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時25分54秒
知らないうちに息が上がっていて、私は肩を上下させながら深呼吸する。
それから目を瞑り両手で顔を覆ってため息を吐く。
でも心は全く落ち着かなかった。

「・・・・・圭ちゃん。」
不意に少し枯れたような声の呟きが聞こえた。

その言葉に体が過剰に反応した。
だってこの部屋で私以外にしゃべるのはあいつだけ。
声のする方にゆっくり振り向いたが、矢口は未だに眠っている様だった。

私は胸をなで下ろしてから大げさに深い息を吐いた。

もしかして起きたのかと思って驚いた。
それから矢口の次の行動を伺ったが、数分経っても特に動きはなかった。
どうやら今のは寝言だったらしい。

「驚かされるのは・・・・・今ので十分だよ。」
私は苦笑しながら独り言を言って、それから静かに床へ倒れ込んだ。

それからただ白い天井を見上げていた。
早まる脈はまだ治まらなくて、それは永遠に止まらなそうな勢いだった。
私は軽く胸を押さえながらまた深呼吸をする。

それは備え付けられてる爆弾の相乗効果なのか、今の出来事のせいなのかは
分からない。

329 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時31分47秒
それから少し時が経って何とか落ち着きを取り戻した。
まだ納得したわけじゃないけど、このまま倒れていても仕方がない。
それにお腹も減ってきたので立ち上がった。

とりあえず何か食べないと、たたでさえ混乱した頭では集中できない。
けど今はそんな人間の愚かさと便利さを感謝した。

でも人がこんなに悩んでるのに、矢口は幸せそうに寝いびきを立てている。
その光景はさっき以上に腹が立つものがあった。
でもきっとそれはただの八つ当たり。

私は近くにあったクッションを拾い、それを思いきり矢口に投げつけた。
そして見事すぎるほどに顔面に当たる。
まさか当たると思ってなかったので、心の隅で少しだけ反省した。

「んあぁ?」
ガラの悪い声が聞こえたかと思うと、矢口が不機嫌そうに目を覚ました。

「朝食できたから起きれば?」
私は冷たい言葉をかけてから、背を向けてテーブルへと向かった。

あくまでも平静で冷静な態度をとる。
また知らないフリとか、その場を上手く誤魔化す、という言い方もできる。

330 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時33分34秒
「あのさぁ・・・・本当にマジで心の底から普通に起こしてくんない?」
矢口は一気に私の距離を詰めると、寝起きとは思えないハイテンションで
捲し立てた。

「暇なときに考えておくよ。」
私は適当なことを言って相手にせず、いつもの定位置に腰を下ろした。

「うがぁぁぁぁ、もう最悪だよ!」
矢口の機嫌はテーブルの前に座っても変わらず、乱暴に頭を掻きながら一人
で呟いていた。

そうして私達は遅い朝食をとった。

でも矢口の怒りは治まらなくて、かなりイラついてるのは見れば分かる。
さっきから貧乏ゆすりのように足を小刻みに揺らしている。

どうも今回は本当に怒っているようだ。
いつも大抵の場合、何か食べていると怒ってるのを忘れるから。

私は深いため息を吐いてから面倒くさそうに言った。
「分かった。お詫びに矢口の好きなものを夕飯にするよ。」
でも言ってすぐに顔を逸らした。

本当ならこんなこと言いたくもない、でも圧倒的に悪いのは自分の方だ。
いや、根本的に悪いのは矢口なんだけど。
でも今日のところはこっちが折れるしかなさそうだ。

331 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時37分30秒
「えぇっ!マジで?!ならビビンバ作ってよ、ビビンバ!」
すると矢口の顔が急に明るくなり、テーブルから身を乗り出して叫んだ。

「却下。」
「なんだよ、好きなもの作るって言ったじゃんか!」
私は冷たい声で即答すると、当然のごとく矢口の反論が返ってきた。

でも作り方も知らないし材料がなくては作れない。

「他に何かないの?っていうか、冷蔵庫に材料あるやつにしてよね。」
私がかなり限定した条件付きで提案を出す。

「うぇ〜、そんなのズルいよぉ。」
と矢口は文句をいいながらも、真剣な顔して考え込んでいる。

私はその間に穏やかな朝食を楽しむことにした。

けれど不意に何か思いついたらしく、矢口は顔を輝かせて叫んだ。
「ハンバーグにする!あのー、あれだよ、なんて言うんだっけ?上にチーズ
が乗ってるやつ!」
でも名前が思い出せないのかテーブルを叩いて悶えていた。

332 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時39分38秒
「イタリアンハンバーグのこと?」
私は確証は全くないけど適当に言ってみた。

「そう、よく分からないけど多分それだと思う!」
すると矢口もそんな曖昧な答えに納得する。

それに対して意義を唱えることなく、その話題はそこで終わった。
二人とも正解を知らないんだから仕方ない。

私は食事の終わると、最後にアイスティーで喉を潤した。
「・・・・っうかガキだね。」
それから鼻で笑いながら呆れたように言った。

ハンバーグやスパゲティーと聞くと、子どもの定番という気がするから。
まして作ってほしいと聞かれてそう答えると尚更だ。

「誰がガキだよ!」
「それじゃ明日はカレーにでもしようか?」
「なんだよその言い方は!じゃぁさ、80歳のじいさんがハンバーグ好き
だったらガキなわけ?」
「そういうへ理屈を言う自体が子どもなんだよ。」
矢口は相変わらず甲高い声で叫んで、私はそれを冷静な態度で受け流す。

それはいつも変わらないむさ苦しい朝の光景。
そのことに心がつい和んでしまい、さっきまでの悩みを普通に忘れていた。

333 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時43分00秒
それから矢口も食事を終えて二人で談話していた。
テレビドラマについてとか、今流行ってる歌とか、芸能人がどうとか。
そんな誰でも話すような会話をしていた。

でもふと思い返すと、私は会った当初より饒舌になっている。
前は話すのがあまり好きじゃなかった。
生きていれば話す機会はたくさんあるが、私は必要以上はしなかった。

これもうるさい同棲者の影響だろうか。
今ではたわいもないを話して、それから時々だけど少し笑う。

私はこんなに笑う人間ではなかった。
笑うほど楽しいこともなかったし、客観的に冷めた目で周りを見ていた。
適当に愛想笑いを振りまいてそれだけで生きていた。

それは矢口に対しても同じだと思っていた。
なのに2ヶ月経ってみると、実際は驚くほど心を開いている。
今は会話が楽しいとさえ感じてる。

それは私達が似たような性質であり、暗い過去を背負って生きている。
そして深い傷こそが互いの心を開く鍵なんだ。

でも他人と触れ合うのは怖いから、今だに少しだけ避けている。
だって決心が揺らいでしまうから。

誰にも寄り添わずに独りで生きると、私はそう決めているから。

334 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時47分14秒
「・・・・ゃん?圭ちゃんってば!人の話ちゃんと聞いてた?」
我に返ると怪訝そうに矢口が顔の前で手を振っていた。

どうやら一人の世界に入ってたらしい。

「んっ?全然聞いててなかった。何かつまらなそうな話だったからさ。」
私はわざとらしく耳の穴を指で触りながら言った。

でも矢口は怒ることなく、逆に少し悲しそうな顔をして見つめてくる。
「あのさぁ・・・・何か隠し事してる?もし悩みとかあんならさ、オイラが
5秒で解決してあげるよ!」
でもその表情はすぐいつもの明るいバカ面になって、私の背中を叩きながら
楽しそうに笑っていた。

相変わらずカンだけは素晴らしいね。
態度は普通なのにどうして気がつくんだろう。

335 名前:Dangerous state inrush 投稿日:2003年02月19日(水)22時51分23秒
「別になんでもないよ。それに例えあっても、あんたに言う気はないし。」
私は意外にも普通に言葉を返せていた。

心の動揺は思ったほど声には出てない。
自分で思ってる以上にポーかフェイスだとことに気づいて、それがただの
自身過剰でないことを今は願いたい。

だってもし知られたら、私の短い人生は終ってしまうから。

「少しくらい言ってもいいじゃんか、圭ちゃんのケチ!」
矢口は子どもが拗ねたような口調で言った。

「あんたみたいにオープンすぎでも、こっちは返答するのに困るんだよ。」
という言葉が喉まで出かかったが何とか押さえ込んだ。

だって言うと絶対に話が逸れるし、それに傷けてしまう気がしたから。
まぁ、矢口がそこまで繊細なのかは分からないけど。

「はいはい、ケチで結構だね。」
私は呆れた顔して話を流しながら、内心はそんなことを思う自分に自嘲して
いた。

336 名前:Dangerous 投稿日:2003年02月19日(水)22時54分26秒
本当に言えないことばかりだよ。

まだ隠しごとが増えそうな気がして、これから先は不安だらけ。
だからこの頃は心が重くて仕方ないんだ。
この重みにいつまで自分が耐えられるのかは分からない。

でももし重荷を下ろしてしまったら、私はどうなるのだろう。

それになぜか頭の中では危険信号が鳴り響いてる。

337 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月23日(日)02時21分56秒
保田さんかなりグラいてきましたね(w
次回の更新も楽しみにしてます

しかし最近のやぐやす(現実)もなんかいいですなぁ
いやっほうもいい感じ(w
338 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月24日(月)22時44分42秒
爆弾さえ無かったら…パッピーエンドが期待出来そうなのに
(それでも期待するけど)

>>337
ペアリングとか現実が妄想を超えてw
339 名前:338 投稿日:2003年02月24日(月)22時46分29秒
×パッピーエンド
○ハッピーエンド
340 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月25日(火)02時40分05秒
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/8828/053.html
341 名前:名無しさん? 投稿日:2003年02月26日(水)05時03分22秒
更新お疲れ様です
危険信号・・・どう展開するのかな
>>340
意味不明
342 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年02月28日(金)22時42分50秒
>337の名無し読者さん 現実の方が小説よりイチャついていて、
書いてると少し複雑な気分になります。イチャイチャが見れるのは普通に
嬉しいんですけどね。これから更に保田さんの心は揺れるので、楽しんで
もらえると嬉しいです。

>338の名無し読者さん もし爆弾がなかったら、多分普通の恋愛物に
なっていたと思われます。それでもハッピーエンドは分からないですけど。
この話は最後はちゃんと現実を超える妄想になる予定です。
わざわざ訂正ご苦労様です。

>340の方は確か意味不明ですけど、読んでそれなりに面白かったので
自分的にはアリです。別に怒る気も泣く気もないです。
ただ定期的にされると困りますので、それだけはやめてください。

>名無しさん? 危険信号の理由もすぐに分かると思います。なかなか更新
できないとは思いますが、気長に待っててくれると嬉しいです。
343 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)22時45分52秒
それからあっという間に時間は過ぎていった。

ふと時計を見ると6時だったので慌てて夕食の支度に入った。
私は約束通りにチーズの乗ったハンバーグと、出来合いのサラダと温めて
牛乳入れるだけのコーンスープを作った。

「手抜きだ」とか喚かれたけど、そんなは無視してテーブルに持っていく。
でも置かれた料理を見るとすぐに矢口の機嫌も治った。
我ながら結構上手くできたと思った。

出来合いものはともかくとして、ハンバーグは本当に美味しそうだった。
溶けかけのチーズと肉から滲み出た肉汁が食欲をそそる。

この頃何かと作らされているので、少しは腕でも上がったのだろうか。
殆ど自炊しなかった一人暮しのときでは考えられない。
コンビニやスーパーの出来合いもので一日を過ごし、包丁は本当にたまに
しか握らなかった。

まな板なんてうっすらカビが生えていたし。
そんな私が今やキッチンに立って普通に料理してるなんて。
人間は生活習慣が変わると、こんなにも一変することが少し感慨深かった。

「ねぇ、早く食べようよ!」
と矢口は既にフォークを持って臨戦体勢に入っている。

どんな環境が変わっても絶対変化しなそうな人もいるけれど。

344 名前: Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)22時50分25秒
私はキッチンで飲み物の用意をしていた。
ふとダイニングを見ると、矢口は目の前のハンバーグと睨めっこしている。
その様子はエサを前に待てと言われた犬みたいで、思わず想像して吹き出し
そうになった。

だからすぐに私は背を向けて笑いを堪えていた。

「先に食べててもいいよ。」
と後ろに振り返えらないまま、ため息混じりに矢口を促した。
別に義理堅く待つ必要なんてないし、仮に勝手に食べても怒りはしない。

「いい。圭ちゃんが来るまで待ってる。」
でも矢口の意志は固いようで頑なな口調で断られた。

「あっそ、なら勝手にすれば?」
私はそれに突き放すように冷たい言葉で返す。

でも内心は少し嬉しかった。
だって矢口は本当はすごく食べたいはずだから。
自分でリクエストしたんだから、きっと好きな食べ物なんだと思う。

だからいつもするはずの間食を今日はしていない。
それほどまでに楽しみにしていて、今すぐにでも食べたいはずなのに。
だけど矢口は一切手を出さずにただ構えているだけ。

私が席に着くまでは手を出さないと言うのだ。

345 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)22時57分22秒
そういうところは妙に律儀というか、義理堅いというか、融通の利かない
バカというか。
でも矢口のそういうところは嫌いじゃない。

そんな姿を見ながら、私はまた自然に頬が緩んで微笑んでいる。
けれどすぐにそんな自分にまた嫌悪する。
でもそれは無意識なんだから制御のしようがない。

いつも何かして後になってから激しく後悔してばかり。
私はイカれてしまったんだろうか。
もう自分にはどうすることもできない衝動、それを止める術は今だ不明。

だからなのか矢口を話するときにこの頃は妙に緊張する。
また不意に触れてしまいそうで怖い。
自分を常に監視して理性を保つ、それは結構疲れるし肩も凝ることだった。

それからこの胸に渦巻く一向に晴れない霧。
それは矢口を優しく見つめてしまうことと、何か関係があるんだろうか。

346 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)22時59分20秒
こんな温かな感情を他人に抱いたのは久しぶりだ。
でもそれは無くしたと思っていたし、私にとって必要のないものだった。
だから今までなくても困らなかった。

というわけでその感情の正体がよく分からない。
そこが肝心な部分なのに、それを理解する情報が私には欠けている。
昔そんな感情がまだ微かに残っていた時でさえ、当時もそれが何を意味する
のかは分からなかった。

多分それは私が一番初めに捨てたものだから。

それだけが唯一分かることであり、逆にそれしか分からない。
でも間違いなく私は壊れかけている。
だって前ほど矢口に冷たくできなくて、そんな自分に少し困惑してる。

347 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時02分34秒
「今日は何かボーっとしてるよね?」
そう不意に言われた矢口の言葉で私は我に返った。

今日はこんなのばっかりだなと思い、情けない自分に苦笑した。

「別になんでもないよ。」
私は軽く髪を掻き上げてから、また平静を装って言葉を返した。

「もしかしてまた風邪でもひいた?」
「ご心配どうも。でもそれほどヤワな体じゃないよ。」
少し表情を曇らせる矢口に対して、私はそれを鼻で笑うように答えた。

そんな弱々しく見えたんだろうか。
でも確かに精神的には少し参ってきてるけど。

「ま、ならいいんだけどさ。だってまた看病するの面倒じゃんか。」
矢口はそれ以上詮索することはなく、疲れたようにため息を吐いて言った。
勿論それは大げさな演技だった。

「全く、大した看病してないのによく言うよ。」
私は微笑しながら皮肉を言って返した。

それから二人分の飲み物を持っていき、やっと座れることができた。

348 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時06分20秒
「ねぇ、もう食べてていよね?」
矢口は本当に待ち切れなそうな顔して言った。

「だから勝手にすれば?」
私は呆れた口調で言いながらも頬は少し緩んでいた。

さっき同じようなことを言った気がしたけど、でも間違いなく口調も表情も
優しくなってる。

私が言ったと同時くらいに矢口はハンバーグに手を伸ばした。

そうして私達は夕食を楽しんだ。
矢口は無言で食べ続けていて、私は味わいながらのんびり食べていた。
でも食欲は段々と減少していった。

別にちゃんと焼けてるし、本当に美味しいんだけど、矢口の食べ方が気に
なってしまったから。
よほどお腹が減っていたのか食べ方がかなり粗い。
いつも普通に食べてるんだけど、今日に限ってソースや米粒がテーブルに
飛び散っている。

それを見ていたらもう食べるどころではなかった。

349 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時11分43秒
「もう少しきれいに食べられないの?」
私はまるで親が子どもに言う小言のような感じで言った。

「あろからずけはおりらがやるきゃらいいりゃん。」
と矢口は食べ物を口に入れながら返答する。
訳すと「後片づけはおいらがやるからいいじゃん」という感じだと思う。

「はぁ・・・・・。」
私は深くて長いため息を吐いてから頭を抱えた。

「でもさ、圭ちゃんだって頬にお弁当ついてるよ。」
どうやら全て飲み込んだらしく、矢口は普通の言葉で話せていた。

それから無邪気に笑って私の頬に軽く触れる。

その瞬間、鼓動が大きく波打った。
それは心から打ち震えるような感じだった。
まるで全身の体温が一気に上がるような、そんな感覚に襲われた。

この前風邪で熱が出たときと同じ状態だ。
脈は全力疾走した時のように早くて、しばらく治まりそうになかった。

ただ矢口が軽く頬に触れられただけなのに。
そんな些細な仕種だというのに、異常なくらい私の熱は上がってる。

本当にそれは大したことじゃない。
矢口に触れられたのは初めてじゃないし、もっと過激なときだってあった。

なのに今は心も体もすごく熱い。

350 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時13分40秒
こんなにも全てが熱くなったのは初めてだ。
胸が締めつけられるように苦しくて、何かが突っ支えたようなもどかしさ
だけが残る。

どうやら私の心と体は完全にイカれてしまったようだ。

自分でもどうしていいか分からない。
もう混乱を通り越して思考が停止してしまった。
あまりに色んな情報が入り込んできて、どうも頭の容量を越えたらしい。

もう真っ白になって何も考えられなかった。
分かることはしばらく立ち直れそうにないってことだけ。

矢口が何か言っていて、肩とか揺すられたけど、今は反応できそうにない。
だから胸に沸いた漠然とした不安の意味さえ考えられなかった。

351 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時22分31秒
そんなことがあった日から1週間が経過した。
私は未だに答えを出せていないし、胸を渦巻く感情も理解できてない。
そんなのことムシして生活できればいいんだけど。

私はそんな器用な性格ではないから。
だから忘れることさえできず、私は悶々とした日々を送っていた。

矢口は特に態度を変えることはなかった。
でも私が何とか我に返ったとき、かなり心配してた様子だった。
矢口曰く「まるで魂が抜けてたみたいだった」らしいので、それは確かに
心配になるのだろうなと思った。

だけど本当のことなんて絶対に言えない。
私は適当な理由を言ってどうにかその場を誤魔化した。
でもそれで矢口が本当に納得してるか、というと怪しいところだと思う。

何かしらあったことはバカでも分かることだ。
だけど深く突っ込まれもせずに、それ以上話の話題にはならなかった。

352 名前:Ignorant and pleasant days 投稿日:2003年02月28日(金)23時25分24秒
けれど一週間経った今でも私の異常は相変わらずだった。

矢口と一緒にいると思い出したように胸が高鳴ったり、普通に仕草なのに
脈が急に早まったり、呆然とする事が前より多くなった。
それでも私は何とか平静を装って隠し続けていた。

でもあと一カ月以上隠し続けるのかと思うと、爆弾以前に精神的にやられ
そうな気がしてならない。

そのことだけで死んでしまいそうだよ。
せめてこの異常な状態を起こす原因さえ分かれば、打開策の見当はある程度
つくのにと私は本気でそう考えていた。

それが自分を追いつめる結果になるなんて、全く思いもしていなかった。

353 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)03時34分13秒
待ってます。。
354 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)10時23分02秒
>>353
とっくに新スレに移動済みだよ。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/silver/1047042066/
355 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月08日(火)21時55分04秒
>>354 サンクス

353ではないが俺も待ってた、つーか放置と思ってた
何の告知もなくさっさと移動とは、ずいぶんと・・・な作者だな

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