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陽炎
- 1 名前:セリカ 投稿日:2002年07月23日(火)17時31分45秒
- 初めて投稿します(正確には二度目ですが)。
見苦しい点もたくさんあると思いますが、よろしくお願いします。
そんなに長くはならないと思います(むしろ短めかも)。
レス歓迎します。舞台は大正中期〜昭和初期?あたりで。
- 2 名前:陽炎 投稿日:2002年07月23日(火)17時33分25秒
妙に黒い夢だった。
ぐるぐると世界が回る感じがする。風がひうひうと鋭い音を出す。
何かを抱きしめているが、辺りが暗くてよくわからない。
腕の中のものを、絶対に離してはならない
どこからが声が聞こえた気がした。
誰が離すものか。
そんな事、云われなくてもわかっている。
これは、私の願いなのだ。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
『・・ぐち・・・やぐちぃ・・・』
- 3 名前:陽炎 投稿日:2002年07月23日(火)17時34分04秒
- 消え入りそうに微かな声。
矢口は条件反射的にまどろみから覚醒した。
どれぐらい眠っていたのであろうか。
正座をしていた足がしびれている。
やぐちはそばに転がっていた携帯用の電灯をつけると、
慌ててなつみの眠る布団へ這いずっていった。
『・・・どうした?なっち・・・どっかいたい?』
だらりと力の入らないなつみの手を矢口はやさしく包みこむ。
(冷たい手)
ひどく痩せて骨ばった手に、以前のような生気はない。
- 4 名前:陽炎 投稿日:2002年07月23日(火)17時35分13秒
- ここ数日でなつみが段違いに弱っていくのを気付いていないわけではなかった。
ものを食べなくなった。言葉数も減り、眠っていることが多くなった。
そして、矢口はもう医者の言葉を嘘だと吐き捨てて暴れる程に子供ではなかった。
『・・・のど・・・かわいた・・・』
うつろな目を天井に向けながら、搾り出すようにかすれた言葉をつぶやく。
口元に耳を近づけて、やっと聞こえる程度の、小さな声。
赤みが消えて、白っぽくかさついた唇からひゅうひゅうと息が漏れる。
頬を撫で、額に軽く口付ける。
『冷たいお水、持ってくるよ』
矢口が微笑んで見せると、なつみも僅かに唇を上げて見せた。
- 5 名前:陽炎 投稿日:2002年07月23日(火)17時36分56秒
- こんな感じでプロローグです。
できるだけ早く更新していきたいと思います。
よろしく。
- 6 名前:セリカ 投稿日:2002年07月23日(火)17時38分47秒
- (↑)いきなり間違えてるし・・。
- 7 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時20分04秒
- 障子を後ろ手で閉め、矢口は重い息を吐いた。
ぎしぎしと軋む木張りの床を少し早足で歩く。
縁側の長い通路途中でほうぼうに伸びた草花に埋め尽くされた荒れ放題の庭が目に入った。
夜は深く、おぼろげな月明かりだけが小さな庭園をぼんやりと包み込んでいた。
さわさわと、草を揺らす風の音が静かに秋の到来を告げていた。
(なっちの庭)
りりりと羽を振るわせる昆虫たちの声が満ちている。
- 8 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時20分40秒
- この庭は、なつみと矢口の幸せの形だった。
なつみはたくさんの野菜を植えて、矢口はたくさんの花を植えた。
きゅうりの花を見て嬉しそうにはしゃいでいたなつみ。
水をかけあって子犬のように庭中を走り回る二人の子供。
あの頃はまだ、お互いの連れ子である希美も亜衣も一緒だった。
- 9 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時21分41秒
- 希美はなつみの連れ子で、まだ4歳。快活で、無邪気に笑う子だった。
矢口の連れ子である亜衣と驚くぐらい気が合うらしく、本当の姉妹のように仲がよかった。
亜衣はいつもどことなく暗い眼をしていた。子供にしては勘が鋭く、頭の回転が速かった。
だから、余計にだろうか。悲しい思いをさせてしまっていたかもしれない。
夫が不慮の事故で死んでから、幼い亜衣を育てる為、体と心を自虐的なまでに痛めつけてきた矢口にとって、なつみは天使であった。
生きることに絶望を感じ、世の中自体を恨むことで生を保ってきた矢口の世界をひっくり返してくれた。
- 10 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時22分24秒
なつみの笑顔に救われた。
(亜衣も矢口も)
なつみ達と過ごすことで亜衣の目からも、少しずつではあったが、翳りが消えていった。
子供らしい快活さが戻った。
- 11 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時23分21秒
だから二人がなつみから離れる事になった日の亜衣の目が忘れられない。
希美が、ぐずついてなつみにずっとくっついていた時も、亜衣は少し離れたところでひとりで鞠をついていた。
まるで無関心といった風だったが、多分、亜衣は怒っていたのだ。
物わかりのいいふりをする事で、矢口を非難していた。
不甲斐ない、母を許して欲しい。
- 12 名前:陽炎 投稿日:2002年07月24日(水)14時24分11秒
この家と、この庭で、家族四人で楽しく過ごしていたことは、
そんなに遠くない昔のことだったと思う。
だが、そう遠くない未来のことを、矢口もなつみも考えたりはしなかった。
矢口は力なく嘆息をすると庭の奥にぽつんと立つ井戸に向かった。
- 13 名前:セリカ 投稿日:2002年07月24日(水)14時25分07秒
- 更新終了。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月24日(水)17時00分04秒
- 連れ子が亜依と希美?かなり気になる。
- 15 名前:セリカ 投稿日:2002年07月26日(金)15時34分28秒
- >>14 名無し読者様
気に留めてもらっただけでも嬉しいです。
少しずつ明らかになっていきます。
- 16 名前:陽炎 投稿日:2002年07月26日(金)15時35分21秒
(井戸へ行くのは矢口の仕事)
誰に教えられたわけでもない鼻歌を口ずさみながら、腰まで伸びた雑草を払いのけて歩く。
赤みを帯びたぼろぼろの井戸は、なつみのお気に入りだった。
この井戸があったから、この家を買ったといっても過言ではない。
精一杯背伸びして、井戸を覆うトタン屋根に引っかかったおけを外す。
真っ黒な闇がぽっかりと口をあけている。
(いつも落ちないか不安になるんだよね)
- 17 名前:陽炎 投稿日:2002年07月26日(金)15時36分05秒
からからからから。
無機質な滑車の音が矢口を孤独にする。
(水を汲むのも矢口の仕事)
ややあって、ぽちゃりとした水音が耳に届く。
桶に水がたまったことを確認すると、渾身の力でロープを引っ張る。
- 18 名前:陽炎 投稿日:2002年07月26日(金)15時36分54秒
- きりきりきりきり。
ロープもささくれ立っていて、もう交換が必要になっているのだろう。
両手に縄がこすれる痛みがする。
なつみが病気になってから、この庭はただ風化の一途をたどっている。
改めてそう思わずに入られなかった。
(いてて)
やっとのことでくみ上げた水をバケツに流し込む。
冷たい水の感触に手のひらがぴりりと沁みた。
両手を覗き込むと所々が擦り切れて赤く腫れていた。
- 19 名前:陽炎 投稿日:2002年07月26日(金)15時38分12秒
(なっちの痛みは、こんなもんじゃない)
自分はなつみに救われたのに、自分はなつみを救えない。
咳きを吐き、血を滲ませ、痩せてゆく小さな背中を眺めているだけである。
(・・・・・・)
こういう単純作業はどうもいけない。
いらない事を、考えてしまう。
- 20 名前:陽炎 投稿日:2002年07月26日(金)15時38分51秒
バケツの中では、小さな月がゆらゆらと揺らめいていた。
矢口はバケツを抱えるようにしてしゃがみこんだ。
(お月様、なっちを連れてかないで下さい。なっちがいなくなったら、矢口は・・)
小さな月は何も云わない。ぽたぽたと水面に雫が落ち、雫は月に呑まれて消えた。
- 21 名前:セリカ 投稿日:2002年07月26日(金)15時39分39秒
- 更新終了。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月27日(土)15時24分56秒
- おおっ!なんか楽しみです。
- 23 名前:セリカ 投稿日:2002年07月27日(土)23時12分12秒
- >>名無しさん 様
楽しみに思ってもらえてめちゃめちゃ嬉しいです。
少しでも期待に沿えられるように頑張りたいです。
- 24 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時12分54秒
『なっち、お水だよ』
静かに胸を上下させているなつみ。今日は発作もましなようだ。
矢口の声になつみは薄く目を開けた。
『ちょっと、おきよっか』
- 25 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時14分07秒
- なつみの背中に手を回して、できるだけ負担をかけないようにそおっと持ち上げる。
そのあまりの軽さに矢口はめまいを感じる。
(軽すぎだって)
薄い着物の乱れを整え背中を優しくなでると、ごつごつしたものにぶつかった。
骨が異常なまでに浮き上がっている感触。
なつみが完全に起き上がったのを確認すると、背中に片方の手を置いたままガラス製のコップに手を伸ばす。
- 26 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時14分38秒
『ほら、なっちのコップだよ〜』
コップの表面にはいくつかの花びらが彫られている。
矢口がなつみに初めて贈ったものだ。街一番のデパートで買った。
高い買い物だったが、なつみの喜び方は予想以上だった。
大きな目をくるくるさせ、何度も何度も花びらを太陽に透かしていた。
何度も何度も。
- 27 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時15分36秒
『・・・・やぐちぃ』
唐突に矢口の肩にぬくもりが伝わる。
なつみは頭をずらし矢口の体にゆっくりともたれかかった。
『・・ん?』
後ろから手を回して抱きしめる。
なつみの表情は髪に隠れて見えない。
- 28 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時16分13秒
『希実と亜衣は・・・・元気、してるかなぁ』
『・・・・・・元気だよ』
(ねえ)
『泣いたり・・・してないかなあ』
(なっちは)
- 29 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時16分52秒
『 大丈夫、梨華ちゃんと吉澤がちゃあんと面倒見てくれてるよ。すっごくいい子にしてるって、梨華ちゃん云ってた。吉澤がね、あれで結構かわいがってるらしいんだ』
(なっちはこんな時でも人の心配するんだね)
『・・・・・そっかあ・・・そだよね』
何かを思い出したのか、うふふと楽しそうな笑い声が漏れた。
そうだよねと、もう一度繰り返して頭を揺らした。
- 30 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時18分52秒
『そうだよ・・・・・ほら、飲んで』
やぐちは少し急かされるような焦燥感を感じた。
何故かはわかからない、ただ息苦しかった。
少しずつコップを傾ける。
こくりこくりと二口ほど飲んだ途端に、激しく酷い咳を吐いてむせた。
小刻みに背骨がきしむ。
- 31 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時19分40秒
- 『 なっち!!大丈夫?!!』
『ん』
手ぬぐいでそっと口をぬぐう。
真っ赤な血が白いタオルをじんわりと染めた。
(・・・・・)
『なっち』
『 平気だよ・・・・・ねえ・・・もおちょっと・・頂戴?』
- 32 名前:陽炎 投稿日:2002年07月27日(土)23時21分29秒
- 半端に更新終了。
×希実→希美。
次の更新はちょっと間が空きます。
- 33 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月28日(日)01時04分21秒
- なんか、良いなぁ・・・こーゆーの。
すごく、惹きこまれました。
期待してます!作者さんガムバッテ!!
- 34 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月01日(木)20時30分49秒
- なちまり発見!!
続き、激しく期待してます。
- 35 名前:セリカ 投稿日:2002年08月04日(日)20時52分29秒
- >>名無し読者 様
ありがとうございます!!!
そんな風に云ってもらえると本当にすっごく嬉しいです。
私なりに頑張って書いていきたいです!
- 36 名前:セリカ 投稿日:2002年08月04日(日)20時53分06秒
- >>読んでる人 様
かなり暗いなちまりですが、読んで頂けただけでも感謝です!
この先の展開で期待にそえられるか実に怪しいですが
なんとかやっていきたいと思います!
- 37 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時53分46秒
なつみは荒い息を吐きながら少しふり返り、潤んだ目で矢口を見つめた。
『・・・・・・・・』
矢口は無言のまま、くるりと体を回転させると、
なつみの前に回りこみ、残りの水を自らの口に含んだ。
『やぐち・・・?』
- 38 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時54分56秒
- ぼんやりとその様子を眺めているなつみの後頭部に手を置き、口を少しだけ開かせると、覆うようにして矢口のそれを重ね、一気に口内へ流し込んだ。
『ん・・・ん・・・・・ぁ』
苦しそうにうめくなつみと、その唇から離れようとしない矢口。
二人の口から溢れた水は、いく筋もの流れを作りながら、するするとお互いの喉を滑り落ちていった。
なつみのか細い喉が何度も上下する。
- 39 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時55分34秒
(とおいよ・・・なっち・・・とおいんだよ・・・)
矢口はそれでも虚ろななつみの目を見ながら、ゆっくりと顔を離した。
惜しむように、苦しげに。
上着の袖で口を拭うと、なつみの口も丁寧に拭った。
広がる沈黙と、少し乱れたお互いの息。
- 40 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時56分12秒
『・・・・・・うつっちゃうよ』
どこか無機質に響く静かな声。
障子を通した月明かりがうつむいたなつみの横顔を照らす。
矢口は目を伏せた。
『うつってもいい』
矢口は毅然と言い放つ。なつみの目に光が宿る。
- 41 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時56分52秒
『・・・・・・・馬鹿やぐち・・』
『 馬鹿でいい』
『・・・死の病だよ・・・死んじゃうよ』
『 ・・・・・・・・死んでもいい』
ふふっと、あきれたような、それでいて笑っているようなため息が耳に届いた。
- 42 名前:陽炎 投稿日:2002年08月04日(日)20時57分46秒
『・・・亜衣と希美が怒るよ』
『・・後で謝る』
『 やっぱり、馬鹿やぐち』
そおっと覗き見たなつみの顔は、哀しいぐらいに
優しかった。
- 43 名前:セリカ 投稿日:2002年08月04日(日)20時58分51秒
- 実にしょぼい更新終了。申し訳ないです。
- 44 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月05日(月)09時21分28秒
- なっち・・・助からないの?
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月05日(月)13時15分37秒
- 助からない法が感動が生まれる。
- 46 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月05日(月)23時53分31秒
- 確かにそうだね。安易かもしれないけど。
個人的にはその手の感動はニガテだが…これはどうなるか?
- 47 名前:セリカ 投稿日:2002年08月07日(水)20時08分43秒
- >>読んでる人 様
次の更新でこの話はラストになります。
私自身、感動を伝える才能が枯渇しているので、なかなか難儀です。
ううう。
>>名無しさん 様
私の考えているラストは多分淡々としたものになりそうです。
あまり感動に期待はできないような・・。
色んな意味で精進したいです。
- 48 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時09分51秒
矢口はなつみの背中に片腕を回し、眼前の鎖骨にそおっと触れた。
その突起に申し訳程度にちろりと舌を這わす。
熱が感じられない冷たい肌。
なつみは何も云わず、矢口の頭を撫で続ける。
鎖骨から細い首へと手を伸ばして顎に触れ、
紅い唇を薄く指でなぞってみた。
- 49 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時10分30秒
身体はひどく冷たいのに、唇は燃えるように熱を帯びている。
不思議だ。
だが、病人とはそういうものなのかもしれない。
乾燥して小さな傷から血を滲ませながらもその紅色はひどく映えている。
幼子のように無心にその唇に触れる。
そしてさも自然という様に自らの唇を這わした。
- 50 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時11分06秒
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
いつしか庭の虫たちの声は聞こえなくなっていた。
木々のざわめきも、草花の揺れる音も、何も聞こえなくなっていた。
殺風景な部屋の中で、だらんと転がっている空のガラスコップだけが薄く光を飲み込んでいた。
- 51 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時12分04秒
- 夜が、明ける。
『矢口は・・』
言葉なんかは要らない。要らない事をいいたくない。
なのに何故だろうか、わけのわからない感情が矢口を責める。
『 ん?』
- 52 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時12分34秒
- 『矢口は・・・今更、うつるのなんて怖くないんだ』
弱弱しく切り出す虫のような声。
『だって、ほら・・・ずっと一緒にいるのに、うつんないほうがおかしーって』
自嘲的にけらけらと笑う。
なつみの目は見ない。
『・・・・・・・・・』
(傷ついた?なっち・・・傷ついた??)
- 53 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時13分36秒
- 『なっちが・・・いなくなるほうが・・怖い・・・』
『・・・・・・・・』
(怖いのはあたしじゃないのに・・)
『怖い』
(あたしじゃないのに)
『・・・ありがと、矢口』
- 54 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時15分26秒
いなくなる。ということを否定してくれなかった。
ありがと。と云われた。
こんな事、云わなきゃよかった。
矢口はのどの奥で熱くうずく塊を必死に堪えた。
(泣かない。矢口は、泣かない)
- 55 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時16分15秒
小さな矢口の体を引き寄せると、
なつみは体中の力を振り絞るようにして、隙間なく肌を合わせようとした。
久しぶりに抱きしめられたなつみの体からは薬と汗と、
死の匂いがした。
- 56 名前:陽炎 投稿日:2002年08月07日(水)20時16分51秒
- その胸に顔を埋めながら、矢口は冷えびえとしたなつみの体に少しでも自分の熱が伝われればいいと思った。
口の中にはなつみから受け取った甘い鉄の味が、
じんわりと拡がっていたから。
- 57 名前:セリカ 投稿日:2002年08月07日(水)20時17分23秒
- 更新終了。次でラストです。
- 58 名前:44の読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月08日(木)15時36分16秒
- 次で終わっちゃうんですか?
この作品の雰囲気が好きなのに、淋しいなぁ〜・・・。
- 59 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時47分15秒
- >>44の読んでる人@ヤグヲタ 様
今までたくさんのレス、有り難うございました。
本当に嬉しかったです。
これからもぼちぼち書いていくつもりなので、よろしくです。
- 60 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時48分28秒
『ねえねえ、りかちゃんはぁ??りかちゃんがいないよぉー』
希美は裸足のまま、家中をドタドタと走り回っている。
ながい昼寝から覚め、梨華の不在に気づいたのであろう。
吉澤はその小さな体をひょいと抱き上げると、にこにこと微笑んだ。
『ちょっと御用があるんだよ、夕方には戻るから 』
- 61 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時51分34秒
希美は不満そうにぷくりと頬を膨らませると、苛立だしげに吉澤の胸元のボタンをいじくった。
吉澤はやれやれというように微苦笑を漏らした。
『よーし、今日は私と一緒に遊ぼう。後で甘物も食べに行こう』
『ほんとに?!!やったあ!!』
大きな歓声を上げ、これ以上無いと云う程に喜々としてはしゃぐ。
- 62 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時52分30秒
『あ、亜衣ちゃんにも教えてあげなきゃ。まだ寝てるのー』
ひとみの腕から降りるなり、希美はあわただしく駆け出す。
(亜衣ちゃーん!!よっしいがねー)
ひとみはその背中を悲しそうに見送った。
『まだ、云うべきじゃない・・か・・・』
外は寒々しく、木枯らしがガラス戸を叩いていた。
ひとみはきびすを返し、亜衣と希美の元へ向かった。
- 63 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時53分07秒
落ち葉と共に荒々しく新聞紙が舞う。
それは申し訳程度に載せられた小さな記事。
- 64 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時56分04秒
- 資産家令嬢(21)、住み込みの家政婦(19)と共に別荘宅、庭の古井戸において変死死体と為って発見。
去る十月二十六日、市内表通り三丁目、見舞いに訪れた家政婦の妹、姉と令嬢の不在を不自然とし、警察に届け出るもの。
警察署長以下の迅速な働きによって三日後、庭園南端に位置する井戸の中より、二名の腐乱死体を発見。
大学に於いて解剖に付した結果、令嬢は死後四週間前後、家政婦は死後三週間前後と判明。
警察当局は二名の死後時間の差を容易ならぬ不可解なものとし、殺人事件と断定、捜査を行うものとする。
尚、井戸の中には硝子製の西洋コップが落ちていた。
令嬢は生まれつき虚弱であり、二年前に北海道の実家を離れ、神奈川の別荘に家政婦と双方の娘を連れ療養に訪れ、半年程前より結核を患っていたとの事。
令嬢の娘(4)及び家政婦の娘(5)は、家政婦の妹宅に預けられており無事であった。
- 65 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時57分28秒
(なっちの傍にいるのは矢口の仕事)
(・・・馬鹿やぐち)
- 66 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)20時57分58秒
- (終)
- 67 名前:セリカ 投稿日:2002年08月11日(日)21時05分46秒
- 最後の最後に名前の欄を間違え、非常に情けないですが、
陽炎(かげろう)はこれで終わりです。
文章を書く難しさにぶちあたり、いろいろ課題も残りました。
わざと古めかしい文体にこだわりましたが、ちょっと嘘っぽくなったかもと反省しています。
しかも性懲りも無くその後の続きも考えています。
やぐなちではなくなりますが、またよろしくお願いします。
今まで感想を下さった方々に本当に感謝します。
ありがとうございました。
- 68 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月12日(月)13時55分35秒
- 悲しいお話でしたけど、良いお話でした。
次回作も期待してます。
- 69 名前:セリカ 投稿日:2002年08月19日(月)19時31分36秒
- 読んでる人@ヤグヲタ様。最後まで見届けてもらって感謝です。
もっと自分で納得できる話を作っていきたいです。
- 70 名前:セリカ 投稿日:2002年08月19日(月)19時32分44秒
- なんとなくsageで、なんとなく短編を書きます。
陽炎とはなんの関係も無い話です。
- 71 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時33分44秒
「シグマ」
- 72 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時35分10秒
午前零時。
ゲーム開始。
私達は同じベッドの上にいた。
あなたは白いシャツにカーキ色の半ズボン。ベッドの側面に腰かけている。
私は何も着ていない。ベッドのパイプ柵で後ろ手を縛られ、あなたの前に無防備な姿を晒している。
『映画とかでさ、こめかみに銃口当てて打つじゃん?あれってよくないんだって』
あなたは自分のこめかみを指で押さえ、おどけてみせる。
子供の様に澄んだ目で私を見つめ、子供の様に無邪気な悪意を私に向ける。
完全な悪意。
あなたはいつから、そうなってしまったんだろう。
- 73 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時36分17秒
『・・・よくない? 』
そして私は、いつからあなたの悪意を受け入れてしまったんだろう。
悪意を快感に、変えてしまったんだろう。
『 そ、こめかみの骨って案外硬いらしくってさ、はじいちゃったり微妙に貫通したりしてよくないんだって』
薄明かりの中、褒めてもらいたい子供のように得意げに笑う。
- 74 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時38分14秒
・・・音が聞こえる。
あなたが「それ」の一部を荒々しく回している、音。
『・・・そう』
そして私は、期待している。
今日はどうなるの?
身体が、熱い。
- 75 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時39分14秒
『だからさ』
彼女はそう云うと鈍く光る漆黒の闇を私に見せた。
薄明かりの中で、夜よりも深い色をした「それ」は、はっきりとその形を浮かび上がらせている。
その先端には、深くて小さな、虚無。
- 76 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時49分28秒
『咥えて』
その声に、私の太腿の内股がびくりと痙攣した。
待ちきれないとばかりに熱い唾液が湧き出してくる。
あなたは微動だにせず、私の進入を待つ。
高鳴る胸に理性の破れる音がする。
恐ろしく冷たい「それ」を、おずおずと口内に導く。
なんとも言いがたい、独特の苦味。
からだの奥が恍惚に蹂躙される。
あなたの表情は暗くてあまりよく見えない。
でもわかる。
あなたは目を細め、唇を少しゆがめて笑っている。
私の痴態を心から愉しんでいる。
- 77 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時53分05秒
『舐めて』
体中の血液が逆流してゆく感覚。
私は心を込めて丹念に舐め上げる。
唾液が蜜のように鉄の塊に絡みついているのが少し見えた。
薄く漏れる街の明かりが、てらてらと光を反す。
私はうっとりとそれを眺めた。
- 78 名前:シグマ 投稿日:2002年08月19日(月)19時54分14秒
『梨華ちゃんのそーゆう顔って一番好きだよ』
- 79 名前:セリカ 投稿日:2002年08月19日(月)19時55分09秒
- (後半に続く)
- 80 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時24分56秒
吐息が感じられるほど近くから、甘く囁く声。
でも、あなたの指は引き金にかけられたまま。
(がちり)
あごに伝わるにぶい振動。
聞き慣れた、撃鉄の音。
- 81 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時26分18秒
『梨華ちゃんは、あたしのどんなところが好き?』
じわじわと身体が疼いているのがわかる。
あなたの声が私のすべてを支配する。
いつしかあなたの左手は私の腰に回されていた。
二人の距離は縮まり、
あなたの瞳が私の瞳を捕らえた。
いよいよ、始まる。
あなたが始める。
口の中には異物。
主導権は、あなた。
- 82 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時27分00秒
午前零時十分。
あなたのひとさし指が少しずつ遠ざかるのが見えた。
『梨華ちゃん、愛してるよ』
そして、私は目を閉じた。
- 83 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時28分38秒
午前零時十一分。
私は、まだ、生きていた。
- 84 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時29分54秒
- 六発の弾装のうち、入っていた弾丸は、一発だけ。
あなたの考えた、最後の遊び。
一週間に一度、今日で三回目。
あなたの手が私の喉を打ちぬく日を、心待ちにしている。
(私の手があなたの喉を打ちぬく日を、心待ちにしている)
あなたの手で終われるなんて、なんて幸せ。
(私の手で終わらせられるなんて、なんて幸せ)
主導権は、一回ずつ変わる。
最高の悦びと至上の快感。
私達はその日の為に生きる。
足リナイモノヲ補ウ為ニ
- 85 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時30分29秒
私達は誰よりもお互いを大切に想い、
誰よりも与えられた一日を大切に過ごし、
誰よりも深く愛し合っている。
午前零時十五分。
後ろ手をほどかれ服を着せられた私は、ベッドの中で、あなたと手をつなぎながら天井を眺めている。
- 86 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時31分41秒
『明日も頑張ってお仕事しようね、ごっちん』
心も体も、命も、あなたにあげる。
あなたは私を支配する。
これは
give and take?
あなたは答えるかわりに、優しい口づけをくれた。
これで
give and take.
- 87 名前:シグマ 投稿日:2002年08月21日(水)00時32分14秒
(終)
- 88 名前:セリカ 投稿日:2002年08月21日(水)00時33分20秒
- 自分でも微妙に意味不明。
- 89 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月21日(水)15時53分53秒
- なかなか深い愛情表現だ・・・。
- 90 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)15時26分46秒
- >読んでる人@ヤグヲタ 様
いつもありがとうございます。
深いですか?
基本テーマがいつもエゴさとゆがみばっかになって悩み中です。
- 91 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)16時15分32秒
- という訳で、また陽炎とは関係ない話を書きます。
元ネタあり。コワイ系?かな。
よろしく。
- 92 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時16分22秒
【さいごのばんさん】
- 93 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時17分09秒
猫のよしこを庭に埋めた。
とてもかわいくて、少し馬鹿だけど人懐っこい猫だった。
シャベルで土を一生懸命かけながら、わたしはよしこの為に泣いた。
かわいそうなよしこ。
まだ8歳だったのに。
- 94 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時18分09秒
よしこは、わたしと同じとしに生まれた。
安倍のおばあちゃんのうちで生まれた三毛猫。
でも猫は人間よりも早く歳をとるから、おばあちゃんと同じくらいの歳なんだよ。
いつかママが教えてくれた。
わたしは、安倍のおばあちゃんのしわしわの顔を思い出しておかしくなった。
ほんとうかなあ。って不思議だった。
だってよしこはいつも元気で顔もぜんぜん変わらなかったもん。
- 95 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時19分16秒
よしこははじめ安倍のおばあちゃんちで飼われてた。
いつも遊びに行くときだけよしこに会えたんだけど、何回も会ううちにどうしてもよしこが欲しくなった。
よしこだって、そう思ってたはずだよ。
ママにいっぱいお願いをした。
世話もぜんぶします。がんばります。だから、よしこをうちでかいたいです。
安倍のおばあちゃんも一緒に頼んでくれた。
『梨華、いいじゃないのさ。真希もがんばるっていってるよ?ね、真希がんばるよね?』
わたしが何度もうなずくと、ママは仕方ないなあって顔で許してくれた。
やったね、よしこ、これからずっと一緒だね。
その時の私は嬉しくてしかたなかったんだけど、それが間違いだったんだ。
- 96 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時19分49秒
ごめんね、よしこ。
こんなことになるなら、あの時ねだらなければよかった。
うちにさえ来なければ、よしこは安倍のおばあちゃんのうちで一生しあわせでいられたのに。
よしこ。
ごめんね。
- 97 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月23日(金)16時22分19秒
わたしは、よしこのお墓のちかくに咲いている、紫色の花を少しちぎってそなえた。
この前の遠足で植物採集に行ったとき、わたしが取ってきて庭にうえた花だ。
帽子みたいな花の形がとっても可愛い。
よしこのおはかにとても似合う。
まだよしこのお墓は完成していないけど、今度ちゃんとしたの作るからね。
今日はこれでゆるしてね。
- 98 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)16時23分24秒
- 更新終了
- 99 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)21時47分43秒
そうやって、どれだけそこにいたんだろう。
ぽつぽつと、雨がふってきた。
さいしょはぽつぽつだったけど、すぐにざあざあに変わった。
頭のてっぺんからずぶぬれになる。
小さなお山みたいにふくらんだよしこのお墓にも雨が降る。
『−マキ』
パパがわたしを呼ぶ声がする。
最近パパは帰ってくるのがすごく早い。
前は遅すぎてママといっつもけんかしていたくせに。
『マキ、そ、そ、そんなところで何をしてるの』
窓の向こうのパパと目が合う。
目がつりあがっていて、声がふるえている。
『 なんにも』
わたしはあわてて茂みの中にスコップをかくすと、急いで玄関に戻った。
- 100 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)21時48分41秒
よしこのお墓のことは秘密にしなきゃ。
パパはよしこの事が大嫌いだったから、お墓のことがばれたらほりかえしてゴミおきばにでもおいてこいとか言うにきまっている。
「保田」
玄関にかかったひょうさつを見てわたしはせすじがぞおっとなった。
これはわたしの名前だけどパパの名前だ。
わたしはママのほんとうの名前のほうが好きなのに。
このとびらのむこうには鬼みたいに怒ったパパが立っているんだろう。
すごくこわかったけど、いつまでもここにはいられない。
わたしはできるだけおちついて、勇気をだして、ドアを開けた。
- 101 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)21時50分02秒
- 『何をしてたの?マキ?』
意外にもパパはおだやかに笑ってたずねた。
パパはなぜかわたしの前では、いつも女みたいなしゃべり方をする。
『 何も、してないよ 』
わたしはパパの顔を見ずに答えた。
『もう一度聞くわよ』
パパの声が上ずっている。
どうしよう、こわいよ。
- 102 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)21時50分48秒
- 『何をしていたの?』
『なにも・・』
『何をしていたあああああっ!!!!』
とつぜん、金切り声をだしてパパはわたしにつかみかかった。
パパの長いつめがわたしのくびにずぶずぶとさしこまれてゆく。
『 痛いよ、やめてよ、痛いよ !!』
わたしが泣きながらもがいてもパパははなしてくれない。
痛いよ、痛いよ、助けてママ。
『何をしていた!!』
『 花だよ、花をつんでたんだよぉ』
『嘘をつくんじゃないわよ!!』
『ほんとだよ、見て!』
わたしは手のひらを開いて、どろといっしょにぺしゃんこになって張り付いている紫色の花をパパに見せた。
- 103 名前:セリカ 投稿日:2002年08月23日(金)21時53分07秒
- ちょっと追加。またミスってるし。
- 104 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時25分14秒
- パパはやっと首をはなしてくれた。
パパにつかまれていたところがじんじんとしている。
『ちゃんと洗いなさいよ、汚いからね』
声はおだやかになったけど、パパのこめかみは虫がはっているようにぴくぴくとしていた。
ずれたメガネをかけなおし、パパはもとにもどった。
でもわたしは知っている。
パパのおでこの中には虫がいっぱいはいまわっているんだ。
それで、ちょっとしたことで、その虫はいっせいにのたうちまわる。
そう、今みたいに。
『はい』
おとなしく、ていねいに言う。
- 105 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時25分54秒
- 『庭にでちゃいけないって、パパ言ったでしょ?』
パパの細い指。
あの指の中にも虫はいるんだ。それで、ひくひく落ち着きなくいごくんだ。
『どうしてでちゃいけないの?』
わたしはこどもっぽく聞き返した。
できるだけむじゃきに。
パパの目はみるみる大きくなって、白い目が飛び出すぐらいにみしみしととび出てきた。
『どうして、どうしてどうしてマキはそうやって私を困らせるの!!! 』
わたしはこわくなって少しあとずさった。
パパの白目のたくさんの血管が、パパのおでこの虫みたいにぴくぴくと動いた気がした。
- 106 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時26分56秒
- 『 梨華が・・ママがいなくなってそれだけでも大変だっていうのに、マキはどうしてわからないの!?!パパは会社に行ってくたくたに疲れて、しかも家に帰っても仕事をしなきゃあならない。どんなに大変かわかる?!!マキ!!わからないの?!!』
パパは一息できかんじゅうみたいにわたしをどなりつけた。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてください』
おきょうみたいに繰りかえしてるうちに、わたしはまた、よしこのことを思い出した。
今だって、あやまってるけど、わたしは悪くないよ。
でもよしこはもっと悪くなかった。
- 107 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時28分37秒
- 餌をあげれなくなって、おなかがすきすぎてわけわかんなくなっちゃっただけだよ。
パパはわたしが餌をあげないようにずうっと見張ってた。
ちょっとでもあげようとすると、ぴしゃりと手を叩かれた。
パパはよしこが大嫌いだったから。
よしこはみるみる痩せて、仕方なくごみをあさってた。
家の庭で、生ゴミをあさってたよしこ。
運悪く通りがかったパパはそれを見つけると、きゃあかひゃあかわからないけど、魔女みたいなおそろしい高い声を出して、めちゃめちゃに自分の頭をかきむしった。
それから素早くよしこのくびねっこを乱暴につかんで、庭の石だたみに力いっぱいたたきつけた。
ぐしゃりといやな音がして、よしこは鼻血をいってきだけこぼして、そのまま動かなくなった。
- 108 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時30分20秒
- わたしは何もできなかった。
死んでしまったよしこのそばでしくしくと泣いた。
パパはよしこが死んだのを確認すると、這いつくばって庭中のゴミを拾いはじめた。
どんなちいさなゴミもみのがさないといった風に。
よしこが掘った小さな穴もていねいに一個ずつ埋めていた。
顔を地面にくっつけるようにして、庭中を這いまわった。
パパの頭の中に住んでいる虫みたいにせわしなく、時々首を回して、何時間も何時間も這いまわっていた。
- 109 名前:さいごのばんさん 投稿日:2002年08月24日(土)23時31分07秒
- わたしはだらんとして伸びきったよしこの死体をだいて泣き続けた。
よしこは悪くないのに。
よしこは悪くないのに。
そのときの事を思い出して、私は涙を浮かべた。
パパはその涙を反省の涙とかんちがいしたのか、にっこりとおだやかにわらうと、
『さあ、手を洗っておいで。ごはんにするからね』
と言って、わたしの頭をなでた。
わたしはいそいで洗面所にむかった。
くちごたえをせずに。
- 110 名前:セリカ 投稿日:2002年08月26日(月)17時12分55秒
- 何か書きたかったものと全く違うベクトルになりつつあるので、
さいごのばんさんは一旦打ち止めます。申し訳ありません。
代わりに、陽炎の続きを書こうと思うので、勝手ですが宜しくお願いします。
- 111 名前:セリカ 投稿日:2002年08月26日(月)21時52分22秒
火群(ほむら)
- 112 名前:火群 投稿日:2002年08月26日(月)21時53分24秒
一体どうしてこんな事になってしまったのでしょう。
あの人の繊細さのせいですか?あの人の美しさのせいですか?
繊細であろうと、美しかろうと、それだけで生きてゆける訳がないのです。
そうではないですか?
- 113 名前:火群 投稿日:2002年08月26日(月)21時54分12秒
- 勝手口の辺りからぎいぎいと扉の軋む音がします。
つま先を伸ばして天窓を覗くと、ひとみちゃんが何かから隠れるように体を小さく丸めながらこそこそと家を出てゆく姿が見えました。
情けない姿です。もっと堂々となさればいいのに。あなたはこの家の家長なんですよ。
あまりの脱力感に私は料理を中断し、椅子に深く腰掛けました。
幾分暖かくなってきたとはいえ、張り詰めるように寒く澄んだ空気は変わりません。
- 114 名前:火群 投稿日:2002年08月26日(月)21時55分09秒
- ひとみちゃんは、あんな薄着でそこへ行こうというのでしょうか。
いいえ。
本当は分かっているのです。
あの女性にお逢いなさっているのでしょう?
貴方は、本当に嘘のつけないお人ですね。
残酷な方です。
どうせなら、もっと完璧に隠し通されればいいものの。
何故、私をこんなにも苦しめるのでしょうか。
- 115 名前:火群 投稿日:2002年08月26日(月)21時56分20秒
- 『りかちゃん。よっしーはどこいったん? 』
ふと気づくと、亜衣が折り紙を持ってこちらの様子を伺っています。
亜衣はどちらかというとひとみちゃんに懐いていて、いつもくっつきまわっています。
その後ろでは希美が昆布のかけらをしゃぶりながら絵を書いていました。
粗末な服には所々がほころび、汚れもひどいものです。
ひとみちゃんだけが悪いとは云いませんが、これではあんまりです。
貴方がほんの数日でもお酒を飲むことを控え、あの人のもとに行かれる回数を減らせば、この子達にももっといい服を着せ、楽しい玩具や本を買い与え、おいしい料理を食べさせてあげられるのに。
- 116 名前:火群 投稿日:2002年08月26日(月)21時57分00秒
- 『 ちょっとね、お出かけしちゃったの。亜衣がいい子にしてたら早く帰ってくるわ』
なんて使い古された台詞でしょう。
『なーんや、つまらんなー』
しかし亜衣は別段気にする様子も無く、唇を尖らせながら希美の近くに座りこみました。
でも、
本当は全部見抜いているのかもしれません。
とても頭のいい子ですから。
- 117 名前:セリカ 投稿日:2002年08月26日(月)22時08分33秒
- 更新。
- 118 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月27日(火)19時03分43秒
- ひとみちゃんは浮気(?)してるのか・・・。
いったい誰とだろう・・・。
「さいごのばんさん」の続きも待ってます。
- 119 名前:セリカ 投稿日:2002年09月01日(日)20時01分32秒
- >読んでる人@ヤグヲタ 様
いつも感想を頂けて嬉しいです。
「さいごのばんさんも」またきっとその後に・・。
- 120 名前: 火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時02分31秒
亜衣と希美の母親は、4年前に自殺しました。
警察の方々は、最後まで他殺を疑っていたようですが、二人が殺される理由なんて、私には全く見当がつきませんでした。
事実、犯人はいまだに見つかってはいません。
亜衣の母親である姉は、実家を飛び出し父から勘当されており、希美の母親も大地主の娘ではあったのですが、本家が希美の認知を拒否した為、私とひとみちゃんの二人で引き取って育てることにしたのです。
- 121 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時03分18秒
ひとみちゃんは姉の紹介で知り合った、気鋭の新聞記者でした。
自信家で、頼りがいがあって、優しくて。
背広やネクタイ姿のよく似合う端正な顔。煙草は吸いますが、さしてお酒は飲まず、どんなに喧嘩をしても、一度として殴られたことはありませんでした。
ジャアナリストは正義と自己の意思に従いながら生きていかなければならないんだ。
口癖のようにそれを繰り返し、真摯に働き続けていたひとみちゃん。
いつまでもこの人と一緒に居たい。
そう思うのにさして時間は要しませんでした。
ひとみちゃんも不器用ですが好意を示してくれました。
私のことを愛して・・。
でも、
それは私一人の思い上がりだったのかもしれません。
- 122 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時04分02秒
『りーかーちゃーん!!』
唐突に私の思考はお庭の垣根の向こうからのんびりと間延びした声によって破られました。
『真希ちゃん』
私が口に出すよりも早く、 希美と亜衣がわあわあ言いながら飛び出していきました。
私も慌ててその後を追います。
『真希ちゃんだー!!』
『今日はなにもってきてくれたん?』
二人の幼子に囲まれながら、真希ちゃんは楽しそうに笑っています。
- 123 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時04分58秒
紅色の下ろしたての着物は、夕焼けにも混じって真希ちゃんの魅力を余すところなく引き出しており、私は改めてその姿にみとれてしまいました。
(あれ?)
確か最後に会ったのは二週間前だったと思います。
なのにどういう事でしょうか。私の目の前にいる真希ちゃんはまるで別人のように色っぽく、前までの幼さを感じさせません。それは、前からとてもかわいい顔立ちだったけれど。
- 124 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時05分50秒
私の視線に気づいたのか、真希ちゃんはいたずらっ子のように口を歪めて笑いました。
『ん?どーしたの梨華ちゃん、ごとーそんなに綺麗?』
云うなり、くるりと一回転。
長い髪がさらさらと流れて、まるで花の精のようです。
『 え・・・ああ・・うん。なんか前あったときより・・・』
しどろもどろになって、目を伏せると、梨華ちゃんは相変わらず不幸っぽい顔だねえと笑われていました。
『今日はあんま長く居られないんだけどね。はい、お土産』
亜衣と希美が大きな歓声を上げました。
- 125 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時07分18秒
風呂敷の中には、たくさんのお菓子が入っていました。
真希ちゃんは本当によくしてくれます。
生活が苦しいのはお互い様なのに、月に何度かいつもふらふらと現れては何かしらのお土産を置いてゆくのです。
『いつもありがとう、真希ちゃん』
『べっつにー、これぐらいどーってこと無いよ。なんてったって、あたしは梨華ちゃんの事をそんけーしてるんだからね』
- 126 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時07分57秒
『 尊敬?』
私が首をかしげると、真希ちゃんはにやにやと笑いながら囁きました。
『待つ女』
私とあの人の事を示唆しているのでしょう。
聞いたとたんに、私の中で恥ずかしさとなにやらわからない感情が吹き上がり、思わず真希ちゃんを睨みつけてしまいました。
『あはは〜、迫力なーい。眉間にしわー』
真希ちゃんにばかにされるのは悔しいけれど、何故だか嫌な気持ちは少しも起こりません。
それが、彼女の持つ魅力なんでしょう。
- 127 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時09分00秒
『ああっと・・ごめん、そろそろ行かなきゃ』
懐中時計を取り出して呟くその顔に、一瞬だけ翳りがさしたような気がしました。
『梨華ちゃんもー、あたしにからかわれてカッカしてるようじゃ駄目だね。寂しいとか苦しいとか、考えてどうなるもんでもないよ。・・・よっしーもさあ、最後には梨華ちゃんのとこにもどってくるよ』
言葉だけでも嬉しい。そう言って励ましてくれる友達は真希ちゃんぐらいです。
『待つ女は、偉いよ。あたしがゆうからには間違いないね。これでも、だてに女を売ってるわけじゃないんだからさ』
夕日に照りかえり微笑むその顔は、実に強く、美しいものでした。
- 128 名前:火群 投稿日:2002年09月01日(日)20時09分49秒
希美と亜衣の頭をなで私の頬に軽く口付けをすると、腕をぐるぐると回し、鼻歌を歌いながら、夕日の向こうに帰っていきました。
それ以後、真希ちゃんは私たちの前に二度と現れることはありませんでした。
ただ、その日が真希ちゃんの恋人であった海軍将校様が出征した日であったと知ったのは、それからずっと後の事でした。
- 129 名前:セリカ 投稿日:2002年09月01日(日)20時14分06秒
- 更新終了。海軍将校様・・。
- 130 名前:火群 投稿日:2002年09月19日(木)23時53分37秒
- 子供二人を寝かしつけて、薄明かりの裸電球にむらがる虫を払いながらぼんやりと物思いにふけります。
考えても仕方が無い。真希ちゃんはそう言ってくれましたが、どうでしょう。
子供の世話をし、家事をこなし、家庭菜園の手入れをして、あの人の帰りを待つ。
その繰り返しの生活。空白の時間が増えることもさして不思議ではありません。
そんな時は、いつも考えてこんでしまいます。
あの人が変わった訳を。
- 131 名前:火群 投稿日:2002年09月19日(木)23時54分18秒
- 二ヶ月ほど前、ひとみちゃんが勤める出版会社が罹災しました。
こんな戦時下では無理もありません。そうしているうちに、役員の間で揉め事が起こり、会社はあっけなく解散してしまいました。
ひとみちゃんは努力しました。たくさんの人に頭を下げて資本を回収し、もう一度社を建て直そうとしたのです。ですが、物事はそう上手くはいきません。
私たちに限っては特に、かもしれませんが。
なんとか資本は集まったものの、信頼していた同僚に持ち逃げされ、ひとみちゃんは多額の借金を背負うことになりました。
- 132 名前:火群 投稿日:2002年09月19日(木)23時54分58秒
- 私は平気でした。
『本当にだめだねえ、私は』
そう繰り返しては、寂しげに笑うひとみちゃんをいつまでも支えていきたいと思いました。
多少の貧乏なんて、苦しいことではありません。それに、案外楽しいものです。
どんなにひどいことになっても、駄目になっても、あなたをいつまでも慕い続けます。
亜衣も希美も居ます。
いくらいっても、ひとみちゃんは首を軽く横に振り、弱弱しく笑うだけでした。
- 133 名前:火群 投稿日:2002年09月19日(木)23時55分48秒
- あの時、そう、あの時から?
玄関のほうから鍵をあける音がしました。
ひとみちゃん?
迎えに出た私の姿を見て、ひとみちゃんはびくりと体を震わしました。
『おかえりなさい』
できるだけ冷静を装いながら言います。
ひとみちゃんは卑屈そうに笑い、目にかかる前髪をなで上げると、お酒に酔ってほのかに赤くなった頬を何度かたたきました。
- 134 名前:火群 投稿日:2002年09月19日(木)23時56分39秒
- 『いやあ、昔の友人と会ってさ、そいつが中々家に返してくれないんだよ。まったく、参ってしまうよ。久しぶりでね、高等学校以来かな。そいつ、小説家になったらしいよ。私がつまらん文章で日銭を稼いでいるのに、生意気にね』
どこまで本当の事を言っているのでしょうか。
少なくとも昔のあなたは無闇に他人の悪口をいう方ではなかったように存じます。
貧乏などはたいしたことじゃあ、ありません。が、貧乏のせいで心までが貧しくなってしまうのであれば、それは罪悪かもしれません。
『今日はもう眠い。梨華ちゃんも、早く寝よう』
簡単に言葉を切り上げると、私の脇を通りそのまま寝室へと消えていってしまいました。
- 135 名前:せりか 投稿日:2002年09月19日(木)23時58分08秒
- ひっそり更新。
- 136 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)05時00分59秒
- 前から読んでます。この手の文章好きですよ。
続き待ってます。
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