Nevermore
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月24日(水)22時30分46秒
o ・。 ⊂⊃ 。 ゚
(\ノハヽヽ 。・ ゚
(ヾ(/)〜(ヽ <
.//( .ノ
(/(/___|″ヒックヒック
し′し′
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月24日(水)22時31分29秒
- 『法則』
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月24日(水)22時32分02秒
- 「人はみんな同じだけの幸運を持ってるんだって。だから、早いうちに幸せになった人は不幸が待ち受けているし、今不幸な人はいずれ幸運に見舞われるんだよ」
「そうなんだ。公平にできてるんだね」
加護と辻が証明不可能な話をしています。
石川が吉澤のお腹をつつきました。
「よっすぃ〜、どうしちゃったの?」
「うん……油断しちゃった」
後藤が自分の頬をつつきました。
「私もちょっと太ってきたかな」
「そーかなー」
その横を、げっそりした紺野が通り過ぎました。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月24日(水)22時32分44秒
- 「ちょっと、なっち。やばいんじゃない?」
「うるさいなー、矢口。すぐ元に戻るって」
「圭ちゃんもふっくらしてきたよ」
「もしかして、幸せ太り?」
「バカ言ってんじゃないわよ」
紺野が栄養失調で入院しました。
腕と足はまるで枯れ枝のように痩せ細ってしまいました。
そうです。
モーニング娘。の体重の質量は常に一定なんです。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月24日(水)22時33分30秒
- おしまい
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月24日(水)22時34分28秒
- ( 0^〜^)
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月24日(水)22時35分33秒
- ( 0´〜`)
- 8 名前:娘。 投稿日:2002年07月25日(木)00時46分58秒
- ちょっとおもしろかった
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)01時56分09秒
- 面白かったです。
しかし、紺野の痩せ方はマジで心配。
- 10 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)21時09分11秒
- >8,>9
どもども
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時09分43秒
- 『子供の論理学』
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時10分29秒
- 「よっすぃ〜いるかなあ?」
「絶対いるって」
加護と辻が人気のない道路を歩いています。
「絶対?」
「絶対」
「絶対言ったな?」
「絶対言ったよ」
プッチモニの三人が、みんなに内緒で合宿みたいなことを豪華になった後藤宅で行っていると二人は耳にしました。
その日、後藤の家族は旅行に出かけて誰もいません。
そこでそういう催しを思いついたのでしょう。
どうせパーティーか何かをしてるに違いない、それならごちそうになってやろうと二人は企んだのです。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時11分11秒
- 「よっすぃ〜、出かけているってことはほんとにない?」
「ないない」
「どうして? ホワイ?」
「うーんとね」
二人が吉澤にこだわっているのは、やはり同期だからいろいろ相手してくれるだろうと考えたからです。
他の二人は露骨にではないにしてもイヤな顔をするかもしれませんでした。
そこで、どうしても吉澤にはその場にいてほしかったのです。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時11分55秒
- 「じゃあ、のの、証明してみせてよ」
「いいよ。保田さんのことだから、お腹がいっぱいになったらお酒飲むよね」
「ワイン好きだもんね」
「そしたら、酒屋さんに買いに行くでしょ」
「うん」
「そこでよっすぃ〜が保田さんにくっついていったらさ。後藤さんもいっしょについていっちゃうでしょ」
「そーだよねー。後藤さんだったらそうするよねー」
「でしょでしょ。でもさー、いっしょになって後藤さんが出ちゃったら、家に誰もいなくなっちゃうじゃん。不用心だよ」
「危険だね」
「てことはさ、よっすぃ〜が家出てたら、後藤さんはいっしょについていっちゃうってのと、後藤さんは家に残るってのとさ」
「ありゃ? なんかおかしいね」
「おかしいよね。後藤さんは家に出るのと残るのと、両方しなくちゃいけなくなっちゃう」
「そんなのムリだよ」
「ムリだよね。よっすぃ〜が家出るとムリなことが起こっちゃうから、てことはよっすぃ〜は絶対家にいないといけないんだよ」
「すげー。じゃあ、よっすぃ〜家にいるんだ」
「そ。絶対いるよ」
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時13分35秒
- 二人はインターフォンを押しました。
壁に顔をくっつけて、「よっすぃ〜、遊びに来たよ〜」と叫びました。
ややあって、出てきたのは保田でした。
吉澤と後藤は酒屋に買出しに行って、家にはいませんでした。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月25日(木)21時14分09秒
- おしまい
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)21時14分45秒
- ( 0^〜^)
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月25日(木)21時15分16秒
- ( 0´〜`)
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月27日(土)16時28分31秒
- ( 0`〜´)
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)14時05分51秒
- ( ´ Д `)ノ凸<またーり飲もうよ。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)22時41分51秒
- >19、>20
( 0´〜`)<ども、サンクス
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時42分23秒
- 『ののの物理学』
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時42分54秒
- よっすぃ〜、相談に乗って。
何、のの?
いくらなんでもこのままじゃまずいよ。
何が?
一応アイドルなのに、この体はまずいって。
ケンカ売ってる?
違うって。
よっすぃ〜は背が高いし、ちょっとがんばればいつも戻るでしょ。
でも、辻はだめなんだ。
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時43分40秒
- ののだってがんばればなんとかなるよ。
もうがんばってるのに。
そうなんだ。気がつかなくてごめん。
よっすぃ〜こそケンカ売ってるよ。
ごめんごめん。
どうしたらいいのかなあ。
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時44分21秒
- 発想の転換。
太ってること自体は問題じゃないよ。
ん?
太ってる姿がTVに映るのがいけないんだ。
やめろって言ってる?
そんなこと言ってない。
ようはTVにどう映るかが問題なんだ。
ん???
……
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時44分52秒
- ハロモニの収録がありました。
辻は吉澤にアドバイスされた通り、光速で動き回りました。
ローレンツ収縮で縮んで見えるからです。
(公式は教科書を見てね)
ただカメラがその動きについていけなかったので、
番組を見た人は「辻は休みなんだ」と思ったそうです。
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)22時45分23秒
- おしまい
- 28 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)22時46分03秒
- ( 0^〜^)
- 29 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)22時46分36秒
- ( ´D`)<……
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月29日(月)23時40分25秒
- 微妙すっ。
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)13時40分33秒
- (((((((((( (( ( ( ´( (´ D`)) ))) )
て へ てて…
- 32 名前:nonobon 投稿日:2002年07月30日(火)21時30分29秒
- (´D` #)……
- 33 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)22時59分18秒
- ( 0´〜`)
「娘。の科学」の時間はおしまい
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)22時59分52秒
- 『ののの奇妙な冒険』
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時00分22秒
- もう私は子供じゃない。
なのにみんなは私を子供扱いする。
私は大人だ。立派な大人になるんだ。
大人になるってのは、体が大きくなるというふうに思っていた。
でも違った。
矢口さんよりよっすぃ〜のほうが大人なんだろうか。
そうじゃないんだ。
見た目じゃなくて、中味で決まるんだ。
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時00分53秒
- モーニング娘。に入ったとき、私は子供だった。
どうしたらいいのかわけもわからず、必死になってついていった。
つらくはなかった。
それがどうしてかわからなかった。
梨華ちゃんも、よっすぃ〜も、みんな苦しんでいた。
でも私はそうじゃなかった。
今はわかる。
私が子供だったんだ。
どう言ったらいいんだろう。
自分について悩むような自分を持っていなかったから。
私の世界は私しかいなかったから。
自分と比べるような他人を持っていなかったから。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時01分27秒
- 私は、私のいる世界に私じゃない誰かがいるんだとなんとなく思い始めた。
人が何を思い、何をしているのか、気になるようになった。
それはあいぼんじゃなかった。
あいぼんのことは、どう言うのだろう、そう、私と同じものだった。
私と同化していた。
私そのものなのだから、私じゃない何かとは思わなかった。
他の人はどうだったんだろう。
みんな、私の世界に入ってきてくれた。
私とは違うのに、私と同じもののように接してくれた。
だから、これまで気がつかなかったんだろう。
飯田さんも、安倍さんも、矢口さんも、保田さんも、後藤さんも。
みんな、私の世界にいるときは、私そのものだった。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時02分04秒
- いつからだったんだろう。
後輩ができてからじゃない。
その前から、何か違うと思っていた。
私の世界に入らないで、私と同じでいることを嫌がる人がいた。
はじめは気がつかなかった。
ただ、何か変な感じがしただけだった。
私の中に変な虫が入り込んだような気がだんだんしていった。
やがて私は気づいた。
私以外に何かがいる。
私の世界に誰かがいる。
ようやくそのことに気づくと、私は気分が悪くなった。
私は子供だった。
私は私の世界が荒されるのを感じた。
その人の世界と私の世界がぶつかるのを感じた。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時02分47秒
- 誰なんだろう。
誰だ。
どうして。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時03分31秒
- 移動車によっすぃ〜が入ってきた。
たまにお姉さんチームもこの車に乗ってくる。
そして私の世界に入ってきてくれた。
私と同化してくれた。
私といっしょに遊んで、お菓子を食べて、歌をうたって。
「少しは掃除しようよ」
「よっすぃ〜だって汚してんじゃん」
「そう?」
よっすぃ〜がピンクのボールをつかんだ。
ぎゅっと握ると少しへこんだ。
一人でボール遊びをはじめた。
空中に浮いたボールを見つめるその目。
すべてを吸い込んでしまいそうな大きな瞳。
どう言ったらいいのか、それが私を突き刺した。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時04分03秒
- ボールがよっすぃ〜の手から離れて床を転がった。
よっすぃ〜はかがんでボールを拾った。
体を起こしたとき、私と目があった。
やっとわかった。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
それは私が子供だったからだ。
よっすぃ〜だったんだ。
私と同じようで同じじゃなかった。
勝手に思いこんでいた。
いつもいっしょに遊んでくれるよっすぃ〜が?
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時04分43秒
- よっすぃ〜は大人だった。
ずっとそう思っていた。
思っていただけだった。
何て言ったらいいんだろう。
よっすぃ〜が私の世界に入ってくるんじゃなかった。
私のほうがよっすぃ〜の世界に引きずりこまれるんだ。
いつの間にか、私は知らない場所に迷いこんでたんだ。
それを、勝手に自分の世界と思いこんでたんだ。
みんな車を降りていた。
よっすぃ〜の座っていたところにさっきのボールがあった。
私はボールをつかんだ。
……
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時05分14秒
- 「あれ、よっすぃ〜?」
「忘れ物見つかった? 早く行かないと怒られちゃうよ」
「うん、見つかったけど」
「ん? どうしたの、加護」
「これ……」
加護は吉澤の手のひらに、かつてボールだったピンク色の物体を乗せた。
ボールはミカンの皮をむいたかのように、きれいに広がっていた。
「ハサミで切ったのかな」
「誰が?」
「うーん……わたしがやったの」
「ふーん……よっすぃ〜は大人だよね」
「あはは、知らなかった?」
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時05分49秒
- おしまい
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)23時06分27秒
- ( 0^〜^)<……
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)23時07分27秒
- ( 0´〜`)<はたして辻にはどこまで漢字を使えばいいんだろ?
- 47 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)21時16分12秒
- ( 0T〜T)
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時29分04秒
- 『静かな夜』
〜アイドル・ケメコのステージ〜
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時29分39秒
- 夜の街は狭いようでいて広く、広いようでいて狭い。
けばけばしいネオンの合間に、開いているのかどうか外側からでははっきりしない店が多い。そんな店にも、常連客というものがいつのまにかわいて出てくる。
その店がどうやって経営し続けられるのか、仕入先のいくつかはいぶかしく思っていた。そのみすぼらしいバーには店長兼バーテンダーと、ホステス一人しかいなかった。美人ではあるが、客を迎え入れるのがいわゆるオカマだった場合、ホステスと呼んでいいのだろうか。
どうやって見つけてきたのか、それでも常連客がいた。値段は安いがうまい酒が出るわけではない。ホステスだって特別世話を焼くこともしない。静かなところというだけで、この店にやってくるにすぎなかった。もし店のドアを開いて、先客が来ていたらそのまま黙って帰ってしまう客も多かった。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時30分27秒
- その日の夜も、客は一人だけだった。一週間に一度、決まった時間にやってきて、カクテルを何杯か頼んで、一時間ほど席に座って、ほとんど一言も話さずに帰ってしまう。バーテンダーもホステスも、無理に口をきこうとはしなかった。
静かな夜だった。ふだんはときどき侵入してくる街の猥雑な音が、邪魔をしに来なかった。このとき、世界にはこの三人しか存在しなかった。
「あの日もこんな夜だったっけ」
客の声にバーテンダーは少し体を震わせたが、返事はしなかった。独り言かもしれないと思ったのだろう。だが、離れたところにいたホステスが興味を示した。
「あら、どんな楽しい夜だったの?」
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時31分01秒
- ホステスが客に隣に座った。
「えーと、お名前なんて言いましたっけ?」
「……ケメコ」
ケメコと名乗る人物が、誰に話しかけるでもなく、この日と同じく静かな夜に体験したことをぼそぼそと語りはじめた。
…………
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時31分38秒
- 内緒にしてるわけではないけれど、私はこう見えても芸能人やってる。大所帯のグループで。一応歌手だから、地方でコンサートをやったりしている。
その夜も、コンサートをやった。昼と夜の二回公演で、くたくたになった私たちはホテルにつくとすぐに布団をかぶった。
次の日の昼までに東京に戻らないといけなかった。だから睡眠をとって体を休めないといけなかったけれども、どういうわけだかちっとも眠れなかった。ホテルの周囲には繁華街なんてなくて、田んぼが広がるさびしいところだった。都会の騒音に慣れた私には静かすぎたんだと思う。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時32分16秒
- ベッドを出た私は、部屋を出てホテルの中をぶらぶらすることにした。非常階段につながるドアを開けると、冷たい空気が私に当たった。ちょうど梅雨の季節で、廊下がじめじめしていたから、しばらく開け放しにした。
私たちの部屋は六階と七階だった。ビールでも飲めば眠気がくるかもしれないと思って、自販機のある三階まで降りると、人がいた。四十歳くらいの男性で、自販機の横のソファに座ってビールを飲んでいた。それだけなら、私の注意をひくことはなかったかもしれない。その人は首にカメラをぶら下げていた。
自分のビールを買うと、私は隣のソファに腰を下ろした。軽く会釈をすると、その人も頭を下げた。芸能人の習性で、出歩くときはサングラスをしてるんだけど、浴衣にサングラスの私を見て、変な人と思われたかもしれない。
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時32分59秒
- 「あなたも眠れないんですか?」
そうではないことが、私にはわかっていた。眠れなくて風に当たるくらいでカメラを持ち歩いたりはしないから。
「いいカメラですね」
「あ、これ。気になりますか」
ここで男は両手を顔の前に持っていって、手首の先をだらりと下げた。
「出るんですよ、これが」
「出るんですか」
私も同じポーズをとった。
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時33分30秒
- 「ちょうどね、昔この辺りに平家の落ち武者村があったそうなんです。今はその子孫だって名乗る人はいないみたいですが。村自体は戦争が終わるくらいまではあったんです。ところが戦争で男手を取られて、畑を耕す人間がいなくなってしまって、戦後すぐ廃村になっちゃいました。その跡地にこのホテルが建ちまして」
「ははあ。それで村を乗っ取られたと、落ち武者の幽霊が」
「そう、出るんですよ」
「ずいぶんお詳しいですね」
「この手の話が大好きで、休みのたびにあちこちを旅して回ってます。写真が撮れるかもしれないからって、ほら」
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時34分09秒
- 男はカメラを持ち上げた。なかなか値段の貼りそうなカメラだった。男の話によると、ホテルが建てられたのは「もはや戦後ではない」と言われた頃だった。数年ほど前、県立大学の研究者によってここにかつて落ち武者村があったとわかると、ホテルの経営者は慌ててほこらを作って供養したらしい。
その甲斐もむなしく、鎧兜をつけた幽霊が、このホテルに出現するようになったという。
「まず最初に見たのが、このホテルのフロント係。ここのホテルはいつでもチェックインができるように、夜中もフロントがいるんです。ある夜、今日みたいにちょっと蒸し暑くて、カエルの鳴き声一つ聞こえない夜でした。フロント係がちょっとうとうとしていると、玄関の自動扉の音がして、はっとして前を見ると、矢がつきささった鎧兜がまっすぐフロントに向かってきたそうです。こうやって腕を伸ばして……」
いきなり男が私のほうに手をかけたので、びっくりして小さな悲鳴をあげてしまった。男は笑いながら謝った。
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時34分52秒
- 「はは、失礼。フロントは失神してしまって、気づいたときには消えていたそうです」
「それはほんとに幽霊なんですか?」
「ええ、おそらくそうですよ。足とか手とかはなくて、鎧と兜だけが宙に浮いていて、すーっと寄ってきたそうです。中に人間が入って驚かしたんじゃないんですよ」
それからたびたび鎧兜の幽霊が姿を見せた。ふだん怒鳴り散らかしている経営者も、夜中自分の執務室で出くわしたときには腰を抜かしてしまい、従業員の失笑を買ったという。
「最初は鎧兜だけだったんですが、最近は馬にも乗っているそうなんですよ」
「馬ですか」
「馬です。馬上に鎧と兜が乗って、槍を振り回すそうです。これは相当うらんでますよ」
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時35分54秒
- 「幽霊が出るなんて、知らなかったです」
「地方紙にちょこっとゴシップとして載っただけですから、東京の人は知らないでしょうね。私もこの県の同好の人に聞いて、初めて知ったんです」
他の階も回ってみますと、男は立ち上がった。幽霊に会えるといいですね、と言うと、今まで幽霊に会ったことは今までないから、実際に出くわしたらびびるかも、とカンに残った生ぬるいビールを飲み干すと、私は自分の部屋のある6階ではなく、7階に行ってみることにした。圭織が起きてるかもしれないと思ったから。
7階の薄暗い廊下に出た。奥の部屋から背の高い女性が出てきた。やっぱり圭織だ。圭織も繊細にできているから眠れないだろうと思っていた。
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時36分58秒
- 「カオリ〜」
私は廊下を走り、びっくりして逃げようとする圭織の背中に飛びついた。
「あー、びっくりした。圭ちゃんか」
「何よ、幽霊でも見たと思った?」
この時、二度と聞きたいと思わない、人間の叫び声が小さく聞こえた。私たち二人は顔を見合わせ、声のしたほうに向かった。
声は外から聞こえた。非常階段への扉を開いた。手すりから顔を出したが、暗くて何も見えなかった。
…………
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時37分33秒
- 「まあ、怪談話ね」
「その叫び声って何だったんです?」
珍しく、バーテンダーのほうから声をかけた。ケメコはマティーニをおかわりした。
「朝、非常階段から数メートル離れたところで死体が見つかった。横に壊れたカメラが転がっていた」
「まあ、じゃあその男の人が」
「ええ。7階から落ちたんです。警察は事故で処理したみたい」
「かわいそう」
ケメコは出されたグラスの足をつまんだ。一口飲んで話を続けた。
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時38分20秒
- 「半年後に同じ場所でコンサートがあって、そのホテルにまた泊まった。予約してたから大丈夫だったけど、けっこう繁盛してる
みたいだったね」
「ほう。何にもないところなんですよね?」
「噂がね。その人、落ち武者の幽霊に殺されたんじゃないかって、最初口コミで広がって。それを週刊誌がおもしろおかしく書い
て」
「そういうわけだったのね」
「待ち望んでいた幽霊に出くわしたのはいいけど、いざとなると気が動転して逃げてしまって、それで非常階段の手すりを飛び越
えてしまったんじゃないかって、ホテルの従業員が言ってた」
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時39分20秒
- 「でも幽霊なんて信じられませんよ」
「馬の走る音を聞いた人がいるんだ」
「馬? ああ、鎧兜だけじゃなくて馬の幽霊もいっしょなんでしたね」
「8階に泊まっていた人、そして6階と7階で寝ていた私の仲間たちも聞いてるんだ。ひづめの音がね。ぱかっ、ぱかっと」
ホステスの顔が蒼ざめた。
「幽霊って本当にいるのね」
「ちょっと待ってください、ケメコさん。ケメコさんは幽霊馬の足音を聞いたんですか?」
「ふふふ……聞いたともいえるし、聞いてなかったともいえる」
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時40分14秒
- ケメコは空になったグラスを前に出した。少し間を置いてから、ようやくそれに気づいたバーテンダーが新しいグラスを出した。
「人間は一番注意しているのは他人だ。逆に自分のことについてはけっこう無頓着になってしまう。この店の椅子の数、いくつか言える?」
いきなり質問されて、ホステスは指を折り始めた。
「十二?」
「十三。あそこの丸椅子を入れてね。自分の店のこと、自分のクセ、自分のことなのになかなか気がつかない。私もそうだった。馬の走る音なんて聞こえなかった。聞こえたのは自分の足音だったから」
「ケメコさんの?」
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時41分04秒
- 「そう。私の走り方ってちょっと変で、スキップのできそこないみたいになっちゃう。右足だけスキップ。みんなから『ケメコ走り』って不気味に思われている」
「じゃあ、馬の幽霊じゃなかったのね」
「幽霊なんてはじめからいなかった。あの人は私の足音を聞いて、幽霊が襲ってくると思いこんじゃったんだよ、きっと。逃げ出して、非常階段に飛び出して、墜落。幽霊話はホテルが客寄せのためにウソの噂を流しただけ。幽霊を見たなんて、従業員しか証言してないから。あの人には気の毒だけど、ホテルにしたらラッキーだよね。ウソがマコトになったんだから」
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時41分47秒
- ケメコは勘定をすませ、店のドアを開けた。むっとした空気が流れ込んだ。
「あ、そうだ」
ケメコが振り向いた。
「死んだ人のカメラね。中に残っていたフィルムを警察が現像したんだって。最後の一枚、なんだか黒いものが写ってたんだけど、ピンボケではっきりわからなかったみたい」
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時42分18秒
- 客が去り、店はバーテンダーとホステスの二人だけになった。時計の短針が十一を指して止まっていた。電池が切れだった。
時計の音すら響かない、静寂の世界に追われるように、二人はあたふたと店じまいを始めた。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月31日(水)22時43分23秒
- おしまい
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)22時44分00秒
- ( `.∀´)
- 69 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)22時44分42秒
- ( 0T〜T)<……
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月31日(水)23時46分19秒
- ( `.∀´)´ Д `)
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月03日(土)02時49分07秒
- 〈 ̄ヽ
,、____| |____,、
〈 _________ ヽ,
| | | |
ヽ' 〈^ー―――^ 〉 |/
,、二二二二二_、
〈__ _ __〉
| | | |
/ / | | |\
___/ / | |___| ヽ
\__/ ヽ_____)
- 72 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月03日(土)10時21分36秒
- 生`
- 73 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月03日(土)19時15分09秒
- >>70
( 0´〜`)<ども
>>71
( 0´〜`)<終わらないよ 終わらせないよ
>>72
( 0´〜`)<生きてるよ
- 74 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)20時54分29秒
- 変な文章ありましたがきにしないでください。
- 75 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)20時55分06秒
- 『夜のFAX』
〜アイドル・ケメコのステージ〜
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)20時55分50秒
- その狭いバーには三人しかいなかった。うち二人が従業員であるから、効率の悪い商売である。その分唯一の客はたっぷりとサービスを受けているというわけでもなく、黙ってカクテルを喉に流し込んでいるだけだった。
女の格好をしているが、実はオカマであるホステス(?)が、所在なさげにライターをいじくっていた。客が興味の対象外となる女性だったから、積極的にからもうとはしなかった。
「なんか面白いことないかなー」
「つまらないのかい?」
店長でもあるバーテンダーが優しく訊いた。
「なんていうか、はりあいがないのよねー」
「心がときめくような波乱万丈の人生なんてそうそうは送れないさ。そういう人もいるだろうけど、本人にしたらそれを楽しむ気持ちにはなれないんじゃないかな」
「そうよねー」
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)20時56分32秒
- バーテンダーは、ここでようやく華やかな仕事についている客の存在に気づいた。
「そういえばお客さん、芸能人なんですよね」
「そうそう。ケメコさん、芸能界ってすごいところなんでしょ。週刊誌とかにいっぱい書かれてるし」
ケメコと呼ばれた女性は、カクテルの残りをあおった。空のグラスをバーテンダーが受け取った。
「……週刊誌というと、どこからネタを仕入れてくるんだろうね」
「それはテレビ局の人からじゃない? 違うかしら」
最初の質問をはぐらかされたことにホステスが気づかなかった。
「テレビ局や製作会社に勤めている人はあまりそういうことはしないの。話の出所がばれたら信用にかかわるしね。仕事がもらえなくなっちゃう」
「そりゃそうでしょうね」
「だから、自分の名前や姿は絶対隠す。怪文書ってやつ」
ケメコはゆっくりと話し始めた……。
……
- 78 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)20時58分50秒
- 私はこう見えてもアイドルグループの一員で、毎日芸能活動にいそしんでいる。女性のアイドルグループではトップだから、ねたみとかやっかみなんかはいつも肌で感じている。人間なんてそんなもの。
私に関する怪文書もいっぱい流された。有名なのはNHKのやつね。私たちが楽屋で騒いでいたら、隣の楽屋にいた浜崎あゆみがぶち切れたっていう話。あとメンバーがトイレでタバコ吸っていたとか。週刊誌にいろいろ書かれたけれど、元をたどれば一枚のFAXだった。記者はそれをもとに取材したんだろうけど、取材の相手にもそのFAXが届いている。すると相手もそのFAXを元に何かしら答える。記者は裏が取れたと思い込む。ソースは怪文書ではなく、関係者の談話になる。
- 79 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時00分15秒
- 怪文書というのは、それが本当かどうかは全然関係ない。それを流さなければならない事情を考えないといけない。どうしてこの内容なのか。スキャンダルにしたって、異性問題、脱税、買収とかいろいろある。どうしてこの時期なのか。まずどこに流されたのか。週刊誌か、夕刊紙か、女性誌か。
これは芸能界で流される怪文書の話。政治の世界とか、別の業界はまたちょっと違うと思う。そこには一応告発の意味があるから。芸能界のはスキャンダルで相手を追い落とそうとするのがその目的だから。
それでは、たくさん流れた私たちについての怪文書の中から、一つ選んでみよう。
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時00分56秒
- それは、ある年の冬のこと。正月のコンサートが終わって一息ついたばかりだった。ここでは関係のない用事があって、私たちのうちの五人が所属事務所の一室に集まっていた。メンバーは全部で十人だったけど、年長の五人が呼び出されたわけ。
その用事がすんで、マネージャーや事務所の人間が出て行くと、その部屋はその五人だけになった。もう夜がふけようという時間で、食事に行こうかとか、カラオケで歌おうとか、そんな話をしていた。
その夜の予定が決まって出かけようとしたところを、事務の女性に呼び止められた。
「すみません、先ほどつんくさんから電話が入りました。これからここにお出でになるそうで、皆さんには待っててくださいと伝言がありました」
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時01分41秒
- せっかく遊びに行こうとしていたのに残念だったが、私たちのプロデューサーが来るというのだから仕方がなかった。私たちは電話番の女性の横を抜けて、奥のテーブルに座った。仲間の一人がバッグから小型のノートパソコンを取り出した。
「矢口、何するの?」
「年賀状くれた人のチェック。友達からの年賀状、まだ返事出してないんだ」
「なっちも出してないや」
別のメンバーがパソコンの画面をのぞきこんだが、すぐに離れた。こういう機械をちょっと苦手にしていたと思う。
「つんくさん、何の用事だろうね」
「きっとお年玉くれるんだよ」
「かおりん、いくつになったんや」
「まだ未成年だもん」
「まあ、そんなにたいした話やないやろ。大事な話やったら、後藤とかがいるときにするやろ」
「そうだよね」
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時02分41秒
- やがて、事務の女性が一本の電話に応答したあと、そそくさと事務所を出て行った。急用ができたとかで、すぐに戻ってくるからしばらく留守番していてほしいと頼んでいった。どうせつんくさんを待っているのだから、拒否する理由はなかった。
事務所には暖房のうなる音と、パソコンのキーを叩く音だけが響いた。みんなのおしゃべりは途絶えていた。テーブルに座っているのは裕ちゃんだけだった。頬づえをついている。カオリとなっちは窓から夜の街を眺めている。矢口はいつのまにか電話番の女性の席にパソコンといっしょに移っていた。そっちのほうが作業しやすいらしい。私はカウンターの小物をいじっていた。
携帯電話が鳴った。後藤の声が聞こえてきた。
「何、後藤」
「圭ちゃん、今どこ?」
「事務所にいるよ」
「そうだよね。あれ、変だなー」
「どういうこと」
「んー、まあいいや。何でもない。今日はもう仕事ないんでしょ。遊ぼうよ」
「ほんとはこれから矢口や裕ちゃんたちと遊びに行くつもりだったんだけどね。つんくさんが来るのを待ってるからだめ」
「つんくさんかー。わかった。じゃーね、バイバイ」
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時04分16秒
- そのとき、耳慣れない電話音がした。電話機ではなく、ファクシミリだった。呼び出し音はすぐにやみ、しばらくしてローラーの回転音が聞こえてきた。手持ちぶさただった私は、なんとなく、ファクシミリが吐き出した感熱紙を手に取った。
『告発します!
大手芸能事務所○○○社長の○○○○と、そこに所属する○○○をご存知でしょうか。
二人は人気アイドルユニット○○○○○○。を食い物にしています!』
内容は、どこかで聞いたことのあるものばかりだった。事務所の社長が所得隠しをしている、プロデューサーが盗作している、言うことを聞かない社員を左遷している、等々。
『……横暴は社員の追放にとどまりません。魔の手が所属する芸能人にも及ぼうとしています。○○○○○○。のリーダー的存在であり、発言力の大きい中澤裕子を強制的に「卒業」させようと企んでいます……』
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時04分55秒
- 呆然として立ちすくんでいる私から、矢口がFAXを奪った。
「何が書いてある?」
「よせ、矢口」
矢口は興味たっぷりの目つきで、なめるようにして読んだ。顔をあげると、裕ちゃんのほうを向いた。
「裕ちゃん、たいへんだよ!」
「……何が」
手渡されたFAXを読んだ裕ちゃんは、それを細かくちぎってゴミ箱に捨てた。
「でたらめや、全部」
やがてドアが開いて、私たちのプロデューサーが入ってきた。その顔を、私は正視することができなかった。
……
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時05分40秒
- 「怪文書ですね」
「そう。差出人は『元○○○事務所社員』となっているが、具体的なことはほとんど書いていないから内部の人間とは思えなかった」
「マスコミに流れたりしたの?」
ケメコはグラスの足をつまんで顔の前に持っていった。そしてその質問を無視した。
「怪文書は匿名でないといけない。いや、匿名だからこそ怪文書なんだ。……ところが」
「ところが?」
「誰がこのFAXを流したのか、私にはわかっちゃった」
バーテンダーは口をすぼめた。
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時06分21秒
- 「へーっ。やっぱりライバル事務所の人間だったんですか?」
「そうよねえ。もしかしたら裏に政治家とかお偉いさんが一枚噛んでいたんじゃない?」
バーテンダーとホステスは、あれこれとその人物を推測し始めた。ケメコはしばらくだまって聞いていた。二人は、自分たちでは結論が出せるわけがないことに気づいた。
「それで、誰だったんです?」
「……怪文書の目的が、相手を蹴落とすものだったとする。悪い噂を広めるんだから、マスコミとかを利用するのが一番だよね。でも、このFAXはその相手の事務所にまで送りつけてきた」
「どういうこと?」
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時07分22秒
- ホステスが首をかしげた。バーテンダーが解説した。
「なるごど。敵に自分の動向を知らせる手はないですよね」
「そう。この事務所は大手でマスコミ対策がうまいので有名なの。事前にマスコミの口封じされる可能性は十分あった。それなのに、相手はこのFAXを送りつけてきた」
「すると警告ですか。自分たちにはこんな力があるんだぞって」
ケメコはゆっくり首を振った。
「警告、とはちょっと違うと思う。中味はまさしく怪文書だった。ありふれたことが書いてあるだけで、事務所がびっくりするようなことはほとんどなかった。これじゃ、力を見せつけたことにならない」
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時08分18秒
- じりじりしたホステスが、ケメコの腕をゆさぶった。
「もったいぶらないで教えてよ」
「……証拠はないけどね。このFAXは内部から送られた。そうとしか思えなかった」
「さっき、内部の人間じゃないっておっしゃいませんでしたか?」
「さっきのは元事務所の人間ではないという意味。それと、今度のは物理的に内部から送られたんじゃないかってこと」
ホステスばかりか、今度はバーテンダーも首をかしげた。
「物理的に内部からって、その事務所の部屋から送られたってことですか?」
「そう」
「その事務所にファクシミリは二台あったんですか? それと、その人物がファクシミリを操作したら、いくらなんでも目につくんじゃ」
「ファクシミリは一台しかなかったけど、FAXを送れる機械はもう一台あった。ノートパソコンならそれができた」
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時09分11秒
- 二人はいっせいに抗議した。それはまるでとんでもない駄作を読まされた読者が、作者に抗議して謝罪をせまるような感じだった。
「電話線つなげないと使えないんじゃないですか」
「それにそのパソコンの持ち主ってあなたの仲間でしょ。仲間がどうして怪文書送んなきゃなんないの」
「状況証拠しかないけどね。後藤から携帯電話にかかってきたけど、どうして事務所に電話しなかったんだろ。私たちが事務所にいたことを後藤は知っていた。もちろん、遊びの誘いだから避けたのかもしれないけれど。電話の後藤は『変だな』って言ってた。これは最初事務所に電話したけどつながらなかったんじゃないかな」
バーテンダーはケメコの話を思い出した。そのなんとかという仲間は、事務員の机に移動していた。そのときに据えつけの電話機からコードを抜いて、パソコンにつなげることは可能だった。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時09分54秒
- 「本人に問い詰めたりしなかったんですか?」
「仲間にそんなことできるわけないよ。外部の人間の仕業ではないという証拠もなかったし。内部の人間なら矢口にしかできなかった、ということだけ」
「まだ私の質問に答えてないわよ。もしその人が犯人だったとして、どうしてそんなことしたの?」
ここでケメコはなんとも言えない複雑な表情を見せた。
「……これは想像だよ。もしこの手の怪文書が外に流れたら、事務所としては否定しなきゃいけない。脱税とか、盗作とか。これはわかるよね。一部を認め、一部を否認するなんて中途半端はいけない。ここに犯人の狙いがあった。事務所に全部否定させる。リーダーの脱退も」
「じゃあ、そのリーダーを事務所がやめさせようとしていて、それを止めようとして流した怪文書だったんですか」
「想像だって」
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時10分27秒
- ケメコは勘定をすませようと席を立った。バーテンダーが請求書にボールペンを走らせる。ホステスがケメコのほうに向き直った。
「それじゃあ、そのリーダーはどうなったの? どうしてそのFAX破っちゃったの? あなたは何もしなかったの? どうして?」
ケメコは何も答えず、バーを出て行った。
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月08日(木)21時11分36秒
- おしまい
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)21時12分33秒
- ( `.∀´)
- 94 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)21時13分20秒
- ( ^▽^)
- 95 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月12日(月)17時24分54秒
- 事務の女性=石井リカ
- 96 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)21時23分42秒
- ( 0^〜^)tea time
>>95
実はみっ(ry
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時24分15秒
- 『氷の世界』
- 98 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時24分45秒
- 暑いねえ
暑いよねえ
暑いときはかき氷だよね
のの、かき氷好きだね
よっすぃ〜も食べようよ
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時25分19秒
- 吉澤はハンドルを回し始めました。
落ちてきたかき氷を辻が容器に盛ります。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時25分57秒
- のの、まだ?
まだまだ
ハンドルの回転スピードが上がりました。
辻はどんどん容器に盛っていきます。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時26分33秒
- うおおおおおおお
よっすぃ〜、もっともっと
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時27分19秒
- かき氷の山はどんどん大きくなりました。
成層圏をつきぬけ、金星のそばを通り過ぎ、やがて太陽に到達しました。
かき氷に貫かれた太陽は、凍ってしまいました。
そして太陽を失った地球は、氷の支配する世界となりました。
- 103 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月13日(火)21時28分00秒
- おしまい
- 104 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)21時28分32秒
- ( ´D`)
- 105 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)21時30分07秒
- ( 0^〜^)
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時22分56秒
- 『切り裂かれたもの』
〜アイドル・ケメコのステージ〜
- 107 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時23分42秒
- ひいき目でも繁盛してるようには見えないそのバーに、いつものように三人がいた。そのうち店に儲けをもたらすのがたった一人なのだから、効率の悪いことこのうえなかった。
「物騒な事件が多いわねえ」
元男のホステスがカウンターに夕刊を広げていた。客が一人しかいないのだから遠慮はいらなかった。
「強盗とか盗みとか、理由がはっきりしてるんならまだわかるけど、動機がさっぱりわからない事件が多くて恐いわ」
「そうだね。今の時代、ほんとうに貧しくてどうにもならなくなって罪を犯した、というんじゃなくて、なんかあっさりやっちゃうんだよね。良心の呵責がないんだな」
二人は視線を唯一の客に移した。ケメコと名乗る客は、マティーニをなめるようにして飲んでいた。やがて二人の話に乗ってきた。
- 108 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時24分14秒
- 「犯罪の動機なんて二つしかないわ。うらみと金」
「でも、未解決の事件では動機が不明なのが多いですよ」
「それは警察の手際が悪いからよ。人間ってのは想像以上のことはできないのよ。思いもよらない行動ってのは、思ったけれどもまさかほんとにするとは思わなかったってことを言うんだから」
「そりゃそうでしょうけど」
店長兼バーテンダーは二杯目のマティーニを出した。
「動機がわからない事件は、逆に動機がわかれば犯人が決まっちゃうのよ」
「もしかして、そのような経験があるんですか?」
バーテンダーの思惑を知ってか知らずか、ケメコはゆっくりと話し始めた……。
……
- 109 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時24分53秒
- それが起こったのは、私たちが十三人の時代だった。メンバーの入れ替わりが激しいグループだったから、西暦とかじゃなくそのときの人数で何があったのかを覚えるクセがついた。
一応歌手だから、コンサートを開かないといけない。私たちのグループ単独のコンサートじゃなくて、同じ事務所の別グループの人たちと合同で開くのが多かった。いわゆる抱き合わせ商法。
熱狂的なファンが多くついていたから、事務所にとってコンサートはいい収入源だった。地方にも回るけれど、熱心なことにファンもいっしょに遠征してくる。一日に二回公演をしたけど、いつも満員だった。
その昼と夜の公演の間のできごと。
私が楽屋に入ると、大騒ぎになっていた。
「カオリ、いったい何があったの?」
「これ見てよ」
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時25分40秒
- テーブルの上に、私たちがコンサートで着ている衣装が並べられていた。「Do it ! Now」という曲用の真っ赤な衣装だ。十三人分、長いテーブルに横一列に置かれていた。一つ残らず、ハサミで切られていた。凶器と思しき裁ちバサミもあった。
「……何これ」
「ひどいことするよね」
メンバーは意外と冷静だったが、マネージャーやらスタッフやらのほうが慌てていた。衣装は二着のみで、昼の公演で着たものは明日のためにクリーニングに出してしまっていた。この曲の前後で着る衣装は雰囲気に合わない。衣装の変更で済ますか、それともプログラム自体を変更するか、決断を迫られていた。
しかし、そんなことは私たちには関係のないことだった。
「いったい誰がこんなことを……」
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時26分19秒
- 昼の公演が終わって、私たちはシャワーを浴びていた。スタッフの人たちは夜の公演に向けて準備があって忙しく動き回っていた。その間、この部屋は無人だった。
「ちょっと調べてみようか」
私の言葉にカオリは変な顔をした。
この楽屋の両隣は、別のグループの楽屋である。これらの部屋に通じる通路に入るには、警備員のチェックを受ける。警備員は、私たち十三人と別グループのメンバーしか通さなかったと証言した。
この警備員は私たちのことをよく覚えていた。
「そのあたりの時間だとですね。まず平家さんが入っていきました。何か忘れ物したみたいですね。すぐに出て行きました。その次が保田さんで……」
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時27分11秒
- まとめると、平家、保田、後藤、吉澤、メロン記念日(四人同時)、加護と辻、矢口、飯田、五期メンバー(四人同時)、カントリー娘。(三人同時)、石川、安倍の順で通路に入った。みんなすぐに通路を出たので、それぞれが重なることはなかったという。
何人かに聞いてみると、警備員の話したとおりだった。他のグループの人間はこの部屋には入らなかったとも証言した。
「なっち。なっちが入ったときには衣装切られていた?」
「うーん。切られて……なかったよ」
「石川は?」
「えっ。あ、いや、切られてませんでしたよ」
私は一人一人に聞いていった。なっちが最後に入ったのだから、そのとき切られてなかったらその前に入ったメンバーに聞いたってしょうがないだろうとお思いかもしれないが、念には念を入れたわけだ。
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時27分59秒
- 「そうなんだ……」
私のつぶやく声をカオリが聞きとがめた。
「圭ちゃん。今の何? 今は犯人探しなんてやめて、次のコンサートに集中しなくっちゃ」
「カオリの言うことはもっともだよ」
なっちも口をはさんできた。
「ごめんごめん。二人の言う通りだね。だけどね、すごく興味があるんだ」
「興味って?」
「みんなの中では私が一番最初にこの部屋に来たんだけど、はっきりと見たわけじゃないんだけど、衣装が切られてたような気がするんだ」
「ホント?」
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時28分34秒
- 気まずい雰囲気になった。私は後藤にもう一度聞いた。
「そうだね……さっきは見てないって言ったけど、実はよく見てなかったんだ。切られてたかもしれない……切られてた……かな?」
後藤はなんだかほっとしたかのように見えた。次に吉澤に聞いた。
「うん……さっきはみんなに話あわせたけど、切られてたようにも見えた」
「どうしてすぐに言わなかったの?」
カオリがなじるように言った。
「だって、急いでたし、今思えばって感じだから……」
「そういうカオリは?」
「……切られてた……ように、思う……」
その他のみんなも似たような言葉を返してきた。最初に入った私が「切られてた」と言ったのだから、その後に入っていった人に聞いてもしょうがないとお思いでしょうが、念には念を入れたわけだ。
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時29分09秒
- 「すると、私たちが楽屋に入る前に切られてたわけね。私たちの前に入ったのは……」
「なんか騒がしいけど、なんかあったん?」
平家さんが入ってきた。そのときの部屋の空気を、どう表現したらいいのだろうか。口にはしなかったが、みんなが何を考えていたかは想像がつく。
衣装を切り刻むことができたのは一番最初に通路に入ったあの人しかいない。自分の楽屋に入るふりをして、私たちの楽屋に忍び込んだ。そこに置いてあった裁ちバサミでやった。動機? あの人ならある。オーディションで私たちに勝って華々しくデビューしたのに、今や落ちこぼれだった私たちのコンサートにゲスト出演させてもらっているという境遇。私たちよりずっと歌が上手なのに、まったく売れないCD。それから……。
こんなことを考えていたに違いない。
そうこうしているうちに、衣装の話がついたらしい。マネージャーたちが楽屋に入ってきた。夜の公演の準備が慌しく私たちを巻き込んだ……。
……
- 116 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時30分06秒
- なるほど。動機がある人はその人しかいなかったわけですね。動機をつかめば苦労して推理しなくても犯人がわかるもんなんですね」
「でも、いつもの話と違って、私たちに犯人あてをさせてくれないのね」
ホステスが文句を言った。ケメコは小さく笑った。
「ところが、平家さんは犯人じゃなかったんだ」
「えっ。でも動機がある人はその人しか……」
「本当にそうなんだろうか。動機のある人を見つけて犯人に仕立ててしまっちゃうのよ、私たちは。さっき私は『動機がわかれば犯人が決まる』と言ったよね。けっして『犯人がわかる』じゃないんだ。決めつけちゃうんだ。お前が犯人だ、ってね」
バーテンダーはぽかんと口を開いた。ホステスが意気込んだ。
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時31分11秒
- 「それじゃ、犯人誰だったの? やっぱり最後に出入りしたなんとかさんが一番あやしいわ。仲間だからみんなかばってたのよね」
「ちょっと違うよ」
「それなら、なんとか記念日とか、なんとか娘かな。動機もあるわ。その人たちってあなたたちのグループより格下なんでしょ。それならふくむところがいっぱいあるはずだわ。当たった?」
「全然当たってない」
とうとうホステスが立ち上がって怒り出した。少ない大事な客に殴りかかるのでは、とバーテンダーは心配した。こう見えても元は男だから腕力はある。
「なんなのよ。その後『犯人は私です』って名乗り出てきたの? そうじゃなければわかりっこないわよ」
「名乗り出てはないよ。犯人は私だから」
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時31分44秒
- ホステスはあっけに取られて座り込んだ。
「あなたが犯人? じゃあさっきはウソついたのね」
「さっきのはウソじゃないよ。その時に自分が感じたことを正直に話したつもり。私はいつの間にかハサミを握って、自分の衣装を切ってしまったの。無意識のうちに」
「自分のをですか? 全員のじゃなくて」
「そう。私のだけ。だから他のメンバーのは別に犯人がいるってこと。全員のが切られてるって聞いてびっくりしたわ。誰がやったんだろうって。でもみんなの話を聞いているうちに、事情がわかってきた。みんなが犯人なんだって」
「みんなが?」
「そう。まず私が自分の衣装を切った。次に入ってきた後藤は何を思ったんだろう。私の衣装だけが切られている。きっと直感で私の仕業だって気づいたろうね。その時の私の気持ちを思って、後藤も自分の衣装にハサミを入れた。優しい子だから」
バーテンダーとホステスは、ケメコが何を話しているのかわからず首をかしげていた。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時32分31秒
- 「次は吉澤。私と後藤の衣装が切られているのを見て、自分もそうしなきゃいけないって強く思ったんだろうね。多分、泣きながら。そういう子だから。次が加護と辻。二人はふだんはちゃらんぽらんだけど、何が起こったか気づいたんだろうね。二人もハサミを入れた。次が矢口、カオリ。二人とも事情がわかったはず」
とりあえず、バーテンダーはマティーニを出した。ケメコは手を伸ばさなかった。
「次が五期メンバー。ここから意味合いがちょっと変わっただろうね。メンバーの半分の衣装が切られている。自分たちも娘。の一員だ。だからそうしなきゃいけないって。そして石川となっち。二人は、自分が仲間はずれになることを恐れた。もしかしたら、自分のだけが切られてなかったら自分が疑われる、って思ったのかもしれない」
ここで一息ついたケメコは、マティーニを水のように飲み込んだ。
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時33分18秒
- 「みんなが自分の衣装を切ったわけ。だから切ったのを見たとか見てないとか、話がころころ変わったんだ」
「さっきの、濡れ衣を着せられそうになった人に、みなさん疑いを向けてたんでしょ。あれは芝居だったんですか?」
「いや、芝居じゃない。本気でみんなそう思った。思い込もうとしたんだ。この事件の落としどころはそこしかなかったから。ちょうどおあつらえ向きに子羊が迷い込んできたからね。うまい具合に動機もありそうだ。そこでみんなで罪をおしつけようとしたんだ。心の中で」
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時33分57秒
- 勘定をすませて、ケメコがドアを開けたところをホステスが声をかけた。
「ちょっと待ってよ。どうしてあなたは自分の衣装を切ったりしたの? 仲間はどうしてそれに合わせたの? どうして?」
「……それは……なぜだろう……強いて言えば、きっと……あの曲には、私の居場所が……もう……」
ドアが閉まった。最後のほうの声は、二人には届かなかった。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月14日(水)21時34分36秒
- おしまい
- 123 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月14日(水)21時35分10秒
- ( ´ Д `)
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月14日(水)21時35分44秒
- ( `◇´)?
- 125 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月15日(木)00時53分08秒
- ( 0T〜T)
- 126 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月18日(日)02時53分15秒
- あの曲の歌いだしで、もの凄く目立ってる貴女・・・忘れません
- 127 名前:名無し娘。 投稿日:2002年08月18日(日)02時54分01秒
- ( `.∀´;)←貴女?
- 128 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)22時19分01秒
- リハビリが必要になったのでケメコ物は中断します。
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時19分53秒
- 『石川梨華、復讐せよ』
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時20分54秒
- (1)
ドアを開け、バッグを椅子に投げつけた。
そのままベッドに倒れこむ。
灯りをつける気にならなかった。
電灯が、自分の思いをかき消してしまうかもしれなかったから。
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時22分19秒
- (2)
石川梨華は、目の前がまっくらになった気がした。
「加護ちゃん……」
声をかけても、加護の返事はなかった。
加護は何にも言わずに、ただ涙を流しつづけていた。
石川にその理由はわからなかった。
最近、こんな状態の加護をよく見るようになった。
突然ふさぎこんで、悲しそうな顔をする。
時には今みたいに泣いていることもある。
話しかけても反応がない。
肩に手を乗せると、それをふりはらうということはなかった。
だが、ただそれだけだった。
まるでモノをさわっているかのようだった。
生き物をさわっているという気がしなかった。
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時23分04秒
- (3)
思いあまって、石川はリーダーの飯田に相談した。
相談にならなかった。
ただ一方的に石川がしゃべっているにすぎなかった。
「飯田さん……」
ようやく飯田の唇が動いた。
「石川。ふくろうは……」
飯田は全然関係のない話を始めた。
「飯田さんってば」
石川が飯田の腕をつかんだ。
加護の反応とは違った。
飯田の長い腕が上下に動いた。
石川はしりもちをついた。
飯田は石川に目もくれず、ふくろうの話を続けた。
- 133 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時24分23秒
- (4)
石川は矢口に電話した。
その日、矢口は別の仕事があったので、その場にはいなかった。
「なんだ、石川か」
なんだじゃないですよ、矢口さん。
「で、何の用?」
加護ちゃんと飯田さんの様子がおかしいんです。
「そんなのいつものことだろ」
そうじゃなくって。
「何なんだよ」
加護ちゃん、また泣いてるんです。
「ほっとけよ」
飯田さんも相談に乗ってくれないんです。
「相談したからって、どうにもなるもんじゃないだろ」
そうですけど、矢口さん冷たいです。
「オイラに何ができるっつーんだよ」
私にはわからないです。
「じゃあ、オイラにもわかんねーよ」
石川は、携帯電話を耳に強くおしつけた。
かすかにサーというノイズが聞こえる。
まるでテープの声が聞こえてくるみたいだった。
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時25分13秒
- (5)
暗闇の中、石川は動かなかった。
このまま眠ってしまいたいのに、できなかった。
どうしてこんなふうになっちゃったんだろう。
いつからだろう。
思い出せなかった。
何かが起こったはずだ。
いったい、何が。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時26分18秒
- (6)
石川の眼が開いた。
カーテンのすきまから、光が差し込んでいた。
いつのまにか眠っていたらしい。
シャワーでも浴びてすっきりしようと立ち上がると、携帯が鳴った。
「もしもし」
あ、ごっちん?
「今家?」
うん。ごっちんは?
「近くにいるうんだけど、会えるかな」
会いたいのは石川のほうだった。
後藤の声にノイズは混じっていなかった。
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時27分06秒
- (7)
公園のブランコに後藤が座っていた。
「今日は仕事ないの?」
「ソロの? 収録は夕方からだから」
後藤は、石川の知っている後藤だった。
石川は自分の抱えている不安をぶちまけた。
後藤は笑顔のまま聞いている。
「私、どうしたらいいんだろう」
ここで、後藤の顔から微笑が消えた。
「ねえ、ごっちん。教えてよ」
「ごめんね。後藤にもわからない」
石川はため息をついて肩を落とした。
「いったい何が起こってるのか、何のせいなのか、うまく説明できないんだ。でも……」
「でも?」
「梨華ちゃんにはやらなきゃいけないことがあるんだ」
- 137 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時27分59秒
- (8)
後藤は帰ってしまった。
石川は後藤の言葉を反芻した。
「やらなきゃいけないこと……」
私に何ができるんだろうか。
何をすると、何がどうなるんだろうか。
何かがおかしい。
何かがおかしい、ということに石川は漠然と思っていた。
ということは、ある時期まではおかしくはなかったわけだ。
いつからだろう。
石川は記憶をたぐりよせた。
四月。
ぼろぼろ泣いた記憶がある。
どうしてだろう。
どうして私はあんなに泣いたんだろう。
悲しい出来事があったはずなのに、思い出せない。
その前は。
その前は、何があったんだろう。
私が加入したのはいつだったっけ。
いつかは加入したはずだ。
加入してから四月に泣いたところまで、何も覚えていなかった。
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月23日(金)22時29分07秒
- (9)
わからないことは人に確かめるのが手っ取り早い。
石川は楽屋で矢口に話しかけた。
「何だよ、石川」
四月に私なんで泣いたんでしたっけ?
「はぁ?」
私いつモーニング娘。に入ったんでしたっけ?
「ふざけんなよ」
ふざけてなんかいません。
「じゃあ、からかってんのか?」
からかってませんて。
本気なんです。
教えてください。
四月に何があったんですか?
その前には何かあったんですか?
「お前、四月ったら……」
矢口は絶句した。
その先の言葉は出てこなかった。
- 139 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)22時29分54秒
- つづく
- 140 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月24日(土)23時58分00秒
- 思うところがあって、もう一つ
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時06分46秒
- 『走れヨシザワ』
- 142 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時09分12秒
- 1)
辻が、よっすぃ〜よっすぃ〜言いながら腕を組んできた。
適当にあしらいながらも、吉澤の頭の中は別のことで占めていた。
一週間ほど前、家のポストに妙な封書が投函されていた。
封筒には切手も消印もなかった。
中には紙切れが一枚入っているだけだった。
「青い鳥」
それから毎日、吉澤は紙切れを読まされることになった。
宝島、黄金虫、緋色の研究、人形の家、……。
- 143 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時09分53秒
- (2)
これらの言葉が、いったい何を意味しているのか、吉澤にはわからなかった。
そうだ。辻さあ、『青い鳥』って知ってる?
「知ってるよ。チルチルとミチルだよ」
辻によると、チルチルとミチルという兄妹が世にも珍しい青い鳥を探して世界を旅する物語だという。
その説明で合ってるのかどうか、吉澤にはわからなかった。
じゃあ、宝島とか、おうごんちゅうってのは?
「何それ」
保田が吹き出した。
「吉澤、多分だけど、それ『おうごんちゅう』じゃなくて『こがねむし』だよ」
小さかった頃、カブトムシを捕まえようと木の幹に蜜を塗っておいたら、目当てのカブトムシではなく、いやらしく光る虫がくっついていたのを吉澤は思い出した。
「宝島ってのは、その名の通り、宝物がいっぱいうまっている島を冒険する話。黄金虫も、宝のありかを記した暗号を解く話」
緋色の研究は?
人形の家ってドールハウス?
保田もこの二つの話は知らなかったらしく、口をつぐんだ。
- 144 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時10分37秒
- (3)
それがいったい吉澤に何の関係があるのかと辻が尋ねたが、吉澤は説明が面倒だったので答えなかった。
宝物か。
あとの二つの話も宝物を探す話に違いない。
ほんとうに、それが自分とどんな関係があるのだろうか。
誰がそんなことをしているのだろうか。
どの封書も、早朝に新聞といっしょに入っていた。
切手が貼ってないから、直接犯人がポストに入れたに違いない。
それなら、明日の朝、とっ捕まえてやる。
吉澤は早起きに備えてさっさと寝ようと心に決めた。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時11分23秒
- (4)
寝る前に、吉澤はポストの中を確かめた。
チラシが一枚入っていた。
どこかのいやらしいことをする店のだった。
それを破り捨てると、ポストの中は空になった。
目覚まし時計がけたたましく鳴り響いた。
午前四時。
カーテンを開けると、外はまだまっくらだった。
パジャマ姿のまま、吉澤は玄関を出た。
塀の内側に身を潜めた。
空が少しずつ藍色に染まっていった。
少しうとうとしかけたが、なんとか眠らないようにした。
鈍い音がした。
自転車をこぐ音がだんだん小さくなっていった。
ポストには新聞の朝刊が突き刺さっていた。
ポストの口から新聞を引き抜いた。
小泉内閣がむにゃむにゃ。
ポストの底に茶色のアレがあった。
中を開けると「カチアートを追跡して」と書かれた紙が出てきた。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時12分01秒
- (5)
「よっすぃ〜、眼が赤い」
安倍が吉澤の頬をつついた。
睡魔と闘いながら、吉澤は頭の中を整理していた。
妙ないたずらをしているのは新聞配達の人だろうか。
そのおじいさんのことはよく知っている。
新聞を配りつづけてうん十年という人だ。
その人がこんなことをするとは思えなかった。
例の封書は新聞休刊日にだって来ているのだ。
すると、目が覚めた四時前に来たのだろうか。
いくらなんでも夜中ずっと見張っているわけにもいかない。
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)00時12分50秒
- (6)
「よっすぃ〜、どうしたの?」
後藤が笑いながら、吉澤の肩をゆすった。
「なんだか難しい顔してる」
ああ、ごっちん。いいところに。
「何?」
あれ、ソロの収録終わったの?
「うん、終わったよ」
吉澤は気味の悪い封書のことを話した。
後藤はふんふんとうなずきながら聞いていた。
誰がこんなことしてるんだろう。
いったいどういうつもりでやってるんだろう。
ごっちん、どう思う?
「うーん、わからない」
そっか。
変なこと話してごめんね。
「そんなことないよ」
後藤の顔から笑顔が消えた。
「たぶんだけど、よっすぃ〜に探してもらいたいんじゃない?」
探すって、何を?
「宝物」
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月25日(日)00時13分25秒
- つづく
- 149 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月26日(月)22時13分23秒
- 『石川梨華、復讐せよ』(つづき)
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時13分57秒
- (10)
ねえ、矢口さん、教えてください。
「……うるさい」
矢口は石川から離れて楽屋を出てしまった。
相変わらずの飯田と加護には、尋ねることすらできなかった。
石川は、頭の中を整理しようとした。
何がおかしいのか。
加護の様子、飯田の様子、矢口の様子。
消えた四月までの記憶。
それだけじゃなかった。
石川には、他にも何かがあるような気がした。
それが何かはわからない。
その何かが根本にあるのではないだろうか。
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時14分28秒
- (11)
後藤の言葉が気になった。
「梨華ちゃんにはやらなきゃいけないことがあるんだ」
どうして後藤はそんなことを言ったのか。
後藤は何かを知っているのかもしれない。
石川は時間を見つけて、某局にいた後藤を尋ねた。
「どうしたの、梨華ちゃん」
ねえ、ごっちん。教えてよ。
「何を?」
何をって、全部。
「後藤は何も知らないよ」
そんなことない。
加護ちゃんが元気をなくしたこと。
飯田さんのおかしな言動。
矢口さんの怒りっぽいところ。
「別におかしいところなんかないよ。そういうもんだよ」
じゃあ、四月に何があったの?
「春が来たよ」
そうじゃなくて、私が四月に大泣きした理由。
「泣きたかったからじゃない?」
どうして泣きたかったのか、わからない。
「梨華ちゃんの心の中までは私だってわからないよ」
でも、四月に何かあったんでしょ。
教えてよ。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時15分48秒
- (12)
後藤はにこにこしているだけだった。
石川はなおも食い下がった。
ごっちんは、私にやらなきゃいけないことがあると言った。
それは何なの?
どうしてごっちんはそんなこと言ったの?
何か知ってるんでしょ。
「……走っている車の写真は、その車のある場所を教えてくれても、その車のスピードまでは教えてくれない。走っている車を眼で追っていると、その速さはわかっても、場所まではわからない。その場所がわかったときには、車はもうその場所にはいないから」
何を言ってるの、ごっちん?
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時16分37秒
- 「……位置と運動を同時に知ることはできない。運動を位置におきかえることも、その逆もできない。どうしてだろう。私たちは、結局は世界をすべて知ることなんてできないんだ」
わからないよ、ごっちん。
「箱の中に閉じ込められた猫の生死は、箱をあけるまでわからない。見ないとわからないんだ。見ることしかできないんだ。ただそこにあるものを、見るしかないんだ。理由とか、原因なんか探したって意味なんかないんだ」
どうして、と石川は問おうとして、その無意味さに気づいた。
じゃあ、私がやらなきゃいけないことって、見ることなの?
この問いかけに、後藤の答えはなかった。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時17分31秒
- (13)
とりあえず、石川は後藤に言われたことをやってみることにした。
どんな意味があるのだろうか。
意味なんかないのだ。
それしかできないから、そうするのだ。
石川は見た。
全てを見た。
周りにあるものを、眼に映るものを見た。
それでも、石川は納得することができなかった。
違和感は消えなかった。
どうしても、「なぜ」という問いかけがなくならない。
眼に入ってきたものは、耐えられないものばかりだった。
こんなはずじゃなかった。
もっと楽しいものだと思っていた。
つらいことばかりだった。
- 155 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)22時18分12秒
- (14)
かと言って、石川にできることなど限られていた。
後藤の話したとおり、見ることしかできなかった。
石川は歯がゆくなった。
石川には、飯田、矢口、加護の三人はあきらめているように見えた。
彼女たちは見ることを拒否しているのだ。
石川は見た。
世界の深遠な闇をのぞいた。
これが「何か」だったのだろうか。
闇を光で照らさなければならない。
見るだけでは満足しなかった。
石川は立ち上がった。
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月26日(月)22時18分53秒
- つづく
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月28日(水)20時49分14秒
- 『走れヨシザワ』(つづき)
- 158 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時49分58秒
- (7)
宝物?
「そうだよ。宝探しの物語だよ」
なんでわたしが?
「よっすぃ〜ならできるからだよ、きっと」
後藤に言われて吉澤はその気になった。
しかしその宝が何であり、どこにあるのかわからなかった。
ポストに投げ込まれる封書を待つよりない。
翌朝、吉澤はどきどきしながらポストを開けた。
『雲が出てきた。鰐には気をつけろ』
吉澤にも、これが物語の題名ではないことがわかった。
わかったのはそれだけだった。
ホゲには気をつけろ?
「よっすぃ〜、それワニって読むんだよ」
安倍が笑いながら指摘した。
「どういう意味かなあ」
吉澤は、辻、安倍、保田といっしょに頭をひねった。
「雲が出たら、雨に注意するんならわかるけど」
「宝のありかが書いてあるのかなあ」
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時50分38秒
- (8)
翌日以降も封書がどんどんたまっていった。
『前門の虎、後門の龍』
『ピーター、ベンジャミン』
『ヒデキにカンゲキ』
吉澤は頭を使う仕事が苦手だった。
それは他の仲間も同じだった。
「前門の虎・後門の狼なら知ってるけど」
「龍と虎になってますね」
「これプロ野球だよ」
「野球?」
「虎が阪神タイガースで、龍が中日ドラゴンズ」
「ああ、ほんとだ」
「辻やるじゃん」
「タイガースが前で、ドラフゴンズの後ろ?」
「順位のことかな」
「広島カープ?」
「タイガースより後ろってあったっけ?」
「さあ」
- 160 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時51分28秒
- (9)
「ピーターとかは?」
「あ、わかったー。これダウンタウンだよ」
「うん?」
「何、よっすぃ〜」
「コノでさあ、ベンジャミンとか松本さんやってなかった?」
「そうなの、圭ちゃん」
「あまりダウンタウン見ないからわかんない」
「ヒデキって西条秀樹?」
「安倍さん知ってる?」
「カレーの宣伝やってた人だよ」
「ヒデキカンゲキなら知ってるけど」
「ヒデキに感激する人なんていないよね」
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時52分01秒
- (10)
吉澤たちが頭をひねっていると、後藤がのぞきこんだ。
「何してるの?」
吉澤は、家に送られてきた不思議なメッセージのことを話した。
「ごっちん、わかる?」
「龍はドラゴンズってのは違うっぽいね」
「違うのかー」
辻が頭をかいた。
「たぶんね、この三つの文は同じ答えになると思うんだ」
「それぞれが、まったくでたらめなわけないか」
「ごっつぁん答えわかるの?」
「最初の二つにはあてはまるんだけど、なんか三つめがわからないんだ」
「とりあえず、どう思った?」
「虎とか龍は干支だと思った」
「えと?」
「よっすぃ〜何年?」
「えーと、ウシ年」
「それのこと。トラ年とタツ年に挟まれてるのはウサギ年」
「ウサギさんかー」
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時52分44秒
- (11)
「ピーターとかベンジャミンは?」
「この前、辻、ティーカップ買ってたじゃん」
辻は何のことかすっかり忘れていた。
「ピーターラビットの。ベンジャミンバニーってのもあるんだ」
「これもウサギだ。ごっちんすげー」
吉澤が少ない語彙の中から誉め言葉を選んだ。
「三つめがね、わからない。ヒデキって誰だろ?」
「ウサギに関係ある人だよね」
「合ってればね」
「あ、なっちわかった」
安倍が得意そうに手をあげた。
「松井秀喜選手だよ。ジャイアンツの」
「ウサギと関係あるの?」
「ほら、松井選手はジャイアンツでしょ。ジャイアンツのマスコットって、あまり似てないけどウサギの着ぐるみだったよね」
「ああ、ジャ……」
「ジャビットかー」
辻が保田の言葉を奪った。
「松井選手のプレーに感激するジャビットね」
「すげー、答え全部ウサギなんだー」
吉澤は手をたたいて喜んだ。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月28日(水)20時53分18秒
- (12)
「じゃあ、『雲が出てきた。鰐には気をつけろ』ってのも?」
「ウサギなのかな?」
「きっとそうだよ」
吉澤が自身ありげに断定した。
「だって三つにあてはまったんだから、四つめにあてはまらないわけないよ」
「そーかなー」
「そーだよー」
頭をこれ以上使いたくなくなったので、そういうことにした。
「でさ、ウサギってどういう意味だろうね」
「きっと宝物のことだよ」
「ウサギが?」
「しょぼいなー」
「本物のウサギのことじゃなくて、ウサギに似た物だよ」
「純金のウサギとか」
「ウサギの眼みたいに真っ赤な宝石とか」
四人は眼を輝かせた。
後藤はいつの間にかその場から消えていた。
- 164 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月28日(水)20時54分00秒
- つづく
- 165 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月29日(木)20時53分37秒
- 『石川梨華、復讐せよ』(つづき)
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時54分17秒
- (15)
光はわずかにしか入り込まなかった。
草と木で囲っただけのみすぼらしい部屋。
屋根はないが、大きな木の根元にあるので雨に濡れることはない。
けもの道すらない森の中。
どうやってここを見つけたのか、石川は覚えていなかった。
つらいことがあると、この小さな緑の部屋に逃げ込んだ。
心が落ち着くまで、じっと座っていた。
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時54分47秒
- (16)
石川は、世界の闇を打ち消すために活動した。
だが、誰もまともにとりあってくれなかった。
誰もが現状に満足しているのだ。
あるいは、仕方がないことだと思っているのだ。
話を聞いてくれる人もいた。
だが、それは話をしている石川を見ているだけだった。
話の内容なんかどうでもよかった。
石川は加護以上にふさぎこむことが多くなった。
- 168 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時55分25秒
- (17)
どうしたらいいんだろう。
他の三人はあいかわらずだった。
「石川、ふくろうは……」
「石川、うるさい」
「……」
後藤に何度相談しても、答えは一つだった。
「梨華ちゃんにはやらなきゃいけないことがあるんだ……」
何をしたらいいのかは話してくれない。
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時56分02秒
- (18)
石川はこの部屋にいるのが好きだった。
ここにいればすべてを忘れさせてくれる。
楽しいこと、嬉しいこと、つらいこと、悲しいこと。
忘れていいんだろうか。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時56分42秒
- (19)
どうしてこんなことになったんだろう。
暗い部屋の中、石川は眼を開けた。
後藤は、石川にはやらなきゃいけないことがあると言った。
見た。
それだけじゃないと思った。
見るだけじゃ、何も変わらない。
だからそれ以上のことをやろうとした。
何が変わったのだろう。
「梨華ちゃーん」
後藤の声がかすかに聞こえてきた。
この部屋のことを知られたくない。
梨華は静かに部屋を出ると、歩き始めた。
後藤の呼び声がだんだん大きくなってきた。
見られたくない。
石川は草の陰に隠れた。
「梨華ちゃーん。早く帰ろ。みんなが待ってるよ」
みんな?
石川は違和感を覚えた。
みんなって誰?
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月29日(木)20時57分30秒
- (20)
後藤の声が小さくなっていった。
そっと顔を出すと、後藤の背中が小さく見えた。
なんだか色も薄い感じがした。
声が完全に聞こえなくなると、石川は緑の部屋にもどった。
そこでうずくまる。
ごめん、ごっちん。
やらなきゃいけないことがあるんだろうけど、私にはわからない。
私にはできない。
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月29日(木)20時58分15秒
- つづく
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)22時37分54秒
- 『走れヨシザワ』(つづき)
- 174 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時38分31秒
- (13)
生い茂る草をかきわけながら、吉澤たち四人は道なき道を進んでいた。
「ほんとにこんなところに宝物あるのかな」
「なめくじ気持ち悪い」
おりゃー。
吉澤が鎌をふるった。
宝がウサギに関係するものらしいということがわかった。
その後に送られてきた判じ物によると、その宝は秩父山中にあるらしい。
そのように吉澤たちは解釈した。
「よっすぃ〜帰ろうよー」
だめだよ。今日しかスケジュールあいてないんだから。
吉澤は辻をなだめた。
- 175 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時39分08秒
- (14)
傾斜がきつくなっていった。
草は先ほどより減ってはいたが、木の根が地面を這っていて彼女たちの歩みを妨害した。
なんか、変だなあ。
吉澤がつぶやいた。
「うん。誰があの手紙送りつづけたんだろう」
「宝のありかを知ってるんなら、自分で見つけちゃえばいいのにね」
「その人が宝を埋めたのかな」
「何のために?」
安倍、保田、辻が謎の人物のことを話題にした。
それもあるけど、違うんだなあ。
「何が?」
「よっすぃ〜?」
吉澤は足を止めた。
何か変なんだよ。どう言ったらいいんだろう。何か足らないんだ。
「何が?」
わからないけど、何か大切なものを忘れちゃってる気がするんだ。
吉澤がわからないのに、他の三人にわかるはずがなかった。
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時39分40秒
- (15)
吉澤が先頭に立ってどんどん進んでいった。
誰も口をきかなくなった。
体のむきだしになっているところが、ところどころ血でにじんでいた。
わたしは何を探しているんだろう。
そんなに宝物が欲しいんだろうか。
本当にそれは宝なのか。
気にかかっているものは何だろうか。
何かがおかしい。
何かがない。
何が。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時40分39秒
- (16)
吉澤はふと振り返った。
吉澤の後についてきているはずの三人の姿がなかった。
安倍さーん、保田さーん、ののー。
吉澤の叫びに何の反応もなかった。
携帯電話はつながらなかった。
みんなを探して回るか、宝探しを続けるか。
吉澤は後者を選んだ。
宝までの地図はみんなが持っている。
そこに集合すればいい。
吉澤は気を奮い立たせて進んでいった。
いつの間にか涙が流れていた。
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時42分22秒
- (17)
目的の地点にたどりついた。
傾斜はなだらかになった。
あたりを見回すと、あきらかに人工物とわかるものが眼に入ってきた。
小さな祠だった。
ここに?
おそるおそる、腐りかかった木の扉を開いた。
中をのぞきこむ。
何もなかった。
何だよー。
吉澤はしゃがみこんだ。
宝なんか、始めからなかったんだ。
どこかの誰かにだまされていたんだ。
バカだった。
こんなくだらないことに三人をまきこんでしまった。
吉澤は立ち上がった。
三人を探さないといけない。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時42分56秒
- (18)
「よっすぃ〜」
声の主は後藤だった。
ごっちん、こんなところで何やってるの?
「よっすぃ〜こそ」
そうだ。安倍さんと保田さんとののを探さないといけないんだ。
後藤の手が吉澤の腕に伸びた。
「だめだよ、よっすぃ〜」
何が?
「よっすぃ〜は宝物を見つけないといけないんだ」
そんなもの、どうでもいいよ。
「どうでもいくない」
だって宝なんかなかったんだよ。
吉澤は祠を指さした。
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時43分47秒
- (19)
「宝物はあるよ」
後藤は吉澤を見つめた。
「絶対あるんだから」
ごっちん……。
「だからよっすぃ〜はそれを見つけださないといけないんだ」
でも安倍さんたちが……。
「なっちたちは私がなんとかするから」
ごっちんが? 見つけられる?
「できるよ。やるよ。だって仲間だから」
仲間。
また、違和感に襲われた。
何だろう。
何を忘れてしまったんだろう。
- 181 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月30日(金)22時44分35秒
- (20)
後藤は斜面をかけおりていった。
その姿が見えなくなるまで、吉澤は見送った。
ごっちん?
なんだか色が薄い感じがした。
残された吉澤は祠の前に立った。
吉澤の立っている場所はほとんど水平だが、祠より先はほとんど垂直の壁だ。
祠はその壁を背に立っている。
吉澤の背の高さくらいあった。
支える足は短い。
もともとは赤く塗ってあったのだろうが、今は見る影もない。
木も腐りかけている。
どこかに、何かがあるはずだ。
中は何度見ても空っぽだった。
頭にきた吉澤は祠をけり飛ばした。
祠の足が折れ、かたむいた。
ん?
祠の後ろの壁に、黒い穴が見えた。
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)22時45分12秒
- つづく
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)18時02分10秒
- 後藤・・・
- 184 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)18時56分58秒
- (つづき)
- 185 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)18時57分32秒
- (21)
モーニング娘。になった。
今もモーニング娘。だ。
覚えているのはそれだけだ。
入ってからのこと、四月に起こったこと。
忘れてしまった。
何があったんだろう。
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)18時58分05秒
- (21)
黒い穴の中をのぞいた。
懐中電灯で照らしても、よく見えなかった。
吉澤は落ちていた木の枝で探ってみた。
かなり深い。
この中に宝物が?
吉澤は意を決して中に入った。
四つん這いでどんどん進んでいった。
だんだん高さが狭くなってゆく。
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)18時58分49秒
- (22)
何かを忘れている。
昔にあったこと。
これは枝葉のことだ。
もっと根源的なことを忘れている。
やらなきゃいけないことって、思い出すこと?
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)18時59分22秒
- (22)
懐中電灯の電池が切れた。
吉澤は投げ捨てた。
四つん這いの姿勢も苦しくなってきた。
この先には出口があるはずだ。
風が流れている。
匍匐前進でしか進めなくなった。
昔、そんなゲームがあったっけ。
また違和感が起こった。
あれ?
何か声をかけられたような気がする。
思い出せない。
暗闇の中、吉澤はかまわず進んでいった。
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時00分03秒
- (23)
石川は立ち上がった。
緑の部屋を飛び出した。
こんなとこにいたってしょうがない。
私にはやらなきゃいけないことがあるんだから。
石川は山道を駆けだした。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時00分40秒
- (23)
空気が薄くなってきた。
吉澤の進む速度も落ちた。
もう引き返すことはできない。
目の前に、かすかに光る白い丸が見えた。
吉澤は右腕を前に伸ばした。
- 191 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時01分18秒
- (24)
石川の前に土ころが転がってきた。
石川は転がってきた方を向いた。
山肌から土が落ちてくる。
石川はそこに駆けよった。
いきなり人の腕が飛び出してきた。
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時01分54秒
- (24)
吉澤は腕が外気にふれた感触を覚えた。
腕をさらに伸ばして、周りの土を払いのけた。
大きな穴が開いた。
吉澤は両腕を使って体を前に動かし、顔を穴から出した。
- 193 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時02分39秒
- (25)
よっすぃ〜?
梨華ちゃん!
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時03分50秒
- (26)
思い出した。
変な感じがした理由がわかった。
仲間がいたんだ。
私/わたしには、仲間がいたんだ。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時04分31秒
- (27)
石川は、吉澤の腕を引っぱった。
吉澤は、穴から転がり落ちた。
だいじょうぶ?
へへへ、なんとか。
よっすぃ〜土まみれだよ。
お風呂入りたいな。
それじゃ、帰ろうか。
うん、帰ろう。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時05分19秒
- (28)
やらなきゃいけない、っていう意味がわかった。
最初は、それは見ることだと思ってた。
それだけじゃだめだったんだ。
箱の中の猫は、見たら生きていることがわかる。
見ていないときはそれがわからなくなってしまう。
そうならないように、覚えていないといけなんだ。
見たら、けして忘れちゃいけないんだ。
それが証しになるんだ。
やっと見つけた。
宝物を、ウサギを見つけた。
何か足らないと思ってた。
でもやっとわかった。
わたしには仲間がいっぱいいたんだ。
大切な仲間が。
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時05分54秒
- (29)
四月にあったことを思い出した。
中澤裕子が卒業した。
忘れちゃいけない。
彼女がいたことを忘れちゃいけない。
これからも、ずっと。
これからも、娘。のメンバーは増えたり減ったりするだろう。
でも仲間だ。
卒業したって、仲間には違いない。
仲間がどんどん増えていくんだ。
宝物がどんどん増えていくんだ。
- 198 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時06分26秒
- (30)
二人は山を、森林を抜け出した。
小高い丘の上に手を振っている少女がいた。
ごっちん?
なんでだろう。
吉澤は眼をこすった。
なんだかぼやけて、ぶれて二つに見える。
眼の焦点が合うかのように、薄い色の二つの後藤が重なっていった。
「よっすぃ〜、梨華ちゃーん」
後藤の隣にみんなが現れた。
飯田、安倍、保田、矢口、加護、辻。
忘れちゃいけない仲間たちだ。
大切にしなきゃいけない仲間たちだ。
二人は手を握って、みんなに向かって走り始めた。
- 199 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月31日(土)19時07分00秒
-
そして歌おう。踊ろう。
- 200 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)19時07分35秒
- おしまい
何がおしまいなんだろうか?
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)19時08分09秒
- ( ^▽^)
- 202 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)19時08分51秒
- (0^〜^)
- 203 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)19時09分21秒
- ( ´ Д `)
- 204 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時44分52秒
- 『誘拐の条件』
- 205 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時45分23秒
- とある番組の収録で、その日スタジオに私とよっすぃ〜、ごっちん、飯田さん、加護、辻、小川の七人が集まるはずでした。残りの六人は別の番組の収録でどこかに行っていたようです。
ところがあと少しで時間だというのに、中学生の三人が楽屋に姿を見せませんでした。
「石川、遅刻するって聞いてた?」
「いいえ、飯田さん」
「学校でも行ってるのかな」
私と飯田さんが話しているところに、よっすぃ〜とごっちんが入ってきました。二人とも私たちより早く来ていて、しばらく楽屋の外をうろうろしていたようです。
- 206 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時46分05秒
- 「まだ来てないんだ」
「携帯にかけてみたら」
ところが、三人とも留守番電話にしているようで、一人も電話に応えませんでした。どうしよう、とりあえず知らせないとと、スタジオに先に入っているはずのマネージャーのところに行こうとすると、みるみるうちに顔が蒼ざめていくリーダーの顔が目に入ってきました。
「どうしたんですか?」
「まさか、冗談だと思ってたのに……」
飯田さんが一通の封筒を取り出しました。私たちは中の紙をテーブルに広げました。そこには、新聞から切り抜いた文字が、のりで貼りつけてありました。
- 207 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時47分14秒
- 『加ゴあイを預かつている 返しテほしかッたら1億エンをはらエ』
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時48分51秒
- 「これって、脅迫状?」
「誘拐だね」
よっすぃ〜とごっちんはいつでものん気です。二人のような性格じゃない私は、仰天して飯田さんにいろいろ質問しました。
「これ、どうしたんです?」
「今日、うちに届いてた」
「朝ですか」
「昼頃。家を出たとき郵便受けに入ってた」
「どうしましょう、飯田さん」
- 209 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時50分10秒
- これには返答はありませんでした。その間、よっすぃ〜とごっちんは問題の手紙を熱心に観察してました。
「どこの新聞かなあ」
「○○新聞のかな」
「ちょっとのりがはみ出てるね」
「がさつだね」
私は二人をほっといて、飯田さんをつつきました。
「三人とも誘拐されちゃったんですか。どうしましょう」
「どうするって……」
「加護ちゃん……」
加護は最近疲れ気味でした。ところが私は自分のことで精一杯で、気にかけてあげることができないでいました。
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時51分32秒
- 「誘拐ってさあ、割に合わない犯罪だよね」
「どうして、ごっちん?」
「だって、警察に捕まるケースがほとんどなんでしょ」
「どうかなあ。捕まえたときだけ発表してるのかもしれないよ」
「でもなかなか見つからなかったら、テレビで公開して情報ちょうだいってよびかけたりしてるじゃん」
「お金目的の誘拐だったら、身代金よこせって電話しなきゃなんないから、これは誘拐なんだってわかるんだけど、もしさ、その電話しなかったら誘拐かどうかわからないでしょ。ほんとは誘拐なのに、家出だと思われてるのもあるかもしれないよ」
「そーかぁ」
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時53分09秒
- ある言葉に私は反応しました。犯人からお金の引渡し場所について連絡があるはずです。
「どうなんですか、飯田さん」
「連絡はまだない」
だんだん飯田さんが白くなっていくような気がしました。
「だけど、なんで加護なんだろ」
「きっと加護を誘拐しようとしたら、辻と小川もいっしょだったんじゃないかな」
「巻き添えくっちゃったんだ。災難だね」
なるほど、それならあの手紙に加護の名前だけがあった理由がわかります。と、感心してる場合じゃありませんでした。
「よっすぃ〜、……」
- 212 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時54分58秒
- 「梨華ちゃん、マネージャーさんは?」
「えっ、えーと、今スタジオだよ」
「楽屋には顔出した?」
「多分。私が来たときにはもういなかったけど」
「ふーん。わたしとごっちんが来た時にも、楽屋開いてたから、マネージャーさんが来てたのかな」
あまりにも茫洋としすぎて、加護たちのことを心配してるようには見えない二人を問い詰めようとしたところ、機先をつかれてタイミングを失ってしまいました。
「よっすぃ〜、上着かけたら?」
「うん」
よっすぃ〜は、壁につるしてあったハンガーに薄い上着をかけました。隣には飯田さんのがありました。何もかけていないハンガーが二つありました。
- 213 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時55分54秒
- 「誘拐ってさ」
「ん?」
「生きて戻ってくる割合ってどうなのかな」
「少ないんじゃないかなあ」
ぞっとしない話を二人はしていました。
「とりあえず、今日の収録どうするんだろ」
「そりゃあごっちん、三人抜きでやるしかないだろうね」
「ふーん……」
「今日はさ、ゲームに勝ったらおいしいケーキが食べれるんだって」
ここで私の怒りが爆発しました。
「よっすぃ〜、ごっちん。ひどいよ。誘拐されちゃったんだよ。無事に帰ってこれるかわからないんだよ。それなのに……」
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時58分19秒
- ここでよっすぃ〜がくすくす笑い出したので、あっけにとられてしまいました。飯田さんは白いままです。
「ごめんね、梨華ちゃん。梨華ちゃんはいつもまじめで、一生懸命で、必死で……」
「必死で悪い?」
「ううん。悪くないよ。そんな梨華ちゃんが大好きだよ」
「ふざけないでよ」
「ふざけてないよ。でさあ。なんかおかしいんだよ。ね、ごっちん」
「なんかー、うまくいえないけど、変だなーって」
ごっちんがうなずきました。
「うん。例えばこの手紙。加護の名前しかない。誘拐するんだから、調査とかするよね。加護がどんな子で、どんなことをしていてって。そしたら、加護がモーニング娘。で、仲間が十二人いて、その中に辻と小川がいるって、わかるよね」
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時58分54秒
- 「そっかー。加護が誘拐されたのはモーニング娘。やってるからお金持ちだろーってことだよね。同じモーニング娘。を誘拐したならもらえるお金が増やせそうだよね」
「うん。なのに二人の名前がない。それから、この手紙が飯田さんに送られてきたってこと。ふつう親か事務所に送るよね。もっとお金持っていそうで、もっと切実なところに」
なんとなくよっすぃ〜の話が見えてきました。
「誘拐じゃないってこと?」
「そう、いたずら。加護の名前が使ってあるから、いたずらしたのは加護ってことだね。加護は自分だけでこのいたずらを考えた。だから加護の名前しかない。あとの二人はこの手紙が送られた後に、加護の計画に加わったんだろうね」
「どうしてこんないたずらを?」
「さあ、そこまでは本人に聞かないとわからないよ」
もしかしたら、この騒ぎで収録が延びたら、ほんの少しだけ体を休めることができるかも、と思ったのかもしれません。
- 216 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)22時59分32秒
- 「じゃあ、吉澤、三人が来てないのは別の理由があるの?」
復活した飯田さんの顔に血の気が戻っていました。リーダーなんだから、この後の収録のことを考えないといけません。
「いえ、収録をさぼるわけにはいかないこと、騒ぎを楽しむためには近くにいるはずです」
「スタジオの方かなぁ」
「梨華ちゃんが来る前にわたしたちが来たんだけど、カギが開いていた。マネージャーさんかと思ったけど、誰も実際には見てない。とすると、三人が最初に来たと思ってるんだ」
「ケーキなんて今日の収録出ないんでしょ?」
ごっちんがよっすぃ〜に優しく微笑んだ。
「うん。辻あたりがひっかかってくれると思ったんだけど、聞こえなかったみたいだね」
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)23時00分08秒
- よっすぃ〜は壁にかかっているハンガーをひとなでした。
「これが外に出てるのも不思議だったんだよね。ちょうど四人分。これ使えるから、クローゼットの中にかけようなんて思わないよね……」
扉を開けると、静かに寝息を立てている三人が折り重なっていた。
- 218 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)23時01分02秒
- おしまい
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時05分32秒
- 『さらばいとぉしいひとよ』
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時07分01秒
- ぽかぽかよーきがきもちいい。こんな日はなんにもやる気がおこらなくて、うつらうつらと……。
電話のベルがけたたましくなった。
むかつきながら受話器をとる。
「んあ、こちら保真希澤たんてー事務所……」
大家からだった。めんどーなことは圭ちゃんの役目だ。
「あ、すいません、ええ、もちろんそれは、はあ、ちゃんと来週には払いますから……」
圭ちゃんは電話のまえでぺこぺこ頭をさげていた。そこによっすぃ〜が帰ってきた。
「おかえり、よっすぃ〜」
「……ただいま……」
よっすぃ〜が暗い。きっと事件のかいけつに失敗したにちがいない。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時08分09秒
- あせをふきながら、圭ちゃんはよっすぃ〜のほうを向いた。
「お帰り、吉澤。どうだった?」
よっすぃ〜は首をふった。
「聞いてくださいよ、保田さん。岬の洋館だったんで、名前は蓮屋敷っていうんですけど、ほら、人一人死んだくらいで解決したら、探偵のありがたみないでしょ、それで何人か死んでるのを待ってたら、依頼人も殺されちゃって、よく調べてみたら、犯人がその依頼人で、不正な相続のことで恐喝されてたみたいで、それで何人も殺してから自殺ってのが真相で、一番あやしかったやつが本当の相続人で、でそっちに話持ちかけてもお金払ってくれそうになくて、裁判所いって債権存在の確認を訴えて、ほんのちょこっとなんだけど、示談になって、でも経費もまかなえなくて、それで……」
「わかった。もういい」
圭ちゃんはふきげんそうな顔でいすにすわった。
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時09分09秒
- あたしは保真希澤たんてー事務所のたんてーだ。この事務所ゆいいつのはーどぼいるどだ。よっすぃ〜は、よくわからないけど、ほんかく的なたんてーで、圭ちゃんは足をよく使うたんてーらしい。きっと圭ちゃんはサッカーや自転車がとくいにちがいない。
あたしははーどぼいるどだ。だからあたまは使わずわん力を使う。たまごとどう関係があるのかは知らない。
いま、保真希澤たんてー事務所はそんぼーのききに立たされていた。家賃がはらえない。電気代がはらえない。ガス代がはらえない。電話代が払えない。それから……。
また電話がなった。
圭ちゃんが電話をにらんでいる。ディスプレーの数字をみて、しはらいかんけーじゃないことを確かめてから、受話器をとった。
「もしもし、こちら保真希澤探偵事務所……」
圭ちゃんの顔がほころびている。いらい人みたいだ。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時09分59秒
- 「依頼人に会ってくる」
圭ちゃんがいすから立ちあがって、うわぎに手をのばした。ここによんでもお茶も出ない。
「吉澤、いっしょにこい」
「ごとーは?」
「おとなしく留守番してろ」
ぶーぶーいうあたしをおいて、二人は出ていった。いつもごとーはおいてけぼりだ。
しょーがないから、はーどぼいるどをやることにした。スコッチのかわりにウーロン茶。圭ちゃんのいすを少し引く。ふかぶかとすわり、足を机の上に投げ出す。たばこはないのでえんぴつを口にくわえた。
「あのー、よろしいですか……」
ドアが開いた。学校の制服をきた女の子が見えた。動くといすから転げおちそうだったので、そのままでいた。
「どーぞすわって。ほーしゅーは一日一万五千円(税別)、ひつよー経費はそれとは別。お茶は一杯三百円」
あははというあたしの笑い声だけがひびいた。
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時10分58秒
- 「で、ごよーけんは?」
女の子は「たかはすぃあい」と名乗った。めずらしい苗字だ。
「友達がぁーいなくなっちゃったんですぅー」
友達の名前は「こんのぉあさみぃ」というらしい。こちらは苗字も名前も珍しい。二人は学校かなにかの同期だという。いつもいっしょに遊んでたりしていたのだが、昨日の晩からゆくえがわからない。
「ひとばんくらいならどこかで遊んでるんでしょー」
「でもー、あさみぃちゃんは夜遊びするような子じゃないんでー」
「きのーがたまたまそうだっのかもしれないじゃん」
「そいでー、今朝もあさみぃちゃんの住んでる部屋にいったんやけどー、まだ帰ってなくてー」
きのうの夕方別れてから、けーたいにも出ないという。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時12分00秒
- 「もしかしてゆーかいかなぁ」
たかはすぃはびっくりした顔をした。元からかもしれない。よくわからない。
「けーさつには言ったの?」
「電話したけどぉー、『もっとゆっくりしゃべれ』って話をきいてくれなかったんでー」
あたしはほーしゅーをもういちど確認して、たかはすぃがうんとうなずいたのを見てから、このいらいを引き受けることをきめた。こんのぉの友達かんけー、ふだんの生活しゅーかんをいくらかたずね、こんのぉの顔写真をもらった。たかはすぃのけーたいの番号をきいてから、家に帰した。
たかはすぃが消えたしゅんかん、あたしは足をおろそうともがき、横にたおれた。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時12分54秒
- ☆
「ただいま」
「ただいま〜、……ごっちん?」
よっすぃ〜はあたしを指さしてきた。あたしが自分のつくえでノートにいろいろ書きこんでいるときだった。
「なんかあったの?」
「よっすぃ〜、ひどいよ」
あたしだってまじめに仕事するときくらいあるのだ。
「何やってるの、見せてよ……たかはすぃあい、とうきょうと(略)、こんのぉあさみぃ、いなくなった、ゆーかい、けーさつ、もっとゆっくりしゃべれ……ごっちんさぁ、漢字使おうよ」
ひらがなは日本の文化なのだ。もっとおおいに使うべきなのだ。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時13分46秒
- 「でさ、これじゃ何があったのかわかんないよ」
そこでごとーは一からじじょーを話した。圭ちゃんの机に足をのっけたことまでしゃべってしまい、なぐられた。
「とりあえず、その紺野って子のうちに言ってみるしかないわね」
圭ちゃんはまちがっている。こんのじゃなくてこんのぉだ。
「じゃ、吉澤、行ってみてくれる?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、圭ちゃん。これはごとーの事件だよ」
「後藤は……」
「だれにもゆずらないんだからね」
- 228 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時14分35秒
- あたしは勝ちほこった顔で、こんのぉの住むアパートにむかった。たかはすぃによると、こんのぉは北海道からじょーきょーしてきて一人ぐらしらしい。一階にいた大家さんに声をかけた。
「昨日から帰ってきてないのよ。こんなこと初めてだわ」
じじょーを話して中にいれてもらった。
「高橋さんはよくこの部屋に遊びにきてたわよ。でも今度のことはちょっと心配しすぎよね。いまどきの子は外泊くらい当たり前よね」
ホームレスしてた親せきなら知ってる。
大家さんは、用事がすんだら声かけてといって降りていった。部屋はせーりせーとんされていた。あやしそうなところは何もない。ふつーの女の子の部屋だった。
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時15分14秒
- テレビのスイッチをいれた。タモリが「髪切った?」と話している。つまんないのですぐ消した。ごついCDラジカセがあった。フタをあけたらCDがおさまっていた。外してみると「ラストキッス」と印刷されていた。知らない。
ベッドにはウサギのぬいぐるみ。大きなベッドだ。まくらが二つある。夜用と昼用にちがいない。
机を見た。きょーかしょとノートがならんでいた。辞書はずいぶん使いこんである。知ってる。これは英語と日本語と中国語の三つの言葉がしらべられる本だ。
とめがねがついているぶあついノートがあった。表紙に「DIARY」とある。中をひらいた。こんのぉの日記だった。日記なら「日記」と書いといてほしい。
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時16分00秒
-
「……物理の教科書を忘れてしまった。隣のクラスの辻さんに借りた。きれいな教科書だった。……」
けーさつは個人のぷらいばしーをしんがいしてはいけない。でもごとーはいいのだ。ごとーははーどぼいるどなのだ。
「洋服のお店で愛ちゃんとケンカしてしまった。でも早口で、何を言ってるのわからなかった」
「学校の帰りに里沙ちゃん、まこっちゃんとカラオケにいった。私は『恋をしちゃいました』を歌った。本物の一人よりはうまいとほめられた」
「放課後、加護さんたちとゲームセンターで遊んでいたのが先生にばれた。先生に『あんな子たちと遊んでちゃだめ』と叱られた」
- 231 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月12日(木)20時16分34秒
- 日記にでてくる名前はだいたい同じだった。北海道の親のことはあまり書かれてない。けーたいを見た。お昼はとっくにすぎている。平日だからがっこーはやってるはずだ。
- 232 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月12日(木)20時17分09秒
- (つづく)
- 233 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月13日(金)21時48分51秒
- (つづき)
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時49分28秒
- たかはすぃやこんのぉが通っているのは女子高らしい。女のにおいがぷんぷんする。よっすぃ〜がよだれたらして喜びそうだ。
入ろうとするとしゅえーに止められた。
「んあ」
「だめだよ、勝手に入っちゃ」
しょーじきに話をしてもいいが、ごとーははーどぼいるどだ。ちがうやり口でいくことにした。
「ここのがっこーの生徒がね、けーさつざたを起こしたんだよ」
こんのぉのことではない。たかはすぃのことだ。ウソではない。しゅえーはひたいのシワを深くした。しゅえー室に入ってどこかに電話した。
- 235 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時50分52秒
- やがて小さな女性があらわれた。先生らしい。
「なんのいいがかりですか。うちの生徒がそんなことするわけないでしょ。ここは普通の高校とはちがいます。タンポポの名をご存知ないんですか」
「はじめて知った」
先生の顔がゆがんだ。なんだかむかついてきた。
「とにかく、いいがかりはやめてお帰りください」
「別にごとーはそれでもいいけど。学校に来てない生徒さんはだいじょうぶかなぁ」
心あたりがあるらしい。はっとした感じがあたしにもわかった。
ようやく門を通され、がっこー内のある部屋に入らされた。制服を着た生徒たちにじろじろ見られた。ホットパンツの何が悪い。お茶くらい出せ。
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時52分19秒
- 「私はこういう者です」
めーしをわたされた。
「たんぽぽこーこーきょー……ろん」
「きょーゆ!」
「……きょーゆ、やぐちまり」
「で、あなたは」
あたしもめーしをわたした。それぐらいごとーだって持っているのだ。
「保真希澤探偵事務所?」
ろこつにいやそーな顔をした。
「実はですね、おたくのがっこーの生徒さんのこと」
「うちの生徒が何か」
「きょう、来てない子がいるよね」
やぐちは返事をしなかった。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時53分11秒
- 「こんのぉとかいう子」
「ああ、紺野さん」
まちがっている。こんのぉだ。先生が生徒の名前をまちがっちゃいけない。
「今日は風邪をひいてお休みだとうかがっていますが」
「誰から連絡が?」
いっしゅんだまった。ウソらしい。
「あなたは紺野さんとなんの関係があるんです?」
「こんのぉという子がきのうから家に帰ってない。さがしてほしいって依頼があった」
「一晩くらいなら帰らないこともあるでしょう」
大家さんとおんなじこと言った。でもやぐちはゆーめー女子高の先生だ。
「タンポポ高校の生徒が、がいはくするんだ」
やぐちの顔がまっかになった。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時54分00秒
- 「ゆーかいか、なにかの事件にまきこまれたのかもしれない」
「警察にはとどけたんですか」
「ごとーの依頼人が電話したけど、とりあってもらえなかった。だからごとーが調べてる」
「……それで、何が知りたいんですか?」
「こんのぉのきのうの様子を知りたい」
やぐちは部屋を出ていった。やがてやぐちといっしょに生徒たちが入ってきた。
「授業中ですから、手短に」
「んあ、あなたは?」
にーがき、おがわ、ののと名のった。さいごのは人間の名前とは思えない。
三人の話によると、こんのぉはじゅぎょーが終わったあと、部活のからて部をさぼったらしい。部室に行かず、きょーしつでぼーっとしてた。なんだかしんきん感がわいてきた。
そのあと、いつのまにかきょーしつからいなくなったとにーがきは言う。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時54分43秒
- 「げたばこにいるとことろをののはみたのれす」
日本の文化をだいじにする子のようだ。だれかといっしょではなかったという。
「もういいでしょう、お帰りください」
やぐちがドアをあけた。三人は小さな声で「失礼します」と言って消えた。やぐちはドアをしめなかった。ごとーも出ていけということらしい。むかつく。
ごとーが門を出るまで、やぐちはついてきた。道の角をまがって、しばらくぼーっとしてから引き返した。さっきのしゅえーに呼びかけた。
「あのさ、忘れ物したから中入るよ」
しゅえーはあいそ笑いでうなずいた。しゅえーはあたしのことを刑事だと思っているようだ。ホットパンツはいた刑事がいるか。
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時55分54秒
- ちょうどじゅぎょーが終わったところだった。先生たちに見つかっちゃいけない。あたしはそろそろとこんのぉのクラスに向かった。
ほとんどの生徒は部活のほうに行ったらしい。教室の中は数人の生徒がいるだけだった。さっきの一人を見つけた。たしかにーがきだ。
「にーがきさんだっけ」
にーがきはびっくりしたようだ。いっしょにいたクラスメートはふんいきを読んではなれていった。
「さっきさ、言い忘れたことなかった?」
「……いえ、そんなこと」
「そんなことあるよ。あんな先生の前じゃ言えないことあるよね」
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時57分35秒
- にーがきはべらべらしゃべった。そんなものだ。ののがげたばこでこんのぉを見てから数時間後、駅前で歩いているこんのぉを見たという。
「誰かといっしょにいました。うちの学校の制服着てたと思います」
「知ってる人だった?」
「知らない人でした」
次にとなりの教室に入った。ののはこっちが声をかける前に、なれなれしく近よってきた。
「どうしたんれすか」
「こんのぉと仲がいいのは三人だけ?」
「ほかにもいましゅよ。あいぼんとか」
日本の文化をだいじにするのもいいことだが、異文化へのりかいもしめすべきだろう。あたしだってここまで中国の文化をないがしろにはしない。
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時58分37秒
- 「そのあいぼんって、どんな子?」
「にしのいなかからじょうきょうしてきたのれす。ひとりぐらしでうらやましーのれす。あいぼんはかんさいべんがらんぼーなこなのれす」
メモ帳がひらがなでうまっていった。こーりつが悪すぎる。二人の住所を聞いて、ののからはなれた。
おがわという子は登山部にいるという。あまり好きじゃない部活だ。こーしゃのかべを使ってトレーニングをやっていた。
おがわもごとーに気づいて、こっちにやってきた。
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時59分10秒
- 「こんのぉさんってどんな子?」
「おとなしい子です。空手部だけど」
「恋人とかいた?」
「さあ。私は知りません」
「不良とかとつきあいは?」
「不良? 加護さんのことですか? 加護さんは不良じゃありませんよ」
しらべなきゃいけない人間がふえてきて頭がいたくなってきた。
おがわは「あっ」と小さくさけぶと、いきなりかべのほうへ走っていった。ふりむくと、やぐちがこっちに向かってきた。あたしはフェンスを飛びこえて、逃げた。
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)21時59分43秒
- ☆
あたしがメモをとっていると、よっすぃ〜がのぞきこんできた。
「どうだった?」
あたしはよっすぃ〜にそーさ内容を説明した。よっすぃ〜はメモから目をはなさない。
「たいへんだよ、よっすぃ〜。目がまわりそうだもん」
「そう?」
「だって、生徒がいっぱいいるんだもん。こんのぉでしょ、たかはすぃでしょ、辻、愛ちゃん、里沙、まこっちゃん、加護、にーがき、おがわ、のの、あいぼん」
よっすぃ〜が頭をなでてきた。
「たぶんだけど、ダブってる気がするよ」
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月13日(金)22時00分14秒
- 圭ちゃんがためいきをついた。
「学校が問題だと思ったんなら、名簿くらい手に入れなさい」
たんぽぽ高校のめーぼを手わたされた。いつのまに。
「紺野あさ美、高橋愛、辻希美、新垣里沙、小川麻琴、加護亜依だね」
「ののは?」
「たぶん辻希美のニックネームだね」
「明日から手分けしてあたろうか」
「あれ、べつの依頼があったんじゃないの?」
「迷い犬の捜索なんてまっぴらよ」
圭ちゃんのみけんにシワがよった。
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月13日(金)22時00分46秒
- (つづく)
- 247 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)03時08分26秒
- 面白い!シリーズ化されたら嬉しい
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)14時05分42秒
- >>247
どもども
雪板倉庫のどこかに
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)14時06分32秒
- (つづき)
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時07分22秒
- ☆
目の前におだんごがあらわれた。ひとすじなわではいかなそうだ。
「あんたがごとーさん?」
いんとねーしょんが関西弁だ。ゆーこ刑事を思い出す。いやなやつだ。
「呼びだしてごめんね」
かごはかってにオレンジジュースを注文した。あたしはアイスティーにした。ほんとはどんぶり物が食べたい。
「で、どんな話?」
「こんのぉのこと。友達?」
おだんごは「はぁ?」という顔をした。
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時08分01秒
- 「友達なんかやあらへん」
「でもいっしょによく遊んでたらしいじゃん」
「おごってもらえるからつきあってただけや。あんなとろい子といると調子狂うし」
なんだかあたしのことを悪くいわれているみたいで、むかついてきた。
「おとといの晩はいっしょに遊んだ?」
「いーや。……そういえばきのうあさ美きてへんかったなぁ」
ここでおだんごはうんうんうなずいた。
「そーか、朝やぐっちゃんがどたばたしてたのは、そのせいなんやな。あさ美がなんかやったん?」
「おとといの晩からゆくえふめー」
「誘拐?」
「さあ。夕方に駅前で同級生らしい子といっしょだったみたいだけど、こころあたりある?」
おだんごは首をふった。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時08分33秒
- 「あたしじゃないよ」
「こんのぉの行きそうなお店とか教えて」
名前がいくつかでてきたが、どれもきのうの夜しらべたところばかりだった。
「こんのぉってどんな子?」
「勉強はできたがそれだけや。話しててもなんもおもろない」
「仲のよかったともだちは誰?」
「そんなやつおらん」
おだんごは午後のじゅぎょーのために帰っていった。
- 253 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時09分12秒
- ☆
事務所に帰ると、圭ちゃんとよっすぃ〜も戻っていた。圭ちゃんはにーがきとおがわ、よっすぃ〜はののに、あたしと同じようにくわしい話を聞いていたのだ。
「学校もようやくあわててきたようね」
「北海道の親御さんのところにはいないみたいです」
「けーさつは?」
「矢口先生から捜索願が出された。先生が紺野さんの身元引受人みたい」
話題はにーがきが見たという、こんのぉといっしょに駅前をあるいていた人間のことになった。にーがきでもおだんごでもない。おがわ、ののも否定したらしい。
「その人物が何か知っていそうだね」
「タンポポ高校の生徒であることは間違いなさそうね」
- 254 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時09分51秒
- こんこんと音がした。ドアがすこしひらいて、たかはすぃの首がひょいと出てきた。
「あの子は?」
「いらい人だよ」
たかはすぃは学校をさぼってさがしあるいていたという。そーいえば、きのう学校で見なかった。圭ちゃんがたかはすぃに、どのあたりをさがしたのかきいた。前に遊びにいったことのある遊園地やらなにやら。
「あまりぃ、遠くへ遊びに行ったりする子じゃないんでー」
「あとは北海道か」
北海道。ほっかいどー。でっかいどー。
「ごとーいきたい」
- 255 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時10分22秒
- 圭ちゃんはあたしを見て、それからたかはすぃを見た。
「ごっちん。北海道にいるかどうかわからないよ」
「でも、いるかもしれないじゃん。さがしてみないとわからないよ」
「どーせ、遊びにいくこと考えてるんだろ」
ちがう。こんのぉのことを知りたいのだ。こんのぉはごとーとそっくりなのだ。いつもぼーっとしていて、ともだちがいなくて、ばかにされて。でも一人でとーきょーにきて、がんばっているのだ。そんな子がうまれそだったところを見てみたいのだ。
「ごめんね、ごっちん。お金の問題でちょっと無理だよ」
圭ちゃんがたかはすぃのほうを見たわけがわかった。ひつよー経費は依頼人もちだけど、たかはすぃに北海道までのりょ費は出せそうにない。
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時10分52秒
- 「ちょっと待ってなさい」
圭ちゃんがどこかに電話した。みっちゃんとかいう言葉が聞こえた。
「警察でもね、平家さんが担当になって調べているんだって。道警のりんね刑事に連絡して、北海道も捜索してみるそうよ」
とりあえずけーさつも動き出した。たかはすぃはちょっとだけほっとしたような顔を見せ、帰っていった。
「さて、警察の結果がわかるまで動きようがないわね」
「保田さん、ちょっと気になることがあるんです」
よっすぃ〜の顔がいつになく真剣だった。
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時11分37秒
- ☆
夕焼けが赤い。タンポポ高校の駅前しょーてんがいは買物客でいっぱいだ。
「ほら、ごっちん。あのぬいぐるみかわいい」
よっすぃ〜がペンギンのぬいぐるみを指さした。
圭ちゃんはけーさつの捜査をまてという。これはあたしの事件だ。だからあたしが解決しなきゃいけないのだ。
事務所を飛び出したら、よっすぃ〜がくっついてきた。よっすぃ〜も強情だから、ついてくるなといってもいうことをきかない。
「ピンク色のがいいねえ」
あたしはほっといて先に進んだ。すると、大きな袋をかついだよっすぃ〜が追いかけてきた。
「置いてかないでよ」
あたしは聞こえないふりをした。あんなことをいうよっすぃ〜なんか嫌いだ。
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時12分34秒
- 門の前に立った。しゅえーを無視してさっさと中に入った。部活をやってる生徒くらいしかいない。こんのぉのクラスに入ると、にーがきがいた。帰るところだったらしい。
「新垣里沙さんだね」
あたしをさしおいて、よっすぃ〜が声をかけた。
「紺野さん、まだ来てないよね」
にーがきは無言でうなずいた。
「先生は何か言ってた?」
「何も教えてくれません」
やぐちのやつ。おとなはこどもに何も教えてくれないのだ。
「そうそう、高橋さん、今日いる?」
「いえ、ここ最近ずっと見てません」
- 259 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時13分06秒
- そこに見しらぬ生徒がよっすぃ〜に声をかけた。
「高橋さん、病気でしばらく休みます、って連絡があったみたいです」
「そーなんだ。ありがと」
よっすぃ〜が生徒の頭をなでた。むかつく。セクハラだ。なのにこの生徒はなんだか喜んでるように見えた。
「高橋さんはこのクラス?」
「いえ、四組です」
ここは一組だ。こんのぉ、おだんご、にーがき、おがわのクラス。二組にのの、四組にたかはすぃということらしい。
きょうもたかはすぃはこんのぉを探しているのか。熱心だ。
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時13分51秒
- よっすぃ〜は知らない生徒と話をつづけている。わたしはほっといて廊下に出た。そこでやぐちとばったり出会った。
「んあ」
「あんた、まだうろちょろしてんの。出て行きなさい」
「んあ〜」
どう言い返そうかとなやんでいたら、後ろから声がした。
「矢口先生ですね。お時間はとらせません。すぐに帰りますから、すこしだけ教えてください」
あたしとよっすぃ〜は応接室にとおされた。あたし一人のときとたいぐーがちがう。ずるい。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時14分24秒
- 「それで、どんなご用件ですか」
「これなんですが」
よっすぃ〜が一枚の写真をテーブルの上に置いた。たかはすぃからもらった写真だ。
「紺野さんですね?」
「そうですよ」
あっさりした返事だった。よっすぃ〜は肩を落とした。よっすぃ〜の推理ははずれだったのだ。
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時15分24秒
- ☆
よっすぃ〜がまじな顔で写真を見つめている。
「気になることって」
「紺野さんです」
「よっすぃ〜、紺野じゃないよ。こんのぉだよ」
よっすぃ〜があたしのほうを見てにっこりとほほえんだ。だからあたしも笑顔を返した。
「そうなんだよ、ごっちん。紺野とこんのぉの二人いるんだ」
「どういうこと?」
「高橋さんが捜索を依頼した人物と、タンポポ高校の生徒は別人ってこと。だっておかしいよ。高橋さんはあんなに必死になって友達を探している。なのに、タンポポの生徒たちからは、紺野さんの友達として高橋さんの名前があがっていない」
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時15分54秒
- 「ちょっと待ちなさい。高橋さんに聞いたこんのぉさんの住所はあのアパートでしょ。あれは確かに紺野さんの部屋よ。日記でわかるわ。タンポポの生徒たちの名前があったじゃない」
「あの部屋にはまくらが二つありました。二人住んでたんですよ。紺野さんとこんのぉさんが。日記はタンポポ高校の紺野さんが書いた。高橋さんが探しているのはこんのぉさん、タンポポ生徒じゃないほう」
「ふむ……しかし、なんだ。そうなると、二人ともどうして『あさ美』なのか?」
「そこまではまだわかりません。同じ名前を名乗ることで、何かを企んでいたとも思えます。もしかしたら二人は双子かもしれない」
「その企みがこの失踪事件と関係があるのか」
「おそらくそうです。なぜなら二人とも失踪しているからです」
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時16分37秒
- 圭ちゃんとよっすぃ〜はなにを話しているんだろう。わけがわからない。この事件はごとーの事件だ。だからハードボイルドな事件じゃないといけないのだ。あたまをつかうような事件じゃないのだ。
圭ちゃんが電話した。
「あ、りんね刑事?……そう、ちょっと調べてもらいたいことが……」
こんのぉの生まれた病院によると、双子ということはありえないという。
「それなら、二人はまったくアカの他人ですが、同じ名前を使って生活していたということになるわね」
- 265 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時17分12秒
- 「保田さん、平家さんに、身元不明の死体がないか調べてもらってください。警察は紺野さん
を探しています。でも、こんのぉさんのことは知らないはずです」
「よっすぃ〜! なんで死んだって決めつけるの」
「決めつけちゃいないよ。でも、何かもめごとに巻き込まれた可能性が高いんだ」
ごとーがいらいを受けた。ごとーの事件だ。だれも殺させたりしない。
「まず、この写真が何者か、調べることが先決です」
「そうね。学校の先生に確認してもらいなさい」
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)14時18分13秒
- ☆
しかし、よっすぃ〜の推理は外れた。この写真を見て、やぐちはこんのぉだとはっきりいった。双子はいない。ということはこんのぉはタンポポの生徒なのだ。
肩を落としたよっすぃ〜をひきずって、あたしは高校を出た。やぐちのやつ、ちゃっかりよっすぃ〜のけーたい番号をメモってた。
けーたいがなった。あたしのだ。
「んあ」
「後藤! すぐに警察に来なさい!」
「んあ?」
「……死体があがった」
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)14時18分53秒
- (つづく)
- 268 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)16時57分17秒
- 後藤が話が進むにつれ漢字やカタカナをだんだん使うようになってきている。
読者への挑戦状はありますか?
- 269 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)21時49分07秒
- 一応使える漢字は決まっているのですがそのへんてきとー
はーどぼいるどなんで挑戦状はありません
- 270 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)21時49分41秒
- (つづき)
- 271 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時50分17秒
- 「死亡推定時刻はおとといから昨日にかけての深夜、直接の死因は頚椎骨折……」
へーけ刑事がなにかいろいろはなしている。よくわからない。
「失踪してすぐね」
「なぜ今まで死体が見つからなかったんですか?」
「取り壊して建て直す予定やったけど、不動産会社が倒産して中断したままやった。所有権をめぐて裁判中で、人気はほとんどなかったわ」
「そんなところに女の子が一人で行くわけないわね」
「遺書らしいものもあらへんかった」
「突き落とされた可能性が高いですね」
圭ちゃんとよっすぃ〜はつめたい。どうしてへーきでいられるんだろう。人が死んだのだ。
「すると、いっしょにいたって子があやしいですね」
「警察も、その証言には注目しとる。調査中や」
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時52分02秒
- けーさつを出ると、涙がぼろぼろ落ちてきた。
「ごっちん?」
「あれ?」
ごとーははーどぼいるどだ。これくらいで泣いちゃいけない。でも、死んだのは自分のぶんしんだ。自分が死んだようなものだ。ぼーっとした、友達のいない、おばかな自分が死んだのだ。
「ごとーははーどぼいるどだよ」
「知ってる」
「でも、くーるじゃないよ」
「知ってる」
「まだ子供なんだよ」
「知ってる」
はーどぼいるど失格だ。タフじゃなければいけないのに
- 273 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時52分50秒
- 「依頼は果たせなかった。でもしょうがないよ。依頼を受けたときには、もう死んでたんだから」
「そーだけど……」
「なら、今ごっちんがやるべきことは、犯人を捕まえることだよ」
あたしはたかはすぃのけーたいに電話した。電波の届かないところにいるか、電源を切っているのかどっちかだと、音声が流れてきた。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時53分47秒
- ☆
次の朝、タンポポ高校に行ってみた。しんぶん記者とかてれび局の車が列をつくっていた。うざいから中には入らなかった。
こんのぉのアパートに向かった。こっちは静かだった。驚いている大家さんにカギを借りた。こんのぉの両親は北海道だ。すぐにはここに来ないだろう。
こんのぉはどんな子だったのか。ぼーっとしていて、友達が少なくて、その友達にもばかにされているのはわかった。でもそれだけなんだろうか。
日記をひらいた。前のほうからじっくり読んでみる。
「タンポポに入るぞ!」
さいしょのページのまんなかに、小さな文字で書いてあった。中学三年生のころから始まっている。タンポポ高校はゆーめーな女子高だ。いっしょうけんめー勉強したのだろう。はいっていいことがあったのだろうか。
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時54分33秒
- 「今日は入学式。あこがれの制服を着ると気がひきしまる」
「四組の高橋さんはかっこいい。小さいころからバレエをやってて、今度チアリーダー部に入った。歌もじょうずだし、あんなふうになれたらいいな」
「愛ちゃんと友達になった。ちょっと早口でなまりがあるけど、かわいらしい子だ」
「日曜日、愛ちゃんと買物に行く」
「チアリーダーの応援(?)に行った。高橋さんはすごい」
「愛ちゃんは、ちょっと変なところがあるけど、大切な友達だ」
やっぱりこんのぉにはいたんだ。友達がいたんだ。あたしにはないものを持っていたんだ。
窓から外をのぞくと、ぱとかーがやってきた。めんどーはさけたいので、大家さんにカギを返して出ていった。
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時55分21秒
- 高校にひきかえした。れぽーたーがテレビカメラに向かってなにかしゃべっている。どーでもいい。門ではしゅえーがおしよせるマイクをおしとどめていた。裏にまわる。さすがに、めーもん女子高だから、フェンスを乗りこえようとするような人間はいなかった。ごとーははーどぼいるどだからかんけーない。
ちょうど昼休みらしい。校舎のうらで、おがわがロープをよじのぼっていた。あたしに気づいておりてきた。
「……たいへんなことになっちゃいました」
「んあ」
「私、学校うつろうかと考えてます」
「やめちゃうの?」
「タンポポの姉妹校で、登山部のさかんな学校があるんです」
あたしにそんなこと話してどーするのだ。
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時56分00秒
- 「矢口先生も」
「んあ?」
「転勤らしいです」
この事件がかんけーあるのかどうかはわからない。前からそういう話があったのかもしれない。あたしにはかんけーないことだ。
しばらくぶらぶらとあるきまわったが、たかはすぃの姿はなかった。
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時56分43秒
- ☆
死体が見つかったビルのまわりには、けーさつもマスコミもいなかった。現場けんしょーも終わったらしい。まだくわしいことをけーさつは発表してないのかもしれない。
けーたいがなった。
「んあ」
「もしもし、ごっちん? 今どこ?」
「ビル」
「そこ行くから待っててね」
切れた。
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時57分51秒
- ざっそーが多い。土の地面にちょーくのあとがのこっていた。血のあとはよくわからない。上を見上げた。ビルは十階以上ありそうだ。しゅーいはほとんど原っぱにちかい。プレハブの小屋がちらっとあるだけ。車もほとんど通らない。でもちょっとあるけば町並みがあるのだ。
ビルにはうらから入れた。ドアはなかった。入ってすぐ階段がある。エレベーターもあったが動くわけがない。ほこりまみれの階段をのぼっていった。壁にはスプレーでいたずら書きしてある。
ふーふーいいながらのぼりきった。ドアのガラスが割れていた。向こうから青い空が見えた。屋上だ。
「んあ」
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時58分27秒
- 風がふいている。ゆっくり前に進んだ。見たことのある制服。見たことのある女の子。
「あぶないよ」
「……探偵さん」
たかはすぃがさびた手すりにつかまっていた。その真下にあの子が落ちていったのだ。
「ごとーだよ」
「後藤さん。あさみぃちゃんはー」
「こんのぉが?」
「いったのぉー。タンポポじゃないってぇー」
「んあ?」
たかはすぃはあたしに背を向けた。とおくに観覧車が見えた。二人はあれに乗ったんだろうか。
- 281 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時59分05秒
- 「わたしは、タンポポじゃないってぇー。わたし、タンポポじゃないけど、でも、あさみぃちゃんといるときは……」
いるときは。
「……タンポポになりたかった」
さかさまになった。消えた。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)21時59分45秒
- けーたいがなった。体がうごかない。やっとポケットに手をつっこんだとき、切れた。よっすぃ〜からだった。
たかはすぃのいた手すりのところまで近づいた。下を見るゆーきがなかった。
よっすぃ〜のけーたいにかけた。
「ごっちん?」
なんかハァハァ言ってる。
「よっすぃ〜、今どこ」
「階、段」
後ろを見ると、壊れたドアからよっすぃ〜が飛びこんできた。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)22時00分32秒
- 「高橋さん、ここにいた?」
んあ、としか声が出なかった。
「えっとね、ごっちん、よく聞いて。わたし、最初紺野さんは二人いるって言ったでしょ。紺野とこんのぉ。そうじゃなくて、高橋さんが二人いたんだ」
あたしは遠くを見た。観覧車がゆっくり動いている。
「聞いてよ、ごっちん。タンポポ高校生徒の高橋さんと、ごっちんに依頼してきた高橋さんは別人だったんだ。紺野さんの日記、『高橋さん』がタンポポの生徒で、『愛ちゃん』があの依頼人。タンポポの高橋さんは紺野さんと友達じゃなかった。そっちの高橋さんはほんとうに風邪で休んでいる。こじらせて入院してた」
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)22時01分08秒
- なぜだろう。
「もう一人の、わたしたちの見た高橋さんは、近所に住む同じ年の女の子。タンポポ高校の受験に失敗して、家にひきこもりがちの少女だった。それでもタンポポ高校の制服が着たくて、ふだんからああいう格好をしてたんだ」
なぜ、涙が出てこないんだろう。
「紺野さんはタンポポの高橋さんの話をあの子によくしてたみたい。そして、あの子は、紺野さんの前では『高橋愛』としてふるまうようになった。それを紺野さんも望んでいた」
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)22時01分40秒
- もう、かれてしまったんだ。それがはーどぼいるどだ。
「あの日の夕方、新垣さんが見た子はこの高橋さんだった。顔を知らないのも当然。その子の本名は……」
そんなの聞きたくない。あの子はたかはすぃあいだ。
「その夜何があったのか、紺野さんを殺したのかどうか、なぜごっちんに依頼してきたのか、その子が知っているはずなんだ。ね、ごっちん。その子ここに来なかった? どこに行ったか知ってる?」
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)22時02分14秒
- あたしは空を指さした。その先には観覧車があった。
「たかはすぃはね、こんのぉをさがしにいったよ。二人は友達だから」
「ごっちん……」
ぱとかーの耳ざわりな音が小さく聞こえてきた。
ごとーは遊園地になんかいかない。ごとーははーどぼいるどだからだ。
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)22時02分47秒
- おしまい
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)22時03分20秒
- ( ´ Д `)
- 289 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)22時03分54秒
- ( 0´〜`)
- 290 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)09時05分00秒
- 唖然…
- 291 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)19時32分15秒
- タンポポはこれでまた三人になったわけだ。
- 292 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月16日(月)01時40分16秒
- 嗚呼、固茹だ。此れが固茹なのだ。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)00時50分03秒
- ( ´ Д `)
まぁ、あれです。
昔の自分には戻れないということです。
- 294 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)01時07分45秒
- 「娘。の科学」アントワーヌ、チャールズ、アルベルト
『ののの』エドムンド
「アイドル・ケメコ」山伏地蔵坊
『氷の世界』J・G・B
『復讐、走れ』ルビコン・ビーチ
『誘拐』これ随分失敗作だな
『いとぉしい』ロス・マク
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時23分07秒
- 『元刑事の死』
〜保真希澤探偵事務所外伝〜
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時23分38秒
- 毎日どこかで、事件が起こる。その処理をするために警察がある。どの事件にだって被害者やその家族が憤り、警察に最善の対処を求めてくる。警察ができる最善の対処とは、どの事件も公平に扱うことだけだ。
中澤裕子は机で書類の整理に追われていた。警察も官僚機構の一部であり、手続きをおろそかにすることは許されなかった。
「中澤君、検事がお呼びだ」
「……はい」
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時24分08秒
- 中澤が手がけていた事件は、酒場で酔客どうしがケンカをして刺殺してしまったという、どこにでもあるようなものだった。現行犯で犯人を捕まえており、何も難しいところはなかった。これで事件は検察の手にうつる。これでフリーの状態になった。
中澤は、長い間四課の刑事だった。暴力団相手では、きれいごとは通用しなかった。存在するものは、すべて存在する理由を持っている。暴力団も同じだ。暴力団を必要とするものがあるかぎり、それそのものをなくすことはできない。その理由をつぶす役目は、中澤にはなかった。
消滅させることができないなら、コントロールするしかない。当時タンポポ会が裏社会を牛耳っていた。タンポポ会はミニモニ組、カントリー会などを傘下にもつ強大な集団だった。中澤は密かに手なずけていたなっち組にタンポポ会を支配させようと目論み、そしてそれは成功した。
そのために汚い手段を弄した。タンポポ会は内部抗争で自滅した。一般人も抗争の巻き添えで何人か死んだ。
中澤の策を黙認した上層部も、これには鼻白んだ。しかし表立って非難することはできない。その結果、中澤は昇進後、一課に栄転となった。
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時24分41秒
- 「中澤さん、一息つきましたね」
「そうやな」
この処遇に、中澤は不満をもらさなかった。主任同様の待遇となり、部下がつけられた。松浦と藤本という若手で、能力もそれなりにあった。
どこの課も変わりはなかった。小説に出てくるような派手な事件なんか起こらない。地味で、変わり映えのしないものばかりだった。そんなことなど中澤は期待してなかった。
電話がなった。駐在からだった。繁華街の路地で死体が発見されたという。よくある話だ。
「松浦、いっしょに来い」
- 299 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時25分19秒
- 松浦の運転で現場に向かった。そこは繁華街とは名ばかりの、寂しい小道だった。居酒屋もいくつかあるが、朝だけに開いていなかった。
野次馬をかきわけてロープをくぐった。制服姿の警官が敬礼をした。
「ご苦労さん」
中澤は、かがんで青いシートをめくった。しばらく凝視すると、すぐに元に戻した。
「死体を発見したのは近所に住む老人です。今朝六時頃、犬の散歩をしているときに見つけたと言っています。すぐに近くの交番に飛びこんで通報したようです」
「……ガイシャの身元は?」
「身分を証明するようなものは見当たりませんでした」
「……すぐ調べなあかんな」
- 300 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時25分58秒
- 鑑識がやってきたので、この場は任せることにした。
「どないや」
「腹部を刺されて大量出血したのが死因でしょうね。凶器は刃渡り十五センチくらいのナイフ
か包丁でしょう」
「どこにでも売ってるやつやな」
「そうでしょうね」
「死亡した時間わかるか」
「解剖しないとわからないですね」
中澤はしばらく通りをうろついた。証拠になりそうなものを鑑識が拾い集めている。ただの
ゴミかもしれないものもたくさんあるだろう。
「松浦、帰るぞ」
「中澤さん」
- 301 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時27分06秒
- 課長に報告し、中澤は机に戻った。松浦や藤本が声をかけても返事をしなかった。鑑識が書
類をふりながら入ってきた。中澤は立ち上がって、それをひったくった。
見間違えではなかった。
「……死亡推定時刻は昨夜一時から三時の間と思われます。凶器は刃渡り十五センチの大型ナ
イフで、あまり砥がれていないようです」
中澤、松浦、藤本、鑑識、駐在の五人で簡単な会議が開かれていた。会議と呼べるものでも
ない。鑑識が検視の報告をしている間、中澤は腕を組んで動かなかった。
松浦があくびを噛み殺した。
- 302 名前:失敗 投稿日:2002年09月19日(木)23時27分56秒
- 「被害者の身元がわかりました……」
聞くまでもなかった。中澤はそれが誰か知っていた。
「名前は平家みちよ、元捜査一課の刑事ですが、退職して無職でした」
松浦と藤本が目を合わせ、それから中澤のほうに視線を向けた。
平家みちよは厳密にいえば警視庁の刑事ではなかった。国家公務員I種合格後警察庁に入り、警視庁に出向してきたキャリアだった。なぜかノンキャリアの中澤と馬が合った。
- 303 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時28分40秒
- 「被害者が昨日の十一時頃まで、現場から百メートル離れた居酒屋で飲んでいたと証言がありました。一人でです」
「駅に向かう途中で襲われたんですね」
「方角的には合っています」
会議が終わると、中澤は課長に呼ばれた。
「なんですか」
「忙しいとこすまん。白山の強殺、人手が足らなくなった。そこで藤本借りるぞ。いいな」
- 304 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時29分30秒
- 中澤と松浦の二人で事件にあたるほかなかった。凶器のほうは松浦にまかせることにした。居酒屋で見たという目撃者を訪問した。
「被害者はどんな様子でしたか」
「様子と言われてもねえ。普通だった、としか言いようがないですよ」
目撃者はサラリーマンだった。平家の知り合いではなかった。その店の常連ではあるが、平家の顔ははじめて見たという。
「一人で飲んでたんですか。誰かといっしょではなかったですか」
「一人でしたよ。周りには誰もいませんでした」
まったくなじみのない店で一人で酒を飲む。そんなことがあるのだろうか。平家にそんなクセがあったのだろうか。もしかしたら、刑事をやめてからそんなふうになったのかもしれない。
しかし、中澤は即座に否定した。その居酒屋は、平家の住むマンションからかなり遠い。何かの用事が、居酒屋かその近辺にあったに違いない。
どんな用事があったのか。再就職の話か、それとも。
- 305 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時30分13秒
- 携帯電話が鳴った。
「中澤さん、被害者の家族が来ました」
「わかった。すぐ行く」
殺された被害者が本人かどうかの確認だ。中澤にとって、これが一番つらい仕事だった。
平家の両親を中澤ははじめて見た。二人とも平家の死に顔を見て、最初は呆然とし、次には悲嘆にくれた。
中澤は二人を別室に案内した。
「みちよさんがこのような目に合われたことに何か心あたりはあるのでしょうか」
二人とも首を振った。平家は、実家の両親には自分の仕事や人間関係を話していなかった。
「もともと私たちは、みちよが東京に出ることに反対しとったんです。いつでも家に戻って来いと言っていました」
「警察を辞めた理由をご存知ですか」
「いや、何も聞いとらんです」
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時31分10秒
- 平家は人もうらやむキャリアだった。キャリアで入庁すれば、何にもしなくてもすぐに警部になれる。十年もすれば警察署長だ。
それなのに、平家は警察を去った。
中澤は鑑識に行った。あの夜、平家は誰かに会いにいったに違いない。所持品からそれが誰かわかるかもしれない。
「バッグのたぐいは何も見つかりませんでした。犯人が持ち帰ったのかもしれません」
「財布とか、手帳は」
「財布は紙幣が数枚入ってました。それと腕時計。免許証がなかったので身元確認に手間取りました。手帳はありません」
「よう、平家やってわかったな」
「検視官が平家さんの顔を知っていたんです」
- 307 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時31分40秒
- 中澤はその検視官に会ったが、平家が警察をやめた訳は知らなかった。そのかわり、平家と同期のキャリアを紹介してもらった。
「びっくりしたのはこれが二回目だ」
「というと」
「一回目はみっちゃんがやめたとき、二回目は殺されたと聞いたときだ」
「それなんですが、どうして平家は警察をやめたんですか」
「はっきりしたことは知らない」
中澤はその言葉尻をとらえた。
「漠然となら知っているということですね」
「噂でしかないけどね。やめたというよりやめさせられたという話らしい」
「何故ですか、それは」
「それはわからない。誰も知らないんだ」
そのキャリアの笑い顔が、中澤には気に入らなかった。
- 308 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時32分18秒
- 平家がやめた、やめさせられたのは三年前だった。その後上のほうで大幅な人事異動があって、詳しい事情を知るものは、今の一課にはいなかった。部下だった者も知らなかった。
当時の課長は別の署に異動し、定年退職していた。老人は中澤を快く迎え入れてくれた。現在の一課の様子を聞かれた。ひとしきり話をした後、本題に入った。
「平家を覚えていますか」
「ああ、覚えているとも。キャリア様だが、偉ぶったところがまったくなかった」
「彼女は殺されました」
老人は額のしわを深くした。
「路上で何者かに刺殺されました」
「……新聞で読んだ」
「私がその捜査を担当しています」
「ほう」
「私の考えでは、強盗とか通り魔ではありません。彼女はその晩誰かに会う予定でいました。おそらくその人物に殺されたんです」
「それで」
「その誰かとは、どんな用事だったのか、まだわかっていません。それが彼女が警察をやめさせられたことと深く関係しているはずなんです」
「なんでそう思うんじゃ」
「勘です」
- 309 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時33分00秒
- 老人は膝を打って大笑いした。
「あんた、四課より一課のほうが性に合っとるよ。もっとも、昔の一課じゃがな」
「どうして平家が退職せざるをえなかったのか、知りたいんです」
「わしは何も知らん」
「嘘です。あなたは知ってるはずです。そうでなければ、あなたが他の署に飛ばされる理由がありません」
「わしは無能と上に判断されただけじゃ」
中澤が詰め寄っても、これ以上のことを老人は話そうとしなかった。日を改めてまた来ます、と中澤は辞去した。
帰り際に老人がしぼるような小声を出した。
「あんた、四課やっとったんならわかるじゃろ。ヤクザも警察も変わらん。組織ってのは大きければ大きいほどやっかいなもんじゃ。一人じゃどうにもこうにもならん。だからといって味方を増やそうとすると、それがまた別の組織になりかわるんじゃ」
- 310 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時33分30秒
- まっすぐ帰る気が起こらず、中澤は目に止まった喫茶店に入った。コーヒーに渦巻くミルクをまんじりと眺めていると、どこかで聞いた声が聞こえてきた。
「圭ちゃん、圭ちゃん。ゆーこ刑事だよ」
「あ、ほんとだ」
顔を上げると、保田と後藤の顔が見えた。二人は保真希澤探偵事務所の私立探偵だった。
「昇進おめでとうございます」
「おめでとー」
「やめや。プッチ組は相変わらずやな」
「ごとーはヤクザじゃないよ」
「似たようなもんや」
後藤は頬をふくらませた。中澤は後藤の頭を乱暴になでた。
- 311 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時34分03秒
- 「後藤、お前もいつまでそうやってるつもりや」
「んあ?」
「圭ちゃんもや。いつまでもつるんでいるわけにはいかんやろ」
「うちらは永遠に三人だよ」
「いや、いつかは一人になるときが来るんや。そのときどうやって生き抜いていくか、今からでも考えておいたほうがええで」
二人は不審な顔をして喫茶店を出て行った。
- 312 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時34分32秒
- そして数ヶ月が過ぎた。証拠品の吟味は松浦に任せて、中澤は街を歩き回った。依然、平家の退職した理由はわかっていなかった。それでも、細い糸はなんとか途切れずにいた。
「上と対立した、って聞いてるけどな。どのくらい上なのか知らんが」
「容疑者とできてたのがばれて詰め腹切らされたんだろ」
「みっちゃんいい子なのにね」
「ヤクチューだったてさ」
証言とはいえない証言の多くが、根も葉もない中傷だった。それでも伝手を頼って、中澤は平家のことを調べ続けた。
松浦が根を上げ始めた。平家がその晩、どこからの電車に乗ってきたのかを調べるため、膨大な量の切符に当たっていたときだった。
- 313 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時35分03秒
- 「中澤さん、もう限界です」
「何がや」
「半年かかっても証拠一つ出てきてないんですよ。証人も証拠もないんじゃお手上げです」
「人が一人殺された。そしてうちらは警察や。犯人をあげなあかんのや」
「無理ですよー」
中澤は松浦の胸倉をつかんだ。
「あきらめるんか。しかも殺されたんは平家や。警官が殺されたんや」
「でも、元警官でしょ。もう仲間じゃないんですよ」
中澤は手を離した。警察が警官殺しに敏感なのは、威信のためだ。ヤクザといっしょだ。上の人間は別の意味でこの事件に及び腰になっている。下の人間は、松浦と同じ気持ちだろう。
- 314 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時36分03秒
- その夜、中澤は課長に呼ばれた。渋い顔をしている。
「もう、いいかげんにしたらどうだ」
「まだです。今日は平家の大学時代の友人に会う予定です」
「君がそうやって一つの事件にかまけている間にも、別の事件が起こり続けてるんだ。変なこだわりは捨てて、君と松浦も藤本を助けてやってくれ」
中澤は、机に戻って書類を書いた。これでこの事件は中澤の手から離れたことになる。棚にほうりこんだ。同じような書類でいっぱいだった。
電車の手すりをつかんだ。汗でべとべとした。窓の外では、白い光が流れている。中澤は首を下に向けた。肩が上下に震え続け、止まらなかった。
- 315 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月19日(木)23時36分38秒
- おしまい
- 316 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)23時37分09秒
- ( `◇´)
- 317 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)23時37分48秒
- ( ´ Д `)
- 318 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月22日(日)00時08分37秒
- 渋いな中澤。
枠の中で戦うという格好良さもアリですね。
- 319 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月23日(月)14時45分11秒
- 色々な事を誤魔化しながら人は生きてるんだな。
しかし松浦の「でも、元警官でしょ。もう仲間じゃないんですよ」に
ちょっぴり涙。
- 320 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月25日(水)22時06分13秒
- >>318
ちっともかっこよくなんかないんです
>>319
そうかもしれませんね
なんだか疲れたよ、パトラッシュ
- 321 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月25日(水)22時06分58秒
-
∧∧
( )
(,,__@_)...
さがさないでください
- 322 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月28日(土)21時22分42秒
- GET BACK,GET BACK,GET BACK TO WHEREY OU ONCE BELONGED.
GET BACK,GET BACK,GET BACK TO WHEREY OU ONCE BELONGED.
- 323 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)21時54分46秒
- ( 0^〜^)<かおりさん
- 324 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月18日(月)20時03分26秒
- えっ帰ってきたの!!
- 325 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月24日(日)15時39分10秒
- ( 0 ^ 〜 ^ )
まだ容量あまりまくってますね。
- 326 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月26日(火)23時01分55秒
- ( ´ Д `)<ぷっ、よしこチョット太ったんじゃない?ちょこらぶ腹筋教えてあげようか?
- 327 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時48分04秒
- 『メリー・クリスマス』
〜アイドル・ケメコのステージ〜
- 328 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時48分53秒
- 窓の外はクリスマス一色だった。人々の顔はどことなくゆるんでいる。ところが、その店の中はカレンダーとは無縁だった。あいかわらずその店の客の入りは悪い。年末のかきいれ時にもかかわらず、客はわずかに一人だった。その唯一の客も上客とはいえない。忘れたころにふらっと現れてはマティーニを何杯か注文するだけだった。店長でもあるバーテンダーがいろいろ水を向けるが、客の愛想の悪さは変わらなかった。
「そういえば、師走になると世情が暗くなりますね。今日も近くでひったくりがあったそうですよ。不景気なんですなー」
まるで他人事のような態度を受けて、ホステス──戸籍上は男である──が話をふくらませようとした。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時49分33秒
- 「このところホントに多いわ。同じような手口だから同じ犯人かもしれないんだけど、目撃情報が少なくてまだ捕まってないんだって」
「人通りの多い商店街なのに、犯人の顔を見てる人は少ないのかい?」
「そうみたい。変な話ね」
ここでようやく客──ケメコが食いついた。
「衆人環視の中のほうが犯罪にはもってこいよね」
「けっこうよく言われることですね」
「そうなの?」
- 330 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時50分30秒
- バーテンダーはその根拠を得意げに話し始めた。人通りの少ないところのほうが人は他人を注意しやすい、群集の中にいれば逆に誰も他人のことなど気にもかけなくなる、……。
「でもどうしてそうなっちゃうのかしら」
「実際には、眼には他人が映ってるの。でも脳がそれを排除しちゃうわけよ」
「そう……なんでしょうね」
「見たくないものを見てしまったとき、人はどうするか。まずはそれをどこかにやってしまおうとするわね。物理的にね。捨てたり隠したりして。それができない場合に、脳がだますわけ」
- 331 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時51分21秒
- ホステスは目を丸くした。
「じゃあ、ひったくりの犯人を顔を見てないのって」
「見たくないから。ひったくりのような犯罪だけじゃないわよ。人は他人を見たくないのよ」
ケメコは空のグラスを振った。バーテンダーがあわてて受け取る。
「それは寂しいことですね」
「逆もあるわよ」
そしてケメコの話が始まった。
……
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時52分04秒
- 知ってると思うけど、私はアイドルなわけ。芸能人。一人でやってるんじゃなくて、大人数の一人よ。プロデューサーが思いついたことを何でも実行しちゃう人で、グループの中の何人かを選んで一つのユニットを売り出したの。副業みたいなものよ。「タンポポ」って名前。春に咲く黄色い花。
その中の一人がね、そのタンポポだったんだけど、辞めさせられちゃうことになった。いや、落ち度があったわけじゃなくて、活性化っていうのかな。四人のうち三人を入れ替えたの。うちのグループ出入りが激しいから。
その子──カオリっていうだけど、ひどく落ち込んだ。どれくらい落ち込んだかっていうと、かわりに入った子たちと口もきかなくなっちゃったの。その子たちのせいじゃないのに。
- 333 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時52分40秒
- わかるかしら。その子たちを見ると、自分が何をするかわからないって、無意識かもしれないけどわかってたのよ。そんな様子が一月以上続いた。
別の子がね、グループ辞めることになったの。ソロ活動するためにね。その子のラストコンサートの日──同時にカオリがタンポポでいられる最後の日だったんだけど、その日もあいかわらずだった。
「保田さん……」
「何、よっすぃ〜」
「……何でもないです」
- 334 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時53分12秒
- 誰もカオリには何も言えなかった。後藤は辞める当事者の一人だし、矢口もタンポポとミニモニ辞めさせられるし、石川が注意したら火に油だし、なっちも微妙だし。そこであたしがやるしかなかった。
「ちょっと、カオリ。何ウジウジしてんのよ」
カオリは何も言い返さなかった。じとっとした目つきでにらみ返すだけ。何も見えてないし、何も聞こえてない状態。腹が立ったけど、時間にまかせるしかなかった。
そしてタンポポの出番が来た。カオリの気持ちがふっきれないまま。するとね、観客席が一面黄色になった。タンポポが咲いたんだ。カオリは涙を流して感激して、ようやく事実を受け入れることができたってわけ。
……
- 335 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時53分42秒
- 「コンサート会場に花が咲いたんですか?」
「バカなこと言わないでよ。サイリュームっていう発光する非常灯があるの。うちのコンサートではファンがその棒を振って応援してくれるんだけど、その光の色が黄色一色だったわけ」
「タンポポだから黄色なわけね。ファンってありがたいわね」
ここでケメコは例の含み笑いを見せた。バーテンダーはその不気味な笑みに知らずと後ずさりしていた。
「タンポポは咲かなかった」
「へ?」
「そんなものはなかったのよ。会場は黄色に染まったりしなかった」
- 336 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時54分16秒
- ホステスが抗議した。バーテンダーは追加のくマティーニをようやく注ぎ終わった。
「さっき自分で言ったじゃない。タンポポが咲いたって」
「まわりのみんながそう言ってたからね。その言葉をそのまま使ったんだけど、私の眼には黄色い光は映らなかった。それが真実よ」
「そんなことが……」
ケモコはいつになく真剣なまなざしで二人をとらえた。獰猛な肉食獣が見せるような目つきだった。
「カオリは舞台に出るなり『タンポポがいっぱいだよ……』って言ったんだ。これでみんなのスイッチが入った。その場のみんなの眼に、見たいものが見えるようになったのよ。そうしないと、心がつぶれてしまうから。カオリや、みんなの脳がだましたんだ」
「ケケコさんにはどうして見えなかったんですか?」
「それは……私の脳は別のことでだまさないといけなかった……からかな?」
- 337 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時54分57秒
- 「嘘よ!」
叫び声が店内をこだました。相手が客であるということを、このホステスはすっかり忘れていた。
- 338 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時55分50秒
- 「私見たんだから。友達の家でDVDを見たんだから。あなたたちのコンサートを。タンポポ畑はあったのよ。この眼で見たんだから。どうしてそんな嘘をつくの?」
「……嘘なんか言ってない。あなたにもスイッチが入ったんだね。カオリの一声で……」
「スイッチなんて入ってないわ。私にはそんな理由はないもの。あなたはいつもそうよ。自分で謎を出して、勝手に謎を解いて、煙に巻いて逃げていくの。どうしてそんなことするの?」
バーテンダーは一言もはさめなかった。窓がカタカタ鳴る音が小さく響く。
- 339 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時56分36秒
- 静寂を破ったのは、ドアが開く音だった。冷たい空気が店に入り込む。
「あ、いたいた」
「後藤?」
- 340 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時57分13秒
- 少女が店内に入ってきて、ケメコの腕を取った。
「もう時間だよ、圭ちゃん」
「そっか……もう行かなくちゃいけないんだ」
ケメコは千円札を何枚かカウンターに置いた。そして少女にドアまで引っぱられた。時計が鳴った。ちょうど十二時だった。
- 341 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時57分47秒
- 「……メリー・クリスマス」
ドアがしまった。残された二人は立ちつくすしかなかった。
その日以来、ケメコがこの店に姿を見せることはなかった。
- 342 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月25日(水)23時58分17秒
- おしまい
- 343 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月26日(木)00時14分51秒
- ちっ!ロマンチックな事しやがって…
姑獲鳥の夏を少し思い出した。見えるはずのものが見えない。
結局騙されていたのは誰なんだろう・・・
見えない物を見ていたのは誰なんだろう・・・
でもケモコには正直笑ってしまいました。すいません。
- 344 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月20日(月)20時00分14秒
- ( ´ Д `)
- 345 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)21時51分29秒
- 『あたしが殺した彼女』
〜ごとーのはーどぼいるどな事件簿〜
- 346 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)21時52分23秒
- けーちゃんとよっすぃ〜からはなれて、一人でしごとするようになってから三ヶ月たった。ほそぼそとだけど、なんとか暮らしていけるくらいには仕事がはいってきてた。でも最近はふけーきのせーか、まったくいらい人が来ない。いらいがないときはいつも寝ることにしてる。
その日もおひるねタイムだった。つくえに顔をうずめていたら、ひめーがあたしをおそった。んあと顔をあげると、しらないおんなの人が目をむいた。
「び、びっくりした。死んでるのかと思った」
「こっちのほーこそびっくりだよ。かってに人をころさないでよ」
- 347 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)21時52分58秒
- 行方ふめーになった親せきの子をさがしてほしいという。いらいとゆーと人さがしばっかりだ。でもちょっとけーさつによって身元ふめーの死たいを問い合わせるだけで、おおかたのところ終わってしまう。楽なしょーばいだ。
ところが、けーさつにはちょうどあてはまるような死たいはなかった。残念だ。事務所にもどってもういちどくわしい話をきいてみた。
この女の人の名前はなつという。いどころがわからなくなったのが姪のあやや。なつの姉の子で、その姉はもう死んでいないらしい。それでなつはあややといっしょに住んでいた。あややは高校にも行かずぶらぶらしていた。むだん外泊もしょっちゅーだそうだが、この一週間帰ってきてないという。
- 348 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)21時53分31秒
- 「警察にも届けてはいるんですけど、何も音沙汰がないんです」
「なんだ。けーさつにはもう言ってあったんならはじめから教えてよ」
じぶんのたいまんを認めたら、このぎょーかいでは食ってはいけない。食っていけてないけど。
「けーさつはあてになんないよ。ごとーにまかせなさい」
あややの顔写真をもらった。なんで背景がぴんく色なのだ。そしてふりょー仲間の名前も聞いた。たいてーはどっかのオトコの家にでも転がりこんでいるのだ。そーゆーものなのだ。
- 349 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)23時14分02秒
- 中澤の言う「いつか」が来てしまったのか…。
ごっちんの探偵振りに期待。
- 350 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)20時12分25秒
- けーちゃんに教えてもらっていたツテをたよって、このふりょー仲間の住所と家族こーせーをしらべた。このふりょーたち、みきすけ、さいとー、おーたに、むらたの四人はそろいもそろって無職だった。がっこーぐらい行きなさい。
これらがよく遊んでるという駅前のげーせんに行ってみた。夕方四時だというのに、けっこーこんでいる。もぐらたたきゲームのところにそのうちの三人がいた。
「んあー、もしもし」
「あー? なんだよ。あっちいけよ」
「いーからこっちきなさい」
「うるせーよ」
- 351 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)20時13分08秒
- けーかんはこーむいんだから、市民のけんりをじゅんしゅしなければならない。とゆーことは、ごとーはたんってーであってこーむいんじゃないのだから、たしょーのことはおっけーなのだ。
とゆーことで、ごとーは三人を裏路地にひっぱった。一人はなぜだか目のまわりが赤くはれていた。かわいそーに。
「あのね、らんぼーなことはしないから、ちょこっとだけ教えてよ」
おびえる子猫たちにあややの写真を見せた。
「この子探してるんだけど、どこにいるか知ってる?」
「……」
右手をふりあげると、おとなしくゆーことをきいてくれた。子供はすなおなのがいちばんだ。
- 352 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)20時13分50秒
- 「……あややだろ。ぜんぜん会ってねーよ」
「ウソついたらひどい目にあうよ」
「ウソじゃねえって。一ヶ月くらい前からもう仲間じゃねーよ、こんなやつ」
あややはこのふりょー仲間とケンカ別れしたようだ。じゃあもう用はない。
「そうだ、みきすけって人、ここにいないけど、どこにいったら会える?」
「……知らねえ」
「ほ、ほんとだよ。みきすけはもうあたしらのことなんか相手にもしてくんないよ」
「どういうこと?」
ふりょーたちのリーダー格だったみきすけは、一週間くらい前からぼーりょく団に出入りしてかわいがられてるという。それがなんとこの界隈をぎゅーじっている「娘。組」らしい。
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)20時14分56秒
- 「あんなおっかないところとかんけーしてたわけ、あんたら?」
「あたしらは知らないけど、みきすけの方から組に近づいてったんだ」
「一応止めたんだけど、あたしたちやあややじゃどうしようもなく……」
ん? あやや?
「今なんてった? 一ヶ月前からあややと会ってなかったんじゃないの?」
「だ、だから、一ヶ月前に縁切ったんだけど、みきすけが組に入ったってのをあややがどっかから聞いてきてさ、あややは止めにきたんだよ……」
「それさっき言わなかったよね」
たっぷりときょーいくてき指導をしてあげた。
- 354 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月23日(木)21時29分18秒
- >>349
期待されても・・・
- 355 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月23日(木)21時30分10秒
- みきすけが組に入ったのとあややがいなくなったのは同じ時期だ。みきすけは何か知ってるかもしれない。
でも、娘。組がからんでくると、そうおいそれと手出しできない。娘。組はしてーこーいきぼーりょく団で、おおくの組織をさんかにいれている。その中にはふつーのきぎょーもふくまれているのだ。もちろんけーさつにも食いこんでいる。
保真希澤たんてー事務所にいたときには、いろんな組とかかわりはあったけど、こんな大きな組ははじめてだ。けーちゃんをたよれば何とかなるかもしれないけど、そうそうめーわくはかけられない。
でも、けーさつにめーわくをかけるのならおっけーかな。
「なんやそれ。ふざけんのも大概にしろよ」
「だってゆーこ刑事しかたよれる人いないんだもん」
- 356 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月23日(木)21時30分42秒
- ゆーこ刑事にこづかれた。あいさつみたいなものだ。
「第一今四課やないで。一課に異動なったの知ってるやろ」
「しってるよー。だからそのほうがいーんじゃない」
ゆーこ刑事はその昔は四課にいて、ぼーりょく団をつぶしてまわった実績があるのだ。でも一年以上前に一課に移っていた。なんでも上のほうににらまれたらしい。
「……たしかに、四課じゃ娘。組を相手にはできんわな。今の課長はあそこの犬になってもてるし」
「でしょでしょ。でもゆーこ刑事にはそんなことかんけーないよね」
「残念だけど、いくらなんでも娘。組では手にあまるわ。とっかかりを作る前に飛ばされてしもたしな」
- 357 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月23日(木)21時31分12秒
- それはやばい。はんか街で調べてみたけど、それらしい子は働いてなかった。みきすけしかあややにつながる糸がないのだ。頭をかかえたあたしの肩を、ゆーこ刑事がぽんぽんとたたいた。
「そんなに悲観せんでもええ。真正面からは無理っちゅうことや。そやな、明日ここ行ってみ」
めーしを渡された。
『蒲公英産業新聞編集長 石川梨華』
「……かばこーえー?」
「タンポポや。そこの新聞な、おもろいところやで」
- 358 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時50分41秒
- かつてはまっ白だったにちがいない。いまやススか何かでうす汚れたビルだ。一階はブティックか何かの店だったようだけど、電気が落ちてまっくらだ。裏口から入るとエレベーターがあった。これはなんとか動いている。
たんぽぽさんぎょー新聞はいちばん上の五階だ。ひょーじを見ると、二階と三階は空白、四階はにほんりょーりのお店の名前があった。
エレベーターから出てすぐにドアがあった。あきっぱなしだ。中をのぞくと社員らしきちっこい人がいた。
「んあ……」
「あー、お客さんですか。どんなご用ですか?」
- 359 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時51分41秒
- にーがきと名乗るその社員に、へんしゅーちょーに会わせろと言った。おーせつ室に案内された。すぐに来るという。
なるほど、ゆーこ刑事が言ったとーり、へんてこな新聞社だ。社員の数は少なく、仕事をしてるふーにも見えない。つまりここは業界紙のかんばんをかかげながら、何かきたないことをやってるところなのだ。
ノックの音とどーじに、色黒のおんなが入ってきた。
「はじめまして、チャーミー石川です」
たぶんペンネームとゆーやつだろう。めーしと名前がちがう。なんでぴんくのひらひらした服を着てるのだろう。胸のしろいリボンがやけにめだつ。
- 360 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時52分28秒
- 「うちの社はね、小さいところで全然有名じゃないんですよ。そんなところに、何の用ですか?」
「んあ」
なるほど、むこーもけーかいしている。自分のめーしをわたした。
「あー、探偵さんですかぁ。なるほどなるほど」
はじめは勝手がわからなくて、するの?、しませんよーなどと当りさわりのない話をした。話題がつきたのでほんだいに入った。
「ちょっと教えてほしーことがあるんだけどー」
「はい、何でしょう?」
ちゃーみーの目が笑ってない。色は黒いが腹も黒そうだ。
「娘。組のことなんだけどー」
「ほう。これはすごい名前を出してきましたね。悪いですけど、うちはただの業界紙です。おかど違いですよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
- 361 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時53分27秒
- あたしは左手でちゃーみーの胸倉を(せーかくにはリボンを)つかんでねじり上げた。
「痛い痛い。暴力はだめ。顔はよして」
「なんにも知らない一般人とか、さつたばにぎらせたけーかん相手ならそう言えるかもしんないけど、ごとーには通じないよ。あんたらがきょーかつまがいのことやってるの、知ってんだからね」
「何の証拠があってむぐぅ」
「べつにあんたをけーさつに突き出そうってわけじゃないよ。娘。組のことを教えてくれって言ってるだけなんだよ」
あたしは手を離した。ちゃーみーは床に手をついてぜーぜーと息をはいた。
「あんたらのじょーほーげんが娘。組だってことくらい調べはついてるんだ。知らないことはないだろー?」
ちゃーみーは服のほこりをはたいた。なみだ目だ。
- 362 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時54分21秒
- 「ほら、駅前にさ、しほーしょしの事務所あるじゃん。あそこ組のダミーだよね?」
「……たくさんあるうちの一つですぅ」
「今、あそこで何たくらんでるのか知ってる?」
「企む? なんのこと」
「なんだか知んないけど、若いやつら集めてんじゃん」
「ああ、そのこと」
ちゃーみーはせき払いした。すこしおちついてきたのかもしれない。それともみきすけのことを探ってるってバレたのかも。
「あの威勢のいい子ね。みきすけって言ったっけ? 詳しいことは知りません。これほんと。でも、風の噂だと、なんでも大きなプロジェクトがあるらしいわ。それにみきすけを使おうとしてるわけ」
「大きなぷろじぇくと?」
「組の者だとまずいみたいね。だからまだ名の知れてなくて、一応汚れてない人間を前に出そうということだと思う」
- 363 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)20時55分05秒
- 部屋を出て、エレベーターに乗ろうとすると、さっきのとは違う社員がいっしょに入ってきた。
「あのー、探偵さん。腕に自信があるんですね」
なんだこいつ。うすら笑いしてる。へんなやつ。
一階につくと、また声をかけてきた。
「うちの社を舐めないほうがいいですよ」
「んあ」
いきなり、ゆーびん受けの一つをこぶしでなぐった。鉄の受け口が曲がっていた。しゅーりしないといけないよ、と言おうとしたら、そ
いつはすぐエレベーターに消えた。
思ったいじょーに、この社と娘。組はつながっているようだ。少々ちゅーいしないといけないかも。
- 364 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時30分40秒
- あややは、みきすけが組にはいるのを止めようとして何かにまきこまれたのかもしれない。とにかくみきすけの跡をたどればいいのだ。そこでみきすけの身辺をちょーさすることにした。
ごたぶんにもれず、実家には何ヶ月も帰ってない。家族もみはなしてるよーだ。かぞく……けーちゃんやよっすぃ〜は今なにやってるんだろー。
あのダミー事務所におしいるにはまだはやいと思った。なにかしらのしょーこがないとムリっぽい。けーさつが必要とするよーなのでなくていい。あたしが使えるしょーこだ。
みきすけの中学校じだいのゆーじんにかたっぱしから当たっていった。そのうちの一人が、数日まえに、ぐーぜん駅前でであったという。あたしが知りたいのはそのこと、つまりみきすけがこの街からはなれてないとゆーことだけだったのに、むこーはかってにみきすけの中学じだいのことをベラベラと話しはじめた。
- 365 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時31分13秒
- 「みきすけは夢があったんですよ」
「それで決まっていた高校にもいかないで」
「はじめはバイトとかしてて」
「でも、その夢がかなわなかったみたい」
そんな他人のユメなんかどーでもいい。どんなユメなのかも聞かなかった。ユメってのは、人にあかしちゃいけないものだと思う。あたしのユメはなんだろー。
- 366 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時32分00秒
- 夜、けーさつに顔を出してみた。ゆーこ刑事はまだ帰ってなかった。仕事ねっしんだ。あたしはたんぽぽ新聞のことを話した。
「上出来や。やっぱあの組は何か企んでるな」
「ねえねえ。あそこの事務所にのりこんでもだいじょーぶかな?」
「……まだ時期尚早やな。あややって子があそこに監禁されてる可能性もあるが、その証拠も理由もわからへん」
「じゃー、どーしたらいーんだよ」
ゆーこ刑事はにたーっとわらった。
「もう一回蒲公英産業んとこ行ってみ。あいつらまだ何か隠し事してるはず」
「またぁ?」
「今んとこ、あいつらしかみきすけと組をつなげる何かを知らんのや。あいつらを締め上げるしかないやろ」
- 367 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時32分39秒
- でも今日はもーねむかったので、事務所に帰っることにした。あしたの朝かお昼ころでもいーだろう。もう頭がパンクしそうだったのだからしかたがない。
事務所についてドアをあけよーと思ったら、あけるひつよーがなかった。ドアは外されていて、事務所の中はつくえからカサたてまでありとあらゆるものがひっくりかえされていた。となりの部屋のベッドもぼろぼろで、綿ぼこりがまっていた。無事なのはまくらだけだった。よかった。
あたしはまくらをわきにかかえて、たんぽぽさんぎょー新聞社にむかった。もう七時だよ。おなかへった。エレベーターに乗るとき、ひん曲がったゆーびん受けが目にはいった。しゅーりするお金ないのかな。
- 368 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時33分40秒
- ちっこいおんなとちょっときれーなおんながいた。あのセンスの悪いへんしゅーちょーと、ゆーびん受けそんかい犯はいなかった。あのでっかい袋は何?、へんしゅーちょーのしゅみです、と、たあいのない話をかわしてから、あたしは二人におんびんにこーぎした。
「そんなこと知らないわよ」
「わたしもむぐ」
「まだゆーか。無傷だったのはこのまくらだけなんだぞー」
あたしはちっこいほうの顔にまくらをおしつけた。せんせー攻撃はせーこーしたようだ。二人はあたしの質問におとなしくこたえはじめた。
- 369 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時34分28秒
- 「あの組のプロジェクトっていったい何なわけ」
「詳しくはわからないけど、何か興行するみたいです」
「何のこーぎょー?」
「そこまではわからないです。ほんとです。ほんと」
「それにみきすけがどーからんでるわけ」
「なんでもその興行の中心人物らしいです。みきすけが組に企画を持ちこんだって」
そっか。ユメか。どんなユメだか知らないけど、そんなのむこーの勝手だけど、あややのことをみきすけから聞きださないといけない。
「あの事務所がそのこーぎょーをきかくしてる場所ってことだね。あそこにいけばみきすけに会えると思う?」
「そ、それ無理です。組員でいっぱいですよ。しかもこの興行は大金が動くそうだから、横取りしそうなよそ者とかにはピリピリしてるし」
そーかんたんには会えないか。となるとごとーの苦手なはりこみってやつをするしかないかもしれない。あれ、ねむくてねむくてたまらなくなるのだ。
- 370 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)19時35分27秒
- ビルを出ると、声をかけられた。聞くだけであたまが痛くなるようなあまったるい声だ。
「あら、探偵さん。こんばんは。何か用?」
「んあ」
なんとかしてどーよーをおさえた。ちゃーみーと腕をくんでいたのはよっすぃ〜だった。あたしたち二人が知り合いとゆーことをさとられるのはよくない。よっすぃ〜も初めて会ったよーな顔をしてた。ぐっちゃーという言葉をのこして、二人はビルの中に消えた。
- 371 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時47分49秒
- なんかむかついたので、ねむい目をこすりながらビルの外で見張ることにした。風が冷たい。風よけはでんちゅー一本だけだった。五階のところだけ、あかりがもれていた。九時すぎると、ちっこいおんなときれーなおんがが出てきた。こいつらには用はない。よっすぃ〜とちゃーみーはなかなか出てこなかった。
十一時をまわったころ、ちゃーみーが一人で出てきた。よっすぃ〜はいっしょじゃない。「ふー、お腹いっぱい」とお腹をぽんぽん叩き、とびらのカギをかけるとどこかに消えていった。
見ると、五階のあかりはもう消えている。なのによっすぃ〜は出てこない。あたしはけーちゃんにもらった「ぴっきんぐお徳用セット」でカギをあけた。エレベーターに乗って五階に向かう。
- 372 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時48分43秒
- 「よっすぃ〜、どこー?」
新聞社の部屋に飛び込むと、手さぐりでスイッチをさがした。ロッカーとか、おーせつ室とか、きゅーとー室とかをひっくり返しても、よっすぃ〜の姿がみつからなかった。洗ったおなべの中にはよっすぃ〜は入らない。金庫の中もあけてみたけど、さつたばと書類と写真くらいしか出てこなかった。
あらかた荒らし終わったところで、頭をつかうことにした。このビルの出口は一つだけで、そこからはよっすぃ〜は出なかった。エレベーターは五階までで、おくじょーには行けない。どこか別の階に隠れてるとゆーことはあるかもしれない。でも、ちゃーみーがそんなこと許すだろーか。
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時49分28秒
- すると、ちゃーみーがよっすぃ〜に危ないことして隠してしまったかのーせーがつよい。でも隠すところはどこだろう。この階にはいない。じゃあ他の階かな。
エレベーターで二階におりた。かべが全部とっぱられて、がらんとしてた。人を隠せるよーなところはない。三階も同じだった。四階は日本料理の店だ。そんなところ隠せるのかなーと思いつつ、エレベーターの「4」をおした。
そんな店はなかった。看板は折れ曲がってるし、引き戸もあけっぱなし。カウンターはあるけど、テーブル、いす、食器もなんもなし。つぶれていたのだ。そう言えば、ビルの出口からは新聞社の人いがい、誰も出てこなかったっけ。
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時50分06秒
- だけど、ちゅーぼーかどこかに隠せそうだ。カウンターをのりこえて中に入った。と思ったら、れーぞーことかそーゆーのもなかった。売っちゃったんだろう。ちゅーぼーには大きな台がぽつんとあるだけだった。ちゅーぼーの電気が切れてて暗い。かいちゅー電灯で台を照らしてみた。
台の下を見ると、床とつながっていた。だからこれは持っていけなかったのだろう。スチールのところどころがさびている。かがんで見ていたら、バランスをくずした。台の上に手をついた。
「んあ」
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時50分46秒
- なんかぬれてる。かいちゅー電灯をむけると、びっしょりとぬれていた。水であらい流したみたいだ。水道はまだとおってるんだ。ガス台のつまみをひねると、火がついた。むむむ。
台のとびらをひらくと、りょーりの道具が出てきた。おたまやらほーちょーがそろってた。さいけんしゃも見逃したのかな。よっすぃ〜の体は入りそうにない。
水でぬれてるってことは、ついさっきまで誰かが使ってたってことだ。新聞社の人間か、よっすぃ〜しかいない。何を洗いながそーとしたのだろう。血?
ちゃーみーがよっすぃ〜を隠そうとする。よっすぃ〜はどこにもいない。とゆーことはビルの外に出たのだ。しかしあたしは見てない。じゃあどーやって?
ちゃーみーがお腹をぽんぽん叩いてたのを思い出した。そーか。そーだったのか。
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時51分37秒
- 「よっすぃ〜!」
よっすぃ〜はちゃーみーに殺されてしまったのだ。きっとあたしとよっすぃ〜のかんけーがばれてしまったにちがいない。で、よっすぃ〜の死体の処理にこまったちゃーみーは、この台でよっすぃ〜の体をバラバラにした。そしてそれをゆでたり焼いたりして、ぜんぶ食べてしまったのだ。よっすぃ〜はちゃーみーのお腹の中にいたのだ。
あたしはわんわん泣きながらエレベーターのボタンをおした。はやく上がってこいよ。じっとしてらんないよ。
五階の新聞社に戻った。ちゃーみーの家がどこかはわからないけど、あしたになったらここに来るにちがいない。あたしはつくえやいすに八つ当たりしてから、おーせつ室のソファにふかぶかとすわった。ここで寝ることにする。まくらを持ってきてよかった。
- 377 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時52分14秒
- 朝、スズメのなきごえで目がさめた。なんとはなしに顔をぬぐった。ぬれていた。
「おまえ、何してんだ!」
ゆーびん受けをこわしたおんながなぐりかかってきた。どーやらカラテを使うようだ。
- 378 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)21時52分51秒
- ──未完
じゃだめ?
- 379 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)22時58分12秒
- >よっすぃ〜、どこー?
ここ最近見た娘小説の中で一番萌えたセリフ
- 380 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)21時43分15秒
- >>379
(#´ Д `)
- 381 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)21時43分57秒
- しかしあたしの敵じゃない。ゆかにたたきつけると、そいつはのびてしまった。そして、やっとお目あてのじんぶつがあらわれた。
「紺野、大丈夫!?」
ちゃーみーは今日もぴんくだった。赤いろにそめてやる。
「あんた、何のつもり!?」
「それはこっちのせりふだよ。よっすぃ〜をひどい目にあわせて」
「よっすぃ〜? よっすぃ〜がどうしたって言うの」
「わかった。ずっといっしょにいれるんだね。あんたはしないから」
「何のことか全然わかんない」
「よっすぃ〜をかえせ。今すぐかえせ」
「昨日とっくに帰ってったわよ。あたしより先にね」
「うそだ。ずっと見はってたけど、よっすぃ〜は出てこなかった」
- 382 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)21時44分31秒
- あたしはちゃーみーにおどりかかった。ごろごろと床をころがった。おたがいを爪でひっかきあった。もみあったままではらちがかない。あたしはちゃーみーを突きとばしてたいせーを整えた。と、ちゃーみーはナイフをにぎっていた。
「それずるい」
「ずるくない。勝てばいいの」
けーちゃんは、あたしに武器をもたせてくれなかった。あぶないからって。武器をもたないはーどぼいるどなたんてーがどこにいるのだ。けーちゃんのところを飛び出して、一人でやろーっと決めたとき、あたしはすぐに密売人のところにいった。マグナムがほしかったのに、だれも売ってくれなかった。けーちゃんが手を回していたのだ。
- 383 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)21時45分44秒
- まわりを見たけど、ちょーどいい武器はなかった。紙のたばとかエンピツとかではどーしよーもない。
「ずるいずるい」
「ちょっと痛い思いするだけだよ」
「ごとーを刺したら捕まるよ」
「うちの紺野、気絶させておいて何を今さら」
ちゃーみーがくちびるをなめた。ドアも遠い。このままだとキズモノにされてしまう。けーちゃんのせーだ。
- 384 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)20時47分43秒
- と、見おぼえのある人が頭をかきながらはいってきた。助かった。
「何やっとるんや」
「何、あんた誰」
「ゆーこ刑事」
「そや、一応刑事や」
ゆーこ刑事はけーさつ手帳を見せた。ちゃーみーはあわててナイフをかくそうとしたけど、ゆーこ刑事に取りあげられた。
「なんか騒がしい思てな。物騒なもん持ってなぁ。そこの女を刺そうとしてたんか」
「いや、それは誤解で……」
「あたしをおそおーとしたんだよ」
「紺野に手を出したのあんたでしょ」
- 385 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)20時49分13秒
- ちゃーみーと言いあらそってると、ゆーこ刑事がわりこんできた。なんかニヤニヤしてる。
「ごちゃごちゃ言わんと、最初から言ってみ」
「ちゃーみーがよっすぃ〜を殺したんだよ」
「何言ってんの、あんた」
「それは聞き捨てならんな」
「ちょっと、そんなウソッパチ信じるわけ?」
刑事が二人入ってきた。ゆーこ刑事の部下のよーだ。最初っから見はってたんだ。
「まあまあ。ここじゃなんだから、詳しい話は署のほうでやろうや。もちろん任意やけど、断る理由はないよな?」
「そっちの探偵はどうなのよ。傷害罪で逮捕でしょ、当然」
「そやな。直接見てたわけやないから、現行犯逮捕は無理やけど、後藤も署に来てもらおうか」
- 386 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)20時51分23秒
- あたしとちゃーみーは刑事に連れられてビルを出た。別々のぱとかーに乗せられた。ゆーこ刑事はどこいったんだろー。途中、信号のところでちゃーみーを乗せた車とはぐれてしまった。あたしを乗せたぱとかーは見おぼえのあるところで止まった。あたしのたんてー事務所だった。
「んあ?」
「ご苦労様でした。それでは失礼します」
「逮捕じゃなかったの?」
「どうしてです?」
刑事はさっさと行ってしまった。あたしはまくらをかかえたまま、しばしぼーぜんとしてた。ゆーこ刑事はいったい何のつもりだったんだろー。
- 387 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)20時53分35秒
- しばらくすると、また涙がこぼれはじめた。よっすぃ〜よっすぃ〜言いながら事務所にはいった。
けーちゃんのところに電話しようと思い、アドレス帳をひらいた。「ほ」のページは破れててなかった。そーだ。もうけーちゃんのところとは二度とかかわらないようにと、自分で捨ててしまってたんだっけ。
べつにけーちゃんやよっすぃ〜とケンカ別れしたわけじゃない。ただばくぜんと、一人でやっていきたいと思って飛びだしたのだ。いつまでもみんなといっしょにやっていけるとは思えなかった。そんな日がいつかやってくるんだったら、自分の意思でと思ったのだ。
- 388 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)20時54分13秒
- こわれたベッドにすわって、どーしよーかと途方にくれた。けーちゃんの言葉を思いだした。
──探偵としての心がけは、たった一つよ。
──んあ?
──依頼された事件は放り出さない。たとえどんな結末になっても、最後まで見届けて、依頼人に報告しなきゃいけないのよ。
そーだ。ごとーにはかいけつしなきゃいけない事件があるのだ。あややを見つけだすのだ。
- 389 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)23時28分24秒
- 知り合いのじょーほー屋にあたって、みきすけのしゅーへんのことを調べなおした。さいきん街でみきすけの姿も見えなくなったらしい。ただしよその街に行ってしまったというのではないよーだ。れーのダミー事務所からみきすけのどなり声が聞こえてきたというしょーげんもある。
もしかしたら、あそこにあややともどもみきすけも拉致監禁されてるのかもしれない。どんなことがあったのかわからないけど、こーなるといっこくもゆーよがない。だけど、あたし一人で乗りこんでもたたきだされてしまうのがオチだ。しょーこがないからけーさつも動かせない。
- 390 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)23時29分29秒
- その事務所のまえに、あたしは立っていた。四階建て細ながいビルで、このうち二階と三階がダミー事務所だ。ぶらいんどがおりてて中は見えない。ぼーしを深くかぶって顔をかくし、ちらしくばりをしながら(けっこーいいバイトなのだ)、このビルに出入りする人数をかぞえた。はいる人数とでる人数はいっしょだけど、かおぶれがちがってた。つねに十人は中にいるということだ。
なんとかして中にはいって、あややがいるかどうかたしかめないといけない。写真でもとれれば、それをけーさつに見せればいい。けーたいのカメラきのーでおっけーかな。なんとさんじゅーいちまんがそもあるのだ。
さて、どーゆーふーにしのびこもうか。あたしは首がいたくなるまでビルを見あげた。
- 391 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)23時30分15秒
- ボタンを押すと、ドアが開いた。
「何だ、お前」
「ピザ屋だよ。おとどけにまいったよ」
「ピザ? 誰か頼んだか?」
あいつだろ、せわやかせやがってとゆー声が聞こえてきた。
「そういや腹も減ったからちょうどいいな。しょうがねえ。いくらだ?」
「にまんいっせんえんだよ」
- 392 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)23時30分51秒
- おかねを受け取ると、ドアがしまった。しばらく立ったまま待った。中の話し声がしなくなったよーなので、ドアをあけて中にはいった。くっきょーなおとこたちが床にたおれてくるしんでいた。しびれ薬がよくきいている。薬屋にしりあいがいなかったので、なふたりんとかぼーしつざいとかいろいろ入れたけどよかったのかな。
部屋のおくにとびらを見つけた。だれかいるよーだ。そばにたおれてるおとこが足をつかんできた。頭をけとばすとおとなしくなった。ついでに上着の中をさぐると、けんじゅーが出てきた。きょーはついてる。
あたしはけんじゅーをにぎっておくに進んだ。おんなの子の声がする。やっと見つけた。あたしはすばやくとびらをあけて、けんじゅーをかまえた。
「うごくな」
- 393 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)17時25分10秒
あたしが言おうとしてたセリフ、とられた。
「そうじゃなくて、もっとお腹に力入れて……」
「うまくできないよぉ」
二人のおんなの子がじゃれあっていた。てちょーにはさんだ写真と見くらべた。あややとみきすけにちがいない。ちがいないけど。
あたしの推理だと、こーぎょーの裏に何かやばいプロジェクトがあって、それを止めにいったあややが監禁されているはずだったのに、なんだかよーすがおかしい。
- 394 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)17時26分00秒
- 「で、わりばしを口にくわえて……」
「みゃーん」
「おーい」
「もっと大きく」
「みゃーん」
「おーいってば」
「もっともっと」
「みゃー」
おもわずひき鉄をひーてしまった。ちゃんとタマがはいってた。なぜだか知らないけど、かべにかかってた絵がこなごなになった。よっすぃ〜がいたら「かっけー」って言ったことだろう。
二人は目を見ひらいてかたまっていた。あたしはよしよしと頭をなでて、きんちょーをほぐしてあげた。
- 395 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)17時27分40秒
- 「あなたは誰?」
「ごとーはたんてーだよ。あややのおばさんにいらいされたんだ。こんどはこっちの番だよ。いったい何なの?」
みきすけが持ち込んだプロジェクトというのは、あいどる歌手をはっくつして売り出そーというものだった。あいどる歌手になりたい人をぼしゅーして、そのよーすをこと細かにさつえーしてテレビに流そうというのだ。
「もちろん合格するのはあたしだけどね」
「やおちょーじゃん。ずるいんだ」
「そういうものよ、世の中って」
でびゅー後のことを考えると、ばくだいなおかねがいる。そこでほーふな資金をもっている娘。組に目をつけた。ぼーたいほーとかふけーきのせいで、しのぎが少なくなっていた組にとってもわたりに船だった。プロジェクトに使えそうな表のきぎょーもいくつか手下にしている。
- 396 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)17時28分30秒
- とんとんびょーしに話がすすんで、みきすけは来たるべき歌手でびゅーのため、このダミー事務所でレッスンを始めてた。そこにあややがとびこんできた。
「アイドルユニットというのも良いかなって考えたの。あややなら気心知れてるし」
「あんたも歌手になりたかったんだ」
「最初はいやがってたけど、みきすけに勧められるうちに良いかなって……」
「説得するのに一週間かかったけどね」
これが二人のユメだったんだ。しゅだんはともかく、二人はユメを手にしよーとがんばってたのだ。
- 397 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)17時29分19秒
- 「んあ、とにかく、夏ってゆーおばさんが心配してるから、いちどお家に帰ることだね。でないと、ごとー、おかねもらえなくなるから」
ぱとかーのサイレンが聞こえてきた。あたしはけんじゅーの指紋をぬぐってほーりすてた。刑事が何人もはいってきて、たおれてるおとこたちをきゅーきゅーしゃに乗せていった。あたしたちも署に連れていかれた。
- 398 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)18時47分19秒
- 从‘ 。‘从<できません。
悲しくなんかない、悲しくなんかないよ。
- 399 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時30分54秒
- この部屋くらい。あつかいが悪いぞ。まるでごとーが悪いことしたみたいじゃないか。あややとみきすけは別の部屋にいるみたいだった。
「お疲れ。あやや見つけたみたいやな。がんばったやないか」
「なになに、これどーゆーこと?」
ゆーこ刑事はつくえの上のあかりをつけた。こっちに向けるな。まぶしーじゃないか。かつどん食わせろ。
「あややの保護者が来て引き取っていったよ。依頼料はあとで振り込むそうや」
よかった。ごとーは目的をりっぱにはたすことができたのだ。
- 400 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時31分49秒
- 「ぎょーさん人間があそこで倒れとったそうやけど、後藤、なんか知ってるか?」
あたしは顔をぶんぶんとふった。ゆーこ刑事はにんまりとした。
「そうか。それならええんや。きっと食中毒やろな。何食ったんか知らんが」
「ねえねえ、プロジェクトどうなるの?」
「娘。組は巨大すぎてな、指揮系統を効率よくするために表と裏を完全に分離しとったんや。例のプロジェクトは表の仕事や。こっちは非合法なことはしとらんからな。プロジェクトには支障はないやろ」
とゆーことは、あややとみきすけはあいどる歌手になれるのだ。いーことか悪いことかはおいといて。
「じゃあ娘。組は?」
「銃刀法違反で何人かは引っ張れるけど、それだけじゃ、あれだけの組や、びくともせんやろな」
ここであたしは思いだした。泣きそうになるのをぐっとこらえた。ごとーははーどぼいるどだから。
- 401 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時32分33秒
- 「そうだ、ちゃーみーは白状した?」
「白状? 何を?」
「よっすぃ〜を殺したんだよ。悪いやつなんだよ」
「で、死体を食べたってか。アホ」
ごとーはアホじゃないもん、とゆーこーぎは黙殺された。
「いくら何でも吉澤は食いでがありすぎやろ」
「でもお腹いっぱい食べたって」
「吉澤と石川はいっしょに白玉食べた言うとったで。でかい袋見たやろ。石川の好物らしい」
「じゃあ、よっすぃ〜は……」
- 402 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時33分31秒
- よっすぃ〜はちゃーみーより先に五階のへんしゅー室を出た。でもビルは出てなかった。どこかにこっそり隠れてた。で、ちゃーみーがビルを出るのを待ってたのだ。よっすぃ〜もたんぽぽさんぎょー新聞からみの事件にかかわっていた。そこでしょーこを探ろうとしていたのだ。
「そこにな、後藤、お前がわめきながらエレベーターから出てくるのを吉澤は見て、あわてて身を隠した。こっそり抜け出して、階段で四階に逃げた。すると今度は、お前が四階まで探して歩いてるからびっくりした言うとったで。また階段で五階に戻ると、金庫が開いている。吉澤は証拠の書類を見つけて、今度はエレベーターで下に降りた」
あ。そーいえば、エレベーター、四階からのろーとしたら、下からあがってきたっけ。
「わかったやろ? 石川は吉澤を殺してない。だからもう釈放したよ。ま、後藤が訴えるなら、手下の紺野と新垣はパクれるで。お前の事務所荒らしたの、あいつらやからな」
よっすぃ〜は生きてるんだ。じゃあ、どうして……。
- 403 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時34分17秒
- 「そうそう、けーちゃんから預かったやつや」
ゆーこ刑事はふーとーをあたしに渡した。のぞくと、こぎってがはいってた。
「何これ?」
「お前のおかげで事件が一つ解決してな、たんまり報酬がもらえたんやと。そのお礼や。受け取っとき」
うー。ぜんぜん一人でやっていけてないじゃないか。けーちゃんは、まったくいらいが来ないごとーのことを心配してくれていたのだ。
- 404 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時35分16秒
- 「それからこれはオレからや。領収書切れよ」
「何、こんどは?」
「警察からや。捜査協力金ってやつ。後藤が蒲公英んとこで一暴れしてくれたおかげで、いろいろと役に立つ文書やらが手に入ったんや。四課の課長の癒着やらなんやらな」
ゆーこ刑事はずるいやつだ。なにもかも知ってて、ごとーをあやつってたんだ。だからあたしがダミー事務所にいこーとするのをひきとめて、今思うとまったくかんけーのないたんぽぽさんぎょー新聞のところに行かせてたのだ。けーちゃんも一枚かんでるにちがいない。
- 405 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時36分36秒
- ぷりぷりしながら事務所に帰った。ドアのすきまに紙がはさんであった。
『ごめんね』
名前はかいてないけど、誰の字だかすぐにわかった。
- 406 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時37分23秒
- ベッドはまだ足がおれたままだった。あしたちゃーみーのところ行ってそんがいばいしょーをせーきゅーしよう。
もーふとまくらを持って、おーせつ室のそふぁにすわった。今日はここで寝ることにする。
ごとーのユメははーどぼいるどに生きることだ。いつかかならず、かなえてみせる。でも、今はまだムリそーだから、せめてユメの中ででも、はーどぼいるどでいけたらいいな、と目をつむった。
おやすみ、よっすぃ〜。
- 407 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)21時38分23秒
- おしまい
『ごとーのはーどぼいるど』三部作もおしまい
- 408 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月02日(日)02時49分53秒
- このシリーズ好きだったなぁ。
もっと読みたくもあったけど、なんとなくごとーの未来が明るそうだったんで
こういう終わりかたもいいかもしれないとおもった。
またなにか思いついたらはじめてもらえるとうれしいです。
- 409 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月02日(日)02時51分38秒
- (;´ Д `)
さびしくなんかないよ
- 410 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月02日(日)12時10分55秒
- ∬;´◇`; ∬ 感動しますた。涙で前が見えません
- 411 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月16日(日)23時42分13秒
- 【ちょっと長めの感想を】
今回は後藤が独立してた事にびっくり。
やっぱり娘。から卒業したせいだろうかといきなり寂しくなってしまいました。
現実のそれと同じように最初から不安だらけの後藤ですが、電話帳の頁を破って
たり何とか独り立ちしようとしてる頑張りが見えると自分が社会人になったばか
りの事を思い出したりして、何だか素直な気持ちで応援してしまいました。
保田や吉澤、それに中澤の思惑から外に出られない後藤だけど
市井や紺野の事件で色々な心に触れた後藤だから、そんな後藤らしさを失わない
ままで3人に頼られるような探偵になれるといいなと思いました。
それが「はーどぼいるど」なのかどうかは別として。
- 412 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月16日(日)23時47分11秒
- 今回の後藤は、喋りこそひらがなだけど話してる中身そのものは随分と高度に
なってるような気がしました。
これを後藤の成長と言うべきか大人の都合と言うべきか・・・。
シリーズものは回を重ねるごとに新しいストーリーを考えるのが大変な訳ですが、
前作より面白いものを!と思って物語を練りに練ると登場人物が物語にそぐわなく
なったりして物語を動かすはずの主人公が物語らされたりするのかもしれません。
だけど何と言っても今回は後藤の空回りにも似た頑張りを楽しみに読んでました。
そんな私には今回の物語では396レス以降が一番好きな所だったですね。
今回が「ごとーのはーどぼいるど」最終回みたいだけども、独り立ちした後藤の
頑張りは新しい後藤の物語の第1話とも言えるんじゃないかなんて思いました。
- 413 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月16日(日)23時49分17秒
- ( ;´ Д `)
ちょっと大げさに言ってしまいました。
- 414 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月16日(日)23時51分14秒
- ( ´ Д `)
作品の感想をちゃんと書くとネタバレになるし容量も心配。
読者は他人の感想よりも作者さんの書く物語の続きが読みたいわけだし。
でも短くしてネタバレにも気を付けるとどうやったって薄くなる。
やはりレス付けは難しい。
- 415 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月17日(月)22時45分50秒
- >>408-410
どもども。機会があれば。
>>411-414
他の人のスレはいざ知らず、わたしのスレでは長文感想大歓迎です。
sageスレならネタばれもOKでしょう。
本当は後藤脱退の話は孤島の本格推理物となる予定だったのですが
諸々の都合でこうなりました。
(残骸は「うぜー」のほうで見られますが)
- 416 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月03日(月)20時25分59秒
- 言い忘れましたが
(0^〜^)<これでおしまい
- 417 名前:名無し娘。 投稿日:2003年03月05日(水)12時22分20秒
- そして僕らはこう言うだろう。
( ´ Д `)
Never say 'never more'・・・
- 418 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)19時49分15秒
- ( ´ Д `)ンアンア
- 419 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月15日(木)22時20分08秒
- まさか、血のあじの作者さんだとは思いませんでした。びっくりです。
すごいですね!
- 420 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月16日(金)23時08分00秒
- (0^〜^)<バラしちゃだめだYO!
- 421 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月28日(土)00時52分50秒
- ( ´ Д `)ンア
- 422 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月28日(土)21時47分53秒
- (0^〜^)保全かよ
- 423 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月02日(土)21時40分56秒
- ( ´ Д `)<長編書きたいなあ(ムリ
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)21時27分46秒
- 『お姫様になりたい』
- 425 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)21時28分35秒
- 和の巻
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)21時29分18秒
- ***
周りのそれと比べ、明らかに大きな家屋があった。漆黒の玄関のドアを開き、中に進もう。途中にあるニ、三の部屋は無視し、奥の階段をのぼる。右手にある部屋。ノブを回して中に入る。
部屋は暗い。厚手のカーテンが窓を覆い、陽の光を遮断している。目覚まし時計が彼女の神経を刺激した。もはや霧吹きは必要なかった。彼女は乱暴に時計をたたき、むくりと体を起こす。目をこすり、時計をじっとみる。
「まだ時間はあるね」
- 427 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)21時29分54秒
- 彼女は体を引きずるようにして、部屋を出て行った。今はあとを追うのはやめよう。じきに彼女は戻ってくる。そんなにあせることはない。
戻ってきたときには、彼女は普段着に着替えていた。軽く髪をとかし、鏡の前をすぐに離れた。ヘッドホンを頭にかけ、しばらく音楽に身をまかせていたが、何かを思い出したかのように立ち上がった。
「いけない、忘れてた」
彼女は先ほどの階段を駆け足でおりていった。ではそのあとを追いかけよう。
- 428 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)19時44分55秒
- 彼女が向かった先は台所だった。冷蔵庫から無造作にキャベツやニンジンを取り出し、テーブルに転がす。慣れた手つきで包丁を扱い、千切りにされたそれらを皿に盛りつけた。
皿を両手で持つと、台所を出た。長い廊下をえんえんと歩く。途中の和室に入り、皿を床の間に置いた。一輪挿しをどけて、水墨画の掛け軸を取り払った。
そこには黒い空間があった。再び皿を手に取ると、その空間に彼女は入り込んだ。ついていこう。
- 429 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)19時45分29秒
- 中は狭いトンネルになっていた。下はスノコが敷き詰められ、壁や天井は岩肌がむき出しになっている。電線と電灯が明かりを供給している。
スノコを上を、彼女はひょいひょいと進んでいく。入りくねった迷路の奥に、岩にはまった鉄の扉が姿を現した。ノブの下についたダイアルを右に左に回すと、小さくストンという音がした。皿を片手に持ってノブを回しながら押すと、明かりがもれてきた。
- 430 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月29日(金)19時58分30秒
- 裸電球が一つ、かすかな光を放っている。彼女がつまみをねじると、白色光が輝きを増した。ううぅ、といううめき声がした。
「おーい、起きろー」
彼女は、横に転がっていた霧吹きをそれに向けた。体を起こしたそれの前に、キャベツの山を突き出した。
「はい、ごはん」
「……またこれ?」
「文句ある?」
- 431 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月29日(金)19時59分11秒
- それ──少年は座りなおそうとして、体をよろけさせた。足首には鎖で鉄球がつながっていた。少年は、文句を言いながらもキャベツを口にほおばった。
「でさ、研究はちゃんと進んでる? 誰のおかげで食べていられるのか、わかってるでしょうね?」
「やってるよー。姉ちゃんのおかげだってこと、ちゃんとわかってるよー」
部屋の片隅の机。棚には本が埋まっている。P.デイヴィスの著作。アインシュタイン、ホーキング、シュヴァルツシルトの論文集。H.G.ウェルズ。ドラえもん50冊。ドラえもん大百科。
机の上には鉄板、木片、ボルト、ナット、鉄パイプ、赤と黄色と青のレバー。いくつもの半導体基盤、散らばっている抵抗、リョービの電気ドリル。
- 432 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)11時26分24秒
- 彼女は少年から離れて、本棚に手をのばした。指した先には、古今の文学書と歴史書。竹取物語、源氏物語、大鏡、中世の秋、ハプスブルク家、マリー・アントワネット、南総里見八犬伝、千一夜物語……。
「それで、まだできないの?」
「……一応できたよ、姉ちゃん」
彼女は目を輝かせた。
「マジで? 嘘だったら承知しないんだからね」
「マジだよ。理論上は大丈夫なはず」
「じゃあ、見せてよ」
- 433 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)11時26分56秒
- 少年は立ち上がると、足をひきずりながら部屋をしきっているアコーディオンカーテンを開いた。
「これが?」
彼女は装置の前に立った。おそるおそる触ってみる。
「……ただのベッドじゃん」
「よく見てよ。いろいろくっついてるだろ」
確かに少年の言うとおりだった。ふとんのしかれたベッドには、導線やら電極やらがのびていて、その先には14インチ型テレビくらいの大きさの鉄の箱があった。
- 434 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)11時27分38秒
- 「タイムマシンって、机の引き出しの中にあるんじゃないの?」
「姉ちゃん、マンガの読みすぎ。そんなの無理だよ」
「どういう仕組みになってるの?」
少年は咳払いして声を整えた。ちょっと誇らしげだった。
「姉ちゃんに作れって言われてさ、頭使ったよ。だって、物体を過去に送って、また戻してくるなんて物理法則にあってないもん。光速で動けばいいとか、そういう説もあるけど、それは相対的な時間移動にすぎないから」
「よくわかんないけど、それで?」
- 435 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)11時28分13秒
- 「姉ちゃんの望みをかなえるには、絶対的な時間移動が必要だけど、物理法則に反しちゃう。でも……」
「でも?」
彼女は少しいらだってきたようだ。それを察したらしく、少年は結論を急いだ。
「それで、物心二元論にたてばいい、ってことに気づいたのさ。姉ちゃんは過去に行って何をしたいのかって言うと……」
「一度、お姫様になってみたい、って言ったでしょ。テレビ番組の中だけじゃなくて、実際にね」
「うん。体験したいってことだから、何も物体を送る必要はない。姉ちゃんの意識だけを過去に飛ばせばいいんだ。それなら物理法則にひっかからない」
- 436 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)11時28分48秒
- 「できるの?」
少年に命令したことを忘れてしまったかのようだ。少年は複雑な表情になった。
「できる。意識は物体じゃないから。過去の人物の意識の中に、姉ちゃんの意識を送り込むんだ。これじゃだめ?」
「待って。他人の意識の中に入るだけじゃだめだよ。ちゃんと体動かせたりしないとだめだからね」
「それは大丈夫。すでに人間の意識がある肉体には入ることはできないから」
「どこが大丈夫なの。できないんじゃん、それ」
彼女はこぶしを振り上げた。とっさに避けようとして、少年の上半身が動いたが、下半身は鉄球のためそれに追いつかなかった。少年は両手を床について崩れる。
- 437 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)16時00分01秒
- 「だからさ、意識不明の人間にならできるんだって。物心のうち心の欠けたモノになら、姉ちゃんの意識を送れる」
「でも、それじゃ体動かせないでしょ」
「意識不明の人間っていうのは、意識がないから動けないんだ。反射神経だけで『人間が動く』なんて言うことはできないよ。決定論に基づけば、人間の意識があることが、人間であることの条件なんだから」
ふーん、と彼女はわかったような顔をした。少年はなんとか立ち上がったが、まだ少しよろけていた。
- 438 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)16時00分49秒
- 「でもさ、そんな都合のいいお姫様いるわけ?」
「ぬかりはないよ」
少年は、本棚から大きな本を取り出した。ぺらぺらとページをめくり、該当箇所を彼女に見せた。
「この人なんかどう?」
「……日本のお姫様?」
「そう。戦国時代かな。この年のある一時期、病気か何かわからないけど、意識不明になって寝込んでる。その時期に姉ちゃんの意識を送り込めば」
彼女はしばらく考え込んだ。
「日本かぁ……でも着物もいいかな?」
「どうする?」
- 439 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)16時01分36秒
- 少年は彼女をじっと見た。彼女は本に目を落とし、ずいぶん長い間読みふけった。やがて顔をあげ、目をこすった。返事を待とう。
「やる。どうすればいいの?」
少年はほっと息をもらした。
「そこのベッドに横になるだけだよ。あとはこっちで操作するから」
早速彼女はベッドに転がった。少年は箱についた文字盤を操作し始める。
「ちょっと待って。戻ってくるときはどうしたらいいの?」
「帰りたい、って念じれば戻ってこれる」
ちょっと疑わしげな目をした。大丈夫大丈夫、と少年は彼女に布団をかけた。
「あと、戻ってきたとき、こっちの世界は何時ごろになってるわけ? お姉ちゃん、今日はハロモニの収録あるんだからね」
「今から十分後くらいだよ。それならぜんぜん間に合うだろ?」
- 440 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)16時02分19秒
- ようやく納得したのか、彼女は目を閉じた。少年が箱の操作を続ける。箱との格闘が終わったとき、彼女の意識は、やがて飛んだ。この世界から消え去り、別世界に向かっていった。
では、そのあとを追いかけよう。
- 441 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)14時28分36秒
- *****
誰かが呼んでいる。さあ、目を開けよう。うん、でも、まだ、寝たりない……。
ん?
あたしは体を起こした。両手で布団を握りしめていた。
「まあ、お目覚めになられた!」
見ると、着物を着たおばさんがふすまを開けて、飛び出していった。あたしも白い着物を着ていた。畳の部屋。床の間には掛け軸。ここはあたしの家ではない。あたしの家の掛け軸は断崖の滝に松の木。ここにかかっているのは、山々にとんびの絵。
木の板がきしむ音が聞こえてきた。廊下を誰かが早足で歩いている。ふすまの陰から、鎧をつけたお侍さんが入ってきた。
- 442 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)14時29分31秒
- 「真希、目を覚ましたか!」
がちゃがちゃ音を鳴らしながら近よってきた。顔をこすりつけてきた。ひげがくすぐったい。
「わ、おじさん、誰?」
お侍さんはあたしの両肩をつかんで、目をあわせてきた。あたしの額に手をあてる。
「むう。もう一月も眠り続けていたのだからな。何が起こっても不思議はない、か」
お侍さんはあたしの頬をなで始めた。
「真希よ、父だ。お前は忘れてしまったかもしれないが、お前の父だ」
「……お父さん?」
- 443 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)14時48分05秒
- 「そうだ、お前は病にかかって、丸一月も眠り続けていたのだ。心配かけおって」
失礼、と声がして、お坊さんが入ってきた。あたしの右手首をとった。どうやらお医者さんらしい。
「もはや体に異常は見られませぬ」
「だが、記憶があやふやになっているようだ」
「長患いのあとにはよくあることでござりまする。ただ……」
「ただ、何だ」
「あの衰弱しきった姫が、このように急な回復をされたことは、奇蹟としか言いようがありませぬ」
お侍さんは顎に手をやり、ひげをひっぱった。あたしはきょとんとして二人を見ていた。
「ふむ、奇蹟か……」
- 444 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)14時48分44秒
- 「さあ、真希。体を休めなさい。これ、お粥を」
「しかし殿……」
おばさんが口ごもった。なんだろ?
「兵糧のことは気にするな。それよりも今は、真希の体のことを案じるのだ」
「……承知いたしました」
「真希、父は忙しゅうてな、ゆっくり話もできんが」
お侍さんが出て行った。おばさんもお粥を持ってきた。具も何も入ってなくて、あまりおいしくなかった。
「さあ、真希姫様。今日はもうお休みなさりませ」
おばさんはあたしに布団をかけると、お椀を持って出て行った。
- 445 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)14時49分19秒
- お侍さんはお殿様らしい。で、あたしはお殿様の姫。
ふむ。
内心、あたしは喜びをかみしめた。過去へのタイムスリップに成功したのだ。あはは。ユウキにはあとでお小遣いをあげる。
あたしは頬にふれた。げっそりとやせ細っている。病気をして、ずっと寝込んでいたのは本当らしい。ユウキが話していたことを思い出した。意識不明の人間でないと、意識を飛ばすことができないって。
何はともあれ、今のあたしはお姫様だ。ずっとあこがれだった、お姫様だ。
- 446 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/09(火) 19:49
- 夢を見た。
あたしはお姫様だった。お城を出て、菜の花畑の中にいた。
なぜかよっすぃ〜がいた。
よっすぃ〜があたしにじゃれついて、頬をぺろぺろなめ始めた。
くすぐったいよ、よっすぃ〜……。
- 447 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/09(火) 19:50
- 目を開けた。何かがあたしの頬をくすぐっている。
わっ、と飛び跳ねると、大きな白い犬がふとんの横にお座りをしていた。
「こら、ヤツフサ」
さっきのおばさんが入ってきて、犬にどなりつけた。
「ヤツフサ?」
「はい。真希姫様の飼い犬ですよ」
犬の体には、ところどころ黒いふちがついていた。数えた。うん、八つある。あたしは犬に手を出した。お手をしてくれなかった。
かわりに体をよせて、すりつけてきた。あたしも犬の背中から抱きしめてみた。ふわふわした。
「ヤツフサ……っていう名前はやめる」
「はい?」
「ヨスィフサって呼ぶことにする」
- 448 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/11(木) 19:41
- ヨスィフサ、ヨスィフサと呼びかけると、しっぽを振ってこたえてくれた。
「ところでさー、何か外が騒がしいんだけど、何かあったの?」
おばさんは顔をふせた。これは何事かあったらしい。
おばさんの説明によるとこうだ。お侍さんの領地の隣に、ナントカという人がいて、昔その人にお米を分けてあげたことがあったそうな。それで、今度はお侍さんのお米がなくなっちゃったので、恩返ししてもらおうとお米をもらいにいったら、お米をくれるどころか逆に兵隊さんを集めて攻めてきたというのだ。
「んー、それはずっこいよねー」
「ず? とにかく、こちらの手勢も少ないので、篭城しているところなのです」
- 449 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/11(木) 19:42
- 「ん? お米ないのにどうやってお城にこもってるの? 食事どうするの? パン? パスタ?」
「……みな城内の草木を食べて、飢えをしのいでいます。真希姫様がお召し上がりになられたお粥が最後の兵糧だったのです」
それは悪いことをした。でも、ヨスィフサをよく見ると、おっきな体してるじゃないか。いいもの食べてそうだ。
「ヤツ……ヨスィフサにも食事はほとんど与えていません。それでもちっとも痩せないので、みな羨ましがってます」
ヨスィフサがワンと一吠えした。元気だ。
- 450 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/12(金) 21:06
- 「ふーん、たいへんだねー」
あたしが布団から起き上がると、ヨスィフサもいっしょにすくっと立った。とことこと、あたしのあとを着いてくる。
「真希姫様、どちらへ?」
「外の様子見てくる」
おばさんのキンキン声が飛んできた。
「危ないですからお止めください!」
「高いところから見るだけだからだいじょーぶ」
- 451 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/12(金) 21:07
- お城っていうと、大阪城とか名古屋城とか、おっきなやつかと思ってた。でもやっぱり中には例外があるのだ。ここのお城はとてもしょぼかった。
「ほら、ヨスィフサ。けっこー遠くまで見えるよー」
「ワン」
遠くで地面が動いた。黒いカタマリが左右いっぱいに広がって、だんだんこっちのほうに流れ込んでくる。
「なに、あれ?」
「ワン」
- 452 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 20:20
- 黒いカタマリがワーワー叫びだした。カサをかぶった男どもが槍や刀を振り回しながら向かってくる。
「殿! 攻めて来ました!」
お侍さんたちがドタドタを走り回る。じょうもんをかたくとじろゆみたいよういせよおんなこどもはおくにいけ……。
「何? なに?」
「ワン。ワン」
- 453 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 20:20
- おばさんに腕を引っぱられた。お城のいちばん高いところにある部屋に連れて行かれた。お殿様(お父さん)がしかめっつらで腕組みしていた。
「敵方はどんな様子だ」
「遠巻きに城を囲んでいます。蟻の這い出る隙間もありませぬ」
「……兵糧もございませぬ」
むむむ、とお殿様は歯がみした。どうやらヤバイことになってるようだ。
「このまま飢え死にするより、討って出るべきか……」
お殿様はじろりと見回した。みんな目をふせたので、あたしもそれにならった。みんなタイヘンだねー。
- 454 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/14(日) 14:23
- 「誰かおらぬのか! あやつを討ち取ってこようという者は!」
お殿様は青筋たてて怒鳴りはじめた。お侍さんたちは顔を伏せて首を振ってる。そんなこと言ってもできないものはしょうがないよねー。
「あやつの首を持ち帰った者には、真希姫を嫁にやろう!」
……。
ちょっと待ってよ。そんなこと勝手に決めないでよ。
みんなの顔を見た。みんな不精ひげで、頬がこけて、目の白いところだけがいやにめだっている。イケメンって言える人は誰もいなかった。中にはおじいさんもいた。かんべんして。
- 455 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/14(日) 14:23
- 「どうだ、誰かおらぬか」
抗議しようとしたけど、あきらめた。目がイッてる。この様子だと、誰にもそんなことはできそうもないから、無理やり誰かのお嫁さんになることは多分ないだろう。
ん? ということは、戦争に負けちゃう。飢え死にするか、首を切られるか、お城を焼かれて焼け死ぬか。あたしは女だからもっとヒドイことされちゃうかも。
それもイヤだ。どっちに転んだってロクな結果にならない。
あ、そっか。ヤバイことになったら元の世界に戻っちゃえばいいんだ。「戻りたい」って念じればいつでも戻れるってユウキは言ってたっけ。
- 456 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/16(火) 20:55
- なーんだ、と安心してヨスィフサの頭をなでていたら、急に腕が持ち上がった。ヨスィフサはガルルと一つうなると、走り出して大広間(?)を飛び出した。
「どこ行くの? ヨスィフサー」
あたしもあとを追おうとしたら、おばさんに羽交いじめにされた。外には出ないから、と納得させると、お城の高いところまで登った。見ると小さい白いものが、黒い集団に向かって突っ込んでいった。
「ヨスィフサ!」
- 457 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/16(火) 20:55
- おばさんがワンワン泣いてるあたしを慰めてくれた。お殿様はしぶい顔して腕組みしたままだった。
しばらくして、泥だらけになったお侍さんが飛び込んできた。
「殿、敵の様子が変です!」
「何? 変とはどういうことだ!」
みんなして高いところから見おろしてみた。それまでじわじわと迫ってきていた黒いカタマリが、動きを止めて、なんだか知らないけど左に行ったり右に行ったりしていた。そのうちぐるぐる回り始めた。
- 458 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/18(木) 20:13
- 黒いカタマリの中から小さいケモノが飛び出してきた。お城のほうに向かってくる。
「ヨスィフサだ!」
あたしはすぐに下まで降りた。玄関(?)のところまで行くと、それがお城の壁を飛び越えてきた。あたしは裸足のままヨスィフサにかけよった。泥だらけのヨスィフサはあたしを無視して、あとから降りてきたお殿様のところに歩いていった。
口にくわえていたものを、ポトリと、お殿様の前に。
思わず「うひー」と声をもらした。血まみれになったお侍さんの首だった。
- 459 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/18(木) 20:14
- 「これは……!」
「殿、これや正しくあやつの首級でござりまする!」
なんと、情けない家来たちにかわって、犬のヨスィフサが敵の大将をやっつけてきたようだった。ヨスィフサはあたしのところにやってきた。どうしたもんだか、ちょっと考えてから、よしよしと頭をなでた。
「者供、敵は将を失って混乱してるに違いない。この期を逃さず敵を打ち払うぞ!」
元気になったお殿様と家来たちは、槍をかかえて我先にと飛び出していった。行ってらっしゃい、とあたしは手を振った。
- 460 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 18:13
- やがてお殿様を先頭に、お侍さんたちが戻ってきた。何人かは血の気がまったくなくなった首を槍先にぶらさげている。
大広間(?)にみんな集まった。お殿様が得意げにどうなったかをあたしに話してくれる。あたしはふんふんとうなずいていた。
「……それでな、敵方の城を燃やし、城下の村にみなで攻め込んだ。村長はおとなしく従ったので、代官を置いてきた。これで安房はわしらのものだ。喜べ、真希姫」
そこでわーいと万歳したら、変な顔をされた。
- 461 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 18:14
- やがて宴会が始まった。お米とかお酒も奪ってきたらしい。あたしもお腹いっぱいご飯を食べた。ヨスィフサも何かの肉にかじりついている。
「では、者供、今宵はここまでにいたそうぞ。ご苦労であった」
あたしも眠いので、ヨスィフサを連れて戻ろうとしたら、ヨスィフサが動かない。体を低くして、ガルルルとうなっている。顔はお殿様のほうに向いていた。真っ赤な顔したお殿様も、その様子に気づいて、ヨスィフサに声をかけた。
「おう、なんじゃ、ヤ……ヨスィフサか、まだ食い足りぬか」
「ワンワン」
犬だから話が通じない。
- 462 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 18:14
- そこに若いお侍さんが割り込んできた。
「殿、それがしにお任せを」
「何をじゃ」
「それがし、犬めの言葉がわかりまする故」
大昔には犬とお話できる人がいたんだねえ。一つ勉強になった。こんなことは教科書に書いてない。
「それで、何と言っておる」
「ワンワン」
「『約束の件、よしなに』と言っております」
「約束? 何のことじゃ」
「ワンワン」
「!……『敵将の首を取ってきたものには、真希姫様を嫁に貰える筈』と」
- 463 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/23(火) 00:49
- あたしとお殿様は目を見開いた。ヨスィフサはこくんこくんと顔を上下に振っている。
「何をたわけたことを……犬に姫をやれるわけがなかろう」
「ワンワン」
「『約束を反故にするのは武士らしからぬ所業だ』と申しております」
「何を!」
カッとなったお殿様は刀に手を伸ばした。ぶんと音がした。一振りをかわしたヨスィフサは、あたしの着物のすそを加えて引っぱった。あたしの体が一回転した。くるっと回って何かにしがみついた。ヨスィフサの上だった。
一吠えすると、ヨスィフサは駆け出した。あたしは振り落とされないよう精一杯しがみついていた。
- 464 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/23(火) 00:49
- 「追え、殺せ!」
お殿様の声が小さく聞こえる。ヨスィフサは城を出て、あたしを乗せたまま山のほうに走り出した。後ろをちらりと見ると、馬に乗ったお侍さんたちが追いかけてきた。殺気だってるなあ。
川が見えてきた。橋はどこにもない。ヨスィフサはぽーんと宙を飛んだ。ところどころ見えている岩の上をひょいひょい跳んでいき、川を渡りきった。
「川は浅い、追うぞ!」
突然雨が降ってきた。たちまち川の水が増えていき、川を渡り始めたお侍さんたちを鉄砲水が押し流してしまった。かわいそー。
- 465 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/01(水) 21:46
- あたしを乗せたヨスィフサは、走るのをやめてゆっくり歩きはじめた。高い木におおわれた山の中で、日の光がほとんど中に入ってこない。
「どこ行くの?」
「ワン」
行き着いた先は、小さな洞穴だった。けっこう奥が深いけど、日の光は少しだけ入ってきた。ヨスィフサはあたしを下ろすと、洞穴を出て行った。帰ってきたときには、口にワラを何束かくわえていた。それに座れということらしい。
- 466 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/01(水) 21:46
- なのでそこに座ると、ヨスィフサがいきなり二本足で立ち上がるようにして、あたしに覆いかぶさってきた。さっと避けて頭をこづいた。
「あのねー、あたしに変なことしたら、帰っちゃうからね」
ヨスィフサはしばらくうずくまっていたが、やがてクーンと鳴いて体をすりよせてきた。今度は頭をなでた。
- 467 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/07(火) 20:51
- そしてヨスィフサとの奇妙でワイルドな共同生活が始まった。例えば、ヨスィフサが川からお魚をくわえてくる。火がない。すると、ヨスィフサは山を降りて火打石をくわえてくる。農家からくすねてきたらしい。燃やすものがない。ヨスィフサにはムリなので、今度はあたしが木の枝を拾ってくる。
たまにはご飯が食べたいなーと思うと、ある日ヨスィフサは布の包みをくわえてきた。開くと、おにぎりがあった。どうやらお殿様がお百姓さんたちにあれこれ世話してやってくれと頼んでいるようだ。たまに手紙が届く。難しい字は読めない。なのであまり意味がない。
それでもたまには返事を出す。ペンがないから、届けられた紙の裏に木の燃えカスで書いた。「パスタが食べたい」と出した。返事は来なかった。
- 468 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/07(火) 20:51
- 運動もしないと体がなまる。そんなときはヨスィフサといっしょに山の頂上まで登った。腹筋してからボイトレ。ヨスィフサもあたしに合わせて遠吠えした。
汗をかいたら流さないといけない。おフロはないので、近くの川ですませる。
「見ちゃだめだよ。見たら帰るよ」
あたしが川に入っている間、ヨスィフサは洞窟でお留守番。たいていは、この時間にお魚や果物をとってくる。
なんだか違う。昔の日本のお姫様ってこんな生活してたっけ。でも、なぜだかすぐに帰る気は起こらなかった。ヨスィフサを枕にして寝ると、フワフワしてとても気持ちいいのだ。
- 469 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 23:32
- 体に異変が起きた。日に日にお腹が膨らんでいく。変な夢も見るようになった。知らない女の人がうらみごとを言っては消えていく。
体が言うことをきかなくなることもあった。ある日など、あたしは洞窟内に転がっていた八つの玉を次々と飲み込んだ。わけがわからない。
そして、またお殿様から手紙が来た。ヨスィフサのよだれでべとべとになっている。
「……母……死……」
例によってほとんど読めないのだが、誰かのお母さんが死んじゃったらしい。
「それそれはお気の毒だねー」
「ワン」
と、洞窟の外がなんだか騒がしい。ヨスィフサといっしょに覗いてみると、お侍さんがいっぱいいた。
- 470 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 23:32
- お殿様が前に出てきた。
「真希姫! お前の母が死にそうなのだ。もういいだろう、早く帰ろう。お前の顔を見たがっているぞ」
「お父さん、あたしの体も変になっちゃったんだよ、ほら」
あたしはお腹を叩いて見せた。お殿様は口をあんぐりとさせ、みるみるうちに顔が真っ赤になっていった。
「真希姫! お前、ヤツ……ヨスィフサとまぐわったな!」
まぐ? まぐって何?
- 471 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 23:33
- 「かかれ! 犬めを殺せ!」
お侍さんたちが槍をかまえて向かってきた。ヨスィフサがうなりをあげて宙を飛んだ。喉を噛み切られたお侍さんたちがバタバタと倒れていく。緑の草が赤く染まり、水色の川が黒くにごっていった。わースプラッタ。
でも、お侍さんの数は多かった。ヨスィフサは槍で突かれて血だらけになっていた。最後の力をふりしぼるかのように、お殿様を目がけて走り出した。
「ヨスィフサ!」
- 472 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 23:34
- 鉄砲の音が大きく鳴り響いた。そのとき、あたしの体が勝手に動き始めた。
地面に倒れて動かなくなったヨスィフサの前に、あたしは正座した。あたしの口が開く。
「父上様、私は八房の子どもを身ごもりました……これは里見を祟る悪霊の化身……このままならば私は八匹の犬を産むでしょう……しかし私は潔白で……天にそのあかしをたてなければ……」
あたしは、小さな刀でお腹を突き刺した。痛い。
悲鳴があたしの口からこぼれた。痛くて痛くて、体がゆらっと崩れた。顔がヨスィフサのふわふわしたお腹の上に乗った。
あたしの目に、八つの星が空を飛んでいくのが映った。そこで、あたしの記憶が飛んだ。
- 473 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 23:34
- (和の巻・了)
- 474 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 15:56
- 中の巻
- 475 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 15:57
- ***
裸電球のはなつ発光のもと、彼女が彼の首を両手でしめていた。だんだん白目の占める割合が増えていく。
「姉ちゃん、ギブ、ギブ」
「あんたねー、死ぬかと思ったんだからねー」
「で、でもさ、ほら、ちゃんと戻ってこれたんだし」
ここでようやく彼女は手を離す。少年は荒い息を整える。
「でさ、どんな様子だった?」
彼女は、その体験を事細かに話した。少年は顎に手をやり何かを考えているようだ。
- 476 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 15:57
- 「てことは、戻りたい、って強く念じたわけじゃないんだね?」
「そういうことになるのかな」
そうかそうか、と彼はひとりうなずく。
「どういうこと?」
「こっちの世界に戻る方法としてさ、一つは戻りたい、って思うこと、そしてもう一つ、死んだときってこと」
彼女はほうと息をもらした。
「よかったじゃん、死んでも大丈夫なんだからさ──」
- 477 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 15:58
- 再び彼女が手を離したとき、少年は床に倒れていた。
「あんな痛い思いはもうたくさんだからね」
彼女は腕に目をやった。
「十五分しかたってないんだ。もう一回行けるかな?」
「……また行ってみたいの?」
少年がのどをさすりながらしわがれ声を出した。
「悪い?」
とんでもない、と彼は首を振った。
- 478 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/16(木) 20:47
- 「今度はねー、そうだね、もっと豪華なのがいいな」
彼はよろよろと本棚に向かった。ずり、ずり、っと鉄球が床に跡をつける。
「日本のお姫様もいいんだけどねー、なんか地味ってゆーか」
「じゃあ、これなんかどう?」
「いいのあった?」
ここの本って全部姉ちゃんが揃えたやつじゃん、と少年が小声でもらした。その声は彼女には届かなかったようだ。彼女は開いた本に目を落とした。
「へえー、昔の中国?」
- 479 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/16(木) 20:48
- 「中国のお姫様はすんごいぜいたくやってたみたいだからね。姉ちゃんも気に入ると思うよ」
「すんごいってどのくらい?」
「ほら、これ見てごらんよ」
そこにはきらびやかな衣装、宝飾品の数々で一人の女性がちりばめられていた。黒絹地百蝶、紫壇柄の軍配形団扇、金の爪飾り、粉彩陶磁五供、硬木の宝石箱、翠玉白菜、……。
「そういえば映画でも見たことあったかな……」
- 480 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/16(木) 20:48
- 「どうする?」
彼女は小さくうなずき、本を放り投げるとだまってベッドに横たわった。すぐに少年が機械に向かう。
彼女は旅立った。ならばその行く末を見届けよう。
- 481 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 22:12
- *****
赤い線が糸を引くように目の前をのびていき、やがて見えなくなった。すぐに新しい糸が垂れて落ちる。あたしがむせぶたびに、血がこぼれていった。
なんとか首を動かして、背中をほうを見た。両手と両足が一か所にしばられて、天井からつるされているみたいだった。
胸が痛い。アバラが折れてる。体がバラバラになりそう。
- 482 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 22:12
- 下を見ると、ずいぶん遠くに板張りの床があった。大きな椅子にすわった太ったおばさん。その後ろにたくさんの女の人がいた。
「皇帝陛下をたぶらかし、国を傾けようとたくらんだその罪の重さ、万死に値するぞよ」
おばさんが首を動かした。ドラがじゃーんと鳴った。ロープを握った女の人が、手を離した。
「陛下の后は妾だけじゃ……」
- 483 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 22:12
- 滑車でもついてたのかな。あたしは縛られたまま、スゴイ勢いで地面に向かっていった。そっか、こうやって何回も床にぶつけられていたんだ。女のシットってコワイよね。
地面とキスする瞬間、あたしの記憶が飛んだ。
- 484 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 22:12
- (中の巻・了)
- 485 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:22
- 洋の巻
- 486 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:23
- ***
彼女の体が突然跳ね上がった。漏らす息が荒く、肩が上下に運動をくり返す。それまで厚い本に顔をうずめていた彼が、ゆっくりと振り返った。
「姉ちゃん、お帰り」
ベッドを飛び出した彼女は、少年の頭頂部を奪った本の角で殴りつけた。
「あんたねえ」
「……何があったんだよ」
涙目の彼に、彼女はなんとか言葉をあやつろうとしたが、うまく説明ができなかった。それでも彼は思い当たる節があったのか、その本のとあるページを開いて見せた。
- 487 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:23
- 「よくわかんないけど、姉ちゃんが乗り移ったのはこの人かな」
「自分の顔すら見れなかったの」
彼女はその人物のプロフィールを読み上げる。清朝末期、北京の商人の娘に生まれる、後宮にあげられるとたちまち皇帝の寵を得る、嫉妬した西太后により拷問を受け、……。
「ってことは」
「ってことは、姉ちゃんは、拷問されて気を失ったお后様の体ん中に入っちゃったんだね。で、すぐに戻ってきたってことは」
「死んじゃったんだよ」
また鈍い音がした。
- 488 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:24
- 「でね、今度は……」
「……姉ちゃん、今日はもうよそうよ」
頭をおさえたまま少年が意見した。彼女はそれを無視した。
「やっぱさ、お姫様っていったらヨーロッパだよね」
本棚から図鑑を取り出した。彼女の指が様々な地点を線で結んだ。フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、オーストリア、ドイツ、デンマーク、ロシア、スウェーデン……。
「寒いところはちょっとイヤだからね」
「姉ちゃん……」
「で、ちょうどいい人、いるよね?」
彼はため息をついて、なげやりな感じで古ぼけた本を取り出した。
- 489 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:24
- 「どんな人? ちゃんとしたお姫様?」
「大貴族の娘だよ。十三歳のとき原因不明の病気で寝たきり。ここにははっきり書いてないけど、意識不明みたいだよ。三十五歳で死んでるから、ええと、二十八年間ずっとかな」
「変な死に方してないでしょうね」
「そのまま眠るように死んだみたいだよ。これにする?」
「そうねえ……」
しばしの時を経て、彼女は少年の顔を見すえた。なにやら不安なところがあるらしい様子だ。
- 490 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 23:25
- 「あのね、向うに行ったら三十五歳で今にも死にそうなんてことないでしょうね」
「そこが問題だね」
少年は机の引き出しから一本の小瓶を取り出した。彼女は首をひねる。
「何、それ?」
「機械のほうはなんともない。どうも姉ちゃんの精神が安定してないみたいなんだ。だから飛ぶときにブレが起きちゃう。これを飲めば、好きな時代に飛べるよ」
「十八歳のときに行ける?」
「うん、行ける」
彼女はすぐさま透明な液体を飲み干した。さあ、今や彼女はベッドにもぐりこみ、彼は機械のレバーを握っている。旅立ちのときだ。
そして、飛んだ。
- 491 名前:名無し娘。 投稿日:2003/10/26(日) 09:59
- (0;^〜^0)
わざとやってないか?ユ○キ
- 492 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 20:58
- >>491
(♂´ Д `)<ん〜なんのことかな〜?
- 493 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:00
- *****
1.侯爵家もなにかとたいへん
なんだか……息苦しい。咳がこぼれた。
うーんとうなり、目をこすりながら体を起こした。純白のふとんをどかし、辺りを見た。ドアが開けっ放しで、入ってきた風がカーテンを揺らしている。
大きな部屋だ。家具とかもなんとなく立派で高価そうな感じがする。窓から外をのぞいた。大きな庭は一面緑の芝生。職人さんがチョキチョキとはさみを鳴らしている。生垣の向うも緑が丘まで続いていた。その丘の小道を、二輪馬車がゆっくりとこっちに向かって走っている。
- 494 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:01
- 「うっそー」
大声にびっくりして振り返ると、変なかっこをしたちっこい女の人があたしを指差していた。黄色とかオレンジ色とかの服で、頭に変な帽子を被っている。
その人はあたしのほうに走りよって、おでこに手をあてたり、脈をとったりした。
「東はダンチヒ、西はリスボンまであちこち旅をしていたけど、こんな奇蹟は初めてだー」
と、その場を駆け回るその女性の腕を、なんとかつかんだ。
「ねえ、ねえ、あなたはだーれ?」
「おぉ! これは失礼しました。オイラはマリー・ガウッチ、流浪の道化師だよ」
あ、どこかで見たことあると思ったら、矢口さんじゃん。ほんとにちっこい。窓から馬のいななきが飛び込んできた。
- 495 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:03
- 「あ、うるさい執事が帰ってきたぞ。一刻も早く知らせないと!」
マリーはあたしの呼び止める声も聞かず、とことこと部屋を飛び出していった。やがて、わいわいと話し声が聞こえてきた。
「マジだって、オイラ今までウソついたことないだろ?」
「道化師が何言ってんの。これまでもこんなウソつきまくってたじゃないの……」
モーニングスーツでかしこまった女性が入ってきた。目があった。
「ナッチ!?」
「……姫様!」
ナッチがあたしを抱きしめた。涙を流して喜んでいる。
- 496 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:04
- 「姫様、もうお加減のほうはよろしいのですか」
「うん、もう大丈夫だよ」
とりあえず話を合わせた。あたしは今まで寝たきりだったお姫様なのだ。後でそれとなく聞いたところによると、ナッティ・アベラルドという執事なんだそうだ。あたしはずっとナッチと呼ぶ。だってナッチなんだから。
「マリー、あの者はどこへ?」
「あれ? おっかしーなー、朝からずっとお屋敷にいたと思うんだけど」
「オレのことか?」
開いたままのドアに片手をかけて、もたれかかっているかっけー男の人がいた。あれは……。
- 497 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:05
- 「ヨッスィだー!」
ヨッスィもいるとは思わなかった。飛びつくと、ヨッスィは驚いたようにあたしを突き飛ばした。さわってみて、男じゃなくて女の子だということに初めて気づいた。
「あれ、姫様はヨスィのこと、知ってるの?」
マリーのびっくりしたような声が聞こえた。
「ヨッスィじゃないの?」
「オレはヨスィ・ヒッツミルだ」
「侯爵家の傭兵だよ」
女の子なのに兵隊さんなんだ。まあ、でも女の子の道化師や執事もいることだし、気にしないことにしよう。
- 498 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 21:05
- 「そういえば、私も姫様が病気になられる直前に、この家に執事見習いで雇われたのだし、よく私の名前をご存知でしたね」
「あはは、それはきっと、夢でも見てたんだよ、あはは」
笑ってごまかした。
「では姫様、お腹もすいていらっしゃるでしょうから、食事といたしましょう」
- 499 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 20:15
- *****
一階に下りて、食堂に入った。食堂もなかなか広い。侯爵って言ってたから、きっとすごいお金持ちなんだろう。
席には、あたしとナッチが並んで座り、向かいにマリーとヨッスィが腰かけた。使用人らしいおばさんたちが皿を並べ、大きななべを持ってきた。いい匂いがする。そう言えば、朝から何も食べてなかったっけ……。
「ねえねえ、ナッチ。これだけ?」
「これだけとは、いかがいたしましたか?」
「おとーさんとかおかーさんは? 旅行中?」
- 500 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 20:16
- ナッチはびっくりした顔をして、目を伏せた。マリーは横を向いて知らんぷりし、ヨスィは口笛を吹いていた。
「何も覚えられていないのですか……長い間病にふせっておられたのだ、それもいたしかたあるまい……」
「えと、自分の世界に入らないで、何があったのか教えて」
ナッチの話によると、おかーさんはあたしを生んですぐに亡くなり、おとーさんも一年ほど前にこれまた亡くなったそうな。
「……さあさあ、姫様、スープが冷めてしまうよ。早く食べようよ」
「まったくだ。腹ペコだよ」
- 501 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 20:17
- マリーとヨッスィがわざとらしい陽気な声をあげた。スープはあまりおいしくなかった。さっさと食事の時間が終り、なんとなくその場でまどろんでいた。
「ねえ、食後のコーヒーとかない?」
「へえ、姫様はずいぶん流行に敏感なんだね」
「そういえば海の向うではカフェってのが流行ってるんだって。ずっと寝てたとは思えないな」
「そう?」
ちょっとまずい発言だったかも。未来から来たような発言はしないようにしよう。ナッチがぱんぱんと手を叩くと、おばさんがポットを持ってやってきた。
- 502 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 20:17
- 「う〜ん、いい香り」
「これ、どこのコーヒー?」
「イエメンですよ。出入りのオランダ商人が持ち込んできたものです」
イエメンってどこだっけ。
「じゃあ、姫様にはもっと笑ってもらおうよ」
マリーの提案にナッチが賛成した。
「ほら、ヨスィ!」
「え、オレもかよ」
マリーに急き立てられて、ヨッスィもしぶしぶ従った。生まれたての子馬、とマリーが叫ぶと、二人は床の上で体をバタバタさせた。ナッチはすでに笑っていた。なんとなくおかしかったので、あたしも笑った。笑いすぎなのか、涙が出てきた。
- 503 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:46
- お昼の三時。咲き誇る花々を楽しみながら、ダージリンティの香りに身をまかせる。いやー、お姫様っていい身分だ。
「ねえ、マリー」
「はい、姫様」
「あたしって、誰?」
マリーはおおげさにずっこけた。古い樫の木を相手に剣の練習をしていたヨッスィがため息をついた。
「姫様は記憶をなくしているのかもしれないな」
「そっか。それはありえるよね」
- 504 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:47
- マリーの話によると、あたしの名前はマキ・ゴットウェルズ。おとーさんはここモニフィールドを領地に持つ侯爵だったんだそうな。
「でも、おとーさん死んじゃったんだよね。すると、今は誰が侯爵様なの?」
「姫様ですよ。姫様こそがこの栄えあるモニフィールド侯爵なんです」
おやまあ。あたし自身が大貴族の一人だったんだ。
「そうですよ。姫様は当主であらせらるのですから、いろいろ覚えていただかないといけないことがいっぱいあるんですよ」
そう言いながら、ナッチがたくさんの本や書類を両手に持ってやってきた。白いテーブルにどすんと置いた。
- 505 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:47
- 「まず、姫様自身の立場を理解していただきます」
「侯爵なんでしょ?」
「そうです。モニフィールド侯爵というものがどのような意味を持つのか、今からお話しましょう。そもそもゴットウェルズ家はアルフレッド大王の時代にさかのぼります。デーン人との戦争で功をあげたことで貴族に列せられました。ノルマンディー公が王位につきましても、その地位をおびやかされることはございませんでした。百年戦争ではブラック・プリンスに付き従ってポアティエにて大いに活躍され、その功で男爵になられました。薔薇戦争ではランカスター家を支持し、ヘンリー七世とヨーク家のエリザベスの婚姻を結ばせることに成功しました。これにて子爵に叙せられたわけです。ヘンリー八世がローマ法王と離婚問題で対立したときには、トマス・モアを退け、王を頂点にいただくイングランド国教会を成立させた立役者となったのです。このとき侯爵となりました。って、姫様、寝ないでください」
- 506 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:48
- 広げた地図を指し棒でたたきながら、ナッチが怖い顔でにらんでいた。
「これがどういうことかわかりますか、姫様?」
「うん、えっと、つまりあたしのご先祖様たちは、あっちこっちの味方しながら要領よく立ち回って、侯爵になったってこと?」
「まあ、そういうことです……ではなくて、ゴットウェルズ家は国教会とただならぬ関係にあるということです」
「最初からそう言ってよー」
マリーもそうだそうだと賛同した。ナッチがこぶしで叩いたテーブルが、ガタガタと揺れた。
- 507 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:48
- 「姫様、ちゃんと話を聞いてください。姫様が目覚められた今、姫様はたいへん危うい場所に立たされているのですよ」
「どういうこと?」
なになに、また殺されるのか。あんな思いは二回でたくさんだ。
「では、姫様の敵となる人たちのことをお話しましょう。まず栄光あるイングランド国内です」
ナッチが地図のやや左側にある、小さな島を指した。イギリスだ。
「姫様と、宗教的な立場で異にしているのが、議会の議員たちです。議員の多くは、長老派かピューリタンです」
- 508 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:48
- まったくわけがわからない。たしかイギリスはみんなキリスト教徒のはずだけど。
「先ほど言いましたとおり、姫様のご先祖様がローマ法王に背いて国教会を設立いたしました。法王のカトリックを旧教とすれば、国教会は新教です。しかし新教は国教会一つではないのです。ルター派、カルヴァン派、再洗礼派といろいろです。だから、寝ないでくださいって」
「んー、つまり微妙にあたしたちと宗派が違うわけだね」
「そうです。特に議会で大きな力を持つピューリタンは、国教会とは相容れないでしょう」
「そっかそっか。議会は王様と仲が悪いんだね。で、王様は国教会の一番えらい人だから、国教会のあたしと議会も仲良しさんじゃないと。じゃあ王様はあたしの味方なんだ」
- 509 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:49
- ナッチはここで首を振った。ヨッスィはつまんなそうに剣先をびゅんびゅん鳴らしている。
「今の王様は、血のつながりがあるとはいえ、ヘンリー八世の直系ではございません。もともとはスコットランドの王様だったんです。王様のお后はカトリック、つまり今の王様はカトリック寄りです」
「ちょいと複雑だよねー。カトリック、国教会、ピュータンはそれぞれ仲が悪いんだけど、議会に根ざすピューリタンに対抗するため、カトリック寄りの王と国教会が手を結んだんだ。王様は自分のいうこと聞くんだったらどの宗派でもいいみたいだけど」
マリーの言葉をヨッスィが受け取った。
「そういや、王はピューリタンの牧師が演説して回るのを禁止してたな。これに反抗したら鞭打ちに鼻そぎだってさ」
- 510 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:50
- 「姫様、お父上は国教会派とはいえ、こんな乱暴なことを快く思わず、何度も国王やカンタベリー大司教に諫言なさいました。ですので、国王と議会、ともに姫様のことを芳しく思っていないのです」
「手先はあいつだな」
ヨッスィの顔が険しくなった。
「そう、国王の側近、ストラフォード伯爵とその親衛隊長アヤーラ・マットです。ストラフォードがいろいろ介入してくることは十分考えられます」
- 511 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:50
- それから、とナッチ地図の島の中をつついた。
「ここがモニフィールド領です」
そのやや右に移動した。
「ここがソロベリー子爵領」
「ソロベリー子爵って?」
「姫様のいとこ、ミキット・フジェーヌ子爵です」
あー……。見たことないけど、顔はきっとあれなんだろうな。
「ミキット様は侯爵の地位を狙っていると噂されています。姫様にもしものことがあれば、子爵が相続順位一位ですから」
こっちのほうは理由がよくわかる。財産目当ての殺人事件はサスペンスドラマで見たことがある。
- 512 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:51
- 「敵は国内ばかりではありません」
ナッチが島の右側にある大陸を指した。
「まず、年来の仇敵であるフランス。世界中のあちこちで戦争しています。実は、ミキット子爵はフランス生まれですので、もしかするとリシュリュー枢機卿の息がかかっているやもしれません」
「オランダもなんかやだね」
マリーが身を乗り出して地図にのっかかった。なんでもオランダとは貿易のことでいさかいを起こしているらしい。
「モニフィールド領内にも大きな港があります。そこをオランダの武装商船が襲ってくる可能性はあります」
それから、ナッチはスペイン、オーストリア、ロシアのことを説明した。なんてことだ、周りは敵ばっかじゃないか。
「しかし、心配はいりませんぞ、姫様。私たちが命を賭して姫様をお守りいたします」
マリーとヨッスィもうなずいた。なんだか不安だ。ほんとに頼りになるんだろうか。
- 513 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:51
- 馬のいななきが遠くから聞こえてきた。馬に乗った騎士がいくつか、開けっ放しだった門から入ってきた。
「これは……」
「アベラードか、執事ごときは下がりなさい。あんたがマキ?」
「ソロベリー子爵様! その物言い、無礼ですぞ」
「固いこと言うなよ。いとこ同士じゃないか」
やっぱり、ミキティだった。もう驚いたりはしないけど。ミキティは馬からおりて、あたしのほうにやってきた。しげしげと眺めるので、ピースした。
「なんだ、馬鹿にしてるの?」
- 514 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:52
- 「ひ、姫様は長い眠りからお目覚めになられたばかりで、体調が優れないのです。今日はもうお引取りください」
「……まあいいか。面白いことになりそうだね……」
ミキティは思わせぶりなことを言うと、さっさと帰っていった。
「あいかわらずやなヤツー」
マリーがじだんだ踏んだ。
「やっぱりヤツの背後にはフランスがいる?」
「かもしれない……」
ナッチとヨッスィが暗い声でささやきあっていた。
- 515 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 22:07
- *****
とりあえず、国王に謁見するため、使者を都に派遣することにした。OKの返事をもらって、それから上京するということだ。それまでのんびりと領地ですごすこになった。
マリーやヨッスィたちは陽気で、それなりに楽しかったけど、どうにもがまんがならないことがあった。
「ねえ、ナッチ」
「なんですか、姫様」
「お風呂入りたいんだけど」
「またですか。昨日入ったばっかりじゃありませんか」
「毎日入りたいの」
- 516 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 22:08
- 使用人のおばさんたちに話を聞くと、お風呂は月に一回入るかどうかなんだそうな。それはあまりにもあんまりだ。
ヨッスィやマリーも、いったいどこで遊んでくるのか、泥だらけでお城に入り込んできて、平気な顔をしている。
そこでみんなを集めて、次のことに従わせるようにした。朝起きたら歯を磨いて顔を洗う。トイレ行ったら手を洗う。料理の前にも手を洗う。お風呂はみんな毎日入る。骨付き肉を食べたら、骨を床に捨てない。
「えー、めんどくせー」
「毎日お風呂入ったら、ふやけちゃうよ」
「あたしは誰?」
「モニフィールド侯爵様です」
「じゃあつべこべ言わない」
- 517 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 22:08
- ナッチ、マリー、ヨッスィや使用人以外でも、城に出入りする商人や役人たちにも、手を洗わせ、服のほこりを落とさせてから入るようにさせた。
あるときマリーがこんな話をした。
「道化師仲間から聞いたんだけどさ、フランス人って香水むちゃくちゃつけるんだよ。あれ匂い消しなんだってさ」
「香水なら、ほら」
あたしは、商人からもらったこびんを取り出した。フタをあけて匂いをかがせる。マリーは口と鼻をおさえて顔をしかめた。
「すんげーくさっ」
「ね。あなたたちも、こんな香水つけたいんだったら、手を洗わなくてもいいよ」
「そうそう、姫様。領民が姫様のことを『tidy Maki(きれい好きなマキ)』って呼んでるみたいだよ」
「『たいだ』? そんなに怠けてるかな、あたし……」
- 518 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:36
- *****
道はアスファルトじゃない。でこぼこな道をカランカランと大きな音を立てながら進んでいく。
「いつもの二輪馬車じゃないんだ」
「四輪じゃないと、都につく頃には壊れてしまいますよ」
マリーとヨッスィはなんだか退屈そうだ。二人とも狭いところでじっとしているのが苦手なんだろう。
- 519 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:36
- 数日かかってようやくロンドンに入ることができた。
「ほらほら、ヨッスィ、あれビッグバンだよね?」
「なんだそれ」
「ほらほら、マリー、ロンドン塔だよね? 一度入ってみたいな」
「入らないほうがいいと思う……」
おとーさんの知り合いだったというなんとか伯爵のお屋敷を借りて(前におとーさんが持っていたのは死んじゃったときに処分しちゃったんだそうな)、いろいろ準備をした。
- 520 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:37
- 「王様ってさあ、あたしのこと気に食わないんでしょ? イジメとかされるのかな」
「どうでしょう。初めてお見えになるのですから、案外興味を持たれていらっしゃるかもしれませんよ」
さて、謁見の日。マリーとヨッスィは身分が低いとのことで宮殿の中に入れなかった。知らないおばさんたちがあたしのほうを見てヒソヒソとささやきあっている。なんか感じ悪い。
やたら大きな扉が開いた。そこを通れとのことで、ドレスのすそを引きずりながら、うつむきがちに前へ進んだ。王様の足がちらと見えたのでそこで止まった。
「おまえがマキ・ゴットウェルズか」
なんか聞き覚えのある声がした。見上げると、王様は。
- 521 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:37
- 「なーんだ、ユウちゃんかー」
「これ! 国王に向かってなんと無礼な!」
王様の後ろにいた衛兵たちが前に出てきたのを、王様が制止した。だってユウちゃんなんだからしょうがない。
「さよう。余はイングランド国王ユーコズ一世である。モニフィールド侯爵は元気があってよろしい」
あ、誉められた。
「……が、行過ぎると痛い目にあうこともあろう。気をつけるがよい」
あ、にらまれた。
- 522 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:38
- 下がってよろしいと言われたので、少し駆け足で赤いじゅうたんを逆走した。ドアが閉まる直前に振り返ると、ユウちゃんが玉座に座りながら頬づえをついていた。バイバイ、と手を振ったときにドアが閉まった。
ナッチが泣きそうな顔で手を引っぱってきた。
「姫様、なんと恐れ多いことを」
「だってユウちゃんだし」
「確かにユウちゃんですけど、とりあえず、屋敷に戻りましょう」
- 523 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:38
- 宮殿を出たところで、せっかくだから見学していこうと、嫌がるナッチを説得した。どうやってもぐりこんだのか、マリーとヨッスィを見つけたので、みんなで中庭に入った。
「おや、これはこれは、モニフィールド侯爵様」
知らないおじさんがうやうやしく手を出してきたので、とりあえず握手した。ナッチやヨッスィの顔がこわばっている。
「おじさん、名前なんて言うの?」
おじさんの顔が醜くゆがんだ。なんか性格悪そう。ナッチが後ろからささやいた。
「姫様、この方がストラフォード伯爵です」
「あ、そうなんだ。このおじさんが敵の一人なんだ」
マリーがあーあとつぶやき、顔を手で覆った。
- 524 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:38
- 「新しい当主はなかなか言いにくいことをはっきりいう御仁だな」
「ねえねえ、ナッチ。侯爵と伯爵ってどっちが偉いの?」
「侯爵のほうが位が高いんですよ、姫様」
「えへへ、じゃああたしの勝ちー」
ピースした。口がきけなくなったのか、黙り込んでしまった伯爵の背後から、一人の騎士が前に出てきた。
「伯爵、こいつやっちまいましょうか」
- 525 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 22:39
- アヤヤだ。ヨッスィが負けじと前に出た。
「ひさしぶりだね、アヤーラ」
「おや、ヨスィじゃない。どこ行ったのかと思ったら、世間知らずなお姫様のおもり?」
二人が視線で戦っている。なんだか仲悪そう。
「マット、陛下の宮殿だ。ここではよせ」
伯爵が背中を見せて歩き始めた。アヤヤはあっかんべーしてその後についていった。あたしとマリーもべーしてやった。
- 526 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 22:49
- *****
せっかく都に来たんだからということで、あちらこちらを見物して回ることになった。馬車に乗って、お寺やお店をのぞいて回る。
「ルイ・ヴィトンとかグッチのバッグはないの?」
「なんですか、それ?」
広場では、人だかりができていた。檀の上で、誰かがこぶしをふりまわしながら、何やら熱心に演説している。
「庶民院の議員のようですね」
「庶民院?」
「議会は貴族院と庶民院に分かれてるんだ。貴族院は貴族の代表で、庶民院は商人とかジェントリーの代表」
「あー、ジェントルマンって聞いたことある」
- 527 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 22:49
- ついでに、ということで、議事堂に行ってみた。なんでも十一年ぶりに議会が開かれているのだそうだ。
「王様、好き放題やっちゃってね。船舶税っていうのがあって、海や港の防備のために船や船員を提供するか、かわりにお金払うかしないといけないんだ。最初港町でだけにかけられたんだけど、海のない都市でもかけられるようになって、みんな怒っちゃったんだ」
「よくわかんないけど、税金は払いたくないよねー」
「スコットランドで反乱のきざしがあるんだけど、それを鎮圧するための経費がない。それで国王はお金を集めるために議会を召集したんだけど……」
「王様なのに、議会がないとお金集められないの?」
「新しい税金をとるなら、議会が認めないとだめなんだ。それがこの国の伝統さ」
- 528 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 22:50
- マリーとヨッスィの話によると、庶民院はおろか貴族院すらも王様のやり方に反対しているらしい。さて、あたしの味方はどっちにいるんだろうか。
中に入ると、熱気が充満して暑苦しかった。何百人もの議員がいて、彼らに取り囲まれられるように真ん中にユウちゃんが座っている。その前で、一人の議員が何かしゃべっていた。
「陛下は市民を省みず、ただ僅かな廷臣とともに国家を私し、無軌道な独占の勅許により商業活動が停滞され……」
ユウちゃんはしぶい顔をしている。
「よってこれらの事項全てが改善されない限り、議会は鎮圧軍の経費予算を承認してはならないのであります……」
- 529 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 22:51
- 割れんばかりの拍手が起こった。議長が立ち上がり、たちまち「議会および国家の自由の保証が得られるまで,国王の課税要請に応じられない」ということを決議した。ユウちゃんはゆっくり立ち上がった。
「よーくわかった。ならば、議会は解散する」
怒号が鳴り響く中、ユウちゃんはゆうゆうと壇上から消えた。あたしたちもここが頃合と議事堂を出たら、なんだか見たことがある顔を見つけた。
「あ、カオリ……」
カオリは、あたしの声に気づかなかったのか、街の雑踏にまぎれていなくなってしまった。
- 530 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:38
- *****
おとーさんの知り合いだった貴族のお屋敷を表敬訪問する。会う人会う人、「あなたがあのマキ姫様ですね」という。いったいどんな噂が流れているのだ。
そのうちの一人、なんとか男爵夫人が「今、フランスからかの有名なアイーダ夫人がこちらに来ていて、サロンというものを開いているのでいかが?」と誘われた。
「行ってもみてもいい?」
「それなら、明日の朝領地に帰ることにしましょう」
- 531 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:39
- 護衛にヨッスィをお供に連れて、アイーダ夫人が逗留しているというホテルに向かった。すでに男爵夫人から紹介状が届けられていたようで、歓迎された。ヨッスィはホテルの待合室でお留守番。
その部屋に入ると、妙なにおいがムッと鼻をついた。アイーダ夫人はフランス人だ。ということはいつも強烈な香水をつけているのだろう。
「香水をつけてるんですね」
「ええ、アイーダ夫人に教えてもらったんですよ。あなたもいかが?」
マコトがこびんを取り出した。ふたをしてるにもかかわらず、なんともいえない匂いがこぼれ出ている。あたしは愛想笑いで断った。このマコン夫人だけでなく、アイーダ夫人の取り巻きは全員この強烈な匂いのする香水をつけてるんだそうな。早く帰りたい。
- 532 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:39
- アイーダ夫人は……アイちゃんだった。取り巻きはマコト、アサミちゃん、リサちゃん、レイナちゃん、エリちゃん、サユミちゃん。香水の種類は違えど、みなそれぞれ独特の臭気を放つ香水をつけていた。匂いがしないのはあたしの半径十センチ内だけだった。
アイーダ夫人を中心にとりとめもない話が続いた。話題は今流行りの演劇とかファッションだった。
「『ル・シッド』をご覧になりました、レーナ夫人?」
「もちろんでございますわよ、シスル夫人。侯爵様はいかがでした?」
「え? え、うん、ルシードはいい色が出てるよね」
「さすが侯爵様、ル・シッドはたいへん色気のある騎士ですわ」
「まあ、リタ夫人」
- 533 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:40
- さていくつかのグループに分かれておしゃべりに興じていると、アイーダ夫人が晩餐の準備が整ったのでと、別室にあたしたちを案内した。あたしは、なんとなくいっしょにいたサユミちゃんと、最後におずおずと入った。すぐにエリちゃんに呼び止められた。
「侯爵様、ホテルの待合室にいる騎士は侯爵様の?」
「ん、あ、ヨッスィか。そうだよ。どうしたの?」
「何かあったのかしら、奇声をあげてると侍女から」
ヨッスィめ。恥をかかせないでよ。
「さ、侯爵様、お座りになって。エリン夫人も」
- 534 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:41
- みんな席についていた。残っていた三つの席の真ん中に、すでにサユミちゃんが座っていた。あたしとエリちゃんもそそくさと座った。
「アイーダ夫人の用意されるフランス料理はすごくおいしいのですよ」
隣のサユミちゃんが教えてくれた。フランス料理はいいのだけど、こんな香水の匂いがプンプンする中で食べて、果たしておいしいのだろうか。料理は匂いも楽しめるのだ。あたしはかろうじて料理の匂いがわかるけど、ほかのみんなは多分ちっともわかんないだろう。
すでに、スープの入ったお皿が目の前にあった。なんかどんより濁っているけど、何が入っているのかな。
- 535 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:42
- 「さあ、みなさん、温かいうちに召し上がれ」
スプーンですくって、口元に持っていった。
「ん?」
なにこれ。変な匂いがする。でも、みんな「おいしいおいしい」と飲んでいる。マコトなんかあっというまに平らげた。一口すすって、苦いというか、なんというか、思わずハンカチを出してその中に吐いてしまった。
「まあ、侯爵様、お口に合いませんでしたか?」
「……てゆーか、変な味」
すると、今まで横でニヤニヤしてたエリちゃんが、とつぜん体をクネクネさせて、床に倒れた。
- 536 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:42
- *****
それからはてんやわんやの大騒ぎとなった。まずお医者さんがやってきて、とりあえずエリちゃんをベッドに寝かせた。
「これはいけません、アイーダ夫人」
「どういうことですか」
「痙攣や呼吸困難を起こしています。たいへん危険です」
やがて、警察の人がやってきた。アイちゃんが呼んだらしい。ヨッスィも何事かと部屋に飛び込んできた。あたしはヨッスィのところに行った。
- 537 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:43
- 「姫様、何があったんです」
「わからない。わからないけど」
スープが変な味だったこと、エリちゃんが倒れたことを話した。ヨッスィは、あたしの皿に指を入れ、一なめしてすぐに吐いた。
「おい、そこの医者、これなんだ?」
お医者さんが皿の匂いをかいだ。
「これは明らかに毒です。他の皿は……」
毒が入っていたのは、あたしのとエリちゃんのだった。
- 538 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 21:44
- 「全員には入ってなかったんだね」
「姫様、のん気なこと言ってる場合じゃないよ。誰かに殺されるところだったんだよ」
またか。もう慣れた。警察の人は厨房を調べた後、ここに集まっている人たちの持ち物を検査しようとして、アイちゃんに拒否された。名のあるご令嬢たちを疑うのですか、ということだ。
警察の人の調査は後日続けられるということで、あたしたちは解放された。帰りの馬車の中、ヨッスィが不吉なことを言った。
「犯人はあの夫人たちの中にいる。ただ、面倒なのは、誰もがあのストラフォード伯に近しいということ……」
- 539 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/07(金) 22:57
- ( ´ Д `)ゴマー
- 540 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/11(火) 22:10
- ***
少年は、彼女の顔をのぞきこんだ。機械のうなる音がかすかに響く。
彼は、リョービの電気ドリルをつかみ、床に屈んだ。金属がぶつかり合う音がして、すぐに止んだ。彼はそれを放り捨てた。机の引き出しからヤスリを取り出す。これもすぐに投げ捨てた。
「何で出来てるんだ、この鎖?」
顔をしかめた彼が、突然振り向いた。重い扉がゆっくり開き、数人の若い女性が入ってきた。
「あ、飯田さん……」
- 541 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/11(火) 22:11
- 「ユウキくん、これどういうこと?」
少年は口笛を吹いて顔をそむけた。
「ごっつぁんがさー、なかなか来ないからさー、心配して来たんだよ。あれ?」
背の低い女性がとことこと部屋の奥に進んだ。
「寝てんのか」
「寝てるんじゃないですよ、矢口さん」
少年は、彼女たちに説明を始めた。話が進むにつれ、彼女たちの顔が暗くくもっていった。
「なにそれ、まるで子供みたい」
「ごっちんらしいって言えば、らしいんだけど」
- 542 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/11(火) 22:12
- 「でもね、ユウキくん、私たち、これからお仕事なのよ。ごっちんも行かなくちゃいけないの。わかるよね」
「もちろん、オレだって芸能界にいたことあるからさ、仕事が大切だってことわかるよ。でも、オレにはどうしようもないよ。姉ちゃんが望んだことだし、こっちから何か操作して戻すなんてことはできないんだ」
肌の黒い少女が眉をひそめた。
「じゃあ、ごっちんが戻りたい、って思うまで戻って来れないわけ?」
「あるいは、姉ちゃんが向うの世界で死ぬまで」
四人の女性は、ただ立ち尽くすのみだった。
- 543 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:28
- *****
2.敵の敵はやっぱり敵
モニフィールドに戻ったあたしたちは、これからのことを話し合った。まず、領内の教会に行ってごあいさつ。町の参事会にも顔を出さないといけない。
「国王とストラフォード伯爵にケンカ売ったわけですから、それに対抗できる勢力を味方につける必要があります」
「王様はカトリック寄りだから、国教会の支持をとりつけなきゃ」
「でも、カンタベリー大主教は国王の手先ですから、非大主教派へのコンタクトを、領内の教会に頼みましょう」
難しいことはわからないので、ここはナッチに任せとこう。
- 544 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:29
- 「それよりさー、王様がいきなり攻めてこないかな?」
あたしの疑問をナッチはあっさり否定した。
「そんなお金があるくらいだったら、国王は議会を招集したりしません。スコットランドの反乱を鎮圧するため費用をひねり出すための議会だったんですよ?」
なんだか軽蔑された気がする。
「武力という点では、国王よりストラフォードの方が気にかかる」
ぼそっと言ったのはヨッスィだった。
- 545 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:29
- 「なんで?」
「もちろんストラフォードには動かせる大きな軍隊はない。けれども、ロンドン市内では話が変わってくる」
「そうだよなー。ロンドンの治安部隊を握ってるからなー」
あたしは貴族だ。ロンドンに用事があることも多々ある。そのときに襲われる可能性があるのだそうだ。
「でも、ヨッスィが守ってくれるんだよね?」
「何人かで護衛にはつくけど……限界がある」
- 546 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:29
- *****
自分の身は自分で守れ。庭に出たあたしは、ヨッスィに一本の剣を渡された。
「サーベル?」
「これはレイピア。これから毎日訓練するよ」
ヨッスィも練習してた、木にぶら下がった棒を相手にすることになった。
「握りはこう」
「こう」
「で、構えて」
「うん」
「基本は、前に出て、まっすぐ突いて、後ろに下がる。やってみて」
- 547 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:30
- やってみた。剣先が棒に当たって、棒がぶらぶら揺れた。
「初めてにしてはまあまあだね」
えへん、と胸をそらした。
「でも、足の送りが変。こう、すっと前に出ないと」
ヨッスィのお手本にあわせて、あたしもやってみる。でもうまくできなかった。
「ヨッスィさあ、あたしこんなヒラヒラのスカートなんだよ。これじゃうまくできるわけないもん」
「じゃあ、どうすんのさ」
あたしはヨッスィの軍服を指差した。
「あたしもこんなのが着たい」
- 548 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:30
- 早速ナッチにお願いして、一着あつらえてもらった。ちょっと重いけど、これなら運動がしやすい。毎日一時間ずつ、ヨッスィと剣の訓練をした。アン・ガルト、マルシェ、クウ・ドロワ、ロンペ、ファーント、フレッシュ、……。
何日かたったところで、あたしはヨッスィに提案した。
「ねえ、そろそろ棒切れ相手にするの飽きてきたんだけど」
「……あのさ、アイーダ夫人のサロンで起こった事件」
「ん?」
「姫様の命が狙われたんだよね」
「そーなるね」
「何か情報入った?」
- 549 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:30
- 警察の人──国王直属の近衛隊の人だった。アイーダ夫人はフランスからの重要な客人だし、招かれた人も貴族の令嬢ばかりだったので、市兵が出る幕ではなかったんだそうな。その人から手紙が届いた。エリちゃんは死んじゃった。かわいそうに。
「台所とか、どこにも毒は見つからなかったって」
「それじゃあ、荷物を見せなかったあの人たちの誰かってことか」
そうなる。そして、エリちゃんとあたしの命が狙われたのだ。だから、あたしは自分で自分の命を守らなければならない。もう死ぬのはたくさんだ。
- 550 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:31
- 「じゃあ、対人で訓練しよう」
ヨッスィが構えた。あたしも、木を背中にしてレイピアを目の位置に上げた。アン・ガルト。
「本気でかかってこないとケガするよ、姫様」
動作を頭の中で確認する。前に進んで、突いて、後ろに下がって……。
右の頬に風を感じた。つま先が上がり、背中が木にぶつかる。顔を動かさず、視線だけ右に向けると、鋼の棒が木に突き刺さっていた。
「ぼけっとしてると、ケガするって注意したよね」
「ヨッスィ、ずるいよ。あたし初心者なんだから、ちょっとくらい待ってよ」
「敵は待ってはくれないよ」
「敵は待たなくてもヨッスィは待つの」
- 551 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:31
- ヨッスィは苦笑して剣を引き抜いた。あたしはもう一度構える。一歩前に出る。おじゃマルシェ。そして、思い切り。
あたしの剣が舞った。手がしびれた。
「なかなかいいんだけど、もっとスピードがないとだめ」
ヨッスィによると、力ではなくスピードがあれば十分なんだそうだ。最近筋力が落ちてきてるから、そっちに重点を置くのもいいかも。
そこから数日間、剣を繰り出すスピードを上げる訓練となった。でも、これ、右手が疲れる。右手だけ太くなると不恰好だ。
「ねえねえ、ヨッスィ……」
「うん、じゃあそっちのほうもやってみようか……」
- 552 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:22
- *****
今日は町の参事会に行く日。これといって用はないけれど、領主として顔を出しておくのは重要だと、ナッチが言っていた。貿易商人とパイプを持てば、いろんな物が手に入るし、王様と対決している今は商人たちを仲間につけたほうがいいのだ。
赤レンガの建物に入ると、参事会の議員たちがあたしたちのほうにやってきて、どうもどうもと言いながら椅子をすすめてきた。
「今日の議題は何ですか?」
「マッキン港に入港する船のことなんですけど、現在、バルト海沿岸のものしか認めていません。それをもう少し拡大するかどうかを審議しています」
- 553 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:22
- モニフィールド領は、マッキン港で荷揚げされる輸入品でうるおっているのだ。関税もかけられるし、取引に伴ういろんな税金も入ってくる。
「バルト海以外というと、地中海?」
「いえ、地中海の船は南部のほうに押さえられてますし、今更うまみは少ないでしょう。東インドですよ」
議員の話によると、大陸の東でとれるこしょうとかがたいへん高値で取引されてるそうだ。
「じゃあ、いいじゃん。いっぱい儲けることができるんでしょ?」
「それがですね、本国の船ならいいんですが、わが国はまだそこまで規模が大きくないんです。そこで、オランダ商船を入港させようという案が……」
「それだと、中間マージンがどれくらいになるのかが焦点ですね」
「ええ、そこでどのような契約を結ぶべきか、その当人を呼んでいますので」
- 554 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:23
- 議員は別室に入っていった。あたしはナッチの袖を引っぱった。
「ねえねえ、いい話?」
「基本的にはいい話ですよ。香辛料は貴重品ですから。ただ……」
「ただ?」
「オランダとわが国は経済上のライバルです。オランダはいち早くインドに交易の拠点を作っていて、ほぼ独占状態ですから」
オランダは小国だ。その上フランスの隣なので、いつ飲み込まれるかわからない。そんな国が大きくなるには、貿易で儲けるしかない。オランダ人は先行者であるポルトガルやスペインの勢力をさけて、ジャワ島を占領した。
- 555 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:23
- 「ジャワでオランダと戦ったのがイギリス軍なんです。その頃からの不倶戴天の敵ですから。だからそのオランダ人がいったいどんなつもりでいるのか、さっぱりわかりません」
ナッチのレクチャーが終わった頃、ドアが開いてさっきの議員が出てきた。誰と握手してるのかと思ったら、リカちゃんだった。
「それでは、この条件で参事会に諮ります。反対者は一人もいないでしょう」
「それなら、来週金曜日の荷揚げするスケジュールを組みますので」
リカちゃんがこっちに気づいた。
「あなたがモニフィールド侯爵様ですね」
手を出してきたので握手した。こっちのリカちゃんも肌が黒い。
「船に乗って、あちこちを旅しているから、日にも焼けます」
- 556 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:24
- 「議員、関税はどのくらいに決まったんですか?」
ナッチが書類をのぞき込んだ。関税が高ければ、あたしたちの取り分が多くなるのだ。
「いかがです。悪い条件じゃないでしょう」
「そうですね……これではいかが?」
ナッチが羽ペンで横に数字を書き込んだ。
「これは……通常の倍じゃありませんか、いくらなんでも……」
「私はそれでも構いませんよ」
笑顔なんだけども、リカちゃんの顔はひきつっているようにも見えた。
- 557 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 22:24
- 帰りの馬車の中で、あたしはナッチにたずねた。なんでいつもの倍の関税をふっかけたのか、その理由があたしにはわからなかった。
「あのオランダ商人が何を考えているのか見極めたかったのです、姫様」
リカちゃんは何もためらわず承諾した。いくら巷で人気の東インド産コショウとは言っても、もうけは随分少なくなってしまう。にもかかわらず、その条件を飲んだということは、何かたくらんでいるにちがいないとナッチは言うのだ。
「姫様、何者かが姫様の命を狙っているのです。用心に越したことはございませんので、十分注意なさってください」
- 558 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:41
- *****
今日はヨッスィといっしょに都に来ている。貴族なんだから、月に何度かはロンドンに出てこなければならない用事もいっぱいある。そこで、ちょうどいいお屋敷でも借りようかと、探しに来たのだった。
「使用人付きの物件がいいでしょう。留守にしている時の維持も任せる必要がありますから」
都に来る前にナッチが助言してくれた。少し年をとった、堅実そうな夫婦がいいんだそうな。あたしが都に来るときには、くっついてくるのはナッチたちせいぜい数人だから、そんなに大きくなくてもいいんだけど、あまりにもみすぼらしいと侯爵のコケンにかかわるとか。角地のお屋敷に決めた。
- 559 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:41
- 「ここでいいのかな、ヨッスィ?」
「宮殿からは川を隔てて少し離れているけど、そのほうがいいんじゃない」
このまますぐに帰るのはなんなので、ロンドン見物をする。この前は名所まわりだったので、今回は違うところに行こう。
「違うところ?」
「お店とか、どんなのか見てみたい」
どこかの商店街に入った。馬車から降りると、地面は昨日からの雨でぐしゃぐしゃだった。白いドレスなので泥がつかないように、すそをいくぶん持ち上げながら歩く。
- 560 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:41
- 八百屋さんに肉屋さん、家具屋さん。コンビニや本屋さんはなかった。花をかかえた女の子がよってきて、ヨッスィに売りつけようとしたけど、ヨッスィは手を振って追っ払った。
「アクセサリーとか売ってるお店ないの?」
「宝石店のこと? じゃあ、違う通りに行こう」
目的の店に入ると、店主が手をもみながらあいさつしてきた。
「もしかして、モニフィールド侯爵様ではございませんか」
「知ってるの?」
「もちろんでございますとも。今やこのロンドンで侯爵様のことを知らぬ者はございませんよ。お近づきのしるしに、今日は勉強させていただきますとも」
- 561 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:42
- 店主はそう言って、いろんなアクセサリーを並べ始めた。値段を聞いても、何ポンドとか、何シリングとか、いったい日本円でいくらなのか見当がつかない。とりあえず、宝石のついたペンダントを一つ選んだ。
「支払いは、この屋敷に連絡入れて」
ヨッスィが住所を店主に教えた。
「ヨッスィは買わないの?」
「そんなチャラチャラしたのいらない。第一お金がない」
こっちのヨッスィも倹約家らしい。この後もヨッスィを連れてあちこちのお店を見て回った。のどがかわいてきた。
- 562 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:42
- 「ねえ、ヨッスィ、マックどこ?」
「……ないよ」
グラスのマークらしい看板を見つけた。喫茶店かな。
「あのお店に入ろうよ」
「あ、姫様、そこは」
あたしはとっととドアを開けて中に入った。中はけっこう混んでいた。タバコとお酒のにおいでくさい。喫茶店じゃなかった。でも、オレンジジュースくらいあると思う。
- 563 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:43
- 床は細かいホコリが舞っていた。白いドレスを汚したくない。あたしは慎重にカウンターまで歩いた。
「ねえねえ、オレンジジュース二つ」
店のおじさんは返事どころかこっちを見向きもしない。それでも、奥のほうにいってグラスをつかんでいたので、注文は聞こえたようだ。
「姫様」
ヨッスィがあたしの左にきて、背中を向けた。見ると、あれほど騒がしかった店内が静まり返っている。ヒゲモジャのおじさんたちがあたしのほうを見て、なんだかにらんでいた。みんな、お揃いの黒いシャツに黒いマントだ。
- 564 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:43
- 「ヨッスィ、ここ、ヤバイとこ?」
「ヤバイね」
店のおじさんが乱暴にグラスを置いて、オレンジジュースがすこしこぼれた。
「ここはガチガチの王党派の集まるところらしい」
「王党派……」
ってなんだっけ、と聞こうとしたけど、そんな雰囲気ではなかった。ヨッスィの顔が緊張でこわばっている。
「しかも、こいつらみんな、ストラフォード伯爵の私兵だ」
がちゃんと音がした。ドアのかんぬきを下ろしたらしい。サーベルを抜いたやつもいる。
- 565 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:44
- 「これはこれは、モニフィールドのお姫様」
こいつがリーダーかな。ニヤニヤして気持悪い。
「侯爵様がこんなところにどんな御用で?」
「いやいや、侯爵様が下々のパブにやってくるわけがなかろう」
「それもそうだ。ということは、このお嬢さんは?」
「オレたちと一緒にはしゃぎたいんだろうぜ」
一人が腕を伸ばしてきた。あごの辺りをつかまれそうになったので、すっと避けると、そいつはよろけて汚い床に転がった。
何をしやがる、と前に出てきたヒゲ男には、グラスを投げつけた。オレンジジュースが目にしみたのか、床の上でしきりに顔をこすり始めた。男たちがいっせいに剣を抜いた。やばそう。
- 566 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:46
- 「やっちまえ!」
ヨッスィがそばのテーブルをひっくり返した。あたしはカウンターの上に飛び乗って、上の棚にあったワイングラスを次々投げた。
「ヨッスィ!」
「うん!」
ヨッスィもカウンターに登って、足をつかもうとする男に向かって剣で一薙ぎした。ひるんだところを、あたしはカウンターに置いてあった樽をひっくり返した。中からワインがどぼどぼこぼれて、何人かが足を取られた。
ドレスがオレンジ色やピンク色に染まっていた。クリーニングしないといけなくなった。店のおじさんはどっかに消えていなくなっていた。いつまでもこんなことしてられない。相手はいっぱいいる。いつか捕まっちゃうだろう。
- 567 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:46
- あのドアのかんぬきを開けるだけの時間を作らないといけない。ヨッスィと目があった。考えることはいっしょだ。
あたしはカウンターの中に飛び降りた。ヨッスィが食い止めている間に、あたしは厨房に入った。きっとあるはずなんだけど……。
「ヨッスィ! あったよ!」
あたしは、ふたのついた大きなつぼをお腹に抱えて、カウンターに置いた。ヨッスィはふたを取って、目の前の人に投げた。うめき声がして、ふたが跳ね返った。ヨッスィはつぼを肩に抱えて、ニヤリと笑った。
「ほーら!」
中から少し黄色っぽい液体が飛び出した。
- 568 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:47
- 「ヨッスィ、もう一個あった」
ヨッスィは全部残らずぶちまけた。あたしは厨房の暖炉につっこんであった棒を持ってきた。バチバチと音を立てて燃えている。
「ほら、どかないと、丸焼けになっちゃうよ」
油まみれの黒服たちは、あたしの持っている棒と液体の匂いで、あたしたちが何をやろうとしているのかわかったのだろう。やめろやめろとわめきながら、少しずつ後ずさりする。
「へーんだ」
ヨッスィとあたしは棒と剣で威嚇しながらドアまで進んだ。あたしがかんぬきに手を伸ばしたそのとき、あの声が聞こえてきた。
- 569 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:48
- 「何騒いでんの?」
二階に通じる階段から、アイツがゆっくり下りてきた。
「あれ、ヨッスィと世間知らずのお姫様じゃん」
「アヤーラ……」
この気取った身振りはアヤヤだった。アヤヤは床がびしょびしょなのを嫌ったのか、階段の途中で下りるのをやめた。手すりに体をもたれさせる。
「派手に暴れてくれたみたいね。これって宣戦布告のつもり?」
いや、たまたまそんな風になっちゃったけど。悪意はこれっぽちもなかった。でも、そう受け取るなというほうがムリなんだろう。
「まあいいや。そっちのお姫様はどうとでもなるとして……」
なんか失礼なことを言われた気がする。
- 570 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 21:48
- 「腕は落ちてないかな、ヨッスィ?」
アヤヤは剣を抜くと階段を蹴った。床に足をすべらせることもなく、あっというまにあたしたちに迫った。ガチンという金属音と火花が飛ぶ。ヨッスィとアヤヤの剣が交錯していた。すぐにアヤヤは後ろに飛びのいた。
「受け止めるのが精一杯みたいだね」
アヤヤはフンと鼻で笑った。なんだかくやしい。
「今日はもうお帰り。そんなにあせんなくても、そのうちきっと会えるよ。きっとね……」
あたしは黙ってかんぬきを抜いた。硬い表情のヨッスィを先に出して、あたしはあかんべーしながら出た。ドアを閉じる前に、火のついた棒を中に放り投げた。
火を消せとかなんとか、パブから漏れる怒鳴り声を聞きながら、あたしたちは待たせている馬車のもとに向かった。借りたお屋敷に戻るまで、ヨッスィもあたしも口をきかなかった。
- 571 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:48
- *****
お屋敷でも、ヨッスィと剣の訓練を続けた。お屋敷を借りる契約書ができあがり、家主さんと正式な契約を結んだ。これでとりあえず今回の用事は終わったので、モニフィールドの領地に帰ろう。
帰る前日、荷物をまとめていると、あの近衛隊の人が尋ねてきた。副隊長というから、けっこう偉い人のようだ。用件は、もちろんこの前のエリちゃんの事件だ。
- 572 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:49
- 「あの後いろいろ調査を進めまして、ある程度事件の手がかりをつかんできました」
持ち物検査ができなかったことがくやしかったらしい。この人は裏から手を回して、当日アイちゃんたちが持ち込んでいたバッグの中味を調べ出すことに成功した。
あたしたちが解放されてすぐ、この人は上司(つまり隊長さんだ──すごく偉い人)の了解を得て、部下をみんなのお屋敷に派遣した。みんなのお父さんお母さんに話をつけて、すべての香水のびんを借り受けたそうな。
「あたしのところには誰も聞きにきてないよ」
「マキ様はあの日、飛び入りの客人でしたし、あの令嬢方のどなたとも初対面でしたのでしょう。マキ様が犯人であるなど、露ほども考えませんでしたよ」
「で、何か見つかった?」
- 573 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:49
- 宝石とかアクセサリーとか、ありふれた物以外にみんなが持っていたのは、何本もの小びんだったという。
「もしかして、香水が入ってるんじゃない?」
「さすがマキ様、先代モニフィールド侯爵の血を引くお方だ」
みんなフランスから来たアイちゃんの影響を受けている。あの日もみんな香水プンプンつけてて、もうたまらなかった。
「令嬢方の付き人にも極秘で尋問したりもしました。小びんはみな同じ形、色をしています。なかなか、ガラスのびんというのも貴重品でして、そんなに種類がないのですよ。これがどういうことかわかりますか?」
わからない、と正直に答えた。
- 574 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:50
- 「毒物が何であるかわかりました。タバコの葉を煮詰めたものです」
あ、ニコチンか。でも、それが香水のびんとどういう関係があるのかな。
「これは少量でも嚥下すれば、たいへん危険な状態になります。エリン嬢の症状はまさしくそうでした。ただ、この毒はにおいと味がするので、普通ならばすぐに吐き出してしまうのですが……」
あのときはふつうの状況じゃなかった。きつい香水の匂いで、他の匂いなんかほとんどわからなかった。あたしはなんとか気づいたからよかったけど、エリちゃんにはわからなくて飲み込んじゃったのだろう。
- 575 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:50
- 「そうなると、先ほどの小びんが問題になります。おそらくこの毒も同じような小びんに入れられて、隙を見てスープの皿に入れられたのでしょう。しかし、同じ色つきの小びんが何本もあって、匂いは香水で紛れてしまっている中、どうやって犯人は毒の入った小びんを見分けることができたのでしょう? 匂いでしか区別することができないんです」
「何か、ラベルか目印でもつけていたのかも」
「私もそう考え、全ての小びんを丹念に調べました。しかしそんな跡はどこにもない。アイーダ夫人の屋敷から帰る途中に捨てた可能性は、付き人の証言からは考えられません。みんな、馬車から途中で降りたりしなかったのです」
- 576 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/21(金) 22:50
- 「びんの中から、その毒の残りとか見つからなかったの?」
おじさんは残念そうに首を振った。空っぽのびんはみんないくつか持っていたし──なんと、全員あの香水を全部使い切っていたのだ──、毒の入った小びんにすぐに香水を入れちゃえばかなり薄まってしまって、見つけられないのだ。あたしがいた現代なら、警察がすぐに調べ出せるかもしれないけど、この時代ではムリなんだろう。
「毒が仕掛けれたのは、エリン嬢とマキ様のスープだけです。犯人はあの令嬢方の中にいるとしか考えられません」
どうやら行き詰ってしまったらしい。しかし、あたしは頭を働かせるのは苦手だ。何か気づいたことがあったら教えることを約束した。おじさんはとぼとぼとお屋敷を出て行った。
- 577 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:40
- モニフィールドの豊かな自然の中に帰った。とりあえず、近衛隊のおじさんに教えてもらったことをナッチに話した。
「そんなにすごい匂いをみなさんさせていたんですか?」
「そりゃあもう、すごいのなんの。鼻が曲がっちゃうかと思ったもん。ね、ヨッスィ?」
ヨッスィは深くうなずいた
- 578 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:40
- 「一階の待合室にまであれがただよってきたんだ。何か起こったのかとびっくりして家の連中に絡んじゃったよ」
「奇声をあげてたって、それだったんだ」
ナッチはあたしのほうを向いた。
「姫様、思い出してください。何か変わったこと、変だと感じたことがあるはずです」
なにもかもが変だったんだけど。あ、でもあのときあたしは……。
- 579 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:41
- 近衛隊のおじさんから手紙が来たのは、それから一週間後だった。
『親愛なるモニフィールド侯爵閣下、ご助言を賜り有り難く存じております』
よくわからないけど、感謝してるみたいだ。
『内偵を進めたところ、閣下の推測どおり、毒物を混入したのはサーユ嬢であることが判明しました』
どうでもいいけど、閣下はやめてほしい。あたしはお姫様なのだ。
- 580 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:41
- 『サーユ嬢は、閣下とエリン嬢が席に着く前に、バッグからびんを取り出し、二つの皿に混ぜました。スープは濃色であったため、色では混入が判別不可能でした。
捜査当初より、私どもはサーユ嬢に容疑をかけていました。何故なら、閣下、エリン嬢、サーユ嬢が着席する前に、残りの令嬢方は席についていたのであり、残り三つのスープ皿のうち閣下とエリン嬢に毒物が仕掛けられていたことから、残るはサーユ嬢のみだからです。更にその三人のうちサーユ嬢が先に座ったのですから、誰が毒物を仕掛けることができたのかを考慮すれば、この推測は当然のものでしょう』
なんだ。最初からわかってたんじゃないか。
- 581 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:41
- 『しかしながら、如何にしてサーユ嬢が毒を見分けたのかが焦点となりました。これを明らかにしない限り、立件することは不可能だからでした。
びんに目印をつけていない以上、犯人は毒の発する匂いで目的のびんを取り出さなければなりません。しかしながら、香水の匂いがこれを妨げてしまうのです。これは、びんの中に入っている香水はもちろんのこと、令嬢方が身にふりかけていた香水の匂いも、毒の判別を困難にしたことでしょう』
そうなのだ。だから犯人は、その香水の匂いをどうにかしなければいけなかったのだ。
- 582 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:42
- 『ここで、閣下の証言が極めて重要な意味を帯びてまいります。閣下は、他の令嬢方から離れ、サーユ嬢のそばにいらっしゃいました』
そう、あたしはみんなのつけている香水にヘキエキして、なるべく離れたところにいた。ただ一人、サーユ嬢が例外になったのは、彼女が香水をあまりつけていなかったからだ。
- 583 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:42
- 『サーユ嬢は香水のびんを持っていましたが、身にかけてはいませんでした。よって、彼女は毒物の匂いを香水に邪魔されずにかぎわけることができた、閣下を除いては唯一の人物だったのです。
私はサーユ嬢の邸宅にて当人を尋問しました。当人は全てを話してくれました。それは閣下の推理を離れるものではありませんでした。どうやらどちらが可愛らしいかを二人は争っていたらしく、それが憎悪にまで育ってしまったことがこの悲劇の原因のようです』
ふふん。ほんとうは、あたしの記憶をもとに推理を組み立てのはナッチだったんだけど。
- 584 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:43
- 『私の上司である近衛隊隊長に報告しましたところ、この事件については調査を打ち切るとの判断が下されました。隊長ははっきりとは話しませんでしたが、しかるべき筋よりの命令であると思われます。
率直に申しますと、閣下の身には危機が間近に迫っております。出来うることならば、ロンドンにはしばらくの間お寄りになるべきではないと愚考いたします。私の力ではいかばかりともいたしがたく、我が身の力のなさを嘆くばかりです……』
どうせ、あの伯爵の差し金にちがいない。もしかしたら、近衛隊のおじさんが真相を知ることがなかったら、あたしを犯人に仕立て上げていたかもしれない。
せっかくの忠告だけど、あたしはシッポを巻いて逃げたなんて思われたくない。だから、明日からまた都に行くのだ。
- 585 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:44
- *****
四輪馬車がとことこ進む。向かいに座っているのはナッチとマリー。ヨッスィは、急いで傭兵さんを集め回っているんだそうな。
ロンドンのお屋敷に入る。塀の辺りになんだか怪しい人影が。監視されているかもしれない。早速出入りの商人たちが次々やってくる。売り込みだけじゃなく、あたしたちの領内で取引され始めた、コショウや絹を買い求めているのだ。
細かい約束ごととかあたしにはわからないので、そういうことはナッチにまかせる。あたしはマリーと打ち合わせ。
そろそろこの人が最後の商人だと見きわめると、マリーはその人に話をもちかけた。
「ねえ、一晩でいいから馬車貸してくんない?」
- 586 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:44
- 二輪馬車は、でこぼこな道だとちょっとおっかない。しかもだんだん狭く曲がりくねった道になってきた。
「こんなところでいいの?」
「こういうところのほうがいいんだよ、姫様」
やがて馬車が止まり、あたしたちは汚なそうな階段を登った。もう真っ暗だったので、足元がよく見えない。突き当りのドアを入った。
「やっほー」
向うからも「やっほー」という返事が返ってきた。どうやら合言葉らしい。出てきたのは、黒い法服をまとった神父さんだか牧師さんだかだった。
「実はお会いするのはこれが二度目です、モニフィールド侯爵様」
「ほんと?」
「国王陛下へのお目見えのとき、私もあの場にいました」
知らない。覚えてない。
- 587 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:44
- 「この方はカナタベリー大主教の側近だよ。王様にもお目見えできる地位にいるんだ」
「側近なのに、裏切るんだ」
マリーが顔を手で覆った。その側近さんは声を出して笑った。
「側近だからこそ、この状況を不安に思っているのですよ、侯爵様」
王様が好き勝手にこの国を動かしている、その手先はストラフォード伯爵とカンタベリー大主教だ。伯爵が世俗のことを、大主教が宗教方面を担当している。王様はカトリック寄りにだんだん近づいていて、大主教は国教会の偉い人にもかかわらず、それを後押ししているそうだ。
- 588 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:45
- 「国王は国教会の頂点に立たれる人であり、大主教はそれを補佐する立場にあるにもかかわらず、この有様。このままではヘンリー八世の御世以来続いてきた国教会が滅んでしまいます」
そこでこの側近さんは、国教会発足に縁のあるゴットウェルズ家に近づいてきたわけだ。具体的には、今のカンタベリー大主教を失脚させるために、宗教界に大きな影響力を持つ貴族に声をかけて回っているらしい。
まだその段階だから、反大主教勢力が固まっているわけじゃないし、ここは慎重にいこう。そうマリーと話し合っていた。あたしは期待を持たせつつ、あいまいな返事をしておいた
- 589 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:45
- その夜はあの二輪馬車で、アイちゃんのいる屋敷に飛び込んだ。マリーといっしょに愛想笑いしながら、ベッドにもぐりこんだ。
翌日お屋敷に戻り、今度は自分の四輪馬車で議会に向かう。
「議会は解散してしまいましたが、その周辺のパブで議論を戦わせている議員たちがいっぱいいるんですよ」
「難しい話はまかせたから、ナッチ」
ウェストミンスター寺院のほど近く。ドアを開けてはいると、熱気がむんとおそってきた。
- 590 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:45
- 「今回の国王のやり方はひどすぎる!」
「まったくだ! 金を捻出するために議会を集めたかと思えば、思い通りにならないと見るやすぐに解散だ。愚弄するにも程がある」
「しかし、スコットランドの反乱はいずれ鎮圧せねばなるまい」
「おお、すると次の議会も?」
「遠くないうちに必ずや召集されるはずだ」
「それにしてもストラフォードの裏切りものめ、憎んでも憎みきれぬ」
「権利の請願を出したときは我らが盟主だったのに、今や国王の犬だ」
「しっ! 誰が聞いているかもわからんぞ」
- 591 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:45
- ケンケンガクガクの議論をよそに、あたしたちは目的の人物を探し回った。と、手招きをしている白髪のオジサンがいた。
「ようこそお出でになられました、侯爵様」
「どーいたまして」
あたしはオジサンと握手した。オジサンはカルヴィン派の議員で、今回の王様のスコットランドに対するやり方に不満があるんだそうな。それ以外にも、たくさんの税金や独占勅許、国有地の拡大には、多くの人がヘキエキしてると。
「大主教のロードとストラフォード伯爵、この二人が王をそそのかしているのです。そこでとにかく議会を開いて、王を戒める法案を通さねばなりません」
- 592 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:46
- 「でも、あたしは議員じゃないから、何も助けることはできないよ」
「この法案が通ったとき、もしかすると王は非常手段を取るかもしれません。つまり軍隊による我々への弾圧です。そうなった暁には、侯爵様には武力による援助をひそかにお願いしたいわけです」
うん、今ヨッスィがやっていることだ。
「しかし、議会が再び開かれる可能性はいかほどあるのですか?」
「それは間違いない……」
オジサンとナッチが細かい話を始めた。飽きてきた私は、頬づえをついて、店内を見回した。あれ、あれは……。
- 593 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:46
- 「あれ、カオリじゃん」
「ん、姫様、何か見つけた? ……オリバーじゃん」
オリしか合ってないけど、あれは確かにカオリだ。あたしとマリーはカオリのところに向かった。カオリはお酒を飲むわけでもなく、壁にもたれて目をつむっていた。
「カオリ、ねえ、カオリ」
「……おお、これはこれは、モニフィールド侯爵様。隣にいるのは……マリーか」
「知ってるの?」
「ケンブリッジの近くで村でさ、興業やってたこともあるんだ」
マリーは世界を旅する道化師だった。
- 594 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:46
- 「ロンドン一有名な侯爵様にお声をかけていただけるとは思いませんでした」
「有名? あたしが?」
「有名ですとも。初見の国王をいきなり呼び捨てし、ストラフォード伯爵にケンカをふっかけ、アイーダ夫人のサロンの毒殺事件を解決した、聡明でかわいらしいお姫様だと」
ほめられたのかな。でも、変なことで有名になってしまった。ユウちゃん怒ってるだろうな。
「さて、聡明な侯爵様、あなたはこの国の現状をどう思われます?」
「ヤバイよね」
国はともかく、あたしの命がヤバイ。
- 595 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:47
- 「侯爵様の手前ですが、もう王だの貴族だのの時代ではないのです、これからは私たち市民がこの国の舵取りを行うべきであり……」
むずかしい話はよくわからないので聞き流していた。あたしはとにかく自分の命が惜しいのだ。でも逃げたりなんかしない。あたしと、ナッチと、マリーと、ヨッスィと、みんなと仲良く楽しく暮らしたいのだ。
「ところで、侯爵様、あなたはどちらの側につかれる?」
「どちらって、どっちのこと?」
「議会か、国王か」
- 596 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 22:47
- 「ユウちゃんはそんなに悪くないんでしょ。ストラフォード伯爵とロード大主教をなんとかすればいいんじゃないの?」
「今の国王では、伯爵と大主教を除いたとしても、議会と折り合えるとは思いません。もしあなたが議会に仇なすとしたら……」
「したら?」
カオリは、あたしたちを置いてドアのほうに向かい始めた。
「……議会も軍隊を組織することができます。今、その『鉄騎隊』を編成していることろですよ」
ドアが開いて、閉まった。もしかして、議会も敵に回しちゃったのかな。
- 597 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 03:47
- がんばってください
- 598 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 22:58
- >>597
がんばる!
- 599 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 22:59
- (●´ー`)ナチー
- 600 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 21:29
- ***
少年のかけたヘッドフォンからかすかに音楽がこぼれ落ちる。奥のベッドを四人の女性が囲んでいる。ベッドの中には少女が一人、目を閉じて横たわっていた。
「どのくらいたったら戻ってくるの?」
「わからない。最初は十五分、次は五分だったよ。でも三回目はちょっと長いかな」
一番小さな女性はしきりに腕に目をやる。
- 601 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 21:30
- 「やばいって。時間ないよ」
「でも、どうすればいいんだろう」
「きっと、向うで楽しい思いをしてるんだと思うよ。つまんなかったら、『帰りたい』って念じるだけでいいんだから」
少年の言葉に、長身の女性がきっとにらんだ。少年は目をそらす。
「あれ、よっすぃ〜は?」
「確か、あたしたちより先に『ごっちんを呼んでくる』って、TV局を飛び出したんだけど……」
- 602 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 21:30
- 女性たちは辺りを見回した。少年は厚い本に興じている。
「ユウキくん、よっすぃ〜来なかった?」
「さあ……」
「あ、これアコーディオンカーテンだよね」
ベッドに横たわる少女の様子をうかがっていた女性が、カーテンを揺らした。コンコンと、何かがぶつかる音がした。
「あ、そっか。向うにも何かあるんだね」
「ちょっと、石川さん……」
- 603 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 21:31
- 少年はヘッドホンを取り払い、女性の肩に手をかけようとした。女性は軽く払いのけ、両手でカーテンを引いた。
「あ、よっすぃ〜、こんなところにいた」
同じようなベッド、同じような鉄の箱。違うのは、その上にいる少女。ふとんは少ししわが寄っていた。
「どうしてよっすぃ〜が?」
少年は首を振った。
「飯田さんたちがここに来る前に吉澤さんが入ってきたんだ。ねーちゃんの事情を説明したら、『じゃあ、わたしが呼び戻してくる』って言って」
- 604 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 21:32
- 「機械はもう一つあったの?」
「これは最初に作った試作品。だから、ちょっと不具合があるのか、何回かこっちに戻ってきたよ。吉澤さんもいろんな世界に行ったみたいだけど、ねーちゃんがいないと知るとすぐに『戻りたい』って念じたらしいよ」
ここで少年は微笑をもらした。
「何がおかしいの?」
「別に。フランスとかドイツとかだったそうだよ」
「まったく、よっすぃ〜もだなんて……」
「吉澤さんも、楽しんでるんじゃない?」
少年の笑い声と女性たちのため息が部屋に響いた。
- 605 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:39
- *****
3.ジャマするやつは馬に蹴られろ
モニフィールドは緑の土地。この小さなお城の後ろはちょっと低いけど、山になっていて、前のほうは一面の芝生。丘の手前に小川が流れる。左のほうは森が広がり、こっちはちょっとおっかない感じ。でも、この森を抜けると港町までほんのちょっと。右のほうには小麦の畑と羊の群。
畑と羊はあたしたちが直接手をかけてはいない。領地に住んでいるお百姓さんに貸して、年貢と貸し賃を取っている。
「ねえねえ、もっといっぱい羊さんを飼おうよ」
- 606 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:39
- あたしの願いを受け入れたナッチは、お金に困っていたらしい隣の領主から、土地を買って牧羊地にした。羊さんはとってもかわいい。犬に追いたてられて、あっちを行ったりこっちを行ったり。
「姫様、遊んでないで、参事会に行きますよ」
「遊んでなんかないもん」
町は今日も商いで大賑わい。この町だけでなく、スコットランドやウェールズからはるばるやってくる人も多いそうだ。一番人気は、リカちゃんが持ち込んでくる香辛料。いろんな色をしたチューリップもよく売れている。
「アムステルダムでは、チューリップの球根が高値で取引されいるそうですよ」
「へー」
「なんでも嫁入り道具として球根を持っていけば大歓迎されるとか」
「そーなんだ」
- 607 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:40
- 赤や黄色の花をつけた植木鉢を、女の子たちが選んでいる。はたおりの音もにぎやかだ。羊さんの毛で服を作っているのだ。
参事会では議員がケンケンガクガクやっていた。
「国王の独占勅許商人が、ロンドンのみならずモニフィールド州にも出入りし始め……」
「いくら国王といえども、この地で好き勝手な政策をごり押しさせるわけには……」
「それにはまず売れる商品をもっと扱うべき……」
「やはりバルト海交易のみならず、我が町も東インド会社に投資し……」
- 608 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:40
- 議員たちは、議論をやめて立ち上がった。あたしは手を振った。
「どーぞ会議を続けて」
あたしとナッチは別室に入った。一人のおじさんが入ってきた。モニフィールドの一画の経営を任せているのだ。
「今年の収支の見積りです。まず小麦の収穫量ですが……」
例によって難しい話はナッチにお任せ。小麦、大麦、アブラナ、ジャガイモ、はては羊さんにお馬さん。豚さんもいる。
「そうそう、侯爵様。あのオランダ人……」
「リカちゃん?」
「そのリカーラさんが、ぜひ侯爵様に献上したいものがあるので、お城にうかがいたいと」
- 609 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:41
- 翌日、早速リカちゃんがやってきた。
「これです」
と渡されたのは、二つの球根。
「これは黒いチューリップの球根ですよ」
それを聞いたナッチが目を大きく見開いて驚いた。オランダでは、いろんな色の花をつけるチューリップが作られているのだけど、今まで誰も黒い花をさかせることはできなかったんだそうな。
「ほんとにくれるの?」
「どうぞ。姫様にはたいへんお世話になっていますから。次に来るときは黒いタンポポの株を持ってきましょう」
なんかやだな。
- 610 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:41
- さて、ナッチとリカちゃんはこれから港に入る品々のことで相談を始めた。あたしは、球根を持って庭に出た。毎日剣の練習をしているあの場所。樫の木の向かい側の建屋のところに、マリーといっしょに球根を植えて、水をかけた。
「黒いチューリップかー。楽しみだなー」
部屋に戻ると、ナッチは席を外していた。紙とにらめっこしてたリカちゃんが顔をあげ、慌てて隠した。
「あ、アベラードさんは、契約書を探しに行ってますよ」
「ふーん」
あたしはつかつかとリカちゃんのそばに行き、後ろでに隠していた紙を取った。
「なになに?」
「あ、ダメです」
- 611 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:41
- 古の夢を求め大地を耕し
母の慈愛に満ちた歌が響く
幼子がウルシの実を頬張り
かしましき雑言が交わされる中
そこに汝は新しき物を見つけ
歓喜の渦に巻き込まれるだろう
秘め事は必ず誰かに聞かせ
その者と共に永遠に
夢は必ず汝の手に
- 612 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:42
- 「へー、これ、リカちゃんの詩なんだー」
「そ、そんなわけないでしょ」
リカちゃんはあたしから紙をひったくった。
「ふるのゆめ……?」
「いにしえのゆめ!」
「おや、なんだか聞いたことのあるフレーズですね」
ナッチが入ってきた。リカちゃんは紙をカバンにしまってしまった。
「姫様、ゴットエウェルズ家にも古い言い伝えがあるんですよ」
「どんな?」
「詳しい文言は覚えてないんですが、ゴットウェルズ家の秘宝にまつわる話です。なんでもその宝を手にしたものがゴットウェルズ家の正統と認められるとか」
「そんな大事な宝物って、ここにないの?」
「伝説みたいなものですよ」
ふふん。ナッチはごまかしたけど、あたしは知っているのだ。
- 613 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:50
- その夜、あたしは二階にある図書室に入った。ろうそくの明かりをいくつもある本棚に照らす。えっと、確かこのへんに……。
「何してるんだい、姫様?」
びっくりして振り向くと、小さなマリーが笑顔でそでを引っぱっていた。
「えっとね、探し物」
「へー、勉強熱心なんだね」
古ぼけた本が一冊。活字じゃなく、手書きの文字がつらつらと。
「あった」
- 614 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:50
- リカちゃんの持っていた紙とまったく同じ詩だった。ここにある本は、ずっと昔からあるゴットウェルズ家の蔵書。とゆーことはだ。リカちゃんは盗んだか、なんだかしてゴットウェルズ家の秘密文書を手に入れた。そしてナッチのいう秘宝。
破格の条件を飲んで、モニフィールドの港町と交易を始めたのは、この秘宝が目当てに間違いない。きっとそうだ。
本をさらに読む。ふむふむ、なるほどなるほど。
「なんか面白いこと書いてあるの?」
「ねえ、マリー、地図とって」
マリーはブーブー言いながら、モニフィールド近辺の地図を広げた。本によると、こう行って、こう曲がって、こう進むと。
- 615 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:51
- 「この島に何かある?」
あるのだ。あたしの指先にある小さな島に、ゴットウェルズ家の秘宝が。リカちゃんが狙っている、伝説の宝物が。
「でも、姫様、この島にどうやって行く? 船借りる?」
「ぬかりはないよ」
翌日。マリーといっしょに馬車に乗り込む。港町へ向かう道筋の途中を右に折れた。やがて海が見えてきた。
「おーい」
一そうの船から、船長さんが手を振ってきた。
「こんな船、初めて見たよ」
「へへん。オランダからヨットっていうのを買ったんだ」
- 616 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:51
- ナッチや参事会の議員さんが手を結ぼうとしたしたのはリカちゃんだけじゃなかった。こういう場合、二人の商人に競わせて、値段を安くするように仕向けるのが手なんだそうな。
最初はリカちゃんだけに独占的にまかせた。でも、今度から新しい人にも貿易させる。その人からこのヨットをプレゼントされたのだ。
「さ、宝の島へ行こ」
ヨットって言うから、ウィンドサーフィンとかするやつかっと思ったら、大砲とかがついてる軍艦だった。スピードもかなり出る。あっという間に目的の島についた。
島に上陸。この島は小さいけど、大昔は重要な軍事拠点とかで、今でもその名残が残っている。今は誰も住んでいない、無人島だ。
- 617 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:51
- 「早く探そうよ、姫様」
「ちょっと待ってよ」
地図と、あの古い詩を広げた。
「大地を耕し、ってあるから、畑があったところだね」
島のやや西寄り、丘のふもとにそれらしい平地があった。見るとさびついたクワとかが転がっている。
「母の慈愛ってなんだろう?」
「多分、あれだよ、畑でとれた作物のことじゃない?」
だけど、こんな荒れ果てた畑にあるのは雑草だけだった。いくらなんでも雑草じゃないだろう。
「飛ばして、ウルシを探そうよ」
- 618 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:51
- 近くの雑木林の中でそれは見つかった。知らずにマリーがあやうく触ろうとした。
「かしましき雑言って?」
そのとき、林の奥のほうから鳥たちのけたたましい鳴き声が聞こえてきた。ちょっとおっかなかったけど、勇気を出してその方向に進んだ。あたしたちは、いつのまにか手を握り合っていた。
「洞窟だ……」
マリーが指差した。その先には、黒い穴があった。マリーが、用意していた松明に火をつけた。
「お宝お宝」
- 619 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:52
- このお宝を手にした者こそが、ゴットウェルズの正統な相続者となれる。リカちゃんがあたしたちに近づいたのは、ゴットウェルズ家乗っ取りを狙っていたに違いない。だから、なんとしてもあたしが先に見つけないといけない。
洞窟はそんなに深くなかった。くさったワラに覆われた、古ぼけた木箱があった。
「これだよ、姫様」
あたしはワラを払いのけ、木箱のふたをあけた。中から、さらに小さな鉄製の箱が出てきた。
「カギは……ついてないみたいだよ」
「姫様、ここは暗いから、外に出てからあけてみようよ」
- 620 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:52
- 箱を抱いて、スキップしながら洞窟に出ると、鉄砲をかまえたリカちゃんに出くわした。
「先に見つけられちゃった。でも、それは私がいただく」
あとをつけられたのだろうか。ずるいよ、それは。
「やっぱり、モニフィールドの領地が目当てだったんだね」
「当たり前じゃない。そうじゃなきゃ、あんな悪い条件で契約結ぶわけないでしょ」
「でもさ、こんな宝手に入れたって、あんたがゴットウェルズ家を継ぐのは無理あるよ」
マリーがいいこと言った。あたしはおとうさんからこの領地を受け継いだのだ。
- 621 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:52
- 「実はね、私にもゴットウェルズの血が流れてるのよ」
「へ?」
あたしのおじいちゃんのひいおじいちゃんのおねえさんのむすこのめいのまごむすめのが、リカちゃんのおかあさんのおねえさんのおばさんなんだそうな。はっきりいってどうでもいい血筋だ。
「だからね、マキ、あんたが死んだら、あたしにも相続する権利が出てくるのよ」
「ミキット子爵のほうが血が近いじゃん」
「ミキットは子爵を継いでいる。彼女自身は相続者の一人だと思っているようだけど、今の国王がどう決めるかどうか」
「え、それじゃ、あんたの後ろ盾にはユーコズ一世がいるわけ?」
「……それには答えたくないな」
- 622 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:53
- リカちゃんは、銃口をあたしに向けた。ユーちゃんだったら、リカちゃんと跡継ぎとして認めることができる。あたしが死んだらの話だけど。
「さあ、その箱を渡しなさい」
しょうがない。あたしは箱を地面に置いて、ゆっくりと下がった。リカちゃんは銃をかまえたまま屈んで、それを拾い上げた。
「中は何かな、宝石か、古文書か……」
リカちゃんは留め金を外してフタを開いた。こっちからは、中味が見えない。
「何、これ」
- 623 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:53
- リカちゃんが、親指と人差し指でつまんだのは、小鳥の死骸だった。正体に気づいたリカちゃんは、悲鳴をあげてそれを放り投げた。
「今だ、マリー!」
マリーはリカちゃんの両足に飛び込んだ。二人はころころと地面を転がり、リカちゃんは鉄砲と箱を手から離した。あたしはすぐに鉄砲を拾って、リカちゃんに向けた。
銃声がした。
- 624 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:53
- 手がしびれてる。鉄砲は遠くに飛ばされてしまった。
「一人でこんなところに来てるとでも思った?」
リカちゃんが勝ち誇ったような顔をした。リアちゃんの仲間が数人、その後ろに立っている。
「さあ、隠した宝を渡しなさいよ」
「隠してなんかないもん」
「嘘ばかり言って」
リカちゃんが手をあげると、あたしたちの周りで草がはじけ飛んだ。リカちゃんの仲間が構えている鉄砲から、煙が流れている。
- 625 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:54
- 「姫様は、あんたと違って嘘つきなんかじゃありませんよ」
リカちゃんが後ろを振り返った。けたたましい音が響き、あたしは耳をふさいだ。リカちゃんのお仲間は地面につっぷしている。
「マスケット銃って、こうやって使うんだよ」
「ヨッスィ! ナッチ!」
リカちゃんの浅黒い顔が、まっさおになっていた。
- 626 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:54
- 「まっかなニセモノ?」
「ええ、結果的に姫様をだますことになってしまい、申し訳ありません」
あの古ぼけた本、それにかかれた詩、すべてがナッチの作り物だったのだ。
「あのオランダ商人が何か良からぬことを企んでいるに違いない、そう思っていたのですが、なかなかシッポを出さない。そこでワナをしかけたんです」
ナッチはあの紙をリカちゃんの目に入るように仕向けた。そして、その詩が宝物のありかを示しているかのように匂わせる。それにリカちゃんはひっかかった。ついでにあたしもひっかかった。
- 627 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:54
- 「リカちゃんがあたしの親戚っていうのは?」
「ご心配なく、嘘です。ただ、そんな系図など適当にでっち上げてくれる僧侶がいっぱいいますから。つまりは国王の腹一つです」
「そうだ、ユウちゃんがバックにいたのは?」
「それもウソです。ただ、お金を握らせるつもりだったようです」
リカちゃんのバックにいたのは、オランダ総督のオレンジだという。オレンジさんも国王と親戚関係にあって、ひそかに王室乗っ取りを企んでいるんだそうな。その手始めに狙われたのがモニフィールド領だったのだ。
- 628 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:54
- 「リカちゃんはどうするの?」
「どうしましょうか」
縛られて猿ぐつわをされているリカちゃんは、蒼白になり、顔を左右に振り、最後に目で愛想笑いをした。
「オランダとの取引は、今のところ益がありますから、事を荒立てる必要はないでしょう。別の商人にもコンタクトは取っていますし。オランダに送り返しましょう」
これで、あたしの命を狙うやつらの、一つは芽を摘んだ。今度は国内の敵だ。
- 629 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:54
- *****
馬車に乗って町を回る。港へ行って荷揚げされた品々を見てみる。リカちゃんの替わりの新しいオランダ商人が持ち込んだものだ。品揃えは文句なし。
満足して港を離れ、町の広場に行ってみると、人だかりが出来ている。馬車を止めて様子を見ると、何か演説してる人がいて、それをみんなで取り囲んでいる。
「ねえ、何やってるの?」
「選挙の演説ですよ、姫様」
「選挙?」
結局、国王はスコットランド反乱を鎮圧するためのお金を集めることができず、いったん解散した議会を再召集することに決まったんだそうな。
- 630 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:54
- 「ねえ、じゃああたしも投票とかできるわけ?」
投票は小学校の生徒会長選挙以来だ。なんだかわくわくする。ナッチが笑い出した。
「もちろん投票しようと思えばできますが、それ以前に姫様は議員なんですよ」
「え?」
貴族は全員、貴族院の議員の資格があるんだそうな。この前の議会のときは、あたしは病気で寝ていたから、参加できなかったわけだ。知らなかった。
- 631 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:54
- 選挙が終り、議会が始まった。どきどきしながら、あたしはロンドンの議場に向かった。
ナッチとともに廊下を進んでいくと、なんだかやけに騒がしい部屋がある。ちょっとのぞいてみると、大勢の人数で何かを話し合っていた。この前、パブで見かけた人も何人かいる。
「ここは、庶民院の人たちの部屋ですね。姫様は貴族院議員ですから、こちらですよ」
連れられた部屋は、さっきのと打って変わっておとなしげだ。何人かがあたしに気づいて、あいさつしてきた。
「これはこれは、モニフィールド侯爵閣下。お会いできて光栄です」
「どーいたまして」
- 632 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:55
- 部屋にいるのは十人くらいだった。貴族だと全員議員になれるんだけど、それにしてはずいぶん少ない気がする。
「それはですね、貴族全部が議会に興味を持っているとは限らないんです」
「ここに集まっているのは、陛下の今のやり方に危機感を抱いている有志だけです」
「じゃあ、ストラフォオード伯爵は?」
その人は露骨にいやな顔をした。
「来るわけありませんよ。伯爵は議会をどう潰すことしか頭にないんですから」
まだ本会議が始まっているわけではない。国王一派や見物気分の貴族はこの後の会議に直接姿を見せるらしい。その会議に備えて、ゆーこくの貴族たちが作戦会議を開こうというのだ。ナッチはそれを知っててあたしをここに連れてきたのだろう。
- 633 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:55
- 「陛下もまったく困ったものだ」
「庶民上がりのにわか貴族なぞを重用するからこうなるのだ」
伯爵のことらしい。ここで一人の若い貴族が立ち上がった。
「我々は陛下とともにこの国を強くしなければならない。だが一方で、国王そのものを強くすることに警戒感を持ち、必要以上に大きな力を国王が持つことを排除してきた」
うんうんと何人かがうなずいたので、あたしもそうした。
「陛下は独占商人どもと結託し、大金を手にしようとしている。いくつかの貴族を取り潰して土地を取り上げた。我々は陛下に力を貸しこそすれ、力を与えるわけにはいかない」
うんうん。
- 634 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:55
- 「そこでだ、庶民院の有力者と手を結んで、陛下の野望をくだくことが必要ではないか」
「しかし、それでは庶民院のやつらに力を与えることになりはしないか」
だんだん難しい話になって、たいくつしてきた。
「侯爵、侯爵閣下」
ん?
「モニフィールド侯爵様はどう思われますか? 良い知恵を拝借願います」
困った。とつぜんそんなこと言われたって。
- 635 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:55
- 少し時間をもらって、どうしたらいいのか考える。ユウちゃんは悪くない。なぜならユウちゃんだからだ。あたしがユウちゃんをやっつけるなんて、そんなことしたくない。
じゃあストラフォード伯爵とか、ロード大主教はどうだろう。おじさん二人だ。こっちなら、どんな目にあってもまあ許せる範囲だ。アヤヤが気になるけど、こっちは少しガマンする。
- 636 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:56
- 「えーと、ユウちゃんはそんなに悪くないと思うんだ。ユウちゃんを悪い方向にもっていこうとする人たちが悪いんじゃないかな?」
「やはり、彼奴が諸悪の根源ですか……」
「もともとあやつは本来の貴族ではない。国王に特別に取り立ててもらった新興に過ぎない。だからその地位を守ることが、あやつの最大の目標だ。あやつにとって国王はその手段だ」
「しかし、どうやって排除するんだ?」
「武力もかなりあるぞ」
「そこは、ここに来ていないノーサンバランド公爵か、ノーフォーク公爵の力をお借りして……」
「いや、とりあえず議会であやつを糾弾することから……」
- 637 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:56
- 話が少しずつまとまり始めた。なんとか公爵さんに助けを求めるのはあとでやるとして、とりあえず議会でストラフォード伯爵を弾劾することに決まった。となると、貴族院だけでなく、庶民院にも賛成してもらわないといけない。
「え、あたしが?」
「ええ。高名なモニフィールド侯爵閣下のお話ならば、庶民院の議員たちも耳をかたむけることでしょう」
あたしは数人を引き連れて、庶民院の議員たちがいた、さっきの部屋に向かった。やっぱりというか、カオリがいた。苦手なんだよなあ。
- 638 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:57
- 「そろそろこちらに来る頃だと、思っていましたよ」
「オリバー・クロンウェル君。こちらがモニフィールド侯爵閣下だ」
「ええ、一度会ったことがあります」
あたしはごくりとツバを飲んだ。ついてきた貴族議員の一人が、おおまなかな話を説明した。
「私たちもその必要を感じていました。共闘しましょう」
ほっと息をついた。帰ろうとするところを、カオリに引き止められた。
「なーに?」
- 639 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:57
- 「侯爵、とりあえずストラフォード弾劾は決まりましたが、その後をどうする考えで?」
「後って、別に」
カオリは鼻で笑った。
「伯爵と大主教を排除してもそれで終りになるとは思えません。諸悪の根源は別のところにあるのかもしれないのだから」
「……それは?」
- 640 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:57
- 「国王、ユーコズ一世に退位を求めなければならないかもしれないということです」
「なんでよ。ユウちゃんは悪くないよ」
「ユーコズ一世は悪くないかもしれない。だが、国王であることが悪いことかもしれない、と考えたことはありませんか?」
ない、と即答して回れ右した。背中のほうから声が聞こえる。
「そのことでもし、あなたが国王の側に立たれるのだとしたら、私は容赦なく……」
- 641 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 22:59
- ストラフォード伯爵を議会で弾劾して、その地位を奪ったとしても、抵抗するかもしれない。ていうか、するだろう。そのとき、有無を言わせぬ武力が必要だ。ヨッスィのほうで準備もしているけど、それだけじゃ多分ぜんぜん足りない。そこでなんとか公爵の援助を受けることを、みんなで決めた。
「みなさん、ご苦労」
緊張感があたしたちをつらぬいた。声の主はストラフォード伯爵だった。
- 642 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 23:00
- 「議会では、みなさんが国王陛下のために、国家のために働いてくれることを期待していますよ」
さっきの勢いはどこへやら、みんな下を向いて黙ってしまった。伯爵の右にはアヤヤが剣先を親指と人差し指でつまんでもて遊んでいる。左には、ソロベリー子爵──ミキティがいた。
「あれー?」
あたしの間の抜けた声が部屋に響いた。
「モニフィールド侯爵、議会は初めてのようですが、いかがかな?」
「ふんだ」
- 643 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 23:00
- 「忠告と受け取ってもらいたいのですが、私は障壁は力で打ち破るのが大好きでね。邪魔するものが出てくれば」
アヤヤが剣を振った。剣先がびゅんとうなった。
「……完膚なまでに潰しますよ」
伯爵は背を向けた。アヤヤは剣をしまって、それに続いた。ミキティがそれに続こうとするのを、右腕をつかんで引き止めた。
- 644 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 23:00
- 「なんだよ」
「それはこっちの言葉。なんで、あんなやつと一緒にいるわけ?」
「うるさいな。ほっといてくれよ」
「ほっとけないよ、イトコなんだし」
ミキティはあたしの腕を振りほどいた。
「私は、フランスで生まれた。そこのもっと大きな家を継ぐ予定だった。でも、私の知らないところで、ソロベリーのちっぽけな領地を継がされることが決められた。このくやしさがわかる?」
「でも……」
- 645 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 23:01
- 「あんたはいいよ。モニフィールドは八万エーカー、年に十五万ポンド以上の地代があがる、立派な領地だ。でもあたしは、無理やりイングランドに連れてこられて、その代償が数千エーカーの痩せた土地。納得できない」
ミキティは歩き始めた。
「だから、私はもっと力をつける。もっと大きな領地を、力を手に入れるんだ」
あとを追おうとして、やっぱりやめた。今のミキティは、誰にも止められない。だけど、あきらめるつもりはない。
- 646 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:28
- *****
実はすごく忙しいのだ。カオリやら、伯爵やら、ミキティやらろいろいろあったその午後三時頃。まだ議事堂の中にいて、ナッチといろいろ相談事をしているところに、反大主教派のお坊さんから秘密の手紙がやってきた。今すぐに会いたいという。
「なんだろね?」
「国教会のほうで何か動きがあったのかもしれません」
ナッチは議会のほうでいろいろ話を詰めなければならない。そこで、あたしとヨッスィが行くことになった。馬車に揺られて指定された通りに向かう。
- 647 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:28
- 「ねえ、ヨッスィ?」
「なんだい、姫様?」
「ミキティのことなんだけど、どうしたらいいのかな?」
ヨッスィは難しい顔をして腕を組んだ。
「んー、どうにもならないんじゃない?」
あ、やっぱり。
「それよりも、今は姫様のことを考えないといけない。誰かが姫様の命を狙ってるんだから」
- 648 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:29
- そーなのだ。あたしは平和に暮らしたいのに、まわりの状況がそれを許してくれない。国王も、伯爵も、大主教も、オランダ人も、それともしかしたらミキティも、みんながあたしを亡き者にしようと企んでいるように思えてしまう。
しかし、そう簡単にやられるつもりはもーとーない。
馬車から下りて、しばらく道を進む。外を出歩いている人は一人もいなかった。冷たい風がほおをたたいた。
- 649 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:29
- 「どこだっけ」
「この先のはずだけど、この通りに来たのは初めてだから……」
地面が揺れた。顔だけ振り返ると、二頭立ての馬車が突進してきた。御者は乗っていない。あたしは右に、ヨッスィは左に飛びのいた。
車輪が石に乗っかかり、馬車は横に倒れた。馬の吐き出す鼻息が荒い。
「ヨッスィ、大丈夫!?」
砂ぼこりで辺りがよく見えない。ぐるりと回って馬車の反対側に行くと、そこにいたのはヨッスィではなかった。
- 650 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:29
- 「ひっかかったね」
「……アヤヤ」
真っ黒いシャツに真っ黒いマント。ストラフォードの護衛隊長だ。
「ヨッスィをどこへやった!」
「部下と向うで剣を合わせてるよ。いかにヨスィと言えども、四人相手じゃどうかな?」
アヤヤが親指を向けたほうに向かおうとすると、剣がさえぎった。
「あんたの相手は私だよ。ここで永遠にお寝んねしな」
- 651 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:30
- 剣先をあたしの喉元に向けたそのとき、銃声が響いた。剣が地面に落ち、アヤヤは右手をおさえた。
「姫様、大丈夫?」
「ヨスィの言うとおりだったね」
見上げると、屋根の上にアイボンとノノがいた。二人はヨッスィが集めた傭兵さんだ。
「アイボン、ノノ、ヨッスィのところに行って」
「はいよ。姫様も、がんばって」
- 652 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:30
- アイボンが右手を振った。くるくると、あたしの剣が回転して落ちてきた。アヤヤはしびれてる右手をたたきながら、自分の剣を拾った。あたしも剣を握り身構える。
「なんだ、ふざけてんの?」
「ふざけてなんかないよ。あんたの相手はあたしだよ」
あたしはドレスのすそを握り、頭の上まで腕を振った。空から舞い降りる薄緑のドレスを、アヤヤは剣でなぎ払った。
「な……」
- 653 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:30
- ひらひらしたドレスで闘えるわけがない。あたしはドレスの下にヨッスィとお揃いの軍服を着込んでいたのだ。いつかこの日がくると思って。
「準備はいい? いくよ」
毎日練習してきたことを思い出す。アン・ガルド、構えて。
「……ふん。あの二人に助勢してもらわないとは、あんた唯一のチャンスを逃したよ」
- 654 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:31
- アヤヤは不適に笑って剣を構えた。マルシェ、一歩前に出て、ファンデヴ、突く。アヤヤは軽くよけた。あたしは一歩退く。
「少しは訓練したみたいだけど、そんなんじゃ私には勝てないよ」
今度はアヤヤが前進してきた。連続して突いてくるけど、こんなのはヨッスィと何日も練習してきた。剣で勢いをかわしながら、すこしずつ後ろに下がる。受身ばかりじゃなく、すきを見て反撃する。
- 655 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:31
- 何回か剣をかわしていくうちに、アヤヤの顔に余裕が出てくるようになった。それなら、と、アヤヤの突きを剣で流すと、屈んだ背中越しにアヤヤの背中を狙った。
「おっと」
アヤヤは右に体を回転させてかわした。あたしの剣先は空を切った。
「リポストとは、なかなかやるね」
返事しようとしたら、アヤヤは深く踏み込んできた。ずるいと抗議する間もなく、あたしは必死になって剣で受けた。それでも衝撃で後ろに飛ばされた。こけないように足を踏ん張ると、アヤヤが空から落ちてきた。
- 656 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:31
- 剣先を右手でつかんで、アヤヤの一撃を拝むようにして受けた。派手な金属音が響いた。蹴りがきたらよけられない。なのであたしのほうから胴体目がけて足を突き出した。アヤヤは後ろに飛んで下がる。
「どれだけ訓練したか知らないけど、やっぱり私の敵じゃない。あんたの動きが手に取るようにわかるよ」
「……」
「次で終わりだ。それとも何か隠し技でもあるかな?」
- 657 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:32
- アヤヤは構えると、跳んできた。ここまで立ち会って、あたしのほうが腕力があることがわかった。ならば、と、あたしは流すことなくそのまま剣で受けた。そのまま力をこめて、押し込んだ。うまくいけばアヤヤの剣を奪えるかもしれない。
しかし、甘くなかった。アヤヤは体をずらすと、すっと剣をすべらせた。あたしの剣の力が流され、体がよろめいた。
「もらい」
アヤヤは一歩だけひいて、剣をくりだしてきた。あたしの無防備な左を狙ってる。体勢を崩していたあたしは……。
- 658 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:33
- 「えっ」
アヤヤの剣をはじき返した。アヤヤの右わきが開いた。ファーント、踏み込んで、飛び込むように左腕を伸ばした。ぐぼっという、いやな感触。
アヤヤはじりじりと後ずさり、右わき腹に手をあてた。そこから伸びたあたしの剣を握って、一気に引き抜くと投げ捨てた。先っぽが欠けているから、剣先は中に残っているに違いない。
「な、なぜ……」
血を吐いて、地面にうつぶせになって倒れた。あたしは左のてのひらをぼんやりと眺めた。アヤヤの血がついている。
- 659 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:34
- あのとき、体がバランスを崩したとき、あたしはとっさに、剣を左手に持ち替えていた。ヨッスィと剣の練習するときは、右手と左手、半々に時間をさいた。右手ばっかりだと、そっちにだけ筋肉がついてイヤだなと思ったんだけど。ヨッスィによると、左利きの剣の使い手は数が少ないから相手にするとみんなとまどうんだそうな。
そしてアヤヤもそうだった。あたしのがら空きの左を攻撃しようとしたら、そっちから剣が向かってきたんだから。最後も、アヤヤはあたしの左に対応できなかった。
- 660 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:34
- 服についたホコリを払うと、あたしはきょろきょろと左右を見回した。通りの先へ進んでみて、角を曲がると、ヨッスィたちがいた。よっ、と手をあげたので、よっ、と返した。
「お前らなあ、結局見てるだけかよ」
「ヨッスィなら四人くらい余裕でしょ」
「そうそう」
どうやらヨッスィも無事なようだ。ワナにひっかかったけど、これで敵の一つを潰したことになるのかな?
- 661 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:34
- (〜^◇^)マリー
- 662 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:31
- ***
だいだい色の光の下、二つのベッドを取り囲む彼女たち。何人かはせわしなく辺りを歩き回る。その横で鼻歌をうたう少年。
ガタンと音を立てて扉が開く。その音に慌てたのか、誰かがベッドを蹴った音がした。
「美貴、なんでここに来たの? 局で待ってなさいって言ったでしょう」
「田中たちまで」
目を細めて顎を少し上げた少女の後ろに、これまた三人の少女たち。
「だってなかなか戻ってこないじゃないですか。だから様子を見にきたんですよ、飯田さん」
- 663 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:31
- つかつかと前に進み、輪の中に割り込む。
「何があったんです?」
小さな女性がかいつまんで説明した。
「そんなことがあったんですか。信じられない」
「オイラだって信じらんないよ」
少女は屈みこみ、ベッドで横になっている少女の様子をうかがった。右手の指でそのほおをつまんだ。
- 664 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:32
- 「何するの、ミキティ」
「そうだよ。変なことすると戻ってこれないかもね」
少年の声に、その少女はますます目を細めてそちらに顔を向けた。
「そうなの? どういう理屈で?」
「そりゃあ、精神がこっちの世界に戻ってこないのに、肉体だけ起こしたりしたら、精神はどこに戻ってくればいいんです、藤本さん……でしたっけ?」
少年の薄笑いに、少女は冷笑で返した。何人かが上半身をのけぞらした。
「肉体を起こせば、精神は自動的に戻ってくるんじゃないんですか? ていうか、肉体と精神は分かれっこないでしょ」
「そこはいろいろ議論が分かれるでしょうけど、この機械は物心二元論に基いて作られていて、これを使ってねえちゃんはあっちの世界に行ったわけだから、そういうことになるんじゃないですか」
- 665 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:32
- 「ふーん。二元論ね。難しいことはわかんないけど……でも、美貴には」
少女は口の端で笑った。
「でも?」
「ごっちんが、あっちの世界になんか行ってやしない、ってことはわかるよ」
「え?」
長身の女性がその少女の肩に手を乗せた。少女は肩を動かして、その手をほどいた。
「飯田さん、よく耳をすましてください。聞こえるでしょ、ごっちんの寝息が」
三人の少女が、横になっている二人の少女の顔の上にかぶさった。
「まじでまじ。ごっちんもよっすぃ〜も、寝てるだけだ、こりゃ」
- 666 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:33
- 少年の顔から笑みが消えた。迫ってくる少女たちを手で制した。
「降参……そうだよ。過去に精神だけタイムトラベルさせる機械なんて、オレに作れるわけないじゃん」
「じゃあ後藤は……」
「勝手に夢見てるだけだろ。ここにある本は全部ねえちゃんが揃えた本だ。ねえちゃんはもちろん目を通している。夢に見るまで、お姫様になりたい、って気持が強かったんだろうね」
「じゃあ、薬ってのは?」
「軽い睡眠薬。一日に何回も眠れるわけないし」
「そうか、じゃあ、よっすぃ〜もただ寝てるだけなんだ」
「だろうね。ねえちゃんと一緒の世界に行けるわけがない」
- 667 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:33
- じゃあ、と小さく声をもらし、目つきの悪い少女がつかつかとベッドに向かった。
「ミキティ?」
「ほら、飯田さん、さっさと起こしましょうよ。収録おしてるんですよ」
「そ、そうね」
突如、少年は椅子を蹴った。椅子がゆっくりと、床に倒れた。
「そうだよ、ねえちゃんも、吉澤さんも、ただ寝てるだけだ。でも、あっちの世界に確かに二人とも行ってるんだよ」
「何言ってるの?」
一番年少の少女が、ふとんに手をかけた。
- 668 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:33
- 「ねえちゃんは二回あっちに行ってきた。そして、嬉しそうに向うの世界のことをオレに話した。夢だろうがなんだろうが、こっちとは違う世界に行ってきたんだ。あっちでお姫様やってたんだ、今もやってるんだ」
「ユウキくん……」
「どんな世界だろうが、ねえちゃんはそこで生きてるんだ。こっちに戻ってくるときは、ねえちゃんが向うで死んだときだ。ねえちゃんを殺すつもりかい? それだったら、いいさ、勝手にしろ」
- 669 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:33
- 長身の女性は首を振ると、ふとんに伸ばしていた少女の手を取った。
「飯田さん!」
「ミキティ……待とう、後藤が戻ってくるまで」
つん、と少女は顎を小さく振るとベッドに背を向け、扉に背をもたれさせた。三人の少女が横に並んだ。
しかし、じゃあいったい吉澤はどこへ行ったんだ? と、誰かの小さい声は、少年には届いたのか否か。では、見届けよう、彼女の世界を、こことは違う、もう一つの世界を。
- 670 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:34
- *****
4.いつでもどこでもお姫様
さて、いよいよ議会が開かれる。あたしはどきどきしながら登院した。ナッチもヨッスィも、マリーもついていない。あたし一人でなんとかしなきゃいけない。
席についてドキドキしながらそのときを待った。やがて、国王、ユウちゃんが姿をあらわした。その堂々たるいでたち、立ち振る舞いは、まさに王様だった。ユウちゃんは追い詰められていた。だけども、やっぱりユウちゃんは王様なのだ。
まず、庶民院のほうから始まった。あたしたち貴族は傍聴席みたいなところから見守る。中央にユウちゃんがいて、それを取り囲むように議員たちが座っている。知らないおじさんがゆっくりと壇上にのぼり、ユウちゃんの前に立った。気のせいかもしれないけど、おじさんの足が震えているように見えた。
- 671 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:35
- 「恐れ多いことながら、我らが陛下に上申いたします。陛下は、いくつかの過ちを犯してしまいました。まず何人もの商人たちに独占勅許を与えたことについて……」
おじさんは、声を震わせながらもユウちゃんの過ちを一つ一つあげていった。だけどもユウちゃんは微動だにしない。
「……さて、これらの失政について、国王がいかに進むべき方向に修正し、いかなる処置をなすべきか……」
「国王というものを、お前は勘違いしている」
ユウちゃんの声が凛とひびいた。静寂が訪れる。あたしもごくりと息を飲んだ。
- 672 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:35
- 「国王が為した行為はすべて国家的行為であり、それがもし誤っているのだとしたら、国家そのものが誤っていることになる。国家とは、このイングランドの全ての市民、土地、生活、営みである。それを間違いであると言いたいのか?」
「いや、……」
「問題は、今このイングランドが危機に陥っていることにある。スコットランドは我が故郷でもあり、そこにおいて反乱まがいの騒動が起こったことは余の不徳の致すところ、重々承知している。ならばこそ、我が手においてこの騒動を治めなければならない。それを承認するためにこの議会が開催されたのだのではないか。然るに、この緊急事態に目をつぶり、いたずらに余の執政に異議を唱えるばかりのそなたは、いかにも反国家的行為をなしているのではないのか」
おじさんは口をパクパクさせて、声も出ない。こりゃだめだ。
- 673 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:36
- すごすごと壇上をおりるおじさんに替わって、今度は若いお兄ちゃんが対峙した。自信満々な態度だけど大丈夫かな。
「そう、陛下のおっしゃるとおり、わが国は未曽有の危機にあります。対内的にはスコットランドの騒擾、対外的には東インドにおけるオランダとの抗争、フランスの高慢な外交政策がわが国を圧迫しております。その危機を回避するためにこの議会が召集された、まさに陛下のおっしゃるとおりであります」
ユウちゃんはうなずきもせず、まっすぐ前を見すえている。
「まずはスコットランドの動乱をなんとかしなければなりません。ところが、先ほど陛下がおっしゃられたとおり、スコットランドはイングランドの兄弟であり、陛下の生まれ故郷であります。陛下は両国の国王を兼ねておられます。ならば、なぜ陛下のご威光がスコットランドに照らされていないのか。ここに原因の一つがあると愚考いたします」
言葉づかいはていねいだけど、はっきりユウちゃんをバカにしている。この騒動は全部ユウちゃんが引き起こしたものだ、その尻ぬぐいをなんで議会がかぶらなきゃいけないのだ、と言っているわけだ。
- 674 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:36
- 「なるほど、軍隊を送ってそこの住民たちを蹴散らせばことは済む話でしょう。しかしながら、その費用はどこから出るのか? 陛下の財布から出るのではありません。新たに市民たちに課せられ税金から出るのです。独占勅許を与えたり、港がない内地の都市に船舶税をかけたり、手段を弄して金集めに奔走されていた陛下の財布は空っぽであるとは、なんと不思議なことでしょう。陛下の信任の厚い廷臣たちは何をしていたのでしょうか?」
「……当然ながら、忠誠心の厚い皆から預かった税金は、全て国家的事業に投じている。わが国は島国であり、海洋国家だ。東インドのみならず、アメリカ、バルト海、地中海、すべての海洋にユニオンジャックを翻すべく力を尽くしている。それによって得られる権益はすべてわが国、臣民のものだ。利益を享受しているのは港湾都市のものばかりではない。港を有しない都市すべいての市民が恩恵を被っているのだ。ならば、税金を全てのものに課すことこそが平等ではないか」
- 675 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:37
- 「その税金が全てその国家的事業とやらに費やされているのならばいいでしょう。しかるに、その大半が、陛下の信頼すべき近臣たちの懐に流れているではありませんか。例えばストラ……」
ここでユウちゃんがドンと台を叩いた。
「そなたも国王というものを誤解しているように見受けられる。国王が国王たりうるのは、国王という地位そのものによる。他の何者でもない、国王自身から発する、言わば至高の存在から与えられたものだ。それゆえに、国王の行為は天上から信任された絶対のものである。そなたも国教会の教えを信ずる者であろう。その声を否定する勇気があるのか?」
「ならば陛下ご自身の財布から、必要なだけお使いください」
「国家とは、領土、領民全てをいうのであり、余の財布というものはあらぬ。国家財政は領土、領民、全てが負うものであるから、余の財布、市民の財布を分けて考慮することなど駄弁に過ぎぬ」
- 676 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:37
- ユウちゃんはのらりくらりと議員たちの追及をかわしていく。どうにもうまくいかないようだ。庶民院の議員たちは、やっきになって国王の責任をせめたてるけども、なんだか論点がずれている気がする。
カオリンもしかめっつらを隠そうとしない。議長があきれはてた感じで、休憩を宣言した。庶民院の会議は明日以降に持ちこされる。
二時間後、今度は貴族院のほうの会議が始まった。あたしもドキドキしながら議事堂に入った。ユウちゃんと一瞬目があった。でもすぐに目をそらされた。開会の宣言のあと、すぐにユウちゃんのお話が始まった。
「賢明な諸卿ならば理解できるだろう、王国が危機に瀕していることを。国王は国王であり、貴族は貴族であり、庶民は庶民である。それぞれにそれぞれの責務を担っている。それを疎かにしたまま、互いを糾弾しあうことが誰を利することになるのだろうか。それはイングランドを虎視眈々と狙っている大陸諸国であり、その手先どもだ。スコットランドの内乱を傍観することは諸外国のつけいる隙を与えることになりかねない。緒卿らが現在の我が国の状況を冷静に判断し、賢明なる判断を下すことを望む」
- 677 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:37
- つまり、ユウちゃんはあたしの言うこと聞いとけ、と言ってるようだ。庶民院と違って、貴族院はストラフォード伯爵のようなガチガチの国王派がいっぱいいる。反対派だって、どう転ぶかわからない。
まず、国王派の議員の演説が始まった。ユウちゃんへの賛美が縁えんえんと続いて、結論は最後のほうでちょこっと言った。ユウちゃんの命令どおり、反乱軍を鎮圧するお金を出すために税金を取ろうと。
ナッチの言っていたとおり、議長も国王派のようだった。だって演説の指名する議員は、国王派ばっかりなのだ。たまに反対派の人が出てきても、ふんいきに飲まれたのか、あっさり引き下がってしまう。
- 678 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:37
- ユウちゃんの思惑どおりに進んでいった。そばに座っているストラフォード伯爵もにんまりとしている。なーんだかむかつく。
「では、議論も尽きてきたようですし、今日はこのあたりで……」
「今は国の危機だ。そんな悠長なことをしている場合ではない。票決を取り、すぐにでもその結果を庶民院につきつけなさい」
ユウちゃんが多数決を求めている。これはちとやばい、と頭が思う前に、あたしの手があがっていた。
「モニフィールド侯爵、議論は終わったのですぞ」
「でも、でも、あたしも言いたいことがあるの」
「くどいですぞ」
- 679 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:38
- あたしが反対派であることなんてとっくに承知の議長は、あたしを無視して先に勧めようとした。あたしはユウちゃんのほうを向いた。ユウちゃんはじろりとあたしを見つめた。ごくりと息をのむ。
「モニフィールド侯爵家は、長年王国に献身してくれた家柄だ。功績ある臣下の言葉を止める権限は余にも議会にもあるまい。話させてやれ」
議長はしぶしぶあたしの発言を認めた。あたしはスカートのすそをつかみながら壇上に登った。みんながこっちを見ている。ユウちゃんも、伯爵も。ソロコンサートよりも緊張する。誰も「オイオイ」言ってくれるわけがないし。
- 680 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:38
- 「え、っとー、うまく言えないんですけど、ユウちゃ……へーかの提案は無理あると思うんです。今までもいっぱい税金取ってるのに、まだお金が足らないなんて、今までのお金どこいっちゃったんだろうって」
「すべて必要なところに費やしている。教会の維持費用、港湾整備、街道整備、いろいろと費用がかかるのは侯爵も承知していよう。その恩恵を被るのは、利用者たる緒卿、庶民らではないか」
「でもね、でもね、必要なのはわかるけどさ、あれもこれもなんて手を広げすぎてるんじゃないかなあ。優先順位つけるとか、これは来年まで待とうとか、いろいろやり方あると思う。でも、なんか行き当たりばったりな感じがするんだけど」
「余のやり方に異を唱えると?」
- 681 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:38
- 「ユウちゃん個人のせいにしてるんじゃないよ。ユウちゃん一人でなんでも決めてるんじゃないんでしょ? 何人かエライ人たちと相談しながら決めてるんだよね。それでさ、うまくいかなかったらさ、その人たちは反省しなきゃいけないんじゃない?」
なんだかザワザワし始めてきた。また言葉づかい間違ったかな。ユウちゃんはふんと鼻で笑った。
「反省? 何をだ?」
「何もユウちゃんに反省しろなんて言ってないよ。でもさ、ちょっとお金かかりすぎだって、この国。収入がちょびっとしかないんだったらさ、それに見合った生活に直せばいいじゃない。お金儲けしたかったらそっちにもっと力入れるとかさ」
「しかし、反乱なぞ慮外の出来事だ。緊急事態には一時の課税は仕方あるまい」
「それだってさ、普段からコツコツ貯金しておけばよかったんじゃん。いきなり金出せって言われてもさ、そういう事態になる前にさ、なんとかなるような仕組みを作っておくべきだったと思うよ。あ、だからユウちゃんが悪いんだって言ってるんじゃないよ」
- 682 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:39
- ざわめき声の中に、誰かの叫び声も混じってきた。議長や伯爵の顔があおざめている。
「この国をよくしたい、ってのはみんな思ってる。ユウちゃんも、あたしも、伯爵も、大主教もそう。でもやり方がみんな違うと思うんだ。でさ、一つのやり方がだめだったらさ、別のやり方に替えればいいじゃない。ユウちゃんも意地はらないでさ」
ユウちゃんは腕組みをして、じっと上のほうを向いていた。もうこれ以上しゃべっても、あたしの声は耳に入らないかもしれない。あたしはペコリと頭をさげると、そそくさと壇上を下りて席に戻った。隣のおじさんが握手を求めてきた。
「議長、採決を!」
誰かの大声に、議長はふらふらと立ち上がり、抑揚のない声で票決を宣言した。ユウちゃんも、伯爵も何もしなかった。新しい税金の話はお流れとなった。
- 683 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:39
- 控え室に戻ると、あたしはみんなにもみくちゃにされた。やがて、今後の対応を話し合うことになり、あたしは疲れていたのであとをナッチに任せた。
「うー、暑い」
もう冬も近づいているというのに、あたしの顔はほてっていた。冷たい空気を求めて廊下をふらふら歩いた。と。向うから、誰かが歩いてくる。
「……やあ」
「ミキティ……」
変なあだ名つけるな、とミキティは声を荒げた。だけどもミキティなんだからしょうがない。
- 684 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:39
- 「あんたの勝ちだ。全てが終わった」
「勝ち?」
あたしは首をひねった。こんなのに、勝ち負けなんかない。強いて言えば、あたしが生きているうちはあたしの勝ち、ってことなのかな。でもリカちゃんもアヤヤも倒したし、これでもうあたしの命を狙うヤツはいないはず。
「伯爵から見限られた。というか、伯爵自身がもう破滅するだろう。明日の庶民院で新税が否決されるのは明らかだ。そうなれば、責任問題が出てくる」
そう、誰かが責任をとらなきゃいけない。誰かが。
「マキ、あんたは周到にも、陛下にその責任がないことを議員たちに印象づけた。ならば、その下で陛下の手足となって働いていた伯爵と大主教が責任を取らざるをえない。だから、伯爵は破滅だ。だから、私も終わりだ」
- 685 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:39
- 「なんでミキティが終りなんだよ。伯爵とはもう手が切れたんでしょ? じゃあ好都合だよね。いっしょに領地に帰ろうよ」
「帰る? あの痩せた領地に? 何も生み出さない不毛の土地に?」
あたしはミキティの震える肩をぽんぽんと叩いた。
「ミキティはあたしのイトコじゃん。あたしのお手伝いしてよ。ナッチやヨッスィ、マリーだけじゃもう手が回らないの。ミキティの手助けがほしいの」
ミキティはあたしの手を力なくのけると、あたしから離れていった。何度ミキティの名前を呼んでも、彼女は振り返らなかった。
- 686 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:40
- *****
翌朝、庶民院の様子を見にウェストミンスターに行ったところ、なんだか様子がおかしい。貴族院の議員の人が声をかけてきた。
「モニフィールド侯爵、聞きましたか?」
「何を?」
「陛下が軍隊を出したそうです」
「マジで? どこに向かったの? まさか議会に?」
その人は顔を左右に振ったので、少し安心した。北の街道を、数千の兵隊さんが進んでいるという。
- 687 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:40
- 「じゃあ、スコットランドへ?」
「おそらくそうでしょう。陛下の軍隊というか、ほとんどストラフォード伯爵の私兵のようですけどね。独力で解決をはかろうというのでしょう」
あたしは貴族院の控え室に行った。そこにはノーサンなんとか公爵とか、なんとかフォーク公爵もいた。最初にロンドンに来たときのお目見えで見たことがあった。
「モニフィールド侯爵、ですね。お会いできて光栄です」
「ども」
- 688 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:41
- 公爵たちの話によると、街道を進んでいる軍隊はどうにもあやしいところがあるらしい。たった数千、しかも伯爵の私兵では確実に勝利するかどうか。
「するとスコットランドに対する単なる示威行動かもしれないのですが、どれほどの効果があるのやら」
「よくわかんない」
「……失礼しました。この示威行動というのがですね、実はスコットランドへではなく、我々反対派貴族に対するものだとしたらどうでしょう」
「あたしたちの領地に攻めてくるの?」
- 689 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:41
- 二人の公爵は、大貴族なだけあって、ものすごく強い兵隊さんを持っているからそこには手を出さないだろう。でも、例えばミキティのような小貴族には対抗する手段がない。反対派から離脱する人たちがいっぱい出てくるだろう。
そこで、公爵とかあたしとか、自前の兵隊さんを持っているところが協力してこの軍隊を監視しようという提案だった。そうすれば伯爵の私兵も無理なことはしないだろう。
ヨッスィが苦労して作り上げた、モニフィールド軍の出番だ。
- 690 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:41
- あたしたちは馬車を走らせて、モニフィールドに帰った。ナッチとマリーは兵隊さんが食べる食料の準備、ヨッスィはアイボンとノノに命じて兵隊さんを集める(普段はみんな町で働いているのだ)。あたしも腕まくりしてあちこちを駆け回る。
「ストラフォードの軍は今どの辺?」
「まだバーミンガムにも着いていません。ゆっくり、ところどころ寄り道でもするように蛇行しながら進んでいます。やはり周辺の貴族への圧迫ですね」
- 691 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:42
- ナッチが街道筋に送った兵隊さんが、一時間おきに様子を知らせてくる。やがて、ヨッスィのほうの準備も終わった。たくさんの兵隊さんが、モニフィールド館の前に勢ぞろいしている。
「よし、それでは、ノーフォーク公爵軍に合流する。出発」
ヨッスィを先頭に、アイボン、ノノ、そして名前も知らない兵隊さんが馬車道を進み始めた。
「ヨッスィ、がんばってねー」
あたしやマリーが手を振った。ヨッスィは、お馬さんの上からおう、と返事してくれた。
- 692 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:42
- 「大丈夫かな?」
「ご心配なく、姫様。ヨッスィが存分に鍛え上げた兵士たちです。伯爵の軍もおいそれと手出しできませんよ」
「庶民院のほうは?」
「まだ連絡はありません。この一日が勝負でしょう。国王は、今日の会議は開かせないでしょう。伯爵軍の圧力によって貴族の多くが陛下についたとしたら、庶民院も強く出ることはできませんし、昨日の貴族院の票決もなかったことにされてしまいます」
一時間おきに、報告が入る。じりじりと時ばかりが過ぎていく。伯爵軍は歩みがのろい。夕方になり、もうすぐ日が落ちそうというとき、伯爵軍がノッティンガムを抜けてシャーウッドの森に入ったとの知らせがきた。
- 693 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:42
- 「このまま北へ向かう?」
「どうでしょう。姫様や公爵の軍隊のおかげで小貴族たちの動揺は少ないようです。伯爵軍はいずれ戻らざるをえないでしょう」
夜もふけ、ナッチたちと食事をとる。静まりかえったモニフィールドの館に冷気がしのびこむ。もうすぐ冬がやってくるのだ。ナッチは広間の暖炉に薪をつっこんで火をつけた。バチバチと火の粉を散らす。
その横で、あたしとマリーはトランプ占いをする。残った一枚はスペードのエースだった。
あくびをかみ殺して、あたしたちはそれぞれの部屋に戻った。冷たいふとんの中にもぐりこむ。朝がきたら、すべてが終わるんだろう。
- 694 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:43
- ****
「ねえちゃん、ねえちゃんってば」
「何よ、うるさいなあ。今あたし忙しいの」
「芸能界ってさ、どんなところ?」
「すごくにぎやかで、たのしいところだよ」
「いいなあ、ねえちゃん。オレもそんなところで仕事したいよ」
「バカ言ってないで、あんたはべんきょーしてなさい」
「なんでだよ、ねえちゃんばっかずりーよ……」
- 695 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:43
- ****
「……姫様、姫様」
んあーと目をこすりながら体を起こした。窓の外はまっくらだ。前を向くと、ナッチのいつもの笑顔が消えている。
「伯爵軍がモニフィールド館に向かっているとの知らせがありました」
「まじ?」
やばいっす。シャーウッドの森に入った伯爵軍の一部、百人ほどの兵隊さんが本隊からこっそり離れて方向転換した。ヨッスィが留守でがらあきのモニフィールドを狙っているのだ。
- 696 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:43
- 「伯爵軍の狙いは、おそらく姫様の命です」
「なんでなんで」
「反対派の貴族たちを束ねているのが姫様であると、伯爵は考えたのでしょう。姫様さえいなくなれば、貴族たちの結束は乱れるだろうと」
「ヨッスィは今どこ?」
「マンチェスター付近です。使者を送りましたが、遠すぎて間に合いません。さ、姫様、早くここを抜け出しましょう」
広間に出ると、マリーが使用人さんたちにあれこれ指示を出していた。馬のいななきが響き渡る。
- 697 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:44
- 「姫様、馬車へ」
「……ナッチ、マリーとみんなを連れてミキティのところに行って」
「もとよりそのつもりですが……」
「あたしはここに残るから」
ナッチが目をむいた。マリーが駆けよってくる。
「何をとんでもないことをおっしゃるのです、姫様。ここは危険です」
「ここは絶対守りとおさなきゃだめなんだ。あたしのうち、あたしの生まれ育ったところなんだから」
「姫様……」
- 698 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:44
- あたしがガンコなことはナッチもマリーも知ってるだろう。止めたってムダだよ。
「姫様が残るんなら、オイラも残る」
「マリーまで!」
あたしは首を振ってにっこり笑った。
「だめだよ。マリーはみんなを避難させなきゃいけないし、ナッチはそれをミキティに渡さないといけないんだから」
あたしは一枚の紙をナッチに渡した。
- 699 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:44
- 「……これは」
「あたしが死んだら、ミキティがモニフィールドを相続するの。これがその証書になるから、なくさないでね」
あたしはみんなを無理やり馬車につめこんで、お馬さんのお腹を蹴っとばした。馬は前足で宙をひっかくと、猛烈な勢いで走り始めた。
「姫様、無茶はいけませんよ」
「絶対来るんだよ。ソロベリーで待ってるからね」
- 700 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:45
- あたしは手を振った。馬車の放つ小さな光が見えなくなると、あたしは自室に戻り、ヨッスィとお揃いの軍服に着替えた。剣を腰にさし、マスケット銃を右手に持つ。アイボンにちょこっとだけ習ったけど、うまくいくのかな?
地下室に行き、いろいろ道具を引っ張り出す。暖炉の真上と、部屋の四隅と、あとドアのところでいいかな。乾いた草のつるを、広間の窓から外に出し、館の後ろまで引っぱった。
レンガの壁に背をもたれた。やってくるまで歌でも歌おう。持ち歌はいっぱいある。
- 701 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:45
- どんなにこっそりやってきたって、お馬さんのひずめの音、ときどきもれるいななきは隠すことはできない。あたしは草のつるに火をつけた。
あたしは館の裏のすこし小高い丘に急いで登った。途中で振り向くと、どなり声とともに何人もの兵隊さんが剣をふりまわしながら館に入っていった。
丘のてっぺんにくると、あたしは耳をおさえて草むらの中に突っ伏した。
どかん。
火の粉が降ってきたので、あたしは奥のほうに走ってよけた。地下室にあった火薬にも飛び火したらしい。館全体が火につつまれている。中に入った人たちはだいじょうぶかな? 崩れ落ちるのも時間の問題だ。ちょっともったいなけど、館はまた建てればいいし。
- 702 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:45
- 伯爵軍は混乱していた。逃げ出す者もいるようで、エライ人がそれを引き戻そうとあちこちに馬を走らせている。
あたしはマスケット銃をかまえた。燃えさかる館のおかげで丘の下は明るい。こら、的が動くな、じっとしてろ。よしよし。左手で筒をしっかり握って、狙いをつけたら絞るように引いて。
どん。
馬から落ちた。
- 703 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:46
- さて、指揮官を失った軍隊はクモの子を散らすように……いかないじゃないか。逃げ始めた人もいるけど、しつこくあたしを探す兵隊さんもけっこういるようだ。何人かがこの丘のほうにやってくる。
逃げるか、討つか。ちょっとちゅうちょしたのがまずかった。あっというまにこの丘を登り始めている。あたしは急いで銃をかまえて、引き金を引いた。一人倒れたけど、それでもやってくる。
「こっちだ、こっちにいるぞ!」
「お前は左を回れ、囲むんだ!」
- 704 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:46
- どん。やっぱ火縄銃の親戚じゃだめだ。なんでこっちの世界には機関砲や戦車がないんだろう。ミサイルとまでは言わないからさ。
館の火は少しずつおさまりつつあった。再びまっくろい闇があたしたちを囲み始める。ついでに伯爵の兵士たちもあたしを包囲しつつある。かといって逃げ場はない。
また死ぬのか。三回目だ。どうしてあたしを生かしてくれないんだ。ただ、静かにお姫様をやりたいだけなのに。
馬のいななきが響いた。マスケット銃のとどろく音がした。
「なんだ、新手の敵か?」
「どっちだ?」
- 705 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:46
- これはチャンス、とばかりにあたしは一発ぶっぱなすと、剣を引き抜いて一番近くにいる兵士に向かって走った。あわてたその人は、銃をかまえる間もなく、左足をあたしに斬られた。
「どうする、どこだ」
「慌てるな! 馬だ、馬を狙え」
ぼこっという音がした。誰かが馬に踏まれたにちがいない。痛そうだ。どん。むむ、こっちに向かったのは失敗だったか。うようよいる。どん、どん。
- 706 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:47
- お馬さんの鳴き声が聞こえなくなった。それでも、伯爵軍の混乱はおさまらない。だんだん数が減っていっているのがわかる。あたしは剣をふるった。ぷすり。
「あんたらね、相手してんのが誰だかわかってるの? 国王のユウちゃんにはタメ口で、伯爵の護衛隊長アヤヤを倒して、オランダのリカちゃんを追っ払った、モニフィールドの当主、マキだよ!?」
- 707 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:47
- ……剣をにぎる手がぬめった。ズボンで手についた血をぬぐう。やがて銃声がしなくなり、剣のぶつかる音もしなくなった。山から吹きおろす風があたしを叩いた。風が去ったときには、あたしが草を踏む音しかしなくなった。
ふう、とあたしは地面に腰をおろした。疲れた。すんごく疲れた。でも、生き残った。死ななかった。
- 708 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:47
- あたしは木の枝を拾い、草を抜いて山にした。ポケットから火打石を出して、火をつける。火のついた棒をかざしながらあたりを歩く。
倒れている兵隊さんは、お揃いの黒いシャツをつけていた。伯爵の護衛隊だ。しつこかったわけだ。
横に倒れたお馬さんを見つけた。丘の上まで登ってきたようだ。その横に、あたしと同じ服を着た人が倒れていた。
「って、ヨッスィ?」
- 709 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:48
- あたしは棒を捨てて駆けよった。ヨッスィのほおをぺちぺち叩くと、ようやく目を開けてくれた。
「ヨッスィ、なんでこんなところに……」
「あ、姫様……生きてたんだ、よかった」
「ぜんぜん良くないよ」
ヨッスィのシャツは、おなかのところがまっ赤に染まっていた。ハンカチでおさえてみたけど、みるみるうちに血を吸い上げていく。止まんない。
- 710 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:48
- 「お腹はヤバイよね……」
「ヨッスィ、ヨッスィ」
ヨッスィの声がだんだん小さくなっていく。伯爵軍の一部がモニフィールドに向かって進んでいるという知らせは、マンチェスターにいたヨッスィにも届いた。でも兵隊さん全部で引き返している余裕はない。そこでヨッスィはアイボンとノノに指揮を譲ると、単騎でモニフィールドに返してきたのだった。
あたしが丘の上に追いつめられているのを見ると、ヨッスィは馬に乗ったまま伯爵軍に突っ込んだ。あたしとヨッスィは、伯爵軍を追っ払った。でも、そのかわりに、ヨッスィはおなかを撃たれてしまった。
- 711 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:48
- あたしはヨッスィを抱えようと、腕のところを持ち上げようとしたけどできなかった。ヨッスィ重いよ、重いよ。
「もう、いいよ、姫様」
「よくない。あたしだけ生き残っても意味ない。あたしと、ヨッスィと、ナッチ、マリーみんなが揃ってないとダメ。みんなのモニフィールドなんだから」
涙声になっていた。ヨッスィは、赤色の右手をのばし、あたしのほおをなでた。
「ごめんね、ごっちん……」
ヨッスィの大きな瞳に、まぶたが被さった。
- 712 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:49
- *****
そっか、そうだったんだ。
こっちの、このモニフィールドの世界に来て、あたしはいろんな人に命を狙われた。伯爵、アヤヤ、リカちゃん、もしかするとユウちゃんやミキティも。
でも、みんなに会う前に、すでにあたしの命は危うかったんだ。それもナッチやマリーに会う前に。
息苦しく、咳をこぼしながら目覚めたあのとき。
ドアが開いていた。誰かが部屋に入ってきて、あたしの首をしめていたんだ。
その後、マリーが入ってきた。ナッチは馬車に乗って町から帰ってきた。
とすると、あたしの首をしめていたのはヨッスィしかいない。
- 713 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:49
- なんでヨッスィが? あたしの命を?
あたしがこっちの世界から元の世界に戻るには、方法は二つ。「帰りたい」って強く願うか、あたしが死ぬか。
そうだ。ヨッスィはよっすぃ〜だったんだ。よっすぃ〜もこっちの世界に来てたんだ。あたしを連れ戻しに。あたしを殺すために。
でも、よっすぃ〜はあたしを殺さなかった。で、ずっとモニフィールドの世界にいて、あたしを見守っていてくれた。あたしの命を守ってくれた。あたしを守って、そして死んじゃった。
ごめん、よっすぃ〜。ごめん、みんな。迷惑かけて、ワガママ言ってごめんなさい。
- 714 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:49
- あたしは、ヨッスィがくれた剣を握りしめた。息をはき、ちょっとためらってから、おなかに突き刺した。
- 715 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:50
- ****
「ねえちゃん、ねえちゃんってば」
「なによ、うるさいなあ」
「ねえちゃんは後悔とかしてない?」
「コーカイ? するわけないじゃない」
「ホント?」
「あったりまえじゃない。お仕事は楽しいし、みんなといっしょだし……」
- 716 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:50
- ***
薄暗い光がすべてを照らす。彼女たちは息を殺しながらそのときを待つ。
「あ……」
「ごっちーん」
それは、ゆっくりとまぶたを開き、一息吐き出し、ふとんの端を握りながら、ゆっくりと体を起こした。一人の少女が彼女に抱きついた。
彼女はふとんをどけて、ベッドを降りた。髪の長い女性の前に進んだ。
「ごめんなさい」
その女性はにこっと笑って頭をくしゃくしゃになでた。彼女は他のみんなのほうを向いて、もう一度頭をさげた。
- 717 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:50
- 「よし」
扉の前で腕を組んでいた少女が、指をパチンとならした。その脇にいた三人の少女がいっせいに少年にとびかかった。
「痛い、痛いって、ごめん、許して」
彼女は、部屋をぐるりと見渡した。そして見つけた。その頬を人差し指でつつく。
「ごっちん、お帰り」
「……ただいま」
二人は、やがて口をおさえながら笑い声をもらし始めた。
- 718 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:50
- 「さあ、ほら、行こうよ」
小さい女性が扉のところで手招きをした。
「行こ、姫様」
「うん……執事もキノコたちも、みんなも、さあ、行くよ!」
二人は手をつないで扉をくぐる。みんなも後に続いた。
再び、彼女は世界へと旅立った。ただしもう一人ではない、みんなで旅立った。では、その世界へ彼女たちを追いかけよう。その世界が続くまで、ずっと。
- 719 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 20:51
- (洋の巻・了、そして、おしまい)
- 720 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 21:31
- 滝沢馬琴「南総里見八犬伝」黒田基樹「戦国大名北条氏の領国支配」山田風太郎「忍法八犬伝」今谷明「室町の王権」千野原靖方「国府台合戦を点検する」藤本正行「戦国合戦・本当はこうだった」手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会「手賀沼が海だった頃」小笠原長和「千葉県の歴史」清水勲「江戸のまんが」山本博文「切腹」鈴木大拙「禅と日本文化」カー「歴史とは何か」中村秀吉「パラドックス」デイヴィス「タイムマシンをつくろう!」小隅黎「タイムマシンの作り方」
徳齢「素顔の西太后」宇田川芳郎「西太后」入江曜子「紫禁城の黄昏」寺田隆信「紫禁城秘話」秦国経「溥儀1912-1924」海野福寿「日清・日露戦争」波多野忠夫「世界の歴史12アヘン戦争とシバーヒーの反乱」三田村泰助「世界の歴史14明と清」秋山裕美「図説拷問全書」陳舜臣「実録アヘン戦争」
- 721 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 21:31
- 大野真弓「世界の歴史8絶対君主と人民」大岡昇平「歴史小説論」ジョーンズ「恐怖の都・ロンドン」八木谷涼子「キリスト教大研究」小池滋「もうひとつのイギリス史」海保眞夫「イギリスの大貴族」田中亮三「図説英国貴族の城館」水谷三公「英国貴族と近代」デュマ「三銃士」佐藤賢一「ダルタニャンの生涯」上野美子「ロビン・フッド物語」大津留厚「ハプスブルクの実験」小林章夫「コーヒーハウス」白井哲也「パブは愉しい」小島英記「宰相リシュリュー」浅田実「東インド会社」鈴木真哉「鉄砲と日本人」上田惟一「ピューリタン革命史研究」今井宏「クロムウェルとピューリタン革命」こどもくらぶ「きみにもできる国際交流16ドイツ・オランダ」シャルトラン「ルイ14世の軍隊」森護「英国王室史話」小林章夫「イギリス王室物語」鹿島茂「馬車が買いたい」
このうちのいくつかが参考になりました。
- 722 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 21:36
-
(0T〜T)<やっとおわったー
つつ
もう二度とやらない
- 723 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 21:51
- 面白かった
感想色々書きたいけど、とりあえずはこれだけ
- 724 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 23:21
- このスレおしまい ほんとうに
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