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白と黒 −black and white−
- 1 名前:yo-2 投稿日:2002年08月05日(月)23時54分05秒
「ひとみちゃん」
わたしはその声に――
「ね、ひとみちゃん」
まるで磁石のように引かれ――
「ねぇ、ひとみちゃん」
春の雷に打たれたような――
「ひとみちゃんってば…」
恋に落ちた――。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月05日(月)23時55分41秒
白と黒 −black and white−
- 3 名前:yo-2 投稿日:2002年08月05日(月)23時56分50秒
痛めのいしよしを書かせてもらいます。
登場人物は吉澤、石川と、刑事役の中澤の3人。
ジャンルは自称・屋上ミステリーです(ほとんど学園の屋上が舞台なので)。
すでに書き終わっているので、さくさく更新しますが、
sage進行でいきたいので、少し下がり始めてから更新します。
それでは、よろしくお願いします。
- 4 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月06日(火)00時12分47秒
- 何かで出しから気になりますね(w
sage進行了解しました。
更新お待ちしてます(w
- 5 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時10分15秒
タッタッタッタッ…
規則正しい息遣いと軽快な足運びで急な坂道を下っていく。
梅雨の合間にのぞいた穏やかな陽射し。
少し湿り気を帯びているが気持ちのいい6月の風。
体育の授業で校外を走らされているのがバカバカしくなってくる。
(裏門まで走ったらふけよっかなぁ)
そう思った瞬間だった。
ズザザザーッ
何かが豪快に擦れる音がして、わたしは走るのをやめずに振り返った。
見れば、少し遅れて2番手を走っていたクラスメイトがヘッドスライディングの形で転んでいる。
(ったく、あの子どんくさいんだよなぁ。でも、その割に走るのは速いか…)
- 6 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時11分43秒
「いたいよぉ…」
か細い声をあげなからもぞもぞと起き上がり、流血しているひざ小僧についた小石をはらっている
彼女に、わたしは右手を差し出していた。
涙目になりながらわたしを見上げている彼女は、あっけにとられて言葉を失っているらしい。
校則違反ばかりの問題児と、一点のけがれもなき超優等生が、初めてこうして向かい合う。
- 7 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時13分13秒
「ほら、立って」
おびえたような、不思議そうなまなざしの彼女の右手をつかんでひっぱり上げると、
なかば強引に背中におぶる。
華奢な体は軽かった。
「あ、あ、歩けるから大丈夫っ!!」
ようやく思い出したように言葉を口にする彼女の声が、震えてる。
いつも遠くで聞いていた甘い声が、耳元で暴れてる。
“下ろしてコール”には一切とりあわず、そのままおぶって保健室に連れてった。
- 8 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時14分34秒
『不在中』
保健室の錆びた扉の横に下げられた札。
ちっ、と小さく舌打ちすると、彼女を背負ったまま右手でゴロゴロと扉を転がした。
日が差していないとはいえ空調の切られたこの部屋は、保健室特有のにおいもあいまって
ムンとしている。それでも、このアルコール臭に無意識に落ち着いてしまう自分に気づくと、
急に嫌気がさして、おぶっていた彼女を簡易ベッドの上へ乱暴に下ろしてしまった。
「きゃっ」
その甲高い声に我に返る。
「あ、ごめん…」
何だかバツが悪くて目を合わせないように小声で謝ると、壁際の薬品棚のガラス戸を開け、
まるで自宅のキッチンにでもいるように、難なく応急処置に必要なキットを見つけだした。
- 9 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時15分50秒
「めちゃくちゃしみると思うけど、うるさくしないでね」
ベッドの端に腰かけている彼女の足元にひざまずくと、ピンセットでつまんだ脱脂綿に消毒液を
浸して、直径7〜8pはありそうな右ひざの大きな傷口を撫でるようにふいてやった。
「痛っ」
彼女は小さくうめいたが、はじめにクギを刺しておいたのが効いたのか大声をあげることは
しなかった。それでも、傷口の周りを指で強く押さえてきつくつぶった目の端には、
薄く涙がにじんでいる。
キズ薬を塗りたくったガーゼをひざにのせ、テープで仮止めすると、その上からぐるぐると
包帯を巻きつけた。
うん、我ながらすばらしい処置だ、と自己満足にふけっていた時、だった――。
- 10 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時16分36秒
「ひとみちゃん」
え? 彼女の、この声――
「…ね、ひとみちゃん」
どこかで――
「ねぇ、ひとみちゃん」
どこで?――
「ひとみちゃんってば…」
誰の声?――
- 11 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時17分24秒
目の前の彼女に軽く肩を揺らされて、わたしは我に返った。
琴線に触れるこの声に、血が逆流していくような錯覚にとらわれた。
「応急処置はしといたから、あとで先生に見てもらうなり、病院に行くなりご自由に」
心の動揺を見透かされないようにそう言い捨てると、慌てて彼女に背を向けるようにして
片付けを始めた。
「ひとみちゃん、ありがとう。あ、あの…」
まだ何かいい足りないらしい。
それにしても、クラスメイトはみんなよそよそしく「吉澤さん」と呼んでいるのに、
どうしてこの子は下の名前でわたしを呼ぶんだろう。
「心配してるなら大丈夫だよ。見たくれはこんなんでも、一応、病院の娘だから」
とりあえず安心させるために、唇の端を上げて不器用に笑ってみせた。
「あの、そうじゃなくて…」
「ん?」
「思ってたより気さくで優しい人なんだなって…」
「気難しいと思ってた?」
「…うん」
- 12 名前:black and white 投稿日:2002年08月08日(木)00時18分24秒
そうだよ、石川梨華さん。
機嫌がいいのは今だけ。
わたしは誰にも心を許さない。
- 13 名前:yo-2 投稿日:2002年08月08日(木)00時22分30秒
本日の更新終了です。
>4さん
超早レス、ありがとうございました!
- 14 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月08日(木)08時41分30秒
- ぉ、なんかおもしろいですね。
痛い系好きなんで(w
これからに期待キタイ
- 15 名前:ココナッツ 投稿日:2002年08月08日(木)10時14分32秒
- あー何かよっさんの最後のセリフがかっちょえぇ…。
期待してます。ガンバッテください。
- 16 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月08日(木)14時27分43秒
- タイトルからいいですね。
それじゃ、さくさく更新お願いします(w
- 17 名前:black and white 投稿日:2002年08月09日(金)01時30分26秒
-2-
4限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
いつもの指定席でコンビニ弁当でも食べて、午後の授業をふけようかと思案している最中だった。
「ねぇ、ひとみちゃん。よかったらこれ食べて」
「はい???」
きっとわたし、転んだ彼女に手を差し伸べた時の彼女と、同じ表情をしてたんだろう。
わたしの机の前に立ちふさがってお弁当箱を差し出している彼女は、くすりと笑っている。
「ほら、昨日のお礼。私、これくらいしかできないから。味は保証しないけどね」
彼女を見上げたまま唖然としているわたしにそう言って、優しい笑顔を浮かべた。
ふだん誰とも口をきこうともせず、遅刻、早退、欠席を繰り返している金髪の問題児と、
学年一の優等生のやりとりに、周囲がざわめいている。
「いらない」
「食べてよ」
「こんなことされちゃ困る」
「そんなこと言われても困る」
「保証できない味のものなんて食べられない」
「謙遜したのよ。絶対保証する」
「………」
- 18 名前:black and white 投稿日:2002年08月09日(金)01時31分57秒
◇
「ごちそうさま」
結局、屋上の指定席にまで押しかけられ、鋼のような強情さとまっすぐさに根負けしたわたしは、
ついに彼女お手製のお弁当をたいらげた。
優等生の作ったお弁当なんかにまるで期待していなかったが、けっこうおいしかった。
「どうだった? 味のほうは」
「……おいしかった」
「よかったあ」
彼女は胸の前で指を組んで、心底うれしそうな顔をしている。その子供のような無邪気な笑顔を
見ていたら、こちらの表情まで緩んでしまいそうで、内心焦る。
「ひとみちゃんはどうしていつもお弁当持ってこないの? あ、ここで早弁しちゃってるとか?」
いつもわたしがコンビニ袋をぶら下げて屋上に上がるのを見ていたらしい。
「朝も夜も自分で作ってるのに、お弁当まで作ったら飽きちゃうじゃん」
「へぇ〜、朝ごはんも夕飯も自分で作ってるんだぁ。ひとみちゃんって親孝行なんだねっ」
県内屈指の規模を誇る吉澤総合病院の一人娘。彼女が思い浮かべているのはきっと、
絵に描いたように裕福で幸福な家族の暮らしぶりであるに違いない。
- 19 名前:black and white 投稿日:2002年08月09日(金)01時33分01秒
何か言い返すのも面倒で、袋にしまった弁当箱を持って教室へ帰ろうと立ち上がると、
彼女に袋ごと奪い取られてしまった。
「あ、洗って返すって」
「そんなのいいよ。それより…これからこうやって、一緒にお弁当食べてもいいかな」
「………」
断る理由がなかった。いや、断ることができなかったのだ。
人から背を向けられないように、常に背中を向けてきたわたし。
なぜ、あのときわたしは、彼女を拒むことができなかったんだろう――。
- 20 名前:black and white 投稿日:2002年08月09日(金)01時36分10秒
◇
「ねぇ、もしかしてあんた、ストーカー?」
「ハハ…。そう言われても仕方ないよね」
いつの間にか彼女は、わたしの部屋まで押しかけてくるようになっていた。
早退するわたしがどこへ行くのか、ウチまで尾行してきたのが始まりだった。
「毎日、毎晩バイトしてるんだよ。で、今日みたいに急に人手が足りなくなって
バイト先からメールがくると、こうして授業をふけるわけ。わかった?」
「どうして、バイトなんかする必要があるの?」
裕福な家の一人娘が遊ぶ時間どころか、寝る時間すら惜しんでバイトをする理由など、
ほんとうに幸せな家庭に育った彼女にはわからないのだろう。
「一日でも早く、この家を出るため」
一切の感情を表に出さないように、短く答えた。
それ以上語るつもりもなかったし、その態度から何かを感じ取った彼女もそれ以上のことを
聞いてこなかった。
- 21 名前:black and white 投稿日:2002年08月09日(金)01時37分26秒
「それよりさ、わたしなんかにつきまとってると、周りから変な目で見られるよ」
「見られたっていいよ」
「よくないじゃん。そっちは優等生なんだから、授業はさぼらないほうがいい」
「人からどう見られたってかまわないの」
「どうして?」
「ひとみちゃんのことが好きだから」
「………」
「ずっと、あこがれてたの」
「………」
「これからは、あっちとかそっちとかじゃなくて、梨華って呼んで」
「………」
照れ笑いする彼女。考えるより先に行動する彼女。気持ちをストレートに伝えてくる彼女。
高2になって初めて同じクラスになり、この前初めて口をきいたとは思えない。
わたしは言葉を失ったまま、長い間平穏だった心の海に、さざなみが立つのを感じていた。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
- 22 名前:yo-2 投稿日:2002年08月09日(金)01時40分33秒
- 少量ですが、キリがいいので今日の更新はここまでです。
>14さん>15さん>16さん
レスありがとうございます。
痛めというよりは激痛かもしれません。
期待を裏切らないといいのですが…。
- 23 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月09日(金)09時03分18秒
- だ、大丈夫です。タブン
新しい作品ですし、楽しみにしてますよ。ホントに。
更新頑張ってください。
- 24 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時45分16秒
-3-
それからも梨華ちゃんは塾のない日の放課後にはウチに寄って、他愛のない話をしていった。
決して心を許したわけではなかったが、ある晴れた日の午後、わたしが長年築き上げてきた
防波堤が、ものすごい勢いで決壊する出来事が起こった。
リビングの窓際に置いてあるグランドピアノを、梨華ちゃんが見つけてしまったのだ。
「ものすごく素敵なピアノだね。開けてもいい?」
「…いいよ」
ずっとそこにあるのに、ずっとその存在を無視し続けてきた大きなピアノ。
久しぶりにその横に立ち、黒く光るボディをそっと撫でると、閉じ込めていた苦い記憶が
瞬時によみがえってきた。
わたしはいつもこの場所に立って、あの人が奏でる美しい旋律に聞き入っていた。
- 25 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時47分35秒
梨華ちゃんは楽しそうに、ヴァネッサ・カールトンを弾き始めた。
もう5年以上誰も弾いていないピアノの調律は、不思議と狂っていなかった。
よく見れば、ほこり一つかぶっていない。
それがわたしを余計に悲しくさせた。
「梨華ちゃん、弾けるんだ?」
「リクエストがあればなんなりと」
「じゃあ………ベートーベンのソナタ第17番 第三楽章」
「テンペスト、かぁ…。難しいリクエストだね」
まぶしい陽光を全身に浴びて微笑む彼女に、封印していたあの曲をつい口走ってしまった。
スペイン語で嵐という意味のこの曲を、あの人はどんな気持ちで弾いていたんだろう――。
- 26 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時48分32秒
ポーン
「あれ?」
ポーン、ポーン…
「あれ、あれっ? どうだったっけ?」
途中まで快調に弾いていたのに、終盤のクライマックスにさしかかるところでつっかえてしまった。
「そこからがいいとこなのに…」
そう言って、梨華ちゃんが腰かけている椅子の端に座った。
「え、ひとみちゃんも弾けるの?」
その問いには答えずに、静かに鍵盤に指を置いて弾き始めた。
ほんとうに久しぶりなのに、指が動きを憶えている。
切なく、激しく、繊細なメロディー。
パチパチパチパチ…
演奏を終えると、横にぴったり座っていた梨華ちゃんが目を細めて拍手していた。
「すごいよ、ひとみちゃん! ひとみちゃんがピアノ弾けるなんて知らなかった」
「今でも弾けるのは、この曲だけなんだ…」
あの人が寂しげな表情でいつも弾いていた曲――。
一つでもつながりを持ちたくて、この曲だけはどうしても弾けるようになりたかった。
- 27 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時49分36秒
――ひとみがいい子にピアノの練習をしていれば、ママはすぐに帰ってくるよ。
――ひとみがメソメソ泣かなくなったら、ママは帰ってくるよ。
――あと10日したら、帰ってくるよ。
――もうあと10日…。
来る日も来る日もバイエルを練習して、あの人を待っていた。
どんなに寂しくても、あの人が帰ってくることを信じて、わたしは泣かなかった。
でも、どんなにいい子にしていても、どんなに強くなってもあの人は帰ってこなかったし、
11になってテンペストが弾けるようになっても、優しく頭を撫でてくれる人はいなかった。
父のついたウソはわたしを、そして父自身をも苦しめ、もうあの人は帰ってこないと悟ったとき、
わたしと父の間には、もう埋めようのない深くて暗い溝が出来上がっていた。
- 28 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時50分30秒
もう誰の言うことも聞かない!!
決められた事なんてもう、守らない!!
- 29 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時51分23秒
鍵盤に手を置いたまま、知らぬ間に一筋の涙が頬をつたっていた。
もう忘れたはずの過去。でもやっぱり忘れていなかった。
梨華ちゃんは涙の理由も聞かずに、そっとわたしの頭を抱いて優しく髪を撫でていてくれた。
人の温もりはもう憶えていないくらい久しぶりで、その安堵感からわたしは、子供のように
嗚咽をあげて泣き続けた。
もう誰にも背中を向けられたくない。
好きな人、愛している人ならなおさらのこと。
だからもう誰も愛さない。誰にも心を許さない。
- 30 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時52分09秒
それなのに、わたしの心はもうどうにもならないくらい、
梨華ちゃんの優しさに溺れていた。
- 31 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時53分20秒
-4-
昼間よりは少し時給のいい、深夜のファミレスの厨房でバイトをしている最中だった。
23時を過ぎてまばらになった客の注文もなくなり、短い休憩に入ったわたしは、
リュックの中に入れておいた携帯の着信履歴を見てぎょっとした。
1分間に何件も入っている履歴は『梨華ちゃん』『梨華ちゃん』のオンパレードだった。
(何だろう…?)
不思議に思って『1417』をプッシュし、通話ボタンを押そうとしたとき、
突然着メロが鳴り響き、驚きのあまり携帯を落としそうになった。
「もしもし、梨華ちゃんどうかした…」
けげんな声のわたしの言葉が終わる前に、興奮気味の梨華ちゃんの声がかぶさってきた。
「ひとみちゃん、わ、私、どうしよう!! 取り返しのつかないことしちゃったの!!
私、どうすればいい? どうすればいい?」
絶叫している梨華ちゃんの言葉をすぐには理解できなかったが、話の内容を把握した時、
全身の血の気が一気に引いていくのがわかった。
- 32 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時54分39秒
震えた指で通話を切る。
目が泳ぎ、鼓動が早まり、てのひらが汗ばんでいる。
ほんの何秒か自分がどうすべきなのか迷ったが、考えても答えなど出るはずもない。
更衣室へ走って着替えを済ませると、店長に向かって「具合が悪くなったんで帰りますっ!」と
怒鳴るように告げ、突風のように店を出た。
右手にリュックを握りしめ、歯を食いしばりながら突っ走る。
走るのには自信があったのに、どんなに走っても足が空回りして全然進んでいないような気がした。
- 33 名前:black and white 投稿日:2002年08月10日(土)01時56分08秒
Tシャツの中を泳ぐ生ぬるい西風が、雨のにおいを運んできた。
- 34 名前:yo-2 投稿日:2002年08月10日(土)02時02分02秒
- 更新終了です。
>23さん
最初からおどかしてどうすんだよーという感じですよね(^^;
すみません&激励ありがとうございます。
まとめて読まれる方には意味ないと思いますが、
連載感覚で少しずつ更新していきますので、
気楽に読んでもらえればうれしいです。
今夜はこのへんで。
- 35 名前:オガマー 投稿日:2002年08月10日(土)05時25分01秒
- 初レスです!
なにがあったんだろう…
ドキドキしながら更新待ちw
- 36 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月10日(土)09時48分20秒
- ぉ、心臓つかまれました。作者様の作品に(w
更新楽しみに待ってます。
- 37 名前:吉澤ひと休み 投稿日:2002年08月10日(土)20時10分10秒
- お、おもしろい・・・・
引き込まれますた。
作者さんがんがれー!
- 38 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時24分00秒
◇
呼び出された川原に着き、古びた小屋の扉をぎい…っと開けると、
むせかえるような生温かい異臭がねっとりと体にまとわりついてきた。
ジーンズのポケットからハンカチを取り出して鼻と口を押さえ、廃材の脇から恐る恐る
中をうかがうと、裸電球の頼りない光に照らされ、子猫のようにひざを抱えて震えている
梨華ちゃんの姿が視界に飛び込んできた。
「梨華ちゃんっ!」
小さな声で呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
顔面蒼白で真っ青な唇が震えている。
それとは対照的に、いつか坂道で転んでけがしたひざ小僧から流れる真っ赤な血が、
鮮やかなコントラストを映し出していた。
「梨華ちゃん」
もう一度呼んで、彼女に歩み寄ったとき、奥の人影が目に入った。
- 39 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時26分09秒
「うわぁっっ!!」
思わず大声をあげてあとずさり、そのままへたり込んでしまった。
男が腹部に刃物を刺され、おびただしい量の血を流して色の変わったじゅうたんの上に
横たわっていたのだ。
ぴくりとも動かない。
「梨華ちゃん……どうして?」
「予備校の帰りに、ナイフでおどされて、こ、この人にここに連れ込まれて、乱暴されそうになって、
刺されそうになって、怖くて、わけわからなくなって暴れてるうちに、この人が倒れてたのっ!!」
返り血で両手と制服の白いブラウスを赤黒く染めた梨華ちゃんは、早口で一気にまくしたてると、
ふらふらと腰を浮かせてわたしの胸に倒れるように飛び込んできた。
「人を殺しちゃった!! 私がこの人を殺した、私が殺したのっ!!」
どっく、どっく、どっく……
強く抱きしめた彼女の胸から何かが生まれそうなほど、激しい鼓動が直に伝わってきた。
それに合わせて、わたしの鼓動も張り裂けそうなくらい早くなる。
- 40 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時27分03秒
焦燥。動揺。混乱。不安。恐怖。
彼女の肩越しに見る死体から目が離せない。
生まれて初めての強烈な緊張感とよどんだ空気の生温さに吐きそうになりながらも、
梨華ちゃんと自分がこれからどうすべきなのか、頭をフル回転させた。
「落ち着いて、梨華ちゃん」
背中に回した手に力を込め、極力、彼女を落ち着かせるように、
そして、自分自身をも落ち着かせるように、低い声でゆっくりと語りかけた。
「これは正当防衛だから、自首すれば罪には問われない。だから、このまま一緒に警察に行こう」
梨華ちゃんがわたしの腕の中でぶるぶると首を横に振っている。
「無理…。絶対、無理…。ひとみちゃん、助けて…」
消え入りそうな声でしゃくりあげている。
警察からあることないこと問い詰められて罪を認めてしまったら、重罪に問われることにだって
なりかねない。こんなわたしに助けを求めてきてくれたのに、もしそんなことになったなら、
わたしは一生、自分を許すことができないだろう。
- 41 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時28分03秒
11年前のあの日――。
サクラの花びらを散らせる4月の雨が、雷を連れてきた日。
6つのわたしを置いて、どしゃ降りの雨の中へ消えて行ったあの人の背中がフラッシュバックする。
ここで何とかしなければ、わたしはまた大事なものを失ってしまう。
悲しい過去にがんじがらめにされて、閉ざし続けた心の扉を叩き壊してくれた彼女のために
わたしができること――。
ポツポツと降り出した雨が、遠くに雷鳴を連れてきた時、わたしは腹をくくった。
暗闇を稲光が切り裂く豪雨に打たれながら、
わたしはこの夜、
人間として最低のルールを破った。
- 42 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時29分27秒
-5-
それから1週間後の朝。
廃屋の近くの草むらから男の刺殺体が見つかり、各メディアで一斉に報道された。
雑草がかなりうっそうと茂っているところに埋めたため、もう少し発見が遅くなることを
期待していたが、散歩中の犬が発見してしまったらしい。
その日の放課後も梨華ちゃんがわたしの部屋に来て、あの夜以来重ねてきた口裏合わせの
最終確認をした。
男の身元がわかりそうなもの、凶器、制服、血痕の染み込んだじゅうたんなど、
証拠になりそうなものはすべて隠滅した。
バイト後のアリバイはないが、そもそも普段からわたしのアリバイを証明してくれる人などいない。
恐らくあの豪雨では目撃者もいないだろう。
どこまで警察をあざむけるのか自信はないが、もう後戻りはできなかった。
「ひとみちゃん…こんなことに巻き込んで、ごめんね…」
わたしの胸の中で泣き始める梨華ちゃん。
胸が痛くて切なくて苦しくて…いとおしかった。
「もう泣かないで」
梨華ちゃんの涙を親指でぬぐうと、いつか彼女がそうしてくれたように何も言わずに抱きしめて、
そっと髪を撫で続けた。
- 43 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時32分05秒
その翌朝のホームルームが終わった後、担任がわたしと梨華ちゃんを呼んで廊下に出た。
覚悟は決めていたが、こんなに早くお呼びがかかるとは思ってもみなかった。
「お前たちも知っていると思うが、この近くの川原で殺人事件が起こったんだ。
それで、警察の方がこの学校の生徒たちからも何人か事情聴取したいということで、
お前たち二人も指名されているんだが、吉澤っ、お前何か事件に関わってるのか!?」
当然のごとく、わたしだけがきつく問い詰められた。
劣等生と優等生、分厚い色眼鏡をかけている教師としてはあたりまえの選択かもしれないが、
はじめから決めてかかる教師の態度が気に入らなかった。
- 44 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時33分14秒
「何で呼ばれるのか、こっちが聞きたいくらいだよ」
「それならいいが…」
「石川、吉澤に何か巻き込まれてるてんじゃないだろうな?」
「そんなんじゃないです。何も知りませんっ!」
梨華ちゃんは、キッとしたきつい視線で担任に言い返した。
(そんな表情したりもするんだ…)
今まで知らなかった彼女を見られたことが、ちょっとだけうれしい。
「じゃあ、弁当を食べ終わったら1時から吉澤、1時15分から石川が職員会議室にくるように」
心配そうに眉を寄せている梨華ちゃんと視線だけで会話を交わすと、
わたしは担任に背中を向けて教室に戻った。
- 45 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時34分07秒
4限が終わって昼休みになると、いつもどおり屋上に上がり、一人でコンビニ弁当を食べ始めた。
あの事件以来、学校内で梨華ちゃんと接触することは避けているのだ。
これからのことを思うと気持ちが沈み、食は進まない。
味もわからないくらい緊張しているのが自分でも手に取るようにわかる。
それでも無理矢理胃に詰め込むと、意を決して敵陣へ乗り込んだ。
職員会議室に入ると、20代後半といった感じの小柄な金髪の女性と、それとは対照的に180pを
超していそうな長身でが体のいい男性が肩を並べていた。
担任の手招きで二人の前に立つと、
「初めまして。県警のナカザワです」「同じく××といいます」
と二人が自己紹介して会釈した。
野太い声の男の名字は聞き取れなかったが、聞き返すこともしなかった。
「ほら、お前もあいさつしないか!」
担任は高飛車な態度でわたしの頭を押さえつけ、無理矢理お辞儀させた。
カッとなって蹴っ飛ばしてやろうと思った時、
「ああ、センセ、センセ、気にせんと、あとはこちらにおまかせください」
と言って、金髪の女刑事が絶妙なタイミングで割って入った。
- 46 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時35分08秒
「昼休みなのに悪いね。すぐに終わるから」
表面の穏やかな表情とは裏腹に、恐らくは職業柄であろう厳しい視線がわたしを射抜いた。
さらに警戒心を強めたわたしは、こくりとうなずいて女刑事に促された椅子に腰をかけ、
それを見届けた担任が静かに扉を閉めて出て行った。
「え〜と、あなたが2年A組の吉澤ひとみさんですね?」
「ああ」
「吉澤さんはきのうの朝、この近くの川原で死体が見つかったことは知ってるかな?」
女刑事は慎重に質問を始めた。
「テレビでも新聞でも見た」
「じゃあ話が早いわ。早速だけど、吉澤さんは8日前の7月4日夜10時〜12時ごろ、
どこで何してたか覚えてるかなあ?」
「その質問に答える前に、こっちからも質問してもいい?」
「うん、ええよ」
「うちの生徒一人一人に、こうやってアリバイを聞いて回ってるわけじゃないよね?」
「ま、そやね」
「じゃあ、なんでわたしに聞くんだよ」
「う〜ん、それは捜査上の秘密ってヤツで答えられんわ」
「どうして聞かれてるかわからないことには、わたしも答えられない」
- 47 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時35分59秒
視線がぶつかり合うと、女刑事は苦虫をかみつぶしたような顔で自分の首筋の髪を撫で、
ちょっと考え込んだ素振りを見せた。
「まあ、ええわ。ちょっとだけ言うとな、今回の被害者、この女子校の生徒の盗撮が趣味だったんよ。
それでな、気持ち悪い話やけど、その被写体の中に吉澤さんもおったというわけや」
うっ…。急に吐き気を催してきた。
あいつにそんなことされてたなんて…全く気づいていなかった。
「大丈夫?」
口を押さえているわたしを見て、女刑事が気遣いを見せた。
「大丈夫…」
「こっちが話せるのはここまでや。で、7月4日の夜やけど…」
「4日って何曜日?」
「木曜日や」
「木曜なら、ファミレスで11時くらいまでバイトしてたんだけど、急に悪寒がしてやばかったから、
途中で帰らせてもらって薬飲んで寝た」
- 48 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時36分51秒
「そのバイトの帰りに、現場付近は通りかからなかった?」
「うちとは全然方向が違うから、通らないよ」
「じゃあ、吉澤さんが11時すぎに家にいたことを証明してくれる人は、おらへんかな?
誰かから電話がかかってきたとか、そんなんでもええから」
「いない」
「親御さんに聞けば、何か覚えているかも」
「一つ屋根の下に暮らしていたって、父親がいるのかいないのかもわからないくらいだから、
ふだんわたしが家の中で何をしているかなんて、父親は全く知るはずないよ」
「おかあさんは?」
「とっくにいない」
- 49 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)01時39分33秒
「そっか、悪いこと聞いたね。まあ、また何か思い出したらココにいつでも電話してや」
そう言って女刑事は名刺を差し出した。『中澤裕子』と書いてある。
お辞儀一つせずに職員会議室を出ると、わたしは脂汗のにじんだてのひらで、
ぐしゃりと名刺を握りつぶした。
次に呼ばれている梨華ちゃんの姿を探すと、彼女のことが心配で仕方がない担任が廊下の隅で
あれこれ質問をぶつけているのが目に入った。
梨華ちゃんがこの部屋に入る前に何とか一声かけたかったのだが、近づくことができそうにない。
仕方なく「終わったよ」とぶっきらぼうに声をかけて、梨華ちゃんと一瞬合った視線に力を込めた。
無関心を装って教室へ戻りながらも、梨華ちゃんがはたして打ち合わせどおりにやれるのか、
心配で心配で仕方がなかった。
――しかし、それは杞憂だった。
梨華ちゃんはわたしなんかよりずっとうまく立ち回った。
そして、見かけだけで人を判断する担任と刑事たちに無言の抗議をするため、翌朝、
彼女は自慢の黒髪を茶色に染めて学校に現れた。
- 50 名前:yo-2 投稿日:2002年08月11日(日)01時42分20秒
- 今夜はここまで。はぐれ金髪刑事の登場です。
>34さん、>35さん、>36さん
レスどうもです。
毎晩眠いんですが、励まされてます。
- 51 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月11日(日)10時34分20秒
- 更新お疲れさまです。
急展開ッスね。こっちまで冷や汗感じました。
スゴク細かくてホントイイッスね。
更新待ってます
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月11日(日)22時31分23秒
- いいですねぇ。かなり面白い。
どっぷりつかっちゃいました。
更新楽しみです。
- 53 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時39分43秒
-6-
それから3日、梨華ちゃんのところにも、わたしのところにも警察から何の音沙汰もなく、
もしかしたらこのまま隠し通せるかもしれない、と浅はかな期待を抱いた日の昼休み、
刑事が再び、事情聴取にやってきた。今度は中澤とかいう女刑事一人だった。
「まったく、職員会議室っちゅーとこは息苦しくてかなわんな。せっかく晴れてることやし、
外に出てしゃべらんか」
そう言う女刑事を、屋上へ連れて行った。
- 54 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時40分59秒
「あ〜、ここは気持ちええなぁ…」
女刑事は思いっ切り伸びをして、心底気持ちよさそうなリラックスした表情を浮かべた。
「でも、30前の女に紫外線は大敵や」
そう言って小走りで貯水槽の陰に向かい、3段ある階段の一番上に腰かけた刑事のほうへ
わたしはゆっくりと歩み寄った。
「あたしもな、学生のころは先生に反抗ばっかして髪の色なんか抜いてたクチやけど、
ったく、近ごろの学生は金髪かいな」
何を言われるのかと身構えていたら、説教が始まった。
「あんただって公務員のクセに金髪じゃん」
「あたしはな、大人やからもうええんや。だいたいあんた、校則守らないことがかっこええとでも
思っとんのやろ。そういうのが実は、一番かっこ悪いんやで」
大人とか、子供とかいう議論はもう、うんざりだ。
それに、かっこいいと思ってやってるわけじゃない。決め事を押しつけられるのが嫌なだけだ。
「そんな説教はもういいから、早く本題に入れよ」
「あんたせっかちやなぁ。A型か?」
「おおらかなO型だけど、何か?」
ふーん、と言って、女刑事はニヤリとした不敵な笑顔を浮かべた。
- 55 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時41分50秒
「あんたあの日の夜、普通にバイトしてたのに、休憩に入った途端、血相変えて帰ってったらしいな」
「だから、悪寒がしたって言ったじゃん。次の日、熱出して休んだのくらい、調べがついてんだろ」
「携帯の電話は誰からやったん?」
「は?」
「あんたが休憩に入る前に休憩してた人がな、あんたの携帯がひっきりなしに鳴り続けてたのを
聞いとんのや。これか?」
嫌らしい笑みを浮かべて、女刑事は親指を立てた。
「あんた美少女やからモテるやろうしなぁ。この女子校でもモテるやろ? あ、もしかして、これか?」
今度は小指を立てた。
わたしは返事もせずに、不機嫌な表情まるだしで女刑事をにらみつけた。
- 56 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時42分56秒
「そんな臨戦体勢の目で見るなって。あたしはただ、あんたがあの日、どこで何をしていたのかを
知りたいだけなんや。はっきり言うとな、この前、事情聴取させてもらった時にアリバイがはっきり
しなかったのが、あんたと、あんたと一緒にいたはずの石川さんだけやったんや」
「………」
「あんたの父親は海外出張で事情を聞けないし、石川さんはあの日、塾帰りで終バスに乗り遅れた
から友達ん家に泊まるっていう電話をお母さんにしてな、母親を安心させるために女友達も電話口に
出たらしいんやけど、その友達の名前ってのが偽名で、正体がつかめんのや」
「どうせ家族の証言は、アリバイの証明には役に立たないんでしょ?」
「そうは言っても参考くらいにはするわ。…で、や。石川さんのお母さんとしゃべった女友達って、
あんたなんやろ? あんたと石川さん、あの日一緒におったんやろ?」
「………」
「で、あんたがバイト中、携帯に電話をかけ続けていたのも石川さんやった」
「………」
「ま、しゃべりたくなければ今日のところはそれでええよ」
すくっと立ち上がり、くるりと背中を向けた女刑事は、また来るわと言って、軽く右手を振って
去っていった。
- 57 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時43分56秒
-7-
(行かないで…。ひとみを置いていかないで…)
はっと目を覚ますと、額にはじんわりと脂汗がにじんでいた。
まただ…。
ぼんやりと白い天井に視線を漂わせると、カーテンの隙間から朝日が薄く差し込んでいる。
時計の針は6時5分前。まだ15分も寝ていない。
あの日以来、心のバランスを失ったわたしはロクに眠ることができず、
ようやく眠りに落ちたかと思えば、同じ夢ばかり見てうなされて目を覚ます、という繰り返しだった。
- 58 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時45分05秒
あの人の夢――、あの人がわたしを捨てる夢ばかり見た。
いつも温かかった手。
でも、最後にわたしの頬を優しく撫でてくれた手は、冷たかった。
冷たい雷雨に打たれ、サクラの花びらがぐったりと散っていく嵐の中へあの人は消えて行った。
泣きながら何度も呼ぶ、わたしのほうを一度も振り返ろうともせずに。
6つになったばかりのわたしは、あれほど怖がっていた雷にも気づかないほど、
玄関の前で立ち尽くしたまま、小さくなっていく背中を見つめることしかできなかった。
どうしてわたしはあの時、追いかけていかなかったのだろう。
もし、追いかけていたなら、わたしの人生は変わっていただろうか――。
最後の言葉はずっと大事に持っていようと幼心に誓ったのに、すぐに忘れていた。
忘れなければきっと、わたしは壊れていた。
もうあの人の声も、傘の色さえ思い出すことができないのに、
あの日の背中を忘れることができない。
- 59 名前:black and white 投稿日:2002年08月11日(日)23時46分03秒
人と人との別れなんて、先に背中を向けたほうが勝ちだ。
- 60 名前:yo-2 投稿日:2002年08月11日(日)23時51分02秒
- 更新終了です。
>51さん
いつもレスありがとうございます。
あと2〜3回の更新で終わるくらいの短い話なので、超急展開です(w
>52さん
楽しみにしてくれる方がいるとうれしいっス。
…とここまで毎日更新してきたのですが、明日からちょっと旅に出ます。
帰ってきたら一気に終わらせますので、またお付き合いください。
では。
- 61 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月12日(月)10時38分57秒
- アワワ、バ、バレちゃうのかぁ…(汗
ハハ作者様いってらっしゃい ヾ(^▽^)
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月13日(火)03時14分06秒
- けっこう読みごたえあるね
事件がどういう結果に行き着くのか続き楽しみにしてます
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月19日(月)20時40分38秒
- 今後の二人が気になります。
更新まってます。
- 64 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)00時55分31秒
◇
「あ〜、やっぱりここやった」
今朝、あれから眠ることも出来ずに、めずらしく自分で作った弁当を食べていると、
階段を上がってきて少し息を切らした中澤刑事がやってきた。
ちらりと視線をやったが、招かざる客にはあいさつもせずにゆでたまごを頬張る。
(うまい!)
自分好みの固さにゆでられたことに、心の中で満足していた。
「おいしそうなお弁当やなぁ。自分で作ってきたんか?」
女刑事の問いかけをきれいに無視して、「今日は何?」と不機嫌に問い返す。
「うん。まぁ、お弁当がおいしくなくなる話やから、食べ終わってからにしよ」
「食べ終わったら寝るんだから、話があるなら今のうちにして」
「なら、そうさしてもらうわ。あのおもろい声のお友達…、え〜と、そう、石川さんのことやけど…」
「あんなヤツ、友達じゃないよ」
「そうなん?」
「あいつにかぎらず、友達なんて一人もいない」
- 65 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)00時57分22秒
「ま、ええわ。その彼女のひざのケガなんやけど…、だいぶ前にしたものらしいね」
梨華ちゃんから直接聞いているはずのことをわたしに聞いてくる。
きっと、わたしと梨華ちゃんの間柄を探っているのだろう。
口裏を合わせていることがバレないように、知らん顔して答えた。
「体育の授業で外周させられてる時に思い切り転んだんだよ」
「いつ?」
「1か月くらい前」
「あのケガの応急処置したの、吉澤さんらしいね」
「そうだけど」
「さすがは大病院の一人娘やね」
「包帯くらい誰でも巻けるでしょ」
「いや、そのあとに診た保健の先生が、完ぺきな処置だったって感心してたわ」
「あ、そう」
「もうかさぶたになってもええ頃なのにまだ包帯してるけど、えらい治りが遅うないか?」
「子供みたいにかさぶたはがしてんじゃないの? 知らないよ、人のことなんか」
「ま、そやね。友達じゃないねんもんな」
テンポのいいやり取りのあと、中澤刑事は一呼吸置いて、日陰に座っていても滴り落ちる汗を
タオルでぬぐい、その間にわたしも弁当箱のふたを閉じた。
- 66 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)00時58分39秒
「ところで吉澤さん。事件の日の夜、あんた、お父さんの病院のナースセンターに行って、
すり傷用の薬やら包帯やらを宿直のナースにもらってるよね」
「……」
「どっかケガでもしたのかな? 看護婦さんは、ケガしてるようには見えなかったって、
ゆうとるんやけど」
「背中の虫さされをかきこわして、化膿しちゃったんだよ」
「ふ〜ん。悪寒はするわ、化膿するわで踏んだりけったりの夜やったわけや」
「………」
「で、翌朝、看護婦さんが包帯やらタオルやらを屋上に干した後、それに紛れて
前の晩に使用した包帯を干した、と」
目撃者がいるから干してないとは言わせないよ、と中澤刑事はやんわりと言い添えた。
わたしは平静を装って言い訳を重ねようとしたが、口を開く前に中澤刑事が立ち上がった。
「うん。また来るわ」
わたしと梨華ちゃんのXデーが、少しずつ迫っていた。
- 67 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)00時59分54秒
-8-
学校では一切口をきかないことにしていたのだが、追い詰められていたわたしは、
その日の放課後、掃除当番中の梨華ちゃんにメールを送って、屋上に呼び出した。
「ウチの病院にも捜査の手が回ってる。このままじゃ、やばい…」
深刻な表情を梨華ちゃんに向けると、彼女の肩越しに思いがけない来訪者が視界に飛び込んできた。
中澤刑事が再び姿を現したのだ。
(まさか…)
昼に来た女刑事がもう一度来るとは思いもしなかったわたしは、一瞬息を詰まらせた。
「お、まさか石川さんまでおると思わなかったけど、ちょうどよかったわ」
確認の意味で梨華ちゃんの表情を見ておきたかったが、何か勘ぐられてはならないと思い、
視線を動かすことができない。
- 68 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時01分17秒
「あんたらそうやって二人並んでると、オセロみたいやなぁ」
オセロ――。
恐らく、わたしたちの肌の色のことを言っているんだろう。
わたしが白で、梨華ちゃんが黒。
白と黒の表裏一体。
罪と罰の運命共同体。
- 69 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時02分30秒
「何度も悪いけど、また聞きたいことができちゃってね」
「もういいかげんにしてくんない?」
わたしは声を尖らせた。
「まあ、疑問があるかぎりうやむやにしとくわけにはいかん仕事なんや。わかってや」
中澤刑事も日陰に入って腰かけると、わたしは左隣の梨華ちゃんと右隣の中澤刑事に
挟まれる形になった。わずかでも梨華ちゃんの表情が隠せて好都合だった。
「実はさっき吉澤さんに会ってからな、ようやくあんたの父親に会うことができたんやけど…
あの親父さん、ほんまにあんたのこと何も知らんのやなぁ。びっくりしたで」
玉の汗をぬぐいながら、ため息まじりに女刑事は言った。
「だから言っただろ。一つ屋根の下に暮らしてたって、いるのかいないのかそれすら知らない。
そんな関係なんだから」
「だからってあんた、父親を毛嫌いして家を出たい言うて、かなり無理してバイトしてるらしいけど、
親はありがたいもんなんやから、そんなことばっかり言うもんやないで」
また説教が始まった。言い訳するのさえするのさえバカらしくて、わたしは顔をそむけて口をつぐむ。
- 70 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時03分24秒
「そうやって、都合の悪いことにはいつもだんまりやね」
心をかきむしる無神経な一言に、こめかみのあたりの血管が音を立てて切れた。
宙をさまよっていた視線をゆっくりと女刑事のほうへ戻すと、極力感情の色を出さないように
低い声を振り絞った。
「あなたは…、10年以上も前に出て行った母親に似ていく娘を…哀しみと憎悪と愛情に満ちた目で
抱きしめる父親と、一緒に暮らしていけますか?」
「ひとみちゃん…」
熱いものが込み上げてきて、ちょっと声が震えてしまった。
こんなこと言うつもりはなかったのに…。
自分の心の中だけに閉じ込めていた不安な思いをぶちまけてしまった。
きっとこの暑さのせいだ。
- 71 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時04分34秒
年を重ねるごとにわたしは、嫌がおうにも母に似ていった。
それが父をつらくさせていることは、痛いほどわかっていた。
母に似ていくわたしを父は憎悪し、そして、愛していた。
わたしに母の影を求めていたことが、何よりわたしをつらくさせた。
結局、わたしも父も、わたしたちを置いて出て行ったあの人のことを
いつまでも、10年以上たっても、忘れることができないでいるのだ。
- 72 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時05分59秒
「事情も知らんのに、説教じみたこと言ってしまって…ほんまスマン」
深々と頭を下げ、「怒らせたあとに申し訳ないけど、本題に入らしてもらうわ」
と言った中澤刑事が背中を向けて立ち上がった隙に、わたしはさりげなく、
熱くなった目の端をぬぐった。
隣から梨華ちゃんの視線を痛いくらい感じていたけれど、どんな顔をしたらいいのかわからなくて、
目を合わせることができなかった。
「実は今、この前一緒に来させてもらった男の刑事が石川さんを探してる最中なんやけど、
ま、そのうちここに来るやろうから、あたしから二人まとめて話させてもらうわ」
中澤刑事がゆっくりと振り返って、わたしたちと向き合う。
「事件の夜の、石川さんの携帯の通話記録を調べさしてもらったんやわ」
肩に掛けていたバッグから、4つ折りにされていたA4の紙を取り出す中澤刑事。
「7月4日、22時48分、48分、48分、48分、49分、49分、49分、50分、50分…この調子で
23時04分に相手が出るまで、わずか16分間に52回も同じところに電話をかけてるね。
そして、その相手が吉澤さん、あんたや」
中澤刑事は右手の人差し指でわたしを指差した。
- 73 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時07分57秒
「石川さんはあの夜、22時に塾が終わって、22時5分過ぎには塾を出たよね。
そこまでは目撃者がおるんや。それから吉澤さんに電話するまでの約40分の間、
何をしてたのか、教えてもらえるか?」
「だからこの前も言いましたけど、一足遅れで終バスに乗り遅れてしまったんです。
それで、家まで歩いて帰っていたんですけど…」
「けど、何?」
わずかに口調が厳しくなった中澤刑事の尋問に、わたしはたまらずに割り込んだ。
「この人、この前の中間テストでわたしの点数がよかったのをカンニングしたんじゃないかって、
言いがかりをつけてきたんだよ。バイトの休憩中に携帯の着信見たら、嫌がらせみたいに20件全部、
この人の着信履歴が入ってるんで、頭にきて電話したら恨みがましいことばっかり言うもんだから、
むかついてバイトほっぽり出してこいつに会いに行ったんだよ」
「あたしは吉澤さんではなくて、石川さんの話を聞きたいんやけど…」
- 74 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時09分51秒
「だってこの人、学年で一番の優等生なんだから、自分からそんな話するわけないじゃん。
あれは実力だって言ってんのに、ずっと根に持ってて、今だってここに乗り込んできて
さんざん言いがかりつけられてたんだから」
「そうなん? 石川さん」
中澤刑事が水を向けると、梨華ちゃんはうつむいたまま、小さくうなずいた。
「それで、石川さんに会いに行った吉澤さんはどうしたわけ?」
「この人がバカみたいなことばっかり言ってるから腹が立って突き飛ばしたら、かさぶたになってた
この前のケガからまた血が出てきちゃったから、しょうがなくウチに連れてって手当てしてやった」
「それで昼休みに話してくれたナースセンターに行ったこととのつじつまが合う、というわけやね」
「そうだよ」
「そんなことしてたら遅くなっちゃって、こんな時間に家に帰ったら怒られるって言うもんだから
ウチに泊めることにして、この人が家に電話した時に電話口に出て、お母さんを安心させたんだよ。
ったく、なんで、わたしがそんなことまでしてやんなきゃいけないんだっつーの!!」
- 75 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時11分29秒
思い出しただけでも腹が立つ、といったようにわたしが吐き捨てると、中澤刑事は表情一つ変えずに、
「なるほど」と言った。
こんな話でこの海千山千の女刑事が納得しているのかどうか、表情からは読み取れなかったが、
話のつじつまは合っているはずだった。
「ようわかった。またわからないことが出てきたら聞きに来るかもしれへんけど、そん時は堪忍な」
「こんなところに何度も来るヒマがあったら、早く犯人を捕まえてくれよ。
変な言いがかりばかりつけられて不愉快なんだけど」
悪いね、と言いながら中澤刑事は苦笑する。
「そうや。いろんな話を聞かせてもらったかわりに一つだけ教えるとな、実は犯人の血液型は、
A型なんや。現場からちょっと離れた小屋から微量ながら二つの血痕が検出されてるんやけど、
一つは被害者のもの。そしてもう一つがA型。これが犯人のものやと断定されたんや」
わたしは女刑事に悟られないよう、静かに生唾を飲み込んだ。
- 76 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時12分36秒
「確か吉澤さんはおおらかなO型やったよね。だから、はじめっからあんたを疑ってるわけやなくて、
ただ単にわからないことを確認しているだけだから気ぃ悪くせんといて」
中澤刑事は、ぽんぽんっとわたしの肩をたたいた。
そして、梨華ちゃんに視線を向けた中澤刑事は、「う〜ん」とあごに手を当て、何やら考え込み始めた。
「石川さんはそやなぁ、ちょっと変わってるからAB型やろ?」
「え、……A型です」
「ああ、そうなんや。あたしもA型なんよ。A型仲間やね」
- 77 名前:black and white 投稿日:2002年08月20日(火)01時13分37秒
中澤さん、わたしはあなたのこと、好きになれそうにない。
このままじゃあなたに、梨華ちゃんを連れていかれてしまう――。
- 78 名前:yo-2 投稿日:2002年08月20日(火)01時19分01秒
- 更新終了です。
>61さん >62さん >63さん
レスありがとうございました。
待っててくださる方がいるとは…カンゲキです。
今日からふっかぁーつ!!と思いきや、次回がラストです。
あと、2回分くらいあるつもりだったんですが、短いので
一気に終わらせます。ではでは。
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月20日(火)04時02分28秒
- ドキドキ、胸が詰まる感じ
どんな結末を迎えるのか・・・
- 80 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月20日(火)09時43分06秒
- ヒャースゲーめっさリアルだぁ。
ラストッスか…ワクワク
更新楽しみにしてます。ガンバッテ
- 81 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月20日(火)20時47分41秒
- あわわ血液がぁ・・・そんなのDNA鑑(ry
めちゃくちゃおもしろいです。中澤刑事もカッケーすね!
作者さんラスト期待しております。
- 82 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月20日(火)23時11分04秒
- うぅ…ラストですか。
どうなるの。つれていかれちゃうの。
はたして…いったい…
- 83 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)00時58分19秒
-9-
その日の夜、塾帰りの梨華ちゃんがウチに来た。
尾行がついているのかもしれないが、もう捕まるのは時間の問題だとお互いにわかっていたから、
それを責めることはしなかった。
むしろ限られた時間なら、一分、一秒でも長く、そばにいてほしい。
ベッドに浅く腰かけた梨華ちゃんはわたしに向かい合うと、
今にも壊れてしまいそうなはかない笑顔を浮かべた。
梨華ちゃんは完全に追い詰められていた。
何を言いたいのかわかるから、押し寄せる感情で胸がつぶされそうになる。
たまらなくなって視線をそらし、彼女のさらさらした長い髪を撫でた。
「私に茶髪は似合わない?」
上目遣いで顔を覗き込むようにしてささやく梨華ちゃん。
「ううん。似合うよ。でも…」
「でも?」
「わたしが梨華ちゃんに悪い影響を与えてるんじゃないかって…」
梨華ちゃんはわたしの唇に人差し指を立てると、おでこをわたしのおでこにコツンとくっつけた。
- 84 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)00時59分32秒
「ひとみちゃん。人は見かけじゃないって教えてくれたのは、ひとみちゃんだよ」
そうやっていつも、枯れ果てた心の庭に花が咲くような、うれしい言葉をたくさんくれる。
彼女の小さな手がわたしの髪をすき、前髪をさらりとかきあげると、おでこにそっとキスしてくれた。
「ひとみちゃん、愛してる。誰よりも、愛してる…」
「うん」
「ひとみちゃんは私のこと、好き?」
「うん」
「愛してる?」
「うん」
「ひとみちゃんの口で好きって言って」
「……」
「愛してるって言って」
「………」
- 85 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時00分38秒
――好きだよ。愛してる。
それなのに、言葉にすれば簡単なその一言が、言えない。
トラウマはまだ消えていなくて…。
梨華ちゃんをまっすぐ見つめたまま、わたしは静かに涙を流していた。
「困らせること言って、ごめんね。でも私、ひとみちゃんのこと、愛してるから…」
「うん。うれしいよ…」
梨華ちゃんはわたしの頬に両手を添え、温かくてやわらかな唇で涙をぬぐってくれた。
そして、わたしの首に細い腕を絡めると、瞳を閉じた梨華ちゃんの唇がゆっくりと
わたしの唇に重なった。
一瞬、ふれるだけの初めてのくちづけ。
それでも、人生で初めて知った幸せに胸がジンとしびれ、次々に涙があふれてくる。
そのキスをきっかけに、感情のコントロールを完全に失ったわたしたちは、
もうどちらの唇なのかもわからないほど、激しくお互いを求め合った。
- 86 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時02分43秒
「ひとみちゃん…、私、自首する…」
長い長いキスのあとで、梨華ちゃんはついにその言葉を口にした。
心地のいい風がレースのカーテンを揺らす。
夜空には、青白い満月がぽっかりと浮かんでいた。
「だめだよ」
「私、これ以上ひとみちゃんを巻き込めない」
「もう遅いよ。うちらは共犯者なんだから。わたしは絶対に捕まりたくない」
「ひとみちゃんは大丈夫。あの場所にひとみちゃんがいたっていう物的証拠は、絶対ないはずだから。
あの人を殺したのは私、あの人を埋めたのも私、だからひとみちゃんは絶対に大丈夫!」
「埋めたのはわたしだよっ!!」
一人で罪をかぶろうとする梨華ちゃんに、思わず声を荒げてしまった。
自分の声にハッとしたわたしは、ごめんと謝るかわりに優しく髪を撫で、
出来るだけ穏やかな声で梨華ちゃんを諭した。
「うちらはさ、白と黒のオセロなんかじゃない。黒と黒、同じ十字架を背負った運命共同体なんだよ。
だから、捕まる時は一緒に捕まろう。でも、それまでは一秒でも長く一緒にいたいよ」
- 87 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時03分58秒
梨華ちゃんがわたしの肩でほろほろと泣き始めた。
「ひとみちゃん、ごめんね…。私、ひとみちゃんを汚してしまったことがつらいの…。
誰よりも優しくて、ナイーブで、純粋で、清廉潔白で…。そんなひとみちゃんのこと、
中学時代からずっと好きで、ずっと愛していたのに、それなのに私が、私が…」
そのあとの言葉は続かなかった。
梨華ちゃん、そんな前から好きでいてくれたなんて、全然知らなかったよ。
もし、もっと早く梨華ちゃんの気持ちに気づいていたら、二人の未来も変わってたかもね。
でもね、梨華ちゃん…わたしは汚れたってかまわないんだよ。
今はただ…あなたと離れ離れになることだけが怖い。
- 88 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時05分40秒
あの夜――。
全身血まみれの梨華ちゃんと、死体を埋めて泥まみれのわたしの身体を二人で泣きながら
必死に洗い合った夜。
恐怖と豪雨に打たれ続けた寒さとで、がたがたと震えるお互いの身体を抱きしめ合った夜に、
わたしは誓ったんだ。
たとえ自分が捕まっても、梨華ちゃんだけは警察の手に渡さない、と――。
「梨華ちゃん、ずっと一緒だよ」
それがわたしの、精一杯の愛情表現だった。
強く抱きしめた身体をわずかに離し、涙で頬にはりついた髪を丁寧によけると、
梨華ちゃんの唇をついばむようにキスをした。
月明かりに照らされて瞳を閉じた梨華ちゃんは、泣きたくなるほど綺麗だった。
- 89 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時07分03秒
-10-
あれから2日たって、1学期の終業式を迎えた。
かったるい式が終わり、見たくもない通知表を渡されたあと、わたしはいつもどおり屋上に上がる。
朝方、猛烈な風雨を連れてきた台風は瞬く間に過ぎ去り、梅雨前線も連れ去ってしまった。
じりじりと肌を刺す強い日差しとセミの鳴き声が、本格的な夏の到来を感じさせる。
彼方の空に、鮮やかな虹が大きなアーチを架けているのを、まだ十分に湿り気の残っている壁に
もたれながらぼんやりと見つめていた。
「ひとみちゃん」
その甘美な呼びかけに、眠っていた心が踊る。
わたしの腕の中にするりと滑り込んだ彼女はやわらかく笑い、それにつられてわたしまで笑顔になる。
こんなふうにきれいに笑えるようになったのも、梨華ちゃんのおかげだね。
「ひとみちゃんはどうしてここが好きなの?」
「虹のたもとが見たいから」
「え?」
「なんてね」
そんなロマンチストじゃない。
ただ、空の色を見てると、なんだか癒される。
そして、ここでは、自分に素直になれるんだ。
- 90 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時08分37秒
梨華ちゃんの華奢な身体をぎゅっと抱きしめたまま空を見上げたわたしは、
「梨華ちゃん、ごめんね…」と言ったきり、言葉を詰まらせた。
夏休みにたくさん、楽しい想い出を作りたかった…。
これからたくさん、二人だけの想い出を作りたかったね…。
「どうして謝るの?」
この腕の中、心配そうな瞳で問いかける梨華ちゃんに、わたしは正直に告白した。
「やっぱりあの事件の夜、引きずってでも梨華ちゃんに自首を勧めるべきだった。それなのに…、
梨華ちゃんを失いたくない一心で余計なことして、梨華ちゃんをかえって苦しめちゃった…」
梨華ちゃんが自首すると言った夜以来、ずっとそのことが頭から離れなかった。
わたしの存在が、ものすごく梨華ちゃんを苦しめてるんじゃないかって…。
梨華ちゃんを守りたいと思うことが、かえって重荷になってるんじゃないかって…
そう考え始めたらキリがなくて…。
とめどなくあふれ出てくる涙を、梨華ちゃんは何も言わずに優しくぬぐってくれた。
- 91 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時11分52秒
「ひとみちゃん、この前の夜、ずっと一緒だって言ってくれたじゃない」
「うん…」
「ひとみちゃん、私たち、ずっと一緒だよ」
(梨華ちゃん…)
「ひとみちゃん、ずっとそばにいてね」
(梨華ちゃん…もっと…)
「ひとみちゃんが一緒なら、何も怖くない」
(その声を聴かせて…)
- 92 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時13分10秒
タンタンタン…
階段を駆け上がる複数の足音が近づいてくる。
きっと中澤刑事がすべての真実をつかんでここへ向かってきたのだろう。
梨華ちゃんと、離れ離れになる。
「何度も悪いね、お二人さん」
3人の男性刑事を連れて現れた中澤刑事は、口ぶりこそ軽いものの、顔は笑っていなかった。
わたしは手の甲でゴシゴシと涙をふくと、梨華ちゃんをうしろに隠して中澤刑事と向かい合った。
「もう何度も来ないで済むようにしてあげるよ。すべてはこの手紙に書いてきたから」
スカートのポケットに二つ折りにして押し込んでいた封筒を差し出すと、
結論を急ごうとする若い男の刑事を手で制した中澤刑事が、手紙を受け取ってくれた。
「ひとみちゃん…」
今にも泣きそうな声で後ろから手を握ってきた梨華ちゃんの手を握り返して振り向くと、
わたしは極上のウインクをしてみせた。
- 93 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時14分07秒
(中澤さん、あなたなら、私がその手紙に託した想いをくんでくれると信じてます…)
手紙を丁寧に開く中澤刑事と、それを心配そうに見つめている梨華ちゃんに背を向けて
青空を見上げる。
嵐の過ぎ去ったあとの、雲一つない、泣けるほど晴れた空だった。
すると――、ああ、なんてことだろう…。
あの日、最後にあの人が残していった言葉が、空から降ってきたのだ。
――ひとみちゃん、愛する人は、あなたのこの手でしっかりと守るのよ――
あぁ、この声。そうだったんだ…。
ママ、ひとみはママとの最後の約束を守れていますか?
不器用だから、こんなふうにしか愛せない。
だけど、これがわたしの、精一杯の愛し方。
- 94 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時14分56秒
振り向きざまに梨華ちゃんのやわらかな頬を包んでそっとキスすると、
わたしは虹に向かって一目散に走り出した。
いつも思ってた。この空、何かと同じ色だって――。
そう、あの日ママがさしてた傘の色だったんだ――。
背後からヒステリックな叫び声と怒号が、突き抜けた空に拡散する。
- 95 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時15分48秒
わたしは振り返らない。
まぶしい陽射しを全身に浴びながら。
わたしは笑う。
愛しいあの人の叫び声を背に受けながら。
愛のうたを唄う。
「梨華ちゃん、愛してる。未来永劫に」
- 96 名前:black and white 投稿日:2002年08月21日(水)01時16分56秒
両手をいっぱいに広げると、まるでハードルでも飛び越えるかのように、
わたしは軽やかに、空を、飛んだ。
- 97 名前:yo-2 投稿日:2002年08月21日(水)01時18分02秒
白と黒−black and white−
- 98 名前:yo-2 投稿日:2002年08月21日(水)01時18分49秒
end
- 99 名前:yo-2 投稿日:2002年08月21日(水)01時22分46秒
完結しました。
皆さんにsage進行の協力をしてもらったにもかかわらず、うっかり自分でageてしまったアフォです。
最後に悔いは残るけど、完結ageってことであきらめてそのまま終わらせました。
犯人当てもなく、トリックもなく、どこがミステリーじゃあ!!とご立腹の方もいるかもしれませんが、
「屋上で起きたミステリアスな出来事」=「屋上ミステリー」という意味で使わせてもらいました。
まぎらわしくてすみません。
この話は、とにかく緊張感を保つために短めのストーリーにしたかったので、
吉澤の視点からでは分からない部分を極力排除しました。
石川、中澤の気持ちであるとか、警察が二人の犯行であることを確信するにいたった理由や証拠など。
>81さんにご指摘いただいたDNA鑑定なんかもその際たる部分ですね。
いろんな解釈をしてもらえればと思って、あえてちゃんと書き込んでない部分がたくさんあるので、
消化不良の部分もたくさんあると思いますが、少しでもモヤモヤ感が残るような作品になっていれば、
自分的には成功です。
レスをくださった皆さん、最後まで読んでくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月21日(水)02時10分47秒
- 後から読む人にネタバレしないように具体的な感想は避けますますが……。
自分的には好きなお話でした。テンションが変わらずに持続してたのも
いいと思いました。
感情移入しすぎてしまって、読み返すのが辛い……。
作者さん、お疲れさまでした。
- 101 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月21日(水)04時34分10秒
- 迫り来る重さがリアルに感じ取れた
個人的にラストに割り切れない部分がありつつも、印象的な作品だったよ
作者氏、ごくろうさまでした
- 102 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年08月21日(水)08時23分09秒
- 完結お疲れ様です。
心にグッときましたよ。凄く感動です。
自分も重さを感じました。
作者様素晴らしい作品、ありがとうです。
- 103 名前:娘。 投稿日:2002年08月22日(木)00時48分24秒
- よかった
- 104 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)16時11分27秒
- お疲れさまです。
すごい好きな作品になりました。
こういう話好きなんで。
途中痛くて読むのがつらかったけど(w
- 105 名前:\1980 投稿日:2002年09月15日(日)00時34分01秒
- 偶然見つけて読みました。どーもお初さまです。
読んでて感動で涙が止まりません(w
すっごい面白かったです!!
- 106 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)06時09分42秒
- 今日発見して全部読みました。
ピアノがもうちょっと伏線になるのかなって思ってしまいました。
恋愛になりすぎてないし、短いけどちゃんとミステリーになってて面白かったです。
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