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えんじぇる☆Hearts!
- 1 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月25日(日)21時53分12秒
- 「Angel Hearts」のパロディで(内容はだいぶ違いますが…)、
アンリアルな話です。
よろしければ、お付き合いください。
- 2 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)21時56分03秒
- 「んーっ、と」
ベッドの上で上半身を起こし、両腕を上げて大きく伸びをする。
その朝、愛はいつもより10分早く目を覚ました。
枕元の目覚まし時計のボタンを押してアラームを解除すると、ベッドを抜け出し、窓際へ歩み寄る。
「あー、ええ朝やぁ。なんだっけ? そうそう、早起きは三文の徳!」
窓を開け、爽やかな五月の風を頬に受けてしばらくぼんやりしていると、10分間は瞬く間に過ぎていった。
「あ、いかん。遅刻やざ!」
机の上の時計を見てハッとした愛は、パジャマ姿のまま部屋を飛び出した。
「遅刻や、遅刻や」
独り言を繰り返し、ドタドタと足音を立てながら、騒々しく階段を駆け降りる。
愛は父親の転勤により、五歳の時に生まれ故郷である福井から東京へ越してきた。
こちらへ来て十年になるが、幼少時に慣れ親しんだ福井弁は、
愛の体にまるで呪縛のように染み付いて未だ抜け切れていない。
- 3 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)21時58分28秒
- 「まったくアンタは…余裕持って起きなさいって、いつも言ってるでしょ」
台所から顔を出した母が、呆れたように溜息をついた。
「ちゃんと起きてたよーだ」
そう言ってペロリと舌を出し、リビングへ入ろうとする愛の腕を、母が掴む。
「その前に。なつみちゃん、起こしてきて」
母が言うと、愛はあからさまに面倒そうな顔をした。
「もーぅ、わたしが遅刻しちゃうよ」
「だから、余裕持って起きなって言ってんのよ」
「お姉ちゃん起こすために早起きするって…なぁんか、ちゃう気がするんだけど」
「文句言わない、さっさと行く!」
「…はあーい」
母の強い口調に、愛は渋々頷いた。
こういう時の母に何を言い返しても無駄であることは、愛にも良く分かっている。
愛は仕方なく、降りたばかりの階段を、重い足取りで再び昇り始めた。
- 4 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時00分53秒
- なつみの部屋は、愛の部屋の向かいにあった。
愛の従姉妹である安倍なつみは、中学に入学すると同時に、学校から程近い愛の家に居候を始めた。
なつみは子供の頃から寝起きが悪く、愛の家に居候を始めて五年以上になるが、
彼女が自ら目を覚ましてリビングへ降りてきた瞬間を、愛は未だ一度として見た事が無かった。
「なつみお姉ちゃん、朝だよー」
なつみが未だ眠っていることは百も承知の愛は、ノックもせずに部屋のドアを開けた。
「なつ…あれっ?」
部屋へ入るとすぐに、愛は中の異変に気が付いた。
なつみがいつも眠っているベッドはもぬけの殻で、掛け布団は下へずり落ちてしまっている。
「ああもう…。今日は一体ドコで寝てるんだか」
無人のベッドを見ながら、愛は深い溜息をついた。
「昨夜も夜更かししてたのかな」
受験生であるなつみが、毎晩勉強に追われて遅くまで起きていることを、愛は知っていた。
なつみの寝相の悪さは、身体の疲れに比例する。
疲労が極限にまで達したとき、なつみは寝返りを打ちながら、ベッドとはまったくかけ離れた、
とんでもない場所へ移動してしまうのだった。
- 5 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時03分47秒
- 「カーテンの裏か、タンスの後ろ、カバンの中、か…」
愛は腕組みをして、自分の飼っているハムスターの『はむたろう』が小屋から脱走した際に
逃げ隠れた事のある場所を一つ一つ思い出しながら、なつみの寝場所を推理してゆく。
しかし、その全てはハムスターのような小動物でなければ入り得ることの出来ない、狭い場所であった。
愛が途方に暮れた時、部屋の隅から何者かの低い呻き声がした。
愛はハッとして、声の方へ目を向ける。
「うーん…なんだぁ、ココは…ふんふん…ああなるほど、天国と地獄の間の、ちょっとした隙間ですか…
狭い、狭すぎる…」
小さくてくぐもっていたが、その声は確かになつみのものだった。
(隙間…)
愛はすぐにピンときて、声のした方へ近付くと、恐る恐るその場所を覗き込む。
なつみは、ベッドと壁との間の、50cm程の隙間に挟まったまま熟睡していた。
「お姉ちゃん! なつみお姉ちゃん!」
愛が呼びかけても、なつみは一向に目を覚まさない。
痺れを切らした愛はベッドに乗ると、隙間に挟まったなつみの体を、
上から押さえつけるように揺さぶり始めた。
- 6 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時07分33秒
- 「いやだ…なっちは家に、帰るんだっ…!」
寝言を繰り返しながら、なつみは狭い空間で、自分の体を揺する愛の手を振り解こうと必死にもがいている。
「ギャッ!?」
すると突然、愛は両手で顔を覆って、ベッドの上に転がった。
それは一瞬の出来事で、愛には一体何が起きたのか理解する余裕も無かった。
突如として顔面を襲った激しい痛みと共に、目の前が真っ暗になったのだ。
「んん…? ああ、なんだ夢かぁ…」
一方、力任せに振り回した右腕が愛の顔面を強打した衝撃で、なつみはようやく目を覚ました。
「ああ恐かったぁ。なっち、閻魔様にベロ引っこ抜かれる夢見ちゃったよ」
何か、閻魔大王に舌を抜かれる程の悪いことをした心当たりでもあるのだろうか。
この傍迷惑な寝起きの悪さも、あるいは、地獄行きの切符に成り得るかも知れない。
未だ鈍い痛みの残る鼻を擦って涙ぐみながら、愛は思った。
「早く起きてよ。また遅刻しても知らないからね」
「んー。ねぇ、愛、手ぇ貸してよぉ」
ベッドの下から情けない声で哀願する従姉妹に、愛は右手を差し出した。
- 7 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時10分41秒
―――
愛の通うハロモニ女子学園は中高一貫教育の学校で、愛は学園中等部の三年、
従姉妹のなつみは高等部の三年である。
家から徒歩20分の道程を、愛もなつみも歩いて通学していた。
もっとも、起床時間の遅いなつみは決まって、歩きではなく走って登校することになるのだが。
「あいーっ!」
聞き慣れた声に愛が振り返ると、一人の少女が手を振りながら走って来るのが見えた。
愛と同じハロモニ女子学園中等部二年の、小川麻琴である。
学年は違うものの、同じ町内に住む二人は、子供の頃からお互いを良く知る間柄なのだった。
「はあ、追いついたぁー」
麻琴は愛の肩に手を置いて、あがった息を整えている。
「おはよう、マコちゃん」
「んー。おはよー」
息が切れているせいか、上ずった声で麻琴が答える。
「待ってぇ、心臓壊れそう」
「あんなに走るからだよ。急がなくたって、まだ時間あんのに」
「だって、歩いてたら、愛が坂上ってんの、見えたんだもん」
言葉を短く切って息を継ぎながら、麻琴が言った。
- 8 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時14分05秒
- 二人は、放課後の部活動でも、同じ部に所属している。
毎日のように顔を合せているにも関わらず、愛の姿を見かけた途端、
まるで飼い主を見つけた犬のように嬉しげに駆け寄ってくる麻琴が何だか可愛らしく思えて、愛は目を細めた。
一人っ子である愛は、従姉妹のなつみを姉のように慕い、幼馴染である麻琴をまるで妹のように思っていたのだ。
「あ、なんか笑われてるし」
愛の視線に気付いた麻琴が、照れたように笑う。
やや吊り上がりぎみの目と眉が、勝気で活発な印象を与えるが、
笑って目尻が下がると途端に子供のような、あどけない表情になる。
麻琴は自分のことを『ネコ顔』だなんて言うけれど、仔犬の方がずっと彼女に近いと、愛は思っている。
「なつみちゃんは? また遅刻?」
「うん…って、聞いてよ! 今日なぁ、お姉ちゃん、ベッドと壁の間に挟まってもて!」
「愛ってさ、ホントいつまで経っても訛ヌケないよね…」
愛は普段、家族以外の前では意識して標準語を使うよう心がけているが、
興奮するとつい福井訛が出てしまうことに、本人以外の誰もが気付いていた。
- 9 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時16分44秒
- 校門をくぐると、二人の前に見覚えのある後姿が現れた。
身長150cm程の小柄な少女は、気だるそうな足取りで二人の前を歩いている。
少女が一歩足を踏み出す度に、ポニーテールの髪が揺れた。
「のの」
麻琴が後ろから呼び止めると、少女は足を止めて振り返った。
「おはよう、のの」
愛が言うと、ののと呼ばれた少女、辻希美は大あくびをしながら軽く手を挙げた。
希美は麻琴の一年の時のクラスメイトで、彼女もまた、部活動では愛や麻琴と同じ部に所属していた。
「おはよー…っていうか眠い。寝てぇー」
「授業中寝てれば?」
事も無げに、麻琴が言う。
「モチロンそうするけどさ。でもでも、今日は転校生来るから、ちょっと楽しみなんだよねぇー」
「マジで!? 良いなぁー」
麻琴は、希美のことが心底羨ましそうだった。
「その子、ウチの部に入ってくれないかなぁ」
麻琴の隣に並んで歩きながら、ぽつりと、愛が言った。
「そだね、聞いてみるよ。っていうか、力ずくでムリヤリ入れちゃうか」
麻琴を挟んで向こう側を歩いていた希美が、愛の独り言を聞きつけて言う。
「えっ!?」
愛は慌てた。
- 10 名前:<第1話> 投稿日:2002年08月25日(日)22時20分54秒
- 「いいよいいよ、そんなコトしなくてさ!」
愛が自ら部長を務める部のメンバーは現在のところ、愛と麻琴と希美の三人にもう一人、
二年生の紺野あさ美を加えた四人のみである。
ゆえに新入部員は喉から手が出るほど欲しかったが、希美の言うように『ムリヤリ』入れるとなると、話は別だ。
未だ見ぬ転校生にだって、彼女には彼女のやりたい事や叶えたい夢があるはずであって、
彼女の未来を奪う権利なんて、わたしたちには決して無いのだから、と愛は思うのだった。
「へへ、入れっちまうか、マジで」
「だから止めてってば、のの!」
どうやらやる気になってしまったらしい希美の言葉に、愛は蒼ざめた。
目的のためにはどんな非情手段を使うか分からない、希美にはそんな恐さがあった。
「でもさ、本気で部員増やさないとヤバくない? なつみちゃん、今年が最後なんだし」
「それは、そうだけど…」
確かに麻琴の言う通りだった。
彼女らの部にとって、今年はどうしても部員を増やさねばならない理由があったのだ。
「おっしゃー。辻さんに、まっかせなさい!」
ゴメンなさい。
未だ見ぬ哀れな転校生に、愛は心の中で詫びるのだった。
- 11 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月25日(日)22時23分28秒
少し長い話になりそうですが、最後までお付き合い頂けると幸いです。
- 12 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月27日(火)00時58分24秒
- おぉ!すてっぷさんの新作♪
しかもこのメンバー。
期待しながら待ってます。
- 13 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月29日(木)23時48分09秒
- 少女は一人、荒野に立っていた。
教室という名の荒れ果てた地で、生徒という名の血に飢えたハイエナどもは、
彼女が力尽きて倒れる瞬間を今か今かと待ち構えているのだ。
そうはさせるか。少女は、両の拳を力強く握った。
「じゃあ、自己紹介しよっかぁ。加護さん、できるよねっ?」
石井と名乗った担任の音楽教師は、まるで小学二年生に対する態度で、14歳の亜依に接した。
先制攻撃をくらい、亜依のプライドは粉々に打ち砕かれた。
生徒がハイエナならば、さしずめ教師は、か弱いシマウマに致命傷を与えるライオンというところか。
まさに喰うか喰われるか。まさにコンクリートジャングル。恐るべし東京。
亜依は自分へ向けられる好奇の視線に怯えながらも、恐怖心を悟られまいと、無理に笑顔を作って言った。
- 14 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月29日(木)23時50分02秒
- 「奈良県から来ました、加護亜依です。
趣味はたこ焼きを焼くこと、特技はやきもちを焼くことです。よろしくお願いしまあーすっ!」
しかし、やり切って微笑む亜依の満足感とは裏腹に、生徒たちの反応は薄い。
くすっ、という、失笑とも取れる微かな笑い声と、まばらな拍手。
亜依は俯いて拳を握ると、じっと屈辱に耐えた。じわじわと、目頭が熱くなってゆくのを感じる。
(南の島で肌を焼くことです、の方が良かったんか? ああ? トーキョーモンのツボは、どないやねんなっ…!)
「え、ええっと、空いてる席は…」
「ハイハイハイハイハイ!! ココ空いてますココ空いてますココ空いてます!!」
教師の言葉を遮って、窓際の最後列に座る生徒が手を挙げて立ち上がった。
亜依を含め全員が、その生徒に注目する。
(なんやアイツ…ウルサイやっちゃなぁ)
「じゃ、じゃあ、あの子の…辻さんの隣、座ってくれるかな? 加護さん」
「えっ」
教室には、他にも幾つか空席があった。
それなのに選りにも選ってアイツの隣とは。
直感的にそう思わせる、危険な香りが、辻という生徒にはあった。
- 15 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月29日(木)23時52分14秒
- 「オイラ辻希美。よろしくねー」
亜依が席に着くなり、その生徒は言った。
「のの、でいいよ!」
そう言って、ニコリと笑う。
「よろしく、のの」
希美の人懐こい笑顔につられて、自然と、亜依は微笑んでいた。
「加護さんってさぁ、けっこー面白いよね。
自己紹介でウケ狙ってきた転校生、はじめて見たもん。
のの、笑いこらえんのに必死だったよ」
「アホか、こっちは笑かそうとしとんねん。堪えんと笑いぃや」
「あ、そっかぁ。へへ」
希美は照れくさそうに笑った。
亜依には、希美が自分の自己紹介を面白いと言ってくれた事が嬉しかった。
「加護さんって、前の学校で何て呼ばれてたの?」
「んー、亜依とか、亜依ちゃんとか、あとは…あいぼん、とかかな」
「ふーん」
希美は、あい、ってのはもう一人いるんだよねぇ、などと独り言を言っている。
「ねぇ、あいぼん、って呼んでいい?」
「うん、いーよ」
授業時間の全てを雑談に費やしたおかげで、放課後になる頃には、二人はすっかり打ち解けていた。
- 16 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月29日(木)23時54分50秒
- 放課後、亜依は学園を案内してくれるという希美に付いて、園内を歩き回っていた。
テレビの学園ドラマ等で知る限り、こういう場合は休み時間に案内されるのが普通だと思っていた亜依は、
希美の申し出を少しばかり迷惑に感じたものの、自分のためにしてくれているのだからと、仕方なく付いてきたのだった。
「あいぼんは、前の学校で部活とかやってた?」
スナック菓子やドーナツの話題でひとしきり会話が盛り上がると、希美が言った。
ほんの少しだが、思い切って切り出した、という空気が伝わってきて、亜依は緊張した。
「うん、バスケ。でも一年の時やから、ずーっとボール拾いやったけど」
もしかして勧誘だろうか、と亜依は思った。
これといってやりたい事もないし、残念ながらこの先バスケを続けたとしても、
身長の低い自分がレギュラーになれる確率は限りなくゼロに近い。
なによりも、亜依にとって希美は、転校して初めて出来た友達なのだ。
よほど練習の厳しい部や、奈良の友人には恥ずかしくて言えないような、マニアックな部でなければ、
希美に誘われるがまま入部しても構わないと、亜依は考えていた。
- 17 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月29日(木)23時58分05秒
- 「バスケか。っていうか背ぇ小っこいから、二年でも三年でも高校でも永久にレギュラー無理なんじゃない?」
「なっ!?」
冷酷な希美の一言に、亜依は愕然とした。
「オマエに言われたないわ!! 来年なったらグワーっ伸びんねん!! 見とけやあっ!!」
触れられたくない傷を根こそぎ抉られ、亜依は涙ながらに反論した。
「どうだか」
希美が、肩を竦めて冷ややかに笑う。
既に、亜依は泣きじゃくり始めていた。
自分でも解っていた筈の事柄が、他人によって指摘されると何故こうも腹立たしいのだろうか。
「くそぅ、牛乳さえ、牛乳さえ飲めたならっ…!」
「ま、とりあえずバスケはあきらめてさー。体操とかって、キョーミない?」
「体操っ?」
思わず、亜依は問い返した。涙に濡れたその瞳には、微かに希望の光が宿っている。
「うん。のの、体操部なんだけどさ、よかったら一緒にやんない?」
「えっ、ココ体操部なんてあんの!? うそっ、めっちゃカッコええやん!」
(段違い平行棒に平均台、跳馬、床運動……良すぎやん! カッコ良すぎやん!)
『体操』という言葉の、未知なる甘い響きに、たちまち亜依は虜になった。
- 18 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時01分06秒
- 「どうする? やる?」
「やるやる! ウチも体操部入る!!」
もはや、亜依の言葉に迷いは無かった。
希美に誘われるがまま従ったのではない、これは自らが選んで決めた事なのだ。
これまで全てにおいて波風を立てぬよう他人に合わせてきた、八方美人の自分。
亜依はそんな自分にとって初めて、これだと思えるものに出会えたという気がしていた。
「ホントっ!? やっりぃー!」
希美は亜依の手を取って、まるで子供のようにはしゃいでいる。
亜依は、きっと楽しくなるであろう、都会での学園生活に胸躍らせた。
「ちーっす。おつかれーっす」
抑揚の無い声で挨拶する希美の後に続いて、亜依はその教室へと足を踏み入れた。
部員達を紹介するからと言われ、希美に連れて来られた体操部の部室では、
三人の生徒が制服からジャージに着替えている最中であった。
(わ、ダサ…体育のジャージやん。なんか、イメージとちゃうなぁ)
- 19 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時03分38秒
- きっとオリジナルのジャージを着て練習するのだろうという亜依の予想に反し、
三人は、学年ごとに色分けがなされている学校指定のジャージを着用していた。
一人は小豆色、残りの二人は亜依が支給されたものと同じ紺色のジャージを着用していることから、
この二人は亜依と同じ二年生であると思われた。
「おつかれぇー」
入口に立つ希美たちに背を向けて、紺色の上着を頭から被りながら、一人が言った。
「……お疲れ様です」
紺色のジャージを来たもう一人が、蚊の鳴くような声で俯き加減に言う。
亜依が軽く会釈すると、その生徒は両手を前に揃えて、深々と頭を下げた。
「あの、もしかして、あなた…」
残りの一人、小豆色を着た少女は亜依を見てしばらく呆然としていたが、
亜依と目が合うと、恐る恐る口を開いた。
「あっ!」
希美や亜依に背を向けて着替えていた少女が、ようやく亜依の存在に気付いて声を上げる。
- 20 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時06分21秒
- 「あの、奈良県から来ました、加護亜…」
「喜べみんな! 辻ちゃんが新入部員を連れて来てやったぜえーい!」
自己紹介を邪魔されて、亜依は少々気分を害した。
もう少し空気を読んでくれよ、言いたいことだけ言ってりゃあ良いってもんじゃあないんだぞ。
心の中で希美を非難しながらも、そんな希美の性格が、亜依には少し羨ましくもあった。
あるいはこの奔放さが、希美の最大の魅力なのかも知れない。
「本当に来てくれたんだ! ありがとう、ありがとうのぉ」
亜依の手を握り、小豆色の少女が涙ぐむ。
「ね、一緒に頑張ろうね!」
紺色のジャージを着た少女が、嬉しそうに亜依の傍へ駆け寄ってくる。
部室の隅で微笑んでいるもう一人の少女も、言葉にこそしなかったが、亜依の来訪を喜んでいるように見えた。
「あ、いやぁ…どもども」
部員達に歓迎されて、亜依は幸せだった。
ほんの数分前に足を踏み入れたばかりのこの部室は、亜依にとって既に居心地の良い場所になっていた。
- 21 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時09分06秒
- 「愛ちゃん、入部届どこだっけ?」
希美が小豆色ジャージの少女に言った言葉に、亜依はハッとした。
「ああ、二段目の引き出しに入ってる」
「おっけー」
何も無い教室の隅に一組だけ事務机が置いてある。希美はその引き出しを漁り始めた。
「なぁ、自分、『あいちゃん』っていうん?」
亜依が尋ねると、小豆色の少女は頷いて、にこりと微笑んだ。
真っ直ぐで綺麗な髪だ、と亜依は思った。さわると、川の流れみたいにサラサラしていそうな。
「ウチもな、『あい』やねん。加護亜依」
亜依が言うと、もう一人の『あい』は目を丸くした。
「本当け!? あ、部長で中等部三年のぉ、高橋愛ですぅ。よろしゅうねぇ」
愛は、ひどく興奮しているようだった。
(コイツ、どこの生まれやねん…都会っ子の匂いが全くせえへん)
「ああ、そのジャージ、三年なんや…あっ、えと、三年、なんですか」
愛が自分よりも一学年上なのだと思い出し、亜依は慌てて言葉を正した。
「いいよいいよ、ウチは人数少ないし、先輩後輩とか関係ないんやからぁ」
「へえ」
前の学校のバスケ部とはえらい違いだ、と亜依は思った。
こういう付き合いも、悪くない。
- 22 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時11分38秒
- 「あいぼん、って呼ばれてたんだって。愛ちゃんと間違うし、あいぼんでいいよね?」
机に向かって書き物をしながら、希美が言った。
それは、亜依の体操部への入部届と思われた。
「なんかカワイイね、『あいぼん』って」
紺色ジャージを着たうちの一人、明るく活発そうな方の生徒は、小川麻琴と名乗った。
「……うん。カワイイと思う。個性的で」
もう一人、大人しく落ち着いた印象の少女は、紺野あさ美。
「えっ。ウチってそんな可愛い? いやぁ〜ん、照っれるぅ〜ん」
「オメーじゃねえよ。名前がカワイイっつってんだよ、ボォーケ」
「うっさい、アホ!」
部員達ともすっかり打ち解けた亜依には、何時の間にか、希美の毒混じりの言葉も気にならなくなっていた。
「あいぼん。ココ、名前だけ自分で書いてよ」
希美に促され、亜依は入部届の氏名欄に自分の姓名を記入した。
入部年月日やクラス名等、氏名以外の欄は全て希美によって記入済みであった。
- 23 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時14分20秒
- 「じゃあ、練習始めよっか。あいぼん、ジャージって、もう持ってる?」
愛の言葉に頷くと、亜依はサブバッグから紺色のジャージを取り出した。
希美は、部室の隅で既に着替え始めている。
二人の着替えが終わると、部員達は何も無い部室を目一杯に使い、それぞれの配置についた。
彼女達はお互いの間に十分な距離を取って、横二列に並んでいた。
前列には希美と麻琴、後列にあさ美、そして愛は三人と向かい合わせに立っている。
亜依は、練習の邪魔にならないようにと、部室の隅に腰を下ろした。
「ねぇ、せっかく来たんだからさ、あいぼんも一緒にやろうよ!」
亜依の方へ振り返って、麻琴が言った。
「へっ?」
「そうだよ。ちょっとずつやって、勘を取り戻さなきゃ!」
亜依に背を向けて、愛が言う。
愛は、足元に置いた大きなラジカセの前にしゃがみ込み、カセットテープを巻き戻したり(あるいは早送りなのか)、
再生したりを繰り返している。
「勘、って…。あんなぁ、ウチ初心者やねんけど…」
部員達の熱心な勧めに、亜依は戸惑っていた。
- 24 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時17分41秒
- 段違い平行棒に平均台、跳馬、床運動といった特殊な競技の練習に、
素人である自分が参加してしまっても良いのだろうか?
今日は指導者も居ないようだし、危険はないのか?
あれこれと考えを巡らすうちに、亜依はある事に気が付いた。
ここには段違い平行棒も無ければ、平均台も馬も無い。
体操競技に必要と思われる器具が、一切存在しないのだ。
強いて言えば、あるのは『床』ぐらいのものである。
(なるほど、競技の練習は体育館あたりでやるっちゅーワケか。
だよなぁ、こんな狭いトコロで出来るワケないもんね)
「まず第一、10本いきまあーす」
「「「お願いしまあーす」」」
愛の号令に続き、他の三人が一斉に礼をする。
慌てて、亜依も後列のあさ美の隣に立つ。
きっと競技練習前のウォーミングアップにストレッチでもやるのだろう、と亜依は思った。
「いきまあーす」
愛は再び部員達に背を向けてしゃがむと、ラジカセの再生ボタンを押した。
そして、しばしの無音状態に続いて聞こえてきた音は、亜依にも聞き覚えのある、懐かしいメロディーであった。
(なるほど、ラジオ体操か! コレやったらウチにもできるで)
- 25 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時21分23秒
- 亜依は、小学六年生の夏休みを最後に、ラジオ体操への参加を止めてしまっていた。
約二年のブランクのせいで、部員達の動きに付いて行けない箇所もあったが、
二度三度と繰り返す内に、愛の言葉どおり、亜依は徐々に昔の勘を取り戻していった。
「じゃあ次、第二、10本いきまあーす」
「ねぇ、第二は15にしない? 第二って、あいぼんにはあんまり馴染みないと思うんだ」
亜依が早く覚えられるようにとの麻琴の提案で、ラジオ体操第二は、15回繰り返される事となった。
「のの! 腕が伸びてない! あさ美ちゃん! 戻すの早い、もうちょっとタメて!」
ラジオ体操第二の開始早々、愛の怒号が飛ぶ。
「こんなんじゃ何回やっても一緒だよ。何がダメなのか、考える時間が必要だと思う」
麻琴の提案で10分間の休憩を取った後、ラジオ体操第二は再開した。
休息の効果があったのか、部員達の動きは見違えるほど軽やかだ。
一方、ウォーミングアップであるはずのラジオ体操に対して、異常なまでの執着を見せる部員達の姿に、
亜依はある種の疑念を抱き始めていた。
(いつになったら体操の練習するんだろ。もうすぐ下校時刻なんじゃあ…)
- 26 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時25分29秒
- 「じゃあ最後、合唱いきまあーす」
波乱に満ちたラジオ体操第二が終わり、休む間もなく愛が号令をかける。
すると、それまで後列に立っていたあさ美が前に進み出て、前列の右端に並んだ。
「あいぼんは、こっち」
希美に促されるまま、亜依も前列の左端に並ぶ。
(合唱…? 一体…)
「!」
そして、次の曲のイントロが流れ始めた瞬間、亜依の疑念は確信へと変わった。
♪あーたぁらしーぃ、あーさが来たっ♪ きーぼーうの、あーさぁーだっ♪
楽しそうな四人の歌声が、部室中に響き渡る。
ああこれは…と亜依は思った。
タイトルは知らないが、確かラジオ体操が始まる前に、この曲が流れていた気がする。
寝坊して、『遅刻や、スタンプもらわれへん!』とか言いながら、ダッシュで公園に駆け込んだ、あの日。
走って走って公園に着くと、第一すらもまだ始まっていなくて…代わりに流れていたのが、この曲だったよね。
『まだ始まってへん! セーフや!!』なんつって、はしゃいだりしてさ――。
亜依は、ふっ、と自嘲気味に笑った。
想い出に浸るのは止めよう、こんなの只の現実逃避じゃあないか。
- 27 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時29分16秒
「なぁなぁなぁなぁ、ちょぉ待ってくれる?」
亜依は、陶酔しきった表情で歌う部員達の前に進み出た。
「どうしたの? あいぼん」
合唱を指揮していた愛が、タクト代わりのボールペンを振る手を止めて尋ねる。
他の部員達は皆、亜依を見てきょとんとしている。
「ひょっとしてココは、『ラジオ』体操部ですか?」
「え?」
何を言っているの? あいぼんったら、そんな当たり前のこと聞いちゃって。
愛のきょとんとした表情からは、そんな言葉が読み取れた。
ハメられた、と亜依は直感した。いや、あるいは、自分が早とちりしただけなのか?
「あったりぃー! ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!」
やはり嵌められたのだ、と亜依は思った。
辻希美は亜依を部へ勧誘する際、『ラジオ体操部』ではなく意図的に『体操部』という言葉を使い、
まんまと亜依を罠に嵌めたのだ。
「さて、今『ピンポン』って何回言ったでしょーか?」
「愛ちゃん、ゴメン」
「ブー。正解は、『ののにもわかりません』でしたー!」
「ウチ、辞めさしてもらうわ」
「「「ええっっ!?」」」
愛、麻琴、あさ美の三人が声を上げた。
- 28 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時32分50秒
- 「短い間でしたけどお世話になりました。お元気で」
亜依は抑揚の無い声で言うと、部員達に向かってお辞儀をした。
「何言ってんだよ。あいぼん、もうサインしちゃったじゃん」
「なにいっ…!」
顔を上げた亜依の目の前に、希美が一枚の紙をちらつかせる。
それは練習前に亜依が署名をした、(ラジオ)体操部への入部届であった。
「今やめたら訴えるからねー。ほぉーら。ホラホラ」
希美は、亜依の頭上で入部届を振ってみせた。
視界の端にちらつく自らの署名と、揺れる入部届の、ぴらぴら、という呑気な音色が、亜依の神経を逆撫でした。
「裁判したら負けちゃうよー? あいぼーん」
「負けるかボケっ、オマエ体操部言うたやんか!? そんなん詐欺やんけーっ!!」
「ラジオ体操部、略して体操部だもん。嘘じゃないじゃん。サギじゃねーっつーの! ばあーっか!!」
「なっ!? オマエなあああーっ!!」
亜依が、希美の胸倉を掴んで叫んだ。
「二人とも、やめて! あいぼん、お願い、一年間だけでいいから!」
掴み合う二人の間に、愛が割って入る。
「…は?」
亜依は思わず、手を止めて聞き返していた。
- 29 名前:<第2話> 投稿日:2002年08月30日(金)00時38分27秒
- 「大会に出たいの! 今年だけは、どうしても、出なきゃいけないんだ!」
愛の表情は、真剣そのものだった。
「大会?」
掴みかかっていた手を離し、亜依が訊いた。
希美は、俯いて罰が悪そうにしている。
「嫌なら、一年なんて言わないから。せめて秋の大会まで…ダメ、かな?」
縋るような目で、麻琴が尋ねる。
「……お願い、たすけて」
虚ろな目をして、あさ美が詰め寄る。
「ウソやん…カンベンしてやぁ。ラジオ体操てなんや、めちゃカッチョ悪いでぇ…」
言いながら後退りする亜依に、部員達がにじり寄る。
「「「「おねがい……」」」」
愛が、麻琴が、あさ美が、そして希美までもが、震える声で哀願する。
その瞳に、零れんばかりの涙の滴を湛えて。
「「「「あいぼん……」」」」
まるで雨の日の土手に捨てられた子犬のようだ、と亜依は思った。
そのうちに、亜依はとうとう壁際にまで追い詰められてしまった。
「ウソやん…」
どうする、亜依。どうなる、亜依。自問自答を繰り返す。やがて、亜依は決断した。
「いっ…一年間、だけやで」
こうして、亜依の都会での学園生活は、不本意に幕を開けた。
- 30 名前:すてっぷ 投稿日:2002年08月30日(金)00時41分14秒
>12 名無し読者さん
どうもです! 五期メンの話は初めてで、まだ手探り状態だったり…もっと研究せねば。
次回以降、新垣や、他のメンバーも登場予定です。
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)11時08分26秒
- すてっぷさんの新作ハケーン!
それにしてもラジオ体操か…どうなるんでしょう。
楽しみにして待ってます。
- 32 名前:おさる 投稿日:2002年08月30日(金)22時07分28秒
- ご無沙汰です。密かに始まっていたのですね。今回はずいぶんとまた
カッチリした雰囲気の文体ですね。ラジオ体操部。でも正式なラジオ体操と
いうのは確かに馬鹿にできない位難しいものなんですってね。
実は「AngelHearts」は見てません(爆。あんまり興味を
そそられなかったもので(爆爆。テレビ情報誌で大筋は知っていましたが、
ディテールはわかりませんので、すてっぷさんのお話にどこまでついて
行けるか心配です。 ただ辻加護+五期メンをすてっぷさんが描くと
どうなるのかとても関心があります。
陰ながら期待しております。
- 33 名前:12名無し読者 投稿日:2002年08月30日(金)22時29分48秒
- 実は"ラジオ"体操部…w
あいぼむかわいそう、とか言いながら今後楽しみですww
どんなメンバーが出てくるのかも期待しています。
- 34 名前:名無し 投稿日:2002年08月31日(土)18時47分58秒
- なっちはやっぱり逃亡しているのかと思ったら
キター!ハロモニなっち。そしてクールなんだけど何処か抜けているあいぼん。
すてっぷ節炸裂!!続きも楽しみにお待ちします。
- 35 名前:もんじゃ 投稿日:2002年08月31日(土)23時39分14秒
- ま、まさかこんな新しいところで新作を始めてるとは…大変めでたいです。
もう様々な箇所で脱力するわ、つっこみたいわで、自分を抑えるのが大変でした。ハァハァ。
大会…。きっと素晴らしい大会なのでしょう。
あいぼんの心中を想像すると、なんだか私も涙が押え切れない思いです。
- 36 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月01日(日)07時57分25秒
- 「Dear Fraiends」じゃなかったから気付きませんでした(w
この物語の真の恐怖は、一見常識人である愛が
心の底からラジオ体操部員である事であろうか・・・しかも部長
- 37 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時22分04秒
- 「10月に全国大会があるんだけど、1チーム6人じゃないと、エントリーできないんだ」
その日の練習を終えると、部員達は皆、部室の隅に集まって愛の話に耳を傾けていた。
「ふーん」
さして興味も無さそうに、亜依が頷く。
「小学生の部と、中高生の部っていうのがあって、わたしたちは中高生の部に出場するんだけど」
「へぇー」
大して関心も無さそうに、亜依が相槌を打つ。
「大会が中高一緒くただから、ウチの部も中高一緒なの。今は、中学生しかいないけど」
「そっかぁ、なるほどね! あれっ? 待って! 全国大会ってコトは、その前に地区予選があるってコト!?」
「わぁ、ええトコに気付いたねぇ、のの。
小学生の部は予選があるんだけど、中高生は競技人口が少ないから、地区予選はないんだよ?」
愛の説明を聞くと、希美は右手を口に当てて、「わあ」と大げさに驚いてみせた。
「っちゅーか自分知ってんのやろ? 何シラジラしく聞いとんねん」
吐き捨てるように、亜依が言った。
「でも、あいぼん、さっきから全然興味なさそうだよね…。 やっぱり、嫌なの?」
先程から麻琴は、不安そうな顔で亜依を見つめている。
- 38 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時24分25秒
- 「……そうだよね…ラジオ体操なんて今どき、流行らないものね……」
膝を抱えて座るあさ美は、言い終わると顔を伏せて、しくしくと泣き始めた。
「なんで泣いとんねん…ハイハイ、興味あるある。モーすんげぇ興味アリアリです」
抑揚の無い声で亜依が言うと、部員達の表情は途端に明るくなった。
「じゃあ、続けるね!」
そう言って説明を再開した愛の表情は、晴れ晴れとしていた。
始めは、亜依を半ば強引に入部させてしまった事に後ろめたさを感じていた愛だが、
どうやら早くもラジオ体操にのめり込み始めた様子の亜依を見て、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
「種目は、ラジオ体操第一、第二、それに合唱の三種目で…あ、曲目はもちろん、『ラジオ体操の歌』ね」
「あ、アレ、ラジオ体操の歌って言うんや」
感心したように、愛が言った。
他の部員達は皆、真剣な表情で愛の話に聞き入っている。
「でもさ、ウチらまだ5人しかおれへんやん。6人集まらんと、大会には出られへんのやろ?」
部員達の視線が、一斉に亜依へと向けられる。
- 39 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時26分01秒
- 「いやあ〜ん。もぅ、みんなして見らんとってえ〜ん」
亜依は自分がまずい事を言ってしまったと思ったのか、すぐに茶化したが、
部員達はあくまで真剣な表情を崩さない。
「実は、一人はずっと前から、候補がいるっていうか…」
そう言うと、愛は顔を曇らせた。
- 40 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時28分58秒
愛が部長を務めるハロモニ女子学園ラジオ体操部は、今でこそ部員わずか5名という弱小部であるが、
愛が入学する前の年までは、毎年総勢50名以上の部員を抱える大所帯であったという。
ハロモニ女子は全国大会で常に優勝候補として名前が挙がる強豪チームとして恐れられ、
同じく優勝候補である私立モニフラ女子高校および中学の混合チームとは、宿命のライバル同士であった。
中高生のレベルをはるかに超越していた二校はラジオ体操界の武蔵と小次郎と呼ばれ、
決して他の追随を許さなかったのである。
大会において両者は互いに一歩も譲らず、毎年わずか数ポイントの差で決着が付くという接戦を繰り返していたが、
ある少女の出現により、ハロモニ、モニフラのトップ2伝説は脆くも崩れ去ることとなる。
その少女の名は、安倍なつみ。
なつみは、現在ハロモニ女子学園高等部の三年生で、愛の実の従姉妹でもある。
彼女の手によって、ハロモニ女子学園ラジオ体操部は向かうところ敵なしの、
まさにキングと呼ぶに相応しいチームへと成長を遂げたのであった。
- 41 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時32分22秒
「で、その安倍さんてヒトは、今なにしてんの? 部活辞めてしもたん?」
亜依に訊かれ、愛は言葉に詰まった。
なつみが今はもうラジオ体操部員では無いのだという事実を、改めて突きつけられた気がした。
「愛が入学する前の年に辞めちゃって、今は…酪農同好会に入ってる」
愛に代わり、麻琴が答える。
「えっ? らく…えっ? 酪農? えっ」
耳慣れない言葉に驚いたのか、亜依は混乱した様子で何度も聞き返した。
「夏が近付くといつも思い出すんだ。なつみお姉ちゃんの体操は、そこらへんの子とはまるで違ってた」
ぽつりと言って、愛は目を細めた。
小学生の頃から、なつみの体操は、他の子供達のそれとは明らかに違っていた。
なつみがまだ愛の家で暮らし始める前、愛は毎年夏休みになると郊外にあるなつみの家へ、
泊まりがけでよく遊びに行った。
そこで愛はなつみと共に、毎朝近くの公園へ行ってラジオ体操に参加していたのだが、
当時からなつみはラジオ体操の名手で、近所の小学生達の憧れの存在であった。
- 42 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時36分29秒
- 『あの子はズバ抜けている、いや、突き抜けている』
ある時、なつみの体操をじっと眺めていた男が言った。
北海道で牧場を経営するのが夢だと語るその男を、愛もなつみも『義剛おじさん』と呼び、慕っていた。
牧場マニアの『義剛おじさん』の影響で、その頃のなつみはすっかり北海道の魅力の虜となっていた。
ラジオ体操部を退部後、酪農同好会へ入会したのも、そんな理由からだ。
『ねぇ、愛は何のためにラジオ体操をやるの? スタンプ貯めるためかい?
そんなことのためにやるんだったら、カラダもココロもきっと大きくはなれないんだよ』
なつみに、そんな言葉を投げかけられた事がある。なつみが小学六年生、愛が三年生の時の、夏だ。
図星をつかれ、愛はただ黙るしかなかった。
愛も含め子供達のほとんどは、スタンプを貯めることによって貰える賞品欲しさに通い続けていたのに対し、
なつみは心から純粋にラジオ体操を楽しんでいるように見えた。
愛は自分の強欲な振る舞いを恥じると同時に、心からなつみを尊敬したのだった。
- 43 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時40分15秒
- ハロモニ女子学園に入学すると、当然のようになつみは、ラジオ体操部に入部した。
なつみの小学生時代の評判は既に部員達の間で広まっており、ごく一部の、
なつみの実力をやっかむ者達以外は皆、なつみを歓迎した。
入部するや否や、なつみはその実力を評価され、すぐにレギュラーの座を射止めた。
そして、その年の秋、なつみをレギュラーに加えたハロモニ女子学園ラジオ体操部は、
ライバルのモニフラ女子ラジオ体操部に圧倒的な差をつけて優勝したのである。
翌年の大会でも優勝し、三年生になると、なつみは高等部の先輩達を差し置いて、部長に任命された。
中等部の生徒達は勿論、高等部の、なつみよりも年上の部員達までもが皆なつみを慕い、なつみを尊敬した。
なつみのためなら、何だって。なつみ先輩のためなら、どんなに辛い事だって。
なっちリスペクト。そんなフレーズを合言葉に部員達は一丸となり、日々の練習に励んでいた。
- 44 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時44分07秒
- 一方、当時小学六年生だった愛は、放課後になるとよく、なつみの練習を見学するために学園へ行った。
ステージ上で輝くなつみの姿を見るたび愛は、いつかきっと自分もお姉ちゃんのようになりたい、と、
ラジオ体操への想いを募らせるのだった。
『なつみおねえちゃーん!』
『あれぇー、愛、また来たのかい? お母さん心配するっしょー』
そんな言葉とは裏腹に、いつもなつみは優しく笑って、愛の母親に電話で、
愛が自分と一緒に居る事を伝えてくれるのだった。
来年になって、自分がこの学校に入学すれば、なつみと同じステージに立てる。
なつみと同じ舞台で、ラジオ体操を演る。
幸せは、愛のすぐ手の届くところにあった、はずだった。
しかし、その年の夏休み、愛が友達とプールで遊んでいたその日、事件は起きた。
「怪我、しちゃったんだ、お姉ちゃん」
当時の記憶が甦り、愛は思わず泣き出しそうになりながら、震える声で言った。
「うそ…」
愛の言葉が衝撃的だったのか、それまでうとうとと船を漕いでいた亜依が、目を覚ました。
『義剛おじさん』の件から亜依が居眠りを始めたことに、愛はとっくに気が付いていた。
- 45 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時48分17秒
- 「練習中、持ってたラジカセを足の上に落としちゃったんだって。それでお姉ちゃんっ…!」
亜依に向かって言いながら、愛の脳裏には当時の出来事が鮮明に甦っていた。
たまらず、愛は両手で顔を覆って泣き出した。
すると他の部員達も次々ともらい泣きし始め、少女達のすすり泣く声で、部室は一気に重い空気に包まれた。
「なにそれ、めっちゃ可哀想やん、めっちゃ悲しいやん、神様ってなんて不公平なんやあ、うわあああ」
中でも、なつみとは会った事も無いはずの亜依の悲しみ様は尋常ではなく、それがさらに、部員達の涙を誘った。
「怪我はね、怪我は大したことなかったんだ。
だけどお姉ちゃん、休んでる間に、なんていうか『カン』みたいなモノ、失くしてもた、って…」
愛は、涙ながらに話を続けた。
「……あいぼん、これ使って」
体操着の袖で涙を拭う亜依に、あさ美がハンカチを差し出す。
「うわあ、うわああ、ありがっ、ありが、とぅっ、あさ美ちゃんは、優しい子やあっ…うわあああ」
すると亜依はとうとう、子供のようにしゃくり上げて泣き出してしまった。
- 46 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時52分53秒
- 「お姉ちゃん、子供の頃からずっと、天才って呼ばれてて、だから、なんていうかぁ、
天性のカンっていうやつ? 失くしてもた、って、そらまぁひっでぇ落ち込んでもてぇ。
それからすぐに、部も辞めてもて、そしたら、他の人たちもどんどん辞めてって」
愛は言葉を短く切りながら、悔しさを噛み締めた。
「それで、わたしが入学する前に、ラジオ体操部は、休部になっちゃった」
愛が言い終えると、麻琴が悔しそうに拳を握るのが見えた。
「ちくしょうっ…!」
やり場の無い怒りをぶつけるかのように、希美が自らの膝を拳で打つ。
「でも、でもなぁ、お姉ちゃんは今でも、絶対ラジオ体操やりたがってる。それは、確かなんだ。
本人は普通にしてるつもりみたいだけど、体操やってた頃と、どっか違うの。
だってお姉ちゃん、中学んときは毎日お母さんに起こしてもらって、5時起きで朝練行ってたんだよ?
それなのに、今じゃあ…お姉ちゃん、いっつも寝坊してばっかでさぁ、起こしても全然起きないんだ!
酪農同好会のくせに早起きできないなんて、そんなのってある!?」
そう言うと愛は、持っていたタオルを放り投げ、怒りをあらわにした。
- 47 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)00時57分35秒
- 「それにね、夜中に、なつみお姉ちゃんの部屋から、ときどき聞こえてくるんだ。
ラジオ体操第一、第二、それから…」
「ラジオ体操の、歌」
ぽつりと、麻琴が言った。愛が、静かに頷く。
「なぁなぁなぁなぁ。それ、なっち先輩、ぜったいラジオ体操やりたがってるんとちゃう?」
なつみが周りの友人に『なっち』と呼ばれている事から、亜依は面識の無いなつみを、
早くも『なっち先輩』呼ばわりしている。
誰とでもすぐに仲良くなれる社交的な亜依らしい行為だと、愛は微笑ましく思うのだった。
「うん。あいぼんの言う通り、わたしもそう思うんだ。
なつみお姉ちゃん、もう三年だし、このまま卒業しちゃったら、絶対後悔すると思うから」
麻琴、希美、あさ美の三人が、うんうん、と頷く。
すると亜依が、何かを決意したようにすっくと立ち上がった。
「よっしゃあ! ぜったい、なっち先輩復活させる! みんなで大会出よ! そんで優勝しよっ!!」
「「「「あいぼん!!」」」」
亜依の名を叫んで、全員が立ち上がった。
なんて頼れる新入部員だろう。
愛は、亜依を連れて来てくれた希美に、心から感謝するのだった。
- 48 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時00分41秒
- 「あのぉー、すみません…」
微かに聞こえてきた声に、手を取り合って喜んでいた五人は一斉に振り返った。
入口には、一人の小柄な少女が、頼りなげに立っていた。
「あっ! もしかして、ウチに入部したいのっ!?」
少女を訝しげに見ていた麻琴が、ハッとして言った。
「い、いえ、あの、そうじゃないんです」
消え入りそうな声で、少女が言う。両手をもじもじさせて、まだ何か言いたそうにしている。
新入生だろうか、と愛は思った。この自信の無さそうな振る舞いは、まだ入学したての一年生に違いない。
「…あの、ジグソーパズル部に入りたいんですけど、部室の場所がわからなくって」
しばらく目を泳がせた後、ようやく少女は口を開いた。
「ジグソーパズル部っ…」
不快感を露にして、希美が呟く。
怒りを孕んだ希美の声に、少女はびくっと身を震わせた。
「あっ、あのさ、ジグソーパズル部だけは、止めといた方がいいよ。マジで」
少女が怯えているのに気付いた麻琴が、慌てて言った。
「……あの部は、ダメ人間の巣窟、って言われてるから…」
麻琴の言葉を、さらにあさ美が補足する。
- 49 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時04分20秒
- 「えっ…そうなんですか?」
「一年生だよね? 名前、なんていうの?」
怯える少女に、愛が優しく微笑みかける。
「はい、あ、えっと、一年C組の、新垣里沙、です」
少女は緊張した面持ちで、そう答えた。
「里沙ちゃん、いや敢えて、『里沙ボウ』と呼ぼう。どっちがイイ?」
亜依が、愛と里沙の間に割り込んで言った。
「あ、じゃあ、里沙ちゃん、で」
里沙が言うと、亜依は残念そうな顔をした。
「ねぇ、里沙ちゃん。良かったら、ウチの部に入らない? あの、体操部、なんだけど」
愛は『ラジオ体操部』とは言わず、希美がそうしたように、敢えて『体操部』という言葉を使った。
「あ、そういうのはちょっと…体操とかって、なんか難しそうだし。私には無理だと思うんで…」
か細い声で、里沙が言った。
「カンタンやで? だって、ラジオ体操やねんもん」
コイツ言いやがった!
今にもそんな言葉が聞こえてきそうな、全員の責めるような視線が、一斉に亜依へ注がれた。
「ラジオ体操……あ、それだったら、私にだって出来るかも」
「えっ」
愛は、自分の耳を疑った。
- 50 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時08分14秒
- 「あの、ラジオ体操だったら、6年間、夏休みには一回も休まないで行ってたし…
私にも、出来るんじゃないかなって」
相変わらず消え入りそうな声ではあったが、先程までとは打って変わった明るい声音で、里沙が言った。
「大丈夫だよ! だって小学生にだって出来るんだから!」
麻琴が、里沙の手を取って言う。
「まあ、フツーは、小学生しかやらんモンやしなぁ…」
「やったねっ! これで大会に出られるよ、みんな!」
愛は亜依の呟きを遮って、前に進み出た。
「よし、まずはエントリー名、決めないとね」
「エントリー名?」
麻琴にとっても、愛の言った言葉は初めて耳にするものであった。
「うん。大会には、自分たちの好きなチーム名でエントリーできるんだよ」
きょとんとしている部員達を前に、愛は説明を始めた。
10月に行われる大会は、チーム、イコール、学校の部活という単位ではなく、
中高生ならば学校に関係なく誰とでも1チーム6人で参加することが出来る。
極端な話、他校のラジオ体操部の部員同士でチームを組むことも、ルール上では可能なのである。
- 51 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時11分36秒
- 「それって、学校名じゃなくて、別の名前にしてもいいってコト?」
希美が訊いた。
愛が頷くと、亜依はにやりと意味深な笑みを浮かべた。
「それ、ウチが決めてもいい? っちゅーか、ウチが決める」
「はあ!? なに言ってんだよ、おまえ!!」
希美は亜依に掴みかかろうとして、麻琴に羽交い絞めにされた。
「騙されてムリヤリ入れられたんやから、それぐらいの特権くれてもええよなぁ?」
亜依が言うと、部員達は一斉に下を向いて何かに耐えるように拳を握った。
里沙だけは、何が起きたのか理解できず、きょとんとしている。
「さあーて、なんにしようかなぁ、ホホホ」
亜依は机に向かって、ああでもない、こうでもない、と10分ほど悩んだ後、突然顔を上げた。
「ハイ、決まりましたあー」
晴れ晴れとした表情の亜依を見て、愛は突如として言い知れぬ不安に襲われた。
「エンジェル・ハーツ! というのはどうですか、お客さん? ねぇ、天使みたいなワタシたちにぴったりでしょぉ?」
「あ、すごい…普通」
亜依にしてはまともな名前を付けたものだと、愛は感心していた。
- 52 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時14分40秒
- 「あん? どういう意味だよそれ、普通ってよぉ。ありきたりってコトかコラ」
愛の呟きを耳ざとく聞きつけた亜依が、手にしていたボールペンを机の上に乱暴に投げつけた。
「ちがっ、もっと変な名前つけると思ってたからっ…!」
「ウチかて、やる時はやるんやっ!」
愛の言い訳など耳にも入っていない様子で、亜依が愛の胸倉を掴む。
「でもコレ…ある意味、普通じゃないかも」
掴み合っている二人を尻目に、麻琴が言った。
麻琴と希美は、亜依がチーム名を考えながら書き散らしていたノートを覗き込んでいる。
「ほら、だってコレだもん」
麻琴が、全員に見えるよう、ノートを掲げた。
そこには、亜依が命名した、ハロモニ女子学園ラジオ体操部の大会エントリー名が、
ページの上半分を使って、黒い文字で大きく記されていた。
『えんじぇる☆Hearts!』
「…ダサ」
思わず、愛は呟いた。
「オマエが言うなっ!」
亜依は、愛に向かって抗議すると、麻琴の手からノートを奪い取った。
- 53 名前:<第3話> 投稿日:2002年09月02日(月)01時19分03秒
- 「ねぇ、普通にアルファベットにしようよぉ、あいぼん」
希美が、彼女にしては珍しく低姿勢に、亜依に懇願する。
「せめて真ん中のホシは、無くても良いような気がするんだけど」
「……というか明らかに、無い方が良い」
「あのぉ…あいぼんさん、私も、そう思います」
「おう、里沙ボウ! あいぼんって呼んでくれよぉ、ここじゃあ先輩後輩は関係ないんだからさぁ」
恐縮する里沙の肩をぽんぽんと叩くと、自信に満ちた顔で、亜依は言葉を続けた。
「みんな、アっホやなぁ。こういう、一見古そうなカンジが、逆に新しいんやで?」
亜依は、もはや誰の助言も聞き入れようとはしなかった。
こうして、ハロモニ女子学園ラジオ体操部の大会エントリー名は、『えんじぇる☆Hearts!』に決まった。
- 54 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月02日(月)01時24分36秒
- 感想、ありがとうございます!
>31 名無し読者さん
本当に、どうなるんでしょう…ラジオ体操のことも、これから勉強しないと(笑)
>32 おさるさん
すみません、こっそり始めてました(笑
実は、ドラマの方は数回しか見たこと無いので、恐らくおさるさんと同レベルの知識だと思われます(笑)
以前、おさるさんが高橋サン推しだと言われてたので、ちゃんと彼女のキャラクターに近付けられるか
不安だったり…。
>33 12名無し読者さん
加護さん、既にすっかりとけ込んでいるのでご安心ください(笑)
娘。メンバーは、徐々に、全員登場する予定です。
- 55 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月02日(月)01時27分47秒
- >34 名無しさん
なっち、ドラマでは失踪してるんですよね。
確かに言われてみると、ハロモニ劇場の安倍さんに近いキャラかも知れない…(笑
>35 もんじゃさん
今までの話だとたいてい、つっこみ役が居たのですが…今回は全員ボケっ放しなので、
読者の方が読みながら突っ込んでいただけると、大変ありがたいです(笑
きっと素敵な大会になるので、呆れずにお付き合いくださいね。
>36 名無し娘。さん
すみません…。長い話になりそうだったんで、そのままスレタイトルにしちゃいました。
この物語の更に恐ろしいと思われる所は、常識人が一人もいないことです(笑)
- 56 名前:おさる 投稿日:2002年09月02日(月)03時25分57秒
- ほほぉ…亜依ちゃん、グイグイ引っ張ってますなぁ。
なっつぁんが体操部から酪農同好会へ行ったんかぁ。そら悲しい話や…。
里沙ボウも入って、これからグチャグチャの人間関係が…。ああ楽しみ!
(↑AngelHeartsをビミョーに知っててビミョーに知らない発言)
- 57 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年09月04日(水)18時17分51秒
- いつもと違った文体だなぁ。シリアスなのかな、と思ったら…(爆
なっちお目覚めシーンでちょっと腰くだけになりました。
魅力的な登場人物もさることながら、「ダメ人間の巣窟・ジグソーパズル部」も
ビミョーに気になります。
がんがってください!
蛇足ですが、ラジオ体操フルコーラス8セット行うと、ごはん一膳分のカロリーを
消費するそーです。
- 58 名前:もんじゃ 投稿日:2002年09月04日(水)21時00分49秒
- ☆キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
あいぼんの余りの変わり身の早さに前回の私の涙を返してくれと思いました。
仕方ないので、今回はなっちの自損事故に涙しようと思います。
- 59 名前:名無し 投稿日:2002年09月07日(土)15時58分02秒
- 「娘。に丸が、つのだ☆ひろには星があるように
『えんじぇる☆Hearts!』にも絶対星は必要なんや!!」
あいぼんはそう言ったそうな、言わなかったそうな。嫌、言ってない。
更新頑張って下さい。
あっ、漫☆画太郎にも星あった。
- 60 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時03分06秒
- 「見て見て、今日は牛丼だよ!」
希美は制服に着替えて外へ出るとまたすぐに、両手にビニール袋を提げて部室へ戻ってきた。
袋を床に置いて、中から発泡スチロール製の容器を取り出すと、部員達へ順に配ってゆく。
「あしながオジサン、今日も来てくれたんだあ」
「ねぇねぇ、マコっちゃん。それなに?」
麻琴の手許を覗き込んで、亜依が尋ねる。
亜依に向かって小さく頷くと、麻琴は手にしていた紙切れを差し出した。
「なにコレ…誰か誘拐されたん?」
渡された紙を見るなり、亜依が言った。
「違うよー。確かに見た目は脅迫状だけど」
ノートの切れ端には、筆跡を悟られたくないのか、雑誌の活字を切り貼りしたメッセージが記されてあった。
「練、習、が、ん、バ、て、ク、さ、い」
亜依が、不揃いな大きさの文字を一つずつ読み上げていく。
- 61 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時05分03秒
- 「ってなにコレ、抜けまくってる! あははは! がんばてくさい、て! がんばてくさい、て! わははははは!!」
文章の中に抜け落ちた部分を見つけた亜依は、こらえきれずに笑い出した。
「ちょっと笑いすぎだよ、あいぼん。あしながオジサンに悪いじゃん…」
亜依は涙を流しながら、床の上で腹を押さえて笑い転げている。
「あのね、ほとんど毎日なんだけど…ウチらの知らない間に、部室の前に差し入れ置いてってくれる人がいるんだ。
練習前のときもあるし、今日みたく練習終わってからのときもあるんだけど…って、あいぼん、聞いてる?」
「聞いてる! 聞いてるけど! ぶはははははは!! ううっ、なんやろ、なんでこんなオカシイんやろっ…!」
「でね、名前も分かんないから、ウチらはその人のコト『あしながオジサン』って呼んでて」
「あはっ、あはっ、オカシイっ…こんなんで笑ってる自分がアホで笑えるっ…! あははははは!!」
亜依は体をくの字に折り曲げて、尚も笑い続けている。
転校初日から色々な出来事があって、亜依は少し疲れているのかもしれない、と麻琴は思った。
- 62 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時07分50秒
- 「里沙ちゃん、一緒に食べよっか」
愛が、自分の牛丼を里沙に差し出す。
里沙は遠慮がちに頷くと、愛の隣に腰を下ろした。
「ああ…やっぱ練習の後の牛丼は、サイコーだよねぇ〜」
希美は今まさに口へ運ぼうとしている箸の上の牛肉を見つめて、うっとりしている。
「……希美ちゃん、知ってた? 吉○家のタレは、白ワインがベースだってこと」
希美は目の前の牛丼に夢中で、あさ美の披露したうんちくなど全く耳に入っていないようだ。
「ううっ、痛いっ、おなか痛いよぉ、マコっちゃん…たすけてえ」
「あいぼん、笑ってないで牛丼食べようよ。あたしの、分けてあげるから」
麻琴に助け起こされて、ようやく亜依は起き上がった。
「ねぇ、なに書いてんの?」
亜依に尋ねられ、床に寝そべっていた希美が顔を上げる。
希美はペンを置いて起き上がると、ノートのページを破いた。
亜依は麻琴に譲ってもらった牛丼の容器を床に置くと、希美の差し出した紙を受け取った。
”部員が二人ふえました。さしいれ、よろしくおねがいします。”
どうやらそれは、希美から『あしながオジサン』へのメッセージのようであった。
- 63 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時11分07秒
- 「えっ…それって、ちょっと図々しいんとちゃう?」
戸惑いの表情を浮かべて、亜依が言った。
「だいじょうぶだよ。あしながオジサンだって、部員が増えたコト知ったらすごく喜んでくれると思うし」
麻琴は心からそう思っていた。
入部したばかりの亜依や里沙にはまだ分からないだろうが、毎日のように届けられる
『あしながオジサン』の差し入れは、ラジオ体操部への愛情に満ち溢れていた。
差し入れに添えられる手の込んだメッセージ、部員達の好みに配慮したメニュー、細かく行き届いた心遣い。
その一つ一つが、『あしながオジサン』のラジオ体操部への想いの深さを物語っている。
一体どこで調べたのか、希美が揚げパンに凝っていた時期には、揚げパンのみ、というメニューが二週間も続き、
部員達のほとんどがそろそろ胸焼けを起こそうかという頃合を見計らい絶妙なタイミングで、
次はあさ美の大好物である石焼き芋にメニューを移行するなど、『あしながオジサン』の斬新かつ大胆な献立は、
常に部員達の度肝を抜いた。
ちなみに石焼き芋の次は、何故かカップ焼きソバであった。焼きソバはその後、三週間に渡って部室に届けられ続けた。
- 64 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時13分22秒
- そうして部員達は皆、『あしながオジサン』の優れた献立能力を絶賛していたが、麻琴だけは少し違っていた。
まるでコンピューターが弾き出した結果であるかのように、計算し尽くされたメニュー。
それについては勿論、麻琴も高く評価していたが、彼女は敢えて『あしながオジサン』の人間的な部分、
その優しく細やかな心遣いに注目していたのだった。
いつも決まって、差し入れの入った袋の傍らにさりげなく置かれている、小さなビニール袋。
その中には人数分の紙おしぼりが入っていて、差し入れの事しか頭にない希美は、
おしぼりの入った袋を必ずと言って良いほど取り忘れる。
そして、希美が忘れた紙おしぼりを取りに行くのは、いつも麻琴の役目だ。
部室前の廊下にしゃがみ込み、小さな袋をそっと開けてみる。
届けられる四本の紙おしぼりは決まって同じメーカー製のもので、いつも同じ店で買うのだろうか、
一体どんな人なのだろう、と、未だ見ぬ『あしながオジサン』の事をあれこれと想像するのが、
麻琴の密かな楽しみなのだった。
- 65 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時15分46秒
- 「のの、もう一度だけ、吉澤先輩に頼んでみてくれないかな?」
愛の声で、麻琴は我に返った。
麻琴が『あしながオジサン』に思いを馳せている間に、他の部員達は何やら真剣な話を始めていたようだ。
「……私たちも一緒に行くから。ねぇ、麻琴ちゃん?」
「えっ? あ、ああ、うん」
半信半疑のまま、あさ美に頷く。
「…わかった。明日、もっかい頼んでみる」
希美は空になった容器の上に箸を置くと、思い詰めたように、深い溜息を吐いた。
- 66 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時19分25秒
―――
翌日の放課後、麻琴とあさ美は、希美に連れられて、とある教室を訪れていた。
一階の一番奥にあるその教室は、とある部の部室として使用されており、
部外者が訪れる事はほとんど無かったが、麻琴達はある事情から仕方なく、
この場所へ既に三度も足を運んでいたのだ。
「ココって、いつ来てもお化け屋敷にしか見えないよね」
部室の前に立つと、麻琴は足が竦んで動けなくなった。
「……それはたぶん、文化祭の模擬店みたいな看板のせいだと思う」
入口の横に立てかけられたベニヤ板には、赤いペンキで大きく、『ジグソーパズル部』と記されている。
ペンキが乾く前に板を立ててしまったのか、あるいは、あらかじめ立てかけた状態で文字を書いたのかは
分からないが、赤いペンキが滴った状態で固まり、まるで血文字のように見える。
「人は、居るみたいだけど」
入口の戸に耳を押し当て、麻琴が言った。
教室の窓には暗幕が掛けられていて、中の様子を窺い知ることは出来ない。
- 67 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時22分53秒
- 「アヤしすぎる…もぅ泣きそう」
涙ぐむ希美の肩を軽く叩いて、麻琴は微笑んだ。
ここまで来て引き返す事は、つまり逃げる事だ。ジグソーパズル部から、ひいては、ラジオ体操部からも。
麻琴の笑顔に後押しされるかのように、希美は無言で頷くと、戸に手を掛けた。
「しっ、しつれいしまあ〜す」
希美の声は震え、上ずっている。
そこは『部室』というよりも、『棲み処』と呼ぶに相応しい場所であった。
中には30人程の部員という名の生き物達が、無気力に生息している。
突然の訪問者に、興味を示す者は一人も居ない。
麻琴達が足を踏み入れたハロモニ女子学園ジグソーパズル部とは、入口の戸が突然開いた事も、
何者かが部室へ侵入した事にもまるで関心を示さない、無気力、無感動、無関心の若者達が、
ただただ無意味な行為を繰り返しながら持て余した暇を潰すという、まさにダメ人間の棲み処のような部なのだった。
- 68 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時27分08秒
- 携帯用の小型テレビで、アニメの再放送を観ている者。
教壇に立って、リサイタルを開催している者。その周りを取り囲み、浮かない顔で手拍子をする者達。
机の上にばら撒いた小豆を、菜箸で一粒ずつ小皿に移す作業に没頭する者。
どちらが早く新品の消しゴムを使い切るかを競い合い、一心不乱にノートの上で消しゴムを擦る二人。
それを傍観する者、囃し立てる者、どちらが勝つかに祖父の遺産を賭けた結果負けてしまった者、
消しゴムの削りかすと液状のりを混ぜて、消しゴムを再生しようとしている者。
部員達それぞれが様々な方法で暇を潰しているが、誰一人としてジグソーパズルを作っている者は居ない。
この場所を訪れると、麻琴はいつもその事を不思議に思うのだった。
初めてここへ来た時などは、あさ美に、『ジグソーパズル部って、何?』と、真剣な顔で尋ねられたものだ。
「あっ、いたいた。よっすぃー」
しばらく部室の中を見回した後、希美がその人物を見つけた。
「んっ? ああ、ののぉー。ちぃーっす、ヒサブリだねぇ〜」
部室の隅で寝転んでいた人物が、呑気な声でそう言いながら、麻琴達の方へゆっくりと歩み寄ってくる。
- 69 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時31分02秒
- 「イイトコに来たねぇ〜、のの。銅鑼衛門、読むかい? 恋愛編だぜ、恋愛編。イイトコどりだぜ、イイトコどり」
薄ら笑いを浮かべながら、その少女は希美の肩を抱き、目の前に文庫サイズの漫画本をちらつかせた。
背の高い少女の腕にすっぽりと包まれ、もともと小柄な希美は一層小さく見える。
「よっすぃー…あいかわらずだね。ドラ○もんは、今度かりるから、いいよ」
希美が、悔しさとも悲しみとも怒りともつかない、震えた声で言った。
「んだよぉ、面白いのに。恋愛編だよ、恋愛編」
そう言って、『よっすぃー』と呼ばれた少女、高等部二年の吉澤ひとみは、へへへ、と下卑た笑い声を上げた。
シャツのボタンは上から二つ目までがだらしなく開けられ、着用が義務付けられているベストも、リボンもしていない。
「あれっ?」
ひとみはようやく、希美の後ろに立っていた麻琴達の存在に気が付いた。
二人が軽く会釈すると、ひとみは頭を掻きながら少し考えた後、口を開いた。
「確か…骨川に剛田だっけ?」
「小川と紺野です」
麻琴は即座に否定した。
ひとみと会うのは四度目だが、ひとみは一度として麻琴達を正しい名前で呼んだためしが無い。
- 70 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時35分05秒
- 「で、みんな揃ってどうしたの? どっかでお祭りでもやってんのー?」
へらへらと楽しそうに笑うひとみの目は、完全に死んでいる。
既に麻琴は、この場所へ来た事を後悔し始めていた。
希美やあさ美を連れてすぐさま部室を出ようかとも思ったが、無言で肩を震わせている、
痛々しい希美の姿を見ていると、とても出来なかった。
そもそも、絶対にひとみをラジオ体操部に入部させようと希美に発破をかけたのは、他の誰でもない、
麻琴自身だったのだ。
なつみの怪我が原因でラジオ体操部が休部に追い込まれるまで、当時中学生だったひとみもまた、
ラジオ体操部のスター選手として活躍していた一人であったという。
ひとみのラジオ体操への思い入れは深く、なつみの後を追って他の部員達が次々と部を辞めていく中、
たった一人で部の再建のために奮闘したが、誰からも賛同を得られず、結局部は休部となってしまったらしい。
当時のひとみの落ち込みようは凄まじく、中等部二年で部を辞めてからはどの部にも所属せず、
昼間はただぼんやりと学校へ通い、夜はただぼんやりと星空を眺めながら過ごすという日々が続いた。
- 71 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時39分21秒
- 『あんなに毎日、星ばっか観てたくせに、よっすぃー…いまだに、オリオン座しか見つけられないんだ』
まだ入部して間もない頃、希美が寂しそうに言った一言を、今でも麻琴は忘れる事が出来ない。
希美は、ひとみの幼馴染だった。
ひとみは子供の頃から希美を妹のように可愛がり、夏休みになると、ひとみは希美の手を引いて毎日公園に通い、
二人はラジオ体操を楽しんだ。
中学生になると、ひとみはたちまち子供達の人気者になった。
小学生の子供達にとっては、中学生になってもまだラジオ体操に通い続けるひとみが物珍しく、
とても興味深い存在だったのだ。
子供達にせがまれてラジオ体操を教えたり、子供達と漫画本を貸し借りして楽しそうに遊ぶひとみの姿は、
いつも希美の目に眩しく映った。
その頃の希美は、ぼんやりとではあったが、近い将来の自分の姿を思い描いていたものだ。
ひとみの隣で、前屈をしている自分。ひとみの隣で、背伸びの運動をしている自分。
希美は未だ子供だったが、なんとなく、自分はそういう方向に向かって歩んでいくのだろうという予感があった。
そして、希美自身もまた、そうなる事を強く望んでいた。
- 72 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時43分23秒
- そんな矢先の、なつみの怪我。そして、ラジオ体操部の消失。
そのショックからひとみは、バラ色の生活から一変して、転落人生を歩む事となってしまう。
中等部を卒業後、高校生になっても相変わらず抜け殻のように生きていたひとみはとうとう、
学園中の、人生を諦めた者達が集うと言われる『ジグソーパズル部』に入部してしまったのだ。
『まだ間に合うよ! 吉澤先輩は、まだやれる!』
昔の想い出を寂しそうに語る希美を見ていると、たまらなくなって、麻琴はそう言った。
ひとみを勧誘するため、希美とあさ美の三人で初めてジグソーパズル部を訪れた帰りの出来事だった。
完全に輝きを失ってしまったひとみの姿を目の当たりにして、希美は、よっすぃーはもう無理だ、と言った。
渡り廊下の途中で三人は大泣きしながら、麻琴は希美に、先輩を取り戻そう、と言った。
先輩の目に、輝きを取り戻すんだ。中庭の池で泳ぐアヒル達に向かって、三人は大声で叫んだ。
その時、希美の泣き顔と、なつみを想って泣いていた愛の姿が重なった。
麻琴には、なぜ自分がここまで希美に対して親身になれるのだろうかという答えが、分かったような気がした。
- 73 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時47分38秒
「あのさ、前から言ってた、ラジオ体操のことなんだけど…」
おずおずと、希美が切り出した。
すると、それまでへらへらと笑っていたひとみの表情が一変した。
「また、その話? もう、いい加減にしてよね」
不機嫌そうに、前髪をかき上げる。
「だってのの、よっすぃーのコトが心配なんだよっ! ラジオ体操のコトだけじゃないよ、ご飯のコトだって!」
ひとみが、チッ、と舌打ちするのが聞こえた。
「朝昼晩、べーグルとコーラだけなんて、ぜったい体に悪いもん! よっすぃー、病気になっちゃうよ!」
うっすらと涙ぐむ希美につられたのか、あさ美が口を押さえてもらい泣きし始めた。
「放っといてよ、ののに関係ないじゃん。いっそのコトこんなカラダ、栄養が偏って病気になっちゃえばいいんだ…」
ひとみはふらふらとした足取りで部室の隅へ歩いていくと、再び横になって漫画を読み始めた。
ラジオ体操部が休部になったあの日以来、べーグルとコーラしか口にしていないひとみは、明らかに栄養不良であった。
「よっすぃー!」
麻琴とあさ美は、ひとみの元へ走る希美の後を追った。
- 74 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時51分14秒
- 「あ〜あ、野比はいいよなあ。
どんなに苛められたって銅鑼ちゃんが道具出してくれるし、ヒマさえあれば昼寝して、
気が向いたら源さんちのおフロ覗いてりゃあ良いんだからさぁ。うらやますぃよ、まったく」
言葉の割には大して羨ましがっている風でもなく、抑揚の無い声で、ひとみが言った。
傍らには、食べかけのべーグルと、ペットボトルのコーラが置かれている。
「ちきしょうっ…! こんな廃人みたいな、よっすぃー、見てらんないよっ!!」
「ののっ!?」
泣きながら、希美が部室を飛び出す。
部員達は相変わらず、室内で揉め事が起こっていることに、誰一人として関心を示さない。
「あ〜あ、ウチにも銅鑼衛門が来てくれないかなぁ…。
オイラも自分の部屋を映画館に変えてみたり源さんちのおフロにワープしてみたり
部屋の中で稲作してみたり未来の源さんちのおフロにタイムスリップしてみたりしたいなああ〜」
この人の人生は、もはや手遅れではなかろうか。
麻琴は諦めかけたが、すぐに希美の悲痛な表情が浮かんで、再び自らを奮い立たせるのだった。
「……こんなダメ人間、初めて見た」
ぽつりと、あさ美が呟いた。
- 75 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時55分17秒
- 「先輩! お願いです、話だけでも聞いてください!」
麻琴が詰め寄る。
ひとみは、ちらりと麻琴を見上げたかと思うと、またすぐに漫画を読み始めた。
「勝手にすれば? どうせ聞かないけどね」
「……それでは、わたくし紺野が、勝手に始めさせていただきます。
ええっと私、先日、私達のライバルである、モニフラ女子校のラジオ体操部へ、偵察に行ってきたのですが」
あさ美の話を聞いているのかいないのか、ひとみは鼻歌を歌いながらパラパラとページを捲っている。
「……まず、モニ女ラジオ体操部の大会エントリー名は、例年と同じく、『セクシー共和国』であることが分かりました。
キャプテンの矢口真里さん、副キャプテンの保田圭さんを中心に、部員は現在20名。
一時期に比べ部員数は激減したものの、ウチに比べると羨ましすぎる程の、層の厚さを誇っていますよね?
大変口惜しい事ですが、三年前、ウチのラジオ体操部が休部になってからは、大会ではモニ女ラジオ体操部、
つまり『セクシー共和国』の一人勝ち状態が続いています」
ひとみは漫画を手にしたまま、ごろりと寝返りを打った。
- 76 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)22時58分57秒
- 「今年は新入部員が二人も入って、やっと大会に出られるんです。
だから、もっと強いチームにするために、先輩の力が必要なんです!」
力説する麻琴の足元で、ひとみは大あくびをしている。
「……続けます。吉澤先輩は以前のラジオ体操部でも、トップ3に数えられる程の実力の持ち主だったと聞きました。
はっきり言って今の私達だけでは、大会でモニ女に勝って優勝する事は不可能に近いんです。
新入部員のうち、一人は去年まで現役でやっていた子なのでそれなりに期待できるのですが、
残りの一人はズブの素人で、私達の動きに付いて来るのがやっとの状態なんです」
「ねぇあさ美ちゃん、それ、あいぼんのこと? 可哀想だよ、頑張ってるのに…」
「本心じゃないよ、先輩を説得するためだから…まかせて」
耳打ちするあさ美に、麻琴は仕方なく頷いた。
- 77 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)23時03分18秒
- 「……そんな訳で、先輩の力なしでは、私達に優勝は有り得ません。
というのも、矢口キャプテン率いる『セクシー共和国』には、とても強力なエースが居るんです。
その人はラジオ体操を始めて二年目なのですが、なんと一年目でレギュラーの座を獲得したという、
とんでもないツワモノなんです。
あ、ちなみに言い忘れましたが、監督は平家みちよさんという方だそうです」
「♪あったま、でっか、でぇーっか♪ さぁーえて、ぴっか、ぴぃーか♪」
麻琴は自分の足元に寝転がっているひとみの頭を蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、
すぐに希美の悲痛な表情が浮かんで、じっと耐えるのだった。
「……話を戻します。矢口キャプテン率いる『セクシー共和国』の、強力なエースさんのお話でしたよね。
モニフラ女子高校二年の、石川梨華さんという方なんですが、この人は一年生でラジオ体操部に
入部するや否や、レギュラーとして……ん?」
麻琴達の足元に転がっていたひとみが、あさ美のスカートの裾を掴んで、むくりと起き上がった。
- 78 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)23時09分32秒
- 「吉澤先輩? どうしたんですか…?」
「いま、なんつった」
麻琴の問いには答えずに、ひとみが言った。
「ねぇ、言ったよね」
「えっ?」
ひとみが、紺野に詰め寄る。
「いしかわりか、って。石川梨華、って言ったよね」
「言いました、けど」
するとひとみは急に落ち着きが無くなって、ソワソワし始めた。
「まさか、梨華ちゃんが…どうして…だって、あんなに…」
ひとみは落ち着きなく辺りをうろうろと歩き回りながら、独り言を繰り返している。
麻琴とあさ美は、互いに顔を見合わせた。
モニフラ女子校のエース『石川梨華』と、吉澤ひとみが知り合いであるらしい事は分かった。
しかも、ひとみの動揺ぶりから察するに、『知り合い』という言葉で片付けられるような、簡単な関係ではなさそうだ。
「骨川」
「はい。あっ」
ひとみの呼びかけに、麻琴はとっさに返事を返してしまった。
ただ、今さら訂正したところで本名を覚えてもらえるわけでもない事は、麻琴にも十分わかっていた。
- 79 名前:<第4話> 投稿日:2002年09月08日(日)23時13分04秒
- 「あたしも、連れてってくんない? セクシー共和国」
それは、麻琴がこれまでに聞いた事の無い、凛としたひとみの声だった。
麻琴とあさ美は、互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
全てが、上手く行きそうな気がする。
淀んでいた、ひとみの目が、再び輝きを取り戻そうとしていたから――。
ただ、それが自分達の説得によるものではなく、どこの馬の骨とも知れない『石川梨華』という
少女の存在だった事が、麻琴には少々不本意ではあったが。
- 80 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月08日(日)23時18分02秒
感想ありがとうございます!
>56 おさるさん
あまり観た事がないので、一体どこらへんがビミョーに知ってる発言なのか判別できない…
でもあってるのは、たぶん、グチャグチャの人間関係、ってトコだけだと思います(笑
>57 ごまべーぐるさん
自分にとっては一人称が一番書き易いので、四苦八苦してます。。
(視点がコロコロ変わるので、読み辛くないかなぁと心配だったり)
ジグソーパズル部に注目してもらえるとは、さすが、鋭いです!(笑)
8セットですか…ゴハン一膳食べるのを我慢した方が、ぜんぜん楽な気がしますね(笑
>58 もんじゃさん
「☆」、お気に召していただけたようで光栄です(笑)
なっちの自損事故に涙…申し訳ないのですが、また、ムダな涙になっちゃいそうな予感がします。
>59 名無しさん
あいぼんに、そんなポリシーがあったとは(笑)。ありがとうございます。
つのだ氏に☆があるのは知ってましたが、画太郎先生にも付いてたとは知りませんでした(笑
- 81 名前:LVR 投稿日:2002年09月08日(日)23時25分16秒
- やばい、吉澤さんが出てきたとたんにステップさん節の威力が増した(w
『セクシー共和国』との対戦では、ゴールデンコンビの彼女も出てきますし、すごい楽しみです。
しかも、加護さんのキャラがイイ!
- 82 名前:おさる 投稿日:2002年09月09日(月)00時54分55秒
- 出た! 梨華ちゃんとよっすぃーのただならぬ関係?
やっぱ”いしよし”って娘。小説のキーになるカップリングですよね。
これがないと「クリープを入れないコーヒー」(←古っ!)並みに
味気ないのよねぇ。
- 83 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)01時24分13秒
- うぉーおもしろいっす!すてっぷさんの作品は!
吉澤と石川はどのような関係が?(繋がりが?)
続きが楽しみですわ〜
- 84 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)23時42分51秒
- 自堕落なのに、どこか間の抜けてる吉澤…
アフォだけど、なんか可愛いな。
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)23時47分38秒
- セクシー共和国て…
しかもヤッスーが居るなんて…
- 86 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月11日(水)18時29分14秒
- すてっぷ様の作品にはやはり吉がでないと!
骨川と剛田って(w
他のメンツの呼び方が気になります(w
突っ走って下さい!楽しみにさせて頂きます!
- 87 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月12日(木)01時08分45秒
- 感想ありがとうございます!
第5話は、もうしばらくお待ちを。
>81 LVRさん
やっぱり、わかりますか?(笑
でも、勢いにまかせてダーッと書いてしまったので、その分アラが目立つかも…。
対戦はまだ先ですが、ゴールデンコンビの彼女は次回から登場の予定です。
>82 おさるさん
まだ何とも言えませんが…おさるさんがいしよし派なのは、痛いほど伝わってきました(笑)
でも、ご期待に添えなくても怒らないでくださいね?(笑
>83 名無し読者さん
ありがとうございます!楽しんでもらえて良かったです…。
二人の関係は、次回以降明らかになりますので、よろしければ読んでやってくださいね。
- 88 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月12日(木)01時13分22秒
- >84 名無し読者さん
救いようの無いダメさなのに、どこか憎めない…
吉澤サンならではですね(笑)
>85 名無し読者さん
セクシー同盟、セクシー帝国、セクシー王国…
真剣に悩んだ自分が哀しいです…
>86 名無し読者さん
残りは「出来杉さん」ぐらいですかね…考えてみます(笑
正直、突っ走りすぎてハズシまくってるんじゃないかと不安でしたが…
このまま行かせていただきます!
- 89 名前:名無し 投稿日:2002年09月14日(土)17時23分35秒
- よっすぃーがついに目覚めたか。
今回のよっすぃ−のターゲットは石川さんなのか、いやセクシー共和国には
矢口隊長がいる。よっすぃーの魔の手にかかるのは誰だ!
続き超期待しております。
- 90 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月16日(月)11時41分47秒
- ああああああぁっ。
ラジヲ体操に人を歪め、人生を変えていく力が有ったとはっ!
「イイトコどりだぜ」と怪しく繰り返すよっすぃが瞼の裏にはっきり浮かびます。
・・・ダメすぎだぁ(でも好き)
- 91 名前:undefined 投稿日:2002年09月16日(月)13時39分40秒
- 僕の通っている学校(男子校中高一貫)では、
『中間体操』といって、2、3時限目の間に、
ラジオ体操第2を踊らされます。
しかも上半身裸。冬はキツイ...
すてっぷさんの作品のファンです。
D.F.の方も楽しみにしてます。頑張って下さい。
- 92 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)21時59分13秒
- 私立モニフラ女子高校は、麻琴達の通うハロモニ女子学園から、電車で一時間程の所にあった。
中高一貫教育のモニフラ女子校は、中学、高校とも同じ敷地内に校舎が建っている。
放課後、ジグソーパズル部の吉澤ひとみを訪ねた麻琴とあさ美は、その足で、
ひとみを連れてモニフラ女子校ラジオ体操部が練習を行っているという体育館へ向かっていた。
唯一ラジオ体操部を偵察に訪れた事のあるあさ美が先頭を歩き、麻琴とひとみがその後に続く。
「先輩」
開け放たれた入口から中を覗いていたあさ美が、振り返って手招きする。
麻琴とひとみがあさ美の元へ駆け寄ると、三人は入口から顔だけ出して中の様子を窺った。
「梨華ちゃん…」
ひとみが呟く。その視線は、体育館の隅でヒンズースクワットをしている一人の少女に注がれていた。
少女は壁際に立って両手を頭の後ろで組み、膝の屈伸を繰り返している。
「あの人が…石川、梨華」
少女の美しさに、麻琴は息を呑んだ。
(綺麗な人…)
肩の下まである栗色の髪、端整な顔立ち、鋭く尖った顎のライン――。
(綺麗なアゴ…)
- 93 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時01分30秒
- 「剛田」
「はい」
ためらう事なく、あさ美が答える。
あさ美も麻琴同様、ひとみに本名を覚えてもらおうなどという気概はとうに失くしていた。
「梨華ちゃんって、あんなに可愛かったっけ…」
「知りません」
あさ美が即答する。
しかし自ら質問しておきながら、ひとみはあさ美の言葉などまるで聞いていないようだ。
入口の扉に手をかけ、身を乗り出して、じっと梨華を見つめている。
「ぜったい、綺麗になったって」
ひとみは誰に向かって言うでもなく、独り言のように呟いた。
吉澤ひとみと石川梨華。二人は一体どういう関係なのだろう。
麻琴は、二人がかつてのライバル同士なのではとも考えたが、あさ美の話によれば、
梨華がラジオ体操界にデビューしたのは、昨年秋の大会であるとのこと。
その頃ひとみは既に引退していたのだから、二人が同じ舞台で競い合っていたという事実は有り得ない。
何よりひとみの、梨華を見つめる熱いまなざしは、ライバルに向けて送られるそれとは異なる類のものに思われた。
(まさか…!)
- 94 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時03分25秒
- 「梨華ちゃん…。どうして、ラジオ体操なんか…」
(吉澤先輩って……ストーカー!?)
少女の姿を見つけるなり、まるでうわ言のように『梨華ちゃん…梨華ちゃん…』と口走り、
ヒンズースクワットに熱中する彼女の姿を一瞬でも見逃すまいと熱い視線を送り続けるひとみの言動は、
ストーキング行為に他ならない。それもかなり悪質な。
その結論に達したとき、麻琴は背筋が凍る思いがした。
「もしかして……練習、終わっちゃったんでしょうか…」
麻琴が恐怖に慄いていると、あさ美が言った。
相変わらず、ひとみは梨華の姿に見入っている。
「そうなのかなぁ。石川さんしかいないもんね」
ひとみの代わりに、麻琴があさ美の問いに答える。
体育館では、他にバスケットボール部やバレーボール部が練習中だったが、
ラジオ体操部の練習は既に終わった後なのか、梨華の周りには誰も居ない。
- 95 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時05分43秒
- 「終わったよ」
「……ああ、やっぱり」
「でも、どうして石川さんだけ練習やめないんだろう?」
「ああ、石川はねー、いっつも一人で居残りやってるから。ウチで一番上手いのにさ、変わった奴だよね」
「「へぇー」」
「ってゆーか、アンタたち誰よ?」
「「えっ?」」
麻琴とあさ美が振り返ると、そこには、一人の小柄な少女が立っていた。
少女は両手を腰に当てて、怪訝な顔で二人を見上げている。
「あっ!? えっと、えっとですね、私たちはその」
「その制服、ハロ女でしょ。ウチの石川に何か用?」
しどろもどろになる麻琴の言葉を遮って、少女が言った。
ほとんど金色に近い茶髪で、吊り上がり気味の目が、少々キツめの印象を与える。
「たまたま、通りがかったっていうか、通りすがりの、ホントに、怪しい者じゃありませんので」
少女は腕組みをして、麻琴をじっと見上げている。
小さいのに、なんて威圧感のある人だろう。麻琴は、ついに観念した。
「ハロモニ女子学園中等部二年、ラジオ体操部の小川麻琴です」
「……同じく、紺野あさ美です」
涙ぐむ麻琴の隣で、あさ美もまた、その目にうっすらと涙を浮かべていた。
- 96 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時07分59秒
- 「で、ハロモニ女子学園中等部二年、ラジオ体操部の小川麻琴と紺野あさ美が、ウチで一体なにしてるワケ?」
少女は、麻琴達の自己紹介をすらすらと復唱してみせた。
いつまで経っても間違いだらけのひとみとは大違いだと、麻琴は感心するのだった。
「……実は、私達ハロモニ女子学園ラジオ体操部も、秋の大会に出場することになりましたので、
モニフラ女子ラジオ体操部の皆さんの練習風景を、こっそり盗み見するつもりで来たんです。
さらにぶっちゃけますと、一週間ほど前にも一度、こっそり盗み見させていただきました」
「「すみませんでした」」
そう言うと二人は、深々と頭を下げた。
「正直すぎて怒る気も失せるんだけど」
半ば呆れたように、少女が言った。
「あの……矢口さん、ですよね?」
少女の顔をまじまじと見つめて、あさ美が言った。
「そうだけど」
矢口という名前は、麻琴もよく知っていた。
モニフラ女子ラジオ体操部キャプテン、矢口真里。以前からあさ美に何度となく聞かされていた名前だ。
- 97 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時10分17秒
- 「ってゆーか別にコソコソやんないで、堂々と見てったら? 今日はもう終わっちゃったけどさ」
「えっ、いいんですかっ!?」
それは、予想もしなかった言葉だった。
麻琴はてっきり、あさ美と共に人気の無い場所に連れ込まれて延々と説教され、
それが終わると腕に煙草の火を押し付けられたり、数学の宿題を押し付けられたり、
挙句の果てには多額の借金を押し付けられたりするのではと思い込んでいたのだが、
真里は麻琴達のした行為を許すばかりではなく、練習を堂々と見学しても良いとまで言ってくれたのだ。
麻琴は真里の事を外見から『素行の悪い女子高生』だと判断してしまった自分の愚かさを、心から反省した。
「梨華ちゃん……」
その存在をすっかり忘れていた頃、ふいにストーカーの呟きが聞こえて、麻琴はハッとした。
「なに、このヒト…知り合い?」
彼女の目にもやはり不審人物として映ったのか、ひとみの背中を怪訝な顔で見ながら、真里が訊いた。
「はい。先輩、なんですけど…」
「……さっきからずっと、石川さんに釘付けで…なんだか気味が悪いんです」
「はあ? なにそれ…」
真里の目には、怯えの色が宿っている。
- 98 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時12分48秒
- 「ねぇ、ちょっと」
真里が背後から近付くも、ひとみは一向に気付かない。
「ちょっと、キミ!」
後ろから肩を掴まれると、ひとみは振り返りもせず、うるさそうに真里の手を払いのけた。
「んだよテメぇ、なにシカトしてんだよオイ」
真里はひとみの後ろにぴたりと密着すると、しゃがむようにして身を屈めた。
膝がカクンと折れ、ひとみは呆気なく床の上に崩れ落ちた。
「うっ! ぎゃあああああああっ…!!」
膝を嫌というほど床に強打したのだろう、鈍い音と共にひとみの絶叫が、館内に響き渡る。
「なにコイツ、弱っ…」
「先輩!? 大丈夫ですか、先輩っ!?」
ひとみは両手で右膝を押さえて、床の上を転げ回っている。
「さっ、皿が…!」
「皿が!? 皿がどうしたんですか、先輩!?」
「皿が割れたかもしれないっ…! 痛い、痛いよ、すごい痛いよぉ骨川ぁぁぁ」
「ああっ、先輩!」
床の上でのた打ち回るひとみを前に、麻琴はただおろおろするばかりだった。
- 99 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時15分27秒
- 「あのねぇ、大げさだっつーの。たかがヒザカックンぐらいで、骨折するワケないでしょーが」
「違うんです! 先輩は、先輩はカルシウム不足なんですっ…!」
苦しむひとみを抱き起こしながら、麻琴は涙ながらに訴えた。
「……ベーグルとコーラだけで、生きてる人だから……」
「なにそれ、マジで!?」
呆れ顔だった真里の表情が、一変した。
「ねぇ、ちょっとキミ、だいじょーぶ!?」
「骨川っ…骨川ぁぁ、痛いよぉぉ、なんとかしてよォォォ」
「先輩ココですか、ココ痛いんですかっ!?」
「うああああ、もうちょっと、もうちょっと下だよぉ」
麻琴は一生懸命にひとみの膝をさすったが、痛みは一向に引かないようだ。
「どうしたんですか?」
麻琴が途方に暮れていると、頭上で何者かの声がした。
ひとみの傍にしゃがんでいた全員が、一斉に顔を上げる。
するとそこには、ひとみがずっと付け狙っていた人物、石川梨華が心配そうな面持ちで立っていた。
- 100 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時18分21秒
- 「石川! ねぇ消防車呼んで、消防車!!」
「えっ、消防車、ですか…?」
「バカ! ちげーよ、なにが消防車だよ! 救急車だよ、バカ!!」
真里は、ひどくうろたえている。
「梨華ちゃん、久しぶり」
麻琴の肩に手を置き、ひとみがゆっくりと立ち上がった。
「よっ、よっすぃー!?」
高い声をさらに甲高くして、梨華が叫ぶ。
ひとみはまるで何事も無かったかのような顔をして、梨華と向き合っている。
「なんだよ、無傷じゃねぇかよ…」
真里は、安堵の表情を浮かべた。
「こんなトコで、何してんのよ」
「こっちが聞きたいよ。梨華ちゃんこそ、なんでラジオ体操なんかやってるワケ?」
ひとみは、梨華の問いには答えずに言った。なんとなく、梨華を責めるような口調である。
「どうしてそんなコト、答えなくちゃいけないの? よっすぃーに関係ないでしょ」
梨華の声は、氷のように冷たい。
- 101 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時20分29秒
- 「ねぇねぇ、あの二人、知り合いなの?」
ひとみと梨華のやりとりを傍観していた真里が、麻琴に尋ねる。
「さあ…ウチらにもよくわかんないんですよ。ね?」
麻琴が同意を求めると、あさ美は黙って頷いた。
「でも、あの子…どっかで見たコトあるんだよねぇ」
顎に手を当てて真里が呟いた。
「だって、あんなに嫌ってたじゃん! ひどいよ!!
今になってやるぐらいなら、どうしてあのとき……あたし、なつみ先輩もごっちんもいなくなって、
一人ぼっちで、どうしていいか分かんなくってさ、それなのに、なのに、ひどいよ梨華ちゃん」
声が震えている。ひとみは、泣いているようだった。
- 102 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時24分26秒
- 「勝手なコト言わないでよ。どうして関係ない人のコト、私が助けてあげなくちゃいけないの?」
「関係なくなんか、ないじゃんか」
「バカみたい。よっすぃーって、案外しつこいんだね」
ひとみは悔しそうに唇を噛んで、梨華を睨み付けている。
「帰ってよ。もう顔も見たくなかったんだから」
「だったら、理由だけ聞かせてよ。どうしてラジオ体操なんか」
「キライだから」
「えっ…」
「憎んでるから。恨んでるから。ラジオ体操も、それから…よっすぃーの、コトだって」
梨華は一歩足を踏み出し、ひとみを見上げた。
二人の顔は、互いの息がかかりそうなほど近付いている。
「大っ嫌いだから」
梨華はひとみの頬を両手で掴むと、親指に力を込めて横に引っ張った。
ひとみの顔が、無残に歪む。
「梨華ちゃん…」
ひとみの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
- 103 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時26分47秒
- 「今だって、よっすぃーと同じ空気吸ってると思うだけで、鳥肌が立つんだから」
梨華はひとみから手を離すと、吐き捨てるように言った。
「トリ嫌いなんだよねー、あの子」
「……あ、そうなんですか」
あさ美は、真里の発言をすかさず生徒手帳に書き留めた。
「あっ、思い出した! あの、よっすぃーって子、昔ラジオ体操部にいたよね?」
麻琴は頷いた。
どうやら真里は、ラジオ体操部で活躍していた頃のひとみを知っているらしい。
「今は、違いますけど」
「今はなにやってんの?」
「ジグソーパズル部です」
「地味っ…」
矢口さんは何も知らないからそんなことが言えるんだ、と麻琴は思った。
あの部は、地味だとか暗いだとかいう言葉で片付けられるほどぬるい場所ではない。
あの部は、闇そのものだ。
「……あの、なんか、吉澤先輩の様子が、ちょっとおかしいんですけど…」
見るとさっきからずっと下を向いたままのひとみが、拳を握ってぶるぶると小刻みに震えているのがわかった。
- 104 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時29分54秒
- 「あーあ、可哀想に。本格的に泣き出しちゃったんじゃないのー?」
「……石川さんって、なんだか、恐い人なんですね」
「んー、でも普段はイイ奴だよ? たまにゾッとするときあるけど」
真里とあさ美の会話をぼんやりと聞きながら、麻琴はひとみの様子を警戒していた。
「でもあの、ちょっと震えすぎじゃないですか?」
「えー?」
梨華に睨み付けられて、ひとみの震えはみるみる激しくなってゆく。
麻琴は、今にひとみが梨華に手を上げるのではないかと気が気ではなかったのだ。
「ねぇ、ひょっとしてあの子さぁ…息、止めてんじゃない?」
「えっ…? あっ、先輩まさか…!!」
麻琴はハッとして、再びひとみを見遣った。
ひとみは唇をきゅっと結んで、苦痛に耐えるような表情で拳を握り締めている。
「……先輩…石川さんと同じ空気を、吸わないようにしてるんですね……」
涙ぐむあさ美につられて、麻琴は鼻の奥がツンとするのを感じた。
「先輩、健気すぎますっ」
「ケナゲっつーか……うん、まあ、何も言うまい」
三人が見守る中、ひとみの震えはさらに激しさを増してゆく。
ひとみはもはや、生命の危機に直面していた。
- 105 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時33分45秒
- 「石川、お願いだから許してあげて! その子、息してないから!」
たまらず、真里が叫んだ。
「先輩、呼吸! 呼吸してください、死んじゃうから!!」
「先輩! 吉澤先輩!」
麻琴が、あさ美が叫ぶ。
「うそでしょ…?」
梨華が怪訝そうに、ひとみの顔を覗き込む。
ひとみは目を閉じて、ひたすら苦痛に耐えていた。
「ホント、バカ…」
ひとみの傍を離れると、ぽつりと、梨華が言った。
「素直なトコも正直なトコも、大好きだった。けど同じくらい、そういうトコ、許せなかったんだから」
梨華はひとみに背を向けて走り出すと、ふいに立ち止まり、
「息、していいよ」
と言うと、紅白試合中のバスケットボール部のコートを横切って、出口の向こうへと走り去っていった。
「ふあ…はああああ〜」
梨華の姿が見えなくなったのと同時に、ひとみはその場に崩れ落ちた。
すかさず、麻琴とあさ美が傍に駆け寄る。
「先輩! しっかりしてください、先輩!」
麻琴に抱きかかえられて、ひとみはひたすら深呼吸を繰り返している。
- 106 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時36分44秒
- 「とりあえず、大丈夫みたいだね。悪いけど、今日はアンタたちの相手してらんないわ。またね」
真里はひとみの無事を確認すると、麻琴達に手を振って、梨華の後を追った。
「あ、ありがとうございました!」
「……ご迷惑、おかけしました」
二人は、走り去る真里の背中に向かって深々と頭を下げた。
(ホント、見かけによらず良い人だなぁ…)
麻琴が感心していると、突然、真里が立ち止まった。
試合を終えたバスケットボール部の面々が真里の前に立ちはだかり、何やら揉めている様子だ。
「さっきの子、矢口んトコの部員でしょ!? ウチのチーム、あの子に進路妨害されたんだけど!
どうしてくれんのよー、1ポイント差だったのに! 試合終わっちゃったじゃないのよー!!」
身長170cmはあろうかという部員の一人に詰め寄られて、真里はまるで子供のように見える。
彼女と真里との身長差は、30cmというところであろうか。
麻琴は部員達と真里とのやりとりを、固唾を呑んで見守った。
- 107 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時39分54秒
- 「えっ? あ、そうなの? いやぁ、ゴメンゴメン。アイツにはキツく言っとくから」
「それはどうでも良いんだけど。罰ゲームのボール磨き、ウチらの代わりにやっといてよね。今すぐ」
どうやら先程の紅白試合では、負けたチームが練習後のボール磨きをする事になっていたらしい。
逆転のチャンスを梨華に邪魔され、負けた方のチームが真里にクレームを付けに来たという訳だ。
「……あ、ハイ、わかりました。ホント、すいませんでした」
真里は沈んだ声で言うと、バスケットボールの詰まった大きなカゴを押しながら、体育倉庫へと消えていった。
「……先輩、今日はもう、帰りましょう」
ひとみの呼吸が落ち着いたのを確認すると、あさ美が言った。
「先輩、平気ですか?」
「…うん」
麻琴に助け起こされて、ひとみはゆっくりと立ち上がった。
- 108 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時42分19秒
―――
帰りの電車の中で、ひとみは一言も口を利かなかった。
麻琴やあさ美が話しかけてもまるで上の空で、ぼんやりと窓の外を眺めているばかりだ。
体育館での、梨華の冷たい態度がよほどショックだったのだろうか。
ひとみと梨華の関係について、麻琴には皆目見当がつかなかったが、
今はそんな無粋な事を聞ける雰囲気ではない。
やはり、ひとみを入部させるのは諦めた方が良いのだろうか。
打ちひしがれた様子のひとみの姿を見ていると、麻琴はつい弱気になってしまうのだった。
(あーあ、ののに何て言おう…)
「骨川ぁ」
「え? あっ、はいっ!」
突然ひとみに呼ばれ、麻琴は慌てた。
「人は憎しみだけで、ああも強くなれるものなんだろうか」
流れゆく景色を見ながら、ひとみが言った。
「は?」
あまりに唐突な質問に、麻琴は頓狂な声を上げた。
- 109 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時45分26秒
- 「……人間が強くなるために一番必要なのは、憎しみや恨みといった負のパワーなのではないでしょうか。
石川さんがあれほど実力をつけたのも、吉澤先輩への強大な恨みパワーのおかげなんですね、きっと。
何故そこまで恨みを買ってしまったのかは、私の知るところではありませんけれど」
麻琴に代わって、あさ美が答える。
ひとみと梨華の間に、一体何があったのだろう。ひとみは一体、梨華に何をしでかしたのか。
麻琴の疑問は深まるばかりだった。
「ばーか。ラジオ体操は、そんなカンタンなモンじゃねーよ」
あさ美へというよりは、自分自身に向けられたような言い方だった。
あるいは、ここには居ない、梨華に向けられた言葉なのか。
それきり、ひとみは黙り込んでしまった。
- 110 名前:<第5話> 投稿日:2002年09月16日(月)22時49分42秒
「それじゃあ、お疲れ様でした」
最寄り駅に着き、麻琴が電車を降りる。あさ美は、既に二つ手前の駅で降りていた。
「骨川」
会釈しようとすると頭上からひとみの声が降ってきたので、麻琴はとっさに顔を上げた。
「ののに伝えて。一週間だけ待ってくれ、って」
「えっ」
麻琴は、すぐには訳がわからずきょとんとしていたが、そのうちにハッとした。
「先輩、じゃあ…」
「最後のパズル仕上げたら、あたしも合流するからさ」
ひとみは、にこりと微笑んだ。
麻琴やあさ美には見せたことのなかった、最高の笑顔がそこにはあった。
希美がずっと待ち望んでいたはずの、最高の笑顔が。
そのうちにドアが閉まり、ひとみを乗せた電車がゆっくりと動き出す。
「ありがとうございます!!」
走り去る電車に向かって頭を下げると、麻琴はすぐに、鞄から携帯を取り出した。
呼び出し音を聞きながら、自然に顔がほころんでくる。
一秒でも早く、希美にこの事を伝えたかった。
やったよ、のの!
吉澤先輩といっしょに、ラジオ体操がやれるんだよ!!
- 111 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月16日(月)22時54分29秒
感想ありがとうございます!
>89 名無しさん
セクシー共和国、保田さんをお忘れでは?(笑
石川さんとの関係。出だしからこじれまくってて、どうなるやら分かりませんが…
気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
>90 名無し娘。さん
いかに真面目にバカをやるかというのが、この話のテーマなので(笑)
とことんダメな感じにしたくて色々とネタ考えたので、気に入ってもらえて良かったです…。
>91 undefinedさん
はじめまして。ありがとうございます。
ラジオ体操やるのに上半身裸って、何か意味があるんでしょうかね(笑
「D.F.」ってなんかカッコイイ…向こうの方はしばらく間が空いてしまうと思うのですが、
よろしければまた読んでやってくださいませ。
あと、森板「Dear Friends6」で短編を書かせて頂きました。よろしければ…。
- 112 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年09月16日(月)22時58分37秒
- リアルタイムですた。
さすが小川。アゴには敏感なんですね。
ヨシコの気持ちが痛い。
もっと痛いのは、いしかーさんかもしれませんが。
ミチャーソがいい案配で脇役っぽいのがいい感じです。
ヤッスーとごまも気になる。。。
森板もがんがってください!
- 113 名前:名無し読者86 投稿日:2002年09月17日(火)05時30分47秒
- よしっ!よっすぃー復活の兆し!
相変わらず骨川・剛田だし(w
きっとこれも伏線の1つだと勝手に思っています(w
第6話も楽しみにさせて頂きます!
- 114 名前:おさる 投稿日:2002年09月17日(火)16時10分30秒
- う〜ん、よし子に何があったのか。いしかーさんの恨みをかってみたり、
熱いまなざしをむけてみたり…。でもいよいよ本格始動ですね。楽しみ、楽しみ。
あと、後輩の名前を覚えないよし子っていうのも、不思議と違和感がないな。何故だろう?
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月17日(火)21時20分46秒
- 今日初めて読ませていただいたんですけど・・・、
助けてください。突っ込みすぎて死にそうです。
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月18日(水)14時44分24秒
- あしながおじさんステキ(w
そりゃ石焼き芋は高いわな
- 117 名前:もんじゃ 投稿日:2002年09月19日(木)10時14分50秒
- いしよしであって一般的によくあるいしよしじゃない。
さすがすてっぷさんです。
次回から参加しそーな吉澤さんに期待です。
- 118 名前:名無し 投稿日:2002年09月19日(木)21時27分29秒
- 吉澤対石川の私怨そして石川対小川のアゴ対決うーんワクワクする。
しかし矢口さんのつっこみは相変わらず的確ですね。つっこみ慣れしてる。
そして強引にドキュメンタリータッチにもっていく作者さんのセンスに脱帽です(w
- 119 名前:LVR 投稿日:2002年09月20日(金)02時49分07秒
- 自分も吉澤さんの登場で、我を忘れて一人フィーバーしてたため忘れてましたが、
実はこの話の主役は、吉澤さんでも矢口さんでもない罠(w
- 120 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月25日(水)00時18分44秒
- 感想、どうもありがとうございます。
第6話は、もうしばらくお待ち下さい。すみません…。
>112 ごまべーぐるさん
この2人といえばやはり、アゴつながりなので(笑)
まだ先は長いですが、平家さんも名前だけでなく、ちゃんと登場する予定です。
お察しの通り、脇役っぽい感じなのですが、名脇役(?)ということで…。
>113 名無し読者86さん
何気にしょーもない伏線を張りまくってたりするのですが、さすがに骨川・剛田は深読みしすぎかも(笑)
でも、この先何か思いつくかもしれないので、有り得ないとは言い切れません(笑
>114 おさるさん
石川さんと吉澤さんの関係については次回あたり、明らかになると思います。
二人のエピソードは長くなりそうなので、もしかして2話に分けるかも。
ようやく始動というカンジで、まだまだ終わりが見えませんが…ゆっくりお付き合い頂けると嬉しいです。
>115 名無しさん
ありがとうございます。ここまで読むのに、結構時間かかったんじゃないですか?
これからも遠慮なく、突っ込んでやってください(笑)
- 121 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月25日(水)00時25分50秒
- >116 名無し読者さん
なるほど、カップ焼きソバに移行したのは経済的理由からだったのですね(笑
>117 もんじゃさん
やはり、どうしてもまともなモノは書けないみたいで…。
吉澤さん参加後も波乱だらけの予定なのですが、どうなることやらです。
>118 名無しさん
やはり、矢口さんのツッコミは貴重です。でも実は彼女も、微妙にボケキャラだったり(笑
ドキュメンタリーなのか何なのか、我ながらワケがわかりませんが…
読者の方に楽しんでもらう事だけを考えて、このまま突っ走ろうと思います。
>119 LVRさん
主役キラー・吉澤さんのおかげで、すっかり忘れられている主役たちですが…
あともうしばらく、忘れられる予定です(笑
- 122 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時15分20秒
夕食を済ませて部屋に戻ると、梨華はベッドに腰を下ろした。
手には、写真立てが握られている。
「また、伸ばしたんだ」
一人、呟く。
中学一年の体育祭の時に、クラスメイトに頼んで撮ってもらった、ひとみと二人の写真。
写真の中で微笑むひとみは、もともと中性的な顔立ちをしている上に髪を短くしているため、まるで少年のように見える。
梨華は、ひとみと出会った時の事を思い返していた。
その時のひとみはちょうど今と同じぐらい、肩の辺りまで髪を伸ばしていたのだ。
- 123 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時17分12秒
―――
梨華は焦っていた。
昨夜、寝る前に何度も確認したはずなのに。
くれぐれも忘れ物をしないようにと、あれほど母に念を押されたはずなのに。
無いのだ。筆箱の中にも、バッグの中にも、ポケットにも、入っていない。
まさかとは思いつつ上履きを脱ぎ、逆さにして振ってみたが、やはり駄目だった。
ああ、まただ。また、やっちゃったよ、私。
梨華は、ふっと溜め息をついた。自分が情けなくて、涙がこみ上げてくる。
いつだって、そうだ。心配性なくせに詰めが甘くて、肝心なところでいつも失敗する。
物心ついた頃から憧れていた中学に入るために、来る日も来る日も勉強に明け暮れた。
昼休み、友人達が鬼ごっこやドッヂボールで楽しく遊ぶ姿を横目で見ながら、
羨ましくなんか無い、あんな事は中学に入ればいくらでも出来るのだからと、自分に言い聞かせた。
毎朝五時に起きて授業の予習をし、帰宅すると授業の内容を復習し、
九時にはベッドに入るという生活を、六年間続けた。
もちろん、夏休みのラジオ体操など、一度も参加したことは無い。
- 124 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時20分19秒
- 普通の小学生が味わうべき愉しみを全て犠牲にして、この日のために努力してきたというのに。
まさか肝心な入試当日に、致命的なミスを犯してしまうとは。
梨華の血の滲むような努力が今まさに、水の泡になろうとしていた。
(どうしよう、もう全部探したはずだけど…あっ、もしかして!)
梨華は僅かな望みをかけて、両手でトレーナーの襟を掴んだ。
「ねぇ、どうかしたの?」
梨華が襟元を広げて中を覗き込んでいると、隣に座っていた少女が話しかけてきた。
慌てて顔を上げると、少女と目が合い、梨華はハッとした。
端整な顔立ちをしたその少女に、梨華はたちまち目を奪われてしまった。
(やだ、この人ってば天才的に可愛い…。ああ神様、コレって運命かも…!)
少女は黙って、梨華が答えるのを待っているようだったが、しばらくして、
「もしかして、忘れ物?」
と聞いた。
梨華は自分とは正反対の低い声と、その優しい眼差しとに胸を高鳴らせながら、
「…消しゴム」
と答えるのがやっとであった。
「マジで!?」
少女が目を丸くして、頓狂な声を上げる。
他の受験生達が、一斉に二人の方へ目を向けた。
- 125 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時23分36秒
- 「ちょっと待ってね」
そう言うと少女は、自分の筆箱から消しゴムと定規を取り出した。
ひょっとして彼女は予備の消しゴムを持っていて、それを自分に貸してくれるのでは、と梨華は思った。
この絶望的な状況下で、こんなにも良い人に出会えるとは。地獄に仏とは、まさにこのことではないか。
「えっ」
しかし次の瞬間、梨華は思いもよらぬ光景を目の当たりにした。
少女はケースを外して剥き出しになった消しゴムに定規をあて、すっと手前に引いたかと思うと、
まるでノコギリを引くかのように激しく右手を動かし始めたのだ。
「うそっ…」
少女は自分の消しゴムを定規で真っ二つにし、その片割れを梨華に譲ろうとしているらしかった。
「ねぇ、やめてよ。ねぇってば」
一心不乱に右手を動かし続ける少女は、梨華の懇願を聞き入れようとはしない。
梨華は、忘れ物をしたと少女に話した事を後悔していた。
自分とは無関係の他人を、厄介事に巻き込んでしまっている。
彼女にとっても、今日はとても大切な日であるはずなのに。
- 126 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時26分26秒
- 「ねぇ、いいってば。係の人にお願いすれば、貸してもらえると思うし」
もうじきやってくるであろう試験官に申し出れば、筆記用具ぐらい幾らでも貸してくれるはずだ。
そんな簡単な事に今の今まで気付けなかった自分が情けなくて、梨華は再び落ち込んだ。
昨夜は三時間もかけて持ち物を確認したのに、消しゴムを忘れてしまった。
しかもその事でパニックに陥り、試験官に借りるということすら思いつけなかった自分。
他の受験生達は時間ぎりぎりまで参考書を読み耽っているというのに、ダメな自分のせいで、
目の前の親切な少女は、大事な試験の前に無駄な時間を浪費する羽目になってしまったのだ。
これほどまでに要領の悪い自分の事だ、試験でもきっと良い結果は望めまい。
梨華は受験を前にして、早くも悪い結果を予感した。
きっと落ちるだろう、いや落ちるべきだ、むしろ落ちたい、堕ちてしまいたい。
自分が不合格になることで、この少女が合格する確率が少しでも上がるのならば、
それこそが彼女の親切に報いることになるのではと、梨華は思い詰めた。
「だいじょうぶ。もうちょいだから、待ってて」
なおも、少女は定規を引き続ける。
- 127 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時30分33秒
- 「よし」
ようやく手を止め、少女は机の上に定規を置いた。
だが消しゴムにはまだ一本の切れ目が入っているだけで、完全に割れてはいない。
机に向かっていた少女は梨華の方を向いて座り直すと、悪戯っぽく笑った。
「ほら」
そう言うと少女は梨華の目の前で、切れ目の入った消しゴムを両手で割いてみせた。
はい、と手渡されたそれを受け取るとき、梨華の胸がどきんと鳴った。
人間の心臓が常に鳴り続けている事はもちろん知っていたが、これほど実感したのは初めてだった。
「二人とも、合格できるといいね」
にこりとして、少女が言った。
「あ、あの」
礼を言おうとして、梨華は言葉に詰まった。胸の鼓動は速さを増し、呼吸をするのがやっとだ。
そうして梨華がまごついているうちに試験官がやってきて、結局何も言えないまま、試験が始まった。
試験中、梨華は何度も書き間違いをして、少女に借りた消しゴムを使った。
小さな消しゴムは、断面が凸凹していて使いづらかった。
隣の少女もきっと同じ思いをしているのに違いないと思うと、梨華は胸が痛んだ。
- 128 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時33分41秒
試験官が教室を出て行くと、梨華はちらりと隣を窺った。
少女はてきぱきと帰り支度を始めている。試験の出来に確かな手応えがあったのか、その表情は晴れやかだ。
そして梨華もまた、試験の結果には自信があった。
二人とも、合格できるといいね。
少女の言葉と笑顔は梨華に勇気を与え、いっそ落ちたい、などと思っていた弱気な心を打ち砕いてくれたのだった。
梨華は心から少女に感謝し、その事を伝えなければと思った。
けれども胸が一杯で、溢れる気持ちを伝えるための言葉が見つからない。
「よっすぃー」
梨華がまごついていると、一人の少女が入口から顔を出した。
すると梨華の隣に座っていた少女が、軽く手を上げてそれに応えた。
「おぅ、ごっちーん。どうだった?」
「んー、たぶん大丈夫じゃない?」
言いながら、ごっちん、と呼ばれた少女が歩み寄ってくる。
- 129 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時37分29秒
- 「すごーい。余裕だねぇー」
「ねぇ、帰ろうよ。みんな先行っちゃったよ?」
「マジで? 早ぁ。待てっつーの、もぅ」
おそらく、同じ小学校の友人同士なのだろう。
楽しげに話す二人が、と言うより、少女と親しげに話す『ごっちん』の事が、梨華には少し羨ましく思えた。
梨華はすっかり、少女に話しかけるタイミングを失ってしまった。
少女は椅子から立ち上がろうとして梨華を見、あっ、と小さく言った。
梨華はとっさに消しゴムを掴んで差し出そうとしたが、少女はそれには気付かずに微笑むと、席を立った。
「よっ、すぃー」
廊下に消えてゆく後姿を見送りながら、梨華が呟く。
「また、会えるよね」
梨華は握り締めた右手をそっと開くと、凸凹の消しゴムに向かって言った。
- 130 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時42分21秒
その年の四月、梨華は憧れの私立ハロモニ女子学園中等部に入学した。
玄関前に貼り出されたクラス割りを確認し、教室に足を踏み入れた瞬間、
梨華は驚きのあまり、その場に立ち尽くした。視線が、一点に釘付けになる。
窓際の席に座って後ろの生徒と談笑していたのは、肩まであった髪がショートヘアに変わっているものの、
まぎれもなくあの時の少女、『よっすぃー』であった。
そして後ろに座っていたのは、受験会場で彼女と親しげに話していた、『ごっちん』なる人物である。
二人とも、合格できますように。
少女に出会ったあの日以来、そればかりを願ってきた梨華だが、まさか同じクラスになるとは思ってもいない事であった。
(コレって、運命以外の何物でもないよね…やだ、はしゃいじゃって、ヨイのかな!)
「みなさん、空いてる席に着いてくださいね」
梨華が少女を見つめていると、教師らしき人物がすぐ後ろから言った。
慌てて、梨華は最前列の、入口から最も近い席に着いた。
- 131 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時45分07秒
- 「私はこのクラスの担任の、石井リカといいます。みなさん、一年間よろしくお願いしますねっ!
みなさんの自己紹介は、この後の入学式が終わってからゆっくりということで、まずはですね…」
その後も担任教師の話は続いたが、ちらちらと窓際を気にする梨華の耳にはほとんど届かなかった。
ただ、この後入学式に出席しなければならないという事と、
担任の石井先生は優しくて良さそうな人であるという事だけは分かった。
それから体育館に移動し、入学式が行われている間も、梨華はまるで上の空であった。
式が終わると新入生達は各々の教室に戻り、すぐにホームルームが始まった。
生徒達の自己紹介が名簿順に行われ、梨華は自分の名前が呼ばれると大きな声で返事をし、すっくと立ち上がった。
教室中の視線が、梨華に集中する。この瞬間、あの少女もきっと、自分の事を見つめているに違いない。
視られている、という意識が梨華を支配し、昨夜二時間かけて考えた挨拶は全て真っ白になった。
- 132 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時48分37秒
- 「缶鳥居小学校出身、石川梨華です。趣味は、くじ引きと野球観戦です。
えっと横浜出身なんですけど、対阪神戦の時はレフトスタンドで応援してます」
それでも梨華は、断片的な記憶を繋ぎ合わせながら、なんとかやり遂げた。
「うーん。石川さん? それは横浜スタジアムで横浜−阪神戦を観る時の話なのかな?
どちら側のスタンドで応援するのかは、観戦する球場によって意味合いが違ってくるよね。
でも、気持ちは十分伝わったから。ドンマイ、ドンマイ!」
石井の言葉は、梨華にとって何の慰めにもなりはしなかった。
傷付いた時に優しい言葉をかけられるのは、梨華にとってこの上なく残酷な仕打ちだと感じることがある。
もちろん石井に恨みは無い。それどころか、生徒思いのとても良い教師だと思っている。
それなのについ、私の事は放っておいてよ、と思ってしまう。どうせ、本気で心配なんかしていないくせに。
自分は、あるいは人を選んでしまうのかも知れない。
これが石井ではなく、あの少女の言葉だったとしたら、どうだろう?
梨華は、石井の厚意を踏みにじるような事を考えてしまう自分がとても卑しい人間に思えて、また落ち込むのだった。
- 133 名前:おさる 投稿日:2002年09月29日(日)18時51分34秒
- 梨華ちゃん、まさに恋する乙女! よっすぃーに心動かされちゃったのね。
さらにゴチーンも登場。あああ、グチャグチャの予感! ワクワク!
入試当日にケシゴム忘れてパニくるって、確か小林よしのりの「東大一直線」
にもそんなシーンなかったっけ?
- 134 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時52分34秒
「石川さん!」
とぼとぼと廊下を歩いていると、後ろから何者かに呼び止められ、梨華は振り返った。
梨華は意気消沈したまま長い一日を終え、ようやく下校するところであった。
「あ…吉澤さん」
忘れもしない、自己紹介で知った少女の名を、梨華は呼んだ。
梨華を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた人物は、受験会場で出会った少女、吉澤ひとみであった。
「ねぇ、試験のとき隣だったよね。覚えてる?」
「あ、うん」
忘れる訳も無かったが、ひとみが自分の事を覚えていてくれた事が、梨華には何よりも嬉しかった。
「良かったぁ。なんかさ、あん時すっごい慌ててたでしょ? だから上手くいったかなぁって、ずっと心配してたんだけど」
「うん。あのときね、吉澤さんに消しゴム貸してもらって、すごく助かった。ぜんぶ吉澤さんのおかげだよ。ありがとう」
やっとお礼が言える。梨華は夢中で喋った。
「そんなぁ」
と、照れたようにひとみが笑う。人懐こい笑顔が、閉ざされた梨華の心をゆっくりと解いていった。
- 135 名前:<第6話> 投稿日:2002年09月29日(日)18時57分12秒
- 「あっ、そうだ私、借りてた消しゴム、返さなきゃって思ってて」
言いながら鞄を開けようとする梨華の手を、ひとみが制する。
「いいよ、あげるよ。あっでも、あんなのもらっても困るか」
「ううん、困んない!」
とっさに梨華が言うと、ひとみは少しの間きょとんとしていたが、やがて微笑んだ。
「そう? じゃあ、あげる」
「…うん。ありがとう」
するとひとみは、くすっと笑って、
「なんか石川さんって、面白い人」
と言った。
梨華は、胸の高鳴りをはっきりと感じた。何かが、始まろうとしている。
(ううん、違う。とっくに、始まってたんだ)
「でもホント良かった。あたし名前知らなかったからさぁ、今朝早く来て、窓から外見てたのね。
したらすぐ見つけちゃったよ、石川さんのコト。ね、すごくない? あんなにたくさん人いんのにさぁ」
梨華は、鼻の奥がツンとするのを感じた。
二人の出会いは偶然なんかではなく運命なのだと、信じたかった。
(私、あのときからとっくに、吉澤さんのことが、好き)
- 136 名前:すてっぷ 投稿日:2002年09月29日(日)19時06分27秒
- この二人のエピソードは少し長くなりそうです。
次回は、第6話の後半を。
>133 おさるさん
おぉ、びっくりした!(笑
今回は珍しく、乙女チックな話になってしまいました。
登場人物が多すぎて収拾つかなくなりそうだけど…頑張ります。
「東大一直線」は、読んだことないなぁ…ギャグっぽいヤツですか?
- 137 名前:おさる 投稿日:2002年09月29日(日)19時11分21秒
- 先走り… スマソ… (爆鬱…
「東大一直線」。ギャグです。機会ありましたら、御一読のほど。
- 138 名前:名無し 投稿日:2002年09月30日(月)13時03分39秒
- 石川さんの小学校にはりんねとあさみと里田さんもいたんですよね?横浜だけど(w
なぜ二人が今のような関係になってしまったのか楽しみです。
- 139 名前:青鬼 投稿日:2002年09月30日(月)21時22分03秒
- はじめまして!僕すってぷさんの大ファンなんです!
いつも楽しませてもらってます。がんばってください!
応援してます!
- 140 名前:もんじゃ 投稿日:2002年10月02日(水)15時33分22秒
- 何かが始まろうとしてるんですね!この2人に!!
それなのに、何故か素直に期待できないのは
作者がすてっぷさんだからなのでしょうか…。
でも違う意味での期待度は満点です。
- 141 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月03日(木)20時31分22秒
- どんなロマンチックorドラマチックな展開になろうとも
基本が「ラジオ体操」じゃなぁ・・・(笑)
- 142 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月05日(土)21時54分26秒
- 感想、ありがとうございます!
>137 おさるさん
レス遅くなってすみません。どうかお気になさらず。。
「東大一直線」情報、どうもでした(笑
>138 名無しさん
カントリーの皆さんも登場予定ですが、出身校はもう一つ候補がありまして、
悩んでいるところです。というか、ホントにどうでもいい事なんですけどね(笑)
(りんねには頑張ってほしいと思う、今日この頃…。)
>139 青鬼さん
はじめまして!どうもありがとうございます。
もっと楽しんでもらえるように頑張りますので、これからもよろしくです。
>140 もんじゃさん
一体どういう意味の期待なんだろう…いや、何となくわかりますが(笑
別の意味でご期待に添えるよう、頑張りたいと思います。
>141 名無し読者さん
この物語はまさに、それに尽きます。真面目なシーンでふと、
「でも、ラジオ体操なんだよね」って気付いて脱力して頂けるとすごく嬉しい(笑
- 143 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月06日(日)17時41分56秒
- 楽しく読ませて頂いております。
ストーリー・キャラ描写は勿論の事、世界観がイイですね。まさに脱力系(w
続きを楽しみにしています。頑張って下さい。
- 144 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月14日(月)23時11分17秒
- >143 名無し読者さん
ありがとうございます。今回、さらに脱力してもらえるのではと(笑)
構想だけは物凄い(アホな)所まで行ってるのですが、なかなか筆が進まず…。
更新遅いですが、よろしければ最後まで付き合ってやって下さいね。
- 145 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時13分49秒
五月の連休が明けるとすぐ、梨華の学年では、郊外の宿泊施設で一泊二日の宿泊研修が行われる。
入学式以来、ひとみとは挨拶程度の会話しか交わせていなかった梨華は、
この機会にひとみへの想いを打ち明けようと考えていたのだが、
ひとみは常に同じ班の誰かしらと行動を共にしており、なかなか機会に恵まれないまま、
ついには消灯時間の22時を過ぎてしまった。
告白は明日の朝にしよう。
梨華はそう決意し、明日に備えて早めに寝ることにした。
同室のクラスメイト達は、ちゃぶ台を囲んで麻雀に興じている。
「あーっ! ちょっと、なに2階で寝ようとしてんの!?」
二段ベッドのはしごを上っていると、後ろから厳しい声で制され、梨華は恐る恐る振り向いた。
クラスメイトの柴田あゆみが、牌を握ったまま梨華を睨み付けている。
「梨華、あんたジャンケン負けたでしょっ!! ホラ! とっとと降りる!!」
「はぁーい…」
寝場所ぐらいでむきになるなよと思ったが、口には出さずに、梨華は渋々はしごを降りた。
- 146 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時15分31秒
- あゆみは、梨華が中学に入学して初めて出来た友人である。
教室で席が隣になった二人は、あゆみの方から話しかけると、すぐに意気投合した。
知り合って一ヶ月にしかならないが、悩みを真剣に聞いてくれるあゆみは、梨華にとってかけがえの無い存在だ。
もちろん、ひとみの件に関しても、あゆみには全て包み隠さず話してあった。
「あゆみ、早くしてよ」
「あ、ゴメン」
梨華が下へ降りたのを認めると、再びあゆみは仲間の方へ向き直った。
あゆみがもう随分と前からこの夜を楽しみにしていたのを、梨華はよく知っている。
二段ベッドの上段に寝るためだけに、宿泊研修は存在する。そう断言していたあゆみだ。
梨華に寝場所を横取りされたことが余程悔しかったのだろう、温厚な彼女にしては珍しく、
苛立った様子で牌をいじりながら、まったく油断も隙も無いのだから、などと独り言を繰り返している。
- 147 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時17分03秒
- 「あーあ、寝てみたかったなぁ…上の段」
梨華はあゆみに聞こえないように、小声で言った。
何もあゆみに限った話ではない。梨華もまた、二段ベッドの上段に憧れる一人だった。
いつの世も、二段ベッドの『上の段』が人々を惹きつけてやまないのは、
他者よりも上に立ちたいという支配欲の表れなのだろうか。
いや、あるいは…空への憧れ?
もしかするとあのリンドバーグも、始まりは二段ベッドだったのかもしれない。
下の段より上の段、ベッドより屋根の上、木の上、雲の上、そしてもっと高くへ、もっと遠くへ――。
(ふふ、大空に憧れてるなんて、あゆみちゃんってば意外とロマンティストなんだから)
「私、ちょっと散歩してくる」
あゆみとのやりとりで眠気の失せた梨華は、気晴らしに外へ出た。
消灯時間はとうに過ぎていたが、ベッドに入ったところですぐには眠れそうにも無い。
ましてや下の段ならば、なおさらだ。
- 148 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時19分03秒
「もう、寝ちゃってるかな…」
呟いて、梨華は夜空を見上げた。無数に散らばる星々が、一人きりで佇む梨華を優しく照らす。
梨華はしばらくの間、街中では決して見ることのできない『降るような星空』に見惚れた。
この綺麗な星空を、あの人と二人で見ることができたら、どんなに素敵だろう。
「石川さん?」
梨華は、どきん、として、すぐには後ろを振り返れなかった。
聞き覚えのある、低音の声。忘れようにも忘れられない。
「あー、やっぱ石川さんだ」
梨華はゆっくり振り返ると、ひとみと向き合った。人懐こい笑顔が、月明かりに照らし出される。
「よっ、吉澤さん、あの、えっと、」
どうして、こんな所にいるの?
こんな時間に、何をしているの?
聞きたいことは山ほどあった。もちろん、伝えなければならないことも。けれど何一つ言葉に出来ない。
(やだ、どうしよ、まだ心の準備がっ…!)
「あのさぁ。このへんで切り株、見なかった?」
「へっ?」
しばらくして梨華は、あんぐりと空いた口を慌てて閉じた。
- 149 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時20分59秒
- 「切り株だよ、木の切り株」
ひとみが事も無げに言うので、梨華はうっかり聞き流しそうになったが、すぐにハッとした。
真夜中に木の切り株を求めて一人彷徨う。明らかに不可解な行動ではないか。
「どうして…そんなモノ、探してるの?」
梨華は恐る恐る尋ねた。
「やー、寝ようとしたらさ、なんか、どっちが北かでみんなケンカ始めちゃってさぁー。
ほら、北枕とかって、気になりだすと眠れなくなっちゃうじゃん?」
「う、うん…そうかな」
梨華は戸惑い気味に答えた。
北は死人を寝かせる方角だから縁起が良くないのだと母に聞いたことがあったが、
梨華自身はそれほど気にしてはいなかったし、彼女と同室のあゆみや他のクラスメイト達も、
枕の方向について心配する者は居ないようだった。
「で、あたしがジャンケンで負けて、切り株探しに来たんだけど」
「北枕と切り株と、何の関係があるの?」
梨華が尋ねると、ひとみは目を丸くした。
「石川さん、知らないの?」
ひとみに真っ直ぐな視線を向けられて、梨華は恥ずかしさに目を伏せた。
(やだ、そんなに常識的なコトなのかな…。どうしよう、バカだと思われちゃったかも…)
- 150 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時24分02秒
- 「切り株の年輪から、方角がわかるんだよ」
梨華を馬鹿にするでも、知識をひけらかすでもなく、普段と変わらない調子でひとみが言った。
「そうなの?」
梨華は顔を上げた。授業でも習ったことの無い、初めて知る事柄だった。
「輪の間隔が広い方が、南なの」
「えーっ、そうなんだ」
梨華はひとみを尊敬し、ますます自分の気持ちが彼女へと傾いてゆくのを感じた。
「石川さんもさ、道に迷ったときは、大きな木を切り倒すといいよ」
「…切り倒すって、どうやって」
「ノコギリで」
梨華は思わず失笑した。
「でも、ぜんぜん見当たんないし、やっぱ諦めるしかないかなぁ」
ひとみはひどく残念そうだったが、梨華にはどうすることも出来なかった。
これが消灯時間前ならば、教師に申し出て方位磁針を借りることも出来るだろうが、
消灯時間をとっくに過ぎている上に無断で外出していることがばれたら、二人とも叱られるのは必至だ。
「そういえば、石川さんは何してたの?」
「えっ?」
突然訊かれて、梨華は素っ頓狂な声を上げた。
ひとみは、その大きな瞳で、真っ直ぐに梨華を見つめている。
- 151 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時26分00秒
- 「うん、なんか、眠れなくて」
梨華は、『二段ベッドの上に寝られなかったのが悔しくて』眠れなかったことは、黙っていた。
別に隠す必要も無いが、何となく恥ずかしかったのだ。
「消灯時間すぎたら、外出しちゃいけないんだよー?」
からかうように、にんまりと笑って、ひとみが言った。
「知ってる。でも人のコト言えないくせに」
梨華が言い、二人は笑い合った。
「今日は、オリオン座出てないなぁ」
ふいに、ひとみが言った。
「だって、オリオン座って冬の星座じゃない?」
「そうなの? ああ、どうりで最近見ないと思ってた」
梨華は苦笑した。
(『最近見ない』ってオリオン座のコト、まるで近所のおじさんみたいに…)
「じゃあ、冬になったら、石川さんにも教えてあげるね」
「うん」
オリオン座ぐらい知っているけど、と梨華は思ったが、口には出さなかった。
同じ星座でもひとみが教えてくれるものなら、授業で教わる知識より何倍も何十倍も価値がある。
もっとも今のひとみの言葉は、社交辞令的なものだったのかも知れないけれど。
- 152 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時28分13秒
- 「あたしさぁ、星観るのはすっごい好きなんだけど、星座の名前とかって、ぜんぜん分かんないんだよね」
ひとみは、よく喋った。
彼女の事をあまり口数の多い人ではないと思っていた梨華にとっては少し意外だった。
これは後になって判ったことだが、ひとみ自身も、この夜の自分が普段より口数が多いことを自覚していたらしい。
『あのときは、ちょっと舞い上がってたから』
そう言ったひとみの、照れたような表情を、梨華は今でもはっきりと思い出すことができる。
「私思うんだけど、名前とかわかんなくても、綺麗だって思えればそれで良いんじゃないかな」
「だよねぇ。でも、せっかく名前考えた人には悪いかな?」
楽しそうに笑うひとみを見ながら梨華は、今なら言えるかもしれない、と思った。
ひとみに出会った日から、ずっと胸の中に仕舞っていた想いを、今なら告げられる。
「吉澤さん、あのね」
「好きな人、いる?」
梨華が気持ちを切り出した瞬間、二人の声が重なった。
「えっ?」
訳がわからず、梨華はぽかんと口を開けてひとみを見た。
- 153 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時30分37秒
- 「や、あの、ほら、石川さんは、好きな人とかっているのかなぁって」
しどろもどろになりながら、ひとみが言った。なにやら慌てている様子だ。
「…うん。いるけど」
どう答えたものか迷ったが、『いない』と言うと嘘になる。
かと言って『あなたです』とも言えず、梨華は途方に暮れた。
(どうしよう…。せっかく告白しようと思ったのに、タイミング逃しちゃったよ…)
「そっか…そうだよね。石川さん、カワイイし…そりゃあいるよ、いるよね、うん……おめでとう」
ひとみはがっくりと肩を落とし、抑揚の無い声でまるで呪文のように『良かったね』などと繰り返している。
「違うの、そうじゃなくて! だってまだ付き合ってもいないし、私の片想いっていうか」
言いながら、梨華はハッとした。
(吉澤さん、なんか落ち込んでる? どうして…??
待てよ、私に好きな人がいるとわかって落ち込んでいるということは………)
「!」
幸せの方程式が、梨華の脳内で見事に成立した。
- 154 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時34分27秒
- 「だいじょうぶ……石川さんならきっと、うまくいくって……がんばってね。応援する、から……」
地獄の底から聞こえてくる亡者どもの呻きの方が、まだ陽気に聞こえるだろう。
そう感じさせるほどの悲愴感が、ひとみの言葉にはあった。
「だから違うんだってば。あのね、私、」
「切り株」
「えっ」
「探さなきゃ。だから、もう行く」
ひとみが梨華に背を向け、歩き出す。
引き留めなければ、と梨華は思った。
自分の気持ちはずっと前から決まっている。そしておそらく、ひとみも同じ気持ちなのだ。
「吉澤さんなの!」
ひとみは立ち止まると、梨華の方を振り返った。
「なにが…?」
「だから、好きな人。私、吉澤さんのことが、好きなの」
やっと、言えた。梨華は晴れ晴れとした気持ちで、ひとみと向き合った。
が、当のひとみは相変わらず浮かない顔で、ぼんやりと立っている。
「…うん、わかった。ゴメンね、変なコト聞いて。それじゃあ、吉澤さんと、お幸せに」
それだけ言い残すと、ひとみは梨華の前から走り去った。
「…は?」
梨華は訳が分からずただ呆然と、闇に消えてゆくひとみの後姿を見送った。
- 155 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時37分19秒
- 「吉澤さんって、吉澤さんのことだよぉ…」
梨華の言った人物を、ひとみは別の誰かしらと勘違いしたのだろうか。
いずれにせよ、ひとみには改めて告白し直さなくてはならない。
さっきのような緊張を再び味わうことになるのかと思うと、途端に梨華は気が重くなった。
とりあえず、部屋へ戻ろう。あゆみに相談すれば、きっと良いアドバイスをくれるはずだ。
「ん…?」
梨華が歩き出すと、闇の向こうから何者かがこちらへ駆けてくるのが見えた。ひとみだ。
「どう、したの?」
「あのさ」
ひとみは梨華の前で立ち止まると、肩で息をしながら途切れがちに言った。
「もしかして、吉澤さんって、言った?」
梨華が思わず吹き出すと、ひとみも、照れたように笑った。
- 156 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時39分58秒
- 「あのね、私、ジャンケンに負けちゃって、あゆみちゃんに二段ベッドの上、取られちゃったんだ」
「そうなの? 石川さんも、ジャンケン弱いんだ」
「そうなの! もしかして吉澤さんも?」
「うん。メチャ弱だよ。石川さんといっしょ」
その日、二人は夜明けまで話をした。
太陽が昇った方向で、北の方角がわかったとはしゃぐひとみに、
朝になってわかったって意味が無いと梨華が言い、二人は笑い合った。
その後、部屋へ戻ると、ひとみの帰りを待ちきれずに眠ってしまった同室の仲間達は、
不幸な事に全員が北枕で寝ていたという。
- 157 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時42分11秒
こうして宿泊研修の夜以来、二人の仲は急接近し、授業中や休み時間はもちろん、
ホームルームの時間にまで勝手に席を移動していちゃつくという有り様であった。
一年生の宿泊研修が終わると、各クラブでは勧誘活動が活発になる。
梨華はあゆみに誘われてテニス部へ、ひとみは小学校時代からの親友である後藤真希と共に、ラジオ体操部へ入部した。
あゆみに誘われるがままテニスを始めた梨華だが、ひとみがもしラジオ体操ではなく他の部を選んでいれば、
彼女と同じ部へ入るはずであった。
というのも、小学校時代の梨華は受験勉強に追われるあまり夏休みのラジオ体操には一度も参加したことがなく、
第一すらも満足に演じられなかった梨華は、運動会のたびにクラスの男子にからかわれたという悲しい過去を持っていたのだ。
梨華にとっては無関心、というよりむしろ憎んでさえいた、あの忌まわしい体操を、ひとみは愛してやまないという。
恋人が、実はラジオ体操愛好家であったという事実。
それは梨華に少なからず衝撃を与えたが、しかし、彼女は何も言わなかった。
他人の夢を邪魔する権利は、誰にもない。たとえ恋人であっても、それは同じ事だ。
- 158 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時44分21秒
- 「聞いて、梨華ちゃん! あたしね、今度の大会、レギュラーになれそうだよ!」
もうじき一学期も終わろうとしていたある日の放課後、クラブ活動を終えた梨華が、
いつものように校門の前でひとみを待っていると、遅れてやってきたひとみが開口一番に言った。
「本当に!? すごいじゃん、よっすぃー!」
梨華は、ひとみを心から祝福した。
部員の多いラジオ体操部において、一年生がレギュラー入りすることは至難の業だ。
ひとみ自身もその事はよく承知していて、入部する前は、高校生になってから頑張ればいい、
などと言っていたのだが、共に入部した親友の真希がレギュラーに選ばれた事が、ひとみに刺激を与えたらしかった。
その類まれなセンスで、入部するなりレギュラーの座を射止めた天才肌の後藤に対し、
努力型のひとみが人知れず血の滲むような練習を重ねていた事を、梨華はよく知っていたのだ。
- 159 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時47分36秒
- 「あたし、もっともっと練習がんばるよ。なつみ先輩がね、よっすぃーは本当にラジオ体操が好きなんだね、って。
なつみ先輩が、そうやって言ってくれて…もうホントうれしくってさぁ」
「うん。本当に良かったね、よっすぃー」
梨華は、ひとみの身に起きた出来事をまるで自分の事のように嬉しく感じていた。
ひとみや他の新入部員達にとって、当時、天才プレーヤーと呼ばれていた二年生の安倍なつみは、
まさに神のような存在であった。
そのなつみに認められたという事は、ひとみにとって何より価値のある出来事らしかった。
(よっすぃー、うれしそう…ホントにホントに、良かったね、よっすぃー)
「ねぇ、梨華ちゃん…アレ、しよっか。おまじない」
校門の前に立ったまましばらく話をした後、会話が途切れると、ひとみが言った。
「えっ、うそぉ、ココで…?」
「いーじゃん、誰もいないし」
梨華は辺りを見回し、人が居ないのを確かめると、小さく頷いた。
「えっと」
ひとみは梨華の肩に手を置くと、下を向いて少し考えていたが、やがて顔を上げた。
- 160 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時51分14秒
- 「梨華ちゃんが、早くレギュラーになれますように」
その行為を、二人は『おまじない』と呼んでいた。
『キス』と呼ぶのも気恥ずかしいし、『チュー』というのも何だか軽々しい響きのような気がしていた梨華は、
ひとみの考えたその呼び名を、とても気に入っていた。
そんな二人が初めてキスをしたのは三週間ほど前、放課後の誰もいない教室で、
願い事は、小テスト(英語)のヤマが当たりますように、であった。
「よっすぃーが、大会でがんばれますように」
一呼吸おくと、梨華は静かに目を閉じた。
「あー、なんスか、ココは。なんスか? ああなるほど、恋と愛の狭間ですか…あ、どーりで、奥が深いと思いましたぁ」
ひとみの唇が間近に迫ったその時、植え込みの中から、くぐもった声が聞こえた。
梨華は、ぎょっとして目を開けた。目の前のひとみもまた、不安そうな顔で梨華を見つめている。
「誰か、いるんですか…?」
ひとみが恐る恐る、中を覗き込む。
「なつみ先輩!?」
植え込みの中では、中等部二年の安倍なつみが、サブバッグを枕に熟睡していた。
- 161 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時53分42秒
- 「もぅ先輩、ダメですよー、こんなトコで寝ちゃあ」
「んん…? ああ、なんだ夢かぁ…」
なつみは、ひとみに手を借りて立ち上がったものの、そのままの姿勢でまたすぐに船を漕ぎ始めた。
朝が弱い先輩だとは聞いていたが、まさかここまでとは。梨華は愕然とした。
早起きが苦手な人間までをも虜にしてしまう、ラジオ体操とはいかなる魔力を持った体操なのか…!
「んー…はっ! ヤバっ! 愛にポケモンのカード、買って帰んなきゃだった! じゃあねっ!」
二人に手を振ると、なつみは風のように走り去っていった。
「もしかして、ラジオ体操の夢でも見てたのかなぁ? ああ、やっぱなつみ先輩って、カッケーよなぁ」
「違うんじゃない? なんか、恋とか愛とか言ってたよ」
明らかにラジオ体操とは無関係の夢を見ていたと思われたが、ひとみは尊敬するなつみの事となると、
途端に分別がつかなくなるのであった。
- 162 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時55分54秒
- 夏休みに入ると、ラジオ体操部は、秋の大会に向けて本格的な練習に取り掛かる。
正式にレギュラー入りが決定したひとみは毎日練習に明け暮れるようになり、次第に、二人が会う時間は減っていった。
夏休みは恋人達のシーズンであると同時に、ラジオ体操のシーズンでもある。
早朝の公園には小学生やその母親達、そして近所の老人達が集い、皆でラジオを囲む。
女子供にお年寄り。ラジオ体操はまさに、『守られるべき者達』のスポーツであると言えよう。
ひとみに会えないのは寂しかったが、辛いのは夏だけだ、夏の間だけ我慢すれば良いのだと、
梨華は自分自身に言い聞かせた。
しかし、『なっちの辞書にシーズンオフという文字は無い』と豪語するなつみのおかげで、
秋の大会が終わり、冬になっても、ラジオ体操部にオフは到来しなかった。
大会では真希と共にスーパールーキーとして周囲の注目を浴びたひとみは、一層ラジオ体操にのめり込んでいった。
授業中や休み時間は筋トレに励み、やがて練習後も居残りをするようになったひとみと、梨華との接点は、
時々思い出したようにかかってくる、ひとみからの電話だけだった。
- 163 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月14日(月)23時58分06秒
- そんな状態のまま、二人はやがて進級し、二度目の夏休みを目前に控えたある日、
梨華はひとみを体育館裏に呼び出した。
どうしても二人の仲を修復したかった梨華は、会えない長い日曜日を何日も利用して、
ある計画を進めていたのだった。
「話ってなに?」
「あのね、私、商店街の福引で温泉旅行が当たったんだけど…夏休み、一緒に行かない?」
福引で当たったというのは嘘だった。
梨華は、ひとみと会えない長い日曜日を利用して、アルバイトで旅行資金を貯めていたのだ。
「福引っ!? マジで!? やったじゃん、梨華ちゃん! 名前とか貼り出された!? 見に行ってもいい!?」
思えば、くじ引きが趣味なのに一度も良い目を見たことが無いと嘆く梨華の事を、
いつも気にかけていたひとみであった。
ひとみに余計な気遣いをさせまいと、自腹を切った事は内緒にしようと決めていたのだが、
まるで自分の事のようにはしゃぐひとみを見ていると、梨華は嘘をついたことへの罪悪感にさいなまれるのだった。
「でも、もう期間終わっちゃったから」
「そうなんだ…見たかったなぁ」
ひとみは心底残念がっているようだった。
- 164 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時01分10秒
- 「あ、でも、それってもしかして…泊まり、だよね?」
上目遣いで探るようにひとみが訊くと、梨華は小さく頷いた。
「二泊三日、だよ…二人っきりで」
か細い声で言うと、梨華は恥ずかしさに目を伏せた。
「泊まりかぁ」
「中二で、二泊三日の旅行なんて、ちょっと生意気かな…。
でも、よっすぃーとだったら私、二泊でも三日でも四泊でも五日でも、ああっ、やだ私ってば…!」
梨華はいよいよ真っ赤になって、両手で顔を覆った。
「あのさぁ、お母さん誘ってあげなよ」
しかし、返ってきた答えは、梨華の予想もしない言葉だった。
「どう、して…?」
「だって、夏休みは公園でラジオ体操やるでしょ?
スタンプ貯めたいしー、ちびっこたちにも指導しなくちゃだし。
あいつら、ひとみせんせー、とか言っちゃってさぁ、かーわいいんだコレが」
子供達の顔でも思い出しているのか、ひとみは嬉しそうに目を細めた。
「だったら、次は、いつ会えるの?」
梨華は怒り出したい気持ちを抑え、努めて冷静に訊いた。
- 165 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時04分20秒
- 「ウチら、夏休みが勝負だから…合宿もあるし、次は始業式になっちゃうかなぁ」
予想できない答えではなかった。梨華はひとみの声をぼんやりと聞いていた。
「あっでも、電話はちゃんとするし」
目の前に居るはずのひとみの声が、まるで遥か彼方から漂ってくる音のように、遠く聞こえる。
しかし、梨華にはそれも当然に思えた。
いつしか二人の距離は遠く離れ、目の前に居るはずのひとみの心は、もう梨華の傍には無いのだから。
梨華は覚悟した。
そして、これだけは言うまいと決めていた、取り返しのつかない一言を、ひとみに浴びせる決心をした。
「よっすぃーは、私とラジオ体操と、どっちが好きなの?」
ひとみを困らせてしまう事は百も承知だった。
仕事と私とどっちが大事なの?
例えばそんな問いを投げかけた場合、テレビドラマなどでは大抵、どちらかなんて選べるわけがない、
次元の違う二つのものを比べる方がおかしいのだと軽くあしらわれるのがオチだが、
誠実で正直なひとみのことだ、必ずどちらかを選ぶに違いない。
梨華は、祈るような気持ちでひとみを見つめた。
- 166 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時08分24秒
- 『なに言ってんだよ、梨華ちゃんに決まってんじゃん』
そう笑い飛ばしてくれると信じたかった。
また、梨華は、正直者といえどもまさか本人を前にして『ラジオ体操』とは言えまい、と高をくくってもいた。
案の定、ひとみは下を向いて考え込んでいる。
(ってゆーか…悩むなよ)
「……ラジオ体操」
ひとみは思案の末、ぽつりと言った。
「!」
まさか本当に選ぶとは思わなかったが、百歩譲って、選ぶとしても、
まさか自分が選ばれないとは夢にも思っていなかった梨華は、思わず絶句した。
「あ、あっそう。ああそうですか、そうですか、よーっく、わかりました」
梨華は、わけもなく笑いがこみ上げてきて、半笑い気味に言った。
「梨華ちゃん、一体どうしちゃったの? 急に、そんな事聞いたりしてさ」
「急にじゃない、ずっと前から聞きたかったよ! だけど、よっすぃーが、ぜんぜん会ってくれないからっ…!」
「あ、わかった」
ひとみは意味ありげに微笑むと、
「そっかぁ、最近してなかったもんね。おまじない、でしょ?」
そっと、梨華の肩に手を添える。
梨華は、何とも言えぬ、不快な気持ちになった。
- 167 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時12分37秒
- 「…ないでよ」
おまじない、だなんて、軽々しく言わないでよ。
そんな言い方じゃない。それじゃあ、みんなが『チュー』って言うのとおんなじじゃない。
「えっ…?」
「バカにしないで!」
梨華は泣いていた。
「私、本当はラジオ体操なんか、大っ嫌い、大っ嫌い、なん、だから」
『イシカワぁ、おまえな、腕あげたりさげたりするトコ、いつも方向逆なんだよ。ダッセぇー!』
『ちょっとやめなさいよ、男子はぁ。石川さん泣いてるでしょー。学級会で言うからね!』
『…っ、っ、みんなやめて! 私がラジオ体操できないのが悪いの。ぜんぶ、私のせいなんだからっ…』
「でも、よっ、すぃーが、好きだ、っ、て、いうから、わたしっ、わたしもっ、好きになろうって…。
だけどもぅ、こんなの、こんなのもぅ、やだ、っ」
『……ラジオ体操』
『そっかぁ、最近してなかったもんね。おまじない、でしょ?』
梨華の脳裏に、苦々しい記憶が甦る。
この世に生を享けてから現在まで、自分の身に降りかかった災難の全てが、
あの忌まわしい体操の所為だったのではという気さえした。
- 168 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時16分01秒
- 「梨華ちゃん、ゴメン。そんなつもりじゃなくって、あの、あたし」
涙がとめどなく溢れてくる。たまらず、梨華はその場を逃げ出した。
「待って、梨華ちゃん!」
「やだっ! ついて来ないでよ!」
追い縋るひとみの手を振り解くと、梨華は取り返しのつかない一言を、ひとみに浴びせる決心をした。
「このっ……体操バカ!!!」
「………」
ひとみはもう、追っては来なかった。
中学二年の夏、梨華の恋は、静かに終わりを告げた。
- 169 名前:<第6話> 投稿日:2002年10月15日(火)00時19分16秒
――
「どうして今頃、出てきたりするのよ」
写真の中のひとみに向かって言う。
「二度と、会いたくなんかなかったんだから」
今でも梨華は、『体操バカ』は少し言いすぎたかもしれないと後悔する夜があるが、あの頃のひとみは、
そんな風に言われても仕方が無いほどラジオ体操にのめり込んでいたのだ。
二人の関係が壊れたあの夏、なつみの怪我でラジオ体操部は休部に追い込まれた。
ひとみの落ち込みようは凄まじかったが、梨華は手を差し伸べる事をしなかった。
自分が傷付くのはもう御免だと思っていたのも確かだが、何より、
堕落していくひとみの姿を近くで見る事は、梨華にはとても耐えられそうになかった。
そして三年に進級すると、梨華は学園の高等部ではなく、モニフラ女子高校に進路を変更したのだ。
写真立てには、ひとみと二人の写真。
机の引き出しにはまだ、受験会場でひとみに借りた、小さな消しゴムが眠っているはずだ。
「バカみたい、私……何ひとつ、捨てられないじゃない」
一日も早く忘れたかったはずなのに、矛盾している。
梨華は立ち上がると、写真を引き出しの奥に仕舞った。
- 170 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月15日(火)00時22分49秒
長くなってしまいました…。
ちなみに、切り株から方角を知るという方法は、ほとんどアテにならないらしいです。
- 171 名前:ポー 投稿日:2002年10月15日(火)00時49分12秒
- 大量更新、お疲れ様です。
梨華ちゃん、切ないですね。
「二段ベッドの上段」小さい頃、憧れてました(w
続きが楽しみです。
よっすぃと梨華ちゃんのこれからが…ドキドキ。
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月15日(火)01時47分22秒
- 更新お疲れ様です。
二段ベッドの上段に寝るためだけに
宿泊研修が存在すると断言する柴田さん…
いいですね。
昔、二段ベッドの上段に寝ていて
底が抜けて落ちてしまったという知人を
思い出してしまいました。
- 173 名前:おさる 投稿日:2002年10月15日(火)19時36分25秒
- 大量更新お疲れ様です。
梨華ちゃんの悲恋物語、失礼ながら、大笑いでした。
”恋というから行きたくなって、愛というから逢いたがる こんな道理は誰でも分かる
それをやめたきゃ地を変えろ”(浜口庫之介 「有難や節」より)
梨華ちゃん、まさに地を変えちゃったのネ。もぉ〜、よっすぃ〜ってば罪作り!
- 174 名前:名無し読者86 投稿日:2002年10月15日(火)20時45分28秒
- ラジオ体操ですれ違う2人…
切なくも馬鹿馬鹿しい…
小ネタのまぶし具合といい、第6話素晴らしかったです!
- 175 名前:もんじゃ 投稿日:2002年10月15日(火)23時52分21秒
- 私の心にこみ上げてくるこの熱い思いをなんと表現したら良いのでしょう…。
端的に言えば、「アホすぎる」としかもう…。
自分のボキャ不足に男泣きしたいくらいです。♀ですが。
そしてたくさんの狭間でうなされるなつみ先輩もサイコーです。
もちろんいしよしもサイコーです。
- 176 名前:名無し 投稿日:2002年10月16日(水)18時21分12秒
- この二人にはそんな壮絶な過去があったのか・・・(w
二段ベッドはわかる!!家にきた瞬間上段死守した思い出があります。
更新お疲れ様でした。本当に腹が痛いです。
最後に今年の「Bestどこでも寝れる賞!!」は強敵の後藤さんとのび太を
突き放してダントツでなつみ先輩が獲得しました。おめでとうございます!!
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)22時41分59秒
- おーい、主役の中坊メンバーどこ行った〜?(禁句)
- 178 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年10月19日(土)16時18分09秒
- 切ないふたりのすれ違い、と目頭に熱いものがこみあげた瞬間、
誰かが耳元で囁く――『でも、ラジオ体操なんだよね』
すてっぷさんの作戦は大成功です。
- 179 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月20日(日)22時51分22秒
- 感想、ありがとうございます!
>171 ポーさん
二段ベッドといえば、やっぱり上段ですよね(笑)
二人の今後は、とりあえずしばらくはお休みというカンジですが…
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
>172 名無し読者さん
初めて柴田さんを書きましたが、なんだか妙なキャラになってしまった…。
底が抜けて落ちてしまった人の、その後が非常に気になります(笑
下には誰も居なかったのでしょうか。
>173 おさるさん
6話は本当に、書いても書いても終わらないので途方に暮れてしまいました。
この話は笑っていただかないと逆に恥ずかしいので、全然オッケーですよ?(笑)
>174 名無し読者86さん
小ネタは、少しは削る事も覚えないとと思いつつ、
ついやっちまうので…そう言って頂けると救われます(笑
- 180 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月20日(日)22時54分37秒
- >175 もんじゃさん
「アホすぎる」。その一言で十分です。十分、伝わってきました(笑)
なつみ先輩は、天才と呼ばれる人によくある、好きなモノ以外のことには
とことん無頓着な人、みたいなイメージで。
>176 名無しさん
ウチにも二段ベッドあったのですが、176さんと同じく、決して上段は譲らなかったクチです(笑)
なつみ先輩、そんな名誉ある賞を頂けるとは…にしても、どこでも寝すぎですよねぇ。
>177 名無し読者さん
あ、忘れてました(禁句)。なワケはなくて、次回こそは。
>178 ごまべーぐるさん
まさに、思うツボです(笑)
そして今回も、ごまべーぐるさんの耳元で幻聴が聞こえてくれることを願いつつ…。
- 181 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)22時57分33秒
「あのさ、ごっちん。ジグソーパズルって、やったコトある?」
『パズル? あるけどねぇ、もうだいぶ前だよ』
「あのね、手っ取り早く作る方法とか、知らない?」
『そんなの、よっすぃーのが詳しいんじゃないの? パズル部じゃん』
「うん。でも実はやったコトないんだよね。はりきって5000ピースのやつ買ったのは良いんだけど」
『5000ピース!? なに考えてんだよ、初心者のクセにさぁ』
電話の向こうの友人は、呆れた声で言った。
ひとみと後藤真希とは、小学校時代からの親友である。
真希は転校生だった。
小学三年生の一学期、始業式の日にひとみのクラスへ転入してきた真希は、
恒例の役員決めの学級会でいきなり体育委員に立候補して、クラスメイト達を驚かせた。
- 182 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)22時59分24秒
- 図書委員が文化系児童の憧れの的であるように、体育会系を自称する者達にとって、
体育委員とはまさに花形役職である。
年に一度の晴れ舞台である運動会の行進では、もれなく旗手(学級旗)を務めることができる上に、
運が良ければ選手宣誓やラジオ体操の模範演技といった『特別な存在』に選ばれる可能性すらあるのだ。
それゆえ憧れる者は多いが、クラス割が発表され、ずば抜けた運動神経の持ち主が同じクラスに居ると判ると、
その時点で殆どの児童が諦めてしまい、人気はあるはずなのに立候補者は一人か二人程度になる場合が多い。
ひとみのクラスでも児童達の間では何となく、女子の体育委員は運動能力に定評のある、
ひとみで決定だろうという空気が漂っていた。
それなのにああ転校生よ、敢えてお前は立候補するか。
新入りは普通、『美化委員』や『なんでも係』といった、奉仕系の地味な役職を買って出るものではないのかっ…!!
児童達の転校生観が、音を立てて崩れ去った瞬間であった。
「え、ええっと」
数分前に選出されたばかりの学級委員が、手を挙げたひとみと真希との間で視線を泳がせている。
- 183 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時01分28秒
- 「体育委員は男子と女子、それぞれ一人ずつと決まっています。どっちかが諦めてください」
「じゃあアタシは、他のでいーです」
転校生は、意外に淡白であった。
「待ってよ。ちゃんと勝負して決めようよ!」
そうだそうだ、やっちまえ吉澤、と男子が囃し立てると、なによ後藤さんが可哀想じゃない、と女子がくってかかる。
「べつにいいけど、何やんの? 行進? それともラジオ体操?」
「じゃあとりあえず、ラジオ体操で」
ひとみは余裕の笑みを浮かべた。飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこの事だ。
ラジオ体操はひとみが最も得意とするスポーツであり、それはクラスメイト達にも周知の事実であった。
教室中の誰もが、ひとみの勝利を信じて疑わなかった。
女子の誰かが真希に、ラジオ体操はひとみの得意分野だから止めた方が良いと忠告したが、
真希は顔色一つ変えずに、だったらそれでやろうよと言い、その発言はひとみのラジオ体操魂に火を点けた。
- 184 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時03分42秒
- 「悪いけど、手加減はしないから」
「ってかべつに体育委員とか、譲ってもぜんぜんいいんだけど」
「黙れよ。譲るとかじゃないだろ?」
もはや、ひとみには体育委員の座などどうでも良かった。
後藤真希。この生意気な転校生の鼻をへし折ってやる。
いつにも増して、ひとみは燃えていた。
机と椅子が教室の後ろに下げられると、ひとみと真希は中央で向かい合わせに立った。
他のクラスメイト達はその周りを取り囲むようにして座っている。
担任教師が用意したラジオを教卓の上に置くと、真希はひとみの顔をちらりと見、不敵な笑みを浮かべた。
ざわついていた教室が、しんと静まり返る。ひとみを含め、全員の視線が真希に注がれた。
イントロが流れ、体操が始まるのを待つ間、真希は既に立ち姿からして、ひとみのそれとは明らかに違っていた。
♪ハイ腕を〜前から上にあげてえ〜背伸びの運動ぉ♪
真希が、すうっと両手を上に上げる。その瞬間、ひとみは息を呑んだ。
なんと優雅で、美しい動作だろう。
- 185 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時06分01秒
- ♪ハイ 1、2、3、4♪
「後藤…なんかすげぇ、キレイだ」
男子の一人が呟いた。
何と言うことは無い、背伸びの運動なのに。
真希がやると、まるで天に向かって捧げられる乙女の祈りのように清くて美しい、聖なる儀式に思えるのはなぜだろう。
ひとみは自分が演技する事も忘れ、ただただ真希の体操に見惚れていた。
真希の背伸びに比べたら自分のそれなど、農民達の雨乞いか、はたまた蜘蛛の糸を掴もうとする哀れな男のしぐさと言った所か。
自分でも自覚していたが、そんな必死さが、ひとみの背伸びにはあったのだ。
「後藤さん…負けたよ」
ひとみは、潔く敗北を認めた。
しかし真希はひとみに、ふふ、と優しく笑いかけると、
「でもやりたいんでしょ? いーよ、だったらアタシ図書委員やるから」
「なっ…!」
ひとみは絶句した。
真希は文武両道を兼ね備えた、奇跡の転校生だったのだ。
- 186 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時08分24秒
- ラジオ体操ではライバル関係にあった二人だが、遊びや趣味においてはどういう訳か、とても気が合った。
ひとみが真希をライバル視しているのは誰の目から見ても明らかだったが、真希だけはその事に気付いていないようだった。
お前らまるでミスターとノムさんみたいだな、と、クラスメイトの一人に言われた事がある。
冬のある日、掃除の時間にひとみが自分の持ち場へ向かおうとしていた時の出来事だ。
なるほど言い得て妙だとひとみは思ったが、すぐに、にやりとして言った。
「ちょっと違うね。だってうちらはライバルだけど、親友だもん」
「そう、か。そうだったな」
クラスメイトはそう言って微笑み、半ズボンのポケットに両手を突っ込むと、廊下の向こうへ消えて行った。
背中を丸めて歩く彼の後姿を見ながら、真冬の半ズボンは辛そうだな、とひとみは思った。見ているこっちが凍えそうだ。
- 187 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時10分43秒
- あれから、もうどれ位の月日が流れただろう。
真希がなつみの後を追うようにラジオ体操部を辞めた時、ひとみは彼女を責めなかった。
なつみを姉のように慕っていた真希だから、それも仕方が無いと自分に言い聞かせた。
結局部は崩壊し、ひとみの生活はどん底にまで堕ちたが、真希はそれまでと何一つ変わらない態度でひとみに接した。
「よっすぃー、コロコロ読むー?」
小学校時代の真希、
「よっすぃー、なかよし読むー?」
中学時代の真希、
「よっすぃー、ドラちゃん読むー?」
そして、高校二年生の真希。
ひとみがどんなに変わろうとも、真希はいつもと変わらない笑顔で傍に居てくれる。
その見えない優しさに、何度救われた事だろう。
友への感謝の気持ち、そして、ラジオ体操への想い。
この生活から抜け出そうと決めた時、ひとみにはどん底に居る時には見えなかった全てのものが、くっきりと見えた気がした。
- 188 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時13分04秒
『よっすぃー、聞いてる?』
「えっ? あ、ゴメン。ちょっと考え事してた」
『んだよ、もー』
つい、真希との思い出に浸っていた。
ゴメンゴメン、と何度もひとみが謝ると、ようやく真希は機嫌を直したようだった。
『だからさ、外枠のピースだけ抜き出して集めとくんだよ。
んで、外側から作ってくの。ぐるーっと一周。それから、中を作り始める』
「なるほど。外枠、ね」
『それやっちゃえば後が楽だって、いちーちゃんが言ってた』
「市井さんって、ラーメン部の?」
『違うよ、レトルト食品愛好会だもん! 間違えんなよなっ!!』
真希は声を荒げた。
「ああ、ゴメンゴメン」
ひとみは、そんなのどっちだって良いじゃないかと思ったが、口には出さなかった。
真希は、『いちーちゃん』の事となると途端にむきになるのだ。
真希の言う『いちーちゃん』とは、ハロモニ女子学園高等部三年の市井紗耶香の事である。
中学時代、同級生のなつみと仲の良かった紗耶香はラジオ体操部へも頻繁に出入りしており、
紗耶香と真希はそうして知り合い、意気投合したという訳だ。
- 189 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時15分40秒
- 『ラーメン部とレトルト食品愛好会じゃ、大違いじゃんか!』
「ホントねぇ、大違いだよねぇ」
(そういやあの人、『ペヤング』って呼ばれてたっけなぁ…)
ペヤング無敵、ペヤング最高。
口癖のようにそう言っていた紗耶香は、ラジオ体操部の部員達の間で密かに『ペヤング市井』と呼ばれていたのだ。
『……ねぇ、アタシ、待ってなきゃいけないの?』
「んー、もうちょいで終わるから」
ひとみが、箱に入ったピースの山から外枠のピースだけを抜き出す作業を始めてから、既に三時間が経過していた。
『時間かかりすぎじゃない? よっすぃーはさ、きっとパズルのセンスないんだよ。36ピースとかから始めた方が良いよ』
「もー、冷たいコト言わないでよぉ、ごとーさーん」
ひとみは冗談っぽく言った。何だかんだと悪態をつきながらも、ちゃんと付き合ってくれるのが真希なのだ。
「あのね、ごっちん」
『んー?』
「あたし…もっかいラジオ体操、やろうと思ってんだけど」
ひとみは緊張していた。
すると、ほんの少し間が空いて、
『そう』
真希が素っ気なく言った。
訳を訊くでもなく、ひとみが予想していた通りの反応だ。
- 190 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時18分47秒
- 「でさぁ…ごっちんも、一緒にやんない?」
ひとみは意を決して言ったが、
『アタシ、バイトあるし』
あっけなくかわされてしまった。
「そっか」
それじゃあ仕方が無いね。ひとみはそれ以上何も言わなかった。
高校に入学してからの真希は、放課後は部活動の代わりにアルバイトに熱中していた。
だってよっすぃー、部活なんかやってたって一円にもなんないんだよ?
バイトなら時間をお金に変えられるんだよ、と真希は言った。
「よし、と。できたよ、ごっちん」
『………』
「ごっつぁーん。起きろぉー」
『……んあっ? なに? できたのー?』
「うん。外枠だけね」
『おー、やったじゃん、よっすぃー。じゃあね、おやすみー』
「あ、うん。おやすみ」
ひとみが言い終わらないうちに、電話は切れていた。
時刻は午前2時を回っている。
(どうしてパズルなんかやってんの?って、とうとう聞かなかったな)
それも真希らしいと思いながら、ひとみは再びパズルに向かった。
- 191 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時21分04秒
- カーペットの上には、外枠だけが完成したジグソーパズル。
ジグソーパズル部員としてひとみが作る、最初で最後のパズルだ。
(この部に入って何ひとつ良いコトなんて無かったから…最後ぐらい、思い出作らなきゃね)
思い出と呼ぶのには少し違っている。けじめと呼ぶ方が、相応しいのかも知れない。
『ついて来ないでよ! このっ……体操バカ!!!』
悪夢のようなあの日の、別れの言葉が頭をよぎる。
ジグソーパズル部に入部を決め、恐らく必要なのだろうとパズルを買いに行った時、
無意識にひとみは、ピンク色の無地のパズル(5000ピース)を手にしていた。
ピンクは、梨華が一番好きな色だ。
高校も別になり、梨華の事はもう諦めたはずだったのに、心のどこかでまだ彼女の事を忘れられずにいる。
その事実に愕然としたひとみはジグソーパズルを、梨華との思い出と共に、ベッドの下に仕舞い込んだのだった。
- 192 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時24分24秒
- 「いろんなコト、さぼってきたからなぁ。あたしは」
何も絵柄の入っていない、ピースの山を見ながら、ぽつりと呟く。
完成図もない無地のパズル。手がかりは、ピースの形だけ。
ひとみは、これまで全ての事から逃げていた自分への罰だと思った。
(なにも考えないようにしていたんだ。だってその方が、ずっと楽だもの)
なにが足りないんだろうって、ずっと考えていた。
そのうちに、考えることさえ止めてしまっていた。
「ってかもう、何をどうしたら良いのかわかんないよ…」
手にした桃色の欠片を見つめながら、ひとみは途方に暮れた。
(今のあたしたちはなんだか、パズルみたいだ)
フレームにピースを填めていくみたいに、二人の時間を埋められたら、とひとみは思った。
自分のせいで粉々に砕け散った梨華の心を元に戻す事は、きっと手がかりの無いパズルよりもずっと難しい事だけれど。
「にしても。バカはないでしょ、石川さん」
しかもラジオ体操を止めた今となっては、自分は『体操バカ』ではなく、単なる『バカ』ではないか。
ひとみは苦笑した。
- 193 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時26分48秒
一週間後、パズルは完成した。
これで晴れてラジオ体操部の一員になれる。
しかし、ひとみにはその前にどうしてもやっておかねばならない事があった。
(あー、どうしよ。マジでドキドキしてきた)
「あっ、あの、夜分にすみません。吉澤といいます。えっと、梨華さん、いらっしゃいますか?」
ひとみが名乗ると、相手は急に明るい声になって、すぐに電話を取り次いでくれた。
中学時代、ひとみと梨華は互いの家を頻繁に行き来していたため、当然、梨華の母には面識があった。
『はい、お電話かわりました』
(うっ…!)
余りによそよそしい態度に、ひとみは一瞬ひるんだ。
「あ、梨華ちゃん…だよね」
『そうですけど。何か御用ですか?』
「や、用ってほどのことじゃあ、ないんだけど、さ」
『用も無いのに電話しないで』
「あっ、ウソ、嘘だよ、あるよ! めちゃめちゃ、アリアリだよっ!」
『だったら、早くしてよ』
「うん…」
ひとみはベッドに腰掛けると、カーペットの上のジグソーパズルを眺めた。
- 194 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時29分43秒
- 「あたしね、もう一度やるんだ。ラジオ体操」
『そう』
口にした言葉こそ真希と同じだが、梨華の声は冷たく、真希のそれとは遠くかけ離れている。
「で、一応、知らせとこうと思って」
『話ってそれだけ?』
取り付く島が無い梨華の言葉に弱気になったが、ひとみにはどうしても言っておきたい事があった。
「梨華ちゃんさ、ラジオ体操…嫌いだからやるんだ、って言ってたね?」
『………』
「あたしは、梨華ちゃんの体操見たことないし、だから勝手なコト言っちゃうけど…
もしも梨華ちゃんが、なにか足りないって思ってるんだとしたら、それはたぶん、楽しむ気持ちなんだと思うよ」
ひとみの脳裏に、かつての練習風景がまるで昨日の出来事のように鮮やかに甦る。
- 195 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時34分06秒
- 『くそうっ…!』
『なーにカリカリしてんのさぁ、よっすぃー?』
『だってあたし、ぜんぜん出来ないから。なつみ先輩みたく上手くやれないから…悔しくて』
『そっかぁ…。でもそれじゃ、いくら頑張ったってダメだよ。そんな悔しそうなカオしてやってたってダメ。
いっつも笑ってなくっちゃ、ラジオ体操の神様はどんどん遠くへ逃げてっちゃうんだから。
上手くやろうなんて思う前に、まずは楽しんでやらなくっちゃあ、カラダもココロも、きっと大きくはなれないんだよ?』
「なつみ先輩がよく言ってた。上手くやろうなんて思う前に、」
『余計なお世話』
ぴしゃりと、梨華が言った。
『私は自分の体操、完璧だと思ってるし。今さらよっすぃーにそんなコト言われる筋合いないから』
「あ、ゴメ…」
『もう電話とかしないで。それから学校に来るのも。迷惑、なんだから』
「……わかった、もうしないから。ゴメンね」
『それじゃ』
「おやすみ」
ひとみは待った。
けれど数秒の沈黙の後、電話は切れた。
そのまま後ろに倒れて仰向けになると、ひとみは携帯電話のディスプレイを見つめた。
- 196 名前:<第7話> 投稿日:2002年10月20日(日)23時38分19秒
- 「おーい、ドラえもーん」
とびきり情けない声で言う。
画面ではお気に入りのキャラクターが、ひとみに向かって笑いかけている。
「タイムマシン、出してくれよぉ」
自分は過去へ戻りたいのだろうか、それとも…。
(なにやってんだろ。すげーバカっぽいじゃん、あたし)
どんな未来が待っているのかはわからないが、それはきっと自分次第だ。
少なくとも、今日何かを始めれば、今よりましな明日になることだけは間違いないだろう。
「ってかぜったい、負けないんだからね」
ひとみは、よっ、と勢いを付けて起き上がると部屋を出、
「おかあさーん! ジャージ洗ってあるー?」
階段を駆け下りた。
- 197 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月20日(日)23時42分27秒
- 次回こそは、えんじぇる☆Hearts!の面々が登場するかと思います。たぶん。
- 198 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月21日(月)01時27分02秒
- 姐さん風に言えば「青春やねぇ」と言うことになるのでしょうか。
85年組の「らしさ」がとても素敵です。
あぁでもダメ人間でも復活しても吉澤がAHに混じると主役たち食われそう(^^;
個人的に今回のイチ推しは「ペヤング無敵」(^^; マジで言ってそうで怖い。
でも「ミスターとノムさん」を解ってしまう小学生の吉澤(とその級友)って何?
次回も楽しみです。
- 199 名前:名無し読者86 投稿日:2002年10月21日(月)02時06分06秒
- きっとラジオ体操の神様は
田中星児(ビューティフル・サンデーの人)みたいなのかな…(w
と思いつつ次回更新を心よりお待ちしております。
- 200 名前:名無し 投稿日:2002年10月21日(月)19時54分27秒
- おぅ何か仲間が増そうな予感!?
やっぱりペヤングは無敵ですよね。
更新楽しみにお待ちします。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)21時32分54秒
- いいよ!だって、青春ってバカな事に熱中出来る時期だもんね!
あぁ、懐かしいなぁ…
- 202 名前:おさる 投稿日:2002年10月22日(火)18時53分59秒
- 今回読んでいてグッときたフレーズ。
思い出と呼ぶのには少し違っている。けじめと呼ぶ方が、相応しいのかも知れない。
ムム〜 カッチョイイ
フレームにピースを填めていくみたいに、二人の時間を埋められたら、とひとみは思った。
なにが足りないんだろうって、ずっと考えていた。そのうちに、考えることさえ止めてしまっていた。
吉澤さん、青春真っ只中ですな。しかし、吉澤って面白いキャラだよなぁ、クールさとノーテンキさが
絶妙にブレンドしてて。そして最後に、
『ペヤング市井』
すてっぷさん、ありがとう。
- 203 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月23日(水)19時40分49秒
- 何か「らじお体操」に芸術性を感じてきました。
重要無形文化財「らじお体操」、宗家、いずみも◯やなんているのかも。(W
- 204 名前:もんじゃ 投稿日:2002年10月25日(金)00時31分52秒
- それともラジオ体操?って、ごく普通に選択肢に入るこの世界観に
頭がグラグラします。行進ってのもすごいですが。
次回いよいよよっすぃー入部か!?こうご期待ですね。
- 205 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年10月27日(日)02時45分37秒
- 『ペヤング市井』…。何の違和感もなく頭に入ってきますた。
しっかし、ハロ女ってアヤしいクラブが多いですね…。
- 206 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月27日(日)19時14分59秒
- 感想、どうもありがとうございます。
>198 名無し娘。さん
6・7話は中学生たち放ったらかしで、85年組メインだったので、
全体からかなり浮いてしまうなぁと思っていましたが、温かい感想頂けてホッとしました。
合流後の吉澤さんは少々抑えぎみですが、それでもやっぱり食われてるかも…。
あと、思いの外、ペヤング氏が好評でびっくりしました(笑)
>199 名無し読者86さん
神様はたぶん、そんなカンジです。
田中さん、いつもオーバーオール着てる人ですよね?(笑)
>200 名無しさん
登場人物が多くて、収拾が…。
個人的に、焼きそば部門ではペヤング最強だと思うのですが、どうでしょう?(笑
>201 名無し読者さん
確かに、どうしてあんなクダラナイ事に夢中になれたんだろうと思う事、多いですよね…。
- 207 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月27日(日)19時16分59秒
- >202 おさるさん
感想、ありがとうございます。
クールさと呑気さが同居してるとこなんかは、本人もそんなイメージですよね。
不思議なコだなぁと思います。あとは、作者のひいき目もあるのかも知れませんが(笑
ペヤング氏、本人登場してないのに、人気だなぁ…。
>203 ひとみんこさん
この話の「ラジオ体操」は、口からでまかせというかデタラメばかりですが…
本物は、立派な文化財だと思います(笑
>204 もんじゃさん
きっとこの世界の小学生達にとっては、ラジオ体操=ドッヂボールぐらい、
メジャーなスポーツなんだと思います。(思います、って…)
>205 ごまべーぐるさん
『ペヤング市井』は思いついた時、あまりに語呂が良かったので、嬉しくなって使ってしまいました。
でも違和感がないというのも、なんだか哀しい気が(笑
- 208 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時19分45秒
(明日、か)
その夜、愛は緊張していた。
それは決して嫌な感じではなく、さあ気を引き締めて頑張らなくちゃ、という、心地よい緊張感だ。
つい夕食の箸を休めて、空想してしまう。
部室で、体育館で、校庭で、そして大会の大観衆の前で、演技を披露する自分達の姿――。
(長かったなぁ、本当に)
中学に入学して、たった一人で立ち上げた、たった一人のラジオ体操部。
一年後、麻琴や希美やあさ美が加入し、それからさらに一年が経ち、亜依と里沙が加わった。
そして明日からはいよいよ、かつてラジオ体操界のホープと言われながら志半ばに散っていった、
炎のプレーヤー、吉澤ひとみが仲間に加わるのだ。
あと一歩だ、と愛は思った。
そこには、愛が入学以来抱き続けてきた夢を叶えるために飛び越えなくてはならない、
最も高い壁が立ちはだかっている。
愛の従姉妹であり、伝説のラジオ体操プレーヤーである、安倍なつみを説得する事。
大会の大観衆の前に立つという大きな夢も、彼女と一緒でなければ、愛にとっては何の意味も持たないのだ。
- 209 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時21分30秒
- 「あいー、おしょうゆ取って。ねぇ、愛ってば」
「えっ? あっ、ああ、ゴメン」
愛はハッとして、向かいに座るなつみに醤油差しを手渡した。
すると、なつみは焼魚に醤油を掛けようとして手を止め、
「イイクニ作ろう邪馬台国。鳴かぬなら、泣かしてしまえ、ホトトギス」
突然思い出したように独り言を始めた。
「なつみお姉ちゃん、それ鎌倉幕府だよ、確か」
「うそっ!?」
なつみが驚いて落とした箸が食卓の上を転がっていったが、愛は笑えなかった。
自分はもう、箸が転んでもおかしい年頃というやつを脱してしまったのだろうか――。
嬉しいけれど、どこか寂しくもある、不思議な感覚。
人はこんな風にして、大人になってゆくものなの?
愛は、ふっ、と自嘲気味に笑った。箸が転んだからではない。
他愛ない出来事を笑えなくなってしまった自分が、穢れてしまった自分が、可笑しくてたまらないのだ。
- 210 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時23分07秒
- 「なっち、幕府1コずつ、ずれて覚えちゃったかな!?」
なつみはひどく慌てた様子で、傍にあった教科書を捲り始めた。
「いや…1コどころやない気ぃするんやけど」
いつだったか、希美がひとみの事を例えて『牙の抜けたトラ』だと言った事があるが、
今のなつみは例えて言うなら『耳の垂れたウサギ』だな、と愛は思った。
可愛いのだけれど、どこか精彩を欠いているのだ。可愛いのだけれど。
「なつみちゃん、おばちゃん良くわかんないんだけど、邪馬台国は幕府じゃないんじゃないかしら?」
「なつみちゃん、食事中ぐらい勉強は休んだらどうだろう。ほらほら、まつげにご飯粒が付いてるぞ」
愛の両親は、心配そうになつみを見守っている。
「あ、ホントだ。どーりで、視界が白く曇ってると思いましたぁ。あはははは」
「「「あははははは」」」
子供の頃に憧れていたなつみとは似ても似つかない情けない姿に苛立ち、
このままではいけないと思うのに、なつみのペースに嵌ると、つい和んでしまう。
牙の抜けたトラも耳の垂れたウサギも、本当にどうしようも無いのに、どこか憎めないから手に負えない。
(もぉ、嫌んなるわぁ…)
- 211 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時25分08秒
- 「ところでなつみちゃん、やはりアレかね、大学は…気持ちは、変わらないのかな?」
グラスに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、愛の父が言った。
何となく訊き辛い話なのか、父は空のグラスを見つめたまま、なつみと目を合わせようとしない。
「うん。乳大に行くっていうの、なっちの小っちゃい頃からの夢だからさ」
「そう、か」
「寂しくなるわね。なつみちゃんが北海道へ行っちゃうなんて」
愛の母は、俯いてグラスの淵をなぞっている夫に優しく微笑みかけると、空になったグラスにビールを注いだ。
「ゴメンね、おじちゃん、おばちゃん」
なつみが言い、食卓は少し、しんみりとした。
高校卒業後、北海道の乳牛大学へ進学する事はなつみの、都立道産子小学校時代からの夢であった。
その話は、なつみが中学入学と同時に高橋家に居候を始めたばかりの頃から聞かされていたが、
当時は愛も両親も、まだまだ先の事だと思っていた。
あれから五年、時が経つのはなんて早いのだろう。
もっとも、その事を誰よりも痛感しているのは、なつみでも愛でもなく、なつみの成長を見守ってきた、
愛の両親なのかも知れなかった。
- 212 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時27分01秒
「お姉ちゃん」
愛は、夕食を終え、二階へ上がろうとするなつみを呼び止めた。
「ん? なに?」
なつみが振り返ると、とっさに愛は目を逸らした。
か弱いウサギと目が合ったら最後、情に流されて何も言えなくなってしまうのがオチだ。
本気で仕留めようとするならば、決して獲物と目を合わせてはならない。
「ラジオ体操部に入って欲しいの」
意を決して愛が言うと、なつみはうんざりしたようにため息を吐いた。
「最近言わないと思ってたけど、まだ諦めてなかったワケ?」
「諦めないよ! そんなカンタンに、諦めないもん、わたし…」
「あのね、なっちは勉強が忙しいんだって、何度も言ってるっしょ?」
「違う! お姉ちゃんは自分の気持ちに嘘ついてる! 本当はラジオ体操がやりたくてたまらないクセにっ!!」
普通のやり方で頼んだとしても、なつみが首を縦に振らない事はこれまでの経験から、よく解っている。
けれども自分は、真正面からぶつかっていくやり方しか知らないのだから仕方が無い。
愛は、何事も誠意を持ってぶつかれば、いつか必ず相手にも伝わるはずだと信じていた。
- 213 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時29分19秒
- 「そんなの勝手に決めないでよ。なっちは今の酪農同好会で、十分楽しくやってんの。
だから愛もラジオ体操なんかやめて、好きなコトやんなよ」
そう言うと、なつみは愛に背を向けた。
「吉澤先輩が」
階段の途中、なつみが足を止める。
「吉澤先輩が、入部するよ。明日から来るって、さっき麻琴が電話で」
「よっすぃー、が…」
なつみは振り返らず、独り言のように言った。
「ねぇ、だからお姉ちゃんも一緒に、」
「関係ない!」
なつみが声を荒げる。愛は思わず身を縮ませた。
「そんなの、なっちには関係ないコトだよ」
愛には、こちらへ背を向けたままのなつみがどんな表情をしているのか、窺い知ることは出来ない。
「なつみお姉ちゃ…」
「お願い」
愛がなつみを追おうと、足を踏み出した時だった。
「なっちの前で、二度とラジオ体操の話はしないで」
何者をも寄せ付けない、凛とした声。
なつみの意志は固い。おそらく、自分の決意よりも。
愛はただ俯いて、階段を駆け上がるなつみの足音を聴いていた。
- 214 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時31分37秒
―――
「おはよー」
不意に肩を叩かれて、愛が振り返ると、後ろには麻琴が立っていた。
来る途中で会ったのだろう、希美も一緒だ。
「あ、おはよう」
「いよいよ今日からだね、吉澤先輩」
麻琴の声は弾んでいる。
「もうさぁ、ののってばホントうれしそうなんだよ? いつもと全然テンション違うんだもん。ねー、のの?」
麻琴にからかわれると、希美は、えへへ、と照れたように笑った。
「良かったね、のの」
「…うん」
希美が、はにかんだ笑みを浮かべる。
堕落したひとみの姿に、誰よりも胸を痛めていたのは希美だ。
ひとみが立ち直ってくれて本当に良かった。
愛は心からそう思ったが、同時に希美の事が羨ましくもあった。
ひとみとラジオ体操を演りたいという希美の願いは、もうすぐ叶えられようとしている。
それなのに、自分は…。
「後は、なつみちゃんだけだね」
そんな思いを知ってか知らずか、麻琴が愛に顔を寄せ、小声で言う。
「大丈夫だって。ねっ、がんばろ?」
愛は泣き出しそうになるのを堪えながら頷いた。麻琴の優しさが、沁みた。
- 215 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時33分39秒
- 「里沙ちゃん」
校門を抜けるとすぐに、前を歩く里沙の姿が目に入った。
里沙は振り返って愛達を認めると、嬉しそうに手を振った。
「みんな、おはよう」
「あ、あさ美ちゃん。おはよう」
こんな風に、部員達が揃って登校するのは珍しい事だ。
愛が、あと一人、ここにあいぼんが居れば全員揃うのになぁ…などと考えていると、
「ふぇー、間に合ったぁ」
「あいぼん! すごーい、みんな揃っちゃったよ!」
はしゃぐ麻琴の肩に手を置いて、亜依はあがった息を整えている。どうやらここまで走ってきたらしい。
「はあ…もぅなぁ、おばあちゃんが、ぜんっぜん、起こしてくれへんねん、焦ったぁ」
制服が可愛いから、という理由で、奈良の中学からハロモニ女子学園に編入してきた亜依は、
都内にある祖母の家に居候しているのだ。
「おかげで、朝ゴハン食べ損ねるし、もぅ…」
「あいぼん、ののメロンパン持ってるけど、食べる?」
「えっ、マジで?」
希美はサブバッグから菓子パンを出すと、亜依に差し出した。
- 216 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時36分10秒
- 「ちょぉ待って。なんでそんな気前いいの? もしかして後で300万円とか、要求されへんやろなぁ」
「だって今日はすっごく機嫌いいんだもんねー、ののは」
麻琴の言葉に首を傾げていた亜依だが、そのうちに訳が解ったらしく、ふんふん、と頷いた。
「おおぅ、そっかそっか、今日から例の…よっすぃー先輩? 入部するんやったなぁ」
そういう訳なら有り難く頂いておこう、と、亜依が希美の手から菓子パンを奪い取る。
「ちょっとあいぼん、こんなトコで食べちゃうの?」
愛は辺りを見回した。登下校中の飲食は校則で禁止されているが、幸い、今のところ近くに教師は居ないようだ。
心配する愛をよそに、当の本人はさっさと袋を開けて中のパンに噛り付いている。
「でもさ、よっすぃー先輩入ったら、一人余るコトになるやんかぁ。なぁ、里沙ボウ?」
隣を歩く里沙を横目で見ながら、亜依が言った。
大会では、1チームの人数は6人と決まっている。
しかし、現在ラジオ体操部には既に6人の部員が在籍しており、ひとみが加入すると、
誰か一人がレギュラーから外れる事になるため、亜依は誰がその一人になるのかを心配しているらしかった。
- 217 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時38分49秒
- 「あ、いいよ、だって私、まだ一年生だし」
里沙は手を振りながら、いいよ、と繰り返している。
「うんうん。まぁ、残念やけど。ウチも前の学校ではバスケ部やってんけどなぁ…
どんな部でも一年ボウズがレギュラーなんて、夢のまた夢ってカンジやったしぃ」
亜依は腕組みをして、感慨深げに頷いている。
「そうだけど、でも種目毎にメンバー替えられるし。
あいぼんは歌が上手いから、体操は無理でも合唱ならレギュラーになれるよ、きっと。ねっ」
愛は亜依を気遣い、努めて明るい声で言った。
「うんうん。まぁ、残念やけど」
亜依は腕組みをして、感慨深げに頷いていたかと思うと急に立ち止まり、
「……んっ? あれっ? えっ? えっ? えっ? あれ? あれ? あれれれれ?」
右手を頭に当てて悩み始めた。
「あいぼん、何やってんの。遅刻しちゃうよー」
麻琴が急かすと、後ろで立ち止まっていた亜依が、愛達へ駆け寄ってきた。
- 218 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時41分48秒
- 「なぁなぁなぁなぁ、レギュラー落ちんのって、ウチなん? 一年ボウズとちゃうの?」
「なに言ってんの! 合唱だって、ちゃんとした種目の一つなんだよっ」
怒ったように、麻琴が言う。
「や、それはそうだけどぉ、仮にもラジオ『体操』部なワケじゃん?
せっかくやしぃ、どうせならウチも『体操』やりたいねんけどなぁ…」
「あいぼん、わかって。わたしたちだって、出るからには優勝したいんだよ」
愛は涙を呑んで、亜依に本心を告げた。
「……聞いて、あいぼん。『サポーターは12人目の選手である』っていう、素敵な言葉があるの…」
あさ美の口調は、極めて冷静である。
「うぁぁっ…! なんやぁ、みんなしてぇぇぇ。ひどいやんかぁぁぁ。うわあああ」
亜依はとうとう泣き出してしまった。腕に顔を伏せてしゃくりあげている。
だらりと垂れた左手には、希美にもらったメロンパンがしっかりと握られていた。
「ねぇ、あいぼん…関係ないけどさ、なんかいっぱい忘れ物してるんじゃない? 大丈夫?」
麻琴が心配そうに、亜依を覗き込む。
寝坊して余程急いでいたのだろう、亜依は荷物を何一つ持っていなかった。
- 219 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時44分56秒
- 「あいぼんさん、ゴメンなさい、なんか私…」
おずおずと、申し訳なさそうに里沙が言う。
「ぐすっ…。あっ、あははっ! やだもー、里沙ボウったら、『あいぼん』で良いって言ってんじゃーん。
ここじゃあ先輩後輩は関係ないんだからさぁ!
って、ちっきしょーよぉ! ほんっとマジで関係ねぇのなー、ビックリしちまったよ。わははははは!!」
後輩の手前だしという空元気なのか、それとも完全に精神が崩壊してしまったのかは判らないが、
亜依はとりあえず元気になってくれたようだ。愛はホッと胸を撫で下ろした。
熾烈なレギュラー争いも一先ず解決し、ひとみを迎え入れる準備は全て整った。
我ながら完璧だ、と愛は思った。
ラジオ体操の実力はなつみに遠く及ばないにしても、部長としての統率力は少しずつではあるものの、
なつみのそれに近づいているのではと、愛は自画自賛するのだった。
(よっしゃぁ。みんなも一つにまとまったし、いっちょ頑張るぞぉ〜!)
「うぉぉ。むしろ、よっすぃー先輩が憎いっ…」
亜依の呟きを、愛は聞こえない振りでやり過ごした。
- 220 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時48分30秒
―――
「ども。高等部2年XA組、吉澤ひとみです。よろしくお願いします」
ひとみが一礼すると、
「エックス、エー!? 何クラスあんねんっ!?」
亜依が素っ頓狂な声を上げた。
「あるワケねーじゃん、バっカだなぁー! キミ、面白いねぇ。ホントのトコロは、2年C組です。よろしく」
軽く右手を上げて『敬礼』のようなポーズをとるひとみを、亜依が睨み付ける。
「くっ、くっそぉー、素で驚いてもーた。許せんっ…!」
船出したばかりの新生『えんじぇる☆Hearts!』に、早くも暗雲が立ち込めていた。
「へぇー。高橋とあいぼんは、どっちも『あい』って名前なんだね」
部員達の自己紹介が終わると、開口一番にひとみが言い、愛はギクリとした。
麻琴やあさ美が、ひとみに本名とは全く無関係のあだ名で呼ばれている事は、かねてから聞いていた。
愛は、ひょっとすると自分も麻琴らと同じ被害を被る事になるのではと、内心気が気ではなかったのだ。
「紛らわしいからさ、あいぼんのコト、『セワシくん』って呼んでもいーい?」
(セーフ!!)
愛は心の中で、勝利の雄叫びを上げた。
- 221 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時51分45秒
- 「それ誰やねん。ってゆーか、『あいぼん』でええやんか」
「いーじゃん。なんか、しっかりモノっぽいトコとかそっくりだしぃー」
ひとみは満面の笑みを浮かべた。
嬉しそうなひとみの表情から察するに、余程良い思い付きだったのだろうと思われたが、
『セワシくん』なる人物(人間なのかすらも不明であるが)に関する知識が皆無の愛には、今一つピンと来ない。
「せやから誰やねんって言うてるやんてオーイ人のハナシ聞かんかーい」
ひとみは、抗議する亜依の前を横切ると、部室の隅に佇む希美へと歩み寄って行った。
「ちっきしょー! もー、なにアイツ!」
「……あいぼん、諦めて。あの人、自分が飽きるまでは絶対マトモな名前で呼んでくれないから」
「あたしさ、最近思い始めたんだけど…吉澤先輩って、あたしたちの名前が覚えられないんじゃなくて単に、
『骨川』とか『剛田』とか『セワシくん』とか、言いたいだけなんじゃないかなぁって気が、するんだよね」
おそらくは、麻琴の言うとおりだろう。
愛と里沙は顔を見合わせ、愛は自らの幸運を神に感謝した。きっと、里沙も同じ気持ちのはずだ。
- 222 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時54分46秒
- 「のの」
ゆっくりと、希美が顔を上げ、二人は向き合った。
希美は、うっすらと涙ぐんでいる。
「心配かけて、ゴメン」
するとそれには応えず、希美はひとみの胸に顔を埋めた。肩が小さく震えている。
そんな二人の様子を見、愛は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
溢れ出した涙を指で拭っていると、ふいに麻琴と目が合い、愛は微笑んだ。
大丈夫だよ。麻琴の目は、愛にそう語りかけているように思えた。
大丈夫だよ、次は、なつみちゃんの番なんだから、と。
「まいどー。はろもに庵でーす」
突然、引き戸が勢い良く開けられたかと思うと、感動の場面において明らかに場違いな、
呑気な声が部室中に響き渡った。
「天ぷらそば、七つですねー。あ、置くトコないんで床に置いちゃいますけど。すいませーん」
呆気にとられる部員達を尻目に、突然の来訪者、『はろもに庵』の出前持ちは、
てきぱきとした動作で岡持ちから蕎麦を出し、床に並べていく。
- 223 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)19時57分59秒
- 「あ、御代は頂いてますんで。それからコレ、お預かりしてます」
「はあ」
愛は戸惑いながらも、出前持ちが差し出した小さなビニール袋を受け取った。
「ども、ありがとうございましたあー」
部員達に発言の隙を与えず、出前持ちは去った。
「誰か、頼んだ?」
愛が尋ねると、部員達は一斉に首を横に振った。
「愛ちゃん、それは……なに?」
あさ美に言われ、ハッとして愛は、出前持ちから受け取ったビニール袋を開け、恐る恐る中を覗いた。
袋の中には棒状の紙おしぼりが数本と、小さく折畳まれた紙切れが一枚、入っている。
「あっ、もしかして!」
どうしてすぐに気が付かなかったのだろう、あの人に決まっているじゃないか!
愛は袋から紙切れを取り出すと、焦る余り、まだ紙おしぼりが入ったままのビニール袋を床に落としてしまった。
落下した袋からは中のおしぼりが飛び出し、それに気付いた麻琴が、あっ、と声を上げた。
しかし構わず、愛は折畳まれた紙切れを開くと、声に出して読み始めた。
「練、習、ガ、ん、バ、れ」
「あしながオジサンだっ!!」
麻琴が拳を振り上げると、部員達から、おおーっ、と歓声が上がった。
- 224 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)20時01分33秒
- 「やー、出前そばなんて豪華だねぇ」
至福の表情を浮かべて、希美が言う。
「あれだよ、新入部員歓迎の意味が込められてんだよ、きっと。ちゃんと人数分あるしさ」
麻琴の言葉に、里沙は感心したように頷くと、
「そっか。吉澤先輩の、入部祝いなのかな?」
そう言って、紙おしぼりのビニールを丁寧に開けた。
「なるほどなぁー」
亜依は紙おしぼりを、ビニールの両端を摘んで慎重に開封する里沙とは対照的に、
切込みの入っている部分を乱暴に引き千切って中身を取り出した。
食べ始めると部員達は口々に、おいしい、豪華だ、毎日これなら良いのに、などと言い、
彼女達の幸せそうな様子に、愛は目を細めた。
そうしてしばらく幸せに浸っていたが、ふと、一つの疑問が愛の脳裏をかすめた。
「あのさ…誰か、吉澤先輩が入部すること、あしながオジサンに知らせた?」
愛がその疑問を口にすると、部員達は皆一様に首を横に振った。
「のの、よっすぃーのはまだ知らせてないよ」
思えば、亜依と里沙が入部した時には、希美が部室の前にメッセージを残し、
『あしながオジサン』に部員が増えた事を報告したのだった。
- 225 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)20時04分29秒
- 「……私、吉澤先輩が入部することが嬉しすぎて、クラスのみんなにも触れ回ったりしてたから…」
「そっか。そうだね、わたしも友達とかに言いふらしたりしてたし、ね」
あさ美のクラスメイトから伝わったのか、それとも自分の友達から?
他の部員達が原因という事も考えられるが、いずれにしても『あしながオジサン』は案外、
自分達の近くに居るのかも知れない、と愛は思った。
「新入部員歓迎、か。でも、なんでソバなんやろ?」
「あれだよ、引越しソバ、だよ」
麻琴の言葉に頷くと、里沙は、
「そっかー。吉澤先輩の、引っ越し祝いってコトなのかな?」
と言って、再び蕎麦をすすり始めた。
「んー? オイラ別に引っ越しちゃあいないんだけどなぁ」
「引越しみたいなモンじゃん。部活、変わったんだから」
そうそう、と麻琴は頷くと、希美と顔を見合わせ、「ねーっ」とやる。
- 226 名前:<第8話> 投稿日:2002年10月27日(日)20時07分42秒
- 「んー。なんだかよくわかんないけど、あしながオジサンって、わりと粋なコトするヒトなんだねぇ」
「そうなんですよっ! あしながオジサンはですねっ!」
麻琴は目を輝かせて、『あしながオジサン』の軌跡について熱っぽく語り始めた。
「やっぱりなんと言っても! 二週間続いた揚げパンが、焼き芋に切り替わったときですね。
あたし、あのタイミングはホントすごいって思いました!
だって、もしもあと一日ですよ、一日でも早かったらきっとみんな物足りなさを感じたと思うし、
逆にあと一日でも遅かったら、たぶん、みんな引いちゃってたと思うんですよね。
あっでもでも、メニューも素晴らしいんですけど、小川的に、ここポイントだなって思うのは、
やっぱいつも入ってる、紙おしぼりなんですよね〜」
ずるずるずる、と部員達が蕎麦をすする音が、室内にこだまする。
愛は、食事を中断して教壇に上がった麻琴の、食べかけの蕎麦が伸びてしまわないかが気になったが、
『あしながオジサン』の事となるとつい我を忘れてしまう彼女には何を言っても無駄である事は百も承知していたため、
黙って彼女の好きにさせてあげようと思った。
- 227 名前:すてっぷ 投稿日:2002年10月27日(日)20時10分32秒
ようやく本筋に戻りました。
まだ先は長そうですが、よろしければ最後までお付き合い下さい。。
- 228 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月27日(日)20時29分55秒
- まさに「あいぼんさん、ごめんなさい」な展開で(^^;
現実を無視する事で部長としての自信をつけた愛、
辻にだけは普通の先輩な吉澤を見る限り、なんとか前進しそうですね。
しかし、なっちが復帰したらまた誰かが合唱組に・・・(^^;
- 229 名前:おさる 投稿日:2002年10月28日(月)00時40分17秒
- あしながオジサンのことになると、つい熱くなっちゃうまこっちゃんがイイ。
あいぼんをセワシくんにしちゃう吉澤もグー。あとはなっつあんかぁ。まぁ、何とか
なるかな?それはともかく「ラ体部」本格始動のヨカーン。
- 230 名前:名無し読者86 投稿日:2002年10月28日(月)06時57分28秒
- セワシくん・・・そ〜きましたか(w
出来杉くんと匂わせての・・・セワシくん!(孫の孫)・・FANTASISTA!!
いや決してこのネタばかり待っていた訳ではないですよ(w
- 231 名前:名無し 投稿日:2002年10月28日(月)18時45分19秒
- よっすぃーとあいぼんが同時に出てくると、すごい色々な事を期待してしまう!!
「なっちの前で、二度とラジオ体操の話はしないで」の場面でなぜか爆笑してしまいました。
すいません・・・。だってどんなに真剣に語ってもラジオ体操なんだもん。
- 232 名前:もんじゃ 投稿日:2002年10月31日(木)01時21分14秒
- えーと…。
とりあえず、あいぼんが12人目のサポーターだとすると
その間にいる5人は一体誰…?
そんな本筋に関係ないあさってな事を考えながら次回を待っています。
そして視界が白いなっちサイコーです。
- 233 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月31日(木)13時11分39秒
- あしながおじさん? あしながおばさん? あしながおにいさん?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あしながおねえさん・・・・・?
- 234 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月03日(日)17時22分44秒
- 「でも、ラジオ体操なんだよね」…だけど、
興味のないものにとっては野球やサッカーもそんな感じなのかなと、ふと。
- 235 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月04日(月)12時50分13秒
- 感想、どうもありがとうございます。
第9話は、もうしばらくお待ち下さい。。
>228 名無し娘。さん
今後も度々不幸に見舞われる予感がします…あいぼんさん、ゴメンなさい。
ほとんど部長の力技で強引に前進してますが…ようやく全員揃いつつあるので、
もうしばらくお付き合いのほど。(後藤はしばらくお休み。。)
>229 おさるさん
小川サンは、何となく本人も熱いイメージがあったので。
ラ体部(笑)、ようやく始動したのに、お待たせしていてすみません…。
次回は、ラ体部にまた新たな人物がやって来る予定です。
>230 名無し読者86さん
出来杉くんのファーストネームにするつもりだったのですが、調べてみると案外つまらなかったので
(「英才」というそうです)、たまたま見つけた「セワシくん」にしてみました(笑)
- 236 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月04日(月)12時55分05秒
- >231 名無しさん
どういう期待なんだろう…(笑
なっちの件は、当人達はいたって真面目ですが、笑って頂けたのでしたら、作者としては本望です。
>232 もんじゃさん
…あさってすぎです。単なる例えなので、あまり考えない方が良いかと。
無頓着なっちは、誰もが忘れた頃にまた登場させたいです。
>233 ひとみんこさん
あしながおじいちゃん、もしくは、あしながおばあちゃんの可能性も。
>234 名無し読者さん
文字にした時のバカバカしさを考えて、ラジオ体操にしたのですが…
でも確かにその通りだなぁ。。。
- 237 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時20分51秒
「カントク?」
箸を持つ手を休め、麻琴が尋ねる。
『あしながオジサン』よりの差し入れである天ぷら蕎麦を、他の部員達はとうに食べ終わっていた。
「うん。誰か、なってくれそうな人、いないかなぁ」
「アレって大人のヒトじゃないとダメなんだよね、確か」
ひとみの言葉に頷くと、愛は困り顔で肩を竦めた。
大会に出場するためには、20歳以上の監督が必要なのだが、愛にはその当てが全く無いのだ。
「監督ねぇ…」
そう言うとひとみは顎に手を当てて悩んでいたが、しばらくして何かひらめいたのか、あっ、と声を上げた。
「ちょうど良いヒトがいるよ。監督なんてどうせ名前だけなんだし、大人なら誰でも良いよね?」
もちろん、と愛は頷いた。ひとみの言うとおりである。
20歳以上の大人で、大会当日に会場に来てくれさえすれば、誰でも良い。
贅沢を言っている場合ではないのだ。
- 238 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時23分33秒
- 「ウチの卒業生でさ、ラジオ体操に関しては素人だけど……
でもずっと部活で、部長やってたヒトだから、ほら、人をまとめたりとか? そういうのは得意だと思うよ」
それは頼りになりそうだ。部員達は皆、感心したように頷いている。
「その人って、何の部の部長、やってたんですか?」
愛は尋ねた。ハロモニ女子学園の卒業生ならば、ひょっとすると自分の知る人物かも知れない。
「お笑い部」
「はぁ〜、そうなんですかぁ〜」
あ、今わたし訛った。そう自覚できるほど、抑揚の無さ過ぎる声だった。
たとえ自分の知る人物であったとしても、できればそんな人とは知り合いになどなりたくない、と、愛は思った。
- 239 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時25分52秒
翌日の放課後、部室にはひとみ以外の全員が集合し、その時を待っていた。
ひとみは昨日のうちに先方と話を付けたらしく、今日から早速、新監督がやって来るというのだ。
善は急げと言うし、と昨夜ひとみは、電話で愛にその事を告げた。
本来なら喜ぶべき事なのだが、どういう訳か妙な胸騒ぎがして、昨夜は一睡も出来なかった。
偏見は良くない、と頭では解っていてもやはり、『お笑い部』という響きは、愛を憂鬱にさせた。
「おつかれー」
約束の時間を10分ほど過ぎた頃、まず入ってきたのはひとみだった。
部員達は教壇に向かって横一列に並んでいる。膝を抱え、俗に言う『体育座り』というやつだ。
「あ、もうそこまで来てるから、みんな座って待ってよう」
ひとみはいそいそと、列の端に腰を下ろした。
なぜ、一緒に連れて来ない?
不思議に思い隣に座るひとみを見ると、何故かひとみは罰が悪そうに、愛から視線を逸らすのだった。
- 240 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時29分03秒
- 「ねぇよっすぃー。そのヒト、ココの場所わかってんの?」
「あ、うん。ってかだってもうホント、すぐそこまで来てるから、さ」
ひとみは落ち着きなくそう言って、誰とも目を合わせようとはしない。
怪しげな部に所属する人間イコール危険人物、という先入観に加え、ひとみの、
まるで見えない何かに怯えているような挙動不審ぶりが、愛の不安を加速度的に煽った。
一体どんな怪物がやって来るというのか…愛の緊張が頂点に達した、その時、
「ハイハイハイハイハイ」
勢いよく戸が開いたかと思うと、長身の女が、前屈みに手を叩きながら小走りで駆けてきた。
「ハイどうもこんばんはー。浪花のモーツァルトこと、飯田圭織13世でーす」
この手の挨拶は慣れたものなのか、一見やる気のなさそうな、抑揚の無い調子で女は言った。
膝を抱えた部員達は皆、口をポカンと開けて、目の前に立つ彼女を見上げている。
しばらく呆気にとられた後、愛は、ごくりと唾を飲み込んだ。
背筋が寒い。なんだろう、この感じは。
- 241 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時31分51秒
- 「いやあ、それにしても最近ホント暑くてねぇ。
5月でこれだけ暑いんだったら、8月になったらモーホントどうなっちゃうんだろーなぁんて、思うワケなんですけども」
耳が拒絶しているのだろうか、女の声は愛の中で少しずつ遠のくと、やがて消えた。
ああ。薄れゆく意識の中で愛は、ぼんやりと理解した。
背筋が凍りつくようなこの感じは、やがて訪れるであろう、面白くも無いのに笑わなければならない、
意味は解らなくても兎に角笑わなければならない、という拷問にも似た苦痛を味わわされる事への恐怖感だったのか。
「……ざわっ」
女の声で、愛はようやく我に返った。
「よしざわっ」
小声ではあるが、責めるような、威圧的な響きである。
ひとみが怯えたように自分の顔を指差すと、女は無言で頷いた。
「え、えっと…なっ、な、な、なに王朝なんだよ!」
ひとみの声は上ずり、震えていた。
女は一瞬きょとんとしたが、すぐ我に返り、
「どうもー、失礼しましたあー!」
小走りで部室を出て行った。
「ねぇ…5月より8月の方が暑いのって、普通だよね」
「のの。それは胸ん中、しまっとき」
ぽつりと、亜依が言った。
- 242 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時35分32秒
- 「ヤバイよ、先輩…。会うたび面白くなくなってる…」
ひとみは小声で何度も、ヤバイよ、と繰り返している。
「やぁだ、もー。びっくりするじゃんよー。
カオ、今までネタに突っ込まれるコトはあっても、名前を突っ込まれたの初めてだよー。焦ったー」
両手で顔を扇ぐような仕種をしながら、女が戻ってきた。
「あのー、先輩。さっきのは…8月と12月、とかでやるモノなんじゃあ」
おずおずと、ひとみが切り出すと、女はムッとして、
「なによ、カオリにダメ出しする気?」
ひとみを上から睨み付けた。
「すいません、忘れてください」
本当に、すみませんでした。
そう言って土下座するひとみを見下ろすと、女は薄笑いを浮かべ、満足そうに頷いた。
「初めまして。蒲公英大学法学部三年飯田圭織現在二十歳です。
たんぽぽ大学、略して『たん大』。四年制なのに『たん』大とは、これいかに。なんちゃって! あははははは!!」
よくわからないうちに自己紹介が始まったかと思うと、よくわからないうちに本人が笑い出し、部員達は戸惑った。
「あ、あはははは、あはあ」
ただ一人、ひとみだけは、疲れたように笑っている。
- 243 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時38分12秒
- 「それにしても懐かしいなぁ。卒業以来、来てなかったから…」
飯田圭織と名乗るこの女が、ハロモニ女子学園を卒業したのは三年前――。
という事は、彼女は自分が入学する前の年に卒業したという事か。
ふと周りを見ると、他の部員達は皆、虚ろな目をして膝を抱えている。
膝を抱えて座ったまま、無表情でぴくりとも動かない部員達の姿は、
子供の頃に遊園地のお化け屋敷で見た蝋人形にそっくりだと、愛は思った。
「ところで吉澤。ウチの部って、部室変わったの? さっきちょっと寄ってみたら、物置みたくなってたんだけど」
「ああ…お笑い部は、飯田先輩が卒業してすぐ、つぶれちゃいましたよ」
「うっ、嘘でしょう!?」
驚愕する圭織を、ゆっくりと見上げる部員達の目は、やはり淀んでいた。
「そ、そんなああ…。カオリ、いつかお笑い部のみんなと劇団、旗揚げしようと思って…
コント2000本も書き溜めておいたのに…ひどいよおっ!」
「先輩っ!」
床に泣き崩れる圭織の傍へ、ひとみが駆け寄る。
- 244 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時41分14秒
- 「吉澤っ…あたし、コントやりたかったよ。みんなで、コントやりたかったよっ…!」
「わかってる。さあオイラの胸で泣きやがれカオリン!!」
「吉澤っ…!」
「飯田っ…!」
ひしと抱き合う二人を前にしても、愛には何の感情も湧かなかった。
愛にとっては、目の前で繰り広げられているこの光景こそが、安物のコントに他ならなかった。
(監督、お父さんかお母さんに、頼めば良かった)
どうして気が付かなかったのだろう。しかしそれも今となっては、後の祭りだ。
「カオリ、ラジオ体操のコトはよくわからないけど…」
圭織は、ひとみに手を借りて立ち上がると、
「一生懸命勉強して、良い監督になれるよう頑張るから…みんな、カオリについてきてっ!!」
凛として言った。こぼれそうに大きな瞳が、涙で濡れている。
「……はい」
そう、答えるしかなかった。
他の部員達は皆、膝を抱えて放心したまま、ぴくりともしない。
- 245 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時44分14秒
- 「飯田部長、飯田部長と呼ばれ続けたカオリがついに、監督かぁ…」
感慨深げに言う。
すらりとした長身に、栗色の長い髪。
黙ってさえいれば、落ち着いた感じのする、『キレイなお姉さん』なのに――。
愛は思った。人生というのは、なかなか上手くはいかないものだ。
「それじゃあ早速ですけど、この中でイチバン頭の良い子は誰かなぁ? 自薦他薦は問いません」
いつの間に圭織が書いたらしく、黒板に白いチョークで大きく、『教育係』とある。
「はあ〜い。ひとみでぇーす」
ひとみが堂々と手を挙げているのを見て、愛は躊躇したが、
「えっと、二年生の紺野あさ美ちゃんです」
意を決して言った。
ひとみが腹を立てるのは分かっていたが、嘘は良くない。
嘘つきは盗賊のはじまりだと、子供の頃、よくなつみに叱られたものだ。
「オイふざけんなよ、タカハシ! 仮にもこっちは高2なんだよ!!」
案の定、ひとみは激怒した。
『仮にも』という言葉が、ひとみの、強気な態度の陰に潜む自信の無さを窺わせた。
- 246 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時47分59秒
- 「中等部二年の、紺野あさ美と申します。よろしくお願いいたします」
あさ美は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「うんっ。わかった。じゃあ、カオリ監督の教育係は、紺野にお願いします」
「教育、係…ですか」
突然の事に戸惑っているようだ。
あさ美は自信のなさそうな顔で、圭織を見上げている。
「ほら。カオリ、ラジオ体操のコト、よくわからないでしょ? だからいろいろ教えて欲しいの。よろしくね、紺野」
「…は、はいっ! まかせてください、監督!!」
あさ美の声は弾んでいる。
「ねぇ、愛ちゃん、最初はやっぱり、ラジオ体操の歴史から勉強してもらった方が良いよね!」
うん、とだけ答えると、愛は目を細めた。
大役を任され、嬉しそうに張り切るあさ美を見ていると、こんな監督でも来てくれて本当に良かったと思えてくる。
「監督! コレ、私たち部員のプロフィールです。受け取ってください!」
「ごくろう、紺野。ふむふむ。高橋愛に、加護亜依、と……あっやだ、ちょっとステキな予感が。
高橋あいーん。加護あいーん。なんちゃって! 冴えてる、カオリっ!!」
そう、たとえ、こんな監督でも。
- 247 名前:<第9話> 投稿日:2002年11月08日(金)23時50分43秒
- 「もおー、なあーんで剛田なのー? ヨシザワのほーがぜったいアタマいーですってー、ねぇー、せんぱーい」
床の上にあぐらをかいて座り、ゆらゆらと上半身を揺らしながら、ひとみが抗議する。
すると圭織は哀しげに、ふっ、と吐息をもらし、
「ゴメンね、吉澤。アンタのその間延びした喋り方が、なんていうかちょっとその……ヨワそうなの」
「なにぃっ…!」
プッ、と愛は思わず吹き出した。
幸い、圭織の言葉に驚愕し固まっているひとみには気付かれていないようだ。
「ウチも、よっすぃー先輩にやったら勝てる自信あるなぁ」
「ののも、よっすぃーにだけは負ける気がしない」
悪態を吐く二人の後ろで、麻琴と里沙が深く頷いたのを、愛は見逃さなかった。
- 248 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月08日(金)23時53分11秒
- 更新しました。
少しずつですが前進してるような、してないような。
- 249 名前:名無し読者86 投稿日:2002年11月09日(土)03時43分22秒
- また濃ゆい監督が・・・(w
それにしても中学生になめられてる吉澤さん・・・不憫だ(w
ある意味まとまってますね。「体操部(ラ)」!
次回更新お待ちしています!
- 250 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月09日(土)10時41分15秒
- てっきり監督は中澤さんかと・・・思わず「お前かよっ!」と、
心のツッコミ隊が一斉に胸を撃ったのですが(^^;
活き活きと喋る飯田先輩は「今夜も交信中」を聴いてるかのように、悲しいくらい
現実と違和感の無い圭織でした。
嗚呼、ラ体部にミスキャスト無し(w
- 251 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月09日(土)15時38分03秒
- 浪速のモーツアルト? と言うことは、かおりんハゲでカツラなんでしょうか?
おマヌケひーさまとカオの暴走が楽しみです。
- 252 名前:おさる 投稿日:2002年11月09日(土)21時17分51秒
- かおりん、「昼下がりのモーママたち」に出てきたフラメンコやタンゴの先生みたいな感じなのかなぁ…
でもああいう「とっぱずれた」役の方が結構いい味だせるし、実際似合うし… 濃ゆいキャラに期待大。
- 253 名前:名無し 投稿日:2002年11月09日(土)23時54分19秒
- 遂に飯田さんが来たか・・・かなりの暴走キャラですね。
あいぼんの関西人の血が飯田さんを許してあげられることを願います。
吉澤さんは飯田さんと二人きりで居る時はやっぱりワンワンワンと言っているのですか(w
- 254 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月14日(木)21時07分27秒
- 感想ありがとうございます!
>249 名無し読者86さん
「体操部(新)」や「体操部(器)」(←器械体操)とかと並べたら、
違和感ないですね。なんか良さげです>「体操部(ラ)」
一見まとまっているかに見えますが、次回ちょっとした波乱が。
>250 名無し娘。さん
敵チームが平家監督なので、その案も捨てがたかったのですが、
(恐らく)中澤さんにしか出来ない役が別にあったので、泣く泣く…。
「今夜も〜」の飯田先輩は聴いてて、おい何を言い出すんだ…とハラハラします。
>251 ひとみんこさん
先輩じつはヅラだった、とかいうオチのための伏線では…
たぶん、ないと思います(笑
- 255 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月14日(木)21時10分28秒
- >252 おさるさん
先輩の登場シーンは、まさにあのコントのイメージで。
いよいよ主役達の影が薄くなりそうなので、抑えていきたいのですが…無理っぽいです。
>253 名無しさん
飯田さん、当初の予定では5話目ぐらいに出るはずだったのですが、
話がなかなか前へ進まず…恐らく、暴走キャラが多すぎるせいだと思うのですが(笑
うたばんの影響で今回ちょっと、かおよしっぽかったかも(どこが)。
- 256 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時31分35秒
「こんのー。ねえ、紺野ってばあ。ちょっと教えてよー」
「あ、はいっ!」
あさ美が体操を中断し、圭織へ駆け寄る。
「例の、昭和5年に始まった『子供の早起き大会』のことなんだけどね」
「あ、はい…」
あさ美は黒板の右端に縦書きで大きく『早起きの定義』と書くと、説明を始めた。
他の部員達は皆、ラジオ体操に没頭している。
「ほら、紺野が独自にまとめた資料。あれコピらせてよ、ねえコピらせてよ。パクらせてよ」
「はい…」
あさ美が部員達の輪に入るとすぐに、圭織が再び彼女を呼び戻す。
圭織が監督に就任して以来、練習のたびにそんな事の繰り返しだ。
『ラジオ体操の歴史』から始まった、あさ美の監督教育だが、始まって二週間も経つというのに、
何故か圭織が『子供の早起き大会(昭和5年)』に執着するあまり、なかなか先へ進まないようだ。
愛は、今の調子では年表が平成に辿り着く頃には、自分はもう卒業しているかも知れないと思ったが、
責任感に燃えているあさ美の真剣な表情を見ていると、そんな事は取るに足らない事のような気がした。
(飯田監督は本当に勉強熱心だなぁ…良かったね、あさ美ちゃん)
- 257 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時32分49秒
- 「さてと、今日も帰って作戦を練らなくっちゃ。それじゃ、みんなお疲れさま」
お疲れ様でした、と部員達が言うと、圭織はいそいそと出て行った。
(作戦かぁ…監督、もうポジションのこととか考えてくれてるのかなぁ)
最初はどうなる事かと思ったが、圭織に監督を頼んだのは案外正解だったのかも知れないと、愛は思い始めていた。
「あさ美ちゃん? どうしたの?」
麻琴が言った。
見ると、あさ美が部室の隅で一人、ジャージのまま着替えもせずにぼんやりと佇んでいる。
他の部員達は皆、制服に着替え終えていた。
「…ぅ、うっ、うっ…っ」
すると突然、あさ美は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
肩が小さく震えている。あさ美は、泣いているようだった。
「あさ美ちゃん!?」
一番近くに立っていた里沙が、慌ててあさ美に駆け寄った。他の部員達もその後に続く。
「あさ美ちゃん、ねえどうしたの? あさ美ちゃんってば」
あさ美は泣きじゃくるばかりで、希美の問いには答えない。
「ねぇ、泣いてちゃわかんないよ。話してよ、あさ美ちゃん」
愛の言葉にも、あさ美は首を横に振った。
- 258 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時34分33秒
- 「剛田」
落胆する愛の肩にそっと手を置くと、ひとみが言った。
まかせておけ、ひとみの目は、愛にそう語りかけているかのようだった。
愛が退くとひとみは、あさ美の隣に腰を下ろした。
「あのね、剛田。あたしがこの世でイチバン尊敬してる人の言葉でね…
『お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ』っていう名言があるのね」
この人に任せたのは間違いだったのかもしれない。
早くも、愛は後悔し始めていた。
「つまり、剛田の悩みは、ウチらみんなの悩みっていうコトなんだよ!!」
ひとみは、あさ美の背中を叩くと、晴れ晴れとして言った。
「そうだよ、あさ美ちゃん! あさ美ちゃんの悩みは、ウチらみんなの悩みだよっ!!」
「先輩…。麻琴ちゃん…」
意外にもひとみの説得が効いたのか、ようやくあさ美は顔を上げた。
「あさ美ちゃん…話してくれる?」
愛が尋ねると、あさ美は少し躊躇したが、やがて頷いた。
- 259 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時36分21秒
- 「始めは……私が、私だけが、我慢すれば良いんだって、思ってた。だけどもう、限界なの。
この二週間は、私にとって本当に…地獄のような、二週間でした」
ぽつりぽつりと、あさ美が話し始めた。
「二週間、って…どういう、こと?」
嫌な予感がしていた。
二週間前といえば、圭織がこの部の監督に就任したのも、ちょうど二週間前の出来事ではないか。
「監督に……」
ああ、やっぱり。嫌な予感は当たった。愛は、目を伏せた。
「監督に、何かされたの?」
希美が尋ねる。
大方つまらないダジャレやギャグを強制的に聞かされたとか、そんな類の事だろうと思ったが、
何よりも愛は、その事であさ美が悩んでいた事実に今の今まで気付けなかった自分を不甲斐なく思った。
「監督に、ラジオ体操のこと、いろいろ教えてあげなきゃいけないから、私……
自分の練習する時間が、限りなくゼロに近いのっ…!!」
ええっ!?
部員達は一斉に声を上げた。
てっきり喜んでやっていると思っていた教育係の事で、あさ美が悩んでいたなんて…!
愛は愕然とした。
- 260 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時38分38秒
- 「監督はいつも私に、『わからないことは聞いた方が早いんだよ紺野』って言うの。
確かにそうだけど、でもそれって、聞かれる方にとってはたまんないよね。
監督はいつも私に、『持ってないモノは持ってる人にもらっちゃえば良いんだよ紺野』って言うの。
確かにそうだけど、でもそれって、持ってる人は苦労してそれを手に入れたわけであって、
そんな苦労を少しでも解った上で、コピったりパクったりして欲しいなって、思うの。
ねえ間違ってるかな、私」
よほど不満が溜まっていたのだろう。
あさ美はそれまで言いよどんでいたのが嘘のように、すらすらと喋った。
「間違ってない、ね」
抑揚の無い声で亜依が言い、愛は頷いた。
間違ってない、あさ美ちゃんは、間違ってない、と。
「せめて眠ってる時だけは解放されたかったのに…最近じゃ、夢の中にまであの恐ろしい悪魔が現れるのっ。
夢の中の監督は何故か黒髪(ストレート)で、突然、古井戸の中から這い出てくるの…。
そして虚ろな目をして、『ねぇ紺野、おしえて。ねぇ紺野、おしえて。ねぇ紺野、ちょうだい。ねぇ紺野、それちょうだい』」
きゃあっ、と愛は思わず悲鳴を上げた。
- 261 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時41分08秒
- 「おしえて君、しかもクレクレ君か…タチ悪いね、それ」
ひとみはまるで他人事のように言う。
そもそも、圭織を部に連れて来たのは他の誰でもない、ひとみではないか。
愛は不満げにひとみを見たが、当の本人は愛の視線に全く気付かない。
「ここは、よっすぃー先輩からビシッと言ってもらうしかないんちゃう?
だいたいあのカントク連れてきたん、よっすぃー先輩なんやしぃ」
「ええっ!? あたし!?」
他に誰がやると言うのですか。
全員の責めるような視線に気圧され、ひとみは渋々頷いた。
「まっ、まぁ見てなよ。お前らに先輩らしいトコ、ビシッと見せてやるから。
ってか、飯田? ははっ。あんなオンナの一人や二人、どってことないから。もう、ビシッとね。バシバシっとね」
愛は、急に不安に襲われた。
ひとみの口数が多い時。それは、今彼女が極度の緊張状態にあるという事を表している。
- 262 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時43分09秒
――
「あのぉー、先輩。ちょっと、お話が、あるんですけれどもぉ……」
それは、昨日後輩達に見せた意気込みとは正反対の、弱気な声だった。
練習が終わり、圭織は既に帰り支度を始めている。
「どうしたの、吉澤? カオリ、ラジオ体操以外のコトだったら何でも聞いちゃうよ。
恋の悩み? それとも勉強? 国語? 数学? ロボット工学?」
「い、いえあの、そうじゃなくて、ですね…」
部員達はそれぞれ、着替えたり黒板を消したりと無関心を装いながら、二人の会話を聞いていた。
「ねぇ、言いたいコトがあるんだったらはっきり言おうよ。
カオリも暇じゃないんだから、イチイチ付き合ってられないのね。
今だって頭の中でいろいろ戦略練ってたのに、こうやって喋ってる間にも忘れちゃうじゃん」
「あ、すいません…」
はっきりしないひとみに、圭織は苛立っているようだ。
- 263 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時45分10秒
- 「ああ、もうっ! それでなくても昨夜は、セーブする前にブレーカー落ちちゃって散々だったのに!
やっとデートにまでこぎつけたトコだったんだからね! また同じコトやるのかと思うと気が遠くなるよっ!」
「あ、すいません……ってか戦略って、ギャルゲーかよっ」
「なによ、気安くツッコまないでよ、バカ!!」
「あ、すいません」
部員達はそれぞれ、着替えたり黒板を消したりと、あくまで無関心を装った。
「それよりアンタ、今ギャルゲーって言ったよね。あのね、『ときモメ』のコト、ギャルゲー呼ばわりしないでくれる!?」
「なんですかそれ、『ときモメ』って。『ときメモ』のパクリ?」
「パクリ!? 失礼だねーっ!!」
圭織の大声に驚いたあさ美が、持っていた黒板消しを床に落としてしまった。
それでも他の部員達は、あくまで無関心を装っている。
- 264 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時47分23秒
- 「確かにタイトルはパクってるっぽいけど、中身は全然違うんだから!
『ときモメ』ってのは『ときどき揉めリアル』の略で、あの天才プロデューサー『つんく』氏が手がけた、
仕事帰りのOLさんや生活に疲れた主婦(の肩や腰)を揉んで揉んで揉み倒すという、
本格マッサージ師育成シミュレーションゲームなんだよっ!
この場合、マッサージ師として育成されるのはプレイヤーの方なの。微妙に画期的だよね。
ちなみに調子に乗って『強引に揉む』コマンドを多用すると、稀にセクハラ訴訟を起こされるコトがあるから注意が必要なの。
つまり、『ときモメ』の『モメ』は、『揉め!』って意味があるのと同時に、揉め事の『揉め』でもあるのね。
つまり、人生楽しいことばかりじゃないんだよっていう、メッセージが込められてるのよ。
カオリいつも思うんだけど、つんくさんの手がけるゲームってなんか、考えさせられるっていうか、奥が深いのよねぇ」
「先輩…いいんですよ、素直にギャルゲーって言っても。誰も怒りませんから。ってかそのゲーム、貸してください」
ひとみは当初の目的を忘れてしまっているのではないだろうか。
愛は不安になった。
- 265 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時49分40秒
- 「あの、監…」
たまらず愛は立ち上がろうとしたが、
「カントクっ!!」
希美に先を越されてしまった。
「お話があるんですけどっ!」
「わっ」
希美に押し退けられ、ひとみがよろける。
長身の圭織の前に立つと、身長150cmの希美はまるで小さな子供のように見えた。
「のんちゃん…どうしたの?」
希美が両手を広げて、深呼吸する。
愛は祈るような気持ちで、希美を見守った。
「わかんないこととかあったら、あさ美ちゃんに聞く前に自分で調べてください!
えっとそれと、持ってないものがあったら、まずは自分で手に入れる努力をしてください!
それでダメだったときにだけ、あさ美ちゃんをたよってください!!」
「えっ…」
希美にまくしたてられ、圭織はしばらく呆然とした後、
「こん、の…どういう、コト?」
途切れがちに言った。
- 266 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時51分46秒
- 「あの、私、教育係の仕事は嫌いじゃありません。
でももう少し、バランス良くっていうか…自分で調べたりすることって、監督にとってもすごく良いことだと思うんです。
その間に私も自分の練習が出来るし、そうすれば何ていうか、監督も私も、一緒に成長していけますよねっ。
えっと、なにが言いたいかっていうと、上手く言えないんですけど、全部を教えるのが教育係じゃないって、思うんです私」
「……そっか。ゴメン、ゴメンね、紺野」
意外に、圭織はしおらしい態度を見せた。
「あたし、紺野が悩んでるの全然気付かなかった。っていうか、カオリのせいで悩んでたんだもんね、ゴメンね」
「そんなっ」
あさ美は慌てて首を振った。
「紺野の言うとおりだね。カオリ今まで、人にもらうことばっかり考えてたよ。
カオリも監督として、早くみんなにいろんなモノ、あげられるように頑張んなきゃいけないのにね」
「あの、」
「よーっし!」
あさ美が何かを言いかけたところで、ひとみが口を挟む。
- 267 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時54分20秒
- 「それじゃあ明日から飯田先輩は、わかんないことがあったら剛田に聞く前に自分で調べると。
それから持ってないモノがあったら自分でゲットすると。
そんで本っ当にダメなときにだけ、剛田を頼るということで。よろしいですね?」
「そうね、吉澤の言うとおりだね」
「ををーっい!! それ、さっきののが言ったんじゃねーかよ! パクってんじゃねーよっ!!」
「よっすぃー先輩の生き方って、ある意味そんけーするけど、マネしたくはないなぁ」
しみじみと、亜依が言った。
「あのっ、でもホントに私、教育係の仕事は、嫌いじゃありませんから」
圭織を傷付けてしまったと思っているのか、申し訳なさそうにあさ美が言った。
「ねぇ、紺野」
「はい?」
「嫌いじゃない、じゃなくってそういうときは、好き、って言いなさい」
圭織が優しく微笑む。
「…はい! 好きです、私、大好きです!」
思えば、本当に久しぶりに見る、あさ美の笑顔だった。
部長として、そして親友として、彼女の異変にもっと早く気付くべきだったと反省しながら愛は、
圭織がいてくれれば、この先何があっても乗り越えていけそうな気がしていた。
- 268 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時55分55秒
――
「さてと、今日も帰って勉強しなくっちゃ。それじゃ、みんなお疲れさま」
お疲れ様でした、と部員達が言うと、圭織はいそいそと出て行った。
「よっすぃー先輩? どないしたん? おなか痛いの? 拾い食いでもしたん?」
亜依が言った。
見ると、ひとみが部室の隅で一人、ジャージのまま着替えもせずにぼんやりと佇んでいる。
他の部員達は皆、制服に着替え終えていた。
「…ぅ、うっ、うっ…っ」
すると突然、ひとみは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
肩が小さく震えている。ひとみは、泣いているようだった。
「先輩、おやつ買うお金ないんですか? あたし、ガムなら持ってますけど」
一番近くに立っていた麻琴が、その場で言った。他の部員達は、特に気に留める様子も無い。
「よっすぃー、こないだ貸したマンガ返してよ。ねぇ、貸してたよね?」
ひとみは泣きじゃくるばかりで、希美の問いには答えない。
「先輩、泣いてちゃわかんないですよ。マンガ、借りたんですか?」
愛の言葉にも、ひとみは首を横に振った。
- 269 名前:<第10話> 投稿日:2002年11月17日(日)23時58分54秒
- 「ハイ先輩、ガ…」
「梨華ちゃん似のOLさん(の肩)を揉もうとしたら、訴えられちゃってさぁ…。
有罪だって。賠償金300万だってさ。笑っちゃうよね。とんだバッドエンドだよね…」
粒タイプのガムをひとみに差し出そうとした麻琴は、その右手をだらりと垂らし、放心した。
口の開いていたパッケージから、ガムの粒がポロポロとこぼれ落ちる様を、愛はただぼんやりと眺めていた。
「せめてゲームの中だけでいい。しあわせに、なりたい…」
「…ぅ、うっ、うっ…っ」
ひとみが泣き止んだかと思うと、どういうわけか今度は亜依が泣き出してしまった。
「コイツにレギュラー盗られたんかと思うとっ…帰りたいっ、奈良の、鹿煎餅中学に、帰りたいっ」
「あいぼんさん、しっかりっ!」
里沙とあさ美が、泣きじゃくる亜依をしきりになだめている。
「骨川、あのね。すっごい似てたの、梨華ちゃんに。すっごい、似てたの」
「似てた、って…ゲームキャラですよね。ありえないですよ、しっかりしてください先輩」
麻琴はもう、放心状態から立ち直っている。
愛は、全てを放って逃げ出したい衝動と、必死に戦っていた。
- 270 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月18日(月)00時02分10秒
- 次回は、久々に石川さんが登場する予定です(たぶん)。
- 271 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月18日(月)00時50分32秒
- (ーー;)何と言うか素直な感動を許さないハードな話展開というか・・・
圭織→よっすぃと受け継がれたバカ魂を、辻が継いで無くて本当に良かった(w
やっぱり笑っちゃいました、あいぼんさんごめんなさい。
- 272 名前:名無し読者86 投稿日:2002年11月18日(月)07時35分45秒
- 簡保のHPにラジオ体操の歴史が、監督はこれを…(w
もの凄い量のネタが素敵です!
おバカな波乱がこれからもずっと続くのですね(w
11話も突っ走って下さい!
- 273 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月18日(月)08時36分27秒
- 何なんでしょうね? この世界!
往年の高橋留美子ワールドを思い出したんですが、ちょっと違う様な気もするし。
独特の「ステップワールド」存分に爆走してください。
しかし、笑いすぎて、はら痛い!
- 274 名前:おさる 投稿日:2002年11月18日(月)16時53分38秒
- ウェルカーム! すてっぷ節ダイバクハーツッ!
来ましたねぇ、小ネタも織り交ぜて緻密に作りこんだ名人芸の世界。
来週までにはりかっちも召還ー!ともかく愛部長、来週もガンガッテ!
- 275 名前:名無し 投稿日:2002年11月18日(月)19時50分35秒
- ダメだー!!一個一個全部ツッコみてぇー!!
凄い驚いたのが、よっすぃーが飯田さんにツッコんであげたのに飯田さんキレちゃったよ!
マジありえない!お笑い界に革命を起こしたよ!お笑い界のメシアだよ!!
はぁ〜笑いつかれた・・・しかしジャイアンの言ったあのセリフが悲しみも分け合おうって意味だとは知らなかった。
ジョン・レノンばりに善い事言うなぁジャイアン。
- 276 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月18日(月)23時20分37秒
- 初めて読ませて頂きますた
この独特の雰囲気…(゚∀゚)サイコウッ!ワロタ!!
- 277 名前:もんじゃ 投稿日:2002年11月22日(金)21時04分55秒
- よっすぃのビッグマウスっぷりがリアルですよね…(笑)
そして本筋と関係ないゲームの詳細っぷりに脱力です。
石川さんが登場する(?)次回も見逃せません。ハイ。
- 278 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月24日(日)15時14分43秒
- 感想、ありがとうございます!
>271 名無し娘。さん
なるほど、後継者は辻でしたか。ホントに収拾付かなくなりそう…(笑
あいぼんさんの悲劇、まだまだ続きそうです。。
>272 名無し読者86さん
見てしまいましたね(笑)>簡保HP
「子供の早起き大会」というのが微妙にツボったので、使ってしまいました。
くだらない波乱ばかりですが、これからもよろしくです!
>273 ひとみんこさん
どうもです。お言葉に甘えて、これからも爆走します(笑
高橋留美子といえば、「らんま1/2」が好きで読んでました。
ああいう突き抜けた世界観って大好きなので。
- 279 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月24日(日)15時16分42秒
- >274 おさるさん
毎回たくさん入れられると良いのですが(小ネタ)、思いつかない時は全然ダメで…。
スベってる部分も多々あると思いますが、見捨てずにお付き合い頂けると嬉しいです(笑)
>275 名無しさん
どうぞ、遠慮なくツッコんでやってください(笑)
他人の悲しみは、自分の悲しみとして。
でも自分の悩みはそっと胸に仕舞って(=俺のものは俺のもの)。
なんて善い奴なんだジャイアン…(違
>276 名無し読者さん
一気読みして頂けたのでしょうか…ありがとうございます!
最後までこんな雰囲気で突っ走りたいと思っております。
>277 もんじゃさん
その割りにへタレな所も、よっすぃー本人をイメージしてみました(笑)
ゲームの詳細…今回ばかりは、書きながら心底バカだなぁと思いました。
でも後々関係あるかも知れないので、心に留めておいて頂けると…。
- 280 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時19分25秒
- 体育館へ入ると、中では既に部員のほとんど、30人程が集まって、ストレッチを始めている。
「先輩、お疲れさまでーす」
しゃがんで解けかけていたシューズの紐を結びなおしていると、聞き覚えのある声がして梨華は顔を上げた。
「ミキティ。お疲れさま」
ラジオ体操部の後輩、高等部一年の藤本美貴である。
「センパイ」
「ん、ありがとう」
梨華は靴紐を結び終わると、差し出された美貴の右手を掴んで立ち上がった。
「あややは? 今日は一緒じゃないの?」
梨華が尋ねる。
『あやや』とは、同じく梨華の後輩で、中等部三年の松浦亜弥のニックネームである。
美貴と亜弥は仲が良く、練習には決まって二人で現れるのだが、今日は美貴一人のようだ。
「なんか、今日はちょっと遅れるって」
「ふーん」
珍しい事もあるものだと思ったが、梨華はそれ以上訊かなかった。
- 281 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時20分39秒
- 「そろそろ始めるよー」
小柄な少女の一声で、部員達はストレッチを止め、一斉に彼女の元へ駆け寄った。
「みんな揃った?」
モニフラ女子高校三年、矢口真里。ラジオ体操部の部長である。
「はあーい。あやっぺがちょっと遅れるそうでーす」
手を挙げて美貴が言うと、真里はちっ、と舌打ちをし、不機嫌そうに言った。
「ったくなにやってんだよアイツはー。遅刻なんてサイテー。人間のクズだね」
そこまで言うか、と梨華は思ったが、口には出さなかった。
他の部員達も皆、俯いて黙っている。
触らぬ神に祟りなし。不機嫌な時の矢口真里は、放っておくに限るのだ。
「時間が守れないなんてショーマンシップに反してるね。よし、今日こそは、びしっと言ってやる」
「いいじゃないですかあー。ちゃんと予告して遅刻するんだからあ」
親友の危機に堪りかねたのか、美貴が口を挟んだ。
「うるさい。ヨネちゃんは黙ってて」
しかし真里にぴしゃりと言い返されてしまう。
ささやかな抵抗だろう、美貴は口を尖らせ、ぶつぶつと何か言っている。
- 282 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時22分00秒
- 約束の時間に遅れるという事は、真里の最も嫌う行為である。
その上遅れた理由を言い訳がましく並べ立てるなど言語道断、
『言い訳するぐらいなら死ね』
それが彼女の口癖だった。
誰よりも礼節を重んじる真里に、梨華が入部して初めて教わった事は、
挨拶の仕方と目上の者への言葉遣いだった。
そのわりに自身の言葉遣いがあまり美しくないのはどういう訳だろうかと、入部当初、
梨華は不思議に思ったものだが、中学時代から部に所属していた美貴によると、
『矢口さん、自分のことはいつも棚に上げて物を言いますから』とのことである。
そんな真里を下級生たちは密かに『ケンカ腰』とあだ名し、恐れていたのだった。
「すみませえーん。遅れましたぁー。はあ、はあはあ。あー、ココまで走ってきたから息きれちゃったぁー」
『あやや』こと松浦亜弥は、来るなり真里の前にしゃしゃり出て言った。
『あやや』というニックネームは、亜弥が散歩の途中で偶然出会った、
『浪花のモーツァルトこと飯田圭織13世』とかいうストリート・パフォーマーに付けてもらったものらしい。
- 283 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時23分23秒
- 「嘘だね。オマエ、ココ入る直前に走り出したろ。そんなサル芝居がヤグチに通用すると思ってるワケ?」
大げさに深呼吸をする亜弥に向かって、真里が言う。
「えーっ? なーんでそーゆーコト言うんですかぁ。もーぅ、矢口さんっていつもケンカ腰なんだからぁ」
梨華はひやりとして、亜弥を見た。
陰で『ケンカ腰』とあだ名しているのが真里にバレやしないかと、気が気ではなかった。
「あのねー。10分前に来てストレッチやってなさいって、いつも言ってんでしょーが!」
「すみませんでしたぁ。だって、明日ってウチの創立記念日じゃないですかぁ。
だから松浦ぁ、職員室の先生方にあいさつ回りしてきたんですよぉ」
「うは。くっだらねー言い訳。なんで創立記念日だからって挨拶回りなのよ」
真里は一笑に付したが、亜弥は、
「えっ? だってお目出度いじゃないですかぁ。学校が誕生した日ですよ? 学校のお誕生日なんですよぉ?
だからぁ、先生おめでとうございます、いつもいつも松浦に勉強を教えてくださってありがとうございます、って、
あいさつして回ってたら、遅刻しちゃったってワケなんですよぉ」
大真面目な顔で言ってのけた。
- 284 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時24分48秒
- 「わー。さすがあやっぺ、フットワーク軽いねー」
「えっへん!」
腕組みをして大げさに、亜弥が言った。
かわいいな、と梨華は思う。
言葉、仕種、思想。口惜しいが、それら全てが完璧に可愛いのだ。
自分がもし彼女と全く同じ事をしようものなら、部員達は口を揃えて『キショ…』と言うだろう。
怒っていても泣いていても、ちょっぴり失敗なんてしちゃった時でも、いや例えそれが世紀の大失敗であったとしても、
『あややじゃ仕方ないよね』と思わせてしまう不思議な魅力が、亜弥にはあった。
しかしただ一人、正義という名のもとに亜弥の魅力を認めようとしない人物が、ここには居る。
「だからってそんなの理由になりませんー。ってゆーか、言い訳するぐらいなら…」
またお決まりの台詞が出るか、と誰もが思った瞬間、
「でも松浦はですねー、やっぱり最後は矢口さんに感謝の意を表明しなきゃぁって思って、走ってきたんですよぉ。
いつもいつも、松浦にラジオ体操を教えてくださって、ありがとうございマスぅ。
あっコレ、紅白饅頭です。矢口さん、甘いモノお好きでしたよねっ?」
亜弥は長方形の白い箱を、真里の前に差し出した。
- 285 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時26分55秒
- 「コレあたしに? いやぁ悪いねぇ、いつもいつも」
真里は箱を開け中身を確認すると、にやりとして言った。
「うんうん…まぁ、過ちは誰にでもあるさ。まぁね、大事なコトは、それを繰り返さないってコトなのよ」
「はい。松浦ぁ、もう二度とー、遅刻はしませんっ」
美人揃いと噂のラジオ体操部の中でも亜弥は一二を争う美少女だったが、同時に根回しの天才でもあった。
「さてと。じゃあ、」
「あっ、ソニンさん、すごーい! セクシー!」
真里の言葉を遮って美貴が言い、部員達がざわめき始めた。
「ふーん。やるね、ソニン」
「はい部長。ファスナー部分を改造してみました」
三年生のソニンが言った。
彼女のジャージのパンツにはスリットが入っていて、腰のゴム下20cm程まで大きく開いている。
「やっぱり『セクシー共和国』っていうからには、日頃からそういう気持ちでいかないと、
いざってときに力出せないと思うんですよねー」
ソニンは真里と同学年なのだが、なぜか真里や、後輩の梨華にまでも敬語を使うのだった。
- 286 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時29分01秒
- 「まあ、そーゆーのもイイんだけどさぁ」
真里がため息を吐く。
「最近ちょっと、体操の方がおろそかになってるんでナイ? あのね、基本あってのセクシーなの。わかる?
やっぱさぁ、ヤグチみたく、そこにいるだけでえっちっぽーい、みたいな? セクシーの申し子みたいな存在になんなきゃねー」
「はあ」
困惑顔のソニンに背を向けると、真里は静かに続けた。
「あとコレだけは言っとく。オイラより目立つな。わかった?」
「……はあーい」
結局はそこかい、と梨華は思った。ソニンはしゃがんで、全開になったスリットのファスナーを閉めている。
『セクシー共和国』に自由は無い。この国は、矢口真里国王の独裁国家なのだ。
「そういえば、保田さんがまだですけど」
気まずい空気を取り繕うように、梨華が言った。
「ああ、いいのいいのアイツは。先、始めちゃお」
当然のように真里が言う。
「そうですね」
待つ気がないのは、梨華も同じだった。
「はーい、じゃあ今度こそはじめるよー」
真里が言うと部員達はそれぞれの持ち場に散り、ようやく今日の練習が始まった。
- 287 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時31分08秒
――
保田圭。
梨華が彼女と出会ったのは、今から一年ほど前のことだ。
モニフラ女子高校に入学して初めての夏休みを目前に控えた7月のある日、
梨華は学校の最寄り駅近くの宝くじ売り場で、順番待ちの列の最後尾に並んでいた。
そこは高額当選がよく出ると評判の売り場で、以前から梨華が目をつけていた場所だった。
「おじょうちゃん、ツイてるねぇ。コレ、最後の10枚だよ」
売り場に座る中年の女が言った。
「ホントですかっ!? やだっ、ツイてる! ウソみたい! やったー!!」
「ははははは。まだ当たったわけじゃないんだから」
「あ、そうですよね。やだ私ってば、もー」
恥ずかしさに俯く梨華を見て女は楽しそうに笑い、つられて梨華も笑った。
「あははっ。やだもー私、まだ買ってもないのに当たった気になっちゃった! あはははは!」
こんなに笑ったのは、久しぶりだった。
この町は優しい。目の前に座るこの女性も、道行く人々も、目に映る景色も。
なによりもここには、あの人がいないのだから…。
ひとみの居ないこの町は、梨華の全てを受け容れ、傷付いた心を癒してくれた。
- 288 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時33分15秒
- 「あーあ。昼間っから女子高生が宝くじ売り場で大爆笑大会ですか」
「なっ…!」
冷ややかな声。梨華は耳を疑った。
「笑えるー。ドつまんない青春送ってるわねー」
振り返ると、一人の少女が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
少女は梨華と同じ、モニフラ女子高校の制服を着ている。
「放っといてください! くじ引きは、私のライフワークなんです!!」
梨華は毅然として言った。この町に、こんな酷い人がいるなんて許せない。
「ふふ、威勢のいいこと」
肩まである茶髪に、つり上がり気味の目。
大人っぽい顔立ちの彼女は、制服を着ていなければ女子高生だとはわからなかっただろう。
いやもしかすると本当は、女子高生ではないのかも知れない。
怪訝な目で見つめる梨華を、少女はふふん、と鼻で笑った。
「まったくいい若いモンが宝くじなんかに情熱注いじゃって、とんだお笑い種ね。
チャンチャラおかしくてヘソが茶を沸かしそうなんだけど、飲む?」
「結構です。なんなんですか、あなた。警察呼びますよ」
梨華は鞄から携帯電話を取り出すと、少女に突きつけた。本気だった。
- 289 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時35分28秒
- 「あらあら。この程度のコトで通報ですか。こわー。とんだデンジャラス・ガールね」
言いながら少女は、自分の両腕を抱き、大げさに身震いしてみせる。
梨華は怖くなり、後ずさりした。
(なんなのよ、この人…)
「それよりアンタ新入生? 見かけない顔だけど」
「あ…はい。一年の、石川と言います」
梨華は渋々答えた。口ぶりからすると、どうやら少女は梨華よりも年上らしかった。
「アタシは保田。二年の保田圭よ。ところでアンタ、部活なにやってんの?」
「なにも」
短く答える。一刻も早く、この奇妙な先輩から解放されたかった。
とにかく自分は、目の前のサマージャンボさえ手に入ればそれで良いのだ。
梨華が鞄から財布を出し、再びカウンターの前に立とうとすると、圭が素早い動きで梨華の前に立ちはだかった。
「ちょっ、ちょっと、」
「ねぇ石川。アンタ、うちのラジオ体操部に入らない?」
圭は、射るような目で梨華を見つめている。
「はあ?」
梨華は驚いたが、そのうちにどうしようもなく笑いがこみ上げてきた。
- 290 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時37分44秒
- 「なに…どうしたの?」
俯いて、くっくっ、と笑いを噛み殺している梨華の顔を、圭が怪訝そうに覗き込む。
「ったくどいつもこいつもラジオ体操ラジオ体操って」
低く呟く。
ひとみから、中学時代の悲しい思い出から、逃れるために進路まで変えた。
そうまでしてやっと逃げ切れたと思ったのに、あの忌まわしい体操だけは、地の果てまでも自分を追ってくるというのか。
「えっ? なに?」
梨華の呟きは、圭の耳には届かなかったらしい。
しかし梨華は、彼女の問いには答えずに言った。
「せっかくですけど私、ラジオ体操は大っ嫌いなんです」
「なんですって?」
圭の表情が変わる。激しく睨みつけられ、梨華は思わず身を縮ませた。
「ででで、ですから私、ラジオ体操はもう鳥肌が立つぐらい、身の毛がよだつほど嫌い、なん、ですっ!!」
「…そう」
短く言うと、諦めたのか圭は、寂しげに目を伏せた。
今度こそ宝くじが買える、梨華は安堵した。
しかし圭は売り場のカウンターに寄りかかって立ち、そこから動こうとしない。
- 291 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時39分43秒
- 「ねぇ石川。嫌いだからこそ、敢えてやってみるってのはどう?」
「どういう、コトですか?」
圭がにやりと、不敵に笑う。
「そんなに憎けりゃ、復讐すればいいっつってんのよ」
「復讐…?」
「そう、リベンジ。だってそんなに嫌いなのに、そっから逃げんのって悔しいじゃん」
「リベン、ジ…」
考えた事もなかった。
嫌いだからこそ、そこから逃げるのではなく、敢えて向かい合うべきだ。圭はそう言っている。
「石川。アンタのハイスクール・ライフ、このアタシに預けてみない?
アタシなら、アンタに宝くじなんかよりよっぽどマシな夢、見せてあげられると思うけど?」
自信に満ちた圭の表情を見たとき、梨華の心は決まった。
「できますか? 私に」
「それはアンタ次第だけど。でもコレだけは言えるよ、一目見て判ったの。アンタには、才能がある」
「嘘でしょう? そんなワケないです。だって私、夏休みのラジオ体操にだって一度も」
ラジオ体操の適性というものが、外見から判断できるとは思えない。
彼女は一体何を根拠にそんな事を言うのだろう? 梨華は困惑した。
- 292 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時41分53秒
- 「アタシを信じて、石川。いい? アンタはダイヤの原石なの。言うなればアンタこそが、我が部のサマージャンボなのよ」
圭は梨華の両肩を掴み、真っ直ぐに梨華を見て言った。
「私には、三億ほどの価値がある、と?」
梨華が見つめ返す。
根拠は不明だが、圭が嘘を吐いているようには見えなかった。
これまでの苦い経験から自分にはラジオ体操のセンスは無いものと思い込んでいたが、
もしかするとそうではないのかも知れない。
「う、うん、まぁ…そんなトコかな。当たれば、ね」
言いながらさりげなく視線を外した圭の態度を少し不審に思ったが、すぐに梨華は、気のせいだろうと思い直した。
- 293 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時44分24秒
- 「っつーワケだから、アンタにはこのサマージャンボはもう、必要ないよね?」
「えっ?」
突拍子も無い事を言われて、梨華には圭が何故そんな事を訊くのか解らなかったが、
「ああ…はい、そうですね」
戸惑いつつもそう答えた。
(そうね。せっかく最後の10枚だったけど、私にはもう必要ないもん)
だって、この私自身が既に、サマージャンボなんだから。
思いきり笑えたのも久しぶりだし、こんなに明るい気持ちになれたのも、本当に久しぶりだ。
やっぱりこの町は、私に優しくしてくれる。
(どう? よっすぃー? あなたがいなくたって私、もう普通に笑えるんだからね)
「バカ、私」
憎んでいても忘れたつもりでいても、何かにつけてアイツのこと、考えちゃうんだから。
梨華は苦笑した。
- 294 名前:<第11話> 投稿日:2002年11月24日(日)15時46分56秒
- 「おばちゃーん。その最後のやつぅ、アタシ買うワぁ」
甘ったるい声が聞こえて、梨華は我に返った。
「はいよ。当たるといいね、おじょうちゃん」
「ふふ、当たったらコーヒーぐらいおごったげるよ、おばちゃん」
そう言うと圭は、梨華が買うはずだった宝くじの薄い束をひらひらと振ってみせた。
梨華はどこか腑に落ちなかったが、黙っていた。
保田圭。平凡な私を、『ダイヤの原石』だと言ってくれた人。
自分を平凡な日常から救い出してくれた彼女への恩返しだと思えば、宝くじの10枚くらい、安いものではないか。
「保田さん、私がんばります! 大っ嫌いだけど、大っ嫌いだからこそ私、極めてみせます!!」
晴れ晴れとして言う。
梨華は今、新しい、未知の扉を開けようとしていた。
「ねぇおばちゃん、どっか良い神社、知らない? クジ運増強のお守りとかさ、売ってないかなあ」
「あのー、保田さん…聞いてます?」
本当に、この人を信じても良いのだろうか。梨華の胸に一抹の不安がよぎった。
けれど新しい事を始める時、不安を感じない人なんてどこにも居ないはず。
梨華は人並外れた前向き思考の持ち主であった。
- 295 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月24日(日)15時48分59秒
- 更新しました。
次回は、11話の続きを。
- 296 名前:おさる 投稿日:2002年11月24日(日)16時47分16秒
- 石川さん、小さい時、知らないおじさんに連れて行かれたことありませんでしたか?
人の言葉にすぐ乗せられちゃってぇ、もう。ホント、いじられてナンボなんだからぁ。
あと、やっぱあやや完璧! セクシー共和国って、ホントはあやや独裁じゃないの?
- 297 名前:名無し 投稿日:2002年11月24日(日)18時07分54秒
- よく考えると石川さんのラジオ体操部に入ったカッカケが
スラムダンクの桜木がバスケに入ったキッカケに似てるなぁ。
じゃ保田さんがハルコさん!?エッーーーー!!
- 298 名前:名無し 投稿日:2002年11月24日(日)18時12分47秒
- うわぁ〜ん。すいません。カッカケじゃなくて切っ掛けでした。
スレ汚しごめんなさい。
- 299 名前:名無し読者86 投稿日:2002年11月24日(日)21時21分59秒
- 矢口さんは相変わらずすってぷ様の矢口さんでしたね(w
倒すべき敵にもまたドラマが!
この強敵に勝つことが出来るのか?「『え☆H!』!(又、略してすいませんw)
もう後編に期待するなというのが無理な話です!
- 300 名前:すてっぷ 投稿日:2002年11月28日(木)22時53分06秒
- 感想、ありがとうございます!
続きは、もうしばらくお待ち下さい。。
>296 おさるさん
そうかー、影の支配者はあややだったんですね(笑)
素直すぎる(?)石川さん、次回も引き続き保田さんに振り回される予感がします…。
>297 298 名無しさん
桜木はハルコさんのおだてに乗って入部したんでしたっけ?
じゃあ保田さんは、セクシー共和国のマスコット的存在ということで(笑
>299 名無し読者86さん
こんな事やってるから長くなっちゃうんですよね…。
でも楽しんで頂けたようで、良かったです。
『え☆H!』、ワケわかんなくてグーです。そこまで略するともう、何のコトやら(笑)
- 301 名前:すてっぷ 投稿日:2002年12月20日(金)00時35分49秒
- 金板に次スレ、「えんじぇる☆Hearts!2」を立てさせて頂きました。
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