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朝比奈学園野球部
- 1 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月27日(火)23時48分26秒
- ありきたりかもしれませんが、アンリアルな野球モノを書いて行こうと思っています。
温かい激励レスから、厳しいつっこみレスまで幅広くお待ちしてます(w
娘。のよっては中々出てこない娘。もいますが、それは設定年齢の関係で朝比奈学園に入学するまでは登場しない、という事です。
それではよろしくお願いします。
- 2 名前:〜女子プロ野球の誕生と現状〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時50分58秒
200×年、今まで日陰の下にさらされていた女子野球が一躍脚光を浴びる事になった。
アメリカで女子プロ野球が復活し、男顔負けのプレイで人気を集めてシーズンを終えた。
それに負けじと翌年日本でも女子のプロ野球が誕生、同じく大成功を収め、翌年以降スポンサー候補が多数募る事となる。
その翌年には、オリンピックの種目に女子も「野球」が認定され、世界中での女子野球の発展を認知させたのである。
プロとして発展すると、その将来の中心選手になるであろう、小学(リトル)・中学(シニア)・高校の女子選手も注目を浴び、‘97年から開催されていた「全国女子硬式野球選手権」は甲子園並みの扱いを受ける事になった。
実際、開催球場となっている「埼玉スカイ球場」は女子甲子園、略して「女子甲(じょしこう)」と呼ばれている。
- 3 名前:〜女子プロ野球の誕生と現状〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時52分36秒
- 数年間のブームで女子野球は終わるだろう、と考えていた―テレビなどで発言もしていた―辛口批評家もいたが、その予想は外れ、「近年ホームラン数も増え、大味になってきた男に比べて小技の光る女子野球の方が面白い」といった支持を受け続けている。
女子プロで活躍する選手に、かわいい選手が多いというのも人気の1つではあるようだが。
日本に女子のプロ野球が誕生して10年、現在1リーグ制で7チームが毎シーズン優勝を目指して争っている。
2リーグ制ではないため「日本シリーズ」は存在しないが、その時期に、男子セ・パ両リーグの2位以下のチームからの選抜チームと女子の選抜チームで「男女対抗オールスター戦」を開催している。
現在までに6度開催されているが、女子チームの勝利はもちろん無い。
過去の試合では3−1という接戦が一番の名勝負とされている。
その試合では、現在でも女子野球の最高選手と言われている「稲葉貴子」投手が活躍し、女子選手全体に更なる高みへの可能性を指し示した。
- 4 名前:〜女子プロ野球の誕生と現状〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時53分16秒
そんな女子野球の現状において、より強い選手になりたい、より上手い選手になりたいと必死に練習をする高校生たちを追って行こう。
とある県にある女子高校「朝比奈学園」の女の子たち
- 5 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時54分42秒
◇
学業が優秀という訳でもなく、スポーツが盛んという訳でもなく、これと言った特徴も無い女子高校「私立 朝比奈学園」に野球部が出来たのは、2年前の事だった。
野球が大好きな校長が就任した事、中澤という女生徒が創立に力を注いだ結果であった。
中澤裕子。
1年の時に親の都合で「朝比奈学園」に入学させられたが、本人は野球を続ける事を願っていた。そのために同じ1年生を中心に有志を募り、理事長・校長に直談判して「野球部」を創立させたのである。
その朝比奈野球部であるが、創部してから最初の大会である夏の地方予選は規定により出場出来なかった。
その後、秋季大会で公式戦デビューを飾ったが、結果は散々たるもの。
その反省点を活かして練習に練習を重ね、中澤2年時にはある程度の地力を付けてきた。
秋季大会ではベスト8に入る快挙も成し遂げたのである。
- 6 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時55分34秒
そして翌年、中澤裕子が最上級生になった春。
安倍なつみ、飯田圭織、保田圭、市井紗耶香、矢口真里、5人の新入部員が入ってきた。
- 7 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時56分45秒
新入部員は入学式が終わったと同時にグランドに集められた。
中澤キャプテンが最初に話しかける。
「ほな、1人ずつ自己紹介でもしてもらおうか?」
「えっと、安倍なつみです。
リトル、シニアとピッチャーをやってました。
よろしくお願いします!」
そう言ってから深々とお辞儀をした。
礼儀は良くていい感じ、だけど、それは闘志を前面に出して戦うピッチャー向きなのか、そんな事を中澤は考えた。
「飯田圭織です。
安倍さんとずっとバッテリーを組んでた捕手です。
打つ方にもある程度自信はあります。」
無難な、しかし挑発めいた自己紹介。
今まで培ってきた練習量が彼女にそんな態度を取らせていた。
- 8 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時58分34秒
「保田圭です。
中学時代は内野全般をこなしていました。
よろしくお願いします。」
平凡なあいさつ…。
「矢口真里でっす!
シニアチームでは、二遊間のどっちかを守ってました!
よろしくお願いします!!」
先輩に物怖じしない、明るい態度で自己紹介を終えた。
(好感の持てる態度やな)
中澤も好印象を抱いた様である。
しかし、彼女ら4人の自己紹介も、最後の1人によって先輩達の記憶から吹き飛んだ。
- 9 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月27日(火)23時59分18秒
「市井紗耶香です。
ポジションは…、ピッチャーとキャッチャー以外どこでもやってました。
よろしくお願いします。」
(市井紗耶香!?)
先輩たちの間にどよめきが起きる。
(あの市井紗耶香がウチに?)
ほぼ全員が同じ疑問を頭に浮かべた事であろう。
隣で並んでいる1年生たちも驚きの表情で彼女を見つめていた。
- 10 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月28日(水)00時00分16秒
- それだけの衝撃を与えても何ら不思議では無い選手、それが市井紗耶香である。
リトル、シニア時代と全国に知られる名門チームでプレイし、その能力の高さから「天才」という称号を欲しいままにしてきた選手。
高校も全国にある強豪校のどこかに入ると思われていたし、ここは市井の地元という訳でも無かった。
(なぜ?)
その疑問を口に出したのは中澤であった。
- 11 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月28日(水)00時01分03秒
- 「あんた、あの市井紗耶香か?」
「え?あのっていうのはよく分からないですけど、シニア時代は『千葉シニアちゃむ‘s』に加入していました。」
「やっぱりか…。何でこの高校を選んだん?」
「あの、親が転勤しちゃって一番近い高校がここだったんで…」
中澤の厳しい問い詰めに怯え、若干涙目になりながら市井は答えた。
周りからは「天才、天才」ともてはやされる市井であったが、実像はどこにでもいる普通の高校生で、上級生にも自然におびえるのである。
- 12 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月28日(水)00時01分43秒
- 第一、彼女には野心というものがまるでなかった。
あまたの強豪高校からオファーを受けながら、親と離れるのはイヤだというだけで、さして名も知られていない高校の門をくぐった。
(このコがあの市井紗耶香か?)
中澤の疑問も当然の事である。
他の上級生はもちろん、同級生である安倍たちにもそんな思いが頭に浮かんだ。
野球に触れていない時の市井紗耶香は、野球をやっている事が感じられないくらいホントに普通の女の子なのである。
そうして、一通りの自己紹介を終え、軽めのランニングをして今日の練習は終了となった。
- 13 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)00時05分49秒
- とりあえずここまでです。
というか、読みにくい感じになってしまったような…。
中澤さんが高校生役なのは、ご愛嬌という事で(w
- 14 名前:〜初まりの春〜 投稿日:2002年08月28日(水)19時21分05秒
- 翌日、市井は矢口、保田と同じ教室でリクリエーションを受けていた。
野球部とはいえ、当然放課後までは普通の女子高生としての日常を過ごす事になる。
何度かの休み時間を経た後、矢口の気さくな人柄もあってか、3人は「友人」という形でお互いを見るまでになっていた。
放課後になると、部室まで3人で向かっていった。
そんな中で矢口が口を開く。
- 15 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時21分37秒
「あのさ〜、キャプテンって何か怖くない?」
「「うん…」」
2人は同時に同意した。
中澤裕子は、スポーツマン(ウーマン?)にふさわしくない金髪、派手な付け爪、大きなイヤリングと、確かに派手な印象を受けるが、芯は心の温かい人で、優しい人だというのに3人が気付くのは、もう少し経ってからであった。
- 16 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時22分34秒
部室に入ると上級生が何人かと、安倍・飯田がすでに来ていた。
1年の仕事は練習に必要な道具をあらかじめグランドに出しておく事。
市井たちも慌てて安倍・飯田を手伝った。
スポーツの世界で年齢の差というのは想像以上に大きい、それに男と女の違いなんて無いのである。
準備が揃い、軽いアップをすませた後で、グランドに集合し練習前のミーティングを行う。
現段階で朝比奈にはきちんとした監督がいないため、中澤がキャプテン兼監督の役割を務めている。
その中澤が全員に気合いをいれるべく、本年度最初の本格的練習に備えて話し始めた。
- 17 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時23分11秒
- 「ええか、今日から新しいチームとして動き出す事になるんや。
もうすぐやってくる夏の地方予選が当面の目標や。
ウチのチームは人数もそないおらん事やし、1年も同じメニューこなしていくからな。
そんで実力があると分かったら、1年でも即レギュラーとして採用や。
全員気合い入れていくんやで!!」
「「「「はい!!」」」」
- 18 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時23分44秒
練習における市井の動きは飛びぬけていた。
クラブ捌き、バッティング、走塁、遠投、全てが基本に忠実で、そして基本以上の能力を発揮した。
スーパーオールラウンドプレイヤー。
他の1年生も非凡な働きを見せる事はあるのだが、その全てが市井の動きでかき消えてしまうほどであった。
(市井紗耶香レギュラー入り確定、ポジション未定)
誰もが認識した彼女の立場であった。
- 19 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時24分45秒
- 先にも述べたが、他の1年も得意分野では光る物を見せた。
矢口の運動量、保田の堅実な守備、飯田のバッティング、それだけなら即レギュラーと思わせるほどの力量であった。
特にピッチャー不足に悩む朝比奈において、安倍のピッチングは救いの一手となる予感を与えた。
かわいい顔に似合わない強気の速球は、鍛えれば相当なモノになる事であろう。
初日の練習でそれぞれの色を見せ付けた新入部員たちは、その後も確実に練習を重ね、高校生として通用するべくスキルを育てていった。
また先輩との、同級生との、仲間意識も着実に養いつつあった。
- 20 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時25分26秒
そんな中で「自分達は余裕で通用するんじゃないか?」という油断、慢心があった事が若さたる所以であった。
夏の地方予選を目前に控えた練習で、疲れも手伝いおろそかな動きになってしまった。
ぎりぎり取れそうな球を諦め、ファールで粘る事も無く三振に倒れた。
その事が中澤を苛立たせた。
新入部員入って最初の雷――
- 21 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時26分28秒
- 「こら〜〜!!矢口!保田!市井!
お前ら野球なめとんのか?
あぁ?
そない嫌なら練習せんでええわ!
こっから出てけ!!」
バッテリー練習をしていた安倍、飯田は免れたものの、矢口ら野手練習をしていた3人はもろに直撃をくらってしまった。
3人の脳裏に様々な思いがよぎる。
矢口は怒り、市井は怯え、保田は苛付いた。
- 22 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時27分15秒
- そして3人はグランドを立ち去った。
「こんな些細な事で?」と思われるかもしれない。
しかし高校生という多感な年頃は、些細な事で悩み、挫折し、絶望する生き物なのである。
中澤自身もまさかこんな叱り方くらいでグランドを立ち去るとは思わず、呆然と3人を見送った。
(彼女たちを追いたい)
そんな思いもよぎったが、主将であり監督であるという立場が、他の選手と共に練習を続けるという道を選択させた。
- 23 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時27分46秒
- グランドを去った彼女たち。
そのまま別れて家路につく事も出来ず、市井、保田は矢口の家に泊まる事にした。
そこでは中澤を中心にした先輩たちを様々な暴言で罵倒し、その矛先は安倍、飯田にまで及ぶ事となった。
その女の子3人の悪口大会は数時間に渡り、矢口はもちろんの事、保田、そして市井までもが参加する盛大なものであった。
そうして長きに渡った悪口大会が終わると、3人の友情はより一層厚いものとなり、中澤たちへの謝罪の気持ちも表れた。
それでも面と向かって謝罪出来ない彼女たち。
高校1年の夏が始まる前の出来事。
- 24 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月28日(水)19時32分42秒
- あぁ、タイトルミスです…。
>>15->>23
のタイトルは「〜初まりの春〜」です。
次回からは章代わりです。
- 25 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時32分18秒
- 彼女たちが練習に参加する様になったのは、地方大会2週間前の事であった。
安倍、飯田の助力もあったし、先輩たちも快く謝罪を認めてくれた。
そして大会1週間前のスタメン発表。
1年でレギュラー入りしたのは市井、安倍のみ、飯田がベンチ入りを果たした。
矢口、保田にもレギュラー、少なくともベンチ入りのチャンスは充分にあったし、彼女たち自身も感触を得ていた。
それでもスタメンから外した、外れた。
練習を無断欠席した罪、監督業もこなす中澤の苦渋の選択であった。
市井紗耶香は「免罪符」を手にしていた。
天才という名の免罪符を。
- 26 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時33分07秒
- 『夏の地方予選用スタメン』
打順/名前/ポジション/背番号
3/市井紗耶香/中翼手/8
4/中澤裕子/捕手/2
9/安倍なつみ/投手/10
(ベンチ入り)
×/飯田圭織/捕手・外野手/15
- 27 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時33分53秒
地方大会の開幕数日前に、トーナメント表が朝比奈に届いた。
それを見ていた中澤は低く唸り声をあげる、その声で安倍が心配そうに話しかけた。
「あの、初戦から強豪とでも当たったんですか?」
「いや、初戦は無難にいけば勝てる相手や。それより次に当たるんが、多分『源氏高校』や。この高校は最近頭角を現してきてて、今一番脂の乗ってるチームで、今大会でも優勝候補の一角やろうな〜。」
まるで他人事の様に中澤は淡々と安倍に呟いた。
その言い方に拍子抜けを受けながらも安倍は、そしてそれも耳にしていた朝比奈ナインはより一層気を引き締めた。
- 28 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時34分45秒
- 中澤のビジョンでは「源氏」といった強豪と当たるのは少々早すぎた。
1年は入部してから4ヶ月弱しか経たず、公式戦経験はもちろん無い。
徐々に試合をこなしていく事でレベルアップし、その上で強豪校と当たりたかった。
特にマウンドに立ち、バッターとの真っ向勝負をする安倍なつみが公式戦のプレッシャーに打ち勝てるのか?
1回戦は仕方ないとしても、2回戦までに立ち直る事が出来るのか?
いくら小学時代から試合経験を積んで来たとはいえ、リトル、シニアとはまた違った重圧―学校としての誇り等―が選手を襲うのが高校野球だ。
この時中澤は人より秀でた状況把握能力で、様々なビジョンを描いていた。
その中で特に心配の種になっていたのが安倍なつみである。
しかし彼女は決定的な読み間違いを犯していた。
安倍なつみはそこまで弱い人間では無いという事。
そして、市井紗耶香はそこまで完璧な人間では無いという事を…。
- 29 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時36分22秒
いよいよ、我らが朝比奈学園の夏の地方大会開幕の日がやって来た。
1年にとっては最初の公式戦、3年にとっては最後になるかもしれない公式戦の開幕である。
第1戦の相手は「夢号(むごう)高校」。
そこそこまとまりを持ったチームではあるが、パッした選手も見当たらないし、近年も1、2回戦で姿を消している。
あえて挙げるのであれば、キャッチャー、ピッチャー、セカンド、センターの中心線上に存在する選手は確実な技術を備えている。
自らのチームの力量を測るには格好の相手とも言える。
もちろん「勝利」を絶対条件としてではある。
- 30 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時37分28秒
何度も言うように、安倍たち1年にとっては初めての公式戦。
今回は市井、安倍、飯田の3人が背番号をつけてベンチに入った。
矢口・保田はスタンドで声援を送る。
そのスタンドは満員にはほど遠いが、両高校の応援団―1年生は強制参加が多い、朝比奈も例外には漏れない―が集結し、その人数だけで安倍、飯田が経験した事のない観客数であった。
改めて2人は高校とそれ以下の違いを改めて感じた。
小学時代から晴れ舞台を経験した市井でさえも、シニアの決勝リーグですらこれほどの観客は集まっていなかったであろう。
それでも市井は観客数の多さよりも、その観客と化している2人の存在が重く、暗くのしかかった。
- 31 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時39分08秒
そして、初戦の開始を告げるサイレンが鳴り響いたと同時に、相手投手が第一球を放った。
(朝比奈学園…後攻)
前の2人がアウトカウントを増やした後に、市井紗耶香の公式戦初打席が訪れた。
ベンチで、スタンドで見守る面々も緊張していた。
それでも当の本人は全くそんな事を気にも留めていなかった。
市井紗耶香が図太い訳でも、場慣れしていた訳でも無い。
彼女の考える事はスタンドで戦況を見守り、必死に応援している2人の事だけであった。
- 32 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時40分05秒
自らも2人と同じ様に練習を拒否したのにも関わらず、自分だけがこうして打席に立っている。
スタメン入りを断る事も出来たかもしれないのに…。
厚い友情で結ばれていると思える2人に対する
『裏切り』
彼女には自分の行為がそうとしか受け取れなかった。
- 33 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月29日(木)05時40分50秒
そうした市井の初打席は、一度もバットを振らない三振という燦々たるものであった。
それでも中澤は公式戦に慣れていないからだ、という思いしか沸いてこなかった。
クレバーな考えの出来る中澤らしからぬ視野の狭さ。
「天才」という称号は中澤にも多々影響を与えているのである。
- 34 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月29日(木)05時46分35秒
- 眠れない夜に読み直しもほぼしないで書いたため、誤字脱字あったらすいません。
>>29
「パッした」→「パッとした」
です。
- 35 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時17分20秒
- 朝比奈の1回の攻撃が終わって、ナインが颯爽とグランドに散っていき、守備ポジションについた。
最初は観客の多さにドギマギしていた安倍であったが、中澤のフォローのお陰もあってか、割かし落ち着いた気持ちで初球を投げる事が出来た。
その後も軽快なリズムで投球を続ける。
その後も順調に投げ続ける安倍、6回までヒット1本に抑えるピッチングであった。
攻撃の方でもいい所で確実なヒットが飛び出し、「5−0」と有利な展開を迎えていた。
- 36 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時18分49秒
そうして7回の守備、ノーアウトからセンター前にヒットを打たれた。
この試合初めてのノーアウトからのランナー、しかも俊足の選手である。
5点ものリードをもらい、今まで完璧に近い形で抑えていたにも関わらず、安倍は必要以上の重圧を背負っていた。
ランナーを警戒するあまりに、ストレートが甘い所に入った。
金属バット独特の快音をあげてボールは高々と中空に舞う。
1塁ランナーホームイン、打ったランナーは3塁へ、左中間を抜いたスリーベースヒット。
実際には2ベースで済んだかもしれないが、市井の動きに精彩がなかったため、ランナーは迷わず2塁を蹴ったのである。
7回に入り勝ちを意識してしまった安倍。
未だにスタンドの2人を引き摺っている市井。
まだまだ未熟な1年生が起こした失点。
- 37 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時20分06秒
もちろんそんな事に中澤は失望も怒りも抱いていない。
こういうケースは幾らでもある事、それを助けてやるのが上級生の仕事だと思っている。
マウンドに駆け寄って安倍に話しかける。
安倍は不安そうな、泣きそうな目で中澤を見つめた。
(うちにもこんな時期があったんやろか?)
2年前の自分を思い起こして、試合中にも関わらず軽く笑ってしまった。
そんな中澤を見て、安倍は更に不安そうな顔になる。
- 38 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時21分17秒
「はは、心配せんでもええよ。
今日の試合はもらった様なもんやから。
3塁ランナーは返してもええから、1つずつアウト取っていこうな。」
そう言って安倍の肩を軽く叩いて中澤は戻った。
そんな中澤の言葉に、笑いに少し気負いが無くなったのか、もう1点失ったものの、最小失点で安倍はその回を乗り切った。
その回で安倍は3年生にマウンドを譲る。
8、9回は何の問題もなく乗り切り、朝比奈高校は1回戦勝利をもぎ取った。
- 39 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時22分17秒
- 勝ち投手となった安倍、9回に代打に立ってヒットを打つ事に成功した飯田は安堵の表情を浮かべる。
それに対してノーヒット、守備にも精彩を欠いた市井は暗い表情だ。
学校に戻ってからも市井の表情は冴えなかった。
その原因の2人は勝利への喜びでそんな市井の表情には気付かない。
中澤が心配して声をかけた。
「市井。
ヒットが出んかったからってそんなに落ち込む必要ないで〜。
そこまで1年の市井に過度な期待もかけてへんから、心配せんでもええって。」
- 40 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)13時22分57秒
- 3番打者という大役を背負わせながらの矛盾したコメント。
中澤自身もその矛盾には気付いていたが、彼女なりに市井を心配するあまりに出た言葉である。
しかし、それ以上の詮索はしなかった。
それが原因で次の試合が悲惨な結末を迎える事には、まだ誰も気付いていなかった。
- 41 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時40分55秒
5日後の第2試合、相手は優勝候補の1つ「源氏高校」。
主将で4番を打つ平家みちよは第1試合でホームランも放っている。
その他の選手も粒ぞろいの選手が多い、まさに強豪校。
勝利の鍵は1年が握っていると中澤は考えていた。
1試合目でピンチを脱した安倍。
代打ながらも安打を放った飯田。
精彩は欠いたが、場に慣れれば充分以上の活躍をしてくれるであろう市井。
この3人が持っている力を全て出し切れれば、勝つ。
- 42 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時42分08秒
この考えは間違った思想では無く、それだけ新入部員の力は輝いていた。
1つの間違いは「市井紗耶香が精彩を欠くのは、雰囲気に呑まれているため」という思い込みだけである。
きちんとした理由が分かって入れば、例え天才であろうとも中澤裕子はベンチに下げていた事であろう。
- 43 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時43分37秒
そんな中で始まった第2試合、中盤まではお互い一歩も譲らない好ゲームであった。
7回を終えた所で、1−2、わずかに朝比奈はリードを許していた。
迎えた8回の表、8番打者がヒットを打ち、打順は安倍に回った。
安倍は投球の疲れも考えられ9番に座っているが、実際はもう少し好打順も任せられる選手である。
その証拠に前の試合もこの試合もヒットを打っている。
安倍が打席に立った。
2球見送って、1ストライク1ボール。
3球目の甘いカーブを打ち抜いた、しかし気負いもあったのかボテボテのショートゴロ。
ショートは軽々とボールを捌き、2塁に送った。
- 44 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時44分50秒
- ここでショートは間違いを犯す。
1塁ランナーはそこそこ俊足の選手であったし、リードを大きめに取っていた。
塁審の判定は「セーフ」
ショートのフィルダースチョイスである。
もちろん1塁ベースを踏んだ安倍もセーフ。
(勝った!!)
中澤は誰も気付かない様な、小さいガッツポーズを作った。
これで得点出来るかは誰にも分からない、いやきっと入るのだ。
「1つのミスが大勢を決する」、それが野球の論理だ。
- 45 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時46分30秒
- 打順は1番に戻り、バッターは送りバントでランナーを進める。
ここで中澤は代打を送り込んだ。
代打、飯田圭織。
彼女はときにボーッとした仕草も見せるが、その分肝は座っていた。
初試合でも勝敗はほぼ決定してるとはいえ、代打でヒットを打った。
だから、迷わず中澤は彼女を送り出す事が出来た。
ランナーは2、3塁、アウトカウントは1つ。
犠牲フライでも同点に追いつく事が出来る。
スタンドの矢口、保田も祈る様にチームメイトを見つめた。
- 46 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時47分25秒
飯田は冷静に球を見極めて、1ストライク3ボール。
1塁が空いている事を考えるとファーボールという選択肢もあったが、相手投手は勝負の選択肢を取った。
カウントを意識するあまり、甘めに入ったストレート。
飯田は見逃さずにフルスイングでボールをひっぱたいた。
左中間を破る逆転のツーベースヒット。
「3−2」
塁上の飯田は高々とガッツポーズもしてみせ、ベンチもスタンドも大いに沸いた。
その後、追加点はならなかったものの、8回の守備を無難に抑え、9回の攻撃も終わった。
残すは9回裏のみ。
- 47 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時49分08秒
(ドクドクドクドク)
マウンドの安倍にも緊張が走る。
幸いにも打順は8番の下位打線から、首尾よく2アウトをもぎ取りたい。
そんな思いが力みにつながり、ファーボールを出してしまう。
続くラストバッターにもファーボール。
- 48 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時51分16秒
慌てて中澤、内野人はマウンドにかけ寄った。
そうして安倍をどうにか落ち着かせる。
安倍も幾分は落ち着く事が出来たのか、まっすぐに中澤のサインにうなずいた。
逆境からすぐに立ち直れる性格、有能なピッチャーは必ず持っている能力の1つだ。
相手1番バッターは送りバントでランナーを進めた。
手堅い攻撃、源氏高校の特徴である。
2番バッターをあえて中澤は歩かせた。
守備をしやすくするため、4番まで回るリスクを考えながらもそちらのメリットを選択した。
- 49 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時53分09秒
- 1アウト満塁で、バッターは3番。
それでも安倍は落ち着いていた。
中澤の要求通りに際どい所をつき、2ストライクに追い込む。
最後は得意のストレートでねじ伏せた。
三振で2アウト。
迎えるバッターは県でも屈指のスラッガー、平家みちよ。
2年からレギュラー入りし、夏には女子甲子園のグランドにも立っている
- 50 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時54分33秒
相手が誰であろうと、落ち着きを取り戻した安倍には関係なかった。
中澤のサインにのみ集中し、要求通りにストレートを投げた。
空振り。
9回に来ても安倍の球威は落ちていなかった、いや、むしろピンチで奮起し球威は上がっているほどであった。
その後2球ほど放るが、平家の選球眼も見事でどちらもボールとなった。
1ストライク2ボール。
ここで中澤は今まであえて使っていなかったカーブを要求した。
うなずく安倍、そして釣り球のカーブを投げる。
- 51 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時55分50秒
- 平家も一度も投げていなかったカーブとは思わずスイング。
完全に的は外されたが、さすが強豪校の4番、何とかバットに当てる。
平凡なセンターフライ。
味方の誰もが勝利を確信し、敵の誰もが敗北を悟った。
しかし現実はそうはいかない。
未だに矢口、保田の事を気にかけていた市井は、この場面に来ても集中力を欠いていた。
平家のバットが発した金属音でようやく我に帰ったのである。
彼女は球の行方を見失っていた。
ようやく気付いた時には、後の祭り。
いくら「天才」といえども捕球できる位置にボールは無かった。
- 52 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時56分41秒
結果はセンター前ヒットでまさかのサヨナラ負け。
2アウトでランナーが走っていた事も最悪のシナリオを書く手伝いをした。
「1つのミスが大勢を決する」
その言葉を最大限に示す結果となってしまった。
泣き崩れるナイン、呆然とするスタンド。
市井も真っ青な顔でつっ立っている。
それでも中澤は選手をうながし、最後のあいさつをさせた。
「ありがとうございました」
気弱な声でナインが言う、スタンドの応援団も遠慮がちな拍手で答えた。
- 53 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時57分50秒
そのままバスに乗り込む選手たち。
誰も一言も発しないまま、バスは学校に到着した。
中澤は全員をグランドに集め、全員に語りかけた。
「今日でうちら3年は引退や。
1年は短い間やったけど、色々厳しい事言ってすまんかったな。
源氏との試合も惜しかったけど、負けは負けや。
明日からは新しいチームで頑張っていくんやで。
ほら、他の3年も挨拶しい。」
- 54 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)19時58分48秒
- そう言って同じく引退の3年を前に立たせて、挨拶させた。
3年は全員が涙を浮かべ、流しながらお別れの言葉を告げていった。
中澤裕子のみが気丈に振舞っている。
最後まで、誰も中澤の涙は見なかった。
もちろん彼女が泣いていない訳ではない。
1人帰宅し部屋に戻った後、彼女は人目を気にせず涙を流した。
- 55 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)20時00分36秒
- 誰1人市井を責めるものはいなかった。
それが逆に市井を苦しめた。
涙も流せず―ここで泣くのは卑怯だと彼女は考えた―1人で部屋に佇んでいた。
新チームとしての練習が開始された後でも、彼女は練習に姿を見せなかった。
誰もその事に触れなかったが、矢口、保田は心配のあまり彼女の自宅を訪れた。
- 56 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)20時02分01秒
母親に案内され、彼女の部屋に入る。
ほとんど装飾品をないシンプルな部屋で、市井紗耶香は何も考えてなさそうな表情で座り込んでいた。
「紗耶香〜」
遠慮がちに矢口が声をかけるが、返答なし。
強引に肩を揺さぶり存在に気付かせた。
市井は素っ気無く答えた。
「どうして来たの?
もう私は野球辞めるんだから、ほっといてよ…。」
その言葉で、矢口は反射的に市井の頬を叩いた。
- 57 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)20時03分36秒
- 「な!?」
叩かれた頬に手をあてながら、驚きの表情で矢口を見つめる。
「どうしてそんな事言うの!
紗耶香はいっぱい才能持ってるじゃん!
私、本当にうらやましいんだよ。
野手でレギュラー入りしたのも紗耶香だけだし。
ちょっとミスしたからって何?
そんな事で才能を捨てちゃうの?
前にみんなで女子甲に行こうって誓ったじゃん!
私たちにはまだチャンスがあるんだよ?
1つずつあのエラーを取り消していけばいいじゃない!」
強い口調でそう言った矢口の目には涙が溜まっていた。
後ろで見守る保田も、同じ様に目をうるわせていた。
- 58 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)20時04分24秒
「そんな事言っても…」
そう言って、市井は今まで1人で抱えていた悩みを2人に話した。
言い終わると、矢口も保田も笑いながら彼女に答えた。
「何言ってんの?
そんな事、全然気にしてないって。
最初はくやしかったけど、紗耶香はやっぱり才能あるもん。
私たちも紗耶香に負けないようにこれから頑張るだけだよ。」
矢口が言い、保田が続けた。
- 59 名前:〜苦悩、絶望、そして〜 投稿日:2002年08月30日(金)20時05分28秒
- 「もう!
そんな悩んでたんなら、私たちに謝れば良かったのに!
それならそこで平手をお見舞いして、解決じゃないの!」
厳しく聞こえる保田の言い方も、彼女の優しさを表していた。
この出来事で彼女は立ち直る事が出来た。
天才も1人では野球が出来ない。
ともかくとして、ようやくの事で新朝比奈野球部は完全な形でスタートを切った。
- 60 名前:ひとむ 投稿日:2002年08月30日(金)20時07分07秒
- 以上で「〜苦悩、絶望、そして〜」終了です。
明日・明後日とコン参戦するので、その間更新は出来ません。
- 61 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時55分25秒
- 3年が抜け、練習はもちろん1、2年で行われたが、中澤も監督の役割で練習に参加していた。
もちろん実際に監督がいない訳ではない。
現在の規定では「監督」と「部長」がいないと野球部として認められないため、どちらも存在はしていた。
勤続25年、担当教科数学の「監督」と、勤続36年、担当教科古典の「部長」である。
どちらも練習に顔を出した事は1度として無い。
中澤以外の3年も時々練習に訪れた。
ほとんど人間が受験と戦っていたが、みんな野球が好きなのである。
I LOVE ベースボール。
彼女らの思いは1つ、母校を甲子園に導いて。
- 62 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時56分08秒
そんな中で練習を積み重ねていった朝比奈野球部であるが、3年の抜けた穴は大きく、新人戦で満足のいく結果は残せずじまいであった。
安倍は夏以上のストレート、カーブを見につけたが、女房役の飯田に中澤ほどのリードの上手さは無く、持っている力は出し切れなかった。
守備でも、市井は今度はショートとして活躍したが、他の選手は安定しているとは言い難かく、エラーの数も自然と増えた。
攻撃もから回りが多く、反省の多い新人戦となってしまったのである。
- 63 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時56分40秒
新人戦も終わり、次は秋季大会に向けて頑張らないといけないこの時期、何となくチームに活気は無かった。
中澤自身も監督として全員を指導したいが、どうしても同じポジションである飯田の指導に力がはいってしまう。
そんな折、チームに朗報が届いた。
正式な監督の就任。
中澤が常々学校側に言ってきた事が報われる事となった。
- 64 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時57分20秒
翌日、新監督は部員全員の前で就任のあいさつを行った。
「今日から監督やらしてもらう事になった寺田や。
熱血っちゅうのはあんまし好きやないけど、頑張ってやっていこうな。
これから頼むで。」
ある者は頼もしいと感じ、ある者は頼りないと感じた不思議な監督である。
中澤もあいさつ前に2人で会話する機会があったが、どちらとも取れない印象を抱いた。
コーチ役として側に置いてもらう事も許可されたし、練習や試合で分かっていく事だろう、そう考える事にした。
- 65 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時57分59秒
- 寺田は選手としてはさほど有名では無かったが(それでも甲子園は経験している)、指導者としては才能がある方で、シニアチームの監督をしていた時にそのチームを全国まで押し上げ、準優勝の快挙を成し遂げた。
その後アメリカに渡り、野球指導の理論を学んできた。
そうして帰国して、最初の監督としての仕事がこの朝比奈高校であったのである。
正式に監督と呼べる寺田が就任した事で、チームの練習にも活気が戻ってきた。
特に好材料となったのが、寺田が全員を指導してくれるお陰で、中澤が飯田に自らの野球理論をみっちりと叩き込めた事であろう。
こうしてある程度の自信を持って秋季大会を迎える事が出来た。
- 66 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時58分37秒
- 『秋季大会用スタメン』
打順/名前/ポジション/背番号
1/矢口真里/二塁手/4
3/飯田圭織/捕手/2
4/市井紗耶香/遊撃手/6
5/安倍なつみ/投手/1
(ベンチ入り)
×/保田 圭/三塁手(一塁手)/14
- 67 名前:〜監督就任、秋に向けて〜 投稿日:2002年09月04日(水)17時59分20秒
残念ながら保田圭はレギュラーにはなれなかった。
守備は即レギュラーほどの技術があるのだが、バッティングの問題で落とされてしまったのである。
実際は粘るバッティングが評価できる選手であるが、就任まもなくの寺田にそこまで把握出来る時間は無かった。
- 68 名前:ひとむ 投稿日:2002年09月04日(水)18時03分13秒
- 訂正です。
>>61
「ほとんど人間」→「ほとんどの人間」
細々とした更新で申し訳ありません。
- 69 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時26分36秒
秋季大会の開幕――
この大会は、春の選抜女子甲子園の代表を決める上で最も重要な試合となる。
自然どのチームもこの大会を目標として、夏の終わりに練習を捧げるのである。
1回戦はまさに無名校との対戦。
前の秋季大会でベスト8に入り、少しは知名度を上げてきた朝比奈とは力量が違う高校である。
まさに大勝と呼べる試合であった。
打者一巡の猛攻もあり、6回コールド勝ちを収めたのである。
4番の市井にはホームランも飛び出し、安倍のピッチングも安定したもので、3安打無得点の好投であった。
- 70 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時28分31秒
- 2回戦も無難に勝利をもぎ取った。
3回戦、これに勝てばベスト8という試合である。
相手は勝利を計算できる高校である。
女子の高校野球では、男子に比べて球児数が少ないため、高校のレベルの違いが歴然とする事が多いのが実情だ。
そして危なげない展開で勝利を収めた。
安倍も連投の疲れを感じさせないピッチングであったし、打撃陣も好調である。
6回からは保田も守備要員として起用されたが、むしろバッティングの方で寺田を唸らせた。
この試合に勝利した後、スタンドで見守っていた3年生は、全員が大喜びしたのである。
(自分達の記録に追いついてくれた、次は追い抜いてくれ!)
自らの記録が破られるかもしれないのに、それを喜べる野球人たち。
学校の誇りを背負うというのは、こういう箇所にも表れる。
- 71 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時29分04秒
- そしてベスト8の試合を迎える日となった。
ここまで上り詰めると、相手も一筋縄ではいかない高校ばかりである。
それでもトーナメント表を見る限り、最も運のいい相手であるとも言えた。
実績・実力も他高校に比べて若干見劣りする上に、若手で構成されたチームのために、浮き足だった部分も見受けられるのである。
そうしたベスト4をかけた試合は、市井紗耶香が本当に「天才」である事を証明する結果に終わった。
4打席4安打2ホーマー、5打点。
守備でも美技の連発で、見るものを魅了した。
結果としてベスト8とは言え、楽勝モードで準決勝に駒を進めたのである。
- 72 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時29分34秒
ある程度の不安点もあるにはあった。
1つは、終盤に向けて顕著になった安倍の疲労である。
残念な事に、朝比奈の控え投手は安倍に比べて実力は数段落ち、準決勝、決勝を実力に見合った選手は存在しなかった。
残りの試合は安倍の体力頼み、そうなっても仕方ない実情であった。
- 73 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時30分53秒
もう1つは、セカンド矢口の不振だ。
守備の方は自分の判断で移動した守備位置に球が飛んでくるなど、非凡な動きも見せたが、打撃の方は散々な結果を残している。
練習通りのバッティングを実行すれば結果も出てくるのであろうが、目立ちたがり屋の彼女の性格、ついつい大きな当たりを狙ってしまい凡打に終わってしまうのである。
もちろんどのチームにだって不安点はある。
今回はベスト8で大勝を挙げた上での、あえて掲げた不安箇所だ。
- 74 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時32分00秒
- そうして準決勝の日取りを迎えた。
前試合から2日しか空かない上での準決勝。
誰もが気にする点はそこであろう。
「安倍のスタミナ」
準決勝の相手は「玉木恵原南台(たまきめぐみはらなんだい)高校」。
誰が付けたのか無意味に長い名前の高校で、誰もが通称「TMN(高校)」と呼んでいる。
名前は変だが、地力は充分にあるチームで、夏の地方予選では準優勝の実績を誇る。
その時対戦したのが、平家率いる「源氏高校」であり、源氏は甲子園の切符を手にした。
甲子園で戦った源氏高校は2回戦で姿を消し、3年は引退となった。
主力であった平家ら3年の引退で、源氏高校は弱体化したと言われており、今はTMNが優勝候補の筆頭に挙げられている。
- 75 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時33分06秒
そのTMNの中心選手とすれば、ピッチャーの「鈴木あみ」、センターで4番の「篠原涼子」であろう。
鈴木あみは、1年ながら抜群のコントロールと多彩な変化球で対戦相手を翻弄していった。
すでにスカウトにも注目されているという噂通り、3種類のチェンジアップは打者を混乱させるばかりであった。
今回は朝比奈の安倍なつみとの投げ合いが楽しみだ、と囁かれていた。
そして新しく主将になった篠原涼子。
彼女のバッティングはクセがあり、「この構えで打てるのか?」というフォームからガンガン長打を放つ。
安定度では平家に軍配があがるだろうが、長打力では篠原の方が上との見解が強い。
- 76 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時34分45秒
『安倍なつみ(朝比奈)vs鈴木あみ(TMN)のピッチャー対決!
市井紗耶香(朝比奈)vs篠原涼子(TMN)のスラッガー対決!
勝つのはどっちだ!!』
試合前日の地元紙にはこんな見出しも掲載された。
- 77 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時35分38秒
そうして始まった準決勝。
立ち上がりから大方の予想通り、安倍、鈴木両ピッチャーの投げ合いで始まった。
表を安倍が3者凡退でしのげば、鈴木も裏を3者凡退でしのいだ。
その攻防は中盤まで続き、両チーム1点も取れぬまま6回を迎えた。
先にチャンスを掴んだのは6回表の朝比奈高校。
4番市井から始まる打順。
3度も打席が回ればある程度は目も慣れてくるもの、特に「天才」市井に取っては顕著なものであった。
4番市井はチェンジアップ―鈴木の中ではCタイプ―を完全に捉えてツーベースヒット。
続く安倍は粘ってファーボール。
6番送りバントで、ランナー2、3塁。
7番は打ち取られるものの、8番バッターは保田圭。
- 78 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時38分03秒
- ――保田圭、ポジションはサード。
ここまで他の1年に比べてあまり目立っていなかった選手。
いい意味でも、悪い意味でも、一番「まとも」な選手である。
バッティングの関係でベンチ入りをしていたが、3回戦での実績を買われ、翌試合からスタメンで使われる様になったのだ。
持ち味は堅実な守備、粘りのバッティングと玄人好みのプレーをする選手で、「縁の下の力持ち」的存在だ。
- 79 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時38分39秒
その保田であるが、この2打席で力量を把握したのか、鈴木あみは敬遠の措置を取った。
保田は幾分くやしそうに1塁ベースに向かう。
スタンドで密かに下唇をかみ締める中澤。
実は、彼女はここが大きなチャンスだと思っていた。
気を使って1年を見てきた中澤であったが、自分に似た所を感じた保田の事は、特に意識をして見る様になっていた。
その中で感じた事が、保田の一見分かりづらい能力の高さである。
堅実な守備と言うが、今の高校球児に「本当に」堅実な守備が出来る人間が何人いるであろうか?
エラーをしないという信頼感が、どれだけ味方ピッチャーを安心させられる事か。
粘りのバッティングと言うが、つい長打を狙ってしまう現在の野球において、ここまで粘り腰のバッティングを見せるやつなんて中々見当たらない。
ファールで粘られたり、際どいボールを見極められる事が、相手ピッチャーに取ってどれだけ嫌な行為であるか。
- 80 名前:〜秋季大会〜 投稿日:2002年09月07日(土)02時39分46秒
- 鈴木あみが保田と勝負をしていたら、おそらく保田が勝っていただろう。
いや、中澤の胸の中では確信めいたものすらあった。
そうして鈴木は勝負を避けたのである。
相手の力量を見極める能力も1つの才能。
続くラストバッターは三振に倒れ、朝比奈の先制点はならなかった。
(保田が勝負をさせてもらっていたら…)
勝負の世界に「たら、れば」は禁物であるが、中澤はそう考えざるを得なかった。
もしかしたら最初で最後の大チャンス。
中澤の強く握られた手の平の中で、冷たい汗がにじんでいた。
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