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イチイの花

1 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時00分27秒
こちらでは初めて書き込みます。
題名は「イチイの花」というのですが、数日前、検索で調べてみたらここの金板に「誕生花はイチイの花 」というのを見つけて驚きました。
内容はかぶっていないと思います。

市井さんが好きなのですが、いちごまにはならないように気をつけました。
にしてもはっきりしないものになってしまいました。
完成したものをUPするので、ちょっと長いですが読んでいただければ幸いです。
2 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時00分59秒
Waht you love, set it free.
If it doses not come back to you, it was never yours.
If it dose come back to you, it was always yours.

愛するものを手放しなさい
もし、それが戻ってこなければ
初めからあなたのものではなかったのです
しかし、戻ってくれば初めからあなたのものだったのです
3 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時01分43秒
「すみません、遅くなりました」
私は急に降り出した雨のせいで濡れてしまった帽子を取ると、待合室で待っていた後藤真希さんに謝った。
 「いえ、いいですよ。たまには待たされ坊主もいいかなって思いますし」
そう笑う彼女にドキリとしたが、イカンイカン仕事だ仕事。持ってきたテープレコーダを机の上に置くと、愛用の手帳を取り出した。
かれこれ2年近く使っているものだ。
いい加減、使い切りたいと思っているのだけれど、いつも話すのに夢中で手帳に書き込むことを忘れてしまうのだ。
 「あれ? 本を読んでいらしたんですか?」
 「ええ、最近はよく読んでいるんですよ」
その時、私は後藤さんが使っていた“しおり”に目がいった。
 「なんかステキなしおりですね。 もしかして自作ですか?」
 「これですか? ええそうです。・・・といっても私が作ったものじゃなくてプレゼントとしてもらったものなんですけど」
 「へぇ〜、何の花なんですか?」
 「イチイの花です・・」
 「これがイチイの花なんですか・・。花は初めて見ました」
 「私の宝物なんですよ、これ」
4 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時02分23秒
そういって笑う後藤さんに戸惑いながら、準備していたものを確認する。
 「あの、取材の前にお渡ししたいものがあるんですよ」
 「は・・い・・・?」
これですと言って取り出したのは、小さなケーキだった。
 「あー、嬉しいです」
 「ちょっと早いんですけど、もうすぐ後藤真希さんの誕生日でしょう?」
 「知っていらしたんですね。」
 「もちろんですよ。それに今日9月9日は、後藤さんにとって思い出深い日じゃないですか」
 「今日・・・ですか? ええっと何がありましたっけ?」
 「LOVEマシーンが発売された日ですよ・・・。ええっと、何年前になるんでしょうね・・・」
 「ああ、LOVEマシーンの! そうですねぇ・・・5年前にモーニング娘。を卒業したから、8年前じゃないですかね?」
後藤さんは、視線を私からはずすと雨が降っている外を眺めてそういった。
5 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時03分00秒
さっきまで晴れていた景色が急な雨によって少しずつ透明色に覆われていく。
 「もう・・・そんなになるんですね・・・・・。今日は、後藤さんがモーニング娘。をご卒業なさった頃のお話をしていただきたいとおもっているんですよ」
 「いいんですか? そんないまさらな話をして」
 「ええ、ぜひお願いします」
後藤さんは笑いながら少しずつ少しずつ5年前の話を始めた。
目を閉じると5年前のあの時代が目の前に浮かんでくるようであった。
私はただ、後藤さんの話に耳を傾けていた。

※※※※※※※※※※※※※
6 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時03分42秒
 「あの・・・、私、モーニング娘。を卒業しようと思っています・・」
相談があるとつんくのもとに来た後藤はそう切り出した。
つんくはその言葉を聞き、“来るべき時が来た”と感じた。
(ブルータス、お前もか)
カエサルの言葉が脳裏をかすめる。
 「お前達は・・・」
 「え?」
 「お前達は、こうといったら頑固やからな。もう、考えに考えたやろ」
後藤は、こくりと首を縦に振った。
 「ほな、しゃあないな。俺から言うことは何もないで。後藤が望むのなら俺はなるべくその希望を叶えてあげたいと思っている」
後藤はうつむきながらつんくの言葉を聞いている。
 「あの・・・・、2年間ありがと・・・・・」
 「ま・・・待て待て待て!!」
7 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時04分16秒
急に立ち上がりお辞儀をしはじめた後藤を、つんくは慌てて止める。
「ただな、すぐにというわけにはいかん。スケジュールの調整もある。もうしばらく、モーニング娘。で頑張ってくれんか?」
 「あっ、はいそうですね、もちろんです。それは分かっています」
 「あとな、このことはしばらく後藤の胸にしまっといてくれんか? 毎度のことなんやけどな。準備が整い次第メンバーには伝えようと思う。今までもそうしとったんや。それでいいか?」
後藤の脳裏に石黒、市井、中澤の卒業が頭をかすめた。
 「はい、分かりました」
 「ほなええか? ちょっとこの後も、たて混んどるからな」
 「あっ、はい、分かりました。ありがとうございました」
後藤はそういうと立ち上がり、ドアに向かった。
ドアノブに手をかけるとつんくが声をかけた。
 「後藤、新メンバーも入って大変やと思うが、頑張ってくれよ」
8 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月09日(月)20時04分46秒

(そうか・・ついに決心したか)
(あれからもう2年や)
(後藤がモーニング娘。に入ってから・・・・)

9 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時05分59秒

“ちょっとドキドキ”
つんくが後藤を見て最初に思ったのはそんなことだった。
13歳ながらアンバランスな金髪と声、その存在感。
 「大変ですけど、やっぱ、やってみたいことだし。もしなれたとしても、続けていきたいし・・・頑張りたいです」
後藤はそういってモーニング娘。になりたいということを話した。

 「うれしいです・・・自分なりに・・・頑張ってきたんで・・・・それを・・その・認めてもらえて・・・すごい・嬉しいです」
後藤はモーニング娘。加入が決まり涙ぐみながらこういった。

10 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時06分29秒


お前は、モーニング娘。に入って満足だったんかなぁ。
モーニング娘。にとってお前は必要やったけど、お前にとってモーニング娘。は必要だったんやろか。
どうなんや、後藤・・・・


一人部屋に残されたつんくは、後藤が出て行った扉を見つめながら思いにふけっていた。

11 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時07分01秒

悩んでいても時間は過ぎていってしまう。
そして、モーニング娘。は走り続ける。
10月に「Mr.moonlight〜愛のビックバンド〜」、2月に「そうだ!We're ALIVE」を発表し、
3月には4枚目となるアルバムを発売することになっていた。
モーニング娘。は、「そうだ!We're ALIVE」のテレビ出演、アルバムのレコーディング、
3月から始まる春のコンサートのリハーサルなどで目まぐるしい日常をおくっていた。
春のコンサートが終わるとすぐさま、ミュージカルの準備が始まった。
12 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時07分41秒
「は〜い、今日の練習はこれまで!」
先生の声が響く。
 「明日までにシーン21のセリフ覚えてきて。それから後藤、最近集中力ないよ? やる気あるの?」
 「あっ、はい・・・がんばります」
最近はいつもこんな感じだ。
頑張ろうと思っているのだが、そう思えば思うほど卒業すること、
そして卒業した後のことを考えてしまう。
今まで、できていたことができなくなり、
今まで楽しかったことが少しずつ負担に感じるようになっていた。
それは、後藤の卒業日程が決まった4月頃から徐々に表れていた。
 「気にすることないですよ」
いつの間にか後ろに立っていた加護が後藤にいった。
加護はいつも後藤のそばによってくる。
話すことが得意ではない後藤だが、親しく話しかけられることは素直に嬉しい。
13 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時08分21秒
普段なら「そうだね」と微笑みかけるところだったが
 「ううん、やっぱり後藤が頑張ってないのが悪いんだと思う」
というと、加護を見向きもせずに更衣室に歩いていった。加護のあとにすぐに吉澤が後藤に話しかけた。
 「ごっちん、ごっちん、今日一緒に夕食でも食べない? 梨華ちゃんも一緒なんだけどさ・・」
 「あっ、ごめん、今日はちょっと用事があるの・・・、ごめんね」
後藤はそういうと、駆け足で去っていった。
「・・・・・・・昨日もそういってたじゃん・・・」
取り残された吉澤は誰に言うともなくつぶやいた。
14 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時08分59秒
用事があるというのは嘘だった。
ただ、メンバーと一緒の時間を過ごしたくなかった。
それは卒業することを悟られたくなかったのかもしれないし、
仲良くすることで別れがつらくなる事が怖かったのかもしれない。
(わかんない・・どうして・・・?)
(どうして・・・?)
そう、問いかけても答えがでないことは分かっていたが頭の中をぐるぐると回っていた。

15 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時09分35秒
 「後藤、そこ違う!!」
 「は・・はいっ!」
今日でもう何度目の光景だろうか。
休憩中だったメンバーも後藤のほうに視線を向ける。
 「ここは、このミュージカルの一番に見せ場なんだよ! 紺野の動きをもっとよく見て! お互いの息が合わないと絶対いいものなんてできなんだからね」
 「はい、もう一回お願いします」
 「ハイ、じゃあもう一回お願いします」

 「ごっつぁん、どうしたんだろうね? 最近調子悪そう」
矢口が隣にいる小川に声をかける。
小川も「ええ」と相槌を打つことしかできなかった。
矢口は後藤を一番よく見てきたメンバーの一人だ。
どんどん表に出てくる矢口と控えめで自分をあまり表に出さない後藤。
だから、二人の気はよくあった。
矢口は、一人で練習をしている保田を見つけると小走りで走りよっていき何事か相談していた。
16 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時10分07秒
ミュージカルの練習が終わると、後藤は早足でひとり更衣室に向かった。
 「待ちな!」
急に後藤は腕を掴まれてよろけた。
ビックリして腕を掴んだ本人を見た。
 「圭ちゃん・・」
保田の後ろには、照れ笑いを浮かべた矢口もいる。
 「今日、暇なんでしょ? 今からさ矢口とさ、サウナにでも行かない?」
 「サ・・サウナ?」
 「そう、サウナ。気持ちいいんだから〜。裸と裸の付き合い! これがなかなかやめられないんだって」
 「いいよ、わたし」
そう後藤がそっけなく返すと、保田の後ろにいた矢口が後藤の肩に手を置くと
 「たまにはいいじゃんか〜。矢口とたまには遊ぼうよ〜」
と少し駄々をこねた。しかし、後藤は置かれた手を払うと
 「ほっといてよ! そんなに行きたければ二人で行ってこればいいじゃない。そんなことで私にかまわないでよ!」
矢口はちょっとムッとした顔になった。
 「そんなこと? 矢口はただ後藤が最近元気がないと思ったから・・・」
 「だから、ほっといてって言ってるでしょ! 勝手に世話なんて焼かないでよ!」
そういうと、後藤は駆け出してしいってしまった。
17 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時10分41秒
「後藤・・・・」
矢口は後藤が去っていく姿を眺めながら呆然と立ち尽くしていた。
保田はそんな矢口の肩に手をやると「ちょっと、追いかけてくるわ」と言って、後藤の後を追った。

後藤は適当に走っていたが行きついた先はビルの屋上だった。
 「もう、私にかまわないで・・・。優しくなんてしないでよ。そんなのつらいだけじゃない・・・」

限界までこらえていた涙が目から溢れ出す。
悲しいのか寂しいのか悔しいのか甘えたいのか、
なんだか分からない感情が後藤の胸の奥の更に奥のほうから引きずり出される。
(なにがいけないの? 卒業すること?)
(自分で決めたはずなのに、もしかして後悔してる?)
(いや! そんなの認めたくない・・・)
後藤が選んだ道だ。
責任を持ってやり遂げたい・・・。けど・・・けど・・・。
(・・・・・・)

18 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時11分58秒
 「やっぱりここだったか」
不意に後ろから声をかけられて後藤は驚いて振り向いた。
 「きっと後藤はここにいるんじゃないかって思ったよ。いろんなことがあるたびに、ここに来たよね」
 「圭ちゃん・・・」
保田は、じっと後藤を見つめている。
後藤は涙を見せたくなくて視線をそらすと腕で顔をごしごし拭いた。
 「最近どうしたの、なんか元気ないんじゃない?」
 「そんなことないよ・・・」
 「あるから言ってんじゃないのよぉ、先輩の言うことは聞いとくべきよ」
 「・・・・・・」
 「で、どうした? なにか私に相談することはないの?」
 「だから・・・ないっていってるじゃん。変な圭ちゃん・・・」
 「・・・・まったく。あんたはいつまでたっても子供なんだから」
 「子供って何よ、ひどいなぁ」
 「後藤ってホント不器用だよね、そこんとこ」
 「そんなことないよ。歌だってダンスだってちゃんとやってるでしょ」
19 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時12分28秒
「うん、そういうところは器用にやってるよ。でも私が言ってるのはそういうところじゃないよ」
 「どんなところのこといっているの?」
 「自分の気持ちを伝えたり、悩みを打ち明けたりするところ・・・かな」
 「べ・・別に不器用なんかじゃないよ」
 「ずっと後藤を見てきたけど、不器用だよ。あやっぺの時だって紗耶香の時だって裕ちゃんの時だって・・・。後藤はホントへったっぴに自分の気持ちを伝えていたよ」
 「・・・・・・・」
 「いまだってそう。なにか言いたいこと、悩んでいることがあるんでしょ。それをホント不器用に・・・」
 「不器用、不器用っていわないでよ! 別にいいでしょ、不器用だって・・」


 「後藤の器用そうに見えて不器用なところって、私は好きだよ・・」


 「な・・・なに言っているの? 急に・・・そんなさ、圭ちゃんのことなんて聞いてないよ」
後藤自身もよく分からない返答になってしまっていることに気づいたが、それ以外に言葉が出てこなかった。
20 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時13分07秒
「私、後藤のこと好きだよ」
また、保田は同じ言葉を繰り返した。保田の目はじっと後藤を見つめている。
いつもの優しい笑顔ではなく、ライブで見せる真剣な顔つきだ。
後藤は次の言葉が出てこなかった。
 「だから私に相談してみない? 話を聞いてあげることくらいならできるよ」
 「・・急にどうしたの・・・・」
 「うん・・・・・・」
保田はうつむいたまま足元にあった石を蹴った。
石はころころ転がると後藤の足元まで届いた。
後藤は石の行方を見つめていたが石が止まると保田の方へ視線を向けた。
21 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時13分46秒
「・・・後藤、卒業するんだって?」
保田の言葉に頭が真っ白になった。
何で知っているの? もしかして、みんなも知ってる?
私の態度でみんなわかっちゃったのかな・・
 「知ってるのは私だけだよ」
後藤の考えを察したのか、保田は笑いながらそういった。
後藤は誰が見ても分かるような安堵のため息をついた。

 「・・・・・」

沈黙が二人を包んだ。
 「つんくさんにさ・・・・」
その沈黙を破ったのは保田だった。
 「つんくさんにさ、聞いたんだ。後藤が卒業するって」
 「うん・・・」
後藤は保田と目を合わせるのが怖くて下を向いてうなずいた。
 「それで、相談することがあるんじゃないの? 不器用さん・・・」
 「・・・・・・・」
 「後藤、このままだとみんな後藤が卒業することに気づくよ。そしたらミュージカルどころじゃなくなるよ」
22 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時14分51秒
 「うん・・・分かってるけど・・・」
 「まだ、自分の気持ちの整理もつかないか・・・・」
こくりと後藤は頷いた。
 「だいたいさぁ、まず、つんくさんにいう前に私に相談があってもいいんじゃない? まったく紗耶香といい後藤といい、なんで私をはばにするのかな」
 「そ・・そういうつもりじゃなかったんだけどさ。・・・・でもやっぱりいいにくいかな」
後藤は頭を掻きながらそういった。
まったく、とぶつぶついっていた保田だったが、でもね・・・と話を続けた。
 「気持ちは分かるけど、でも、だからってミュージカルの練習に身が入らないなんていう言い訳にはならないんじゃないの?」
 「・・・・・・・・」
 「モーニング娘。として最後だからこそ今、頑張らなくちゃいけないんじゃないの? 後藤はそれができる子だって、私は思ってるよ」
そう思ってくれるのは嬉しい。でも、実際の後藤はそうではないのだ。
実際の後藤は、保田の期待にこたえることはできないのだ。
黙っている後藤を尻目に保田は話し続けた。
23 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時15分25秒
 「紗耶香は・・・紗耶香はそんな状況でも、気づかれまいとして頑張ったんだよ」
後藤は何もいえなかった。市井紗耶香が卒業した当時、紗耶香は16歳だった。
今の後藤と同じ歳だ。
(でも・・・でも、分かってよ圭ちゃん・・・)
(卒業することって、圭ちゃんが思っている以上につらいことなんだよ・・)
(残さる側も、卒業する側もすっごくすっごくつらいんだから・・)
(圭ちゃんは分かるの? 私の気持ちや考えていること、分かってるっていうの?)

 「圭ちゃんには・・・分からないよ・・・」
 「え?」
いったん口に出してしまった言葉は元に戻らなかった。
間違っている・・・保田に言うのは間違っているそう思っていても、
一度開いた口は、後藤の溜め込まれた気持ちを吐き出していた。
しかも思いっきり、負の部分を強調して・・・
24 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時15分56秒
「圭ちゃんには、私の気持ちなんて分からないよ!!」
 「・・・・・・」
保田は黙って後藤の顔をじっと見ている。
 「私が後藤の気持ちを分からないっていうの? 私はモーニングの中で一番、後藤のことを分かってあげているつもりだよ?」
後藤は、保田から目をそらした。
 「でも、今の私の気持ちなんて私にしか分からないよっ!!」
後藤はそういうと保田に背を向けて走り出した。
もうその場にいたくはなかった。
 「バカ・・・・分からいでか・・」
屋上に取り残された保田に突風が吹きつける。
短くても保田の髪が風とともに踊りだす。
 ・・バカ・・・・

25 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時17分29秒
後藤は家に帰ってからずっと泣き続けた。
保田に言ってしまった言葉が頭の中でこだまする。
もう、罪悪感の塊だった。
泣き止んで落ち着いては、また思い出して泣いた。
何も考えないでおこうと思えば思うほど、ネガティブなことを考えてしまう。
「これじゃあ、梨華ちゃんよりひどいよ」と時々自分突込みをしてみるが、気持ちは晴れなかった。
朝、スズメがさえずりを始める頃、後藤はベッドから起き上がった。
空は雲ひとつない晴天。気持ちは晴れなくても空は晴れるらしい。
目を真っ赤にしている後藤だが、その日の空はただただ青かった。
後藤は好きな映画「千と千尋の物語」の主題歌“いつも何度でも”の歌詞が頭に浮かんだ。


かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける
26 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時18分13秒

圭ちゃんに謝りに行かないと・・・・

後藤の頭の中はそのことでいっぱいだった。
せっかく心配して世話を焼いてくれたのにあんななひどいことを言ってしまった。
後藤はいつもより早い時間に家を出ようと準備を整えていたら携帯に着信があった。
それはマネージャーからだった。なにやら話があるということで、まず事務所にきてくれということだった。
ふと後藤は疑問が浮かんだ。
(なぜ、つんくさんは圭ちゃんに私の卒業のことを話したんだろう)
(つんくさんが内緒にしておけって言っていたはずなのに・・・)

ついでにつんくさんに聞いてみよう。そう思って後藤は事務所に向かった。
27 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時19分21秒
「失礼します」
後藤はそういってつんくがいる待合室に入った。
 「おお、後藤、久しぶりやな。ミュージカルの方はうまくやっとるか?」
 「ええ、ぼちぼちですけど・・・」
 「そうか、そりゃよかった。お茶でも飲むか?」
つんくはそう言って立ち上がると、隣にある給仕室に向かった。
帰って来たつんくはお盆にお茶を乗せてやってきた。
つんくは後藤にお茶を差し出すと椅子に座った。
後藤は、ちょっとお辞儀をしてお茶に手を伸ばした。
 「あの・・今日は一体・・・?」
 「ああ、そのことなんやけどな。昨日保田から電話があってな・・・」
(圭ちゃんから・・・。昨日のこと・・かな?)
 「あの・・それで・・?」
 「保田のことなんやけどな・・・」
つんくの言葉を待っていたように、後藤はお茶を置くとつんくに向かって話し始めた。
 「もしかして、圭ちゃんに私が卒業することを言ったことですか? あの、つんくさんが他の人には言わないようにって言っていたのにどうしてだろうと思ったんですけど・・・」
 「ん? ああ、そのことや。あのな、ちょっとした行き違いがあってな後藤のほうに話がいってなかったんや」
28 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時20分03秒
つんくはお茶を飲み干すと話を続けた。
 「あいつもな、後藤と同じ境遇やから・・」
 「・・・おなじって・・・・?」
 「保田なら、後藤の力になってあげれるんちゃうかなってそうおもったんや。老婆心やったかな・・・」
 「あの・・・同じ境遇ってどういうことですか?」
 「ん? 保田から聞いとらんのか?」
 「え? どういうことですか?」

 「・・・・・・するんや、あいつも。ちょっと前にな、そう話に来たんや」

後藤の頭がぼーとなる・・・。
つんくの口が動いているのが分かる。でも何にも聞こえてこなかった。
鼻の奥がつーんとしてきて、体中の血の気が引いてくるのが分かる。
手足の先端部分の感覚が少しずつ薄れていく。

 「卒業するんや、あいつも。ちょっと前にな、そう話にきたんや」
29 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時21分11秒
つんくは確かにそういった。
昨日の保田の言葉が脳裏に浮かぶ。

 「私が後藤の気持ちを分からないっていうの? 私はモーニングの中で一番、後藤のことを分かってあげているつもりだよ?」

(わかってたんだ・・・圭ちゃん、私の気持ち分かってたんだ・・・)
(圭ちゃんはいつだってそうだったじゃない)
(決していい加減なことを言う人じゃない)
(何であの時、圭ちゃんのことを信じられなかったんだろう・・・)
(圭ちゃんはいつも私のことを考えていてくれたのに)
(それなのに私は、圭ちゃんにひどいこと言っちゃった・・・)
30 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時23分06秒
後藤の目から涙が溢れる。
“ああ、昨日から私、泣いてばっかりだ”そう思っても涙は次から次へと流れ出す。
急に泣き出した後藤を見て、つんくは慌てて立ち上がった。
 「な、なんや、俺なんか変なこといったか?」
泣きながらも後藤はぶんぶんと首を横にふった。
 「私・・・圭ちゃんに、ひどいこと言っちゃった・・・。謝らなきゃ、早く謝らなきゃ・・・」
そういう後藤を見てつんくは、椅子に腰を下ろすと後藤に言った。
 「淋しかったんやな・・・。大丈夫、きっと大丈夫や。お前の周りにはステキな仲間がたくさんおるんやから」
後藤はうなずくことしかできずに、ずっと泣いていた。
31 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時23分51秒
 「圭ちゃん!!」
ミュージカルの練習をしていた保田は、後藤の声を聞いて驚きの顔を見せた。
 「お前、どこ行ってたんだよ! 遅いじゃんかぁ」
そんな、なんでもない一言一言が嬉しかった。後藤は保田の手を掴むと、他のメンバーが注目する中、屋上に引っ張っていった。
 「ちょっ・・・後藤、イタイ、イタイ〜」
周りで見ていたメンバーは互いに目を合わせると“分からない”という仕草をしていたが、後藤は気にしなかった。
 「ほら、後藤はなして。分かったから・・・」
屋上に着くと、後藤は手をはなした。それから保田に抱きついた。
保田はビックリしたが、なんとなく分かったのか優しく後藤を抱きしめた。
 「圭ちゃん・・・・、私も大好きだから、圭ちゃんのこと」
 「うん・・・・、ありがと」
 「ごめんね、圭ちゃん。私・・・自分のことばっかり考えてた。圭ちゃんはちゃんと私のこと見てくれてくれたのに・・・。」
 「つんくさんから話を聞いたの?」
後藤はゆっくりうなずいた。
 「だからいったでしょ、私が一番後藤の事をわかっているって」
 「うん・・・」
32 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時24分22秒
「ちょっとぐらい信用しろよなぁ(笑)」
 「うん、信用する・・・」
 「後藤・・覚えてる?」
 「ん?」
 「この場所。悲しい時とか嬉しい時とかよくここに来たよね」
 「うん、覚えてる・・・」
 「いつでも、この場所は変わらないよね」
 「うん・・」
 「でも、私たちは変わっていっちゃうんだよね」
 「・・・・・・」
 「私もモーニング娘。を卒業する」
 「うん・・・」
 「伝えたいことがあるから。自分自身の存在を確認したいから」
 「私も・・・」
 「よ〜し、じゃあミュージカルの練習をしっかりするよ」
保田は昨日の言葉をまた繰り返した。
後藤は、力強くうなずいた。
33 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時24分54秒
 「よし!それでこそ後藤だ。あんたは不器用だけどさ、でもやらなきゃいけないときはやれるんだから」

 「・・・ありがと・・・・」

すべての景色が、後藤に吸い込まれていきそうな笑顔を保田は見た。
保田がモーニング娘。に入ってから、嬉しい時、悲しい時、怒られた時、泣いた時、いつも来たこの屋上。
後藤をこの場所に連れてきたのは、後藤がプッチモニに入ってからしばらくたった後だった。
それからずっと、二人にとってこの場所は大切な場所だった。
いや、正確には二人ではないが・・・・

34 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時25分25秒
それからの後藤は、着々とミュージカルの準備を進めていった。
怒られる回数もかなり減ったし、重要な場面では紺野をカバーできるようにもなった。
自分の仕事をしっかりとこなせるようになり、余裕もできたせいか周りにも目を向けれるようになった。
 「紺野、その時にもっとこっちによった方がいいんじゃない?」
 「は・・・はいっ!!」
後藤はもともと人を引っ張るタイプではない。
しかし昔から、人を引っ張る仕事を任されて、その仕事をこなすことをやってきた。
結果として人を引っ張る役割を担っていた。
特に、同じ役割を担っている安倍と今回のミュージカルでは1部2部で分かれてしまっていることから、後藤は進んでその役割に従事していると保田は感じていた。

 「なんか、最近元気になってきたね」
矢口はそばにいた小川にそういった。
 「ええ」
言葉は少なかったが声は弾んでいた。
35 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時26分07秒
後藤が元気になってきてから、周りの雰囲気もよくなっているのを小川も感じ取っているのかもしれない。
 「そうよ、その調子! 後藤、やればできるじゃない! ほら、矢口と小川! そこで油売ってないで、次のシーン行くわよ」
先生の声が隅で雑談をしていた矢口と小川に飛ぶ。
 「は〜い」
二人ともやる気のない声で返事をすると、後藤は溢れんばかりの笑顔で
 「やぐっつぁ〜ん、こっちこっち。はやく〜」
と手を振って呼んだ。
 「今日、焼肉おごってよ〜」
矢口はしぶしぶ立ち上がると、後藤に向かってそういった。
 「じゃあ、やぐっつぁんのおごりでサウナだよ」

36 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時26分42秒
ミュージカルが始まる頃と同じくして、サッカーのワールドカップが日本で始まった。日本の健闘もあってモーニング娘。の中にもワールドカップに熱中するメンバーがいた。
 「早く準備しないと間に合わないですよ〜」
石川の声が飛ぶ。
 「わかってるよ。ちょっと待って!もう・・・・この試合が終わるまで、ミュージカルできないって・・・」
 「もう〜、保田さんそんなこといって・・・。あとで結果見れば済むことじゃないですかぁ〜。それに明日だって明後日だってサッカーはやってますよぉ」
 「ばかっ、この試合はね、今日の今しか見れないんだって。たとえ明日この組み合わせで試合したって今日と同じ試合はありえないんだから・・・」
 「もう〜そんなこと言って・・・。まるで、毎夜プロ野球を見ている“お父さん”の言い訳とおんなじですよ。だから、辻ちゃんや加護ちゃんにオバちゃんなんて呼ばれちゃうんですよ」

そんな一幕もありながらミュージカルは大成功のうちに幕を閉じた。
37 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時27分36秒
 「かんぱ〜い・・・ベイベ〜」
飯田の乾杯の声でミュージカルの打ち上げが始まった。
約一ヶ月の間、娘。はミュージカルに集中して取り組んだ。
5期メンバーにとっては初めての体験だった。
そして、見事やり遂げた。まだまだ幼いと思っていた5期メンバーを見直した後藤だった。
“ふふっ”と後藤は今、自分が考えたことに苦笑する。
(ちょっと前までは私がみんなの足を引っ張る立場だったのに・・・・)
後藤は、後藤のあとに娘。に加入してきた吉澤、石川、辻、加護を順番に目で追った。
吉澤と石川は楽しそうに話をしている。
辻と加護は相変わらず、安倍や飯田にちょっかいを出しては逃げ回っている。
微笑ましさと同時に、一抹の寂しさを感じる後藤だった。
 「なに感慨にふけってるの?」
後藤に話しかけてきたのは保田だった。
 「圭ちゃん・・・」
スタッフとちょっとビールを酌み交わしたらしく顔がちょっと赤い。
 「うん・・・なんかね、今回のミュージカルがすっごいよくて・・・」
 「・・・・頑張ったもんね、後藤・・・」
 「そんなこと・・・ないよ。だいたい、私、努力は苦手だし」
38 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時29分50秒
「あ〜、久しぶりに聞いたなぁ、その言葉」
 「うん・・・。それで、モーニング娘。っていいなって・・・」
 「・・・・・うん・・私もそう思うよ」
二人は顔を見合わせると声もなく笑った。
二人ともそう思えることが、二人にとって嬉しかった。
 「後藤さん・・・・・」
後ろから、か細い声が聞こえ後藤と保田がふりむくと紺野が立っていた。
 「あの・・・、ミュージカルお疲れ様でした。私、後藤さんに迷惑ばかりかけてしまって・・・。あの・・」
 「ううん、そんなことないよ」
後藤は紺野の言葉をさえぎって言った。
横では保田も笑いながらうなずいている。
 「このミュージカルでね、今まで見たことのなかった紺野を見ることができたよ。それに、紺野だって今まで以上頑張ってきたでしょ。その頑張りがすごく伝わってきたよ」
 「うん、紺野って後藤と同じで頑張っているって表に出さないタイプじゃない? でも今回は紺野が頑張っているってことがすごく伝わってきた。それを感じてね、きっとこの一年、紺野はずっとずっと頑張ってきていたんだなっていうのが分かったよ。ほんと、よく頑張ったね・・・」
39 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時30分34秒
紺野は普段より1オクターブ高い声で
 「あ・・・ありがとうございますっ」
というと、元の場所に戻っていった。
二人の目から見ても紺野が照れているのがよく分かった。
 「紺野は・・・・」
保田はそういうとちょっと黙った。後藤は“ん?”と保田を見る。
 「紺野は、褒められることに慣れていないのかもしれないね・・」
 「うん、そうだね・・・」
 「でも、誰よりも褒められたいと思ってる。褒めたら褒めたで照れてるところがかわいいけどね」
 「・・・・・・」
 「そういうところは、後藤に似てるんじゃないの?」
保田は笑いながら言った。
 「え〜、そうかなぁ・・・・」
 「うん、そうだよ。絶対そうだって」
保田の確信に満ちた態度にちょっと照れる後藤であった。
 「圭ちゃん、圭ちゃん!」
見ると向こうで安倍や飯田と一緒にいる矢口が呼んでいる。
 「ん・・・。ちょっといってくるわ」
40 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時31分19秒
そういって保田は、後藤の隣から立ち上がった。“いったい何よ〜”といいながら保田は3人の輪に入った。
 「強いな・・・圭ちゃんは・・・」
ポツリと後藤がつぶやいた。
しばらくすると、会場がざわめくのが聞こえた。
後藤は何事かと声の方を見るとつんくの姿が見えた。
 「いやいや、皆さん、ご苦労様です」
つんくは何度も挨拶をしながら会場の中を回っていた。
他のメンバーもつんくに挨拶をしている。
後藤は今は、つんくと話をしたくなかった。
なんとなくつんくを避けるように会場内を移動していた。
しかし、後藤が椅子に座ってベーグルに夢中になっているときにつんくにつかまってしまった。
 「ちょっとええか?」
 「あっ、つんくさん・・・。どうぞ・・」
つんくはゆっくり腰を下ろした。
 「ミュージカルはどやった?」
 「ええ、楽しかったですよ」
 「楽しかったか・・・。うん、ええこっちゃ」
 「紺野がすごい頑張ってて・・・。こっちが助けなくちゃいけないのに何度も助けてもらったりしてたり・・・」
41 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時32分03秒
つんくは相槌を打たずにじっと後藤の話を聞いていた。
 「たとえば、1部の人のミュージカルを見ているだけで後藤に“頑張れ”って言ってくれているような気がして。だから後藤も頑張ろうって思えました」
 「・・・・・・」
 「なんか、モーニング娘。っていいなぁって・・・・ちょっとモーニング娘。をやめたくないって思っちゃいました」
 「ほうか・・・」
つんくは何かしら考えているみたいだった。少なくとも後藤にはそう感じられた。

 「私、モーニングが大好きです。ずっと・・・・ずっと一緒だったから・・・。笑ったり、泣いたり、喜んだり、頑張ったり、遊んだり・・・・いつまでも一緒にいたいと思うんです。やっぱり、モーニングをやめたくない・・・」
最後のセリフは、しっかりとしゃべる事ができなかった。声を震わせながら胸の奥から搾り出した言葉だった。
 「後藤・・・お前がモーニングを好きだといってくれる言葉は嬉しいで。俺にだってモーニングを支えているという自負があるし、モーニング娘。は俺にとってまさに娘見たいなもんや。正直な、後藤がこのままモーニングに残るのがええんか、モーニングを卒業するのがええんか、俺にもわからん」
42 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時32分38秒
つんくはそういって言葉を切った。
さも後藤にその結論を委ねているようでもあった。
後藤は目の前においてあったグラスに目をやる。
2つのグラスにオレンジジュースとリンゴジュースが注いであった。
後藤はどちらのグラスを取ろうか一瞬躊躇したがリンゴジュースのグラスを手に取ると一気に飲み干した。
 「今・・・・・・」
おもむろにつんくが口を開いた。
 「今、お前はリンゴジュースを選んだやろ」
 「・・・ええ・・・」
きょとんとした顔で後藤はつんくを見つめる。
 「一つの決断や。いま、後藤はリンゴジュースを飲むという決断をした。その代わり、オレンジジュースを飲むという可能性を捨ててしまった・・・。決断っていうのはそういうこっちゃ。何かを決断する時は、その代償としてオレンジジュースを捨てないといけないんちゃうんか?」
つんくの言いたいことは分かった。
でも後藤には次にでる言葉はでてこなかった。
 「お前にとってオレンジジュースは一体なんなんだろうなぁ・・」
つんくはポツリとつぶやくと、話を続けた。
 「後藤、モーニング娘。にはいったばかりの頃を覚えとるか?」
こくりと後藤はうなずく。
43 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時33分20秒
「あの時のお前の気持ちはどないやった? 友達や家族と過ごせる時間が少なくなるのは悲しくなかったか?」
 「・・・・・悲しかったです・・」
つんくは後藤の言葉を待って話を続けた。
 「それでも、モーニングになることをお前は選んだんやろ? それは、悲しみの向こう側に何かがあったからやないんか? お前にはその時、その向こう側が見えていたんちゃうんか?」
忙しいモーニング娘。の生活の中、後藤はいつの間にかそういう基本的な部分を忘れてしまっていたのかもしれない。むしろ積極的に忘れようと、心の自己防衛が働いていたのかもしれない。
 「後藤は実家通いだからまだいいが、安倍や飯田、紺野は北海道から来とんのやで。小川は新潟だし、高橋は福井や。みんなそれなりの覚悟を持って・・・そして、大切なものを捨てて来てんねや。何も捨てたくないっちゅうのは後藤の甘えや。甘えを残しているうちは気持ちはええもんや。周りにはたくさんの可能性に溢れているように思えるから安心できる。でもな、それは可能性を捨てる痛みから逃げているってこととおんなじなんやないかなぁ」
後藤はずっと黙って聞いていた。
44 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時33分57秒
「俺はな、今回のミュージカルでその痛みを乗り越えろってことを伝えたかったんや。後藤も自分でやっているうちに分かったと思うが」
 「はい・・。私が役に感情移入すればするほどまるで自分のことのように感じてちょっとつらかったです・・・」
 「1部も2部も、夢を持つことの素晴らしさ、夢に向かうことの美しさ。そして、それに伴う痛みと悲しみ・・・。そんなことを言いたかったんや」


 「俺は、不器用でも夢に向かって頑張ってる、後藤真希が好きやで」


 ゆ め に む か っ て が ん ば る



45 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時35分32秒
後藤は3年前のオーディションを思い出していた。
小さい頃から芸能界に入りたかった後藤は、色々なオーディションを受けていたがそのことを母親は快く思っていなかった。
後藤にとってモーニング娘。のオーディションはラストチャンスだった。

 「大変ですけど、やっぱ、やってみたいことだし。もしなれたとしても、続けていきたいし・・・頑張りたいです」

(ああ、あの頃、あの続いている道を進めばこんなところに着くなんて知りもしなかった)
(でも、歩いていけたのは私が何も知らなかったから・・・かな)
(ただ、がむしゃらに進むことしか知らなかった)
(道が長いことも知らなかった)
(もしかしたら、道の先に何もないなんて考えもしなかった)
(道を歩いていったら道に迷うなんてこと考えなかった)
(確かに、私ははじめからモーニング娘。になりたかったわけじゃない)
(でも、いまはモーニング娘。でありたい。そう思っちゃ駄目なのかな?)
(どっちが大切かなんて分からないよ・・・)
46 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時36分02秒
 数日後、つんくが後藤の新曲を持ってきた。
 「これや。題名は“やる気!IT'S EASY”や」
 「“やる気!IT'S EASY”ですか(笑)」
後藤はいつも新曲の名前を聞くたびに見せる笑顔を見せた。
 「これはな、後藤への誕生日プレゼントや」
 「誕生日プレゼント・・・・ですか?」
 「とりあえず聴いてみてくれんか?」


大丈夫 きっと 大丈夫
大丈夫 きっと 大丈夫

偶然 あなたと出会った
ヒトメボレ!恋が始まった
突然 あなたがKISSした
ヒトリジメ!幸せの瞬間

悩まない青春はきっと
ないらしい
LET IT BE! DON'T BE AFRAID
恋も夢も
47 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時36分32秒
 「どうした後藤?」
 「あの・・・・なんていうか、まだこの唄を歌う決心がついていなくて・・・・」
 「・・・・・・」
つんくは黙った後藤を見ていた。
 「ほうか・・、なら帰っていいで」
 「すみません・・・」
 「このレコーディングな、来週までに歌入れしないと間に合わへんのや」
 「・はい・・」
 「それまでに、気持ち入れてきてくれんか。今回の歌は、後藤、お前が主人公や。等身大の・・・そして、今だから歌えるお前の気持ちを表現してほしい。今のお前の気持ちを込めて、気持ちを込めて歌ってほしいんや。そやから絶対に中途半端に歌ってほしくはない」
 「・・・・・・」
後藤は黙ってレコーディング室から出て行った。

(ああ、何やってるんだろう・・・私。)

48 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時37分55秒
後藤は空いた時間をもてあましていた。自然と後藤はあの場所に向かっていた。
扉を開くとギィ〜と錆びた音が響く。
(いつも一緒の音だ・・)
後藤はそのことが嬉しかった。
いつもと一緒・・・。
いつも一緒・・・。
そう願ってはいけないんだろうか。
 「後藤・・・」
扉を開けて姿勢で止まっていた後藤は、はっとして前方を見る。
声の主は保田だった。
 「圭ちゃん・・・・・」
 「どうしたの? 今日新曲のレコーディングじゃないの?」
 「うん・・そうだったんだけど、つんくさんにいってちょっと延期してもらっちゃった・・」
 「体調でも悪いの? そういえば最近また元気がないみたいだけど」
 「私、圭ちゃんみたいに強くないから・・。モーニング娘。を卒業したくないってやっぱり思っちゃって・・・。でもそんな自分も許せないの。自分で言い出したことのくせになに言ってるんだろうって。でも、・・・でも、やっぱりモーニング娘。から離れるのが寂しいの」
49 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時38分35秒
「私が強い?」
保田はそういって笑った。
 「強いよ、十分圭ちゃんは強いよ」
 「私は強くなんかないよ。ホントそれは後藤と一緒だよ。でもね、きっと後藤より5年くらい長く生きていると分かってくることってあるんだよ」
 「分かってくること?」
 「そう・・・。きっと裕ちゃんも分かってるんじゃないかな」
 「それは一体なんなの?」
 「絆・・・かな」
 「・・・・絆?」
 「そう絆。絆が見えるんだよ。過去から未来へ続く時系列の中に隠れてしまいそうな、なくしてしまいそうな絆の結び目が見えるの」
保田は後藤を一瞥してから話を続けた。
 「後藤は、モーニング娘。を卒業したら、その絆が切れてしまうのが怖いんじゃないの? いつもそばにいないと絆がなくなってしまうんじゃないかってことが怖いんじゃないの?」
 「そんなこと・・・・・」
そんなことない・・と断言できなかった。
50 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時39分14秒
「近くにないと見えない絆なんてそんなのは幻だよ」
 「・・・・」
 「見えるけれど、ただの目の錯覚・・・蜃気楼みたいなものよ」
 「でも・・・」
 「でもね、私には見えるよ。離れてしまっても続くであろう絆が」
今まで後藤は保田のそばにいてずっと頼りにしてきた。今の後藤には保田がとても大きく思えた。
頼りがいがあると思っていたけれど、これほど保田を大きく感じたのは始めてであった。
 「裕ちゃんにも見えていたんじゃないかな・・・。だから、卒業ができたんだと思う」
 「どうやったら見えるようになるのかな・・・・・」
しばらく保田は考えた後こういった
 「Waht you love, set it free. 
If it doses not come back to you, it was never yours. 
If it dose come back to you, it was always yours.」
 「え?」
 「聖書の一節なんだけどね、“愛するものを手放して、それが戻ってこなければ、それは初めから自分のものではなかった。でももし、戻ってくれば初めからあなたのものだった”って意味なの。もし後藤がみんなとの絆を信じるのなら、手放してみればいいんじゃないの?」
 「手放すって、捨てちゃうってことじゃないの?」
51 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時39分47秒
「ちがうちがう、捨てるってことじゃない。しがみつかないってこと。惑わされないってこと」
 「でも・・・それで本当になくなってしまったら・・・」
 「・・・怖い?」
保田が優しい顔できいた。後藤は間髪おかずにこくりと頷いた。
 「私も怖いよ・・・」
意外な保田の言葉に、後藤はびっくりした顔をする。その顔を見て保田は笑った。
 「なに? 私は全然怖くないって思ってた?」
 「・・うん」
恥ずかしそうに後藤が返事する。
 「私だって怖い。逃げ出したいとも思う。だから、この場所に来たっているのもある」
後藤はハッとした。
(そうだ、圭ちゃんだって理由もなくここに来るわけがないんだ。圭ちゃんだって怖いんだ)
 「でもね、紗耶香が以前にいっていたことを思い出したの」
 「市井ちゃんが?」
 「そう・・・。紗耶香も自分が卒業する時すごく悩んでた。私や・・・もちろん後藤と別れるのは辛いって。でも、紗耶香には紗耶香の夢があった」
後藤は何度も頷いた。
52 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時41分57秒
「紗耶香も何度も逃げ出したくなったんだって。でもそのたびにこう思っていたんだって。“逃げ出したい時は我慢せずに逃げればいい。でも、そのときは絶対前に逃げてやる。前に逃げて進んでやるんだ”って」

市井や保田がみんなから離れてしまうことを怖いと思っていると聞いて、後藤は少し安心した。
(圭ちゃんも、そして市井ちゃんも同じだったんだ。怖かったんだ。怖くて怖くてどうしようもない時があったんだ。それでも市井ちゃんは進んでいったんだ。そして圭ちゃんも進もうとしている。何かをつかむために。・・・・負けない。負けたくない。今は何か分からないけど、いつかそれをつかんでやる)
53 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時42分31秒
「簡単になくなりなんかはしないよ。私たちがこれまで育ててきたものは」
保田は何度も後藤につぶやいた。
 「後藤・・、後藤にとってモーニング娘。は大切なものでしょ?」
 「うん・・・」
 「モーニング娘。になったこと後悔してる?」
 「後悔だなんて・・・・そんなわけないよ。圭ちゃんにも会えた、よっすぃ〜にも、そして市井ちゃんもそう。安倍ちゃんややぐっつぁん・・たくさんの人に出会えた。だからモーニング娘。にはすごく感謝してる」
 「・・・そっか。なら後藤がすることはもう決まってるよね・・・」
54 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時43分37秒
後藤は自宅に帰るとすぐに今度の新曲“やる気!IT'S EASY”を聞いた。
“大丈夫 きっと 大丈夫”という言葉はモーニング娘。にとって合言葉のようなものだった。
後藤は他のメンバーから何度もこの言葉を言ってもらっていた。
10日で10数曲の歌と踊りを覚えなければいけなかったとき
プッチモニで活動していたとき、市井紗耶香が卒業するとき
中澤裕子が卒業するとき、後藤がソロ活動をやっていくとき
ミュージカルをしているとき・・・・

何度、この言葉をかけられたか、何度この言葉に救われたか・・・

とっても長い夜だって
笑ってばかりした日だって
TENDERNESS!
私の時間

大丈夫 きっと 大丈夫
大丈夫 きっと 大丈夫
OH!IT'S EASY きっとやる気次第
OH!IT'S EASY 全部自分次第
55 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時44分12秒
つんくは誕生日プレゼントだと言っていた。
ベッドに体をうずめると心臓の鼓動が大きく響いてくる。
その鼓動に合わせて心臓が締め付けられるような気がしてくる。
“歌いたい・・・”そういう感情が後藤の体中から溢れてくる。
そして、体から溢れた感情が落ち着いてきたときに、体が次第に震えてきた。
(これは・・・武者震い?)
歌いたい・・・・、そして伝えたい

みんなに

モーニング娘。のメンバーみんなに

ファンのみんなに

後藤を知ってくれている人すべてに


今まで、ずっと言われ続けてきた言葉を、今度は後藤から言ってあげたい
何度も勇気付けられた、だから今度は後藤が勇気付けてあげたい
後藤はその夜、なかなか寝付けなかった。
56 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時44分58秒
 「よし、それじゃあ、レコーディング始めるぞ」
 「はいっ!」
後藤は元気よく返事をするとブースの中に入った。
マイクの前に立つと今までになかった緊張感が後藤を包み込む。
昨日の夜の震えがまた後藤を襲う。
 「怖いんか?」
つんくは後藤のひざが笑っているのを見て言った。
後藤はこくりとうなずいた。
歩くのさえおっくうになるけれど、それでもマイクの前に立った。
 「今の私に、この歌を歌って人に何かを伝えることが出来るのか不安なんです・・・」
 「・・・・・・」
つんくは黙って後藤を見つめる。
後藤の手が震えているのも分かる。
 「・・人に何かを伝えるというのは生易しいものじゃない。後藤・・負けるなよ・・・」
つんくはいつもどおりブースの中の椅子に座ると“いくぞ”と小さくつぶやいた。
57 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時45分39秒
うっかりドジをした日だって
怒ったり涙した日だって
KINDNESS!
愛情を注ごう
大丈夫 きっと 大丈夫
大丈夫 きっと 大丈夫
OH!IT'S EASY きっとやる気次第
OH!IT'S EASY 全部自分次第

この歌は、等身大の後藤だとつんくは言った。
歌詞のフレーズフレーズに思い当たる節がいくつもあった。
この主人公は後藤だ・・・、歌っている時に後藤は何度もそう思った。
これは市井ちゃんだ。ここは裕ちゃんだ。これはあの日のことだ・・・
そして何よりも嬉しかったのはそのことをつんくが知っていてくれたことだった。
私を見ていてくれているんだ。
そして、そんなつんくさん、そして圭ちゃんが私の背中を押してくれている。
手をつないで引っ張るわけじゃなくて
背中を“ぽんっっ”て押してくれている。
やらなきゃ、伝えなきゃ・・・・
58 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時46分11秒
7月はハロープロジェクトのコンサートがあり、最終代々木のステージで後藤真希の「やる気!IT'S EASY」を初披露した。
7月29日のライブが終わったあと、モーニング娘。はつんくに会議室に呼び出された。
後藤には何の話かは分かっていた。
何も知らない他のメンバーは陽気にはしゃいでいる。
ライブの興奮が収まらないといった感じだ。
 「なんの話なんだろうねぇ〜」
隣に座った加護が笑いながら後藤に話しかけてくる。
 「・・・・・・じっ・・・じつは・・」
 「どうしたの? ごっちん?」
しゃべりかけた後藤の言葉を加護がさえぎった。
 「ん、な・・なんでもないよ・・」
後藤の胸がズキンと痛む。今この場においてでさえも誤魔化さなければいけないことに。

つんくはみんなが席に着くのを確認すると後藤真希が卒業することと、保田圭が卒業することを一言一言をゆっくりかみ締めるように話し始めた。
59 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時46分45秒
手を握って横に座っていた加護がぎゅっと手を握る。
後藤が加護の顔を見るともう加護の目は涙で溢れていた。
前の席に座っていた小川も口をへの字に曲げて泣きじゃくっている。
安倍や飯田、矢口は涙をぐっとこらえている感じだ。
保田は目を伏せている。

 「後藤と保田、ちょっとええか話があるんや」
つんくはそういって立ち上がると、扉に向かった。
保田と後藤はつんくと一緒に部屋を出ようと立ち上がろうとしたが、後藤の手はまだ加護の手に握られていた。
 「加護ちゃん・・・」
後藤は、手を離すように加護にやさしく呼びかけた。
加護はビクッと体を縮めると、ゆっくり後藤を見上げた。
後藤は、奇妙な錯覚を覚えていた。
今、目の前でおびえた顔をしている加護がまるで昔の自分のことのように思えてきたのだ。
60 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時47分47秒
「加護ちゃん、私はどこにも行かないから・・・・」
後藤はやさしく微笑んでそういったが、加護はブルンブルンと首を横に振った。
 「いやだ・・・、いやだよぉ、ごっちん・・・」
加護は後藤の手をますます強く握った。
後藤は今の加護が何よりもいとおしいと思った。
加入当初から後藤は加護の教育係としてずっと世話を見てきた。
叱ったこともあるし、慰めたこともあった。一緒に笑ったし、一緒に頑張った。
屈託のない笑顔ではしゃぎまわっているのを見て元気になれた。
加護と接することで後藤自身が変わったって思える気がした。
加護が好きだ。後藤は加護が大好きだ、とそう思った。
61 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時48分31秒

 「じゃあ、私、加護の教育係やりますよ」
その一言から、後藤と加護の関係が始まった。
エネルギーいっぱいの加護にいつも振り回されっぱなしだった。
いつも明るい加護だったけれど、普段見えない部分で弱い、寂しがり屋の加護をよく見ていたのは後藤だと自負もしていた。

 「加護ねぇ、毎日お母さんと電話してるんですよぉ」
 「どんなことを話してるの?」
 「今日どんなお仕事をしたとか、今日の晩御飯のこととかです」
加護は言い終わったあとに付け足して
 「あと、後藤さんのこととかも話しているんですよぉ」
 「え〜後藤の話もしてるの? 恥ずかしいからやめてよぉ〜」
 「お母さんね、いっつも電話すると泣くんですよ」
 「泣くの?」
 「泣くんですよ」
 「お母さんはどうして泣くの?」
 「えっとね、加護がいないのが寂しいって泣くんですよ」
 「その時加護ちゃんはどうするの?」
 「加護はですね、お母さんを叱るんですよ」
 「加護がお母さんを叱るの? どうゆう風に?」
 「お母さん、泣いちゃ駄目だよ!って(笑)」
62 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時49分11秒
「へぇ〜、偉いね、加護ちゃん」
 「へへへ、だって加護ももうお姉ちゃんだし。頑張らないといけないじゃないですか」

地方にモーニング娘。で仕事に行ったときだった。後藤は、仕事が終わってホテルで一人くつろいでいた。
後藤は最近、モーニング娘。内で、はやっている漫画を一人で読んでいた。
そろそろ寝ないと明日の仕事に支障をきたすと思いつつも、続きが気になってやめれないでいた。

“コンコン”

外に出てみるとそこには加護がいた。
 「ん?どうしたの?」
うつむきながら加護は“一緒に寝ていいですか?”と尋ねた。
後藤は、もちろんと言って加護を部屋に招きいれた。
 「なんか修学旅行みたいですねぇ・・」
 「加護はまだ小学校の修学旅行しか行ったことないんだよね」
 「そうです」
加護はうなずいた。
 「じゃあ、明日も早いから、もう寝よっか?」
加護と後藤は一つのベッドで一緒に寝た。
63 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時49分45秒
後藤も昔はよく、市井、保田などと一緒に一つのベッドで寝たことがあったので懐かしかった。
後藤はベッドに入るとすぐ目を閉じて羊の数を数え始めた。

 「もう寝た?」
もうろうとしていた後藤の意識は加護の言葉によって引き戻された。
 「・・ん・・・起きてるよ・・」
 「へへへ」
 「どうしたの加護? 一人で寂しかった?」
 「わたし、お父さんとお母さんとは別々に住んでいるから、一人で寝るのは慣れているんですよ・・・」
寂しくないとでもいうのだろうか? お父さんとお母さんと別々に住んでいるから? 慣れてしまっている?
それでも加護はまだ中学生だ。
 「・・・・・・」
強がっているんだろうと後藤は思った。
 「加護ちゃんはいい子だね」
 「そんなことないですよ・・」
 「少なくとも私なんかよりはずっといい子だよ」
 「・・・・・・・」
 「後藤にはね、お父さんがいないの。それがすごくすごく寂しかった・・・」
64 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時50分20秒
 「・・・・・・・」
 「でも、どんな時も頑張って支えてくれているお母さんを見て、そんなこと思っちゃいけないなって思ったの」
加護は何度もうなずいていた。
 「だから、私はお母さんが大好き・・。尊敬もしてる。加護はお母さん好き?」
もちろんですと言って加護は笑った。
 「やっと笑ってくれたね」
 「えっ?」
 「後藤はいつも笑顔でいる加護が好きだからさ・・」
何も考えずにぽろっとそういう言葉がこぼれた。
 「時々は、甘えたっていいんだよ。もし寂しくて、寂しくて、寂しくなったら後藤のところにいつでも来ていいからね」
加護はただ黙って、後藤の手を握っていた。


 「後藤が、加護のお母さんになってあげるから・・・」


加護の握る力が強くなったように感じた。
 「なにいってるんですか・・・後藤さん・・・」
 「ねぇ、なにいってるんだろうね・・・」
後藤も照れながら相打ちを打った。加護の声が震えているのが分かる。
 「後藤さんがお母さんなら、よっすぃ〜がお父さんじゃなきゃいやだよ・・」
65 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時51分06秒
「なに〜、後藤とよっすぃ〜は結婚してるの?」
 「そうだよ・・・、でね、中澤さんがおばあちゃんなの・・」
二人で笑いながら、細かい設定をつめていった。
 「圭ちゃんは、隣の家のオバチャン役!」
 「ののは同級生で、梨華ちゃんは向かいの家のお嬢様」
 「やぐっつぁんは、梨華ちゃんのお姉さんで・・・・・・」
 「飯田さんは、その家の使用人なの!!」
 「じゃあさ、なっちはなんなの?」
 「安倍さんですか〜・・、私のお姉ちゃん♪」
 「え〜、なっちは加護ちゃんのお姉さんなの? だったら、私はなっちのお母さんになっちゃうじゃん(笑)」
 「あっ、そうか・・でもいいや〜」
 「よくないよ〜」
二人は話しつかれるまで一緒に話した。
そのうち加護は話しつかれたのか、後藤をひとり残し眠ってしまった
長い静かな夜だった。
66 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時51分36秒
後藤は横で寝ている加護を見ながら、そのうち眠ってしまった。
加護は後藤の手を夜中、握り続けていた。
加護が後藤をお母さんのように慕い始めたのはこの後だったのではないかと後藤は記憶している。
後藤さんという呼び名もいつの間にかごっちんになった。

後藤さん・・・

・・・後藤さん・・・・

・・ごっちん・・

ごっちん・・・

67 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時52分16秒
「ごっちん!」
加護の後藤を呼ぶ声で、後藤の意識が元に戻る。
行かないでという表情が見て取れる。
 「加護・・・」
そういって、後藤は加護の頭に手をのせる。

 「後藤はいつも笑顔でいる加護が好きだな・・」

加護はそれでも手を離さなかった。
 「後藤の好きな加護ちゃんでいて欲しいな・・・・・、いつだって、後藤は加護ちゃんのお母さんだから・・・・」
小刻みに震えていた加護の手は、とても弱々しく感じた。それでも後藤の言葉を聞いて加護はゆっくりと後藤の手を離した。
後藤は、加護の手をそっと握ると手の甲を優しくなでてやった。
 「ありがとぅ・・・」
後藤は立ち上がると、保田と一緒に会議室を出た。

バタンと扉を閉じると、後藤はその扉にもたれかかった。
保田も同じようにもたれかかっている。
 「みんな泣いてたね・・・・・」
保田がポツリとつぶやいた。後藤は何も言わなかったけれど保田に気持ちは届いているはずだ。
68 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時54分17秒
すすり泣く声がずっと聞こえた。
 「みんな、泣いてちゃ駄目だよ!」
中澤のあと、モーニング娘。のリーダーを務めている飯田の声がした。
その飯田も少し涙声なのが、扉を隔てて聞いている保田や後藤にも分かった。
飯田のことだから目をはらしながら言っているに違いない。
本当は一人で泣きたいのではないかな・・・と保田は思った。
それでも、飯田の責任感がその言葉を言わせるのだろう。
 「寂しいのはあの二人だって一緒だもん。それでも後藤と圭ちゃんは、モーニングを卒業しようと決心したんだよ」
一瞬、すすり泣く声が止まったような気がした。
69 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時55分33秒
「うん、そうだね・・・。やっぱり最後は笑顔で送ってあげたいよね」
今まで一番多くの卒業生を見送っている安倍が飯田にいた。
 「ごっちんと圭ちゃんが、安心して卒業できるように私たちが頑張らないといけないんじゃない?」
 「吉澤!ほら、泣いてないで。もっとかっけぇ〜吉澤を見せてあげなよ!」
吉澤も泣いているのだろう、安倍が吉澤の肩を叩く音が聞こえる。
 「私は・・・いつも二人に迷惑かけっぱなしで・・・。なにも・・・なにも、お返しできてない・・。ありがとうって言葉だって、数えるくらいしか言ってない・・・」
普段、冷静で感情を表に出さない吉澤が泣き崩れている。
吉澤がこれほど泣き崩れているのはいつ以来だろう・・・
70 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時56分12秒
「プッチモニは吉澤や」
つんくの一言から、保田、後藤、吉澤の関係が始まった。
吉澤はモーニング娘。に入る前から特にプッチモニが好きだった。
ポップで元気なちょこっとLOVEは、吉澤を何度も元気付けてくれた。しかし、吉澤にとってプッチモニに入ることは、嬉しい反面、不安な面も大きかった。

 「よろしくお願いします」
吉澤は緊張した面持ちで後藤と保田に挨拶をした。これからプッチモニとしての活動が始まるのだ。吉澤と後藤は同い年だが、モーニング娘。内の立場も一般的な認知度もすでに、大きな開きがあった。
その開きは、歌、ダンスの面においても顕著に現れていた。吉澤自身は自分の運動能力を過信しているわけではなかったけれど、それでも自信はあった。
71 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時56分55秒
しかし、現実は甘くはなかった。モーニング娘。ではまだ新メンバーということもあり、最小限のダンスしか要求されなかった。しかし、プッチモニは3人のユニットであり、吉澤であろうと要求されるレベルは後藤と保田と変わらなかった。
同じだけ練習しても後藤と保田には置いていかれてしまう。それが吉澤には歯がゆかった。
理不尽だと思ってしまう。どうして私だけ・・・・どうして私だけ・・・・
その分、吉澤は影で一生懸命練習した。
保田や後藤もがんばっていることを吉澤は知って、吉澤はそれ以上の努力をしようとし始めていた。
モーニング娘。の活動の合間、ちょっとした休憩の時、仕事が終わった後に居残りで練習した。
後に吉澤は振り返ってこの時期がなければ今の吉澤はいなかったと言った。そして、一番つらい時期だったけれど、一番大切な時期であったとも言っていた。
72 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時57分33秒
朝早く目覚めた吉澤だったが、前日の練習により体中が筋肉痛であった。
 「アイテテテ・・・」
起き上がろうとするが体が言うことをきいてくれなかった。
 「今日、休もうかな・・・・・行きたくないな・・」
がんばってもがんばっても、前が見えてこない現状から逃げ出したい言葉であったが、何気ない一言でもそう口に出してしまうことで本当に行きたくなくなってしまう。
グダグダしているうちに吉澤のお母さんが部屋に入ってきた。
 「ひとみ、何してるんだい? 早くしないとお仕事に遅れちゃうでしょ」
 「ん・・・お母さん・・。今日休みたい・・・」
 「何を言ってるんだよ。仕事場では、お前を待っている人たちがいっぱいいるんだよ。そんなこと言っててどうすんだい」
 「でも・・・・」
 「ほらほら、起きなさい。そんないい加減な気持ちでモーニング娘。に入ったのかい? まったく甘えてないで、早く朝食食べちゃいなさい」
吉澤はしぶしぶ起き上がると、朝食を取るために1階へ降りていった。その前に母親に“甘えてなんかないけどね”という捨て台詞を残した。
73 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時58分08秒
「お母さん、茶碗割っちゃったの?」
席についてから机の上においてある割れた破片を見つけて吉澤は言った。
 「ん? そうそう、今日うっかりやっちゃったのよ」
 「おっちょこちょいなんだから〜」
 「お前だって十分おっちょこちょいだろ」
 「ははは、まあそうだけど・・・」
笑う吉澤を見て、母親は安堵の表情を浮かべた。
 「大丈夫そうだね。ほら、今日もお仕事がんばっておいでよ」
 「うん・・ありがとね、お母さん」
吉澤は朝食を食べ終わると身支度を整えると元気に家を飛び出していった。
今日もプッチモニの振り付けの練習だ。今日もがんばるぞと吉澤は自分自身に言い聞かせた。

 「そこは右から、後藤! 吉澤をよく見てあわせて。吉澤ももっと自信を持ってやりなさい!」
 「はいっ!」
後藤と吉澤は同時に返事をし、お互い目線で笑いあった。そんな姿を横で見ている保田も顔がほころぶ。
74 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)20時59分38秒
 「おつかれさまでした〜」
仕事が終わって吉澤は帰り支度をし始めた。後から入ってきた後藤が声をかける。
 「よっすぃ〜、今度の新曲の歌収録は来週だってさ」
新曲というのはプッチモニの新曲である。プッチモニとしては2作品目となる。
 「あっ、そうなんだ。がんばらなくっちゃね」
 「そうだよ、頼むよ後藤、吉澤。紗耶香がいなくても大丈夫なことを、紗耶香とファンのみんなに教えてあげなくちゃいけないからね」
いつの間にか二人の会話を聞いていた保田が口を挟む。
 「そうだね・・・」
後藤がトーンを落としてつぶやく。
 「それにしてもさ・・・」
保田は続ける。
 「吉澤はこれまでよくやったよ・・・・・」
 「えっ・・」
急な言葉に吉澤は驚いた。
75 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時00分10秒
「はじめは一体どうなることかと思ったけど、この一ヶ月くらいの間に吉澤はすごい伸びたよ」
保田の言葉のヒトコト、ヒトコトが心に染みていく。まぶたが熱いっていうのは、こういうことを言うのか・・・と吉澤は実感した。
 「そんなことないです・・・私なんてまだまだで・・・」
照れながらも目から涙が溢れ出す。やっと・・・・やっと・・保田さんに褒めてもらえた。
市井紗耶香がプッチモニを卒業してから、誰の目から見ても保田は厳しくなったことが分かった。このことは、吉澤は後藤からも聞かされている。
 「圭ちゃんにとって、市井ちゃんは特別だから・・・・。ライバルであり親友だから。そしてやっぱり、二人にとってプッチモニって大切なものだから・・・」
 「・・・・・」
吉澤は何も口を挟めなかった。保田にとってプッチモニは特別なのだ。だから吉澤も保田に応えたいと思ってがんばってきた。今、吉澤はその保田に褒められている!

嬉しかった。素直に嬉しかった。
76 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時00分53秒
「そうだ!」
後藤が拍子はずれ声を出す。
 「ん? どうしたの?」
 「あのさ、圭ちゃん、よっすぃ〜をあそこに連れて行こうよ」
 「あそこって・・・・ああ、あそこ?」
保田はそういって天井を指差した。後藤はそうそうと頷く。
 「よ〜し、じゃあ吉澤来なさい。あんたを正式にプッチモニとして認めるための儀式をするわ」
いたずらっぽく笑う保田の後を吉澤は後藤と一緒についていった。
 「ここよ」
そういって保田が連れてきたのは屋上だった。
見渡すばかりのビルだけれど、ほぼ目線の高さにすべてのビルが立ち並んでいる。車や歩いている時には絶対に見えない景色だった。
すでに夕日はほとんど沈んでいたがまだ明るかった。夕日の赤色とビルの白色のコントラストがなんともいえない景色を作っていた。
 「きれいな景色ですね・・・」
吉澤はそうつぶやいた。後藤も保田も頷いている。
 「ここはね・・プッチモニの秘密の場所なんだ」
 「秘密の場所・・・ですか?」
77 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時01分29秒
「そう・・・私たちがプッチモニを結成してから、嬉しいとき、悲しいとき、悔しいとき、ここに来たんだ」
 「嬉しさ、悲しさ、悔しさ・・・そういう想いがこの場所にはあるんだよ」
保田の言葉を受けて後藤も吉澤に語りかける。
 「紗耶香はいなくなってしまったけれど、この場所には紗耶香の想いだって残っているんだ」


 「想い出銀行・・・ですね」


吉澤はゆっくりとそういった。
 「想い出銀行・・・・・」
 「そうです。嬉しいときは、その嬉しさをそっと預かってもらって悲しいときに分けてもらえるように。悔しいときは、その悔しさをちょっとだけ預かってもらってもっと元気が出たときに受け取るような、そんな大切な場所・・」
 「想いや思い出を預けたり引き出したりする場所・・・・」
 「だから、その場所には想い出で溢れている・・・」

 「こんな大切な場所を教えてくださってありがとうございます!!」
78 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時02分07秒
吉澤は深くお辞儀をすると後藤と保田に向かって元気いっぱいに叫んだ。
 「うるさいよぉ〜」
保田は苦笑しながら元気があってよろしいとでもいうように吉澤の頭をポンポンとたたいた。
 「それよりも、いい? 本番は来週なんだからね」
後藤も吉澤も一緒に頷いた。それを見て保田も嬉しそうに頷いた。


 「ただいま〜」
吉澤はそれから帰路に着いた。何の返事もないことにいぶかしがりながら吉澤は、母親を探す。
母親は吉澤が帰ると必ず“ただいま”と返してくれていたのだが・・・
 「おかあさん?」
今を除いた吉澤はそのまま台所に向かった。
 「おか・・・・・」
途中で言いかけた言葉が止まる・・・。
 「お母さん!!」
吉澤の目に飛び込んできたのは、母親が床にうつぶせになって倒れている姿だった。
79 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時02分52秒
吉澤は病院で医者の説明を聞いていたが、何も頭に入ってこなかった。ただ、過労によるもので大事には至らないというところだけは聞き取ることができた。吉澤はあの後、すぐに救急車を呼ぶと一緒に連れ添っていたのだった。
 「ひとみ、大丈夫か!」
40歳代の男性が扉を開けるなり吉澤に声をかけた。
 「お父さん・・・・」
 「ほら、大丈夫だ。お父さんが来たから安心しなさい・・・」
吉澤の父は、吉澤を抱きしめると安心させるように何度もそう繰り返し言った。
吉澤が落ち着いたのを見て父は吉澤にいった。
 「母さんは、私が見ておくからひとみは家に帰りなさい。明日の仕事だってあるんだろう」
 「でも・・・、お母さんをこのままにして帰れないよ」
 「何を言ってるんだ。お前が母さんを心配してくれる思いは嬉しいが、お母さんはそんなこと望んじゃいないぞ。お前ががんばっている姿が楽しみだといっていたじゃないか」
80 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時03分25秒
「でも・・・でも・・・」
 「もうすぐ、プッチモニの活動が始まるんだろう? そういってお前はいつも遅くまで練習していたじゃないか。父さんも、そして母さんもお前ががんばっている姿が一番嬉しいんだよ。母さんの一番の特効薬なんじゃないのかな」
父親は話が重くならないように最後のほうは笑いながら吉澤にいった。
 「・・・・・・・・」
どうしても納得しない吉澤に向かって父親は
 「たまには、父さんと母さんを二人っきりでデートさせてもらえないか?」
 「デートって・・・・」
笑いながら父親の顔を見た吉澤だったが父親の顔はもう笑っていなかった。父親の真剣なまなざしに見つめられて、吉澤は何もいうことができなかった。
 「分かった・・・・帰る。でも明日またお見舞いに来るから」
吉澤はそういって病院を後にした。
(お母さんが倒れるなんて思ってもいなかった・・・)
吉澤は母が倒れた悲しさよりも、その兆候を事前に気づけなかった悔しさの方が大きかった。
81 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時04分00秒
暗闇の中、吉澤は目を覚ました。結局よく眠れなかった。お母・・・といいかけて昨日のことが思い出される。
(そっか、お母さんいないんだった。じゃあ、私が朝ごはんの用意しなくちゃ・・・)
吉澤は立ち上がると台所に向かった。台所に入ると、昨日のことをまた思い出した。
(ここに、お母さんが倒れていたんだ・・・)
そう思うと、胸が締め付けられる感覚に襲われる。
(何でもっと早く気づいてあげれなかったんだろう・・・。私が自分のことばかりにかまっていたから)
ゆで卵を作り、トーストの用意。これが吉澤の朝ごはんだ。あとかたづけも済ませると吉澤は仕事に向かった。
82 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時05分35秒
仕事から帰って来たら、すぐ母親の病院に向かった。昨日母親はゆっくり休めただろうか。体の調子は悪くなっていないだろうか。よくないことが次々と頭の中を駆け巡る。
 「お母さん、具合どう?」
悪い考えを振り払うように、吉澤は元気いっぱい病室に入った。
母親は寝ていたが、脇には父親が付き添っていた。
 「今、母さんは眠っているよ。ひとみ、ここは病院なんだ。もう少し静かにしなさい」
 「ごめんなさい・・・。お父さん、今日お仕事はどうしたの?」
吉澤は少し照れて素直に謝った。
 「今日は、特別に仕事を休ませてもらったんだよ。今日一日は、お母さんのそばにいてあげたかったから」
 「お母さんの調子はどうなの?」
 「心配は要らないようだよ。朝と昼はちゃんとご飯を食べたし。でも、疲れがたまっていたようで、体の抵抗力をものすごく弱くなっていたんだ。そんなお母さんのことを気づいてあげられなくてすまないと思っている。父さん、仕事ばかりしていてしっかり母さんを見て上げれなかった。本当にすまん・・・」
83 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時06分19秒
父の謝罪を聞いて、吉澤は首をブルンブルン横に振った。
 「私のほうこそ、お父さんよりたくさんお母さんお近くにいたのに気づいてあげれなかった・・・」
誰が悪いとか、誰のせいだと言っている場合ではなかった。二人ともそれは分かっていた。
 「ひとみ、お前はもう帰りなさい」
吉澤が母親のそばに寄り添ってしばらくしてから、父親が言った。
 「お父さんは昨日だって、お母さんのそばにいたんでしょ。今日は私がお母さんのそばにいるよ」
 「大丈夫だよ。お昼には父さんも休ませてもらったし。昨日も言ったが今お前の方が大事な時期なんだ。そんなお前の邪魔になるようなことだけは父さんも母さんも死んでもしたくないんだよ」
 「死んでもって・・死んだら駄目だからね」
 「当たり前だ(笑) そんな簡単に死なないぞ、父さんも母さんも」
笑いながら吉澤が帰ることになった。
84 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時06分53秒
一人で食べる食事は味気ないものだった。
一人でご飯を作って一人で食べて一人で後片付け。
寝て起きて、仕事に行って返ってきて病院にお見舞いに行って帰って来る。それからご飯を食べて寝る。
そんな日の繰り返しだった。
しかし明らかに吉澤は無理をしていた。
もしかしたらそれは、自分を責めるために無理をしていたのかもしれない。
そんな自虐的な行為は確実に吉澤の体を蝕んでいた。

テレビ収録本番の日。吉澤を含めたプッチモニは今日この日から始まるといっても過言ではなった。
今日から始まるテレビ収録のために今まで必死に頑張ってきたのだ。
しかし、吉澤はこれまでの無理がたたって万全の体調とはいえなかった。特に致命的だったのが、のどを痛めてしまったことだった。吉澤は他の二人に心配させないためにそのことを黙っていた・・・・
85 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時08分24秒
 「吉澤! どういうこと?!」
収録が終わり楽屋に戻ったあと、保田の声が響き渡った。
 「吉澤が、プッチモニに入って伝えたかったことってなんなの! このままじゃ『青春時代1.2.3!』を、新しい3人で伝えることなんてできないよ!」
吉澤は何もいえなかった。大事なテレビ収録で声がまったくでなかったのだ。保田の怒りももっともなのだ。自分の不甲斐なさが悔しかった。
保田はそれっきり何も言わずに楽屋を出て行った。それが逆に吉澤にとってはつらかった。せっかく認めてもらえたのに、せっかく信頼してもらえたのに・・・もしかしたら、もう呆れられてしまったのだろうか・・・
(私はプッチモニには必要がないんだろうか・・・)
 「よっすぃ〜・・・・・」
黙ってうつむいていた吉澤にずっとそばについていた後藤が声をかけた。
 「大丈夫だよ・・・。今日は確かに駄目だったかもしれないけどさ、でも今度挽回すればいいじゃん!」
 「うん・・・」
生返事しかできなかった。後藤の言葉が慰めであることも分かっていた。
 「ほら、歌にもあるじゃん。 明日がある限り青春時代なんだよって」
86 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時08分58秒
吉澤は後藤の気遣いが嬉しかった。ありがとうごっちん・・・吉澤は胸の奥で後藤にお礼を言った。
 「どうするの?」
 「え?」
 「圭ちゃんに謝りに行かないの?」
 「・・・・・・・」
正直、今の状態で保田には会いたくなかった。もし、吉澤なんていらないっていわれたらどうしよう・・・そんな邪推が頭の中に浮かぶ。
でも、ほっといても何もよくはならないことも分かっていた。
 「うん、行く。・・・ごっちん、ついてきてくれる?」
 「もっちろん」
そういって吉澤と後藤はタクシーに乗り込んで保田がレコーディングや歌入れのときに泊まっているホテルに向かった。
87 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時09分36秒
 「どっちがインターホン押す?」
 「ごっちん、お願い〜」
 「え〜後藤が押すの? よっすぃ〜のために来たんだからよっすぃ〜押してよ」
 「怖くて押せないよ・・・・」
 「じゃあ、一緒に押そっか・・・」
せ〜の〜・・・“ピンポ〜ン”

 「・・・はい」
そういって保田が扉から出てきた。吉澤は目をつぶって
 「あの・・さっきはスミマセンでした! これからは二度とあんなことが内容に頑張りますのでスミマセンでしたっ!」
ちょっと日本語がおかしいことは気にしていられなかった。保田に気づかれるのではないかというくらい心臓がドキドキしているのが分かる。正直、コンサートや歌収録より緊張しているかもしれない。
 「吉澤・・・ちょっと部屋に入りなさい。それから後藤も来な」
後藤まで突然のことで顔がこわばっている。吉澤の顔はもう蒼白だった。
88 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時10分16秒
「さっき、事務所の人から聞いたんだけど、吉澤のお母さんが先週から入院しているんだって?」
 「は・・はい・・・」
 「それで先週からずっと一人で何もかもやってたっていうじゃない」
 「・・・・・・」
 「そうなの? よっすぃ〜?」
 「バカッ!」
突然、保田のトーンが上がって吉澤はドキリとした。
 「何で何もかも背負い込もうとして無理するのよ! そんなことやったって体調崩したら意味ないじゃない。 そういう状態なら私や後藤に相談してくれれば、なにか力になるようなことができたのに・・・」
 「・・・・・・」
 「さっきお父さんから電話があって、吉澤のお父さんも、吉澤が入院のことを話していないってことで驚いていたらしいわよ・・・。 ねえ、吉澤、私たちってそんなに頼りにならないかな・・・」
89 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時11分27秒
「そんなことはないです!」
 「私たちは、3人でプッチモニなんだよ。 一人でも欠けたらプッチモニじゃなくなるんだからね」
 「でも・・・私なんかじゃ・・・・・私じゃ・・・保田さんやごっちんの足手まといになるばかりで・・・・」
 「そんなことないよ、後藤だってまだまだだって思うし・・・」
 「吉澤、あきらめるの?」
 「でも、これまでずっと・・・今までにないくらい頑張って、自分でもこれ以上ないってくらい頑張って・・・頑張ったんですけど・・・・・・頑張ったんですど、結局、足を引っ張ることにしかならなくて・・・・」
最後は言葉にならなかった。嗚咽とともに今まで張ってきた緊張の糸が切れたように吉澤は人目もはばからず涙を流した。
吉澤が落ち着いたのを見て、保田は後藤に言って吉澤の家まで送らせた。
 「今日はすぐ寝るんだよ」
そう念を押されて吉澤はこくりと頷いた。
90 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時12分16秒


タクシーが吉澤の家に到着して後藤と分かれてから携帯にメール着信があった。
それは保田からだった。
メールにはたった一言、こう書いてあった。

“頑張らない、無理しない、あせらない、でもあきらめない”

と。


91 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時12分54秒
「これからは、よっすぃ〜がプッチモニを支えていくんだよ」
安倍が吉澤に向かっていう。だから、しっかりしないとだめだよ・・・・と。
 「圭ちゃんが、よっすぃ〜にしてくれたようにね」
飯田が吉澤にいった言葉は、気持ちの入った言葉だった。中澤が抜けた後、飯田がモーニング娘。のリーダーとして多大な努力をしてきたことをみんな知っている。
 「・・・・・・」
結局、吉澤はずっと黙ったままだった。
92 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時13分30秒

 「吉澤を信じるしかないよ・・・」
保田が隣の後藤につぶやいた。
 「・・・うん」
 「吉澤は・・・・絶対あきらめないから大丈夫だよ・・・」

93 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時14分15秒

 「ええグループやな・・・」
気がつくとつんくが笑顔を浮かべて後藤と保田の前に立っていた。
 「保田、後藤。お前達がモーニング娘。だったこと・・・・・覚えとくんやぞ。こんなにいいグループは他にないで」
保田と後藤はこっくりと頷いた。
 「そしてな、モーニング娘。を愛してくれ」
つんくはそういうと、静かに廊下を歩き始めた。
カツーン、カツーンと靴の音が響いた。
保田と後藤もつんくのあとに付き添ってその場を離れた。

94 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時14分57秒

後藤・・・・
終わらない夏・・・エンドレスサマーを壊したのはお前やで
今度はお前は何を壊すねん・・
形のあるものはいつか壊れる
それもまた運命か・・
いつか・・・

95 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時15分31秒


話し終えた後藤さんの顔は妙に晴れ晴れとしたものだった。
 「あっ雨が上がったみたいですね」
 「あっ、ほんとですね。さっきまであれだけ降っていたのに・・・・」
 「きっと神様がいたずらしたんでしょうね」
 「そんなぁ・・・なにか悪いことしたかなぁ・・・」
けらけらと笑う後藤さんをみて、私は深いため息をついた。それを見て後藤さんはまた笑った。
 「もう夏も終わりですね・・」
 「ええ」
 「後藤さん、秋といえばなんですか?」
 「それはもう、食欲の秋ですよ(笑)」
 「今でもピスタチオとか食べていらっしゃるんですか?」
 「懐かしいですね〜。さすがにもう食べてないですよ」
そう笑う後藤さんは遠くを見つめていた。そして嬉しそうに言った。
96 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時17分01秒
「今日はこの後、みんなと会うんですよ」
 「えっ、そうなんですか?! なんかこんなところで時間をとらせてしまってすみません」
 「いえ、いいんですよ。まだ時間もありますし」
 「もしかして、そのしおりって・・・・」
 「そうです。当時、みんなに作ってもらったんですよ」
 「宝物ですね・・・」
 「そうですね・・。あの頃のあの瞬間のあの想いをぎゅっと閉じ込めた気がしますよね・・・」
 「イチイっていう植物は、生命力が強い植物ということで、永遠の生命、復活の象徴とされているそうですよ」
 「永遠・・・いい言葉ですね」

97 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時17分39秒
 「じゃあ、最後の質問していいですか? 今、後藤さんが当時の後藤さんになにか言葉をかけてあげるとしたら、どういう言葉をかけますか?」
後藤さんは、しばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。

 「Waht you love, set it free.
  If it doses not come back to you, it was never yours.
  If it dose come back to you, it was always yours.」

後藤真希さんも当時の保田さんと同じ21歳になっていた。


イチイの花が優しく輝いていた。


END

98 名前:apis 投稿日:2002年09月09日(月)21時19分01秒
ありがとうございましたm(_ _)m
99 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月09日(月)23時40分19秒
なんかリアルでよかったです。
後藤は実際に保田に頼ってることも多いんだろうなあ・・・
改めてプッチモニというユニットの素晴らしさを実感しますた。
作者さん、お疲れサマです。また新たな作品を出されるときは、告知お願い
しますね。是非読んでみたいので。
100 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)01時13分09秒
一人ひとりを丁寧に追ってあって、いいなぁと思いました。
楽しませてもらいました、ありがとうございました。
101 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月10日(火)01時23分50秒
apisさんだ!私、とあるPDA使いです(w
こんなところで見かけるとは思ってもみませんでした。

メンバー愛が伝わってくるすばらしい作品でした。涙してしまいました。
9月9日に掲載するところがニクイです(w
次回作がある事を心待ちにしてます。
102 名前:apis 投稿日:2002年09月10日(火)11時02分44秒
>99さん
ありがとうございます。いちごまにならないようにしていたらごまけいに近くなってしまいました。
この二人が卒業してしまうのもまた皮肉だなと思います。告知というのは新作速報スレッドの方ですればよろしいのでしょうか?まだここの使い方がよく分からないのですが(笑)

>100さん
さすがに全員登場させることは無理でしたけど、お言葉嬉しいです。
ありがとうございました。

>101さん
どうもです。名無しの意味がないじゃないですか(笑)。何とか9月9日にあわせようと頑張りました^^;
また機会があれば書いて見たいです。ありがとうございました。



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